傾城水滸傳 第一至一〇編
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- 歌川國安等畫
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- 場所: 江戸
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- 歌川國安等畫
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- 日本語
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- 鶴屋喜右衞門
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- ケイセイスイコデン
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- 東北大学
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文政九丙戌寅板一
将松内
曲亭馬琴著乙酉孟春第一版
附たり趣向は唐山の小説を写生て聊も唐臭からぬ大和絵の花王
彼は原来一百八の天罰地悠星
傾城水滸傳勒論
此は今昔未曽有の節婦烈女傳
初編
衣絲
第壹
并ニ世代は承久の故事を撮合して些も改めかさぬ水滸の燕丁花
歌川豊國画通油町鶴喜新鐫
十一日
源氏物語をよまずして漫に源語をいふものあり漢土の俗語は解せねども猶水滸
傳を剽罰しもの少からず。何となればこの一書や考抄通俗これ彼と釋解多きに
よつと也しかれども水滸の如きは。一百曲のなが〳〵しきを皆悉収るものなそれば。可惜識を
婦幼の観物にせぬが遺憾さに今戯にこの書を綴り。さはたりながら毛唐人の
陳奮漢語は摸擬に要なし。因て天臣地慾星なる。一百八の草賊を。腎委
烈女に綴り易て傾城水滸伝と命るよしは。濫觴に宝津海なる。遊女長が事を
ものして。且掠橋の亀菊が高休に似たれば。かくて卒洛の絞校を。主進に
擬するよしあり。又浮潜龍衣手を。九紋龍史進に擬したり。なり。此路の
今半額。戸隠の女鬼等は。陳連揚春に似たるべく。又虎尾の神戸が採引に
相似たる。茫般の阿連尼が魯智深に相似たる。折瀧の節髪は紫集が衝は。
なる牧挙に遑あらずこは此冊子の初編の書を一
接條の桜木に鐫出すべきになん。
文政八年乙酉春正月新版曲有壬午年
以テ購入セル内四ハ博士
有頭在所百本郡
三熊野の
仙女
むろかい
無漏海
角文字の
いのりの使
おこたり
て
うしとな
いひそ山
路まどはん
鷲斎
花を舐り
霞をのみし
山ひめの
はこすする
かたゆ春也
たつらむ
狂斎
美福門院の
御使
立樹局
一華洛の綾綾
浮酒龍
衣手
盜
こだち
うけつ
やさ
しき
深し都
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
青柳にちからを
一簑笠
かぜ
いれてふく風を
をみなべし
女郎岡
たて戸隠
る
野中の
鬼薊
ながめ
に
もれて
さらへが
わびしぎ
閑斎
越路
額五
椋橋の
亀しぬ
菊
つきかげ
月影のあかしの
浦もくも留なり
人のころの玄
御だめなき如
北
菴
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一同二十九日
捨果て爪はなき
ものと
ゆぎ
門
豚
しはへを膝付
思はずは
要のふる
日に
日に愚
山
茨城の瀧川
花殻の阿建尼
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
けへといすへ二鳥刃扁
のひ七いわいこそ計計
関端をむかし鳥羽院峠の
きさきにてわたらせ給ひし
美福門院松介と申奉るは
おんかほばせのうるはしきこと
玉をもあざむくべくなんすね
咲のたかきことをりこにも
まさり給へりされば□どの
御ちやうあい世にたぐんき
ものもあらず折にふれて
まつりごとさへうちまかぜ
給ひしかばこのとき女宿財は
内奏題とてくらゐをのぼせ
つかさをさづけあるひは民の
うつたへをきこしめすことまでも
すべてきさきのおんくちいれにて
さだめさせ給ふにより
そのかたざまにづかへ
奉る女官袖にたちそら
一おのづからけんゐをふるにて
公卿でん上人をものゝ
かすともせずおいがまにく
ふるまひければいやきものゝ
ことわざに女さかしうして牛らり
そこなふといひけんにもにたることのみ
一おほしとかやときに永久元年はか
やよひのころみかどいさゝが御なうに
よりてしはらくまつりごとをきこしめさが
そのあひだくわきかのことをばきさきの
十つだんにまかせ給ふほどにたとへ摂政地にて
関白きくなりともをとこはなほはゞかり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おて
に
男の
国むろつみ
なるけいせいの
長なりき
しがるに
そのよろ
むろつみにおもむ
きてくだんの長に
しよしや
山の性地に
人世うに
のつけにより
あるときむざう
まみえ給ふに七は
酒をよとめなせくを
りてむろつみのみたら升にかせは
しふかねどもたゞらなみたつ
九八一あらおもしろくとうたひかり
そのとき一人目をとぢ有へ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なけれども
□□□□□□□□
しづめて
ありとてみなそのつまをめされけりしかるに
このころ五ぎないにときけのやまひりうこう
して死するものおほかりければ名僧ちしきに
みごとのりしてか持きとうをつくさせ給ふに
させるしるしもなかりしかばこのこといかゞあるべき
とてかさねてせんぎせられけりときに関白
といふぢはらの忠みち公の北の方井手の
まん所すゝみいでて聞えあげ
給ふやう今このえやみを
はらひはべらんにたとへば
えい山三井寺の名僧も
そのしるし
なく
廿一社のかみ〳〵も
此社のかく
てしかんおうれい
げんなきうへは
くま野へちよく
使をたてさせ
給ひてな知せの
宝長寺むろをさ
ぢゆう持なる
むろ海をみやこ
まねきていのり
はらはせるひなは
などかおしのあら
ざられそも〳〵
くまの山のやま
ひじりめむろ
かいと聞のえしは
むかし一条〳〵
院の印印
いふげんぼさつとあらはれて
いめけんはざいとあらはれて
しつさうむろの大海に
五ぢん六よくの目はふかすと
と聞えけり上人又目をひらきもへば
長はもとのすがたとなりてうたふこと
はじめのごとしかゝればこれ長はふげんの
けしんなりけりとて上人すいき
のなみたを
いへどもずいえんしんによのなみたねときなし
ながして
しよ
〽しや山へかへり
給ひぬそのち
長は世をいとふて
くまの山へわけのほ
りぬと風のたよ
かばつきん
りにきこえ
かばちきん
紀伊国
上人いそぎみやこにのぼ
りてことのおもむき
しか〳〵とたしかに
そうもんありしかは
武軍
そうもんありしかは
みかど御かんあさからずで
よりてなちのふもとに
那智の
おいて一座のあき寺を御こん立まし〳〵に
一
ふもこむろ
長を開基部に仰づられむろ海仙尼寺
脚室
といふ道号をもはりをよりすでに
をきでう
長寺の
はや取世は一日廿よねんのひさしきにおよべ共
はや笹は一百廿よねんのひさしきにおよべ共
むろかい仙尼せんはそのかほばせいさゝかも
山門に
おとろへずいとすこやかにてをはするよし
くまのものは申ス也さればかのあま
勅使を
でらを宝長寺おほと
ごうするよし
むかふわよ
〽むろつみの
□図
長といふもん字を
とらせ給へりと
つたへきゝて
はへりにき
され
やわらげ
てはむろをさし
でらともかきはへり
かゝる權者どんの
ことにしはべればみや
こへまねきよせ
木の君ねあまた
とも人にかしつかれて
つきの日みやこをかどいて
へしつゝ夜にやどり日にあゆみ
ごとさらみぢをいそがせて
くまのゝなちのふもとなる
山もんいほかに上
宝玄寺につきかば当代寺
〇□のあま法師あまたのびくにを
引つれてかねをならしかうをたき
山もんのほかにくち出てちよく使を
一つかはせ尻出
ごとくたつ木のうぼねを
ちよく使としてくまの山
むかへ奉りさきに
へぞつかはし給ふ
ぞんにな
○さる程に▼
住
させ給ひてえやみをせ
はらはせ給はんになどかきどくのあらざる
べきとふることをさへひきいでて聞えあげ給べし
かば門院いんかんじおぼしめしてさらばつかひを
みやこよりはる〳〵と来つるよしはすなはちきさきの請をうけて
むろ海仙尼焼をむかへん為也そのゆゑはかやう〳〵とことのおもむきを
のべしらせかのあまひじりはいづこにをはするなどてゐづから
こゝらにいでてたいめんはし給はぬぞといぶかりとへば
こゝらにいでてたいめんはし給はぬぞといなりとへば
ぢゆう持のあまさればとよむろかいひじりはむかし此山に
かくれ給ひしよりふもとへどてはくだり給はずもとより
五こくをたちもへばかすみをのみつゆをなめ
あるときは西にあり又あるときはひがしにゐませば
この山のうちながらそのぢうしよだにさだか
ならぬによしやきさきのみつかひなりとも
いかでかみづからすいゝらまでいでてたいめんし給ふべき
きみもしひじりをこひすゝめてみやこへともなはんと
思ひ給はだ只一トすぢ
しや〴〵してひとり
くまの山に
わけのぼ
りてあま
ひじつきを
たづね給へ
さる程にたつ木のつぼねはぢゆう持のあまに打むかひてせらは此たび
上ゟときしめせばつぼねはげにもとうなづきて
そのよは一しよさもめいみしつつきの日のあけがた
より只ひとりくまのゝおくへわけ入らんとておたしの
たれぎぬたれこめしかさよつゑよといそがは
またしく野せうぞくにすそつぼ
をりてちよくしよのはこを
よかけおぼ
もしいさゝ
かもふしん
じんの
心を
おこし
給ひなば
たえてたい
たえてたい
かなふべからず
おんつくしみにて
かんえうならめと
ねんごろに
くま
おそろし
たすけ給へ
一九
けばあまま
こゝつひて五町おなり
わかれんとせしときに
又ねんころにいて
年印ゟ心を
しめて又つぼり
もたでしん〴〵をほ
わがあまひよに
おこたり給ひそいつしんまことに
かなひ給はゞとほからずしてあまひじりにまみえ給ふ
べきにこそとかへす〴〵もいましめてやがててらへぞかへりける
かゝりしかばたつ木のつぼねは心ぼそくも只ひとりめて山はつきつき
たづねあばんと
おもひ給はゞ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
けいせいすは二嶋切扁
手がうろをくゆらせてゆんでにすいせう〽むろか
のすゝをつまぐりくちに六字の
めうごうを
とき
なる
山之
ちを
たどる
〳〵
のぼる
ほどに
わつかに
十町あまりに
じてやう
やくにつかれ
しかは心じきりにいらだちて
さてもいかなるむくひにて
かくからきめにあふ
わらは大うちにあり
日はかりそめの物まう
にもくるまにのらぬ
ことはなきよいはんや
さきの
きさきのおんつかひ
としてはした
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
とほぼへして
がいづちともなく
うせにけりたつ木の
つぼねはたふれしよりおよそ
半ときばかりにしてやうやく
われにくざりしくばかうべをもたげ
われにくくりしかばかうべをもたげ
身をおこして又手かうろを
とりあげつゝおそる〳〵もゆくほどに
いよ〳〵つかれて
たちやすらひし
くまの
ひくにめが
あくまで
わらはを
あざむきて
たけきけもの
なくも只ひとりやまは
ぢをたどるは何こと
おほかり
ぞとひとりごとして
ほしよりかゞやく
まなこをいからし
しばしつぼねを
にうまへて
まへにたち
あとべに
めぐりやま
ひこにひぐ
ばかりの
丁ゑすさま
しく丁印へ
ゆくほどにいはほのおもして
すそなるくまさゝの
おくりのものをも
そえずして
ひとりつかはせし。いと
さや〳〵〳〵となるよと見えしにその
さま牛にひとしきおほかみこいつぜんとはゝり
いでてとびかゝらんとしたりしかばたつ木のつぼねは
いててとむかゝらんとしたりしかばたつ木のつほねは
あつとさけびてのけざまにたふれけり
そのときくだんのおほうみは
くれなひのしたをたれ
にくさよわが身
みやこへかへりなば
ことのよしを
心のえあけて
つひには思ひしらせん
くちにくど〳〵うらみの
かず〳〵つぶやきつぶやく
折しもあれ山中にはかに
ゑんどうして
ゆくての松のしげみより
いと大きなるうはばみの
する〳〵とはひ出て只おほ
〽なみのよするがごとくたつ木の
つぼねのかうべをのぞんで
すでにのまんとしてければつぼねはしたゝびあつと
さけんで生死もしらずふしたりけるかゝりしほどに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ひたひをなめえりをなめしきりにとくきをふきかけて
いづこともなくうせにけりかくてたつ木のつぼねはかすこと
じときばかりにしてやゝ
こゝちはつきたれども心の
いしうちふかくおそれてこれより
てらへかへらんかなほもひじ
をきがきがきがき
をたづねんかと思ひまよひてたゞ
へすむ程にめのわらはのこゑとおぼしく
はるかに小うたをうたひつゝつぎや
けいせいすいこと僧衣計
こなたをさして来るものありつぼねはみゝとそはだてて
をきなきをなにのこゑするはきつねたぬきのわざ
なるかと思へばえりもとぞつとして一トあしもすゝみ
得ずとかくするほどにはやむかひの木だちの
ひまよりしとし十一二のめのわらはくさかごをおはし
たる牛をひきつゝいで来れりたつ木のつほねこれを
見てなう〳〵とト思いとゞめそなたはこの山のふもと
などにをるものかむじりはいつこにをはする
すみかをしらばつげよかしといふにめの子はほうゑみて
いかでかはしらざらんわらははとしころかのあまひがりに
いかでかはじつらざらんわらははとしころかのあまひゞりに
づかはるゝものぞうししかるにひじ申はさきにわらばに
のたまふやう此たびえやみをはらはん為にわが身をみやこへ
めさるなりうゝればいそきてかの地へまゐらんよくなすせよと
のたまひきおもふにひじりはつるにのりてすでにはや今ばつは
みやこへゆきつき給びけんしかればおん身今さらに
いほりをたづね給ふともたえてそのかひ
なきものをといひすてて又しつ〴〵と
牛をおひつゝゆきすぎけるたつ木の
つねはめのわらはがこたへを聞て
おどろきあやしみさるにても
むろかいひじりはいかにしてみやこより
むろかいひじりはいかにしてみやこより
めさるゝことをはやしりてすでに
うちたち給ひ
うちたち給ひけんげにかの
せきひを
ほらぬかい
ひじりとをふげんぼさつの
けゑんといふはそらごと
ならずとはらのうちに
さをさして来るものありつぼねはみゝしそはだててあやしやかゝる山中にて
しあんしてそこより
ふもとへくだりつゝ
むろをさ
でらへ
あまいで
むかへて
みちのつかれをなぐさめ
けるそのときつぼねは
山中にてありしことゞもを物がたり
かくおそろしき又やまなるになどて
わらはをあざむきてひとりかしとへつかは
せしぞわらはもしうんめいつきなば
たとへおほかみにはまれば共
どくじやのはらにほう
むられんきさきの給は
これすなはち五とのりに
ことならずそのおん
つかひはとりも
なほさず
ちよく使に
ひとしき
わらはなるをあなど
あざむくうたて
さよもし山中にて牛かひの
めのわらはにあはざりせばるすのいほり
しらずして今なほたづねまどに
はんにさいはひにしてかやう〳〵の
めの子にあふてしか〴〵といはれしことの
けいせいすはこ伝切扁
しきりに
うらみいき
とほれば何
持のあま打
聞てみつぼと
さのみないきまき
給ひそこの山中にはいと
たけきげものなきにあらねどもむかし
より人をかいせずしかるにおん方
ふたゝびまでいと
あやうさ
めにあひ
給ひしは
しん〴〵の
おごたりを
ひじり
こらし給ひしと
思ふにその
くさかりの
のわらはと
見へたるはむろ海ひじ
りにうたがひなしかのあま
ひじりは今もなほかほばせ
いさゝかもおとろへ給はす
あるときは二三十なるよはひ
とも見え又あるときは
〽十二三なるめのことも
〽見へ給ふ也かくておん身に
しか〳〵とつけ給ひしことあらば
神へんじざいのつうりき
もてみやこへおもむき
給ひしこと何のうたがひ
はへるべきとこと
ばをつくして
ときさと
女せばつぼねは
これに
ませひ
ないこと
やな
きやう堂のうしろにあたりて一宇の小堂あり戸びとをかたく
たてこめて大きなるじやうをおろしじやうのうへにはいくつとも
なくふうぬんをおしたりければだつ木のつぼねいぶかりて
そのことのゆゑをたづぬれば住持のあますゝみよりなく
むかしむろ海ひじりしゆぜうさい度の大はうべんもて
周防の国むゑづ某なるけいせい長となり給ひしのち
当山にかくれ給はし新万えうしふに見えたり
うかれめ蒲生都土師は婦妬と未り珠名になる
狭古哥らをはじめとして世々に名たゝ
けいせいの人のつまとえならずして苦がいの
中にてはてたるものゝなきたまのちう
宇にまよふをこと〴〵〳〵ふうじこめて
ひとつのつかにきづかせ給ひぬ
されば世上に此つかを
けいせいづかとよびなしたり
もし此つかをあばきなど
してそのゆうこんを
ちよくしよをそのまゝ住持にわたして一両日とうりうせりかくてたつ木のつぼねは
つぎの日ぢゆう持にあんないさせて打ちこちのれいじやうをめぐりわるに
入る左の上ゟ
世にあそびめの
わかしにして人のつまと
ならざりしを
思ふことあらは尊
なきあとをとむらふ
じやうぶつはさせずして
一口いいたつらにゆうこんを
ふうずるといふ
ことやはあることやはあることやい
あしむろかいのわざ
にはあらで
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
<<<
世の
中に
わきはひ
あらんと
ふかへいま
しめ給ひしに
より当寺に
代々住持たる
あま法師かくの
ことく戸ざしにふうして
びらくことをゆるさすはへりと
つぐるをきゝてたつ木のつぼねは
から〳〵とあざわらひ○右の下へし
〽の女なしや
まんざいら
けへせいすいこ専刀に用
ゑをもて
ほどすに
ことしき
のちの
住持の
わぎなるべ
わらは
あたりに
そのつかを
〽見まほりて
とくひゞきかへ
見せ給へといふを
住持はおよどろへ
そのことこめ〳〵
かなふへからず
みつぼかり
こひくにがひく
やうたがにてけいせ
たすけて
くれぬか
してかたいきでうすつかをひきしは
ゐるはいのふ
たすけて
くれぬかしいたすよいさめあらせ
〳〵たつきのつぼかはきかす〳〵
まつそのじやうをおしひらかせ上言
入りいうかを見るにいと大きなるべき
づかをひゞき給は
つゞきしねん
くゞ
石油もて傾
城塚
こねゑ
ゑり
内ぐら
□□□□□□□□
さだか
六
まつを
ふりてが
させて
ならねば
だい所
亀ははや
半しん
〽ソレいそき
つちにうづもれて
こけむしたる碑の
うらに遇谷而開が
おのにあふて
丹国のにあふて
はやくゆきな
といふよつのもじをゑりてあり
たつ木のつぼねはかゝるつかひに
なるほど
ごうせいに
はやるくやだス
たてられしほどありてをとこ文字
をもそらんじけん件の四字をよみくだちて
あまたちこれをよく見給へ斧にあふてひらくとあり
斧をよびてたつ木といへはおのもたつ木もこれななし
かゝればわらはがこのつかを今ひがくべきことのよしをもゝとせ
もの
ちりからや
豊
みやこへおもむきひとりみづから
●□左の上□まさにこし□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
院長のおんときにゑがちやう
亀ぎくを御ちやうあいありて
世の中にみたれ勇婦
しゆつげるそへききざしんのう
あらはれたりこれによりて人共計
らはにげんとしつゝはまつきまろ
ひてきずをかうむるものすたな
からずことにかひなきあまほうしは
奥ぜつしたるもおほうをける
そのなかにたつ木のつほねは人に
先だち堂内を命うら〳〵はしゆ
おいでてぼうぜんとしてゐたりしが
めんぼくなくやおもひけんつぎの日
くまのをうちたちてみをきして
かへりけり是よりさきにむろ海の
あまひじりはつうりきをもて
きん内べして又かどにゑつし
奉り大うちにだんをまう
けてえやみのかみをはらひ
給ひしかばいたりときなく
五きないなるあしきやまひは
又なおこたりて方民あんどの
思ひをなしぬかくてむろ師の
あまひじりはふたごひつるに
打のりてくまの山へかへり給ひし
どぞおよそこのくだりまで
ものがたりのほつたん也かめ
ぎくがことはつぎに見へたり
しるし給へり今この下をひらきて川
見んとゝ〳〵ようゐをしたまへとて
けんゐにつのるをんないさるちゑし
ぢゆう持はなほもいさむるを
つゆはかりもきかすげて
てらをとこらをよひ
あつめつひに石をたふし
だい石をとりのぞかせて
ほること六尺あまりにして
石のからひつありければ
さればこそとてたつ
木のつぼねはいきをも
つがせず下知するにぞ
人夫助らはよき
まさかりをもてちからをあはせて
石のふたをひたすらにうつ
ほどにつひにふたをば
くだきしかどもそこは
くらくて見えわかねば
たつ木はたいまつを
てうさせてよく〳〵見んと
するほどにこつぜんとして
天もくぢけ大地も
おちいるごとき
おとしてあなのうちより
一千どうのくろくもいん〳〵と
立のぼりてやのむねをつきやぶり
なかぞらにたな引つゝいくすぢ
ともなくひかりをはなちて
四めん八ぼうへとびざりぬ一▼右の下一
あまりのむめしよりむろかいひゞりはよくしりてしかぐと
まさかりをもてちからをあはせて〽玉くしさんにくちを
かけたはふねの
きやくかのわるく
ふざけられるには
おそれる
のふ
十八十八十一八二島切肴
まどはされていへをうりつま子にはなれ身はおちぶれて
いい七いよくこいてい
しておんおとゝ又こ近清院を始にゆへり給ひこのゑの徳のいんは東詰十四年にして
かくれ給むかばこのかみの王子後白切院塔路みくらぬをつがせ給ひそれより
二条のいん六でゝの院高くらいいんたかくらのおん子安徳天皇西浦にゑつませ
給ひしかは陰白江のいんの御はからひとしてあんとく天皇のおんや路鳥羽院
陰を五くらゐにつけ奉らせ給ひにきごの五かど本後十五年にしてみくらゐを
金のおんず土御門院御聞聞にゆつらせ給ひしのちもなほ天の下のまつりごとは
生れいにならはせ給ひて院の御さたなりければじゆんとく院九条のいんの御時ま
時のみかどは何こともあるにかひろくてぞをはしけるしかるに玄かるに
みやこひがし山の片ほとりに亀ぎくといふじらびやうしありけり
としは〽ばかりにしてかほばせとにうるはしくいと竹のわざいへば
さら也かうりつくわよろづ又やびのわさまでもひとつとして
くらからずしかも又きやくをつりをとこをとらす
てれんにたけておよそみやこにありとあわけとくの
ものゝ子どもあき人の手だいなンどもみなこれが為に
さま〳〵になりゆくものおほかりければそのおやたるもの
ゑゆうたるものふかく亀ぎくをにくみつゝつひに
六はらのけつだんしよへうつたへてかれを
おはんことをねがひ申せしかば六はらにてせんさく
のちことみな亀きくか非ぶんにさだまりける
げにかゝるたをやめを〆やこのうちにあらせなば
ふうがそくのかいなるべしとてやがてついほうせられけり
これにより亀ぎくは五きないの内にあしをいること
かなはずいさゝかなるしるべをたよりに越後のにひ
がたへおもむきてちりからや内太郎といふみなとげい
おくるほどにみやこにはゆゑありてにはかに大赦たくを
このけんばんやどに身をよせつゝこゝにてことせばかり
されば鳥物院峠は生様大半にして御くみゐを中のご慮やしといにあり給ひしやといんといふは年に
おこなはれしかば虫ぎくもとがをゆるされて世の中ひろくなりにけりこれるより承さくは
みとかへりのぼうんとて助太郎にたのみしらは四太とも我才に思ひとちゞみあき人なんなつみといふもたといふやうにてはいふの
ほとりゆは何太らがゑる人あれはそのかたではした状をそまくなつ来ともろ共に飛びたはたのたゝせてくしつかへしつかはしかり
□□□□□□□□
かめぎく
ゆひかたより
なつきに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
みやとへ
どころ
□ヱゝちへせうめ
ふてつはらを
どやすぞよ
目史博技術
同
回
直
春
戊
曲亭満琴作良娘
坂東秀佳作
領城水滸伝貳編
全八冊
哥川豊國画引や菜蓉
兵庫や高橋
この
南部は
ひしや菜蓉
情競傾城嵩
全六冊
哥川国安画
曲亭馬琴作
南仙笑楚満人作
絲櫻花本朝女訓
ふくじんをりしやう
全六冊
福神御利生於釜返全二冊
哥川豊國画
全二冊
全二冊
をふのへしよう
尾上梅幸作
新選なそほくし全二冊
哥川国安画
百物語
尾上松緑
哥川豊國画
全六冊
国画
江戸名物
圃扇地紙問筆
綿繪摺
一世にむるいなる御かほのくすり
一南伝馬三いなり新道
美艶仙女香
年々めづらしき新板品々出来る
御用の節は上仰付一の被下候
四十八銅
坂本氏
江戸通油町琴橋之
ひだりじんごしらう
柳亭種彦作
左甚五郎
當世職人合
紅絹甚三
哥川國貞画
全六冊
□貞画
心鶴堂鶴屋
安部悉岡板より
最寄の書店にて御本やまい
青川
ぶんしち
文七
柳亭種彦作園
ぐりのはやそに
雁金紺屋作早染
全六冊
式事
友音さき
八梅精さき丁かけさ
草細金四
哥川國貞画
修市卿
新川国安画
狩は
田
史
進
傾城水滸伝云
文政九
丙戌再板
馬琴作豊國画
通油
けいせい水滸伝初編第二だん
あだし仇なみ。よせてはかへる浪。あ御
つま舟の浅からぬアヽ。またの夜は。ちぎ
りをたれにかはせみの。いろにめて
つゝよもすがら。まくらはつよし
とこの山侍としもなくあくるかな
曲亭馬琴著
画
歌川豊国
著
通油町鶴屋喜右衛門版
◎
又やこへのほりてちぐみどうるにはこのひなゑもんをやどくして四五月あたまうとうり
みもこへのほりてちぐみをかるにはこのむしめしこんをすく
すかれは四太郎はこのびんぎをもてこたび亀きくをみやこへかへすにあきくはのめい
亀きくがきやう腹のことをうちまかせてそたのみける
さる程に動きしたなつ兵にともなばれて京のこま物道
つきしかばらくしおもんたいめんしかへ心のうちに思ふやう
此亀きくはそのはじめみやこにありてきやくをとうかし
わかものどものゑんせうをいくたりとなく粉にふるは
せししらひやうしなりけるにかやうのものを
わがいへにとゞめおかんはなん義也しかれども
わがふるさとなる四太郎が
はる〳〵とだのみこせし
ものなるにかれがおやには
われも又めぐみをうけし
ことあればさすがにいな
といひがたししやうこそ
とはいひがたしえうこそ
あれとしあんをしついと
まめやかにもてなして四五日を
へとのちに置きくをまねき
ちかつけおん身はわが竹馬枝の
友よりたのみこされし人なれば
しゆつせのよすがとなるべきものにあらす
六でふのほとりなる医師くす深根略のつぎへ
いつまでこゝにあればとていざゝかも
いこふにあらねど見らるゝごとくわがいへはよろづに
いそしきあき人にてとてもおん身のりつゑん
此こつぬゆこむろ町のほとりにこま物やひなゑもんといふものありもとはゑちごのものなりしを
いとわかき丁門京にのぼりてあき人のいへに奉公せしこととしこところになりかはややかたの
たすけによりてこゝらにこまもの見世をひらきしよりあき給ひのとくゐあまたいで来て
しかべきものことぞなりぬかゝればこのひな名もんとに心がたなる四太郎は竹馬様の
友でありけるにちゞみあき人なつみふも同国のよしみあればおよそとしいなつやと
山東のぼりそるなつ参にたのみつかはし又ひな者もんに岩よ秋をおくりて
〽さぞくたびれたで
又ゆる
きよ
せう
おもにをおろしました
三十二
きり
ませ
きりやうが
ゑが
妙だの
〽わらひな
さんな
岩ふぢ
しる
られ
けいせいすいこの初編
つぎの日げん清のやしきへゆきて
ことよくこしらへたりければ目見へ
の日さへさだめられてすでに
その日になりしかば亀ぎくは
大しま田にふりそでのきぬを
よそほひなが彦にともなはれて
くたんのやしきへおもむきけり
けに亀きくはそのはじめ
しらびらしなりければ
さながら二八のをとめと見え
たりさればその日は未女あり
いでてそのげいのうを
こゝろみられしにごと。こきう。
わさをきなれしそのよそほ也
左の上ゟ十七とも申させ給へといふになが吉名こびて
せう。又まひうたひの
今やうまで
つゞき長彦路がといふ人は八公卿うてん上人に
まねかれてひろくりやうぢをし給ふに
われもとうがろうとからねばおも方が
ことをふる根氏たのみつかはさんと思ふ也
此義にしたがひ給はんやととへば亀きく
儀におよばずまことにふしぎの
御えんにてかくまでおせわになるうへは
何をかいなみはべるへきともかくもと
こたへしかばひなゑもんはつぎの日にながしきへ
しよ秋をおくりつ亀きくに小ものを
つけてふか根がしゆくしよへつかはしけり
かくてなが彦はそのしよ秋を見るに
此をなごがみやづかへのありつきのあらんまで
そなたへとゞめおかせ給ひて手びきして給はるべし
くだんのやしきへ引うつりこし
ひじゆつをつくし
たりければ
一けん清はせうじを
へだてかくこれを聞の
つゝかつかんじかつ
よろこぶこと大かた
ならすげんざんの
もとのまひひめらとうち
まじりてつとむるにはやくも
しゆひとくのびければ
三四日をへて亀きくは
三四日をへて亀きくは
〽きみの
めぐみは
ひさかたの
大の羽衣まれに
きてなでしいはほは
そのまゝにうこかぬ
まじりてつとむるにはやくも又よのためしや
しゆうのこゝろをしりていと
かび〴〵しくたちふるまへばけん清
か
かいたるをくりかへしつゝよみをはりてはらのう
此かめきくはおとにきこへしいとあだめきたる
をとめなるにわがいへにとゞめおかばとしみかき
弟子どもが身の為によきことあらじせんすべ
ありとひとりうなづきやがてかへりごとをかき
しためてこまものやの小ものをかへしきて
かめきくにたいめんしてそこにはいと竹の
わざをもてやんことなきかたざまへみや
つかへをねがひ給はゞさいはひのことこそあれ
今坊官袴にて一チ二をあらそふ法眼
はんと聞え給ふは院の御意よに
つかへまつりていきほひあるれき〳〵也
しかるにかのかたさまにていと竹に
たへなるをなごをめしかゝへんと
のたまふ也それがしは
此としまつりやう
ぢのとくゐなるを
いしよくのついえはこなたよりともかくも仕らめしか〴〵と
かいたるをくりかへしつゝよみをはりてはらのうちに思ふやう
いよ〳〵めでよろこひ要用静の
ことどもはみなかめきくに
いひづけけり
〽木そ
みこれまで
○そも〳〵一院の髪を
いんを申せしくろんおもひ
いくたり
ともない
おめ
□□
強加ときこえしは法眼むけん清
むすめにて此なんはちに
朝仁仁保しん工ともようせし
をとこ又ごさへうまれさせ
もひかば人げん清も
むすめにつきておのづから
いきほひありつかにした
しく猿の御所へ十ゐり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
もてそのことを
うけ給はりをき〳〵
たづぬるさい中なれば
手びきせんこといと
やすししかしさきざまの
おんこのみは十六ばかりのふり
そだをとかねてちうのんし給ふに
とめそでにてはいかゞあるべきそのよの
ことはさわりあらじといふに
亀きくほとゑみてとしは
十九になり侍れどをなごは
こしらへやうにもよれり
さきざまへは十六とも
おと
大かた
おしゆび
あろぞい
のふ
けいせいすいこと。衣計
もとより哥をこのみてよみ又
古筆比をこのみしかば世にめづらゆるやかにまちてよといふを案きく
しきものどもをあつめんとおしくしてこはわたくしのつかひにも
思ふほどにちかじろ紀のつらはべらず御所さまへまゐらせ給ふしよ〴〵
ゆきが自筆曲の森につきのものをなんもたらしてはぶりにき
又みつねがたんざくなンどねがはくはこのよしをとく〳〵つたへと
あまた得たりしかばある日
おん物がたりのついでにけん清しからばかしこへおもむきて又とりつきを
にてかゝるものを得て候へとたのむべしこれもてゆきれといひかけて
ほこりがに申あげしかば切手がたの木ふだ一トひらをかめ
院きこしめしてそはいときくにわたしつゝからひつをば
めつらしきもの也おくりてはしたもの両三人に
見せよとおふするにぞになはして折戸ぐち
げん清ふかくよろこひてま
やがてしゆくしよにつかはしけり
じりぞきつゝその
つきの日に尾ひろの後とばの
つぼねにしか〴〵と院はふみの
せうそとしてくだんの
古ひつをえいらんに
ませ給ひて
そなへんとするになんおんよみ
こびつか
このつかひには
うたの
こゝつきゝたる
をなごならでは
と思ひしかば亀
きくをよびちか
づけてことのこたろを
得させつゝ印へ
たへなるは
いふもさらなり又書
げいをもこのませ
給ひそのよくさくの
ゆうけいさへひとつとして
申すて給はずしかれども
ねて給はずしかれどもとんで折戸のあへたについゐたる亀きゝが
女御によう更衣四うのやんごと
なきをはよそ〳〵しくて亀きくこゝぞとちつともすかさずめても
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
丁手をつくさせものへばうへを
まなふゑもくまでやりはごい
あそびをむねとしてそのわき
都鄙ひにはやりけりこれ
〽おきとゆきくはなしつほの
ほとりにまゐりてとり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
此とき悦は尾ひろの
つほねそのよのくわん女に
うちましり
子のおんあそびいきやう
ぜさせよの□
程にとりつぐ
ものもなかり
はりさる程に
四十八
たきこと
いへるまひ
ひめの
つきわた
おねる
その
我子を
こき板もしはねはねかへさるとし給ひしに
かねかへさんとし給ひしに
急きくがなりいづへき時うんやこゝにいたりけん
その羽子それてついがきのとのかたへひらめき
とんで折戸のあなたについゐたる亀きくが
かうべのうへにおちかゝらんとしたりしかば
亀きくこゝぞとちつともすかさずめても
その
せう
そこを
もたらして
院の御所
へぞつかは
さる
しける
程にかめきくは
しもべしからひつを
かきになはせて
尾ひろのつぽねへ
まゐりしにとりつぎの
女中
ないでと
尾ひろの
□□□□
つぼねは
院
〽きどゝな
なこ
後とばのいか
院にめさ
れて尾
〽あれなる
つぼに
をはす文けん
とほさけ給ひあやしのゑつのをんなもちたる切手のれもてくだんの羽子を
なりともしなかたちうるはしく
いちげいゐだにすぐれしものはおんそば手をもちて二ツ三ツ四ツ四ツツ
ちかくはべらせておんあそびのとぎと
せさせ給ふにかうりつくわはさまで院につきかへし奉りしかは
させ給ふ
きやうなしまりはことさらよきものなれども
をなこにまりをけさせんはむざんなるべまりの
あそひにかへんにはしづの子どもがはるはする
やり羽子こそよからめとてひたすらはねを
丁とうけまびひばりといふ
手をもつて二ツ三ツ四ツつきあげく
程をはかりてあなたなる
ならずそも
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
つかせ給ふにその仕しきを
□□□□□□□□
出給ふ
にはまうし
申ふます
けいせいすいこ鳥切角
切手を給はりおぼつかなくもこゝまですいさん
したれども折からぎよゆうのもなかとおぼ
いで来給ふ人なきによりしばらくまちて
はべりにきとおそる〳〵こたふるをいち院はるかに
きこしめしてげん清がつかひならばいさゝかもくるし
からずそのものよべとおんほとりへまちかく
まねきよせさせ給ひてそのかほばせを
見そなはするにいとあてやかなるみやびめ
なればたちまちにめでさせ給ひてなんぢは
羽子に妙あるものなりつきて見せよと
おふすかにぞ亀きくはふたゝひみたひ
いろひ奉るをゆるし給はずさのみはかしこ
かるべしとてやうやくに立あがりてとぶ鳥。
かは〽ほり。あらしのこのはつばめかへりなど
いふ手をもてひしゆつをつくしてつきしかば
院はいよ〳〵かんじ給ひてなほこのほかにも
おほへたるけいのうありやととはせ
給へばいと竹のわざをとこまひは
をさなきよりならひはべり
したれども折からきよゆうのもなかとおぼしく〽やまひはいか
いいといふにて作る
あなたにありて朕いがそらぜしやり将子をつきかへせしは何ものやらんたつねて
見よとおふするにそひとりの前野折戸をひらきてかめきくにゑしやしや
しつこゝへまゐりしことのよしをしる〴〵とたつぬれば亀きくはうや〳〵しくこれは
法眼領けん清がつらゆき身つねのふでのあとをこんにそなへんにそなへん為
尾ひろのつぼん入せうそこせしそのしなくをさゝけまつるつかひめ亀きくと
まうすものにはべりさきにつぽねへまゐりしかどなしつぼのかたに
ゐますとある女ばうのいふにより時のおくれんことのおしくて
はべらずされども
やまひはいまだよくも
くわきうの御用と
あればこれまて
おしてまゐりしのみ
一何いつはりを
まうし
ませう
かどいとつたなく
はべりと申ス
さらばまことに
えうあるものなり
▼左の上ゟいふ
なり小今
よつちんに
まつしば
らは
尾ひろの
つほねを
つつね
るやにして
つらゆきが
ふでのあと
よりかの
かなぎゝ丁そ
えまほけれと
うちたはむれ
てぞ仰ける
ん清これを
うけ給はりて亀
きくが心きたる
此御ちやうあいのものと
ならばわがむすめ
長ひろが為によきことあらごと心の
中にはいとくやしくは思へとも今さらに
せんかたなかれはまとに
かれがさいはひにていと
ありがたきことにこそと
朕仕につかへ申こと仰
ありて尾ひろのつぼ
ないあづけ給ひて
ねにあづけ給ひて
つひにしゆくしよへ
かへし給はずそのよも
ぎよいうのせきに
せてえいらんあるにか
ものなりければ
御ちやうあい大かた
ならでおんかたはらを
はなちもはず
げん法かかゝること
ともしらで
その日亀きくが
かへらざりしを
いぶかしく思ひしかば
つぎの日院の御所へ
まゐりて御けしきを
うかゞへは一院はうち
ゑませ給ひてきのふは
かねてゆくそくの珍書
ちんどもを見せられしな
つきてそのつかひも
つきてそのつかひ亀
きくとか▼右の下へ
〽おいきどほりは
おどう理なれど
何ごとも此
たびの
御しう義に
うちやけて
おゆるしな
めされてまひうたは
されて
せてえいらんあるにかんなうの
〽うへを
おそれぬ
しぶといをな子
よばれて
来たがきよ病の
せうこいひわけあるか
かどもを見せられしな
サア〳〵なんとじや
〽かめきくいかり
〽かめきくいかりてあやおさを
のゝしるこれらのことばつぎに
くたさり
ませいなア
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一十八十八十八十五丁
おんうけをましつゝ
にがわらひしく
しりぞきけり
かゝりしかばいち
院はいくほども
なく亀きゝを
五せちのうたかき
といふつかさに
なされてあまつさへ
をんな武者所の
別当をかねさせ
給へばいきほひ典侍
のほかにむとしくはた
しともひろいつぼ
して兄ひろいつぼ
ねをはじめ院の
おんなさけをうけなりし
女ばうたちはみな
こと〴〵すさめられて
三千の後宮幹に
がんしよくたえてなき
どく亀さくひとりにし
けおされたりされは又
下ころより禁止せば
一院中以には北百四十九日
武士をおかれていじやうを
いましめもひに跡とごといふ
悦のおんときに又西原の
をおかせ給ひあまつきい
にぐより武がいりぎりやうい
をんなをめされて一つきへ
いいせいにてとくこほう
をんなむしや所にすえおかれその女むしやのうねめらを
あづかりつかたどる女官を武者所のべつたうとせうせらる
しかれどもそのうねめらはあるひはひきをもとめえごの
沙汰もてえらみとられしものどもなればさせる武がいの
あらぬものもかの武者ところにはべりしにひとりあやおさといふ
らねめのみ十八ばんの武がいにたけてをともおよばぬ所ありしかうべをのたげつゝそのおもてを見てかにあふ
ゆゑあるかなあやおさが父はつく井氏男太郎とてくわん東の
ものゝふなりし小武げいのきこへあるによりさきにみやこへめしのぼして西めんに
なされしにちかきよろ身まかりぬさればあやおさは女ながら父の武がいを
うけつきてわぎにすがれしものなりければ院の御所につかへまつんて
むしやところにはへりしにひたしくやまひにをかされてさとへ申かりて
こもりゐたれば亀きくがむしやどころの川当になりと聞へ
こもりゐたれば亀きくがむしやとよろの別当になりしと聞つゝ
ことぶきをのぶるにおよばず亀きくはあやおさが来たり
まみえぬをいぶかりてうねめらによしをとふに
かれはひさしくやまひありてさとにはべりと
左ゟよろしきさがともおぼへはべらずねがはくは
あやおさがおこたりをゆるし給へどかはる〴〵にわばしよば
亀きくやうやくいゝりをおさめてしからばこたびは
ゆるしはべらんこのゝちもなほひがことあらば得こそ
ゆかすまじけれといふときにあやおさははじめて
しかうべをもたげつゝそのおもてを見てけるにあに
はからんや
支配
はいの
べつたうに
なりたる女官
鯰はさきに
父兵衛と
ともに六をつ
こたへしかば亀きく聞てあざわらひ
に岡印へ
かれ死ぬほどのことはあらじを
なほ引こもりをるものは
わらばをひそかに
さくしや白
あなどるならん
よし〳〵その義
ならばせんすべ
あやおきむや子
亀きくがたゝりをおそれて
ゑなのぢへはしるところ
あり打すてて
こゝにはそのゑを
おきねといふ
けしきたゞならず
見へしかば
うねめらひそかに
〽なんのいのふ
そなたこそ
つかれたで
あらふのに
金二郎に
さきにして本にもんは
つぎのまきにあり
これかれあはして
見給へかし
あやおさにかくと
あれば
よいが
つゞれはあやおさも
おどろきてやむことを
得ずやまひをおして
いでて亀きくに
まみえしかば
〽アニあり
ときよそながら
見しりたる
しらびやうし
かめきく
亀きくは
〽ひたすらに
なれは
心のうち
はしたなた
いのゝしりて
そもじが
おやつく井
の兵衛は
大きに
おどろきやがて
しゆくしよへだちかへりて
田にしつ〴〵のようを
母にしか〴〵のようを
させる武げいもなきもの
なりしにかまくらよりすい
きよによりて西四めんに
なされしすらなぼうへも
はゝさまおこしは
いたみませぬか
今によいやどを
見つけて
つけて
御きうそく
させませう
つけかの亀きくはその
はじめしらひやうし
なりしときだにある
たの人を三こなはしに
いはんや今は院の
なき御おんなるにいはんや
そもじがはした武げいを
御もやうするけ
かうむり
おやの子とおぼし
思はんものあんで
めしてうねめになされ
〽めしてうねめになされし
よもあらしかゝあ
身のほどをわきまさずかれが為につんがゐて
そらやまひを申たててつみをえんこはつく
わらはをあなどる
うちなげらは母おやや
少おどろきしかる
ふてきさよとく六はかへ
引わたしてつみをたゞさんとうか〳〵ときやとの
いかりしをはうばいのうねめあらんはいとあやうけ
三十六のはかりても
これをいさめてきみ今三十六のはかりても
ふぐるをよしと
こよなきつかさになされて小ぐるをよし
ことにめでたきことのはじめに
人をつみなひ給はんは六十一人
すへ十六七尺二専刀筋
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
銀わうにはしらんとは思へどもいかにせんわが身はかつけの
ぢびやうありてみち一里とはゆくことかなはすうたてき
おいの身にこそといひかけてはやなみだぐめばあやおさ
これをなぐさめてしかおぼしめすならばわらは
ひそかにせんすべありかやう〳〵とさゝやけば
はゝおやしきりにうなづきてかんだん
ときをうつしけりかくて又あやおさは
ちかきほとりにしやく馬ひきの
くら八といふものあればその夕くれに
まねきよせてわが母かつけの
ぢびやうありわらはも又さきつ
ころよりひさしくやまひにおかされて
やうやくにおこたりしを石山でらの
くわんぜおんへかねてかけたるぐわん
ほどきに母もろともにあすのころ
まゐらんと思ふなりしかれども
わが母はかごのりものをきらひ給へば
馬になりともうちのせてくして
ゆくよりほかのことなしくちとりの男は
こなたにありよき馬あらばあす一チ日
こなたにありよき馬あらばあす
かしてたひねとこしらゆればくら八は
そのこゝろを得てさいはひによき馬あり
かけなどにはむかねどもくらのうへしづかに
してとほのりにはきはめてよしさきに
あたひ五両にてうらんとは思ひしかどなほ
うりかねてかひたておきぬこよひよりかし
まゐらすべしとこたへてしゆくしよに立久り
その夕ぐれにくだんの馬をひきもて来つゝ
かしにければあやおさふかくよろこびてつぎの日の
あさまだきに母おやを馬にのせていへにひとりのしもべなるへ
がてんが
つもりでかねをくだされ
〽なんだかおらには
□□□□□□□□
ゆかぬテ
〽そんならくるをかひきりの
たのじやの
作わうにはしらんとは思へどもいかにせんわが身はつけの
いしやまたのかたをさして三里はかり
ゆきしときるす介をだしときて
しゆくしよにかへしてあやをさつ
馬をおひ道引ちかへて
きそぢの
かたへ
はゝる
ほどに
〽くらは思ひかけず馬の
あたひ五両を
うけとる所くはしき
わけはつぎの
まきにて
ときわくべし
なほも
おつての
かゝらんかとて
たぶさを
きり
すがたを
やつして
みちを
いそ
き
けり
この見わし
をんなおかしのせかいでござる
をんななしのせかいでござる
此さうしにはめづらしかんべい
四
これよりさきにあやおさら母おやを
馬にのせて石山のかたをさして
三里ばかりゆきしとき馬の
くちとりのしもべるす女を
いそがはしくよびとゞめて
あないかにせんわすれたる
ことこそあれけさしもものに
ことこそあれけさしもの
とりまぎれて石山
てらへまゐらする
ふせもつを
もて来ざりき
そなたは
こゝより
●スヱ
〽しるかは
ゆくへは
しらぬ
じや
な
□□□□□□□□
もつ
を
とりてきやよ
そはしか〳〵
の所にあり
しかりともみなみ
おやこはこよひ又だうに
つやすなればそなたは
いそぎて来るにも
およばずこよひはしゆ〳〵しまに
きうそくしてあすはつとめて
むかひに来よその来んとする時に
これをしやく馬のくら八にたしかに
とゞけよといひつけていとかたくふうしたる
ふみはこをわたせしかばるす介は
けいせはすは二鳥刀扁
ししよに立かへりさていはれたる
ところはさらなりあちこちを
したづねしかどもふせもつと
おぼしきものなしかくて又あけの
あさものこるへまなくたづね
しにそれかと思ふものも
なければせんかたつきてその
入印ゟこゝろをえてそこよりしゆく
かこれがほんのいき馬の
目をぬかれたと申へ
やうなもの
まに石山でらへ
一むかひにおほしに
あやおきおや子は
ませぬ
御だうにをらず
心いよ〳〵うたがひまよひてだうもりにたつぬわめ
つやせしものはあらすごとこためこれによりるすめは私なしく
京へかへるほどに三条のはしつめにてくらはにゆきおいる
そのときくら八郎兵衛をよびよびとゞめところゐさき
ことしてあれしやく馬のらんは一十日に五百かど
さだめしにけさ
ほどのにもたせ
しいぶかしきことかぎり
給ひしふみばこを
ひできてさし
ひらきと見しに
御内にはこがね五両
ありて馬のあたひと
しるさみたり売らば
きのふかしたる事を
かひきりにぜんとのことか
しなければまゐりとたつね
申さんとて今立いでしところへ参り
そのわけしらずやととはれてつざへ
十六
その日はるす介もろともにあちこちをたづねにぐりに
たえてゆくへのしれざれはやむことを得するす故はある人に
かたらふてくだんのことのおもむきを女むゑやところへ
聞えあげくら八は又六はらのけつだんしよへうつたへけり
さるほどに亀きくはあやおきが母もろともにちくでん
さるほとにすきくはすきが母もにちくてん
せしよしを初のていよ〳〵にくみいきどほりにはかにいち院の
儀ことせうして六はらへ下知をつたへあやおさおやこをめしとつて
まゐらすべしとさいそくせりこれにより六はらのけつだんしよには
伊賀のはんぐわん崩すゑくみ子を四ほうへはしらせてあやおさを
おはせしかどもすでに両三日をへたりしかばゆくへは
六
たえてしれざりけりこのゆゑに五つすゑはるす介
くら八らをよびよせてなほせんさくをとぐると
いへどもかれらがしることならざればせんかた
なくてやみにけりこのときに世をいとふたる
物はりがある人にさゝやきしは
**********************************
むし鳥村のいんのおんときに
びふくもん院のおんさたとして
せうばつにひがことおほかり
さるによりのちつひに保え
ほうのいくさおこりてしゆとく
いんはながされ給ひき今は
又亀きくが院の御ちやうあいを
かうむりておんまつりことにひがことおほし
しかのみならずかまくらにはし
より朝の後室女子のまへ
武家のせうはつをせう
とりおこなひてあま将ぐんと
るすめまゆをひそめそれにと思ひあはすることありそのゆゑはかやう〳〵とあやむさかやうに
まやらざりしことのおもむきはじめをはりをときしめしてさつするにおらがだんなはおやこへそうに
しめしあはせてち〳〵てんやし給ひけんあろせうしやとさやけばくら八もおどろきあきは
ました
ゆゆぶん
ついて
あけま
せう
〽かへ
庄
〽それはさて〳〵
せうし千ばん何も
□つかひなことはござらぬ
いつまでもとうりうして
とつくりとほやう
なされやサア〳〵
くすりが
できました
ぜうせらるされはみやこも
かまへらもよろづをんなの
さたにより世の中の勇婦
けん妻むじつのつみに身を
おきかねて旦をいきどほる
むかしたつ木のつぼねがあやまちて
けいせいつかをひらきたるたゝり
ならんといひけるとぞるすめくらは
らがことこのゝちにものかたりなし
○さるほどにあやおさはたぶさをきり
すがたをやつし母をのせたるを
おふてしなのぢへはしりつくこ五ち
えだみちそこはかとなく山又山に
たびねをかさねてしなのゝ国
水内郡戸かくし山のふもとをよぎるに
日はくれなんとするころに思はず
やどをとりおくれてあちこちと
たぎなるほどにるちのほとり一町ばかり
たばぬるほどに五ちのほとり一町ばかん
ための外とやうやくにたどりつきて一千やの
めしつかふをんなどもしてあやおさ
おや子をふろにいれやしよくを
すゝめ馬にもまぐさをかはせ
などしてねんごろにもてなしければ
あやおきおや子はなさけをかんじて
ふしどに入りて思ふりにつきぬ
そのあけのあさあるじのつきへ
ものあるべしこれしかしながらその
ひきいれたる木たちのもとに下かまへの
かぶさもんえしかば忽ち
やどをもとめしにあるじは六そぢばかりなるをきなにと
いとなさけあるものなりければこゝろよくうけびきて
□□
□□□□□□□□
〽どうぞもそつと
おさまつたら
からにも
たちたい
ものじやのふ
〽そりやどうとも
いたしませう
しく
おくすり
けいせいすいと竹研編
をきぐはとくおきいでしにはや日ののぼるころおひまでたびの女の
まだおきらばびやうふのこなたよりしはふきしていかに人〳〵おき給はずや
はやよはあけて候といふこゑ聞てあややさはいそがはしくはしりいで
わらははとくにおきはべりしかどこのじろたびのつかれにや母なるもの
あかつきよりつかえおこりてくるしめりといふにあかじはほどろきこと
そはいとなんぎにをはするならんざいはひにわがいへにはしやく
つかえの妙やくありたてつけてすゝめ給へといひつゝやがて
くだんのくすりををんなどもにせんじさせしきりに
すゝめいたはりてたびにてやむはびんなきもの也
いつまでもとうりうしとしづかにほやう
し給へといひなぐさめたる人のなさけに
あやおきおや子はふかくかんじて此ところに
あしをとゞめゑばらくほやうしたりし
かばおよそ十日ばかりにして
母のやまひはいえにけり
こゝろざすかたへ
たゝんとて
どろによご
れしま
かたへのあき地にてとし十七八
これによりあやおさは
わが
あすはつとめてかねてより
きやはんを
□あらはばやと
思ひつゝせどのかたに
立いでとと見れば
かたへのあき地にてとし十七八十七八
印ゟこのむらにはをとこすけならして
をきなはとくおたでしにはや目ののぼるころかひまでたひのもの
をなごおほし又北となりなる一トさとを
はいとはあけて候といふこゑやめともやかきはいそがはしくはしりいと思ふ
鬼童村つきとよびなしとそこには
をのこおほくしてをなごはきはめて
へすくなかりきことをもてむかしよりいの
ことわがさと人とこんえんをむすぶ也
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
それがしはたちなくて只このむすめひとりを
もてりはやとしごろになりぬればむこをとらんと
申すれども只今只今見そなはすることくをなごに
にけなき武げいをこのみて人のつまとなる
〽ことをねがはず人も亦そのたけきにおそれて
むこにならんといふものなければ
こととゝのはでうちすぎたり
又わがむすめは物ことに
くわん龍のもやうをこの
みてきぬに
まれ
おびにも
あれ
りやうの
ぬひある
見ゆるをなごのをとこめきたる
よそほひしてひとり武げいの
げいこをしつゝ木太刀をつかふて
ゐたりけりあやおざしばし
これを見て太刀すぢはきよう
なれどもまさりの用にはたちかたしと
ひとりごとせしこゑのもれてやくざんの
をなごは見かへりてあのをんな物をかいふ
わらはがわざをつたなしと思ひなばいざ
印
はるかうし
ろへけしとんで
□その身もとのによこざま
はたとまろびてふしければ
あやおさは木だちをすて
はしりよりつゝ引出こしいたみは
せずやけがはせずやゆるし
給べとゑしやくをすれば
〽このところ両人はけしき
たちまはりなれば
ものを
けきた
れば
こと人ら
さと人ら
一おしなべてふせん龍
ころも手とあだなを
おはしてよびて候
思ふにきみはよの
思ふにきみはよの
つねのふじんにては
をはすべからず
六よりてせうぶばけつせよこえ
来ずやといきまくこゑをあるじの
をきな聞かけていそがはしくはしり
いで女中よひになかけ給ひそ
かれはわれちがむすめなるに
うまれつきたるさがにやあらん
くだんのむすめはひざ立なほして
わらはまなこはありながら人をも
しらす身をもはからでこよなき
ぶれをしはべりぬゆかさせ給へとぬかづきて
身のあやまちをわぶるになん父のをきなは
かつかんじかつよろこびてあやおさにうちむかひ
それかしはいへ代々むらおさをうけ給はりて
ことばかきぬとよ玉が
ひつせいもつともおち
来るところ
なるべし
いとくりはたおるわざはせど
くが見庄国とよばるゝもの也
いとけなきより上げいをこのみて
□とけなきより□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
をとこたましひあるににたり母はそれを
苦にやみておとくしのあき身まかりぬゑかれ共
それがしはかれがまに〳〵とゞめもせず両天の
師せうをとらせていさゝかぎげいをならはせたり
女中もさだめて武のわざに心かけありとおもはる
しよせんかれがひぞみなればうちころし給ふともくるし
からず下太刀あてと給ひねとひたすらにこびもとむるにぞ
あやおさは両壱度ぢするといへどもゆかされねばしからば
ぜひにおよびがたしおあひてになりはべらんじんぶ礼はゆるし給ひねと
ゑしやくをすればくだんのむすめはいふにやおよぶとのきほは
たけたそのまゝうちにはしやと入りてかへにかけたる
なぎなたと木太刀をとりてはしりいでながき又ぢかき
いづれなりともえらみとりにせられよといふにあやおさ
ほうゑみてわらははうちものにきらひなしおん身まづ
とり給へがしとゆづるにひるまずくだんのむすめはかしの木
にてつくりたるなぎなたをかいとりて水くるまのごとく
まつしつゝすきをはかりてかけんとするをあやおさは
木たちをもてたちまち丁とはらひのけづけいりて
かちをとらんと思ひにければあしらひてふたあし三あししさりに
けれはきんのむすめはしみてしたびかけんとするとするとまろを
ければくだんのむすめはふみまいみてふたゝびかけんとするところを
あやおさすかさずはねかへせばむすめがもそるなきなたは手印人し
女郎花村をゝろと
大米といふとい上場
又此ところの里の名を
ゆゑかしらねども
いにしへよりして
右の下ふ
〽トうちにうちなばうちもたふすべかれど身をいためすして
よびなしていかなる
めしおかせ給ひしにかやう〳〵のことによりつきへ
ねがはくはじつを
あかしてなほこの所に
とうりうし給ひ
むすめに武げいを
だをしえ給はゞこの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さいはひ也
やよはつき
手はやより
してこの
かたさまをし
□□□□□□□□
おやと
たるみ
やらさと
いふに
ころも
のやおきを
師弟のちぎりをこひねへは
あやおさはいなむによしなく
にあるじおやこにうちむかいて
今は何をかつうはべらんわらはし
西めんの武士なりけるつく井兵衛太郎が
むすめにてあやおさといふものなり父の
兵崎太郎が身まかりしよついへをつぐへき
をのこなければわらはををんなむしやところに
同十二日
同十一月十一
十二丁目
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まゞき亀きくに
にくまれて
わざはひ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
此身にせまり
〽わざはひ
内
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
得ぞ母をともなひ
父かたのゆかり
ある武田
どの小身をよせん将
十二丁
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おくれし夕ぐれにめぐみをうけしのみ
しましまし平ならで思ひかけなき母の女まひを
ゆるやかにほやうさせてつひにおこたりば
はてしこと大かたならぬなさけ
よれりかくまで
のおんかへしにわらはがおぼえし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽わざのかぎりは御そく
ぢよにしなんせんころも手どのが
このとしころならひ給ひし太刀すぢは
はなやかなるをむねとせしのみまさかの用には
たちがたし今すこしならひ給はゞ妙しよにいたり給ふ
べしといふにおや子はます〳〵よろこび庄内はむすめが
ためにその日酒えんのむしろをひらきてあやおさ
〽たび〳〵たのまれ
まするかほのくすり
御仙女香くはしく
おくもゝろくの
うちにのせてあり
御ひやうばん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はかなくくるゝその
しはすのはじめつ
かたに父の庄内は風
こゝちととかりそめに
うちふしたるがいりやうの
あらずしてつひに
むなしくなりしかばころも
手はうちなけきつ
なきがらをのべおくり
してあとねんまつに
たしとむらひ
しかれどもこの時まで
さだまるむこのなきにより
いへにひさしきおとなけら平
といふものを
かりに庄やく
代として
こうきの
ごとをつかさ
どらせ
ころも手は
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽おにといふのは
いつはりでそりや
山だちのわざであろ
なほあやおさに
しくんられたる
式げいをのみ
折〳〵にふへし
つゝなすことも
なく月日を
おくるにはるは
たちなつすぎて
おやこをりてなしつゝ師弟のちぎりをむすばせける
さるほどにあやなさは父の兵衛がつたへたる十八ばんの
出げいのひじゆつを日ごとにころも手にをしえしかばおよそ
金ねんあまりにしてころもでが武がい上たつしてあなどり
かたく見えにけりかゝりしかばあやおさはある日ころもでおやこに
むかひて月ころのもてろしをよろこび聞の元今ははやころもで
とのゝげいじゆつ上たつし給ひたればいさゝかもかけたることなし
なればかねていひつるごとくあすのころたもとをわかちて
はじめよりこゝろざすたけゆどのへ
おもむくべしといふにおや
子はわりなくとゞめて
ねがはくは此所にいちごを
すぐし給へかしさせる
もてなしあらずといふ
こともともかくもと
ふたかたをやしなひまゐら
せんといふあやおさ聞て
さればとよわかれはをしく
はべれどもとてもとゞまる身に
あらねばあすはつとめて立いでなん
おちついてのちにこそふみもてあんひを
つけでとゞまるけしきなかりしかばころも手はせんかたなくて
色とはかりてはなむけにしやきん北両をおくりけり
そのあけのあさあやおさは月ごろ高屋に取
かひおかれしわが馬をひきいだして
母おやをたすけのせ庄内ところも
手にいとまごひして立いづればころも
手は五ちのほど一チ里ばかり
おくりつゝなみだをながしてわかれけりあやかず
おさが事このしもに物かたりなしむしら
とふべきにみづからあひし給ひねとねんじろにわかれを
とふべきに又づからあびし給ひねとねんじろにわかれを
馬頭九かと人はおそるゝ
ゆだんのならぬ
あき七日のころに
ことじやのふなりぬのこるあつさのたへ
〽君つちうのがたかればころも手は
二恩いちうの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たて山からかどのほとりに竹のせう
地ごくのおにが
たながへしたやらうちかけて思ひとり
江戸がくし山のもみぢばにそよふくうぜを
つまこふしかさへ牛頭をまつほどにおもて
のかたよりうそくを
馬頭物かと人はおするゝのかたよりうそ〳〵
くりやのほとりを
こゝらのふうぶん
ませきする
のぞくものあり
おおころうねはや
すかし見て
そは何もの
□□□□□□□□
べちやれへがきことうの
おさが事このしもに物かたりなし六十五
けいけせいずいご伝初給
よ〳〵見れば折〳〵来ぬる桃木繁みとりのよと七遠ろも手はあざわざらひても
よ〳〵〽けれは折〳〵来ぬる桃木新にこりのよと七き門も手はあざ日らひて
あなたそがれに何ことぞうそくそこらをさしのぞくはあしもとを
見介為にうといはれてよこ七かうべをかきのな何とも候はずこゝの
をとこゑゆすき蔵をさそびいだしていつはいのまゝと思ふて身ごとは
来たれどもおん身がそこにゐ給へばなほよびかねとかくれしのみと
としのなつことにしゝたけ出てたけゑいたけなみどを折〳〵もて来て
うりたりしにことしはおとてもて来ぬぞとこはれてよこ七されば
とよさだめて聞もおよばせ給はんちかごろ戸がくし山にみたりの鬼女きと
只ひことりとこそつた多しにかれらはもとよりけんぞくおほかりこのゆゑに
守護士が目代致しより百くわんもんのほうびせんをうけさせ給ひとかれらをから
からめとつておほやりへわたしならんといついはん〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵うるを
からめとつとおほやりへわたしおもらんと思ふ也ひの〳〵もしろしくもしをきだめて
からしかくわたならんと思ふと思ふと思ふと思ふくもしあいつをためてうしもの
そくぬらが来るとしらばはやくひやうし木をもて人をあつめちからを
あはせうくはたゝき給へうちものにはいなほをころすからきをに
ますものなし又なうらさををようゐしていいいいゝうち給へ
そのときわやみはさきにすゝんでそくの大せうをいけとるべと
手にとるごとくさししめせばをんなはらはいち義におよはず
われ〳〵はおろかなるものなりとにもかくにもぢやうさまのさしつには
もれはへらじとみなもろともにこたへかはころも手は下田辺下女郎に
ようゐの酒しよくをいださせて上戸には酒をのませ下戸には
とがむればその人きうに見かへりていなし辺七ゆと候といひつゝやがてちかづくを
いふにころももけしきをやわらげそはそれにてもあるべきがそなたり
としのなつとにしたけ岩たけゑいたけなごとぞ折くもて見て〽ちやうさまを
〽ぢやうさまを
うりたりしにことしはおとてもて来ぬぞととはれてよこそされば
うしろだてにこゝらへ
来たら
すみてよな〳〵ちかきさとにいで人をころしたからをうばふそのたけきことからざをでたべし
たゝきたふして
大かたならばむかしかの山にすみたる鬼女のこれもちどのにうたれしはたゝきためし
やるがいゝのさ
守護の。目代もしより百三わんもひほうびせんばかけさせ給ひとかれらめ
寺僧へ近代にはより百三わんものそういぜんはよけさせ給ひてかれらをからん
〽そんならおいらも
とらせんとし給へどもたれとことむかふものはなしかやうのさはりあるによりしくたけ
まくらもとへ
などはおろかつこと木をさることもかなひがたしとつぐるをころも手うち聞てわれも
亦かの山にをんなぬす人どもがすむよしをきかざるにあらねどもさほどのことゝは
ひやうし
思はさりきもしよきしいたけ岩たけあらばもて来よかしとあつらゆれはよこそつくゝろ得と
木を
いとまこはしてかへりけりから金かはころも手は思ふむねあるをもてつぎの日酒井しらを
ようはして下むみなるをんなどもをこと〳〵〳〵よひあつめおのくもかねてでしらんちかごろくし
山なるほはず人らあちこちのさと〳〵をうちさわが其人をころしものをうはふとやうぶん
すでにか〳〵れなごしからはかれらはわがむらへおしらせ米んもはかりかたしわなみはな平也といへ共
いつ代とむらかきなん此むかにはをととすけなくしかも又五郎左衛門ともしよせしよせ来えがしらは
〽むかしのじんぐうくわうやうは
たとへにひくもおそれおほいか
いにしへのおほす子ちつ
いにしへのおほは子ちか
ごろのともゑ御ぜん
をんなもきゆうの
ものはあるちからを
あはせてまさかの時には
おい
せう
七十
□□□
はたらいたがよいぞへ
〽とかくひやうし
おの〳〵鬼女きゟといひふうしあまたの手した
あつめたる三人にのぞくふありその弟一の
かしらをばぬば玉のくろひめとよへりこは
ちかきよつむほんによつてほろびたる城田の
小六郎すけもりがいへのこ何がしが後家土にしてとしは卅
五六なるへしさせる勇りきなしといへとも
しりよありてはかりことをこのめり
第二ばんのかしらをはこしぢの今はるがくと
あだなせりこれ又すけ盛んがよゑにて
ちからたけく度けいをこのめり出る三ばんの
かしらをば戸かくしのしこめといへりこれも
ちかごろほろびたるかぢはらがざんたう
もちすへはすればみなよろこびてのみくひしつゝおのれくうしゆく
しよへかへりぬこゝに又ちかこ門戸かくし山にとりてをかまへて
にてちかみつよくころ
□□□□□□□
心よそ
この三人
のあく
たれをん
なもの
な身の
おき所
なきまゝ
戸かくし
山にたて
こもりて
あまたの
手したを
あつめつゝおの
おのゐきやうの
いでたちして
あたりのさとを
おびやかし入丁
□上ゟ人をほふり物をうはふて
山のとりでにたくばへたり
かくてくろひめ▼
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
がくしこめ
〽サア〳〵さけ
どなたもちつ
ひだりのかたへ
あそめ様に
法
今はんがくが
いひけるは此下つ
日がとりでには
もちうすでにとも
ゑくなりぬいつれへ
なりともはたがきて
けいせいすいこ伝初編
しからば川中しまへおもむきて
あまたの米をかりもて来ん
ゑばしもゆうにすべからずと
はやるをくろひめおしとゞめて
川中しまへはたらかばそのみちのほど
ちかみちをうちこえてゑちごのくにへ
おもむくべしそのゆゑはかやう〳〵と利
がいをときてさとせどもしこめは
しきりにいらだちてすこしも
これをきかざりけりさとこの
くだりのもんだうは第五のまきにて
ときわくべしおよそ此たびしんはんの
初へんはすべて八さつなるを
とものがたりは御たいくつと
四さつつゝに引わけたり又此つぎを
御らうじて二へん三へんそのさきのさこ
たよりよけれどおなじくはくろひめ山より
わるいりやう
けんだぜ
き〴〵までも
家傳神女湯城龍撮影一包代百洞
御ひやうばん
川中じまはいらぬものそりやア
一大包代弐朱
精製奇應丸
小包代五ト
中戸代五五
弁
やくしゆをえらみ家でんのかげんにしたがふ
まくをもかゝそうあら
こゝをもつとそのこうあたかも神のごとし
真方熊胆黒丸子一包代五分
くまのいをもつてぐわんすおほくのりをまじへで
婦人つぎむしの妙薬一色六十四文に包二三文
人千元飯田町中坂下南側門方みて店向瀧沢氏
伊勢伊頭神下同朋町東こと丁瀧沢氏の出しく
聚所
美竹菅森伊賀部明またしま丁いづみや助兵衛
同慈さい橋から物丁かはちや大路
〽なにさ〳〵川中じまでも
松ざかじまでもとんぢやくはねへ
おめへがたきがなくは
おめへかたきがなくは
わつちひとりでいつて
見せうよ
豊国画
馬琴作
筆耕千形仲道
〽ゑこさん
回
同
御免
日光
御参詣供奉御役人附
街宮
横本
全一冊
袋入
文
御免江戸暦開板所
毎年十月下旬より売はじめ申候
御注文被仰付可被下候
九
政
新
撰
晦日本名所之繪唐紙樹一枚葱齋劔形紹眞筆
一噺日本名所之絵
日本名所之繪
此通は六十勢州の国々島々御城地神社仏閣名所古き山川の勝出景迄申いあたり見る如く
地理方角かたちを正して広大の日本伊海をと〴〵く〵く往て見るがことき絶品の珍書なり
年
丙
戍
孟
春
仙
鶴
堂
幾
撰
輔女古状揃國生竹太夫高井蘭山編撰
此書は只今川状をはじめ己下の状すべて九所端〳〵いまし居たゝる賢女の奥女の音おかれたる名文を参らび
あつめて猶これに訂正を加へ児女の教訓多しなことなりて女人の事事甚多くなりて。
早操
自在
日光道中記一枚摺
昌光四海道宿様問屋駄堀等こと〴〵く改やしき道のもの
小数を其所〳〵にてかしこへ何里こゝへば何程と見安くなり
此書はまはりとほき文字をのせず只幼学通市便利の
字を引歩くゑとみて初学にも益ある節実也
子供節用集全冊
婦人つねり産右におきて重宝いにがる也
りもなき女用無類の用文章なり
御家流女用文色紙染全一冊
佐々
蓑笠は納
曲亭馬琴著
第三編三冊
六冊
玄同放言初編二編
随筆
一右第三編三冊は着用の部より動物の部の半にいたべし此編すべて古米甲類鳥異家の図に
驚みなこと〳〵〳〵感美にて詳に作者の考を尽せり狼張となく見るに固かれちずくもも僧たとへ
なし初編二編にいやましてもつとも興あるべきものになんよりてまづ通則のよして地震す
銹
還魂紙料古画入二冊出来
むかしの冊舞伎役者遊女の小伝肖像
すごとく百年前名等かりし放下師胎魚の類。南斛牽言の釈掌言の釈等ふる三名典
子を引用して考を附したれば雅客の見るべき書にはあらねど一時の暇は夥しく
改正湯補つまびるかにして此一本にて算法
豪福塵劫記全一冊
の用たらさることなき算術随一の珍書なり
稗
史
廣ハ皿
懐中早割大全
小本
ありふれし箒虫とちがひ便利をむねとしてあや
まりを改出しわらべ初学のはやく道に入て
塵劫記
同
明
達することまうやかなるちかみちの算書なり
発
鬻
植花手引糸前編出来此書はいまだ人の心付ざるもやうを品々いき
新形染彩目
前北齋為一筆後編嗣刻あつめ先生殊に思ひをこらせし一書なり
数
龍
後編
芝居
似顔早稽古後雑
役者
八文舎自笑評
三箇之津
役者評判記ニ
藝品定
当戌正月二日ゟ
□□□□□□
賃出し申候
本町通東五八丁目
東都書林
油町翠橋之西詰。
前編にもれたる品々をゑらび集め
十返金一九編
全一冊
哥川豊国画
画の道はさらなりをどり狂言抔
にも見合となるべき珍書なり
惣役者芸体の由元禄以前より当時迄年々開板いたし
奉入御銀を相かはらす酉年中三ヶの津狂言評判明細に
相撰び文談仮附駕こと〴〵く相改め御見物無かへ御方にも
次第つぶきにわかり候やうゑあらはし奉入御覧候間
一御ひいき厚く売出しより御求御高覧可被成下候
仙鶴堂鶴屋喜右衞門版
狩
狩山
馬琴作豊國画
同一
鶴喜
文政九丙戌再板
傾城水滸傳
曲亭馬琴翻案
初編第三
弌陽斎豊国画
傾城水滸傳
婦人ノ交レ短勝二男子ニ一心若同時ニ
誣[ル]亦深[シ]隣諸者[シ]義ノ女
死生能ク守ル歳寒心仙雀堂誘梓
五
ちかき世のともゑにもおとうずとこそ
聞たるになまじいにかしこをよぎらば
おとし給ふぞわれ〳〵をなごなりと
いへどもこゝらに名たゝるものゝにすら
し給へといきほひたけくたちあがるを
今はんがく黒ひめはさゆうより引
とゞめてなほさま〴〵にいさむれども
しこめはいよ〳〵いかりくるふてそでふり
はなちいそがはしくおもてのかたへはしり
まへのつゞき〽そのとき黒ひめはしこめがはやるをおしとゞ
めて川なかしまへはたちくはその刻あるににだれどもをみ
われ〳〵をとほすべきかゝればゑちごへおもむくにますことあらじといさ
けをふききずをもとむる也しあんをすべきこと
なりとてもろともにいさむるをしこめはきかす
うちはらたててなどてやおん身ふたがたがたはよそ
の武ゆうをのみほめて臥ぶんのいきほひを
たれとてうつ手にむかふものなしいはんやひとりの
小むすめなるころも手がなにとりすべきよし〳〵その議ならば
あねごたちせばひとりもえこそたのむまじけれわがころも
手をうちころして川なかしまへはたらくをたかねでけんぶつ
いでてにはかに下知所をつたへつゝひし〳〵と身をかためて
なべし村をよぎらねばからこへはおもむきがたしかの村にはおとに
きこえしふせんりやうころも手ありかれいかにしておめ〳〵と見つゝ
むるに今はんがくはげにもとさとりてあねごのいけんきわめてよし
ころも手はそのちからなみ〳〵ならぬのみならで武げいも亦たぐひまれなり
〽あれはたし
いでてにはかに下知財をいたへつゝひし〳〵と身をかためて馬にひちりとうちのれば
手したの山だち七八十人前後左右にしたがふてかねたいこをうちなちし▼
さるほどに
をみな下の
何でもおいらはころも手さんから
きおにでもはんにやでも此からされて
やたらむせうになくり
おそれてをとこはゑきを
つげんとて夜へつゞ
一十八十六すへ二時切扁
けいすいわいこそろ
来る
てきを
ひまにころも手がしゆく
しよへはゝりあつまりければ
ころも手ふかくよろこびて
一小手すねあてに身をかためて
父のときよりかひたておき
たる馬にゆらりとうち
またがりて小なぎ
哥〽とほからんものはひやう
し木の
おとにも
きけちか
○くはよつて
めいた
つき水辺水内になる目代ゆへのやしきへとてぞほんさうずしかれとも此むらのしづのめらはかねてころも手が
しかしきものはなくはこのことはしきものことは
しめしあはせしあひづをたがぐずいへどにひやうし木をもつてむれをめつめ手次〳〵からさほをしきてまたく
まつま
程なく
はやく
もちか
づく
ぞくの
なたをわきはさみ
数十人なるしづ
心のめを馬のぜん
ごにしたがへて
むらはづれ
〆
とも
□□□□□□□
がくしの名にし
おふさちからをと
こにまさるといは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ころも手が
余なみを見
大ぜう
までおし
いだし
〽しこめが
その日
あいで
〇
は
ゆはめきな
こんない
ばかりだ
左ゟしわが身
もとより此むらの人
おも
てに
をくちふのこゝろなし川
なかしまへおもむきてかてを
鬼女き
からんと思ふのみみちをひらいて
のめんを
とほせかしまよひをとりてさまたげせば
かけ身には
しろきりん
みなしくひしほにならんずとこゑたりやかに
かばはればころも手も亦しづ〳〵と馬を陣
ずのうち
●やぢんにのりいだしておろかやなぞくふども
ぎに金原流
なんぢら鬼女にのいでたちして愚良欲ををどしあまり
をもてうろこ
かたをひまなく
緋ひのはまのそばたかく
とりもえぎをどしの
はちまきしてかみをうしろ
ざまにふりみだしかしの木の
ぬはせたるをよそほひて
さへむほんをおこすときこはしかばからめたつておほやけへ引
もてゆかんと思ひしにこゝへ来つるはなつの虫山みづから
とんで火に入る也わが身はをなご也といへどもいへは代くむらをさ
たりいかでかばおめ〳〵と此所をとほさんや川ながしまへ
ゆかんとならばかうだをおいてゆけかし
わらひつゝさわぐけしきはなかり
けりしこめはこれを聞あへず
ながきしめもくにみがき
にくきあまめがくわう
しろのうすがねをよりかけたるを
ゆん手にかいこみくりげの馬に馬ぐそく
かけてあたりもせましとあゆませたるその
手にしたがふ山だちどもおの〳〵鬼女きのいきまきてしゆもく
めんをかぶりてつくぼうよりもいかめしきがたなるかなさいほう
しゆもくを手々に引さげたりげに水ぐるまのごとくふり
ことのていたらく大江山のどう子なら
げんかなその義
ならば思ひしらせ
かけてあたりもせましとあゆませたるそのそこうごくなと
水ぐるまのごとくふり
かはしてつぎへしゆ
四日
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ずは又これすゞかの山にこもりし千方がため
たぐひなるべしと思ふばかりにあやしくもいとおそるべきいでたち也
そのときしとめは馬をすゝめてころも手をさしまねき町右へし
〽にげるな
ぜなかに
〽用がある
ひとつ
どきり
づくにはかなはす
ともにげることにはまけやか
しねへソンからさほがきたぞ〳〵
十八十六七十万円
けいせいすいことは神編
廿二
うちこむぼうをころも手はやくやりちがはしてゆん手のかたへ身をひけばしこめはへ
くうをはたとうついきほひとゞめかたくしてころも手がめての
かたへ馬をのりつけたりければころも手得たりと
こぶしをかためてしこめがぼうをうちおとし
ひるむところをつけ入りてたかひもむづと
かいつかんでまなこへだかくさしあげて
やごゑをかけてなげたりければ
つきころも手めがけうつてかゝればころも手はやくむかへすゝんでなぎなたをもて
うけとゞめ人まぜもせず只二人にしばらくいどみたゝかふほじとにしこめがいちつて
左のなかゟせどぐちより
しよいんのにはへず
一み入り大地にはた
ことひれにてしき
りになみだをなが
みかたのしづのめをりかさなつて
おさへてなはをかけたりけるぞくの
大せうすでにはやいけどられ
たりければ手したの大ぜいおど
ろきおそれてたつあしもなくにげ
おひつめなぐりたて〳〵いきをもつかせずおやたりける
すで□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はしるをみかたのしづのめどつとおめいて
からさををもそたんへいきうにこゝにうちふせかしこに
ころも
手は
はや
十ぶんにかちたれば
あげかひをふきなら
させてみかたのをなごを
ひとつにあつめいけどり
半
〽ハイ〳〵
その
とても
になたに
ははたち
ませぬしこめと
□□□□□□□
ゆゑ
だづぬ
れば
いつしよにいましめ
二人の
られてくびの聞に
なほちふとかくご
きわめてまゐり
ました
左の方ゟ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ようべをもた
げてさきには
誰をもぐせず只二人をみなべし
村へおもむきけりさる程にころ
しこめわれ〳〵
がいさめを
たえて
も手にいけどられたるていたらくしか〳〵也
とつげしかば今半がへおどろきさわ
ぎて今ははやぜひにおよばい
なほも手したの
かずをつくしてわれ〳〵
両人はせむかひ衣
手とせうぶをけつ
してしこめをすくひ
しこめを引たてさせてしゆく
しよをさしてねりゆきぬこの
をるほどにうちちらされたるぞくふとも
にげかへり来てしこめがあへなくころへ
ば玉の黒ひめこしぢの
とき戸かくし山のとりでにはぬば玉の黒ひめこしぢは
今半がくちしとめがいくさをあやぶみてうはさをし
とらんのみようゐを
おきたるしをとなけら平はしり来て戸
も手はしこめをしゆくしよへひかせかへりて
しよいんのはしらへきびしくつながせ今ふたりの
ぞくふらをもからめとりてもろともにおぼやけへ
うつたへまつらんおの〳〵きうそくし給へとてにはうに
かゆをたかせさけをあたゝめさせてしづのめらを
ねぎらふほどにさきよりとほ見にいだし
かくし山なる今半かく黒ひめとへ
共に来れりとあはたゝしくつぐる
にぞころも手は又せいそろへ入
してうちいでんとする程に
くだんのぞへふは只
二人すご〳〵として
右の下
もちひ
はた
□□□□□□□
〽スリや
せよと
いそが
せば
義を
たてて
〽黒ひめきうに
もろ共に命を
おしとゞめてそのことけつして
無用也われはゞめよりいひつるごとよ
すてに来たといふ
しこめはころも手があひてにあらず
われ〳〵とてもかのをなごにちからをもつてかつことかたし
かやう〳〵にはかりなば万にひとつはかりおほせてしこ
めをすくふこともあらんこれよりほかに手だてはあらじと
思ひ入てさらや人にぞ半がくその後にしたがひてま右の女
〽ゆのかはテしほらに
右の方へ
ないせいすは二専切扁
廿三
給へといひつゝ
も亦ふりひ
しなんのみよりて
すいさんしはべりぬ
つゞきし又うちなげくがきことはわれ〳〵はむほんのざんたう
上にをつとゝたのむものなく下にはたよる子とてもなし
身のおきところなきまゝに戸かくし山にこもりし日より三人
かたく義をむすびてあねととなへいもとゝよびたとへおなし
日にはうまれえずとも只かなし日にしなんとちかへりしかるに
にこめはとほりらずかうべをこそはねらるべけれさればとて
きみにむかひてうちみをかへすにちからおよばずすくはんことは
いよ〳〵かたししよせん三人もろ共におん手にかゝりて
しなんのみよりて
〽ハテいゝものが手にいつたもくだいどのへ
□□□□□□□□
かうべをはね
〽そにんすればほう
とく〳〵かうべをはね
世に二百これでもおれが当ぶんの
一左上ゟとくともなひてゆけかしと
いふに三たりはひれふしてふたらび
いくるの大おんをいつのとき
わすれんとて又かんないにむせい
けりころも手これをなくきにて
折ふし酒もこゝにめりおもらん
汝をのむやととへば二人のひとて
ことばをそろへて死することだも
せいとはぬものをましてやきみの
いずつしりまだそのうへに小ばん三まい
おれが当ぶんのいなみ申さんやと
たまはるものを
いなみ申さんやと
めのみしろはた
さんあるの
こたへしかはころも手
かれらに酒をの兼て
なみだに
ひまは
なかり
けり
ころも手
つく〴〵うち
聞て心のうちに思ふやう
およそ此ものどもはをんなにはふさはしからぬむほん
人とのこつちやうなれども義を思ふことかくのごきは
ますらをにもまされることありしかるをわれや
今此ものどもをからめとつてつみにころさば
世の人にさげしまれんひそかにはなちかへさ
ばやとはぢのうちにしあんをしつゝ
黒ひめ今半がくにうちむかひて
一はなぢて山へかへすとき
ねんごろにいましめて
身おことちむほんのざんたう
まんがなほつて
也とも友を思ひ義をしる
来るはへ
ことは賢妻けんは女れつにはぢ
さるもの也今よりふ義のこゝろを
とゞめてまことのみちをまもれかしと
きやうくんをくはへしかばみたりはしば〳〵
あしおがみて戸がくし山へかへりけりかへて今
〽半がへしこめらは黒ひめと共に
戸かくし山のとりでへかへりて両人
ひたすらくろひめのはかりごとを
ぼめしかば黒ひめきゝてさればとよ
わが身苦肉おくのはかりゞとをもて
おことらをからめとつてもく代にわたすべき
おことらがいふところわが心にかんずる
よしありきう驚ふところに入るときは
かり人もとらずといはずやわらはいかでか
よりてしこめをはなちゆる
でしてかへさんと思ふかしといは
づれてふたりのぞくふらは
やうやくになみだをとゞめて
おんこゝろざしありがたく
よろこばしくははへれ
ども
▼しかるときは
ははちてやたゝびかへすべからずすでに立こめをゆるしたり右の下へ
ぢやうさまを
まきぞへするのとが
あらん只もろともにいましめて
〆もく代へひき給ひねとことば
ひとしきかくごのけしきにころも
手いよ〳〵かんたんしてつひにしこめが
いましめをこきゆるしつゝ黒ひめと今
手がくをもまねきちかつけわが心は
のごとし今さるにまろばすべからずわがことばはやのごとし
右の下へ
十八十八十六二時切痛
からくしこめをすくひしかども
ころも手が義にいさみてま
ことをかんずる心なくは何
でふはなちてかへさんやげに
ごろも手はありがたき勇ふ。
ならすやとさとせしかば今半かく
しこめと共に大かたならずかん
ふくしてまことにさなりとこたへ
けるそのゝち十日ばかりをへて
黒ひめはしこめ今はんがくと
さうだんしてころも手が大
おんにいざゝかむくひをすべし
けれとてその手したなる
山だちにしやさん三十
たらしておみな
べし村なりけるにこるにころ
も手これかけて
そのまゝきかへせしかぎしかぎ
一ゑひめそのこまろを
きりてくらに牛の
しいたけを雉子にいつ
がひをおくりつゝめこれは
山にて得たるものなり
かすめとりたるおいへし
ねばねがはくはおさしめ
とねんごろにいはせしかい
ころも手やうやくいぎん
とらせつゝあねごたちによくいへとてねぎらひ
たてとそかへしけるすでにしてあきもはや
たてとそかしけるまでにしてあきもはや
八月十日あまりになりしかばころも手心に
おもふやうさきには戸かくし
かどかれはかへつてむほんにんなるア
かくし山の黒ひめちと▼
十一丁ゟ
さかづきを
山の黒ひめらがおくり
すゝむべく共に
そのよの月を
見んとて十三日の
ひるすぎてせうそ
ものをうけたるに
いまだそのむく
ひをせずこの
十五夜には
こをかきしたゝめ
おとなげち平に
よくその
こゝろを
得させ
かれらを
いまねきて
半〽その身をすてて
わたしらをかばふてくださる
ころも手さんこゝはわたしが
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
つきこれをうけとつかに来つる山だちに空銀一つみをかゝをかたくちさがなくみがなくかしのびやうにまなんの
が此ことをかたへ
申せばかねてせり
びのさための
とは思ひかける
なくかねのつり
ありつききりしげ
八せにとみな
きてふみもき
一もそのまゝに
うばひとりつゝ
あしばやに見
かへり〳〵立
きりけり
さる程に
けら平は
そのね
つゝ
ゐなか
戸
▲
〽いとのもつれ
のころもねがひくに
かくし山へつかはしければ
ひかれぬやぶれめをとりては
をとこいつぴきでも見かけたに
黒ひめらの三人ンは
よはさうなたけの
ころも手がせうそこを見てよろこふこ
かぎりなくつがひにたちしけら平をねんごろに
もてなして思ひのまゝに酒をのませかへりことを
かきしたゝめてけら平にわたすときかね三両を
とらせしかばけら平大きによろこびてをみなべし村へ
しれたるやす
しいれその
手じや
ゆかぬ
まだかいのぶ
たつては又
もなきあき
さめて
あはて
ふためき身を
おこしてふと
ころをさぐり
見るにわが
見るにわが
銭さい
いそぐ程にみちにてすでに日はくれたり十三日の月におく
られてひとり山ぢをくだるにぞ山かぜにふかるゝまゝにさけのえひ
いたくのぼりてあしもともさだまらずひとりよろ〳〵ひよろ〳〵
とふもとのすそ野をよぎるいごとて公のくはせにつま
とふもとのすす野をよぎるほどに松のくひせにつま
つきてたちまちはたとまめびけりえふたるものゝくせ
なればまでにひとたびまろびてはふたゝびおきることかな
はずそのまゝそこに
ねむりこけて前後も
しらずふしたりける
かゝる所に木こりよこ
七はふもとの
小しばかり
くうして
黒〽もろき
よせ給の
みだれに
サア此ひ
ほのすゞめとうの
まちくいにとり
まくともひらいて
とほるとかくしの
ふも
ふみもなし
こはそもいかほと
おどろきうれひて
おち〳〵
めが
太刀
かやうけて
ひこりつら〳〵おもふ
やうかねはうしろふとも
をしむねばしなしへんじの
みや
□□□□□□□□□
ぢを
さし
て
たち
かへるに
とみれば
みちのべのくさ
むらにたふれふしたるものあるを
立よりて月かけにそのおもそをよく見
ればかねて相しるけら平也さけのうぶんと
はなをうがちてえひふしたりと見えたるにその
ふところよりぜにさいふのなかばあらはれいで
たるをよこ七ひそかに引いだすにかの黒ひめらがへんじのふみもさいふ
黒ひもしとめ今半ばくらのゑいみさきうによめしかはかつやとろきかつよろこびてはらのうちに
おもふよういぬるみろころもねはわれをそゞろにうたがふとあらもとを見やくはなんとか〽右の口へ
けいせいすいこ博初編
と。すにいでにけりそのとき三七はこれかれ共にとりあげてまづせにさの上をたぐり見るにうもの
にはかね三両とぜに弐百あまり。あり又そのふみをひらきて見るに女文字すらよくはしらねと
いひわけ
あらず
いかにす
きと
一こんを
さためとに
からだを
いそぎら
□□□□□□□□□□□□
やうにつたへてくれよといはれたりとまことしやかにいひ
くうむればころも手しきりにうなづきてそちは
わが父の時よりしていへのことをまかせ
られしがはたてかゝるさいよくあり
いみしくはからひけるものかなと
ひたすらほめてやまざりけり
とかくするほどに十五日になり
ければ黒ひめ今半がくしこの
右はそのかくれより山をくだり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
つゞきころも手これをねぎいふていかにへんじは来ずややととににけら平こたへてさん
かの三人のあねごたちはなゝめならずよろこびてへんじをまゐらせんといはれしかどへ
それがしそれをおしとゞめて口い今へんじを給はりてみちにふりよのことあらば
後くわいそこにたちかたし此十五夜に来ますることのきうゐだになく候はゞ
口上にてこそしかるべけれとかくのごとくに申せしかばしからばそなたよき
しゆくしよす
〽人をのろはゞあなふたつ
来にければころも手これを
ひがしおもてのおく聞しきにむかへ入れてようゐの酒さなを
おきならべさま〴〵にもてなしてくまなき月をせうする折から
水内塚のもて代縄梨頼氏内部氏内名共あまた引つれて
ころも手がしゆくしよをとりまき戸がくし山のむほん人々しこしこじ
め黒ひめらの三人こよび此所にあるよしをそにんあつてたしかに
しれりはやくからめとつてわたせばよしゐ義におよばゝ家内
のものまでひとりものこさずいましめんいかに〳〵とよばはつ
たり黒ひめ今半がくしこめらはくだんのこゑをはるかに
聞てことすでにこゝにおよべりはやくわれ〳〵になはをかけてもく
代にわたし給へまきそへせられ給ふなといふをころも手聞あへず
とたとへにもれぬよこそ
くわねん
〽けらに
あざむきて
口田が黒ひめらをかりかふ
たるおぼえなしといはせも
あへず氏内へかち〳〵と
うちわらひやをれ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
つひに
するな
手うちに
せう人は
〽もくち
五十把
ありと
ごくして
あざむく
ものゝいまゝめと
ゆび
さす
あた
りに
木こりの
よこそ
したり
かほにすみいで
いぬる夜かの
くろひめるが
ことによりはからずわが手に
なんぢに
おくるへんじの
やみをかやう〳〵の
入たればとてものがるゝみちはなし
かくごをせよとぞのゝしりける
ころも手これを聞あへずその
まゝ内にはしり入て
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いかでかはさることをせんのかるアくはたにのかれのがれがたくはともにしなんしやんしこくにまち
ちかづけ六の
給へといひかけてはしりいて物見のまどをおしひらきてん〳〵〳〵りやうじし給ふなわらはがいへにしかつけ
きへ
十八
りとにたえずしてしゆうをあざむく不思のしれものくわんねんせよといきまきなく
ひらりとひきぬいて只一トうちにけら平をばらりずんどきりたふし
物見のまどにたちて氏内にうちむかひことすでにあらはれたれば今は
はやぜひにおよばず黒ひめちの三人をからめとつていだしはべらん
心こみをすこししりそけ給へとよばはりながら身をかためて
太刀をよみたへなぎなたをわきはさみいへの
四方へ火をかけさせてけふりのうちより
きつていづれば黒ひめ今半がくしこめ
ちも太刀ぬきかざしてみなおくれしと多
せいがなかへわつて入りしゆうわう
むげにきつてまはればよぜ手の
大ぜいへきえきしてうたるゝもの
そおほかりけるそのことのてい
たらくかなふべくも見えざれば
氏内は馬をとばしていのちかぎ
りにおちうせけりはげき三たりが
はたらきによこてはいどろきおそれて
引かへしてにげんとしつゝころも手にきりふせ
られて二つになつてしんでけり
ころも手は思ひかけなく水内水内水のうつ手に
とりかこまれしなんにのぞみてよりそめにも
のがるゝことをほりせざるをのこたましひあるを
もてやむことを得すさきにすゝみてうつての多
せいをきりちらし黒ひめしごめ今半がくちに
けいせい鳥刀痛
一五の春よつきなんぢはかゝることやありしとく〳〵いへとせめられてけち平今はかくすによしなくその庭
道にえひふしてへんとのふみをうし給ひしとのおもむきならしらすめてはたでうしたりしたりしたり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
十一日
家内此の成る
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
山へぞゆいされは
かうりににいゆ
らはかんにこだ
筆をおもらす
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ちいせいすいと信討訴
つゞきころも手をうやまひつく日ごとのもてなしあさからずしずしま
これをよろこばでつく〳〵と思ふやうわが身はもとこれ一トむらの
たるものゝむすめにしてをかせるつみはなかりしに人にまことを
なはじと思ふばかりに大かたならぬつみ人となりにたり
さればとて今さらにむほんにんのむれに入りてよにけが
れたるわさをせんやとばかりにしてなり〳〵に立かへるべき
いへもなしわが師なりけるあやおさどのは甲斐州のたけ
田に身をよするとかねていはれしことあればかも地にこそ
あるべけれたづねゆきてともかくも身のなりゆきを
たのまばやとやうやく思ひさだめしかばつひにくろ
ひめらにわかれをつけてたびのようゐをする程に
黒ひめしこめ今半がくらはひとしくこれをおしとめて
あねご何とてあはたゝしく甲斐へおもむかんとし給ふぞ
ねがふはこゝにとゞまりてうき世をやすくおくり給へわれへ今より
おん手につきてとりでをゆづりまゐらすべしもし又又不義のおこなひを
きらひ給ふこともあらば木をこりきぬをおりつむぎてももろ共に
世をわたるべしまげて此義にしたがひ給へとことばをつくしてとゞむれ
どもころも手はすでにはや思ひさだめしことなればとていさらも
きゝいれずこのところまでしたがひ来つる奴婢ぬらはよるべ
なき身となりぬかれらがことはともかくも
下のなりゟ
よろしくたのみまゐらするとねんごろにその
今半がく
らもろ共に
ふもとの野べ
までおくりつゝ
なみだをながして
物をのべてはやたちいでんとしたりしかば黒
ひめらはわかれをしみてその日はさま〳〵に
もてなしつゝかね一トつゝみをおくりけり
そのかくてころも手はそのあけのあさに
なひのんまだきより戸がくし山のとり
わかれけりやく
まいけう〳〵でをいでてしのびて甲斐へ
つぎ〽ころも手をかやまひつく日ごとのもどのもそなしめさらずしわれどもころも手は心に
廿六
〽あれはたしかに人よせりとも
代ではござんせぬかし
〽そんならあねごもしかんじ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かまはつて見やう
上の上の
ばごろたけ田原
そのなる
月のなか
ろたけ田原
の城丁
吉田
の府
中に
つきにけり
こゝは国主
一文の城下とて
いちまちのにぎ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ころも手は心
ばへをとこにも
まれなるべき
世にいさぎよき
勇ふなりしに
はからずも
つみをかもして
万里のたびぢに
さまよふこと
そも〳〵なにうの
ごういんぞや
これしかしながち
そのむかしかの
にはをんなだて
らのちからわざ
つぎはゐあひにくさり
おもむくにぞ奴婢女らは
□なごりををしみあへば
黒ひめしとめ
がまはみがき
やうじべにおしろい
かねふでにもとゆひ
あふう御用ならヱ
上へし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
くわの地なればのきをならべし
しあき人のくさ〴〵なる
そのなかにと見れば
け物みちのちまたのかたへ
みちのちまたのかたへに
しりかけのせうぎ
ふきや丁
ふたつ三つおき
ならべ御いこひ所
としるしたる
あんどんをはし
むすめでは
あるまいかの
ちにかけて
ふるつかを
あばかれたる
世こに名
たゝるけい
せいのその
なき玉の
しやうをひきて
かれとうまれ
これとなりたる
いんぐわをこゝに
はたすなるべし
さる程に
ころもには
夜にやどり
日にあゆみ下の右へ
▼此あひだに
おもとめなされ〳〵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一条をうるいへありころも
立よりてせうぎにしりを
うちかけてくみいだす茶を
のみながらちや見世の
かたにうちむか
ひて此城中に
こそのころ
一条をうるいへありころも手そこに
一九
したましたる〳〵の
けはせいとは二島口勇
ひいせいすいことき初刻
とはれてかゝはかうべをかたむけこの城内なる女
中たちにけんじゆつやわらのよきもありちか
らのつよきもすくなからねどさる名の女体は
しらずはべりとことなれがほに
こたふる折からこえふとりて
いろくろき大をんなのとしは
うがき〽あやおさといふふじんはあらずやけんじゆつ
やわらをよくし給へばかくれはあらしいかにぞやと
三十段ばかりなるべし八丈
きぬのおうししまなるにそで
ふたつ三つかさねたるうへには
おなししまがらの羽をりをきてしゆすの
おひをわきのあたりにむすびさげかみのゆひ
おびをわきのあたりにむづひさけかたるもの
ざま何くれとなくゐふうのいでたちしたるもの
この茶みせに立よりてせうぎにこしをかけしかば
茶みせのかゝはゑしやくしてちやをくみていだしつゝ
ころも手を見かへりてこの女中は城内にて
かやう〳〵のかたざま也只今とはせ給ひし
ことをもよくしりてをはすし
うなつきてせうぎを
はなちて小こしをかゞめ
いとそつじにははべれ共
わかははる〴〵しな
のぢより人をたづれて
来つるものなりみや
こより来ましたる
べけれといふにころも手せい
たびのゑ
六十一
左の上ゟいろも
かもなきもの
なれば人あだな
してはながちの
おたつとはよぶ
ぞとよえん
なく
いかに
おんと力
こで
おもてを
あはせん
なほかた
らふべき
こともあら
んを此とこ
ろは
さめる
きのどく
らしいはなしだ
のぶ
〽なきごゑたてと
御しゆえんをさま
たげしとておしかり
共に
たち給へ
たち給へ
ゆきていつ
こんくむべ
きにと
きにと
わりなく
そでを
あやおさといふ女中は城中には
をはさずやととはれてくだんの大
をんなもせうぎにかたてを
うさにかさ
なるなんき
せう人さま〳〵のうきて
つきながらいそがはしくゑしや□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
してそのあやおさといふ女中お
わらはもかねてその名をきゝぬぞ
つゝ井氏のむすめにてをんなむしや所には
めされしにかずきくににくまれてつひに
みやこをのがれさりたるあやおきのことなるべしちかごろ
人のうはさするをきゝたるにそのあやおきはわかさなる
たけ田どのにありといへりたけ田はひとついへなれども
甲斐とわかさにわかれてありおん身わか
ととはざりしはいとあさはりにはぐりにきとしきりに汲くわい
したりみでとてんないゝゑみてそは今きちにくやんでせん
したりしかば大をんなほくゑみてそは今さらにくやんでせん
なし今つら〳〵と見はべるにおん身も亦よのつねの
女中にはあるべからずくるしからずはなのり給へととは
れてころも手ぢするによしなく今は何をりつみはべた
らんわらはは戸かくし山のにもとなるをみなべし村のをさがむす
めにてころも手とよばれはぐりと名のるを聞て大をんなは
思へずよこ手をはたとうちてさてはちかごろこゝぢまで世の四
ふうぶんにきこへたるふせんりやうころも手どのにてをは
せしよなわらはは国主に入の女ぎみさまにつかへまつりし
はしたものではべりしを母きみなくなり給ひしのちは
みやつかへをぢしまゐらせて城のながやにひとりをり
見らるゝごときぶこつもの十六七のときだにも君の上介
十八十一春は雪刀扁
かなしうなうてなんと
か人さま〳〵のうた
世じやなが
くさいもの身しらず
とてあのしほものや
のかひなめはあまくちで
ゆくをんなじやない
よいばいの何もも
あとはわが身に引
うけてあすはさゝ
せてやろ
てやも
ぞいのふ
さへゆがずしてこの地をたづね給ひてはたえてあふせのあるべからずといふにころ一
も手うちあんじてさては思ひたがへし也たけ田ときゝしを心あてにわかさり甲斐かく
べの
しづみ
なされずスリヤ
われ〳〵が今のなん
引たつれば
ころも手も
ぎをおすへひなさ
きを
れて下さりまするか
足ありがたや
十疋ありがたや
亦よろこびて
たちいでんと
するときにおた
よろこび給へ
つはあとべを見
かへりてちや代
あす又来ると
きにわが身いつ
しよにおくべき
そといふを女ばう
や
聞あへず何
かはちや代に
およふべき
もどりにもに
よちせんと
いろへとあげ
そおくり
はてしおや子ふたりが
かめしかは
ころも手は
はながち
雲おみに
いざな
おたつ
はれて
なされて
くださう
三百
□□□□□□
□□□□□□□
いいせいねのこれ神神
つき五六町にしていとひろやかなるちまたの
ほとりにちからもちのわざをしつ大太刀をぬき
なぎなたをまはしなどしてかうぐをあきなふ
をんなあり立ごみたる人のうしろより
何ごたつなくのぞきてはれば
はじめころも手がゐあひの
師なりし人よせ
友代おもといふものなり
これによりころも子は
〽たび〳〵ながらたの
まれまする
かほの
やがて
その名を中
かけて
ほとり定宿
ちかく
ねくら屋
立より
つゝわか
山月参宿
のちの
女
香
くはしくは
おくもく
かくにのせて
}
つゝが
なきを身延山月参宿
たがひにし
〽じやまでは
あらふがちつ
とのうち
ことぶき
しゆく
八夏雪宿
さるゝを
さきを
かりるぞや
おたろは
おつた
うち見てこゑをかけ。両代わらははこの
うち見てこゑをかけ。友代わらははこの
てもなんとしてからゐつい
あねごをともなめて青善婦をへおもむく
おことも共にゆかずやといはれて友代は小こしをものであらふがの
かゞめそはしかるべきことにこそわらははやうじ
宿〽まだおかへり
なされませぬか
けさはそこをふかせも
せずちつと用るは
もあるけれど
「□左の上ゟ
たけ田どのかんじ
給ひてまことにき
どくのものなれば
かれがねがねがねがねがひに
まかせよ
とて城の
内に
十一升
おつたて
まうしませう
はうきをたかさに
しゆく
しよを
給はり
みや
おつたてともきり
つ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
するをな
せぬてや
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ごたの
武崎を
心かけんと
思ふものには
手がまじより
ぼうゐあひの
わざををしえよ
かしと仰られて月
ごとのふち米衣ふく
のりやうまであて
おこなはれたりければ
あだちは達公と名を
あらためて城外せよい
あらためて坂がんくわい
にいであるくに
はみがきを
今すこしあき
なふてあとより
まゐりはべらん
といちへてぶたゝび
もろへにものを
うらんとする程に
いうだちて友代
ゆくならはやく
ゆけ此人〳〵も
何ことぞものをば
かはでいつまでか
たちすくみに
なるやらん
日のみだか
きをしら
ずやと大
ごゑあげて
にうみちら
せしけし
きにくん
じゆは
きもを
つぶして
みなちり
おりに
君の中へ
おたつはまちわび
いかだちて立代
のふちに
はなきれ
かごのとりの
一はやしにかへる
それにもまして
身をのがるゝは
うれしいけれど
あとはどうなる
ことじややうそれが
ゐふうのいでたちなりけ
わすれ
身まいぞや
「左の上ゟなりしかば友代はぜひなく物かたつけて
かたへの茶みせにあづけおきおたつころもふと
うちつれたちで青善様へおもむきけりそも〳〵
おたつひそのはじめ国主臣の母公はゝにつかへし
ときあだちとよばれしはしたもの也かれあくまでに
ちからありて三斗の米をはりたりしたちうすを
あちこちともちはこぶこと自在計也それのみ
ならずあさゆふにしゆろはゞきをもて
おのづからぼうの手をしゆれんして一家
中の武士だにもおよぶものなきにいた
れり国主此よしを聞給ひて今又や
こには院心の御所どにてをんなむしやを
さなりめさるゝとうけ給はるいはんや武家においてなとてその名はたかく
さるのんをやとりたてとりちかくめしちかくめしめかはんと聞えけりみれは
〽やけのたまひしをあだちはかたくぢしまうしてなほおたつはその日こなりこなり
そのまゝでありけるに女きみなくなり代をともなにてあそやぎ
給ひしときたけ田どのをしませ給ひてまちの橋つめなる音名と
女もいばやうあだちに身のいとまを給はらずしかるべきいふ酒水におもやき
家中の武士によめうせて給はるべしと仰くだ
されたりけれともあだちはこれさへぢし申てかくわがましさせて人にすめみれも
なる気しつなるにかほかたちの人なみならねばせうがいのみくひなどするにるにかたし
人のつまとしもなるべくは思ひはやらずおんそばちかくめしつはその身のことをもの
つかはれし女中たちにはでりなばづかしきみのほだいの雨にかたりころも吉はる
あま法師ともなりはべらんにいとすゑ〴〵なるものなればそれ
がゝさへゆるさせ給はぬなるべししよせんみたちのとざまに
ますはいのありていちごをおくりはべうましと思ひ入りて「暑の下へ
しれば人みなこれをしらざる
ものなく市まちのいたづらものも
すべておたつにおぢはがりて
けんくせこうろんまれなればたけ
田どのよろこび給ひてかれが
そだろにいてありくをいさゝかも
とがめ給はですべてそのゐに
まかせ給ふにおたつはそのさが
さわがしくてひと日もこもをる
ことえならず又只酒をこのみし
かばえふたることはつれなれども
さりとてあやまちあるとなけ
れはをとこまさらの大な
てなとてその名はたかく
こと聞えけりこれはきなき
あまたの酒さかなをいたが
させて人にすあみれゆ
いみくひなどするにおたし
つはその身のことをもの
かたりころも手は芦
かくし山なる黒ひめ
しこめ今年がくらが
ことのおも
むき□□
十八すはすき
ひいせいさいこ何未刻
一つゞきわが身は義によりまことをかんじてうつ手の
音せいをきりちらし戸がくし山にもとゞまちで
はる〴〵こゝまで来つるよしをすこしもつゝまず
つげにければおたつはひさすらころも手が人の
為になんをおもはでそのいへをさへうしなひし
尤ばえをぞかんじけるかゝる所にとなり坐しきに
人ありてなくこゑしきりにきこえにければおたつは
たちまちきやうをさましてたなそこをならしつゝ
このしだし屋の小ものをよびてわが身
左の上ゟほとりなるしほ物とひ屋にがひなといへるは「上助さうだんあひて
御製もちのあき人にてそのうしろみをするをとこをなるものなければ
〽思いをきりちらし戸がくし山にもとゞまちで後家もちのあき人にてそのうしろをすることをこをなくものかけ
代野だい介兵へどかいへりさてかのかひなはさきつころ
まらべでんがくの金主をするにひとりの大夫ふそく也
やさの介をかへんとてそのだんかふにおよびしかどもその
とつひにじやうじゆせずしかるにかひなはやきのなが
きうきん百両の手かたをかゝせてかねばいまだわだわた
さゞりしにすでにかねをはわたせしとてせめはたると
大かたならずいとくちをしく思へどもやさの
〽ねぐうややど六
介はとしまだゆかずわらははをんなの
「上ゟさうだんあひてて
なるものなければ今さら
まことそらごとおいし
あきらむることかな
只そのおひめをつ
なふ為に日ごとなことなことなことなし
の小しきをかりて
やさの介がいと竹の
そやらべを当坐の
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まれ人をともなひ来てさかづきをすら
むるになんたちは何の為にとなり
やさの介らがことを
かびなにつげんとてみせさき
ことなるにもとより此地は
たびにして
にておどろく
ぎやくしめをめぐ
きめつゝいさよなる
りしきに人をなかせて酒えん
まできかゝりて此ていを見ておどろく
右の下
はなを給はりそい
のきやうをさまさせたる
幸一
一宿サア〳〵ことだ
しんしんしやちのぢん
なかばをばはたごの
わなみををんなとあな
ばり後なめこれでも
りやうとしそのなかばをは
どりてかそのわけきかん
こりぬか
百両の利そくにかひなに
といきまけば小ものは
わたせ共もし一チ日でも
手をすりかうべをかきて
ときに
期におくるればせめはた
おんはらたちはことわり也
かれは日ごとにこゝに来て
おきやくがたのまね
〆られてたえかたく
しかるに
此両三
きにおうずるいろ子し
日はさせる
にて候が心にかなしむ
おきやくの
よしもあればうち
なきにより
なきたるにやあら
ずらんわらべにひと
しきものなればいほと
ゆるさせ給へかしとひたまちにわび
かひなにいた
くはたかれて
いかなるからき
めをや見んと
いへくろうの
とくこの所へおしいだしてわらはに見せよ
といそがすにぞ少ものはいち義におよ
ばずしてこたつをえてぞしりぞきける
かくてしばらくまつほどにとし十四
かくてしはらくまつほとに
五なる美少年に心せりとむそぢ
あまりなる老女おうとしと
やかにいで来だりておたつし
らにうちむかひおきやく
さまがたおそろひにてよく
こそいらせ給ひぬといひ
つゝかうべをさげしかばおたろは
まちかくよびよせておことらいか
なるかなしみありてこゑうち
たててなきたるぞそのわけつゝ
まずつげよかしといはれてばゞは目を
おしぬぐひわらははかまくらのものに
はべるがこれなるはひとり子にてやきの
介とよばれたりをきなきころよりでんがくの
げいのうをならはせて世わたりにしてはべ
りしにいさゝかさゝわることありてかまくらを
たちしりぞきこの地のゆかりを心あてに
おや子はる〴〵来たれどもゆかりの人はこその
ふゆ世をさりにきと聞えしかば又かまくらへ
たちかへらんと思ふ折からはからずもわらはは
にはかにやみわづらひてながきたびねにおほく
もあらぬろようをつかひはたしたりしかるに
おたつは聞てうちうなづきそはそのいろ子は
なにうのゆゑにふよくかなしむことあるやらん
こゝよりほどとほからぬえびね橋の倉のなかへ
けはせいすいこ鳴初扁
むねにみちて
うちなげ
□□□
七のまきに
きてぞ
はべりしが
といへば
ヤレ人ごろし
であく〳〵
又やさの介も
只今母の
まうせしごとくよしなき
なげきにこゑをもらして御
きげんをそこねしは大かた
ならぬあやまち也
ひゆるさせ給へともろ
ら心をやす
由にわびつゝなみだけがさくれけり
おたつは是をきくねにけきどほりに
たへずして思はずもといたをつきなと
ら心をやすくせけみ事
わが新ころ
やざすかたへ
やどにしてうがては
ごろにたづぬればおや
ふしてもししかちんには
おんめぐみにこそはべきなれは
十五丁目なるねぐら屋もと六といふ
屋をやどにしてはべるといふはの
〽おたつはふところよりの三義を
いゝころも手を見かへりてわらは計
ちとばかりのごふくものをかはやら
もちあはせしはこれのみ也おん身の名身
かし給へあすはかならずかへすべしといふなり
〽おたる
は次に
たり
作者曰
此さう
ゑぐみ
のおかし
所をは
はぶ
きて
かき
をつま
なみ
下ゟしほまぐろの
ちゑばかりをよくの
きざみてまゐら
せよといふま
かひなはあき
れはてて
などてさの
みはたは角
むれ給ふぞ
まぐろの
ちゑを
何にか
せんと
ひとさかへ
せば又一トこと
ことばのあら
そひづのりしより
かひなはおたつに
いたくうたれてつひに
いのちをおとしたる
そのゑを右に
あらはすのみ
なほその
ことのおも
むきは
又此次に
ときわく
べしゑくみのほかに
物がたりあり
心をつけて
見給へかし
きざみせ大きなる竹のかわ三のばかりにつゝみかさねてもだすをおたるは引さげてこれの手ではほらず田上
一まへのつさしころも手うなづきてそはいとやすきこと也とぞんとぞまとりいだしてわきとり
〽うへにおきぬおたつは又とも代にむるひてぞなさもすこしかせといへば両代はしよきかほをて給ふ
かにかね弐分をわたせしかばおたつはこれをなげかへして十三両をひとろにつゝやさくやさやなんとす
〽おとらこれをろようにしてあすは此地を立されかし夜もあけばりしもしゆく鳴きてもらばかり
〽そとほろそくさせん今より今よりかかまへをしてわらはをまちねとねんごろごろごろごろ
ふしおがみてよろこびいさき人〴〵〴〵にいとまはひしていすが行アふりよしゆくへとて心身心なる
おたつはしきりにかのことのはらたたきにたへざればふたびおもらんをよひとせずわつかつかいけれと
小つぶ二里をかみにひれりてなげあたへけふもちあはせはせはこれのみ也たらずはしゆく思慮とか
草とといふにゆものはうけいたゞきてこれではあまり候はんといふをばよくもきかずしていさ
てやりてたちあがればころもにも手手代ももろ共につきてしためんをりたちつゝかどよりおのりける
をころもよしゆはりよしゆくへおもむき藤代はおのが出ばりするもとのちまたへいそぎけりおみておた
つはあけのあきやきのかならがりよしゆくするねぐら屋へゆいて見るにだんのおやふにはちてよう
たびたちのようゐをしつゝやどせんなどもそのよひのまいのこりなくありしにわたてひそかに
おたろをまちてをればいそがはしくいでむへてそのかうふんのよろこびをのぶるをいたろはめし
そはやくもなき地義也とく〳〵ゆきねとひそびすすにぞやきの介は心おくもろ共わとのひもをしめいていと成
こひていやんとするにあるじやどはおどろゐてあはたしくおしとめおん身おやきはなまよみ成に白玉の男女の男女
ありしんを我こくまなちやりてはわれそのたうをいがれかたしくだんの手のすまではいつ也かにかに見ぬこと
とくせはしくいきまきて引もどきんとしてければかたつはまなこをいみしてその手にはわらはがかへさんがたても
さうすとゞむるかとにそみつけたるいきほひにやど六は思はずもあたしざりまるそのひ給ひ給ひにやさの
〽それは地のなや〳〵〳〵〳〵〳〵きりてさがみぢさしていそぎよりおたつは心に心にかのかやにをみせせん
と思ふをもてみせたか中にしりをかけていつまでもいでてゆかねばやど六はくだんのよしと
かひなにつげんと思へ共おたつがこゝにをるをるをてそのこともかならねば気をのみもみてオを
うつすにまひるのころになりしかばおだろはよきほどなるべしと思へばこゝをたちのごと又
なまよみなまよみへおもむきけり折かちらひなは見世にをり只今おたつが来つるを見て
いそんしくもとしをかゝめかたつさまめづらかに箔の御手で来ませしとめばおたつはおたれはたよおくなくあたま
の御用ありしほませんのちゑなきところをしますばかりさいのみによくきごといふまいまちといふに
ひなはこゝろ立てもとめるけの介参にきらせんしたりしをかたかたつ心きかにおしとせて
かむろはこゝろえて。まとめかけの介ますきらせんとしたりしをおたつはきせうにおしとめていなごとり
たるは御用仕はたちかたしそなたきぎみてまゐらせよといふにかひなはやむとをえすみづからまぐろころこまかに
将棋
豊国画
須賀
再板
水滸傳
馬琴作初編第四
けいせすいこの
豊国画仙鶴堂梓
七
いからそなどてやきざみてまゐらせぬその御用をしらずやことこゑ
あらたてとくとくとさいそくするにせんかたなくかひなはちゑをごまかに
きぎみぞつゝみていざとくわたせしかばおたのはこれをもひきさけて
またこのほかにのぞみありしほまぐろのほねばかり
一トますききみてまゐらせよといふにかひなは
むつとしてなどてやさのみたはむれ給ふぞうへ
御用をけんにきてゆすりに来たかとつぶやけは
おたつはこれを聞あへずゆすりに来たとは
たがことぞおのれらごときげんさいにたはむれ
いふともたれかとがめん
今一トことかへして見よへれどを
ちりみたれとぶゑほまぐろのちゑすかくも
いでばこそかひなも今はこらへかねておのれ
あまめが何するぞといきまき
ながらをどしのほう丁ひてめるしの
うたんとすゝむをおたつはえたりと
引はづしてやいばを丁と打おとし
ひるむところをむなくらつかんで
しほものだいのかたすみへはや
おしつけてうごかせねはすけ兵へ
あなやとおどろきさわぎて引はな
さんとて立よるところをおたつは右の
さきにゆどにはやさの成へおや子がことを
せずやとのゝしつたるいかりにたへずうさけし
まぐろをはたじなげつくれはかひなはめつらを
いたくうたれてつゝみはとけてあちこちへ
かくれのない
はなからの
おだつで
ござります
やごどのが
せうにん
あしをとばしてたちまちはたとけたりし
たば介みはきん玉をけられてあつとさけ
ひもあへずうしろざまにぞたふれけるこれより
そくはやく
御けんぶんを
おねがひ
おねがひ
なされて
ませ
くださり
ませ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かきかんかはたうなくまごろのちゑを切しともともざりしかれたつはまなし
かしそこの見せさきまで
出来たれどもおたつがこゝに
ゑてをればさうなくは入り
にてばればさうつくはへり
かねてゑほものたばらを
たてにしは此ありさまに
ごとろきおそれて
立もくぎらず
いきもせで
ぎへつぐ
庄屋
あは一を
はたりてかれらおやまになん義をかけかの身のあふらを
かずにもたらぬあき人の後家北にして甲斐州の城下に
ありながらなまよみやといへなしたるは身のほどしらぬ
せんゑよう也かたまでおかせるつみとがのてんばつおもひ
しらせんとのゝしりせめたるこぶしをかためてみけんを
はたとうちしかばはなちたく〳〵とながれつためて
すはうのとくりをたふせしごとくめのたまたかく
とびいでてかべよりおつるかたつふりににたり
かひなはすでに大りきにむなぐらをとりつめ
られていきもたえ入るばかりなるに今又
又けるをいたくうたれていかでかはたまるべき
たちまちうんとのけぞるところを
おたつはなほもいかりにまかしてつゞけて
三ツよつうちしかはもろくもいきは
此げんさいめがじゆつなきに
そらしにをしたればとて
たれかはそれをまごとに
すべき此よしをうつたへ申て
あかさくらさをたつべきぞ
おぼえていよとのゝしりながら
しゆくゑよにかへりしかども
ひるまぬさまにあゆみいでとやがて一
たえにけりおたつもこれにおどろきて
世のふうぶんに聞えたりそれのみならずちかきころやきの介
おや子をしひてかしもせぬ百両のおひめをおはし利そくを
しぼりとりしはこれうへもなきひどうならずやかつなんぢは
印のつゞき
なほもやうすをうかゞひけるそのときおさいはこゑふりたてすかひさねはしははしまな
しりつらんなんぢにつみとがあまたありまづしきものにせにをかし
利をむさぼることはなはだしくはたることもひどければつひに
子をうりいへをうしなひ。ろとうにたつものすくなからずと
〇〇
印のつゞきはやくも
ちてん
したりける
ざる程に一
ねぐうやの
ねぐうやの
女やど六は
田の田
おたつがいでて
ゆくをおそと
くだんのことの
も人につげしらせて
ていたらくをあたりの
○もろ共によびいくるに
かひなはみけんを
打やぶられ目の国
さへにとびいでとしにたへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はからす□□せざきへ
まゐりあはせさきへ
まゐりあはせて見とゞ
ましたみ足が申二
けんまのあひては
はなからのおたつけ
さうゐごぎり
ませめ
□□□□□□
むたいのしつた
かたきを
とりたうそんじ
田田
ね人を
御せん
ひとへに
ねがひ
する
たればすべもなし成竟やうやくいきふきかへして
いかりにまかせて
かひなをうちも
ころせしはをんなに
ころせしはをんなに
にげなきあやまち也
さればとてかれらが
ためにげしにんと
ならんはくちをし
只すみやかに
なんを
のがれて
又とも
心のうちはやすからでひとり
うら〳〵思ふやうわが身いち時の
こんゐといひ
ちとの
ろようを
こしにつけ
こしにつけて
ふつゞく
〽たけ田家の市のつかさ
あと部今の進せん并
の所介兵へらがこと此すめに
ものかたりなし
ゆゑにこそ
たつは
ちくてん
つそのゆくへを
さくしてからめ
そのほうどもが手いびのゑに
おそれいつたであらふがな
ナハ木真と鳴刀論
おたつがことのおもむきを又人〳〵にときしめし
さてやど六をせうにんにてこくしゆへうつたへ申けり
されば又かひの国守をもたけ田とのはこのうつたへを
し聞もひてひそかに思ひ給ふやうくだんのたつは
ちからつよくてやとみたまひあるもの
しなるにさけをむさぼるくせあればさる
あやまちをゑいだしづらんまことにふりしのこと
なりきとこゝろにあはれみ給へどもさてあらべきに
あらざればまつはやけんくわのあひてなるたつを
からめよとぞ仰けるこれにより市のつかさ
なりける花と部今の色うけ給はりてくみ子を
おたつがしゆくしよへつかはしからめとらせんと
したりしにおたつはすでにちくてんしてゆくへしれ
ずと聞えしかばこのせんさくに日をおくりて
ことはつべくもあらされば介兵へうらみいき
どほりてあひてはみうちいをんななれば
ゆくへのしれぬをさいはひにひいきのさたを
せらるゝならんしよせんかま
くらへおもむきてしうこさを
せんとぞいきまさける
ことかさゞにわたこしに
うちしおくべきよしの
なかずいより
しがしとかまでが
ふきこえあけて
おほやけさたに
十三年
まかせらるさるに
よりかまくらにそ
しゆけん北条よし時
つきへ
しの下知としてつきへ
さだめねどあしにまかせてはしりつゝゆき〳〵て
あふみなる大津のしゆくをよぎる折
札のつぢとかいふほとりにあらたにかけし
たか札ありて見る人あまたたどすめり
こは何にかと思ふにぞおたつもそこに
もとよりむひつなりければ何の
ゆゑともしるよしなきを人に
とはんはさすがにてなほつく〳〵と
見る折からたちまちうしろに人ありて
おはなぢよろうり〳〵と何してござると
よびかけながらせなかをたゝくもの
ありけりおたつはこれにおどろきて
いそかはしく見かへれはこの人はこれ思ひかけなき
やさの介がはゝおやはやま也こは〳〵いかにととはんと
するをはやまはめまぜにおしとゞめて人なき
ところへともなひつゝあたりを見かへりこゑを
こそましおたつさまいかなれは身をも思はで大たんなく
あのたかれはおん身がゆくへをたづねもとむるにんさう
かきにてからめとつてまゐうせなひ白わんもんの
ほうびせんをたまはらんとある下知ぶみなり
さてもあやうきことなりきといふにおさつは
はじめてさとりてさてはわが身のうへなりけり
わらははいぬる日そなたしゆをたゝせしのちも
いかりにえたへずかやう〳〵のことによりかひなをうちこと
ころせしかばつみをのがるよしのなさにその日甲府を
立さりてゆくへさだめぬたび人となりてこゝらをよぎるみ
たちよりてかざおしあげてあほぎ見るに
はやくに〳〵へふれながしおたわがゆくへせんさくのこと。けんぢやうにぞなりにける
かゝりしほどにはながらのおたつは甲府かりをいでしよりさしてゆくへ
ゆたかにくらすともみらどのめぐみ
はやくやくへなれながしやさいがゆくぜんさくのとげんぢやうにぞなりにける夫ゟをう〳〵かよひ給ふつみやさのひは
天本ゟしをり〳〵がよひ給ふのみやさの介は
はか〳〵しき奉公といふこともなく母さへ
なれどもはじめをおせば
おん身の大おんいつの世にかは
わすれはべらん
おひわけへはほどちかし
やさの女にもたい
めんして
たとへのふしの
おごくでほとけ
こゝらでめぐりあはふとは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
きの夜もないつしてんしあるまいのふ
やさの介もいつしよにをるとかくるとう
たちよりませうそんならあんない
たのみ
ます
□□□□□□□□
ちやうどの
つれを
女すらへ給へと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
他事たなくそでを
ひきたてゝかのべつさうへで
もなひけるおたつは思ひがけ
きてもよしある人にめぐり
あふてそのありさまを
もふてそのありさまを
ふたゝび見つその
物かだりをきくにつけて
けにもはやまか身の
まはりかひのりよ
さてもそなたはいかなればかまくらへはかへらずしてこの地には
日の
かたこときわすれぬべくもあらず
おもむく折いくほども長くみちにしてふるさと人にゆきあふたり
さてその人のいはれしはゆうけいをもて世をわたらんにはかまくらへ
はる〳〵と京へおもむかんとする折なりいざともなはんといはれしかば
つひにその義にまかしづゝこの大津まで来てつゑをとゞめるやこの
〽八テごうけつなをんなだな
ものどりと
きこへねばどろぼう
でゐあるめいス
〽さそ〳〵〳〵
めづらしい
をることやらんといぶかりとへばざればとよわらはおや子はすぎしころ
そなたさまの大おんにてわにのあきどをのがれしよりかまくらへ
□□
おたつさまふしぎに
おたつさまふしき
契にかりしも
まこととゞきしつきせぬ
御えんくはしいことは
いへはしいことは
さてしも人の
ゆくすゑばかり
かねてしられぬもの
なりきと心のうちに
かへらんより五やこのかたてたよりよりよかめりわれもあぎなひのため
しゆくしよにて
ゆるりとおはなし
まうしませう
かうしませう
びんぎをもとむるほどに
サアかうおいで
やこのサアかうおいで
なされませ
より一十二里かみがたなる山しなの
かたほとりに百倉もゝちやうじやと
よばれ給ふいへとみさかゆる心上げうあり
くだんの長者ちかきころかほかたちよき
〽少年の小つゞみにたへなるを
わらは小せうにもとめ給ふとて
なかだちするものあるにより
いくほどもなくやさの介は
もゝくらどのにまゐりつかへて
ふびんのものにせられたり
しかるに大津と山しなの
あはひにてあふみ山しろの
にきかひをおひわけのさとゝり
やかのおひわけにもゝくらどのゝ
べつさうのはづるなるされば
長者はやさの介をちやうあいの
かんたんしつゝともなはれつゝ
ゆくほどにはやおひわけの
さとに来にけりちまた
よりみなみのかたに
一町ばかりひき入りたる
かぶきもんの一トかまへは
これもゝくらがべつ
さうなりはやまば
さきにすゝみ今て
やさの介はおはさずや
大おんじんの来ませしに
とくいでてむかへ給へ
やよなう〳〵とよび
たつればやさのめん
いそがはしくげんくわん
めきたるところなる
のこしせうじをおし
ひらきておたつを
うち見てかつおどろき
かつよろこびてはしり
あまりわらはがことさへ世に
たのもしくきこへさせて
母おやの世にあらんほどは
ゆたかにやしなひえさせんとて
おびわけのへつさうをわらは
おやこにまもらせて医右へし
いでこはそも神の
みちびきてやよくこそ
はる〳〵来ましたる
いざとておくへともなふて
おやこ右よりひだりより
そのもてなしはつぎへつゞく
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あさからずわれ〳〵おやこかくまでに世をやすらかに
おゝることぞなたさまの御おんによれりしかるにおんぞくは
人ごろしのつみ人となり給ひしことこのさとまでもかくれは
百くわんもんのほうびをかけて今おほやけよりたづねもに
きくにつけてもむねくるしさはみぢかきことばにつくしがたし
しゆうにてをはするもゝくらとのにもかねておん身が
こゝろばえわれ〳〵おや子が大おんをうけたることのおもむきう
しのびやかにつげまうせしにとみたる人にはをはすれど
をとこものあるさがなればしきりにかんじあはれみて
あはれそのおたつとやらんがこゝらへ来つることあらば
ともかくもしてかくまふべしとよにたのもしく
のたまひきかゝれはひそかにかのうたさまにおん身に
めぐりあひぬるよしをつげまゐらせば大おんを
かへすよすがとなりもやせんまづくつろきてし
かたらひ給へとかはる〴〵になぐさめて
さかなをとゞのへ酒をあため二かい
野しきへせきをまうけて
もてなし大かたならざれは
おたつはうかりしこのこがつの
たび□のつかれはころの
たびねのつかれをわずるゝ
までにさかつぎをかたむけて
かの日はむねのもやくやと
はやまとともにうちに入りぬそのときはやまは
いそがはしくもとの二かいへのぼり来ておたつさま
白くわんもんのほうびをかめて今おほやけよりたづ御手にもふをかれ来がれ来ましんはへはしんはじの女が
しゆうなりけるもみらの君也けり
小とりがりのかへるさにこの
べつさうへ立からんとし給ふを
●左の上ゟ心とけ先手のものどもをしりぞかせて
北にたちたるく〳〵の
他にたちたる人〳〵の
にやくもおん身とかさの介が
さつめにするを
あほぎ見て
しか〴〵とつけしかは
もくらどの
いぶかりて
▼人
あなたの
なほいきとほりの
おさまらねばなまよみやへ
おもむきておもはずかひなを
うちこうとうちころを
うちころしたるそのていたらくは
かやう〳〵とはじめをはりを物がたれは
やさの介も母おやもきもをつぶしと
その勇りきをしきりに
きやうたんしたりける
かゝる所におりこのかたに
かゝる所におもてのかたに
あの□□
ことはいのふかりにも
わるく思ひませうぞ
かのたか札のたちしより
人にはいはれぬおや子が
くろうまだ此むねが
御じんゆゑ
これに
御なん義くぜんで
引かへふりよの
御なん義くぜんばかへらぬ
ました
いらへもあへす二かいをめかけて
むら〳〵とうちのぼらんとそ
びしめきたるおたりは
はやくこれを見て
さてはわが身のうへ
なりけりいで打ちら
してのがれさらん
もの〳〵しやといひも
あへすかたへにあり
ちやうしを
つかんでつふてに
うたんとたち
あかるをはやまは
きうにおしとゞめ
はやりてあやまち
しらふなあれは
おもやのん〳〵也
さだめてことの
わけあらんし
まちもへといひ
かけてはしり
おりつゝおもてに
たちいでとかねの
大せうめきたる人に
何ことやらんさくやけは
又かの人もさくやぎて
打わらふまでねし下の右ヱ
にはかにあまたの人おとして
ぬす人をんなをにがすなと
下知するこゑともろともに
とりてかせこか六七人うけ給はりぬと
たく〳〵といつやァおきまる
ことじや殿みなほ等の
すゑがしん気じやのふ
〽わしやをんなにはうまれても
義野にちがつた法くわいな
人のうはさを
此身の
もちまへ
思へば
につくい
かひな
いたいめ
させて
こらして
やらふと
ころりといつて
今ではこうくわい
をえなだてよに
たり気なしかたさぞ
さげすんだであらふのふことばせわしくつぎへつゞ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さてはゆさの
介がかまくらに
あかしとき
なじみのきやく
なる後家など
しくにのぼり
の折をえて
立よりたるに
あらんずらん
そはともあれかくもあれ
人のひさうの美少年
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あそひたはむれわが
べつさうをふみあらすは
にくむへきしれもの也
かせんさくせよと下知
し給へばわかきとも人
いさみたちとのめき
たるにはづるとよ
ししかるにわらはがしか
じかとめしにさるきに
まうせしかばかつわらひ
かつよろこびて供食を
おしとゞめかれらをい
こと〴〵く山しゆへかへしもいつ
もゝくらどの只ひとり
おん身にたいめんすへと
したやうしきにをはする也
気づかひ給ふことならずと
ことばせわしくつきへつゞく
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ときさとせばおたつは心のつゝうちつゝゑみてさてはま
なりけるかよしくなかりきとえりかきあはせて
もとの野せきに
つたほどにもくく
〽ものどもたかゞをんなのこと
〽ものどもたかゞをんなのことも
今左の上ゟもゝくらはひるのほど酒さかなを
ようゐさせて日ごとにみづからおたつをもてなし
武げい勇りきの物がた
長者はしづ〳〵と
いためぬやうに
はこして
引だせ
□□□□□□□
のぼり来て
おたつにむかひ
いんぎんに
かねてその
名はかくれ
なきやさの
介らがおん人ご
なるはながらとの
候よなそれがしは
もゝくらなりおんこしが
武げいにすぐれ給へる
をとこたましいあるよしはこれなるおやこが物かたりに
つたへ聞て候ひきしかるにおん身はかれらが為に
つみ人となり給ひしこと心くるしきかぎりなり
それがしひとへにやさの介がなんしよくにひかるゝゆゑに
かくのごとくいふにはあらず身ふせうには候へども義の如
たからををしまずおほくえがたき義女郎としりつゝ
ちとのたすけにならざらんやともかくもしてかくまはん
この地にとゞまり給へといふ人のまことの大かたならぬに
おたつはよろこびかんげきしてはからずはやまに
めぐりあふたるこの日のことをぞものかたる
かくて又もゝくらちやうじやははやまおや子に
こゝろをひきせてさかなをそうさかつきをあらため
こゝろをもたせしくさかつかにして
さらにおたつをもてなすほどにはやたそがれに
なりにけりそのことき長者はおたつにむかひて
この所は大津へちかくかいどうへもほどとほうられば
かくれ家によろしからずかゝればこよひ山しななる
わがおもやへともなふべしおん身がひいかにぞやこ
とへばおたつはいち義におよばずわが身は
あみをもれたるうをなりいかでか
すみかをきらふべきともかくもと
こたへしかばもゝくらはそのかくれに
ひそかにおたつをともなふて
山しなのしゆくしよへかへりぬ
しかれども
おたつはすがた
むくつけき
よしや茂勇
地のばんな
なりとて
身ちかく
おかんは
さすがにて
をなごつやの
ほとりなる
ひとまを
おきふし
とすつと
ところと
さだめて
あさゆふは
いまにあづけ入下の右へ
ほうびにめをくれてをんな
ほういにめばくれてをんな
あなどるとり手ふはゝり
〽今さらむやくのもんどうに
こときをうつすばみれんににたり
只此うへはおや子のしゆまきぞへ
せられぬ用心してけがせぬ
やうにのいた〳〵
十八十六そ八馬刀角
〽おらがたんなの
御ひさうの小せうを
こつそり九のみとは
八百八後家の内にも
きかねへおしのおもてへ
ひと
をんな
すり
ぶちのめし
いきはちかゝせる
後日のこらしめ
いでもひ
見せんと
夕方
も
さめふ
〽森ばし
〇〇〇〇
しんみち
あれは
しつたかほ
これにはふきり
仙女香
同所いざりの
ゆとなりへてんたく
いたしおんかけにて
やうすがあらふ
たちさわかずに
此はくにまかせて
下にござりませ
女さの介ゑばしのま
ころをつけや
たのぎぞ
手ひろになり候よ
たひ〳〵ながら
たのまれ候まゝ
やうやくわりこみ
かきへ申候
くばしくは
おくもしろくにあり
の薬をさ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
やうをのよほす
人だがへて
ござりませう
せのてはこと
せいてはことの
あらしややや
〽おほしかめしきを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かなはぬまでも
おめ〳〵と人手に
きての焼て
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さして
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
母さまはやく
おもてへ出て
やうすを
ださり
ませ
おもやへかへし給ひしをつせのい
わたしてよいもの
さいてい
へつさ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
給ひしときをんあと
うらめてせんさく
同七十一丁
せよれで此人に
下加しもこしに
又ゆゑ木なくあしとじて
の人〳〵をばそのき事
三三
あたりのものがかいま
見てうたがはしくや
おもひけんさしたる用も
なきものがとひおとつるゝ
うそ〳〵とおくをうぐふ
こともありゆだんのならぬ
人こゝろ此ところさへ
かぎつけなばことの
わざはひはかりがたし
とつぐるをおたつも
うち聞てさてさてははや
人のしりつらん
しかるをこゝにしのび
ちやうじや一家
始をまきぞひせば
こうくわいそこに
たちかたうらん日ころの
めぐみはわするゝときなし
さいくわいは六てんに
まかせてすみやかに
たちざるべしと
いひつゝおびを
むすびそえて
はやたち
いでんと
ゑたり
ける
〽たとへおわかれ申ても
いつくのうらにみ
おなじたかれその
ゆくさきも
心もとない
こともありあるひはせどより
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽又此うへに
かくるはこゝろの
ほかにとあらは
しめ
さきに
海しよを
立さりて
西こく四こくの
はてまでも
あしにまかせてへめぐるが
けつくきちくであろかいの
〽かくす
此日
□いふ世□
ことみざにいん
御だんは一人て
かいのしれば
ござり
三十四日
「作者家伝の
神身湯きやう九あ
右同明神下同朋町
ひがしにこ町たき沢氏げんきよ
田町同様にても
飯田町同様に
うりひろめ候
いづれにても
のよりよき
かたにて
おんもとめ
かこへ
かこんじ候
にても
八
おたろはおもまきてきせしと思へきうに身ごしらへして▼此もますこぶづおとろへたりしき
いとまこひして出んとすかをもゝくらす者おしとゞめてゆゑあつてわが祖父のもくら大夫に
さのみはさきをいそぎ給ふなほひ一国のさたにはいひしものからんをさいこうしつるにより
きのみはさきをいそき給ふなかひ一国のさたにはいひしものからんをさいこうしづるにより
めらで今かまくらよりくゆくへのこるくまなく今それがしにいたりても第一のだんゑづ也
ふれしめされしおん身がゆくへをせんさくはしかるにわが母世にありしとき父祖父祖父祖父祖親
いづくのうらとてあんおんなるべきそくのぼだいの為にひとりのをな雲をていはつ
さるをしりつゝはなちやりなばさせてかのむにほう寺のあまになさんと
やさの介おや子はさら也それがしとても
思ひおこせしことありながら
義にそむく心にこゝろよしとせんや
それがしひとつのはかりことあり
おん身をとほくやらずして
ついほのさたをのがるへしなれどもおん身の
気しつにてとくしんなくはせんかたなしと
ハアさてたんきなひざともだんかう
ときの月にははなもぞく
およばすながら
およはずながら
よはずながら
しあんが
あるてや
いふをおたつは聞あへずわが身は
いふをおたつは聞あへずわが身は
死すべきつみ人なるにさいはひにしと
ことなくは何をかいなとてきらふべき
まづこゝろみにうちいだして
ひその人をえざりし
かばしゆくぐわん
むなしく
なりにたり
おれ身
今かの
てかに
おもむき
ていはつ
あまと
ならば
ついほの
きたを
のがるべく
われも亦
なき晋の
ときしめし給ひねと
いらへてもとの坐に
かへればもゝくら長者
よろこびてくだんの
いち義はべつ事に
あらずこの所より
ほどとほからぬ泉の
これはこれとばの院のおん時に
からんの大てら也ほうげん平治のみだれより
妨りやうなごともたいてんして▼此印へ
山中にりうによ山[シ]無二法寺
仕山といふあまてらあり
けんたいもん院の御ぐわんとして七堂
〽おこゝろさしはうれしいけれど
まきぞへさせてはおんをあた
おいとままうすさらばじやそへ
たけ田とのゝおん母きみに
はたす
ありかゝればよろづの
りやうぞくはそれがし
すべてまかないべし
この義にしたがひ給はんと
やととほれておたつは
〽いち義におよはず
そはわがかねとの
ねがひなりはじめより
つかへしに母きみなくなり給ひし
ときおんぼだいをも〽つきへへ
ナヘオヘンヘンヘンヘンヘンヘンヘンヘンヘ
もいせいすいと付衣飾
もつけのさいはひなりともかくもはからひ給へといふにもゝくら
よろこびてにはかに度慄きけさころもふせもつまでも
よろこびてにはかに度牒もけさころもふせもつまでも
ようゐしつつぎの日おたつをいつてうののりものに
うちのせてその身もひとしくのりものにて
とも人あまたにようゐのしなくふせもつ
なんどをかきになはせて無二法寺にぞ
おもむきけるかくてはや山もんちかくなる
まゝにかねてあんないしたりしかはむにほう
寺の知客のあま両三人のびくにたちを
引つれてもん内までいでむかひまづ時こうを
のべあんひをたづねてさてきやくでんへぞ
いざなひけるそのときおたつはあちこちと
そのふうけいを見かへるに十六けんの本堂には
夫六のくわんぜおんをあんちして七けんの
経堂新あり六かくのりんざうあり
五重のたうはくもをつらぬき一波歌の
いけ水はかけさへ見えていときよし
いはんや又かすみこめたる曇りやうには
むめうのえびをさますべくはすの
いとくるおりとのにはたへまてらのむかし
しのばるときしりかほにさくはなは松ひの
あはひをいろとり友よびかはしなくとりは
かりやうびんがもありやとおもはるたう〳〵
たるたきのいとらんまんたるふぢうつら
かれはしろたへこれはむらさきいづれか
いとをみだ御ざらんまことにこれ
きれいさうくわん目をおどろかす
大てらなりされば住持地うの
のきぬ
得とはざりしは身のいやしきによりて也されども一生ふぼんにして
人のつまとはなるまじそれと思ひさだめしことなればまことに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
せうのこと也かしさらば
まづそのようゐをせん
小ざしきにおもむきてときを
まゐりてきうそくあれと
たやすくうけひき給ひ
しかはもくら長者は
おたつとともに小ざしきに
しりぞきつゝ人なき
と見あはせうくおだつがみにくちを
さしよせおん身今このむにほう
寺の弟子となりてをしえを
うくる身をもちながら
〽尊十郎が
いは□ぢに
ぜん片にむかひてもかうべも
なるはかたはら
〽こんにちのさんけいは
ちとおねがひのすぢ
あつてをなごを
一どう〳〵いたし
ましたおきゝ
なされてくだ
われらとおなじくおしならびてぢう持の
さげずわうへい
さげずわうべい
あまほうしはよはひ六十あまり
にして妙真いめう大禅尼
だいせとせうせらる
だいせとせうせらる
どうとくぶぞうの
一ちしき也けふしも
當山とだいちのだんななる
もゝくらせ者がさんけいのよし
そのきこえありしかば方丈に
まねき入れてちやをすゝめ
くわしをすゝめいとねんころにそ
もてなし給ふそのときもくら
ひざをすゝめてそれがしこんにちに
さんけいはへつ義にあらず
めしつれたるはいとこめにて
はじめの名はあたちといへり
ふたおやはやく世をさりて
兄弟もたんめいなりき
おやはらからのぼだいの為に
あまにならんことをねがへり
それがしすなはちぜじゆと
なりてよろつをまかなひ候はん
おん弟子となしくだざれて
みてらにとゞめおかれなば此うへも
なきさいはひ也との義御きよやう
真
〽をり〳〵のさんけいは
御きとくな
にきよく
ことじやのふ
ことじやのふ
ねがひとあれば
何一とでも
きゝませうとを
あるにおいてはけふしも吉日里やうしん也
ていはつの義を仰つけられ下さるべしとのべをはり
あまたのふせもつをとりいでてうや〳〵しく
まゐらすれば妙しんぜん尼にうなづきて
大だんなのしよもうといひとしわかき身の世を
いとひてあまにならんとねがはるゝは〽や
けは打打をはしゆへ
しては
いつこうに
うけとり
にくし
いたきことなりかし
今よりよろ
づにつゝしみて
此まへかた
品川で見た
大をんな
あるまいく
トこといつたら
かみつけ
さうなすさま
じいけんまく
でもいろことの
もつれからてらへ
もつれからてらへ
あづけておきたいと
いつやうなごとりしらぬ
これはさておき知客公の
あまそのよとし
しゆくのびくに
たちにわらはれ
給ふなとさゝやげは
おたつはけに
もとうなつきて
これよりのちは
もくらがあとに
つきてぞゐたりける
しおいたるなに
〽ぢしやのあまたち
おたつがいかめしき
□□□□
▼ていたら〳〵を
れてひそかに
おどろく
身のたけたか
まなこつぶらにこえふとりて
はつの
ねがねを
ゆるされ
さだ
いふ女を
いいせいずいこ侍神休
五十七日
よのつねならぬつらたましひのたちふるまひさへ
ぶこつなりかやうのをなこを出家
させて歯山にとゞめもはゞ
つひにいかなるわざはひを引いだ
さんもはかりがたし御しあん
あらまほしけれとことば
ひとしく申ㇲにぞ妙しん
ぜん尼聞あへず人はかたちによるもの
ならずよしやみにくきをなごなりとて
そのていはつをゆるさずは今だいちの
だんゑつなるもゝくら長者のうらみや
せんさるときはてらのために
よかつしかるべきことにはあらずわれまづ
かれがゆくすゑをかんがへ見んと
のたまびつゝかうをたきびもんを
世のごういんにて今はしあはせわろけれども
ゆくすゑかならず仏果館を得つべしのちに思ひ
あはするをまつこそよけれとしめし給ふ
かくてはや時こくにもなりしかばかねをつかせ
たいこをならせばあまたのあまたち
せい〳〵と本堂につどふにぞもゝくら長者は
いふくをあらため。おたつを引つれて本堂に
すゝみ入りかうをたきほとけをおがみ
さらにぢう持にけう礼してまうけの
せきにつきしかば二百よにんのびくにたち
ふたかはにならびたちゝがつせうらいはい
ぎりつをまもりて。せうこをならし。せいくと
きやうよむ丁ゑぞすみわたる。かくてふたりの
ちごすゝみいでておたつを高野野のほとりに
となへしばらくじやうに入て又ぴくにたちにしめし給ふやう
かれはいにしへ世に名たゝるけいせいのさいたんなりさきに
すつるには
あらねども
なんのけ
ちぎれたふさ
ほそりてもとゆひの
さきりなるをりあら
とゞきかぬるをあぶら
ごちたく物するが
いといぶせくもわつらは
しさにいぬるさづきの
はじめつかたかうべをなん
そりまろめて
〽雪にのるこゝぢも
おのがしらかみそ
そり
すてしより
とくち
すさみ
なつはすみよき
ひとり
〽草根とゞめず六こんしやう〴〵
なんぢか為にそりをはりて
争競御うを免得財せん
〽かりはらふ利鎌紅が下のなつくさの
してかきいれの
うめくさとす
あるかしこく
わらへり
いとりあはせて
わらへり
ながらこゝのゑぞうに
をこがましきわき
いざなむひざまつかせたりければかいぞひの
あま立よりておたつがねりのほうしをぬがせた
たぶさをときてあちこちとわるちと九ツに
わがねしかはそりてのびくにはうしろより
かみそりを手あはせしておたつか
くろかみそりおとしぬそのとき
町しんせん片かう坐にありて俱介を
となへすなはちおたつに法名妙郎を
妙達めらとさつけたまひまづ
三帰方をぞしめし給ぶいはゆるみ帰さいは
きえ僧きえぶつき元法これなり
又五かいをさづけ給ふいはゆる五かいは
一にせつせうすることなかれ二にぬすみを
することなかれ三にしきよくじやいんを
いはるゝことのみゝにも入らねばかいぞひのあま
かたへよりよくすやいなやとまうさずや
コレなう〳〵とをしゆるにぞおたつはやうやく
こゝろつきとのみこみましたと
こたへしかばみなく思はずふきいだして
しばしわらひにたへざりけりかく
ほうゑんことはてければ
もゝくら去者はびくにたちに
ふせをひきよろこびをのべし
ぢう持にわかれをつげ申て
山しなへとて六十へるに妙たつの
にひあまは知客心のあまたち
もろともに山もんのほとりまで
次へし
つゝしめ四に酒をのむことなかれ五にそらことを
ねもとゞめずは何かおふべき
ねもとゞめずは何かおふべき
なむあみだぶつ
いふことなかれといとおごそかにしめし給ふにおたつはそられし
くろかみの今さらにをしかればひたすらかうべをなでまはして
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽モ
〽いろは
ちつと
けれど
をしい
えり
あしを
その
しまふ
のふ
ぶん
□□□□□□□□
くれ
けいせいすいこ何市計
かくてどうしゆくのびくにたちは妙たづをがくりやうに
ほしいまゝにひるなしてわがま舟のみ
ふるまへばどうしゆくのあま
すべてをなごはおきふしにきやう
義をつゝしむものぞかしまして
あまほうしたらんものは
ちゑをみがきてかのきしへ
なきものなるにひるねする
ことやあるいとそゞろなりと
はぢしむるに妙たつ聞て
かうへをもたげわれもそこらの
くふうをせんとて心をしづめて
まきをわりには来ずよきをたづゆて
何にかせんしらず〳〵とこたへしうばみなく
どつとわらひけりこれのみならず妙たつは
がくりやうのうしろにいてて小べんを
たれちがしぶ礼大かたなら
ざれはかんすのあまたち
いたるべきくふうにのみいとま
けうとく思ひて妙たつをよびさまし
をるものをさまたけすなとはらたては
どうしゆくのあまうなつきてよきかな〳〵と
たゝへしを妙たつはなほつぶやきてわれらは
おくりけりそのときもゝくらは妙たつをかたへにまねきて
おん身すでにかうべをそりてほとけのみちへ入りたれば
あにでしたちにうとまれ給ふなわれ〆ばり〳〵し
いふくをおくりつかはすべしけんごにしゆぎやうしもへと
ねんごろにきやうくんしてわかれて山をぞくだりける
きのふまでのおたつにあらずよろづわがまゝをつゝしみて
あにでしたちにうとまれ給ふなわれ又をり〳〵しよくもつと
ともなひあさゆふのつとめをしなんしてひとつ〳〵にをしゆれ
どもめたつはこくもきかど只うそ〳〵とたちあるきあるびは
キヲ
さけを
〽さけを
かふてもしりは
きらぬにわしが
かはりに
〽モウえふた
あれ
又ひとりで
ころんで
おいておき
此印ゟうひなをしうととりとゞむればあき人は大りきに
一のうでをとりつめられていたしくとさけひもあへず
引はなさんともがくにぞふたつはさもこそと
さまにつきはな
せば三けるあまり
けしとんでゑびは
おほも得ざりけり
そのひまに妙たつ
小をけに
ありし三ツ四ッの
とうを聞え
と申いだして
ねしやくにちやわかへ
ございかたむけ〳〵いゝはい
となくのみければ
かたにの酒は一トしづくも
いこさぬまでにのみほしたり
そのときにかん酒うりは
つらをしかめひざを
さすりとやうやくに
身をおこすを
妙たつは見かへりて
池のあたひはあさにとらせん
りやうまでともにこよしと
〽いふをばきかとあき人はいそがはしく
にをかきになひいかでか酒のあたひを
とかべきわすれてもこのことを
人にさたばししものふなといひつゝやがて
いしさか又ちをふもとちさして
はせくだりぬそのとき妙たつは
うしろかげを見おくりてから〳〵と
こらへかねてぢう持にうつたへふし
よい
申せども妙しんぜん尼は
ひさしぶりで
とりあげ給はずけつくひくに
りやいつはい
ばらをなだめ給へばさては
のどほとけへ
ぜんにのかたおしにかれをのみ
御免こうまうさう
ひき給ふことていきどほりに
まことにひやくみのおんじきより
よい御くどく有
たへねども又せんかたもなかり
けりかくてはや五六ヶ月をおこる程に
かみな月のはじめとなりて小はるの
そらのあたゝかなればある日妙たつは
山もんのあなたなるこしかけに立出て
ひとりふうけいをながむるにふゆの
ひとりふうけいをながむるにふゆの
日かげのみじかくて七ッさがりになりにけり
かゝる所にふもとのかたよりかんさけ〳〵
くろむぎとぬたこゑみこゑよびながら
にをけとはこせいろうやうの物を
になひたるひとりのあき人石さかを
のぼり甘やて山もんのほとりにやすみの
妙たつはこれを見てつゞくと思ふやう
わが身かひの府中にありし日は日ごとに
ちまたにいであるきて酒をのまざわ
なかりしにもゝくらず者われをすゝめて
あまほうしとなせしよりいつてきもかし給はりてつま子をやしなふ
酒を得のまずなまぐさものなるに今このさけをおん身に
目にも見ず気づみよくおとろへうらんやなぶり給ふなとつぶやけが
ほねはなれして口中むなしく
くそ水をながすのみいはんや又ありとても此所には人もなしたが見とはめて
ちころはもゝくら長者のうとくしくて
にしめいちぢうふくられねばのどをうるほそいふをあき人きかぬふりしてはやたちさんと
かのあき人をまねきをつけ
ごさるのふ
おことがうるは酒なりとか小ならばかり
あたゝめてそばきりもとくもて
来よといふにあき人あれはてと
おん身はいまだしらでやをはする
このみてらのあまたちにはざけを
のむことをゆるされずそれがしは
只もんばんの下をとこめしたき
そうぢのをとこたちにこれらの
酒をうれるのみもしあまたちに
うるときはみてうよりとがめを
うけて世わたりをなしがたし
そのゆへをいかにとなればそれがしめ
このふもとなる寺松代の内の
としやくやにをりあきなひの
もとでまでこのみてうより
かし給はりてつま子をやしなふ
ものなるに今このさけをおん身に
よすがもなしよきもの来たりとよろこびて
ナヘ十ヘレ人二鳥刀宛
うちわがひなほあちこちと
はいくわいしつゝはんときばかり
すぐすほどに酒の気しだいに
わきのぼりいたくえいたるくせ
わきのぼりいたくえいたるくせ
なれはよろ〳〵ひよろ〳〵として
あしのふむところをおぼえす
すでにして入あひのかねかう〳〵と
なるころに
つきへつく
〽テモしらひとい
おひくにだ
あまさうおふ
目にも見て気気すかくおとろへうらんやなふり給めなとつぶやけば
これじやァ○
ほねはなれて口やむなしく妙ためいに〳〵このもしてそれらのいれ
めつたにおきとすねへ
うでたふれだ
どうでたふれだ
うまらぬ
よすやもなしよきもの来たりとよろこびて
けいせいすいこれ初知
くらひえひて
ゆるして
うちへいれ
もすそをかゝげうでまくりして
やく門内へ入らんとするをばんとりしづめよと下知するほどに
うち見て大きにおどつき
あはてふためき両三人うちはしらせたるいきほひにまかしつゝ
はしや六でておしとゞめかくりやうさしてよろめき来つれば
はしりいでておしとゞめ
なんぢも此みてらにをれば同しゆくのひくにたちあはやとばかり
りやうごとにかけられたるおそれだちにおしあひへしのひにけまよは
はつとがきはよみつらんくらの内へととぢこもるを妙たつはなほ
五かいをやぶり酒をのむにがさしとてくらのあみ戸を打やぶかく
あまほうしあるならばすこの入らんとするほどにしもぐ共は
けさころもをはぎとりて何たつが武げいりきゆやうあるをしら
おひいだすべしと也えふと思ふのみおつとい思ふのみおつとりこめて
しかるに今おきへんとてみなむら〳〵と立よるところを
くらひえひて妙たつはおつとおめいてういつかんでははたことは
かへりきつる
へりきつるなげあるひはけちらしはりとばすをんなにし
なんぢを
なんぢをにげなきゆうりきはやわざかなふべくも
あらざれは只くもの子をちらすがごとく
みな八ほう人にけたりけるこのとき
めたつははやもんばんを東西へ
なばわれ〳〵が
妙しん大ぜん兄にはふたりの
をち度と
小びくにをしたがへて
なる後日の
とがめを
わたどのゝほとりに立いで
妙たつなどてさはきくるへる
とりしづめよと下知するほどに
のづれかたし
ふれなせそとせいし
とく〳〵〳〵
あしのむく
給ふに抄たつは
給ふに妙たつは
えひたれどもぜん尼
かたへたち
さらずやと
おしいだ
さんと
したりし
いきまきて
なりと見てけれは
たちまちにひざまつき
さきにはわらは
とぜんのあまり
同ぐわいへ立出て
ちとの酒を
七郎せん尼はにつことほゑみてたとへ
いひぶんありとてもわれにめんじとかなにんせよ
いこぶんありとても〽われはめんじと力なけんせよ
とく〳〵まかりてやすみてよとよらずさはらす
なだめ給ふに妙だつはなほとくとくとくりかへかく
つぶやくにぞせん尼はぢしやのあまをよびて
〽たかれをぬしとへとりなはせ
めやうやく無事に
しづまりそり
かゝりしほどに
かんすの
同し也
〽またきやうもんはしらねとも
くわんおんさつたしゆ〴〵さつたな
ふもんぼんくらおそろひで
ぼうずにぼうとはほうすもない
てんごうしたらそつほうを石とひだり
たゝきかねおくりねぶつどわうせう
ざせう
〽くらうやらしに見はなされ
ごくにと
ともに
あまた
せん尾の
しほとかに
いまゐり
ついしふたつが
ぶ礼を
うつたへ
はじめより
かのもひを
てうに
きしおき
給はん
ことは
よろしかる
てむまじき
よしを
や申せが
ども
しかば
ぶたつ
たけつ
まな
こ
いからし
こさか
はかい
よば
かり
えふて
わがかへ
なんぢら
何の
をちとかあらん
さまたげすなと
のゝしつてかきわけ
はりのけよろめきすゝむ
いきほひあたりかたければ
一人ははしりゆきて
かんすのあまにかくと
つげ二人にはぼうを
さゆれば妙たつはます〳〵
いかつてやにはにぼうを引たくり
めつた打にぞうちちらす
つきたてとなほも入れじと
のみたれども
ふれとでは
せざりしに
かんず
同しゆく
ゆゑも
一
さるほどにかんすのあまはもんばんのしらせによりて
おどろきさわぎてあちこちよりしもぐばをよびあつめて
あんばいちがつとあまくちな
あまと思ふて今さらにひくに
ひかれぬ手づめのさいなんかなはぬゆるせしは〳〵
ぜん尼の聞入れ
もはすしてつひに
このさめきに
しもべどもをかりもよほしてからめ
とらんとしつるによりことのこゝに
およべる也よく〳〵さつし給へかしと
ちんずるしたもまわらねば
此印へ
およべり今おひ出し
給はずはまたく
いかなるわざはひを
引出さんもはかりがたし
いとことばひとしく申と
そうぜん尼はこれを
〽うち聞とわれさき
にもいひつることくかれは
さきの世のごういんにて
とかくにくぜつありと
いへどもつひにはぶつくわを
えつべきもの也何ごともだい
だんななるもゝで長者の
おもてにめでてまつ此度は
かくてあけの将
ときもすでに
かたひいきぞと思ふものからし
ゆるせかしといらへてとりあげ
もはねばかんす同しゆく目を
見あはせて只これぜん尼の
かたひいきぞと思ふものからし
せんかたもなくあざわらひつく
はてしころぜん尼はぢしやのあまをもて
しりぞきけり
めたつをよばせ給ふに妙たつはいまだなきす
□□□□□□□□
しはらくさむるをまつほどに妙たつやうやくめばさまた
むつくとおきてがくりやうのうしろへはしりゆきしかはしかはしめの
あまおどろきてうしろにつきてうかゞふに妙たつはそがほし
たちてきものゝしりをつまみあげ長小便をたれにけ
ぢしやはわらひをゑのびつゝもとの所べかへるをまちて
しかぐとつげしかば成たつはころもをうちき
〽きへつゞ
方丈へまゐるになんぜん尼はちかくつ
ナへすはちへ二鳥刀角
おもてにめでずはおひいだすへきものをと
以後凶をつゝし又はべるべしゆるさせ
給へとわびしかばせんにはかれが
くちよくをあはれみしばらく
方丈にはべらせてときをくはせ
なほ此のちをいましめて
がくりやうへかへし給ひぬ
これよりのちの物がたりは
第二へんにあらはすべし
又しんはるをまち給へ
かくりやうへかいし給ひめ
そも〳〵このさうはすいこ伝を
とりなほしてをんなのうへにつゞりなせば
さしつかゆることのみおほくといとなしかたき
にが〳〵しげにしかり給へば妙たつばあやまり入て
ますきよせてさきにわれおことが為に五かいをさづけて
酒をのむことなかれといひしにおことはよんべえひくるひて
くらのあみ戸をうちやぶりしもべどもにけがをさせしは
あまほうしのゑよぎやうにあらずわれもしもくら氏の
馬琴作
豊國畫
真
以後をきつと
つゝしんだが
よいぞや
速
〽だん〳〵
あやまり
入りました
家傳神女房殿じんちのみち
諸病の妙やく
一包百銅
けさくなり
すいことを
天包代弐朱
精製奇應丸
中畠八千五五
小包代五ト
やくしゆをえどみ
能服黒丸子
やくしゆをえどみせいほうをつまびらかにす
どみせいほうをつまびらかに
一らかにす
くまいい汁を見て
がなくのりをまじへす一に
句代五ト
婦人つぎ魚の妙薬色六十四文量三十二文
製薬
江戸江戸江戸坂下四方みそ店向酒沢氏
神明神卜同朋町東より浦沢氏は
そらんじたる人〳〵の
こはかの小せつにひとしくてめづらしけ
なしといはれんはさくしやのくしんを
えしらぬなるべしもろこしぶりの
物がたりをこゝの女にかきかえたる
いさいくはりう〳〵しあげまで見て
御ひやうばんをねがふのみめでたし〳〵
いんきよ
野町
江戸芝神明前三島町いつみや市兵へ
大惣斎橋筋唐物町かはちや太介
筆畔千形仲道
達
一京ばし
しん道
仙女香
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なと
なり
□□□□□□□□
〇
ひかつに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
よし御
ろうを
たのまれ
かき入と申候
回
四
文
政
九
年
丙
戍
同世代豊嶋仙
養子供節用集全冊
子皿
新
撰
御免
円光
御宮
横本
袋入
御参詣供奉御役人附
全一冊
御免江戸暦開板所
一毎年―月下旬より売はじめに
御注文被仰付可被下候
唐紙摺一枚葱齋剣形紹真筆
新
撰
蓑笠は
随筆
唐紙摺
日本名所之繪
あつめて猶これに訂正を加へ旧
早操
自在
日本神社
此国は六六堀州の国々島々御城地神社仏閣名所南名所にて見るがとき絶品の諸書なり
一北陸方角之節を下して広大の日本甲海をこと〴〵く往て見るがとき絶所の詣書なり
男女古状揃園生竹数両品崇高井蘭山編撰
女古状揃園生竹
さまへ立分川状をもめ只下の中へま以て九所様〳〵いせ人名たる医女の習ひかれたる名前なり
此者は女今川縣をはしめ巴下を見鬼出の教訓集しなみとなりて国人のうへに急病寺を一意なり
あつめて猶これに訂正を加へ児女の教訓
一文化二年九月廿四日光四海道長坂海海の長坂越前守殿へ入入入入入入入入入入
日光道中記枚摺数を其所へにそかしも何れとては何程と見廻らめり
日光道中記
此書はまはり。とほき文字をのせず只幼学通用価料の
全一冊
字を引安くゑらみて初学に甚益ある節用也
婦人つねに座右におきて重宝いふぼう
りもなき女用無類の用文章なり
御家流女用文色紙染全一
玄同放言初編二編共
瘍三郷は。真用の都より。斯物の部の筆にいたべし此編すべて古器。昌忠。勇衰の図一
右第三場三冊は黒用の部より動物の部の守にいたべし此縁すべと古黒田物美鳥会恋の名
当み朝こと〳〵〳〵宜意にして誠に作者の考を尽せり狼垢となく見るに目がれないたしを披露す
なし初場二編にいやましてもつとも興あるべきもめになめよめより女ま。通劇のよしを按察す
四
丙
戍
新
還塊紙料
売出し
一柳亭種彦随筆
申候
還塊紙料古画入二冊出来
むかしの冊舞伎役者遊女の小伝肖像
すべて百年前名高かりし放下師館会の頭俳諧の白解常言の釈等ふかき仮名:
子を引用して考を附したれば雅客の見るべき書にはあらねど一時の暇は号しつべしつべ
改正増補つまびらかにして此一本にて算法
銹
の用たらさることなき算術随一の珍書なり
無豪福塵劫記全一冊
稗
史
発
ありふれし箒虫とちがひ便利をむねとしてあや
廣猛
懐中早割大全
塵劫記
史屋式記し
小本
町
まりを改出しわらべ初学のはやく道に入て
達することすみやかなるちかみちの算書なり
一新形染彩目
植花手引糸前編出来此書はいまだ人の心付ざるもやうを品々かき
植花手引糸
前北齋筋一筆後編嗣刻あつめ先生殊に思ひをこらせし一書なり
鷲
数
縄
総
相
録
芝居
役者
後編
十返舎一九編
全一冊
似顔早稽古
哥川豊国画
前編にもれたる品々をゑらび集め
画の道はさらなりをどり狂言抔
にも見合となるべき珍書なり
文舎自笑評
三箇之津し又号
藝品定
役者評判記
間
惣役者芸評の書元録以前より当時迄年開板いたし
奉入御覧候相かはらず酉年中三ヶの津狂言評判明細に
相撰び文談位附等こと〴〵く相改め御見物無之御方にも
当戌正月二日ゟ
名
売出し申候
次第つぶさにわかり候やう書あらはし奉入御覧候間
御ひいき厚く売出しより御求御高覧可被成下候
同
回
本町通東え八丁目
仙鶴堂鶴屋喜右衞門版
東都書林
油町翠橋之西詰
同
新
出版株式
(1)目史稗版
春
戌
丙
九
政
文
回
回
曲亭馮琴作鳥喚
坂東秀佳作
傾城水滸伝貳編
副川豊
全八冊
国画
兵鹿や高橋
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
駒下駄は
哥川豊国画一針や菜
情競傾城嵩
全六冊
哥川国安画
曲亭馬琴作
ぢよくん
絲櫻花本朝女訓
琴作
全六冊
哥川豊國画
尾上梅幸作
ひやくものがたり
尾上松綠百物語
全六冊
哥川豊國画
世にむるいなる御かほのくすり
美艶仙女香
四十八銅
一南伝馬三いなり新道
坂本氏
ひたりじんごらう
柳亭一
しよくにんあば
左甚五郎
左甚五郎
當世職人合
紅絹甚三
哥川國貞画
柳亭種彦作
全六冊
一貞画
南仙笑楚満人作
福神御利生於釜返全二冊
新選なそほくし全二冊
哥川国安画
江戸名物
団扇地紙問屋
錦繪摺
年こめづらしき新板品々出来仕候間
御用の節は被仰付一の被下候
かり多江戸通油町薬橋之西
仙鶴堂鶴屋喜右衛門板
最寄の
毎部悉閉板仕り不残売出申候
最寄の書店にて御求御高覧廿上下候
柳草種彦作園
清川
ふり
いくりのはや□□
雁金紺屋作早染
文七
全六冊。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
続きため
読
手友吉
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
入本身
はきたる
世
新聞
式亭二馬作
全六冊
町川國安画
野川国貞画区
傾城水滸傳
文政九丙戌春
狩
曲
通油町
馬琴作
曲亭馬琴著
傾城
水滸
傳第
貮編
歌川国安画
さきに板せし初編四冊はたつ木の局がくまの山にて
けいせい塚をあばきし事にはじまりそのちあまたの年を
へて後鳥羽院のおん時白ひやうし亀菊がはからずもなりいでて
至高に咫尺し奉りこれよりして綾おさ母子がわざはひを
さけし事又ふせん龍ころも手が事戸かくし山なるむば玉の
黒ひめ戸かくしのしこめこし路の今半がくらが事又
花からのお達がやさの介おや子の為になまよみやのかひなを
打ころしてちくてんしもゝくら長者のなさけによりて無二法寺
の妙真大禅尼の弟子となりて剃髪得度し名を
妙達とあらためしのちいたく酒にえふて寺をさわがせし
事に至れりそれよりして後の事はこの第一へん
初へんも処々の小うり見世におろしおきぬいまだ成し給はざりし
ひめとの達ははじめより後そまで見そなはし給はんとを希ふのみ
板元通油町書肆鶴屋喜右衞門護白
二日
八百屋の賣物八百色に限らず。学者の十千屋きれ物多し。大を
語らんと欲すれば。駱駝山鴨もことふりにたり。小を諱らんと欲すれば漁漁
角觚の下段もものかは。柔きことを好る人には。笹之雪も数ならず。照
ものを悦ぶ。客には棒呑の喉もいまだ足らず神事無のまはると雲雀
独楽より速く。藤八五文の走ること。機関泉も終に及ばず。されば去
年の流行より。今茲の不易にますことあらじ。と是より先に著せし。
傾城水滸の初編の評判よし野と皮ば桜木に鐫られし甲斐も
あり。しからば后をと継三絃の。三すぢ四條の姪心もろとも気根を減す
夜並仕事も。癖の憑たる。づるけの本店沢は承知であろけれと顧
屋が頭を長くして。松に壽く千世萬代春の仕入に間を合し
たる。だら〳〵急々如律令。御覧の通り。女才。なく序す。
文政九年丙戌春正月吉日曲亭馬琴識
蜑が刈る
人聚
磯にめのよる
友代
ところには
御
こそ
あこ
やの
玉もよる
らめ
鶩齋
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おもひきや質には
おかぬ
恋ころも
うき名とゝもに
流るべしとは
著作堂
樹邨花松
野干玉
黒媛
同五月一
億乾通
老狗
しいせいよいこも一歩
真琴屋
阿実
目に見えぬこゝろの
垢のともすれば
うたてや人の襟に
つくらむ蓑笠
雑掌
富安舶大夫
白圭の沙弥軟清
女医者
陸船
これも亦ふたなり平の
名や負んをとこ
たましひもたぬ
艶美僧狂斎
けいせいすいこと伝二朱の
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
をんなやまぶし
女金剛禅
岩莫
さはへ
早蝿
鳴神を送りて
齊筆挿す
梵天國土秋を
迎ん
閑斎
介藤すま
仮綾梭
赤尾
ゆへものといへして
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
このむらおほとぢ
樹邨の大刀自
使庁走卒
米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米米
足高嬉平
ひき
あし引の
山路もおなじ
月と日を
何いたつらに
おくり狼
信天翁
十八十六すい二島二扁
〽しのちやうの
使庁
戸蔭
はしりつかひ
吉郎
走卒
いせいせいといと何二年
さてもそのち花がらのおたつあま妙達
あま妙しん大禅尼心地の弟子になりすでにていはづ
五がいをやぶり酒にえふて寺内をさわがせしこと大かた
ならねど大ぜんにのなさけによりてやうやくに
そのつみをゆるされそのことぶゐにおざまりければ
しばらかくは身をつゝしみてかくりやうにのみ
こもりゐてそゞろあるきをせざりしにほとぼり
さめてあつさをわするゝことわざにもるゝ
ことなくある日うつ気をはらさんとて
たくはへのかねをふところにしつゝひとり
山をもんを立いでてふもとのかたにおも
むくほどにたちまちから〳〵かん〳〵と
たがねをうつおときこえしかばそのところへゆきて見るに
すなはちふもとの町にしてこゝにいつけんのかぢやあり妙たつは
つく〴〵とそのみせさきにたゞすみてそのていたらくをうかゞふ
あらたにうちたるはものうちものかなぼうとがま
すきくはなァどあまたあり上手のかぢと見えかばその一
まゝ内にすゝみいりてあるじのをとこにうちむかひわれ
らはちとあつらへたきもの
あるなりさい上のくろかね
にてみがきつゑをうちて
たべおもさはおよそ百
きんばかりでよろしからん
といひければあるじはきゝて
あきれはでそれがしこれ
までいくたびとなくかな
ぼうをもうちいだし
禅杖翫しやく杖御や
さてもそのち花がらのおたつあま妙達歌はもゝくら長しの
鯛
なさけによりしら川なる大がらん里うによ山二むにほう寺のぢゆう持の
あま妙しん大禅尼心孫の弟子になりすでにていはつ得度此ゝしたるに
連
連
ほしくは今こゝでのこらずも
〽ねだんはすこしもおしみはせぬ代が
わたしてやらふがよく
きたへてみがきも
ねん入れおも
さはおよそ
百きんに
して
いつごろに
でき
でき
やうの
かぢやの弟子
〽おやかたあのびくにはきちがへではある
まいかくろかねのつゑだとて百斤とは
とほうもねへちたの
手つけでうけあふて
にべんされたら
つまります
めい
左やうにおもきを
木曽有とのだりゑ
りきにあまりしよしを
かたりつたへ又ちか
かたりつたへ又ちか
ごろの半がく御ぜんも
ばんふぶどうの
きこえあれども
おもさ百斤に
およぶうちものを
つかふたるよしは
つかふたるよしは
きかずもろこしの
〽□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
八十二きんのせい
などもつくりしかども
うちたることなしむかし
御ぜんはそのちから百人
りう刀ををつか
あるじ
〽そこらへおかけ
なされまぜおあつ
らへならできぬでは
なけれどもそれでは
あんまりおもすぎ
ませう
びしとやらいふに
あらずやされば
□□□□□□□□
山めいつきんの
二百めのわりをもつてする
ときは百斤は二十くわんめなりあまぎみちからにおぼへありとも
左やうなつゑはつきかたからん目かたをへらし給へかしといふを妙たつ聞
あへずわれ何ぞちか頃のともゑにすがくにおよばざらんやしからば興羽
誰をやらんにならふて八十二ぎんにいたすべしといふをあるじはおしかへして
八十二きんもなほおほしもしそれがしにまかせ給はゞ五十きんのおもさに
うたんそれにても十くわんめきりうちできしときもたれぬとて
かならずうらみ給ふなといふに妙たつほうゑみてしからばわれその
あいだをとりて六十斤にあつらへんねんを入れよとごをおしてつぎへ
ナヽナヽハレヘ一島二品
けいせいものと竹ころ
〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽〽ア〽〽〽〽アアア〽〽やうしるではたまらぬ〳〵
思ふさま引かけてけふは
いつちのれたくを
いのちのせんたくを
することだ
はらの
めが
ぐう〳〵
いふはへ
つゞきあたひをさだめかねをわたし又このほかに一尺二寸のかい刀は一トこをあつらへ
いづれもよろしくぜかしなばへちにほうびをとらすべしずいぶんいそぎてよくせよと
ことばせわしくやくそくしつゝかぢやが見せをはしりいでて十けんあまり
ゆくほどにみぎのかたにいつけんのにうり酒屋ありのきばには一じ
まろめのすぎの酒はやしをかけいたかどにははな田そめのにのぼりを
たかくひらめかしてめいぶつおどりこ汁としるせしはこじやう汁のことなる
べし妙たつこれを見るよりもたちまちくちくちによだれをながしこゝろの
うちに思ふやうこのころはたえてひざしくなまくざきものぞくはず
酒はもちろんかほりだもかゞことなしたま〳〵かゝる
ところへ来てたからの山に入りながら
手をむなしくしてかへらんやまづいつはいのみて
こそてらへかへらめとしあんをしつゝそのまゝひらりとい
酒屋に入りてせうぎにしりをうちかけて
とく〳〵酒をいだせかしといふをあるじは見かへりて
しはきかずかうべをうちふりそれがしらはみてじよりもとでをかりてよわたるものやちとの
酒をうらとてうしろくらきわきをせば後日野のとがめそのがれかたしとく〳〵〳〵かへり給へかしと
いふに妙たつせんかたなくつぶやきながらそこをいでてまた〳〵不かの
酒屋におもむき酒をのまんとしつれどもいづかたのさかやにても
ことわりいふことはじめにかはらずいづれもけつしてうら
ざれば妙たつもだへくるしみていかにせましとなほ
ゆくほどに町はづれなるあき地のほどりにちか
ごろいだせし見せとおぼしくかりそめなる小屋
がけしてなかば引たてたるしやうしには山くじらもみ
ぢのすい物としるしたり残たつはこれを見てこゝろに
ひとつのはかりことを思ひつきつゝゑしやくもなく又その見せに入りよけり
おん身はむにほう寺のあまごぜなるべしさだめておん身もしらせ給はんかのおんでらにはなきて
きびしくそれがしらにもおん下知ありすべさぞらのびくにだちに酒をうることをゆるされず
とく〳〵いでてゆき給へといふに妙たつこゑをひそめてさりとは女をいふものかなわれ今ちとの酒を
のむとも人につげずはたれかしるべきいさゝかもくるしからずとくもて来よといそがせどもある也
〽こうせいにあがりますの
おびくににはめづらしいおそれ
いりなべせうばいめう利
これはありがた山くじら
又おかはりかへ
こゝろゆました
あるたちにはおはさずや御らんのごとく
われらが見せばけだものゝにうりを
するのみせうじんものは候はず
といふをめたつ聞あへずいな
わらははゑんほうよりはる〳〵
と来つるものとそうあんぎやの
びくににてむにほう寺にはゆかりも
な同半俗髭の身にしあればにくじきはもちろん也
しらはもとよりこうぶつなるに多少をとはず酒
もろともにこく〳〵いだし給へかしとまことしやかに〽下へ
よみはじめ「かくてはながらの妙たつはげだもの見せに
五よりてせうぎにしりをうちかくればあるじはうち見て
かほうちまもりおん身はもしむにほう寺の
なしいとをこがましくおもはれんがうべこそかく
まろめもしたれ五かいをたもつことはえうせぬ
十八十六二二十七二十七両
上ゟ
モウ一トなべ
しかけて
ちやうしも
いひくろむれば
あるじはころにあきれ
ながらものゝいひざま
しばん東でゑにてげに
むくつげきあま
〽もみちより
ぼたんのことだ
ぼたんのことだ
なほなべやきのわすれかたさに
なほなべやきのわすれかたさに
とてたもこへおし入れつぎへ
なればいつはりなりとは思ひも
かけずしゝのあぶら身一となべをからいりに
していだつゝ一ぢろりの酒もろともに
せうぎのほとりにおきなら
ぶるを妙たつうち見てひそかに
よろびそのまゝ手しやくに引
かけ〳〵いくたびとなくちやう
しをかえなべをも四五たび
久にければ鍋は壱斗五升に
あまりにくは八百五六
目をすこしものこさずくらむ
つくしてはら十ぶんになりしかど
しのにく二百めあまりを竹の
もかわにつゝましてゐやげにせん
きよ
いいせいさいと伝二統
まへの一歩ゟしあるじにあたひをつくなにて
そのまゝそこを立いでててらをさしてぞ
かへりゆくつみもむくひもしら
川のそはみちつたひひよろ〳〵
とふみもさだめぬあしうの
はや十二ぶんにえふたれどもことわざにいふ本せう
たがはずこゝろのうちにおもふやうけふは
たま〳〵酒をすぐしていざゝかいろにいで
たらんにおもてもんより入らんとせば
かのばん人らがわろかたゝておも
はぬくぜつやいで来ぬらんうら
もんよりして入るこそよけれと
しあんをしつゝまはりみち
してうらてのかたよりよろ
めき来にけりしかれども
むにほう寺は
世に◑
此山かぜにふかれつく酒の気すでにわきのぼりて
〽◑ええたる大てら
なればからもんにも亦もん
ばんありそのふう妙の
ものばんをつとめて
はなをうりもんをまもり
又そうぢのもの五六
人同じゆくして
〽なんぼ
なりさがつても
ぼうの手なみは
きめうだらう
きめうちやうらい
地ざうそん悪酒あくを
したゝかまこつて
なんだかしらめが
こゝにをりすでに
してもんばんらは
おもしれへ〳〵
妙たつが又いたくえふてがへり来にけるを
○引為度衆生故
普於十方男
為度衆生故
弘折言圓通大靈場
永久五年丁酉秋七月十日供養
はるかに見つゝあはてふためきもん戸を
とぢて一人にのそうぢのものをはやくもやく
しよへはしらせて。監主敵のあまにつげ
たりけるさるほどに妙たつははやうらもんに
ちかつきて心ともなくあたりを見るにもんの
ほとりにたてられたるくやう塔たのすぢむかひに
右のぢざうとによゐりんのくわんおんを
丁あんちして雨よけの厨子堂引あり
妙たつこれを見かへりてから〳〵とうち
わらひ此ゑせ地ざうのたれを
まつやらちと気ほやうにあるきは
せで立すくみになるおろかさよ
六どうのうげの名にもにず
かりることきの地ざうがほ目を
ばかしい何がくろうになることやら
あさからばんまでほうつゑついて
ぶんごぶしでもかたるきかコどうぞいの
と立よりてかうしをはたとうちたゝく
こぶしのさえもおぼえの大りきそのこは
しをするよしなければせめてこゝにておんやちさ
になみを見せてめをさまさせんばんなりた
ことではなしいちばん見るかとまこりがいと
折りしかうしのこを引ぬいてヤットウ〳〵
かけこゑたかくちからにまかしてうつほどに夜に
ほそくしてわらひかけてもいちもんも
かすぜにはなし又によゐりんもばつ
たちまちくだけたり妙たつはこれを見て
又から〳〵とうちわらひわが身しゆ門家になかし〳〵
よりたえてひざしくぼうもつかはすちからだや
ナヘナヘこへ二島二三
けいせいまいこといこと
かうしはくだけ羽目板
はなれてすだちの
广王のわざかすく
ごとくになり
たりける
はしらにめてをへ
おしかけておせば
ゆら〳〵
ゆらめき
あへず
くさびは
ゆるみぬきをれて
人をはしらせて此よしちうしんしてければかんすのあまたち
おどろきあきれて事大へんになりにたりうらもんに人をまして
たとへ妙たつあるゝとも内へな入れそと下知すればもんばん人らは一
こゝろ得てきびしくもんをぞまもりけるさるほどに妙たつはし
地ざうだうをうちやぶりてなほあちこちへよろ
めき〳〵はやうらもんより入らんとするにひらき
戸くゞりも引たてたるを見るよりたちまち
むつとしてあけよ〳〵とよびかけつたぶしを
にぎりもんの戸のわるゝばかりにうちたゝけばもん
ばんにんらはこらかねて内よりも又一ゑをあらけ
此間はせびくにが又してもくらひえふてかへりしな
五かいをやぶりさけをのみあまつさへもんぐわいなる
地ざうどうをうちやぶりしはかいむざんの仏てきそうら
もんなりとていかでう入るべきそのことすでにかくれ
なければかんすがたのさしづありみろくの世までも
せうぎたふしにばた〳〵とたふるゝはしらもろともに石の地ざうも
まろびけりうらもんにをる男どもはもんばんしよのまどの
戸のすきよりこのありざまを見て大きにおどろきふたゝひ
〽だい波めの化しんか
わせ給へ
も也あきれてものいはずみなかたすみへよるほどにふたつは
のんどのあたりげろ〳〵となるほどしもあらず
十左の上ゟやうやくにして身をおこしちりもはらはず
ひよろ〳〵としどろもどろにおのがすむ学りやうに
かへり来にければ同しゆくのあまだちはおどろき
つくへどまへにうづたかくくさゝにみな〳
たまりえずはなをおほふてあきれてをり
妙たつは今こまもの見せをうちいだせし
ときたもとよりすべりおちたる一トつゝみの
ときたもとよりすべりおちたる一トつゝみの
○ゐのしゝのにくを見てよきものありと
手にとりあげせつかくくふたるなべやきを
てもごしてしまふてひもじくなりぬすの
ないさしみもめづらしからんドリヤせう
くわんと竹のかわひらくぼだんはしゝの
にく五ぜんばしにてむしや〳〵をくらふを
みな〳〵見るに得たえずその
由をさけんとしたりしを妙たり
夕はやくかひなをのばしてひとりの
ひくにを引とらへこれほどうまい
ひくにを引とらへこれほどうまい
ものなるに一くちなりともつき
あひ給へこれくひたふはない
かくては
かいのとなすり
おれも
つけたるくちのはた
をんなだいや
でもおふでも
くはさにや
びくにはああやと
くちをとぢ引
はなさんとあせれ
ども妙たつちつ
ともはなさばそ
えふたるものゝくせ
なればみなもろ
かなはぬことだとく〳〵あしのむくかたへたちさらずやといゝ〽かへ
しれば妙たつますくいらだちてほざいたりやせいぬ
しれば射たをますへいらたちほこいたり
めらはやくひらいてとふさずばわれいまもんに火をかけて一
みなやきはじつて内に入らんかくてもとむるかとにさぬかとて
よばゝりながらひやうしをはやめてしぎりにもんをたゝき
けりもんばんらは妙たつがやきはらはんといひしにおとろき又
一両人ンはしりゆきてかんすのあまにつげにければしよやくの
あまたちおどろきさわぎてしからばことのだい事にならんまづ
おんびんに内へ入れよそのゝちしあんもあるべきにといふにもんばん
いそがはしへもとのとうろへはしやまへりて妙たつに急をしへ
かけあまりに和めしがさわがしければ只今あけて
とほすなりとく〳〵はいれとよばゝりながら
引ぬくくわんぬきもろ
ともに身をひらかは
してかくれけり
妙たつははじめに
よりまちわび
たりしことなれば
今ひらくといふ
もんの戸に両手を
かけておすほどにし
とびらは
左
ゆうへ
さつと〳〵もむ〳〵
わかれて
その身はうちへ
よろ〳〵とのめり
入りつゝよつばひにたちまち
はタとまろびしが
〽ソレにげさんせ
ヲヤ〳〵どうせう
〽アヽかな
ともに立よりては
わぶるをきかぬ非
どうの手ごめに
〽せんかたもなく見え
たる折からかんすのあまのさしづに
したがい八九人のをみざ
妙たつがらうぜきをとりしづ
めんとようゐを
しつゝ手に〳〵
御めんだ
ぼうを引
さけてこみ
入らんと
するほとに
妙たつはやく
男共
いふたら
川と
こたふる
〽あまと
あいこと
でもふる
見かへりて
とらへし
はなち
むかへ
〽うたんとしつれ
おもてもふらすつぎへし
どもうちものを
もたざればつくゑの入
あらを引ぬき
也もちておめいて
らうかにはしり
いでさきにすゝ
むをうちふせ〳〵
十八十六六七七七七七十七
けいせいすいこ竹二統
きそいかゝれば多せのをたのみしをとこどもたつあしもなく
にげちるをなほにがさじとおつかけたりかゝる所に
ぢゆう持のあゆ妙しんぜる尾ははしちかく
たちいでて妙たつ又もや何をか
くるふふ礼なせそと
にぞいかゝれば立分をたのみしすとこどもたつあもなく本本ゟかく一妙しん大ぜんぎの日あさつとめもはてくのち
へきへきそようべをやぶられ手あしををこのむら〳〵はつともめからしよ状をしためてめてめてめてもたやつくなにややとを
いひふくめて山しなへとてつかはし給へばつかひいあまは一両人のとも
とをしたがへてもゝくら長者がしゆくしらへおもむきあるじの
長しにたいめんして口上をのべしよ状をわさせばもゝくら
いたくおどろきながらぜん尼の状をひらき見るに
とゞめ給へば
妙たつがありしことゞもその
妙たつは
妙たつは
あらましこともその
あらましをかきつら
ふりあげ
たるつく
ねてかゝれはかれを
わがてらにとゞめおく
ゑのあらを
ことかなひかたし
なげすてていそ
がはしくひざまつき上人
御ぜんさつし給へわらはは
人をうたざりしにかんすのあま
〽ハテさて
こまつたものじや
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□
たちゐこんやありけんをとこ
なァ
どもをかりもよほしてからめとらんとするにより
やむことをえずおひいでたりりひをたゞさせ給へかしとかごと
がましくうつたへ申せば大ぜん尼うなつきてとにもかくにもわらはに
めでてこよひははやくやすめかしあすはたゞして得させんずとよらずさはらず
なだめ給へは妙たつも酒のゑひなかばだめたるころなれば上人のあつかひをよきしほにして
ふたゝびきわがすそのときぜん尼は両人のぢしやのあまにさゝやき給へばあまたちはなほおする
おそるも妙たつが手そ引たてたすけたそのまゝ部屋だもろはつさま〴〵いさめこしらへて
かれがほどに入れしがばさすがにくるひつかれやしけんぜん後もしらずにしたりける
されは又首坐がんすじまやくのあゆたち十人あゆりそのよぜんに御せんにまゐりて
さきにもよかせしわれ〳〵がいさめをきかせ給はすして世にたぐびなきあく一
たれものゝふたつをふちし給ふゆゑにいち度ならず二度ならずてらをさわ
がせ人にきすつけあまつさへこのれい山をしゝぶたのにゝにけがせしためしすくや
なきくせごとならずや世上のひはんもうしろめたし御しあん
○倉
〽おどろき入たる
〽今さら
まうすも
何とやら
おきのどくでは
ござりますれど
妙さつどのには
たれもかももて
あましてをり
来る上人
御ぜんの御ひいき
ゆゑこれ
まで
無事で
すみ
まし
たれど
此たび
ばかりは
すみかね
ませう
うなつき給ひはじめよりしておん身らをひそかに
さとしたるごとくかの妙たつはしゆつ袖ににげなく
いとたけ〴〵しきをうなにてはかいのとがのある
ものなれどもすくせのごういんめつするときに
仏くわをえんことうたがひなししかれども大かた
ならぬあやまちもかずかさなればあのまゝにはさし
おきがたしとはいへ当山山の犬だんゑつもゝくらちやうじや
硯池
たのみによりてわが弟子に
せしものなればまづかの人に
入よしをつげてそのゝちに
ともかくもせんあすは
つとめて山しなへり
つとめて山しなへの
二
字通保
闕月抄」
春曙抄
栄花物語
つかひのあまを
つかはすべしと
思へどもかへすこと
ばもなきまゝに
そのはからひをて
まちにける
ふらちのおもむき
かわひをまうすことばもなし
何ぶんよろしく此うへのおとり
なしをたのみあけますいつれ
きんじつさんけいいたしていき
いは申あげませうゑんろのく
おつかひ御たい義
千ばんゆる〳〵
きうそく
なき
なさけをこめてこたへ
給へはみなくは又今
あさふたつをほとりちかくまねも
さらに心もとなく
心もとなく
思へどもかへすことことしば〳〵てらのはつ度をおかして酒をしかにして酒を
ばもなきまゝにたうべ人と仏だうをうちそこなひてといふかにちらを
そのはからひをぞさわかせしは俗人□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
もこれらのことをきくからにやくるしく
右ゟしわれらよきに
はからはんやたゞしそな
たへ引とり給ふやいらへをきかま
ほしけれといとねんみつに聞え給ふに
長しはしきりにたんそくしてかつ
ガ大ぜん尼のなさけをよろ丁び
妙たつ事はともかくもみこゝろ
まかせにはからせ給へ目ごう自
とくに候へはうらみ申さんことには
あらずあらず又彼せんせんせんせんせ
ああらず又破そんせし地ざうだうだうは
それがししゆふくしゆふくし奉
悲このうへの大慈大悲をねがひ
奉り候かしとくはしくへん事をした
ためてつかひのあまには一じつゝみの
ふせもつをおくりつそのとりなしを
たのみけるやさの介おやふいもの
思へども不今さらになだむべき
せんかたとてもなかりけりざる
ほどにつかひの侍しゆはむに
夕ほう寺へ立かりてぢゆう持
小しん大ぜん大ぜん大ぜん大ぜん大ぜん大ぜん大ぜん大ぜん
長しのへんかんをひろうし且ぞのし
口上をきこえあげしかげズアイ
さそとうなづき
たふたつをほとりちかくまね事夜そなたし
まちにける□右へ法師のしよぎやうならんやわれいほど
ナヘナヘナヘ一島二百四十八
けいせいすいこき二郷
思ふとも今さらてらにはさしおきがたしたくらなる松岳山せうがく
罪女子津なふといふあまてらのちゆう持真女に大ぜん尼はわが
法もんのいもと第に也よりてそなたをかの土寸へたのみつかはさんと
おもふ也とく〳〵ようゐせよかしとてろようの銀子三百匁にきもの
下かさねとづだぶくろきやはんかさまでとりてへてはなむけでとて
給はりければ妙たつは大がたならぬぜん尼の慈悲正にあやまり
入てかしこまりをまうしつゝしりぞき去らんとせしときにぜん
しばしとよびとゞめそなた今こそかくもあれ
「そのつゑをつきかいたうを身を身につけであふみ
よりしてしなのおや木曽山つたひはる〳〵とへま
くらをさしていそぎけるかゝりしほどにもゝくら長しは
日ならずむにほうちへきんけいしてぜん鬼のなさ
げをよろこびきこえ地さうだうの破そんを
しゆふくしその日きずつけられたるをとこども
にはりやうぢ代をおくりなどしてのこるかたなく
手あてをしければみなそのくどくをかんじける
みつひには仏くわを得つべきにをはりを
○さる程にはながらのあま
ふたつは夜にやどり日に
と思ふてしゆきやうせよそのゆくすゑを
しめさんとて〽思ひ見よみどりの
あゆみゆき〳〵て
きあゆみゆき〳〵て
はやしやま水のとみもあだなり
しなのなるつまごみ
江にぞとゞまる三べんぎんじ
まで来つるときその
かへしつゝ心にとめてこのうたを
日もにしにかたむき
わすれなせてとしめし給へば
けりいかでやどりを
つすはなせそとしふしのは
妙たつこれをよくおぼえて
もとめんとてじゆく
ぜん尼にわかれをつげ
よりすごし引入りたる
まうし又あのたちに
まうし夕の女たちに
いと大きなるやきの
一いとまごひしてたび
もんのほどりに
よそほひをとゝのへつゝその
たらずみて
日むにほう寺を立
ゆきくらしたる
さりしがふもとの
まち屋にとう
りうしてあつらへたりし鉄の
つゑとがいひのできをはるをまちて
をりしに五七日をへてじやう
じゆせしかば丁下へ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽うさぬやどなら
とまらぬばかり
こゞきよばゝり
ふさ〳〵しい
うちたゝかるゝ
おぼえはとおぼしきもの一両人を立
おぼえば
ないでいでてこのこじきあま
ないぞ
そうどうありほうしや女どするいとまは
なしとほるならはやくゆげそこらあたし
じゆぎやう
じやにこよひの女どをほう
しやあれとこゑたかやかに
おれなへば内より下をとこ
おこなへば内より下をとこ
とおぼしきもの一両人を立
いでてこのこじきあま
何をかいふこよひはとちに
りにまごつきをらばそばつゑうた
男
〽やかましいはへこじきびくにめ
たりこんでゐるとふれ〳〵
ひつこゝいふと
はきだす
ぞよ
〽しれば妙たつ
れてこう
くわい
せんとく
ゆかず
やとのゝ
たちまち
いかりを
おこして
左ヱノ上へ
一
石の下ゟ此しれものらが何をかいふ
やどをかさずはかりずもあらんを。
われらに何のとがありてうちさしかるゝめにあふべきそのわけ
きかんとねぢこみてたがひのあらそひはでしなくものさわ
くもともてをかへあり
がしく聞はんしかばあるじと見えてひとりの老女よはひ六十あまり
なるがしと共に立いでてをとこどもをしかりたゞめ〽つぎへ
十八十八専二郎
けいせいまいと竹二郎
妙たつにうちむかひてあるごぜざのみはらたて給ふなこよひはじつにわらはが
女どに心くるしきまれびとありされどもしゆつけのことなればともかくもして
とゞめはべらんまづ〳〵こなたへ入り給へとねんばつにいひなだめておもやにとも
なひわらしをぬがせやしゝよくをすゝめてもてなしけりそのとき妙たちあるじにむか
ひてわらはづら〳〵おん身を見るにむねに苦ろうのあるやらんかほばせも
つねならず心くるしきまれ人ありといはおしはいかなるゆゑでしらせ
給へと他事にもなくとはれて老女はなみだぐみいふてもやくなき
ことながら今さら何をかつゝみはべらんわがいへは代かむらをさにて
氏はこの村わふはをば大とぢとよびなしたりしかるに只ひとりなる
家とくのせがれは世をはやうしてよめもほどなく身まかりぬあとにのこの
るはひとりの孫はな松とよばるゝものそのまつおざなかりしかばしんにいにむら
やくをしばらくあづけおきたれどもしよ持のでん地もすゝなからねばともかくもして
月日をおくるにことしは孫のはな格も十六才になりはべりわが孫也とほむるにあらねど
ゐなかにまれなるきや幸うよしをんなできたるわかしゆ也しかるにちかきころよりして
此さとに
下へ
同一
あけ
見ゆる
〽さういふ
わけなら
おほやけへ
十七うつたへは
なされぬでそれも
心にまかせぬ
となよいもの〳〵
わしがとふとも
はからひませう
あんじることはござり
ませぬぞや
連
〽アとつめてかたれぬかたゐにぼううち
のつひきならぬおしかけよめ入り
のつひきならぬおしかけよめ入り
上ゟ一程とほからぬ
〽アくつめてかたれぬかたゐにぼうう
月めけろの山に山
てある
おさつしなされてくださらませ
たのかけしたを
かけてこぼるゝなみだをぬぐひけり
あつめたる
あくたは女
ふたりひり
その一人をば
おけんつう
お犬とやらん
よびなしたり
をことこまさ
ものあらくれ
ものにてまなく
ときなくあち
〽こちのさとびとを
おびやかしてひやうらうを
さいそくしあるひは又たび人を
おびやかしてかほよきをなごを
かばひとりかりしろなすとも
きこえたりかくてくだんのおけん
つういつしかわが孫はな松に
れんぼつわがいへのよめとなりて
あいせつがう見せれまいふ
はなまつがちろ見せんこよ
ひはしかも吉日合もくれなば
こし入れすべこん札のようゐして
まち候へといひおこしぬ心くる
しきまれびとめりとさきに
いひしは此こと也さつし給へといひ
10377
けいせい
□□□□□□□□
馬琴作
国安画
第貮編之一
曲亭馬琴著
歌川國安画
文政九丙戌
孟春嗣梓發
兌仙鶴書行
さとには人のなきことかこゝろえかたしと
うらとへば大とぢこたへてさればとよ
かれらはをなごのことながら武げい
たゝしくその手につきてあねご〳〵とそんきやうし
ものともおもはずいはんやわが此女やむら
人のかまどのかぎりつくすともかれらに
てきたふべくもはづらずさればとておほ
やけへうつたへ申さんことなども国府おへ
とほきゐなかのかなしさそのわうらいに
日かずをいとふて申いでんといふものなしいと
はゞかりあることながらみやこにはほん院さま
ごとはのいんをしらびやうしかぜぎくとのと
やらんを御ちやうあいまし〳〵ておんまつりごと
よろしからず又かまくらにはよりいへ卿いろ
と酒とにおぼれ給ひて民のなけきを
見かへり給はず非どうのふるまひまします
ゆゑにやあちこちに山だちおこりて民百
せうのうれひをなせりあなかしここはだか
にはかれらがうはさもし給ふなとかごとがま
しくさゝやくを妙たつ聞てかうべをかたむけのは
るゝおもむきことわり也しからばわらはしゆ
だんをめぐらしおいぬとやらんをとき下へ
めにあひ給ふなといふに妙たつうなづきてそはきのどくなることになんしかりとも
たくがごときはそのあくたれめは山ぞくにてもとより。非どうのやつばらならば
ナセおほやけへうつたへてからめとらせて国ところのわざはひをはらひ給はざる
いんぐわのどう理でせめ
りきりやうをとこにまさりて大かたならぬくせ
ものなればあちこちなる野ぶしやだちおび
あけろの山にとりでをかまへて国司こゝぐん司を
やくまはりびとに
ひかれぬこよ
ひのこんたん
ころもに
かけあひ
よりしてあざゆふはやすきねさめのとこ
にてきうくつなりともあかし給へかの人々の来づるときおとたてあやめられからき
ねぶつ図
これぞしゆつ家の
〽おまへのおつむり
見るやうにまるくおさまることならば
あくえんをきるこの身のさいはひこよひ
〽おにでもじやでもみのりのきどく
よづあしはかねての
時こく
そのとき大とぢなみたをこゞめて只今つげしわけなればほん身はこゝひしば小屋
〽あれはまさしくおけんつう
あけろの山いぬにん
めんじうしんよも
しごと
ながら
わたるは
かけはし
あぶない
いふを大
とぢ聞
あへずぞは
しそんじ給ひなばけを
よろこばしきすぢながら
仏とも法ともわき
まへぬあくたれ人の
ことなるになまじい
ふきてきずをもとめや
せんそれはあぶなし〳〵と
とむれば妙たつうちゑみて
その義はきづかひし給ふな
わらはいんぐわの理を
ときていかなるたけき
女郎男女なんなりとも
さるはじやけんのつの財をら
することはなはだもつて
えてものなりつぎへ
大せは上大辻勇上扁
けいせいすいこ伝二一
〽こんやはしつかりのめるぞ
〽のめつてはなを
ぶちこはすながりや
又いしだぞしづかに〳〵
〽はらまき
馬上たて
えぼでよめ
入りはあたらしからう
こはもてどももてるが
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
八つゝきしかゝればこよひ此とろへかのあく
たれめが来つるときかやう〴〵にいひこし
らへてまつどのとやうをかくし
おき思ひのまゝにさけをのまして
