北條流與力足輕頭心得之書
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- 北條氏長
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- 2026-08-17T19:23:20.996Z
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- 2026-08-17T19:23:20.996Z
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- 北條氏長
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- 日本語
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- ホウジョウリュウヨリキアシガルガシラココロエノショ
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- 東北大学
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
狩猟
北條流與力足輕頭心得書
一
与力
北条流足軽美心得書
ね。
譜野恭信郎
以テ購入セル竹蘭博士
「弁幸吉氏菅蔵書
一北条流与力足軽頭心得之書
一労同心申渡候条々
一足軽何之事足軽の痛は小連なるへし蓮光云は年なけれをし
段々に酒を作り替て鉄砲を散して藁込の間を全するを
云なり陰陽歌正の心の可有陰は待陽に動正邃にむかふ
寄は横をうつ隅の備陰の徳しまり足軽之作名目身の中の
如あて足軽の拙事也翌可有事
組御鉄砲五十挺
一手組手分ケ之事御預之与力拾人足軽五拾五人
一御鉄砲五拾挺を三挺ツヽに分ケ足軽五人に与力壱人宛落落網
に定る者也与以二人手明三人は先随我て可被請指図事
一足軽五人に与力壱人宛損評る事は是けいご也常は行儀をあらため
其守僻所をいましめ勤時は薬を込せ鉄砲を放させ足軽ヲまとめ
大将の下知に随ふべきため也されは戦場にては随衆の足軽を小連
につらね与は銭を取て足軽の後に居て下知なくして退く去を
対し様に進も制し我下知を可待之也依之前方ゟ足埋は与力の
与頭二人手段二人也
下知に可請旨申渡可候所也与力の名も其覚悟有之常々同心也
指引可致事
一右之通なれ共与力は鉄砲三散共告しかるましき事也只へとも
戦きひしくして足性鉄砲放かぬる事もあらは与力其鉄砲を
取て放事も可有左様之為又は下知して放さするにも我其
道を不知して不叶事なれは常に鉄砲の放張稽古利方の損徳
工夫可被致事伊要也従は一事たり立立は鉄砲王薬火絶豆軽
の武功手廻し等よく道課を聞出し見出し工夫被致
組中ニ申渡し手前にも覚悟被致候ハゝ我職ヲ嗜御奉公
たるへく候勿論大筒石火矢なとに至まて下知して放すへき
稽古練々油断仕間鋪候事
一御預之御鉄砲ハ何銭三匁五分也といへとも若玉目大なる鉄炮
有て与風被仰付事も有へけれは玉目大成鉄炮の放様
をも常に足軽とも稽古致させかる事勿論動の割は十五
間廿間三十間壱町の内外之勝負なるへける然は足軽には目当
のけいこ計にても苦しからす貴いへとも或は見望之敵を払或
物見武者をおとろかすへき為又は敵の気をうはふ武略に茂
入へき事なれは二町三町四町五丁斗にての町続矢倉いら
すして散すへき稽古いたさせ取紙事
一合戦の割鉄砲打払勝負きひしき時は鉄砲をも指置足軽も
刀を抜指向敵を可払覚悟有へし然といへとも鉄炮を捨ての動
は不可然されは鉄砲を放て御蔑鉄砲無用之時鉄炮の納所納様之
覚悟可有事
一足軽の指物は白しなひ裾黒与力衆は白き折掛中黒出しは面々大乗
次第袖印は白きとこい浅黄ひら〳〵二ツ与力は銭印に可付長ハかまり
或夜討夜軍の時或臥田又は竹たは引崩役人抔の指物を
さゝすして出る時之為也其用意有べき事
一鉄砲手前の手前又足軽の手前は兎角一様に相定壱ツ手前にて
三十目の茂十郎女廿月三十目の異風物も顕さる様に心得て稽古
