野守鏡
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- 源有房
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- ノモリノカガミ
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- 東北大学
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第八陪座
野守鏡
女右ノ一
ノ花
野守次
一有房公
三十一
十二号
野守鏡
開会
以テ諸人セルヤ
「猶知事吉氏書誌
野守鏡上
阿波国文庫
不忍文庫
すきにしす幡摩の書写にまふてゝ侍し折しも人おゝ
くまいりあつまりて宝蔵の戸ほそをひらき
つゝ往宣上人のふるき調度ともとり出て拝見
侍りしかはつゐてもいとうもへしくていそき絵に
たちよりて見帰りしにゐ中ひたる色のひか〳〵し
きけはひともしてあれにこれよとさはくに何の
あやめもわきかたかりしをいそらあまり午なる僧の
なまめきたりしを実蔵の中へ分入つゝ彼聖人の
御足駄をとり出てかれ見たまへこれこそ申さしく
仏の道に入たまひけるあなうらをうけたはしもの
なりけれとそこらの人もけにやとおもひけんみな
なりをしつめてとりわきこれをなん絵見侍りき
まことしくとりなしいへる心のいたりいみして覚て
いつくよりまうて給へるそとたつねかるにこの国よ
りは猶面さまよりとこたへしかは入道はこの国にすみ
侍りつれとけふのはしめてまふてゝ侍るに国代
へたてゝおもひたひ給けるゆゝしき御心たしなり
やと申せは彼経うちほゝゑみて食街の三億の家は
誠の世に出たまへる事をなをしらさりき同し国と
いへとも縁のもよほさるゝほとはさのみ社侍りけれと
あさむける気色心あるさまなれはなをかたゝはまほし
きに寶蔵すてにたておさむれは各らり〳〵行
別れつゝひとり如意輪堂によふてゝはるかすみおろ
せは山高くかけつくれるかまへ天にはさみ谷ふかく
おひのつれる木末手にたつさはりて海の面ま
さこのまへにつきかる心ちしつ泪もこほるはかり
たうとくてつゝちおりの道わけのほりつるくるしき
もおほえす礼拝恭敬するにほとなく暮行入おの
かね松風にひゝるあへるいという信を讒しかほなり
太山の秋は猶こそあはれふかきくれなりけりと思ひよら
るゝ時しもあれ山路に日暮ぬとしめやかにうち誦
して御堂のゆへ人のあゆみ入音すれはたれならんと
あやかしくて正面のはしちによりそひて居たりしず
ちかくゐさりよりて見侍れは彼上人の御足駄もて
はやしつる僧なりけり今は召向し給せんとこそ
おもひ侍つるにふたゝひまいりあひなるも仲の御しめへ
にやとかたらへはけにあひかたきは殊にて給侍るにかく
まいりあひぬるはしかるへき事にの今夜は通夜の
しるれは念誦の後心論にとて陀羅尼よみつる
こはつかひすこしかれいろにてくゆをりたるほといと
たとくきこゆ念誦はてしかはすしをしすめていかなる
願をかもとめけんとおもふ一切汝にほとこさんといふ文代
となへつゝやゝひさしてなるつきて後ひたいのあせをし
のこひ袖ひきつくろひていきつき居たるありさま
物をふかくおもひ入たるけしきなれはいとあやしく
てなにのねかひはしてか身をくるしめ心を捨てな
申給へるととひるかしかはまことにさそ見侍らんこれよし
なき妄念にてはへりいまたいとせなくして中を
たかひ塵をもてあせひしよりうたかたのはなる緒に
心をとめてすてにいそちにあまるまてのなける歌抔
の木葉のことくつもりぬれはつらねへに花のたもと
にもあらぬ月をあやふみたむ〳〵へき紅葉の錦しも
たえぬる身を観て撰集のありしときにも望さりし
ゆへにいまた勅撰にもいらするしかはあれと代々の集
にもさきにはいゝさる人もまた立れたる詩も後には
えらひ入られたるためしおほく侍れはおのつからよた
撰集もあらはなと心へになくさめ侍つるを今の世と
なりて柿下のこたち皆あらたまりかれは島かへれ
のもくついとゝたつかへきあまりなくなりゆへきの
なけかしくおほし侍るあまり祈申よしをなん
かたりしかはおなし心に綺のことをしも斯申
給けるに仕いと不思儀に覚侍れ入道もみそち
わまりのとし世をそむきしよりむかちのいまに
いたるまて官途はなかく心にわすれ世事は互
ものいはすして穢土をいとひ浄土を願といへとも
なをことのはのしけきさはりをいてやらさるにより
て一筋に倉仏の数通をつむ事をえすこれ
もし往生のさはりと成ゆへきわさにて侍らは
そのむねをしめしたまへ源氏のものたりも此末
〽弐部いのり申けるによりて石山の観音大風情
をしめしたまひけるをなん申つたへて侍り此寺も
申た同観音にておはしませはなとかりのをしへも
なかるへきなと思つけてまうてゝるへるになにわつ
のよしあしをもてなやみ給ける人にしもあひ奉り
明るたゝこのほさつの変化したまへるに社願くは
おろかなる趣をはるけたまへといひしかはむかされ
式部はあらたなる色につきて祈申けむ猶人の
ねかひ見て給ふ御誓たりかたれによりてしめし
給けるに社ましてこれは実の道にて侍れはいそか
其をしへもなくて侍へき作まよひふかき心にて仏
の御心をはかりかたく侍しかはあれとそのためしを
おもふに清水寺はさせもくさに我世のたのみをかけ
六角堂はあし火たく心のまちかき事をつけ大山
寺は山ふかくとしふる事をかこち大神宮はさかつきに
さやけきかけをうかへ宇佐はいさきよき心をわすれて
かも公雲わけてのはる誓をたて春日は南の岸に
北の藤なみをよせ三輪はわかいはに夜たてるしるし
をおしへすみよしはかたそきのゆきあひのまに夢を
おき北野は菅原のあはぬいたまをあらはし稲荷は
なかきよのくるしき事をしぬし貴布根籠は漸つ
瀬に玉らるおもひをなくさり熊野谷もひおこせよ
我も着しとちきりたまへりまた聖徳太子は
かたおかの旅人をあはれみ行基菩薩は真如くらせす
逢見つる事代よろまひ伝殿大師の我立杣の冥加
をいのり弘法大師はたかきぶにていたれる事を
かたへ応覚大師はおほかたにすくる月日をなかめ慈
恵僧正はいもゐの庭に中のむしろをしきたまひし
よりはしめてあらたなる仏神かしこき権化い
つれかうたをよみ給はさりしそのとりあらはかゝらんやと
のおほし侍れ且はちかき頃の事なるうへ新古今にしるき
れて侍れは人皆知たる事にて侍るそかし百首の
うたをすゝめける念佛のつとめ卿さしあひて西行に
またりけれは何事もおとろへゆく世のすゑ迄も
哥計のかはら奴情にて有よし哉なん熊野の権次殿
の中にしめし給ひたりけるよりいとゝ哥のみ談つゝ
そのもら月のきさゝきのつゐに西のひかへにあつかりに
きといひしかはいまの日比のうたかひはとけ侍るかれ
この春ひかしの友にて侍しへ尋まうてきてむかし
今の事ともかたりしつゐてにこの頃為御心といへる
人先祖代々の風をそむき累葉家々の義をやふりて
よめるうたともすへてやまとことのみにもあゝすと
申侍しかと彼卿は和歌の浦かせたえすつたはりたる
家にて侍れはさてめて鎌こそあらかと思侍しかと
にくはしく思ふ事もなくてやみにき今又これをうれへ
給へるにこそまことのあやまりとはおもひしり侍れは
といふに出の僧あさわらひて堯舜の子柳下恵かを
とゝみなおろかなりしうへはその家なれはとてかならす
しもかしこかるへきにあらす又仏すてにわか法をは我
弟子にうしなふへしとて師子の中の虫の師子代
はむにたとへさせたまへりそのむねにたかはす内外の
法みな其みちをつけふる人その義代あやまるよりす
たれ行事にて侍れは哥の道も許の家よりうせん
事ちかゝなき事にて侍るかの郷は御門の御白くみ
ふかき人にて侍なるにこれをそこりてみつしほの
からきつみに申しつ先られん事もよしなかるへき
わさにて侍れは妾そのあやまりを申かたしたゝ略硯に
て心得たまへ夫婦は心をたねとして心をたねとせす
心をなほにして心をなほにせすことはをはなれてことは
をはなれす風情をもとめて風情をもとめす姿をな
らひてすたをならはす古風をうつして古風をうつさ
さる事にてなん侍りと申すにいとゝおほつかなく
おほしつゝまことに我を野しるをよろこひおのれをつみ
せしはかりのためしはまたも有へき事ならねは
おそり給ふもことはりにては侍れと道をたつかなち
ひ義をあらそふにとかなきことにて侍りたとひまた龍