ねやへともなひ給へかしさてふしと
にはあかしをけしてわらははははそこにまちて
ばらんおけんつうめはかくともしらでと
入りをするときにおよびてかねて期したる
ほうべんのせつほうをこぎかけてつひには
思ひきらせなばこれわざはひをはらふ也
一この義はいかゞとときさとせば大とぢ
大きによろこびてのたまふごとくなる
ならばわが身一家治のさいはひ也あゆごぜ
酒をのみ給ふやととふを妙たつ聞あへず
さけはめしたりこうぶつ也わらはいつぱいをすぐす
ときはいつぱいのちゑむねよりわきいで又二はいを
すゞすときは二はいぶりのしたよくまはるまして
十ばい廿ぱいのめばのむほどふるなのべんせつたていたの
まめもおよばず御ちぞうならばようゐあれといふに
大とぢうちゑみて下女郎をよびておびくにに
とく〳〵さけをまゐらせよといふにみな〳〵ころ
えてひるよりようゐのさけさかなやきほのあゆどぜう
しるなまくさものもとりそえていだすをおそしと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
のこざぬやきふなは一じくちなすびの
からしつけしやうじんものよりとじやう
汁これはきみやうとぐひのみのびく
よににげなきいがものぐびに大とぢはア
あきれながらいはれしことのたのもし
さにはな松をよびよせて妙たつに
けいせいすい二島二編
引あはせ孫もろともにもてなしけり
かくてはやそのよもすでに五ツの
ころほひあけろの山のかたよりして
ともしつれたるちやうちんたいまつほしの
ごとくにきらめうしてこなたをさして来るもの
あり大とぢはえんがはよりはやくもこれをとつ
くと見てあれはかならずおいぬならんといふに妙たつ
うなづきてまづ雪此ばんをかたつけさせ事よく
しめしあはせつくろかねのつゑ引さげてそのこは
ひとりゆう〳〵とはな松がふしどに入りてこしころもを
ぬきてびやうぶにうちかけもすでをつぼをりうでまくり
してけんふのふとんのまんなかへあほのけにねる大のじなり
まてばまつよの長まくらさすかにゆめもむすはれぬ
かくやをかくすしんのやきこくあん天女のえう
ごうをさこそとほくそゑみてをりさるほとにまだ
よひながらそらのいろあけろの山のおけんつう
おいぬばこよひとさだめたるわがこひむこへおしかけ
よめ入りなほもゐせいをしめさんのにひをどのみら
まきのうへにはあやのかいどりせうぞくすへしかしく
たるくろかみのけすぢみださぬ立ゑぼしとがゆくりの
太刀よこたへてつきけのこまにうちのつたる左ゆうに
したがふこしもとのあくたれ女南三人そのよのわる
め二三十人みなあとさきをうちかこみざんざんざめかして
このむらがかとさきせましとねりますれは大とぢは
五七人のおとなのらをとこをしたがへてげんくわんまへ
までいでむかへこよひはことさら日がらもよくいといふ
ありかたき御らいりんきやうゑつしごくとしやう〳〵
が大地にかうべをすりつくればおけんつうつ馬より
をりて大とぢをたすけおこしとぢよ何とていん
ぎんなるわらははおん身が孫よめなるにつぎい
半喜すいこと仏二升
さのみこゝろをおき給ふなイサ
あんないといそがしたてて引れて
しよいんの野につけば大とぢら
しゆう〴〵はかねてようゐのさけ
しやう〳〵かねてようゐのさけ
さかなをところせきまでおき
ならべてさかつきをすゝむるほどに
いへのおとなはつぎのまにてした
がひきたるわるものらにさけしを
すゝめてもてなすにぞみな
みなあくまでのみくらひ
してしきりにきやうに
してしきりにきまつに
ぞ入にけるしかれども
おけんつうはかんじんの
こひむこなるはな松が
いまだ見えねば心に
いまたんれは心に
これをあやしみて大とぢ
うちむかひわがこひ
人はいかにかしつる
えにしをむすふこよひの
宜しきにかけも見せぬは
こゝろ得かたしといはれて
大とぢうちさはぐ
むねをしづめてされば
とよそのことにて
はべるかしはや
十六になり
たれどせけ
んしら
ずの
おぼこ
〽いろなほし
からくぜ
つはしねへか
おもいれ
たゝいて
これでもとりぬか
はらをいるのだ
ものはづかしいとてよひのまよりねや
ともりしてよべどもいでずおん身みづから
かしこに入りてなくざめ給はゞうちとけ
はへらんぶれはゆるし給へかしとまことしやがに
こたふるをおい
ぬは聞てうち
わらひさても
さても□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽さくらいろなるわかしゆは
をらいでまつくろことびのびく
にとはめなにとはめなふのかはりにたう
なすをとつたよりなほうま
らぬかえ王こいつはえらい
ひとりじや
ゆかぬ◑
「ヤ
人ころし
たれも
をらぬか
くるしい〳〵
中ゟ今どきのむす
こにしてはめづらしいもちろんわが
身は二十八としは半ぶんちがへ
どもをとこめかけにするでも
なしわしをだい事にして見
たがよい山からかよふてよど
まり日あそびかまどの
下までせわしたらせか
いにこはいものはなし
そちこちいふうち夜
もふけんしからばすぐにい
いろなほねやでゆる
りとあひませうあん
ないたの
むととこ
そぎ大とぢはをか
〽いそぎ大とぢはをか
しさこらへていざとてやがて
さきにたつ心おくのま
きぞいたからうはやく
すくつてあげたいものだが国
おいらはは
とても歯はじ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ゆみんな
来い大へん
印ゟ
今さらに
あやぶむ
むねのまはり
ふをあげてしと〳〵とひつたりよりそふふとんのうへつきへ
むえんこなたにこそと
ともなふて杉戸ひらきて
立かはりあのびやうぶの内に
二月廿一日
こそはな松はまちてをりゆる〳〵がたらひ給ひ給ひ
ねといひつゝすぎ戸を引たつればおけん
かゝぐり〳〵びやうぶをきぐりてアエサエさてもいは戸と
こもりのとこやみじやなしはいといふにもほどがある
こよひばかりはあんごんひとつけんやくせずもあれ
かしとひとりごとしていそがはしくおびときすでて
きごみのはらまきさつくとぬきせそつそか
せおきねまきひとつのひらぐけしごきまへで
むすゝんでいやらしき身ぶりも見えぬおさきはまつくらびやう
十一日
けいせいすいこ伝二編
これこちの人来たはいのいぬじや〳〵と
妙たつが手を引よせてそろ〳〵と
はらのあたりをなでまはせば
こそぐつたいといへば
えにいはよりかたく
こんにいはよりかたく
妙たいはにぎりし
こぶしをふりあげ
おいぬかごびんを
はたとうつおと
もろともに
□□□□□□
ふたゝびおゝびおしよせ来ることあらん
さるときはわがいへはみなころしに
せられてんえう
なきわざを
し給ひぬと
なみだくみ
一つゝうちうら
いめば妙たつにつこと
〽うちゑみてさの
みはおもひ
のけぞつて
すぐし給ふな
あるやと
今にもあれ
さけぶほどしに
かやつらが何百人に
あらせず妙たつ
〽なんのうぬらを
二千人や二十人たゝき
にてよせ来るとも
がばと身をおこして
ひしぐはしやもくで
ゆびでもさゝ
おいぬをつかんで
おいぬをつかんで
ひざにひきしきいん
らんをんなめ思ひしつたか
鳥なきさとのかはほりとて
なんぢらごときめいぬでもこゝら
ならすかねより手
がるいをとこなら
せなかを土せ
そろひもそろふた
よはむしばかりで
はりあはの
あたりにゐをふるひて人のむすこを
ない
なぐきみものにせんとたゝみしおしかげよめ入りやつ
今ぞあの世へきとひらきくわんねんせよとぜめ
つけ〳〵ふたゝびこぶしをふりあげてつゞけさまにうち
こらせばおいぬはいきもたえ〴〵にヤレ人ごろしものどもよ
すくへ〳〵とよばゝれば手したのわるものもれ聞てこそ
あれとろうそくぬきとりむらたちさはぎてこみ入たり
妙たつこれを見るよりもおいぬがえりがみ引おこしつぶてに
うちてはるかになげすてかたにおきじ歌のつゑかいとり
はやくうちふり〳〵みぢんになきんときそふて
かつらだ
なア
なし
せることでは
**
□□
得させんうたがはしくは
このつゑをまづとりあけて
一金中ゟかたつはしがらうちころ
してわざはひのねをはらふや
見給へとていだすを
みな〳〵はじめて
見るに鉄を
のべたるみがき
一つゑのにぎり
ふとなるいがもの
つくりはくわん
めもさこそと
おもさこそと
一おしはか
られぞと
こゝろみに
をとこども
南
三人
にて
あげ
んと
するに
うごかす
ことも
かなはねば
大とぢ
はな松
その坐の
〽御戸ものども
〽この
せうめが
なにをまごつく
一まちんでもくじつ
たかよるのやなぎの木かげ
でもおんりやうなどにうしろ
かみをひけるゝおぼえはちつとも
ねへシイどう〳〵じれつてへぞよウ
かゝれば此いきほひにわ
どもおどろきおそれて
たつあしもなくには
くちさしてにげ
いづるをいづくまで
かゝれば此いきほひにわるもの
御やけなかやま
五十五万五千余
〽それて
どやされて
おたまかが
もとおつかけたり
そのひまにおけん
つうおいぬはせどより
にげいでしが身のうち
いたみてなか〳〵にはしる
べくもあらざるに
と見ればよひにわが
ればよひにわが
のりて来し。馬は
あるものか
にげることなら
まけやァしねへ
しかしあんまり
くびこんだから身が
おもくなつたやら
いつものやうには
おきられねへ
アヽいきだは
せどなる井戸ばたの
ゆるせ
ゆるせ
ゆるせ
柳のもとにつなぎて
ありこれくつきやうとうちのりて
やなぎのえだをむちにをりうてど
あふれどちつともはしらずひとつ所に
おどりてをれはおいぬはしきりにいらだちて
このちくせうまであなどつてばかにする
かとのゝしりながらよく〳〵見ればことわりや
つなぎまゝにまだとかずぬかつたゆるせど
はたゝしにはたゝしくはつきをきればかけいだす月毛のこまもよるのみち
はぢのかはごのふたならであけろといふはおのがすむ山をさしてぞにげてゆく
○さる程にふたつはにぐなわるものをおひすててもとのとうろへ立かへれは
大とぢは孫のはな松をとこどももろともにかたべに立てまちてをり今
妙たつがかへるを見てそのまゝ野しきへともなひつゝづれ〳〵とかほうち
まもりてさきにおん身はほうべんもておけんつうになつとくさせこの
こんいんをやめさせんといはれしゆゑにまかせしにさはせでかれらをうち
こらしおひちらし給ひしかばかれらはかならずうらみをふくみて何右はし
〽みなしたを
はきまな
こを見は
りてげに此
びくにはぼん
にんならず
をんな天狗
いかあら
神かも
□おもはざる
なんなかり
○されば又
おけん
おそろ
こはやの
ばんには大
かたうな
される
おいぬ
らは
命
命
おぬすさい
はやくおきな
はやくおきな
やぼにとほく
おつかけるのふ
あねご
かたきを
とつてたべあらくちく
をしやとさけびしかば
此とりでの大せうなる
一今ひとりの
けいせいすいこ博二編
十四
同十一日七二人口
あくたれをんなうちおどろきつゝはしり
いでてことのわけをたづぬれはおいぬはこよひ
この村がしゆくしよへおもむきしはじめ
より思はずもねやのうちにてちから
たけき大びくににうちこらされたるてい
たらくをかやう〳〵とつげしらすれはくだんの
ぞくふ大きにいかりてそのびくにはにつくき
しれものいで〳〵わが身おしよせてかい
つかみ来てうらみをかへさんものどもつゞ
けといふまゝにひし〳〵と身をかため大
なぎなたをわきはさみて馬にひら
りと打のればしたがふわるもの百人
りとあのれはしたかふわるもの古人
ありはやかねたいこをならしつゝ
あまりはやかねだいこをならしつゝ
つまこみさして
おしよすれば
おけんつうも引
つゞきて手のもの
あまた引つれ〳〵
ともに馬をぞ
はやめける
○かゝりしほどに
妙たつははし
ちかき小野しき
にて酒うちのみて
ゐたりしにそのよも
すでにあけゆくころ
あけろの山のかたに
あたりてかひがねだいこ
かまひすしくよせ
友し
〽はつちびくにの
つかみ米にぎり
こぶしのだしぬけ
にておくれを
とりしいもとの
かたき手のうち
見せんかくご
〽七文いふに妙たちまなこをさだめて見ればまことに
ともよなりそなたは亦いかにしてこゝにはをるぞと
とびかへせばとも代こたへてさればとよいぬるころ
かひの玉にておん身がかひなをうちころしてかけを
かくし給ひしときわらはもそのさきの日に青ぜんの
二かいにてともにさけをのみしに
よりとうるいならんと
しろ
一うたがひかゝりてかじめこら
んとせられしよしふうぶん
ほのかに
きこえし
かばはやくも
□□
}
かの地をちく
てんしてあちこちとさま
よひつゝこのとろをよぎる折
あけろの山のほとりにておけん
つうにでつくはせつひにやいばを
まじへしにおいぬはわらはにかつことかな
はずこれによりわらはを山のとり
でにとゞめてだいゝちの由を
ゆづりその身は第二の大将
となれりさてもかのおけん
つうおいぬがるは先代にほろび
たるおくのやすひらがいへのこなりし何
かしがむすめなりをなごににげなき
ごうのものにてかまくらどのをうら
むのあまりそのざんたうをやねき
□□あつめてあけろの山にこもりし也と
いふひまにおけんつうも馬をはや
来るごとく聞えしかばこれかな
らずそくふらがよんべのうら介を
かへさんとてヨヌせいをもよほし
来つるならんといふに火とぢ
はな松らはおどろきおそれて
物もおぼえずいかにせんとて
立さわゞを妙たつ
きうにおししづめて
いさゝかも気つかび給ふないで〳〵といひ
かけてくろかねのつゑ引さげてゆう〳〵せんと
あゆみいでかぶきもんをおしひらかせてもんより
そとに只ひとりよせ来るてきをまつほどに
まつさきに馬をすゝめしぞくふははやく妙たつを
見るよりいかりの一ゑをふりたてなんぢは
いづくの馬のほねぞくまのひくにのしく
じりかいせび〳〵にのねんあきかよんべは
よくもわがいもとをもくぎよの
やうにたゝきしなわれそのうら
みをかへさん為にみづからこよ
むかふたりかくごをせよと
のゝしつたるこゑもろともに
印ゟ
つゑもて
ごとくひらめからさ
かけんとするを
妙たつはちよこ
ざいすなと
くろかねの
にひさをつきたてかうべきげいちべついちべついづいらいつゝがもなきやた
印
大なぎなたを水くるまの
丁とうけとゞめふたうち
〽とうけごとうけご
かりながらいかにもわれこそおたつなれといふに
ぞく婦はあはてふためき馬よりひらりとびをりてかうべをもたび
わうぜうしろコレ
びくともするびくに
じやないぞよ
三うちたゝかふほどにくだんのぞく
めて来にけるを友代ははやく見かへりて
はしりゆきさゝやきて
□□□
〽しに神ついたるなつのむし
命のせぎやうにでかけたなら
びやうどうりやくのおがみうち
十ねんうけて
はしりゆきさゝやきて
おいぬをそのゆとも
なひ来て妙たいに
引あはせわがいもと
此おびてには日
此おびくには日
ごろしば〳〵物
かたりしかの
うちもころしたる
こぶしよ
よみやのかひなを
おたつどのにて
をはするぞや
といふに
おいぬは
うちおと
ろきて
われ〳〵
まなこ
あり
ながら
(建
世に
又たぐひおほからぬ勇
婦はゑをかけておん身はもしやはながらの
〽ふにてをはしませしはながら
おたつどのにはあらざるかととはれて妙たついぶ
どのとはしらざりしぶ礼をゆるし給へかしと
せびつゝ大地に身をなげふしてしばし
かうべをもたげねば妙たつはいそがはしく
そうかねの
おちにひきをひをきたてからんとさげいちづついらいつゝがもなきやたすけおこして友代もろとことその
ゆゑ〽いかにいかにはやくも人よぜの友代を見わすれ給ひしかと同右へ
十八笑すは一専二扁
けいせいすいこれ
大とぢはな松をまねきよせん〳〵さのみおそれ給ふなかれらやとて鬼女都にもあらず
みなわがいもとなりけるぞやといふに大とぢはな松らはたては此たびびくにもも
よりして山だちのなかまなるかとおどろきおそれて又ざけさかなをあん
ばいしつたみたりの勇柄をもてなしけりそのとき妙たつはもゝくら長者の
なさけによりてながく身のつみをのがれん為にむにほうち
にてていはつせし事そのゝちしば〳〵酒にえふててらの
はつ度をおかせしゆゑぢゆう持妙しんぜん尼のさしづに
したがひ此たびかまくらなる松がく山と
りうによ寺へおもむくよしを
とも代らにつげしらせ又おけん
つうにうちむかひて
おいぬよわがいふことを
きけこの老女大とぢは
その子とよめをさき
だてて只ひとりの孫
はな松を家とくにうしろ
達
見するものなるに人がらも
ゆき
ふさはしからず又そのとしも
通
つりあひがたきおん身がよめに
なるべきのをとこめかけにいた
〽それでこそ
いひがびあれ
あつはれ
さんのとむりおう状でのえん
むすひはさたのかぎりといひつべしなにごとも
われらにめでて此こひ思ひきり給へといは
れておいぬは大きにはぢ入りくやんでせんなきわが
身のあやまり此こんいんは思ひきつたりもしかさねてこの少年
燵に心をのこすことあらばときいかつちにうたれて死なんみなのしゆ
あんじ給ふなと笑を折しちかひをなしければ大とぢもはな松も大かたならぬ
妙たつがとりはからひを且かんじ且あんどして今さらにうたがひしことのおろかさよ
と心のうちにはぢらひて又あらためてさかつきをすゝめてます〳〵もてなし。けり
しんてい
見えた
〽そのやと
ともに
心さへ
をれて
おさまる
たがひの
たがひの
よろ
こび
まつ
この
〽ひかれし
心をひる
がへすえん
もろともに
つるをゆ
きらん
ゆみやの
とほり
あたつ
くだ
ける
わつ
ちも
ひは
ない
のさ
よみはしめ一かくてとも代
おいぬらは妙たつを
ともなにてあけろの
とりでにかへり所へ
これよりして
一両日
日ごとにしゆえんを
もよほしてさま〳〵にい
もてなす程に
ある日妙たつは
えひふしてすや〳〵
とねむりけりその
〽こゝからこつそり
すべりおちて
とき友代はおいぬに
むかひておん身は何と
はなをあかせて
やることだ
思ふた
よりもたかいは
口下ゟ
おはしてふもとを
よぎるものありして
ちうしん仕るといきつきあへず
つぐるにで友代おいぬば大きにまろ
つくるにて友代おいめは大みに
こびねがふところのさいはひ也イニノぶん
どりせんものどもつゞけといふよりはやく身を
かためてひとしく馬をのりいだせばその手にしたがふし
大かたならず又いでてゆくときにはなむけもせずば
なるましこれらのそんを何ぞにてうめるしかたは
あるまいかといふにおいぬはうなつきてわれらよ
しかぞ思ふなるこのごとつはまがわろくてずつ
しりとしさえものもなしよきとりもがな
かゝれからとかことがましくさゝやく
をりからと不見のざうひやう
はしり来て只今たび人
七八にん米と酒とを
あまたの馬に
上へ
わるものどもかずをつくしておくれじとふもとをさゝて
いそぎけり妙たつははじめよりそらねむりして友代らがいひつることを〳〵
よくきゝつ今又いでてゆくを見てこゝろのうちに思ふやう友代めが
勘定たかくてわれらをちそうにものゝいるとてなきごとをいひしつぎへ
思ふやらん思ひかけなききやくを得てものゝいりめも
十八寸へすは二鳥二扁
十七
〽まちや〳〵あれは木のむらのみつぎ
ものじやといふではないか
「そんならこれも
むだぼねかいの
みな〳〵じの
〽〽しん時の
〽〽先時の
そんそんをうめくさ
おねだから
●命はいらぬ
しろもの
ばかりそつくり
とおいてゆけ
あしの
あら
□□□□□□□□□
はやい
やつらだなァ
やつらだなァ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
このむら
じやと
なの
のに
せんどの
ちかひを
かちだんべい
一金弐貫
つらのにくさよかれのみなじでおけんつう
つらのにくさよかれのみなじておけづう
めもこしゆうのあたをむくはん為に義兵
ぎをあぐると口にはいへどかくまでにけがれ
たるおこなひをしてたけしと思ふは見さげはて
たるやつばら也かゝればこゝにいつまでをるべき
はなをあかせてやらんずとひとりごとして身を
おこしかのくろかねのつゑをもてところせきまで
おきならべたる玉のさかつきるりのはちすいしゆの
ぼんにぎやまんのちやうしさしなべあをがひのじつぽく
だいまでひとつももらさずみなこなみぢんにうち
くだきてから〳〵とうちわらびいそがはしく身こしらへ
しておもてのかたに立いでつゝふたゝびこゝろに思ふやう
今ほんみちよりぬもとにくだらはかならずとも代
やがてみつわぐむひざに両手をくみあはせてなだれにしたがひ
すべりおつるにところ〳〵にしばおひしげりてすなまじりなるがけみち
なればいさゝかも身をやぶることなくいく千丈なるふもこぢへたちまち
すべりつきければさきよおとせしつゑをつきたてふろしきつゝみをせおひ
つゝひがしをさしてぞいそぎけるさる程に人よせの友代おけんづうおいぬ
名代□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ろのとりでの人々のはやくもさきのちか
北のぼりをかいとりうちふり見するにぞとも代おいぬは思ふににたかひてさてはこのむらが〳〵
せばちかひとやぶるそし里を得んみなひけ〳〵と手ぜいをとゞめてそのまゝ山ぢへ引かへせばかのもの
おいぬらがかへり来つるにゆきあふて引とめられなばめんだうならん
こみちもがなと見おろすに物なるうら手のかたにあたりていと
なだれたるところありこれつきやうと心でうなづきなろしきつゝみを聞立もして
ともに鉄のつゑにむすびつけてふもとのかたへなげおとしその身も
らはあまたの手したをしたがへてかのたび人らをさへぎりとゞめみないがさじと
うつてかゝればかのものどもはおどろきさわぎていかにせんとてにけまゝにそのなかにひとりの
をとこかさかなぐりて一ゑたかくこれはつまごめのさとをさなるこのむらはな松が
ひそやぶりてらんばうし給ふことやはあるこれ見給へとよばう〳〵小花敷やにさたる哉也
国府にへおくるみつぎものにてありけるよゑなほぼ妙たつもとりてにするに今かさらこればらんばうへ
〽ごばうたまごも
こひあきまこも
くびあきて
ふらつくものは
こしばかりやぼ
ならこうだ
うきめは
せまい
めりやす
はしらの
かなものや
しきいしを
うちうつても
まだ〳〵
五両や七両は
心やすくおご
られるけち〳〵
のこらずすべてゐぢんにくだけたりこはそもいかにとあきれはかてぬたかを
たづぬるにいづちよりいでてゆきけんたえてそのかげもせずあまりの
とにもとめかねてうら手のかたにいせて見るにこ
よりふもとへまろびおちけんくさは左ゆうへのべ
ふしたりかゝるけんそのそはみちをたやすく
ふもとへくだりしはぼんにんわざにはあらずかししかるを
今さらおつかけて引もどさんとするならば
けをふききずをもとむる也よしくなきやつを
とじめおきてそんせしうへに又そんをする・はら
〽スリヤその女山ぶしらに
海
たゝしさよとつぶやくいみ又せんかたは
なかりけり友代おいぬらがことのくだりは
わうりやかされての
なじうとな
しばらく此しもにものがたりなし
なんじうとな
ハテさてにくい
○されば又妙たつはしきりにの
やつ
みちをいそぐほどにあけろの
らず
とりでをいでより身
◑いて見ざ
四日のほへ
〽ふるまいかゆが
あるならばこんなざま
ではあはしませぬうそ
どめはよろびてなたゝびいきたるこゝらしつしきりに馬をおひたてくとふがごとにはせざりけり
かくてとも代おいぬらは山のとりでにかへりて見れば妙たろはそらすことをふたては
せずにきのきいた
さかなをくめん
したがよいてや
しんもろはくさかなは
さけは和がうの
ろはくきかなは
なまづのさんしよ
やきすいもいも
今に来ます
これでも五百が
ものじや
ぞへ
まひるごろにしなの国なが
くぼのあなたなるさゝとり山のほとり
まで来にけり思ひのほかにうへつかれてはしり
かたく思ひしかばときをこはんとほりすれども此ほと
里には人さとなしと見れば山ふところゑるもの
うちにあれはてたるふ是らあり山ンもんよりやくみ
入りて本だうにいゆきて見るにはしらかたぶきのき
くちてほんそんの大ほとけはごくわうこへれおちて
くものすにまとはれごうてんじやうのでんにんはたいしき
はげて餓気のごとくよめばおちいるゆかのう人には
きつねむじなのあしめといみまたらに見えて人
けはなしもやと思ひて庫裡水あかたにふろしき
いつゝみと公女とをおきてうらてのかたへゆかんとて立
いづるときあほぎ見るに現れときにといふ金
字のがくありされどもむ君のことなればこゝろをも
得ずほんだうのうしろのかたにおもむけばいとさく
やかなる小屋のうちにやせさらばいたるの介両三人
木のみをあつめ火をふきてむぎのかゆをたきて
をりそのとき妙だつすゝみよりてこれはつぎへ
けはせはせいせいせいせはせはせいせはけはせはせはけはせは
けいせいすいこと伝し一編
引入れゆうぎやうをのみことゝしつはじめより
ゐつきたるびくにたちにはいちわんのいひだも
くはせざるによりいく十人のびくにたちはゆくへも
しらずなりにたりしかれどもわれ〳〵はとしおいて
身にやまひあればいでてゆくへのおぼづか
なきにぜひなくのこりとゞまりて西三日に
いちじきのいのちをわづかにつなぐのみ
うたがはしくはおくにはのかたにいゆきて
わなひねといふに妙たつきすとおぼ
見給ひねといふに妙たつさこそとおぼ
えて足あはれみかついかりそのまく
きびすをめぐらしてなほおくふかく
おもむけばちん聞しきとおぼしきところに
はなむしろをしきわたしてはたして
ひとりの女山ぶしとうるはしきわかしゆと
ゐたりかくて又その弟子の女山伏とおぼ
しきもの只今よそよりかひもて来にけん
左ゆうの手には酒一トとくりと一トぢう
ばこのさかなをたづさへ
これをせうぎの
あやみのかたよりしてかまくらへゆくあんぎやのあるなり折からうへてつかれはでたりねがはよ
そのかゆをふるまにて給はれかしといふそびくにら聞あへずおん身にふるままかゆあらはわれ〳〵
どもがかくわぞまうへもつかれもせぬぞかしけふ三日めにてやうやくにちといむぎをかんけしつ
命のへると思ふてをかによしもなきことのたまになといなむに妙たらこゝろを得ずか
このみてらはしかるべきがらんなるべく見えつがらなどやたいはにおよびたるぢやう物は
なきやとたがぬればびくにらこさへてさればとよも也此でしはえんめいしやくじやう音やう音をあさむかしなかしなかしこと
よばれたる七だうがらんのあゐてらなりしに治薬妙也元暦計の丘はらんよりきんごう
せしゆだんゑつこと〴〵くやきんしてあゐつさへぢゆう持のびくにもはかなくせんげし給ひつ
しばらくむぢゆうでありしころすがけの岩英がくといふ女山ぶし蛇狐鼠といふ弟子を
つれて同しゆくとなりしよりかれらはあくまでちからつよく武げいもすぐれしものどもなれば
つひにはおしてぢやう持となりて仏具しよどうぐをうりしろ反しいたけをのみをとこと
ありつかたよりしてかまへらへゆくあるゑのあるなり折からうへつけれはくはしたりねがはくは。
してむぎかゆをたべをはりたるところ也
そのことき助たつまなこをいからしこの
ゑせびくにがその身〳〵のあく事を
にぜひ〳〵にかそのこへ〳〵のあく事を
人にぬりつけてうまくもわれ
らをあざむきしな今かしこにて
がんまくらにことのやうすを
せめとひしにかやう〳〵とこたへたり
かくてもいふよしなほあるかといき
まきたけくいひこらせばひくに
らはあきれはててそはおん身
一そかのものどもにあざむかれ給ひし
庭
〽ぬす人めらうがみれんなくりこと
きくみゝもたぬくわんねん
なれそのわかしゆはかまくらのでん
がくのいろこのはてにてがんまくが
をとこめかけへかれらが
おん身をあざ
むきていつたん
上ゟ
おどろきてあまごぜりやうじ
をし給ふなもと此てらのびくにどもがぢゆう
持のなきをさいはむにしてよからぬわざをしづるにより
かくのごとくにたいはしつるをわが身やうやくとりとゞめて
その場をかへせしは
手にうちものを
手にうちものを
もたぬゆゑ也ふたゝびかし
こへゆき給はいかでりその
まゝかへすべきあらせうし
やとつぶやくにぞ妙たつ
はじめてころにさと
りてはらたゝしさに
〽まいてこたへもえせず
又おくにはへ
はせゆく
ほどにはや
しをり戸をさし
ほとりにおきぬ
妙たつは此ものども
こそかのがんまくとじや
柳なじんと思へばいり
れるまなこを見
はりてつり〳〵と
をんなこん
ごうどもが
〽すみちかつき此
人のてらをおし
うばふてあくまでに
けがれたる身の
斉もちざまは何ごとそ
わればあんぎやのあま
となれども此ほんだうのうらに
をるびくにらいものがたり
殿にてはやなんぢらがあく事を
しりぬのがれぬ所とかくごして
わがこのつゑをうけよかしと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かいくせものらはけ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かためたり妙たつ
さいこうをはかる也又此わかしやはだんほうのむすこなるもの
してたま〳〵さんけいせられしかば心ばかりのもてなしせんとて
いさゝかようゐをするをり也しにそこなひのびくにらが
そらごとをまことゝしてことをあやまち給ふなとまことしやかに
あざむくにぞ妙たつげにもと思ひかへしてもとの所へ□右へし
さいこうをはける也又此わかしゆはだんほうのむすこなるもいにかためたり妙たつ
いよ〳〵いらたちで鉄の
つゑもて只一じつきに
ぐわらりずんどつき
やぶりぬす人どもと
よびかけ〳〵まつし
曰〽あやめもわかぬ木のしたかみかほはさだかに見えねども
くらにすゝみ入るをまち
まうけたる岩心まく
蛇ややなぎだんびら
ものをぬきそばめこじき
あまめが又うせたなさき
にはうちものなかりしゆゑに
わざとすかしていだしやりしに
ふたゝび木つるはなづのむし
命もすでにねぐさつたり
かゝごをせよとのゝしかて
たゆうひとしくうつてかゝるをもの〳〵
しやと妙たいは右にはらひたりにさええはぬし〳〵と
たゝかひしがこのときます〳〵うへつかれてかなしくも
あらざればすきまをうかゞひいちあしいだしてな
てのかたへにげはしればなほのがさど岩心まく蛇
法やなぎ山ともんのなみ木をこえて三四町おつかけが
あつひにおひつき得ざりしかばそれよりさきはおは
ざりけりさる程に妙たつはてらをさる事五歳
日のめしらずとよびなしたるはなしたるはやしのうちにに
入りしにこのとかぶのあかぶのあかまつひま
なくおひしげりて枝をまじへ葉をかざねたえて
日のめをもらさねばひるといへどもいとくらくてあや
めをわかぬばかりなれば日のめしらずといふ也けり
そのとき妙たつはいきをつきあせをぬぐひてつさに
十八十六十六十六ヶ所
けいせいすいこ伝二編
ひとりつら〳〵思ふやうわれかの女山伏らにてきしかたきにあらねどもかく
うへつかれたりければちからおとろへ気里よくよはりて心ならずもやぶれど
とれりされども笠とふろしきつみをおろして鹿裏几におぎたり
とれりされども笠とふろしきつみをおんして左右してなり
しをとらでは今さらいづちへゆくべきさればとて立かへらば又もやかれらに
くるしめられんいかにすべきと思ひかてしばらくそこにたゝずむ
折からむかひなる木のまよりいとしろやかなるかほをいだしてはる
かにこなたをうかゞふものあり妙たつはやくこれを見てあれはまさ
しく山ぞくならん今又前後此にてきをうけてはいよ〳〵
ことのなん義也まづかやつからなかたつけてそのうへにてしあんを
すべしと思へばちつともためらはす只今われをうかゝびしとう
ぞくめとくいでてせうぶをけつせよとよばゝればたちまち
まつのこがげよりたびせうぞくもやつれたるひとりのをなに
あらはれいでてから〳〵とうちわらひなんぢァそ人をうかだふ山ぞく
にてあるべきにわれをうたがふことやはあるその義ならば手な
みの程を思ひしらせんずとのゝしりてやいばをうちふりはしり
かゝれば妙たつはいよ〳〵いかりてくろかねのつゑとりなほしたがひにひる
まずたゝかふほどにたびのそんなはこゑをかけてなんぢが武げいよのつね
ならず且そのこゑも聞しやう也なのれ〳〵と
よばゝるを妙たちはみゝにもかけずなほもす
んでたゝ糸紙をなごはしばしあしらひてかまへの
〽ひたるいはらを
つくろつては
そとへ身をしりぞけはやりてあやまちせらるゝな
わが身いさゝかみおぼえありおん身はこれはながらの〳〵
おたつどのにはあらざるかかくいふはふせん下女うころも手〳〵
にてはべるぞよといはれて妙たつおどろきながらよく〳〵
すかしながむればげに見しりたるころも手なりこは〳〵
いかにとばかりにつゑなげすててすゝみちかつきこのところを
はいくわいしつることのわけをたづぬればころも手ごたへてわらははおん身に
わかれしのちわかさの国におもむきてあやおさどのをたつねしにかの地
にてもつひに得あはずもしかまくらにをはさずやと思ふばかりをこゝろ
あてにはる〴〵あづまにくだりしかどもたえてそのゆくへばしれずせんかたも
おにでも
ゆるさぬ
しめたぞ
○左の中ゟあざけりてうたん
好たいは
杖もて
はつとうけ
とゞめふた
うちみうち
たゝかふほどに
じや柳も亦
がんまくを
たすけてやい
ばをうちふり
引はさんで
うたんと
するをころも
入手は木かげより
じや柳を
さへぎり
とゞめて
たゝかふ
たり
たり
すでに
がん
まゝは
てきに
加せいの
なくとつてかへしてこのところまで来つる折おん身にあひしはつきせぬ
えん也おん身は又いかにしてびくににはなり給ひしととはれて妙だつすこ
しもつゝまずかひなをうちころせしはじめより今かまぐらへおもむ〳〵
事までことはせはくときしめしけふはからずもしやくじやうもにて
がんまくじややなきといふ女山
ぶしちとたよひしにうへ
つかれたるにより心
ならずもうしろを
見せてこゝにていきを
つきてをりしいちぶ
しゞうをものかた
ればころも手
聞てしからん
にはそのもの
どの
わらは
□□□□□
に
どもはにくむ
ぎ極画
べき極西と
してうちほろぼして
をかな也
じはろひ給へといらへてこしにつけたりしわりごを
ひらきてあたにれば妙たつ
これをあくまでくらふてころも
手ともろともに又かのてらにおも
へむけばがんまくもじや様もなほ山もんのほとり
なる石ばしのらんかんに身をよせかけて
”いこひてをりその時妙たつはころもてを
木かげにかくしてひとりすゝんでこゑをふりたてわれは
さきにはうへたるゆゑに心ならずもおくれをどり
しが此たびはけつしてゆるさずかゝごをせよと
よばればがんまくうち見てちつともぎなせず
とうこりもなきこじきあましにゝ来たかとも右の下へ
十八廿六十六二島二扁
十八百六十六二間二扁
見ておどろき
おそれてみだへ
るゝ大刀すぢ
妙たつ将たりと
ひにやいばを
としだるかた
さきよりせほ
ねをかけて
おどろぎ
おそ
れて
れて
にぐるを
やらじと
ころも
手が□
二せうの非どうを
したすけしむくひはくびと
だうとのしにわかれ
いんぐわてきめんのがれぬてんばつ
せうちひら
めかすやい
ばのいなづま
くびははまに
とびさつて
とびさつてして
むくろはひとく
たふれけり
けいせいまいこ
が〽なんだかしらぬが
くんざい〳〵
〽なむさんぼう
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
こつたかハテ
いくじやァねへ
よみはじめしかくて妙たつは
ころも手ともろともに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
がんまくしや柳らをほろ
ぼしてひとしく寺内に
すみ入りはしめ庫
裡火におきたりしふろ
しきつみと笠とをとりて
又ほんだうのうしろなる
小屋のほとりにゆきて
見るにかの両三人の
ひくにらはさきに
妙さつがはいぼく
して寺もんを
はしいといでし
とき
ばんことをおそれけんみな〳〵くびれ
死してあり又かのがんまくが
をとこめかけの何がしは
妙たつ右の上へ
その身〳〵にわざはひのおよ
〽京橋南伝馬町いきりしん道
いなりのとなり御か同の
くすり
仙女香
くはしくは
〽おくもく
ろくに
あり
〽つりひたいのおはげ妙たつそ
つきおとさんとしてかへつて
こひためへけおとさるゝ所
左の中ゟ
ころも手ががんまく
十一日
らをつひにうちほろ
なりともかくまでたいはにおよびしを此まゝにしておくときは又山ンぞくのすみは
ならん只女きはじふにますことあらしといふにころも手うなつきて両人
手はやく火をさせば北山がぜのはげしきに見る〳〵ほのほはもえびろ〳〵
ごりてくちかたぶきし堂塔びうがらとはけむりとなりてうせにけりそのとき
妙たつ衣手は少しもんのほとりに立いでしばらくそのけむりをさけて
あはねば今さらに身のよすがもなしとがくし山に
立かへりてかの黒ひめしこめ今はんがくらにしばし
立かへりてかの黒ことをこくんをつごしかば
この身をたのまんとてつひにわかれをつげしかば
妙たつも今さらになごりをくば思へどもさて
あるべきにあらざれば又さいくわいをちぎり
つゝ東西にアそわかれけれ○さればはながらの
妙たつはなほもいくかいたびねをかさねてかま一
くらのあゐでしなるりうによ土寸へおもむきて
知客おのびくににたいめんして妙しん大ぜん尼の
さじづにしたがひむにほう寺よりはる〳〵と来つる
よしをつげしらせしんによぜん尼へおくらるゝしよ秋を
なることぞかし尚山の住持しによせん尼はいぬる月に移転を
して山しろの国ふかくさなるによにん山財仏寺部ぢといふあの
とらにうつり給ひぬこはちかごろの事なればむにほうちの大せん
てこのまさしらせないじしてこなたへよさし給ひしならんきのとく
尼はいまだしらせ給はずしてこなたへよさし給ひしならんきのとく
ぼしてふたゞびこゝに来つるを見てかなはじとや思ひけん井にとび
いだして見せければ知客公のあまわびしけにそはぎのとくは
入りて死でけりかゝれば今此あれてらにすむ人とてはひどりも有しそのとき妙
おの〳〵ゆくへをかたらふにころも手はとてもかくてもあやをさにめぐり
やらんを見侍るにつらたましひよのつねならずしやうな
べき大びくに也けれを留山舟とゞめにいかなくいかろ敷ことをいまくと
すべきこれも亦はかりがたといやにぜん凡はうちく
しかりともわがあね。弟子の妙しんぜる厄のよせられしをつはける
なくはもてながたしわれらはぢゆう持のこと三郎いからいからぬとも
ものぞかしとにもかくにもおん身たちよろしく
給へはこと又他事にもなくの給ばかんすのに
ながら引かへしてふかくさはおもむき給へまだこゝもとにはさだまはるし
ぢゆう持もなければとゞめがたしといふに妙たつせけたもなく正じ
たつはころも手を見かへりてさしも此しやくじやう寺は地蔵ぼきつのれいじやう
たちまち
のぞみをうし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はゞたゝしくくやしけれどもさて
あるべきにあらざればきたびは
あるべきにあらざれば此たびは
東かいどうを中うさしていそぐ
程に又十よつのたびねをかさ
おちねてふかくさのさとによにんに
じやう仏寺へたうちやくじつゝ
しかぐとあんないして
いよいざましやうかいの状をまゐら
〳〵せけりそのときぢやう
持のしんすよせんは何しん
止ぜん尼のしよせをかめて
此こといかゞあるがたと神もの
あまたちにとひ給はみなく
とばをひとしくしてわれ〳〵かの妙たりやう
るにつらたましひよのつねならず〽くせある
あんじてしからばかの妙たつをちやえんまもりに
なさるべしちやえんはとほくかけはなれてつぎんし
ナヘナトナヘナヘケ所
いせいせいすいこと
あまたちとまじはらずかつちやえんのほとりにはかきなしもゝくりぶだうなんとの
くだものおほしこれによりやゝもすれば人のめすむもすくなからねはこれらのまもりに
つけられんにかのびくにアそくつきやうならめといふにみな〳〵うなづきてしかる
べしと申にぞぜん尼もその義にしたがひ給ひさて妙たちにたいめんして
かまくらまでむだあるきせしちやうどのつかれをとひなぐさめわがてら
かまくらまでむだあるきせしちやうといつかれをこむなぐさめわがてら
今はあきたる役なしさるにより。ちやえんをあづけはべるなり園主杉のやく
義をつとめよかしと仰わたきれたりければ渺たつこれをふそくしてわらは妙しんぜん
尼のさしづにしたがひ小田山へまゐりしは首野井監上杉ともなるべき為也しるをいと
下しよくなるちやえんまもりにせじらるゝことこゝろ得かたくはべりといふときにかん
あますゝみいでよおん身みづから思ひ見よしやみから長老にはなりがたしまづよく
園主跡をつとめなばしだいくにとりたてて貴坐世にもかんすにもなし給はん
今さトいなむことかはとことわりせめてときさとせばふたつやうやくなつとく
してつぎの日ちやえんのあんじづに入院心しつもとのえん程と入かはりてちや
えんを支配しいしたりけるこゝに又じやう仏寺のうらもんぜんにすまひする
いたづらものゝ女ばう娘は此たび妙たつがちやえんまもりとなりたる
よしをつたへ聞てだんかふするやうわれ〳〵はかのちやえんなるくだものを
うちおとしてつねにほまちにするといへどもえんすのびくにはいほうにおそ
ふじんちの道
一包代百銅
家傳神女湯
諸病の妙やく
一大包代弐朱
丁焦毛大包代弐朱は五十
小包代五ト
精製奇應丸
千包代一匁五小
やくしゆをえらみせい方家傳の加げんをもつてす
このゆゑにそのこうあたるも神のことし
十くまのい汁をもつて丸ず
熊胆黒丸子
包袋
〽多くのりをまじへず
れてしかりとゞむることをせざりき
しかるに今度のしんやくは他所より
来たるびくにときく一トあて
あててこらさずばつけあがりの
することもあらんかやう〳〵にはり
らふべしとてつりひたいのおはげ
といふあくたれをんな大せいの
馬琴作
〽サア〳〵ことだ
婦人つき虫妙菜百六十四文半包三十二文
さんこの進り物くだりかぬるにもはなはだ妙也
製薬江戸神崩神下同朋町東横町滝沢氏
弘所元飯田町中坂下南側四方みそ店向滝沢氏
江戸芝神明まへ三嶋丁いつみや市兵へ
取次所
大坂心斎橋筋から物丁河内や大之介
かゝをともなふてちやえんにおも
むき妙たつがじゆいんのしゆう
義に来つるよしをいつはりてこひためのほとりに
こひためのほとりにいざ
なひつきおとさんとしてけるを妙
たつはやくけしきにさとりて立より
ながらあしをとばしてくだんのおはげを
国安画
こひだめのなかへはつたとけおどしけり
さくしや曰
よくほんもんを
よみてその
〽此ところのおもむき
これまでにては
かきつくされず
なほくはしくは
五のまきに
あらはすべし
かまくら并に
ふかくさの
だんはあま
てらのみ
なれば
画を
「略したり
おもむ
きを
あぢはび
給ひね
〽ヲヤ〳〵
どうせう
うまらねへ
のふ
筆畔谷金川
こひだめのなかへはつたとけおどしけり筆畔谷金川
回
四
日光
御参詣供奉御役人附
御宮
御免
横本
全一冊
袋入
文
入御免江戸暦開板所
毎年十月下旬より売はじめ申候
御注文被仰付可被下候
九
政
新
撰
一日本名所之繪紙棚一枚葱齋鋪形結眞筆
日本名所之繪
此画は六十余州の国々島々御城地神社仏閣名所古鈴山川の勝地参をまのあたり見るが如く
地理方角色ちを正して広大の日本四海をこと〴〵〳〵往て見るがこき絵品の珍書なり
丙
年
戍
孟
春
仙
新
撰
新せんなごじやう
女古状揃園生竹穀西品棗高井蘭山編撰
此書は女ゟ川伏をはしめ已下の状すべて九品誓の所替〳〵いにしていたゝる関国の書出されたる事をしらび
あつめて猶これに。訂正を加へ児士の教訓多しなみとなりて四人のうなる甚多きに書なり
日光四海道宿須問屋駄梁こと〴〵く改西し旦道のり辻
早操
数を其所〳〵にてかしとへ何里こゝは何程と見安くゑらめり
日光道中記一枚摺
自在
此書はまはりどほき文字をのせず只幼学通用便利の
字を引まてゑらみて初学に念益ある処は用也
子供節用集全冊
婦人つねに産右におきて重宝いへばる
里もなき白用無類の用文章なり
御家流女用文色紙染全二
鶴
堂
蓑笠は
隋筆
五十玄同故言初編二編六冊第三編三冊第三冊編琴著一
右第三編三冊は着用の部より動物の部の半にいたるべし此編すべて古簡物異寺委類の事
勢みなこと〳〵〳〵聞まいして詳に作者の考を尽せり稚活となく見るに囲がなせずともに依て。
なし初編二編にいやましてもつとも興あるべきものにそんよりてまづ通則のよしを抽出す
回
丙
戍
新
還魂紙料古画入二冊出来
一柳亭種彦随筆
むかしの哥舞伎役者遊女の小伝省億
すべて百年前名高かりし放下師飴倉の類徘護の白解事言の数等ふるき依て仏
子を引用して考を附したれば雅客の見るべき書にはあられど一時の暇は婆じつなし
錦
改正増補つまびらかにして此一本にて候哥法
豪福塵劫記全一冊
の用たらさることなき算術随一の珍となり
稗
史
広猛
ありみれし算書とちがひ便利をむねとしてあや
懐中早割大全
塵劫記
小本
一冊
まりを改出しわらべ初学のはやく道に入て
違することすみやかなるちがみちの算書なり
發
鷲
数
龍
總
録
四
四
摺花手引糸前編案此書はいまた人の心付ざるもこみを品々かき
新形染彩目
前北斎為一筆後編嗣刻あつめ先生後にとびをこらせし一書なり
後編
芝居
十返舎一九編
似顔早稽古全一冊
哥川豊国画
少編にもれたる品々をゑらび集め
西の道はさらなりをどり狂言抔
にも見合となるべき珍書なり
役者
八文舎自笑評
三箇之
役者評判記に
藝品定
名
惣役者芸許の出毛録以前より当時迄年々開板いたし
奉入御座候朝かはらず酉年中三ヶの津狂言評判明細に
お撰び文談僧附駕こと〴〵く相改め御見物無之御方にも
当戌正月二日ゟ
賣出し申候
次第つぶさにわかり候やう書あらはし奉入御覧候間
御ひいき厚く売出しより御求御高覧可被成下候
本町通東江八丁目
東都書林
同仙鶴堂鶴屋喜右衞門版
油町翠橋之西詰
回
回
新
目史稗版
春
戌
丙九政文同
新春成丙九戌年
回
曲亭満琴作一冊
傾城水滸伝弐編
全八冊
哥川豊国画引やむ
一兵庫や高橋
駒に
ひしや菜蓉
牛荒竹切蒡
坂東秀佳作
青鹿頂城官
全六冊
哥川国安画
曲亭馬琴作
ふくじんを
南仙笑楚満人作
緑櫻花本朝女訓
全六冊
図申印川
全二冊
神利往来月二才
哥川豊國画
全二冊
新選なそほくし
尾上梅幸作
哥川国安画
ひやくものがたり
全六冊
一江戸名物
尾上松絲
団扇地紙問屋
錦繪輯
哥川豊國画錦繪摺
世にむるいなる御かほのくすり
美艶仙女香
十八銅
南伝馬三いなり新道
坂本氏
年々めらしき新板所々出来仕可申間
御用の節は被仰付可被下候
同江戸江戸通油町数丁橋之西
ひたりじんじらう
左甚五郎
左甚五郎たうせいし
枡
紅綿甚三
當世職人合
哥川國貞画
柳亭種彦作
全六冊
貞画
仙鶴堂鶴屋岩衛門松
安部悉開板仕り不残売助申候
最寄の書店にて御求御意用可被下候
きには
柳亭種彦作園
梅精さ弐丁
青川
ふんしら
雁金紺屋作早染
文七
那川國貞画
全六冊
一貞画
七
十一奇譚鬼
式亭一馬作
草紙全六冊
哥川國安画
狩
門内
第一
馬琴作國安画
傾城水滸傳
第貳編之三
きよくていばきむけさく宇たがは
くにやすゑひのえいぬのむつき
とほりあぶらちやうつるや幾ゑもんはむ
二月あらひための中へは終にももあためにいたにそんといふといふといふ事にもいたま
大元のこともうはおいろにふなへけのなすむににたり抜けが鬼といふおのすがらせんめ
四はうへざんいんしてくさにはなもむけられずおとしかみは目左
くちにへばりつきてかみをふきつけられたる二王かとあや
しまれむさきもの惣身にまゐれてわうだんやみの
九左の上ゟあたるに坐してうち見てをりそのときあまたの
らせておはげをやがて引あげつゝ池のほとりつ
つれゆきてあかはだかにしてつぶりのうへ
よりしきりに水をそゝぎかけてやう
やくにあらひおとしきもの
すゑふろに入りしかとうたがはる
なかまのあくたれをんならはこの
ありさまにおどろきおそれて
あれよ〳〵とどよめくのみはなを
つまみがほをそむけてひとしく
かうべを大地にすりつけあまきみ
ゆるし給へかしゆるさせ給へ
とわぶるにぞ妙たつ左
ゆうを見かべりてから〳〵と
二十一
どもきも
むづとおしあがりて右の下へ
けへ廿六上へ一嶋二扁
けいせいすいと信二紙
つゞき先やくのへ
あまをあな
どりてやくも
すればさいゑんの
ちやをぬすみ
木のみをぬすみ
しは是いかなるどうり
ぞやわが手なみをは
しりつらんけふよりして
すみやかにこゝろ
ざしをあらためずば
ひとりものこらず
こひだめへけこんで
はたけのこやしに
せんさでもこりぬか
いかにぞやといき
まきたけかく
しかりこらや
せばおはげをはじめ
大ぜいのあくされ
をんなはかうべをちゞ
めてへしかたまりに
ぬかをつきわれ〳〵
まなこありながら夜
又□もぼさつも見しら
ずして今ざら泣くわい
あやまりはべりぬ今
よりのゝちうしろくらき
わざなどは申スもさら也
御かんをおくりはべりてん大ぢ
みてらのことにはほねを懸りて
だいひのおあんさままつひら
四周
正左の上ゟゆるさせ給へかしと異口い同おんにわばし
おぬじとまたろやがて十二ぢやうのきやく申しきへなのき入れてさかづきそ
さ□めゝらしつゝさしつおさへらするほどにはにからずのしばなく
なこゑいとかしましくきこゆるにでおはけらはつにはぢきそして
でもめからすよろもめからすよあだからすよろこびからず末なけ
わがやごとぐり久しつゝ叫は感するを成たつはころを得ず
かば妙たつから〳〵とうちわらひてなほゆきやう
涙をいましめつゝゆるしてしゆくしよへかへけりかくて
両三日をふるほどにおはげはなかものかゝむすめ
らをうちつどへてだんかふするやうすたば人院
忠せられたるゑんすのある妙たつといは世に
おほからぬあらもの也なれども理つよくして
をれるにはやくわれ〳〵をゆるきれたる此方にはやくわれたる此方に
此のお礼を申さずばこのちとてもよきこと
あらじといふにむなくざなりと用はしてつとの
ぜにはいだしあつめたるきなをとゝ
のへてうちつれだちつれだちてふたつがいぼりに
うれとはおもむきよしをいべてそのしな〳〵を
にはちげへおくりにければふたつ大きによろ
あるめへアレアびてのとらず申しきによびのほて
あの身を見なたるをひらきさかなをおきならべ
よく手にわれものみ人にものませておくるなくるなくるなくるなくるなく
いつたものかたらへばかはげらはきやうに入りて
ねへがいたこぶしをうたふもありくちさみせんぞ
ひくもありはてはすのこをふみぬくまでに
やおどりさはぎて日のくるゝまでたのしみをつくしつゝみなく
いたくえひとろけていともごひしてかへりげりかくて又
ものはの五七日をふるほどに好たつ心に思ふやういぬる日に
あのあまたものあまたもたらし来てあくまでわれらを
おびおびくまゝなぐさめたればわれも亦ちとばかりのへん礼をすけれ
〽などのことやとて又さかもりのまうけをしつゝ此よれいひづかはせしにおは
たらうのふげらならずよろこびてみなつれてつれたちてゑにければ何
〽これがくも
がくれの
月と
うふくところ
くはしくは下の
ほんもんに
見えたり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なんたちはうたよみなるか今のは何といふことぞやとぞやととはれておは
しやげはうちほうゑみ世のことわざにあだがらすのしばなくときは
ふるさとにうれいありくぜちありよろこびからすのなくときは吉
事ありといひつたへたりあまぎみいまだしり給はずや今ざんせしは
いつしゆの土山の北にてうれひをかへしてよろこびをむかめるといふまじなびに
くちすきみはべる也といひつゝとのかたあほぎ見てあれ御らんぜよあの
大きなるやなぎの木にからすが巣すをかけたるにその子ははや大きう
なりてすだちをすべきみろなればまなくときなくしばなく也といふに
山妙たつうなづきてきても和女郎はものしり也げにあのからすが日ごとに
なきてかしがましさよとつぶやけばおてんばの
うおぬけとよばるゝ十五六なるげすむすめ
したりがほに◑印
にはもせに
たちいづれば
みなもろ
ともに由を
たちて貝ひき
そでひきまも
りてをり
そのとき
○ふたつは
◑
二歩うでまくり
すゝみいで
してしづく
と木のもとにすゝみちろ
しよせんあの巣があればこそみゝやか
ましくなきもすれわらはあしこへよぢのぼりてつき一トかゝえにもあまりさる
とりおろしはへりてんといひつゝ山がてもすそをやなぎのゐきをしつると
かゝげていでんとするを妙たいはいそがはしくいだきてちからをきはめく
おしとゞめやみねをんなの木のぼりはかいてうのヱイといふゑもろともに
気づかひあり手づまをかくるもめんだう也くだんのやなぎは根こぎに
われ今女なぎしとしぬきすててねだ中をして
見せんいで〳〵こひながたうはもをぬぎぞ大またに図あとはあこそのそのきは
けはけいけは七島一一間
まことに弁けいのあねごといふともけしうはあらず此大ぼくを一じぬきに引ぬきからを思ふ
百人りきにもあまるべしわれ〳〵すくせのさいはひありてまちかくすまひするのみならず
ねんざろにもてなされたるよろすびこれにますことなしねがふはおん手につけられ一何にまれ
つかはせ給へあるすさまじのちからやとましをまきつゝかんたんしてもろ手をもはしておがみに
けり妙たりこれを見かへりながらぬきたるやなきを引かつきて二三十けん西のかたなる所
ひろきところへもてゆきたふして手すなはらひてあつことうちゑみなんたちさのみも
あたぼめすなかばかりのてんごうはものゝかすとするにたらずこといついでに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
わがぼうの手の秘じゆつを只今見すべきかといふにみな〳〵よろこびて
げにあまきみのちからのほどは今まのあたり見はべりぬなほ此うへにかくし
げいの武しゆつさへ見せ給はゝねがふともかたきさいはひ也いざ
とく〳〵とこひのぞめばそはいとやすきことなるにしばらくまてと
いひかけてかのくろかねのみがきつゑをとりいたし引さげ
来てあし場を見たててとのかたなるあき地にむし
ろをしきわたきぜておはけらに見物させ六十きんの
みがきつゑを水くるまのごとくふりまはして自ぜんと得
たるぼうの秘じゆつをひとつものこざずつかひにければ
古いいなづまのはしるがごとく又はをばなのみだるゝににて
見るに目もくれ心とろけてまへにあるかとするときはこつ
ぜんとしてしりへにあり一上一トこと〴〵く法にかなはずといふことなければおはげらは
みな思はずも手をうちならしこゑをあはしてひとくどつとほめたりけり時に玉
つばきのいけがきのとのかたにしろねりのぼう
しをいたゞきてすりはくのうちかけきぬをつぼ
をりたるひとりのふじんさきのほどより
たゞすみて妙たつがぼうの秘じゆつを
かいま見てゐたりしが思はずもこゑをはつし一
きめう〳〵とほめしかば妙たつこれを聞
とがめて今いけかきのあなたにて
きめう〳〵といはれしを藤
八五もんかと思ひしに
いできける此ていたらくにをかなどもはきゆをつぶしまなとを見はりてあきゝこと大かたならずきみ也
女中也口下へ
きん〽あれ御らふじませまだ
あてすります
あの人たちで
ござりますそへ
〽供まはりのやう
すを見れは
れきく
かたと
思はるゝ
めつたな
ことをいふ
まいで
口上ゟいさ
さかもくるし
からずみな
たへ入りてやすらび
給へといふにいなともいなみかねしくだんのふ
じんはすゝみ入り妙たつにうちむかひてうや〳〵
く小ごしをかゞめわらはこれまでいくたりとなく
こ人ならんの孫持携持携持携持勢合などの武士の武士の武士の武士の武士
ものを見たれともきみがごときは世に
一まれ也思ふにをさなきころよりの
しゆつけにはあるべからずねがふは法
めう道号騎をなのりしらし給へ
かしかくいふわらはは為楽院にこの
別当だう軟清院がつの名をさくら
戸とよばるゝもの也けふしもをつともろ
ともにいなり山にまうでしになん
清は風流のこゝろざしあるをもて
也詩をつくりうたをよまんとて今日ほ
二やしろにいこひてをりよりてわらはは
おいひとりそゞろあきをするほどに
〽おもはずもふもとにくだりてこの
ところまで来つるのみかならず
し一いぶかり給ふなといふに妙たつ
おどろきてさてはかねて聞
じおよびたるちかきころ
いいせいまいこれ二行
よなわらは太ちかごろしら川なる玄法寺よりてんしゆくしてゑんすのやくを
つとめはへる妙たつといふひくに也こけらは甲斐の府中にて我げいをこのみ
はべりにきといふにきくらやうなづきてしからはかの一トこぶしになまよみ屋の
かひな後家士をうちころのひぬと世のふうぶんにかねは
きくたけ田とのみうち人はながらのおたつどのとは
おん身がことにをはさずやと小こゑでとへは妙たちはかう
べをなでてそれなり〳〵今はからずもおもてをあはしてとし
ころののぞみかなへりまづさよつきをまゐらせん
とてやがて坐しきにともなへばさくら戸も亦よろ一
丁びてかたみに名のみしりながらたいめんするよし
なかりしに今はからずもこゝへ来てひとつ
むしろにつらなりはべるはすくせあり
むしろにつらなりはべるはすくせあり
このことなるべしねがふは今より
答をむすびてわがあねと
こそ思ふべけれといふに妙たつ
いち義におよばずそは又
わらはもねがふこと也さらば
まつきかつきをといびつゝ
のみてさくら戸にさせは
大うちなるをんなむしや所のをきなりしとらの尾のさくららごどのにてをはする
五左衛門わらはもゆきてあたする
やつらをたゝきちらしてまゐらすべしなきみつよりこれかれとその師を
をいひかけてはやたゝんとするを
といひかけてはやたゝんとするをえらみてまなびしかはとし十二問の
さくらか口きうにおしをしめてあひころよりしてをんなむしやところく
てはをなごのこととしきくに何ごとかめされつゝうねめにてはへりにてはへり
〽たとへ手ご
はいをんなで
はいをんなでも
うまくはかつ
だますに
たつす
しかずきくら
ヤ戸をさへ
だしぬよば
かの人をざ
とも
かくも
はべるべき只うちすでておき給へ書けいいよ〳〵トたつてかたを
もといひつゝやがて野をたちていとゆくならじるものもなければかほ
つてこひしていででゆけばきん二もしやうのみじゆくなるうれめらに
しりにつきていなり山をさしてはしりけりしなんのこときへ仰つけ
そも〳〵このさくこのさくら戸はもとのゐらく此のられかの置きくが手に
なかば母べつ当剛詮党法楼領のむすめ也つきて。大うちにあり
けるに父のこうせん身
の人をは母そのころゐらくいんときこえしは北辰
まかりていへをつゞべき
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
も妻帯さいしりるにさくら
そのこ子なければさくら
つぼねへつれて
戸はをなごに
戸が身のいとまをたま
まゐりませう
にげなくゆうよ
はりなん清といふ
おきつかひあそ
弟子にをむこやう
ばしまするな
子にとりくみてさくら
戸をぞめあはせける
かうしほどになん清は
世におほからぬ美僧
又さくら戸もうけてぞ
かへすたがひのしき礼
なほよろこびをつくに折
からざくら戸ふうふが供にたち
たる錦二階とかいふ小やつこのいそがはしくたつねが
来ておくさまこゝにゐ給ふか只今いなりのとりゐ
さきにてだんないあるたの女中たちにとりかこま
れていといたうことのなん義に見給へばおんじよに
しらせ奉らんと思ふばか
りにあちこちとたづね
めぐりて候也とく〳〵ゆかせ
給んかしとつぐるにさくらず
紙にて心ざまざんをと
こににずことにうち
気のものなればいろ
このみなどはせず何
事もさくら戸におよび
がたしと思ふゆゑにやおもて
ばかりはをつとなれども下
こゝろにはあねのごとくうや
うやしくもてなしてあだなる
心はなきもの也しよれども
さくら戸はたえてをつとを
あなどらずつねに○やまひ
}
七十年十一年
}
}}
これ
うちむかひてきかせ給ひし
わけなれば此まゝわかれ
はべりてんわらはがしゆく
しよはしりておはさん京
とはいへどまちかきほど
なりかならずとはせ給へ
かしといふを妙たつ聞
あへずおん身のとのごに
なん義あらば本古のよし
かめ〽此うへは只今め只今
ふをむすぶのかみと
おもふてゐる吉さうち
はやくたのむ
}
美僧ばかなと思へばぞつとこひ風の身を
かしつきてそのたらざるをおぎ
なひければ世にめづらしきふう
ふ也といはめものなかり
けるこれはさておきかめきゝは
いちいんの御ちやうあいます
もますさかりなりければいき
ほひ女御にようにこと
そへならずことみなおのが
まゝにしていこはゞかるよしも
なければこゝのゆさんかしこのもの
まうでなんどとていであるく
〽ごとのしば〳〵なりしがこの日はふか
くさのさとちかきいなり山にぞ
まうでける洛外かはしのびのもの
まうでとて供人などはやつされたれ
どもなほあゐたのをんなのりものこの
ほかざうしきしもべのともがら四五十
人のともびとありこれらはふもとにのこし
〽おきて服はふたの女ばうとめのわらはを
心のみしたがへてやしろへまうでし下こうみち
と見ればゐらく院のなん清がとりゐの
ほとりに口いひとりつく〳〵としてたゞすみたるを
亀きくひそかにけさうしてたぐひまれなり
しみ〴〵とゆきも得やらす心しり
たるおきめをすねきてしかでそたる
やきしめせばおさめははかゝその
〽ゐをすいしてなん清がほとりに
○古よりいづくのひじりかしらず
はべれどわらはがしゆうのしのびやかに
ものいはんとのたまふ也こなたへすと
なれ〳〵しく女をら手をとり引たてて
つれゆかんとしてければなん清一つぎへし
けいせいすいことに二編
おどろきかほうちあかめてこはそうしばしし給ふな
それがしはさるものにあらずゆるし給へとそでう
はらふこにげんとすればあまたの女ばうおつとり
こめてうごかせずさま〴〵にこしらへてをどしつすかしは
いどめどもなん清は神木別のあをばののみぢ
すがりつきてしたがふべくもあらざりしをなほも手
かえ人をかえてくどく言聞こきばかりされども
かえ人をかえてくどくこと半ときばかりされども
なん清いらへもせずゆるし給へといふのみなれば人
もや来んと五七人ぜん後左ゆうに立かゝりて
わりなく手をひきそびらをおしつゝからくして
亀きくがほどりちかく引よすればかめきくは
ひあふぎもをおもそをおほふてなゝよやかにしろき
かひなをさしのべてなん清が手をおしにぎり
しぐれするいなりの山のもみぢばはあをかりし
より思ひそめてきとよみたる三のもあるものを
心つよきも初戸そあらめいろよいへん事を
きかせてたべといふになん清かうべをうちふり
やんごとなきかたざまのしのびまうでと見奉るに
いへどもきかず麁きくはなほ引よせんとす
ほどにさくら戸はやくはしりつきてと見れば
をつとなん情をわりなくも引とらへて
ひたすらにくどくたをやめは見わす
れもせぬか姑きくなればふたゞひおど
ろき且はゞかりてはしたなくはこれを
とがめずうやくしくちかづきてこはくら
はしとのにてをはせしな何ゆゑに
そのものをいだゝくるしめ給ふにかと
思ひしにゐらくいんのさくら戸かわらはは
にはかに百い手のしびれていたむにせんかた
いへば亀きくけしきをかへてたれなるらんと
〽どろきかほうちあかめてとはそのばしし給ふな
よろづにすかくあるものにて何事をもよくせしかば亀きく
ふかくめでよろがびてかれがをつとをたづねしに富安雄殿太夫一
といふらうにんにてひがし山のかたほとりにわうべの手ならひ印
とめどもなん陰は神木川のあをばのの大ぢにせうと思はすやすらすと聞えかばかばかまり其の
せうとなりてかすかにくらすと聞えしかばかねきくつひにとり立て此故は
夫をつぼねつきの雑学だろあでしたりけるこのゆゑにくがしね
ふうふはつねに亀きくのほとりをはなれずいよゝます〳〵こびへつ
いひてしゆつとうしてそづとめけるかゝり申ほどにくがふねは恋きくが人
にもつけぬもの思ひあるけしきをすいしで人なき折を
うかびつほとりちかくすゝみよりて
いかなることのはべりてか物思はしく
見えさせ給ふをなどてわら
はにかくさせ給ふぞ世になし
かたきこと也ともあはれしおほせ
はべらんものをとうらみがほ
してさゝやくにそ哀きくにつこ
とうちゑみてさてはすゝ
きのほにやいでけん
などてや吉夫諸白日頃にしゆつけ人を引とうへて
そなたにつゝむ
みだりかはしく聞え給ふではやくはなちてかへさせ給へと
べくもあらず
わが物思ひは
しか〴〵ぞとて
いなり山にての
ことの市左へ
〽此ところはげしきむごんの
立まはりなればことばがきなしよつて
よつとれいの御ひろうさくしや家でんのきなふ丸
神女湯は申スもさらなり云北はし伝馬町
いなりしん道仙女香くはしくは
おくもくろくに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
左の中ゟくがふねはみやくを
見てはりをさすこと半時
ばかりきてさくらわむか
ひていふやうおん身がやまひは
気のかたへりやうぢは
はやうにますことなしちり
ごろ五でふのくどく庸何
皿にて千たい仏のまんだ
していをいとよくあると
おとらをいとよくおると
うはさに竹さりいざ
て給へゆきて見ばやと
そゝのかせばさくら
声もげにと思ひて
をつとなん清に
よしをつぐるになん
どもくがふねはかねてよりみちにて
〳〵ともなひまゐら
するに何ぜかはべるべきと
いふにそれすらいろみがねて
うちつれ立ていでそゆきけり此
ときに日はかた女はて七つにはほど
もあらしといふよろおいなりけれ
時をうつざんとはかり
清聞てしからん
にはきん次を
ともにつれ給へ
といふぞくが
ふね聞あへす
しのびあるきの
ことなるにとも
人ありてはかづ所
わろしわらはが
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たのみてをるものをそなたのかまふ
ことにはあらずといふにさくらや
ことにはあらずといふにさくら戸
ほうゑみていまだしろしめされ
ずやそはわがつまのなん清也たとへ
かぢにめさるゝともつかさ〳〵のこと
わりなくてまゐるべきことにはあらず
まいてかゝる物まうでのみちにてちかつき
奉らはひとぎゝわろく後死なんあらん
いざこちの人かへり給へながゐはおそれに
はべらずやといひつゝみづから引たてて
ふもとのかたはいそぎけりこゝにいたつて
亀きくはくだんの美僧をさくら戸が
をつとなん清也けりとはじめてさとりて
うちおどろきかつはぢ且いきとほりに
たえざれはのこりをしさもひとしほしなれ
どもとぶとりだにもおつるといふわがいい
ほひにもせんかたなきはみちならぬこひ
なるをもてあらそびがたくおめつへとはなら
やいつゝうつとりとしばしそなたを見おくら
しがさてあるべきにあらざればその夕
くれにみやこへかへりぬこれよりのゝち
亀きゝは只なん清がことをのみわす
れんとするにわすられずしぎりにもだへ
れんとするにわすられずしきりにもだへ
あこがれておんみやつかへも物うざにしば
らくやまびにかこつけて引ともりてそ
ゐたりける○こゝに又くがふねといふ
をんなはり医あり此としころ大うちなる
つぼね〳〵へまゐりしにいきほひにつきて利を
はかる世にたくましきをんななればいつと
らやきくにへつらひてのちにはよぞのつぼね
ゆがすこれにより亀きくはすべて聞右へし
なく此むしにとあひしはさいはひ加持ちを
市右ゟ
おもむきいちぶしゞうを
つげしかばくがふね聞て小ひざを
すゝめかのさくら戸がそのはじめ
をんなむしや所にありしとき
わらはとはうとくもはべらず
今もをり〳〵りやうぢの為
にはゐらく院へゆきはべれば
はかるにさのみかたくも
はべらずまづへ太夫をも
よはせ給へだんかふせばよき
ちゑいでんといふにゑきく
よろこびてその友又くがふね
とへ太夫をよびちかづけてことの
桟みつをしめしつゝはかりごともや
あるととふに道太夫かうべを
かたむけてつまのくがふね
もろともに肝胆衣をはき
たりける○こゝに又くがふのといふひたひをありてみつだんとはをうつしけり
なりけりけりけり
をんなはり返あり此としは大うちろつる○さるほどにさくら戸はいぬるまついなり山にて亀きくがてい
つほね〳〵〽まゐにいおほひにつきて利をたらていとのきのははらたときをへろぶきことにあらねば只むるに
はかる世にたゝましきをななればいつしかのみやきもなくそ十日あめりをおくるほどにおくなはりゑのくが
林草にへあらむさのちにはとののほめへしねがいとあつら木にけれはときむどさいめんを
きのむすぼれて何となくこゝろよからずりやうぢしてたべといふに〽このこさのをほつかなきにすべ
たることなればあち
こちへ立よりてあぎ
人のたなの物を
うちながめなどせし
ほどに
やうやく五百五十五人
でふへいたりしか
ははは
ろははや
がれに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たづぬるに
千たい仏を
〽おることはあと
にてへけはたえて
なかりしかばさくら
戸はきやうをうし
給ひて立かへらんと
床まち見えず
なりにけり
舟かはやをかりに
○ゆぎしにやと思へは
しばらくたゞすむ
程にすでにして日はくれ
たり折しよひやみ
なりければいとゞかへ
このおぼつかなさに
ますこれにより亀きこはすべく国身へ三のむすほれを何と何となところよくす春うちてたるといふましきのをめかなかないに
十八十一七一、二十一円
いいせいすいこそ二升
あらずやととへばさなりとあたへたりむかひに来ると
らせ給へさきにおん身のるすのほどくがふねとのより心を
もてさくら戸さまは途中によりにはかにつかえつざしおこりて
ゆきなやみ給ふによりわらはがしゆくしよへともなふてさま〴〵に
さまとく〳〵来まして見とり給へといはせしかばほつきやうさまはおどろきてわれ
らをともにめしつれ給ひやまとはしのほどりなるくがふもとのゝしゆくしよを
さしてはうへき給ひはたそがればろのことなりきそのときくがふねとのをいと
なるべよはひは五十ばかりなるにくさげなる人いでむかへておくへともなひ
まゐらせて何ことやらんさゝやくにだんへはそれを聞給はすわがつまの意
いたこてものを
病延行なんどゝいつはりをもてわれらを引逢邪弾経徳のとりもちせら
るゝことこゝろ得かたしとのたまひしをほのかにもれ聞たるによりそのいつはりは
しられたりこはたゝことにあらずと思へばくだんのしゆくしよをはしかはやく
もで申と申しをやあてにつげ申さんとてまゐりやといふにさぐらう戸ほと
ろきいかりてざらばいそげといふまたにきんずがおくれんことを思ふてその
ちやうちんをみづからとりてひたすらにはしるほどに四条
ちやうちんをみづからともてひたすらにはしる医に四条
かはらのほとりにていとおもたけなるつゞちをせにて
ほうかむもせしひとりの武士にはしなくもゆきあひ
しにかれはあかしをいとふとおぼしくたちまちみちを
よこぎりでさけんとしたるつだらのうちよりおびの
はしのざがりしをさくら戸日はやくきつと見るに
もやのおりだごそめいろまでよくなん清がおびに
にたればくせものまでとよびかけてつゞらをしかと
引とむればかなたもはやく身をひねりてかたなを
ぬかんとするところをざくら戸すかさすつけ
入りてひはらをはたとあてしかばあつとさけんで
うちおろすつゞらと共にたふれけりさくら戸
得たりとはしりからてしたをめけんとする
ほどわがたんにおもてかくせしをんな五下
つけたればもしやと思ふてちかづくまゝにそはきん次に
つけたればもしやと思ふてちかづくまゝにそはぎん次には
又くがゝふねをまつにおよばずひとりそこよりみちをいそきて五での梯の
ほとりまで来けるときむかふに見ゆるちやうちんはわがいへのもんを
ふたゝびとへはきんずはいきをつきあへずおくさまはやくかへ〳〵
清
り女うぢしはべれどいとあやうく見えさせ給へばことのよしをつげきゐらするなん清
さよら〽はとことうまれしかひもなくおめくとしをかこらが〽今上ゟやうしろのかた
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
くのはたらき
そのひまに
たふれたるかの
くせものも身を
おこしそつゞらを
すでてきつてかゝるを
と思ひしかども身にす談
てつをもおひざれば小いしを
つかんではら〳〵とうちいだす
しゆれんのつぶてに男女の
くせものうちしらまされて
かなはじとや思ひけんあとをくら
ましにげうせたりざくら戸これをおはす
してすておきたりしつゞらのひもを引
ときてふたをかいとれば内よりいづるやさ
法師はたしてこれさくらやがをつとなん
なりしことなほつぶさにはつぎに見えたり
六
ましきそのときなん清はつゞちのうちより立いでて
ばうぜんとしてあたりを見かへり思ひかけるやざくら
戸はいかにしてかわが此なん義をはやくもすくひ給は
たるそも又こゝはいづこでやととへばさくら戸されば
とよさきにわらははみがしゆにあざむかれつく五でよ
とよさきにわらははくがふねにあざむかれつゝ五でふ
今左の上ゟものなりければおこなひざまの
たゞしからぬもさあるべきことながら
いきほひたかき今にしてそをと
べきよしもなけれどくが
ふねはこのとしごろ
までものまんだらを見にゆきしにあとかたもなきそら
したしくゆゑ
きにてくがふねはそのたそがれにこうぢかくれをしてければ
ひとりうたがひまゝよひつゝ女かへらんとする程にきんすかなん
身の供さきよりわらはをたづねて来つるにあひぬこれによりて
かやつふうふがふかくもたくみしことのおもむき大かたならずきこそしかば
とふがごとくあくがふねがしゆくしよをさして来る折からあやきつぱいをせおふ
たるくせものにいであひしにつらのふたのあはひよりたれたがりたるおごのはしはしは
見まがふべくもあらざりしおん身のおびにつによりくせりのまてと引とめていどみあら
そふその程にひとりのをんにはふり来てくわいけんひらず迄引ぬきやかのくせものをたすける
わらはをうきんとしたんどもかなはじとや思ひけんつひまつゞちをうちまてたくまへ共にと
にげうせはづりき思ふにつゞらをせおひしはかの富安す道太夫にてあとより
来つるはくがふねならんしからばおん身はとらはれてつゞいの内にをは
するならんとすいりやうせしにつゆたがはではし
なくこゝにてとりかへしたるよろこばしとよと
物かたればなん情も亦道太夫にあざむか
れたることのおもむきかやう〳〵とつげしらせ
かの道太夫が有無行をいはさでわれらをつゞ
らへうち入れて此よひやみにせおひ出せしは
人しれず急きくとのゝつぼねへどもなにゐなるべししかるを
おん身にすうはれしはわがうんめいいつきざるところかわれもしかしかし
こへとりことならばなぐさみものとなるのみならずいのちも
手なみは武士にもまされりしかるを道太夫くがふねらがいなやべきとかはといふを
さくら戸おしとゞめてこゝはとちうのことにて殿土夫いがいんぢにちかしくはしきとは
しゆくしよいて聞もせんいひもせんいざもろ共にといそがす折からきんすもへ
やうやくおひつきければいざとてちやうちかさけさぜてあたをおそれぬ勇力ゆのふる
まひをつとそまもりてふたさめのいへぢをさしてかへりけり○ざる程にさくら戸は
そのよもすがら思ふやうかきくとのはことさらにすぜういやしき右のなかへ
つねにしぼりとられてふたゝびあふ日のながらんに今にはじめぬとながらおん才の
●印ゟまじはりたりけるに此たびいふる
まひは人たるもいわざならんやにやつ
ふう姫を引とらへて思ひのまだにせめ
そうへにいかばかりいたくみをなさん
もはかりかたしえうそあれと
心には思ふものからしかで
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おいでなされますとあいおびくにはこはい
おいでなされますかあいしびくにいとも
かほでござりまずねへ
いはゞめ
られんよく
せめとらして
のちにこそとしあんをしつゝつぎの日よりもいまうでに
かこつけてひがし山殿るくがふねがしゆくしよにゆきて
あはんといふにかいをんなはをることなくそのをつこへ太夫
すら此まつは
〽よくそんきがもち合いたの
まだ九つにはなる
まいのふ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かめきく
御用に
いとま
なきを
でもいへに
こる日はすれば
なりところす
ゐのしもべのとゐたり
さてはかれらはわゑを
おそれて院の御所へやまゐりけんかめきゝとのふばねのうちに
ふかくかくかくれてをるにもせよいつまでよいつまであらんだしぬきでふゐに奉は
あはずといふことあつべからずとしあんをしつゝ何ともいはその日はしゆく
しよに立かへりこれよりのゝち三四日つゝあはひをおひてかれらをとむにつまへ
ナハせいすは二嶋二扁
ゆいせせかいんとく一編
いであはずばあふこといよ〳〵かたかるべしと思ひにければそのちはなほ又ことに
かこつけてみやこのうちをあちこちとをり〳〵いでであるけどもくがふねもへ大
夫もいよくかくれてかけだに見せずなん清はさくら戸がちかごろしばく
いであるくをこゝろ得がたく思ひしかば人なき折にさゝやくやうおん身は日ごろ
いであるくをこゝろ得がたく思ひしかばくなき折にきたやくやうお身は日ごろころころこやり又たんたういださけ
いであるくをこゝろほがたく候こしかはくなき折にさゝさくもうし身は日ころ
はなみゆさんにいであるくことなどをさのみはこのみ給はざりしにいぬる日わが
身にことありしよりやくもすればあちこぢとぞじろあきをし給へはもしくがふねらにありし
夜のうらみをかへさん将にはあらぬがしからんにはけをふきてきずをもとむるたぐひき
ともがらは暫きくとのゆ〳〵しんのものにあらすやたとへこなたに理ありとも亀
きくとのにたくまれなばその理はつひに非にこそならめせいうちすておき
給へとかごとがましくいさめたるをつとのことばはふがひなけれどことわりなきよ〳〵
あらざるにきくら戸はくがふねちをたづねわびたる折なればことやうやくに
思ひかへしこれより心もゆるみつゝ又たがねんともせずなりしにふかくさよりはな
がらの妙だつがとぶらひ来てさけのみあそびくらずとはや扨三度におよびしかばし
さぐら声はこれにやかぎれてかのいきどほりもいつとろくわまれしごとく日を
おくりしにかのはなからにとはれしこともふたゝびみたびにおよびしをせめやいち度り
ふかくさなるあまてらへとてゆくほどに妙たつがこなたへとていでて来つるにあるにゆ
あひけりかたみにしばし立とゞまりてつゝがなきをしゆくしつゝさくら占は
わがしゆくしよへともなはんといひつれ共妙たつは又さくら石がたま〳〵
とはんと思ひしよしにてみちまでいでここなればけりとも
とはんと思ひしよしにてみちまでいでことなればけふは此まゝわがいほりへ
ともなふべしとていざなひつゝつひにそこよりとつてかへしてうちつれたちて
ふりくさなるじやう仏寺をさしてゆくほどにとしは三十あまりにてたび
あたしきものくなとにとくゆくほとにとしは三十あのりにてたひ
やつれせしひとりのをはなざくら戸らがさきになりあとになりつゝ
これも亦ふかくさのかたにおもむくほどに〽けふのみと見るになみだの
ますかゞみなれにしかげを人にかたるなといふ哥をいくたびとなくくりかし
ひたすらたんそくしたりしかばさくら戸これを聞すがめて心のうちに
思ふやうあのばんながきんせしうたはむかし三河のぜのぜん司大江の中に
定基時ごとしごろあひなれたる女の女みてむなくなりけるをいといとは
いたうかなしみなげきて世をすてばやと思ひし折いづくとはなくまがしき丁
せんなのかゞみをうらんとてもて来しかば穴もととりてこれを見るにいつ
しゆの哥をかいたりけりその哥は今あの女が吟味せしと相おなじこ相
らりよしはわがつまのをりても春給ふ沙石集談共に見えたれば
おとづれてかしこのあんひをとはゝやと思へばよしををつとにつげてきんすをせて
見るに長サは九寸あゆりにして
〽かゞみとつるぎは
むゑきにならぬものこれを
手ばなす心のうちすい
りやうなされてくださり
さくぬけば玉ちるを
あつはれめいさく
ならんと思ふに手へ
男女のたまひかふて
ませ
ならんと思ふに手
ゐたるがそのよくものをてらすこと月のごとく
こふりににたり又たんだうをいださせ
やきばのにほひえも
いはれずあはれ
得かたききれもの
さへはなち
かねて
〇下
一四丸よときおろしうちひらきてまづそのかゞみをいだいたれで
はべるとさしよするをさくられりてよく見るにわた
りは七寸ばかりにしてうらにはなみにうさきを
あまりにあたひたつて
そのゆくどまなふねふうふはまだへらずとことは今せん余中といふやうちのうちのうちのしひしきころのなんといへんとならんと
なにうちむかひ
あたひやすはにた
しな共にわらはが
かはんと思ふ也と
いふに女はよろびて
口い今も申せしことく
あたひよくかぶ人あり
ともむきをもまめを
もわきまへぬ心なき
ともがらのものとし
せんがこちをしさに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
じなを
十五両ツゝ三十
両にてうり
はべもといふに
さくらほう
べをかたむけ
そはそれ程の
わらはもをなごの
あまりにあたひたつことくては
かたへ申してわれざへしれりしかるにかれ今ひたすらにくだんのうきをざんずる
ことゆゑそあらめと思ふにぞたちまちによびとめていかにそなたは
何のゆゑに古みのをしば〳〵ぎんずるぞもしやとしごろひさらするかみをい
御すいやうにつゆたがはず
ゆすいにせろひつせたかはす
おやのかたみのかゞみあり又
一トふりのたん刀分あり
身のたつきなきまゝに
うらばやといへども
さすがにいやしきものゝ
手にわたさんことのくちの
をしさにあからさまにはつ
わたさめと思ひにければ五七日かたの
ごとくによびあるけども何ぞと
一うらん為ならずやととはれてをんなばおどろきなが
うやくしく小こしをかゞめてさくら戸にうちむかひ
しやせき集しなるうたをぎん
じてらくちうをさまよひあるき哥の心をよく
しりてかはんといふ人あるならばその人にこそうり
とふ人なかりしに
かゝこうも
わが
うり
ものを
しられ
ぬるぞよろ
こはしきと
いふにさゝ
ら戸うな
づきてその
しられ〳〵
うりものはいづこに
あるぞととはれてをんなはいそがはしく
せなかにおひしふろしきつみを「四右のなかへし
迚
ませう
二しなともにどうがして手に
〽そんなて
けふはこゝより
いとまもまろに〳〵〳〵おしめくへばさこそといふさくら戸もそゝろにあはん
おいとま又此ころ
出なほしてかなら
出なほしてかならずてらへも
来ておくれつ
そのうちゆき
ませう〳〵
入れたい
〽アなアなも小くびをかたむけそは又あやうにやすく
なァ
れをのよろしてさうばあたひをとらせんにわらはと
ともに来よかしといひかけていそがはしく妙たつにうちおかひ
只今しらるゝわけなればわらははあのをなきをつれをつか
とにおくれ子をさきたてよかのしゆもなき身
将義なくかはんいかにぞやとおされてをん
ものにはべるがうちつゞきたるしあはせわろくてをつ
ながら此哥やこにはちとばかりのやかりの
人のあるにより身のかたつきをたのまん
なも小くびをかたむけそは又あやらにやすく
をつとにもつげかたし一トしなを
十両門に二十両にてうるならば
はべれどもわらはもにはかに入用の
ことしもありてせんかたなくひさうの
しなをうるしぎなればよくを
はなれてまゐらせんせめての
ことに壱両ましてなみだきん
とし給はれかしといふにさくら
戸うなつきてさばかりのこと
ならばともかくもしてとらせん
そも〳〵そなたはいづくの人ぞ
かゞみもつるぎもむかしよりもち
つた今にさうゐなきやととふを
をんなは聞あへずそはいはるゝ
までもはべらずわらははかまくらの
とてはる〳〵のぼりしひもなくその人は
こそのはる身まかりにきと聞えしかば
進退引いこゝにきわやりていつち
ゆかんも路用はつきたり世にせんかたの
なきまゝに身にもかうじと思ひぬる
此ふたこなをうりしろなして又かのくらへかへる
なる心ほそさをさつし給へといひつゝなみだを
おしぬぐへばさこそと思ふさくら戸もそゝろにあは
大黄素酒上扁
けいせいせいさいこれ一一組
もとめられしとほのかに
きゝぬこなたにもさるへ
ものあればいづれかおと
るやまされがやくら
べて見んと思ふ也
四左の上ゟくらはしのつぼねよりはしり
つかひのざにしき来て亀きくとの仰なり
さくら戸にはちかきころよぎかゝみとさんたうを
つばき
しゆくしよへもどり
ソレさくら戸をにがすまいぞ
あたひをとらしてあとよりみてらへまゐるべしおん身はさきへかへらせ給へといふに
妙たつそらうちあほぎてすでに日かげもまはりたりしからばけふはこゝ
にてわがれて又とほからずおとつれはべらんおん身もけにはしゆくしよに
かへりて又ちかき日に出ないし給へけふのみわかぎることかはといふにさくら戸
おし入れつゝ又ふろしきに引つゝめばさくら戸はさきに
たちてやがてしゆくしよへともなひつゝさて
なん清によしをつぐるにその身はむこのこと
なるにとしごろよろづのまかなひもつまに
まかすることなればいさゝかこばむけし
きもなくおん身がめづるものならば
とゝかひ給へといはるゝにさくら
戸はうれしくてさてそのあたひを
とらせつゝかのふたしなをかひとり
ければくだんのをんなはよろこびて
りよしゆくへとてぞかへりけるさるほどに
さくら戸はかゞみとつるぎをふくろより
やをらいだしてとりて見つあるひはかけて
ながむるにはじめ見しにはいやまして世に
まれなるべきたからなればめで
よろこびて思ふやうさきつころ
いち院より寒きくとのに
武げいの
給はりしほうけんはめて
たきものぞと世のふう
ぶんに聞たれども
けふもとめたるたん
ごひすらそこくにわかれて寺人ぞかへりけるそのひまにくだんの
右えなは手はやくかゞみもたんたうをもにしきのふくろに
師せうさんでも
用捨はならぬやくめが
大せつきのどくながら
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
きくら戸とつた
いなみかねてしからば何にまかせはべらんようなやものをかはんとてこよで
わかるゝほゐなきよといふをばきかで妙たつは立くたびれしとなればいとま
たうはをさ〳〵それ
にもおとらじものを
とひとりこゝろにほこり
つゝさてなん清にも見
ならねばさのみはよくも見ざりけり
かくてそのあけのあさ
せしかどき是をたしめるもの
上野三三
とく〳〵とく〴〵持さん
あるべしとにはかに下知を
わがかのしなをかひとりしはわづかに
つたへしかばさくら戸ふかくいぶかりて
きのふのことなるに
三地きく
このは
いかにして
はやくも
それを
しられ
弐
ことなり
と思へども
今さらに
かゝすべき
ことにもあらぬを
わが身の
をんな
おつしやつても
所に
おぼえなき
むじつのつみ
しかぐと
いとおくしかくともろひしがいな〳〵こゝにもをはさま也かならずからこにをはすならんと
いひつゝぬたびさきにたちていよ〳〵おくへいざなに程に三十五ぢやうしきわたしたるは
まのうちへともなひてしばらくこゝあてまち給へ口い今おんいである
べきにとこゝろ得させてくだんの老女はそのまゝはしり去りに
けりさくら戸はたづさへ来つるかのかゞみとたんたうを手にもち
ひざにうちのせて亀きくがいでて来たるを今か〳〵とまつ
ほどに何心なくあたりを見るにみなみおもをに上だんありて
かゞみかけのくぎのみありてそれにはかゞみをうけられず
その上だんの正めんに岩戸壷線とのとしるしたる大宮
かくをうちてあればさくら戸大きにおどろきて此
いはとのつぼといへるはいち院ばてきのまつりごとを
きこしめすところにしてたゞ人のまゐるところにあらず
くだんの老女は何ゆゑにこゝへはともなひ
たるやらんそゝろなりきとおそれまよひて
しりぞきいでんとするほどに思ひかけ
なきうしろのかたに亀きゝははやうち
見てをりたちまちにアゑをかけて
さくら戸は何の為にこゝへはそゞろに
まゐりしぞしかもつるぎをたづさへ
そこにはみすをかけられたるがひだりのはたらにいち
めんのかゞみをかけてあたりをてらせり只右のはしらには
〽ながいせんぎて
〽ながいせんぎで
なります
なはとりなん花
いろけより
くひけだてや
つけゑらせと玉がにおどうをさきのへつくたんのつかひもろ共にものつありける「しかりけるよしよしよしよみそこ手にきその手にしや
そのときひとりの老女郎かいでていざこなたへとしるをしつくひろきつきしきにともなひ
くらといはあまをいきすよろたにはとさきよしわいへすかうちすをからすはかつてくらず
あしとりおしふせておさへてなはをかけてけりそのとき亀きく
をいふたびさむさおちいよくお人はな程ま十五軒やうしきわたしたるひとふたび下知とさくらんかもちたのものかたも
左の上ゟ下知もけんゐの一トこゑその手にしたがふをんな
さするにかゞみはすなはちたかみくらの
右のはらにかけられたる月かたの
みかゞみにてうらにはなみにうざきあり
又たんたうはかめきくがいち院より給は
りたるうきねとりのみつるぎなればひと
かたならぬとうぞくなりとてかのふた
しなをさしそえてつみのおもむきをかき
しるさせときをうつさず仕丁引そも
げびゐ使は引わたしけりかくてけびゐ便の
尉地山しろの介てるみちさくら戸をうけ
とりてことの子細をせめとふにさくら戸は
ありしおもむきかやう〳〵といひとけどもかゞみ
とたんたうをうりしといふをんなの名
ところさだかならねばその
いひわけはたちかたし
なほ此うへはをつと
なん清をもめしとつて
せんさくすべしといはるゝに
さくら戸ふかくうち
たるはぎやく
しんありての
ことならんといひつゝむかひをきつと
見てあらふし義なることアそあれたる
みくらにかけられたる日月のおんかゞ
みの月のかたのなくなりしはさつする
ところさくら戸がぬすみとれるにあらん
ずらんといはれてさくら戸こはいかにと
おぼえなきとうぞく
あくめうをいかにせんけんざる
□□□□□□
桜
なげきてなん後は
これらのことをはじめ
よりすこしもしらずふう
ふのあひだもむつぬから
ねばなん清にとはせ給ふ
ともまことのことはまうしはべらじ
とにもかくにもわが身ひとつのつみ
としさだめ給へかしと思ひ入て
いよくます〳〵おどろきながらわろびれもせず
ひざまつきみつぼねさまの住なれどもそはこと
たがへにはべるべしわらははきのふゆくりなくこの
かみとたんたうをあるをんなよりかひとりしに何
人のつげまうせしにかおん身の御らんあらんあらんあら
たづき今ゐるべきよしのおんつかひそうけうけかばとる
ものもとりあへずきききまちまでまゐりしにとしは
いそぢあまりのひとりの老女がしるべてこの所へいざ
なひてはべりしがといはせもあへずかめきくはやなきの
まゆをさかたててさてたゝみたりとしらへたりわらはは
そもじをよばせんとてつかひをやりしことはなし又わがた
つかふおさめなどにとしよりたるはひとり
あらずそのつかひの名は何といひつる老
女は何といふものぞとどひなしられて
さくら戸はいなつかひの名は聞はべらず
老女も何といふ人女らんその名は
しらずはべるかしと
いふに亀きく
あざわら
ひてげに
ぬすへの
たけ〴〵
しさよたれかある此
くせものをとく〳〵
からめとらずやと
はげしき所右の下へ
いかやうにちんじてもせうこは
まさしきかゞみとたんたう
鯰きくとのよりいひなく
られしことのおもむきふがう
いたせばとてものがれゆ
その身のつみとがありいじ
まゝにはくでうしてしばしもの
まうすにぞてる道やぜ此よしを
やうできくにつけかば亀きく
死がいがのはん官いん〳〵聞てさもあらんなんなんなん清をばうち
季子おろさくらずやきて口いざくら戸をせん
ひきいださせてつみのおもむきをきうさくせられよつみ人のおほく
めいするにさくら戸はかのかゞみのことたんいで来るはそうなきことぞと
こたへしかばてるみちこの
たうのことよりはじめてかめきくによばれこたへしかばてるみちこの
へたるそのことはかやう〳〵又思はずも山名戸の挙にしたるにしたる
戸がつみをさだめしか
つぼにいざなはれたるていたらくとりつぎの
ども今はみや
老女のことはかやう〳〵とおちもなくつぶさに
このことといふとも
これをつぐるといへどもかゞみとたんたうを
武家のはんだんによら
うりしといふそのをんなはさだかならず
ざればとりおこなこと
又とりつぎの老女のことも衣きく
これをしらずと
たやすからずこれに
いへばつぎへ
よりてるみちはさく
ら戸がつみのおも
むぎかやう〳〵と
かきしるして六
はらへひきわたし
けりさればかゆ
くらより
四日
くつうをのがるゝが
よさちうな
ものじやぞや
にそぎをしちり
ふいたやうなもの
にかくしいことではある
大芝春吉兵島二島二島二角
けいせいせいこれいふと
いひつゝふたこびさきまたちていよ〳〵おくへいざなに程に三十五ぢやうしきしたるひ
まのうちへともなひてしばらくこゝにてまち給へ只今おんいである
べきにとこゝろ得させてくだんの老女はそのまゝはしり去りに
けりさくら戸はたづさへ来つるかのかゞみとたんたうを手にもち
ひざにうちのせて亀きくがいでて来たるを今か〳〵とまつ
ほどに何心なくあたりを見るにみなみおもそに上だんあり。
かゞみかけのくぎのみありてそれにはかゞみをかけられず
かくをうちてあればさくら戸大きにおどろきて此
いはとのつぼといへるはいち院ばんきのまつりごとを
きこしめすところにしてたゞ人のまゐるところにあらず
くだんの老女はのゆゑにこゝへいともなひ
くだんの老女は何ゆゑにこゝへはともなひ
たるやらんそゝろなりきとおそれまよひて
しりぞきいでんとするほどに思ひかけ
なきうしろのかたに亀きくははやうち
見てをりたちまちにアゑをかけて
さくら戸は何の為にこゝへはそゞろに
まゐりしぞしかもつるぎをたづさへ
そこにはみすをかけられたるがひだりのはたらにいち
めんのかゞみをかけてあたりをてらせり只右のはしらには
その上だんの正めんに岩戸壺縫かとしるしたる大字の
やつこ
〽ながいせんぎで
なはとりなん花
いろけより
くひけだてや
つげしらせてにはかに衣ぜうをとゝのへつゝくだんのつかひもろ共にかのつぼねへでまねりけ
むしやのうねからはやく鳴つけてうけ給はりぬと八九人むら
そのときひとりの老女郎あいでていざこなたへとしる人をしいくひろき聞しきにともなひ
たちかゝつてはしり来つ有無折もいはせずさくら口を手とり
くらはしとのはこゝにはさずかなたにはそとさきにたちて又いくまをかうちすきゝ
あしとりおしふせておさへてなはをかけてけりそのとき恋きく
いとおくなかくともなひしがいな〳〵こゝにもをはさま也かならずからこにをはすならんと
ふたゝび下知してさくら戸がもちたりしかのふたしなをあらため
左の上ゟ下知もけんゐの一トこゑその手にしたがふをんな
さするにかゞにかゞにはすなはちたかみくらの
右のはらにかけられたる月かたの
みかゞみにてうらにはなみにうざきあり
又たんたうはかめきくがいち院より給は
りたるうきねとりのみつるぎなればひと
かたならぬとうぞくなりとてかのふだ
しなをきそえてつみのおりむきをかき
しなをさしそえてつみのおもむきをかき
しるさせときをうつさず仕丁丁
げびゐ使へ引わたしけりかくてけびゐ使の
尉此山しろの介てるみちさくら戸をうけ
とりてことの子細をせめとふにさくら戸は
ありしおもむきかやう〳〵といひとけどもかゞみ
とたんたうをうりしといふせんなの名
ところさだかならねばその
〳〵ところさだかならねばその
いひわけはたちかたし
なほ此うはをつと
なん清をもめしとつて
せんさくすべしといはるゝに
さくら戸ふかくうち
たるはぎやく
しんありての
ことならんといひつゝむかひをきつと
見てあらふし義なることこそあれたか
みくらにかけられたる日月のおんかゞ
みの月のかたのなくなりしはさつする
ところさくら戸がぬすみとれるにあらん
ずらんといはれてさくら戸こはいかにと
おぼえなきとうぞくの
あくめうをいかにせんけんさつ
□□□
桜
としさだめ給へかしと思ひ入て
なげきてなん後は
これらのことをはじめ
よりすこしもしらずふう
ふのあひだもむつぬから
ねばなん清にとはせ給ふ
ともまことのことはまうしはべらじ
とにもかゝにもわが身ひとつのつみ
いよくます〳〵おどろきながらわろびれもせず
ひざまつきみつぼねさまの住なれどもそはこと
たがへにはべるべしわらははきのにゆくりなくこの
かゞみとたんたうをあるをんなよりかひとりしに何
人のつげまうせしあかおん身の御らんあらんあらんあら
たづき人まゐるべきよしのおんつかひばうけかばとる
ものもとりあへずきさきまちまでまゐりしにとしは
いそぢあゆりのひとりの老女がしるべてこの所へいざ
なひてはべりしがといはせもあへずかめきくはやなきの
まゆをさかたてくさてたゝみたりとしらへたりわらはは
そもじをよばせんとてつかひをやりしことはなし又わがたまし
つかふおさめなどにとしよりたるはひとりも
あらずそのつかひの名は何といひつる老
女は何といふものぞとどひなしられて
さくら戸はいなつかひの名は聞はべらず
老女も何といふ人やらんその名は
しらずはべるかしと
いふに亀きく
ひてげに
ぬすへの
たけ〴〵
しさよたれかある此
くせものをとく〳〵
からめとらずやと
はげしき所右の下へ
給へ
〽いかやうにちんじてもせうこは
なかさしきかだことたんだう
まさしきかゞことたんたり
岩きくとのよりいひろく
鯰きくとのよりいひなく
られしことのおもむきふがう
いたせばとてものがれゆ
その身のつみとがあらいじ
まゝにはくでうしてしばしもの
人まうすにでてる道にがて此よしを
つけおかれ
を鬼きくにつけかば亀きく
聞てさもあらんなん清をばうち
一父がいるのはん官いん〳〵聞てざもあらんなんじんなん清をばうち
すておきてわいざくら戸をせん
季新さくら戸を
きいださせてつみのおもむきをきうさくせられよつみ人のおほく
めいするにさくら戸はかのかゞみのことたんいで来るはえうはきこそとぞと
たうのとよりはじめてかめきくによばれこたへしかばてるみちこの
義にしたがのてさくら
へたるそのことはかやう〳〵又思はずも山名戸の義にしたるにしたるにてさくら
つぼにいざなはれたるていたらくとりつぎの戸がつみをさだめしか
ども今はみや
老女のことはかやう〳〵とおちもなくつぶさに
このことといふとも
これをつぐるといへどもかゞみとたんたりを
武家のはんだんによら
うりしといふそのばんなはさだかならず
ざればとりおこなふと
又とりつぎの老女のことも哀さく
これをしらずと
たやすからずこれに
いへばつぎへ
よりてるみちはさく
ら戸がつみのおも
むきかやう〳〵と
かきしるして六
はらへひきわたし
けりさればかま
くらより
あつたら
くつうをのがるゝが
よさちうな
ものじやぞや
えりあかゐつかめ
にそざをしち
がいたやうなもふ
大芝春春画二島二郎
しいせいすいこ住二編
ナカ
せんさくすべけれとてそのまゝひとやに
つながせおきて先すゑつら〳〵しあんを
おのれにへつらふものをばとりたて心に
さかふものとしいへばつみなくてとがをおは
するこれ今の世のならはなればごやさ
けんすべきこと也とてすなはちつみを
さざめていはくさくら戸が法を
おかして岩戸のつぼへ入りしこと
そのつみかろきにあらねども
月かたのみかゞみとうきねとりの
たんたうをまさしくぬすみとりしとも
さだめかたしいかにとなればかれもしぬすみし
兵衛きくもこのことはおのれに理ある義にもあらぬに六はらの
判だんをおしゆぶらんもさすがにて又いふよしもなかりけり
これにより光すゑは又さくら戸をひきいださせて佐
渡の国へながしつかはすつみのおもむきをいひわたし
いましめのなはをときゆるして
そびらをはたつゑむちうたせ
さらにくびかせをかけさせて
あし高くも平戸かげの土九郎
くも平土九郎は佐渡の国づこ本
間の太郎へ六はうより下知せらるゝ
といふ二人のはしりつかひをもて佐
とてもかくてもつみはのがれずなほ又
渡の国へぞおくりつかはしけるさる程に
くも〽とうでしうたん坊は
ながからう此うち
ちよつとうちい
ちよつとうちへ
するにさくら戸がまうすおもむきさせるせう
こはなしといへどもさながらむじつのとがにあたり
かの鹿きくがいち院の御ちやうあいを得たりしより
ものならばうか〳〵とてそのとろにひさしく
をることあるべからずかゝればぬす人ににたるつみと
いつてこよう
岩戸のつぼへまよひ入たるこのふたちのとがをもて佐渡の国へ
ながすべしこれ相止るさらの刑叶ばつに候べしときこえあげしに
〽成左の上ゟうちふりそは思ひかけもなきことをいはるゝうたてさよおん
身はいへのむすめにしさわれは弟子なり又むこなりきるをおん身にとがも
なきにいとまの秋をやるよしあらんやこのことのみへはしたがひかたしといなむを
明さくら戸出しかへしてのたまへよしはきることながらおん身とえんそさらざれば亀
きくとの心きどほらはいつまでもしうねくてつひにわらははころされなんこれ
らいわけをくみとりて只すみやかにざり状をなぶがわが身の為なればまけて
とく〳〵かきてたどいふになん清せんかたもなく〳〵すゞりかりよせて
なみだと共にすりながすいもせのえんもうすゞみにかくてくる
●しき三くだりはんこれいつ
せうのわかれとはしるや
しらずやしらかみもおづる
なみだにぬれきぬのなき
世をかけしいとまごひゆきて
かへらぬ水さかつきもふかほ
なげきにかきくれて思は
ず時をうつしげり
美僧なれば
世にしら玉の
しられし
かども身の
おこなひはもの
はらの門外ぐいへひきいだせし中にらく聞の
なん清はけふさくら戸が佐渡の国へながさるゝ
ことのよしをほのかにつたへ聞しかばしもべきんには
あるみしてけさよりこゝにまちてをりさくら戸がい
見るよりかのくも平十九郎には一トつゝみ
つゝの銀子をおくりてしばしわか
れのいとまをこひうけなみだと
共にさくら戸をあたりの茶てんへ
いざなひ入れて只さめ〳〵となき
おくり状をうけとりてまづさくら戸を六
はらの門外頭へひきいだせし折ゐゐらく院の
けるがやうやくにかうべを
もたげナウわがつま
およそおん身のむじつのこ
つみはたれとてしらぬ
もいはなけれどそのいひ
わけの立がたきはみなかの
人のゆゑにして命もすでに
あやうしと聞えしときはもろともに死なばや
とのみ思ひしになほうつせみのいきの内にかく
おもてを給はすることいとよろこばしと思ふにも又かな
しきはあふことをいつとさだめぬいきわかれ今よりおは
身にすてられてわが身は何となるべきといふこゑ
むねにつまらしてしさりになみだをおしぬぐへは
きんすもまぶたをすりあかめてかつらぬことをくり
かへずしぎのはねがきたつ鳥のわかれを共に
をしみけりさくら戸もわきかへるなみだに
むねはくるしけれどもとよりをゝしきさがなれば
をつとをいさめはげましてとてもかくてもわか
れてはあふことかたきいもとせのえにしもけふを
かぎりとおもふ也いとまの状をかきてたべしから
ざれば無きくとのゝこゝろはつひにやすからでわらはが
ナハ只春ハ二専二扁
さらいとまの状をかいた
とてあきてわか
命のあやうかるべしとく〳〵秋をかき給へといふになん清がうべを一ゆ古の下
かたくてむねいと
せばき
田市
しやと
いふてそれがまア
とうなるもいて
さりとては
どうよく
のふ
三十
やたり土地へかつ
のちまいたちを
○これはさそ震方
高も平戸かけや
九郎らはなん清がない
なびを得てければ御ざへし
ていせいといこといこ紙
かれがいとまこひをするそのほどは茶てんのあるじきとも〽アウ
こゝろえさせてさくら戸をあづけおきほの〳〵しゆくしよへい
はしりかへりてとりわすれたる物などをたづさへゆかんと
する程にかねのつるやとよばれたるにやう理さか堀の
をとこ束てたれたまかはしらねどもおん身にたいめんせ
ほとやわれぢが二かいにうちのぼりてさきより
まちてゐ給へり出九郎ぬこをもまねきくれよいづ一
れもひまをとらせはせしとく〳〵といそがせ給へばや〳〵
てのついでよきまゝに戸かげぬしへはこれらの
よしをすでにつうだつ仕りぬといふにくも
平まゆをひそめてそはたれなるらんこゝろ
得かたしとまれかくまれみづかがゆかずはうた
がひはとけがたかるべしいざとてやがてうち
つれたちてかねのつるやへおもむけばそのかどべにて土
つれたちよでもつる也おもはしはそいかとにて
女ながらさゝかへつけてくだんのすとこにしるべをさしてひとしく二かいへ
うちのぼればいとおくまりたる聞きのうちによはひはいてぢあゆり
なるひとりの武士まちてをりもとより見しらぬへなれば
二人はすゝみかねたるをかめ武士はやくこれを見てあし
高まし戸かけぬしまづこなたへと野をたちてか
くらへおしす君けるほどもおかでしたべ
よりさけさかなをもて来つゝ所せき
までおきならぶるをくだんの武士は
くもゑしと五九郎がほとりちかくさしよせて
おくんこれはすんじ也まづさかつきをあげ給へと
いふにおにんかうべすなでてそれがしらは見わ
すれたるかぎみをいづれの人ともおぼえずしか
るをかくまでもてなし給ふはゆゑそあらめといひに
はてめにかの武士につことうちゑみてそれらのよしは
只今つげんまづきかつきをあげ給へとひたすらすめ一やま
さればくも平も五九郎もしたゝびとふにおよばず一そのもてなしをうくる
ほどにくだんの武士はふところよりしたつゝみのかねをいだして又両人のほとりに吉め
かゞいたしたもので
九郎も亦まねかれて来つるにあひぬそのとめがたみにしか〳〵〳〵〳〵
二十四の方しきおきおの〳〵これを
じやうしなへといはといつゝゑを
ひそましてかずならねども
それがしは亀太くとのざつ
しやうめて富安房太夫
こよばるゝもの也此たひおの
おののおくりゆかるゝさくら戸が
ことにつきてみつ義ありかのをん
なはわがしゆくんのふかきうらみ
あるもの也これにより道中にて
こゝ戸ばうちころしそのせうこと
してかのものつらのかはをそぎ
とりてじつけんに入れ給はじ
国なほいくばくもほうび
あらんかいさくら戸は
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ほくろありそれを
せうこの有なればつらの
かはをそぎとりて
おんめにかけなば
おの〳〵にいつ
はりのなき程は
しられんとく〳〵
これをおさめ
給へとよく
よりいざなふ
てやたつみの
いかねをしき
りにすめ
けり
なきやうに
◑吉さうを
まちますぞや
狩す
江戸通油町書林仙鶴堂
けいせい二編
すいこ伝
馬琴作
国安画文政九丙戌新版
曲亭
丙
鶴
第
二喜
二
編
けい
之
馬琴
これは二輪車
著
四
丙著
戍
歌川
すいこ
新
国安
板
画
伝
編版
七
工病死深うといひたてかへりまゐらばたれかまこととせざる
べきといふにへ太夫よろこびてあし高ぬしいさき
よしばん事手ちがひなきやうに何ぶんたのみ
まゐらするといひつゝおくるふたつゝみのかねを
両人うけおさめてとみ安はし心やすかれ
とほからずこのまさうをつげ申さんと
ひそめきさゝやき又さかつきをめぐら
して思はすとひもうつりしかは道太夫は
して思はずときもうつりしかは道太夫は
手をうちならしていぜんのをとこを
三人ひとしく由をたちつゝかどべにいでて道太郎
せきのこなたまて見えかくれにおくりゆきしがさそあるべきにあらく
ざればなく〳〵いへぢにかへりけり○さるほどにくも平らは
その日はわづかに三四里にしてさかもとの在家ぎゝ
やどとりあけのあざはまだきにたちてしきりに
みちをいそげどもさくら戸はそびらをうたれししもと
きぞいたみいでてゆきなやみつゝすゝみかぬるを
くも平土九郎あるひはのゝしりあるひはあざ
くも平土九郎あるひはのじりあるひはあさ
けりくちにこゞとはたえねどもさくら戸はつゆばか
りもかれらにさからふことをいはず心ばかりはいそ
よびよせてさけさかなのあたひをとらせて
さくら戸を佐渡へおくりとゞけよと仰つけられたりけるいゞみちにてころしてこと
あらはれなばこれわれ〳〵がなん義にゑらんといふをくも平聞あへすやかげさり
とはのみこみわろし道中にて人しれずさくら戸をうちころして
北こくさしてたびたちけりさればなん清きんすらはあふきかの
げどもとにかくみちのはかどらでこの日は七里ばかりにしてとある
つゞきそのとき。五九郎かうべをふりていなそのことはかなふべからず右はらとのより
夫はくも平十九郎に引わかれておのがしゆくしよへかへりけり○かくてくも平
道中をむしの
はふやうにして
いつきとまで
壬二百里にあゆる
○やうぢ〳〵せずに
はやくあるけおそいと
あとからくらは
せるぞよ
はたごちんを
とることなく又もそかなしも
せざりしかばくも平らは荷を
ときおろしてひとつ野しきにつか
れをやすめにえゆをたらひに
えんのもとにさし
おき
よくすると
はてゝがねいたいめをさせるが
さく
いゝのさ
十九郎はもとの茶てんにおもむきてさくら戸をいそがちゝおつたへ〳〵あやみぢより
〽おはらたちはむり
ならねどいたみに
おさてさくら戸をよび
おこしてせんそくをつかへといふ
さくら□はつかれはてたればくびかせを
かけられたるそのまゝにためれふして
いきもせでゐたりしにくも平らが
なさけらしくしかいふをうち聞てそば
かたじけなくはべれどもわらははいたくつか
れしうへにくびかせのじやまになれば
くだきりませ
あらふも
くも平聞
自ゆう
ならず
只この
まゝにてねぶる
べしといふを
さとにぞやどりける此ときまではさだまりたるはたごやはまれにしてたび人をやどするものゝ
ふろをたくこともなくおほくはきちんのみなれどるにんをおくるおほやけ人には〽男右の下へ
あへずしからばわれらがあらふて得させんとく〳〵
こゝへいで給へといふをさくらぬおしかへしてそれはあまりに
はゞかり也わいうちすておき給へといなむをくも
平聞あへずそれはやくなきゑんりよぞうしつきへし
けいせいすいこ位二升
あらひ給へかしとしきりにいふてやまざればさくら戸
つひにいなみかねてそのはかりごとあるをしらずじからば
ゆるし給へからといひつゝやうやくゐざりいでてちくえんに
しりをかくればくも平は下にをりさらばあらふて得さ
せんずといふよりはやくさくら戸があしをつかんでにえゆの
なかへたちまちどぶりとおしいるればさくら戸はあつと
さけんでやにはにあしをひきたれどもすでに両そくしも
ながらゆふくれにはれあがりてそのいたみたえ
がたければもとのとうろへゐざりゆきてふたゝも
たふれふしてけりくも平はこれを見ておぶをと
いへばだわろといふわれはほとけごゝろもて二
あしをあらふてやるさへあるにあついのぬる
いのべくさいのとさま〳〵ののぞみこぞみは
あらふことかあるまいことかむかしよりしてるにん
ばらがやくにんさまのかたをもみあしをあらふ
ことはあれどもやくにんさまがるにんのあしをあらふて
やつたためしはなきにぢひもなさけも得しらぬ
もゝにおまへはそんじやとのしれば九郎もがやく
やつにかまへはそんじやといゝしれば十九郎やくと
ともにのゝしりはづかしめてさてこのふたりはくだんの
にえゆによきほどに水を
さしてかたみかはりにめしの
どろをそゝぎおとしくしどに
入りてそのよひのま
たびはみちつれ世はなさけ何かはくるしゆるべきぞとく来て
よりねむり
けりかくて
そのあが
いた
つきにくも
平士九郎は
ひそかにおきて
あつく
なくてねこあらど
見るやしよく
桜
〽イヤぬるいゆだ
右の上ゟ
わるたくみ
とはしらず
してさくらさは
それほどに
まで思ひ給はゞ
ともかくも
はからひ給へ
しばしのほどの
ことなればといふに
両人ひそかによろこびしからば
しばらくなはをかけてつなぎ
あさいひを
くらひしときに
さくら戸はやく
めをさまして
あはてふためき
おきいでしか
どもはやその
膳のすぎたれば今さらたうべる
ことも得ならずそのときくも平はあたらしき
おきてまどろまんもしもさめずば
よきほどにおこし給へといひつゝも
こしにつけたるとりなばをもて
さくら戸が手もあしもうごかぬ
やうにいま
しめてかたへの
松にからみ
つけまへ
ぼうを
ぼうを
わらしをいだしてさくら戸にはけと
いふさくら戸はやけどいためばふるき
わらじをはかんとておきたる
おつとりてたゆうひとしく立
むかひこれわれ〳〵が心にあらず
みちにてへんぢをひそかにころせと
所をたづぬるに
亀きくとのゝ仰をうけやむことを
かくされしかすてられ
しかをこらもたりになかりしかばおむとを得ずあたらしきわらしをはきとぞたち出けるこのときふみ月に
下じゆんものこるあつさのたえかたきにたくら戸はゆぶくれをあたらしきわらじにてすりこはしたりぬ
ければいたみいよく左元えかたをやくもすれば立とまるをも平土九郎おつたて〳〵のしりせめんはまり
さるをさくらきはわびかなしみてみちはかゆかぬをいらたちてしかり給ふは無理ならねどもらは
じつにあしいたみてすみやかにははしりかたしれがふはすこし思ひやりてしづかにあるかせ給へかしといやよ
両人あさわらひてさほどにあらのいたむならばわれ〳〵がかたにかられせわゑ女だとくも車はかたを
さしよせ手をかけさせ土九郎はうしろよりさくら戸がこしをおしつゝみち十四五町ゆくほどにさと
みほざけるしもとばらのほとりまで来つるときありやけの月あざやかにてそのよはいまだもけ
ざりけりそのときくも平土九郎は松のくひせにしりうちかけてあまりにはやくいでたればうす
ねむたくなりにけりさくら戸もやすみ候へいざちとばかりまどろむべしとて水中の用ひに
みやこよりたづさへ来たる五尺あゆりのかしいぼうをおの〳〵手ちかく引つけおきてねむらんと
したりしが両人ひとしくまろこをひらきてしきりにあたりを見かへるにぞざくら戸これをいふ
かりておのくは何ゆゑにまどろみもせでをはするやととへば両人さればとよねむりたゝは
思へども和女郎がにけもはしらんかと思へばなか〳〵ねむられずといふをさくら戸聞あへす
いかでかさることはべるべき心おきなくねむり給へといふに扨人かうべをうちふりいや〳〵どうでも
ねむられずおん身をしはりておくならばねらるゝこともあるべきにといふはかねての〽ヱウの下へし
得ずかくのごとし明ねんの今月こん日は
これなんぢがめいにちなればはなをたむけ
かうをたきてそのなきあとをとむらはん
のがれぬいのちとあきらめてねんじつ申せ
とのゝしればさくら戸おどろきうちなげ
きてやよまち給へいふことありわらはははもと
よりおの〳〵がたとさせるうらみのある
にもあらずたすけるたきをきすくるこそ
ぢひともいはめくどゝにもなじん後世のむく
ひを思ひやりて今のいのちをたすけ給はゞ
かならずおん義をかへすべといはせもはてす
両人はまなこをいからしこゑふり立てこの
都におよんでむやくのくりことくわんねんぜよと
とりなほすぼうをひらりことふりあげて
さくら戸がみけんをのぞんでうたんと
したるほどしもあらずたちまぢ松の〽つぎし
けいせいすいこ伝二編
江戸江戸ゟこのくも平
十九郎らをかねのつる
やへまねきよせてみつだんすこくに
よび一よしをつぐるものゝあるにより
およびしよしをつぐるものゝあるにより
し亀きくがしのびやかにこやつらを
かたらはせておん身をがいすることもやと
はやくも心つきよばわれもその日にほつ
そくして見えがくれにづけて来つひとつとみつにやととりてひそ
かにやうすをうかゞひしにさま〳〵なるわるたくみにえ物をもめて
やけどそさせ又あたらしきわらじをはかせてそのゆぶくれをすりこは
させけさはまだはよこゝにいたりておん身をあざむきしばりおきてうち〳〵
ころさんとしつるまでわれこと〳〵くこれをしりぬおん身のわびことならざりせば
ふたりながらかしならべてなうもほねもうちくだきて此はらたちをみほごゝ
といふにきくら戸こゝろさしのあきからぬをよろこび聞えて只今もなためし
ごとくかれらをころし給ふときはかへつてわらはが為ならずゆるされしこそよろこは
なれさそもおん身はこれよりして又いづくへるゆぎ給ふととへば妙たつ
角
〽日ころのよしみに
くつうはさせぬ
〽凡二木かげよりあらはれいでたる大びく尼おつと
おめいてくろがねのつゑもてはつしとうちはらへば
くも平も十九郎ももつたるぼうを七八けんひこしく
からりとはねとばされてこれはとおどろき見
かへればさくら戸もまなこをひらきて見れば
見しれるはながらの妙たつがこへ来て
わが身のひつ死をすくひし也そのとき妙たつまな
こを見はりてくも平らをはつたとにらまへ此ぬす
人どもよくにまよふて人をころさんたゝみよりおの
れがくびを用心しろいてこのつゑをくらはせんおのれ
らがぼうよりもくひではあるぞとのゝしつてかの
かせつゑをふりあぐるをさくら戸きうにおしとゞ
めてあまごぜしばらくいかりをおさめてわらはがいふことを
聞給へ此両人ははじめよりわらはをころす心なし只悪
きくのしか〳〵といひつけられしことなればいかでかゐはいせらる
きさるをかれらをころし給はゞこれも亦むじつのつみ也まげて
かれらをゆるし給へといふにくも平十九郎はいさゝかいきたるこゝち
して二人ひとしくぬかをつき只今さくら戸とのゝいはれしごとく亀
きゝとのゝいひつけなればやむことを得ず此婦人也をがいせんといた
せしこと今さら後悔動いつかまつりぬ南無あゆぎみくわつ仏
大ぼさつこのゝちはつゆばかりもさくら戸とのを
そりやくなくいたはりておくりゆくべきにいのちを
たつた一じうち
思ひ今がさい
たすけ給へかしと大地に
ごだくわんねん
れふし手をあはせて
異口心同おんにわびし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
をらせあね御よわが
かば妙たつわづかにいかりを
おさめてまづ城刀たいを
引ぬきつきくら戸が
〽今こゝに来つるを
さぞいぶかしくおもは
いましめのなはを手
れんさきにおん
身がむじつのつみの
はやくきりまててしば
をひくともしてずいぶんといた
をいりたすけてわれにつゞきて
ことく〳〵来よといひつゝやがて
さきにたちて五七町ゆく
ほどにそのむらのとりつきに又
をいつけんのさか屋ありしかば妙
ふたつそこに立よりてうどんを
みめこにていづれのてらにをはするにや
ととへば妙たつあざわらひ
ほゝゑみて人をころさばちを見るべし人をすくはゞをは
りを見るべしわれはおん身につきそひて死所慎まで
おくりとゞけん此しれものどもさくら
〽江戸とのをせおひなりとも手を
うたせてさくら戸にこれをくはせさけをも
このしれもいら
のませてわが身もうちのみくも平土九郎にもふるまひ
ければくだんの両人ことばをそうへてあまきみは
ふのほとりに◑下へ
わがゑ
九郎はふたつにせめいゝしられてかれがれがしもべにことならずはしるにも
とゞまるにもいさゝかも自ゆうを得ざれどぞのゐにさかはゞうたれんとをつきこんに
ところをよく聞おきて
亀きゝにつげしらせんと
〽はかるよな人はかめきくをおそるゝ
〽ともわれらはかやつを何とも思はず
〽ともわれらはかやつを何とも思はす
むやくのくちをたゝかんよりきくら戸とのをよく
いたはれいざゆくべしとてたちいでけりこれよりこれよりこれよりこれよりこれよりこれよりこれよりこれよりこれよりこれよりこれよりこれいざゆくべしとて
たつにせめのゝしられてかれがしもべにことならずはしるにも
ナヘサヘサヘサヘサヘサヘサヘサヘサヘサヘサヘサヘサ
土
とのやうすは聞し
かどすくふてだ
てのなきまゝに
気をのみもみて
日をおくりしに
おもは佐
渡へながされ
給ふと聞えし
その日に
あはんとて六はらの
門ぜんまでゆきし
かどかけちがひて
つひにあふことを得
つひにあへことを得
さりき
しかるに
その日
ひとりの
武士
図右の上へ
〽亀
きく
さまの
よんところにや
ころすのだ
かならず
一うらむ
なよ
けいせいわいと仏二升
くるゐをもとめいだしてさくら戸をのせて両人かはる〳〵にこれをひきつゝ
ゆくほどにある日かたへに人なき折くも平土九郎だんかうするやう
われ〳〵しあはせわろくして気きくといにたのまれたるいちだい事を
しそんじたればみやこ人かへりていひわけなしさていかにせんとかたらふに
くも平しばらくしのんしてちかころふかくさなるじやう仏寺にはたけ
まもりのびくにあり万夫せんぶ当左のあらものにてその名を妙たり
とかいふと聞ぬさらするところかのびくにめはじやうぶつ寺の
とかいふと聞をといふと
妙たつなるべしわれ〳〵みやこへ立かへらばかの妙たつにさま
たげせられて手をくだすことを得ずそのゆゑはかやう〳〵と
ありのまゝにつげ申て気きくとのより給はりしかねをその
まゝかへすべしこれよりほかにせんかたあらしといふに土九郎
うなべきてわれもざこそは思ひしなれ此こともつともしかるべ
べしと相だんをきはめつゝなほ妙たつにおくられて夜にやどり
日にあゆみゆき〳〵てゑちごなりてらとまりまで来たりけり
そのそき妙たつはさくら戸にうちむかひてあねここにてわか
はべらんこれよりさきはふなぢにてむかひへわたれは佐
渡なればみちにて気つかひなかるべしといふにさくら戸
うや〳〵しく思ひかけなきなさけによりてかくつゝかなく
来つることいつのときにかわずれはべらんかへり給はゞわが
つまにもきんすらにもしか〴〵とよくことつけて給へかしと
いふに妙たつうなづきて又くも平らにうちむかひしれ
ものども此のちとてもさくら戸とのをいたはりてかげひな
とく〳〵かへり給へといふ妙たつさこそとあざわらひてかたへのおかにとし
ふりたるいと大きなる松をゆびさしいかにふたりのしれものともなんぢ
らがつぶりのはちとあの松の木といづれかかたきととふを両人聞
あへずそはいたまにまでもあらずわれ〳〵が一身仙五たいは
おやのうみたるにくしんなるにそのかたきこといかにして
あの松なんどにおよぶべきといふを聞つゝ妙たつは
おそれて日々に妙たつが〽横げんをとらずといふことなくとかくしてあきり
なく心をつけよといふに二人は小ひぎをつきていかでか位にそむくべき
松のほとりにあゆみよりてかのくろかねの
かせつゑをとりなほしやごゑをかけて
みきのたゞなかはつしとうてば一ト
かえにもあゆるべき松は
なりよりうちをら
れてたかき木
すゑはさか
さまに
大地を
うつて
ぞ
たれける
くも平士
見てかうべを
かゝえ
したを
九郎これを
はきおど
ろきあき
れて
ぼう
ぜん
たりて
妙に
たつは
ゆう〳〵
とおかより
くだりて
つゑをつき
たて本右の下へ
□□□□□□□□□
ナヘサヘすへ二島二扁
□□これはごうせいおそるべしく
さて
おそるべし〳〵
ども手なみは見
つらんもしかり二郎にも
さくら戸とのをむごく
もてなすことあらば
なんぢうがすかう
べもこの松の
こはやの
ごとくなるべし
わが
いふことを
わするゝ
桜
さくら
〽あつはれ
ら戸に
わかれをつげ
もとのみち
へぞかへりける
かくてくも平
土九郎らはてら
こまりにやどとりて
しゆん風をまつ
ほどにこよひより
妙たつにせめのゝ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ばんにやればわづかに自
ゆめにゆうを得たりしが
見ねば女さくら戸にうちむか
ひてさてもあのおびく
には思ふにまりたる
ちから也あの大ぼくを一トうちに
あをりしていたらくは人げんわざとは思は
れずげにすさまじきをんなかなと
したをふるつておそれしかばさくら戸
聞てうちわらひあればかりのことは
ものかはいつぞやてらにて一トかゝ
えにあまれるやくなぎをわいへ
ぬきにねこぎにしたることも
ありといふにふたりはますく
おそれてわれ〳〵うんめい
つきずしてあやうきいのちを
ひらひしとて
うはさのみして
御女まざりけり
一〇かゝてその
あけのあさ
おひてよし
とてふねに
とてふねに
のりしに海上
歎さらにつく
かもなくその日
ひつのなば
にははや小
木地のみな
とにづきぬ
そぎへ
より
か同を
あるう
やしきへ
たづねゆき給ひ
なば随用ありと思は
れてものをばほどこし
給ふまじわれら此
義をおもふにより
わざと酒をはうらぬ
この所よりこくふへは三四里にすぎずといへば
さくら口しち三人はみなとのさかやにしりうち
さくら戸ら三人はみなとのさかやにしりうち
かけてとゝ〳〵さけをいだせといふにあいさつ
だにもせざりしかばさくら戸あるじをよびよせて
さきよりざけをいだせといふになどていらへも
せざるやらんといふにあるじはすみよりて
きやくじんたちはらたち給ふなおん身にさけを
うらざるはそれがしがすんし也いまだしうでをはする
やらんそも〳〵此さとには折たきのふし此木とぢととなへ申す
れきくの後室にがありこれはこれ平家の一もん池の大な
ごんよりもりけうのおんまごむすめ中将さいしやうより貞
あそんのそくぢよ也むかし源平のたゝかひにより盛帰卿は
よりとも公にふかきおん義のあるをのそひとりみやこに
こゞまり給ひ平家はほろびうせしのぢよりもり卿をばかま
くらよりさま〳〵にもてなきれてくわん佐庄ゑんもことく
くらよりさまへにもてなこれてくつか
あておこなはれたりけるにそのおん子より貞あそんの世に
いたりて院のみけしきをかうむり給ひてこの国へなが
され給ひ候がなほもかまくらよりとりなし給へばしや
めんの御さたありしかどもより貞いかなるしよ
ぞんかありけんぢたいしてかへり給はずそのとしにより
貞はにはかに身まかり給ひし也あとにはひめうへ
ひとりありかねてみやこの堂上かうかたをむこ
かねの聞えありしそのむこきみもみやこにてわか
しにをし給ひければひめうへはいひなつけのむこ
きみの為にたぶさをきりてふたゝびすとこに
まみ元給はず又みやこへものぼり給はでこの
地にをはしますによりかまくらより一万町の
八庄ゑんをつけられて永代あんどのみぎやう
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しよをなしおかるゝよしあればそのいへもつ
ともゆたかにて家来けんぞくはなはだ
おほかりこの後化しつのゐ給ふ所をへ
なりといふにさくら氏ふかくかんじて
あるじのへさけをよろび聞えくも平和
土九郎を見かへりて只今聞せ給ふがことじ
いかにその折たぎやしきへ立よりで見給は
すやといへば両人小くびをかたむけかる人をの
たづねゆかばいづれのみちにもそんはあらしと
思へばひとしくうなつきてそはどもかくもとこたし
かばさくら戸はふしきをいづしきをいづことたづ
ぬるにあるじはつぶさにときしめしてこゝよりはやまとは
十町ばかり大きなる石はしをわたり給へはその所
より折たきやしきにひとねんみつにをしえしかばさくら戸は
さかやのあるによろこびをのべたちいでてくも平十九郎
もろともにくだんの中きへおもむくにはたして大きなる石はし
ありてむかひに一しかまへのやしき見えけりそのひろくかう〳〵たる
ところにまれなるむな木つくりのいとめざましくてひなならす
こゝぞと思へばさくら戸はくゞりもに立よりて門ばんにて
がりの為にとてひがしの庄へゆかせ給ひぬおんるすなればせんかたなしと
いふにさくらや不ゐなくてしからば又何時ごろさかへらせ給ふべきやらをと
ぬたゝびとへばさればとよはつたけをとゝみとて下やしきへおんいでなれば
こよひはかしこにおとまりなされて二日も三日もとうりうあらんかその
ほどははかりかたしといふにさくら戸うちあんじてしからんにはのたまふごとくし
わらははじつにさいはひなしいざまからんといひかけて丈くもるやらもろ
ともにもと来しみちへかへれどもこゝに来ながらたちまちにいぞみを
からなふことなればさす心にあしのはかどらで又石はしまで来る折からと見れば
うしなにことなればさすがにあしのはかどうで又石はしまで来る折からと見れば
ゆんでのおほろよりいつてうのしのびのりもめを六尺四人にかくべくしたがふ
男女のとも人はいく十人ともかぞへつくさずえものきまつばいたけなんどを
うちむかひわらはことはみやこのるにんざくら戸といふもの也此
よしをあるじのきみに聞えあげて給はれかしとたのめばもんばんつら〳〵
見て和女郎はさいはひなきもの也後しつさまはけさまだきよりたけ
にて此人にへながさるゝるにん
来たらばはは女くしらせよ
さけをのませものを
あをかごに入れつりだいにかきになはせり。ぞくとしてかへり来ぬるはこれかならず
折たきの哥といひその名をふし
折たきの庄といひその名をふし
此木とのと申ス也しかるに
おかくだんのふ山木とのは
ゑぢひなさけある婦人になし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
こしをすべき也とかねて
おのたまふよしのあるに
おん身こゝにて
さけをのみて
□□□□□□□
十八せへ七尺七嶋二品
みちのかたへにたゞすみつゝうちながめてをるほどに
それのりものゝ内よりもきくら戸をはやく見て
あれはるにんとおぼゆるで其名ところをたづね
よといふにわかたうこたつ将てさくら戸がほと
りへかけぬげさてしか〴〵とたづぬれはさくら戸も〳〵
かれて聞えけんふし此木はのりものをかきすゑさせていそがはしくたち
いてつゝそのほとりへすみちうつきさくら戸とのとなはり給ふはさきにををんな
むしやところのうねめにて武げいの師はんになぎれたるもとのゐらく院の
そゝぢよとか聞えしかのとらの尾のさくら戸とのか。それかあらぬか
いかにととふさくら戸こたへてわらはこそ其とらの尾のさくら
戸なれといふにふし此木よろこびてその名はかねて聞ながら
あふよしなしとおもひよえんあれはこそはからずもおもそを
あはするられしさよいざこなたへと手をとりてそのまゝ
やしきへともなひつゝきやく時しきへかじづき入れて
さま〴〵いたはりなぐさめたるその
ひまにこしもと共さけさかなを
もて来れば又三四人のをんなばらく口
米一斗とぜに五くわん文をだいに
のせてうや〳〵しくもて来るをふし此等
うち見てそは何ことぞこのおんかたに
うち見てそは何ことぞこのおんかたに
まけばさくら戸これをおしとゞめてわら
はに給ふものならばあれにてもすきはべ
らんにといふをふし此未聞あへずいなをな
ごどもが思ひたがへておん身をも「四下へ
さばかりのものをまゐらずることやはある
さけもさかなも引かへてよくしていだせといき
柴
〽みちのつかれも
なしともさゝひとつ
まづそのくずをあがりませ
折たきの後しつならんとすいしたるさくら戸はうれを
小こしをかゞめてこれはみやこのるにんにてさくら戸と
さぞあらんに何は
なしともさゝひとつ
いふをなこ也只今おんやしきへたづねまゐりしかど御ゆさんの〳〵〳〵〳〵
よしなれはほゐなくもすご〳〵と立かへらんとせし折也といふこゑ
おもて
□□□□
四上ゟよのつねのるにんと
見たるおろかざよそこらに
こゝろをつかひのやなみな
引かへてもて来ずやと
いふにみなくこゝろを得て
ぜんわんやう理もよの
つかしならぬをにはかにしか
えてもていだせばふし此には
さくら
戸を
かみくらに
おし
このわりす
おかまひなされて
くださり
まする
すゝめて
くも平
十九郎
をも
その
つぎに
ゐならはせ
みづからさか
つきをすゝめさか
つきをすゝめさか
なをはさみて
いとねんころに
もてなす折から
ひとりのこしもと
しどやかにふし此水が
ほとりへ来てお師せう
さまの来給ひぬこなさつ
とほし申さんやとつけて
さしづをうかゞひけり
は
つゞきふし此にこれをうち聞てぞはさいはひの折から也ごな
いざなひまゐらせよといふにこしもとこゝろ得ておもそのかたへ
いそぎゆきまざくら戸は今とりつきのをなごが師せうふ
といひつるはもしやあるじの度げいの師せうかざらずば凡
ゆうげいををしゆるものかと思ひつゝなほとひかねて
うちまもりをる程によはひは四十ばかりに
ふしてごえふとりたるあらをんな宜せきを給へば
柴にけたてて入り来つればざくらねて
左の上ゟ「引あはすればさくら戸はくだんの女をつら〳〵見てわらはがうもめではづりしとき
おやなきとのはばよくしれりけつはおろじくはべれどもこの女郎はその人ならずといはれて
左の打やおさはけしきかはりて火のごとくあからむかほにつぶらなる目をひからしてさくら
しばあらまへたりけるがから〳〵とあざわらひををを滝とのは何ゆゑにかゞる法にんをもて
なし給ふぞまことにとらの尾のさくら戸ならはわらはを見ぬ
しらぬことやはあるさるをかへつてわらはがことをみやこのあや
しおさならすといふは口いこれその身のばけのかはをあらはさい
れんと思へば也かくてもなほ
うたがひ給はゞ
あい戸はこれぞかの師せうといは
さつをるゝものならんと思へはやがてへ
するてい由をたちてかうべを
たらくがた
くがら〳〵さげてむかふれ
へに人のなきが
ごとそのときをんなはゑしや
ふら此木はさくら
戸をゆびさして
あやをさのとぢ
くもせずその
野をうばふて
かみくらにべし
おしなほへ
此所にて
しあひをしていつ
れがまことかいつ
せうぶによつて疑心
ぎをはらさんばかく
此女中はさきつまつ
みやこにてをんなむ
しやといきまきけり
しや所の師はんたりし
ふし此木は此あやおさをかねてうたがふよしあるにいへ
とらの尾のさくら戸
今さくら戸をあざけりてしかもばうじやくぶじんなるをかたはらいた
との也かの亀きくに
思ひしかばこれさいはひのこととしつ今さくら戸にうちだにさせなば
にくまれてむじつの
かれがまとのあやおさならぬをたしかにしるよしなからずやはと
から
つみにおとしいれられ此国へ
つみにおとしいれられ此国へ一しあんをしつゝうなつきて又ざくら戸にうちむかひちかごろ御たい
ながされ給ひぬいといたま
しがされ給ひぬいといたま□□□□□れどあやおきとのとしあいをしていつきやうをそえ給へ
かし只今もいひつるごとく此女中はちかきころ此国へわたり来て
しきことならず爾といひつゝ一かし只今もいひつるごとく此女中はちかきころ此国へわたり来て
さくら声を見かへりてとらのし武げいのしへんをし給ふゆゑに人おしなべて弔せうさゆと
尾のとぢこの女中もさきにとなへはべれとわらはが為に師弟んこのちかなみあるにはあらず
舟きこににくまれてつひにみやかならずゑんずすよし給ふなとこゝろありけにときしめせばにせあや
とぢろんうちころかいよ来れぬおもしろしここ〳〵とうふを見せんせいいたちでもやたちあれはすらしのこのしかへといはつるまし
給へゑわ人ならすとものとへへ大じくはかりのよりぼうをしたすぢのでもや元火のほたり所をごきしむけりその上のときやや
さくるを見へながてさらの也あげはしんをしめゆゑに人かうつつ
のこの女中もさきにとな入しれとわらはが為に師弟のちろみあるにはあらず
こちこんせられしかのあむきのおさはししいまがいなとわきとくわれをさます詞のはどのはとくにて
やりそこ
なつたる
十八十一丁
にいせいすいこそい一絵
しからばあひてになりはべらんゆるし給へと野をたちてくだんのぼうを
かいとりてにはへひらりと左いづるにこのとき日はくれ月いでて
さながらひるにことならずさる程ににせあやおさははた
くもといふぼうの手を十じんにつかひいだして来たれ〳〵と
よばゝればさくら君はしづ〳〵とかまへの内へ立むかひて
水の月といふ手をもてうちあふことしばごにして何思ひ
けんさくら戸はかまへのほかへしりぞきいでわらはは
まけてはべりといふふし此木はほゐなくていまだせう
ぶも見えざるになどてまけたりといはるゝぞと
いぶかりとへばさくら戸こたへてわらははくび
かせをかけてはべれば身のはたらぎ自ゆうなら
ずゆゑにまけとはいひし也といふにふよ柴ほうゑみて
げにさもあらんそのところへはわらは有も心つかざりきと
いひつゝやがてこしもとに十両の銀をとりよせてふたつに
わけておしつゝませこれをくも平土九郎におくりていふやう
わかし
ねがふはしばししあひのうちさくら戸とのゝくびかせをとりのぞき
給へかしもしこゝ妙にてさたあらばわらはよろしくいひときはべらん
うけひき給へとこひもとむればくも平士九郎いち義におよばす
くだんのかねをうけおさめてかのくびかせをはづしけりそのとき又ふし此末に
廿五両の沙金弐ぱいだしていづれにもかちたるかたへ引出ものにせんとい
こはさくら戸をはげましてかたせんと思へば也さる程ににせあやおさは
さくら戸がしりぞきしはわれをおそるゝゆゑ也と思ひほこりて
くだんのかねをとらはやとのみはやりしかばふたゝびほうを水くる
まのごとくまはしつゝ来たれ〳〵とよばゝればさくら戸もやく身
ろくなりてふたゝびぼうをかいこんでかまへの内へすゝみ入り
たがひにヤツとこゑをかけてしばらくいどみたゝかひしが
さくら戸はたぢ〳〵とあとしさりをするほどにあやおさ得たりといき
ほひこんでうたんとすゝむをさくら戸は引はづしてひらめかすそのぼう
いなつまのごとくなればにせあやおさは目くるめきてきうにさけんとする所を
もすてをかげてくだんのぼうをたるよりはやくにはへひらやこととびすりてそのさくら戸の
まぎれものとゝ来てせうふをけつせよとねまねまねをも立たりけるさくら君は今さらに
ひくに此がれぬあるじのこんもう此あやおさはふし此末が師せうならぬをしりければ。やし
辺近辺
〽何よりらくな地の程だうを
まいらせるがよう
ござりますのさ
おくりてあはれみをねがはざればいらひどきめにあふなれば
〽折たきこのよりのたのみと
いひならくもかれこれとりもつ
た四左の上ゟおよそるにんのあづかりは国つこのいへのこに
つるき山四伝法といふ人也又此小屋の物つりしらはいきはぎの
ならくばゞとていとおそろしきおうなぞかしまづ此したりにものを
そこらに心を
つけなへとさゝ
やきをしゆる程
しもあれならく
しばゞ見まはりてさくら召にうち
むかひしんまいのながされものさく
ら戸とはなんぢよろなどてはやく
さんはいしてかうべをつちにほり
こまざるおのれがつらのゆうれい
めいたるみやこにてさま〴〵のあく
事をなせしとがによりながされし
こそことわりなれしほかぜの身に
しむまでいけみ
しむまでいけみ
ころしみせめつかはん
かくごをせよとのゝ
しればあたりにゐ
たるるにんどもはおそ
れてみなくいでゆきけり
そのときさくら戸はさきん
三両とりいだしておばゞさま
これはあまりにすこしながら
うけおさめ給へかしといひ
つゝふところへざし入るれば
ならくはおもみをひいて
見てこれはわらばと四伝
□すとのにおくるものかと
たづぬればさくら戸
ゆこたへてそのかねはおん
身ひとりにはべるかし
おすがたどういふわけで
地にはいつからおいで
なされました
四伝頭さまには又
ぼうははるかにとらで地のなかへねおちたりけるそのことのていたらくたれかはきやうに入ら
ざらとあれひとしくほむるこゑしばしばしばしはなりもやまざりけりにせあやきはいたくまけで
しばどもたまらずに仕うせしがそのちこの地にけることかなはずつきの日ち〳〵
してんしたりしとぞかれは人よせの友代が弟子にてあか尾といへる
ものなるがあややきのなをいつはりてくに〳〵をめぐるもの也と
しのちにぞ人みなしりてけるされば又ふしい末はさくら戸が武
げいをふかくかんしんして且よろこぶこと大かたならず
〽これより日ごとにもてなして何くれとなくかたらひ
くらすにはや四五日をへたりしかばくも平十九郎は
こゝふへにちげんおくれんとてしきりにさい
そゝしてければふし此木もとゞめかねてさくら
さくら戸ほうそひくよと見えんがにせあやかさがむかずねをはつしとるぎてかへすねに又
こらさんにはねあぐればにせあやあやなきはあつとざけんでもどりそうつてだうとふしもつたる
べちに三両ばまゐ
らせんこれをとゞ
けて給はれかしと
いひつゝかねを又
いて□かねを□
とりいだしてをり
たきやしきをいづる
ときふし此末が
おきてつき
ぜししよ
秋と雪に
わたせし
かばなら
くはから〳〵
戸にはさきのさきん廿五両に又一くわんめの
銀子をおくりてゐにんあづかりの四伝すらに
とうち
いはてたるその
たのみの杖をかきてわたしさむけくならばふゆの
おん身はよき
わらひて
身いせうをはいしよへおくりつかはすべしと
をなごぞかしかの亀じる
あさくら
〽やうすを
やいふにさくら戸なみだをうかめてそのこゝろ
さしのあさからぬよろこびをのべしかばふら此方は
又さきん五おつゝをくも平工九郎にあたふるに
両人ふかくよろこびて又さくら戸にくびかせをもとの
ごとゝまかけさせてさいりやうしてで立いでける○かくてくも平土九郎は佐渡に
こくふにおもむきて六はらよりのおくり秋を本見が家しんにわたしづゝ
るにんさくら戸をおくり来つることのよしをのべしかば本間の太郎これを聞て
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
したゝめてくも平らにわたすにぞくだん
二人のさいりやうはみやこをさしてかへりけり
○さるほどにきくら戸はるにん小屋へおひ
ひしく入られてそのていたしくをはじめて見るにをとこのるにんと
まで女のるにんはそのをる所おなしからねどあるひはやまそをかり
つき木をこりすねをやくのとろみのいづれもくるげならやはなきては
たき木をこりすみをやくいとなみのいづれもくるへげならぬはなしされは
たき木をくりすねしせいといろいはしかことものを
こんななかし給はきくるをあつれ急怒にもひなる。しださきにかせをとものをとものをとものをとものたはりけり
しににくまれてむじつの
戸との
つみにしづみ給へどとほからず
なかへ
してきらくあるべしことに折さきとの
よりもこれらの手かみをそえられたればいかでか如
の才體に思ふべきまづ〳〵きうそあるべしとてそのまゝに
はしめきりてかの四伝すによりをつゞれば四伝にうち
ゑみうなつきてならくと共に小屋へ来つさくら
戸をよびいだしておよそはじめて来つるあいは
をどしのぼうとて廿つゑそびらをうつが定法なれ
どもなんぢはやまひあるよしなればしばらく用捨
すべき也今より地ざう堂をまもるべしとて串ぎいり
にぞしたりけるかくて入さくら戸はならくに五分の
銀子をおくりてねがはゝは此くびかせをとりて給はれと
たのみしかば又四伝次にとりなしてそのくび
かせをとりのぞかせて大がたならずいたはりけり
ナヘサヘすい二伝二島二伝二島二島二島
しいせけすいされ二升
とくろさたもひしざいと世のとわざをばしかたくらはつぎの日
地ごくのさたもかねしだいと世のことわざを今ぞしるさくら戸はつぎ
より地蔵だうのまもりとなりてかしこにすまゐするほどにその身の
つとめとするよしは只かうをたきはなを折かえそこらをさうぢする
のみなればるにんばらはおどろくまでにかるやく義は今まゐりの
たえて得かたきこと也とてしるもしらぬもうらやみけりかゝりしほどに〳〵
さくら戸はくびかせすらとりのぞかれてその身の自
ゆうを得たりしにつねにいとまあるをもて
折〳〵そゞろあるきをしてさとの
まぢ〳〵を見物せにある日
思ひかけなくもはい介すけ
といへるものにあひけり
分れはざくら戸が少剛詮
髪が世にありしときめしつかふたる
わかたうなりしにわかきもいゝならむべ
とてみやこのあそびに身を
もちくづしてその身の衣るい
だうぐはさら也しゆうのごう詮が秘ざうのきやう
もんをひそかにしちに入れしかばそのことつひにあらは
もひをこそかにしちにおち
れてごう詮いかりはなはだしくおほやけへうつたへ申て
つみをたゞさんといきまきしをさくら戸はふびんに思ひて
おやのいかりをなだめつゝま介にはかねをあたへてかのき
もんをうけもどさぜやうやく無事におさめしかども
ごう詮はなほかれをにゝみて身のいともをつかはし
けりそのときもさくら戸はちとの海用をとらせ
などしてきやう後をいましあたりければま介はざん
ぎ後くわいしてぜひなくみやこを立ざりしがし
そのちあちこちとさまよひつゝつびにこの
地へひやうはくしてまこと屋といふりやう理ざるやに
しつ只ひとりむすめなる小しつといへるをめあはせしにいくほどもなくまでは
つひに身まかりたりしかはま成は見世をうけつぎてしうふひとしぐがせぐ程にへ
奉公せしにもとより料理ごゝろもありてよくきやくをもてなしければその見世いよ〳〵
はんぜうしけりこれによりまこと屋はふかめでよろこびてまぬ近おのがむこと
みうちなかつるぎ山口伝すとならくばゞを
よばんとほりす和ぬし今わが為にかの
両人をとも給ひ来よとく〳〵といそかし
たつればま介は
北城
卅七
井浦式
□左の上ゟこれをうけとりててはたれ人をかまねき
給ふととへはかの武士恵をひそめてわれはほまの
なる事心さはたへはしりゆきて
しか大こよしをつげやがく
四時頃ならくばゞをいざ
なひたてて来たれども
四伝すもならくばゞあ
此たび人を見しられば
さすがにすゝみかねたるを
たび人ふうふは袖を
たちてわりなく時しきへ
引入れてかみくらになし
なをらせ御両所さのみ
あやみ給ふなことのわけは
やがてぞしれんまづさか
やがてぞしれんまづさか
つきをもて来よといふに
まめはこゝろ得てはじめに
すいものすゞりふた
ちやうしさかつきとり
そえてしだい〳〵にもて
いだすに曰いこれはたを
へるごとくしはしもいとま
なかりけりそのとき武
士のたむ人ふうふは
ま□をちかくまねき
よせてわれらはちとの
用事あれば手をうち
ならして
よぶまては
のはや何も
いだすに
およばず
酒はねづ
から火
はちにて
あるこしゆうのむすめにあひしかばこはそもいかにとおどろきてことのよしと
たがぬるにさくら戸はむじつのづみにてながざれ来つることのおもむきかやう
かやうとものかたればまぬはしきりになみだをながしこそのにしあはせを
あはれみなぐきもわが身のうへを物かたりしてやがてしゆくしゆくしよへともなびて
つまの小じつによしをつけて酒をすゝめせんをすめふうふひこしくもて
なすにぞさくら戸もむかしをわすれぬかれがこゝろさしをようこびて
なほもくはしくわが身のうへ堪きゝがことさへはじめをはりを物かたりて
わらははるにんのことなるにかやうにしたしくもてなされなば和との
ふうふをまきそえせんといふにまぬは聞あへすずずいかさるといべきむか
しの御おんの方がひとつもかへしまゐらせんはこのとき也何ごとまれうけ
給はらんそゝぎあらひのことなどもはいしよれはふべんなるべし
よごなしもいゝあわならばおこして小じつにあらはぜ給へ
われ〳〵はこの地にてはかへしきしんるいなければ
ひほそく候ひしにはからずもおんじんのげん
ざんに入りしことよろこびこれにますことなしとて
なほさま〴〵にのてなしけりこれよりしてまめふう
ふは日ごとにさくら戸をとひおとつれていひの
さいのものなどをおくりしかばよのをんなるにんちも
ねんごろにものするにぞさくら戸も亦折ふしはちとの
衣せうなども九月のころにおくりしかばさくら戸はなか〳〵にふ自
ゆうなることもなくなにんばらにうやまはれて百日あまりの月日を
おくるにしゆもなかばになりしころある日ふうゆとおけるさい〳〵むんなと
屋の見せへひらふみと入りておくの聞申きへとほりにければまぬはこればむかへつゝきやく
おところよりかね壱分をくりいだてこれをまんにわたしていにやうさけものむべくいちもくふ
べしきばれ今此とうろへまねよする人あればそのともがらのそろふてのちにさけもさか
なも多少をとはやいくらなりともいだせりしといひつゝかねをわたすにそまみは〽口右のなかへ
さくら戸がかげによりてうへをしのぐもすくなからず
にじつは又さくら戸がきものをあらひぬひなどしていと
銀子をつかはしてかれらがもとでにいたさせいりかうし程に
ふし此義は月どに人をもてさくら戸があんひをとはせ又ふやしの
この日はかけをとらんとてさはたのまちをうちめぐりつ思ひかけなく大おも
おくるにおゆもなかばになりしかろある日ふうふとおぼしき武士のたび人まこと
じんは酒をやめさるゝいひをやいだし候べきかととひもはて時にくだんの武士はいそがはしく
ナヘナ六七六二嶋二編
今のて来ておけといふに
ままはこゝろ得てかたの
〽ことにしてけるがふかく
心かろぶかりてつまの
にじつにさゝむくやう
おん身は何と思ふやらん
あの人くこそこゝろ得ね
はじめわれつるぎ
山とならく
ばゞとを
のきへ
〽ムウレ〳〵
せうちだくこれは
孔明断もはたしでにげる
まことに妙けいかんしん〳〵
何ぶんおたのみ申ますぞへ
三十八
けいせいせいこ竹一統
男女のたび人のこはねはまざしく京だん也いぬるころ
さくら戸さまの物かたりにてひそかにきらぬもしやあの
くくは鹿きくとのゝつかひにてさくら戸さまの身の上に
よからぬわけのありもやぜんわれは見せをまのる
べきにおん身はかうしのしたへまはりてそのいふよしを聞
給へといふに小じつはしあんしてしか思ひ給ひなば
たち鳴をするまでもろし地蔵だうへはしり
ゆきてさくら戸さまをともなひ来てすき見せ
ゑげいにさへたけ給へばもしかのふたりが
かねてきくへ太夫くがふねふうふならば
たちまちいかりにたへずしてことをひき
おこざれんにはわれ〳〵もまきぞえ
せられて身のわざはひにおよぶべし
わがいふよしにしたがひてよく聞
すまし給へかしとざとすににじつは
こゝろを得てかうしのかたにおも
むきつゝたちきくこと半とき
ばかりさて立かへりてをつとに
いふやういづれもゑの
よびて来つるにたがひにしる人ならぬがごとしかつあの
せきたくらんこるをともなひ来てすぎ
させなばたちところにそのうたがひはとけ
はべらんといふをま介はおしとゞめてそははな
はだしかるべからすかの女中はをとこまざりにて
〽おとりなしを
たのまん為
たのしみでござり
ますてや
ひくければさだかには
聞とれねどもならく
ばゞが口い一トことかめきくさま
といひしこゑのみまがふかたなく
きこえたり又かのたび人のをとこ
をんなが手がみをわたしてふたりに
〽はせ又二つゝみのかねを
いだしてさゝやきながらわた
しにければ四伝にとのも
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はからひて見せ申さんといひじそかし
このほかはいふことのわかりはへら
ざりしがとつぐる折から聞きにて
手をうちならしよびしかばまは
アイどいらへつゝはりて聞きに
おもむきしが四伝にがひざのほと
伝すとのも里にいつつうの手かみありしをいそ
のも里にいつつうの手かみありしをいそがはしくほこんどかんじ
四〽ゆきもさむきもいとはずに
〽かやういたすも御ふうふの
いふも両所のはたらき
ほとんどかんしんいたしてござる
〽かゞみうりの
をんなをこしらへて
うましくはせた
たのゝちはくも平
しがしそんじて
きくさまのおはら
たちそのほうふうふ
嶋までいつてよく
はからへと仰をうけた
こん度といふこん藤
〽そはちをはらふて
うれしい〳〵
◑左のなよりならくばゞは
ある日さくら戸はよび
よせてそなさはかねてふし
此にどのよりたのませ
給ふよしもあれば
ならくばゞも
よろこぶこと
大かたなら
ず百文
とらしなどしておしつだきてそいでゆきけるま介ふうふはそのことの
やこゝろにかゝればとやあらんかくやあらんとひそ
めきてうはさをしつゝをるほとにかげが
さしてやさくら口がまねかずも木に
ければふうふはおゝへむかへ入れてさて
かくしけりそのときたびふうふのもいはとく〳〵ちやをまゐらせよといふまぬは
しらぞきてようゐのにはなをもそいだせば四人はこれをうちのみて口伝すとならく
ばゞはさきへたちていやてゆきぬたび人二人はあとにのこりて酒介行どのあたむを
わらはが
をり〳〵四嶋
すぬしへよき
やうにたり
なしたれば
今一千ざん
うあげて
うあげて
山帯やま
くらをまも
ありしことのおもむきかやう〳〵と
つぐるにそさくら戸時七うちおど
らせよと
ろきその武士のたび人ふうふのいん
四伝次
との仰する也
ていはいかゞなりしとしのよはひはいゝば
なり
ヲホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホウム
なりしととめにま介は小じつもろ共
そのかほかたちはかやう〳〵としのよはひはしか〳〵とつぐ
そも〳〵くだんの
一年をくらは
ればさくら戸止山とをくひしばりてそはうたがふべくもあらぬへ太夫と
るにんどもが
くがふね也かのあらにんばらはる〳〵と此地へひそかにたちこえてわらめを
くるさんへもあくりけんはんとくとくとくも
がいせんとはけるよな今此うらみをうへさすばいづれのときをまつべき
ぞとしきりにうらみいきどほるをま介にしつはいさめなためておん
一はうたちはことわりなれどよそのぬすよをなせがんよりおのれがかどの
はらたちはことわりなれどよそのぬすへをふせがんよりおのれがかどの
用心せよといふことわざもあるなればいかりてことをやぶしてより身の田
いしてふせぎ給へとことばをつくしてとゞめけりしかれどもさくら戸は
ないごとに
山かせぎと
山かせぎして
とりていだす
なつうの
苧を越入れ
おかほう下かま
ひきどほりにたえざればまこと屋をはしり去りてさは多のまちを見
めぐるにふるどうぐをあきなに見せにしこみつゑい手やりあり
ながざは五しやくばかりにしてうへより見ればぼうのごとくさやを
はづせば手やりてこはくつみほういもの也と思へはゆがてかひとりてくらをまるものを
はづせば手やり也こはくわきやうのもの也と思へはやがてかひとりて
このほかに九寸五分のくわいけんをもかひもとめこれより日ごとにそんなをもてせら
通太夫としがふねをたづねあるくにそのかへるぎにはまと屋へるゝ
いつもかならず立よりてけふもゑやつかにあはずといふま成ふう手ふりやはゞ
妙はふかくうれひてさま〴〵になだめぐゝ手にあせにきるばかり也にて苦しをとりあつ
○さるほどにさくら戸はくがふねらをたづぬること五七日にかへによけれは也かとは
およべどもそのかけをだに見るよしなければ又今さらにうた
りきやくとくもつぎへし
がひまよふて心ともなくおこたりけりかゝりし程に
へのくら地にして
りにありその
かふによければ也かとは
地蔵だうに大まさ
けけせいすいこ僧二編
すくなからずよりてそなたをつかはざるよくつとめよといひわた
おもむきつゝしか〳〵とよしをつげてつるぎ山ならくらはわらはをがいせんと
はからずしてやくがえたするはいかにぞやつや〳〵こゝろほし
かたしといふまめ小じつはよろびてやまそくらはし
人ののぞむ第一のところなれはいか
人ののそむらいといふみた
里をわすれてうたがふこと
なくはやくからこへうつり
給へいそのとほく
なり給へばこれ
まてのごとく日ごとくに
おとつれいたすこともかな
はずさりとてもなり
はひのいとま〳〵を見あは
せてかならずたづね奉らんと
下じゆんにててらかきくもり風さむくゆき
ろになりて二尺あまりそつもりけるかく
さくら戸は女まそくらにいたりて見
るにあせくらは三むねにしてほと
りにいづけんのくさのやあり
ゐろりのほとりにるあんの者
女みつわくみてぞゐたりける
そのとき四伝法ならくばゞは
してさくら戸に此あぜくらをまもらする
ことのよをいひわたしてなんぢははやく
いふにさくら戸うたがかのとけてもとけ
くだんのおうなをよびたゝしてけふよりの
〽ダア引
ぬしもはしら地蔵堂へぞかへりけるかくて
程なく四伝次はならくと共にいで来りてさくら
戸を引つれつゝやまそくらへおもむくにころはしも月
ちら〳〵とおりいだせしが見る〳〵野山はました
しりぞきざりて地蔵だうをまもれかしといふにおう
はしりかへりて見とゞけずばあるべから
ずとひとりごとしてあはたゝしく立いでん
とする折からむかひより三四人
こなたをさして来るものありそのこゑ
まちかくきこえしかばさくら戸はいでもやうで
かくきこえしかばさくら戸はいでもやかて
しばらくかれをうかゞふほどに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽又あて
られた
同左の上ゟなすにこそ何はともあれ
〽同左の上ゟしなすにこそ何はともあれ
すくなからずよりそしたをつかはさるよくつとめといたわたりのその上があはとりあれむくわんおんだらのきばにひと
しくつどひつ内に入らんとした
れどもさくら戸が内よりして石を
よせかけおきしかばその戸を
おせどもたえて
ひらかずぜび
なくのきばに
立やすら
ひてうちかた
らふこゑを
な
その一人は
くがふね
にて
又一人は
道太夫也
そのほかの
両人は
四伝すと
ならく也
そのとき
ならくは
したり
がほにくが
ふねらを
見かへりて
なはいち義におよばずくらのかぎと帳めんとやまそのもく
ろくをとりいたしてさくら戸に引わた又はらにかけておきしむと
つのひきごをゆびさしておん身もしさけをかはんとならはこれより
八九丁ひかしのかたのしか〳〵の所にさかやありひさごはわら
いがおきみやけそといひてゝやがでみのかさをきて四伝次
らにしたがふて地ざう堂へぞおもむきけるさる程にさくら
戸はそのくざのやにせいひとりつくとしてをるほどにはやたそ
がれてものさみしくかべはおちのきばかたむきてあれたるやどは
いとゞじく身さへごえでたえがたし日のくれはてぬ程にこそぢこの
さけをとゝのへはこらひのさむさをしのがんと思へばやがてくだんの
ひさごをいそがはしくとりおろしてしこみつゑにむすびつけまな
はちこれをつきたて〳〵さか屋をさしてゆくほとにみち五六町ばりに
してみちのかたへにあれはてたるちひさきくわんおん尚のありしかば立
くだんのさか屋へたどりつけばきりやのあるしいでむかへてさけはそもいり
ばかりもとめ給ふにやととふそのときさくらくはくだんのひさごをうち
ならしこれをば見しりてゐ給ふならんけふよりして此此ひさごはわらはが
さくら戸いたくおどろきあきれて只火のもとこそかんえうなれと思ひにけれは
からくしてれんじのすきよりくゞり入りてゐろりのうづみ火をさぐり見るり火は有な
ゆきにうちけされてはひきへつめたくなりにければわづかに心をやすくしつなほも
わたこをさぐりとりてやくとのかたへくゞりいでしがさるにてもいづこにかこよひ一夜をある
さんとしはらく思ひかねたるがさきにみちのほとりなるくわんなんだうこそくり
きやうなれと心つきつゝにさらになかきゆきみちふみわけてくざんつだうにたとり
つけば夜ははやいつたのころなるべしさる程にさくらはだう内にすしか入りてひらき
より一ふおかみわがせくすゑをまもらせ給へとしばねばしねんじてやうやくに
くがし
とほす
うらみの
きつさき
うけて
〽さいこの
みや
ひとつへ太夫も
ひりおほされ
ぬかざんねんな
〽こしがぬけては
いくぢやァ
ねへば
しれつてへ
ものになりたれば又をり〳〵にかひに来べしけにはまづ二合ばかりよくつき給へんと
ときいだせばあるしはうち見てうちほゑみさてはあらさにやまてくらをまもり
給にあねごなるよしからばまけてまゐらせんといひつゝつぎてもたひをうけとり
わたすひさこをさくら戸は又しこみつゑに引かけてやのくさのやすかへりしに天とう
れつぢよをあはれみ給ふかかのくさの屋は大ゆきにおしつゞべされ〽かるでもあらず
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
戸を引たをつゝもへるわたこそうちしきまどろまんとするほどにおもしのかたにものゝおとしてたるならず
聞えかばこははのごぞといぶかりせかうしのあはむよりのぞき見るにやまそくらのかたにあたりていけんし
天ところてもういてければこゝに立たゝびおとろしそだそはゐろりひ火のきえのこかてこのわざなはそのこと
へ
天公のしこのほいやけれはこまにたかをおころぞたそはゐなりひよの火のことのこころひと思ひをつとめにかくのたんのほとつね
又四嶋頃も
たとへ
さくら戸
武ゆう
ありとも
やきうちに
せられては
手をつかねて
はひになるべし
アレ見給へよく
やけるではない
かいのといへば
たとへさくら巨
しほのほをくゞ
りてやけ
しぬるにいた
らずとも女ゆそ
くらをやきうしろひ
しをおちとすれば
とがはのがれずいづれの
みちにもいけてめおかぬ
手だてはいかにど相
ぼこれば道太夫くづ
おやゑみかたまけて
ま□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はたらきとさびこそ
さくらはめを思ひのまゝに
ころし得たり女かへりてかくす
申さば亀きゝさまも御まん
ぞくかのなん清もまれより
してさくら口がことことに
たえておんこゝろきつぎへ
かいせのこと
したがふべしまことにてうぢやう〳〵とひたすらにかんたんしてなほ火をながめてたゞ
すみたりさくら戸これをうち聞てひそりに天地をふしおがみ今ばからずも月
ごろのうらみをこゝにてかへすことよろこばじほんもうやといさみにいさんでしこかつゑろへ
さやをはつしてわきはさみ内よりとびらをさつとひらきて大あく小んどもさくら
戸がこゝにあるをばしらざるやとのゝしりかけついていづれば四人はいたゝおどろきかく
にくるにいとまなかりしかば道太夫と四伝にはかたなをぬいてふせきたゝ
かひくがふのとなら〳〵ばゞはゆきつぶやをなげかけておつとりこゆやいとめどもたくら
戸はものともせず四伝すかがたききをわい一トやりにつきしせて手やりをひらつそととり
なほし殿太夫がもつたるやいはをたゝきおとしてむないたをそびらへぐざとさしつらぬけばあつとか
さけんで死人でけりそのひまにならくばどはおちたるやはばかいとりてうたんとすゝむをだくら
戸はもの〳〵めと引はづしてのんとはぐさとのけさまにゆきにぬはせてつきとめたるをんなにまれなる武蔵
勇のはたらきざれがにふかきしらゆきもあけにそめたるちし同のたきつせくがふねは此ありさまに
おのきおそれてこうちぬかゆきのほそみちやりばひにににけんとするをさくらはえりかみつかんでうし
すりもどしかねてようゐのくわいけんをぬきいだしさしつけて亀きくにへ
らめてふうふのなかをさくのみならずいくたびかがいせんとはかりし
あく事をせめつけ〳〵今こそかへすうらみのやいばうけとれ
やつとのゝしりてむねのあたりをつらぬきてゑぐればくるしむ
馬琴作
國安画
七てん
方ふじんちのみち
一包代百銅
八たう
家伝神女湯諸君の如く一
諸病の妙やく
一大包代弐朱
そのまゝ
小包代五ト
精製奇応丸
中包代一匁五ト
いきはたえに
けりこれよりの
けることをえらみせいはう家伝の加げんをもつてす
やくしゆをえらみせいはう家伝の加兄をもつてす
けりこれよりの
これによりてそのこう百ばいあたかも神のごとしの
のちさくら戸が物
そのこう百ばいあたかず神の
くまのい汁を以九ス
一包代五分
熊胆黒九子
多くのりをまじへず
婦人つぎ虫の妙薬半包代三十二銅一包代六十四銅
さんごをりものくだりかぬるにも用ひて妙なり
かたりはなほ長かり
そは三へんにあらはすべし
ことしもかはらず御ひやうばん
ながいすぢをも手みぢかくかき
製薬
江戸神田明神下
とるところを御すいもじ世かいは
本家瀧沢氏
すべて女もじおはもしながらきくしやの
同朋町東横丁
取次所
こんたんまづ今板類はこれぎりと
弘所元飯田町中坂下四方みて店向たき沢氏と
をしきふてとめめでたくらひ
大坂心斎橋筋から物丁かはちや太介
千秋万歳めでたし〳〵
いつみや市兵へ
江戸芝神明前三嶋丁
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽今そ
かへす日ごろの
うらみ思ひしらせんおもひしれ筆畔谷金川
回
四
日光
御参詣供奉御役人附
御免
御宮
横本
袋入
全一冊
政
文
九
御免江戸暦開板所
毎年十月下旬より売はじめ申候
御注文被仰付可被下候
新
撰
唐紙摺
日本名所之繪
仏閣名所古跡山川の勝地景こまのあたり見るが如く
此通は六十余州の国々島々御城地神社仏閣名所古跡山川の勝地参とまのあたり見るが如
北埋方角かたちを正して厳大の日本四海をこと〴〵〳〵似て見るがことき絶所の珍書なり
年
丙
戍
孟
春
仙
鶴
堂
新
瀬
撰
早操
■国品業高井蘭山編撰
女古状揃園生竹
此者は女今川状をはしめ已下の状まべて九所抔の〳〵いにし人名たゝる賢女の書出されたる名文をゑらび
一あつほて猶これに訂正を加へ見出の教訓念しなみとなりて女人のうへに甚病甚しき一書なり
日光四海道蕃須問屋駄賃等こと〴〵く致出し且道のちの
数を其所〳〵にてかしこへ何里こえは何程と見安くゑらめり
日光道中記一枚摺灯
自在
此書はまはりどほき文字をのせず只幼学通用便利の
字を引出くゑらみて初学に玄益ある節用也
子供節用集全一冊
婦人つねに座右におきて重宝いふばる
蓑笠翁
隋筆
りもなき女用無類の用文章なり
御家流女用文色紙染全二冊
代
船曲亭馬琴著
第三編三冊
六冊
□□
玄同放吉初編二
右第三編三冊は先祖の部より動物の部の半にいたべし此編すべて古黒田惣美鳥余乱の男
一篤みなと〳〵〳〵感ありして誠に作者の考を尽せり雅治となく見るに固かれせずとむる何とき
よし初編二編仰いやましてもつとも興あるへきものになしよりてまつ通則のよしを按察す
四
丙
還魂紙料古画入二冊出来
還塊紙料古画入二冊出来後帳
一柳亭種身随筆
むかしの哥舞伎使者遊女の小伝肖像
すべして百年前名高かりし放下師餘責の模徘誦の句。斛年言の釈等しかき仏藤卿
子を引用して考を附したれば雅宮の見へき書にはあとれど一時の眼は悲しつべし
改正増補つまびかるかにして此一本にて算法
銹
の用たらざることなき算術随一の珍書なり
麁豪福塵劫記全一冊の
稗
史
ありふれし夢書とちがひ便利をむねとしてあや
広征
小本
懐中早割大全
一冊
まりを改出しわらべ初学のはやく道に入て
達することすみそりなるちかみちの算書なり
塵劫記
発
犢花手引糸前編出来此書はいまだ人の心付さるもやうを品々かき
新形染彩目は
前北斎為一筆後編嗣刻あつめ先生涯にとびをこらせし一書なり
残馬
数
芝居
役者
後編
十返舎一九編
似顔早稽古全一冊
哥川豊国画
前編にもれたる品々をゑらび集め
画の道はさらなりをどり狂言抔
にも見合となるべき珍書なり
八文舎自笑評
三箇之津
役者評判記
藝品定
湖
惣役者芸件の出元禄以前より当時迄年々開板いたし
奉入御覧候相かはらず酉年中三ヶの津狂言評判明細に
打撰び文談位附駕こと〴〵く相改め御見物無之御方にも
富戌正月二日ゟ
賣出し申候
次第つふきにわかり候やう書あらはし奉入御覧候間
御ひいき厚く売出しより御求御高覧可被成下候
円
回
東都書林
小町通東江八丁目
仙鶴堂鶴屋喜右衞門版
油町翠橋之西詰
文
四
曲亭満琴作一言
領城水滸伝貳編
歌川豊国画
琴作
全八冊
國画
貞信
□□□□□□□□
方には
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
兵庫や高橋
一ひしや菜酢
情競傾城嵩
坂東秀佳作
全六冊
哥川国安画
神
版
新
春
成
丙
九
政
曲亭属琴作
琴作
南仙笑楚満人作
いちやうちよくん
全六冊
福神御利生於釜返全二冊
絲櫻花本朝女訓
哥川豊國画
新選なそほくし全二冊
尾上松綠百物語
尾上梅幸作
ひやくものがたり
哥川国安画
全六冊
哥川豊國画
江戸名物
団扇地紙問屋
錦繪摺
世にむるいなる御かほのくすり
美艶仙女香
一南伝馬三いなり新道
坂本氏
四十八銅
ひたりじんごらう
左甚五郎
もみのじんさ
紅絹甚三
左甚五郎とうせも
柳亭種彦作
しよくにんあつせ
全六冊
哥川國貞画
年々めづらしき新板品々出来仕候間
御用の節は被仰付一の被下候
江戸通油町数丁橋之西
仙鶴堂鶴屋喜右衛門板
安部悉聞板仕り不残売出申候
次歌の書店にて御求御高覧可被下候
同
回
回
清川
ふんしち
文七
雁金紺屋作早染
つぐりのはやそふゆ
柳亭種彦作法
全六冊
哥川國貞画
入梅情
契きらん
本奇譚
鬼
式亭三馬作
草紙全六冊
哥川国友画
文政拾捻丁亥
通油町鶴屋
傾城木
滸伝
三編
馬琴作
国安画
馬琴作
法師によりというという
扨亦後花と見る虎尾の桜戸が雪より雪に踏まよふあし弓の山の蔭草
曲亭馬琴著し海く浪や近つ淡海の鎮塞はあから引日本の梁山泊
抑這個月に翳す青山風の青柳が峯より峰にわけ登るそら見つ山の虚状
第三編之一
傾城水滸傳
仙鶴堂嗣梓
杯得たり山を抜く多力の粉蝶が袖より袖へあらまきは野宿の乞児娘
歌川國安一回あしが散る浪速津の邑長かぎろひの勇婦が聚義堂
謀獲たり底深き智海の呉竹が船より船にさそふ水は網引の女兄弟
十二号
近州伊香郡に一座の山あり。俗にこれを。志津嶽と喚徹したり。この山琵琶
湖を面にして。余吾湖を北月にしたり。口はこれのみにあらずして。余吾飯浦の二大河
あり。山前山後を相遶りて。その末越前なる。板鳥の方に出るといふ。この山鳴峰なられば。
その景勢は唐山なる。梁山泊に似たらん歟よりて今この冊子には。作設けて彼処に擬したり。
近世寒葉斎綾足が。本朝水滸傳を著して。近江の其の山をもて。梁山泊れは。
塩焼王の。故事に合せし也渠竹生嶋長命寺の。嶋々をもてせざりしは。皆神仏の霊地
にして。しかも梁山八百里のいと広きに似ざればならん。そはとまれかくもあれ予もあれば。
且貞の強人を。総と烈女に發り易しは。亦勧懲の一端にて。那時鎌倉に政子あり。京師
には亀菊あり。女王と内奏より貢起りて終に。終に承久の乱に至れりさればこの時に方て。
義婦烈女の薄命なるを。水滸の一書に摸擬するものから。婦人にしては恰好しうき
処々の多かるを。とやらかうやうあみ附て。又読出す第三編の自注を自叙に。代ると如此也
文政十丁亥年春正月吉日新版曲立丁馬琴識一十九丁
あをあらしあをやぎ
青嵐の青柳
向不看
銭末及ぶ
一名取川身をたつる
一瀬もあるものを
ながらへかねて何
かこちけん
答
答社
多力の粉蝶
□□□□□□□□
智計海の
呉竹
天地を
はかれる智芭に
山を抜く
ちからは
もちろ
海も役
かた
問説
けいせいすいこ侍三升
○かくはなすにぶうきんといふ
賽博士巨綸
天津雁真弓
健婦
佳女等が
占し寨は
りやうさんはくから国の
梁山泊に
から国の
苟宜
あふみ路
あふみ路
をんなにわう
女仁王子
松木
さんにこんなもをくさんといへたりて
直輩の稲妻
赤頭の
味鳬
いさゝ川
澄むも濁るも
後終に
落てあふみの
湖にこそ入れ
翻筒
けいせいすいこ代三升
せいとものとものこそのこともこともこともなく
指神子簪
暴磯神の
朱西
山駕
籠
せんじゆつ
われ仙術や
得たりけん
乗れば虚空に
くもすけ
はしる雲助
五
一気違水の
せぬ
井
南
のと
あみ人
網の
なかり
せば
千代の
ため
何を
ひか
廿五
鬼子母神の七曲
大歳麻
歳病院
さてもそのゝちとらの足のさくら戸はそのよひのまの大ゆきにやまそぐらなる
わがすみかをおしつぶされたるにより五六町あなさなるくわんおんだうにしへりできん
くがふねふうふがもとろみたるすでにひつ死の長女〽かなやめくらになる
わきはひをのがれたるのみならではからずも
へ太夫くがふねならくばくらをうちとめて
日ごろのうらみをかへせし
かばみだうのえんに
しりうちかけてかひもて
来たりしひさごの酒を
のみづくしてさむさを
しのぎしこみつゑを
引さけて五ち両三町
はしるほどにあちこちな
やがて急をかけて人く
はやくかしこにいたりて
火をふせぎとめ給へかし
わらはは太みたちに
わらははみたちに
おもむきそ
百せうばらやまそくらなる火を
けさんとてゆきをおかしてはしりつどふに
はしなくもゆきあひければさくら戸
とゝ
くと
いひ
すてて
やりすゞ
してとで
はしりける
○さるほどに
さくら戸は
〽あまりといへはざふごんくわごん
●左の上げぬれたるきぬをほす
ほどに酒のかふんとしてけれは
ひであかりにてあたりを見るに
一升とくりをゐろりのすみなる
はひにうづめておきたるなり
そのときさくら戸はしづの
もとにうちむかひて
わらはは身の
うちひえ
こゞえて
あまつたへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
れたり
ねがふは
すこし
此さけを
わけあたへて
のませ給べ
酒のあたひは
づくなふべしと
いふをみな〳〵
聞あへずこは
われ〳〵がのむ
にだもなほおほ
からでたしなき
ものをいかに
して和女郎に
のません
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ゆきをあかりに
一千里か二里かゆくへも
ゆきをあかりにしとの身になつてもそなたしゆに
ゆきをあかり□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
のゝしらるゝおほえはないてなみを
見たかサア〳〵どうじや
さだめずはしるになん
まよなかごろになりしかは身はいといたううへ
つかれてさむさしたへかたかりけるにと見れば
むかひのもりのほとりに一トかまへのいけがき
ありてかぶきもんはたててあれどもかきの
すきよりともし火のかげちら〳〵と見えしかは
もんのほとりに立よりてとびらを
おせばひらきたりうちより
たそとこゑをかくるに
さくう戸はやくすみ
よりてわらははこよひ
やまそくらのきん
くわにすみかを
はしり出てみちに
まよふて来つる
もの也がたの
ことくの大ゆき
にてみちさり
あへずなんぎに
アワツツツツ
こはやの〳〵
およびぬしばし
ゐろりにあたらせてぬれたるきぬ
ほさせ給へといひつゝやをら戸を
あくればこは一トむねのながやにて
うちには五七人のしづのめらが
いとをくりあさをつむきてよなべを
にじりあがりつ大ゐろりのほとりにちかづき身をあたゝめの
してぞゐたりけるそのときくだんのしづのめらはさくら戸を
つら〳〵見てそはいとなん義にこそあらめこなたへよりてあたり
給へといふにさくら戸よろこびてゆるし給へといひながら
五郎が
モウよい
〽これは
出てつきり
出てゆきね
ゑように
たまらぬ
アヽあつい〳〵
まきとゐろりをはたとうちたけばやにはにちや
かまをうちたふしとぱつとたつたるつきへつぐ
ほちやけて
ものねだりせば
をとこしゆを
よびよせてゑら
ひどいめにあは
するぞやといひつゝ
どつとうちわらへはさくらむねに
すゑかねとこはきくわいなる
くわごんかないなといはるゝ
此酒をおしことのまんといふには
あらぬにいらひどいめにあは
せんとは今一トこといふて見よとくいはずやといき
此文ち
たゞきしはひもろともに火も亦四ほうにさんらんしてあたりにつどひし女どもは
目へちにはひの入るもあり小びんをやかれもすそをこがして立たゝかやけどを
するもありひとしくあつとさけびつくおどろきおそれてみなもろともに
おもてのかたへにげうせたりさくら戸これを見おくりて
から〳〵とうちわらひくだんのとくりを引いだしてちやわんに
つぎとのむほどに思はずも
一トとへりのさけのこりなく
のみつくして
しこみつゑを
つきたてつゝ
身をおこしつゝ
たちいでて
不知あん内の
ゆきみちをそこ
ともわかずゆく程に
うへてのみたる酒なれば
いくほどもなくえひは
のぼりてあしもと
しどろにさだまらず
しどろにさたまらず
一歩仙はたかくいつほは
ひきたいよろ〳〵とよろめく
まふたちまちつまつき
さくら戸はふりつもるゆきに半身焼
ほりうづめてもさむさもしらぬ
〽たれぞ
〽たれぞ
おこして
くれぬかへ
さゝならいやよ
御めん〳〵
たふれけりおよそいたくえひたるものゝ
ふしまろびてはつひに得おきず
たかいびき
日ごろにもにずあはれなり
二
さる程にしづの女らはあはてまどひつにげいでて
さくら戸がことのおもむきかやう〳〵と
にがさつ
かしましくをとこどもにつげしかば
みなくこれを聞あへずさてはし
ぬす人ごさんなれ
とほくはゆかしおつかけ
よとてあさなは
よとてあさなは
よりぼうたいまつ
手に〳〵ひさ
けてはしり
いづれは小
びんをやかれし
をなごらも
おくれごとてぞ
をんなあり小びんを
おふ程にゆくこと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いまだ四五町に
〽すぎずと見れは
ふりつもりしゆき
のなかにえひ
ふしたる
ながやへ引もてかへりてきびしくはしらへ
つなきとめあすのあさ御ぜんさまの
おめさめあらばうつたへ申さんそれまで
たれかれまもれとてみな夜のあくるを
まちたりけるかゝりし程にさくら戸は
やうやく酒のえひさめておどろきあきれて
こゑをふりたてこは何ゆゑに理ふじんにかたは
わなみをいましめたるこのなははやくとかずやと
いはせもはてずをなごどもは〽つぎへつゞく
やかれししつのめはさきに
すみてたいまつをふりてらしつゝ
〽と見かう見てぬす人をんなはこれ也
いふにみな〳〵をりかさなりとふくろの
ものをとるごとくえりかみつかんで
おこしはやひしくといましめてもといましめてもとの
ナヘ十八一一
いけりふてへぬす人あまめこいつまだ
たるぬきのにほひがするえもんを
いかんで引たてろ〳〵
たれだ〳〵もすさまじい
こまごといはずと
うでまはせ
せいせいすいこと
おのれは酒をぬすみくらひてあまつさへやけどを
させ小ひんもぬのともこがさせしをはやわすれ
しくふてきのくせものなほからきめを見せん
すとのゝしるほかはなかりけりかくてそのよも
あけしかば御ぜんさまのおめさめぞとしらせに
よりてくだんの男女悦はさくら戸を引たて
おもやへまゐりてえんがはのほとりにみな〳
ゐならびてよんべはからずぬす人をんなを
からめとりて候也いかゞはからひ申さんやと
ことばひとしく聞えあぐればしばらく
してあるじのふじんおくのまより
たちいでてそはいかなる
ぬす人ぞととひつゝちかく
たちよりてさくら戸を
見て大きにおどろきそは
とらの尾のとぢならずや
いかなるゆゑにこへ来て百
せうばらにをめ〳〵とからめ
どられ給ひたる
思ひかけなやあさ
ましやといはれて
おどろくさくら
戸もまなこを
さだめて見あぐ
るにこの婦人には
べつじんならず
これ折たきの
ふし此所なり
こは〳〵いかに
から〳〵と打わらひてぬす人をんながたけ〳〵しさよ
さんだよ
ぶちやうほう
五十四日
四十四日
やかれよんべよひとら
ねずにゐて
女〽サアくこれは
左の上ゟ来給ひぬる
大じくぢりさけ
のまれて小びん
こそうれしけれこゝは
わらはがべつさうにて
よんべそさつに思ひたがへて
しかられるよんへそさつに思ひたがて
しかられるおん身をいましめ引もて
うまと来つるかの男をなごどもは
かぬ女やしきもりの百ぜうなれば
やかならず心をおき給ふなわら
へははきのふこえ来つ思はず
ゆきにふりこめられておもやへ
かへらでありしかばこれも亦おん
身のために大かたならぬさい
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
所はあさまにて
人めをしのぶに
よろしからず
とばかりに且よろ
こび且はぢたる
さくら戸ゑを
ふり立とわらは
只一トとくりの酒ゆゑに元ひ
いかでかぬすみをすべき
ふしたるまにからめられたり
わらはがうへにはさま〳〵なるもの
がたりのはべれどもいつちやうには
ときつくしがたかりぬがふはわらはを
すくび給へ〳〵とさけぶになんふし葉さこそ
とうなつきといそがはしくさくら戸がいま
しめのなはときすてに上だんの男女をしかり
しりぞけまづこしもとらにいひつけて
きぬ一トかさねとりいださせてさへら戸が
ぬれたるきぬをうへより
したまできかえ
させておく聞しきへ
ともなひつゝ
さけをすゝめ
あさいひをすゝめ
他事なくもて
なせばさくら戸はその身の
わざはひ富安ほ太夫くがふね供
らが事又つるぎ山四伝次ならく
ばゝがことのおもむきはからずうらみ
かへしたるはじめをはりをさやき
しめせばふし此未声のてかんないをおしぬぐひつゝあたりを
見かへりかさね〳〵しふゑあはせもなほたのもしきおん身の
金運様今はからずしとわらはがかたへ①右の下へ
此いましめはさけのとが
やうすをゑらぬあの人たちをさのみおしかり
なされまするな
〽此へつさうにゐあはせておめにかゝるも
つきぬえんあさましのそのいましめは
つきをつくひさがしいそのいましめは
あのものどもがそこつから
すこしのことをねにもつて
手ごめにすることやあるみへ〳〵
たつとゆかぬかぬかぬかぬかやイ
三十くわんのほうび残シを給ふべしとぞ〽〽きつゞく
ん四伝次はあさでにていまだ死なでありしに
よりかれいつはりて殿主御門はりて領主御つたへ
おもやともなひ
はべらんとてその
方ぐれにさくら
戸をのり物に
うちのせて折
たきの庄へかへりつゝ
内外うちのものに
こゝろ得さして世にたの
もしくさくら戸をふかく
かくまひたりければさくら
戸はおんをかんじてまこと屋
ま介ふうふのものが
まごろさへにつけしら
すれはふし紫聞とさくら戸が
とにつけてもかたにつけても人のたす
けのあることをたゝへてゑきりにかんじける
へ○されば又そのよさりくがふねへ
ならくらはみなさくら戸にうたれしか共
さくら戸悪心やますして山そぐらを
やきうしなひあまつさや太夫くが
ふねならくちをきりころしてちてん
したりと申すにぞ佐野の
れうしゆ本間の太郎よしを聞て
おどろきいかりにはうにくみに
子を手わけして八はうへさし
かすつゝ村きとごに下知を
むけつゝ村さとごとに下知を
つたへとつみ人さへら戸をからめ
二つとしりてまなるもの
こつて引もてまゐるものあらば
そつて引のてまゐるものあらば
けんせいすいこ伝三組
ふれたりけるすでにして
これらのよしをさへら申
ほの米つたへ聞てふし
此末にさゝやくやうかやう
かやうのふうぶんあり
かくればおん身の今さらに
わらはをかくまひ給はぬに
あらずわらは今さらこに
ゐがたし只すみやかに他心聞へ
はしりてわざはひをさけんと
思ふに身のいとまを給へかしと
いふをふし此こうち聞てしからば
わらはが手びきとておん身を
やるべきところありそも〳〵あふみの国
いかこのこふりしづのとりでに三人の
よばれ第二の大将はをんな仁王そま木とよばれ
第三の大将をあまつかりまゆみといへりかれらはさきに
ほろびたるしば田がざんたうかじは原弥三郎がよるいにて
をんなににげなき武げいありさきにくだんのみたかのへ
勇ふらるらうして諸国をへめぐりあるとしこの
地に来たりしかばわらはがやしきにとゞめおきて
やしなふこと一トとせあまり又立さらんとせし
ときに路用をおほくとらせたりかゝれば
わらはがねがみをもそおん身をたのみ
つかはさばとゞめんとうたがひなしさればくだんの
大いとちは四五百人の手下タを
あつめてしづがたけにとりでを
かまへ余五百をとびはのみづうみをまへと
うしろのえうがいによご川いひらの大川を
をんな武者あり第一の大将は大としま大いとと
三十とかにんよろしう
▼左の上の
玉むかへ
めづらしや
いとさむきに
いづこへ
おもむ
き給ふ
ぞとこれて
ふし此所うち
ほうゑみ
わらはにやうつ気のやまひあるに
とぢこはりてをらんよりうらべに
いでてかひをひらはゞすこしはほやう
にならんかとて油ならぬうら
ころしていぬる日ちくてん
いでたる也おん身は
あそびも日よりのよさ
又何ゆゑにこゝちに
きんやくし給ふ
やらんといふに江
ばん大さればとよ
みやこのるにん
さくら戸とよはれし
ものくらをやき人を
(
さかひとしてをさ〳〵まうゐをふるにときけり
おん身かしこに身をよせ給はゞ生涯かうしろ
やすかるべしさりなから当国のみなと〳〵には
あらたに肉をすえられて人の出入をあらた
むるとつたひ聞たることもあればかどいでに
なん義ありいかにせましとかうべをかたむ
しばしあんじてうちうなづきよき
てだそのはべるなりはかりことはかやう
かやうとひざすりよせてさやき
しめせばさくらア
ならず
に
江
よろこびて
やがてその
義にまかせ
けりかくて
そのつぎの
日にふし此所は
うらあそびに
うらあそびに
こしもとあまためし
いづるといいはりそ
たのみあげまする
しについて
白しについに
みなおじやいのふ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽余人だはかく
ござらぬ御ゑん
りよなしにおと
なされものごとも
木戸
したるによりいゑうしゆの位をうけ給はり
人の出入をあらたむるりん時の女に候と
いふにふし柴うなつきてそは御太義に
こそはべれわらはがくしたる供のうちに
ありものさくら戸もあるべきにいざあにため
見給はずやといひつゝわらへは
江ばん太もから〳〵とうちわがひて
ひよけ
げにおん候の女中のむれにはかの
さくら戸もあるべけれどふし
柴どの事なれば
ア余どのゝ事なれば
あらたむるには
およばぬこと
なりとく〳〵
とほり給へ
下知して木戸をひら
かせければふし柴は
くかしとうち
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
下部らに
し
つれたるそがなかにさくら戸をも
こしもとにいでたゝしておぼの
みなとにおもむく程にこゝにも
関をすゑられて本間が
いへのこ沢足だり江番太
えばんくみ子大ぜいゑた
かへてこの所をまけりし
かねてより相しつたる
折たきのふし此末が
うらあそびに▼右の下を
あつぜいすれ○伝一之編
こゝろひそかに
よろこびてみな
〽ハアさて
もつともに
さてさくら戸には
しのびやかにたび
よそほひを
みなとへおもむき
とゝのへさせて
かねてよう
ゐのふねに
のせてゑち
ごのかたへおとし
つかはしふし此所は
さらぬていにて
ひねもすかひを
ひらひつゝ
かへるさ
江ばん太に
物をおくりてよろこひをのべし
くれにしゆくしよへかへりけり
○さる程にさくら戸はふし
柴がなさけにて
八
あらふもしれませぬてや
たり
●左の中ゟ「ふなちんはのぞみに
ませんともかくもしてやとふて
たべとふたゝびたのめばかうべを
うちふりまれにはふねのなきには
なりあらねど此ころの大ゆきにて
ふなかせぎするものは
こませぬてや
たえてこらに
ひとりもなし
もちろんいひら
はま村の
山あひは
る印のつゞきあたゝめいちわんの
ゆとうふにふなのにびたしとりそえて
はやおきならべてすめけりその時さくら戸
とうぢにむかひてわらははいそぐ用事
ありてしづがとりでへゆくものなり
わたしぶねのあるべきにやとふて
たべとたのむにぞとうぢは
聞てまゆをひそめこゝは
ふなつきならざれば
わたしふねも候はず
くがつゞき
にて候へども
ちかよつせつ
しよを切ふさ
今がれて鳥きも
べかよはずなりたれば
ふねならずしてなか
なかにおもむかんこと
かなひがたしといはれて
〳〵といふをさくら戸へ
といふをさくら戸
おしかへしに
わたしの
しねは
あらず
さくら戸せんかたもなく
ほとくこまりはてたる
ほとくこまりはてたる
折からひとりのをんな
とのかたよりなづぐと
すみ入りてさくら戸に
うちむかひおん身は今しづの
とりでへおもむきたしといはれし
ならずやかしこにしる人候か
あるひは人の手引によりてはじ
めておもむき給ふにやおん身は
なんなくみなとを
のがれいでて名ちごの
玉へおしわたなほゑちぜんをへで〇
あふ
〽みなる
しづのとり
でにおもむく
ほどに日に
あゆみ夜に
にどりのとがつたが
やどりいそがぬたびに
日かずへてくれゆく
としにあふみなる
すげのうらにぞ
つきにける折から
きのふのゆきはれて
山しろたへに風さむく
このわたりには只いつけん
のこしかけ酒屋ありけれは
しりをうちかくればさか屋の
とうぢいでむかへていかに酒をやき
まゐらすべきこわかひも
候はといふにさへらへ
戸うなづきていな
こわいひはほしからずけふの
さむさのたえがたきにとく〳〵
酒をのませよといふにとうぢは
こゝろ得て酒二三台●印へつゞくし
さくら戸はすみ入りてせうぎに
〽どうだ
何といふ人ぞととはれてさぐら戸かく
何といふ人ぞととはれてさくらかく
すによしなくわらはははさくら戸と
あきなひはあるかいのにつことうちゑみいはるゝごとく
あきなひはあるかいの
よばるゝものにてこたび折たきのふし柴
とのゝすゝめによりてはる〳〵佐渡へより
べ来つる也といふにおどろくくだんのをんなは
ほとりによりてしりうちかけさては世の
ふうじんにかくれなかりしかん身は女むしや所
のをしえがしらと聞えたるかのとらの尾
のさくら戸とのかとふさくらひとはれて
につことうちゑみいはるゝごとく
とらの尾のさくら戸は
わかはに
こそと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
心のうちをのへがたし
まづこなたへとまめやかに
おくの野しきへいざなひて又さらにさかなをそえ
酒をすゝめてさていふやうわなみ事はしつの
とりでの大いことが手したの大将にしてありそ神の
ある西とよばるゝものなりざりしころより
此ところにこの酒みせをいだしつゝ世の
ふうぶんを聞さだめこなたにいこめ
たび人のみかたにすべきものあれば
ときすめてとりでへつかはしつきへし
もてなせばさくら戸ふかく
よこしまにてむじつの
つみにおとされたるその
ことのはゞめよりへ太夫
くがふねをうちとつて
うらみをかへせしことの
おもむきいちぶしゞうを
ものかたればあかにし
みゝをかたむけてひざの
すゝむをしらざりけり
くはえておしがたつけんと思ひしに三大将世話の大おんうけたる折たきとのゝ
ひきつけなるとうの尾とのどありけるをしらずばことをあやまつべし
まことにあやうきことなりきわなみ同道すべけれども
すでにはやたそがれ也こよひはとゝにとまり給へ
あすはつとめてともなふべしといひなぐためて
もてなせばさくら戸ふかくよろこびてかの
〽われ〳〵とても
おんをうけたる
ならぬ
きやく
さいに
もてなせばさくら戸ふかくよろこびてかの亀ぎくが
④
これによりおん身をもかまくらがたのものならばゑびれくすりをさけに
かくてぞのあけ
かたにあか西は
さくら戸を
よびおこして
又身のあたとなるべきものはひそかにしびれくすりりてころしとうれいをのぞくなり
したくを
とゝのへ半弓
さみ
たちいでて
みぎはに
しげきかれあじへかぶら矢
いこむをあひづにてたちまち
あしのしげみより
はやふねいつそうこぎ出して
しよいんにいでと
さへら戸をよびいれさせて
たいめんすそのとき大いとは
さくら戸にうちむかひとおん身の
うへはありそ神のものがたりにてつぶさに聞ぬ折たき
とのはつゝがなきやととへばさくら戸さ師しよ状を
まさるさくら
こなたのきしへつけしかばあか或は
さくら戸もろともくだんのふねに
うちのりと山なしのいそへおし
わたりこゝよりくがにうち
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
のぼりとふねをばかへし
のぼりそふねをばかへし
つかはしつゝほどなくとりでに
おもむきてさくら戸が
ことのよしを大いとちに
つげしかば大いと聞て
ふたりの勇ふそま木
まゆみち
へもろ
さしとし給ひたりこれ御らんぜよとふところより
いつつうをとりいだして大いとにわたすにぞわれはあをじ
大いとやがてひらき見て手したのものにひやうしのから才字
いひつけて酒さかなをもていださせ
しかるに
われはあを
びやうしのから文字
ひやうしのから文や
をよくよむのみ
まつさくら戸をもてなしつゝ
はらのうちに思ふやう
さくら戸はそのはじめ
をんなむしやのかしらにて
十八ばんの武がいに
〽武げいにおいては
二のまちなり
又そま木
まゆみ
あか西
らも
たけたり▼
腰し
武がい
ぬに
〽世の
かくの
おたけに
なれ
ちと
きの
どな
こせう
あるぞへ㊀
二丸〽じやといふ
ふし柴との
たのみをあだには
なります
まいそへ
けいせいすいこ僧三編
さくら戸をとゞめてわれらがむれに入れなばつひには山を
うばゝるべしえうこそあれとしあんをしつゝ金廿両とりいだして
さくら戸におくりていふやう折たきとのゝ引つけ
はる〴〵と来給へどもいかにせん此とりでは
ぶんだいせまく兵ろうもおほうら
ねばなでおん身をとゞめかたし
こはいさゝかのしなながら路用
としてまゐらするいづくへなりとも
おもむきてよき人をさのみ給へと
いふにさくら戸おしかへしてわらはは
路用のともしきゆゑにはる〴〵ころ
来つるにあらずふし柴とのゝすゝめに
〽さくら戸を
あんないのしもべ
つまづべん
よりながく此ところににて身をよせんと
のみ思ひしにこのたまものはほんゐにあらず
まげてなかまに入れさせ給へと
いふにそま木もあか西ぜ弓も。
たうでも
おつかひなされ
またふつか
ござります
そい
そへ
大いとをいさめていふやう兵らう
ゆたかならずといへども今この女中を
とゞめずは引つけられしふし柴とのに
うけたるおんをわするゝににたりよく
しあんし給へといふに大いとかうべを打ふり
ふし柴とのにたいしとはいさゝかふじつに
にたれどもいまだこのさくら戸のこゝろの
そこをしるによしなし只いつふうの
状をもてこゝろも得しらぬ人をとゞめて身の
わざはひとなることあらは後懐をぬそこにたち
いつこへなりともおもむき給へわれらがこゝろにしよ
オはなけれどおん身をやしなふよりよくはなしあそは
つとめてうちたち給へどにが〳〵しげにこたへつゝとゞむるけしきはなかりけり
〽うつの山ぢに
あらねども
ゆめにも人に
ゆめにも人に
あはぬとは
よく〳〵うんの
つきたるか
ハ二ヶ
したら
より
らふ
なァ
かたしこはきのどくなることながら口はその金をうけいさか
かたしこはきのどくなることながら只その金をうけおさめて
きくらら
しつのとりでを
はなれて名あり
はなれて名あり
ふみを
もとむるところこれらのわけは
馬琴作
国安画
卅
門
2738
狩野
册
いせいせい水
浦伝
三編
馬琴著
文政丁亥嗣刻
全稿八巻合本
すいこでん
似城水滸伝
第三篇之哉
国安画
本町筋通油町
鶴屋喜右衛門
三
つゞきそのときさくら戸ひざをすゝめて
大いとのとぢなどてさのみうたがひ給ふで
わらははさきに亀きくがはかりごとに
おとされてむじつのつみを得てしより
わざはひふたゝびこの身にせまつて
進退覧すでにきはまつたりされば
このところに身をよせん
とねがふのほかはなき
ものをといへば
〽あるよりさくら戸はとくおきてひとりの
小ものをしるべとしつたんたうをこしによこたへ
しこみつゑをつき立ていひら山の山あひなるはま
村のかたにたちいでてたび人おそしとまちけれども
ごろしも年のをはりにてふりつもりたるゆきふかく
山〳〵は口いしろかもそのべたるごとくさえわたり
さむさむさたへがたかりければはや
亦そま木
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
らもことばを
そえていさ
むるにぞ大いと
しばしうちあんじて
しからんにはぎとしたる
さくら
なのりぶみをわれらに見
〽かあい
せてあかき心をあらはし給へといふを
さくら戸聞あへずそはやすかるべきことにこそ
すゞりふでをかし給へのぞみのまゝにかきはべ
いのちの無心
心さて〳〵あしの
はやいやつじやな
らんといへばあり西かたへよりいな投名状ほのり
といふよしはものかくことにはあらずかしおよそはじめて此とりでに
来つるものはゑちぜんかいどうにたちいでてひとりのたび人を
うつてとりといくびをたづさへ来せふたこゝろなきをしめすを
名のりでやとなづけたりと
それも亦やすかるべしこゝろ得はべりとうけひくにぞ大いとかさり
ねてしからんには明日より三日にかぎりてなのりふみを持さんしゆへ
三日のう
あきら見ていづこへなりともゆき給へとその期こをおせばさくら戸は
仏等や本多きといえつその日をすづけり○かてそのあけのあさまの女の方へいだされよといとにといとにほつき人
返
印上
かぐれに
こなんまでも
人ひとりも
とほらねばたくらや
口下ゟ
にてむな
かへれば
しくとり
大いとさこそと
みでに
あざわらひていかに
名いりぶみをもて来ざるや
あすもあざてもむなしくかへらば
こゝにはけつしてとゞめがたしずいぶんせいば
いだされよといとにくさけにぞつぎへ
四
十八貫七六二転大幅
わいせいすいこれ三郎
〽京はし南伝馬丁
いなりしんみち
仙女香くはしくは
おくもくろくに
見えたり
00
こらし
ける
かくて
桜
又さくら
戸は
さくら
つぎの日も小ものを
〽なにを
したがへてきのふの山ぢに
おもむきつゝひねもすそこにたちくらせどもこの日も
人にあはざりければいよ〳〵のぞみをうしなふていかなれば
かくまでにわが身はうんのつたなきやとてもかくてもとゞめ
られぬすゝせならんとうちなけ〳〵を供の小ものがなぐさめて
されどもあす又一ヶ日ありこゝろをいため給ふなといさめて
とりでへかへり来れば大いとます〳〵あざわらつくあすも又得もの
なくばふたゝびこなたへかへるにおよばずいづくへなりともゆき給へと
いふにさくら戸こたへも得せずその夜ははやくふしどに入りて又つぎの
日のあかつきよりとりでをいでてゆく程にかの案内略するにものが
五左衛ゟさる程にさくら
戸はしばらくのこりとゞ
まりてなほたび人を
まつほどにはるかむか
ひのふもとぢよりたび
人とおぼしきをんなの
こなたをさして
いで来に
けりおよそ
この時代の
ぞくにて
をなご
ぢには
こゝに
かたなを
よこたへたりさくら
戸これを見るよりも
わが物えたりとよろ
こびてしこみつゑを引
こひてしこにつゑを引
そばめまつしくらについて
かゝればくだんのはなご
大きにいかりてぬす人あま
めがあくことしらでわが供
人にもたせたる荷
物弥かをうばふてあまつ
けふはいさゝかところをかえんといふにその議にまかせつゝはふり
山のふもとに立てゆき来の人をまちけれどもひつじの
下こゝになるまでにこの日も人にあはざりければ
さくら戸つひに思ひたえて
かくてはとりでへかへり
かたし日のくれぬ
まに里へゆきて
こよひのやどりを
もとめんとて
もとめんとて
木かげをいづる
折もあれ
と見ればひと
りのたび
りのたび
人が野坂の
かたより
おとらぬ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽けはしきたちか
京
〽どの
ひともは
〽けるのない
とめるが
かんえう
源
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽はもちつと
いでいだ〳〵
来にければ
天のあたへと
うちふりてす
よろこぶさくら戸
たび人を
こしかたなを
こしかたなを
うちふりてすゝりに後悔をうした
むを見かへるりしを供の小ものがなぐ
くだんのたび人さめて名のりぶみは得
〽アツとばかりに給はねども此たびにもつも
おどろきおそれて時にとつてはひとつの功
荷物かつをすててたになるべき也それがし
いつさんににげてゆくとりでへ持参してことの
へはしれざりけりよしをつげ申さんといひ
さくら戸はたま
さくら戸はたましつゝその荷を引かつぎて
りに後悔こうした
さへわらはにてきたふ
ふできさよとく〳〵
一にもつをかへさずば目に
もの見せんとこふ
りのやいばをひら
りとぬきておもて
もぶらず丁々はつ
しとたゝかふたる
たがひのしゆれん
きよ〳〵じつく一往
へいち一未以御しのぎを
ゆきの
山みち
ふみ
しだきたゝかふこと
すでにはや五十
よたちにおよへ
どもいまだせう
ぶはなかりけり
かゝる所に大いと
らはさきに小
もいがしらせに
にもつ
かへしや
さかに来つるとりでをさしてぞいそぎけるふ右
よりそま木
まゆみらもろ
ともにあまたの
手したをした
がへつゝとりでを
十八十六寅二月
けいせいすいこ竹三紺
はや此ところへ来るほどにかのていたらくに且おど
ろき事一りにかかじてゑをふりたて御両所
どりうしばしくたゞまり給へやよなう
