信田[ヅマ]手白猿牽

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歌川豐國畫
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2026-08-17T19:23:18.081Z
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場所: 江戸
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歌川豐國畫
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日本語
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鶴屋喜右衞門
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シノダヅマテシロノサルヒキ
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
狩田 信田妹手白猿牽 曲亭馬琴作 歌川豊国画 仙鶴堂上編 馬琴作 江戸名物 永春吉例 討物語 お旬殿兵衛仇討物語 ひき 信田妹手白猿牽 豊国画仙鶴堂寿梓 一朝四暮三の経営一曲三すぢの絃に狂ふ猿すら人を艱ふは。 皆是教によるにあらずや。もし人として教を受ずは。忠なく 孝なく形なき獣にだも如ざるべし。さればにや。猿は形状の人に似て。 その智は人におよばねども。彼倍陵の雛猿のごときは。その母猿の 箭を抜て。樹葉を巻て瘡を塞ぎ。又元忠が婢のごとき。猿にして 十一 四主の為に。薪水の事を務めたり。かれば猿も。忠あり孝あり。よに 八行に缺たる人は。猿にだもなほ恥べし。猿乎猿乎。嗚呼猿乎。 君子は化してこの物になれり。然るをその智の足らずとて。 ことの譬に引くものあれども。われは教によるを愛つゝ。例の草紙に 作り設て。書肆の責を塞ぐのみ。 文政三庚辰年正月新版曲亭馬琴識 六十二月廿七日半時より 一春駒は隙ゆく年のはじめ哉信天翁 矢沙殿兵衛 祖公 有術 城翁 有識 勿レ使一 猿馬 亦大 相狂 猿をきく人捨子に 秋の風いかに 桃青 葛の葉 お旬 六十一月廿一日 一春駒は隙ゆく年のはじめ哉信天翁 矢沙殿兵衛 祖公 有レ術 寒気 有識 勿使 猿馬 亦大 相狂 猿をきく人捨子に 秋の風いかに 桃青 葛の葉 お旬 葛衣のうら見るころ也 あせしらみ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 玄同 汗虱 愛護野與二郎 意地川 悪右衛門 智無 勝於 ヨクニシツテ 徳矢二 機関 而入二 機関一 □□□□□□□□□ 悪右衛門妻 木津祢元 狐火に稲の 玉見る夜露哉 閑齋 一一 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 稲妻のちる とき見たり 不破の 関其角 四回回 回回 四回 奴やか平 与次郎妻さう木 □□□□ 奴よか平 同四丁 やをれかり人ども与次郎悪右衛門とはなんぢら よな此たびくわきうのげんめいによつて よな此たびくわきうのげんめいによつて はせくだりしことよの義にあらずむろ町 せうぐんよし政公ひがし山へ御いんきよまし まし当せうぐんよし久公へみよをゆづ らせ給ひしにある人の申スやうゑんしう さよの中山あはがたけの山中にとしふる 手しろのさるありこれは是むかしえい ざんのちごあいごのわかゞ手がひのさる也 そのゝち坂もとへはなちつかはせしに としをへてかのちごの子孫たるもの 遠江のくにきく川のほとりへ うつりすみしかばかのさる も亦あふみの山中より このあはがたけにうつりすめり しかるにかの手じろのさるの かはをもつて かはごろもに つくりこれを ちやく用 し給ふ ときはげんかんのゆきの夜もあせいでゝなつの ときはけんかんのゆきの夜もあせいてゝ ごとしとたしかに申ㇲものあるにより いそきよのさるをかり とらせそのかはをたて まつれと仰によつ てげこうせりかく いふそれがしは くわんさい此外と あそんのざつせう しの田の庄司公国みち なさぞなんぢらぬ人は かりのじゆつに たんれん へ与次郎が すを立ざゝ しておどろ なつときゝ たるまに申つくる たれにもせよねしろの さるをうちとらは当所の をさに御とり立なされ そのうへあまたのほうびを 給はらんとの御じやう なるぞすみやかに 用意せよ せこをもつて かり出さ▼ 〽しからはし 人手に しかちな ちらに手 すかな 子柿と 先祖の ひさう せよの とてじたい 申さは身 のとがのが れずかならす さるをかばうまいそ 〽しばゐやじやう るり本でにんさう かきもあまた見たが さるのゑすがたはあたらしい 〽御じやうでは候へどもかの さるはくわんぜおんのつかはしめ よには山の神也といふきたいのけだ物 くゑぜいをもつてより出さは 一他こくへのがれさるべきか 心もとなくそんじ ます 三せんか なんぢら のみにて 打とるや しよ そんを 申世 どう じや さてもゑんしうきく川のかり人与次郎はあいごの わかの子孫たるにより今なほあいごの与次郎と よびなしたり与次郎がつまさかきはいなかにこそ おひたちたれこゝろざしやさしくぢひふかき さし 〽すりやどうあつてもうつきじやの ものゝむくひはあるものを この子はかはゆう ものなればをつと与次郎がかり人のわざをして 世わたりとするをよからぬことゝてうちなげきしが ことしはじめて女の子をうみて名をばおしゆんとぞ よびけるしかるにあはがたけの大さるは二ひきあり ないかいなァ めさるは手しろにしてをさるはよいつねなる 与次郎に 山さるなりかれらはあまたの のみおそるゝ けしきなく をり〳〵すがたを としをへてしんつうをや えたりけんたやすく かり人のつゝさきに 見することあれども 〽なにらも亦かのさるは かるものには あらねど● わが先祖のひさう せしよしをつたへ きゝをめてうつことを せさりしに此たび 京都せうぐんのげんめい 一ぢするによしなく すでにかりくらの ようゐしていでんと するを女ばうさかきは 打なげきさま〳〵に いさむれどもとゞまる べくもあらざりけり 〽けものを うつはこの 身の世にて たりいつひき のさるをうち とればむらをさ になしくたされ そのうへほうびを 給はらんとの げんめいたからの山へ入り ながら手をむなしうしてかへら ながら手をむなしうしてかへら るべきか女さかしくて牛うりそこなふ いらざるぢよごんだまつておいやれ しゆれんのつゝさき二ツ玉にて うちたふしはしやまりて これを見るにまことに としをへしさる なれどもをさるに 与次郎悪右衛門はことにてつほうに めうを得たるものなれ 〽どもかのてじろの さるをたやすく打とらん ことはこゝろもとなし さればとてせこを入れて かりいださんことはさすがに くわんぜおんのれいざん なればげんめいといふとも はゞかりありしよせん両人 心をあはせ山をあさり候はゞまんに ひとつも手に入ることの候べきかと 申すにまかせしの田の庄司やす みちはりよしゆくにありてまつ ほどに与次郎悪右衛門はあはがたけに わけ入りてかりくらすこと七日におよべり しかれどもかのさるを見ずのち には両人引わかれ又両三日おくる ほどにある日悪ゑもんは北の谷 かげにていつひきの大ざるを見かけ しかばこれかならずねしろならんと ひそかによろこびねらひすませし 〽かうして出して して手しろ にあらすたち かういへばこれが 手しろのさるになる そこでほうびの 山ぶきいろおれが ぽつほへうまい まちのぞみをうしなひてつく〳〵と思ふやうし このさる手しろにあらずといふとも世におほかる このさる手しろにあらずといふとも べきものにはあらずこれかならず手しろと ぽつほへうまい〳〵ともにすむをさるなるべし今そのつぎへ このさるを手しろ也といつはりて与次郎に はなをあかせんさいくはりう〳〵しあげが を引ぬきてくだんのをさるの 左右のかひなを手はやく 切りおとしては古へなげすて さてふぢつるをめて四そく をからげせおひあげつく をさるを打たればとてもしろがと糸入るべき にもあらずわがめにかゝらぬ手しろなれば いかでか与次郎がつききにかゝるべきしよせん かんえううまし〳〵ところにうなつき山かたな あし引の山ぢになれて おもににくつせずしの田 の庄司安みちがりよしゆ くをさしてぞいそぎける ○されば又あいごの与次郎は いぢ川あく右衛門に引わかれてそはを いぢ川あく右衛門に引わかれてそはを つたひ谷にくだりかつらにすがり みねにのぼりて手しろのさる をたづねけれども日 かずをふるのみその かひなしいかゞは ためらふ ほどにたち まち一人の たびそうに あひけり● をのそのときたび そうはつゑをとゞめて 蟲郎にうちむかひ此たび むろ町せうぐんのげんめい也といふとも わどのが先祖にちやうあいせられ又 その子孫のあとをしたふてとしひさしく この山にうつりすむ手しろのさるを打とらんと ほつするとはなはだよからずしるにかのさるは をさるとゝもすひやくねんをへたれどもいまだ 一トたびも子をうまざりしにことらはじめて 身こもりて今すでに五月におよべはそのさん するにほどはなしおよそ子なくして長命 なるものおいてのちたま〳〵子をまうくることあ ときはこれその命のをはるべきしるしなり さればかのてしろとゝもにすみけ をさるもけふは人のつゝさきに 命を おとさん □□□□□□□□□□□□□ 又かのてしろん わだのゝ為に うたるべしねがは くはてしろがたい ないなる子さるを やしなひこれより せつせうのあく ごうをやめて いんとくを おこなひ給へもし おこなひ給へもし いさゝかもこのゝち せつせうのあく ねんおこらばわざ はひその身におよ ふべしあな むざんや つきへ しらで いつほろが 〽おやを 子をたす 与次郎は思ひかけなくたびそうにときさと されてぼうぜんとたゞすむ折から たちまち山もみのしげ みにものありてさら〳〵と □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おとするを見あぐれば まがふべくもあらぬ手 しろのさる也たびそうの きやうくんもはやわするゝ とにあらねどもたま〳〵見つけし ぶつとねんじつらくわんおん寺のかたへおもむきけり かのさらを人手にはうたせじとつゝさき をさしむかふればさるは手をもてはらを