草履打所緑色揚
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- 歌川美丸畫
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- 2026-08-17T19:23:18.081Z
- updated_at
- 2026-08-17T19:23:18.081Z
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- 場所: 江戸
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- CC0
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- 歌川美丸畫
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- 日本語
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- 岩戸屋喜三郎
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- 10010000014485
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- ゾウリウチユカリノイロアゲ
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- 東北大学
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- 2025-12-02T15:05:32Z
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- 10010000014485
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
草履打所縁色揚
狩
}
将
12761
曲
荒井泰信氏ノ副贈金ヲ
以テ購入セル竹蘭博士
「狩野亭吉防藩
ふところに
かへ服紗あり
燕子花
草履打
全六冊
所縁
前編
色楊
山東京伝作
歌川美丸画
岩戸屋印行
山東京伝作
横山町二丁目
岩戸屋
歌川美丸画
喜三郎
板
文化
乙亥
文化
小女化
春
草履打
全六冊
近藤色湯
前編
草履打
全六冊
後編
所縁
色楊
牛馬場
岩
文化
乙亥
春
山東京傳作
歌川美丸画
TLELLU
草履打
麦
後編
山東京伝作
歌川美丸画
岩戸屋板
ふところに
かへぶくさあり
かきつばた
草履打所縁色揚全六冊
一傘につる小人形といひし。五月雨のつれ〴〵なるまゝに。独重箱をかゝへて。
粽のいとぐちをとかばやと案て見れどとかく六日の菖蒲にて加茂の
競馬の見物も。跡の祭の古屏風となり。早乙女笠のあたらしく。
若苗の若〳〵しき趣向は得がたくぞありける。されど老鴬も音をいれ
かねて。たど〳〵しき筆のはこびの辻が花も。染帷子の花ぐしき。雑劇を
たねとして。岩藤がかひどりの。衣悦蛇の惡を懲し。おはつとかやが今年竹の
すぐなる園におひたゝん。手習草紙ともなれかしとおもふのみ。つたなきわざの
すさみながら。初蝉の声をそろへ。もとめて見ん〳〵。買て見ん〳〵。といひてよかし
文化
十一年甲戌五月稿成
十二年乙亥新絵草紙
醒醒斎
山東京傳誌
東京
横山町二丁目
岩戸屋喜三郎板行
色あけ
草履打
編
後編
山東京伝作
歌川美丸画
岩戸屋板
ふところに
かへぶくさあり
かきつばた
草履打所縁色揚全六冊
傘につる小人形といひし。五月雨のつれ〴〵なるまゝに。独重箱をかゝへて。
粽のいとぐちをとかばやと案て見れど。とかく六日の菖蒲にて。加茂の
競馬の見物も。跡の祭の古屏風となり。早乙女笠のあたらしく。
若苗の若〳〵しき趣向は得がたくぞありける。されど老鴬も音をいれ
かねて。たど〳〵しき筆のはこびの辻が花も。染帷子の花〴〵しき。雑劇を
たねとして。岩藤がかひどりの衣脱蛇の悪を懲し。おはつとかやが今年竹の
すぐなる園におひたゝん。手習草紙ともなれかしとおもふのみ。つたなきわざの
すさみながら。初蝉の声をそろへ。もとめて見ん〳〵。買て見ん〳〵。といひてよかし
醒醒斎
文化
十一年甲戌五月稿成
十二年乙亥新絵草紙
山東京傳誌
南南
横山町二丁目
岩戸屋喜三郎板行
色あけ
○天ぢくくわんじや
大日丸が一子
天ぢく
登久
兵衞
○尾上が
めしつかひ
おはつ
のちに
二代目
尾上と
なのる
○唐
玄宗の
女官
楊貴妃の
れいこん
○播州
高砂の
りやうし
荒波の
ふか七
天ぢく
登久兵衛
天ぢく
とく兵衛
がまの
じゆつ
ろうにん
ゆめの
市郎
兵衛
○大鳥判官の忠臣
唐獅子牡丹之助
四回
こせの
巨勢
金岡の
名画
虎の
精霊
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
○津の国神崎の遊君
○京なんぜん寺
小紫
門前の
男達
浮世
蝶
兵
衞
鳩
蝶兵衞
妹
梅も重本
○大鳥の家臣
つまゐこんはち
妻井紺八
いたしらなたということを
色あけ
五十一日
唐獅子
牡丹之助
一番組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組組
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
(10
、0000000000000000000000000
古今
まれなる
勇力
也
一七十七分
同じます
今はむかし應仁のころとかや播州高砂の浦に
天ぢくとく兵へといふりやうしあり
かけはしといふいもとゝたゞふたり
くらせしがある日はまべに
いでゝいそなをつみかひなどを
ひろひけるが大きなる
はまぐりくちをあきて
草
ゐたるをしぎといふ
鳥がみつけてはまぐりを
履
打
前
編
中
くらはんととびきて
くちばしをさしいれると
ひとしくはまぐりはやく
くちをふさぎければしぎは
とぶこともならずくるしみぬ
〽天ぢくとく兵へこれをみていもとに
むかひ〽アレあれをみよはまぐりが
はかりことにてしぎをとりこに
せしはちゑではないか今あらためて
册
いふまではなけれどもわが父
天ぢくくわんじや大日丸はさきのとし
ゆりの介たつおとがために四こくにて
ほろびたればわれたつおどを一ト太刀
うらみて亡父にたむけばやとおもへども
うらみて亡父にたむけばやとおもへとも
当時あしかゞのくわんれいしよくにていせい
つよければ一国のぬしにならざればてきすること
あたはずはかなきはまぐりさへちぼうあればそらをかける
飛鳥をすらやす〳〵ととりこにするわれも智計をもつて
みなりかねておほへたるがまの仙じゆつを
もつてみかたをあつめゆりの介を
うちとりしあはせよくは武将
よしまきを
ほろぼし
われ四かいを
にきるべし
あらこゝち
よやといひつゝしぎを
とつてしめころし
つぎへつゞく
色あけ
同二月一
まへのつゞきこんやのさけのさかなにとたづさふる
とりしもひきやくとおぼしき男いそぎきていわほにゆくへをたがねしやう〳〵ろくを