逢事におなし事有ともやまとことのはにみをかへ給
ひなは集に入給て侍らんよりもはるかにやたしき
花を世とにとめ給ふへし関つたへてもらし侍へき
にもあらすたゝ入道か心ひとつにのおさめ侍らめかつは
此六義観音の御手の数にしもあたりて侍りその
心をのへて御手毎に奉たまへとすむれはかくあなかち
にの給ふも観音の御すめにやとおほし侍れはあら〳〵
申へしとてかたりし事ともをなんしかしをける成へし
一心をたねとしてこゝろをたねとせさる事それ心に呑
悪の二あり故に仏教にも心を師として心を師とせき
れといへるかことく哥も又よき心をたねとしてあらき
心をたねとせす先よき心といふはおもしろくやたしう
して俗に近からすきく人皆感しおもふへしこれを
古今の序には感心たしになり詠ことにあらはると
いへりあしき心といふは我ひとり義をなしてよき風情
とおもへともなへて人の心にかなはすこれを白席には
哥とのにおもひてそのたましらぬ成へしといへり然
を為兼郷の歌は心をたねとするもとなれはにもかく
もたゝおもはんやうにその心をたゝちによむへしとて
詞をもかさらす物かたりをするやうによめかいまやう
すかたの哥ともけに玉つ侍の明神もわかのうち
浪に御年代やあらひたまふますとおほえ侍り古今序
にやまと歌は人の心をたねとしてよろつのことのは
となれりけるといへる世中色につきはなになる人の
心のたねなりまたしけきことのはとは水に住蛙のその
曲なきものまてやたしき歌の言葉ある義なりまた
〳〵今のことく色なくにほひなき心ことはにはあら
す齊桓公に車つくりかいひけんかことく言葉はつた
はるといへとも心はつたはらさりけるにやかつはその心を
得てかの序にかきたりし貫てよりはしめて代の哥仙
ともみなこれをしる所なれとも今のうたのやうによま
さるにてしるへしかの卿はあやまりなるといふ事を又
一通房といひし経念仏をあやまりて踊躍歓喜と
いふはおとるへきなりとて頭をふり足をあせてことるをも
念仏の行義として又直心即浄士なりといふ文につ
きてよろついつはりかくすへからすとてはたかになれ共
見苦しき所もかくさす偏に狂人のことくにして比
くしとおもふ人をははゝかる所なく放言してこれを
たゝしくたとき正直のいたりなりとて貴賤こそり
あつまりし事さかりなる市にもなをこえたりしか
とも三の難を申侍りてつゐにその砌へはのそまさり
き一には踊躍歓喜の詞は諸経論にありといへとも諸
宗の祖師一人としてをとる義をたてすの更善導
和尚は貞心をうこかさすして走越心を表給ひけるうへは
さらにおとるへきにあらす二には人を殺言して見くるし
き所をかくさゝるは敦速の至也また〳〵正直の義にあら
す三には其姿を見るに如来解脱のたとき法衣を
あらためて畜生愚痴のつたなき馬きぬをきさま〳〵老
の姿なる裳を略してきたるありさる偏に外道のとし
この三の難を加て都て信をたりしをもむきを一返房
にかたりて侍りけれは染谷はなくてよりける評
はねははねをとらはおとれ春駒のつの道をはしかへそしな
とよめるよしきゝ堀しかは
春約の法の道をもしらねはやをとる心をとゝめさるらん
にこり口の蓮のうきはにゐる蛙をとれは落て沈のすれ
此難のことく阿弥陀佛も思召けるにやかねては紫雲たち逢
花ふるるとをとろ〳〵しくいひたてしかまことのきやは
来迎の義式もみえすあまり正体なかりけれは弟子
往生とかやの風情たまもかなりして人の見ぬさき
にいそきにましへ侍けるその時しもみなとかはに侍し
ほとにかの最後の有さまよくきゝ侍て三の難のあや
まりなかりける事をさとりにきしるわかにもの哥
の義又今の難に少もたかはす侍り先心をたねとす
る詞につゝてたゝしからぬ心をくるひこめる事酒躍
のよみにまかせてをとかにおなし次にたゝこと哥のすな
をなる事をおもひてかさる所なくひたくちによめる事
正貞の義をあやまりて人を放言しみくるしき所を
かくさゝるにおなし次にふかき姿のやさしき心ことはをま
なひすして俗に近き姿をよめる事法衣をあらためて
馬さぬをきたるにおなしこれを思にかのあやまりいよ
〳〵疑なく覚帰りすへて哥の趣をそむけるうへは
わきて申へきにはあらねと殊に彼卿の秀婦なりと
いへる二首の歌をこれかれにかよはしてその難を決し
なけとなる有明たの月影に郭公なる夜のけしきを
萩のみをよく〳〵みれは今そしるたゝおほきなる薄んけり
よつ郭公なるといへるなるの字はいかなる義ともおほえす
するかなる富士のたかね信濃なる浅間のたけるといへるなる
の字はその所にある義にて侍りしかあらは郭々の有
所によのけしきの見ゆへきにやもしまた郭公のなき
かへきけしきになる義にて侍らはすてに上句になけ
となる気色有明かたの月影にくもりなく見え侍るうへは
下句にさのみかたねて郭公なるといはすともそのけしき
見えさるへきにあらすいつれのきにつきてもみゝにたち
たる時鳥なるにや為家卿はすへてけしきといふ事をは
よむへからすと申待しかともむかしよりよりよりうへはなにか
くるしかるへきとひころはおもひ侍りいるにこのうたにれけ
にあしきけ宮とはおもひしり侍りわれ郭公なきぬへきけ
しきをよめる家隆卿歌
いかにせんこぬよあまたの郭公またしと思へは村雨の空
又行家卿
やよやなけ有明夕の時高聲おしむへき月のかけかは
かくれその気色もおもしろて見ゆる事にて侍るになけ
となるほとゝきすとはやよやなけにことのほかにおとりて
こそきこえ侍るにわつきすかたをいはゝ人と猿との
かたちのことしつきに古き狂哥にいはく
十五夜の山のは出る月みれはたゝおすきなるもちゐ成けり
このもちゐのすかたにおほきなるすときはたちまかひて侍れは
おかしからぬ狂歌にて社侍るめれ信成卿は顕輔歌をは
難は江のほしまにやとる月みれは我息ひとつはしつまたりけり
とよめりし心まてはやさしく侍りしをそのゝちすこし
誰語にかゝりて哥のすかたやつれたるよしをなんしるしを
きて侍りすてに誹諧にかよへる猶これをそしれりいはん
や狂歌におなしからんをや俊成卿は和哥に長かる事神に
通したりしかは他家の人なりとも後せとしてたやすく
その哥をやふりかたしいはんや子孫たゝれや春日にたて
よつりける歌
春日野のをとろかしたのむもれ水末たに神のこるしあらせよ
参社のたひことに此歌代のみ詠し侍りてつ楽したてまつ
りつゝ子孫の事を祈申けりとかや又夢の行けれけるとき
奉つける
春日山谷の松とは秋郷とも梢にかへれ北の藤なみ
これに大明神めてさせたまひけるにや定家卿中納言になり
しより次第に子孫さかへてみな大納言をきめす男の
家まて中納言にいたりかる偏にかの哥の徳なるへし
然則たとひ人丸前へ来て今のことく読へきよし代
なんをしへ侍るとも彼卿の興としては殿はさらんまても
夢なみの末を秋おもふへきにて侍るにかけはなれたる姿
をのみこのみよめる事家にをきても不孝なり道に
をきても不義也心あらん人は此一義にてもかのあやま
りは知ぬへきにて侍るまたあらぬすかたなりとも哥に
にもおもしろく侍らはさる一すかたもやとおもひ侍るへき
に歌とたにもきこえぬやうなれはかた〳〵しかるへしと
もおほし侍らすもし又わか心のをよはさるゆへにやと
安めし侍れはよき哥はおろかなるみゝにもおもしろく
きこゆる事こそなん侍るなるゆへにしう哥はね
に人の口すさむ事にてなん侍り道国法師
山のはに雲のよこき日宵の間は出ても月そ猶またれける
とよめるうたをめくら法師の口すさみてとをりけるをきゝ
て歌歌よみたりけりとてよろこひつゝかのめくら
をよひ入れてやう〳〵に引出物をなんたひたりけるまた
源雅光も
商ふまてはゑひもよらす衣引のいとをしとたにいふときかはや
とよめる歌をめわらはの辻に立てうたひけるをきゝつわか
秀歌は此哥なりけりと申侍けるにたかはす金葉集に
入て侍り又慈鎮和尚も奇はよしあしをこゝ四人の見候
にもおもしろくきこゆる秀詩にてあるよし定家卿
申侍りけるとてうたをよみいたしてはかならす哥心もなき
人にもとはれけるとかやけにさる事にて侍るやらんかく
歌のすかたやつれたりしまては上つかたの御会もしは
家々の会の哥まても手毎に書うつしてしるも
しらぬもこれをもてあそひ口すさひき今は御会あれ共
此道をたしなむ人よりほかあまねくしる事なし
古今の序にはたま〳〵後生のためにしゝるゝのは和歌
の人のみなりいかにとなれはかたる人のみゝにちかく
