代夜待白女辻占
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- 歌川國貞畫
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- 場所: 江戸
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- 日本語
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- 西村屋與八
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- ダイヤマチシロメノツジウラ
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- 東北大学
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
曲亭馬琴著
歌川国貞画
曲亭馬琴著全本六弓合巻三冊
戯謔すれども虚することなき勧善懲悪の捷径
代夜待白女辻占上冊
鑿穴工すれども有に似たり今昔光比の怪譚
歌川国貞画書林西村永寿堂梓
人に八字の生来あり。命に八位の東西あり。その吉凶に膿すれば。分を量るに。
ざることなく。貧富の際に感ずして。彼天命を樂むを。名づけて知合の達者といふ
衆人多くはこれを知かず。命吉なるは愚福にして。春志町なかつ毛の甲斐なら叩
凶なるも夢始酔終。役々として煩悩たえず。いにしへの人これを暁すに人の一期を恐るへ
金
譬し。枕中記の一篇あり。又槐安の一紀事ありて。窮達栄枯得失の理を以て
ことの精妙なれども。読ぬどちには蝴蝶も華胥も迂遠しと一足宛に推くだ
したる這冊子は正月二日の初夢にも大晦日に假寐の久松などが夢にだも
見せぬ作意の魂膽を。邯鄲にせし悟道の捷径などゝは野幕を助兼命
趣向は婆娑婆羅婆広演わろい夢をば昨といふ。御託をはく演獲物の到底は
大笑ひ。宝船ではなけれども春の睡の目覚しに。今茲もかはかず戯は。あれば。
文政十二年庚寅春正月吉日新版曲亭馬琴識三
栄華
十月代夜待
つぢうかのしろめ
辻占白女
千世と
いふ
春の
タン
くれ
□□□□□□□
来て
見れば
いりあひ
入相のかねに
花娘ぞ咲く
一八九
媒妙
ゑくわや
栄華屋
夢助
代定寺
新婦玉枕姫
一月廿一日
夜も
費長山の粟飯姫
あけ婆
獏に
食
なん
わが
おもふ
使
に
那田屋
盧五郎
別れて
歎き
せし
夢
冬日
黒暗国の
黒暗女
代夜寺
歌種三位
ぎめたかけう
覚高卿
媒妁
根手松屋
果報次第
啼くり返す
外に
さかなは
なま酔の
あとをつけたる
三輪の
小うたひ
図
引越女房白川
「それ「といふあら」といふ
こき
ま
せて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
美女夜船
鄲田屋
生作
咲く
をとこべし
をみな
べし
に月ひは
ひとつ
ものかためのほつたんじ
やしきものかたりのほつたん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
又いつれのおんときにかありけんむか
玉いづれのおんときにかありけんむかし
むかし甲斐のかた
ほとりにかん田やろ五郎たん田屋
かせい作といふふたりのわからどあ
りけりおなじ山さとにうまれし
よりすまひも間ちかかりけるに
そのこゝろさしおなじくそごのむとこ
ろもつあたれは
ろも相にたれはいとけなきより
ご友としてはやとじごろになる
まにはらからにもことならず
よ世にむつましくまじはりけりかゝ
りし程にろ五郎はそのとしすでに
三十五才せい作はひとつおとりてサ
吉になりけることつりやう人にて
かにだんかにするやうかく山さと
にて世をわたらはいかばかりに
かせぐともしいだしたることもなく
五両十両のかねだにも手に
さへとらでこのまゝにおいて死
なんはくちをしかるべしいざやみや
こにおもむきてえんをもとめ
あきなひしてともかせぎにかせう
へしさればとてこれらのよしをお
やにつげなばとゞめられんしばが
あとをくらましてたがひにうんを
ためして見んさはとてやがて〽へぎへ
ふた
なり
の花
翻胤
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
七芝寺
半月
まぼろしまのきち
幻魔之吉
せい作はおつてのかゝらんことをおそ