をりしもひきやくとおぼしき男いそぎきていわほに
しりをかけてやすらひゐたり〽天ぢくとく兵へきやうだい
ふたりはものかげにかくれて此ひきやくのていをみるに
やうすありげなればとく兵へいんをむすびじゆもんを
となへがまのじゆつをほどこしけるにふしぎなるかな
かのひきやくはしきりにねむくなりたるやうすにて
ぜんごもしらずいびきをたてゝうまくねたりときに
くさむらのうちより大きなるがまあらはれいてひきやくが
ふところの状箱をくはへいたしてとく兵へか手にわたす
とくみん手はやく状箱をひらきて書状をよむに
そのもんごんにいはく〽此たび主人大とり
はんぐわんびやう死ありまつごに
あたへて家臣のれつに
くはふべしことしは
くはふべしことしは
ちやうど廿三
才になるべし
ひとゝなりたるものなればかれが
ゆくへをたづねしやう〳〵ろくを
わかとの志賀次郎
よしのぶどのへ
ゆいげんに
まうされしは
廿三ねんいぜん
わが手かけ
くわいたい
したる所
ほんさいの
ねたみ
ふかきに
よつてくわいたいの
まゝいとまをつかはせしがのちに
あんざんして男子をまうけ
その男子せいちやうしていま
手かけに
いとまをつかはすとき
こせのかなをかゞ
かきたるとらの
かきたるとらの
ゑのかけものを
のちのしやうこに
つかはしたりそのとらのゑは
ひだりの目にひとみなしそのゆゑは
もしこれにひとみをいれるときはたちまち
紙中をぬけいづるゆゑにわざとひとみを
□□□□□□□□
はりまいなばのへんにさまよひける
よしなんぢと同年とはいひながら
なんぢより
四五か月さきに
うまれたれば
兄なりしかれども
手かけばらと
いひみん
かんにて
◑くはし
いひのこして
しなれたり
これによつて
わるとの志賀次郎
どの内〳〵にてそのゆくへを
たづねよとのいひつけなり
もし貴国に御心あたりも候はゞ
さつそく御しらせくださるべしといふ
もんごんにて津のくにの住人大鳥
志賀次郎が家臣さはべの
かに九郎といふものゝ方ゟ
当国の住人わか松ぐんれうの
をなしかたがしかたくたの
家臣なにがしかたへたのみの
〽とくみへは
よみをはり状箱に
いれてもとの
ならずかけものうらがきに
わがじひりをもつて
文安二年三月十二日
いれぬよしいひつたへたりこれ世に
二ツなき名画のしるしなりそれのみ
といふ年月を
しるしおき
たりこれを
しやうこに
たづぬべしと
ふうをつけ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
つぎへつゞく
立ちナ
〽まへの
つゞき
かの
ひきやくが
ふところに
おし入て又
いんをむすび
じゆもんを
となへければ
ひきやくは
目をさまし
のびあくびをして
〽これは〳〵おもはず
ひとねいりしたそふな
このをきの立火いぬとつて
いそぎの御状ひまごつては
ならないにとひとり
ごとしていそぎ
ゆきぬ▼
音一りナ
とく兵へは
ゑみを
ふくんで
ふくんで
いもと
かけはしに
むかひ今の
せばわが
大まう
じやう
じゆの
ず
さう
なり
その
わけは
当国
こがらし
山に
あんじつを
むすんで
すむ
じひしん
坊といふ
しやもん
つねにかべに
とらの
ゑを
かけおくを
みたるに
まさしく
いまの
書状と
ふがふし
かれは大鳥
はんぐわんが
おとし
だ手に
うたがひ
なし
われ
さいはひ
おなじとし
ころなれば
かねてわが
みかたにつけ
おいたる
あらなみの
ふか七にいひ
つけてじひしん
坊をうしない
とらのゑを
うばひとらせ
それをしやう
こに
つぎへつゞく
〽まへの
つゞき
かの
ひきやくが
ふところに
おし入て又
いんをいすび
いんをむすび
一覧
じゆもんを
となへければ
ひきやくは
目をさまし
のびあくびをして
〽これは〳〵おもはず
ひとねいりしたそふな
いそぎの御状ひまごつては
ならないにとひとり
ごとしていそぎ
ゆきぬ▼
色一りナ
アム
とく兵へは
ゑみを
ふくんで
いもと
かけはしに
むかひ今の
書状はわが
大まう
じやう
じゆの
ずい
さう
なり
その
わけは
当国
こがらし
山に
あんじつを
むすんで
すむ
じひしん
坊といふ
しやめん
つねにかべに
とらの
ゑを
かけおくを
みたるに
まさしく
いまの
書状と
ふがふし
かれは大鳥
はんぐわんが
おとし
だ手に
うたがひ
なし
われ
さいはひ
おなじとし
ころなれば
かねてわが
みかたにつけ
おいたる
あらなみの
ふか七にいひ
つけてじひしん
坊をうしない
とらのゑを
うばひとらせ
それをしやう
に
つぎへつゞく
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まへのつゞきわれ大とりはんぐわんのおとしだねと
いつはり大とりのやかたにいりこむべしとゑつぼに
入てかたるをりしもあらなみふり七きたり
ければとく兵へいはく〽さいわい〳〵
コレから〳〵とみゝに口よせいさいを
いへばふか七は〽のみこみましたと
うちうながく〽しからば
なんぢに
一つつうを
あたへ
おくべし
ことを
しおふせ
われ大鳥の
やかたへ
いりこまば
此とほりきつと
ろくをあたふべし
とてやたてを
いだして手ばやく一ツ通を
したゝむるそのもんごんにいはく
〽此たびこがらし山のじひしん坊をうち
とらのゑをうばひとりしほうびによつて
五百くわんのろくをあたふべきなり
あらなみふか七かたへ天ぢく
㊂此山中にしのびきてじひしん坊を手にかけ
とらのかけものをうばひとつてたちさらんと
したりしが山もりのばゝこれをみつけやれ人ごろし
ぬす人よとよばはりければふり七は此ばゝを
うつてすてんとおもひしがばゝははやくふもとの
かたへにげゆきぬ
〽かくてふか七はかの山を
たちさり高砂の浦へかへらんと
したるとちうにてたびの男に
いであひたり〽たび人は
ふか七がやうすをあやしみ
十三
くせものまてとこへ
かけてたがひにしばらく
いどみしがふか七がふところより
おちちつたる一つつうをたび人手ばやく
ひろひとる〽ふか七はそれとは
しらずたび人が手を
ふりきつてとぶがごとくに
とく兵へとかいてあたへたり
〽ふか七はこれをもらつていさみ
たち日もくれがたになり
ければひとこしを
ぼつこんでこがらし
山へといそぎゆきぬ
〽天ぢくとく兵へ
にげさりぬ
此たび人はこゝにてはたれとも
しれず六冊めに
くはしくあり▼五
▼六
きやうだい二人リは
わがやをさしてぞ
かへりける
○しよぎやう
むじやうとふくかぜに
じやくめつゐらくと
このはちるこがらし山の
あんじつにじひしん坊と
いふしやもんありまだ
わかき身なれどもどうしん
けんごにおこなひてかんきんのこゑ
もくぎよのおとこたまにひゝき谷水の
みなぎるおとにこゑそへてしゆしやうにも又ものすごく
じんせきまれなるしんざんなり〽此しやもんはすなはちこれ
大とりのおとしだねにまぎれなくかのとらのゑをかべにかけ
さきだつて夫まかりしわれをうみたる母のかたみとおもひつゝほだいを
とふこそしゆしやうなれしかれどもぜんぜにてあしきむくひのありける
にやひごうの死をぞなしにける〽さるほどにあらなみふかては一
○さてふか七はかの