義神明に通すれはなにといへりしかあるに今様すか
たの歌は語人のみとにちかからす義神明に通せさる
故に当時なをしる人まれなれはまの世まてつたはかか
たくやるへきたたとひこれをえたひをかるとも撰集の
つたなき君をと先作者のをろかなる心をあらはすへし
此篇はあしき心をいましむるかゆへに煩悩のにこりをき
よりんかため持たまへる蓮花の御手にさてまつるへし
思ひわく心のなとかなかるらんよきもあしきもしゝか人かは
一心をすなほにして心をすなほにせたる事そのうたの心は
屏風をたてるにおなしみなひきはつ之一おりする所
なけれはたつ事を取さるることくたゝすなほなる計にて
ひとおりの節なきは彼大すゝき其難をまねき侍るにや
薄はしのゝをすゝき糸薄といひて細くちいさきなをも
得て侍るにたゝ大きなる落せ給ふしもなく見え侍り
又身にしむ色の秋かせをはなによはるすきにしも
むすひかへたる萩のはなにゆへともきこえ侍らすおなしく
此風情なるともからよみて侍らはいまゐは萩の一ふしも
見えぬへくや
一社風の音せさりせは萩原や末はのたかき薄とそ見ん
ひとり古今の間にあるにあして和歌てあきらむる
はかりの宗匠の哥をかりにもよみなをし侍る事
毎々人のあさけりと成ゐへけれとたゝ一ふしの義をあらはさんか
ため也俊頼抄に心をさきとしてふしをもとめ詞をかさり
よむへきなり心あれともことはかたらねは哥おもくめてたし
とも見えす詞かたりたれともさせるふしなけれはよしとも
たむえす目出度ふしほんとも優なる心詞なきは又わ
ろしけたかくおもしろきをひとつの事とすへしといへり
しかあるを彼卿は哥の心にもあらぬ心はかりをさきとして
詞をもかたらすふしをもさくらす姿をもつくろはすたゝ
実正をよむへしとて塔にちかくいやしきをひとつのことゝ
するかゆへに皆哥の義をうしなへりすへていつはりかた
れる事なれともそのいはれをよくよめは実正卿きこえ
実正なれとも其詮なくよりは実正ならすきこゆる
ことにて侍れはあなかち実正をもとむへきにもあら
かつは有為の法医路体成成へきによりて実あらさる代
実とすへしことに歌は又はかなき言のはあたなるとなか
かゆへにかりのことをのみよめりまたみたる事をも
見きかさる事をもきゝおもはさる事をもとひなき事し
をもあるやうによむを立て歌の義とすこれによりて
つねのたとへにもまことなき事をは哥そらことゝも
申侍けれまた真実中道一世の法猶以空術の二法を
具足して三諦の義をあらはすいらんや和歌の風情
をや彼卿の申侍るなるをもひきたゝ事の義をあやまれる
なるへし六義にはことのとゝのほりたゝしきをもてたゝ
こと哥のきとすしかあかに彼卿はことのとゝのほる所をは
しらすたゝひとへにたゝしき事をよまんとするか故に
一通房か正直の義のことくして六義をはなれたり此
篇はたゝしき心はまよへるかことをいへる故に霞晴の心を
みかしむためもいたまへる念珠の御事に奉る
うきみき葉のみ茂めとて呉竹のよき一のしのたえやはつは
一ことはをはなれて言葉をはなれさる事
夫世俗にことはをはなれてやまとことはをみなるへからす
しかあれは口侍にも言葉は古きをしたひこゝろはあたらし
さをもとめよといへり世俗の詞といふはかの萩のうたのことく
よく〳〵みれはたゝおほきなるなといへるやうなる詞なり
やまとことはによく〳〵見る心をいはゝつく〳〵となかむれは
ともいひ又つく〳〵みれはあくまてみれはなといふへき
にや又おほきなるすゝきをよまんにはさきにいふかことく
すゑはのたかきともいひまたはまのひろきともいふ
へきに社寂遠か哥ほといらしき事なし桂のひく
つけくおそろしけなる物まてかるもかくふすゐの床
なとよみぬれはやさしくなれりと申けるやうにやさし
からぬ事をもやさしくやはらせよめはのやまと言葉の
おもしろき事にて侍るに彼卿歌のをもひきのとく
ならは井のしゝのふしたるとこなとよひへきにや人木石
にあらされはおもふ心はありといへとも言葉よくやはらく
る事のかなはさるによりて此よみよますをとりまさ
る人もある事にては侍るに世俗にいふかことくおほき
なるものをやかておほきなりといひらいさきものをや
かてちいさきといはんにはたれる歌をよまさるへきまた
心をあらはす事はいつれもおなし事にて侍れとも
経論外典触伏消息真名仮名世話ものかたり詩哥の
言葉とも皆その文体ことなりなんそいま和歌と世話
形なしくせんや藤淳保昌哥をうしや見て早朝におき
てそみつる梅花を夜陰大風不審〳〵にとよみたり
ける和泉式部きゝみ哥ことはにはかく秋よめとて
朝またきおきてそみつる梅花とのまの風やうたつかたに
とやはらせたりけるおなし心ともおほえすおもしろくきこ
ゆるをもてもしるへし其詞たかへは其心うする物也たゝ
保昌か詠のことし但世話の言葉もよくよりは歌詞
になり歌詞もあしくよめは世俗の詞になる事にて
侍り詞はそれ心のつかひなるか故に詞をろそりなれは
心もおろそかにきこゆ詞切なれは心も切にきこゆるなり
しかあるに詞のなかにはまた哥詞肝心たるによりて百
遍にかきたるみよりもわつかに三十一字にいへる心は
切におほゆる故にこそ天地をうこかし目に見ぬおに竹
たけきものゝふおとこ女のなるをもやはらくる事にて
侍るに彼哥は詞つたなきりゆへにふみにもこよなくをと
りて見え侍りこれひとりおもふにあらすいまた後哥を
感する人をきかすたゝかゝる風情詞をもよむへきにやとうた
かふ人おほし且はかく山かつのそしはゝをおひかるあま
ねく人の心にかなはさるゆへ成へしまた上古の歌も
さのみ社侍めれとてやまひ禁忌をものそかさる事
ゆゝしきあやまりにて侍り歌いまたさたまらさりし
時は申に及みす古今集より此かたは病をのそかさること
なし但をのつから病のあるうたを取らひ入たる事あり
それも皆ゆへあるへしあるひは心めつらしくあるひは詞や
さしぎにつきてこそおひか身に大節ある時は少き
あやまりをいはさる義なり然にいまそのとかゆるさるは
かりの心詞もなくしていてかこれをゆるさるへきかや
和歌は善悪の心に通るゆへにことに禁忌の詞をいましめ
侍り経法卿承歴の哥合に
君か代はつきしとそおもふ神風やみもすそ川のすまん浪は
とよめりそるによりて御門御褒美のひさせおはしますよし
夢のつけなんありけるかくよむまてこそかなはすとも
語のひしりといふはかりにてはそのはゝはり有ねへきことを
も心うへきにて社侍にしての山路の鳥とかや申つた
へたる郭公の哥にしか也はしめになけとなるといひてをは
りにこのけしきかなともてあはせたるいかことおほかん侍
しにたかはすかのうたよみ出したりしとしは運老聊
らへすかりける人たにも万人にあまりたりなときこえ
侍りきすてに世のためみちのためよろしからすといへ
とも或はこの道にくゝき人〳〵こゝちにかはすきにまよ
はたれてその党をむすひ或はしるをさして馬といひ
けるることくたゝそのむねにしたかふゆへ和哥こゝにたかん
なんとす思へし〳〵蛟龍は水を得てのち其神をたて
和歌は詞を得て後其心をあらはすもの也この篇は楽
のみたれたる事をいへるゆへにさはか代のそかんかためにも
ちたまへる持輪の御手に奉るへし
一言のはのなほさりにいふ心をおもふ事にいかゝしるへき
一風情をもせめて風情をもとめさる事その風情は錦を
織におなしひとつはたものゝかへにして色〳〵さま〳〵
なるみをわかつとくふるき風情のうちにしてあたらしき
風情をもとむへし故にもとめてもとめするいへり
古き風情といふはたとへは花に風をいたみ月に雲をいとふ
やうにその物につけてよみならはせる事共也是をはな
れていまめかしき事をよまんとすれはかの萩の哥の
やうにかへりてめつらしきおもひもうせて風情も
なくなる事にて侍りつねの人のことくさにもこと
過てわろきをは風情すきたると申侍るに哥より
申はしめたる事にてなん侍り御抄にも
御抄にも
いましきをよめるをは風情のいりほか間の入ほか
とそかゝせおはしましたる但すへてふるき風情を
はなれてよむましきにはあらすこれは大かたの義
にて侍り孔子の造次顛沛にものりをこえす
との給へることく和歌の大体を得つるのちはいか
なる事をよめとも六義をもとのまにこえつる
後はいかなることをよめとも六義を越さるゆへにそ
のあやまりなきもの也しかほれは明匠とものなの
つからおもひかけな事をよみたるはみなさる事
もありとおほえてみところ侍りそれもわさと
