北圃三勇士傳

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五香亭貞重畫
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キタバタケサンユウシデン
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
第 門ツ曲 狩玉川工 九 国 三勇 士伝 三香亭 貞重画 四十一 「学代表幅門・副会ヲ一 以テ出入セルヘハ図専門 北圃三勇士図 前 つはものゝ 堀越園作 三 編 まじ はり 見たり 卅 河豚汁 丙寅春孟 曲亭馬琴 望月七三郎 男 百姓 花沢伝之介 金 カなつ首いん おう永れんぢうの おうぶれんぢうの ことかとよいせのくに 北ばたけの家中に ほりこし直化もち月 七三郎花だは伝之介 といふ三人のつはもの ありていづれもぶけい 世にすぐれちからあく までつよくして いつきたう ぜんのわか ものなり 〽伝之介が この三人 ふけい しうしん しうしん のあまり おの〳〵義を つまをもたす みさご こり つき する むすびて きやうだいの どくしたみ けるが七三郎には こびらといふおとく ありて十四才になり 博之介にはみさもと いふいもとありて 十三才にぞなれり けるされば三人の 四十 〽あまりよもふけます からむかひにまいり ましたさやう絵 られて下さり まだおはなしさいちう 〽もち月 三次うあい し給ひに来たる ゆうしつねに くわいごう してぶけい をだんじ あるひは ごなどを うちて いつも むつ 十 か □□ る 〽おけいはちから ばかりでも いかぬものさ 〽いやくそふも もふされぬ □□□□□□□ □□□ 三人の いうし のうち しかるに もち月 与三郎は きやしや なる おとこ なれ ども うち もの とつては ものなし 又きさい 伝之介は ちから 五十人 りき ありて かけいと □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かくんなり たゞ坂こし だん候 のみちから もおとり かなみ前へん □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ まい 〽ナントうでを こつぎかへるてぎは は入れば入ばな よりなれた つからうがや されはつねにこの事をくち をしく思ひあるときせつしう ありまへとうぢのねかひ して大さかのごりやうの やしろへさんけいし三七日の たんじきしていのりけるは つたへうけ給はるたうしやは かまくらの権五郎かけまさの そんれいとかやもし百人にてき するちからをさづけ給はらは たとへ義をむすびし二人の 友たちとあだがたきになり 此身はやいばにつらぬかるゝとも いとふ事なしふしねがはくは ねんぐわんじようじゆならしめ 給へとたんせいをこらしていのり しかばふしきなるかなまんする よのゆめにまなこ一つあるむしや こつぜんとあらわれ出だん作が さゆうのかひなを引ぬきて へつのうでをつきあはせ給ふと みしかきんこつすこやか にぞなりにける 十 ほねをけづら せてやの どくをのそ いたとうじん はおろか うでの 喜三郎 にも まける ことしや ごさり ませぬ はかへ二川入し 世葉前イイ そのときかのむしや だん館につけ給ふ やうなんぢみやう りのためによしなき しんぐわんをくはたて いつたんゆうりきに ほまれをとると いへどももしつゝ しむるかとうすく しておのれがふ ゆうにほこる ときはたちまぢ その身のあだと なるべしことわざに 兄弟はてあしの ごとしといへり ごとしといへり しかるに今その うでをつきかへ たればこつにくの おもひをなして 声のごとくわしはる 友にもうとまるゝ ことありもやせん 〽たゞよく心に ひしちから わざをこのむ 事なかれと いさましめ給ふと 〽あのおかたの うては かなてこ そうな 思へはゆめさめ たりさてはねん ぐわんじようゆ ぐわんじようしゆ てつきのあさ やしろをたち いづれとき まづこゝろみに こぶしをもつて いしのあまいぬ をうちければ ほつくりと かけてあま いぬのくびおち しかはわれなから そのちから しぬとうれしく よのつね ならずと かんじける 〽うれしやく ころに百ばい ましたぞ 〽もち月団さく 石のあま いぬを いぬを くだく しらいおかたじや き上とい〳〵 金奉納 治一 大坂天場 木津 同堂島 参 應永九癸巳 六月十七日 薬剤一人 ある時 れいの 一 三人 あひ けるに もち月 がいふ やう 当国 ぐら村 ゆたの といふ 一里の あらの にり この のなか ならふる てらには ちかごろ ばけもの いつる 〽いもとこの 御びやうき ないと とあれ かん所 ないこ いれらも ゑんいん むぢう のよしを きけり いざやこよひ かしこへゆき てためし みんといへば 団作 きゝて 言とり にても やめ給へ ゆく事か三人うちつれてゆかんぎやうこつなりわれはゆくまじといふしからば 花ざは氏ゆき給へといふに僧み介は中くべしとやくそくしてわかれけり七三郎三郎三 すぐにしたくして伝之介をさそふにゆきもちらくとふり出しぬ時に伝みて がいふやうさきにはごう〴〵せんと申せしかどいもとみさごにはかにふくわいなれば まいりがたしこの事こんやのみにはかざるべからずかん身もいへ十かへりてやすみ 給へといふに七三郎もしからばかさねての事にせんとて門ようわかれて立かへりぬ そのとき七三郎思ふ やう伝之介がこせう ありとてゆかざるは おくびやうがみの つきしならん なまなかに人を さそはんもめん どう也いでわれ 一人かのてらに ゆきてへんげを うちとめ二人の やつばらが はなをひし がゝんものをと ひとりごくし ゆきをふみ わけてゆたのに わけてゆたのに おもむきかの ふるてらに つやしつゝへんげや いづるとみがまへて よのふくる をぞまち ゐたる 〽なにもめに さへぎらぬ はりあひが はテもふ ない ばけものも 五十 しかるにそのよけつ ごろとおぼしきに たれともしらず このてらのほんだう さしてくらものあり 七三郎あやしみて さそととへば博之介 なりとこたふ 御身はいもとごの こゝちめしきゆへ ゆきがたしとのた まひしが何とて 今ごろ来給ひつる そとたづぬるに 伝らめこたへて われゆくまじと いひしは御身をだし ぬきていへにかへらせ われ一人へんげを 見とゞけんためなり しに御身も又いへに かへるといつはりて こゝに来たり給ひし かとて二人大にうち かしみつになりにけり 〽そこへ ありの わらひほんだうのくらがりに さしむかひつゝふけてゆく ゑんじのかねをかぞふればはや 一、かへ二川へい かないへ 時にうつぱりの上より何ともしんずきうとおちみ二人があはひにまろびかゝるを両人かたなの さやにてさぐりみればうごきもやらずはでや火をともしてこれをみんとてこしの一 火うちぶくめをさぐらにさきのふゞきにしめりてものゝ用にたちがたし伝み介き をいうちわれさいぐう村にゆきてたいまつをかいここんとてふたびゆきみちを一 たどりつゝ一部のはらをおそれげもなくかの村へおもむき百せうのいへをたゝき おこしてたいまつをかひとりて立かへるに七三郎はうましねふりてゐたりしが 侍ら介がかへりしを見てめをさまし両人よりよりおちたるものをみればちかごろ しらたるとおぼしき女のしかばねなればこは〳〵いかにといぶかる折しもかしらの上にから〳〵 とわらふこゑしておもひもよらぬほうこ台銀はりのうへよりとん〴〵おりわれも御身 とわらふこ反して。おもひもよらぬほうこし雪作はりのうへよりとんでおりわれ御身 一人をたばからんためさき だつてこゝへ来たるみち にておほかみがはかを あばきてくらはんとせし しがいを見つけその おほかみをおひちらし てしにんを引かつぎ このはりのうへに このはりのうへに かくれゐて両人の ゆうきをためし みるにいづれも 〽に同ひのする所はしにん やうたが おとらすして こうをつを つけがたしと かんじ今 ものがたり たれば 〽いつれくらがり では見とゞけ られまい われうたい 門をかふてまいちう 4、 七三郎も 伝之介も から〳〵と から〳〵と うちわらひ □□□□□□□□ そも〳〵かのふるてらの けいだいにいだいには けいだいには大なる □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 松の木あるをもつと 世の人松でうこ 世の人松でうと いふ寺ごうは 千年山大松院 とぞきこへける しかるに ぢうぢし ぢうぢの身 もちよからす してあまたの しやくきんも すみかたなく こんがいてと へんげいつれと いつはりていつ たんたいてん したりけるか 三人のゆうし これを見とゞけ かの寺にばけ ものいつると いふはそうこと なりといひし ほどにさとへ ともそうざん ともそうだん して件のこら をさいかうし ごぢうのおせう むかへて ごとくはんせ せりされ ほどにこの たびじゆいん せしおせうは ごのめいじん にていにしへの くわんれん にもおとら ざれはこう まんこゝに いやまして まいにちごを うちてあそび しがのちには 三ゆつけの つとめをば わきになし □ てらは さながら ごぐわい より やうに あり ける はなへ前へし のびようと やつしやるか ところを おき めさへて ませう 〽せい 敵討誰也行燈全二冊 一盆石皿山配住所 新編水滸画伝全十冊 右いづれもゑ入 よみ本出来 かくてほりこし 団作はある日 くもつのさと をとをりしに わかきものごも 大せいあつまり 石をもつて あそびゐ たるがその うちに二三 百メ目の 大石あり これはたれも うごかし えざれば そのまゝ にてありしを 国さく 見てなん ちら何とて そのいしをは もたぬぞと いふにみな〳〵 ひて此を 一同一 〽さても〳〵つよい じや □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽これはどうだ つやありやあ はなのたかい 人じやめ れへかの 今 〽いやはや〳〵ゆめを いやはや〳〵ゆ はるやうな せんさくだ 事はむかし さなだまたの なりともかなふ からずおん身 もたればもつて 見給へといざける にぞゑさくやすき 事なりとてめし だはきながら かのいしをずんと さしあげやがく かたにかきのせて みかへりも せずはしり すぐれば みな〳〵 大にきも をつぶし 今の さむ らひは てんぐ なるへし とて たちまち 世上にばつと きこへし とぞ 二代公二二丁 とはもつて申候 たはことつくき つふす 色図 〽ゑらひ〳〵 もち月七三郎はせうとくこのめいじんなりしがある時伝み介団さくにものがたるやう ゆたのゝ大松いんのぢうぢはごにつよきゆへとうまんなるよしをきゝおしへりわれの者 ゆきといせうとこをうちてもやう〳〵にはからふべしその時御身二人ひそかにみのび きたりてかくのごとく〳〵になし給べといへは二人よろこんでそのはかりどにしたかんしは 七三郎大せういんにいたりてごをかたんとをのぞ迄におせうさつそくたいめんせり 時に □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いふやう それがし まけたら 一金百両を きしんす しおせう まけ給はゝ なだいの松 の木をのは らんといふ おせう打 わらひやすき 事なりとて たがひにせう ふをあくそい しに七三郎 三もくのうち となりぬれは かさねてまい るべしとて 〽団作伝之介 大なる松の 木をれこ ぎにして 立かへる 〽もふこまで きてはこつ □□□□□□□□□ 〽人のしらぬよう にてらのもんを だすには こまつた なりともかなふ からずおん身 もたればもつて 見給へとあざける にぞまさくやすき 事なりとてあし だはきながら かのいしをずんど さしあげやがて かたにかきのせて みかへりも せずはしり すぐれば みな〳〵 大にきも 今の をつぶし なるへし とく たちまち 世上にぱつと きこへしとば とぞ 二十二丁 このいらはもつてやく言 かさねてたはことつく つふす 〽ゑらひ〳〵 かなへ市べん もち月七三郎はせうとく。このめいじんなりし。