八幡流聞書
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- 不明
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- ハチマンリュウキキガキ
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狩猟
八幡流聞書
八幡流聞書完
八幡流
常道
▽労業宿開会ヲ
以テ購入セル節関博士
狩野亭吉氏薫藏畵
一
一某わかき時軍法を習学いたし雲友年を
積みけり其子細は先目月星辰の吉凶になつみ
或は兵具の因縁にねきゝひ或は城郭の縄張に
かゝはり或は神呪仏説にまよひて本をつとめ
すしていたつらに白髪と成ぬしかるに勝負
の根元を考へ思ふに唯才徳充てたる大将正
道を以て戦ふ時は勝すと云事なき理を
得心は古語に千兵は得屋すく一将は求めかたし
勝ことを決するものは良将なりとかやされは
去望物を論す手に仁て智と勇と忠と
信との五才をいへり一に仁なる時は人を愛す
二に智成時は乱るへからす三に勇成時は犯すへ
からす四に忘なる時は二心なし五に信成時ハ欺
むかさるを良将といへりおよそ将たる人心得は
常に賢を挙能を用ゆる時は時日をゑら
はすして事利あり法を明らかに令を詳
かにする時は卜筮の吉凶を見すして吉
詳あり功を貴ひ労を養ふ時は神社を
いのらすして貨福を得なり博く学ひ審に
問ひ慎て思ひ明らかに弁へ篤く行ひ理を知
へし其理方寸に有て万物皆自己の性にそ
なはり一つとしてかくることなし是心法の至也
一諸士を練りならずには折々鷹野川狩なてこ
出給ふへし仮鍬さき鎌さき鎌さき候野は
遠慮すへし食貨の本なれは出ぬ物也農隙
の時には鹿狩追鳥にも出て勢子配をもな
さるへしたとへは一にまき勢子二ニ追勢子三に
請勢子口に留勢子五に旗本しく手配して五
色の相印を持せて一組宛に奉行頭を申付
旗本には物見使横目禽獣の取次の役人帳
付其外狼の役者迄定め置無理不作法な
きやうに法令を出し自然口論せは取扱ひ無
事に仕へきとの評定人を申付誰々はいつれ
の山何方へて相定相図の草狼煙をも立
太皷貝鏡の数をも定爰を以て行止座立の
約束をして馬をも乗おりたちていかけ
はしり歩行遅てに下知をして教へなら
し給ふへししる事は自身も逆者になり
下々も立ならひ行止座立の下知をも知て
小者共まて候法よく成へし第一諸士に詞を
かけうけこたへをも聞それ〳〵の役につかひ漂に
るへし其国はしらす日本にては昔の大将如
此さのみ魚鳥求めんにあらす何く軍法軍書
を学ひたり去時に野山の節所をも歩行せ次
勢子の下知をもして見たまわすはひとへに
他人の伝言を云届けたるまてにて用ゆるにたるにた
らすとなり
一甲列役落の浮曲渕宗立実菅沼雲算辻弥左衛門
名石備前馬場藤左衛門鹿瀬沼部門此六人働きを書
ける書物に立三十に成まて善共悪兵沙汰なき
者をは甲斐にては女侍郎と云其石を付人の
数にも入す其男いかめ敷六七十まてなからへ出戸
も万年よるやうに白髪となり邪心に古き事を
聞覚て用にしちつゝ仕る此六人を初て年まへす
れは能者とおほしめされんか終に年六十に成者の
手いたき鑓なといたしたるは稀にもなく候武辺は
必けかき時のもの也第一盃者の人事に候私有初め
一代の武切は皆若き時なり乍去大切成老人に
高知を被下城の留主居又は磯目の押へに置れ候
へはいつかたの城には大切の者有とゆへよく候役に
はたゝされ共世間おもわくのためと書けり