やらばをおさめ給へとよびかけ
よびかけはせちかつきて
中ゟはか
むしろをひらきて春やぎをまめやかにもでなし
しきことある
つゝいひけるは今みやとにはしらびやうし亀きく
べからずされば
此とりでにとゞ
院心の御ちやうあいにほこりて人をそこなふこと
まりて大将となり
これおほしたとへ帰京蛇分し給ふとも
給へ西女がい
両人をも
へだてさて也の
〽何はともあれサア〳〵
いつしよに
もつとも
をなごにうち
けんごな
むかひておど
ろき入たる
おん身の
武げい
ればたれに
はゞかる
こともなし
まげて
かんずるに
なほあまり
ありわれ〳〵
ことはしづのとりでの
あまつかりの真弓まみ也又
この女中はとらの尾の
さくら戸どのにてかやう
かやうのことにより
佐渡のはいしよを
のがれいでてわれ
らをたのみて来
つるゆゑに名のり
ふみをもとむる
とてことのこゝに
およべるのみそも〳〵
頭領をうなるゑせはかせ
大いとをんな二王のそま木
大いとをんな二王のそま木
たゝしやんぜい
なァ
〽わなみじや
とてもとらの尾とのと
しらでしのぎをけづり
あぶないことで
けがのあつてはすま
この義に
したがひ
給へと
いとまめ
やかに
やどゞ
けりさても大
いとが今青やきをとゞ
めんと思ふよしはかれをあい
めんと思ふよしはかれをあい
きするゆゑにはあらず此
もの武げいにたけ
たればさくら戸をとめて
おくとも十ぶんかれが
あひてになるべししか
らばこのゝちさくら戸が
とりでをうばゝんと思ふ
〽とも青やきにはゞ
おん身はいかなる人ぞ名
のり給へとねんごろにとひ
かけられてにつことうちゑみ
わらははもと大うちのうねめにて
をんなむしや所のかしらなりし青
柳鱧といふもの也わなみのいろの
あをしろければ人あだ名して青あらしの青やぎといへり
しりるに先ねんわらはがあづかりし弓場殿残のおん
ゆがけふんしつしたるとがによりてみやこをついほう
せられしかばむさしのかたにおもむきて両三ねんを
すぐせしに此たび御しやめんありしによりさらに
みやこへ六一かへりえんをもとめて又もとの
さくら〳〵
すと思ふてとめに
来たはいのサア
とりでへござれ
青やぎどの
さくら戸とのもろ共に
〽なのれば
たがひにみやこは
ふるざと
ひもとより
たがひにみやこはざしはいかばかりよろこばしくはべれど
かりてそのことかなふべから
すとはらのうちに思へば
なりあをやぎはかくともしら
ねどたえてとゞまるけしきなく
大いとにこたへていふやうおこゝろ
かばかりよろこばしくはべれども
わらはがおやはゆいしよ
たゞしきほくめんの武士
むしや所へ
むしや所へ
あるでもなし
心にかげて
くださんす
なりしにをとこの
子のなかりしかば
めされし也しかるに
つみをかうむりてたま〳〵
なへ
わらはを
しやめんにあひながら
こゝに
ごとゞま
うねめになら
るは
ねがひあり
そなたに
いひぶん
なきならば
すみやかに
荷物にかを
かへしてはなち
やり給へかしといふに
ます〳〵かんずる
大いとさてはかねてつたへ
聞たはあをやぎとのにて
あらしよのあやまつてとりでよして
来し荷物はもちろんかへすべし
なれどもたま〳〵名のりあひしに此
まゝにいちれんやこよひはとりでに
とまりぬへさけいつこんまゐらせんと印へ
また
桜
明治
いなりあし
ふ孝が
あし
つくな鳴
なし給ひ
そと
かたく
いなみて
したがはず
印ゟ
そのあけの
いふにすはやぎいなみ
かねてつひにそのゐにまかせつゝさきに
にげたる供人のたちかへりしをしたがへて
いざとてやがて身をおこせば大いとなゝめ
ならずよろこびてさくら戸もろとも
あさもとのごとく供
人を具してとりでを
たちいでみやこを
さしていそぎけり
口天より
四右のなかへ
して次へ
うちつれたちてしづのとりでへともなひけり
一けは廿六丁目二島三郎
けいせいすいこ竹三紺
まりてゆみがつぎのかしらと
なりぬ又あか西はもとのごとく
すけのうらに立かへりてかのさか
みせをぞまもりける○さるほども
春春はもならずみやこにそり
つきて洛中ちらにりよしゆくをもとめ
いかにもしてもとのごとく女むしや
所のうねめにならばやとて
しよえんにつきそのすぢを
もとめつかさ人らにまひ
なにて物あまたおくりしかば
なふて物あまたおくりしかば
やうやくに手びきいで来て
ねがひふみをぞさゝげけるされば
亀きくは女むしや所の別当
見て大きにいかりかやつはこよなき
おち度とによりてみやこをつい
ほうせられしにつみゆるされしは
ほうせられしにつみゆるされしは
おほく得かたき身のさいはひで
あるべきにもとのごとくむしや所の
うねめになりたしなんどまうずは
かたはらいたきねがひ也とてもかな
すだに引さきすててぞかへしける青柳は此
さくら雁はしづのともでにとゞ〳〵
ぶりなれば青やきがねがひぶみをひらきへしぬ
はぬことなるにかさねてとりつきすべから
すとあくまでにのゝしりてねがひぶみをすた
よしをつたへ聞てのぞみはうしなひいかなれは亀きくは
心ざまのどくあくなるかくてはみろくの世にあふまでこの
身のねがひはかなふべからずふたゝびむさしへ立かへらばやと
左の上ゟめんのごとく
いろはあかくろくして
ひねたるかぼちや
ももてたりまなしい
にもにたりまなこは
づぶらにしてかたつむりを
ならべたるごとくはなは
よこにひら
〽さま〴〵人をもて
きて三つ
〽さま〳〵人をもて
あそんで此たんたうを
栗を
とらふじやのその手は
ふせたる
ごとく右の
そでをおし
はだぬきて
しはびたる
ちゝをぶら
さげひだりの
〽コレあまめ
すそをかた
はしより
してさらし
よくきけよ
おらア時にも
一おらアぜにも
かねもねへが
もめ
んの
ゆま
かゝつた
から
からあら
ねばおかぬいや
なら今おれをきれ
きられやう〳〵サア〳〵
どうだきらぬかやイ
はしいたく
えやたりと
おぼしくてあしもと
しどろによろめき
身のねがひはかなふへからずふたびむさしへ立久らばやとよろめきわぎと青なぎにつきあたりて
つきはてたり只先祖せん相伝岸の三つぐそくと名つけ
たる短刀たん一トふりありければぜひなくこれをうりしろ
なして海用にせんと思ひつゝある日くだんのたんたうを
たがさへてあちこちとあるくほどに三ンでう小橋の
ほとりにてにはかに人〳〵とよめきてソレ牛おまが
来つるぞよにげよはしれとのゝしりさはげば青やき
心にいぶかりてある人によしをとふにその人こたへてちか
ころ此わたりに大ばくれん牛おにばゞといふ
思へものからこれかれへものすおくりしとなれば路用もすぞよやにはにとらへてちつともはなさずまなとぞいからし
つきはてたり只先祖記に相伝たりの三ツくぞくと名つけしきつと見て此あゆめ何をするいけしやまなもの
手にもつてつゝたつたるは何の為ぞとよろけかゝ
たる娘はいひ〽ふりありければせひなくこれをうりしろ
たりありければありけれはやむことねをとりしろ
ど青やぎはいさゝかさはゞけしきもなくわらはが
たろさへてあちこちとあるくほどに三ッでう小橋の
まづのみ也といへば牛おにあざ
〽さてく〳〵せうし千ばん
□つぞよに□よはれとのしりさはけば□やき□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
といふてめつたにとめ
られもせずはやくにがして
やりたいものじやて
わらひてそのたんたうに銘や
あるととはれて青やぎされば
とよこは三つぐそく丸と名
あふれものあり酒をこのみて
御づけし也といふに牛おに
あくことなくやゝもすれば人を
まゆをひそめてみつぐ
とらへて物をねだりて非ひ
どうをいひかけあるひは
そのわけ
あばれあるひはねぢこみとこ
ろのがいになることおほしされども
をんなのことなればたれ
とてあひてになるもの
なくよけてとほせば
よきことにして日
ごとにあばれあるく
なり今もろ人の
たちさはゞはかの
うしおにそおてるゝのみ
とつくるに青やぎきやう
さめて立さらんと
する程にはや牛
おにがちつたく
たるを見れば
つらはこくそんの右の下へ
えうてゐるさうだ
めつたにそばへよるまいぞ
たうを
つぎへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
けいせいすいご侍三組
切て行おとをせず第二にかみのけを
やいばへのせて□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まちふん〳〵ときれて
四はうへさんらんす第
三にへをきるにほねを
あまさず又すみやかにへ
してちしほを見ずこの
三ツのきどくあるをもて三ツ
ぐそくと名つけたりといふに牛おに
うなつきてわれそのやいばをかふべきに
あたひいかばかりにてうるもの
ゆながけしきぞととふに春やぎちつともぎ義せず
なくそなた今要用のことあれば三十金にて
まことに手はなすべしといへば牛おに
かふにはあらじうちわらひててははな
といはせもはてはだ高直部也
ずまなこを
三百もん
いからしさばかりの
ものかはざらんや
只今いふたる音の
きどくをまのあた
にてわれ
かはん
まけよ〳〵といそ
がせども青
りにためして見せよ
まづ壱ばんに鉄
じや〳〵といひつゝおひの
あはひをさぐりてぜに
五六文とりいだし切てア
せよと手にわたせば青
やぎはくだんのぜにを橋のらんかんにおしかさ
やぎさはゞ
◑上へ
みつぐらくといふよしはだいゝちに鉄をよく
〽ヲヤ〳〵どうせう
はやくにげな〳
たるひらひ
〽なむさんつめをけは
五左の上ゟ人はなしといへば
牛おに又わめきて人が
おなくはわれをきれ
われそのやいばを
ほりする也といふに
青やぎほゑみて
そなたいよ〳〵かにならば
とく〳〵金をもて来給へ
といふをばきかでアゑを
ふりたてわれはちつとも
かねはなし只今かけにうられ
〆しずはサアわればきれきら
ずやとこづきまはしつあら
そふはづみにかのたんたうに
手をかけてうばひとらんとして
ければ青やぎ今はかんにんの
二字もかひなきいかりにまりして
たんたうひらりとふりあげて
凶水もたまらず
牛おにが
ほそくび
丁とうち
おとせば
〽あまりといへば非どうの
つも
かならず〳〵
かならずく
たのみます
ぞへ
だうと
手ごめみなせうにんになつてたべ
たふれけりそのとき
青やぎこゑたかやかにナウ見物の人〳〵よ
見給ふごときしあはせにてをなごににげ
がはゞ大成をとらへて引もて来よその
いぬをきつて見すべきぞといはせも
あへずこゑをふりたておのれはさきに
何とかいひし人をきるにほねをあまさず
すみやかにしてちしほを見ずとまさしくいひし
いかにぞやいぬをきるとは聞ざりきと
しきりにわめぎさはぐに
なん折からゆきゝの老若
五郎男女はことこそあれと立
にやく男女はことこそあれと云
つどひておつとりまきつゝ
これを見るになほ牛おにに
おぢおそれてたれもちか
くはよらざりけり青
やぎはかゝれどもおくし
見物
〽よいは
わたせば青女ぎこれをうけとりてやいばのうへにうちのせで一トふき
ふつとふくほどに世はふん〳〵ときれちつたり牛おにばゞ又これを見て
から〳〵とうちわらひさてそのつぎは人じや〳〵とく〳〵人をきつて
見せよといへば青やぎかうべをうちふり太平の世に
いかにしてゆゑなく人をきらるべきそなたなほうた
ねてやいはをぬきてこれをきるにさながらとうふをきるにひとしくちつとも
おとはせざりけり牛おにばゞはこれを見て又いそがはしくぼんのくぼのけをし
いくすぢかぬきとりてサァそのつぎはかみのけ〳〵ふいて見せよと手に
たるけらきもなく牛おにに
うちむゝひてそなた
まことにかはん
とならばよし
見物
見物
〽さても
なきことをいは
ずもあれなに
きるべしは
きろい
女中だ
やゝよいことを
やゝよいことを
せられたなァ
十八サ六十八二島三島
なきことながら
はが
かいへはふねを
為に
せう
にんに
おもろともうつたへ申てことのせう
もろともうつたへ申てことのせう
まゐりつゝことしか〳〵と次へ
もれなりておほやけへ
一ともにうつたへ給へかし
といふにもろ人みな
たちよりて青女きを
ほめなぐさめ此牛
おには大かたならぬとこ
ろのがいになるものなりしにうち
はたされしはさいはひ也われ〳〵
にんたるべしとてみな青
やぎを先にたてて六
てもはらのけんだん所へし
けいせいすいこ他三郷
うつたへければ六はらの惣つかさ伊
賀の引すゑみつすゑこのうつたへを聞
さだめて女三人のくみ子をもつて青
やきと共に三でう小はしへつかはして牛おか
ばゝが死がいをあらためそのちに
青やぎをばしばらくひとやにこめ
おきてなほこれかれにとひたゞすに
牛おにばゞは此としごろ人のがいと
なりしものにてしゆくしよもなく
子もあらずそのきうあくも
すゝなからねばみつすゑすな
はちまちやぎが人ごろしのつみを
なだめてちくぜんの国太宰府
ださいへながしつかはすよしをいひ
わたしちん五ちん六といふ二人の
下つかひをさしそえて
青やぎをうちまもに
らせづひに
かの地へつか
はしけり
これに
より三つ
ぐそく丸の
たんたうは
おほやけへ
ながくみくらに
おかれけるされば
〽すりや
牛おには
めしあげられて
青やぎが
をんな
これまでも
さま〴〵なる
あく事をなし
たるものじや
とな
夕日
〽わたくしどもが
たしかなせうにん
この女中に
無理はなし
みな牛おに
がしかげた
けんくわ
柳〽あのん〳〵の
まうすごとく此たんたう
うばひとらんとせられし
ゆゑにしのびかねたる
心ものぼりて思はず
ばゞをあやめましたに
いざゝかさうゐは
こざりませぬ
ぎりませぬ
なみだをながしてわかれけり
図上ゟせう
にんにたちたる
里人らは此たび
かのをなごのはた
らきにてところの
うれひをのぞきしとて
且よろこび且あは
れみぜにをあつ
めて路用をおくり
四
ちん五ちん六におくられつゝとほくつくしへながさるゝさす
ばくの日かずをへてそのふもだざい府ににつきにければ
すなはちちん五ちん六は青やぎをうちまもりさい
府々のしろにおもむきて六はらよりのおくり秋を
たん題ぜのぶたねにまゐらせてことのよしをのべし
かばのぶたねやがていへのこらに青女ぎをうけとらへ
せてこたへぶみをわたしにければそのつぎの日にちん五らは
みやこをさしてぞかへりける○そも〳〵このときづく
しのたん題だ小武のぶたねと聞えしは北条
御引よし時のむこにしてその内室孫十時
とき御ぜんはよし時の愛女熟也さればつくしは
みやとにつぎて西国
だいゝちばんの大みな
とばんぜうたぐびに
なきのみならでたん
題は六はらの惣
題は六はらの惣
つかさにもをさく
おとらず西九ヶ
国をくわんすりや
していきほひあり
ける大任はねなるにしかも
のぶたねは今とぶとりもおつると
いふかまくらのしつけんたるよし
時にないえんあればそのいへ
いたくこみさかえて
思へどまかせ
つかはさにと
包
御かほい葉仙女香
四十八銅
人のそねみ
心をいためて
ゐるはいのふ
かくて青やぎはふたゝびつみ人となりしよりくびかせをかけられて
ばすな月此まゝでをりましても
るにんにまれなる身の
さいはひ御おんは
うみ山わすれ
ませぬ
いへの
このおほ
かるに文武の
みちにたけたる
ものもそのうちにすくなからず
しかるにのぶたねのおくかたことき
御せんはをなごにまれなる武げいを
このみてめしつかふ女ばうに武げいを
ならはし給ひしかばそのすぢにも亦
武じゆつをよくするものもあまた
ありこれによりみやこの沙汰だに
のしたならはんとてこゝにも女ひしやどこ
ろをおかれしにいまだそのをしえがしち
といたすべきさうおうのもいなかりしかば
なほ物たらぬこゝちしてをり〳〵をつとし
のぶたねにうちかたらひ給ふ程につぎん
一十一六二博三編
十六
いいやけのこ何三郎
けのご
〽あんな女中に
でられてはたい
いろすとこは
ゆびをくはえて
びきこまねば
ならぬ
〽テモたく
にだしたら
みやこの流人
都青やぎは
もと大内の
うねめにて
武げいに
ひいでし
四丁へ
夏めの
たいこの
四上ゟものなる
よしまうすもいゝ
ありしかばととき
御ぜんこの事を
又しか〴〵と
きつげ
給ふに
のぶたね聞て
うちうなづき
げにくだんの
青やぎはものゝ
用にもたつべきもの也しば
だまひを見られんに何かくるしかる
しべきとてまづ青やぎがくびかせを
ときゆるしみづしめにじて
つかはれしに心きゝたる
をなごにて男にまさる
ことおほかれば目とほりを
さへさしゆるしてほとりちかく
はべらせしがある日とゝき御
ぜんは青女ぎをまねき
らくはしたものにしてたぢふる
三郎
をしえがし
らになさ
ばやと思へ
はやとし
ども人の
そねみの
われ
までもよい
おあひ
なりま
よせてそちは武げいに
すゞれしよし人のうはざに
つたへきゝぬされば今
よりとり立て
〽安むしやの印
なからず
やはことの
さまたげ
なるべしと
思ひかへして
もださり
このさい府の
女むしやに
野もりなし
よばるものは
二三とさが
らぬ武げい
きやしあり
されば次へ
きやう同
義よくずいぶんそこつの
ないやうにしたくが
よくは口
大夫上大弓二専三郎
けいせいすいこ何三郷
うつたへければ六はらの惣つかさ住
賀の判にみつすゑこのうつたへを聞
さだめて女三人のくみ子をもつて青
やぎと共に三でう小はしへつかはして牛おに
ばゝが死がいをあらためそのちに
青やぎをばしばらくひとやにこめ
おきてなほこれかれにとひたゞすに
牛おにばゞは此としごろ人のがいと
なりしものにてしゆくしよもなく
子もあらずそのきうあくも
すくなからねばみつすゑすな
はち春女ぎが人ごろしのつみをい
なだめてちくぜんの国大宰府
なだめてちくぜんの国太宰府
ださいへながしつかはすよしをいひ
わたしちん五ちん六といふ二人の
下つかひをさしそえて
青やぎをうちまも
らせつひに
かの地へつか
はしけり
これに
より三つ
ぐそく丸の
〽すりや
たんたうは
おほやけへ
ながくみくらに
おかれけるされば
牛おには
あくたれ
めしあげられて
をんなし
これまでも
さま〴〵なる
あく事をなし
たるものじや
春やぎが
とな
〽わたくしどもが
しかなせうにん
この女中に
無理はなし
みな牛おに
がしかけた
けんくわ
ました
□□□□□□□□
まうすごとく此たんたうち
うばひとらんとせられし
ゆゑにしのびかねたる
心ものぼりて思はず
ばゞをあやめましたに
いさゝかさうゐは
こざりませぬ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
にんにたちたる
一里人らは此たび
かのをなごのはた
らきにてところの
うれひをのぞきしとて
且よろこび且あは
れみぜにをあつ
なみだをながしてわかれけり
めて海用をおくり
ちん五ちん六におくられつゝとほくつくしへながさるゝさ
ばくの日かずをへてそのふねだざい府につきにければ
すなはちちん五ちん六は青やぎをうちまもりさい
府ふのしろにおもむきて六はらよりのおくり秋
たん題心のぶたねにまゐらせてことのよしをのべし
かばのぶたねやがていへのこらに春やぎをうけとらへ
せてこたへぶみをわたしにければそのつぎの日にちん五らは
みやとをさしてぞかへりける○そも〳〵このときつく
しのたん題だ小武のぶたねと聞えしは北条
御ちよし時のむこにしてその内室京十時
とき御せんはよし時の愛女黙也さればつくしは
みやとにつぎて西国
だいゝちばんの大みな
とばんぜうたぐびを
なきのみならでたん
題は六はらの惣
つかさにもをさく
おとらず西九ヶ
国をくわんすり也
していきほひあり
ける大任はねなるにしかも
のぶたねは今とぶとりもおつると
いふかまくらのしつけんたるよしやとり
時にないえんあればそのいへ
いたくとみさかえて
□□□□□□
つかはさにと
思へどまかせ
人のそねみ
包
御かほいゑ仙女香明
四十八銅
心をいためて
ゐるはいのふ
かくて青やぎはふたゝびづみ人となりしよりくびかせをかけられて
ちん五ちん六におくられつゝとほくつくしへなぎさるゝきやう〳〵〳〵〳〵〳〵ばする月此ましても
るにんにまれなる身の
さいはひ御おんは
うみ山わすれ
ませぬ
いへの
このおほ
かるに文武の
みちにたけたる
ものもそのうちにすくなからず
しかるにのぶたねのおくかたことき
御ぜんはをなごにまれなる氏げはを
このみてめしつかふ女ばうに武げいを
ならはし給ひしかばそのすぢにも亦
○武じゆつをよくするものもあまた
ありこれによりみやとの沙汰たに
ふならはんとてこゝにも女むしやどこ
ろをおかれしにいまだそのをしえがしち
といたすべきさうおうのものなかりしかば
なほ物たらぬこゝちしてをり〳〵をつとし
のぶたねにうちかたらひ給ふ程につぎん
一十一寸は二博三編
十六
けのせいまのこと
けいご
〽あんな女中に
でられてはたい
いなことことこは
ゆびをくはえて
びきこまねば
ならま
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
だしたら
みやこの流人
〽□やぎは
もと太内の
うねめにて
武げいに
ひいでし
四丁へ
二度め
たいこの
四上ゟしものなる
よしまうすもいゝ
ありしかばとと
御ぜんこの事を
又しか〴〵と
又しか〴〵と
とつげ
給ふに
のぶたね聞て
うちうなづき
げにくだんの
青やぎはものゝ
用にもたつべきもの也しば
まひを見られんに何かくるゝかる
しべきとてまづ青やぎがくびかせを
ときゆるしみづしめにして
つかはれしに心きゝたる
をなごにて男にまさる
ことおほかれば目とほりを
さへさしゆるしてほとりちかく
はべらせしがある日とゝき御
ぜんは青やぎをまねき
らくはしたものにしてたちふる
城印ゟ
三トゟ
をしえがし
らになき
ばやと思へ
ども人の
そやみの
おあひ
なりま
なからず
よせてそちは武げいに
すぐれしよし人のうはさに
つたへきゝぬされば今
よりとり立て
乙安むしやの印
きやしあり
やはことの
さまたげ
なるべしと
思ひかへして
もださり
このさい府の
女むしやに
野もりなし
よばるものは
二三とさが
らぬ武げい
されば次
までもよい
義よくずいぶんそ
ないやうにしたくが
よくは口
大芝上は芝専二扁
しいせいせいこほ三行
野のりとしあひをさしてそちが十ぶんかちたらば
そのときにこそとり立てをしえかしらにし
もろ人すべて帰服させんいかにそなたはかの
もりと立あふこゝろはあらずやとしのびやかに
いはるゝにぞ青やぎ聞ていち義におよばす
それはこよなき御おん也わらはははじめ
みやこにてをんなむしや所に出されたる
をしえがしらではべりしにゆばどのゝおんゆ
がけふんじつのおち度によりさきには
みやこをおはれし也さればこそ。十八
ばんの武げいのかず〳〵大かたならず
日本ゟ引そばめまづりう〳〵とすづきして
もりと取あふこゝろはあらすやとしのひやかにちよつと思ひらう
いは事にそ青夏にていていち義におらばす小石川白山龍の中の中の上
松屋の妙やく
○くわいちうたゝはへ薬
五しなたたう入にて
そのうきよををといひてむしろにしたらにしたるにはせわしいやつとかけたる意をあひづに野もりは
もろ人すべて帰服させんいかにそなたはかの外とろ〳〵〳〵やりむひしをしをして春なきがらんを
をひらめかして青やぎがみけんを
しのぞんでつきたふさんとする
ところを青やぎすかさず
うけながずしゆれんのはや
わざふみこみ〳〵ひじゆつを
つくすたがひの身がまへこゝを
むるいの内
はれとぞたゝかひけるかゝりし
ほどにはげしきほさきを
あらそひかねたる野もりは
そらんじたりあひてはきらひ
すでにまけいろ見えて
はべることなしたれにてもしあ
あとしさりするのみ
ひの事を仰つけられ下
なればたつ波ひやうゑ
さらば世にありかたき
ことにこそとはゞかるけし
下知をつたへて
きもなく申ししかばとゝき
御ぜんよろこびて春やぎが
申せしまゝに又たん題ぜにつげ
給へばのぶたね聞てうちうなづき
さらば野もりと青やぎがしあひの
せうふを見るべしとて武げいかゝりのらう
だう立波八行ひやうゑ女むしや所の
ろうぢよ字野江神だのらにしか〴〵と
こゝろ得させてはや明日とさだめられ
けりこれにより七十五けんの大馬場
鯰をしあひの場所ばよとあさだ
めてひがしの馬見所秘祝をのべたねの
さんじきとし西の馬けんしよをとゝき
ひきたい
こをうだ
するにぞ
するにぞ
ちやうほう
御ひやうばん
〽此ところはげき
立まはりなれば
口いつけひやうしの
ばた〳〵のみにて
けいごの
あしかるおしへだてて
はや東西に引わけたり
そのとき人〳〵これを見るに
野もりが上衣新はましろになりていく
十ヶ所かつかれけんそのかずもかぎりしら
れず青やぎはそでの下に二ヶ所石ばひのつき
たるのみにて事すでに十二ぶんのかちなりけり
と人みなのゝしりのぶたねふうふはことさらによろ
こびおもてにあらはれたりそのときひやうゑ
あざの江らはしゆくんふうふにまうすやう
御ぜんのさんじきとしてむらさきの
げいにたけたる諸忠さむらひ女
むしやらもあひつめてところせき
までゐながれたりさるほどにげい
ごのあしがる百人ばかりせい〳〵にて
ごのあしがる百人ばかりせい〳〵
としてひかへつゝあひづのたい
こをうちならせば東の
かたより女むしや野
もり西のかたより青
やぎもはやしづ〳〵と
立いでたり手ほこの
しあひあるべしとかねて
さだめられしかば袖もり
小手すねあてに身をかため
うへにはおの〳〵くろききぬを
着て玉たすきをせだかに
いだすたいこのおととともにおの〳〵立あがりて手に〳〵やりを可有
青やぎもろともにはだには
小くざりのきごみを着て
まくをはりくれなゐのもうせんを
かけわたし東西のさんじきには武
ことばがき
なし
野もりはゆみをよくすれどもやりはもとより得ものに
あらずこのたびは馬上にてゆみやのしあひを御らん
せよとて両人ひとしく申すにぞのふたねふうふやむことを
いへ得ず春やぎをよひよせていかになんぢは今一トたび野もり
とゆみやのしあひをせんやととはれて春子ぎいち議に
およばずいかでか仰をそむくべきともかくもとこたへ申せば
のぶたねふうふよろこびてさらにいふくをきかえさせざい
上のゆみとやにめい馬二疋をひきいださせて野
もりまはやぎにかし
給ひけりそのとき
ひやうゑ申□やう
ゆみやのしあ
ひはたがひに
あやうしおの
十一
たてを相もた
せて矢をふせ
かせ候はんさはとて
やがて両人にことのこゝろを得させつゝ
小たて二まいをわたしにければおの〳〵これを
ひぢにつなぎてくだんの馬にうちのりつゝ
又うちいだすたいことともに東西より
むすびあげ九しやくのやりを引さげたるがやりのほさきを
ぬきとりてあさのきれにほばひをつたみ。まろくまりのごとくにはせよせて青き野もりにうちむかひ
おん身まづわらはを射い給へきびに
したるをひるまきのうへにつけたりこれらのことはかねてよりのぶだねの
たしづにてまことのやりをもつてせば命をおとすともあるべしたかひにしあたらずはわらは又おん身を
射ぐんいざとく〳〵といそがせば野
くろききぬをきせて。ほさきに石ばひをつゝみたる。やりをもて古あは
もりひそかによろこびてやりのし
なばづかるゝかずのおほきものはその石ばひはきぬにつきてくろきももりひそうによろこびてりのしか
しろくなりぬべししからばせうぶもおのづからふんみやうにしられんあひにまけたれども此たびゆろ
やのしあひにいたりてわらはにさきを
とてかはしたくをせられけりすでにしてもりしなきは又うちやのしあひにいたりてわらはにさきを
とてかたはしたくをせられけりすでにて時もり春きは又うち
いだすたいこのおととともにおの〳〵立あがりて手に〴〵やりを開右へゆづることこれ得かたきいはむはろす
十八亥十六二嶋三品
けいせいすいこね三組
ゑみてそはこゝろ得てはべる也さらばわらはが
いかくるやをうけとめ給へとこたへつゝ又東西に
引わかれてのりめぐらし〳〵野もりはゆみにや引
つがひてやごろをはかりてきつてはな
かくれをしてければ矢やはいたづらにゆきぬ
けてあづちのかたに
けてあづちのかたに
おちにけり野もりは
すでにだいちのやをい
そんじて心いらだちふたゝび
ゆみに矢うちつがひてのり
めぐらしおひめぐらしねらひすま
して丁といる青やぎはうしろの
かたにつるおとのしてければ身を
そらしつゝ小たてをもてすか
さず丁とうけとむるに
そのやははつしと
折れとんだり
袖もりは二たび
いそんじてのこるは
一やになりければ
といよ〳〵せきのぼ
して又のりまはし〳〵
すきをうかゞひ
ゆみにやつがふて
やごろをはかるきよ
きよじつ〳〵よつ引
ひやうとはなつやを
柳
なぎなたの手の
うち見せうかく
いこしてくれんずと思へばにつことうち
せば青やぎはやく身をしづませてくら
〽こつちにぢよさいは
し
號
まさ
まぎやの
かゝとは
ぞよ
右ゟ青やぎ
めてにうけしとめてかいつかんでそ
すてたりけるさてやくそくのことなれば此たびは又野
青やぎが射いるべしとてふたゝび馬をはしらせけり
そのとき青やぎ思ふやう今野もりを口い一やにも右の下へ
十八廿八日二専三品
の左の中ゟいころさんはやす
けれどもたえてうかみもへ
なきものそいかでかむごく
ころさるべき
下ゟ
○いかすりでを
おはせしのみにて
わがゆんぜいを
しらせんとておひ
まはし〳〵ゆみをまん
月のごとく引しぼ
つてやずゑを
かけてきつて
はなせば野
もりは右の
いられ七馬
口上へ
よりだうとおち
たりければもろ人
どつとどよめきてアヽ
いたり〳〵とほむるこゑしば
しはなりもやまざりけりいぶ
たねふうふよろ丁びて又青
やぎをよびちかつけ女むしやの
をしえかしらにとりたてんと
せらるゝ折から又一人の女むしや
たちまちにすゝみいでてとの
さまおくさままたせ給へ野も
りはわらはがをしえ子なれども
とりよせて青やぎにぞ給はりけるされば又たつ
波ひやうゑもひさうのめい馬一疋をなはしろに
ちかごろおこりをわづらひし
やみあがりのことにはべれば
青やぎがあひ
てにたらず
ねがふはわら
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
けんのしあひをさせ給へわら
〽はもかれにまけはべらはかんしんして
弟子にとならんさなくばよしや仰
でもえこそはしたがひ奉らじと
丁ゑふりたててさけびけり人〳〵
おどろきてこれを見るにこはだいゝちの女
むしやなる索城跡はとよばるゝもの也いと
たん気なるをなごなれば人あだ夕して
むかふ見ずのなはしろとよびなしたりのぶ
たねふうふは青やぎをとりたてん為
のみにかゝるしあひをもよほされしに
もろ人とにかくしたがはず今又むかふ
見ずのなはしろがおしてしあひをのそ
むこと心にあやぶみ思へどもさすがに
いなともいひかねて又春やぎにしか〳〵と
いひふくめこゝろ得きしてめい
人馬一疋をひきいださせて
あれにの札とてかし給へばととき御
ぜんもわざ物のなぎなた一トふりを
かしあたへてしゆくんふうふに申ㇲやう
なは城分青やきが立あひにつぎへ
けいせいすいこそ三紙
しうけんをもてせられん事いづれひとりは手を
おふかさらすは命をおとすべしこの義をとめ
させ給へかしといふをのぶたね聞あへずよしや命を
おとすともかれらがのぞみにまかせざらんも
武士にはにげなきわざなるべし
とく〳〵といそがじ給へばひやうゑば
ぜひなく下知をつた
へてしらせのたい
こをうたせけり
さるほどになは城は
はらまきに小手
すねあてしてこしに
一トふりのたちをよこ
たんたつ波くりげと
よばれたるしゆん
馬にゆらりとうち
のりて手にはいと
とゝき御せんの給はりしなぎなたをわき
ばさみて西のかたより馬をよするに
なほもはやむるたいことゝもに双
方むらひとしくこゑをかけてうつを
ひらりとうけながす一往一来
いちわうおとらずまさずゆき
めぐり〳〵なはしろ獅子緒の
しろとの気をみじかくは○
大きなるまさかりを引さげて東のかた
よりのりいだせば青やぎもおなしいで
たちにてときうまにうちまたがり
いかりをなせば青虫龍
蛇四郎のいきほひありふり
〽これからはなは
〽これからはなは
ふたり
へだてなく
つとめたが
よいごや
ぞや
〽ふちやうほうなる
わたくし
まで
〽この身に
あまる
御かうおん
みやうがに
かなふて
ばかりか
ありがたう
ぞんじ
あげ
みやうが
しごくにぞんじ
あげます
●左の上ゟ
ます
はべりし男
女院のともがらぼうぜんとして
えへるがごとく且あきれ且かんじて手に
あせにぎるばかり也そのときひやうゑあざの江はしゆ
くんふうふのほとりにまゐりてなはしろ青やぎが武げい
ひるいなくおとりまさりは候はずけふよりしてかの
ものどもを女むしやのをしえかしらに仰つけられ
しかるべしとことばひとしく申ㇲにぞのぶたねもとゝぎ
ひらめかすなぎなたは
くもまをもるゝ月の
ごとく
うち
まさかりは岩根棚を
はしるいなつまににて人は
人と相たゝかひ馬は馬と
いどみあらそふ
ひづめのおと
もやいばの
ひゞきも
ひやう
しをそろへて
めざまくすでに
してたゝかふこと
六十にたちに
およべともせう
ぶもはてす
見えしかばのぶ
たねふうふ
いへばさら也
せきにの右の下へ
〽をとこも
およばぬそち
たちが武げい
けふみとゞ
をゝえかしら
申つくる
言
ナヽナリヤ
御ぜんもそのよろがび大かたならずやがてなはしろ
青女ぎを東西へ引わけさせてほどりちかくよび
よせつゝ両人ともにをんなむしやつぼねのをしえ
かしらをつとむべしといひわたさせ給ふになん
ふたりのをなごはよろこびのことうけばまうしつゝ
おの〳〵しりぞきいでにけるさればその夜なはしろが
おいへしりろころ
はうばいらはみな〳〵かれが部屋につどひてよろ
こびばのべさけもりあそびていとにぎはしく
見えしかど春やぎはなじみもなければおのが
部屋にたちかへりて
ひとりさみしくその
〽かやうな
夜をあがらぬ
女中を
しかれども是
よりして人のがし
めし
おかるゝ
も
らとつぎへ
かねて
武
しはい
よくいひ
あはせて
つとめい〳〵
けけせいまいこと
よろづいつとめにいとまなくて
そのとしはくれにけりかくて
そのつきのとしはるは
すぎ夏は来て五月
はじめのころかとよ
はじめのころかとよ
なにはづをあづかり
官遠社みつが女むしやに
官走ぬあつが女むしやに
ひとたびのいなつましの
すゝきあから井とてとに武
げいにすぐれたるこのふたりの
下知をうけて五六人のくみ子を印へ
まに女むしやもおろ〳〵なるまゝに
まもるあま蝉のはん
うやまはれわれにうとからずたちふる
をなごらはある夜とほみつの
家傳神女湯神社うち一包代百銅
精製奇応九編代弐朱小包代五分
やくしゆをえらみせいはう家伝のかげんをもつてす
このゆゑにそのこう百ばいあたかも神のごとし
熊胆黒九子一包代五ト
くまのいをもつてぐわんじくまの行をころもとすき
くのりをまぶずよのつねなばいやくとおなじからず
婦人つぎむし妙薬一包代六十四銅半包三十二銅
つぎむしはさら也さんごをり物くだりかぬるに妙也
製薬戸神田明神下同朋町東横町滝沢氏製
一包代百銅
小包代五ト
みや
〽まづなか
入りて
めてたし
取次所
弘所元幣町中坂下南側方にそ居向たき沢氏
大坂心斎橋筋唐物丁南へかはちや太介
江戸芝神明前西しま町いつみや市立
馬琴作
本
〽これかうだん〳〵
これからだん〳〵
かなほおもうちめぐりぬこれらのよしは
しろくなるのさ
つまびらかに五の
しかしゑんばしやくの
だんの宋江かうや此つぎの
春やぎがくるまのさいりやうの
だんなどを女にかきかゆるは
さくしやの手とりものだらういふ
まきに
しるす
しるす
べし
〽これからあれはるのかたをまはらふぞよ
くはしいわけは五のまきで
しるゝと
さく
いはれた
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あれわしといつしよ
みなのしゆサア〳〵
いそいだ〳〵
国安画
一二ノ巻筆畔千形仲道
三四ノ巻筆畔谷金川
悩
屋
喜
毎年十月下旬頃より売初め申候
御免江戸暦開板所
載陽帖全一冊
一御注文被仰付可被下候
四季和文章
南山禅師書
石摺
撰
艮
綱日本名所之絵唐紙摺一枚葱斎鍬形紹真筆
識日本名所之繪
此辺へ大下信州の国々の島之御城地神社仏閣名所吉跡山川の勝地辺辺辺五十九日がごとく地理
方角がたちを止して広火の日本四海の中をと〴〵く往て見るがどき諸品の珍書なり
女古状揃国生竹款林両品粟高井蘭山編撰
同嫡女古状揃園生竹秋村両出来高川島山
婦女古状指摘仕
此書は女今川状をはじめ已下の状すえて九名おの〳〵名たるいにしへの男女の土ぢかれたる旅人をしらび
集めて猶これに訂正儀加へ児女の教訓たしなみとなりて女子のうへに無藤多きこ書也
三国一夜談全五冊画入読本曲亭馬琴作
此君或は一に関帝義と号して昇明図羽等此義によりて
劉卜子豊創焼失者
吉凶ふしきの意ありことに関帝の神恵ありて我朝鮮ありて我朝雅古の
御代に持来してゆまねく世に弘り万事吉凶をもとむるにおのれが
即考百籖全一冊
載箱添
任する神仏に祀参し。慎てその霊験をうかぶに神明のことし
隨筆
一扁共ニ
蓑笠公羽
第三編三冊逝
五ツ六冊
十玄同放言初編二編
右第三編三冊は器用の部より動物の都の半に至る此宿すべて古公酒物異鳥合戦の図
篤みなこと〴〵く公真にして誠に作者の者を見はせり難信となく見るに帰るに誰かはず誰に伴となし
初編一編にいやましてもつとも興あるべきものになん。よりて夫で刻のよしを招けす
古画入二冊出来懐草柳亭種彦随筆
還塊紙料
むかしの舞妓役者遊女の小伝肖像すべて百年前名尊よりし
放下師飴魚の類俳諧の句解常言の釈等ふかき仮名冊子を引用して者を
附したれば雅客の見るべき書にはあらねど一時の眠は覚しつべし
書
教童
重遊言画手本一名鳥羽絵早まなび果
遊言画手本
戯筆
廣益
懐中早割大全
塵劫記
ありふれし算書とちがひ便利をむねとしてあやまりを
正しわらべの初学にはやくその道に入やすく
すみやかなすみやかなる笠やかなる笠原なり
冊上遊すみやかなる甚ちかみちなる算書なり
新形染彩目は
直迄十三千八千前編出来此書はいまだ人の心付ざるもやうを所々書集め
前北醫為一筆後編嗣刻先生殊に心をこらせし奇品なり
前編にもれたるをゑらび集め
後編
芝居□
通の道はたら也をどり狂言等
笛似顔早稽古後雑全一冊五渡亭国貞画ニ
町役者ゟ
にも見今になるべき跡書なり
藏
八文舎自笑評
三箇之津斐又も
藝品定
當亥正月二日ゟ
うり出し申候
ひやうばんき全
役者評判記仁
惣役者芸評の書元禄以前より当時迄年々開板いたし
奉入御仏所相かはらず戌年中三ヶの津軽吉評判明細に
相撰び文談位附等と〴〵く相改め御見物無之御方にも
次第つぶさにわかり候やう書あらへし奉入御覧候間御ひい
き厚く売出しより御求め御高覧可被成下座
懐寳
覧
諸大人の狂歌入いと美しき貌絵なり尤
花の都路全
御好みによりて折本に製す御土産によき品也
一九作
曲亭馬琴作
道外武者太平楽
滸傳三編八冊
二冊
英笑英
春亥政文
傾城水滸伝三編八冊
哥川国安画
有喜世諺草
同丁作
二冊
同一ヲ画
十返舎一九作
同
同同同同同
亥
弓削道鏡
継子立波の濡衣
同
三冊
春
同画
哥川国安画
本
地
林
書
板
新
鎌倉山黄金の千代鶴六冊
市川三升作
六冊
哥川国安画
世にむるいの御かほのくすり
下南伝馬三いなりし道坂本氏
美艶仙女香四十八銅は
南仙笑楚満人作
同作
三冊
金ヶ敵夢之世話
同
江戸名物
団扇地紙問屋
錦絵摺
通油町
同同同同同門門
戯場
六冊
氏碑譚
小録
長
哥川国安画
五柳亭徳升作
義経譽の軍扇
五冊
国安画
同作
問
屋
窪
仙
堂
四
嗚呼忠二
竹田出雲作
臣夜光珠五冊
五冊
四天王其源五十五日
同
哥川国安画
柳亭種彦作
菅原實傳記一
同
五冊
五冊
同画
西洋画作画作
二
長五歳いころはび
忠臣藏
伊呂波引寺
外傳、
五度
五冊
伊達模様廓寛濶
同
文政丁亥嗣梓發敗
狩山
第
国安画
鶴喜版
咄すいこ伝
三編
傾城
水滸
傳第
三編
之三
曲亭主人著
歌川國安画
豹子頭林冲に擬する虎尾の桜戸が伝末
白衣秀士王倫摸著天杜遷雲裡金剛宋萬等に
撮擬する。賽博士巨綸。天津雁真弓。女二王杣木が伝
干地忽律朱貴に擬する荒磯神の朱西が傳
青面獣楊志に擬する青嵐の青柳が傳
急先鋒索超に擬する向不見の索城が傳
挿翅虎雷横に擬する直蓋の稲妻が傳
赤髪鬼劉唐に擬する赤頭の味鳬が傳
托天王晁蓋に擬する多力の粉蝶が傳
三阮兄弟に擬する。大威麻二網。無違水五井。鬼子母神七曲が傳
白日鼠白勝に擬する晝鼠の白粉が傳
入雲龍公孫勝に擬する指の巫簪が傳
智美星具用に擬する智黨海景竹が傳
てはしめに
三世姫
昼鼠の
白粉
五
諺の気ちがひ水よ
氷る夜にあつし〳〵
とよべる燗酒
第一局出像補遺
馬琴作團
けへせいすいこ嶋三幅
いたいさいたいといたいたいたいたいたいさいとい
のぶたねやがて
けるさてもかま
あだちかげもりを
もてうつての
大将としていづの
しゆぜんちへつか
はしつゝよくしつの
うちにてより
いへばをうち
奉れりしか
海にこのころ
めしとつてきび
しくきんごくしたり
くらの将ぐんより
をしえかしらとなりしか
じかのところにありと
うつたへ申候ものありしかば
つぎのとしのなつのはじめに
よりいへ卿のおこしだねしか
此へんせのまきのをはりにときいだしたるひた
とびのいなづまが事はしばらくおくされば又
だざい府には音あらしの青ふぎが女むしやの
いへ卿はいぬるけんにん三ねんの秋七月おんへ
母あまみだいまさご御ぜんとしつけん
北條預りよし国のはからひによりて
さへより家のちやくなんいちまんきみは
いづのしゆぜんちへおしこめられ給ひあまつ
ひきのはん官よしかずとゝもによし時が将にうたれ給ひぬ〳〵
かゝてそのつぎのことし元久元年の秋にいたりてよし時ひそかに
信州無国によなりこともあめがしたの
うれひとなるべき大せつなる
とらはれ人
時〽みなきをつけたがよいぞや
女〽モウシ〳〵さんぜきまよいものを
五左の上□えうせう
なるそく女ぶといふ
ともゆるかせに
すべぎにあらず
よくそからめ
とりたりとて
そのもの
にはほう
ひをとら
せさんせ
をは
まの
なか
うちにいと
きびしく
とぢこめ
おきて留
三人の女
ばうをつけ
おきとく
かまくらへ
おくりつかは
してしつ
けんのおん
はからひに
はからひに
まかせばや
とめへども
ひとしがつ
免家の
平家の
ぎんたう
木曽の
よるいある
ひはよし
つねやす
ひらが
より家卿の
妾腹てかけに
当才さいの
そゝぢよありて
さんせ姫介と
よばれ給ふをめの
とふうふがかひ
がひしくふところに
かきいだきて西
こゝにおちくだり
名をかえすが
たをやつしつゝひそ
かにはぐゝみまゐ
らすることはや
らすることはや
七とせにおよび
けりける
けりかゝりし程に
なさけをしら
ぬさと人が
いかにしてかかぎ
つけれんめのと
ふうふをうち
ころして女にはに
ひめをうばひ
とりだぎい府に
具してまゐりて
ことしか〴〵とうつ
たへしかばのぶたね
大きによろこ
とりだきい府に
女〽おとしもわづか六つ
七つあどけないのが
いたましい
ひて一四右のなかへ
□□□□□□□□
けは廿六歩三嶋三編
もの又は
ひきの
はん友
かぢはら
などが
うばひこられば世のものわらひに次へし
いちぞくの
うちもらさ
れたるもの
どゆの山にと
り海にうかみて
おほきは千人二千
人ことなきも五百
同断二月一日
騎六百騎軍兵を
あつめとりでをかまへ
兵らうをおしうばやくと
ろぢのさまたげをいた
すよししば〳〵その聞え
ありこぞのあきだざい付
よりみつぎの金五千両を
たかまくらへまゐらせにたちや
まちみちにてうばひとかれ
今にそのとうぞくのゆくへ
しれずかゝれば此たびさんぜ姫をし
よまくらへつかはさんにふなぢにも
せよくがにもせよくせものどもに
世仁
いいものすいこ竹三郎
ませんの軍兵をもてかくら〽
せんは京都多くらの沙
沐さうしろめたしいかゞ
すべきと思ひかねて
いたづらに日を
すぐすほどに
かまくらなる
しつけん
なりぬべしさればとて数千騎
いな
きては
〽さてはくせもの
いがすまい
四左の未ばしあやまつべしきてたれをがなつかはすぎと心のうちにえらめども
なほその人を得ざりけり〽ものかたりふたつにわりるこゝに又なにはつの
そはくせものはんしゆごたりしあまはん友とほかげはさきに
あらんほろびうせたるものどものぶんたうのかくれける
さんぼう
アゝいゝおとだ
いてへ〳〵
らのたれかれに
ゆくみに大ぜい
したがはせ
かたは
とゝき
なるが
五月一
御ぜん
日下ゟ御所によにて女
物しやをおかれしかはくに
くになるしゆご地とうも
これにならふて勇婦を
かゝへ女むしやととなべつめし
つかひ到来とう
しておんせうそことぞ
まゐらせしをとゝき御ぜん見給ふに
父ぎみは此ほどよりいさゝかあつさに
あたらせ給ふてこゝちれいならずをはし
ますにとかにねつ気のさめ給はずある
はかせのまうせしはつゝしださい府になる天満
宮ぐうにおさめおか事あまにのほうけんを
まくらにかけておかせ給はゞ御ざうへいゆうた
がひなしとたしかにかんがへ申したりしかれども
かのほうけんは世にかくれなきれいほう
ら井といふふたりの女むしやはをとこ
おかぬものなき世なればなにはの
しゆこにも女むしやありそがなかに
ひたとびのいなつましのすゝきのあり
からめ得ざりけりしかるに
此ころみやこには院心の日なかへ
まざりの智に万新のもの也そのときを仕かげ思ふやう
かのいなつまあから井らはちかき世のともゑ
んがくにもをさ〳〵おとらぬものどもなれば
こよひはかれらにいひつけてあちこちへ
よこはかれちにいひつけてあちこちへ
つかはすべしをんななればくせもの
ちもあるひばあな
一とりゆだんしてからめ
なるをかまくらより下知をつたへてとり
よすべくもあらずかし小式とのゝ
心もてしばしがあひだかりうけて
とく〳〵おこし給へかしなちざりにな
すぐされそとくりかへしつゝかゝれし
かばとゝき御ぜんおどろきてしか〴〵
とつけら給ふをのぶたね聞てまゆをもひと
ひそめ只今われらがいきほ
ひをもてかのほうけんを
かりんといはゞ神主助左衛門
とかるゝ
ことあるべし
しむとて思ふ
よしをかいをゑご
らにときしめし
なくふれころ将
●右ゟしはふりもいかでがいなまんまいてしつ
けんの為なるをやそこにさはりはなけれども
もし道やにてくせものにうばひとらるゝと
もし道中にてくせものにうばひとらるゝこと
あらばこれもゆゝしきだい事なるべしされば
かのほうけんともろともにさんせひめをかふ
くらへおくりつかはす四十領家かには智勇比を
兼備町のものならではかならずことをや原方へし
十一芝をい上島三編
くみこ
いろけが
あんめへ
けいものすいこ住三軒
の軍兵八兵部兵衛
ぜんは京都多くらの沙
沐さうしろめたしいかゞ
すべきと思ひかねて
いたづらに日を
いたづらに日を
すぐすほどに
かまくらなる
なりぬべしさればとて数千騎
しつけん
な
〽さてはくせもの
あがすまい
左の未ばあやまつべしさてたれをがなつかはすべきと心のうちにえらめども
なほその人を得ざりけり〽ものかたりふたつにわかるこゝに又なにはつの
はくせものしゆごたりしあま降のはん官とほかげはさきに
〽なめらんほろびうせたるものだんたうのかゝれをる
さんぼう
こともやとてとりでかし
アゝいゝおとだ
らのたれかれに
いてへ〳〵
夕くみ子大ぜい
したがはせ
かたは
日下ゟ御所ごよにて女
おしやをおかれしかはくに
くになるしゆご地とうも
これにならふて勇婦を
かゝへ女むしやととなべつゝめし
つかひ到来とう
しておんせうそことを
まゐらせしをとゝき御ぜん見給ふに
父ぎみは此ほどよりいさゝかあつざに
あたらせ給ふでこゝちれいならずをはし
ますにとかくにねつ気のさめ給はずある
はかせのまうせしはつゝしださい府になる天満
宮ぐうにおさめおか事あま国のほうけんを
まくらにかけておかせ給はゞ御ぎうへいゆうた
がひなしとたしかにかんがへ申みたりしかれども
かのほうけんは世にかくれなきればほう
おかぬもなき世なればなにはの
しゆこにも女むしやありそがなかに
ひたとびのいなつましのすゝきのあり
からめ得ざりけりしかるに
此ころみやこには院いの日なかん
ら井といふふたりの女むしやはをとて
まざりの智勇新のもの也そのときを仕かげ思ふやう
かのいなつまあから井らはちかき世のともゑ
はんがくにもをさくおとらぬものどもなれば
ごとよひはかれらにいひつけてあちこちへ
〽かはすべしをんななればくせもの
〽らもあるひはあな
一とりゆだんしてからめ
なるをかまくらより下知をつたへてとり
よすべくもあらずかし小式とのゝ
心もてしばしがあひだかりうけて
とく〳〵おこし給へかしなほざりにな
すぐされそとくりかへしつゝかゝれし
かばとしき御ぜんおどろきてしる〳〵
とつけら給ふをのぶたね聞てまゆを用が
ひそめ只今われらがいきほ
ひをもてかのほうけんを
かりんといはゞ神主助左衛門
とかるよ
ことあるべし
分とて照ふ
よしをかいぞなご
らにときしめし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●右ゟしはふりもいかでがいなまんまいてしつて
けんの為なるをやそこにさはりはなけれども
もし道中にてくせものにうばひとらるゝこと
あらばこれもゆゝしきだい事なるべしされば
かのほうけんともろともにさんせひめをかま
くらへおくりつかはす女平領野には智勇の
兼備財のものならではかならずことを右の方へし
一艾をは三島七編
くみこ
いかづけが
あんめへ
けいせいすいこ住三統
わかれてあるか井は西なりの村々を
うちめぐりいなつまはひがじなりの
むら〳〵をめぐるほどにあれはつの
ほとりなるくちかたぶきしくわんい
おん堂の内にいびきの
ゑのしてければいなつま
心にいぶかりつゝしのびたい
まつをふりてらし立よりて
これを見るにとしなほわかき
げすをんなの大しまなるひとへきぬの
かたそでをおしはだぬぎくろきはだへを
あらばしたるがいたく酒にえふたりとおぼ
つら〳〵見てこはくせものでかかめとおとし
下知にしだがふくみ子ばらうけ
給はるといらへつゝおさへてなはをかけん
とするにくだんのをんなはおどろき
さめてこゝろ得たりとはねかへし
先にすゝみし一人をかいつかみ
つぶてにとりておもてのかたへ
なげいけたりされども多
せいなりければいやがうへに
せいなりけれはいやがうへに
ほりかさなりてかひなをとらへ
村々へぞつかはしけるさるほどに両人東西へ引
くて前後少もしらずふしてをりいなつまこれを
あしをおさへてやうやくなはすかけしかばいなつまふかく
よろアびてしばらくきうそゝすべけれとて天王もむらに
そも〳〵こくふ天王寺のむら〳〵の庄やくは此とき女
まゐつてかへつて
もちにしてその名を小てめとよびなしたりかれは代〳〵まゐつでえ
おもむきてむらをさ小てふがしゆくしよにいたりましいな
〽よなかに
左のなかゟやさてん王の
小てふとも又たちからの
しな
その夜
心忍みつの
ころほ
ひになに
ぎおんと
ありがでつ
はのしゆごの
をんなむしや
ひたとびの
すゝめくみ子らにはつぎの間にて
たま〳〵のこと
いなつまが夜まはりのかへるさ也
めとてくみ子に門じをたゝかぜし
こじかばいそがいくむかへ入れて客
ゆしきにきうそくさせにはかに
酒さかなをあんばいしていなつまに
おな〴〵さかつきをすゝ
めしかはくみ子らは
からめ来つるあや
しき女を牛小屋
やのうつばりにつり
あげて戸を引たてて
みなもろ共に
きのどゝかならず
東なりこふりの庄やくにて
すぢめたゞしきものなるが
ちそうは御三角
じやぞへ
そのおやの時にいたりて
いへをつぐべきをのこそなく
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
只この小てふひとりをもてり
しかるにふたおや世をさりしころむこをよびむかへ給へとてなかだち
するものおほかりしかど小てふはこれをうけひかずかくてはその
いへのたつべくもあらざりしを小てやはをとこにたちまさ
りてちからつよく武げいをこのみ旦さんひつのわぎを
さへよくせずといふことなければむら人ら国司と仰にね
がふて小てふをおやのときのごとく庄官になし下されよ
とへ郡もちこぞりてこい申せにをんなの時めく世なり
ければつひにその誠にまかされたりしかるにいまるとし
西なりこふりなる中津川のほとりにえうくわいいでて人を
なやますことはなはだしかりけるにある
〽ハテたくましいそなご
山ぶしさと人にをしえていと
じやの
大きなる石の塔釜を
〽たせう
つくらせこれを中
つの
なれば何ぞいたして
あげましたければ
よふけのことにて
あまりにそまへ
こよひは
だいぶん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ぎしづ〳〵とかへり
来てねこま川のほとりに
たてしかば人みな小せふがか男力妙あり
おぢおそれずといふものなくこれより
こなれをあだがせして三右の下へ
川ばたにたて
つぎの間にて
酒をのみけり
そのとき小
てふはいな
こんものゝ
とゞのつまり
はべりしめに
よばそれ
よりしてえう
くわいは
東なり
こもにうつけ来て
このさと人をなやます
と聞えしかはにてぶはいたく
中津川へおもむきつゝくだんの塔うも
うちはらたててある夜只ひとりし
さればとよ
させるものにはあらざめ
れどあれはかのくづれ
堂にてあやきもをもちて
めとつたりそのゆゑはかやう
け一菜をいす物と一
けけせいすけと信三紺
からめられしはいかなるものにてあらんずらんわれそのところへおも
むきてひてかに見ばやと思ふになん手代のおとなを聞しきにいだ
していなつまらをもてなさをその身はしばらくしもぞきに
しそくをてらして口いひとり牛小屋にぞおもむきける
さても小てふが心のうちに今しか〴〵といくみしよ
思ふよしはその身をとこたましひ
ときしめしこのことはやをきらかげずはのちに国司によりしたづねのあらんときごとき
かわさへにふつがうなふ也と思へばこゝの得きせる。且きうたもせまほしきに夜えるかとまことばいまだかず
身にかどうちたみきておどろるしはべりしにかくねんごろきかりてなしはくるしくさんの女は京をかけをなせうゑ
はやるといふにてふはこれをうち聞てあからぬこゝろさしのよろよろすびそのごつゝとをすたい父どこいなんととは
はらのうちに思ふやうわあづけるむらさとにはくせりのたみやなかりにいとのになしを
れてふたゞびこゑを
はべるかととふことばいまだをはかず
おどろきながら火
かげに立よりり
つら見ておのれば
しかまの小ぬま
しやないるこ
じやないかととは
あればとしごろよはぎをたす
ふりたていかにも小ぬ
けつよきをくぢき
まではべる也としごろ
ほど一て
おのれが
しきゐのたかければ
こしを
身もちの
おとつれもせざりしかど
このみて
わるいゆゑ
をばに
一奉公してもはか〴〵し
たからを
をしまず
まで
はる〴〵
からず又も
をばごば
もしいち
あつ
たのまんと
げいある
はぢ
かせに
そなごの
ふしあは
せに身を
来たか思へばはらがたる
おきかねて
はいやイ
たのみ来つるものあればいつ
までもやしなひおきて又立さらんと
いふときはろゝようをあたへもとでをとらし
せていさゝかもおんとせずこゝをもて
その名あまね〳〵世に聞えて彼を
〽身もこのしれ
たるうへがらはかの
そうたがひもこのなはも
〽とけてはとがもない
ものをは二ノしからず
ともよい
はいの
思ふて
はるぐ
来たれ
どもやしよく
がはりのこしかけ酒のみすぐせしより
えにたるにこのまゆかばしかられ也しばらく
えひをさましてそとみちのほとりのつぢ
だうにいこひてしばしまどろみしにこの人
人の見とがめてわけ
もたゞさずなさけ
とせずといふことなしされば小てやが
くだんのをんなをひそかに見まし
くほりするは心にかればあは
れむゆゑ也さる程に小てふは
やをら牛小屋の口を引
やをら牛小屋の戸を引
〽しばられ
〽しばられ
あげともし火をさしよせて
つら〳〵くだんの女を見てそちはいか
しかられ
なるあく事をなしてかくはからめとられしそと
又その
とへば女もつら〳〵見てわらはいかでかあく事を
なすべきつくしのはてよりはる〴〵と此わたりにとふへ
ありしかるによひに酒をすゞしていとたへかたく
かん
はべりしまゝにとあるつち豈にやすらひて心ともなくえひふし
たるをとりての人〳〵あやしみてわけも得とはずからめし也さりとて
やらんとふたゝびとはれてさればとよ天王寺村にかくれもなきやさ天
王の小てふとの也かの人にみつ義をつげて世にふたつとなきたがかものを
おくらんと思へは也といふに小てにはほゝゑみていはるゝにてふはわらは也
たからと聞てめづるにあらねどわらはをたづねて来つる
人をいでかよそにすくはでおくべき今にもあれ
いなつまとのゝいでてゆくときぞなたわらはを也
をばとよべわらはは又そなたをよびて
めひの小ぬまといふべき也そのよの事はかやう〳〵
としのびやかにしめしあはせて又いそがはしく
由しきにいたりていなつまをもてなしけりかくて
さかつきのかずもめぐるまゝにはやあけがたに
なりしかばいなつまはわかれをつげて立いでんとする程にて
くみ子らは牛小屋につりあげおきしくだんの女を引おろ
わが身にをかせるつみなしのちにいひとくよしもあれば此はづかしめをしのふ
のみといふに小てふはうなつきてしからばそなたのたづぬる人の名は何といふ
のみといふにしてふはうなつきてしからそその
おしすえてみななみゐたるかどべに見おくる小てふはくだんの女を見てよんでよん夫の一たの
くみこ
〽たまつてゐやれ
一十八ヶ十二軒上嶋三筋
なくやにはにからめとう
れたりすくひ給へと
かきくどけは小てふは
わざとにらま
へてのうなし
あまめが又
しても奉
おも得
せずに
なには
さんがい
さま
よふことか
御さまでに
まか
たくは
□□□□□□□□
来てのみはじつなこ
だてらにいけに
おとりへたればとて
つぢだうわたゝ
ねをするとやう
アあるどうしく
くりやうといき
まきてあたりに
一ありし竹つゑを
おつとりあげて
うたんとするをつぎて
いなつまきうにおしとゞめ庄官いたくないかり給ひをわらはもじつはこのをなごのをかせる
つみのありなしをしらず又庄官のめひならんとはゆめにもしらぬことなれば只いでたちの
ことやうなるとひとりつぢだうにゑひふたるをこゝろ侍かたく思ひしかばかくはからめ
とらせしのみといふに小てぶはおもてをやわらげ世にはづかしきごとながらこやつははり
まのしかまなるあゆの子ではべるなるとし十一二なりしころ一したびこへよびよせしに
をなごににげなきわがまゝの心しぶときものなればおひかへせしよりすでにはや
十とせあまりの月日をへたればわらはは見わすれたりけれどもひだりの
かたのはなのわきにあかく大きなるほくろありそれのみわすれずれざければ
はやく小ぬまとしれる也かれふたおやは身まかりて今によすがを
さだめ得ずこゝらあたりへさまよひ来てをばのかほに
とろをぬるはらたゝしさよといきまきてふたゝびうたんと
すゝみよるをいなつまあはひにおしへだてくいはるゝおもむき
ことわりなれどもわかき時のこゝろ得
たがへはたがうへにもなきにはあらず
おん身のめひごをいかにしてこの
まゝにひきもてゆかんや
いざ〳〵うけとり
四方
いなつまきうにおしくめ庄官いたくないかり給ひてわらはもじつはこのはこのをかせる
ませ
給へとてくみ
子に下知して
くだんの女の
いましめのなはを
ときゆるし小てふにわた
してわかれをつげそがまゝ
かへりさらんとするを小てふは
こやつが為によろこびをのべずにかへしまゐら
せんやしばしこなたへ入らせ給へとわりなくとゞめて
野しきへどもなひかみにつゝみしかね十ひきをも右の下へ
しばしとおしとゞめかずならねども
わらはがおもせにめでてゆるさせ給ひぬる
〽おこゝろさしは
かたゞけないが
それにはげつして
およばぬ
ぞへ
ねとしきりにすゝめてやまざりければいなつま
つひにいなみかねてやうやくにうけおきはしかは小てふは
又くみ子らにも銀一トづゝみつゝおくりけりとかくする
ほどに夜はしら〳〵とあけしがはいなつまはいそがはしく
くみ子を引つれいとまこひして屋しきへとてぞかへりける
⑧左の上ゟ「をしきにのせて
おくりしをいなつましば
しばおしかへせど小てふは
なほもことばをつく
してかばかりのものを
うけ給はずはわらはが
心やすからずまげてうけひき給ひ
六
させさきにははゞかりのせきありしかばいまだおん身の名をたにとはずおんことに
つくしの人かいりなる事のあるによりわがいたへとて来給ひしそと
とへばをなこは左ゆうを見かへりわがうへつぶさにつゞべきにあた
りの人をとほざけ給へといふを小てふは聞あへずこゝにはべる
ものどもはすべてわらはが腹心慢なればいさゝかもくるし
からずとくうちいだしてしめし給へといふにをなごはひざを
すゝめて何をかつゝみはべるべきわらははつくしの田しろの
ものにて名をあぢかもといふもの也わらはがかみのありければ
人あだ名してあかかしらのあぢかもとよびなしたり父はかまくら
二代のせうぐんよりいへ口のきんじゆのさむらひ一由部心の五郎
たかよし也今より十とせさきのあきしつけん北でふよし時がはからひ
にてよりいへつはしゆぜん寺にであへなくうたれ給ひしときわが
父はうちしにして母はらん軍のうちにうたれたりそのときわら
はは十二才よりいへ卿のそくぢもなるさんせ
ひめに色奉りてつゝしの田代におちとゞ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
きはめたうへ口
まりよそながらひめうへにかいや
つかへしはべりしにさとへらがあく
しんにて大ぜいにはかにおしよせ
まつひめうべのめのとなる小坂の
九郎ふうふのものをたちまちに
うちころしてひめばうばひ奉り
わだしてけりその折わらは青ゐあはせずことの
ちくてんしてあちこちに身をかくしいかにもしてひめうへをとり給へさんじ
と思へども身ひとつにてはかなふへからずこの天王もむらにも右の事よし
やがてつくしいたん類心なる小式のべたねに
へんをきくとひとしく。ちうをとんでかへるといへどもことはてく
のちのことなればいかにともせんすべなさにそがまゝ田しろを
いなづますくみ子をつれてすでにかへりたりにければ小さにはそのまゝかのはなごを
おくのせしきへともなにて酒食の事をすゝめてあたらしき衣せうをとらせて着かへ
同断
いろつまもよくみ子をつれてすにかへりたりにければ少してはそいまたいこなきをかゆひなでそらにあられもないもない
身をもちくづせし
きやうがいもうき
世をしのぶはかり
さつそくの
御せうちで
かも〽をなごだてらにあられもない
いたのみ
がひある
いちごの
よろこび
おす
したがひ
まして
しばら
しばらく
きう
そく
いたしま
せうかへ
おつてのこと小野
しきにまくらも
あるちに
あるちといふ
ねころんだが
よいはい
左の上ゟ
かくれなき
やき天王小
てふのとぢは
□□□□□□□□
けい
りきりやう
をんなに
にげなく
よはきを
たすけつよ
きをくぢき義の
為には身をもわす
れてたからををしみ
給はずとかねてより
聞しかば思ふとゞろを
ひそかにつげていかで
だすけをからんとてつきへ
けはせはすはこれは二篇に
廿六
婦人讀書指衛
二七講書女孝経
人讀書指南
呉竹橋居
四月三三三
□□□□□□□□
くれ〽けたゝましいけんくわかしらぬ
なり給ふはいといたましきことになんかゝればその義にいち
や味のことはもとよりねがふとわつなれどもつくしはみちのいと
とほくてうばひとるべきたよりを得ずといふにあぢかも
ほうゑみやその五代は気づかひし給ふべからずわらはほの
かにつたへ聞しは小武のだね人をもてさんせひめをし
かまくらへおくりつかはす
〽小石川白山札の辻むかふに
かくれなき松屋清八が
うもひにめまする
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一よしがのびやう
気へいゆの為あま
くわい中たゝはへ薬
五しなそろへてたたう入
国のほうけんをさい
府上のやしろよりかり
あゞきはる〴〵たづねく
来たりしにさきにつぢ
だうにえひふしていなつゆ
とやらんにいけとられ思はず
こゝへひきもて来られてふし
議におん身にすくはれしも
これ又きえんといふべきのみ
いかにうけひき給はんやと
いふに小てふはうなつきて
わらはとてもおやのとき
よりかまくらの将元家の
御おんによりてかたのごとく
四五か村のをさをすな
ればよりいへ卿の御落
も金七郎かのよし時が
かんあくをいかでかにくし
と思はざらんや
まいてより
まいてより
〽いん卿のひめ
うへさへとら
はれへと
十六
〽むかふに
□□□□□□□
四左ゟけにく
さよどほくはゆかしおつかけて
かねどりかへして小てふとのにわたすが当時の
おんがへしさうじや〳〵とはらのうちにしあんをね
しつゝあたりそ見るにかべにかけたる一トなりのしこみ
こゝんむるいの
御ちやうほう
無病の
人ももつて
ゑきあり
ばん
御ひやう
小原のめいぢよめはたゝしい
けるなくでおつかけ来るは
ゆだんすまいそや
亦にくむべしさぎに得かたきたから
物をおん身におくりまゐらせんとて
〽あれはたしかに
そきけるそのときあぢかも思ふやう
われ思はずも小てへのとぢのなさけに
いなつまめは見とめたる
かねをとりしたりがほせし右へ
ともてかまくらへおくるといへりよし時つゑのありしかばこれくつきやうとわきばきみもすそ
なんらの徳をありて天まん宮の神かゝげてにはくちよりあとやをしたにておやてゆくかく
宝塀たるかのみつつさをかろ〳〵しくともしらぬいなづまはすでに小てがしゆくしよを
もかまくらへよびくだすやこの事も
もかまへらへよびくだすやこの事もいでていさゝかみちに立よるかたありそれより
亦にくむべしさきに行りたきたきたからさらにみちにみちに双田のほとりまて来
物をおんきにおくりまゐらせんとてけるときあとよりわれをおふものありたれなる
はる〳〵だづねて来つるといひ
らんと見かへもつゝしばらくそこにたゞすむ
しはさんせひめとあまくにの
ほどにあぢかもはやくおづかけ来てまなこを
ほどにあちかもはゆくしんかけ来てまくこを
いからし声たかやかにどんよくものいなつま
ほつけんをいへる也わらはももと
より武げいをたしめり時日川也
まてざぎにはなんぢどがもなきわなみを
ぬさぐり途中からにおいてまち
いたくいましめてわがをばになぞをかけあま
ぶせしてうばひとるべしこの義は
たのかねをむさぼりとりてぬく〳〵としてかへるゝ
いかにこさゝやけば小てにはしぎりに
ともいかでかそのまゝかへすべきかねをわな
いかにとさゝやけば小てにはしぎりにともいかでかそのまゝかへすべきかねをわな
うなづきてしからんにはことを
みにとくもどせといふにいなつまあきれ
十五十いすいさゝかびんぎあるに
はてくこやつは気でもちがひしかゆるしかたき
にたれどなほもみかたをかたらふて
やつなれどもなんぢがをばのおもてにめでて
はかりごとをさだむべしまづ〳〵
そのいましめをときゆるせしにかだしけなしとは
おきうをくしなくこそもしきへ
きうそくし給へとて小野しきへ
おもひもせでわがふところをめかけて来
ともなにて小てふはおくへぞしり
たかをばごのおくりしかねなるにおのれに
はきけるそのときあぢかも思ふやうかへすことやはせんとく〳〵かへれといきわけば
あぢかもいよ〳〵のゝしりてかへさねばとく
よりてなはめそまぬかれわかのみつとらでやおくべき〽ひや〳〵かへざぬひやかへせ
義にいち味せられてもてなさるゝ
〽そりや又どうして〽かうしてとるはとしこみ
つゑをびらりとぬいてうちかくれはいない
むこと大かたならねどいまださせるつゑをひらりとぬいてうちかくれはいな
つまも又ぬきあはして丁々はつしとたゝかふ
むくひをせすざるにてもかのつまも又ぬきあはして丁々はつしとたゝかふ
いろつまめはアとめたる
女はかせありあちこちのめのわらはをつと
とがもなきわらはをむこく
へて手柑譜ををしえ又やまともろこしの
いましめて小そふとのより
かねをとりしたりが同せし〽同右へ〽ふみを心しえてなりはひとするすぎん
けへ共すは二嶋三編
仕一
じいせいたいこん
小てふにもうとからずこのあした
おきいでてみづからかどの
戸をあくれば相しつたる
いなつまがひとりのをな
ごとものあらそひして
たがひにやいばをひら
ものなるが知恵はいとなかきをんななれば人あだ名してちゑの海の
くれ竹とよびなしたりさればこのくれ竹はいなづまとはしれるどちにて
めかしてふだ
かち三うぢ
たゝかふ程に
くれ竹あは
やとおしとゞ
〽あぶない
めてまづそのわ
けをたつぬればいな
あつたよ
つまはいきつきあへずよんべあぢかもをからめ
とりしそのことのはじめよりかれば天王寺むらの庄友にてふがめひ
なるによつてじや止もたゞさでゆるせしよしを物かたりその折にとは
そのよろこびとてちとのものをおくりしを此をなこがねたく思ふてとりかへ
ざんとひしめくゆゑにことのこゝにおよびしといふをくれ竹うち聞て
心のうちに思ふやうわなみとしごろにてふとのとことにした
しくまじはれどもめい女師のありしよしを
きかず且をばめひのとしかつ
こうもふさうおうに見え
たればこれにはふかきわけ
あるじまづ双方松うをなだ
めて□そとしあんをしつゝ
さま〳〵にことばをつくして
さとせどもあぢかもはと
かや
〽いやおう
ならぬをばごの
◑左の上ゟゆるさせ給へかしとことばをつく
してわびしかばいなつまこれに心とけて
さいばん双方ねういつしよに
キヤサいざ〳〵〳〵〳〵
たがひにゐこん
あらしとて
和ぼくを
しつゞ
もこの
ごとくく
子引つれ
いそがは
両しくあま
野のやし
きへかへり
けるその
とき又くれ
竹も小
てふにありし
次第をつげて
わらはもさきに
とゞめしかども
めひ子の武
げいよのつね
ならねばいな
やす
つまどのも
あらび
かねて
うけ大
刀にのみ
なられたり
かくにおくりしかねをかへせといふことば
たゝかひふたゞびつのりてまた〳〵いどみたく
かへばいなつまつひにあしらひかねてうけたちにのみ
ろりしかばしたがふくみ子らこらへかねてすけ
せんとぞ身かまへたるそのとき小てにははしり
つきてあたりにありしかつら石をいど
かろ〴〵とともあげてうちあはしたり
やいばのなかへおしにどつさりお
すゑてその身もともにしりて
うちかけあぢかもをいたく
しかりていなつまをなだめし
かば両人これに心とけてやう
やく御いばをおさめつゝいな
小てふにつげてくだんのかねはおん
身よりおくられたるもの
日にかへさんと思ひしのみ
あらそひつのりてしのぎをけづ
くだんのかねをかへすべしといふを小てふは
つまばあぢかもか体にたらくを
なればふたゝびおん身にあはん〳〵
めひ子にかへすよしのなければ
しかりていなつまをなだめし
れりすでにおん身の来給ふうへは
聞あへずいかでかはざることはべらんみな
}
かふにぞくれ竹もとゞめかねてせんかたもなく見え
たる折から天王寺むらのかたよりしていきをはかりに
わがめひの気ずいにまかせしふれは
〽ハテ何ども
かけ来るものありこれすなはち小てふ也ちかつくまゝに
ろりしかばしたがふくみ子らこらへかねてすけ大刀心成り〽かうゆ
こゑをかけてあぢかもをしかりたゝむれどもちりむすびたる
さいちうなればちつともきかず不みこみ〳〵いきほひはげしくたゝ
あぢかもはのいせ
おさめぬかいが
〽いはゞたがひにわたくしごと
いひぶんなくばサア〳〵ひいた
さるをおん
身の来給ふ
こと今すこし
おそかりせば
いなつま
とのは手を
おやて□との
だい事に
なるべきに
さいはひに
しておき
まりしは
大かた
八よろこび
いだいふ
かしきは
はりまに
はん身の
いひある
よりつゝ
ださねへて
のふ
そのうたがひはつきへ
ことはけふまでも
しらざりさ
まことのめひごで
ださねへではべるかととはれて
よかつた小てふはうちほうゑみ
十八九八六十一七十一六十八六
しいせいまいこと
聞しきにて酒をすゝめおあぢかもがことのおもむきはじめ
よりをはりまでくれ竹につげしらせわらはいぬる夜ゆめ
こゝろに北斗ふゝ七月廿四わがいへのうしろにおつると見たりし
又ひとつちひさきほしのあとよりおつるとゆめ見て
さめたりほしをゆめに見るものはよろづに利
ありと聞たるが此たび思ひおこすことの
じやうじゆするさがならずやと
いへばくれ竹うなつきてわれも人も
よし時のみちならぬはなひをいき
どほらずといふものまれ也かゝればざん
せひめをうばひとりて国に忠義を
つくさんことわらはもねがふことそかしさりた
ながらいちみのともがら大ぜいにてはかへつてことのさま
たげなら見さればとて此三人のみにてはことたるべくもあら
ぬなりあふみの国からさきのすなどり人に三人の
あねいもとありだいいちのあねを大としまふたあみ
にたの四郎忠常政のいへの子なりしみさきの七郎へ
としみつが為にはめひ也さきに忠つねのあろび
うせしよりはらから三人からさきにてあみを
ひきつりをたれいとまづしくは世をわたれど
をとこにをとらぬ
ことわり也是にはゆゑあることぞかしまづわがしゆくしよへ
来給へとてくれ竹をもともなふて天王寺むらへかへりつゝかく
といへりそのつぎを気ちがひ水のいつゝ井とよびなしたりだい三の
すゑのいもとをきしぼ神となゝわたといふ也この女はちからは
とわり也是にはゆゑあることぞかしまづわがしゆくしらへ▼六束たまひありわらはあふみにありしときうとはず
来給へとてくれ竹をも一もなつて天王寺むらへかへりつかくまじはりたりかのはらからをかたらはゝおはきやうの
ゆしきにて酒をすゝめ物のぢかもぶことのおもむきはじめたすけとならんはかり迄はかやう〳〵とひせ
よりをはりませくれ非につげしらせわらはぬる夜ゆめさゝやきしめやば小てへはふらくよろびて用意此の金子
こゝろに北斗此八里郡のわがいへのころにおつると見たりしに一トつみをくれ竹にわたけりかゝへくれ升はおの日には
一かといでして日ならず
〽〽ちとたのみたいことが
あつてき用がなくては
いつでも来ぬといふて
わらにてくださんす
あふみのからさきに
おもむきつゝまづ
ふたあみが
しゆく
しよに
いたる
ふた
あみ
いでむかへてこは
めづかし先生せんはいかなる
風にふきおくられてこらへ
来させ給ひしやらんとゑみ
つゝいへはくれ竹もから〳〵と
うちわらひてちとたのみ
たきことあればはる〴〵と来
つる也いかにふたりのいもと
御もおの〳〵やどにゐら
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あみされば
るゝかととへばふた
市中臣東京
下ゟいつゝ井は
とさの
つりにやいでたる
七わたはいづちゆき
けんそこらいつへんたづねて見ん
いざ給へとてみぎわなる小ふねにのせて
あちこちといり江〳〵をこぎめぐるに一トむら
しげきまこものなかにいつさうのつりふね
ありふたあみややと丁ゑを
かけてそは
いつゝ
井に
〽これは〳〵
おめづらしい
一ウ〳〵おはいり
なされませ
さるか
ちゑの
けいせいさいこと緋
かたらふことのありとしいへばとく〳〵と
いそがすにぞいつゝ井は才ウといら
へてそがまゝふねをこきよせつくく
竹にたいめんしてわかれしのちの無
なにはより来ましたりそなたしゆをうちつどへて
事をことぶきあねのふたあみもろ
ともにさかつきをすゝめんとて又から
さきのかたへこぎもどすにいり江橋
はのほとりにてなくわたが一トとくりの酒を
〽さけがあるなら
たづさへてしゆくしよのかたへかへるを見つゝ
なせるはへさかなはつつたえびに
よびとゞめふねをよせてそがまゝにのりうつら
ふなまづたきつけてちやでも
すればなゝわたも亦くれ竹に口誰をのべてまづ
船中身のもてなにとてくだんの酒をうちひらけばいつゝ井はつりせし
うすをひといへついにおしくべてやきてさかなにすゝめけりそのとき
くれ井はみたりの女はらからにうちむかひてわらははいぬるころ
よりして天王寺のほとりなるとめる人のむすめたちの素誌の
師せうとうやまはれてそのいへやきのほとりにをる也しかるにかの人
ちかき日にことぶきのよしありてあまたのきやくをましかるゝこれにより
長サ二尺五寸なるこひ十ほんと一尺あゆりなる源五郎ぶなくれし
六十まいをもとめらるこれをおん身はらからにあつらへん〽あさくさ川
とて来つる也といふに三人のまゆをひそめてこひふなはこの
地のめいぶつさばかりのちやうもんはいとやすかるべきことなり
しをいかにせん今ではなか〳〵一尺あまりのこひだにもたえてあがたし
その義はゆるし給へかしといなむをなぞとゆゑをとへば三人こたへて
さればとよさる大きなるこびふなはこのみづうみのうちにても
いひら。山なし片山のほとりにおほかりしかるにちかごろ
しづがたけに三人の山だちありて
あまた手したのぐん兵をあつめ
たるだいゝちのとうりやうを
いはゝれやうと
いふてやいだ
三人
わかさう
〽あさくざ川なら
さんしやごんげんと
そろつて
うれしい
ゑせはかせ大いとこといひそのつぎを
あまつかりまゆみといひ又その
つぎををんな二王そま木といへり
かくて又いぬるころよりしてとらの尾の
さくら戸といふ勇ふはせくはゝりて
いきほひもつともくわう大也かの山たちの
勇ぬのめん〳〵しづがたけにとりでを
かまへていひらとよご川をさかひとしあま
たのむらさとをわうりやうしたればわれ〳〵
までも世わたりのたつきをそこにせばめ
られてたえてかしこへゆくこと得ならずこの
ゆゑに御ちゆうもんのこひふなはわれ〳〵が
ちからにかなひはべらずといふにくれ竹小
ちからにかなひはへらずといふにくれ牛川
くびをかたむけ聞くがごときはかの勇ふらは
先亡斃のざんたうにてすなはちむほんの
ともがら也しかるになどておほやけよりうづ手の
ぐん兵をさしむけ給はでみやこちかきしま山を
すみかにせられたるやらんと
いへば三人ことばひとしく印へ
〽コヤめづらしい
おかたがおいでだの
そこらへ
さつき
たづねたによ
いゝものを
サア〳〵
はやく
のらねへか
をも
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
それにはゆゑ
あることなるべし今みや
こにはしらびやうしかめきくが沙汰だと
して非法計のことじもすくなからず次へべ
○つけて
くんねへ
鼻
けいせいすいこと
たちをおしたにさんとは手事ゆゑにみやとも又かまくらも
とにかくにことのおほくてうつ手のさたにおよ
ばずとぞげに今の世のありさまは京かまく
らに非法やうおほくてよりとも卿の御子孫の
あるかひもなくなり給ふはいとくちをしきことに
なんわれ〳〵も手したをあつめて山こもりするちから
あらばかくあぢきなき世わたりをするにははるかにますべき
ものをとこぶしをさすり歯をくひしばりてしきりにうらみ
いきどほればくれ竹は小ひざをすゝめておの〳〵いはるゝおもむきに
つゆばかりもいへはりなくばひそかにかたらふべきいちる義ありといふを
三人聞あへずかまくらとのゝおんゐになることならば命もをしまず
とくうちいだし給ひねといふにくれ升うなづきてさらばだい事を
あかすべしそのわけはかやう〳〵とさんせひめのことよりして小一にあぢ
かもこゝろをあはしてみちにてうばひとらんとはかれどいまだいち
味のにんずたらずこれによりおの〳〵をかたらはんゐにこひふなを
もとめに来つるといひしなりかの義をうけひき給はんやと
又かまくらにはしつけんよし時ひそかによりとも卿のおん子
いふによろこぶ女はらからすれこそ
ねがふところなれこの酒もはや
つきたるに狐松楼ろう
にてのみなほさんとて
からさきのほとりなる
しだしさかやへふねをこぎ
つけみな〳〵二かいへうち
なをそえさぜさしつ
おさへつ日のくるゝまで
酒かえんにときを
うつしけり
のぼりて酒をいださせさか
〽はらひは
わしにまかせておかんせ
ハテよいはいの〳〵
二〽どうしてあな
たの御ちそうに
なつては
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
わかさ小たいが
あるかしらぬ
狩
馬琴作国安画
傾城水滸
三編
曲亭馬琴戯編
大会招骨
和漢異趣
ぜん
以上
同医
風蔵
近辺
歌川國安繪画
幸
仙鶴堂梓
七
つゞき〽かくてみたりの女はらからはなほ酒さかなをかひもしめくれ升をともなに
助たゞびふねにうちのかにこれちのあたひはみなこと〴〵くれ中がつくのひしを二あみ
かくとはかくにかん竹にはおきはらひとくひとくはとくはなろんともくれ井中
らはとにかくにくれ升には出させじとてはらからひとしくいゑみしかどもくれ竹も亦
したがはずこはわが必用のうちならず小てぶのとぢがその為にとてわたしおかし
かねなればいなむもかへつてかのとはぢのこゝろざしにもとるににたり只うちまかせて
おき給へといふにはらからかんじんしてげにかのとぢはたからををしまでことこし
たましひあるをなごとまじはりをむすび給ふと聞しはそらごとならざりきとて
しきりにほめてやまざりけりさる程にふねははやふたあみがおどにつきし
かばみなもろともにしゆくしよにつどひてその夜又かの渇さかをひら
きてくれ竹をもてなすにぞくれ井はしのびやかにくだんのみつゑをいひ
いでていかにおの〳〵小ふどのゝ大もうにいち涼の事いよ〳〵さうにああ
ざるやといはれて三人いち声におよばずそは又のたまへまでもなしわれ
われはにたんとのゝよるいにてはべるよしは先生もしりてをはさめたゞ
へねぬしは源家の忠しんよりいへ卿のおん将によし時とたゝかふてつひか
うちしにし給ひきわれ〳〵をんな也といふともかゝる大義にくはゝる
ことまことにこよなき
さいはひ也たとひ
その事得とげ
ずして身は
八つさきに
ならばなれ
いち味どう
しんへんがい
あらずとこと
ばをはなちてこた
へしかばくれ升ふかくよろこびてじからんにはあすの
あさわらはと共になにはへおもむき小てふとのに
たいめんしてなほみつだんをこらし給へといふにはらからその義に
まかせてそのあけのあさくれ竹もろともなにはづへおもむく五右の下へ
義に
〽そりや屋か
やうがすくない
からだたんと
とらせて
いろしや
〽小てふがいへのをとごともめどきが
事をあるしにつぐるところこれらの
わけはつぎに見えたり
〽なんでもあなたにあはねば
ならぬとわけを
いふても
ませぬ
す
入左上ゟ
ほどにつぎの日
ひつじのころほひに天王寺
むらへつきかばくれ升はしか〳〵と
小てふによしをつげしらずるに
とてふはなゝめならずよろこびて
いそがはしくいでむかへふたあみら
三人をおく野しきへいざなにてちやを
すゝめ酒をすゝめ聞およびたる
姉妹おとたちえんなしとのみ
思ひしにゐながらおもてをあはする
ことよろこびこれにますものなしと
いふに三人ことばひとしく此なにはづに
かくれなきやさ天王のたちからとぢ
あはぬさきからしだはしく思ひしつぎへ
一けはせは二島三輪
廿一
しゝ七いわいいといいせいこと
ことのけふかなふてたいめんをとげさせ給ふは
大かたならぬさいはひ也ちゑの海の先
生にみつ義はつたへ聞はべかぬもちひ
給ふよしあらば共にちからをつくすべしとも
世にたのもしくこたぶるにぞ小てふはいよ
いよよろがびてあぢかもをも
まねきよせふたあみち
はらからに引あはせつゝ
くれ竹ともろ共に六
たりひたひをつきあはして
かんだん時をうつす折から
をとこどもはしり来て只今
をんなのおんやう師がかどに
たちておだんなにたいめんせんといへ
申ス也いかゞはつらひ候はんとつぐるをいへ
小てふは聞あへずあな心なきものども〳〵
かなつねにこゝろを得させしごとくさばかりの
ことなるにとりはからひの得ならずして
まれ人たちと物かたりすることはの
こしを折ることやあるいつものごとく
ぜにと米をとくやらせよといき
まけばをとこどもかうべをかきて
そは仰までもなく米一味とぜに
百文ををしきにのせていだせしに
かいものそれをとらばこそわれらは
物をもらはん為にはる〴〵と来るもの
かははやくあるじにあはせよとのゝしり
くるひ候也といふに小てふはおしかへしてそは
ものゝすくなきゆゑにわれらにあはんと
〽むねのわるい
今びとめ
ひらびとめら
ならば手がらに
とめて見や
〽南伝馬丁いなりしんみち
仙女香くはしくはおくはしくはしくはしくはしくはしくはしく
ろくに見えたり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なゝふぐり
松ふぐりより
やくにたゝ
ずはほんに
いをいらがこと
かへせよとさとせばくだんの下をとこはこゝろひ
しりぞきけるしばらくしておもてのかたにはかに
人ごゑさはがしく物おとたかく聞えしかばあれは
いかにとばかりにみなくみゝをそはたつるほふ
しもあらずひとりのをとこあはたゝしく
はしり来て仰にまかせてをんな
みこにぜに米おほくとらせしに
かの人いよ〳〵はらたちていかな
れはなんぢらはあるじにはあはせ
ずしてわなみをかくはあな
どるやその義ならば
ふんこみて
いふならんぜに一〆に米五升ましあたへていふ
左ゟ
べきはだんなはたゞ今ぎやくありてさつぞくおめに
かゝりかたしちかきほどに又来給へといふてとく〳〵
をんなみこに
〳〵うちむかひこと
ばをかけてやよナウ
しりぞきけるしばらくしておもてのかたにはかにはをかけてやよナウ
人でゑさはがしく物おとたかく聞えしかばあれはまれ人しづまり給へわらは〳〵
いかにとばかりにみなくみをてはたつるぼとすなはちにてふ也人を得しらぬ
をとこどもが無礼をゆるしていふよし
あらばとく〳〵わらはにつげ給へといふにくだんの女
みこはおもてをやわらけ手をとゞめて聞およひし
たる多ちからとの得かたきふたつのたからものを
おくりまゐらせんと思ひつゝたづねて来つるにとり
つぎ人が得あはせずしてせにをおくり米をおく
るがはらたゝしさにことのこゝにおよ
べるのみといふに小てやはほうゑみて
たいめんぜん
しからんにはこなたへと
とのゝしり
さきに口下へし
くるふてさゝ
ゆるものを
つきたにし
あるひはなげ
のけふみにじる
女ににげなき
廿六日
りきりやうはやわざ
手にこそあまり候なれ
とことはせわしくつぐるにぞ小てには
さはぐけしきもなく人〳〵を見へりて聞るゝごとき〳〵
さはゞけしきもなく人〳〵を見へり
わけなればしばらくゆるし給ひねといひつゝやがて世を
たちておもてのかたにはしりいであれにあれたる「右の中へ
〽おはら
たちは
どう理じやが
わしにめんじて
きけんをなほし
おくでいつはいのま
しやんせ小てふでござんす
しやんせいてふでござんす
マア〳〵まつた
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
きやくやしきへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
むかへ入れて
□□□□□□□□
ちやをすゝめその
姓名賭をたがぬれば
をんなみこ丁ゑをひそ
〽めてわらは事はおんやう
はかせ阿部のやす彦が
ひとりむすめにめときと
よばるゝもの也かし父やす彦は
けん久のころよりとも郷のまね
きによりてかまくらへまゐりつか
へしにしつけん北でうとき攻に
いみきらはれてつみならぬ
むじつのつみをかうむりてたち
まちみやこへおひかへされいく
ほどもなく身まかりにき
わらはちへ女の事ながら
おやのじゆづをうけつたへて
うらなひのうへはさら也かの
しき神にをつかふをもて
くもをよび風をおこす船
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
世の人わらはをあだ名して
さすのみこめどきとも亦
くもまかくれの龍子たりともつぎへし
けへせへす二嶋三編
卅二
わいせいわいこ竹三升
おん身はこゝろざし
あるをなごを
たからををしまずおほく
得かたき女丈夫ぢやうぶ一
なりとつたへ聞
はべるから世にも
よびなしたりしかるに
あいしてどの為には
まれなる
たからものをまゐら
せんとて来つる也と
いふに小てふはよろ
こびてわれらも
亦かねてより
その名は聞し
さすのみこめどき
とのでありしよなたからと
いふはいかなるものそと末に
めどきはひざをすゝめてたからといふはかやう〳〵と
さんせひめのことのおもむき又あま国のほうけん
さへつくしのたんだいのぶたねが此たびかまくらへおくり
つかはすといふふうぶんをつげしらせとにもかくにも
いたましきははざなきひめうへのおん事也はかりことを
めぐらしてみちにてうばひとるならば国の為に忠
義にしてよりいへ卿のなきたまをいさゝかなぐさめ奉る
又忠しんといふべきのみこれをおん身につけしらせてかたら
はんとて来つる也といふことばいまだをはらずたちまち
うしろに人ありてめどきがえりくびかいつかみ大たんふてきの
をんなめがむほんのくはだてはや聞たりかくごせよとのゝ
□□の
さてはうまくあそばれたりその名はたかく聞えたるし
ちゑの海の先生よなといふにくれ竹すゝみむる
ひて人つてながらかねてしるくもまかくれのたつ子ぬし
こゝにてあふもすくせのりやうえんいとよろ
こはしきはべりといふたかひのあいさつことをはへど
れは小馬にはめどきくれ竹をほく油しきへとも
十五の上があらずといふにめどきもうちわらひて
なふてあぢかも
ふたあみ
◑癸
〽きく人
思ひしに
◑右ゟいつゝ
井七わたらに引
あはせさらに又さかなをそえて
めどきに酒をすゝめけりそのとき
くれ升いひけるは多ちからのぬしの
初めに北斗ほゝ七星如いへのうしろへ
しるにぞめどきはがんしよくつちのごとくあらはれけりとおど
ろきおそれてちんずるよしもきかりけりそのとき小てにはうち
わらひて先生たはむれせずもあれまづくたいめんし給へと
いふにかの人うちゑみてやがてかたへに油をしむれば小てやはめど
きにうちむかひて今つげられしおもむきはこなたにもはや思ひ
おちたりと見給ひしはこの七人におうずる也かゝればいち妹の
めん〳〵はこのほかをもとむべからずたゞしさんせひめをかまくらへ
ひくりゆくものいづれの日にだざい府をうちたちたちてふな
アぢをゆくやくやくがをゆくやそのみちすぢを
つまびらかにさぐりしらすはあるべからすはあるべからすはあるべからず
たちていち味の
このことはあぢかもとのあんないのうへ
なればおん身
人〳〵つどひて
をりこはちゑの
海先生也さんせ
ひめをうばひ
とるだいちの
五五かのひめうへを
おしかくして
だざいふの
たんだいにも
あつけん
にも
口下ゟとゝ
つげ給へといふを
つけ給へといふを
めどきはお
こゝろやす
……………………………………………………………………………………………………………
こゞめてそのことは
あすのあさ
ほつそくして
きゝさだ
めて口上へし
〽あれさ
わるい
ぢやうだん
ばつかり
きをもま
せずに
ぐん師にこそ
きを
かれわらは
あへば
はゞかる
のま
べき人には
日ごと
つぶさに
右の下へ
〽きの
いるがいゝのさ
ぐり
おも
もらひだり
はやくかへいて
しまへはいゝのに
〽くれ竹さんもいつた
から大かただまして
かへすだらう
あねさんはやくまはしねへな
ひめをおくり
ゆくそのともがらは
みな月朔日にさい
府ふをたちて
くがぢをゆく也
くかぢをせく也
かくてはりまの
ありしよりせつ
津のひやうごを
へてまや山にし
うちこえゆ
ゆ印が
いゝ田の
もりよりなにはへかゝり物
やまとぢをくたるといへり此ことちつ
ともさうゐなしといふに小てふはよろ
こびてしからんにはわれ〳〵がその
みちに出むかふてはかりごとをおこ
なはんにまや山シテそくつきやう
ならめさりながらかの地につぎに
サヘサヘサヘ二島三扁
廿三
けけせいすいご住三升
つゞき
しばらく
とうりう
してまち
あはする
日かずの程
なかやどなき
いかゞはせんと云
いふをくれ此
波あへずせつ
ほのひやうごの
かたほとりかつ
山村といふところにひるねずみしろこといふ
わらはかのしろことはかねてしつたるなか
なればかれをみかたにましくはえてその
しゆくしよをやどゝせんざきにあるじの
とぢのゆめに又ちひざなるほし
ひとつあとよりいへのうしろの
かたへおちたりと見給ひしは
ア「左の末ゟとさゆかうさま思ひつゝづぎの日又この事をとゝき御ぜんにかた
め〳〵らふにとゝき御ぜんはつぎのまなる青やきをゆひさしてとのには月ごろ
あのをなどのちゑさかしきをほめ武げいをほめて女むしやの
なしえかしらにとりたて給ひしものにあらずやされば此たびたびたんせ
ひめとほうけんをしゆごさせてかまくらべつかはすつかひには
かれにますものあるまじけれといはれてのぶたゆうち柳
かうなつきおん身のゐけんその理ありそれからは今
までも春やぎがことをわすれ
たりかのものまことにしかる
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
やぎをほとりちかくまねき
よせ扨さんせひめと
ほうけんをかまくらい
をんなありかれはかつくりかへしのかみ八といふ百万
おくり四左いし
せうの女ばうにてことにまづしきものなれども
心ばへ義にすゝみてをとこにまさるたましひあり
四大つぶ
又かの
しろ
に
つかはすことのゐみあひしか〴〵と
つまびらかにときしめしてこはいと
だい事のつかひなればそちをえら
みてもちふる也道中ひじやうの為なれば
手ぜい二三百人したがはせんよくつとめよ
とおほすれば青女ぎはつゝしんで御じやうの
きとせばみな〳〵
はやさだまりぬくれ竹先生
べくははかりことをもちふべしこれらはりん桟き
おうへんにて只今はさだめかたしおの〳〵くちを
つゝしみてみつ義をよそへもらす
べからずこの事もつともかん
えう也といふに小てふはうな
づきていはるゝところまことに
ゆゑありからさきのはら
からはまづ〳〵あふみへ立かへ
つねのごとく手ならひ子どもをつどへて
あるべし只さすのみことあかがしらはこの
おくいまにとうりうしてな月もみつ義をかた
ずゝ夕くれごとにたちからのおく四しきへ来て人〳〵となぼみつ
後さくわいそこにたちかたしこいつかひにはたればがなつかはすべきとさだめうねて〽君の下へ
よろこびてにんずも坊しよも四
な同思慮りよあらけかのひめうへを明
うばひとるてだてはいかにきかまほしと
ちからをもてかれをうつべし又ちゑをもてとる
りてその跡におよびてとく来給へちゑの
海先生もしゆくしよにかへりて
いへばくれ竹うちゑみてちからをもてとるべくは
らひ給へといふにみなくそのゐをえてふたあみはら
から三人はつぐの日あふみへ立かへりくれ升はしゆくしよに
かへりてぱちこちのめの子らに手ならひとくしよををしえて
だんをこらしけり○こゝに又たざい肩のぶたりはたんだいのいきほひ
おもむきうけ給はりていなみ申スに
あらねどもよしや百人二百人ざふ
兵をさしそえ給ぶともごとある
ときにはみな
にげうせて
ものゝ用には
たつべか
とらばれへ
とてもいはゞ
かり物すいぶんや
ともにこゝろ
つけてつゝがなく
かまくらまで
おくりまゐらば
なほとり
なりたて
たて
わるうはせまい
こゝろま
たるか
渓流
太日周
一橋所
もて天まんぐうの神わらにかまくらの下知をつたへてあま国のほうけんをかりいだし
きんぜひめもろ共にかまくらの北でふ家へおくりつかはさんといふと思ふものからすと
地介のさんたうがしよ〳〵の山にたてこもる折からいことなればみちにて。へんまし
春雨来
時万山様
ナヽナヽコト
しいせいすいこそ三緒
と申スにぞのぶたね聞てまゆをひそめ手
せいおほくてわろしと思はゞそはとも
かくもなんぢにまかせんしからば又いかに
して無事なるべきと思ふぞやととは
れて青やぎ小ひざをすゝめ事
わらはがてだてに
わらはがまうすよしにまかせとおんびんの御さたあらばおん
かけしつかまつらんきなくは金人をつけられ下さはかしもたせつかはとゝき御せうそこはせはせわめつぼ四
ねにもたすばしなれどもこれをなんぢにわたさん〽
なんぢよりかのものどもへわたきは下知にした
をかふべしいで〳〵といひかけてかのほうけんをとり
よして春やぎにわたきせければとゝき御ぜんも
女きみへまゐらせ給ふいづ
ふうを春やきにわたし
まかせ給はゞ
給へば青女ぎ
さんぜひめを
もの〳〵あみ
を
のり物などに
のせ奉りてつかは
されんはかへつてあやうし只とめる
四十一
卿士臣のつまむすめなどかなぐき
うけとりて
みがてらにものまゐりするたびすがたに
いでたちてさんせひめをはよのつねなる
たびかごにのせまゐらせわらはそのあひごしに
うちのりてしゆごすべし扨人そゝはかごかき四人ともの〳〵
もちのもの両三人上下十人にすぎざるときはすべて
人めにたゝずして道中あんおんなるべしといふにのぶたね
うなつきてそのはかりことまことによしさらば老女さの
すが相やくなるせわ田のつぼねとおくつきのざつせうしぶ川くり太夫としのかうじやすへ
ならびにおもてづかひのもの樽垣兵左衛門大らをさしそえてさにだんあひヲ
てにつかはすべしこの義をこゝろ得候へといはれて春なぎかうべをかたむけそのござ
このおんづかひは余入津へ仰つけらるべしこといふをのぶたねとは又いかにととふに春
やき又いやうかのせわ田もくり太夫らもみなおもやくのものにしくわらわらはかし給ひそそもの事はかやう〳〵ところまひかよ
つそうけざるべしわらはがさしつそうくをはぢぢんぢうをのみいはれなば
こたびめ御用をつとめがしといまいべたねげにもとこともその美はちつこれやんざまより死母うへにまゐらせ給ふ
思へばはらはたちま
せぬさくしやまかせて
やくふそくをいはぬは
どしのかうじやぞへ
ヲホホホホ
〽をかしい〳〵
義にはべるからおの〳〵
すべてすかたをやつして馬かごになのり
給ひそ其よの事はかやう〳〵とことつまひらに
ときしめしてかのふたしなをとりいだしこれは
これ御ぜんさまよりおん母うへにまゐらせ給ふ
その身はつめ
しよにしり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
らの三人に
かどいでの日を
つげしらせてみな
もろともにすねき
よせ此たびのおん
つかひはだい事のやく
ともきばかふべからずわれ今かれらをよびよせてきびしくいひつけ得
さすべしとさことしてやがてせわ田をよばせ又くり太夫と衛門
太をよびよせてかまくらゆきの事を命
めじよろつ青やぎがさしづをうけてその
を退しにまかすべし
もしへんしうをさ
もしへんしうをさし
はさみていさゝか
たりともその
ゐにたがはゞ
帰府辺のち
つみをたゞしく
ことなしみなこゝろ得よ
なんぢらをゆるす
みなさまへ
さしづをするもやく義が
大せつつとめおほせてかへる
と仰すれば
三人ひとしく
おんせうそこにはべるかしせわ田とのゝえりにかけて
かたときも身をはなち給ふな夫此丁ふりはあま
国のほうけん也こはくり太夫にもたせよととのさまの
徳なりいづれも大せつのかんしななればそのこゝろ
得あらまほしわらははさんせひめをしゆごすな
ればあひごしにいりはべらんゑも矢とのは
かごわきにつきそひて心をくばり人ぞく
らをおひまはしてあや
まちなからんやうにと
のみねんじ給へ但しかごの
〽ものは四人とさだめて
その二人は手がはりなり
あまぐとそのよの
もちにんそくは
ことうけして
かしこまりてぞ
しんびやうにおきゝ
なさるが忠義じやそ人
手が
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しりぞきける
かくて又のぶたねは
青女ぎをちか
つけてかれらには
しかいひつけおき
たりかどいでの日はいつころ
そやととはれて青やきいち義に
およばずいそがせ給ふことなればあす
かといでをつかまつらんしからばみな月ん
すゑつかたにかまくらにいたるべしといふに
のぶたねよろこびてあすはみな月つい
たち也日なみよければほつそく□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽そんなら
わらはをかまくらの
よし時へおくるのじやの
はりたる
べしかゝれば
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たゞ
上下十二人なり
たとへにんそくらが
とねがふとも道中なるくもとかいふもの
どもをやとにべからずこの義をこゝろ得給へ
かしといとおごそかにときしめしてかの二しなをわたしにければせわ
田はさら也くり太夫もゑもん太もあきれはてていとくちをしく思へ
どもしやうめいなればいち義におよばずおめ〳〵としてしりぞきつゝ
らのたびのようゐをとゝのへける○かくてそのあけのあさ青やきはし
ころこびをあれはあなりともともともともとけとりさんせもの
しこのそのつき〴〵よりさん世ひめをうけとりてたびのり物につきへ
大木長兵衛三編
げいせけばけご傳三編
卅五
かどいですれはせわ田はせうそこを入れられたるかはふばこを
えりにかけくり太夫はほうけんをせおひつゝゑもん
太ももろともにみないり物に引そふてひがじをさして
たちいでけりかくてゆくとゆくほどにはやみか四日と
たびねをかさねてあつさにたへぬ人〳〵はやうやくに
つかれをましていとゞくるしく思へども青
みちをいそぐにぞみなくどくと
つぶやきて土ようまへなるあつき
日にあさすゞのうちたちはせで
おそくたちいではやくとまりて
日さかりにのみあるかせらるゝ
これはいかなるむくひぞや
とかごとがましくうちわが
るを春やき聞てまな
こをいからじなんぢら
何をかよくしるべき
あかつきかけてたちいづれば山にそゝの
おそれあり日くれておそくやどにつけば又
これそくのおそれありおそゝたちてはやく
とまるはさるわざはひをあらせしとて也
もしわがことをもちひすはからきめ見せん
といきまくにぞ供にんそくちは心にうらし
めどいきほひせんかたなきまゝにからく
して日をかさねつゝはりまぢまで来る程に
人そくらはこらへかねてせわ田くり太夫に
よしをつげねがはくは春やぎどのをなだめて
みらをゆるめ給へとことばひとしくたのむにぞ〽下へ
やぎちつとも用捨ようせず只にんそくをのゝしりてひたすら
のつてでる此おつぼねがおかげまゐりを
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
撮影
のせまゐらせその身もともにあひごしにてさい府のしろを
田目ごろは供を大ぜいつれて。のり物に
見るやうな
此たびすが
たは何ことそ
同一〇〇
二十一
〽しばゐの
なけれどもときよくで
しかたがないてや
思へば
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
づめで人のいたさを
思ひやられぬ青
やきさまのなされかた
あんまりで
ござり
ます
ぞへ
上ゟせわ田くり
太夫はめを見
あはして一
たがひに
ふときいきを
づきなんぢらしばし〳〵
しんぼうせよかま〳〵
らへだにまゐり
つかば申あげてほう
びをとらせん日ごろあの春女ぎが
われ〳〵をすらしために見るつらのにくさに
はらはたてどもしゆうめいなればあらそひ
がたしとなだめてその日をすぐしけり
〽をなごのたび人七人とほげにのりものを
たててやすみゐるところ
これらのわけは
だん〳〵つぎに
いたりてとき
わくるを
見てしる
八
しゆごし
つゝすでに
して津の国
なるひやうごにやどりを
もとめし夜あつさにたへぬ
供人のそくらはくり太夫せわ
田らとそのよひのまにざん
かへしてあすのあさは出しぬけに
正あけ七つにうちたちて日のでぬ
うちに三里もゆくべしいさごはこがれ
石はやくる此あつき日にいかにして日
きかりにのみあるかんやとはや内心
だんをさだめしかば又みつのころにみな
おきてあさいひよつわりごよといとかしましく
のゝしるにぞ青やぎいたくはらをたててこは何ごとぞけふに
かぎもて今よりたてとはたがいひつけたるけふのみちは
みなと川といふ川もあり山もありへさとまれなるゆくてを
かゝへて夜をこめていづることやあるみなくねよといきませば
ぐり太夫せにまらはあざわらひつふしどよかくれ供にん
そくらはあらそひかもてかやの内にぞ入りにけるかくて青
そくらはあらそひかねてかやの内にぞ入りにけるかくて青
やぎはそのあさせのいづるころひやうごのやどりをたちいでく
供にんそくをいそがしつゝみなと川をうちわたしてまや山ンにぞのぼり
ゆく此ころの道中は今のみちとおなじからねばかならず女の下
けはせはすは三嶋三篇
廿六
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
山をうちこゆるを
順道院とし
たるになんすでに
山ぢにかゝる丁ろは
まひるになりし
みな月のそらには
いつてんのくもゝ
なく山には
いつてきの
水も
十四へ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あらず
さらぬ
だに人〳〵は
たどりかまたる
なつのつぎへ
此世の御代御座候
たびにたかき山
ぢをこえつゝゆけば
あせはながれてきぬを
しぼりあしはほてりて
はこぶにものうしとかく
してあへぎ〳〵とほげに
のぼりつぎしかば人そく
どもはのり物を松の木か
げにうちおろして笠を
ゑん野にあせふきあへ
ずゐねむるもありうそ
うそとあそびあるくものも
ありてとみにゆくべきけしき
ならねば青やぎはこらへ
かねてのり物より立いでつゝ
人そくどもをよびおこしてこり何
事ぞかる山にてうか〳〵として
ゐることかはなんたちしらすやつ
このところは山ぞくのすみか也
とゝゆかずやとのゝしれば供人そく
らはことばひとしくおん身はやく義を
けんにかふてやゝもすればはしたなく
われ〳〵をしかり給へど一ナ日のどう
中にもかならずたて堺ばといふもの
ありおん身こそ日ごと〳〵にのり物にうち
このところを山ぞくのすみかなんどゝをどし
給へどわれ〳〵はそかまくらへかよひなれたる
給へとわれ〳〵はそかまくらへかよひなれざる
ものなればあんないはよくしつたりしば
かゝれ給へばわれ〳〵が身のくるしきはしり給い
おふてかゝる
給へどわれ〳〵はそかまくらへかよひなれたる山ぢをこゆるなればよらてし
山ぢをこゆるなればこにてしばし
やすまんといふはさら〳〵無理
つくやうだなにころし
でもだい事ないに
見てゐるやくは
つらいものじや
二日左のなかいま
〽見たりわれ〳〵は
上下あはせ
るゝもの
には
あらず
といふに
酒を
になふて
とほげへ
のぼり来る
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ならずさせる物そばもたざりし
〽ち〳〵きうそくさせ給へとこたへて
われてはなほつかれはでて下
たつものなかりしかば青やきいよく
いゆへまし
はらうちたせてかどにつけあしもはこびかた此とみつは木かげ
たるしとみつゑをうちとりおろ〳〵風さへかよふ極らくなるにわうけのとことさけのまね人そく見ればさま
地上新兵うちたきて
おれよくといそがせ得ずしからバ大滝のとひ給ひ給へくはならはらずきたべて年うの案同といつといれば此方共
はもひとりその身はのり物有くきそふをあるほどにむかひの松のうらげらがし下の上もろそ下心がのめは
ひとりが
おこせばひとりが
がまへして人〳〵おきよ山んぞくのいで来つるはとよび
たふれあなた
ものありはる
じてのやうにがつ〳〵してゐるのや
かに見れば女にて
いめへましいことじやアねへかい
〽あなみあくさかしちを
すとさけのまぬ人をよく見ればさよ
寺の上もろはく下戸山がのめばぞ
さるににるざるよさるよさるよさるよさる
のままにましいてふ心の
たつるにみな〳〵あはてておきんとするとき
こなだとぜいし
さるはくるふ
そのもいちかくすゝみよるをと見ればたびの
かねてせんかたも
せんかたもそのものちかくすゝみよるをと見ればたびの
とも酒
女也こなたを見つゝこゑをうけて人〳〵さのみへ
としいへば
なく見えしかば
とがもなしと
くり太夫せわゆ
ゑもん大はやう
さはぎ給ふなわれてもたびのものにてかし
この木かげにやすみてをりしかるにたとに人一
あたにアゑ
よくふぎ
やくそこに
〽はゑのするはもしこれ山とぞくかと思ふて
右忠下ゟ
たどりつきて
ひそかに甲右の下へ
まけではつて
おくる
竹に春ぬきを
なだめていふ
したもれほどうが
しばしばじや
あぜをいれん
らはおも
やう供人シそく
を
たにしは
ととほび
なる
木か
梅に
なかへし
げに荷をぞ
おろしける供人
そくちは
これを
見てみなもろ
ともにだんかふするやうつ
さきのほどよりのんどかはし
けどこらにのむべきつぎへし
ナへサへすハ二島一ハ崩
此こ
此中やつきこれ
水だになしあの湯を
よひもとめてあつさを
しのぐにますことなし
とて一両人立よりつゝ
酒のあたひをたづぬ
れば酒うりの女こたへて
われらは日ごとにこの山を
うちことんて子なと川の
片ゐなかへおろしうりを
するもの也されどもかはん
とのたまはゞいかばかりも
うるべき也あたひは一升
二百五十文もつとも
上酒漬にはづかし
といふにみなくうなが
一五てしからば一升もて
七人にてわけのむべしはか
りをよくして得させよと
いふに女はこゝろ得て荷ぶたをとらん
とする程に青女ぎうぢ見てこゑをいからしこの
しれものらがうか〳〵とこらで酒をかふこと
かは今の世は酒のうちにしびれ
くすりを入れおきてたび人に
それをのませ。ころして路用を
うばふときくにそをしらずやと
のゝしれば供人はそくらはかひかねてかう
べをかきつゝしりそきけるそのときくだな
をなづれはおの〳〵木かげを立いでて
酒うり女にうちむかひさきよりのん
どのかはけども水もなければつそのみ
〽さかはづれは
〽これ〳〵こゝへも
そもいいはいもら
はふこれでやう〳〵
人こゝちが
ついた
はいの
〇〇〇〇〇〇〇
せふをとうでて酒
なに酒の
つくせしにかごかきの
をなご三くとね
もちの女はな同
たらずとてのこま
かたかた哥のかめの酒す
さらに五合かひ
とりてふたゞひ
これをのみてけり
そのことき最初
さいでて
よくくちをきく
としまのはんなが
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なに酒の
てあたひを
とらせて
いやう和
思ひ
たまい
なき
よき
あき
なひをしたる
むくひにすこし
まけよといひな
からいと大きなる
水のみひさくを
}
うりてたべといふに女はかうべをふりて
このさけにはしむれくすりを入れ
たるならんといふ人あるにうか〳〵と
よひ給ふなとはらたちこゑしてめで入
こすればたびのをながらうちわら
ひてそれは人にもよるべき也われ〳〵は
われ〳〵は女づれにてあたみへとうぢのかへる事
さ也のり物にのりたるは
大しんの御しんぞなる
がをとこの供はこゝが
つまるとてとほしかご
にもをなごをやとにて
あの三人はかごのしゆ也又一チ
あの三人はかこのまで
人は荷もちなれどそれにも
をなごをおかせられたるあろたも
のんどがかはくとよどくといそがし
およそ一じかめ三升入のかた荷の
酒をかひとりて水いみひさくをいだ
つゝ手に〳〵くみてしたうちながし
かごにつけたるなめ
もゝをさかなに
引さきくらに
なんのりものゝ
うちなる女も
もどかしくや
思ひけん
はやし立いでてひとつにあつまり
つひに一じかめ三升のだけ
とるしかりしによきもの来たりその湯すこし
ゑびれくすりを入られたりともくるしからず
せぬものだ
るやぎとのは二何も
つきあひだにちよつと
んで見ざつせい
□□□
まはします
〽おまへがた
大ゞかり哥
もゝをさり
〽かはくときには
下戸でものめるのさ
大豆七十七日三角
〽まて〳〵
くちに土用が
いつていそがしの
くだんのかめへぎし入れてすくひ
とりてのまんとすれば鬼かり
をんなはうちおどろぎて
その手をしかと引とうへ
あれほどまけておきたるにその
大ひさくは一合のらんそをたゞ
のまれてつまるものかはよしなき
人はむれし給ふ
なと
いふをば
きかで
いしらはい
ちにげんと
するを
おつかけ
らるゝはつ
みに酒を
のこりなく
ふりこぼし
かうち
わかへは
〽みなくどつと
はやけりくり太夫
ゑもん太もせわ田も
さきとりこれを見て
みやぎにむかひて〽きへ
サアますで
あがれ
しいていすいこれ三行
ことなることもなし候人にてくらがのみたがもさら〳〵お狂とは
思はれずわれ〳〵とてものんどかはきてたへがたきをいかに
せんゆるしてのませ給はずやとかごとがぬしくわぶるに
なんみへやぎもさきのほどよりやうすを見たること
なればやうやくにうたがひとけてづゝがあらしと思ひし
かばいはるゝまゝにうちうなづきておの〳〵さへにしり
のたまふをなほならずともいひがたしかれらがのぞ
みにまかせ給へといふによろこぶ供人ツそくらはたち
まちには銭此をあつめてくだんの酒をかはんとするに
ほうり女はちつともうらずわが此さけにはしびれ
くすりをいれてありおん身たちにはうらぬ也うかず
さとしわびつゝ酒をうらせにければ供人そくらはからく
してくだんの酒をかひとりつゝ水のみひさし
くにくみとりてせわ田ゑのん太くり太夫らに
うやくしくすゝむれば三人ひとしくうけのみて
みやぎにもすゝむるにてさすがにいなとも
いひかねて口は一トひさくの酒遣のみけりさる
ほどに人そゝらはうりのかはにむしかりたる
ありのごとくに立つだひていつてきものござごそ
一トかめの酒をのみほしけりそのときくだんの酒うり女は
かつぎあげもとの山ぢをくだり百けば又かの女つれのたび人らはのとりたる
なつもしをせわ田春にぎらにみなあたへてさけの
さりなにとぞおくりしかば供人にそくに
同五月一日
いたるまでそのもゝを
いふやうあの人〳〵のやうすを見るに思ひのまゝまゝにのみたれども酒には
〳〵とかうべとうちふり荷を引かつぎてゆかんとすれば女づれのたび人
らはかたはらいたく思ふよしにて立かはり入かはり酒かり女をとき
供人。そくらにむかひていふやうこの一トかめも三升入りにていはれものも
おなじ物ながらあの人たちが国六合かひとり給ひしことなればその
あたひをば引はべるといひつゝぜにを百四五十もんかへしてから藤を
めと〽うまくまゐつて
〽そろひもそろふて
ちやうでう
〽みなたの上下十一人しび
れくすりにあてられて
ものがいはれぬゆゑ
ことばかきなし
ことばかきが
おきゆり
かねると
左の上る
いふも
くり太夫も
ゑもんばも
せわ申も口
中よだれば
ながして身の
うちたちまち
なえしびれ青やぎさへにたふれふしておざん
とするに手あしかなはずさけばんとするにした
まはらずまへみを見はるのみにしてそのつゝが
なきものはのはのり物のうちなりけるさんせ
わけもらひつゝ
いよ〳〵よろこひ
あへりけるしば
らくして女つれの
なんぢらはすでにはや
はかりごとにおちいつだり
たび人らはこなさを見て
から〳〵とうちわらひ
とくたふれ
よと手をたゝけばあや
しむべしこなたの人〳〵
供人にそくらは右の下へでも
よいざま
ひめのほからそはたえてひとりも
なかり
ひめうへさまは
みなさんいそ
ござんせ
命かはりに
此ふみを
さきすつるも
つれのはしめ
たびかごと
のりて来た
りしひとりの
をんなはしり
よりてさん
せひめの
せひめの
のりもの也
戸をし
命はそのまゝ
おきにやげ
〽うへをそこなひ下を
まいりかた
なにさんせ
へりひの此ほうけは
き給ふ
ひめうへの
おんわるをとりていたし
まゐらせわれ〳〵はこれは
〽めばかりはたらく大こしぬけ
ゆるりとござれおざらば〳〵
忠義のものなりきみがかまくらへおくられて
よし時が手にがいせられ給はんことのいたましきに
すくひとり奉りぬいざ給へとなぐ
すゝひとり奉りぬいざのへとなぐ
さめ申てかきいだきつゝいそがはしくし
〽めばかりはたらく大こしぬけさめにてふきいだきつゝいそかはしく
ゆるりとござれおざらば〳〵わがたびかごにのせ奉るつきへし
わがたびかごにのせ奉る片ぎへし
十八廿八日馬奥守三三間
七一
じいせいすを作三升
その
ひまに
びとりの
をんなは
くり太
夫がせおふ
たるほう
けんをうばひとりこは
聖廟のほう物
なるによし時なんとが
やまひありとてまもらせ
給ふことあらんや
ひめうへの
まもり
かた
なに
しば
らく
もちひて
事なるのちに
かのみやしろへ
かへすべしか
こゝろほよと
〽はじめ
のゝしつたり
そのとき又ひと
りの女はせわ田が
えりにかげたりける
あぢきない
身のなりゆき
ふばこをとりてうち
くだきとゝき御せんのせうそこを
ずだ〳〵に引さきすてなんぢらはひとりも小
なア
左上ゟ
をんなは
あぢかも也
のこさずかうべをはぬべきものどもなれ
どもことのもとをおすときはなんぢらが
しることにもあらずそのつみはたんだいがへつて
らひよりおこるのみよりて今そのくびの
かはりにこのせうそこを引さきすてたり
みやうばつおもひしるべしとあくまでにのゝ
しるほどに三人のかごかきをんなはさんせ
ひめをのせまゐらせしたびかごをはやもたけ
いだせばしあはせよしとをなごともうちつれ
たちてあしばやにふもとのかたへぞくだりゆる
そのありさまを目には見つみにきくのみ
人へは中気もさうやみにことならせものも
いはれず身もうごかず手さへあしさへかなは
ねばおめ〳〵として見おくりけりきてかの七人の
たびの女は小てにくれ竹めどきち也はじめたび
かごにのつたるは小一ふにて又さんせひめをうば
とつてわがたびかごにうつしのせたるも小てふ也
又はめに酒をかへてつれのをなごにものませのちに
かた荷の手をつけぬさけを五合かひしのち一ト
ひさくまけよとてかめへひさくをさし入れてくだんの
酒をくみいだしおはれて酒をふりこぼせしものは
くれ升也さればはじめは二ツのかめの酒はよの
つねの酒なりしを七人のをなごどもあくまでに
のみてのちかたとあのかめへくれ升がさし入れたり
ひさくにしびれぐすりは入れてありそのひざくを
かめへ入れしときくすりは酒にまじりし也その一ト
かめにもとくのなしと春やきらに思はせん有
さらにふたあみいつゝ井らが五合のきけを
かふてのみたりさればかごをかく三人のをなこし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ぜわ田らが酒のさか
なにとておくりしものはめどきにて
かの酒うりにいでたちたるはひる
ねずみのしろこ也およそこの
はかりことはくれ竹がむねよりいでて
ことのこゝにおよべる也○さる程に春ふ
やぎのみ酒をのむことおほからねはば
その夕くれにわれにかへりてくちをしま
ことかぎりもあらずひめうへもほう
けんもうばひとなれておも〳〵と
けんもうばひとられておめ〳〵と
だざいふへはかへりかたし自がいを
せんと思ひさだめてそはかげに
おもむきつくわいけんを引
ぬきてのんどへつきたてんと
したりしがたちまちおもひ
かへずやうのぶたねぬしはわが為に
さうおんのしゆくんにあらずざるを
こゝにていぬじにせばなきおや
たちへ不孝也まづ身をかくして
のちに又あかりをたつるときもあらん
たてくひがしのふもとへおもむきつゝゆくへもしれずなかにけりへ
○かくてくり太夫ゑもん太せわ田らは彼人そくもろ三
どもは二あみいつゝ升七わたにて荷もちの右のなり
一ともにその夜丑みつのころほひにやうやくに酒ゆどゝさめて飲へ
さうじや〳〵とやいばをおさめてもとの所へ立かへり
われも自がいをすべけれどもいさゝか思ふよしあればこのまよ〳〵〳〵〳〵
して立わかれんおぼえてゐよといゝしりてしこみつゑをつきへ
たふれぶしたるくり太夫せわ田らをにらまへてなんぢらへん
わがいふことをもちひずぞくの為におとし入れられてわなを
みをまきぞひせしことなれば今なんぢらをきりころして
十一五日
けいせのすいこ伝三編
四十
いかにすべきとばかりにあき
れてさらにしあんにあたはず
青やきがこにかくといひつること
いでてとのばら思ひ給はずや
身につゝ火をばはらひおとしそん
代には人をいだせといふことわ
ざも候に青やぎとのはちく
てんしてこよゐ給はぬこそ
ふじんにぬりつけていひ
わけをし給へかしといは
れてよろこぶ三人はやがて
その義にまかしつゝゑもん
太をばそがまゝにかまく
ざいはひなれみなかの
四十一
らへつかはしてしつけんにこれを図
きかざりし後きくわいのほかなりけん
そのとき人ぞくの小ざかしきものすと
いかにすべきとばかりにあき
にたる青女ぎめくさをわけて
馬琴作
國安画
印ゟ又来るはるをまち
給へかしめでたしく
〽イヤもうあの青やぎは
たいていなものでは
せぬ
家傳神女湯榊峠のうち一包代百銅
やうつたくり太夫せわ田らは日をへてつく
精製奇応丸翻成城株小名代五ト
しにかへりつゝ物も青やぎはしゆくんの
やくしゆをえらみせいはう家伝のかけんをもつてす
御おんをうけながらむほんへ行と心を
これによりてそのこう百ばいあたかも神のごとし
あはせかやう〳〵の所にてわれ〳〵をたば
かりてしびれくすりを入れたりしさけを
能ハ胆黒丸子くまのいをめて九才一包代五ト
のませて気ぜつさせざんぜひめをもほ
婦人つぎむしの妙薬一包代平畧岩代三十三文
さんごをりものゝくだりかぬるにも用ひ丁即功あり
かれにはかられたるおち度をゆうめんましくて
髪井同朋町東横丁本家濱沢氏制衣
春やぎをからめともつみをたゞきせ給へかしと
まことそらごとうちまぜてわがよきやうにうつたへ
弘所元飯田町中坂下四方みを店向たき沢氏
けりきれば又春女ぎがまや山しよりかげをかくして
又欠所大坂心斎橋筋から物丁かはちや太成
そのちの物がたりは第四へんにあらはすべし第へ
取次所
取ン切江戸芝神明前三しま丁いつみや市兵へ
けんをもうばひとつてにげうせたりわれて
筆畊
半時
竹田
喜
屋
鶴
春
毎年十月下旬頃より売初め申候
御注文被仰付可被下候
御免江戸暦開板所
四十四季和文章
南山禅師書
川摺
載陽帖全一冊
新田収名所之会貞義栖一枚
癲日本名所之繪
中神社仏閣名所古跡山川の神山川の勝田某右称山川の勝田
一有此田は大下坂川の国々島み御城地神社肥前守右条山川の横町参多事のややな多く崩れ
出朝かちを正して鹿十の日本旧路の中をと〴〵〳〵〳〵見るからき難楽の後になり
賜女古状揃園生竹林両品出来高井蘭山編撰一
嫡女古状揃国生竹森本
此者は女今川状をはしか巳下の睦ますとて九所勢の〳〵宿たるいましへの男女の男女のたる名夫をしらび
集めて猶を身に引正紙加へ児世の義訓有しなみとなみとなりて今にうへに置置事な
三図一夜談全五冊画入読本曲亭馬琴作
此霊蹟は一に閑智観と号して其明周将等此義によりて
劉卜了禮副先生著
吉凶ふしきの哥熊ありことに関帝の神霊ありて我朝推古の
田代に将来して所まねて世にわり万日王吉めをもこむるにおのれが
即考百籖全一冊
裁箱添
覚ずる神仏に持参し慎でその霊験をうらふに臥家とし
筑登公公
随筆
けんどうしはうじ
扁共ニ
第三編三冊編
六冊
玄同放言初編二編
右第三編三冊は岩角の部より動物の部の末に至る此編すべて古品物異鳥会助の図也
篤みなことくく公意にて詳に作者の考を見らせり難信となく見るにけるに日かれせず深ことなし
初編一編にいやましてもつとも興あるへきものになんよりとまづ近刻のよしず按察す
一人足五郎
春
丁亥春(
古画入二冊出来候柳亭種彦随筆
古画入二冊出来
還塊紙料
むかゝの哥舞妓役者遊女の下伝肖像すべて百年前長馬よりし
放下師飴魚の。俳諧の句。簡常言の親等ふき仮名目を引用して者を
一附したれは雅客の見るべき書にはあらねど一時の眠は首しすべし
哉
販
書
同
葡童
追言画手本一名鳥羽絵早まなび柴
戯筆
廣益
懐中早割大全二
塵劫記、
一冊
ありふれし小女言とちがひ便利をむねとしてあやまりを
わらべの切髪にはやくその御う入やすく
上道まみやかなるみんちかみちなる笠やなり
通
新形染彩目
此公はいまだ人の心まだ人の心付さるもをさるもやりを所と大集め
植花千弓
山北郡倉為一筆後絡潮則先生村に心をこらせし産品なり
前北斎谷
前編にもれたるをゑらび集め
後編
油芝居小
画の道はたら也をどり狂言等
同全一冊五渡亭国貞画
似顔早稽古
も見分になるべき清書なり
町一役者ゟ
宿
陛上
藏
仙八文舎自笑譚
三箇之津
ともうはん
惣役者堂許の書元禄以前より当時迄年々開板いたし
奉入御覧候明かはらず戌年中二ヶの津狂言評判明細に
相撰び文潰泣附尊と〴〵く相改め御見物無之御方にも
役者評判判官
一芸昌町家
当夜四月二日ゟ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
次第つゞきいしより候やうそほらはし奉申候間御ひい
き厚く売出しより御求め御高温て可被成下左
一円
回
諸大人の狂歌入いと美しき腰絵なり尤
懐実
花の都路全に
御好みしよりて折本に製す御土産によき品也
覧
凶作
文献上
傾城水嵩
曲亭馬琴作
道外武者太平楽
滸傳三編八冊
同部川国安画
有喜世諺草
英笑画
同作
川
同画
―返舎九件
恋川春町作
川道豊川春町
六冊
弓削道鏡譚
訪削道鏡譚六冊巻子立波の需長綱川原町作
継子立波の濡衣
哥川田安郎
同画
新
板
書
鎌倉山黄金の千代鶴六冊
市川二千竹
哥川国安画
林
世にむるいの御かほのくすり
し南伝馬三いなり道坂本氏
美艶仙女香四十八銅
南仙笑楚満人作
一
同作
一金ヶ敵夢之世話
同
ニ刑
同ナ画
江戸名将
南国扇地紙問屋
錦絵摺
通油町亀屋喜右衛門板
戯場
地
小録
五柳亭徳升作
六間
義経譽の軍扇
長野
本
同安画
河川国安画
同
陸雅仙屋
嗚呼忠臣夜光珠斎
嗚呼忠
竹田出雲作
五冊五五
四天王其源五冊
同画
同画
同作
川川国安画
菅原實傳記五冊
画作画作画
柳亭種度作
同西
忠臣藏
外傳
五冊
伊呂波引寺入節用八冊
一伊達模様廓寛潤
同画
五渡亭国貞国
狩鳥湖同
38冊
そのことを
こ
冬の柳の乱髪は暁遺る月を櫛と見て
曲亭馬琴著
さして往方は青嵐が河内路の客寐の方
唐山の梁山泊を
日本の江鎮泊に
写して鳥の水鏡とて
唐山の梁山泊をけいせいすいこでんだいしへん
傾城水滸傳第四編の一
御覧の通油町なる鶴屋が
一部八冊当春の新板
誰姿見の画でしわき
彫当ました目貫の絵冊子
歌川国安画
夏の柳の下涼は細谷川を帯と見て
結ぶ義烈と多力が浪速津を出船の纜
十二日
或予に問かく。曰。須城水滸伝は何の為にして作れる。予これて曰為生活に
作れるのみ。夫儒佛巫医。百技の徒。渡世の為にするものは。陋拙杜撰に名。
るに足らず。況稗官光根の談雑劇の脚色に等きのみ。しかはあれども作
者の用心聊亦見るべきものあり。彼清の逸田叟が女仙外史の一書を見
ずや。燕王の反逆を。心誅せんと欲する為に。国軍女兵を鎖出して。妖智
審児が勤王の。小説一部となせる也。彼は則妖婦をもて正法とし。競軍を
もて外道とす。廻これを水滸伝なる。草賊をもて忠義とし。楞紳をもて大
賊としたるよしに比れば。その勧懲に廷巡ありこれに由てこれを観は。亦この領城
水滸の冊子も。作者の用心知るべきのみ。事を好ておもはざるもの。評すべきを領せず。
して私論憶憶談。烏夜の。鉄炮に似たる批評もありとぞ。製天口褒美は
争ひの起る所吾只避て通さんと欲す。成らずは誡れと。古人もいひけり。彼物
論を齊う得せずば。鵬と斥鴎の類に堕べし。曲亭馬琴戯識
方へや三与三郎
けいせいすいころは
LINANANANINE
鐵壺眼
白蛇
山盛阿剛
おもふ
事
腎につかえつうちつけに
□□□□□□□□
こはいひかたき
恋の山もり
翻筒
同同同
1000000000000000000
一・、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇、〇〇、、、、、、、、・、、、、、〇〇
あから引
をかたのひきざう
苧方引三
東おもての
しのすゝき
客を
まね
きの
歌舞
伎
看板形図
篠芒朱良井
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
十へせへ古うこと島口戸町
じいそいこゝいこほせう
第二月一日は一月十一日には十一年十一年十一年十一年の
屋久手虎右衛門速綱
加
君は
臣は水
なる
鰭子釣の
立込み足駄くつ
かへるとは
かくなの老一にてきかん〳〵〳〵〳〵〳〵といふやうなんといふへしてもたくしてもたくして
こともとをやうてやけはせんせおをしからをとはしくしし
梁間郡領
重門
行抜の
阿裡
砂合歟
切あえ歟いざ
しらまゆみ
はるの木の芽に
刃物三昧閉
二十一日朝夕方へ
ナハサヘレハ仁嶋昌助
けいせけずいこう
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ひきかたり
左
走書の安定子
弾語の
身は
義太吉
恋
ほそ
細れ
ど
古ゝろふと棹の
手をひきあふて
しのび三重
図六七
右
なつやの
庫に
たび〳〵
質物之通
植て見ても
ゑんはちばゞあ
閻八婆々
思ふやうには
つかぬ質くさ
臓魚
たることを
そこめむらのぢよくんし
宋公明村女君子
かき
そこ
なひ
春雨の大葉子
夜半の
朝
かほの
あめ風
一九四
一合の筆や
みだれけて
ナヽ女六十六二専曰扁
けいせいすいこと
されば又樽垣部衛門太はその日せわ田くり太夫らに引わかれて
はりまのしゆごしよく加古山の郡領私をしげ門山が屋しきにいた
りてまやすのほとりにて六七人の女山だちらにたばかられさんせ
ひめをうばひとられしことのよしをつけしらせこれよりさらにあづ
まをさして夜を日につきていそぎしかばなよそ十日あまりにしてかまわれ〳〵どあが一世咄の時
くらにつくとそのまゝしつけん北でうさがみの介よし時の屋しきにおもやくなん二世とちが
むきかねでせわ田くり太夫らとじめしあはせたるごとくはつてまうすりしつまや子に
やうさても此たびそれがしらはしゆくんのやたねの仰にしたがびいままゐなげきをのこす
りのをねなむしや春やきと相ともにおくづきのざつしようしぶ川身のあやまりは
くり太夫ろうぢよあざの江があやくなるせわ田のつぼねらすべ
四人ししもべ六七人をしたがへてひそかにさんせひめをしゆべしらにうばひとら
奉り且めあまにのほうけんをたづさへて崩所たうをさしていそく
ほどにせつ津の国まや山のほとりにてかやう〳〵のことによりさんせ
ひめをもほうけんをもあまたのをんな山だちらにうばひ
とられ候ひきさつするところかの青女ぎは悪心快今に四
あらためずはじめはるにんで候ひしをとゝき御ぜんのあは
れみ給ひていく程もなくとりたて給ひ女む
しやのをしえがしらになされたるのみならず
武げいにたけしものなればとて此たび
武けいにたけしものこれはとてこだひ
さんぜひめをおくりまゐらするけいご
かしらに仰つけられそれがし
なんどは申スにおよばすせわ田
くり太夫のおもやくなるもみなのぶ
たねのおん下知けにて青やきが手に
つけられしかゝる御おんをあたもてかへす
春やぎはいつのまにやら山だちをんなて
人也としめしあはせてわれ〳〵どもにしびれくす
りを入れたりし酒をのませて気をうしなはせあく
〽かの青やぎがさしづを
はりまのしゆごしよく加古聞の郡領領□□しけ門山が屋しきにいた〽かの青やきがさしづを
うけよとしゆくんの
仰をまもりたる
われ〳〵どあが一世明の
やくなん二世とちぎ
りしつまや子に
なげきをのこす
身のあやまりは
くり太夫ろうぢよあぎの江があやくなるせわ田のつほねらすべて三世ひめをくせものふ
らにうばひとられし
ていたらく
◑只今申上たるごとく
いさゝかも
さうゐなし
おそれ
ながら
御げん
さつ
ね
がひ
あげ
まする
かはきに
ゆだんしておそくもはかられ候ひしそれ
がしらとても身のとがののがれがたきをしる
臣といへども自がいなどせば不忠のうへの
へ不忠ならんと思ひかへしつくり太夫せわ甲と
だんかう仕りそれがしは引わかれてかの山ぢ
よりあづまへおもむきかく御ちゆうしん
仕るは身のとが思はぬわたくしのはからひに
ゐにて候へどもみな〳〵つくしへ立かへりてざらに又
かの地より御ちゆうしんにおよばれなば日
かずおくれて御せんざくにふべんならんと思ふ
ばかりに夜も日もわかずみちをいそぎてはせ
まではかりしことなれば春やぎさへにちく
てんしてゆくへはたえてしれ候はず
あつさにたへぬ折なれば
のんどの
どもとだんかうしてはやく
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しゆうの将
身のためにうはやく
ちゆうしんいたせ
しはきどくのはか
七人の山だちそんなをからめとらせ給はらばことふん
みやうに候はんとまことし屋かにいだにけり此ときかま
くらにてはしつけん北でうよし時しよろうやうやくへい
ゆにおもむきみづからたみのうつたへを
聞定むる折也ければ今たるがきゑ
もん太が愁訴讒のおもむきに
うちおどろき女がてよび入れて
まゐり候ひぬあはれうへなきおんいきほひもてかの
□でかした〳〵ソレ〳〵ゑのん人がまらす
よしをもらさずはやくかきとめよ
シテそのあとはどうじや〳〵
つゝ
なほ
また
ことの
をはりを
ナヘナヘヒテシシシテ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
より世のなかかんしく
太平なれども先し
亡献のつぎへつゞく
けいせいまいいそいせいせいせいいせ
余類財あちこちの山林焼にかくれすみて民のうれひをなすよきこゆ
さればにやこそのあき太宰府。我よりおくりまゐらするみつぎのかね
三千両をみちにてうばひとられしも今にいたつてとうぞくしれず此たひの
せんさくをゆるかせにしてさしおかはつひにゆくしき大事とならんまことに
ふりよい事也とていきどほること大かたならずまづゑもん太をとゞめなきて
ひやうじやうしゆによしをつげしきりにひやう義をこらす折からぎざい府より
はやうちの使者結はや道の薬四郎といふものかまくらへとうちやくしていでたねの
ていしよをたてまつり且まや山のほとりにて三世ひめとほうけんをうはひとり
たりといふ山だちそんならがていたらくきらびに女むしや春やきがことのおもむき
すべてくり太夫せわ田らがうつたへまらせしいちぶしゞうかやう〳〵とのふること
さきにたる垣ゑもん太が口上に。ふがにせしかばよしときしきりにうな
づきてかゝればことみなうたがふべからずいでや諸国へ下知を
つたへて日ならずくだんのくせものらをのこらずからめとらな
せんずとてゑもん太葉四郎にはよし時のへんかんを
もたらしてやがてだざい府へかへしつかはしにはかに
入れよとあるしゆじんの
口上かくのごとし
おそれながら
五きないへふれしらぶし
その折のていたらくをおんきゝに
せてとうぞく追捕いの
下知をつたへなかんづくはり
まの君けりやうご衛門
〽これらのよし
大かたなら
しげへはいともきびしく
ずじつと
めいぜらるこはまや
山にはしげ門トの申やう
ぶんたるによつく也
さればたる垣ゑもん太は思ひの
まゝにこととゝのひてせわまくり
太夫もろともにとがをのがるゝのみ
ならすかまくらのしゆびよかりしかば〽
こゝろひそかによろこびつゝま四郎と
うちつれたちてつくしをさしてぞいそぎける
〽ゑんろの
はやうち
うちつれたちてつたをさしてそいそぎけるたい春〳〵いぬる日にゑもき太がうつたへによりて女ひ事
へいへども
のぶたねの
ていしよ
なければしばらく
ゆうよしたる
のみさい夏の
うつたへあるからは
かのせんきくはまたゝく
ひまたちかへつて□
〽いさいは書中峠にありといへどもなほ
すみ
やかに
とうぞく
づいほの
おん下知を
しゆこんも
ねがひ
をられ
ます
てや
心のぶ
たねに
とくと
つたへよ
こゝろふ
たるが
たるが
さてもそのゝみあら
しの青やぎはくり
太夫せわ田らが
ものねだみのひ
よりわがいふよしに
したがはねばまや山の
〽御ひやうばんの山もりや
ほとりにて七人の山だちをんなに
さんぜひめをもほうけんをもおち
なくうばひとられしとき身がいせばや
別山たんどうに程とほはらぬ北山村朝むぐのほとりに
来にけり此ときいたくうへつかれて又ゆくべくもあら
ざりしにと見れば此むらはづれにたて場ばちや屋
とおほしくてこわいひにしめをうる見せありこれ
くつきやうとはしり入てせうぎにこしをうち
しの田いくすじや
なけれどももりの
よいのが御せう
と思ひしかどもたちまち思ひかへしつゝどくくわんおあがん
なさい
酒田のごくのまださめざりしん〳〵をのゝしり
すてさひとりちくてんしたれどもさしてゆくへを
すててひとうちくていしたこよもすからひたす
さだめねばあしにまかせてよもよもすがらひたす
らにはしるほどにそのつきの日に河内かがなる金
かくればこの見せい小ものなる
べし十五六なるゐなかうど
がいそがはしく見かへりておゑ
さま何をめさるゝぞととは
せもあへずさればとよ
わらははうへて物ほしきに
とくこわいひをもて来よかしといふに
小ものはこゝろきてはげくろみたる
よしの五器のおやわんにうづたかくもりたるににし
めをそえてすゝむるを春やきはあたひも〽よし
子はせいすいこ博四編
こわめ也
にしめ
〽おかんが一合かゝり
とはず
ます
いそがはしくはしをとりてあく
まではらにみちしかばふたゝび小
ものにうちむかひてわらはは
□用□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あはせたるぜにはなしかさねて
こゝをよぎぬとき利
さゝもそくをくはえてつゝなふ
あるならべししばらくまち
のましてねといひかけて身を
たもおこすときしこみ
たつゑをめ手にて
とりつゝはしりいづれは
小ものはおどろきれて
山いかりてゆくびにけん
よとよはゝめにぞ
此いへの女ばうちぎんじ
六
けいせいすいこの世紀
なるべし廿四五なる大ばんならし
にがすなとさけぶほどに
あるじと見えたるひとりい
をとこぼうおつとつておつ
かくれば
又女ばうも
手ころの
くひにげされてぶちのめされ
あて身にどつさりたにさるゝ
やくにたゝずのをみより
□□にたゝずの□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ちつと身のあるおこわが
手のうちモウ一トあしでも
にがしはせぬかくご
して出ろぬすへ
あまめが
ぼうをわき
はざみつゝ
おくれじと
あとにつゞきて
五左の中心のみくひのあきなひして世をわたれどもまだ女
ばうのなかりしかばなかうど入らずにだんかうしかけてわら
はをつまにしづるものから当にさらには山ぞくおほ〳〵やゝも
すれば見せて来てのみくらひしてあたひをとらせぬあふれ
ものもすゝなからずさるをわらはがこゝへ来て見せにすは
りしはじめよりあふれものらをいたゝこらしてそんすることいなく
なりしはいさゝかならひおぼえたる武けいのとくぞと
人もほめあか八もしか思ば名よろこび且はぢて
わらはに世たいをうちまりしその身は
〳〵けつる
あいてへ〴〵あいた
かつたに
□□□□□□□□
くだ
おにたりける
よく来た〳〵
りて後見
さる程に青
やぎはゆくこと
◑上のすゑゟさくら戸
なりはべ
りより見世は
どのを師とたのみて
いまだいゝばくなら
ずたちまちあとべに
人ありてぬすへをんなめ
にがしはせじとのゝしりさけ
びてちかづきたり春やぎこれを
見かへりて心のうちにあざわらひ
立とゞまりつゝまつ程にすでに
ちかづくこなたのしゆう〴〵つらににあ
はぬくひにげめいちぜんめじでまだ
たらずはぼうくらはせんとのゝしること
とみもにすゝみてひらめかしうたんとしたる
ふだりがぼうを春やぎすかさず
申りきしかるにくだんの
やりちがはしさ
ふぎりとゞめてエイ〳〵からめとらせてひとやにつなぐときこえしか
にぎりとゞめてヱイ
とひくしゆれんの
そが太刀すぢをならひはべ
さくら戸どのはかの
かめきくににゝま
れてむじつのつみに
おとし入れられさどの国へなが
され給ひきそのころわらはは
あふみなるしんるいに
まねかれてひさしくそこに
はべりしにかのかめきゝは
○なほあかでやさくら
戸にゆかりあるものとしいへば
からめとらせてひとやにつなぐときこえしかは
わらはもみやこに程とほからぬあふみぢに
にておん見だしにあづかり給ひて女むしやのをえ
かしらになり給ひしとある人のうはざにちかごつ鳴
つるに何らのゆゑにこゝらまでざまよひあるき給ふ
ぞととはれて春女ぎうちうなづきわらはがうへには
さま〴〵の物かたりはべれ共いつちやうにはつくしかたしと
ひとりの小ものさへめし
〽日にましあきなひ
〽おほかりこゝをもてそこに
はべるてま介といふやい
つかふてともかくもして
世をわたればさと
〽人らわらはをたゝ
へへて山もりやのおこわ
しとよべりおもおん身はたざいふ
はやわざ左ゆう
ひとしくひよろ〳〵と
ひよろつくよわこしした
たかにうたれて小ものも
あるじのをとこもあなや
と一トゑさけびもあへず
いでてこのところまで来つる
なりしかるにそこにはべる
をとこはわらはが為には
いとこどちにて名を
あか八とよばれたり
すらとゞまりかたゝあはてふためきまよひ
いふにおこわもうなづきてしからばしゆくしよへともなひ
はべらんいざ給へといふ程にあか八と手間介はやう
やくに身をおこしてついゐてふたりが物かたりが物かたりを
聞つゝおどろき且おそれてもろ共に
ぬかをつきわれ〳〵凡
夫財のかなし
さはわづかの
身をひるがへしてたふれたる程も
あらせずいせんの女ばうおく
このふもと
ぢにて
ぜにをとらん
とてさる
ればせにおづかけ来つこのあり
さまにいよ〳〵いかりてもつたる
右の
下へ
もたくましき
女中としらす
ぼうをとりのべてうちたにさん
とおめいてかゝるを青やぎさはゞふ
けしきなくひとつのぼうをなげず
ててめ手にいこせし一トすぢのぼう
もて丁とうけとゞめいともはげしくたゝいせ
かふたるしゆれんにびるむころだの女ばう
□□□□□□□
〽いたいめ
いたいめ
せずとよいものを聞わけの
よいあひてはきらはぬまだかいのふ
ないばつかりでそれ見たことかこりたが
けをふきてきずをもとめたる
こうくわいこゝにたちかたしさだめておはらは
たちたらんがしらでをかせしとがなれば
海なす心にゆるさせ給へざらばしる
いべをつかまつらんといひつゝひとしく
さきにたちてやかてしゆくしよへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あはてふためきかまへのそとへはしりのきつゝ
ゑをかけてヤヨまち給へいふごとあり思ふにましたる
おん身の手のうちさつするところよのつねなるをなごにてはあるべからず
名のり給へとさけぶにぞ青やぎにつことうちゑみて今は何そか
つゝむべきもとはみやこのものなれどもだざは府〻にながきれたる其やきとし
いふものにこそとないるにおどろくこなたの女ばうしからばさきにみやこにて
大ばくれん牛おにばゞを只一トうちにころし給びしかのあをあらすやきどのかと
ふたらびたへばうちうなづきまことにとはるゝ青あらしい春やぎはこれわよはなりと
ふたゝびたへばうちうなづきまとにとはるゝ青もし
いふにます〳〵おどろく女ばうぼうなげすてぐひざまつきわらはまろこはありなから
さる勇婦人婆心を見じらずしていたくぶ礼をしはべりぬわらはもも
みやこいものもの心をしるころしよりしてをんなのわざにはいとうとくせい
我げいをのみこのみしかばつてをもとめてみやこなるをんなむしや
所のをしえかしら今もその名はかくれなきとらの尾の一も右のなかへし
ねへしかしあんまりひ
〽あすか山や日くらしの
かはらけではなけれどもなは
あすか山や日くらしの
かはら仕ではなけれどもなけらすためさかなをとゝ
ことならばたれにもまけるもいし
のへあか八つぎん
ねへしかしあんまりひどいぞ〳〵のへあるはつきん
ナヽナヘナヘコト
いいせいすいこ伝四編
もろともさま〴〵なりせな大かた「左の上ゟ帰せうさくら戸どのとしばらくいどみたゝかひにきそのときくだんの
ならざれば去なぎふかくよろこびて□とりせいとうややうゑせはかせ大いとがわよはをともでにとゞめんといはれといはれここ
かりしかどその折思ふよしあればつひにみやこへおもむきにきこのときはじめて
さてみやとにてありしかく〳〵〳〵〳〵ころしかどそい折思ふ事あればつひにみやくおもむきにきはしめて
事又だざいふ
よくしりぬかゝれば今さらおめてとしづのともてへ
にてのことのおも
おもむきてたのまんこともおもぶせんなほ又よそに
むきこたび
さんせひめを
いさゝかの心あてもあるなればといふをおこわは
おくりの為
たんだいのぶ
たんだいのふ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たねの下知にした
がひせわ田くり太夫
らとともに
〽おせわになつたさくら戸さま
しづがたけにと聞ながら世たいに
かまくらへおも
むく道中どう
まや山のほと
かまけてたづねも得せず
只今あなたのおものがたりで
くはしいことがしれました何は
なくとも御酒ひとつサア〳〵
りにて七人の女
あがつて下さり
山たちらにたばかられ
ませ
さんせひめをうばひとられしそのことの
はじめをはり且くり太夫せわ田らがわがいふ
よしをきかずしてかのわさはひにあひしこと
その折すでにかくごをきはめて自がいせんと
しつれども思ひかへすよしありてのがれてこゝ
まで来つるよしのいちぶしやうをときしめせばおこわはさら也
あか八も只春やぎがふゑあはせをなゞざめかねてもろともにたん
そくのほかなかりけりかくてその日もくれしかば青やきは思ひかけなく
こゝにいち夜をあかしつゝそのあけのあさおこわらにいとまこひ
していでんとするをおこわはきかずおしとじめてこはいづちへとてゆき
あらずともあきゆふやすくおくらせはべらんまげてこなたにとゞまり給へといとねん
□□□
給ふそねがはくはわらはがじゆくしよにいへまでもとうりやうし給へさせるもてなは
聞あへずとほくゆかりを
もとめんことは道中もなほ
心もとなしおん身の為に
かくれがかくれがのはへる
かしこの所よりほどちうき
こんごう岩にはむかしより
あまてらのはべりしにちか
ごろかなつぼまなこしら
蛇爪といふあくたれ波女々は
かのあまてらに同しゆくせしが
万夫ばんぶ尚父のわきりやう
あり紙げいもよのつねならざ
れば只いつとなく手したを
あつめてあまほうし
らをおひ
やうしなひ
くだんの
てらを
とりでと
しつ
ひはぎを
ごとゝする
ごろにとゞむれども青ゆぎきがずかうべをうちふりおこゝろざしはうれしけれどもわ
ははこよなきつみ人なるにおん身ふうふをまきぞひせばこうくわい
そこにたちかたし口は再会録の日をまたんのみといふにおこわい
とゞめかねてしからばいづこを心あてにおもむき給ふごとやらんと
ふたゝびとへばかうべをかたむけさきに
しやめんにあひしをりみやこへかへるみち
すからしづがたけのほとりにてかやう〳〵の
ことによりおん
いふこといふ
身の舌の丁へ
きを
柳
〽おん身の
お師せう
さくら戸とのはしづの
とりでにゐやしやんすが
わが身もおなしいち
ごのやくなんいさいは
只今いふた
とほり
すいりやう
くだされ
ませ
女ばう
ほどに兵
とゝもとは
せたいで
ていしゆは
気らくで
こざり
ます
らうざいほう
四五百人の手したあり
らうざいほう
もべしいへばさらなり
とふうぶんかくれ
なきもの也たのみ
給はゞかならずとゞ
めんこの義にした
がひ給へかしといふを
春女ぎうち聞て
八〃
つゆのいのちをいと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
をしみて山たちばゞの
むれに入らんはねがはしからぬわざなれ
どもおん身のゐけんももだしがたしまづ
こゝろみにゆきて見んといふにおこわは
よろこびてあさいひをすゝめしかば青
やぎはおこわらによろこびをのべいとま
ごひしてこんごう山をさしてゆくほどに
と見ればむかひなるもりのうぢにいつ
くろくかたち大きくこうふくだみたる
あんぎやのあまくひせをまくらにかた
たねしたるがたちまちにめばさかしけん
まちかく来つるまえやぎを見るよりはやく
身をおこしてまくらにたてたるくろかねの
ぼうおつとつてこゑたかくひるねのせん事を
うかゞふてものとりに来るひるとびめ日に
もの見せんとのゝしつてぼうひとめかして
うたんとす青やぎも又大ぎにいかりてほ
ざいたり野ふせりあまめがなんぢそ次へ
ナヘナヘ云ヘ二専日角
けいせいすいこそいすいこそ
きととほきこゝらのかげにあみをはりてたび人をおひおとす大ぬすへにて
急雨ひきりしきりにふるごとく猛虎焼り山林既にいどむとき谷風影にはかに
おこるににてせうぶははてしもなかりしかば春女ぎはいそがはしくぼううけや
めてやよまてしばしあなどりがたきおことが武げいさちするところよの
つねなるあんぎやのあまにはあるべからずとくくなはれいかにそやとたくゑせかしこゝもすいしけんかれらみやとへ
とふにこたへずあんぎやのあまはまなこをいからし丁ゑふり立て
今さらなのつて何にせんはやくせうぶをけつせよと又打かくる
ぼうの給せうけとゞめつゝにつことうちゑみわれはおことが
おそろしさにたばかりうたんとするものならんやわれは
きことほきこゝらのかげにあをはりせたび人をおひおとす大血す人まて〽太上ゟせんちよりにわたちまちあらはいでも
あらず見かくござをせよといきまきたけしくすぬむかへばあんぎやのあまがきくら戸をすくひつくも平五郎はいたく
はやむかくるかなさいぼうをしこみつまもてうむるがしぬきあはせつゝすかゝこらしてつくはなきことを得たりかくこと
はろしとたがひのしゆれんひしゆつをつくせば青槙げくもまにたゝかふときなることまりまで見おくりてきく
高またりしきりに哥ごとく猛尻峠山林袋にいどむとき谷尻枝にはかにしら戸らにわかれつゝわつみはふる
くさへかへりしにくだんの土九郎くも
平にわが名をなのりしらさねども
ふせかしこくもすいしけんかれらみやこへ
京へりてさくらら戸を得ころさ
さんざりしことのわけはかやう〳〵と
わなみの事をうつたへたり
これにより亀きくは
わなみをゆ印
よしあるみやこびと青あらしの春やぎとてうねめの
かずにも入りたるもの也もとよりうらみもなきお
しのぎをけへりていづれまれあたらいのちを
うしなはゞいとおろかなるわざならずやと
いはれてあまはうちうなづき世のふうぶんに
かねてきくおことはさきにみやこにて牛おに
ばゞをきりふせて所のがいをのぞくもの
ゑせびく
からそのをりつくしへながされしかの青あらく
◑印ゟ
しの青やぎかととひかへされていふにや
いきどほりて
およぶわらはこそそそのまふぎなれシテいく
およぶわらはこそその春やぎなれシニつく
じやう仏寺へ下知しやう仏寺へ下知しつゝわな
又おことの法名はとふたゝびとはれてあんぎやの
又おことの法名解はとふだゝびとはれてあんぎやの
あまはから〳〵とうちわらひその名はかねて聞しつたる
青やぎどのことは思ひもかけずこゝにてあひしはふし義のえん
思へばあぶなきことなもきわかはさきにかひの国にてなま
よみ屋の後家だかひきを一しこぶしに打ころしてちくてんしつゝ
にまになりたるはながらのたつ法名を妙薬のめ
あまになりたるはながらのたつ法名を妙達
よばれたかさまぐさひくにではへるかしとなのれば。春女ぎぐんありをんななれども武次次に
みをてらにおくことをゆるこずあまつさへ
はやうちむかふと聞えしかばわなみはてらをちくてんしてふだ
たびたびたびたびたびたびたびたびたびたびたびたびたびたびてきくに
母しちかきころよりこんごう山にはかなつぼし
まなこ白へびといふ□だちの大ぜう□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ぐんありをんななれども言けいに
ぬすへの
ひるねの
ゆめを
やぶれかさ
やぶれ
ころまの
ゑせびくにサア
まつすぐに
なを
なの
りや
あまたとり手のつわものをもでやにはにからめとらせんとて
ほうゑみてさてはうき世にかくれなきはながらのあまたけて且りきりやうも万夫雄の勇
ごぜなるよちかきとろまでふからなるじやう仏寺にありあまたの手したをあつめ
ごぜなるよちかきころまでふかくさなるじやう仏寺に
たりとふうぶんかくれなきにより
ありと聞えしにその夫いかなるゆゑありてこゝちをはいたりとふうぶんかくれ立都により
くわいじ給ふやじんと思へば妙達さればとよすぎつるとしむれに入らんと思ひづけさしめかし
こへおもむきしに白へびわなみをつたは
かのかめきくににくまれて偽渡の国へながさるゝさくらわがこへおもむきしに白はびつしやそをつた
がふてとゞむるけしきなきのみならて
水須船の事いよ〳〵心もとなければ見えかくれにつけて
只一チわんの酒だものませずわなみ
ゆきしにはたしてみちおくりのはしりつかひくも平土九郎
いといふこといふ
しめしあはせつつひにみちにてさくら戸をころ
もはらのたつまゝに思ひの
「中ゟわりなく
さんと右の下へ
まゝにのゝしりしをかれがも
したの山ぞく
わなみをおしいだ
らが□下へ
して山門宿
〽うぬはもがりか
〽うぬはもがりか
ひるとびかあまめ
めらうめげんさいめ
手むかひすると
とざしたりうち
やぶつて入らんことかたくも
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
だんかふするにますことあわしゆへ
あらぬわざなれどもかれは大
てきわなみはひとり且よんへよりものを
くはねばうへたることも大かたならずまづしり
ぞきてしあんをせめと思ひかへしゆこゝ
まで来つしばしやいこひあくる也といちふ
しゞうをものかたれば青やきも亦その
身のうへのはじめよりをはりまでかやう
かやうとときしめし又山もりやのおこわが
事しか〴〵也とつげしらせさていふやう
なに山ぞくやうちほろぼす
やだきものなれ共がれはあまたの
や手にありはかりごとをもち
ひずてけつ気にはやらばあやまち
あらやまづ山もり屋のむきて
一トうちだぞ
くぜへをは守守角
けいぜいずけご伝四編
九
いざ給へとてさきにたてば妙
たつこの義にしたがふて音
やぎともろともに山のりやへぞ
おもむきける○されば又さきや
白へびが事さへにおこわらにときしめ
せばおこわはおどろき且よろこびて妙
たつと青やぎをおく野しきへむかへ入れ
たつと青やぎをおく野しきへむかへ入れ
さらに又酉食し物をすゝめてある
さらに又酒食剤をすゝめてめてあか
八郎もろ共にさまばよのてなしづ白
へびをうちとるべきはかりごとをだん
してかれは手したのおほ
してかれは手したのおほ
かるに苦肉すのはかり
ぎは山もりやへ立かへりて妙たつがこと
かにするにおこわはしばらくしあん
柳丁あらみをおためしなさるゝなら
いざ給へとてさきにたてば□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
土たんでもつきませう
なはもずいぶんねんを
入れて井戸つなでくゝし
ましたからお気つ
かひはござりませぬ
ごとをもてせずはかちを
とることかたかるべしわなみ
ひとつのはかりごとあり
はながらあませをいまし
めてこんごう山へひきもてゆきかやう〳〵にはからはゞ
たやすくかやつをあざむくべしそのはかりごとはしか〴〵也
と手にとるごとくさゝやきしめせば妙たつ青やぎ九あはも
うち聞て此はかりこと妙也としきりにほめてかんじてやま
ずさらば今より打たゝんとて大きなるなはをもて
かりに妙たつをいたゝいましめおこわは妙たつがかなさい
ぼうを引かたげて山かたなをこしによこたへますやぎはしこみ
つゑあり八とてまめは竹やりをたづさへ又さと人のちからし
ありてうぜだてをこのむわかものを十人ばかりかたらふてへ
はかりごとをときしめしみなつれたちて妙たつそひきつゝ
こんごう山しへおもむけば山門院をまめる山へでくらすゝみいで
あはも
ことも水の
〽アヽかたがめりこみ
あら〽さやうとも〳〵はやくおわたし
まうしたいのふ
きうだはやくうけ
とつてくだされば
まちで世をわたる
われ〳〵せめてもの
われ〳〵せめてもの
御おんほうし
いけきつて
ままりまし
わけは
何じや道郎
あなたえ
ゑらう
ました
嘉右衛門
○印ゟみち
御かんにあづも
びきせられて
ひきせられて
ばやとてさとへら
高府
いろともにすいさんし
ほとりにいた
りしかば白へび
八らにて候也しかるにけふ
この大びくにわらはが
見せにしりをかけ
あくまでにのみくらひ
していちもんもあた
ひをとらせずあまつ
さへこんごう山しの御ぜん
さまにしか〴〵のうらみ
あればからめてより
火をはなちてやき
うちにせんなんど
のゝしりくるひて
手にあはず
おしとゞめてそは何ものぞととがめたりそのときおこわは
これはふもとの北山むらにてこわめしにしめなんじ
わたりはべるなる山もり屋のおこわある
よりて
かで
めて
酒すゝ
めえひ
ふしたるを
うかゞふて大
ぜいやにはにをり
かさなつてかゝいけどつて
候也さればこの大びくには
御ぜんさまにあたなすもの
なりひきもてまゐりて
よしをうつたへいかで天下の中へ
〽でかした〳〵
よいざま
いとぞことは何ものばとこがめたりそのときをわは先にたちてたるにて候とましやかへげけるば山ぐらやしは思ひ
うち聞てほむること大かたならず此よしをみ
これは妙望との北山むらずともにしめなんどをうもて世をうち峠とほむるとないたりてしかぐと
げ申さんとて一両人おくにいたりてしか〴〵と
うつたふれば白へび聞て大きによろこびそのものものもの
どもをよび入れよとてみづから本堂歌に
たちいでて高座物のしとねにつく
ほどに宗徒述の山ぞく四五十人
がやう
左ゆうふたかはにゐながれたりその也
さきの
ごとく
ときおこわらはいぜんの山に
それでも
さわぐか
ぞくに
朱印{
たはすくか
なぶり
ころしにして
くれふはやく
こゝへひき
すえろさ
〽とても
おいらが手に
のらぬやつだに
こわめしやの
はかりことで
手もりを
〽なるほど
りやう理
ものだの
御いはず
もふひ
さをたゝ
きてうちわ
らひそのびくに
かめはさきの程
この山へ来てやどん
こひしをかやつがのぞ
みにまかせぬとて
いかりくるひしの
ならずこの
もつてわかにひ
んをわるゝばる
りにはりつきへ
けけせいすいこ件四編
十一
おんを思はずしてなほ仇此せんとほざくことたれかにくしと思はざるべき今わが事也
かいとりてまなこをいからしこゑをふりたてしにそこな
ひのぬす人ばゞめあくことしらず物ををしみてあくまでへ
われにつらかりしむくひはてきめん天のせめぐわんねんとつ
とのゝしつてぼうひらめかしてうつてかゝれば白へびいたくおど
大喝喰一声怒妙たつがびくにがひあるおがみうちに
白へびあつとさけびもあへずかうべをみぢんにくだるへ
れてなうみそいでて死んでけり左ゆうに
れてなうみそいでて死んてけり左ゆうに
なみゐしむね徒との山レぞくこのていたら
くにおどろきさはぎてみなくかたなをぬき
そばめおしへだてんとするほどにすきも
あらせず春やきおこわあか八てま介さゝ
人らまでえもの〳〵をうちふりてさへぎり
とゞめてはたらかせずなかんづゝ青やぎが
太刀さきにあたるものあるひはかうべを
うちおとされあるひはどうきりから竹
わりまたゝくひまに二三十人にまく
らをならべてうたれしかばのこるも
にがさじとおふてゆく
半死半生はせうにて
ふかであさ手をおはぬも
なくよろめきながらにけ
はしるをはやぎはこわら
かんをやきおこわら勢勢もなく上在下へとかへしたるしうしやう大かたならざりけり
はしるを青やきおこわら
口へびすでにうたれしよしをきゝつあき
れつ度どをうしなひてたゝかはんとする様
先に
すゝみてなほ
ろきて高野峠のうへよりまろびおちにげんとするをにがしもやらず
されば数百紙百袋の山ぞくども
まげたりやまひけのなきわが身なりしにづつう八百のさう堀ばをくるはせ且きよく
ろくをふみこはして壱舟に弘心あまりのそんをいたさせぶ礼くわんたいごんごとうだん
ゆるしかたきやつなれどもあま法師のことなれば命をたすけておひいだせにさる
わら勢怒もなく上を下へとかへしたるしうしやう大かたが
□□
からきりきいなみてながりころしにしてくれんとく〳〵こなたへおしすゑよといふよ〳〵
おこわはこゝろえて青やぎらもろともに妙たつを高座燈のほとりへおしすゆるやうにして
たちまちなはそ引とけば妙たつはやく身をおとしておこわらがもて来たるくろかねのぼう
むねをつかれて
〽はらをふまれてはらはたてども
ダフリ
達し
はらへあなを
〽うはばみ
白へびでも
白へびでも
てともするびくに
じやあねへうぬどてつ
あけて
穿胸国諸とへ
たなが元を
させてこま
さう
思ひしつたかし
影響を進む
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ます
狩牛――
第一
□□□□□□
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第四編
歌川国安画
上帙巻之下
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
馬琴作
穴居よく雨を知る
おかたひきざうかつやまむらりよじんちやう
岡田引三が勝山村の旅人帳
けいせい水滸伝第四編の式
国安画
我から崎と渡りあふ
討手の兵を焼撃の日枝山下風
ゆへびはすでにはやかたつようちころされてのこるむね徒の山ばくらは又これか
春やきおこわらに大かたならずうたれしかばこのかたまつどひたるもしたの
大ぜいおどろきさはきてえものくを引さげうちふりむらたち来たち来たつて
妙たつらをおつとりとめてうたんときそふをものへしやと妙たつみやぎ
おこわもともに引うけてまたゝくひまにきりちらせばとつとくつ
れてにげはしるを山のそはべにおひつめたる妙たつ春やぎこゑこゑ
やかに天ばつ思はぬぬす人ども今より心をあらためてまことのに
人にならんとならばわれなんぢうが命をたすけんいかに〳〵
とよばゝるにぞみな〳〵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
やいばをなげすてての
大地にひれにしかう
べをそろへわれ〳〵心こ
□おろかにてかけ
ぎりにわびつゝこうざんしてければこれらをゆるしてしるべとしつ妙〳〵
くわしぼんにもるぞよ
みな〳〵
〽たんながおこわに
かけられてにしめな
ものはおいらだらう
ごましほよりも
たしないいのちを
もとさけとにいへを
たかへうし給ひ身のおきころなきを
おいてもてかならぼしまなこの手したとなりぬいのちをたす
なでけなはらばいかで他よそむくべき心をあらためなめんと〳〵〳〵
たつとはやきはこのふる
てらのあるじとなりて山だちの
とほり
さへたうぞくのうれひなくなりしはみなこれ妙たつ青やぎがおの
わざをせずたき木をきらせ
すみをやかせあるひは薬草まうを
とらせなどしてさとへいだしてしろがへ
あらざりけり是よりさきにおとわ
あか八らは妙たつ青女ぎよわか
おの〳〵いへぢにかへりしが百へびがほろびてよりさとに
させあまたの人をやしなにものとぼしくも
これをつげてまめさとんらもろともに
十八せはすは二島四扁
左上ゟ武勇のとくに
よるもの也とてをち
たちの
百姓
ばらでき
あきごとのはつ
ほはざら也
むぎまめ袖
さいにいたる
〽までおの〳〵
こんごう山へもて
ゆきて日なかへし
◑一りふ
女たつ春やきにおくりし
かば兵らうにすら
ともしからず
こゝも一箇の国
□□□□□□□
同
此国とり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
春女記は
あせたの手
〽したにうや
ひ宅まめんだ
かに月日をおくり十
けり
ちくやくにてこひ
領主川崎のおち度とたるべしといともきびしくふれられたりさらでも
はりまの郡領我うはざきにのぶたねのいへのこたる坂おゑもん
太がうつたんによりて大きにおどろきかの七人のをんなもがり
らをしきりにせんさくするといへどもたえでたよりを得
ぎりしにかまくらより御ぎやう書したうらいして
しづけんの下知げんぢやうなれば心のうちにおそ
れもだえ家臣めんらをうちつどへて日ごとの
ひやう義まち〳〵なりそが中に屋久手でとら
右衛門といふいへのこは
市のつかさをうけ給はりて
みろのわるもいたうぞくなか
からめとをやく義とすなれば
かねてしゆうめいにしたがひて
あまたのくみ子を引ぐしつゝ
日々にちまたをはいくわい
しつゝせんさくなほざり
ならねどもいまだたよりを
得ざりしにだざい府により
のぶたねのしよ状たう
らいしてかまくらより御
沙汰きたありかのくせ
ものらはいかにぞやとく〳〵手
しげ門どいよ〳〵もだえてやく手とらゑもんをめし
ところのわるものたうぞくなんどを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ものらはいかにぞやとく〳〵手
身のうへなるべしと巨細記に下知をつたへしかばぐん領
だてをめぐらしてめしとつてまゐらせ給へさらずは
言あらしの青やきをせんさくげんぢうなるものからなかんづくしげ門どが
りやういふんはそのこんほんたるところ也追捕何となほぶざりに月日をすぐきば
ざれば又かまくらのしつけん北でうよし時はくに〳〵へ下知しつゝがのまや山のこ
さんせひめとほうけんをうばひとつてたちさつたる七人のくせものらならびに
さむらび
もちろんらもそのをり〳〵にちとの
ごんしつるものからたとへのふしの
◑左の上介さすがにつまの
おとゝなればとら右衛門も
やむことを致ずしぶりなる
らもそのをり〳〵にちとの
かねをつかはしてぎびしくゐけん
ぬかに
くきよく
きく
〽藤ほざりにして
なんぢが
このとほりいへの
べうは
見え
ぎりき
さる
ほどに
とひき
蔵は
でるたび
ことにうちま
〽とら右衛門と
けてこいめる
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かへられぬ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なければけには
へんたういたせ
あねごをいたぶりて
とらゑもん
けるしうないそせばやとて又ことて又さり
ゆだんを
いたすな
ちとのもとでに
せばやとて又こり
すまに東つりんその
ときお井戸は思ふ女う
あのひき花が用ありげに来
ぬるはそんのゆくすぢにてろくな
ことゝは心心はれねどかゝるときには
おうけをひぎともだんかふさすがに
のぼしかのくせものをせんざくの事きびしく申つけ
かぎしに今にいたつてとらへ得ず見よだざい府より
ないせうあつてかやうにつたへられたる也この事
なほも功がなくばわがいへつひにだんぜつせんか
これも亦はかりがたしひつきやうやく義をおろ
かにしつるなんぢがふ忠によるものなればけふより
して十日のうちにたづねいださぬものならばすなはち
なんぢがかうべをはねてかまくらへまゐらせんゆるかせな
らぬ後日おのせうこはまつこのとほりといきまきたけく
身をおこしたゝわきさしのかたみつをぬきてとら右衛門が
たぐさをふつときりとりつ命をしくはたぶさのけのいちゝ
とものびめまにかのくせものらをからめていだせ十日
下ゟこゝへ
出てなどていつ
すきてもその義なくはなんちがかうべをはねんこと只この
はいのみ給はぬぞととはれて
たぶさのごとくなるべしこゝろえたるかときひしきしゆう入下
かへずことばもなかりけり○されば屋久手とら右衛門ばお井戸はさればとよとらなめ
とのはいといだう気のもめ
心のうれひやるかたもなくさらにゆめぢをたどるがごとくといはいといたう気のもめ
うへ〳〵としてしゆくしよにかへれば女ばうな井戸いで給ふことあればなんどにこもりて
むかへをつとのたゞさのなく思うしを見つほどろきあやしゐ給ふかしといやにひき蔵
みてまづそのゆゑそたづぬればとら右衛はしゆう命明のまなこを見はりてあにきは
ありつるよしをものかたりてかゝれば今より十日へてもかのくせものにふそくなきげつこう
ものらのありかしれずはわづ一ナ命はたもちがたしいかになる役がらにてぜにてぜにかねの
すべきとわびしげにかこては九井戸もむねつぶれてなくきやつかみどりいつも正月なるべきに
かねつもろともにぬぐふなみだのつゆの身につゆのいのちの気のもめるとは則ごとそと
あやうさをいるにせましとばかりにふうふひさひそあはせしとひかへされで小ひぎをすしめ
つゝだんかふはてしなき折からとのかたより来るものあめこれはそなたはいまだしたしてやあらん
これとらゑ丞門がつまお井戸が為には只ひとりの弟此出ていぬるまろまや山々のほとりにて
酒をたしみかけをこのみてやゝもすればあねむとにおひめの
しりをぬかはするえんやだふしのゑせものなれども出の下そどゝそのていやらくはゑう〳〵と鳴つる事につまにつぶ
おうけを
まうすが
しん身のことなればちからに
よいぞや
よいぞや
なるよしなからずやはと
あたゝめてありあはせたるさかなを
とりそえみづからしやくにたつまでに
大かたならずもてなせばひき花は
ちよく引うけてまづ二三ばいあやり
つけあにきも酒はすきなるにおくに
ござら□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おか田のひき萩とよはれたるきはめてをこのわるものにてかまくらへくさまあらするさんせむめと
しあんをしつゝいでむかへてつねには
あらぬあいそうよくにはかに酒を
あま国のほうけんをうばひとつたるくせものは七人のばんな
酒をたみかけをさのみそやもすればあねむれにおひめのあまにのほうけんをうよひみたいくてものは七つのその
ぞとよそのていたらくはかやう〳〵と聞つるまゝにつぎへつゞくし
十ヘ子六七ヘ一専曰扁
同十一日
音あらしの春やきをせんさくげんぼうなるものからなかんづくしげ門どが
りやうへふんはそのこんほんたるところ也追捕おふなほざりに月日をすぐきば
領主川崎のおち度どたるべしといともきびしくふれられたりさらでも
はりまの郡領長うはだきにいぶたねのいへのこたる坂おゑもん
太がうつたんによりて大きにおどろきかの七人のをんなもがり
ちをしきりにせんざくするといへどもたえてたよりを得
ぎりしにかまくらより御ぎやう書したうらいして
しづけんの下知げんぢやうなれば心のうちにおそ
れもだえ家臣見らをうちつどへて日ごとの
ひやう義まち〳〵なりそが中に屋久手女とら
右衛門といふいへのこは
市のつかさをうけ給はりて
からめとるをやく義とすなれば
かねてしゆうめいにしたがひて
あまたのくみ子を引ぐしつゝ
日々にちまたをはいくわい
しつゝせんさくなほざり
ならねどもいまだたよりを
得ざりしにだざい府により
のぶたねのしよ状たう
らいしてかまくらより御
沙汰きたありかのくせ
ものらはいかにぞやとく〳〵手
ところのわるものたうぞくなんとを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
だてをめぐらしてめしとつてまゐらせ給へさらずは
身のうへなるべしと巨細紅に下知をつたへしかばぐん領
しげ門どいよ〳〵もだえてやく手とらゑもんをめし
ざれば又かまくらのしつけん北でうよし時はくに〳〵へ下知しつゝがの。まやものゝ
さんせひめとほうけんをうばひとつてたちさつたる七人のくせものらならびに
老だう
○左の上がしさすがにつまの
さむらび
おとゝなればとら右衛門も
きのとくやむことを得ずしぶりなり
らもそのをめ〳〵にちとい
かねをつかはしてきびしくゐけん
むごんしつるものからたとへのふしの
ぬかに
くぎよく
〽雨ほざりにして
なんぢが
このとほりいへの
□□□□□□□□
きく
べうは
見え
ぎりき
さる
ほどに
でるたび
ひき
義は
ごとにうちま
〽とら右衛門と
けてこいめる
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なければけには
とらゑもん
あねごをいたぶりて
ちとのもとでに
せばやとて又こり
すまに来つりんその
いたすな
ときお井戸は思ふやう
あのひき花が用ありげに来
でぬるはそんのゆくすぢにてつくな
どことゝは思はれねどかゝるときには
のぼしかのくせものをせんさくの事きびしく申つけ
かぎしに今にいたつてとらへ得ず見よだざい府より
おうけを
やうけをひぎともだんかふさすがに
ほうけを
まうすが
しん身のことなればちからに
よいぞや
ないせうあつてかやうにつたへられたる也この事
なるよしなからずやはと
しあんをしつゝいでむかへてつねには
なほも功をなくばわがいへつひにだんぜつせんか
これも亦はかりがたしひつきやうやく義をおろ
かにしつるなんぢがふ忠によるものなればけふより〳〵
して十日のうちにたづねいださぬものならばすなはち
なんぢがかうべをはねてかまくらへまゐらせんゆるかせな
らぬ後日おかのせうこはまつこのとほりといきまきたけく
身をおこしつゝわきさしのかたなをぬきてとら右衛門が
たぶさをふつときりとりつ命をしくはたぶさのけのいちぶ
とものびめまにかのくせものらぞからめていだせ十日
すきてもその義なくはなんちがかうべをはねんことめこの出てへごとていつ
はいのみ給はぬそととはれて
たにさのごとくなるべしこゝろえたるときびしきしゆう命心はいのみ給は給はぬそとさはれて
かへずことばもなかりけり○されば屋久手とら右衛門はお井戸はさればとよとらぬめ
心のうれひやるかたもなくさらにゆめぢをたどるがごとくといはいといたう気のもめ
うつ〳〵としてしゆくしよにかへれば女ばうな井戸いで給ふとあればなんどにこもりて
むかへをつとのたまざのなくなりしを見つゝほどろきあやしゐ給ふかしといやまひき蔵
みてまづそのゆゑそたづぬればとら右衛はしゆう命明のまなこを見はりてあにきは
ありつるよしをものかたりてかゝれば今より十日へてもかのくせしものにふぞくなきけつこう
ものらのありかしれずはわづ一ナ命はたもちがたしいかになる役がらにてぜにかねの
すぐきとわびしげにかこては本井戸もむねつぶれてなかきやつかみ〴〵とりいつも心月なるべきに
かねつもろともにぬぐふへみだいつゆの身につゆのいのちの
あやうきをいかにせましとばかりにふうふひたひをあはせとひかへされて小ひざをすらめ
つゝだんかにはてしなき折からとのかたより来るものあのこれはそなたはいまだしらでやあはか
これとら原つがへま五井戸が為にはさいひとりの弟峠にていぬるまつまや山口のほとりゆく
おか田のひきされとよはれたるきはめてをこのわるものにてかまくらへくざまゐらするさんせひばと
酒をためかけをこのみてやもすれはあねむきにおひめのあまにのほうけんをうひこかたいくやものは七人のそん
しりをぬ〽はするえんじやだふしのゑせものなれどもののそこそのごとくはたう〳〵と呼める事につまにつまへつく〳
づけあにきも酒はすきなるにおくに
ござらば
あらぬあいそうよくにはかに酒を
あたゝめてありあはせたるさかなを
とりそえみづからしやうにたつまでに
大かたならずもてなせばひき花は
ちよく引うけてまづ二三ばいあやり
あま国のほうけんをうばひとつたるぐせものは七人のばんぞ
ぞとよそのていたらくはかやう〳〵と聞つるまゝにつぎへつゞく
おそれ入り
十八十八十八月八十九日
いいせのこんせう
ゑもんとのはいぬるころより夜の日も
あはずたづね給へどちとばかりだも手
かゝりなしこのゆゑにとのさまの大かたならず
いらだち給ひてけふよりして十日の
内にかのくせものをからめ
とらすはなんぢがかうべを
はねんことかくのごとくなる
べしとてもとゞりをきり
とらせ給ひぬさればとてけふ
までも手がゝりとてはたえて
なしこのゆゑにこそわがつまの
ものおもひし給ふもいとことわりに
はべらずやといひつゝなみだを
おしぬぐへばひき長はつく〴〵と聞つく
たちまち高やかにから〳〵とうち
ものがたりそをせんさくのことによりとら
きにてそなたは何が
わらふをお井戸はうらめるけし
をかしくてあねの
をつとの大
やくなんいのちも
あやうきことの
よしをおもしろ
きうにわらふ
ぞやといふをばし
きかずコレあねご
その七人のくせ
ものをんなが
その折のなり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かつこうことの
きのいのちをすくはんてだてもおれさまの
むねにあるそのことわけをよく聞たくはもちつ
とちさうをし給へかしにおきのさかなや
ひたしものてだい事のことをきかふとはいけ
あたじけない人たちじやとわるくち
きゝもみゝよりにてお井戸はなん
戸におのむきつゝ今ひき蔵に
いはれしよしをせわしくをつ
とにつげしらせさらに
又さかなをとゝのへいと
まめやかにもてなす
ほどにとら右衛門も
なん戸よりいそがはしく
そなたはかの七人のくせ
ものゝことのやう
すをしりてや
いでて来つ一ヤヨひき蔵よ
やうすを今聞て思ひあはすることあればあに
をるもゝね
がうのあるな
らばつゝまずつげ
よいかにぞやと
とへばひき蔵右の下へ
ないかい
なァ
〽きらせ給ひしたやさとゝもにモウ
いばされぬせん義のやくめもとゆひ
きはに手がゝりもなくなりはてし
この身のやくなん四百四俵のぶん
米津より武士衛ほどつらい
ものはないはへ
一けへせへとは三島四郎
左の上ゟほうゑみてあにき今
日がさめましたか日ごろはおれを
のゝしつてのうなしものじやのじん
るいのづらよごしじやのとたくさん
さうに五両のむしんは三両へらして
武両もきりかねいち度にやわた
さずいふめをだされたことはなけ
れどくるしいときのかみたのみ
それほどわけが聞
〽けふは
どのみちかねに
ならずはあねこを
くどいてしちくさ
かりてゆかねば
いまらねへの
も左へ
ちにゐるそうて
はなしこゑが
きこゆるいへ
おもてもんから
しかけべい
ヱへこ〳〵
あねさん
ねへ
一の右ゟ
はなすまい
ものでもなけ
れどいふにはちつ
はやいかの
七人のくせ
ものらはこの
たまだへ
かみ
おれがぼつ
はてくびの世の間な
ぼへおさめておいたこな
たのじゆつけいつき
ほるときいふて
すくふてしんじやう
とおちへきがほの
もどかしく次へ
けいせいまいこ件四統
お井戸はなきぞゑふり立てたつたひとりの
あねのをつとのなん義をしりつゝ気を
もませていつまでものを思はするかの御
くせものをかみ入れへへしこんでおいた
とはがてんがゆかぬどういふわけぞ
きかせてたもとうらとふひまにとら
右衛門はなん戸へゆきて小ばんに
五両たづさへ来つナウひき蔵
こはいさゝかのものながらまづ
当ぶんのさか手にせよかのくせ
ものらをからめとりてとのよりほう
ひを給はらばそなたの事も聞えあげて
いつかどの礼せざらんやまづはやこれをい
おさめよといひつゝちかくさしよするを
手にたもとらでおしもどし
おき給へのうへしものゝしんるいだふしと
みゝだこのいるまでに日ころいはれて
こりはてたかばかりのかねもらに
たらいつまでおんにかけるやら
そのほどもしれからぬ
そのほどもしれかねるに
コリやまづよしにしませうと
そらうそふくにたつはらをし
よこになほしてと郎右衛門
ハニアさてひき蔵わるいりやうけん此かねはわがしん
せうをへらしてそなたにやるにはあらずわれはあま
たの役とくありさかな代とてもらふたもの
よけいのかねのことなるにいかでりおんと思ふべき
このかねをとくおさめてかのくせものらをかみ
入れへへしこんでおくといふそのわけつぶさに
いそなめ
□□□□□□□
〽わざくれも三ねんおけば
やくにたつとはあれがこと
今のうき世はしん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
らをはらねば
とても
おぼ
四五
ま
はづま
にや
かへ
湯司サひき蔵
ぢらさすに
もかゝりがあるならば
はやういふたが
よいはいのふ
鬼の上ゟかみ八と
しらせてよとふうふ右よりひだりより
とひでうかけてはてしなければひき蔵は
ふせう〴〵にくだんのかねをうけおさめやすい
ものだがそれほどまでよくどかなればしよへ
ことがないさらばかたつてきかさにかといひつゝ
かみ入れのあはひより反故抔一トひらを
とりいだしまづよくこれを見給へかしわれら
ちかごろしあはせわるさにひやうごのかつ山
村におもむきしにかしこもまうかるくちは
なし折から庄屋のものかきが大びやうを
わづらひてかはりの人にことをかくに五日
ゆきてすけずやとある人の
いふにまかして庄屋の
やとひものかきを十日
ばかりつとむる程に
かの村のおきてにて
はたごやはいふも
さら也町人
百せうに
いたるまで
とうりう
きやくのあり
なしを夜ごとにせんざく
せられつゝもしあるときはたび人の
名も国ところも聞たゞして帳めんへ
名も玉ところも鳴たゞしてねめんへ
とめおくことしよやくのしつるわざに
なんこれによりよひ〳〵ごとにくだんの
村中をうちめぐりしにいぬるみな
月三日四日のころかつくりかへしの
〽じやのみちは
へびがしるそんなことなら
おれさまにはやくだんかふ
すれはいゝのにはゞかりながら
きついものさイヤめつたには
いはれぬ
十八ヶ所大破死亡死亡死亡死亡死亡死亡死亡死亡死亡死人死亡死人
いでたちつねにはにずからかけ〽つきべし
かんしてなぢりもとはすかくてそのゝちに
途中にてかのかみたが女ばうなる
ひるねずみのしろ粉にあびぬその
いふものゝしゆく
しよに七人の
をんなたび人とう
りうしたりその国
ところをたづねに
われ〳〵はびつ中の
ものなるがこたびとう
治を思ひおこしてせつ
津のあり馬へ
おもむく也名は
しか〴〵といふに
まかして帳めん
にはしるしたれ
どもそがなかに
見しりこしなるをんなあり
かれはまさしくせつ津のくに
天王寺むらの村をきなる
たちからの小てふ也かれらは
われらを見しらねども
われはたしかに見おぼえあり
しかるにまことをつけずして
びつ中なるものといひざもなき名
さへなのることこゝろ行かたく思ひし
かども尚ぶん女とひのわれなるなるに
せんさくだてはむやくにこそと思ひ
けいせいすいこ例四編
きやはんにたびわらじ
してになひ
をけを
かつぎ
たり
いづこへ
一日本
しにちと用
かほりたり且かみはがしゆく
しよのやうすはをさ〳〵
をんな世たいにて
ていしゆはしりに
ありとこたへつゝゆきちがふ
ときをけのうちより酒のかぶんと
しかるゝごとくか
七人のたび
をんなは只
しろ粉こに
のみじたしき
やう也これかれ
思ひあはす
るにしろ粉
もむほんの
同るいにて
かの七人の
しかるゝごとくかの
□□
なかては
モウ
〽かなはぬ
何もかも
まうせはおぢ
ひもある
いもある
こゝろ詩
かくさずにはやく
ときしろ粉どはあつさにあたりて悪きをほつねつ
はなはだしくまくらもあがらざり
二の右の上ゟ一トせんさく仕らはかのこ
人のくせものも定かにしられ候はん
といふをしげ門うち聞てうち
ほうゑみつゝうちうなづきそはくつ
きやうの手かゝりなりなんぢ今より
うち立てしろこふうふをからめとれ
〽せんさくははやりてとりなにがしそとことばせわしく
おつてのことおふすればとら右衛門うけ給はりしゆく
そのとがにんをしよかへりてくみ子をあづめひねに
引たてろあん内鳴させてその夜ゐなかのころ
おひにかつ山村へおもむきつたなほ又庄屋
何がしにことの手はづをしめしあはせふかみ八が門
かをにつどひて急用窮ありとてよばせけりこの
しつゝおきてゐたるかみ八郎
かみ
いでてかどの戸をはあく
〽ふうふのなかでも
心はべち〳〵おとがのくみこねの大ぜいおど
すぢは身にとつて
もうとうおぼえ
すゑひし〳〵と
ござりませぬ
はやらよめてうごる
おぢひをねがひ
せず女ばうしろ粉を
あげま
にがすなとてやにはに
する
おくへふみ
こみてやみ
ふしたりける
ひるねづみが
えりがみつかんで
たびをんなはまや
ちがへを
せまいそや
山にてさんせひめ
とほうけんをかたりとつたるもがり
どもにうたがひなしかのをり名まへを
しるしたる帳面をかきそこなふてかき
なほすときその一チまいを引さき
とりつまくらかみにせばやと思ふて
かみ入れへへしとみおきしをわすれつゝ
けふまでそがまゝあるゆゑにかの七人の
くせものそばわがかみ入れにへしこんで
ほつぽにおさめおきたりといひし
いはれは右のごとしはやくしろ粉をからめ
りがにあごおしなでてときしめせばお井戸がよろ
こびいへばさら也とら右衛門はかれたるなえのあめに
いきたるこゝちして天地をおがみ小をどりしつゝ
よろこぶこと大かたならずひき蔵をばとゞめ
おきて衣はせうをあらためいそがはしく
城中切行へおもむきつゝ申上べきこと
ありとてしゆうのほとりへまゐりし
かばしげ門必ちかくまねきよせて
いかにまや山ンのくせものらをせんざくの
手がゝりありやととはれてとら右衛門
ぬかをつきさん候それがしが内明えんある
おか田のひき若と申ものかやう〴〵に申す
つましろ粉らをからめとつて〽も右の下へ
つましろ粉らをからめとつて〽も右の下へ
くみこ
よしありかゝればかつ山村の百せうかみ八その
とつてきびしくどうもんし給はゞかの七人の同るいは
定かにしらるべきものをめゝしくものを思ひ給ふは
やく義ににあはずおろか也さはおもはずやとほと
〽これはむたいな
かくくるしい水を
いつはいのみ
たいばかり
くすりちがび
なけれ
ども□□□□□□
〽そら病おこす
○わうどうもの
じや
かけはせはすへと専四遍
さんずん
なは
こまごと
いはずと
うで
まはせ
引おこし
□□□□□□□□□□□□
人たがへで
ござりま
ぞへ
ゐしやはや
そんなめ
うごくな
□□□
れ
しろ
かみ八を
からめとつ
たるつぎへ
十月十一日
けいせいまいと作四紙
ことのおも
むきしか〴〵
としゆくんに
聞えあげし
かばしげ門ど
よろこび大かた
ならずしからば
なんぢそのもの
どもをきびしく
粉らを丁印へし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
くみこ
せめてはくでうさ
せよもつとも大せつ
なるつみ人なれば
われもすき見をすべ
〽しぶとい
すんなめ
これでも
いはぬか
けれとてその日かみ八しろ〳〵
印よりのん
ぢゆう所
よの
うちへ
ういだ
させて
きびしく
きびしく
これをせめ
とへども
ゆ右の下へし
「十左の上ゟ〽はじめのほどはしらずとちんじてうちたゝかれでもいふ
ずるともすでにそにんのものありてかのくせもの
七人のうちに津のこに天王寺村のむらをさ
なる小てふもありと穴かにいへりその
ことなければとら右衛門いらだちてなんぢらいかにちは
よの六人は何ものぞありつる
まゝにまうさずはほねをひし
いでいはせんずとしもとを
あげてうたすること一百あま
りにおよびしかばしろ勘は
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
甚つうにたへずしく小てふ
との事ははやしられた
れば今さらにつゝむもかひ
なきとなればとしあんを
しつこゑをたやと申
あげはづりてんかの七人の
をなごのうちにたち
かうのにてふありわら
いはずは
木せめ火せめ也
いだいめせん
はやく
は有小てふにたのま
れてさけうりにいで
たちつゝしびれくす
りをものせんその
余よ六人のをんな
ばらはもとよりしる人
まうせき
ならざればいづくのものにや名を
しだにしらずもとよりをつとかみ
八にはふかくつゝみてはべりしかばかみ
八にはふかくつゝみてはべりしかはかみ
八ははじめよりこれらのことにあづからずゆめにも
しれることならずとわづかにはくでうしたりける
四
をんなばよはいづこのものにやしらずとちんじてさてそのゝちはせめとへとも又いこともなかりしかば
さらば小こやをからめたらばの六人もかならずしれんをのものどもはまづおきねとしけ門ど
下知してかみ八としろ粉をきびしくひと成につながせさらにとゞ右衛門に下知するやう
下知しをかみ八としろ粉をきびしくひと能につながせさらにとらにとら右衛門に下知すいさう
聞くがごとくばくだんの小てふは津の国天王寺むどのものになんこれ隣郡知の民に
して天野様のはん友住遠佐双つのややうじんにありさすがに他領がまへふみ
二みてからめとることはしがたしなんぢかの地へおもむきてひそかにあま時のはん
官にことのよしをつげよかしかの人かならずからめとつかくころたへわたすべきもの也
しかれどもおもてだちてとりつぎ人につきていはゝぞの事のもれやすくてかのくせ
ものらにしられもせんか。しからばとりにがすこともあるべしよく〳〵これらに心
もちひてよしやかの地にいたるともそゝろに城中世行へ入らずして
びんぎの人をたづねとひしゆつ頭人徒をこしらへて遠きみつに
けんざんしことしか〴〵とわが雨をつたへよこのよの事は状気にあり
よくせよかしとときしめしてとほみつへおくりつかはす自筆
野の状をわたしにければとら右衛門はいち義におよばず
しゆくんの秋をうけとつていそがはしくしゆくしゝかに
しりぞきにはかにたびのようゐをしつゝとも人四五人
したがへてなにはをさしてぞいそきける○かくてしへ
屋久手やゝとら右衛門は日ならず津の
屋久手やゝとら右衛門は日ならず津の
くにあませ家女の城下せうの町にとう
ちやくして茶店をのせうぎにしりをかけ
びんぎの人にあはまく思へばそれとはなしにちや屋の
あるじによそ〳〵しくたづぬるやうあま野どのゝ
しゆつとうにんに城下せうに町安治御し給ふも
ひとり二人トはあるなるべしそは何といふ人やらんと
とへばあるじは小くびをかたむけさればとよこゝらの町に
さる人のありとは聞えず但し天王寺のとなり村に一人の
をんな右は半助のありそは当やかたの右筆助りなりし木家路押
〽百五ツとのゝむすめにてその名を大箱焼とよばれたりざれば三トへし
十一里
十八十八七八十七十七日湧
十八
しろ粉はかしやくにたえずしてわづかに小てやにたいまれしとはくでうにおよぶのみそいよの六人の
より
ござま
ほつて
おもむむ
たしかなせうち
ちくいちかとまり
〽他たぶんをいとへははん友
どのに手わたしにい
すがよからう
ともにみちをちえい
もさうしらせよ
こゝろえだるか
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
どのはさきのとし
此しかりていを
つゞきをの手
なししかれどもの
こどのはつきへ
けいせいすいことい四分
天生せいものかくわざにさかしくおやのゐまそかりし日にその
つとめをすら見ならふておほやけざまの文筆必心はをとこにも
ますことありと世のふうぶんに聞えしかは当やかたの聞しめし
けんめしいだしてこゝろみ給ふに人のうはきにつゆばかりもたがはず
只これのみにあらずしてその心をざまぢひふかくて忠信御門孝と
肝のみさをたゞしく義の為にはぜにををしまで人のおちめを
すくふこといきりといふかずをしらずたとへていはゞはる雨ぶの
よく艸木かうをやしなふににたりこれにより人あだ名してはる
雨の大箱といへり又かほのいろのあさくろければうすゝみのみのく
おほばこともよびなし亦男たましひの大はこなどゝも
よびなしたりかゝまでめでたき妙人シなれば当やかたし
かんしんありて父の知ぎやうをそがまゝにくだし
おかるゝのみならずなきおやのあと役に
大はことのを仰付られ右筆略に
じがゆびさしてあのかたざまこそ今いひつる大はこ
左の上ゟ「ことなが〳〵しくつぐる折からむかふより来る
をなごありよはひは廿六七にていろころけれど人
がらよく町ふうならでおとなしくもすそのじかにつま
からげしてすでにこなたへちかづく程にちや屋のある
とのにて候なれとつぐるにうなづくとら右
いそんはいそがはしくたちいでて大はこに
うちむかひそつ余ながらそれがしは
はりまのぐん領しげ門がいへのこにて
屋久手とら右衛門とよばるゝ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なんなし給ふこれらのわざを人もな
けにをんなに仰付らるゝはをこなる
おんはからひににたれども今のうき世は
みやこにもをんな武者所はしやをおかせ
給ひてくに〴〵にもそのことありされば
当やかたの女おしやにもひたとびの稲妻
心持しのすゝきの赤良井あからといふ
ふたりの女むしやさへありかゝればをんな
右筆ゆめをおほやけ妙
汰につかはせ給ふも
さのみあやむことには
あらずもとより
くだんの大はこ
とのゝしゆく
しよは
□□□
ことならばおめにかゝつて
義をもつてあまの
〽どなたさまか
ぞんじませぬがわたしに
御用があるとかへ今当ばんの
でがけじやがひまとらぬ
いこかいなァ
やらん品によりておんとりつぎひたすべきにとうらせへばとら
ゑもんはこゑをひそめてみつ事といへるばよの義にあらず
とのにげんざんをこひねがひ候ものから相
しるものゝなきによりことすみ女かにもの
せられんとりつぎ人をたづぬるにおん身は
大はことのとやらん高名のほかねてせうち
せりあん内いぜらればさいはひならんしゆ
じんのしよ状こゝにあり何ぶんたのみ奉るといふに大はこ
小こしをかゞめて御すいりやうにたがはずしてわらはすなほち
大はこ也はりまのとのよりにこざるゝみつきとは何ごと
宋公明始むらに
ありいへには母え
ありいへには母御
女郎とその清ぎと
なるさるにより大はこ
どのは日ごとにかよひつと
めしてべつにものかき部
屋を給はりをとこをまじ
へずつとめ給ふに民のうつ
たへ何くれとなくわたくしの
はからひなくやかたのおゐに
なることもことさらにおほ
かれば上下のよろ
いふいもとひとりぞはべる
こびいへば
七人のくせものをんなは当国天王寺の
しむらをさなるにてふといへるものゝ
よしそがどうるいしろ粉ふう
ふはすでにはやからめとられし
かれが白でうによりてふん時也
そのよの六人のくせものらは
せい名汝いまだ定かならねど
かの小てふだにからめとらばしれずと
いふことあるべからずかされば小てふを
からめとつてこなたへつぎへ
かねても聞しめされけんいぬるみな月のはじめつかたまや山の
ほとりにてさん世ひめとあま国のほうけんをうばひとつたる
仙女かうでも
もちひて見ればい
つけたら馬鹿に
きくだらう
〽〽よい女だにをしいことには
ちといろがあさくろい
〽そんならあれが
は二よい所へ
さいはび
大はことのか
なきものに
おぼせば
しゆつたうし
つゝつとめ給ふ
たづね給ふさる
すぢの人は
なしと
おもやくなどにあらね
どもこのぬ人ンのほかに
右の下へ
ナヘサヘ春ハ二島田扁
けいせいすいと他巴越
わたさせ給はんよしをたのみまゐらせられん
為にそれがしつかひにたちたる也おん身はとの
しゆつ頭きにて且心ばへもまめやかなるよし
かねてうはきにきけるをもてかゝるみつ事を
しらするのみこの義をもつておんとりつぎを
たのみ奉るとさゝやくにぞ大はここれを
うち鳴て心の中におどろきしがさらぬ
さまにてうちうなづきそはいちだい
事のみつ義にこそ位のおもむきこゝろ得
はべりわらは城おにおもむきてことよく
はからひはべらんがはん官たいめん
あるまでにはしばらく程の
あるべき也わらはふた
たびこゝへ来てあん内
いしはべしんにまち
わびしくおぼさんが
こゝにてまたせ給へ
かしといふにとら右
衛門よろこびてしか
らばこゝにてまち候はん
何ぶんよろしく〳〵といふを大はと聞すてていそがはしげに
城のかたにゆくやうにしてみちひきちがへはらのうちに思ふやう
たちからの小てふとはわれ姉妹凶吐の義をむすびてちかひし
こともありけるにいかなればかの人はたい事を思ひたちながらの
かねてわらはにつげざりけん何はともあれわがあねを
すゝはずはあるべからずとしゆんをしつゝかなたをさして
しきりにあしをはやむるほどに日ごろ相しるしやく馬
ひきのこなたをさして来るにあひけりこれくつきやうとよび
とめてわらはは火急災の御用あればその馬をしばしばし
わたさせ給はんよしをたのみまゐらせられん「日本の上ゟしをしらせん為にからくしてはしをしらした
四左の上ゟ「よしをしらせん為にからくしてはしり来ぬとくおちした
くをし給へかしといふに小てにはおどろきて今にはじめぬおこゝろざし
いつの世にかはわするべきをしをしえにまりしてほどもな也書ゆ所を書のき
候はんといふこゑ聞てつぎの間よりくれ此めどきあぢかもらはふすまを
ひらきたちいづれば小てふはこれを見かくりて大はこの刀自仁この人〴〵は
わらはといち味のふ人にてかれはちゑの海のくれ竹さすのまこのめど
ぎなりこれはあかがしらのあぢかも也とひとり〳〵に引あはす
れば大はこはうなづく
〽こゝろいそぎの折なればわたしはすぐに
まゐりますまめでござんせ
さらばじやぞへ
のみかねてその名は
つたへ聞たるあねご
たちにてそはするよ事
きうなれば名たい
めんの口上そのぶる
いとまろしともかゝも
一よくだんかふして
〽神のつげにも
まさつたおなさけ
みなさんお礼を
二いのちをまづたふ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まからんといひ
いはしやんせ
あんまりせわい
わかれじやのふ
〽かけてとのかたさして
たちいでつくだんの
馬にうちのりて
むちをあげてぞはせ
ざりける小てにはしばし
加見おくりてふたひ
おくの一ト間につど
ひていかにす
べきとかた
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
からぶにくれ
竹さわぐ
さしておもむきけりこのとき小てふがしゆくしよにはふた
あみいつゝ井なゝわたらのはらからはあふみの
からさきへ立かへり只くれ竹めどきあぢや
かもらのみおくの由しきにうちつどひ
さんせひめのおん為に義兵衛を
あげんみつ義のほかに又他事
たもなく日をおくるほどに思ひ
かけなき大はこがあはたゝしくおく
まで来てしきりに小てふをよびし
づねにはあらであはたゝしきはこともやあると
とはせもあへず大はこゑをん
ひそまして事悪きとうなれば
口義とうはおきぬいかなれば
おん身たちはよしなきむほ
んをくはだてくつみを
あめが下に待給ひたる
すでにかのしろ粉とやらんは
からめとられつぱくでうによりてはりまより
おん身のことをつげこされぬこよひうつ手のむかふべし
三十六のはかりごともにぐるにますことなしといへばひめ
う人のおん供してとく〳〵かげをかくし給へこれらの四右の下へ
かば小てふはおどろきあやしみてそがまゝ
ひとりいでむかへごははるさめの来ませしか。
しやにてまたゝくひまにのりつけたるたちからの小てふがかどべのはしらに馬を
つなきとめあん内しつたることなれはおとないもせでいそがはしくおくのある
かりてん程もなくかへり来べきに六つぢのほとりでまちねかしといふより
はやくうちのりて馬のあがきをはやめつゝ天王寺むらをさしてはしらせけり
この時の世のならひにて女もをさ〳〵武げいをたしみて馬にものり弓をも
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ひかぬものとてはまれなりけるに大はことざらに馬上のかけひきたつ
具
ナヘナヘ上フ二島四ノ間
はらからありかれがしゆく
しよへおちつきて又だん
かふをすべきのみと
