破魔的之次第(小笠原流)

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不明
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2026-08-17T19:23:21.344Z
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ハママトノシダイ
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東北大学
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2025-11-13T06:51:39Z
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
破魔的之昼 荷の面1 破魔的之分 破魔的之介 第図書 4221 } 破魔的之次第 一此弓の起源を考るに往古天の神弓箭を 一佩帯し給ひ悪鬼を退け国土を治め 給ふ破魔の字あし物を破ると云の 刻なれは也これにより正朔の風儀皆 神代の体に随ふといへりしからは 初春に此弓笑を用る事尤ならん 一書に破魔弓矢的は敢て児童の 翫物にからす豊年を祈る祭礼 なり遠国辺土にては今も此例残 悪魔を破却する民の祈念に司る 所有とそ末世に至り児童の遊と成 輪師を投これを射る俗呼てこれを射る俗呼てこれを はまといへりこれ自然と都鄙の 一繁栄武道習練の法にも叶ひ侍らん 一世諺問答にいへるは謎打玉を打玉を打事は 山虫犬か頭の衰相也そのゆへは黄帝 縁鹿の野にて蚩尤を討伐し給ふ 時其霊疫神と成人民をほろほす これにより末代疫神を防き恐し めんために蚩尤か身分をず化す地 わけて一ツも残らぬ謀に毬打玉を 打せ女子の遊に手毬をつかせ眼を 的に表して破磨助と名付討させ しかのみならす初春の餅は白骨と 歯にかたとり十五日の小豆粥は血に なそしへ晩春の草の餅は因に 身たとり南派の粽はたふさに透 商節の素麺は筋にかたとり貫月 の菊酒は眉に表すとかやうに かたとり疫神を防をこらす謀と いへり 一一往昔よりの旧伝に四月八日は弓弦を 馳して弓射る事なかれ宝尤を 弔たる日なりと申伝へたり一切の 一畝皆宝尤か眼より起源とす 一史記に曰出尤兄弟八十一人有甚悪 臣也帝不レ能レ禁于暇天降二玄女一。 授黄帝神符一大に戦二涙鹿殺レ之と いへり 一五字の反聞と云事有是は黄帝 出尤を亡し給ふ時に其眼人を 白眼光り甚敷によりて立処死 する人多しこれにより首を帝 見給ふ事ならす干照妻弓矢 を帯して五字の反敗をして玄女 一虫尤か首を蹴給くは眼たゝれしほむ その後実検にそなへけるといへり 今におゐて首実検の段大将の 左右に弓士を備ふも此謂といへり 鞠も蚩尤か頭の表相といふも このゆへなり常に悪気を追の 例なり 一五字とは天武博亡烈を云陰の道ひ と云は右足より蹴出す也陽の通ひ とは左足より蹴出す事なり これを天武平眼の足蹴と申也 後世実検の場的場場鞠場に此反 敗を用ゆ条は口伝 ▢一遠境辺土にては旧例今に残りて 年始に此破魔的を興行すれは 一国中に画事なしとて翫ふ事尤 一勝事也漢の代よりの恒例なれは也 その射法奥に記すものなり 一於薬の風俗に青陽の初童部 とも寄合左ま弓矢を取扱ふ 的の名をはまと名付その拵様 わら縄にて差渡を五寸程にして 中に一寸八分程の小眼の穴を綴る 母尭米つき輪のことし此破衰 師を射る弓矢敢俗呼て破摩 弓破摩矢と申来ルなり 一小児七歳迄は破雁弓を他よりも 送遣もの也八歳よりは破摩了送る に不及勿論菖蒲甲も七歳にて 他へ送遣ものなり 一破魔弓は青黄赤白黒に塗て 未詳本鮮矢摺藤を巻也弦も五色 の糸にて関弦にする也これ本式の 破雁弓なり 一矢も谷巻青原未矧本矧赤原 羽中金矢柄黒塗根多生を赤色 水田青糸にて巻矢尻かり服と きり様なりこれ式の破魔矢なり 一破摩的射様の事人数定員なし はの内長敷をその場の長と這 中外の矢沙汰と人数の分やう 所務付やうの義を取務事なり たとへは射手の児童廿人もあれは 一場長に成たる子紙捨の関を 本本拵へ十本はこよりの跡を詰ひ 十本は不結して廿人の子共へ帰 をとらせ申也跡を結たるを 取たるを上矢組と定め跡を露 一鬮を取たる方を下矢組と定め 二ツに組をわける也扨上矢組のくし を場長不残取集長短をして 上矢の子共へとらせその内一の長き 闇を取当りたる事を上矢の 一組の弓太郎に定る也下矢の関も 