よめるにはあらす風情のいたれるあまり自然に
よりきたるなるへしなにをもてしるとならは
わさともとめたる風情はいかにもことつく利たる
やうにおもしろからすりそこをまはすと風情
代めくらすとはそのきおなしき事にて侍り
りうこはよくまはせは心と縄のうへにうかれたち
てなけあくれともおひすいまたよくもまはら
ぬさきになけあくれはふり〳〵としておつる
かことく歌もいまたいたらさる心をまはたんとすれは
詞の縄にかゝらすして風情のりうこおつる
事にて侍り即其趣又かの萩のはによく〳〵
見えたるにや花を雲にまかへもみちをにしき
にあやまつやうなるにせものはいまたさたかに見え
わかねそれかあらぬかとおもふ事にて侍るにおき
のは代よく〳〵みなから猶すゝきとおもへる事
ゆゝしきひかめ口社みえ侍れりやうにうたはあま
りめつらしき風情をもとめんとすれはほれ〳〵
となりて題の心ひもわすれその難もおほえぬ
事にて帰りことに初心不堪の人は心うへき事也
白河院御時公定八月の題に月代おとして無月
宰相といはれ能俊は月の中なる月を見るかなと
よみて天変の女将となんいはれける事をおもふに
ひかしな利せは彼卿をも大薄中納言とそ申侍ら
まし今は哥の心をしれる人なきにやわらふへき事
をもわらはすさゝ事にいてゝあらそふ人は為世
心よりほかはきこえ侍らすさゝしき哥仙たにもあ
またありてあさけりをなさんにはこれにはゝかりて
かの問はかくおかしき哥共をはよも読るらした
とひよむとも又これをまなふる人あるへからす哥の
家に人なく成にけるほともかなしくこそ覚侍れ
たはかた哥の風情のおもしろき事をえぬ士浜
のまさこのかすをつくしてよみのこせる心言葉も
ありかたくなりつゝふりぬるみをなからのはしに
よすれはさらに心のわたるへきみちもなくもゆる
おもひをふしのねにくらふれはおのつからことはの
たよふへき煙もたえぬれとなをそのほとをたつね
てよむへき也残たるをあんしいたして侍れはこそい
かにしてこの風情いますのこりたりけんとかし
こ〳〵もめつらしくもきこえておもしろく覚ゆる
事にて侍るをほの郷は俗にちかくして哥の風
情にもあらぬいかりしき事ともをめつらしき風情
と思へりむかしよりよむへからさるによりてよまさる心
ことはをよめるさゝにめつらしきにわらすこの篇
にて風情をめくらすことをいへるゆへに衣十代わた
さん事をあんしたまへる思惟の御手にたてまつるへし
吹まよふ波路は出る船もなし風は便のしるへなれとも
一紙代ならひて姿をならはたる事それおほかたのすかた
といふは六義のおもむき身つからか姿といふはわる
得たる姿也是をたかへて人の哥をまなへるはわかふりに
あらさるかゆへに秀哥はいてきかたしたゝおほかた
のすかたをたによくならひぬれはわか心にまかせて
よりとも六義をはなれすたとへは手をよくならひ見
たる後は我筆のいきはひにしたかひてあらぬふりにかけ
ともよき手にみゆるかことし信実朝臣おこのころ
たれかやう彼かやうとてよみもおほせぬ姿代ま
なふ事その心をえさる事なりをのかすかたをさま
かくによめはの人の心をなねとする義にもかなふ
ふ事にては侍れと申きもし彼卿はこの義なとを
あしく心得て大かたのすかたをさへ心にまかせて
あらさめ侍にや代々の集を見るにも時にしたかひ
人によりて哥のすかた翁なしからすといへともみな
六番のうちにしてやまとことはをみたらすさとへは春
の草木のひとつみたりにしてをのか春楽をまち〳〵
にわかてるかことししかあるにたゝおほきなるすきは
みなりの青葉かれはてゝやけのゝ原となれりすへて
うたにもかきらすよろつの事をみなすかたによりて
其気をあらはせるゆへに諸高は本誓にしたかひて
形像をあらため先王は貴賎によもて法暇をさた
むすにかきかいやしき衣をきいやしきかたかき衣
をきることをいましめて不忠矢請とすこれをおも
ふにかりそめの衣なをそのすかたをたかふれは其矢
ありいはんや心詞をたかへてうたのすかたやつさんをや
口伝に云ちかき世の人はたゝおもひえたる風情をみ
十一字にいひつゝけんことをさきとしてさらにすかた
詞のおもひきをしらすといへりいまのうたするはち
もつはらおもひえたる事をさきとせり何そ先覧
のいよし起る所を思はたらんやまたかの柳の説には
をの〳〵ともかくも心にまかせておもひ〳〵に
よむへきにて侍うへは当世様といふ事有へからす
とますよし弐人かたり侍きもしま事たて侍らは
みつからしまことのかたきゆへに当世さまあるへから
すとおもへる成へしかの野ふかきうたのすかたにより
をは例の風情といひてめをそはむるかゆへにおの〳〵
いまめかしき事ともを心にまかせてよめりこれ
につきていかてかいまめかしてみたりかはしき
すかたなからんやたとひ心かたくなにしてめし打たる
人なりともよくく情姿を見しり侍ぬへしすへて
古今集より続古今集にいたるまて十一代の集の
ゆにいまのことくなる歌はあるへからすたとひまた
ありといふとも百丈の木の中に一のにしあらんことを
おもひてこれをまなふへきにあらすつら〳〵ことの
心をあんするに和漢の博才あつまりたるよし無衣の
聖代に古今集を見らはれて哥の六義をさためれ
かしよりこのかたみなそのおもむきにしたかひて六義
をやふらすなんそいまかしこき上古の風をあらたり
て末学のおろかなる俗をうつさんや此篇はすかた
をよくすへき事をいへり故にほとこし給ふらんかた
めもち給へる宝珠の御手に奉るへし
さま〳〵に見ゆる姿もます覧ひとつ思のかせにそありける
一嵐をうつして古風いうつさる事その古今古風
をはうつして万葉の古風をはうつすへからす其故に
万葉は本まねく内緒あり心詞をさまとして
哥はいまたやはらかさりし風にて今のよのきを
とを〳〵せり古今の序には上古の哥を見るにおほ
く古賢の語を存していまた耳目のもてあそ
ひとすもいへりよく哥をやはらけて人のきゝをち
かくして六義をわかちてかれこれえたる所え
ね所をあゝはしつゝ事の心ををしへし事古今
集よりはしまれりこれによりて万葉は集の
源なんとも古今をもて本とすへきよし財匠
ともみな申侍りたとへは一返ひかき見たまひて
大に乗をわかちて序正流道をさたりつゝ委
く尺をつくり給し故に顕散には大師を祖師と
したてまつるかことし又大業会の三を集の御手
紅にも拾道集いてきて皆よりは万葉をのそ
かれけるに耳目のもてあそひとせさる義なるへし
然にかの心をよはさる万葉の風をねかへるにや
たゝおほすきのおほやうなる歌ともおほくき
こえ侍り忠家卿は少の集のかたを本哥に
とる事をたにもいましめ侍き其子孫として
なとや鶯のかひこの中のほしきすにてしも
は侍りける上古の哥は世ほかり人かしこくして
其心其時にかなへるゆへに心調ともにたゝしく
しておほやけしきすかたありたとへは不動愛染
わなとの降魔のかたちにておそろしけなる御する
たなれとも内に慈悲の御心あるによりてむかひたて
まつれはたつことく覚ゆるかことし今よくたりへ
おろかにして其風時にしたかはすそのすたみ
におよはさるをかへり見すこれをまなはんにあに
上古のことくならんやたとへはおさなき子に鬼の
面をきせたるかことしたゝおそろしけなるかに
ちはかりは見えてま事によは〳〵しくそのいき
ほひなきものなりこれによりてことに末の世には
上古の風をいましむへき事にて侍り但万無に
の中にもいまの風にかなひておもしろき哥とも
ありこれをはまなふへしまた古風の中にも
まなふへからさるほあるへしたゝ大体の義なり
又古今を本哥にとりとちたる事近比の明近
ともあらそひ申侍き其両義をあんするにまつ
本哥をとる義は手諸も人のよき手をならひて能
書になり又水をとり火をとる玉も月日のひかり
をたよりとしまた詩も古詩をとりたる事のみ
こそおほく侍れはこれをおもふへしといふ尤しかる
へし頃本歌をとるへからさる義は人丸前へも本な
をとりたりし事やはあるまた人の心はおもてのこと
く内かしからさることにて侍れは人のうたをとるへ
からすといふ義もしかるへしいつれもそのいはれ
なきにあらたれは一篇にさためかたし但こるへし
といへる人もさのみとりたる事もなしとるへから
すといへる人もすへてこらさる事もなけれはたゝ
大かたの義にて侍へし其肝心はわたと本歌を
もとむへからす又自然によりきたるをものそくへ
からさるにや光俊朝臣の義につきて中務卿親
