銃術答問

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潛龍老人答
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ジュウジュツトウモン
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
荷負担船 全 銃術荅問全 銃術答問 「矢来源氏衛 以テ購入セル間関博士 狩野亭吉氏善蔵画 問て曰拙者是迄某流の炮術を学ひ候得共近来世上専ら 西洋の砲術行はれ候間新に西洋流を学ひ候はんと相候 得失如何可有哉 答て曰我か仏尊しとやらんいへる諺の如く世の武芸を学ひゝ者 己れか流儀のみ前ひて他流の答を取候事をしらす候然るに貴殿は 既に某流を学はれ又西洋の術をも学はれ候はんとの浅近頃 感心の至にも西洋の術如何にも着実便利の事多くたる国体の 一本未制度の異国風俗の厚薄等よく〳〵合足に致其上にて彼か 長する所を取馬我か短郡か所を補ひ我長する所をはます〳〵 一これを振ひ候御志に候はゝ西洋流御研究之聞き至極候厄に存候 問々曰く国影の木末とハ如何 答て曰申迄は候はね共 大日本は天照ス大御神の詔の詔のまに〳〵御代〳〵の 天皇しろしめされ天地日月と共に長久の御国に候へは実 に世界の大正にて海外万国は皆末にて候然るに漢学にに海学にて候然るに漢学に なつみ候ものは漆土を尊ひ蘭学になつみ候ものは西洋を慕 ひ本末を取失ひ候ものふめ候漢土も西洋も其名臣しは〳〵 位をかへ候得共我朝のみは天地の初めより幾し万年の 經て今に至る迄 神胤一本にて皇位を継き給ふこと決て外国に其例し 無之されは三代将軍の御意にも御国内の戦争は源平 其外互ひに勝負有之候迚も其者限りにて日本の恥にあらす 日本の土地人民壱寸一人たり共外国へ被答候而は日本の恥と 被仰候義誠に御尤の御事に候されは苟めにも御国に生れ 一人々家中ニては其国主領主を守護し国主領主は 大将軍を捕けまいらせ天皇を守護し奉り 大日本の威稜を六合に耀かさんと志しかを即ち大和魂にて 別て武家心得の第一と存候 問て曰制度の異同とは如何 答て曰御国と外国と制度の亥同挙て数へ難く候へとも 尤大なる所は封建郡県の異同ゟ当時御国封建にて候漆土も 周の代迄は封建に候故方今の世態に似寄り申候秦より以後は郡県 ニ相成り候故多候へ能れ事とくも方今の御制度に引付て行ひ難 き事不少候封建郡県の得失の委細は事長く候間儒者へ御尋 一被成候扨封建は国々を諸大名に賜り政事を御住せ其家中も 大夫の子は大夫の子]士の子は士となり候故時により不徳不才の人 も重役に任し政事を振ひ置て弊有之候得共家中は普代にて 百姓も代々恩を蒙り候故君王の恩蒙至て深し郡縣労令御領 所え御代官被申出候如くに国郡の大守を時々撰候而申付惣而役人等 其時々挙け用ひ中には父子相続いたし意も有之候得共封建と違 ひ重役の子孫像に卑賎に落ち又は民間より起り一代の内執政大王 職に至り候者も珍しからす軍兵も民間より壮年勇力の者をかり 集め候故執政大臣等人物揃ひ也は善政美事も行われ候得とも 一詮する処君臣の恩義浅く候扨前ニ申候通日本は世界一の 御国に候故自ら仁義勇の風俗をなし上古は国造と申もの有之 先門封建の姿に似寄り中古は漢土の制度にたらひ郡県に相成候 へ其外国々違ひ柔弱卑劣の振舞生之故戦に臨ミ候時一々 に法度軍令を以て下知不致候而も人々恥辱を知り兄弟兄弟討死 いたし候而も少しも欣とす死骸を祭こへし相働候封建の制度に にては尚更之事に候是御国の尊き所に而候外国若来仁義勇の 風乏し郡県の制度にては別而君王の恩渡し人々女死の覚悟有之 故法我軍令等にて是を遣ひ候得共やゝもすれは遁逃の患多く有 之候是外国の卑き所に而候されは御国の士卒を遣ひには第一に常々 仁政を施します〳〵恩義を厚くし其上に漢土西洋の軍制 