右功門
- creator
- 小山俊省
- created_at
- 2026-08-17T19:23:21.345Z
- updated_at
- 2026-08-17T19:23:21.345Z
- field_rights
- CC0
- field_creator
- 小山俊省
- field_language
- 日本語
- field_has_image
- true
- field_identifier
- 10010000001579
- field_ocr_status
- completed
- field_title_yomi
- ウコウモン
- field_attribution
- 東北大学
- field_oai_datestamp
- 2025-11-13T06:52:21Z
- field_oai_identifier
- 10010000001579
- field_ocr_updated_at
- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
宿船船船
序
第九条第四号附会ヲ
以テ購入セル竹開博士
「犯罪事吉兄藤藩
此書俊省八年の間諸の書を見て作れぬ
右功門と名付る事は文を以て占とし武
を以て右とす故に先般馬の方武士衛
第一那るか故に右といゑり功は武の功を
なすそ馬をよく乗されはならす。また
馬の物を那すも此書なれは物と云門と
いふは序のこゝろなり、まつ何方も行ても、
門を入て其後弐台に入て廊を通り
奥えいたる也そのことく高を憎ふにもぞ
内に入て乗と云心を以て門とす名付たり此
右初門は馬経丈全唐の書、四書軍書。軍書、五段に
外護土坪流はいふに及はそもろ〳〵の馬書を
集て是に誉る
俊省は平信長公下腹の孫也親は守能図
書と云。惣しては今枝殿也守能は養親の名
字なり、守能淡路守、内蔵助小山勢淡岻五
位下俊省と云り、初は、秀頼公の小姓なり、
そのとゝ紀伊大納言殿に居て今は浪人
なり
右功門抄上
●一朔のなかさに程あるへし。おもかひのしらへ
鞍の置やう腹帯のしめゆう馬によるへし
一剃にも靭の長さは笠棒のときは六寸犬追物
とものまへには器装束と晴の時は
八寸なり、尺のとりやう。鐙に爪立すして。
いしきと馬檀との間を取ひし大法
幾
立揚りて鞍の山形といしきと同道に有
を吉とす、口伝伝に云うち乗て能程に
せよとなり
〇おもかひのしらへは馬の唇と衝との間に
一脂入ほと吉がた口の高ならす其強
きかたをしめすしてよわき方を詰る
なり、左口のつよきをは右へはみの抜
るやうに仕付る也右くちのつよきも同し
ふるくちの高頭押の高に及ゆるくさ〳〵と
一級二級仕付へしひとしは二しわと云て”口脇
によるほとよきそあるへし、二しわよるを
しめて吉も有口伝
〇おそかひと聖に乗る物ことす鞍数乗て思ひ知
おもかひと轡の口伝こゝろえて”一手一くれ戦数を乗し
鞍
〇鞍の置やうは間の高には前に掛ておき間
なき馬には後にかけて桜狩の鞍の置やう
あり。乗に大事の轉する乗様有、前後
一古右口伝て置物前にても後にかけておき、
又火事なとには急に乗時前にかけて
置痩高の力なきには猶後にかけて。鞍の
下に三我なとのやうなるものをしきて置
口伝
〇そりものゝ鞍の益やう扨は又腹帯を下る本を知へし
○腹帯○腹帯の下ほとは間の高には三指の腹帯
の内に入ほとを吉とす物前には二重腹帯
を吉とす習有両はしをたつ
●一挙を臥とに近く。手綱指を質にし。鐙を前へ
踏出し。咲を少開き。舌花の内角懸て踏て。
踵と腰ともろこゝろに馬をはさ三圭蹈に心を
置は心形貞なり。姿を直にし甲纓ををくへて。
目付をす高の耳間より一丈はかり見れは
よろし
拳を臥弓に近くとは常に持たる手綱を
に下てしほて際におくを取臥弓とも故実
は常に持たる弓をしほ手きわに持ゆへ
に山形の下を臥弓と云也
一本綱構を賃にしとは持たる手を生れ付
ことくにすると也。大学にも。天より生れつき
たる気質とあり口伝
燈
鰭を前へふみ出し咲を少開きとは袴の
まへに出たるを吉とす鞍の口伝咲ははと胸
雨のわきくほりたるところを云踵を舌先
圭陥ノ心
の内角かけて踏へしとは、物角とは馬の
かたの角也小みやうは踵を少あとえ逃して
小脂をしめて踏つし
踵と勝ともろころに馬をとは左右の
踵と腰にて馬の太腹を下て乗へし口伝
圭踏に心を置は心形貞せとは直陥は足
の踵の事なり、踵に心をおきて乗れは、心も
形をたしかなりともり、圭踏に心を置こと、
内裏にては宰相より下の人は、春踏に心を
おく時は伝奏の人しゝと云又宰相より上
の人圭踏に心を置すんは又しゝと云是に
依て馬を乗にも圭絹に心をおきておも
梨を付すみの入たるとき乗出す也圭踏
にこゝろをおきてさえ北斗の星伝奏の
ほその下とは止道増てほその下に心をお
かんとすれは出を上気せしむ故に
甲餅ヲセク
圭踊にこゝろを置と伝り。口伝是は優
省菊亭殿を弟子にしたる時内裏し
の記事なり、菊亭とのより伝れ梨、
姿を貌にし甲纓をせくへしとす老踊
にさへ心を置は姿直也、甲纓は甲の紐と
目付
いふこゝろも。おとかいの出さるやうに。乗未
の詰る事を取甲纓をせけは、こゝろそ
治りて吉口伝
目付をは高の耳間より一丈はかり見れば
よろしとは目付馬の耳間より。二間ほと先
を見るを吉とす又袖のときの目付は高
場末を見て次にとめんと思ふところえ
気をつけて馳出すへし
第三
一疋下業多し家凰また多し自他芍薬
の細工を除て業を奏に心根委きを本哥
らし昔称しに随ひ大和業に幸有へし
一朱下下舞多し家風又多しとす。世上の
人の乗かたには前の具ち後の熱或は十
五のくらなとゝて有又家の風俗に依て、
鞍サワリ
末葉ヲ除
色々の小作多し然るを大坂流にては
宮なり唯鞍中に乗て、小作を捨て源
の慶秀父子の乗形を温てのれとなり
口伝国忠曰戦さわりは居木に小袖なと
を置て其上に乗たるやう成を吉とす
自他共に末葉の細工を除て業を爽かに
とは気地ともに、当縁を他もといふこゝろ也、
末城は古の大坪父子の紋高の方を尋る
といへとも末々に成ては小作出度てたな
心に業集るやうに乗なり是を除て業
奇麗に物たりはぬ様にせよと也口伝
又鞍中に竹子なとの生ひ出たるやうに
尋常に心気を治め葉を侍の高上と
いふなり
心根委シ
昔移
心根委しきを本意とし、昔粉に随ひ
とは心根を委しくすれは業すくなく
こゝろを高に付て油断なし”馬のこゝろに
入れりて馬の心落つくゆうに業すく
なく心をこまやかに置て業を次にする
を委しと云是乗形の本意とする事也
昔うつしとす古人の乗たることくのれと
云心也惣而むかしはくち置馬を移
しと云、故実有作のくうを宇津したる
鞍をうつしと云也かくのことく馬を蝶こ
大坪父子に移してのれと云り。又昔主
気ところを定て有証をおへふみ出すも
むかし宇津しなり。
大和葉に幸有へしとは大にやわかく