王魯本歌をとらせ給ひし事を為家卿難申ける
もあまりこれをむねととりすこさせ給ふ事
をなん申けるにこそ当時はまた一向本歌のさに
まてもおよはす今案の風体をさきとするゆへに
風情を凝すとおほしきは俗にちかく侍りこれ
をおもふに本歌をへつらふ心なくしては哥の
をもむたたかふへき事にてなん侍けり大方は人丸
前人も本歌をとらさりし義はたる事にてゆれ
と内外の道みなさのみこそ侍れ天尊は経散なか
りしさきに正覚をとり給ひしかともさとり代
ひらほんとおもふには経教を学し又孔子老子老子老子の子弟子老子老子も
みつからこそ仁義の道をはたとり給ひしかとも
その道をたつぬる人をはかの曲をうかふよりはし
めていつれのわたるそのみなもとをまもらさるこれ
につゐて本歌をおもはんにあなかちにそのとかある
へからさるにやこの篇は古今最初の風をあらたむ
へからさる事をいへるかゆへに法性の今山をうして
うこきたまはさる桜山の御手にたてまつるへし
かれてゆくおきのふる枝の立くりもとの心は花のさけかし
すへて後脚のいま様すかたの哥おほしといへともたゝ
二首を六義にかよはしていへる事は両首の中にたに
もあやまりのおほき事をあらはさんためなるへし
野守鏡下
すくに法楽のために略碩の心をはかたはし申侍ぬ
たゝし心せはくことはうしかくしてそのことはり
あらはれさるへし和歌はたゝ花鳥のたよりのみにも
あらす内外の法をかねたる子細もつのてに侍れと
はやうし三にもなり侍ぬいますこし念誦し
侍るへしといひしを内外の法に過たる念誦や
はあるへきかつは真実の義をしものこしたま
はん事くちおしく覚侍れは常山童子の
ためしをもひきいつへしなと申侍しかは
さはかりの御やうしならはとてかたり侍りしは
それ息をすてゝ無為に入しよりあしたには花
蔵世男の花をたつね夕には本有常住の月をまち
一音律浮才の曲を得て声塵待道の業をなし
侍しかとふたそしあまりのとしより山かつとな
りにし後はひとへに哥にのみ心をなくさめていそちは
あまりのとし月ををくり侍りつるにいまちく此は
のすたれゆく事たゝ我身ひとつのなせきのやうに
おほし侍り外由につきていはゝ和歌は仁義社智
心の五徳をかねてよく礼楽をうすけつし国をおさ
め民をやはらくるなかたちたりかるかゆへに古今
の序にも天地をうこかし鬼神を感し人倫を
化し夫婦をやはらくる事和哥よりもよろし
きはなしと思ひまた君臣の情並によりて賢愚
の情代みつへしといへり其心をいふに関人皆感
しおもふは是仕也一ふしをとゝのへよむは是義なり
和国の風にやさしくことはやはらくるは是礼也め
らしき風情をめくらす是替なり切なる心をあら
はすは是陰也しかるをいまの風体は聞人みな感せ
されは仁にあらすへふしなけれは義にあらすやき
しくことはやはらせされは礼にあらすよき風情
をよまされは智にあらす切なる心をあらはされは位に
あらさるもの也また葉を兼たることをいはゝ上五文字
に糸竹金石葦の楽器をとゝのへ下五文字に陰陽
五時をわかち中の七文字にて七銅子をこめをはりの
七々に呂の七聲佛の七声をふくかりおのつから
一字二字あまることも楽にのゆくゝひあやまりあ
るゆへなり又長歌の散さたまゝさるも調にしたかひて
一呂律の声の輪転する事無窮なる義をあらは
す成へし風情をもては調なとしことはをもては
声とすかるものなりおもふへしおなし人の声な
れとも調子たかへはあしくきこ之詞子たかは
されはよくきこゆることくおなし三十一字な
れとも風情の調子それことはの音曲たかひぬ
れはそのきゝよろしからす但楽を兼たりとい
ふ事楽の声きこえさるにつきて人みな信す
へからすといへとも舞微古人の説をひきていは
れといひ礼といふなんそ玉帛をしもいはん人の
としのふるによりて礼のよそほひをなす楽と
いひ楽といふなんそ踵鼓をしもいはん人和する
によりて曲をなすといへり又彼斯医王敵国の
たよひにくすりをつゝみにねりてうちけれは
その声にひかれて毒の箭わけて害をなさかも
ける是もまたしく其薬をつけたりけれも
薬代つゝみにかりたりけるもはかりにてその
徳をほとこしけるうへはなにのうたかひかあるへ迄
なんそあなかち楽を哥に和するとならは国家の
理乱仏法の興癈ひとへに記楽によるゆへなり
弘決云礼を制し楽をして五徳を世にをこ
なふ仏教の流化まことにこれによれり礼示され
にはせ真道のちにひたしといへり又待序云おさ
まれか世の声はやすくしてたのしめりみたれる
世のこゑはうらみていかれり又文撰に関雕麟趾には
正治の道あらはれ桑間侯上には亡国の声あらはる
又孝経云国をおため民をなつくるにはれよりよろし
きはなし風をうつし俗をかふるには楽よりよろ
したはなし又弘決云茂の徳ありて五穀たかり
に夜痾おこらす妖祥なしといへりこれにより
て天高晨旦国に三厘をつかはして仁義の道を
たしへたまひしはしめ楽をおこしけるよりして
三百六拾律をたてゝ声をたしてせられけれとも
世おとろへゆくにしたかひてきゝわく人なかりけれは
役刑法といひける人六十律になしたりける後猶又
わきまへかたくなりゆきけれは則天皇后のとき
十二升にさためられにけりいまはこれをたにもあ
きちかにきゝわかすたゝくちにまかせて吹手にし
たかひてあやつる計にて転鯰聖王よりのひ第
六天の好楽の音声あひすくれたる事千億万
一億なり第六天上の万種楽の声は無量奇国の七宝
樹の一種の音声にしかすといへりしかあれは小国に
を候はゝ末代は上古にをよふへからさる事をかゝみつゝ
素盞鳥尊五章の義をかかね音律のかすをわかち
て三十一字にさため給へりしかあれは和歌よく礼楽を
とゝのふるかゆへに国おさまりて異歌のためにもや
ふられす仏法の流却する事も大国にすれたるは
これひとへに和歌のとく也采期には和歌なくし
て礼楽をたすけさるによりて八字みなうせつゝ
異賊のために国をうははれたりこれをおもふに
法をあかめ国代まもり詩をおひしたまふ神たち
さためていまの風体をにくみつゝ其御とかめも
あるへしはんし致郷つかなくして勅撰をうけ給はり
いまやうすかたのみたれかはしき哥ともをえらひをき
なは和哥こゝにたへぬへきものなりおつは後鳥羽院
の御時有心無心の連哥とてみたれかはしくおかし
き事ともをあらそひ詠しけるを時の哥地とも
むすゑにはやすきにつきて心の風をのみこのみこのみ
て有心のすかたをわするへき事をなんなけき侍て
右無心をとゝめらるへきよしをうかゝひ申けるいはんや
いまの歌をやまた内典につきて案の徳をいはゝ
般器には一切諸法は声のおもひ〳〵と止観には賀法
界たり一切法を具といふよりはしめて旅経矯に
あかす所契の徳にはしかす然則天迦善逝は微妙
法の聲をもへて法をときつゝ衣生を散化し法照禅
飲しは五會の典をとゝのへて現身に無事
よりこのかた月氏日拭おなしく音律聲明の
道をたしなますといふ事なしいはゆる法道和門
は即身に極楽世界に随きて宝地の治の音を
引替の倉仏につたへ慈覚大師橘行に女法と花
を修して懺悔のかなしみのこゑを懺法の妙典に
としのへまた玄弉三蔵は梵襴形。右に流砂のおほれ
声を誦せしかは宝家の人はこれを学し在家の
人はかれをたとひて仏事ををこなふにはこの道を
そさきとし侍りける源氏ものかたるゝにこゑすくれたる
かきりさふらはせたまふ念仏の暁かたなとこのひ
かたしといへるもたゝ其声のよきにはあらす聲
明にすくれたる僧をえらはれたるよし念仏と
いへるは阿弥陀経の内なるへしまたおなしきものいたり
に法花三昧をこなふ堂の幟法のこゑやまおなしに
つきてきこえくるいとたしとく瀧の音にひゝきあ
ひたりといへるもおほかたの景気はかりをいへるに
あらす懺法の典に嵐のおろしふし瀧のつたひふし
といふけ侍のあるを思よそへてかきたりむかしはかく
女房なとにもしり侍りけるにいまは此色目代た
にきゝたる僧もなきにや娑婆世界は賀塵侍
道の国なるかゆへに音律たこしけれは内外の法
をのつから成するものなり海蔵貴所は大峯の仙
人にあひてこの道を伝へしより法験ならひなか
りける又公任大納言も聲明のとくによりて才
能人にすくれたりけるとかやおほはらのおくにうつ
り居つ来迎流を建立して聲明法則を
たゝしくして出肴をいのりけるに夢のつけ有
て稲荷社へまうてたりそか時命婦いてさせ給ひ
て水精の端杖をくはへて上人のまへにをかせ給ひ
けれはへかて七ヶ目てもりての臨錫杖を誦せら
