契情意味張月
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- 鼻山人
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- ケイセイイミハリヅキ
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□の〳〵□のものもの□□□□□□□□□□□□□□□□
尾上伊太八
意味張月
貞操全伝
傷子を思ふ親愚は
うらたとへ小夜の
鶴賀直伝
され
なりも□□□□□四四回
将軍
菊池
六冊の内
契情意味張月叙
意味張月。とは如何。弓張月
の。粋言なるか。挑灯の。郭
に。光明。翁の曰く。苦界十年
の。憂つとめも。七八を限り。明金
行ば。意味強肖と。滑稽
たるも。話説。縁の無にしも
あらずと。元上に。傍から引立
られ。心もグツト弦太く。筆採る
筆も。堅固ねば。素より窺ひも。
定まらす。思ふ夭先の曲り
なり。一ばん的を。外さずして
図星へ当らば大ひに作者の
誉れにして頗る書肆の幸ひ
ならめと云南
文政六ツのとし
癸未正月鼻山人誌
佐嘉井屋尾上
の
玉木屋伊太八
娼家後朝別を送る図
〽意味張月の
○凡例
世の人の知れる尾上伊太八のもの
語りは只鶴賀若狭椽が一曲に
のみ残りてその正説を知る者稀也
こゝに一個の翁ありけり若かりし時
より珍らしき事など見るにつけ
聞につけ筆まめに書つけて人
とはぬ夜の伽となしけるが今はこれ
見るさへも目うとくなりてむなしく
蝉の家となさんもいと口おしとて
予におくり給ひぬその巻中に書
尾上が事に附会せる一説あり
さま〴〵のむくひはめぐる小車のたとき
おしえをよるべにたのみ趣きを国風の
はなしにかりつゝ男山の花もいたづらに
手折もとめ塚の女良蔵もまさなく
契らざれとや心のたねのヱヽよき
得ものととりあへず模写して
伊太八が事跡となす虚実を
とまれかくもあれ断悪修善の御
意はおのづからこゝにありける
もくろく
○目録
おもおやこゝろ
ほつたん
子を思ふ親の心は
発端は
たとへに夜の
つるがぢきでん
西鶴賀直伝
みさほむすめ
操を思ふ娘の心は
其二ハ
たとへに歳も
若狭録流
若狭縁説
其三ハ
なさけ
情を思ふその心は
たとへに真実
ひとふしんない
新内礼一曲
以上
たまきや伊太八
さかゐや尾上に
かへりざきなごりいのちげ
緑咲名残の命毛
いふ新内ぶらの正本にいわく
あの初てゟ一日もからすのならぬ日は五しどおかほ見ぬ日は
ないわいなしげ〳〵あへばおやどのしゆびあしきはむねに
しりながらすいたがいんぐはつかのまもそばはなるゝがいやまじ
てあさのかへりはまだはやいもふ一ふくとだきしめし
是契情に。誠あるの情合を。よくいひ叶へて
きぬ〳〵の別れを。悲しむ真実の。意をのべ
たる。妙言なり。又いわく
おくつて出やるはだうすな姿をみれば胸へぱいむかしの身
ならどのよふにもしよふもよふもしつたれど此方になつてはいち
ごんの詞の礼よりほかはない
ごんの詞の礼よりほかはない
て。客の寛固を。恥たる言語なり。おそれ慎しみ
悟るべきは。只此色仙界の。客実なるべし
全く料米源氏の図を
契情意味張月
以テ購人セル□□博士
鼻山人著
○発端
爰に昔鎌倉の都。花水橋の辺りに。たま木屋
伊太右衛門といへる。有徳なる町人ありける。両個の豹を
詣て。惣領を伊太八とよび。次男を伊太六と名づく。一
伊太八は。本妻の腹に出生し。伊太六は。妾の腹に
生れて。兄弟といへども。互ひに義理ある中にして。
伊太八母
高砂
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
伊太八
母は別々なれども。父伊太右衛門は。蝸牛の角の隔
もなく。月日星とぞ寵愛しける。こゝに又片瀬村
岩が渕の片辺りに。白菊屋児子兵衛といふ者あり。
二人の娘を持て。親子三人その日を。心安く暮しける
ある時妹の花藻といへるが。外に出て遊び居たる折から
伊太右衛門通りかゝり。その容貌の美麗なるを。つく〴〵と
見て。頻りに懇望し。成人の後は紛伊太八が。妻ともせん
と。児子兵衛より貰ひうけて。家に疑ひ。烏兎良押移て
是幾今年宇三の歳となり。伊太郎も十八なりければ。身と心の
出ぬさきに。花もと夫婦のさかづきさせて。身のうへはこのち
めんと。ある日吉日をゑらみて。児子兵へをも招ぎ。哀むさの
弘めして。親子諸とも。めでたき汗をくみかはしける。児子
兵へる。むすめの果報よくして。予る得徳なる者に。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□し□□□□□□□□□
事を。日々欣び家には。花藻の姉うき葉といへるといふし
なひて。ゆく〳〵は能むこをもとり。痩しんしやうの人のなりはもの
立くもちはんと。心のうちにおもひける。児子兵衛が女房がは
とくに身まかりて。姉妹とも母なき事を。成人につけをも
悲しまんと。格別に不便がりて。まづしきなかにも。子供等
には。あまり見苦しき。形もさせずして。養育せるうち嬉
花もは。たまきや方へ貰はれて。今は伊太八がまづ女ぞうと
定まれるうへは。十ぶん安堵の悦こびをなし。此うへは
姉うき葉にも。はやくよき婿をとりて。ゆくすへのはん
昌を。願はんものと。欲にかぎりはなけれとも。子をおもふ
親の心は。また有りがたくぞ見へにける。諸も花には伊太八
好のさかづきはしたれども。まだ十三のおほこ気に
みさな心のうせもせで。春をも知らぬ冬の梅。つぼみに
おろ気なかりければ。伊太八が女ぼうと。いはるゝもいはるゝもいと恥かしく
いこんや枕の二ッもじ。よめねばうしの角めだつ。直な心も
兼てより。母が花もにいえりけるは。いえりけるは。いえり。さかづき
さするのも。父さまや姉さまの。心を休めんためばかり。歳はも
らぬみなさにて。つもせと隔つる国の戸も。みやく黄象牙
させるいふ。きい□□□□□□□□ひなり。せめて人なみ講馬の
にも世帯のとりなしも。出来てまことの夫婦とも心
さんは母が胸にあり。まづそれまでは伊太八も。名のみ斗の
女ぼうと。堅気にやぼないひぐさも。子の可愛きこと知れ
たり。素より花もは一向に。その気なければ。筆すじじ
母のことばを守りつく。伊太八とさしむかひなるときは。例
ちかくもよらざるに。心にくられおもひばの。をして岩水の
はぼむすめ。よき折ふしは伊太八日。心を引てみかの月
横に傾けて彩とすき。是もなげの品常に。母の
言葉も気に入らず。おもしろからぬ春の日に。しづ心なく
はなを揃へ。内に居るのも気づまりと。友達に誘引て
雪の下の花見より。並ばかされし狐坂。うかされ峠
うち越て。迷ひが辻へ立チ出れば。はや大磯のさと近く
往来人の足もとさへ。己が土へつかの間も。絶ぬはん花の
めまぐらしさ。百ましの猪牙は波をはしり。三まいの四手ね。
宙を飛。テコイかご。シテコイかごとはやさるゝ。鼻樹あれば
見へぼうあり。自惚。まのふり。聞あり。実にうぞう。む
ぞうさな。即席料理。二八そば。から汁。てん
麩羅。八里半。梅がかばやき匂はせて。出ぐちに
なびく青柳ずし。ホゝほけ京御菓子に。鶯餅
の。初音焼。すいもあまいもなしなべて。色気とくひ
気の。大都会。足ざるものはなかりける。伊太八はまだ
見ぬ。花に心うかれ。翌朝に残るうつり香の。恋しき
風にまねがれて。さかいやの高砂。といへる娼妓に
うつゝをぬかし。夜にまし日にそひ忘れがたく。かよひ
花街の居続に。内のふ首尾をとりつくらふ。母の
苦労も外ならず。弟伊太六は義理ある中。兄の
不特を見聞なば。渠が母めは欣びて。旦那どのへ
告知らせ。もし勘当の身ともならば。契母はなんと
しやう。アゝそれにつけても。女ぼうといふ。花もはいまだ。子
信同前。うらみ一 ̄ト言いふすべも。しらぬは至極尤と
かれを見。これをかへり見て。気も休まらねば伊豆
八に。度〳〵異見も糠に釘。不孝な子ほど。可
愛さが。ますをの浦のかゝり舟。ほといふ息もつく
づくと。あんじる母が胸のやみ。子ゆへのやみをとぼ〳〵と
むかひがてらの小挑灯。心もほそきろうそくの。しんは
なきよる茶やのもと〽チトおたのみ申ますと。あなひに
ハイ〳〵ト女ぼうが〽どちらから。お出なされました〽アヽイ
わたしは。花水ばしの近所の者。伊太八が迎ひの為
旦那どのゝ。手まへを忍び。こつそり尋ねて来ました
も。けふで丁ど三日の居続。もし金にでもさしつかへ
といへる事を引とめられてゐる事かと。あんじられて夜のめも
寝られず。それゆへに金もつて。やうすを聞にをんな
だてら。くるはがよひも我子のため。推量して下さん
せと。さばけたこと葉に女ぼうも。おとしよりの只一人
おいとしげらな夜の道。まア〳〵こちへと手をとつて
奥へともなひ持賞と。何がな愛恋世事ばなし
人をそらさぬとりなしも。さすが土地がら商売がら
小手の利たる女房なり。斯ともしらず伊太八は
茶やの二階に酔潰れて。しばしたわいもなかりし
かば。雛妓かむろもたいくつして。のちに迎ひにまた
来よと。引とるねへ母おやの。来るとはさらに。しら
川夜舟。ゆめの最中を起されて。見れば母ゆへ興
さめ顔〽どふしてこゝへいつの間に。面目次第も無
仕合せ。今宵はぜひとも帰るつもり。かごの来るうち
ついとろ〳〵トいひまぎらせば。母おやは茶やの手前を
はばかりて〽としよりのわしでさへ。此くるはの光景を
見ては。どふやら心もうかるゝやう。まして男の若ひ身
では。かへる方角のないも。むりならねど。そなたも日頃
知るとふり。兄弟なれども伊太六は。義理ある中の
腹がはり。それゆへに煮母が。人しらぬ心づかひ。トはしらず
して。居続の阿漕が浦に。引網も。度かさならば
父さまも。孝行なる伊太六が。身に引くらべ世方へ
たいし。不便ながらも勘当と。不孝者の名を取も
わが身からなす罪なれば。此母とても侘言の。しやう
もよふもなきのたね。茎とはこゝをわきまへて。親の
《?:氣の氣の氣休めて。十日は寝るやうにして。十日は寝るやうにしてくれ
かしと。如才なく風に柳のさからはぬ。粋なことばに
伊太八も〽アヽごもつともでござります。皆わたくしが
心得違ひ。フトしたおつな張合から。意気地を
立るも痩我慢。契情に誠なしとは。里の童
も。いひはやす。そのけいせいにうかされて。金銀を捨
気をいため。とゞのつきりは獣子と。みかぎらるゝは
しれてある。欲と雖とにおちの来るおどろしい諸
さとに。べん〳〵と長ゐはおそれアゝ樹もないこと致し
ました。夜の更ぬ間に。空ともはやう。内へ帰つて寝ま
せうト身じたくなせば。茶やにても。気の毒顔の
座もしらけ〽おふくろさまの。おむかひといひ。お宿の
お首尾も。わるふては。お遊びなさるも。おもしろからず。
おかへりなさるも。一ツのおしやれと。おしやれと。お為んと。お為ごかしの口人。
義理一へんの捨言葉。母はうれしく。いそ〳〵と
茶やへ払ひの。金わたして。母子はかごに弦の道
我家をさして帰りける。伊太右衛門はとくより。是を
知るといえども。しらぬふりして。母おやにまかするじひの
はからひなり。又伊太六が母は。伊太八が身の放蕩を
見るにつけても。わが子に堅く。異見して。そなたは
わしが。産だ子なれば。兄さまともまた違ひ格別
御恩の。深ひ父さま。実体に身をもちて。御孝行
を。己らさねば。母が心も体まらず。もなたの心一つより
りどふしても。召仕ひの女の娘に。出来たるゆへ
ろくでなしと。去るゝやうな。事があんては風ませぬ
父さまのお心に。かなはぬときは。わしも貴家を。おひ
出され。路頭に迷ふ。かなしき身のうへ。ごゝの所を
わきまへて。かならず〳〵。兄さまの真似せまい
ぞと。教訓もはや十六の歳なりせば。ころはぬ
さきの杖よりも。心つひたるりはつもの。あき
なくこそ見へにける。伊は六も兼てより。母が
身のうへ知りゐたれば。子供心のうちよりも
兄は義理ある主人同前。わが侭いはば母もろ
とも。いとまの出る家来の身ぶん。太切に奉公しめ
母に苦労を。かけまじと。主人のごとくに。おもひ
ければ。父伊太右衛門も心のうちに。二人ある子の
兄よりも。すぐれて弟のやさしさに。どちらも我
子の。憎ふはなけれど。伊太八が放蕩につけ。不
孝につけ。とてもゆくすへは。見とゞけぬやつと
子を見る事。親にしかざれば。伊は六をことの外に。竃
愛して。いつくしみも深かりけるに。伊太八が母はこれを。快
然ともおもはづ。これきはめて。伊太六が母の。何をかいふて
旦那の心を。惑せしゆへにこそ。かくわけ隔ては。なし
給ふか。子に二色はなきものを。あまりつれなき。お心と
おもふにつけても。いとどしく。我子の身のうへ不便さに
あまやかしたる可愛さが。今は却て身の毒と。なる
ども。心つかの間も。伊太八は高砂が。情のほどを忘れ
かね。猶こりづまにも。かよひければ。一家一門に至るまで
異見をもちひぬ。不届きものと。疎まれし身に。さし
迫る。楊代金の遅滞。けふは十両廿両と。おもてむきの
催促に。伊太右衛門も当惑なし。母も途胸をつく〳〵
と。愕然はてたるありさまは。実にもつともと。見へにける
儲しも伊太右衛門は。花街の借金。片付てのち。とても
かくても。伊太八は吾為の。貧乏神。うか〳〵内に。さし
おきなば。ゆく〳〵は此しんしやうも。棒にふらんと。ある日
一チ門中寄合して。伊太八を一 ̄ト間へまねぎ。だん〳〵
りかいを。ときも時。おりも折から表てには。門づけの
しん内ぶし〽世の中の。侭にならぬを。うきよとは。誰いひ
おきし。ことのはや◯母は花もにさしづして。一かへ遣て
はやくいなしやトキヤ〳〵いたむ癪をおさへ。只伊は八が
震動当を震動当をあんじ入たる一 ̄ト間のうち。花もはそれと気も
つかねば。仕かけおきたる針仕事。出してあちこちと
縫ならふ。きぬいとしさの。可愛さに。おしへる母が心
には。魚の安否をまち針に。気ももめん糸。ふし
立て目どに角たつ。伊太右衛門伊太八に。うちむかひ