一天下久敷出さまる故大身小身共に家職を忘れ
一都遊を常てして金銀やゝつゐやし民をむ
さほりおこりを究武道の六里は不足にて終
にならさぬ兵衆等俄の働きあらは一族の
ことくに鳴騒き傷手配不都にて勝負あや
うかるへし五平日老功の楠かたりを尋聞いに
しへより書置日本の軍書をもよみ石高
き働きに心を付文武の道を学助して安定の
一時に危急の事を忘れずは国家長久成へし
古語に戦国には文を学治国には武を嗜むし云へり
一武道に妙と云は軍に限りて必有多勢にても
まけ剛勇にてもまけ才智にても負るな
と利発なり其合戦には出よはさる所あるへし
唯持の妙をしるてしらぬに有しかるに其妙と
云は常也先我か身を平日攻撃して敵の遂に
勝へき所はゝ察し味方の出とる所を改めて
奉行物顕役人等を僉儀して諸士に折々太刀
打鑓合弓鉄炮乗馬水練忍ひの道すゐわせ
其人々の得方を知て浮手のなきやうに役義を
申付へし誠に鷹をは山につかひ鴉をは川につかふ
兼て手組手配を工夫し陳取備立左かゝぬ様に
ならし肝要也古詰ニ其至情ニ因て而用之
一諸藝を習て云春熟せされは時にのそみ用ゐ不
たし用ひかたき時は勝負に利あらす上手は勝
て誉をとり下手は負て恥を請る慥に一人に勝事
鍛錬すへし死するにも山賊海賊の利をむさ
ほり或は一旦のいかりを以て血気におかゝれ犬死
の族を義死しゝ云は武道をしらぬ故也事により
あらし子も気味よく花女も心よく死するなり
武士の義死と云は戦場に進み鑓を合せ粉骨を
つくし討死か或は城宗に討死か殿して討死か或は
主君の身にかわりして討死するを云也古語に
大行は細誰をかへり見すと云へり
一兼約一同とは人の心万差成とも兼て論すれは
一諸人一味する物也陣中戦場の事は勿論相図の
品々を教へ置其詞にのそみ太鼓貝洗五宮の籏印
煙火を以て遠き味方山のあなた成味方沼
川を隔つる味方敵の後なる味方或は覆兵を
起す事先後の入替り進退座立ともにおて
一約する時は耳目一同なる故に下知につかすと云
事なし古語に勇者も独進む事を得す怯
者も独退く事を得すといへり
一弓鉄砲の足軽は賎き者共なれは武芸をも
しらさる取合戦の時露払ひにも役にたく
すして弓鉄炮いかほと有ても皆様いたつら
むた事となるは是頭入不穿鑿故なり
平日銘々の組子に与刀の侍を加へ其役々を教
なしわせ急度ならし置へし殊に長柄梓
なとは一度も鑓取まはし世ぬ者にかつかせ出る
故百本弐百本有ても壱本も役にたゝぬ奉行
のあやまり也月に一両度成共たゝき合を
もならわせ鑓なみの下知をも兼て申付置
へし賤き者にても我か身にかゝる火を払
わぬと云事なしたとへは細代国は竹をはり
うすくへき組たる物也それにつよきしんヲ
一本さして用ゆれはあを〳〵事自由也長柄持
も一人にてはへき竹一本のことし大勢より合は
組団のことく其中へ切者成武士を加ゆるは団の
柄に同して役に立へし武者組にくさひさしと云
も此ころなり
一太刀小身共に其分限に酒ひ人数を扶持し武
貝兵貝物具戦く馬具を嗜むへしたと
へは鶴は雀のあみにてはとめられ次亦雀は露
のわなにはかゝらす大小長短事により定
なしそれ〳〵の道具なくてはかなふへから
す金銀米銭は云におよはす力強く心剛成共
貧なる時は車を夏輪にてやらんとし鳥の
片翼にてとはんくするに似たり古語に軍に
賤なき時は士来らす軍に賞なき時は士ゆかするへり
一大将は侍たる者に堪忍ならぬ詞なしく一言も云やへ
からす無念の弓を歌に引へきを都而逆心の
矢を味方に放多し恨には日比の恩を
わすれ情には一命を捨る大将の下知よくて
金勝たり共其場にて走廻りたる者にはこ