れけるに金の五古の尾をたれたりける命婦いてさせ
たまひて御聴関ありけるこれによりて上人の
寿命たちまちにのひて七十あまりにいたりまた
かの上へ入職の後家寛法印先師の跡を以て
いなりの社にこもりつきの水精の錫杖を持し
て九条錫杖を誦しけるに上人の時のことくなる
命備出たせ給ひて御聴聞ありけれは錫杖の
霊験いまたうせさる事をたとひ聲明の秘回あ
やまりなかりけることをよろこひけるとかや諸白河の
法皇はこの法印に聲明を伝させまし〳〵て常に
かの水精の錫杖をめたれつゝ九條端杖を誦せた
をおはしよしけるによりてひたしくにもたせまし
ますによりて御夢想ありけりまた祖師運界上
人は宜秋門院の御悲の時まいりて法花幟に
をよみけるに幟法の声々おとろきて六恨をな
やましたてまつりつる鬼六人なく〳〵まかり
いつると女院の御夢に御覧せられたりける
暁より御心地さは〳〵とならせ給ひけるとなり
申つたへて侍り慈鎮和尚は此上人を先達とし
て声明を興行せられき式経に仏法滅せんと
すか時は声明弁まつかくるといへりもし此みち
すたれは仏法もおとろへ門跡もすたるへしとて
朝夕音律の曲をのみたしなまれけれは法験
もことにあらたに門跡もまことにたかへたりける愚
僧はかの上人の嫡家をうけて水精杖を待て
侍れといまはやみすにしきにて其かひなけれは
いかにせんみかたし玉もをのつからくもらぬかけもひかりなきみを
一ふしのたへ行すへをおもふにもかけ月の竹のみつからそうき
但かの端杖は長寿のまもりなるかゆへに垂忍上人
より先師にいたるまて五代はすてに七十にあまり
やそらにほまらすといふ事なし愚僧もはや六十
にちかつさて侍れはそのほまれなしといへともその
とくなきにあらすたゝつかりきてたまをいた
けるなるへし後嵯峨法皇わらはやみに久しく
わつらはせまし〳〵けるにさる〳〵の御祈出すを
つくされしかともそのしるしなかりとしかは成ほ
僧正をめされて冥道修をおこなはれし頃坊正先
あをまねきよせていはく冥違修は九條瑞林を
肝要とするうへかの水精錫杖霊験あらたなりま
けてこれを持して秘面を法楽し給へたのむ
所はたゝ是にありと申るしによりて参悪し
たりしにやかて御おこりなかりしかは是我法験
にあらすひとへに錫杖の効験なるよし僧正の
もとより申をくりて侍し秋にかき添たりし哥
いかにして神の心をうつさましさやけき玉のかけなりせは
先あにかはりてかへし
うつしをくつのかゝみのかけにあひていとゝ光や玉郷そひけん
契明の体のあらたまりしはしめをたつぬれは逗舎
といひし人くはしく承恩上人の口伝をうけさりし
流にてたゝはかせにまかせて大原の声明を興行
せしよりして上人の妙職をうしなへりそのしさい
今の哥ことくはかせにまかせ声にまかせて思ふさま
に曲をなすによりて呂の本は律になり律の国は
呂になりて陰陽たかひ侍しほとに専修念仏の曲
流布して男女是にこそりしかは人皆身明の
きゝを遠し侍りけるに嫡嫡相承の妙曲をあら
ためしゆへなかへしそれよりしてはいまに至迄
専修念仏の曲さかりなれは正道の仏事をおこ
なふ人まれなりたひ〳〵かみつかたに修せらるゝも
顕審の僧をのみめされて音律の道を尋られされ
はおもひ〳〵の声〳〵みたれかはしくしてその
感をもよほす感なけれはまたこれを賞せられす賞
なけれはまたこれを学せさるによりてこの道は
やかてすたれ侍り本の念仏は後鳥羽院の御代
の末つかたに住運安楽なといひしその長
としてひろめ侍けりこれ亡国の賀たるかゆへに
承久の御礼いてきて王法おとろへたりとは古老人
は申侍しすへて世間はことに仏法の肝心にて侍り
それゆへは人のこゝろをたねとするによりて心外無別
の義をあらはす又あたなるおもひをいひはかなき
事をかさりてまことのこゝろをのふるはこれ権
実の二殿空仮中の三諦也密教につきて
いはゝよろつのものにつけて心さしあらはす
は事理須密の心なるへし又六義の祐を
わきまへやさしきことはをとゝのへふかき心をあ
らはすはこれ身口意の三密を成する所なり
またちかきをとをくよみとをきをちかくいひいま
に見さる名所をも見たる様によむことくなる
内情はこれ密教の不思議の秘術無所不足の
体なり又心なきものにもこゝろをつけもの
いはさるものにもものをいはすかやうなる事
は此情非情みな即身成郷のさとりなり
こかあるをかの心いつはりかされる事をは実
正卿あらすとていよしめ侍りてかへりてはまこと
のこゝろをうしなへるなるへししかのみならす
真言は諸働し所説の肝心のことはをえらひ
衆生化度の建疾の理をきわむるかゆへに
章句すくなしといへとも功能もともおほし
うたもまたそのことはおほしといへともこれを
えらひすつりて三十一字につゝむか事真言
におなしくしてその心さしのまことをあら
はす事はやまとことはにすきたるものなく侍る
にかの郷言葉をもええ候はすこゝろをもすくらす
してたゝおもふさまによむへしといふ言をたて
侍る事哥のみちをうしなふのみにもあら
す法理を破するものなり三宝の御照覧も
ともおそるへき事にて侍り凡密宗も其義理
を談する時は身分のうこく所密印にあらすと
いふ事なく言音のいへる所真言にあらすと
いふ事なしとならひ侍りしかとまさしく
行する時は仏菩薩の印真言をむあひ誦す
ることく哥の義をいふ時はこゝろをたねとす
る事なれは我こゝろにまかせてよむへしといへ
ともけによむ時は六義のすかたをやふらすふるき
ことはをおもはえてつゝしみよむものなりかつは
韻法のならひ文につきて義をたつると行に
のそみて法を修するとはその心さしおなしからすしか
るをいま愚学の神定はわつかに硯文のことはをきにて
はやく得法の思をなし僻案の守修はたゝ一構の
文をもてたやすく往生の業を成すこれ天迦弥陀
おなしく国をすて家をいてゝ難行苦行したこ
しかとも禅念西宗の人さとりやすく行し
やすきをたてゝ学をわつらはしくせさるによりて
人みなこれに帰して顕密の法学する人も侍れ
になれりこれをおもふにいまの哥は古静をも
うかかはすやまひをものそかすことはをもかさらす
禁忌をもいましめすたゝ心にまかせて読事やす
き義にて侍れはもし撰集なともありていま
やうすかたの哥ともをえらひをかれなは行末には
みなかの義にしたかはん事うたかひなき事にて
侍りいにしへの明徳は秤定といへとも雪をつみ
霜をかたねて座禅の床をしりそかす専師とは
いへとも世をそむき身をすてゝ唱倉のまことをい
たし侍けんともいまの愚学のともから迷侯の
文をひき権化の証をいひつゝ凡身を権化にひと
しくし愚記の智徳になすらへて行学をやすく
して人をも懈怠ならしめみつからも懈怠なち
しむあまさへ禅宗は教中別侍として誦教をな
ひかしろにおもへるによりてこの宗さかりに流
布してより後宗朝には八宗皆うせて侍ると
かやたとひ旅散にすくれたりといふともたかきはひき
きをもとひとし実教は権殿よりさとる義をおもふ
へきにて侍るを未学のあやまりによりて諸教の
あたとなれり別侍の義をいは密宗にすくへからす
いかにとならは天高自受法楽のため一切経の外に
これをときたまひて在世のあいたつゐにかへして
南天の鉄塔にこめをき給ひしゆへに秘密となつ
くしかあれは金剛頂経の疏にいはく三密法霖は
諸経になき所五智貞源はたゝこの都にありと
いへりまた禅宗より諸宗にいふ所その義おなし
かならすといへともさとる所は左え是心迷師是心作仏
の義をはなれすこれみな理の成仏を期する
所なり真言は事の成師を期するかゆへに
即身成佛といふ則天尊成道の時一指をあけて
魔を浄し龍女成仏の時深の陀羅尼を得しみな
これ事の成仏成へししかほれは現身にあらはれて
成郷すへき別伝は真書にすくへからずたゝいふといはゝ
たるとしかとしらさる也たゝし別伝の音に思て仏
神のうやまひたてまつるかさしふかゝらすけれいや
しき民も最初の本種姓を尋ぬれは言臣の末
なりといへともそのふるまひひうしかゝさることく木
源法湯の仏性はおなしけれとまとひの凡夫とな
れるによりて猶人身たるうへはいかてか仏におなし
き事をえんや是そのあやまりの二なり次文字
にかゝはらすとて尺高の顔文をは信せすして祖師の
語録をは信すいかにゆらしき祖師といふとも仏の
御ことはたにをよはぬ法をはいかてか碩文にあかはすへ
たや言語不可得の義はことに真言に談する