おいふに小てふはうなつ
きて今はこも
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
るをよしとすと
けしきなく
三十六言
いはしるを
よしとす
はしるを
ひめうへの
おん供
して□□□□□
あふみへ
はしるべし
は
かとには
ふたあみ
いといふほどに
にはかに感知
といせいこのとほせ行
□□□□□□□
ともにあらそひ
無用あんない
となれば
いなつまはせどの
かたあから井は
ひがしの出ぐち
あひづをたがへず
うちむかへよこゝろ約
たるかねへところき
たるかいそげ〳〵
手がらは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
むかふはいなァ
〽うき男女にもことの
よしをつけしらせて
したがひゆかんといふ
ものなばこれをとゞめ
又身のいとまをこふ
盛
「右の中ゟわがいへのふむしやいひつま
かしわらははあぢかもと
ひもろ共にものをよく〳〵
ものはすべてそのこゝろに
まかせくれ竹などきの
両人はぐん用金をこしにつけひめ
やうへのおん供してまづふし見までおも
むくべきふな出のようゐをし給へは
とりとゝ
のへて
あと
よりおひつき
はべりなんと
いふにしたがふくれ
竹めどきは
□□□□□□□
見てうちおどろくこと大かたなかずかゝれば小てふはむ
ほんの張本神のどうるいあまたるべきかその
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽イヤかめて
あから井の両人ンこそふさはしけるべきもの
なれとてかの両人をさきにすゝ
は
わたしが
むかはふ
聞わけのない
まだかいいふ
ませその身は二三百人の
どうぜいを相したがへて
すなはち屋久手とらゑ
もんをも見こゞけの為引
つれつその夜初更しよの
ころおひに天王寺むらへおし
よせて小てふがしゆくしよへちか
つきけりそのときいなつま思ふ
やうわが身は小てふとひたしくて
ごのとしごろしんるいにことならずと
さんせ
ひめをしゆごしつゝこそ思ひしに今このうつ手にむかば
ふなまをさしてぞいそきけるとてからつとつて何にせんとくおとき
さる程に大はこは山いつぢのほとかへばやとゑあんくたちまちに立
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ひをとらせもとの十木店盛におも
むきてとかゑもんがしゆへにけみちありとのはありとのはかとしに
城中へともなにてかくときこえあげしかばむかはせ給へあから井は亦ひがしのかた
みつよしを聞て問法所同断してたちいでて
やとら左衛門にたいめんつゝはりまのしげ引がしよ状を
ふみてうちおどろくことかたなかずかゝれば小てふはむもらさずいけとるべしとまことふかにまうす
ほんの張木野どうるいあまたるべきかそのにそあから井も赤かねてより小てや
義もはかりかたければわれみづからうちむるはん
ようゐをせよといそがしてぐん兵をつどふる程にまらすやういなつまが申候おもむし
凌能みつまあんをめぐらすににてふはむほんのわらはもしかぞ思ひはへれとひるしい
ほんにんなり共いはばんなのことなるにかうかたはあし場わろしかれよりはいつへからす
もの〳〵しくいでたらばのちの批判きもうしろわよは背門世よりむかひは
をめたしされはさき手の大せうには〽男義をゆるさせ給へかしといふをつぎつぎへし
一けはせは七六二間四角
いのせいすいご信己斯
いな
〽どうして〳〵
そなたしゆがあひ
てにならるゝことでは
ないよけてとほすが
あとじさりじや◑
下ゟ
ところにあがら井が
よこぎりからめ
〽いなつまさまさへ
小べんがしたく
なれどもおれは
にげはせぬまて〳〵
なつたぞ
〽つゞきいなづまおしとゞめてその義はともあれかくもあれ
もわかはははははははははにいたりてあん内をよくしつたりか
れば寺門此よりむかはんものわらはがほかにたれやはあるといふに
遠世みつうなづきていなつまいしくも申シたりなんぢはせどより
むかふべしあから井はひがしのかたわれはおもてのかたよりむかはん
とく〳〵いぞけといかだちたるしゆう今汝なれば
あから井はあらそひかねてしぶ〳〵ながら
入そのてわけにぞしたがひけるこのとき小てやは
ともあぢかももろともなほもしゆくしよに
ありけるにたちまちいんの四はうよりときの
こゑいたく聞えてうつてむかひぬとおぼえん
かばかねてよりつみおきたるやきくさに火をかけて
けぶりのうちより只二人に手に〳〵
やいばをうちふり〳〵とみ入るてきを
くきりなびけて背門のかたより
はしりいづるをまちまうけたるいなつまが
ソソレにがすなと口にはいへどからめんとする
もれゝぎせいもなくみちを
ひらきてとほすにぞ小てふは
持たりとあぢかももろ
待たりとあぢかももろ
母ともちかつくてきをぎりたにし
〽又かいつかんでつぶてにとり人
なきさかひに入るごとく
ふな場のかたへおちて
ゆくいなつまはやくもこれを
見てたちからどのきづかひ
すなわらはがこたにあるぞかし
とひそめき
つゞるを聞
馬
とらんとひしめくを
あから井
ヤヤと
よび
とめ
マ
すててふたりははや
くもおちて
おゆく□
てふはたし
かに西へ
にて
はしれり
名もなきをなごを
うちとめて何に
すべきととゞむる
ひまにはやく小
てやもあぢかもも
さい度の虎口を
〽こつちに
ぢよさいはなぎなたの
手のうち見たか
もろいやづ
小てふ
〽女にまけて
七ふぐり
せんきもち
より
まぬかれて
4
「べらばうに
をんなだ
こいへは
たまらぬ
目がまう
院
ゆく
へもしらず
なりにけり
□ちからもち
○さる程に
手なみを見たり
くれ竹めど
きらはさきに
船場へおもむきてつぎへ
どうぞい
のふ
十八十一□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
けのせいずいこと僧四郎
はやふねのようゐしつさんせひめを
ふねのうちにふかくしのばせ奉り
小てふをまつにまだゑねばふたりは今
心やすからずかれをむかへの為に
とて天王ちのかたに立かへるに
程よく小てふにあひしかば
程よく小てふにあひしかば
あぢかももろ共うちつれて
ゆく左ゆうよりとり
手のざうひやう
とつたとかゝるを
くれ竹めどきが
こゝろ得たりと
ぬきうちにひとしく
なにはがたやみにまぎれて四たりつれ
出ふねのかたへといそぎげり
だうときりふせてとゞめさすまも
〽しあはせよしの山さくらはなもみも
ある四へんの中入りソレ口上を
馬琴作
むねがひ
あげます
じやぬい
なァ
家傳神女湯秘じちのみち一包代百銅
近年やくしゆ尊直なれ共則の為にのみするものな
らねばいゝか〳〵やくしやのよきをえらみてその功をたがは
めどき
さくしやが
十六毛大包代弐朱ハ包代
精製奇応丸
やくしゆをえらみせいはう家伝のかけんをもつてす
このゆゑにそのとうあたかも神のごとし
能児黒丸子参照を現代五分
持病にて
みな月すゑ
までなまけ
られしが此ごろ
して四へん五へんと十六
やう〳〵やつきと
さつおめにかけるとせい
ださるればおせわにあづかる
ふじんつぎ虫の妙薬一包代は十四銅半包代三十二銅
製薬
神田明神下
本家瀧澤氏
同朋町東横丁
弘所元飯田町中坂下四方みそ店向たき沢氏
国安画
いよ〳〵御ひいき
御ひやうばんを
峠
筆畊
金川
喜
屋
鶴
御注文社
御免江戸暦開板所
南山禅師書
載陽帖全一冊、
○毎年十月下旬頃より売初め申候
御注文被仰付可被下候
四季和文章
石摺
撰
新
新形代名所之絵盧相一枚蒐斎録形紹員筆
斷日本名所之繪
地神社仏閣名所古跡山川の勝地景色牛の当身をがごとく地理
此画は六十餘朝の国々島々御城地代地肥同所古跡地震に居住居ける多き其中の落者なり
此画は今土を山して霊火の日本露の中をと〳〵く往て見るべき信所の名有
方角かたちを正して広大の日本
浙女古夫前国生竹款林西品東高井蘭山編撰
繍女古状揃園生竹半葉
此者は女今川状をはしめ巳下の状すべて九所おの〳〵にあたるいにしへの霊女の巫女のしたる旅文をしやも
旗にて猶たれに訂正を加へ児女の教訓多しなみとなりて女子のうへに定数多き
三國一夜談全五冊画入讀本曲亭馬琴作
劉ト子豊闘先生著
劉ト子豊闘性
此霊籍は一に関帝蔵と号して孔明関羽等此教になり
吉凶ふしぎの哥。麁ありことに関帝の神霊ありて我絹樵若し
御代に将来してあまねく世に弘り万事吉凶をもとむるにおのれが
即考百籖全一冊
信する神仏に祈念し慎でその霊験をうかぶに神明のざし
銭箱添
刀編二編共ニ先だつて売出置申候第三編帳近刻
簑笠翁
ツ六冊
随筆
玄同放言初編二編輯
右第三編三冊は若角の都より動物の都の半に至る此編すへて古岩回物異色念仏のけ
篤みなど〳〵く写真にして詳に作者の身を尽せり。雅俗となくざるに用かせし。故ことなし
一初編編にいやましてもつとも感のあるべきものになんよりてまづ近刻のよしを打して
書
通
同一古画入二冊出来懐伽柳亭種彦随筆
還塊紙料
〽むかくの哥舞妓役者遊女の小伝肖像すべて百年前名馬かりし
放下師飴奕の類俳諧の句解常言の釈等ふるき仮名冊子を引送て考い
一附したれば雅客の見るべき書にはあらねど一時の眠は覚しつべし
観童
戯筆
遊言画手本
ありふれし算書とちがひ便利をむねとしてあやま也
廣益
懐中早割大全一
塵劫記
一冊
正しわらべの初学にはやくその道に入てすく
冊上達すみやかなる甚ちかみちなる算書なり
しんがた
ぬひもやうてひきのいを
新形染彩目
前編出来此書はいまだ人の心付ざるもやうを品々は集要
橙花手引糸
十一年後編嗣刻先生殊に心をこらせし奇品なり
前北斎為
前編にもれたるをゑらび集め
芝居次
後編
画の道はざら也をどり狂言等
朔全一冊五渡亭國貞画
にも見合になるべき珍書なり
似顔早稽古
役者ん
八文舎自笑評
三箇之津
藝品定
日ゟ
当亥正月二日ゟ
申候
□□□□□□
ひやうばんき全
役者評判記』
越使者芸評の書元禄以前より当時迄年々開板いたし
奉入御跡集相かはらず戌年中三ヶの津狂言評判明細に
相撰び文談住附等こと〴〵く相改め御見物無之御方にみて
新次第つぶさにわかり候やうとあらはし奉入御覧候間御ひい
き厚く売出しより御求め御高覧可被成下候
可申候
弓り出し申候
諸大人の狂歌入いと美しき綿絵なり尤
懐宝
御好みによりて折本に製す御土産によき品也
花の都路全
一覽
回
政文
曲亭馬琴作
四編八門
五編八冊
傾城水滸傳
哥川國安画
道外武者太平樂
有喜世諺草
大冊九
酒作画作
)作画作画作画作画作画作画作画作画
林
1回堂室
第一圖
杉新春子政文
天竺の方便忘語
五柳亭徳升作
唐土の寓言謀計
三国妖狐殺生石咄
同川国安画
日本の神変不思儀
恋川春町作
川春町作
継子立波の濡衣し
同
三冊
}作画
一金ケ敵夢之世話同
同
三冊
画作画
式亭三馬忰虎之助作
喜恕哀樂堪忍嚢六冊
□□□□□□□□
江戸名物
諸団扇地紙問屋
綿絵摺
通油町鶴屋喜右衛門版
哥川國安画
やねふねてうち
市川三升作
屋根舩の提灯
同爰佃大納嶋六冊
白魚船の箒火
哥川國貞画
忠臣蔵理
外伝
柳亭種彦作
忠臣儀尹宮波引寺節用斎
伊呂波引寺爺用
哥川國貞画
一世にむるいの御かほの
〽南伝馬のなりしん道
一年齢化百四十銅
袋入画本
隅田川両岸一覧
北斉謹
江戸名所東鑑
江戸名所物見丘
同断
兼一齊筆
同断
一清長筆
右三通極上品にして寄麗にしねて
一御進物には至極宜米絵本なり
のくす
坂本氏山
全三冊
金三冊
金三冊
□□□□□□□
狩山朝
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あらに
曲亭馬琴著文政戊子孟春嗣梓刊行
義に伏て毒を除く虎の尾の桜戸が忠義堂の坐席譲
けいせいすいこでんだいしへん
傾城水滸伝第四編の三
砦に依て敵を謀る智慧海の呉竹が琵琶の湖の軍手配
歌川国安画活書林兼地本問屋仙鶴堂
十五
ざる程にあまのゝはん官遠州四郎はあみのうをぞとおもひたる小
てふらをとりにがしてひとりもからめ得ざりしかばはりま家の彼者
緒やく手とら右衛門らがおもはん程もめんぼくなく心しきりに
いらだつまゝにそのほとりなる村の男女をみなこと〳〵くからめ
とりてこれもにてふが同ぎるいきらんかれもむほんにんなるべし
とてしひてごうもんしつれどももとよりさるものなら
ぎれば小てふがゆくへをたづねしるべきよすがはさらにな
かりけるそのとき村のほとこそんなはみなもろともに
まうすやうたとひいかばかりにせめさせ給ふともわれ〳〵は
つやしばかりもむほんのみつ義にあづからねば三世ひめのことはさら
なり小てふがゆくへはしり候はず但し小てふがいへの奴婢非共
もおほくはしゆうにしたがふてともにちくてんしたれどもそが
なかに身のいとまを給はりてのこりとゞまりしものもあり
かれらにとはせ給ひなばかのどうるいの名どころの
しれずといふことあるべからずこの義をねがひ奉ると
異口同音妙とうにまうすにぞ遠化みつやうやく
なつ得としてしからばくだんのものどもをすみやかにとらへ
よとてさと人らをみなゆるしつのこりどゞまりて村にあり
ける小てふがいへの男をんなを三四人からめたりてふたらび
せんさくしてければみなくひこしくまうすやうにてやと
日ころしたしきものはちゑの海のくれ竹あるがし
らのあぢ鴨かざすのみこめどきら也又あふみなると
すなどりをんなに大としまふた網きちがひ水いつく
井きしぼ神ン七わたといふはらからありこれらもしたい
しきともどちにてみつだんしたることはありしがそは何
事をだんかふしけんわけは待しらずはべりといふ遠恥の
みつせてしからんには小てふはくれ升らもろともに三世
ひめをもりかしづきてかのゝふたあみがしゆくしよへとて
はしりたるにぞあらんずらんかゝればわが一己凶つのちからに下へ
十八十八十八十八十八十八十八十一丁
◑御せんさ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かどちがひてしちにとられて
しばられてながされでもする
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ござりませぬはイ〳〵
〽イヤ〳〵いふなはやでうしろ
わいらにとがのないときは
をだいゝちおれがつまらぬ
どのへよく〳〵つたへ候へどて闕へし
およぶべき
事にはあらずとらで
ゑもんはばかへりて
これらのよをぐんす
けいせいすいこと
からめとりたる小てふが奴婢汝をそがまにわた
しにければとら右衛門は女むことを致ずそのもの
どもを引たててあかしのうらへかへりつゝしゆくんに
あきれしからばあふみのからさきへうつ手のつわ
ものをつかはしてふたあみらをからめとるべし
とく〳〵せよといらだちてまづ京都のしゆこ
なりけるいがのはん官光七すゑにうつたへ
聞えあふみのしゆごなるさゝ本家此へもしか
じかとちやうじあはせよとてすゑはち屋久
手とら右衛門に二百よにんのつわものを
さしそえてからさきへとてつかはしけるかくてとら
右衛門はわがつまの弟なるおり田のひき蔵とてん王
寺村よりいけとり来ぬる小てふがしもべをあん内
みちをいそがしてからさき御しておしよするそのことのてい
たらくいといかめしくぞ見えたりける〇かゝりしみ〳〵
ほどに小てふらはさんせひめをしゆごしづゝ
くれ此めどきあぢかも
かくとつけにければぐん領しげ門のよしを聞て且おどろい
者抔としてにはかにはりまをうちたちつゝしきりに
もろともその夜の
うちにふしみにいた
りてつぎの日は
すでにはやるら
さぎにおもむき
つゝふた網がしゆくしよに
いたりてことのよしをつげしら
せいつゝ井七わたにもたいめん
からめとられしことをのみいとをしみかたり
してしろ粉とふうふがはかなくも
ひめうへさまにあけましたいで
みなさまおちやができます
二〽そんならよせてのやつばらは
五〽わたしらがうけとつて七〽ひとりも
あまきずみなごろし
〽あぢはひのないゐなかまんぢう
おくちにはあひますまいが
□□□□□□□□
〽かう七人が
てよりあふては
〽おにかなぼう
手はつぱたがへぬやうに
あとをよろしくたのむぞへ
〽五ぶでもすかぬいくさの
手くばりげにた
ましきちゑの海
湖水たいもおよばぬ
たかせにいかりそんなら
三人ヨリやおもしろく
なつてきたはへ
四左の上ゟ
さん世
ひめを
いだいつゝ
ようゐの小ふ
よう所のわふ
ねにうちいれば
くれ竹もあぢ鴨
もひとしくふねにうち
のりてやすのかたへぞ
おもむきける○さる柱に
心久手と郎右衛門は
ところのもいをあん
門にてふたあみが
いへの四はうを稲麻
きらのごとくとりまかせおめ
きさけんでみだれ入るに人
ひとりもあらざればこれは
いかにとあきれはててなほ
いでて一トロふた日とすぐす程にはりまの
ぐん領しげ門どがいへのこ屋久手とら右衛門に
あまたつわものをさしそえておひうた
せんとしつるよしにばかに
そのふうぶんあり
おつねのつわもの
二三百人ンはや
ちかつきぬと聞えし
かば小てふはこゝろやす
からずこはいかにせんとかたらふに
くれ升さはゞけしきなくかのやくでめがゐ
こいりずまにいく百人にてむかふとも
何ほどのことをすべきしやつらをみなころ
しにせんことは大としま三人とのはらからに
ことたれりさばれさすのみこの法徳
督つをいさゝかかりずはよくしかたしその
はかりごとはかやう〳〵と手にとるごとく
とぎしめしたちからぬしはひめうへを
もりかしづきてふなぢより野断
此のかたへうちわたり此はら
からがこうみやう
手がらを
かしこで
譲見焼
し給へかし
わらはもあぢ
かももろ共にひめうへのおん供
せんいざとく〳〵といそがしたつ
れば小てふはこの義にしたがふて「口右の下へし
あつぱれ妙計汝時
みなさんとくと
せうちじやの
めどき
〽風をいのるはわたしがえもの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
又あんないのうら人に日ごろの
やうすをたづねとふにふたあみ
▼いつ井七わた
らは日ごとに
ふねにうち
いりて
入中へ
天下ゟ
やす川の
ほとりにおも
むきつりをたれあみを
おろす出没勢さだかなら
さればけふもかしこにあらんといふに
とら右衛門うなつきてふねどもあまた
かりもよほし二百よにんの
つわものもろとも野洲
むのかたへおしわたるに
かしこは
よしあし
ゆく
さき定かに見えわねばひそかに
心うたがふてすゝみもやらずたゆたつ
ほどにたちまちしげきよしのうち
より〽やすからぬ世をやす川とつぎは
〽御たい義
ながら
あるじの
□□□□□□□
ほね
ナヽナヘコトハ二歩
〽めどぎ
ふねのうちに
風をいのる
所
ちいせいまことなせ行
つゞき
思はずは
一命を水にまかせ
やはするかくくりかへし
うたひつぶねを
とら右衛門はるかに
見てあれはいかにと
たづぬるにふねの
うちにしれる
ものあり
あれこそふた
あみがいもとなる
きちがひ水のいつゝ
井なれといふことば
いまだをはらずいつ井
こなたをさしまねきて
やをれうつ手の大せうは〳〵
しづかにこぎだすものあり
民をしへたけ物を
ほしがるはりまのやく手
とらゑもんよの
なんぢらいく百
人にてよせ
来るとも
このお印へ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いくへもしらずなりにけり
みづうみはわが
いへ也いづこを
さしてとらふべき
よしなくなみぢに
たづにはんよりとく〳〵
●そのとき
そこをしりぞけかし
とらゑもんは
一まよひをとりてたゆ
ふねをあしべに
たはゞたちまちかうべを
うべをこぎよせさせて
うしなふべしとく〳〵かへれと
あざわらへばとら右衛門
大きにいかりてゆみに又いつそうのつりをふねあし
やつがふてひやうといるに〽おしわけてこきいでたりこきいでたりこきいでたりこれ
やつがふてひやうといるに〽おしわけてこきいでたりこきいでたりこれ
そのやはそれていつゝ井は
すなはちべつじんならず
はや水中へとび入て
こなたを見つゝつぎへ
こぎよせさせて
いつ井がのりすてたる
又いつそうのづりをふねあし
おゝわけてこきいでたりこれ
きしぼ神□七わたなり
ふねをうばひとらするに
けいせいすは二島四扁
けけせけせんご竹辺紙
つゞき
高わらひ
してやをれ
十一目目目目以
とらゑ
もんこの
此〽うなぎをさくより心
七わたを
やすいそんなやらうは
見せしめになぶり
しらずやあるそが
なましいにおひせまらばわれ
けつしてなんぢをゆるさじ山の
神よりおそろしききしぼ神メの
みやうばつをうくるやいかにと
よばはるにぞとら右衛門はいよ
いよいかりてあれおひとめよと
いきまきたけくふねをはやめて
おつかくれば七わたもふねを
ときもどしてはやくあしまに
かくれけりとほゝはゆるじ
のがすなとてしきりに
ごろしにするが
まゝにげてかへればよし
ごろしにするが
ふねをこがするに
いゝのさ
つきゆたゟくがにのぼらんとせしものはみな火にやかれていづれのみちにものがるものはなかりけりそがなかにてら
右衛門ははじめ火のもえいづるときすでにくにでにでにでにくにのぼらんとそこちしかは
はやくもくがに
□□□□□□□□□
おどりあがりて
しきりによしをかきわけ〳〵からうじて
二三町はしりぬけんとするほどにたちまちよしの
うちよりしてしろきかひなげさしのばし
とらゑもんがえり
ゆがみつかんで
小わきに引
つけしかといだ
きていきゝかも
〽風をおこして
てふねをやきし
てふねをやきし
妙じゆつ
きどくはてきめんわが
一四丸へ
きもが
つぶるゝ
七わたははや
見えずしてのり
すてたるふねきし
べにありかゞれば
下知すればざう兵ら
くがにあがりし也とゝおつかけよと
みないふ
やうくがにはよしあしなほおひしげりていづこを
みちともわきまへかたきにかれらいかなるはかりごとのある
べきも亦しりかたしまづ一両人きしにのぼしてゆくさきを
見せしめ給へといふにとら右衛つげにもとさとりてざう
兵二人をつかはせしにまてども〳〵かへり来すあまりに
いだくまちわびてこだびはひき蔵をつかはせしに
これも亦かへり来ざれはとら者悪いよ〳〵いらだち
みづからみぎわにをりたちてやうすを見んとて
たゝまくせしにたちまちに風さつと
おとしてふねの
ゆらめく
せらせ〳〵
ほどしも
あれよし
あしのしげ
きが四
もとより
みやう火にはかに
もえいでてはやあちこちに
うつりしかば二百よ人のつわもの
らはこはそもいかにとうろたへさわ
ぎてくがにのぼらんとして
つれどもくがにも水にも火は
もえいでてのがるべくもあらざるに
ふねにすら火のもえうつりてせう
れんとせしものも水におぼれていのちをおとし
ねつ地ごくにことならずたま〳〵水にとび入てのが
一つ右ゟうごか
せずいともやす
ころすもむやくな
〽今がさいでだ
くわんねん
みゝでもそいでいなすが
〽なんぢがえんじやの
ひき蔵ははやいけ
くびにあはさへよく見ろ〳〵
ろてばらしてしまふた
これすなはちふたあみ也
かくてふた納はとらゑ
もんを小わきに
かげにいけ
しがどりてあらに
まかしてやす
川の川かみさして
はしりけり
かくまでねが
ふくとがゑ
もんをいけとりし
いは別人づならず
いだきてやすの
川かみへおもむく
ほどに一トくま
たかき松の
もとに小そふは
三世ひめを
よきいだきてくれ竹
あぢかももろ共に
ゆうぜんとしてゐたり
けるそのときつき
ナヘサヘヒヘ二嶋四ノ湯
けいせのすいこと
ふたあみはとら右衛門をどつかとおろしてくび
まへ女をれとら右衛門なんぢはふきはふら
ほりして民をそこなに小人由のなるによりいへ卿の
ひめうへをうち奉らんとしたる天ばつ今こそ
思ひしりつらめかくごをせよとのゝしる程に
いつゝ井はひき蔵がくびを引さげてわたは
ざう兵のかうべをあまたきりかけて
松のかげよりあらはれいで見よやとら
ゑもんさきになんぢがつかはしたる
ざう兵をもひき萩をもわれ〳〵
すでにいけどつてかくのごとくにおそ
なふたりみなこれ軍師ばんくれ竹
こゑともろ共にめどぎはかみをふりみだし
手にはやいばを引さげて木かげをいでて
うちほうゑみさきにはわれ亦風をいのりて
ゑんぢにしたがふのわものをやきうちにしてほろ
ぼしたりたはひなんぢらいく万騎頭にてからめ
とらんとはかるともおよぶべきことにはあらず
女トきもがつぶるゝかとせめこらされて
とらゑもんはおどろきおそれて歯の
ねもあはずしきりにこゑをふるは
しておんはらたちはことわりなれども
わが心からせしわざならずかい主
といはせもあへずふたあみはとつたるえり
がみぐつと引しめこのごにおよんでむやくの
命傭うによるものなればやむことを
得ざるにありいのちをたすけ給へかし
とのゝはかりごとなるをしらざるやとのゝしる
すぢとつておしすゆれば小てふはうち見てさつとにら
〽つかひまねく
あひづのかぶらや
なるこのおとより
手みじかでアレ〳〵
ふねが
来ます
てふ〽何から何まで
ぬけめのない
なるほど
きみやうな
けしき
くりことくびねぢきつてすてんすといふをし
小てふはおしとゞめてそやつをたす
けてかへすとも又なに
ごとをかしいだす
べき左ゆうの
〽とりでへしら
せてみなさんをば
こよひはとめてあすのあさ
みゝを
わたしが同道どについたし
そぎとつて
ます
みやうがなしれものめとく〳〵
命ばかりはたすけてよとぢひある
詞にふたあみはとしなるやいばをぬきいだして
とう右衛門がみゝをそぎとりいのち
いねと引おこしそがまゝに
おひはなせしかばとら
太衛門は小びんを
かえてねず
みのごとく
にげうせ
けりその
とき小
くれ此
てふは
らと身の
ゆくすゑを
かたらふにくれ
一竹あんずるけしきも
なくその事はかねて
よりわらはが思ふとこ
ろありに氏国いかのこやり
なるしづがたけには
ナヘサヘ上ハ三島曰扁
上ゟゑせ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あまつかり其いわ
〽まをんな二王そま木
とらの尻のさくら戸ら
さきつころよりとりでを
しめてぐ兵八百あまり
ありこれにより第五ばんの
ことうりやうなるありてがみ
赤西橋といふ勇ぶ男女
すげのうらに酒見せを
いたしてをりむれに入らん
といふものあれば手ひき
すとつたへ聞ぬかれし
らがむれに入るつぎへ
けいせいすを仏口納
おとづれことのよしをつげしらせてむれに入らんとたの
みしかばあか西大きによろこびてさま〳〵にこれをもて
なしきてゆみやをたづさへてはぢかくたち出つゝ
はるかむかひなるよしのうちへかぶらやをい入れし
かばたちまちよしのうちよりしてひとりのざうい
兵はやふねをこぎいだしてこなたのみぎ
わによするになんあか西はしづのとり
でへ小てふらが事をしらせつかはしその
夜酒えんのむしろをひらきて
小てふらをあつくもてなしあけの
あさあさいひはてていつ
そうの大ふねにさんせひめに
と七人の勇ふらをうち
のせてあか所も同船
ぜんししづがたけへ
おもむくほどに大
給へかしといふに小てふはよろこびてみなもろ共にふな
ぢよりすげのうらへおもむきてあか西がみせに
いとはふもと
までのり
物七てう
いたさせて
かの人〳〵を
むかへ
けり
ときは官軍説なりともおそるゝにたらずこの義にしたがひ
あよい〳〵
まいりま
せう
あか
〽これから
さきはけはしい
山みち
〽あんまり御ねんが
入りすぎて
いたみ入ります
みな
御たい義
来てと云ふ
十八
しづがたけのともでのあるじゑせはかせ大いとはよんばすげのうらなる
あか西がもとより小てやらせんのことのおもむきしか〴〵とつけこしたるをうち
聞てうちうなつきそのにてふくれ升らは名の波えたるものどもなればよく
もてなさずはわらはれんようゐをせよこいそがしいそのあけのあさまだき
より見えしの人をしよ〳〵にいたしへことなはちむかひの為にとて七てうつ
のりものぞふもとのかたまでつかはして今や来つるとまるほどに見所に
たちたるざうゑら只くしのはそひ〳〵ごとくしだいくにちゆうしんして
はやちかへきまとつげしかば大いとはそま木まゆみさくらやら三人のや
頭領財ともろともに前門残まで出むかはざなひたてく
大しよいんの上座義にいざなにま小てやらはその間につかず
かたみにゆづりゆづられつヽトてにはさんせひめに引そふて六人の
勇助とともにやうやく客座縄につきかば大いとは
そま木まゆみさくら戸らのみたりと共に
あるじのむしろに由を
しむればあか西は
そのかたへにをりと
ひとり〳〵に
名をつげて
引あはすれば
大いとは小てふ
らにうち
むかひておの
〳〵の高名
紀州は雷北の
みまとゞろくごとく
こへも聞えて
はべりしかばいと
たのもしく思ふもの
からおもてをの下へ
十ヘ十ヘトヘ二番
山のこなかばまでおいり
のなかばまでおいり
物が見えまする
おいでにほど
の上が
あはす
あるによし
田なきを
いと
ほゐなく
も思ひ
でいぶんそゝうの
ついやうにきを
けたがよいぞや
又これよほと
たりしに
はからずも
うちそらふて
来いやわん
ありしは
こよなき
がさいひ
しよ
ことが
てや見たる
こもりしてくまし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽四人アヽならんだうちで
いちばんすゑがとう
見ても人かみが
よいじや
ないか
思はれたこと
忘れたこと
あれがとらの
をのさくら戸
だはな
〽だまつて
ゐねへかぶたいへ
さわるせ
三人
〽われ〳〵はくれ此
めどきあぢかもで
ござりますこの
はらから三人はからさきより
ともなひましたふたあみ
みなさんさやう
せぬか
じやござりま
〽七人そらふてよいおみかた
おかしらの御まんそく
つゞきうきせをうをせをせまへ
すなればもてなしまゐらする
おものはなけれどうちくつて
ごろぎてかたらひ給へといふに
小馬もひざをすゝめてわれ
思われはなにはのおち人とい
女わざはひをさけん為に同
盟籠のふ人ことゝもに当
所ために書ゐりて下風やうに
たち火たき水こむわざへり
ともなさばやと思ひしまかう
ねんごろなるおんもてなしは思ひ
わしなき身ぶんにすぎたり但し
こゝにわたらせ給ふはよりいへ口のわすれかたみ
さんせひめにてをはしますなりわれ〳〵はそつご
さんせむめにてをはしますなりわれ〳〵ともつと
なれどもおやのときよりかまくらどのゝ御おんに
よりてせをやすくわたりしよしはわするゝときなし
しかるにしづけんよし時が非道是の沙汰たに
おめ〳〵とかまくらへわたされてうしなはれ給はんことの
いたましくちはしきにこの人〳〵としめしあはしつ
かやう〳〵にはからひてまや山とのほとりにてひめうへを
とりまゐらせしにそのことはやくろけんにおよびやうつての
つわものうちむかひしをきりちらしはしり去たり也あつみ
なるからさきまでしりできつふたあみちはらはらかると
ひとつになりつ再覆きものうつまをなりこつしにした
れども身をおくところなきまにかくは
すいさんしはべりぬはじめをいへばしか〳〵也
をはりはかやう〳〵なりとてとつまびらかにつげに
ければ大いとみゝをかたむけでかんすること大がた
さく
〽みなさま
おすみ
なさり
なさり
いつゝわわ
もの
お見
しり
とまうす
なされて
くださりませ
てふ
〽思ふにましたるおもて
なしでひめうへさまの
おしあつせる
おしあはせ◯
かずをつしてそま木まゆみら
もろともにさゝつ
おさえつあさからぬ
もてなしぶりに時うつ
りて日もやゝ西にかた
むくにぞ小てふらはめい
ていしてむしろにたえずと
つきをおさめつゝ山のなかばなるちん
坐しきをつぎへ
いろひしかば大いともさのみはとくさか
□□□□□□□
ものすものくさ〳〵のさかなも次第に
ならずかねてようゐのちやうしかはらけあつ
あがつてうちとけて
おかたりなされひめさまの
あいくしさいかい
〽何はなしともさらでも
ませ
御ゑん
ぶかい
サア
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あんしん
いたし
ました
ますの
とくおいたましい
世のせいすい
せのせいまい
じやなァ
十へせは上は二専四郎
十五日
口おとつひ
西め見の
いづれも
□□□□□□□□
名たかい
かういふさがや
ひめとね
あつたかの
たちうちそらふてらいせんは
山もひかりをますさいはひの
のふ
けいせいたいこ竹辺綿
人〳〵のりよしゆくにとて
ざう兵らにこゝろ得さしつ
やがてしるべにたゝせしかば小てふ
らはあさからぬよろこびを
のべわかれをつげてさんせひめに
かしづきつちん野しきにぞおも
むきける○かくて小てふはちん
野しきにてむたりの友とま
とひしつ大いとが大かたならぬ
もてなしをふかくかんじてかゝれば
今よりわれ〳〵が
身をおくところは
いで来たりみな〳〵
よろこび給へとて
こゝろよげにうちかた
らへばめどきあぢかも
ふたあみはらからまこ
とにしかではべるなる
われ〳〵こゝにあらんにはだい
いちにひめうへのおん身のうへは
やすかるべしよきかたうどを得たり
きことひとしくたゝへてやまざりしをくれ
竹ひとり何ともいはずかたへにむきて
あざわらふを小てふはうち見てナウ
身ひとりさは思はでやわらひ給ふはいか
なるもゑでとたへばくれ竹一兵衛をひをめて
さればとよそのことなれおんぶしは只かの大いとが
いひしことばすまことゝしてかれが心を見給はず
先生せいわれも人もよろこぶなかにおん
左の上ゟおもひ給へりこのゆゑにその
ことばをあいして心を見ずといひし
のみ思ふにかの大いとはいかにして
われ〳〵をこゝにとゞむるとをせんや
ことにかこつけなんじうしておひやら
そはかまらめかくてもざとり
給はずやとことの心をときさと
せば小てには思はず大いきつきて
いはるゝおもむきさもあらしか
らばことのなん義におよべりいかに
すべきとひそめきとへばくれ竹
につことうちゑみてさのみ
心をくるしめ給ふな
わなみけふ
みな
さま
□□□□□□□□
なされまぜさくら弓で
なるゆゑぞととへばくれ竹こゑをひそめて
右ゟつら〳〵とかの人
びとのけしきを見たるにそま木もの
まゆみも大いとにひとしくさきつころ〳〵
ほろびたるしば田かしはばらがざんたう
ござります
同印の左ゟ
大いとがむね
ひろからねば賢
心をいゑ能弟を
そのみしてかたはら
いたきことおほかり
いとくちをしく
思ふものからわが
身そのくらゐに
あらざれば心な
あらざれば心な
らずももだせる
のみぶれはゆるし
給へかし
いかでかは
さること
あらん
次へ
あだほめをのみし給ふがかたはらいたくはべるかしと〳〵
いはれて小てにはこよろを得ずかれがいひつることばを見て
こゝろをやすとはいかなるゆゑそとふたびとへはこれ此
こたへてかの大いとはむねせばくておのれにまされるものを
あいせずをなごにはまれなるべき小山也才をあるゆゑに
をさ〳〵虚六郎館をむねとしてよろづの事に稟情也
なしさるによりのりものを
もてわれ〳〵をむかへさせ
□□□□□□
酒えんをまうけてきやう
おうの大かたならず
見ゆるもいからかの時
おん身がしか〴〵と
さんせひめの事を
つげしらせ又
うつ手の
ぐん兵を
みなころしに
せしていたら
くをつぶさに
しめし
給ひしかば
大いとたち
まちがん
しよくかはりてひそ
かにおそるゝけしき
かにおそるゝけしき
ありされ共くちには
いさましけにうけ
こたへしたるによりはん
〽なるほど〳〵
わかくたといのふ
身はかれがいひつることをまことなりきと
けへせはこれはこ島田扁
なれども只身の為を思ふのみ忠
義無二なるものにはあらずひとり
とらの尾のさくら戸のみ心ばへなり
武げい也かの三人にたちまざりて
武げいうかの三人にたちまざりて
その下風にたつものにはあら
ねどいきほひやむことを待ざるをもて
かへつてかの三人のしもにはり
さきにゑせはかせ大いどが
うけこたへのはくじやう
なるをさくら召ひとりいきどほりて
しば〳〵大いとすにらみ
たりわなみさくら戸にあはんとき
三寸ふらんのしたをもてひそかにかれを
はげまさはかれらかならずなかま
われてせがさいはいことなるべしとて
かんだんたけなはなる折からさくら
戸りよしゆくにまにければ
小でやくれ竹いでむかへて
あさからぬけふのもでなしの
よろこびをのべてやまざり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
とりつぎのしゆはそらぬかの
しをさくらはぢたる
をさくらかははぢたる
けしきにて諸先生
しよせはふた
賢娘勘五郎
〳〵得がたきまれ
ひとなるに
いかにせんし
右の印
けいせけずいこ信所
九日
さてもおん身はみやとにてかの亀きくににく
まれてむじつのつみにおとしいれらきさどの
しまねにながされ給ひし死所慎にても
かのともがらがやきころさんとはかりしよし
世のふうぶんにつたへ聞しが何人の手
びきによりてこゝへおちつき給ひしにや
ひきによくてこゝおちつきのには
ととへばさくら戸さればとよわらは
佐渡にありしときをりたきのふし
柴ぬしのたすけを得たること
おほかりわが身のこゝへのがれ来ぬ
るもかの賢婦人枕秀さぐに
よれりといふにくれ竹すゝみいでて
ふし此等ぬしは名家咄の子孫見きやくを
あいしてたからををします一チげいすぐれし
ものとしいへばおちめをすくひ給ふとぞわらはも
かねてつたへ聞にきまいでおん身はみやこのれぎ
れき武げいばつくんなるのみならで心ばへの飯貝心
なるをかの人よくしり給はずはいかでか危急きうへ
ときにのぞみてこゝへ手びきをし給ふべきこれへつら
ひていふにはあらずこれらをもつてろんぜんに大いと
おん身にゆづるべきことなるにそま
木まゆみが上まだも絹おか
ざるこそをぞましけれといは
れてさくら戸といきをつき
ていつたい人をしがらりではら
そのたまふことながらわらはは
こよなきつみ人にて命も
たもちがたかりしをかくて
ある身のさいはひ
なるにいかでか人の
□左ゟよろこびをいべてつかひをかへしこのこといかゞある□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
べきととふにくれ升ほうゑみて明日の一人な
所にくれ竹ほうゑみて明日の一人露は
天このとりでをさんせひめのおんすみし
かに給ふもの也但しおの〳〵四下へし
なかゟくわいけんそ
ふところにかくし
もつべし且ひめ
うへには小てふの
ぬしよく引そふて
〽サア〳〵ことだ
まもり給へ
はなさんせ〳〵
そのよのことは
そのよのことは
〆りん桟き文紙を
いむへんおの〳〵もだん
すべからずと
いふにみな
こゝろを
得てあく
るをおそ
止しと
〽まち
なるをかい人よくしり給はずはいかでが危急急きうの
ときにのぞみてといゝへ手びきをし給ふべきこればつら
たうはならざらし
さわぐと
わぐと
そでが
ひていふにはあらずこれらをもつてろんぜんに大いとはだいゝちの衆を
きれる
たり
ける
つきの
そこにござんせ
あぶない〳〵ころおひに
小てにくれ升めどぎあぢかもふたあみいつゝ
山井七わたらは三世ひめをしゆごしつゝとりでへ
おもむきたりければ大いとはそま木まゆみ
さくら戸あかにしらをした
□□□□□□
どうまあがへて大しよいんにいでむかへ
あれを
から
たがひの口上ことをはりてはや
見てゐられふ
そこのかしやんせ酒もりにおよぶ程にさる
下にをるを
ふそくに
思ひはべる
べきおの〳〵
かたはこれと
ことなり三世ひめのおん
為に義をとさへ忠を
つくして世のよこしまをかり
五十へかたが
きわぎなさる
なほみ
のぞかんとほりし給ふはあり
がたきまでいとたのもしきことに
ゐんかくて七たりうちそらにて
ひめうへにかばしまゐらせてわが此とり
でに身をよせ給へばにしきの上にはつを
そゆるさいはひとこそ思ふなるに大いとこれをねたく
思ふておの〳〵かたをとゞめおりばその身のがいになる
ことのありもやせんとあやぶみてやおひやらんと
する心ありいとうらむべしくといひつゝも歯はを
くひしばればくれ竹これをなぐさめて大いとのぬし
よくまでにいみきらひ給ひなば他所たりて
よすがをもとめんざのみな労あし給ひそといふに
同右同
さくら戸まきとを見はりていかでかはざることあらん大いと
もし思ひかへしておの〳〵かたをとゞめおかばこれ自他だのさい
いひ也かれもしことにかこつけておの〳〵かたをとゞむることなく
あるひは又ひめうへのおん為よからぬことあらばわらはも亦所
存続ありことの時宜獣によらんのみかならず後日北をまち給へと〳〵
いひなぐさめてさくらら戸はいとまごひしてかへりけりしばらくありてとりでより
大いとがつかひ来て小てふらにつぐるやうたま〳〵のらいりんなるに明日焼り一合
もよほさんとほりすひめうへをちじまゐらせてとりでとりがつどひてかたらひ給へ
余にはその折を得どするのみと口上書のべしかば小でもらはかたゞけなしとも右の中に
あるひは又此めうへのおん為よからぬことあらばわらはも亦所
ナへせん○専切扁
とめまい〳〵づき一チじやんめぐるとき
〽リさしちには
「わたしちには
かまはずに
くださんせ
大いとが手下の士卒しか
大きなるしら木のだいに
白かねにひらのせたるを
かやくしにていで
なめらさんぼう
小てやが
□なむあみだ
ほとりに
かげさが
このことが
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なぐ
けんくわのそば
つゑうたりやうより
したにあや
しやんせはチさて〳〵
よいばいの
かたをこの所にとゞむる
ことをいたしかたじては一つぎに
せらはせゞめ
たくはねへ
どもいかにせんじん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ちうたらねばはたま
へのおんかはにおの
廿九
させうの所ながらうまの
こなひむけにまゐうするしてのたりにひゞくこゑをしりたて覚みひとりがひとりがひとりがるとの
はなむけにまゐらする
いづくなはとこの身をとせて花を見てせざるは勇曲にあらずたれにもあれざんせために上弟の心をいたく
いづこへなりとも身をよゆゑ
大豆五郎はめやうじゆし給へもいはかくのごとしとさけびもあへすくわいけんぬきて口かねのま
かしとなるときにわれたいをしぢんにきりくだけば大いとますくいかりたけつく
かしことなるときにわれ
われもまゐりて床也下このしれものじれんそこゑのきをといきまきたけく
われもまゐりて麻毛下
んたう引ぬききらんとするをこはたんりよ
させうの品ながらうまの〽ほそよみなくやたち給ひ給ひねと気をりせつはげもせばさうらつひに得たいたまい
きにしたがふべし
うけひき給はゞ
ぞとくれ升がいだきとゞ
さいはひなら
めてはたらかせずことらで来ぬへは
旨を
おこし
郷立
さわぎ
んと□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はゝり
よらんと
するほどに
あぢかもはやく
四
ことばたく
らは只
あきれはてく
いまだそのこたへにおよばずそのとき末
生ずになみあたる御くら戸ゑをいから
して大いとぞは何をりいふわがこの山に来つるときも
なんぢは兵らうたらずといひしがいひら山なあか尾
松尾の二十郎花は何の為に黒うするぞやといはせもはてず
大いともいたくいかりてこゑをふりたてこの忘れものしたながし
なんぢはかうだの鳥きやつなりしをわがかげにたちていのちを
たもち今身にふそくなきまゝにそま木まゆみを
うちごえていひたきまゝのざうごんくわこんいへばとて
〽させるうら
にはなけれ共
忠義の為には
かへられぬ
〽かくなることも
すくせのごういんなむあみ
ういんなむあみ
おしへだてで
そまにゆる
やにはにいだき
すくめふた
あみといつゝ
打はまゆみを
十一
しるととりとゞめ
七わたは亦あか西にとりすがり
おへだててかはべばかりはなだむる
のみにてにめどぎはさんせひめをしちご
してあたりにまなさをくばるいつれも
いとまなかりけりそのとき
だぶつ〳〵
〽その身をころすも
きくらはめ手にやい
ばをとりなほしてゆん
非義ぎのとが
A
手をめばして大いたが
むわさかとつてぐつと
戸はいよ〳〵いかりてなほあらせはんとする
程に小てふはなかにわけ入りて双方
そうをおしとゞめきて大いとにうち
むかひて思ひかけなきくわぶんの
たまものよろこばしらははべれども
路用はかねてたくはへありこれは
けつしてうけかたしすでにゆり
仰のごとくならば今さら
位のことくならば今さら
たのむ木のもとにあめの
もるこゝちはすれどすみ
やかにわかれをつげて
とい〳〵山を
くだるべしと
いふをさくら
戸おしとゞ
めてたち
からの
ぬし
さな
のたまひ
そ此山ひろきに
あらねどもおの〳〵
かたをいれかたからんや
かたをいれかたからんや
まづゆるやかに聞し給へといふに
くれ升すゝみいでてとらの尾ぬの
御こゝろざしはわすれかたくはべれ共
とてもかくてもおん身ひとりの心もてわれ〳〵を
とゞめ給はんことはえならじやよひめらへば旨はしまゐらせて事右へ
たれかはきかんそこのかずやとのゝしればさくた
〽ほかに
しかたも
あらふのに
あんまりたん気な
これは
したり
ナハぜへすは二嶋田扁
□□□□□□□
しつたか
引つけ
大義に
かとき
ひつぬに
むかひて
おいふもよし
ろきと
ながき
なんぢは
さん世
ひめの
おん
に
ちる
じめ
西印ゟおひ
山口
やらんとほり
す
せしことをわれ
心なく
はじめよりよく
しれりあまつさへ
この人〳〵のたやすく
ま□□
下山ぜじといはゞ二
たちをや印へ
世ひめをとりこにして
一せまりて人をおはんともくろみまさの
かげに力士かぎをかくしてことのやうすをし
うかかだはせしよんべよりのもくろみぞとくにも
われはさづしたりわれ義によつて此と
でをひめかへにまゐらせてなんぢを
ちゆうするもの也とのゝしるほどに大いとは
はねかへざんと身をもがきよれやつきへし
いてひらめかしたるきつさきに大いとはのんどよりうなぢへぐさとつらぬかれ
アツとさけんでほとばしるちらほと共にのけぞつてそのまゝいきは
たえにけるこゝにいたつて小てふくれ升七人ひとしくやいばを引ぬき
このとりでにありとあるものさくら戸とのにしたがはゞのち〳〵までも
さいはひあらんまよひをとりてできたいなさばあたらかうべを
うしなにべしいかに〳〵とよばゝりたるいきほひに
のまれたるそまたにまゆみあか西らはし貝いく〳〵〳〵と
ことかなはじと思ひけんひとく地上にひれふしてこう
ことかなはしと思ひけんひとく地上にこれふてこう
さんをしたりけるこの三人の勇ふすらかくの
ごとくのありさまなれはまいて大いとにしたがふ
たる大将ぶんなるつわものちもみなおめ〳〵と
かうべをのべひめうへのおん為に忠義を
つゝし候はんゆるさせ給へと
うちわびつまくのかげに
かくれゐたる力士かき
どももやいばをふせて
〽そんなら
心をあらためて
おみかたまうすと
ものどもとよばゝりたるこゑもそひかぬそのひまにさくら戸一トゑたかくおめ
いふのじやの
なびき
した
がはぬものも
いとがなきがらを
もたげいだ
させてほう
なければ小てにくれ此
さもこそとてまづ大
むらせ
はよせ
きやう
きやう
爰ごのことが
後でのことを
銭せんとて丁下へし
〽さつそくの
こうざんでなみ風たゝず
めでたい〳〵
〽もとよりやしんの
なきわれ〳〵
〽何しにてきたい
いたしましやう
〽ひめうへさまのおすゑに
でもおつかひなされて
くださりませ
の上ゟしよいんをはらひきよめ
させみなくるま聞におしなら
びてまづ此とりでの大将ぶんの
せせきの次第だいを
さだめける
八
門
狩す
第
自
傾城
水滸
傳第
四編
之四
作者の翻訳は小説の名物
恩をもて恩とせざりし春雨の大菓子が
一玉を返して槌を購ふ江鎮泊へかへり事
一筆しめす心の誠は三つみの金銀花
たうねんつもつてにじうごくわいにしちじうごくわいをますいつひやくくわいの
当年積二十五回増七十五回一百回翻譯本
ほんやくぼん
つるや喜ゑもん板
画工の伝神は冊子の新作
一庇を禀て怨を醸せし弾語の義太吉が
色しかけより敵手を易たるその通骨の引階子
一此羅見つけし造恨の初は一封の密文売
しづがたけのことりで
こすいちやうぼうのつ
鎮嶽山寨湖水眺望図画
へ
そのとき
にてふくれ
此はさくら
七
戸が手を
とりてさんせ
ひめのかたへなる
第一の仕よすゑ
んとせしにさくらは
んとせにさくら戸
いかでかしたがふべきたちも
あがらずかうべを打ふり
こくら思ひがけもなきわらは太
武げいなこのみはべりてわづ
かにならひ給たれどものうもな
あらず徳もなくていかでかだいを
いちの野をけがすざきたち
からのことじはその義そのとく
たれかよくその右にいでんひめに
うへの補佐抔としだいちの
由にすあらめいざとゞ〳〵とおじ
たてとかみくらにのぼするを小
たててかみくらにのぼするを小
てふもいなみてしたがはずわらはは
あらたにこえ来ぬるおちうどの身にし
あるにもとよりまなびのまどに
うとくて人のかしらとなるとくは
なしその義はつや〳〵うけひきがたしと
いふをさくら声聞あへず千日もいの
見るところおん身のとく義の申へ
の上ゟ母に
きこえて
そのこもおよび
かたしといへ
なにもし
このことり
くわん
やうして
〽いぢの人と
なり給はずは
もろ人の心
いつちせて
□□□
〽おんゐにながく
この地をまもり
がたけんいなみ
たがへりとときすめて
〽たがへりとときすゝめて
わりなくかみにをらすれば小が
やてふはつひにいなむによしなく
だいゝちの野につきにけりその
へとき御くら戸はくれ竹が手を
つくとりて第二のむしろにし
ことりて第二のむしろに
すゑんとするをくれ
給ふは忠ならず義に
竹も亦したがはず只さくら
戸をおしすゝめてまげてこの
野につき給へといへば
きくら戸かうぐをうちふり
ちゑの海の先生は一つぎへし
サヘサヘサヘ二嶋田扁
けいせいまいこそいこそいせんはせ行
思ふかはしよふかくしてはかりごとありよろしく軍師回
ずとあほぐべしかゝればたち
第五あぢかも
からのぬしにつぎてだい二の
やゝにつき給ふをたれかすきたりとこれをいはん
いなむはえう
なきことぞ
しきりに
第三めどぎ
すゝめておし
すゑづかくて又
さくら戸はめどぎを
さくるやめどきを
すゝめてくれ竹が
つぎの野にぱらす
ればめどぎはあはてて
しり第一小てふ
ぞきくれ竹のとじはとまれ
かくまれわらはいかでかい
○左の上ゟ
に
〽おん身を
こえて第三の
聞につゝべきや
いざとらの尾ぬし
とくとしきりに
主将三世ひめ
すへたり
かくて又さくら
戸はつら〳〵と見わた
してなほゆづらんとしてければ
小てふくれ竹めど
ぎらはさくらい第九そま木
戸にうちむかひてわれ〳〵三人やむことを
待ずこのかみくらにをることはかなへのあしに
たとへ給ふおん身のはからひによるものからなほも
第十一ある西
第七いつ井
みな〳〵
〽かう
なら
ん
ろは
べんを
くらふ
といふ
見へ
だと
いはれねば
よいが
今ゆづりてやまし
戸はなほ
きかずしてけん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たいぢじやうも
ことによるべし
めどぎのぬしは
風をいのり
くもをおこして
鬼神きを
つかふ追力かき
歩ありかゝれば今
わが小勢をもて
身によらでたれ女は
ある小てふくれ
竹ふたりの
自在ざいの法術
刀自
と。第二くれ升
大てきにかたんことおん
かなへのあしにことな
らずいつぱうかけても
はなはだふ可第四さくら戸
なりまげてこの
由につき給へとて第三の◑右の史第六二あみ
のへ野せきをゆづり給はゞわれ〳〵も亦末座ナろにくだらんホ
かくてもゆづり給ふやとことばひとしくこひすむるにさくら
戸もあらそひかねで第四のむしろにつきにたりそのときにてふ
めどぎらはそま木まゆみをおしのぼしてさぐら戸が
つきの由にをらせんとしたれ第十ません
どもそま木まゆみはあとしさりして
はらのうちに思ふやうわれ
らは武げいも
よのつねにてもと
よりさせる
ホイこゝは
むだをいめ
とケ衛
なかつ
□□□□□□□□
らぬ
一方も
なしいかに
してこの
ゆへに
およぶ
ことのある
べきやとう
□□□□□□□□□
きらき
□□□□□□□□□□□□□
□□
第八七わたし
四
ナヘ廿六歩ヘ三樽同三十両
けいせいるけと作百斤
やうつての大将
要田づぶ六郎
丁ゟ二百よにんのぐん
兵をのこりすゝなにうち
ほうほされあまつさへとがゑもんは
つゞきやす
からでなか
からでなか
〳〵にあやうし
ゆづりてしもに
ずるこそ
よけれど
しあんをしつゝ
したがはねば小てには
つひに第五の聞を
あぢかもと相さだめて
一第六の仲はふたあみ第七は
いつゝ井第八は七わた第九はそまたに
第十はまゆみ第十一はあかにしと次第を
おふてその仲よをさだめつおよそ此十一人の勇
ふども天地にちかひ血さをすゝりてさんせ
ひめのお尋に義をむすび忠をつくさんもしこの也
ちかひにそむくものは身はいかづちにうたれて花
なんえうごううかむせあるべからずとちかひをは
りて酒しもえんをもよふしみかたに名あるづわものらは
さら也ざに兵にいたるまでものをとらせて酒を
のませ賞四寸袋をたゞしくしてちとのわたくし
なかりしかば士卒しかもひとしくよろこびてせいひめ
うへのおん為にいのちをすてんと思はぬもの
なくいきほひ日ごろに十ばいせりかくて
そのゝちにてふくれ升はめどきさくら戸
ちと相はかりて武具をたゝはへふねを
つくらしをさ〳〵うつ手の大ぐんをふせぐ
てだてをめぐらすようゐにいとまな
かりけりかゝりし程にはりまのぐん領
たゆうのみゝをそきとられてやうやく
にげてかへりしかば且おどろき且あきれて
なほ又小てゆら七人かゆくへをさぐり
もとむるに小てやらはあふみなるしづが
たけのとりでにこもりてをさ〳〵うつ手を
ふせがんとほつするよしふうぶんかくれなり
りしかばそはやすからぬことなりとてこた
ひは□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いふろうだうにぐん島三百ま人をさづけ
なほ又あふみなるさ千家に二百余騎
此の加勢をこはしつその勢世すべて五百
余騎とく小てふらをうちとれとて湖水
松をさしてぞつかはしけるかくてえう田つぶ
六郎はあふみにいたりて軍議義をこらし
しづがたけの地理情を思ふに東北
めしのかたはくがにつゞけどゆみのゑち
ぜんのかいどうにてそのみちと下〳〵
なんじよおほかりかゝればかい津
ちくぶ嶋の西北よりおしわたり
いひら山なしへおしよせてしづが
たけへむかふべしとてあまたの大ふねを
かりのよほきゝ木家より近いの
ぐん兵がうちのつたるあまたの
ぐん兵がうちのつたるあまたの
ふゆを後陣だとさだめ〳〵
その身はまつさきにおわたつく
せめつぶさんとぞいさみけるしつかへ
たけにもこれらのよしかねやとほし
見のざに兵がはやくちやうしん次へ
おほらのいそべよりふねをうかめて
なくわた
ナハ廿六とい二時内扁
ふたあみ
いつゝゐ
しげ門とはさきにから
さきなるふたあみらを
かちめよとてつかはし
たるやく手とうゑ
もんばうちま
あて
けいものまののといふ
したりしかば
小てには十人の
勇ぶらを
釜屋
たりしかば一〽そり〳〵こんなことがあるから
さくしやもこまるだらう
ちかり
じやうまち〳〵は
そのときくれ升
すゝみいでて
わなみすでに
はかりごとあり
ふたあみ
いづゝ井七
つどへていくさひやう
わたのはら
からはてきの
さきてにうち
むかふてかやう〳〵に
はからひのへそま木
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しげみに埋伏まいして
かやう〳〵になし給へ又
さくら戸あぢかもの
両勇ふりやうは
てきの後陣
だをおそひ
うちてかやう〳〵に
まゆみの両人にはよしあしの
し給へ
とて
まいけとつた〳〵
大さかでいどうとんほり
いせはしろこのくわん
せおんをんなに
まけてこの
まけてこの
左の上ゟうちまけてふねをかへしにげ
はしれば又入りかはる七わたがふねも
ぎう兵は五人にすぎずむかひ
すゝみてたゝろふものからたち
まちふねをめぐらして
みきわをさしてにげて
ゆくをきたなしかへせと
つぶ六はふねをしきりに
そうやをいるごとく
こぎいでて君よ
はやむる折からみき
わのよしのうちしめ
〽ときをとつとつくりはさま
木までみが一手のぐん兵
そのふねおよそ四五十
おめいてつぶ六が
ふねをまんなか
とりこめておめき
さけんでたゝかに
たりこゝにいたつて
まゆみも
ほねを
をつたが
〽いゝ見せ
おさまらぬから
ものとはおれが
ひつこましておくのさ
みなさまそのきで御らうじろ
□□□□□□□□
ふたあみいつゝ井
七わたがはや
ふねもこぎ
もだしすみ来
たつてあと
なるてきのふね
どもをかけへだて
〳〵四人ツひとしく
もんだりければさし
はかりことを
ときしめしおの〳〵百人あまり
なるぐんこいをさづけにけれは
みなよろこんでうちたちづ
けりさる程にえう田づぶ
六郎きめ高は百そう
あまりのいくさふねのまつ
さきにすゝみつゝすでに
してむかひの
きにほど
とほからずゝ
なるときに大
としまふたあみは〽いつそうのはやふねに只一人
うちのりてざう兵五人にろをおさせすゝみちかづく
づぶ六がふねにむかつて丁ゑたかやかになんぢらせんじ
度にこりずしさふかく入りしてこうくわいすな大とし
まふたあみが手なみを見ずやとつゝしればつぶ六
いくてちつともきときせすやにはに公なり
ふねをいりつ
すこと
けてうたんと
するをふだ
あみはたゝ
かひながらへさきを
かへしてよしのしげ
みにしりぞくをなほ
のがさしとおなかけたりかゝるところに
いつゝ井がのつたるはやふねこれも赤ろをし
おすだう兵五人にすぎずづぶ六をさへきり
とゞめてしばらくいどみたゝかひつたちまちに右の下へし
ねぎつても
にけることじや
ねへの
◑正札つの
かうみ
〽ひけじやまなこのくびを
はやくはいて
たちうりにてもして
しまへば
いゝのに
〽やつちや〳
おてがら〳〵
これでは
とうぐわを
うるとん屋
場のやうだ
しいづれやり
さきの
めうと
見えます
もの大ぐん度を
やうしなさ
かたりもの
すくなから
□□□□□□□
はいぐんと
なりしかば
御つぶ六は
からくして
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はやふ
ねにいり
かえて
介のがれさら
程にみかたの
御ざへ兵いふ
ぬをとばして
つぶ六につぐる
やうきても
後陣ぢん
よりすゝ
□□□□□□□
なくも
さくら
戸あぢかもが
ふたるのいくさに前後より次へ
ナヘサヘヒトモ
ふゐをうたれてさゝ木家の物かしらは本の上ゟはやちかつきぬといかば小てははこれを
たちまちにうたれしかばみかたのゝふねうち聞てたれかわが道にはせむかつててきの
去らうをうばふへきといふことばいまだをはらず
どもみだれさわぎて一トさゝえも行
さゝえずすいれんを得たるもいゝ
ふたあみ五つ井てわたら三人
やにはに水中へとび入りて
のがるゝもありしかど
おほくはうたれ
の左りへ
いけとられて
だすかる
ものは
いと
まれ也
それかしは
これを見かてりてのがれかたしと思ひけし
たちまち入水むいしてけるをいつゝさ
すりさずくまてをもてつぶ六を
引あげていけとりにぞ
したりける○さる程に小
てぶくれ升はめどぎらと
もろともにいくさのせうぶ
いから〳〵とそのちゆうしんを
これらのよしをつげまうきんと思ひ
まつ程にふたあみ五ツ井をわた
そま木まゆみらは思ひのまゝに
つゝからうして小ふねにうちのものがれて
はらしまゐりにきとつぐるにづぶ六いよく
あはててのがれさらんとする程にいつゝ井が
忠義をあはれみか
ふねおつかけ来てすでにはやちかつきたりづぶ六
いふもおなさんの
かちいくさして大将えう田つぶ六を
天のたまもの
音うがは眼前題ときは大こうをたてんことこよびの
〽此ぶんどりでろう
み給はする
城の手あても十ぶて
ゑおくるとはあんまり
のくいてきでは
ないかへ
〽ぐん用きんまで
の右ゟ一ともにゆけんと
ひねがへは小てふはこれを
て見かへりておん身はらからゆく
ときは大こうをたてんことこよびの
いけをつて引たて来つかきく
つ□あらかもらは一きの
ら戸あぢかもらは花の後
ぢんをうちほろぼしてふねをとる
ちんをうちいふして
よにんにおよびしかばいさみすんで
かい陣ぶせりにてにはこれをねば
らふてづぶ六をひときにつながせ
くらをひらきて士卒
にぎはし酒えんをひらきて
かちいくさのことほきをなせて
しかばみなくかたひたのしみて
万々ぜいとぞしやくしけるこれ
よりさきにあかにしはすげのうらに
立かへりてはじめのごとく渇にせに
をりこの日はやふねをりてしづの
とりてへちゆうしんする
しかも五斗れやう所
あやみ米御なら
ぢんをうちほしめ同して女房をとる
こと六十よそういけともたるだう会二百
〽この兵らうは
きの兵らうは
うちにあらんのみしかれどもけい気にはやりて
かならず人をがいすべからずにぐるものばおひす
画でて只上いらうをとるこそよけれころ得給へと
いましめてぐん兵
江右の下へ
やうさてもさゝ木家の
びやうらう役は
ひやうらう役は
いまだはい軍心を
しらずやありけん
こよひかい津おほ
らの陣中ぶんへ
去らうをおくる
とてあるひはくる
まにつみのぼし
又は小荷駄迄に
つけなどして右の中へ
ナヘナヘナヘナリ
四印の中ゟ三百人をきづけしかばふた
あみら三人はきんぜんとして
ことうけしつよみにもんで
ぞいそぎける小一にはな風も
ふたあみらがあやまち
あらんことをおそれて又
あぢかもをよびちか
つけおん身も今よりおひ
つゞきてふたあこぢにちか
ちをあはしてぶんとりかう
きみやうし給へとてぐひやう
百人をさづけにけれは
□□□□あぢかもはいち哥に
およはすうけ給はず
らぬといらへつゝひら
りとるにうち
のりておなじ
みちへぞはせ
ざりける
○かくて
ふたあみ
いつゝ井七
わたらは
なんなく
てぎをおひ
はらせて
兵らう六
百たはらを
ぶんとりしあぢ
かもも水てきを
一九四
おそふて軍用金に
三千両をうばひ
とりそのあけかたに
いくさをおさめて
小てやまかくとつげし
かば小てにはふかく
よろこびてふた
あみはどからあぢ
かもをせうする
こと大かたな
らずくだんの
らずくだんの
かねをなかば
ちらしてみか
かたの上
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
これを
とらせ
のやま
そいせい事を
物ぞみするとのしければ福卒神のいよくつきしたがひてゑせはせ大いよが頭領上かたりしときよ
にすいきほひ都部共に聞え候ばせの人をさく小にをたゝへてやさへてやとこれをとなしつのとり
でをよびかへて江鎮泊左衛門とぞ名つけることのこゝろはあどみなるしづのこまりといふ義にてから
国なる梁山泊隠濃守を思ひよせたるわぎなるべしこれよりして江銭泊ないんにはかさ
ねてうつ手のさたもなくおの〳〵無事に日をおくらぬそが中にきくみ弓はひとり
へら〳〵思ふやうわが身この山にのがれ来しよりはやとし月をへたれどもみや
このたよりをきゝによしなしいかでつかひをつかはしてをつとのあんひをとはらや
とて小そににかくとつけしかば小てふはこれを聞あへずとく〳〵つかひを
つかはし給へといふにさくら戸よろこびて心腹境のしもべ一人にことの
こゝろをよく得さしてひそかにみやこへつかはせしに十日あまりをふる
ほどにそのしもべみやとよりかへり来てさても京なるおんしゆく
しよをひそかにたづね候ひしにかのちもなん清さまをかの
絶了念頭更傚事抵
□□
〽せめておまでもあるながは
なゞきめ給ふよしもあらんを
〽をつとのびやう死もかめきく
〽あぢかも小てやが為につかひして
ひそかに有にはへおもむくところ
つぶきにはつぎに見えたり
ゆゑときくにうらみもひや
ませどもくやむもかひなき
おもせのあいじやくなか〳〵にたえはやく
うしろやすうなつたはいのに
きいでちりくが
ました
○上ゟかめきくがしば〳〵まねきてほゐを
とげんとせられしかどもなん清さまはした
がひ給はずやまひのことこにうちふしてこの
はるのころ身まかり給ひぬ只かの
小ものきん治のみみやこのうちに小
たなをもちでかすかなる世をわたるのみ
とつぐるにさくら戸むねつぶれてやるかた
しもなきなげきをせしがこれよりあい
じやくの思ひをたちて只ひめうへの
おん為に命をすてんとねんずるのみ
亦あだし事なかりけり
の
くれ升めどきはさら也みな
あはれまざるものもなく
口いかめぎくがけがれたるおこ
なひをにくむのみひとしくたん
そくしたりけるそのときさくら
戸は小てふらにうちむかひて
わらは此山に身をよせしより
つゞきみやこのたゝよりすでにきこえてさくら戸
をつとなん清が世をさりしことのおもむきを小てふ
〽しんはん官なりにしげ
かどにかはりではりまへ
入部の所ことのわけは
つぎに見え
たり
みやこへたよりをせま
ほしく思はざりしにあらぬ
ども大いとが心ざまたの
もしげなきものなればその
ことをしもつげかねて今まであだに
すぐせし也さればわがつまなん法の
世にあるほどにおとつれせでのこり
かまさらへし
をしさもひとしほなれども老少貯ふ定地は
世のならひ今さらくやむはおろかなるべし
これにつきても大おん人〻のふし此木どのへはみち
〽しからばしろそうけとり
まうさうようゐもよくは
あんないめざれい
とほくていまだむくひをせざるこそほゐなきことに
はべるかしといふに小てやもなぐきめかねて又いふよしもなかりしをたちまち
心つたとありてくれ升めどきあぢかもふたあみはうからをまねでまねぎよせつたて
いゐやうわれ〳〵七人ひつ死をのがれて今このとりでにたてごもりさんせひめを
やすらかにもり奉るさいはひはさきに危気おうをつげられたる
大はこのなさけにて且われ〳〵を見のがせしいなつまあから井
ふたりの勇ふのたすけによれるものなるにおんをうけて
むくひをせずはとりけだものにもおとるべししかれどもなにはまで
此つかひをつかはすことたやすかるべき申ぎにあらずたれかしのびて
なにはおもむきわが為に大はこのとじにこの義をつたふべきといふ〽右の下へ
〽あきのひがんもちか
つけばかりとつばめの
入りかはり出ふね入りふね
時のさう坊ゐはいは
十八廿八十六二島甘島
いたさぬ
いたさめ
こゝろえました
廿一、
左の上ゟことばいまだをはらす
あぢかもはやくすとみいでて
わらはそのつかひにたちてん
とくせうそこをしたゝめ
給へといふににてふはうち
あんじておん身がなにはへゆかん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
るにあらねどかしこはわが
こけうにして人もよくしる
てき地也そゞろにはやりて
あやまちあらばかのおん
へをまき
おそえせんしか
らばおんに
みたふるに
あたをもて
するに
たりと
いふを
あぢかも
□□
えず
そは
こゝろ
得
重
はは
つぎん
しいせいよいとほせくが
人〴〵にいやま
してひめうへの
おん為には普
第六相思
おつのものに
おんのもいに
はべれば人の
しがたき
ことをしも
命に
右の上ゟわたし給へわすれてもよく用ひして人になしられ給ひそとかへす〳〵も
いましめて路用もおほとうせしかばあちかもはいち是におよばず
たびよそほひをとゝのへてひそかになにいへおもむきつり〳〵
たびよそほひをとゝのへてひそかに公にめへおもむきけり〳〵のたく
これゟまへの半丁のゑのわけをとく
さるほどにはりまのぐん領しげ
門はしづがたけへむかはしたる市印へ
なさん
ことこれもと
の印ゟぐん兵おほくうち
よりのねがひ也
とられあまづさへその手の
その義は心やすかれ大将えう田つぶ六郎さめ
とてしきりにこふて高はてきの為にいけ
やまざりしをにてゆはとられしよしはいぐんの
なほもいましめて
〽ひにいつつうの
せうそこをかきしんしたりしかばしげ門
したゝめかね三いたゝおどろきさわぎて
百両相そえて手のまひあしのふむ
ところをしらず
わたしていふやうかゝれば又かまくらより
このかね百両はいかなるこがめかあるべき
大はこにおくるとてやすき心もなかりしに
べし又百両ははたしてかまくらより御ぎやう
しよたうらいして所領しよの国
ふたつにわかしよたうらいして所領しよの国
ちてはなつま
ちていなつまし郡こりをかゆべきよしすでに
あから井に
そのおん沙汰此ありしげ門が
大将えう田づぶ六郎さめ
の中のすゑゟくだ
んのめぐらしぶみを
ひらき見て
ひそかにおど
□□
なれば小てふ
ならずふた
たび
〽あのおふくろには
〽けいあんちんを
おれもゑらく
とられたつけへ
たび
うつての
つはものを
な
ころしに
したるぞや
もしかさ
ねてかま
〽おうらどのか
くらより
ひさしくあはぬが
大ごんを
もて
おかはりもなくて
めでたい
せめられ
おくらんと
ほりすのこる
百両はあま
のはん官
とほみつの
おもと人
らにわかち
しろこを
すくひ
いだすべき
手だてを
めぐらし
給へかし
しかれども
これらの
事はし事
みなし
はるさめのべ
刀自仕にへ
たのみて
三百
両も此
まゝに
かの
人に
右
りやうぶんをば新供はん官成国
なりにあておこなはれしげ門ばみち
のくなるしのぶのこふりをりやうすべし
とてなり国入部睦してければ
しげ門はぢするによしなく
城別をなり国に引わたし且
しづがたけなるをんな
武者らがことのおも
むきをつげしらせ
はみをへじうて
その身は従頼しりを
相具傾してみち
のくへぞくだりけるされば
しんはん友なり国はしつが
たけなる小てふらが武ようの
ていたらくをつたへ聞て口おはなし
心のうちやすからず申せばながい
もしかの勇ふらふなぢより
こゝへもさかよせすべきかとて用
心のほか他事にもなく
津の国たんばびぜん
びつ中の大小みやうへ
思ふよしをつげしらせ事
あらんときはたずけの
せいをいださるべしとぞふれ
たりける○これによりなり国
よりちやうじあはするめぐらしふみ
おきゝなき
れてくださりま
なにはへもたうらいせしかばあま椎のはん官
今びき
なばその身
〳〵の命は
さら也つひには
ますかのさんせ
かのさんせ
ひめさへいかでか
のがれ給ふべきよしも
なきことしづるかなと
くるゝる
「そんならあなたが
おぢひふかい
おしよやくさまで
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
むねにのみわかれし
のちも友どちをおもには人の
まこと也さるほどに大はこは
この日わがなすべきわざのい
なほあやにくにおほかり
ければとゝごろ
なむあみく
だぶつ
これを見てこれらのまた百体をうつしおけとてものかき部屋ぞいだし
されけるこの日はるさめの大はこはその身当ばんなりければ〽も右の下に
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あだ子といふをんな
もいかきにこれよくうへし
しとゞめよとてつざへし
ナヘサヘ七六二嶋田扁
しいせいすいさ竹わし紅
めぐらしぶみをわたしにければ
あだ子は女がてうけとりてかたの
ごとくにうつし
けりされば
おほはこは
ことをつとめとすなればしゆうの
一しみつもこれが為に下
やくのふでとりすらをと
こをばつげられすよく
手をかくをなごを
えらみてかれが
たすけにせら
れたり○かくて
をなごなれどもおやの
やく義をうけつぎてものかく
IILIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIINNNIIIIIIIIIIIINNIINNNINNNNIINNNIIIIIIIIIIIIIIINNIIINNNIIIINNNIIIINNINI
NIIIININININININININININININI
TININANA
これは
同
NONIE
同一
TILITILITILINITILITILINTLLINILLEE
又大はこは
くち入れとかいふことを世わたにするものに
して大はこがしゆくしよにても奉公
人をもとむるごとにいで入りをする
ものなりければかねてより相悔
しれ丁そのときおうらは大はこを
はるかに見つゝあとにたゝせしひとりの波女くし
林を見かえりてさゝやきながら大はこがほ
とりちかくはしりちかつきこは宋公明を
この日のつとめをなしはててしりぞき出てしゆく
しよにかへるにそのみちにしてゆきぬけのおうら
とよばるゝおうなにあひけりかれは男女の奉公人の
むらのお書役□□さま只今おひぎあそばしまするか
ちとおねがひのすぢありてこのばゞとのをともなひつおん
ナリ
〽いちだんすんだらいにませうわしはよんどころ
ない用があるぞへ
左の上ゟ
るとも
うま
れて
おんを
ほう
奉らん
かば大はこは鳴あへず
さばかりのこと何かあらん
きばかりのこと何かあらん
いとく〳〵かへりて野べおくりの
あらあり
十一
かたやたへと
やとよろ
こびなみだに
かきくるれば
おうかも共に
くりかへあゝその
よろこびをのべし
三十七日ようゐをせず
だなにておこせとなんよはれはべるわろき人ではなけれどもうちつ
ふしあはせにて只ひとり子なる義太吉ははるのころより
ぶら〳〵やまひくすりのしろにしちくさもおきつくしたる
たんせいにて義太吉わかしゆはあとの月よりやうやくに
ひだちしがたちもかはりてそのおつとゑん八どのはそつ
ちうにてやみわづらふこと口い一ヶ日よんべころりとゆかれたり
さればひさしう無商売随郎にてせんじつめたるあげ
句のはてに不幸にあひしことなればはやをけひとつかふよしも
なくなほ且おてらへ四十九日の仕切きうなんどの手あては
あらずいかにせましとだんかにそかけられてはうちもおかれずわが
身もおとゝし大病鯰の折からは此ふうふのしゆのせわに
なりたるおんもあればともかくもして間をあはせ野べおくりをして
人のおちめをすくはせ給ふをかねてより聞もしつ児もせしことのはべるから
御合力仕歌をねがひ申さばいなどのたまふことはあらしわなみとゝもにおしゆく
しよへまゐり給へとちからをつけてかくは同道とりしはぐりぬとつぐればあとなる
ゑん八ばゞおこせばなみだをぬぐひつゝおぢひをねがひ奉るおぢひ〳〵とばかりにたな
そこすりておがみけり大はとこのれをうち聞てそはふびんなることぞがしひつぎのあたひは一
いかばかりで云てらへ布施女はいくばくぞととはれておせはからべをもたげぜに二三
奉るといふに大はこうなつきてふところにしたりけるはこせこのかみられより小ばん三両とり
れるかねは義太吉とやかんがもとでにさせてとりつけかしこゝろ得たるやとときぎとしてくだんのかねを
こらせければゑんんんばゞはゆめかとばかりにうちおどろきつよろこびにたへめあかりにいたがきてもある〳〵
しほやくからき世なかくあまたるおかねばしもめぐませ給ふへあらんや来世世のゝはうしともことも
しゆくしよへとて出かけしにこゝにておめにかゝりしかば途中にては
はべれどもあからさまにおはなし申さんそも〳〵このお人はわらはととしがあひ
〽おじやまだらうが
義太きんあげやう
いつそよいこゑだ
しんぜたいと思ふにかひなきその日くらしのちからにはおよびかたしあなた
さまは此としごろよろづのうへにおぢひふかくうときしたしどへだてなく
ナヘサ二上ニハこ島ヨ扁
のふ
来ねへ
一〇
琉球
ふうしんあらにははやをけもかはるべくおてらへ仕切しきもそれにてたりなんざばかりねよひ
いだしなき人をほうむるともその日よりしておやますのものがうへよのぞまばそのかひなりらんよりてし
このねをつかりはす也初七日晴時にはちやでもせばじてせうになりたる相たなの人〳〵にもふるまべくのこ
やといそがしく
わかれていへ
ぢにいそぎけり
さくしや日
〽ゑぐみよりほん
ゑくみよりほん
もんは一丁郷おく
る也けんぶつかた
ゑをくりかへして
ほんもんにあは
して見給へかし
吉雄
おきかせ
されば又おこぜばゞがをつとゑん八はとしごろあやつりしばゐなる。とうくだてを
とりたつるをなりはひにせしものなりければ一子の義太吉をばじやうな理から
太夫にせんとてをきなきころよりこれをならはせことしは十八ばかりになりぬもと
よりかほかたちうるはしくよしやかぶ伎きのいろ子といふともおとるまじき少年
せんなればこゝの日まちかしこの酒えんなんどゝてをり〳〵はまねかるゝせしきも
あれば世わたりになりぬべく思ひたりしにうちつゞくふしあはせにて衣せうは
あればせわたりになりまべく思ひたりしにうちつゞくしまはせにて衣せうは
さら也さみせんすらこと〴〵くしちもつにおきつくしたることなればさるわざい
心にまかせずほとんどこうじはてたる折思ひかけなく大はこにかね三
両をめぐまれてなきおやの野べおくりをとりおこなひしのみならず弐両
あまりのこりしかば義太士口が身のかわをしち屋よりうけもどして
左の上ゟとしわかければ見おとされてや
まだはか〴〵しく弟子にも詩つかずいと
はゞかりなることながらあなたきまのをり
をり来ましてかたらせて聞給はらばいゝ十
人のきゝ手にまして世の人もおとしめず
弟子でのつくことはやかるべしおんぢひふかき
みこゝろもてわれ〳〵おや子をたすくると
おぼしめしておんいであらばいよ〳〵御
おんはわすれじとてかき
くどきつゝたのみけり
せしきやあるとまちけれどもそのゝちはいづこよりも
少し大はこはゆう
まねくとくゐのなかりしかばうけもどしたる
げいの
きぬも亦しちにおきつゝやうやくに
ほそきけむりをたてたりけるこれより
うき
たる
さきにおこせばゞはをつとゑん八が
なきあとの日がらもすでにはてし
ころ大はこがしゆくしよへおもむきて
さきにうけたる大おんのよろこびを
のべてかへりつゝはらのうちにもくろみあれば
おうらにおちなく聞てつく〴〵と思ふやうかの女中はとし
さがなりともをりふしはをとこほしく思ひ給はぬことやはある
打上す
上金壱分
大はこにはをつとなきこと且しゆつとうしてつとむることまでくだんの
ごかなるになほ身ひとつにてくらし給へばよしやものかたき
義太吉ををとりにしてあの女中をひき入れなば
為になることおほかるべくそがほかに又きやく
もつくべしきはとて女がておもふよしをわが子に
みやきてこゝろを行させふたらび大はこがしゆく
しよにいたりてあんぴをたづぬることのつひ
でにわが子義太吉がことをいひいでて
わざを
このま
〽ハテ見たやうな
をなごじやが思ひだき
れぬたれであつたな
ねば
あらずも
かなと思ふ
ものからかくまでにいはるゝを
ゆるしとはいらへかねてそのゝちいとまある
折におこぜがしゆくしよへおもむきければおや子は
つちもてちりはくまでによろこびうやまふこと大かた
つちもてちりはくまでによろこひうやまふこと大かた
ならず酒さかなをかひとゝのへて大はこをあつくもて
なし且義太士口は一チ二だんじやうる理のひきかたりして
大はこをなぐさめけりこれにより大はこはかね一分を
おやこにとらせてはやくいへぢにかへりしが又そのゝちも
おこぜばゞはしば〳〵人をつかはしておほはこをまね
くになん三たびに一チ度はいなみかねたる大はこは
〽はをさ〳〵じやうる卯のひきかた
りをよくしはべればけいこしよを
たてさせんとてちかごろ
れをかけたれど本右の下へ
して両三度におよぶほどにあだ子はそのさが
うは気にて大はこよりとしもわかく
われひとりゆかんはうしろめたしと思ひてこたびは
わが下やくなるはしりかきのあだ子をさそひて
おこぜがしゆくしよへおもむきけりかゝることすでに
かほばせもたちまさりて
いとあだめきたるをなごなれば
ひそかに義太吉にけさう
して目つかひにのみしらせ
けり義太吉もはじ
めのほどはひそかに
大はこにしやうを
よせてかたらひ
よらんとし
たれども大
はこりぎやう
ものこと
女中さんを
おまへかた
おしりて
その名を
きゝたい
しらずかへ
ればいゝることにはいちはやき
いつもうきたるけしきなけ
義太吉なれどせんすべ
なくていいたつみにうち
すぎたるにあだにが
われに心ある日つや
ひにうちもおかれず
大はこがちやう
ずにたちたる
ひまをうかゝび
ちぎりそめて
水もつぎへ
しいせいすいこそいこと
もらさぬなかとぞなり。これ
よりあだ子は大はこにか
れて義太吉がしゆくしよに
おもむきあふことのたびかさ
なるまゝにあたりの人もよく
しりて大はこを
すらそしりあざけりくだんの
女中はものがたき日ごろの
気しつににけもなく
義太吉がじやうる理の
はなはりとなるのみな
らであだ子が為にぜにを
つひやすがたてさよといひ
けるを大はこがみには入ら
ねどもすでにあだ子と
義太吉がわけあることを
すいせしかば
心のうちに
つまはぢきして
そのゝちはおこぜ
ばゞがむかひの
人をつかはしても一と
人をつかはしてもことにし
かこつげてゆかざりけり
○さる程に大はこは
ある日城中地うより
しりぞきいでて
しゆくしよへかへる
途中おうにて
ひとりたびする
〽はじめをわすれぬかのお人の
こゝろさしは口
まうすも
きずもつあら
ふみもまよ
はで
ナフ
よろこば
いふてやらふと
大はこが
いだしてほとりちがく
たがひに
身のあた
かねは此まゝ
あづけませう
いなでやふふと
つたへて給つではる〴〵と
くだとはれしことよろ
さんせ
入用のあるときに
◑左のなかせかねを
さしよすれば
大はこはふうおし
ひらきてその
ふみを見て
かねをとらず
きにさていふやう
むかしのちぎ
ふたとりをわすれ
給はではる〴〵と
とはれしことよろ
さばしくははべれ
どもそなたの
ともがらきもふとくも
この地にわうらいせら
この地にわうらいせ
〽れんことはたき木を
▼いだきて
左へ
ものとおぼしきゐなかむすめに
ゆきあひけりかれはしきりに
われを見かへりわれも亦
何となく見たる人かと
思へどもさすがに思ひ
いだされずくだんのをな
ごはゆきもやらでとつて
かへしつあとにづきて
わがゆくかたに来つれ
内印ゟ
どもわれにはこととふ
ほかには
事もなし思ひかねでや
きやくも
かたへなるかみゆひとこに
なかり
たちよりて今あしこへ
けりその
ゆく女中はなにはのしよ役
とその名聞えし大はことのに
とその先りとこたへける
あらずやととへばさなりとこたへけり
そのときくだんのゐなかむすめは
いそがはしく大はこにはしりつきつゝ
小こしをかゞめてはるさめの刀自と
そつ余じながらひそかに申ㇲべきこと
こそはべれびんぎのところへ立よらせ
給へかしとよびかけられて大はこはたすけおこしてわらはそ
なほこゝろを得ずまゆねをひそめて
つら〳〵見て何人にをはするにや
さばれ用事あらばきかざらんや
こなたへ来ませとさきにたちて相しる
このしよまにしづちよつちどの湯さかなをしづのときてより来つるなり小やふとの口よはやうしと
しだしさか屋に立よりちとの渇さかなを
いくみとてやかて二かいにのぼりしに切印〽ふきにのべくいつつつそうのせうせうせうせうものもので
いだせとてやがて二がいにのぼりしに四印へ
ときくだんの
しく女中はなにはのしよ役
ゐなかむすめは
大はこに
うちむかひて
おん人□つゝがまし
小こしをかゞめてはるさめの刀自じまさすやといひつゝ
そつ介しながらひそかに申るべきこと三拝院したりし
こそはべれびんぎのところへ立よらせかば大はこおどろき
すけおこしてわらはは
十八月へ年へ二守日泉
なほこゝろを行すまゆねをひそめてじつに見わすれたりそも〳〵おんきは
つら〳〵見て何人に遣はするにや何人ぞやととはれてやうやうやくもうべをもたけたけた
わらははわすれておもひいたきず危と見出しの折にのそみてそんかにおもてそれらのあら
こなや人来ませとさきにたちゞく相しるさいせいの声にむくはいめににてふといへつかひにたやうくとなれはも
つぶさにのべていつつつうのせうぞこと三百両の右のこともつともつきへ
火にちかつく
よりなほもあや
うきわざならずやこの
のちはわすれてゆかな
らずな来のこそ
おくられし此ねは
いさゝか也ともうけ
かたし又いなつま
あから井へおく
せんとある一
つみもとり
つきしては
とゞけが
口上いなつまの
のあぢかも也
心さまけつ
さいに用事あらはきかざらんやかば寄すれ給ふるをもり也けでははあかやしらのあらし
□□□□□□□□
なれはほく
なれはおくり
ともつぎへ
いいせいまのこ件四紙
〽このごろにいきませう日もくれるし
用もあるサア〳〵これで
おわかれ
〽おこぜばゞ
みちにおほ
はとをいざなに
ところことの
わけは第五
わけは第五
んに
あらは
すべし
●およりなさ
とらせませぬ
とほい所じや
身ふじんちのみち
一包代百銅
家傳神女湯
諸病の妙薬
近年やくしゆ高直なれども利の為にのみする
ものならねば弥やくしゆをえらみて物のうをたがは
大包代弐朱
小銭五ト
中包代一匁五分
精製奇應丸
やくしゆをえらみせいはう家伝のかげんを以てす
このゆゑにそのこう百ばいあたかも神のごどし
くまのいをのて丸す
包代五ト
熊胆黒丸子
多くのりをまじへす
ふじんつぎ虫の妙薬包六両銅生包三千二銅
神田明神一
製薬
本家瀧澤氏
同朋町東横丁
弘所元飯田町中坂下四方みそ本木戸向たき沢氏
うくべからず又あから井はさけを
このめりさるを此かねを持て
酒をすぐさばわざはひのはし
とやならんかゝればくだんのふた
りにもおくらぬにますことなし
折もあらばわらはかかたより
小てにとのゝあさからぬこゝろ
馬琴作
國安画
さしをばつたふべしかねは此まゝ
もてかへりてかくいふよしをつけ給へとねんごろにときさと
浄書谷金川
していなむをあぢかもおしかへしてことばをつゝしてすゝめし
へいひわけなしと思ひ給はゞ
かども大はこはつひにうけずおん身かへりて小てふのとじへいひわけしと思ひなはゞ
わらは今まのあたりにへんじをかきてまゐらせんぞをもてかへりて見せ給はゞみせ給はてふ
とのいかにしておん身をしかり給ふべきさはとてやたてをぬきいだしふみさや〳〵と
かきあはりてふうじてあぢかもにわたしていふやうくりかへしてもかへしてもおなしとには
はべれどもおん身はよすがらみちをいそぎてこの地に一トもとまり給ゆなしろ
粉ふうふははじめのごとく今もひと屋につながれてなほ命にはつゝがなけれど
千ヶ所のたからをつひやすともたやすくすくはるべきものならずいにできことは
十かくおのたからせつひやすともたやすくすくはるべものやらまいやきことも
おほかれど人にきかれんことのをしくてつぶさにはつくしかたしはるにもならばわがいも
とをひそかにとりでへつかはしてんこたろ侍給へとさゝやきたることわかへければあぢ
かもはかさねてかへすことばなくかねをふところへおきめつゝわかれをつけてぞ
立いづるころは八月のなかばにて日ははやくれてくまもなき月をあかしに
あぢかもははやくなにはをはなれんとてしきりにみちをいそぎけりざる
ほどに大はこはしづかにさか屋を立いでてゆくこといまだいくばくならず
たちまちあとゞに人ありてナウおしよやくさままたせ給へとよびつゝたもとを
ひくものありこの人はこれ何ものぞ上にいだせしゑを見てしるべし
作者曰これよりすゑはずいと伝の妙しゆこう閻波女惜強いがだんに
かゝれり丁すうすべてさだめあればこれを内へんのをはりとして第五
へんにあらはすべし五へんもことしは引つぎてほどなく出板は
なり舂きをひらぎて佳境聞に入るべし
戊
屋
鶴
春
子
喜
右
衞隨筆
毎年十月下旬頃より売初め申候
御注文被仰付可被下候
御注文
御免江戸暦開板所
南山禅師書四季和文音
南山禅師書
全一冊
口摺
載陽帖
被仰付可被下候
四季和文章
撰
模
新
一唐紙摺一枚葱齋鍬形紹真筆
斷日本名所之繪
地下して用名所古町山川の境地表屋敷寺の西名ごく地理
此両八六丁騎の国々亀之御城代登り
力角かたちを正して虚大の日卓麗の中を与〳〵く睦く見るべき箸宛論書なり
○女古伏前国生竹画霖高井蘭山編撰
半紙本
女古状揃園生竹老
此者は女今川状をはしめ已下の状すべさ九所おの〳〵名たらいにしるいにしの髪のしづかれたる家工を忌候哉
集めて推し直に引正を加へ男女の義調委しないとなりて。正安かりしをやなきにも
三国一夜談全五冊画入読本曲亭馬琴作
先生著
劉卜子豊副先生著
即考百籖全一冊特
銭箱添
霊蔵は一に関哥裁と号して五明国将等になり
吉凶ふしきの哥。顔ありことに関帝の神霊ありて我財権一郎
御代に将来してあまねて世に張り方事吉凶をもとむる此心のれば
任する神仏に祈知し。懐でその霊媒をうかに。
扁共ニ
蓑笠翁
先だつて売出し者申候第三百編船取引
初編一
玄同放言初編二編
ウヱツ六冊
女同放言
随筆
右方三編三冊は茶用の期より動物の部の半に至る此編にて小覚口物異際金融の図
篤みな正〳〵。宣文にして諱に作者の考を尽せり雅信となく。けるに用けれせす故に便に堪とら
切痛一編にいやましてもつとも興あるべきものいなんよりてまつ。近部のとゝず。按寄す
十一月廿一日
書
同
通
古面入二冊出来懐草柳亭種彦隋筆
還塊紙料
〽むかしの哥舞妓役者遊女の小伝肖像すべて百年前名てよりし
放下師胎蔵の貌俳諧の句解常言の釈尊ふるき仮名覚を
一附したれば雅客の見るべき書にはあらねど。一時の眠は草しつ剣
截童
戯筆
廣光皿
塵劫記
遊言画手本
懐中早割大全ニ
遊言画手本一名鳥羽絵早まなび果
本ありふれし築書とちがひ便利をむねとしてあやまりを
叶正しわらべの初学にはやくその道に入やすく
此上達すみやかなる甚ちかみちなる筆書なり
新形染彩目は
損花手引糸前編出来此書はいまだくの心付ざるもやうを品々甚甚め
前北弾為一筆後編嗣刻先生殊に心をこらせし奇北なり
後編
前編にもれたるをゑらび集め
芝居人貞王巳り
芝居□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
所全一冊五渡亭國貞画
西の道はざらんをとり狂言等
似顔早稽古後編全一冊五渡亭国貞画
似顔早稽古
役者心彦
にも見合になるべき弥書なり
八文舎自笑評
三箇之津
藝品定
当子正月二日ゟ
うり出し申候
やひてうばんき全
役者評判記三
卅
惣役者芸評の書元禄以前より当時迄年々開板いたし
奉入御帰共相加はらす戌年中二三ヶの津狂言評判明細に
相撰び文談絵附等こと〴〵く相改め御用物無御方にみて
次第つきにわかり候やうとあらいも半入御覧候間御といといいいいい
き厚く売出し
求め御高覧可被成下屋
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唐土の寓言謀計
三国妖狐殺生石艸
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一日本の神変不思議
一哥川国安画
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式亭三馬忰虎之助作
喜恕哀楽堪忍嚢六冊
哥川國安画
者太平樂
有喜世諺草
恋川春町
継子立波の濡衣
同
三冊
金か敵夢之世話
同
三冊
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江戸名物
諸団扇地紙問屋
綿絵摺
通油町
鶴屋喜右衞門版
作画作画作
自作画
圖畫室仙臺
本
問
屋根船の提灯
白魚船の篝火
市川三升作
こゝ国いく
同爰佃天網嶋六冊
哥川国貞画
世にむるいのさかほのくせり
南伝馬守いなかしん道坂本氏
一矢艶仙女香四十八銅
隅田川両岸一覧
袋入画本
功斉筆
全三冊
同断
忠臣蔵助
外傳
柳亭種彦作
伊呂波引守入節用十二冊
哥川国貞画
江戸名所東鑑
ふごとめいしよものことめい
江戸名所物見丘
右三通極之品にして奇麗にしきて
御進命は正極宜岐壱本なり
慈齋華
同断
清長筆
全三冊
金三冊
狩
}
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一一
一
一
北
一二二二二
)
細田
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金襴
著述の労は。看官おもはず。譬は田翁苦辛の粒来備してもて雛粕の五器へ。
投じて者ざるが如し。嗚呼書作ることがたくもあるかな。いにしの名人才子も。漫に割籠
摸擬するものは。皆等類を免れず。只よく奪胎摸骨の手段は造化の巧を欺く。
木の花に異ならず。彼桃にて桜を開せ。槽にして丹楓を染きす。看官はその臺を
亡心れたるのみならずして。樹も亦己が根本の。他木なるを知るよしあらで。花を呈し或は
献ずこれを奪胎摸骨の。妙巧とはいふなるべし。かゝれば傾城水滸の一書も。亦その
手段接木に等しく。羅氏の水滸を臺にして。作者の趣向を接合し。尤園州
子の小盆に載て。書斎の室に養ひ立たる。是ぞ五編の花の花の燭紙を
同様に。安がられては骨折の甲斐なしといふ仙鶴堂が。気を春。気を春。袋に上
して。何処へも融る吭包まで。六月評判をりが啼く。東に久しき作者は骨盤本
今茲で三十八ヶ年休まで続く筆冥加商売冥利は板元の耳たべく湿るを
までに愛敬あれと寿きて序す。
文政十一戊子春正月吉新版
曲亭馬琴撰
けいせいすいこれ五升
女行者竹世
虎と
見
て
石に
たつ箭と
あたこもる
十重の鐵門も
8
いらばいりてん
後家持西門屋阿啓
官司官司官司官官官司官官官官官官官官官官官官官官官官官官官官官
一月十一年一月十一日本社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社
あまくも
雨雲のかゝる
のみかは
餅師
いつすんほしぶたよ
一寸星豕代
もち月も
しよくにあふては
かけ
ん
と
すら
ん
答丑
を
関防人
金蓮助
きれすけ
四十一日社株式会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会社会会会社会
けいせいすいこれ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
その
かす
煎茶店阿温
浮世
狂
ひ
の
みやび
風流客の
かゝれる。罵は
みづくわし
水果子
一金のしめ鳥
問説
商人
軍三
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あまのゝはんぐわんとほみつし
天野判官遠光
夏毛屋
卯亥蔵
ものゝふの
矢立に
袖をまき筆の
牡鹿まつ間ぞ
すみつかぬ宿
翻説
十八十へ七六二島三扁
塞ぐべき
耳なし山の
裾野にも
誰
が
楽
間
ぬいすむ
一鈴菜摘むころ
十一
四五
舞扇
園喜代
荼毘
十一日
久念
炉大葉子が母
紗子
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さてもそのゝち大はこはその夕これにいそがはしくあぢかもに立わか
れていへぢをさしていそぐ折からたちまちうしろに人ありておおさ
親我さままたせ給へとあはたゝしくよびとむるをおどろき
ながら見かへれば是すなばちおこせ也そのときおこせばあし
はやうにはしりよりつゝ小こしをかゞめてこのごろは何ごとやらん
いたちのみちをぎりたるごとくわらはがかたへは入らせ給はず此
ゆゑに美大吉もおんうはさのみ申くよしくとしてだえぬ思ひに
うちもおかれずむかひの人をまゐらすれはおつとめがせわ
しいとておへんじもそこ〳〵なるおはらたちは何ゆゑやらん
と思ふのみにてすべもなくあんじくらしてはべりしに
はや左の上ゟはやそのかどべに東に
ければいざまづ入らせ給へとておこ
ぜはやかてかどの戸をやすらあけつゝ
こゑたりやかに義大工古は二かいに
をるか日ごろそなたのおもはくさまの
来給ひたるにとくをりてとゝ〳〵むかへ
まうさずやとあはたゝしくぞよばり
たるこゑうち聞て義太吉はこゝろの
うちに思ふやう日ごろわが身のおも
はくといはるゝはあだ子のとじの
こゝにておめにかゝりしは御えんのつきぬしるしなり
来給ひたるにあらんず
まげてしばらく
巨
らんの左りへ
わらはがかたへ立
〽うしにひかれさ
よらせ給へかしとかき
善光寺まゐり
ゆくどきつゝ引とむるそれ
どうやら□
しやの手れんに大
はこはすげなくも
いらへかねてそれはいはるゝ
ことながらもとよりこちにわけありて
ゆかぬといふではさら〴〵なしづねにもいとまのなき身
なるに此ごろはいとゞしく御用しげくて日のくれねば
しゆくしよへしりそくこともえならずこよひとてもきりがたき
所用礼があればゆるしてたべちかきに手すきを見あはしてその
折にはかならずゆかんまづ〳〵こゝにてわかれんといひこしらへてあしばやい
ゆかんとするを引とゞめそれはあまりにきよくもなしあなたがおいで
なされぬゆゑ世のひやうばんもよからぬにやちかきころは夜けい
こもはんじやうせねばあさゆふのけむりのしろもそれほどに手きく
まわらぬいとみちのほそるせたいをあはれどもすこしはおもひ
やり給へこゝよりさのみとほくもあらぬわらはがしゆくしよへ
四かうやら
来たかいのふ
来たかいのふ
とばかりにちりおとしの
さかうしのひまよりひそかにした屋を
さしのぞけばあだ子にはあらす
して大はこの来つる也万太吉
のぞみをうしなふてすでにはし
こををりんとしつふたゝび二かいへ
よぢのぼりてたえていらへもせざ
あらずいざとく〳〵とひくそでを又今さらに
ふりきりて立わかれんはさすがにてゆく
とばなしにひかるゝまゝにつひにそなたへ立
もどればゆきゝにぎはふ夕月夜うかれ
からすにわらばれてうかぬ
心を引たつるねじめのお
ゆかの夜けいこや
かけあんどんにまづ
れなき右の下へ
立よりてすゞきにかへらせ給ふとも手間ひまの入ることには
毎夜定席
稽古浄瑠理
冨竹美太
こゑ
たてて
〽大きに
ほねを
をりました
日ごろ
そなたの
おもわく
さまの
来給ひ
おも
をりまする
サア〳〵
おはいり
たるに
いかに
ぞや
なされ
ませ
まゐら
せずやと
いふを義太
けいせいすいこ他五升
一一一一一一一一
義
〽おもはくさまも
すさましい
又つとめろ
といふことか
きごだが
あはせて
やらふか
公
図
四
引こもりてをるものをそのかたざまもあしはありなん二かいへ
こともなひまゐらせたくはのぼるにかたきことやはあるいとまし
やとあいそなきごたへにおこぜはうちゑみぞアレ時給へ
菊太吉はあなたさまのおあしのとほきをうらみて
こゝろになきことをしるまうすにやあらんずらんいさ
せまづのぼり給へかしといひつゝ手をひきこしをおしく
わりなく二かいへいざなふにぞ大はこは今藤太吉が
しろ〴〵といひつることのむねにこたへてよろこはずやがて
しか〴〵といひつるごといはこにて
きびすをめぐらしてかへり去さらんと思へどもおこぜはすでに
けしきにすいして二かいのふすま立こめてその身ははしごの
かたに懸り又義太吉にうちむかひてそなたは風をひき
たりともさせる事とは見えざるにたま〳〵おつれ申たるおも
役もけさまをなぐさめ申せよせよやよなう〳〵といひながら
ひそかに目まぜでしらせたる母の心をすいしたる義太吉は
やうやくに思ひかへして身をおごしきて大はごがほとりへ来つゝ
一烈にいゝらいのそえんをうよみてうき世ぎにさんくち
あひにしばしての里をもちにけりされはおこせが大
はこをわりなくしゆくしよへとのなひしかねてよりもく
ろみありいかにもして大はこをしたしくこゝへかよはせていろ
からしかけて義太吉ををとこめかけにせられんにはまり
なひたりてかやと子があざ夕はやすかるべしさるを又候ゑん天
吉がそゞろにわなをかけあやまちてあだ子とわけの
ありしよりはや大はごにざとられてやあしさへとほくなりに
たりあだ子なりとてまんざよに為にならぬといふではなけ
れど大はことのは上役おいなれば又それほどのぜにはあるべし
こよひはこゝに一トよさとゞめてつひにはひとつよぎのうちに
ねさせんものをとむねのうちに思ふ心をいへばえにいはね共
亦義本吉もいや〳〵ながらよみと哥いひよるよすがもあんが
とておや子ひそかになれあふてつねにもましてもてなしけり
さるほどにそのよさりおこぜばまづ義太吉にめくはせしてそのゐをさとし扨
大はこがほとりちかく義太吉をはべらして大かたならずなぐさめさせその身は
したべへはしりゆきて酒をあたゝめさかなをとゝのへのぼりをりさへたつしや
なるきやくの心をつりはしこところせきまでおきならべて
さかつきをあげしやくをとりて只大はこをもてなせども
大はこははじめよりこゝに立よるこゝつも
なきにさきに義太吉がいひつることの
}
ぶ礼くわんたいよく〳〵思へはわれをあなどることはのはし
いぶせく思ふにうたがひなしと大かたにすいすればいよ〳〵
ひたのしまずさしうつむきてゐたりしをおこぜばことばをた
ひたのしまずさしうつむきてゐたりしをおこぜばことばをたくみにしてしきり
さけをすむるにぞ大はここれをぢするによしなくわづ
たるさかつきをやうやくにのみほしてさき所もしばくいひつ
ごとくわらははこよひのがれかたき要用艶川のはべるなるかゝれば
さけもほしからずこよひはまづ此まゝにはなちかへすが
だいたちのちをうにてころ
だいゝちのちそうにこそといひこしらへて立あがらん
としてけるをおこぜおや子は
おしでいてさきに
おしとゞめて今さらことに
かこつけて立ざらんと
のたまふともまだあつ
らへたるさかなも
来ず夜もしよくの
したゝもしてはべるに
それを見すてくかへらせ〳〵
給はゞたれにかはふるまふべきさり
とくひまの入るにもあらずしばしくつ
ろぎ給へとて引とゞめたるもてなしぶりに
大はこはもてあまして心のうちに思ふやう
そのはじめおこぜおやうにがおちめをいさしか
すくひしよりえんにひかれて思はず寺本右の方へさゝもまるまもほしうないぞへ
〽こまで来ごとは
来たれどもどう
あつてもいなねばならぬ
さゝもまんまもほしうないぞへ
あつてもなねばならは
つかにうけ
□一□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽おひさしぶりだに
どうよくなマア〳〵
おきゝなされませ
左上ゟ
こゝへ立
うしろめたき
〽かへろとなくはさをしくの
あれば
〇それ
よせてより
いつはいあだ
ねへ
なにてあひ
きやくにした
にたれか
はからん
くだんの
あだには
義太吉と
わけある
よしつぎ
けいせいものこといふ
はれなんことにかこつけ義太吉おや子がしゆくしよへは立
よめしと思ひしものをこよひ又みちにおこぜによびとめられ
わりなくこゝへとのなはれてくるしめらるゝうたてさよすきも
あらばよふけぬひまにかへとものをとむねに
のみ思へはうかぬきかもりにこうしはてゝぞゐ
たりける○こよ又なつけ屋卯亥蔵と
いふふであき人ありけりとし
ごろ大はこはとくゐにてした
しくいで入りする
ものなりしがちか
ごろ又十ついの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
秋かきふでを
あつらへられて
そのふでやう女
いで来にければやがて
大はこがしゆくしよへもて
ゆきてしか〴〵といひ入るゝに
大はこしゆくしよにあらざれは
せんすべもなくすごくといへぢを
さしてかへる折からみちにて相しる
人にあひぬその人はやくよびかけて
卯亥蔵は日のくるゝにまだあき
なひをしまはずやといはれて卯千文蔵
さればとよそこめ村なる大はこ
とのに十ついの
ふでをあつらへられて
はる〴〵かしこへもてゆきしにしゆく
しよにあらねばらちあかずその
させては
すまぬぞや
人のうはさのそらごとならずはわが身も人にわか
かきん何だなん
さわがしい
そうよい
御よい入くへ〳〵〳〵べしといひかけて
左の上ゟいまだかへらせ給はねばおん
女どの人〴〵は手にあせにぎるばかり也
とく〳〵かへり給へるしといへば又大はこも
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まことに御用のすぢありしを
わらははたとわすれたり
とゝゆくべしといひかけて
かげんに
ゆるして
やん
ねへ
なきことを世に
ありがほにいひ
こしらへてこちの
おきやくをう
いださんとはかるよ
なといふに卯玄
蔵ちつともさわ
がずわれいがてかは
いつわるべきさきに
おやどへまゐりしに
ゆきがたをたづねんにもあなをしらねばむだあるきしてつねよりお
なかにたりといふをその人聞あへず大はことのはさきのほどし
ゑん八ばゞにともなはれてまさしかれがしゆくしよの
かたへおもむかれしをわれ見たり和ふしもし所要知ら
あらばおこぜがしゆくしよへゆきて見よ大かたさかもりさい
ちうにてあらんずらんとうちゑみながらへげしらせてぞ
ゆきすぎけるそいとき外三兵蔵思ふやうかのはるさめの大
はことのはいとものかたき女中にて且仁心じいのしかけ
れば人のおちめをすくひ給ふにたからををしむこと
なきを人にもをさ〳〵ほめられながらいかなれば
ならずものゝおこぜおや子にまどはされてちか
きころは女もすればかれがしゆくしよをなり
やどにしてせにをついやし給ふにこそいとにが〳〵しき
ごとなりきさもあらばあれ此ごとづはわが身あき
なひのひまなるにあつらへられたるあまたの
ふでをこよひのうちにぜにに
すればあすのもとてにともしからず
かゝればこゝよりゑん八ばゞがしゆくしよに
いたりてかの女中にこれらのふでをわたすべく
われもその野のせうばんしていつぱいのまんとしあんをしつゝ
それよりみちをいそがしておこぜがしゆくしよにおもむきろしばらく
かどにたゞずみよくうちのやうをうかゞふに二かいに人のわらふこゑ手に
とるごとく聞えしかばさてはさかものもなかなり折こそよけれとすゝみ
入りておとなひもせずすか〳〵とはしこをのぼりてひざまつきおしよやくま
こゝにをはせしなさてあちこちとたづねましたといふを大はと時あへすこの
油をはづしてかへらんと思ふ心をめくはせにしめしてそれとしらすれば外玄元
蔵もひさまおろかなるものならざればたちまちにその心をさとりてそら
さぬかほにことばをあらためそこめ村のおしよやくさゆさきに御用のすぢ
ありとて御館たちよりいくたびとなくおんむかひのまゐりしかども〽右の下へ
………………………………………………………………………………………………………
一人の渡
世のさまたげす
あしをふみこむとこんなことではすまぬ
又おんやどにてはかくともしらでたづねわびつねわびつく
おひ〳〵にむかひの人をいだされたりといはせも
あへずおこぜばゞは又から〳〵とうちわかひて
人の友
世のさまたげすることぞは三つ子なりともあざむかれんや
きれふで女らうのつらよごしかさねを
あしそふみこむとこんなことではすま〳〵かゝればみたちは
でよとしはよつても
ほねがあるもひとつか
およつめひけて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
とのさまは
おくさまと
つぎへ
同所と
十八せいをは二専を痛
けいせいすいと竹にて
ぎよしんなるべきころなるによしや御用の
すぢありとも御しよやくたちをめされんやま
かくあさはかなる
たくみもてだい事の
おきやくをひかんと
するはわが世わたりの
あたがたきあしもとの
あかるいうちとく〳〵
〽ゆるしておけばつけ
あがるよひのぶ礼に
いやましてみだり
がはしいうは気の
たはむれ
たは
それでも
いでてゆかずやとのゝ
しりながらつとたちて
一卯亥蔵を引とらへ
にぎりこぶしをふりあ
げてみけんをはたと
うちこらすいきほひた
けくかいつかみてそがまゝ
した屋へおひおろしはたとつきだす
ずとてとくゐ思ひにおめ〳〵
とかどくちへつきいだされ又
入るべくもあらぬ
身のいとゞうらみにし
ゆる
さぬ
八十九日
たえざれば二かいを見あ
げにらまへてすりからしの
ぞ
こりぬと
かどの戸をたててしきりにのしりなし
がらその身は二かいへうちのぼりて又大はこを
なぐさめけり○卯亥蔵はおこぜばゞにみけんを
したゝかうたれたるいきどほりにたえねどもこゝにて
かれとうちあふてことを引いだすことあらば大はこといゝ為ならず
ばくれんばゞめこよひの事をおぼえてゐよかさねかくしかしすぎにうつて
のゝしるかひもながひつの前をかたにしてふたさやのいへぢをさしてかへりけり
おきてこば何するぞとたしなめてもまず大
吉さわゞけしきもなく何をするとはやぼ
けをあだにしてうぬぼれらしいたまめ口上はより
ぬるともかぜひこともかつ手にしたがよいはいはいて
といひつゝすごししりぞきてたらぬ思ひの五の
十左の上ゟしかれらがせんやうをこゝろみばやと
しゑあんをしつゝこしおびときてまへかきあはせ
さてふところなるはこせこのかみ入れしでつゝあふ
ごきさへ只三尺なるおきとこのあたりへおきてそが
もまゝに小よき引かけまくらをしつゝかべにむつ
ひてふしたるを義太吉うち見てほともへ立より
此あきのよのはださむきにおかぜめすなと
手をさし入れて大はこがおびのはしを引つゝ
しかと引よするをすかさず大はころと
一らしいふけゆくまゝにはだき
むをあたゝめさするがいやかい
なといひつゝふたゝびよらんと
するを大はこはかたへなるきせ
るをとつて義太吉がひたひを
はたとうちしりぞけはぢを得
しらぬしれものにいふはむやくに
にたれどもそちはわらはを見ち
がへたるかあだ子ににたるもの也
と思はゞあてがちがはんぞこれにも
こりず手をいださはそのたびは
ゆりしかしきやう後こをきやう後ことつゝしめ
かしとのゝしりこらせば義太吉は
すこをおこへて入らするをはださ
むい夜ににかぜもやひかんと思ふなき
さゝやけて丑みつちかくなり成べしかゝりけれども大はこはこは
すでにして卯玄蔵にこゝろ得させしはかりことをはやく
からにいへる
おこぜに見ぬかれてなほわるどめにとめらるゝをいと
心うく思へども今さはかへるよしのなければこれも
亦おめ〳〵とかれが心にまかするのみよろづはこと
ばすくきにてものくふこともなかりしかばおこぜも
さのみしひかねてまづはいばんをとり
おさめおしよやくさま〳〵とてもかくてもの
さよふげて刃とつころにかりたるに
おくらせまゐらす人はなしいかばかりに
おぼしめすともかへみせいふことはかきは
ずこよひはこゝに一じよさあかしてあすの
あさけにかへらせ給へいとアかくわくははべ
れども義太士さがかいまきの小よぎも
まくらもこゝにありねころひ
ながらかたらふてねむりなへ
とおのがいにことのみいふていそがは
しくひとりしたへへをりしとき
ひそかにはしこを引のけてかべのあな
たへよせりけたり大はこもあしつゞ
きてしたへをりんとしてけるにはしと
なければそれもかなはずそのとき
ひそかに思ふやうおこせがわりな
わらはをとむるはふかきたくみのある
ことならんよしさもあらばあれうか〳〵と
かれらがわなにかけられんやよの
あとるまでまどろみてなほも
さるほどにおこぜはこよひ大はこをとゞめんとのみ思ひしかべはまづゆるやかに
夜しゝよくをすゝめて中枢慎めのちやうしさかつきのとりやりにいどゞ
ふとんわれからせまきすがこものまるねは
連
一九十一石
義大善殿
し
岡羽
金弐百疋
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
やけるこれよりいちは
大とこはねぶると
いへどもゆだんせ
ずとくよのあげ
よと思ふのみ心
つかれていつの
まにかぬるとも
しらすまどろむ
程にまくらにひゞ
くかねのねにおど
ろきさいやかんかや
れはまさくなると
おぼうへたりとき
こそよけれかへにて
とてあがりくちに
はりそこない
もしじやうだん
立よりておく
んぜよ大し
〽こそかけよ
アいてへ〳〵
かしはや六郎
ゆけもなるにかへる
べしとアゑたる女かによび
たつればおこぜはやう
やくおきて来る
あくる所はまだ
まもあらんに
今より二次へ
けはぜいとはこ専五郎
御代やいるいこ竹五紙
かへりて何にせんはやかてそだろにし
立いでて後にくわいをなし給ひ
そといひつゝはしこをもたげおこして
もこのごとくにかけしかば太はこは
そがまゝにはやくしたやへをり
たちてかどの戸やをらあけさ
せてものをもいはず只ひとり
いへぢをさしてはしりけり
○さる程に大はこははらのたつ
まゝかねのろずをさだ
かにはかぞへもはてず
おこぜがしゆ〳〵しよを
立いでてゆけども〳〵よの
あけねばほのひかりを
あほぎ見るにありあげの
月かたぶけどもまだ七つには
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
すぎざりけりきては七つのかね
なりしを六つぞと思ひたがへし
なりくやしきことをしてけりと思ふ
ものから今さらにあとへもどるも
さまがにて又いくばくのみちをゆくに
と見れはゆくての土手のほとりに
いつけんの出茶屋にちもありあり
つきごとにはやくいでていろさとへ
かよふてかへるうかれ人のいこひどこ
ろに世をわたるものにしてあるじを
あけぼ
御やす
与五平とよびなしたりこの与五平の女ばらはさりし
ころ身まかりしがかれが世にありしとき女とひおはりを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽おとももなくて只おひ
とり夜もまだあけぬに
はやいおいでサァ〳〵
おかけなされませ
おかけなされませ
佐さて南伝馬丁
いなりしんみを
坂本氏の
仙女手や
「雨天かさと
しらがのくすり
いゝめへく手やも
とりつぎまするが
それは〳〵よく
うれます
おかひ
き
れて
くだ
ませ
「五郎しいひかけてふところをかいさぐるにくだんのかねを
入れたりしはなかみふくろなかりけり大はこいたく
ほどろきてよんべおこぜが二かいにてまどろまんとせし
ときにはなかみふたつもふで入れもなきとみのまになき
たるをあはたゝし人いづるときとりわすれとにうたがひ
なりはひにしてあちこちへおもむく辰とにあるとし大はとも市身のかぬ人花の内に花かねもあれさすがもあり
かれをやとひてきぬをぬはせしことありけりこれによ
つかひならせしふでさへあれどこれらはすべてうしなふ
与五平ともかねで相しるよしあれば火はこはこの
とも今さらをしむにたるものならねどしづの
ところにいこひてあくるをまたんとてよしずのほとりに
たけのとりてよりあぢかもにもたらして小てふの
ゝみ入ればあるじのおきないでむかへてこはそこめ村の
おくりしみつしよのいつつうかのかみ入札に入れ
おしよやくさま何ごとのをはしましてやあかつき
おきしをもし義太吉に見られなばわが身の
かけていで給ひしな只今にばなもにえたちたら
だい事になりぬべしと思へば心あはたゝしくて又
まづゆるやかにいこはせ給へといひつゝはなが
与五平にうちむかひてもて東にけりと思ひ
くみいだすちやわんに火はちもて
たるかんじんのかみ入札をわすれてのこしおき
いでていざとてこれをすゝめ
けり大はこは右の手に
ちやわんをうけて
うちのみつゝけふは
御用のおほ
かるに六つより
いでんと思ひしに
一トときばかり時を
〽いへはずときを
とりちがへて
たがへてあまりにはやくいでたれば
こゝにてしばしやすまんと思ふて立よりはべりし也
といへば与五平ほうゑみてさては左やうに候ひしか
こゝにてあかさせ給へとていよ〳〵ちやをぞすゝめけるそのとき
大はこ思ふやう此与五平が女ばうの身まかりしころ石たうを
たてばやと思へどもそのかねなしといひつるがわれそのりやうを
とうせんとくちやくそくをせしことありしにそのゝちはこれかれと
日ごとのつとめにいとまなくてまだそのかねをあたへざりきけふはそのかねばかりのことならばかせ
さいはひくわいちうに五六両のかねあればこれをとらせて給やにおゝぶことかは石たり
よろこばせんと心のうちに思ひつそななたへむきてナウ年五平中やうはいつなりともいそ
いぬるころなき人の石たうすやうを合力殺せんとやとやくそくはしたれがせ給ふことすと
どもことにまざれて思はすもぶややくそゝにはなりにたりさいはひ分子のとむるをきかず大
もちあはせしもちとばかりあつなれば只今それをまゐらせんいで〳〵とも又はとはいなそれのさへ
ちよこ一らばしり
はやうでかけてちよと一ばしり
こまりますちと
しゆくしよへ
やすませて
かへりてそをたつ
くだされよさへて又来なん
しばらくまちねと
たてばやと思ふへどもそのかねなしといひつるがわれそのやうをいひかけてすですにはや身をおこ
とらせんとくちやくそくをせしことありしにそのゝちはこれかれとすを与五平きうにおしとゞめて一
そのかねばかりのことならばかへらせ
給ふにおよふことかは石たり
くみ
けいせいすいこ伝王斯
左の末ゟきゞへしやとううとにを火きは
聞あへず三ヶでふはおろかなこと一日かでふでも
われよくきかんそきたののぞみはいかに
ぞやととはれて義太一口うちほうゑみ
第一はあすよりしてわれらあだにと
やうふになるべし
よろづのした
つゞきのみの
くめの入りを
おほし
おん身引
れしものもあればいづれの
みちにもゆかねばならず
しばしまちねといひあへ
ずそがまゝ茶てんを
はしりいでておこ
ぜがしゆくしよへ
ことにはあらずほかにわす
うけまか
なひ給へと
いへば大はこ
かなづきてそれ
らの事はいと
やすしわらはが
まかなひ得
さすべしといふに
いそぎげり
義太吉第二ヶ
○大はこはあへき
かくごしや
でへはわれらあだ子
〳〵もとのやどりに
とふうふになりても
はしりかへりてかどの
戸しきりにうちたゝき
〽さしていこんはなけれども
ひくにひかれぬこの場のしぎゆへ
おこぜよこゝをあけてたべ
ちと用ありてかへりたりといふこゑ内にも聞しりておこぜはしぶ〳〵
おきて来ついはざることかまだはやきに見給へはたしてもども給ひぬ二かいへ
のぼりて一トねむりゆたかに女すみ給へ共あくるにはまだほどもあらんいざ〳〵
内へ入らせ給へといひつかどの戸引あけて内へ入れつゝ戸さしをしめてはがまし
なん戸へおもむきておのがふしどへ入りにけり大はこは又いそがはしくひとりはしこし
おきとこのまをたつぬるにはなかみふくろはなかりけりこれよりさきに義太吉は
○たなちんはん米小つかひまでおん身いつさいしおくり給へ
といふをも大はこうけひきてそれも又ころきたり三ヶ
でふはいかにぞやととへば義も吉うちゑれて第三ヶ
でふはがうちんはくなる小でによりおくられたる三百両の
かねのこりろく只ううわれらよとらせ給へといはれて
大はこまゆうちひそめもしそのかいりありならば
をしむべきも
〽いかにせんそのかねはちつ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
大はこがいでてゆきしとき小よぎ引かけねむらん
とてふとんはねのけおきいでておきとこのまのほと
たりととりあげてともし火のかげへもてしりぞき此
かみ入れのおもやかなる思ふにかねのあるなるべし
今このかねをまきあぐればあだ子とたび〳〵
たのしまるゝうまい〳〵とうちゑみていで開帳
とかみ入れをさぐりいだせば小はん四五両かね
入れに入れてあり又はがねよきさすがあり是
のみならでいつつうのふみがらのありしかば心
ともなくひらきてよむに江鎮泊がうちんなる
小てによりおくりしみつしよなりければ且おどろき
あつき飯貝女神也ぢひいとふかきいきぼさつぞとほめ
そやすことのをかしさよしづがとりでのむほんにんらとこれらの
状のとりやりしていとうとからずまじはる大たんもし此事をうつたへ
うつたへさせわれをのゝしりはづかしめたるよひのうらみをかへさんか
ひやくそれではかねにえならずせんすべありとひとりうなづきかねもさす
がもにつつうももとのごとくに道しこみたるはなかみふくろをなところへしりとおさ
めてふしたりけりかことはしらず大はこははながみ入れをたづねわびてそらねむりを
したりける義木土口をゆりさましそなたはわらはがわすれたるはなか取入れをとり
つらんとくかへしてたべけ是のふといたびとなくゆりおこせば義太吉はやうやくにおど
ろきさめたるおもゝちしてそれを何しにしるものかはなかみ入れの米田はせずといへば
はこざればとよそなたはさきにゝふとんをのみうちかけて悩したるが今はこの小よきをわ
大はこがいでてゆきしとき小よぎ引かけねむらん義〽をんなと思ひあなどつて
とてふとんはねのけおきいでかくおきとこのまのほとりにふかてをおふたかくち
いたるに大はこがわずれたるかみ入札のありしかばよきもの得
且よろこびて心の中に思ふやう世の人は大はこを仁義に
ふかてをおぶたかくち
をしい
なばくびのとぶべきつみ人也とはよきものが手に入りたりあだ子につげて一
〽をんなと思ひあなどつて
といふに花太吉あざ
わらひてそれは大きな
いつはかならんあまが
しほやくからき世に
三百両といふかねを
かへしつかはす
ばかものあらん
やぞのかね
なくばかい
入札をかへす
ごとはわれらも
いや也そをぬす
人とせられなが
女子様のみたちへ
かつたへ給はしつがとり
でのむほんへんちと
はるものと
つみのけかぢる
のつきくら
さをたて
見せんといわ
大せんといは
そ大はたむや
うちざりきため
めいはめそおぼ
たりゆればよぎをとらんとてあのおきとこのほとりちかくたちいでたるわかたがひおおのときとりてかせし事かゞい
みにかけて見るごとしがみ入れをさにかへされなば何ごとまれいはるゝことをつればかりもまじきさとく〳〵かへし
給へかしといふにききは吉あざわよひて小五づのすいにやうまことにたゞはずかのかみ入れはわがらねにありそれほど
までにほしく思はゞわれらけのそむ三ヶせうをみなこと〴〵くかなへ給はゞいだして女るまいのでもなしそをも
りにい
けいせいすいこ件五升
三百両のかね今はなしわらはが家財あいをうりしろなして
かねとゝのへてわたすべし四五日まちてかみ入れをまづ
はやこなたへかへし給へといふに義大士号うべをふりても
四五日までならまちもせんがそれなればかみ入れを
さきへはけつしてかへされずほしくはかねと引かえにさう
だんしやうとくちごわにはてしなければ大はこははら
ばひふしたる万太士口がふこころへ手をさし入れて
ともとしたるはなかみふくろを義太吉はなほ
とらんとしたるはなかみふくろを義太吉はくほ
わたさじとて両手にしかといだきしがし
いかにかしけんかみ入れの内よりさすがぬけいでたり大を是をとりあげて
にぎりもつたるいきほひに義太吉わざとゑをたてくヤレ人ころしとさけへ
ぶになんこゝにいたりて大はこは義太吉をころしてもたゞ女はおかんとおもに
心のつきてはしばしもたゆたはずやいばをさる手にとりなほして思ひ
さだめしきつさきをふりひらめかしつ
義太吉がひたひをいたくつんさい
たり義太吉これにいよ〳〵さわ
ぎて又人ころしとよばゝるを
よばせもあへす大はこはのぼし
かゝつてつきかくるを義太吉は
まくらべなるさみせんとつてうけ
ながししばしはいどみたゝかひしがね
大刀髪のいた手によはりつゝむねのあた
りをしたゝかにつらぬかれつゝいきたえけり
大はこはいそがはしくはなかみふみを引いだして
くだんのみつしよをあんどんの火におしあててこれを
やきすて此いつつうはそのはじめやきすつべしと思ひし
なきもちよくゆがへりて秋もそのまゝやきすでよか
かどもあぢかもが立かへりて秋もそのまゝやきすてら
れしといはゞふてふの思はんほどもうしろめたしとしあんしつ
左ゟ今はやうやく
どうしろやすしと思へば
むねをおししづめて
はしこををりる折
からにおこせは
〽何のおうらみ申ませう
すくせにさだまる
ごういんとよくあきら
めでをりまする
〽かうなる
からはいのちは
をしまぬぞん
ぶんにしたがよい
しゆくしよへかへりて火中にせんとてはながみ入れにはれおきしはわがいつせうのあやまりなかき〽あはしばかりになきしづき
一木つ辺は
上ず二かいの
なかばにて
大はこに
づいあたりぬ
その
とき
大はこ
いちつ
とも
さわ
□□□
ゆゑありて義太
吉をころせよしを
つけ三郎せてやで
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ぶり立丁めと
ばりになきしづむ
傾城大雙六
初編
二編
狂哥入
此処にて御披露申上升るけいせい
大双六之儀昨年御評判
日本橋より振出し
日本橋へ上りに相成候
江戸名物花見雙六
よろしく大繁昌仕
新蔵の面白き
双六なり
風流三升むすし
瀬川路考新工風也
冥加至極
有かたき
せいうりやうてんかさ
晴雨両天傘
大形代銀七匁五分
小願同六匁
急番の節至極御弁利の品なり
くろあぶらびげんか
黒油美玄香甲八銅
右両品共御求からじ京はしいなり
製法売弘
しらがそめの
妙薬なり
京はしいなり
しん道
坂本氏
仕合奉存候
随て又々
当年
二編目
差出し
古用れいおうたんこうろく
蘭
靈應丹功録
傳
一壱包代壱匁五分しやくつかへ
賣弘所
取次所
江戸室町二丁目
同通油町
りびやう
きやうふう
入御覧候
右にて金盛
たんせき
のおいらん相半相揃ひ申候
何卒相替らず御評判宜敷
河内屋長兵衛
御求被成下候様偏奉希上候
鶴屋喜右衛門
已上
第
狩牛内
二
一
)
○
一
〇
一一一一一一
同一二
同二錢一
一難を避禍鬼を脱れ八百日ゆく越の長浜うち過て
佐渡に横たふ天の河牽牛織女の貸小袖は折瀧の蒼柴す
東道儲も殊さらに春雨大箱胞姉妹の旅の隠宅
けいせいすいこでんだいごへんのに
馬琴翻按
領城水滸傳第五編之二
國安冩真
通あぶら町つる屋喜原もん新はん
星を戴岩根踏み精杵米白氷の山を踰る宵に
猛虎を仆す巓の森猪戸夥計の賽革衣は冠者忠道の
一管待態も時にあふ勇婦竹世一妖嫁の移徒粥
〽きそのときなかはおせばようちむかひていまいまいれぬ
わけあつて成大士を手にかけたれども今さらにげもかれもがその子のなきせつからはせんはこれの兵がかなしうはべり
せすおほやけへかへたへて思ひまゝにせよかしといへにおこでは目をいひつゝももむせかへれば大はとこれこれごだめて
ぬぐふてもいたいしいとのたまふろ大おうけたるわれておやかにして
わけは定かにしらねども義太吉がふしよぞんにてあたら
うへい心やすがれけふよりしていつせうが
いのちをうしなひしはすくせの
ともかくもして中なふべしといふにおこ
ごうではべらんと思ひあき
〽そなたは気でも
ぜはよろこびてあなたのおぢ
らめはべるからあなたを
ちがつたかそりや
ひでいへせうをかひころしに
うらむる
やくそくが
して給はらば〽い左の印へし
二
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
これ
事を夫い
ゆ印ゟくそれに
ましたるさいはひなし
しからんには万太
一吉が死がいをはやくとり
ねへか
おさめて人に見せぬが
人ころし〳〵
かんえう也ひつぎをもとめて給ひねといふに大はこうなじ
づきてそなたもかねてしりてぞあらんとかべ町のこしやなるちん三郎が
見せにいたりてわらはが手がたをわたわたしなばのぞみのまゝにものとのばん〽みで
もかきてとらせんといふをおこせはおしとゞめてかきつけ手がたのみにてはことたち
ところにとゝのひかたきことなしとはいびかたしおなじくはわらはとともにかしこへおもむきし
給はずやとたのむを犬はこうけ引ているればその理ありざらばわらはもゆくべし
といふにおこぜば先にたちてかどの戸とだしてせとくちよりもろともにか
いでつゝとりべまちへとゆくほどにはやあけわたるしのゝめ町いちばんからすはき
わたる町ばん屋のほとりにておとせばたちまち大はこをしりととらへてつきん
けいせいすいこ伝五編
くちをふさがんとしたれどもおこぜはかうへをうと
ふりていよ〳〵たかくよばはりけりときにこの
町のばん屋よりやくにんあまたはしりいでさ
田のはんかんにはやくに
やがてまちかくおつとりこめそのくせものを
とらへんとて見ればおの〳〵見しりたる
大はこにてありければ且おどろき
且うたがひてみなくおこぜにうち
むかひこの御しよやくは人をあはれみ
むしだもころし給はざるぢひ善ごんの
女中なるにいかでか人をころし給はん
そなたは気でもちがひしかとくはろさず
やとおしとゞめて只大はこをすくはんとて
とりあつかへどもちつともはなさぬおこ
せはしきりにあらそふて只がや〳〵と
わめきけりかゝるところに卯亥蔵は
こゝをよぎるとてはるかに見ればおこぜばゞが
大はこを引とらへて町のやくにん立まじり
ひたすらのゝしりくるにぞ卯亥
蔵は大はこが義太士口をころせ
ことをゆめにだもしらざればたち
まちいかりにたへずして荷
はこをもち屋のあげえんに
うちおろしほうでまくりして
はしりよりつゝゑをふり
たてゑん八ばゞめが又
してもよんべはわれらを
このあしたあぎなひにいちはやくいでたるがはからず
うごかせずヤレ人ころし〳〵とこゑふりたててさけぶに
大はこいたくおどろきながらはやく両手をはたらかし
□ほの上ゟおこせばゝまづまうすやうわらはことはぬけみ
だなにてじやうるりふしのしなんを
いたせし義太吉とまうずもいゝ母也
しがるにさや夜義太吉はみた
ちの女中はる
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さめの大はこに
ころざれたり
ことのわけはしら
ねどもまざしくわが
あぶない〳〵
松平豊前守
一一
かやう〳〵にし
子のあたなれば
あざむ
きてしの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
町までおびき
あひてを
にがしたな
たゝきひしいでしばらせる
その手じやゆかぬ
引とらへて町やくにんに
いましめさせんとし
この卯亥
てかくこを
蔵が
むしろ
わらはをちやう
はしや来て
ちやくせしに
より大
はこを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□
〽あひてもへちまも
しるもいかよんべの
しとあはれ
大に六ツを
たへいい
□□□□□□□□
して文亥
ちやうちやくし今は又はる
さめさまをこづきまはすは
何事ぞよんべのゐこんをわすれは
せじかくこをせよとのゝしりて
にぎりこぶしをひらめかしおこの
せがみけんをはたとうつおこ
ゆくへもしらずなりにけりそのときおこせは卯
実蔵をしりととらへてうごかせずナウへ〳〵
こやつあがとしなく
こやつめがよしなくざまたげせしゆゑに人ころに
しのあひてなる大はこをにがしたりはやく
こやつをいましめてことのよしをおほやけへうつて
たへて給へかしといふに卯亥蔵おどろきて
そはおぼえもなきさいなん也われはもとより
大はこといゝ人をころせし事をしらずさるを
あひてそにがせしとていましめらるゝことあら
んや人〳〵ざつし給へかしとこゑくふりしぼりて
んや人〳〵さつじ給へかしとこゑやふりしぼりて
さけべども町やくにんらは大はこをたすけん
とのみ思ひしかばそのいひわけをきかす
して卯亥蔵をきびしくいましめ
すなはちおこぜもろともに当時
なにはの守護じ。なりけるあま
野のはん官とほ光にの文注所
もんぢゆううつたみけりこれにより遠
みつはみづからもんぢゆう所へ立いでて
うつたへ人おこぜばゞならびにつみ人卿
亥蔵をえんのほとりによびいださせむ
からうつたへを聞さだむるに一日右の下へ
ぜはこれにおどろきいかりて又卯亥蔵をうたんとて
ぐみつほぐれつあらそふひまに大はこははやにげうせて
□□□□□□□□
十一日
蔵が
ゐしゆのうちかへし
ちつとほね身に
つみをしも
ちつとほね身に
こたえうがな
たゞさせ給はゞ
ありがたからん
とはゞ
〽そんなをあひ
人がたつのによいかげんに
しづまらねへか〳〵
うどういふもんだばアさんも
かるけられも
なくうつたへけりその
てにどういふもんだばアさんもきがつよい
とき内裏蔵
いせんするやう
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しゆゑなくて
と思ふほど
よんべおこぜにちやう
ちやくされしゐこんをかへさん
と思ふほどさしい町にしく
此ばゝが大はとを引とふしいふ
りにわめくおしきの見て
いづれ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いの物こんをかわけ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
四十一
□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ばんやへ
あげるが江戸だか〳〵ども
むちやせけが
義太
しれぬとびを
吉を
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
大はこつ
けいせいすいこと伝五編
この身のさいなん御けんさつくださらばありかたからんとちんじけりとほ光に
これをうち聞てこゝろのうちに思ふやう大はこは心ざま世にたがひ
なきけん女にて人をころさんものにはあらぬにいかなれば義太
吉をころしてちくてんせしやらんよしきもあらばあれ外亥
蔵をげしにんと相さだめて大はこをすくはんものをとはらの
うちにてしあんをしつゝたちまち丁ゑをいらだてくこの卯亥
蔵あがしら〳〵しきいつわりをまうすよな義太吉を
こかりせしもかならずなんぢがわざなるべししばらくひと
やにつなぎおきていともきびしくせめとはゞつひには実心
はくでふすべしおこぜはしゆくしょへしりぞきてねがひも
あらばかさねて申せみなまかでよとしりぞけて外亥蔵をふ
ひとやへつかはしこれよりしもとをおもくして卯亥蔵をせめさせけれども
卯亥蔵はつゐよふくせすこれにより人ころしのげしにんともきだめかねしに
おこぜはそのつぎの日ももんぢゆう所へねがひいでて人ころしは大は大はこへり
あはれかのをんなをからめとつてうらみをはら卯し
〽それはあんまり
させ給へかしとなきさげびつゝ強訴どうすること
日としてかんだんなかりけりこれのみならず大は御なんじ
こが下やくなるはしりかきのあだ子さへかねてわけ義太
ある義太吉がうらみをかへさんと思ひしかはひそ吉は▼
御なんだい
かにおこぜがこしをおしてさま〳〵なることをうつ
たへさせ又とほ光のみうち人におほくまい
なひをおくりなどしてすみやかに大色を
ゆめにもしらで候ひしににがせしなんどゝしひごとせられていましめられしは
からめとうせん
〳〵とも右の下へ
死んだ
やらでめにもしらねば
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いたのよくはかた
あるこれに
そこめむらへつかのこて大
はこをからめとれたく
きびしくし
いけるにくみ舟の人へ
立久りて大はこは
はやぎしく
しつくろよには
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
とほ先さも丁七
かきねて
何の
きたも
なきを
それはこゝろ
義太
得殿
吉を
ころしたは
卯亥蔵めで
あらふがな
蛸がたゝきあふたばかり
これにさら
ゐはござりま
せぬ
十一
十六
いきどほ
やうひそ
まかにあだ
あかため下さり
ふんみやうで
ござります
〽わが子の
かたきはまさしく
大はここの卯亥蔵は
子とだんかふ
しつゝ又うつたへ
まうすやう大
はこちくせん
したりとも
かたきのかたうど死がいを
母といもとは別
ますればすぶしてとしごろ
おなじむらにあり
〽ござりますかれらをはやくめし
とつてひとやにつな
き給ひなば大はこ
いのちををしむとも
おやの為に立かへりて
也いましめにつくことあらん
この義をねがひ奉ると
なきつうらみつうつたへけり
うこれによりとほ光行
やむことを得ず又人
さらに大はこが母と
いもとをからめとつて
ひき来たれとてくみにを
そこめ村へつかはしけり
けいせいすいこれ。五編
十二
せしめいるやうのわざはひありともかゝりあひならざるよしの御せう
もんを給はりぬかゝれば大はこがつみによりておやはさらなり
いもとでもあかの他人□にひとしければめさるべきものには
くみ子らはその理にふくしてかのせうもんをうつし
とりあたりとなりの百姓をのみ引たててかへり
来つかくとちゆうしんしてければ遠光聞て
百せうばらにことのやうをたづぬるに大はこ
おやに義ぜつのこともとよりさうゐなきことな
れば百せうばらをかへしけりあだ子は此よしうち
聞ていとくちをしく思ひしかばいよ〳〵おこぜが
こしをおしてわるちゑをのみかひしかばおこせばい
ふたゝびうつたへいでて大はこおや子が義
せつのことはかねてたゝみじいつはりなるによく
せんさくもとげさせ給はで又ほざかになし
給はゞとほくみやこへうちのぼりて六はらとのへ
うつたへまうし御はんだんをねがはんとてしきりに
強訴どうしてければと不光これにめいわく
してぼうぜんたる折からあだ子はひそかに
しゆくんをいさめてなどてや思ひまどひ
給へる大はこは母たく子がしゆく
しよに今もかくれてをりとしれる
ものはまゝつす也さるをからめとらず
しておこせがつひに越訴増して
きるほどにくみ子らはくだんの村へおもむきてと下先の下知を
つたへ大はこが母いもこをからめとらんとしたれども母のたへ子は
したがはずくみ子にむかつていびけるは犬はこは此としごろふ孝
ものではべりしかば御先代にうつたへ申ておや子しんるい義せつ
あらず是見給へとて先代のせうもんを見せければ
いなし
〽お見だしにあづかりましたる
さい度のとりては
ことさら大せつ
ら
〽くさを
わけても
きびしく
せんさく
ごい今すぐさま
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●左のとゟたがはず
且名いんにもさうゐ
なければふたりの勇
一ふはその一札のもん
こんをうつしとり
おや子義ぜつの
ことの
□□□□□□□□□
うた
がひあり
こゝをもて家
さがしせよと
おん下知をうけたればきのどく
ながらせんさくすべしといふにたへ子は
ちつともさわがずおん下知とあれば
むによしなしいがくまでもきがし給へまづ〳〵
いなむによしなしいづくまでもさがし給へまづ〳〵
きうそくし給へとてさけさかなをもてあつく
すゝきあから井ひたとびのいな
つまをよびいだしてなんぢ
ら両人くみ子をした
がへそこめ村へおもむ
きてたへ子がしゆく
しよを家さがし
をらばからめとらんこともち
ろん也ゆめ〳〵ゆだんすべ
知しけりさる程にあから井
子をしたがへてそこめ村へおもむき
せよもし大はこがかくれ
つゝ大はこが母たへ
子にたいめして
からずといともきひしく下
とほ光の
いなつまの両勇ふはおの〳〵くみ
下知を
つたやればたへ
子はの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ひやがて先代のせう
もんをとりいだしてあから井いな
つまに見せにけりそのもんごんの
六はらとのへうつたへいでなばおん為によき
ことあらんやよく〳〵けんりよをめぐらし給へと
忠義めかしてさゝやきけりこれによりとほ
光はをんなむしやのをしえかしらしの
たしか留ることたへ子がいへるよしに●右の下へ
〽女ながらもおくへおもむきてよく〳〵さがし
武げいといひ給へかしといふにいなつまうな
ことになれたる
ことになれたるづきてしからばわらはがさが
そちたち両へ
そちたち両人すべしといらへてやがて
一だい事のつかひを
やつくるあやまちの
もてなし又くみ子にもさけをのませてうれめる
けしきなかりけりしばらくしてあから井はいな
つまにうちむかひわらははこの所にありてたへ
子のとじをまもらんにおん身は
おくへおもむきてよく〳〵さがし
づきてしからばわらはがさづ
すべしといらへてやがて
油をたちておくの
かたへぞおも
ないやうに
むきげる
こゝろきたるか
あから井
かくをひた
とびの
いなつま
いな
つまは
なん戸
おくの
〽おふたり
ながらぢよ才はまでいさゝり
なけれど見おとしの
なけれど見おとしの
ないやうにてんじやうじやうすのこの下までも
かべうらがせんかへいちにさかすことおよそ一トとき
十八十八七八七七十七十七七十七
いいせいすいこと
いやにあから井うなづきて
うたがふとにはあらねどもし
ばかりにしてもとの野しきへいでて来つわらは
くまなくたづね一かども大はこはかくれをらずと
見ておん
身は
なほ
今いつべんたづねて
こゝに
五左り□□その身をかくし給へといふに大はこむねおち
つきて今にはじめぬなさけのほどいつのときよう
わするべきかねて他郷さうへはしらんと思ふものから
ひんぎを行ざれば心ならずもゑんいんせりをし
えにまかしてこよひのうちにも
身のかたつきをいとなむべしと
いふにあから井うなつきて
そのはかりこときはめてよし
いづくをあてに立
〽こう〳〵らしく
見えましてや
こゝろえかたい
大はこが
しんてい
出てゝおやの
此世に
ありし
ありて
たへ子どのをうち
も大はこさればとよゆきて
へいで給ふとさへば
ときより
きうり
きうり
まもりいづこへもやり
給ふなといひつゝやがて
立あがりておくの
かたへぞおもむきける
たのまんと思ふ所およそ三ヶ
所ばかりありそがなかに佐渡ぎの
くになるをりたきのふし此所は
いまだたいめんせざれどもとし
きりしは
今の
さいはひ
おきつし
あから井は此とゝごろ
大はことしたしきこと
ひさしく文つうしてきやくをあいする
けん女なりこゝへやゆか
なざれて
くださりまぜ
はらからにことならざればあん内はよくしつたり
こゝになん戸のかたほとりにいつけんの持仏なんだうありて
四まいのこしせうじをたてたりけるまへにはいと大きなる
つくゑにうちかけのきぬをおほひてかにろもくぎよを
のせたりけるあから井こゝに立よりでひそかにつくゑを
とりのゝればあげ松にして下にあるありあきのけるそのときあり井はもこのごとくまつときけしきへ
ほとりにつなのありしを何心なく引うごかせばたち
まちすゞのおとしてけりしばらくしてあなの
うちより古いづるをなごあり
これすなはち大はこ也思はずも
あから井とかたみにかほを
んと思ふかしといへばあから井うなづきていづれへなりとも
思ひさためてとく〳〵ようゐをし給へかし母御の事はいにもさら也
あちこちをよくこしらへておはせばゞが強訴ごりをみめおん
つたゑにうちかけのき成をおほひてかふろもくぎよを身のせんさくなぼざりになりゆくやうにとうといに大
はこよろこびてさいくわいばちぎりつゝあなのうちんでよくれ
けるそのときあから井はもとのごとくにつゝゑをなほして野しきへ
かへり来にけるがもしいなつまにうたがつるゝこともやあらんと
ゑんりよしてさらぬさまにて野になほりわらはもよ〳〵さがみに
けれとしつに大はこはあることなしかゝれば。母御といもとこのその
喜代を引つれてかくとちゆうしん申すべしといふをいなつまうち
鳴てあから井は大はことことにしたしきものなるにかくいふことは
見あはせてあきれはてたる
ばかり也そのときあり
ら井丁ゑをひそ
めてはる
さいの
とじおと
つき給ふ五十
わらはは
おん身をすくふ
もの也おこぜばゞが
こうそして六
はらまでもうつ
たへんとまうすに
〽いんも
まさしく
さうゐない
御ざんすのへ
よりてはん官もすくへ手
だてのましまさねばわらは
たしかなせうこで
わらはが心をうたがふゆゑにぞあらんずらんわれも
又この人〳〵をすくはんものをとしあんしてそはいは
るゝことながらしやうもんのふんとやう
なるに母御も又いもとごをもとも
なふにおよぶべからずといふにあから
井うなづきており身だにしか思ひ
給はゞともかくもといらんつゝ
女がてその銭にした四
がひけりたへ子は
ふかくつきへ
といなつまに下知し
給ひて衆さがしに来
つる也かくまでふかくかく
れ給へば今はしる人なしと
ありわがいへにはかやう〳〵のかくれ
ところをこしらへたり万一おん身
はんといはれしみを思ひいでて
ひともひそかにかくれがをたづ
ねて見ればはたしてたがはずもし
いへどもわらはおん身にきけること
ところをこしらへたり万一おん身に〽うつし
とゞめて
わざはひあらばわがいへにかくまとゞめ
もてかへりわがきみへ
もてかへりわかきみへ
おめにかけん手もちが
かさねて余人聞をもてふたゝびせんさくせら
れなばかくれおほせんことかたかるべしかゝれば。森
はんといはれしことを思ひいでて
あつてよいはいの
れなばかくれお下せんことかたかへしかゝればはやくのがれいでかくとほく
同十一日
けいせいすいこ伝五編
よろこびてわがむすめその喜代はちかごろとうぢに
おのむきて只今はいへにあらずこれらのよしも立かへりてまう
させ給へとたのみつゝ又さかつきをすゝめさかなをあらためへ
あつく両人をもせくして十両の銀子をおくりしかども両人
これをうけざればすなはちくみ子にあたへけり○ざる程に
あから井いなつまはなにはのたちへかへりまゐりてたへ子がしゆく
しよを家やさがしせしことのおもむきをきみえあげ大はこは
あらざるよしをつまびらかにまうせしかばはん殿とほみつ
大はこがすがたゑをゑからせてくに〳〵へふれしらしそそ
ゆくへをでたづねけるされば又あから井はおこせばにかねを
とらせて六はらへうつたへいでなとひそかにこれをとゞむるに
おこせばゞも此ころはぜになくなんぎの折なれば
かねをうけてうつたもいでずさて又なにはのおもと
ひとらはあから井が
おくりものをうけてをり〳〵
あだ子にゐけんをくはえ
おこぜがこしを出すことなり
れときびしくらさめてはぢ
二つて三丁
しめければあだ
子も今は
せんかたなく
卯亥花も
及て大はこが
せんさくは只
いつとなく
やみに
けり
けり
つみをゆるされて
四
時代には京かまくらもくに〳〵もし
まつりごとたゞしからねば
およそつかへてやくにんと
なれるものさせるあや
まちあらずしてつみをし
かふむるものおほし
これにより大は
こは女なれどもその
おやのあとをつぎつと
得たりともおやはらからを
まきそえのたゝりあらせじ
と思ふにより
おや子ひそかにだんかして
に間たおとほ
光の先代にねび
ぶみを奉りておや子
しんるい義せつの
よしのしやうもんを
こひける也又いへの
うちにあなをほりて
めにつきてなにはのしよやたになりしとき
そのゆくすゑをあやぶみている事なるとがを哥へ
そも〳〵この大はこは心ざまぢひふかくおやに孝行にいなりければ
はるさめの大はことも又はんほろらすの大はこともあだな〳〵も
せられしけんぢよなるにいかなればこのとしごろひとつ村には君
ありながらおや子すまひをことにして久岡次郎
さへきりたるやらんとうたがふ人のおほかれども
これにはわけあることにしてすべてこの
〽おちついたなら
〽ちつともはやく
ちつくもはすへ
たよりきかせて
下されや
かくれがを
ナヘサヘ上ヘ二番を扁
従
〽めんぼくもないこの
しあはせすいりやうして
くださん
せい
三フ
一九八
左の上ゟ一まうけおきしも
はからずつみをからむりてちく
てんするにいたりなば
ゆそのあなくらに
身をかくして
当時の
追捕
サア〳〵その喜代
御きけんようほどに大はこはその夜
サア〳〵その喜代母といもとらにあから
じや
おじや
を
のがれん
とかくは
ゑんりよをめぐらせしか
出たびやくにたちたる也ざる
ほどに大はこはその夜
一母といもとらにあふら
井がいひつるよしをつむし
しらせてかゝればなほ此
ところにかゝれ
をらせはいと
あや
□□□へのがれ
きりてこのこんを
まつたうすべ
のみとしより
ひとりのおやに
御くろう次
しいせいよいこそいころ
かくるのみならでとほざかり奉るはいとゞがなしくはべれども身のいとまを
給へかしといふにたへ子はうなづきてその義まことにしかるべしわらわらろがことは
けねんぜではやくようゐをし給へかし但しいもとその花代を見おくりの
ゐともなひ給へたとへ万里をへたつるともつひには火しやのときよあ
左かへり給ふ日まつつよりほかはあらずかみいもなみだのいとまごひたひなければたい
よそほひをいそがしてそのあかつきに立いづればその喜代はたぶさをきりそとめんは四印
このごとくこしらへてとも人にいでたちつふろしきつゝみををびよにしふてあねのうし
ろに引そふたり人にしらせぬかどいでなれば只母のたへ子のみ
はしちかくやくりいでてはてなげきぞいやまさる心のうちこそ
あはれなれ○されば又大はこはかねてより佐渡の国なる
をりたきのふし此末をたのまばやと思ひしかばはやくなにはをい
のがれいでてあふみぢより北のかた
こしぢをさしていそぐほどに時は
かみな月のはじめにて小はるの
そらと人はいふ世はあたゝかき
ころながら北国ははやゆきふりて
いとゞさむけきくさまくらいくよ
たひねをかさねつゝゑちごなるてら
とまりより佐渡のくにへおしわたりて
ふし此末のしゆくしよへおもむきかくとあん内するほどにとり
つきのものいでむかへていづこよりとたづぬかに大はここたへて
われ〳〵はなにはよりはる〴〵来ぬる大はこといふもの也ある
じのきみにまうし給へと名入りをすればその人聞てかう
へをかたむけと見かう見て大はことのたまははるさめの大
はことのかととふに大はこほうゑみてそのはるさめの大は
こはわらはがことではべるかしといふにその人ひざまづきてさては
きやうに候ひしかわづ
しゆくんふし此等との
日ごろおん身のうはさして
御ねんが入りすぎて
御あいさつに
御あいさつに
こまります
おかまびなさ
まする
かくるこみしらでたろだかり付きはいとがなしく大破亡身の心と為を
あはしといふにたへきはうしづきてそのきまさにしかるへわよろこきよくはこきよくそさんせのものかなまつとなところ
あんせんせてより物をしめなかし悲しいの也をつたせことかならなもかかりこそのものなまつことなんとなことなく
しあんせら多くよりゐをしぬかし悲しいのこその年代を見さへなくの心しきどもなくつやをすゝめくせして
有とも思ひ給へた上へ万里をいたるともいものものときこときことしろ文つうのみにしくおんとめんとめのとま
さどの
はてまで今では上くわし
まで今では上くわし
自ゆうなことで
ござりま
するな
するな
御印ゟしかなひかた
しと聞えさせ
給ひしにかゝいとまを
行てはる〴〵ととはるゝ
ことぞ本もうなれ
但しゆゑあることにや
ととはれて大はこゑを
ひそめわらはがはる〴〵来
七つることはふかきわけ
あることなりかしその
ゆゑはかやう〳〵と
義太吉をころし
したることのおも
むきをつげしらせからくなにはをのがれいでて
うき世をしのぶかくれかにたのまんゐに来つる
よしをじつぐとときしめしていもとその喜代を
引あはすればふし此所ははゞかるけしきもなくさば
かりのことなにかあらんよしやいきほひある人を
がいし給ふことありともわらはかくまひまゐら
本丸の印へ
ねがひ給ひきせんに六はらよりもかまくらよりもせんさくせらるゝことにはあらず
只おちついていろ〳〵までもこゝにとうりうし給へとてひたすら大はこ
はらからを上野籠におしのぼしてやがて酒えんのむしろをひらきて大
おかたならずもてなす程にその日もすでにくれにけりかゝりしほどに
大は大はこはちやうずにたゝまくしたりしかばふし代等すなはち
一人二のこしもとに手しよくをとちそえんかはつたひにしる
べをさせけりこれにより
〽何はなく
ともさゝひとつ
大はこはちやうず
内におもむいて六十
場におもむきて立かへ
びれでは
あろけれど
おかたり
こよひは夜すがら
なされを
らんとする
ほどにろう
かにそにたる
北部屋
あり
右の印ゟしかれ共
折のわろくてきのふ別
荘ざうへおもむき給ひつ
けふもかしこにとうりう
なりそれがしあん内仕らん
いざくと先にたちて本宅
だくをたちいでつゝゆくことすでに
あまたにしてかのべつさうに来に
ければしるべ人は大はこはら
からを玄関天訓科にまたせ
おきあるじにかくとつげに
此味はふし此末は市右の下へ
此へ芝木喬斎
図その喜代さんも
おきらひでなくはゐなか
くわしじやがおとりでないる
まひとりの
を国と
ごろおれ
けいせい。すいこ伝五編
やみわづらふに火ばちの火すら
あたりけしけん今とりよせたる
にやとおぼしき
かたす
五の
火
ゑの
ながき
ぢゆうのうに入れ
だるをいまだ
火ばちへうつ
さであり大はこは
いそがはしくそのほとりを
よぎるとて思はずその
ゑをふみしかば
ぢゆうのうたち
こまつたものゝ
のこゑはたけせじやの
〽めのわらは
さんり〳〵ほかにしたはしきしよやくはたえてなきものをといふにふし此等うちゑみてしからばそうだ
大はことのを見しりてをるかいかにぞやととへばせはなはかうべすふりてわれ大はしらねども
外世のふうぶんにつたへきゝに人をすくまぢひふかく且孝弘にして仁義計にとめるけん女なる
よしへゐないへりその木はこにあにあにならばわれ再拝むしてしたがきそのよのしよおもおはれ
□□□□□□□□□□末いよ〳〵わらひて哥んぢしらずやこのまれ人こそかのはるさめの大はすといふ
これかやう〳〵のことによりわが身をためみて米給ひぬとつぐれば又大はこもわらはすゑはち大はことなり
ぶ礼をやかし給へかしといふにぞんなはおどろきて身をおこしつゝ大はこをいそがはしくふしおがみわらは
まるこはありながらさるけん女とはしらずしていたくくわどんをまうしたりゆもさせ給へとうち〳〵
わぶれば大はこきうにたすけおこしてもとの所におしなほしわらはしつら〳〵おん身を見るによの
此一年の妙人ににあらずくるしからずは名なり給へといはれてをんなはちつともき宅せすわらはわ
もと上野の国まつ枝のものにして名を竹世へかゞくとよばれたりいとはゆくより成けいとはなくより。
をはとこにまざるちからあれば世をわかるまゝにおくりしにこそのころわがさとにかすりにもといふ一
あくたれそんなありところのがいになるもいなればわらは一時深の
〽あなたがおいでなされずは
いつりにまかして
ある日そや
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しにしていきたへたり
おきまることじやござりませぬ
つをうち
よりてすぐさに
だふせに
ちくてんしてこの
をんなのかほのあたりへはねかゝらんとして
ければをんなはあなやとおどろきてぼう
ぜんとしたりしがこれにておこりはおちに
けりそのときをんなはいたくいかりてこの
しれものらが何ごとぞかばかりひろきろう
かをよぎるにわざとぢやうのゑをふみて
われらにやけどをさせんとしつるはゐこん
なれどもこは第一のまれ人にてまだこん内をしり給はねばこのぢゆう
のうのながきゑのろうかのかたへいでたるをふみ給ひ
まちはねあがりてかたすみの火ももろ共にくだんの
ありてのことなるべしそのわけきかんといきまきて
おわひ申てくだ
□□□□□□□
ぶちやうほう
さんせ
立あがらんとしたりしそこしもとぎうにおしとゞめておはらたちはことわり
〽ゑをふんだのは
ゆ下へ
〽ハテそゝろだからし
あやまりますだ
おきやくにけが
さしてはわさも
すゆぬこれがしのふ
ところへのがれ
来つ一トとせば
かりおくるほどに
ともかりおくるほどに
ちわろ人のうは
きにきけばそのとき
あたりのともがらが
かすりとりを
かいほう
せしに
やう
やくに
およみぢ
きかぬくだんのをんなはあざわらひてわな
みがこ人来へるころも第一の上きやく也
とてしゆう〴〵ひとしくもてなせしがちかごろは
とてしゆうぐひとしくもてなせしがちかごろは
うとみはててやめ〳〵わづらへどもこすりもあたへず
そはとまれかくもあれあくまでにあなどられてはわがし
このこぶじがかんにんせずかく
ごをせよとのゝしりながらし
ぢゆうのうのゑをかい
とりはやくすでにうたん
としてければこしもと
あはてふためきて大はこ
ともろともにわびつゝ
もんちやくしたりけりかゝる
所にふし此書はろうがの
ほとりにことありとしら
せにみづからはしり来つ
くだんのをんなをおししづ
めてこはさわがしやこの
まれ人は人にしられしな
しよやくなるに無礼な
せそとせいすればばん
なはいよ〳〵あざわらひ
女のしよやく右筆紙は
今くにくにあまだあり
そがなかに只ひとり津の
国なるあま野のしよやくに
はるさめの大はことよば
るゝものはけん女也それより
しはあやまち也ゆるさせ給へとわぶるを
十束
北越し
牧之口
〽病人と〳〵
あなどつて
あきどつて
火せめにされて
たまるものか
まれへでも
ひら人で□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
十八十八百八十七両
かへりて
づゝがなき
ことを得たり
よりて次へ
いせいせいずいこ僧五統
わらはにたゝりなし
と定かに聞たる
ことあればいかでこ
けうへ立かへりてあねを
とはんと思ふものから思はずおこりをやみわづらめて
ほつそくをゑんいんせりしかるにおん身のあやまちにて
つひにおこりのおちし
不許三碗越峰
ことこれゆくりなきさいはひ
なりねがふはこれを印
同一一二
●印がえんにしてをし元給へと他事代もなきものゝいひざまさは
女にて身のたけは六尺ばかり見ぐるしからぬかほばせは木曽よし
仲のおもひものとのゑといふともにくからずとてしばし見ほ
れし大はこはなゝめならずよろびてさてはその名をかねて
きゝたけ世のとじでありしよないざもろ共にいつこんくまん
こなたへ来ませと手をとりておくゆしきへいざなににに
ふし此等も亦よろこびてちやうしをかえさかなをあらためいよ〳〵
いよあつくもてなしけり古にいたつて大はこはその喜代によしを
つけてやがて竹世に引あはせ且大はこはさらに又竹世をいもと
ぶんにしてはらからの義をむすびねむるときもぬすときもふしどを
ともにするまでまいとむつましくかたらひければ竹世はつひに大はこが
徳にはぢておこなひをあらためつゝしみいとおとなしくなりしかばふし
此等もこれをよろこひ奴婢助らもふしかきに思ひけりそも〳〵
竹世がちかころはふし此にしゆう〴〵にうとまれはかれたん
りよにて人をのゝしりやゝもすればうちこらすわがまゝ
やうやくついりしかば奴婢助らはうらみいきどほりてしゆうの
ふし此物につぐるによりよし此末も亦よろこばずいつしか
たけ世をうとむほどにもてなしはじめのごとくならずしか
るにたけせは大はこにしたしみしより身をつゝしみてたん
ていしゆ
〽おき
ちくらでも
あげます御酒はモウ
●御無用になさりませ
左の上ゟ
かどにいだしたるのぼりを何とり
見給ひたるわがいへにてつくれるさけは
そのあぢはひあつくして人を立することよの
つねにすぎたりこゝをもて三わんにしてみねを
こゆることをゆるさずとしるせし也たとへばいか
なる上戸なりとも三わんより上をすごすときは
たちまちにえび来れてみねをこゆることかなひ
かたし女中もすでに五わの酒をのみ給ひしかば
そのよをうらす候といはせもあへずあざ
わどひて人はともあれわればなほ百わんも
のまんとほうすとく〳〵いだせといらだつにであるじは
つひにあらぞひかねて又三わんをあたふるにこれにても
なほたらずとておよそのむとのむほどに
りよのふるまひせざりしかばふし此等も亦かれをあいすること
大はこその喜代にことならずあるひはあたらしききる
ものをしたててつかはしよろづにふ自由がうなきやうに
ものをしたてかくつかしよゑにふ自由もうなきやうに
はじめのごとくもてなしけり○かくてそのとしもくれて
あら玉のはるたちかへり世はあたゝかになりしかば竹世は
いかでふるさとへかへりてあねをとはんとて思ふ心をしか〴〵
とふし此等大はこらにつげしかば人〴〵いとゞなごりををし
みて一じ日〳〵とゞむるものからかさてあるがきに
あらざればふし柴はたけ世が為に
たびよそほひをちやうたつして
路用あまたとらするに大はこも
亦十両の銀助をはなむけに
おくりけりかくて竹世はそのあか
つぎに人〳〵にわかれをつげてみなと
よりふねにのりゑちごの国へおしわたりてしなのぢ
より上野なるまつ枝へとていそゞほどにながきたびねに
日ごろへてうそひとをげのこなたなるかる井沢をよきる
ときしゆくはづれにさか屋ありてかどにはたかくのぼりそいだし
三わんにしてみねをこゆることをゆるさずといふ六ヶ字をしるし
たりものほしくなりしころなれば竹世は内にすゝみ
入りせうぎにしりをうちかけて酒をいだせこと
いそがすにぞあるじと見えたるひとものおきなく
いそがはしくいでむかへて女中もさけをめさるゝよな
さかなはとりのなべやきとゆとうふのみに候といふを
竹世は聞あへずそれはいづれもしかるべしさけもろ
ともにといだせといふにあるじはこゝろ得てきけにさか
とりそえてはやもていでてすゝめけりそのときたけ世は
一しちろりのさけのこりなくのみつくしてなほ又のまんとさい
そくするをあるじはききずかうへやうちしり女中は。日夜よへ云ふとかなはずこれによりせんにしがしがならせ給へけんと
〽なにさ
ぢひさん
いくら
十
ゆのんでも
モウ五合かけて
こんねへ
えひはしねへア
十四五わんにおよびしかばたけ世はやうやく
あきたりてざけのあたひをあるしにとらせ
はやいそがはしくいでてゆくをあるじは
おつかけよびとゞめ
まで三ときがあんだし
うすひとほけをこえん
とならばこよひはわれらが
しゆくしよにとまりて
あすみちつれをまちあ
はせまひるのころにこえ
給へといふをたけ世は聞
あへすそは何里にとむ
るそとなられば
〽あるじはまいだちて
さてはいまだしり
給はぬなちかごろくだんの
山にとらすみて人そがいする
ことかぎりなしこれにより玉寺
こゝよりしれられて
みのといにいへじ
十人の大ちつれや
こえよと也けふはさるのさがりなるにもなり
ひとりこえらるべきとく〳〵かへり給へかしといふを竹世はごきわらひ
さかゑはとりのさんやきとゆとうふみに候といふすよりして日本にとらのすむ山ありをきかずわれはつやくしんじなく
竹世は聞あへばそれはいづれもしてべしきけもろ
ともにこのだせといまにあからはこゝろん〳〵さけにさかなをときちやうせん国よりいつるやうせんなかたまり
アんの里やうしゆなる遠近鎗十郎かね五ちぬしまありけんで
とりそえてはやもそいぞくすゝかけりそのときたけ世はくんのやらしゆゑる遠近様十郎に郎らぬしめしめし
一おろりのさけめこりしくのみつゝてなほ又のまんとさい給ひけりかへおのとらと見へていと大きくなるものともなく
なふことかなはずこれによりぜんさいにしゝがきほらひまして
いせいせいずいこ僧五編
ものをあたへずなりしかばとらはしきりにいかり
くるやてしゝがきをおどりこえゆくへも
しれずなりにけりこれよりして
のちくだんのとらはうすひ
とほけにかくれすみてしば
はなちがひにせられしにすでにことひにひとしくなりて人を
くらはんとするいきほひあればしよくをとゞめてほしころせとて
しば人をがいせしかばをち
こちとのより四五十人のかり
人にめいせられてかりとうせん
とし給へども手にあふものでは
候はずこの国になきとらのこの
くににあるいんえんらいれきこれじつ
せつに候とつぐれば竹世はます〳〵わらふて
よしやじつせつなればとてわれは何とも
思はぬ也ことをたくみにたび人ををとして
とめんとほつするかといふにあるじはうちはら
くきかれてしかいはるゝこそほしゐなけれしからばかつ
手にし給へといひはなちてぞ立もどるかくて
竹世はあしにまりしてうすひとをげをこえん
とするにいくほどもなく日はくれてさけの
えひののぼりしかばあしもといとゞ定かなら
ずいつほはたかくいつほはひきく只よろ〳〵
ひよろ〳〵とよろめきながらたどりゆく
やまぢふかくわけ入ればみちのほとりの
女まちしかく
木をおしげづりて又たび人をいましき
むる文書をこゝをこゝにもかき
たりけりこれも又さか屋のあるじの〳〵
たててわれはおん身の為にとてまことをつぐるをわろ
かみだ
らうと
おもつ
たに
竹
〽とらは此国に
ないものだから
おほ
上の左ゟいでたるひ
大とより世をめがい
とひかるそこゝろ
荷につけたるぼうは
立むらひ
なくかけ
なやませはとかは
やうやくいきほひ
▼おとろへたがひに
すきばうか
ぼふたまだけ
世がいよつて
うつ
十八
松の
はかりごとなるべしとてなほのぼりゆく
ほどに山の神のほとらののきばに札を
〽とらの
かはを
くぶ
りて
かくれ
ゐたる
かり人ら
此ていを見て
あきれる
つぶさには
五の
見えたり
まきに
かけておなじもんごんを
しるせしかこゝには
りやうじゆの名いん
ありさてはまことでありける也
さかやのあるじにわらはれんごとのをし
こゝよりとつてかへすべしと思ふものから
の
うち
あてこぼうは
はつしとをれ
たりける竹
世はすかさ
四十七大手を
とほげまでよぢ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
くてつびに又からくして
のぼればさけの
えひます〳〵
はつして
あしのはこびも
口やつはり
とかであたらしい
手なみを見たり
ちくせうめが
こしろけて
ひらりと
とらにとび
もの左
やうのこゝを
しづかとおき
定かならねば
いとたい
らかなる
石のうへに
たびつゝ
みをうち
おろしその
身も
〽こそあれませ
そこにうち
ふしてしばし
まごろまん
とすべし
地へおしつけ〳〵すこしもゆるめざりければとらは
しきりにもがきくるふてまへあとをも地を
かくほどにたちまちあなのなで来しかば竹世は
とらのはなつらをあなのうちおしよりてあば
らをはたとけてければとらは一トこないたて
さけびてよはるを得たりとひだりの手を
とらのかうべをおしすゝめ右のこぶしをひらめろして
とらのみけんをいくつともなくつゞけさまに
あしかばとらはみけんをうちくだかくなん
はきて死んでけりこれよりのちの夜したりは
五のなきにあらはすべし但凶をうせて女の
こそあれ山かせ一女くせり紙の高いせり
きつとおとし来てところなけれは也此すゑの中にも
あらはれ右の下へそのこゝろして見給へかしめてたち
せいせいすいこれ五升
〽かり
人らが
しら
しら
せる
よりて
さとへ共に
なかまの
馬琴竹
國安画
のり物をもつて
むかひに来たり
手をうちよろこ
手をうちよろこ
ひをのぶることくだり
やくしやののりこみにこと
ならずくはしきわけは
物じんちのみち
一包代百銅
第一一合仁百抔
家傳神女湯
諸病の妙也
近年やくしゆ甚兵る直といへども利の為にのみせざ
ればいよくやくしゆをえらみて功のうをたがはざらしむ
大包代弐朱
小包代五ト
精製奇忠丸」
中旬代一匁五ト
やうゆをえらみせいはう家でんのかげんを
もつてすこのゆゑにその功あたかも神のごとし
くまのいをもて九い
一包代五ト
能ハ肥黒丸子
多くのりをまへす
婦人つぎ虫の妙薬一包六十四文半包卅二文
制衣薬営神田明神ト同朋町東横丁滝沢氏
弘所一
元飯田町中坂下南側四方の向たき沢氏
五の
まきに
弘所
横山町二丁目二丁目乗店大坂屋半蔵
見え
〽あねさんひとつ
しめやせうしやん〳〵
〽きまり〽しやん
めでたい〳〵
御免江戸に暦開板所
一御注文被仰付可被下候
毎年十月下旬頃より売初め申候
南山禪師書四奉和文章
南山禅師書
全一間
載陽帖全
石摺
梠
四日本名所之絵唐摺一枚葱斎鍬形船真筆
日本名所之繪
此内は六丁かりの国々島と御城地神社仏閣名所右津山川の籏本多きの音をもの声をくた
力角かたち上正して漢火の日本園の中の中国〳〵く往き見るましき姿勢書なり
新
慎
幼女古状揃園生竹秋料豊東高井蘭山編撰
此書は女今川状をはじめ巳下の状すへと左所おの〳〵有たらいにし。の髪をしかれたる魚を云ひ
集めて往重に釘正を加へ児士の盞訓示しなみとなりて水子のかへにも。家多き也
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
三國一夜談全五冊画人讀本曲亭馬琴作
一刻ト子豊剛先生著
即考百籖全一冊
藪箱添
此霊籠は一に肉腎黴と写して其項奥野等の大武にかねて
吉凶うしぎの奇麗ありことに関帝の神霊ありて我神様古の
御代に将来してあまねて世に弘り万事吉凶をもさむるにおのれが
任する神仏に祈参し。按でその霊媒をうらに榊めのごとし
蓑笠歳
隨筆
玄同故言初編二編供はゞなく奏出しま候第二編遊刻
右方三編三冊は発用の部より動物の都の半にふる此編すべて古器物異其余獣の事
尊となこと〴〵写真にして誠に作者の者を尽せり罪俗とたく見るに付ければず故に任となし
勿論編にいやましてもつとも。虫あるべきものになんよりとまつ不射のよしを破忽す
古画入二冊出来焼出し柳亭種彦随筆
還塊紙料
〽むかゝの哥舞妓役者遊女の小伝省像すてて百年前名馬まかし
放下師飴魚の類俳諧の句斛常言の釈等よき仮名聞すは皆一者に
一附したれば雅客の見るべき妻にはあらねど一時の眠は算して悪く
観童
遊言画手本
戯筆
筆遊言画手本一名鳥羽絵早まなひ柴
廣光皿
懐中早割大全ニ
塵劫記
本ありふれし算書とちがひ便利をむねとしてあやまかを
わらべの初学にはやくその道にはやくその道に
上達すみやかなる甚ちかみちなる美士なり
卅一冊
損花手引糸前編出来此書はいまだ人の心付ざるもやうを思うと云々
新形染彩目
前北勢為一筆後編嗣刻先生殊に心をこらせし弁所なり
前編にもれたるをゑらび哥
せへ居人
西の道はさしくをとり権兵衛
類似顔早稽古後編全一冊五渡亭国貞画
役者心
も見合になるべき弥書なり
八文舎自笑評
三箇之津
藝品定
當子正月二日ゟ
うり出し申候
懐実
二覧
役者評判記三冊
花の都路金
惣彼者変評の書元禄以前より当時迄年々開帰いたし
奉入御帰候様かはらす戌年中三ヶの津軽言評判明細に
相撰び文談依謝等こと〴〵く相改め御用掛て御方にそ
〇次第つぶきにわかり候やうにあらはし奉入御覧候間御ひ候
き厚く責出しより御求め御高覧守被成下屋
諸大人の狂歌入いと美しき紗絵なり尤
御好みによりで折本に製す御土産によき品也
下地林書林兼子政文
林林林林林林林林樹樹林樹園
曲亭馬琴作
四編八冊
五編八冊
傾城水滸伝
川浅安画
国安画
天竺の方便忘語
唐土の窃言謀計
五柳亭徳升作
三国妖狐狐殺生石咄
道外武者太平樂
有喜世諺草
継子立波の濡衣へ
引三冊
一恋川春町作
一日本の神変不思儀
〃哥川國安画
金ケ敵夢之世話同
三冊
画作画イ
画作画。
式亭三馬忰虎之助作
喜恕哀樂堪忍嚢六冊
江戸名城へ
團扇地紙問屋
綿紙ノ
通油町
酒油町鶴屋喜右衛門版
哥川国安画
市川三州作
こゝにつくゝしそんすみしま
屋根船の提灯
慶任天納嶋六冊
白魚船の舟大
司川国貞画
忠臣蔵班
外傳
◑津竹屋
伊呂波引出寸入節用
哥川國貞画
一世にむるいの御かまのくすり
南伝馬丁いれん道坂本氏
一年齢仙友香四十八銅
隅田川両岸一覧
袋入画本
北齊平
全二冊
同断
江戸名所東鑑
兼斎草
全三冊
江戸名所物見丘
同断
全三図
清長筆
右三通極上品にして奇麗にしたて
御進直には至極宜敷絵本なり
傾城水滸伝第五編之参
水滸を模せし金瓶梅にも西門啓と藩金
蓮があだし仇寐のまくらの夢をとりも直せし
くわんばうきれすけせいもんやごけおけいらいつすゝ
関防金蓮介西門屋の後家阿鶏等が一寸
先は間ならで一寸星豕代が全伝一部の山と
唐山の陳奮漢をやはらげし趣向は名にし大
的のあたりを壽く板元の聚宝盆
曲亭馬琴著
歌川國安画
通油町仙鶴堂鶴屋喜右衛門梓
五
くだけてちへどをはきて死にければ竹世はさこそと立あがりてをれたる
ぼうをひらひとりなほいきかへることもやとてふたゝびいたくうちし
かば又いくべうもあらざりけりいでや此とらをふもこのさか屋へ
引もてゆきてあるしに見せんと思ひつゝかきおこさんとしたれども
うごくべくもあらざればそがまにすておきてまつ枝のかたへ
いそきけりさればたけせがちからもてくだんのとらを
引もてゆくみあたはざるにあらされどもこのとき
いたくつかれしかばしひてはちからをもちひぬなるべし
かくてたけ世はとほげをくだりてひがしをさして
ゆくほどに一にむらしげきをはなの
うちより二三ひきのとらあらはれ
出たり竹世ははるかにこれを見て
おどろくこと大かたならずわれすでに
ひとつのとらをころしていたくつかれ
たるに今又あまたのとらに出あふて
いかへでかかちをとるよしあらんからと
しらばこの山をこえざるべきにと後をくわい
口のつゞきさしもにだげき大とらも勇婦のこぶしに脳骨頭
してしばらく
そこにたゝずむ
ほどにあやしむ
べしくだんの
とらは人の
ごとくに身を
ごとくにこんを
おこして
おこして
こなたをさして
来にけるを
見ればまことの
とらにはあらでかり人等右の下へ
〽はやく
いつて
見ませうのふぼう
〽何でも此みちに
ちがへはねへ
おれといつしよし
来るが
〽とらを
ころしたつよい
あねさまが
来るとよ
左の上ゟ五六人きなるもめんに
とらふをゑかきしぬひくるみの
きものをきことかうべにはつくり
ものゝとらのかしらをいたゞきつ
手にはゆみや
たけやりなんと
えもの〳〵を
こんもい〳〵を
もてるなり
そのときかり人は竹世を
見つゝ大きに
おどろき
きても
おん身は
いかにしてつゝがなくとほげを
こえたるとらにはあはずや
くはれずやとこふに竹世はうち
ゑみてわれもそのとらにあひぬ
和とのらは亦何ものぞととひかへ
されてみないふやうわれへい
かり□をち
□□
夜があけたから
人がでるは〳〵
なかまのかり人口も
かの上がをかりとらんと
かくのごとくにいでたちてつで
けハせはすい二専三島
もいせいまいこそいまいこれ
さきのほどすでにわらはがうちころしぬうたがはしくはゆきそ見よと
つぐるにかりへうたがひまよふてみなまことはせされどももしやと思は
たけ世とともにとほけのかたにのぼりて見るにはたしてとらはうちころく
されてちへどまきてたふれてありそのときたけ世はとらを
ころせしことのおもむきかやう〳〵とはじめをはりをものかたれば
かり人らはしたをふるふてあるひはおそれあるひはあきれて
且よろこぶこと大かたならずおの〳〵ひとしく
ひざまつきてかくまでたけきけだものを
うちころし給ひしはこれ人げんのわざならず
むかしのともゑはんがくなりともいかでか是に
およぶべき思ひがけなきたすけによりて
ところのがいをのぞかれしはねがふて
山ごもりしてねらへどもとほげまではゆくことかなはずよりてこゝらにしたまち
立てとらの来つるをうかゝふのこといふにたけ世はうなつきてそのとらは
〽きぞおも
かつたで
あらうのに
得がたきめぐみんとく村をさへ▼
みなさん
はる〴〵
御たい義
どつげしらせよとて一両人を
はしらしつかり人あまたつどひ
来て死たるとらをふぢつる
もていくへともなくしばりから
げて二三十人これをかきあげ
つひにたけ世をいざなふて
又かる井沢のかたへ
おもむくほどにをちこちの
さこくらはやくもよしを
つたへ聞て天によろ
こび地によろこび
すなばちたけ世をむかへの
じやの
日本で
とらを
たい治
いたされしは
神武斯このかた
めづかしいことで
ござります
金く
○五五
上ゟ
村をさは二三十人の
かり人らに死したるとらを
かきになはせたけ世を
ともなひて来にければ
一衣みちすなはち文法所
もんじやうに立いでて
くだんのとらをじつけん
ありたけ世を
まねきちか
つけて
うほりほうを
勇にけきを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
じやうつして
さていふやう
わが父
をちとち十分
かねゆき
次にのりものをもてむらがり来つみちより
升世をかきのせてざんざめかしてむらをさの
しめしくしよをさしてゆくほどにこれを見んとて
さとの者弱名末西にはしりちがひちまたに
つどひかどにたちて見るものあたかも市の
こときもいたちて入るものもの
ことしさるほどにむらをきはたけ世をあつく
もてなしくそのあけのあさ当ぐんのりやうしゆ
なりけるをちこちのくわんじや太郎ゑどみちの
館はにおもむきことしかくとうつたへ
ければ忠みちよろこびなゝめ
ならずうちころしたるとら
もろ共にたけ世とやらんを
めしつれ来よとく
たいめんのようゐ
ありしばかく
して
下
右
とらよりも
なほめづらしいは
たけ世とやらが
勇りきさせうなれ
どもほうびの銀子
うけおさめて
きうぞく
いたせこれで
あれがも
あんしん
一同
一けはせいせいせいて
ぬしの世に
ありし
ころ
ちやう
せん
により
みつぎ
とらを
古院にの
あぶけきせ
まひにき
しかるに古院は
うせさせ給ひて
わがは又も亦
世をさりね今
御用もとのもの
家来
〽これほどでは
あるまいと
おもひましたに
なるほど
すてきに大きな
ものだかはばかり
でもふめます
ながうきすがに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
得ならず
もてあまし
たりたつ
二郎がうの
とらがうの
ものどもの
あやにつた
あがせしより
うすいの
ばかり山にかく
山におくれ
すく
する
つき
そいせいもいこんしまい
つゞき人をがい
することはなはだし
このこと
うへの
御さたにま
□□□□□□□
とらずして
かり人らに
かき入れがよく
あたへしは
そのひ
おさまれは
▼およ
ばゞ
わが□
身もあんおん
なるべからすと
思へばやすき
心もなく
かり人らに
いひつけと
白銭ぎん
五十
まい
を
ほとびと
さだめ
●
今の
世は
廿一日
みやこにも
又国々にも
とらを
かりとら
せんとて
しゆ〴〵に心をつくせしか
どもよくするものゝなかりしに
をとこもおよばぬいさをしは
そも〳〵いかなる勇りきぞや
ちゞのたからをおくるとも
あきたるにしもあらざれど
はじめよりのさだめなれば
白銀五十まいつかはす也
なほもこの地にとうりうして
つかれをやすらへ候へといと
ぬかつきてはからずとらをころせしこと
ねんごろにときしめしつゝしら木のだいにのせたりける
ほうびの銀子を給ひにければたけ世はしばし
おめに
かゝらふとは
おもひ
がけなひ
途中ちうの
たいめんそんなら
いつしよに
まゐりま
せう
武げいにすぐ
れし女むしやを
おくれしかばあ
しないは辺土
三の上なれば
こゝらには
さる
もの
を
とゞめ
のことよがことしか〳〵と
おきて
ときしめしまげて見れらに
つかへよとてこんもうねんごろ
なりければたけ世はぢするにことば
女むしやの
をしえかしらに
なさばやと
とのゝ武とくによれるのみいかでか
わらはが功をならんやふるさとは
まつ枝にてこゝよりみちの
とほからねば路用などにもこと
かずほのかにつたへ聞はべるに○
なくつひにそのゐにまかせしかば忠みちしあんしつ
なくつひにそのゐにまかせしかば忠みち
ふかくよろこびてきぬ丁かさね
まつ枝にてこゝよりみちの〽ヤル〳〵ひきでものとしてそのよのものものものものものものものものも
はなせばともしからず月ことにあておこなはよび
ながいこと
しあんしつ
つぎの日
たけ世を
よせて
印へ
わしといつしよにおきてかしきのわぎをづかさ
サア〳〵おじや
サア〳〵おじやとらせ重用ちやう大かたなら
ざればたけ世もしゆうの
おん義を
かんじや
心をつく
○五十人の
かり人らはくだんの
とらをかりとらんとて
するほどに
ものおほくついやせしといふは
はやはるも
まことにさもありなんねがふは
きさらぎのすゑにいたりて
世ははなさかりになりしかは
このおんかねをかり人らにとらせ給はゞさこそ
たけ茸つら〳〵思ふやうにれはわい
たけ世はつら〳〵思ふやうわれは只
よろこびはべるべしといふを忠みちうち聞て
ふるさとなるあねをとはんと
その義はともかくもなんぢが心にまかすべしとふるきどなるあねをとはんと
おもひしにをちこちとのに
そく空にきよようせられしかばたけ世はすなはちおもひしにをちとちとのに
ほうびのかねをみなかり人らにとらせにければ引とめられてこゝろざしを得は
たれかよろこびいさまだらんいよ〳〵たけ世をさずさごれとけうはうすひの
こくとそうぶすなのごくうやまひけり
山をへだてたるのみなればつとめに
とくとしてうぶすなのごとくうやまひけり
かくく又忠みちはたけ世をなほよくもてなせいとまあらんときにつ枝へ
とこその日はりよしゆくにしりぞかせつく〳〵とおもむくべしとの池にあしを
思ひみるにたけ世はちからのをとこにまたりて
武げいにたけたるのみならずほうびのかねを一由右へいでて見ずつきへし
けハ辻はしへ二専三郎
にいせいにのいといり五才
けんぶつせんとてとも人ひとりしたがへて
をちこちのさとのかたへそゞろあるきを
するほどにたちまちうしろに人ありて
見かへれば是すなはちべつ人ヲならずだけ世が
あねのぶた代也思ひがけなきことなれば
こは〳〵いかにとばかりにはしりちかづき
人こつにつぎやくそのつゝがなきを
ひとつにつどふてそのつゝがなきを
しゆくすればぶた代も亦よろこびて
ちかごろ世のふうぶんにうすひの
とらをうちころせし勇婦竹世と
いふものありのこたび人でありし
かどをちこちとのにおしとめら
聞ぬそはかならずおん身ならんと思ひにけれど
世わたりのいとまなければたづねも得せねど
わがすいりやうにたがはざりきさとまづ
より一トたびはおん身をうら五又一たひは
したりしかばたけ世はことのこゝろを得ずまづその
ゆゑをたづぬればぶた代こたへてさればとよおん身が
かすりとりをうちたふしてこけうをちくてんしたるとき
いたくわらはにたゝられてあまたのぜにをつひやしたり
そのゝちとろのあぶれものらがやゝともすれば
わらはをなぶりてあきなひにすらいでかねたりも
おん身がをるならばかくはあらじと思ふによりいとゞなつかし
おこゝろやすく
あげやうしかし何も
わがいのこはなどてかくあねをはうとみはて
たるぞやとうらみがほによびかくるをおどろきながら
かどをちこちとのにおしとめられて
女むしやのをしえかしらになされたりと定かに
何よりつぐべきやらんわらはおん身にわかれて
なつかしく思ひしぞやといひかけてひたすらたんそく
さかなが
はゞかりながらひとつ
金〽モシたけさんこれからは
00
かりしなりおん身もかねてしるごとくわらははすがたの
見よらねばいつせうせことこをもつまじけれと思ひ
さだめしことなればおやのときよりゑにせたるもちを
日ごとにうりあるきてともかくも世をわたりしにかやう
かやうの事によりきれかといふくわんぼうへをこぞのあき
よびむかへしにかの人はゐじよくにてきぬのしたてを
わぎとすなれどをなごめきたるやさがたなれば世わたりには
いとうとかりよりてわかはは今もなほあきなひに
いづるぞかししかるにきれ介をくわんぼう人にしたるころ
とこつのわかきものどもが来つゝ
なぶりて
くちやかましく
たへられぬこと
おほかればこそのはる
まつ枝よりこの地へ
ういりすみ
たる也なほ
くさゞのはなしも
あれど途中ちう
にてはつくしがた
かりいざ給へ
しゆくしよにて
きれぬとのゆゆ
引あはせんいざ
とく〳〵とさきに
たちてまく
いへぢにともなひ
けりさてもこの
ぶた代は右の下へ
十八匁五分
人なきに
はづれたる
ふきりやうには
あなれども
その心ざま愚
直ちよくにて
だけ世には
たえて
にす
枝に
ありし
〽はしをり
これからは
手しかるに
せだいで
あきなび
ともかくも
世を
わたりし
一かば人
あだな
して
寸がの
松枝に万両弐分
後家此とよばれ
たるいとゆたか
ふた代
よびなし
なる女もめあり
たり
かれはたからあるに
まりせそをとこめかけなど
いふものを五七人にも中なひ
おきしにきれがといふわかうどは
万両後家のには子にて
万両後家のには子にて
ところに
まれなる
美男いて
なれば
かれす
竹
をとこ
〽おやとも思ふ
めかけにせんとて
ひとりのあねさん
御くちうかけも
これからわたしが
この身のわがまゝ
うしろだて
ゆびでもさゝせる
ことじやないぞへ
そのこゝろをしめせしにきれ介は
かねてよりはしのこの何がしと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
みつつうしてありしかばしやうの
後家をいたくきらひてことめ
かこつけていなむにより旅客は
たつかくいきどほりてしからんにはと
きれ介めに世のなかに
たぐひまれなる見にくき
をんなをつまにもたして
思ひしらせんといきまき
つゝそのあびかたをと
えらみしにある人ぶた
ことじやないぞへ
七四
けいせいせいせい
そはくつきやうとよろこびてなかだちをもてしか〳〵とふた代にいはして
きれ雨を入りむこにせんとはかるにぶた代はをんなせたいにて
生涯館をとこそのだしといふしからばくわんぼうにんにしてともかくも
引とるべしきれにもしこいゝちにていしゆぶりてわがまゝをはたらくか
あるひはをんなくるひをいたさばこのほうへつげしらせよきつとその
義をたゞすべしかゝればていしゆにしていしゆにあらずこの首を
もつてえんだんをとりくみ給へといはするにぶた代もくだんの万両
後家には五六両のもとでのかりありしかいはるゝをいなまんことも
うしろめたきよしあればやうやくにうけ引てさてきれぬをむかへ
とりぬかゝりけれどもきればもとよりには子のことなれば
しやうのいひつけをそむくこと得ならずくわんぼう人の
さだめにてぶた代がじゆるやよへ引うつりしをところの
わかものあざけりわらふとつぶてをうちかけなどせしかば
ふたばかつひにまつ枝のすまひをいぶせく思ひわびて
きれほともかつともにをちこちのさとへうつりし也しかるに
きれぬが母おやはもとしんみやうでありしかばされはこれを見ならふ大
きぬをしたつることなどを人なみにするをもてぶた代がくわんぼう人と
なりしよりしたてやをもてなりはひにしたれどもとよりなまけものなれば
はか〳〵しきしごともあらずおのれはやどにこもりゐてぶた代にもちをうり
あるかせおめ〳〵とやしなはなればくわんばう人。ハ色のみにてかゝりに
ことならずと人みなあざわらひけり○さる程にぶた代は
はからずめぐりあふたるいのこ竹世をともなふて
おのがしゆくしよへかへりつゝいもとを
きれ介に引あはして大かたならず
もてなすにきれぬも亦よろし
こびてその身はたけ世と云下へし
文化
四
同一
□□□
〽いけいやら
じやら〳〵
わかれはべ
らんとていとま
ごいしていそがは
こむしていていていていていて
しくみたちを
さしそか
うちむかひなれ〳〵しげに
かんにんせぬが
○きれ介是を見
なぐきめて酒をかひ
がてんかへ
おへりてはらのうちに
さかなをかふにゆぶた代をのみ
思ふやうひとつはら
はしらせて下女のごとくにつかへどもぶた代はよろづ
よりうまれてもゆきと
すみなるあねいのとたけ世は
おもかげりんとして大をんなには
竹世は佐渡込なるふし此木がしゆくしよに
になれども十二ぶりのきりやう
一とせありし迄この地に来つ上かをころせし
なりいかなるすへせのあどう
そのことのはじめよりをちこちこちこのにとゞめ
やらんぶたにひとしきぶた
られてかのいへにつかふることまでつまびらかに
代をいだきてくさきを
つげしらすればきれ介しきりにかんしんしと
しのぶたとへのふし
いのとこはをちこはこのにめつかはれ給ふ
いのとごはをちこちとのにめしつかはれ給ふ
牛に馬をのりかしんて
なればながやなどもなはりて不自由部は
たけ世とふうふになる
なかるべしといふにたけ世はかうべをふりと
ならばこのぼなうはある
いないまたさることはなしみたちの内にてましきにかれがこゝへ同居
さゝやかなるきうそく所にすまひせりと
こゝやりなるきうそく所にすまひせりと□□せは手をもつて
いふにきれぬやめだちてしからんにはほんゐをとげんとれな
だくみしてまつほどに
かみにねがふてあねごと同居を此し給へだくみしておろほどに
そのづぎの日の夕くれに
かしとすゝむるはむねのうちにもくろみそのつぎの日の夕くれに
ありとはゆめにもしらやぶた代は
衣ぜう友見ひつゞら
しきりにうなづきてげにわがいもとが衣ぜう唐貝様つたは
ひとつにをかば人のあなどることもなくてけはひどうぐをもち
はこばせあふ
うろやすく月日をおくらんとく〳〵
しゆくしよにうつ事
その義をはは□かひ給へといふに竹世はしゆくしよにかつり
いなむによしなくしくしかばしやくんにし来つあくればはやく
ねがひ申てあすあさてのころに右へみたちへまきりてつき
ねがひ申てあすあさてのころが右へ
ナヘナヘヒヘ二専三島
さへづ
仕立物吟
〽たけせあねの
いへを立
さりてふた
たびみたちて
うづるとはつ
くはしくは
つぎに見えたり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽わけもいはずに
気のみじかい
そんなら
空のじやの
かたのごとくにつとめけりこれによりきれ給はひがしおもてにみちやうじきのふざ
しきあるをかきはらひてたけ世が都屋とさためつゝいづるときものるときもおも
むかいをするま共にいとまりやかにもなすにどたけばこれはこれをよろこばずいける
くるしく思ふのみ六七日をすぐすほどにはるのさむきのさえかへりとあはなき
ふかくふりけれどもぶた代はのちをうりにいでてその夕ぐれまぐれまでいまだからず
きれ給ばけふすそはかの人をくどきおとしてほゐをとけんとかねとよりさげ
しざかなをとゝのへて今やたけ世がみたちよりしりにきりへるかとまつほどに
やうやくひろしのころにいたりてたけ世がかへり来にければきればきれはいそば
をしくゆなゝ止らひに人立入れてまづはや冬のあしえすらせ鳥のきほきは
せしたへがたきにゆききへふればみちのほどもさんできにありつうめ
にゐろりによりてあたり給へといひつゝさけのかんをしてひたすがたけ世に
すゝむれどもたけ世はあゆごのかへるをまちてともにのまんといなみしと
きれ介はきかずして手して手しにつぎていちわんかたむけながたけ世に
さしけるにぞたけ世はぢするによしなくてなかばうけてのみほしつく又
きれ夜にかへしにければきれぬはなみ〳〵とふたゝびつぎてなばのみ
たけ世がひぎへ手をかけてはじめのかんはいとぬるかつこれのそよけれ
のみ給へといひつゝくちへきしつけそいだきよせんとしたりしかばたけ世は
いかりにたへずしくそのさかづきをゐろりのなかへはよひおとしつきれぬを
のけさまにつきのけてまなこをいからしこゑをふりたてこは何事で云ひ
くるにてやみだりかはしきふるまひはとりけものにもことならぬしれものには
いひがひなけれどこのごろよりしたゝるきことばのはしと目づかひを
六二むねわろくおもひしにたては人を見たがへしかかささしてもたる手を
いださばそのたびはゆるしかたしつゝゑみ給へとのりはづかしめておのが
部屋にぞ入りにける朝から立た代はかへり来てきれぬがおもちの
つねならぬをいぶかりつゝそのゆゑをたつぬるにきれなは歯はすくひ
しばりてよしやおんじ身がいもとでもちうせうにおとるか心つがいんらん
おん身の馬すをさいはひにしてわれらにのつれかゝりしをはづか
去めたりければうちはらたては部屋に入りぬかくあるべしとはしらず
してもやうをすゝめしくやしきよとおのがあくじをぬりつけそもなほ
はげやすきかべかそせうわいぐと〳〵とつぶやきけり
六十
五のつゞきそのときぶた代はうち
わかひてたけ世はわがいもとながら
武勇にすぐれしのみならず心たゞ
しきものなるにいかでかさるまさな
ごとをし其べらんそれにはかならずわけ
ありなんわらはゆきてたつねんとて
かれが部屋におもむきしにたけせは
手をくみかうべをたれてくらき処あ
ひとりをりよびたつれどもいらへば
得せで思ひかねてや身をおこし
つゝゆきをおかしそみたちのかたへ
只いつさんにはせさりけり金蓮些介は
これを見てから〳〵とうちわらひかやつは
われらにはぢしめられてたえかたくや思ひけん
日のくるゝにいでてゆきぬ只うちすておき
給へとくさもにくさげにあざけりぬかくてその
すみぬこれよりして日かずふるまでたけ世はあねにおとづれせず
した代もまたかれをとはず只きれぬのみはかたちのおませなけり
やゝもすればぶた代をいたくのゝしりつかにてきげんよき日は
あしたにはちまたにいでてもちをうりゆふべにはしゆるほよにかへりてあすの
しこみに夜をふかしつゝいといそがはしく日をおくれははるもやよひの
すふめてなりけるこの時をちこちのみたちにはくわんじやや太郎たゞみち
よろ門にこゝろふたるものなればたのみだき上こそあれわがむすめをたゝひめはころに
〽なにぶん
たのむ
ぢたいは
からふがあすの
させぬぜわし
よひのまにたけ世はしもべ両人を又たちよりしたがへすいぶん
しだくを
来て日ごろあねのしゆくしよにおきたる衣ないした
ちやう度のつゞめにでこと〴〵くこれををせおはせたやた代がいそくよよ
わけをたけぬるにごともいらへ進せてやたゝびみたちへうつりぞや
すみぬこれよりしく日かずふるまでたけ世はあねにはこづれまず
いそぐが
なけれどもふた代はちつともあらてはす日ごとにかれがれがきげんをとりて
ある日たけ世をまねをゆきよせてそのほう事はつとめのうへにもわたくしのはからひな
▼
お見だしに
あづかりまし
いへりいでゆはちくま
心のとないこたびの
大女おうけ申も
左の上ゟ
たいどくの
なごりにや
ことじにがん
かさいで米て
はるはことさら
なんに
およべり
いかほへとうぢに
つかはさばへいゆ
あらんと医師くすの
みさかなど小田国
にもおほかれど
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽いかほはそのゆ
が女王がかにして
がんかさいがんかさに
ましなれば
かきんと
思ふなりなかれ
人とはやう女の
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
こやういなり
けはせはすい二嶋五扁
しけいせいすいこと工身
あやまちなしとはいひかたしよりてそのほうををさゝひめに
つけてやらんと思ふ也いかにこの義をよくせんやととはれて
たけ世はいち義におよばず仰よけ給はりはべりにき日ごろ
御おんをうけながらさせるお女くにたつよしなきを心くるしく
思ひたるにひめうへこたびのおん侍はぶんにすぎたる大やく
なわごども御ようゐよくはいつ也ともおん供にたちはべるべしといふに
供人は十五人にすぎざるべしのとよりしのびのたひなればめだゝぬやうに
省思へ新したりとう治はおよそ三まはりかもしさうおうせば五まはりも
いるべしかゝれば四五十日のたび也そのほうよろづに心をもちひよ
ひとへにたのむとねんごろなる位にたけ世はことうけしくあす
たびたちのよう丸をしつゝこと大かたにとゝのひければ
例世のしもべ両人に酒さかなをもたらしてあねのしゆく
しよへおもむきけつきこの時に折もよくぶた代ははやく
あきなひをしはてくすでめしゆくしよにをりきれぬは
たえてひきしきたけ世がたまく来つるを見てかれ
こゝろさしをあらためてわれになびかんためにこそをれて
来ぬるにうたがひなしと思へばたちまちにこやかに
こはたけ世のとじめつうしやまつこなたへとかみくらへ
ちりさへすゑずおしすゝめていとまめやかに
もてなせども竹世はそれに目をかけず
もたらしたる酒さかなをうちひらきて
おきならべあねのぶた代に
うちむかひてわらは
火みちよろこひてしからんにはほつそくは明日こそ吉日なれのり物そのよの
かきかたければいぬ入らず
つけてやらんと思ふしいかにこのかぎをよくせんやととはれてこのではをよく〳〵公にしめてあづかり
この義をよく〳〵心にしめてあづかり
ふせがんと思ひ給はゞこの酒をのみ
給へといはせもあへずきれ候は
さかつきをぬけうちて
ぶ
〽二日
ほど
いへば
そこも
そなた
今いふべきことあり
心をとゞめそ
彼は給へしゆくんの
そくぢよをさゝひめ
いかほへとうぢに
すより
あやまちなしけはいひかたしよりそそのほうををさゝひめに
つけてやらんと思ふやいかにこの花をよくせ給やととはれてこのみをよく〳〵公にしめくあつかり二つかり
にも
たえて
いぬ入らずと
いです
うは気の
ふるまひ
せしことへ孫
かきかたければ
いふはわれらに
あてつけて
れらに
うたがは事迄
おぼえたりおのれ
のみざかしがほなる
をしえはきくも
はらたゝしいかに
おもむき給へばそのおん供を
めいぜられてあすはほつそく
しはべる也かゝればはやくとも
三四十日もしおそくは五十日もとほさ
かりはべるべしわがあねはこゝろ
正ぢきにて人とあらそふことなければ
わざはひを引いだし給ふうれひ
なきににたれども只まろすぎて
一トかどなければ人のあなどりを
ふせぐによしなしまいておん身より
としわかくまれなる美男財を
くわんばう人にしつゝうき世をわたり
給へばせけんしうとのさがなくて
さしかためて人とまじはり給ふべからずよしや日ごとに
こもりゐてあきなひにいで給はずともおん身は
これをなごの事也やしなふ人のなきにはあらず
かればわらはがかへるまであきなひをやめ給へ
わらはがちやうたつすべき也よくこのことをうけいれに
まもらんと思ひ給はゞこの酒をのみ給へといひつゝ
ことに大さかづきへちやうしをかたむけ十ぶんつぎて
いかでかそむくものかはとちかひをなしてそのさかつきを
又さけをおほくつぎてきれ介がほとりにさしよせ手かしことわ
人のそねみもおほかるべしあすよりしていかほより
わらはがかへり来ぬるまで日ごとにあきなひに
いで給ふともおそくいでてはやくかへりかどの戸を
たとへのふしの
竹「こゝろみじかい
わたしでも
わたしでも
おきゝろされば
ナントがてんが
まゐりまし
おかめ八もくおふたり
たが
かればわらはがかへるまであきなひをやめ給へ大哥譟は
もしあさ夕のけむりのしろのたらずはともかくもしてさるしき
わらはがちやうたつすべき也よくこのことをうけいれて人なればおほく
まもらんと思ひ給はゞこの酒をのみ給へといひつゝことばをつひやすにおよばす
いかでかそむくものかはとちかひ近なしてそのさかつきをおこなひなくせたいをあづかり
只一のみにのみほしければたけ世はくだんのさかつきにせけんをふせきといへをおさめ給へし
かしことわざにもいへることあり
たがひのさいはひ
ながら気にあてずに
まあり
ませう
金
〽てめへ
ひとり
ばつて
きゝたくもねへ
よまいごと
くそでもくらへ
しらぬはへ
ことばをつひやすにおよばず
ことに大さかづきへちやうしをかたむけ十ぶんつぎてしかれどゆくわんばう人
いざ〳〵とてすゝめにければぶた代はやがそうけいたゞきてとはあづかりふせぐといふ
たけ世がきやうくんことわり也われあすよりしとまはるべしよみこゑありしかればうはきの
□□□□□□□□
嘉
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
せけんをふせぎといへをおさめ給へ
すべきといき
まきてそがまゝ
せどのかたに
いでてふたゝび
まとゐ
入ら
さりけり
されども
たけ世は
ものとも
思はず
なほ又
あゆと
りうべつの
□□□□□□□□
しばらく
くみかはして
一
つひゆ
入れを
れん〳〵として
つげしかばい
ぶた代はいとゞ
又さねを。おほくつきてきれながほとりのさしよせ事かし上わきにもいへるとあり
同十八十六十八二間三人同
けいせいすいこ住玉紙
わかるゝにしのび得ずわがはらから
この日ごろそゑんかちにてすぐせしかども
おん身がみたちにある
おん方が又たちにある
ほどはよろづに
心つよかりしが
かりそめながら
〽ヲヤ〳〵どうせう
あぶないことだ西門やの
お原さまへさつきから
まつてをりますおより
なされぬととりつき
ますぞへ
四五十日立
わかれなば
あす
よりして
うじ
だてなく
心ぼそ