かけものをとく兵へに
わたしかやう〳〵に
はからひしといへば
とく兵へは大に喜ひ
これよりろうにんの
ていに身をこしらへかの
かけものをかべにかけ
わざと人目にかゝる
やうにしておきぬ
はたして
人めにかゝりしにや
それより四五か月
七
すぎて大鳥の
かしんさはべのかに九郎天ちくが
すみかをたづねきてつぎへつゞく
色あけ
二九
年市け
二月廿一日
われこそ大とりはんぐわんさまの
おとしだねそのしやうこといふは
此かけものわれをうみたる人はとくに
身まかりしなりわがいまの名はあらわし太郎
といふなりとわざと天ぢくとく兵へといふ
本名をかくしいつはりの名をいへばかに九郎は
さてこそとます〳〵喜ひとく〳〵おんやかたへ
おんともしてかへるべしといへばとく兵へはいざとじたいし
われかくみんかんにそたちたればやかたへゆかんのぞみなし
かねでしゆつけののがでみなりといふをかに九郎はことばを
つくしてすゝめぢさんしたるいふく大小をいたしていぎを
つくろはせかねてよういののりものにのせとも人あまた
つきそひてつのくにをさしてぞかへりける〽此ときいもと▼
色あけ
まへのつばさいろ〳〵さぐり
たつねしかとく兵へは
わざとよういに身のうへを
かたらすかに九郎はいよ〳〵
とく兵へをはんくわんの
おとしだねなりとおもひ
かけものをみたきよしを
いへはとく兵へはしふく
みせけるにまがふかた
なきしやうこの一ぢく
なれはうたがひなしと
喜ひはるかさがつて
かしらをさげ大鳥
はんくわんのゆいけん
志賀次郎かしんていを
かたりまことをあかし
おんなのりくたされよ
といへはとく兵へは
なすま一たりと心に
しすましたりと心に
喜ひわれみんかんに
ひとゝなつて
いやしきものに
まじはりし
身なれば
すじやうを
あかして
かたるましと
おもひしが
▼
かけはしをば
うばの子にて
ちきやうだいなりと
いつはりともに大鳥の
やかたへ
づれゆきぬ
うせ給ふ
おやびと
さまの
御ゆい
げんと
あるが
もたし
一がた
ければ
まことを
あかしきかす
なり
□□□□□□□□□
○さるほどに天ぢくとく兵へはかんけいを
しおふせて津のくに大とりのやかたへ
いたりければ大鳥志賀次郎
とく兵へをまことのあにと思ひ
うちぎみちどりのまへ
もろともにはなはだ
そんきやうししもやかたに
あらたにすまひをつくりてうつらせ
なにふそくなくしおくりければ
とく兵へは大とりわし太郎と
名をあらためあにがほをして
うへみぬわしとぞほこりける
〽さて志賀次郎が
はからひにて
かけはしをば
うちぎみ
ちどりの
まへの
つぼね
やくとし
いわふぢ
とぞ
名のらせ
ける
草
履
打
前
編
よみはじめ一かくて
天ぢくとく兵へは太尊
わし太郎となのりて
にはかにゑいぐわを
きはめけるが
高砂の浦より
りやうしあらなみ
ふかそをよびむかへやくそくの
ごとく五百くわんのろくヲ
あたへてあらなみ八郎と
名のらせふくしんのけらいと
なし又赤賀次郎がかしん
さはべのかに九郎ををり〳〵
まねきしゆゑんして
もてなしわれはそのほうが
冊
見だしによつていま
かゝる身となりたれば
そのおんは
わすれすなどゝ
ごとばをたくみ
にしてよろこばせ
たび〳〵いふく金銀
などをあたへてなつけ
われしやうふくとはいひ
ながら当家の惣りやうと
うまれおとゝの志賀次郎がはがいの
したにはさまれて一生をすぐさんは
草一あけ
京伝製いろのしろく
なる御けしやうくすり
ぼたん一つゝみ代
はくぼたん二
一つゝみ代
白生丹
白牡丹
百九四文
此くすりをかほにぬりて
よくふきそのあとへ
〽おしろいをぬれば
きめをこまかにしてよく
おしろいをのせつやを
いだしはへぎはきれいに
なりいろをしろくし
かくべつ
きりやうを
ヒ
よくする也
かほ一つさいの
みやりやくこうのう
あまたあり
のうがきにくはし
「売所京橋南浪座
一丁目京伝店
又かに九郎がほうばい谷かげのさる介
といふものをもみかたにづけ志賀次郎を
なきものとし大鳥のいへをおうりやう
すべきはかりことをなしまづかに九郎
さる介両人をたのみ志賀次郎に
ほうらつをすゝめさせぬ〽又あらなみ
八郎としめしあはせかまのじゆつをもつて
志賀次郎が東山よし政いたかりあづかり
奉る身ずりといふ名香をうばひとらんと
はかる此めいかうは
□□□□□□□□
をしき
ことなりと
ほんしんをあかして
みかたにつけ
唐の
くわうていの
玄宗
御
やうきひが
椅子の木の
なごりなり
つぎへつゞく
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
㊂
神崎の
いざなひ
けるが
志賀
次郎は
わかげ
あやまり
はかりごと
とはきも
つかず
ゆかりやの
こむらざき
といふゆう
くんに◑三
まへのつゞき
よつて
やうきひが
身ずりの
各香と
いふと
かや
ものからいはいなく
〽さてかに九郎
〽さてかに九郎
さる介両人は
わし太郎を大鳥の
いへのそうりやうとおもふ
みかたにつき
志賀次郎を
すめて
⑧
さきも
志賀次郎
しかえ
びなんに
なづみ
たがひにみづ
もらさじとむつみ
あひて志賀次郎
すこしもやかたに
身もちなりつぎいで
まいやかんざきにかよひて
をらざるはうたてかりける
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まへのつゞきしつけんしよく
妻井久賀右衛門をはじめ
一家中の諸臣はくひやうをふむ
こゝちをなしもし此こと武将
よし政公のおんみゝにいるときは
おいへのだいじとこゝろをくるしめ
久賀右衛門はもちかん諸臣
一十二日午前
さるミニ
ときしだいた。
かはる〴〵かんげんをすれども
すこしもきゝいれずかに九郎
さる介らのねいじんにおだてられ
ほういつむざんのふるまび日〴〵
にぞまさりける○こゝに又つま井
久賀右衛門が忰に妻井紺八といふもの
まだまへがみのわりものなるがしゆじん
志賀次郎がほうらつをきづかひて神崎の
さとにきたりりをきはめことばをつくして
かんげんをしたりけるが志賀次郎ほんしん
みだれしらへ此ときいたく酒にゑひゐたれば
大きにいかりじやくはいの身をもつて
諸士にぬきんでいらざるかんげんいま
いちごんいはゞたゞひとうちと
小ざやまきをぬきかけ給へど紺八は
一命かけてのかんげんなればかくごを
きはめなにつよくかんげんしけるにぞ
㊃おつるなみだは百八の
じゆずの玉ちるばかり也
じこくすぎてはいかゞぞと
すでにたんとうをぬきはなし
はらにつきたてんとしたる所に
ひとまのふすまを
サツトひらき
⑬
こゑを
かけづゝ
〽ヤレまて忰
はやまるなと
父久加立
太郎
□□□□
は
よつ
志賀次郎はます〳〵いかりすでに
手うちとみへければ小むらさき
あはてふためきおしとゞめ
さま〴〵になだめたるゆへ
やう〳〵手うちの事は
とゞまりしがいまあらためて
かんどう也父久賀右君にも
此義をいひきかせなんぢは
〽こん
にち
かんざき
のさと
はやくいづかたへも立のくべしと
いひわたして上の間へ入給へば
こん八はらくるいしうちしほれ
つゝかんざきのさとを出てぞ
かへりける〽かに九郎さる介二人は
ものかげにて此ていをみて心のうちに
妻