度は各々働き故に大利を得本望を達する
其功を譲り給はゝ金銀褒美を給はるよりも
時に応して言葉の情深きは筋骨も妙なる
ものとなり古語に九思一言といへり
一軍法に本末あるへし先本と云は大将英雄の心を
とり貴賤をゑらます賞罰を明らかに平
日味方を教へ禁め上下をならして万民に
帰眼せられ国法軍法の仕置正敷して大
敵剛敵にも負さる分別を木と云末と云は
問捨忍を用ゐて歌将の仕置四民の安危を念
比に聞て智謀を以て全勝を得るをこと云古語に
彼をしり己を知る時は百度戦ふと云老一の
らすていへり
一大将所持の一馬上千騎あらは雑兵去に壱万人
有へし智謀よくて国法軍法の仕置常道
正敷は立身疑ひ給へから仰武道油断不可有之
一馬上二三百騎の大将は主君もたすして一人
にては立身成へかし仰兼く四隣の将とし
たしみて互に加勢を乞合計策を以て立身
すへし此大将に騎馬五十百有七大将を加へるを
旗下といふなり
一馬上五十騎預るを当将士大将と云戦場へ出る人
数七八百人有へし名高き武功者か或主人の一族
中に威勢有て忠義正敷を用ゆへきなり此士
大将へ与力二三中騎預る足軽の将を一手請物を
組と云なり
一組頭とは番頭を云也小身下官成共武功の者か
或は士大将の弟才智にて礼義正敷を可用
一武者奉行二人。旗奉行二人持鑓奉行二人卅六人
陣中の仕置万事相言葉まても定むる役
人なれは武功有て才智工案有るを用ゆ
へきなり六人なから米牌を持もの也当番の
時は役義をつとめ姫番之時は敵合の物見
を三人宛にていたすもの也惣別一人奉行かせぬ
事也自然あやまちも有ためなれは諸役人共に
弐人宛ニ定へし
一惣旗奉行数長柄奉行軍法しらてかなわぬ
役義なり勿論武功有を用ゆへし是は六人
の奉行とは別成へし
一柿見武者は三才を考軍或を心得勝負を弁へ
心は剛にて気はやからす是大事の役也忍ひ
の者を預くるものなり
一足軽大将と云は与力の馬上二三拾騎に足軽三
拾五十人まて預るを言勝負の見切よく武道
油断なきを用ゆへし
一足軽五人候二手組と云五々弐拾五人を一組善五人
一人宛けいこ手替のために手明を付るものなり
三十人組には手明六人付る也是を小組と云五
十人には手明十人には手内には手明弐十人是を大
組と云足軽五人に与力一騎宛くさひニさし五人
を下知さすへし与力組にあまるをは足軽大将
の跡に乗へし其跡には足恒大将の家来宗へきなり
一横目武者は工案有て才幹成を用ゆへし
中間目付を預くるものなり
一使武者は礼義正敷弁舌よきを用ゆへし
一小荷駄奉行は武功の侍を用ゆ戦場にて廻し
勢ある時は一合戦する物也或横鑓を押へ働
き或は覆兵をさゝへ戦ふものなれは他国にては
剛の侍を用ゆへし自国の時は名別たるへし
一陣場奉行には才覚なる気転軽き者の自国他
国のやうすを能心得たるを用ゆへし奉行
役人共に利発才幹なるはいつれの道にも不
調法にはなきものなれ共益々役々を申付
置は平日心に懸其役をつとむる故手廻しはや
きものとなり
一間聞着者と云は忍ひ歩物見を云才覚にてよく
恩の道を心得たるを用ゆへし
一歩目付と云は諸坊へ事を触れ不調法あらは
急度断矢なきやうにはかるを云正路にて
利発なるを用ゆへし
一小便とは中間目付を云味方の諸手へつかふを言也
一集勢と云は領内縁有て忍ひ居る浪人或は領主
より田畑を出し作取させかこひ置たる士或は
其家中に由緒有てかゝり居る牢人等一戦の
有節奉行頭へ断陳所を借出るを云聞先手を
望むもの也後詰に有之は未練の意地たるへし
一鱸軍と云は備諸勢の外成により名付たとへは