と書てやまとし。読めり。大に和るをとに徳
あり幸と云は、功をつむといふ心にもかなふ也
第四
●一そりものは馬のわさある口也只よきかたの
拳をとりわけ下へし歯をせき箭をしめ
或は向くちつよく力を奪に宜しかなひて
五百業出来る内へに父母の手綱といゑり
濡物
そりものは馬のわさある口也とすそり
くちは頭を上て足本を見すづよく
馳出す、ま末〳〵悪敷曲を出すを云なり、
くちつよきかたの拳をとり母下へしとは手
高くすれは曲む也。故にかた手はひきく
片手はとり分下て乗なり物に力出る
又高出す子細あり口伝
歯ヲセキ街ヲ
シメ向口強
歯をせき衝をしめ、向くりつよく力を大集
父母
宜しとは歯をせくとは上の香と下の歯と
かみ合するを云衝をしめとは轡をくひ詰る
くら也向くち強くとは向張の馬也右の高い
押へ物へは父母如つ手綱を吉と得力を奪に
よろしとす”右の父母の手綱にて引出得時
高の力を奪に吉へ奪とは折事なり
かなひて五百業出来る故に父母の年調と
云梨とは、叶ひては能仕覚ると意なり、
五百業とは五百六十三手綱を是置出る
内六十三手綱はくさ業なり形色すへて
道具を五百の手綱も右の高下ふたつの
手綱は生る内へに。諸の手綱の父母とせり、
故に父母と号す、高は天にて陽父なり。
下は地にて陰母也と云説も有
第五
●一千里の行も一歩より始部二足初類調子寄
是非に随ひ始終の是非有事を弁へ陰の
調ににかなひつゝ左右弱出成へし是を出し
手綱といへり。出てしつ〳〵とうち渡し。弓杖七ツ
法地を貞に、二度三度の式色通し、草野に
至ても小庭も同し政馬もに式を略せす鞍
上の幸なしとて古大に諱たり又小笠原備前守
髪時珍疫明
聞書燥宜食辛以滴之肺苦連空食辛以瀉之知母之
辛苦寒殊下則潤腎雄向滋明上則清肺全而陽
火乃二経気入り薬也苦は薬ハ則是軽血分薬故ニ
二薬筌相経而行ク昔人譬之暇ト与比女以以て相依
附補明之説詳画翻条ニ
種盛政馬の伝記に式を略せす軍族の幸なしと
云り
一歩千里
千里の行を一歩より始るとす馬も人も一足
はしまる所か大事也故に馬を乗に乗出す
処か大事なり其ゆへは馬の気治る処を大事
とす馬の気を治め得して乗出す時はの
れす故に一足初都処をいかにもしつ〳〵と
いそくことたりと。いへとも。閑に乗出す
三鏡
地道
高上極意
桜狩
三銭と云す一には地道の大事二には高上極
意、三には鞍し狩是を三滝と云也。敵馬は地道
を第一とす、一載への調子也、一足乗出す処
大事なり、気治らすんは、一越には行す、また
休る処にも閑の足は息の入ある先には
一越には行さるもの也是桜かりの休用也
一歩始る調子のわて非に随ひ始終の是非れ
もを弁へ一足のはしまりあしけれは馬も
おちつかす大なり気も治らすして乗られ
さるもの也また火事なとゝ云時も、門外置
はやく乗出すことなかれ。老失多し則早
具乗出す時は従者追付す、さて馬そ
早く息をきらし、始終馬ものれす、乗に
の気も治らすして不乗もの也故にいそく
ことたりとも、二丁三丁のところは、閑に地道
に乗出す也、十里のみかを一時に行は一
里の大事なり、陰の調子にかなひつゝ”白
右弱出成へしとす、陰の調子は地道なり、
一封の調子とす、いかにも開に地道を乗と
いふ心なりかなひてとす和かに乗調るも也
弱出
左右弱出は乗出しの一足占より初る弱出
左の手綱を少引て一足初りたるとき
また右の足を初め乗出す也是を出し
手細にも又痛口駒馬なとを乗時一足の
初に用家也馬場責又物前に吉と得
出て閑々とうち渡しとすさて乗出して
いかにも〳〵静に乗地道を云り
法地
弓杖七つ法地を貞にとす弓は七尺五寸の
物なり。これにて七つは八間ほとなり。貞の
とす碇と云心なり心をしらさる馬も知
重部馬も、如是七八間より長くは無こゝす
和けてより長て乗と云りこれ式法なり
長き時は気をいたす
○静りて後は遠くも乗にけりはねて揚々近く乗し
二度三度の式
〽二度三度の弐色へしとすさて右のことく
馬場を詰て馬場末にて一方にては二度
一方にては三度合て五度は左へ廻し後は
右へそ廻すなり右くろのつよき馬を左へ
廻す時は無口にて廻なり、惣して折処は
馬の口の強きかたへまわす物也さはあれとに
此二度三度の式を忘ても守らすと云霞し
大に故実有ことなり、軍中にて馬を乗に、
斥候をするにも威をするにも古へき
まにてなり、こは降先にて須也、男は
まわすなり、左は韓先にて順也。
まわすなり左は蜂先にて順也男は左を
本とす男の眼は左は後にまて見ゆる所は
見えす口伝女の眼は心は後まて見ゆる、左
は見えす右へまわす時は逃たるに同し
殊に軍旅にても左へ廻して、宗手の曲に
成り吉と云り、又右口の強き馬を直すときは、
意ても合へまわす但直るまてなり
故に草野に到りても、小庭も同しとそり、
小庭も草野も同しもなり
政馬ことに式を略せす戦上の幸なしとて
古大に訳たり、又小笠原備前守種盛、奴
馬の伝記にも玉を略せは軍旅の幸なしと
左右手
いへりとは乗たる度ことに。式作法を略す
ることなわれと也略する時は無六年のために
悪して、又くち上の幸なしと云り、侍は高
上の作法を唱て、鷹をすゆるに左に
居るは用心の為に非ものたらわぬ所か
よき内へに左にすゆる也右は賢して替
恵なし。左はものたらわすして智恵
ありよく物たらわぬやうに乗たるこそ
一士の馬上とひ立へけれ懸して武士左らん
者は手をふさく故に振をよく馬を一
足あるかせ手瓜をきゝて乗事難儀物
なり依て常に乗馬をす呼吸をたく
わえ片手鯛にて楽やすきやうに常に
乗て置を士の馬上とき故に片口の強き
馬をす、かた手綱にては乗みれさる物なり
このゆへに武士たる者はものまへに乗候
を尽て強口の馬を引折てかた手つなにて
乗易きやうに常に乗なり是を以に作
を嫌ふて夷かにのれと云ふ小笠原備前
守は小笠原右近の父也此家の書にも式を
略せす軍族にて幸なしと云り左廻の口伝も
一有但順と逆となり
第六
●一志艸真菰草残す皆渡理を正く和へし。危をま
ぬかる内へに馬上の祭といふなり
志州
忘草とは強口の乗難き馬をは口をわり
付て強て物へて地道に乗へし”つよくち
綿のことくに成たる時薬出すなり伝に曰
曲をすましといわんはかりの約束あり
待程
耳ヲ振
疲足
一には耳をふり頭をふる二にはつかれ足と
て大息をつき出すなり秘すへし此時
乗出す也君といふ字に心をつくへし
○等閑の高に其名を介すれくさたゝひとのりの法と肚
一扨地道を乗に一越に乗いたす調子早くは
返しを上りて弱出なり早くは又かへし
おくる也剛強の馬には此忘草にしくは
直引
主ノ縄
四寸縄
なしおもかひをつよくしめて七間八間にて
折てつよく口を乗和上へし上田吉祐
重秀大坂桜の高場にて大閤の御意を
守て上杉景勝より進上の馬を乗たる
とき甚くさたゝ行にて乗たりと云りたり可
とす歌の草はみなり又実の縄の事も
たゝひきと云惣而口曲諸の曲有馬を直
すには面掛をわり付る程惣めて口を