アヽおのれは〳〵。よく〳〵な不孝もの。にんげんになり
おらぬで。世間へ顔が出されぬぞや。一家の衆もしん
せつに。度々異見も。なされたげな。その人さまの。顔
をもよごし。両親のいふことも。きかぬうへは。是非が
ない。可愛子なれど勘当も。せねばならぬが。家の
ため。ヱヽうぬがやうな。ろくでなしと。心もつかずコレやい
外聞の。悪くないやうにと。標致も勝れた。むすめを
貰ひ。成人なさば。女ぼうにせよトこれほどまでに。致しを
待心もなく。娼妓にうき身をやつす。獣子もの。一ケ門
中の。人さまへも。矢野太右衛門が。めんぼくない。鎌倉御所
の。御帳に付たるうへは。片時も此家に止め置。ことならず
勝手次第に。いづくへなりと。出てうせおれと。突はなす
老のはがみに。落涙はさすが。親子の別れなり。いち
門中も。気の毒ながら。檜木山の火に均しく。その
身より作す。罪なれば今さら。何ともいひわけなし
一 ̄トまづ。爰を立退て。他人の食をも。喰ふて見や。しや
れ。其時親の。立がたみが知れてうんじやう。いたされてうじ
みかぎられたる。是想づかし。此方の一 ̄ト間は。伊は六か
母の部屋にて。潜〳〵と。母子が相談ことはてゝ。伊は六
は。爰に来たり。父伊太右衛門が。膝にすがり〽かん腹立は
むりならねど。御短慮なるおぼしめし。兄さまとても。此
うへは。よもやさやうな。お心もあるまいものに。御勘気とは
をんことばじやくはい
おなさけもなき。御言葉若輩の身ぶんとして。申上るも
おそれながら。兄さまの御勘当は。何卒御免なし。下
され。そのかはりには私しを。御勘当同様に。いづれへなり
とも。やゝ暫らく奉公に出し下さらば。鎌くら御所の。おん
帳も。反古にはならぬ。御はからひ。兄さまのおん身もたち
はばかりながら。私しの義理も届きて。有りがたく
世間の人のおもはくも。御推量なし下されと。ひれ
ふし。わびたることでを感じ〽ヲヽもつともなる。そちが
いひぶん。義理ある中の兄なれば。そのやうに思ふも。
理。さりながら二人ともに。腹はかはれど。皆吾子じや
どちらとても。まんそくで人間らしく。なるやうにと。朝夕
おがむ神ほとけ。兄はあにだけ格別に。不便もかけて
育てしを。その甲斐もなく。身のほうらつ。かんどう
なすも。渠がため。心をあらため人ともならば。なんの見
捨て。おくべきぞいらざる。おのれが心惑ひ。世けんの人の。おも
わくも。奥伊太右衛門が胸にあるト呵りつけられ伊太六は
かへす詞もなくばかり。打しほれてぞゐたりける。一チ門
中も。これを聞て。その心ざしを感じ入り。いよ〳〵
伊太八が身を悪み。皆〳〵こゝを退散ける。伊太右衛門
は。女ぼうに打むかひ。勘当なしたるアノ伊太八。興見る
さへも。脹が立。おりや今から光明寺のお談義参り
して来るほどに。かへらぬうちに追ひ出して。諸そうじ
して。おかしやれト出しなに。腰の鐘ぶくろ。花もを呼て
手に渡し〽コレは太切な。金箪笥の鐘。落しては
ならぬ品。御談義まいりして来るうち。そなたに預けて
おくほどに。大事に持てゐてくれよト表の方へ立出ぬ
跡には。伊太八ぼうぜんと。おもひよらざる勘当に。いまと
なつては。女身さへおきまどはせる悲しさを。たれしら
露の。なさけもなく。追ひ出さるゝも心がら。人にうらみは
一茎ともない。アヽかういふ事にならふとは。知らずにうか〳〵
金遣ふた。罰があたつてけふの仕合せ。今さらわびする
人もなきに。コレ伊太六どの。そなたばかりは。義理をたて
およばづながらも。わび言して下されたは。忝じけない兄が
なんぎの姦体を。見るにつけても。そなたはとふぞ。父さまの
お心に。かなふやうに身をもちて。家名を立て下さるべし。
わけて。たのみはわが母人御病身の心ぼそさに。便りとも
おぼしめした。子は此とふりの不孝もの。そなたひとりが
両しんの。杖はしらとも明日よりは。なるみ絞りのゆかた
地も。涙だにぬるゝばかりなり。伊太六も兄の別れを
かなしめども。吾ちからにもおよばねば。ともになみだの
いとまごひ。伊太八はしほ〳〵と〽そんなら無事で。両
しんの。身のうへかならずたのみます。そなたの母にも一寸
あふて。いとまごひもするはづなれど。面目もなき身の
うへに。よろしくいふて下されと。兄弟別れて次の間へ
出れば。母は哭ふして。花もが介抱やさしさに。伊は八は
又胸一ぱい。傍ちかくより。両手をつき〽申訳なき。ふ
孝の罪勘当の身となりしも。皆わたくしが悪きゆへ
何とも。いふべき事ならずアヽ苦労を懸し。ふしだらは
御堪忍なされて下されまし。是も誰ゆへ契情ゆへ。恨で
かへらぬ。今の身のうへ。即花もそなたも。最早十四の歳
子供ながらも利発もの。昃伊太八が女ぼうと。心にがてんが
いたならば。わが身にかはりて母さまを。大事と思ふて。呉よ
かし。是までの。ほうらつは。幾度いふても跡のまつり。勘当
の。身となつて。目の覚たるもめんぼくなく轉んだあとで
突杖の。とても将はあくまいけれど。心を改めしんほうして
一端むすんだ。夫婦のゑん。仇になしては両しんへ。なを
一言訳もなきのたね。トはいふものゝ今別るれば。いつの日に
又逢ふ事もしら糸の。おさなき時より。すみなれし
吾家もけふが。見おさめかト。おもへば母の傍さへも。はなれ
どもなきありさまに。母は尚更不便さが。日頃に百ばいます
かゞみ。泪にくもるおもかげを。打ながめては笑むせび〽いふて
かへらぬ。くりことながら。此かなしさが弥増に。蔭となり
ひなたとなり。異見いふても聞入れぬは。敵同士が親と
なり。子となり契世へ生れ来て。係るなげきを見する
のか。さりとては。うらめしやト。吾身をかこちなき伏ば。花
藻も。ともに哭入て〽兄さんどふぞけふよりは。内に居て下
さりませ。おまへのいふ事何なりと。聞ますほどにコレナント
かほに。時雨のはつ紅葉。まだ深かねし風情なり。伊太
八路〳〵めんほくなく〽内に居たくもゐられぬは。勘当
されし吾身のうへ。ながき別れとなる侭に。とやかう去て
母さまの。身のうへをもたのむのじや〽ほんとに。そふである
かいの。母さまうそでは。ござりませぬか〽ヲヽうそで。ないゆへ
此やうに。わしも哭てゐるわいのト。聞て花もは。伊太八が
一/袂にすがり訳もなく。たゞむすめ気の一トすめんじに。出て
とまらぬなみだ川ふかきゑにしとしられける。母は見る
さへいちらしく。いろ〳〵胸にとつおひつ。ヲヽそれ〳〵さきに
旦将どのが。金だんすの鏡じやとて。花もに預けて行
しやつたも。子ゆへに迷ふ。悪推かはしらねども。跡にて開て
よきほどに。遣て此家を立退せ子ト。いひたまはねど
片時の。手放し給はぬアノ鎌を。子供にあづけて。出
給ひしは。推量なせといふ誠の。御慈悲深きはからひ
なるか。コレ花もそなたが。開て金出さば。大事もあるまひ
父さまも。そのお心で有明の。つれなく見へし。別れ
ぞと。恨みし母は皆恵まり。もつたいなやトいくたびか
なみだにむせぶばかりなり。花藻もそれと。合点して
しばし心も。おくざしき。金箪笥の錠前を開て。開き。開て。
とり出す一 ̄ト包。伊は八どのへとしるしあれば。其侭出し
諸ビンと。おろして持来る包のまゝ。母子は見るより
心驚なし。かく名をしるしあるからは。兼て下さる
おぼしめし。ヱヽありがたきお錆と。伊太八封をおし切て
中を見れば十両ばかり。金に添たる書付あり。コは〳〵
いかにととりあげて。ひらき見ればその文言に。
兼てそなたへ。ゆづるべきかたみとして。のけ置より金
三百両。是まで段々。身のほうらつに。遣ひへらされ
残りのぶん。これ限りに成より。もはや是を遣はれ候へ
ば。跡はしんしやうの。いたみになりかつは。一家一門の人々に
たいしゟても。打捨置がたく。不便ながら勘当致候
親の。紀念とおもひより。紀全残りすくなにはるへども
これにて。身のうへをとり続き。人とも成候はゝ。何程か
うれしく。世間の人々にも。会稽の恥を。雪ぎゟ
事。只〳〵そのもとの。心一ツにゟ。よく〳〵心えらる
べくゟ。伊太八どのへ伊太ゑもん
下よむさへ。なみだに目もくれて。ハアはつと。ふしまろび
かくともしらで。身のほうらつに。孝行らしき。事もなく
勘当の今までも。お情あつき御教訓。おやの罰の
あたつたのが。今と成て身にこたへ申訳なき此ところに
長居はかへつて。父さまの仰をそむく。大罪人。母さま
ずいぶ人御機げんよふ。ふたゝびお目にかゝるまで。まめで達
者で。ゐて下され。花藻そんなら母さまを。たのみますると
身じたくして。おさらばさらばと立いづる。母は正たいなく
ばかり。せめてまいち度。顔見せてくれよと門へ立出れば
花藻もともに。兄さまと。呼び立らるゝに伊は八も。ふり。
かへり見ては涙をぬぐひ。此方も見おくる。うしろかげ。まだ
見ゆるかと延あがり。もふ見えぬかと。かざす手も。だるく
なみだに。くれあひ時トホ〳〵もどる。伊太右衛門これを
見るより〽コリヤ此。日の暮かゝるのに。火をともす。方角
もなく。門に出て何して居る。アヽらちもない人たちじや
と咎められて心驚し。泪かくして愛想よく。春□
おはやいおはや。おはやいおはやいおはやいおはやいおはおはおはおはやは
夕アには。似もせであわれに響きける
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
謹言
五良楼全伝
五丙六辰
みさほをおもふむすめ
第二月二日
こゝろはたとへにとしも
善俊秀録
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菊池
六冊の内
契情意味張月
○其二
鼻山人著
煩悩は。即菩提なりといへども。素より謡に属し
頭に属し。痴に属するがゆへに。これを断ぜずんば
仏界に生れん事かたしト。諸経に戒しめ議たるが。
いわんや婦人の罪深き事は。諸仏も無縁の衆生
なりと。永劫見放し給ひけるを。弥陀の一/尊三十
花茂
の
母女女
伊太右エ門
五の。願を成就して。女の。女して。女と
往生の宿意を説せ給ふ
係る罪業深重のこゝろに
愚痴煩悩を貯へて。骨
夜愛慾の。瞑に迷ひ。吾子
の為には。善悪の差別も
なく。気をいため苦労して
悉皆地獄の。土産をぞ造
ける恐るべし。人間一日いち
夜を経あいだに。八億四千の
念あり。一念悪を起せば。一生
悪心を受十念悪を起せば
十生悪心を受。乃至千億
の念もまた爾なり。如来の
金言実なるかな。話説
伊太八が母は。雨そぼ降る
寒き夜につけ。風そよぐ日の暑につけ。吾子の
事のみおもひ出して。片時こゝろに忘れねば。今は
何所にどふして居るやら。つらひめしらぬ。懐ろ子
だん〴〵寒空には。なつて来る。定めてうす着で
風ひかば。肥弱ひうまれに。難義の身のうへ。くすりも
得言ず。独り苦しみ。熱ひ湯一ッ心よく。くれ人も
あるまい情なや。心がらとは云ながらあんじる胸に辻
占も。承立てきく烏なき犬の遠乱気にかゝる
それか病ひの種となり。癪が邪魔して。符がせる
おもき枕に。血の道も手傳ふめまいの。うきくるしみ
万紅花のしるしもなく。倒と床に付ければ。伊吉右衛門
も。驚きつ。良医をもとめ薬を乞ひ。神にいのり。仏
に奨み。不二の焚上け。大師の護摩。あれのこれのこと
気をもめば。花もは傍に付添て。昼夜のかんびよう
おきりなく。癪をおさへ。頭つうをさすり。その間だ
には。お葉とうき身をやつすも。たゞ母を大事とおもふ
一健気の行状。療治におろかはなけれども。風寒。暑
湿の外なれば。神冊。伽陀の術もなく。次第にやつ
るゝ顔色の。きのふ見しよりけふは又。かげさへうすき
あわれな容貌。人の見わけもなくばかり。うつゝに眠る
妄語にも「ヤレうれしや。父さまの勘当めて。伊太八が
けふはもどつて来るほどに。コレ花も。そなたも悦んで
待て居や。アゝ久しぶりで逢うれしさ。定めて暫くの
うき難義に。さぞ苦労をしたであらう。わしが針
箱の引出しに。南鐐が一ッあれば。うなぎ焼せて置て
下され。ヲヽせつなやト雲目づかひ〽それ〳〵〳〵そこへ
一伊太八が戻て来た。はやく迎ひに出やらんかト。きいて
花もはなきむせび〽コレ母さまそれは。おまへの夢じやわいの
兄さんはもどりはせぬ〽それでもたつた今。爰へ来たわい
のふ〽エヽそれがやつぱり夢じやもの。お葉でも一占んで。目を
覚して下さりませ〽アヽこれはかたじけない。そんなら今
のは。夢であつたか〽アイゆめでござります〽ヱヽ名ごり
おしい事したわいのふ。夢になりとも今一度。あふて
顔見て死にたいと。いふ人よりも聞人の。胸は一ヶ倍はり
さける。袖になみだの玉あられ。ともに消たき。ふぜいして
〽こら程までに兄さんを。おもふてこさるお心が。御いとおし
やと。正たいなく母がまくらにとりすがり。聲もおしまず
なき入る花も。伊太右衛門も不便におもひ。迚も此やうす
にては。全快もおぼつかなし。一生の別れなれば。かほどに
おもふ念ばらし。息のあるうち伊は八に。あはせて
往生とげさせんと。心のうちにおもひければ。次男伊太郎を
ひそかにまねぎ。兄伊は八が居所を尋ね。母が病気の
次第をいふて。此世の別れのいとまごひ。コリヤおれは。けして
しらぬつもり。そちがひとりのはからひと。渠にはおもはせ
つれ来たれ。それもかならず夜ふけてト。そんじに心
つく〳〵と。親のさしづに伊太六も。とくよりもの気は
付たれども。父が心を憚かりて。遠慮の所へこれを聞へこれを聞へこれを聞へをりて。遠慮の所へこれを聞へへ。。を。。。。。。聞
心うれしく。身じたくして。一時もはやく。知せまいくせんと
兼て居所も聞ゐたれば。いそぎかしこへ。はせつけて。
兄が。身のうへ尋ぬれば。昨日までこゝに。ゐ給ひしが
しる人に顔見られ。五たまき屋の。どらむすこと。風
評さるゝが。めんぼくなさに。京師へのぼりて。しんぼう
なし。人ともならば錦を着て。古郷へ帰る時節も
あらん。まづそれまでは暫らくと。よきつれありて
今朝はやく。こゝを立出給ひしと。聞て伊太郎は
がつかりと。心もよはり気もうつとり。今さら。すべき