しめし又手をあはせなみだぐみものこそ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ いはねはらに子のあるよしつげし いのちごひ山のさちをのいと たけき心のおにも つのをれて さうなく 火ぶたをきつて はなさず たすけんと すれば いか にせん 又あく ゑもんがえもの とならんとでものが れぬなんぢがいのち れぬなんぢがいのち われにえさせよはらなる 子をばともかくもして そだてなんなむあみだ ふつところにねんじて あかくるつゝおとゝともに こずへをどつきりとおちて はかなきいのちなり 与次郎 ソレ源太門を めされが わさかほどにいぢ川竪ろはうちとつたる をざるをせかひて公の田の五月が中に をさるをせおひて君の田の西司がほもしゆく 日およむきそれがしかうぐしてこんにちでしろの きるをうちて候ひしに二ツの末をうけながら なをしなずたけくくるひてそれがしを かきさばかんとしたりしかば山かたなを もて左右のたなぐびをうちおとし やうやくしとめ候と まことしやかにうつ たふれば庄司きゝて まゆをひそめ切り おとしたるさるの 手はぢさんせしか いかにぞととはれて さはがずさんは あやまつては台 そこへ切りおとし たるゆゑにとり あぐることかなはず といひころめたる 折からあいごの 与次郎は打とつ たるてしろの さるを下 所謂 〽さかてには なりませ ねどさるの 手にありつき ました御けん ぶんくだ さりませ 上より庄司が りよしゆくへかき もてまゐり御ゐくわう をかうべにいたぎねん なうてしろのさるを なうてしろのさるを なうてしろのさるを 打ためて候ひきさりながらとしを へし大ざるなればそれがし一人に して引もて山をくだることかなはず よりてそのはらをたちわり はらわたをさり夢をかろ くして候といへば庄司はうち うなつきさればこそ与 次郎が打こめたるは めさるにしてその手 めざるにしてその手 しろしこれまがふへく もあらぬおんたづねの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ さる 丑煕 ぢきんの さるこをさし □□□□□□ 〽ばんやうが あんまり うでまはせ しかもその手をきりおと せしことかた〳〵もつてうたがはし いかにぞやととひつむる折から来たる ひとりのかり人ゑんかはちかくかいつくばひ それがしらもこの日ころあはが それかしらもこの日ころあはが たけへわけいりて手 〽おさもおちゝをよくたべます おしせんもたんとちたぶてふたり じろのさるをたづ ね候にさるにはあは でさるの手の合 かげにあるを見て さるとはふし義と 一人四つよく おあそ さんが おいでたし とさ よりしよろすぢい ぜんごんをむねとして いんとくをいし のみ思ひけりをつ かくのごとくなるにさ もとよりせつせうを まござひ おかき をな子 なるに そんずれはうちも おかれずこのよしを申上ると さるの手をいだすを見かけて 一惣右衛門 はいもうごん句も いでずにげんとすれば しの田の庄司あれいま しめよとげぢにした がひうけ給はるとくみ 子のつはもの悪右衛門を とつておさへたかてにいま しめ引すえたりその とき庄司与次郎を ちくまねきなんぢがしゆ れんをもつてえがたき ⑨ てしろのさるを打と めてたてまつることしん めてたてまつることしん めう也これにより御ほうび として金子百両くだしおかれ てしろがうた れしときの ありさま又 かのたびそうの 〽むら中 のおせわと あればじよさい にはそんぜぬけいせうながら二十両 いひつることを きゝて一トたびは たつとみ一ト たびはかなしみ かのたびそうは むけん山なるくわん むけん山なるくわん おんさつたのけしん にてをはするならん うたれたる おやさかは 御ほうびめすそわけをいたすおこんどの すなはち当所の村をさになしくださるつゝ しんでちやうだいせよ又悪右衛門は利よくに まよひてうへをあざむくつみかろからず きやつをは此まゝみやとへひかせてくわんれい 家の御さたにまかせん当こくのれうしゆ にも此むねをたつすべしみな〳〵ころ え候へとことげんぢうにいひわたし え候へとことげんぢうにいひわたし てしろのさるのかはを はがせ悪右衛門を引 たてさせて左司は きちくにおもむきけり ○これよりさきに次郎 はあはがたけにて事しろ のさるをうちとめしとき そのはらをさきて見るに げにこの月はうむべきこめて にやありけんたいないの 子はつゝがなくてうごめ 一くを引出しては吉水をもて ちしほをあらひながしつゝ まづわがふところに入れて あたなはゞさるの死がいとゝ もにわがいへにたづさへかへりて 女ばうさかきにかゝることあり このこさるをよくいたはりもへと いひあへずゑの田の庄司がりよしゆ くにおもむきしにすでにあまたのほう びを給はり村をさにさへなされしかは かのたびそうのきやうげをまはりて これよりたえてせつせうをせず おとりはか 口きゝましたる われ〳〵まで よろこばして ぞんします 従者 すいぶんまめで ござりませ ▼せうぐんの おふせなれば いかにせん 打なぐとも 今はかひなし せめて此小さる をはぐみてつく りしつみをあが なはずは のちのせ いとゝたす かりかた 一 〽ぢたい 〽ぢたい まうすは かへつてぶれ そんなら此まゝ いたゞきます 思ひとりつゝあけくれにかの小さかをあはれむこと むすめおしゆんにことならず小さるにもわがらんを のませよるはふとわつに引つけてたんせけ かさぬるほどに小さるはつゝがなく おひたちけりさればそのさるは はゝににてさゆうのねのさき しろかりければこれをも しつかわけれはこれを 手しろとなづけつく ちやうあい大かた ならざりけり ○こゝに又いぢ川悪右衛門が つまをおこんといひてとしは なほはたちにたらずその 心さまこそをつとににて ゆがみたるものなれどもかほかた ちはゐなかにまれ也ともいふべく ものぬふわざゝへよくせしけばかり入 あつまにはをしきもの也と人〳〵 いひけりしかるにをつと照右衛は つみありてさきにみやこへ引れ のちそんぼうさだかならず □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おこんはひとしごとなど してしばしの月日を おくりたれども悪右衛門が たよりもなししよせん みやこへのぼりてをつと の生死をきゝさため もしもこの世にあら すごときかばみやこ にてともかくも 酢やく用 あつて出けるに いまだかへらず おしやんはあさの てゝらひとつにて ぎやうずいたらひの うちに入り水な ぶりしてあそ びゐたり をもふし 〽ならあさ ましやねつとうは このよからに なる そらかきくも りてただちの けるへく見え ならんと思ひて ちきさと人を かたらひつみやすらに ちとのかうりよ くをこひしに 与次郎はいん とくをおこな はんと思ふ折 なればいち義 におよはすまつ とくし惣右衛門は 不幸にしてやころの さるをくんうたずかへつて つみ人になりしこと われも心うく思ふ ことひさしことにおこんが ていしんうんずるにあまりあり これをろようにしるへとて金子 廿両つかはせしかばおこんは大きによろ こびてさと人をやとひつゝみやこを さしてのぼりけり ○ひまゆくこまのあゆみはやく 与次郎がむすめおしゆんははや三才になり しかは小さるてしろもそのとし三ツ也人のちゝにてそだ ちしゆゑにや与次郎夫婦がいふことをよくきゝわけて つかはるゝこと六七才の子どもにはましたりおゑんとはちきやう やだいのことなればおのづからになれしたしみてあそぶことよの つねのわらべ友だちにことならすさかきはいよ〳〵手しろをあい しておじゆんがもやみをさする日もおほかりきころしもなつの日の ことなりければさかきはぎやうずいのゆをわかせしがをつと与次郎は せうねつぢごくなさけないこと こりやまあなんと のふ さかさは せんたくきぬ をとり入れ んと丁せごり 出たりしかるに てゝろは口ごとき さかきがぎやう くみ入れてゆあら 見しを見まねに 手たすけせんとや思ひけんかまのふたをとりたれ ともちくせうのかなしさはまづたらひの内に あそびてをるおゑゆんを出すことをせず 又ゆかげんのほどもしらねばたぎりたる 物をなでと大ひさくにくみうけてたらひへ入れんと せしことなればひとりあそびによねんなきおしゆんが かうへのうへよりしてざんぶとかけしはねつとう也わづかに みつ子のことなるにあさのてゞらに身はうすしいかでかは たまるべき一トこゑあつとさけびあへずひにくたち まちたゞれやぶれてそのまゝいきはたえにけり まちたゝれやぶれてそのまゝいきはたえにけり さかきはおしゆんがさけぶこゑにおどろきあはてはしり 来てこはそもいかにといだきあげ見ればわが子はこと きれたりよしなやてしろがぎやうずいのゆをあみ せんとてねつとうをかゝるひごうをとがめても いふがひのなきさすがはさるちゑうたてきことを してけりとこゑをおしまずなきさけづばてしろ のさるはうろ〳〵とわがあやまちをいへば元にもの こそいはね身をくやみ思ひかねてや井つゝのもとに はしりよりつゝそがまゝに身をしづめんとし たりしかばさかきはあはてゝ引とむるを又 ふりはらひひたすらにしなんとするを ひきすえて又さめ〳〵とかきくどく はゝのなげきにめをこするさると人との すでのあめいづれ巴峡にさけぶなる とよるのこゑにもいやましてはらわたを たつばかりなり 〽そなたのはゝは 一そのは 一わがつまにうた れしいんぐわむくひ 来てあやまちとはいひ ながらわが子はそなたのてにかう ひごうなさいごもやくそくこと身をしづ めんとまでゑやるこゝろざしはけなげじやが四 ちくせう でこそ あれ わし ちでそだて あげたるおん あいにいづれふた つはまい はいのふ わしがいふ こときゝ わけて しなずに かげを ゐては ために ならぬ 〳〵 はやう ゆかぬ かいや 蓑笠瀧澤先生著 大本全部一十二冊 玄同放言第二集 第三巻より第五巻まて開板 この編は人事の二より同四まで姓名の明釈に起りて源範頼の遺跡考 東光寺蒲桜の図説に尽その間和漢相将の得失を論じ野衆 辰 ○風俗説の誤謬を質すに多く古書を引証して沿革来由を推あきらむ時好に媚 春 同 録 看たる好事一偏の考のらにあらずしば〳〵熟読せば読中の櫛好学問の裨益たるべきもの也 八文舎自笑評 三ヶ津 藝品定 役者評判記 全三冊 来ル辰正月二日より 一売出し申候 惣役者芸評の書は元録以前より当時に至るを年〳〵 開板いたし芝居御役人之御慰ニ奉覧候事丑上御寝之事 一然る所寛政以来文化年中陳酒未熟之拙訳と被仰付年の 一評書は見ずともの事を以其外御意に不叶段奉恐入候依之 