綿のことくにしてより乗出す。秘伝も垂の
縄に異名多し四寸のなわとも云主の縄
「共云、原大蔵は何馬にても、此志草を吉
とす。右の主のなわはくちつよふして大
引に吉立花かねに遊ひ付る間三寸内守
みて四寸に成なり
真菰艸
真菰草とは口曲もなく質の馬をす轡
に馬の思ひつくやうに乗へし是をも
口をわり付て忘草にて乗らんとは大に
無理なることなり元斎質の馬をはふつ
くりと押へてくちにあたみす乗んと云う
古今集の哥に俊恵法師
○真菰草鈴の具み渡る澤へには繁ぬ馬も寄りさりけりけり
残ス皆渡理
故に質の馬をすかの春の花にちたるまこ
も上さに野馬喰付はなれさることく
馬に合点させて乗れと云輩
残す皆渡理を正して和へしとは残すは
是はかりにあらす残すと云心なりまた
十分に乗すして八九分にのこして乗と
アンヤ
云伝也皆渡理は引とゆるすとの二つの外
には手綱なしこの理みなく渡家と云り
正しくとは乗手の心に一物なくして
正しきを云なり
祭
馬上之神
老を帰ぬかるゆへに馬上の祭をいゑり
とは右のことく悪気の馬を得わすれ草
にて乗和け質の馬をはまてもりさにて
思ひつかせて乗時は危事少もなし又
中
不邪
曲馬も具を出さす思ひのなかに馬乗る
ものなりまた十分にのらすして。中の字を
師匠とかして七八分を乗らすいかて危
ことあらは此内へに馬上の神共祭とも
また祈祷とも戌と云り総而馬は心直
の極なり。加是たはしき馬をは。乗手邪
気を合て乗ゆへにのれさるものなり馬は
乗手次第に行そ故に乗手のこゝろに一
第七
物なくして正しきの根元に任て乗は自在也
●一馬のくちに。業あるところを除て乗女き師に
衝を置勝きとする事。境節の宜にて兵法を
の本堂経得と。古詐りたり、凡方の業有所
に衝を置取詰て乗へし強くらの常として
つよく引ば強く成へつよくなる此節を勝手
とする習うそ有へけれ名て物勝手と云或は
角のくちを奪ふとも角掛て乗そ有へし是
を物勝手の八重業と云大師父子かの勝を
心根にして支章の勘高法を温て最寄
嗜とせり、人の呼て大坪るといゑり
朱安所
馬のくらに。業あるころを除て乗易
き處に銜を置勝手とする事折節の
宣にて兵法の本たらすと古作りたり
とす傍なる人乗易き所はかりにて哥
たる人有、大坪女子大に武たり、其内へは
高の底石にあしき口色をす出さすして
乗能口はかりを乗て曲を直さす。おく
こと当時馬を能乗やうにはあれとも武
士の患に非具足下の用にはたゝす其故は
業有所。
拘勝手
物前にて曲を出し、一代の鞦をとる入
なり、故に大坪流にては、馬のくりに強み
有何に衝を置取つめて乗なり
凡馬の業ある処に衝を置どりつめて
可乗強くらの例として。つよく引は強
我なり、つよくなる所にしを。勝手とする
ならひこそ有へけれ名て拘勝手と云は
大坪家にてす馬の口につよみ有とゝろ
に街を置どりつめて強く抱て可乗
つよくちの実法にて強く引はつよもを
なり、畢竟高はのれす、然を可
乗習かそ有へけれ物勝手に折へし
乗手のきゝ手のかたへたる也願は強き
方え七八間にて閉らと折を吉とす不折
は不レ乗レ乗レ折事を勝云と云他の人の奴高
法は地道の乗能所にてす乗易き処
に偽を置偖乗難き早みに成て馬
曲を出せはそこにて”乗手のれぬなり、
然るを当流にては乗易き地道にて
つは底口をさかし強みを引折て扨
甲三北代ては乗和けたる口なれは不
奪
玉田是大坪の乗向うなり
或は角のくらを奪とす縦はほへ廻さ
舞とて右之乗掛て行時強空仕候間
くらを折にこまりて馬のかたよせはし
さきを占えむけ江口をかくして廻
る也是を大集といふ如是の高を見
寄肩を出させはし老を右えむけ
なから廻して乗直になり
或は角かけて可乗とはかたくりの声
きをたらんと思ふ時左え帰わさは
右の馬場隅え乗掛て馬を横に又一方
宿角へ乗掛て口へ折也一角にて二角
有之強口を二折たる徳有図に曰
如是角にて二角指片口乗直す
八重業
かくのことき類をす物勝手の八重業
とは類す八重業は、如是ももほと意也に
また此外にも重々有と云にて八重はさ
と云
大坪父子かの勝手を心提にして。支桑
寄敦馬法を温て。家の嗜とせり。人の
呼て大坪流と云とは大坪父は村上加賀守へ
慶秀とも子は三郎左衛門後に加賀守
永幸と云上総国大坪を代々知行する故
大将と改る委具薬需に見に見にたり彼胸に
をこゝろ根にもちて、友桑のとす唐日
本の馬書を温てわり家のたしなると
せり、人帯呼てとはひとの云付たるなるへし
第八
第一手綱を扣て勝事をたくみひとして八重業に
和ふこと物勝手に書し馬をこめつ計わつ
勝事をたくむを法地勝手と云り、凡弓杖七
つ法地を貞に守り、開もうち渡し馬のこゝろ
法地につかは。弓杖出得へし。出る時馬の
心かわる也又速に法地に着て鞍下主ころ
巣まてはかるへし、巣むにしたかひ延るとも
十五法地を出すして、序破の足をも乗る
へし物勝手法地勝手をひたす花和ふへし
危をまぬかる過物にしたかひ五百業も和ふ
へし或は葛雕乗馬も可有彙を得並て
地より勝手の八重業とも若境により健高こは
利進て更に粟まさる時あらん物地とり
寄八重業を受引まて乗へし退屈を去さる
心根本立てなり、敦馬職書曰夙に始て日晩迠
公しらす和わゝいかなら候過物彫りくせも
直りしたかふへし晩や少々の曲模しも質
あらは君しらすとす司さ調へをも此業の
妙なるをす賢智も輙くは悟りたまわしと
秘かしたる異名也職言は先生永幸の作也、
手綱を扣て勝事をたくみひとして八重
業に和ふこと独勝手に尽しとす前ケ条
法地勝手
折謀
に云尽したるといふ事なり
馬をすこめつ計りつ勝事たりむを法
地勝手と云とは惣而馬をす乗にこめつ計
つに過たる事はなし物と廻すとしさく
かすとの三つなりこめつとすしさゝかす
このことなり計りつとは縦へは一丁の高場な
らは、八九間に場を語て。乗時馬のかたり。
廻らんとせはすくに乗、扨長くのらるゝと
高思か行んとする時又廻すなり。先最少
地道の内にて此處まて乗と高にしゝせて
偖二度三度の式を乗てさて少早て
成ては高気をいたす也馬の廻とする時
にはまわさすすくにゆかんとする所にて
たる也是を計と云なり
法地
弓杖七つ法地を貞に守りとす馬をのるに
まつ心をしらさる寺をす”弓杖七つ程にて
廻すなり、其故は短く乗時は折事多し
このところにて、馬の底口を知る也、また敵
出る時短く折て置は法地を切にしてと
まるものなり又馬も法地よりほかには
出さるものなり、閑もうち渡し、馬の心
出法地
法地に着は、弓杖出すへしとす、地みかを
乗馬の心を法地につきたらは。弓杖出すへし
出る時馬のこゝろかわるなり少長く乗と
ひとしく、馬気を出すものなり、又速に
法地に着て鞍下云心柔迄はかるへし
とは右のことく少長く乗と馬気を出す
時又早く本の徳地に着て具羅下
十五法地
手のうり和成ところまて可乗となり
粟さるさきに乗出すことなしとなり
