刀脇差名品
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- 土居利往
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- 2026-08-17T19:23:21.347Z
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- 2026-08-17T19:23:21.347Z
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- 土居利往
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- 日本語
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- カタナワキザシメイヒン
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
右同断
刀脇差名所
刀脇差名所
荒井恭信氏ノ寄附金ヲ
刀脇差名所
以て購入セル竹関博士
狩野亭吉氏善蔵画
狩野氏図書記
利往述
一刀剣の制作古今によりて其品尤多し其名目も古今
に替りありて其実は同しくして其名は異に其実は
異にして其名は同しく或は名実ともに異なるもあり
又一物にして名目に色々の替り有もあり制作に依て
名異なるあり用る所帯るところによりて名異なるあり
又刀剣の身の作りによりて異なるあり其様之品々の事は
白石翁の本朝軍懸考に大かた見へ又伊勢氏の力釼問答
にも委く記されたれは今さらに記にも不及される今
用る所の刀劔に付て初心の者の心得やすきために其一
一二を記すものなり猶委しき事は軍憲考并貞使先師
の標疑并首書又刀剱問答堂井義知り本朝刀劔路記
一又日下部景衡の愚待随筆の刀剣の部日夏重高が
武林源始刀剱の部等見合て知るへき事なり
刀剣割儀
一剱の字をつるぎと訓する事は白石は拝の説に尖たる物を
角と云ゆへよりの転語なるへきよし見へたりいかゞあるへきにや
貞丈師の説にはつるぎは貫切の中略なりと記されたり
いかにもしかあるへきにやと思はれ侍るラトル通音也
一太刀の字をたちと訓する事は裁切刀と言の下略なり太
刀は刀の内にては尺も長く作り大きなるゆへ太刀の二字を
たちとは訓し来るなり剱太刀其実は同しされは古書に
剣の字をたちとよませたり然れとも雨刃なるを剱と云片刃
なるを刀と云よしも見へたり是も我国にて極上古は両刃
なる物をも用ひしにや今の世に残り留りたる古物には漢
土の剱と云物の如き両刃なる物は少し然とも上古は我国の
刀の身の作り半より先はもろ刃の物多し是を菖蒲
作りと云かされとも全く本ゟ先迄もろ刃にて漢土の絵なと
に見へたる如き物はなし然は上古両刃と云しも悉く両刃
にてはなかりしにや今用か片刃の刀の身対して半よ
り先両刃なるを釼といひし事とは見えたり
一刀の字をかたなと訓する事は貞丈師の説にかたなは片半と
云の略語なりと記されたり誠に発明の説也前に記す先
両刃なるを中よりさきとりたる如くなるゆへに今用る刀
の作りをはかたなとは云なりされは其長短大小によらす刀は
惣名の事となれりなれり惣て身物をばかたなと云也
小刀菜包丁の類也皆同しされは其飾の別作によりて
皆それ〳〵に名を異にして知れやそく呼よき様になし
たり是刀剱の訓義の大旨なり
一扨其制作と云には様々有り尤品多し先上古に出家に
被用し文武の太刀の制又其代に武士の用し太刀の制
中古より後世に至迄公家に被用し文武の太刀の制中古
以来武家に用し文武の太刀の制其品々尤おひたゞし
されば其制作古実等又多し中々一時に弁へ知るへき事に
あらす依て古法をばしばらく差置て今武家に用る
所の物計を記しぬ前に記したる品々の事は初にしるす
書ともによりて尋知るへき也
一今用る所は大旨太刀刀脇差の三品なり其三品に制作法式
尤多し太刀と云にも様々の品有刀と云にも古今によりて
様々の制作異同あり脇差と云にも品あり此三品の分計
其大概を記す也制作の委しき事は夫々の書によりて糺
しあきらむへし
一太刀之事
一太刀と云は今用る糸巻太刀を云也是武士の太刀也是を今信
称には趙巻の太刀と云是は誤りの唱なり本は糸巻の太刀と云へ
し又はまき太刀とも云也此大方は官服に添たる物にはあらす武
士の軍陣にも用ひ又常にも帯る物也今は打刀を常に用ひ
太刀をは用ざる故にいつとなく糸巻の方も宮服の具の様に
なりし也其上に又今は関東の諸士官位有人の衣冠せらるゝ
時は太刀を帯する也古法に衣冠に太刀を帯すといふ事は