致させ尤なるへし子細はそ細〳〵に手所を改め自由も放事
少々之稽古古にて成かたかるへ事記は稽古に手間を取ぬ何との
義也又立散しひさみ度は尋常之儀なれは不及申中放しをも
折々敬し習へき者也大形矢間の鉄砲は中放しなるへけれ也
地に居て薬を入手廻をも茂常に仕習へし立て薬をつく豆の
成かたき時の為也其心得あるへき事
一鉄砲を可放四将之古へ其違退をはかり無用之左衛に玉蔵打労
事なかれ一敗にも数を殺す時可有難合達時は縦は鉄砲を放す
と云とも心のまゝに中へからす不申は敬不恐敬を殺さねは其人なし
能備の間も考へ陰陽の道理を弁へ時節をはかりて其夜徳の
慎有へし合戦せり合の割は款合百間壱町の内外戦の初る
へき前後二手横鑓ヲ入泉の時或は敵を押へ又は三軍の気を
うはふへき鎌善此等の時分は鉄砲をつよくかねし時也又は竟
城の割も数郭外へ寄来るといふ共足軽を一通にくはり鉄砲
をつよく放と歌は大形城をのらんとする敵にあらされは是に
劣らしと鉄炮を放し無用の手に至等を費すへからす
歌早城下へ寄来り仕寄を付むとするの時或は切岸の下に付屏
をのらんとすこの時又は物也或者来るの時或見切所也あかる影を
切払く比敵の時順かへの砌なとつよく鉄砲を放して敵を可致
者也如此之儀は其時に臨て可被下知といへ共常にも其心得
可有事なるは兼而に申渡す所也然といへとも無事百遍心得は
不可然鉄炮の打せ様のみにかきらす戦国泥玉の輩は万事に心得有へし
其段は我下知を可請事
与力同心可致走廻同断之事
一面々請取五人宛の足軽を能下知して猥に進を制し居志恐戒しめ
備を能立薬込を全し軍兵を不肖下知に随ふ是第一の可為
御忠節事
一合戦の割始中ふる足軽は不顕与力一与力は我に随て不難を能心掛と契り
但我与頭の与力不覚悟にして法を破て進み或は見れんにしておるゝ
事あるに其利を不弁随て手に命さるは不覚なるへき事
一鉄砲せり合終り足軽も鉄砲不被致割は鉄炮を納め自身の動にすへし
支力も銭を合足軽も人を討是高名の至なるへし然といへと我職
なきは鉄砲にての動上との太刀刀にての動をは其次とすへし忽
与力は請取の足軽にかまは次足軽は鉄砲を捨テの動は不覚なる
べき事
一鉄炮せり合経一王歌味方入乱るゝと云共猶能下知して請取の足軽も
まとめ薬を込替敵の二ノ手を押へ或は敵の士大将者断物奉行を
うかゝひ或は鑓縁に返しの鉄砲を放し敵も破り味方ヲた
すけ勝を全するは莫雄の動ひ類なき高名なるへし上ゝの者
と相足類事
一傍輩の足軽或は討死し或見練にして退き其外何とぞ子細有て
其鉄砲の捨て有事なと有ぬ我鉄砲をは納め其鉄砲を取
来者あらは場により所によりて鉄砲を治て後人を討ると
一同意の高名に准すへき事
一けいごの与ゐ衆万一未繰しておくび下知にあらずして退る時其姿
足軽の中に若民勇の者有て傍輩をいさる儀を不知我に
一随ひ下知を待は是大なる走廻り高名の上へ登可成事
一与力足怪を捨て壱人動は非は身物有といふ共臆病門意のとかに
可申付事勿論我下知にあらすして他の仕場へ行て動請取の
彼義を捨て他の事を奪ひは勇士の本儀にあらず臆病同意の
一一飛科事
一戦場は不及申御番所御供の先其外不依何時御用前におゐて
空花巨論は私の怒を得しゐまゝにし公儀を忘るゝの科不
軽其上大事ノ前の常に命を失ふは勇士の本儀にあらす
尤双方可為出事若無禮のもの有といふ共場忍の仁は
公儀の為に我を忘れ大事を心に掛て小事にかまわさるは勇士の
本意なるへし尤可為名節事
一幼戚の事無下知者可為無用事若無下知して致之輩有は利欲
の為に法を忘るゝの科かき事
右之種々者兼るよりかたく定置所也与力衆は不及申足軽同心を
此旨を可相守者也
足軽武功
一鉄炮さまはさり様之事土俵を以て射西の方をかさり身を重に来て
鉄砲を指出して中放しに是を放様にかさるへき也渡稲荷後を取
はな次様にし鉄砲の煙を出す様にすべし矢間の切様には様にの勢ひ
有事也例式の矢間は地に居て乱より八寸上に切内八文字外父
相模夫は上矢下矢の想あり主なる屏は一二三段高き屏は二重
矢間大竹さま大筒石火矢抔可放にはきり戸餅或は石打棚
城普請の秘事也よこや角落引へ木をいとふ見切所町続か