〇過物の心もしらす口かへす馬には早て足な出しそ
米にしたかひ延るとも十五法地を出さすとは
鞍下手心まて。和かにをたるとても。十五法
地より長くは不乗物なり長く乗ゆへに心易
て乗馬も不乗またし曲なき馬そ曲むなめ
序破
また常に曲る曲まさる時有曲きするには
強きに引当て舌鼓うつ時は曲那丈
馬もくせを出すなり
序殿の足をも可乗とす地道は序なり
酸は犬走也、前に云ことく。鞍下手こゝ
も柔たらす少早めて犬走ものれと也
一犬走と云足大に秘事なり物前に是を用
拘勝手
法地勝手
中巻に委記す
物勝手法地勝手をひたすら和ふへし
とは物勝手は七八間にてみし〳〵と折事
を取また法地勝手は前に云ことく高寄
気を奪勝ことを高場をつめて馬の
心を奪へしにまへにも云ことく始まわり
たる処にて再三廻す時馬の方より廻んと
せほ乗手はぬさすして二三間も乗過
たる時高長くのゝるゝと思ふな、又折也
馬は長く乗ほと気を出すなり此時又
最前廻したる所より二三間前にて廻す
へし是馬の気を大集第一也名て法
地勝手と云物勝手さもひたす程に
和へは、危事もなし又馬そ乗れさる高
屈曲旋
葛雄
なし兎角馳出る時は折と廻すとしさゝ
かすとのほか酌し何たる馬にも引れさる
手綱とき事此物勝手の事なり
危をまぬかれ過ものしたかひ五百業そ
和ふへしとす右のことく乗時は危を凌
き間よき馬て随ひ五百の手綱を仕帽也
或は葛雄乗馬も有へしとす葛のことく
乗声馬のこまる第一の雁と云心にて
名る也右のことく色々さま〳〵乗事を押
地取勝手
あへて地とり勝手の八重業と云馬をつゆ
にて計る事を地とりとき又馳出る処に
て招事を勝手と云なりとこを角にも
折にも廻すとにして手綱そなし壕により
健馬即り進んて更に要に無時あらは
柏地取ノ八重業
とは口心能して常に乗やすき馬も時に
より風雨により馬場に依て心口つよくを
て連に乗定められさる時あり、如斯の
時白にいへる物地とりの八重業を馬の引
まて乗と助り
扨地ともの八重業とは地みうをいかにも閑に
強く物えて高場を詰て馬の廻る処にて
まわさす二三間も法地に乗出して又
長くのみるゝと思ふ時にまた法地より
二三間内にて廻すなり是を地藤と云
右のことく。健馬強り追ひてさらに和に
ならさる時此地とりを合点するまてのれ
となり退屈せさる心根本意思也とは右の
地とりを乗事を。退屈せさるこゝろ根を
ルム不知
政馬の大十宴とすとなり
〇あしからす馬をも足を出すなといかにも心長く乗へし
政馬職書に曰夙に初て日暮迄君しらす
可乗とす地道を乗に退窟させまし為
なり、古の乗干は風に初て日晩まて地
一道計を乗たり風にとす絹の七つ時を云
日晩とす昼の五つ時を弁古は加是一日
さえ地道計を乗たり。況や二時三時廿ツ
地みちに退窟する事更に武士の敵馬の
志には非たゝ高商人の方成秋し然るを
当世の入かの高商人の馬を乗次第を見
帽て短郎馬は伽是乗なとも覚ること
浅猿き事なり
和はゝいかならん過物国り曲も”直包随ふ
主調
秋しとは君しらす河え州程閑に乗ほへ
たらす何と間よき馬を重き曲も直りて
乗手にしたかふ秋しと云り
況少々の由、かしも質ならんとは重き曲
さえ直り随ふなれは増て少の曲は真と也
君しらすとは空調へを云りとす唯里神
たる手綱を故に、直に君しらすとは、地道の
ことゝはけわすして。主調へと異名をいふ。
おしらすは地みちの事なり一部の調子也
是主調へて、此書一部の眼たるへし、地へ
さえ教のことくいかにも心閑に久しくれば
不思儀奇徳有て、馬か乗手にしたかひ曲
も妙にあたるなり
此書の母紙をは賢知を救はさとり給
はすと秘したる異名也とは職書は先立
永幸の作たりとは此書の妙をはとす妙術
と言也、地道にて城に曲も直家を、人のしら
すといゑり賢知もたやすくは悟り給は
すとす惣而君重る人は自賢に生れ付物
なり如是賢き人なりとも教すんは不知
と少いけんしたる名なり故に君をしら
すと名付たり、永幸は大坪二代目、村上加
賀守事なり、上総国にて十五万石の頽重
第九
なり、時代は太平記以後
●一鍋廻しは外せつ燈をよせゆを発きひとしく
居木に移り外の挙を塩手際に貞にし
内の拳を早く。馬の平股を目当とかなして。
眼しりにかけて廻すへし趣により内の挙を
縄廻
高く取事も有父母眼を心得へし或は徳地
を出或は麺行ば浮とるへし縄まわしに和へ
は小庭を武蔵野に乗理ならん
縄廻しとは犬追物より始家当流に犬
追物の大事あり。縄を丸て廻し狐を
射なゝしをしたる也此故実を以。丸と
乗事をなせまわしと云是を用るには
居木移
間能して乗難き馬、又心あしくて向張
寄馬を輪のうちにして乗をもそとの
語をよせ。力をひらきとす本書のことく
斎と云は同くと云儀也居木に移りとは
廻すと則外の居木に移り乗手のこゝろ
をす後も扣えて可乗也図に
外の拳をしひてきわに。内の拳を早く
高の平股を目当所とし眼しりに掛て
まわすへしとね縄廻し乗時の馬の業也
そとの挙を塩げきわにしかと引つめ
押え動さすして内の手綱をひきよく
押下て馬の内の平股を泥障のはつれ
を乗手に目尻に見て廻すへし
教により、ゆまつ挙を高くとる事も有、
父母雅
父母雕を心得へしとす趣と云に品有へ
内のこふしを高くせされは。乗れさる物
なり、其故は耳よくしては乗手力なき物
也依て高くして。強上引て。そり物を。
輪の内にて可乗。輪の内にせされは乗
れさるもの也、総而何方にても。父母眼に
乗さるは向くちつよけれはなり某藤
国忠の見立也のれさるもの也是秘伝也
一右功門には乗事も有へしと出たは人より
立さるやうにとのこと也兵庫頭西国へ下り
し時明石の浦にて鳥の魚をとるをみ
てこの手綱を見立る也、父母と名付る事
は此手綱か暮せり手綱の父母と云事に名
つけたり父母雕は大に秘事の手綱也
眼と云鳥は己か羽風を以魚をまきよせ
一処え魚集りたる時あつと水中に
うち入魚を取て上る時は少に〳〵とて
閣に又本のことく上る也国忠是を見て
偖も我馬のみちにも、かなひたる業哉
とてそれより父母誰を見立しとなり。
間よき馬を乗にも又曲馬を乗楽も縄廻
に大に廻し、偖其後次第心そく廻し、
廻し語馬の理発に帰わる時は平綱をゆる
すへからす我程。まわせす高まわるとも承り
つてたく〳〵と成也其所にて手綱をさつ
と雕寄水に入ことくくるゝ也さてひく
時はまた上家明のことくふわ〳〵と行て扨
出す也父母姫是也
浮取
〇昨島二つ物にて乗時はいかにをそりて御強き高
○くち強く又引城と雖鳥忘草にてのれは随ふ
或は法地を出し或は動行は坊取へしとほ
徳地を出るは馬場に是まてそと馬に知
せて帰わす処を出るを法地を出ると云
加具詰重る場を出すも、たれ方よりつ
るして行はせくへし坊と云字はせて
と云字なり坪の明たるなと云堂とへれは
賀茂寄祭にある事なり手綱を以せき
て置心なり馬のくちをは衝にてせし心
そ惣而此手綱押立物に父母の手綱と云ひ
也印可目録に出す也ゆるし脇の手綱