等をも取候而是を活用候はゝ座此上も事存候 問て曰風俗の厚薄とは如何 答て曰是又挙て教へかたく也共尤大なる処は幾理の異同に君に 忠を尽しかへは一命を失ひ敵に降参いたし也は万全の利を得け候 臨みむしろ一命を失ひ并忠節を尽し候て臆病鄙劣の名を恥 かしく存候は御国武士の大和規に候詐謀を用ひ恥辱を失ひ他国の 人民をなつけ他国の土地を奪ひ取んとのに志し候は西洋人の底意にて 候御国の人にも利を好さるものは其之也共義の一字にて是を制し義 に富具なり上子利ある事ならては取用ひ不申候西洋人も戦を立さるに は無之候へとも従来利を貪んか為の義理立に候間彼等か義と申候 一皆非戦の義にてかされは御国士民の上ニ立候人々はよく〳〵此儀を心 ほます〳〵士民の大和魂を研き広き西洋利を貪るの風俗に移 らさる由用心第一御存候往古より才秋を禽獣に比し候は畢竟 禽獣は利を知て竅を去らさる故に候扨近頃の説に夷狄を含 一獣の如くに見通し候は甚不宜夷狄も又人類に候へは随分丁寧にあし罷 ひとて可然と申も一ト通り左の様には候得共お多し公事多しき説行 はれ万一或秋之五分々々の交りを結ひ候様斗りすれは御国の大和魂も うせ果て禽獣の道横行いたし候半二善心の至ニ候 問て曰て国体の木末制度風俗の売同等貴説にて粗筆紙 いたし候下餅是は御国の人々一休に心得べき事にて砲術 にのみわたり候事に無之然るに西洋流の砲術にかけて是を 論せられ候事如何 答て曰されハにて御愚老つら〳〵世上のさまを見候に近来屋洋の学日々 日々に盛んにて海外の長技ひろまり候は喜へるに似候得とも悶体の 本書をはす程制度風俗の異同を混済いたし候萌ゆゝあらはれ候所々相 の人は禍患を未前に絶つと承り候今は其稲怒最王蒲し也は心ある人 に用心専一の時節に候はすや 問て曰禍窓の萌しとは如何 答て曰諺も存候通鉄砲は元来夷狄より渡り候器に候得は第一に鉄砲之 いふ名目をはしめ舎もの小道具分童室迄最初ハ逐一魂語言 伝わりしことさし見へ候処古人一切の其裏詰を用ひす鉄砲玉乗火 皿火蓋火縄引かねこの名を降六匁拾匁百目貫目出波の外童を 蹴すてゝ御国の分量を用ひ仮食等の俗名にはかつばこかす てゐら等の書語を用ひとも有之候へとも鉄砲の事に限り一切に普治 を用ひす又あなかち漢語にもよらす御国の名目を用ひこは 一流石古人の大見識にて感するに余り有りゝ夫レ故今は鉄砲も自ら 御国有来の如く心得近頃新に広まれるをは西河流にさへ名なり 扨今の西洋流を学ふもの古人の見渡とは遥にかわりケヘールヤーゲルトヒストン 抔と麩舌の語を用ひ幾十ホント抔と唱へてむ目を和し銃耳雷粉 抔といひてまへき進タツ。フヽドンドル抔唱へ其他重語を用る事挙也 数ふへからす衣服も袖ありては便利悪しきみて幾秋のぬいくるみてふ 甲冑下着ハ勿論袖無之間胴陣之節ニ限り其場共右下 物に似寄りたる服を用ひ一 一着へ袴を用ひかは大悲へとも平常洪来も甲虫の下有なり して用ひには幾狄に似寄へのみならす仕事師等卑賎の者の 風之間先は油のある衣服へ襷にて事まへき事歟 調練の時は太刀をぬき捨 て小刀を背にさし猛み甚しきに至候而は無刀にて銃砲のミ携ふるもの ありと奉存候言語尤服は制度風俗に拘り就中佩刀ニ至りては 御国武備の大眼目に候所人心新歌に趨りかくのかきさまに成り行候は あはましき事に候はすや此義公辺にても精々御書話被為在既に御触 も有之候へとも今以其弊改り兼候は歎ケ敷事ニ候 問て曰彼り院陣問様八人を一縁として三段にならへ前後 左右稠密に備へ至極候者実に致候処書候説如何 答て曰四十八人の流陣其工夫感するにあまりあり然れにも畢竟一所謂 部縣制度にて新に民兵を募り或は烏合の衆を遠に調練する故の 術にして御国たゝも同心足軽以下に用ひ候は公然候得共護代恩顧 士に用ゆへき備へには有之間敷候同心足軽以下といへとも今一梁に