すのきさみ敵の寄場合力仕寄城外ノ木竹何れも習有屋
記事
一数言国足軽の事警固足軽と云は目付横目けいこ目明めため士大
一将に指戻らるゝ時の儀也其つり合となるへ記為なるはふかき
心得有義也兼るニ可申渡儀にあらす此故略之
一送り足軽之事送り足軽と云は物見武者を遣すに其道に危き所あり
て深く不被入動或は田き程かまり場其外森林村里けんかゑは
いくわいの地ありて行すへ見切にくき事ありて近に登幽詰物見
仕かたき時は足軽十ササ斗と指添遣すを送り足軽といふなり
此時も備は替れる義なし其危き聖て送て備を立物見
武者を守護し敵物見武者ヲしたひ出水足軽を進め押之物見
武者を引とらせ扨くり引にして引取へし若迎仕来候は
其他儀を立直し敵をくひとめ横より打しむへし相図の物見
もろし小幅みせはたなんとゝいへる謙善ありか心の事
一かつ田可致作臣之事臥田と云は娘は戦国の割は敵国の民と
つからかさんか為歌国へ押入敵地の田池もあらし或は敵国の外
毛を臥取も臥田と云也毛作を賜り春作をあらし早苗を
こなし植田をこぬるなと云皆同し汝也或は戦陣の砌も
兵者至たる事を貴々し呉たる事を不愛と云心は堅固の地
利を得てかたく備て待て居さる所へ掛て合戦する事は
勝つけへきによりて客たる事を不貴としや故に動きとて人数
を分がつかはし歌地の田畠をあらし毛代をふり民家を金散に八
とすれは歌是を防ん公備を出すによりて欲の儀さたつ其変を
見て其に随て転変してうては勝利得屋すきによりて為置事
を貫と云也習多き儀也如此の徳有故に用家儀也兵衛に利な
落之乱西取といひ或は一向二裏の捨寄正之変発之秘事也
可有口伝義也然に計田せし毛作をふり麦作をあらし
植田をこぬる役人は古区には地下人の内にて兄弟有者をは弟親
子有者は子其器量よりき者焼て人夫をつけ出し鉄症を
持せ能頭を付て陣中に召つれ此役人に用られしや其徳は
其役人なくして足軽此役を務陣具をとりなとすぎは勝負の
足軽すく都くして敵不意に寄来る時合戦難成故也其外可姓の
人質にもひ長物持足軽の煩手負のかけ替に茂用て徳有
故也然共か様役人なき時は足軽此議を勤る事もあるへけるは
其作法心得可有事也其役人ありと云共押入の足軽なりて
不叶なれは其非法心得可有事也其他跡先臥田毛作の役人多
進にて外田をし毛作をふり候へし余の動に心を入へからす
其国をかり其作をあらしたるを手物とすへしと申ける也扨敵出れは
早々引取てうた證さるを然とす又押の足軽は能見切所地形を
はかり備を立遠侯竹侯の心得ありて敵出れも足掛を紙鉄砲を
放し是を押へ臥田毛作の役人を引取へし同勢の備有て金を
有へきには敵をくひとめあいてい勢の心持を用又歌を押へす酒に引取
へきにはくり引の心得有へし備を隠階に分ケ寄正の意を用へし
相図の物見約束の見あるへし様子は不定之義なる然は其時に臨てかた
下知といへとも常に兵衛の心得なけれは不案内にして衆儀一つかたし
一其上作法は不変の儀なれは常に其工夫稽古可被拙事
一乱妨散火小屋おとし他法の事其役人押ク足軽大形前に替れる
義なし但放火には火の付所風の順尾敵を押へ味方ニさこらぬ
心得可有又臥田毛作をふるには深田足入之地を知事肝要なるへし
其様子常に工夫いらすへき事
一夜討右衛の時足軽の事夜討夜果には敵味方見分け難けれは一
入大事也先患を入て敵と驚き時に鉄砲をうたすかに書汁を又
旧馬鉄羅
藝館縄
専同也
引取時に殿に残共に連につらなり敵を押へ引取其外ひかへ品を
ひかへ俄合図たし可有口伝義也口上に可申渡義なれは異之欠に
味方敵国深く勤入夜軍をいそふ時はけたしに逆茂木越引或
ちかひ土居を築く是敬夜夜討夜軍を仕掛る時夜計には其
敵相みへすして足軽くはりにくゝ又前に進出る味方危して鉄砲も
放しかたきによりて是をはうしにして足軽をくはり五軒の
備を作り鉄砲を可致為也剛敵を防くには昼の戦にも煙を
ふり逆民等を引事あり妾は口伝有義也次に陣所には本笏折
笏とて二のかゝりあり申劣も云は出入み所にた〳〵捨笏は陣屋を
離れ五丁も十町も外ニ置也捨笏と云に二義有二は敵よりの
忍ひを防くの笏也か焼様は合意に出かゝり貝鳴て本筍を焼