の補助として両三輩差加り去文政元年より新政 年中替り狂言役割等明細にあらはし長時 たゞし候上顔見世狂言は別段綿密に評いたし 仰付等も近年乱れ来り候を相改享保生 の側に倣ひ復古の体書あらはし奉法後 芝居御好物之御方様役者御名負の御陣中なし 出しの夜応刀をはらつて御来御覧被し置候様子目に かしかず未永く働付希に候以上 手たすけせんとや思ひけんかまのふたをとりたれ ともちくせうのかなしさはまづたらひの内に あそびてをるおしゆんを出すことをせず 又ゆかげんのほどもしらねばたぎりたる 又ゆかげんのほどもしらねばたぎりた 物をなみくと大ひさくにくみうけてたらひへ入れんと せしことなればひとりあそびによねんなきおしゆんが 九郎へのうへよりしてざんぶとかけしはねつとう也わづかに みつ子のことなるにあさのてゞらに身はうすしいかでかは たまるべき一トこゑあつとさけびあへずひにくたち まちたゞれやぶれてそのまゝいきはたえにけり さかきはおしゆんがさけぶこゑにおどろきあはてはしり 来てこはそもいかにといだきあげ見ればわが子はこと きれたりよしなやてしろがぎやうずいのゆをあみ せんとてねつとうをかゝるひごうをとがめても いふがひのなきさすがはさるちゑうたてきことを してけりとこゑをおしまずなきさけづばてしろ のさるはうろ〳〵とわがあやまちをいへばえにもの こそいはね身をくやみ思ひかねてや井つゝのもとに はしりよりつゝそがまゝに身をしづめんとし たりしかばさかきはあはてゝ引とむるを又 〽そなたのはゝは ちくせう でこそ あれ わし ちでそざて あげたるおん あいにいづれふた ふりはらひひたすらにしなんとするを ひきすえて又さめ〳〵とかきくどく はゝのなげきにめをこするさると人との そでのあめいづれ巴峡にさけぶなる とよるのこゑにもいやましてはらわたを たつばかりなり 一わがつまにうた れしいんぐわむくひ 来てあやまちとはいひ ながらわが子はそなたのてにかう ひごうなさいごもやくそくごと身をしづ めんとまでゑやるこゝろざしはけなげじやが つはない かいのふ わしがいふ こときゝ わけで しなすに かげを して ならぬ はやう ゆかぬ かいや 蓑笠瀧澤先生著 大本全部一十二冊 玄同放言第二集 玄同に放言第二集第三巻より第五巻マテ開板 この編は人事の二より同四まで姓名の明釈に起りて源範頼の遺跡考 東光寺蒲桜の図説に尽その間和漢相将の得失を論じ野衆 辰 俗説の誦謬を質すゝ多く古書を引証して沿草来由を推あきらむ時好に媚 同 録 春 有したる好事一偏の考のうにあらずしば〳〵熱読せば読中の櫛梯学問の裨益たるべきもの也 八文舎自笑評 三ヶ津 藝品定 役者評判記 全三冊 来ル辰正月二日より 一売出し申候 惣役者芸評の書は元禄以前より当時に至るを年〳〵 一開板いたし芝居御好人々御慰ニ奉覧候事丑上御寝之事被遊候 一体所寛政以来文化年味浦未熟之拙事と被仰付年の 一評書はまずともの事を以其外御意に不叶段奉恐入候依之其 の補助として両三軍差加り去文政元年より新約也 一年中替り狂言役割等明細にあらはし長時〳〵 たゞし候上顔見世狂言は別段綿密に評いた 仰付等も近年乱れ来り候を相改享保生 の側に倣ひ復古の体書あらはし奉臣後 芝居御紋物之御方様役者御名負の御陣中物 から其木永く働付書に候以上 かしの夜ゑ刀をはらつて御来御覧とし置候様別別 文政府辰 正月新刻 早川甚九郎 狩 第 中編 馬琴作 江戸名物 永春吉例 お旬殿兵衛仇討物語 信田妹手白猿牽 以テ此辺ヘセルヤ 豊国画仙鶴堂寿梓 〽おしゆんが死たるよしをきゝもはたさずおどろきかなしみ にえゆに五たいはやけたゞれしなきがらをいだきあげて こゑををしまずなげきしがおしゆんが さいごのことのおもむきてじろのさるが かくて与次郎はそのゆふくれにしゆく表よにかへりてむすめ わざなりときくとひとしくなみだを くひしばりさてはかたきは手 しろなりかれはおやのはら しろなりかれはおやのはら こもりよりさか木がちを はらひてまなこをいからしはを わけやしなひそだてしてん 地にひとしき大おんを思ふ までにあらずともなんぞや わが子をゆでころせし につくきさるめいづこにをる引さき ゆつくきさるめいつとにはるさき 〽すてんと立あがるもすそをさか木は 引とゞめそのはらたちはことわりなれども つら〳〵物をあんつるにあのてしろがおやさる のそのはゝざるはおん身にうたれ又てゝさるは あく右衛門がつゝさぎにかゝりにきされば かの悪右衛門はよからぬたくみあらはれて みやこへひかれて生産もしれずそれに ひきかへおんみのみさるをうつたるおんせう に村をさにまでとりたてられ給ひしは みなものゝ命をとりしゆゑなればいんくわ わが子にむくひ来てかゝるなげきをするにや あらん身をはうらまでなか〳〵にてしろを またとしいかり給ふはまよひのうへのまよひ ならずやされば手しろにはことのいんぐわを いひふくめ山へゆけとてはなちやりぬと▼ 〽あわけに 見ゆるは たしかに手 しろわがこの かたき思ひ しらせん ▼つぐるをに次郎 きゝあへずナ二 てしろをば山へ はなちかりしとな さすがは女のはな かにや のさきぢひせんごん ものによる死 してじやうどにおも むくともわが一つぎへ 〽此ところにて 御ひろう ○京橋ときは丁 かめ屋喜兵衛 かたにて うりひめめ候 うりひろめ候 さくら漬は 御酒のくち とりに妙也 くはしくは 子にかゆることあらんや かれがゆくへはあわ がたけいでおつ かけて打とめる といかりにくるふ ますらをがとゞむるつま つきためし てばやく身がる に出たちて としころ ねな てつほう 引ざけあわが たけへとおふてか ○さかねに あいごの与次郎は あといういう そのよめすがら山 又山をそこかこゝか とあされども木たち ひまなきみやまべはいづこを 手しろがすみくともさだめ かねつゝいたつらにはやあけかたの 月おちてはりにさけぶさるのこ たにまがくれにきこゑしかば すはやと心いさみたちてねらひ よりつゝつく〳〵と見ればまさし 一五うべよりいた おろうへよりいた たきてちしほに まみれふしたれはあらあさ ましやとばかりにいだき おこしてよびいくれば さかきはくるしき いきをつき ナウこちの 人与次郎どのわかき ひとつのさるいはのはさまにと ときよりせつせうを たるがその手のさきしろらん けり是なんまがふへくもあら このみ給ふをこの てしろのさるにうたがひろ てしろのきるにうたがひなしとしころいさめらねつく わが子のかたきのがさじと いまぞわがてしろにかはる やごろをはかるふたつだま 此さいごこゝろえがたく ろをはかるふたつだま此さいごころえがゝ ねらひすませししゆれる おぼすらんものゝむくひ のづゝさき火ぶたをどうと のなきよならば子を きつてはなせはあつと ころしつまをころす ひとこゑさけびあへず かなしみはよもあらじ をばなが中にまろび げんめいおもしといひ 入るをえたりやおふら ながらくわんぜおん はせよつて月を のじげんにそむきさるを ありによく見 ころせしむくひにてわが ればさるにはあらて 子はさるにころされし こはいかに女ばう いんぐわのどうりに心も きか木がさるの つかず今又手しろを うたんとてわけ入る 山はしやらとうじやう とめてもとまらぬ日 ころのきしつよに をさなごをさき たてゝ又このゝちに わがつまにことなる たゝりあらせんより 手しろにかはりてつゝ さきにかりてをつとを いさめんと思ひづいたる さるのかはわが身をつゝ めばひとにして人にはつぎへし 〽ヤア〳〵 まさしく てしろと 思ひしは さか木で あつたか こは〳〵 いかに 二 〽こちの 人たつた ひとこと のきあり うちにいひ のこしたい くれまし ながい われ なつた なァ てしろ つゞき あらぬ せうどう さきに おゐ身 いでませし いてませし みち引ちがへて ついばみさりたるむやとかへと ついばみさりたる小やとおもへと こより入りたらんと思ふ所もなし これさへなげきのひとつにて いよ〳〵世の中あじきなくしゆつけ せんと思ひさだめてまつさかきが なきがらをほうむりそのこは くわんおん寺にてかうべをそり まろめむらをさをばさと人に ゆづり家ざいはまづしき ものにあたへてゆくへも さだめず六いでしが さてはよんべおほかみなどの ながら つるぎの山わが子は せうねつあびぢごく このせからなるめいどの くげんをうくるつま子を ふびんとも思ひ給はゞ せつせうをやめて給は れこれまうししゆうの 為又おやの為をつとの ために身かはりにたち て命をおとすものやま ともろこしむかしより おほかるなかにちくせうの 身かはりにたつ人げんが 三千せいにあるべきか心 つよしとかきくどきいさめつ 日ごろなれたる 山毛なれども 心のうれひに ふみまよひけん こゝろざすかた へはいです山 また山をたと ること三日ばかり にしてはるに たにかげを見 おろせばあやいかな あまたのざるあつまりて 三つばかりなるをさなごにゆを あみせあるひはくだものをとりて あたふるありさまてにとるごとく 見へしかばあまりのことのふし笑 さにみねをくだりそはをつたひ からくしてそのとまろにきて □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ すぢしごときそのまゝいきは たえにけり与次郎はこうくわいの なみだはあめとふりそゝぐさよの なか山なか〳〵にどもに死なんと なげきける〇いのぢをすてて をつとをいざめしにようばう さか木がていしんに与次郎ふかく こうくわいしてなく〳〵なき からをせおひつゝよあけて しゆくしよに かへりて見るに おしゆんが 死がいはなかり 見ればこはいかにかのをさな子は死たり と思ひつるむすめおしゆんなりければ こは〳〵いかにとよろこびのなみだに そでをしぼりつゝいだきよすれば をさな子もわがちゝのかほを見て とゝさまなうとすがりつきとも ねによくとなきにけりしかるに なほあやしきはにえゆにたゞれ やぶれたるおしゆんがやけどは ほともなくさるどもがあみ し湯はよのつねの づにあらず さし入れて まにあたゝか ておんせん也 与次郎法師 はじめて ことりて のさるを るに手 しろも又そのうちにあり 与次郎を見てかうべをさけ あやまり入てぞゐたりける 女のこゝろをあん ずるにこれ くわんぜおんの 刺やくにて此 さるどもを かりもよほし そのよつぎへ とうぢさせ給ひしかばおしゆんはふし義に そせいしてやけどのあとさへいえしならん まことにものにむくひあることかくまで てきめんなるものかなきつまさか木は ちひふかくさるにかはり万命をおとせばしゝたる