喜ひ此やうすをはやく大鳥わし太郎に
つげたりけり○かくてこん八はわがやにかへりひとり
つく〴〵おもふやうあれほどまでにおんいさめ申てもおんきゝ入
なければせんかたなしざりながらわれ此まゝに立のきなば
おや人さまにもおんとがめがかゝるべしいさぎよくせつぷくせば
われ一人にてことすむべしとかくごをきはめは又が居間のかたへ
むかひおやにさきだつふ孝のつみ御ゆるされてくだされませと
ふしおがみいさいのことは一つうのかきおきにかきのこしつくゑに
かうはなあたらしきゐはいにしるすかいみやうもモシおいさめを
しそんじなばいきてはゐじとかねてかくどのしにじたく
◑あうう
さまあとて此こときゝ
ものはゞきぞありしなげき
たまふらんとおもへば
むねもはりさけて
三
にて
おいさめにて
御かんどうを
うけたるしさい
われとくより
きゝしつたりせつぶくは
むりならねどいま
しなんとおもふ
いのちをのべて
ひとまづこゝを
たちのき
御しゆじん
御ほうちつの
そのもとなる
小むらさきを
ふびんなれ
どもひそかに
うつてすて
つぎ人つゞく
色あけ
□□□□□□□□
〽ま人のつゞぎし御しゆじんのあしきやまひのねをたつて御ほんしんに
ほんふくさせますしよがぞんはなきかつみなきものをころすのは
ふびんともむざんともいふべきことばはなけれどもいへくにのため
大ぜいのなげきにはかへられずそのしかたはこれかう〳〵ととゝに
くちよせいひふくめたとへなんぢ此まゝに立のくともわれにまで
おんどがめはよもあらじがてんがゐたるといひければ〽こん八うち
らながき〽なにごともちうぎのためのみこみました御きづかひ
なされますなとせつぷくをとゞまりていそがはしく身じたくをなし
此夜ゆくへもしれずなりにけり○天ぢくとく兵へがいもとかけばし
いまはいわふぢと名をかへてつぼねやくを
つどめゐる〽又ちどりのまへの
かしづき尾上といふはつま井
久賀右衛門が
娘にて
つれて
天王寺のはな
みにいでられ
けるがおのへが
めしつかひ
おはつと
いふ女
一いわふぢ
おのへを
はじめ
あまたの
こしもとを
けんじゆつ
やはらに
たつしたる
よし女には
めづらしき
ことふと
うはさを
しいだしけるを
いわふぢきゝとがめ
かろき女のいらざるぶけいだてたとへの
ふしのなまびやうほうおほきづのもと□
とやらろくなことはしだすまいぎへつゞく
さて
ある日
ちどり
のまへ
色オし
まへのつゞき「そのしゆじんのおのへどのしつけんしよくの
娘といふをはなにかけつね〴〵びくしやくしらるゝが
むねがわるいかやうに申すいわふぢもしんざんながら
おいへのそうりやり大鳥わしそらさまの乳兄弟
なればあやりそうじにまけはせぬ主がしゆうなり
けらいもけらいそのはつとやらいふ女いらざるぶげいの
たしなみじまんヲホヽヲホヽホヽ〳〵とあざわらふ
〽ちどりのまへはいわふぢがことばのはしをにくみ給ひ
〽イヤいわふぢそふいふまい武士のいへではたとへ
かろき女でもぶげいのたしなみはありたきもの
さいわいのよきなぐさみくるしうないその
はつとやらこゝへよひはしたどもとしあひを
させて見せやいのとおのへにむかひのたまへば
〽おのへはハツトおそれいりわららはがめらつかひの
かろき女おめどほりへ出すさへおそれおほく
ぞんじますにしあひなどゝは
おこがましくかへつて御ふきやうに
候はんとひげすれば〽いわふぢ
そばからしや〳〵りいで
〽イヤ〳〵そのやうな女は
しないでぶちすへぶげび
じまんせぬやうにこらすが
よいぶちすへられてほへ
づらするもよいおなぐさみ
づらするもよいおなぐさみ
それ〳〵はやくその女を
こゝへ〳〵といひければ
○おはつは
なにとせんかたなく
しなひをとつて立あがり
たがひにしばしうちあひしが
三四人のはした女どもおはつ
ひとりにうちたふされらつくわ
とわめくにぞ
〽はした女ども
まへのつゞき「そのしゆじんのおのへどのしつけんしよくのみのぎよいをそむくのか
娘といふをはなにかけつね〳〵〳〵しやくしらるらがはしたしやうはやうはやく〳〵と
せりたつれば〽はした女
ども三四人しないをとつて
立かゝりぎよいじや〳〵
みぢんの花のかげはな血を出すやら目がまふ
十二おはつはするさずたゞ
ひとうちとふりあぐるを
〽おのへはこゑかけ〽やれ
はいしばしおもやくの
いわふぢどのをしあひ
なりともうたんとするは
〽おはつははアと
なにごとなるぞとしかられて
こゝろづき
二十三
やら見ぐるしかりしありさまなり〽いわふぢは
こらへかね〽ヤアいひがひ
なきはした衆ウこの
いわふぢが太刀すちを
九
二
まくの
そとへたち
いでゝおはつ
㊉手本にしやれと
これへはやく〳〵
ほこりつゝおちたる
とよびたつる
▼四
しなひをひろひとり
〽おはいはよばれて
ぜひなくもおづ〳〵
いでゝ手をつかへ
かしらをさげおそれ
いつてぞうづくまる
〽いわふぢははるかに
みくだしちどものまへの
おふせなりとくしあひを
つかまつれといへば▼三
おはつは
きいて
おはつにうつてかゝり
ければ〽おはつは
〽これはマア思ひがけなき
おふせつけりたくしふぜいぶげい
などのたしなみがどうしてマア
ござりましやう此ぎばかりは御めんを
ねがひ奉るといへば〽イヤ〳〵かねて
そちがぶげいじまんをこしもと
しゆうのうはさできいた◑五
なにとぜびなくも
上だん下だんとうけあふ
手のうちにいわふちが
しなひをはつしとうち
おとせば〽ちどりのまへを
はしめとしてけんふつのこしもととも
おもはずアツトほめにけり
丑十月
□□□□□□□□
しなひを
すて
手をつかへ
ぶれいは
御めんと
おそれいる
おそれいる
〽ちどりの
まへはおはつに
しやうびの
おことば
あり
おん小そで
さへ
たまはり
おはつは
こなたへ
しりそきぬ
さてちどり
のまへは
しばし
天王寺の
きやくでん
にぞいり給ふ
そいり給ふ
つぎへつゞく
色あけ
まへのつゞき
〽いわふぢおのへ
こしもとらも
歌川
美丸画
山東京傳作
なかばはこゝにのこりしが
そこらあたりをにらみまはしてゐたりしが
〽ちどりのまへのめのわらははしりいで
おのへどのめしますといそがはしく
よびたつるにぞ〽おのへはあはて
ゆかんとしてあやまつて
いわふぢがかへぞうりを
はきちがへければ
〽いわふぢはなにがなみだしていこんをはらさばやと
よきさいはひと
いわふぢはおのへを
しばしとひきとゞめ
さま〴〵に悪口し
大ぜいこしもとの
みるまへにてかの
ぞうりをもつておのへをさん〴〵に
ちやうちやくしてきやくでんのかたへゆく
〽おのへはむねんをじつとこたへかのぞうりを
くわいらうするをりしもくれのかねひゞき
〽ちごりのまへの御きくわんとよばはつて
のりものびゞしくぎやうれつたゞし
こしもと大ぜいらわふぢもつきそひて
いてきたればおもへもぜひなくつきしたがひ
やかたをさしてぞかへりける
筆耕
はら
道
丁程
ミ・山書ロロ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
蓴
編後打履草
はじめ
おのへはやかたに
かへりておもひ
けるは
二
冊
大ぜいの
なかにて
いわふぢに
ぞうりを
もつて
ちやうちやく
されなに
めんぼくに
ながらへんと
かくごを
きはめ▼二