うたんとせしをくだんのをなごはちつともさわがず右のかひなをさしのべてすかさす
かりことくゆきてとゝかへり
給ふをまつよりほかはあらずかしといふに
たけ世はうなつきてさきよもしばく
いひつることをわすれ給はでまもり給はぐ
何ことかはべるべきほどなく帰国ひくしはべりてん
さらばとばかり身をおこしみたちをさしてかへり
ゆけばぶた代は今さらとゞめかねてかどにたちつゝ
見おくりたるこれぞこのはらからのいつせう
がいのわかれとはのちにぞおもひあはしける
○さればぶた代はそのつきの日より
かうがいだもをらざりけりきれ候は思ひかけなきあやまちしつとおどろきさはぎて
あげえんよりはしりをりくだんのをなごにうちむかひていかにけがはし給はずや
すだれのつりをのきれしかばこよなきあやまちゑいだしたりゆるし給へと
けい〽何さうけ身で
けがもせずサア〳〵まいて
おしまひ〳〵
まもるこそ身のさいはひなる吉事なれそれを
ふ吉といふべからずしばしがほどぞまち給へとこさへとなほも
かたのごとくまありてあつしくらしけりとかくするほどにはや
たけ世がいかほにたちしより二三十日をへにければきれぬも
のゝしりあきてやぶた代がかへるころになればかどの
戸をおろしにければふた代そのていを見て
心ひそかによろこびけりかくてある日のことなるに
きれ介はすでにはやぶた代がかへるころならんかどの
すだれをまきおきめてあげえんをもあげばやみて
おもをのかたに立いでつゝすだれをまかんとしてけるに
上なるつりをのきれしかばすだれははたとおち
かゝりてかどべをよぎるをなごのかうべになだれかゝりて
すだれをうけこゞめうしろのかたへはねしかばさいはひにしてけがもせずくし
れしかばこよなきあやまちしいだしたりゆるし給へと
手をすりてわぶるを見かへるくだんのをなどはむつと
せしより思ひのまゝにいひこらさんと思ひつゝ
はじめてかほを見てけるにたぐひまれなる
美男親にてみやこにはありといふ
かぶきやくしやのぶたいかほにもおこうしと
思ふになんたちまちにつこと
もちをうりにいづれどもおそくいでて
はやくかへりかどの
いなさいはひに
戸をたてこめて
とぢこもりてのみ
とぢこもりてのみ
をるほどにきれ介は
うちはがたてて
せず
よしや
かうべに
せけんもあるに日もくれ
ぬにかどの戸さしてこもり
をるはふ吉をまねく
心にやあきなひにいつる
ともはやくいでねばそんの
あるをしりつゝしびりを
きらかすはみな世に▼
事
年二月十一月
どそげたる
ことならずや
あすよりは
ちとはやく
いでくせいだし
給へとかしがま
しくのゝしり
こがすを
うけながす
ぶた代は
なぼもかたく
まもりて
のゝしらるれ
どもしたがはず
たけせばわが
いもとながら思くまし
しいといきもの
みいとふかきもの
なるにかれが
をしえを右の下
同一一二
十八十六日はことは二島三宿
きず
いかばかりの
つくとも
以上へ
ことやははべるさるをすあしで
はしりいでてわび給ふこそ
きのどくなれさではあしさへ
よごれんにまづ〳〵あがらせ給へ
かしといはれておちつくきれぬはよろ
こびをのべ無事をしゆくしてすだれを
かくへてあげえんへあがればをなごは
いくたびとなく見かへり〳〵いそぎゆく
このときぶた代がとなりなる茶見せの
かゝにおうばといふものかごくちに
いでてをりこのありさまをはるかに
見たや〳〵あぶないかうがいを
をられたらばどうなさるコリやねぢ
こんで一歩出入もしけ
なりますまいしやうし
はやしけりくだんのをなごは
日ごろよりおうばが見せへ
うとからぬとくゐ
なればかくの
ごとくうち手
ゆたは
むれて
けいせいこといと代丑刻
されば今きれ介が
すだれをおとし
かけたるをなごを
いかなるものぞと
たづぬるに
をちこちとのゝ
西門ぜんなるやくしゆ
だなの後家世にしてその名を
おけいとよばれたりよりて
世の人あだなして
西門啓恕とも
いへりけるよはひはすでに四そぢに
およべどかほばせうるはしかりければ
三十五六と見ゆるのみをつとはさきに
身まかりしかどをとこまさりの
をなごなれば後家もちにして
入夫やうをむかへずのとよりよく
にせくすりをつくるに妙を
得たりしかばおのづからにいへと
得たりしかばおのづからにいへとみ
さかへて手代などもあまたあり
つねに領士津らかをちこちとのゝ
おもと人にものをおくりてまじはりを
むすびしかばあき人
ながらいきほひあり
これのみならで
そのかみのならはしに
したがひてゐあひ
やわらのわざを
まち合
ざへをさ〳〵
心かけたりける
いとはらぎた
なきもの
なるにいろを
このみて
すりみがき
心にかなふ
よきをとこをこれかれとえらめども
ゐなかめは百人にひとりも見ほしき
ものはなきに今はわずもきれ介が
おもかげを刀よくひまよひそがまに
となりなるちや見せにしりをかけし
かばおうばはだしちやをくみすゝめて
西門屋の御こうしつよまこのごろはお見
かぎり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いつこうしおいでなされ
ませぬばちがあたりて
すだれのおしぶちあぶ
ないことでござりましたと
おけいもにこ〳〵うちゑみて
あれはとなりの古の上
〽いつも
わかい
あだ
のふ□
いひつゝいたくうちわらへばへ
けへ廿六すは二専三郎左衛門
左の上
御ていして
いかなる
をつての
ことへも
そうばは
ほゑ
みて
あの
おくさまは
古今無
双のあく
ちよ也まづ
こゝろみに
あてゝ御らんと
いはれてしばらく
かうべをかたむけ
くぜちやのおりん
ならんかながいき
〽何どきなりとも
おいでなさいわたしが
おいでくさいわたしが
むすこは奉公に
かみかたへつかはしましたが
ごとうぞこれよび
たれにかあらんしらせあらんしらせ給へとふに
くだしてあなたへ
おあづけまうしたいおうばはもの〳〵〳〵あの人さまの
それだとあんしん
やのおはぢならんか
それかこれかと両三人
いへども〳〵あたよすとておうばは
いよ〳〵わらふにぞおけいはこんをつから
してわらはじつに思ひ得ず
たれにかあらんしらせ給へととふに
おうばはもの〳〵あの人さまの
おくさまはおん身も見しりて
いたします
ホホホ
こますをはするながん日ごとにのちを
うりうりうりうりありくいつすんぼしの
ぶた代也とつぐるにおけいはふきいだて
さても〳〵世の中のはなにはけむし月にくも
あんな美男をかめいそうにぶた代を
ありな美男をかめいへちにぶた代を
つまにもたするはむすぶの神の御そゝ
ならんといひつゝしきりにとろものかたを
さしのぞき〳〵思ひかねてや立いでて
くだんのかどへをいくたびかゆき
もどりして又さらにおうばが
せうぎにかくれどもとに
へかくしりはおちつかず
□□□□□□□□
たいれる
人があつて
見あはせる
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
来ますぞへ
あす又来はしといとや
こひしてそのたこれに
いそがはしくしゆく所を
さしそかへりけりろうばは
ごかとに見おくりてあの
後家さまはきは介をとこに
うかれていたくせいたる
なかんわれ又かれを
そのかしてかねにせばや
とむなだくみその
つぎの日にまつほどに
はたしとつぎの日の
ひるすきにおけい
後家はふたゝひ
来てせり
しりをうち
かくれば一つぎへ
けけせいすいと仲五級
サカ
おうばは火でうめゆをとゝめ一三のへよりおあしのちかきよ
あなきまはまだおわいになせためしことはおのちなされぬほどしのひぬよりておもたのみてしたてもう
ひとりなさうといたしませうかといふにおいは打わらひてためにこよみを見まくほしかるといへいへはされ成となつて
よはしほかげんのしろあり。と言はおうそはうなつきてそはいときと也かし日がよくははちともともともため思はせん
はきりにすとゆへとしいよつひはせに百にくぢさんにはしかさもあどこといふにおちちはしこびとやしくはわかはわかたへ
れ十人ひこへ人ののたとありこれはいかゞ上打わらば来ましく思はせずせずかしこしのこのしめのたは手はなしく
おけいも亦うちわうひてひさしいかんだなかといといひつゝめばしてはいへたまの来給ふときもしやしやしちにも入れたるこ
とやりをきのぞけびやかばもとちにさたのぞんでは今いひうかはれんそうしろめたしめたしめよは
しはさわれなれどものなたりとにおきがあらはおなからど二郎とことを見るにもすこの意をうけひきゆへのとんはれて
いたにもらなかうとちん八十文也ますいもめさこそうのせはされはされうちうなごき此ろはひまきにおんこのほと
おけいはおのはずしきぞそめてこめなわらはがむねのうちをむきていふともつともいとすと思てはあれよりてじめんかといふに
されていつかいにそやととことおうどこゑをひそめ
きのふすぶれのおちかりよりとかたたせとわれはかかんりきいやかいておのかへり来つかへり来つかほ上りへ立よりてよろ
や房のこのござりやなしづつきよいとつのはかりごありこれに
しさがひ給ひなはあひいふといとやしといふにひけいいさみたちでしどいふこめりあすよりしてかの人のわらはがかさへ
いかでかはしたがはざらんはかりことをしめし給へといふにおうばはすりよりて
いかでかは太やはきとをりてをりをしめしめしふにおもははとりよりよりて
御くろうながらしつはぶたへ三ひきをかひとゝのへまわたもおよそ
二日あひだをおきて
廿匁ばかりこのふだしなをはづみ給はゝはかりことを
第三日めに来給へ
おこなふへしそのはかりことはかやう〳〵とみを引よせさゝや
けばおけいはふかくかんしんしてまことにおん身は今の世の
九月をり南節ともいひなじしらんには色よろして
孔明鰐楠のまともいひつべししからんには今よりして
かしそのときわらは
いでむかへそかやう
いやうにいふべきに
ごふくやへおもむきてかのゝふたしなをもとめて来なん
おん戸はちかく
あらいそがしやと身をおこしてはやとのかたへいでたるが
しばよくしてごふくやよりおけいは荷もちにはふたへと
為より給へしかれ共
かの人はさけかたれん
まわたをもたせてたちかへりしろものをうけとりてにもちを
すること
かへしてしか〳〵とおうばに見せてはかりごとをとく〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵おこなひ
給へかしといふにおうばはうなつきてしからばぶた代がかへらぬ
なく
その
ひまにわらはとなりへゆきて来んしばかくこゝにまたせ
給へといひつゝやがてせどくちよりぶた代がしゆくしよに
〽そんなどうぞ
ごくろうながら
まゝ
そこに
おもむけばきれ介はやくいでむかへてとなりのおふくろ
来ませしかたまく見せのひまゆゑにやととへばおうばは
さればとよこよみがあらばかりて見んと思ふとちよつと
来つるのみまづ聞給へ世の中にはぢひ善ごんの人もあり
わかはがとしのよりたるに死したくのかけむくを
いとほしく思へどもちからにおよばぬ右の上
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かで
□□□□□□□□□
おいでを
まち
ますぞへひま
まゐり
しかしおかまひ
をるめならば
□□□□□□
らちあく也
そのちさけを
いだすべしかの人は又
これを見てあひてに
なりてさけをくまば
これ又一ッらちあく也
さてさるもの
さいぢうに□
三丁丁
同月月一日
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
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そこをはづすべしおん身はえびたる
ていにもてなしかやう〳〵にして見給へかくてもかの人はづる
ことなくともにはつみて手をいださばこれさつはりと
らぢあく也この事一ヵも手ちがひあらばこのこひは
かなひがたし思ひきり給へかしといふにおけいはよろ
こびていはるゝおもむき心を得たりさらばあす
より第三日めに見らははかどよりしは乗せん
あひづをたがへ給ふなとやゝそくしつゝ夕こえて
おけいはしゆくしよへかへりけり○かくそ次の日
きれ成はぶた代がいでもゆきしのちいとはりを
もてせどくちよりおうばがしゆくしゆくしよへ次へ
同十一丁へ三嶋三郎三郎
けいぜいすいご件五升
見てよしをとへはきれめつむによしなくてかやう〳〵とつぐるにぞ
ぶた代は聞てしからんにはあすはぜにをもてゆきて
ふるまひかへしをし給へかし人のちそうにのみあふは
よからぬことぞといふによりきれ介はつぎの日にさに
五百文もてゆきてけふは又これをもてさけなを
とゝのへ給へこれわが小ゆびのさしつ也といふにおうかは
さからはずそのぜにに又四五百たしていよ〳〵
あつくもてなしけりかくて第三日のひるごろに
おけいははやくかどに来てゑはぶきしてあひづを
しめせばおうばははやく出むかへてやがて望しきへ
いざなびつきれ女に引あはしてこのおんかたは
西門やのをんなあるじにをはしますわが
しろ小袖のせしゆなれはさいはひの
折になんねがふはわなみにかはらせ給ひて
きれ介ぬしをもてなし給へといふにおけいは
いち義におよばず小ばん一両なげあたへて
酒さかなをかはせつゝ大さかもりになりしかゞ
きれ介はじじやくとしていさゝかしりぞく
けしきなくあひてになりてくみかはす
げにやさけはいろのなかだちにそ望せきも
すでにここだれしかばおうばはちやうしをかえん
とそはづしてぬん戸へおもむきつゝ苧を
うえてこそゐたりけれそのときおけいはいと
いたうえひたるていにもてなしてしなだれ
ければきれ介も岩木妙にあらぬ右の正
き□あつく礼をのべてその日ふた代がかへるころへちして
しゆくしよへかへりしがぶた代はぎれ介がかほのいろのあるかりしを
来にければおうばはよろこびざしきへしやうじてちやをすゝめくわしをすゝめ
又ひるめしのしたゝしそさけさかなもねんを入れいとねんごろにもてなしければ
馬琴作
左の上ゟ
したぢは
すき也つひ
それなりに
引よぜて
ねに
ふかきなる
とぞなり
にける
ごとめでしまつ
おうばは立
出おん身
両人きも
ふとくもよき
ことをし給ひしな
ぶた代とのにつちしらして
からきめ見せんといふは
いつへりあすよりして
すゑながく出あひ
すゑながく出あひ
給へと打わかへはふたりも
どつとわらひけり
初編
傾城大雙六
二編
狂哥入
日本橋より振出し
日本橋へ上りに相成候
江戸名物花見雙六
此処にて御披露申上升るけいせい
大双六之儀昨年御評判
よろしく大繁昌仕
新蔵の面白き
風流三升むさし
五六なり
滝川路考新工風也
冥加至極
有かたき
せいうりやうてんかさ
晴雨両天傘
大形代銀七匁五分
小願同六度
くろあぶらびげんかう
急雨の節至極御弁利の品なり
包
黒油美玄香
四十八銅
一右両品共御求から
京はしいなり
しらがそめの
妙薬なり
製法売弘
しん道
坂本氏
しん道坂本氏
仕合奉存候
随て又々
当年
二編目
差出し
おれいおうたんこうろく
蘭
靈應丹功録
傳
壱包代壱匁五分しやく漬かへ
りびやう
きやうふう
たんせき
入御覧候
右にて金成立
のおいらん相半相揃ひ申候
賣弘所
江戸室町二丁目
取次所同通油町
何卒相替らず御評判宜敷
河内屋長兵衛
御求被成下候様偏奉希上候
鶴屋喜右衞門
已上
□□□□□□□□
荷主
第
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ものし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〳〵
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第五編
歌川國安画
下帙巻之下
□□□□□□□
おもら〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵
一一九、一、一、、、〇〇
曲亭
馬琴
著歌
川國
安童
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一本編人心を愉快くす
松枝の竹世が仇撃
けいせいすい
こでんだいごへんのし
領城水滸伝第五編之四
とほりあぶら丁潰る屋板
つき
尽んとしては又起る
れつでん
一百八勇婦の列伝
七
一下たび西川やのしかるにこのころは
おけいにちぎり
そめしよりぶた代が
あきなひに
いづるごとにおうばが
しゆくしよへおも
むきみたはむれ
二西門やは
あそぶことたえま
ちころ
よりの
なくたとばうをと
水とのごとしされば
とく
おうばは十両の
には
おけいにうるをもてこの日をしゆるやう西門やの後家とのはちりころ
一トかごのりんをたづ
さへて◑
ほね新ちんをとりし
のみならで日ごとに
酒さかなのつひえ
あくれとなく五な
〽ふてへ
やらうだ
たゝきひしぐ
おけいがまかなひなれば
よろつにかすりのすゝなからねば只なりはひをうちすてて
かれらが為にたいこをもちひたすらやけいをそゝのかせば
さしも日ごろは出しきたなくいやしくしはき強家なれども
いろにまよへはぜにかねを水のごとくにつかひずてておうばがへ
やどにて日をくらせばあたりのともがらみなしりてそしら
ざるものなぎものから只ぶた代のみこれをしらずその身は此を
いとまなきまでにあきなひにせいいだせしかばをなごにはいと小
まれなりとてあふこむものゝおほかればもちはいよ〳〵うれに
けりこゝに又をちこちのさと人にうん蔵といふわかきものあり
としのころは十五六にて六十にあまるゝおや只びとりあり
孝行といふほどにはあらねどおやをそりやくにせざりしかば日ごとに
一水くわしをうりあきておそきむりをたてつもよその窓をもつうん鯰はよんこし
けいせはたは二つて
〽うぬよくくらはせ
ばゞあ
さるねへきものはなれやしなひけりありけれどもくれどもくれどもあき人◑西門やおもひきしにおけいがしやよに
なればつねにはつものいづるごとにはらざればたちまちのぞみをうしなひて
第一ばんにもてゆきとかならずゆきたる土地をたづねあるくにある人ひそうに
人ぶた代がくわんばう人
きれ介とわけありと
一日ごとにちや見世の
おうばがやどにて
出あはずと
いふことなし
けふもかしこへ
かよびぬるを
われは
定かに
見とめたり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あふことあらんと
いふにうん義
よろこびて
おうばが
ちや見せへ
おもむきつ
おちがとくもの
後家きゐは
かくさればば
するならん
あだわかひて
とゐの後臣とはたが
とぞさとへのふしの五
八流家せかんに旅家はいくらなる
おれはしらぬとぞりうそふくをゆくしとそろし
うん蔵はむつとしながらこれおふくろ〽さへ
よくそいよいこほこ
大夫まい日来る後家はとごとしれて西門門このこのよりあれといふうんといてござわらひてたはむしといふきか
おきは日ごとに大ぬす人にあび給へどもしらぬがほとけ地ごくのさたも
となのもしのしめさかばんじ引すりこはぐひとりおよ八日こに雨そくにあひ給ひ給しやうべほとけやくのきも
よいことするであろうはしる也ともすふて見んとも
かね次第そのぬす人は黄金家をはめてぬすまるゝものも亦とくしん
づくでぬすませるきやうなことではろいかいのといふにぶにごた代は
りんごをうりにわざく来たかくさずにうん蔵が
とやうやく六ことりてうりのこりたるのち十四里をかく〽のわつゝさし
まゐりましていふたときこのみおものもあるいへとやうやうやうてうものこりたるのちやりまくいのやつきし
いいだしうん公まづこれをたうべてぬす人のわけつぶさいつげよと
いふにおうばは大きにいかりてかふつかぢりがふらいいだしかんまづこれをたらずとらすへのわけつけれはつけと
西門屋の東もんやのとそんなおかたをしるもの
御門殿の東の原のととなおかたをしかめのかいやうん焼手にとりてのちのちのころなたひそり此こと
出てゆくならばはやくゆけたはことつくすとあごれ
はなぶすりでたい事のことをつけられふかもし雪さごやでもおごる
さくでゆきおらぬかとつとたちてにぎりこぶし
たててゆきおもぬがとつくぢてはきのこめしのの〽ヤウならはなしてきりそうそうぬかといつたいへはなくしく
けんのみねよこつらはたとうちゆがむれば
なうちやぐらゐはおごらいでま〳〵とさきはとさきにたちてしたしやに
ものなりうらはたとうちがむれば
此ばゞあめとくみつくをくましもはでずつき
おもむきつゝまづうん蔵にさけをのませいひなくはせてきけんを
のけてひぢちかなる年承におつとり
しとりくだんのみつ義をたづぬればう心蔵は悪をひそめておん身は
あげうたんとすゝむいきほひにうん蔵は
しつにまだしらずやくればう人にの
へきゑきしてりんごのかごを引かづき
きれ介をとこは西門やのなだい諸家
あしにまかせてにげさりけり○されば又
といつしかに
うん蔵はゆくさきごとにまのわるくて
あきなひは得もせずにあまさへおうばに
ちゝへり
あふて日ごとに
うたれしをいとくちをしく思へども
ちやみせの
さすが小うでのかなしさはおめ〳〵と
しるにげしりぞきなほあちこち
とうりありくに撲虎ひら功徳氏の
碑雲のほとりにてはからずぶた代に
ゆきあひけりそも〳〵此いしふみはさきにとかを手うちにして
ところのがいをのぞきたるたけ世がくどくをのちの世までのこさん
為にきとへらがぜにをあつめて石にゑりつけしなの国のはかせと
きこえし天江の朝おときに碑銘紙をかゝぜみちのほとりにたてたる也
そのときぶた代はこゑをかけてうん蔵をとこよいつとても
あきなひにせいをいだすよおやごは無事かと
師たづぬればうん蔵も亦すみよりてあね御よ
一日ながで
おうばがしゆく
しよでくんづ
〽あんまりかあい
ほぐれつ大さはき
そうだからだい事の
もひみつをしらせて
やらうサア
あゆびねへし
そうだからだい事の世けんにしらず人もなし
せてこいゆなりともあまりの
一法外くらいまいてやかれは
くわんばう人にて不笑
たづらをせまいといふせうもんを
もとのしゆじんへ入れておん身へ
えんづきしといふことも人のしる
ところおん身はをとこにふ義を
ひさしくあひませぬわれらよりもおん身は
こそあきなひにせいをいだして
よいせにまうけをせらるゝならん
さばれるすには大ぬす人にあふ
ありをもしらでいたましやといふを
ぶた代は聞とがめてわれは
ふたれは聞とがめてわれは
ぬす人にあふたることなし
たはむれごとも
ことによるえう
ないことを
いはずも
右の下へ
遠五対
同月月一日
岩河丹武
奉被成図
一同断同
沼山城田
藤公助
富松町安
蜜柑硫黄
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□
一桐根類志近来なるは
右同断同同同同同右同断
甚一区歩能夜地弐柄
させてあきなひをしてすごす
ゆゑ大ぬす人に
あひ給ひぬと
いひし也いはれは
かくぞこきつく
れはぶだはいたく
いへおどろきて
たるてへすること
あまたゝびいはるゝ
おもむきいつ
ありならずは
かの人のもどの
しゆへごとわり
ふてりえん
するともいと
けいせいすいこ住王舞
うつたへていづればとくせうこなければとりあげ
られんやたとへりえんにおよぶともさかねぢへ
されて手きれのかねにしんせうを
粉にふるふべしそれよりも手みじかに
かれらふたりが出あふをうかゞひ
哥とらへてはぢつうかゝせ丸はだかに
しておひだし給へそのはかりごとは
かやう〳〵とみゝを引よせさゝやけばぶた代は
ほとんどかんゑんしてそはうへもなき妙策
きんなりしからばあすかしこをうかゞひ
おん身おうばを引とらへてさゝゆるひまに
わなみは亦おくのざしきへふみこんでうまく
ふたりをとらふべし手はづをたがへ給ふな
としめしあはしつたちいでてその日は
そのまゝわかれけり○その日もにしへかた
おたろぶた代はいへぢへ立もどるに
きれ介はすでにしてはやくしゆくしよに
かへりてをりされどもぶた代は他〆つる
ことをちつともけしきにあらはさず
そのつぎの日もつねのごとく
あきなひに
今は時刻
いづるものから
じのはや
九つごろに
うん蔵がしゆくしよの
かたへおもむく
●上ノ
こゑを
ひそめて
ければかの
来ずいつでも
ほどにかれも
来るはひつじの
亦ぶた代を
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いふをうん就おしとゞめてくだんの後家は此としころくにのか
おもと人へまいなひをおくるをもてたとへおん身がしり〳〵と
一ばゞあは
おれが
ふたりを
後家はいまだ
はなしやあし
しねへはやく
ふたりを
}
とらへた〳〵
なめら
さんぼう
しくじり〳〵
〽今の中におん身はおうばがゐまはりをたちはなれずにうらひ
給へわれも亦そこらにかゝれてふたりが出あふと見とがけ
〽ウヤウなんかならずぬかり給ふなといふにおたぶなといふに
わかれけり○さん程に
きればおた
〽ヤア〳〵
おふたりさんそれぶた
しるしががつてんか
しのち
おうばがしゆく
しよへおもむきて
おけいも来つゝ
さけくみかはしあそびたはむれ
あけるも出けいを
へまつほどに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なりしかば
おけいも来つゝおく通しきにて
一はやくふしどへ入る折から
うん蔵はいなごのごとく
おうばがちや見せへ
かけこんで
下の
立ちく
きのふの
第せう
しかへしおぼえてゐるかとのゝしつて
しるととらへてうごかせずそのとき
ばゞ
あめ
ふた代はいつさんにおうばが見せへはしり
衛門おくをめがけて入らんとするをおうばは
見つゝおどろきさはぎてくみとめたりしうん蔵を
もぎはなさんともがけ共うん蔵はいつせうの
ちからをいだしてちつともはなさずおうばは
たづねてはし
なくもゆき
うん蔵
中へ一
あふたりそのとき
くるしむは〳〵
第18
□□□□□□□
ところをすかさずおけいがはたとける女ににげなきかわらの
一トあてぶた代はむねをしたゝかけられとあつとばかりに〽つぎへし
〽ヨヤ〳〵
どうせう
もろい
のふ
いよゝせんかたなさにおふたりさん〳〵とく
ぶた代が来ましたぞとこゑはりあげて
しらするにぞきし介おけいはおどろき
あはてうちよりしかとふすまを
おさへてあけさせじとぞかまへたる
さればぶた体は両手をかけて
ふすまをあけんとしたれどもいさゝか
ひらくべくもあらねばいくたびと
ならちたゝきあけよ〳〵とよば
はればおけいはいよくうろたへて
にげいでんとしつれどもうしろの
かたはかへにして只いつはうくち
なりければいかにせまじと
きをもむのみきれかは
むねをしすゑととにも
かくにも此場におよんで
しにげかくなしにげかくなし
われは非力動きのものなれば手
あらきわざはふ得手也おん身は
をき〳〵やわらの手をもよく
し給ふにあらずやといはれてて
〽おけいはうちうなつきげにわれ
ながらうつたへたりそこあけ給へ
ともすそを引あげふすまの
ほとりへ立よればきれぬはおさえたるふすまを
さがりと引あくるとのかたにはせきにせいたる
ぶた代はふすまのあくを見てはしり入らんとす
ナヘナヘウ
すゝですいこ竹王統
のけそりたふれまへこを見はり歯をくひゑばりてはや人こゝちもなきがごとし
うん花はこのとき中でもおうばをきたてはなさゞりしがゝべた代がもろくけたぶさは
いきもたほくなるを見え見てかなはじとや思ひけん女ゆはにおうば近ふりすでそも
見ずににげうせけれそのときおうばはおも花にのぼりてたふれしぶたへ代をと
かう見つたは大へんじでといそがはしかほに水をふきかけてさまへにいたはればぶた代は
やうやくひきふきかへしてアヽくりしやむねいたやといふこ度も此ふゆかれのむしよりほそは
呼吸お中のおとろへかよくあるべきにあらざればまづはやしゆくしよへかへきんとてきれぬは
やうやくにぶた代をかふに引かけてせどのかたよりしいびやかにしやしよへ
かへりておうばもろともぶた代を二かいへせおひあげとふとんをゑきてうち
ふと夜着事を引かけなどするにぶた代むねのいたむとてうめくこと
たえまなけれどきれ介は見かへらずそのつきの日もあさゆに入りてかみ
さかやきしくわがきあげおうばがしゆくしよへおもむきておけいと共によねん
なくあそびたはむれてはゝかることなしあたりのものはすでにはやとの
よしをつたへ聞ていとにが〳〵しく思へども
そをたゞすべきことならねば只かりそめに
見まひ口上かごくちよりのぶるのみ升世が
ほかにしんるいなければぶた代はゆみづも
〽きゝめはたんてき
このどくやくずいぶん
その南をうけぬやうに
用心したがよいはいの
〽後つめはわたしが
ひかへてゐるアゝこれ
ことをおいひでないよ
不自由やうに日夜やちくわしむばかり也
かくてある日のことなるにきれ介は
をとこらしくもねへ気のよはい
二かいにのぼりてふしたる
ぶた代をさしいぞ
けばぶた代はこれを
よびとゞめて
旦かははかねて
おんぐんのふぎを
しらざるに
あふねども
只おんびんにすぐ
せにあまりにはゞがる
左ゟ
し給へとうらめしげにぞ
くどきけるされども
きれぬいらへもせずそがまくおうばがしゆく
しよにいたりてさきにぶた代にいはれし
手左の中におん身たちふたはしらふうふう婦にならんと思ひ
〇たこれますこをえてはり歯をくひしばりそはやくゝちちなきがごし
なめゞみはひとつのしゆだんあり手まひや今ず
ぶた代をころして人のくちをふさぐべしさてそのくずりは
見出においに男子その夜おうなおもないのほどいたれしぞへ此を見出来にもこともしややしややしやう
ものもかならずあらんそれを何ぞとたばぬれば
かやう〳〵のごとくやく也き成ぬしや
〽ぬしはまめやかにぶた代とのゝかん
びやうしてはじめは人ずりをすゝむ
べからずはじめよりくすりをすゝめ
なばかの今ならずうたがふて
うかへとはのむべからずかくて
やかの人をあざむきすまして
やくすりをのまんといはるゝとき
てふりだしくすりをいだして見せ
せんじるときにどくを入れて
かやう〳〵にはからひ給へさざめて
の人めへめへちより
ことのなければ
口はこらさんと
思ひしにあくたれ
かくのごとにくりしませへすり
後家にむねをけさせとし
いつふくのませぬはこれ
いかなる心ぞやけにより
こゝろざしをあらためて
かゆをすらせ
くすりを
のませよく大
大かんびやう
するならは
くわんばう人の
かひもあり
さらば
だけせが
かへり来る
かへり来る
ともわれ
おどろきおそれてたけ世はとらを
うちころせし手なみはたれもしらぬ
ものなしかれかへり来てわれ〳〵を
うらみてあたをかへされなば
いかにしてふせぐべきことの
いかにしてふせぐにへきことの
だい事になりにきと
いふをおうばはうち
わらひてその義は
ちつとも気つかひ
なし手吉の処
ことをおけいおうばにつげしかはおけいはいたく
琉球
こいつは
おれには
ちをはきて
一そに此なん
かねてより
ゆをわうし
おきてその
かしとぞ
ちをぬぐふて
なきからを
ひつぎへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
三気をふき
こむじやけんの
さいばん両人
ふかくよろとび
一女けいはしゆく
しよにおめできく
しつといつやの
かりをためきへ
にてきおらばに
おん身ちが
不義のことを
つぐへからす
もし此まゝに
すておくならば
竹世につげて
みちりやうけん
うらみをかへさんどの
大やくた
いちばん
うまく
ゆけば
よい
が
さししつや
ずはこれやとくと
見て髪さへつれば
くづさひとも
あいかりけるに
ごきの介これをうけとりて
〳〵ぶた代がころりとごねしときとり
おふくろも来て手つたひ給へといふにおうばはうなし
つきてそは心得てはべるかしまゝかならごろにつぎん
けいひやされに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あつかいにわれひとりでは心もとなきとこめありつれ
サいせいそはことはこま
すいせいすいこ仲五升
あらんともせどに来て見せたはいならでゆきて「女房上家のかしころにのちふればいゆる三かたがひなさしかにをえしなんしんし
ねへしんといふはしや中ごしとの手はぢといひ一の見をまといひつ少かねてたへみしなり出んやりけるころりきしいせや
ゆね〽われてゑゆくしよかへりけりもたかほどに其代は手にかねにけかいでもつこいよきもおはいと
いねいそがはしくしゆしよふかりやたらぬせい物といふにきひやかにしろくびその御丸よりこといやなのやう近見へんとも
しや女におさ代くまくゑにたちよりてかふく代とのかのこにまきにはずみようなにくのはしはやりけんといふ
さきにおん身にいはれしとをつくごと思ひみるにみなれおのがやぞすむるをやく代はうつたきたき
さいになきにのちれしとゑつくと思ひともにみなれおのが女ですむればかいたれはかいたきたきたちのきまひといふのをは
すましくま身はおんぎのをのをつくしておもてむきもつとにのみもといふといふなみなはなりしといふ
中にものはなく思ひをたへからずのあらんをすからずことつといふといふといれていひかへといひといたもなかねはねは舟に
かねやうのせもんそと申はなこの高音のさいはんにてもちゑていやゆいにまかでしたりいきたりいひに思ひにふの
くわんばらんのことなるに日ころおん身をそやくにしてそぐろにあだし
くずりをのこりなくのみにけりそのごききねやす
ますはなにまうひしこと二そめんぼくなけれげつより
こゝつさしをあらためてかの後家のことほもふつ
か〽うまゝいつたかゞかや
つりと思ひきつたりかたれはちう夜かんびやう
きこれはぶた代はおど
しそぜんくわいをいるべしうらみをはらし
つきこはいかに
給へかしと申みとしやかにかきくごけばぶた代は
ふかくよつこびていはるゝおもむきいつはり
つざてかへは
しよふぞ
ならずはいもとたけ世がかへるともかくして
かれにしらせはせじわらは此四五日はまくら
もとにおかれたる
いひびつを引
よせてゆつけを
わづかに半かさ
つゝたうべていの
ちをつなぐ
のみくすりを
のまねば
むねの
いたみは
いさがも
おこた
らずもし
よきくす
りのありゆ
せばのませ
きれぬ心では
日にかる井沢なる
ぼくある者に家
でんのめいばう
うちみのくすり
ありと聞て
おきたれども
大かたはうた
がふてのみ
給はじと思ひ
かばすめも
酒せでそが
まゝあり
まゝあり
まくあり
くだんの
くすりはうち
身にてむねの
いたむにわき
てこうあり
右の下へ
給へと他事
かねてゐとめて
もなきことばに
して女つたりとめ
どもけしきにはあか
はさずおんすがけがを
し給ひしそのつぎの
勿作
十八すいとは二島三島三島
かねば
そのこう
うすしと
くすしは
いへりしば
らくしん
はうゑまへ
といふまゆ
あらず
あくれ
ふた代は一とゑ
あつと
いけせんすいこと
あけのあきおけい後家とく来りてふた代が死したるよしを聞てよろこぶこと大かたならず
おうでき箱のろともにたけうちのみてだんるうするにおうばはしばしうちあんじ
こにひしのなん義ありかのなきからをさそうにすればさけ世がまん一ナ
ほりいだして見んといはんもはかりかたし火ぞうにせんどもちろんなれども
かのおんぼうの久念體がなきからをあちためてかれこれいはゞむづかし
からんいりにせましとひそめけばおけいは伝がてちつどもさはがず
かの天ねんはわらはがをつとの身まかりしときかねおほくとらせし
たればわらはをしれりまづかたらふて見つべき也といらへてやがて
立いでてそがいほりへおもむくみちにて久ねんにゆきあひけりへ
つねにはうときなかながかたがひに見□すれけ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ざりければこれは〳〵とばかりにつゝがなきをこの手をうけとつて
五〇
もらは
ぬと
こづちの
はなしが
わから
ねへばな
しゆくすればおけいはあたりを見まはして
ちとたのみたきことあればそなたへ
むきてゆかんとせしにこゝにてあひしは
さいはひなりこなたへ来ませと
先にたちてしだしさかやへともなひ
つゝ酒近のませいひをくはせかね十両
とりいだして久ねんにこれをおくれば
くねんはあきれはててそのゆゑをたづ
ぬるにおけいはこゑをひそましてたのみといふはん
よの義にあらずもちうりのいつすんぼしぶた代が
きのふびやう死したればおん身をこのみて火そうにすべし
よしや死がいにちとばかりのいひじんのありとても大目妙に見てやき給へ
おんびん等なしみてなばなほまたあしくはすぐがらずといふに久ねんおどろきて
さつするところその死がいはうたがはしきすぢあるなるべししからんには此かねを
うけてはこの身の破滅のほとならん曰いこのまゝにかへさんと思ふものから此後縁は三右の下
ちありいのほかゝりゑらとおきへくそのこゑをとむればぞ代太手あしをりがくのみおびたしくちをはきて
そのまゝいきは〽しゆけりかたされんとよりかりからばすまねきよむきよせことのよつくるにぞおりばねのをゆにの
ひたしちしほども置ぬへひとり両人してなきからをした友はおろす北しらつきの日あたりつげにけりかくてそのし
わけもきかずに
もらひましてはあたま
〽小両といふ
大きんを
やくがすみませぬ
いやでは手
ゆないが
□□□□□□□□
左の上ゟりやうしゆへもかねを
いだしておもと人にしたし
ければその
みつだんを
きりじと
いつ
かならず
からみて
あたをや
なさてまづ
うけとり
おきせんすべ
あらんと
かりそめに
しのんをし
つゝおたのみの
ことせうち
せりこの
たまものは
あづかり
おくべしかならず
気づかひし
給ふなと
いふに
おけいはよろこひて
なほねてを入れ
期にをおして
さかやを出て
わかれけり
見給はずやれいふかへねの聞でおのうちにはきてはとのやへどちつとも
さわがずしからば二よりすぐさまゆきて大そうの
日げるをもとひさたむべしわれらとともに来よりしと
朗条の両人出た代がしゆくしよにおもむきききれ
たいめんして亡者なんの病症ぬりをたづぬるに胸痛
かりに又はてふりといふまづなきからを一見悩せん
とくきれめともろ共に死したる人のほとりに立より
やとんかいやりつらく見るめ身のうちむらさきにはれ
あがりてまなこをふさがず目くちよりちしほながれて
もきをあちはしたり二十八んきと見るほどに人ゆん
あくさうをあらはしたりこれ只へん死と見るほどに久ねん
どく気にあたりけんあつとばかりにのけぞりたふれて
はやかたいねなりしかば弟子のおんぼうきれから
おうばも共にかいほうしてさまくに
いたはれどもとみにおこたるべくも
あらねば久ねんをかごに
のせて弟子のおんぼうつき
したがひそがまゝいほりへ
かへしけりさる程に久ねんとや
おいがいほりへがき入れらるゝに
そのつまいたくおごろきてやがて
いたはるに大ねんたちまちおきあがりて
あたりを見りはしこゑをひそめごとく気に
あたりしていにもそなしわがたふれしはいつはり
なん戸へたすけ入れくすりをすゝめて
あたりしていにもそなしわがたふれしはいつはり也ぶた代が死がいを
かくておきぼう大ねんはおけい強家と立わがれていほりへかへらんとするほどに
まなにのおんぼうたくね来てゝみもちうりのじた代が身まかりたりとて
くればう人きれぬといふものより出てうのことをいひこしたりゆきて
②
なん戸へとこを
とつてやすませ
申がようござり
正
〽この女ばうつ
ちゑしや也おんぼうの
つまにはをしい
見てけるにどくがいされしにうたがひなししかれども西川屋のおけいより
十両のかねをおくられたのにれたることあればあからさまにはうつたへがたし
〳〵
はやく
くすりを
成女
ものなるべし
右の下へ
状
けいせいことは二時五遍
のべんと思ひしかけ
ごとくにはが
□□□□□□□
たしかに
左の上のよりて大工うの日げんを
のべんと思ひしけば
ごとくにはからひぬさていかにし
焼なんそのがるべきと
さやきしめせはたのつま
しばしうちあんじてぶた代が
いのとのたけ世とやらんが
かへりてのちに火そうにせばこれ
その死がいにわけなき也
又とりいそぎでやけといはゞ
わけのあることうたがひなし
しからはおんき
しのび女かにぶた代が
ほねを一ツをの
〽のことゞめて
がくしおけい
よりおそたる
□□□□□□□□
春のかねゆ
そのまゝに
ね育をかき
〽されま
□□□□□□□□
あつせふうじ
おきあびなば
竹世がかへりてたゞすともいひ
じつきのだつなかずやいふいふい
此辺大見よろこびせんとくに
しはからひつつぎの日ごさ代が
〽しゆく所にいたりてやまひいえたる
およしをつけ火そうの日げんをたほめ
やるに三日のみちゆといそきけり
廿一、
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
にげるのも◑
つゞき
さる程にされいは
法師ばうをまねと
きて二やうをよませ
ぶた代がひつぎを
もたげいだし久ねんが
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いほりへおくるにあたりちかき
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たと人ちもひとしくこれをなくり
けりすでに火そうにするにおよびて
久ねんは只ひとり火屋のうちへす文入りて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ズイ
やけのこりたるぶた代がほねを二まいばかりとりかくすに
そのほうのいろあかひはくろくあるひはむらさきになりてあり候也といふにたけせばふたひを
これそのごと気のぬすとかつのちのせうことかねもろともに
つゞらのそこにひめおきつ又ひつぎをおくりて来ぬるきと人の
名もひとり〳〵にかきとゞめてこれをもひめおきたりけるを
しる人たえとなかりけりかぞそのつぎの日ははひよせとて
十十五左の上ゟびんのけをかきみだしまぶちへつはをぬりなどしつゝひとり
二かいよりをりたちてころいもとぎの来りせしかながきいかほのおん供
なりしをつゝがなくかへらせ給ふそをめでたといふべきといふべはかいへろしきと
いふべきかこゝもとには大へんありお成とのは伯痛ふけんやまひに
くすりのしるしゆなくつひに身まかりいひぬといひつまぶたを出しねぐに
たけ世はかたちをあらためてその上もかへりてのちに人のうわきに聞
つるがさではまことではでりしよなわがあねは此としがつ胸痛は伝の
やまひなりしにいかにしくさるやまひのにはかにおくりて身まり給ひし
こゝろ得かたきことにみてといふにき哉はなうちかんで天にふしきの
風雨強あり人にふりよのやまひありとゝごろ
出荷むねのいたみのおこりしをころ得ず二人
今さちにいふべからず身まかり給ひし
のちの事もわか手ひとつにせんすべ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
もみてぬかを
つきそらゑ
なくおほくはとなりのおうばとのゝ
かうをぞ
たすけによりてとやらかう
やら野辺におくりを
いたしたり心つらを
さつし給へといふにたけせは
したりけて
そのとき
たけ世は
にきうち
やえうち
てうなつきてそはよき人の
なさけ也但し土とそうに
し給ひしか又火そうにし給ひし
かととはれてきれなさればとよ
なき人のゆいごんなれば久ねんが
火屋におくりそ火そうにして
候也といふにだけ世はふたゝび
小とはずまづくしやうかうしはべ
らんとてなん戸のかたへおもむけば
ぶた代がゐはいにつゝゑをすゑて
小びやうぶをたてめぐらしかうはなも
□□□□□
なら
心のうちに
ねんずかやう
三十二人
いゑにありて
金〽いち
〽いちれんすせ
ほこのこせ
此まかり給ひし
いへこそのうたがひ
なきにあらずもし
あく人にはから
ことそんに
きれぬおうばもともに来て白骨部をつぼにおさめさとの
其所じとにぞほうむりけるかりしほどにをちこちとのゝ息女共
をさゝひめはいかほのとうぢさうおうして五まはりをすぐしゆふに
やまひほんふくありしかばなほあちこちとめい肝こせきをうちめぐら
給ひつゝわうらい五十一日めにてみたちへかへり給ひしかばおん父忠みち
よろこび給ひきゝおん供にたちたりけるたけ世にはなかんづくもの
あまたまはりてきうそくのいとまを給ひぬこれによりたけ世は
部屋にしりぞきできうそくせんとする程に此月ごろかしきの
尋につるるゝしのべどもさゝやきていまだしらでやをはすらん
あねではすでに世をさり給ひて三十五日も
すぎさりとぞいといたましきことなりかしと
つぐるにたけ世はおどろきてわれちかころは
ゆめみのよからでをり〳〵むねのさはゞこと
さめみのまからでをり〳〵むねのさはぐこと
ありかたればくだんのふうぶんのそら
十一図
ぎにはあらざるべしいで〳〵ゆきてたづねん
していそがはしく
ぶた代がしゆくしよへおもむきけり
されば又され給はぶた代をほうむり
はてしのちおけいを二かいへ引入れて
たはむれあそびて日をすゞすに
おもはずたけ世が来にければこは
いかにとうろたへさはぎておけいはそが
まゝやねつたひにおらばがしゆ〳〵しよへ
にけしりぞききれ介はゆひたての右の上へ
舞一
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
むねまづふさがりてさめ〳〵
としてをる程にきれぬは
かたのごとくとらみやうもあげてあり
ありしにかはるありさまにたけ世は
そがうしろより
たゝせうとんせう
ぼだいろはあみだ
世をさり
給ひなば
それらの
よしを
しか〴〵と
ゆめに
なりとも
つげ給へ
あたを
うち
うきみを
かへして
そのゑん
いわついわり
ものいふそ
んをなぎさ
〽ゆめかちやか
まぼろしに見ゆる
あねさんなぜ
くださりませぬ
きえらせけりたけせはおどろき
たまのこゝにすがたをあらはし
すがたはたしかに
しうちなげきう
にしごんにしごんあみに
だいとめんじや
しばらくして
まなこをひたけば
あやしむべしぶた代が
おもかけかげのごとくに
あらはれつねむりのごとく
たま〳〵あものなき
給へどわらはが陽気やうに
けおされてしばしもことばを
かはすことの得なきりし
けんかなしさよかれといひ是といひ次へ
けいせはすいこ鳴左扁
廿七
らひやけすいと竹工事
こと大かたはすいしたりえうこそあれとはらのうちにしあんを
しつゝいろにもいださず又ちかき日にまゐらんとて身をおこし
つきればにいとまごひして立いづればはやたそがれになりし
かばその日はみたちにかへりつゝそのよもすがらいもねられずく
そのつぎの日もふいひとりくわいけん一トやりかうしもちて
そのしきの日やいひとりくわいけん一みやりかくしもちて
久ねんがいほりにおもむき菴父のあるじにたいめん
してじた代がいのこのよしをつけわらはけに来つるは
ことはいちだい事をとはん為也御坊わがあねを
火そうにせしときさざめてあやしきことの
ありけんつゝまずにときしめし給へもし
いさゝかもいつはりかざらばわがつるぎ
こゝにありけつして御坊をゆるすべからす
とくうちいだし給はずやといひつゝやいばを
ぬきもちてまなこをくばる男女のいきほひ
竹そんなら
そなさも
そなたも
かくあるべしとかねてより思ひまうけし久ねんはちつとも
きはかずこゑをひそめておんかたがひはことはり也どた代とのゝ
こはかずこ夜をひそめておんうたがひはことはり也がた代とのゝながらわしと
火そうのけるはじめをいへばしか〴〵也をはりはかやう〳〵也とて
西門やの後家に十両かねをおくられしことのおもむきそのゝち
かれが容議指のたのみのつ引ならぬことのよしをつまびらかに
演舌妙してひめおいたる白骨ひとくだんのかねをとりいだし
それがしかのときしあんをめぐらしのちのせうこの為にも
どこのほね二まいをかくしおきたりこれ見給へほねのいろの
くろむらさきになりたるはどくがいせられししるし也しかれども
ぶた代とのは何らのゆゑにがいされ給ふやそのわけを
しらずといへども人のうはさにつたへ聞しにくわんばう人の
され女はおけい後家とみづつうしておうばがしゆくしよにみ
出あふこと日としてかんだんなかりしをぶた代とのゝやゝさとりて
水くわしうものうん蔵といふものをかたらひ両人おうばが
しゆくしよにいたりて奸夫の淫婦をとらへんとせられし
たい万
る
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ながらわしと
いつしよに
八日
申けり
来てたのや
以上ゟしかたらせ給へさわりはなしさておたづねの
御用はととふにたけせはひざをすゝめてわがあね
おけいにむねをけられしその折のていたらくを
つぶさにつげよいかにぞやととはれてうん蔵
ちつとも擬議きせずはじめおうばにうたれは
たるそのゐこんの
はじめより
みちにぶたに
ゆきあふて
どつひに身やかり
たりし事がやう〳〵とつげしら
こゝにあり
いたしま
〽せうこのほねは
してばどう〳〵
きれぬおけいを
とかへんとしめし
しきりにたんそくして
あはせしかひも
すればたけ世は
なくぶた代は
おけいに
むねを
しからんにはうん蔵も
けら
久ねん坊ともろともに
せうにんになりて
たべわかはしゆくんへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ばらにうらみを
ばらにうらみを
かへさんいざとて
やがてさきに
すゝみて
○これによりをちこちの
みたちにはくわんじや太郎
とゞめおきそにはかに
をちこちの
くねんとうん蔵とは
その身の部屋に
たちに立かへり
つき大さらば御坊もわらはとともにいざ給へといそが
久ねんがいほりを立いで両人やがてうちつれたちて
うん蔵がしゆ〳〵しよにいたるにうんい蔵はあきなひに
いとまはなしとしよりたるてゝおやを
やしなふ為に候へばけふはゆるさせ給へと
いふことわりなれば今さらにたけ世は
しひて引とめかねてふところより
かねとりいだしけふあきなひに
いでずともこれをめててゝおやを
やしなはゞさまたけあらじと
いふにうん蔵よろこびて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
このおかねだにいへば
竹
一千日なりとも引つけて
〽いかやうに
右の下へ
まうし
いでんとしたくする折なればはなししてゐる
ましても
太〽せうこといふても
せうこにたゝめ
な
おねがひはかなひ
ませぬか
うろんな
ことは
おもれ人
げら
れぬべい
馬のほね
ないぶんに
すますが
よからうねがひふみはかへし
つかはすかさねて其せうは無
やら平のほねやら
しれもせぬ白こつを
せうこなどはことをかしい
てコリヤでなほすがようござるて
ときにぶた代とのはくだんの後家にむねをけられて気を
うしなひ給ひしがやまひのもとになりしといへりかのうん蔵に
たづね給はゞつぶさにしるよし候はんとつぐるにたけ世はうな
忠双ちぬしおもこへらをめし
つどへて竹世がうつたへのよしをつけ
たづね給つだつぶさにしるよし候はんとくるにたけ世はうなしかせこの義いかゞめるべしとて
つきはさらば御切もわらはとともにいざゆへといそがしくすでにひやう義におよぶれ
けるにおの二人らは
かねてよりおけいに
うんへ飛がしゆくしよにいたるにうんはあきなひにかねてよりおいいに
まいなびをおほく
いつつうのうつたへぶみを
かぎしたゝめすなはち
しゆくん
うけてまじはり
もつともあさから
ざれは埋非ひを
てふんみやうにたゝすもの
なしそかなかに久ねんが
かくしおきしといふ白骨一郎を
ぶた代のほねんともさだめかたく
うん蔵はおうばにうたれしゐこんを
かへさん為にのみなきことをいふなるべしかゝれは
せうこありといへどもそのせうこさだかならず
義
まゐりやすのさせうにんに
たけ世がねがひはたちかたからんといふもののみぞ
でも何に
おほかりけるおのと人らにさえられて忠みち
ぜひをさだめかねことなんじうにおよぶよし
おけいがかたに仕めえしかばなほもたからををしまずしておほく
まいなひしたりしかばいよくたけ世がうつたへは無せうこな
さだめられてうつたへふみをかへされけりこれによりおいい
二三匁らはます〳〵いみはゞかる一となく日ごとにおうにおうばが
しゆくしよにつどゐてさけうちのこそ日をくらしぬ
さる程にたけ世はねがひのかなはねばねがひきどほりそのかまに
りやうしゆのたゞすことのならずはわれみづからたゞざんとも
すでにしあんをさだめしにあまはふき代が七七の三郎ちゆみ
もなりしかばれいのしのべにいひつけて五六升の一つき
十八世はこは二島五百問
卅八
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
きれぬをまねきよせわがあねの
四十九日のたいやにもはやなりぬよりて
あたりの人〳〵にちやめしをふるまはんとは
思ふなりといふをきれぬ
聞あへずおうばにこそ
せわにはなりたれあたりの
人にはさもなきにうちすてと
おき給へといふにたけ世はかうべを
ふりてこたびはせわにならずとも
のち〳〵の為なればわらはみづからむかへて
来んさはとてやがてむかふ三けん両となりへ
おもむきつゝおかばをはじめ人〳〵をともなひ
来て野しきへしやうじみづからいひのきうじを
してねんごろにすゝめしかばみなこゝろよく
のみくらひしていとまこひしてたらんとするを
たけ世はしばしとおとゞめおの〳〵ゆるやかに
由し給へちとせうにんにたのみたきことあり
このうちに手をよくかく人のありもや
するとたづぬればむかひとなりのむくゑもん
こそのうしよなれといふにより
すゝりばこをほとりへさしおき
わらは今ことをたゝず
いち茂ありそれ一をかき
とり給へかしといひも
をはらずつと古よりて
きれぬがえりがみつかんぞひざの
らこへしかどおしすゑ此しれもの
ちやめしをだかせ汁さいの物もようゐしてきれ介が
しゆくしよへはこばせその方もやがてかしこにいたりて
左の上ゟおうばがらばがゝけを
うん〽なはとりやくはつよいうん蔵
さるのしりではなけれども
おさへてぬむを
おんぼうやいておいつけるぞ
ばゝあめあんまり
しやれ
がるに
いと
はひたゞ
□□□□□□□
どうばは
さかなく
六テすさ
まじい女郎
はんでふ
せず身を
〽かうしばられては
いくぢやァねへどうで
しまひはこんなことで
あらふと思つたが
ちげへはねへいたいめを
せぬうちに
のがれんとし
たれども竹世は
いかでかゆるすべき
きつさきをつき
つけて命をしくは
とこ〳〵いへと
せめこらしたる
いきほひに
しまひ
おうばはつひに
ちんしえず
せよいはずは目にもの見せんずとくわいけん
きらりと引ぬきそむねのあたりへ
さしつくればきれぬいたくおどろき
おそれてつひにちんずること
かなはずおけいとふ義のはじめ
よりおうばがいち夢にしたがひて
ぶた代をころせしことのおもむき
すこしももらさずはくでやするを
かきとめさせゆるしかたきこゑが
大ざいねがふはおの〳〵せうにんに
へり給ひねとこゑをかけて
たけ世はそのまゝむく夜もんにしる〴〵と
きれぬが
ほそくびを
きもふとくもおけい後家とみつつうして
水の
たまらず
かきおと
せばおうばはおそれて
こしうちぬかしはひつゝあげんと
するほどにたけ世は
うち見てこゑをふりたて
西婆域にぐ
とてあがきんや
五ツヽトト
うん蔵久ねん
とくいでよとよばゝるこゑを
うち聞てだいところにひかへたる
くだんの両人はしり来て
わがあねをどくさつせしなことのわけをはゝでは
いつはりものがまだ
あらそふかなぶりころしに
なりたい
同十八十八七
けいせは上はこ専臣扁
まうし
はくでふする
そのかはりには
いのちを
たすけて
〽おけいきれ成を
引入れてぶた代を
がいせしたくみのおも
むきのこらずはゝでつ
しかくければたけ世は又
なくいればだけせ
むくゑもんにいひつる
まを
〽きり〳〵
いつて
かきとめ
□□□□□□□
しにはつ
かきとるに
□□□□□□□□
やうん様も
ひまが入る
ぞよ
二に
ありて
おうばをよく
うちまゆれ
丑
琵琶
廿七日
正正
今しばし
この所に
給へう
全人の
ければ
そやつき
来て又助主
べし程はあらせしまめ
給へといひもすはちす
いそがはしくきの介がくびしつき
いひくせつゝすのこに伝え五郷の
引さげてとのかたさしてはせて
ゆく○かくて竹世は西門屋の
せどのかたへおもむきて
うちのやうをうかゞふに
見世をあづかるおも手代
ちやうずを
せんとてせどにいでしを
やにはにとらへてうごかせず
わらは今とふべきことあり
ちつともかくさずじつを
つげよなんぢがしゆうの
諸名
するぞよ
ものかたりの
二三十ねんに
その板
烏有
となり
や他
えぎやう
せしか
とく〳〵つげよといそがしたる
けしきを見れば左右の手にやいばと
くびを引さげたるていたらくにおどろき
その板
なかば
うせて
まつたから
ざるによりて
久しくすりいだ
さでもありと
聞やしかるに
ゑせあき人の
さる板をあなぐり
もとめてほしいまに
たらざるところをおぎ
なひさし画をゑがき
おそるゝおも手代ははのねもあはずわが
しゆうなるこうしつはさきのほどきやく
ありてそをもてなさん為にとてしばくれば
はしなるしだしさか屋へつれたちてゆき給ひしが今ごろは
うちくいろぎてさけをのみてゐらるゝならんこの義にさうゐ候は
ずとつくるを竹世はうち聞てしからばなんぢもゆるしかたしといふより
はやくひらめかすやいばの下にくだんの手代のくびはまへにぞおちに
けるたけせばこれをきりすにしてしばしばくれはしりゆきしだし
さか屋の二かいをめかけてまいち文字にはぜのほればこのとききやくは〽こしが
すでにかへりておけいはひとりはしらにもたれやうしをつかにてゐたりしがぬけたら
たけ世を見て大きにおどろきたらんとするを立なさがり西門屋の
悪陵家潰たけ世をゑるや夫のゆるさぬあねのあたくわんねんせよとかわし
のゝしつて引さげ来つるきれ我がくびをはたとなけづくればおけいはやわらの
秘術なるをいだしてけたふさるとしてけるをたけ世ははやく身をかはしてかたさき
丁ときりつくればかなはじとや思ひけんにかいのそんの手すりより身を
おどらしてとびをりたりたけ世もすかさずくびかいとりておなじところへ
をりたつほどに高サ一丈にあまりにければおけいはあしをうちくぢきて
やうやくにたちあがるをおこしもたてずひらめるすたけきたけ世がやいばの
いなつまおけいはくびをうちかとされてむくろはのちにたふれけりたけ世は
すでにあねのあたを思ひのまゝにうちとめければふたつのくびを引
きけてもとのしゆくしよへはせかへりとなり人らにしるぐとおけいを
うちしよしをつげてかたきの首奴引をあねぶた代がゐはいへたむけて
円馬をこらす勇女の孝悌若いさましくいとゞあはれもねませば
となりへらはかんるいをおしぬぐひづゝもろともにみなねんじつをとなへ
けりそのときたけ世はもろ人にうちむかひておの〳〵せうにんたる補列のさうしには
うへはこれよりみたちへかへりまゆりてことのおもむきをうつたへ申さん予が新序をそえて
しかれどもおもとへらはみに西門屋のかたうどなればわが身そのよしをことも
兵衛
□□□
はみ
たの
む
かんはり
なく只予が名をうりて人をあざむき
利を射を射んとはかるもの也
しかえてして板のごとく
ならしむるにいさゝかゆ
予につげずまして枝合を乙ふこと
たとへば化統五三種
ならびにくゝり頭巾
縮緬紙禾など
みなかの補
しらす貞照の
人は見てざつし給ふべけれども
わかき人のふかき他世
しれどもふのとへらはこか西門屋のかざうどなればわが身そのよしをとわちべし新
あんかんなるべがらずそはとまれはれふたりのかたきをうちこめ
たれは思ひのこすことはなしおうゑばしたすけなさくさくしゆのつゆへ
かへすへすい二専五扁
あいもいゝすいてこ作玉舞
しゆくしよへかへれとなり人らは
たい義ながらわらはとひとしく
みたちへまゐりてかきとめたるきれば
おうばがはくでうを聞えあげ
およそはけふのおもむきをつま
びらかに申てたべいざとく〳〵と
いそがして
いそがして
やがておそり
ばを引たて
さぜみたちを
さしていそぎ
けりこれよりの
のちたけ世が
伝はなほなが
〽今こそかへす
あねのあた
まづ金板
ねは
証
かり五へんの巻数
く見つきぬれば第
六へにあらはすべし右へ
はからひにまかせまつらん久ねんうん蔵は
左の上ゟそれ天どうは善に
さいはひし淫心にわざ
はひす利の為にことを
たくみ人をしへだげて
おのれがよくをほしいまゝに
するものはいつたんことを
なすといへどもその女ぶ
るに
馬琴作
国安画
筆畊
仙橘
ふじんちのみ
の妙やち一包代百朝
家傳神女湯
諸病の妙やく一人
半右の
近望やくしゆ玄高直といへどもいよ〳〵やうゆをえら
みて功のうをたがはざりしむ利の為にのみせざれば也
精製奇応丸献飴鰍珠小包代五ト
やく知ゆをえらみせい方家伝の加げんを以す
このゆゑにその功あたかも神のごとし
包五ト
倉中黒文子多くのりをまじへ声一向
婦人つぎ虫の妙薬一包六十四文半包三十二文一
さんごをりものくだりかぬるにも用ひてよし
製薬神田明神下同朋町東横丁瀧沢氏
寸元飯田町中坂下南側四方の間たきさは氏
弘所
一丁目書四十七歳ばしを人のもてはやせしよしよしよし◑むけせり見るへよつく思ふべしめでたしく
横山町二丁目売某店大坂や半蔵
およんでは
いのちをうしなはざる
ものなし酒は乱にはじ
まりて乱心にをはりいろは
心のうごくにおこりてまよは
ざればたのしとせずこの
一へんばからくににても
金瓶梅ばいにつぎ
ひろげしを人のもてはやせしよし
◑きこゆはしんしやくの
ふでにあやつりてくわんちやうを
ふでにあやつりてくわんちやうを
むねとせり見るへよろしく思ふべしめでたし
浄書
御免江戸暦開板所
御注文被仰付可被下候
●毎年し月下旬頃より売初め申候
南山禪師書四禪師書四律師書四奉和文章
載陽帖今冊南山禪師書四季和文章
載陽帖全
口摺
撰
鞠日本名所之繪唐紙摺一枚慈齋鍬形銘真筆
類日本名所之繪
此画は六し紀州の王々かまと御城地神社同名所右崎山川の桜地近近近々の西名やけること申
刀角かたちを出して広犬の日本麗の中皿と〳〵く津さ見るとき張客路書なり
一勅文古状揃国生竹林陽山編撰
一半紙本
猪女古状揃園生竹は
模
此書は女今川状をはじめ已下の状すべよ九所抔の〳〵居たらいにしの髪書の世れたる名かれたる名が
集めて猶これに釘正を加へ児女の教調多しなことなりて女子のうにもにも妻多き
さんごくいちやものかたり
三國一夜談全五冊画人讀本曲亭馬琴作
割ト子豊剛先生著
即考百籖全一冊
銭箱添
蓑笠翁げんとうは
此霊誠はに関帝裁を運て其時明明寺はなかりく
吉凶ふしぎの奇麗ありことに関帝の神書ありて我
御代に将来してあまねく世に弘り万事吉凶をもそむるにおはれが
任する神仏に祈出し按でその記談をうえふに神心の者に
蓑笠翁
隨筆
六冊
同玄同放言初編二編撰
右方三編三冊は応用の都より動物の都の半潰たる此海にて古君御物具鳥書葉の如く
尊しな上〳〵宣言にて誠に作者の者に尽せり雅俗とさくけるに見らず。自らなし
勿論編にいやましてもつども興あるべきものになんよりてまつてまつのものよ応ず
芝翠鬼氏斗古画入二冊出来橋柳亭種彦随筆
還塊紙料
むかゝの姉舞妓使者遊女の小伝有嫁すべて百年前暮よりし
一放下師飴魚の類俳諧の白解常言の釈等ふるき仮名覚云々に載
附しく袖は雅客の見るべき書にはあらねど一時の眠は筆紙の
観童
戯筆
廣光皿ノ
塵劫記
新形染彩目
懐中早割大全ト
遊言画手本
埴花手引糸
前北警為
遊言画手本一名鳥羽絵早まろひ来
さおありふれし算書とちひ便利をむるとしてあやまりを三
此正しわらべの初筆にはやくその入にはやすく
冊文達すみやかなるみちかみちなる篳書なり
前編出来此虫はいまだ一人の心付ざるもやうを品々東無の
前比行為一筆後編嗣刻先生行に心をこちせし奇図なり
前編にもれたるをゑらび長門
後編
芝居火
西の道はざら也をとり狂言等
同全一冊五渡亭国貞画
芝居伏顔早稽古後
も見合になるべきあまなり
似顔早稽古
役者任彦
八文舎自笑訓
三ケ周之津
藝品完
當子正月
風ゟ
役者評判記帳
冊一
冊
惣彼者芸評の書元禄以前より当時迄年々開板いたし
奉入御跡所相かはらず戌年中三ヶの津軽吉伊判明細に
相撰び文談信時等と〴〵く相改め御用物や無御方にて
御次第つぶきにわかり候やうせあらにませんと
き厚く売出しより御求め御高覧馬被成下屋
うり出し申候
懐実
覧
諸大人の狂歌入いと美しき残絵なり尤
御好みによりて折本に製す御土産によき所也
花の都路全
書
地
本社大社大阪會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社社社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社會社社社
杉
新
文
政
政
春
曲亭馬琴作
四編八門
五編八冊
傾城水滸伝
國安画
天竺の方便忠語
五柳亭徳州作
ことつせうせき
唐土の寓言課計
三国快狐殺生石咄
道外武者太平樂
英二笑
作酒作画作
作画作画作画作
有喜世諺草
継子立波の濡衣
三冊
「画作画作画作画作画作画作画作画作画作画作画作画作画作画作
一恋川春町作
日本の神変不思議
一哥川国安画
式亭三馬忰虎之助作
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
喜恕哀樂堪忍嚢六冊
哥川國安画
三冊
金ヶ敵夢之世話同
同
江戸名物
傳二羽地紙問屋
綿絵摺
通油門
鶴屋喜右衛門版
図屋室仙屋
屋根舩の提が
白魚船の篇火
市川三州作
こゝ国つくじ
同同大同島二十二丁
同断同
世にむるいのゆかほのくすり
一天艶仙玄蕃四人
よつくやいるりしん道坂本氏
○安細天綱嶋六冊
哥川国貞画
隅田川伊勢
北陸川西岸一覧
袋入画本
北齊筆
全三冊
忠臣蔵助
外傳
柳草純茂竹
○土助用十二
哥川国貞画
江戸名所東鑑
同断
慈齊筆
全三冊
江戸名所物見丘
同断
同断
清長芋
全三冊
右三通極上品にして奇麗にしたて
御進物には至極宜敷法本なり
両耳を
国民
李
廣花栄
狩
傾城水滸傳第六編
四四月廿九
曲亭馬琴著
傾城木滸
傳第六編
歌川国安画
上帙巻之上
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
第五章
○
無銭則残有銭則不縮
但無銭之日之多是以
傾城水滸傳第六編序
毎歳壇稿巳至校数篇
一帙二冊
毎編今
ト帙二冊
がふほんしさん
合本四丁
余曽おもふ水滸伝に載する所張青孫二娘等十字坡に旅客を屠し
やよく。もて肉包を躑粛ぐの一回ぞの伎害残忍。こゝに於て極れり。便是異
邦の衰世兇賊にあるべき所尤読に忍ざるもの也。且亦武松が篤誉楼に
張都監持内神等を廃傘になすが如きの殺戮数十人僕隷婢妾と
いふといへども一人どしく免れず只是人を殺し火を放て。愉快とするものゝその情態を
写せるのみ。これを義勇とすべからず。開威天朝は人の気質の万邦に
捷れたることいへばさら也就中曽我胞兄弟が。富士の将屋にまぎれ入りて。父の
健言を敷ねるが若き。当時宿直の勇臣等の。防戦するものに当りて。これを破ること
すべて十名然れども。僕隷婦女子を屠殺して。刃を汚さん事を欲せず。この
故に時致は。五郎丸に生拘られたり。是その智勇の足らざるにあらず。蓋五郎
丸が少女子の打扮して。よく欺きしによつて。この時備武松をして。時致に代ら
しめば。五郎丸も亦免るゝとを設ざるべし。又水滸伝なる。武松が蝶蜂嶺を過る
とき。道士師弟を殺せしをおもにに新に得たる戒刀に。轡募りて祭らんと欲する
のみ。いまだ彼師とその徒第の悪人なるを知ずしく。何ぞ殺すことの速なるや。むかし
筑紫の御曹司いへることあり。吾千軍軍萬馬の。窮阨の中に在といへども。當の
敵にあらざれば。いまだ忠言これを射ずとぞ。勇士の本意とする所当事かくの如くなる
べし。今その忠孝義勇を挙て水滸一百八の草賊等に比競す。比競す。死にあら
ねども。夜光熱右相似て非なれのことわりを述ざることを得ず抑余が戯れに著せる也
這冊子は。水滸伝なる脚色を撮合して作るものから。彼が理義に違へる所は綴り易て
これを取らず。用意凶足啻是のみならんや。毎回以この意味あり。具眼の人はおのづから知るべし。
文政十二年巳丑春正月吉日新版曲亭馬琴識
けいせいすいこ伝六編
草花
表
蒼
結縷
長尻の居酒の
客の酔ねども
しびれのしるしふし
まろびけり
崩天狗損二郎
みちのくの十府の
一菅こも三ふ七布
一簀砂にやきらんひとり
ぬる壁庵
山蔭
菅茂
けいせいすいころ五編
秋の蔦社
朱を奪ふて
むらさきに
尾上の
松を
染る
岩藤
旧穴堂
もゝんじん
毛門神
野衾
ふたあゐのしおん
二藍紫紫
たまを飛す
よこしまけんぢやうてるつら
横嶋兼杖照行
あだ後家張の
長烟管
野郎席薦の
こがれ
てぞ
待
四十四日
寒風後室笈絲
けいせいすいこ住六舞
一
洗垢離の
のうまくいんばさらだ
能莫院婆娑刺院
裸
つい
で
の
辻角力
ひともみもまむ
いらたりの珠数
調筒
掘返す砂利
場の蛍
地におちて
今石に
なる
星かとぞ
思ふ四十五
十へせへすは二時六遍
たよりのすけあさかぜ
便之介且風
ひとつほしゆんばえしちきに
ひとつほしゆへば
独火星夕映
出干
吐汗
七編
出手
出于
長庚星黄昏
七編
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かたき西門屋の後家ぜおけいがくび
引さげてあねのしゆくしよへ立かへり
きと人らにうちむかひてかたきを
うちしことのおもむきかやう〳〵と
つげしらせておけいかくびと
きれ介がくびをあらふて
たぶさとたぶさをつなぎよは
せしそがまゝにぶた代がゐは
いにたむけつゝあねごせれい
奸夫かん淫婦いりはかくのごとくちゆうりくして
うらみをかへしぬねがふははやく仏果徳を
将て天堂説にしやうじ
給へみだぶつ〳〵と
こんましまさばわが此たむけをうけ給へ
となへつゝ身を
なげふしてねん
するありさまた
けく見えてもなほ
たへぬなげきいや
ます勇もふのゑこうに
みなくなみださしぐみてひとしく
あつとぞかんじけるかくてゑかうもはで
とかばたけせば又さと人らにうちや
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しゆのさいきよをやぶりてかく
まで人をうちはたせしかばいかに
さてもそのゝち松えだの竹世はあねぶた代があた
〽そりやのみこんで
〽かな〳〵おそれつゝしんで
むごんなればこの人〳〵に
べくたけ世にしたがふていまめなきたる
おうほを引たてみちばいそぎてをちとち
ことばかきなし
左の上ゟわづらは
〽みな〳〵おそれつゝしんで
むごんなればこの人〳〵にさんもろともに
みたちへまつりて
きれぬおうばらが
はくぜうのおもむきを
つまびらかにきこう〳〵
あげてせうにんになりて
たべつきてわがあねの家
材ざいをはのこらずこれを
うりしろなして此たびの
うつたへの入用に
もちふ道
この花もたのみ
はべるかしといふに
みな〳〵いち笑に
およばずやがてふる
てや何がしを
まねきよせて
家財がきいざう
てむぐのねふみを
させてもくろに
これをかきたてとめうはあす
とさだめくこの日はまづ久
ねんうん蔵らにいたるまで
そのせにありあふさと人らす
てあんおんなるべきさだめて
おもきつみとがにおこなは
るゝにぞあらんずらんもと
よりかくごのことなればわが
身のうへはとまれかく
まれ又おの〳〵す□右の下へ
〽ずいだぶん
そゝうの
ないやうに
ありていにまうすが
よいぞやはじめ
からのがれ
らがあく
事を。
しつて
ゐるは
久ねんどのと
おと〴〵せずにおた
そなたばかりじや
づねなさるゝことも
あらばゆ
ゆもらさまやうに
たのむぞや
をりまする何もかも
ありていにすつぱりと
まうし
ますのさ
とのゝみたちへぞまゐりけるその
ときをちこちのくわんじや
太郎忠にみちは竹世
とさと人らがうつ
たへのことのようを聞とゞ
けておどろきながら
いへのこのそのやくにんたるものを
したがへやがてもんぢゆうしよへ立
いでて竹世さと人らをよびちが
つけみづからよしをとひたづぬ
るにたけせばさらんきこと
人らはぎれ介おうばがはく
でうのおもむきをきこえ
あげそのをりにむくゑ
もんがかきたてたるかれ
らがはくでふのいつうを
さしいだしてみなそのことの
せうにんに候と申すにぞ
忠みちこれをよませ聞てな下人
おうばによしをとふにおうばはちん
ずることを得ずすでにしてまう
すおもむきたけせさと人らが
うつたへのおもむきにたがはざり
ければまづおうばとたけ世には
くびかせをかけさせてひと
やのうちにつながせおきさと
人らはかさねてののきへつゞ
十八月十八丁四十七丁
いせいすいこほ
五
させたるそのこうもあるものをよしやはじめのさい
きよをやぶりておけいきれ人〳〵らをうちはたせしとて
かうぐすはねんはふびんの事也かゝればわが心ひとつに
せうばつをさだめがたししよせんかまくら
とのへきこえあげてうへの御沙汰
こさにまかするにますことあらじ
としあんをさだめてにはかに
使者もをかまくらへざし
つかはしたけせがあたうちの
ことのおもむきおうばが
よしをおちもなくうつたへてけつ
だんをこひまうせしかばかまくらの
だんをこひまうせしかはかまくらの
しづけん北條ほうよし時あま
みだいまさ子御ぜんの黒
はくでうざと人らがまうす
下知をまてとてかへしけり○かくて忠みちはひとり
ひそかにしあんをするにたけ世は月ごろわれに
つかへて世にまれなる勇婦也いはんや又ちかきころ
をざゝひめをはる〴〵といかほへとうぢにつかはせし
その折ひめをもりかしづきてことなく帰城城はいた
〽のこるかたなき
たけ世がはからひ
なほ又みづから
とひたゞきん
のこらずこれへ
左の上ゟ似にたれどもかのきれ介おけい
らがはかりてぶた代をころしたること
すでにふんみやうなればすなはちたけ
世が死ざいいつとうをなだめて出羽の
国をじかねへながしつかはすべし又おうばは
はじめよりおけいきれ介がふ義の
ひとりもちして悪徳をたすけずと
かせいふことなくあまつざへおけいきれ
介らが為にすゝめてぶた代をどく
がいせしことそのつみもつともかろからず
あまねくちまたをひきわたしてすみ
やかにかうべをはぬべしこのよ久ねんうん
蔵らならびにせうにんにたちしさと
人らはつみなしおの〳〵あんど
せしむべしとおごそかに
下知らせられ
けり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
御意述よとしてことの
さいきよの下知をつたへ
たけせはりやうしゆの
さいきよをやぶりし
そのつみあるに右の下へ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いへのご
〽うつたへ
人らとく〳〵まゐれ
ひとり〳〵にちかう〳〵
二
さる程に忠みちは
かまくらの下知を
うけてよろアぶこと大
かたならずつぎの日
久ねんうん蔵らず
べてかうあひのさと
かうべをはねぐるゝよしを
おごそかにいひわたせば
みな〳〵よろアびうけ給は
りてひとしくしりぞき
いでにけりほどもあらせす
よりひぎいだしてかたのごと
くにはからひつつひに
をしか嶋のとりでへぞなかされける本右の下へ
しまながしに
なるといの
人らをよびよせつかま
いひしらせなんぢらは
すべてつみなしことの
こゝろを得よかしといと
ざに兵
きのどくなは
たけせどの
なるといの
くらとのゝおん下知としてたけせは
出羽のすじか嶋へながしつかはし
おうばはちまたをひきわたして
事ばかりおらには
いつこうすめぬ
ざう介はらはおうばをひと屋
かうべをうちおとしたるむく
ろはいぬのはらをこやしぬあく
事のむくひおそるべしされば
たけせはくびかせをかけられて
〽ちげへはねづく
きのぶくない
善平じつ平といふふたりのざに兵に
いちまきことすんだが
さいりやうせられ出羽の国ひはらのこふり
「わるいことはせまいものこれで
かうなくてはかならぬ
あくのむくひはこのとほり
はづだがたけ世との□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
十八子六二十八丁二十八郎
十七の上ゟこの日にのさと人らは久ねんうん蔵もろ
ともにみちの茶店龍にまちう
さと人らがいだしあふたる十
両あまりのかね一トつゝみを
ろようにとておくりしかば
けてひとしくわかれををしみ
つゝうりしろなしたるぶた
代が家材ざいの代金
君をたけ世にわたし又
たけせはあさ
からぬ
人への
なさけを
◑印へ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
よろ
こびを
のべてその
かねを五
六両
うん蔵にぞとら
せけるかれはおやを
やしなふ為につぎへ
しいせはずいこ位六升
世わたりのいともなきをこたびのことに
今そのむくひをしたるなりかくて
又さと人らはおくりのさいりやう
善平じつ平にもさけを
のませかねをおくりてたけせが
事をたのみにければふた
りのざう兵よろこびてい
こゝろよくぞうけひきける
さてあるべきにあら
ざればたけ世はつひに
人〳〵にわかれをつげ
たもとをわかちて
万里のたびぢにおも
むくほどに酒屋あれば立
ごとにさけをのませにければ両人いよ
いよよろこびてたけせをいたはりなぐ
さめけりさらでもくだんの両人はだけ
よりよくしりたることなればいざゝかもあな
どりおごらすいとまめやかにもてなしければ
たけ世もこれをよろびてかれちをふかくし
かゝはりていくばくの日をつひやしたれば
よりてくだんの善平じつ平らに日
あいしけりかくて
あまたのたび
ねをかさねて
出羽の玉ひはらの
こやりばじが嶋も
世がたぐひまれなりし勇女なるをかねて
〽さあらいあんかけ
はたのらまに
おすいものも
ござります
お三ペン
其上の上ゟ善平もじつ平もしかるべしといらへつゝ三人ひと
しくおかをくだりてはやしのほとりにゆきて見るにげにいつ
けんのりやう理酒屋ありてこの見世いかどべに
大元の木ありみきのふどさは十人
していだくともなぼあまりつべし
たけせば
なかゟ
さてもけう
なる大木だい
かなといひばゝ
うちへすゝみ
入りて三人に由し
これを
きへうちのぼれば
あるじとおぼしきひと
りのそとこよはひは
二十七八にや
いらんまなこ
ふらにあを
ひげおとがひに
みちたるがいそ
がはしくいでむか
くおきやくだちは
へ酒をやめさるゝいくら
ばかりまゐかせん
かきかなは
はた〳〵の
うまに
□あり
すひもの
さし身も候と
いくらと
かきる日友へ
いふをたけ世は
聞あへず酒は
ちかくなりぬ此
わたりにはさむし
風にひ山もと
やまなんどいふ
山〳〵たかくそび
えてむかひり
め川といふ大
あり此とわつばかちす
ぎてつぎの日のひやの
ころもと山のあなた
なるおかにのぼりて
見わたせばふもとに
一トむらのはやしあり
はやしのうちにいへありてのきに
さかはたをいだせしはまさに酒うる
見せなるべしそのときたけ世はむかひ〳〵
より来る木こりをややとよびとゞめて
この所よりをじか嶋までなほいくばく
りあるやらんむかひに見ゆるはやいほと
りは何とよびなすところぞととふを
木こりは見かへりてあしこは十字坡
哥といふところにて只いつけんのさか
みせありひとつやにしてとなりはなし
あのはやしをよぎり給へばはじか嶋へは
一チ里にたらずいそがせ給へといひかけて
もと山のかたへおもむきけりたけ世はこれを
うち聞てさらはかしこのさかやにて一トやすみ
してをじか嶋のとりでへゆらんといひしかば
の右ゟしことかは
さかなもあまた
もていでよといふに
あるじはこゝろ得て小
のらにしか〴〵とことば
せわしくいひつけてまづ
ちやをすゝめなどする
程にあるじのばことこはたけ
世らがたびつゝみにまな
こをつけて見ぬやうに
してをじか嶋のとりでへゆるんといひしかば土のなかへしてじろ〳〵とつぎへご
実
ぬさか
なは
ありたけ
だして
實
〽ナントはやく
ださねへか
ごうせいに
十へせへすへこ専に扁
のめ
まい
じつ
仝
ちか
はづす
によ
◑また
せるぜ
ぜん公くびかせの
なら
せうちさ〳〵
けいせいずいと信一郷
見るをたけせばさとれどもなほ
さらぬおもゝち丁門ほうゑみ
ながらあるじにむかひてこゝ
もとはをとこせたいにやなどて
をなごをおかさるぞといへば
あるじもうちゑみぞいな
女ばうの候ひしをちめ
ころさとへつかはしたれば
小ものばかりに候と
いふにたけせは
うなつきてしか
らはねざめざみし
からんにうき世が
まゝになるものならは
当ぶんすけてやり
うへもなきさいはひ
ならんといらへて
きやうをそもよ
ほしたるくちと
心はうがうへにて
はらのうちに
思ふやう此しま
ながしのをんな
たいものじやといひつゝカカと
うちわらへはあるじも共にうち
わかひてまことにのたまふことの
ごとしおん身がすけて給はらはこの
めがわがもく
ながらあるじにむかひてこゝ
吉平とじつ平ははじめより引うけ〳〵
四かくさんにはや二三ばいのみに
けりそのときあるじは手をうち
ならして
見るをたければきこれどもなほし下の末はあるしは又はそはしくちやうしをひさげて来に
から
りごとにおちいりたりみなたふれ
よとほこりかによばゝるこゑと
もろ共に善平とじつ平は
口中よりよだれやながしてたち
まちはたとたにれしかばたけせも
ひとしく酒のどく気にあたり
たるおもしちしてそがまゝだうと
たふれけりしゆびこそ
よけれとあるじのほと
こはした
かりの
小
もいに
たちはことわり
じやがマア〳〵
ころ
ろ
わたしがいふことを
聞てくだんを
これしのふ
〽すてきにつよいあねさんだ
はやくとめてくださりませ
〽アレおやかたは
アイアア
して
ころされますこし
まつ
たゝねへ
ごせどの物おき小
屋にかき入れさせ又たけ
世をも小もいらがいだきあげんと
しづれども大ばんじやくのごとくにてちつ
ともうごかし得ざりしかばあるじめいたくいら
〽手なみを見たり
だちて小ものをのゝしりおし
大殿す人めら
のけてずか〳〵と立かゝり
かたつはしから
〽うおこさんとするとこ
□□□□□□□□□□□□□
とじつ
平を図
吉平
たちて小ものをのゝしりおし
ろそたけ世ははやくある
じのをとこのかひなを
ろみのあるをばしがて
心ゆるしてなれ〳〵上げに
思ふ心をいろにはいださずなほまめやかに
なぐさめけりすでにしてすひものざしみの
〽しつ平吉吉
どゝ酒にあて
られと風をうし
なひてまな松の
うへにかきのせ
られしころ
たはむれをいふおかつかさよやがてそ思ひしらせんと
さかなもくさぐいで来しかば
もりいださんとするほどに
もりいださんとするほどに
たけせは又あるじにむかひてわら
はわかねてつたへ聞にこの
つぢつゝみのほとりにてはひそ
くはしくは
かに酒に
つけければあるじは
つかんでねぢたにし
すかさずがはと
身をおこしてむな
さかとつてひざにおし
づけちからにまかしてしめ
いきもたえ〳〵に
いんしよく
あをさめまな
むこを見て
りてゆるし
給へときけ
ほんもんに
見えたり
じどゝを
とはえて人をころして路用のかねをうばひとる
くせものありとつげたるものゝありけるがこゝの酒にも
しびれくすりを入れたるにあらざるやわらはは
わろきさけを得のまずよき酒あらばのまし給へとゑみ
つゝいへばあるじのをとこも又から〳〵とうちわぢひて太平の世に
いかにしてさるあく事をするものあらんやよき酒の候がいざゝか
にごりたりけれどもあぢはひはちつともかはらずそれをまゐらせ候は
んかととへばたけせはうなつきてにごかたりともあぢはひのかはらずは
とくいだねといふにあるじはこゝろ得てくだんの酒をぞいだしけるそのとき
たけ世はなみ〳〵と一トちよくうけてとくと見てけによほどにごりたり
あるじはほうゑみて心のうちに思ふやうこの酒にはしびれくすりを入れたる〳〵
しゆゑににごりしを此をんなめはなほさとらであつがんにせよといふおよそ
しどくを入れたる酒はあたゞむることつよければそのどくいよくしさありうましくともくともく
いさんしてみづからちやうしをたがさへてくりやのかたへおもむなこをたけ世ははるかに見おくりて
うけたる酒をすひ物わんへおしかたむけてちよくをのみゑほう手にもちてまつほどに其右の中へ
しにごり酒はあつかんにしてのむときはいゝよくよしがんをなほして給へかしといふに
べどものんど
ゆつまりて恋
たゝずされば
もふたりの小
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ものらは此
ありさまにおと
ろきさはぼて
ろきさはぎて
はゝりよら
んどらて
けるを
くるゝいたけ
さませ
きつと
にらま
へてなんぢう
もしつぎへ
ナヘサラヒ六二島へ扁
大をんへはからずもりへり来てことのやうすをかいま見けんはしり
よりつゝみや〳〵しくたけ世にむかひぬかをつきて女中さまゆる
させ給へそのものはわらはが為にはすつとにてはべるかしやまと
もろこしむかしも今も世に又たぐひあるましき勇ぬじんにて
をはせしをしらずしてかたのごとゝがいし奉らんとたくみしは
人をしらざるあやまち也まげてゆるさせ給へかしとこと
ばをつくしてわぶるになんたけ世はわづかに手をゆるべて
ばをつくしてわめるになんだけせはわやかにかねをする
扨はなんぢらはふうふよなうち見るところよのつねなる
わるものにはあるべからずづぶさにつげよいかにそやととひつゝ
あるじを引おこせばあるじははぢて身をへりくだりしばしかうべを
あげざりけりそのときくだんの女ばうは小ひざをすゝめこゑを
ひそめて今は何をかつゝみはべらんわらは事は文治のころたか
たちにてほとつ此給ひし九郎はうくわんよしつね公のいへのこなりし
くまゐの太郎が孫むすめにて名を青芝海雄といふもの
なりいへのうしろにはなそのありはるあきごとにきりいだして
しかさきをうるをもて世の人わらはをあだるてはなく
そのくさはなをうるをもて世の一へわらはをあだろしてはなら
共にうちしにしたるいづみの三郎ちかひらのらうだうなりし何がしが
子孫にて山水てんぐそん次郎とよばるゝもの也。ともにかまくらにうらみん
あればいとはやくよりふう妙になりて義義義をおこざんと思へどもしかるべきみか
酒見せすいだしこゝ海用おほきたび人と見るときは酒のうちにどゝをくはえてえひきせとも
これをころしてかねをとらずといふことなししかねどもたび僧とながされへと
をんなはすべてがいすることなしなかんづゝながされ人には智勇勢すぐれし
人もあればこの義をさだめおきたりしにそん次郎はよこよまよひてさき
小もめはたちまちへきゑきしてこしうちぬかし手をすりてゆるさせ給へとわびる
のみ又せんすべもきかりけりかゝる所におもてのかたよりたゝまし此なる
ましたかゝあどんよいやうに
はたけの春しばとよびなしたり又これなるをとこは判官とのと
立よらばつかみひしぎてあること共にこの世のいとまをとらせんずことつゝしりたけるいきほひに
にもついそちまちへす毛をこしうちぬさ手をすりてゆるさせ給へとわひるまれ〳〵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽ぢやう〳〵あやまり入り
おわびをたのむ
たもあらず人の心をむすばんにはたからなくてはかなはじとめやによりて此ところに人
へいこう〳〵
左の上ゟねがにはおん
身の名も素生世之
もしらせ給へと他
事にもなくとは
れてたけ世はちつと
もぎ笑せずその
身のすぜうをとき
だしめしあねのかた
きをうちしことこの
ゆゑにをじか島へ
ながさるゝ
かやう
つけに
ければ
春春
ばとそん
をはらず
次郎は彼も
おどろき
かんじて
さては
うす
ひの山
中にて
にもあんぎやのあま法師のこちよりこの地へつゑをひきこときわが見
せへいこひし我太つとはしびれくすりをもてかのあま法師をえひなさせ
ころさんとしてける折わらははよそより立かへりてくだんのあまを
見てけるにたゞものならしとおも
ひしかばげやくをもつてよみ
竹〽かういふこともなかりせば
いつせうしら
ずにも
がへらせその俗姓歌を
たつねしにかれは世に聞え
たるはながらの妙たつ
なりきこれにより花をむす
びてかれをあねとしうやまひぬそのへ
のちくだんの妙たつはかはちのかたへ
あんぎやして青あらしのまみやぎと
もろ共に今は金剛山せんとうにをりし
たがふつわものあまたあればわが方へ来よ
かしとていぬるころはる〴〵とこゝへ書風
られしがみちとほければ思ひかねていまだ得ゆかずはへる也と
つぐれば又そん次郎もそれがしまなこありながら男婦じんとしら
ずしてがいせんとはかりしこと今さら後にくわいほそをかむのみ
さきにはおん身なれ〳〵しげにそれがしにうちむかひてたはむれごと思
のたまひしかばそれがしむにこれをさみして用心もなき人也と
思ひにければしびれくすりをもちひんとするこゝろ
もおこりぬゆるきんせ給へとうちわぶるをたけせはさ
そとほうゑみてわらはららはをとこたるものと
たはむるゝことなどはたとえてこれなきものなれども
おん身がしば〳〵たびつゝみへまなこをつけたるけしきを
さつしてわざとゆだんのそいにもてなしそのせんやうをよく
見ん為にしか〴〵にはかりし也といふにやうふはいよ〳〵は
ぢてまでにとふくしんをうちありしてかくまじはりをむすびしうへは〽平右の
ナヘ十一ヘ七一ヘ一一番」ノ間
〽こひば
こゝにおと
まりなされてゆるかと
あがつてくだきりませ
おやしよくにはそば
きりに
いたしま
かの大とらを一トこぶしにうち
ころし給ひたるたけ世の
とじにてをはせしよな
さても〳〵とばかりにふう
ふひとしくうやまひけり
さるほどに青しば
すぐさうに
あたつく
ぜう
ふうふは酒さかなを
あらためてたけせを
あらためてたけせを
居
〽わけはしら
ぬがわれ〳〵
まで
おくりし
きへいざ
なひつゝ
大
くだけし
たがひの
まことふし
□□なえんで
ござんす
英
□□□□□□□
よらぬ
御ちそうに
なります
がた
なが
す
もて
□□□□□□□□
げり
實
善
されば
たけ世は
さきの
ほど
この所へ
いこひし
懸り吉
平しつ
平さう
だんして次へ
しい七いしいといとい
この見せはひとつやにて
外にあひきやくもけく
あることなければ
しばし也とも
だけ世
くびかせを
どりのぞ
きてゆるやかに
酒をのません
とてはやくくびかせを
はづせしかばたけ世はたちゐに
ふじゆうなく思ひのまゝに
身をはたらかしてそん次郎をとり
ひしぎそのゆうりきをあらはしたり
あだしことはさておきつかくて春しばてんたら
らはあつくたけ世をもてなしてさかつきしば〳〵
めぐりしときき青しばはたけ世にむかひて松元だの
あるべからずしばらくよいゝにかくれゐてこんごう出せ
おもむき給へしからばおくりのぎふ兵をゝやたり
ともにころすべしといふをたけ世は聞あへずまことに
おん身のこゝろさしよろこぶべきににたれどもかの
善平じつ平はわれらにたいして。やしんなく。なが
きこのどうちうをよくいたはりたるものどもなるに
これをころすは不仁也わらはは日ごろよはきそたすけつよき
ものをとりひしげどもあく人をころすのみ善人をがいすること
めぐりしとき青しばはたけ世にむかひこ松えだのまじ〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵
とじ愚按乱にはれどわとわとはがいふよしを聞給へおん身をじか給
おもむきてはいしよのすまひをなし給はゞかんなんいふべうも
の右の上ゟかねをおくり善平じしつ平らにも
三両のかねをおくりぬしかれどもたけ世はたくはへ
一おほくありのちに入用の事あらんときまで
あづかりおきて給へとてそのかねをうけざけ
ければあるじやうふはしひかねてしばらくその
ゐにまりしつゝ十町ばかりおくりゆきてつひに
たもとをわかちけり○さるほどにたけ
世は善平しつ平におくられてその
日うまのかひふくころをしの嶋の
とりでにつきぬかくてさいりやう善平
じつ平はとりでのやくしよへおも
むきてかまくらとのおん下
知によりて同左へし
〽ちこくのきたもかねゑだい
しぶ坂とのにとりいらぬと
いらひごといめにあいますそへ
直右かは
るにん
たけ世を
なしおん身ふうふも此義をもつて非道のうのわざをやめ
給へよしやこしゆうの為なりとも人をころしてよ
これすなはちたうぞく也てんとういかでかゆるに
竹を元〳〵の御しんせつそりや
どうともせうけれどけんの
どうともせうけれどけんの
みねでそどされては三もんも
やる気はないまづ
{
やうすを
おくり来つることのよしを
やくにんにつげしらして忠
みちのおくり手
みなく
がたを
べきねがにはふたりのざに公にけやくをのましよみ
かへらせてわらはが心をやすめ給へそれにましたる
もてなしあらしといふにふうふはかんふくしてはぢてひとしく
かうへをかきわれ〳〵心のまよひによりてみちならぬわざを
たるべまづるのふたりのざふ兵に兵らをよみぢかへらせ候はんといらへてせどへおもむきくゝ人きり
とな板へのせられたるも吉平じつ草をかきもて来てけやをくちにそゝき入れけり
しばらくて善本じつ平はたちまちにどくもさめて身をおこしつゝあたりを見
かへりあやしやこゝにてうほさけはあくまで人をえはせしぞやさのみおほし
くはのまざりしにぜんどもしらずえひふしたりきめうの酒にあらずやと
いふにみな〳〵たへかねやひとしくどほとわらひけりかくてあるじふうふうふのものは
善平じつ平にも酒をいませて大かたならずめてなす下とにたけ
せはそのこたつさをかんふるあまりつひに有しばと
義をむまびてはらからの思ひをなすに青しばは
たけせよりとし二つみつまさりしかばすなはちかれを
あねとよびていよ〳〵おふみかたらひけりかくてその日も
是れにければ二万六子にゑしゆもとさぎ給て或は諸條をも参りをもよしかへしかんて善平らにかへやけ
してます〳〵だけをもつつすねよにもあれば氏けの勇すきのきをまがひかせをすかたれなれなさけりいを一わしたるは
ひひいだ人をうちたに人のさ大せしのかへひてきほうをもともとにすをまたえ聞この義はいりにたつぬるに善平郎つほとんを
す事吉平はうちうちおとえききもをつだしてやすき心りしをたけせはしくなきたむぢに候へば。見両かにやかにやかにやかに
三をとうちわらひてわれては女なれとものこより武然をこのむにべちにしさいも候はずといふといふに
うへけきものかふりせたるのみいかにてめん身らをいせんゑはあらんやとろず女てうけふみよきしや心をしたち中
もたかね酒をつむねりといへす吉平しつ車は女馬の心おちつきくしつきくしつ平らをしろのかへけ世をまややにやむし
そろのこれをよきひほりかとこのあけのあさたけばあやしふらふよけりすがくかまくら時代水つみおもからぬと
われて立出出んと遠河なぞんと春音吉太太は一け世に十両の方水下一出羽の遠が嶋かづさの九十九里はまへつがす
むねとせしそいとあさまくもくやしけれ今より心をあらためて世にけつはくの人と
しかたは
あろぞいのぶ
そんじやそへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
きこかたる
おまへのちゑでも
ちからにもまか
せぬものはるにんの
けり
そも〳〵此
所はあき田
城の介かげ
もりのりやう
ぶんにて
海上せう
とほ見の
といであり
かげもりは
〽在ざかまくら
なるによりかげもりのがん代わき本
治部の進といふもの此とりでをあつ
此かりてあまたのつわものをしたが
しく當所のしゆごたるによりすなつち
じつ平らをしなのへかへしたけ世をなにん小屋へつかはし
けりすべてかまくら時代にはつみおもからぬとが人を
出羽のをじが嶋かづさの九十九里はまへながすす
十一九日
けいでいすいこ伝六緒
ゐをふるひのゝしりほどさばわらはげつしていちもんの
びたせんなりともそやづらにとうすることは
すまじきものをといふをみなく聞
あへずそれはよからぬりやうけん也
ごうに入てはごうにしたがふうき
世のならひなるものをかの人に
たてつたはみづから命をずつるに
おなじかくいふよしはわれらもおん
身もおなじるにんのことなれば同病
どうはあひあはれむまこゝろにこそ
はべるなれかならずわろくな聞
給ひそとみなくち〳〵にいざむる折
からはやくも来つるしぶ坂いた兵衛ま
なこを見はりこゑいかめしくしんざんのる
しまのおきてをしらざるべしおよそこの地の間にんあづか
申すがそのじやくにしぶ坂いた兵衛といふ人ありおん身たくはへの
かねあらばはやくしぶ坂とのに五両ばかりまゐらせ給へかくて
又五両のかねをしまもりとのにおくるときはおきてのしも
又五両のかねをしまもりとのにおくるときはおきてのしも
にんたけせとやらんはいづこにはるぞとく〳〵いでよい
といふにみなくおどろきおそれてそりやこそおにがとゝ
とをまぬかれてわづかにつゝがなかねべしこゝろろ尋給へと
さゝやきしめすをたけ世は聞つゝうなつきておの〳〵心つけ
らるゝはよろこばしくはべれどもいた兵衛にもせよ土ど兵衛
にもせよかれらまことのみちをもてよくわらはをあはれ
まば五両のかねをつかはすべしもし又まかれる心もてけんその
きもたまし
ね
そのてじやゆかぬ
をんなでも
しまのおきてをしらざるべしおよそこの地の間にんあづかりを嶋守能橋太夫ねだはとき
ちがふぞへ
はぬふてきものイヤといつが
〽をんなににあ
とありさればたけ世もそのつみのかろきもの也ければ此と云へへながされけりそのとき男をんなのことはほりうづゆひよく
おそれうやまびけりされ
るにんどもかたうときくたち出てひとしたけ世をとひなぐさめ死身はたけうの人なればおもればおもやうかさは
しまのなきをしをしらざるべしおよそこの地の間にんあづかりを嶋本津権太夫となへどもたりたけてはらつとに
〽いかに目だまが大きいとてぞんなにし
下ゟきと
にらまへてゑす
ふりたてなん
板兵
ぢはうすひの山
□□□□
中にてかの大とらを
てうちころせしちとの勇気やぎの
あるものなりともすでにこよなき
つみ身をかして嶋ながしになりたれば
ねづみなり共なんぢが為にうち
しころさるゝものはなししか
るをなんそやたけ〳〵しく
われらにたいしてぶれの
はぬふてきものイヤといつがなく
ふるまひ身のほどしら
身をちまして左ゆりばちとしれきついきにひたひたひを〽よし〽いまでもの也さんはいせんといきまきまきまきてがみつくごくりより
回
書
繪
初編ゟ五編迄先達而売出シ置申候曲亭馬琴作
六編七編八編子年秋ゟ売出し申候歌川国安画
傾城水滸伝
通俗漢楚軍談を御子様方に
曲亭馬琴譚
繪本漢梵軍談
初編ゟ五編迄一
わかりやすきやうにひらかなに
譯したるおもしろき軍書なり
共ニ十冊出来
芸道名人の立者衆を豪傑
水滸伝になそらへておもし
当世役者水滸伝歌川国貞画と
ろくつくりたる画本なり
當世役者水滸傳
雀
初編ゟ六編迄山東京山譯
稗史水滸伝
共ニ十二冊売出シ歌川国芳画
堂
鶴
屋
一奉書二枚つぎ粉色すり
一画面に落く興あり
おもしろき事双六陸一なり
水滸伝豪傑雙六歌川国芳画画
阪門衛右
初編鶴屋南北作
四冊歌川国貞画
水滸伝劇場雛形
忠臣くらの義士等を豪傑
山東京傳作でん
忠臣水滸伝法
繪入
讀本
十冊
水滸伝になぞらへ綴たる至極
おもしろき名文の絵本なり
おからき
も。しに
□□□
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第六編
歌川国安画
上帙巻之下
思ひきき
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
抵
四十一丁目
いふ
曲亭馬琴著文敏記丑春新版
門に建場の酒帝に京登する客を俟十字坡なる蒙汁剤は
一毒悪変じて薬となる花圃蒼芝夫婦が益者三友
傾城水滸傳第六編二
磯に配所の松影に流され来つる人を御食す蝙蝠村なる造酒店
怨敵去て恥を雪る二藍紫苑親子が利市万倍
藍紫苑親子が利市万倍
歌川国安画
江戸通油
鶴屋喜右
御書林
書林
書林
衞門梓
備
三
児あげてわぬし今ゆゑもなきにあくまでわらはをのゝ
しるはこはもてにして五両のかねをとらんとほりする有
なるべし和ぬしわらはあはれみてけんゐをもにことない
くはかねをおくらやと思ひしどもわがおくりまのおそへ
きとてあくまでのゝしる非にどうのふるまひそれを
おそるゝたけ世にあらずのゝしら
ほし給へとあざわらへはいた兵衛はあきれはてて
ふたゝびぜひのもんだうにおよばずそがまきびすを
たのるにんどもはたけ世がほとりへすゝみより
などておん身はいた兵衛とのをいひはづか
しめ給ひたるかの人さだめて上やくの嶋
もりぬしにざんげんしておん身をころさんと
はかるらめさてにか〳〵しきことかなと
みなくち〳〵にさとせどもたけ世はくや
まずうぢわらひて人のいのちは天仁にか
れりかれらよこしませどうをもて
われをころさば死なんのみ今さらに
われをころさば死なんのみ今さらに
やのち越をしみてまがれる人にへつとは
んやとこたにることばもをはらぬ折から
ざに兵二人をはしり来てしんさんの
れては三もんでも和ぬしにとらするせにはなしに出な
るにんをんなたけ
世とやらんはなんぢよな嶋もり
どのよばせ給ふにとく〳〵まゐれと
たててやくしよのかたへ帰りて古きけり○かくてふたりのぎに兵は
しきりにたけせをいぞ入して傍もりが屋しきへ引たて来つ◑右の下へきなめてはやくあるけた
めぐらしてもと来しかたへは世上きりけりそのときあま
つゞきされどもたけ世はちつともひるまずいた兵衛をぎと
●上ゟしつぼのほとりへおしす
ゑてしか〳〵と聞えあぐれば
海にんあづかり嶋もり
秀太
〽つらめへずにはなして
ゆきなにけるやうな
女ではねへはねへはな
おくのかたよりしづ〳〵と
いでてせうぎにしりを
しかしみなさん
御たい菊たの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ぎに兵
〽謡もの
さまのおめしじやぞゑんまの
ちやうへひかるゝとかくこを
きはめてはやくあるけさ
して当国へながされに
いまだせんひを
くひずしをんと
なににげなき大たんふ
してきたぐひまれとる
くせもの也たきには
大将監共よりとも
公のせきに
公のおんときにつぎへ
大芝上へ上へこ島にく袖
しいせいすをこれだ館
来つる間にんどもはそびらを一百貫むちうちてそのきやう後ごをへし
こらさせ給ふを殺威棒の為となつけたり
なんぢはじめて当所へ来つればさつゐぼうを
うくべきもの也まづよくこの義をこゝろ
得よといへばたけせはかうべをもたげて
仰うけ給はりはべりゆきしまのおき
てであらんにはいくばく也ともうたせ
なへといふやに嶋う太夫一ゑいらだ
給へといふに鵜ら太夫丁ゑいらだ
てくそはもちろんの事也かしものどもたけ
世をとく〳〵うてよとはげしき下知にざふ
兵らはふぢかづらをかけたるよりほうを
手に〳〵とりて女一んとしつゝおの〳〵心に思ふ
やう此をんながじやうのこわさよし
身うちに血ちのなき男でも
いづれ女ばうには
さつゐぼうにてうたるゝ
しにくい
ものはにくやぶれほねくだ
けてそく野に死な
ずといふものなし
いはんや是は近な
ごの事也心ばかりは
たけくともいかにして
こらぶだきうつかず
なかばにだもいたし
〽ざに兵
〽石のたまごか
ふち身かしらぬが
たちまぢいいちをはるべし
さてにが〳〵しきことかなと思
へばさすがにあはれみて左右討なくはうたびりしをたけ世は
さだめおかせ給ひたる此しまのおきてありおよそはじめてながされし
いやねへ
来つるにんどももはそびらを一百軒のむちうちてそのきやう後ぜへしんねへ同女く
目やくそんなら
はじめやうか
ざに兵へいのちしらずでばりあひが
ことばせわしくさゝやきてそがまゝ
おくに入りにけりすでにて搗ら太
〽ないやしからめがせう
慶兵はいのちしらずでばりあるが左の上ゟ
左の上ゟ身のざまも
にためしかせ給ひたり此しゆのおきてありおよてはじめてしかされたまいはちゑへどもなが
じのかげより立
いでていそがはしく
朝ら太夫がほと
〽りによりて何ごとやとん
八夫はくだんの近な
ごがきやきしとき
ひとり印
文ゐ
の
かね
ねへが
たゝかれる
◑印ゟしきりに
うなつきしかたちまちにこゑをかけて
やよやものどもしばらやまてそのたけ
世は道中ぜうにていたゝやみわづらふ
ほど
ねのする
をんなだ
うぢ〳〵せずに
たよねへか
ものどもなどてゆうよせるとくうたず
ものともなどてゆうよせるとく
やといらだてばいた兵衛ゆ又
かたへより人〳〵日ごろに
にげもなくそやつが
くちにおそれしか嶋
もりとのゝ仰なるに
おしふせてうちこら
さずやはやくといそ
ん
八日ノ八
る
にくさもよくしとおたゞびこゑをふりたてて
はやく見かへりてなどておの〳〵うち給はざる百はおろか千も二千も
くたびれるまでうち給へそをくるしきとて一丁ゑにてもさけはゝ人
たるかひもなしちからのありたけ身を入れてしつかりとよく
うち給へといひつゝぞの身をつきつくれば静の太夫は
がしたる
はげ
鳥
しき
さし
づに
たるがいまだ本しふくせざる
よしかねてそのきこえあり
太のろい
をとこだ
のふ
〽少しをことにまぎれてわすれたり
その身につゝがあるものは女まひぜん
くわいいたすまでさつゐほうを用
捨本すること亦これ当所の御法
はらへかゝればけやはまづゆるしておも
ふくののちにうつべしみなひけ
○ひけと下知すればざに去らは
いち星に
およばず
ざに
兵らは
おの〳〵しゆ
とをとりなほ
してたけ世をうた
んとする折からとし十七
なるひとりのをなごの身の
たけたくかひ〴〵しげにわかしゆめき
たるかほばせなるが小びんのあたりにか
もやあるらん白ぬのをもてばちまきしたる
後日に
ためそみ
おとゝさん
御せうち
かへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
をんなめだたゝきひしいで
いきのねとめよ
しまもりとのゝおふせ
じやぞ
ナヘサヘ仁八二島之
せいせいといこれ
わらはは一ト日も道中地行にてやみわづらふ
たることはなし今すでにうたんとしつゝうたす
してやめられてはおこま
ものゝはさまる
やうにてなか〳〵に
ざに云
〽しまのりとのより
おくられしいゝやくを
わたても
ぼく公ゆかうじや
もあんないがぼへ〽そのおし入れには夜衣母ふとんと
すみますればおなごり
をうはござりますれどざに兵はしるもけん布であたらしの
さまへはおいとまごひサア〳〵
だいはりはこもろぬりのいちばんこち
ないか
らのせうじをひきあけ
こゝろよから
ますれば
ずやはり
えんがは
この
そのまゝ
つゞきの
うちぬへ
手ぬるいへ
じやとうち
わらへばざふ兵らは
しりそきかねて又
左ゆうより立かゝるを鵜太夫
ふたゝびよびとゞめてものどもたけ
世がいふことをかならずまことと思ふべか
らずかれはねつにうかされてうはことをいふもの也
るにん小屋へないてゆきてよくいたはりてほやうさせよ
やまひまつたくいゆるをまちてうたんことおそきにあらず
すん〳〵せずやとあはれみのはじめにもにぬ上少くのさしづは
わけあることにこそとすでにたつせしざに去らはさらにゐ義ならではゆもあたへよ
なくいらへはしつゝたゝじとあらそいたけせがゆひしを左やうれずそのろうへ入るものは一ト
より引たゝくぜびをいはきず扨三人。うしてるに小屋へぞとせしたとせたりやたらぬにたへ
つかはしけるされば又いた兵衛も狩ら太夫がはからひを泥なずといふものあることなし人
人くろきがたく思へどもよしをさはんはさすがにておめ〳〵とさそも〳〵とばかりにひとしさんし
しんしかぞきけり○さかほどにるほんどもはうちころそゝしたりけるたけせはさそと
られんと思ひたるたけゆが今つゝがなくざに幾らにおゝうなづくのみなう〳〵にかだまきは
られてるには小屋へかんざれを見つゝこゝろにいぶかりて。五なしめて其交ち所持地にのふろしき
左の上ゟ
ゆとの
せついん
にはには
せんすい
へき山
あり
六ぢやう
じきに五
ぢやうの
ぎの間
ねの
こみ
まし
つぐるやうそなたのすまひをかえよと
ある嶋もりとのゝ跡なりもて
来つる所持堵よのもの
あらばとりおとさぬ
やうにしくすべてこな
たへわたし候へとく〳〵と
いそがしたつればたけ
世はそのこゝろを行す
もとのところへしり
ぞきてるにんどもに
しか〴〵とことのよしを
つげしらせし
今ゆゑもなく
わらはひとりをう
はなちてよその小屋へ
つかはすは是も亦かな
らずわけのあるならん
おの〳〵何と思ひ給ふと
とにをみな〳〵聞あへ
ずてはかならずつちの
ろうへおん身を入れん
かへるべ一およそ侍
為なるべしおよそ法
にんのぜになくておくりし
ろうへ入れられて日に右の中へし
ものをおくらぬものはつちの
りのぎに兵とひとりのしもべつれたち来てたけ世をよび
そのほとりへつどひ来てことのわけをたづねなばたけせはつみをもていでくわたしにければしも
ありしとのおもむきかやう〳〵とこたふる折からきらにひと
りのさめ兵とひとりのしもべづれたち来てたけ世をよひて任ともろともにあとにもし
たちさきにすゝみてたけせが為に
しるべをしつゝともなひゆくこと十町
ばかり人のべつさうなどにや
あるらん一トかまへの印へし
とめて
御らん
くだきり
ませう
これでは
どうやう
からくりの
いひたてを
するやうで
◑いふやうな
〽地いまを
春
なる
はへ
第
ぬはいの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かこひめきたる小仲郎小仲しき
ぬはいのありこゝへたけ世かんじて
ぎに兵しもべはいでてゆきぬ
このところのていたらく六畳に
五ぢやうのつぎの間さへありかいや
ゆどのにはのせんすい具足ごゞく
せずといふものなしまいていへの
うちのざう作はとこちがひたな
よるのものをおさむるところにあじろ
てんじやうむしふすまにはかまを
かけてせんちやのいち具々をつぎへ
十八月十八日
しいせいよいと行事紙
ものしたり京かまくらにてこれをいはゞ
かし坐しきなどいふものめきてるにんを
かし生しきなどいふものめきてるにんを
おくべきところにあらずたけ世はこのてい
たらくにこゝろ跡かたく思へどもとてもかく
てもめいうんのこゝにつきたるわが身ならば
よきもわろきも今さらにいとへものかはとおもひ
すてくこのところにをさほどにはや夕ぐれになりし
かばくだんのしもでが御ぜんかごにしだしのやしよくを入れ
たるをもて来つゝたけ世にいふやう嶋もりとのゝ仰にて
候すてに時ぶんにもなりて候へはものほしくこそをはすらめ
やしよくをまゐらせ候也いざ〳〵といひながらたづさへ来たる
かごのうちよりいときれいなるぜんをとりいだしししるは小
なべに入れたるを爐而の火にかざしてこれをあたゝめそのよびら
ちよくやきものなんどをせんのほとりにおきならべてきらじをしつゝ
すゝめけりたけ世はしなゐにありしときだもかゝるもてなしにあひし
まれ也まいてるにんになりしわが身にかくまでちそうせらるゝこと
いよ〳〵もつてこゝろ詩がたし思ふに美食食食みをあくまでにかにて
わが身をこえふとらせそのゝちにあらみのかたなのためし
ものにするにやあらんざもあらばあれこのもてなしをいなまば
お下たりといはれん思ひのまゝにのみくひしてなほ又かれらが
せんやうを見るこそよけれとしあんをしつぶくだんのしもべにうち〳〵
むかひてこのやしよくの者なぐはじつに是嶋もりぬしにり給はるものにて
はべるにや和とのは何とよばるゝ人ぞかどちがひにはあらずやといふをしに
べは聞あへずいゑ。われらは嶋もりとのゝしもべにてぼく水とよばゝら
もの也たけ世にやしよくをすゝめよと仰られて候へばいかでかゝまち
がひの候べきとくめされ候へといふにたけせは又ざらにとによしもなく
せんにむかひてものひとつももらすことなくたうべはてて物をこへばしもへば
又かごのうちよりすひつゝに入れたりけるさけと。さかなをとりいだしてこれを
□□□□
〽なんでもおすきなものを
おたづねまうしてあけろと
まいひつけられまたさてまた
ひんつけあぶらもとゆひはまうすに
およばずかほのいろをしろくする
京は南伝馬町
いなり
しん
みちの
仙女香
美工衛衛
両天傘
香に
図
お入用ならばとり
よせてあけませう
よけいのしごとに
円翁にた
あき
たの
正一
国王
まう
ます
□□□
ぞへ
〇上ゟたけ世にすゝめ
すゝめけりたけ世はもとよりこのめる酒なり今さらずゑすることかはとおもへばやがそ
さかづきを引うけ〳〵のみにけりかくて酒食俵もはてしかばぼくぬはいそがは
しくぜんわん四さはちをとりなさめて小とたなのほとりよりあんどんぱいだ
来つとうがいにあぶらをつぎていとまこひしつくだんのかごを引かつきとぞ
かへりけるこの日もほどなくくれしかはたけ世はあんどんに火をともしてとく
かめしはじやと思ひかほつぎの間なるわたなの戸をやをらひきあけて
ねむらばやと思ひしかばつぎの間なる戸たなの戸を女をらひきあけて
内辺見るにあたらしき夜夜衣ふとんありいぶかしき事かぎりもなけれと
引いだししきまうけてその夜はゆたかにねむりけりこれよりして日ごと〳〵にも
ぼく介はたけせが為に三たびのぜんをもて来つゝすゝめずといふことなし
これのみならずひるいひはててひづじのころになるごとに一ト
とびんのせんちや一トさらのくわしをもて来て
竹
〽おはぎでおゐどを
たゝかれるといふ下世話町。
せんぜ
にもます
この御
ちそう
わが身にうける
おぼえはない人たがへなら
はぢのはぢめづたにはしは
とられぬ
はいのふ
為のほとりにいと大きなるつぎん
夕くれごとには酒さうなを
たづさへ来てすゝめざる日は
なかりけりおよそあさいひと
やしよくには一チ汁諸三さい
ひるいひは一チ此五さい
なりけるがりやう理に
心をもちびげるにや
魚送るいはあたら
しきをむねとして
おなしものを二度
いて□つかはずそのあん
ばいもゐなかに
にげなくうま
からずといふもの
なけれはたけせは
いよ〳〵身をこや
さしてためしものに
するならんと思ひに
ければちつともいろはす
そのもてなしをうけたり
一ければ衣食住出やうに
ことたりて十日あまりすぐ
すほどにひとりつれ
すほとにひといつ
たへざればある日うがわに
たちいでてそゞろあるきをする程に
ひがしのいそべに天王のやくつあり
このところのちんじゆなるべしとり
けいせいすいこ住士諸
石のあまいぬありてそのだいも亦ひとつ
いしにてつくりなしたるものなれば
いかばかりのくわん
石のあまいぬありてそのだいも亦ひとつなりん〽ヤンくしんどいやすんでいかへかホシニ
あれは竹世だのおなりがよいから
見ちがへたはな
目あるらんよき
石もあればある
ものかなとおも
へばしばしたゞす
三てよく見て
西のかたにおもむ
けば男女税の
るにんいぐたりと
なくあるひはうしほを
くみとりてかたもたゆ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽アレ見ねへ
あの女中ほどしあは
せのよいものはない
げにになにもありあるひは
いそうちよせたるながれ木を
引よせてからげてこれをせおふもあり
あるひは小うををさきひらきてほして
ひものにつくるもありこのときはすでに
はやあぎも八月のはじめなれども
のこるあつさのたへがたきにひとりとして
いとまなくながるゝあせをぬぐひあへずいとくるげ
なるありさまなればたけせばあはれみ立よりて和ましたち
いかなればよきほどにしてやすみはせでいきもつぎあへず
かせぐぞやととやを見へるるにんどもはことばひとしこたにるあり和とのつまずつけ
やうわれ〳〵が日ごとくにこれらのわざをなすものはこれ極しらせしばこのせんを
らくのきやうがい也はじめながされ来へるときときかのおくり物をたまはるべしもし又つゝみ
おくかすの詞ならぬものはたちまちにつちのろうへ入れられてかくしなびわらはけつ
これをたうへずわとのはじつに
日のめ幸だにも見る事跡ならず上げを見ればかぎりも
かくしなばわらはけつして
ながされても
あしてくらせば
何にもふそゝは
あるまいのふ
なきをるにんといふは名のみなるおん身がごとくあんらにて嶋もりとの友うち人なりけるかなにらいゆゑに此
あるの下あさいはひを待たよんんのいたりあるべきあなあな日ろわらはをりてなにやらんきだめてうなきわけ
あらんつまびらかにつげ給へこれらのわけはいかに
しんとやとそつぶやきけるたけせしはきそと思ふにもあんあんあんあんあんあけあへはれらのわけはいるに
ぞやととはれてぼく介かうべをかきさきにも
おんなるかわきはひかわがうへながらいとしくこゝろ詩がたくぞやとこはれてほううへかうへをかきたきにも
すでにつけまうせしになどてやさのみうた
ゑのみこめところを立よりてくだんのゑのしゆく所かにければすやまうせしにてやきのみよく
がひ給ふぞやつがれは僧もりとのゝしもべにま
又へのしりべぼく水はわろひをけるををみそへれをせどのかたがひ給ふねやつかれは後もりとのしもへにま
ぎれ候はず又おん身をかくのごとくもてなし給ふは
よりかきりて来てゆといたらひにうつ石たけ世にに二丁てゆを
かねてより大だんなのひとり子なるぢやうさまの
こみせんゝそびらいかたに立よりてあるをはきとしたるもそうもしかねをより大さんゑのひとり手くるぢやうさまの
さしづによれりさきにおん身がさつゐぼうにて
いよ〳〵ねんごろなるはわが身のあらをながしきよめてあは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
みをためすようゐにこそかれば死期とはちかつきぬと
思ふたけせはちつともさはがずはや
おやだんゑにだんゑにさゝやきとゞめ給ひしが
ゆあみしていでにければぼく介は
これすなはちぢやう
夕ぜんとさけさかなを
さまなりそも〳〵
たづさへ来ていざ
くだんのつぎへし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
むれどもたけ世は
これをおししりぞ
しけてぼく介にうちむかひ
わらは百右の下へ
〽みなさんだいふ
ぜいがでま
すの
ちとやすん
□□□□□
しいせいすいこ信一統
げいをこのみて田方まざりのちからあればかほばせはみにくからずおんし
としは十八にてよき世とめにをはする物から心はたけくをとこににた
れば世の人へあだかなしてふたあゐの紫苑おんとよびなし給ふ
たりさればこのぢやうざまのかねてわれらにのたまひは
われ思ふよしあれば今よりあよそ半ねてあまり
日ごとに竹世をもてなして心のまゝにほやうさせなば
おとろへたる身のおのづからちからづくことなから
ずやはすでにしてかのをなごのこえあぶらづく
ときにいたりてわがほりすることのよしをつげしらへ
してかたらふべしその折まではこれらのよしを
してかたらふべしその折まてそれらのよしを
ひめてかの人に而しらせそと仰られて候がそは何
事に候やがんわけは得しらず候といふにたけせば
うなつきてしからんにはそのぢやうさまをこの所へともし
ぢやうさまはそのなを此末丸おんとよばれ給ふがをなごににげなく武へ
ひてわらばにたいめんさせよりしといふをぼく介何もあへすその義は
ゆるさせ給へかし
かねてよりこのことを
おん身につげな
付風ねんのいつたぎやうずいまで
けふはたび〳〵御
たい義じやの
といはれしに今
しか〴〵とまうし
なばやつがれは
大かたならぬとがめを
こそかふむらめ口いかんべんを
ねがにのみといはせもはてず
こゑいらだてて和とのその義を
うけひかずはわが身はうへて死するとも此
もてなしをうけがたしとく〳〵もつてかへりねといひつゝ
やがて身をおこしてとのかたさしていでんとするを助
ぼく介きうにおしとゞめてめてかく
までにのたまへばわが身はとなれ
かくもなれぢやうさまに〽も右の下へ
一四左ゟ
しつで
となり
一
〽サアおいり
ともなひ候はん
まづはやはしを
とらせ給へ
なさりませ
ちとおせなかを
ながしませう
とわひ
やう
やくおし
おもやのかたへ
しづめて
おもむき
けり
四
かくてしもべほくんはやむことを侍ずおも屋にいたりてたけせが〽七匁いよくそこやか也もちひらる也
あはんといひけるよしをしゆうのむすめ此京苑かまつげてあらばはやそのわけをつげ給へう
けんのおこたりをわびしかばしおんはあはてしためきさたけ世がいかでかまねん三ヶ月のゝちをも
しゆくしよへいでで来ついそがはしくひきをりふしてまつ元だのまつことはでしんやといふに
とじ此ごろのぶれをゆる事給へかしわよははすなはちゑおんにしおはよろびてす
とじ此ごとつのぶ礼をゆるし給へかしわらははすなはちしなんに
はべりといひつゝやがてねかつきてかや〳〵しくはいしにければたけてにおん身につゝが
世はおどろきはしりよりてたまけおこしてかみくらにおのぼし
ぢやうさのなとてなにんのわらはをかまでうやまひ給ひ給はするとろへ給はずはことの
いふをしおんはおしとゞめ又へりくだりぬかをつきてまつえだのとじ
いかなればさまでけんたいしなにぞやおん身は義勇勢の婦人をやらんと
おいうとゐの山中にてとらをもうちにし給ひたる武勇はこゝへも
はやくきこえといとなつかしく思ひしにそのつみにあらずしてこの
地へながされ給ひしかばたいめんしてとしがつのこゝなざしをつけばやと
思ふものから身のうちにうけたるきずありて心にまかせずこの
らんが四下へ
ころやうやくいえたれどもまづよく
おん身をやしなふて気りよく
ほんふくし給はゝその折にたい
めんしてわがねぎごとをかたら
紫―
〽とくにもおめに
かゝるはづの
の思はずぶ礼を
いたしました
はんとかねてはおもひすべりしに
いやしきものゝくちさがなくて
おん身にきかれて今さらに
めんぼくもなくはべるかしといふをは
たけ世は聞あへずわらははかく
ともしらずして日ころおん身のやとな
ひをうけしおんゑ氏のはべるものをよしやいのちを
うしなふともちとのむくひをせざらんやわらはは
しなのにありしときひさくひとやにつながれてさらに
又はる〴〵とこの地へぬがされ来つれどもさいはひにしてつゝがなく気りよくはも右
十八せは今はこれは二島へ
しなめにありしときひさくひとやにつながれてさらに候かしもんと
ゆぢやう
さまかへ
はつき
かゝります
あらばはやくそのわけをつげ給へ
いかでか半ねん三ヶ月のゝちを
いよくすこやか也もちひらるゝこと
きうなれば
みちのほ
どもとほ
からずおや
にてはべる
頼ら太夫に
しかぐとつげ
しらせてきてその
のちにおんき
することのわけをなら
すべしまづ〳〵そなたへすゝ
ここ給へとかみくらにおし
のぼして世にへだてなに
山かたらふ折かりあるじ
島いり鵜太夫も
おも屋よりいてて来つ
たけ世にむかひていんし
きんにそれがしけふより次へし
せいせいまいと信ず
それがしがむすめしおんはいとけなきより武げいを
このみてをとこまさりのちからありさるにより
むこどりしてをとこにつれそにことをほりせずそれに
がしてんせいふ女手にしていへをつぐべき
をのこ子なく只このしおんのみなるが
つまはさきだつて世をさりたりいかで
むすめがねがひのまに〳〵世をわたら
せんと思ひしかばいぬるとしこのところより
ほどとほからぬかはほりといふさとに三町四
はうのやしきをもとめて武げいのけいこしよをしつ
らひ又そのかたはらに酒見世をひらきてつくりし
酒をあきなはせしおんをかしこへつかは
して武げいの師はんをさせたるに
今の世はをなごといへども武
げいをたしむながひなればと
元子もあまたつきて酒
見せもはんぜうせしに思ひ
かけなきわざはひおこ
りてしおんはかうべにき
ずをうけてかめいへやきをし
うしなひぬとつぐればしおんもひぎをすめて
只今は人此のいひつるごとくわらははかはほりの
さとにありて思ひのまゝに世をわたりしにちか
ころかのさとのりやうしゆるはりてよこ嶋様
杖郭そるつらといふ武士かまくらより入部に
したりしかるにくだんのけんぢやう脇建身は
やく義をはなれてむすめが為におん身のちからをたのみた
ありやはりそのまゝあん坐して一トくだりを聞給ひねそも〳〵
大にやならぬ
何ぶんたのみ
此末
○左の上ゟ一よの
つねのあひてにあ
らずおん身の気
叱りよくをやしなふて
へそのゝちんだのみまゐ
らせんと思ひし
ゆゑに一とわけを
一得つげざりしをゆんし
給へどいへば又静ら太
夫もかゝこは他領たうのことなるにそれ
がしむすめをつかはしおきは又な内明せうの事な
ればおほやけへうつたへまうしてゐこんを
〽はらすことも得ならずこの義をさつし
給へかしといふをたけ世は聞
一あへす止物はをくひし
ばりこぶをさすりて
そのも神と
いふをんなめは三
百袋の印へ
〽だん〳〵わけのあることじやがまづひとつ
印ゟ
六臂や
あるものにや
ととへば
野ふすまとよばれたるひとりの大をんなをともなひ
入りますぞや
来つ此遊ふすまといふをんなは五十人のちからありて武けいはすまひやわらの
じゆつまでたんれんせすといふことなしこれによりて人あだなしてもゝ神に野ふす
まとよびなしたるまことなきたいのくせもの也かくてくだんの野ふすまはある
日わらはがけいこしよへ来てしあひそのぞみはべりしかばわらはすなはち
野にすまとやわらのしやうぶころみ子わらははいたくなけふせられ
かうべにきずをうけたりきこれにより助ふすまはわらはがげいこしよを
うばひとり酒見せさへにわうりやうしてほうじやくぶじんにふるまへずと
わらはがちからたらざればかれとあらそふことかなはずつひにいへやしきす
うしなひて世にたへがたきはぢをしのぶゐこんやるかたなき折からおん
身当所へさすらひ給へばいかで一尋月始のちからをかりと
かの野ふすまをうちたに日ごろのうらみをかへさんと
思ふものから野ふすまは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
義なせ
〽これは又さゝかいなァ
いやではないがたびを
さかもりでさゝしやが
画ゑわりにこまりませうそ
なく
がきをするほどに来るとはなに天王のやろのつぎへし
ませ
ませ
あがつたうへでゆるりと
聞てくださり
あらんひとつのおもてにふたつの手
しおんはからへを
ふりていかでか三めん六次月あり
のみといへばたけせはうち
わらひてしからばかれ
いもおろし人也よしや方
夫ばのちからあり
AV
ともうちたるさんこと
たやすかるべしあすは
まだきにかはほりの
さとにおもむきはべるべしおん身しる
くしきとにおもむきはるへしおもむきはしる
へをし給へかしといふにおや子はよろこびて又
おも屋より酒さかなをとりよせてもて
なすにそたけ世はしおんにたいめんして
ことのよしを聞よりすでに心にいさみ
あればおよそのむとのむほどに十
ちやうしあまりをつくしたりそのとき
七狩ら太夫はたけ世にこふてむすめ
しおんと姉妹体とゝの義をむすばせ
すなはちたけ世をあねとたのみて
さかつきをとりかはしゆくすゑまでと
ちぎりけりさるほどにたけせは
すでにほろえひの酒きげんに消し
かじつゝいざやをこ文立いでこよし
ひの月をながめんといふにしおも将太郎
夫もしかるべしといらへつゝぼく介ら両三人のしもん
などもをしたがへてはまべのかたんたちいでかたんたちいでか
けへけへ上は一専に扁
わいせいすいこ位六郎
こまいぬをゆびさしてこのこまいぬばだいまでも
ひとつ石もてほりぬきたりと見しはひがめに
はべるにやおよそおもさはいかばかりの
くわん目のやはべらんととへば鵜ら
太夫しおんらももろともにたゝ
ずみそこの石のこまいぬはおもさ
二百くわんめありとむかし
よりいひつたへたりだいまで
ひとつ石なればいつはりには
あらざるべしといふにたけせは
ほうゑみて島もりぬしもしおん
女郎もわらはがちからのおころへ
たらんとあやぶみ給ふをさはあらず
といへどもまさしきせうこなしこのこま
いぬのもてるやいなやこゝろみはべらん
まち給へといひつゝやがて立よりてくだ
此いしはのちがたしといへばおやこはうちわよひて
おん身あくまでちからありとも二百くわんめ
あるいしをいかにしてのたるべきといへばたけせは
につことゑみてもちがたしといひつるをまことゝ
し給ふおろかさよさらはもちて見せまゐ
らせんいで〳〵といひつゝも左ゆうのそでをまき
あげてくだんのいしにもろ手をかけてかろ〳〵と引
□□
ほとりに来にければたけ世はさきに見ておきたる石の
〽とても人げんわざ
とはおぼえぬ口
んの石に手をかけておしうごかしてかうべをうちふりいなき入は
おこしやとこゑかけて目よりたかく。ざしあげてしづ〳〵と。あたりをみへん
うちめぐりたちまちこくらへなげあげて両手にやはらうけとゞめた
又なげあげてはちやうととるそのていたらくは手まりなんどをもて
いひをもちはこびしてすゝめけりそのとき
しおんはおも屋にありては又稲う
ほとりに妻にければたけ世はさきよりておきたる石の
太夫とね印
海内総
ぶ双強かんしん〳〵
◑印ゟ
みえなも
来て
見ればいゝ
おぼくは
だんかにする
やうだけ
世のとゞはよんべよ
すがらすがらかあくまで
のみてえびふしたれば
けふつチ日やすませて
あすあざてのころかは
よかつたのふ
こそよからめとてしおんはひ
とりべつさうへおもむきてたけ世にいふやう〳〵
〽あねごぜけさまだきより人ばかばほりへづかは
あそぶにことならず又とりなほしてもとのところへそのまゝしかとおし
すゆるにがほのいろちづともかはらず手ばたきしつゝしりぞくにぞ鵜う
太夫おやさせしりばさらん折ふしあたりにゐたりけるにんともさへあすしらではかへらずといふふふらふんさだかに
これを見ててき両をつぶさすといふものなくまこにこのたけ世のこしはいく聞えたりかればけふはやもえうゑあごとく
百人のちからあるらんちかき世のともえませんずばんともいでがおも
ばん二ても〳〵とばかりにひとくとろとほむるはすゑしはしはなりもやましらやかにつくまごにをもとつけふは思ひとら
したりけりかたしかくてしあすいようゐをし給をいかへてゐをしかへてその日をくら
一〇〇〇〇
してもゝん神じがしゆくしよにあるやいなやの
よしをうかゞはせしに野ふすまはよそへゆきたり
あすならではかへらずといふふうふんさだかに
聞えたりかゝればけふはゆくもえうなしあずとく
鵜太夫はたけ世をすほどにしおんは又おも屋よりをりてさけさかなを
もたらしてたけ世にすゝめさせたるにそめさせたるにそのさかないおほ
けれどもさけはわづかに一合あまりをちやうに入れて
おくりにければたけ世はこれをいぶかりてかの弟〳〵ぬを
よびとゞめけふにかき
りていかなればさかな
おほくして
この酒のすく
の中ゟ
〽なにさ此くらゐな
やしなきやととへはほく
ともなにてふたゞび酒
じえんをのよほしついよ
石はおちやのこさこれから
きよくもちでもしてあそばふか
介兵ゑをひそめてこれにはゆゑ
あることになんぢやうさまののたま
いよたけせをもてなしければたけせはいたく
あひいともおもひしよかはほかへおもむひしは死身がけふもえひ給はゞあすの計にたちかたらんけは何をすく
めいていして。あすはかならずかはほりへ。おもむ
きてもも升野くす事をうちたしばらと
きてもゝん神野ふすまをうちたにしはばらん
とおそくいくべききちへかへるとやそふしにもりかくてまちにけり○さればたれば一けせはそのつきのあさはやくおもをは
とやくそくしつゝべつさうへがへるとやがてふしにけり○人
そのあけのあき四つのうろやうやくにもほしきくしあんにあふてかはほりゆふとさいそさいそそのときつき人
そのあけのあさ四つのころやうやくに右の印
一けはせはここ伝へ扁
いせいすいこれ此紙
しおんはあさいひをたけ世にすゝめ
さけをすゝめてその手くばりをだん
かふするにたけ世みれを聞あへずを
わらはひとつのねがひありこゝより
かはほりへゆくみちにいくけんのさか
やありともいつけんごとに立よりて
五がふつゝさけをのむべしかくせざ
れば思ひのまゝにもゝん神をうち
たにしておん身のうらみをかへしがたしと
いふにしおんはうちわらひてそはいとやす
きことながらかはほりまでは二里のみち
のみ給はゞかしこへはしりつゝころめどろのごとくに
えひ給ひてものゝ用にはたちがたからんこの
義ばかりはうけひきかたしといへばたけ世は
うちわらひておん身はいまだしり給はじ
わらは五合のさけをのめはすなはち五
合のちからあり一升二舛のむときは又その
ときもあくまでさけに取ひたればこそ
十ぶんにしおほせたれざのみあや
ぶみ給ふなといふを鵜太夫うち
聞てかゝいはるれはその為にまかせて
さけをのませまゐらせよさかな
がらかしこの酒はみな地さけにて
あぢはひわろしわがいへには
ありそのみちすがらにある酒屋は十二三げん
にもおよぶべしさるをそのさかやごとに五合のさけを
かぎりなしさるによりうすゐにてとらをうちころせし
合のちからあり一升二舛のむときは又それ
ほどのちからをますまいて一斗ものむときはちからのいづること
ほく〽たけせさまはよい御き
げんだそのはづても
五升たるが
遊ぶすまならん
の左がなが
めていやを
めてちやを
のんでゐたり
けるたけ
世はつら〳〵
これを見て
かやつはかならず
と思へどもた
よりを待ざ
ればけいこ
しよ
〽もりを見あてに
ひつがさかみせ
そんならこゝらで
まつてゐま
せう
さかみせに
きて
せう
〃116
しのを
うち
かけて
酒をいだ
おやぢ
〽お見せも
ござりませう
サアおちやを
あがりませ
〽けふはけいこも
やすみだから
ふら〳〵
入り口にしおんをのこしてひとり野ふすまが
よきさけあり
〽〽かうえはねへとしごとができぬ
せとよば
そを四五升
あとから時おぶんを見あはせて
はりげれば
もたらしてみちに
しづかに来なせてさきへ
此見せの小もの
さかやを見るごとに五
ゆくによ
両三人あり一人にはやく
一合つゝすゝめよかしといふに
いでむかへてこくではゐさけをつか
かねばさかなはこれなく候へどもさけば
しおんもその花にまかして
りかひ給はゞいかばかりにてもまゐらせんと
ぼく介らのしのべ一両人にかりかひ給はゞいかばかりにてもまゐらせんと
いふをたけ世は聞あへずさかながなくは
〽べんとうとさかたるをのたらしつゝ
さけばかり多少女郎をとはずとく〳〵
目つひにたけ世とうちつれ立て
いだせといふに小ものはこゝろ行て二合の
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
太夫は二三十にんのぎふ兵をさけをちろりにかんしてちよくをとりそへ
もて来にければたけ世は手しやくに
あとよりつけて加せいの道にもて来にければたけ世は手しやくに
一しくちのみてこのさけははなはだわろし
つかはしけり○かくてたけ世は
此みちすがらさめや〳〵へ左よりてなほとき酒ととりかえよといふに小
ものはやむことを得ずみせをあづかる野ふすまが
さかなをもとめてようゐのさけを五合ものはやむことを得ずみせをあづかる野ふす女が
をとこめかけによしをつげてなほよき
つゝのみしかばかはほりのざとへちかつく
ころは五体たるをかたむけつゝてはや十ぶに酒にとりかえて給は願といひければ
えびにけりさればたけ世はかはほりのざことの
入り口にしおんをのこしてひとり袖よすまがほかによきさけなしといふを小ものは
しゆくしよにおもむくみちにあきのもりとおしかへしてあの女中はすでにはや
よびなしたるもみぢのみのはやしづぶろく言にてあることなればまげて
もかさありこの所より野ふとりかえ給へかしといふにぐど〳〵つぶ
までかけるつもりさ
すまが武げいのけいこやきながらなほよきざけを
ぢいさん来月廿七日
もみぢも
しよへとほからずとかねて
よからぶ
より聞たるがはやしのうち
のふ
なる茶屋のせうぎにわろしなほよきさけを
こえていかめしき大ぜんなといへば小もつは
しりばかけもみぢを□右へしこれを聞あへすの事あらし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
わいせいすいこと
こはいちばんのよきさけ也これよりほかに候はずといふをたけせはあざ也
わらひて只二いろのさけばりうるとはけちなるざるざりや也しが
らば帳まへにをるわかいをとここゝへいであひてになれとく〳〵〳〵
来ぬかとのしればばとこめかけはうちはらたちてくらひ
だへれのをんなめがわるくさはぐと用捨やはせぬぞ
あしもとのあかるいうちうせをらぬかと
いきまくにぞたけ世はます〳〵いかりくるにて入
この二才めがほざいたりその義ならば
手な器を見せんそこなのきそといきほひ
たけくはしりかゝつてくだんのをとこをかいつかみ
しりかゝつてくだんのをとこをかいつかみし
○つぶてにとつてやこゑをかけて見せに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ある一ヲこくあまりのさか
四丁ゟさは
をけへたちまちざんぶと
ぐ小ものかは
なげ入れたり
手に〳〵
ぼうをおつ
思ふにましたる
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
勇りきにおど
とつてうち
ろき口上
たふぎんとひし
めくをたけ世は
得たりと
飛鳥
の
ごとるい〳〵
く親
日ごろの
手なみを
あらはしや
あるひばけ
たふしかいつかみ
印ゟしはらひに
ければさけは
さながらいづ
みのごとくほと
一チこくをけへ
なげ入れ〳〵
見世にありける
さかたるの
のみなり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
されてぼくりも
うきてたゞよひけり
すでにしてをことこめかけ
と両三人の小もあらは
くちを
みな
酒ひたしになる同下へし
印へし
廿九
三
とびたつ
かごのとりなら
□□□□□□□
しめころ
〽うすゐ
とほげで大とらを手うちに
しめたまつえだのだけ世を
しらぬかぼくねんじんめが
口上の方ゟ
たへねどをけふか
ければ出ることかな
はずそがなかに
只一人じやう
やくにのがれ
いでて野
ふすまに
かくとつげし
かばつぎへ
ナヽナリヘキ島ヘ白田
うちたにさずはあたりの人に見せかたしとしあんをうつゝとのかたへはゝり
いでてまつほどにすでにちかつく野ふすまはいかれる兵ゑを
ふりたてていのちしらずのぬす人あまめが人必なおそるゝ
わが見せをおのれはよくもこわしたなかゝごをしろとのゝ
しつてうたんとすゝむを引はつす竹世ははやくあしをとば
してさしもにはやる野ぶすまがひはらをはたとけて
してさしもにはやる時ふすまかひはらをはたとけて
ければきうしよのうちみに野ぶすまは下ゑあつと
さけびもあへずたちまちにのけぞるところをたけ世は
得たりとこぶしをかためてみけんをはたと
うちたにし右のあしもてむなさきをちか
らにまかせてふみすゑけりなほ
つぶさには五の巻に見えたり
子どもより
〽もゝん
神ンを
こはがるは
もえ神野ふすまはちうをとんではゝりしつはやちかつかんとするほどに
たけ世はこれを見かへりてかやつはかならず野ふすまならんひなみへいでげく
馬琴作
浄書谷金川
ふじんちの道
ぬじんちの道
家伝神女湯
諸病の好やく
一包代百銅
近年やくしゆます〳〵高直といへどもやく
しゆをえらみて功のうをたがはざらしむ
大包代弐朱は
精製奇應丸
中旬代一匁五ト
やくしゆをえらみせい方をつまびらかにし
ぶんりやう家伝の加げんをもつてすこの
ゆゑにそのこうあたかも神のごとし
小包五ト
くまのい汁を以九ス
へず一包代五ト
貞照黒丸子
〽多くのりをまじへ十
ほかには
あるめへ
野ぶす
までも
名
●そばがかでも
びくともする
をんなではねへ
手なみを見たか
婦人づぎ魚妙薬一包六十四百三十二銅一
大ばくれんめが
神田明神下
同本家滝澤氏
製薬
國安画
同朋東横丁
弘所元飯田町中坂下四方の向たき沢氏
取次所両国横山町二丁目大坂屋半蔵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽こんなに
よはくはない
はづだが
をとこ
ぐるひが
すきた
むくひ
こしが
ふら
ゆるせ〳〵
喜
屋
圓
春
し一旬酒より売初め申候
毎年十月下旬頃より奥初め申候
仰付可被下候
御温夜記
御免江戸暦開板所
四平和文章
南山禅師書
全一州
口増
載陽帖全一冊
十一四十一
還鬼氏十
還現紙米
尚十二、宮所之會社
漸日本名所之繪
八日八代下城の国々亀之御城代代にして関名所
少角かたちとして魔火の日本心砂の中をこと〳〵く絶て見るけるべき住所の損者なり
蒲女古伏圃園生竹林豊巣高井蘭山編撰一
諭女古状揃園生竹半代
此間は。多分川伏したしめの下の状すべと九所按の〳〵名たらいにしの竪王の霊岸黒山真の名をして
是はとすれて引心を加へ廻ふの義例多しなことなりて女十郎
柳耳柱彦陣葺
あめ売のたぐひはいかゐのも解道其の精星ある者
たらしを引用忍て殊に身は難客の見るべき事也
一同廿六枚朱古画入二つ
此書は幻住庵の記の温解をもとゝして伽文の規則を祭てにしるに
田喜庵編
世のひどもそ
幻住菴記句録
御文素をつくるの道寺きをあく地中の題によつて諸亭家の句言の世
芭蕉翁国分山采居の図湖水石山の図を抜して記中の風音や手に
とる如し風録にこゝろを寄る諸君子かならず見るへき書なり
右
備
嘉共二
蓑笠公明
先だつて売出来申候第三編昨此刻
女同放言初編二編
隋筆
右第三編三冊は器用の朝より製の都の事至る此編しべて自荒田納矢鳥島多面が
篤みおぞ〳〵〳〵是にして漢に作者の考を三けり惟俗となく見るに曰けれとす誠に感じなし
勿論編にいやましてもいも興あるべきものになん。よりてまつて。近刻の事故
けいせいすいこ伝六絹
たけ世はこれを見かへりてかやつはかならず野ふすまならんひろみへいでて
うちたやさずはあたりの人に見せかたしとしあんをしつゝとのかたへはしり
いでてまつほどにすでにちかつく野ふすまはいかれるかれる兵やを
ふりたてていのちしらずのぬす人あまめが人ゐなおそるゝ
わが見せをおのれはよくもこわたなかゝごをしろとのゝ
しつてうたんとすゝむを引はつす竹世ははやくあしをとば
してさしもにはやる時ぶすまがひはらをはたとけて
ければきうしよのうちみに野ぶすまは下ゑあつと
さけびもあへずたちまちにのげぞるとみろをたけせは
得たりとこぶしをかためてみけんをはたと
うちたよし右のあしもてむなさきをちか
らにまかせてふみすゑけりなほ
つぶさには五の巻に見えたり
〽もゝん
神ンを
こはがるは
子どもより
もえ神野ふすまはちうをとんではゝり来つはやちかつらんとするほどに
馬琴作
浄書谷金川
ふじんちの道
家傳神女湯
諸病のほやく
代員
一包代百銅
近年やくしゆます〳〵高直といへどもやく
しゆをえらみて功のうをたがはざらしむ
清川交斎雁凡大砲代弐朱小包五分
精製奇應丸
ノ中包代一匁五トノ
やくしゆをえらみせい方をつまびらかにし
ぶんりやう家伝の加げんをもつてすこの
ゆゑにそのこうあたかも神のごとし
戸くまのい汁を以九
一包代五ト
貞照黒丸子
多くのりをまじへず
ほかには
あるめへ
野ぶす
までも
□□
手なみを見たか
◑そばがかでも
いくともする
をんなではねへ
婦人つぎ虫妙薬一包六十四銅半包三十二銅
大ばくれんめが
神田明神下
本家滝澤氏
製薬
國安画
同朋町東横丁
弘所元飯田町中坂下四方の向たき沢氏
取次所両国横山町二丁目大坂屋半蔵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽こんなに
よはくはない
はづだが
をとこ
ぐるひが
すぎた
むくひ
こしが
ふら
ゆるにし〳〵
ゆるせ〳〵
御免江戸暦開板所
毎年月
御注文部
仰付可被下候
匍漏より売初め申候
載陽帖
全一州
南山禅師書
四月和文章
口増
観
春
屋
喜
十一月
累塊紙料
新丁組、各所之會藤原綱枚越齋鋪
南日本名所之絵
同名所藤竹の
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
勿解かたして焼出して凌火の日本一妙の中をこと〳〵〳〵見るけるべき諸所の損者なり
●女古伏揃表生竹栗高井蘭山編撰
半紙本
國女古状藏國生竹教
此時は。毎分。引火しましめの下の状すべてす所面の〳〵名たらい出しの暁もの実にの失出たる委は爰に
集めて従来て引正伏迦也甲女のを義訓念しなりて女となりて女さしかへにも
柳亭様孝隆華
あめ売のたぐひはいかゐのも解道其の猛星五の末
一米古画入二冊たらしを引用見てぬし
還埋越米
北書は和経庵の記の説解をもとして伽書の親則を尽くにしるにしる事
田喜庵編
世のひどもそ
幻住菴記引録
佐久草をつくるの導きをあく記中の題によつて諸名家の句家の句ならせ
凶蕉落国分山閑居の図潮水石山の図を抜して記中の風景手に
とる如し風添にこゝろを寄る諸君子かならず見るへき書なれ
先だつて亥出未申候第三編にて
蓑笠箱
女一同故言初編二編先巻第三編第三編第三編抄
女同放言初編二編輯
隋筆
右方二滝三冊は岩角の都より勘定の部の半に至る此編らべて荒田納矢島貞吉兵衛
といふこと〴〵〳〵大学にして泣に作者の書をととせり信しなく見るに曲られし誠になし
勿論編にいふましてもいも興習べきものになん。よりてまつ。北刻のより眺め
春
三畝荏米木木抜軒
芳艸集会
同馬
右取闌集全二冊
一同八刻およひ山羽陣奥甲斐信濃其外北国筋中昔の古人を
はゞめ猶当国有名の人々の附合にて京浪花文市往来の指合し
都合二百巻をあつめ年々歳々の流行一瞬に見ありしむる書なり
京摂并伊勢を江三河尾張其外西国筋に至る迄中替の古人な
一はじめ猶当時名ある人々の附合および江戸五音程返の附合
東都合二百巻をあつめ年々の漉行一間に見助からしむ
販
哉
嶽童
遊言画手本
戯筆
圭直
廣光卿
鹿式記
新形染彩目
懐中早割大全計
一冊
ありふれし算書とちがひ便利をむねとしてあやまりを
ゆしわらべの初葉にはやくその道に入やすく
卅上通すみやかなる甚ちかみちなる装書なり
かみちなる
陪佐作に前琉出来此書はいまだ人の記付さりと品々を所々相集め
田北群為一筆後編嗣刻先生殊に心をこらせし奇品なり
油一七人
町役者
水編にもれたるを忍らず集め
芝居ん
西の道はさらをとり狂言等
仁化頭早稽古後村全一冊五渡亭国貞画画
似顔早稽古
とも見世になるべき弥書なり
役者
八十七日笑部
二丁の吉が
流流
同一一一
十一
三月廿八月申候
{
役者評判
越後者養評の書元禄以前より当時は年々岡様いたし
奉入御佐札相かはらず戌年中三郎の津様吉伊判明細に
相携ひて後住酒等とくらく相改め御見物仕立御方にも
次第一段書潰わかり候やう書写し奉入御覧候間御覧候間御下候
きなく売出しより御求め御手代御男司被成下屋
一同廿一日
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一同上門内蔵
町上門白籠一棟
の書はなろこし開帝の神異ありて我朝に将来しあまぬく由に
けり神様に代謁し吉山をりむるに異通神のごとし
大阪市東京都道
柳亭種彦作
歌川国貞画
佐紫田舎源氏全八冊
一亭虎之助作
喜恕哀楽堪忍嚢今芳蘭
井川国安画
弘竹室町二丁目河内屋長兵衛
取次通油丁鶴屋喜右衛門
一つびやう〇だんせい
こきやうふう○しやうつかへ
靈應州
同さやかき州春利作専
油屋久兵衛
由屋久義橋新形楽松之葉重春
時
一
十一
同三十二本前肥前平戸山本氏精製
おなく龍園
薬升ヲ付木
秀画
岡
一役者夏の冨士
町作
蜷川春
京山作休人
同南西面本
金冊
ひて引
鎌倉山百人一首金三冊
秀画
十一日午年二月十一日
立春
大吉
金洲
原薫名寄生梅川
十五
徳村一
一天竺の方便七文語
五脚亭機列作
書籍
唐土の隅言謀計
三国妖狐殺生石士喜
百本の川盛永
同断同同同
一御かほの薬なし
に棒いなりしうち
笑艶仙女香四八羽
蟻
壱銭壱貫壱銭壱匁
とり
黒油美玄蕃四十八銅
五十三太地の都洲
五十三次
諸大人同
一番入橋
ますさか八里やうがゑいちに
一隅田川両端
戸名所東組
江戸名竹東綱
北齊華
蓮華
五一とめいしよもめしまほおろ
江戸名和貞
浅草
麹同
同同
同
五
同
九
一夫海上西にして奇麗に伴奏
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
全一冊
全三冊一
金剛
金三冊
同伊賀守伊勢守様
●中川屋
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第六編
歌川国安画
下帙巻之上
いふ
曲亭馬琴著
奸計勇婦を陥る
寒風簷糸が冬
傾城水
夜の弦謌遊宴
己丑新鐫書肆仙鶴堂
游伝第
謝獄寛枉を解く
直木正目が風
六輪三
歌川国安画
柳の不争諷諫
五
たれと思ひたるうすゐとほげで大とらを
手うちにころせしわれなるになんぢら
ごときよはむしをんなをひねりころすに
手のひま入らずなんぢもしせんひを
くひてけいこしよも鍋見せもしおんに
かへさば命をたすけん一トことなりともあら
とせめられて野ぶすまは苦くつうに行たへす
このときはじめてごのをんなをかのとらをうちご
せしたけ世なりきとしりてければいよゝます〳〵
おどろきおそれてよはりはてたるこゑをふるはし
あねごぜいのちをたすけ給へけいこと
しよも酒見せも元トのぬしにかへす
べしゆるし給へとうちわふるをたけせは
さこそとうちゑみてしからば
なんぢ三がでにのちかひをなさは
ゆるすべしだいゝちはけいこしよと
きか見世をもとのごとくしよどうぐ
までもさしそえて只今者おんにかへ
すべしさてそのつぎにはなんぢが武
がはゞ今ふみころすぞいかにぞやいなかおふか
げいの弟子ではさら也およそこのさとの男
そのときたけ世は野ぶすまがむなさきをふみすゑて大あくにんめ
思ひしるやもとこのところのけいこしよも酒見せもわが友なるも
しなんはものでありけるをなんぢがうばひとりし事たれとて
参らぬものもなしよりてわれ今こゝに来てしおんが為にもる
うらみをかへす手なみのほどはしりつらんわらはをに
〽申上ゟしらせその人
のちくまでのせうにんにたゝ
すべしさてだい三にはなんぢは
けんぞくどもを引つれてこよ
ひのうちにこのさとをすみや
かにたちのくべしもし又とほくの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
をんなのうでだてをこのむものをこと〴〵くよびあつめて
恋おんがものをわうりやうしたるあやまりをつげへもなかへ
人ももろ共にしおんにわびて
けへ女六十八上伝二冊
〽まだづがたかい
ぐつとさげぬか
よいざま
さんざいにかくれをらば見かけす第
しだいにうちころさんこの三がでにを
〽これもひと
へにおまへの
おかげ日ころの
むねがはれました
さらずして
此たけ世にはかちを次へ
ひとつもたがへずよく
まもらんといふちか
思ひをなさばこのた
びはまづなんぢを
ゆるさんいかに□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
せめとはれて野
ふすま心に御思ふ
やうとてもかくても
けいもいすいと代。大統
とることかなひがたししばらくかれがいふにまかしてそのゝちに
又せんすべあらんとしあんをしつゝゑ思ふりしぼりてあね
ごぜくだんの三がてふをひとつもたがへすまりるべしまづ
はやおこし給ひねとちかひをしつゝわびにければたけ世は
わづかにしりぞきてかた
さきとつて引おこす折
からしおんは二三十人の
〽おちついたならをり〳〵にし
たゝよりきかせて
くださんせの
ぎに兵しもべを引つれて
此ところへはしり来に
ければたけせは野
ふすまに
此とかわすれた
ものはない
左の上ゟもの
みなとりかへしたる
よしをきことそが
また馬をとばして
その夕ぐれに
はしらし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
た
せが
武勇がうに
しお
んを
ふたあゐのきみこれ
まては
たちつらん
けいこしよも
さか見せも
おれ身に
かへし奉りて
さぞおんはらの
三ツはいしてなせしあく事をわびよ
かしといふに野ふすまいなむに
よしなくうや〳〵しくぬかをつきて
おひは
むすばんことをこひねがひはじめ君おんが武げいの弟
らひたることの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
聞てよろこぶこと大かた
ならずその夜はくだんのけいこ
みしよにししゆくしてよもすからし
酒えんをのよふしをた〳〵たけ世を
迚もてなしてつぎの日をじか嶋へかへり
けり○これよりしてたけ世はしおんと
ともに武げいのげいこしよにをり
日ごとにさけをくみかはしてよろこ
びをつくす程にをちこちのさとの
男女はたけ世が武げい勇りきを
つたへ聞てつてをもとめてまじはりを
ねがひはじめしおんが武げいの弟
わらはは
とほく
立さる
べし何ぶんゆるさせ給へかしと
いひつゝひたひをほりうづめてしはし
かうべをあげざりけり○かゝてたけ
世は野ぶすまをさきにたててし
おんらともろともに又かのきか見せへも
きて見るに遊ぶすまがをとこめかけと
両三人の小ものらはなほさかをけより
いづること詩ならずみな酒ひたしになりて
くるしみゐたるをぎに心いらに引あげさせ
けりそのとき野ぶすまはさらに人をはし
らせてわが武げいのをえ子とさとにて
くちきくをとこせんなをよびあつむるにひと
丁もおちなく来にければたけせはその人〳〵に
野ぶすまがあく事をつげてすみやかに此さこを
おひはらふものならばかたのごとく和ぼくすべしこの
義をはからひ給へといふにもろ人ゐ義なくうけ
引て野ふすまが為にわびことしていよく
和だんとゝのひけりさる程に野ふ
すまは武げいのけいこしよとさかへ
見せの諸道具諸よどうをみな
もくろくにかきのせてこれをしおんに
かへしつゝその身はけんぞくを引つれてゆく
へもしれずなりにけり○ざれば又し
おんが父しまもり鵜兵衛はたけ
世が野ぶすまをうちたにして右の下へ
ゑんはうを
じやの
〽みなさま〳〵
御たい義
サア〳〵
ぞんなら
まゐりま
此つゝみを
たのみ
ます
ぞへ
子にの神ふすまにしたがひたるもみなせんひをくひて
〇股たゝびしおんを師せうとたのみしかば武
げいのけいこしよはちら也かのさか見せも
はんじやうしけりしおんはさきのは
ぢをきよめてをよめてをかなあるじの心
まかせに世をやすゝおくること
みなこれ
わかたう
おしたくが
てきましたらおとも
いたしませう
はやくおのりものを
よせぬかへの
とておやの
ごとくにうやまひけりかくて
そのちしおんはあちこちへ
人をつかはして野ぶすまがゆく
六しやくへをさぐりもとめしにうれ
●〽ハイ〳〵只今いづちへうゆきたり
よせます
けんゆくへしれ
こと聞えしかば
いよくひを
やすくしてかれ
当国□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
よもあらじ
他国たへ
おもむき
ナハさいすはこ島六扁
ものせいすいこ件はん
つひにたづねずなりにけり○しかるにある日武家の
つかひとおほしきものいつてうののりものをつらしたるが
しおんのしゆくしよへ来ていふやうやつがれは当郡ぐんし
湯本地の領主理やうさむ風やしや丸の母きみ
わくいと御ぜんのづかひ也夜叉丸柳第ならびにわく
わくいといふむへ
いととのゝ跡にて候此ところにおかれたるにんをんな
たけせは武げい勇りき世にたぐひなきもいゝ
よしちかごろそのきこえありこゝをもてくだんの
たけ世をりやうぶんにまねきよせ
をんな武者仕になさばやと
□□□□□□□
おもはれ候かゝればまづ
きやくぶんにしく
よろしく扶持抔
いたすべししばらく
かの女中をかし
給はるべきむねをまう
せとのことにいずなはち
わくいと御ぜんのせう
そこをぢさんして候へば御ひ
けんのうへすみやかにもとめに
してひといんぎんに
のべしかばしおんはくだんの
せうそこをひらき見るに
口上のおもむきとし
たがふこともなかりしかばたけ世に
かくとつげしらするにたけ世は
これをうち聞てそのさむ風と
つほね
〽つよい女中が
おいでだからこれから
らくになりませう
がいしりとして
おうじ給へかしおそむかへののりものをようゐ
よいきりやう
じやのふ
やし
〽おかゝさまあれが
たけせでござりますかへ
ともゑよりゆつよう
ござりますかねへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
左の上ゟ
出世しちのかどいでなればとむるによしなしとくよう
しゐし給へとていそがしたてそつかはしける○さればだけ
世はのりものにうちのりてむかへの人
人にともなはれその日さむかぜの
左の上ゟおん身をはなちやることねがはしからず思へども
やしきにいたりしかば
後室二うわく
〽此しんちかくまねきよせて
いと御ぜんはちやく
いと申せんばちやく
子やしや丸と
もろともに四五人の
こしもとをしたがへて
すなはちたけ世に
たいめんありぼとり
こははじめて
あひはべり
つ
ゆく
七十一日
四
は
にん
この
身を
そなたの
武勇がか
あづかり
御見
たしに
いにへにもた
ぐひまれなる
何ぶんおそれ
ことのよしをつたへきゝ
つゝしたはしさにつかひをもつていはせしにさつそくにうけ
入りまする
ひきておもてをあはせられし事ほゐにかなにてよろこびはべり見ら
るゝごとくやしや丸はわづかに九才になりはべるにこの地も海上部の
まいりとして武げいをみがくをおほけへの奉公にしはべるなる
しるを今よりそなたのごとき勇物を扶持なしはべりてはこま
たの士卒引うを得たゝやより心つよく思ひはべうまづくきうそく
し給へとねてごろになぐさめてさもておもてのあはひなるはなれ
いふ人はもとこれいかなるものにやととふを
しおんは聞あへずさればとよさむ風
氏は当国のれき〳〵也およそ
ひはらこふりに三ヶし
所のとりであり
をじかがはほり。
ゆもとこれ也湯本の
りやうしゆさむ風郡
司じぬしは世をさり
給ひてそのちやく男何やしや丸家
とくをうけつぎたれどもとしなほ八九才
なるをもて後室長わくいと御ぜんうしろ
見してまへりごち給ふとぞ是尚ぐんの
れき〳〵なるにおん身今まねきにおうじて
かしこへおもむき給ひなばとほからすして
立身かつあるべしま
ことにめでたきことに
こそといへばたけ世は
いち義におよばす
しか庵にはその
ゐにまかせて今より
かしこへおもむくべしわらははなす
わざもなくてこゝにおん身のやなり
ひをうけて月日をおくらんより
なか〴〵にほゐにかなへりかしこへゆ
きてつとむるともきやくぶんのことな
ればやうすあしくはかへら心のみといふに
しおんはよろこびてわらはも
ゑんりよなく
おくのしまりに
けへせいすへこ伝に烏
野しきを部屋とし給はり三たびの食事法師へきるもの
までともしからずかのせられて世にへだてなくつかはれけり
さればたけ世はいつとなく出頭してつとむるほどに此
ううのものどもが領主づかへねがふことあればかならず
たけ世のとりなしをたのみしにそのすぢよこしまならぬ
ものをばたけ世はかならずとりなしてねがひをかなへ詩
させしかばうかへらみなよろびてたけ世にものを
おくりしかどもたけせはひとつも
これをうけずわいけつ
ばくをむねとせしかば
うら人いよ〳〵よろ
こびけり次へ
けいせいすいこといふ
かくてともすでにくれなんとするしはすならばになりにければある夜わこいと御ぜんはとわすれの偽元をもよ
してたけ地あもさをのませよとやほとりちかくまねかれけりかくてたけ世はその席北に。いたりて見るに幼君は
後やしや丸も女ぎみのほとりにありわかきばこともうちましりて酒もりさいちうなりければつかで
わろしと思ひつゝはしりいやんとるゝけるをわくいと御せんよひとゞめてたけ世はなごて来るより遠く
いづこへにげてゆくごやといはれてもとの聞になほりわらは心もとこれるにんにて御家来
前にははべらぬにとのさまもをはしますわきをとともはべるなるこのおほしきをけがさんは
いとはゞかりにこそはべれといふを後室片かうちわらひてさてもたけ世がものがたきよ
そしたはよろへはだそなき心腹読のもの也とたいもしく思はずはいりてかくべまねくだきその
わかうとはたよりの介あさ風とよばれたるすなはち
ふだいのらうだう也いさゝかもゑんりよはあらず
こよひはさゝをすぐしてよとねんころにときしめして
さかつきを給はりけりかくて又わくいと御ぜんは
ひとりのこしもとにつくしことをしらべ
させこよひはたけ世をもて
なしの為やしや丸に
ふえをふりすべし
まろはとしなほ九つ
なれども武げいはさら也ゆう
〽これはみごとねがはゝは
〽かさねて
そのおさかつきを
思ひざしならいたゞ
ぜいにも甲犬口用
きなるものになん〳〵も
とく〳〵とうながし給へばやしや丸
すなはちよこふえをふきすさみて
ことのしらべにあはぜけりさればたけ世はかく
までにわくいと御ぜんのねんごろなる
もてなしをふかくかんじて思はずきやうに
入りしかばめぐり来るさかつきを引うけて
のむほどにわくいと御ぜんはよろこばし
げにたけ世はさゝをたしむと申と
申まじ大
何中が思ひしよりはみごと也そも〳〵
そこにはべるたよりの介は
我げいをこのみて
ひざまのまめ
□□□□□□□□□
やかなるものぞ
からことしは廿八
方になりぬ見らるゝ
ごとくをとこぶりもいろ
じろにして人がらよし
はるにもならばなかだちして
かほうちあかめてこは思ひかけも
なきわらはするにんの事
なるにいかにしてみうちへと
ふうふになるよしはいらんや
その義はゆるさせ給へかしと
いなむをきかずさればとよ
今とてことをさだむるにあらず
介はたけ世にむかひてなのりをしつゝ大さかつきをも
さしにけりさるほどにざかつきもしば〳〵めぐりて
たけ世は八九ぶんにえひにければあやまちあらん
ことをおそれてよろこびをのべいとまばこめておのが乱
屋やにぞしりぞきけるこの日はしはすのもち月の〽次へ
としあけて又ゆるやかにこんえんを
たけ世そなたのをとこにしつべしかな
らずきらひ給ふなといはれてたけ世は
とりむすぶべしこよひがえにしのはじめ
なればたよりの介そのさかつきをほしてたけ
世にさしねといはるゝしゆうのさしづにたよりの
ナヘサハすハ二専六扁
たより
のめへ
◑おしやく
じや
のふ
〽御ぜんさまの
ぎよゐじやもの
つがぬと
おしかりを
うくるはいなァ
しいせいすいこ仲一郎
くまもなくさえわた
りてひるのごとくあか
かりけるにたけせは
よきやうなほつきず
心のうちに思ふ
やうわう
夜〽なに扨す人をとらへたか
イラこのよしを
こうしつさまへ
はは
◑左へ
の方ゟ〽武げい勇わきをもてごむかぜとのに
まねかれしに只かりそめのつとめにのみいくばくの日を
おくりてひさしく武けいをおこたりぬこの月あかりに
ぼうをづかひてはらをこなしてねむらんとてへやのにはへ
たちいでつゝしばらくぼうをつかふほどに八ツのかねの
ひゞくにぞいざさらばねむらんとてうちへ入らんとするへ
手がら〳〵
〽とつこいしめ
母ちゆうしんまうさに
しもべ
しもべ
〽それ〳〵なはを
両手をねぢれ〳〵
左の上ゟはやくたちねと
こづきまはしてえんがは
ちかくひきすゑたり
しばらくしてわくいと
御ぜんははなごどもに
しそくをとらして
はしちかく立いでて
したけ世をうち見て
けしきをあらかだて
なんぢは日ごろなさけを
かけてわれねんごろに
めしつかひしに今さら
何のふそくありてきも
ふとくもぬすみを
したるやはじめ
をよなきつみを
もつて来たぞはやく
をがして
〽しゆなが
やしになり
たれども
たぞ
なほもあくしんうせずしておんをあた
もてかへすにやあらんさけはて
たるくせものかなといぎまき
たけくのゝしればたけ世は
さはがす
ほどにたちまちおくにはのかたにあたりていたく
をなごのさけぶこゑしてぬすへ入りぬとよばゝるを
たけせははやく聞づけてきてはくせものごさん
なれわが身をやしなひおかるゝはかゝる時の
用に着たてんとての為なるにいでや
ぬす人をからめとりて日ごろのめぐ
みをかへさんすとひとりごちつゝもつ
たるぼうをとりなほしわきばさ
みておくにはさしてはせゆきて
こゝかかしこかとたづぬるほどに
かのたよりの介あさ風はおくの
みなく
はやく
なは□
かけろ〳〵
かたよりはしりいでてたけ世とのおそ
かりしわれぬすへをおひいだせしにひとりは
ひがしのかたへにげたり木たちのくまを
たづね給へわれらは出ぐちをとりかためて
西のかたをまもるべしといふにたけせは
こゝろ尋てにはの木のまをあちこちとたづね
めぐるをりしもあれそらはむらくもたちおほ
ひてたちまち月をかきけしてむばたまのやみに
なりしかばたけ世は石につまづきて思はずだうと
ふしまうへばそでがきのかげよりしてあまたのしもべ
はしりいでてスハぬす人はこゝにありとくからめよ
とのゝしりて手にくたけ世をとつておさへてはやひし
ひしといましめけりそのときたけ世は兼ふり立て人〳〵一
そこつのふるまひすなわらははこれたけ世也などてかく理ふ
じんなるふるまひするやとのゝしるをみな〳〵きかずあざわら
ひてこのぬす人のたけ〳〵し御よきよふけてこのところへしのび入りしは
ぬすみせん為ならずしてなにに来べきとく引たててちゆうしんせんせん〽四石の下へ
けいせはすい二伝六編
七五
わかはいかでか
うしろくらき
わざをしはべるべき
さきにこのとこ
ろにあたりて
ぬす人
入り
しぬと
ゆよば
りし
そのこゑ
定かに
きこと
そのぬす
なんとする
たけゆ
はしりまゐりはべりしをこの人〳〵が理ふ
じんにわらはをぬす人なりとしていま
しめてこそはべるなれといへばわくいとあざ
わらびてろんよりせうこといふことあり
ものどもたけ世をひきりてゆきてこやつが
部屋を家さがしせよといふにみなくこゝろ
得てたけ世を部屋にひきたてゆきて所持
せよのつゞらをあらため見るに上のかたには衣に
ふくあり下には銀のさらちやうしなんどよひに
酒もりにもちひられたるしなくあまたあり
ければたけ世はひたとおどろきあきれてさそはわが
身はわくいと御ぜんの奸計常におとされたり
そも何ゆゑにかの後室片介はわらはをかくははかりし
な心いとなさけなき心かなとうらみいきどほれ
ども今さらにそのかひとではなかりけりかくて
わくいと御ぜんはそのあけのあけのあさ
下ゟ
いへのこしるべを旨上へ
〽そちがつゞらの
さしそえて
そこよりしてこの
たけ世を
しなくかいで
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
嶋の
とりでへ
おとり
つかはしかれがぬ
すみせしといふことのおもむきを
かきしたゝめてかの銀のさら
ちやうしなんどをざうもつとしつゝ
あき田城地の介かげもりのやくにんにも右の下へ
これでもしらぬと
あらぞにかしやこゝな
わうちやく
ものめが
〽いかやうにのたまのとも身におぼえ
なきむじつのことが
そりや本左の印へ
の左の上ゟ
わたしけ
廿八
わきもと治
都の進は
さむ風やしや
やしや
丸のしよ大世を
見てまづざふ弁
らにたけせをうけ
御むたい
ます
ものなればさるぬすみもすべきはづ
とらせておくりの
人をかへしつかはしたけ
〽世にはきびくくびかせを
かけてそのぞくじやうをせめ
とふにかねてさむかぜよりあゆし
たのたのみをうけしかばさらに
たけ世にくちをひらかせずこのをんな
めは人をころしてこの地へながされたる
なりものども
こやつをむち
うちてはゝ
じやうさせよと
いきまきけり
(十一
つゞきたげ世は治部の世は治部の進にむじつみの
ことのよしをいひとかんと思ひたりしに治部の進はいさよも
たけ世にくちをひらかせずかいすみやかにうちこらてはく
させにさせよときまきたることのこゝろをたけせはさつしてうらの地やくにまでもにんの支配引はするのみ
この人おほやけならずしてうつたへ人をひくと見えたりかゝれば
今ごとばをつゝしてむじつのよしをのぶるともともあぐさことある
べからずまづしり〴〵とはくでふしてかしやくをのがれてそのゝちに
つみなきよしをいひくひらやことのびんぎのありもやせんもしこの
まゝにうちころされなばはぢのうへのはぢ也としあんをしつゝ
こゑをうへりたてしばらくしもとをとゞめ給へことのよしをまうし
あげんわらはふとでき心もてかのしなでをぬすみしことさうゐ
あらずといひしかば治部の進はさもこそとて死内牢ゑう
と名づけたるおもきとがにんをつなぎおくいは屋のろうにぞつか
けるおよそこのひと屋に入るへみ人のいのちたすかることのなけ
れば死囚牢婦人といふなるべし○さるほどにふた
あゐの紫苑刻はたけ世がむじつのつみに
よりて死しうろうにつながれたりとつたへ
聞ていたくおどろきいそぎをじか嶋へ
はしり来てたけ世をすくふことの
てだてを父鵜太夫とだんかふ
するに鵜太夫しば〳〵たんそくして
われひそかに世のふうぶんをさぐりきくしに
さむ風の後室房わくいとはもゝん神に
時ふすまにゆかりあるかはほりの領主四郎
横嶋よみ兼け焼てるつらとかねてみつうの
きこえありさるによりひそかに照づらとしめしあはせて
うまくたけ世をおびきよせつひにむじつのつみにおとして
野ぶすまが為に先度賤の為こんそかへさんとはかりし也●右へ
たけ世にくちをひらせずははすみやかにうちこじてはゝ人に宇められていはいはいをぬまつなけれは此
うらの地やくにんまてるにんの支配乱はいをするのみし
なれば此たびのごとなどにことばをそゆることは彼
なかずしかれ共□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ことのよし給ひとかと思ひたりに治部のをいさよも代諸事あんとあざがらぬやうでらめたけせはぬ
人に定められそいはやのひとやにつきがれたりわれは此
ことのおこりは
わたしゆゑ
そんなら河東の
内かたをこしらへて見まし
〽とかくにおれは
つゝきそのときたけせは治部の近にむゑのつみの
代諸じやくあんとあさからぬしよんありしかげたけ世はぬす
今中辺
さむ風の
たのみで上を
ちつともうけ
すれば〳〵
たりやが足
斐をつん
□□□
せうる
せしといふことは
見たが
ぬすみ
むじつなや
さきに
んといふに
よりわき
よいてや
よいてや本民本
いちがいに
たけせがつぎへ
ナヽナヘシト
しいせいすいことは誰
つゞきつみをさだめかねて
ひやう議まち〳〵也としも
聞ぬおことは
たけせがおんを
うけしに
今その
おんばうへ
さずは
なきに
義をむす
ひてあねいもとゝとなふるかひも
にたりよりて思ふにし
おことははやくひと屋し
あづかり河東法六の
しゆくしよにおも
むき法六の内義松に
たよりてたけせがひと屋の
苦くつうをのがすびんぎをたのまば
そつとにつけてともりもせらねんか
さはれかの人〳〵にしかべとたのま
すはそれも亦せんなきこと也
とく〳〵ようゐ
せよかしとことばせわしく
さゝやきしめすをしおんは
聞ていち義におよばず
かたのごとくにようゐして
ひそかに河東法六の
しゆくしよに
〽ハテアんた
やうな
むすめ
よしみあるによしみあるにその
むすめ御のおんたのみをいな
みまうすにあらねども只
今つげたるわけあれどわが
ちからにはおよびがたしさりながら
ひそかにたけ世にあはんとならば
折を見はからひて
用で来たか
しらん
□
をなこは
をなばご
〽とかくに
民
六□
りを
□□□
ちからにて
おしつけわざな
おしつけわざなる
余義なな
おたのみ何ぶん
よろしくおとりなしを
さゝやき
心のそを
さゝやき
しゆて
しかとはうけ
ひかざりけるを
此糸おんはなほも
たのみしかば
法六もの左へ
おもむきそのつま
すやき野にたいめん
してたけせをすこふ
べきことの
てだてを
ねんごろにたのみ聞えてことしか〴〵と
つげにければすやき野聞てかうべをかた
むけこたびたけ世がつみのおもむきは
そのきよじつ定かならずとをつとも
かねていひしことあり法六はけさ出
仕流していまだやどにははべら
ねどふつきにほどもあらざる
べししばらやまたせ給へとてちやを
〽おたのみのおもむきを
法六が帰置き次第
ひそかに申きかせ
ませう
ませう
くどに
かびあけます
のみさのみ有
とてやうやくにうけ
とてやうやくにうけ
ひきげり○かくて紫
おんはつてをもとめて
そえがん代直木正作子
たけせが事をはそかにたの
みてしかぐとかたらひしに
みてしか〴〵とかたらひしに
正作はそのことをうけず次へ
すゝめくわしをすゝめていとまめ
やかにもてなす折から法六郎へり来にけれは
すやき野はしか〳〵としおんがたのみのことのよしを
つぶさにをつとにつけしかば法六聞てしからんには
われも此糸君おんにたいめんせんとてきやく生し
きにおもむきつゝさていふやうふんたのみののいちでにす
きにおもむきつゝさていふやうおんたのみのいちでには
只今すやき野がつまびらかにつげたればせう知して
候へどもがねてよりよこ島とさむ風の両家有
おもだちたるともがらとないえんありてしたしくげにそれ
がしも亦あやまつてそのしな〴〵をうけたれば今さらに
せんかたなし但しそえがん代直木正作ぬしばかり只
かのたのみそうけずしてたけせはむじつのつみたるよしを
をり〳〵がん代わき本氏へいはるゝときこえたりかゝればはやく
つてをもとめ給へな下木氏をたのみ給はゞたけ世をすくふ
こともあるべしそれがしとても鵜ら太夫とのと同算雄の
大丈十八丈六尺七間
天山四四
尚義金眼彪
三入死囚牢
死囚得活路
同右同
わいせいすけことにしい
九七
しかれどもたけせが事はもとよりむじつのつみなればちからをつくして
すくふべし心ながくまたれよといふ返事也そかに聞えしかば此京おんはしかはしかはしかは
よろこびてすなはちさよわつてをもとめがん代わき本活部のをとその
下やくられたのみけり○さるほどにそのつぎの日に此原云おんは河そ
法六がてひきによりて山そのひとやに入ることを得たりしかば食物
やうやくにほゐをとげてひそるにたけ世にたいめんしをおよそ
此たびのいちでには野ぶすまにゆかりあるよこ仰けんぢやう
左の上ゟしかでとびんぎつよしをつげしをつげしを聞て
すゑたのもしきこゝちしづのがれ去さらんとせし
よろがびてゑはちたかみてかとめがん代わき本治部のそとその
こそはこれよりおもひとゞまるけり○されば此京し
おんは法六がなさけによりてそのづぎの日もひと
屋にいたりたけ世にあふて酒食製紙をすゝめ
そのゝち又雨三日をへて。たらべ物をおくりつかはし
つうろみたびにおよびしをよみ嶋十んぢやう聞
つうろ三たびにおよびしをよこ嶋けんぢやう聞
照つらとさむ風の後室にかわくいと御ぜんのしめしあは
づけてひてかに治部の近につけしら
しくたはせをつみにおとせしこと又わくいと御ぜんはてるつらこ
せしかば治部の
みつゝうしてありし事且当所のがん代わきもと治部の
進はかの両家ととしごろしたしきによつて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
○ゆのゆ
をおどろき
いかりてよる
たけ世をがいせんとはかれどもそえが代なに
ひるとなくひと
木正作のみしたがはずこのゆゑにいまだ
つみの軽重献を定めかねくるゝ事
やのほとりにぎに
兵をつけおきて
すべては紫おんが心をつくして河東
およそそのやく
法六そのよの人〳〵をこしらへつゝ
いさゝかびんぎを得たりしよしをつま
びらかにさゝやきつげてかゝればいの
ちつゝがなく坊名妙をきよむる
ときもあるべし
気ながく時
せつをまち
給へとねんごつに
なぐさめて
いたまめやかに
法
人もなし
せわがひあつて
ぢやうでう〳〵
〽さいはひあたりに
ならざるものゝ
つうろをとゞめたり
ければ此糸共おんは
したけ世にあふこと
かへ得ならずわつかに
法六をたのみつゝ
折〳〵酒食乱を
おくるのみしかれとも
法六のはかくひにて
法六のはからひにて
たけ世がくびかせを
いたはり
のぞきゆるして大かた
ならずあはれみ
〇印へ
ければたけせは
印ゟ
たけ
世は此糸
あさ
からぬ
こゝろ
ざしにかん
ことを
かたらひて
ひとやの苦
げんをなぐ
さめけり
されば
たけせは
きのやまで
折を得ば
ひと屋を
こぼちで
のがれいでん
と思ひしかども只今
ゑおんが
ひとやの苦
げんもなか
りし人の
なさけを
よろこびけり
糸
〽何ごともいの
又よい
ちがもいだね
びんぎも
あらふのに
きなく
御つふて此うへに
わづらふて
くださん
すな
的
〽今にはじめぬ
そのじのしんせつ
わすれはおかぬ
よろこはしい
てゝごさまにも
よいやうに
こゝろ
□□□□□□
十八せへすはこ鳴に扁
しいせんすいこといふ郷
たけ世がつみはむじつ也そこつのはからのし給はゞ
後戸くわいあるべしといひしかば治部の近も心
ひとつにとりはかゝらふこと得ならずある日又一
作とたい申してたけ世が事をだんずるに
正作はひんぎを得て立嶋さむ風雨
家の奸曲親も父かのもゝん神曲ふすま
が事世のふうぶんのおもむきをしか〴〵と
さゝやきしめしてかゝれはたけ世はかの人
人のうかみによりてむじつのとがに
おとされたるにうたがひなしかれども
よこ嶋さむ風は客ぐんのれき〳〵なれば
そのわるたみをせんざくせんも又これことの
なん義あるべししよせんたけ世は夜を
をかしてあるじのおくにはへ入りたればぬす
人ににたるつみをもてふたゝび
とほき嶋などへながさるべき
同
ものか此義をもめてかまくうへ聞え
あげしゆくんの下知にしたがはゞ後
たえなんたえてなるべしといに治部の
しをははじめてさとりてくやしくもかい人
人にあざむかれてたけ世をころさんと
はかりしことこそかへすくもおちこまなれはぎ
さらばことのよしをかまくらへ聞えあげら
くんかげももの下知状強たうらいしてければ治部の進正さくらつゝ
しんで披見知するに馬にんたけせがつみの事しつけん北でにとの聞え
ける程に直木正作はをり〳〵上やく洛都の進をいさめて
ことてにはかに皇五十五日にいそりきしめてひきやくをりまくらへつかはし
けりかくて一月あまりをへてそのひぎやくかまくらよりかへり来つしゆ
廿八
〽いはれをきけば
そこもある
ふさうとは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
そゝす此糸をおんも今はせん
かたなくほところよりか
二十両とぼく介に
〽さむ風の
後室衛つ
よこ嶋氏と
わけあるゆゑに
まに
かたんして
せたる
たび衣い
せうの一ト
つゝみをたけ
世におくりて
さていふやう
お下なば
まつづ
上ふんべつ
さやうとも
たけせを
むじつのつみに
おとせしたくみは
世じやうのふうじんに
かゝれもないを
はからひあらば
いなものと思ふも
なる
かたまうちなる
あねごせ
あいして
しやめんの
ときをまち
ねがには身そ
給へなほ
木氏の
しゆくんのおゝ
はからひ
いのち
たす
くり
□□
ども
女ほ
入つたこと
ねへ口
いつまでとめる
〽きゝたくも
ねへよまいで
日がみじけへに
いけばか〳〵しい
同やく
ゆかふぜ
用捨は
ならぬせア〳〵
ゆくべい
なり
そうな
ものじや
わたしが
うけおさめ
うけおさめて
ひきいださせそひかを二十むちうたせてざらに又
くびかせをかけ。むさ七ほり八といふ二人のぎに兵を
さしそえてそとがはまへながしつかはす子たけ世は
ひはみちつれ
せはなさけ
まんさらしらぬ
とちでもないに
くちでもないに
おまんがたのりやうけ
いとつでしばしの
用捨ようはの
〽わくおいとしいたけ世さまの
くださりませ
あげて且おん下知をつたふるもの也六十日の
「下ゟしされば
あのやつれは
西のやつれはイ
日がらはてなばだけ世はしもとのかず二十むちうちてちらにそとが
とてゆだんは
はまへながしつかはすべしとありしかばかさねてゐ義におよぶべくも
ならすながき
あらず陰部の進はその為を待てかだのごとくにはか
たびねに用心して人にな
らひけり○きるほどに六十日の日がらもはてしかば
はかられ給ひそといへばたけせは
をじか嶋のがん代治部の進はたけ世をひと屋より
うなつきてその義はきづかひ
し給ふなわらはすでにふんべつ
いかせをかけ。むさ七ほりはといふ二人のさふ兵をありはこゝろ都かたきはおん
身はいだゝおもやつれてかみの
法六がなさけによりごくそつら心して
うちにきずもやあるはち
まきをし給ひしはいかなる
そびらをわつくうちしかばしもとの苦
ゆゑでとたづぬれば此糸おん
つうなかりけり○この日ふたあゐの
此原おんはしもべぼく介にふろしき
こたんてさればとよいめる日
つゝみをせおはせていでて町はづれ
かのもゝん神に野ふすまが
三十よ人の手したを
なる茶店御やにをり竹世がよぎるを
引つれわらはがしゆく
まちつけていそがはしくはしりいでう
なごらなごり我をしかとだをそゝぎ
なごり越をしみなみだをそゝぎて
しよへおしよせ来て
しばらくみちのほとりなるしだし
わらはをむごくちやう
ちやくし奴婢女どもを
河屋にいこはせてわかれのきか
おひちらしてげいこしよ
つきをすゝめんといひけるを
いせさまの
そも酒見せをもうばひ
むさ七ほり八うけひかねば
とりはべりにきこのゆゑに
紫□おんはくだんの両人に
おの〳〵五両の銀子をおく
わらははからくをじがね
りてしばしのいとまをこまと
なるおや鵜ら太夫が
いへどもむきともほり八も
しゆくしよにめへりて
うちふしてはべりしかばおん
そのかねをなげかへしてわれらいか
身に食事しよくを
でかかばかりのまいなひをむさぼりて
こゝらにあしをとゞめんやとく〳〵百右の丁
おくわと詩ならず飲へし
こゝらにあしをとゞめんやとく〳〵百右の事
けはせいすはこ嶋三郎
此部屋鋪町
づゞきし鵜太夫がほり〳〵に法六とのまでしよくもつをおはりつかはりつかはりつかに
こづきますいまだいこはねしともおん身にあはんと思ふばかりに
なびをおして来つる也とつぐるにたけ世はほどろきてむ
一ねんやるかたなけれどもむさそほり八におつたてられて思ひ
ことそかにかくにいひもつくさぬわかれぢのたもとをそこにわかちけり
○かくてたけせはさいりやうのざに心はにおつたそられと三里ちゆり
○かくてたけせばさいりやうのざに言におつたてられて三里あゆり
おもゆくほどにくだんのむさそほり八はしば〳くうしろを見えりて
かの人〳〵はなどてやおそきもら見えさうなものじやがとさゝやがとさゝやくを
もれ聞たるたけせはきかぬおもゝちして又二三十町ゆくほどに
むかひに一トすぢの小川よこたはりてつち
くればれをかけたるありこの川ばたの
やなきのもとに六尺ゆたかの
大をとこ両人ながきかたなを
もたれよこたへこなたをむきてたゞすみ
おしめんだ〳〵
たるがむさそらを
見て男右大べし
おれがかたなで
きられるに
あんまり
ちゑが
〽たけ世が
いかりのいき
ほひにくびかせ
さけてあよりへ
とびちりし所
勇ふのゐせい
思ひやるべし
●地ごくおとしは
はしの下
思ひ
ねすみの
ともがら
よくがらつみを
ますおとしの
しつたりや
十八百八十八一両十一品
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ぼりはを
あとにきりさきに
十七日ゟ
見かへりて
〽せくはせしつゝ
たちてくだんのはしを
わたるときたけゆ
心にすいすれども
なほもゆだんの
ていにもてなし
しらずやこゝはめ川の川
こゝはいづ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ればほり八
こゑをいら立て
上くも水はたいふ
橋也とくわたれ
といひもはたさず
もつたるぼうをゆへし
同十一月十一冊
しいせつやいこぼし丁紙
つゞきとりなほ
やにはにたけ世が
あしをはらふて
川へおこさん
川へおとさん
としてけるを
たけやはやく
あしをとばして
あしをとはして
ほり八を橋より
給上の夫ゟし引おこしてなんぢうとものに
たのまれてわらは左憲助せんと
あしをはらふでありつるまゝにはくでふせばないせをはまね
川へおとさん
てはくるしげにこの雨はかねてよりよこ
嶋このと野ふすまに
れてあまたのかねをおく
られたるよにま
よふてその義を
下へたちまちはたと
けおとせばむき七あな
やとおどろきいかりてかた
よふてその義を
うけひき加
せいの
なをぬきてうしろよりたけ
世をきらんとすゝむ所を
為につかはしたる
たけ世はひらりと身をかはしつと
野えすまが武石いの
つげ入りてむさせがもつたるがたなをう
ばひとりておつとおめいてはたときる弟子にとしめし
やいばのさえも勇ふのいきほひいかりと
ともにくひかせ入ざつくとざけてとひちつたりさんとはかりし也ゆるし給と
すでにしておき上はかたさき四五寸ふかてをおふてわびしかばたけせは聞てあざわざ
はしのたのとへたやれらばかの同ぞういの大をとことはその義ならばゆるしがたしといふ
このありさまにきもをつぶしてかなはじとや思ひけんよりはやくつきたにして
いちあしいだしてにげんとするをたけ世はすか
あはしておん身をころ
むき七をさしころ
さずおつかけおひつめその一人をきりふせて
又かのひとりの大をと
のこるひとりのくびうちおとし橋より下へとび
このいまだ死なであり
をりてけおとしたるほり八が半死中生なるを
口つうにたへすちんずるやう
引よせてくひかきおとしてたちあがるにふゆの
川のことにしあれば水あさくしてひぎにおよばず
かくて又ふりてをおふてたにれゑしたるむき七を本京中一つのものにしてそれがしは
けるを引おこしてせめまにの
われ〳〵は野ふすまが腹心
いとまをとらせたぞ
ふくのものにしてそれがしは
〽それさへきけば
用はないこの世の
●左の上ゟひる日の
づく蔵とよば
るゝもの也又
一□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
とび九郎といふ
れたる野すまのさし
づにしたがひわれ〳〵両人
かねてよりむさて
かやうほり八としいし
ほり八がもし
もいなりむさ七
しそんすること
おもやあらんこ
しりよせら
あはせ此とこ
ろにまち
あはしておん
身をころ
さんとはか
りし事
○
きり
後くわい
つかまつ
りぬ
ゆるし
わびにけり
給へと
助編ゟ表編仕束ゆる事実に記書の
傾城水滸伝
代編を編八編子年秋が貢出ししの歌川国安画
物画亭画琴師
会本輿楚軍談
通俗漢梵聞詩を御子様方に
初編ゟ為編迄
わかりにすぎやうにひかいなに
共ニ十州出来
誰し候ろ出し傾き軍書なり
惣一人皆本人同一言共二十判也
一陸送公人の上者衆を蒙候
水滸伝になぎとらへておもし
当世役者水滸伝歌川国貞画
ろくつくりたる画木なり
初編ゟ六編迄山東京山譯
稗史水滸伝
同同十二冊売出シ歌川国芳画
車肴一枚つき粉色せり
画面に落く興あくは
水滸傳豪傑雙六歌川国芳画画
おもし大き事双六統一なり
水滸伝副場雛形
初編鶴屋南北作
四州歌川國貞画
山東京伝作
忠臣水滸侍
副水
繪入
十冊
忠臣くらの義山相越前守様
水滸伝になばらへ綴たる玉路
おもしろき名文の絵本なり
欠5
S
日本郵物書11
一初編ゟ五編位宛焼而負出に任下ひ
貞成下許専
領城水滸伝
大編を編へ編子年秋ゟ青出しの歌川国安画
西耳風琴岬
通俗漢梵輩誌を御子様方に
初編ゟ五編迄
繪本漢楚軍談
同十二月共二丁刈出来
わかりゐすきやうにひらかなに
消したる事もしろき軍書なり
山瀬門衛右喜屋鶴堂窪川運村庵
一芸道名人の上者衆を蒙候
水滸伝記なごとらへておも
当世役者水滸伝歌川国貞画
ろくゆくりたる画本なり
初編ゟ六編迄山東京山訳
稗史水滸伝
同同十二州遠州摂津波川国芳画
本書一枚つぎ粉色すり
画面に落く興あり
水滸伝豪傑雙六歌川国芳画
おもしんこ事様六徳一なり
水滸伝副場雛形
初編鶴屋南杜作
四冊歌川国貞画
山東京時枡
繪入
忠臣水滸伝を
瀬水
十冊
忠臣くらの義士等を豪傑
水滸伝になせふ餅たき国になす
おもしろき名文の絵本なり
曲亭馬琴著
領城水滸
傳第六編
歌川国安画
下帙巻之下
▲金銭七銭
曲
同十一日
一一一一九一
馬一奸夫淫婦の鴛鴦樓は阿曽沼の詠歌に恥る邪慳の剣羽
作単身にして衆敵を植ぎし
作
作琴
琴水刃霜鍔の目覚しき
勇婦竹世が一節截の潜態
琴
鶴
喜
領城水滸伝第六編之四十九
阪喜鶴
国
安
かいたうきんさいをりえ
安戒刀釁祭も折を得たる
国山豪林賊の能莫庵は不動尊の真言も空なる積悪の天網
こぢよすがこもじやうじやくむらかへりはな
孤女菅薦が柔弱村の復花
画一朝にして旧怨を報ひし
七
つゞきそのときたけ世はづく蔵がはくでぶをうち
聞てしからばなんぢにたづぬることあり野ぶすまは
今いづこにをるとゝいはずやとえりほねのくだ
くるばかりにとりしばればづく蔵いよ〳〵苦く
つうに侍たへずほそれるゑをふるはしてその
義もつぶさにいふべきにしばらくこぶしをゆるべし
給へわがやし君せう野ふすまは横嶋とのへは
ともろともにさむ風とのゝやしきにいた
りて梅見がてらに駕誉楼孫次郎にて
わくいと御ぜんと酒もあそびてわれ〳〵が
おとづれをこにてまたんといはれたりかゝれば
今なほかのところにをるにさうゐは
候はじといへばだけせはうなつきてこの
うへはなんぢにえうなしいで〳〵いとまを
とらせんずといふよりはやくくびうちおとして
ふくだんのにたりのものどものこしかたなをみな
○ひとつによせてそがうちにてきれあぢの
しかるべきをえらみとりさきにの下へ
〽こゑをたつると
一トしめじやぞ
わゆ上め柴おんがおくりたる一トおろしきいたび衣はせうを
きかえてもすそをつまはたみひとりつら〳〵思ふやうこの
ものどもをうちはたせしとてわがうらみのはるにあらず
つゝあらに
くるばかりにとりしはればつく蔵いゝいよく世かく母也いちやからことへおもみなころしにしにしくはらをいつゝあらに
まはせて
月よりやのさむ風おや子はわがしゆ
くんにはあらざるに今さら
湯本を
たれにの鳥
さして
いそぐ
ほどに
みちに
〽いぎがとま
くるら〳〵
くも水ばしの
ほとかには
つねにゆき
て東のまあ
けいせいといこそいふ
くだんのていたゝやを見とがむるののなかりけり○さるほどにたけせは
その夜ゐなかのころにさむ風のやきなるおもてもんのとのかたに
はじがつきでうかゞふにもんばんのしもべばうまゐをしけんいびきの君
かするそのこときたけせははらのうちにはかりごと思ひおこして右に
やいてをぬきそばめひだもの手をもてもんの戸をキキリ〳〵と
おしならせばもんばんたち
まちおどろきし
ざめてあ
なれば
の左の上ゟさうゐなしあらくるしやと
うちうめけばたけ世はさててとうなまちあら
つきてほそ引のなわうばひとり此もん
ばんをいましめて手ぬぐひはまする
さるくつわ門のかうしにつなぎとめ
につことゑみつゝ見かへりてなんぢをころ
すはやすけれどもかずにもたらぬ
もいどもをむやくのせつせう
何にせんしばがくそこにゐよ
○左衛門
まちあくびのび
してあいおだや
くたちは夜の
ふけるにいつ
までかへらど
ゐ給ふことぞ
といへば
ひとりが
りてこぢ
あけんとし
つるぞや思ふに
あん内しつたることな
ればなんなくおくに
しのび入るに。
かしといひすてくつどうちに入る
さればとよ
けふひる
けやむで
よりの
酒もり
かならず
ぬす人な
らんざらめ
とらんは
やすけれ
どもいと
こもとの
をんな
どもの
つどひ
ゐたるが
だいすの間にて
じやに
あのやう
にものまるゝ
ものか
とても
こよ
さむければ
ゆるしおくとく
立されとのゝ
しりけり
たけれは
下へ
の〽なにからなに
よこ島
さまの
までぬけめのなり
ひぞかに
おはからひ
ゑみを
今ばつは
ふくみて又もんの
ならせばもんばんのしのべし
見はのしめべし
たけせ
めは死がいにこもを
れて
からすに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
へとかごと
がましく
こらへかねて此ぬす人めが
ふてきさよいねといふにまだ
ゆかずはからぬとつて手がらに
せんそこなのきそといきまし
きて六尺ぼうとほそ引の
あさなわねにやく
わきはき五もんのくゞり戸
おしあけていづるをたげ世はとび
かゝりてえりがみつかんでも
ぐつとおふせなんぢは□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
われを見しりてをらんわらは
今たづぬることありよこ島てる
つらと野ふすまはいまだかへらで
おくにやをるありのまゝにつげ
しらせなば命をたすけ
新さすべしこゑをたてなば
つかみころさんいかにぞやとせめ
とはれてしもべは□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たまひ身にそはず
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
すでにこのあらをん
なをたけ世也としり
けるに手にやいは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さへもちたれば止番はのねも
あはずこゑをふるはしたけ世のとじ
ゆるし給へたづね給ふよこ島さまと
もゝん神はけふひるよりゑん
おう桜何にござるげなながしりなれば
いまだかへらず此義ちつともの右のなかへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
けへ芝馬二島に扁
□□□□□□
つぶやきけり
たけせはこれを
たち聞してさてはよこ島
めも野ぶすまいも〽つぎへし
一七五つらも
とび九郎も
かへるさうきもの
●よもやしそん
することは
あるめへのふ
□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
げんをかゝ
せてたけゆる
ゆだんさせ
けいせいすいこ件六編
いまだかへらでゑんおう楼にまさしくをる也
きはまれりわれ今だいすの間をよぎりてか
たかどのにおもむかばをなごともがおどろい
さはぎてかならずこゑをたつるならんさる
ときはつみもなきかれら也とてゆるしがたしこれ
むやくのせつせう也このとみつよりひがしの
かたの廊下かうをめぐればゑんおう楼
かたの廊下かうをめぐればゑんおう楼
弘のはしごのもとにいたるにちかかり日
ごろあま門斎はよくしりぬさはとて
やがてぬきあししつゝひがしのろうかにめぐり
いでてかのたかどのにしのびちかづきはゞごそ
なかばよぢのぼりてことのやうをそうかゞひける
○さる程にかはほりの頃土しや町よし嶋
けんぢやう照つらはかねてわくいと御ぜんと
しめしあはぜたけ世をむじつのつみに
おとして野ぶすまが為に日ころの
うらみそかへさんとたくみしはもとおとぶ
上のすゑゟ
いへば大かたよはりはてたる
たかどのにおもむかばをなごともがおどろきならんざるを四人惣がく
りにしてうたばしおほせ
ざることあらじといへば
野ぶすまうちほうゑ
みてまことにといゝのたまふ
ごとゝかのとび九郎づく
蔵は武げいに
すぐれてちからも
つよしゆきに六七
なかばよぢのぼりてことのやうをぞうからひける里のみちならんにかへるに
ほどはあるべからずといふに
ほどはあるべからすといふに
わくいともうなつきてよしや
夜はなほふけるともまち
あかし給へかし今に吉左右
きりあるべきにといふをたけ
すまはてるつらがかまくらより
世はうち聞て
ともなひ来たれる勇わきの
□□□□□□□□
をんななるにもろくたけ世に
□□□□□□□
うちたふされしをくちをしく思ふの
のみならず野ぶすまも亦
てるつらの手をかりて
ゐこんをはらざんと
思ひしかばあまたの
かねをついや
して照づらと
わくいと御ぜんに
の〽まとにとうだいもとくらしでたけせが
来たをしらなんだ
アイタタタませ〳〵今に
とはじ
のぼう
丁ゑふり
たてや
ねぢけ人共
かくでして
やいはを
うけよと
このゝしれば
を三人ひと
しくきつと
見てこは
そもいかに
とばかりに
おどろき
さは
ぎて
夏をうし
いづくに
〽たよりの
なひみな
にげみちを
もとめたる
しうせう大かた
みなく
みなくならざりけりその
おくりしことのあれば也こゝをもて
てるつらは野ぶすまをわがやきに
かくしおきたけせがひと屋につながれし
〽人をのろはゞあな
ときをじか嶋のがん代そのよのやくにんにも
おほくおくりものしてすみやかにたけせがつみを
定められんことをもとめしにそえがん代なほ木正
作にさゝへられてそのことをはたさずあまつさへうま
くらよりしつけんの下知としてたけせはふたゝびそとか
はゆへながさるゝと聞えしかばたちまちのぞみをうしなにて
なほ又たけ世をおくりのぎに兵むき七ほり八に十両のかねを
おくりてみちにてたけせをころさせんとはかるものからたけし
世はきこえし男婦なればしそんずることもあらんかとて野ぶ
すまが腹心得のをしえ子なるとび九郎づく蔵両人を
つかはして人のゆきゝのつねにまれなるくも水橋のほとり
にてたけせをころさんどはかりし也これによりてるつらは
この日野ふすまをともなひてさむ風のやきに
いたりゑんおう桜何にまとひしてかのものどもがしおほ
せてかへるをおそしとまちたりけりそも〳〵このたるとのを死鳥誉桜花亭と
なつけしはさきの段王あきむ風郡司郡司戊のものすきにてからかみすき戸心
なつけしはさきの領主のかさむ用郡〽ロ氏のもくせきにてゆくゆゑとよひなし
かべやすまにいたるまでおほ〳〵をしとりをゑかゝせたればゑんおら様とよびなし
たりしかるに後室□がわゝいとはよこ嶋てるつらとみつづうしてよりこのたか
どのにてしのびあひけりことのこゝろはをしとかのつがひはなれぬたのしみをながく
とらんとの為なるべしこのとききらぎのなかごかにてにはのやく梅のいろ〳〵なる今そそ〳〵
さかりとさきみだれしかばわくいと御ぜんはこの日うめ見の酒えんをもよぼして照つづ
ならびに野ぶすすまをもてなしけるにその日もくれてはるの月東をゑんにさしのぼり
ひるのごとくあかかりしかばてるつらは酒のえひをさまさんとてたかとのゝらんかんにひぢを
のたしてむき七ほりはづく蔵とび九郎らがうはきをしていかにかにかのものどもは思ひのまゝに
しおほせたらんかよしやたけせがたけくともひさしくひとやにつながれて且二十むち
世の見ごらしに
くびをならべる
かくごしや
ふたつとたとへにもれぬ
てんのせめあくのねだやし
□□□
わ
〽こと十ぶんに
きとの
いの思ひ
ほこり
ゆだんは
大てき
ふかてをおふたか
くちをしい
であはぬか
はやくときたけせは引
であはぬ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
やいはをきらりと
ふりあげてはしり
我かゝるをさゝゆる野ふすの
かたへのしよくだいかい
とつてうたんと
とつてうたんと
するをものともせ
ざかしたけせはは
やく身を
かはし
左手ゆんに
丁と
しよくだい也
にぎりとゞ
めてかへす
かたなに身
ふすまが
さきを
ばらりずんと
きゝつゝればのつよ
さんときききなくれしめばわくいと追てはこの日うめ見の泥えんをもよぼして照ら
そのひまにてるづらは
わきさしを引ぬきて
ひかのごとくあかかりしかばてるつかは思ひをたとさんとさんとくたるとのゝらんにひちを
おもてもふらずきつてかゝる所