むすめふたゝびいきたりいんぐわのどうりにくら かりしわれあやまてり〳〵なむくわんせ おんゆるさせ給へとさんげして てしろのさるらにうちむかひ なんぢあやまつてわがむすめ をそこなひしそのつみは なほかろくわれはめう 利にまよひつゝせん祖の ひさうし給ひしなんぢが おやざるをころしたるその つみは尤おもししかるにさか木 がぢぜんによりておしゆんは こゝにつゝがなくおやこの さいくわいをとぐること しかしながら人にもまさる なんぢがいさをしばくたい也 われすでにしゆつけしたれば 今さらかへるいへもなし 今さらかへるいへもなし これよりむすめをたづさへて しるべのうたへおもむかんえん おしゆんをかきもてさらせてこの霊泉に よるべのみせにも さるのかんばん でがなあらふ でがなあら つきずはかさねて あふべし● 鎌倉雪 ●そも〳〵こゝはいづくの山ぞこのいでゆの こうによつて死したるをさなごのそせい したるも奇也妙也ふし義〳〵とかんたんし つひにおしゆんにきぬをきせそびらに つひにおしゆんにきぬをきせそびらに おふて立あがれは手しろのさかは なごりをしげにあまたの友ざる もろともに みちしるべを ○して手を はつかに 半日ばかや にしてかひの 国にぞいて 国にぞいでに けるかのおん せんの さるのかんばん これもすくせのやく なむあみだぶつ〳〵 ありし処は しなの上の おくなるべし おくなるへし とほとふみ よりははる かなる に 与次郎 法師が みちにまよひて 山より山にわけ りしもくわんおんさつたの 利やくならんふし ぎなりけることども也 ○かくて与次郎入道は ほつしんのはじめより ほつしんのはじめより くに〳〵をあんぎやして れいざんれはちをおがみ 〽おひさしや〳〵おすがたが かはつたゆへに見ちがへましたはいなア をさなごつれてはる〳〵とどう いふわけやら心 もとない □□ てしろの さるの事 までもつまびらかにもの がたりておしゆんを おんみふうふが子にして 中なひとりて給はれと なみだながらにたの みしかばつぎへ 〽ゑんしうの せなでは ないか かりつた すかたで これは 奉らんとおもひしに 今さら三ツ子をたづ さへてはどうちう もつともなん義也 かまくら八まんの とりゐまへに四こくや とりゐまへに四こくや 佐頭兵兵へとてやうじを あきなふものあら てかれはにようはう きがために 只ひとりの兄に してそのつま うつろはいとこめ なりければまづ かるくらにおか きて作次兵衛 ぬにたいめんじ さか木がはいだ の事わがこの えせつけ 佐次兵へふうふはことのよし近きくことごとにおどろき かなしみわれ〳〵四手におよべども子のなきをのみ うれひしにはからずめひをやしなふこと思ひかけなき さいはひ也その子のうへはともかくも引とりてやういく せん心やすく思ひ給へとねんごろにうけひきければ 与次郎入道大きによろこび五六日とうりうしてこし かたを物がたりむすめおしゆんをのこしとゞめて佐次兵衛 うつほにわかれをつけしよこくあんぎやにいでにけり ○こゝにまたゐ地川西右衛門が女ばうおこんは先ねん をつとあくゑもんつみありて京都へひかれしのちその あんひをとはん為にむらをさ与次郎に二十両のうふ りそよくをこびうけはる〳〵みやこへのぼりしに あくゑもんははや五きないをつひほうせられ しときこへてそのゆくへさだかならずたの む木のもとにあめもるこゝちしてしるべの かたに月日をおくり身のかたつきを もとめしにくわんれいけのもくだいに 三百くわんをれうする人ちかごろほん さい死きよし給ひて五才の男子あり八八 いへのことをまかなひてぬひはりをよく あくてめねはりをよく するをな子あらばめしかゝへんといはるゝあり ゆきて見給へとなかたちするものありけれは おこんはよろこびその人にともなはれやがてめ見へ におもむきしにすみやかにしゆびとゝのひそのいへの しんめうになりにけりしかるにこのいへのあるじは 先ねん悪右衛門をからめとつてとふこへひかせし者の 田の庄司也その子でん兵へこのときはなをでん太郎と よばれて五才なりきしかれどもしの田の庄司は よばれて五才なりきしかれどもしの田の庄司は しんめうおこんをあぐゑもんがつまなりしとしらざ れば女もをのねさめさみしきまゝとこのあげおろし させしよりちやうあい大かたならずおこんはいちに このやのあるじはわがをつとをからめとりし人なりと ゑるといへども今さらうらむべくもあらず もとよりをことこをたらすことにいともさかじき をなごなれば庄司はます〳〵これをあいして此 ほんさいにしてけれはおこんは家内のけんをえてし いふくかみのかざりにおごりをきはめおのが まゝにふるまひつゝはや十よねんを おくりけり庄 しちしよは孫子がかんし えうじやそのほかは ぎしよなれどもそらんじて おくにしくはないせいだしやれ〳〵 七書 第一そんし 大津波の いやざいや おにばなが てきました おくさまへ さつきか こまものやも るほうざ 十まん里 月日にせきもりあらざれば 与次郎がむすめおゑゆんはをぢ 佐賀夫にやしなはれしより はやくも十よねんをへてことし 十五にぞなりにけるしかり に佐次兵へがつまうつほは としごろぢびやうのつかえに くるしみ今より三かねん いぜんに世ほさやうしがこれ よりしんせうおとろへて おもてゑやく屋も心にまか せすかすけさうらなに うつりすみてやうやくその日 をおくるにもおしゆんはことに 孝しんふかくうまれえたる はなのすがたをけはひかざ らんとすることもなくにやき のわざにやつれはてとおや ……… 〽そんなら まで はゝさまい さか日よはつてひどうのをさいで □れから□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ くつけといくれし □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ のことの とさま きけが きくほと なつからい 子といかせぎにおくるほどに 但 ある日佐次兵へはおしゆんを まねきちかづけて今までは つけざりしおん身がまことの 母さか木はわが為にいもとなりしが 心たてならきりやうならこの かまくらにもまれなるむすめ そだてあげたをじまんして 与次郎どのに見せたいはいやい 与次郎どのに見せたいはいやい さるにかはりて命をおとし又おんみが ち舟次郎はいんくわのとう理をさとり つゝしゆつけあんきやの身となりてゆく へもさためずたちいてしはおんみが三ツの ときなりしそのをりわすれて のこしおきたる与次郎があふぎあり これ見給へとてとりいだくそのまゝ▼ ▼おしゆんにわたすにぞおしゆんは かなしさやるかたなくうちひらきて かなしさやるかたなくうちひらきて 是を見れは〽こひしとてたづねずも あれすばなしてわかれしとりのあとの しらくもいつしゆのうたをかきたりけるこれば まことのちゝうへのふでのあとかとばかりに 又今さらにあぢきなき身をしるあめのそで たもとしぼりかねつゝなきしづむ かくておしゆんはちゝ母のすぎこしかたをきくにつけ いとゞなげきのかずそひてかはかぬそでのなみだ川 おちせとかはる今のおやのふゑあはせさへ身ひとつに なぐさめかねておもふやうはゝごの事はいかばかり うちなげくともいまは世になき人ならばいかにせん ちゝいつたんしゆつ事 ちゝはいつたんしゆつけしてしよこく あんぎやにいで給ふともながらへてだに をはしなばたづねてあはれぬことはあらじ やしなひおやもまことはをぢ也ことさら しんせうおとろへてほそき左 けふりもたえ〳〵なるに たのもしきしんるいもなし まことのちにめぐりあひ ふたりのおやたちともかくも ちからをあはせ給ひなは 〽よめいりすがたの のつしりと のつしり〳〵 のつしりと 又なりいづることあらんと 思ひつめつくより〳〵に おや佐次兵へにうち なげ候は佐頭兵へも 今にはじめぬ そのこうしんにかん もとでもつき たればながく この地に をりがたし るいをとめかねすでに われも又 せたひをたゝみ ごじきをしつゝも与次郎法師が ありかをたづねてめぐりあはせん 〽そこらでひよりを 見てたもれ ことは 心つよく思ひ給へといふにおしゆんはよろこびて おやかたしのび〳〵にたんかうしつひにぞの つぎのとし佐次兵へはう里のこしたる 家財をゑろなしておしゆんをともなひ まづみやこをこゝろざして のぼりしが すでに ろよう つきたれは つきたれば しばらく ふかくさの ほとりに あしを ▼とゞめて かすかなるいへを かりさて何をして うへをしの がんとて おやとふたび だんかうするに はじめ佐次兵衛が かまくらはまんの とりゐまへにてやうじを あきなひしときみせの あきなひしときみせの かんばんにしたるさるのにん ぎやうは佐次兵衛がおやもとの 佐頭兵へが手づからつくりなくつぎ たるものなるに今はいたくふるびしかばうるとも これをばたびごりのそこにおさめてみぬこまでも もてのぼりしがこれよりほかに世わたりのもとでか つかはせ佐次兵へはやぶれたいこをうちならしつゝ おやこ日ごとにらくちうに入りて人のかどにたち 一せん二せんの手のうちにやうやくその日を おくるにも佐次兵へは衛次郎ににたるしゆつけの ありもやするとゆきゝの人にも心をつけ おしゆんは又きよみづでらのくわんおんはさら也 らくちうらくぐわいの神社ぶつかくにきぐわんを かけまことのちゝにあはせ給へといのらざる 日もなかりけりしるにある日らくぐわいの あふれものいちごのへび八野しよみつゝ蔵 うどくだみくさ六なンどよばるゝやつばら おしゆんがそでごひするにはにげなく としは二八ばかりにしてきりやうの 世にすぐれたるを見てつけまはし しゆじやかのゝほとりにて佐次兵へに けんくわをしかけむたいにちやう ちやくしてはんき半せうにうち 〽たぶしおどろきなげくおしゆんを たふしおとろきなげ〳〵おしゆく とがへて手ごみにせんと かふ人もなしさればとてうちすてんはいとをしさに するところへしの田の 庄司がふだいのしもべに よか平といふわかもの しゆうのつるひに さるかたへおもむき かへるさこのところへ 平 〽よはみへつけこむがんたうめら てごみにするきかあかんべい うぬらがいのちはねぐさつて あぶなく見ゆるかさのだい とばしてやつたらよかんべい すべきものもあらねばおしゆんにかのさるのほんぎやうを 佐次兵へもろ共手をあはせ命のおやと ふしおがめはよか平これをあはれをあはれをあはれ ふところよりぜに二百もんとりいた しておゑゆんにとらせろうじんを かいほうしてはやくえゆくしよへ かへるべしと いひさとし みちを いそぎて