同十四
父
しかとへ
右衛門
が
もとへ
いさいを
くは
かき
おきに
なく
したゝめて
十五
一ねゆかのぞうりのかたしと
ともにふみばこにいれおはつを
よびこればきう用のふみ
なればとゝさまのかたへはやく
もちゆくべしといひつくるに
〽おはづはけふ天王寺にての
やうすといひ尾上がかほいろ
あしければ
□□□□
ふかくあんじ
此おつかひは
あすにのばして
くださりませと
いへば〽尾上は
けしきをかへ
つぎへつゞく
かけ
まへのつゞき主人のいひづけを
そむくかといつになくいらだち
けるにぞ〽おはつはせんかたなく
身じたくしてかのふみばこを
うしたくしてかのたこはこはこはこを
もちやかたをたちいでゝ
久賀右衛門がもとへゆかんと
したるをりしもからすむらがり
ものかなしげに
なきければ
〽アヽ
きにかゝる
くと
ひとり
ごち
ゆし
ます
二
むしが
尾上があとやくとし
二代目のおのへとなのらせ
たまひけり〽さしもの天ぢゝも
しらすにや
しきりに
むなさはぎ
しければ思ひせまりてふみばこの
ふうをきりうちをみてびつくりし
すぐにかけるどりてみるに尾上は
はやじがいしていきたへたればひたんの
いもといわふぢをうたれて
かたうでをもがれ大きに
うれひけるとかや
五
コト
つぎのわけ
○大とり
しかみの
とかく
ほう
らつ
ま
べか
やかたに
さしおき
けるがある時
大きなるやかた
ぶねをつぐりて
なみだにむせびけるがかねて忠義の
女なればなみだをぬぐひて思ふやう
げふ天王寺でのやうす御じがいはむり
ならずかたきといふはいわふぢなり
かれあらわし太郎さまの
ちきやうだいといふをはなにかけて
ちどりのまへさまをさへしりに
しきわがまゝきずい人の
にはのいけにうかべ
しゆゑんをもやふ
されけるが
妻井紺八は
これを
じせつ
なんぎとなることおほしいらはが
いのちをすてゝいわふぢめを
うしなはゞ一ツには主人のあたを
むくひ二つにはおいへのためなり
そうじや〳〵と身じたくしかのぞうりを
くわいちうしほどなく夜に入りければ
おくにはにしのび入りいわふぢがおくやかたより
きがるをまちてゐたりしにしばらくあつて
きがりくる所を〽おはつはかけよりモウシいわふぢより
されたをはぢに思ひてじがいしてはてましたかたきはおまへ
おかくごなされとひとこしぬいてきりつくれば〽ヱヽこざかしき
げす女とくわいけんぬいてうけとむる〽たがひにしがらくいどみしが
忠義のはがねにきりたてられてきしかねたるいわふぢがかたさき
主人尾上はひるほどおまへにこれ此ぞうりでちやうちやく
サツフリ一トかたなようどしとらへひきよせて忠義にこつたる一チねんりき
そうりをもつてちやう〳〵とうちかへしたる主人のあたおもひしれ〳〵と
いひつゝつきたつるとゞめのかたなにいわふぢはいきたへたり
○かくてちどものまへ此ことをきこしめされかねていわふぢが非道をにくみたまひ
ければおはつが忠義をかくべつにかんじ給ひあらためておはつを久賀ほうつが養女となし
おもひ
つぎへ
色あけ
る庭の橋下も
買ひ交り廣き下
景
色
庭の
□□□□□□□
冊冊二三
まへのつゞき
おくにはにしのびいり小むらさき
ひとりふねのうちにさけの
ゑひをさましゐたるところを
さしころしくちにねんぶつめに
なみだふびんなれどもちうぎの
ためとむねにおさめて立のき
けるが小むらさきがおんねん
しんくわとなりてこん八が
しんくわとなりてこん八が
あとをしたひおひゆきぬ
色あけ
よみ
はじめ
まし
政公
より
しかえ
次郎が
あづかりの
やうきひが
身ずりの
名香を
◎
二
あら
ための
〇〇
やくめと
して
もつみ四郎
ゆきもり
◑三
●㊃
くだると
いふことを
天ぢくもれきゝて
がまのじゆつをもつて
あらなみ八郎を
ちいさきがまに
すがたをかへさせ
大とりのまたに
しのびいりて
かの
名香を
うばひ
とりぬ
○志賀次郎は
名香の
うせたるを
おどろき
㊄
□□□□□□□
せつぶく
上りへ
尾上
も
これをとゞめ
かねたる所へ
久賀右衛門
かけつけ
上使の
手まへは
一
五八
それ
がし
よき
に
とり
はからひ
候はん
いとまづ
やかたをおち
たまひ
たまひ
名香の
御せんぎ
あれとて
つぎ人つゞく
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まへのつゞきからしゝぼたんの介を
つけておとし申しちどりのまへには
二代めの尾上をつけておとしやる
とちうにて天ぢくがみかたのもの
くわんれいのげぢといつはり
とりまくをぼたんの介
尾上ふたりにておひ
しりそけつゝがなく
おちゆきぬ
○さて
もつみ四郎
ゆきもり入きたり
かの名香を
あらためんと
いひければ
よしを申候
久賀右ゑうせたる
▲
もつみ
四郎は
なさけある
ものなれば
かへ加兵右
が忠死を
かんじ
日のべの
ねがひを
いたしつかはす
べしきづかひ
すなと
うけがひて
みやこへ
かへりぬ
主人に
かはり
せつぶく
して
名香
せんぎの日のべを
ねがひけるに
㊂
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一一一一
○かくて天ぢくとくみへはしゆびよく
おひしりぞけ久賀右ゑに
はらきらせ大とりのいへを
おうれうし此うへは志賀次郎を
ひそかにうつてすてちどりのまへを
うばひとつてわがつまとし
はかりごとをしおふせ志賀次郎ふうふを
なほみかたを
あつめて
くわん
れい
ゆり
の介
たつ音
京山てんこく
ろう石
白文一字
五郎
朱字同
朱字同七郎
玉石銅印
古てい近てい
のぞみに
おうず
ほろぼさばや
とぞたくみ
ける
山東京山製
十三味薬あらひ粉
○水晶粉一包壱匁弐分
きめをこまるにしつやをいだしいろを白くし
にきひそばかすのるいをなほすその外
こうのふ多し
売所
京伝店
一包
七十二銅
五疝散
一名せんきの
禁
板元岩戸屋
家伝にて
おひたゝしく
うれ候に付
いひろう申上候
御もちこ
わためし
可被下候
所にうき世とうふやの蝶兵へと
いふものあり八重ねといふ
いもうとゝきやうだいふたり
よみはじめ「こゝに京都もみぢが辻といふ
筆や人梅は小むらさきが
草
履
打
後
にてくらしけるが此棟兵人と
いふはかんざきのゆふくん
小むらさきがあになり
やへ梅は小むらさきが
いもとにぞありける
うき世てふ兵へが
かどぐちにたち
○さてつま井紺八はこむそうに身をやつし
小むらさきは京のうまれときゝまづゑに
のぼりてゆかりのものをたつねしがある日
尺八をふき
けるにてぶ兵へが
いもとのやへ梅
册
かだこのうへに
おひねりを
のせ
て
▲
名
もみぢが辻
浮世とうふ
物名
蝶兵衛
物
もま
立うナ
こむそうにつかはすとき
こむそうのかほ
十五
▼かゝこの
おもてに
みればいと
うつくらき
わりし
なる
にて
しば
つぎへつがく
まへのつゞき
かほあかめつゝ
いひけるは
けふはなき
人のめいにち
にてこゝろ
ざしの
ある日
なれば
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あらふしぎやびやうぶの小袖
ひらめきてそで口よりほぞき
手をさしいだし