領分の座屋なとに小給を出し置其身年よ
れは陳立ても役にたゝぬ故子共か弟なとを
出す者也奉行頭を兼てより申付置もの
なり俄事有共うき勢首尾よきものと
なり戦場にて弱手へ加勢後詰或は城攻の
一伊勢或は迎備又は城を攻取て抱置指捨に付て
一歩武者と云は弓鉄炮の者或は旗さし長柄持に
いたるまて奥足着たるをは皆以武者と名付類也
一生子武者と云は薄手なて負其疵もいゑさる又大
一合戦有時は出すしては叶わぬ故奉行頭へ断て
具足をゆるされすはたにて出働くを云なり
一つんほう武者と云は具足を着て指物さしぬを云
一鎧の靴美々敷は奉行か物頻りるへし
一雑人はらと云は中間草履取あらし子た角度
も具足着ぬ者を云青葉者と云も同し事なり
かやうのわかち古法になし音れ玄品々を定
されは細くはりに手間を取丈高名手柄の
穿鑿も六ケ敷故近代め此なり
大将と国との上中下に付人積之事
高壱万石付上将上国馬上弐拾三騎足位五十人
高壱万石付中将中国馬上二十騎足位四拾人
高壱万石付下将下国馬上拾七騎足軽三十人
一馬上一倫の積り六拾壱騎たるへし此わりち侍大
将壱人組頭弐人預奉行弐人鑓奉行弐人足軽
大将四人馬廻五拾人
一組の外陣中へつれ給ふ人の事
出家儒者医者多勘者賄者馬血殿
猿楽大工鍛冶金堀理人商人
右の人々大将の方限により多少あるへし惣州武
者組に父子兄弟をは組ぬもの也殊に平日遺恨
有者或は高官の者を下官の組下には組事必
悪敷也下知を蔑にして却て乱を起し聢と
成へし
一家々の単法を僉儀して法令を書付諸士にしらせ
一致に心を詰へし背者をは高下親疎をいわす
急度罰すへしいるかせならハ必危ノ深たるへし
一一堅陳ならされは謀敵方へ泄てあやうし
二倫中不和なれは騒きむら立てあやうし
三陳雷付にて一揆の寄合に成てあやうし
四一陳に乱有は残堂全からすして花し
五先勢戦はさるに後勢動揺せみあやうし
六敵を見我かちに込重成人せきにならは危し
一七奉行頭を軽しめ下前に付す散乱せはあやうし
八謀を用すして進退浮兵になしはあやうし
丸血気に犯され常を忌味方のあたとならは危し
一十長僉儀に時を移し一騎かけせはあやうし
古語に能三軍をして一心のことく成時は其の勝
事全かるへしと云へり
○
一陳押行列可レ如二定法二行止座立一レ随二太鼓具事
一当番右非当左先後の時は当番先非番後一為帰事
一荷物一駄に付遠道二拾四貫目近道三十弐貫め歩
一夫一人に付遠道六貫目近道八貫目の事
一陳中食物上下不可別府に嘉肴美味停止事付
一合戦前人馬之食一レ為二下知次第一事
一火之用心堅可申付於出火は囲ゆことゝせ一人一成敗付
一馬放さは馬取り普代とし馬王可出科銭三馬取揚る事
一寝除之時一ノ鏡ニ起二ノ鏡ニ食シ三鏡ニ出可加備之事
一左陸中敵強批判并古口日良辰奇怪之町法申間敷事
一着陳之割敵俄に働之告来り米夜討決事有
去其一陳にて可防也余は可相待下知事
一先勢より兼約出有之は後勢迄段々可二請苦事
一敵合近く成内物頭為下知乗廻先手一見に大将出
篤有之も諸勢不可下馬勿論騒いる敷事
一掛口限郷可随采牌難所成共打出ケ牢に一機戦
半成去舞宿ニ而二所退可守下知事
一迫合場にて無下知に一足成共退者は前々抜郡忠
功有之去没収知を一停男道事
一足軽迫。過鑓舎太刀打物初仕たるを輩侍威抔を出
すへし中間小者ならは侍に取立褒美を出すべき事
一銘々持口を明作之持口にて高石有其時宜により罪科
におこなふへき事
一合戦勝利之後陳具乱取一レ如定式無理ニ大楽取奉ハ
急度可行罪科事
右之条々雖為一事於令違背者軍神八幡兼成故
一一絶跡目之名字寺一者也仍下知如件