所なり大日如来不可得の因果を摂かして遮那
の果徳をあゝはし不可得の言語をのへて毘盧の極
理をしめすしかはあれは言語をはなれすして言語
をはなるといへともいまの愚学の禅宗は言語にかゝ
はらすといふことはにかゝはりてやかて言語を絶するかゆ
へにかへりて言語をはなれすこれそのあやまりの三也
頃他宗を破する時は教文をもちひす自宗をたつる
時は心外無別法ともいひ唯有一乗法ともいひて
経文をひく所すてに事と心とたかへりこれそのあや
まりの四なり次にこゝろすなはち仏なりといへとも
こゝろみつからしらす心みつからみすもし心
想おこれは無智となるしらん事をおもひていた
つらに座禅のゆかにねむりて妄想妄念代のみ
おこせり是其あやまりの五なり次自宗のこゝろ
をもさゝす作字の義をもきはめすしてたゝ別伝
空いふ花目はかりをきゝて諸殿にすつれたりと
おもへは是其あやまりの六なり次禅宗のとも
からはみな我身仏なりとのみおもへるゆへに
三トクイセウ
未得己證のともをまねく是其あやまりの
七なり次得法の人意楽の門におもひきて酒
同五辛子を食せし事を例にひきていふたいた
らさるともから是をはゝからすあに鴉鴨のよく
水にうかふことをおもひて唐鳥を水にいれ無によ
てうく事をうつんやかつは天迦は葉しからさり
しうへはこれをまなはさるへきにあらす是其あ
やまりの八なり次采朝はしらす我朝の禅宗の
辞世碩をきくに大略平生の時これをつくりを
きて最後につくりたりといへり且は妄語也
且は光国なり出離のさまたけと成へきにや是その
あやまりの九なり次にさかひに入てほをとふは古賢
のをしふるところなりしかる代禅宗のともかち
神国に入なから死生をいまさるるゆへに垂跡の
ちかひをうしなひて神威皆おとろへて其罰あ
らたならす是にあつきていよくはゝかゝさるかゆへに
鬼病つねにおこり風面おさまらすして人民わつち
ひをなす是其あやまりの十なりすへて経論の文
をひきて宗の大意を申さはたゝ一二夜に申つくす
へきにても侍らねはまつおほかたのいはれに
つきて十ヶのあやまり申侍りもし禅宗の人
これをつたえきく事あらはことはの会尺はさ
ま〳〵なりといへとも心のをもひきはこの難を
はなるへからす是もいまの哥のことくたゝころ
をさきとする義をおもひてその難儀かへり見さる
ゆへなり宋佐宮の御託宣に云穂浪宮にとゝまらん
と思仏法を勘修して天下国公をいのらんかため
なり末世におよひて仏法の戯おとろへたり爰
に禅宗さかりにして諸国に流布する所邪
つかしあいあたれるにやすへて邪正は法に
よらすこゝろによるかゆへに禅宗も正法なり
といへともあやまれるこゝろあるによりて邪
法となれるなるへし是もいまのうたの義の
ことくたゝ我心にまかせてさとらんとする
ほとにおろかなるこゝろにひかれてまよひ
侍りたとひまよひなしといふとも秋明の
護持し給ふは顕密の法なり我国にをきて
はこれをまなふへし天照太神と申は遍照
一如来秘密の神力をもて王法を守国土をおさ
めんかために伊勢の国にあとをたれたまへり内
宮はこれ眼蔵界外宮は是金剛界両部の
大目なり五瓶の水をたゝゆるかゆへに五類河と
いふ五智如来に五瓶五鈴ある事を表す河の
なかに鏡有リ五智のなかの大円鏡智のかゝみなり
凡日吉春日の天台法相をまもり給ふよりはし
もて諸社霊神護持し給ふ所は皆八字なり然
中真言天台は大乗無上の法にて働徳をあち
はし神蔵をます事余宗にすくれたり住吉の
一御託宣に云昔新羅をせめし時は我大将軍と
して日吉副将軍たり是元台の法施卿より
て威光信増のゆへなりといへりまた北野天満
大自在を得給て威勢をほとうし給ひし
とき尊意僧正をかたらひ仰られしも秘密の
神力にはおよふ事なきゆへなりこの教は諸仏
コンガウチヤウキヤウ
のいたゝきにをきつゝうへなきによりて今町頂経
となつけられたる事も天満大自在の猶を
それ給ひけるにやおもひしられ侍りすへて三世
の諸仏の心覚をなし給し事も一切望
の成仏すへき事も皆真言の功力なるへし
いはゆる第六天の魔王成道をさまたけし時
尺尊一指をあけて魔を降し龍女成帰
せし時も陀羅尼をえつゝ甚漢の秘蔵をさと
りて後正覚を成き又仁王経に五分女人
現前成仏とゝきたるも秘密の成帰なり天
台の一生入妙覚花厳の三生成仏禅宗の見
種成郷みな理によりて速疾の義をたつれ共
密宗の事の成仏にくらふれは天地医法
なりかるるゆへにし理の成仏しの義をは十
一住心論には従に年劫をつみて心身を貴と
いへりたとへは理の成仏は高き山にのほりて
はるかに見わたすところはへたてなしといへともそのみ
ゆる所へけにゆくにはおそきることししかるに天高
龍女なとのやうに現身に成帰せす事の成を
はたとへは一問のうちにへたてたる障子をあれは
やかてひとつ所になるかことししかあれは速疾
成仏の要道は密宗に過すといへとも真言は
人農いのも計をして得脱のみなきやうにのみへ
みなおもへりすなはち行する人も又みをたて験
をほとこさん事をおもふゆへに此字の人やに
すれは慢心にひかれて天狗道におもひ〳〵然る
仏道ちかきかゆへに慢心の業をつくのいぬれは成
仏する事ほとなく侍り余宗はみつから仏にな
らんとのみ観行するほとにやかて自調自度の
二乗心になりて仏意におもむきかたし真言は
衆生の願を見てんと行するゆへに利他のゆにて
行法の時三摩地に入ぬれは成仏する義有成
仏するゆへに他の願を成すかつは東寺天台
の大師先徳の験ありたなりしにてしるへし
仏にしならすしてはむかてか他をすくふへきや
花関をおもはすしては真言に過たる速疾和
仏の法あるへからすまた宇佐御託宣に云昔我
天下国士代鎮護せしはしめ戒定恵の命をの
松原にうつみけり故に其地を筒崎と号すはやく
穂浪宮をすてゝ箱崎にうつすへし我まさに戦定
恵のちからを霊鏡として朝野の人をてらし
神剱としては隣国のかたきをはゝはんといへりこの
戒定恵の範は顕密律義の簡なるへし我は
律題密は慧なりさきの御證宣のことく末法に
およひて仏法の戯おとろふるかゆへに世のおさ
まらん事をねかふときはかみのおしへにした
かふををもて異国の難もおこしはこの御諚宣
のむねをあふきて仏法の威代まさんかたり
神明の方便にて異額の難をおこし給て
神飼をふるひまし〳〵けるにや然るそのさた
なき事をおとろかしさまはんかためにまた関東
大地震動して神堂はたふれやけたりしに
律院はつゝかなかりけるこそふしきにおほえは
へれ秤字の諸国に流布する事は関東左建長
寺をたてゝれしゆへより是まことに神慮にかな
はさりけるやらす名長正和正えうをつゝき人の
やみうせ飢饉せし事おひたゝしかかしことそ
かしこれをも又おもひとかむる人なかりしかは父永
に彗星いてまた箱崎の宮やけしにも御託宣のむ
ねをさとる人なかりしほとに異国の難きたり侍り
きそれよりしていまにいたるまて聞のさはきとな
れり又後鳥羽院の御時建仁寺いてきてのち
王法おとろへかの寺禅院の洛湯に立しはし
めなり聖徳太子の御記文に建の字の年号
の時世中あらたまるへきよし見へて侍りかの
御時建の字の年号のみおほかりしにあせて
まつ王法おとろへにきすてに都鄙建の字の
年号の時禅院皆たちはしめて後より仏
比すゑになれりおそるへきはこの建の字つゝし
むへきはまた稗のつなりさゝしいつれも仏法
なれはそのとかあるへからすといへともかの宗のお
もむきは自然智厳の義をたてつゝあふきなけ
木をうこかして得法をしるやうになる卿よりて
人みなまよへりまことに上根上替もしは広草
多関の人より外はその心をさとるへからすしかあ
るに草もなく智もなき下根のともかゝをろか
なるこゝろを師として是をつたへならはんに豈邪
見にいかさらすや且達摩和尚のすめによりて
かの法をひろめんかために聖徳太子その国卿越重
したまひたりけれとも神明此頃代慶し給はす
又小国にして桟根叶ふへからさりけるゆへに是を
ひろめられすかへりて偏しつうせぬへき事をお
ほしめされてひろめさせ給はたりけれは薩摩和尚
かたをるやまに化現してその心さしをみせたてま
つりける時太子これをひろめかたきよしつゝれ
ける御許
しなてかやかたをか山にいひにかへてふせるたひ人あはれをや
かたをか山にいひにうへてとは小国辺土の桟根よはき
事たゝうへたるものゝちからなきにことならぬ義なり
ふせる旅人あはれをやなしとはおやなき子のそた
ちかたきかことくうけとるへき人もなく謹持すへた
神もなけれはひろめかたき義なりこの御歌に
よりて和尚化現ありそれともちからなくてや返
哥にいわく
いかなかやとみのをかはのたえはれ我大君のみなはわすれめ
とみのをかはのたえはせとはたえたる我恨のあるにひろ
められすはこそ君をうらみめといふこゝろなるへし
これをおもふにつきなをおしへかたくしてひろめ
られす凡夫のかてかおしへつしたふへきや又上代の
桟根なをしかりいはんやませの我にをやすへて
いたりてかしこきといたりておろるなるとはものに
いたく不審をなさるゝかゆへにしいまこの宗の心得
かたきをも心得やすく思ひさとりかたきをもさとり
やすくおもへりいたりておかつかなる所なり然則未世
の下根になりてこの字さかりに流布せるなるへし
又守修のあやまりをきくにまつ難行は専修にも
かきらす諸宗にもきらふところなりそのころは
ひろく学せんとて一法をもきはめすして一生を
むなし〳〵はせ過はその益をろかなるへきによりて
なり専修のこゝろ是はおなし然而難行のものは
かの国にむまれかたきといふ義につきて諸教をは
いたつら事にのみおもひいへちゆへに謗法のとかをも
諸宗のあたをなす且は読誦大乗の行よりはしめ
て諸行の果位を九品にわかたるゝうへはなんそ餘行
のものはむまれすとおもふへきやこれそのあやまり
の一なり念仏の行は正法の科にかなはさる衣生の
ためと説て侍るを正法にすれたるおもひをなすかゆ
へに十念成然する事なし第十八の願文の懸り
の乃至五逆誹謗正法の句にてしるへしといへとも
乃至十念の句をは信して誹謗正法をはかへり見す
これ其あやまりの二世次王道専修のおなしかち
さる義はこの生にて御道は証をえんとおもひ涌公に
て専修はさとらんとおもふしかるにころもはゝ即
便往生とかやの義をたてゝ即身に成仏すといへり
すてに宗の大意をやふりて正道つにいるにあち
すやそのあやまりの三也次因果をわきまへさる
十悪五逆の罪人善智識の教化をきとておとろ
きつ目頃の罪を懴悔すれは往生する義に
つきて悪をつくるともくるしかかへからすとて
罪をおそれつこしまさる事たゝあみた仏の
つみをつくれはすゝめたせ給ふににたり七仏みな
諸善奉行諸悪莫作とき給へるうへはいかてか此
義を存へきや十悪の往生は日比つみともしらす
つくりつるゆへにこそゆるさるゝ事にて侍るに知な
からつみをおかさん事そのことはりあるへからす
善導和尚の遺言に云く十悪五逆の衣生もむ
まるといふなれは懴悔して今より後おつくらし
とおもへといへり念仏五祖の中には三昧発伝し
て生身のあみた仏に死したてまつりて正部経
の尺をつくりさまひたりけるとて善導の話を
さきとしなからかの遺言をそむたけり是そのあ
やまりの心也次国意門は難行なれは生かたく湯
土門は易行なれは生しやすしとおもへり易行に
たつる所そたゝをろかなる衣生やすき義につき
て此数に帰する方便なりまことに行する時はさ
らに易行にあらす善導は三十年ねふらすして
毎日に念仏十万遍あみた経十巻読誦すと
いへり医意の難行もこれにおよふへからす又色禅
は四語をたてゝ長時無同終といひつゝ唱念同断
なかりけり然に易行と候ちしてねんころに行
せすあまさへ正つにすつれたりといふこれそのあ
やまりの五なり次島をきらはたる事
一脳即菩提生死即涅槃ともいひ又悪性は善悪の
法なり故に断すへからすといふ又父母御生の穢
一岡の身たちたちに即身成仏し五達の達多記
別にあつから所みな悪をゆるせりといへとも正道は繁
あるによりてその心をさとりふく雪をゆるさす音の愚
学の専修四重五逆諸衆生一関名号心列摂なといふ
文につきてやかて悪をきらはさる事は専修の徳正道
にすれたりとすこれそのあやまりの六なり次構
若の功能の事法華に一称南無仏皆已成郷道と
いふよりはしめて諸仏菩薩の名号多羅尼いつ
れも見ゆ一反三反の至七反の證拠有しかあるに一念
十声の誓願はたゝみたにかきれりとのみ心得是其
あやまりの七なり次弥陀如来九品建立して衣生
代迎摂したまふ事は極楽にをきて是を教化し
つゝ一実妙道をさとらしめんかためなりいまの身な
とも此心をしらすして念佛のひまにあそひたはふ
恩をすとも法花経よむへからすなといふ事愚痴
の至極なり専心先徳は念佛往生の取生十二大刧
をへて蓮花の中より出生といふ事妙法蓮花経
の結縁なき往生の義也本の程に値遇したて
まつりなは速疾に妙蓮花より出生して須臾の
あいたに開悟すへしとて廿五人の智徳をえらひて
廿五三味をはしめをこなはれし次第ひるは法花を
講して夜倉郷を行しきこれよりかの法衣お
の〳〵見ゆる順次の誰生をとけちれゑいさんのみ
ねに紫雲つねにたなひき蓮台野の定覚上人
これをうしやみて又おこなひ侍りけるに蓮花化生
したりけれは法界して此所にて墓をしめん人
をはかならす引接せん発願したりけるより蓮臺
野となつけて一切の人の墓所となれりしかるに
このころの専修の廿五三味には観経をよみて
つ花経をよまさるある本願の意楽にたかひ真
実の利益をうしなふ是そのあやまりの八なり
次に念仏の行者戒をたもつへからすといふ事
おほきなる僻案なり先九品のうち中品は持哉
のもの生し侍りしたかひて観経には孝養父母
一具足衣形双双散菩提心等の三種の業は三世諸佛
の浄薬の正因と見えたり弥陀如来豈三世話
働しのうちにあらすやすてにま世の一切衣生のため
かこれをときたまへりといへるうへはさらに異義ある
へからすしかれは善導等の祖師をの〳〵持越し
て念仏を行しき彼遺言のむねも戦をたもち
て念仏を行するは少石を大船に入て順風に行
かことし形をたもたすして念仏を行するは大石
代に船に入て悪風にはしるかことしとこそ侍る
めれ近代念仏者持南とする所の撰択集にも
一仏の制し給ふ所をは一切仏同制して前仏
の殺生十悪等のつみを別断したまふることし
といへり此うへは天色のをしへ給ふ所の戒をみた
をしへ給はすとおもふへからす是そのあやまりの
九なり専師も禅宗のことく死生をいまさるかゆへ
にみな神国の風をうしなふ神明のこれをいみ
たまふ事たゝ世間の義にあらすこの時生死
をいみてなかく衆生精廻の業をもとゝりんかため也
しかれは我みはたとひこれによるへからさる義をさと
るといふとも他度衆生のため心さしを神明に
形なしくして是をいみ侍らひよひ生死を
はなれん事そのさはりあるへからすといへとも一向
専修と号して神憑をはゝからす此度をおもはす
それそのあやまりの十なり此十ケのほもその
あやまりのみありといへとも事おほけれは略し
侍ぬ凡禅念両宗はまことに末世流布の法なる
ゆへにしをろかなる学身のみあり諸教の思代
ふかくして邪見のそしりをさきとし諸教に
すくれたりといへり是につきて人皆かの両宗に
おもひ〳〵所なりすへて人のこゝろは法を信するも
善をつくるもたゝ名聞をおもひ儒慢をおこすに
よりて法の正邪をはしらねとも誦教卿すく
れたりといふにはしたかひ仏の誓願翁なしけ
れとも諸人のあつまる堂へはあゆみをはこふか
ことしいまの哥も其こゝろをはわきまへす黨
をむすふへともおほくなれりと申侍りし
ほとに鶴籠の山すてにあけなんとせし
かはかの僧いそき了問し侍しとてよりし静
舟よする入口たなひてみたれあしのさはりかほなるすのみち哉
あはんとはたれる見ゆへきうたかたのゝわんゆくあとをかきこむし
これを記せん事かたくはゝかりありかへきに
よりておもひにつちひて侍し夜住吉の
一塔の別番かもとに隆願といふ僧御とのゐ
のためにまいりたるよしを申と夢に見侍し
かは住吉の明神の御ころにかなひたるにや
ことおもひ侍りて永仁三のとしなか月の頃
しるしたき侍りもし夢に見さるをみたり
と申侍らは大明神あらたにかくみたま
ひてその御とかめあるへきものなりこれを野守
鏡となつくる事ははしたかのそれたる事を
おもひおもはすよそに見てしるす茂又野守の
ことくいやしき身にこれをかゝみたる心また
いにしへの野中のしみつをかゝみとしてもと
のこゝろをあらはす義なるへし
見ぬ音をみたりといはゝ住吉のきしによるなみ
仁のすゑ申せ
阿波国文庫
野守鏡依仰書写之姉小路三位基綱卿本云
右一冊上下以作者有房公真筆正本令臨写終
不及比校落字等之失錯満数審証本之
書写却有恨者也云云仍処々多不審雖然
先書写之後目猶以証本可有校合者也
于時文明十一年九月六日按察使藤原親長
4613
〆
第八區國
一九二二十