小庭武蔵野
那家故誠して異名をなと名るなり
一鰻廻しに和わく小庭を弐菰野に乗埋な
「鰻廻しに和にて小庭を武蔵野に乗埋ならん
とは縄廻しにさえ和ひ乗は角那丈に依
て小庭なれとも果しもなけれは武蔵野
我へし是かたくちの馬を直すに初中絶
腸の中にして強き口を乗入る道理也
輪等のれは輪のうちのかたのくち入なり
足きとけ口入心開家は此輪ののりの悟にそある
右折門之書者大葬流御温奥悉在此書者也
伝之則此外又無有口訣要馬武具下此外
一退無有最平方之術至矣尽災此書雖
一当流伝受之入於有之ハ堅以神文可伝
之容易勿許貞義一々与入等書不同非其
又は余子諸伝授之上に他見は勿論争為
親子兄弟一下可同外者也
明暦元乙未陽後中旬小山俊有識
12694
荷仙2
右の内
也
右功門智仁
右切門中
「労弁系派附会ヲ
以テ購入セル竹蘭博士
「狩野亭吉氏藤蔵
第十
●一輪作り縄廻しひとしき業にて心替り
たり、凡作る辞に心をつけて縄ふわし和ふ
へし。若輪作る時さしはるくちつよく
輪のうちみたりならす髪手折宜し輪
作りに和はゝ武薬野を小庭に乗理ならん
或は草野にいたりても。廻處をす彼業を
二つわりに心得て、会尺づとて出すへし、
勅作
輪作り前わ廻しひとしき業にて心替りたり
とす書のことく凡作る辞にこゝろを付て縄也
し和ふへしとす、花縄まわし乗候とては”
作
如図、輪作は角也、縄せしは丸し輪作
輪
作輪
丸て乗んとて、角に乗也、ほの下作りと事也
輪作りに乗なり輪作りと言の心を仰くへし
に乗事は馬の口に角ある所を折候かためなり
角をこしらへて四角にして折也。是は大に
角強くして縄湯わし乗難き時は如斯輪
作に乗也告かた口のつよきをす。輪作にて
乗和え其後縄廻しにて乗加へし最前
より打わまりしに乗は大に強しき口等は折さも
ものは又輪のうちみたり也。惣而真直に
双手折
乗てくちを打をしたきことなれとも真
乗ては乗すことにくろもなをゝさる物也。
角もおれさる故也若輪作る時あしはる
くちつよく輪の内みたりならす髪にたり
よろしとす輪等乗時馬つよく越てそせ口
兵を何の内宴にあらす外の手綱をつめて
可折、せす時も角の口大に廻る高瀬には
□□□□□□□
外の半つなを詰て、内をつよく引て可也
そとを詰ておることを双手折とき本を折
と云辟言也
武城野小庭
一輪作りに和はゝに庭を武蔵野にて乗ため
とも角有故に小庭也高間を出し出るとも
乗手のこゝろ等に角を持て居る故丈弐蔵宛
のことく乗広く乗たりとも輪作りに和た
らは角折易き内え等小庭なり
或は草野にいたりてもまわす師をすかの
業を、二つわりにこゝろえて。専会尺させて
出すへしとす広野に乗とてもまわすを
縄まわし二つにわりたることく角を
乗となり
十一
一直引輪作り縄廻し五百業寄始也直引
直引
七
の故実多し随て異名多き内えに雑々
手綱といゑり、
一直引手つなとす退る口火つ手つな也真
引と書り色々の手つな多しと云とも根本
は引とゆるすとの二つ也然に此直引手綱
は直に引てしさらする也惣して武士の乗
馬をはすくに引てとまるやうに誘るなり
謁て乗馬のくちを見に乗上りて少鐘を打
事綱を強く行て見る時かた口の高にても又
あすくちにても質のかねをあつることくの
真外に依て馬ひつみを出す也是以可悟
◯口の中悪しき所を知んとて底迄解る手つなをす
また魚にしさる馬は邪気なし退りかねて
そはたつは悪気を合也又物てしさらかし此
察馬心
雑々手綱
馬は是ほと物てとまるしさるこのほとを物
て早み乗と可知可程是手つなの本なり勝作
縄廻しは右に記す此業五百のもつなの始也
直引は退口輪作は角折事縄廻は丸く乗事勢
直引背故実多し造まて異名おふきゆへ
に雑々手綱共いゑりとは直引等色々あう〳〵
の名有そこ迄とくる手つなかゑしおくる
手つ分尻引手綱持ひき手つなまよふとは
まといひき見掛溝副口伝居木彩りあし
さた肌守返しろ直引とも云如是暑
多き故に雑々如何某りまつなど云たそ
十二
●一退番をは好かことく待程あらん北車もよろし
行さる物をは乗事なかれ牛馬の不足を騒と
立馬ならんことを見えともゆかす声より請ひかさ
如好
待程
れは業の益なし却て大坪父子の空宴に似たり、
古の志と今の心違ふ也其外にそことなる業多し
今の愚かにあるへからすそのみちのたくて委しき
を伝えさるか
退る曲をす好かことく待ほとあらんとはしさり
くせのつきたる馬の遺るをは馬の出たかる処
まてしらする也馬の好ことくすゝを吉とす
水車
偖好ことくしさらかし馬出る也銭ほと有を本
一塞とす乗手の業を計てしさる曲那れは出
さんとすれは猶しさる也此故に退る馬をは
馬のこまるほとしさうかし出たかる所にてそ
ろりと内にして出す也
○しさるには四寸八寸三か月や母かことく水車のれ
水車も宜しとはしさる高をきり〳〵と廻し
駿州
次第に大に帰わし直に乗出す也是にて乗
直も色所行物をす乗事なかれ牛馬の不
足を鐘と云世俗の詞に健馬を馳と云不足
を塩と云也
馬ならんことを思へともゆかす空より諸ひかさ
れは業の益なしとは行さるものと立て。生得
行さる鐘馬色膽は牛等角なし又遅高
共云也策にも驚す間もなく生れつきて行
さる馬也如是の高をは武士たる者は乗と
在かれ其故は戦場等て来時万一敵合に成
て不行時は武士一家の恥のみならす大将
廿つ恥なり此内へ驢馬を画を侍の本意とす
る也然家にしさりくちのつきたる方にとり
紛りす事有之高になさけと色々の平綱
古志今志
をつりし或は好かことく或は水車乗とも
行さるなり。元より請ひかされは平綱の
一益なきに成也却て大坪父子の空宴に似たり
とす右のことくしても高ゆかさるは高見違
にたる事は去らすしてかえつて大臣祭
の偽を云へるに存す也然故に驢馬をは凶童
古の志と今のこゝろ違ふとは古は武具下昔
一用にたてん事を肝要として馬を乗直
し価を高直に宇らんとは思わす然るに
当世の人は鐘高たりとも一旦の利の為直
価をたかくうられは事を思えり此故に
古の志と当世の武士はこゝろいふなり
其外にも異なる業多し今の愚かに有へ
からすそのみちの委しきを伝えさるかとは
右のほかにも古と今書こゝろかわりたる
業多ししかれとも今時は能師匠なき
故に当世まつ武士の訛にはあらす我馬法
の委しきを伝えさるゆえ也と俊省云り
●一繰口強きをほくりひき驕口或は単口の馬をは
あたを業或はゆるし折或は奪へし水車
もよろし是より乗手鳥との仕あひなり
ソルクチ
クリ引
繰口強がくり引とは繰くちのつよきはさす口
と云り如是水口に成て上口つよく手たゆく
なりて乗難き馬す此高をはくりひきに
て乗也くりひきとは半つなを高く上て
強く物へに静りたる時手をでさつと落
す也又くちつよくならすまた引て次第に
下さつとくるゝ也くり引是なり
驕口草口
アマセ業
輪口草口の馬にあらを業とは驕口はひさしるゝ
のらすして置広場等出て気を出し乗手
はやめすして急に盛に成馬を騎くちと云なめ
