評議会 昭和十三年 其一 コマ43

コマ
43
評議会 昭和十三年 其一
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2518
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「獨立權……國家は主權を有しないから、この獨立權も有しないと言はねばならぬ。」(四七頁) と、反覆力説して國家固有の基本的權利を否認し、かくして果ては 「普通に國家の主權と稱されるものは、實は管轄權のことに外ならぬ。管轄權は國際法で一定の地域を管轄 る權限である。…國際法から見れば、國家の國際的行政權である」(四七頁) といふに至つてゐるので、これは各自國家の憲法の上に國際法ありとする虚妄の空論から、國家が本來事實上固有す る主權、獨立權以下自衛權等をまでも原則的に否認し、國家の主權を指して主本的權利ではなくて從屬的「權限」に 外ならぬところの「國際的管轄權または行政權」に過ぎずといふ如き、無國家思想の國家主權否認論をなしたもの である。これは半亡國のオースターの猶太人ケルゼンの赤化容共學説であるが、これは一般に國際法學者間には用 ひられない「少數說」と横田氏もいはざるを得ぬ學說であるのに、横田氏が現事變下に於いて今日も猶ほ依然とし て「天皇幾關説」以上の國家主權否認論となる所の、全く古今東西の歴史的事實を無視した愚劣極まる國際法上位説 を信奉宣説しつゝあるといふことは重大問題である。 これは自己の抱懷する「終局的民主政」人民主權主義の徹底民主主義思想のために憲法第一條と第四條とを講義せ ぬ宮澤俊義氏の憲法講座と共に、東大法學部全體の責任問題であるが、現在同學部々長たる田中耕太郎氏自身が本年 三月貴族院に於いて三室戶子爵、井田男爵の質問演說によつて問題とせられた如きカソリツク迷信に基く神社參拜拒 否思想を昨年六月一日初版其後版を重ねつゝある「教養と文化の基礎」の中にも公表し、またその學位論文たる「世界 法の理論」中に 「國家制度を前提とする法は過渡的のものに過ぎぬ……我々は世界法問題に依つて此の固陋なる貝殼を破壞し なければならぬ時期が到來したものと考へる。」(同書第一卷一四四頁) 「法を國家より解放することは、之れを以て主權者の命令と認むる舊來の思想を飜し、法の基礎を人類の社會 〔 生活自體に置くことは法の學的認識の爲めに極めて必要である。」(同一四二頁) 「從來の法を以て主權者の命令と解する國家的法律觀、及び法を以て民族精神の表現と解する歴史法學的法律 觀は法の範圍に於ける各國の對立を尖鋭化せざるを得ぬ。此等の法律觀が理論上支持せられ得べきものに非ざ ることは前二章に於て述べたる所である。此等に缺くる所は國際社會、世界社會の現實の認識より出發する所 の超國家的法、世界人類の法の承認である。 世界を標準として人類の法律秩序を考ふるとき從來の國家本位、 民族本位の法律理論は顛覆せざるを得ぬ」(同三八〇頁) といふ橫田氏と畢竟同一の無國家思想の國際主義世界主義を忌憚なく宣說しつゝあることを勘考すべきである。 三、東大法經學部を改廢せよ 東京朝日新聞八月七日附夕刊は「經濟學部の肅正へ、大學問題一轉、長與總長の抱く決意」と題して、文相の改革 案が提出されるに至つた東大における一事由は「經濟學部の紛爭對立」であるから、「斷乎經濟學部に對し肅正のメス を振ひ、自治の實績をあぐべし」といふ意見が濃厚となつたといひ 一大内教授は學術研究に携はると同時に一面教育者としての職責が有り、同僚を誹謗し、又陰謀術策を行ふ如 きは大學の權威を自ら喪失するものである。」 との見地から、大内兵衛並に兩派の責任者を引責せしむべしといふ意向が現れるに至つたと報道した。元來マルクス 主義そのものが誹謗と陰謀との集結でありコリであることは現ソ聯の實物供覽するところで、「赤化容共惡風をこそ 先づ肅正すべきである。 またその事實の有無内容の如何はいま措いて、假りに「同僚を誹謗した」のが不都合だといふならば、河合氏の如 きは特定個人ではなくて、自己の日本歴史に對する完全なる無智無學から、「國家主義=フアツシズム=日本主義」と