よひのいなづまのはかなくきんし小むらさき
膳をなげすてゝかみふりみごし
しよくかはり〽アヽうららめしやわれは
まねくと
ひとしくいちだんの
しんくわとびきたり
山へ梅がふところに入ると
こへしがゆへ梅はもちたる
とがもなき身をむごらしう
じやけんのやいばにかけられし
うらみをいはんと思ふゆゑ
いもとがからだをかりそめに
こゝまであらはれきたりし
ぞやとうらみのかづ〳〵いひ
ならべはたとにらみし
ありさまはおそろしなども
おろかなり〽こん八はもつともと
思へばいとゞらくるいし
そのうらみもおしつけ
はらさせつかはすべしと
いひつゝねぶつを
となへしが
〽さきほどより
朝光
やうすを
うかゞふうきよ
てふ兵へ
ちやひみし
十二
そまつのときを
まゐらせたし
けふのほとけは
世にありし
とき尺八が
きついすき
さいはいな
ことなれば
なき人へいつきよく
たむねてくださんせといへば
〽こん八
白木のゐはいを
すへかうはなをたむけ
たりゐはいの
いひ
かいみやうに
けるは
〽それはちかごろ
けんくわうしよんしんによ
剣先紫雲信女
かたじけなしほとけにたむくるいつきよくは
やすきほどのことぞかししからば御めんと
やすきほどのことぞかししからば御めんと
うちとほれば〽や人梅はいとうれしく
そんならこゝでゑかふのいつきよく
たのみますそのまにわたしは
御ぜんをこしらへてあげましよと
おくのひとまへ入にけり〽こん八は
れいぜんにちかづきて見るになき人の
かた身にやうつくしき小そでを
びやうぶにかけそのしたに
とかきたれば
もしや
それかと
てんがい
てんがい
ぬぎてよく〳〵
みれば見しり
たる小柴が
小そでなれば
さてこそとおもひつゝねぶつをとなへて
ゐたるをりしも〽やへ梅は膳をもちてひとまをいでしが
色あけ
ぬい
いで
いもと
が
かたき
くわん
ねん
きり
つけ
たり
つきへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
小むらさきがかたきなりといへば
〽さてはさふかともろともに
ひとこしをぬきはなしそうほう
よりきりつくるを〽こん八は
身をかはし〽ヤァ〳〵
はやまり候なしばらく
まつてわがいふことをきゝ
給へといへば〽てふ兵へ
やへ梅しばらくかたなを
とゞめたり〽こん八は
どつかとざしかへ尺八に
しこみたるたんとうを
ぬきはなしはらにぐつと
つきたてゝくるしき
いきをホツトつき
〽コレひととほりきいてたべ
せつしやか主人はおれき〳〵
諸臣かんげんするといへどもおんきゝいれなくいへ国も
あやうきゆんそのほうらつのねをたゝんといたはしながら
小むらさきどのをせつしやが手にかけころしたり
それよりすゞさませつぶくと思ひしが小むらさき
どのゝゆかりの人をたづねわが此くびをわたしなば
ひとしく正きになれば〽てふ兵へこゑかけ
コレいもと此わかしゆこそかねてたづぬる
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
まへのかゞきこん八はとびしざり尺八をもつてあひしらふ
〽此とき女へ梅がからだよりしんくわぬけていづると
小むらさきどのゝいろかにまよひおん身もちあしきゆへ
▼八二なんのいつはりいひましやうと
〽きいていよ〳〵おどろくやへ梅
ぬいたるかたなを
とりなほしのんどに
ぐさとつきたてたり
〽こん八は
おどろぎ
わがなをきいて
じがいとはどうしたわけと
いぶかれば〽てふ兵へはなみだを
ながしいもうとでかしたしなずは
なるまいユレくるしからふが
こん八どのにやうすをくはしく
かたるべしといひつゝ
よつてかいほう
◑六〽をりからおもての
かどぐちに又もたゞずむこむそうが
れんぼながしの尺八にいとゞあはれを
そんにけり〽いもとはくるしき
いきをつきコレ申シ
こん八さんわたしや
おまへの女ぼうで
ござんすはいナア
十七
うらみをはらしじやうぶつもあるならんと
かく身をやつしてたづねあたりしこんにち
たゞいま此せつぶくはかねてのかくごいざ〳〵
はやくわがくびとつてたむけられよと
わろびれもせぬかくごのてい
〽きやうだいはこれをきゝさては
ちうぎゆへにてありけるか
それときゝなばすべきかたも
とひけるは三テ又
おんみの御主人と
申すはどなた
おんみの姓名は
あるべきにとかんるいそでを
しぼりしが〽てふ兵へかさねて
いかにといへば
〽コゝたづねなく
ともなのらんと
思ひしなり
せつしやことは
つのくに大とり
志賀次郎よしのぶの
かしんつま井久賀右衛門
一が忰こん八と申すものと
かねこんはと申すものと
〽きいておどろくきやうぐ
〽きいておどろくきやうだい
ふたり〽やへ梅はさしよつて
それにちがひはござんせぬかとなほねん
いれてとひければ〽ヲゝさかくまでかくごのうへからは▼つ
色あけ
廿八
かう
ばかり
では
がてんが
ゆくまい
わたしが
とゝ
さんは
もと
さかひの
ろうにん
ちもり
つゆざへもん
といふもの
わたしは
まだ三ッ
のとき
おまへの
とゝさん
久賀右衛門
さまと
とくしん
づくて
つぎへつゞく
廿三
丑十一二
まへのつゞきおまへとわたしといひなづけ
そのしやうこはこれ此まもりぶくろに
入れてある久加賀ゑもんさまの
じひつてあそばしくだされた
いひなづけのけいやく状これが
たしかなしやうこなりとて
さしいだすを〽てふ兵へが
ともついでこん八に
わたしければ
てふ兵へはおくにかけ入り
どてらのうへにあさがみしも
ちやうしさかづきたづさへて
立いづれば〽かどぐちには尺八やめ
〽いけのみぎはのつるかめは
ほうらいさんもよそならず
きみのめぐみぞありがたきと
しうぎの小うたひうたひつゝ
てんがいとつて内に入れば
〽こん八はこれを
見てサテは
□□□
へこん八はめばやくみて
ヤアおまへはちゝらへ
かねてきいたる
つゆざへもん
どのゝ娘にて
いひなづけの
御せつぷくと
きゝつるにどふして
こゝへとあやしめば
〽ヲたやしんは
わがつまにて
もつとも
ありしかとたけき
こゝろもよわり
こゝろもよわり
㊄
けり〽てふ兵へは
めをすりあかめ
かわいやいもうと
日ごろから
いひなづけの
その人に
あひたい〳〵と
かみほとけに
ぐわんをかけ
ねがふたるかひも
なくいまたま〳〵
めぐりあへばいひなづけの
おつとゝいふはあねを
うたれたかたきどし
〽さればいナア
□
●二
とても
いきてはゐられぬ
ぎりふうふは二世の
ゑんといへばたとへ此世で
そはれずともコレ申ニ
こん八さんめいどはふうふで
ござんすぞ人さきほどかゞみに
かつりしおかほもしやたつねる
いひなづけのおかたではあるまい
かとそれゆゑにおとめまうした
わたしがこゝろうはきと思ふて
くださんすなわたしがいつしよに
しがいすればあねさまのうらみもはれ
しやうぶつなさるでござんしやう
らいせでは一ツはちすにあらせたい
かならずみすてゝくださんすなと
くつうのていぞむざんなる▼三
色わけ
六
なんぢ
小
紫を
手に
かけ
しゆくん
御ほう
らつの
ねを
たち
ゆへ
ほん
しんに
なり給ひ
なんぢかせは
たちたるに
身ずりの
名香
うせしに
より
つぎへ
つゞく
まへのつきわれそらばらをきつてしゆくん〽此たびこがらし山のじひしん坊を