年号月日
大将石宗判形
一小敵弱敵成共あなとるへからす慥聞届七つ八ツも
是に勝て攻毀すへしそれ獅子狐をとらんとては
虎を取程の威勢をなすと也大将必陣前に諸士へ
自身の加にて酒を給り今度の合戦勝利しん
事は皆々忠節の志し深く無二の働きにあり
予と死を共に頼むと云聞せ堅メ起文せ可申付
古語に志励まるさる時は節に死せすと云
辺起証文前書之事
一御軍法御計策等評定人は不及申余人ゟ承毛親
子にも一言申間敷事
一備立而復兵丞所勝利有之證拠存におゐては急度
可注進仕事
一陳中に互に堪忍仕喧嘩口論幷大酒博奕仕間敷事
〇一武者組先後懸退之御下知違背仕間敷事附り
奉行頭々の下知省き申間論事
一祓惣味方討仕間敷事附相討は初太刀の者可附
与頭事
一私之農地を以何事によらす毛頭逆三心成儀仕間敷事
右之趣於相背敬白様る天帝釈四大天王軍神摩
利与天八幡大菩薩愛宕大権現殊に氏神弓夫之
冥加絶果可罷蒙神罰者也仍起請文如件
年号月日
諸士ノ皿判
一武略と云は自国の四境堅固に地取して城郭破
損常に補諸士を錬山川林師の合戦に不意付
れぬ陣取手配を工夫して味方の勝利すへき論
立を平日鍛錬するを云古語其本乱れて
一而未治まるものはあらしといへり
一智略と云は敵の変に応して乱れ懸るには真に
あてかい真なるには草にかゝり先手の仕懸宜敷進
退を見切横鑓を入半途を討或はおひき出して不復
兵をかけなやまし或は一向二裏の懸り或は日月
の懸り或は一捨一用の懸り地形により水火食なく
云古詔歌の博変に因て我術と変化す言
一計策と云は普代相伝の者をゑらひ穏密に内談
して敵国へつかはし置国法軍法の値堅愚の
是非を知を云古語符を惟帆の中に廻し勝事
を千里の外に決すといへり
一敵国の案内をしるには五間捨忍を用ゆへし
一に因間と云は兼々敵国の里人を近付金銀荷
たへ念比に親に敵の智謀を聞事を云時に臨み
其期に及くは分銀にめてあらぬことを言物也実と頼にたらす
二内間と云は敵将の気に背き或は父祖罪科に出こな
われたる子孫式は官禄を奪たる者とかく主人に
述懐不足ある輩に賄を厚して近付計策心付
を聞ことを云也
三反間と云は敵より味方へ間を入間を立しは其間は金
銀をあたへ高知をも出すへきとく起請なと認
めて却而味方の間と用ゆるを云又は敵の間と
しらぬ様にて偽りをかたり敵方へ泄しあやまる
やうにはかるなり
四死間と云ハ味方の間者に偽りを云きかせ敵の間伝る
なり是実ならねは敵の間者罪せらるを云或は
味方の間者を敵生捕様子を向にいつわりなれは
妨に成故味方の間を殺すをも云也
五生間と云は外愚にして内賢なる者を歌国へつか
はし置善悪を聞侍るを云自然間の様子を味方
一人成とも伝聞て主君へ申上は其告る者も間者
とも急度罰すへし間の大事と云は一人もし
らぬを以て至極とするなり
一拾恩と云は平日忍の者とて才幹利発なる
者の面体めつらしかして平人に見ゆる人鉢の年
三十より五十さの者を数人ゑらひ近国へつか
わし家々の風俗を聞へし其期には何程道に
馴たる者も乱国には怪我有へし囚人忍と云も
軍法に有事にて敵も油断せぬもの也兼々忍つ
かはすへし忍の者心得へき事は近国ノ村里古跡
其郡の奉行代官亦庄屋有徳なる者の石其外
家財道具の名も所によりかわる物なれは心付しへし
詞願も近国の風を真似てよし国々へ忍行には
年の始は万歳傀儡夏は商人秋は乞食月迄三月
入用の椀折敷の売物平日は尺八吹行人坊主道
心者或は仏神建立の勧進等此外忍行事者
類すに及はす細有増を道路に向と云は尼遊女
草男に金綱をかけ聞より宿を借へし百姓町