はせ わせ さりける 来かりてもとより しる人ならねども ことのていたらくを 見るにたへかね三人の 〽おれじやア ねへに あたゝみ わるものらをなだめてその 場をすまさんとあつかふに わるもいらは大きにいかりて手に〳〵 こぶしをひらめしてよか平に うつてかゝればよか平も亦大きに いかりて多せいをあひねに ちつともひるまずくまんと ちつともひるまずくまん するを引はづゝ 右になげのけ 一席へけたふし 一おきんとするを てふみにしる さそくの はや わき 〳〵に 此なふ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ あらざれば とゝさま きをたしか わるものらは くものこを くださん せいなし ちらすがことく ちらすがことく にげうせたりおしゆんは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おもひかけなくもよか 事にすくはれて 十郎右衛門 〽しぬことじやない きづかひすな わがみい どこも いたみは せぬ かや ○このときしの田庄司が 一子でん太郎はとし すでに十八九才の わかうとなるが きよねんげんぶら して名をでん衣の あらため武ぢいを はげみぶんがくを こゝろがりたぐひすれは なるびなんなさるほ よか平はその日かしき 六十へりしがしゆう〳〵 ながらでん兵へというも そだちしことなれば ごとも心をおかずかふし こと御心をおかすがふし しゆじやが野にての一つ ていたらく さるまはし おやこを すくひたる おもむきを ものがたるにでん兵へも 日ごろまどしたを とほりたるさるまはしの むすめがことはしら ざるにあらざれば 四五日をへてでん兵へはより平を 往につれいなり山へまゐり しにになにふりそぐ むらさめにあまくを もたせざりしかばふかくさの ほとりなるくさのやののさに立よりて しばらくはれまをまつほどに このいへにむすめありこれすなはち おしゆんなりよる平を見てはしり出 さきの日なん義をすくはれしよろ こびをのべちやをすゝめてこなたへ 入らせ給へといふにでん兵へも このところはかのざるまはしの しゆくしよなりとしりて うちには入らずよか平はしゆじ 供なるよしをことわりてでん参に うちむかひそれがしはおんやしきへ はせかくりてあまぐをもて まゐるべしといひあへず ことにふびんに思ひけるかくて そがまゝにはせさりぬ おしゆんはてんみへを よか平がしゆじん なりときゝしより 大かたならず もてなして しばしなり ともこなたへ いりていこはせ 給へとねん ころにいは るゝに いなみ るゝに かたくやう やくに内に 入りてさきの 日しゆじやか 野のさいなんをし とひなぐ さめびやう 婦の内にふしたる人は ぞなたのおや人にやと とへはおしゆんはおつるなみだを ぬぐひのたまふごとくふしたるは さきにわるものらにちやうちやく せられしおや佐次兵へとまうすもの也 そのときのうち身によりてこしさへたゝず といひあへずふたゝびなみだをおしぬぐへば でん交きとてたんそくしかゝるわびすまひには おやのりやうぢもとゞきかねんわれ〽つぎへ 異 まうすけふの ほゐなさとの すゑながらおみ すてなう女つこ よいやうに おとりなしを たのみ ますぞ 〽ゑくれふる いなりの山の もうぢばは 〽あをかりし よりおもひ そめてき 〽えんもあらば 又かさねて 〽おさむらひ 〽おしめん ざらば 〽そこらにちやう ぢよさいは ござらぬ サア わかたんと □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ます みちを おいそき なされ ませ そなたのもやうを 見るによしあるもめく おちぶれてそでこひを するにやあらんいかなる 人そきかまほしと ふたゝびとはるゝ ことのはもいと たのもしく きこえしかは おしゆんはつゝ むにつゝみかねて やどりなのり やう父佐次兵衛へ ふうふが事 ふうふが事 あひしはつきせぬ 御えんいやひかけなき わがみまとの おやの事はじめをはりを 物がたればでん兵へきゝて さいはひなりと よろこぶおやこが こしかたのなが物 うちおどろきさてはとしごろ わがちゝの物がたりにつたへきく そなたはさよの 時うつり 山の を あい この 与次郎が むすめ なりしめ われはその むかしげんめいに 〽こつじき をんなに うちこんで よつてかの地に おもむきてしろの さるのかはをもとめし しの田の庄司が一子 でん兵へなりちゝの 庄司はばいしんなれ どもえがたきさるの かはをしも奉りたる こうによりてむろ町 せうぐんのおんめとほりを ゆるされしにいかなれば ゆるされしにいかなれば 与次郎はそのさるゆゑに 大それた ふみのとりやり あんまりあきれて ものがいはれぬ はいなふ 在 せんぞをけがせ 〽せんぞをけがす ふゑよぞんもの てうちにせんも かたしか かたなのげがれ かんだうじや さでて つまをころしその みもつひにしゆつ けしてひとりの むすめはかくまでに かんなんるらう せしことそふびん しごくとばかりに しきりにらくるい したりけり佐頭兵へは ふしどの内にてことの よしをもれきゝて びやうぶかいやりはひ出て さてはあなたはきゝ およびししの田のわか だんなでおはしませしか われ〳〵おやこがたびねの かんなんさきには思ひうけなくも御けらいしゆにすくはれて 今又はからずわかだんなまでこのあばら屋にあま わしいわけを 御そんじないゆゑ おやだんなの よか平はあまぐをたづさへ よる平はあまぐをたづさへ しゆくしよより来にければ でん兵へはもちあはせしかね 三両をとり出して佐次兵へに とらせつひ此わかれてたち出 しがみちすがらおしゆんおや 子が事をよか平に物がたり 折もあらばわがちにかれら が事をつげ申てとりたて とけさせんといひつゝもこのころ 庄司はしゆう用に しいとまなければいまだ そのたよりをえずひそ わけこさ かによか平をふかくさへ 〽これにはつかはして佐次兵へが あんひをとばせその 身もをり〳〵いなり れとまう おくれし このみの 山まうでにかこ つけてそのいへに たちよりかれつう おやこをとひなぐさ むるほどにおしゆんは でん兵へが大かたならぬ ゑんせづをよにたの もしく思ひしかは こゝろのうちにこれを したひてん兵へは又 おしゆんがなしん かんずるのは かんするのは かゝるをなこをして 人まにはすべき ものこ 思ひおもしす □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□ おしゆんはひそかにふみをおくりてでん兵へがあんひを とへばでん兵へも又ひまをうかゞひふかくさへでかよひ給 かゝりしほどにまゝはゝおこんはふかくさへぞかよひけ もがせきほどにまゝはゝおこんはとしごろでん爰を いふせきものに思ひしかどもかれにつゆばかりも あやまちなけれはいひたつべきこれにつゆばかりも あまちなけれはいひたつべきよしもなくてさあら ていにうちすぎしがいかにしてかふかふかふからぬ ていにうちすぎしがいかにしてかふかくさかよひの事を きゝいだしてひそかによろこび でん兵へうたしゆつをうかごひ かれがちやうどのそこを 大小うはぎをはぎとらせそがまゝに ぢにいたしけりでん兵へはおしゆんがことを ちにつけんと思ひつゝ今さらにいひわけ するともと思ひつみうさらにいひきらの するとも聞いれらるへきことならねば 身のあやまちをくひ なげきちゝのいかりの おさまるのいかりの おさまるのちに● さがしておしゆんがふみを うばひとりさて庄司に さゝやきけるはでん兵へ 〽このころく やみあて 一義理ある子 なればこの 事はわらはが為に としまつ大 せつにもり そだて しに いかに せん かれは ちかごろ ふかくさ なる さる まは しの をな 千にうち こみて人きゝも はゞからず金せんを 又れいのあくしんを おこしつゝあるよらくちうちう うかゞひあるきてさるべきいへに しのびいりしがはからずも此ところは しの田の庄司がやしきにてしかも一子 でん兵へがかんだうせられしそのよの ことなり下女しもべはよく ことなり下女しもべはよく ●かさねてわびんと 思ひかへしてしばらく ひかへしてしばらく しゆくしよをてしはらく しゆくしよをたちさりけり 〇こゝに又ゐぢ川悪右衛門は十よ ねんいぜん京都へひかれてのち ついほうせられしかばふるさとへも かへることかなはずなにはのかたに かくれすみてあまたのとしをおく りろゝよからぬわざをことゝして ところをもさだめずちかごろは ふしみのさとにうつりすみて あふれものよしらこと なりぬしかるにこの ごろかけにまけて でになき まに もちはこぶことおん身は しろしめされずやこれ みせしかば庄司は大きにおどろき いかりてかのさるまはしの 見給へとたきつけてくだんのふみを をな子の事はわれも 日ころ見しつたり こつじきをんなに なれしたしみていへを けがすにんひにんこの まゝにはさしおきがたし このふみのとりつき せしは何ものなるぞしり 〽おこんぬす人をとら えんとして思はず もとのをとこあくゑもんに ものへるやととへばおこんは あふ 小ひざをよせよか平こそ そのふみのとりつぎをして はべるなれといふに庄司はますく いかりてかれはふだいのしもべなるに よからぬとりもちしつることわがに ひとしぎちくせう也両人ともにゆるし がたしと小ひざをたひていきどほれは おこんはしばしとおししづめよる平をも ねふりたりけるが此ときおこんは かはやへゆくとてひとりおきいでたるであひ がしらろうかつたひのくらまぎれぬす 人入りぬと思ひしかばうかゞひまつてうしろ よりかたなの小しりをしかとゝるとられて きよつとしながらも身をひねつてふり はらふめさきへつきだすてしよくの ひかりすかさすはたと もろともにおひいだし給ひなばかれら 両人こゝろをあはせていかなることをか しいださんさるときはでん兵へにうへつて たすけをそゆるなりかやう〳〵にし給は すやとみゝにくちびるさしよすれば 庄司きてうちうなづきまづでん毛のみ よびよせてまなこをいからしこゑをあらう こつじきをんなにこひせしふ義ものきつて すつる女つなれどもそれもやいばのけがれ かんだうぞ見てうせうと出しゆんがふみをなげつけて▼こは〳〵いかにとばかりにひれしころあとをつたし うちおとしひらりと ぬいて打よくるしらはの したをかいくゞるをなをも うたんとふりあぐるやいばの ひかりもろともにそらにも けさし入かればたがひにおもてを 見あはしてそちは女ばうおこん