なき事なるを衣冠の時にも太刀を帯する事になりしゆへ
古法に衣冠に用る太刀なき物也に此太刀を用らるゝよりして
此太刀も官服に添たる物のことくなりそれよりして官位なき人は
此太刀をは常には云に不及単陣にも平士は用事ならぬ物のやうに
覚たる者多したにはあらす此太刀は武士たる者はいかに軽き者
にても此太刀を用されは外に用へきの太刀はなし革緒の太刀又毛
一抜形なと云太刀あれ共是は皆公家の太刀也此糸巻の太刀は武士
の太刀也されは足利将軍の頃には軽き者も皆常に用し事也其證は
徒然草に下部には酒呑するとも心すへきと云章に馬の口取の男
太刀はきし事見へたり是其頃は軽き者も用し證也其後天文
永禄の頃より戦国打続き武士貧になりて太刀を作るに物入有故に
今の刀をのみ多く用る事になりし故にいつとなく太刀を用る者少く
なりし上に前に記す衣冠の時に被用などしかた〳〵する故に平士は
用ぬ事のやうになりそれよりして古実に闇き者の太刀は平人は
用ざる物なりと云出したる浮説世に證となり彼是間違より今は
法のことくなりし也本法は曽て然る事にはあらす此糸巻太刀は
武器にして官服に附たる物にはあらず今も志ありて作り用シに
難なき事也本より御禁制も無事なり
一糸巻太刀の制作は今有太刀の格則古法也今上り太刀と云て目
一録に添て人に音物抔にする太刀の制是也是は真の太刀の略也
只真の太刀は是を金具其外を本式にする迄にて一躰の拵は是に
少しも違なし柄には鮫をかけ糸にて巻甲金有猿手有鍔は
葵つばせつは三枚有り鞘は黒くぬり渡り是をして足を付
帯取を付鞘には責芝引股寄せ石突なと云金物有也是武士の
太刀也是を鞘巻太刀又は陰の太刀抔云は皆俗称にて唱へ誤也糸巻
一太刀と云へし是を腰に付る仕方も古実有り今は是にもいろ〳〵
むつかしき事あるやうにいへとも皆妄説也困へからず
一刀之事
刀と云は前に記す刃物の惣名の心也今の刀と云は古代は打刀又は鍔刀
と云し物也古代力と計云し物は今の刀とは別也其別作は身の
長八九寸にて鍔はなし柄には顔をかけ糸巻かず又は巻事も有り
ふち頃有目貫有り切羽なく鍛あり鞘は木地にても作り又はぬり
てもする也小尻は方にして今の刀の如く栗形有逆角をは金にて
作り小刀かうがいをさし下緒は今の刀のことく長さは刀相応に
する也是を刀と云し物也此刀は前に記太刀に対して是を刀と云
し也此刀に色々の名目有也制作により利用により帯る所によりて
様々の名目ありし事也其事今はよく知る者なきゆへに勝に古
一制を見或は古書に見へたる古名を聞いろ〳〵心得違多くなりし
也其実は一物なれとも名目に色々の名目有し也其品々を左に記
刀鞘巻腰刀腰ノ物差添さすが九寸五分合口小サ刀
此品々の名あれとも其実は皆一物也又打刀鍔刀是は別物也其名
目のわけさのことし
一刀と計云しは前に記すことく常に対して寸尺も短き物にて身の
作り片刃なる辺に刀と云し名目也拵は前に記すとし○鞘走
と云名は是は此刀の制作上古は鞘を藤なとにて巻て拵しゆへに
一其制作によりて鞘巻と云し也日本記万葉集抔に見へたる
葛鞘巻是なり此鞘巻と云に品々あり白鞘巻急ほし形の鞘
是ゑび鞘巻等也又そうまきと云是はさやまきの博語也
皆其拵によりて名付し也其実は皆同し物也○腰刀と云名
此鞘巻の刀は常に身をはなさす腰にさして居る刀故に腰刀と云
云し也○腰ノ物と云名は是腰刀と云に同しく常に腰に有る
今も腰物と
故の名也
云に同し
○差添と云名は太刀を帯る時に此刀を腰
に差て太刀に添て帯する故にさしぞんと云名也軍陣なとには
さしそへの柄を巻事古実あり其実は是もさや巻也○さすが
と云名は此刀は短くして人を打切る事はならすさし通す物成る
故に刺刀と云を下略してさすがと云也其利用によりての名目
なり其実は同し○九寸五分と云名は其刀の身古法は七八寸より
一九寸五分くらい迄にて尺にみたさるを用ひし故に其刀の寸尺に
よりての名也其実は同じ○合口と云名は其振つはなくして
一柄口と鞘口とつき合故に合口と云し也古代はふちの所を柄口と云ひ
鞘の方をば鯉口と云はず蛸口と云し也是拵の見たる所に依て
の名也その実は同し○小サ刀と云名は打刀鍔刀の長大なるに対し
てちいさ刀と云也是又鞘巻の腰刀にて別物にはあらず
此品々の名は替れとも其実は皆同し物にて格刀也是は古代常にも差
又太刀を帯する時にもさし軍陣にもさしたる鞘巻の刀也
一打刀鍔刀之事
一今常に帯用する刀と云は是也古代は是を打刀とも鍔刀とも云し
別作の事は也打刀と云名は彼腰刀の寸尺のみしかくして人を刺通す刀に対
今用るに
して此刀は人を打切刀は人を打切刀故に打切刀取に付ての名也又鍔刀と
云名は是も腰刀にはつはなきに此刀には太刀のことくつばを入て作る