張番を出し金葉を以て人の往来を改る也捨苟ハ前に
土居を築其部に居て火はかり外へ見ゆる様にして焼之也又一儀
には焼捨て置かゝに可有是は人数を多勢にみせ敵軍の気をうてはん
か為なるへし是をも援かゝり是也又捻かゝりの場にて約条の
火と云事はかき物聞あるへし何も夜軍をいとふ秘走也如此
義は其時に臨て可令下知其断略也
一冊中の足軽の事備所替有へし順逆の鉄炮放様替有事也
一城中にても左横矢心得習あり常に甚次可有事
一かまりの事かまりと云に二義は霊後兵代兵也霊後兵ト云は其人衆也
村かまり里かまり捨たり等也霊法兵は大勢を以ての謗哥なれは
先異之伏兵と云は其人少五人十人或は廿人三十人多くして五十人余
十百年の人数を以て混弊并原表細などの内にかくれ伏て
敵の使或物見武者なんと来るを待て不意に起て討みと云や
臥かま判草かまり草をふするなとゝ云是伏兵也大形足軽
大将のいたすへき致なれは常に能心得か有然也かまりもふする
作法にもか達陰陽寄正の心得有へし敵の方も道筋を考へ
人数を隠すへき待地利を伏へやしかまりをふせに行には八重
かまりもいそぶ物見有かき物聞と云かき物聞には草をむすふと
云習有又敵のかまりの有なしをはかなには是かまりを知事
一
第一也かまり場と云は軍法云軍旁有険阻随井兼茂材木
醫纂者此談而後宗之此伏式之所也ト云云是かまり慎也
かまりをふせかまりをいとふ習始くあつ其時に臨てもにて
下知故に略し先大形かくのことく心得て常によく可有事
ナリ伏此度よリ笠木口一ツ寺方足境ノ役ハ多キとリ組シテ木桐園ノ約ヲ崩シ各長ヲ立リ候様松津藤原
御指本之義を付越ノ来ソ共田勝り国ヲいたり不残り国へ被達候事より相達候事
一陳取事御持足軽なきは大形御本陣の近所に可除取様子宴
一伴法か随御下知事なきは西々に心得すと竟不告事なれば
一若又茲之図目以或目付横目のたち御先衆へ被指添事も
計難けれは其作法心得可至事尤也陣取の図は方図の格
をか守其断繁多なれは異に為心得伴路はかりの絵図
を作り従兼而出之置者也もし目分として隙もの也
小屋をかく家事あらは此作を守り様子は可為時陣所も
撰には水の遠匠敵味方の見きり所山の前後川の散音此方
川平右多川上の様子水の干落勘へ山岸ふけ池衣討夜
軍の時火みせは証拠はたけたしたりまたしとの様旗の如
居哉
形ナリ迷
アヽ
定ナシ
阿部門方へ
門え御知
用ル
晋ノ
さり銀一二三の貝鎌合言相験けたしとはり逆も木違ひ出居
あんしきかくのだうせいろうかすのきさみ大竹つほさま
一各習有事也謀内のげいこ道に次断不可有事
一儀立は前に云小連なるへし行烈は備をおしたゝむ羽田有へし各
一作法の図定至所也様子可随時事な然は略し
一匁にぬれても火の付大縄雨ふりに大きえさる縄の将様おそく
立火絶たうの火ひやの方ほうろく大矢の方に藁やう
ゑんせうノにやう中わう文薬之方如此の儀能心得
たる人に尋常に習ひ出るへき事
足軽五人
与力壱騎
兄恒五人
足軽五人
与力一キ
旁キ
但頭二人手明三人
陣取図
より一キ
他名は如此
八間
本陣之内に可居
様子可依
一鯛一キ
御
左右廿間前後
十五間但此外藻
をなかし
本陣
下陳
武田八三
垣ケタシ可有也
五間三ツ様ト云松岡左衛門
足怪九人
一人足軽五人足軽五人足軽五人足軽五人
与力一キ
与力一キ
武功七首御伝与力一キ与力一キ勇一キ勇一キ
足軽五人与力一キ足軽五人与力一キ
九天八月十四間
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一足軽五人与力一キ
九尺はり七間
左右廿四間巾九尺
前後十四間
此外けたし
篠垣有へし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
未閏二月廿一日
九尺八リ七間
一足軽五人与力一キ
二間ハり本陣
下添岩田次天殿
くなし
未一月廿一日
八月七日
白米はり七万
雁
雁九尺八り十四間
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一足軽五人与力一キ