取集長短にして下矢組へ被遣 一長き闇に取当りたる子を下矢 の弓舎に定めその次段々 長きくし取たる子を弓次郎 弓三郎と次第の順に定一の短き くじを取たる子を磨も定る事 上矢下矢同事なり 一弓立の順たとへは上矢組の者は東の方 下矢組の者は西のわかり立也南北も 准之扨土矢下矢の童部鳥目を十銭 宛そも廿銭宛ても一人宛より 出し場長を勤子へ渡すを受取 一つにして上矢下矢の立并ふ間の 中に座して鳥目も其所に置着 するなり上矢下矢の間本弓 二枝程も間を出也上矢の方にも 下矢の方にも飯を投送す人有 一場長下知して下矢の方より飯を 正し上矢の者に射さするなり 土矢の組各矢用たるを見てはま〳〵と 声の懸胸ゆがまぬ様に直にころ ばす也射手と破雁師の間本弓 一枝程の間たるへし自然的がゆかな て三時はこれを射ずして何は ころはし直すもの也大前より 関まて直に延て先にてゆかはは 不苦射やうは何も矢用して 引もふけ待也弓太郎ゟ段々 近明を射事也誰にても射中たる 時は夫より跡の射手は結外し をするもの也若縦練をせぬ童子 又矢を射付る段は勝にならぬ也 一最前の子の射付たる矢も消て 不中に等し扨中侍矢的に立 なかし何程も辷往はたよし若 矢明に中りて伯を射止る事 有は射中たるもの我かこの 未鮮にて左の足のゝな先の所へ 一文字を地へ引て扨右足を十分に 踏出し弓の本鉾の所を持て 海を遠く投へし的に弓不届 時はその侭着置跡へ退く也 即届時は未鮮を僻を的の小眼へ 差込ともに遠く投るなり扨 跡へ退時に場長差図して 下矢組の弓太郎を呼出し投る 何を彼印の所より射させ その時へ矢中れは枝に成也 不中町は上矢組の方一番の晩 次に上矢組の方より胸を延す時 下矢組の射様同前中り矢あれは 前の通地に験を付て上矢の弓 太郎を呼射させ的に中れは 上矢の方一番の勝消ぬ也外れ 申時は対々に成て持也たとへは 三度了こ成とも又度弓に成とも 兼て度蚊を定て上矢組三度下 矢組三度射馬を三度弓と云上 矢組五度下矢組五度射るを 五度弓と言也両方ゟ何を二寸也 いつれの方にても矢増の勝然の 方へ場長の方より大前より関の 子共へ鳥目を一銭宛褒美と てけなりこれを静起と申也 音目を移眼と云ゆへ一銭の事を 一誘起と云なり矢は二本の内屡服 にてもきり根にても童子の待たる 矢にて射る也 一両組射る時節自然いまた矢 用ひ不定時酒を廻せははたと 云て酒をうけとらす又返し 直す事也はし〳〵は子共の卿談 にて矢用ひいまた不揃村成と申 殷卒也何を示す者の心声に 破摩よ〳〵はまは〳〵と申も 其国の郷談也 一一明興行の脇の方に梁を高さ三尺に 五寸地際三尺五寸に梁置五度の 勝負過たる時梁へ破雁的を 立て上矢下矢に射させ申也 一勝負五度と定たる内上矢の 方三度の勝ならは此組の弓太郎 の弓矢梁より本弓一杖程去て 置其次弓次郎弓三郎と段々 子共の弓矢を関迄組付置矢は 一筋宛組置也勝組の弓矢は大 前の方へ組ならへ申也負組の弓 矢は大後の方へならへ置也 一勝組の弓太郎我か弓矢を取 酌を射る時場長はその者の後へ 寄て両眼を塞き射させる也 これは時に近きゆへの童部の 戯なり目を塞れても雨へ中れは 鳥目を一銭遣不中は勝負なし 其次に弓次郎射るこれも両 眼を後より塞中れは鳥目をせ 不中は所務なし三番目の玉時 四両眼を塞け共指の間を少明 かすかに師の見ゆる様さして 射させ申上四人目の者射る時は いよ〳〵指間をすかせ偽見へ申 様に射させ五人目は片目を塞き 射させ申也六人目より塞すして 射させ申也段々関迄如此射 中たる子へは音目を遣也曽目 二銭宛也下矢組の弓太郎も此分 勝負皆済て又図を取直させ りて上天組下矢組を分る也 一五度の勝負上矢下矢も対々にて 持に成時は両方の弓太郎に団を とらせ勝くしに取当りたる方 を勝組も定その組の弓矢を大前 の方へならへ前のことく射させ申也 勝くじは紙よりの端に穴明寺 を験とするなり 一射終残銭あれは矢取明を込む ものへ遣也貴人の子には矢取有 へし平人の子は矢通近きは 自身取也遠き矢は矢取を 定置とらせ申也此外破摩筋の 遊国々所々にて品替へし世降 人末に成て右の古実も取失ひ 児童の遊と成たり古を尋れは 幼稚の時より弓矢を翫せ弓手に 馬手押戻り馬手切筋違弓 手の手利を習練させて成長 て騎射へ移す要法を手始 の業とせし事なるへし 小笠原備前守 持長 同民部少輔 持清 多賀豊後守 同豊後守 高長 右再雛為秘事依為弓箭 之一品記置畢委不可有哉先 者也 上原八左衛門 水嶋トや 之成 伊藤甚右衛門 延宝七 幸代 初夏日 一伊藤隼太殿