手段もなければ。すご〳〵戻る道すがら。遠方に売る
六ツ時過。己が家の軒より。火のたまの。ふはりと出て
ちからなく。飛行かげを見るよりも。五こゝろ驚きつ
これ人魂に。うたがひなし。曩読阿弥陀仏。みだふつ
と。両手を合せふしおがみ。泪ながらに内へ入り。兄が身の
うへ。つばらにはなし。一日はやくば此やうな。かなしい
おもひもせまじきと。後悔なせば。伊太右名も只。目を
聞て。これを聞つゝぜひもなし。不便やとあはで。貴世を
過て行。心のうちを推量。おつる涙の止かねしも
ことはりせめてあはれなり。アゝかなしむべし。伊太八が母は
四十余ねんの。夢さめて。法華涅津の。時いたれば
塵労門より。吹おくる。大昆藍風にさそはれて。足
業。かぎりと見へければ。永保。雅忠が。くすりもかなはず
保愚。清明が。まつりも。いたづら事となり果て。ついに
此世を去りおわんぬ。家内の愁傷。いふべうもあらず
かく。はやく死のふとて。存生のうち。とありしぞ。かく一
ありしそとかたみさへ今は。泪のたねなりける。かくても
はてしあらざれば。亡骸を野外におくりて。夜半の
けむりとなしにける。或んとのりもおろかなり。されば
去る者は。日々に疎しと。実なるかな。たまきや。
伊太右衛門が。家内には。亡人の為とて。七日〳〵の
追善。供養も。いつか百日あまりの。日数を経て
人々も。その時ほどは。おもはざるに。花藻ひとりは。只
暗の夜に。燈火を。うしなひし心も。今にわすれ
がたく。袖に涙の。かわくひまさへ。なきかなしみに
かてゝ加へて。契とし父児子兵衛も。病死して
家には。児子七といふ者。姉うき葉を。女ぼうとして
かすかなるその日暮しに。便りとするも。ちからなく
吾身のうへの。心ぼそさに。只伊太八が。事のみおもひ
今は恋しと。初芽出し。気色ばみたる。二タ葉
紫蘇。色気を含む。あいきやうに。伊太六もこゝろ
にくしと。人なき折をうかがひて〽コレ花もさん。おめへは
今じやア。父さんもなく。母さんもなく。便りのうすひ
悲しい身のうへ。ちからにおもふ姉さんは。アノ通りの
まづしい暮し。かんじんの夫婦にならうト。極てゐた
伊太八さんは。勘当の身のうへ。女郎買の罰が当り
大方今頃は。橋の下のわびすまゐ。人の喰あまつた
食をもらひ。梅干桶で命をつなぐ。菰つかぶりの
宿なしでは。とても元のさやへは。おさまらぬ父さま
も。無きむかしと。あきらめてござれば。おめへはすぐに
こゝにゐて。おれが女ぼうになるつもり。てつきりその
気であればこそ。父さまもかまはずに。内を預けて
談義まいり。おもふにそれで。おもはぬ。そふもゑんなら
しやう事がないト悪な。こひ茶の口切も。服紗捌の
小手前に。水さしかけて。持かくれば花もは〽ヱゝおか
しやんせ。おまへの女ぼうにならふとて。こんなに苦労は
せぬわいの。わしや悪じや。すかぬわいのふ〽ハヽアこれは
きつい。愛想尽し。そのやうに木で鼻を。こくられ
ても。すいたが因果つかの間も。傷はなるゝかいやまして
ト。しん内ぶしのいひぐさを。みんなこつちからいふのだ。木
竹の身でもあるめへし。いつまでも子供らしい事を
いはずに。おれがいふ事を聞がいひ〽イエ〳〵わたしには
伊太八さんといふ。大事な夫がありまする〽はてそれは
今もいふ通り。菰つかぶりの宿なしなれば。モウ死ん
だもおなじ事だ「わたしやどこまでも。女ぼうになり
ますわいの〽アノ病なしに。成ても〽アイ〽ハヽアそこが
やつぱり歳のいかねへ。のゝさまの心いきが。おもひのたねト
なると越。わたりに舟も行かねて。もてあましたる
ふぜひなり。これより伊太六は。間がな透がな。人めの
せきをしのびては。花もに深くおもひをかけ。ぜひとも
心にしたがへと。誑して見たり。怖して見たり。あるひは
義理詰。利厚づめ。種々さま〴〵と。手を尽し
かき口説どもなか〳〵に。なびくべき気色も無れば
今は殆々あぐみはて。叶ぬ恋の見せしめに。此家を
●一
伊太六
花茂
逐ひ出す。くめんはなきかと。心変んじて悪さが一チばい
兎やせまじ。角やせまじた。胸にたくみは十分あれど
父がほんそう。大方ならねば。これを施すべき方便も
なくて。いたづらに日を送りける。又伊太六が母は。かねて
その。そぶりを気どりたれども。祐ひのよきゑにしと
粋をとふして。しらぬふり。聞ぬふりしてゐたりしが。花
もが。心底みさほを立。伊太六が心にしたがはで。つれな
かりしていたらくに。さてもつら悪きしうちの。いやらしき
行状かなト。心のうちに。疎ましくおもへど。おなじく
伊太右衛門が。手まへを恥て。おもてむきはよろしく。情け
深き誠に。見せければ。伊太右衛門も。たのもしくおもひ
妻の身まがりてより。今は誰はばかるべくもなく殊には
伊太六が孝心といひ。者れば。母を后の妻と。さだめ
なりとも。何の害かあらんと。一家一チもんへも。ふいてう
なして。町内の弘めも事すみければ。花藻もおもひ
よらず。五ひとりの母を得て。大きに欣び。長き母に
仕へしごとく。あらためて。孝養を尽すといえども。素
より塞き林甫の。心に剣をふくみければ。伊太右衛門が
留守の間には。伊は六に。いじめられ。あるひは母に。ねめ
られて〽コレ花も。今なたは人なみに利口らしく。功者な
くちは利しやるが。昨日ぬふてもらふた。伊は六が此布子
コレ見やしやれ。此やうにそこら中へ。雛がよるやら。淀びが
きれるやら。陸な事は一つもない。忝じけないト礼いふ
たが。大きな損。太義ながら今から解て。元の通りに
して。もされと投付られて。花もはハツトせきめんし。よく
能見れば。わが縫しとふりにても。あらざれば〽これは
誰やらいたづらに。糸切ほどきて此とふり。コレ御覧なされ
ましト。はら立まゝにいひかへせば〽コレわしに向て。その
口返答は。そなた人を。獣子にするのだの。てん〴〵が
ぬひざまの。悪ひ事は棚へあげて。誰ぞいたづらを。した
らふとは。わしが心を。うたがふていはしやるか。ヱヽなめ過た
此あまめト。日頃悪さの。念ばらし。恥かしがるを幸に
裾摺りあげ。尻蒂をちからまかせに。つねりあげ
さても。こづらのかはいらしい。平生のしこなしぶり。あん
まり。旦将どのが。我侭次第にして。おかしやるゆへ。よい
事とつけあがり。内中の者をばかにする。コレそなたの
こんぜうを。ため直すには。此とふりトつねりあげられ
ねぢあげられ。花もは〽チヱへと身を縮め。しのび涙に
哽ながら。裾捲られしを。むすめ気の。只恥かしさが
一チぱいに。なんの遠慮もなくばかり。母の手をはらひ
のけ。前を合せて起直り。ヱゝみなわだくしが。悪ふ
ござります。どふぞ御堪忍。あそばして下されまし
あなたばかりを。便りの身のうへ。ほんの父さま母さまじ
おもふて。なります心から。蒸わが侭も申シました。真平
ごめん。あそばせト両手を突て。わびければ〽ほんによく
まはる。舌のさきじやの。いけいやらしい。つべこべと。へらず
口。そなたのやうな。子を持と。おやが外聞を。かくわいの
ヱヽあつかましい。些との事にも。空泪とぼして。憐
哭めそと。なきつらは家のふ吉と。蹴たふされ。踏のめ
されて。尚かなしさ。哭まひとおもふほど。胸にせき来る
なみだ川。とゞめかねては袖しぼる。折から口出す。伊太六は
恋の叶はぬ。強はらまぎれ〽此あまア。五なきつらを
してけつかるな。そうてへうぬは。気にくはねへ喰ひ潰の
をん知らずめ。べん〴〵ト内へおいたら。飼犬に手を。くは
れる。やうな事も。あんまり仕かねぬ。こんじやうぼね。親父
にも。はなしておいた。おしつけうぬァ。おはらひ箱。望みの
とふりに。宿なしの女ぼうにしてやるわへト。また蹴飛
され。踏たふされ。花も一人を母子してかく目の敵に
なりし身は。かゝらう嶋も。なきのたね父にこの事
告知らさば。留守には又も。どのやうなる。うきめに逢ん
も。空おそろしと。いわでの杜の。冬木立。愁れは日々
に。見へにける。係る地獄のくるしみに。修羅の苦悲。
の。ひまなければ。今は身も世も。あらればこそ。御恩を受
し。父さまを捨て。此家を立のくは。何より悲しい
不孝なしかた。その言訳はなけれども。片時ゐられぬ
針のなか。御免なされて。下されませト。心でわびする
いぢらしさ。けふを限りとおもひつめ。立鳥跡をにご
さじた。母が湯に行。ひまを見て。一寸書置く。ひと
筆も。涙ににじむ硯水。おや子の縁も。うす墨に
とゝまへ申何けなしわか身事よう
せうゟ御厚を几に成ま事に〳〵
色かたくあさゆふ御すかたもおがみしく
私事は兼〳〵兄さんとふらふ被成候
御屋〳〵そくには十三のとしさかつきも
致し候も此事伊太六六さんも御存にて
ありながらいろ〳〵と御むたい成事仰せ候の
御心にしたかはぬとて殊の外御はらゑの
御やらすいつそ〳〵かなしくゟまゝ輪さんの
所へまいりけんさんの御出なさのゝ所を聞の
もらい女ほうに成りしようぜうより
御をんに成つしとく様をすてまいらせ
始方へまいり候いたし方にくひやつとあと
にてさそ〳〵御はら立もあらんなんと
それは御め遊はし下よのへく何も〳〵
いそきこまゝあら〳〵のと度
おもふべしおもふ通りを。したゝめて。封じもさづと。上は
花もよりとばかりにて。手ばやく仕舞。手ばやく仕舞。仏壇に父が
さし置。珠数袋。外に開人の。なきをしり
ひそかに。これへ入れおきて。亡き母の。位牌に向ひ
幼少時から。厚ひお情存命お出。なさるうちは
たゞ有がたひと。おもふたばかり。ろく〳〵ごをんも
報らずに。お別れ申シたその店が。つらい悲しい
事ばつかり。ぶたれたり。つねられたり。足蹴にさるゝ
度々に。只恋しいは。あなたの事。定めてお腹
の。立時も。あつたであらうに。けがな一ヶ度。おしかり
受た。事なきを。おもひ出せば。猶さらに。おじひの
ほどが。わすられませぬ。いつまでも。爰に居て。この
お位牌へ。香花を。催ねばならぬ身なれども。夫さへ
出来ぬ。そのわけは。黄泉の下で。ごぞんじあらん
不孝な所は。幾重にも。かんにんして。下さりませ。おは
かれ申スも。かなしけれど。おさらばで。ござりまするト
咽ぶ泪の。手向水。心のうちの。いとまごひ。かくとも
しらず。伊太右衛門は。伊太六を。相手として。見世の
独めん。しらべゐたれば〽母さまの。おむかひがてら
一寸。わたしも一ト風呂と。手拭さげて。たちいづれば
〽ヲヽけふは。余程さむひ日じや。風引ぬやうに
とつくりと。あたくまつて。来るがよいト。父がこと葉に
花もはいそ〳〵〽そんなら父さん行まいらます〽ヲヽ
ゆるりつト。はいつて来やれ〽ハイと目にもつ。わかれの
涙。御機げんよふト口のうち。おもてへ出て。身づくろひ
岩が渕へと。一トすじ道。いそぎゆくみて。あはれなり
楊太真遺伝精製桐の箱入
處女香
一廻り
百二十文
そも〳〵此御薬は本朝無類の妙方にて男女に限らず顔の艶をうるはしく
して生れ変りても出来がたき程に色を白くし肌目細になる功能ありしかし
ながら此類の薬世間に多く白粉。洗粉化粧水其外油薬などを製して
皆こと〴〵く顔の薬になるおもむきを功能書にしるしてあれどもその書時の
半分も功能なし依之。此御披露を御覧じても。久しいものゝ弘口上なぐも有難
なし給ふべき事ならんがこれはなか〳〵大様に麁末なる薬にてはこれなく只一度
用ひ給ふても忽ちに功能の顕れる妙薬なり一廻り用ひ給ひ給ひては御願の
今週間の高木作る事
なし
尾上伊太八
意味張月
貞操全伝
一なさけをおもふその心は
第三
たとへに真実
同新内の一曲
新内の一曲
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
狩衣
菊池
六冊の内
喫情意味張月
鼻山人著
○其三
桑田変じて海と成。松柏摧て薪と為る
飛鳥川。きのふの渕は。今日の瀬と。換類浮世
のはかなさを。悟りかねたる人ごゝろ。年〳〵歳〳〵
咲花の。詠めの色はかはらねど。歳〳〵年〳〵見る
人の。姿はおなじからざるを。劉芝も暫し悲し
めり。偖もこゝに鎌倉の山の手なる
岩が渕に住居なす。しら菊や
児子七は。親の代よりなを
貧に暮す稼ぎのふ造化
むかしは。立花挿入れの花屋と
人によばれしが。今はわれから
三文の。お花と呼で口過も
高のしれたる。小商売女ばう
うき葉も。気の毒さに
姉うきはい
煙りもほすき糸車
まはす世帯も。足ぬ
がち。うきを我身に
つむさきへ。よりかけて
来る。いもとの花藻。上り口へ
打ふして。ワツト哭き入るため
なみだ。姉さん悲しうござるわいのふ
はなも
チヱへくやしい。口おしいトわけも岩ねの一つ松。見るさへ
あらき汐風に。もまれてやせしおもかげは。人の噂に
ちがひもなく。なんぎにせまりし妹の身のうへ。さぞや
胸におもひあふ。さてもしんみのけうだいは最たのもしく
ぞ見へにける。児子七も花うり仕廻戻て花もがやう
すを聞。うき葉が手まへの。義理あれば〽アゝたとへ
長者になる身でも。そのやうな難義な所に。ゐられぬ
は。むりならずなんの浮世はまゝの川。ながれわたりの
運次第。よい身になつて。気がね苦意を。しやうより
喰ずひん楽が。はるかにまし。こんな火尤霜見る。
やうな内でも。らく〳〵ト足ふみのばし。年中花見
の。きさんじな暮し。ハテ欲にかぎりは。ないものじや
そなとも。今までそのやうな。つらひかなしい。ゆめ見た
かはりに。是から内で楽〳〵と。寝てゐて。花見を
ゆつくりと。するが細工の。菓子ぼんに。まづ花よりは
此事ト。菖蒲だんごの。もてなしは。久しぶりなる。対
雨のしるしばかりと。見へにける。花藻も児子七か真
せつにいふてくれるを。ちからとして。身にうきことの数を
かつを。くわしく告て。たのみければ〽あんじるより。今和
が女ひと。たとへのとふり。伊太八さまの身のうへも。心に
然れば。ぢきに知れる。毎朝の花商ひ。何所といふことは
なけれども。わけて大磯の。花街は売ば先。こんなことを
聞ぶすには。まアはやくしれる。人のはきだめ。それも苦
公に。せぬ事じやト聞て。花もはくれしさに。しばし
うさし。忘れける。おりから来たる。たまき中の若ひ