がある時伝之介妻さくにものがたるやう ゆきのゝ犬松いんのちうぢはごにつよきゆへこうまんなるよしをきゝおにへりわれしのふ ゆたのゝ大松いんのぢうぢはごにつよきゆんこうまんこその時に身に身二人ひそかにしのび ゆきてはせうとこをうちてかやう〳〵にはからふべしその時御身二人ひそかにしのひ きたりてかくのごとく〳〵になし給へといへは二人よろこんでそのはかりごとにしたかしかく 七三郎大せういんにいたりてごをかたんとをのぞ迄におせうさつそくたいめんせり 七三郎が いふやう それがし まけたら 一金百両を きしんす べしおせう まけ給はゝ なだいの松 の木を給は らんといふ らんといふ おせう打 わらひやすき 事なりとて たがひにせう ふをあらそ しに七三郎 しに七三郎 三もくのかち となりぬれは かさねてまい るべしとて たちさり けるがその あとにてしよ けたちはしり さてぢな いの大仏れより ぬけてゆくへ なしとつぐれは おせうははつ と打おと ろきたち まちにたへ 入りてしばしは ものもつき まへず 一月廿一日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽さいくわいの ため御せい めいがうけ 給はかたい 御ゑんもこさ らばかさねて まいらうせい めいはわけ あつて あつて なのり ませぬ 役入用也 〽花御之介 大なる 木をれこ 立かへる もふこまて きてはこつ 〽人のしらぬよう にてらのもんを だすには こまつた □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 四番 栗や町へん これなん団作伝之介がわざくれにかの 松を引ぬきてひそかにかつき 出せしともゆめさらしらざれば てんぐのわざにてわれを こらすと思ひしかばおせう 大におぢおそれいつせう ごをばやめたりける そのゝち三人のゆうし 日ごとにごをうちて あそびしに七三郎と 団さくとこうろんを しいだしてたがいに うちはたさんと ひしめくを伝之介 あつかひやう〳〵その ばはことすむといへども これよりしてたがいに ゐこんをふくみつひに そゑんにぞなりにける かの御りやうの神の たくせんにたがはず おのれ〳〵がゆうきふ にはかに三人のこゝろ はなれ〴〵に なりけるそ あさ ましき おのれ〳〵がゆうきほこり 一線 ざるほどにほりこし ざるほどにほりこし 団作は七三郎伝之介と なか等しくなりて なかがしくなりて よります〳〵 おのれがぶゆうに ほこりまいばん ほこりまいはん ためしぎり などせしほどに よの人のなりき 大かたならず つひに北ばゝむ つひに北ばたけ どの御みに いりしかば もつての ほかにふく りうあつて いそぎ団作 をめしとる べしときび しくおふせ つけられける 〽なう かなしや 人ごろしく 三通 十日 〽あつかいきかぬは われらもあひて といづこいつの ゑんりよは ない されども国誰はがゆうすぐれしものなれば此うつてなんぎなりしよせんに 薄み介もち月七三郎の両人にめしとらせしかるべしとひやうざあつてになに此方 いふせつけられたりしかかに七三郎はなさけあるものなればいつたんまじはりをふ といへども何とぞしらせて固さくをおとさばやと思ひひすかに手がみなつかづ てしかくのよしをつげしらせしかば国さく大におどろきてぐるものもこりあへすい ともなく にげさりけり 博之介は かくとも しらで 七三郎 こもに団化 がいへにおし よせいへの すみ〴〵 たがね めぐれと あひ ぬけの にいらせ たれば さくてに かへらんと すれとき とみ郎が団組へ ないつうせし 手がみをひらい とりこれを くわいちうして やかたへさん上 団さくはいつの ほどにかちく てんして ゆくへしれずと 申上ればいと ほゐなく おぼし給ふ 〽これはない おとしたものが あると見えた そうなくて 国作がしる はづがない はなへ前へん 伝之介 申けるは 七三郎 事だんゆが ぶゆうに おそれて なさけある さまにもて なしないつう にてかれをおとし たりそのせう こはこのてがみ なりとてくだんの みつしよをたて まつれば北ばたけ どの大にいかり 給ひすなはち 七三郎をきう めいし給ふ小七三郎し 申ㇲやうそれがし忍疵を おとせしはなまなかに ぎぜつせしをもつて われ〳〵がざんげんし やくびやうのかみにて かたきをとるよと よの人にゆびさゝれん 事のくちをしく