人の所に宿所取もの也門に入といなや家主の気立は
大州居体にて見ゆる物なり
一関所を通る時はすら〳〵と都に行へし諸人通り節
衣類道具を盗ひと云伝有番所へ目つかひ諸人
と同しかるへし併関所ニハ往来の割符有故
通りかたし野伝ひ山伝ひとて野山の道具を
持農人山人に紛れ斯もの也鳥獣おとろかぬ様
通るべし敵国に住には心得ありちんはかちよつかい
或は耳とをく成へしたわけ者と云様に身持す
へし兼て約する友に逢時は砂書灰書い
ろは張符口伝
一家主に物を問には無常よりかたり初て我本国
生国を云父母には何の年おくれ候と偽りかたる也
亭主後生ねかひなしは私も一宗とて節枯を
してむさと食せぬ也亭主うちとけは心つかぬ
やうに本国より尋向其所の様子を聞へし亭主
利発者か侍のなかれか又武家へ折々出入せは品々
宿替へしとかく智ある者の所に居ぬ者の臣也
一捨忍色々伝有といへとも案内を求むるを救伝と
十自国の百姓町人と敵国の百姓町人と縁
辺を組事肝要なり其縁者に忍の者を添歌
国へつかはし縁者を請人に頼て台所人か或は医
師なとへ奉公すへし若他国者とありためは百
姓と云て在郷の庄屋其外石有者町人等
の事をほたり武士かたは云ぬもの也
一捨忍の大事と云は一族の内か普代相伝内才
幹成を見届親孝密にして直談にしめし無理
を云て牢人よせ諸人とかふわひことせは早々自国
を追出すへし此者敵国へ走り敵将の家元出す
人に取より其人々の持病知音を以て奉公たて
世はやかて気に入へし其時乱舞俗倶鞠連
哥茶の湯とかく艶成道におもむかせ朝暮極
山にてさたつやうにはかるへし必武道油断に成
行へし古主より金銀つかはしはかるもの
なりせめて七は年前より忍入てよきとなり
一敵国を地焼するには兼て入置恩の方へ忠信成
者を一両人遣し天保の節風を見積り殺原
昌なる所を焼へし又味方押よせて焼討せん
と相図の内は城内より焼たて城近辺に相
火をかけ攻よせ戦はゝ勝利得る事流に棹き
す舟のことく成へし
一忍弐人かよきもの也高き所早き所堀て越に
も自由也およくには伝有一尺図の器物はは
大の男も浮もの也桶板にて紙には竹木を横に
給付てよくさなけれはまわりて行す珠
数浮も綱なくはならぬもの也身こしらへ持物伝
一城内へ忍には米薪運送の時か番衆朝迎の時
か普請有時か風雨の夜嶮岨の方より入もの也
居所は台所の普請場に紛に居る也陳所へ忍も
同前なりかり火の給間か馬の放れたる節か
こゑ高に騒かしき時かとかく物音聞へさねたる
明油断を窺入なり亦尾敷へ忍には植木の
枝四壁より外へ出たるよりが下水落よりか或
となりより入と也衣類は天に付手足面に伝有
夜は足音ひゝく物なれは地熱穴盤と云犬あらは
金綱かけへし居所は家の上木の上ほこりため
雪隠たるへし人に逢時心なく詞をかけ雪隠
返答せ夜をする若なる時は火事と云喧嘩
と云紛る詞さそふこと除かたき時は火のたて尋
一家内へ入事たそほれつか夜半月の入地か風
雨あしき夜か夜客乱舞有鳴か先帰後陰
を心得さわかしき時を心かけ入也家に付遣ふには角
に付もの也壁を切るは八角を一通り竪に切へし
人のねいりたる息は呼吸共ニむらなし但シ
ひく息なかしねいらぬはつゝ息なかし男は
ねいらされ共眼をふさく女はねいらぬ内は目をふさ
かぬとなり壁越ニテ友に物云伝首戸を明置
闇の夜たて置クは月の夜いけ火あらは消へし
家主出る口には足懸りを置物なり脇より出る
家
口はとつる也跡切は出る者の右直なり口伝
一筒の火には古きせんし茶の袋を竹の筒に入て
煙の出ぬやうにせんをさし土にてぬり黒焼にして