はり雨後の月まどよりくまなく 一〇しばしあきるゝ しばしあきるゝ にばかり也そのときく悪 ゑもんはやいばをおさ めてこゑをひそめわか より十よねんさよのなか山に とのみ思ひしにこよひはる らずみやこにてめぐりあひ しはつきせぬきえんそうたはどう して此こところにととへはおこんと かすゝみよりおんみがみやこへ したふてはる〴〵とのぼりてきけばついほう せられてさらにゆくへもしれずといふよるべ なきみのせんかたなく一したびこのやにみや つえあるじのをとこに思はれて心にそま ぬそひぶしのとしをかさねてほんさいになほ されてもなほうらめしき今のをとこは むかしおん身をからめとりししの田の 左司やすみち也はじめはそれとしら さりしくほしく思へど今さらにと いはせもあへずまなこをいからし さてはとしごろうらみあるしの田が つまになつたるよなわかれてとしは へたれどもまさしくさつた女ばう なられば庄用めはまをとこ也ゆす りかけたらするしりと大かねになること なれども日かげものゝわれなればきやつを あひて小ろんもえならずしよせんおん身手 ひきせよぜにかねをかきざらひてつれてのけばそんもなしそれ一 ともえりにつく気ならふ義はたらいたはらいせにおしかさねて ばらしてゑまふしあんきはめてへんたうせよといはれて おごんはなみだぐみおんみがゆくへしれねばこそ思はぬ人にそひも すれ心かはらぬせうこには手ひきするまでもなしかぎは わらはがあづかれば玉ぎん一ツもとりおとさずおんみにわたすはいよ やすしつきてのいてくださんせといへばうなづくあくゑもんとく〳〵ぬすめと せきたつればたちあがらんとする折からいつのほどにかおきいでと やうすをうかゞふしの田の庄司くせものどもうごくなとからかみ さつとおしひとけはふたりはともにおどろきながらのがれぬ所と悪者は だんひら引ぬきうつてかゝれば庄司もかたなぬきあはせはつし〳〵と たゝかふところをおこんはゑごきをなげかけて 庄司があしを引ためせばえたりやおふと悪右衛門 たゞみよけてぞきりふせける 〽おこんは 庄司が □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ たち しこきを なげかけ にからませ 庄司を 引たふ あくゑもん 本家 早川 文政庚辰 正月新刻 早川甚太郎 3册 将軍 下編 文政三庚辰 春新絵草紙 全部六冊 通り油町鶴屋喜右衛門梓行 馬琴作 江戸名物 永春吉例 うちものがたり お旬殿兵衛仇討物語 ひき 信田妖手白猿牽 豊国画仙鶴堂寿梓 庵はつひに悪右衛門にきりふせられあはや 同十一日 とゞめをさゝれんとするほどに家内のなんによ おどろきさめてすはぞくあゞみとよばはりつ みなそのところへはせ来るにぞ悪右衛門は心あは ててものをうばひとるにいとまなくそのまゝおこん こともなふてうらぐちよりでにけさりける ○これよりさきによか平は庄司がほとりに人なき 折をうかゞひてん兵へがはからずもおしゆんに なれそめたることのおもむき又かのおしゆんは ゑんしうきく川の村をさあいごの与次郎がむすめ なること又かのごくやの佐次兵衛が事かれらおや 子がふしあはせなるはじめをはりかつ又 おしゆんが大かたならぬ孝しんのよしをつげて かれらは元トよりこつじきのたぐひにあらず ねがはくはわるだんなをよびかへしかん だうをゆるさせ給へとひたすらに わびにければ庄司きゝてこうくわいし さてはかのをんなはあいごの与次郎が むすめにてありけるかむかしわれ 女〽でん兵へかおそかつた とゞめをさゝれんとすかほどに家内のなんによかたれはゐぢ川照右ち門 かたきはゐぢ川悪右衛門 おこんもちが おこんもちゝが あたなるぞ てしろのさるのかはをたてまつり むろまちどのゝ御かんにあづかり 奉りしもかの与次郎がはたらきに よれりしかれば今そのむすめの おしゆんとやらんがおちぶれたるを おしゆんと女らんかおちぶれたるを すくはずはあるべからずよしやわが いへのよめにするともよれがおや与次郎は あいごのわかの子孫なりといへばきらふ べきものにあらずかゝりせば でん兵へがなとてわれには つげさりしまことにわかげのおこたりならん〽つぎへ てしろ しよを わかたんなで ござります よか平めも 〽いま一ト はやくんは かるうらみは あるまいものを 思へば〳〵ざんねんな ことかろこびてとるものもとりあへすそのたそがれにしゆくししを出て ひたすゝにはしりつゝ三里ばかりにしてでん兵へにおひつきよんだうの わびそく雲にかなひてむかひに来つるよしをつゞるにでん兵へ よろこび大かたならずそのよみちよりとつてかへしよる平 もろともろぢをいすぎてそのよりとつてかへしよか正 もろともろぢをいそぎてそのあかつきのころほひに しゆう〴〵やしきに立かへれば家内わくがごとくそう どうし庄司はするじよのふかでをおふてちしほにまみ れてたふれふしたりこは〳〵いかにとばかりにおどろさかな しむでん兵へよか平さゆうよりたすけおこして さま〴〵にかいほうしまづそのかたきのなをとへば 庄司はくるしきいきをつきあたはわがせんねん ゑんしうよりからめ来てしる〳〵にとりおこなひ ゐぢかはあくゑもんとおこんなりたれかはかし らんおこんめはあくゑもんが女ばうなりき そのゆへはかやう〳〵とかれら両人こよひ はからずさいくわいせしあくじのみつ 義をときしらせわれ思はずも 〽おこんにあしをすくはれてかく までふかでをおふたれば今一とき うちてわれにたむけよといひ あへずそのまゝいきはたえに とはながらへがたしなんぢふたりのかたきを けりでん兵へはきくことの ことくでん矢をおつかけてともなひまゐるべしといふによる平大きに どのじやきのせへか えりもとが ぞは〳〵と するやうな 〽どうやらあやしいみこ 〽かみは正 うべにやとるぢひ ふかい人と見てたのみ たいことかあるはい ごとに むねんの なみだ せきあへず むねを打て なげさしが かくてある べきにあらねば ちゝのなきからを のべおくりしてしゆ くんくわんれいまさりと あそんにねがひ奉りかたき あそんにねがひ奉りかたき うちのめんきよをどんてめし つかふしもぐにはいとまをつかはし いさゝかきゝたることこればより 平民一人をめしつれてつめわの かたへとておもむく日ふかくさのさと なる佐次兵へがしゆくしよへ六よりて ことのおもむきをつげしらせそのまり なにはへおもむきけり なにはへおもむきけり ○このとき佐次兵へはうちみのなやみは 〽すでにまつたくのえたるがつく〳〵と思ふやうに われ〳〵おやこはでん参どのに大おんをうけたるもの ふたりにひとりはかたきうちの供すべきはつろれ どもいかにせんわれはとしよこそさやうのすくくくせん てしろ にはたゝすおしゆんはもとよりをなごのこと也 わかれし日より そなたのことを おもひやりて なくよりほに なくよりほかに わざもなしせめて かの人の為にかみ がみにきぐわんをい かけあゆみを はこびていのりなば しゆびよくかた きをうち給ふ ことなからす やとしあんして わがやどちかくしづまり ましまずいなり山の やしろへにつさんして百度 一まゐりをする程にあるへ 日の夕くれにやしろの すぎの木だちのうちに うへにはちはやをきて てにすでをもつたるをんな たゝずみゐて佐次参を さしまねきおん身は 正ぢきにしてぢひ ふかき人なればいち 御役所 同一つそ□やう だいじをつけてたのみたきことありこゝより ほどとほからぬふしみのもゝ山のほとりに かやう〳〵のあらをとこありこのものとし ごとにむこ山に入りてさるの子をとり 三十三日 五百 〽さるれき れきへ五十 夫でうる やくそくは 〽いはしざるいつひきを 五十両とはめつさうな わしはちとわけあつて そのさるがしよもう なれどねだんにおそ れて物がいはれぬ ぐつとまけては くださる まいか げいをしつけてうることその かずをしらずされば そのおやさるとしごとに 子をとられてかなしを さけぶこと大かたならず ちかころ又子を こなさんかねの くめんができる 一とられたるおやさる かなしみのあまりはる〳〵としたひ来て当山にこもり いなり大明神になげきうつたへ奉りたりしけれども ぼんぶさかんなれば神もたゝりがたしよりてみづからを もてゑんちよくをおんみにつげさせ給ふもの也おんこ いかにもしてその人にかのさるの子をこひとりて 思つげ金三 十両のかねを むこ山へはなせかししからばそのくどくによりて ねんぐわんたちまちにぜうじゆせんよしや ねんぐわんたちまちにぜうじゆせんよしやむりなる かねさいかくしてかの人におくるともかねはほどなく かへるべしわれは当社の白狐なりゆめ〳〵うたがふこと さいかくすべき心あては なけれどもかのさるの 子をすくひとらばねんぐわんぜう なかれといふかとおもへばくさむらのうちへかくれて うせにけり佐次交きゐの思ひしていそぎしゆてしよに たちかへりおしゆんにことのよしをつげてつぎの日もゝ 山のほとりにいたりてくだんの人をたづぬるにやうやくに 山のほとりにいたりてくだんの人をたづぬるにやうやくに してたづねあてあんないして入りて見るにはたして 大おとこゐかつりのほとりにいつひきの小さるをいだきゐたり 佐次兵へさてはしむにゑとくしさるをしよもうのよしを いふにあるじのおとこをしみてあたへずこれはげいをしこみ しゆへ大かねになかしろもの也五十両ならばうらんといふ 佐次兵へおどろきて金十両よりつけあげてやうやく三十両 にて手をうたせ明日今まぢさんせんことやくそくしてさが にて手をうたせ明日今字ぢさんせんとやくそくしてわが やへ立かへるみちすがらさま〴〵に意あんするに三十両は 充立えがみちすがらにま〳〵にゑあんするに三十両はおんあるをここの丸交ればそれいとんあ さておきて三両のくめんもいできずさりとてやむべきこ ならねばやがでしゆくしよへ立かへりてお覚ゆんにことのよしを じゆうたがひなしとつげさせ給ふ しやうたかひなしとつけさせ給ふ しんちよくありそれのみならずねん いれてむりなる金をさいかくするともそのかねは いくほどなくもとへかへらんとつげさせ給へばこゝに一ツの さうだんありかりにおんみをしめしもくまちのくる わへくらば五十両はたやすくてどらんまづれ金く 三十両をうけとりてかの小ざかをかひとりむこ 山へはなちつかはさばかねはかならでかへつべしその かねをもつておんみをかひもどさんにいまたあら かねをうけとらねば身をもけがさすその まゝにかへされんことうたがひなしゑばしくるゆへ ゆきてたべといふにおしゆんはまやをひそん おんあるをとこの為なればそれいとふふ あらねどもつら〳〵ものをあんずるに あるべきことゝも思はれずのきつやつき