かくはからひて候ひしが 伝之介そにんして それがしだん作がぶゆう におそれしなど申す事 かへす〴〵もざんねん也 あはれしばし身のいとま を給はらばかれをおつかけて うちとめまゐらすべし そのうへにていかなる ざいくわにおこなはるゝ ともすこしもうらみ たてまつる事なしと申候 にぞ北ばたけどのもつとも なりとせういんありしからば さつそく団作をうち とめてまゐらすべし とぞおふせらる いなへ二川へし 七三郎はひやう んぎが ふやうに おそれし などいなり いつせうのかきん 今さら こうくわい さきに といひ おなつ角一人 もち月七三郎はその日 いへにかへりてにはかにたび したくをいたしけるが 博之介はさむらひの なさけをしらず われ団作をおと せしことをそにん するのみならず かれがぶゆう におそれしなど いひたてしこそ うらみなれわれ まづ伝之介を うちこつてこの いこんをはら さんとてはたし 状をしたゝめ おとゝ三次郎を づかひとして 伝之介がかたへ おくりしかば三次郎 はかゝる事とも しらずして あにが手がみを 伝み介かたへち さんすれば伝兵介 ひらき見るに 〽これはく おかまひ下 され まする いこんのおもむき かきつらねみやう □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ にちみついに いたのにてせうぶ すべしじこくを たがへずまゐら れよとありし かば大にいかりて せうちのよし へんしよを 三次郎へわたし つゝいもと みさどにも しらさずして そのよいたのへ はしりゆく 〽ひくに ひかれぬ ぶしのいぢ 七つが せうじの さかひ 〽いほうへさまの にはかのごりに うでさぞ おわれて 一ござり 一ませう かなへ前へん なかしづかならず人のこゝろさつばろにしていちごんのもとに命 このとしころ世のなかしづかならず人のこゝろさん このこしころ世の侍みずその夜の引あけにゆたのへこしりつきけるがせ をなしまざれば侍らゐつゝたがいにそれとこゑをかけいこんのしだひいひならべかた このころにまちゐつゝたがいにそれとこゑをかけ このところにまちあひしに七三郎がうつたちを伝々となうけ 此とたちきりこよれらしほまなこにいりてうつたちしどろになんになんなく伝之介 ひこたちきりしよのきうけこのところにてうたれけれけれけれはなんなく つひにすかしよのきつをうけこのところにてうたにもつはらず作をたつねけり つひにはきせすぐにいがごえをしてみやこにのぼりもつはらず地をたつねけり をうちおほせすぐに 門侍之介 く〳〵とうたれふか 伝み介かしに ものぐるい いづれもゑいり 四天王剃咨翼ハ録冊勸善常世物語』三國一伎物語 冊よりは本出来申候 立前一人 なさけにていせのくにを ちくてんししばしみやこに たちしのびてありつるに 何となく世のふうぶんを きくにもち月七三郎は だんさくをうちとめん ためみやこにのぼり もつからそのゆくへを さてもほりこし団作は七三郎 たつぬるよしなれば さてはかのものわれを だしぬさていだんさせ たやすくうちとらん はかりごとなりしよな よしく七三郎に めぐりあはゞ うつてすてんと 用ひしあみがう ふりくきなしつゝ まいにち らくちうを はいくわい せり 〽おもへば〳〵七三郎に たばかられたが くちをしいつ 馬琴作 〽こわい おさぶらいじや ぜんへんをはり 〇これよりするい こうへんこさつにかき あらはしおき申候 文化二乙丑年六月著述同三年丙寅も日發行 後 編 二 ほりこし遠さくがじくへを たづねまいにちらくちう をはいくわいしめる日の ゆふくれ六でうにしの といなるけいまい といなるけいせい町へ おもむきしみちにて だん作にゆきあひしが かれはあみがさふかく かぶりしゆゑ七三郎 これを見つけず 何ごゝろなく ゆきすぐるを 団さくやりす 七三郎をきり ころしはやく ぐしてぬきうちに たてももち同七三郎は そのばを たちさりける いはずとしれたほりこし 団作だおのれなさけ らしく見せうけて こめんとする わうちやくもの 卅 〇此さうしのぜんへん 三さつをよくみて 此こうへんを見給ふべし こうへんのみを見て ぜんへんを見だればわから