御ふうふをおとしまゐらせ名香をせんぎの
ためかくこむそうに身をやつしさきほどより
かどぐちにてやうすをきけばこれなるはちもり
つゆざゑもんどのゝ娘にて先年にワがけのやく
したるそのほうがいひなづけの女子なるよし
此たびこがらし山のじひしん坊を
うちとらのゑをうばひたる
ほうびによつて五百くわんの
ろくをあたふべきなり◑
しゆうとゝよめとめくりあへどその
かひもなき此じがいかういふ
ことゝしつたならゑんを
つなぎはせまいものむすぶの
神のこらめしやとらくるい
そでをしぼりければ〽てふ兵へは
これをきゝサテハつま芋
久加ゑもんさまとはおまへ
さまでござりますか
やうすをおきゝありしと
なればくどう申スにおよばぬ
ことせめてふたりがいきある
うちに
しろげんの
さかづきさせて
やりたしといへば
〽久加ゑもんうなづきて
あら
なみ
ふか七
どのへ
天ぢく
とく
兵衛
かいて
あり
これ
みなへ
と
とり
出し
みせ
けれ
それがしもさこそ思へと
立よつてこん八をだき
おこせば〽てふ兵へは
やへ梅をかいほうし
三々九どの水さかづき
まつごのみづを
くみまぜてふたりに
一十七月三日
のますしうぎと
うれひちしほしたゝる
いろなほし手に手を
とりてがつくりとおちいる
ふたりがかたはらに小紫が
すがたかげのごとくに見へ
けるがひかりをはなちてうせ
けるはこらみをはらして成仏の
しるしとこそはみへにけれ〽久賀右衛門も
てふ兵へもひたんのなみだにむせけるが
〽やゝあつて久かえゑもんいひけるは〽しゆくんのあに
大とりわし太郎といふはにせものにて天ぢくとくみへ
ならんとはさつすれどもしやうこなければたゞし
がたしとたんそくすれば〽てふ兵へいはくそれがし
先年にばんしうへたびだちたかさごのうらにて
あやしぎやつにいであひひろひとつさる一つうのもんごんに
四久賀恵もん
とくとみて
さてはわが
すいりやうに
たが
かず
わし
太郎は
天ぢく
とく
兵衛に
ちがひなく
こがらじ
山の
じひしん坊
と申せし
こそまこと
大とりはんぐわんの
おんたねにて
ありつらん
つぎへ
まへのからき此一つうはよきしやうことおしいたゞいて
くわいちうしざりながらかれ天ちくにきはまらば
がまのじゆつをまなびてゐべければこれをくじく
手だてこそあらまほしけれかねてきくがまは
月にゑんあるゆゑぐわつそくの日にこまれたる
ものゝちをとつてそゝぎかくればそのじゆつ
たちまちやぶるときくといへば
〽てふ兵へそれこそさいわいいもと
やへ梅は月そくのうまれなり
かれる血し心をおんもちひあらば
死したるかれもさそや喜び
申さんとつほとり出して
やへ梅が血を
しぼり入れて
わたせは
〽久加ゑもん
おしいたゞき
これぞおいへのめつせね
ずいそう此うへの
たまものなしと
いつまに
小わきにかゝへふうふの
しがいはよきやうにと
くちにしやうみやう目に
なみだそでをしぼりていで
ゆきぬ
○京伝随筆
骨董集
上編
大本
四冊
ふるき
昔の
ことを
なにく
れと
古昼
を
考へ
めづらしき古図古画入
一出板うり出し申候もよりの
中編下編
本やにて御もとめてら下候
おひ〳〵出し申候
草
履
打
後
冊
◑むかふをきつとみわたすにいろ〳〵のはた
よみはじめさるほどに天ぢくとく兵へはおもひの
さしもの風になびてへんぽんたり〽そのひまに
まゝに大とりのいへをおうりやうしくわんれいゆりの介
たつおとをほろぼさばやとあらなみけらをかたうでとしのびのびのものはにげいでたりこれはつまい
久賀直つがしもべなりとぞきこへける〽天ぢくか
たのみさはべのかにけらたにかげのさる介両人にも久笠太門がしもべなりとぞきこへける〽天ぢ〳〵か
ろくをおほくあたへじせつをまちてはたあげせばやとむかふをきつとみわたして〽シヽもの〳〵しき
世をうかゞひゐたりしかある日ふとおもひしはわれきんこのひゞささつするところ志賀次郎
さきだつてやうざひの身ずりのめいかうをうばひみかたをあつめてむかふとみへたりアラ小ざかしや
とつたれどもいまだその香気をこゝろみずものゝなにほどのことあらんとあざわらつてゐたる
とつたれどもいまだその香気をこゝろみずものゝ
ためしにこゝろみばやとおもひてかのめいかうをとりいだし所へ〽あらなみ八郎かけきたりければ〽天竺一は
すこしけづりてかうろのうちにたきけるにそのかぼりこれをみてアヽよい所へきたりしぞなんちははやく
もんぐわいにはせいでひとまづきやつらをおつちらせ
ふくいくとしてあたりへくんじ天ぢ〳〵はそのかほりにもんぐわいにはせいでひとまづきやつらをおつちらせ一
いそげ〳〵とげぢすれば〽八郎はかしこまり候とて
さゝこれておぼへずねふりをもよふしけるをりしもゆかのいそげ〳〵とげぢすねば〽八郎はかしこまり候とて
したよりくろしやうぞくのしのびのものあらはれいでもんぐかいさしてぞはせゆきぬ〽ときに大とり
志賀次郎ちどりのまへもろともにかい〴〵しく出たち
刀をぬいて天ぢくにきりつけたり〽天ぢかくはめをさまし志賀次郎ちどりのまへもろともにかい〴〵く出たち
からしゝぼたんの介をしたがへて入きたりければ
くせものをとろておさへけるときふしぎなるかなかうのからしゝぼたんの介をしたがへて入きたりければ
〽八郎はこれをみてそれなるは志賀二郎どの
けふりのうちより女うきひのすがたおぼろけにあらはれ出八郎はこれをみてそれなるは志賀こらどの一
ならずやあにぎみあらわし太郎どのにむかひ
さしもにたけき天ぢくも五たいすくんではたらかれずならずやあにざみあらわし太郎どのこひろし
〽くせもらはそのひまにはねおきてかねてよういやしたりけんゆみひかるらはなにことぞといへば〽しかき一らふ
大やくをとつてひばちになげ入けるにたちまちほのほにつこといらひあらわしならをあになどゝは
もへあがりあいづとおぼしくぢんがねたいこときりこゑことおかしやかれは天ぢくとくみへなること
すさまじくきこへければてんぢくはゑんばなにかけいで○此たびふんみやうにあひしれたり〽つぎへつく
色あけ
まへのつゞきわがまことのあにといふはばんしうこがらし山のじひしん坊と
申すしやもんにてありしをなんぢ
天ぢくとく兵へに
たのまれて
うちまいらせ
かなおかの
とらのゑを
うばひとりそれを
しやうこに
われをあざむき
大ともの
いへを
のがれず此たびのこらず
おうりやう
すといへども天ばつは
いふはこれ此一つう
もんごんはよむに
あらいれたりそのしやうこと
およばずうきよ
てふみへといふもの
さきだつてばんしう
たかさごの浦にて
なんぢにいであひ
なんぢがふところより
おちちりたるをひろひとり
ゆゑあつて此たびつま井くがゑもんに
あたへたりこれをみよとてかの天ぢくが
じひつの一つうをさしつけたるに
〽あらなみ八郎あざわらひそれはまつかな
にせふでなりなんのしやうこになるべきやと
いへは〽しが次郎〽ヲゝしからばまだほかにたしかな
▼〽ときにからしゝ
しやうこありヤア〳〵ろう女はやくこれへといひければ
ぼたんの介大手を
〽ハツとこたへてのりものゝうちよりいでしはこがらし山の
ひろげてとらともみあひ
山もりのろう女なり〽ろう女は八郎にむかひさきだつて
じひしん坊さまをうちしときたしかにみとゞけたる