ものなるを見るより〽コレ花もさん。おまへは湯に行と
おつしやつて。おうちを井手の。それなりに。いつまでたつ
ても。おほりきぬた。きのどくもある。だんなさんの
おあんじ。湯気にでも。あがりはせぬか。はやく行て見て
来ひと云付られて。服もたつくり。ちどり足して
女湯へ。はぎのしろいを。見に行たら。六玉川屋の。
ばんとうが。おまへは来ぬとの挨拶に。夫から旦将も
さはぎ出し。ハテめんような。いぬでは沸ぬと猫なで
声。色家がしれねば。打捨ておかれぬ。太義ながら
〽ソレそこへ行。かしこへ行と。先きから猿まなこして
尋ねました。おまへもこゝへ来るならば。ぐるといふて
おいでなされば。此やうな聞しいめは。致しませぬアヽ
かう遣はれては。給金に。よほど紙が立ますると
聞て花もは〽ヲヽそれは。気のどく千ばん。父さまへ
は。口でこそいはねども。諸ではしれるやうにして。来た
わいの〽アノやうにだんなさんが。おこんじなされます
ものを。はやくお帰りなされまし〽イヤ〳〵わたしは
もふ帰らぬ。心で出て来たわいのふ〽そりや又なぜで
ござります。フウあア。なるほど。いかさま。此間中から
の。御ようすちらとみそこし。けずいのふすりばちの
目の。あら〳〵しく。あのやうにあへられては。せつかい
お命もつゞくまい。これまでの御心労。ためてのうへの
御分別ごもつともさまで。ござりまするトわがるいふて
あらがるに。いとまごひして出て行。偖世の中の
光景は。よいといふても。なか〳〵にけして。たのみは
ならのきやう。かすかの暮しを。するよしして。かりに
いにける。金でさへ。つい間違ひのあてにならず。そふ
かと。おもへば手がるくも。出来る分限者。隠遁者貧
福きせんの。御せんじ茶。山ぶきいろも。おとろえては
人も。河童の屁まとなる。かなしみあれば。飲び
あり。わらふてつらき。山ひめに。ないてうれしき
ほとゝきす。入我家入で日の没る。雨夜のしなの
定めなきも。みな生涯の夢なりける。爰に伊太右衛門
は。花もが安否を聞て。且おとろきかつあやしみ。また
身のうへをうたがひつ。暫しあきれて。ゐたりける
伊太六が母はかねて斯あれかしとおもふ通りに花
もが。身を引し事を聞て心によろこび伊太右衛門
には。さても小娘と。小袋はゆだんのならぬと譬の
ごどく。てつきり男をこしらへて。うはきのかせに
そゝのかされ。此家を出しものなるべし。今さら
おもへば。おもひあたる。此頃のしなしぶり。とふりこそ
あれ。是じやものと。はじめて気の付。ふり見せて。伊太
右衛門が。心を惑せけれは。世間にいくらも。あるてんに
実とおもひ。左右なれは。渠は大をんをしらぬ。うつけ
もの。他人こんじやう出しおつたかト。心悪くぞ思はれて
夫なりけりに。捨置しも。此夜さりより。伊太右衛門は
風邪の為に犯されて。寒ねつ頭痛の強けれは
枕さへ。得もたげずして。四五日床に。ふしければ
五日本
家内のものも。驚きつくすりヨ。医者ヨと。今度
して。針もあんまのさいばんに。花もが事は。脇のけと
なり誰いひ出すものもなかりける。こゝにまた。児子七は
花もがいさゐの物語より心のうちを推量りて
伊太八が。身の在家を尋ねしに都の方へ発かし
よし。たしかに聞て今はちからにおよびがたくこの
うへは。わが身の厄介とおもひし胸へ。悪心のふつと
浮みし。一 ̄トし。貧苦をのがるゝ。金の荒子。もゝ
さうじや〳〵ト。うなつきて。仏に供ずる。はなうりも
たちまち。鬼となりわひの。荷をかたげつゝ。立帰れ
ば。花もはやうすを聞たサに〽はやうもどつて。ござん
したト。心におもひぬるかりし。茶をくんで出す。あひ
そうに〽コレはかたじけないト。あたりを見まはし。うき
葉はどこへ〽あねさんは今湯に行さんした。食
あがるなら。茶の下を。焚つけて上けませう〽イヤ
まだほしうもない。時によろこばしやれ。伊太八さまの
お出なさる所を。くわしく聞て。来ましたぞ〽ヱヽと
心驚。それはほんで。ごさりますか。みやことやらへ。行
しやつたト。人のうはさもあつたゆへ。もしそれが実なら
とても。わが身はながらへて。何めんぼくに。ゐられませう
と。朝夕哭ておりました。ヱゝうれしうござります。まで
心がおちつきしト。尚問かけて。どこにまア。どふして
お出なされます。はやう聞せて。下されませ〽イヤ外
でも
ない。大いその花街のうち。むかし馴染の。よしみ
とて。さかい屋の。高砂といふけいせいに。みついで
もらふ。うら店ずまゐまい日〳〵三度づゝ。禿が
はこぶ食のさい。裾の綻び。妓が見兼てそつと
ぬふはりと。いきぢばかりの情にて。その日をおくる
はかないおすがた。金のくめんも。出来るなら。しよう
もようも。しつたれど。此身ひんでは。一文の小遣ひをも
ないゆへに。こゝのうらと。聞たばかり。お目にも懸らず
もどつて来た〽ヱヽそれは。悲しいお身のうへ。はやう
あひたい。おかほが見たい。どふぞ尋ねて。まいりとふござり
ますわいの〽サそれが。女子の身では。めつたむせうに。出
這入の。ならぬが。くるはの掟なれば。気のどくながら
いろ〳〵と。胸に手をおき。よいちゑも。おれがくちから
いふては済ねど。そなたの心が。不便さに。先かうじやて
おもふ男の。為なれば。一チねんと。二ねん。大いそのくるはへはへ。
身をしづめ。その金にて。伊太八さまの。なんぎを
すくはば。しんじつ誠の心もとゞき。伊太八さまも
たいてへ。うれしい事ではあるまい。それも外の内へ
行ではない。さかいやへ身を売て。高砂太夫を
あねとたのみ。伊太八さまと。わけある事を。すつぱり
はなして。これまでの礼もいふたり。身のうへも打あけて
たのみなば。そこがけいせい。意気張つよく。ともに
世話して。伊太八さまにも毎日逢れる。気まゝ
な事。苦界といふもわづかのうち。石のうへにも
三ねんと。月日の立ははやいもの。ねんさへあければ
天下はれて。夫婦はいはずとしれた事。ちつとの
間のうきつとめも。伊太八さまへの御奉公と。そなたも
しんぼうするがよい〽そふしてなりとも。逢れるならば
なんの此身を。厭ひませう。院本曲にもあるとふり
夫じの為に。女ぼうの身を売事は。恥にもならず
些ともはやう。その相談きめて来て。下さんせと只
伊太八に。あひたもの。心一つにせり立れば〽そのやうに
せつこんても。姉のうき葉が。なんといふやら。ゆから
もどつて。来たならば。よく相談をしたうへで。あつち
の。事はおれが承知だ〽たとへあねさんが。ならぬと
いふても。わたしが好で行ものを。よもの心もなさりは
せまい〽それもこれも。みんなそなたの心から。出たやう
に。いふて姉へはなさねば。おれがうき葉へ。めんぼく
ない。がんぜん女ぼうの妹に。悪ぢゑかつて。けいせいに身
を。売せしと恨まれては。夫婦の中でも。愛想か走る
そこを。そなたもくみわけて。伊は八さまに。あひたくば
これより外に。しあんはないと。欺心のおによりも。誑
さるゝ。身は仏さま。たゞ一トすじにあふ事のうれしき
かぎりなかりける。折からもどる。姉のうきは。としも
はたちにまだ一ツ。たらぬがちなるしんだいを。くにして
痩るおもかげは。世帯染てぞ。見へにける。はなもは
いそ〳〵〽コレあねさん。よろこんで下さんせ。何そは
さんの。ゐさんす所が。しれたわいの〽ヲヽそれは。わしも
うれしい事。まアどこに。ゐさんすぞ〽アイ大筆の
くるはのうち。今児子七さんの。おはなしでやうすを
くわしく聞ましたむるしにかはる。悲しいかすがた。弥
あつて。世話する人も。ないとの事。それについての。相
談は。コレ姉ざんわたしや。大いそのくるはへ。身をうり
たふ。ござんすわいの〽ヱヽめつそうな。それはまアなに
ゆへに〽さいなア。伊太八さんの御難義を。すくふて
あげたい。心のねがひ〽ヲヽそれも。むりとはおもはねど
とことして
なるがこと、女り、その女り、そのほどものほどもの
ちご七
うきは
花茂
聞てさへ。つらひ。かなしい。はづかしい。けいせいのうき
つとめ。姉妹とても外にはない。たつた一人の妹に
うきめを。見するが何よりも。わたしは悲しく。思ふ
わいの〽そふではあれど。聞わけて。それもわづか。一チ
ねんか。二ねんのうち。長ひ事ではござんせぬ。花水
ばしの内にゐて。ぶたれたり。たゝかれたり。伊太六
さんに。いじめられ。かなしい月日を。おくるより
けいせいの身となつて。伊太八さんに。あいまするが
わたしは。うれしうござりますト。一心不乱に思ひ
込。その心ねのいぢらしさ。偏からしかりト。児子せ
が〽アゝ此やうに身貧にも。くらさずば。どふか手段も
あらうけれど。何をいふにも。ちやんころなしの。くるし
がり。ちゑもし案も。なくなつて。出るものは。たゞ
ためいきばかり。伊太八さまの。在家がしれ。
○結る
かなしい
事になつた。けいせいに身を売も。みさほを立る
余義なき仕合せ。コレうき葉そなたの。心ひとつ
にて。だつた一人の妹に。おもひのたねを。させたなら
どんな。ふりやうけんが。出まいとも。いふにいはれぬ。大事な
場所。その時いくら愁傷ても。跡のまつりの役には
立ず。それよりいつそ。おもひ切て。わづかなうちの
つとめ奉公。伊太八さまの御難義を。すくにも
是まで段〳〵の。御恩おくりと。おもふて見れば。身を
捨てこそ。うかむせも。あるにかいなき。わが身の
うへと。ほろりトこぼす一ト粒の。涙は露のかはばをり
男にも又ありにける。うき葉は児子七に。義理詰の
おだんぎを説れて。そのしんせつの。ことばに羈され
実にもそふじやト。とくしんして。花もが心に。まかせ
ければ。花もはうれしく。身じたくして〽サア少しもはやう
児子七さん。つれて行て。下されませ〽アゝませ〽アゝませ〽
うき世じやト。いひつくおもてへ立出れば。うきはは泪に
暮ながら〽さても強ひ。いそぎよう。コレかならす身
を。大事に要心して。わづらはぬやうにして。下され
〽アイ〳〵あんじて下さんすな。わしや伊太八さんにあふ
のが。うれしくてまいります。さらばてござんす〽おさら
ばと。悲しむ婦に。うれしがる。妹をつれて。児子七は
大いそさしてぞ。急ぎける。春の日の。ながき別れと
今さらに。しらがあたまも。ゆふばえの。光りのどけき
陰ふみて。とぼ〳〵来る。伊太右衛門うき葉は。見る
より〽コレは〳〵たまきやの。だんなさま。お目に懸るも
めんぼくない。妹花もが身のふつゝか。お腹も立たで
ござりませう。おわび申スも敷居が高く。ごをんも
しらぬ等閑は。ごめんなされて。下されませと。ひれ
伏てわびければ。伊太右衛門は胸なでさすり〽アヽなんの
花もにむりは。些ともござらぬ。わしも此四五日は。かぜ
引て。ねてゐたゆへにやうすも聞ず。珠数袋に入れて
有て書置を見て。きもが潰れ。読ではなき。見ては
なき。勘当した伊太八に。みさほを立る。こゝろし
どふも不便てござるわいの内にゐるなく。委せて下され
あれが物も。いろ〳〵あれば。それもおりたい明日になりと
人もよこして。下されしきいて〽ヱヽあやにくな事ながら
伊太八さまの在家がしれ。その御難義を。救んため
大いそへ身を売とて。今朝内を出て。行ました
わたしも不便と。おもひますれば。いろ〳〵止ても。聞入れ
なく。けいせいに身をうるも。これまでの御恩おくり。五
伊太八さまに逢れるが。何よりうれしい。心の説がひと
よろこんで。まいりましたト聞より。愕然何にもいはず
たゝ落涙して。やく暫しアヽたぐひなき。こゝろざし
そんなら。伊太八めも都へのぼりしとは。うそいつわり。矢
張此土地にまごついて。まだ破家を。尽しおるか
ヱヽ人情を。しらぬ奴と。あちら。こちらの。気をくみて
泪ながらに。すご〳〵ト。いとまごひして帰りけるさても
あわれむべし。花もは児子七が為に。欺むかれて。大磯
の。花街へいたり。さかいや方へ身をしづめしも。わづか
一 ̄チねんか。三ねんのつもりにて。たゞ伊は八がなんぎを
すくはんとのみ。一図におもふ所へ附込み。児子七は女街
の。源吉といふものと。うなづき合て。一ねんを十ねん
と。直し二百両の金を。證文と引かへて。おのれが百両
ちやさぶくなし。残る百両を加判人その外。懸り合の
ものに。配分して。此廓を引とりける。花もはかゝる
悪心の議に。かゝりしともしらず。児子ヒがおしえの
ごとく。高砂を姉と。たのみ度よしいひけるに。主人も
花もがすがたの。おのづから威あつて猛からず。沈魚
落雁の。容貌。閉月。羞花の粧ひ。ぶつつけ
よび出しの位をふむべきは此玉ならんと思ひければ
のぞみのごとく。高砂が妹ぶんとぞ。定めける。暫らく
内證に隠れて。蹴出しづまの。外八文字まづ
踏習ふ高足駄。身のそりかげん。身のひねり
あるひは客のとり扱かひ。家風にまねる里ことば
手くだこんたん。虚々。実々。皆伝免許の。うへ
からは○高砂の。尾上のさくら。咲にけりトいえる
哥の。こと葉をとりて。名もさかいやの。おのえトよび
吉日の日をゑらみて。突出しの初もん日は。後編に
ゆづりて。筆を止めおわんぬ
これより尾上が身のうへ。数〳〵のうき。くろうに
見る人。むねをいたむるのかなしみ。愁れなる月日
を。涙とともに。なきあかし。なき暮して。つひには
伊太八にあひ。すへ長くそひとげて。めでにてき
春の物語は。第四回より六回目のあひだに
くわしく。しるしはべりぬ
作者いわく。これからが。おもしろいじや
おもしろいじやアい
けい
意味張月其三終
せい
十一月
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
菊池
六冊の内
前端其三にして終れるも幸肆の
責を塞ぐ作者の未練と謂べき歟
今其貌尾を続で後編を三冊となし
一全部六巻才便の脚を開て真窓の
相をしめす如是我聞作礼而去や
鼻山人
花の春
高砂
後拾遺集二
第一春の哥
前中納言
匡房
高砂の尾上の
さくら
咲にけり
尾上
外山のかすみ
たゝすも
あら
なん
○目録
其四ハ
愁れを思ふ人の心は
しのごま
たとへにうきを
忍び纏の二上り