たけせは詩たりとつぎり
けは英兵はこれは三島
けいせいすいこ件也紺
さずはたとけるけられてウンとうめきもはてず身を
ひるがへしてたふるゝを見かへりもせぬたけ世がはや
わざふみこみ〳〵たゝかふほどにてるつら数ヶ
所法のふか手をおふてよろめくところを
丁ときるやいばのさへにてるつらはふたつに
なつてたふれたるひゞきよわくいといきよき
かへしてにげんとするをおひうちにあびせ
かけたる勇物の手のうちわくいとも
かたさきより七九のゆまできりさけら
れてたふれふしたるもゝん神にまろび及
かゝれば野ぶすまはこちねんとしていきふき
かへしかたへにおちたるてるつらがわきさしを
かいとつてふたゝびたけ世とたゝかへども
初大刀しよのいたてにたゞむきおと
ろへたけせがやいばをうげそんじてとんぼ
ろへたけせがやいばをつけそんしてとい
がへれる野ぶすまがかうべはまへにはたとおちて
むくろもともにたふれけりさるほどにたけせは
むかひすゝみておめきさけんでたゝかふたりさるほどにわくいとはにげんとするに
たけせがうしろに立めぐりてあしをとらんとするところをたけせはすかやや
すでに思ひのまゝに三匁たりのあたをころしつくしてなほてるつらと
わくいとのことゞめをさしてにつことうちゑみちしほをもつてかたへのかへに
人をころすものはこれどらをうちしたけせ也どふたくだらにかきつけて
ちかたなひさ
げてしづ〳〵
とはじごを
くだりて
下屋に
いたれば
あきさけんでたゝかふたりさるほどにわくいとはにげんとするにみちもなければ
◑左の上ゟしきつて
は□すつるおとゝともにたけせは
身をちゞましてはやくその矢やを
さけしかばねらひたがにてむかひより
すでにいで来るやしや丸はむなさき
よりそびらまでたちまち皆比のぶかに
いぬかれてあなやと一トこゑさけひも
あへずのけぞりたまれていきたえけり
たよりの介あさ風はこのていたらくにおと
ろきさはぎてゆみなげすでてこしかた
なを引ぬかんとするほどしもあらせず
なを引ぬかんとするほどしもあらせず
たけせはひらりとはしりかつて
たよりの介がみづおちのあたりを
ぐさときしつらぬけばさけびくるしむ
あざ風は手あしをもがきく
死んでけりこのときわかたう
もしもべどもはみなこと〴〵くにげ
をなご
どもはにげ
うぜて
しか〴〵と
つげたりけん
わかたう
しのべ
むらたち
来てある
ひはやい
ばをきら
めいし
六尺
ぼうを
うち
ふりて
うち
とゝて
おつ
とり
まくをたけ世はさはがずきつと見てて
人なきざかひに入るごとくきりなびけ
うちちらしていづこまでもとおつかけたり
このものおとにやしや丸はふとよりおきて
来つうばよ〳〵とよびながらはやつぎの
間へたちいでたるむかひにうめゞにたゝかりの介は
半弓鞘をひきかためてさけせすめがけて
十八廿八十尺七伝江扁平助
うせててきたにものもなかりしかば
たけせはやがてちかたなをぬぐひ
おさめてやしや丸のなき
からを見て嗟歎たんに
たへすあはれむ
べしをさなき
両人さへ非命
めいにをはりを
どりしことこは
そのおやの
いんどくの
子にさへ
むくふものな
らんげにせき
廿四
□□□□□□□□
いへには
余頭
いましめられたるもん
ばん人にはこのことき
しかがあり
おそるべしくと
〽ひとりごちつゝ
ゆう〳〵とおもて
もんよりいでてゆくを
までもかうしの
もとにうづくまり
ゐておめ〳〵としばし
たけ世を見おくりけり
けのせいすいこと
されば又さむ風の後の
されば又さむ風の後
定めわくいとは大
かたならぬいん妙にてたゝ
つうしてをとこめかけに
したりしに又てるし
つらにもみつみして
世のそしりをはゞ
からずこのゆゑに
衣はせうかみのかざ
りはざら也ゆうきやうに
りの介あさ風とかねてよりみつ
ぶんのみつぎをおもくし
海本祐のたみに
くわやくをかけてしへ
たぐることおほかりしを
たけせはさら也紫
おんすらはじめはかく
ともしらずしてかれが
為にはかられけり
したしみ女子ぢう小人世うを
のみあいして非法弘のおこ
なひをむねとせしによりこれ
命をうしなにて両家だんぜつに
おごりをつくしてりやう
いはんや又よこ嶋てるつらは
善人をうとみてあく人に
いく
手は見せ
かれともにたけ世が為にあたら
竹
〽おぎと
はぎとの
あいだから
おひはぎ
ども
たりても
□や
したしみ女子ば小人せうを
ぬ
およびしは先祖のみたまもみはなちたるいんどくの
ものしにでたり
〽すんでに
おかしらが
おそいばりで
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□
上印の左ゟ
まいひとくよしも
あらねどたが
あらねとたが
ひにちとの
けがもなきは
なほさいはひに
はべるかしと
わびつゝもあり
あけの月あか
りにすかし
見てあら思ひ
かけざりき
むくひなるべしといはぬものなんなかりけるさる程に
たけせはすでにさむ目のやきすはしりいづる
ときまだ子のこときにすぎざりしかばあしに
まかせてはじるほどに思はずもみちにまよにて
ゆけども〳〵さとにいでず夜ははや七つのころ
にやと思ふにゆくては只ばう〳〵たるかれをはへ
のみおほかるをかきわけ〳〵ゆきなやむむかひ
くつるおとゝ共にとび来る一トすぢのさ
矢にたけ世はおどろきてしばしあた
りにまなこをくばるにさいはひに
して矢やはそれてわが身に
つゝがなかりけりかゝる所に
右ひだりのくさ
ずの山だちどもをんなと
むらかけより
思ひあなどりてか天ばつ思ひべ
「四上ゟあら
をとこ二人はしり
来てたけやかをひらめ
かしちがやのうちにたゞ
すみたるたけ世をめがけて
つかんとするをたけせはする
さずやりのほさきをにぎり
にげんとするをにがしもやらず又引つかみ
もどうをうたせて三げんあまりなけにせて
世のとじならずやと
いふにたけ世もまなこを
定めてくだんのかり人を
よく見るに是すな
とゞめ引よせてかいつかみてだうと
なぐればのこるひとりもおどろきおぞれて
いかりにたへぬこゑたるやかに命しら
おん身はたけ
はちべつじん
ならずつち
しらせんずといきまきたけく
義を
むすび
たるはか
はたけの
いふにたけ世もまなこそ
青しば
なりければ
なりけれ
こは〳〵いかに
とばかりに
よろこぶこと
大かたならず
なげられ
□□□□□□□□□□□□□
のしれば手にかり
ゆみやを
〽なげたのうちによこもろかう
どういふもんだこいつは
西印へ
ひどい
〽アゑはたしかに
おぼえあるたけ世の
とじではないかいのふ
世に
くく
主目
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ひとりのかり人むかひより
なきだけ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はじめてしりて身をおこし
いそがはしくはしり来て女中ぶ礼をゆるし
われ人は山ぞくならず此わたりのより人なるが
ふんぞんをくま也と思ひたがへて矢やをいかけやるをつけ
んとしつゝことのこゝにおよべるなりそこつを三印の右へ
ひざまつきてそこつの
つみをわひにけりそのとき
青しばはたけ世につぎへ
ナヽナリト云ヘ三田
けいせいすいこれ一緒
むかひてさきにおち身のゐけんにしたがひわれ〳〵しうふはたび人をとゞめて雲師すゝ
あくきやうをなきず夜なく此わたりをかりあかして元ものゝしゝしゝしかなにして
今なほさけをうりはべりあるひは又けものゝにくをさいまんぢうにこし
らへてをちこち人にひさぐのみおん身は又いかなるゆゑにてこゝらを
はいくわいし給ひし見ればきるものにちしほのそみたり定めて
ゆゑあることにアそといまにたけ世はうなづきてわらはがうはいつ
ちやうにときつゝすべくもはべらずやむことを得ず人をあやめて
身をかくさんとほりするふみとつぐれば春しばあたりを
身をかくさんとほりするのみとつゞれば青恋ばあたりを
見へりしからんには夜のあけぬ
まにしゆくしよへどもなひはべると
べしいざ給へとさきにたちて
つぢつゝみへいざなひつゝ
をつとそん次郎に
しか〴〵とたけ
世が事をさゝ
やきしめせばそん
〽おぜわに
次郎はいそがはしく
なつた
いでむかへてたいめんと
たけ世をおくせしきにしのばせて酒をすゝめ
あさいひをかしきなどしつ大かたならずいたはり
けりこのときたけ世はばじか嶋にて紫おんがめぐ
みをうけしことかれが為にもゝん神じすまを
うちたにせしことゆもとのりやうしゆさむ風の後
室につにまねかれてつひにそのはかりごとにおとしいれ
むきどこ嶋てるへらわくいと御せん時ぶすまたよりの水身どうらみあるわるものとゑひとりも
もらさずころしつくしてのがれ来つることのよしをふぜひよものがこれば。そん次郎はしばらは一たなはないなき
わざはびの
ありもやせんと
今さらに
やすき心はないはいなア
られひきしくひと名につながれしにしか〴〵の事によりからくいのちをたすけられてそとが
はまへながさるゝ折。野原すまにかたうどのさま兵ら四人を害心して。君てかへして湯本におも
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たびはよろこ
ひてしか
らるにはまづ
しばらやこゝ
しのびてをは
せよとてかの
両人のかり人は
さら也小もの
ぢにもみな
こゝろを得さして
いとたのもして
かくまひ
そん春
けり
〽命にかけて
まふ
われ〳〵
なんでゑん
りよが
あろ
①
なるらうだうらはしゆうのうたや
れしにおどろきさはぎてそのあけの
あさをじか嶋のがん代によしをつげて
そのてんけんをこびしかばわきもと
治部のゝをおとろきてときを
うつさずたれかれをさむ風の
べしきへつかはして死がいをあら
ためさせなどするほどに又
かのくも水はしのほとりなる
さこへらはその夕くれにむさと
ほり八づゝ花とび九郎らが
わう死のなきからを見いだして
これもつぎの日をしか嶋なる
とりでへうつたへいでしかば治部の
をはすみやかにくみ子を八
はうへ手わけしつたけせが
ゆくへをたづねさせにすでにい
くをつかひてしゆじんかげ成母もにしり〴〵
くをつかはしてしゆじんかけ盛時にしか〴〵
とことのよしをつげたりけりこれにより
かけもりは又しつけん家けに聞えあ
げてたけ世を追捕何のよしをこひして
しつけんよし時のさたとしてみちのくは
ちら也およそ五幾七どうへ本右の下へ
さる程にさむ風よこ嶋両家
ひとりのわざでは
ござるまいぬたりは
いふがさふても
はや時じこくおくれておよぶべくも
あらざればみないたづらにかへりけり
しゆうじやと
あらふが
さればとて事わたくしのはからひになす
べきにあらざればやがてかまくらへ飛きや
〽四人ながら
まさしくをじか嶋の
まざしくをじか嶋は
やらかされたは
けは其上は其上の
左の上ゟたけ世がすがたゑをもつてふれしらせ
このすがたゑににたるをんなあらば
すみやからめとつてまゐてまゐと
すべしとぞ下知せられける
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さきに青しばにめぐりあひし夜
よりつぢつゝみなるかれらかしゆく
しよにかくまはれしのびて丁月
あまりすぐ
すほどに
一をつくそん次郎ともろ
ともにひそかにたけ
ある日青
しばはその
世にだんずる
〽いづれにしても
村のものいり
〽あそこへいつて御らうじろ
やうかくいへば
何とやらん
すつぱりと
われ〳〵はもろともにいのちをうしなに
どもしむにあらねどさればとて手を
つかねて大あてとらはるゝをまたんこと次へし
たゝりを
おそれぎにそむ
きておん身をいぶ
ぜく思ふににたれ
どいかにせんすでに
おん身のすがたゑを
やめてせんさくげん
ぢやうのきこえあり
此所
けいせいすいこれ六訴
思ひはかりなきわざにあらずやわがし
やどはひとつ屋にてとなりにうとく
はべれどもをじか島へほどとほ
からずこのゆゑにおん
身をすゝめつかはして世をしのばせん
と思ふくつきやうのところありその
義にしたがひ給はんやといふをたけせは
うち聞て事すでにかくのごとく追捕へ
けんぢゆうならんにはすみやかに他
仁左へゆくべしわが身はすでにこよなき
つみををかしたればいかになるともえと
よりかくごの事なればおどろゝべきに
あらねどもおん身ふうそ
ふをまきぞえせば後
悔くわいそこにたち
がたしゆくべきさとはいづく
ぞやときさとし給ひね
と思ひ入て
こたにるにぞ
青しば
らはよろこ
ひて
われ
かまはすに
十二月
が今
おん身を
すゝめてつかはさんといひつる
ところは河内地に名たゝる
いふまでは
九十一
四左の上ゟしほゐにかなにて
よろずひはべりとへう
つけのせうそごそかきした
ためて給へかしといふにその
きがうちあんじてその
しよ状をけしよ状をめゝんことは
いとたやすきわざなれ
どもこゝにひとつのなん
義ありこのところより
かはち地までははる
ばるのみちなるに
今くには
くまもなく
をさくおん
身の
みち
すがた
ゑをちまた
ちまたにかけさ
せてたづねらるゝ
と聞えしにそのまゝにつ
川たびをし給はゞたちまち
人に見とがめられからめ
とらるゝこともやあらん
〽この義はいかにとさゝやくを
青しばげにもとかうべを
かたむけわらはがゐけんに
はながらのあま妙すめう
青あらしの青柳
あをち五六百
人々のつわものを
金剛山せばら也かの山のとりでには
あつめつゝ
たてこゆ
りて玉
司に
りやう
〽身は雲水野の
たびの
しゆに
したがは
ずおのが
気をつけて
無事な
たよりを
聞せてくだんせを
つき給はゞさるわざはひも
あるまじけれどおそらくはたけ
世のとじ得のちひ給ふまじと
いふをたけ世は聞あへずときの
用にははなをもそぐたとへもあ
るにこの期でにおよびて何とをかいな
むべきよきてだてのあるゑらばしめし
給へとこひとへば春太しばこたへて
さればとよおん身たぶさをなかは
きりて地者ばやしゆぎやうじやに
すがたをやつしてくだんの
山へおもむき給はゞみ
よをがむる
ものある
まゝに
ふるまひて
きせぬ
此べからずと
いへばそん
と丁月をおくる
ありまゆを
とぞさきにも
ひそめて
おん身につげたる
そのばかり
ごとくわれ〳〵ふうふは
ごとよしといへどもたふさを
妙たつといちめんのまじはりありいぬがころ
〳〵きりたるのみにではいまだ人目をあざむ
かの山よりせうそこをよせられてわれ〳〵
くにたらずさいはひによきものありわれ〳〵
ふうふをまねかれたれどもこのところも又
すがたけれは音声へかとはゆかざる也身身身身今よりこんごう山へにおもむきやうふうふあくしやうをなほむべしはい
もため青山さともろともににこその山にともりにはにしきのうにはゑをある日ひとりの
折らせをなるに王すかまるがごとくこりではいよ〳〵〳〵〳〵をまして世におそ用のかねをうばひしとありていこ
るゝとあるべからずとく思ひたち給へといとすめにかにすむればたれはこむ僧上てがい火はかいなりけされる
いたすらよろこびかしてすよはもかゆや妙たつとまゑきぎが名は聞じりてしたまで今もかたまそそなるべらのをこし
はしく思ひはりしに我気ふうふのやををかせかしとのむれに入らんとことのよ
けいせいすいこ伝六編
もれなる名も誠にあやあらん夜ふけてそへほゆるこありされは
このしなくもしいたけ世のとをたひこむ僧にいで上にきてんがいにや。又八十里いえずときれは同国なるよしひとに
おもをかくすものならばだれがんとかむるものゝあへきごの義にしたいたべしとかねをきけともみちとほくてはんと
かひ給へかしといふによろこそたけせはさら也者ばも非うしめきとこれに立りめからうもやちもなく人さともあらず
わがせよいめじくはかり給ひまたねのとしのきやらんにてさきへまつと見れば山かげにあれたるひとむゆのをほりあり
よりわれ〳〵ほう物はあくぎやうをやめたりしにそのさらあもさんげのゐけりこよひの女とすと思ひつたはなくちや
ころしたりしたひまいむそうのてかいおうて此上の身につゝが常ゝかはちよりすみ入るこのいほうのもこのうちとし
までたやすくいたり給ひなば悪さをこらし君を
すゝめしそのいん徳のむくひといはましいとめで
たしとまめだちてぬたちへ引つけの
せうそこをかきしたゝめかのけさ
てんかい戒刀をつらのそこより
よりいだてはなむけのから十
とりいだしてはなむけのかね十
両とともにたけせにおくりに
ければたけ世はふうふのなさけを
かんじてたぶさをきり頭陀つと
なりてかのこむそうのせうぞくしてその
あけのあさかどいですればあるじふうふは
これをおくりてわれ〳〵はこしゆうの為に大
もうあるものなるになすこともなくこのところに
あたら月日をおくらんより折を得ばもろ共に
かはちへおもむかんと思ひしかはたびねをかさねをかさねてみちの
ある日いくをよぎりつゝある日むろのくにかぬまのこふもなる
をのたけのふもとまで来にけりされば此わたりなる
左こんごう山へおもむくべしはながらのあまに
これらのよしをつゝ又給へとねんごろにたのみ聞えて見
おくりけり○さるほどにたけ世はとほくこしぢをへて
とり井とほげを◑右の下へ
◑左の上ゟしうちこゆればゑちごのむら松にいたるべく
よかしうちこのむらゆれはゑちこのむら松にいたる
又八十里ごえをよきれは同国なるよしひらに
いたるべしとかねてきけどもみちとほくてはや夕
くれになるものからうまやぢもなく人さともあらず
四十あまりなる山ぶしと十八九なるをんなと
こなたをながめてゐたりしがたけ世がすゝみ入るを
見てをんなはたちまちかくれけりそのとき
たけせいがどくちにたゞすひてゆきくら
たけせはかどくちにたゞすみてゆきくらし
たるしゆぎやうじやにこよひの
やとりを
ゆるし
給へと
たかやかに
よばれば
ゆきくらしたる
じゆぎやう
じや
いほりこ
いほりと
見うけて
こよひのむしん
やどなされては
くださる
まいか一
くだんの
山ぶの
弟子にやあらん
はたちあまりなる山ぶしが
とくりを引きげつゝよそよりかへり
来てたけ世がたゞずみしをつら〳〵
見てこははたごやならざれば
おんやどはかなひがたしといふをたけ
世は聞あへずはたごやにあら
ざるよしはぎおのむ
はべりしかども折
とちことめることはなりませぬ
そほらがせへ
ふしあたかにきとも
なしまげていと
よをあかさせ
給へといふぞ
一朱〽なるほど
女らしいの
〽あのこむ
僧はよい
ふうぞく
ふうぞくじ
をんなでは
ない
ない
六
な
けはせいすは二嶋六ノ編
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
卅七
わかきをなごの此ところにひとつにをるも
ふさはしからずまいて今のあをつが
わがせおひたるたびつゝみにまな
こをつけていく度となく児かへり
たるもいといぶかしもしわれを引
とめてくるゝをまちてひそかに
ころして路銀をとらんとほり
する事のたくみもそこになからず
やはさきに青しばやうふうふのものが
おくりたるこのかい刀をはせにたぐひ
なきめいけんならんといはれしかども
ことにあはねばまだきれあぢをこゝろ
みすかやつらはたして山ぞくならばこよひ
わがこのかい刀ををためしてやいばをまつる
べしアヽしか也とはらのうちに思ひさだ
めつかいたうをぬきはなちつら〳〵
見てやをらさやにおざむる折から
かのわかき山ぶしたちいでてのたまに
よしを師の坊ばにつげてどりなしたり
けれどもおやどはかなびひはずこれより
半みちばかりなる鬼百姓出の
まゐらするかてもなしさばれかくまでのたまへばことのよしを
といひすをくはやうちに入りしがとばかりにしていでて来ど
うちには人のきゝやく花がみをり〳〵かすりに聞えけりへるでう
日かげは入りはててたそがれどきになるまゝにたけ世は
ひとり思ふやうさきにちらりと見いだしたるあるじとおぼ
しき山ぶしのつらたましひ一くせあるべきも行なるに
中左の中ゟ
能
まあら上るかでもなしきはれかくまでいたまへばとのようを
あるじにつかとそがまにくすぎ也しばしいこにまち給へやいしやまれぬたけは大坂につきやうせてき事
此ひとてはやうちに入に入りとはかりにしいではますはらはらひきか思ひけひしやめをいしてたかたり折るもの
山のはの月あかりに今ひとりのくせものをよく
見ればすなはちあるじの山ぶし
〽のうまくきまんだ
ばさらをんなめせんだ
まかせうでなによウうぬ
にこなりたけせはかねて
かくあるべしとおもひ
○まうけしことなれば
ちつともぎ義せず
左ゆうにあたりておみことふみ
こむ大刀かぜにあく僧らははやきり
これ大大にて
たてられて両人ふかてをおひしかばかなはじ
たてられて両人ふりやをおびしかばかなはし
とや思ひけんやいはを引てにけはしるを
るほもすかさずおつかくるたけ世はゑを
ふりたてかくはじめにはにぬたうぞくども
もへせもどせとよびかけたりさればふたりの
あく僧はいほりのうちへにげこのりて
戸を引たてんとするほどにたけ
世ははやくおひ
たつめてかいとし
わかきあく僧を
ばらわずんと
夜たうの
としぎりたふせば
あるじの山ぶし
いよ〳〵あはてく
つひにさゝゆるいとまも
なくたけ世にくびを
うちおとされてむくろも
ほとか
にはよき
はたごやの候
なりさばれはや
日のくれたれば
まよはせ給ふ
こともある
丁
上ゟ
みちしるへ
てまゐ
らせよ
こゝまで
おくり
おくり
おほ
かみ
かゝつてつまる
ものか
といひ
つけられて候へばあん内をいたす
べしいぎ給へといひかけてさきに
たちつゝともなふにでたけ
世は今さらいなむに
よしなくよろこびを
のべあとにつきて
五六町ゆく
けられて候へばあん内をいたす
とち
〽なめら
日は
くれ
はて
はたとたふれ
す
そのとき
たけや丁マ
みちくらき
山ふところ
よぎるとき
かの山ぶしはかき
けすごとくたちまち見えずなりしい
かばかれはいりにといぶもりて見かへる
をうしろにぎらめくだんびらうたんと
すゝむくせものゝやいばにたけ世は
ちつともたゆまずさしつたかと
かい刀をを引ぬきてたゝかふほどに
とつてかへせし弟子にの
そうしなにときのつ
しれるをしらず
ろやとをふて
三よこよづれば
そんなはあつて
ふためぎてお事
かたよりはしり
いでひじかわかぬ
ゆるし給へとつぎへ
げいせいすいこ伝六編
わらはをゆるしてまづいふことを聞給へわら
は有このあく僧のつま子にははべらず
かしこゝより二三里北のかたなる予が
□じゆうむらのものにしておやは弥
惣六とよばれたる百せうにてはべり
にきしかるにあく僧はのうまく
院と名のりつゝ弟子での山伏
とちめん坊をしたがへてくに〳〵を
しゆぎやうすとてあるときわが
おやついにやどりをもとめたり折からで
女はものゝけによりてやみふしくはべりしかば
わが父こののうまく院をわるもの也とは
思ひもかけず加持がきどうをたのみ
やたるに母のやまひいえにければふたおや
こともによろずびてのうまく院をしん
こうのあまりひざしくいへにとゞむる程に
いつしかわらはにけねんしてをり〳〵
くとぎよるといへどもわらははいがて
したがふべきまのあたりにはぢし
めてもなほとりずまにもつれかゝ
ればせんかたなさにしか〴〵とよしを
ふたおもにつけしかはがいたくはら
のんをせめのゝしりおひいだきんと
してけるにのうまく院これをうら
みてとちめん坊としめしあはせ
きらんとすけめばあるやとばかりおどろきあはてく
はしりのくをんなは真心をふるはしてひじりゑば少く
ふたおやにつけしかば父はいたくはらたててのうまく
いはせもはてずまちまうけたるたけ世はやいはをふりあげて
ことのよしをたづね給はゞおんかたがひは
左の上ゟふたりの山しぞくにて
わが身はをなごの
身ひとつなればことのひん
ぎを得るよしもなくける
まですぐしはべりしにはる
らずおん身の手を
かりてふたりのあたを
うちはたしちうらみをへ
せしよろこびをさつし給へ
といひかけてよとばか
りになきしつむたけ
世はこれをうち
聞て思はすり
差賛さに
たへずそのいふ
ところまこと
ならばいとあはれむべき
もの也かしそちが名は何といふ
やらんよそに身ちかぎしんるいのありもやする
とたづぬればをんなこたへてわかはが名はすがごも
とよばれはべりふるきとのとなりむらにひとりの
をばのはべるなるねがふはそこへおくりとゞけて
ある夜わらはがふたおやはさら也
家の内のものともをこと〴〵
きりころして金銀家ざいを
うばひとりわりなくわらはせ引たてて
月日をおこれりさればこの身のあぢきなきおやのかたきに
とかこめられて身をけがされしなゑあはせ只すみやかに白がいして
此ところへのがれ来つつひにわらはをつまとよびとち
めん坊ともろ共に山ぞくをわざとしてすでに三とせの
死なばやと
思ひしかども
までしばし
ながらへて
ゆだんをうか
がひからみを
かへして
〽このごにおよんで
むやくのちびわけ
元もをあらふて
やいばを
うけよ
やうけよ
つくしつゝすがごもをともなふてよす
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たちまちはれんおんあはれ
みをたのむのみといふに
たけ世はうなつきてしる
らばそちがひさうの
しなをみゑたづさへていほ
りをいでよこの草庵物を
此まゝおかばふたゝひぞくのすみかとならん
金このいほりをやきはらめんにとく
せよといそびしたててあちこちに
火をはなちつひにいほりをやき
がらみちをはしり
つゝをばのしゆく所へ
おもむきけり
○かゝてたけ
その
貰
ときに
こそ瓜
なんずと
思ひかへして
あたに
したがに
心のこる
しさたとふ
るにものな
けれども
がたきは
本右の下べし
これには
だん〳〵
わけあると
マア〳〵まつて
下さりませ
はばの
しゆく
しよへ
おくりとゝ
けてことの
よしをつげな
ければつぎへ
一八子へ上六十一円
十一
ひのせいすいこ件六統
をばはよろびかつかなしみてすぎこしかたをし
かきごきすがたると手をとりかはてかいを
かきこどきすがこもと手をとりかはしてゑを
をしまずうちなきしをしばらくしてなあだをは
とゞめたけせにむかひてめひのゐによろ
こびをのべおんをしやしてさていふやうのう
まく児がずひなしたるかの山のさうあんは
まく院がすみなしたるかの山のさうあんは
もとはこのすがこもがおやのばつさうにて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はべりしをかやつがうばひとりし也さるを
じゆうじやくのむら人も又こゝらの
さと人もしらざるにあらねども
この地の人は義にうとゝ且た
じやくにして人の道にちからを
つゝすことをぼりせず且りやう
しゆのみたちへみちとほければ
うつたへのつひえをいたひてのうまく院があくぎやうをしり
馬琴作
千上ゟうたゝ
千間ては
か〽をばさまよく
お礼申てくぎ
ゆるす一とのならぬ
ともせうじやが善人の
よはいを見るとかめゆうや〳〵ながり
はいのふ
ひわざはいに
あへることなん
ど物かたり
いよ〳〵おほ
かりことしも扨
元ののとめもだし
次第六へんより
んまで廿日さつ
たれば大へん七
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一包代百銅
家傳神女湯婦人のみち一包代百銅
つゝしらぬ
近来やくしゆます〳〵高直といへどもすべて薬雑を
えらみて切のうをたがはざらしむ処の為にせざれば也
精製音應丸
やくしゆをえらみせいほうをつまひらかに〽ふんじやう
やくしゆをえらみせいほうをつまひらかに〽はんりやう
家伝の加見をもつてすこめ谷にその功百ばい神のごとし
一包代五ト
熊胆黒丸子
おもゝちしてとしころをすぐせし也しり
るにおん身のなざけによりてあ
るにおん身のなさけによりてあつ
たをころしうらみをかへしてすがこもを
つゝがなくふたゝびしけうへかへされしは
}
まことにこよなき大おん也しばらくとうりう
し給へとていとまめやかにもてなしけりされども
たけ世は世をしのぶ身のこゝもみちのゝの内
婦人へず虫の妙薬百六十四銅巻三十二銅
なればひざしくつゑをとゞめんことをほらせず
製薬本家
神田明神下
わづかに一トよきやどれるのみそのあけのあさ
瀧沢氏製
わかれをつげてゑちごのかたへいそぎけり
月中東よこ
弘所元医町中坂下南側四方みそ右向滝沢氏
作者曰これよりしてたけ世が伝来朝
取次町両国よれ山町二丁目大坂や平蔵衛
ならびにはるさめの大はこが下
此たび相改右大平方にてもとり次うり弘め申候
あなたの御おんめひそひとり
國安画
給へかし
浄書金川
画
御免江戸暦開板所
御役文被仰付可被下候
〇毎年丁月丁旬頃より無効申候
南山禅師書四十四條和文章
南山禅師書
載湯帖全一冊南山禅師書四十四月四月四十四
中國
新一
新
日本名所之會唐紙調枚篋齋録形紹眞筆
日本名所之繪
腰
此辺は六十紀州の国々島々御城地神社同名所相済山川の福平亀井の家老中の家を有之地理
力角かたちに出して広大の日本一郎の小声と〳〵く焼て見るがががき住家の焼失なり
春
又
新
揆
○女古状揃國生竹林吾粟高井蘭山編撰
此者は身分引状をはじめ已下の状すべと九所曲の〳〵名たらひにしの曙直の書されたる名文をなし
焦布て北これ共引四代加へ廻女の裁判多しなみとなりて女子のうへにも難多き一書也
右
喜
屋
鶴
還地紀米
◯これて柳亭桂彦随葦むかしの彼者拙女の小樽吉俊十郎の教太郎の教十郎
もかしい後老格女の小僧貞像すつて名高かつし都十師
古画入二冊
あめ売のたくひはいかゐのも解度其の微笑ふる所
さらしを引用を考て附したれば雑客の見るべき書也
田喜庵編
世のひとも冬は
幻住庵記引鑑
此書は幻住庵の記の沼解をもとゝして俳文の親則を祭くにしるに
猶文章紙つくるの導き越あく記中の題によつて諸尽家の句主の世
芭蕉蔵国分山京居の図潮水石山の図を損して紀野の風ゑ手に
伊菴記別解とる如し風流にとよろを寄る諸君子寄らず見るへき妻船人
叢篇
備陪
同去同友言初嫡二編初編初十初第三第三第三第二編年六刻
載玄同放言初編二編輯
はだつて売出し打参候第三編にて川
右第一綱三冊は五月の都より動物の都の半に至る此編すべて大暑酒物異鳥禽獣の花
皆々なち〳〵〳〵は幸にて僅に作者の者を尽せり雅俗となく見るに目けれどす故に汝をとなし
勿論編にいやましてもつども興あるべきものになんよりてまづ近刻のよしを仮安す
三畝荘禾木校輔
芳艸集金二冊
同輯
林中関集金二冊
一関八州およひ出羽陸魚甲斐信徳其外北国筋中昔の古人を
はじめ猶当時有名の人々の附合が京治義文楽往来の瑠合
都合二百巻をあつめ年之四歳々の流行二瞬に見あからしむる書なり
京摂并伊勢近江三河尾張其外西国筋に至る迄中菅の古人本
一はじめ猶当時名ある人々の附合およひ江戸文音往込の附合
三日差越あつめ年々の流行一時に時一時に見ゆからしむ
財戯筆
截童
一遊言画手本一名鳥羽絵早まなび果
戯筆
書
廣岡
ありふれし箕書とちがひ便利をむねとしてあやまかを
正しわらべの初学にはやくその道に入やすく
懐中早割大全社
戯詞記
川上流すみやかなる甚ちかみちなる筆書なり
しれがゝ
新形染彩目
一権佐平引米前編出来此書はいまだんの心付さるもやうを品々大集め
前止浴為一鑑て後編醍醐十一生殊に心をこらせし奇品なり
芝居と
似顔早稽古
町一役者也
宦
八文舎自笑譯
三箇太津
役者評判
越品焼
壁
蔵
十一日ゟ
の編にもれたるをゑらび集め
西の道はさらなれり狂言葉
即似顔早稽舌後村全一冊五渡亭国貞画画画
も見合になるべき珍書なり
摂政省基伝の書元禄以前より当時迄早々開拓いたし
奉入御作林植かはらず戌年中三ヶの津柱吉評判明細に
相模ひ夫僕後附等としく相改め御用物御用物下之御方にも
次第浅書池わかり候やう土ほらはし奉入御覧候間御覧候間御覧候
きなく責出しより御承め御免御義御覧可被成下候
南側
即考百載
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
此書はまつとし開家の神具ありて我朝に利用しあるねく世に
後り神部に記図し吉凶をりむるに霊喚神のごとし
柳亭種彦作
諺紫田舎源氏全八冊
歌川國貞画
大阪林林林林林林林
作
弘竹室町二丁目河内屋長兵衛
喜恕哀楽堪忍豪今春蘭
井川
画
井川国
取次通油丁鶴屋喜右衛門
一わびやうたんせい
靈應州
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かたを引まつまつまつまつ
氏尉しん妹がた比洲まつまの侍
一
油屋久兵衛
金一
一江尾兵衛門
おなく難困し竹井村之之事
作
一
同水家肥前平戸山本氏精製
一一一
おなしくらす
秀画
一役者夏の冨士
町作
京山作休人
同貞画画本
一冊
ひて身
全三冊
鎌倉山百人一首令三
哥川法
春八月一日本亭
立春させかける印
立春
原薫名寄生梅川金五冊
大吉
諸大人同
一東通言はるしやし
内壱人
五十三癸丑乙酉都
町川安秀橋
●沖今亭三鳥作潤玉川西方一會ノ村齊華
同一
北齊筆
海域
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
江戸名竹東鑑東書草
全冊
金三冊
金冊
町川町中町
五
御干総升御
天竺の方便言語
唐士の俚言謀計
三国伏越若守
日本の川中原通儀
安藏
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
同
江戸名所物見え諸長華帖
趙
金三
右五冊共極上邑にして奇麗に仕方
御進物伊馬屋敷組本船中
〽小いまし
右同断
一同様御目付
美勢仙丸
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
黒山
一里
傾城水滸伝
秦明
馬琴著
国安画
城水滸伝
龍
李
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一馬屋
将国第七編
国安画
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第七編
歌川国安画
上帙巻之上
第二号号
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
十九月十一日
けいせいすいこ伝七編
傾城水滸伝第七編序
○毎篇八号合本之上
○帙毎帙上下各二冊
稗史の観るべきものは。勧懲を宗とすれば。彼水滸伝の如きば然らず但
その巧なることは。何の稗史か。よくその右に出るものこれあらず。惜かな作者の意匠
多く勘懲に違ふをもて。子孫暗唖の識あり今その一二を論はゞ。宋江花栄等消
十一五
風山に在りし時討て秦明を降すといふ話説は三国志演義に礼明が姜雄を
降す計略と相類す。しかるに宋江等泰明を固く山寨に留ん為に。草本容
府中をして。その妻子を殺きしめ遂に花栄が妹をもて。明に妻すといふ。毒悪
不仁ごれより甚しきはなし又宋江が父宋大公宋江を見まく欲するのあまり。求
清をして。偽て。大公死せりと告しむるといふ話説あり。この事非如父の命なり
とも宋清も亦その子として。兄を欺くにその父の死をもてす。不孝不悌亦これ
より甚しきはなし。金聖歎が評論に。宋江をもて奸賊とするものは。またく
是等の為のみ。さばれ聖歎も亦謬れり。何となれば。宋江が奸なることは。
寔に奸也。なれども宋朝の忠臣たらんと庶幾ふ志。終始移らざるをもて。九天
玄女の冥助あるときは。素より黄巣朱全忠の類にあらず。拙評寸楮に
けいせいすいこでん
尽しかたきを。そは又別に書つけてん。さればこの傾城水滸伝には右に論へる
如き。善悪無差別なる趣向にあふとはは。則これを綴易て。聊勧懲を正
くす。便是よく戯謔すれども。虐せざるの意也。圃を問ものは必老圃による。
小道といへども。見るべきものなきにあらず。畢竟これを無益といはゞ論なし。彼
我の巧拙批判の當否は彼も一時也此も亦一時なる哉
文政十二年己丑春正月吉日新版曲亭馬琴識
けいせいすいこ位七編
ます。します。これを
百本
歩
くだりて
をんなゆみとり
女弓執
露を穿つかな
ばやなぎ
的場柳に
花的
三日月の
影発
ある。ある。あつたし
一秋来ぬと風の
たよりは門田にも
雁より先に
とゞく
かの
月宴ニ咲きく
一
すこと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しまをを
迅雷電
秦名
天見津山
もといふに
黄葉
うま
午
稲荷大明神
まつり
供
御
使遣腐鶏
豆腐の
もみぢ葉の
しろかりしより
思ひ染てき
もちつき
望月
かつらのすけ
桂之助
黒川仁左
久かたの
優素顔
かつら男の
雌雉
うはさして
影さす
七月
ぞ
恋
まさ
り
計る
けはせへすは二専七扁
珠玉簾乙婦
あらそはぬ
柳のいとに
より
ながら
達手摸様
薄衣
さし
でゝむしの
つのめだつ
とは
故郷の
はゝこの
飛脚
間に
あふて
弥生の
節供に
つく
もちひかな
西独
きりひをけの
桐火桶
石竹
なはしろみづ
苗頃水
筒鳥
しいせいすいこと凡十分
たてもそのちごぎやうしやまつ枝の行世はなうまく限らながきななぼしく男の上也ねはすみさけめよきものもさか
かのと手折れをふるさすがくりとゝけつひにみちのたとぎりはせく北また
さしなはやきとかとにざるな也たけ世はこれとを見てしより
かゝりゑちごの国とひき郡縣たか田かすが山のほとりまで来にけりこの
〽かりをこのわかは臥臥たが田や主が山のほとりまで来に帰るこの
ときはんきもはやきさらきのすゑれどもこし給の物をまだきなす
さむさ一トしほしさえかへりてとき風はだへ越をかすになんだけせはこの
といひしがあとより来つるあの人〳〵には酒もすみたるを
日ももちこちの湯屋にていたひとなくさけそのみてその日由にへつく〳〵〳〵ちのせざかなもあまたなきにてい
ころほひにかすが山のふもとをよぎるにこゝにはのみくひを
むねとすなるよき酒見せのありしかばやがてうちにすゝ
一すゝむるは
そも〳〵いる
又入りてせうぎにしりをうちかけつゝは
そも〳〵いる
やくさけそのませよとふたゝび三たび
よばうけりさればたけせはみちすがら
なりしかたぞや
人のぜにもわがぜにも
あたひにかは□とはあら
世の人目をしのばん為にたびこむ僧
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
そのいてたちしておもてをてんがいにてかくせし
かばゆくて〳〵の城下峠はさら也あがた
ゐなかのはてまでもたけ世がすがた
画源をちまたにかゝげてせんざく
げんぢうなりけれども見とがむる
もいなかりけりこれはさておきざる
屋のあるじは今たけ世がさけをいだ
せといそがしよばゝるこゑをきくにすが
だは男めきたれどもこゑはまさしくをんな也さればとて世のも多に
中にをけなのしゆぎやうじやなきにあらねばふかくもこれをあや
しまばていそがはしくいでむかへてひじり酒をめざるゝか酒は手つゝ
わのなかくみはさるなはすべてうりつくしてさけのうそのすばやりとほりとほりと
とあをなのひたしもののみ也それをまゐらせ候はんかととはたけ世はうな
つきてわれは魚掛るいをほりすれどもうりつくしたらばせんすべなしはやくさけをあたゝ
めてもて来よかしといそがすにぞあるはやがでくだんのさかなと酒一トちやうしをもて来つゝ
いざとてたけせがほとりにおくをいそがばしく引つけて独酌帳にしてのむほどにいく
それほど
けんぐわが
かひたくはのぞこの
とほりコレはうへ
ふとつてゐるから
おとがよいはへ
右ゟきやくえら
ものかなといきまきせめてのゝしるを
みをしてものをうるまとにをこの
たびとなくちやうしをかえてはや一二升のさけそのみたりしかれどもさかなな
なほものたらまこゝちしてふたゝひあるじをよびちかづけじつにさかなをうりつく
せら和ぬしたちが食料飴絶なるにさかな也とももて来て来てくはせよわれよき
あたひにかはんずこといふをあるじは聞あへずそはのこまはすることながらわれへが食料
ありあはむぎいひほ子のたぐひのみにさかななどは候はずといふにたね世はごど〳〵
とつぶなきながらしほざけとひたしものをうちくふてしきりに酒をのみにけりに
かゝる所に十八九方なる大をんなのはでにいかめしきいでたちしたるがひとりのしも
とひとりの下女をしたがべてこの酒やに来にければあるじはいそがはしく在
いでてたけせがしるをかけたるせうぎのむかひなる小野しきにむかへ入れあま
〽やたの酒さかなをもていでてこのしゆう〴〵にすゝめけりそのときたけ世は
一せりそのばしてかれらがのみくひするさけさりなを見るに手古の下へ
たびとなくちやうしをかるでとや一二陣のきけをのみたりしかれどもさかなければあるじはきうにおしだをひじがあく〳
思ひ給ひそあの女中しゆう〳〵はけんより
梅見にいで給ひしがさけさかなをわがき
せんあづけおき
しもべやとうでおいらが歯いたゝねへ
いきほひはとうちからはあけい
そのこゑはばゞなり
にたりぬえの
うたひと
給ひし也かゝれば
野しきをかし
たるのみ
酒さか
なをうり
たるなら
ぬに思ひ
たがへて
即席
しり
給ふはあませ
御料理
同一人前丁
大平附
百銅に
答
利市
ことにこそと
へわけいひ
とくをみにも
び介どんかけぬ
〽ちよび介どんかけぬ
おやどへたけ世は
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
けはせはすい二島一編
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
御そゝうやらの
〽アヽさはがれては
けがのもとだ
かたもこしを
いてへそ
□□□□□□□□□□□□□
にてか
酒のうに
つぎ
〽たけ世あやまつて川へ
いおちたるとみつ
じいせいまいこ何も斯
つゞき二酒をすごしていたくえひたるくせ
なればしきりにいらだちのゝしりてことば
たゝかひはてしなくいかりにまかせあるじのかうべを
ししたゝかにうちしかばうしろさまににぐるとてあとも
へにゐたる供の下女にたふれかゝりてだうとふす
此ていたらくにかの大をんへはだへずやありけん
身をおこし来てたけ世をいたく
のゝしるにぞたけせは
いよ〳〵いかり印へ
にや
ならぬ
みな見て
ゐずに
をりぬか
下ゟとも
人らはおそ
れていづちへか
にけうせけん
ある
じもおくへはしりかくれて
さゝゆるものはなかりけり
ござりませぬ
あいつさ
命ゟ
くるふて
わらはがある
じをうちたふ
せしとて和
女郎にあづ
かることやはある
いひぶんあらばおもてへ
ぞよ今さらあひてはえらまぬぞと
いふにこらへぬくだんのをんなももろ共に
かはしりいでてすでにたけ世をうたん
とてこぶしをあげてはしりかゝるをたけ世ははやく
ア引ばづしてかの大をんながかたさきをくだくるばかりに
はたとうてはひるむを待たりと引よせて又つゞげさまに
うちしかば死せるがごとくよばりたりされば大をんなが
かくてたけ世はかの大をんなを此酒
見せのむかひなる又ぞほりになけとば
してから〳〵とうちわらひふたゝび
うちにはしり入りてかのさけさかなを
ほいまゝにのみくびつくして身を
おこしたびつゝみをそびらにおふて
あしにまかせてはしりいでしが
酒のえびいたくのぼりて一歩祐は
たかくいつほはひきくおいひよろ
ひよろとよろめきながら
五七町はしるほどにしかるべき
人のしゆくしよとおぼしき
かぶきもんのほとりよりひとつの
あかいぬはしりいでてしきりにたけ世を
ほえしかば竹世はいたゝうちはらたてて
此ちゝせうめとのしりながらこしにおび
たる戒刀山引をきらりとぬきてきらん
とするにいぬはなほほえながらにげて
この屋しきにほどちかき山川のほとりに
とゞまりなほもひたすらほえけるを
たけせはすかさずおつかけてふたゝび丁と
きりつゝるにいぬも亦まなこはやくそがまゝ
ひかりとさけしかばたけ世は思はずくうを
きりたるちからあまりてつまつきけん身を
おどうしてくだんの川へたちまちざんぶとおち入りけり
しかれどもさいはひにこの川のせはあさくしてさん
りをひたすばかりなればはひのぼらんともがく
ものからひとつにはいたゝえびて遠退説も自由やう
ならず又ひとつには身のうちすべて水にぬれて右の下へ
けいせいすいこ伝七編
しもべ〽えふたうへにこゞえ
きつてゐるぜしばつ
たらゆへやればいゝ此
しろものも
しもへえふたうへにこゞえ
きつてゐるぜしばつせんすべなしされどもやうやうやうやく身をおこして
たらゆへやればいゝ此おとしたる此刀思ひとふろしきつゝみを
ひらひとりきしにおふたるやなぎの
ほしておくべい
枝にすがりてのぼらんと
してげるに
やなぎの
いとのふつ
ときれて
ふたゝび
どうと
おつるとき
てんがいの
ひもさへ
きれて
大わかはにぞ
なりにける
かる所に
とし廿一二なる
大をんな
へかしもべ
三四人を
したぞへ
しもぐ
〽くらひだふ
われめ
うでまつや
うでまづせ
しかしかういふ
ときでなく
てはしはられる
女ではあるめへス
竹へたれだ
六
此上
ろへ
内七十七匁七斗七升
さきにたけ世にうたれたるをんべざの供人もこのうちにありすでにたけ世が水中に
おちいりたるを見いだしてあれこそさきにかばえさまをみぞほりへうちたふせしやこむ
僧に候といふにくだんの大をんなも立とゞまり見て大きによろナびしからがみなくをり
たちて手たりにせよと下知すればうけ給はりぬというへゆはてずみな水中にとび
入てたけ世が手をとりあしをとりたて等ひきよこに引ずりてはや川ばたにおし
のぼしいとゝふとやかなるあきなはもてくびるゝまでにいましめけりかゝりしほどにさきに
たけせにうたれたる大をんへのもかのみぞほりよりはひいでて両三人のしもべを
かりもよぼし手にく六尺ぼうをひきさげてたけ世がゆくへをたづねつゝはから
ずこにおちあふて此ていたらくを見て大きによろこびうちつれだちて
いけとりたる竹世をかぶきもけのうちへひき入れさせそがまゝ野しきの
えんかはなるはしらへきびしつながぜてそやつをうてと下知すれば
はやりをのしもべ一両人手ごろのぼうをたづさへてたけ世を
したゝか
うちに
けり此とき
竹世はやう
やくにさけの
えひなかば
さめていけ
とられ
しを
しると
いへども
今一と
ばをもて
いましめを
のがるべきに
一十二ん
あらざれは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かねてヱ
大をんなははらからにて
あねの名を黄昏はす
いもとを夕映ばこと
いひけり又
此こところは
半旬焼もあらそはずまなこを
とぢてゐたりけるさても此ふたりの
かすが山の
ふもとにて
亮明児やう
といふ一じむら也
この女はらからの
おやは代々この所の郷士どうにて先祖
相伝麿の田はたあまたあれども
いへをつぐべきをのこ子なししかるにたそ
がれがばえは女ににげなく武げいをこのみて
心ざまのたけかりしかばむことりぜられんことを
きらひやよろづわがまゝにふるまひければ
さと人らそのたけきにおそれてなかだち
するものなかりけりなんづく夕ばえはそのさが
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
きばやきをなこにて何ごとまれ
人に先たちてはしりいでざる
人に先たちてはしりいでざる
ことのなければ世の人かれを
あだなしてひとつ星ほの夕ばえ
とよびなしあねをゆふつゝの
たそがれとあだ名してけり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はるさめのあね人で
こよひのさいくわいめんぼくも
ない此ありさま大しく
ぢりをやりました
はと〳〵
そなたは
ござんすか思ひかけなき
ヱ聞およんだ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
父は
さきに世をさりて
右の下へ丁
ゆへせいをいこ伝に扁
竹世のとじで
あつたかい
のふをや〳〵
どうせう
大あや
○たけ世
たそ〽さる人也とは思ひも
かけねどたび
みも
戒刀
も
さいはひ
夕ばえ
いましめの
なはとき
すてそ
わびぬ
かいのふ
左の上ゟし母おやかみ
いへにありちかきよつ
ていはつて
とていはつして法みやうを
女乳次郎といひ
けりあだし
ことはさて
おきつ
この日
たそがれは
いもと
夕ばこんが
供にたち
たる下女しもべのあはたゝ
しくはしりかへりて夕ばえが
をんなこむ僧にうたれ
たることのよしをしか〴〵と
つげにければたそがれおど
ろき且いかりてにはかに
両三人のしもべらをしたがへ
をさ〳〵たい世をたつぬる
ほどにしゆくしよにちかき
山川にたけ世がおちたるを
見いだして女にはにからめとう
せしをり夕ばえも亦
うたれたるいたみを
一しのびてしもべどもを
かりのよほしたけゆが
ゆくへをたつねかゝ
はらからそこにおち
あふやたけ世を
しゆくしよに
引すりかへりて
うすりかのりて
かたのごとくに
うたせし也その
ときかばえ
一歯はくひ
しばりでしも
らをつぎ
けいぜいすいご作七編
うちざまはいと手ぬる
くて見るにだもたへず
こやつを顕主かやうへ
きこえあげて人の
手をもてうら
みをかへさば
このいきどほ
しかりしりぞけなんぢらが
りをはらすに
たらずわが手
つから思ひのまゝに
うちさいなみてはらをいん
下ゟこれ見よかし
といきまきながら
かしの木のぼうふり
ひらめかしてすでに
うたんとする折
からおくのかたより
ひとりのをんな
いそがはしく立
いでて人〳〵
何ゆゑいきまき
給ふととへばたそ
がれ夕ばえは竹世を
からめとりたることの
おもむきはじめ
子〽ヤレ〳〵おな
二りをしい
〽大はこたけ世と
こともにたそがれ
わらはに
わかれてもいふ〳〵でてゆるしや
といふにたに
づればばえば
などろたと大かね
見えへひとしくたけせが
こはをねはやく
くらすみのう
ときて上座
くらなる
大はしが
かたへに
おのぼ
して
うやく
〽ずいぶん
とちうに
きをつけて
おふたり
ごきげん
ぬかをつき
われ〳〵まなこめ
ながらさる勇婦人
なるをしらでいたく
ぶ礼をゑはべりぬ
ゆるし給へとわひに
けりたけせはこの
花酒のえびの
すでにまつ
けるをたそがれ夕ばえかしとゞめて
たゝさめしかば
いそがはしくへり
くだりて乳を
かへさんとして
よりをはりまでこと
しか〴〵とつげにけり
このとき夕くれなりければ
おくよりいでたるくだんの
ながらかみをはさみすがたをやつすは
うき世をしのぶものなるべしわらはまづ
よくかれを見んにとくともし火をもちや
かこといふにしもべどもこゝろを得て
かしといふにゑもべどもこゝろを得て
しよくだいふたつ三つもて来づあちこ
ちに火をともせしかばまひるのごとく
あるかりけりそのときにくだんのをん
なはたけ世がほとりに立よりてと見
かう見つゝおどろきてそなたはわらはとで
義をむすびたるだけ世にはあらずやと
あね人ねがふはわらはをはやく
すくひ給へとさけびけりたけ
世があねとよぶものはこれ
すなはちだち人々ならず
かのはるさめの大はこ也その
とき大はこはたそがれはち
からを見かへりてこのをんな
をんなはたけ世をつく〴〵とし
すかし見てかれはをなごであり
こむ僧はかねておん身だちにもの
かたりせしかのうすひとほけにて
あれたるとらをこぶしもてうちころし
かへせいそへこ鳴に雷
とふに竹世はまなこをひらぎてかのをんなを
きつと見てあるひはよろくびあるひはいふかり
たるたけせ也ちとのうらみのありとても云右の火
よその
人女をはゞ
かればおくり
ゆかれぬなごりは
下しほ
刀自性は身のうちにいたみもあらんを
いかでかいんぎんなるわざをし給ふべき只ゆるや
かに坐し給へといふにたけ世はよろ一びてしらぬ
事とてえひにまかして夕ばえをうちたふ
せしあやまちをわひにけりかりしほとに
たそがれらが母妙孔声はかねて世の
ふうぶんにつたへ聞たる
竹世が
むすめ
どもと
未
して
まじ
はりを
〽御やくくわい
つきぬ御礼は又のちの
たよりにいふてこしま
むすびしよしを聞
つゝふかくよろこびておく
よりいでてたいめんし酒食
しやをまうけてもてなし
けりさればたけ世は
大はこらにわが
竹〽思ひかけなく
わたしまでおせわになりしも必
ふし義も
ゆきませう
えんサアくあね御
身のうへの
はじめをはり
あねのあたを
うちしことこのゆ
ゑに出羽の国
をしか嶋へながされし
事又青しばそん次郎らと
義をむすびし事紫苑かん
が為にもゝん神野ふす
まをうちたふせし事
けいせいすいこ件七郷
又よこ島てるつらわくいとらに
はかられてむじつのつみにおちいるし
はかられてむじつの一みにおちいり
かばやむことを得ず身をのがれてるつら
わくいとらをうちはたしてうらみを
かへしさちにあを菅見次郎らが
たすけをねてたびこむ僧に身をやつし
かはちの国こんごう山になるはながらの妙たつ
青あらしの青やきらとひとつにならんとて
かの地におもむくことのよしをつげしらせ又
あく僧なうまくいんをせつがいしてはからず
菅ごもをすへひたることのおもむきをもの
かたれは人みなひざのすゝ
むをおぼえずひたすら
ほめてやまざりけりたけ世は
かさねて大はこにうちむかひて
おん身は又なにらのゆゑに
さどの折たきがりゐ給はで
こゝにとうりうし給ふやらん
ととへば大はこさればとよ
わらははそなたにわかれし
のちも折たきのとじのもとに
あること半ねんあまりになりし
かばおやの事心もとなくいもと
そのきよをこげうへかへしてかの地の
やうすをとはせしにおほやけのおん沙汰さは
むらへいひおくせしとていもとそのきよがぜうそこしてはる〴〵佐渡へつげこ
あから井いなづまがこしらへてわらはをせんさくのこともゆるみぬ
母のいたくおわろうし給ふに十里なりともこなたへちかきざとへ
うつりすみ給へつきてゑちごのかすが山なるたそがれ夕ばえの
はらからはいととほきしんるいなるがのとよりいちめんのちぎりあり
〽まづはつものが
手に入たはやく
おさへてしばれ
うつりすみ給へつきてゑらごのかすが山なるたそがれおばえの
わらはがうへをつたへ聞てこなたへ来よとゝふみをもてしばく此木公明けて
〽コリヤ野ふじんに
なんと
するの
たればおはのこゝろをやすめん為にふし柴とのにわかれをつげてこその
ふゆよりといへ来つゆふゆふ時ひとつほしのはらからになぎなざくざりかまの
手ををしえてしばらく月日をおくりにきしかるに越中の国はや月に
女むしやかしら花的鯰といふ勇婦ありこれもわらはと此としまつ
うとからずまじはりて又いちめんのしたすみありこれによりふる
さとのそこめ村へいたびとなくふみもてわらはがあんびを
とはせ今はこの地にあるよしをその清より帰たりとて此はる
こゝへい飛きやくをもてまねかるゝことゑきり也このゆゑにとほから
ず財中にゆかまゝほりすそなたもわらはともろともにかの地に
ゆかばよいづれならんといふをたけせはうち聞てそはざいさいはしではぐれ
どもわ是は太あまたひんをがいして身をのがれたるつみかもかり
あるをあん身をやさきそひや
後ばくわいするともおよぶ
ざふ云〽どつこいゑめ
べからず且わらは太音
しばふうふとかねてやく
そくせしよしあり青芝
らもとほからず河内へ
ゆかんといはれたりかゝればまづ
此たびはこんごう山元おもむきて
妙たつ立やぎをたのむべしと
いふに大はこはしひてすゝめずたけ
世をしばらくこにとゞめて六七日を
へにければ木はこはたそがれおや子はら
からにわかれをつげて越中はや月の
さとをさして立いでんとしてければたけせも
亦文ちまでとてもろとのにほつそくす
さればたそがれ夕ばえはわかれををして
酒えんをまうけて大はこにはかね廿両を
はなむけとしたけ世に十両をおくりてかの
戎刀だいとたびつゝみてんがいをかへしけりかくと
大はことたけ世はかすが山のやどりをたちいでて
たぞ〳〵
十八十八丁一六七七十三間
左の上ゟ
おの〳〵こゝろ
ざすかたへ
おもむく
どにゆく
てにふたすぢの
おひわけみち
ありこに
いたりて大
はことしる
ぐへと人に
とふにその
人をじめて
□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
むかんと
ならば年の
みちをゆきゆへ
又当国は
月へおもむ
かんとならば
おのまつて
右のみちを
ゆき給へと
ねんまつに
をしめけり
大はこは
たけせと
そのほとりなるにやにち
よりしばしわかれの酒
やとのに
そのほとりなる酒やに立
くみかはして竹世が
酒のあやまち
あるをいさめ
さとしつひに
いいせいこれ
且そのいきめにかんふくしてやがて右ひだりへわかれけりたけ世が事
此下にしばらく物かたりなしかくて大はこはこれよりひとりたび
となりてしきりにみちをいそぐをどにゑつ中のにはや月の
さとに程とほからぬほとけがたけのふもとぢをよぎるとて
思はずもかけたるなはに左右のあしをからまれてたちまち
はたとたふれしかばかれをばなのほとりよりいと
すさまじき大男両三人にはしりいでて大はこを
いだくいましめ仕合よしとさゞめきてとほげの
かたへひきゆきけり
にひ川郡ほほとける由北にあたりの勇婦
ありだいちの山ぬを玉すだれ燕つぎといへり
そのつぎを使遣皮の腐鶏籠とよび
なしたり又そのつぎの山ぬはかほのいろこと
しろかりければ絶素白は此雌雄めきことぞ
よびなしたるそがなかに〽ばくらめとめぞゞすはさきにかま
くらの将ぐんより朝公勢のこときむほんの間えありてうちほろぼ
されたる城世の声貧民勢が子孫が子孫乱なりかれらは逆臣渡よし
のよるい也とてめとるものもなかりしにそのさがをさ〳〵我がいを
このみてかざまあくまでたけきさる勇婦どもなりければいつしか
会初日朝臣の義兵閣をおこして先亡此のうらみをきよめん
とて男女の五かたをまねきあつめほとけがたけにとりでを
かまへて四五百人のぎに兵あり又くだかけはちりころほろび
らせたる比企記のはん官よし▲員ちがざんたうのむすめ
なりこれもおとらぬ勇婦にて北国におちくだりある日
仏がたけの玉のとをよぎるとてつばくらめとやいはを
あはせしにたがひにかちまねなかりしかばつばくらめはその
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
武男をほめてこゝろぎをつげしらせすなはちかれを
とりでにとゞめて第二の山ぬしにしたりしかるにつばくらめは
ちかろあら又のよき刀を得たりこれに
より男女をえらまず百人にのむく
五をためしていくさ神のちまつりにそなへんといふ
ざふ言
〽アヽこれ
をしいしろ
ものだたれぞ
きりまくの
うちから
しばく〳〵
こゑをかけ
さうな
ものだ
〽ぜひにおよばぬ
なむ
□□
らをふもとぢへつかはして日ごとに又ち
つれなきたび人をからめとらせ
くだんのかたなをためし見て且軍神
ぐんをまつらんとてそのようゐを
したりけるかゝりし程にざふ去らは
この日の夕くれになはのわなもて
大はこをかけたふしやにばにいたくいましよ
めてやがてとりてへひきもて来つるに夜は
はやあけがたちければあくるをまちて
けふはことの手はじめなれはくだかけめきじすも出席せき
し給へとてくだんの山ぬしらを馬見場院へまねきつどへ
かねてきづかせおきたる土俵製の
中央ぼんへ大はこを
おすゑさせて
つばくらめは
くだんのかた
なをたづさへ
つゝはやその
とよろへ立いつれば
くだかけめきゞすは
せうぎにゑりを
かけてこれを見る
又ざふ兵らはあるひは
水をくみ入れたる手
をけをようゐしあるひはあかゞねのぼんを
さゝげもちて大はこがちしほをうけ
念願院を発起ぎらせしかば手したのざふ云
しか〴〵とつばくらめにつげしかばつばくらめよろびて
入れ軍神のにゑにすべきようゐをぞしたりける
そのことのていたらくすでにかくのごとくなれば大はこは今さらに
〽いまがさいご
じやくわんねん
ものは
けふが手はじめ
さらばけんぶつ
せう
きゞす
〽かたなは
めいざゝ
きりては手きゝ
ひやりとするが
この世のいとまいくさ
この世のいとまいくさ
かみのちまつりに
しかもをんなでふさは
しいみなくちこほを
こぼすまいぞ
こゝに死をまつのみなりしが思ひかつこ
てやそらうちあほぎつぎへつく
かなしつげていのちをことももゆかさるぐもあらざれば只まなござごさぢくらをつぐみててやそうちあほきつきんでて
同十一丁目
けいせいずいご伝七編
いかなればわれ大はこはかくまでうん命あつたなきやをかせる
とがはのがれてもつひにのがれぬいちごのわざはひかくなるよしを
ふるさとなるおやにはつぐるよしもなしみたぶめ〳〵とねんじたる
まつごのいつ句〴〵につばくらめはすでにきらんと立よりしが
たちまちに聞とがめてややなんぢは何とかいひし今大はこ
といひけるはのこよりその身の名にあらずやなんぢは
いづくの大はこなるぞととふを大はこみかへりてこと
あたらしきとひでうかな今さく
あたらしきとひでうかな今さらたれにつゝむへき
わらは太つのくに宋公明始そむらのものにして領主り此う
女右筆のあたりしはるさめの大はこ也と名のるを聞て
つばくらめはおどろきあはててかたなをもて大はこがいましめの
なはをきりすて手をたづさへて上座歌におしのぼしわらは青
まなこあきらかならねばさる女君子によりんとしらずしてがいせん
とせしおろかさよゆるさせ給へとうちわびてくだかけめきらすを
かたへにまねき此刀自にはかねてよりおん身たちとうはさを
したるかのはるさめの大はことの也とくげんさんに
入り給へといふにおどろくくだかけ
めきゞす両人ひとしくぬかつきて
はるさめのとじはいにしへにもたぐひ
まれなる賢女式にて人を
すくふにたからををしまず
ひろくあいして一一義ぎありと
ひろくあいして仁義きありと
世のふうぶんにつたへ聞ていとしたは
しく思ひしにはからずげんさんに入りしこと
大かたならぬさいはひ也さるを只よのつねの
たび人なりと思ひなしておびやかし奉りしつみをゆるさせ
給へかしとことはひとしくうちわびておの〳〵その姓名恕を
つげしらせ大のともでにたてこもりしこゝろざしをときしめして
三郎
やがてしよいんへともなひつゝ酒えんをまうけて大はこをいとねんころにもてなしけり
くだ〽まづくしよいんで
〽しらぬ
ことゝはいひ
はこ
あらみの
〽世のふうぶんに
かくれのない
勇ふたちにて
ありしよの
わが身の
わが身のめんぼくないこれをいち
うへは
いろくと
かたなをためさんとて
どひやうのうちへおし
すゑしはかへす〳〵も
のやういことおわび申にも
めんぼくないこれをいち
ごのえんにしておめかけ
られてくださりませ
物かたりも
非
あまた
せいなァ
〽わたしらまでも
今さらにぞつと
するほどきのどくな
ぢう〳〵あやまり
入りまし
入りました
初編ゟ五編迄先達而売出し置申候曲亭馬琴作
大編七編八編子年秋ゟ売出し申候歌川国安画
傾城水滸傳に
通俗漢楚軍談を御子様方に
曲亭馬琴譚
繪本漢梵軍談
初編ゟ五編迄
わかりやすきやうにひらかなに
一誰したるおもしろき軍書なり
共ニ十冊出来
芸道名人の立者衆を豪傑
水滸伝になぞらへておもし
當世役者水滸伝歌川国貞画
ろくつくりたる画本なり
越衛門衛方喜屋鶴堂
初編ゟ六編迄山東京山譯
共ニ十二冊売出シ歌川國芳画
稗史水滸伝、
一奉書二枚つぎ粉色より
画面に落て興あり
おもしろき事双六徳一なり
水滸伝豪傑雙六歌川国芳画
初編鶴屋南壮作
四冊歌川國貞画
水滸伝劇場雛形の
水滸伝殿城郡丹四冊歌川国貞画
坂門街右喜屋鶴堂
山東京博作でん絵入
繪入
讀本
忠臣水滸伝
十冊
忠臣くらの義士等を豪傑
水滸伝になぞらへ綴たる玉極
おもしろき名文の絵本なり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
七月七九
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第七編
歌川国安画
上帙巻之下
いるといはは
のます
同一一一一一一
似城
水滸
伝七
編弐
恩をりて仇となす美少年の毒悪は外面如菩薩
内心如夜叉の法語をこゝに越路なる佛岳に籠れる
鬼の三勇婦が実儲に新刀を錯す土壇場の
初見参此は是腐鶏雌雉乙婦等が合体の夜庁
馬琴作
上帙之一
国安画
江戸通油町書林一
鶴屋喜右衛門梓
義に仕て家を忘るゝ女弓執の横難は衣食常住
三燈帰命の祈願をこゝに新川なる神社に鑿る
鼓の五人囃の捕褥は暗號を示す帷幕中の
力士配是は又天見津山黄葉等が和睦の空觴
三
つゞきしがくて大はこは三人この勇ふらがめきからぬりてなしにしばしわすれしそのうは
ことのはじめふるさとにありしときやむことを得ずかの義太吉をがいしたりけること
おもむはその折あから井いろつまがなさけによりてとらはれをからくのがれて
佐渡ゑちごにうき世をゑびびことのことすゑ又はや月なる花まとが
まねきやよりてよのさとへおもむかんとほりすることあふはたけ世が武勇の事
又やきてん士小てふらがさん世ひめをもりかしつきてしつのとりでにこもりたる
ていたらくをときしめしてねがはくはおの〳〵かたもさんせひめにしたがひわかたう
まつりてこゝろさしをとげぬへさるときめやもたゞしく申意の義べいと
いはれんのみ侍たるかたなをためすとてうらみなき人をころさば神も仏も女
見はつちで怨報をその身にせまるべし世にむやくのせつせつせうは思ひとゞまりしん
給へかしとことわりせめていさめしかばつばくらめくだかげめきゞすらは且かんじ
且はぢて夕へのあやまちをぞわびにけるかくてそのづぎの日に
大はこはみたりの勇婦によろびをのべわかれをつけて
立さらんとしたりしをつばくらめらはかたくとゞめて
日ごとに酒そんをまうけつゝ又木はこを
あとさきからもてなしければ大はこは心なら
さしはさんでずも此とりでにとうりうして
きずの
五六日をすぐしけりしかるに
つかぬやう
うつてはしり来て只今あでやかなる
しめるが
よいてや
よいてや
ある日とほ見のざふ言
はしり来て只今あでやかなる
少年輩のともひと十人
ばかりをしたがへてその
きもやう
身はのり物にのり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しだいで
たるがふもとをよぎり
をとこ
めかけに
いとつぐるを聞て
くだかけはそはわが
するつもり
このむえもの也
いまつかぬ
しづ
かに
さきぼう
じやみなく
手とりにせんと
いひもあへず所右の上
左の上ゟいそがはしく立
あがるを大はこ
一つばくらおしとゞ
めてそは又む
やくのせつせう也
思ひすて給へ
かしと両人
ひとしくいさ
むるをみにも
かけぬくだ
かけははや
との
かたへ
はしかり
いでて
たりける○さるほどに
馬にひらりと
うちのりつゝざふ
兵あまたしたがへて
ふもとをさしてそはせ
くだかけはかのともびと
たちをうちちらして
かごの内なる
みちがたかいぞ
うつるまでくだかけはつぎへの
一年だせりとかごかき
ふたりをいけどり
〽山のふもとでしあはせよしとざんさんさんさんさんさんさんさんさんさんさんさん
かへりけりしかれどもしき
けいせいすいと代七紙
ざふ兵をよびてよしを
とへばそのもの
こたへてせな
やりさまはいけ
やりさまはいけ
つばくら心にいふかりて
きやく望しやへおとつれもせざりしを
さゞす〽はら郷ゑもん
せん崎弥五
おそろひさ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽わかしゆずき
にはこまり
はてるきのどゝ
らしい
よさねへか
どり給ひし
美少年四刻を
そがまゝ部やへ引入れて
うちたはむれてゐ給ふ也と
いふにつばくらにがわらひ
して又くだかけが持病忠也
おこりぬいとにが〳〵しきことに
くせあるにやあらんさらばかしこへおも
むきていさめてその少年をはなち
やるべうもやといふにつばくらめも
めきゞすもしかるべしといらへつゝ
三人ひとくくだかけが部屋にいた
りてやうすを見るにくだかけはかの
少年を引とらへかきくどきてさらに
もたげてそれがし事は安田国なるにひ川のぐん司の小せうにて
こそといふに大はこもほうゑみて
よねんもなかりしに今大はこら三人の
せなやりとののさかしげなるもいろこのみの
来つるにおどろき日はぢてはやく少年をはなちけり
にげなは丁ぎ也申ことに千重よの一夫いつならんといひつゝ少年を
見かへりてそも〳〵和ぬしいづこの人そととへば少年かうべを
〽おじやま
ながらちとばかり
そのとき大はこはくだかけにうちむかひてせなやりのとじいひたいこと
いとはゞかりあることなれ共大事だを思ひたちながらいろをこのむは
いひたいことが
あつて
来また
左の上ゟあらざるをつばくらめはすでにはや
大はこが心をさつしてくだかけがいらへをまた
ずざふ会らにいひつけていけどりたり
けるかごかきらがいましめのないを
ときゆるさせもこのごとくにかつらの
介をいりものにうちのしてふもとの
かたまでざふ会におくれとてつかばしけり
山ぬしにはあらずよそより来つるたび人
なるがゆくりなくとゞめられてしばし
とうりうたるのみ只今和
との名づるをきゝににひ川の
ぐん目につかはるゝ小せうにて
まじはりありこたびにはかに思ひおこして
かしこへおもむゝもの也かしといふを
かつらの介聞あへずいなそれがしが
つかふるしゆうは花まととのではいはず
今にひ川こふりには田力女ふたりの
ぐん司ありひがしのぐん司は文むしやかしら
若草ととの也又西のぐん司は
くろ部の次官計あつ政
とのにて候といふを大はこ
うち聞て心のうちに思ふ
やう此かつらの介とやらんは
花まとのいへのこならずともその
相やくの小せうならんをわれ今ごゝに
すくはずはのちに花まとにあはんとき
ぬし也それがしがつかふるはくろ部
ありけるよなれとのゝしゆうなる
花まととのとはわらははあさからぬ
けは十六そはこそはこそはことはことはこと
いふに大はこうなつきていてわらはは此とりでの
いひとくにことばなかるべしいさめてはなち
かへさせんとしあんをしつゝかたちをあらため
くだかけにうちむかひてことばをつくしていさし
もち月かつらの介とよばるゝもの也こひねがつくは山ぬしさま
よろしくとりもちはからひてはなちかへさせ給へかしと
〽としににあはぬ
しよしんなか女だのふ
サア〳〵いけねへ大じやまが
むるにくだかけはいらへせずことはつべうも孝下へ
入てきたはへ
そのときかつらの介は大はことつばくら
めをあまたゝびふしおがみてふたはしらの
山ぬしぎみ此さいせいの大おんを
いつのほどにかわするべきいとあり
かたきなさけにこそといふを大はこ
一おしとゞめていなざきにもいひつるごとく
わらははこゝの山ぬしにあらず
とほりがものたびんなれども和とのゝ
しゆくんと同やくなる花まとのとじに
えんあればいさゝかことばをそえたる
のみとく〳〵いでてゆき給へといひ
さとしてぞ見おくりけるされば又
くだかけは手をりのはなと思ひ
くだかけはねものはなく
たる美少年桃門を大はこと
つばくらめがはからひてそが
まゝはなちやりたるをいと
くちをし
一仁義財をむねとすなる
大はこにたしなめ
らいせいすいと有して妙し
むねにぬちてもゝねんとしくゐたりけり○ざる程にもち月かつらの介が
とも人らはさきにくだかけが一軍籠の大ぜいにおひちらされてにけて
くろ部川なるしゆくしよへ立かへりしゆうなりける黒部の次官あつ政
ほとけが岳女なる山だちらにかつらの心とかごかきの両人を
いけとられたることのおもむきかやう〳〵とつげにければ
あつ政これを聞もをはらずまなこをいからしこゑを
たやりたてなんぢらは何の為にかつらの衣の体には
たちたるたけのしれたる山ぞくらにわがとしころ
いふもへかな
ちやうあいすなる少年をうばひとられて
いひわけがたつべきやふたゝびかしこにはし
ゆきてかつらの介をとりかへせなほざりにして
むなしくかへらばひとりもゆるさずかうべを
はねんとくゆかずやといきまきたるしゆうの
しめしてなんぢうもかつらの介がともんらを相たすけてぞくのとりでを
うちやぶりわが寵愛加門をとりかへしてすみやかにかへるべしといとおご
寒かに下知しけりかゝてくだんのとも人らはくみ子ばらともろともに
もとのふもとやぞおもむく程にかつらの心はのりものにうちのりて
かのこやたりのかごかきらにかゝしつゝこなたをさして来にければみな〳〵
いぶかり且よろ丁びてことのよしをたづぬるにかつらの心ほうゑみてわれらは
ぞくにとりこにせられて山のとりでへひかれしかども三寸ふらんのしたを
もてかれらにとぎてたしなめたればかれらははぢそおめ〳〵とし
只今ばなちかへせし也といふにみな〳〵ことばひとしく
しかりとも御しゆくんへはわれ〳〵がはたらきにて
とりかへせしと申給へさなくてはわれ〳〵は
おもきとがめをかうむるべしこの義をたのみ
奉るといふにかつらのやうなつきてそこらの
意味初はこゝろ得たりわれちよろしく申さん
いかりにわかたう下部はかさねていはんよしもなくこうじはてつゝいでて
ゆくほどにあつ政は又くつきやうのくみ子一三十人にことしか〴〵ととき
なく〽ハイ〳〵わたくしどもも
左の上ゟ
いけとられ
いひしがそれがし
ちつとも
ちつとも
さはがずして
われはにひ川の
ぐんす
くろ部あつ政
ぬしの小せう也
なんぢらすみやかにおくり
かへさずはわがしゆくん
大軍祐をもて
とりでをうちやぶり給ふ
なるべしその折後江くわいす
べからずとことばするどく
しにければむゐせいにやおそれ
とてみなもろともに立かへりづゝ
かつらの介はおくにいたりて
しゆうのくろ部につぐるやう
それがし今日御ぼだいしよへ
御代さんのみち
にしてほとけが
たけなる
をんなむほん
人に
右の下へ
左伝
国語
○前後漢書
韓氏外傳
説苑
けいせいすい二嶋七遍
とらへてをとこめかけに
これとまうすも
あなたの御ゐくわう
まづ出聞あそばしませ
ふとつちやうなるあきは
をんながわたくしを引
なれなれなんどゝしたゝない
ことをまうしましたが
あなさまの
ふとつちやうなるあたれ
けんむほん人こらはいち義に
およばずそれがゝをのりものに
うちのせてこなたのかごかきに
かゝせつゝ大ぜいふもとまでおくる
折からそれがしがとも人の
あなたの御ゐくわうあまたのくみ子もろ
まづお聞あそばしませ
ふとつちやうなるあきれ
らはこれを見て
とらへてをとこめかけに
なれなんどゝしたゝない
うちすてにげて
とりでへかへりたりと
御ひさうの
ことしやかにつぐるになん
何がしじやと
あつ政聞つゝよろこ
上名のりましたら
身ぶるひを
してかへし
びてなんぢが才かく
さもあるべしかしこゝも
はかりしよなとひさすら
ほめてかつらの介が
ともんとくみなら
にもひきで物をぞ
とらせける
○そも〳〵ゑつ
中の国にび川郡に
入江川ありその
川上をくろ部川と
〽そんなら
となへ又川下を
しやつらにたきねも
されずそのまゝ無事で
かへつたかは二てういやつじやでかした〳
はや月川と
つぎへ
十三
手をいすいすねにて焼
はやもともいへりこの所に
当時ふたりの郡領
ありとやまの城主
此の手につきて
よびなしたりはや月あるひは
此郡
こんを
支配
一七丁ゟしかね五十両をかくりけりされども大はこはこはこれを
とらでおしかへしつゝいなみしをつばくらめらはさま〴〵にことばをつくして
すゝめしかばやむことを得ず是を
しのうけてその日ほとけが
たけをくだりて花
まとのしゆく
しよへおもむき
かくとおとなひ
はいゑ
するほどに
けりされば
花まとよろ一び
くろ都のぐん順もやは
くだんの次官あつ政也
この人ちとの学ぶもんあれ
まうけ大かたならず〽ヱ印
きやく生しきにて酒えんを
ども武げいにうとゝ勇力
ゆうなしその心よこしまにて人の才をそねむこと
もきなしその心よこしまにて人の才をそねむこと
多袖かりしかのみならず男色をこのみて
もち月かつらの介とよびなしたるとし十六ばかり
なる小せうをちやうあいして二なきものぞと思ひ
ける又はや月のぐん順をはや月ぐんに友つなと
いひけりこの人は源三位より政のちやく子いづの守
仲つなのてかけばらのすゑの子なげき仲つな宇治にて
はや月のさとに人となりしよりかまくらの将ぐんよりとも郷のとき
この地のぐん目になされけりされば友つなは父祖毛の家業めやみを
かけつぎてゆみいることの母手紙かなりしがふ幸にしてをのこ子なく
花まとゝ名づけたるむすめ口いひとりをもそりさばれ花まとはをなこに
にげなくそのさが武げいをこのみしかば父よろ一びてをしゆるにとし〳〵に上たつし
にけなくそのさが武けいをこのみしくは父よろアひてをもるにとしくに上たんして
なんづくゆみいかわざは曽祖秘秘がより政卿にもおとらざるぎりやうあるにより
世の人かれをあだちやしてへけんへか弓ともの花まとゝよびなしたり父母はうちつゞきて
うち花の丁五その母にかきいだかれてゆかりにつきてゑつ中なる
いでむかへて
なく人をがい
おはな
おつての
まづ〳〵
まづ〳〵
きうそく
なされ
ませ
ヱほトゟし
もそなしけり
されば花まとは
さきにはくに
よりてなにはへおも
むきしとき大はこと
おもてをあはせしよりかた
みにすてがたき思ひあり
これにより大はこがゆくり
なく人をがいして身をのがれたるよしをつたへ
ひぬりと世をさりしよど花雪とぞふ氏げいの哥かまくらずよくれなければ女がて北めておどろきうれもひわがしゆがしやうにかま
をんな武者かしらにせられて父のしよくを〽ざしよりくろ都の次官ともろともに
こんな武君かしめにせられや人のしよくざしよりくろなの次友ともろともにはんじゑんとそのむらへ
して大はこのいもとそのきよにその
にひ川こふりの支配はいたり○これはさやおくさてもそのゝちはるさめの大はこは
つぱくらめられはしといられていがたけのといであること七日ばかりにおよびしかばいたびまでつけかははともかれが。
となくわかれをつけて花まとがりゆかんといふにつばくらめくだかけめきじすらふ
こゝろさしにめでてこたびこの
やうかれをつけて花まとがりゆかんといふにつぱくらめくだかけめきじすらも
又今さらにとゞめかねてつぎの日わかれの
地に来つる也かゝて大はこはその
酒えんをもよほしすな
はち馬のはなむけとして
右の下へ
〽たび〳〵いもと
そのきよかた
までづかはさ
れて
身のさいなんかやう〳〵と
花まとにつげしらせ又いぬる
日の夕くれにしか〴〵のことありて
仏がたけのとりでへとらはれ命も
すでにあやうかりしに又しか〴〵
ことによりかへつてつばくらめら
三人の勇好にそんきやうせられ
やむことを得ずかのとりでも
日とうりう
歯ぐん一めんといた
聞えしもち戸かつらの
をすへき
くださか
ました
おふみも
此はるとゞきましたうき世をしのぶ日かげの
此身をかくまはんとあるおことぞにほだされてこと今さら後悔静かいか
まゐりましたおかまひなされて下さりますなへ
そいゆゑはつやう〳〵とこと
そのやうくと
つまびらかにつげしかば花聞と聞て
まゆをひそめそのかつらの介といふは
あることなきことみなしゆうにつげて
たみをしへたげ人をそこなふねいのくの
くせもの也かれはからずも仏がたけの勇に
ふらにとらへられなばこの一トこふりの
さいはひならんにとゞはよくともしり
給はねばかれをすくひ給ひし
こと今さら後悔をいかきか
なし又かのくろ都
けへ十二そへて専一二冊
といせいすいこ信七郎
あつ政はかくもんをはなに
かけて人の能きを
おん身が
左へ
右よし
かつらの
衣
すくひ
給ひしことの
しをわらはが
かの人につぐるとも
まこととは思ふべからず
よしなぎをし給ひけるよと
いふを大はこおしとゝめてさなのたまひそ
ことわざにもはへに百日
人に千日の好意かうよし
なしたとへくろ都はねぢ
けたりともかの人は文官と
親にておん身は婦人の
ことなればよろづのことにおしくだりて
□□□□□
工のくにち
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あれども
うつくしくまじはり給ふがその身の
為ではべるべしといふに
花まとやし
かんふくしてまことに
さなりとこたへけり
とかくする
〽ことしや世がよい
ほうねんとして
のやれこれどつこい
いねにほがさくほにほが
さいてさいてほに
ほが二度とれる
問題
かほの
申すぞへ
ねがたけの
むほん人に
しづかに
せい
ナヘナヘンヘンヘ一
雲上ゟ
くがいといは
んすけれど
やれこれ
ほどにはるもはややよひの
はじめになりにけり小国となら
ひにて二月はゆきのまだきえ
しろくもならふぬしの
どつこい仙女かうなら
しらがにたつめぶら
いなりしん
みちたのみんすさとのちんじめは
君げん香
でゆつけさんせ
ねば村々のいなりまつ
りを三月のはご午に
する所ありされは
くろ都はや月ふた
さとのちんじめは
いなりにてゆひ川
いなりととなへたり
此はるの初午まつりにも
れいねんのごとゝくろへはや月
いうら山のさと人らいへ〳〵ことにし
さま〴〵なるとうろうをかげてつき也
てい七いすいことにて残
おどりまふことあり大はこは
これらのよしをつたへ聞ていざ
ゆきて見んといふさばれ花まとは
やく義ある身のかゝる折に
わたゝしにはいでかたししもべを
僧してゆき給へとてとも二人を
かしつけてあん内せよとて
つかはしけりこの日は
酉祭計なりければ
大はこはあちこちの
大きやかなるやしきのもの見の
まどのほとりに一くみの
おどりやたいをたてにかね
たいこもてはやしつゝ花
かさをいたゞきてさま
さまのめんをかけたる
ものいとおもしろげに
おどるあり大はこは是を
とうろうを見あるゝにいと
彼
〽すりや御どうやくの
よしみをもかへりみ
なくおきゝいれは
ござりませぬか
ハテぜひも
ないこと
見んとていそぎてそこへ立
よりけるに人あまた立つどひて定かには見がたかりしを
供のゑもべか先にすゝみてもろ人をかきわきつ大はこを心
申へにたて思ひのまゝに見せけるに大はこはゐなかびたる
おどりの手ぶりにたへずやありそん思はずたかくわらひけり
しかる小この処はくろ都あつ政がやきにてくだんのものみの
まどのうちにあつ政はかつらの介をしたがへておどりを見て
ありしかばかつらの介は大はこが今わらふこゑにつきてはるかに
これを見いだしてあれはまさしくいぬる日にそれがふをいけがりたる
仏がたけの山ぬし也としゆうのあつ故にさゝやきければあつ政五十七
おんを
あたなる
あたなる
箱
おわへ
しゆが
水を火に
なす
むたいの
ゑひこと
そりやあん
上ゟ
まりで
まりで
あらふ
ぞへ
おどろき
一旦よろこびて
一にはかにくみ子ちを
よびあつめ
四の巻へつぐ
四
もんく三のつゞきくだんのぞく将をいけとれとたんへいきうに下知けり
木はこはかくともしらずすでにおどりもはてしかばしゆくしよのかたへ五六
町立かへしんとするほどにおつかけ来つるくろ部のくみ子らひし〳〵ととり
まきて有ものせいはせず犬はこに女なはかけてきびしくいましめおつたて〳〵
ひきもてかへりてかくとちゆうしんしたりけるそのときとろべあつ紙ははしちかく立
いでてえんかはのほとりにひきすゑたる大はこをぎとにらまんてなんぢはをんなの
見ざいにて仏がたけへとぢこもりきもふとくもむほんをおこせし山にぞくのかしらで
ありなからわが
やしきのほとりちかく
はいくわいせしは□下へ
あつ
まじける
花まとが
その名を
くろべと
しるせしは
われをあざむく
たゝみのあさはか
そのつかひめを
おひかへせしよ秋は
うけぬぞまつこの
とほり
イミント
乙桂
〽いつぞや
仏がたけのとりでにて
上野をしつゝたかぶりておれに三へはいの
させたじやないかむほんのこつちやう
をんな山だちも□よいかげんにはく
やうにや
あつ涙これをうち聞てろんよりせうこといふことありかつらの成とくいでよとまば
はる土原ともろともにうけんにはりぬといらんべゝかへらの介はしづくとびやうぶの次に
がいしたるたゝりをおそるゝゆゑ也けり
口上ゟ天のあみ
今はのがれぬ
ところ也とやまの城
つかはしてかたのごとくに
おこなはんかくごを
せよとのゝしつたり
そのとき大はこ
かうべをもた
げてわらはは
かの仏がたけつ
勇助にははべらずかし
ふるさとはなに
おざんとよばるゝものに
はへりいまぐんはや月の
女むしやうしらはなまと
といとはこのとごろしたしき
友ではべるからこたびかし
こへおとつれてとうやうの
れ〳〵にいなりまつりを見にいて
しにゆゑなくからぬとられ
たりはや月へ人をしかはしとり
逢給はゞ介明親郎せんとおそ
やじやおそるちんしけり大はこが今あやし
次にまことの名をつけずして
かりにおさんとないりしは義太吉を
けへせは十六二轉七編
しいせいすいころ七軒
なんぢはいぬる日仏がたけにてまさしく
われらと物いひしをはやわすれしか
いかにぞやといふに大はこちつともさは
がず和とのその折何とか聞たるわら
ははかのとりでの山ぬしにはあらず
とほりがゝりのたび人也とつげしらせしを
何こかきゝしといはせもはてずかつらの
心はから〳〵とうちわらひいへばとていはるゝ
ものかなその折四人の山ぬしのなかになん
ぢは上野をしてうのものごともにうやまはれたり
とほりがゝりのたび人ならばかくのごとくなる
べきやまづはやいたくうちこらさずは
なほいつはるにやあらんずらんと
いふにあつ改うなつきて
ものどもはやくそのぞく
女をうちふせて
はくでうさせよとを
はげしき下知に也
大はこはかつらの
□をふかくうらつ
みて思ふには
にぬわかしゆ
かなわが一チ
ごんのまごゝろ
もてすくひてことなく
かへしたるおんをあたなり
北道切のしひごとげに
□□
うしろよりたちいでて大はこを見てゆびさしいゝしる
〽おいらがだんなをとこにしたら
せかいにおそらく
あひてはあるめへ
小きみの
よいこと
西の中ゟ
うけ給はり
このにひつつぐん寸
なるにいかなれば
むほんくしちにいち妹
してわれをあざむ
アかんとほりするや
くだんのぞく
ふは
みづ
〇下ゟ
名の
にも思ひしらせんかくごを
はかれるなり
あすは富山へ
うつたへて花まと
きせよとのゝ
しりつゝくだんの
介女を引さきすて
づか井二喜太をおひかんしぬ
りてなにはのお三いといひつかに
この状にはくろべ氏にて
名をもくろ部といふ
どあり思ふに
われと同妙ぜいに
しりつくだんの
ませんと
づか井二喜太をおひかへ殿
○かくて二喜大はいぞがはしくはや月の
花
直からぬひやといは
女○あへなくわね
せもあへずくみ子
〽名のまち
ひからあつ政の
らは大意をおし
じやすいに
ふせてそびらをあひしもわたしがそゝう
いたくうちし
かばかはやぶれ
にくあらはれてちしほは
しもとをそめにけり○さる
ほどに大はこのあん内につけられ
かへりて大はこがことしか〴〵としゆうのとき
まとにつげにければ花まと聞ていたくおど
ろきいかにすべきとしあんをするに大はこは
世をしのばそのゆゑあればあつ政がそこつを
せめんよしもなしかれをなだめて大はこをすくひ
とるにますことあらじとやうやくに心けつして
にはかにせうそこをかきしたゝめ
わらはが友なるくろべ氏名をも
くろ部とよばるゝものよんべ
いなりまつりのよみや見よく
とてつかはせしにあやまつて
そいもとへからめとられしとへ
御是からはちからづく
あんじることは
ないはいな
しもわたしがそゝう
たるしたりのしもべはからうしてはや月へにげ
つたへ
聞ぬくろべい
たゞしきをなごにて
つゆばかりもをかせるつみなしへ
ねがふは同ぐん司のよみを
もつてこなたへかへし給へがしと
サへ其上六二艘一百四十一艘
ひゆくべいおつかけるせ
〽思ひかけない
なさけの軍に
せい図
つけて又この
おざまりが
心もとない
〽今度は
たるていたらくを花まとにつげし
かば花まと聞あへずいたく
ございなはがとけて
さつぱりと
しました
らう
しゆくしよへはしり
かへりてあへ政がいこし
おもむき秋を引さき
いかりてしからて
にはぜひにおよ
はずたゞにかしこへ
丁よせて大は
をとりかへさん
ようゐをせよ
一といらたちて
はらまき
とつて身をかた
めじめきめたを
わきはた
みて馬に
ひらり
いんぎんに
ふでにのべてつか井
二喜太といふわか
だんなの
まのいき〽たうにこのせうそこを
思ひで命もたらしてくろ乱がしゆく
しよへつかはしけりかくてくろ部あつ
政は花まとが杖をひらき見ていかる
こと大かたならずくだんのつか井に
うちむかひて花まとは女ながらもおやのが
やく義をうけへきてむしやかしらを
うち
いへのこ
こみ二子
三四十
人詩もの
詩もいを引さげて
こと大かたならずくだんのつか井に
みなおくれじと
つゞきけり
わいせいずいこ侭七軒
ずむかにたりとく〳〵いでよとよばゝりたるたけきいきへと
ほひにをぢおそれしあるじあつ政を
はじめとして小世うのち月かへらの
介わかたうくみ子らに
いたるまであはてふためき
にげかくれていであふもいゝ
なかりしかば花まと
下知してくまも
なく大はこをたづ
ねさせしに北のかたなるもの
おきくらにいたく
つながれてありしかば
くらのあみ戸を
かくて花まとはくろぐがやしきのおもてもんよりまつしくらに馬を
のり入れておくまでひゞくこゑをふりたてくろであつ氏はいづ
こにをるわらはなんぢにこふよしありてまことのみちをもて
いひつかはせしにわらはを女とあなどりて不法のへんたう
いちぶんたゝずよりてせうふをけつせん為にときをうつさ
うちやぶりて大は
こをたすけいだしいま〳〵
しめのなはをきりすて
けりぞのとき花まとはふた
たびこゑをふり立てくろべ
あく政たしかにきけ此婦人にはわがきやくなれば
すなはちこともなひかへる也なほ又とやまへう
たへてあかさくらさをたつべきぞとくりかへしつゝのゝしりて
かねてようゐののり物へ大はこをたすけのせてしづかに
しゆくしよべかへりけり○ざるほどにあく政ば大はこを
さに兵〽そりやナそ見たりたつた
左の中ゟ
いちばんこつきりで
たゝかふ
らをやうかさ
たり
ねたね
そのとき
草まとは
ものみの二
みんな
あとは
すらわに
ざるに
からめとらん
ひくいそね
すみに上
ならずいへに
うばひとられて安からず思ひしかば
ろうだう折角報むきん太といふ
ものをまねきよせてなんぢはくみ子
百人ばかりしたがへてはやく花まとが
やきへ
おしよせとり
流
判
〽さし
つめ
引つめ
やたねを
かぎり
ひとりゆ
もらさす
いたにしてゆ
かへされたるかのぞく
来よ功に
ふを花まとのろ
ともにからめ
とりてすみや
かにひきもて
よつておもく
賞弟せ
中人
①
なみを
見せん
ものども
とくせよくせより
をいそがせばむさん太は
いちの弟におよばず
小手すねあてに身をかためて
せぬかの
やくりけい馬にゆらりとうちのり
あまたのくくみ子をしたがへてはや月をさしておし
よせけりそのときはなまとはいへのこくみ子におもて
もんをまのらせてその身もはかまきに身をかため
ゆみやたづさへおもてのもんの二かいのまどをおし
ひらきてよせねおそしとまつほどにちかつき
を来つるをれ角延むさん太まつさきに馬を
わすゝめててん地にひゞけと丁ゑをふりたて
おほん人にいち味せし花まと一家
悦ひとりももらさずからめとらんさ
その為にくろぐとのゝ御内立ちにてい
さるものありとしられたるをれ
すみむさん太むかにたりとく〳〵いで
よとよばればその手のつは
もの百人ばかりときすどつと
つくりかけてせめ入らんとする
ところをまちまうけ
めいじん
ならがうけても見
なら
よとよびかけてよつ
引かためてひやうと
いるねらひたがはず
むさん大はむろさき
ぐきすいぬかれて
一馬よりおちかへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
うたれてくろべの
〆つはもの一郎ざゝえも
さゝえ得法順へ
いへのこ〽ひよびとめけが
たるこなたのつはもの
もんおしひらき立助
ふたがりて
おひつかへ
しつ一口右の下へは
すゝめ
十八丈二尺二間二尺二尺二尺
わけせいすいご侍や紙
つぎ
みなちり〴〵ににげはし
るを得たりといさむみか
たのつはもの思ひのまゝにおひず
ててかちどきあげてぞ引かへす
○さるほどに花まとはおくの小
やさきにゑのばせおきたる大
はこをいたはりてわらはが思慮
りよのたらずして人めおほかる
夜みやのちまたへおん身をいだし
やりしゆゑ此わざはひはおこれるのみ
しかれども此ことのおほやけさたと
ならばなれわらはいひわけなきにあら
ずかならずおそれ給ふなとなぐ
さめられても大はこは思ひかねたる
おもむきあつ政が非道の分のよしを花
かうべをかたむけかつらの介が悪意かへのへ
ざに兵
〽おらがだんなは
同左のすゑいゟ
つげにければあつ
及ふかくよろこ
おふかくよろこ
たひてわへ
ば
あふことじや
一しねへぞ
やあがる
はこそぬり
こめの内に
きびくつな
がせおきその
あげのあさ
〽どういふぼしの
たらじややら
使者しやば
もてとやまの深い
主ぜうにしるべと
ことのよを
なむあみだぶつ
うつたぶ
大は
こそ
しむて
仏が
冨山には踏通路通騒越中の介
たけの
ぞく女の
かしらなにはちどりの
おさんとかきしるし
花まともいち
妹のよしをつぶ
やさにみつ跡そ
したりける中
しだりける此
まとに物かたりてわらは此ところにあるときは
おん身のいびわけたちがたかるべしわらははこよひ夜にまぎ
れて仏がたけのとりでへゆかんわらはどをらずなるときは
ことのせうこのなきによりあつ坂いかにしびんとするともその
いひでふはたつべからずさにあらずやとさゝやけば花まと
聞てまゆをひそめのたまふよしはことわりなれどもおん
身はいたくうたれ給ひし者もときずのいたみもあらく
んによみちの歩行計はおぼつかなしといふをし
大はこ聞あへずいたみはそひらのみにして
□□
あしにはさせるきずもなしとも人などはなか〳〵に見
□□□□□□□□
〽ムウ〳〵
とがめらるゝなかだちならん只身ひとつにて
なるほど
せうこが
あれば
ゆくべしとてその夕くれより花まとのしゆくしよを
ひそかに立いでて仏がたけをさしていそぎけり
かゝりしほどにあつ政はろうだう折レすみ
むさん太を花まとにいころされつはもの
ものへどもはちり〴〵ににげてくろべにかへ
〽どもはちり〳〵ににげてくろへにかへ
りにければいよ〳〵うらみいき
ざふくつ
しばるがいゝ
どうるいか
ゐようも
しれ
はろをつかさどるにその身かまくらのしつ
けん北でによし時のつまのいとこぎりければおの
づからいきほひありて国たみをさ〳〵おそれ
けりかくてゑつ中の介もちたかは
くろ部の次官あつ坂がうつたへぶみを
見てひそかにおどろきことのきよじづを
たゞさん為に女むしや黄葉の
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
こゝろをときしめしめし
近茂孝のち在城張して国中のせう
〽なか
おもむ
なんぢかし
きてあつ
こへ丁下へ
汝がまうす
よしをとひたゞし
花まといよ
いよぎやく
□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いいのふ
こうにまき
あけおいたを
ゆめにもし
どほりてすみやかにとやまの城へ
どうつたへばやとはやりしをひとりつく〴〵と
思ひかへせばかのぞくふをはなまどにこり
ござらふがの
かへされてせうこなしきつするところ花まとは
こよひぞくふを仏がたけへかへしやらんとするならめ
□□□□□□□□
えうこそあれとひとりうなつきてにはかにくみ子二十人を
入はうへ手わけしてかのぞくふがふが松がたけへかへりゆくみちに
したまちしてからめことれとぞ下知しけるかくとは
つきしきつきしははや月のやどりをたちいでて十四五丁ゆく
ほどにあらはれいづるくろべのくみ子らやにはに大はこをからめもなるをもて女
とりてその夜くろ部へ引もてかへりゑゆうのあつ故に四右の下人
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
来よ
でもりな
にがしそと
もみぢ葉は
武げいのたつ人に
ゆめにもしらぬはや〳〵ござらふがの
十八十八二尺二間一二四
わいせいずいご侍七紙
はかるにやすかるべしとて也かくてもみぢ
葉はとも人十人ばかりをしたがへて
あるじあつひにたいめんしてことのきよじつをひん
とひたゞすにあつ政はせうこをとりことばを
たくみにして大はこを仏がたけの九ツ
ぞくふと定め君まともやしん
分明ふくのよしをしひければ
もみぢ葉しきりに
たんそくしてかの花まとは
名家あいの子孫にして
をなこにまれなるゆみ
とりなるにいかなればほと
けがたけのむほん人□らと
けかたけのむほん人□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いち味してかまくらどのに
ゆみをひくらんぜひに
およばぬことゞも也しよせん
おしよせてからめとらんと
せば花まとしゆう〴〵しに
ものくるひにみかたを
あまたそこなふ
べしわらはかしこへも
おもむきてかやう
〽花〽花〽だましてとらふるひきやうなん
かやうにいびこしらへかれを
あだ名してそら見つ山の黄葉花とそ
ふるまひをなこと
思ひあなどつてけがして
いそきてくろ部のしゆくしよへおもむき
えらまれたり身のたけたかきをなごなれば世の人かれを
いひけるもち孝公こたび此もみぢばをつかはす
事ぎやくしんのうつたへある図まどもをんななれば
やくお山がらもどきで
もんどりをの
〽ナンんきばらうがんりはおいうが
あさのみほぢらふより
くる〳〵まきのくるみの
ゆ御ちそう
左の上ゟ
もちたかのぬし
かくまでにのた
まふよしを
いりでり
力に
〽はなまと
そむ
かん
とつた
とも
かくも
はからひ給へといふに
もみぢ葉うなつ
きくざらばわかはと
もろともに只今
くろ部へおもむき
給へわらはよろしく
とりはからにて
いなかなほりの
〽さかつきをとりかは
させんと思ふかし
こなたへともなひ来てんその
こうくわい
ときくつきやうの力士りき二三十人を
るまとをからめとらすべしそのはかりごとはしか〴〵なりと
ことつばらかにきやきしめせばあつまさふかくよろこひて
はやそのようゐをしたりける○さる程に花まとはくろ部がうつ手のつ
頭人□なる折角競むさん大をいころしててきのざに兵をおひちらし
大はこを仏がたけへおとしやりしそのころよりあつ放
みづからよせ来るかとて両三日まちけれども
そよとのたゝかりもなかりしかばふかく心にいぶかりてう
こもりつゝ日をおくるにそれにはあらでとやまの
城より女むしやもみぢ葉が城主ぜり
もち孝公のつかひとして来にければいぶ
かりながらいでむかへてことのこゝろをたつ
ぬるにもみぢまふこたへてわらはひそ
かに来つるよしはふみとほしとの内意
ゑによれりそも〳〵にひ川の一じこふりは
おん身とくろ部氏と支配はいじ給ふに
そのなかむつましからざるよしすでにその
聞えありこの義はなはだしかるべから
玉ことりあつかひて和ぼくをさせよと踏通
されにきおん身はより政卿の子孫見にて
女にまれなる武げいあり且そのおこなひも直
かるを踏通讒言とのゝかねてよりよくしりてをはすれば
ことにひいきに思はれてかゝる内意欲のあるにこそと
いふに花まとかんふくしてあつ政わかは我をなごとあなどり
よろづわがまゝにふるまへばいひぶんなきにあらねどもの下へ
ナヽ士ヘ一尺二島一三両
十八十八丁へ二島一三両
しようがの
まくのかげにかくしおきあひづをさだめ。ふゐにおこつて
雲との命出ぜられてすなはちわらはをつかは
さはつて
見ようかに
□□□□□□□□
とりを
〽なだいの女ゆみ
力士
〽ちゝにと
うみつから
だきかしは
もんだ
てこでも
どふいふ
ゆかねへ
むつましくして当郡をおさめ給へと次へ
〽どつさりよいおと
あいたしてもん
とゝ〳〵といそがす
にぞ花まとその
義にしたがふて
やがて友せうをあら
ためつゝとも人十人ばかり
したがへてもみぢとふ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
部がしゆく
しよへおも
むきけり
そのとき
あつ政
いで
むかへて
公書よ
に
において
もみぢ
葉をねて
らは女がでさる
あつ政にときさとす
つきをすゝめし
よばもにぢまふは
此にとききことす
ことはじめのごとく
わらはあつかひ
人たればこの
のち双方ほうし
いひつゝあつ政と花まとにさかつきをとりかはさせ和ぼくすでに
とゝのひければあつ敵はそのさかつきをもみぢ是なにさしにけりその
ときもみち君子あたりを見まはしさうつきはたとなけうちてよれや
ものどもとよばゝりければまくびやうぶのうしろよりあまたの力士りき
馬琴竹
むら〳〵とあらはれいでてくまんとするをこゝろ
得たりと花まとは左ゆうに二人をかいつかみ
なげしりぞけて身をおこす程もあらし
せずまへうしろ右ひだり
十一日
〽ぞくふをかくまふ
しんのわきまとおびの
やしんの花まとおびき
よせしとひ
一四ノ巻金川
浄書
二三巻仙橋
しらざるやもはや
かなはぬうでまはしや
よりをりかさなりおさへて
なはをかけにけり花まと
いかれるこゑふり立て
わらはにをかせるつみは
なきにくろ部がざん
けんをうけ入れて手ご
めにせられしくちをし
〽うばにてにがしたぞうぬめを
さきへまはつて
さへたばつた
ばつた〳〵と
さはいでも
せうごが
ふ人ちのみち
家中女房母人ちのに
家伝神女湯
諸病の妙やく
一包代百銅
きよ
といは
あればのが
れぬつみとが
近年やくしゆ亭迄といへともいよく薬種を見らみて一
功のうばたがはざらしむ利の為にのみせざればなり
大包代弐朱
小包代五ト
米製奇応九〇
せもあへずもみぢばは
から〳〵とうちわかひて
おろか也花まとなんぢ仏
中包代一匁五ト
やくしゆをえらみせいはうをつまひらかにしぶんりやう
家伝の加げんをもつてすこの故にその功百ばい神のごとし
□は□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
熊胆黒丸子
一包代五ト
〽多くのりをまじへず一包代五ト
妙薬一包六十四銅半包三
婦人つぎ出仕妙薬一包六十四銅半包三十二銅石
がたけのむほん人にいち
妹の事せうこすでにげん
ぜん也とくかのものを見せ給へと
いふにあつ政こゝろ跡て
何ときもが
つぶれやう
かな
製薬本家
神田明神下
同朋町東よこ丁
滝澤氏
弘所元飯田町中坂下南側四方の向たき沢氏
取次弘所両国よこ山町二丁目大坂や半蔵
五人の人を見へんといふ
□□□□□□□□
国安画
大はこに
あらなはかけてひきいだせば花まどゝ大はこはたが
ひにかほを見あはせて口はあきれたるばかりなり
右
備簡筆
喜
屋
鶴
春
又
四
毎年十月下旬頃より売初め申候
御注文社
御免江戸暦開板所
御注文被仰付可被下候
文章
四季和文
円和文章
南山禅師書
石摺
全一冊
載陽帖全
撰
新
撰
新
浙田本名所之絵唐紙摺一枚葱斎鉄形絲真筆
斷日本名所之繪
神社仏閣名所古跡山川の勝地景色まの当見るがごとく地理
此画は六十余州の国々島〻御城地神神神社関名所古跡山川の損は多き住品の珍書なり
力角かたらを正して広大の日本口海の中をこと〳〵く焼て見るがたき諸所の珍書なり
劉女古伏前国生竹杖林両品出来高井蘭山編撰
半紙本
彌女古状揃園生竹教
此書は女女今川状をはしめ已下の状すべて九所おの〳〵名たゝるいにし一の賢女の書おかれたる名文をしんす
集寄ていゝこれに引正を加へ児かの義訓多しなみとなりて女子のかへに念華多くた一言也
たらし柳亭種彦隨筆むかしの紋者拙女の小嶋有拙士の小嶋有博士の下師
あめ売のたぐひはいかゐの句解道其の根等ふるき
還鬼紙料
さらしを引用て考て附したれは雅客の見るべき事也
古画入二冊さらしを引用考て附々これは難客の見るべき書は
此総方
此書は幻住庵の記の注解をもとゝして俳文の規則を処くにしるし
田喜庵輯
芦のひともそ
幻住庵記引語
簑笠翁
女同放言
猶文章をつくるの導きをあく記中の題によつて諸名家の句なのせ
芭蕉蒲国分山閑居の図湖水石山の図を摸して記中の風景手に
とか如し風流にこゝろを寄る諸君子かならす見るへき書なり
共ニ
佃共ニ
六冊
玄同放言初編二編生
右第三編三冊は器用の都より勤物の都の半に至る此編すへて古君旧物異済禽獣の国に
博みなこと〴〵く宣聞にして詳に作者の考を尽せり惟俗となく見るに目かはせす故に誠に継みなし
つ近刻のよしを披露す
初編一編にいやましてもつとも興。あるべきものになんよりてまつ近刻のよし候此者ず
扁仁氏ヘ
同十二馬店
販
骸
春
刃
乙
三畝荘禾木木校輯
芳艸集金冊撰
板
同一冊
林蘭集全二冊
開
将関は州およひ出羽陸奥甲斐信濃甲斐信濃国殿千昔の方人を
はじめ猶当時有名の人々の附合并京浪花文童木の附心
都合二百巻をあつめ年々歳々の流行一瞬に見あからしむる者なり
京摂并伊勢近江三河尾張其外西国筋に至る迄中昔の古人を
御はゞめ猶当時名ある人々の附合および江戸文音往返の附合
一金二百巻をあつめ年々の流行一時に見あからしむ
蔵童
遊言画手本
戯筆
書
同
廣蓋ノ
鹿劫記
懐中早割大全
小本ありふれし算書とちがひ便利をむねとしてあやまりを
廿正しわらべの初学にはやくその道に入やすく
卅上遶すみやかなる甚ちかみちなる筆書なり
壇范手引糸前編出来此書はいまだ人の心付ざるもやうを品々大集め
新形染彩目
前北齋局一筆後編嗣刻先生殊に心をこらせし奇品なり
町役者
蔵
堂
後編
前編にもれたるをゑらび集め
芝居に
全一冊五渡亭國貞画
画の道はさら也をとり狂言等
文化顔早稽古後編全一冊五渡亭國貞画画画
似顔早稽古
役者
にも見合になるべき珍書なり
八文舎自笑評
三箇之津
いやうはんき全
役者評判記
藝品定
日ゟ
当丑正月二日ゟ
うり出し申候
用
惣役者芸評の書元禄以前より当時迄年々開板いたし
奉入御覧候相かはらず戌年中三ヶの津狂言評判明細に
相撰び文談位附等こと〴〵く相改め御見物無之御方にみて
次第つぶさにわかり候やう書あらはし奉入御覧候間御ひい
き厚く売出しより御求め御高覧可被成下座
全冊
即考百籖
籤箱添
此書はもつこし関帝の神霊ありて我朝に将来しあまねゝ世に
弘り神仏に祈念し吉凶をもとむるに霊験神のごとし
柳亭種彦作
佐紫田舎源氏全八冊
歌川國貞画
式亭虎之助作
喜恕哀樂堪忍嚢全六冊
哥川国安画
蘭
弘所室町二丁目河内屋長兵衛
同同油丁鶴屋喜右エ門
一わびやう○たんせき
一きやうふう○しやくつかへ
靈應丹
かたれかた比州まつの
十
油屋久兵衛
同同産春新形楽松之葉重今介
おなく於国に桑竹松之葉重大豆卅
伝
同日本家肥前平戸山本家肥前平戸山本氏精製
卅
おなく龍園
哥川安秀画
京山作佛入
金冊
慈川春町作
兼
ひやくふん一いつしや町
ひやふんいつしゆ
鎌倉山百人一首全三冊
哥川安秀画
ける古今亭三鳥作
立春
全五冊
廓薫名寄生梅川金五
太吉。
幸画
国貞画画本
役者夏の冨士
一東海道はねば
五十三次
五十三女花の都路
諸大人同
狂哥入断
全冊
すみだがはりやうがんいちらん
同
北齊筆
隅田川両岸一覧
金三冊
北
問
葱斎筆
金冊
江戸名所東鑑薫蔵
新
哥川貞幸画
天竺の方便妄語
五柳亭徳升作
一天竺の方便妄語五柳亭徳升作
唐土の偶言謀計
三国妖狐殺生石十五冊
日本の神変不思議
哥川国安画
哥
御かほの薬おしろは
京橋いなりしんみち
一美艶仙女香四十八銅坂本氏製
一板本氏製
生しら後そめくすり
とり
黒油美玄香四十八銅鶴屋喜右衛門
ゑとめいしよものみぶおか
同
清長芋
全三冊
江戸名所物見丘
□□□□□□□
右五冊共極上品にして奇麗に仕え
御進物には至極宜敷絵本なり
江戸名物
円扇地紙問屋
錦絵摺
通油町鶴屋喜右衛門版
狩牛
第一
同断のために
同断同所
下帙
鶴屋喜右衛門板
之弌
傾城水滸傳第七編之三郎越
〽囚車を途に失
馬黒部篤政が奸邪の
作大刀風は
作琴
悪報に黄葉をちらす
義烈三勇婦
財将を城に謨
迅雷泰名が帰降の
再会に桂児をくぢく
怨仇の刃は
つさくのりやうけんぢう
密策丙賢女
歌川国安画
十五
比貴恩家女いのすゑでありながら
そのときもみぢ葉は花まとをきとにらまへて
不忠のぞくふかゝるうへにもなほあらそはんとほり
するや仏がたげなるぞくぬのかしらなにはちどりの
おさんとやらんはさきになんぢがうばむかへ
してひそかにとりでへかへさんとしつる折
あつ政とのゝ才かくにてくみ
子をもつてそのみちにした
まぢさせてからめとりぬ
かくまでせうごふんめうな
ればこれかれ共にときをうつさ
ず冨山葵のしろへひくべきのみ
わらはすかねて藤孝を成しのみつゐをうけては
当所たうにおもむき手かるくなんぢをからめ
為にことを初ぼくにかこつげて此ところへおび
きよせたり今はのがるゝ五ちもなしかごを
せよどのゝしれば花まとおめたるけしぎも
なくさてははや先だつてあつ政がざんげんして
とやまの城へうつたへしよなしかりとも此をなごは
仏がたけの勇婦にあらずもとよりわけあることなれ
これらのよしを申ひらきのなきにあらねばともかくもはからはれよ
ざりながらわらはも源家此のすゑぐにてをんなながらも
おやのあとをうけつぎて中ぐんをつかさとりをなむしやいかしら
たるにいせうをはぎとりあらなはかけてひかれんことはむねん也この義を
うけひてやがてあつ政王しり〴〵ととめして花まとをばそがまゝにあみのりものに
うちのせでぎふ兵あまた子左ゆるをまもらせ大はこをばかちよりひかせても右へし
「黄〽や家女いのすゑでありながら
ども今さらこゝにてあらそふもゑきなしこやまにいたりでじめい
ぞくにくみせん天のせめ
どやまへひかん
かくはしや
こゝろし我此ねといふにもみぢこぶうなくきまさしきいひわけあらんにはつみはしか
こゝにてさためがたしねがひのまに〳〵用捨つめせんその義きづかひすべからずとく
◑左ゟしくみ子にこれを
まもらせけりそのとき
おくろ部あつ政は大
はこをしびて仏がし
たけのぞく助といひ
たてそのあだ名さへ
つくいまうけてなには
ちどりのおさんと
かきしるせし札を
でもたせ小手すね
あてに野せうぞく
してつぎへし
〽ものどもソレ
〽身におぼみなき
むまつのつみとが
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
みさは
とやま
いひでふ
たてて
はせう
てよ
あはせはすいこ鳴七篇
ちいせいすいこそも分
あつ
〽あの大せいに
にげろ〳〵
〽みだの利けんは
百左の中ゟ一三人とくこゑたかやかにこゑたかにこに
〽みだの利けんは来ぬるものどもはにひ川とやまの士中せか
あの世へいんどう
ほとけがたけの
あゆさんだぞ
なるべしもち孝は
しつけんのげんゐを
かりて弓をしん
だけふ法のおこ
なびおほ
ゆかるを見まで
ねにむさ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□
つゝき
くり
けの
馬に
うち
のりけり
〽にげるぞ
かくてもみぢ
葉はのり物に
のりてぎに兵およそ
百人ばかりをちした
がへ花まとをうち
のせしあみのりものをまん
ながにとりかこませて大
さきをうたせて
はいうま
はこをそのつぎにひかせくろへあつ故に
左の上ゟ
山賊さんならん
いかゞすべきとさゝ
やきあふてみな
みなすゝみかぬ
るになんあつ
政も亦こはげ
だちて後陣
見へかくとつげ
かばもみぢ葉
これをうち
聞てぞは何
ほどのことか
あらんわらはが
汗ぶみをして
くだはそうみつ山や
とうめでも
○わづかに
□□□
つみなきもの
つみなひておのれが
功にせんともたろむ
よこしまははや
しられたりいのち
せしくはそのなは
ともに
わたして
命はあはやきざくの
命はあはゆきさゝ
ゆき口い一じくちにきえてゆく
に
とやまをさして
ねりゆきけり
すでにして
みちのほど
みちのほど
北四五丁も来
ぬらんと思ふころ
ゆくてに衣ふかき
はやしあり此はや
しのうちよりしては
あやじけなるをとこ
ども両三人に
あちごちに
たちあらはれて
しきりにこな
たをうかゞび見
とやまをさして
ゑひのたゞ
ならねは
さふ
たるつらたま□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あ得させんみなく
○左へ
ねへのふ
の古ゟたち
いでてなぎ
なたをわき
はさみ
さきにすゝ
みてくだ
んのはやしを
はしりぬけん
とする
いなりまへりの
もへれより
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
もらさぬ天のあみにかゝ四まてたは
うでだて
きそふてかゝれるいき
さいごもあらずこゑやくな
ばゞ一人にも
と同しはせじと
よばればその手の
ぐん兵三四百
人にどつとおめいて
ほひあたりがた
ければあつ
此政はすておち
うへて人より
さきににげ
二百に三羽のめんどりとも
はなのさきなるひのてんよりゑう
うんのつきかたつはし
うんのつきかたつて
しめるぞよ
たかける
まいてや
ざる
ふむくみ子
こんもさゝこ
得ずあと
ほどに
まさしく
右のなかへ
はやしのうちより
ときをいびやうときをいびやうときを
つくりかけてあらはれ出たるみたりの勇必は
なはち別人何ならずほとけがたけに名もたかき玉すだ
かへ札のつばくらめやきすがほのめきらずせなやりのくだかけらち也申右の下へ
〽かだんびらさゝえだてとは
開帳したいのゝ
十八十八丈七嶋三間
けいせいずいと件大統
かへせとよひとむるのみぢとふひとり
ふみとゞまつてつばくらくだかけ
鳥しやうわうにたゝかひしがみかたに
つゞくつはものなければいかにして三
勇婦をあひてにひさしくさゝゆ
べきやうやくにたゞむきつかれて
かなにべくもあらざるにこゝにて
ひとりうちしにせんはむやくに
こそとしあんをしつゝすきを
うかゞひ引はづしてくろ部を
さしてぞにげたりけるさる程に
花まとはたれとはしらずたすに
けの軍兵義はやしのうち
よりあらはれいでてあつ
政をおひちらしもみぢ葉を
せめたつるをのりものゝまどの
すきよりまたきもせず
はるかに見て仏がたけの
勇ふらが大はこをすく
はんとて来つるにこそと
すいしにければ日でかに
しをれし玉なんのかだち
あめにあへるがごとく
いきほひたちまちぼつ
かきおろし大はこをさへうちすてて
めきゞすらにわたりあひ縦横無
みなちり〴〵ににげはしるをきたなし
いたみは
〽いざいの
〽モウこれからは百人シりき
むけからうけに入り
せめに
手のうち見せて
がひとりは石にかう
べをくだかれびと
の上ゟ左ゆうへ引わけ
かいつかみてちからに
まかしてなげづくれば
りはくびぜに
わきはらを
〽つんさかれてぞ
死んでける
そのひまに
たつばくらめ
らは大はこが
いましめの
なはをねはやく
ときす
ごろに
いたは
れば
はこ
よろずび
愁仕とのりものゝ戸を
けはなちてあみおし
やぶりあらはれいでたる
勇奴のちかたね
といきほひにへ
いましめの
なはふつと
ちぎれて
にきだに
なりてぞ
おちたりける
かゝる折にもざふ哥
両人なほのり物につきそひて
にけも侍やらずまもりゐたるが
此ていたらくにおどろきあはてく
せぬかい
五十
やう
くまんとせしを花まとは
〽あののり物に
のせまうして
とりてへかへる
ねはへ
まで
うま
つ
うれしい
ゆくの
じやそ
□□□□□□□
一〇〇〇
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
つきせぬえん
してわづ身に
いかに
つけおいたれ
とうからし
ゐたはいのふ
かゝるわざはひを
いつのほどにかさぐらしりて
こゝにてすくひ給はりしぞやとこはつば
くらめほうゑみといぬる日くろ部はや
月のいなりまつりをわらばが手下ろざふ
女のらの両三人見にゆきつその夜おん計が
あつ政にとらはれ給ひしていたがくをその
あたりに見たりとておとつきあはて
かへりてしか〴〵とつげたれはわれはわれ
かふしてすくひくとらんと思ふになんばきゝたる
人ざに仁いをくろ部はや月のかたつかい
ひして一とのやうすをうかゝはせに花
まととの武勇もてはやくおはさんを
うばひかへしてわらはがかたへおとしかんし
おいたればその夜又かのあつ政がくみうな
みちにいだしおきてふたゝびかん身をし
とらへしよしを見つゝしり〳〵とつきへしかへし
けハせいせい二嶋七千棚
廿二
けいせいずいこ僧十郎
とり一火はゆるゑんしたるにより当月もしのびいものそのてことのやうすをうかゞはせと思まの
母よりも五ぢ平女が来つゝ花まととのをたばかりてからめとりたることのおもむき。出ん身
もろともとやまの城へひきもてゆかんとするよしをつぶぎにさぐりゑりしがば
こゝにてすくはんとらんとてかたのごとくにはかりしなりとつぐるに大はこよろびて
三三万助らりこゝろざしをかんずると大かたならずやがて花またによしを
つげて。ひきああすれば。花まとも。思ひかけなき舟出此所のよろびを
のべおんをかんじてかゝるうへは今さらにかへに心とするに
いへもなし仏が
□□□□□□□
たけに身を
よせて共に
ちからをつくす
〽アきげはてたる
みれんのくりこと
やいばのけがれと
べしといふによろ
こぶ三勇ふらは
大はこ花まとを
ともなひてぐん介を
引まとめ仏が
よろこびの湯えんを
まうけて大はこ
花まとをもてなし
けりかゝる所におも
だちたるつはもの十人
ばかりくろ部の次官
えんかはちかくひきもて来つ
われ〳〵かねて玉すだれの
つきぬ
みは
まつこの
とほり
たけのこりでへかへりて
あつ政をいけどりて
きみのおんさしづにしたがひて
〽花まとさんといふ
たておやまがいちまいこえはいつたら
とりではいよ〳〵はやらふぞへ
くろ部のかたへはしりぬけて
木の間くさむらかげに
ふしかくれておちゆく
てきの大せうをいけとらん
とてまつほどにはたしく
このあつ政が馬をはしらせい
くま手をもつてかけたふしひしく
といましめてひきもてかへり候
なりとつぐるによろことゆへ
はこめつばくらめらがのこる
かたなきこの日の手くばりを
賊ぞとししひたる邪智知が奸悪乱の
はからひをしきりにせめてやまざりしを
つばくらめおしとゞめではるさめの刀
自じむやくのこと也このあつ政ははかせ
ぶりてくちに聖売諸の書目を
そらんじながら賢心をそねみ民の
二騎きいへぢのかたにげゆくところを
われ〳〵たちまちいち度におこりて
ほめて十人のつはものをねぎとひはし
ちかくすゝみいでてあつ政にうちむかひ
かれがかつらの水にまよはざれてとがなきものを
あぶらをしぼりて身をこやしたるくせものない
すみやかにかうべをはねてあくのむくひをしら
しむべしといふに花まとすゝみいでてしからんには
あつ涙はわらはにくびをうたし給へかれはわかは越をなご
とあなどもてこのとしごろおのがまゝ小たちふるまひしのみならず既へ
はこし
〽もとよりうらみも
ないわらはを
あくまでにしへたげたる
むくひはてきめん
思びしつ
ナハ女いそは嶋一三間
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
きりよりこらえにく
さうでござります
こよみを見て
日がわがわがわがわるくは
あすへのばして
くださりませ
二十みうしろ手で
おがみます
〽きゞす
〽ろんごよみの
ろんごしらずとは
あつ政が事で
ござんせう
アレみな
ぶる〳〵
ふるへる
な
ちつと
さうも
こざる
まい
とめるがかへつ
くどくさ
けいせいずけこ僧廿余
つひにはわらはをうしなひてにひ川の一トこやりをおのれひとり領りやせん
とてはるさめのとじさへにおとし入れたるこたびのざんけんすでに
わが身をかくのごとくになせしはこれみなかれがわざなりいで〳〵といひ
かけてかたなをひきげてえんかはよりをもてうしろにたちめぐれば
あつ政は身をちゞまして花まとのとじ今さらにこうくわいそのせん
なけれども同やくのよしみにめでくいのちをたすけ給へかしと
いはせもあへず花まとはから〳〵とあざわらひて
武士だににげ
はだし
〽たけのしれたる
島倉少の山
ぞゝいく百人に
こもるとも
よみつぶすに
手のひま
入らず
およびて
はぢをしら
ざるしれ
なくこの都どに
ものなり
たれが
なんぢを
ゆるに
べき
くわん
ねん
せよと
ひらし
ひら
めかす
やいばの
下にあつ
攻がかうべははたと
おちにけり○これは
さておきもみぢ葉は
アヽミ
□□
□□□□□□□□□□□□□
あそはし
まする
な
江左の上ゟ
うへをおそれぬ
こたひの乱妨ばう
合や今はしもゆるしかたしうつ
手の士卒引をさしむ
けてかよめとらせずはあるべからず此うつ
手の大せうにはたれをがなつかはすべき
とてさだめかねつゝ思ふやうよしやかのぞく
助らは凶九勇力姓陣をとこにまさるとも
名ある武士をうつ手とせばにはとりを
さくに牛のかたなをもちふるににたるべし
えうこそあれとしあんをしつゝさきに
あつ政がにげあし
はやくてみかたに
つゞくつはものなけれは
三勇ふのほこ
さきをさゝえかね
引かへしてくろ部の
陣屋ざんにたて
ごもりその日はや
うちのつかひをもて
冨山へちゆうしんしたりける
○さるほどに沓通ふみ
ゑつ中の介茂孝
たつはもみぢい葉が
ちゆうしんを聞て
いたくおどろき仏が
その聞えありといへども
なほざりに見てすて
おきしに花まと
さへに逆徒
ぎやくにくみして
右の下へ
すなはちことのおもむきを
たけなるぞくぬらがことは
しやつらはをなごのことなれは
義
〽世に
きこえ
けはせは七はこといし
□□□□□□□□
しそゝふらをたい治の
大せうにぞしたりけるそも〳〵はだ
の大功あらば
ぞくならんめでたう
しゆつぢんかたして
かまくらよりつけられ
たる女むしやの惣
しかしらはだ名とよべる
勇好をまねきて
ことしか〳〵と聞え
しらせねがたけなる
ぞゝふらをたい治の
でしたりけるそも〳〵はだ
名はちよき世のともゑ
半がくにもをと
かまくらのしつけんも御まん
らざる万夫
□□□□□□□□
よからう
たら
わき
けやう
あり
その
性が
きんじゆ
〽長時とうは
京もかま
くらもをんなの
はのきく世の中
なればかやうに
お見だしにあづかり
めさるはだ名どのは
うらやましい義で
ござるてや
十四
二郎ら
もいに
かれをあだ名して〽きへ
こくえぬ
勇物な
れば世の人
百七百七十一百七十一条
かくてもち孝たは
くつきやうのつはもの
五百人をはだ名にさづ
けてしゆつぢんのさかつきを
〽とらせよろひなぎなたを
ひきで物としてすみやかに
うちむかつて
功ををたてよと命
めぜしかばはだ
名は
ときいかつちはだけるといひけり
〽しゆんに
□□□
きん
然化として
ことうけしつゝその日
とやまを出陣隊
してつぎの日ほとけが
たけのふのとちかく
馬をすゝめ
□□
やいばを
うけよ
二百目目
えうがいの地をえら
みてまづはや陣をとりたりけり
○かゝりしほどに仏がたけにはものみのつはものしかぐと〳〵も
はやくもとりでへつげにければ花まとこればうち聞てはだ名は
武げいに男力鷺のたぐひまれなるをなごなれどもたん気に
してはかりごとなしかゝればちからをもてあらそふべからず只智ぢを
もつて征准すべしといふに大はこうなづきてきらばかやう〳〵にはかる
べしとくようゐしたまへといふにつばくらくだかけめきゞすしかるが
といらへつゝ五百騎きを五手にわかちて百騎にはとりでを五右の下へ
上ゟまのらせ
くその余よおの
手わけを定
こめてようゐすみ
女かにふつ
兵
〽小ぜいと
はせて
ふせ
思いが吉
の吉へ
ありは
せまい
かの
一団女せみとり花
まとははなやかによろひつ馬にうちのもつは
ものを百人ばかりしたがへてふもとにくだり車がち
しきてよせ来るてきをまちたりける
六
名は小さくらをどしの小心そくにもえぎ地のよろひ
したゝれをすそながに着きくだしてすぢかも
入たるなしうちえぼしをゐくひにいたゞき
ゑんげつの大なぎしたをわきはざみ
春ぶちなる三才ごまにうすくらおいて
ゆらりとうちいりくつけういつはもの
五六十人を馬の左ゆうにしたがへて
まつさきにのりいだせば仏が
たけの陣中おきにもせめづゞ
みをうちならしてをんな
ゆめとり花まと
しばかくしてよせ手のぢんよりしきりによせたいこを
うちならす程こそあれ大せうときいかつちのはだ
〽そん〽そしきまをかたどるみかたのえうがいならば
せめて見やあひてがちがふ
こじやくなごとを
〽いちばん
てがあねさんが
した手に
これば
つけあがる
ひをどしの
よろひに
たれを着
こん
地の
征
紋の口をはづだかにおひなしてしげ
どうの弓のにぎりぶとなるを
わきはさみりんぜんあしげのとき
馬にうちのりてつはものあまた方
右にしたがへすゝみいでゆみとり
なほして一馬上もはるかにかうべを
さげめづかしやはだ名のとじゆぎへし
十八文八七八〇専一番
二つこたつあけい
かどのめぬ
一今にてんじやう
□□□□□□□□
こますそ
しいそいよいこそくす
わらはくろであつ後にざんせられてふしきの
つみ人トとなしかばやむことを得ず身をのがれて
しばしこの山にこもりたりのとより京にも
かまくらにもそむきまつらんとほりするにあら
ず此よしよろく申給へといふをはだ君は聞あへず
はなまとなどて大たんなるなんぢは名家督の子
孫財として女ながらにひ川半ぐんなぐん目にたり
夏をんなむしやのかしらたれば御おんにふそくはある
まじきにこの山のそくふらにいち妹してぎやく
ほうをくはだてたる天ばついかでかのがるべき
すみやかに馬よりをりていましめいなはに
かゝれざらずはわが此悪ぎなたもてすかう
べをうちおとさんずといきまきたけくのゝ
しるを花まと聞てあぎわらひおろかやな
はだ名なんぢはうつ手の
大将なればわらはま
げて礼義をつくすは
ぎやくしん
なきをしめ
ざん為也しかるを
いづから高ぶりてわら
その義ならばいでもの見
れははだ名はいかりに
御たへずして馬を
けかけよせ
をはづかしめんとほりするか
せんといひいたるをはせよす
水くるまのごとく
なぎなたを
あいつらどうし
かうかまへてもとゞきはしねへ
□
アレゆび
〽
さしをしく
わらやあ
あなどる
ぞくふどもイニノ
イデ八人
はへ
せめのぼらけ
すゝめ
ばへ
ひらめかしておもてもふら随
ずきつてそるをとき
まと得だると大刀ぬきかざして
しばらくいどみたゝかびしが
いつはりまげて引かへ
せばはだ名は
すかさず馬を
とばせてなほのがさじとおつかけ
たりそのときい花まとはもつ
の中ゟしたを
ふるふくおし
いてもおはざれば
花まとはしづくと
士卒した
〽がへしりぞくをはだ
名はしたびおはん
たるやいばをさそに
▼おさめて弓に矢やつがひて
て引かためそがひになりてひやうと
はなせばねらひたがはずはだ
名がえぼしのはちがねを
いけずつてそのやははるかにてきの大軍卿
とびちつたりさすがの
ご名も此矢やかばはだ名はしきに
おはだ名も此矢や
やとつにきもを
ひとつにきもを
つぶし
とてねがたけに
せめのほればいづち
〽ゆきけん花まども士
卒しくも見えずなりに
おさめて弓に矢がつがひて車引も見えすならに
車そつも見えて
けりかゝるところに
引かためそがひになりてひやうとげりかゝると
ひがしのをのへによねたい
はなせばねらひたがはずはだひがしのをいへにかねたい
このおとはけにけもえて
左の大軍太郎のとこつ
よりうつていつとおぼえし
かばはだ名はしきりに士卒
そうをすゝめてみちこれもちを
きりひらきまつしくらにはで
つけてひがしの事におよせ
そればかねたこと
すなりててき一
ざりけりかへしほどこことの
だふ兵あへぎ〳〵はしり来て
只今西の志のへにあたりて見
しかねたいこのおとおこりたり
用心ひへかしとつぐるをはだ名はだがつは
聞あへず扨はて死の為にあり次へし
けはせいせいといといといといせいといとい
けけせけすいて何七紀
ものどもすゝめと馬をとばして
西のかたへ引かへせばいどもけれ
しき山さかの木をきりたやし
みちをふさぎてたやすくこゆ
べきよしのなければはだ名はいよ〳〵
いらだちて士卒そうに下知して
きりふさきたる
木をのぞき石を
しりぞけてから
くして西の山へ
嶋によぢ
のぼりてあた
りを見るに
かねたいこの
〽どつといしめこのうさ八まん
きめうちやうちい
きめう〳〵
おとはさら也
こゝにもてきの
あらざればうたがひ
まよひてたゞすむほどにざにひやう一人
又はしり来てて死は北のかたにありとおぼし
しく木の間はやしのうちにはたさしものひら
めきてせめたいこのおとかまびすしく此宗
ひゞきて聞え候とひきつきあへずちゆうしんすばだ
名はその性けれつ火玉のごとくものにこらえぬ勇ふ
名はその陣やれつ火のごとくもいに六郎
なれば心しきりにいらたちてしからば北なるてきをうつ
べしみなくすゝめとまへさきかけて北のをのへにおしよす
るに又大木綿をたにしかけてゆくてのみちをぎりふさぎ
しをはだ名は又十卒むかに下知してやうやくみちをぎり
ひらかせそのへとわつにいたりて見るにこにも。てきはあらざりけりけり近
本
かたりいせはしろこのこわんせおん
いけどつた
大ざかにては
どうとん
身ほり
ときいかつちは事
よいやくまはりで
しあはせ〳〵
〽ほまの門ゟそつかずを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
わづかに
なかいしものはのこらず
つきにいけとられて
はた名は一騎砲に
なりにけり
○さればはだ名は
しそむちなかして
つかれをすいり
しなもとを
もたしてしりそく
ほとにてきすき
ころもなくおつかけて
はだなをにがすな
とりこにせよとこや
ごゑによばゝりけれは
こはいかにとうたがひまよひて引かへさんとする折からざは兵
一人也又はしり来て只今五なみの山のうへに花まどは大はこ
とつばくらめらのろともにまくをうちもうぜんをしきまうけ
さかく花をめぐらしてわらひたのしみて候なれせつぐるにはだ名は
よろひて此たびはそゝふちをひとりももらさずうつくとら心かけ
いすけと馬引かへしてみなみのかたにおもむきつゝをの所はるかに見
あぐればげにだに兵のつげたるごとく花まとはし大夫もらともつ
ともに酒うちのみてごしたを見ほこりかに。しば〳〵ゆひさしわら
ひしかばはだ名はいかりにたえずしてせめのぼらんとする程に山の
うへなるまくのうげよりつはものあまたあらはれ出て手にく石を
なげおろし木をきりたにしてふせぐになんすべてよせてのつはもいは
石にうたれ木におされてたきするものすくなからず手おひも
とむにおよびしくいたやすくのほるべうもあらずとかくしる程に日は
はや西の山のはにしづみはでてしあちくらくなりたれどもはだ
名はなほもしりぞかでたいまつをともさせかゞら火を
たかせ士卒しかに腰に兵らうばつかはせてふたゝび
せめのぼらんと思ふ間もなくたち山のうんに
あたりてあひづののろし。ホンとおとしくきらめきのぼるも
万十一才に平九郎右衛門来てよぎりませもの
程こそあれやま水どつとみなぎり来てよせもの
士卒弓をおしながれいきほひふぜくべうもあらざれば
こはそもいかにとおどろきさはゞ周音やう大かたなら
ざりけりされば此ところは三方ねんは我ががたる山にてけい
一方はい合也けりしもつともひくきとはつなるを山のこしをうち
いぐる山川をせきとめてながしかけたることなればよせ
手はたちまち水におぼれて死するものすゝなるらすかる哉に山のうへよりふ
せあたいこをうちゑらしてくきかけめきらす二騎にあひなんさ士卒して
いてせいみざればよせ手はいゝよ〳〵へきしきしてやうやく水をのがれしもいはにけるは
としづゝ度じをうしなひては介左こへまこびおちへふしかきなりて死するもの也右の下に
けはせいをは上島三品
おはだ名はいよ〳〵心
つあはてくしきがに
馬をはしらせしに
こつねんとして人馬
一ゆんもろともおとしあなへ
おちいりけるそのとき
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ととはしかつこひてくま
手をもつてはだ名を
引あげ大刀のつゝりを
はぎとりてひし〳〵とさひしく
馬をもある
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
仕合よりと
さゞめ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はとうびかへりしりそのか
これらのはかりごとは
さきに大はこと花まとへ
しめしあはして
せきとめはだ名がのが
れてかたべき一トすぢ
みちにおとしあなを
まうけおきく
けいせいせんこれし七紀
□□□□□□□□
ほどにしばらくしてつはものらはいけとりたる
よせ手の大せうはだ名がゑはをと
まとはいそがはしくはしちかう
たちいでてつはものらをねぎ
らひて手づからはだ名が
なはをときすて引くかみ
くらにともふひてねんまつに
ゆるし給へざにくらが人を待しらず
はづかしめまゐらせたりぶ礼を
ゆるし給へからといへば大はじく
つはくらめくだかけめきゞ也
すもすゝみよりもろ
ともにたいめんしく
その日のつかれを
いたはるにぞはだ
名ははぢたるおも
もちにてわらはは
おの〳〵などてうやまい給ふ
おの〳〵などてうやまひ給ふ
夢みくとじの武勇は世に聞えてこゝろたゞき
賢女妙いなるにたれかはうやまひはべらざるべきわれ〳〵
もとよりぎやくぼうなしあつ政がざかしらにそむじつのおとまり
はいぐんの大せうなるに
つめてえんかはちかく引すゆれば花
とひなぐさめときいかづちのとじ
さる程に大はこ花まとはつばくらめくだかけめぎゞす西
らともろともに衆議聴譲屋となつけたる大野
しきにまとゐしてかのへはもいらがおとつれをまつ
□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
こゝろ侍がたくはべるかしといふに花まとほう
なげへは
ならさ
さやう〳〵
〽日のくれたるに
山みちをひとり
はなちてやられにか
こよひは
ぜひとも
おとまり〳〵
□□□□□□□□
までにいは
しやんするを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いなみていなみていふ
はやくとやすへかへし
給へわらはは尼按
せう軍心のおんつけ
左の上ゟさては
きやうにはぶりしく
わらははひとへに
あつ政のうつたへを
まことしてあく
□までおれ身をにふ
みしは夢のだらぬ
は恩にはゆるし
や給へとうちわひて
又他ゆへどもなく
見えしかは大は二つば
くらめらはよろこ
くらめらはよろ
びてにはかに酒
しえれをまうけ
つばさ〳〵
はだ名を
もてなせども
はだ名は
これをたの
これをたのし
とせずしば〳〵
さがつきを
いなみていふ
やうおの〳〵わら
〽はをあいし給はゞ
人としての左へ
すみを待たりしかばそのわざはひそさけん為にしばし此山ぬしらに身を
よせたりされはなにはのおさんといこしは
しよ
はだ
よせたりさればなにはのおざんといこしは
その名世上にかくれなきなにはの書役
大はことの也あつ政にとらはれしとき
そのまことの名をつけざりしはかやう
も理とめはせぬけれど
しゆらのちまたの◑
かやうの事に
おこゝろざしはよろこばしいが
とてものことのおなさけには
はやうかへしてくださんせ
きゝもまんまものぞ
みはない▼
ものらぐ
より義太吉と
〽いのちたすねてかへさんとある
をもはやくかへして
もらひたい是ばつかりが
たのみじやぞん
らにものを害せしたゝ
りをおそれしゆゑなり
さて又こゝにはへる三ッ男
はやうかへしてくださんせさて又こゝにはける三郎勇
◑てき
母は賊地のすけもち
みかたが
比企地のよし員国の
うちとけたるも
よるい也のとより武
他生やうのえん
今ほぐに
勇のそなごたちな
るに先亡女うのよ
るいなれば身をおくに
まづさくひとつ
あげま
□□□□□□
してからされふが
きみなきんさやうじや
ないかいな
ところなくこれ又この山に
一の十七ゟ
この両三ねん小
こもりてしやめんのときをまつ
母もの也しかににゑつ中の介もち国にをり女む
しやの惣かし
孝たぬしはかまくらのしつけんしやの惣かし
よしときとのゝゐをかりて民をしやらばさへちけ
たげいへをこやしてわたくしのおこ
なひおほかりまいてくろ部あつるになんで小しば
我がともがらその下風動にたつしもとゞまるべき
ものゝよこしまふ法ならまはまれとく〳〵かへし給へと
なりこの義をさろし給へといふに大はこ
がかしといふにはだ名は
たんそくして右の下へしづちのとじつぎん
国にぱり女む
たんそくして
けいせいすいこ伝七郎
かくまでにかへしんとのたまにをいかでかひさしくとゞめんや
さりながらけにひねもすのたゝかひに山ぢをほんさうし給ひ
ければさこそはつかれ給ひけめなれどもおん身は忠義
いとひ給はぬよしもあらんがいたましきはかの馬也
おん身をのせてけふ一チ日山ざかをのみはしりにも
ければめい馬といふともつかれたるべしこよひは
馬のあしを
やすめてあく
までにまくさを
かはぜあすはつと
めて山をくだりて
とやまへかへり給ふ
ともさまでおそしと
すべからずこよひはこゝにい
あかし給へと花まと三男
ふらもろともにとゞめて
ねんころにもてうしければ
はだ名はつひにいなみかねて
まうけのふしどにしるべをせら
れてしばしがほどとてまどろろ
けりもとよりつかれしことなれば
はだ名のそのあけのあさ
巳にのころにおきいでて
大はこさまとらに
わかれをつげわう
はが大刀ものゝく
わづかに心を安くしつさかつきをうけ
うちくつろぎてその夜こうたくるころ
はだは二郎行両賊ながたのていたらく
わかはをもつてあたとかへは
わけあることの何にもせよいごろ
けれはさこそはつかれ給ひけめなれどもおん身は右義の道にわけるをとつほにも世よいといと
されんはむやくのわざ也一トまど
こゝをしらずかん
の左の上ゟ
うち聞ておん
身をとむるに
あらねどもまづ
まゐらせん
さのみないそぎ
給ひそとて
きやくせしきへ
いとねんころにのて
らの三勇ふと
どもろともに酒食
しゆばすゝめて
いとねんころにもて
なせども
はだ名は
しきりに
なぎなた馬をさへもとのまようずくら
おいてぞかへしける○かくてはだ名はものゝぐに身を
さいそくして大刀もの
の夕をこひもとめかへ
らんとのみいそきし
かば大はこらはとゞめ
かねて大刀ものゝぐえぼし
十七日
なしに
もとゑし
かへし給へとさい
そくせしを大はこ
らは市右の丁へ
かためて馬にうちのり山をくだりてしきりにみちをみぢへ一ナ
いぞきつゝとやまの城にはしりつきてすゝみ入らんと女里あまり
かへれども
したれども堀門か心をかたくとざして入るやうもあらざかへれども
ば橋津のほとりに急ゝやり立て人〳〵ももあけ給へ扨今ざらに
はだながかへりはべりたりとよば世もあへず城中驚にて身のよるべ
あひづのたいこをうちならしてあまたのはたをたてあられは自
つらねよろやたる武者いくたりともなくやくやぐうのがいをせんと
うちにたちあらはれて矢をいかくることしぎり思ひさだ
なりはだ名はこれにおどろきていむけの袖をめてみちの
なりはだりはだ名はこれにおどろきていむけの袖を
かざしつゝこはいかに思ひたがへてかくはわらはをべのくさを折
いるやらんそこつをするとおしとむればしきもの
城のつはものこゑ〴〵にはだ名なんぢはぬぎすてて
仏がたけなるぞくめらにこう参合よろひとほしを
してよんべ夜ふけてこゝへおしよせ火をぬぎはなち
していふしてはかつきにしり
はなちらんばうしてあかつきにしり
はならんばうしてすい
ぞきに今さらに又あざむかんとも
ふたゝび来つるきものふとさよあ
いてとれとのゝしりている矢
いてとれとのゝしりている矢
いてとれどのゝなりている矢
あめのごとくなればはだ夕はつひし
あらそひかねて心ならすも引
しりぞき城下北うのまちめ
〽見わたすにげにもよんべて
まつりごとくだ
ところにたゝかひのありしとまづりをし
れてねいじん
おぼしくところ〴〵やきはら
はれてうちゑにしたるもの
けるこのとき
なきがらなほよこたはりてけるこのとき
ありしかばいよ〳〵とかひ
そぎへ
まよひつゆくとは
けいせいすいこ侍七郷
三十
すてたる馬にうちのりまつしくらにはしらせてその夕くれに
仏がたけのふもとまでかへりしかども大はこ花
まとらがとゞめしをかたくいなみていでてゆきしに
死すともたれかあはれと思ふべき身のわざはひをしばらくさけてしや
死すともたれがあはんと思ふべき身のわざはむをははらくさけてしや
めんのときをまたんにはねがたけのとりでのほうに身をよせん所なし
アゝしかなりとひとりごちてぬぎたるよろひをたゝび着き
おめ〳〵としてかの人〳〵にふたゝびへ
おもてをあはせんことの今さらにし候
しめんぼくなければことわざにいふ
〽しきゐよりたかき山ぢをのぼりかねて
うち見あげつたゞすむほどに
大はこ花まとつばくらめらは
あまたのぎに兵をした
〽すでにきいらのまい半心に十五丁
みをおちあはよしなにて走まつきへ
一城かたにあたはれたるわが身の
うへせいりなき世の
きまじやとなが
のせやつつもの
思へてもろともに山を
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一三百人
くだしてとやまへ
つかはしわれは
しがへて山をくだりあひむか
兵が
しらせに
よりて
大はこ
花まと
つばくらいみ
つ山をくだりて
はだなを
むかふる
とまづ
「まんまとうまく
いつたはいなァ
中へくこははだ名のとじまち
かねたりいざこなたへといざ
さめのとじとわらはとはからひておん身に必はじめ城外をほふ
なひてやがてとりでへいざなひつゝ酒
えんをまうけてもてなすにぞはだ
名はとやまの賊にてありしやも
むきをりのかたり思ひがけなくもち孝を
にうたがはれて今さらにかへる
すべき家なくなりたればしばしばしばしばし
この身をよせんとておめ〳〵として
よび来たりめんぼくもなきことにこそ
さめのとじとわらはとはからひておん身に
にたる女むしやによんべおん身の
よろひをきせおん身の馬にの下へ
つちの
はだ
名なり
さきには
ふせよに
敗軍
□□□□□□□□
てきに
こうきん
したるにより仏が
といふ小花草とほうゑみてその花はかねてはるふたけへいち味の手
あはじめ城引をほふ
らん為に来れり
もんくせへつゞく
初編ゟ五編迄先達而売出シ置下候曲亭馬琴作
傾城水滸傳は
六編七編へ編子年秋ゟ売出し申候歌川国安画
曲亭馬琴譚
繪本漢楚軍談は
通俗漢楚軍談を御子様方に
初編ゟ五編迄一
わかりやすきやうにひらかなに
共ニ十冊出来
譯したるおもしろき軍書なり
芸道名人の立者衆を豪傑
水滸伝にながらへておもし
當世役者水滸伝歌川国貞画
ろくつくりたる画本なり
南極小屋敷屋敷屋敷
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
初編ゟ六編迄山東京山訳
稗史水滸伝は
共二十二冊売出シ歌川国芳画
一奉書二枚つぎ粉色すり
一画面にいろく興あり
水滸伝豪傑雙六歌川国芳画画
おもしろき事双六随一なり
初編鶴屋南北
水滸伝劇場雛形は
四冊歌川国貞
繪入
右庄左御門小屋鶴堂雀人
十冊
忠臣水滸傳
讀本
忠臣くらの義士等を豪傑
水滸伝になぞらへ綴たる玉極
おもしろき名文の絵本なり
つた
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第七編
歌川国安画
下帙巻之下
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□
十六六
一一〇、、・、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
十九月十一日
いつせんりやうさうをとく
一箭解西鎗
女弓執花的が旅宿の武者草鞋は
結ばる幼を今ぞ解く薄衣筒鳥が
馬琴作
けいせい水滸伝第七編之四
下帙之二
仙鶴堂梓
しゆうぢよけうどうをうしなふ
衆女喪卿導
桐火桶石竹が酒肆の坐席角口に
届きし書を先披し九婦千卒が
国安画
同同同
俱乗合の
七
もん〳〵六のつゝきたみなくいでよとよばゝりてやきうちてしつぶろくるに
妹がたに見おぼえある物のくなぎなたのつたる馬まですべておん身の
でたちなれば城兵衛いたゝおどろきてさてははだ名はてきになり
此城引をせむるぞやいりなとられそみなふせげとて木戸おしひと
うつていづるを思ひのまゝにせめやぶりてよきしほあひにしづ〳〵と
ひきしりぞきてとりでへかへれりこゝをもてけふも又おん身をてきぞ
とこゝろ得て城がたより柴をいかけてうちとらんとしたる也
われ〳〵かくまではかりしよしははじめよりいかにもしておん身を
とゞめてみかたにせんと思ふことしざりなれどもおん身はすでに
心づよくとゞまり給ふけしきなければやむことを得ずぶんどり
したるおん身のものぐ一馬をもてにせむしやをつくもつかはして
かたのごとくにはからひぬゆるし給へとわびしかばはだ名はしばしぼう
ぜんとはじめてゆめのさめたるごとくかくまでにわらはがことを思ひ給はる
おの〳〵がたのこゝろざしもだしかたしわらはがおやは世をさりてをつとも
なく子もなければよろづのうへにうしろやすかり
今よりこゝにとゞまりて知己此のちからを
つゝすべしといふに双な〳〵よろすびて大かた
ならずのてなしけり○そのとき大はこ
左右を見かへりさきにおの〳〵のたすけに
よりてくろ都あつ政をいけどりてすでに
うらみをかへせしかどもだいちの発頭人
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
武げいの弟子代にはべりわらはまづくろべにいたりてひそかに
陣屋ざんにをるならんくろべをせめてかづらの
介をいけどるしゆだんのありのやするととふを
はだなはうち聞てくろべのぢん底をせめんとならば
さいはひのことはべる也かしこをまもるもみぢ葉はわらはが
もみぢまにときすゝめなばちつともやいばにちぬらずして
左の上ゟ
〽そんならおさんといふたのは人の
うはさに聞およんだ大はこ
かつらの介ちを
いけとる
といであつたかいなァしらぬ
ことゝて花まととのさへ
のみ
むごくしたのがくや
ならず
兵ちう
運用
ことたるべし
この
義は
ときしめせは
大は六郎
よろこびて
いそぐがかん年
はいのふ
その夢まことに
はだ
しかるべしはやくかしこへ
〽すぎたる
ことはくやんで
かへらず
心ならば
ようゐを
〽すぎたるおもむきゆへわ〳〵も
ことはくやんで
かへらずがへて引つゞきてゆき
よ〳〵はべらんといふに
いち味の
心ならば得てふたゝび馬物
はるさめの
都のぢん原
とじにげんさんの
おもむきてもんそ
ようゐをおもむ
でがかんえうひらけとよばり
じやぞへければつぎん
おもむきゆへてと〳〵も
一けい子はすい二嶋七輪
七十七七〇七貫一貫
まどよりのぞき見てはだね也としり
たればやがて一人々はしりゆきてもみぢ葉に
ちゆうしんすそのときも五ぢ
ばは木戸をひらうせいで
むかへてはだ名を一トまに
せうじつゝいくさのせうぶを
たづぬるにはだかつとたへて
わらはがうんのつたなう
しておぞくもてきの
はかりことにおとしいれ
られつひにとりこと
なりしかどかやう〳〵の
ことによりのがれてとや舟へ立
かへりしに城中地うより矢をいかけて
入るべうもあらざりきそのゆゑはかやう〳〵と
木戸をまもる軍兵次からもの見の
大はこらがはかりことをつまびらかにときしめし
これにより今さらによるべのふねのかぢを
たえてせんすべもなくなりしかば仏がたけへ
おもむきてかの勇ふらをたのみたり
しかるに今仏がたけにはかの世のなかに
かゝれなき賢女切りはるさめの犬はこあり
そも〳〵くだんの大はこはひろゝあいして人を
すくふにいさゝかもたからををしまずしつにこれ
たぐひまれなる女君子によんなりさきにはな
にとのしゆくしよにありしときあやまちて
あつ政にとらへられなにはのおさんと名のり
しは茂太吉をがいしたることのたりを
〽このうへはかつらの介を
にがさぬやうにつばくら
さん御くろうながら
たのむ
本左の上ゟしすゝ又いでよくねいじん
くろ都あつ政はさきにいけどつて
かうべをはねしがいまだかつくの
介を得ずくろ跡がしゆくしよへ
介を得ずくろねがしゆくしよへ
おしかけてかやつらをいけとるべしと
いふにつばくらめくだかけはいち
〽そりやてゝろ得て
ゐるはいな
の
義は
われ〳〵
両人に
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□
うちまか
給へかし
といひつゝ
やがて
〽今は
この夕に
おやもなく
一ほだしになるへき
あつま子もなければ
さつはりときり
かえておせわに
ならばかへつてさいはひ
あつ政にあざむかれ
四五十人の
ざふ言を
したがへかく
くだんのしゆく
しよそおつとり
まきしやうの
あつ政を見
ならふてとしごろ
ならぶやとしごろ
民をしへたげ
たるめく人には
おそれしゆゑ也ちかごろ京もかまくらも
そのまつりごとは五できゝとあまみだい
子よりいでてゆくすゑとても
たいもしからず和女郎もはやくこゝろ
ことへは来つる也といふにもみぢ葉おどろき
たんじて扨はなにはちとりのおさんといはれしは
かねてその名をつたへ聞し大はこのとじで
はべりしかすでにかゝのごとくならば
おん身のゐけにしたがは
ざらんやともかくもはからひ
給へとよにいさましくいらへ
けり○さる程に大はこは
めきずとつはものなかばを
山にとゞめてとりでをまもらせ
きしをあらためて大はことのにした
がひ給へこれらのよしをつげんとてひとり
いきまとつばくらめ▼
成
くだかけともろ共に
あまたのざふ兵をした
がへてくろ部のぢん屋に
来にければもみぢ葉に
げんさんの礼義をのべつばくらめらにも
名のりあふていち味のよしをつげにければし
はだ名とともに木戸のほとり
までいでむかへやがてしよいんにいざなひて
人々ふかくよろすびけりそのとき花まと
一けいせいすへ二嶋一兵衛
同断
ちつことのうちでも
みなちやうりく
かたきやくにぬりしを
して若人には
後たくわいいたします
〽聞およんだる
もみぢはさん
さつそくの御せう
あんしん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
したはい
なァ
ちでみなく
されば大はこは
つはものちに下知を
つたへてたみ百せうを
おどろかさずまづ
花まとがけんぞくを引
とらして軍用きんと
兵らうを
のみあま
たの小荷
に
つみいぼ
もみぢ
葉を
とも
なふて
花ま
とらす
□□□
このふ
きが
たけへば
〽何はともあれ〳〵
めつ政がうからのこと
○かりし程に
ならのみこんだめねごつばくらめばおくればせばせ給ふ
ならのみこんだあねごつばくらめばおくればせに
〽サア〳〵ゆかうじやないか
二
身せいまいこぼし一献
来たれり此たびはこの少年独行をわらはが
小せうに給へかしといふに大はこにがわらひ
してせな女ものとじわうはがいふよしを聞ぬへ
あつ政が民をしへたげてつひにその身を
ころせしもかつらの介にまよひしゆゑ也
ゑかるをおん身も又さらにその少年
や心をあいし給はゞわざはひそこにおこる
べし身に六もうあるものゝあだなるをとこ
めかけなんどをものしていろこのみのそしりを
ひかんやかつらの介のみよきわかしゆにはあらず
少年はすて給へとてことばをつくしていさむるものからくだかけはなほ心
まよひてしたがふべくもあらざればつばくらめいらだちておよそかくのごとき
思少年何余りをたすけおきそ何にせんまいてはるさめ女ゆみとり両もやと
あたなるをやせんばつ思ひならせんといひもをはらずめきうちにかつらの夜が
ほそへびを水もたまらずうちおとせはぢしほさつことほとばかりてむくろはだうと
たふれけりそのときくだかけいたくいかりてこは野ふじん也つばくらめはるさめの
とじだにもほしいまゝにし給はざりしかつらの
介をおのがまゝにきりころすことやはある
うらみのだんぴらうけて見よといきまき
たいつてやいはをうちふりきらんとせしを
ときゞすがおしへだていだきとゞめてことは
せわしくなだむれどもくだかけはさかずして
いづとめきけんうちもらせしまそくやけれとつぐることばもをはらぬ折から
くだかけも亦かへり来てわらははかのかつらの介をいちはやく
身とかへてのり物にうちのせつゝよくいたはりてどもなひ
□□□□□□□□□
くだかけともろ共にくろべがやからをちやうりくせしにかつらの成
りらぬこのゝち心かけてよきをとこをなかだちせんこと一じたびくちより
いでかくはよつの是もおひがたしこの義にさうぬあることなければその
〽をとこ日でりがしはせまいし
かはもはきつとたづねてしんせう
つばし
わしにめんじてさつ
はりと思ひきつ
たがよいはいのふ
がうしてしまへばあくま
はらひだやう〳〵これで
心もちがさつぱりと
してうれしい
左の上ゟしふみことほ
ゑ門中の介茂孝
ためにひ川
くろべの百せう
ばらがあゆう
しんをうち
聞ておどろく
こと大かたならず
仏がたけに
三人のぞくふの
このかたる
さへあるに
ぬ花まと
はだなもみぢいやう
ちまであくを
部の
身をもがき夜ふり立て
はなせくとさけびけりその
とき大はこすゝみよりて
ことわりせめてくだかけをいさ
むなことはじめのごとくわらは
このゝちをとこを見たてかく
ならんのみといふに岩早とはだ名もみちは
めきゞすもことはをそえてさま〳〵になだめし
かばくだかけは理にせめられてやいはと
ともにいかりをおさめつひにつば
くらめと和ぼくしてことはや無事に
おさまりけりかくでつばくらめは
さふ兵をまねきよせてかつらの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
介がなきからをとりすて
させさらに又酒えんを
まうけて人〳〵をもてなし
けりこれよりしてねがさけの
とりてには大はこをだいゝちの
花まとをおしすゑ又そのつぎに
山ぬしとうやまひてそのつぎに
はだなををらせもみぢはつばくらめ
なかたちせんとうけひたればかつらの介がことは
うらみに同士どうちせば世のものわらひに
思ひすてて玉すだれのとじと初ぼくし給へよしなき
くだかけめきゞすらは又そのつぎの山ぬとなりて
五六百人のつはものありそがなかに花まとははた名よりその
としの二ツばかりいもとなれどもより政卿のひまごなればおして
ようばひ
は
まこ
とに
ゆゝしき
きこれは又わるいむしだ天はこ
さんがはじめからわけをおいひでわかつて
けるにしうねんぶかいさはいでは
ぐわいぶんがわるいはな
あくぎやく也此よし
かまへらへ仲の元
あげて北国の大軍
どをんな
祐をかりもよほし
すみやかにせめほろ
ぼさずはわが身の
安危あるはかりがた
やしと思ひしかばはや
やうちのつかひをもて
しつけんよし時に
ちうしんすこの事
かねて仏がたけより
とやまへつかはしおきたる
しのびのざふ会
しいびのざふそ
ならこゝへ
あはたしく
でてじん
〽おれが
ぜうに
せつかくとらへて
せつかくとらへて
来たいろわかしゆを
ころされてはうぬかん
にんがならぬぞよと
大はこがつぎの山ぬしやぞしたりけるかゝりしほどにとまの城には雲の下へにんがならぬそよし
せうぶしろ
とりでへかへりて
ことしかぐ
みぶころ
し北麓は大橋
卅三
けいせいすいこ伝士妹
〽いきまと
じやにやもの
ひもをいきる
ところ
つゞきつばくらめらはおどろきて
この山けんそなりといへども分内だい
せまくして且つはものもおほからぬに
よせ手の大ぐんを引うけてうちを
とらん事心もとなしいかにす
べきとだんかうすそのとき
大はこうちあんじてさきにもうは
さをしはへり
きあふみの国
しづがとりでの
左の上ゟよろこば
ざらんしるべし
といらへつゝつぎ
の日財宝ざい
兵具
松平
せう
調度
めて百町ある
りの小荷は
とにおつや
五六百人の
一五六百人づ
つはものをふた
小てふらは
さんせひめを
もりかじづきてくれ竹めどき
さくら戸あぢかもふたあみいつゝ井なゝわた
らの勇婦とともにあまたのつはものを
したがへて大義をおこすものども也
かゝればておの〳〵も此山をうちすてて
江鎮泊がうちんへいち味し給へさるときは
名もたゞしくたとひいゝ千いゝ万の官軍
名もたゞしくたとびいゝ千いゝ万の友軍
誰ん東軍此りおしよするともせめうご
かすかねかなふべからずこの義にしたがひ
給へかしといふをつばくらめらうち聞てさんせ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ひめのおん事はかねてこゝへもふうぶんあり
江倉泊松うらのさんなるおもむきも聞え
たれどもいかにせん
命よりおもむくとも
かしこにちつともえんは
小七ふのとじらはうた
がひてとゞめんとはいふ
なしさるを今この
山をうちすてて
手にわかちさ
大はこはなまと
らいばくらめは
先ンぢんに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
すゝみ
上へ
はだなも五ち
葉くだかけめきゞすと
らは後陣だんにうたして
〽かうごぐら
かつてはでまい
かつてはごまの
あぶらをつけずは
貞助
□□
あふみをさしてたびたちけり
よくてみちすがかの関所せき
りやう主がの城下聞にて
あり五さとがむるものある
ときはこれは此たび院宣院に
よりてあふみなるゑづがとりでの
小てふらをうつ手にむけらるゝ
北国の女むしやらがおの〳〵手せいを
引つれてみゆこへのぼりはべる也と
引つれてみやこへのぼりはべる也と
べからずといふを
大はこ聞あへず
それらのことは心やす
かればんの小でふば
わが為に茂を
むすびたる姉妹の
なり只かの人〳〵の
三世ひめをうばひ
小てふがしゆくしよへ
をりわらははやくもつげしら
せてくだんの
とりしときごとあらおれて
うつてのつはものゝむかひし
ともがらを
おとしたり
かやうの
おんぎの
ある
なれば
わらは
同道どうへ
したらんに
さはりある
はる〳〵からとは
べうも
あらずかしとことつま
びらかにときしめせば
つばくらめはいふもさら也この
一トむれの勇婦どもたれかこれを
〽いまに
第十二条
とけめへ
さう引ぱつては
はてしがねへ子どもの
まことしやかにこたへに
ければおしとむるもの
なかりけりさる程に
たこならかはらを
引おとすか梅の
はなをちらして
日ごろへて大はこ花まとつばくらめ
らはゑちぜんなる丹生ね今北出まの
こふりさかひ杣山麓のふもとを
しかられさうな
もんちやくだはへ
よぎらんとするほざにと見れば
はるかめなたなる今立とふものかたより
ことのていたらくを見てければ花まとは矢ごろを次へし
してよろふたる女むしや手せい百人ばかり
したがへてそま山をのばんでおしよそ来たれば又そま
山のとほげのかたより一人にの女むしや百人ばかりのつば
ものを引平乱入してとづとおめいてはせくだりあはひ
ちかくなるまゝにくだんのふたりの女むしやはたがひに
馬をはせよせて日ごろしのぎをけづれどもせうぶ
なきはてゐこんなれけふはかならず雌雄かしをけつせんひくな
すゝめとのゝしりあふてとほげをはせくだりし女むしやは
くだやりをひらめかし又かのよせ手の女むしやはかまやりの
ひるまきに金シのたんざくをつけたるをきらめかして人まぜも
せず只二人やときうつるまでたゝかひしがいかにか
しけんかのたんざくにやりのくだのひものふさ
くる〳〵とからまもてたがひにひけどもひけども
はなれずせんすべもなく見えたりけり
さるほどに大はこさまとつばくらめらはこのめざま
しきたゝかひにさうなくはみちさりあへず大はこは
はるかとなたにのりものをたてさせ花にとつばくら
めは馬をひかへて見物してありけるが只今
双方松行のやものひもからぬつきてせんすべなげなる
十八月五十八島
つぎはかりて
しづかに
めゆみに毛や
つがひよめ
ひきかた
馬をのりすゝ
めて
けいせいすいこ伝七編
廾四
〽ふとしたことから
たのゆしいみかたを
詩ましてめでたし
本左の上ゟ
勇ふらと
もろ廿に
しづが
たけにおも
むきてさんせ
ひめにした
がひ奉らん
①
やごゑを
かけてひやうと
はなせばねら
ひたがはず
からまへたる
かのふたすぢの
やものひもを
ひやうふつと
いきりしかばやかは
たちまちあひ
たちまちあひ
わかれて左右
ゆうへはつとぞ
のいたりおこれを
見る諸軍兵衛
てのもみかたも
丁ゑをあはしてアゝ
〽とてものことにわれ〳〵とうち
同断
つれだちてしづがたけへゆり
しやんすればたがひの為あと
から大ぜい来るはいのふ
いたり〳〵とほむるゑにしばしはなりもやまざりけり
ほり
する
こゝろ
ざしをつげ
しらせねがはくは
おん身たちも
うらみをとき
初ぼくして
われ〳〵と
もろともに
しづがたけへ
おもむき給へ
さるときは名もたゞしく
〽ほゐをとぐるにたよりあり
この義にしたがひ給へかしと
いふにつゝとりうすきぬの
両人ひとしくよろ丁びていち義におよばず和ぼくしつ大はこに
ともなふて小でふらがらがらねにつかんとねがゝる所に後ぢんなる
はだなもみちはくだかけめぎゞすもつはものを引つれておし
花まとにうちむかひそも何人にてをはするぞたぐひまれなる
時やけい也なのらせ給へとこひとへば花まとにつこどうちゑみて
ましはことはゑ門中のはむ月なる女ゆみとりい花まと也又はるさはいふ
大はこのとし仏がたけなる玉すだれつばくらめもこゝにありそも又
おん〆らはいかなる人ぞととふに両人におどろきあはてて馬より
をりてひざまづきとほげをくだりし女むしやまづとたへていひける
やうわらはは三日にて氏政治のざんたうなりし何がしがむすめ
にてなばしろ水つゝ鳥とよばるもの也世になやはうせて子は
はべらずもとより此けいをふかくたしみて女ながら
先亡世方のあとをつがんと思ひつたのそま山に
とりでをかまへて百よ人にの双かたをあつめ
とりでをかまへて百よ人にの有たをあつ
なほ時いたるをまつもの也しかるに此女
むしやちかころ他所によりおしよせ来つ
わらはがとりでをうばはんとていゝたびとい
なくたゝかへどもいまだせうぶはつかざる也
とつゞればよせ手の女むやわらはは
このゆんぜいにふたりの男婦はたゝかひをやめ馬をすゝめて
だてもやううすきぬとよばれたる
いづみのちかひらがよるい也女ながらも武けいを
このめば百よ人にのみかたをあつめこしぢに城を
ともたてんと思ふによりてこの山のとりでをうづゝん
とほりすれば日ごと〳〵におしよせてせめたゝかひはへりにき
しかるにきみはかねてきく女ゆみとりのとじでをはせしよなそれのみ
ならで世にかゝれなきけんぢよ大はこのとじならびに玉すだれの
とじにさへおもてをあはせはべること思ひかけなきさいはひなり
いづれのさとへおもむくとてあまたのとも人を引つれてこゝらを
よぎり給ふやらんと両人ひとしとひにければ大はこものりもの
より立いでて両勇婦をとひなぐさめにいたびいち味の右の下に
思ひがけないけふのげんさん
そんなら後どぢん
まちあはしていつ
しよにお供の
いたしま
いたしま
せう
つゞきて来にければ
大はこはこの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なる勇
ふらに
つゝ鳥
うす
きぬが
事
つぶ
さに
つげて
たいめんしてよろこふ
おい〳〵やがて
あはせ
たり
ければ
と大かたならず
かくてつゝ守は大はこ
らのふんしゆうごと
〽うらみもとげしは
ゆみやのきごとくふしきな
御そんでござりますなァ
うすきぬらを山の
とりでへいざなひて酒食
しよくをようけてこれを
いよく六はこに
したがひてしづがたけへ
おもむかんといふし
これによりてのぎへし
廿一廿六十七日
大はこらは両三日そま山に
とうりうする程にうすきぬも
おのがすみかへ立かへりてもの
こと〴〵くとりあつめて小荷紙に
おはしてふたゝひ来にけりざるほどに
つゝとりも支度たくすでに
とゝのひければそま山の
とりでをやきすてて
大はこらにした
がひつゝうすきぬ
ともろともに
〽人のじやまになつては
わるいそこへとほつても
だい事ないかへ
あふみをさして
進茂ばらす
そのとき大はこは
小もの
同伴どめの勇ふらにいふやう
〽おひろい
われ〳〵かうちつれ立てしづがたけへ
おもむかばかしこの人〳〵うたがひてふせぎたゝかはん
とこそするべてめかゝればわらははつばくらめと
もろ共によのつねなるたび人にいでたちて一チ
さきへゆくべき也さてくだんのとりでにいたりて
やさ天王らによしをつげなばことのさはりある
べからずといふにみな〳〵うべなひてその義にぞ
したがひけるこれにより大はこはのり物にうちのもて
まつばくらめとともにもろ人より一チ日はやくそま山を
しづがたけへちてなりぬされば此所にてもろ人をまちあはさん
とてみちのほとりの酒やに立よりまづひるやすみをしたりける
望しきもござり
ますひとりの
の
おきやくも
ござりますれど
そのおかたは
つぎの小野しきへ
入りかはつて
もらひませう
まづ〳〵
をつそくしゆき〳〵てゑちぜんなるひき田のさとまで来にければ
おとほり
なされ
違
つば
〽わしらは上下十人ばかり
じやさゝもまんまもたべるから
ひろいやしきのあるならづ
いつしよにおいてもらひ
たいぞへ
A
女たび人にうちむかひてむしんのいたりに候へ共おん
身は此つぎの間なる小野しき今つらせ給へ只今多
人数はなるおんきやくあり入りかはらせ給へかしと
いふ是女は彼あへずわらははさきよりをるものなるに
此とみつをおひたてて小野しき人うづれどか。そは思ひも
よらぬこと也およそ今の世にわらはに席
をかえさせんものわづかに思ふたりあり
その人たちにあらざればしつけん領わ
神町の仰なりとも一寸もうごきは
せじたはこといふなといぎまくにぞ小
ものはしきりに手をもみてのたまふ
よしはことわりなれどもねがはくはかしごへうつ
りて商賈槙をさせ給へざなくては下
むれのおぎやくをおかん所なしまけて聞わき
給ひねとくどくをきかず兵女ふりたてか
かなはぬことをぐご〳〵とくどかばおとがひ
はりまげんをなごと思ひあなどつて
後きくわいすなとのゝしりけりこのとき
大はことつばくらめは此聞しきの入り口に
たゞすみてありけるがつばくらめは
のときつばくらめはまづはや酒屋にすゝみ入りて野しきやあると
たづれば此見せの小ものいでむかへて大ぜいにてわたらせ給はゞ
ひろき仲しきもい也といふにつばくらめうなづきてわれ〳〵は二人
なれども供人は七八人ありひろき一ト間のあるならば上下をひこつに
おきてたふといまは小ものはこゝろきてまづく入らせ給へかしといひつゝ
おきやくがたは二かいへあげぬ
見世もござりますあなた
ざまの御里やう
けんしだいで
やしきにはしりゆぎぬこれよりさきにとしのよはひ九二三ばかりなる
ひとりの女たひ人さけうちつみて此野しきにをり酒屋の小ものはくだね
ふさ〳〵しい
女ではないひつこくいふと
ゆるさぬでよ
〽さやうではござりませうがおひとりの
○又せうばいが
ます
てや
の上ゟ明
がねですみ
入もつゝくだんの女をとり
しづめんとしてけるを
大はごきさに出し
とゞめてかれか小
ものをのゝしるとも
われらにあづかることは
なしさるをそゞろにきゝ
ばらたてていひあらそはんは
えうなきわざ也わらは
かれにとによしあり
まづまち給へとすみ
出入りてくだんの女にりぢむ
やかびいとすつじにははぐれ共
おん身只今世のなかにわ
ふたりの人ならではのぎんし
けいせいすは二伝七編
廿六
らいせいすいこといち
おのがすみかへ立かへりてもの
つゝとりも支度たくすでに
とゝのひければそま山の
とりでをやきすてて
大はこらにした
がひつゝうすきぬ
ともろともに
あふみをさして
進莢ばいす
大はこらは両三日そま山に
はこ
とうりうする程にうすきぬも
こと〴〵くとりあつめて小荷駄峠に
おはしてふたゝひ来にけりさるほどに
〽人のじやまになつては
わるいそこへとほつても
だい事ないかへ
そのとき大はこは
小もの
同伴ば何の勇ふらにいふやう
〽おひろい
われ〳〵かううちつれ立てしづがたけへ
望しきもござり
おもむかばかしこの人〳〵うたがひてふせぎたゝかはん
とこそするならめかゝればわらははつばくらめと
とこそするならめかゝればわらははつばくらめとおきやうも
とこそするならめかゝればわらははつばくらめと
もろ共によのつねなるたび人にいでたちて一チロ
さきへゆくべき也さてくだんのとりでにいたりて
やき天王らによしをつげなばことのさはりある
べからずといふにみな〳〵うべなひてその義にぞ八りか
したがひけるこれにより大はこはのり物にうちのもて
まつでくらめとともにもろ人より一チ日はやくそま山を
ほつそくしゆきくてゑちぜんなるひき田のさとまで来にければ
しづがたけへちてなりぬされば此所にてもろ人をまちあはさん
とてみちのほとりの酒やに立よりまづひるやすみをしたりける
ますひとりの
おきやくも
ござりますれど
そのおかたは
つぎの小野しきへ
入りかはつて
もらひませう
まづ〳〵
おとほり
なされ
ませ
つば
〽わしらは上下十人ばかり
じやさゝもまんまもたべるから
ひろい野しきのあるならづ
いつしよにおいてもらひ
たいぞへ
の
よりぬれば此見せの小ものいでむかへて大ぜいにてわたらせ給はゞ
ひろき付しきも候也といふにつばくらめらなづきてわれ〳〵は二人
なれども供人は七八人ありひろき一ト間のあるならば上下をひとめに
おきてたゞといまはにものばこゝろきてまづく入らせ給へかしといひつゝ
少しきにはしりゆきぬこれよりさきにとしのよはひ九二三ばかりなる
女たび人にうちむかひてむしんのいたりに候へ共おん
身は此つぎの間なる小野しきへうつらせ給へ只今多
人数六人なるおんぎやくあり入りかはらせ給へかしと
いふを女は彼あへずわらははさきよりをるものなるに
此とみろをおひたて小野しき人うづれとかにそは思ひも
よらぬこと也およそ今の世にわらはに席
きをかえさせんものわばかにいふたりあり
同断同
その人たちにあらざればしづけん領わ
親助の仰なりとも一寸もうごきは
せじたはこといふなといぎまくにぞ少
ものはしきりに手をもみてつたまふ
よしはことわりなれどもねがはくはかしこへうつ
りて商買おんをさせ給へさなくては丁
むれのおきやくをおかん所なしまけて聞わき
給ひねとくどくをぎかずこゑふりたてかた
かなはぬことをぐど〳〵とくどかばおとがひ
はりまげんをなごと思ひあなどつて
後をくわいすなとのゝしりけりこのとき
大はことつばくらめは此野しきの入り口に
たゞすみてありけるがつばくらめは
でのときつばくらめはまづはや酒屋にすゝみ入りて聞しきやあると
おきやくがたは二がいへあげぬ
見せもござりますあなた
ざまの御りやう
けんしだいで
ひとりの女たび人さけうちのみて此由しきにをり酒屋の小ものはくだんの
糸糸
糸糸
ふさ〳〵しい
女ではないひ
ゆるさぬぞよ
〽さやうではござりませうがおひとりの
○又せうばいが
でけまする
ます
てや
の上ゟ助
かねですみ
入りてくだんの女をとり
しづめんとしてけるを
大はこきさに出し
とゞめてかれか小
ものをのゝしるとも
われらにあづかることは
なしさるをそゞろにきゝ
ばらたてていひあらそばんは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かれにともりしあり
まづまち給へとすみ
出入りてくだんの女にうじむ
でかひいとそつじにはがれ共
おん身只今世のなかにわい
ふたりの人ならではつぎへし
けはせはすい二伝七編
廿六
席地をゆづかしとのたまひしが
そい両人はたれなるぞやととへは
しんなはあざわらひてきゝ
たくはいふてきかせん世にわら
はがうやまふ人は佐渡のくに
なるをりたきのふし此等とのと
はるぎめの大はことの也この
両賃女はやうけんにあらざ
ればたれにかせきをゆづべき
といふに大はこほうゑみて
しからはおん身は大はこを見
しりてやをはするととはれて
女はかうべをうちふりいな
しる人ではなけれどもくだんの
女中は人をすくにいさゝかも
しすべりにきねがふはゆるさせ給へかしわかはことはさきつ
アツ内まさの内室原まきのかたのざんげんにより一
明をむらにをはしたるかのお書役権の大はことのか
とふたひとへはうゑづきてのたまにごとくそこめ村なる
大はこにはぐる也といふに女は席地をさけてあまたし
たびぬかをつきさるおんかたとはしらずしていたくぶ礼を
たから我をしまず世にたぐひなき賢女なるよしへのうはさにかねて人
きけばいとしたはしく思ふになんたつねあはんとこの月ごろひとりたびを
するにアそといやに大はこいよ〳〵わよひてさてはふしぎのたいめんなり
わらはすなはちはるさめの大はこにてはべるかしと名のるにおどろく
くだんゆをんなはかほづく〴〵とうちまもりてしからはおん身はつの国なる木は
こん内まさの内室屋ますまのかたのざんによりてほうせたるせたるちぶまつ
一辻司しげ家のらうだうなりし何がしがむすめにて名を石竹をよびれ
参添*
外米米
糸糸糸糸糸糸糸糸
こゝらでおめに
かゝらふとはしら
かみならぬその
ふみまてとゞ
左の上ゟいちだいちだい事な
はべる也わらはしやおん目を
しだにのあまりいぬる
ことつそこめ村なるおん
しゆくしよへ
たづねゆきて
いもと御その
清のたしに
おぜくへを
米一
まふやうわが
あね大
はこは
今
ゑち
□□□□
こもこけぬ
たそがれ
夕ばえ
かしこへゆかんとならば大はこに
九
にたのみはだのみはると
はらからのもとにありおん身
いつぶうのふみを
とゞけ給へかしこは
急用ゆぎうに
はべるなればたがはぬ
はべりをさなきころより武げいをこの
はりをさなきより
みてをとこたましひあるをりて人あだ
名しできり火ばけのせき竹とよび
なしたりいまるころ折たきの必し
柴のとしに身をよせしときおん身の
事をつばらかに聞つゝいかでまみえんと
ねがふものからえんなければおんゆくへをあち
こちとたつねてたびねをしたる也といふに大
はこよろびてわがうへならびに花またはだがや
もみぢ義ゆばくらめまだかけめきですつゝ鳥うす
きぬらが事をつげしらせこたびくだんの勇女
らをともゑひてしづがたけなるさんせひめに
したがひ奉らんとだんかふしつゝ
こゝまで来たるよしを
つげしらせおん身の
よみなからんには
われ〳〵ともつともに
少しこへおもむき給へかし
花まとら七人は一チ日朝少
あどより来つべしこはつばくら
めにはべるかしと引あはすればせきを
めんして世二時のこへはざしをつげしかせわかはがおや
おうらゐとんをはらすたつきあがべきさいはひ
なりつきて大はこのとしにまうすべき君の下へ
ちくはよろこぶ事大かたならずつばくらめとたい
はらからはしやくんとゝもにうち死してはつ〳〵しきしきしんるいもへらず
さるを諸勇婦たちにしたがひてかのひめうへにつかへまつらば先亡
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
同月月一日
廿八日鳥島
ガ「ホンニ
おまへも
くろう瀧
そのしん
せつが
こゞいた
いとせわし
げに聞え
しらして
くだんの
ふみを
わたし
給ひぬ
よりて
わらはは
ゑちごなる
たそがれがり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□
がけない
しら
せのげ
□□□
がうしては
ゐられぬ
はいな
たづねゆきに
と聞とんじ
そこにもおん
かば又ゑつ
身はゐさま
中へおもむきつゝ
はやゑつ中の
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たづねにかやう〳〵の
ことによりときまとしや
りさら也おん身も仏が
たけなる勇女に
はや月なる女
はん内なる女
むしやかしら
花まとの
のたまし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
十一
いちちぼしてかのとり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ゆゑにやとりでをすてて
さゆくへもしれずないひしと
さと人のほうぶんに仕てんし
まはいよくのぞみをうしなして
て又さらにみやこのかたを次へ
たづねて見んとてこまで来つゝはからずも名のりあひぬる
よろこげきをたるし給へといひつゝやがてたびつゝみをいそがは
しくときひらぎてとりいだすくだんのふみを大はこにわた
すになん大はこはうけいたゞきてふうおしきつてこれを見るに
その秋にまづて大はがあんびをたづねつぎのくだりに女きには
持病院からしやくのつねにかはりていといたうもあれしよりしなき
給へばしのひてかへよかせ給へかしおん身のゆくへをせんさくもあから井
いゑつまのたすけによりて今はあなぐるものもなし此ふみとゞき
はべりなばずゞさにほうつぞくし給へかしつまびらかにはけん
ざんの日をかだなへてまちはべるのみあなかしことかき
たりしをふたゝひみたびとりかへし見てか下のいろのかはる
までおどろき分れ男こと大かたならずさでせき升には
たづぬるやうおん身はわらはがしゆくしよにて女には
あひ給はずや女まひのやうすはいかなりけん
ありつるまゝにしらせ給へといふをやちく聞
あへずいなおん身の母ごぜにはたい
めんをせぎる也もちろ一トよさ
かしこにあかしてそのあげの
あさその津のとじにわか
れていそがはしくかしこを立
さりはべりしかばいたつきの
ことなどはけふまでしらではべかにぎ
といふに大はこいよ〳〵もだえてくだんのふみ
へばやうめと右ちくに見せていふやうわが
母はとしもはや六そぢにおよび給ひしに
ざる大びやうにうちふし給はゞ
つか〽大はこさんに
もらふておいたり
□□□□□□□□
おさまらぬ
ことはあるまい
みなさん
これだよ
いたつきにうちふし給びぬよめておん身をいとゞしくなつかしう思ひ
そのふみぞ
ゆけば柚
よいが
ていたつきのしらせによりきの小には
かに立わかれてふるさとんかへりしよしをつまし
ひらかにづけしらすれば
七男ふらは
おどろきあき
れてぼう愁
すべをしらずそが
なかに命へし
こともに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あふみの
くにさか
ひにやどを
こりて七勇
一ふをまちしかばつぎの日
ときつばくらめは石竹を七勇
ごふに引あはしてさて大はこはおやの
花まとはだならの七男
ぬはおのて手せいを引つれて
ござんのさとへつきにけりその
それでも
なかに命へ
〽ほんふくのこと心もとなし
わがははかくまで不孝
たにしておいたるおやに
ものを思はせそのりん
これらのよしをつけ給ひね
といふをつばくらめおし
じうに侍あはずは世にあるかひも
あらずかしかゝれば今此ところにておの〳〵に
うわかれてひとりふるさとへかへるべし花まと
らの七勇婦めす此地まで来つわき事
とゞめてのたまにおも
むきことわりなれども
おん身はこゝよりふりやて
ひとりこけうへかへり給はゞだれか
又われ〳〵をしづのとりでへともなにべき
せめてあすまでまち給へとてせき竹ももろ
どもにことばをつくしてとゞむれども大はこ
きかずかうでをうちふりおやのいたつきを
申しよりつばさなき身をうらむるのみ
けふ一十日も千秋せんもいつでかあすまで
まちはべらんやきりながらにて女のことじらへ
せわ〽くときしめして小てふへおくるいづづうの舟立を手はやくかきをはりて
やがせつはくらめにわたしつゝ人もをしの女身なればとて供のをも具せずか
かのひとりなにはをさしていでゆき成このゆゑにつぱくらめは〽申右の一トへし
引つけにはわらは今此とろにてふみをかきしたゝ
めでのこしおくべしおいてこれをたづさへてかしこへおもむき給ひなば
からはが同道道とらせずといふともさはりあるやうもあらずかしとことで
〽三つん
地
死
〽はちの
あとへもさき
へ□□
ゆきのだんで
〽大はこざんに
ぢよ方はないのさ
□□□□□□□□□□□□
れぬといふ
身のうへに
なつたはいち
ふみがある事が
でか
けや
見やうか
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まとはだな
くだつけ
めき
ぎや
ざること
〽ながさう
だんははて
つたねへ
でかけて
見るも
よう
ござん
せう
けいせいすいこ伝七編
ありとてもけふまでとじをとゞめ
ざりしはかへすぐもおち度ど也
かのね人のあらずゑりてた
かの婦人のあらずる
われ〳〵ばかりしづのとり
でへゆきたればとていをにして
小乗のとじらがとゞめんや
くちをしきことしてけりと
かごとがゆしくゑんずれば
つばくうめ又いふやう
そこらにすこしも
ぬかりはなしさまぐに
ことばをつくして石ちく
ことのとのろともにとゞめし
かどもなかくに大はこのとじ
きゝ給はずなほしひてあら
そはゞ自がいにもおよぶべきあり
さまなりきゆりながかわかれに
のそみて大はこのとじいつつうのれ
つけ状をのこし給ひきわれ〳〵これを
もてゆかば小てふのとじらうたがはでとゞ
めんとアそのたまひきこれ見給へといぞ
かはしくくだんのふみをわたしにければ
みなくそのふみを見つゝだんかにする
やう大はことのゝふみありとても
とゞめられんやいなやをしよねど
進退たいこゝにきはまりしをゆりて
やむべきよしも久しくが地はみちの
ものだの
あれでは
京かまくら
から丁ね
だしを
せぬ
はつじや
はいの
百左の上ゟかゝる所にむかひの
よしあしのしげみのうちより
こつぜんとして
いつそうのいくさふねを
こぎいだしてへさきに
はちべちべち人しらずとらの尾の
おさくら戸也そのときさく
ら戸こゑたかやかに
たつたる大せうあり是すな
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
官軍かざらずはかま
くらがたなるかたれにもせよ
きん世ひ何にてきたにやつぱらげん
百人いくにいへありとても
みな此みづうみへきりしづ
めんかくごをせよとのゝしつ
たりこへたの勇ふらこれを
聞てわれ〳〵はうつての
はんそにて人る焼すゝめがたし
ときけり
ふねにて湖水を
わたさんとてつひに
みつうみのほともに
しぶねを
たづぬるに
ぶねいつ
なかり
十八
後ぢんの大せうあぢ
おもがいくさふね
つはものなばずさんせ
ひめのおんみかたにこち
よりはんで来つる何し
がしらにてはべる也大なの
ことじの状こゝにありこれを
見てうたがひをはらし
給へとよはゝるにぞさくられ
戸かさねて大はこのとじの
秋あらばはやくとりてへつかは
して小てふとのゝ披見知の
のちむかひを
うけておもむき
給へまづ
それ
までは
あか西が
酒見世にて
万右の下へ
二十二
一
さふ兵
〽おいがも
あたまやく
あたまやくだ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
てんせておくのさそれどさへ
いかしらがおのいと
はん木やまいはれやアへ
しめいろの
□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
きらそへ
あればアあん
内をまゐらせんといふ
き丁原焼てや
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
にゆよしのうちより
にねよしのうちより
こぎいだしく
とこなたのきへ
のりつりつりつりつりつりつけつけつけつけつけつゝ
大はこがふみを
うけこりて引かへし又
さいつそう
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
兵二人は
一人二のごり
とゞまりて
ふねをまもり一人に
くがわのぼりて九人の
勇ぬらをあん内す
かゝりし程に又いつ
さうの
いゝ
十八廿一十の高一扁一扁
あかから
ちのあが
しいせいすいと伝七郷
九十一
そのとき物見のふねとおぼしき。一との上ゟ人〳〵にたいめん
小ふねのうちよりざふ兵が小してさんせひめの仰と
はたをとつてふもひらめかせば小そふの口上をのべつたへ
あぢかものいらさふねはそがようゐの大ふねいく
まゝにこぎもどし又さんて戸が
まゝにこぎもどし又さんて戸がそうにか勇女
のつたるふねもよしのなかへぞ
のつたるふねもよしのなかへでしゆうぐをわかち
入りにけるこなたの三男ふらのらしてしづがたけへ
これを見てその軍配弘をかんじおもむくにぞあり西も
つゝかくまでかけぬき自在しな
れば京かまくらのうつて河方へにてゆきぬすでにして花まと
せむるともせめやぼることかなふべからずはだなもみぢ葉つば
まことにきめうの手くばりやとくらめくだかけめぎ
小せにの口上をのべつたへ
いとたのもしく思ひけりかくて
ぎすづゝとり
あん内のざふ兵は九人の
うすきぬ
勇助とそのつはもの
せきぢくら
らにしるべして
あか西が見せに
おもむきことしか〴〵と
つげしらすればあり西
やがて人〳〵にたいめんして
くれ竹に
しるべをせら
れてしつがたけに
つきにければ小
おくなる大野
おくなる大野
しきべとも
てやろさくら戸
あぢかもそま木
なひすゝ
酒食してをつき
すゝめてこれを
もてなし又したがひ
のあたる六七百人の
らこゝもにをくるま
〽坂のほとりまていでむかへて人〳〵に
たいめんし四衣籠一
万庄の中に布くんいとと
そか也そのときあか
西は花まとゞの
九人の男女を
しるべしてひめうへの
ひとり
性性
めいを
ひらうして
そうしやの
いやくをつとめ
けりさんせ
ひめは花
まとら九人を
ほとちかく
べがしてひとり〳〵に
手のす給はりこのこと
おぼしめずよしを仰らる
つはものらにもしゆ〳〵君よをあておこびさけをのませなどをきなくまども
をうしつこれちももらさず
ものをくはしてその
夜はこゝにとゞめ
一五ものそばあちこちへわかち
けり〇かくて
そのあげのあさ
軍師悦くれ竹は九
人の勇ふらがむかひ
としてあか西が見せに
来つ
右の中へ
風藏
一去たるのせなしやり大かた無らずきの大はこが此まとゐにもれいとざりしはぞはかへ給ふ
したるものこりをしとてひだすらたんそくしたりけるかくてつぎの日このおき席末の
いまいまゐりの勇ふらそざんせひめのけんざんに入れんとて小ひるねずみのしのしろ
てやはよしをつたふるにおの〳〵乱服踏たるべしとふれたりけるしかれともはへりけれ
ども花まとら九人の勇ねは只夜本をのみようにして礼ふくの折がひとやかひとやのくし
なきものおほかり小てやは此よしをつたへ聞てすなはち九人の勇悩いではこへまなりし
らにあたらしき小袖おの〳〵一トかさねうちぎおひまで
ことのよりは第八
ともそろへてひそかにおくりつかはしければ九人の勇力
へんのはゞめに
しぬらよろこびて小て小が小てに心かけてたゝはへの
いふべしきれば
あつきをかんじぬさるほどにその日
〽此所ぎでだう〳〵として
みのころぼひにさんせひめは忠義
見ざんの
札法
おの〳〵おそれつゝしみ
堂へ出させ給ふかし
がきなしあつては
おさまりかぬる
〽まじめなればことば
はじめとしてくれば
つきの女大せうは小てつを
はじめとしてくれ竹めどぎ
こと
はて
□□□□□□□
ゆゑにげ口上と
口上とさくら戸あぢ
うへ
かもしかもふたあみ
□□
いつゝ井七わた
そま木まへとみら
みな礼ふくにておん
まへにはべりたるその
ていたらく◑右の下へ
おくへ
なのべ
小てへば又別席述
にて九人の勇婦を
おもてなきりこれ
よりしてしづが
だけのとりで
には廿一いんの
勇政七年の
壬本本があり
いきほひこよ
さかんなり
けはせはすはこ専七扁
甲
はつせのれいこ供し上納
十五ふあひ
この日江鎮泊からける新古諸北一貞仏の勇物
かつきをめぐらして世にたのもして世にたのもしくかたらにほどにつゝとり
うすきぬつばくらめらは花まどがかのからまへたる二寸ぢの一
やりをいぎりたる世恋のみ
花
いでてしきかにせうたんして
けるを小てには鳴つゝまことゝせずそらごと
ならんと思ひけるかくておの〳〵酒興庵の
あまり小乗にすゝめて花まとら九人の勇物をとも
なびて山のゝやうけいを見せんとてうちつれたちていでにけり
此ときやよひのすゑなるにかへもおくれし一ト一郎のかり
がねのくうちうをわたるあり花まどはるかにこれを
見てさきに小てにのわがゆんぜいをまとゝせざりしけしけし
きなりしをいとくちをしく思ひしかばこゝにて又ゆんぜいを
家借神女貞助殿じんちのみち一包代百銅一に
近年菜種高盛といへば吾にやくしゆをえらみて
功のうをたがはざらしむ利の為にのみせざればなり
精製奇應丸大包代朱小包代五ト
〽ほめらるゝ
程のことでは
○此くらゐなものじや
ないがちよつと
た所がこ
はいな
馬琴作
の左の上ゟ第三ばんめのかりげねの羽ぶしをぐきと
いとほしたればとりはつるおとゝ共に地におちしが身に
きず十つかざれば羽たなきに
きずのつかざれば羽たゝきはするばかも也にてやはざらに
けりとあるものそのゆんぜいにおどろきかたへきかりて
ありとあるものそのゆんぜいにおどろきかしてひとしくどちとほめに
けりなかへづく小てふてふかくかんしんしんしてたぐひまれなるこわ
おもなしとりやみかたの大ぜうたるうへはいよく
めうの御うんひらくべしいと
廿七日
めでたしとぞ
たゝへける
きて出
精製奇應丸一
てに
やくしゆをえらみせのほうをつまびらかにしぶんりやう
家伝のかげんをもつてすその功百五六神のごとし
見せんと
能は旧裏土子くまい汁を以九五十巴代九ト
熊胆黒九ヱ
一包代五ト
多くのりをまじへむせ
しめんをしつゝすゝわせ
婦人つぎむの妙薬一包六十四銅巻三十二銅
つぎむしはさら也さん後のをも物くだりかぬるに妙也
神田明神下商
製茶本家
清沢氏製
原田東よ干波部氏製
みよりて小てふにいふやうわらは只今あのかり
がねの第三ばんめなるをいおとしておんわらひにそ
はべらんいそんじなばゆるし給へといひつゝ
ぎに兵にのたしたる哥に矢やとつて
同朋町東より二丁へ
支所同家元飯田町中坂下南郷方の向清沢氏
うちつがひうちあなきつゝひやうといるに
一坂本所両国よみ山丁二丁目
そのねらひちつともたがはず
大さかや雲蔵
そのねらひちつともたがはず
これよりすゑたはこが大けかへかへりてふたび評判を
やくなんにあへるものうたるは第八へんにねがふつみ
あらはすべしはんもとのたのみに
まりしてことしは八へんまでつゞり
ねがふのみ
女で
國安画
毎年十月下旬頃より売初め申候
御免江戸ニ暦開板所
一御注文被仰付可被下候
四十四俸和文章
南山禅師書
載陽帖全一冊
石摺
喜
屋
鶴
春
又
新
撰
同日本名所之絵唐紙摺一枚薦斎剣形船真筆
日本名所之繪
此画は六十余州の国々島〻御城地神社仏閣名所古跡山川の勝本辺の当方がごとがごく地理
此画は六十余地は六十余州の島々御城地代地名所古浦山川の新地辺多くその御座候
兎角かたち近正して変火の日本一瀑の中をと〳〵く決て見るがごき強めやの珍書なり
大本
新
親女古状揃園生竹秋林両品出来高井蘭山編撰
半紙本
女古状揃園生竹は
半紙本
撰
此宮は女今川状をはじめ已下の状すべて凡品抔の〳〵名たゝるいやしへの男女の虫おかれたる名文をゑらび
集めて猶これに釘正を加へ児女の武訓多しなみとなりて女子のうへに急難多き一書也
還塊紙料
柳亭種彦随筆
古画入二冊
見寛文七柳亭種彦随筆むかしの役者遊女の小伝方俊上の名高くろし放下師
あめ煮のたぐひはいかゐの句解常其の釈等ふるき
さらしを引用て考て附じたれは雅客の見るへき書也
田喜庵報
世のひどもは
此妻は幻住庵の記の沼解をもとらして俳女の規則を処くにしるし
猶文章をつくるの導きをあく記中の題によつて諸名家の句をのせ
芭蕉翁国分山閑居の図湖水石山の図を損して紀中の風景手に
幻住菴記引語とる如し風流にこゝろを寄る諸君子かならず見るべき書なり
右
蓑笠翁げんどう
問共ニ
先だつて売出し置申候第三編に近刻
五ツ六冊
隨等
ソ六冊
右第三編三冊は暑気の部より動物の都の半に至る此編すべて古名旧物異鳥禽獣の図
篤みなこと〴〵。父子にして詳に作者の考を尽せり精俗迄なく見るに目かれせず讒に瘡ことなし
篤みなすしくは無事にて誠に作者の考を尽せり雅信となく見るに目かれせす誠に任せし
幼編編にいやましてもつども興あるべきものになんよりてまづ近刻のよしを披露す
仕のせの山いと消上納
春
三畝荘木木校輯
芳艸集金二冊板
開
ヱ同
林取蘭集全二冊集全二冊
関八州およひ東京神奥甲斐信濃其外北国筋中昔の古人を
はじめ猶当時有名の久々の附合并京浪花文音往来の附合
都合二百巻をあつめ茸過歳々の流行一瞬に見あからしむる書なり
一京摂美伊勢近江三河尾張其外西国筋に至る迄中昔の古人を
はじめ猶当時名ある人々の附合およひ江戸文音往返の附合
一月二百巻都合二百巻議あつめ年々の流行一時に見あからしむ
族
販
歓童
遊言画手本一名鳥羽絵早まなび来
戯筆
書
廣監
塵劫記
懐中早割大全一
小本ありふれし算書とちがひ便利をむねとしてあやまりを
叶正しわらべの初学にはやくその道に入やすく
一冊上述すみやかなる甚ちかみちなる筆書なり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
新形染彩目
植花手引糸前編出来此書はいまだ人の心付ざるもやうを所々右集め
前北齋為一筆後編嗣刻先生殊に心をこらせし奇品なり
蔵
前編にもれたるをゑらび集め
芝居次冩
画の道はさら也をとり狂言等
使者似顔早稽古後編全一冊五渡亭園貞画
役者心
にも見合になるべき珍書なり
八文舎自笑評
三箇之津
藝品定
国ゟ一ヶ
當丑正月二日ゟ
うり出し申候役者内百番
かやうばんき
役者評判記三日
出し申候役者内百番
惣役者奉行の書元禄以前より当時迄年々開板いたし
奉入御跡竹相かはらず戌年中三ヶの津狂言評判明細に
相撰び文談位附等こと〴〵く相改め御見物無之御方にみて
次第つぶきにわかり候やうとあらはし奉入御覧候間御ひい
き厚く売出しより御求め御高覧可被成下座
全冊
此書はまろこし関帝の神霊ありて我朝に将来しあまねく世に
即考百錢
跡弘り神地に神妙なし吉凶をもとむるに異衡神のごとし
一冊五十貫目
傾城水滸伝第七編
大保
神行
京載
馬琴著
国安画
傾城
水滸傳
狩り
馬琴著
国安画
正文政十
なまん。それは
○東京都市
けいせいすいこ伝八編
傾城水滸傳第八編序
毎編八号合本上下二帙各二冊
江門仙鶴堂鶴屋喜右衞門刊行
ある人予に問ことありて曰嘗疑ふ水滸傳の作者宋江をもて忠義の良民とす既に
して梁山泊に。一百八人の豪傑を。聚合て勢ひを得るに及て。天に替て道を行ふの
言あり。余るに宋江が江州に流されし時潯陽江なる酒樓に登りて。独酌しつゝ
(
酔興のあまり。壁に題せし反詩の旨はその身の才の黄巣に勝れるを誇るに
在り。是顕然たる婦賊ならずや。非如黄文炳が談言なくとも。世に借すまじき。
罪戻なるべし。然るを異日梁山にて。賊兵十萬を率れども。宋に叛んとする悪
意なく。帰順の望終始変せず遂に方臓等を討に及て。功ありて賞を得
ざりしを。些も怨る氣色なく。宋の忠臣たりし事。これ一身にして二心あるに
似たり。高評あらん聞まほし。といはれしに予答て曰子は只水滸の皮肉を見ていかだ
骨髄を知らざるのみ。宋史に載たる宋江は逆賊にして降りしもの也。かくて水滸
傳を作りしもの。這賊の字を反覆して。宋江をもて忠義とす。よりて彼稗史なる
宋江は初は循臾。中は反賊後に至て忠臣たり。反詩の趣向は天星地歟の悪心と
星出世の心験にて則宋江が真面目。総て奸邪の條にあり。かゝて石碣天
降て再び妖魔を鎮めしより。独宋江のみならず。凡一百零八賊皆是忠
義の良士となれり。かゝれば勧懲正しからで。善悪無差別の趣向多かるは。
魔出現の間にして。最後の宋江最後の百七人と同じからす浮屠家の
所云即心即佛。反覆すれば非心非佛成佛は尋易して無成佛は最佛は最得
かたし。これに由て観るときは。水滸の忠義は虚名あして。妖星と相穴に非
なるを。金聖歎すら尚暁らで。多く評言を費したり。しかはあれども。他水滸は
下流を汲つゝ濁を受ず始よりして勧徴心を正くせしは看官の惑ひなからん為えかし。
文政十二年己丑春正月吉日新版曲亭馬琴識
そいせいすいこほの身
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女韋駄天なつめ
夏女
駿馬の尾の拂子もて
千里ゆくたびねにごまの
はへは附せじ羇盟
大虫瓜枸橘
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すみ田河すめるや
まるきふねよこたひ
獨木船横鯛
月の都鳥足とはし
場のあかつきの声也
みやととり
都鳥
琴樋
けいせいすいこうは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
やまともじうへなし
くらへた
暮し下手
和文字植梨
這三婦人自
枝の上手は
第九編而出
芸に身を
たすけられつゝ
聖手刀
鐫妙
女を
渡るなり
十四
傭鍼妙抜糸
}
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
}
春霞
東鮒の
竜間
もみぢも
花も
なぎ
さ
なる
釣人かへる
秋の夕
みへれ
夕虹ひくま
日熊
けいせいすいご伝八編
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たづね
索わぶる
天地金末広
宵は
貞
の
片
おもひ
栄
螺
の
殻に火を
ともを
器
弌分金河堀
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かは
川からす
つむぢかぜりきじゆ
颶風力毒
鵜の捕る
魚を
奪ひ
かねて
汝が
のむものは
水ばかり
なり
三笊
かひつむりしたがひ
零丁鳥下貝
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
けは廿六七橋
同十一日
●左の上ゟ
板かべの
よみはじめ
くづれより
第七へんにとき
左ゟ
もらしたるひる
ねずみしろ粉が
いつのほどにか
あふみなる
しづのとりてへ
はせくはゝりて
右へ
さんせ
ひめにつかへ
まつることの
よしをたづぬるに
此としのなつは
いといたうかみのなる
ことしば〳〵なりしにある
日又夕たちあめに
風さへあれてすさまじく世はとこやみと
なるまでにおどろ〳〵とときいかつちにいへなり
ひゞきてたへられず人はかどの戸さしかためて
ゆきゝもすでにとだえたりさるほどにいかつちの
あちこちへおちたるがなかんづくなにはの領主しゆり
あま野のはん官とほ又つの居城世計へは三ところ
ばかりおつるほどにことにひと屋ははなはだしくて
う門はりをうちくぢきはしらをたふしたりければうちに
ありけるつみ人らのあるひは雷火愁にうちころされあるひは
むな木におしつぶされて死なざるものゝなかりしかばとなれる
ひとやにつながれたるしろ粉がをつとのかみ八もいかでかはのがる
べきへそひらけ身はふすぼりてそがまゝにいきたえにけりをなこの
へきはそのうちにうちにいたちにいたいふ
ひとやもむねつゞきにてひとゝくくつれしことなればしろ粉もいきは
たえながらさいはひにしてなほ死なずしはらくしいきふきかへしあたりを
見るにわれかひとしきつみ人はみな死してひとやくつれてたよりを得たりし