ついにとらをねぢたふして
まなこのひとみをくりぬきければ
山もりのばゝよもやわすれはあるまじといへば
たちまちもとのかけゑのうちに
〽さしもふてきの八郎もかさなるしやうこに
もどりけり〽さる介かに九郎両人は
ごんくもいでずヱゝいま〳〵しいおいぼれめそう
此ときとらにふまれて死し
あらはれては百ねんめどいつもこいつもなでぎりと此ときとらにふまれて死し
大太刀ぬいてきもつくれば〽しが次郎ちどりのまへ
おはんね〽天ぢくはがまの
じゆつをおこなひあるひは
しやうぶはのぞむところぞと立むかひ〽けんざいのあら
しひしん坊のあたかたき思ひしれとよばはりつゝ
かくれあるひはあらはれ
そうほうしばらくたゝかひしが〽八郎はついに
とりてのにんずをなやませて
天ばつのがれがたくしが次郎ふうふのために
いきほひたけくはたらく所へ
つま井くが右衛門二代めの
うたれたり○天ぢくとく兵へはがまのじゆつを
おのへうきよてふ兵へふたりの
もつて此ばをのがれんとはかりつたへきくかなをりのおのへうきよてふ兵へふたもの
ものをしたがへて天ぢくに立
とらのゑはその目にひとみをいれるときは
むかひかのつぼにいれたる
ぬけいづるよしくつきやうのことなりとてふで
やゑ梅が血しほをとつて
おつとつてとらのゑのまなこにひとみをいれると
ひとしくたちまち紙中をぬけいでゝもんぐわいへ天ぢくにうちかくると
ひとしくつぎへつゞく
はしりいでしそつをけちらしふみころす▼
色あけ
□□□□□□□□
まへのつゞきくうちうにいんくわもへて
やへ梅がすがたけふりのごとくにあらはれいで
天ぢくがふところより一ッのがまとびさりて
がまのじゆつはたちまちにやぶれたり〽これやへ梅
その身は死するといへどもそのこんは。く血しほを
入れたるつぼにとゞまりかくまでたけき天ぢくが
じゆつをくじきしものならめ〽天ぢくはめんしよく
血ばしりきばをかみこぶしをにぎりて
じだんだふみ〽アラくちをしやざんねんや
いまはなにをりつゝむべきさんぬるとし
四国にてゆりの介たつおとがために
ほろびたる天ぢくくわんじや大日丸が
一子天ぢくとく言へとはわがことなり
かくあらはるればしにものぐるひ
かたつぱしからくび
ひきぬかんとくるひに
くるひいかりに
いかつてかゝりしが
ついに天ばつ
のがれがたく
しが次らが
初太刀にて
ちどりのまへ
くがゑもん
ぼたんの介
おのへらが
ために
うたれて
死したりけり
〽かゝる所へもつみ四郎
ゆきもり長がみしものゆうびの
すがたしづ〳〵と入りきたれば〽しが次郎
かの身ずりのめいかうをとりもどしてわたし
ければ〽もしつみ四郎はこれをうけとり
しが次郎ら以下のものどもの手がらを
しやうびし此とほりくわんれいゆりの介どのへ
きこへあげ身ずりのかうをよし政公に奉り
大とりのいへさいかうをよきにとりなし
申さんとぞのべたりける〽此とき
からしゝぼたんの介はとらの
かけゑをしが次郎に
奉りぬ○かくて此こと
ひがし山よし政呂のおんみゝにいり
御しやうびありてもとのごとく
しが次郎に
大とりのいへさうぞくを
めいぜられみな〳〵喜ぶこと
かぎりなし〽さてしが次郎あに
じひしんぼうがほだいのため高野山に
しどうきんをおさめつま井くが右衛門が
ちうぎばつくんなりとてかぞうを▼㊂
四
たまはり
ければ
〽くが
は
からしゝ
ぼたんの介を
養子とし
二代目の
おのへをむかへて
ぼたんの介が
つまとし
その身は
ていはつして
らくいんきよと
なり
むすめおのへ
忰往八が
ぼだいを
とふこと
ねんごろ
なり
次へつゞく
色あけ
三月廿七日
まへのつゞき
〽くが右衛門
ていはつして
いんきよ
せしは
さだめて
そらばらを
きつて
じやうしを
あざむきし
まうしわけと
しられたり
〽うきよ
てふ兵へは
〽されば悪人たたくみにことを
はかるといへども天ばつによつて
めつぼうし善人一トたび
おとろへたるも天の
あはれみを
かうふり
十十五
武士に
とり
たて
られて
しぞ
次郎が
けらいとなり
小むらさき
やへ梅らふたりの
いもとがぼだいの
ために
みのぶ山ンに
常灯明を
きしんし
ければ
◎
わざはひのくも
はれてふたゝび名月の
かゞやきいでたるがごとし
げんあくじやしやういちぶ
ぜんあくじやしやういちぶ
善悪邪正は一部の
きやうげんにことならず
かたきやくの
大ぎりに
ほろぶるをみては
あくをこらし
実ごとの立身出世
するをみては善に
すゝむたよりと
すべし▼
三四
子ども
がてん
がてん
かえ
二
世の人
ほつけ
蝶兵へとよびけるが後に
蝶の字のゑんにより夢の
市郎兵衛兵へと名をかへたり
ころけ
一丁つぎの
ゑのわけ
○さるほどに
二代目のおのへは
ばつくんの忠義により
下女の身よりりつしんして
ついにぼたんの介が
つまとなり
しうと
孝なるは
いふもさらなり
おつとを大せつにうやまひ
かへが
右衛門
入道に
こがくらし山の山もりのばゝは「つぎへゞく
つぎへつゞく
四
廿九
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
色あけ
二丁まへのつゞき
まことはわが
歌川
じつの母なりければ
いまはわがかたにひきとりて
あさゆふ心をなけて孝をつくしけるにぞ
ます〳〵天のさいはひをかうふり男子
美丸画
山東京傳作
筆耕石原知道
女子あまたうみならへ子孫
長くぞさかへける
めでたし〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵
京傳店口上
○きれたばこ入をたばこ入
江戸京橋南
銀座一丁目
きせるるい当年のしるもの
めづらしき風流の品いろ〳〵下直に
さし上申候
京伝自画さんあふぎおもしろき新図いろ〳〵
しきしたんざくはりまぜゑるいのぞみにおうず
いろ〳〵
一つみ
読書九
一つみ
一匁五分ヅゝ
○第一きこんをつよくし
ものおぼへをよくす
老若男女つねに身をつかはずかへつて心をろうする人は
おのづからやまひを生じ天寿をそこなふ也此薬を
用ひておぎなふべし又旅立人はたくはへて益多し
薬取次所
京都西洞院
椹木町
井つゝや九八
大坂ひみ
から物町
河内
2太
介
暑寒まへに用れば外邪をうけす近年諸国へひろまり候間
一りう
別して製法ねん入申候○大ごく上品きおう丸
同十二文大人小児
万病によしつねのきおう丸とは
べつもこゝろみたまふべし
小児無病丸
一つみ百十二文
小児むし万病大
十一丁
10451
丈
全山東京傳作
ふところに
かへふくさあり
かきつばた
草履打所縁色揚
紀洲歌川美丸画
化
十二
蝶花形の手本
一全東西菴南北作
天岩戸物日門松
お染が主格弁
一冊竹斎電子画
乙
文文こゝろ
亥
人はみめより
一仝仝東里山人作
たゞころ
教草戯言誠筆
同摂州駿州国信画
春
新
お師匠さんの
全東里山人作
かめでたらし再清書
流義の筆勢
同所歌川国丸画
小
一實方爵略縁起世
□□□□□□□□
全曲亭馬琴作
大大大部部輔前藤筑前
一柳川重信画
舌切荏根原録助
板
木
同
片言
雑話
中本東里山人作
田舎講譯
一冊歌川国信画
録
金
□□□□
右之外面白き新版追々出板横山町二丁目
仕候間御求御高説之上御評判奉願候山石戸屋士喜三郎様