慾を思ふあだ心は
其五ハ
たとへに濁る
水調子の瓜弾
其六は
昔を思ふ真心は
たとへにむすぶ
糸道の音編
大尾
契情意味張月
鼻山人着
○其四
昔此宿の。遊君花のかんばせ。夷こまやかにして
茶質秋かうばしき。女ありけり。貌を安化
が。弟妹にかりて。契りを三列更の妻妾に
むすべりト。長明が海道記にしるせしも。京かま
倉の駅路に。色をならぶる住民は。宿して主
とし。窓にうたふ君女は。客をとゞめて夫とす
その宿駅の冠たるは。此大磯の里にして。情と
色のふた道は。客と実のうらおもて。只生涯の
憑みも。往還の諸人をまつ。話説花藻は。姉
聟なる。児子七が為に欺むかれて。さかいや泉介
といえる者の。許へ身を沈め。高砂といふ娼妓を
姉とたのみて。今は尾上と名も改ため。きのふに
換類。けふの姿もとより覚悟の。うきことも
伊太八に。逢ふうれしさに。我から好んで。この
さとへ契情の身のうへと。いちぶしじうを
白地て。高砂にはなしければ。たかさごも其真心
を。感じ入り。その伊太八さんといえるは。おまへの
いはさんすとふり。過しころ吾儕がもとへ。通ひ
来たり給ひしが。その后はたえて。おとづれも
なく。わらはもさまで。心安きお方にても。あら
ざれば。隔たる雲の。よそにして。何所の月をか
詠めけん。今はといもせず。訪れもせで。打過ぬ
くるはのうちに居給はゞ。相見る事もあるべきに
それさへなきに。其やうに実らしく。聞給ふは。誑
されしにうたがひなし。わらはも何の。由縁ありてか
巷街にかくまひ貢べき。それともよ所に。誠を
尽し。操を立る女郎衆も。あるかは知らねど。ある
ならば。すこしは風評もありぬべしと。聞て尾上は
怪卒はて。ヱヽそれが寔であるならば。わが身は
なんとしやうぞいの。つらい。かなしい。恥かしい
苦界の勉もみな誰ゆへ伊太八さんの。御難
義を。すくふて上けたい心の願ひ。それもとゞ
かず。逢ふ事も。絶てしなくば。なか〳〵に
何を憑に。うき年月を。此さとにておくるべき
さすれば。アノ児子七づらに。歓むかれて。係る
歎しき身のうへに。なりもやせしかト。とつおいつ
しあんもさらになくばかり。涙だに袖や。絞らん
高砂も。姉妹ぶんの一トかたならず。尾上が身
のうへ。推量て〽その歎しさは。さることながら
金に換りし篭の鳥。心の侭にならざるは
此うへもなき。苦界の奉公。おまへ一人の身にしも
あらす。雑さんとてもいろ〳〵な。歎しひ事の
限りにて此さとへ身をうれど。それを苦にせば
片時も。勉り兼るじゆつなさを。心で哭て
貌には。笑ふて暮す。うき事も宿世の。ゐん
と。あきらめて。あきらめて。誰身のかへを太陽に。さらめて。煩らめて。さらめて。誰身のかへを太助に。る。。。。るに。らる。ら□に□欲煩ららと物。らき
はぬやうに信心なし年のあくのを。待より外
しやうもよふもおさんせぬ。遊女の旗なひ。身のうへ
従容おきやくに身をまかすとも心のまことを
明さねば。貞操をやぶると。いふでもなく。伊は八
さんに逢ふまでは。大事のからだに□厭ひ
なんし。煩らふ時は他人の中百俵まさりし
心ぼそさ。地ごくの責でおざりいスト。いとたの
もしき。教訓に尾上も今は詮かたも今は詮かたも。なくに
哭れぬけふのしぎ。なみだ隠して誓始よく
高砂にいざなはれ。まづ内證へ初目見へ一チ礼
述れば主人の泉介〽ホヽヲこれはとんだはやく
おしたくが出来たのきてもうつくしい〳〵
けふはほんの。御祝義なれば。ゑん喜にマアわしが
仕廻ほどに。高砂もろともゆるりつと。あそんで
しづかに戻らんせ。そのうち坐しきへうまひ物
趣向して。おきませうトうれしがらせる。門出も
おのが欲目と。うりものに。言葉の花を。かざら
せて。一トしほはでにぞ見へにける。尾上は嬌態
ならびなく。婬絹と貌よきうへに。綾羅の
袂をひるがへし。錦繍の裾をかゝげ。蘭書
の薫り。腹いくとして。王のかさしの照に
わたれば。郭中さらに顔色なし。けんぶつの万
客。そのうるはしきに。けしとんで。おもはづこゝに
陽神をうばわれ。帰る方角もなかりける
されば。その評判鎌倉の里までも。名高く
突出しのはじめより。一ト夜の情にあづからんと
さかいやがもとへ。より来る客の。いと聞かめれど
おのえはたゞ。伊太八が事のみ。苦労にしてとふぞ
逢ひたい。貌見たいと人つてならで。くるはのうち
聞ても更に知る人なく。幇間芸者のうはさ
にも。勘当されし身のかなしさ。数多の人に
此形を。見らるゝがめんぼくなさに。京師の方へ
のぼらんと。いひ給ひしは過しとし。それからとんと
此さとへも。おいでなさらぬ伊太八さまじ。茶や舟
宿のはなしにも。聞ばきくほど猶更に。とふき京
の。雲をしたふ。蘇武がおもひもなか〳〵に
愁れをかこつその折から。また年季誕。人の
事。一を十に直したる。児子七が悪逆もつめ
印おしたうへからは。偽りともいひたてがたく
さるにても。身の代の五十両。いかゞなりしや
覚束なしト。姉うき葉が方へ。いさゐのこと詳に
告て。児子七が容子をも聞んと。心はやたけに
おもへども。夜骨しげき客のあし。文認むる
よき隙も。なくに哭れぬ身の歎しさ。おもしろ
からぬ。うき中を憚な風にも青柳の。なびけト
はづむ。鞠大尽。衣紋流しの一ッ曲もなにがな
捨げんとりはやす。坐敷の気色も引過て
本間の床の。さしむかひ。マリ〽コレ太夫す。どふで
ます。そないに張が。強ふては。ゑらふきよくが
ないぞへ。どふじやあろと。まア人のいふ事も聞ん
せな。ヲノ〽数ならぬ。いやしい身のうへを。とやかふ
いふて下さんす。お情あつき物言葉を。背く
心はあらねども。夕しにも申せしとふり。係る苦
界に沈めども。肌穢さぬが夫への。せめてもの申
訳。不便とおもひ給はりて。操を立させ給はれと
涙だにふして。身のうへの歎しきかぎりを。いひ
わぶれば。マリ〽アヽやくたいじや。なませんかこちやの
酒に酔くさつて。たわいじやぞへ。ヲノ〽お気のどく
ながら。なき縁と。おもひ切て下さんせ。マリ〽いつこ
ゑゝなト。夜着引かぶりそが侭に。亡前後こそ
見へにける。尾上は隙をうかがひて。又もとり
出す硯箱。ふたみが浦とわかれにし。姉が方への
文にさへ。今は恥をもかきかけの。心もほそき
筆のあや。涙だに散染。ばかりなり
○書きかけの文の書き出し
さやうにいたはらへはわが身事伊太八
さまにあふうれしさにくるはへまいり候て
ようすうけ給はり候へはちご七さんの仰〴〵の
ゟとは大きにちがひ伊太八匁もくるはのうち
には御出なされずそれに又かなしき事は
ねんきしやうもんの事一ねんのよし仰らの
つめゐんおしよりうへにて十ねんと直し金子
二百両御かり被成ゝちご七匁の御はか
らひさりとは〳〵御たらめしくな上にし
今はしよふもなきかごの鳥のうき思ひ
しんに〳〵心ぼそくあけくれなみだに
ふらしづみ月〳〵
ト一ト一ト筆書ては忍びなき。ふた筆書ては。ほろ
りつと。落す涙だの玉章も。人目を恥る
心遣ひ。折から廊下をは。タ〳〵ト駈て来たる
ちいさな
名代雛妓の外山。障子をあけて内へ入り
こへにも
モシイおゐらんへ。奥ざしきの客人が。呼で来い
との。おはら立 ̄チいろ〳〵訳を申シイしても。お聞
入れなく無理のむり。難題ばかりいひなんすト
聞て尾上もかなしさの。なみだ隠して書かけの
文はたんすへ入れかはる。心も暫しおくざしき
悠々然として立出る茲に一個の遊客は名を
としは
蘭風といふて。鎌倉そだちの雅雑者。
二十二三
水がみのはすがけは丁レ田ねのあがつたきいたふうなあたま○なりほう
きじまの小そでしたぎはとうさらさのうんやたい小もんひとつぶかのこの
こんちりめんのあはせじゆばんおびは小やなぎの糸もり○はるしやがはのさげ
たばこ入へ白のふかぼりのあるきせるを入れながらおのえがすがたをしりめで
見て〽立甫が雛に。舟月が人形じやア。あるめへし
面ばかりうつくしくつても。木偶のぼうじやァ。おか
しくねへ。枕もとへ祭賽に。あげられた鶏妓の
寝言を聞て。何も敵役のせりふを。いふのじやァ
ねへが。第一狂言の筋が。わからねへ。かういつちやァ
臺と大造だが。鎌倉沖の初松魚ア。この蘭
風さまが。めしあがらねへうちやァ。漁村街の仕切
相場は。立ねへ事に極てゐる。花水橋の川
びらきにやァ。屋形舟の惣仕舞をして。黄金水
の。ふるまい水を出す男だ。をの〽かんにんしておくん
なんし。そのやうなお方とも。たらはぬ勝の心から
ついしら真弓引ヶ過ぎの。矢さきも悪き打腹
たち。擴げんを直してくださんせ。らン〽そんなら
おれがいふ事をヲノ〽きかぬといふでは。なけれ
ども。二せとちかひし夫の手まへ。云訳なければ
けいせいの。うきが中にも張つよく。操をたつる
心でござんすらン〽そのやくそくの。男といふはアノ
伊太八とやら。ゐだてんとやら。足の達者に京へ
のぼつたとか。逐てんしたとか。風評に聞た。大獣
子。御帳に付た勘尚もの。かまくらのさとは。御
かまひ同前。弥勤ぼさつが世に出ずは。とても
逢ふ事は出来めへす。気のどくながら大蛇に
でも。抜蝎でも。なつて待がいゝヲノ〽おありが
とふ。おざりいすこれも縁づく。因果でござんす
主〽ゐんぐわものと。業人のゑん結びは。よつほど
おもひ付だ。出雲の神も。まんざら未至じやア
はら立まぎれ
独まし〳〵夜の明類を。まつ
ねへと
いひちらして
風ばかりや残るらん。されば尾上は数多の客
に。斯のごとく皆ことはりいふて。嘘ことく皆ことはり
つとめければ。いづれも二三会にして。馴染を
重ぬるものなく。後〳〵は初会ばかりの客
のみにして。万端不手都合となり。高砂も
見るに忍びず。いろ〳〵諫めてひとへに。お客の
恵みを得ざれば。一日だにも全盛に。日を過る
事なりがたし。ゆへに勉のおこたる時は。数多
の。者の見せしめとて。限りなき恥かしき。折檻に
あふ事も。者さとの掟なれば。よく〳〵これを
わきまへて。只客人を太切に。おつとめなんした
真実の。異見も身の為。主人のため。義理の二ッに
せめられても。是ばつかりはト頑くなに。おもひこんだる
一とすじより。おのづから客の。持賞もうすければ。自
然と。茶屋舟宿の評判もあしく。客のある日は
邂逅なるに。主人の泉介も愕卒はて。況姉ぶん
なる高砂に。いろ〳〵異見をなさせしに。それをも
聞ず一 ̄チぶんの。我意を立る心こそ。義理を知らざる
尾上伊太八に貞操を
立て万客に薄情す
尾上
うつけもの。此うへは我異見なして。渠が竃を
探り見んと。ある日おのえを内證へ呼び付。泉介
むかふへひらきなをりセン〽コレおのえ。此間だ中から
高砂にもいひ含めて。いろ〳〵勉め奉公の。入訳を
いふて聞せて。身の為をおもふ心を仇にして。一己の
我意をたてやうとは。ソリヤもつての外の。心得違ひ
素より承知づくで。身をうれば情を商なふ。娼
《題:名今《振り仮名:《振り仮名:《振り仮名:《振り仮名:お客といふも外じやァねへ。お客をだいじ。じににだじじじじじじじじじにじじにじじといにじやじじも仮:名をち名お仮仮と仮仮:古古の振?《りつ振《仮:
とり留て。手練手管も家業の道。客偽りもけふ
の勉め。全盛といはるれば主人も。おのづと利徳をうけ。金
出した甲斐あつて。損もせねば心よく。年季の二年や
三年は。只もくれて遣るか此商売。世間の人には泥水の
獄卒な暮しと。忌み嫌はるゝも。金遣ふおきやくほど
此方の為には福の神。放蕩な合席ほど。猶太切な
白鼠。一寸聞とマアふ人情な。天理に鶏たやうなれ
ども。家業となれば。まんざら心が鬼でもなし。金を
出した。奉公人じやといふて。つとめてくれねば。腮がひる
平等いへばマア手前達のお蔭ゆへ。今日を安楽
に暮せば。命を繋ぐ大事の元手。仇におもへばし
ホン二ツ討があたる。トいふて又銘々の。心まかせに遊せて
喰せて置ば。身上はゆき立ず。かゝこれも不便じや
アレモ可愛想じやト。涙だもろくおもふ時は。この商
売を。止て仕舞より外はないて。一チ日なりともまア
かうして居るうちは。誰渠の差別はない。勉でもらは
にや。金出した詮がないハテそこが苦思こと。いふもの
じや。たとへ二せの得盟した。男があらふとも。心さへ。かは
らねば。連れ貞女の道は立今此花街へ。おちぶれて
はだ身さへ穢さねば。操を守ると一図意に。思ふは
頓だ了簡ちがひ。よく考へても見るがいひと
たばこ一ふく
のみさして
むかし源の義朝さまは。長田の庄司が為に。殺され
給ひ。その奥さまの。常盤の前さまといふが。今著
さま。己善さま。牛若さまトいふ。三人の幼少お子さま
を引連て都をたち出給ふとき清盛さまが着て
常盤の前さまに。恍惚てござればよき折からと。さつ
そく六原へめし捕れ。吾心に随はば。三人の子どもの
命も助けん。もし得心せずば。親子諸とも縛り是と
遁引ならぬ一言に。常盤の前さまも夫の敵と。しり
ながら。清盛さまのことばに従ひ。三人の御/公達の。命
を。助給ひしははだ身を穢して。いさぎよく操を立る
貞女の鑑。此とき常盤の前さまが清盛さまの
随ずば。御公達の今着さまをはじめ。牛善さまも縛り
首。なか〳〵義径さまと成て。一の谷鴨越の合戦に。
怨みある平家を。亡す事はとても出来ぬ。我〳〵風
情の。口からいふも恐れながら。清和源氏の。御鏑流義
朝の奥さまでも。零落となりし時世には。何となりし時世には。係るうき
目もお厭ひなさらず。身を捨てこそ浮むせもあり。ナント
合点がいつたなら。お客を大事につとめてくれヨ度〳〵
異見も聞入れねば。丸裸にして見世の柱へ溢し
付。たらいを袴せておく。折檻もあれど。初音もきかぬ
藪鶯。難別もせぬものを。アヽ無理ではない最じやト
遣り手の。手まへも狐成て。おれが胸で済しておく。是も
矢張君をおもふは。身をおもふじや。主人の心もくみわけて
勉めてくれたがよいぞやト。お為ごかしのコは異見尾上は
いとゞ。しやくりあげ旦那さん。堪忍して下さんせト。目に
もつ。涙はら〳〵ト膝に時雨の色見へて。顔に紅葉
や染ぬらんセン〽アヽこれ〳〵。なんにも哭事はない。今
にも。お客があれば出る身のうへ。サヽ早く顔を直して