しきりにみちをいそぎつゝおよ
十日ばかりにして東へたうちや
してければあき人やどにあしを
とゞめさて何をもて世わた
りのたつきにせんとてだん
かふするに路ぎんはもとより
ともしきに大かたならず道
中ぢうにてつかひへらせしことな
れば今さらにおほくはあら
ぬをなほうか〳〵と日を
つゞきしのび〳〵にたびよそほひをとゝのへてぢとの浮銀を
こしにしつりやう人此とく吉ゆくしよをたちかたちかたち
こしにしつりやう人此としく音ゆくしよをたちいせて
ひそかにみやこへおもむきけり○かくてろ五郎
せい作はおつてのかゝらんことをおそれて
おくらばしんたいこに
きはまるべしさればとて此
まゝにてふるさとへはかへり
かたしみやこははるくわの福
地地へなればぜにかねなどもをり
をりはみちにおちゞることもあるべしひらふてもとでにする
よりほかにこゝろあてはたえてなしいざ立いでて見ばや
とてりやう人のひとしくあちこちとみやこのちまたをへめ
ぐるほどにある日一条強もどりはしのほとりにてろ五郎
せい作もろ共に小ばん壱両つゝひらひしにいくほどもなくその
さきに又壱両おちてありしをりやう人〽ひとしく見いだしてたが
ひにひとく手をかけて引はりしがらとりあげたりあげたりおほく詩
かたきさいはひなればろ五郎もせの作もしきりにむねのうち
さはぐまでよろこび大かたならざればりよしゆくへかへるみちすがら
〽そりや又そこにおちてある
それで三両かしても利がつく
これはゆめかやうつが
これはゆめかやうづかやうづか
べちやァねへ
といへみえ
だせ
やらうの梅がえ
成
ずしよせんこのことを
ひとつにあはせてもと
〽ぜにして見世ひとつかまい
ともにかせがはそれほどの
利はあるべき也さればとか
あきやひは何をはじめた
よかちんかおもひついたる
こともなくこゝらに白女
かつといふみこありて
世の人の吉凶弥を
よくうらなふとうは
さにきけば今
よりかしこへたつ
ねゆきてこれ
らのよしを
うちなは
めがしゆく
せんいざとく
とくともろ
とゆにもと
来しみちへもどり
はし世わたりいそぐ
つぢうらのしろ
しよへ
〽どつこい
おもむき
元
ひそかにだんかふすくやうひしかねをふたつにわけては壱両弐分にても右は
手右の下へ
つけたおたがひ〳〵
〽ゆたい迚もとでにたうい
⑩
しるものなしそのなほりにをらぬころ
あるひはかつらきみくま野にて見かくる
ものゝありしかばいよ〳〵仙女なるべしとてい
たにとまぬものなかりけりさるほどに
ろ五郎せい作の両人にはちかころうはと
さに聞およびししろめがしゆく
しよにたつねゆきしに折よくいほりに
ありしかば両人のひとしくよろこびてにじ
りあがりつじか〴〵とかひの国より来は
つるよし心うぐわんのことのおもむきかね
よはひは三百よ才におよぶとぞしかれども見ると水は三そぢばかりのをなごのごとしこの
仙女張部やう部の神道競をしゆぎやうしてあるときは人の為に代ごりをし
とりてわぎろひをはらひ又あるときは吉凶焼をうがなにてのち〳〵のことを
しめすにあたらずといふことなければ世の人かれをあだ名して代夜だゞまちの
白女焼とも又つぢうらのしろめともいひけりこれによりそのすまひ
するちまたのあざなをしろめのつちとよびなすものからあけくれ人に
とはるゝがうなさしとのみつぶやきくおほくは人のもとめにおうぜずややも
すればいほりをいでてかへらざる日のおほかれど人そのゆくへを
三両をひらひ事さて
そのころみぬこにしろめといへるめかんなぎありいづれのきとの人なることをしらずあるひはいふその
一りよりよしゆくに
でよくらすだび
かへなれば
□□□□□□□□□□□□
今度に
□□
□□□□
われ〳〵われ〳〵に
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
せいおだいみなさ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あざふじや
なけれどもきがしれ
かねてこまり
ますてや
〽ぢぎにおかへり
なされますり
同行衛門
ゐようかのふ
何をもてあき
なびせばはん
ぜうすべきや
いなやの吉
女かつその見
世をいださんには
洛中には洛ぐわい
いづれのとわつかよしと
いふ方角はうまて下へ
〽ゆかねば
ちよと一じはゝりい
おしばしのほど
まくらもあとに
あるさかひ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ならぬ用があつて
るすしておくれ