又単くちの馬とは地みちのうちにて先平等
一通馳る馬を単口の馬と云也右ふ左つの
くちの馬をはあまを業吉とほさつとり
れて折事なり又ひつたと折てさつと
許折
くるゝも有是もあたを葉也。急に折て
ゆるさされは馬倒るゝ也是故によつて急等
折てさつとくるゝ也これをあたせ業と云
そふして手綱は二通りあるを一通に伝
授する物也心得二つ有なり
或はゆるし折を吉ゆるしをりとす高気
を出し少足色を栄なる詞子上もりて。
大集
一睾丸玉鳴て行時は少強く扨調子よきとき
又少緩めて出す如是弊度もする也是許し折也
或は奪へしとす右二口の馬に大集て吉出る処
たて強きかたえ折也強きかたへ折事ならさる
時は弱きかし候へ折也折事を大集と云またつ
くちの馬を乗等強方をふ入て奪て乗も云也
又曰草くりの馬をは二つ三つきか〳〵とせして吉
水車
水車も宜しとす右驕単の高に吉強方へか弱方へかきりと
まわすなり
○くちの内角をたによく引折は大をもひかす口そ入ぬる
大より小等なし高辺ともなかつて開き成たる
所にてそろりとゆるし出す也理文類に廻る
内に出すことなかれ又間安き馬の退るに水車
を用るときは小より大になして其年を
祓御す乗いたすなり
一一禅家曲上る曲手つなを計りあます由或は燈を喰
曲みをす肩守貞かいしそはみ行曲横歩武衛を
渡す曲みをは大集九折ちかめて曲捨て立ぬ曲み
をは返しろよろし
肩守
一解る由上る由重つなをはかり餘す由或證を
食曲みをす肩守貞にしとは駅馬も立馬を
桜狩策
乗手をあます馬もまた角のくちにて気
の足を開袖を喰馬も一方へはし先をむは
馬のかたを馬守るやうに強くひき付て双やり
奉つなをつよく引て乗を肩守といふなり。
讐くりにして乗時は帰る高は自由にはね
立馬は自由に左つ双口あれば双たるみにて
くちを廻す也此時は桜狩の鞭も吉鈴を喰
キカウ
は自由に喰内えに肩を守らする也、但大つるへき
かうし肩守いたる事なり業は同事のやうな
れとも馬の宗依て易る也
片口のつよく強きかたへ馳出る等吉弱き方へ
はみを抜出しはし花を強き方へとせづよき方
の手つきをさけて乗を云きかうと名る故
実は鞍きわの取髪を、きかういつと云なり、
大瓶
此故等きかうとなつくるなと大勧瓶は片
くちのつよき馬に吉強き方へはし老をとる也。
大につよけれは大に取少強けれは其強きいと勝
手へとる也小角大角業借乗のうちにて
むくを出さは出さる前に奪たる方を少詰過
扨差張心和堂には少内るむる心して実也
是勧善懲悪也善を追て悪をこらす道理
また角の口にて廻りかね少大に廻る馬に吉時言
へは郷へまわすなはし先は左に振て大にせる
をは。きしやはる処にて付てくれ馬に理得
たると思はせ。其花を得たらんやうにして
取也是又大勧へ也但はし先の内にならさる
以前にゆるみをくれは其ゆるみを高勝手と
して、自由を働くなり此内へに馬の口宿方へ
一同所
成たる時付くれをする也此見立す国忠也
魚を釣の手心也。引ときに緩めてしつはと
つり上るかことし
左右に脇見る曲みをは見るをみて行く書
横に歩む曲或街を占右へ渡す曲を奪取
折とす右三つ寄口の馬を後奪九折に乗
て吉妻九折とすたとへは右之口振さる以
近メキ
前に右の手つなをひき白へくちをふらす振
さる前に乗手より左の手綱を引て奪なり登
一集九折なり
○裏渡す馬はあたるに尊也偖は手つなを取寄て
二階にて押つて手くびまくる
ちかめく典ひかへて立ぬ曲をす返し路宜し
とはおかなしきは。ちく〳〵とこま拍子になりに
次第に早くは成すして急に足に任て貫
行馳出る高也猶て立ぬは乗をのりて止んと
返シ路
思へは猶行馬有捨ても立さるなり此二曲の
馬を乗直すには退口に過す通し何とは返口
のことなり乗度毎に加是してなほる也
十五
●一かたくちつよく。更に。手つなをしらぬ馬をあさり
菜鼠口の上振る曲あけ掛りして結ふ由、裳を
計て退る由古口に随ひ心も居付由みをす壽呈
一奇策進むるに前むちよろし
吻策
片口強く。更にもつなをしらぬ馬をは吻策
とす二歳三歳にして口ゆかみて行て能積
又直にしく行てよきやうもしらぬ馬に能を
仕入る時片口ならすよりたるかたの口脇を
にてうつ也策に恐れ直分明平綱をしらする也
みたれ口の上ふる由とす上下にさくり乱て口
寿星策
を振るを上振と云也上払して結ふ由とは日を
上馳出し、ゆるみを取て給馬を云也、業を計
て退る由とは、乗手の下手ををしり、此ほと
見て高退る業をほかりてしさると云也古口
に随ひ心も居付曲みせは寿星の策とは
古くちは餘りいしられて何事を仕掛ても
動さるなり此ふる口に依て心も自ら居付
一たる馬には寿星とて額のまき辻策にてうつ
なり前に云ことく三つ星に乱口二に二に上掛結曲
一業を計り退る由三つ共に此寿星の策大に益
有ゆへご用置物也惣而大坪にハ策と云事は
〽あきなりその内へは菜をうつほとの乗手は
むち入すして曲を直す也ことに策は餘り益
なきもの也然共吻策と青星のむらは大に益
前策
有之たゝ一打にて馬にきくる故に是を記す。
寿星は命のほしと読也其ゆへは高の体の始り
額より初る人は眼より体と成と
額より初る人は眼より体と成也入昔気の巣
利は眼也又高の気の集りは壽星也此真象処を
うつゆへに大に益有
進むる等前策宜とす馬を追るに後栄を
うたさる物也捨筆を打と云て大こ色なり或
士後後を見る事を凶
●一つれ曲む等品多し、表へ申むれ裏へ曲むき、共に
一台甲業宜至倦くす醫甲操物弱て強弱貞か
ならす或乱果したかひこゝろも自ら貞かならは
別れ僻色をす弱出廻し。も好て中路を行側見
僻反をほうつ手綱心違ひの曲みをは専心を乗つし
なれ曲むに品多しとすきるゝ高苗田有馬
)
馬に依て替るへし
表裏ノ曲
髪甲業
衰へ由むき裏人曲ひ有とす重とへは左肩を
出しはし是を右へふり、肩の出たる方々曲みかゝる
を馬の定法にて是衰へ曲むて又裏へ曲む
とは、江もはし是を振へ亡府を出して。右のつ
よきやうにして月はきれ由むを裏へ曲ひと云
右表裏共に響甲斐宜前等いへるぎかう手綱
キカウ捺
にて其曲む方へはし是を取て乗也つよき方の
手をいかにそ下て。髻甲髪本に貞にして
乗を髪甲斐と云なり
手捲くは鬢田據とすもし右の髪甲わさ
にて手づく成たらすからむへし操はからむ
と読く響甲髪取そへからみて成とも塩手除等
手を引付て乗也又つよき打たを胸掛に通しても
安紀千紀
皆守手紀
弱出
一乗れ是を安細言つなと云め可程又皆守に
盜とそも同し但胸掛と腹帯に有大に秘すへし
或句弱く強弱貞かならす、或乱くらに随ひ心
も自ら貞かならす別れ僻是を聖出宜し
とす瀧口は上下にさゝり手つなに掛り行は
くるりと廻り信なきを云此日にしたかひ心も
実なく、貞かなら得して、則僻色を得に
打チ細
あたらすかして左へ二足弱出にすへし
是にて尊なりひそむと云は主とまつて
跡へ帰るひそむと書て邪に帰ると読也吻声
ともよわくともしらす轡に恐るに独出宜し