これを用ふる事不容易二其故ハ第三ヶ条に申候通御国の武士は 広範を重んし一種義勇の気象有之有之候されとも今流砲 専一に行はさゝ時に当つては広恥義勇のみ頼みて強て槍刀 を振り事猶既陣の前に逢むは愚なるわれ故彼レか砲勢に敵せん 程に我も亦砲勢を張り可相向ひさて其中より所謂底船家要の 武士我身を的となし騎兵とも歩兵にても砲或は長刀槍太刀等 御国すく長技とする所にて我十軒に得たりと思ふ道具を携へ敵陣 今夜秋共にて を乗破り突立て切立て候て必據疑ふべからすを 柔弱なりと悔り大言を 申せ共陸遠く引上げて一戦先に何の恐かゝ事り候はん今は此方に大船なき故海中にては対 戦も相成兼るといへしも計策を以て彼り船る乗入短兵急に斃んにはこへ大砲は鼓立船不守事 置候共内へ向て打事ハ不相成諸方坂乱本札支配しても打当叶女間敷常ニ大嵐のニ頼ニ候故ニ 千疋の腰負ハ果して弱く第一臆病に其雑妓一疋千不残生捕になしゆへしされは御国言之 三枝とする槍刀暮等厚く心懸と上にて大小抱を学ふ時ハ尽くつよく大小砲をのミ頼ミする 時是を禁同様臆所になして手元の脇灸は弱くなに疑なし兎角感せさきものは常々 非常に臨みては命を捨て国に殺する役人なりと心得へし命たに不厭ハ何寺にあらへき 太平なれいとて百年生る人は稀なれは大和説をみかき然有の事すへ には戦勇をあらはし打死して名を後代に残さんと思ふべし 然るに今の面 津流は譜代新巻士分歩声の冥前もなく是に心執は人の陣を敷 而は難心得候一旦は是を亡分に教へ終には卒仕にのみ教へんもの意候はゝ 尤さへとも今の勢を以て察するに譜代の武士皆検紐の長枝を廃して 〽前卒民兵の業を事とするに至らんも難計等歟愚老の不審の一ッに て候方今天下に有り来り候銃砲幾万億なることを知らす近頃流行する 所謂ドン 所の火幅院焼亡シは僅に千万を以て数ふべし火縄ハ石打にしり次 石火は火帽にしかす是諸人のしる処なれは今俄に幾後寄の火縄仕掛 を一時に改るは其勢なし難したりとて僅に千万の火消のみ用なるは おろかなりされは西洋流陣の意を取て是を用候はゝ兵器全備候迄 の内はたまへ火縄筒にても火打筒にても六匁の玉拾匁の短筒にても 用ひ難き事なかるへし西洋流此所へ心を不用火帽の長筒に非れは調 一練に用ひ難き様と申候は愚老不審の二ツ二而候畢竟国体制度風俗 の勘弁なくひたすらに西洋のみ信仰いたし散右の如く成り行也とも 一流一芸の師と違ひ国主領主等政事ニも携り候人々は大体の上より 見識を立ると申改正有之度事に付 問て曰く四拾は人の院陣御国同心足軽以下に用ひ候は可然候 得共譜代恩顧之士に用ゆへたまには有之間敷儀とは如何の訳也 答て曰前にも申と通御国の風俗義勇を貴ひひ虚恥を重んし候故戦 場の討死は不及申変難に当り候にへも笑ひを含て切腹もいたし に此切腹抔といふ事外国にては驚き怖れか礼に承り候されは上たる者 上たる者常に恩義を以て召遣ひ万一の節千騎か一騎に成る共卑劣 の振舞なき様仕問け候は肝要に候へ共逃遣候はゝ殺し可申抔とおひやか し候ては却出士筆はしけ申候今西洋流にて四拾は人陣を指揮いたし 候には剱を抜き威を示し候由畢竟下輩のものを駆りあつめ調練致 殺さるゝを恐れて働く程の者へはすこと し候故に可有之哉 足亦三段稠密の いへは我先にと逃け候はこたかひなし存候 備す騎馬にてかけ立られ候節所謂劔分鉄砲にて透間なく固くはゝ 馬を入レ候事不相成其上稠密に候へは伸摩の気脈も速に通し候故色迄 聯属いたじ調子を揃へ一同連発候へは大敵に向ひ進し候由必強く是等 の工夫は感するに余りあり候由然譜代義勇の士は右様の工夫を抱し迄も 無之却而或ひはまはらに備へ或は一処に参り変化自在声中に神速 の働きも可有之大小流も能々ねらひすまし候而敵を斃し候儀士の 本意に可有之然るにけんとうもなき筒にて一調子連散抔申は全く軍勢 を助け候迄に候右様下輩の業を歴々の士に申付候は如何之事に候品冠聞写 