このときはやくのがれさらずはみろくの世までいでかたからんと思へは〽も
一米〽なげきてかへらぬ
をつとのちくめい
をつとのちゝめい
見るふわかひとしきつみ人はみな死そのたやくつれてたよりを得たりしのがれいつき
いきはやくのがれたらずみろくの世まだいでかたからんと思へば百七の下の下一恋のとんじやりたらじやのがれしとな
くゞりいづるに
あたりにもる人
なきのみならず
ふるあめゑのを
つゝごとゝむば
たまの夜に
ことならねば
人みなおそ
れてはもり
〽ゐつこれをしる
ものなりけり
かゝてぞゑろ
粉はやみに
まきれて
みちをよりもり
みちを
はゝりて
第三日の
うちもん
いでその
まひる□ろに
近紋泊松平
とうちやゝしつゝは一人
くれ侍らにたいめんぞ
のがれいづべき町せつたうらい雷火鎮にひとんを
のがれしとつぎ
サ八十六十十七嶋
けいせいすいことは
旦をつとかつくりかへしのかみ八はそこにいのちをおとし
たることのよをつげにければ小そふはすへふによしなかりし
しろ粉がのが死て来ぬるをとみろごび又かみ八が宛をあはれ
みていたはること大かたならずつぎの日さんせひめのげんさんに
入れ奉りてある西がつぎにはべらせそのゝちかみ八が為に
何がしてらにてついぜんの法事情をとりおこなひそが
ぼだいをとむらひければゑろ粉は小てふがおんを
かんじて忠義のこゝろさしをぞはげみける
○これはさておくはるさめの大はこはふるさと
なる母おやのやまひおもしと聞えしとき
ゑちぜんなるひき田のさとにてつばくらめ
せきちくらに立わかれひとりなにはつを
さしていそぎいゝ三日四日のほどにして
そこめ村へちかくなりぬそのときはるさめ
思ふやうひるは
人めのいぶ
せくてわが
いへちかくは
いへちかくは
〽ヤン〳〵
おひさし
ぶりで
三兵兵
よりもつか
よりもつか
れず日くれて
こそとしあんを
しつその
ござり
ます
どこに
おいでなさる
夕くれに下へ
かとみなと
〽ちとわけあつてしのんで
来住たひそかに聞たい
こともあるまづ何から
いはふやらいつも御無
かさふかさふく
してそこめ
村をさして
むくほどに
事でめでたい
かのあけ
のふ
出ちや
あ
なたの
おうは
さをいた
さぬ日
ござりませぬぞへ
屋の
ある
与五
平が
居宅のほと
わが立かへりしことをゑるとも
もを心ともなく
よぎるにぞふたゝび
心に思ふやうかの与五平は人の
うへにまことあるものなれば
くちをきゝべきものには
あらず立よりてふる
さとのことのやうをも
きかばやと思ひにければ
とのかたよりうちの
やうをうろじふに此
ときたそがれなり
ければ与五平は
しゆくしよにかへ
りて火をうちて
ゐたりしがつぎへ
二
つゞき二つけ木にうつす火かげにてはるさめを見てうちおどろきおん身は
ひさしくいへでをなされておんゆくへたにしらざりしにつゝがもなくてかへらせ給ふは
よろこばしたそ候なれといふにはるさめ春をひそめてしたるゝごとく日かげ
ものゝわが身ながらにきもふとくこゝらへ来らるべくもあらねど母おやの
いたつきの火かたならずおもらせ給へばあはまたほしと聞えたるいもと
そのきよがせうそこのとゞきし日より夜のめもあはずみちいそがして
来つる也いかにわが母のことのやうすをつたへ聞たることもあらばしらし
給へとわびしげにとては与五平ほうゑみてそはそらごとにて
あらんずらんおん身の母御はきのふもけにもおくみなはてのばゞ
さまとべんぜつ寺のだん義きよゆ〳〵とてわれらがちやみせに
立よりてしばしいこはせ給ひにきさるを大病欲はなんどゝは
こゝろ行かたきことにこそといふにはるさめうたがひおこりて又
とふよしもなかりけりしはらくして妙〽ア
大はこそらごといふてよび
はるさめはざらに又思ふやう此こと
せしはそのきよがわざではない
与五平にはいぬる
しからずにわけをききやい
ころ石塔料せき
のふ
もやをとらせん
とふたゝび
みたびいひたるに
かの義太吉が事
おこりてわがげをも
おこりてわがかげをしも
かくせしかは今にいたつて
かねをとらせず路用の
たくはへおほかるにわがいつやらぬことの
こゝろをしらせんものをといそがはしくふところを
かゝぐりてかね四五両をとりいだし与五平おぢよいぬるまつ
なき人のせのたう料をまゐらせんとしつる折わがかみ入れを
義太吉が急くしよにのこしおきしかばそをとらんとて
〽そのきよ
きのとゝ
がる
けいせは七専也論
□□□□□□□
はこにもふ孝なわたかしをのしら
おぼしめてのそらこと
と今さら
れて
もつ
もつ
たい
ないが
その
きよが
すみ
にせぬ
ちと
なんだが
〽此画の
左の上ゟ
立もとつゝわざ
はひそこにかこりし
よりあふよりあふくしかに
たりこれかけおさめ給へ
かしといひつわ
五ひらの小ばんを与アヱヱ
おしもだしてこ
なきむかし
ならばかるにかんに
あづかき
あろを
□□か□さ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
用をいかに
とてうけとこそんじ
けいせいすいと仲八紺
といなむつ天はこ
おしかへしていこわらはは
ゆくさきくにて人のなさ
けの大かたならねば路用は
今もあまりありいな
むはえうなきこと也かし
とさとしてかねをわたし
つゝいとまずひしていでて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まいたればありの
まいたればありの
はひでる
の所もろい
ゐ藤におよばゞ
おやまで同だざい
しいひつけてふみをかじてふみをかじてせき竹竹のとのをうのみて
かはゞそなさをおどろかせしは一ト日もはやくかへれかしと思ひし
しわざぞやとばかりにてはことのこゝろのさだかに
しるよしなからんそなさいことはあから井といなるとい
事をいりんとじのなさけにてせんさくさたる
じのなさけにてせんさくさたやきこ
一なりに今ではたづぬるものもなし
さはれあから井といなつまは
ちかがつとのゝおふせをうけて
ゆけば与五平は
かんるいをぬぐひも
あへずおしいたく
なさけの五両くれ
六ツのかねををしまぬ
大はこはそのよひやみを
よすがにてそこめ
むらへといそぎけり
○かくて大はこはその
夜五ツのころおひにおやの
しゆくしよにちかつきて
せどのかたより入らんと
くみ二
せしを奴婢ひらははやく見いだ
〽大はこ
して只今かへらせ給ひしかいざこな
たへともろ共にいでむかへつゝ小たらひに湯をくみ入れて
あしをそゝがせもなし大かたならざれごとも大はではなほおちつかず
もろ人にうちわがひて母さまはいぬころよりおんこゝちれいならでおも
らせ給ひぬと聞重しがきのふけふはいかにぞやととはれて奴婢成らはうち
ほうゑみいな御いんさよさまは御きがんよくけにもべんぜつ寺のせつ法つ法身を
ちやうも味ゆかせ給ひつたそがれころにかへらせ給ひてなん戸にふして
嘉兵
おひこり入りま
たらへのかひに
おもむき
ひとりは又大宰
府へたびたちたりと聞え
たるそがるすのかえやくには
鷲塚八郎太夫といふわろが
をかくこゝらをめぐるのみしみ
ひたゝずなるにつけても
そのそろさはもあぢこちに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
らとあさ
りすまじ
八つてこを
よつがに
しつる迄
風の
たよもに
聞えし
かばむね
たが大たんなるつゝがなくましますおやをおんいのちあやうしとつげ
来したるはいかにぞやわからははかくと聞しより御りんじやうに詩あは
ずは自がいをせんと思ひ
つゝよのめもあはずいゝばく
里のみちをいそきて立かへる
はでて又とふよしもなき折からその清はあねのこゑを聞つゝ
およりはしりいでてつゝがなきたいめんのよろアびをのぶれども
大はこはみにもかけずはらたゝしさにこゑいらだててその清そな
〽かうなることゝしるならば
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一のにかなしや
をはしますめりくたびれ給ひしゆゑにこそといふに大はこあきれ
いへはもとより無事に
して母うへつゝがまし
まさずと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
聞てよろこ
びにつきて
又ころ将
かたきは
そなさのそら
ことひとりの
おやをもてあそ
びてあねをあざ
むく大たんふてき
まことにをこのしれ
ものかなといきまく
たへ子はいそがはしくなん戸
ゑのもれ聞えてや母の
よりいでて来門大はこかへり給ひしか
わらはがいたつきおもりしといひこしらへて
よびよせしはその清がわぎにあらずわらはがかれに
五くせはすいこと鳴
やすからぬ
おやこゝろ
は七かくあらはつゝうへからは
にげもかくれぬこの身のかくご
一みな御たい義でござ
りますなァ
いかで
そなたを
はなさを
むほんへの
友にはせじ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なん一日も
はやくよび
よせんとて
なきこ
つげしはおやのぢひ思ひ
たがへてその後をかならず
しかり給ふなとときさとしたる
母おやのことばになもてはおど
ろきはぢて身の
つこのこのこのよらぬ
なんにこよ
〽くやんで
かへらぬ
ゆくろう
さい度の
ふ女女
まがつみむすめを
こかめ
にくしとは
とほし
ぞいのふさでつぎへ
つけせいすいこと
やすくおもひ給へとろぐらさめられて母おやはまたあから井や
よろこぶごと大かたならず女がてなん戸へともなふていなつまでは
おや子はらうらしめやりにすぎごしかたをかたらふかやうに手はや
折からにはかにこみ入るとり手の頭人にて
鷲塚八次左衛門
子をしたがへて前後世のもんよりみだれ入り
いぬるとしひはかたもの義大吉をきりころして
ちゝてんしたるつみ人大はここよひむそかに立
かへりておやのしゆくしよにかくれをるよしこゝ
らを見めぐるくみ子らがはやかぎつけて
定かに立れりとく〳〵いでていましめのなはに
かれとよばつたりあなやとおどろく母おやは
そのきよもろともはしもいでて身太夫に
うちむかひ大はこはいぬるまつちくてんせしより
いからしゑふり立てこのおいほれがたけぐしさよあとをつけ定かに
見といてからめとらんとてしつるものが身たがへるよしあるべきや
なほあらそはゞ家やさがしせんものども
すゝめといきまきたり大はここれを立
聞て母おやをまねきちかつけことすでに
あらはれたれば今はのがるみちもなし
つら〳〵ものをあんずるに日かげものにて
あらんよりいやたんつみをかうむりて
あらんよりいつたんつみをかうむりて
ますまい
くはまゐり
とほみつきつときゝとゞ
かくまん等ナからひ給ひしおんいつくしみこそ有かた
けれわがくにせんさくゆるまりなば今よりこゝにつけこんでさつ
けれわが身にせんさくゆるまりなば今よりこゝにつけこんでさり
しのびゐて幸義のおりをつくしまつらんのこゝろそらめとり
かやうに手はや
ゆくへもしれずさるを立かへりしといふものは見たがへたるにぞあらん
ずらんそゞつにはやも給ふなといはせもはてず討太夫はまへこを
〽けにさうゐもなき
しんみやうぬるはくでう
しやめんにあはゞ世のなかの
ひろくてうしろやすかるべし
つたへやけにかまくらにて
将軍界財の
きんだちのうまれ
させ給ひしかばやがて
大赦たいをおこなはれて
くにくなるつみ人まで
ゆるさせ給ふとふうぶん
ありかればわらはも
人ころしのつみ
いつとうを
昌
▼ゆるされて嶋ながしに
もやなりぬべしといふにたへ子は〴〵
うちなきてうたてやをなこの
うちなきてうたてやをなこの
さるちゑにてそなたをこゝへよび
よせずはかるなげきもなからんに
よしなかりきとかきくどゝ母をしばく
なぐさめたる大はこはかくごをきそめて
いでて身太夫にうちむかひわらはは
どもわかれしおやのなつかしさにこよひひそうに
立かへりしをはやしられしは天ばつなてんいざ〳〵
なはすかけなへといふにきまうなつきてさすがい
なはをかけ給へといふに身太夫うなつきてさすがつ
大はこけなけなかゝごちやつをきびしくいましめよと
さきにちゝてんしていやたん。身のつみをのづれしか
下知にしたがふくみ子ばらおさへてなはそかけにけりそのとき
たへ子は身は夫らをきやく少しきにきうそくさせて君の上
サヘ廿六日ハ七馬之宿
左の上ゟ
つきを
すめ
ものを
おくり
民大はしが
ことをのみ
ちゝたのみ
かきへどき
けり
左へ
しはてんの
○古ゟ
すで
ろのさです
夜の
みやうばつ金さらに
あけしかば
つゆばかりもいろはりは
一申あげませぬ子らに大は一
御すいさつを
つをひきたて
御すいさつを
ねがひあげよす
しろへひぎもて
かへりかくとちゆうをししてければあま
野のはん官とほみつきんじゆのさむ
らひをしたがへて同法所もんじやうに
立いでいゝ犬はこをえんかはしほせり
ちかく引すゑさせがれがちくてんしたり
けることのこゝろを
せめとひければ
大はこはちつ
きんじゆ
とまつます
さいにひき
〽たび〳〵こんな画くみが
おほくてさぞさしやが
こまるだらうされはとて
此ゑくみをくつて
しまへはかき入れがおさ
まるまいしいづれにしにも
なんじうものしまながしも
ひさしいものだがさくやの
はらからうみださぬ
すぢなればおほめに見て
ちつくりくわんい吉ちやうふりて
あくをたゞしくしたを
ほめてやるべい
かたりの義方
吉どもの
あらそひを
じいだして
のがれかたき
一とあり
ければやむ
ことを得ず
義太士忠助
ふかてを
おはせてにげ
さりつつぎへ
いかばかりのおんとがにおこなはせ給ふともうへをうらむるよし
はべらずとおゝするけしきもなくまうせしかば国を地みつしきもに
うなつきつそのはくでうぞかきとめさせて大はこを
ひとやにつかはしそのゝちむねとのいへのこらをよびあつめて
かれがつみの軽重妙心をひやう義すでにまち〳〵
なりこのとき義太后が母おこせばゝは世をさりて
はや半ねんになりぬ又かのはしもかきのあだ字は
義太士口とわけありし事やうやゝにあらはれて身の
いとまを給ひしかばいづちゆきけんゆくへもしれず
かゝれば又今さらに大はこをあたとしてさゞゆるものゝあらず
なりしに遠みつのいへのごらはすべて大はこをあはれぬて
善太吉はの手にてつひにことき立たるよしをつた又聞ツゝいつたんの身の
とがをのがれん為に作つたへかけをかくしたりさはれふるさとのなつかしさに
しのびてそこめ村へ立かへりとあらはれてかくのごとくからめとられはべりしかば
たす
けばや
と思ふに
なんことば
ひとしく申す
やう大はこは人を
ころせしつみかろから
ざるににたれどもかい
義太吉は西少年世うねん
にて大はこがおんをあたとせし
あふ事ありと聞えたりこれ
らいよしをしかぐとかまくらとのへ
きこえあげて死罪をなだめ給へ
かしとみなまめたちてまうすにぞ
〽大はことのはけつこうな
女中じやにひよんなことを
しいだしめされ
きのどくなもの
ではないかしかし
いのちにつゝが
□□□□□□□
ゆゑ
とのも
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
長兵衛
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一部
□□
つかはし給へは
よいところへ
つかはし給へは
しやめんに
ほどもござる
まいあはともあれ
としよつたおふく
ろがいとしぼ
しつけんよし時のむねを得て大はこが死
なだめかづさの国九十九里はまへながし
つかはすべしとぞさだめける是により
とほえつは烏賊坊加幾八兵衛
木高き死き太郎といふ両人の
はしりつかひを大はこのさいもやう
とてかづさのに司つへよしをつぐる
おくり手かたをもたらしつその日
大はこをひとやよりいださしてくび
配所はいへぞつかはしける○されば又大はこが母
たへ子はさきに大はこがとらはれてひとやにつながれ
みうち人らにものをおくりてたのみしかば
もろ人いよ〴〵ちからを
つゝしてかづさのはい
土をみつも亦大はこをたすけんと思ひしかばすことに
さなりとよろ丁びて女がてかまくらへきこえあげ
かせをかけ流罪だのよしをのべしらしてくだんの
しよへつかはしけり此
ときのおきてにて
つみかろきとが人々は
はなれ嶋へながしやらず
あるはかづさの九十九里はか
あるはかづさの九十九里はま
出羽のをじか嶋なんどへ
ながさるゝもすくなからず
およそかゝる流人都らは
くが地よりつかきてさいりやう
二人しをそえしろゝろゝ
〽かならず〳〵の
むほん人しらとまじはらずに
しやめんのときをまつが
一かいえうわすれぬやうに
がてんがいたかや
廿八十一日
たりし日よりしよくをおくり衣ふくをつかはし又とほ五つの
その
ばずながら
女さまをかい
はうはわたしがやくて
〽おとしよら
れしはゝ
さまにの
らしい
ゆつくりなか
せてひるだちに
しませう
左の上ゟかまくら
よりの定めなり
さる程に大はこは
●御くらう
この日いく兵衛
き太郎らにおく
かくるふ孝の
られて六しよ
つみおゆるし
なされて
くださりませ
一町はづれに出むかへてその
ほとりなる酒やに
あとのしばらくかほにおし
あとの
ことには
おあんじとうちへつ
おあんじ
ならを
大せつに
なされ
ませへしいくたびいふ
ませへいゝたびいふても
おもむくと
聞えしかはたへ子は
ほいといふ
そのきよともろ
一共に城下地うの
いざなひ今ぞ
わかれひさかつ
きもどりあげ
かねしもろそこを
しばらくかほにおし
あてさ口いさ
とうちない
やうやゝになみ
大せつに
なされなう大はこ
かへるべきつぎへ
けいせいすいこ傳八郎
ことしならねどがびよせて
おん身のからめとられしは
みなこれわなみの
みなこれわなみの
めなこれわなみの
あやまち也さはさりな
ながらこの日ごろ心つくしの
かひありてそなさのいのち
つゝがなくしかもかづ
さの九十九里は土地
人とすなどりに
とみさり
えていと
にぎはしきはまとぞ
きゝぬ只あけくれに
身をあいして散
兎かのときを
まちねかしわれ又
しらぬ画
折を見あはして
そのきよをつかは
してそなさのあん
ひをとはすべし
なにはのおくり
つきてこたびの道
おほわども二
中地方はしら川
木曽路蛇院をくだると聞えたりしからばかならずあふみなる
しづがともでのゝふもとぢをたどりゆく日のあるなるべしくだんの
とりでの大将はかねてそなさとましはりあつきかのたちからの小そふ
ならずやかの男ふらが声しりてはなたをうばひとらんとするとも
かならずよかの山にのがれてつみをまし給ふな心にかゝるはこのみと
こならべて
かはをえ
つとめてやとめてやどりをいでて
かのふもとぢをはゝりすぎなんこの
花をこゝろ得給へかしといふに両
人うなつきておん身のりやう
けんまことによしあすはあかつぎに
たちいでてとくこみちよりはしる
べしとしめしあはつそのあけかたに
やどりをいでていそだほどに
しづがたけへほどちかき
一トすぢみちをよぎる折
〽からはるかむかひのもも
かげより軍兵次第あまた
あらはれいでてゆくてのみちを
とりふさぎときをどつとつくり
つゝさきにすみしひとりの大将これ
すなはちべつじんならずかのあか
かしらのあぢかも也いゝ兵衛紀太郎
これを見て
たましひも
身にそはず
そのとき
大はこは
ぐぞよ
大地にはたと
へたばりふして
大はこのとじ
われ〳〵をすくひ
給へとさけびけり
江行をつくし給へよしや母御の仰也ともわら
はがあんびをとはんとてはる〳〵かつさへ来べ
からずかたときもおやのほとりをはなれ
ずによくつかへ給へといふにその清も
なみだぐみて仰こゝろ得はべりにき
けふよりはなほ神にいのり仏を
ねんじておん身のしやめんを
まつよりほかははべらすとおや
いふに大はこいち義におよばず位のおもむきこゝろ侍はべりかの人〳〵に
ともなはれてあんらゝに世をわたるともおやはらからになん若をかけて
不孝のつみをましはべらんおその義は又こゝろやすかるべしとことぞをゝしく
なぐさめて又その清にうち物かひそなた青わらはになりかはりて母御に老房
○十一
五
いゝ
〽つまたしめんせ
あぢかものとじ
そものことにそのやいはを
かしてきらせてくだ
〽アヽこれまうし
おあねんさんわた
さんせわたしがたの
みやア〳〵
まつた
子はらからくりかへすをだ
まきへらぬわかれぢはいとゞ
なごりぞをしまるゝさてめる
べきにあらざればたへ子はかね
一トつみを大はこが路用にとらせ
又ふたつゝみのしろかねをいく兵衛
き太郎にはなむけして大はこが
うへをたのみけりさらでもくだんの両人は
大はこがたぐひまれなる賢女なるをしりてければしんじづにいたはりて
うやまふこと大かためらずいはんや今又母のたへ子にあまたのかねをおくられて
よろこびつうけ引て大はこをさきにたゝしてつひに酒屋をいでしかばたん子
その清はいくまちかおくりてたもとをわかちけり○かくて大はこは夜にやどり
日にあゆみゆきへてあふみなるしづがたけへちかつきぬそのとき大は大はこはいゝ言清
き太郎にさゝやうあすのみちは世楽宿たゝる近鎮泊松江賀ぢんのふもとぢをかざ
寺にこそあたんずらんかのともでの大将なる小そふはわらはとおしれりかれもしかくと
いたへ袋のなばかちにわらふをかがひとりてとりでにとりめんとはかるべし又右の中へしちがひばはざりませぬい
師かたき
やくでいござり
ませ
やくの
申スとほり
ちつとも
ちがひはござりませぬ
おたすけ
なされて
ませ
〇
さへ
ぎりとゞ
めて
何と
せらること
やらんとこへば
あぢかも
ほうめやみて
そは前とはるゝ
までもはべら
すべ
ひき田のさて
にてつぎへ
一ナ八十一一
けいせいすいこ傳八郎
ことしならねどがひよせて
おん身のからめとられしは
みなこれわなみの
あやまち也さはさりな
ながらこの日ごろ心つくしの
かひありてそなたのいのち
つゝがなくしかもかづ
さの九十九里は土地
人此すなどりに
とみさか
目耳
里に
えていと
にぎはしきはまとぞ
きゝぬ只あけくれに
身をあいして赦
兎財のときを
まちねかしわれ又
しらぬ巴
折を見あはして
そのきよをつかは
してそなさのあん
ひをとはすべし
なにはのおくり
つきてこたびの道
中地方はしら川
おほわども二
ひき
木曽路峠をくだると聞えたりしらばかならずあふみなる
しづがともでのゝふもとぢをたどりゆく日のあるなるべしくだんの
とりでの大将はかねてそなさとまじはりあつきうのたちからの小そふ
ならずやかの男ふらが聞しりてかなたをうばひとらんとするとも
かならずよかの山にのがれてつみをましめな心にかゝるはこの事のみと
かでも
こならべて
かはをえ
ぐぞよ
五右衛門とめてやどりをいでて
かのふもとぢをはゝりすぎなんこの
義をこゝろ得給へかしといふに両
人うなつきておん身のりやう
けんまことによしあすはあかつきに
たちいでてとくごみちよりはしる
べしとしめしあはつそのあけかたに
やどりをいでていそぐほどに
しづがたけへほどちかき
一トすぢみちをよぎる折
〽からはるかむかひのもの
かげより軍兵衛にあまた
あらはれいでかくゆくてのみちを
あられいでかくゆくてのみちを
とりふさぎときをどつとつくり
つゝさきにすみしひとりの大将これ
すなはちべつじんならずかのあり
かしらのあぢかも也いゝ兵衛紀太郎
これを見て
たましひも
身にそはず
大地にはたと
へたばりふして
そのとき
大はこは
大はこのとじ
われ〳〵をすくひ
給へとさけびけり
くるもに
□□□□□□□□
を行をつくし給べよしや母御の仰也ともわら
はがあんびをとはんとてはる〳〵かつさへ来べ
からずかたときもおやのほとりをはなれ
ずによくつかへ給へといふにその清も
なみだぐみて仰こゝろ侍はべりにき
けふよりはなほ神にいのり仏を
ねんじておん身のしやめんを
まつよりほかははべらすとおや
いふに大はこいち義におよばず伯のおもむきこゝろ侍はべりかの人〳〵に
ともなはれてあんらくに世をわたるともおやはらからになん花をかけて
不孝のつみをましはべらんやその義は又こゝろやすかるべしとことばをゝしく
なぐさめて又その情にうちむかひそなた音わらはになりかはりて母御に孝行
貉湯
七十一
はこは
いく
〽〽つまたしめんせ
あぢかものとじ
かしてきらせてくだ
〽アヽこれまうし
おあねさんわた
とてものことにそのやいはを
くしどもは
さんせわたしがたの
みやマア〳〵
まつた
いふはらからくりかへすをだ
まきならぬわかれぢはいとゞ
なごりぞをしまるゝさてある
べきにあらざればたへ子はかね
一じつみを大はこが路用にとらせ
ていたつゝみのしろかねをいく云すり
又ふたつゝみのしろかねをいく兵衛
き太郎にはなむけして大はこが
うへをたのみけりさらでもくだんの両人は
大はこがたぐひまれなる賢女財なるをしりてけれはしんじつにいたはりて
うやまふこと大かためからずいはんや今又母のたへ子にあまたのかねをおくられて
よろこびつうけ引て大はこをさきにたしてつひに酒屋をいでしかばたへ子
その後はいくまちかおくりてたもとをわかちけり○かたく大はこは夜にやどり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
日にあゆみゆきへてあふみなるしづがたけへちかつきぬそのとき大はこはこはいく立清
き太郎にさゆくやうあすのみちは世楽宿たる近鎮泊鎮泊。おぢんのふもとぢをかぎ
寺に一てあらんずらんかのとめでの大将なる小そふはわらはと相しれりかれもしかくと
いたへ仕のなば入ちにわらにをかばひとりてとりでにとゞめんとはかるべし石の下へ
しつと
ちがひはござりませぬ
師かたき
やくでいござり
ませぬ
やくの
申□とぼり
ちつとも
おたすけ
なされて
くださり
□□□□□□□
①
あかかし
さへ
ぎりとゞ
めて
何と
せらること
やらんとこへば
あぢかも
ほうじやみて
そは前とはるゝ
までもはべら
すみ
ひき田のさと
にてつぎへ
ナヘナンハ二人一鳥
ちいせいまいと竹の名
かへり給ひしそのことのおもむきを
わざはひあるべしとてやがてしのびの
ものをもてそこめ村へつかはしつ
ことのやうすをうつゞはやうにはさ
しておん身はとらはれ給ひ久しく
ひと屋につながれてかづさへ
ながされ給ふほどに此
ふのとぢをよぎらせ給ふ
ことかちもなく聞えたり
よりで小てふのさしづに
したがひわらはこのみつに
いでむかへておん哥をうばふて
きらんとするを大はこぎうにおしとゞめやよあるかしらの
とじまちゆへこの両人をきらんとならばわがわろから
ころすべしとくその女いはをかし給へといふにあぢかも
いなむによみなくそははゞかりにはべれどもおん身の
のぞませ給ふこと也いざ〳〵といひかけでそがまゝやい
人〳〵をふり七十七かくひとりこけうへ
たちからのことじ聞給ひてかならず
とりでへともなひうけたるおんをかへすもの也
とらせんずといふよりはやくだんびらをきゝりとぬぎて
まづじやまなるはおくりのさいりやうこの世のいとずを
はをわたすにぞ大はこれをうけとりて又あぢかもに
〽くれ竹がこよ来ぬることは三の
まきのはじめに見えたり
うちむかひあるかしらのとゞ聞給へ此両人は主命振りをうけて
わらは甚太郎のみうら共もなければとがもなしまいてこの日ごづより
わらはをねんごつにいたはりてまがれることもなきものをいかにしてころさる
べき且ふるきとをいづるときわが母さびしくいましめてしづがとりでの人〳〵に
とゞめらるゝことありともつゆばかりもしたがふべからずいかではいしよへに右へし
両人をころさんとならばぜひにおよばず
七十七ゟおもむきて赦免をまてといはれ
たりければとりでにとゞまりかたしかくてこの
たりかれはとりてにとらすもかたしかくて
まはまづ自がいしてこの人〳〵と
ともに死なんなんなあなん
とばかりにもつたるやいかを
ともなほしくのんど
だやんしく
ければ
あぢにも
おどつき
おとゞめて
かまに
あはこみ
此さい
りやう
ころさんや
かならず
はなざぬ
とめずに
はやり
給ふな
とこ
を
つくして
たんきへあが
けり
ないあぶないう〳〵
やいはをおはなし〳〵
初編ゟ五編迄先達而売出し被申候由亭馬琴作
傾城水滸伝は
六編七編八編子年秋ゟ売出し申候歌川国安画
曲亭馬琴譚
繪本漢楚軍談
通俗漢楚軍談を御子様方に
通化諸侯軍部を御子様方に
初編ゟ五編迄一
もかりやすきやうにひらかなに
共ニ十冊出来
一譯したるおもしろき軍書なり
藝道名人の五者衆を豪傑
水滸伝になむしておもし
当世役者水滸伝歌川国貞画
ろもつくりたつ画本なり
初編ゟ六編迄山東京山訳
稗史水滸伝、
同共二十二冊売出シ歌川國芳画
左衛右専屋鶴堂雀仙/
一奉書二枚門を彩色すり
一画面に落て云あり
水滸伝豪傑雙六歌川国芳画
一おもしろき事猶六諸一人
初編鶴屋南生
水滸伝劇場雛形、
四冊歌川町
山東京傳作
繪入
忠臣水滸伝
讀本
十冊
忠臣くらの事
水滸伝になぞらば
おもしろき名文
曲亭馬琴著
領城水滸
傳第八編
歌川国安画
上帙巻之下
ことはいつの
同断
己丑発兌六帙随一
毎帙二冊共十二本
客を留て欲に耽りし鍼目衣拘橘が合砥の巨刀
一去来事問ん琴樋が障子の隙より見やこ鳥疑惑
一晴るゝ夕虹と目をはる霞の同胞さへ行合の間の初対面
曲亭馬琴著歌川國安画江戸書林仙鶴堂刊行
賞を得て恥を雪めし大蟲爪千垣が利方の刀風
一也與舟貸ん横鯛が芦間隠れの零丁鳥其処とも
分ぬ川堀と末広き瀬の姉妹が夜網帰の両回宿
ひのつゞきしそのとき大はこはめぢかもを見かへりておん身
わらはをあはれみて自がいをとゞむるものならばとく〳〵
はなちやり給へといふにあぢろもうなつきてわらはは
小てふとのゝさづにしたがひおん身をむかへの為に
来つればいかにともはからひかたしくれ竹のとじも
亦山をくだりてあとより来れりあふてだがふ
し給へかしといふひまにくれ竹はすゝみより
つゝ大はこにうちむかひておん身は
まことのみちをまもりて配所
はいにゆんとの給ふをわり
なくとゞめんといふには
はべらずたま〳〵此
ふもとぢを
下へ
めどき
〽みなさん
ないか
はやくおいでで
てか
〽あれ〳〵
あしこへ
はいな
〽思ふに
またるけんごの
えうがいひめうへさま
御うん長人これと
いふもみなさんの
あつい忠義で
ござんすなけ
〽小そふら大はこの
むかひにいづるところ
けい廿二十六一伝へ編
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
よそに見てうけだる
おんをあだにやすべき
ゑばことりでに立よりて
にてかのとじちにたい
小てづとじらにたい
めんし給へけつて
とゞむることには
あらずと
いふに
大はこは
いなみ
かねて
やうやく
その
同断
おまへの大おん
小てふのとゞも
月ころ日
ころかはさ
せぬせは
磯小
したがふ
にぞ
あぢ
かのも
せぬぞへ
しからばとゞのくびし
亦よろ
こひて
かせをしばし
〽也ともはづす
べしといふを
大はこめ
とゞめて此くひ
かせは国家たゝの大法は弘いかでかわたくしにつぎへし
そいせい事を付
いざなににぞかのいく兵衛き太郎はやうやく
いきたるこゝちしつおめ〳〵として
したがひくりすでにして山てふ
らはなかまの勇姫もつといふ
卯四月四つ夜のほとりまでいで
むかへかく大はこにたいめんしつゝ
よろこふこと大かたならずそがまゝに
みなもろ廿ようちつれ立てしづのとりでに
手をたづさへて聚議庁にぞいぎなひ
けるそのとき小てには大はこをかみくらにおしのぼして
ぬかをつきいゝさていふやう
さきにはおんうへのなさけに
よりさわれ〳〵七人に虎口
こうをのがれてさんせひめに
二三日とうやうしてちそうを
うけてくださん
うけてくださん
倶じ奉り御届を此所にしめし
はづさんやといなむをくれゆうちわかひてたとへびかせをはづすと
おん身をとりでにとゞめずは何ごとかはべるべきといふに大はこうなつきて
ちゑの海のことじばかりわらはがこゝろさしをしり給へりしからんには
ともかもといふにあぢかもちかつきてはやくくびかせをはづしつゝの
てふ〽たゝ也一一ねん二ヶ月もてなしたりとも
あきたらぬしゆう〴〵の大おん人とせめて
よりかくまで橋角
きのいきほひを
はぢさんといなむをへと竹うちわかひてこびひきをんしがすとも
はゞかりありこよひ一じよさ六に
やどりてあすいつとめて
立さるべし
の下は
おさまらめ
〽大神しきぶある
けれどとてもこへは
おさまらぬいつゝ井もてわて
あゝこにひかへてを
大はこが
ものかたに
こゝろばへ
をぞ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
鋳
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はれること名な
これおん身のたま
もの也まづゆる
やかに坐しいへとて
やがて酒えんを
まうけつ大はこを
もてなすほどにくれ丁めどきさくら戸
くれ
〽なにはともあれ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
サ〳〵おはじめ
めきりませ
戸
まゆ
五
そま木
もか西らは
こたび大きと
あぢかもふたあみいつゝ井七わたしろ粉
まゆみそま木花まとはだ鳥のみぢ葉
ある西らまでひとつむしろにうちつどひみな大はこに
さかつきをすゝめてねんころにもてなすにぞおくりの
さいりやういゝ兵衛き太郎は大はこがあとべにしたがひゐて
ともにもてなしにぞあづかりけるかくて小てふは大はこに
うちむかひてはるさめのとゞねがいくは此ともでにとゞまり
給へ今の世の人こゝろはいきほひにつきて義にうとく
よはきををどしてつよきにへつらふたのめしげなきもの
なれば配所はいへおもわき給ふとも赦助のときにはあひ
かたからんまげてこの義にしたがひ給へといふに双なく
ことばをそろへてひとしくとゞめてやまざりしを
大はこはうけひかず母のきやうくんしかぐ
なればよしやめんにあはずして
つばくらめくだかけめきじすうすきぬつゝどりせき竹
なればよしやめんにあはずして
配所はぎのつちになる
とても此こところには
とゞまりかたししか
四下の印がいと
まめやかになぐ
□□□□
ければ大はご
思はずきやうに
入りてひねもす
かたらひくらしけり
○かゝてつぎの日大
はこはわかれを
つげてたゝまゝ
せしをつぎへ
馬をわかなくいはれは
なばわらはがひやす
からずはやくはなちやられん
こそこよなきなさけなるべけれと
かたゝいなみてしたがはず思ひさだめし
けしきなれば小てふらはとゞめかねて
しからんにはせんすべなしさばれ四五日
とうりうしてひめうへのげんさんに入りてゆる
流人都のけがれし身をもてさんせひめの君の一よ
〽よにあきからぬ
おもてなしたけ世が
こともそのよのことも
やかにたち給へといへば大はこかうべをふりてわしはそ
つもるはなしは
こよひにすがらへ
流人都のけばれし身をもてたんひめの君のよりかなしざきよりかなしざきりませ
けは五十十七嶋八幡
めてのたい
めんなれども
かたとにすくて
あることなれば
ふるき夜に
ことならで
四印
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ないがしがしたれ
こもいふまはぞや
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
そのやうなる
此やうしめへかの
たちでおど〳〵
するの身
もいせいまいこ竹の外
日限往たがひてことのなん義におよぶべしとしば〳〵
いふにとゞめかねたる小てふはわかれの湯えんをまうけて
すなはち大はこに二百金をかくりてはなむけとし
又いく兵衛き太郎にもかね廿両をつかはし
ければいゝ兵衛らはゆめかとばかりよろこぶ
こと大かたならず大はこはるにんとしてかゝる
大分にをもたらんはよろしからずとていなみし
かきにていて
かども小てふらわりなくこれをすめて
手づからそのたびつゝみへ入れしかば大はこはその
こゝろさしにもとらんことのさすがにてよろ丁びをなん
のべにけるそのときくれ竹は大はこにいふやうはるさめの
とじかづさの配所□□におもひき給は□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
としかいかによりなきのくんを
引つけておん身のたすけにしはべりてんかゝこに
ひとりの勇婦ありをんなるにんを
あづかりて惣かしらととなへらるかれは
ふしきの仙じゆつありてひといの甲馬声を
かゝにかくれば日に二十里のみちをゆく也もし
くわきうのことあるとき四ツの甲馬をもゝに
かゝれば日に八十里をはしるもやすかりよりて
世の人あだかやしてをんなゐだてんのなつめ
とよびなしたりわらはかのぬつめとは
としごろあさからぬまじはりあり
此ところへうつりしのちは
小士ふらしばしとおしとゞめて酒えんをまうけてもていすほどに
大はこは心ならずもつひに二三日とうやうせりかくては幼所は思の
〽おぼえのきれあぢ
只一トうちこれにつけても
やらうめらは何をしてぬることじややらん
ひさくほとつれ
せざれども今も
いゝがのなきよしは風のたよりに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はやく
くたびれもの
にはこま
左衛門
ときす
あること
見えたるひと
ものをなし
国に
おきやく
さまがた
よく来る
せしな
いひをりゐ
らせ候はん
酒をや
いなわれ〳〵は
ことふを
れされ
いつと
とふを
大は上
こち見かへ
もと
おきたるふみをとうでて
わたしにければ大はこ
よろこびうけとりて
そのめげのあさもろ
人にわかれをつげて
いではくゆけば小てふらの数十つ
勇婦はふもとの船場槙まで
是をおくりあぢかも花まと
いたいゝめてたもとをわかちけり
○さるほどに大はこはいゝ兵衛
き太郎らともろ共に又いゝとまり
たびねをかさねつゆきくそむさし
なるあさくさに程とほからぬ
聞見たり此ふみとゞけ給ひ
ねとときしめしいゝしたゝめ
ひろ沢むらの
つばくらめらの数人つはもろともに
ふねにいりてあか西が酒見せまでおくり
ほとりに来に
けりこのとき
午まの
なかばにて
ものほしくなるまゝに
と見ればこのさと
はづれにいひとさけをうる
ひとつ屋ありけり十いにてはらを
つゝろはんとて三人にひとしく立よりつ
みせのかたへなる小介しきへわらじ君の下へし
□□□□
やきかげんが
きめうだいゝ公
いつはいやらかし
ねへ
てゑか
おいしい
けい廿六日は二伝八篇
すぎうへたり
まづいひを
いだすべくさゝをもすこし
のましてたべといふに
をんなはこゝろ得て
□川なめしにでんがくの
し膳を手はやく
もて来てすゝめ又
〽ちやうしの酒を
あためて
これを三人だり
しに
すめけり
そのときいゝ兵衛
らはまづ大はしに
くび□をはづ
さしそみへゆがて
まとゐをしつゝ
さけをのみ
いひをたかべて
しばらてこに
きうそくす
かゝりしほどに
あるべしのをんなはしけぞ
きて思ふやうあのをなく
ごはるにんにてふたりの
武士ばはさいりやうなる
べし今かれらがつぎへし
すゝせいまいと件の歌
たびつみをうちおろすやうすを
見しにいづれもいとおもやかなれば
うちにはあまたのろようあらん
これまで日々にわがみせへ来て
のみくひせものおほかれども
のみつことも
かれらがごとくぜにかねをおほく
もせるはいまだ見ずいかでひそかに
かやつらをおしかたつけて路田ころを
〽あねもいもともふつゝかもの
〽らへか見しりなされてくださりませ
とらばわが大もうのあししろこならんさうじや〳〵と
ころにもゝろみやがて一二間にしりぞきてかたなの
ねたはをあはせしが此ことき心腹乱の小ものちは
ちかきわたりへたちいでていまだひとりもかへら
ねばさらに又思ふやうおくものふたりは下司む
なれどあさすがにかたなをおびたればなかくに
あなどりかたしあひては二人われは一人そじろにはやりて
うちもらしなば後悔にのそくに立かたしとゝ小ものらのえれ
かしと思へはかどに立いでしばしばしそろたをながむる
折からはたちあまりなかひとりのをなこと
十七八なるふたりのをなことうちつれ
たちて来にげるがあるじのをなこを
見てうちぼうゑみとじは
たれをかまちわびてこゝに
たゞずみ給ふぞととはれて
あるじもうちぼうゑみわらはは
小ものに所要ほうあれどもかれ
たちは亦何事ありてかうつれたちていづこへとてゆき
給ふぞととひかへせばはたちあまりなるをんな
らがかへりのおそかればかげもや見ゆるといでかくをりおん身
〽あやうい所へ
来あはせしも白ぜんと
はらすべしといふに又なくけにもといらへて
ひとし空しきにおもむきつはたちあまりの
をなでさいますゝめて大はこにうちむかひ
一左の上ゟしおもてを見るにしかず面焼を
見るは忽をきゝにまされりといはずや今
まのあたりにその名をとふてうたがひを
こと卒命悩にははべれども
〽おん身はなにはのおしよ秋や
なりしはるさめのことじろてずや
大はことのにはべらずやと
とはれて大はこうちおどろき
まとにとはせ給ふ
よりけふはじ
人の心を
むすばんには
かねがなく
こと思ひ
めてのでき
なにはの
しよやたなり
のもやおん身をそこなは。
後かくわいそこにためかたからんに
こととひのとじにすくはれしは
はるさめの
大はこ也又おん身
らはいかなるへぞと
とゞきし心のまことからたちの
たび人はべつじんならずおん身にもかねてかはさをせしなにはの
書役精にはるさめの大はこのとじになんかの賢女卿はかやう〳〵
しかぐのとがによりこたびかづさへながされ給ふが此みちすぢを
よぎらせ給ふとちかごろさだかにつげたるものありよりて此はらからと
しめしあはしつ日ごとにちまたに立いでてあはまく思へどけふ
までもさるたび人の来るを見ずおん身の
見せへはさる人のいこはざるものあることなければ
こととはばやとて来つる也いかにさる人のいこひしことは
あらざるやととえはあるじは急をひそめて今わが
反せに立よりていひをたうべ酒をのみていとひをる
うなつきていなわらははきのふけふけいでむかへんと思ふたび人
あれば此みちすぢをあちこちとはや両三日いでをりその
〽人をがいして大もうを
とげんといふは心の
まよひむかしもかくや
あさくさのいしのまゝ
二人だのたび人ありそご人にはをな
だにてくびかせをかけられたれば
ごにてくびかせをかけられたれば
とはでもしるにんなるべし又
ふたりはをとこにてさいもやうの
あしがろならんおん身へちには
かくすもえうなしくだんの三人だもの
たびつゝみのいとおもやかに見えたれば
ものあることはしられたりいかでゑつらを
おかたつけて軍用金乾身のたすけにせばやと
のいへども折のわろくてまだにものらがかへらねば手をも入な
くだきでまちてをりといふにおどろく三人たがのをなご
そはうたがふべともあらぬかのはるさめいとじなるべしわらは
かいま見はべらんとてはたちあまりのをんな江はひとりいそがば
しくうちに入りてしやうごのひまよりとくと見つしりぞきいでがく
しくうちに入りてしやうじのひまよりとくと見つしりぞきいでて
さややうわらはとてもかのとじにいち衣もあひしことなければ見るといへども
そい人なかうそれならざるかわきまへかたしいにしへのことわざにも名をきらは〽五
けんぢよのたまものあり
がたいことでござり
とじが善心せんに立かへりは
ますなァ
▼ひとつやと世に
ふることは
いんぐわてきめん
いんぐわてきめん
おんせへのみかはわらはが
さいはひだん〳〵あやまり
入りました
とはれてよろこぶ
こなたのをなごは
アヽあやういかな
かはらにあるをもて世の人わらはをあたなして
みやこ鳥のこと桶仙とよびなしたりたれ
きこえたる
だいひのはうべん
んぐわてためんおやは世をさりてたつきなきもの
此ことばかりは
あやうかりしとひとりごちつ身をひやがんして
三升むいさていふやうけふまではえん
なくていまだげんさんに入らざりければ
うたがひ給ふもことわり也わらはことはもさ
くさいさとにすまひしてあまたの
川ふねを人にかゝめそもことりて世を
わたる琴槌師といふものもふねなんや戸
なるはらからはあねを夕にじの日能
まとよびなしいもとをはるかすみの
〽あれき
おやは世をさりてたつきなきもの
どもなればわらはがしゆくしよに
一かゝりゐてすなとりして世をわたれり
かれらがおやもわらはが
おやものりより
あそんに
つかへまづり
〇〇
〇
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
れぬ
やうに
がてんかへ
□□□□□□
へあだちの
声に
ありけるが
ありふり
あそんは
かのさと
にてつき
ナヘサキ六六七軒也扁
十四
ちいせいまいこその哥
りて二代なりしかるにおん身の賢女妙なるその
名はこらまでかくれなければとしごろしたはしく
思ひしにこたびしか〴〵のことによりかづさへながされ
給ふよし定かにつげしものあればゐつゝにて
いでむかへんとい思ふによりて両三日ゆしま
しそゝをはいくわいさがまこゝろいむなし
からでないりあひ奉るよろびこれにし
ますものなしといちぶしゞうをつげしらへ
すればひくまたつ間ももろ共にこゝろい
さしをつげよろ丁びをのべて大はこを
拝比しけりそがなかにあるじのをんなは
いんぼくなげににじりよりはるさめのとじ
こなりし何がしがむすめ也こしやしう也けるゑひらは
よふりあとれともにたかたちにてうち死せしころ
よしつねあそんとともにたかたちにてうち死せしころ
わがちゝはあげまきなりしがとほくおさしにおちゝはこ
とゞまり大き人となりはてつまをむかへ
わらはをうまして世をさりはべり母も犯なしく
なりしかど天もうあればをつとをむかへずをなこ
世たいにとしごろをこのところにすぐせどもこじやうの
あたをむくはんと思ふことしきりししかるにていこと囁けのじゆれば
とじは武げいばつくんなるによりまじはりをむすびて
しのがくにその大刀すぢをならひ得たりかくてけふなるまいは
はからずもおん身がこへゐこひ給ひしをはるさめいとじとはあらし
思ひもかねず路用おほかるたび人とすいして害いせんと思ふ悪心
おこりさなのねたはをあはせしかども身ひとつにしかた人をうち
はたたんと心もしなし腹心法の下ものらがかへらば助大刀させん
はたさんこと心もとい内心心心からが父とば則入るさせん
ずと思ふ折からぬやこともつとじちにとはれてことをはたさずつひに
〽自さつしてうせ給ひしかばおやどりは世をしのびてこの地に
うつりすみしより民間既におちくだりつわらはにいた
ゆるさせ給へわらははいづみの三郎忠さひらがいへの
とゞまりあきへとなりはててつまをむかへ
まれなる
見てゆかずは
ゐあひの
に
じゆつこもや
なるまいはい
おん身をはかきめのとじとしりてのくやしさはことはにのべもつくしかたかりわらはが
るほど上手な
ものだをんな
き〽とうで川はこされ
のゆつくりこするが
いゝのさ
くわんおんさまへも
おない
宿はからたちなりされば世の人あだなして計目衣財のからたちとよびなしたり
ねかにはつみをゆりさせ給ひていと鳥夕にじはるかすみの三男女の男婦とひとておれめ
ぬれりし。めんぼくなやとうちわびてぬつきふしてぞうやまひける犬をは四人方の勇婦のさつきつとはやり
物かたりに具どろき辻よろこびていそがごく札をかへしつたすけおこしてものかずならぬ
だけにめづゞしいの
きやう〳〵
へこれは
ませう
わらはなるをかくまでにあいし給ふこと思ひかけなきさい
はひ也はりめきぬのとじのまさなごとはよしあることゝ
聞ゆれどもおよそ非道をおこなふものゝほゐを
とげたるためしはなしさかわざはやめ給へかとさとせは
からたちいよくはぢて白後やうをきつと
からたちいよくはぢて市の後
つゝしむへしとちかひを
いゝ兵衛とき太郎はこのとき太郎はこのときかはやへ
おもむきてかれらが物かたりを聞ざれは
そのゆゑをしらねども今又三又三人形のをなご
どもの来つゝ大はこをもてなしたるおろびしむしろにつて
なれば思ひのまゝにいみくひしついとにまらず思ひ
これはぬいまいはいとい
たてさかつきを
けり○かくてその日のくれしかば大元とは心ともなく此
とろに一トよさとまりてあけのあさたちいづるを
あらためて大はこ
らをもてなす
ことひらはなこりを
にぞ下へ
をしみてやし
垣〽ゐあひのかずは
十八ばん
此丁かたなて
なかやすみ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
その
あひだにはみ
やかきはんこん丹
御用ならは
おいとめ
なさい
やわかなて
しゆくしよに
〽いざなひつゝ大かた
ならずもてなしければ
たちつどひしを何ごとやらん
大はこは思はすも又
入とて立より見ればとゝのころ
又そちばかりなるをなこの
七十二日おしとめられて
第三日のまひるごろやうやく
琴樋鑓いがしゆくしよをひらめかして人に見せつ
いでてすみた川のかたに
はんこん丹と
ておもむくほどに
は又がきをうる取りそのとき
くだんのくすりうりのをなこは
ゐあひかたなをつかひはてて
くすりとはみかきをもちながら
手すりのほとりをうちめぐり次へし
十八子二へこゝ
すゝせいまいこほ〽の哥
わらはことは御書ゆ地へはじめてのあきなひなればおなじみうすきだりな
がた御ぞんじなるはまれなるべけれどはんこん丹は正しんの
くまのい入り也だいゝちにくだりはらしよくせうくわくらん
ねひえしやうつかえにそゝこうあり又はみがきはに入りにて
口をね門をさりゆるゞ歯ヲをすゑるとらのつめの千垣分さが
くすりはみかきと
おたづねあらば
ばを何にしてもわたしと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いつしよにそこう
なほもの
すでゆかしやん
せゆるりと
いはんと
する程に
たちまち
しんじのは
うちも
かくれあるべうも
はべらぬ也為あひの
かたは十八ばんまた〳〵
●はなが佐たい
はいなじやまを
はらふてあんしん〳〵
をんなかてよくり
してとし
いとわかき
つかふて御らんに入れん
くすりをこのあひだ
のとめ給へ御用は
なきかといたひと
なくうちめぐりつしや
べれどももろ人ひとりも
くすりをかはず千かきはふたゝ
つめのてなみを
見だかちつとさう
びゑふりたてて口い今もまう
ひゑたいたていろも
せしごとくおなじみうすきわらはなれ
どもあせ水ながしてつふたるゐあひは
あきなひのあいぎやうなりさまでおんは用にあらずとも
ひとつふたつのくすりをかふてあとをつかはし給へかしかくても
御用ははへらずやとよびかけ〳〵うちめぐれどもおい〳〵目
と目をあはすのみかはんといふものなかりけりそのとき
大はこはいふやうこのとらのつめの千かきとやらんはよのつね
なる武げいにあらずかれあくまでに大刀をつかふてくすりをかふもの
たえてなければさ丁そこゝろにはつるらめせんすべありといそがはしくふと
こゑをかくりて小ばん一両とりいだしこれを千分のにあたへいゝ思ふにましたる
おんじのきげばわとはそほとくかんじんせりこさやかなるものながらゐあひいれにまならすかうけおきも
〽ふゐを
うだれてくちをしいはへ
くすりをすきもこのんで壱両といふはなを
とらすることやはあるそこふいいやと
ながしいくさりをんなめしれがさしけてかせぬて
いきまきまきて大や大はこを引
よしとらへにぎもこずをひゝめ
かしてうたんとするを引はづす
大はこは身をしつまて
にけんとせしをにかさじとて
べすむかしろにとらの
め千かきがすかさ
ずはしりかゝりて
くだんの大をんなの
きゝぞをとる
よりはやくひ
かつぎて大
地へだうと
おといへはやうにはおとろきながらしばんをとけてうちいたかゝあまさんかくんじんじんの中にもしるものにものもしにものつ
くわび人とも見え見込さ女の小ばんひとひらせねもなく東するまそありかへけれかんじをきさますけれといふに入さんはへて
されはくだんの大をんなはいかりて
大はこをうたんとせしに思はず
千かきになげとばされて
うちおどろきつゝやうやくに
身をおこしすなうち
はらひて見んかへもながら
こゑをふりたてうぬ
よくなみをなげつけた
な此へんほうはきつとかへ
すぞおぼえてゐよとへらず
くちすりこはしたるひざかしら
けふも川はこざれ
〽かうたび〳〵
ひまがとれては
いく
ねへのさ
さめの大はこのとじによしはるさめの大はこのとじにましますかと
ひまがとれてはふたゝびとへばうなつきてわよはすなはち
けふも川はこされはるさめの大はこにこそはべるなれどつゞ
ねへのさしるにちかきは身をひるがへして大はこをふし
おがみ人をすくふにたからををしまず
〽しかしうまいものゝ
くひあきをするから
まんざらでもないによし
こよなき賢
女けんにまし
ますよし
なでさすりつゝあしひきの
山のしゆくのかたへたちさりけり
すでにして此さはぎにくんじゆの
もろ人ちりうせてあたりにたゞ
ずむものもなければ千かきは
又大はこにうちむかひて
さきにもまうせしことながら
おん身はくびかせをかけられ給へば
ちかき配所はこへおくられて
なにはの大はこ也かやう〳〵のことにより
こたびかづさの九十九里はまへながさるゝ
しからばその名世にかゝれなきなにものしよやく
おもむき給ふ道中ぜうならんにわらはを
ほめてあまたのかねを給はりしはよのつね
ならぬ女中とこそ思ひはべれねがふはなのらせ
〽思ふにたがはぬ
ものにはべりといふに子かきはおとろきたんじて
給へかしといはれて大はこうちほうゑみわらはは
おん身のす
ぜうゆるりと
せうゆるり
〽はなしが聞たいはいなァ
かゝる
あづまのはて
までよし
かゝれの
ない大
はこさま
此すゑながら
にてははべりしかどもこゝろさしあるつぎへ
おひやすう
おめかけられて
下さりませ
しく思ひたり丁に
ますべきわらはがおやはかまでい
将軍家なし将軍家嬉しい
やうぶんにきこ
えかばいとなつこし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しら思ひたり丁に
はからずけんさんに入りしと
いちごのよろこび何ことれに
女女女六六七七七七七七
けいせいすいこと
世は北條氏ぞうの手におち
たるをいたくうらみいきどほりて
棟竹を辞ぢし身のいとまを
さとによすがをのとめらうにん
しつゝいちごをおくりぬわらは
をなごにははべれども父の
大刀すぢを見ならふて
いさゝかそのわざを
得てしかばあき人百
姓のつまにならまゝ
ほかせずかゝゐあひを
給はりてみちのくなるあひ津の山
ぬきくす
□□□□
りをうりて
かのゆに
かの地に
としごろを
ものにして且武げいは人にすぐれたり
しかるにより朝卿此もうせさせ給ひて
へたりしが此
あさくさの
くわんせおんは
ひなにはあれ
どはやらせ
給ひて人の
まゐることたえま
なしとかねてつたへ
聞はべれば
き〽やうやくやどにありついた
たちも五巻も
あらふかのふ
をからぬ日にあふ
いだしかしかのわけば
いはぬがこといぞや
〽かれやく
おふたりさん
そんじら
おさきへはいり
ます
しゆへ
〽口上の
左の上ゟしゐあひの
〽口上の道具の道具をかた
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ましたれば
茶店
といはれ
あつもおきつひに
大はこにども
なはれてなら
木はらの
ほとりなる
こたび
にはかに
思ひ
おこして
はるぐと
はる〴〵と
来にけれど
この地に
しるひと
まれなればなほ
客店かたごに
はへりといふ
大はと
心のて
うち
うな
つきさては
〽はやく
油しきへ
とむまうせ
思ひ
たがはず
五十一の
むすめにて
をはせしないさ
給へそこらにて
なほ物かたりをし
聞まほしといふに千かきは
いち義におよばず右の下へ
けはせはなはこ鳥也扁
さま〳〵みなさま
かはいりなさりませ
りやう理
河屋に
同印
此印ゟおもむきて酒くみかはしつ
わがく人をのこるくまなくかたらへば
大はこも亦わがうへといゑをむすびを
たる勇ふらがことのもとすゑを
ときしめしておん身この地にあらんより
かづさへたづねて来給へかしわらはは
さそらへ人なれども人のめぐみによりて
たくはへありいさゝかおん身のたすけとならん〳〵
かならずあとより来給へといふに子かきはかろ
こびてその義にぞしたがひけるさてあるべし
きにあらざれば大はこはいく兵衛き太郎に
いそがされてさかつきをおさめてげさかなの
あたひをさかやの小ものにとらしつゝすみた
川のかたにおもむにぞ千かきゆ大はこに
みかれをつげてあさくさてらのかたへいなぎけり
○すでにその日もかたむきて七ツさがりになりし
かば大はこちはやどをとらんとてあきくさの
さとなりけるはだごやに立よるにいづこの
はたごやにてもやどをかさすことのわけを
たづぬるにそのものどもみないふやう
おん身はさきにあさくさてうのもんぜん
師なるゐあひぬきにはなをとらせのきへし
けいせいまいこ仲の紙
いたゝはらたててもしおん身たちにやどをかさばたゝり
なさんといはれたりかれは名たゝるをんなだてにて
こゝらで歯はのきくともがら也さるをもちひず
やどをかしなば分森おいけんぞくおこりたちて
うちこわされんは必定いつり他つやうは
とまり給へかしといらんてやどをかすもの
なければいゝ兵衛き太郎いらだちてしかり
ともわれ〳〵はわたくしのたび人ならず
あま野とのゝ仰によりてなにはよりはる〴〵
とるにんをおくりてかづさにおもむく
おほすであり
おほやけごとであるものをたれにもあれ
さまたげせば後日夜にとがめをかうむらん
まづよくこの義をわきまへてこよひ一トよさ
とゞめよといへどもうけひくものはなくるにん
とゝめよといへともうけひくよいなくるにい
おくりにをはするともわれ〳〵ははたごやをのう
むすめを
はてるはへ
あまつさへいちぶきんのとじをむごくなげさせ給ひしかばかのとじ
いやはや
世わたりになす
ものならずみな百姓で候へばのちの
とがめばいざしらずこよひといふてあすとも
またれぬくだんのたゝりをいかゞはせんけつしてかなひ
候はずとさとのいへごとにみないなみてやどをかすもの
なかりしかばその日もすでにくれにけりさればいゝ兵衛門
き太郎らは大はこをいたくうらみておん身がよしなきも
わざをせしよりうらみもなきさとへらにさへ
うとますてかゝるなん義におよびたり
あなむ
やくじやと
つぶやけば大はこしばし
左の上ゟやどとり
おくれてなん義のよしを
聞つきていつちきに
聞つさらにいち爰に
およばす女がてきやく望
しきにむかへ入れて夜しよ
をすめやあみさせたる
もてなしぶりなほざり
ならすの
のことはやて
木工六はいゝ
兵衛らにたい
めん七その束
あいをたづね
とひさていふ
やうむさしの
うちあさくさ
せんごくさんや
ひめ沢かな
〽そぎの五ヶ
では開心
の御宅
の御式
ゑんで
候へばかま
うちやつておくどくせに
なりますじりやあねさんを
おこざうか
〽とてものことにをとこにうまれてござればいた
一ほんに
したが
すさる
に
十左入
うちあんじてしかのみ
いふてはことはてずよしや
さと人は女どをかさずとも
庄屋のしゆくしよへおもむ
かば遠背様すべくもあらず
かしといふにいく兵衛き太郎は
まことにさなりと
ふつがうできのどく
をしいきほひをたぼにしたからちと
だのふ
□
いうへして庄
大庄屋のしゆくしよは山谷
さんむらにありこゝよりはな内よりはなほと
五六町
七八町もあらんといふ
そはびんなしと思へども
さてあるべきに
あらざればふ知
あん内いなる
あんやいなる
よるのみちをたづね
わびいゝからくしてさんや
村におもむきつ
庄屋のしゆくしよに
おとなひてしか〴〵と
いひ入れけりさればこの
地の大庄屋は京都木工六と
よばれてゆさかなる百せう也
としのよはひは五ツそぢあまり
屋のしゆくしよをたづぬるに
六そぢにやなるべからんいへには奴婢あまだありかまくら
よりの下知によりてかづさへつかはすをんなるにものは右の下へし
けは世はこはこ専也扁
かまくら
〽かべをうがちて
やうにしづかに〳〵
はまがちかみちしられぬ
十一日
こらの
さとへらが
おほやけ
人にもはゞ
かみいやどし
候はぬに
もや候はん
しつ
ことも京
〽とんだ所へ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽とまりあはせた
あのいきほひでは
たまらぬ〳〵
ねんご門になぐさめていでゐのかたへしり。そき
けりそがひまにをなこどもはねはやく
ふしどをしきまうけていざとてやがてしる
べをするに大はこはちやうずにつきへし
わけんだてすべきことかは
やつ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ゐ義なくおやだなけば
ゆたがにやすらひ給ひつと
さめていでゐのかたへしりぞき
わいせいすいこと
おもむきてあま戸引あけ月あかりに
むかひはるかに見わたせばにはの
むかひにあぜ又ちありすみた川のわたし
坊はこの所よりとほからずあすはまだきに
かの大河をわたしはてなんと思ひいゝやがてふしどにも
入りにけりしばうくしてとのかたより人あまたるへり
米門そがまゝ出しきへうちつとへばあると木工六立いでて
川ぼりこよひは何ごとありていとくおそくかへりしぞやと
とはれて川ほり小ひざをすらめさればとよ聞給へおくの
あひ津より来ぬるをなこのゐあひぬきめがけふ
くわんおんのもんぜんへいでたりすべてかやうなるもの
どものはじめて
〽ふねに入る
下へ
川
たからをこよひ
〽といふに
〽おれだ
とりかぢの
手をむなしくは
かへさじと思ふ
いけずう〳〵
しいやつはり
ゆるりとござ
こいでゆくはいの
れかさらば
〽むかふ
じやないか
しまのあねい
こぎもどさ
□□□□□□□
ねへか
おもいゝ
しづゝ思はずも
ゐあひぬきめに
ふゐをうたれ〳〵いたゝ
十一日
この地へ
来るときはまづ
□□□□□□
おん身によしをつげ又われ
われにもつけとゞけして
なりはひをすべきはづなるにかやつは
さることをせずおのがまゝに人を
つどへてぜにようけを
せんとしつることの
しかたのにゝければ
わかはもろ
ふかんをとりしかどわらはを
ふかんをとりしかどわらは
たすくるものゝなけ
この義を
いたします
れば心ならずも
しりぞきてさと
あちこちなるはたごやへしか〴〵とよしを
つけかいしまながしにやどをかさせず
かくて多せいをかたらふてゐあひぬきの
手かきめを引とうへてせめ
さいなみくる〳〵まきにいましめて
しばへやにつなぎおきたりかれば
くだんのしまながしめがやどとりかねて
あちこちとさまよふところをうつてしめんと
と思ひつたづねしにいつちゆきけんいまだ跡あはず
あねごはいづこにゐ給ふやらんもつともにしやつらを
たづねてうち又ばかんさんと思ふのみといふを木工六
聞あへず又してもおぞましやをなごににげなきちから
わざ人をそこゆてすむべきかあねはいたく
さけにやえひけんよひより小坐しきに帰して
をもかれ又きかば共にいかけてもゆるたき木にあぶらを
そゝがんだとひば人のこゝろさよもてゐあひぬきの子かぎと
そゝかんだとひは人のこゝなごしもの給ひれこいざかき
やらんにいゝばくのはなをとらするともねたむべき
ことにはあらずことさらあひてはかまくらの
しつけんのおん下知などにて配所はいへおもむく
りなこならばわたくしいたび人ならずしかるを
〽あねごよたのむ
もどすまいぞ
〽おれはきつと
いたしますはこむる
□□□□□□□□□□□□
うちもたゝきなばことのなん義にならんのみや又ゆへととゞ
むるをむすめはきかずあざわらひてみやこよりのおん下知にて
まいは心をよぎるたび人ならばいちにたゝものありもせめかまくらし
がたよりながさるゝもにんはうちもころすとものちのたゝもの〽つぎへし
かれがくすりも
はゐがきもかはせ
ざりけるにしまながし
にやめらんずらん
くびかせをかけられ
たるたびのをんな
めがかね雪両の
はなをとら
せてわらはが
はなをひゝき
たりよりて
くだんの
中しまなが
前者の上へ
つけてくださんせ
けいせいすいて件八升
あるべしやはえう
なきことをのた
まふなといきほひ
あるべしやはえうはてろようは
のこらずしんせ
ませういのちを
どうぞたすけぶね
たけくときやぶるを
かけいでながれにしられ
大はこはやく聞つけてそと
おきいでてかいま見ればさきに
千かきがなげとばしたるかの大
をんなにうたがひなしもしうか〳〵
としてこにをらばかならずかやつに
ころされんにぐるにしかすと
しめんをしつよしをいゝ言湯らに
さたけばいく兵衛もき太郎も
ことのよしをもれ聞ておどろきおそ
るゝこと大かたならずそもいづこ
よりにげさらんといふに大はこ
あせみちをますぐにゆけばすみた
川のわたし場へとほからず
さればとて戸をあけて
いでなばかれにしられ
なんかべをこぼちて
なます
このかたへいづるに
うぬらふ
ますこと
地しんの
まうし子の
さうふるへる
ふねが
ゆれるぞ
丁ゑをひそめてこのうちにはより
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
のあるべからずといふにいゝ兵衛き太郎は
りとにさなりとうなつきつきつゝねはやくかひ〳〵
身こしらへしてたびつゝみをそびらにおひむそかに
かべをへりぬきてとのかたにしのびいぜすみた川を
さしてはゝりけり○かくて大はこら二人はすみた川の
ほとりにおもむきてわたしふねやあるとたづぬるに
ふねいつそうもなかりけりかるところにあとでより
たいまつをふりてらしたる人あまたこなさをさして
といふことも事にけるを大はこらは見かへりてあれ
間ちるくはしも来にけるを大はこらは見かへりてあれば
しゆちるくはしものをかけるをつどへてわれ〳〵
まさしく庄屋のむすめはらからが人をつどへてわれ〳〵
おつかけ来つるにうたがひなしといかにせんとばかりに
おどろきあはてあちこちとみなかくれがをもとむる
折から一トむらしげきあしのひまよりこぎいだすつもふね
あり大はこらめいれを見てやよふな人よふねかし給へ
われ〳〵はそくにおはれてやうやくのがねけるもの也はやゝむかふへわた
されなばふなちんはのぞみにまかせんやよのう〳〵といそがすがすめ
たふな人はなりといらへてそがまゝふねをさしよするをとにやおそしと
大はこはひらりとふねにうちのればいく兵衛ときやらはふろしきづゝみを
どきりとふゆへなげ入れておはづゞきてぞとびのりけるされば
どきりとふゆへなげ入れておはゞきてぞとびのりけるされば
くだんのふな人はたゝやけなるをんな也今いゝ言衛いがなけ入れ〽なつてを
たるふろしきつゝみのおもやかにていた子にあたりておとせしを只
おどろ〳〵もはねならきともろめておしいだせばいゝ兵衛と二度い
き太郎はもちたるぼうをとりのべてきしを一トつきつくほどにふねは
たちよちぬさはそはなれてかきのかたべぞいでにける○さるほどに
かのをんなはたからは犬はこゝをおつかけ来てみざはにたゞずみ着死のうん
たかやかにやよそのふねにのせたるはわれ〳〵がゐたなるぞときもどもどや
もどさずは後日そにきつとうはみをかへさんそもわれ〳〵をたれとか思ふし
さんやのすゑびろ川ほも也丸木ふねにはあらざるやともろこゑあはして五右の下へ
〽アヽこれ
あね
さん
おがみ
みた仏〳〵
なむあ
ナヽナヽナヽナンヤヤン
左の上ゟしよびかくればふねこぐをな
きくべしこよひはいそゞよし
ありてあいはるゝやう二ことれ
すあそのことよといらへして
ごはあぎわらひてさつしのごとく
おんさまはむかしまのまろ木
ふね也所要□あらばあす
いよくふねをこぐほどに
めはひはるかになりに
けり○そのときくだんの
ふな人は觴ろを引
あげで大はこらに
うちむかひきやじじ
たちはひやむぎか
はなまきそばを
めさるかいづれ也
とものぞみに
にかせんいづれをや
めさるゝといふに
三人だはうち
わかひて
いかでば十いに
さるもの
あらんそは
たはむれに
一そあら
めといは
せもあへす
ふねこぐ
をかなは
から〳〵
とあさ
わら
ひて
いな
いへる
ひや
むぎ
けいせいすいこと
身んぐるみすべてはずとりて此川水へきりしづむるを
ひやむぎと思つけたり又すまきにしてしづむるを
はなやきそばと名つけたりいづれ也とものぞゑに
まかせんとく〳〵いへとほざきにほざきてかくしもちたる
ながかたなをきらりとぬきてふりあぐれば
あなやとおどろく大はことともにおそ
いつゝいく云勢き太郎ためのつかに手を
かゝれどもだうぶるんしてなかくに
できたふべくもあらざればゆるし給へと
さけぶのみひとりのぞくふにいきほひを
とられてせんすべなかりけるこれよりのちの
ものかたりは五のまきにあらはすべしこのまきかき入れ
まる木ふねの
あねじや
ないか
婦人ちの図
家傳神女湯
諸病の妙やく
百代昌
近年来薬権高等へといへども弥やくしゆをえらみて
功のうをたがはざらしむあへて利の為にのみせざれば也
おほかれば画の
あはひにつゝすことあたはず
この半丁のゑのわけも
五のまきにいたりてつぶさなり
大包代弐朱
精製奇應丸
中包代前五ト
小包代五ト
薬しゆをえらみせいはうをつまびらかにしぶんもやう
家傳のかげを成すこの故にその功〽日ばい神のごと
くまのいけを以九ず
熊胆黒九子
〽多くのりをまじへず
一向代五ト
婦人つぎ虫の妙薬一包六十四銅半白三十二銅
〽あらりやうぢは
やめればいゝ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
馬琴作
〽よい
しごと
あるの
つぎむしはざら也さんごをも物のとどほりに用ひて妙也
神田明神下
清沢氏製
製薬本家は
同朋町末よ三丁
弘所元飯田町中坂下南側四方の向たきざは氏
取次両国よこ山丁二丁目大坂や半蔵
人かひ惣太を
やらかすの
国安画
備
右
吉
屋
鶴
春
又
已
御注文被仰付可被下候
御免江戸暦開板所は
毎年十月下旬頃より売初め申候
南山禅師書
全一冊
載陽帖
四俸和文章
石摺
新
撰
新
撰
累塊紙料
別糸糸
一日本名所之繪
女古状揃園生竹載
柳亭種彦随筆
古画入二冊
半紙寺
綱日本名所之会巖摺一枚薫齋鈔形銘形紹真筆
此画八六十余州の国々島々御城地神社仕関名所古跡山川の勝地置来まの当名前方迄潰
力角かたち在正して実大の日本心地の中をと〳〵と法て見るがごき強めの陰書なり
新六七尺前第三分大体五百石名東高井覇山流撰
恋女古伏揃国生竹秋樹両品出来高井蘭山編撰
四同二月四月二月二十二日
此界は女今川状をはじめめ已下の妖すべて九品おの〳〵名たるいにし人の賢女の書おかれたる爰又をしらひ
集めて猶二れに釘正を加へ児女の惑訓多しなみとなりて女子のうへに置熟者有一書也
一柳亭種彦随筆むかしの役者皆々の小便孝権彦隆孝
あめ売のたぐひはいかゐの句能生の秋等ふる事
さらしを引用て煮て附したれは雅客の見受き常也
田喜庵編
此のひともは
内住庵記引証
此書は幻住庵の記の趣辞議もとらして俳文の規則を案く記しなし
てかへ参義はくるの道重き儀あく口中の類にして諸名家のるをのや
猶文章をつくるの宮守記をあく記中の題にして諸名家の哥をの成し
芭蕉翁国分山閑居の図湖水石山の図を損じて紀中の風かに手に
とる如し風流にこゝろを寄る諸君子かならす見給へき書ゆへき書なり
蓑笠原
隨筆
崩共ニ
筆玄同故言口初編二編輯を奏出重候第三編集刻
兵衛
七ツ六冊
平玄同放言初編二編
右第三編三冊は器用の郡より動物の部の半に至る此編すべて古黒旧物益高禽獣の図也
咎みなこと〴〵といにして詳に作者の考を尽せり難俗となく見るに目よつです傍と存せ
初編一編にいやましてもつとも艶あるべきものになんよりてとて。そ越のよりて
一〇、、、、、、、、、、、〇〇、〇〇、〇〇、〇〇〇〇、〇〇、〇〇〇〇、〇〇、〇〇、〇〇、〇〇、、、、、、、〇〇
販
談
辺
春
乙
三畝荘木木校輯
芳艸集金丹板
同輯
林取蘭集全二冊
月一月二十一年二月十一日十一月二日には、一九一二九六
一同同時同八州およひ出羽院美甲斐信濃其外北国は就中昔の古義を
はじめ猶ふ西の国有名の人々の附合并京浪花文学生来の義
仮名:都合二百巻をあつめ年々の流行帳に大館に大都にもむる事なり
追々原摂州伊勢進江三河尾張其外両国筋に至る迄中苦の一尺七
同はじめ猶当時名ある人々の話合および江戸文書院通の諸宮
亥都合二百巻越あつめ年々の流行一時にアあがらしむ
嶽童
遊言画手本
戯筆
一同遊言画手本一名鳥羽絵早まなび東
書
同
通
油
堂
蔵
廣番
塵劫記
懐中早割大全ニ
新形染彩目は
ぬひしやりてひきのいと
摺花手の方
一冊
小本ありふれしめ此書とちがひ便利をむねとしてあやまりを
正しわらべの初学にはやくその道に入やすく
川上皮すみやかなる甚ちかみちなる篝火なり
権範手引原前編出来此書はいまだ人の心付きかもやうを所々は集め
前北声易一筆後編嗣刻先生殊に心をこらせし奇所なり
芝居出
似顔早稽古
役者ゟ
後編
前編にもれたるをゑらず集めて
全一冊五渡亭國貞画
一通の道はさら也をとり狂言等
にも見合になるべき珍火なり
八文舎自笑評
十一
いしやひやうばんき
三箇之津
役者評判記に
芸品定
国ゟ一三
富五正月二日ゟ
一人怪我内百番
うり出し申候
刑
惣役者芸評の書元禄以前より当時三年閏和いたし一
奉入御徳竹相かはらす戌年中三ヶの津荘吉伊判明細に
相模び夫僕位附等こと〴〵く相改め改め実日拙任も御方にや
次第つぶきにわかり候やう雲あらずし奉入御覧候間御ひ以
き厚く煮出しより御承め御高覧可被殿下座
全一冊
此書はまつこし関帝の神霊ありて我朝に将来しあまねく世に
即考百錢
籠箱添
治り神仏に行散し吉凶をもとむるに霊幽神のごとし
柳亭種彦作
歌川国貞画
俊紫田舎源氏全八冊
問
林
式亭虎之助作
喜恕哀楽堪忍嚢全六冊蘭
哥川国安画
弘所室町二丁目河内屋長兵衛
取次通油丁鶴屋喜右エ門
二つびやうりたんせき
きやうふう○しやうふう○しやうふう○しやうふう
霊応丹
鬼かたそめきつのはが町作
油屋久兵衛
一由庄兵衛新形染松之葉重斎
伝
用
睡
關
同三十二日本家肥前平戸山本氏精製
おなく龍園へ
桑井弥右衛門
哥川安秀画
役者夏の冨士
京山作命人
金二冊
安永豊保守町作
くらやま
ひやにん
かすくらやま
全三冊
鎌倉山百人一首全三
鎌倉山百人一首全
哥川安秀画
古今亭三鳥作
立春
金五冊
廓薫名寄生梅川合
大吉、
哥川貞幸画
唐土の偶言謀計
生の方便寺詰五脚亭徳升作
天竺の方便寺語
三国天介殿主石嘉
三国妖狐殺生石士
安画
日本の神変不思議
一日本の神変木通儀歌川国安画
仙日本の神変不思議
御かほの薬おしろい京橋いなりしんまち
御小ほの薬おし
笑艶仙女香四十八円坂本氏製
しら袋そめ又する
とり
しら食そめ又する
黒油美玄香四十八日鶴屋喜右衛門
編貞画画本
東海道
東海道花の都路
女花の都路狂哥入卿
原花の都路
五十三次
諸大人問
江哥入噺
全一冊
すみだがはりやうがんいち御
隅田川両岸一覧
杜齊幸
全三冊
江戸名所東鑑
全三冊
ゑとめいし士もあらしが
江戸名所物見え
全三冊
□□□□□□□□
右五冊共極上品はしめ
御進物には落壱文銀壱文銀五匁
江戸江戸江戸江田江戸
九日
一
同同油町
四
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第八編
歌川國安画
下帙巻之上
「十五月」というという
同月月一日
皇なくて見ばやといひけん月光はこゝも配所の白里濱に
鴻書を示して夏女を誘ふ春雨大箱が磯馴屋の閑談
馬琴著
上下二帙
傾城水滸傳第八編之三
國安画
仙鶴堂梓
銭あら伝得まゝ欲せし講親は疇が鹿嶋と八幡浦に
魚舟を掠て下貝と戦ひし殿風力言時が楫取宿の狼藉
十五
そなたのわれらを害がせんとぼりするはかねゆゑならん
はてずあらをんなはから〳〵とあざわらひてむやくのくりこときくひまはなし
おもふになんぢは大かたならぬつみををりしてとほきしまねにながさるゝ
ものなるべしさらば今ころすとも自じごう自得哉と
をどしはたりて不笑のたか
らをむさぼらずはいか
おかむ事を
でかあまたのかねを
もたんやかれもこれも
非道切のくせもの
おしかたつけるは天のみやう
ばつ今さらのがるゝみぢは
なしくわんねんせよとのゝ
しつてふたゝびやいはをふりあぐる
へさきにたちたるひとりのをんな月あり
りにすかし見てそは丸木ふねに
あらずやとゑかけられてあら
をんなはもつたるやいはをとりなほ
してそびらのかたへおしかくしさいふは
もろ共にふなぢをいつこへゆくやらんと
とひかへされてさればとよおん方もかねて
つたへ聞けんなにはの賢女が給はるさめの
大はことのかやう〳〵のことによりかづさの
かたへながされ給ふといふとやうぶん
折からいつそうの漁舩の砦とりに三人何だの
しめことものとゞにこそ今めじはるかすこへ
けはせいすは一島八編
いはまくのみ又おくりのさいりやうめはつみ人を
をんなのうちのりたるが川しもよりこぎもて来つ
四のつゞき大はこふたゝびゑをかけてやよふな人まち給へ
はこんさつそく心を
あらためさんして
路用はのこらずまゐらせんいのちをたすけ給へかしといはせも
わしもうれしい〳〵はいのふ
とひ〽これもやいはりか又ほとけの
たすけなるべきとじの高やうん
あぶないことで
あつたよ
のふ
よこ〽はるさめとも大はこ
ともひとことなりとも
しらせ給はゞまさなき
わさをせまじきにの
ながらめんほくもなきいち
ごのあやまりおゆるしなさ
れて下さりませとゞめしかども杖あるべきに
あらざればおくりもはてずわかれたりこの
ゆゑにうつ〳〵と心さすがにたのしからねばいさ
さかうさをやらん為にながないなりともはかん
とて夕にじはるかすみちをとめないつよひ
より引しゆをあざりしにたえて元ものあら
ざれば又川上をはかんとて思ずしらへ
来つる也おん身はいへ人をのせてより
上なかにとゞめしはもゑそあらめいかいふや
ととふを聞つゝ大はこはたちまちにはじめ
かけてやよみやことりのとじすくひ給うか
やくなんをすくひ給へとさけぶにおどろうし
あなさの三人だかはふねを間ちかたつぎ
けいそいまいこほの哥
いかにとばかりに琴樋とひは
いちてやくかなたのふねに
いちはやくかなたのふねに
こぎつけて見れば大はこなりければこはそも
はこ〽そろひもそろふた
勇ふたち今のをと
およばぬ〳〵
「千疋の上ゟをのこ子なくてわづるにむすめはらからありこの
ものをとこはよこたひはよこたひてもにて下貝徳といふいふいもとありとありとありとありとありといふいふいもとありとありとありと
るに横たひかうべをもたげて大進にうち
むかひわみはが
のりうつかこのことのてい
たつ〽あれ見な
きもをつぶ
してゐるはなし
くに
あら
をん
なは
おどろき
ながらねはやく
やいはをさつに
とじこそ大はこそ大はこ
とのにまします
なれとつぐるに
はぢたるあら
おさめて何この女中はかねてきゝなには
しよやくはるさめの大はこのとじに
ましますかととへば琴桶ことひ
うなづきていはるゝごとくこの
をんなは身を
ひるがへしぬかつきて
大はこをふしおがみしらぬことゝはいひ
ながら路用のかねに心まよひてがいし
奉らんとせしこそくやけれゆるさせ
給へとうちわぶれば琴とひも亦
おどろきてさてはまろ木ふねが
でき心もてとじをそこなはんとしつるにい
〽今世のなかに
かくれのないなには
大はこさまじやぞへ
すゑさん川さん
はやく来ねへなし
□□□□□□□□
こそわらはもし来ることのしばしなりともおそかりせば
一同一
とひ〽はテきのどく
なことはない
ましたりよりてよりてあだ名してかいつむもの
下かひとよびなしたりはじめわらはともろ
下かひとよびなしたりはしめとゝ
共にむかひ嶋にありしときわたしもりを
なりはひとしてかすけきけむりをたて
たるがこのめる酒をのむにたらねば
はらからひそかにしめしめはしつ
わたしちんをやすくしておきなかへ
のりいだしたちまちに
ふねをとゞめてもろ
人にうちむかひ
わろくなりてたやすゝむかひへつけかたしおち〳〵
ふなちんを
やすくしてのせ
まゐらせたり
けれども
にはかに風の
後をくわいこゝにたつべからずまことにあやうさこと
なりきといふによろこふ日熊和またつ間まも大はこに
なりきといふによろこふ田休気しまくりない
たいめん心よろすびをのべなぐさめてつゝがなきをぞ
しゆくしけるそのとき大はこは琴とひを見かへりて
この勇婦人にもなみ〳〵のいさりするものとは
見えずその名をきかまほしけれといふに天う
とひひざをすゝめてさつしのごとくこのあら
をんなは夕やを横鯛だにとよばれたるが
ちみつよくて武げいありことに水つれんの
たつしやなれば世の人あだなしてまろ木
ふねの横たひとよびなしたりおほぢ
なるなにがしはかづさの介広常
つぬしのいへのこ
〽いちまきまろく
おさまつた一ツ
〽此ころ久しくぬし
たちにあはね
うはたもきかなんたはる
和ぼくは▼
なりしが●
より
とも卿
のおんときに
ひろつねは人の
ざん
ぐんに
より
はかなく
給ひしかばその子はすみた川のほとり
世をさけてすなどりをして世をわたりつゝ
さきつまつ世をさりにきいへをつぐべき五右の下へて
サヘナヒヤウ一島也扁
しめてもよからふ
ゐるはいな
ぜにをいだしあふて三くわんもんのさか
てを給はれさなくてはほねを
をりてこぎつくることかなひ
がたしと
〽きういふ
〽さういふ
おかたであらふ
こはゆめにもしらいで
とはもめにもしらいで此かきほひにおどろきおそれたるもろ
めんぼくないあぶん
よろしくたのむ
ぞへ
○をどしつ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
すかしねだる
こうさん〳〵
折いもこ下かひも亦又ち
ゆく人にいでたちてそのふねにのもてをり
たちまちいかれるおもゝちしてにゝき
わたしものをんなめがもたつみ
かな数町幸にたらぬこの川を
わたすに三郎わんのちんをねたるは
ぬす人にことならずるとな
のきそとのゝしりてわらはに
うつてかゝるところを引ずつし
かみて川かみて川へざんぶ
一もとなげ入るれば
下かひは水をくゞりて
川しもよりくがへあがる
しるものたえてあらざればし
此いきほひにおどろきおそれたるもろ
人は三ぐわんの世にをあつめてわたすに
なんはらからこれをわかちとりてつぎへ
七二
けいせいすいこと
後たくわいしてわいしてわいしてわりを
のてなりはひとする
程にいのと下かひは
もつとも非道路の世わたりなればやうやうやうやうやくに
ゆかりに
つきてかつ
さの九十
九里はまに
おもむきつゝ
うをとひ屋のつまとなりしが
をつとはさきに世をさりつ
今は後家必のちにてはべる
かししかるにとよひはから
ずもおん身三人を上
のせまゐらせに
〽何さおいらは
なげ入れられたる
たびつみのいた子に
あたりておとせしはこれかね
ならんとすいせしよりひとりは
つみ人おくりの二人はたみをしへ
たぐるものどもなれば
害づしてこれらが嬉し
たるとりもちやくで
たつからごゝが
ちやくでたび
あくまでに酒をのみにきしかればこれらのわざは
用をとる
とも長人
にんをそこ
にん
ないなら
ねばつみには
ならじと身がつてによからぬ心を
〽大はこさまの
おかげにてわたし
まで御せうばん
〽あげにすものは
けれどもとね川の
こひゑばさかなあさくさのもは
左の上ゟしむすめにうらみをうけしこと
又そのしゆく
しよへとまり
みろいさんおつめ
あはしてわざ
〽なさりませ
いでたる
ことのもと
□□□□□□□□
末〽さゝはなみ木の
すみた川みやと
〽すゑさん
おめへていしゆ
やくにおかんを□
川もとりよせ
またたつさん
おしやくを
なし
すゑをもの
勇ふなりあねを
かたれば琴
とひ横たひら
うち鳴てそのはらからは
天地きんすゑびろと
よびなしいもとをいちぶ
金川ほりとよびなしたり
□□□□□□□□
あさくさより
北のかたは▼
十一
七日
伴作品
おこせしはまことに一時増のまよひ
にてくちをしくもはづかしくもいひとく
ことばいはべらずかしたとへ
千金シ万金シの
□□□□□□□□
たからの山に入る
とてもよにまよ
ひてみちならざる
おこなひはすべからず
ねがふは今より又やことり夕にじはら
からにことならずおぼしめしくだされよとちかひをたてと
わぶるにぞ大はこ聞つゝよろずびてあやまつて
あらたむるにはゞかることなかれとはひじりのをしえに
はべるめり悪海をさりて善ぜにかへらばこれに
ましたるさいはひなし何をかうら又はべらんや
といふに横たひもよろこびておん身がづきへ
おもむき給はゞいもと一トかひによしをつげて
おん身のことをいひやるべしなれどもわらは太夫
手をかきはべらずみやことりの
とゞに代筆べを
たのまばやと思へ
どもふねには
すゞりもかみふで
もなしもとのきしべに
つけはべらんといふに琴とひ
日くまはらからしかるべしといらへ
してさをとりあぐる二そうのふねをもとのきしにぞ
こぎのどすさればいゝ兵浅き太郎らはやうやうやくいきたる
こゝちし門おめ〳〵としてしたがひけるそのとき大はこはあさくさてらのゝ
もんぜんにて子かきにはなをとらせしよりさんやむらの庄屋木工六が
是はマア大そうな
ちそうにあづ
くりますの
みな
さんこつちへ
およりで
ないか
十一日
**********************************
…………………………………………………………………………………………………………………
}
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽をとこまさ
ものむすめ
ども御きやう
〽こわいめを
してもあと
よいから
よいから
うまる
にヨ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
●湯湯
一九一
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しよにん
あいきやうこのやうに
ひいきのおほいはやしやう
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〔黒湯
勇橋昌作
□□□□□□□□
川よりひがしのかため
横たひをうらと
すなりすべてとの
三組の勇婦は次へ
けいせいすいこ伝は絹
一わんなん苦楽びを共にしつ笑をむすびたるものにはべりといふ此道中がりにてたび〳〵しよろう
おしとゞめてそは思ひもかけぬこと也かのはらからは
いといたうわらはをにゝむものなるにあはば
又ぢんにせられなんといふに横たひらうちわら
ひてその義は心やすかるべしかのはらからははじめ
よりおん身の素生蛙をしらざるゆゑに
あたせんとこそはかりけめつけしらせなば先非比を
くひてしたがはんことうたがひなしうちまかし給へかしと
いひつ両人はしりゆきてすゑひろ川ほりらを
よびかけつゝ大はこがことのもとすゑかやう〳〵と
つげしらすればはらからの勇ふうち聞て
且おどろき旦後きくわいしてほこをわ
ぼうをなげすてわれ〳〵まなこありながら
さる大けん女げを見しらねばうらむまじき
ことをうらみてあたせんとしつるこそかへす〳〵
おち爰なれねがふはとじたちはらかしが為に
わびして給へかしと又他事だもなくたのみにけり
されば琴とひ横たひは末ひろ川ほりをいざ
なひ来つゝ大はこによしをつげて引あはすれば
末ひろは川ほりともろ共にぬかをつき地上ちよみに
ふしてことばひとしく身のあやまちをわびてまごゝ
ろをあわせしかば大はこはいそがはしくはらからをたすけ
おこしていさゝかことのまちがひより思はずうらみを
むすばれしにかゝうちとけて聞え給ふは千金ににます
よろこびなれとてものことにいましめおかれし
くわんなん苦楽おくを共にしつ義をむすびたるものにはべりといふ
ひまにふねはつきにけりこのとき大ひろ川ほりらはあまたのをとこ共を
したが人いゝなほもみきわにたゞすみて横たひをうらみのゝしりながせん義
してありけるを琴とひ横たひらはるかに見てあのたいまつはすゑひろらが
なほしりぞうでをるにはそいざやはるさめのとじを引あはせんといふを大はこ
おしとゞめてそな思ひもかけぬこと也かのはらからはいへざへんんをいたゞきまして
いへんへんかんをいたゞきまして
やつがれどもはすぐさに
ほつそくこの義も
ねがひあげま
ほかにしさいは
ござりま
せぬ
き〽道中どうにてたび〳〵しよろう
川とめなごとにていさゝかちさん
したが人いた二月もみぎわにたゞすみて横たひをうらみのゝしりながせん義ほにしざいは
三ほんもんはだん〳〵ゑぐみえんを
左の上ゟ
手をつくし
けりかくて
その日も
くれしかば
大はこは
いく兵へ
き太郎と
たに
とゞめら
ならずも
れて心
その夜を
たち
んと
けるを
をしみぞ又両
末ひろ
川ぼり
なごりを
二日とゞめつゝ
日ごとくに酒
までもあらず千かきは
われ〳〵身に引うけてよろ
しく杖持ぢいたすべし
まづはやしゆくしよへ
よらせ給へとわりなくすゝめ
いざなひつゝ琴とひ横たひ日くま
たつ間のはらからをもさんや村へ
ともなはんとてしもべふたりをのこしとゞ
めて二そうのふねをうちまのらせ
みなくひとしくつれたちてさんや村へ
おもむくほどに敵はほの〴〵とあけにけり
○かくて末ひろ川ほりは大はこがことのよしを
父木工六につげしらせてきやう望しきに
酒えんをまうけとらのつめ
千かきにも和ぼくのよしを▼
いち義におよばずそはのたまふ
千かきをゆるし給へかしといふにはらから
〽御へんかんのいづるまでへ
いづれもりよ
しゆへしりぼきて
しばらくきそ
いたすがよかいう
よりおくれたり
みなさまそのきでもてなし
御らうじろ大かたなら
ざれどもさてあるべきに
あらざれば大はこはしばく
いなみて第三日めにほつ
そゝすそのとき木
川ほりは
○とき
しめして
おなじ
むかろにはべかせ
つゝこととひ横たひ日くま
たつまともろ世に大はこを
もてなすにぞ木工六もよろ
もてなすにぞ木工六もよろ
十びてけうおうに吉の下へ
〽両人のさいりやう
すびてけうおうに吉の下
同同同廿七日大嶋八幡
第九
□□□
けいせけすいことは編
めにあひしかどはてはみなさいはひ
ありてかねあまたもらひ得たりしかは
ふくこゝろによろこびていよし
大はこをいたはりけりさる程に
此両人は道中ぞりにてしば〳〵あやうき□□□□□□□しあはせものだ手をし
よくかくさうだからず
大はこはへ〳〵にわかれをつげ
千かきにはとほからずかづさへ
たづね来べきよしを聞えしら
してすみた川のかだへいでてゆくほどに
亭とひはことのよしをからたちにもつげ
しらして末ひろ川ほりひくまたつ間ともろ
廿両はし坊にいたりてこれをおくれは未ひろ
はらからはねんごろに大はこをなぐさめて
千かきがことはわれ〳〵がしゆくしよにとゞめしば
らくはなりはひをいたさせてのちにかづさへつかはす
へしみこゝろやすく思ひ給へといふに大はこよろがびて人々にいとまこひ
しついく彦湯き太郎もろ共に横たひがふねにうちのれば横
たひはろを出たててむかひのきしにわたしつゝおのがしゆくしゆくしらへ
ともなひて大ばこに酒をすゝめいひをすゝめてあつゝもてなし
琴とひにかゝせおきたるいつゝうのふみをとりいだして大はこに
さししめしおん身かづさへいたり給はゞいもと下かひがしゆくしよを
たづねてこれをとゞけ給はれかし九十九里ばまのほとりとばかりつたへ聞て
はべれどもところの名は定かならずなれどもうをとひやとたづね給はゞさうゐ
あるべうもあらずかしといふに大はごこゝろくだんのふみをうけとりつゝかづさをさて
たちいづれば横たひはさかさ井のほとりまでおくりゆきくつひにたもとをわかちけり
○かくて大はこは日にあゆみ夜にやどり物きくかづさなる国司つの城かにつきかは
いゝな湯次太郎らははんとをどもなひて城中女郎にすゝぬ入りすなはちことのおもむきを
国司法のおのとへらにうつたべてあま野のはん殿のよせたりけるおくり此右衛門
このとは当国のしやしごたるものはかめきうのいとにてかづさの新司戊久かげとよはれたり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ざるはいく
ますがなはめとのゝ
廿九一
五右の上ゟし公文所諸
いく兵衛き太郎とともに大太こをよび
つどへみつからつみのおまむきをたつね
もとふて大はこがくびかぜをあらためさせ
そがふういんのちぎれたるをいぶかりて
とひたゞすにい玄湯き太郎
ことばをそろへとなきたびちに
候へはあめ風にそこなはれてかたの
ごとゝに候といふに久かげふかくも
なじらずるめんあづかりをうけ
給はる秋高
の鍵
大かざ
卸田
おろしさ
ノはぢ
〽おこゝろさしは
ありかたうぞんじ
ことならおかまひ
なされて下
さりまするめ
よばるゝ
小やく
にんに
にんに
大はこを
うけとらせて
くびかせを
とはあるさせ
らにわたせしかばいく兵衛
すなはちめま
野のはん官へ
こたへふみをかき
したゝめていゝ兵衛
いにわたせしかばいく兵方
第二章
かづさは院心の御りやうなれば国司をみやこよりつけられて
いちはうのこふわなるいひ山のたちにありされば院の
御ちやうあいなる亀きゝがうからなれば
くに人おそれうやとかふほどにいきほひよの
一つねなる国同臣にいやまし
たりさるほどに
しん司
ひさ
かげは
一一
かき
かまんを
いはずにはやく
たのむが
よいぞや
き太郎はしりがたきてやがてなにはへかへりけり
気寒の通はずかくて大はこはしもべ両人に
おくられてるにん小屋におもむきけれは
をんな事にんらうちつどひておんきい
はじめてながされ来つれば
心つきなきことあらん
ゑんあづ
かりのかき
みとのと
院ぢや八
あま
野の
おくり此を
はん友の
右の上
とのに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はやくしか
うけ引は
じかとたの
み給へ
かれども
かい人〳〵はをとこ
さまで
いきほび
ならず
じやう
をんなるにんのあづかりは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おほ木の
かげながい
なつめのことじとよばれ給ふこは商国のをんな
かずないにて武びいにすぐれ女中ぞとよ
ものにはまかれろといふことも
あるじやかねへかこゝでやきんで
大きにそんじやはやくゆゝがよい
これにはとかわけえんをのとめて
あるじがぬ人かたではおくりものをし給んとこゝろつれは
すなはちかき
五錠八にかたの
ごとくはからひしかば両人
よろこびだんかふして
大はこをるにん小屋の
帳つけやにとりたてて
小へやをわたしてかれひとす
ねんろにいたはるにぞるにん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
どもみなかちやみてこと
わざにいちごらのさたも
かねてより聞にたがはぬもちやと
いはぬものろんなりけるかくて
そのつぎの日にかぎぬ錠八
つれたちゑや火はこにさゝやく
やうをんなるにんのあづかりは女
おこやのならんそなたはつぎへ
けは女は女はたつたり
廿五
けいせいすけご
いまだかのふ人にに
心つけをせずときゝ
いな
かの
なつめの
もしそのいかりに
あふときはさつゐぼう
もてかならずうたれん
とくこの花を
はからひ給へと
いふに大はこ
ほうゑみ
いまだかの婦人にに
ゑにたくはこへでろ思ひの
まゝにたらきくぢ
人をおそれぬ大たんふてき
とじならば
▼
心つかひに
の粉とにして
ふわひにかげる
ぞよ
およばず
はへりうち
すてておき
給ひねと
いなむを両人
聞あへずそれは
〽あげかきのせりふじやないがしかとのさきが
ちつとでも此大はこにあたつたならるにん
小屋はくらやみじやぞゆきんで後をくわい
せまいぞや
そなくの里やうけんちがひかのことじよにくまれなばうちごろ
されんもはかりかたしかたへまぢなることをいふものかはとことば
ひとしくさとす折からひとりのしもべはゝり来ていま
まゐりのをんへの事にんはなんぢなるかなつめさまのよばせへ
給ふにと〳〵来よと引たてててかれがしゆくしよへつれて
ゆく今このことのていたらくにかぎめじやう八いへばざら也
るにんどもぬなたんそくして相ざんやよしないがまんをはりて
るにんとも思なたんそくしてはさんやよし太勢かまんをはりて
あの大はこめうちころされんおぞまさよとぞつぶやきける
○さるほどに大はこごだんのしりぐにいそがされてははめが去ゆくしよへおもおもゆくほどに
なはめはあまたのごゝそんを左右右門にしたがへせうだにおりて今か〳〵とまちてをりすべあして
廿七丁
十左衛門来ぬるあんにはさつゐぼうのおきて
あり只今そびらを一日うたせん
かく火をせよといてまけども大
はこさはゞけしきもなにそなたは
わらはがおくりものをおくらぬ
ゆゑにはらたてての音にそ
あらんずらんあだし人にはおくる共
そなさにはおくりがたしよしやまけて
おくるともそなたはそれをうけかたき
おくるともぞ入さしるとを
わけあるよしはのちにしられんそぐろ
大男ことのたまふなといふに
おどろくごそつらはわれ
われいにをゆへては
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いゝにたへずあの
大はこをうてと
いはれんかの
をろこには
大はこはほとりちくひきすゑられていづともかせずいゐたりしはめはきことにらにしくなもひの
ながき迷惑がらわれをうやまふかなもばれてやかやこへしぬそのしぼきゆへられくりてめて家の上へわれはり大へつ
十八
ふたりたちてぞたちまちにあたりにをらずなりにけるなつめはこれに心も
つかず大はこをうたせんとてあたりをきつと見めぐらすにごゝそつひとりも
をらざればやむことを得ずしもとをとつてみづからうたんとすめども大はま
いよ〳〵きはがずそなたそゞろにけんゐにつのりてわらはをうたんとしつるともわらはが
づみはなほかろし近鎮泊ゆうちの軍師坊くれ竹とひそかにまじはりをむすぶ
ものみて大よなきつみ人なるべけれといふになつめはおどろきて思はず
しもとをかゝりとなげすてそなたはそれをたれにか聞たるひそから
つげよいかにぞやととへば大はこほうゑみてわらははかの
くれ竹とまじはるものゝことをいふのみそなたにとはるゝことかは
といふになつめはいよ〳〵あはててしかのみいふてはことはてず
さだめて聞たることあらんひそかにつげよいかにぞやと又
他事たともなくたばぬれば大はこ左ゆうを見かへりてはこ
〽わた
あたりに人のをらずともこゝは朋談説にたより
よからずいざどのかたへいで給へかけはなれ
たるところにて心の機きみつをつげはべ
ことゆゑの
らんといふになつめはうなつきて大はこ
ともろ共にうらわのかたへたちいでつゝ
そなれ屋といふしいだし酒屋の二かいに
ひとしくうちのぼり小ものをよびて
しかぐと酒さかなをいひつゝれば小ものは
こゝろ得てときをうつさす酒をあたゝめさなを御
もて来てなつめと大はこにすゝめけりすでにして
さかつきもふたゝびみたびめぐるものからなつめはいまだ
おちつかず大はこにうちむかひてさきの五つ事じをさい
そゝすそのとき大はこはふところよりくれ竹がふみをとり
いだしてゐだてんのとじこのふみを見給はゞことのこゝろもしらるべし
といひつゝわたすいつふうをなつめはうけとりふうおしきりてはじめ
よりをはりまでよみはでて日おどろき旦よろこぶこと大かたならず〽
けはせはすいて伝八編
ます
なへ
なへ
五のつゞきそづすにしかごとしあんをうつゝいひあはさねどひとりたちゑやういふとくはしらずしやうちはづ
かしきぶれくわんたい
心にかけてくださり
ぬか
つき
はいして
さていふ
やうおぞ
ましや
ゆゑにだも
こよない
しつ
はかがたつ
たで
さめのとしる
よふけばはわい
よのつねを
るにんと思ひなしいゝ
○
ござん
のじりていたきぶれを
しはへりけるしゆへ
とうちわづれは
大はこいながはしく
なア〳〵なはめが手をとり
たすけおこしてもとのむしろに
つかせていふやうわらはも亦この
山ことをはじめよりおん身にはやう
つげまくほしう思ひしかども
あたりに人のをらぬ折つぎへし
けのものものに仕候
まみゆることのたやすからねば心ならずものだしたりそれいみならでちと
ばかりおん身をこゝろみはべらんとて無礼妙なることをいひはべりきさて
近鎮泊でうちんのていたらくはかやう〳〵と小てにくれ竹めどきさくら戸あぢにも
らの勇婦廿一人さんせひめをしゆごしたてまつることのおもむき又その身は
やむことを得ず義太吉を害がして身をのがれたるはじめよりさきに
ふるたとへ立かへりてあま野家のとりての頭人館にとらはれたることの
もとすゑ又ふし柴のをり瀧の事たけ世はなまとらが事すべて
義をむすびたる勇婦の事琴とひ横たひらがうへをさへ
はじめをいへばしか〳〵也をはりはかやう〳〵也とてことつまびらかにさゝやき
しめせばなつめはみゝをかたむけて感嘆乱すること大かたならず
わらは又やこにありしころくれ竹のとじとまじはりてはらからの
思ひをなせしがわらはは当国のかみ久かげぬにつけられて
此とうろへうつりすみくれ竹のとじはさんせひめにしたがひ
まつりてしづのとりでにこもりしより京かまくらのおんてき
なればおとつれひさしくたえたりしにおん身今この
玉つさをもたらし給ふは千金に也たとへかのとじの
たのみあらずともおん身はあめのしたに
かゝれなき大けんぢよにましますに
時の不祥地にかゝつら
ひてこの地になが
され給ひしものを
いかでかづれなく
ものせんや今
……………………………………………………………………………
一一一、、、、、、、、〇〇
よりわらはが
身に引うけてともかくもし
はべりてんみこゝろやすく思ひ
給へといひなぐさめつさらに又□□
卅六才
大工の上ゟ大はこにうちむかひてしばしぶ礼を
ゆるし給へかやつをしづめはべらんとていそがはしく身を
おこしつゝにものをさきへおしたてくしたぎはしり
おこしつゝ小ものをさきへおしたててした屋へはしり
をりにけりしばらゝしてなつめはくだんの力寿討り
女をともなひ来つ
〽あんまりいろがくろいから京はし
いなりしん道の仙女香でもつけろと人が
いひやすけれどとてもいろけのないわたしらは
まるじるしのはうがきゝがたさそんなら
大はこにうち
むかひて
①
おかりまうしませう
この
〽をなごは
りきめと
よばれて
ぜわらはが
いもとぶんに
はべる也こけうは
丹波たんのものなるが
ちからあくまでたけくして
ふたつの斧をつかひはへり見ら
るゝごとくいろのくろくてこえ
あぶらみちたるつらたま
五
ねんごつにもてなす
折からおもてのかたさはが
折からおもてのかたさはか
しくいどみのゝしる丁ゑ
同
同
ごさかなをそえ
ちやうしをかえていと
よしをたづぬれば小もの
こたへてさればとよ
りきじゆとのゝ来あひて
ぜにをからんとの給ひ
しをあるじがいなみて
してもつむぢ風めがまさなことを
するに十そといひつゝ
す品ぞなつめはいぶかり
するにぞなん
小ものをよひてくだんの
かさゞりければたちまちに
いかりをおこしてのゝしりくるはれ候
といふをなつめは聞あへずまた
しあひたに
かの心おき
たまつて
ゐねへか
こまつた事
だス
一けはせはすつて鳰也篇
はじめふるさとにありしときいつ
〽たんのいかりにまかして領主身の
いへのこをうちたふして半死す
半生せんにしたるとがによりて
しひのふてくしきのみ
ならず酒をこのみて
やもすれば人と
ふもいあらそびを
するくせあり
愚直ぢよくに
して気みじかく
ものにこらへぬ
性なればよの人
かれをあだ名して
つむぢ風の力寿
よびなしたり
当国へ
ながされ
たりその
のち赦
免しや
ありしかど
その折は路用もあらずかる
ざまにておめ〳〵とこけうんかへらんは
えうなしとてなほこのうらわに
あるによりをんなるにんあづかりの
小つかひにとりたてわらはがしゆく
しよにをらせはべりといひつゝ力すのなし
かを見かへりてそろさはなどてつぎへ
けいせいすいと何八紙
女中がかのうすずみの大はこ
どのかといふをなつめいから
ことのかといふをなはめはおし
とゞめてあなおぞましの
そこつものぞの薄墨
刀寿はうちわらひて
はテなきことをいふ
にははべらず仁義
ぎありてたからを
をしまず人をすくひ
給ふによりてはるさめの
とじともよばれ又その
ずこの大はことも世の
人のいふにあらずやと
いふをなつめはとゞめ
かねて又しても〳〵
その細注おいが入る
ことかはといへば大はこも
ほうゑみてやよ力寿
うすをいふことかはととむれば
いろのあさくろければうす
なれといへば力五時は大はこを
つく〴〵とうちまもりてさてはこの
ぶ礼なる此とじめそなたにも日ごろより
うはさをしたるなにはの書役階と
かゝれなき大はこのとじにをはする
とのいはるゝごとくわらははうすゞみの
刀〽二両のかけきんを
だしてあづからうと
だしてあづからうと
いふにそれでもいやか
たうへんぼくめが
大はこ也なつめのとじのいもとぶんならばわらはが為にもいもとに
ひとしおん身は亦なにらのゆゑにしたべをさはがし給ひしぞととはれて
力采女は小ひざをすゝめざればとよそのことなれわらははさきに
か入れんやかれが今しか〴〵といひつるよしはそうごと也さるをとじは
のみかけにふけりてたちまちにうしなふべしそうなき
母
椎
二十二丁
〽しつかに
いつても
わる事はな
おめへだいぶ
えふてゐる
によ
それは
共
さとへ
井城
耕地
□□□
〽はてさて
舞
ハ幾
太夫の上ゟ大はこにむかひていふやう力春は酒をむさぼるゆゑに
いつとてもぜにはなしかれいかにして五まいといふ銀ありてしちに
まことにしてあまたのかねをかし給ひしかばかれ又酒を
わざをし給ひけりとかごとがま
しくつぶやくを大はこ聞て
はうちほうゑみ力寿は
〽そこつのものなれども
へわらははかへつてかれが愚直
ちどをあいしてふびんにい思ひ
はべりかしたるかねをうし
もなひなばいたびもつかは
すべしをしむにたらぬ
ことにこそといふになつ
めは感服かくして又
ずいふよしもへかりけり
此このとき日はなほたる
かりければなはめは
大はこをいざなふて
そこらをいつへんうちめぐり
時えひをさまして又さらに
〳〵ものむべしといふにより
大はこ此義にしたがふて
〳〵両人ひともそなれ屋を
いでかくちまたのかたもむきけり
○さる程に力寿は思ひかけめ
なく大はこに三両のかねをめぐ
まれてしりぞきつはらのうちに
よりこゝのあるじにかね壱両をからん
とて来はべりしにあるじがつれなく
かさゞりければつひこはだかになり
はべり日ごろわらはがこゝへ来て
のみたる酒はおほかるにとゝゐ
がひなくちとばかりのかねをかさ
ざるあるじのごどんよくゆるすべき
ものならねどもなつめの
とじにしかられていひも
得はてずやみはべりと
つぐるに大はこうちゑみて
そはいとやすきこと也かしこれ
もてゆきてくだんの銀をうけ
もどし給ひねと
いひつゝふところ〽きのどく
なるかみ入れより
小ばん三両をとりおことわり
いだしてかみにつゝみて
わたしつゝ又さかつきを
すむるにぞ力寿はあいさつしま
よろこび引うけて五六せうはい
わんの酒をかたむけいとまのふ
こひしついそがはしげにとのかた
さしていでてゆきけり
なつめはこれを見おくりて
心のうちによろこばず「右の下へ
がことわり
とつくりと
だんかふして
あとから
あいさつしま
大ばんの銀五まいもちたるをある人にしちとして
こまがねをかりてつかひはべりかればかの銀をうけ
もどして思ひのまに両かへしつゝつかはんと思ふに
同十五十一冊
□□□□
〽あの人に
思ふやうかの女中は
友をあいしてたからしこ
あづけて
おたまりが
一あるものかばか〳〵
しいのふ
をしまずといふ
よしをかねて
つたへ聞
たるがげに
そゝごと
ににはあら
ざりけり
かれば
われも
きと人
□□□□
めざましき
酒えんを
まうけて
かしまとう
だといつてさうかしま
しくいふことはねへと
だといつてさうかしま
あね□だヲヤ
〽この所の画のわけは
つぎに見えたり
けいせいすいことは編
やうやく思ひつくよしありてかどりやとよばれたるあき人のしゆくしよに
おもむきけり○六に又かどり屋阿五右衛門といふあき人あり
かしまのかみをしんこうしければさきに大人ゝこうをとりたてゝ
旗中女かせよにんあり月ごとに銀五匁つゝのかけぎんを
もちよるを講中切行おの〳〵月ばんをだてかくそのかねを
あづかりけりかくてこの月のこの日は何五ゑもんが
かねあづかりの月ばんなれば講中女郎の男女
かどり屋へうちつどひてかけ銀五匁をさしいだし
ちやをのみくわしをうちくふて又なかたらにてゐたり
ける力寿はこのことをしりてければ女がてかどり
屋におもむきて阿五右しらにいふやうわらはも
かしましんこうなれば今より講中たうに入らん
とて来つる也かけ銀はいかばかりぞととへば
何五右衛門らみなこたへて
かけ浪は月〳〵に五ま
に候へどもはや
月ごろを
いたるにより
もてなさずはあるべからずしかりとてこのかねをつかへすによしなしいにせましとしあんをしつゝ
〽てなみを
見だかふてへ
かけ銀つもりて百廿匁にやつらだ
なりにたりおん身もこの誠に
今んとならばまづはやくだんのかねを
いだして来月よりは五匁つのかけ銀を
めだまがくるめく
なげずにそつくり
たのみますなむ
あみだぶつ〳〵
〽あなた
がたのまへで
ござりますがあんな
あくたれ女にかねを
あづけて御らうじませ
ねこにかつをふしより
あぶないものじやござり
ませぬかけがにんも
ござりますれば
せうちいたせばよう
ござりますが
もたらし給へさなくてはこれまでのかけきんの高に
あはずふ同ありては入れかたしといふを力寿はうち
へ聞て小ばんふたひらなげいだししからば只今いはるゝごとく
是までのかけきんはすなはちのこらずわたす也つきて
わらはのぞみあり当月のかねあづかりの月ばんは
わらはがせんすでに此月ごろのかけきんをいだせしうへは
おの〳〵ゐはいあるべからずこの義をこゝろ得給へかしといは
さいふに手をかゝれば人みなあきれておしとゞめ
こは理ふじんなるわざをし給ふなかねあづ
かりの月ばんははじめより定め
ありたとへ此こうに入り給ふとも
ことしはおん身の番にあたらず
まいて入れんとも入れしども
まだへんたうもせぬうちに
この講金きめに手を
かゝるは傍若ばう無人
〽それはマア
きのどゝな
何事もわたしらに
めんじておんびんに
たのみますぞへ
ぶしといふべきのみそこ
のき給へとかいやれば
力寿はたち
まちいたく
〽力寿が
手あらいにはぬ
こまるはいのよびよせて
しかりませう〳〵
いかりてみゝを
つらぬくこゑを
ふりたて和ぬしらわらはを
うたがふかかばかりのかねを
おほつのこみを
あづかりてのこらずつかひこみ
たりとも来月つぎへおくる
ときつくのはゞことはすむべし
とわめけどきかぬ一座の
まげてわらはにあづけよどうせう
女八十一十十三雷之痛
さとへ
〽つよいといといつても
あんまりだあのいきほひで
なげられてたまるものか
こはやの〳〵
こうぢうぢうとはやのく
上ゟこうぢう
力寿のとじは酒をむさぼり
かけさへこのむくせあるにいかにして
このかねをあつけん弐両のかねを
いだすともこのこう中には入れかたし
とく〳〵いでてゆき給へとつぎへ
こはやの〳〵
もろゑたかくさはぎたちておしいださんとしてければ
力癖はいわくいかりくるにとちか〳〵ものをかいつかみわがもゝろみはならずしてかへつてとじに二両のかねを
つぶくほとりてなげの如く鬼子母神神かのあれざるうなはせしこそめんぼゝなけれといふになはつめも
ごとくじやうわう無身地にうつてまはればきずを大はこもひとしくいたゝうちわらひてやど小屋もなく
かうむるものすくなからずみなくひとしくおそれ
まよふてとのかたさしてにげいづれば
力寿はくだんのよりきんを
もろゑたかくさはぎたちさくおしいだきんとしてければ「そのよよし思ひにければかたのごとくはかたのごとくはかたのごとくはかたのごとくはかたのごとくはぎたちに
わがもくろみはならずしてかへつてとじに二両のかねを
へはこもひとしくいたゝうちわらひてやど小屋もなく
酒をこのみてかけをたしめるあらをんなに
たれり講金をあづくべきまことに
さたのかぎり也まさなきわざはきとつゝ
みなふところへおし
しみてそなれ屋へ来て
入れてゆくをやらじ
酒をのめとゝ〳〵
とさゝゆるさと人
来よとひき
おひづかへしづ
たててもとの
さはぐ
さか屋へとも
折から
なひけり
大はこは
なはめと
さにはから
ずこゝに来
〽りきじゆ
たひをかはんとて
りやう師らともんだう
一所此ほんもんはつぎの
かゝりて力寿が
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さとへといどみあら
そふていたらくを見て
いたくおどろき両人ひとしく
城
一まいあればいゝ
二まいあればいゝ
ないしよでうつて
ゑをかけて丁きじゆそは
何ごとぞしづまれやツとよびとむれば
りきじゆはくだんのふたりを見てついで
わろしと思ひけんいさゝかはぢたるおも
もちにてたちまちにしづまりけり
そのとき阿五ゑもんはさとの男女
もろ共になつめ大はこがほとりに来つ
力春がらうぜきのていたらくかやう〳〵
くんねへな
半丁に見え
たり
○そのとき
なつめは小ものをよびて当
所はたひがめいぶつなるに
などてたひをばつかは
などてたびをはつかは
ぬぞととふに酒つぎの
小ものこたへて
たひふねは十そう
あまりはまべに
かゝりて候へども
つぎへ
よびつけていたくしかりてかすめたる
かの縫金をかへさせしかば
河五ゑもんは力春がいだせし
二両のかねをとりいだして
かへさんとしつれども
大はこはこれをとらせず
手おひしものゝかうやく
代にくだんの二両を
つかはしければ阿五郎
ゑもんらはゐ義も
なくみなよろ丁びて
しりぞきけり
○かくてなつめは
万寿にむかひて
ことのもとをとび
たゞすに力春は
つゝむことを
得ず大はこの
とじがかしたる○
かねもてきやうおうの
料りやにするときは
くだんのかねをかへすに
よしなしよりて
かゝま詰にとび
入りしてよりきんを
あづからば書田ぶん
くりまはしによろし
からんと右の下へ
とつぐるにぞなつめは力春を
十八丁高島
三六八
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
百両ださう
いはしやつても
来ねば
うられま
けいせいすいこ件八升
とひやの
あるじが
いまだ
十十十一弐まいうれかしとしば〳〵いへどもやう師らぢうべをふるのみいらへをせずぞよそふきつ
あざわらへば力止のははかにすえかねてうらずはうらでもあるべきにへんたうもせずあざわいふは
わらはををんなとあろぐとかならんその義ならば思ひしらせん後きくわいすなといゝしもへふねに
来ぬとて
ひとつもうり
候はずすべて
此はまのおきて
にてたひふねは
とひやのあるじが
〽うぬうぬかたひを
わたさぬと
かつをのたゝ
きにして
やるぞ
梅
そのさう坊をさだめて
のちにしやうばいをはじめ
のちにしやうばいをはじめ
候也ゆゑにひるすぎになら
ざればわれ〳〵か手に入りかたし
といふを力寿は聞あへずそは
よはい
やつらで
はりあひが
ふ自ゆうなることぞうしわらははま
ないはい
べにおもむきてひとつふたつかひもて
来んといひつゝやがて身をおこすをなつめはきうにおしとゞめてこの
しだしやすらかひ得ぬたひをそなたがゆくともいかでかうるべきやみね
やみねとせいするを力寿はきかずあざわらひてたれにもうるべき
たひならばわらはがゆかでもことはすむべしうらぬをかふがまことにかふ也
しばかくこゝにまち給ひねといひつゝ二かいをはかりをりてはまべを
さしていそぎけり○かくて力寿ははまにいたりてあちこちと見
まはすにたひふねあまたかゝりてをりとひやの来るをまつにや
あらんふねにひるねをするもありあみをすくものなどありていまだ
あきなひをはじめざりしを力春はたかく一ゑかけてそのふねどもに
大きなるたひあらばわらはにうれあたひはのぞみにまかせんずといふを
りやう師しら聞あへずいまだとひやのあるじの来ねばあきなひを
はじめぬ也ほどへてのちに来給へかしといなむを力寿は又よびかけて
たとへとひやは来ずもあれわらはは只今入用ありまけて右へ
思ひしらせん後記くわいすなとのゝしりてふねには
ひらりととびのればこはらうぜきやとりやう師
どもこれかれひとしくさはぎたちてろかいを
もつてうたんとするを力春はあちこち引はづ
して手ばやくかいをうばひとりちりにやかせて
うちたふせばみな〳〵ひとしへきゑきしてふね
よりはまへにげのぼり
口いがや〳〵と
わめきけり
りやうし
〽ゑらい女だ
米米
林
初編ゟ五編迄先達而売出し置申候曲亭馬琴作
六編七編八編子年秋ゟ売出し申候歌川国安西
傾城水滸伝
曲亭譚
繪本漢梵軍談
通俗漢楚軍談を御子様方に
初編ゟ五編迄
わかりやすきやうにひらかなに
共ニ十冊出来
譯したるおもしろき草書なほと
宿
◎段門衛右寺屋鶴堂
仙
屋
芸道名人の五者衆を豪傑
一水滸伝になるとへておもよ
当世役者水滸伝歌川国貞画
ろくつくりたる画本なり
初編ゟ六編迄山東京山驛
稗史水滸伝.
共二十二冊売出シ歌川国芳画
一奉書二枚つぎ粉色すり
一画面にいろく魚あり
水滸伝豪傑雙六歌川国芳画画
おもしろき事双六陸なり
初編鶴屋南北作
水滸伝劇場雛形は
四冊歌川国貞画
絵入
十冊
忠臣水滸傳
讀本
忠臣くらの義士等を豪傑
水滸伝になぞらへ鰹たる至極
おもしろき名文の絵本なり
曲亭馬琴著
狩り
傾城水滸
□□□□□□□
傳第八編
00
歌川國安画
下帙巻之下
し
千人ふるにあつた
曲亭馬琴著
けいせい
酔吟易顯拙策陽狂
酩酊乱語の三十一字は
智婦の一失驢馬も及ばぬ
すいこ伝
第八編の口
扶桑樓上の壁に耳あり
江戸通油町書肆仙鶴堂刊行
主命難逃仙傳神行
童謡注釈の五言蜀は
一一奸智の一得鬼神も如ざる
國安畫
歌川国
一村学術中の舌に浅なし
七
六のつゞきにそのとき力一歩はあちこちとふねどもをかぐりてたひをとりいだ力なま
さんとしつれどもすべてつり侍しいけだひはふつそこにいけすありてうへより
見てはなきがごとしりきしゆはこれをしらざりければたづねわびつゝいらだちて
かいおつとつていそばたへもどるをとりまふやう師どもそれにがすなと
むしだちてうたんとするをものともせざりし力春はいきほひ
刀へなましろいやせうでで
いつせうのめしをいち度に
くらつてぜんばこでうがひを
しても力ずさまに
歯はがたつものかモ
あれたるとらのひつじをかるにことならずおひまはし
左衛門力寿は思はず
大地をうちてかいは
三きたにをれてけり
さばれ力寿はちつ
きはつる事はちつ
ともさはかですか
さずとひ屋の
うちちらしてにべるをなほもおつかけ
をんなあるじが
たりかゝるところにみそぢ
あまりなるひとりのをなご
きゝ手を
とつて引
ちまだのかたより来に
よするを
けるをりやう師
かなたも
くをてやうつ
どもはやく見て
あれ魚をとひ
越部屋の
へひはらを
おゑさまがと
いふに一人にはしもゆきて
力寿がらうぜぎの
ていたらくをかやう〳〵と
つぐるになん
つぐるになんくだんの
をんなはいたゝいかりて
そのくせものをにがし
〽〽うぬよくひどく
くらはせたな今にてんじやう
見せてこますぞ
なぜそといひつゝ
もすてを引あげてはやむかひよりはしも来るりきじゆにむかひて
こゑをふりたそこのぬす人めがふてきさよにごとていづこへにがさんやと
いきまきながらとらへんとすゝむをりきじやはきつこみてもつたるかひを
とりなほしやつかうのぞんではたとうつををんへははやく引はづせば右
けんとしてけるを
力寿ははやく
こぶしを
めて
右の
しかたさきを
はたとうつうふ
れてをんなはアツと
さけびてたふれんとして
ふみひたへやう女に
ふりはなちてゆへも
しれずにげうせけり
紅葉の大島
けいせいすいこと八編
あれわたしらにめんじて
和ぼくをたのむ
〽いさいのわけはおつてのこと何はとも
よみはじめへ此ことのいきほひに
りやう師どもさへみなにげ
うせてあたりに人のなりし
かげ春はから〳〵
と▼左へ
あねごのふみもあり
五右ゟうちわらひてなみうち
まゝたきをんなめさきにわが身
せんをとられて思はずなんぢに
うたれしかども六たびはけつして
ゆるすまじけれとく〳〵せうふを
ぎはをゆう〳〵とそなれやさしてゆく
ほどにかのうをとひ屋のをんなあるじは
てゝらひとつのいでたちしてひらたふねにうちのりて双ぎはをあと
よりおつかけ来つたちまちにこへふりたてそくろんばうの
けつせよとよぶを見かへり
たちとまる力寿はかゝとは
あざわらひてしやう
くやしかはやく
こゝへ来よと
いへばかなたも
あざわらひて
こたつ弁けい
かどのいぬ
さまでに
ふねがおそ
ろしくはかさ
ねてはまへ
あしふみ
あしふみ
こむなおぼ
えてゐよと
こりもなきよはむ
もつたる
さををとり
のばしの
癸丑
うちかけて
力式のが
あしをつきし
かばむかすねの
かはをつきやぶ
りていさゝか
ちゝほにじみ
たりこれにぞ
万寿は右の上
佐勢守
左の上ゟいたくいかりてこのげんさいめがぼて
てんごうそこなのきそといきまきてふねへ
かひらりととびのつたりとひ屋の後家だは
あゝまでにかゝは力寿をいからしてふねに
のらせんとはかりしに力寿はこらへぬ性が
なればつひにはかりごとにのせられてそゞ
ろにくがをはなれしかばうをやの後家
おはひそかによろこひやをれつむぢ風の
あくたれめさきにはくがのたゝかひなれば
ふかくをとりしへんほうに水くらはせんと
のりもをはらずおどりあがりてふなばたを
ちからにまかしてふむほどにふねはたち
まちくつがへりてふなそこうへになりし
かば力歌はさら也うをとひ屋の後家
死も水そこへしづむものからたぐひまれ
なる水づれんのたつしやなればものとも
せずやにはに力寿を引とらへてくみつ
ほぐれついどみあふ力寿も水を
およぐことは人なみに得たるもの
なれども水中おほのはたらきは
かなふべくもあらざりけり
ひとりははだへすこのごとく
くろくひとりははだへゆきに
にてしろし両人水中に
ありてうきつしづ
みつあらそふ
ほどにしろき
をんなはくろき力
寿をおししづめては
水をのませ又引
あげてはいきを
つかする手しゆ
れんにおどろく
うら人らは
すべて
みぎはに
たゞずみて
あなむぎ
んやくろき
をんなは
はかりごとに
のせられて
そゞろにふねに
のりしかばたち
まち水におぼう
されてつぎへ
〽さういふ
おかたの
おあつかひ
なら
こゝろ
また〳〵
しつかり
としてゐか
けいせいすいこ傳八編
しばく木をのみにけんすでにはやよはりたりつひにはいきもたえぬべし
あなふびんやとばかりにまたゝきもせずまもりたりさる程に大はこ
なつめの両人は力寿をまでどもかへり来ざればかれ又たひをかひ得
ずしてものあらそひをするにやあらんゆかずはよしをしるよしなからん
ことのやうすを見ばやとて両人ひとしくそなれ屋をいでてはまべにおも
むくほどにはたして刀寿はひとりのをんなと水中旗にありていどみ
たゝかふそのことのていたらくすでにまけいろに見えてしかば大はこなつめは
おどろきてことのおこりと力寿があひての夕つところをたづぬるに
うら人らはしかぐとはじめをはりをつげしらせいろのしろきひとりの
をんなはうをとひ屋のをんなあるじ一ト貝ひといふもの也とつぐ
るに両人かなつきてさては横たひがいもとなるかいつむりの一トかひ也
かれは水晴れんに妙を得て水とりにことならねばかいつむりと
あだ名せられししゆれんはそらごとならざりけりあのまゝ
おかば力寿は死なんとくとゞめばやとだんかにしつゝないめは
又ぎはに音ふり立てなう下かひのとじにものいはん
おん身のあねごぜ横たひとのよりよせられしふみを
もたらせし大はこのとじ六にありかくいふ
ものはなはめ也まげて力寿をはな
ものはなつめ也まげて力寿をはな
ち給へとさしまねきつゝよばゝるにぞ
下かひは力寿を
とらへて又ぎはちかく
およぎつきちからに
まかしてなげあぐれば
力寿ははまべにふし
まろびて水をはゝこと
おびたゝし大はこなつめ
もろともにたすけて水を
はかせしかばやうやくわれにかへりにけり
そのひまに下かひはくつがへりしふねを
〽まだはらがこぼ〳〵
さししめせば大はこなつめらよろこびて力寿
下かひもろともに又そなれ屋にいざなひつゝ
〽はまの
仕切しきかは
いたしませうこの
ばん頭仕にまかせてお供
たひではのめ
ます
ぞへ
〽とんだ
ゑらいめに
あはせ
あはせ
をつた
するはへ
左の上ゟしこれをさかなに酒もりしてあそび給へと
あなしびんとこばかりにまたしわせずまもりたりさる程に大はこしめせば大はこきつめかよろくびさも歌
ものにたひを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
わたして
あるひは
さゝみ
あるひは
あるひは
はまやき
うまに
なんどゝ
さま〳〵に
めぐらしきやうに入りて
けりかゝて大はこは
その夜よしゆく
りやう
らしつ
すなはち
それをさかなに
してすぎこしかたを
ものかたりおの〳〵いたゝ
えふまでにさかつきを
この日をこゝにくらし
しよへ立かへりて
えふたるまゝに
うまいをせしが
そのあかつき
よりはら
ほとりにて横たひにかなりあひしことのおもむきを
つげしらせかみ入れにおさめおきたる横たひがふみを
とりいだしてやがて下かひにわたせしかば下かひはよろこびて
感謝様にたへず扨もおもおん身は世にかゝれ
おしおとしふなげたにくゝりつけたるひとへきぬをしぼりもあへずうちきてみぎはに
ふねをつなぎさて大はこらにたいめんしてことのよしをたづぬれば大はこほすみた川の
〽このうらへつきしよりとゝにも
たづぬるはづなれどしゆくしよを
しらねばけふまでもとはいでこゝに
ふし義のたいめんこゝろたがひにうち
なきはるさめの
とじにて
とけてりきじゆともなか
なほらする□
そのさかつきは
そなれ屋にて
みなさんいつしよ
をはせし
よな
ごさんせ〳〵
いたみてあるひは
もどしあるひは
くだす病症
せうしよく
せうのごとゝなれば
こはきのふかの
たびのうまき
まゝにおほく
たうべてあて
られたるに
なつめの
いらんずらんと思ひ
とじも
名は聞ながら
つゝふしてをる
ほどにつぎの
はじめてげんさんに
入りはべるよろこび
入りはべるよろこび
日のまひる
ごろ下
これにますものなしあね
かひは
横たひにことならずおぼしめし下され
又大き
よといひつゝぬかつきうやまふのみ又
なる
他事にもなく見えしかば大はこなつめも
よろこびてそく野に力寿と下かひに和ぼくの
あつかひをすがほどにふたりの勇婦は今さらにいなむべくもあら
ござればなかなほりをぞしたりけるそのとき力或は下かひにうちむかひてなつ
かわがふたはしらのあねごぜのあつかひなれば何事も侍いはず和女郎は
われらに水をのましてさこそまんでゝなるべけれくがにて手だしをすること
なかれといふを下かひ聞あへず和女郎もわれらがかたさきをくだくるばかりに
うちしかばさぞまんそくにあらんずうんふねにて手だしをするころかれといひつゝあればいはふたろのいたつきおこつきおころかね
ごとづとうちわとへば力もわらふをのよほしけりそのとき下かひは大はにうちありありほりこれがひとりうちふし
むんていひをのゝめ給ふならばいくにてもゐらすべしといひつはまべにかりたるほんのめでたいしやをるを見へと
すしぶりふねのかたにかむき目の下二尺ばかりゐる大穴を二三三まいかけ来に入右の下上
〽ことを
すましの
すひものより
たひ
まひを
もたゝして
大はこが
しやしよに東に
けるが大はこは
いたつきおこりて
ひとりうちふし
をるを見ておど
ろくことつぎへ
大葉真鶴扁
けいせいすいこれは編
と錠八ぬしへおくり給はれかしかしかの人たちは日ごろよりわらはを
いたはるまごゝろありはじめしゆくしよをあておこなは
れて今この小屋にすまひすなるはかの人〳〵の
なさけにそといふに下かひこゝろを得てくだんの
たひをかき介とじやう八のしゆくしよへもてゆきて
十月廿一日
大はこがおくりしよしの口上をのべかくかへるさにさらに
なつめがしゆくしよへ立より大はこがいたつきをしかで
とつげしらしてやがていへぢにかへりけり○さるほどに
なつめは力寿もろともに大はこがやまひをとふて
かゆをすゝめくすりをすゝめりきじゆを
日夜煙づけおきつその身もあさゆふ
おとつれていとまめやかに看病ひやす
かゝりしほどに下かひ給なりはひのいとま
あるごとに来つゝ大はこをみとること
およそ十日あまりにしていたつきは
おこたりはてけりこれより又
大はこはなつめりきじゆ
一トかひちといよゝした
しくまじめるにいかにか
しげん五六日下かひも
なつめらも力春すら
来ざりしかば大はこは
只ひとりつれ〴〵をなぐ
さめかねそゞろにしゆく
大かたらずまづはやくす酒をまいきしてくすりをすゝめんといひけるを大きとは〽そのめではんでいは京かさくらに
ほとゞめ〽二巻のことろはあらざるに加味平田日散心根をもちひなは太郎はいゆるおとらずたかどのゝつくりさまもの
おとらずたかどのゝつくりざまもの
からんこそもかゝることありしをかへすりにてやくいえたりやくしつ石におもむきやかひ
ずきをむねとせしよしかねて人
とりてたごといふに下旦引きろ得てへばのくすりをかひもて来つせんじて火近にすらめつ
きてやはせんとももて来たるたひをはいかいたさんとふを大はとうち聞てそのたびかざ介ぬしたし
名様あそ
ばねばいざや
しばらく立
よりてのちの
かたりぐさに
なさばやとて
そがまく
左衛門左へ
〽いやでは
あらうが
にくたしでも
すこしあがつて
御ちうじませ
モシうをやの
あねごがかへり
〽さやうならば
わたくしは此
たひをかのふた
ところへとゞけて
あす又まゐり
ます何も御用は
はませうずいぶん
ござりませぬか
の右ゟうちに
すゝみ入り
しよをたちいでてなつめをとふに折の
あしくていまだみたちよりかへらずと
あしくていまだみたちよりかへらずと
きこえしかばやがてきびすをめぐらして
下かひがやどにおもむくにかれも亦
いへにをらず力寿すらいづちゆき
けんひとりの友にもあはざりければ
いよ〳〵きやうをうしなふて小智を
やはたのうらつたひをこゝろともなく
かへり来るにやはたのはまべなる
ふさのでさきといふ所に扶桑
按へふさうとよびなしてこゝらに
名たかき酒楼さのあり
今席せき
りやうりに
手をつゝす
右の下へ
〽いち度も
わづらつた
ことがないから
ませみなさん
おたのみ
おたのみ
まうします
ぞへ
へすりをせんじることは
いつこうふつうさあねで
見てくんねへモウよいか
見てくんねへもうよいか
しらぬ
くだんの二かいに
いぼるほどに
さう仙の小もの
いでむかへて
きやくは
とりに
する
何を
がな
まゐ
からせん
ととふ
□□□□□□□□
〽何もほしうはない
はいの当ぶんのことじや
からあすは大かた
ようなりませう
きづかふて下さり
まするな下かひの
とじかのん〳〵へ
よくこゝろ得て
下さんせけさから
つかひたてました
のふ
けへせいて七間
何とさたるものはなしよき酒とうまきさかなをおほくもて来てすゝめよといふに
小ものはこゝろ得てときをうつさずほさかなをおきならべてぞすめける
大はこはあちこちとはしりまはりてうへもしつ且此と人のながめたえにして
下ふささがみいづまでも一トめに見わたすせばけいなるにときは六月のすゑに
してあつさもゆるがごとくなるもこにありてはなつそおぼえずかれといひ
これといひさすがにきやうなきにあらざればしきりにさかつきをかたむけて
思はずいたくえひにけりそのとき大はこはかうべをめぐらしては
あたりを見るにこにあそびし文人が仏墨客ぼくのたくみ
なるもつたなきも詩を題ぶしうたをゑいじてかべに
かきとゞめたるこれかれとなくおほくあり大はここれを
なかばよみてはらのうちにいいふやうわが身
ふ幸にしてをなことうまれ又ふやねにして
つみ人となりにたりしかりとも世のなかの
まがれるを救等企てなほきにかへしきみに
忠をつくさんことは世のゑいゆうにおとる
べくは思はずいでや一トふでこゝにしるして
のちのかたみになさばやとてやたての
ふでをぬきいだしいさゝか漢文名をもて
いはじいたみはしきりにたらしきはしのことはしざりにたかへきをかたむけん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たくみ
とはしらふに
あらぬなま
えひのらかき座しきと
いひながめと
数行こうの
詞をだいせしが
その
けやまに
他年
若寃仇
もしゑんを
きうを
むくふ
ことを得ば
江ち一夫
血ちを杖
乗港口
郡堪在総州他
年若得報寃仇
血染扶桑港口
ふそうに
染めんと
いふ二句
ありかくても
なほあか
ずやあり
けん又
三レはいを
かたむけはゝ
いよ〳〵えび
亀守安料理阿末
宇都良比王与母通
宇美和れ於幾那賀尓
浪速
一眠予遠麻毛羅武
大葉子
ます〳〵
きやうじて
さらに又その
まのらんとゑいじたる又そひと
もじをかきしるしてわれながら
よみ得てよしと自負ぶして
ひとりうちゑみけりとかく
するほどに日ははや西に
しづみにければ大はこは
小ものをよびて酒さか
なのあたひをとらせ
しゆくしよをさしてかへり
ゆくにいたゝえふたるくせ
なれば一歩吹はたく
いつほはひきゝ只ひよろ
ひよろとよろめきてわが
すむ小屋に右の下へ
よもつうみわれおきなかにみよを
かたへに〽亀をあさりあまをやらひて
けいせいすは二嶋八編
左の上ゟ
どり
〽きその
またふれ
ふしたるが
あげの
いさに
いたりては
ふさり桜
ほのしら
かぶにかの
詩哥
かきつけし
ことなどは
つひにおぼ
だんずのち
までも
うちわす
れてちつ
ごとも眷念
ごねんせざり
やけり○こゝに
又下ふさの
国ちはの
こやり
はま野の
さとに
坂根ふ
一大炊と
いへ日のくれ
ぬまに
かへりま
せう
いふ医師
くすあり
かれはさきに
さくら戸に
うたれたる
ひきゝが
新聞ざつ
富安へ
大夫がつま
なりし女いしや
くがふねが
ははり
いもとの
えんに
つれて
つぎ
卅五
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
亀きゝにとり入りつひにはおほうちのおんくす師にならばやとて
をさくそのことをかたらひしに西しまもくがふねもさくら戸にうたれし
かばみやこのゆかりたえはててつひにかねてのねがひかなはずいとくちをしく
思ひたりしに土地きくがいとこ新目同人久かけはじめはいやしきものなりしを
院心のとりたそさせ給ひてかづさの国司にゝになされしかばさか根一大賄ひそかに
よろこびその身はくがふねのあになるよしをひろうして〽つねにいひ山のたちへ鳥ゐりしに
かれがすめるはまねのさとは下ふさの千葉なれどもかづさの国とさかひを
まじへていひ山へとほからずわつかに二里のみちのりなればあるときはふなぢを
ゆきゝし又あるときはかちよりかよひて久かげにこびへつらひいかでかの人の
すいきよをたのみてほゐをとげんといふひけり三房に一犬炊は心ざまこそ
にもの
ねばちけたれからぶみおほくよみうかめて
いつこうにぞんじ
ませぬ
学問題あるものなるに
〽おかほはおぼえてをりますれど
いづこの女中といふことは
同同四十一日
同書記書記書記書記書記書記書記書記書記書記書記書記書記書書記書記書記書書記書書記書書記書書記書書記載書記書書記書書記書書記書記書記書記書記書書書書書記書書記書書書記書記書記書記書書書記書記書書記記書記
……………………………………………………………………………………………………………
日一一
出部{
昭服四
四四十二
昭和四十
第四番目
久かげ舞台の
やしかし
たび人
とは見え
ましなんだ
此はま
べの
文盲あん
なれば
ひそかに
一丈けんに
とひきゝて
まつりごとの
ことおほかり
一犬をあいしちか
つけてふとまつ
かゝりほどにいつけんは
ある日いひ山のたちへし
まゐりしにこの日は下へ
たすけにする
こゝをもて久かげは
小かたなにしたりける
〽名をしるせしがたしかなしやうこ鳥より
御さたのあらふもしれぬうしなはぬやうに
するがよいぞやハ二よいものが目にかゝつたはへ
上ゟ
人でもござり
見えたるが能書のうよ也つきつく
公務にうのきやく
ありとて久かげのあは
ざりければあす又まゐらめ
とてしりぞきいでしに折から
ふみ月のはじめにてのこる
あつさのたえかたければ
いひをたうべ酒をのみかく
しばらくいこひをるほどにさきに
大はこがかべに題べしたる詩歌し心を
見てこゝろにあやしみきう仕しの
小ものをよびよせてこの詩哥心を
しるせしはまたく女筆ひづと
ませう
か
也ふさう桜何に立よりつこゝにて
の
詩哥かえをうつしとりてさらに又小もいにいふやうこのかべにかいつけたる詩
ためにけざれぬやうに心をつけよときやきしめしてはま野のさと
へぞかへりける○かく七つぎの日一犬指は又いひ山のたちへまゐりしかば
久かけやがでたいめんしてもいかたりのついでにわれら当国の守
護ををうけ給はりしより四境しまうぶゐにして士民部太平
諸事をうけ給はりしより御地震うぶ名にかへ申
鎗をたのしめどもみやこのかたにはかへつて奇しきふうぶんこ
おとのはいまだきかすやといはれて一犬総小ひざを
すゝめをは何ごとにひやらん守たることは候いはすといふに
久かげ恋をひをめてちかごろらくちうの童謡わさに
〽ようやさゞなみなみのはないさむめなみはもゝ
まり女つよひとりもぬけでそうまでとゞく木にもへ
竹にも目がござるとわら心べらが
をさくうたへりこれにより
おんやうはかぜに吉凶を
とはせ給ふに世をみださんとほり
するものゝおこることあらんかといへり
げにあふみなるしづがたけには
さきの将軍よりいへのむすめ
さんせと女らんにかしつきてこもれる
勇婦おぼしとかやもしかれらに
荷かたんするくせものくに〳〵にかくれ
ことありそれがしきのにみたちよりかへるさにしばしあつざをかへて
するべきかこれも亦しるべからず安房かづさは渡
海北の地也わきて心をつけよかしとみやこよりおん下知
ありといふに一犬炊し小くびをかたむけそれにて思ひあはする
久
ものづき藤秋歌になになはのなをとあれば他河心もけなべしかでしかでまかいかにおやとはれてよめはが〽が〽物とは
からたるにむけんの物の心をかしをしめいな日のことはばなんしつしやしやこくなりなりなります
かうべをかたむけこの詩哥の心をもれしはいぬる日のことながおんさつしつとくをつとなりきはしめ
して玉ひとりて給ひしかやみしれるものはひはずといふまへ大炊うゑづきてすぐりををかりよせつくだんの
詩言ひ。をうつしとりてさらに又小ものにいふやうこのかへにかい一わたる詩はのちに妻はあらんの
たしかな
〽いはれを
ゆだんの
きけばざうじ
ことじや
□□□
□□□□□□□□
たえて見しらぬをなごなり御目へ
ふさの出さきなる
ふさう桜ろに
いこひひひしにかしきつるべに
かきつけたる詩哥があまふ
あつありそがなかにちかき
ありそがなかにちまなき
たらんとおぼしきあい
もあやけながねきとて
そく野にうつし
小ものにその内にのすき
したるものゝるをたり
十八六六六一島へ編
十六
けいせいさいこ侍り
ナリ
住所づらもしらずといひ候ひきこれみそなはせとまめだちだちてふとし
ころかみのあはひよりうつしとりたるくだんの詩哥をとりし
いだしつゝ星四するに久かげうけとりおしひらきてしばし
見れどもそのこゝろを得ず和とのこの為をしか
たるかととへば一犬治まゆをひそめてざれば
その義に候也まづ此うたのこゝろをいはゝ
かめをあさかい
あまをやらひて
よもつらみとよみたる
上の句の亀をあさりとは亀
きくとのをいけどらんと也あまを
やらひてはあま将軍蔵政子の
かたをおひうしなはんと也よもつうみは
四海かい也又下の句のわれおき
なかにみよをまもらんとよみし
おきなかは澳中発のに息
長美をかねたり神功皇
后くわうくらのおんいみなを
同同同姫尊
ひめのみとまうしき
又みよをまいらんと
よみしみよは御代より
三世話をかねたり三世には大箱梓なりといふよし也
すなはちさんせひめをいへるしかるにその詩哥の
なりさればかめきくとのをらくわんに大豆ふ子供
いけとりまさ子のあまを
おひうしなひ四海かいをたもしやうをさけん明かむかしふぢ
ちておきながたらしひめの
よみしみよは御代様に
大炊損おほなりといふよし也
ことしるせしは人の視聴
〽これといひゆくしき大事にひる
そのたなそこをさすたく
かりたるそこをさす
こときしめせば久かけおどろきは
四左の中ゟうちなびけてさんぜひありつかふる
ことあるをいふかそがなかになにとの
いふもの□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いぎつき〳〵さるにても
その大はことやらん
いふぞく酒のありか
しれずあびんなき
わざ也せんざくの
てだてありもや
するととはれて
●一犬ちは
ともぎ
いぜず
それがし
きのふ
はま
野に
かへりて
これ
〽をんなるにんは
がれどへに
そちがあづかり
とりにがさぬ
やうに
やうに
とゝろ
たづねとひひひひひひしに津の国なるあま
野のはん官につかへたりしもいかぎをん
なに大はこといふものあり人をがいせし
つみによりてかづさへながされたるよしを
なれるものありこれにやあらんとつげ
みこと神功皇しきからの夜名を宇合仏としるさせたま〳〵
神天皇夜身を補佐さし
給ひしごとくさんせひめを守護大葉子孫はそのもん字じのこと
し。せんとなりいはんや又その詩にてなるのみ一人の名なることうたがひ
他年おもし充丸義計をむくふ
ことを行は血ちを扶桑港口強いによるやさゞなみなゐのはなとうた
そめんとあり寛九説はあたかたきひしさゞなみはしがといはんまくら
なり杖来継口弦声はふさのできき也
なりしがはあふみの名所し
これすなはちむほんの詩哥かにして
そのこゝろをかくせるのみ
也又かのわざうたに
られたりといふを久かげ聞あへず
それにて思ひいだしたりいぬるころ
なにはなるあませのはん官より
おくりこしたるをんなるにんあり
九十九丁とはまなるるにん
小屋へ入れおく
べしと申左へし
旦の落款ちゝに
なにはの大葉
子松ことあり一
この名
みや
この
わざら
わざうたに
そらまでとゞくと
うたびしひとりは
一人也一人の二
字をつらぬけば
字也ければこれひとり
大どなる也木にも
あへりつらく愚按義を
めぐらし候にかのみやこの
わざうたにひとりもぬけて
竹にも目がござるとは竹かなりに
木をそうん目をそゆれば箱ごや
ヱいさむめなみはもゝまり
やつよとうたひしは勇助
百八人のことなるべしこの
八ツ勇奴ども
あふみの
国を
四右の下へ
今日
◑
ないはいな
一桂
〽そ此にまぎれて
よしないらくがき
さつはかわすれて
ゐたはいなそのきやう
うまくやけばよいが
ゐたはいなそのきやうげんが
□□□□□□□□
いひつけ
たりしが大
かたはそのものなるべし
いでくといひかけてきん
じゆのともがくに下知を
つたへやがてるにん帳をつぎへ
なつ
〽いさいかしこ
まりました
ときを
うつさず
おゝよせて
からめ
とぎんは
またくう
しからば
けは黄土いこれは桶
けいせいすいこき
とりよせてあちこちとひくき見るにそれの月それの日あまいゝはん官より
おくりこしたるをんなるにん大はこといふものゝ姓名恕としのよはひまでしるし
つけてありしかば久かげはひたひをなでてよろこぶこと大かたならずにはかに
とりよせてあちこちとひとめなるにそれの月それの日あまつゝはん殿より〽左の上ほ」ぼん夫ゟそろつぶぼく天上かい
ぢんすなんぢらわれにてきたはゞ
▼からめとる
もたちどころにばちを
ものは
女るにんあづかりのなつめを
あてんそこのかずやと
いやはやあきれはてたしろもいだ
よびてことしか〴〵とときしめし
うちやつておくがよからう
ねへにヨ
しりてしりてすりこ木に
くだんの大はこは
ほねを折□□
しめをゆふたるを
むほんの
骨張
ゆる
かせ
ならぬ
つみ人なり
なんぢは女む
しやを兼菴たい
したる武げいたん
れんのものなれども
あなどりてとりなにがしそくみ子
あまたをしたがへてからめとつて
ひきもて来よとゝ〳〵せよとぞいそ
がしけるなつめはこれをうけ給はりて
心にいたくおどろけどもけしきにも
あらはさず六ゝろ詩はててまかり
つゝにはかにくみ子をよびつどへて
只今かみの仰によりてかやう〳〵の
とりものありことの手えづを定
めんに九十九里はまのこなた
)
▲
のあぞ
神さまの
〽ばちでもあたつたらう
くみこ
〽なるほど気
ちがひにさういは
ねへ▽
おどり
ことばをそろへてまことに
あがりてくるふこと
かぎりなしなつめは
あきれしおもゝちしてこの
をんなは気ちがひなり
かゝめとるともせんなき
ものぞといへばくみ子も
のたまふことのごとく
今とるにもたか
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なりさるを
からめとりて
ひきりてまゐら
せ給ふともなに
らの原野介
らのゑきがひ
べきこのよし
まうさせ
そかにいひしらしてひそかに大はこがしゆく
ふつとわすれたりさていかにせんとばかりにあきれて
わくよしなかりけりなつめはしばしかうべをかたむけ
よしやおん身をおとしやるともすでに白昼射のことにし
あればのがれはつべうもあらずかしかやう〳〵にしたま〳〵
はゞまづいつたんの追補理をのがれんこれより
ほうにせんすべあらすこといへに大はごはよなびて
そのはかりごとにぞしたがひけるこれまでの
かみにかくてなつめはいそがは
しくしゆくしよにかへり身
こしらへしてすざきの社頭
しやにおもむくほどにくみ子
らはやくそゝをたがへずこゝにつど
ひてをりそのときなづめはあひ
つをさだめて大はこが小屋を
おづとりまかせどつとおめいて
こみ入りつゝと見れば大はことくろ
なるすざきのやとろにあくまるべしとおご
かみをふりみだししろきかたびらをひとつ
きてうつぶしにふしたるがたちまちかう
ゑいぜしことありしがその日はいたくえひたればけにまで
べをむつくとのたけであたりをにらんでこゑたか
やかにそはなんぢらは何とかするわれはこれあま
しよへはしりゆきことしか〳〵とさゝやきつぐれば大はご聞て
いたくおどろきげにいまる日ふきう桜川にて詩哥の仏を
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
てらしますおはかみの神□ちよくをうけ奉り八百よろ
たゞことぞは
ござりませぬ
□〽八まんさんはおれが
おやぶん江の
しまの
〽こんなものを
かうめとつて
あにすべい
づのかみいくさの大将たりこれによりて世のなかのまがれる
ようござりませう
いづれもひくが
給へかし
をいふに
なつ
なつ
めは
さなり
とこた
一へて
いひ山の
たちに立
かへりすな
◑弁天は
おれがあゆだ
八百よろづの神
いくきの
大ぜうたる
はち国司
にげんかげに
大はしがぬ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
するとこのすりこ木で
かたつはしから
どやすぞよ
大はこに
そのさので
たばいや
とつけしかせ
ければやう
桜何のしらかべに
よみぬ詩歌
かいをかきたるも
まことにきやく心
まひのあるにはあらで心のくるびし
ひがことなるべしとるにもたらぬもいなし
ればからめてまゐがするにおよばずし
たちかへりはべりにきとまこしやがに
せううつたふれは久かげ聞てのぎへ
廿八六二尺二時へ扁
わいせいすいこ位八紙
うちわらひさては狂女
ちやうでありけるよなさも
あるべし〳〵といふへてなつめを
ねぎらひつゝしりぞかせんと
してけるをなほかたへにはべり
たる坂根一犬谷様おしとゞ
めてとのまづしばしまたせ給へ
かの大はこが狂乱此嶋は真
偽結いまだしるべからずひき
もて来さしてそのていたら〳〵を
見そなはし給へかしといふに久かげ
その義にまかしつふたゝびなつめを
よびかへして又しかぐといひつけ
けりなつめはこゝろに一大船をなさ
けなしと思へども主命□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
がたければふたゝび大はこかしゆく
しよにおもむきくみ子に下知
して大はこをやにはにからめとらせ
つゝそがまゝいひ山へひきゆく
みちにてなつめは
大はこにはかり
ごとのおこな
はれざる
ことのおも
むきくす
一天欲が
いびつるよしを
大
〽あれ御らうじませ
そら気ちがひに
さうゐござりませぬ
ソレ大はこを
うおこし
めされイ
しか〴〵とさゝ
やきけり○ざるほどに
なつめは女むことを得ず大
はこをからめとりもんぢゆう所のつぼの
うちにおしすゑてかくとちゆうしんする
ほどに久かげはしちかく立いでて
これを見るに大はこはまなごをいか
らしのゝしりくるにことはじめのごとく
われは日の神のみこといりを
うけたる神いくさの大将
なりもしわれらを
うやまはずは
ばちを
あて
そく茶
ころさんは
やくいましめの
なはをとか
ずやと
のしりたけ
りてやまざり
ければかへかげも
亦あされ
はててかへしつかは
さんとして
けるを右の下へし
〽はくでう
いたきば呵責
をゆりさん
いさいのわけ
どうだ
十六十二日番八角
くみとも〽アヽこれいとしい
となれどやくまはりい
ばしよことがない
なればじよ
ちにからばちが
あたるふ
いふとも
七十一
〽まうしませう
しると
ゆるべてくだ
ませ
左の上ゟ
二大いづ
「びやうぶのうしろ
よりいそがはしく
いでて久かげに
まうすやうこの
ものひさしかくの
ごとくのゝしりくるひ候下
これまことの狂念やう
くなりもし又日ごろは
は正気にてけふにはかに
くるひ候はゞこれいつ
かくはりの気ちがひなり
たをんなるにんをめし
よせてみせ給はゞ
分明事ならんと
いふに久かげげにもとさと
ぞをんるにんらをよび
どへ大はこが相渡らんは
いつのわづよりのことぞと
といにをんなるにんらみな
こたへくわれ〳〵ひとつ
小屋にあらねば定が
にはしらずはべれど
大はこわきのふ
までその
○左
いたしまた□やま□おごり□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
の右ゟちがひしとは見とり
ぎりきけふにはかに
やまひおこりてつき
一
二月二日
〽そりやァちつとも
二十二の二
つゞきくるひはべるには
むといふ久かげ聞てあざわらひ
下さては一犬がすいりやうにたが
したては大かす
あはずかやつはそら気ちかびに
てうたがひなしもしいたく
うちこらさずはいかにして
じつをはくべきとくうたずやと
はげしき下知にくみ子らひと
しく立かゝりて大はこをとつておしふせ
ふぢかづらをゑりあはしたるしもとを
もつてつゞけさまにそびらをいたくうつ
はこ〽いふまではなけれども
みやこのしゆひを
たのむはいなァ
ほどに大はこはなほしばらく苦つうをゑのびてはじ
めのごとくくるひのゝしりたりけれどもかはやぶれにくあくはれて
〽又さゝにえにてぶう〳〵を
いふてはならぬぞやとう
へんきつと
きん泥ゆ
まるナウはるさめの
とじいひたい
かしつけたがよいはいの
三は▼
つまりやせん
ぐわん酒かして
ゐます
左の上に
なれど人めに
かゝらばたがひのなん義
そんならわたしは
ぞく汝をからめ
よいたび
みやこの
わざうたにて
符合せる
そのいふよしをきくに大はこすなはち
ちんすがやうわらはいぬる日ひとりふざう
楼めにて酒をのみいたくえひて
しか〴〵と詩哥をかべにかき
つけたれどももとより野
心声あるにあらずまたく
めいていして心みだれし
いふこれによりて久かけは
大はこにおもきくび
かせをかけさせてきひ
しくひと屋につなぎ
おかせさて一犬脳を
いたくほめて
ふでずさみにはべると
血ちしほそびらをひたせしかばつひに苦しつうにたへ
はすしてはくでうつかまつらんとさけぶになんかへかげし
下知してかしやくのしもとをとゞめさせて
〽油じあつ
あつて
はやばしりと
聞たるゆゑに
だい事のつかひを
をなこのそちにまかするぞ
すいぶんしおちのない
やうにいそいで上京
いたすがよからう
かさにきて
みやこまで
只二日にはしり
ゆきますばへ
詩たることまたく
おひつくことは
かなひませぬ
いづれにしても
つくでこさりま
まちとほしいて
〽ともひとあり
ともわたくしか
ひとりたび
おんいきほひを
せう
和とのゝ大功たいによれりこのよし
みやこへ聞えあげて立身理の義をはからふべといふ
一大名よこびてうや〳〵しくぬかをつきそれぞれがしとのお命へ
しんしき心をかうをかうむか奉らしたしくめされ候へばす友悦をつくけるのみ
ざるをみやこへしり〴〵と聞えあげさせ給はんとはさいちし
のぞみのほかにいでてこよなき御おんにすべしと
いらへてはま野へぞかへりける○かくてかへかげは
給に尚侍せけけけをんなむしや財を無きくといに
聞えあぐるいつふうの口土札て心をかきしたゝめ
大はこがことのおもむきならひにさか根一犬がはた
ちきのよしをつぶさにのせてようゐすぜにやらのひし
かば女がくなつめすよびよせて大はこが
こへうつたへまうすよしをときしめしなんぢはずなご
なれども我げいをよくして且はやばしりのゆえ
ありよりてこたびみやこへつかはずつかひを申
うまつくわなりはやくたびよを思ひをとゝのへり上京
すべしと命心下心じつゝくだんの口王言緒をわす
路用のかねさへとらせしかばなつめはゐともなくことうけ
しつゝ女がてしゆくしよにしるべきそなふ君儀
よびて大はこがことのおもむきをつけしらぬ
わらは守知のおんつかひをうけたまはもかくめごと
みやこへのぼる通り立かへり来る日までよく大
はこのとじにつかへて日々にたうへものをなり
まゐらせよしばしもなほざらにすべからぬぐ
いふにりきじゆはうなつきてそはしくなる
はべるなりたれにもあれ大はこのと
まちとほしい〳〵はべるなりたれにもあればものといときへ
とてうち
かい地にいたりなばともよくもこしらへておん身をすくはんと思ふのみ
みづからあいして士口ざうをまち給ひねとたのもしくいふに
大はこはうなつくのみいとゞわか
れ賊をしみけりされば力寿は
その日よりひとやのほとりを
さらずして三たびの食法よを
おくりて大はこをとひなぐざめ
いとまめやかにつかふるほどにかぎもは
じやう八らもみな大はこを印
おもむき大はこにかやう〳〵とみやこへのぼるよしをつげしらせわらは
ない〽かうかけだしては
むごくするやつあらばそくびを引ぬきてすてはべらんといふをなつめは
おしとゞめてかゝるときにあき気をいださはなほうわざはひをかさ
ぬるもとなりつゝしみてよくつかへよとさとしてひそかにひとや楽
馬琴
作
一の左の中ゟ
中山道よりあふ
みをへてはゆく
みやこへいだ
ちんとてしは
りにみちば
家傳神女湯加人ちのみち一包代百銅
近来某種甚高直といへどもに入くしゆをえらみて
功のうをたがはざらしむあへて利の為にいみせざれば也
精製奇應九畝砲代弐朱小包代五分
やくしゆをえらみせいはうをつまびらかましぶんりやうにな
僧の加けんをもつてす此ゆゑにその功百ばいあたかも神のごとし
能胆黒丸子箱の外喜蔵包代五分
婦人へぎ虫の妙薬一包貸古銅羊包代三十二銅
つぎむしはさら也さん後をりものゝとゞこやうに用ひてむふ也
製薬本家補四冊神下滝沢氏
□□□□
印ゟあはれみて
金さうのくすりを
おくり又ごくそつにこゝろきさ
してくびかせをさへはづさせければ
大はこはしもときずいえて
させるくるしみもなかりけりに
させるくるしみもなかりけり
○ざるほどになづめは
弘政元照町中坂下南側四方の向たき次氏
取次町両国とこ山丁二丁目大さかや半蔵
たびよそほひをとゝのへて
四つの甲馬杉をの右の下へ
口下ゟ一ト日に
八十里のみちをはしりて
つぎの日はあぶみなる湖水船のほとりを
よぎりけりこれよりのちのものかたかは第
九へんにあらはすべし此へんにあらはすべし此へんのくちゑに見え
「代壬二銅しをへひかせをさへはつさせければたるうへなし京残へぬきいとらが嶋は第九郎
るうへなし原り妙也ぬきいとうが伝は第九へんに
つぶざ也又来るはるをまち給へかしめでたし〳〵
國安画
毎年十月下旬頃より売初め申候
御注文被仰付可被下候
御免江戸暦開板所
四十四季和文章
南山禅師書
全一冊
載陽帖
石摺
刄
巳
菜
撰
第
撰
関曰本名所之絵唐紙摺一枚葱斎鍬形紹真筆
新日本名所之繪
此画は六し余州の国々島〻御城地神社仏閣名所古跡山川の勝地無火まの家多有之地理
力角かたち近心して魔大の日本心海の中をと〳〵く泣て見るがごき語りの珍書なり
同女古状揃國生竹秋林両品出来高井蘭山編撰
此節は女今川状をはじめじめ已下の状すべて九品抔の〳〵名たるいにしへの賢士の書おかれたる魚をゑらび一
集めて猶これに釘正を加へ児女の教訓多しなみとなりて女子のかへに甚蔵多き一書也
鶴
春
累鬼氏斗
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
柳亭種彦随筆
古画入二冊
丁むかしの役者遊女の小伝肖像士て名高かりし敢下師
あめ売のたぐひはいかゐの句解常雲の釈等ふるき
さらしを引用て考て淋したれは雑客の見欠き書也
屋
喜
田喜庵庵
おのひどもそ
幻住菴記引録
此書は幻住庵の記の経解をもとゝして俳文の規則を遠くにしるし
猶文章をつくるの道寺記をあく記中の題によつて諸名家の句をの世
芭蕉翁国分山閑屏の図湖水石山の図を損して記中の風景手に
とる如し風流にこし風流にこゝろを寄る諸君子かならす見るへき書なり
右
衞隨筆
随筆
衰算
扁共二
綿共
先だつて売出し置申候第二編に近刻
六冊
筆玄同放言初編二編
右第三編三冊は器用の郡より動物の部の半に至る此編すべて古着旧物異鳥禽獣の図
努みなと〴〵く公義にて詳に作者の考を尽せり雅俗となく見るに目かはせず終に徳となし
初編編にいやましてもつとも興あるべきものになんよりとまづ近刻のよしを炬寄す
春
丑
巳
三畝笹木木茂輯
芳艸集金二冊板
同鮮
梵蘭集全二冊
右本陣下下村全にて
一関八州およひ出羽陸奥甲斐信濃其外北国筋中昔の古人を
はじめ猶当国有名の人々の附合并京浪花文音往来の消合
都合二百巻をあつめ年子歳々の流行一瞬に見ありもむる書なり
京摂州伊勢近江三河尾張其外西国筋に至ると中昔の古人を
はじめ猶当時名ある人々の附合およひ江戸又昔往返の附合
四月廿二百巻儀あつめ年々の流行一時に見あからしむ
販
族
観童
戯筆
遊言画手本一名鳥羽絵早まなび来
書
廣並
塵劫記
懐中早割大全ト
一冊
本ありふれし算書とちがひ便利をむねとしてあやまりを
十正しわらべの初学にはやくその道に入やすく
は上述すみやかなる甚ちかみちなる算書なり
しんがたたもし
通新辰染勅目
南野清老臣
直弦手引糸前編出来此書はいまだ人の心付ざるもやうを所々古弁
前北済局一筆後編嗣刻先生殊に心をこらせし奇品なり
注芝居に
蔵
後編
芝居の
前編にもれたるをゑらび集めて
同同同年同全一冊五渡亭國貞画
通の道はさら也をどり狂言等
同断似顔早稽古後編全一冊五渡亭国貞画
役者心
にも見合になるべき珍火なり
八文舎自笑評
三箇之津
そうばんき
役者評判記ニ
藝品定
三兵
富丑正月二日ゟ
候役者内百香
うり出し申候
うり出し申候彼者内百番き厚く売出しより御求め御高覧可有之城下座一
冊
惣役者芸評の書元禄以前より当時迄早々困板いたし
奉入御跡竹相かはらず戌年中三ヶの津狂言評判明細に
相模び文談位附等こと〴〵く相改め御見物無之御方にも
次第つぶさにわかり候やう書あらはし奉入御覧候間御ひ以
き厚く売出しより御求め御高覧可被成下屋
全一冊
即考百籖
籠箱添
此書はまるこし関帝の神霊ありて我朝に将来しあまねく世に
地徳神神仏に祈散し吉凶をもとむるに霊魂神のごとし
柳亭種彦作
歌川国貞画
諺紫田舎源氏全八冊
式亭虎之助作
喜恕哀楽堪忍豪全六冊
哥川国安画
んせんがためまつの
油屋久兵衛
おなしく社岡を
新形染松之葉重言丹
前社国嘉形染松之業重金
秀画
金荷
哥川安
いろはいかし
ひやにん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
文金三冊
鎌倉山百人一首令
哥川安秀画
古今亭三鳥作
そかほる古今亭
立春
秀吉原薫名寄生梅川金冊
大吉
哥川貞幸画
五柳亭德升作
天竺の方便妄話
唐土の偶言謀計一
三国妖狐殺生石十五冊
日本の神変不思議
国安画
日本の神変不思議
蘭
伝
弘所室町二丁目河内屋長兵衛
取次通油丁鶴屋喜右エ門
一わびやうかたんせき
一きやうふう○しやうふう○しやうへ
壹應丹
同三十一日本家肥前平戸山本氏精製
一
禁止
同社
役者夏の冨士
京山作俗人
金冊
国貞画画本
諸大人同
東海道乞の都路
狂哥入噺
東海道花の都路
すみだがはりやうにかんいち御
北斎華
隅田川両岸一覧
全一冊
全三冊
同
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
全三冊
葱脊筆
江戸名所東鑑
江戸名所東鑑薫齋筆同全三冊
四
しごめいし士もあみしおか
清長筆
健
燈
江戸名所物見丘清長華編全三冊
右五冊共極上品にして奇麗に仕立
御進物には至路宜敷絵本なり
全三冊
京橋いなりしんみち
御本ほの薬おしろい
笑艶仙女香四十八円坂本氏製
これ
しら僕そめくす
黒油美玄香四十八洞鶴屋喜右衛門
一本名助団扇地紙問屋
鶴屋喜右衛門版
四
春
販
族
書
同
通
一畝笹木木校輔
芳艸集金二冊
同輯
梵蘭集全二冊
亥
外関八州出よひ出羽陸奥甲斐信濃其外北国筋中昔の古人を
此方判集金卅余金二冊集金円の名の人の身を
はゞめ猶当附有名の人々の附合并京後花文音往来の増合
都合二百巻をあつめ年分歳その夏行三条浪花文音往来の隋合
都合二百巻をあつめ年々歳々の流行一瞬に見あかしむる書なり
京摂州伊勢近江三河尾張其外西国筋に至る迄中昔の古屋を
はじめ猶当時名ある人々の附合およひ江戸の首に昔の身を
大都合二百巻をあつめ年々の流行一時にやんあからしの踏合
観童
遊言画手本
戯筆
廣花皿
塵劫記
懐中早割大全二
遊言画手本一名鳥羽絵早まなび来
とし事ありふれし算書とちがひ便利をむねとしてあやまりを
冊
冊上きすらべの初学にはやくその道に入やすく
冊上達すみやかなる甚ちゟみやくその道に入やすく
上述すみやかなる甚ちかみちなる算虫なり
新形染彩目
担北北手引糸前編出来此書はいまだ人の心付ざるもやうを所々忠兵衛
芝居火
則北震為一筆後編嗣刻先生殊に心をこらせし奇品なり
役者ほ
後編
前編にもれたるをゑらび集め
似顔早稽古
似顔早稽古後雑全一冊五渡亭国貞画
画の道はざらへざり狂言等一
にも見合になるべき珍書なり
八文舎自笑評
やひやうばんき
三箇之津
役者評判記三
藝品定
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
富五正月二日ゟ
うり出し申候彼者内白香
全一冊
即考百籖
一箱添
卅
惣役者芸評の書元禄以前より当時迄年々開板いたし一
奉入御跡竹相かはらず戌年中三ヶの津狂言評判月田に
相模び文談位附等こと〴〵く相改め御見物無之御方にも
次第つぶさにわかり候やう書あらはし奉入御覧候間御ひい一
き厚く売出しより御求め御高覧可被成下候
此書はまつこし関帝の神霊ありて我朝に将来しあまねく世に。
一弘り神仏に祈念し吉凶をもとむるに霊楽神のごとし
文
柳亭種彦作
諺紫田舎源氏全八冊討
歌川国貞画
政
丑
春
核
新
林
書
地
本
問
屋
式亭虎之助作
喜恕哀樂堪忍裳全斎蘭
る外国此
蘭
哥川国安画
安政三町二丁目河内屋長兵衛
取次通油丁鶴屋喜右エ門
二りびやうはたんせき
こきやうふう○しやくつかへ
壺應丹
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
油屋久兵衛
前形染松之葉重太郎
おなく社園に
哥川安秀画
金荷
恋川春町作
いるしや町
傳
十
國
四
同本家肥前平戸山本氏精製
但
京山作俗人
国貞画画画
役者夏の冨士
金冊
ひやにに
兼
一金三冊
鎌倉山百人一首全三冊
哥川安秀画
古今亭三鳥作
立春さをかほる古今亭三鳥作
五春さと
東海道
五十三火花の都路
すはだがはりやうかんいち御
隅田川両岸一覧蒼筆桐全三冊
諸大人同
狂哥入噺
北齊華
全冊
全三冊
立春
廓薫名寄生梅川金五冊
大吉
江戸名竹東鑑薫齋筆洞全三冊
哥川貞幸画
天竺の方便妄話
五柳亭徳升作
唐土の偶言謀計
三国妖狐殺生石十五冊
日本の神変不思議
哥川国安画
御国ほの薬おしろい
京橋いなりしんみち
美艶仙女香四十八円坂本氏製
とり
しら僕そめくすり
黒油美玄香四十八銅鶴屋喜右衛門
ゑどめいしにも何みもおか
江戸名所物見丘清長華編全三冊
全三冊
右五冊共極上品にして奇麗に仕立
御進物には至様宜敷絵本なり
●錦倫団扇地紙問屋
通酒町鶴屋喜右衛門版
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
傾城水滸伝
金銭壱枚
第八編
○今日
□□
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第九編
歌川国安画
上帙巻之上
けいせいすいこ傳第九篇
平衡に水滸傳の趣向を評して。初中後。三段の差別あるよしをいへり。是古人
十一五
未発の説説説羅母日を今に在するとも。必予が言に従ん。しかるに金聖歎が許
論に。石偶妖を發くに始り。石碣妖を鎮るに終る。便是七十回を。全部
となす所比といへり。謬れりといひつべし。何となれば。彼石碣の天降りて。義士の宿
因を示せるは。中段第二の趣向なり。この時魔縁やうやく竭て。宋江等一百
八人廼宋の忠臣となれり。こゝをもて。遠を討且方臘を征するの話説
あり。是その末の一段也。備七十回をもて。これを全部とするときは。末一段を
捨るなり。作者の本意豈然らんや。古人いへらく。読書百遍初てその
意に通ずべし。嗚呼書を綴る事の難きはあら也。書を看ることも易から
ず。前にも論ぜしことながら。水滸に善悪無差別なる趣向のこれ彼とヨメか
るは。邪魔出現の間のみ。そが中に。武松と張都監とは主從也。よしや怨の
ありとても。渠その一家を屠殺したる。罪悪最酷し。この故に予が這策
子には。武松を武世に撰るに及びて。寒風の後室と。是を主従たらしめず。
用心只これのみならぬを。知音の人は好するもあらん。麝日ある人。予に薦めて。
水滸の評を著せといへり。予も亦この意なきにあらねど。世に小説を閲するもの。御
までに翫味するは稀也甲斐なき所為ぞと思ふものから。行この策子の篇毎に序に序に
代てもて批評を附たり。さばれ。九牛の一毛なる。寸楮に尽すべくもあらぬ是をしも猶
婦幼には厭れもせん。飽おもせん歟抑唐山の俗語を読得て。白ならんと欲する
ものは。字義の穿鑿に尽消して。趣向の巧拙を評するものなく。通俗本で間を合
するは。原書の甘味を知るに由なしその過不及の中を執る。按骨奪胎類なし。といは
んは烏滸なる戯画も一流戯謔すれども虐せざる。本性違はず述ること恙なり。
文政十二年庚寅春正月吉日新版曲亭馬琴識
じいていこくこほねんやとい
漏さじと
葺く
かつきのしんじ
上総新司
久景
芥萱
乃
の
花
関
よりも
なほ
越かたき
□□□□□□□
からたち
はりめきぬ
鍼目衣
枸橘
の垣
第八編なる端像に
以て大魚爪千垣を
枸橘と螺したり
宜く改正すべし
これていつい
おなじ藪の名たゝる蚊より
一医師にはさゝれて痛き
記
十四
針も有鳬
花
間田
大鳥
坂根一犬
あいせいすいこ伝第大統
アンド
一物の本よむともつきじ真砂
なす趣向は名にし
大江戸の
春週間
浜真砂六月二子
月夜箔
*
涼風
〃〃〃
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
蓬莱を背に
負ふ亀の
曳尾
ちから
には
上
越の
す
波もなぎ
わたる嶋
荒淵
十八十八七六二専馬乙扁
といせいといこ行声を知
ものはだしめいたしたたゝ
福
水揚の四斗樽
ほど
朝笑壽冨崎
笑国虎
に
見
ゆるやと
さしたり
ちからもち月
の影
仮力寿
力路
一拾壱才
やへはたの
たちのぼる
八重機
やへはた雲も
彩雲
山媛の
織出す
かへさぢむらの
還道村
辨才天
同
DIO
九
秋の
色に染らむ
二〇
けれ世のあいこ件第才編
さてもなつめはかづさの国司にゝ
かげの下知にしたがひてがつたて
まつりぶみいつゝうをはこにおさめ
えりにかけてみやこそさしていそぐ
程にもとより跡たる仙しゆつの
四つの甲馬材をもたにつなぎて
ちつともおこたらざりしかば一ト
日におよそ八九十里のみちをゆく
ことかたくもあらずさるにより
つぎの日ははやあふみぢまで来に
けるにころはみな月のすゑなり
左の上ゟだうとたふれけり
只今なつめをけたにしたる此
女ばうはべつじんならず
しづがとりでの大せうなる
ありそがみあか西にてこゝは
すなはちあかにしが世のふう
ぶんをさぐらん為に
久しくしにせし酒
見ぜ也ゆなりへ
あつさ
一じほ
たえがたしこゝらにしばしいこは
ずはくわくらんをやむこともや
あらんすゞしかるべきちや屋もがな
酒屋もがなと見まはすにあた
りにはさるいへのなければなほゆく
とゆくほどにと見ればみづうみの
ほとりなるよしあししげきみぎはにそふたる一ト
むねのさか屋ありこれゑきやうと立
よりてわらしときすてそがまゝにおくのかた
なる小野しきの湖水声を見わたすところに
いたりてもすそをおろして野をしむれば此
いへの小めろいでむかへておきやくさま
さゝをやめさるゝいひそまゐらすべうもや
ととふをなつめは聞あへずけふはあつさのたえ
○右ゟ
そのときあかにしは
なつめがえりに
かけたりしかの状はこを
うばひとりて手はやく
ふうをおしひらきはじめよ
をはりまでよみかへしつゝおど
一□左の中ゟしはるさめの
とじのむほんのよしをみや
こへちゆうしんのつかひ也こんう
こそあらめとしあんをしつゝ
たやれふしたるなつめが身のうち
なほあちこちとあらためえ
るにもゝには四つの甲馬村を
かけたりこゝにいたりてある西は
さらに又思ふやうかづ
さの国司につけられ
たるをんなゐだてんと
聞えしは日に八十里の
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あつくて
たえられぬ
かの
馬かうをかくるとぞ
くれ竹のとじの物かた
りにかねて鳴たる
ことあればさつするに
此ひきやくはせんな
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ならんかれ
十左の印へ
がたければおぜんはいまだほしからずあらん
かぎりさかなをものしてさゝをのまて
たもやいのといふに小めろはこゝろ跡て
くもやへかくといひつぎけりそのときこの
いへの女ばうとおぼしきものゑめがや
えりにかけたりし状はこにまなこを
つけるがらさらぬさまにてをるほどに
しばらくしてめのわらはがもていづる酒さり
なをくだんの女ばううけとりてなつめに
すゝめ口義にぢをのべてきやくをそらさぬ
あいさうになつめは何のこゝろもつかずやがて
さけさかなを引よせて手しやくにもりて
のまんとしたるゆだはをし
見すますくだんの女
ばうはや身をおこし
あしをとばしてなつめが
ひはらをはたとける
けられてなつめは
しばしも得たへず
アツとばかりに
のけぞつてそがまゝ
右の中へ
ろきて扨は此をんな
ひきやくはかつさの国司にゝし
久かげより心右の下へ
いてそり
ますサア〳〵
おあがり
なされ
ませ
〽ごとこからおいでなされた
やらあつくてさそ
おこまりで
ござりませう
なァ
いでなされた
御印のばか
何ゆゑに
はるさめの
木はことのゝ
むぼんのよしを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しかたとふん
しやすでにさた
まのたれがね下の
あらをとこらを
よびよせてことしる
しかとときしめし
われ今かれにくわつを
入れていきふきかへさせん
と思ふ也みなくあぐりに
きをつけよとことはいたし
十八十八十八十八十八十八十八十八十八十八十八十八十八十八
けいせいすいご作第九編
そのわきはらに手を
かけてやわらのくわづを
入れしかばなつめはたち
まちいきふきかへしてあた
りを見ればむざんやな大
せわしくこゝろを得させて
なつめがほとりに立よりつゝんさればそのうたがひはことわり也わらはかみへ
しつがとりでなる小てふのとじの
年下の大将あかにしとよばるゝ
もの也世のふうぶんをさぐ
らん為此ところに見
せをひらきて
せつなる状ばこを
あるじの女にひら
かれてかれが手いた
ありければおど
ろきいかりて
かたへにおき
はやとし
たる短刀
ごろをへたる也しか
きらりと
じるにおん身のてい
引ぬきておもても
たみやゑんごくのりやう
助らずあかにしをきらん〳〵わきうのちやとへくわきうのちゆう
とするを引はづすこなたもおぼえのしんのひきやくならんとさつせし
身のころしかいくゞり〳〵ふしをしつかとかはゆだんをうかゝひけたにして
とりとめてはやり給ふななつめのとじ状をひらきて見てけるに大
わらはそのとより悪心何なし心をはこのどじのむほんのよしを
しづめていふよしをまづ聞給へとさわみやこへつぐる此のんごんかづ
がぬたましひなつめはいよ〳〵いぶかりてさの国司久かげが亀
こゝろ跡がたきそなたの心底流大きくへうつたへのことの心は
せつなるちゆうしん状をうばひとらしられたりしかるにおん
れておめ〳〵と此まゝかづさへかへられんや身は四ツの甲馬杉をもよ
しかるもわが名をしつたるは仔細部つなきといたゝくくれ竹
あるべしいかにぞやととはれてあかにし手右へとのゝ物がたりにて百石の一よ
〽こりやこれかづ
さの新司しんと
久かげより大はこの
とじのつみの次第をへ
院の御しよへ
ちゆうしん秋
よいものが
手に入た
度□アヽ
なつめけたにされて
気ぜつせしとみつ
ぶざにほんのんに
の本内
かへらせてことの
かへらせてことの
かくれ
きなつ
めのたらで
あるべしと
思ふによりて
つびにころさず
くわつを入れよみ
こゝにおよ
べるなり大
はこの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たるそれをしりつゝ
つかひに立たるおん身の心底
ていはかりがたかり二のまきへ
二
ふさのでさきの酒楼世めにてよからぬうたをよみし
よりうたがはれたることのおもむきをおちもなくつげ
しらせてはゞめわらはは大はこどのをすくは
んとのみ思ひつゝかやう〳〵にはかりしかども
下ふさはまのゝ案くすしさか根一犬岩が一
為に見やぶられてそのはかりごとおこなはれの
ずこれにより大はこどのはやにはにひと
やにつながれてのがるゝよしもなくなりぬ
しかるに国司法久かげとの大はこのとじの
つみのきよじつをさだめかねたるにより
亀きくとのへうつたへて御はんだんにまり
せんになんぢみやこへはせのぼりてとはせ
給はゞしか〴〵とありつるまゝに申せよかしと
して大はこのとじをすくはんと思ひさだめて来つる也と
いふにあか西あざわらひてそはおん身が久かげにあざ
むかれ給ひし也此しよ状の文めんでは大はこのとじは
さきつころみやこのわざうたにぜんひやうありしぎやくそく
してゆくればみやこへのぼるとも大はこのとじをすくはるゝとにては
思はんよりしづのとりでへおもむきて小てにくれ竹の友とじにだんかふをしら
給へかしとく〳〵といそがすにぞなつめはこの誠にしたがひてあかにしともろ
いはれしによりいかでわれみやこにおもむきともかくも〳〵も〳〵も〳〵も
やうすをつぶさにつげ給へといふになつめは又おどろきてさては和女郎は
江鎮泊左いらなるあり西とのでありしよのはるさめのとじのはからずも
ことなきつみを得給ひたるはじめをいへばしり〳〵也をはりはかやう〳〵也とて
なるよしふんめう也としるしたればまぎれもあらずこれ見給へとて今
さししめせばなつめは女がてくだけの状を見つゝいよ〳〵たうわく
あらざりきいかにすべきとひそめきてとへばあり西うなつきて大にてものを
こともにしづのとりでへおもむきけり○かくてありそかみあか所はまづはしちかく二トへ
ことはない
左の上ゟ一立いでてあひ
づのかぶらやをいたりしかば
しやんせ
一はるつむかひなるよしの
これには
うちよりして二そうの
はやふねこぎいでて
あるはい
のふろかいをあやつる
のふ
〽大せつなる
ちゆうしん
秋を見ら
めころき
くつかいをあやつる
ぎう兵らが
いなたの
きしにこき
よせけり
そのとき
あか西は
しか〳〵とゑつ
めがことの
おもむきを
ざう兵らに
さしつくれ升
とのにとく
つげよとていつ
〽そうのふねまで
はしらせそのゝち
なつめをとも
なふでのこれり
ふねにうち
下山のり郷に仕候
けいせいすいご伝第九編
赤
らずこゝにうちつとひて共になつめに
たいめんしつ酒えんをまうけてもて
なしけりそのときなつめは小てにらに
大はこがことのおもむき
久かげの下知の事さか
根一けんがざんげんの
もとすゑ力建のあき下
さずこれをつげしかば小すには
わらは与才にはべれどもはるさめのとじをすくひとる
べきはかりことのはべる也そのはかりことはべつ必きに
あらずみやこよりの返
貝□らがことまでもも
ひはおどろきあるひはいかりて大はこをすくひとるべき
いでむかにてやがてなつめにたいめんしつたがひのよろすび大かた
ならずまつこなたへとさきにたちて衆議館かねへいざなひし
かば小てふめどきさくら戸あぢかも廿よにんのをんなむしやらはのこ
さらん廿よにんの勇ふらすべてうち聞てある
筒部をたがはぬ
やうにこしらへて
なつめとのに
もたらしかへし
大はこはむほ
んのちやうぼん
はやくみやこへまゐ〳〵
らすべしみやこにおいて
つみにおこなひくびを河原に
てだてのだんかふまち〳〵也そのときくれ竹すゝみいでて
さるほどにくれ竹はざう兵らがつげしによりてはやくみちまで
はなしで
噐
一〇
〽何にしても
こまつた
ござり
〽こゟしのび〳〵にだい師やうをならひしかば
今では能書の聞えありしか後に
今大津のしゆくにやまと文字うゑ
利等坂といふをんなの手かきあり
おかれはちかぎころまでも院の御
しよのまたものにてをんな
むしや所の百左へ
右の
〽これほどまで
あらふとは
しらでみやこへ
のぼつたならば
そやくやしう
ござんせう
升さんちゑを
ふるふくよい
りやう
りまつ
ねがひます
なりしが
まつり
ことのおほやけ
ならぬをうと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ひしかば
身のいと
まを給はりて
橋
きりかけなばかのわざうたもしぜんとやみて
人みなあんどの思ひをなすべししか〴〵
としるしつかはさば久かげこれをまことゝ
して大はこどのをみやこへおくらん
そのときあまたのへはものもてその
みちすぢにしたまちしつゝおくりのやつ
ばらをきりちらしてとじをうばへて此とり
ばらをきゝちしてす
でへともなはんことものひま入らずこれにま
たるちかみちあらじといふを小てふはうち
おかれうか軍師ぐんに
あんじ
□□□□□□□□
鳴て今のはかりことよし
といへどももしかの
ともがらみちを
〽大おんかけたるはる
さめのとじをすく
まくふいて
見よう
をよう
はいなァ
ならぬこと手かるい
かえてこの
あやみぢを
よぎらずは
そのふせゞいも〳〵
かひなからんとなじるを
くれ此おしかへしてそはのた
まふことながら東かいどう
まれこしぢまれかねてより二方四はうへ
しのびのものをつかはしてぞのみちすぢをさだ
かにしらばいづれのみちまんきらひはあらずひそかに
そこへいでむかひてかたのごとくにはからん事おの〳〵おぼ
えの武げいにあり何のさはりのはべるべきといふに小てふは
うなげきていはるゝおもむきことわり也さりながらかのゝ鹿きくの手逃落さく下
音もいをさへよくにせずば入がけこれをうたがふてわざかひそこにおこるべしといふを
くれ片聞あへばその義もわらはしあんあり世のふうぶんにつたは聞しにかめきらは
そのはじめうたひめでありしまろは悪筆勢ではぐりしをきりいでしよりの右のごと
十八十八十一一十六一十一
おかぶのち身のうみ
はかりやとはあるのさく
大津にしりぞき
弟子をとりて
しゆせきの
しなんを
てしはべるが
だいし
りの
のう
亀
これも亦大津のしゆくにひじま小かたなゑり妙ごといふ事もなしつげしらせやでなつのを引あはすればなつめは
をごありかれはしんへ動きもの本紙をふりと思ふのもの又へそのよしをたのみて三十分をおくりしかばゑも母よろ一
うはきにかれなし石あくんだんの母たりの妻へきは武けいにもかひうけひさめてかゑ利介ともろともに長はまへゆかんと
うとからてこゝなきしいおかけれはかたみにゆきかひ殿としていめだんかふとみにそのひけりそのときこつめはあんにうち
まじはりあさからすと聞えたりかゝれは今よりなつめとのすむかひて此六ころより長はまへは十九丁五十五丁
ふねにつりておひてよくは一チ日にいたるべしあすの
大津のしゆくへづかはしてかやう〳〵にあさむきすりして此所へまねき
まだきにふなぢよりともなふべしとかた
よせにせ下知ふみをつくらしなばこと十二ぶんにとゝのふべしこの
義はいかにとさゝやくにぞ小てふはさら也なつめらの勇
らふにぞ両人のゐ義なくそのゐにまか
ふひとしくよろこひかんじてしかるべしといらへけりこれに
より小てふらはなつめにかねをもたらしてまづ大津へ
とてつかはすにようゐはやくもとゝのひしかばなつ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□
かへおじや
ならば
めはれいのはやばしりにてその日うゑ利等ほが
しゆくしよにおもむきすなはちたいめんして
いひけるはわらははながはまのものに
はべり此たびちへぶ嶋の弁才天へかな
いしやみをたてんとほりすよりてしば
らくおん身をやとふてしゆくしよへとも
なひくだんの
文をかきて
もらはん為に
来たれりこは
ごつに
もてなし
けり
いつて
来ようかたじ
てつだはせる気なら
なんでもいとはめ
はたらくぞへ
○かくてなつめはその
あけのあさうゑ製
ほゑりにだをこもな
ふて湖沓のかたに
いさにかなる
たちいでてふねを
しゆんひつな
がらうけおさめ
やとふてのりけるに
折からじゆん風
ふなりければ
給ひねといひつゝ
ふところをかゝぐ
りてかね三十両を
二十一年二十二年
その日七つの
ころおびに長
はまちかく
おくりしかばうゑなし
ふかくよろびうけて
さいはひ此せつ手すきなれば
さいはひ此せつ手すきなれば
おんしゆくしよへまゐるべし
さりながらいしふみはほりてや
上手をえらまざれば書
体計くづれて見ぐるし
かるべしたれにかほらせ
給はするととににしつ
めはうなづきてその
義もいさゝかぬかり
なし此たびたつるいし
ふこはぶだう石地で
はべるからよのつねなる
石工竹なんどにうちまか
すべきものにあらずこゝ
とのかたにこま下□のおとから〳〵とひゞ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
してをり戸ひらきて入り来るものあり
こびかたへにまねきてことしか〴〵とも右の下へし
仰のおもむきこゝろ行はべり
にはゑり妙たとよばれ給ふをなごのてんこく
しやあるよしなればそれをもしゆくしよへ
まねきよせてほらせんと思ひはべりといふに
かたらせ給へとねんごろになぐさめてちやをせんじ
くわしをすゝめて大かたならずもてなす折から
と見ればゑりたへなりければうゑなしよろ
うゑなしよろこびてそはいちだんのことにばば
ゑりたへはわらはが友にてしゆく者よもこゝより
とほからずまねきよせはべらんにまづしづやかに
〽そんなら
うはさをすればかけがさに
あの子がゑりたんさんかへ
うはさをすればかけがさり
おたくへなつつけゆくところ
こびかたへにまねきてことしり〴〵とも右の下へしサア〳〵
ナヘ十六七ヘ二専官之扁
梨
ところへ
ゑりたへさか
ゑかたぎ
おまへにも
おまへにも
たのみたいと
いふておきやくが
つきにけり
三人ン
ふねより
長は
たち
いでて
まの
かたに
ゆくほどに
なつめは
ふたりを
見かへりて
わらはは
こゝより
さきへ
同かはうゑ梨とゑり
妙はこの義につきへ
ものにつげ
しらせ又
みちにいでく
むかふべしあと
川よりしづかに
川末給へといひる
申けてはしり去にりし
はらより一じ手のつわものあら
はれいでてまつさきにすゝむ
女むしやはこれすなはち
別人ならずしづのとり
でに名もしるきあまつ
雁か真わいわしま也そのときを
まゆみはこゑふりたてて
こゝに来ぬるふたりのばんに
われなんぢらに要用
ありいのぢをしくはいま
しめのなはにかゝれと
よばりてさへぎりとめ
なんこのとき世上のふうぞくにてそんなも
たびにはこしにはなさねたんたうひとして
たびにはこしにはなさめたんたうひとしく
引ぬきて命しらずの山だちどもあひ
てがちがふぞかくごをせよとのゝしりつ立
むかひて両人ひとしくきつてかゝればまゆみは
わざとうちまけてはしるをやうじとうゑ
利等ゑり妙一トまちあまりおふほどに木
たちふかきところよりあらはれいづる一ト
手の大将これせなやりのくだかけ也
はや両人をさへぎりとゞめてまづし
くらにかけんとすればまゆこもはやく
まかせ只ふたりゆくことおよそ
七八町なみ松はらをよきる
折からたちまちみちのかた
んときそひかゝればうゑ梨
ゑり妙おどろきながらのがれがたしと思ふに
左の上ゟ」ときしめそかのはるさめの大はこは世にならびなきけん女なるにむ
とるより手がるいまちぶせ
〽とうからあみをはるのゝのひばりを
のはやかなはぬ
うでまはしや
〽をんなだてらに
ついぞない
あらしごと
そのまじや
おひはぎとはヲや
ゆかぬ
でなほ
じつのつみにあたら命をうしなはせんはいたましから
あらずして三曲ひめは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ふずわ只これのみに
なり今よりいち
味がつたいして
はるさめの
とじをすくひとり
さんせひめにつかへ
まつりて共に
忠義を
つくし給へ
とことわり
せめてすゝ
むるにぞうゑ
梨とゑり
妙はあざ
こうじはてつゝさていふ
タミ
さん
ぼうはじ
アイ
しりて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
すれども
そのかひ
如何もなければ
とつてかへしてひし〳〵ととりまきつ双方ゟ
きもひとしくせめつけくいきをもつか
せずもんたりければうゑ事
梨とゑり妙は
ヨヌせいのなかに
とりこめら
れてつひに
とりこに
なりにけり
さればくだ
かけまゆみ
らはくだ
んの両女
人ンをう
たてて
しづの
とりてへ
かへり来つ
きに
はやしゆき
屁うへひきすゑん
あねさんだ
あねさんだ
ければ小てやはくれ
てはりかへると
どしやをかけるぞ
竹なつめらともろともにたちい
でて手づからうゑ梨ゑり妙がいましめのなはをとき
すてて聞せきにいざなひなゞきめてわらはくわきうの
事によりひそかにおん身ふたかたにたのみたきよし
ありてはかりておびきよせし也そのゆゑはかやう〳〵と
大はこをすくはん為に置きくのにせ下知なこを
つくりなさんとほりすることのはじめをはりを▼右の下へ
ナヽナラコトモ勇良之
やうおんたのみのおもむきはこゝ
ろきてはべれどもこの事後日にあら
はれなばたゝりけんぞくにおよぶべしゑり
にはをばも
はべる也といふを小
てには聞あへずその
義はこゝろやすかるべし
わらはかねてはからひてあま
たの人を大津へつかはしお身
心たちふたりのけんぞく家老
ざいをとりて来よといひつけたれば
ヱウ〽こぢもちつとはおぼえの
手のうちうまくは
そことほ
しや
べしといひ
なゞさめて
のせやす
ほどにはた
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽からだも
あとで入用
じやそいたまぬやうに
じやそいたませ
からげた〳〵
うゑ契
ゑり妙がけんぞく家ざいをふねに
うちのせてかへり来にけりされば
この両ふ人にはをつともつぎへ
あらず子もなけれど今けんぞくをこの所へ
とり来たられしにあんどして両人ともに
心をかたむけ三世ひめにつかへんとこゝにし
あんをさだめつゝふたゝびいなむけしきも
なくくれ竹がこのむめんごんにうゑ利木は
ふでをとりて典侍性の女むしや所の刑
当初亀きくの下知ふみをかきしたゝめ
ゑり妙は又かめきゝの印章紙
ちやうこくするにかねて手がけし事
なればちつともたがはずゑり
なしたり事すでにとゝ
のひければ小てにくれ竹
なつめらの勇ふみな
みなかんしんしたるその
よろこび大かたならずなつ
めはこれをうけとりてたび
状はこにおきめえりに
かけてもこのごとゝにし
たゝしつ小てふくれ竹
らにわかれをつ
つげてひがしを
さしていそぐ
にぞ小てふ
くれ竹その
よの勇女も
忠義坂まで見おく
りてつひにたもとを
わかちけり○されば又
よくはおしを
しいせいすいこ住第九紙
いせいせいすいこ佐多介
あらず子もなけれど今けんぞくをこの所へエリ〽かねてひかへておきました
印せうに
すんふんたがはず
よくはおして
御らうし
ませ
●左の上ゟ」にせたるほせうは
椋橋亀菊顕新のといふ
四もじ也ふたゝび思ふにくだ
んの印はかの婦人
つくわん位すゝまず典侍
蛙のつぼねならざるときに
もちひたるものすなはち
これ也今はくわん佐のすゝ
みしにふるき印はもちゆ
べからず且かづさの新司境
久かげはみぜきゝのいとこなれ
どもかのふ人
となへておや子のごとくものす
ときけりしからば下知ふみたり
いふともそのいみなある印にせうを
といふともそのいみなある印にせうを
おしてつかはすべくもし
あらずさき
にはことのいそ
大きに
ほねを
がはしくて同廿六丁
小てふらはその夜酒
えんをもよほしてうゑ
梨ゑり妙をもてなし
つゝ大はこなつめらが
うはざをしてこうたくる
までありけるにくれ行
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
にはかにこゑをはつして
あなぬかりにけりし
さればとよなつめにもたしつかはしたる
かの下知ぶみにしそんじ
ありといふにうゑ
十九月十一日
そんじたりといふにみなくおどろきてまづ
そのゆゑをたづぬればくれ竹こたへて
ゆからぐ
〽わるいところがあるならば
いくたびもかきなほしませう
かいやかみさへまにあふて
へ新臣中つらはたゝさんあるとい
なァ
〽テモみこと
きめうじやわいな
くれ竹さん見さ
しやんせこれ
一日右の下ゟこゝに心のつかざりしは只
これわらはがあやまり也久かげくだんの
印ケせうのわはとなるをあやしまばなつ
うちなげきてせんすべもなく見えしかば小てにをはじめありと
ある勇ふらいろをうしなひてみなあき
れたるばかり也そのとき小てにはくれ竹に
のうちむかひて千恋供の一
失跡今さらにくやみて
まくれし
物のとじものがるゝみちなく大はこのとじともろともに
つひにかうべをはねられんさてしそんじたり〳〵とつぶやきつ
〽そんさへでき
れはあんじはない
ゑめさん
かへる田印
身御たい義
ながら
今からが
ためが
たつが
なしゑりたへは
もろともにいふ
かりてわらはが
かきたるもん
ぜんにたがひし
ところはべりしか
わらはがゑりたる印せうに
たがひしことのはべるにやと
とへばくれ竹かうべをふりていなもんごん
にも印せうにもいさゝかもしおちはあ
らず只これわらはがあやまちにて大はこの
とじをすくはんとはかりしことはあだとなりてかへつて
うたがひなしとひたすらくやみてやまざりしを小てにらいよ〳〵いぶかりて
みなそのゆゑそたつぬればくれ竹こたへときればとよさきに南原よし
十八十八上六百九角
かの下知ふみゆゑに大はころつめの両とじをころされんと
印ゟ
べくもあらぬを今
より人をはしらせてなつめの
とじをおはするともかの婦人には一チ
日に八十里をゆく仙じゆつあればおらぶべくも
あらずかしさればとて手をつかねてかくてある
へき事にあらずいざやかづさへおもむきてつき
みなそのゆゑをたづぬれりくれ竹そときればとゝききにあらずへき事にあらずなぎやかづさへおもむきくなし
しんせけすにこ伝第九編
もつともしかるべしさりながら事をあらはになす
その桟きをてきにさとられてちかづかんことかなふべか
らず大せうぶんは十五六人にくつきやうなるつわ
もの二百人あまりをえらみてすがたをやつしみちを
いそぎ期どにのぞみふゐにおこりてきつてかゝらば
万ンにひとつもしそんずることあるべからずとく〳〵よう
ゐをし給へとことばせわしくすゝむるにぞ小てふはこの
義にしたがふてその夜にはかに手くばりしつゝめとき
さくら戸ら五六人の大将をとゞめてとりでをまも
らせその身はくれ竹ら以下の勇ふ十四
五人ともろともにざふ会二百人を
したがへてすがたをやつし手わけを
さだめかづさをさしていそぎけり
○さるほどになつめは
江鎮泊だうさんをいで
しよりしきりにみちを
いそぎしかばわづかに二日
ばかりにしてかづさの国いち
はらの郡なるいひ山の城に
かへり来てすなはちくだんの
にせ返簡心を国司
久かげにまゐらせし
かば久かげ右の中へ
かの勘ふ人□をすくぶべしといふにくれ竹うなづきてその義「左の上ゟうけとりひらき見るに
もつともしかるべしさりながら事をあらはになすときは無きくの自筆にてこたび
ちゆうしんの大はこはわざ哥に
相かなにむほん人しのことなれば
へんひにてころすべからず
はやくみやこへまゐら
すべししか〳〵とあり
ければ久かげ
印へ
〽ゑんろの
つかひに
すみやかなる
まづ〳〵
帰国きはまん
ぞくたい義〳〵
まづ〳〵
きうそく
いたすが
よからこ
よからう
印ゟ
御ほうびの
おもくろく
うな
ありがたう
づきまき
おさめていかさま
ぞんじあげ
ます
にも一トかたならぬ
ぎやくぞくなればみこににて
つみにおこなはんと下知せら
れしはさもあるべきこと也かし
かくすみやかにふちあき
しはひとへになんぢが切に
なりとてなつめをあつく
ねぎらひてほうびの
かねをとらせけり
初編ゟ三編迄
基軍
山東庵京山作
當年上梓
年代記児童講訳
年代古代百三日当年上梓
此稗史は神代のむかしより年代記にしるしたる事の外にもれたるを
補ひおもしろき所々の事を絵にあらはしこれをよめばむかしの世々の
事をよくあきらめて童子のものしるたよりともなるべきゑざうし明言
五年五月表表安定
行事
三ねんぢうぎびをさなかうしやく
年中
初編ゟ六編迄
全部十二冊
御祝儀日童講訳
山東庵京山作
此稗史は正月の松かざりを始としざうに餅を祝ふ事七くさかゆの事
けづりかけの事などすべて十二ヶ月の祝義日の故事来歴をくはしくしるこその
事を絵にあらはし年中の祝ひ事のわけをしる早学問のゑざうしなり
山櫻漣々
中本
袋入
拳獨稽古
全一冊逸軒揺舟
合作
この書は拳をこのむ輩いまだ初心の官人たり共一たび披見屋とたき
呼声指の出し方等自然とひとり打おぼゆるやうに工風をこらしづゞりたる妻女を
れば朝夕傍におきて弄給はゞいつとなく上達して奥義にいたるべき名本なり
同十一日
庚
東京都春新
周
東京都道教教教教教教教教教教科科教教教科科科教科教科教科
上帙二冊
下帙二冊
戯場顯微鏡エ
彩色入
同黙老漢隠著
歌川國貞画
これまで戯場考古博覧の諸子著述する新劇の画おほしといへども皆故に云
濫觴のみをしるして看やう観かたの規則をしるさず此書はこれまでの諸作となと
かはりしらうとにても芝居のわけ早くわかり何は此事といふことくはしく知れて早くせ居
物の見妨者となることをあつめ且三都しばゐの趣博物考古の談至ておもしろき書也
初編
繍像典
本朝名
五冊
艶容女仙外史
黙々漁隠翻案
この書は唐山の花田叟が葦をふるにて著せし妙案にて奇談怪説まことにおもしろ
き書なれ共これまで本朝に飜案の作なしよつて此度に予短才愚陋を恥ず日本
の事に作りかへ唐賽児を。弁の内侍に見立足利尊氏を戴王に擬して一個の深戯を
つゞりひそかに曲亭翁の顰に效ふものなり看官の諸君子よろしく高評を給ふて
おび〳〵次編はんじやうあらんことをこひねがふ事にこそ
録
しめがねばんはうしばゐものかたり
顕微鏡
萬邦劇場談二冊
上下
後編
すべて戯場にかゝはりたる事狂言のおもむきあまさずもらさず博く考へ著すになん
一冊
黙老漁隠著
これは初編にもれたる珍説故事よりはじめ唐山天竺魯西亞阿蘭陀等の万国
瀧澤篁民著
迎福南鍼録
一名相宅手引草
全部五冊近刻
近来選択相宅の書年に出月に行れて五車に
盈十牛に汗するに至れり然どもその法体忽の為には懼と
して解しがたきことこれ多かり抑この書は協紀辨方書に下
つきて方位宅相神鯰走避の要領を著してりて吉に就き
凶を避禍を攘ひ偏を迎るよしを宗ととき所すものふといふ
その学に疎くして枝麦不弁のものといふとも詳し難からず行
ひ易かり大凡一家の主人たるもの常に坐右に措ときは吉
凶悔文凶惑なかるべき日用有益の良籍なり
右同著
雅俗百傳一竒
大本全五冊絵入
平仮名附近刻
右二書共に遠からず開板仕候江戸通油町書林
この書は稚となく俗となくその行状に一奇ある古人の
一列傳を輯録してもて勤懲の一端とすされば忠孝
義烈尚気節操の世に提れたるより隠布を
一技芸好事のともがらまで得るに随て演すことなし
是併善を見ては人の進んことを欲し不知覚せば不つかし
一姦言人を欲言んとての一所為也巻中毎伝出像あとへたびことを
繙くときは覚ずして巻を畢る異聞魂奇の珍書なり
右二書共ニ遠からず開板仕候江戸通油町書林仙鶴堂小林喜右衛門印行
十一
□□□□□□□□
曲亭馬琴著
傾城水滸
伝第九編
歌川国安画
上帙巻之下
第一番組組組組
こんだ姿つける
上帙之貮
傾城水滸傳第九編
国安絵画
せいしゆしよせいしやう
(当場序次を追ふて。綴出す豪傑勇婦物名の次第。聖
譲に擬する和文字植契の伝玉臂匠に擬する。聖刀子る。聖刀子鐫妙の
傳通臂猿侯健に擬する。傭鍼妙抜糸の伝。摩雲金翅欧鵬に
擬する。花摩多大鳥の伝神算子静故に擬する。浜真子月二子の儀
鉄笛仙馬麟に擬する。月夜笛涼風の優。九尾竜宋旺に擬する。蓑亀へ
〽同でんせうめんと逢ふきなさずと云さきで
曳尾の伝笑面虎朱富に擬する。朝笑子富崎の僧。青眼彪李輿に擬す
る八重機彩雲の伝新旧三十三男婦が。洲崎の社の社の小集は。義を見て男へ
ひて御貞女の罪を弾世の有衆公見せんといふへともなかさんやさんやさるもりし
む。大箱夏女の釋尼の循環船。現莫逆の友綱は。頼ある中の山谷酒宴へ
曲亭馬琴著江戸通油町書林鶴屋喜右衛門印行
聖手書生蕭
三
すべきそのようゐをなす程にある日又かれ
さか根一大橋はのこるあつさの見まひととな
へてはま野のさとより来にければ久かげすな
はちよび入れてたいめんしいぬる日なつめが
みやこよりかへり来へるよしをつげしらせ
典侍此どのより講はかめねんばつなる
かへしふみを給はりて大はこはわざ
うたのぜんびやうに候付合せし
むほんにんのことなればそがまゝ