足軽五人与力一本
一足軽支力人積之事
一一与小足軽五人玉薬持立一人貝足五匁箱一に持立弐人夫馬三人に壱疋
一口付壱人与力一騎鑓壱人馬取二人侍二人鉄砲之者一人草俊衆
一人夫馬一疋口付一人盗人数上下拾八人馬三疋十組合百八拾
五間但二間はり
五十間但七十間但
一人馬三拾疋陣屋一組に
七間九尺八り
一十組合陣屋五十間但七十間但七十間但
分七間九尺八り十間
十組合陣屋一
二間張九尺八り
本陣十六間但弐間張右之外組頭二人牛明三人夫馬一疋口付
一人具足白面持共二人
与力拾騎足軽五十五人都合百八十九人
一玉薬物積之事一組に壱人宛十文に拾人玉薬箱十箱一ツに入錠玉
七百両拾弐貫壱匁五分玉弐貫六百廿五匁弐分二分壱貫五百目四朱
一七十五匁大縄一人に白筋ツヽ一筋廿匁ツヽ廿五筋にて五百目余貫
七百目人一人して持窮りや十組合四拾七貫目翌十人也
七千五百ノ数也一人メ百傘数里の績也右如此浜見れは陣中へ
玉薬たるへは持かまへし然し然者常に工夫してゆも多く
可所持又玉薬の費無之様に考可有事肝要也或人常に尺
八かうをたクこしらへ玉袋付菊二三丁目玉拾斗程ツゝ入足軽
にあらすといへとも陣中へめしつかゝ程の人には腰にさせか将したく
被致たる人あり誠に少ツヽの事也といへとも大勢して所持せも少は
助登もならんか鉄砲の役人なれは其覚悟したくか有事
一兵孫兵衛は門を出るゟ数を見るかことくにすへしと云々云心は我国を放れ
我民濃門を出類ヲ門ヲ出類と云ニあらす此門と云ハ生蔵の門や
武門に生れぬる人は出家に至りて常に歌を見るかことくおもふ
へしといへる成也故に備と云は戦場にて人数をくはり人数を
一類はかりを備書云にはあらす何事にてもおこたる事なく
我家此職を守り其能代名を取うしなはぬ娘にするを云や
兼而能仕置せされは其時に至て手をつく事あれはなり縦は
商人はあきなひをし百姓は田をつくり士は弓矢を取是家
職也然に買売の者も前方あたひめ安き時に求置て其物の
絶たる時取出して是を売其あたひ高直にして利をうる事
多し兼而求置すして其論間にぞうらんとすや
求る所もあたい高によりて其別をうる事すくなし其時
をはかり買置道にたしなみ持て利をのへき時いるはかる
是商人の儀也百姓の田を作る其前方ゟ其仕歌なくして其時に
至てうゆるにあらす夏田へかけん水をは冬よりため新に種を
用意して春植或常にくわすも用意しておこたる間なく
農事を心にかける是百姓之儀也侍は敵を防きとりある六
罰する事是宗職也然共人を殺事は常になしといへとも
刀脇差を常に腰をはなさす弓鉄砲長刀なんといへる人を
殺す道具を常に嗜其芸を学ておこたる事なきはいつ
人を数事あるへきもしら申しさる故に前度ゟ其遠くを
仕至て其時に至て手をつくましきか為也如此の義は是
侍の簡也殊更将た千人は其用る所大きなる故可備事も
甚多し孫子も五事と云は是常の局也五行方田伯医陽天人
地或は小達大連円形応行垂月鉄矢且地帯地帯蛇立陣三陣
八棟ならんもゝいへる類ひは戦場に臨て俄歌人数により地形に
よりて用る所の備や是猶ならしのいる所也然を常に守麗
む心なけれは刀脇指のさひを蔑落さすさや心の善悪をも思ひ
剣術稽古之事茂せきるによりて自然に不悪く事有時
ぬます切さ流事に逢て用に盃は備有ひ似たりといへとも
侮なきに同し一箇の勤さへ如此人数を立備をもふゆ合
戦をする事は猶以常にならしなか経は難叶世治列国おた
やかにして弓矢遠さかれは読み守心むこたり諸人ためしみに
ほこり心法おごる故に五事七斗共に接縄其能沙汰を知るる
者少し武士道不案内に成て其戦境の論くはりなんとく名を
さへ不知様に成行せさるは常に髪をみるかことくに莅むておこ
たる事なく備て不意に出られ油断をうたれぬ様にし物毎
能仕置て如何様之事有といへ共其時子のそんて不足なき給ひ給ひ
すへしと云也
是丘濃の第一也此兵法の道理にまかせて右之條々は当由にあたす
といへとも従益る申渡すし也其家織の寺おこたるへからさるは見
如件
一正保四丁亥二月吉日
北条新蔵平氏長
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