さることおほし きやうなやつの おのれあものぞ なのれ〳〵 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 九洲 馬琴作 ほ〳〵 しかるに七三郎がとものちうげんいせへたちかへりてしゆじんはだゝ作にうたれ給ひ しとつげれば七三郎がおとゝ三次郎大におどろきさつそくかたきうちのれがひ してすでにほつそくせんとするとき花ざは伝之介がいもとみさご又くねがひ 出けらはわらはがめに伝みし介はいしゆあるによつていつどや七三郎にうたれたりその事 わらはもしらざりしかあにがうたれしみぎりくわいぢうに七三郎よりおくりし はたし状ありしをもつてかたきをしるといへどもとうじ七三郎は大せつなるおつ てのやくきをかうむりてほつとくせしことなればしばしさしひかへ候ひしか今七三が 事団さくにうたれ候へばしよせんそのおとく三次郎なりともうちとつてける侍よけ へたむけたと候たりながらこれ又その兄七三郎があたをむくはんとする身なればその こゝろざしを むげにせんも ぼんゐにあらず これによつて 三次郎もろ ともに国さゝ がゆくへを たづねて そのかたき をうたせ そのゝち わらは又 わらは又 三次郎を ごいらし うちこつて あにのあた をむくひ 申たしとぞ ねがひける 〽三次郎はあに 七三郎がはたし 状を見て おどろく 〽われも又あにのあた 団さくをうちとる りちはいかにもおん身と のちはいかにもおん身と せうぶせんしばしの いのちゆるべてたべし 〽かんぜんあにを うたれながら けふまでよそ にすぐせしは きみの御用 をさまたけ まいため なるに 七みらどの 世をさる うへは たうの かたきに され され いこんは おなし あがつて 〽これは 北ばたけ どのきこ しめして みさごが 申ところ もつとも なりと かんしん あり すな はち 両人 ともに かたき うちの 御いとま をたま はりける みさご は女 も兄 伝之介 におと らす ゆうき あつ けん じゆつ ならひ えたり 三次郎に ちから をあはせ だんさくを うたせて のちわが こゝろ ざしき とげんと おもひ 二人うち つれて みやこの がたへ たびだち けり 時にもち月三次郎は十八才みさごは おもはれてそふにそはれてそふにそはれぬわけとなり もすがたもおもやせけんいたましさしさしととたりこひゆ恋に身はおち人となり ひのむねにときをますけんいたましさよと見なせどもはつにはあらぬからなり もりりきはでしなますおしのつるぎばするごくもしぐもしぐれにはあらぬかたきどちたを もつかひはてしなきながのたびぢそうしとせめこうのうちぞけなけないはある かなへ後へん きて又ほりこし 団さくは七三郎 をかつてのち あふみの山中 にたちしのび あまたの月日 をおくりしに ころしも やよひのこと なればこくしゆ さゝ木家の そくぢよ さかへひめ しかのはな 見に出給ひ しところに 所のておひ しゝこつぜん とはしり 来てまくの ほとりに ちかづけは おくがらう たせうのし くらみ をはじめ 御とも一 御とも めん〳〵大に おごろき 同断 ひめをうしろ にかこひまゐ らせふせぎ かねてたち さちぐ折しも だん化こゝを とをりかゝり このていを見て さうしら はせきりくだんの しゝをくみとめて 三かたな四かたな さしけるにぞ いにしへのにたんの 四郎にもおとら ざるゆうしなり とそひめを はじめそのざの 人くふかくかんじ よろこびてさつそく この事をひろうありしかば さねどのきゝ給ひて そのものめしかゝへよとて ちぎやう五百石を給はりける この時だん作はさかへひめのよう がんにころまよひおよばぬこひに やうはぬこひに むねをこかし折もあらばと うかひしをしる人 さらになかりけり 同断 六つかしきを かなへ後へん かくてわさご三次郎は およそ三年があいだ 団さくをゝろね しがろよう つきもこつ じきとなり しよにあた りかんきに やぶられたる ゆへにやことし あきのすゑ より三次郎 かぜのこゝち とうち ふしけるか すでにいのち あやうく見 えしかば三次郎 くるしきいきの 下にいふやう われはから でもちう