みやこへおくるべしこゝにてつみに
おこなはゞたみの心もあんどして
あしきやうぶんもやむべき也と
仰下されたるによりみやこへ
おくりまゐらすべきようゐ
只今さいちう也つきて和どのゝ
ねがひの事もとほからず内奏ぞう
すべしとおふせこされたりければちかきほどに
吉さうあらんわれらもよろこび思ふにこそと
いふに一丈ひざをすゝめてそはありがたきことに
こそ候へさりながらやつがれなんとぐれぎことを
かくすみやかにうけひき給ひておんかへしやこに
ほうゑみていかでか和とのをあざむくべきこれ見よかしとくだんのが
杖をとりいだしてしめせしをいつ大心はうちいたゞきおしひらきつゝとくと
かん下知ふみにこの印をつみおし給ふやとさへば久かねかうべをうちふりいろこれけての哥のいける
かくてかづさの新司久かげは大はこをみやこへのぼ
十八十六二尺二島吉乙宿
かきそえられしはあまりのしゆびにてぶんにすぎたりはゞめり
ながら様やとはたがならんといらへてまことにせざりしかば久かげは
ところ
□□□□□□□□□□□□□
ならぬ
その左ゟ下知ふみにもちひられしは此
印ならずいかなるゆゑにか此たびは
印せうそかえられたりといふに一犬
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
これは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いぶかりてまづそのゆゑを
たづぬればいつ大こたへて
さん□此印せうは
かのきみのはじめに
もちひ給ひしもの也今は
つかさのすゝみ給ふにいつ
までもかくもとの御印を
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あらず
とのとかの
きみはいと
どちにてをは
すれども
みち〳〵
にてはおや
と子の
けいやくを
なし給び
まつはな
にせ物なつし
めすたゝいて御らうじ
我をたりいだしてしめせしをいつ大心はうちいたぎおひらきつゝとくと
見てこの御印せうのてんもんは棟橋橋松野亀菊おといふ四もじこみやとよりなし
□
しにあら
すやたとは
おんす
ためにつぎ
けの七つていこそ多計計
なりとてもおやとしてその子のもとへつかはし給ふ
かへしふみにいみなある印せうをもちひ
給ふへくもあらずこれちをもつておすときは
にせふでなることうたがひなしさつするにかの
なつめば江鎮泊たくのぞくふらとしめし
あはせしとありて大はこをみやこへのぼさせ
みちにてうばひとらせんとはかりたるもの
なるべしはやくなつめをよびよせてみやこの
やうすをとひ給へかれじつにみやこへのぼ
りてかへり来たるものならばつまびらかに
こたへ申さん又みやこへはゆかずして江鎮
よりかへり来たらばそのこたら
うろんなるべしとく〳〵とすゝめしかば久かげし
しきりにうなづきていはるゝおもむきさも
あるべしなつめはこれまで上京せず此たび
はじめてのぼせしにみやこまでゆかでかへらば
こたへふんみやうしるべからずこれにましたるせ
さくのぢかみちなしとよろアひてたなそこ
ならしてきんじゆいものになつめをよべとて
いそがしけり○されば又なつめはかつさへ
いそ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かへりしころひとやにゆきて大はこに
しづのとりてのことのおもむきくれ竹がはか
りごとのいちぶしゞうをさよきつけて
事かくのごとくなればみやこへのぼする
道中にてうばひとられんことちかきに
あらんその日をひそかにまち給へといふに
大はこはよろびていこたのもしく思ひけりさる
ほどになつめはこの日しゆくしよにとり力寿と
の上の春ばしわれをあぎむしくたくみはこゝにあらはれたりしやついましめして
御〽なつめでもくすりはぼしでもりやうぢは
かなはぬくわんねん〳〵
国とはげき下知に
ひやう風のうり
ろにしりてきゐ
たるいつ大そ
はじめとして
かたいやおうたがひ
みなさんまつて
くださんせ
わかさむ
らひらア
とこたへて
むらくと
はしり
あげでつゞ
けさまに
たいくつとも
なくうちしかば
なつめはつひに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
苦ろうにたへ
す心ならずもはくでうするやう
かわらはみやとへおもむきし折
湖水声のほとりをよぎりしに
しづのとりでの勇女らにいけ
ふたりきしむかひにて酒うちのみてゐたりしにたちまちに
〽ロのめざるゝとてひたつかひの末にければ手はやく衣せうをあ
ためてつかひとゝもにまゐりしかば久かけやがてたちいでて出しよせしと
よの義にあらずそのこはらさきに上京せしをり院の御所はいづれの
方いづれの御門より入りたるぞととはれてなついつめつめつもさわは
方いづれの御門より入りたるぞととはれてなつめはちつともさわがず
わらはが御所にへまゐりしはたそがれごとではべりしにおんかへししをうけとり
しも又夕くれの事なりければ
いづれの御もんといふことを得わき
まへずはべりきといふに久かげあざ
わらひてしからばそのをりのとり
つぎはをとこなりしか女ばうなるか
〽アヽにあはぬ
心も同罪考
大たんばんな
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たくみのそこ
けた此いち
いつのいつ犬がくろい
まなこで
としはいくつばかりなり
しぞ名は何といひ
たるぞととふに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ゑめは
〽侍〽うでをまはしやれ
とのゝぎよゐじやぞ
◑見ぬきしせんさく
ゑんもよくなしに
ゑんかよなしに
しくゝつてたゝきひしがば
うち〳〵めさるな
手ぬるい〳〵
とられとりでへひかれて
御書声をさへうばひ
とられかのにせふみを
かきかきかえてこれをもて
ゆかづさへかへれいなと
いはゞゆるさじといはるに
せんすべなくいつたんの
をのがれ也為にその
義をふかくおしかく
してあざむき奉
りてこそはべる
なれとはく
でうにおよびし
かども江鎮泊
どうちんなもでね
うちあんして
ともつぎ人はおう
なにて四十あま
りに見えはべり
しがその名は
きかずはべりし
といはせもはてす
ことしめし
はせしなる
べしとて
いくたびや
せめけるに
いふことはじ
めのごとや
久かげはいかれる
ゑをふりたててこやつ
をなき大たんやすけのぼし
はなはだ大たん也すけのつぼ
ねにつかはるゝ男女の官人おぼかれどもどもとりつぎはみなをとこのやく
これ又老女顕のなゝにあらと思ふに云てぢはみやこそ人をかたらひにせふての下知にての下知らずよことなりといまへ
にてをんなのいづることはなしかひがそんななりゆゑにをなどをもつてかへふみをわたきることありとも
いゝがせけるかくて
新司人かげはさる
十八十八七六二島江戸乙角
しいせいそいこき多力解
はじめずなつめがあく
事を見いだしたる
そのいさはし比
赤かいなし折を
もつてこのよしを
みやこへ聞え
あぐべき也
といふに
いつ犬
よなびて
よさひて
それがしは此
としばつとの御
ひゐきによりて
りやうぢもすくな
からずあまたの
けんぞくをやし
なひ候へばわい
その御おんをほう
ぜん道に心つきたる
ことあればまうす
までにて候にぶんに
すぎたる御せうびは
時のめんぼく此うへ
なしつきて
大は
なつめらは只
和とのゝ智りやく今に
すみやかに
◑左の上ゟしうけ給はり候へども
あすよりして十六日
までうらぼんに□
候へばこの
三日は
ゆるべ
給ひ
十七日に
なされなば
しかるべしといふに
より久かけ
おげにもとその
義にまかして
日さつくり
いつてよいきみ
中ゟ
このとき小でふらは火はこを
わすくはん為にしつのとり
いつでをいでより居きりに
しらがきらるゝことの
あらんにはすくめに
よしもなかりしを開せし
十七日にそ定めける
〽みちをいそぎしかどもなほ道こ
中にありければいゝ十四日に大はこ
かうべをはねて
そのゝちみやこへ聞え
日をおくらばごうめし
ちん泊はなる
ぞくふらが
うばひ
とらんと
あけ給へもしながせん義
はかる
らめ
すゝめ
かば久かげこの
義にしたがにて
上下つかさらに下を
しつそのようゐを
いそがするに下つかさ
らは大はこと
なつめを
あはれむ
もの
おほし
かるに
此ときは
半弓
はやなつ
すぎてふみ
月十三日なり
ければみなくひこしくまうすやう大はこし
なつめをけいばつの事
下ゟ
日をつばされたる命軍
めいのほどぞきどくなる○さる
ほどに七月十七日になりしかば
あたりはづさぬ
手なみを
見たけが
大はこなつめをつみなはん
とて妨外事にひきいだ
すにけいごのぎに立つ
百人あまり前後せん
左右
ゆうを
とりかこ
みて
すでに
次へ
一
けへ十六七六二時吊乙扁
神田かん
仏陀妙の義の
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
文にもの
にやありけん
下つかき
らがしか
じつと
いさめ□
〽いひたいことは
山〳〵なれどこた
細画さいでも
ものものすいこといふ
〽小てふ大はこをはじめとして
およそ三十
十三人の勇女ふらみな此所に
〽とひしかはすざきのやしろの小
〽とひしかはすざきのやろの小
一集葉どてのちまでいひもて
城を
いでて
まうけの
せうぎに
かゝりたり
これを見ん
仙女香
とてあち
こちよりきと人あまたつどひ
たるそが中にからひつおほく
かつがせてこなたをさし
来るものありざに兵
らはこれを見てかゝる
くんじゆのたゞなかへ
からひつはかき入れがたし
とくわきみちへもて
ゆきねともろ
坂本氏
「琉球きおふ丸
みな〳〵
〽てきか
みかたかしらん
みなみにこき来るふねは
三四そう
〽あねごがかへるとわかる
だらう
〽ちげへねへ〳〵
その
勇ふ
らが
姓名
□□□□
しるしの
にて
なり
さゝ木が藤戸ふぢもかな
からひつからひつかきらは
きかぬふりしてはやちう
ちかとかきすゑたりこれにぞ時のうつりしかば久かげしき
りにいらたちてとく〳〵と下知すればざに兵両人大をこと
じたて
せいすれ
ども
⑥P
下かひ
かはほり
ちかき
すゑひろ
たつま
ひくま
一あみ
こつめがうしろへ立まはりて左ゆうひとしかたなをぬいてかうがをうたんとする折
からたちまちくんじゆのうちよりして一人一人の大じんなアリとおめいてはし
りいで左ゆうにひさげも介をもてくだんのきりてのざに兵をまつ
かうかたさききらひろくから竹わりにぞさりたににす此大じんなはかつ
人ゑらずつむち風の力寿也思ひかけなきらうぜきにたれかおど
ろきさわがざるべきあれよ〳〵とばかりにのりどよめきてもんちやみやみや
かゝるところにくんじゆのうちよりときをあげ元ものをうちふりひが
しのかたより小てに花またとやたあみいつゝゐ七わた袖木まゆみ
もみぢまふ西のかたよりせきちくだかけめきゞすつくとりうす
しきぬゑりたへうゑなしつばくらめおもてもふらずぎつてかゝれば
そのものざに兵二百人のからひつをうちうらひしきて手に〳〵
そのものざに兵二百人に女のからひつをうちひしきて手に〳〵
うちものとりいだしおしつゞぎてぞせめたつるなかにもりき春のは
すのをもてまたゝくひまに十四五人をきりたにし〳〵なほも
すらんでなきたつる小一ふははるかにこれを見てあれはなつ
めのうはさみ聞たるつむち風りきに時ならんといひつゝほと
りへちかつきてあつはれ勇ふのはたらきかな名のり給へと
よづれともゐらはいふからし
よばゝれども力或は又ゝにもかけずしていく〳〵いさみすゝみ
けりこの勇ぶらが太刀かぜにあまたの堀兵窮きうたて
られてみなちり〳〵にゑりしかば夕かげも馬をひきよせのる
よりはやくすてむちあてて城中さしてぞにげたりける
○かくて江鎮泊村うらんの勇ふらは大はこなづめのいまし
めのなはを手はやくきりすててたすけひきつゝしりてきるく
はまてのかたにおりむくほどにすざきのやしろありしかば人
こゝにうちつどひてしばしくいきそひきにけり入を云つめは
このときに小てふらの人〳〵にはからざるたすけをあてふた
たびいきたるよろがびをことしくのべてやまざりければ小一に
らは又くれ牛がにせ下知ふみの印せうをしそしそんしたるに
よりわざはびあらんことをおそれてくれ竹めどきさくゝゝ戸附へし
十八日
わつせいすいこ次第九編
あぢめもはだ名あら西しろ粉らを
したがへてこの地へ来つることのおもむき
したかへてこの地へ来つることのおもむき
かやう〳〵とつげしらせてあつくいたちり
なぐさめけりかゝりし程に力あのも又
久かげをおひすてくこの所へ来に
ければ小てふらすべてたいめんしてことの
よしをときしめし和女郎がけふのはたら
きはその功をだいゝちなりけりとてひたし
すらこれをほめしかば力直のはふかく
よろこびてわらははかくとしらざり
かども物たりのあけにごで
かどもふたりのあね御ごを
おめ〳〵としばりくびを
うたせはせじ期ごに
のぞみてかのやつばらを
ひとりものこさずきり
ちらしてすくひ致ずはもろ
あはさねど人〳〵のこゝにたすけを得
ともに死なんとかくごをきわめしにいひ
たりしは思ひかけ
なきさいはひ也
といふに小
てにもその
うちまもらせそのよの勇婦は二百人のざう兵を
あぢめもはだ名あり西しろ粉らをのこしとゞめて共にとりでを〽いふは
あり西しあか西しろ粉らをのこしとゝめて共にとりでを
よのものも
かれが勇気の
たくましきをいよ〳〵
かんじてやまざりけり
かゝる折からおきのかたより
木〽おけがも
なうて大けい
はやく
〽●おさかつきを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
もてこぬかやイ
おさまみぬゆゑのこりは
べつせきできうそう
□いたぞばります
は〽おやしきはせまくもないが三十二人
これでもね
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まァ
◑左の上ゟ
〳〵いふに大はこなつめらは
大かたならずよろこびてはからずも小
てふらにすくはれたることのおもむきを
おのて
ふねにうち
のりて只今
このうらへよ
する程にはまに
見れば此やしろに
人おほくつどひたる
そが中におん身
ふたりのをはするに心
おちゐてこなもろ
ともにまゐりきと
いふに大はこなつめらは
人あまたのりたるふね三四そうこなたを
たして来にければ人みなおどろきあやしみててきか
みかたりとばかりによしをしるべくもあらざればふたある
きぬぬきすてて海へざんぶととび入りてこぎ来る
ふねにちかつきて見さざめてかへり来つかの
ふねのうちなるはをなごの
おほく
おほくのつたる也とつぐること
ばもをはらぬ
ほどにはや
つけしらせつゝ引あはすればかたみにその名は聞
およびたる勇ふくの初結たいめんづゝが悪きをぞ観音
しけるかゝる所にうつてのつわもの一千あまりよせちかつくかひて
がねのおと聞えしかば力式のははやく立あがりて此まゝにて
大事だいの
所じやぞへ
〽天ぜいだから
一かんにやァおよばぬ口へ
しりぞきすらんは
のこりをしく
思ひしにおし
よせ来
こきよする
くだんのふね
そのいつそうには
下かひよと鯛ひくま
とからたち千かきらがうちのりつ又
いつそうには末ひろ川ほり
きとのわかうどらをしだ
がへてひどしくこゝにのりつけ
すくやきてひやしつに
つゝすざきのやしろに
大はこときつめがをるを
見てふかくよろこびずて
みぎはへふねをつなきてそのほとり
にぞつどひけるそが中に下かひは
ふたかたをすくひとらんとほりせしかどゆ身ひと
からからたち千かきによしをつげさと人ざへにしたがへても右の下へ
たつまがのりたる也又いつそうにはこととひ
うちのもつ又
大はこなつめにうちむかびてわらははおん身
にてはその事かなはずよりてすみた川原へおもむきてあねよこ
たひとだんかふしつゝ末ひろはらからことと思ひひくまたつ間のはらず
たるごと
はやくだせば
〽いつ大をあの
まよにすて
かへるはあまりに
ざんねん御ころう
はたらき
みなさん
たのまにやならぬ
〽デイさわたしも御同意〳〵
しつか
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
十八十二七一八一四七十八七十四
わいせいすいこ伝第九編
うちまもらせそのよの勇婦は二百人のざう弁
したがへてこの地へ来つることのおもむき
かやう〳〵とつげしらせてあつくいたちり
なぐさめけりかゝりし程に力直のも又
久かげをおひすてくこの所へ来に
ければ小てふらすべてたいめんしてことの
よしをときしめし和女郎がけふのはたら
きはその功をだいゝちなりけりとてひたし
すらこれをほめしかば力直のはふかく
よろこびてわらははかくとしらざりし
かどもふたりのあね御ごを
おめ〳〵としばりくびを
うたせはせじ期ごに
のぞみてかのやつばらを
ひとりものこさずきり
ちらしてすくひ得ずはもろ
あはさねど人〳〵のこゝにたすけを得
ともに死なんとかくごをきわめしにいひ
たりしは思ひかけ
なきさいはひ也
といふに小
てにもその
あぢかもはだ名あり西しろ粉らをのこしとゝめて共にこでをへり
よのものも
かれが勇気の
たくましきをいよ〳〵
かんじてやまざりけり
かゝる折からおきのかたより
木〽おけがも
こなうて大けい
はやく
●おさかつきを
よしと
もてこぬかやう
十四
おさまらぬゆゑのこりは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
女〽おやしきはせまくもないが三十三人
これでも□□
きり
まア
〇左の上ゟ
大かたならずよろこびてはからずも小
てふらにすくはれたることのおもむきを
おのて
ふねにうち
かたのりて只今
このうらへよ
する程にはまに
見れば此やしろに
人おほくつどひたる
すが中におん身
ふたりのをはするには
ふたりのをはするに心
おちゐてこなもろ
ともにまゐりきと
いふに大はこなつめらは
人あまたのりたるふね三四そうこなたを
さして来にければ人みなおどろきあやしみててきか
みかたりとばかりによしをしるべくもあらざればふたあみは
きぬぬきすてて海へざんぶととび入りてこぎ来る
ふねにちかつきて見さだめてかへり来つかの
ふねのうちなるはをなこの
おほくのつたる也とつぐること
ばもをはらぬ
ほどにはや
つけしらせつゝ引あはすればかたみにその名は聞
およびたる昌男ふくの初緒たいめんつゝが悪きをぞ悦しも
しけるかゝる所にうつてのつわもの一千あまりよせちかつくかひ
日がねのおと聞えしかば力成のは委く立あがりて此まゝにて
大事だいの
所じやぞへ
〽大ぜいだから
かんにやァおよばぬ口へ
しりぞきすらんは
いこりをしく
おひしにおし
よせ来
こきよする
くだんのふね
そのいつそうには
下かひよと鯛ひくまし
いつそうには赤ひろ川ほり
さとのわかうどらをしだ
がへてひどしくこゝにのりつけ
つゝすざきのやしろに
大太ことなつめがをるを
見てふかくよろこびずて
たつまがのりたる也又いつそうにはこととひ
とからたち千かきらがうちのもつ又
みぎはへふねをつなきてそのほとり
にぞつどひけるそが中に下かひは
大はこなつめにうちむかひてわらははおんそん
ふたかたをすくひとらんとほりせしかども身ひ
にてはその事かなはずよりてすみた川原へおもむきてあねよこ
たひとだんかふしつゝ末ひろはらからこととひひくまたつ間のはらん
からからたち千かきによしをつげさと人ざへにしたがへても右のこよ
〽いつ大をあの
まゝにすて
かへるはあまりに
みなさん
だのまにやならぬそ
さわたしも御同意
十八十二七一八一時を吊乙角
上
しいせいといこそれて行
勇ふらみなおくれことり死寿をたすけて事せいのてきをきりゆし
たてつきふぜさしもはげしき太刀かせにうつての士卒しから
へきゑきしてみなくもの子をちらすがごとくやうやく城へ
にげこのりてもんとしをとちてふたゝひいでずりき
森らは思ひのまへにのゝしりつはづかしめて
しづかにひいてかへりしかば小てに大をくらはこれを
ねぎらひてまづむさしまでしりぞかんとてみな
みな大ふねいくぞうにかうちありつゝさんや村に
おもむきて末ひろ川ほうがしゆくしよにたれ
朱にければあるじ木工六よろアびて酒
えんをまうけてもてなしけり
そのとき大はこはもろ人に
うちむかひてみなさま何
とり思ひ給ふ久かげはこまれ
かくまれにくむべきはいつ犬
なり千葉のは田野へおしよせて
うらみをかへさんと思ひはべりとわ
いふを小てふはおしとゞめてそのうらみはな
ことわりながらかのいつ犬がをるはまいく
さとにはりやうしゆらす葉の介の父の出左まる
ありて軍兵おほくこもると聞にきわれ〳〵かしこへおし
およびなばみかた小ぜいにしてつかれたりかちをとることかたかるべしまど
あふみへ立かへりてかきさきて大軍をもてうちとるべしこの義にしたがひて
給ひねとまめやかにとゞむるを大はこはおしかへしてあふみと下ふさはみちじり
とほかり此たびかやふをうちとらずはかさねて来んことたやすからずかしこの
あん内をしりたるもの上のうちにはあらずやととひつゝ席上火をかわたせば
にたつのは外をうちふりてまつしくらにはせむかへば只今つどひしあらての
よせなばくだんの軍兵見てやはをらんもし合戦粒により
文字うゑつし
めりのをんなをともなふて
かへり来つきて大はこ
すゝみ出てわら
ははさきに千
いたりてとう
りうせしことあるに
よりあん内はほゞ
しいはべり今より
かしこへしのびゆきて見て
まゐらんとたやすくうけ
ひてかの地をさしておのむ
きしめそのへきの日只ひと
ぢにつぐるやうこれは四のまきへ
四
つゞきわらはが友たちにてぬひはりのわざを
やとひ針妙妙ぬき糸
とよびなしたり此ごろ
いつ犬がしゆく
しよへやとはれて
きぬをぬにて
よくしはべるにより人あだなして
はべりし
かばわら
はが
玉へり
こへ
おも
むきていつ犬がしゆくしよをうかが
ほどにはからずもぬきいとは
しごとをしはてかへる
とてかのいへよりいづるに
あひにきよりて四方
その方ゟくだんのひめごとをしか〴〵とさゝやきしめしめしと
〽ともなふてかへり来たれりいつ大がしゆくしよは
さら也はまのゝ出丸起の事までも此ぬきいとは
しらざる事なしとはせ給はゞふんみやうならんと
よりにはは
小でふらにしり
じつとかしとの
あん内手に
〽まづよくあき
から軍神に
にたるしら
けは廿六七六一鳥弗乙扁
かば大はこづ
よろびいふも
さらなりと
成るにもそのよの勇ふらもみなつぎへ
けいせいずいこれがき
つゞきいさまざるものも
なく
を〽めざすかたきはいつ犬ひとり
とりにがさぬやう
がつてんか
得たる
から
ちつとも
ゆうよすべから
いつ犬をうちとらん
とてはやく手
わけをさだめへ
つゝふたゝび
ふねにうち
ずこよひかしこへしのび入て
のりて千
きの
はまのへ
おもむはらから
きしが下かひこと
とひよこ
たいらをば
そがまゝふねに
のこしおきて
二あみ
女ヲヤついぞ
こはやの〳〵
〽十一だん
めの
夜うち
ゑらひ
をんなの
らうぜき
ものども
閉入り
◑本ゟ
にげ去ることもある
ならばいけとるべしとかんの下部のほそくび丁とうちおとせばアツ
手くばりしつがともいはずけしとんでむくろはのちにたやれけり
このよの
ものは
くがに
のぼ
その
夜いつ
大がしゆく
しよにしのびちか
しよにしのびちか〳〵
つきけりこれよりさきに
ぬきいとはあん内しつたる
ことなればいつ犬がせどのかたの
ぬく手も見せすくだ
も前後ひとしく火をはな
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いつ犬がいへの内なる人みな
おどろきおきい
でてかどの戸
あけて出んとす
ざるをまちまうけたる
勇ふらはけむりの
うちよりきつて入り
きつさき
不右の下へ
かきを
こえ
しのび
入て内心
より木
戸をひら
きしかばみな
みなしのび入る
ほどにちやうずに
おきたるひとりのしもべが此あり
さまにおどろきてこゑをたてんとするじ
ところをはなまとすかさずはしりかゝりても右のも
けいせい上人七嶋高九兵
どをうしな
ふてうた
□□□□□□□
〽おほかり
けるさる
めほどに
□□□□□□□□
河大がしゆく
千かきがおきくびてがらは
するとき
とふのつめ
のかたに火の
おこりしを見て
○おどろきさ
おくろき
かわぎ水をけ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
になひてみなおく
れじとはせ
つどにその
長き五日
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まもりゐたりし江
かりとうちんの
勇卒驕らは
さと人を
さへきもと
けいせけすけこ行第十編
人〳〵はやりてちかづくべからずこれはさか根いつ犬にうらみある
大はこのとじならひにしづいとりでの勇め
らがやきうちをしたる也しかれ共善人也
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しりぞきて
み
らのよし
千葉の出丸まるへしか〴〵と
ちゆうしんせよ千葉との
にはうらみもなければこなた
よりよすることなしさるを城より
うつていでなば手なみのほどをしらすへし
これわれ〳〵がいまあらず小てふ大はこのへ
これわれ〳〵がいふにあらず小てに大はこの心
おとじのかねていひつけおかれし也はやくこの
義を出丸へつたへよゐ義におよはゞいけ
てはかへさじ命をしくはとくゆきねとことばじ
せわしさとすにぞさとへらはかどへ
ろきおそれて只アイ〳〵といらへを
覚ふの出丸へしか〴〵とよしをちゆう
しんしてければ出丸の大将おど
ろきてげにくだんの勇婦
らはおとに聞えしものども也
勢聞の身女女もはかりがた
きに五まじいにうつていてなば毛をふ
きてきずをもとむる後をくわいなしと
いひがたし只この出丸記をとられぬやうに田
心するにますことあらしとしあんをしつゝ下
知をつたへてかたゝまもりていで
つゝそがまゝにみなしりぞきて千
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽みゝでも
そいで
かへすは
やるがよい此まゝ
□□□□□□□□
も〽むしけらをころす
よりなほも手かるい
ひらくども命はから
ひら人ども命はから
だには左衛門
福
廿
十七
キヤギナセ
□□□□□□□□□
井村
しつ
今
ざりけりこれにより小てい
大はこの勇ふらは民の
まゝにいつ犬が家内の
もいをみなころしに
してその死がいを
あらため見るにあるし
いつ犬のなかりしかばのこ
りをしく思ふのみいへざへ
やきうしなにたれば外にかく
るゝくまもなし当春のあた
たるいつ犬をうちもらせしそざん
ねんなれ今はしもこれまで也夜の
あけぬまにしりぞかんとてふえを
ならして人数財をあつめしづかにはまへ
まで立かへるにふたあみいつゝ井七わたひくま
たつ間のはたからはふねにのこりてこゝにをかいつ
犬をうちもらしたるよしを聞てうらめどもさてある
べきにあらざればみな〳〵うちのるふねとゝもにむき〳〵
しのさんや村へかへりけり○さるほどによこたひ下かひ
こととひらがのりたるふねはとほ見の為におきなかに
ありすでにあかつきのころにいたりてかづさのかたよりこふへ
たをさしてのりはしらするはやふねあり是すなはちいつ
犬也さてもさか根いつ犬はこの日いひ山におもむきて
久かげのほとりにをり酒もりのあひてをしつゝおもは
ずも日のくれしかはこよひはこゝにとまるべしといはるゝに
いなみかねて更にたくるまでありけるにたちまち
はま野のかたにあたりて失火船ありと聞えし
かば一犬いたくおどろきてはやふねいつそう
十八廿五十六七七七十七十六
ゑを
しゆると
やうほんの
よりほかの
ことはない
やかよの
さいくんか□しや
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽はんといふにてかげ
そのゐにまでして
おくりの人をこへつけて
ふねにいらしてかへしけりかくて
いつ犬がのりたるふねはひたし
すらにろをおしきつてはま
野のうらへとこぐほどによこ
鯛下かひこととひらがつぎん
いつせいずいこい次第九編
しよに夜うち入りてやき
うちをしたる也といふに
いつ犬おどろきさわ
ぎてさてははやわが
いへは七きの為にやかれし
かといふはまざしくいつ犬
なりきとよろアびいさむ
引ぬきてなんぢらしら
ずやわれ〳〵は大
はこのとじの為に
うらみをかんす
同盟滝の勇
ふたれかれ也なんぢがいへに
夜うちしていへの内なるやつ
ばらをはひとりものらさず
うちとりしになんぢ一人をら
ざればのこりをしさはかぎりも
あらずとさきにひとりの
ざに兵もて小てに大はこの両
たづねしにこゝであひしは天にのたまものくわん
かけてナウ船人にものとはん失火ははま野に候か
ととへはよこたひらみなこたへてとはるゝごとく
はませなるさか根いつ犬がしゆく
よこ鯛琴とひはやくかきなはをうちかけて
くだんのふねにのりうつりひとしくやいばを
とじよりつげ来されしによりてわれ〳〵
な下此うらを立さらずなんぢがゆくへを
いりたるふねにはしなくもちかつくまゝにいつ犬はやくこゑを
も上の手ゟしうらみをかへしてことのこゝにおたべる也とじはもとより
いふ〽万そつはきやすして一将勢は侍やす
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ぎやく心になし
ざるをいつ犬がへいら
ゆみかたに
したいはい
なァ
かさねて
思ひしらす
ゆべし君せよ
とつたへよかしと
ゆくまでをへとしのゝ
しりていつ犬をのみ引たててもとの
ふねにのりうつり小てふ大はこのあとを
したふてさんやむら
〽何はともあれ
かへり来にければ
いつしよに
あふみへゆり
しやんせ
それが
たがひの
たがひの
為じやそへ
しんせいはさら也勇
大はとがよろかび
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
へぬらは小をどり
やしていつ天にうち
むかひそのつみを
一犬首級
せめけるにいつ大は
かへすことばもなくかうべをたれてゐたりし
せよとのゝしつてからめとらんとする程に
つぎはかなはしと思ひ定めつかいくゞりて海へさん
ぶととび入たりそのとき水中陸に勇
ふありていつ犬を引とうへざながらつぶてをうつごとく
ふねの内へなげ入れしを共かとひよみ鯛うけとりておさへて
なはをかけにけり今水中にありていつ大を引とうへしは下かひ
也いつ大が入水競することりやあらんと思ひしかばはやくふね
より海に入りて水そこにくゞりてをりこのゆゑにいつ犬を
たやすくふねへなげ入れたるそのはたらきは名にし
おにかいつむりのごちのむなしからすともろ
人のちにかんじけりそのときいつゝ大のおく
りにつけられたるいひ山の下部しも
ふな人らはおどろきおそれ
腰うちぬかしていた子のうへにへた
ばりふしゆるし給へとさけびしを琴
とひよこ鯛あざわらひで
かずにも
たらぬ
なんぢ
おほちの時より木曽との
かばりき寿はいらだちすゝみいでてのゝ
しりたけり父竹をもていつ天がくびを
せはねてけりそも〴〵このいつけんはさきに
赤きくが将にさくら戸を
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さどはむさしのどゝまこふり
ゆゑはな又の大とりと
よばれまするも此いんえん
たるくがふねの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
兄なることも
こたび取き
京がつげ
しによりて
れしかば大
その事さだ
かにしら
はこは
かれが
くびを
しづの
とりでへ
もたら
して
あらんいび山に
おころすとも
何の益なか
こぎかへして人
かげにつげしら
せよしづのことり
為にも右の下へ
での勇助らが大はこの
さくら
さ口に
せんとて
酒にひたして下がひに
しばらくあづけおきにけり
○そのゝち小てふ大はこは
よこ術下かひ琴とひ
末ひろ川ほりひくに次
十八せの士は二嶋吉乙扁
いせいはいて作美の神
カ〽きつけもせめさけおび上
たつ間からたち
千かきらをもしづのとりで
ともなはんとてそのよしを
かたらふにげに此またこゝ
まるのに
あらばうつ手の大ぐん
むかふへし此ところをたちさ
りてさん世ひめにつかへんといふ
だんかにすでにさだまりしかばおの〳〵
おの家材契をとりかたつけて木工六を
はじめけんぞくをみなこと〴〵く引つれづゝ小
てに大はこうともろともにあやみぢさし
たちいでけり○かくてくだんの勇ふらは
さんや村をたちしより夜にやどり日に
あゆみて木曽きのめこめ山のほとりまて
束けるとき一も手の軍馬碗あらはれいでさ
たちまちみちをさへぎりしを小そに大はこ
はるかに見てあれは此わたりなる山ぞくに
こそあらんずうめといふことばもをはらぬほどに
りき寿はふたつの女分をうちふりはやたゝかは
んといざみしを下かひきうにおしとゞめてかの軍
兵にうちむかひ来れるもいは何人ぞ名のれきか
んこよばゝればその手の大将と見えて二騎きの
をんなむしや高よりをりてすゝみちかつきこれは此
としごろめごめ山のとりてにはべる花父の天とり
はまのまさごつきじ子とよばるゝもの也世に大
けん女の嶋元ある大は三のとじは江鎮泊天神の
勇ふたちのたすけを得てかづきより此所をよ
きり故にといふよしをしのびのもいゝつげしかばげん
〽よにありがたき
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
御旗ごこ
よろしくおとりなしみな
たのみあげま
みま□□
〽われ〳〵六人の
ほか十三人の
勇物たちは
此つぎに
ひかへてをり
いかへてをりま
もちつと
ふつめ
ぬか
百文
左の
上
より
義徳
条相成
金上
かい陣がつ
ことぶきに
酒えんを
まうけよこ
納下かひ琴
こびらすべて
いまままゐるの勇ふらに
たいめんしてかたみによろ
二にこと大かたならずそが中に
大はこなつめはかづさにて
二子蛇らにたいめんしつゝまづそのすぜうをたづぬれば両人こたへてわれては木曽く
よし仲のざんたうなりし何がしらがむすめ也とりでにはなほしにたりのしんなむしや
ありそはみの亀のひき尾月夜ふえすゞ目とよばるゝもの也かれらがおやも水曽
とのにゆかりあるものなりければ先亡蛇のよゑをあつめてくだんの山にこもりをり
しがおやどもはみな世をさりたりわれて去なこ也といへどもいづれも我げいをこのむ
なほそのとりでをまもりてをりねがふは今より大はこの上じわがとりでにとゞまりてゑい大
将になり給へ手せい三百よ人ありこの女をうけひき
給ひねとのべて矢やを折りちかひをなしてそのまごゝろを
あかせしかば大はここれをなぐさめておの〳〵こゝにあらん
よりしづのとりでへおもむきてさんせひめにつかへ給へさる
ときは名もたゞしく武勇をのちにつたふべしまづ小てふの
ときは名もたしく此男をいちにつたにへしまつてもの
とじらにもたいめんをし給へといふに大とりつきじ子は
いち義におよばずその義にまかして小てふらに名のり
さんに入らん為にいでむるへはべるのみといふに大はじすゝみよりて大とり月
命あやうかりしことのおもむき
又小一ふらにすくはれたるてい
たらくそのゝちさか根いつ犬を
うちとりたるよしをものかたりて
いつ天が首級水をとりいだし
しがおやどちはのゑもをざりたりわれて去ればはいへどもいへれも幾けいをのむをりそのこれはさくらすかくややけれは
くがふねの兄なるよしをつげにければ
さくら戸はその花をかんじてこゝち
外よしとぞたゝへける○かくてそのつぎの日に大をこを
はじめとしていままゐりの勇ふ十九人おの〳〵衣
せうをあらためてさんせひめのけんさんに入りし
かばひめうへは大はこらをほとりちかくはべらせて
此うへながらたのもしくおほめすよしを仰られて御
きやう書引を
あひしばらくとりでに立よりて長途廻うの
ぬやりけり
つかれをやすらへ給へとねんころにいざな
印へ
ひてさきにたちつゝみちひ〳〵ほどに
ひき尾すゞ風もざう兵のしらせに
よりて山をくだり。小てふ大はこらを相
ともなひてめごめ山のとりでにて酒
その
えんをまうけてもてなけりそのとき
とき小てには
小てに大はこらはひき尾にもすゞ風にも
大太にだいちの
しづのとりでにおもむきてわれ〳〵ともろともにさんせひめにつかへ給へて
とことばひとしくすらめしかばひき尾すゞ風もその義にしたがひ四五日に
てふ大はこらの勇婦をみなとりでにとゞめてかたのごとくにようゐしつつひに
とりてをまきはらひて手のものを打したがへ小てに大左るにともなはれてしづのでかゝしたがはずわれ
とりせに来にければくれ竹はめときさくら戸はだ名あぢ町があり西しろ数
らと共に一ツ里前なりいやむかへて木を二めめのつゝがなきをころころことをもいきをもなをもなきものをいかせるおつぎのおつぎの
席記をゆづりてその
身はつぎにをらんと
いひしを大はこは
司したがはずわれ〳〵は
いまゝゐりにてさせる
一いさをしもなきものをいかでかおん身のつぎよし
一かい
みぎやう
十八十八七尺二島吉乙角
うへにたつべきしひてこの公氏をのたまはゞ辞ぢし去るべしといふにより
小てふはつひにゆづりかねて大進を第二のせきにをらせそれよりくれ
竹めどぎさくら戸次第にせきをさだめけりされば是より大はこ
なつめりき寿琴とひよこ朝下かひ末ひろ川ほりひくまたつ間
からたち千かきひき尾大とりすゞ風つきじ子うゑ梨にゑりふへ
ぬきいとら十九人を相くはえて古参死の廿一人と合して四十名以の
勇力ふらはおの〳〵そのやくをさだめて水とくがとの出丸をまもり
あはれ京まれかまくらまれうつねの軍兵おしよせ来よはな〳〵
馬琴作
左衛門を
武勇ふたち
もらさじとて
とやらかうやら
しき合戦尅して手なみのほどを見
かきとりました
せんずといはぬものなんなかりける
これでしば
こゝをもてしづのとりではひかりをまし
武威卿かゞやきて勇気りん〳〵
たりしかば世の人なべておそれけり○かくて
大はこはある日小てにくれ竹らに
つけていふやうわらはは人〳〵のたす
けによりてあやうかりし命つゝがなく同
かくあんらくに
むかくあんらくに
なか
〽いづれも
ちかうと
御意きよ
じやぞへ
はべれどもふるさと
家傳神女湯湖冷のみち一包代百銅
なる母おやのわらは
近来薬持高直といへども弥やくしゆをはらみて
ゆゑにからめとら
功のうをたがはざらしむ狐の為にのみせざればなり
るゝことしもあらば
清副衣奇応丸六血代弐朱中包代一匁五分
精製奇應丸法
米佳石廿一作ナ小包代五分但はしたらふ仕候
いかゞはせんいかて故
薬種をえらみせいはうをつまびらかにしぶんもやう
江戸へおもむきて母
家伝のかげんをもつてすこの故にその功百ばい神のごとし
といのとをともなにて
熊胆黒丸子参のい汁を以丸す一包代五ト
婦人つぎ虫の妙薬一包代六十四銅巻代三十二銅
つき虫はさらんさんごをり物くだりかぬるに用ひて妙也
製薬本家神明神下瀧澤氏
國安画
弘所元飯田町中坂下南側四方の向たき沢氏
すみやかにかへり来てんこの
義をゆるし給ひねとてたびの
ようゐをしたりけり是より
のちのものかたりは下ちつ五の
まきにつぶさ也作者曰ことの
大はこ
浄書金川
鶴
屋
喜
御免江戸暦開板所海年十月下旬限り
南山禅師書
石榴
載陽帖全一冊、
安年十月下旬頃より売初め申候
仰付可被下候
四季和文章
撰
新といふたじ
新杉橋一枚恵齋紙摺一枚葱斎鍬形紹眞筆
麹日本名所之繪
此国は大北海外の国々島も御城地神社仏国名所古跡山川の勝地景峯の宿見る如く地震
折此曲は大中餘出の国々御城地神社神社仏閣名本下
高明かたちを正して広大の日本四浦の中をと〴〵く似て見つがやき起にて
女古伏前園生竹数両品出来高井蘭山編撰
一〗女古状揃国生竹製両品出来高井藤山織松
此とは女今川状をはじめ己刀の妹十一十五郎のくをたかるいにしへの賢女の大おれが叔父妻がひ
歳あく我これに竹正を加へ児女の教訓なし覚迄なりて女子の父子の女子の
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
あめ売ひたぐひはゐかいの心解有寒の歌等ぬるき
さらしを引用ひ考て陳したれば雅宮の見るべき書て
古画入二冊
還塊紙料
米古画入二冊さらしを引用ひ孝て涼しこれば雅楽の大名也
田喜庵編
世のひともそ
此書は幻後庵の記の理解をもとらして俳女の規則を多くにしるにして
一松文章儀塘くるの導をあく記中の題によつて諸名家の句成のせし
芭蕉羽圏分山閑居の囲湖水石山の図を損して紀中の風原手と
とる如し風流にこゝろを劣る偖君子かならず見るべき書なり
簑笠翁
随筆
同玄同放言初編二編註はだんく奏出し事の第二編
一編三冊は慈用の跡より勤凶の跡の方に至る此論すべく古益旧物王献の図
等となこと〴〵〳〵〳〵。誠に作者の者を尽せり難俗れなく見るに目かればず信ず諸国の
初縮二編にいて出して事つども興あるべきものになんといてまづ遠刻のよしを放案すへ
庚
寅
春
□
販
三畝荏禾木林輯
日民八州および出羽陸奥甲斐信濃其外北国筋中昔の六人をこ
はじめ猶当時有荷の人々の附合并京治花文素往来の付合
芳艸集金冊板
小人川集金冊及はじめ行意の人の附合并御座候
都合二百巻をあつめ年々歳々の流行一揖に見あからしむる書なり
同輯
也京格并伊勢近江三河尾張其外西国筋に玉る迄中昔の昔の言へ
性をはじめ猶当時名ある今の自合成よひ江戸文音往返の付穴
賛蘭集金三
女都合二百巻紙あつめ年々の流行一時に見あからしむし
歓童
戯筆
遊言画手本一名鳥羽絵早まなびま
書
目
通
油
廣益
懐中早割大全体
塵劫記
新形染彩目
油芝居次
ありふれし算書とちがひ便利をむねとしてあやまりを
正しわらべの初学にはやくその道に入やすく
冊
上達すみやかなる甚ちかみちなる算書なり
ついもやしてひきのいと
権仕北手引糸前編出来此書はいまだ人の心付ざるもなら所々忠薬
前迄警為一筆後編嗣刻先生殊に心をこらせし奇品なり
後編
芝居次
前編にかれたるをゑらび集め
全一冊五渡亭国貞画
画の道はさら也をどり松くらせ
顔早稽古
町役者心
役者似顔早秋百古名前全二冊五渡亭国貞画画の名をこんをと
にも見合になるべき汝書なり
堂
雀
蔵
山八文字自笑評
奎三箇之津文
藝品定にて
名
来寅正月二日迄
役者
うり出し申候
即考百籤
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
者計判記ニ
全一冊
鐵箱添
冊
惣役者芸評の書元禄以前より当時迄並々囲板いたし
奉入御覧候相かはらず丑年中三ヶの津狂言評判明細に
相模ひ文談停附等こと〴〵く相改め御見物無之御方にも
次第つふさにわかり候やう書あらはし奉入御覧候間御ひゐき
厚く売出しより御求め御高覧可被成下候
此書はもかるこし明帝の神霊ありて我朝に持来しあまねく世に
一徳法皇神仏に祈殺し吉凶をもとむるに霊験神のごとし
書
山東京傳作
忠臣水滸傳
絵入
十冊
忠臣蔵の義士等を豪傑水滸伝になそらへ
讀本
千冊
綴たる至極おもしろき名文の法本なり
錦
繪
初編ゟ六編迄共ニ山東京山訳
稗史水滸傳
十二冊売出シ置候歌川国芳画
石石石石作石石石石石石石石石石石灰灰灰灰灰灰灰灰石石
初編鶴屋南北作
水滸伝劇場雛形
州信仁康坊匆井四冊歌川國貞画
仙
雀
同同十二編迄寅新板柳亭種彦譯
稗史水滸伝
共二十二冊丑年一月に震始歌川国芳画
堂
鶴
屋
喜
右
衛
同衛門衛右
同衛門徳右衛門
奉書三枚継粉色十四
一画面にいろ〳〵の興あり
水滸伝豪傑雙六歌川国芳画
おもしろき事双六陣一なり
絵本三国志初編八冊出来
重田貞一訳
歌川國安永
通信漢楚軍法を御子様かたに
初編ゟ五編迄
わかりやすきやうにひらかなに
繪本漢楚軍談に
詳したるおもしろき軍書なり
共ニ十二冊出来
〇
とき、
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第九編
歌川国安画
下帙巻之上
□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ときとを
JAUVELETETEL
曲亭馬琴著
曲亭馬琴著下帙四号合本
そも〳〵這個は
はるさめのおほはこ
還道村受大書
轉禍為福通夜物語
春雨大箱が
領城水滸傳第九編之三
さても余後
吹毛求疵旧里話表
丹波路懲贋物
颶風力壽が
歌川国安画
書行僊鶴堂梓
十五
かたく大はこは小てふらにうちむかひてふるさと東公明村竹堀にしのびゆきておや
いもとをむかへとらんこひたすらにかたちひしをにてに聞つおしとゞめてのたまふおもむき
ことわりなれどもおも身みづからふかさとへゆきにはんはきはぬをあやうし智勇をなし
はりし人〳〵をつかはしてむかへとうせんとはどもしかるべき勇婦はかつきよりの
ありまだけれどうのほどもあらぬになにはなにはなんかつきよりのつきよりのつ
ありまだ休息おらのほどもあらぬになにはゆけとはいひがたかり。今しばしばし
まち給へ人をえらみてつかはすべしといふを大はこ聞のあへず
なまじいに人をたのみていたづらに日をすぐさばおやの安有尼
ばおやの安危
あんをいではせんもしふ慮りよのこと
あらば後悔心にいそこにたちかた
からんしよせん多人数
太左の上ゟやられんこそわらはが心は
やすかるべしこの義にまかせ給ひね
とてしきりにはやりてやまざりければ
小てふはつひにとゞめかねてしからば
心きゝたるざふ
〽あし手まとひの
ともひとをのこして
おけばうしろやすし
人めまれなるたそがれ
ときドリやそろ〳〵と▼
兵を十人
ばかりつかはす
べしかれらを
とも
なひ
にてゆくならば
●いて見やうか
給へかし
かへつて人めに
いふをも
はかり
かたかりかゝれば
ゆくときは人めに
たゝずもし又
わざはひあり
とてもおやの
とく〳〵はなち
わらは只ひとりしのび
案すつるいのちは
いさゝかもをしからず
従是宋公明村丁場
けはせいすい二伝乙篇
同
ひとりも要悦なし今より
ほつそゝすべけれとてはや立
いでんとしてけるを小てふは
ふたゝびおしとゞめてはるさめの
刀自に聞給へおやにわざはひ
あらんかとてかくあはたゝしき
たびたちは子たるのみちで
はべれどもつぎへつゞ
もいせいわいこんして弁
さんはめのおんめにその身をあい給はずぬ義にかくる所あり百足深くの
左の上ゟあはてとさらに一トことのもんだうに
むしは死すれどもつひにすれどもるものはすけおほしきによりてひとりゆんはいとまもあらずそがまたびすをいへと
いとまもあらずそがまゝきびすをめぐら
はなはたあやうとも此とおほうと思へこれわぎはひをふぜ。の用心なむことしてあしにうしてはしさりざりをご
してあしにまかしてはしりしがほんかいどうを
かはといさめしかばしもしばしうちあんじてのたまにかしはとわりなれどもやはやしやうやおこともあるともあらて
あまりにおほし五人にてもさわりにならん供はひとりで事たるべしとなほも
又文ちをはし事にますことあらじと思ひに
いなまてはてしなければくれ付すなはちはからひてざふ兵三人を
ければつひに又とも人をのこし
つけつかはしけりざるほどに大はこはかの三人のともびとをしたがへ
その日かどいでしたりしかば第三日のひつじのころに
おきたるもとの
はやくなにはにつきたれどもひるは
とりやうじゆより
きびしく▼
人めをはゞかりあればやしの
うちにその日をくらして
やゝたそがれになりしかばに
すなはち三人形のとも
ひとをばもとの所にのこし
おきて
ひとり
そこめ
むきつ
おやのいへに
ちかつきて
せどのかたに
うちめぐり
折戸をほどく
とうちたゝきし
かばその清き
村におも
ひそかにたち
いでて大はこを
だき木をいだきて
火にちかつく身のあやうきを
しり給はずやかういふうちも
人をつけ
られしか
さらばあふみへ
ごみちえだみち
きらひなく
からうじて
はしるほどに
たちまち
なといふこゑはる
かに聞えしかば
おどろき
うしろに
人おとして
大はこを
とりにがす
見ておどろきながら
あたりを見かへり
こゑをひそめて
おん身はなどてきも
ふとくもこけうへ
かへり来給ひたる
さきにかづさにてありし
事はやくこゝへもきこえ
とほ光との大はこが母といもとの
ちくてんすることあるべしとて蛸ちや
九郎能得のりしといふいへの
子にくみ子をおほく
さしそえてこの所を
まもらし給ひ
かまへらよりおん
下知あらばからめとつて
まゐらすべしとおご
そかに命めぜられ
たりさればわらはも
母御さへとほからずからめ
とられてかまくらへひかるべし
これにより趙諸九郎はくみ子
と共におくにをりさるをうか〳〵
此こところへ来給ひしにそ不覚
候なれとく〳〵かげをかくし給へと
さゝやきつぐるをうち聞たる
大はこはおどろき右の下へ
しかば当国の守みあま野のはん官
気つかはしいちつともはやく
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
立のいてかげをかくして
くださりませ
たちかへりててだてをかえて又来
なんはゝさまにこのよしを申てたもれ
さらばじやぞや
ながらみかへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ふりてらして
印{
〽のもがくみ子をおほく引
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
◑印工かの部九郎能得
つれてとほからず
おひ来つるなり
下ゟ
かくるゝ
まもなかりし
かばいかにせましと
心あはてても
※印
こさへ
一十一日と見ればみちの
かたほとりにふり
たるやしろあり
ければ大はこは
くだんのやしろに
ものゝかげも
なければ尊神そん〳〵
こよひのわざはひを
すくはせ給へと祈念をこつ
いそがはしく戸帳ちやうをつぎへ
はしり入りや
あたりを
※印
けはせはことは二島九幡
いせいすいと仰フ升
かゝげて内陣路にかくれてをりほどもあらせず越張九郎はくら
大はこが見えずなりしはふし義はそも〳〵此ところは還道村野村かきものうちにてある
左ゆうはすべてふか田なれば横ぎりかくるゝかたはなしもし此やしろのうちなどへ
かけをかゝせしことしもあらんざがして見よと下知しつゝさきにすゝみて
たいまつをふりてらしつゝあちこちと社しだんをくまなくあされども
こゝにも大はこの見えざればはしりいでんとせし折にひとりの
くみ子よひとゞめておかしら只今あの神戸帳に
すこしうごきて候也もし戸帳の内などにかくれしことの
なからずやといふに趙九しうなづきてげにその監
定めきはめてよしいで〳〵といひながら戸帳を
あげんとするほどにたいまつの火のぱとはねて
まなこのうちに入りしかば
蛸九郎はあつとばかりにし
たいまつをなげすてて目をすり
だいまつをなげすてて目をすり
なみだをおしぬぐひておもふにこゝにはゐざり
けりなんたちなかばはさきへはしりてはやく
出くちをとりかためよわれはそこらを
たづねて見んといひつゝ外のかたにはしり
いでしがしばらくして又えり来つかくまでに
いでしがしばらくして又かへり来つかくまでに
あさかしにかげも得見えずゆくへもしれぬは
かへすくもふし義なり心にかゝるは
戸帳の内のみなほよく
うちをあらたむべしと
の人つらそがへしと
いひつゝいそがはしく立
〽やけどをするにことをかいて
目の土をこがすとはあん
まりちゑがなみだの
よりてかきあけんとする
程にたちまち戸帳の
うちよりして風さつと
左の上ゟとり
にがすこと
あるべからず
来よと
いひかけて
印
かけて内隠出来れてとりほどもあらせず越化が九郎はへ三子と共に土の大」とり
おひかけ来てやふつのほとりに立ざまりまさくこらへおひめしと思ふたるにがすとへつはごとも
いでとゆきけりのき
大はころんですなりはふし義おも〳〵此ところは隈道村野ものうちにしてありらす
〽どうしてあの
ふきいでてたいまつをみな
うちげしければ超九郎は
おどろきておの〳〵は何とか思ふ
われく九夫ほんのうたがひ
ふかく仕せだんをしばくふみ
あらしてらうぜきにおよびしかば
ものをさぐるが
石の下へ
ナハサハすへことい
あぶない
しぎりに神の寛助次郎をいのりて戸堤の内にありけるにさきになかの新九郎がたいま門の
火にも大こをやかれちには又たいまつの火をうちけされしによりさいはひにつかしき上を深き
かばともろたくこの神のたまけさせ給ひしならずいかなる神にましますぞとにふし義の
れいげんやりきと思へばしん〴〵いやまでなほうそがまゝにありけるに身さへと気せんのづ
はでてぬるともしらずまどろみけるにいとうるしまき水のわらはのこつぜんと
早くらにたちてはるさめの刀自とおき給へ御ぜんさまのまたせ給ふにとく〳〵といそ
かしけり大はこは地ともなくいざなはれゆくほどほどにいとさら〳〵しきなきりの橋にあり
はしよりしてあなさには宮殿岸仏閣汐甍義をならべて王毛にのくさも
木もあるひははなさき中火にをむすびたるま共にて行もくんじていはれずとすゑに
あそぶとりのこゑそのになれたるけものまじみな世のなかになきものなれば
ふかく心にあやしみてわがふるさとよりとほくもあらぬこゝらにかる勇威
右のありけるよしはつたへもきかすいかなる人のすみか。そやと思ひまと思ひまで
ゆくほどに堆朱心にぬり給がきたる大もん中もんをうちすぎておく
ふかくともなはれいとかう〳〵しき申きにいたりてと見ればかみくらなる
きほどに大はたはいちなならず二度とぞも今やさがいだされなんといへばいきたるこちもせず
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ませいでふつらし
みすを
かゝげていとうる下き上臈路計の
しとねのうへに坐し
給ひたる左ゆうには
十四五人のめのわらははべり
たりそのとき上らうは大はこを
さしまねきてやよ刀自由
ちかくすゝみ給へこよひはふし草の
ことによりしたしくまみえ
まゐらするまとにこよなき
よろこびなれ刀自どに
さかつきをすゝめよと仰に
めのわらはらころ得て
□□□□
左の上ゟ
ぜうするの
あまり今一ま
きの天下せんを
ろけんひそかにこれをじやうどく
せばたすけになることおほかるべし
ほざりになお思ひ給ひそとねん
ろにときさとしてくたんの天書とん
おもをきづけつさらに又四言四百四句の
語をとなへ給ふやうつめにあふてよろ
お田様となみのせうどにめやうよろ
かひあり花はほども凶はならず東の
かたおくの又およいに功をあらばさん
すくせのくわほうより
かはらけをもていでつすむる
酒を大はこはうけいたゞきて
のみけるに香気ふくいく
ことしてあぢはひかんろににたり
けりそのとき上らうは又
のたまふやう刀自とは世に
りたぐひまれなる平身はぎ
のふ人
なりけれども
らねばしゆぐのかん苦に
あひ給へりさはれその
どうつくもにおよばゞ
石しん義女の名を
あけてのちの世
までにつたふ
なりけれども
心ばんを
右の下へ
〽めづとし
きやくを得
つれくを
なぐさめ
まする何は
なしともさゝ
ひとつそこは
手どほな
ゑんりよは
ないサア〳〵
こなたへ
ちかう〳〵
この句をそらんじ
給ひねとて
ぎんじ給へば
大はこす
こでにおぼし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
同十八十六七七七十七十六七十七日
ゆいせいすいころの
して身のこと身を給はりければ又はこはうやくしくよろこびをのべし
わかれをつけてかへめのわらはにおもられつゝ亦かの又はじをわたる
ほどにめのわらはゆびさしをしえてこの川にはこかねのごとく
ひかる女のかめめはべる也あれ見給へといふきしめば大はこはとは
らんかに身をよせかけてよねんなくだんの亀を見るほどに
中ゟゆめにして身は
なほ戸柚の
内にありさめ
てのゝちもむね
うちさわぎて
あやしきとかはども
あらぬをゆめると
思へばさづけられたる天書にんの
めのわらははうしろより
大はこがあしをすくふて
たちまちはたと
つきおとせば大はこは
あるやとさけびて
身をさかさまに水
中地いへおち入り
にきと思ひしは
一じまきはふとまつにあり且口中の
北に酒のかほりののこりたるもいと
いと辛き也こはこのやしろのおん神の
方北げにこそとはじめてさとりて
すでにあけゆたてうのひまにその
神たいを見奉れば夜中丸に見たる〇
きもかけにちつともたがはぬ天女郎のぞう也大にいたりて大はこはこは
たちまち心に思ふやうわへさぢ村の弁方一はいつく嶋とおなじ
神にて田ごりひめのことをまつるとつた事はまさにこれ
此やしろにてありける也もし神明めんのおうごによりてわが
こゝのこゝろのこゝろさしをとぐるあるならきのみやしろを
しゆふしていかでよいよひの神ごとくのかへりまうしを
まうさめとてふしおがみ祈念物にて
かくかく上らうるいたまふやうこの世にてははんうすくこよひかぎりの面へ入れ
ども開念仏の日のなきにもあらず今はしもこれまでやつとめ給へとをしめたと
〽カ〽こんなやらうの五人や十
の下のなかゟ
はた
ゐに
ふり
たる
かくあり
弁オ天
立いづるどき
あほぎ
見れば
右の上へ
上□左の上ゟはらん
朱が
まいより
をより
ぎうさは
□□□□□□□□
さけびしかば
ついでわろと
たるに此ところに
みちをもとめてし右の下へ
なけころすもいけ
どうさのない
ちいせいまいと何九第
なとのゝしりめおひつめてにもてくびをはねてげり此外らをんなはい人な
らずつむぢ風りき其時なりければ大はこゆめかとばかりおどろきつよろ
こびてなほもしばらくためらふ程にあぢかもはだがやせきちもなぢ葉
からたちらも又超九郎があまたのくみ子をおひかけ来てひとりも
のこさずうちとめけりそのとき六たりの勇物らは
ひとつ所へうちよりてかたきはおちなくうちとめ
たれどもはるさめのとじのゆくへしれずなほ
しりもなくたづはべしといふといふ
くまもなくたづぬべしといふことばもをはらぬほどに
大はこ木かげを立いせてなうあねばたちわら
ははこゝにはぐるかしといふによろこぶ六たりの
勇ふらそのつゝがなきをことぶきて
おん身がたびだち給ひしころ
木かくれてかいま見るにおはるゝものはおつての頃人ひ行将弥九郎能得のり也
行もあらせずひとりの勇婦が介をうぢふり出つかけ来やふぐりなとふぐりはしみ
〽めんぼくもないにてふさん
たちからのとじはほうづかはし
ことてあとよりなつめを
つゝがない身のさいはひにも
□□□□□□□□
□□□□□□□□
つかはし給ひなほ又み
からすよにんの勇婦を
したがへ夜を日につきて
道をいそぎけさは此度はてなる
出くちまで来給ふほどになつめ
〽ことのしらせによりておん身のなん
義にあひ給ひぬることのおもむきの聞えし
かばすなはち出くちをまもりゐたる超九郎ちを
うちしりぞけなしもおひつめてうちとめたりと
そのおもむきをつぐる折から小てふは花まと
琴とひ末ひろ川ほりひゝまたつかるよこ朝
下かひうゑなしゑり妙ぬきいとらをしたがへて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一つ
秀
おしつゞきてはしり来つぬな大はこに
たいめんしてつゝがなきをぞ観信しける
まだおちつかれぬおやの事
すくふ
てだては
ないかい
な
〽何はともあれ此ところを
引しりぞいてのちの事廿一
おたちなされませ
ならね
十八
あらんことをおそれてあとよりなめをつかはしつてはも亦おしつゝきて勇勢ふたちともろともにこの地を
聞えしかはまだきになひてへおしかけてあたはおちなくほろぼしたりとつぐるに女
なん義を思ふばかりにおん身のいさやをきかざりしは今さら後たくわいしはぐる
のみしかるに思ひがけもなく必死汝の厄をすへはれしよろこびに
つけてかなしきは母といもとのこと也かしといふを小てふは聞あへずその義も
心やすかるべしわらはすでになつめ杣木まゆとくだかけめきらす
しろゆらにざふゑをおほくさしそえそこめ村におもむきておん身の
やからをむかへとれとてつかはしたれば程もなくかみして此ところへ
来つべき也又おん身がきのふはやしのうちへ
のこしおき給ひたる三たりのともひこにも
あひしかばかれらもなつめにしたがはして
そこめ村のかはしたりとつぐるによろこぶ
大はこはことひとつとしておちもなき小てふが
はからひに感仰げきしてみな
もろ廿になはてをしりそき
りよしゆくをもとめて
まつほどになつめぞま木ら
六たりの勇帰はこが
六たりの勇婦は太はこが
母おやといもとその清徳を
ともなひてじゆうるの家ざい
のこりなくからしてりよしゆくに
来にければ大はこはかんるいをぬくひも
あへずいでむかへて母おやをかみくらにおし
のぼしさきにかづさにありし折ふりよのわざ
はひによりでおん身にまで御なん義をかけ奉りしふ孝の
つみをゆるさせ給へとわびつゝ又そのきよにも日ごろの苦しろう
そなた
無事で
めでたいゝ
そのときにてふはきはこにうちむかひておんわらはがいきめをさめをさかでしづから女心にへおけきはひはさはひやかきね
〽かさね〳〵し
ふ孝のつみ
さていそぐほどにはたしてなつめのしらせによりやおん身が通仕たたらにおいつめられであやうきよい
何から
あまで
小でふ
さまのあつい
おせわでござり
なされて
くださり
上ゟ
ませ
たもこそと
ますな丁
いひなくさめたる
よろ一びに母のたへ子も
よか思ひに世のたくたも
をぬぐけてやう大
目をぬぐひてやう大はこし
そなたがよんぞのきよに
あふてしばらくさゝやきしを
かの趙北へ九郎が聞つけて
くみ子をつれておひかけたれば
かならずからめとらるべしと
思ふのみにてせんすべもなく
まどろみもせであかせしにつき
十八せいせい上嶋九兵衛
けいせいすいこ僧十郎
思ひがけなく江館泊でうちんなる勇ふ
たちにむかへとられておや子はらからつゝが
なきたいめんをとぐることよろびことばにつくし
がたかり刀自仕たちに此よろ一びをまうして
たべと他事にもなきことばに大はこやゝおち
ゐていよ〳〵おやをなぐさめけりかくて又大はこは
小てふいともろともにしづのともでに立かへりて
母の為にをしきをはといめ見てもよい
しつらひあさなゆふ
なにとひなぐさめて
孝行をつくしけり
○これよりのゝち江
鎮泊でうちんには勇
ふらおの〳〵しよく
ぶんをよくまもりて
さんせひめにつかへ奉りあるひはざふ兵にいくさのかける
ひきををしえなくとしてよろづいさましく日をおくるに又やこ
よりもかまくらよりもうつての軍兵をむけられず
そのゆゑをいかにとなればとしごろ泉とかまくらの
昌左衛門
君臣次のあひむつましからずなまじいにいくさを
おこさばこれより世の中久だれんかとてしれどもしらぬ
おもゝちしてすておか事と聞えたりさるほどに
さすの両こめどきはある日小てふと大はこらに
つげていふやうわらはがふるさとにはとしおいたる
母ひとりをり且がわが師匠灯とたのみたる
烏有万仙女焼のあんびをもひさしくとひはべ
らねばやまとのむつ田へ立かへりてとほからずかく
〽どうぞ
かへれば
来卿べししばしのいと雨をたまへかしといふを小てふらうち聞て
〽りきさんだいふうらやまし
しからば人をつかはして母御をむかへとらすべしこゝにてゆたかにやしなひ給へ
といふにめどきはかうべをふりてわが母はすと
なれたるやまとをはつるゝことをねがはず
よしやむかひをづかはすともけづしてこの
逃来べからずもとよりちとの田はた
はればおいをやなふにともしくもあらず
なば四五今月のほどにかへり来てんまげに
はなちやり給へとてとゞまるべくも
あらざりければ小てふ大はこはやむ
〽ことを得ず八景楼硫頂にて
酒えんをもよほしおほくはな
むけをおくりしかばめどきはふねに
うちのりつ湖水
真を大津へ
一したびこげうへ立かへりておやと師せうにまみえ
めどき
わたらん
ことてもろ
人にわか
れを
つげて
その日
かどいでを
したりける
この日めどき
を見おくりの
〽席上號につむぢ風りき寿も
ありしがめどきがふねにうちのりて
大津のかたへゆを見て右の下へし
けいせいすは上鳴乙三冊
〽又こさんばかりおやが
あるものかおいちも
ひとりおやがあります
うそならあかにしたのに
きいて御らうじろ〳〵
五月ごに
さをさす花
二郎はんきどりで
いなれては
はや
すぎ
□□□□□□□□
ね
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ね
左の上ゟ
さめぐと
なきにけり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ぶかうでその
白紙を
たつぬれば
〽ゆきじゆは
なみだをおし
しぬぐひて人
おのふたおや
ありわれ
●
手本の
またより
うまれはやる
いふ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
わらひてそあへしけうに
おやあらばかへ
むかへとらせんぞんと
なくことかはといふにごさへ
けいせいすいこ何九號
九十
つゞき一りき寿はいらだちておん身はみつからこけうに
いたりておやをむかへてあんらくにやしなひながらいかにぞや
わらはが六けうへゆかんといふをとゞめ給ふはなさけなし
わらはがこけうは丹波にてさゝ山へとほからずしばらく
身のいとまを給はれこけうには母ひとりあり
兄助がやしなひはべれどもまづしければあさゆふの
けふりもほそくたちわぶべし
娘わらははけつして人を
娘わらははけつして
たのまずひとり
一たんばへおもむきて
母をくしてかへり
来てんこの義を
七十五人
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
右の上ゟ一ともやあらんとあや
じふみてたれをがなつかはしてさすいに
なさんとかたらふにあり西が
〽そんなら
やすんでゐかうかの
しかしいもとごの
おせわだらう
ふるさとも亦丹波
にてかの地にひとりの
いもとありりきしゆとは
同国びりのよしみ
あれば此日ごろ。
だは酒をむさぼりてやくもすればわざ
第二にはつねにつかふ二ツの斧をもてゆくべからず
第三には何事にもかんにんをむねとして
はやくやきてはやくかへるべし此
三ツのいましめを心にしめて
よくまもらば小てふのとじに
だんかふしてそなたをよいけうへ
つかはすべしといふにりき寿は
いふに大はこうなづきてそは孝心に心の
ゆゑなればとゞむるにあらねどもそな
よろこびてのたまふおもむきこゝろ得
はひをひきいだすことつねにありだいちには
こけうにいたるにかへり来るまで薬酒あんすべし
〽こゝはわたしがいもとの見せさ
けさはやくついたればちよづと
わきてしたしう
まじはりたり
これにより
〽きんしよへでかけたがよいところ
あぶた
あら西も
此たびこけうへ
おもむきて
おもわきて
ひとつには
見え
かくれに
力甚のうし
ろみをいたす
はべり道中にては酒をのまずし
斧もけつしてもてゆくべからず
とく〳〵はなちやり給へとてしきりにはやりてやまざり
ければ大はこはしか〴〵と小てふにつけで路用のかねを
ともしからずとうせにし
ければりき歩はちとのたびつゝみとしこみ
つゑをたづさへて丹波をさしく
たびたちけり
そのゝち
大はこは
りき
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
寿が
そゞろに
道中にてわざはひ
をひきいだす君の下へ
どにてはやくおかへりなされ
ましたもしおつれなら
おく野しきへろぢから
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
れませ
幕のうち
まとり肴
しな〳〵
御すいもの
鍋やき
十八せいをはこ鳴乙扁
べく又ひとつ
にはいもとにもたいめんせまく
ほしといひしかば太はこならめ
ならずよろこびて又く小てふに
よしをつげてある西にもそこ
ばくの路用をあたへたり
ければあか西はそのつきの日の
あさまだきにかゞいでしてしき
りにぬちをいそぎけり○さる
ほどにりきじゆはあふみの中山
より五波坂とうけをうち
こえてあしたにいでとはゆふべに
さまの
やどりすぜに丹波の船井の
こふりふぢ奴のさとまで来
つるをりちまたにかけたる事
札を人のつどひて見たりしかば
心ともなく立よりでしばらく
あほぎ見るほだにたちまち
うしろに人ありてりき寿が
かたをたゝくにぞおどろきながら
見かへれば思ひかけなきあり
西也そのときあり西はつしき哥を
ひそかにいざなひて人なきし
ところにおもむきついたりを
見かへり丁ゑをひそめて
和女郎はあれを何とか見たる
今京よりもかまくらよりゆ
国〳〵ふれしらしてつきへ
もいせいすいこ代の外
ナリ
からめていだしなば三千くわん給はるし
べしとあるあのたかれを
うか〳〵と立とゞまりて見る
ことかはといはれてりきじやは
かうべをかきてしらるゝごとく
手をかゝねばさること也とは
ひとりこゝらへ来たりしぞと
わらどをあとよりつかはし給へり
この地にはいもとのをれば
かれにもたいめんせん為に
和女郎には下日おくれて
しづのとりでをたちたれ
どもわらは有かへつて先
たちてけさはやこゝへつき
たる也まづこなたへとさきに
たちていもとのしゆくしよへ
ともなひけりかくとあか西は
いもとをりき寿に引あはして
かれはとこさきとよばれたる
すなはちわらはがいもと也
をとこたましひあるもの
なれはをつとをもたで
女世たいになりはひを
しらざりき和女郎は又何ゆゑも
とへはあかにしさればとよ大はこのとじの
とにかくに和女郎のことを苦々にしたまひて
大はこをからめとりてまゐらするものあらば七千くわんもんの
をからめとりてまゐらするものあらば七千くわんもんの
ほうびをとらせんなつめをとらへたらんには五千くわんりき歩を
からめていたなば三十くわん給はい
〽高名家とうめいの名を
ぬすんでゐなりある
〽これはまあひよんなこと
まがい八丈こはだのこぶまき
又はしばゐのにせちよく聞
どうでしまいはいくじは
どうでしまいはいくじは
〳〵しないしにます
きをするもの
さへよし
さへよし
〽ヱむかしからある
ことだがそれにもまして
ふていあまめだこれでも
へこりぬかうぬ
しこみ
つきたててたそがれ
▲左の上ゟこゝにやす
らひ給へといふにりき
じゆはよろ丁びてとみ
さいへと
名のりを
しつゝ
これかれと
かたらふ
ほどに
とみ
さきは
さかなを
すゝめけりその
ときりき春は
きん酒ではべれども
ほうゑこくわらはは
けふはかくべつの
ことなれば
いちわんを
かたむけて
あすより又
きん酒をすべし
はじめ給へと
いそがしてさゝれつ
くさしつよねん
してあざ
ゑみすのか
富さき
しつるにより人あだ名に
しば
〽あきないものでは
あるまいがふる
まふてくだされ
〽いまたきかけてゐる
ところやすんでござると
できますぞへ
できますぞへ
ふたつの斧をたづさへたるひとりの
たちふさがりやをれをんな命をし
ごろより立いでつあしにまか
してゆえどにはやあけがたに
なりしこつはやまのふもとをよきる
ほどに太たちふかきところより
くは路用も着きものも
みなわたせわれをたれとり
思ふらんあらをんなの名は
ぞくふたちいではくゆくてのみちに
へなく日のくるゝ
までのみにけり
ゆしさればりき寿が
ふるさとはこのこところ
より七八里あり百丈
村勘右衛門
たるかた山さとなり
けれどもひるは人
めのはゞかり
あれば
こよひ
〽かくれなきつむぢ風の
りき寿也かづさの配
一所はいをのがれいでて
今この山をすみかと
夜すがら
みちをはし
りてまだきに
すとゝぬがずやとのゝ
こけうに
いたるべしとて
しつたりりき寿はこれを
うち聞てことをかしきぬす人をんなめ
つむぢ風のりきじゆはわれ也わが
名をぬずみて人ををどす天ンばつ思ひしら
せんずといきまきたかくつとよせてにげんと
するをかいつかみだうとなげふせそびらをふまへて
いかれるこゑをふりおこしかても〳〵なんぢは何やつなればわがし
をけがしてひはぎをするやありつるまゝにはくでうせよ
とくいはずやとふみにじればぞく婦はいきもたそくなる
くるしきゑをふるはしてあね御前也ゆるし給へかしわかは
をんなににげもなくひそかにおん身のかやをにせてより
らいぬわざをしつること世にあるまじきことながらもとは
さきに身まかりていへにはおいたるひとりのおやありまさへ
けいせいすいこ伝九編
廿九
「つゞきしこれさへながきいたつきにてあし
腰たゝずふしてをりくすりのしろもあさ
ゆふにほそきけふりのかてさへつきてせんすべの
なきまゝに思ひつきたる出来こゝろおん身の
勇忽此介こゝらまでかゝれもあらずふるさとも
丹波の人と聞もしかばきもふとゝもかくいで
たちてたびゆく人をおひをどしこよなきづみを
十左八
一つくりたるむくひはてきめん
のがるゝみちなく思はずおん身に
ものがるゝみちなく思はずおん身に
いであふてころさるゝ身はをし
よらねどあとにのこれる母おやの
うへしにをせんかなしさよもちろ
かわらはもその名はあひにて
力路りきとよばれはべれども
つむぢ目てふあだなはあらず
つみもむくひもおやの為
うたてかりける身のはてや
とかごとがましくかきくごとく
これをうち聞てげにあはれなる
なんぢがはゝでうその身の為のある事
丁ゑもなみだにくもりけりりき哥は
左の上ゟ
さすがに
つかれ
ざるに
あらず
しばら□
一トまを
〽なさけをあたのあくたうどもそウ
うけ引かくしからばこなたへ入り
かし給へといふにあるじは
ばこなたへ入り
ちへとて女ぶれせう
じを引あげておくの
一まにやすらはせ
しば折たきてゐ
こん度はゆるさぬぞ
たりける
しばらく
罪悪愁も亦あはれむべし今よりも
心をあらためてまとのみちもて
おやをやしなへ此たびはまづゆるす也此
のちもこりずまにかゝるあく事を
なすならばそのたびはわれけつして
ゆるさじこれにこりよといましめて
引おこしつゝふところより五両のかねを
とりいだしてこれもておやをやしなひ
ねとてかみにひねりてとらせしかば
りきぢはよろ一びうけいたゞきて命
たすかるのみならであまたのかねを
給はりし御おんをいつの世にかほうぜん
あらがたじけなしありかたやとふし
おがみつやうやくに身をおこしつゝ
木かくれてゆたもしらす
なりにけり○かくさりき春は
此山のふもとぢをにしのかたへ
十町ばかりゆくほどに
きものならねどもおやの為にせしといふ
すでにして夜はあけけり
ものほしくなりしかばひとつや
たちよりていひあらば
はませてたべあたひはのぞみに
まかすべしといふにあるじとおぼしきし
をとこくどをたきつゝと見かう見てそはいと
やすきことながらたきおろさねばいひはなし
またんとならばまゐらすべしといふにりき哥は
うなつきてよんべよすがら来にければ右の下へ
十八十一丁
ならねどもおやのならねどもおやの為にせしといふ
〽かういふをりし
た筈ゟ一外の
にはにげ
がたよりあし
事がかちだ
大じく
ぢり〳〵
〽おわしてかへり来る
ものありあるしのをとこは
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
此〽此をとこの事は
しあはせよかりしろと
つぶさに七八のまきに見え
とへはにごうちふし七ツ
たり
思ひかけなくもまことのりき妻にいであふてふみころを
したりしにおやをやなふ為のみなるでき心ぞとあざむきたれば
うけつあはれみて五両のかねをとらせたりといふをあり
とゞめてさきにをんなたび人のあさいひをもとめしめし給は
やすませおきたる也いふにかやつはりきじゆならんしんしやも
かくすりを酒にくはえてのましてはやくころすべしとかたみに
ひそめくだんかふをりき春はおちなくもれ聞をせよしを
けひしきつといでてぬす人ともめとのゝしりながら去とみつゑをは同断
ときぢをきりたふせばあるじのをとこはおどろきおそれていづちともなくなくならせける
さればとよいたれ
はいせいすいこと伝九郎
りきぢはすでにから竹わりにきりたふされてしににければ
りき春はゐろりの火をかけてこのひとつやをやきし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
すてつゝもゝつゑ村をさしていそぐ程に
りきぢはすでにから竹わりにきりたふされてしににければ〽ありやみなうそじやいはりじや
ありやみなうそじやいつはりじや
かならずまことになされ
ますな
兄あのしゆくしよにつきにけり
さればりき其時が母おやは
としごろ子ゆゑになきくらして
両眼草郎ともにつぶれし
かばりき春はほとりへ
身をよせてナウ
母御りきじゆがかへり
はべりたりといふに
母おやよろアびてかい
さぐりかいなでてうれしやりき寿はつよもなきか
そなたがかつさへながされたるそのよつよりの
うき苦しろうつひに此目をなきつぶしてかほ見ると
こともならぬぞやといふにりき寿もなみだをぬぐひて
心のうちに思ふやうわが母はりち義にて心すゞなる
人なればわが身今江ちん泊仕にありとしいはゞいみ
きらひてともなはれ給ふまじけれすかすにしらじと
しあんをしつゝさらぬさまになぐさめて母御よわらはは
さいはひにをんなむしやにめしいだされて今はみやこにはべる也
よりておん身をむかへの為にしばしのいとまをたまはりてまゐり
はべりといひこしらゆれは母はまとゝよろこびてそれは母
めでたき事なりきしらるゝごとくまづしき兄にやしなはるゝは
汝女婆ね〴〵ふさげと思ひつはやくしにたかりしにしなねばこそ
又かゝる吉さうをきくよろすびありいかでかはゆかざらん兄の
かへり来てことのやうすをたちきゝけんりけんりき寿をいたゝしりけり
〽そんなに
かくるをまちねかしと他事たなくいらへをする折からこんの茶羅六
ぬがよいまあとつ
あにきの
初編ゟ三編迄
當年上梓
年代記児童講訳
年代言聞言當年上梓
山東庵京山作
此稗史は神代のむかしより年代記にしるしたる事の外にもれたるを
補ひおもしろき所々の事を絵にあらはしこれをよめばむかしの世々の
事をよくあきらめて童子のものしるたよりともなるべきゑざうしなり
庚
寅
二十五
春
新
年中
初編ゟ六編迄
山東庵京山作
全部十二冊
行事御祝儀日童講訳
此稗史は正月の松かざりを始としざうに餅を祝ふ事七くさかゆの事
けづりかけの事などすべて十二ヶ月の祝義日の故事来歴をくはしくしるこその
事を絵にあらはし年中の祝ひ事のわけをしる早学問のゑざうしなり
中本
拳獨稽古
袋入
山櫻連々
挽軒揺舟
合佐
この書は拳をこのむ輩いまだ初心の官人たり共一たび披見まつき
呼声指の出し方等自然とひとり打おぼゆるやうに工風を二らしつゞりたる妻な
れば朝夕傍におきて弄給はゞいつとなく上達して異義にいたべき名本なり
上帙二冊
下帙二冊
戯場顯微鏡
彩色入
同三月二月四日
歌川国貞画
これまで戯場考古博覧の諸子著述する新劇の達おほしといへども皆故の人
濫觴のみをしるして看やう観かたの規則をしるさず此書はこれまでの諸作とを
かはりしらうとにても芝居のわけ早くわかり何は此事といふことくはしく知れて早く芝居見
物の見功者となることをあつめ且三都しばゐの趣博拙考古の龍至とおもしろき書也
周
疫
初編
本朝
繍像
五冊
艶客女仙外史
黙々漁隠翻案
この書は唐山の挽田叟が筝をふるにて著せし妙案にて奇談怪説まとにおもしろ
山の逸甲斐が筆をふるにて著せし妙案にて奇談怪説まて
き書なれ共これまで本朝に飜案の作なしよつて此度小子短才愚心陋を恥ず日本
の事に作りかへ唐賽児を斧の内侍に見立足利尊氏を紫王に擬して一箇の深戯を
つゞりひそかに曲亭翁の顰に。效ふものなり看官の諸君子よろしく高輝を給ふて
おひ〳〵次編はんじやうあらんことをこひねがふ事にこそ
録
同
顕微鏡
後編
萬邦劇場談一
上下
一冊
黙老漁隠著
これは初編にもれたる珍説故事よりはじめ唐山天竺魯西亞阿蘭陀等の万国
すべて戯場にかゝはりたる事狂言のおもむきあまさずもらさず博く考へ著すになん
瀧澤篁民著
迎福南鍼録
一名相宅手引草
全部五冊近刻
近来選択相宅の書年に出月に行れて五車に
盈十牛に汗するに至れり然どもその法術忽の為には懐と
して解じがたきことこれ多かり抑この書は協記辨方重に本
つきて方位宅相神熱走避の要領を著してもて吉に就き
凶を避禍を禳ひ福を迎るよしを宗ととき所すもの也こゝをりて
その学に疎くして散麦一小辨のものといふとも解し難からず行
ひ易かり大凡一家の主人たるもの常に坐右に措ときは吉
凶悔吝の惑なかるべき日用有益の良籍なり
右同著
雅俗百傳一奇
大本全五冊絵入
この書は雑となく俗となくその行状に一音ある古人の
列傳を輯録してもて勸懲の一端とすされば忠孝
義烈尚気節操の世に掠れたるより隠逸名聞
一技藝好事のともがらまで得るに随て漏すことなし
是併善を見ては人の進んことを欲し不善を見てはみづから
敬言人を敬言んとての所為也巻中毎伝出像あり一たびこれを
近刻
平仮名附
繙くときは覚ずして巻を畢る異聞魂奇の珍書なり
右二書共に遠からず開板仕候江戸通油町書林仙鶴堂小林喜右衞門印行
川村一
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第九編
歌川国安画
下帙巻之下
一二一一一二二
門
第
から
天女廟
神授ノ句
遇レテ門ニ有リ喜ヒ蔵六モ不レ凶カヲ
東ノ奥ノ又奥於是見功
けいせいすいこ伝第九編
の口
馬琴著
印行書肆江戸通油町
国安画
下帙
同三十二丁目僊鶴屋喜右衛門
蜂尾山
虎狄ノ賛
威二服テ百獸一一ヲ甞テ一在二高崖一ニ
彪毛狼質名一名ナルコト曰二虎財一
七
つみををかしてかづさのはてながされしときわれも
ときそひのたゝりによりてざらぬだにともしき
いへのぜにおほくつかびつからくして
ゆるされたるその折の借銭
春のおひめは今につくのひはやず
いとうらめしく思ひたりしにきけばなん
ぢはかづさにてむほん人ンとまじはりて
それが為にいゝ十人にの人をころし
ちくてんして江鎮泊とうちんなる
ぞくふらのむれに入りて
かしこにありそを今たれ
女
あらをんなはひろい世かいにおほくあらんやさきにはこよなき
さのどがかはいてたへ
れぬそこちに
水はない
とてしらぬもなけ
れどわつき子を
ことさらにかあい
からるゝおやに
つげてものを
おもはせんはえて
なきわざぞ
と思ひかへして
いはでありしに
世をも人をも
はゞからで立かへり来つる
きものふとさよ今すみや
かにいでてゆかばおやにめんじて
見のかすべしゆかずは中部うつ
たへてまきぞひのたゝりをのがれん次へし
ナハせいすは二専乙皇
けはせいすは二嶋乙扁
六のつゞきしそのときどび六はりき寿にむかひてなんぢがごとき
もちつとしんばう
なされませ今に
水をあけます
るぞさき
には▼
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
とくいでずやといやまきて思ひのまゝにのゝしれどもりいずは
つねの気しつににけなくかうべをたれ手をこまぬきて
もくねんとしてゐたりしかばどび六はいひがひなさに
のゝしりすてつゝいそがはしく外とのかたさして
いでにけりそのときりき寿は思ふやうわが
兄の今いでてゆきしやさと人をかたちふて
わなみをからめとらんとてなるべしとく
このひまにおやをせおふてはしり去るには
ますことあらしわが兄のじやけんなる
まづしきゆゑに骨肉たりのなさけ
ないまで三千
くわんのほうびを
得まほりするならばんう
こそあれとしあんをしつゝこし
まきの長さいふよりかね五十両
とりいだして雉子くねのうへにのこ
おき母をなぐさめこしらへてせおふてせどより
あしばやに山路のかたへ立のきけり○さるほどにどび六は
りき寿をからめとらんと思ひてさとのわかもの五六人を
かたらひ〽ともなひつ先に立て手にくほうをわきばさみかどぐち
せどくち両はうに引わかれつゝあひづをさだめて前俊ぜん
ひとしくこみ入りけるにやきじゆはさら也母なやもしゆく
しよにははやをらずしてと見ればゐろりなるくわんすの
ふだのうへに小ばん四五十両のこしありければとび一おはやく
とりあげてかぞへて見つ思ふやうわがいもとが此かねを
のこしておやをいざなひいだせしことのころをおしはかるに
母御をむかへに来つるものかれひとりではあるべからず
江鎮泊どうちんのあらをんならがさぶ兵おほくしたがへて
りきじゆをたすけてもろ共に来てをるにこそあらんずらは
とい七七といと行ふ身
〽あにきよいことせられたな
おいらにもいつ
ぱいのません
左の上ゟ
いへはきはめ
来つゆさいはひ也と
おはずにおくだらうのふ
を五十両に
だそれじやァ
ますことあらじとしあんしてたと人らにしか〴〵と
きやきしめしめしおしとゞめてこの事さたなしく
くちをつゞめさかてとしてち上のかねをわけ
あたへしかばさと人らはそのゐを得て
おのくいへぢにかへりけりさても
このどび六はりき寿が為
このどびははりき哥が為
にははらがはりの兄にして父の
先妻せんの子なりしかば今の
母親母袖なり
さるをなましいにおひかけなば〽あをふきてきずをもとむる
後悔を打そこにたつべからずさのおんびんに見のがすにか
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おつてのかゑしと思ひにければみちをちがへて山又山にわけ入るほどにすぐに日は
くれ月さしろぼりてひもつごとくありければほとひも夜すがら五ちをはし
りてあかゐがいもとのしめしくしよにおちづつ君やと思ひつよんべとこよひと
ふたよさまでちつともねむらざりけれどもすこやかなればつかればおぼえず
母をせおふてみちなはみちをたとれどもものとも思はで
すべにゆくことはるかにしてあけかた
ちつになるまゝに母は
〽のんどのかはくとてしき
もに水をのとめしか
どもそこらにながれの
右の下へ
なかりしかば今
しばしすぢ
給へと
つぎへ
〽のませるとも〳〵おれが名の
こび六ではないけ田もろはく
たひのみそずでばんに
おざらう
さたなし
大丈長兵衛
けいせいすいし伝九編
なぐさむれども母は只いたゝかはきてたへかた
すこし也とものませよとしばくいふに
やむことを得ずたひらかなる右のうへに
母おやをおろしおきてあちこちともとめ
あるになぼ水を得ざりしをやうやくに
谷にくだりてわづかにしみつを得たれど
くみとるものゝなかりしかばしこみつゑを
引ぬきてさやの内に水をたくはへもとの
ところに立かへるに母おやはをらさりけり
こはそもいかにとうちさわぐむねをしづ
めてあたりを見るにかみきられたるかたうで
ありてにしの方にちしほを引たり
をとこまさりのあらをんなのたけき
心もこのありさまによはりはてつゝ
うちなきてアゝかなしきかなわが母は
おほかみにくはれ給ひしならんかう
あるべしとしるならばせおにて水を
もとめんにおろしおきたるゆだんは大てき
くやしきことをしてけりとひとりさち
うちなげき一ひたすらなみだ
うちなげきてひたすらなみだにかき
くれを又あげはちが
くれしを叔あるべきにあら
ざれば母のかひなをふところに
してやいはを引さげちしほを
しをりにゆくこと一トまちあまりに
して月をあかしにむかひを見れば
ゑがけるとらによくにたるふたつのけだ
ものはおやのむくろをすでにくらひつゝ
ありければふんぜんとしていかりに
かひなきかたみ
おやのあた
□□□□□□□
きやよ
卅二
左の上ゟいさゝか
うらみをきよめし
かばなほよくとゞ
めをさしに
四十一
くひさき
すてられて
くだんのかひな
しておさめせおふて
ずんときりふせたりそのとき
りきじゆはまなこをさだめて
くだんのけものをよく見るに
毛がいろはとらのごとくにて
おほかみの子ににたる
もの也かゝればこの
けだものゝおやもわが
母をくらへるならん
かりいだへてころし
〳〵さずは山をば
いでしとちかたな
ひさげてあた
りをにいんで
立たる折から
一むらしげぎ
ちがやのかげより
おなじもいろの
大けたもの
こつぜんとはしり
いでてりきじゆを
めがけてとびかゝるを
さしつたりと引ぱづ
してみげんをはたとうちし
かば口は一ト大刀にてたふれけり
たへずおやのかたきのがさじとはしり
かゝりてふたつのけものをばらり
四日印ゟ三日にかゝ
さぬぞ死天
ての山ひぬちぐ
せかどう此世の
いとなをとらせて
そう
さけ
られてそが
まへたばり
ふしてけり
さればりき寿は
ときのまに
程もあらせず又ひとつおなし
四ツの悪獣
さまなり大げたものうしこのかたよりすらしかなぢをこと風をこと
ばしりましをはまに一らひつんとむしかびものはげを身つ下て君の上いだよいだかりとらんとほりすれどもつきん
けへせいこはこれはこの
めくをころし
つくして右の下へ
ふもとをさしとくだかほどに
あちこちにつどひ
しゐたるかり人あふた
□を
見ておどろき
あやしむ
こと▼
ならすつゝが
なく山をこえて
来つることのよしを
たつねしかばりき寿はことのおも
むきをしかぐはとつけしらするにかり人
らはきもをつぶしてそもやをなこの身ひとつ
らきゆをふしてよろこのこのこへひとつ
にて四ツの山いぬをころせしとはまことしからぬ
ことぞかしさてもくだんの山いぬはおやと子と
四ひきありいろはたながらとらににてたけき
こともとらにおとらずおよそおほかめはみな哉毛
情にてぶちはなけれど財にはぶちあること
地いぬのごとく一定必計ならずといけれはいいふも
まれにはあるをしらざるものはとい也と思ひ
しれるものもそのかはをとら也とあざむきて
人にうることもある也そはとまれかもあれ
牛に入やソの財汝まりしばく人をがいすると
仲しの四ツの財汝はしばく人をがいする
ゆゑにくさ山のさとのをさ小屋四郎といふ
大じんがぜにをいだしてわれくをやとひかり
とらせんとせらるれはかくのごとく夜なく
いでてかりとらんとほりすれどもつぎへし
廿三
もいせいすいころで
うちとめしといはるゝはまことしからぬこと也とぞ又なうた
がはざるものもなければりき寿はすなはちかり人
ちをおちびきてもとところに立かめかろく
ちをみちびきてもとのところに立かへりかの
やまいぬを見せしかばかり人らはしたを
ふるふていんじのゝしること半こときばかり
これは人にげんわざならずちかき世の
ともゑ半がくんともこれにはいかでか
ますべきやぬがふはわれ〳〵もろともに
くさ山の大じんがりおもむきてきう
そくし給へさても〳〵とばかりに且かんじ
日うやまひてはなちもやらすやま
いぬをのこらずからげかきになひて
りきしゆをさきにおしたゝし小屋四郎が
しゆくしよにいたりてことしか〴〵とつげしかば
小屋やらがよろ丁びいへはさら也いへのうちな
奴婢汝らまでりき妻が勇りきにおどろき
かんじてもてなすこと大かた
ならずことをちこちに
聞えしかば四ツのやま
□□□□□□□
いぬとそをうちとめ
たるたびのあらをんへを
見ばやとて来るもの市の
ごとくなれはりき妻はそが
まゝ辞ぢしもしざられず
いともなくし
心ともなくおしとめられて
このとまつもおなじ丹波のうちなれども
りきじゆが兄どび六がをるもゝつゑ村とははちが尾
しばらくとうりうしたりけるされば
われ〳〵が手にあはずしかるをおん身ひとりにて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
てりはのがれずよくぞしら
せてくだされたうまくから
とりたいものじやが
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
でもたますに手は
きいてゐま
すがひつきやらは
あなさのおため
大りきでも勇賊
ござりませぬ酒を
のましてももつぶく
くる〳〵まきがよう
ござり
ます
をや安吉
ほうびはずつしり
たちにもにがさぬやうにし三千くわんいくつに
しめし
あはせてとりりそだ介ほねををつたがよい
かりへ
〽あな
たの
やうな
小きみの
よい
女中には
たちうちは
ならねども
そのどん
ぶりで
いつはい
たべます〳〵
あがればわたしらも
こまりいすぢだか
のまねもひきやう
てらしいあほりけて
かたつはしから
かへす
村中
猟人中
〽わしにばかりかうさゝれては
金がたけ深小畠記なんどよびなせし三ツのたかねをへだそたるくさ山のさとにしてりき春が
アコやまいぬをころせしところはちが尾かねが嵩山のあはひなけんその深山安にぞめ
〽めざましいこと〳〵
ころせしところははちが尾かねが嵩山のあはひなるけんその深山家にぞあり
けるさるほどにさいにりき森にうたれたるぞくふりぞもきぢがをつとは
木こりにてそた介とよばれたるふうふひとしきわるもの也しかるにそだ
衣はいぬ馬日りき歩につまをうたれいへをさへやきうしなはれて身をおく
ところなくなりけるにくさ山のえだ村なるくははらのさと人にそう太言弟と
いふものは女ばうりきぢがおやぶんなればくはくは平村におもむきてつまの
りきちが世をさりたるよしをつけあく事をかくして真に身をよせて
ありけるがかのやまいぬを見ばやと思ひてくさ山におもむきつ小屋
四郎がしゆくしよにいたりておほしかる人にうちまじりはからす
りき寿を見いだせしに此さび四ツのやまいぬをうちとめたるあらをなは
かれなりけりと人みないへばおどろきつ又よろこびてそう太兵衛がしゆく
しよに立かへりあるしによしをさゝやきてこたびやまいぬをうちとめ
たるたびのあらをんなはつむぢ風のあらきじゆ也かれは江鯨泊だら
きなるむほん人にらと下むれのものなれば三千くわんのほうびを
かけて京かまくらよりたづね給ふつみ人なるをくさ山の大じんは
やらぬなるべししがのみならでかやつめはわがつまりきぢの
ぬかたき也見のがしおくべきものにあらずいざ給へくざ山におも
むきて小屋四郎とのにしめあはしからめとるときはほうびは
得やすしとく〳〵といそがすにぞそう大兵衛もこの義に
まりしてともに小屋四郎がしゆくしよにおもむき六にとゞめ
おかれたるかのあらをんなれ世に名たゝるつむぢ風のつき寿也
おもきつみ人なるものをとゞめてちそうし給はゝ問をないの
つみのがれかたかるべしからめとつて国司にへひりすはおほかなし
うへにおよふべしといふに小屋四郎おどつきてさりけらか
もむほん人□をとゞめおきしこそくやしけれはなれどもいふ
勇りきあればそゞろには手をくだしかたけんかも人らにもちゝろ
討さしとかやう〳〵にたばからばあやまちあらしとさゝやくをし
そだ水そう太兵衛はうち聞てそのはかりこときめてつきへし
ナハせいすは上専乙扁
らいせいすいこ件の編
ごとくにえふたりける時じぶんはよ
かり人らは女にはにりきじゆを
つきたふしておさへとなはをかけて
けり思ひかけなきことなれば
りき寿はおどろき且
いかりてなんぢう何のうらみ
ありて理ふじんにかくいまへ
しめたるととはせもはてず
小屋四郎はそう太兵衛
そだみらともろともに
立いでごといふなく
むほん人めがなんぢは
うへよりたづね給ふつむぢ風
りき寿なるよし此そだ介が
そにんによりてわれも人も
さだかにしれり今はのがれぬ
天心のあみかくごをせよとのゝしりて
きびしくつなぎおきにけり○かくて
小屋四郎はそう太兵衛そだめらと
だんかふしてりき春をひきて国司にく
やかたへまゐらせんと議するほどに折も
つたへとはかりことをさづけしかばみなこゝろ得てようゐをしつゝ酒さなをもたらして
小屋四郎がしやくしよに来つたやすく四ツのやまいぬの害がをのぞかれたる
よろこび也とてこれをやき来にすゝめしかばりしき半時はかれらが
ばかりことをいかにてさとるべきはたすらそしうら
はかりことをいかにしてさとるべきひたすらかんじうけよろ丁びて
大はこがいましめをわすれてくだんいたるをひらかせかり人
らをあひてにして時うつるまでのむほどにあひては多せい
身ひとつなればつひにはいたくもりつぶされてどろの
しねへのさへ
やうはねかへされぬ
らくまでも
妙也と〳〳〳〵はからひ給ひねといふに小屋四郎はうなづきてひそかにかり人らによしを
そ〽しめたぞ〳〵このしゆろなはがよかん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はしらへ
くゝりつけさへ
すれば
こつちの
ものだ
左の上ゟこの事は
ちからをもて
あらそはんこと
かなふべ
はかるべしさい
はひにかのいろ
雲はわかはが
武げいの
帥せう也
かやう〳〵に
これをもちひ
たばかりて
しびれ
くすりを酒に
入れさかなにも
よく国二日より八重はたのいろ雲といふ
女むしやにさふ兵あまたしたがはしてむら
めぐりの為にいだされければ小屋四郎
そう太兵衛らはいろ雲のりよしゆくに
いたりてことしる〴〵とうつたへけりこれに
よりいろ雲は小屋ゆらがしゆくしよに
来てくみ子にりき寿をうけとらせ
けふは日もはやかたむきたればあす
城中へひかんとてその夜はくみ子もろ
ともに此ところに止宿易くしてきびしく
りき寿をまもらせけり
○さる程にあり西はいもと
とみ儲がしゆくしよに
ありりき寿がからめ
とられしよしをつたへ
聞つゝおどろき
おさへた
うれひてかることの
あらん為に
大はこのとじの
はるぐとわな
みをつかはし給ひ
たるに今もし
かきをすくひ得
ずは何のめんぼく
ありておめ〳〵としづの
とりでにかへらるべき
いかにせましとだんかふするに
とみ崎かうべをかたむけて舌のよへ
〽すつこかしにして
うでくびからしばりあげや
〽一レサはなすまい〳〵
けへせいせはことはことい
途中辺において
これをすゝめかの
人〳〵のどゝにあたりて
たふれ奴けすとき
事りき付といゝ
いましめのないを
ときすてて
共に江鎮泊
はけんにはしる
べしざらば
わらはも此
ところにあらん
ことはかなが
アイ
□□
おはしよしを
つけてまたつらす
こときはうしろやす
かせつぎへ
かり又〽イヤうんとな
ひて七いらいこそう
この義にしたがひ給はずやといふにあか西よろあびてその
はややときめてよしさらばようゐをしたまへとてそのけいり
まかせける○かゝてそのつきの日にとみさきはあか西とともに
おほ〳〵悩さかなをもたらして又ちにいでてまつほどにすでに
まひはのころにいたりていろ雲はあまたなるくみ子にりき夢を
ひがしつ小屋四郎そう太兵衛そだ介かり人らを
したがへて城中をさしてゆくほどにとみ崎はその
ほとりなる茶店廷にありて出むかへ先生せん
たま〳〵わがさ迄ちかく来まぜしよしを聞しかば
おんさかつきをすゝめんと思ふてようゐをしはべりしに
つみ人のおん手に入りしによりはやくかへらせ給ふと
聞てしゆくしよにむかへまゐらするにいとまなけ
ればおん眉食つきをもたらしはべりしばらく
こゝ小いこひ給ひてうけさせ給はゞさいはひならん
とねんごろにのべて茶店でんにいざなひ
わりごすひつゝをこれかれと
とりいだしていろ雲にすゝめ
ざふ春ならびに小屋四郎
そう大兵衛そだ介かり人
らにもおちなく酒をのまし
けりりき森はとみさき
あり四がこにて人〳〵に酒をすゝむるは
われをすくはん為なるべしと思へば
しらぬおももちしてわなみもはらの
へりたるにふるまはずやとつぶやくをあかに
はやくそのゐを得てこのつみ人めが何をり
なんぢにのまする酒はなしとのゝしりつにらまへて
をさ〳〵いろ雲らをもてなしけり
〽ちげへねへ〳〵
たのむはたらいたがよ
右の下へ
もちひねばならぬ
切でござんす
そなたで一トまくもたせ
ねばならぬ何ぶん
かきかへましたが此たびは
〽これまでたび〳〵しびれくすりは
の上ゟ
たるほどに
いろ雲
は
よそ
ならぬ
徳が
の
かなを
八
のまずざふ兵らはひきうけ〳〵
さけをのみいひをくらひて
はしをおかんとするほどにみなく
身のうちなへしびれて
よだれをながしまなこを
見はりてせうぎたふしに
たふれけりいろ雲はこの
ありさまにおどろきいかりて
たゝんとせしがその身もたち
まちなへしびれてうつぶしに
なりてうごき得ずそがなかに小屋
四郎そう太兵衛そだ介の三人は
いまだ酒をのまざりければ
とみ崎らがはかりことにあてられ
たりと思ふにぞおどろきさわぎて
たりと思ふにぞおどろきさわきて
もんちやくしたるを得たりと
りき寿は立あがる
勇婦のいきほひ
いましめのなはは
たちまちふつと
ちぎれて進退
自ゆうになりし
かばざふ兵のかたにおきたる
しこみつゑをかいとりはやく
うろたへさわゞそだ介をばらり
ずんどきりたふせば小屋四郎そう太兵衛は
アツとばかりにおどろきさけびて▼下へ
そのつぎ下戸□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ナヘナヘ上ヘ二守乙扁
〽させるまうけはなけれ
きどもおともさま
□□□□□□□
どなさへも
〽心つかひは
きのごとくじやがいなとも
いはれずうけませう〳〵
きりふせけりそのひまに
〽ヱ上ゟ外のかた
さしてにげはしろを
りきじゆはすかさず
おつかけて又小屋四郎を
そう太兵衛門
壱たんあまりつぎへ
廿一、
わいせいまいこ件フ□
にげのびしをむかふに立たるあり西がようゐの
さればこのよのざふ兵もどく酒をおほくのまざりしは
りいやかるあさりたりたにさんての
りき寿が為にきりたふされてのがるゝものは
なかりけりかゝてもりきじゆはなほあかず
又ちかたなをふりあげてたふれふしたる
いろ雲がかうべをはねんと立よるを
とみ勝きうにおしとゞめてやよまち給へ
いふことあり此いろ雲のとじは
わらはが師にて武げいは
さら也心ざまもよのつねなる
婦人にあらずしかるを
しびれ薬もてかゝの
ごとくにはかりしはおん身を
すゝはん為にして
やむことを得ざるの
わざ也さるを又
きりころさばたれか
不仁少しといはざる
べき当左のかたきは
そだ入ら小屋四郎そう太
兵衛をうちとめたればうらみは
あらじやよすておきてはしりのへと
ことばせわしくいさめしかばりき春時は
ひさけしやいばとともにいかりを
おさめかなつきていはるゝおもむき
ことわり也どくにあたりてたふれし
ものをころさば世の勇好にわらはれん
□□□□□□
くわい創化引ぬきてから竹わりにぞきりたふす
ついでに
さまたげ
ちまぶれ
内
おいては後日の
いろくも
めも
〽まづ
また
しやんせ
あのおかたは
あのおかたは
わたしが為には
武げいの師
しびれ
くすりを
あるさへも
さむるをまたんかれはどく酒の一
えひさめてもおひ来ざりせば
さてやむべしもしおひ来なば
その折に勝負せりをけわする
ともおそきにあらずいざゆくべしと
うちつれたちてみたりはしづかに
いでてゆきしをこのとき茶店だの
ものどもはおぞれてはやくにけ
うせてひとりもこゝにをかざり
ければとゞむるものは
なかやま
なかりけり○かくて
りき森はあり西
しばらくこゝをしりそきてかれがえひの
〽にげんとしたる
にけん上したる
そう太兵衛を
しとめてあたは
みなころし
サアこのひまに
ゆきませう
□□□□□□□
のうたせましては
わたしが
たゝぬけ
あとかま
はずに
と富さきに
ともなはれて
二千里あまり
やとゟ
しりぞきつ
ことばを
みちのべの石に
しりうちかけて
しばかくいこひを
ほどに八重はたの
ほどに八重はたの
いろ雲はおほく酒を
のまざりけれはこつねんとわれに
かへりてかたなをひさげておひかけ来つ
はるかにゑをふりたてそくふらいづこへ
はしるぞやわれあやまちてなんぢらがはかり
ことにあてられてさきには不覚候をとるといへども
あたであひしは夫のみち弘めかんをならべて右へしくいろ雲にがちむかひつゝ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
「左ゟやいはを
うけよとのゝしりつ
はしりかゝるを開き寿は
はやくたちむかひて
たゝかはんとしてけるを
富さきあはひにわけ
ことにあてられてたきにはふえいをとるといへども
たゞして八重
はたのとじ
いかりをしづめて
わかはがいふことを
聞給へちつき
ころは京かまくらの
まつりごとなほかう
ねば忠しんはとほざけ
られはい人には
ときを得たり
十一日
けいせいすいこ件九編
廿七
をなごたりともをとこたましひあるものは
おちきくとよし時をうちほろぼして順逆競いの
天理にんをたゞしくせまほしく思ふものおほくあり
これにより小てふ大はこの両賢女堀悦んあまたの
勇ふもろ共にさんせひめにもりかしつきてしづの
とりでにこもれる也かゝればこのりき寿のとじも
わらはがあねあかにしもみなかのとりでの大将ぬ哉
なりこれをぞくふといふべからずりき寿は
母をむかへん為にふるさとの兄がりゆき
あり西は又大はこのさしづによりてりき
寿のうしろ見をせん為にあとをしたひ
この地に来てわらはがしゆくしよに
とうりうせりしかるにりき本時は
わるものそだからが為にはから
れてつひにとりこになりしかば
すくひとらん為にのみ
おん身によりぬ酒を
もりてことのこゝにおよべるは
これやむことを得ざるの
わざにてもとより
うちみあるにあらず
ねがふはこゝろざしを
あらためてわれ〳〵と
もろともにしづの
とりでにおもむきて
さんせひめにつかへ給へさる
名をのこさんこと勇婦のほゐに
ときは忠しん義女のかふばしき
なにを
こしやく
しにに来たのか
こゝでとうからまつてゐた
左の上ゟしあふみぢさしといそぎけり
こなごたりともをとこたましひあるものはか〽さうあらふとおもつたゆゑ
さるほどに小てふ大はこはりき寿が
あやまちあらんかとてかさねて
めきゞすすゞ風にざふ兵をあまた
つけてむかへの為につかはしければ
りき寿あり西いろ雲とみ嫁
らはみちにてこれとおあふて
みなもろ
共にかへり
□□□
しか〴〵と
つげにければ
小てふ大はこは
くれ竹さくら戸
らとともに
忠義堂ちうきに
相つどひて
あか西
らを
ねぎらひつ
とみし
〽おはらたちは
さることじやが
これには▼
りき寿をも
はべらせて
いろ雲とみ
袂にたいめんし
さんせ
ひめに
帰依
きの
はべらずやかくことわりをつくしても
思ひかへし給はずはまづはやわらはが
かうべをはねておん身のつみをあがなひ給へ
もとこれ義によることながら師をあざむき
たるつみわらはにあり今さら命ををしまん
いづれのみちにも賢慮けんにまかせん
しあんをさだめ給ひねとことばをつくして
いさめしかばいろ雲ほと〳〵感心げき
していはるゝおもむきことわり也この身の
おち度をあがなにとも義州は些の
おち度をあがなふことも五才死は春の
勇婦をうちとらば心ある
人はわらふべしさればとて
おめ〳〵と城中ぢうへは
かへりがたかりわが
ふたおやは世をさりて
いまだをつとの
あらざればとても
かくても身ひとつ也
小てふ大はこ両とじに
もちひらるゝことあらば
ともにあふみへおもむく
かばとみ崎がよろこびいへばさらに
五六里あなたにまちてをりこれよりみなくひとつになりて「右のよへ
べしとこたへて和ぼくをしたりし
りき壽ある西も喜悦智にたへず義を
〽ハア何ごとも
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
とみさきが
のみこんで
ゐるはいの
さわい
しづかに
むすび向後ふせうをちぎりてはやく当国を
たちはなれんとて四人うちつれだちてゆくほどに
富さきが家材ぶいを馬におはしてさきにいでたる小ものらは
も
〽おほくの人を
ころされて
大せつなるつみ
人をとりにがしては
この身のおちえ
そこいつすんも
うごく
右の下へ
うごく
まいぞ
よろ
こび
のべ
らかひ
ふかい
わけあること
さかつきを
すゝめ
そのち
ひめ
うへの
けんさんに
入れ奉りて
一方いつを
まもらせ
きいて
されば
りき
くださりませ
森は
丹波にて
ありつる事をしか〴〵と
小てふらにつげしらしてかの
やまいぬにはまれたる母の
かたうでを見せしろば大はじ
小てふはおどろき嘆心じて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
老女ぢりの薄命がいをうち
なげきりき寿がその夜つきこし
すへはいしへ二鳥乙扁
けいせいすいこ伝力編
事そだ介が事あり西はらからが
よくりき寿をすくふ
たるその折とみ崎が
言いりやく智ちんの
よしを聞つゝかれを
ほめこれをかんじて
はてはわらひをもよほし
けりかゝて又大はこはりきじゆが
母のかたうでをとりでのてらに
ほうむらして七七の仏事憎を
とりおこなはせそが石碑焼を
立てくれ竹に碑銘心を
つくらしうゑなしにこれをかゝして
ことおちもなくものせしかば
りきじゆはひたすら肉心義徳を
かんじて母の中いんすぐるまで
せうじんしつゝ位にはいにむかひて
あさゆふゑこうしたりしを人せめて
もの事におぼえていよゝ大はこの
徳心をかんじけりかくてことしははかなく
くれてつぎのとしのはるにいたりても
めどきがかへり来ざりしかば小てふ
大はこはだんかふしてさすのみこは
いぬるころ四五今月のあはひには
かならずかへらんといひつるに今に
ところも去らで四ツの猛獣とめをころして
おやの為にうらみをかへせしその勇あまり
ありとたゝえあるひは又にせりき寿が
〽勇ふたちの
手びきにて
ひめうへ
さまへ
みやつかへ
みやつかへ
よろこばしい
せしはあやういことで
義でござります
〽りきじゆが事をしいだ
おとつれなきはこゝろ将かたしなつめは
日ことに八十里をゆく仙じゆつあれば
かれをむかへにつかはさんとてなつめに
ことのよしをつけてやまとへぞ
つかはしける
さるほどに
なつめは
かの四ツの
甲馬ばう
もゝにつなぎ
とりでを
たちてつぎの
なつめのとじ
しばしまち給へ
とよびかくるを
なつめはきうに
見かへりしに
日ははややまとなるとつとり山の
こなたまで来ける折たちまち
うしろに人ありて女ゐだてん
見もしらぬ
をなごなりければふかく
心にいぶかりてそも〳〵
おん身はいづくの人ぞわらはを
しりてよびとめられしはゆゑこそ
あらめいかにぞやととはれてさこそと
くたんのをんなはほとりにちかつきひさま
つきていぶかり給ふはことわり也つぎへ
あつたれど
さやうとゆく
それにつけ
てもふびんなは▼
ウヘナヘヒハ二専乙扁
卅八
〽あね同やうにいづれも
さまおめかけられて
くだざりませ
〽いもとが
あぢをやり
またまろく
おさめて
まゐりました
いろくも
とのは又かく
べついちまい
つかひになり
ますぞへ
〽おきやうくんの
たび〳〵やり
そこなうたれど
ふたりの勇婦を
得たるはひめうへ
さまにも
およろこび
およろこび
めでたい
ござり
ごらうじませとゞの
しまひはよう
ござりませう
むかひにいでたる
れ〳〵は手も
ぬらさずに
ますなァ
かへり
ました
りきじゆがはゝ御の
さいごしやのふ
七乙
けいせいまいと仰の細
卅九
その名きこえしをんなゐだてんなつめのとじは
四ツの甲馬杉をもゝにつなぎて
日に八十里をゆくじゆつあり
と世のふうぶんにつたへ
聞しに口は今おん身の
はしり給ふその
すみやかなることは
人のおよぶべきに
あらずこれかな
らずなつめのとじ
にてあるべしと思ひつゝ
よびかけしにたがはざり
けるよろこばさよわら
けるよろこばしさよわらは事はくれなゐの
山もゝとよばれておほぢは土佐のくわんじや
希戈情ぬしにつかへたりしがまれ義は
うたれ給ひし折共にうちしにを
しはべりき父は生涯がつらうにん
なりしが父母ともに身まかりぬ
わらはも父祖公の武げいを
つたへてをとこたましひなきにあらねば
こうちん泊共におもむきてさんせひめに
つかへんと思ふこと久しけれどもえんなけれは
いまだはたさずわらはにひとりの友だち
ありそはみなれ竿をおき津といへり相わか
れしよりいかになりけんゆくへもしらではべりしに
ちかころ此やまとぢにありとのみほのかに
聞えていまだそのすみかをしらずたづね
〽いこう
わらはもみしれるにあらねども今ごうちん浪々に
貞
〽今思はずもうはさに
ぎいたおきつのとじで
左の上□ともにすゝ
五てちかづく
ござんすかテモよいところで
あばしやんした
のふとおぼしきは
いふ
ほどにその
手の大将怒
とおぼしきは
すなはちふたりの
勇婦にてあたりを
はらつて来にけるが
ひとりの勇ふゑを
かけてそは山もゝのとじ
ならずやとよばれて
山のゝつら〳〵見るに
この勇好はべち人にならず
さきにわかれし
ひとりの
友どち
みなれ
さをおき津
なりければ
▼さつはり
いこう
やうすが
ました
ちがふたゆゑ
中山
〽わたしも今は三人にもやいの
とりでのぬしになつたはいのいろ〳〵
よろこびつすゝみよりてやがて
なつめを引あはしかたみにつゝが
なきを祝憶しけりそのとき
一おき津は山もゝにむかひて
わらははちかころいか
わびつゝふるさとへ立ゆへらんと思ふ折おん身に
あひしやさいはひなるかなねがふはごうちん泊へ
ともなふてわが宿禁師はをとけざせ給へと
いふになつめはうなつきて
その義はわらはこゝろ得
たりさばれて
しか〴〵の
事により
小てに大はこの
さしつにて当国むつ田へ
おもむきてさすのみこを
むかふべき要用えうあれば
かしこにいたりてかへさに
おん身を手びきせんおん
身もわらはともろともに
むつ田へおもむき給はずやと
いはれて山もゝいち義におよ
りにつゞきとゆくことかなひかたし
その花もこゝろやすかるべし
四ツの甲馬杓をふたつわかちておん身の
もゝにつなぐときはおとらずまさずはやく
ゆくべしよきみちつれを得たりとてうち
つれたちつゆくほどにむかひより丁手の
つわものこつぜんとあらはれいでしをなつめ
山もゝはちつともおそれず
飛し
のさ
サア〳〵
ばずそはよろこばしきことにはべり
といなめばなつめはぼうゑみて
〽それが
ござんせ
さりながらわらはははおん身のはやはし
はなしもあるさかひおづれも
いつしよにともなひまして
ウとひかね
のぼりのとび子
ねずみもちの袖
かきといふぬたりの
勇にやとともに
とつとり山の
とりでにありとび
子はすなはち
むことじ也わが
身のうへも
此人く
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
がたかりけふは
ふもとの川
がりにけさより
いせたしゆへきなり
なつめのとじ
もろともにいざ
とりでへおも
むきて袖かき
にもたいめんし給へとゝ
こなたくとつき
けいせいまいこ件の
卅九
その名きこえしをんなゐだてんなつめのとじは
四ツの甲馬越をもゝにつなぎて
日に八十里をゆくじゆつあり
と世のふうぶんにつたへ
聞しに只今おん身の
はしり給ふその
すみやかなることは
人のおよぶべきに
あらずこれかな
らずなつめのとじ
にてあるべしと思ひつゝ
よびかけしにたがはざり
けるよろこばしさよわらは事はくれなゐの
山もゝとよばれておほぢは土佐のくわんじや
希義理ぬしにつかへたりしがまれ義は
うたれ給ひし折共にうちしにを
しはべりき父は生涯がつらうにん
なりしが父母ともに身まかりぬ
わらはも父祖その武げいを
つたへてをとこたましひなきにあらねば
こうちん泊共におもむきてさんせひめに
つかへんと思ふこと久しけれどもえんなけれは
いまだはたさずわらはにひとりの友だち
ありそは又なれ竿をおき津といへり相わか
れしよりいかになりけんゆくへもしらではべりしに
ちかころ此やまとぢにありとのみほのかに
聞えていまだそのすみかをしらずたづね
〽いこう
わらはもみしれるにあらねども今ごうちん浪に
貞
〽今思はずもうはさに
きいたおきつのとじで
ござんすかテモよいところで
あばしやんした
左の上ゟともにすゝ
又てちかづく
ほどにその
いふ
手の大将茲
とおぼしきは
すなはちふたりの
勇婦にてあたりを
をいつて来にけるが
ひとりの勇ふゑを
かけてそは山もゝのとじ
ならずやとよばれて
山のゝつら〳〵見るに
この勇好はへちんにならず
さきにわかれし
ひとりの
友どち
みなれ
さをおき津
なりければ
こはそも
▼さつはり
いこう
やうすが
ました
ちがふたゆゑ
沖
〽わたしも今は三人にもやいの
とりでのぬしになつたはいのいろ〳〵
り
よろこびつすゝみよりとやがて
なつめを引あはしかたみにつゝが
なきを祝憶しけりそのとき
おき津は山もゝにむかひて
わらははちかころいか
ともなふてわが宿望師をとげ〴〵させ給へと
いふになつめはうなつきて
その義はわらはこゝろ得
わびつゝふるさとへ立かへらんと思ふ折おん身に
あひしはさいはひなるかなねがふはこうちん泊へ
たりさばれ
しか〴〵の
事により
小てふ大はこの
さしづにて当国むつ田へ
おもむきてさすのみこを
むかふべき要用比うあれば
かしこにいたりてゆへさに
かしこにいたりてかへさに
おん身を手びきせんおん
身もわらはともろともに
むつ田へおもむき給はずやと
いはれて山もいち義におよ
さりながらわらはしせおん身のはやは
りにづゞきとゆくことかなひかたし
といなめばなつめはほうゑみて
その花もこゝろやすかるべし
四ツの甲馬路をふたつわかちておん身の
もゝにつなぐときはおとらずまさずはやく
ゆくべしよきみちつれを得たりとてうち
つれたちつゆくほどにむかひより下手の
つわものこつぜんとあらはれいでしをなつめ
山もゝはちつともおそれず右の下
丸
〽それが
のさ
サア〳〵
ござんせ
ばずそはよろこばしきことにはべり
はなしもあるさかひおつれも
いつしよにともなひまして
アウとひ子
とつとり山の
のぼりのとび子
ねずみもちの袖
かきといふぬたりの
勇好ととのに
とりでにありとび
子はすなはち
此ことじ也わが
身のうへも
此人くの
廿に
ゆかとりでに
ある
にもたいめんし給へとゝ
ちやうにつゝ
がたかりけふは
ふもとの川
がりにけさより
いせたしゆへさなり
いなはめのとじ
もろともにいざ
とりでへおも
むきて袖かき
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さきにたつ
とび子も
したしくかた
らひて山のともでへ
いざなひけれは
くはしいことはわかり
こりでへ
〽いつれ十へんめでなければ
ますまい
そでかきも
いでむかへて
なつめ山もに
たいめんしつ
時をうつさず
夏
ひめさまへおみかた
なさればおにな
かなぼうはん
にやに
酒えんを
まうけて
ねんごろにものでござん
ねんごろに
もてなしけり
ものでござん
にもいでござん
すぞへ
上ゟ
婦人ちのみち一
一包代百銅
家傳神女湯
諸病の妙薬
おき津
この薬は多く高料のやくしゆ入れり只うはなほしを
むねとするふり出しのたぐひにあらず久しく用る
ときは諸病の根をたつべしくはしくは能書に見えたり
大包代弐朱は
小包代五ト
大包代一匁五分は
精製奇應丸
中包代一匁五分に
薬種をえらみせいはうをつまびらかにしぶんりやう
家傳の加げんを以すこの故にその功百ばい神のごとし
熊胆黒丸子金のいけを以丸す百代五分
婦人つぎ虫の妙薬一包六十四銅巻三十二銅
つき虫はさら也さんどのをり物くだりとぬるに用ひて物を
製薬神田明神下同朋町東横町龍沢氏
弘所元飯田町中坂下南側四方の向たゝき沢氏
そで
かき
とび子らがらい
れきは十へんの
はじめにしるす
べし第十へんも
つゞきて出板
ごとしもかはらず
ひやうばんをとりが
くどくても見あかぬ所を
御せうくわん〳〵めでたし〳〵
なくあつまのめいぶつ
ほかにるいなき長ものかたり
馬琴作
おかへりを
國安画
御免江戸暦開板所前
一御注文被仰付可被下候
毎年十月下旬頃より売初め申候
男女
四季和文章
石摺
寅
春
鶴
屋
撰
織田本名所之警唐紙拾一枚葱斎鍬形銘真筆
鶏日本名所之絵
此面は六十余地震の国々御城地神地神社仏閣名所古跡山川の勝地衆等の当見るごく地理
此辺は南崩おび国々御城地神地神社仏閣名古跡山川の勝地原総勢の当たるとく地理
方角かたいを正して広犬の日本四海の中をと〴〵く依てとろがやとき絵草の様参なりし
大竹
一女古状揃国生竹料両品出来高井蘭山編撰
縣女古状揃國生竹業
此書は無今川状をはじめ己方の戌十べら其身名女の〳〵名たゝるいにしへの賢女の書かれたるは大工をしらび
集めて杜これに竹正をかへ児取の教訓なしなみともて女子のうべに志置せき一所なり
氏十一柳亭種彦随革むるしの役者拙女の小伝守膳山と名馬かるし教下昇
還塊紙料
古画入二冊
あめ売のたぐひはゐかいの句解有雲の歌等ふるき
古曲入二冊さかしを引よひ考て帰したれば雅定の見るべきふ
さらしを引遣ひ考て陣したれば雅定の見るべき書也
田喜庵庵
世のひともそ
蓑笠翁
随筆
幻住庵記引證
此書は幻経庵の記の注解をもとゝして俳文の規則を専くにしるこ
猶文筆を補は願の辱をあく記やしの題によつて諸名家の心義の心をのせ
芭蕉翁随分山閑居の関湖水石山の図を模して地中の風原を
こる如し風流にこゝろを寄る諸君子かならず見るべき書たり
同玄同放言初編二編初えだやと奏出し置申候第二編二十二十二編
右第三編三冊は慈用の部より勤礼の跡の共に至る此論しぞ古老旧物天寺愈念獣の有
以下に
等なこと〴〵御聞にて講に作者の考を尽せり雅俗となく見るに目かれせず読の事を
初編二編にいたしてもすとも興あるべきものになんよりとまろ近刻のよしを披露す
四
庚
寅
春
同八州本武九羽陸奥甲斐甲濃淡其外北国筋中昔の吉光
三畝荘禾木材輯
はじめ猶当内有名の人々の附合并末浪花文来往来の附合
芳艸集金冊版
都合二百巻をあつめ年々歳々の流行一瞬に見あるらしむる書なり
同断同
辺京摂州伊勢近江三河尾張其外西国筋に至る迄中昔の方へ
梵蘭集金二冊
一陣をはしめ猶当時君ある今の附合成よひ江戸文音往返の附合
或期合二百巻をあつめ年々の流行一時に見あがらしむし
販
族
歓童
遊言画手本一名鳥羽絵早まなび出来
書
目
戯筆
ありふれし算書とちがひ便利をむねとしてあたるを
廣益お
正しわらべの秘学にはやくその道に入やすく
懐中早割大全船
上直すみやかなる甚ちかみちなん紫書なり
塵劫記
前編出来此書はいまだ人の心付ざる事
新形染彩目
前比警高一筆後編嗣刻と討に心をこらせし奇品なり
前編にわれたるをゑらび集めへ
油
町役者心
芝居次
似顔早稽古
後編
画の道はさらんをごり松平等
全一冊五渡亭國貞画也
にも見合になるべき弥書なりし
八文字自笑評
一二箇之津内五十五位を
三箇之津之津之内
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
来寅正月二日迄
うり出し申候
□□□□□□□□
役者
名詞中記
四
惣役者藝評の土元禄以前より当時迄年々囲板いたし
奉入御覧は相かはらず丑年中三郎の津狂言評判明細に
相撰び文談住附等こと〴〵く相改め御見物無之御方にも
次第つふさにわかり候やう書あらはし奉入御覧候間御ひゐき
厚く売出しより御求め御尊覧可被成下下
即考百筆
全一冊
此来はもろこし明帝の神霊ありて我朝に往来しあまねく世に
同様摂田様堀仏に行封し吉凶をもしむるに霊験神のごとし
書
物
錦
屋
仙
雀
堂
鶴
屋
山東京傳作
忠臣水滸傳
繪入
讀本
十冊、
忠清蔵の義士等を豪傑水滸伝になそらへ
綴たる至極おもしろき名文の法本なり
初編ゟ六編迄共ニ山東京山譯
倶、十二冊売出シ置申候歌川国芳画
稗史水滸傳
私女水治慎十二冊売出シ率候歌川国芳画
初編鶴屋南北作
水滸伝處場象并四冊歌川國貞画
水滸伝劇場雛形
七編ゟ十二編迄寅新板柳亭種彦訳
「「「」「「「「「」」「「」」」」」」」」」」」」」」「」」」「」」」「」」」」」」」」」」「」」」」「「」」」」」」」「」」」「」」」」」」」「「」「」「」」」「「」」」」」」「」」」」「」」」」「「
稗史水滸伝
奉書三枚継粉色すり
画面にいろ〳〵の興あり
おもしろき事双六を一なり
水滸傳豪傑双六歌川國芳画
繪本三國志初編八冊出来
重田貞一譯
歌川国安画
通俗漢楚軍談を御子様かたに
初編ゟ五編迄
わかりやすきやうにひらかなに
モ干ニ冊出来
一つ誰したるおもしろき軍書なり
繪本漢梵軍談
新木清右衛門聞言モ午ニ冊出来准したるおもしろき軍書なり
ます。
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第十編
歌川國安画
上帙巻之上
ならね
同二十一日
十二号
すなはちちやうがい
微躯此書を新作して。嘗彼の故事をおもふに。宣和遺事に録したる。未
正二十六将晁蓋ありて林冲なし。然るを水滸伝の作者ぞの書を
竹出すに及びて。晁蓋をもて天里地館の。員内に在しめず。よりて是を補ふが約し
子頭をもてしたり。蓋彼晁蓋は。梁山泊の巨魁といへども。宋朝の故に遇ず一
して。曽市頭にて陣没したり。便是かの賊首をもて。その終を取れるもの宜く
一百両今八の。列星中に在しむべからず。脚色かくの如くならで。宋江その前轍を
踏むときは。天岡第一星とするに嫌ひあり。今這傾城水滸伝なる。烟蝶は
則昇益なれども。これを一百零八の。勇婦中に在しめて。最後に一枝花茶
およそいつひやくはちゆうふ
慶に擬する一人を省きたり。何をもて恁するぞとならば。凡一百八勇婦は。三
世姫に仕るもの皆是義に仗り忠を忠を倡て。水滸の百八賊とおなじからず。身が
所云初善中悪後忠後忠の差別なく。始よりして宋江等と。異なるよしのあれば也。
又金瑞が外書を看るに。李逵と柴進が綽號を評しく。旋風云云の
第十回に
地
義をときたり
その言理りあるに似たれど。身がおもふよしはしからず。こゝらの
べんろんおほ
見えたり
弁論多かれども。寸楮に尽すべくもあらねば。そは後々の編にいは。又水滸伝
第四十九回なる。宋江みたび祝家荘を打といふ條を看るに扈三娘は生物ら
れ。そが親も眷属も。李逵が為に殺されたり。然るを工嬢はぞがまゝ梁山泊に留りて。
宋公明に媒妙せらば。遂に王英と夫婦になりたり。備かくの如くならば。その勇あ。
まりありといふとも。抑不孝の女子ならずや。是より先に宋江等が謀て霹靂火
一秦明の妻子を死地に就しめて。明に花栄の妹をもて。妻せしといふ。趣向に同じ。一
かゝ事魔行は取らざりける。こゝには投骨奪胎して。勧懲に合せしを今さら
諄々いはずとも。看官先刻より。承知なるべし。
文政十三年庚寅春正月吉日新版曲亭馬琴識一人
けはせはすはこ守十扁
とくて十一歩
日本世話を出した。日曜日曜日曜日の日本の
夏虫の火むしに
似たりさをしかの
照射の
みなれさを
水剛竿
澳津
に
よるの
ねずみもち
女貞木
袖垣
深山路
九
楽しらぬ
いかしのぼりとびこ
紙老鴟飛子
身にも
暑さは笠のうら
桃を
挿
に
四
し
つゝ
め
目が
舞ふ
羅
くれなゐのやまもゝ
呉藍山桃
上昇上昇出された。世界の世界の世界の
ナヘ廿八一尺
けいせいずいこと
あらぬ事と思ひて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
わくらはのなつやぎ
病葉夏楊
福
鋭き風の
手こそ
さえ
たれ
うち
落す
ひと葉を
早季報氏で
桐の秋の
庭もせ
関税
}
十一
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
雪の鷺うかれ
烏の闇に
なか婆
しろ
か
くろきを
たれかわく
べき
活流
をきし
同断同所
いのちしらずいはひば
命不知岩裾
十ヘ十一ヘ二島一島一扇
しくせいれいこ瓜十朗
胡沙
あをうなはら
蒼海原
こざまる
胡沙丸
北
いへど
花の
かほ
ばせ
月の眉
曇らずちらぬ
一春秋に富むへ
四箇
同十一日
○四月五歳の長き恨みはをくるまの
くる人故に
ひかれず
男女
上不見鷲
はんにやめん
蛮女面
巖居
渡橋本
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
けいせいずいこそ
さる程にみなれ竿におき津いかのぼりのとび子
ねずみもち袖垣孫だらは夏女嬌山もゝを山のとり
へいざなにてにはかに
をまうけつゝ
□
勇ふらにうちむか
ひてさんせひめのおん
ことをつまびらかにとき
しめし小こふ大はこ
らが忠義のおのむき
これかれとなくつげに
ければ袖かきおき津
とび子らはきくことム母
とに甘服動してわれ
われもかねてより
江鎮白こうちんに
おもむきてかの
〽もちつととうりう
なきればよいのに
左の上ゟ一わら
さやうなら
おふたりさん
まちますぞへ
ははしる〴〵の
義によりて
さすのみこをむか
の為よしいゝさとへ
の為よしのきとへ
おもむく也めどきの
ひめうへにつかへばやと思はざるにあら
ねばゆかりなけれはうたがはれてそのこと
とゝのひがたかるべしとさすがにゑんりよ
しはべりてさてけふまではもだしたりといふを
なつめは聞あへずいかでかはさることあらん
小て小大はこの刀自したちは人をいれ給ふこと
わだつみにことならずさるにより江鎮泊
とうちにはすでに安千姓のつはものあり
みやこよりもかまくらよりもたやすくうつ
手の軍兵郎をさしむけられざるをもて
そのいきほひをさつし給へこゝにはべる山もゝ
どのもいまだわがとりでのものには
あらずふ国とせしことにて名のりあひ
そのこゝろさしごうちん泊りのむれに
入らまくぼしう思へることしか〴〵と聞
えしかばかくはともなひはべる也和ぎみ
たちも此とりでそすててかしこに
おもむき給へ小てふのとじも大
はこのとじもよろアひて
もちひ給はんこの蔵に
したがひ給ひねと又他
事にもなくすゝめしかば
みたるの勇婦はよろこばし
げにひとしくゑみてひたひを
このところを立さりてかのひめうへにつかへまつらんね
ひきをたのみ奉るといふになつめはうなつきてその義は
心やすかるべしわらはたしかにうけあふたりさりゑがら〽右し
なでのたまふごとくなるならばわれ〳〵
右の下へ
十八十六七尺三嶋一郎
とじをむかへとりてかへさに
立よりはべるべしその
ころまでにようゐして
かならずよまち給へ
その折あふみんとも
なふべけれといふに三
たりの勇ふ
よろ丁びて
玉やくそう
つゝしば
あとをかたつけて
〽たびしたくしてござんせへ
のこらずあらざればなつめはそでかきし
おき津とび子らに再会
ちぎりわかれをつけでつきん
まんとやしつめ
山のゝを両三日
〽とゞめて日ことに
もてなしたれば
くざてあるべきにお
けいせきゆいことつけて
又山もをこもないであから日よりもようのなる山さとさて立いでけり○かくてしめ山もくはやまとなるとなる
印方まで草草野折よびはたちありあけり
ほともまで来にける折よろひはたちにあまりにてあからがほし給ひとりのをなし
下女なつゝみをりたるあとにはやくなはばこそよつぎたる者も
〽どうでさきへはぬけられ
べもひとりしたがひて小路号をこなたへ来し
ませぬこゝらで見れば
つるありそを知れる人とおぼし
くてみちゆくものゝうはさをきくに
あぶなげ
なしさ
くだんのをなごは医へ
ほくすのめひにてをさ
太さ氏げいにすぐれ
たり
〽けんくわじや
さうな
しそばつゑを
うたれぬ
よりて
当国の
守部より
けふみたちへ
めしよせられて
女むしやかしらに
なさるゝよしを仰づけられたりし也さればうへよりも
火かたならぬひきでものを給はりつ又女むしや
よりも物おほくおくられたれば
〽ヱヽにくい
やつらじやな
ばかりはやよ刀自にけふはめでたうもゑらい出世幡をした
まひしなこゝらの小屋のばゞかゝらがしう食をもらふて
くれといへばいなといはれぬ苦くろうせうわしに
はへ
やつらじやなひとりのばゞがをんなかたゐを引つれてさきに
かう見てたちつゝくだんのをなごをよびかけながらおしとゞめ
とも左の上ゟともびとにかき
になはしく只今しゆくしよへ
かへる也その身のげいゆゑには
あれどそなごにして武士
ぶにひとしきほまれにそ
とどよめきて見かへり〳〵
ゆきすぎすぎけるかゝるところに
こゝらに名たゝるうんざり
とよばれたるわるものつくりの
めんじてよいほどに〽二へつゞくし
六郎はひかけもなきとをこのみそなたのだい判をもいふべきすぢあらなしくしよくしよに
来てそいふべきを人をたのみて途中にてわりなくねだるはいかにぞやといはせもは
いらだてたけのしれたるかたゐへしう義しゆくしよも途中にも入ることへ
かはたのまれたればひくにもひつれずわにめんじでよきほどにはやくとら
せていなしれときおひかゝれどちつともさがずては聞わけなし
そなたは又何人なればなれ〳〵しくねたりがましたとりもちするや
となじるをきかずあざわらひ何じやいのしらきつてこゝら
そのつき三二いなさはぎれ下からすけるもよりのてんんへんのをなぐはんかけで
一五をかけもなき上をここはなくの一の利ともいふきこちよりはゑにありうふにあり給ふにならぬを
来にそふきを人をのみて平田も無事もなりなくぬたるひかにぞやとにせるも
わたりで名のうれた
此うんざりをしらずとは
おしかいんぼかあきめくらか。
ばァちよおれが
〽「どつこいしめたこのひまに
ちからいつはいはた
ばアらよおれが
ひかへてゐるのらへ〳〵と
けしめけるこゑにむら
だつもゝさへつりかたゐ
しくんで来たる
あたれども手
をんながむざきを
身しらずみながやく
とのゝしりてはては
手をとりそでたもと
まとひかるをこはらう
ぜきやとはらへどきかず
のんちやうしたるすきを得
たりとうんざりははやく
うしろへ立めぐりくだんの
をなごにくみつきてしつか
としめてうごかせず
そいひまに気はやきかたゐら
両三人に立わかれておどろき下へ
さらひてあしに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
からぬ勇ぬなれども自ゆうを得ざればぜん
かたもなく見えたりけるかゝるところにとしなほわきつぎべし
一まかせてにげてゆくを
ぬはははるかに見かへ
りてあなやと思へどまへ
よりはあまたのかたゐち
つかみかもうしろにやかんざりばか
いたきつきとりとりとゞめてちづとも
けは女六すい二専十編
六
れいせいすいに
此木はうりのをんなあき人さきよりゆきゝのもろ人に
立まじりてうんざりばゞらうぜきをにが〳〵しけに
見つくをりしがこらへかねけんかうべのうへにいたゞきもてる
いく世ののしばをふりおとしなわすでていかれるまゑを
ふりおこしこのわるものらが大たんなる
らうせきすなとのゝしりてむら
〽見ればおへそがちやをわれすいがり
しがとのせうしさにちよととひ
入りのくづきうり友ほえを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
女をはらめと
一はちがふそよ
だちきおふをんなかたゐを
あたるにまかぜてかいつかみ
しつぶてにとつてなげ
左の上ゟかくれて
かたゐ
つえでねぢたふす
思ひかけなきだすけを
かたる
〽なめらさんぼう
得たるくだんのをなごは
目がまふ〳〵
〽たぶさをとるな
すにして進退したい自ゆうを
得たりしかば此うりをんなともろともにはや
二三人になけふせてやゝ身をおこすうんざりばゝを
一トあてあそくこんぼかへらせ此ほうりをんなにうちむかひて
名さへおもてを見しらねどもゆかりにもますなさけの
はたらきよろこびのへもつくしかたかりわらわらはも我げいに
うともあらねどあの悪ばにうしろをとられて進退
たい自ゆうならざりしにむかひにむらだつかたゐらの
おほかりければぜいしかねたりきればとておとなげなく
しらみがゐる
アイタタタタタほねが
きつてすてんはさすがにてほどくなん茂におよ
びしに助力がきによりて当をさうのちぢよくを
きよめたるこそほんまうなれわらはは
こたび国のかみより女むしやかしらに
なされたる夏楊葉といふものにはべり
おもそのいろのうすあかければ人あたなして
わへら葉のなめ女きといひはべりと名のれは
此ほうりゑしやくしてこはねんころなる御あいさつ
かばかりのことにあさからぬ
仰はあたりがたり
はべりわらはも
すくせのさちなく
をなごにうまれ
はべりしかども
たましひはますら
をにもおとらじと
思ふにより善に
しつかに
くみして悪をこらし人の為に身ををしま
ねば人つひにあだなして命しら
ずの岩ひばとよびなしてはべる
かし。といひつゝあたりを見かへりて
あなむざんやわるものらは
ひとりものこらずにげうせたり
ともびとたちがうばひ
とかれしつゝみとはこはいか
にかしけんとくおつかけてとり
もどもどしおひねかしといそがせば石やぎげにもと
うなづきてゆかんとしたるうしろのかたに舌の下へ
同十一日同
モウこれ
〽あゝいふ介たちが
おしめへた
ばやす
ねへがうんざりし
夜たちか
くつとめちり
もゑといにこや
がものまい
ばらたちつぎ
つかみかるをうちのめらせあるはけたふしふみにじる
はげしきしやれんによれるがごとくゆるせくとばかりに
にけあしはやきねすみまひかうべをかへてくもの
こをちらすがごとくにいうせけり思ひばはるかに
うち見やりてから〳〵とうちわらひ身のほどしらぬ
あたれどもあれですこしはこけつらんと
あだれどもあれですこれい
ひとりごちつゝとりすてし柴のゆもなは引むすび
ふたゝびかうべにうちのせて立ざらんとする程に
さきよりかたへにたゞすみてはじめよりをはりまで
見つらんずるなつめらはいそがはしくすゝみより思ひはに
うちむかひてさきよりかしこに立とゞまりていへはず
見たるおん身のはたらきをなご
にはおほくねはたきをとこ
たましひのたのもしさよ今
なつ楊きとかいふ女中に
名のり給ひしをかたへぬのかく
おん身の名さへ思ひば
かへ女つへしく世をわたる人がら
ならずをんなの朱買臣しゆどとや
いはんねがふはつばらに氏すぜうを
聞よくほしうこそといふことうや〳〵
ねんごろなるに思ひばおどろは小こしをかゞめて
こは思ひかけもなきおん見だしにあつかりてうら
はつかしくはべるはしそも〳〵おん身ふたはしらはもと
これいかなるかたざまなるぞととひかへさるになめの
こたへて人のすせうをとふときはまづわが心を
のかとかいへば今さら何をかつゝみはべらん
どのとはすでにしやりにきしつれども
あいせいすいこといすいこと
つかみかるをうちのめらせあるはけたふしふみにじ事
やすのけでようござりますのさ
なれども
こは又ちなり
なればたすがにし
はがりなきよ
いなみかねてうちつれ立てゆく
ほどに此わたりには
しだしやとかいふ
酒うるみせは
あらずいざ給へそこらに
る桜世のあるべきにともに
いつこんくみはべらんといふに岩ひば
あらずして
ねうちそば
やのありしかば
三人そこに立よりてそばをうた
せてそをさかなにさかつきをめぐ
ちよりそのといふはははないめ
らしけりそのとき思ひばなつめ
らにうちむかひてさきにはとはれ
奉りしわらはがすぜうをしるべとつぐるも
おもなきわざながらおやはびぜんのかみ
行きいへぬにつかへたるふだいのらうだうにて
はべりにきゆきいへぬしは文治のころあへなく
うたれ給ひしかばおやはうき世をしのびつゝいぬると
世をさりたりゆゑにふるさとにすみわびてこの地に
ちとのゆかりありしを心めてに来にけるにその人は身
まかりていへざへあらずなりしかばさらにゆくへを定めかね
たる路用もつかひはたしつゝせんかたのなきまゝに日ごとに
此木をうりあるきふその日をすぐしはべる也右の下へ
やぎ
□のちのやう
ねばあちこち
たづねまたはいのふ
ゆへせへすへこ嶋一扁
左の上ゟしをぬごだてらにをさ
なきより武けをこのみ
はべりしいはおやれたちすち
さみならふて
はべれどの
□□□□□□□□□
てもしあわせ
わが
□に□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
もしめやかにつけ
かばつぎへ
なつめはしき
りに感りたん
してしからん
には江鎮泊
さんせひめにつかへ
給へわらははかの
とりでなる
をんなむしや
なつめとよはるゝ
ものになん相とも
なひしこの女中は
よはるゝ
くれなひの
山のとて
六たび
〽勇好にてはべる
かしと引あはす
れば山もゝも
給へとすゝめけりかる
折から夏揚やきは
人あまたとも
なふと思ひばを
きやう後とをちぎ
たづね来つ
りてしづのともでへまゐり
たづね来つけ
水
なしむすめにひとしきなつ
やぎときやうだいぶんになられし
和女郎わしが為にはめひ
同ぜん何もゑんりよは
ないはいの
たれし
〽今江戸ではやる
といふ仙女香
でも
四十一
左の上ゟ
夏やぎは
なれば
やがて岩
ひばをあねと
こなへと共に
しつびをつくし
けりかるところになつやぎが
をちなりける医師にもち井
じやう庵助といふもいなつめきが事心のとなしとて
あとをしたふてこゝに来門岩ひばがごとのなむき
又夏やぎと義をむすびてあねちととなりにししを
お候へゝみちのうちにいふやうわがあいふ
聞つゝはらのうちに思ふやうわがめひかる事かる
さきのよろがびをのべなごとすこといとさわがしう
なりければなつめはついであしかりけりと
思へば山もゝに目をくはせてことの
まぎれにわかれもつけず女がて
下屋中にをりたちてあるじに
そばめのあたひをとらせ両人
ひそいにうちつれたちてよしのゝ
ひとしく二かいへうちのぼり思ひばをよびたゝして
あさ夕たがひに用もたりて
わたしもうれしい〳〵
あたへをもむきけりさる程に
わくら葉の度はやきは思ひはに
うちむかひてわらははさきにかのひるとび
らをすき間もなくおやかけしに供なる下女と
しりべらははやくしゆ〳〵しよへはしりかへりてことしか〴〵と
つげしによりわらはが叔は人おどろきてみたちの
くみねばらをかたらひつゝかなさをさしてはしらせて
わらはがたすけにせられしかば八はかへ手わいして
かたゐをんならがゆくをたつねうばひとられしやない
ばこめつゝみもすべてとりかへしたりかにておん身をたづね
しにある人を見てこのそば見世にゐ給ふよして聞えし
しけるをとてこれ
かばよしをおん身にとくつけて且よろごびのきかつきをすゝめ
敷に来つる也といふに山いばもよろアびてそは首尾次よろしきことに
はべりわらはは思ひかけもなくたびゆくふたりこちこちごたちによひかけられ
いふはしに立やきいそばをあつらへ物をいださせさらに出ひはにこれをすゝめをきて
はいの
〽此ちにひとつにゐさんすりや
とまじはり共にはらからの思ひをなきばまことによき
たすけ也此岩ひばは他郷忠兵衛のものにてよるべあら
ずといふしるに今よりわがしゆかしよにあらしめて
なりはひをなさしむべしとしあんをしつゝ思ふよしを
しかぐとつげしかば夏やきはいち花におよばず
共にすゝめてやまざりし人のなさけをかに
かくといなむべきにあらざれば思ひばはよろ
こびをのべてそのゐにまりしつゝじやう庵
何なつやきちにともなはれそのしゆく
しよにぞおもむきけるそも〳〵この
どもなはさたいはゆんさゝともらればぐりしかににへだんをなごたちろい今かん身があまたの
人をともなにて来給ひしかばはやもはつしてしてもやきにきそれもゆゑあることなるべしと
たい兵五兵衛ら北も酒をのましくかんしつつはしろほど思ひはをもてなしてそのすせうを
たづぬるに玉ひばからたずし〴〵とその身の身のうへをつげしかばなつやきいよくすてがたきいひ
〽ふし義な御えんが
みなさまの御やかいに
なりまするそんなら
仰にしたがひまぜうか
ありこれにより並んをむこひて姉妹嘸たらんことをちるにに思ひては十四方四方五右の下へ
与へ十二すへ二専門扁
へたりつゞべきをのこ子なきに
せしとき夏やきがをぢなりける
北方条常庵忠は
同家中なるくすしの
いへをつきてをり
をぢのしゆくしよに
むかへとられて
同居新しや
ありけるに
をなごながら
をさなきころより
おその□ば□い□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
よしの国のかみへ聞えし
せられし也あだしことはさて
おきつさるほどに
じやう庵は□き
ともろとのに
〽思ひをとも
なふてやがて
しゆくしよに
うけつきてをとこだましひある
よしの国のかみへ聞えしかば
こたびあらたにめしいだ
されてをんなむしやがしらに
立かへりそばめなりけるやり水に
ことのよしをときしめして遣ひばを
引あはせけり此ときじやうあんは
よいいそぢあまりにて本にさいは
はやく世をさりいへにはやり水といふ
そばめありとしなほみそぢ
ばかりなるがかほかたち見にくから
ねばしやう庵ふかくこれを
あいしてよろ
づをまかせ
たりしめばやり
水は何ことも
おいがまゝにまつり
ごちてさながら
本さいにことなく
ずしかれども
なつやきばじやう
こせ〳〵すべし
あんが児の
むすめ
にて
本左の中ゟ思ひば太是よりして日
ごとにいとはりをうりあるきいとま
たのしき
ことにいやひ
〽あなたのやうなかはゆらしい
たうといおやねんをうげ
ますると身さへ
こゝろもも
らくへすへひとらるゝ
やうにおぼえてありがたうぞんじ
ますなむあみだ仏〳〵
五左の上ゟしなほざもならずものより
のことよしを小てふ
大名につげ
しらせ又こそ来めと
しめんし門かへさに
まいついて
かてでかきらがとりでへ
立よりおき舞とび子
らもめともにその手の
つはものを引つれて
と御さんけい
されませ
かくてじやう庵はやり水なつやきらとだんかふ
庵はやり水なつやきらとだんかふしづのこりでべかん
〽御しゆぐならひゑの
ありしをかきはらひて
このところを思ひばが
しつゝおもやをはなれて
さゝやかなるあきいへの
さゝやかなるあぎいへの
部屋とさだめ
をなごにはふさ
はしからぬ此者
ういをし
たらん田
しづのとりでへかへりけり
○さるほどに忍ひばは
ある日あきなひ
しはてかへり来つ
部屋に入らんとして
戸をおしひらくに
いつのほどにかわが
ものはみなと〳〵
とりおさめてあき
屋のごとなりし
よりいと
はりにても
うり給へとて
ちとのもとでを
かにければ
手右の下へ
かばこはいかにと
いぶかりてつらく
心に思ふやうなつ
女ぎこそへだても
なくいつも心の
かはかねども
あるじのそめゆ
あじいそめて
女ものなさは
わらはを
いぶせう思ふ
をいけ
れば只今
ナヘナヘヒトヘ二専ト扁
こそあれとしあんをしつやがて
おもやにおもむきてつぎへ
しやう時にわかれをつげ月ころはあきからぬみかけをかうむりはべりしが
おむことを得ねこといで来てふるさとへまかる也身のいとなを給へかしといふに
又みたちの女中のけいこ日なればれも女どにはをり
がたしるすにはやり水のみなれば和女郎
よろづに心をつけてもてなして給はれかし
この義をたのみまゐらすると亦他
事ももなくいはるにぞ思ひばは
たちまちうたがひとけてゐゑにおよ
はすうけひきてそがまゝこゝにとゞまり
ける○かもつぎの日のひぬじのころぼだい
しよ陀楽院念のぢやう持ぢ皮あは
おせう弟子でのはう師とともびとを引
つれて来にければやり水はつねよりもいと
あてやかにけはひしてしとやかにいでむかへ時
あてまにけこひしてはとすにいでむかへ時
こうをのべつゝがなきをしゆくしつゝよも
やまのものがたりしてねんごろにもてなし
たることばのすゑに何となくわけあり
ゆへきけあらはれかたみに見る目の
いやらゝさたゞならずとはしられけり
かくて波海のはぢぶつにむかひて
弟子でのはう師もろともに
なうあんおとろきろきて和ふらは部屋をあのごとくとりかたづけておきしを見へ
出てやけかしといはぬばかりのはからひならんとすいりやうしてかくはわかれば
つげ給ふかざら〳〵さいふわけではなしあすあさてはわが養父母の廿五
百四十郎にあたりたりあすはたいやなるをもてほだいしよなる
住持はやうをむかへてきやうをよませんと思ふによりその供
びとをおかんとて我女郎の部屋をかたつけたりしかるにあすは当
ばんにてうゝれはひねもすしゆくしよにをらず夏女でも
九十一ゟしきやうをよみゑこうしはててよう物の非りをせう
くわんしふせもつをしゆ納何してまづ弟子をのこかべし
しかあます大き初くらは都国をあひとこところけ大きな見せ見でつはあるじのかねを
つかはしあるじのかへるをまたんとてなん戸に入りてやり水に別席
ともいくたいあはりのはならひやうらんといやり一かくはわかわるれを
まくらをならべたるある事のほどこそむざんなれ思ひばは
はじめよりここのやうをすいせしに今又いん故
悪僧声がうがなん戸にてしのびあはぬるを
かいま見ついかりにたえねばひそかにゆいばを
さいさんてきつて四きだに
なさんずとぬきあししつゝ
岩
うかゞひけり
人でなしらをうち
とめるがあるぶの
政
初編ゟ二編迄
一當年上梓
年代記児童講訳
年代記明首三町言当年上梓、
山東庵京山作
此稗史は神代のむかしより年代記にしるしたる事の外にもれたるをし
補ひおもしろき所々の事を絵にあらはしこれをよめばむかしの世々の
事をよくあきらめて。童子のものしるたよりともなるべきゑざうしなり
三
年
しうざびをさなかうしやく
耳中
行事御祝儀日童講訳
初編ゟ六編占
全部十二冊
山東庵京山作
庚
子皿
此稗史は正月の松かざりを始としざうに餅を祝ふ事そくさかゆの事
仕つりかけの事などすべて十二ヶ月の祝義日の故事来歴をくはしくしるこその
はや〳〵もん
事を絵にあらはし年中の祝ひ事のわけをしる早学問のゑざうしなり
中本
春
新
袋入
拳獨稽古
山櫻漣々
全一冊
近軒揺画
合を
史史』新春史史史史史史史史史史史史史史史史史史史歴歴歴史史
11史碑新君
この書は拳をこのむ輩いまだ初心の官人たり共。したび披見給ふて。
呼声指の出し方等自然とひとり打おぼゆるやうに工風を一らしつゞりたる魚を
中の
れば朝夕傍におきて弄給はゞいつとなく上達して奥食にいたるべき名本なら
上帙二冊
下帙二冊
戯場顯微鏡
彩色
同月月二日
歌川國貞畫
これまで戯場考古博覧の諸子著述する新劇の連なしといへども皆放究
濫觴のみをしつして看やう観かたの規則をしるさず此書はこれまでの諸作としと
かはりしらうとにても芝居のわけ早くわかり何は此事といふことくはしく知れて早く芝居見へ
物の見功者となるとをあつめ且三都しばゐの趣博物考古の龍至とおもしろき書也
本朝
繍像曲
艶容女仙外史
初編
五冊
點々漁隠翻案
この書は唐山の通甲斐が筆をふるにて著せし妙業にて奇談怪説まことにかりと
き書なればこれまで本朝に飜案の作なしよつて此度小学祖才愚酒を助す日本一
つゞにひそかに曲亭翁の顰に救ふものなり看官の諸君子よろしく高碑をもなく
おひ〳〵次編はんじやうあらんことをこひねがふ事にこそ
の事に作りかへ唐賽児を命の内侍に見参足利尊氏を戴王に擬して一箇の演戯を
録
顕微鏡
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
万邦劇場談一
後編
すごく戯場にかゝはりたる事狂言のおもむきあまさずもらさず博く考へ著すになん
上下
勲老漁隠著
これは初編にもれたる珍説故事よりはじめ唐山天竺魯西亞阿蘭陀等の万国
瀧澤篁民著
迎福南鍼録
一名相宅手引草
全部五冊近刻
右同著
がぞくひやくでんいつき
雅俗百伝一奇
大本全五冊絵入
一平仮名附近刻緒ときは覚出して恙を畢る異間地なりの近書口なり
平仮名附近刻
一右二書共に達はず用板仕候江戸通御町書林仙鶴堂小休喜右衛門印行一
近来選択相宅の書年に出月に行れて五車に
盈十牛に汗するにはこれり然どもその法術秘の為には懐と
して解しがたきことこれ多かり抑この書は協紀辨方書に
つきて方位宅相神教走避の要領を著してもて吉に就き
凶を避禍をして福を迎るよしを宗ととき示すもの也こゝをもて
その学に疎くして菽麦一不辨のものといふとも解し難からず行
ひ。易かり大凡一家の王人たるもの常に。幽右に措ときは吉
凶悔吝の惑なかるべき日用有益の良籍なり
この書は雅となく俗となくその行状に一奇ある古人の一
列傳を輯録してもて勧懲の一端とすされば地震
義烈尚気節操の世に捷れたるより隠逸名聞
一枝芸好事のともがらまで得るに随て漏すとなし
是併善を見ては人の進んことを欲し不善を見てはみづから
欲言人を敬言んとその所為也巻中毎伝出像あり一たびこれを
繙くときは覚ずして巻を畢る異聞魂が川の珍書なり
大阪
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
十一
曲亭馬琴著
傾城水滸
傳第十編
歌川国安画
上帙巻之下
ころあるのとあつた。それをしているのであつ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
曲亭馬琴著毎編八巻合本四冊上下各一帙
旧伝則
舊帽傳唄屓薪禳邪魔辞寓鋤奸
冊肆回
潘巧雲
傾城水滸傳第十編之二
ぎはすなはち
あねをあらためてあねぼんをたづねろくをすろくをすてくうらみをきよむる
摸擬乃
万事損刀改過索義妙捨禄雪怨
二五集
一五集わくらはのなつやぎがふんしんのたちすぢ
邪麗水
歌川国安画江戸通油町書林鶴屋喜右衛門梓
二
してきりころさばことをこのみしものににておとなしからずと
人もやいはんそれのみならでしやう春師とのはやり水の
いろにまよふてしまりされたることなれば
かへつてわなみをうらみもせんか
六よひはまづ見のがして折をもて
なつやぎにつげしらせてかの刀自
性のむねをもとめてのちに又ぜん
すべあらんとしあんをしつゝひそかに
そこをしりぞきてこの夜を無事に
ありしけり○これよりのゝちやか水は
をり〳〵はかまゐりにかこつけて蛇楽院へ
谷々におもむきつくだんの波海かいと
しのびあひ波海も亦じやう庵
なつやぎらがしゆくしよにせらぬ
ひにぎに来つゝやり水と五つ
今呼すいはんや又ある
じのをぢめいもろ
ともに国守にかなみ
たちにとのいして一ト
よさをらぬその夜には
よすがらまくらをならべつてたい
しみをなすといへども下女のにやきと
弟子にの年残赴とこのことをとりもちて一十八丁
やり水ひそかに波がいを引入れ
そのとき岩ひばは悪僧十ら波海乱とやり水をきつて四
きだになさんずと心しきりにはやりしをつく〳〵〳〵と思ひかへせばわれ
今しやつらがけがれたるていたらくを見るといへどもこのことを
まだあるじゆも貞照ぎのとじにもつげずしていかりにまか
やぎ
〽そのはからひは
きみやうじや
さうしませ
〽かのどくがいのめくろみあればうか〳〵と
日をすゞされずれをゆるさせて
あひづをさだめくたり
いつしよにとらへねば
めつたなことは
左の上ゟ
よへ
とならぬ
その
右も夢
やきもかに
□□□□□□□□□□□□□
直にもしみ得
◯い岩は
のみはゞめ
より心を
こと〳〵これを
をしらずといゝ
ばしことなければいと
あさましくおもへども
紀海の文
しのひして
やり水とかたちにをつき
わいせいすいこれ十銭
義はいかゞとざゝやけば波かいは聞つゝかなづぎてそのてからひきはめて妙也なれ
どもあるじのおやぢめをながくこの世にあらせてはかたみにねぎあやすから
ずまづたぎと山ろひはをとほざけてそのゝちにまやう庵にとく害にとく害
聞すましてうちおどろきつゝしりぞきてはらのうちに思ふやう
悪僧といんふがわるたゝみことはやこにせまりたりたりわが
身あるじのおんをうけて夏やぎとは義をむすびたる姉妹あり
にてあるものを今これをしもつげしらせずはわれもおん
義にそむくもの也かたへに人なき折もがなとことの
びんぎをまつほどにそのつぎの日はいとはりのあき
なひにもいでずをりしに夏やぎはつねよりもはやくあん
みたちよりしりぞきて岩ひばが小部屋におとし
つれわらははちかごろつとめにまぎれて久しくうぶ
すなのやしろへまうでずおん身も折よくしゆく
しよにいませばいぎ給へもろともにまゐるべして
きるものをきかえてもろ共にいでてゆきけりかくてなつやぎは
うぶすなのやしろにまうでてそゞろあるきをするほどにもの
ほしうなりしかば地内頭に名たゝるそく席此の丁やう理
さか屋に立よりて岩ひばと共にいひをたうべ酒さか
なをもいださせてさかつきすめぐらすに岩ひばばはもの
おもはしげにしば〳〵たん息仕したりしかば
いざなふにぞ失ひば鳴ていち義におよばずいそがはしく
なつゆぎどのはみたちにめされてとんなむしやかしちにくりたればあるじにすゝめて別宅別宅財
さすべしたるときは思ひばをあもろともにつかはしてまづ目のうへなるこにをのそかんこの
何してをさなきものを養子聞にせばねかさんともおこさんともおん身
とわれらがまゝなるべしさればとてはやるべからず心しづかにはかなときは
うたがはれずしてなしやすかりよくし給へとぞさゝやきける岩ひばこれを
あく事をぬりかくす
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さるとをさきをくのろ共めきためきけりかたをしやきは
うしとしのやしやしまうでそそろあるきをするほどにものそにてくちを見てやかにいさめしかいためしかい
たちますはいのに
したがふへしといらへてさか屋の小
〽さういふことゝはものをよびてあたひをとらせて
〽その身の
けんのつどもよしさらばその義に
したがふへしといらへてさか屋の小
岩ひばたち聞して皆にやり水がいふやうは三てもかくても心のどけくおん身とあふといとかなり
せ給ふな
をぢこの
来べしその折
ふたりをきり
ころしてのちに
をぢごにつけ給へこれさい
上のはからひならんとしのび
やかにいさめしかば夏やぎわづ
かにいかりをおさめておん身のゐ
〽ちますはいの
夏やぎこれをいぶ
かりてかくたま
ざかなるもの
まうではかた
みにほやうの
為なるにいかなる
ことの心にかゝりてかく
わびしげに見え給ふそと
とはれて山石ひばかたちを
あらためとはれずとてもつけんと
思ひしいちだい事のはべれども折を得
ざればむねにのみひとりいらちつ今も
なほついでなければいひいでかねてうち
わびたるにぞはべるなるその事はかやう〳〵と
やり水波かいがふ義のおもむきかれらがしめし
あはしたるどく害がのみつまでおちもなく
つげにければ夏女ぎはおどろきいかりてそはやす
からぬことなりかしもしわがをぢにわざはひあらは
ほぞをかむともおよびがたけんすみやかにやり
水をきびしくせめてはくでうさせ高夫うつ
たへたてまつりてかのあく僧ともろともに
八かさきにしてくれんずとはやるを思ひば
おしとゞめてみつ夫ふは男女騒もろ
ともにとらへざればせうころしさるをいつ
たんのいかりにまかしてかの婦人をせめ
給ふともいかでかははくでうすべきまづ
何ごともむねにひめてをぢごにも天色よし
サヘサヘサヘ二島ト篇
しらずして
うまくゆれし
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
わらはがぶかく
モウ何ごとも
いはぬがまい
岩ひばともろともに立いづるに
はやたそがれて夕月のかげ
みはがぶかくはやたそがれて夕月のかげ
くまも云くあかかりけりかゝる
いはぬがよいところにしゆくしよのしゆくしよのしゆくしよのしゆくしよのしゆくしよのしも
がたづね来て口い今みたち
あるは
あるはいの
よりおくがたさまのおんつかひを
さくしや白
是よりすゑ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まで本じもんは
給ふ也よしをしらせまう
だん〳〵おくるゝ也
さんとておん
〽ヲやうまく
〽ヲやうま〳〵
みなさま
そのきで
むかへにまゐり
たりといふになつ
いびぬけ
なさつた
やぎそぎへ
御らうじろ
のふ
それで
おち
ついた
けれせいすいこそのこと
れをつげて只ひとり女のになきもふしてをりこのゆゑに
いへぢをさしてかへるやり水ひとりおきいでてこはいと
にぞ夏やきはくだしおそくはべりにきものほしうは
んのしもべをしたをはさずやふしどはにや
がへていそがはしくきがさきの程しきよう此
そがまゝみたちへはべりにきとく〳〵やすらひ
まゐりけり給ひねといはせもはてず
○しかるに当
○しかるに当
国のかみのおく
がたにはこよ
ひの月をせう
せんとてほどり
まろこをいからし
ちかくつかへまつる
ちかくつかへまつる
ちかくつかへまへる
女ばうをみな
女ばうをみな
ちくせう
つどへて酒を
あまいが
のましてきやうじ
何をか
給ふにをんな
いふ
うなづきてしからばわが身は
此ころよりはやくみたちへ
まゐるべしあねごはしゆくまうして身のいとまを給はりつその夜
しよへかへり給へといふに八ツのころおひにやうやくしゆくしよに
山右ひばこゝろ跡てわかりしかばじやう庵はとくねぶりて下
むしやかしらの
夏やぎこそこよ
●
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なき上戸にて
ぢはわがをぢに
はべるなれとまうす
これをまゝ
ものゝありしかばしか
ことならぬおんをわす
らばなつやぎをとくめせとてしゆくしよく
らばろめがお遠くめせとてしゆく君よへしれて腰僧神をわけかねいたつらものものもののぬき女給ひ
〽はくでうせずはなんぢが
弟子にの
あを入道が
よい手見せ
いの今ため
やいばの
きれあぢ
左の中ゟ
やすから
ずかたへに
なき折は
水を
まね
卅
よせて
よんべ
みたちにて
いたくさゝを
給はりてわれ
にもあらず
き
へよりそな
たまむか
ひてよから
ぬことをいひたるか何ごとも得
おぼえず何とかいひしとたづぬ
ればやり水たちまちなみだぐみて
よんべおん身はのゝしりてわらはをふ義よ
たづらものよとぬれぎぬをきせ給ひ
つかいなとだぎにもあるによりあるよしはわれよくゑりぬあすはにきこは爰にはかげんぜんせしあぞ
〽さまんときとやふもまなりし安いへうつたへまうして思ひしらせんあらんこのこのこばかたよめいはしと
ますと思ひあとほかるにはうらがかくはをせもいきやしたけくのとはありかいはいはいはつつ
けかへりたりかへりあらでにしるにしるにはいためそえはく申元に決給へあの山の山ははいつしつになん
立かはり入りかはりあびてに
身のをぢごにすえ膳してわらばをつみ
なとしいたりしかはしかはかうだかうだがたれているもせず
なりてしひたりしかば
なひおひうしなにてはやく
その身が本さいにならん
アヽまうします
まゝふしとに入るよりはやくせん
と思ふ心のそこのほにあら
ごもしらずふしたりけるかくてつきの
申シます
弟子であ
日の巳みのころに夏やきは目をさま
しておぞくもあさねをしたりけりと
はれて見えしかばわらはも
かしたはらにすえかねて次へし
ころされ
思へばいそがはしくおきいでしにじやう
庵は病架がうへとていでてこのときへ
しゆくしよにあらず夏やぎはつく〴〵と
よんべのことをおもひみるにえひにまかして
やり水をのゝしりたりとおぼえたりわれ
何ごとをいひたりけんと思へば心冥右の下へし
たすけてくださり
ことゆゑ
おがみます〳〵
いたくのゝしりはづかしめたることしもあるをゐこんに
おもふてさてはおん身にそくろをかふてかへつて
わらはにふ義いたづらのあるがごとくに
いひなしけん心のほどこそおそろし
けれあの岩ひばがだんなに
しかけしそのことのていたら
くはかやう〳〵となきことを
あるがことくにいひくろめ
たることばたくみに
あざむきけり夏師
やぎはほとこまさりの
気はやき勇好なり
けれども知る両い難方かくは
山石ひばにおよぶべくもあらざれば今やり
水にときまよはされ思はずも大いき
つきて人は見かけににざるものかな
わが身山石ひばが義勇やうをかん
じてはらからにもます思ひをなせしに
おやつはそゞろによくにまよふてとしのよはひ
ふさはしからぬわがをぢの本さいにならんと
はかりしのみならず義にそむき人をしひて
われをあくまでたばかりたるたくみのほどへ
こそいとにへけれといきまきたけくつゝしるを
やり水わずことおしとゞめくそのはらたちは無
理ならねどいかりにまかしてあらだて給はゞ
だんなの百皮男もかけ給はんわいおんびんに
はからひ給へそがをぢぎみの有なる
べしとことわりめかしてなだめけりしかれ
常〽ふたりの死がいは見しつた出家
はやく出かけて此さいなん
はてきのどくな
ことじやなァ
左の上ゟしなつやぎが
はやく出かけて此さいなんかの桟きみつをもらして
やり水にたばかられわら
ことじやなァしはをいたくにくめるならんしかり
とも今こゝにてはあつさんかさを
いひときがたしえう
こそあれとしあんを
しつゝそがまゝおも
屋におもむきてわら
は色にはかに
□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ふるさとへ
〽ちみほふ
つきたる此
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しるきたしかなせうご
そのいひわけは
くらい〳〵
そのいひわけはかり又かへり来ばその
折に御おんをかへし奉らん
とさりげなくいひおきていそがはしく
いでてゆきしがかけはなれたるうら町の
はたごやに女どりをもとめてひそかにこゝに
どもなつやぎはなほも
かたる小部は
屋の物
すてさせて
あとには
たき木
すみ
たはらを
おほくつみ
こと〴〵くとり
つけて岩ひばに
入れさせ
ける
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
○岩ひばは
かくともしら
〽すその日も
あさとくなりはひに
いでたるがかへりて見れば
わが部屋はまき小屋に
なりてありかゝることにも
そのゐをさとりてこは右の下へし
思慮りもふかきものなりければ
十八日雪一気
とうりうしつゝ夜なくいでてじやう庵が
しゆくしよのほとかに立しのびことのびん
ぎをうかゞひけりさるほどにあく僧波浦
父はじやうあん夏やぎもろ共にとのいの南
ばんなりける夜に又しのび来て
〽ころんだときにやり水とよすがらたは
〽ころんだときに
むれたのしみけるを
ほう丁がそ丁へ
おちてちがついたらう山石ひばはよく見とゞ
わしではござらぬ
しざいなん〳〵
あけがたに波
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はう師むざんと
よばるゝもの只
ひとりくゞりもんより
しのびいでてあちこちあた
望を見せたすを山石ひやすか
さす引とらへ手にたん力
をひらめかしなんぢもし
こゑをたてなばさは一ゑぐりに
おいきのねとめんよひより波
女かいがしのび来ておにあり
ことはわれよくしつたりことの
やうすをつぶさにいへいはずは
日にもの見せんすとむゆにさつと
さきをつきづけていともきびしくせめ
とひければ牟滅老はおそれて
こゑをふるはしあねごわれらをつきへし
しいせいすいこ信十朗
ゆるし給へしられたればかくすによしなしわが師の坊がしのび
来てやり水にあふときはそれがしも亦したがひ来て下女の
になきとみつ通はしつゝかへるときにはかくのごとくそれがしまづく
せどにいでてあたりとなり面きへの人の見るものあるかと見
わたしてやうすよければ此もくぎよをならしてあひづをいた
す也さればわが師の坊は此もくきよのおとを聞てひぞかに
いでてかへるゆゑ近隣の人もこれをしらずうちなく
目はなれあふたるにまきがつねにふせぐをもてあるじしやう也
庵にも夏やぎにもしらるゝことは候はずとつぶさにはく
でにしてければ岩ひば鳴てうちうちうへづきしからばしんぢ
そのころもをもきぬをもぬぎてわれにわたせいなと
いはゞ一トうちぞともてるやいばをひらめかせばいよ
いよおそれてゐるにおよばすおめ〳〵として
きるものをのこらずそこにぬぎすてしを岩
ひばとりてかたに引かけ今はなんぢに
思ひしるべしと
をもかたにかけて
仏衣ぶつけが
名詮医師自
せとはいやくあたりこゑは多ぎの人の心のあるかとり
さらちんずるにことばなしいのちをたすけ給ひねといひ
そゝやがてころもをぬぎしきぬをも
ぬぎてわたすにぞ岩ひばこれ
女の上ゟいそがしたり波かいはむざんがうたれしを
一ト目見しよりいよゝます〳〵たまひも身にそはずそれ
がし酒とせしまよひによりて女り水とみつうせしこと今
詰やかくはから
おん身の
ため
身の
ぬれきぬ
をも
ほさん
一
せうこに
用はなしいでやいと
したる
まをとらせんず
といふより
といふよりはやく
牟麗社がほそ
くびみづもたま
らずうちおとし
くだんのもく
ぎよをとり
あげてほとゝ
とうちなら
せばしば
らくしておくの
かたより
やいばの
ひかりもろ
ともに波海乱がくびは
おちにけりかくて山石ひばは思ひの
まゝにふたりの悪僧をしとめしかば
せうこの道にころもときぬをとりおさめつゝ
あしばやにやどりをさしてかへりしをしるもいたえ
なかりけりしかるに此あしたしたものゝいは四郎
とよばれたるうをあき人まだきにかひ出しにゆかん
とてはんだいを引かつきじやう庵がせどのほど
事ものほとそのほとりのまち
四左の中ゟあな
やとさけびけり
あけ六つごろ
にてありければ
そのほとりのまち
波かいは
えりまきもてつらを
つゝみくゞりのんより
いでてゆくをいつたん
あまりやかすべして岩
ひばはやく引とらへ又
たん刀ををさらめか
してなんぢはわれば見
しりてあらんこゑを
たてなば一トうち
なりへんちが
月ごつやり
水としのび
てい
たら
くは
ざんが
すでに
したり
命をしくは
きるものを
のこらず
ぬぎてわれらに
わたせとゞ〳〵
せよとゆ右の中へ
ければ思はずもちし風にすべりて
あふこにかけたるはんだいを
たちまちはたと
なげすくため
とて図右の下へ
あさはかはらはたたうが
人もとのいもとゝ
思ふて此うへ
ともに
ちからに
くたきん
せいなァ
りをわいひとりとぎるほどにうすくらかりのことなり
〽めんばくもないわたしが
人らは此ゑに
おどろきておの〳〵
ちいでてこれを見
一百にふたりのはら師の
ころしにはあらずといふとかくしる
ひとやにつながれてきひし
きりころされたる死がいのほとりにいつ
ちやうのきかなほう丁をつきたてて
ちやういさかなほう丁をつきたてて
くだんのちは四郎が血ちあまみれうご
めきつゝおきんとせしをみな〳〵をりかき
なじてきひしくいましめことのよとせんさく
するにいは四郎おどつきちんじて人
程子じやうあんもみたち
よりしりぞきかへ
りてはじめてはじめてくだ
んの死がいを見るに
わがせとちがきほと
りにてきりこかされ
たるふたりのほかいいほだい
しよのぢゆう持ぢ波下
弟子にむざんければあましてあき
れ且あはれみまち人らもつてよいは
四郎を引たてて暮るよふの風をうや
たへけりこれによりいは四郎をしばし
ひとやにつながれてきひ
れしかども人ころしなかざりよのいろ
即分明きなり
町ぞくのわだなるべしとてゆるべしとてゆかへき
れけりさるほとにやり永は下女の一女の一
十八せは上下帯一扁
といせいすのこと誰一
〽此ゑのわけは
四のまきを見て
しるべし
「とうでひまが
入るからゆつくりと
べんたうでも
つかふがよい
にやきともろ共に波かいむざんがかへるさにころされたりしていたらくを聞もしつ
見もせしより玉ひそかにおどろきおそれてとさまかうさま思へともおもひかねへ
人しら早むねを千分にぞこるしめけるされば又立なきは波かのむさんを
ころせしものを山思ひばならんとすいしつゝひとり私におふやらさきにはわが
身あやまづくやり水にあぎむかれかゝてかくおろんおおほし
身あやまつてやり水にあざむかれかくつてかの人をおひやかひし
せうこなきによりあらせひもせてこのの第くかの悪僧が勇水にしろひ
あふたるきま〳〵にせとにてころしくいつならぬせうませうこそに見せたる
ならんかゝれはわがあね岩のおはちかきわたりにけるならんあゆて此身の
あやまちをいかでわびんとしあんをしつゝそれとはなしに日ごと〳〵にひとり
ちまたに立いでてそゞろあるきをするほどにある日うしろのかたに
人ありてわくら葉のとじいづかたへゆかせ給ふぞとよびかくなをつそがはしく
見へればこれすなはち山思ひば也夏女きははづかはしきにおもはずもはずもひたひを
なでてこはあねごにておはせしなさきよわらは太えひにまりして手のみつ
だんをもらせしかばつひにやり水にはかられておん身やうたがひてつれなく
ものせしあやまちそやるし給ひ給さればおん身はことのせうとをしめさん為に
わがせとにてひそかにかの悪侯らをころし給ひしにあらずやといへば出る
ひぞうなづきてまことにすいりやうせられしごとくをちごの道おん身のために
わなみかの悪僧らをかたのごとくにうつてすてたりなほねがたりおほし
かれはいさわがりよしゆくへ来給へとてさまにたちいさなにてその身の
おどゝさだめたるはたごやにともなひてしのびやかに波かいとむきがごろも
ときまをきりいだしそをくなきにさししめしてかれらがはくでうのことの
おもむきかやう〳〵とおちもなくその夜のことせつげしかば夏やきききゝつゝかん
しんして今にはしめぬことながらさしもなん身のちゑふくのみじくはからひ
給ひにけりすでにして悪僧は天にばつその身にしよぶといへどもやり水と
にやきさへつゝがなきこそゐこんなれわらはちかつてかのいんぼらをおもひの
まゝにきりさいなみてはぢの為おん身のためにはやくに毒竹をのぞ
かでは勇力ふといはるゝかひもなしさはあらずやといきまけるともよそへ
はゞかましのびこゑうつふんやるかたなかりけり
四十四
きていふやうおん身のゐこんはことわりなれども
みつ夫には男女児もろ共にうちはた
すにあらざればその不夢のせうこなし
此ゆゑはさきつころわらはがおんぎにさゝ
やきしゆせしはからひをしそんじてかへつて
かのいんふにたばかられわらはをおひやり
給ひしかばわらは言つひにむことを得ずかの
ふゑのせうこにすべけんやひつぎやうらん心の
さだにおちてほしさいにことならぬをぢいそばめを
ころしたるぞのつみのがれかたかるべしよく〳〵しあん
おやにひとしきをちの道にかの妻をある
のぞかでやまんやすでにかくごをさはめ
たりとゞめ給ふはうらみにみてといき
まきたけくあへぐまでに思ひさためし
ありさまなれば思ひばつひにいさめ
かねてしからんにはぜひにおよばず
へりしからばといはんかくせんとしめしあはせて立わかれもち井のしやく
しよへかへもけりかくてそのつきの日に立女ぎはやり水にいふやうちかごろ
とつとり山の岨吹くえてふき石のくわせおんのあらはれ
悪僧あはらをうちとめたりしかるを今又
やり水をうちはたし給ひなばあをもてかのをなの
さればとてはやらばとをしそんずべしつきてひとつは
そのとき思ひばはしきりにはやる貞倫源をはしとがめつゝ
給へといふを爰女き聞あへずしかりともやり水めはゆるしかたきのく人也
よふかまは雪の義によりてつきならぬつみにも
せめてうちはたし給へかしそのはかりことはかやう〳〵を引よせやとき
しめすを急にき聞てうちうなつきいはるおもむきわがこにかな
はかりことありうとくものをんなをおびきいだし思ひのまゝにつみを
一けは女は七十七七間
〽みちがちがひは
いたしませぬが
いたしませぬが
ヲやかへとはい谷へ
でました
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
木こりくさかりら見
いだしてさゝやか
なる御沓を
しやらびそごに
あんちし奉り
しにいのれば
水
〽うはさに聞たは大きな
●さみらいとてつ太郎
なかつたにあまやみの
きではないが□
さかつがれては
うまらぬへのふ
ざるといはれてやり打
かねて聞たはたしかに此みち
もちつといたらにぎやかな
所へ出るであらふのに気を
くさらさずにいそがうぞへ
さればとよわらばもかの
ほとげのはやかせ給ふこは
しもかねてより聞しから
だんなは日ごとに一つぎへ
けいせけすいころ一
りやう治の為にいであるき給ふにより今に北山北の
いとまもはべらずさばれ此ころは何となくつかえ
おこりて□をふさきなやましき折のおほかれば
しやうの為にだんなにねがふてさんげいせばつ
思ひはべりなれども山路のことなれば非常
身かのこともはかりかたかりいかでうしろ見て
なりぬべきよきみちつれのあれかしと
一トたびにあらんとそ思ふなれ
さいはひあすは非ばん也まいり
給はゞ同道どうすべしといふに
やり水よろがびてをとこまさ
りのおん身と共に乗ゐりはべ
らばみやまぢもうしろやすへはへり
てんさはとてやがてじやう庵備にしる〴〵と
つげてそのゆふべよりりもごなんどのようゐを
しけりじやう庵は何ごともやり水があにたがふことなく
かれがまにくものせしかばその日は病架必らにおもむかず
しゆくしよにありてるすせんとていりものゝことなどもかねて一ちやう
とあつらへしを立やぎはえふくせありわらは今かちよりゆかんとこそのあけの
あたのまより供にはにやきひとりをぐしてやり水をかごにのせ方やきともに
しのうぐ五人しとつとり山をさしとゆくほどにすでにしてふもとまで米にけり
山路はそは五ちのおほかればいり物はあやうしとてやり水をかごよりいだして
ふたりのかきかねにはのりもいをよくまもれとてそがまにのこしとゞめ
恋きはさきにたちてやり水にやきと共に三人山ふかたわけ入るにかねて
はかりしことなれば人のかよはぬはぬかげつたひにゆくことはるかなりければ
やり木やうやくいぶかりてかのくわんせおんへはたえまなくまうづる人のあり
と聞に人にあはぬはいかにぞやみちふみたがべたるにやあらんといふ
やまぢはこの世から
右の上ゟあらばやにちか
つき来つ夏やぎちを
びきいだせしゆんてうちほうをうちほう
思ふといふに衣
女き立とゝとかりて
さらぬさまに
あいさつす
やり水思は
すも思ひばに
どうじや
水
れてはし
山思ひば也こしに
一トふりのたん刀
たをよこたへ
手にふろしき
来るものあり是すなはちがつ
じんならず命しらず
□□□□□□□□
アとばいまだをはらずたちまちむかひの木かげよりしはぶきしつゝいで
一
〽この都におよんで
みれんなくりことせうこは
みれんなくりことせうこは
たしかなそのころも波かいとられては
とふ友のさゞめごとかの
どゝがいのこと
「サウ両方
からつぎつけ
られては
むねはたゝ〳〵
目は手
までもはくでう
せぬかサア〳〵
どうじや
右の下へ
うでがをれさうな
い又ほのうらのはころも
きれたこを見るやうに
松のこずゑにかゝつては
やによりねばるあせがて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
やき急き
引とゞめてやよまちね
やり水そなたは
いぬる日岩ひば
ませぬ一郎
いひたいこともいはれ
どのがひたすら
くだきり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
くださり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ませ
ほりすこまことし
やかにいひけるが此
ところにて今一と一び
さいのごとくにいひねかし
とくくといそがせなり水は
こうじはてかく
つぎ
なはせはすいは専一編
けいせいせいこい
りやう治の為にいであるき給ふにより今に野山地の
いとまもはべらずさはれ此ごろは何となくつかえ
おこりて気をふさきなやましき折のおほかれ
ほやうの為にだんなにねがふてさんけいせばやと
思ひはべりなれども山路のことなれば非常
必かいこともはかりかだかりいかでうしろ見に
なりぬべきよきみちつれのあれかしと
いふに度やきらなつきとわらはもせめて
一よびはにゐらんとそ思ふなれ
さいはひあすは升ばん也まゐり
給はゞ同道どうすべしといふに
やり水よろかびてをとこまさ
りのおん身と共にまゐもはべ
らばみやまばいもうしろやすくはべり
てんさはとて女がてじやう庵備にしるぐと
つげてそのゆふべよりもりごなんどのようゐを
つけてそのゆふべよりりもごなんどのよう
しけりしやう廊は何ごともやり水がゐにたがふことなく
しゆくしよにありてるすせんとていりものゝことなどもかねで二ちやう
とあつらへしを立やきばえふくせありわらにやかちよりゆかんとやそのあけの
あきのまより洪中心やきひとりをかみしてやり水をかごにのせけるやきとも
大ゆうぐ五人しとづとり山をさしとゆくほとにすでにしてふもとまで米にけり
山路はそばみちのおほかればのり物はあやうしとくやり水をかごよりいだして
ふたりいかれかねにはのりもいをよくまもれとやそがまにのこしとゞめ
立ぬぎはさきよたちてやり水にやきと共に三人山ふかくわけ入るにかねて
はかりしこなれば人のかよはぬは合かけつたひにゆくことはるかなりければ
やり木やうやくいぶかりてかのくわんせおんへはたえまなくまうづる人のあり
と聞に人にあはぬはいかにぞや友ちふみたがへたるにやあらんといふ
かれがまにへものせしかばその日は病架ばうにおもむかず
右の上ゟあしばやにちか
つき来つ夏やぎちを
〽やまぢはこのせから
もでうはりの
かゞみにうつせしあく
かのもとすゑ
思ふといふにしま
女き立とゞまりて
さらぬさいに
やり忠は
すも思ひばに
どうじや
桜田
水
れてはし
じんならず命しらず
山思ひば也こしに
一トふりのたん刀
たをよこたへ
手にふろしき
来るものあり是すなはちべつ
さげて
右の下へ屋
ことばいまだをはらずたちまちむかひの木かげよりしはぶきしつゝいで
この都におよんで水
みれんなくりことせうこはからつきつけ
たしかなそのころも波かいと
ふ友のさゞめごとかの
ろも波かいと
〽サウ両方
からつぎつけ
られては
むねはたゝ〳〵
どゝがいのこと
目は手
までもはくでう
せぬかサア〳〵
どうじや
うでがをれさうな
いみほのうらのはころも
きれたこを見るやうに
松のこずゑにかゝつては
やによりねばるあせがでる
おゆるしと
大夫大夫
やり水そなたは
いぬる日岩ひば
してけるを夏
やき急廷に
引とゞめてやよまちね
いひたいこともいはれ
ませぬ一戸〳〵
どのがひたすら
〽くだきり
□□□□□□□□□□□□
くださり
ませ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ほりすとまことし
やかにいひけるが此
ところにて今一たび
さきのごとゝにいひねかし
とくといそがせなり水は
こうじはてく
つぎ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かへせはそいこ専一編
けいせいすいこほ一歩
まなとをいからして此いんぬめがたけぐしさよなんぢは波浦がいとろつ
恋しは〳〵しのびあはながらかへつてわがあね岩ひばどのにふ義
ありといひしはいかにごそやそれのみならでしがこぢにとゝがいせんともくほと
たるかの悪僧とみつたんをその折に立聞したる龍人や持はこにありとその
のがれぬ天にめはくでうせよと左ゆうより岩ひばもろたつめ
よせていかにくとせめとへどもやり水はなほあらそふて
そのことなしとちんずれば夏やぎはいよくいかりて
あとべについゐてひそかにおそるゝにやきがえりかみ
かいつかみてかねてようゐのたん刀しかを
ふきろよりとりいだきいりとぬきて
ふとまつよりとりいだしきいりとぬきて
目さきへつきつけ此あまめも大たん也
なんぢは生残乱とみつうしてやり
水がある事をたすけしそのことは波かい
むざんがさいごのはくでうによつてあらはれ
たりあねごせうこを見せ給へといへば岩ひば
こゝろ得てふろしきつゝみを引ほどき波かいむざんが
ころもときぬをやり水にやきにつきつけてしらずやいぬる夜
悪僧ともがなんぢらにわかれてかへる折われかやつらを
うちはたしてせうこに衣じるいをおさめおきたりかくてもいま
はくでうせずやといゝしりせめたるいきほひににやきはいよく
わなきおそれてつひにしゆう〴〵のみつゝうのことのおもむき
かやり〳〵とつぶさにはくでうしてければ夏やきはさもこそとぞたもとの
日よりようゐのなはを手はやくいだして思ひばにわたせば
〽思ひばこゝろゐてにやきをきびしいましめつゝ松の木すゑに
つりあげてなんぢはそこにてけんぶつせよとうちたはむれて
夏やきとともにやいばをぬきそばめ右ひだりよりやり水が
むねにきつさきをつきつけてにやきがすでにはくてうしたれば
はやすぎさりしざふ英仏を何にかすべきといはせもあへど夏やぎやう
やき
やうすを立聞てこゝへでふねは
わがゐにてきかみかたか
しかなみのたちふる
まひも何とやら
心ありその友
楊
〽思ひがけなき山にもはやしほさきより
左の上ゟ
丁とうちおと
せば岩ひばも亦
女いばをあけて
はたとき
りおとし
だかと
おちたる
とてものがるゝみちはなしとゝ〳〵いへときびしき呵青じやにやり水は
たくまもかりしきもたましひもきえてて歯はのねもあはぬ
ゑをふるはしわらは心のまよひによりておんをわすれて
みそかをを引入れたりし舟義いたづらにやきがはくでうにたがふ
ことなしゆるされかたきつみとがなれども
みそかをすでにうたれしかは
みそかをすでにうたれ
日をあくにはてはべるなれ
あはれぼさつの御みこゝろ
もて命をたすけ給ひねと
こなさかなたへ
手をあはせ
早
〽なくねはすまの
ぜきならで
あけていね
あけていはねど
義勇の
手のうち
にやきが
うちおとし
たる双方
しゆ
れん
いとがのみならば
なほゆるさるゝともあら
んを一じかたならぬかんにそむ
はかりしこは五ぎやうのつみ人也
きてしゆうをどくがいせんと
この世のいとまを
とらすべし
みまゐ
す石右の下へし
十五文島一島一島
いゝよねさめのしのびつま
むくびは大にのせめ
ゆるさぬに女きも
まつこのごとく
すをうかゞひけん木かげをやをら
立いせともぬぐひをもて
□□□□□□□□
じやいばのちしほを
めぐひけりそのとき菊きはおど
ろきながらまなこをさだめて
くだんの心などをつかへ見てかれは
手ながえびの日ましほとよぶれたるし
をんない手つまつかひ也としろ門は
わいせいすいこ行十分
五せんたふのみねなんどを
うちめぐり世をわたる
ものなりければ
とつとりへも折〳〵
来て夏やき
そのわざをもて奈良政
らにも
しがれし
もの也その
とは藤女ぎは
ちつともさわざ
けしきなくめづらしやなが
えびかも五まに何こと
ありてひとりはい狸に
したるぞやとこへば早しほう
なりはひのたつきなきにより此山にて
はやらせ給ふくわんせおんを心あてに
例世の手つまに人よせして世に
まうけをせばやとてさや来て見
たれば父ににす根ねが山中の
ことなれば寄れる人はよれ〳〵にて
なりはひにつるべくもあらずせんかた
なきに目ねて生死でもほりてうらんと思ひつゝ
さきよりかしこにありしかばはからずおんなんかふた
かたのをばちごの為にふ義のそばめをうち
はたし給ひぬることのもとすゑいちぶしゞうを
たち聞申つゝふかくかんじてそゞろにこゝへいでたる也と
ゑみてわらははちだろしあはせわろく
す
五右の上ゟしまゐりてさんぜひめにつかへよといはれたり
おん身もしりてはすべしうんざりばゞがことありしときめ
手うちそばやに酒のみゐたるふざりのをなごは
世に聞えしがのな門如と山もゝなりきいはんやかへ
かいとりでの夜つかさ小てふ大はこふたりのとじは
およそいちげいあるものをもちひざることなし
と聞ぬしかるに此早ゑ女とは手つまに
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かならずもちひ
がならずもちこ
ら見ばよとも
なび給へとて
むるを聞つた
〽河田ゟ人のまつ
ろひで気ほねのをれぬ
たびごりのおも荷に小
つけも他生ぜうの御えん
こぶ
早しほはさら也
京斎も亦よろこ
ひてつひにその義に
まかしつかねようゐの
かきおきを死かいのほと
りにの
女なき三人に
○ゆふべのとまりより
つきさんじはあさでたち
その夜もよすがらへ
引あはせ又早しほには思ひばが国た男のおもむき義を
むすびて姉妹御ゝとなりしことまでつまびらかに
ときしめしかへうちはたせしやり水にやきはその
つみかろきにあらねどもそのみつ夫なる
波かいむざんをさきたちてうちとめたればへ
いまはそのせうこなしこれによりわれは
かねてよりしあんをさだめてかけをかく
さんと思ふ也かゝればさい会いにはかり
かたきわかれにこそなりにたりといふを
いふに夏やぎうなづきて思ひばにしがぐとつげて早しほを
五ちをはじてすがたをやつしかさ
ふかくしたん刀は竹にしこみとこれを
つゑとしつき立てあふみぢさしくいそ
ゑんとしくきちかくもとちたいそ
ぎけりさるほどにかごのものらは
ふもとにまつさひさしけれども
曰十しほうち聞てしから
〽きて〳〵かどろき入た
じよへし
もにゆ
か見とげに
〽三てくおどろきへたしんにはわらをもともなひて給はれかしおもにたかたの
すやきんへししめ荷物道をかつきて他郷聞にいたらば念あは
きかずかうべをふりてそはいなむべきこと
御らうじませ
荷物組をかつきて他郷中にいたらばしばしあは
せのなほることもあるへからん
この義をうけひき給ひね
つみにうき世をしのぶもの也
かけなされてさないたまひそかねてよりわらは
かけなされて
と又他事にもなくこびもとむるをゑき
ならねどもわれくはつみならぬ
今ざらおちつくところもさ
めぬたびにしあればともなひ
いたといふを言ひばおしとゞめて
さないたまひそかねてよりわらはは
ゆへをきだめたりわれ〳〵が身を
よせてうれひあらじと思ふところは
江鎮泊ばくにますかたなしいぬる
ころかのとりでなるなつめ山もくといふ
からぬだ
木こりらのうはさによりてはかげに
一ふたりの女のころされたり
あるよしをつたへ聞て心いよ〳〵やすから
ねばもろ共に山にのぼりてあちこち
とたづめるにくだんの死がいはやり
水とにやきにつきにあげも
かきおきそたつたへてもすい
かくすもうぎ
世の義理かへる
よしなきやまとぢより
さしてゆくへはあふみのも
心のとなき
ふたりの勇好にあひしときかならす右の下
ナヘナヘコト専一番
けいせけすいこと
たくおどろきさわぎてまづそのいつうを
ひらき見るにやり水
〽あるじやうすを
うつゞぶ
夏やぎと思ひばが
わざなり
やり水らがしも
みつうのおも
むきも大かたは
しられしかども
十ナ
〽にくいあまめかだ
どうしてくれふな
左の上ゟ思ひばをからめ
とるべしとぞ下解られけ
さる程に度やき思ひば早しほ
らはあるもちやくはゆふべにやどり
しきりに又ちをいそきしかば
あふみぢちかくなりにけりそのとき
言ひばがいふやうしづのとりでへ
おもむくにあは津あるひはからざきの
わたりよりふねにてわたせははや
けれども又やこより下知せられて
船をいださずと聞えたり又さは山
五郎にはにひせきありてたやすくいたりかたし
そさればみのちより余五百日にいづれば
そこらのうれひあらざるよし聞たることの
あるなればとほくとも又のぢにいたりて
くだんのとりでにおもむくべしといふに度女きも
早急もしかるべしといらへわざと五のぢへ
おもむきけりかくてその夜は又の国なる
はふりの庄のえだ村にあざなを鈴
もなかでは侍んじなかばはうたがひまづとつとり
山におもむきてことのていたらくを見んと難するにへ
日はくれて初更声もすきたればよるの山
路はあやうしとてそのあけいあさまだきよりくだんの
かごかき両人と里人らをもかりもよほして山ふかくのぼりて見るに
やり水とにやきがなきからはよんべおやか五にくいれしとおほしくて
さきぢきれたるさるものとふたりのたぶさづけのみあり
たる百
〽と見ておくれちよつと
ざればきちんのさだめにて米をかひ
ゆらうけ給はりかのかきおきをもじつけんしつゝやり水がことの
きよ実をしやうあんにとひたゞすに
じやう庵はやり水らがふきみつう
ありしよしはいさゝかもかくご仕らず
といふしからばこのゑぎがかき
おきも胡論がんもし夏げきと
岩ひばがやり水波かいらに
うらみありてあちこ
〽よせばよい
きりころしそのつみをのがれん
為にふ義みつうにかこつけて
此かきおきをのこしたるかこれも
亦しるべからずはやく夏やき思ひばをおひ
とらへてせんさくすべしとげつだんありこれに手
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いはふにヨ
けるをたづさへかへりてよしを国守悦へうつたへけりよりて有司
そのゝちかまくらの
しことのおもむきをふぎ
さらに早たかまくら
しらしてくだんの
夏やき右の下へ
をんなだのふ
□ヘ□□□□二□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽たやが此くらゐな
ものさ
とりかりたるなべをゐろりにかけて
手づからかゆをたかんとすそのとき
山いばらはかうべをめぐらしてこの
いへのていたらくを見るにかでにはゆみや
かつくぼうさすまたなどをかけ
わたしてたなには大きなるほら
かひあり三郎たりこれをいぶ
かひあり三郎たりはこれをいぶ
かりてやどのあるじにたづぬるに
のぼしこだへて此ところは江
鎮治忠のそへとほからず
これによりかつとりでの
そゝぬらがおしよする
ともあらんかとて
此庄をやうし
給ふ祝部やくふり
上のより下知せう
ともしさるこのあら
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をつどへかうちとる
とふれられてこは
いの武具ぶけた
たりといとをすがにしき
しめすを思ふりは此のて
うちわらひ大にはにはたかめ
おほるにたきあらばちと
ばかりうやあた給ひねと
いにあるじはかうべをふりてには
とりはときをつげいぬはつき
けいせいすのこうし
しのびのものをしらする事ぢんだのちの
いたひをたらせうきゝすてならぬぬすへよば
馬琴作
しかるを何でふうる
べきやとつれなく
いらへてかくに
入りぬ
かき早
奢は外の
かたへいで
けるがにはこりのたまご
五ツばかりをたもとよりあは下へ
一包代百銅
家伝神女湯城へちのみち一
一包代百銅一ツ三分
家傳神女湯妙妙の妙薬一包代百銅一句印
本といへどもを誓品をえて功能をたがだらしむねへ方かくしてこの名主
大包代弐木中包代一匁五分
精製奇雁丸
小包代五分はしたうり不仕候
女郎兵衛也をえらみせいほうをつまびらかにしぶんもやう家
伝の心げんをもつてすこの故にその功百ばい神のことし
まのいけを以九ス一
能相黒丸子詮をいけを丸て一色代五ト
能相黒丸子給
婦人つき由の妙士尓一包代六十五洞書代六十四冊
さんごをり物大だりかぬるに用ひてけつくわいのうれひなし
この薬は多く高料のやくしゆ入れり近来諸薬高とりいだしてこれは
一大包代朱包化一匁五分五分一匁をり得たりとほこるを
よきも得たりとほどるを
思ひばら見かへりてこよひは
とめにがきまぜてときのまにさふすいをたき
おろしみなもろともにたうべけりそのときあるじは
製薬
ふたゝび来てうちくだきたるたまこのからを見いたして
弘州元留町中坂下南側ともの向たき沢氏
菜種高直に付此外とり次所へさし出しおき不申候
滝澤氏
國安画
さむきよいざさらばへなござにすい
してあたまらんといふに早しほころ将て
くだんのたまこをうちくだきなんに入れみそと
おどろきいかりぬすまれたりと
すいせしかはたみ丁ゑたかへがや〳〵と
三人秘の勇力婦をのゝしりけり
備附筆
十年十月下旬頃より売初め申候
仰付可被下候
御注文江
御免江戸暦開板所晦日
新
撰
新ハ
南山禅師書
全冊
載陽帖全
四季和文章
石榴
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撰
還塊紙料
新士杉名竹之会屋抔一枚薗斎鍬形船真華
日本名所之介
此間は大下殊州の国々御城地神社地神社仏南名東方は山川の勝地方の事をやばく地語
扨此朝は京都その国にて此地震にて
方崩かたは近なして広士の日本四曲の中をと〴〵くとていけるべき諸事をして
文古状揃国生竹製両品出来高井蘭山編撰
此書は無今川状をはじめ己下のごと申べと九品母の〳〵前たゝるいにしへの男女のみかさしかんへ参やけ
集めて。扨これに何心を成へ児士の教訓有しなんとりて女子の文におうへにして女子と
柳亭種孝選華むかしの役者社士の御代官僚みへく思ひ
柳亭権左衛門
にめ売いたやひはゐかいのゆねめんぞ女のおちか
古面入二冊
さらしを引用ひ兼て陣しこれば雅宮いがんしきより
口曲ふ二冊さらし玉ひ煮て降しこれば難定いがんとこれば
田喜庵編
大名は行藤の震の記の理解をもとして俳文の規則をそがくにしるゝ
願上草を清く花の導をゆく記やしり顕によつて諸名前の心義の心儀のせ
地震雨闢分山閑居の関跡永不正の図を構して都中の地震にて
芦の声も終
一門のこと名古町の山田原
おとる如し風流にころをまける諸君さにならず見るべき気なり
納法勝記引趣とり如し風路にはうろを知る諸君すにならず見名き書なり
表笠翁
随筆
十三編三冊は魚用の跡より勤物の跡の方に至るす報とも主慈旧物王等会家の哥
一右計三編三冊箕用の部より勧約の得の方わる此様とて又旧地にて爰に書
騒となこと〴〵と。こと誠に作者の考を奏たり腰術となり。
の痛一編に出たして分つとも興あるべきものにならんとまづ近刻のよしを都震かた
十一月十一日
内集倉
同同同同
春
日頃は御よび出羽頭奥に馳走に馳すは北国筋中七日の市人を
一丁目三十三丁目五軒
しもじめ松当時御養の事
川某今宵の
芳艸集会蕭
〽十二百巻をほへめ聟々歳み黒々の流行に見あからしむる書なり
同村
迄京極侯伊勢近江上海尾張其外国国筋に出る上中昔の百人
きかめける松尾伊勢守様御納候様其外国主筋に至る迄中昔の所
竹をはじめ猶当時岩あつ冬の地合およひ江戸文音佐通の附な
梵蘭集金二
金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金金金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融金融資金融金融金金金融金融金融金融金融金融金融金融金
国都合二百本をあつめ並々の流行一時に見あがらしむしむし
鼓
販
歓童
戯華
遊言画手本一名鳥羽絵早まなび出来
書
百
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
廣益お
塵劫記
新形染彩目
ありふれし算書とちがひ便利をむねとしてあやうかり也
正しわらの初季にはやくその道に入やす
隊中早割大会社
申上達す其やかなる甚ちなちなり公介となり
越前編出来前編出来此書はいまだ人の心なざるもやうなともなし
前務勘一幸後縮嗣刻に存ゝ殊に心をこらせし安永なり
国編
前編にわれたるをゑよび下いと
芝居次
上画の道はさら也をとり松丁
全一冊五渡亭国貞画
は顔早稽古
役者□□
にも見合にないべきなり
八文字自笑評
別事を相参し申候事
二箇之事
の者式中記
芸品定イン
一台
来寅正月二日
うりあしまの
即考百錢
民主一人一人にある。
役者
惣役者芸坪の士元禄以前より当時迄年々御祝いたし
奉入御評儀相かはらず丑年中三ヶの波江守様勢明助に
相模様文談境内等こと〴〵相改め御見物無之御方にも
次第つぶさにわかり候やうとあらはし奉入御覧いやる手ひゆき
厚く東へ出しより御定め御高覧可被成下下
ことして
回
回
書
山東京傳作
繪入
忠臣蔵の義士等を豪傑水沖伝になそらべ一
讀本
忠臣水滸傳
子冊
綴たる至極おもしろき名文の法本なり
物
錦
絵
初編ゟ六編迄共に山東京山譯
稗史水滸傳
同十二冊売出シ置候歌川国芳画
暦
問
屋
水井専川房佳多初編鶴屋南北作
水治信康場劔并四冊歌川國貞画
山ノ
仙
雀
七編ゟ十二編迄寅新板柳亭種彦譯
稗史水滸傳
同二十二冊丑年一月よ月の嘉永元年十月より
堂
鶴
屋
喜
坂門橋右幸屋
奉書三枚継粉色すり
画面にいろ〳〵の興あり
水滸伝豪傑雙六歌川国芳画
おもしろき事双六隆一なり
絵本三国志初編八冊出来
重田貞一譯
歌川國安画
通信漢楚軍談を御子様がたに
初編ゟ五編迄
わかりやすきやうにひらかなに
繪本漢楚軍談
共ニ十二冊出来
通したるおもしろき軍妻なり