暮らしがいきづく風景/長和町 長久保宿

AI要約 (β)
長久保地区は、中専道の笠取峠と和田峠の間に位置する宿場町で、発展とともに鍵形に曲がった独特の形状を持つようになりました。1843年の記録では、街並みは860メートルにわたり、187軒の家がありました。現在、長久保は17の区に分かれた約400戸の集落で、農業は機械化されています。松戸神社の祭りや、正月に行われる独特の門松の風習など、伝統行事が続けられています。特に正月には中学2年生が親方となり、子供たちが地区の各家を訪れる行事が行われ、時代が変わっても伝統が受け継がれています。
width
640
height
360
duration
272.005339
provider
信州デジタルコモンズ 映像記録
attribution
『暮らしがいきづく風景/長和町 長久保宿』(県立長野図書館)を改変
video_format
video/mp4
長久保地区は中専道の南所であった笠取峠と和田峠との間にある宿場です。 宿場の発展とともに街並みが横丁の先に広がり、 鍵形に曲がった珍しい形の宿場町となりました。 天保14年、1843年の記録によれば、 街並み7丁52軒、860メートル。 旗小屋43軒、家数は187軒。 家、本陣1軒。 垣本陣1軒。宿内人口は721人でした。 現在、長久保は17の区がある400戸ほどの集落です。 集落の下には新しい水田があり、工作は機械化されています。 集落最上部の松戸神社横とその上にも棚田がありますが、 現在は転用されているものが多くなっています。 9月4日、松戸神社れいさいの日です。 大山寺市が奉納される一年に一度の大きな祭りです。 遠く行っても故郷を思い出してくれるような体制でやればなということです。 長久保塾には少し変わった門松があります。 門松の藁のお椀に1日には雑煮、2日にはとろろ、3日はご飯を備えます。 ここでは正月に子供の四姉妹が地区の各家をまわります。 中学2年生が親方になって取りしきり行われます。 昔は高等課2年生と言って、今は親方です。 時代が変わり価値観が変わっても伝統は受け継がれています。 ご視聴ありがとうございました。