或好て片語を行側見僻反をす打手つな
とは好てかた端のみち行て有道中の落馬
まり凡痛て地相の成泉を行たかるか又由
側見ヒソミ
心違馬
有てかたはしを行か此馬に打手縄舌寄方を
少せゝるへしつよくかたよるはよるかたを物
たゝはぬやうに二つも三を打へし綿見とは
葬てかた歌を云ひそむは行口強き方へ依て
馳出也。右言なから打手綱を吉とす
心違ひの曲みをは鳥心を乗へしとす心違は
口直にして、心乱れ、口には曲なくして、心ちかひに
成て手綱にかゝりたちとまりつ或罷出るをは
くちを捨て心を専に乗なり。大にたとへてみると
気替の人に同し故に心を専直せす口は自ら
尊也世上の入の直すは心は恵ますして専
くちを尊んとするゆへにいよ〳〵てゝろ違に
成なをらさる也此故に口を捨て専に心を乗
へし乗やうは地みりを常よりは多くくろに
一助かかまわす膽はつなにて可乗扨乗たてをは
挟手宛
たくにのり、七は遍も乗て、其後犬走に乗也
扨馬自由に成たらは揃足を可乗候尤初中絶
雕手綱也。胸なは馬のくろ口へふらす。左
付てくれ右に疵は右に付てくれ、御くれはゆる
ゑてあくれは引て口に轡の八なれさるやうに
付て可乗心違の乗やう也。此はさみ手綱は
国忠雕島浪うち除に居て波打上る時は山の方へ
上里波引時は又海も入鱗を喰也国忠此眼を見て
此手綱より得得したると也
◯心より口悪しくなる物なれは口より起身類心そある
こゝろかくちか見りてのれ
●一物に当り物に部り或往来の高くに当ると見えは打手
一網大うつにうつ馬等可依或物の方を速に奪そ宜し
或過物ひそみ出る境美速楽ものゝ方を可奪惣而物
大打小打
の方を大豆業を物際手綱と云
物等当り物等郡々或往来の方上に当とみえはうつ
手綱大うつにうつ馬等よるへしとは舞掛てかた
より物等当り或溝堀も部る時或乗違行の馬上に
当ると見えす其寄方をあたるへし強くよらす大
に打、少寄は小打也二つ三つ当りてもよらすはつむ
ほとみへし
物際手縄
或物の方速に奪も宜とす煉石垣も靡かゝる
時よるかたを奪へし、馬のはしあき寄かたを奪へし。
て可乗勘図しても長那掛事あらす。寄方を招ふし
或過物ひそみ出る境節速等物のかたを奪へし
惣而ものゝかたを大事業を物際もつなと云りとは
同よき高横しまに片口のつよきに伊を一方へ付馳出る
もあらす早く強きかたへ折へしそほして馬の口を
そふものゝかたへ向て乗をものきわの手綱と秀幸
論にも有
十八
●一声より。当り余見を乗事有へし。或たてぬき業
も趣等可依へ但趣にこそ訣有へけれ
趣により、当り余見を乗ことあるへしとす一輩
をなふりて諸の手綱を計り吉姫掛馳出る過首
あたり余見を乗て吉がたよる時ははつむ程
アタリ
に当るへし、当て引張さるやうにあたるなり”当やう
経緯ノ業
口伝此ヶ條は此書一冊の中にての手つよき事を
記す、和くなはいかにそ和らきて、強きことをはするなめ、
〇二口有てきれ気のあらん音は唯近く枯荷理を行とす乗
或重てぬき業も趣によるへし但趣等より
談あくけれどははいてぬき業は、上へ手を切ある
下にきを切下ると一度に燈をあたり或ほと手強く
すへし。但趣に社分有へけれとは友馬を統にして
打付るか或人多き中共打付て出さるに吉或壁土
那とにひたと添掛りそふかたの手も礼も働さる
時用家事なり又間の馬ならすすへからす間よき
馬は打付たりとも、やりて出るもの也。三度にても
五度にても出る迄切上げ切下け。鑓を合て当る
詞し、此由付馬は強きくちを隠して打付るなり。
惣而乗手をなふりて業を斎編馬をす強く
当りて責るへし
十九
●一序破急并動く広々之急うの業に和ひて流し
とめしめとめ折により何等より手移しよろし
序破悉
趣虞々
急々
序破急并静魔之急々の業に和ひてとは
序とす我類ほと閑なる地みちなり間の高を実時
舌間なきには正破はしか〳〵と行事なり間なき高
をは序を乗すして破より初る急とは早みり
なり。の馬を乗にいかにも静に序を乗さて
次第に早くなして移る所知さるやうにそろ〳〵
と破の足になす偖破の足に和時又少早く
服して寒の揃足になすなり是世間の乗
方なり幷たく〳〵急々の業に和ひてとす当流
粟かた錫塵に々は犬走の事なり当流に
虎子馳てはたくたた〳〵と云又少はゆきを鹿子馳と云また
抽足
いかにも静にたく〳〵の足を抽足と云へ右のたく〳〵
といふ足大に徳色足なめ是桜狩の足なり妙前等
は弥吉溝担を飛するに吉又病を乗直は次第
一等は息きれさる足也何程乗ても息切す大に
可秘異なり武士たる者は戦場に向時乗んとの馬
なり故等右の殻塵に之と云足を常に和やうに
乗短き事り。是常兵の心なり。急々と云外馳の
事なり世俗の詞に馳と云が親也たく〳〵のめに
我堂家を馳といふなり故等急うと云り此馳の足
に和ひ乗れと云り
○たりゝに大地まわし龍こかた九折をも時々はのれ
琉球に入と〆流とめじめとめ。攪により例により手移し宜とは
右の池の居口の手つななり居口の手つな多し、
奥州に至り或鼻布い或ふへきり或片切色々様々の手つな
片キリ
有といえとも、其業を詳にする事より置かれさる
物也引類ゝほとの位にては様々の半つなにてと
ユルシヲリ
むる事ならす故に流とめしめとめ又手移しと
云事を記す流とめは依助流にては、大流しと云、
強く物へてさつと落し。其余見を被て又引也。
ゆるし折を強くしたる業なり偖そのゝち手の
うちにさゝ程をつかふなり是流とめなりしめ
とめはゆますしてしんしと調子に掛て
しめ付てとむるなりじめやうは筆に及はす境
により是にてとめて下立なり下立口伝何等
より手移し宜とす或舞掛てとまゝす行か或
向日つよきを、乗直すに舌とす、又十間行は。堀みそ
へ落入なと思ふ時吉左にてて右にても我きゝ手
寄方の手つなをきりさる方へ取移時少手綱に
ゆるみ付て高利を得て弥馳融んとする時我
きゝ手を指出して水付きわを取て鞍をもみ
かゑしてつよくひつたと折也一度にて折さる
高す二度三度ゆなして折てはゆるしする也
向はりの馬にも大に吉
二十
●一心口おもく歯をせき衝をしめ或古ふる口の馬に少々皮宜に
少々波
細々並とも書り異名にしたかふ故実有へし
心くち重く歯をせき衝を申或古口の馬に少々波
宜とは心も口もおもくしたるくして。歯を歯を
食合輿の衝をじて或いしりくさうされて書
くちに成て心居付たる馬には細ら並吉少々波とは
轡にはち〳〵と当て馬の心軽くなるやうに乗を云
なりふつくりと拘て少手に心を付れは馬のかたり
さゝらをつかふなり少々波とは磯際の波のて
まかに打ことく御つ〳〵と高に気付乗なり
○くち強く牙江かけ詰て行馬は少々浪父母を乗は口入
細々並とも書り異字に随ふ故実有へしとす
こまかになみと書なれはいかにそこま〳〵と過に
及の部きやうに同し並に乗れといゑり是替
たる字の故実なり
廿一
●一心口足並質錦みぬ時晴にて可無等からす凡龍て
かた九折雲形轎作り水車折馳廻し形を定ぬ
一臨むすひ暗にて直く乗んとて陰にて邪る土也に