機嫌よく。けふのゑんぎを祝ふがよいヲノ〽アイト返
事も。口のうち。ヲリカら二度目の鈴の音。ガらン〳〵〳〵
はや昼見世をはる霞たつや尾上もきのふけふ。別
染もまだき薄氷の。はりもつ里やながれの身。こゝろの
うちをくみわけて。主人の霊見に当惑の。いとゞべき
胸のうち。あたり淋しき昼見せの。二階ざしきにしよん
ぼりと。独り泪だの雨催ひ。禿花香がやさし気に。
アリおゐらんは。なぜそのやうに哭て居さつしやる。おまへが
涙の貌見るト。わしも悲しくなりますると。訳はなに
やらしら糸の泪だにそめて貰ひなき ̄ヲノ〽ヲヽとし
はも。ゆかぬ心からよくいふて。くれさつしたのふ。そなた
とても。わしとてもおなじ苦界のかごの鳥。さぞ父さん
や。母さまに逢ひたからふぞいのふ。ハナ〽アイわしは父さん
も。かゝさんもみんな死んでしまひました。おばさまの所
から。去年の暮にこゝへ来ました。たつた一人のおばま
より外に。便りはありませんわいの。ヲノ〽ヱヽそなたもさふ
いふ身のうへかいの。コレわしも丁度その通り。父さまも
母さまもなし。一人の姉を便りじやわいの。ハナ〽それじやま
よつて。おゐらんが哭しやると。わしも悲しくなりまする
ヲノ〽ヲヽもつともじや。道理じやわいの。此やうなやさらい子
を。此さとへしづめる叔母さまの。心は鬼じや畜生じや
アヽそれにつけても。怨しいはアノ児子七づら。十ぶん人を
偽微して。多くの金をとるのみならず。伊太八さんに
迎ふ事も。ならぬわが身の不造化。それが只然しい
わいのト我身のうきにつまされて。禿花香が身のうへ
もともに不便と労りつ。涙に一 ̄ト間や曇るらん。おり
から亭主の案内につれて入り来る。姉のうき
葉。貧に暮るせど見への場所。妹が手まへの外聞と
茶糸交りの結城じま。世帯染たる花いろうら
毛きらず帯の天鵞絨も。織留ばかり光らせて
しやんと結びし小切目は。歳間さかりと見へにける。尾
上は。見るよりうれしさと。又恥かしさと悲しさに。かてゝ
くわへていひ草も。今さら外になくばかり。涙かくして
ヒノ〽ヱヽ姉さんかへ。よく尋ねて来て下さんした。わしや
児子七さんにだまされて。然しい身のうへになつたわい
のふ。ウキ〽それについても。心得ぬはアノ児子七どの。其
方ト一緒に出たッきり。今に内へは戻られず。わしも
ひとりで気をいため。どふした事じやト案じわづらひ
一日〳〵ト待うちに。昨日届たそなたの文。見て肝が
潰れあきれはて。途方に暮て居たわいのふ。此やう
な。悪党な人トは露しらず。夫婦の娘を結んざのが
世間へ対して面目ない。日頃に似合ぬ。アノ人の気
質。邂逅わしか風でも引寝居る時は心であんじ
枕の侯へ静歩来て。食でもたべたか。薬でもトその
やさしさに引かへて。今の邪見は。まァどふした事
じやイの。かういふ事トしつたなら。わしもそなたの身の身の
うへを打明て憑みはせぬ。義理も情もしらざりし。人の
浮葉
尾上
心ぞうらめしき便り少ない兄弟の。身のうへ知て
悪謀計。さぞやそなたも悲しからう。おもへばわしも
口おしいト。恨みなみだの真身同士。尾上はいさゐを聞
よりも。いとゞ塞がる胸のうち。互ひに憂と愁きを
かこつばかりぞ愁れなり。うき葉は妹の心をさつし
〽たとへどのやうにおもふたとて。もふかう成たうへからは
因果づくと諦めて。煩はぬやうにするがよい。わし
じやとて。便りとおもふはそなた一人もと此さとへ身を
しづめたも。伊太八様の為とおもひ。それもいすかの此用
と成て。兄弟二人のうき難義を。アノ玉木屋の且
なさまへ。おはなしも申たら。お慈悲深ひお方故救ひ
あげても下されうか。夫につけても伊太八さまの。お身
のうへ。そなたは定めて聞たであらふヲノ〽アノ婦さんの
何いはんす文にもまうしてあげたとふり。花街の中に
居さんすトは。児子七さんの雪まん八。実は勘当の
身と成て。友達や知音人に。顔見らるゝがめんぼく
ないとて。京都の方へ行しやんしたと。人の噂を聞に付
百倍まさる身の悲しさ。それゆへ心もおちつかず。哭て
ばつかり居るわいのふりキ〽それはどふやら。霞らしい人
の噂。此あいだも伊は八さまを。七里が浜で見かけたじ
はなした人があるわいのヲノ〽ヱヽそりや実でござんすかい
その見かけさんしたお人は。まア何所のお方で立まするト
聞うれしさの歓びがほワキ〽たゞみかけさんしたトいふ
たを聞たばかり。何所に今は居さんすやら。そこまでは
きかぬゆへもしそのお方が知てゞもござるならよく
聞て知らせませうヲノ〽どふぞさうして下さんせコレ姉
さんかならず待て居りまするはやう聞せて下さんせ
これを
ウキ〽そんなら随ぶん煩はぬやうに気を付て汁
ほにたる
ヲノ〽まイ〳〵紫ともはやく戻らさんして伊は八さんの
びんぎをかならず折から響く光明寺の七歩の鐘
ゴヲン〳〵
世以意味張月其四終
ないとて。京都の方へ行しやんしたと。人の噂を聞に付
百倍まさる身の悲しさ。それ候へ心もおちつかず。哭て
ばつかり居るわいのふりリキ〽それはどふやら。虚らしい人
の噂。此あいだも伊は八さまを。七里が浜で見かけたト
はなした人があるわいのわり〽ヱヽそりや実でござんすかい
その見かけさんしたお人は。まア何所のお方で立まするト
聞うれしさの歓びがほワキ〽たゞ見かけさんしたトいふ
たを聞たばかり。何所に今は居さんすやら。そこまでは
きかぬゆへもしそのお方が知てゞもござるならよく
聞て知らせませうヲノ〽どふぞさうして下さんせコレ姉
さんかならず待て居りまするはやう聞せて下さんせ
ウキ〽そんなら随ぶん煩はぬやうに気を付てと
これを
ほにたつ
ヲノ〽まイ〳〵紫ともはやく戻らさんして伊は八さんの
びんぎをかならず折から響く光明寺の七歩の糀
ゴヲン〳〵
けい
せい
意味張月其四終
□□□□□□□□
菊池
六冊の内
契情意味張月
○其五
仏日光を隠して。衆生界昏瞑せり。賢聖
法燭を挑て。漸く群盲を照す。爰に鎌くら
松葉が谷の本国寺におゐて。法華弘道のため
七日の間説法ありければ。参詣の人こゝに集ひて。
日の傾くをもしらず聴聞なす。かの玉木やの伊奈の
が母も。今は気侭の身となつて。心おくべき人なけ
れば。ある日松葉が谷へ参詣して。説法聴聞の
あまり。おもはづしらず日を暮しつ。入相の鐘におどろか
されて。急ぎ我家へ立帰らんト。諸越が原へさしかゝ
りしが。折こそ悪き宵闇に。後前人のたへ間みち。
此方の稲塚のうしろより。顕はれ出たる一人の曲もの。
つか〳〵ト走りより。電光ト抜し氷りの刃あばちを
かけて一 ̄トゑぐり。素より婦人の仰天に逃る途方も
うしなひつ。膽に的中断末魔。虚空を抓む。七轉
八側声をも得発ず。そが侭に踏反りかへりて。死し
ければ。曲者は仕済したりト。臓罰を手ばやく掴み出し
一ツの壷におし入て。行がたしれず成にける。斯て玉木やの
伊太六は。母の戻りの遅きをあんじ。調市に挑灯つけ
させて。迎ひがてらの道〳〵も。往来の人の噂をなし
諸職が原に女の死骸。アレはてつきり。意趣切と思はるゝ。
アヽむごひ殺しやうしてのけたト。聞く伊太が胸のうち
気にかゝるやら。あんじるやら長松急げとせり立て。諸
越が原にいたり見れば。疑ひもなき母の死骸。二何ゆへと
消飛で。狂気のごとく哭伏ば。長松は只彷彿と。質に
とられしごとくなり。伊豆六漸々涙だをはらひ〽ヤイ長松
コレなんにも。怖ひ事はないわへモツト挑灯をさしあげる
え〽アイ〳〵それでもいつそ。アレからだがガガタ〳〵震へます
ス〽ヱヽ役に立ぬ。獣子め挑灯を此方へよこせト。我手に
とつてつく〳〵ト。母の死骸をうちながめ。テモお情なき
此お姿た。まア何奴の仕業なるか。迚も叶はぬ深手の
やうす。暫しなりとも野ざらしに。して置事の口おしさ
すこしも早く我家へト。心はやたけに思へども。相手は子供
の。長松一人詮方なさに。挑灯さしだし〽コレ長松おぬし
は。是を持てはやく内へ帰り。見た通りを見世のものへ
いふてナ。たつた今駕をもつて。急ひで此所へ来いといへ。
サヽはやく行。駈て行と。主人のさし図に長松は。虎のし
口を遁れし心地。ハイと返事も仰山に。挑灯もつて
類よ行。跡には伊太六只ひとり。母の死骸の見ぐるしき
を。往来の人に見せましと。羽織をぬぎて上に覆ひ
涙だとともに獨り言。アゝおもへば悲しい。母さまのお身の
うへ。吾身を育つるこれまでの。艱難辛苦にいくせの
おもひ。かならず仇におもやんなト。とし頃日頃の御霊見も
おろそかには聞ねども。一人喰の身ならねば。御恩おく
りの。楽なめもおさせ申さず。不慮な御最期かんにん
して下さりませ。ことに刃の無理殺し。修羅の街の
迷ひのたね。せめて手向の念仏なりトみやげに持て往
生の。素懐をとげて給はれト合掌くみて良しばし
南無阿弥陀仏。弥陀仏と唱ふるこへにあわれ添ふ。野
でらの。かぬも更て行。諸行無常の世のならい泪だの雨に
そぼぬれて。身にしみわたる松かぜの。音も淋しきその軒
から。かごをかついで玉木やの仁介コレ言すや夜が更る
に随ひて大ぶんうすきみのわるい。此むかいかご。
な時は。それかのよるの殿さまが附たがるものじや気を
ぼうくみ
〽ヱヽばかをぬかすナ。わか
つけて。行がよいぞや
ごんすけ
旦那を見ろヱお一人でさへ待てござるは。早くあるけ〳〵
仁〽アヽこれ〳〵そのやうに後からおされるト棒ばなの
挑灯がきへる。ハテ牛の歩みのよしおそくともだゴン〽ヤア
こいつ。わるく晒落ナ。あアわかだんなは。さぞきがきじやァ
あるめへ ̄ス仁〽アレ〳〵むかふに。何かいるやうだ。ゴン〽それが
大方。わかだんなだろうに〽と見せてかの。レコ衆が化か
さふトおもふのじやアあるめへかのゴン〽ばかを言ずに早く
ゆけ〽伊豆六これを見るよりも。こへをかけて仁介か〽ハイ〳〵
ゴンレ及わかだんなさま。いかゝでござりまするイダ〽イヤもふ
肝のつぶれた災難で。ものもいはれぬわいのエ〽ごもつとも
さまでごさりますサア〳〵かごを持てまいりましたチ糸〽ヲヽ
仁次
たいぎ〳〵。どふぞ此侭そつと。かごにのせてもらいたい
にこめへ
ハイ〳〵かしこまりましたト両人して死がいをない。かごの
中へおし入てに〽アヽヤレ〳〵おいとしや。仏さまにならしやつたか
なむあみだぶつとそらねぶつ。言介もそらなみだながして
モシ若旦那さま。みな過去生のいんねんトは。申ますが
なさけない事に。おなりなされたのふ。なむあみだぶ〳〵ト
捨ぜりふ伊太六もしほ〳〵トうごに付そひあらばやに
我家をさしてぞ引とりける伊太右衛門は長松が知せに
心ならずもおち付かね。やうすいかゞトあんじては立たり居
たり表の口。伊太六と見るよりも伊〽やうすはどふじや
かなしい事になり
アヽあんじたぞや〳〵イダ〽モビ〳〵〳〵うちへかなしい事になり
ました伊〽そんなら事はきれたかイダ〽イヱもふなさけない
殺しやう。あばらをかけて一トゑぐり伊〽ヤヽモりやマア
滅想な。死骸はどこにと興覚がほ仁介言介両人
して駕の中より荷ひ出し見すれば泪の目をしはたゝ
き。ヱヽこりやまァむごたらしう。殺しおつたのふ。かういふ
事があらふとて。むしが知らせてけふはいつそ。出しとも
なかつたが。たま〳〵の後生参り。老齢の作配として
止め立も心ないやうトおもふたのが。矢張此人のふ運じや
と傍ちかく立よりて。見れば死骸の懐中より。落かゝる
一ツのつゝみ。不審やトとりあげ見れば。百両の金に添
たる一通の書付。コは〳〵いかにトひらき見れば
一此婦人事。酉の年酉の月とりの日どりの刻にたん
生せしおもむき。慥にうけ給はり余義なく命を
貰ひ請ゟ。いさゝか返報の義は。遠からず沙汰に
およぶべくゟ。寸志ながら弔ひ金百両。死骸に添
おくものなりト。読より仁介言介もコリヤめづら
しい人殺しと。愕卒はてたるばかりなり。伊太六は猶
悲しみつ。人の命が百両ヤ。二百両で買れるなら。長
者の家に。死ぬ人はないアら情なのありさまや。ト涙に
むせぶ悔み哭き。理りせめて愁れなり。伊太右衛門も泪に
迫る鼻うちかみて。アゝ此やうなみじめな事を。見ると
いふも。皆わしが業じや。因果同士の寄合と。伊太六も
諦めて。此うへは追福のいとなみこそ。母が菩提の為
なりト。その夜の明るをまつが岡。とうけい寺の境内へは
死骸を葬り。かの百両の金を永代追善の。供養
料にぞ納めける。爰にぞ納めける。爰に又岩が渕なる。しら菊やの
うき葉は。此事を聞より。とるものもとり敢ず。急ぎ
玉木屋のもとへ至り。伊太右衛門伊は六に。対面して
不慮なる災難の悔みをのべければ。伊太右衛門も面目
なげに〽うき葉どの聞て下され。わしもよく〳〵な。業
人じや。伊は八めはアノとふりの。身もちふ埒に。ひしきまへ
対し。どふも打捨ておかれぬゆへ。不便ながら勘当して
親子の縁を切たれば。女ばうめはそれを苦に病んで
重き枕の妄語にも。只伊太八が事ばかり。いひ暮し
遂に。むなしく成りました。その親の死にめにも。あふ
事のならぬ。不孝な奴。今にも菰をかぶつて。人さまの
門にも立ば。此伊太右衛門は面目なくて。世間へ貌も出され
まいト。おもふて居たら。京都へゆきおつたト。人のうばさに
ヤレうれしやト。寝覚心もよい折から。又みかけたト
いふ人も。あるのを聞ばアゝまだ吟歩て。此土地には居
出るかい。ヱヽ観の面へ泥塗る。ふ孝ものめト人しらぬ
苦労の中へ此災難。あんまりあきれて。涙だも得
出ませぬウキ〽こもつともさまで。ござりますホンニあけ
しい間のなき。いろ〳〵な御心労ばつかり。それに付ても
妹めが。ふ了簡の心得ちがひ。お年寄の面倒見ず
逃て帰りし罰があたり。今はうきめの契情奉公
信〽ヲゝそれも不便に。おもふて居るテヤ伊太八がためト
一番におもふ娘心尋ねてやうすも聞たけれ〽イヤモウ
いろ〳〵な事に震深して。つい一日〳〵トのびました
アレが身のうへに。替る事もござらぬかいのふ。ウヽ〽ハイと
しばし
お尋ねの。おことはにあまへ。御心労のそのなかへ
いひかねて
まうし上るも。餘り心ないやうなれども。わたくらども兄
弟も。ホンニ不慮な災難に。遵ひましたわいのふ ̄ホィ〽ホヽ