ゆへに其拵によりて名付て鍔刀と云し也此打刀鍔刀は古代は腰に差
物にはあらず是は人に持せし物也是は太刀を付る程にはなく少し略
一儀の時太刀の代に供人に持せ置てもしもの事あらは腰刀計にて
届にかたき時の用心に持せし物也軍陣は云に不及少し進方へ出
旅立か又左なくとも主人の信なとの時は常にても糸巻太刀を帯せ
し事也打刀を持する事は私に近辺を歩行し又は辻固なとの時に
人にも持せ置又は敷皮に座したる我側に置たる物也略儀の物
にて有し也されは人の家に行人に対して此力を帯して居る事は
甚不礼になしたる也然るを今は此刀を太刀の代に腰に帯する事に成し
故に刀と計言て脇差に対する物になりたり
一今の小サ刀の事
一今の小サ刀と云物は古代の腰刀鞘巻抔云し物の遺制也古代の
腰刀に鍔を入たる物にて身のたけも寸尺を長くして打刀にひとしく
作りて打刀よりは少し天の短と小柄かうがいをさしそへたる計の
事也古代の腰力には必小刀からがい有故也古代のちいさ刀といひしと
名は同しけれとも実は異なる物也古代式正には腰刀を用し事成
一故今も少し式をたゞす時には必小サ刀を用る事也されとも其物は
異なる物に成し也今も古代の腰刀を用るともくるしからず難も
なし是本式なるへし
一脇差之事
一脇差と云物は名は古今一にして其実は古今大に異なる物に成し
也古代銀差と云し物も腰刀のことく其実は一にして名目色々
有し也其名目は
脇差ノ刀陰剣懐剣守刀
此名目ありし也其制作は身の長さ四五寸より七八寸迄也鍔なし
是も柄は鮫をかけふち頭有目貫有鞘は木地又はぬりて作り小尻
は丸く栗形有て短き下訳を付て先を玉に結び置逆角は
なし又は柄鞘共に錦なとにて縫ひくるみたるも有又は物鞘共
に唐木にて作るもあり又柄鞘共にぬりて蒔絵なとしたるもあ
りからがいを仕入たる有也是は公家又は女子或は出家なとの類常
小刀剣を帯を帯を帯せぬ者の誠に非常の用心の為に懐中の右の縁に
衣服の間にかくしさして身の守とせし也されは衣服がゝら
ぬために小尻を丸くなし下緒を短くして先を玉に結びて
是を帯の間にはさみ置て衣服の外へ走り出ぬために百置
し也男子なとの表立て用ひし物にはあらす然共京都将軍
の末の頃には中間小者抔はかの脇差を少し長くして治り
脇差と見せて左の腰にさしたるよし見へたり次第に其事
上たる人へも移りしにや其事よからざる事のよし其頃に
記したる書に見へたり脇差とて用し事は至て古き事
なれとも後世とは大に異なる事也其名目は是も其帯する
に付て名目は異なれとも制作は皆同し物也
一脇差の刀と云名は其右の脇にさす故の名也其身は刀なれは
一脇差の刀と云し也刀と云を略してわきさしと計も云し也
一拵は前に云やし○陰剱と云名は人に見へぬ様にかくして
さすゆへおんけんと云也其実は同し○懐剣と云名は懐の内
の剱なれはくわいけんと云也其実は替りなし○守刀と云名は
人に知らせす身の守となるゆへ守刀と云也其身は剣刀なれは守
脇差とはいはす守刀と云也小児抔は自分持事を得さる故に
是を袋に入て附添の者持也成人の後は則是を自ら懐中
する事也是古代の縁差の古実也然に今の縁差と云は古代の
腰と云し物よりもはるかに長大にて鍔を入て腰刀とも違ひ
又打刀には少し短く其作りは小尻を丸くして下緒は短く付て
先を玉に結ひたれとも古代の脇差とは猶以別也たゞ小尾の
丸きと下緒の短く先を玉に結ひたる計は似たる也其釜躰
は何とも不付古代の脇差と腰刀と打刀との三品を混雑
て作りし物也此脇差と云物のかく成行しも天文永禄の
比よりの事也戦国の時に大力打刀の代に用シ為に泣々にす
尺をも延鍔をも入し也されは其名は古名にして其物は
はるかに違ひし物也是何れにも略物なる故に今も素純長
袴の時は小サ刀を用るを以て知るへし
一馬手指と云物あり是は一向に後世の物にて古実法式も
なき物也是も其初は彼脇差の古法の転変なしたるもの也
然共是を軍謀に用ると云事は彼後世の軍学者などいふ
者の工夫より仕出したる物とは見へたり信用するにたらず
右刀脇差名目の事は古伝書に詳なりといへとも猶其
一品目を耳近く知らせん為に是を記して子孫に伝ふ者也
委しき事は前に記古書を見て知るへし刀劔は武士身を守
の重幾なるに其古実制作に疎ぎは武士の道にあらす邂逅
古制の事を聞古制の物を見て其名をだに知らす
俗称をのみ知て識者の嘲を得んは口惜かるへし仍て
記之畢
寛政七年乙卯九月廿六日
幕府書院軍騎土井主税源利往書
右一巻者鈴木蓮斎より乞得て写之畢
文化十年癸酉閏十一月廿六日西尾政孝
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