不按内に候へ共西洋にても所謂ヤしケルとやらんはねらひ打の筒に相見 へ候得は右ねらひ打いたしものは定而下輩にはすく間敷されは是非ねらひ 打の組立も可有之又騎戦を防さゝ劔付遠く上は是非騎戦の陣法組 立も可有之是は勿論下輩の業には左之間敷又大統有之上ハ大銃を小 一流に組候手順もころへ其外船軍陸戦等多端の事に推察致しめされ は実に西洋の長する処を取んとならは悉く取洋の軍法等を 考客いたし其上にて斟酌を加へ差兵に用ゆへき事は忽兵 に用ひ足軽に用ゆへき事は足軽に用ひ士分以上惣次省頭 以上大将分に至り迄夫に出度風俗勘弁の上彼か長する処を取て 用ひ候は方今の急務と存候然るに僅に四拾八人陣のミを西洋 之心得歴々潰諸士是にて合戦二致と存居候は譬へは先手同心 のみ有く合戦致し候と同様なるへきか是愚老の通二不容の三か に向様 問て曰四拾は人の陣えいか様下輩の用ゆへき業にて 一は拙者修行致候は不及義勿論の事家中も下輩のもの のみ学はせかばき 答て曰物頭は一組の将番頭は一塚の持家老は一軍の将貴殿は 貴家惣軍の大将に而候惣縁の木は一組より初り候へは一組の佐合 御承知無之候而ハ惣軍の采配も届き兼候理合二候間平日の調練 には家老番頭又ハ物頭の采配へも御立入又御近習初め試に同つ 等の立場に代り得失利害研究致し候は尤に然候一躰武士 一壱人前の武道と領主囲主等の武道は次第相違いたし御譬へ は槍劔院馬等一団に修行いたし万一の節は諸人に抽て一番鑓 一番乗ねらひ打の切名をあらわさむと日夜心懸御壱人前の 武道にて如此もの実に天晴の武士と可申候扨我組子支配共を 不残右の如くに仕込六尤と日夜丹誠を尽し候は物頭番頭家老 の武道に候一領一国の主は一家中不残武道を励み君王上下一致に而 天朝公辺の御恩に報ひ奉らむと志し候を国主領主の武 道と可申候候 問て曰く然ちハ国其領主ハ一芸修行に及申間敷或ハ 答て曰愚老在邑中鷹野先にて人品相応出る者田の草取り候 ものを見受候間自承也は石高人別も多分有之者かも村長を勤めて 何不足なきものゝよしに候間下男下女も沢山か有之候へは此巻天に 自分善み候事二も及間敷と為家候へは此もの申聞候由私壱人 草を取り候とて何程の足し等も不相成候下併百姓と申ものは何程 大株を持候而も自身田畑の耕体を被心得不申候而は下男女の働き も分り兼且不案内にては下知も届き不申自然と諸人無精に相成 候間太儀には候得共年来如秋仕来り候と申そを承り一農夫の言 童子は候得共爰に大名の心得に帰中感心致候万一の節大名 壱人鎗剣銃馬の働き致しゝ迚一人の業は格別の事にも無之 候得共平常家中の武芸工拙勤惰を吟味いたし候事も目くら 同様にてハ不相分且夏ハ日者を避ゆり冬良取穴おそれ己れは手 足をも動かさす家中のニ出精為致候と申候家中帰服不致候 間芸人になりてこそ不宜候得共政事の暇には問断打武芸相 嗜々之儀即ち家中を励し候第一にて一ツには養生にも相成候事 に候大名壱人の働とはこその寄一之節惣軍或は色に通或は崩れ 一三ツ時俄に惣軍権色を直し九分の負軍をも十分の勝利に 引返し候儀は大将の采配一木にて有之此采配ふるひにも平日武芸の 嗜み有之候得は自然と筆も満土膽も太く相成居候間下知に居分 に行き届き面敷三寅の勇気一倍いたし可申抔も一騎武士の好み と国主領主の馬好みとは同し好む中にも相連有之候流術の 事に付御尋故武芸の事のみ御答申候得共学間政事の上もみな 一理と存候也 安政二年乙卯六月十九日認潜龍老人 一橋殿 御報 唐人流といわん 二白木文西洋流の名目は 如何敷候へとも御尋ニ任 よりも劣り申候記 せ姑く世上の唱くを用ひゝ根元へ立帰り候へは砲術は皆西洋 に候得は近来の分のみ悪滞流と可申筈無之殊に不津の声 狄を防人為研究いたしゝ砲漸二候へは壁へ都て西洋の術を 取候共名者別に命し申度況や此方の工夫をも加へ治用 いたしこゝ別に相応の名可有之候半 12698