圓光大師御消息(勅脩圓光大師御傳第十九)
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
円光大師御消息
狩り
円光大師御消息
勅脩圓光大師御伝弟十九
御伝金部は伏見
院後伏見院後二
二重
尊圓親王従二位済氏給
公
條院宸翰を染させたまひ太政大臣咲重重尊圓親王従二位済氏給
従三位行君定成朝王等の詞書にて絵は書供権頭吉光筆なり
すへて四十八巻今現
に本山知恩院にあり
一月輪の禅閲の御婦依あさからさりしかは
一北政所もおなしく御信伏有て念仏往生
の事を御たつねありける御返事云
かしこまて申上候さては御急仏申させおは
しまし候なるこそとにうれしく候へ実に
往生の行は念仏にめてたき事にて候
なりそのゆへは念仏は弥陀の本願の行な
礼はなり余の行はそれ真言山観のたか
き行なりといへとも弥陀の本願にあらす又
一念仏は釈迦の付属の行なり余行はまことに
定散両門の目出たき行なりといへとも釈尊
是を付属し給はす又念仏は六方の諸仏
の證誠の行なり余の行はたとひ顕密事
理のやんことな支行なりと申せとも諸仏これ
を證誠し給はすこのゆへにやう〳〵の行多く
候へとも往生の道にはひとへに念仏すくれ
たる事にて候なりしかるるに往生の道に
うとき人の申すやうは余の真言止観の行
にたへさる人のやすきまゝのつとめにて
こそ念仏はあれと申は喜はめたるひか
ことにて誰そのゆへは弥陀の本願にあら
さる餘行をきらひすて又釈尊の付属
にあらさる行をはえらひとゝめ又諸仏の
證誠にあらさる行をはやめをさめて
今はたゝ弥陀の本願にまかせ釈尊の付
属により諸仏の證誠にしたかひてをろ
かなる私のはからひをやめてこれら
のゆへつよき念仏の行をつとめて往生をは
いのるへしと申にて候なりされは恵心
僧都の往生要集に往生の業には念仏を
本はすと申たるこの心なり今はたゝ餘行
をとゝめて一向に念仏にならせ給へし念仏
にとりても一向専修の念仏かめてたき
ことにて候なり其むね三昧発得の善道寺
の観経疏にみえたり又双巻経に一向専念
一無量壽仏といへり一向の言は二向三向に
対してひとへに余の行をえらひてきらひ
のそく心なり君達なとの御いのりの料
にも念仏かめてたく候往生要薬にも
餘行の中に念仏すくれたるよしみえたり又
一伝教大師の七難消滅の法にも念仏を
つとむへしと見えて候おほよそ現せ後
一生の御つとめなにことかこれにすき候へ
筆やいまはたゝ一向専修の但念仏念仏念仏者に
四
已上
これに
ならせおはしますゆく候已上これに
よりて専修念仏の御こゝろさしふた
こゝろなかりけるとなむ
同第二十五
政子北條四郎平時政女右大将頼
朝脚の後室頼家卿実朝卿の母なり
鎌倉の二品禅尼
一建保六年十月十三日従二位に叙す正治元年頼朝
帰依もとも
御逝去の時厄となるよつて二日以禅尼と称す
ふかくして蓮上房尊覚を使として
念仏往生の事尋申されたりけれは
彼は返事云御文くはし九承けぬさては
念仏の功徳をは仏も説尽しかたしと
のたまへり又智恵ゆ一の舎利弗多
関第一の阿難も念仏の功徳はしりかた
しとのたまひし広大の善根にて候へ
はまして涙空なんと申つくすへし
覚候はす弥陽の昔ちかひ給し本願は
あまねく一切衆生のためなれはこと
無智有罪無罪善人忌人持或破来た
ときいやしきおとこ女もへたてすもし
は仏の在世の衆生若は仏の滅後の衆
一生若は釈迦の末法万年の後三宝みな
うせて後の衆生まてもたゝ念仏はか
りこそ現当の祈になり候めれこの
故に来て往生の道をたつね候人に
は有智無智を申さす一すちに専修
念仏を勧候なりまして左様に専脩
念仏を申そゝめなむとつかまつる人は
仏法のまなこしゐて解脱をうしな
懸る閑提の輩なりいかに申候とも御
変改候へからす強に信せさらん人を
御すゝめ候へからす仏もかなひ給は
さる事なり
一一売解の人の余の餅の善根を修せんに
御助成有て思食へき様は我はこれ
一向専脩にて決定往生すへきも也
他人のとをき道をわか近き道に結縁
せさせんとおほしめさは専修をさま
たけ候はす
一この世のいの季に念仏の外に仏に
も神にも申し経をよみかき仏を
造らんは専修をさふる行にては候へからす」
念仏を申候事はやう〳〵の義候へとも
たゝ六字を唱る中に一切の行はおさ
より候なり心には本願をたのみ口に
は名号をとなへ手には念珠をとる
はかりなり常に心をかくるかきはめた
留決定往生の業にて候也念仏の行
はもとより行住座臥時処諸縁をき
らはす身口の不浄をきらはぬ行にて
易行往生と申候なりたゝし心をきよ
くして申を第一の行と申候なり人をも
壱様に御すゝめ候へし遊め〳〵此御心は弥
つよくならせ給候へし
一念仏の行を信せさらん人にあひて御物
語候はざれいかに况や宗論候へからす強に
売解異学の人を見てこれをあなつり
そしる事候へからすいよ〳〵おもき罪人に
なさむ事不便に候へし極楽をねかひ
念仏を申さん人をは塵刹の外なり共
父母の慈悲にをとらす思食へきなり今生
の財寒ともしからむ人をは刀をくはへさせ
給ふへし若すこしも念仏に心をかけ候
はん人をはいよ〳〵御すゝめ候へしこれも
弥陀如来の本願のみやつかひと思食候へ
し震旦日本の聖教をと楽あつめて此
一間ひらき見勘へ候に念仏を信せぬ人は
先生におもき罪を造て地獄に久しく
ありて又地獄へかへるへき人なり返み
専修念仏を現当の祈と申候へきなり
一々の詞これ経論にて候也御内の人には
九品の業を人に随てたへぬへき程
に御勧候へしあるかしこし
文政元年六月吉日
三縁山蔵板
同
11221