ふめりを少入ひしめに作り子将こさの小便しみ
たるを切二ツ折にして其内へ火を付入持へし火に
立る時は紙より薬を付用ゆ薬方は生悩発
硫黄三匁漆か寸五分鉄砲筒薬五方此四色細末シテ
消酎に少のりをかへぬり用ゆ
一眠り薬はひき蛭の白子をかけほしにして古き布
に包切芥のことくに切風上より焼也其身は
まつ香を焼かくものなり口伝
家
〇一ねむらさる果は六月土用に趣をとりかけほしに
して粉におろし能引茶一ふくニ蚫ノ粉ヲ少シ
入て呑へし口伝
敵国見聞して主君へ注進之事
堅明にして専仁義を守るか
一敵将
一商を好み諸人に疎るしか
才智有之ま平日忠義を諫るか
一邪曲にて持病に他を忘るゝか
親疎なく万事仕置正路なるか
一諸本紙置正路なるか
上を軽し依怙贔屓に紛るか
一諸役人無慾にた理非あきしかなるか
一諸役人
俄かさり恥をもしらさるか
義理深くして武芸を勤るか
一諸士
施返を常として下風なるか
寡役にして有徳なるか
一百姓
飢寒にした身売たきか
食化貝有余にて安堵するか
一工商
貧窮にした盗賊につきか
堅固にて常に破損を補しる
一城郭
陰陽虎口節所の有無
地形高低山木林遠近
一郭四
堀沼深田広方角
且入田切え
道路曳通難易分馬海
一四境
川大小舟橋往来渡
家北曲流河南野裏河西海軍水并泉直水
右之品々会比に書付城地形を絵図にして万事
を書付扨騎馬数金怪の多介まて書立主君へ
ちきに上る物なり大将奉行其様子を見は
からい攻撃すへき工夫結要なり軍に間忍を
用ひさるは闇夜に燈火をうしなふことく成へし
五郎の将之事
一剛敵と云は仁義の勇者にて遠慮不かく道人
を用ひ忠従有て国法軍法正敷大敵にも負す
名誉の勝利を得るを石付て明将と云也
二集歌と云は身を全して諸人にやわらかに国法軍
法も縮屋かに有時は味方共成敵共也勝負を
幸にまかせ時節を窺ふを石付て値将と云也
三強敵と言血気の勇者にて己を恣にし国法
軍法も火急に荒く後度の勝負にかまにす指当
軍を廻さす険難をもいとわす無理に働くを
名付て破将と云なり
一心弱敵と云は軽薄にて利慾を好み色に耽りて
恥をしらす国法軍法も正しからす武道無
なき醫にて武藝嫌ひ不嗜なるを石付て
暗将と云也
五老君の敵と云ハ年拾七八にても老将有六七十歳
にても若将自能堅愚を考へ自己の方別肝要也
古語に善人は不善人の師不善人は善人の師といへり
一武士のたからには人にましたるはなく候大身小戸
共に家の子房等小者にいたるまて情をかくゆ
不便におもひ扶持すへし是勝利の根本なり
生有者恩をしらすと云事なし一旦の恩に
さへ時により命を捨る也村に年来丑を蒙り
其身を養ひ妻子郎従まて飢寒せたよく
かり安楽に書す事誠に主忍は天より高く
し
地より厚くしかる時は身心のつかるゝそかへり
見す二六時中忠功を心にかけ奉公油断有
まし戦場にては生死共ニ用に立ものなれは
念比して仕へし主人のよきに内者悪きばなし
されは源義経楠正成の郎従に一人として末
練成ものなきにて合点有へし情は味方あ
たた大敵あしき者も不便と思ひ不調法を
も憐愍有へし夜等故に命をたす加季
手柄なる高名をも一両度仕ると誉有人
かたりけりたとへは刀脇指のきれよさを求め
秘蔵すれ共平日用に立にあらす一代に一度の時
用にたてんとの意地也いわんや家人は常も
奉公いたし大事の時は一命を捨るものなり
一屋常道心得なり
□一冊予聞書□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
不宜後可被断解者也
汝誰編集之
19458
一