などにたぶらかされ給ひしにははべらすやと いはせもあへずかうべをふりもつたいなきこといふ 人かなかみのをしえをとやかくとなほうたがはゞ たゝりにあはんそれともおんみはでん立へどのゝ事 おもはずやとたしなむればおゑゆんも今はいなみ がたくてともかくもといらへしかば誰頃爰よろこびてしゆもく まちにおもむきくるさのていしゆ方兵へといふものをともなひ来て おゑゆんが身のしろ五十両の内三十両をうげとりかりせうもんな わたせしかば才兵へはようゐのかごへなげくおしゆんを かきのせてくるわをさしていそがすれば佐次兵へは いそがはしくもゝ山へおもむきてかの大をとこに かねをわたしかうやく小さるをかひとりて まづしゆくしよへぞかへりける ○さるほどにおしゆんはかごにかきのせられ におしゆんはかごにかきのせられ なく〳〵くるわへおもむくほどに なには津にりよしゆくを 〽いたみ入たるみのしろきん アイマヽたしかにうけどり あのこをば あのこをば かへします〳〵 さだめしでん毛がふみをもて むかふより来るよか平は くだんのかごにはたとゆきあひへ 思はず内をさしのぞけば おしゆんもめばやく それとみて四 〽ひとり ならずふたり へこゝで をんな 引かへに 三十両とつたらそつちも しかんべいそれともこの 子をくるわまで をくるわまで つれてゆくきか あかしがい あかんべい テモよいところへよる平どの とはいふものゝどれがどれから 一同壱丁目 蒲田県隆盛 トントがてんが ゆかぬ ばいなァ どうして おれ おれが しやつらに やつてが 〽おしゆんかごの なうよか でん走が 平どのよい所へ ようまあ来て ふみを見る くださんしたといふによか平 のみこまずまづそのかごを 十五 〽おしとゞめておしゆんにことの □□□□□□□ よしをきゝそれはまつたく佐次兵へとのがもがりに かたられたかなるべし内金の三十両をわたした ともぬしあるをんなくるわへはやることならぬ あとへもどせとさゝゆればこはろうぜき也 おや刻のせうもんが物をいふさまたけ すなとあらそふ才是あれ引のけよと しいらだては心得たりとかごかきがてんでに いきつゑひらめかし打てかゝればよか平は もの〳〵しやとひつはづしみたりをあひてに 打あふ折から又一人のより平がこつぜんとはしり 来てよか平にちからをあはせかごかきどもを ふみたふしてくまんとちるよる才葉がむね人さいなを しなん みたとなげつけソレ内金の三十両文してしまへばいひぶんづぎへ あかまいねがたをかへせと 引たへりすん〳〵に引さき すつればそのいきほひに へきゑきせし才兵へらは みのころをとりかへせしを かちにしてかねおしいたゞき にげてゆくあとより来つる よか平もかたちはきえて なかりけり ○かくて又ゐぢ川悪君 もんはそのよさりしの 雷の庄司を切たふし おこんをともなひてもゝ 山のかくれがににげかへりしが たこゝへ立のかんにもろよう なければいかに せんとおもふ折 〽ふかくさの誰従夫 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 千五百七十二日 うせうでな 金をかへせと のゝしりてうたん としたる折しも あれひとりの たびそう 来かりて 悪右衛門が ふりあげ こぶしを しかと とりと むるを さまたげ すなと ふりかへりかほ 見等はせしかさの内 そちはあいごの与次郎 ならずや 〽いけつふて どうずりめさつき うぬがかへつた ときにかねが につさん するよしをつぐる ものありさらばかれを なくなつたれば うたがはしい ふところ あけて たばかりてろようにせんともくろむに いぬるころ手したのわるものらがいづくにてか とゝへ来たりし小さるいつひきありければ これさいはひとむなだくみしておこんに はかりことをいひふくめたばかりて 佐次兵へに小さるを三十両にうりわた せしに佐次兵へがかへるとそのまゝそのかね たちまちふんじつしていかにたづぬれども 見えざりけれはさてはかのおいぼれめわたせし かねをいつのまにかうばひとつてかへりしならんとほくは ゆかじおつかけてめにものみせんといらだちつゝしりひつから げておふほどにふしみ川のほとりにて佐次兵へがさるを いだきてはるかにゆくを見てけれはゐだてんばしりに ちかつきてえりかみづかんで引たふしいけどろぼうめ 三十両わたすとみせてはらひなしにさるをもめして だしやァがれ むたい コリヤ する まさいふわぬしは鬼を門これはと ばかりあくゑもんびつくりはいもうん しばしもたまらずあとを くらましにげうせたくんつめ 思ひがけなくたえてひさしき 与次郎法師にきうなんを すくはれてよろこびなみにつき せきあへずおしゆんがことわがみの事そのもと すゑを物かたれは与次郎法師もなみだを ぬぐひそれがしこの十ねんあまり六十にしうと ぬぐひそれがしこの十ねんあまり六十よしうを へめくりてことしはかまくらへおもむかんと思ひ まづみやとぢにおもむきて はからずおん身にあふことの よろこばしさよとうちなきて 相ともなはれてふかくさなる あともなはれてふかくさない 佐次兵衛がゑゆくし上に いたれば思ひかけなく よか平はおしゆんを おくり来てとちうの きだんを物がたり それがしににたる やつこがみのしろきん 〽おしゆん 大きう 三十両を才参に なつたなァ かへせしも又ひとつの ふしき也佐次兵へどのがはかられて かたりめにわたせしかねはかのやつこが とりかへせしかこれたゞことにはあるべから ずといふに人〳〵きやうたんせり なかにおしゆんはおもわすれせし ちゝときくより与きらがひざの ほとりにさしよりてなうなつ かしやおんみこそとゝさまにて をはするかおしゆんかまめで めでたいとなのりあふたる おやと子がいちどに よゝとなきしづむ し 〽よくまめでゐて くださりました おまへにあひたい ばつかりて このとし月の うきくろう 〽せつしやはなにはへはせかへり あくゑめんがかくれかを わかだんなにおしらせ まうさん 〽悪右衛門とはしらすして あくまでにたばかられすんでの事に おしゆんにはつとめ奉公させうとせし めんぼくしだいもごさりませぬ かくて与次郎法師は志の田の庄司がわう死のよしをさゝて打おどろき さやことはゑらで悪右衛門はそのまゝみのがしたりといふにより平はいとゞ むねんにえたへずさらに佐次兵へにあんないさせてもゝ山なるかたきの かくれがにおもむき悪太門をたづねけるにかれも又与次郎法師に 月とがめられてことのあらはれんことをおそれけんはやくもおこんを ともなふてあとをくらましにげらせしかばよる平は ちからおよはずまづでん兵へにつげんとてひとり なにはへおもむきけり ○さればおしゆんはをさなきよりあけ くれしたひしてゝおやにめぐりあふたる よろこびと又かなしみをとりませて とし月つもりし 物がたりに 三人そでをしぼ 一りつゝ与次郎法 十八 師は佐次兵衛が とゝごろおしゆんを やういくのおんを かんじておもはずも このところにつゑを とゞめて月日をぞ おくりけるしかるに佐須 兵へがあくゑもんに たばかられんとしつる とさかれが手よりかひ とりたかかの小さるは 人々によくなじみて すそにまつはりたもとに すがれば佐次兵衛もふびんに おもひてそのまゝに 〽与次郎法師しばらくとのかたに たゝすみてやうすをうがぶ 此ところのわけは つぎに見へたり 〽くわたくをいでて十よねん 思はずも今たちかへる いへはむかしのいへならねど かはらぬものは おやこのおんあい まださめ やらぬ ゆめの よじや なァ かひおくにぞ与次郎おゑゆんもさるといへばさすがにむかしを 思ひつゞけて作事なくちやうあいしたりける ○かゝりしほどにでん兵はかたき悪右衛門おこんらがふしみのほとりに かくれゐたるがはやくもにげうせたるよしをよか平がつげにければ ですぐしたるをこうくわいしてよか平もろともに又もゝ山におもむ きてそのゆくへをたづぬるにしれるものはなけれどもやまとぢへや はしりけんといつふばかりを心あてにならにおもむき五でうにおもむき● 二下よりしいせのかたへとてつかはし 一下よりしいせのかたへとてつかはし でん兵へはきのくにゝ ありかをしらずそれよりしゆう〴〵 おもむきて又をち たちわかれてよか平をば上へ 〽おや与次郎のかたみとてそなたの てからあづかりしあふぎによつて はからずも与次郎法師に なのりあひともなふて 来たはいのふ こちをへんれきし あるひこうやさんへ 一まゐりしに折しも □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ はつあきののごるあつさに たへかねてむめうの はしのほとりに やすらひこしよりあふぎをゑ〽半ねん ぬきいだしてうちあふぎてぞづれなければ ゐたりける折ふくひとりのたびそう ゐたりける折ふくひとりのたひそう これもそのほとりにやすみ ゐたるがかのあふぎを見て まゆをびそめそつじ ながらそのあふぎは 〽半ねんあまりおと れなかればあんじ くらした おまへの うたがふでは なけれども いづくにてもとめ給ひ しととふにでん夫も 亦いぶかりてこの あふぎはわかつま がてんが ゆかぬはい なァ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おやのかたみなり かれはをさなき ときおやに日かれて こひしたふこと申よねん こびしたることかよねん もし此あふきのうたによりて もし此あふきのうたによりて その人にあひ給はゞともなふて 給はれとてしばらくわれに あがけし也といへばたびそううちおど ろきそのおしゆんがおやはわれなり おん身は又いづくの人ぞと とびかへされてでん兵へは よろこびにたへずわがなを よろこひにたへすわかな なのり父左司が事おしゆん 佐次兵へがことを〽ひともしごろ つけわがしもべ ゆふつとめの より平が物 がたりにつたへ きゝしことあり おと きこ おんみはいぬるころ ふしみにて佐次兵衛が きなんをすくひ今なほ ふかくさにとうもう ふかくさにとうもう し給ふとこそ思ひしに にとやらんさうちせり 何とやらんさうゐせり こゝろえがたしといぶる れば与次郎去ほして いぶかりわれはこのとしごろ 六十よしうをくわいこくして かうやさしへは十たびまゐれど かうやさしは十たひまゐれと 権次兵へもおゑゆんにも あひしことはなしといふにでん兵へ ます〳〵うたがひしからば▼印へし 〽十二与次郎法師が 又ひとり来たとは とんとのみこめぬ めつたに内へいれまい ▼それがし どう〳〵 ふかくさの さとに いたりて おしやんらに あひ給へと わりなす めて相ともなひ すで小佐次夫が しゆくしよにいた りて赤坂御法師 ゑばらくしば がきのそと下に たゞす まつて たいめんしかうやさんにてはからずも与次郎法師に なのりもひすなはちともなひ来たりしよしを つゞれば子はふかくあやしみその与次郎法師には いぬるころめぐりあひて今すでにおくにゐます いぬるころめぐりあひて今すでにおくにゐまへ しかるに又その人のよそより来まさん ことはあらじさきにはふしみかいどうにて よか平どのがふたりになり才兵へに 身のしろをかへしたるすらあやしかりしに 今又こゝにふたりの与次郎いづれひと りはへんげのものかさらずはかげの わづらひならんこれにて思ひあは するに日ごろよりいぶかしきは さきに来ませし爾次郎法師は もくじきのきやうありとてこのみの ほかはたべ給はず又あくゑもんが手より はこもせずかくまであやしきことありと いふにでん兵へぬきあししてなん戸の 内をさしのぞけはすんぶんたがはぬ 与次郎法師もくぎよたゝきてかんきんの こゑもそのまゝよくにたりと はしりのいてとのかたを 見ればたゞずむ与次郎法師 いづれをそれとさだめかねて おしゆんもろとも佐次兵へも かれを見つ又これを見つ かひえたるかの小さるはこのみもくはず うたがひまよふてぼうぜんたり でん兵へしばらくしあんしてそとゝ 内とにふたりの与次郎いづれを いづれとわきがたけれどそのおもむきを 四すくひしさか木ど よか平どのにちからをあはせておしゆん とりもどし又ふしみにて佐次兵へどのが悪衣 もんにおひとめられうたれんとしたるとき 思ひつゝ身はえいざんにありなし りきはおしゆんどのゝかげ身にそめても はなれ十で佐次兵兵へどのが悪右衛門にかたられ 三十両の身のしろはしんつうをもつてとり 与次郎法師のすがたことへんじて そのきなんをすくひしが そのきなんをすくひしが おしゆん女郎の孝しんふかく おやをしたひしまことを かんじてしばらくこれを なぐさめんと思ふばかりにこの いへにとうりう 月日をかさ ねしがけふは まことの 与次郎 法師 この所へ もておすときはおくにをる法師しそもつとも こゝろえかたきもの也われらはしばしかくれゐて まづそのやうすをうかゝはん。といふにうなべく 佐次兵へ佐次兵衛 三人ひそ〳〵さゝ やきとでん夫は 与次郎法師とともに しば小屋に身をかくし 佐次兵へおしゆんはおくの まに入りてやうすを うがひけりしよぎやう うかゝひけりしよきやう むせうとつげわたる はや入あひのかねのねに もくきよのおとをゆづりつゝ こひしとて たつねすも きやうよみはてて只ひとり なん戸をいづる与次郎法師 ねふれる小さるをつく〴〵と見つゝしきりに たんそくしとし月つもりて そのせい入ればひぜうのものにも たましひそなはりもとのぬしに よることありいはんやいきとし いけるものいづれがおん義をかんぜ ざらんむかしさよのなか山にて さか木どのにたすけられづひにゑな のゝみやまにておしゆんどのを与次郎 もたれはしらに身をよせて ぬしにかへせしのちはあふみなるさかもと 山に立くり身は山王のつかはしめと なりほしかひはとし〳〵にしんつうを えたるにより身をころしてわがみを開て わかれ 鳥の あとの 〽せいしや すい 思へば ゆめの うきよ 来ませしにわれなほこゝにあるときは人のうた がひをときがたしむかしをいへばちきやうだい なごりはつきぬおしゆん女らせめて一トふでのこ さんとてすり引よせすみすりながしせうじへ しるすいつしゆのうたは与次郎法師がくちずさし みしみそひともじをそのまゝにこひしとて みしみそひともじをそのまゝにこひしとて たづねずもあれすはなしてわかれし とりのあとのしらせ言とかきをはりて ふでをさしおきふしたる小さるを うち見やりなんぢはもとこれひじやう のものわがしんつうによりてしばら くはいきてはたらくじざいを えたれどふたびせいをかへす ときはおいせず死なでいつま でもこのやにあらんうらやまし よしなげくともなごりはつきじ 人〳〵よもとのふるすへかへる也 さらば〳〵といひすてていでんと するをなうしばしとよびとめ あへずおしゆん佐次兵へしば小屋 よりは与次郎でん兵へおくとそとより 引とゞめんとするほどにあやむべしその人の すがたはきえてあともなく あたりにふしたる小さる よりは与次郎でん兵へおくとそとよりはしり出て まで手あしくづれし にんぎやうのかたちと なつてのこりける おしゆんはさらなり 人〳〵もけんるいをとゞめあへず さてはむかしのおん義をわす 今日 〽〽かくまでれいぶつのたすけあれば 姿 よひのあたうち うたがひなしいざ おともつかまつらん 〽むかしもかゝるためしあり唐の孫恰が つま表氏といふものはのちつひにさるとなりて山へ かへりしとつたへきゝそれにもましたる手し ろがせつき かんするに なほあま りあり れずてしろのさるがすがたをへんじて しば〳〵なん義をすくひしなり それのみならず佐次兵衛がわるものに こうろんをしかけられいたくちやう ちやくせられしときそのところにて ふんじつせしやうじ見せの かんばんなりしかのにん かんはんなりしかいにん 〽かゝるきどくも きやうのさるにまでたま しひ入りてのちつひにもとの はゝのおんちゝの しゆつけのくどくによる ぬしにかへりし事ふしぎと おやのめぐみにこのみの さいはひ思へば いふもあまりありまことに ものにむくひあることたとへばひゞきの □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ おうずるがことく与次郎は せんぞのあひせしさかを かなしう ござんする ころして つまを うし なひ さか木は 又その 小さるを あはれみて つひにいのちを おとしたるくどへに よつておゑゆんはそせいし せいちやうのゝち孝こう也 〽又にんぎやうにたましい 入りていける物にことなら ざりしは和かん今じやくに ためしありとかねてきけど 見るははじめて あゝきなるかな めうなる めうなる かな 〽無くに〴〵の れいさんれいちを おがみ奉りつまいさか よつ佐次兵へは心さまざかしから 木が為又うちとりし てしろのおやざるがほだいを ねどとくじつなりよつてはから でん兵へをむこがねにしたる事これとむらひ又そのむすめはしゆんが為にめう しかしながら与次郎がさんけほつしんして無ふくをいのりたる大くどくによる ものならんさればしの田の庄司がわう死せしは悪右衛門が つまとしらでおこんをほんさいにしたりけるその あやまちにおこるといへともこれもてしろの おやさるをうたせたるこうによつてりろしん したるたゝりにもやとかれを思ひ これをかんじて手しろになごりを おしむ折からやまとちにててん参に わかれたるよか平はいさみすゝんで はせ来たりわかだんなこれにおんわたか 候かそれがしきみにわかれしのちいせ をはりをへんれきし又なにはつをたづねんとて よんべばもりくちにいつしゆくせしにふしぎ なるゆゐを見たりくことへばかたき悪右衛門は てしたのわるものどもをともなひおこんを いざなひてもゝ山をにげさりせんしう さかひにかくれゐた るがそこにもひさ しくはとゞまること 〽いらざるおのれがかたきよばり かへりうちだかくごしや かなはず あふみの くわん おん寺山へ ゆかんとて こよひ ふしみかい どうを よぎる也 一二のはしにて うちとるべし でんすへはいま あいこの 与次郎が むすめ しゆん 今はしの 一田のてん つま しうとの かたき じんぜうに サア兵あがつ せうぶ 佐頭兵へがいへにありとく つげよとをしゆる人のありと 思へばゆめさめたりこれまさゆめと そんずれはとく〳〵うつたち給へかしと いふにでん兵へいさみたち身こしらへ してはせいづれはおしゆんも一トこし かけとつた おふたりながら 心ゑづかに うちとり給へ わきばさみよか平もろとも引そふて いちにのはしへおもむけばよはゐのこくに なりにけりさるほどにあくゑはんはさかいに しばらく身をひそめ又あふみなるくわんおんちの 城下へとこゝろざくおこんをともなひ手したの わるものへび八くさ六つく蔵らをしたがへて そのよゐなかのころほひにふしみかひどうに さしかゝればまちまうけたるでん兵へおしゆん なのりかけ〳〵きつてかゝれは悪右衛門は でん参にわたりあひおこんはおしゆんと 切むすび三人のわるものらはよか平に がつてんか さへぎられていづれもひまなく たゝかひしがでん兵へはたうのあた悪右衛門を きりふせたりおこんはこれにこゝろおくれて にげんとするをすきまもなくおしゆんが しよたちにうつてとり三人のわるものらは うたれにけりはげしかりけるたゝかひなり ○与次郎法師佐次兵衛も見えがくれに来にければみな そのところへあつまりてよろこぶこと大かたならずかくて でん兵へはよか平にかたきのくびをもたせてみやこへ はせのぼりちゝの庄司がはかにたむけてかたきうちの おもむきをしゆくんまさもとにうつたへ申せしかば せうびあつてほんれうをあておこなはれことの〽つぎへ よか平ひとりにきりたてられてまくらをならべて 〽なめらさんぼう なめくじに あふたやうなるへび八が さいごべは 小くさ おもむきやすな くずのはににたり とてやけないでん 兵へとぞあされける 豊田殿門田津原太夫 そのゝちでん交は 与次郎法師佐次兵衛をも よびむかへておいらくにやし なひつゝやしきのうらに ほこらをたてくてしろの さるを山王こんげんと▼ おしゆんをよびとりてこんいんをとゝのへ 〽でん兵へ 筆耕千形仲 かたきあくゑもんをうちとや ▼いはひまつりに ければ子孫あまた 20 いで来てそのいへながくはん ぜうしより平も武士に とりたてられてもろともにさかへけりそが 婦人ちの道しよびやうの 妙やく一包代百銅 家傅神女湯 精製奇応丸 大包代弐朱 中包代一匁五分 小包代五分 中包代一匁五分目付 婦人つぎ虫妙薬一包六十四文巻三十二文 もにさかへけりそがゝ 与次郎法師は さかもとに さかもとに たいいんし いつせうおこない すませしとぞ めでたかりける ことゞもなり 真方黒丸子區代五分 江戸元飯田町中坂下四方みそ左向迄 滝沢氏制衣 同家神田明神下同朋町東新道寺 芦苑神明前 いづみや内意 大坂心斎橋筋 かはちや太介 通油町 仙鶴堂板 おしゆん 伝兵衛 角力勝負附 信田妖手白猿牽全六冊 全一冊 曲亭馬琴作 一十返舎一九作 歌川豊国画 歌川国直画 大江山酒顛童子談全六冊 帰咲古郷錦全一冊 十返金一九作 歌川園直画 同断 ばんしうあだかちいなりのらいゆ 録目板新春及 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