びやうにおと さんとても ながらふべき 身にもあらず さればほりこし 国さくを うちとつと あにのあたを むくはざるは なげきても そのかひな けれとおん身も 又そのこゝろ ざしをむな しうし給ふ べしこかくいが いきのかよふうちぞ にくびうちおとし あにご伝之介どの知 へたむけ給へといひし かばみさごこたへて なれどもやみほうげたる わしははかひなき女子 おん身をうちとりて いかでこゝちよしとせん ける心ぼそきこと をさこえずと ゆる〳〵とほようし ゐへとてちうやの かんびやうおこた らずといへども ぢやうごうにや ありけんはた ちの秋をいち ごとして かたきの てからやろ ごの水 けるほゐ さすい なその □□□□□□□□□□□□□ しや ふうふ そうなが きのどくな それ〳〵 〽ときにあすの かん匂はてんきを よくしてへね □□□□□□□□ やるそ みさごはつく〴〵思ふやうわがみふ幸にして たうのかたき七三郎はだん作にうたれ せめてそのおとゝなりともうちとつて あにがしゆらのもふしうをはらさんと 思ひしにその人も又びやう死したれは今は かたき迄さすものもなししよせん事の おこりは団さくが身のおこなひのよから ざるよりおこりしなればわれだんさくを うちとつて一つにば三次郎どのゝいこんを はらし二ツには伝之介が忠義のこゝろ ざしをつがばやとこの時 思ひさだめしが身は のざらしのころじきと なれば人ののきばに よをあかしそではつゞれ をさしもぐさいぶきの 山のなにしおふ 山のなにしあふ あふみのくにし たどりきぬ 〽こゝはかたきに あふみのとに さゝ木けの じやうか そふな 是より右観音寺領 正長元年戊申五月達之 NILIIINIIININIIINIIINIENIINIE 領主佐々木氏 かくてみさごは さゝ木けのしろ したにこもうち しきてふしけるが よもしん〳〵とふけ ゆくころ一人の くせものうつ くしき女子にさる 〽あぶない ことの くつわをかけて こはきにいだき へいをのりこへて たちいづれを みさごとつくと 見すましく つか〳〵とはしり よりかの女のふり そでをしかととら て引とむるをものゝ しやとてみをひねり はたとけとばしにげゆく はづみそではさらりと きれはなれみさごがて にぞのこりけるくせもの すかさずふりかへりはつしと うつたるしゆりけんをうける めんつういのちのほうしややみはへ あやなしゆう〳〵と女をかたに 引かけてあとをくらましにげうせけ ばくらまじにげうせけり □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽ヱイ 小寺へ役いん のちのしかしともなるべきものなれと 思ひしかばこれをくわいちうして な同二三日はしようかのまちを はいくわいせしに何事かあり けんさし木けのおくがらう 多賀幸のしんびやうのり ものをつらせてしづ〴〵と いできたりそれとひとこゑ かくともしらでふしたる みさごをわかたうちうげん やみたごはかのふりそでとしゆりけんこそ むりひたいにたすけの世 むりむたいにたすけの世 やかたをさしてたち かへれば幸み近は みさごにゆをつかはせ かみをゆはせいろよき いふくなどあたへて いろ〳〵にちそう するにぞみさご まづそのゆへを さらにかてんゆかず たちかゝりて引おこして どりあしどりのりものへ けれ 〽こいつはたかを ひやうみより ほねが をれる かへ 〽こりや〳〵女あ れはむたいな どうさんす いづれも上がみずりいたつて 敵討誰也行燈全二冊盆石皿山記全二冊弘 〽おもしつきゑいりよみほん出来 かなへ後つり 時に奉みをひそかにみきこにかたりけるは惣またのそくぢよさかへひめおつゝひの 数よりゆくへこれ給はずまつたくたそひ出せしおとこありとおぼしけれはさま〴〵 せんさくをこぐれども今にそのたよりをえず大とのはなはたりつふくあつて くさをわけてもせんぎしいだしひめのくびうつてぢさんせよとくしのたひく くんめいにせんかたつきたる折々もあれそのほうがめんていとひめのおもざらすん ふんたらはずにたかをさいはひとうざのがれの御身かはりと思ひついたるけふのふ し。