それは又どふしく事ウキ〽いもと花藻が。伊太八さまの
お身のうへ。只ひとすじにあんじまする。心の客みへ
つけこんで。連合の児子七どのが悪工み。伊は八さまは
大磯の。くるはのうちにお出なさるト。霜まん八を実と
おもひ。逢ふうれしさに。契情のつらひ勉めも。厭ぬ卜
よろこび。いさんでまいりました。それもたつた一年 ̄ト。うま〳〵
偽して。十年のねん季を書入れ。大それた二百両の
金とつて。直に逐天内へは戻らず。置去りと成し
我身の悲しき。いかに真身の燗峨でも。連合の悪心
に。媒の手まへもめんぼくなく。途方にくれて居まする
わいのウ〽それは五けしからぬ。身のうへの災難アヽあの
児子せどのに限っては。そのやうな悪謀計を。しやうトは
とんトおもはれぬ。ハテ人は見かけによらぬ。ものじやなふ
アヽ可愛や。花もめもさぞ。難義して居るであらうス
ウキ〽なきの涙のうきにつけ。怨しさにつけ。只伊太八
さまの事ばかり。いふて居りまする心ねが。いつそふ便で
ござりまするト。おもはず溢すため泪。手拭ひ。後る斗
なり伊〽ヲゝかたじけない心ざし。一端女ばうと云たを
反古にせず。宿なし同前のものへ操を立て契情に
まで。身をしづめても。会ふとおもふ心底は。連れ貞女の
いへへ入るヤ〳〵〳〵〳〵とく〳〵といふとつへいつて〽いつて
尾上
を
て
風
日
□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
伊太八
身の行状。今どきの娘には珍らしい〳〵し。かならず
あんじさしやるまい。幼少ときに。児子兵衛どのより
貰ひうけ。あれまで養育た娘じやもの。他人のやう
には決ておもはぬ。わしがよいやうに計らふて。やります
ほどに。安堵してござれ。又こなた衆も。ふ自由なる
事があるなり。何成とも遠慮は。かならずないほどに
いはしやれヨ。アヽさぞ難義な事であらうスウキ〽ハイ〳〵
おありがたふござります。お慈悲深ひ。おことばにあまへて
媒が身のうへ。偏へにお願ひ申まするト。手まへ勝手の
長ばなし。あたりへ斟酌と気をきかせ。暇乞さへそこ
そこに。我家をさしてぞ○立帰る。夢のたゞちに
おしえをく。台のはなは末のうは露。人の情と色
街の。水に芙蓉の影清き。おのえは婦の物語に
伊太八が身の便りを聞まほしさの辻占も。くられし
き。鼠なき鱠の事も待人の。まじなひト談いひ
そめて。畳の縁の四ツ角へ。さすが遊女の身のうへ
身の行状。今どきの娘には珍らしい〳〵し。かならず
あんじさしやるまい。幼少ときに。児子兵衛どのより
貰ひうけ。あれまで養育た娘じやもの。他人のやう
には決ておもはぬ。わしがよいやうに計らふて。やります
ほどに。安堵してござれ。又こなた衆も。ふ自由なる
事があるなり。何成とも遠慮は。かならずないほどに
いはしやれヨ。アヽさぞ難義な事であらうスウキ〽ハイ〳〵
おありがたふござります。お慈悲深ひ。おことばにあまへて
媒が身のうへ。偏へにお願ひ申まするト。手まへ勝手の
長ばなし。あたりへ斟酌と気をきかせ。暇乞さへそこ
そこに。我家をさしてぞ○立帰る。夢のたゞちに
おしえをく。台のはなは末のうは露。人の情と色
街の。水に芙蓉の影清き。おのえは婦の物語に
伊太八が身の便りを聞まほしさの辻占も。くられし
き。鼠なき鱠の事も待人の。まじなひト談いひ
そめて。畳の縁の四ツ角へ。さすが遊女の身のうへ
こそ。愁れにも又母為。折から仲の丁の茶や。宇田やう
長吉チトごめんなされましト。次の間の障子をあくれば
ばんとう雉妓の外山。火の気もうすき。鍋火ばちと
むねおし
しやうるり本をよんでゐたか
しが長吉がすがたを見て
胸押をするやうな。身ぶりに成て
よみかけた所をちよイと
ヲヤ守田やの御亭さん。おいでなんしトよ
折てたゝむ長吉は大
ばちのすばへ
すはりては
ときに外山さん。おゐらんの所へ来さつしや
らうトいふ。客人がござりますが。どふでござりませう子
外〽よふおざりいす屋敷衆で。あらつしやるかへ共〽イ々ヱ
うなぎなら小串。一本ざしの江戸まへトいふ。客人
さ。鳥渡おゐらんを。お聞申てくんなせへぞ〽聞ずとも
よふおざりいす。どふで座敷ばかり。お勉めなんすわけ
ざんすから長〽それはお客さまと御相対づくのこと。さり
ながら。今直には入らつしやらぬて。おいでなさるはいづれ
引過ぎにもならふから。さきへ口をかけて置て。くれろ
とのおたのみ外〽おゐらんもそれで。丁どよふざりいスよ
言〽そんなら外山さん。お憑み申ますトもり帳は是ゟ
外山は尾上に此事を告て。威義堂々。義堂しらへ
禿が着換るふり袖の。さきは後ろへ挟み帯。とり散
したる哥がるた。喰ちらしたる豆煮は。お針がくれし
小重箱。片付るまで番新の。みな世話事としられ
けり。はや日も暮て行春に。又咲そむる花紅葉且
散ときや更て行。引を知らせの拍子木に。あとさき
聞る。喜怒哀楽。見世はちやを引新造の。寝所と
替る有為転変。せけん潜となる鐘も。九ツこゝに。
来る客は。約盡せしおのえがもと。さかぬやの駒通
戸を。ガらりト明て守田や長吉。サア入らつしやりませ
わかひもの
客〽ヲツトよし〳〵
入らつしやいましトたちいづる
き介
長〽モシき介どん。お客は大ぶん御酒に酔しつたから
直にお寝かし申テ下せへキ〽ハイ〳〵かしこまりましたサア
入らつしやいまし下
客は茶やのていしゆと。若ひものゝかたへづらまつ
てよう〳〵はし。こを上る。もつとも大なまえいのてい
にて。しじう手ぬぐひ・ほうかぶりの
がこゝにおゐて。お定まりの盃
なりにてそのまゝざしきへたふれる
事も。長吉よきやうに誘納て。客を床へおさめ。羽
織を。たゝんだ形にて新造に渡し。尾上外山。その
ほか。遣り手若ひ者に。それ〳〵挨拶して引とる。是
より次の間にて。雑妓げびぞうの滑稽あれども。こゝ
に略す。斯て尾上は今宵の客も。座敷ばかりの
言訳せんト。心のうちにはおもへども。主人の異見に当
惑の暫しこれを。苦労にして居たりしが。おもひよら
ざる。生酔客にて。来るや否やたわひもなく。倒れ
ふしたる床のうへ。尾上も今は安堵して。こゝろおき
なく眠らんト。行燈とつて枕もと。屏風をそつと引
あけて。客の寝貌をつく〳〵ト。見れば見るほど。コはいかに
漕べうもあらぬ。日頃恋しき伊太八なりければ。ヱヽまア
おまへは伊太八さん。あひたかつたトばかりにて。推のり付たる
〽つと成家の狂我むるくと〽つくと〽つくと。高砂の手まへもあれ
涙声
おきあがり
ば。静に〳〵。今宵生酔のていとなり。顔をかくして
上りしも。むかしの身ならぬ此伊太八。遣り手禿に見しられ
ても。面目なさのていたらく。それゆへ馴染の茶屋も
あれど。隠れて脇から来た訳も。そなたの身のうへ風の
便り。人の噂のみ傳手に。うす〳〵聞て。あるにもあられ
ず。さほどにまでも我事を。おもふてくれる心ざし。今と
成ては後悔み。勘当の身と成て。只合するもめんぼく
なけれど。逢ふて一ト言礼いはば。せめてもの念ばらしと
それでわざ〳〵来たわいのふヲ〽ヱヽ勿体ない事。いは
さんす。おまへの為なら。契情の勉めはおろか。火の中でも
水の底でも。厭ひはせねど。たゞ口おらいは誑されて。かう
いふ。はかない身と成ても。道ふ事ならぬ悲しさに。なを
いとしさは。百倍も。増る心の術なさを。不便とおもひ。たま
はりて。末のすへまで女ばうじ。どふぞおもふてくださんせ。
しのびなき入る
とこのうち
伊〽アゝそのやうにいはれるほど。穴へでもはいり
左さ。面目次第もなき仕合せ。親の罰の当つたのが。今
気の付た跡のまつり。転んだ後の杖よりも。つく〳〵思へば
おふくろの。死にめにもあはれぬトは。よく〳〵なふ孝もの
なか〳〵此うへ能事の。身に酔ふべき同理はない。あア
零落国容をして。伶供歩ば親父の顔へ。泥塗る
やうなもの。なま中命存らへて。業恥かいたそのうへに。
橋の下での屈伸死に。それよりはいつそ一トおもひに。身で
身を。仕舞が上分別と。覚悟究し心から。親の気
休め。安堵の為。京都へおもひ立田山。しんぼう蒸て。人
となり。紅葉の錦を着帰る。古郷の宮笥ト云触し
別れは死出の旅支度。いとまごひさへ涙川。ぬれにぞ。ぬ
れし袖が浦。小石を拾ふて秋へ入れ。身を投て死なふ
とまで。おもひつめは詰たれども。業の尽ざる悲しさは
死に神にまで見放され十日廿日ト活延て。さまよひ
歩く由井が濱。遂知る人に巡り逢ひ。そなたのうはさ
うき葉どのゝ身の難義。聞も不便さ気のどくさ。みな
我ゆへの此災難。人に苦労をかけながら。其所に見所にして
死ぬるのも。黄泉の障り迷ひのたね。いつそのくさされに
尋ねて行。道にて此事はなしたうへト。未待なこゝろに
引されて。来たのも此世のいとまごひ。これが花街の見
おさめかト。おもへばそゞろに泪がこぼれ。好な酒さへ咽へは
とふらず。コレも矢張親の罰。そなたは無事に。存命て
よき客人もあるならは。身の行末をお憑みまうし。今の
うきめのむかし語り。おもひ出す日もあるならば。そなたの
口から一へんの。回向をたのむ尾上どのこれまで我身の
つらかりしは。堪忍してトばかりにて。なみだに鼻や迫る
らん。尾上は始終哭むせび且暮恋しい念力がとゞ
きて。今宵はからずも。過ふうれしさに引かへて。いとゞ
悲しき我身のうへ。まだ恋しらぬむかしより。おまへの
女房ト一 ̄トすじに。おもふわたしをふり捨て。おまへ一人
死なふトは。そりやあんまりじや。胴慾じや。外のおかたに
身をまかす。心があれは此やうに。苦労苦患は。いたし
ませぬ。花水橋の母さまが。おはてなされし。その跡で
伊太六さんの嗅さんがわたしを呼で。いはしやんすには
伊太八どのも。知てのとふり。勘当の身のうへ。此身代
は。いわずトしれた。伊太六がみなものじや。そなたも縁
あつて。こゝへ来たこそさいわひ。伊太六ト夫婦になり
おかいこにくるまつて。菜花の夢を見やしやれと忍
に。着たる悪体口。穢はしやト聞ぬふり。背くに付。
て針の中。父さまの留守を見込み。いろ〳〵無理と
難題に。責あへられてなき明し。なき暮す身の
心ぼすさ。かてゝくわへて。伊太六さんの横れんぼ片
時。うちに居る空なく。父さまをふり捨て。お別れ
申ㇲは大恩を。ふらね不孝としりながら。詮方なく〳〵
母さまの。お位牌ばかりへ侘言して。岩が渕へたち
帰り。おまへに逢たいばつかりに。益だまされて此
苦界。つらひかならいその中にも。只恋しさと逢
たさと。義理と情に繁れて。けふまで命ながら
えし。その甲斐もなき。今宵のかなしさ。とても
此世で添れずば。一緒に殺して未来にて。どふぞ
添せて下さんせ。逢ぬむかしは過たいト。おもふ一図に
うき事も。悲しい事もかんにんして。心で待て
居りました。今さら逢て身のうへの。はかないことを
聞につけ。此うへ永き別れとも。ならば我身は片時も
何を便りにながらへて。居られうぞいの。コレまうし
苦界の勉めもだまされて。わたしが心はとゞかねど。お
まへの為とおもひしゆへ。すこしは不便と推量て。とも
に。殺して下さんせ。わしや死ぬるのをいとひはせぬ。おかへ
ひとりは死なさぬト。とりつきまたふ尊かつら。はなれ
がたなき風情なり。伊太八もその心貞を。感じ入り
不便トはおもへども。今契情の身のうへに。怪我あや
まちも。あるならば主人へ対し言訳なしと。こゝろの
うちにおもひければ。〽アヽそのやうに。おもふて呉るほど
なを不便がまして来て。未練もおこり心ものこ
れど。そなたは苦界のつとめの身。侭にならぬがうき
世の中。むかしの身ならどのやうにも。仕様模様もしつ
たれど。此身に成ては一チ言の。詞の礼より外はない。新
内ぶしの。文句のとふり。かたじけないぞや。嬉しいぞや
とても此身はうもれ木の。死ぬる覚悟も。不孝の言訳
そなたも斯までおもひなば是非におよばぬ此うへは
コレかう〳〵ト車に口をソ〽そんならくるは。忍び出て
ら〽いな村が崎の。妙見塚[ヲノ〽それこそ二人が死にどころ
竹〽かならず明日の夕間昏昏ヲノ〽おほ門のそとまで
迎ひに来て下さんせイ〽アヽこれも宿世の約速事
おりから
ヲ〽ヱヽうれしうござんすわいのおりからあけ六ツの鐘 ̄を
もりたやの
●〽ハイおむかひでござります。
おとこ
狩衣
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
菊池
六冊の内
契情意味張月
○其六
竜渕潭に困しめば。かならず雲その中に。屯まること
あり。虎峻点に蹲まれば。豈その中に。風聚まる事
なからんや。爰にさかゐやの尾上は。且暮恋。慕ふ念
りきの届きてや。倒らずも伊太八にめぐりべて。うれ
し涙にむせながら。籠鳥の雲をかとち酒魚の
水の苦しみを。又悲しみつ夜もすがら。互ひに憂き
事の数〳〵を物語りして。苦界に沈む身のうへと。勘当
の身のふ造化に。たゞ侭ならぬうき世を恨み。不孝の
《?:罪の今更に云訳なしと。伊は八も死ぬる覚悟の
所存に。尾上も跡にながらへて。何楽しみにいとゞなを
かなしき月日を過るべき。ともに越なん死出の山。三途の
川も諸ともにト。せつなる心に引されて。コトモ宿世のやく
そくかト惑ひ迷ひし恋の知る恵。くるはを悪出る者
謀計。コレかう〳〵ト教へられ。心のうちの嬉しさは。死ぬ
を。よろこぶ因果同士。未来の契りぞ深かりき。使も
尾上は伊太八に。別れもおしききぬ〳〵の。茶やが迎ひに
詮方も。なきわたりたるみだれ鶏。あけて云れぬ胸の
うち。暫しの名残に彷彷彿と。一人涙に暮けるも。けふを
限りの命さへ。ながくもがなと春の日を。かこち影なる
我なみだ。それト人にも悟られなば。ゆくしき大事トおもひ
ければ。いつにかはりて浮〳〵ト。身仕舞すんで半ばうを
かぶろ
禿がこぼすその隙に。ばんとう雛妓の外山手ぬぐひをあた
うへに
まへまきゆかたを
はをりて
する
此うちおのえはふろにいたるそれ〳〵の又
手つゞきひるのけしきは古人の小さつにゆづる
却て采配をもち。座敷中をはたき立て。掃除を
ト山及コレノ花香どん