京極左京大夫義質の敬実を諸物を政馬源記
と云彼巻頭に暗を能せんには陰を可動武士の弟
一心得をへしと云り源記は大西杢頭義績作也
或尋本記等曰護馬行事正らすんは運代を務て
一顕露に和はんや。凰は陰の業を云り代は口を乗す
しく専足を乗或山川足入なと乗馬も有へし
との儀郡り揚常弁へし
晴ヲ画
心くち足並質ならぬ明晴にて乗へからすとは
こゝろそ口も足も質ならす曲むをは嗜にて
武士は乗さるもの也心入押計られてきたなし
乗直して価高くも売んとり又は秘事の
手綱を見取れて大に悪し武具下の用にする
馬なれは犬走をも乗へき事なれは人中を怠なり
口伝如斯心くち。足よからさるは人無き野山或夜夜楽
馬場を見立て折こめて乗へしそれを直す
斗つるに曰て凡龍の形と云はかたくちつよき馬を
重広形
六曲無車をす等用
真只ひき当て燈をつよく当て片口のつよき方へ
九折
雲形
輪ツク
一まわす也九折と云は両口のつよきに用
如し如図両に角を立て乗
を九折といふなり、是両口のつよきに用片口強く片
くちいたむを雲形に乗なり
一如図一方に角を立て一方をは丸く痛口にあたら
さるやうに巣立て乗へし輪つりとす
輪
図のことくかたくち蝶是をもちゆる也
水卓
馳折
地コトシ
大弁
水車と云ひ返る曲に用又驕口単口の高にも用
水
一如図退るには用湯なりまた驕口単口
には大より小にするなり
馳折と云はかたくちつよくして折さる事よし
たく〳〵に乗て調子に掛てひしと折也是にて真也
如図犬走にて輪を乗なり此馳廻しは
犬追物より初る第一敵を射等吉溝竦て入す
サヽ結ヒ
ものに爪つかす。又太刀長刀にて切等母に当ら
さるものなり故に物前にも此是を大切とす
形を定ぬ篠むすひとは曲をかくして居たる
を舌つゝみをうたせて。鐙に気を付追掛ても
一曲出さる馬に曲を出さする時篠結乗へし
の代代の袋成如図細形等跡へ乗て曲を出さ
するなり何たる馬にても曲さえあらは出る也
一如斯して曲を出さを乗直すなり
晴にて乗んとて陰にて邪る工也とす公儀
にてすくに乗へきために陰にて直すへ也と云り
京都戸京太夫義質の故実を誌物を致る注記
と云彼巻頭に暗を能せん等は陰を勤むへし
武士の第一心得なるへしと云とす京極威は佐木
承禎の事なり此日日記等に付るを放馬渾記と
云なり此一番のケ條等も公儀能せんには陰を勤と
ありこゝろもへき事なり
◯妙をやまつなゆり掛乗駒を苦を残す人のこゝろは
○此口を引直さんと思ふには大なき野山夜やのよし
○高ならす乗言も心開るは夜乗ほとの吉事はなし
一徳記は大西杢頭義続の作也とす義禎は馬の
名人にて此乗給たる馬の日記をは読は書直
す、是故に作せると記す、義績は、近江の六角
とのゝ士なり
或尋本記に曰健馬行事正からすんは運びを務
て、顕露に和はんや、遵は陰の業を云めとは或
一尋本記は唐の書町等健馬とす骨大く同能き
馬を取行事正からすんはとす質等行さる寺のこと
一那里氈とす陰にて曲を乗直すと云事なり
頭露は公義暗の事なり。代は口を捨足を無事也
代は口を乗すして専足を乗或山川足入なと
乗馬も可有との儀也揚常可弁とに代は只
かまわすして鳥足のほとりるやうに乗なり
口つよくして乗難く足ほとけかぬる馬を山
川へ足を乗入責直すなり上口の強さをは
上り坂にて乗直し下口のつよきをす下り地にて
一乗直す勿議なとを河にて乗なほす也或治深
田にても乗事可有ひたすらこ工夫有へきことなり
○能乗て足ほとくれはくちそ入口入ぬれは足そほとくる
廿二
●一色脈八重業を弁へ乗帰しき馬を止て乗へからす半
綱の本なり或巻折みを遠慮有科し
色脈は馬の舌の事なり桃色を吉とす或里之
式音て或此器色をす乗事なかれ
八重ワサ
心脉
八重業と云は常に乗時も急事に乗明も馬
臥て居る事あらす引立身振ひあとてより
くらを置なり伏て居を引立身振せさるをは
一乗事なかれ押て乗時は随焉等逢也惣而
身ふるひせさる事色此馬はかならす病ある過
武具下に云なり又腹帯の脇前の方等少ほみ
色是の心脈也うそつくことしと云て。とき
ときと成打明は乗す。乗明は一里の内にて死
するなり、少意は、常にも脉井以也、是は重業
なり加斯有故に乗帰しき馬をは止て乗さる
を秘事とする事つなと云り
弐巻折馬を遠慮可有とは巻折は鼻息あ
よく。高く大にたとへていはゝ。息を引に同し。口
伝加是の高をす用捨有へし。乗事なかれ、若
不乗してかなわさる事あらす少乗へし強よく
一乗明は武具下にならす随高にあふ此外にも色々多し
廿三
●一汗を見て乗ほとをわきまふへし故実多しとそ共
凡五汗を御とすへし胸掛に出る汗を一汗と云耳の
根に出るを二汗となし折筋ことに休るへし獣のかけ
廻しに出るを、三片と云。境節暫休へし。普きを四
汗と云宜く休へし小雨暮て并に滋候の内より
五汗
白露こほるに五汗也宜く休めて薬治も宜し
了簡訛りて馬命危し獣政町にしたかひ一度
寄幸色と云共還りてたゝならす
汗を見て乗ほとをわきまふへしとは書のことく
故実多しと云共凡五汗を悟すへし細物つく
しに出る汗を一汗と云とす白て泡付て色を一
汗と云也此所にて少足を多く乗て中道等船
引出
して息を具都ゝなり
耳の根に出るを二ほと云梵節ことに休る程有へし
とす一汗の時も又二汗の時そ休へき程有程と
は廿間此間地道を考る耳の根等汗出て耳温過
獣の掛廻し参出るを三汗と云をめふし暫く休
へしとは鞍の掛廻して白く出たる時暫く休る也
地道等入て少馬の息入時しさかし弱出と云て
占えふた足右へ二足出す也是土等息をいるゝ所
吉惣而責馬の時もかくのことくして退かしその
はなふきのすほるやうにすへし
書きを四けと云宜して休へしとす普きとは
天の下界を云不残照し給ふ心也馬の惣身
一不残洗ひ馬のことく等なるを普きとき也是まて
乗たるときはいかにそ緩々と休て薬を嗣て
吉休るには土走よろし
に雨暮くは馬の惣身も頭に霧の降かゝりたるこ
とくに小雨有て耳の中より白露こほるゝ事是
汗の極也是まて乗こと常には那き事なり
若常にのらす侍の志には相違とり物前或急事
の明此五けまて乗たらす宜く休て薬治を廻ふ
乗て行方を跡に酌して。休て息を入る是大に
秘すへし偖藍を伺ひ養生すへき事なり
了簡記て馬命危しとはもし養生をもせす
くすりをそ飼すあやまらは馬の命危し
獣医に随ひ一度の幸色といふ共遂てたゝ
那羅すとは馬医者にて養生する故に一度
は能といへとも遂て馬なほらす武具下の用
に立さるなり
右巧門之書大坪流薀奥悉在此書考之
傳之則此外亦無有口訣秘術要馬武具
下別無有尤平馬之術至矣尽矣此書雖
当流奥義一々与余書不同伝受之人於
有之者弥堅重而以神文可伝之容易勿許
非其人者余不語御伝受之上者他見者勿論
雖為親子兄弟不可口外者也
明暦元乙未陽復中旬小山俊省識
□□□□□□□□
一
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一
代川
□□□□□□□□