さいのちをくれよといひもあへずかたなそかりとぬきみなせばみさこはくつと のは いやしは この みを ひめ ざみの おんみ がはりと あれ 〽まあ〳〵せかすと下 とをりおきゝなされて 下さりませ いのちぬ おしむに あらね とも かたきを ごくの それ までは またすて はてぬ このから いのちの 御用には たちがた それに づきて この方 にもちと こゝろにて ありといひて かのかたそでと かうがいをとり 出しいさゐの しまつをもの がたれば 〽みれんな ことを 四天一十一剃盗異録 四天王蘭盗異封冊勧善常世物語冊一夜物語冊 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いづれもしん酒 ゑいりよみ本 一 かない後へん 孝みをはじめておどろきこのかたそではひめのかたそうしゆりけんはんへんおおび ありさくがこつかなればさてはひめをうばひさりしはだんざゝにてありし上な かれをめしとりぎんみせんとく大ぜいのとりてをものかけにかくしおきにへが のようだんありとて国さくをよびよせしに国さくはかゝる事ともしらすし 何心なくきたりしをかねてやうゐのとりてのめん〳〵はら〳〵とはしり出われ くみとめんとひしめくをこくろえたりと国地はあたるをさいわひとつてなけ ぢうわう むげには たらさし たせいに ぶせいてき しがたく いきほひ つきて いけとら れぬ しかるに みさごは かねて たづぬか ほりこし だん作が 思ひも すりやこのとしごろ されはこのやかたに がれしや〳〵 このやかたに □□□□ 見て大に よろこび いさいの つけを わけを ゑんぜつ してかたき うちの事を ねがひ申せし かばさゝ木どの しうじゆうも そのきしんを かんじ給ひ事の せんさらすむ のちはかたきうち あるべしと ゆるし 給ふ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽何百人でも ならは じやうに 〽じんじやう なは かゝれさ ゆなは誠一人 かくてだん作をつよく いましめきびしく ごうもんすると いへどもひめのゆくへ をいはざればこのうへは やさがしせよとて やさがしせよとて 団さくがいへのすみ〴〵 すのこてんぜう のこりなくたづね さがしけれども いづかたにかくしおき けんひめはまし まさずみなく むなしくたち かへせんとせし こころにおくの かたのものおきに ふるだゝみ二十でう あまりをつみおき しかば幸のしんげぢ して上よりだんぐ とりのけさすれば 四五でう下のたゝみは のこらず二尺四方 きりぬきてその うちにひめをかく おきぬ人〳〵されは こそとよろこびて 〽たてこそ〳〵 さかへひめをは かしごにかくし おきたりしか さそごきう くつにおはしけん 一丁 おんいた ばしや〳〵 たすけいだ まいらすれば ひめはなみだに かきくれて 国さくかむたい のれんぼのこり なくものがたり をばけが けふまで身 さずと かなしき かぎり きこえ 給ふを さま〴〵 なぐ さめ ふれ〳〵すゝはきこのうたの ふれ〳〵すゝはきこのうたの ほねをおつて見つけ 〽こんなこころに おいまら しれめはつだ らへて やかたへ なひ まいらせ けり 〽みつからが うぎなん 幸みを ずいりやう たもやい のふ かへ爰に かなつ さかへひめゆへなくかへり給ふこと まつたくみさごかはたらき なりとてさゝ木との御よろ こびあさからずいせのくにへも つうだつあつて北ばたけ 家のけんしをこひうけ みさごだんさくかたき うちのせうふあり そうほうたゝかふこと はんときあまりに して団さくあひ てを女とあなごり きりこむなぎ なたうけそんじ きうしよの ふかでをかう むりつゝもう このいき ○こうねんも 相かはらず よみほんゑ ごひやうばん 御ひゐきの程 ねがひ上候 ほひやうやくおとろへつひに みさごにうたれけりまことにまれ ならぎぢみなりとてさゝ木 北ばたけの両大せうみさごを ふかくせうびあつてろくあまた 人〳〵のほだいをとひ九十才までながらへしとかや 給はりぬみさごはのちにあまとなつてなき 馬琴作 文化二乙丑年六月著述同三年丙寅正月發行 10367 ◎正 一一一一 一