おゐらんの用を仕廻たらの。書付ケをとつて来てお見せ
なんし。けふはモウ昼すぎでもおざんせうヨハサカ〽てうど
今たばこをとりに。まいりイスからつひでに。とつて来ひ
せうト
はなかはこまげたを
もつてはしごをおりる
割題割書割書割書割書割書割書:此書付ける此書付ける此書付ける
字屋の書付ケにして。悪紙をちいさく切りこれに。いろ
いろの。喰ものをしるす。もつとも家〳〵によりて。その
品〳〵すこしづゝのかはりはあれども。まづ大概にたり
よつたりなり。たま〳〵是を見るものは。よめ兼るところ
多かめれど。日〴〵目馴れたるしんぞう達は。見分る
事すみやかなり。此書付がのうち。気に入りしものへ。点
を。かけてやりあるひは。禿に買にやりて。おまんまの菜
と。なす事通例なり。ほどなく禿花香。書つけを
持来たりて。外山にわたすとつて見れば。左のごとし
ふく
永日黄昏に向々として。五街の春色いよ〳〵
繁花を闘す。夜のさくらの香に愛て。木の下蔭
を。宿とせん。心瀉るゝ万客の中おしわけて。さかゐやの
尾上。若ひ者に挑灯もたせ。しんぞうト山。かぶろはナカ
左右へ添ふて。悠〻然と歩む姿は。おのづから。感
あつて。さすが猛からず。今宵迎ひの客ありと。欺く
名ざしは鞠大尽。心にそれる工みもあれば。若ひ者を
よび。コレノキ女どん。堀の若松に薦風さんがおいで
なんす筈なれば。こなた太義ながら。鳥渡きゝ申て
来て下せへヨト聞て若ひ者かしこまりまたト挑灯
七けんのますやのまいへ。ちやう
を。持たまゝさきへ急ぎ行七けんのますやのますやうちやう
また
ちんをおき。ふなやどへはぜゆく
禿花香に耳こすり。其方はさきへはやくゆきてアノ
鞠さまに。よくおいでなんしたト云や。道くさをくはずに
ヨト。いひ付られてアイと駈出す。駒下駄の音こと〳〵〳〵
尾上は。風と気の付たふりにて。モシイ忘れたことを
いたらひした。アノともへやへ出す文を。たんすの上のひき
だしへ。入ておきいしたが。今宵便りかありいスト。出か
さんが。おつせへした。何卒とつて来ておくんなんし。けふ
届けてもらいイせんと。些と都合の悪き事も。おざ
りいスト。聞て外山も。欺むかるゝトは気も付ず。そん
なら。取てめへりいせうト。あとへとつかは引かへす。爰に
おゐて。尾上は我身ひとつとなり。此図を外ば。人目を
忍び。心を尽せし甲斐なしと。駒下駄此方へ復捨
て。襠の裾高く揚屋町。雪隠に身を潜め。襠を
の
の
〇
の
尾上
せん助
せも
の□
同
脱ぎ。帯を解き櫛笄も抜きとりて。兼て用意
の髪刺にて。髣りフツト押きり捨。眉深にかぶる。山
岡頭巾。近みあふせし早扮身。ヒらりと飛出す。黒暗の
かげも朧の定めなき姿は絹股引尾高揚。十ぶん男
の歩行ぶり。大門をはや足に。立出んトする後ろより
羽織の袴を聢と取り。コレ待尾上と声かけられ引
戻さるゝ口おしさ。こゝぞ一生熟命と。ふり向き見れば
主人の泉介。ヱヽト独卒気もおくれしが。今と成ては
覚悟のまへ。主人なりとも死にもの狂ひ。遁るゝたけは
遁れんト。懐中の髪剃手ばやくとり出して。飛形離と
拂ふ身の捻り。泉介それと見るよりも。ヤアこざかしき
刃ものざんまい。不届きしごくの女めト。煙管をもつて
打落され。詮かたなさに振放し。逃げ出さんト身を
河通るを。丁〳〵はるしト打居られ。むねんの涙にふし
転び。正体なくぞ道理なり。泉介なをも怒りの事の
エゝうぬはまア。大それた今宵の。ふるまひでつきり。この
やうな事であらうト。骨間から気の付た。われがそぶり
ヱヽこんな肝太ひ女トは。心も付ず身のうへの。やうすを聞
り不便な事じやと情をかけ。いたはつて勉めさせるを
仇におもひ。まる此花街を逃て出やうトは。畜生に劣
た。義理しらずモウ此うへは。片時も了簡しては。おか
れぬぞヨ。さアゝうせおれト引立て。連もどらんト手詰の
難義。大門の傍に身をよせて。是を見て居る
伊太八が。心のうちは四苦八苦。手出しもならぬ。此場の
時宜。浅はかな心から。悪智ゑかつて。おのえがさいなん
みな我罪と人々に。今の云訳もなりかねつ。独り気を
もむ。ばかりなり。折から此方の人悪みを。押分てやァ〳〵
さかゐやの親方どの。尾上はその侭身請せん。暫く〳〵
宥免あれト。投げ出す金三百両。コンはに驚く家介も
金の。威光に気押て。手もちぶ沙汰に。見へにける
おのえは夢か現るト。更にわかちもなくばかり。災場に
至りて身請トは。又誰人にてありつるかト。心ならずも
顔ふりあげ。見るより愕卒。ヤアあなたは花水ばしの
父さまト。いふ声聞より伊太八も。かたはらより飛で出
おんなつかしや父うへさま。尾上が今宵のさいなんも。皆
我身より発りし罪。地獄の責の苦しみヲ。お救ひ
下さる。お慈悲お情け。ヱヽあり難ふござりますト。両人
大路にひれ伏て。うれし涙にむせびける。伊太右衛門は
泪をかくし。アゝこれ〳〵となたは。乱心いたされたそふ
じやの。見ればまだ若ひ身そらで。気の毒せんばんな
察する所。契情の恋路に迷ひ。身持放埒から。おや
達に勘当うけ。定めて身のおき所もなきまゝにこの
尾上を釣出し。てつきり心中して。死なふトいふさんだん
で。ござらふのそのやうなまア大それた。親に不孝な子
を持た。わしは覚へがござらぬぞや。わしは此おのへに翌
と。縁のあるもの。契情奉公すると聞ました。アゝふ
便な事じや。さぞつらからからからかしからふ。少しの金で
身情もなるなら。たふぞ苦界を。救ふてやりたいと
きのふ人憑みして。泉介どのゝ胸のうちを。聞ての
貰ふたりや。親もとへとり戻さるゝ事ならば。しよ事
がない。三百両で手をくちませうト。いはしやるとのことゆへ
それはまア心安ひ事ト。老体の身の恥かしながら。今
宵身請のため。久しぶりのさくら見物。おもひも寄
ぬ。大門の人立何事なるかト立聞ば。おのえが身の上
不慮な災難。さいわいの所なりト。まァ金出して。身
請は見ん事済だれども此女にこなたのやうなむしが
付て居ては。連て行た所が。とても尻はおちつくまい
さんみやう披ししやうより。アヽ侭よ三百両の金。倒ら
れたトおもへば大事ない此女もわしがこなたに呉てやる
サヽ心おきなくつれ出して。心中して死んで仕舞は
しやれ。そのやうな身寒落形をの。コレ勘当した親
達に。見せるは結句。不孝のうは塗り。アレは何屋の
放蕩令郎。アノ国容を見ろ。不孝の罰が当たと
人さまにいはるゝのを。蔭で聞てる親の身は。まァどの
やうで。あらふトおもはしやる。実体な息子達を見る
に。付ても面目なく。いつその事に。死んでどもくれゝば能
と。おもはれて死んではホンノ犬死に同前。これよりはまァ
一緒に死なふトいふ。女のあるこそさいわい此世はわづか仮
の宿末来で目出度。夫婦にならしやれ。親子は。一世
ふうふは。二世と聞ますれば。格別えんも深ひ中。おのへも
わしに遠慮はない。サヽ空ともはやくアノ男ト。いつ跡に
爰を立去るが。泉介どのゝ手まへもよしわしも夫で
気が沸ト。せり立られて伊太八も。おのえも今更。めん
ぼくなく。五臓六腑へ染みわたる。慈悲と情の。あり
がた涙だ。親の大恩海山に。たとへんやうも。なきむせび
両手を合せふしおがみ。しほ〳〵立て大門の外迄は
まづ立出ぬ。伊太右衛門も心うれしからず。眼前吾子
に。死ねといふはかなき身こそ。なを不便と。歩みかね
たる子ゆへの周。是非なく駕籠に。打乗りて
急ぐむかふ也伊太八尾上。アレあのかごは。たしかに
父さん〽こん生の暇乞に。まいちどお顔が拝みたい
〽みやうがに余る。今宵のお慈悲。ろく〳〵お礼も
申さずに。お別れ申スが態しいト。かごにすがりて
おのえが愁歎。伊太右衛門に。名残はおしめども
〽コレかごの衆はやくやつて。もらいませう〽ハイ〳〵
サア〳〵そこ退て下されト。日本堤をいつさんに別
れて。こそは走り行。おのえも跡をふしおがみ。とゝ
さまさらばでござんすト。伊太八もろとものび上り
此世の別れいとまごひ。今は互ひに身のうへも。たゞ
死に神に誘引つ。あの世へ急ぐ女夫づれ。稲村
が崎の妙見塚。初更の鐘ともろともに。たどり月
夜の陰ふみて伊〽コレおのえこれまでは。一緒にも
来たれども。能〳〵おもへば。姉うき葉どのゝ手まへ
もあり。かド〳〵いふは愚痴なれど。そなたは跡に
ながらへて。我亡き後で一へんの。回向を憑むさ始
ヤト。すでに危く見へければ。尾上はその手に。とり
ずかり。共に殺して〳〵ト。せりあふ中へ声たかく
ヤア〳〵二人ともに。死ぬにおよばぬ。まづ〳〵待た
待しやれと妙見塚のうしろより。立出る一人の侍士
編笠とつて。みかはず顔おのえ〽ヤア〳〵おまへは
児子七さん伊〽此姿はコリヤどふじや〽ホヽヲその
不審は。もつともせんばん。児子七ト名乗りしは。ほんの
当座の下謀計。実は里見家の藩中。宅見
帯刀トは我事なり。一トたび民間に下りしも。主君
の。若殿天寿丸君。生れ付ての唖の病ひ。これを
愈す妙薬には。酉の年酉の月。とりの日酉の刻に
誕生せし。女の精血を絞りとり。子親の生膽を
これに浸し。龍門の瀧の本にて。言むときは。病ひ
平癒うたがひなしト。名歯のさし置に随ひて。暫し
民家に身を忍びて。尋ねし所に岩が渕なる
しら菊也。児子兵衛が姉むすめは。年月日時揃
たる。酉の歳の生れと聞しより。コレ幸ひと聟に
這入り。能く聞ば幼少のとき。病身なるゆへ歳を
一ツまつり換て。実は戌の年の。生れなるよし。さす
れば是まで。心を尽せし甲斐もなく。アらくち
おしやト心中に。むねんやる方なかりしが。又々人の噂
に聞ば。玉木屋伊兵六が母は。我尋ぬる酉の年の
生れのよし。コレまさに天の与へとおもへども。むざト
ならぬが人の命。アヽどふしたら能らうズト。ひとり
気をもむその折から。花藻どのゝ身のうへばなし
道ならぬ事トはおもひながら。一ツト浮みし悪しんも
わたくしならぬ主君のため。大磯のくるはにおゐて
二百両の金を。欺むきどりしといへども。百両はその
座にて。夫々に配分なし。残り百両大まうの
せめては死骸の弔ひ金トおもひたつ気の山中
に。おぼつかなくも身を忍び。窃に玉木屋の家内
を。伺ひよき折を。まつ葉が谷の本国寺へ。伊兵
六が母の参詣。戻りはおそき夕間暮。諸越る原
に。待伏してたゞ一ト刀にさし殺し。壺に収むる
精血に。子規の肝を瀉し。龍門の瀧の水を
もつて。若君へ献ぜし所。妙薬の奇徳顕れて
天寿丸どの唖の病ひ。たちまちに御平愈なせし
も。偏に伊太が母の。横死によるものなりト。それがし
主君へ言上なし。すなはち伊太六事は。今日より
里見家へおんめし抱あつて。三百石の知行くだし
おかるゝむね。今宵ひそかに迎ひのため。これまで
来たる道すがら。往来の人々が。尾上伊太八どのゝ
噂ばなし。心中の相対死と。聞ばきくほど。こゝろ
ならず。是まで悪事のいひ訳に。命を助て。たま
木屋の。家相続をとり結ばん。サウジヤ〳〵トこゝろ
づき。それかれともに。気づかはしきは。此いな村が崎
の。妙見塚ト。我推量に違はず。ふしぎにも対面
せしは。永く栄行宿世の縁。すぐさまこれより
花水ばしへイザ同道いたさんト。始終のやうすを
伊太八
尾上
帯刀
二人は聞より。且驚き且よろこび。死ぬる覚悟も
彷彿と。夢に夢見る心地せり。帯刀は両人が
命の恙なきに安堵して。イザ家来ども。乗物
これへトいふ声に。ハツトこたへて。遠近の稲塚の
うしろより。挑灯サツトさし出し。乗もの間ぢかく
舁すへて。いと厳重なる供だては。狐の化し
ごとくなり。是よりおのえ伊太八を伴なひて。玉
木屋のもとに至り。伊太右衛門に対面して。いさゐの
物語をなし。我身のうへの悪事も。ひとへに君の
御ためなりト。花もがくるはのうき勉めより。伊奈六
が。母の横死まで。事詳かに告知らせて。伊は六どの
は。今日より里見家の。藩士となれるも。全く母人
の死を。主君にもあはれみ給へるのゆへるのゆへなり。イザ〳〵
君のおん賜もの。ありがたく頂戴されよと。衣服大
小。広ぶたに添る知行も三百石。伊太六見るより
ハアはツト平伏なし。お請も重き母の恩。さはさり
ながら。今眼前に親の敵は此人と。知りつく手出
も。ならざるは。義理と情の二腰に。おもひがけなき
身の出世。門出を祝ふさかづきに。伊太右衛門もまた
更に。伊太八おのえが身のうへの。恙なくして
ふたゝび家に立戻りしは。ひとへに情を知り給ふ
御武士の御仁恵なりト。急に言葉もあら玉の
とし立帰る寿きに。増る親子の喜び貌。かく
て。伊太八が身のとへも。此帯刀がはからひにて
鎌倉御所の勘当帳も。消て跡なき雪解川
深きめぐみに引されて。伊太六は帯刀トともに里見
家に至り。鑓一ト筋の主と筋の主と成て。玉木伊太六とぞ
名乗りける。偖又帯刀が今般の忠節。御感の
あまり。天寿君より恩賞として。二百石の加増
給はり。むかしに換る身の栄花に。ふたゝびうき葉を
岩が渕よりよびむかへて。いよ〳〵借老の契りをぞ
結びける。こゝにおゐて伊太八も。玉木屋の家を
相続なし。おのえを女ばうとして。今は何一ッふじゆう
なき。身のよろこびに。おのえはくるはにありしとき。不便
がりつる。禿花香が身のこうへも。世に便りうすき者と
聞つれば。伊太八に此事を告て。遂に身請をなし
媒のごとくおもひて。家に養ひしが。十六才のとき
幸ひのよきゑにしとて。伊太六方へおくり。夫婦トなし
いよ〳〵重縁浅からず。いづれも家長く。富さかへて
目出度夷を。むかひけるとぞ。又高砂。鶏妓外山の
身のうへも。その後よき客のありて。互ひにあひ
想ふ中より誠を尽し。身のゆく末を憑みけれ
ば。此両人も遂に身請されて。今は苦界のさと
を。放れめでたき月日を。おくりけるとかや。又いふ
伊は六が母の亡き骸は。まつが岡なるとうけいじへ
葬りしよし。里見家へきこへければ。厚くつひ
善の供養をすべしとて。かたじけなくも。天産
丸君。おん施主と成て。法会の規式げんじうに
香花を供じ。往を誦し。仏果菩提のためと
して。一七日の修行ありければ。その仁徳のあり
かたきを。貴賤上下おしなへて。感ぜぬものこそ
なかりけり。
入まろ
意味張月
全縄
六巻
大尾
二十二日