神明弓免璽之卷
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- 不明
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- シンメイユミメンジノマキ
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- 東北大学
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
神明弓免璽之巻
第10
24041
神明弓免璽之巻
神明弓伝来
兎至之巻
一夫本朝神明弓は其源固制之堅弱弓にして弓の
長け六尺矢の長け六寸と云り其器本朝に傳ふる事は
往昔大閤秀吉公朝鮮御征伐之刻々敵船より
一加藤清山の会船へ射懸る所の文其長わつかに五六寸に
して其疾き事抱玉の如し貫抜する事皆楯を
くたく味方長か為に死亡する事大方ならす又其射
手何れの所にある事を知らす是毛勢の遠町なる故也
一爰に於て清正計策を設け公船に怪幕をたれ内に
空敷菊楯のみを束ね舟の胴底にして金鼓を打
しめ攻伐するの勢を示しけれは案の如く件の短夫
を射懸る事雨の如くにして数多其矢を得是に似て
帰朝の後其矢を秀吉公公に献し其旨趣を述しかは
秀吉公其頃の射芸に達する者を集め玉ふて其文を以
て遠丁飛来の術を尋ね玉ふに更に其工案を述る者は
なし是に因て其伝亡ひ其文も亦蔵庫に秘め玉ふ庇
一元祖弘前之藩臣永岡両園隠遁之後故あつて秀
吉公御伽に召れ或時右の文を下し玉ひ且射術に
勘能なるを以て其旨を問玉ふといへとも速に工案する
事能はす爰に於て雨闇深く其伝の亡ふるを歎き
一迚も智力の及ハさ類をさとり夫ゟ弓矢の祖神豊
一前国宇佐八幡宮へ祈念し短矢の射法工案を立願
し三七日の断食せし所に結願の夜にして霊夢を
蒙り味爽にして異人に逢ふこれ則秀吉公朝鮮
御征代の節生存の者にして是も亦故有て小倉の
辺に住し久敷帰国の宿願に而此八幡宮に歩みをは
こひし所今計らすも雨国に逢ふ事互に胸中の
立願を語り終に短文射発の秘術を伝受す此時
はしめて本朝に伝ふ其伝術人智の及はさる所
神妙不側の法なるを以て号して神明弓と名や
付く夫ゟ代々永岡の家に伝へて家兄ニ至て十
六代に故あつて弘前を廃し甲陽に遊歴の刻
之吾子熊野深きによりて三器の制作矢発の五箇
家侍の奥秘といへとも残さす伝授セしめ牛后来
其器にあらさる人には千金英伝猥りに伝へて神
機を洩うす事なかれ
三番之法
一矢筒之事
一矢矧之事
一矢送り之事
右三番之秘制縦令雖父子兄弟堅可秘之者也
矢発之伝
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
一右五ケ之極秘ハ神明子秘中の秘にして猥り
に伝へて天機を洩す事なかれと云々
奥州弘前藩屋
永岡両園十六代孫
永岡静馬久伴
文政五壬午年三月表旦在判
埴原直記殿
六
かし
○
一右は津軽之藩中永岡久伴故有之事私家滞留
之砌右神明弓皆伝を文巻物口訳等相伝有之
候処此度貴所遠路御尋問御懇望に依て右神
明写之故事幷極愚伝授之所巻物口訳及制
作等迄不残及御伝授候然上は前初御整約之
有之候通対外他為致見聞候儀堅御禁戒可
有之者也
甲陽浪士
埴原直記
文政七年甲申秋七月吉照信保
横山令助殿
四日