▼とかしうちなにて給は
て来るきかひ
れといふにこし女娘にはかな
一つきてそはこゝろぎてはべれ
ども只今にはかに用事ありてちかき
とかへゆかねばならず見給女どゝ身
ひとつにてるすするものもはべられば
しばらくこゝにまち給へもたい心に
たへずもあらばまくらもこゝにはべる也
ともにねまりてかたらひ給へほどなくつぎんし
七反寺
つゞきかへりはべ
らんにといひつゝ
いづるをり戸
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
くちいそがはし
げにはゝり
ゆくをともに
ろ五
郎も
見おくる
せい作もふ
いあきれ
只あきれ
はてとざて
むざうさなり
をんなかな
〽五つこに八九やつ
とうふとはあは
せて三十四もんが
さけを◑
さたる
なきやいが
いへ
はじめて
来たるわれ
われに
るすを
いでて
ゆくことやは
だんべい
これでやう〳〵
人こゝちか
ついた
からしる
なら
こゝだ
〽ヲツト
性
からしるにいちがふは
あなたさまかナ
からしるにいちがふはとやらんを世のふうぶんに
〽ハイ〳〵
あけ
あげ
ます
しひのやぶの下にいさかなるみで
とやらんを世のふうぶんに
もの〳〵し給ふはよしなき
いほりをたちいでてりよしゆくを
さしてかへるほとにと見ればむか
庇の上ゟしくるゝまでかへらぬはふる事也かた気の
しれぬをんなあるじにつられて真に日をくらし
あすまであらば思ひがけなきいひかけをやせらる
べきうか〳〵としてゐるはえうなし思ふにあのしろめ
やらそらごとにて何も跡
しらぬをんなにこそ
ことはしらずしてうら
なはせあたらせにを
いやしてわれ〳〵が
つねがひのよしをよく
□いはるればよけれども
刀二つも一ついで
わろしといはゞこゝろに
かゝりてかへつてことのさまたげなる
べしとく〳〵りよしゆくかへ心とて
りやう人□ちらにだんがふしつゝそがまた
ほりあり
〽ちくせうめ
おあひを
いたしませうと
いひた
みなみおも
二てによこ日
きしていと
あたゝかけ
なればにや
いち羽のからす
をりたちてしき
に水をあみけるを
あるうたてやしちに
とられごとくことわり
いはではかさらにかへる
にもかへりかたしけふも
半日頃あちこちと
へめぐりたることなれば
くたびれぬでもさき
ものをしばしなりともよこ
ろびてちや代いらずにきうそくせん
さはとてゆがてあたりなるまくらふた
つそ引よせてもすそおろしてもろ共に
つひとろ〳〵とまどろめばときこそうつれ
すでにはやそつさがりになりしころしたりは
ひとしく目をざましてあたりを見るに
あるじのをんなはいでたるまゝにいまだ
かへらず日かげもいたくかたむき
たるにいつまでかかくてある
べきたのみしことをうらなひも
せで人のかほを見るとその
まゝろすをあづけて日の印右のこへ
〽けふはごうせいに
いそがしい日だ
モウ七つだに
まだ
〽とうだ
まだかの
あらずや
こつちが
さきだぜ
おそ七田四丁
ろ五郎はるかに見わたしてせい但
あれを見給へかし水にとりをそゆ
るときは酒といふまじになるに
吉ときは酒といふ山女子
あらずやわれ〳〵がせうばいにはさかやなど
こそしかるべければとてわづかなるもとでて
いだす見せなれば升うりはしいれつゞかず
九尺ばかりの小黒せにてゐきかやをせば
おかまかべしにはん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ぜうせんことかた
がひなしといふに
そはじのはめきなるうらかた
せい作うちゑみて
おきなるうらかた
なりみやこの
こちにおほければ一事
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
うちにはよき
酒屋のあち
□□□□□□□
めしを
七之守
仁右衛門
〽ぜいれどうちうにて
おひはぎにあふところ
これらのわけはつぎの
ほんもんに見えたり
ぬすへ
地じんのまうし子
だなにたらにがた〳〵
ふかへるやつさ
〽つゞきとだえぬ
坊はづれにてよくして
つらばはんぜなせんあの
うらばはんぜうせんあの
からすの水をあびるは女の
はなれてとほ〳〵もあらぬ
やぶのしたあたりにて見せを
いだせといふうらかたかこの
義はいかゞとさそくのしあんにて
ろ五郎しきりにうなつきて
そのかんがへもしきめうもしからばと
田氏にていづれもおふばし田の字なれども田屋とはとなへわろし
とてふたりが氏を此とかにあはせていへゑをかんだんやととなへツゝ
さけはもちろんだらく人あくははをよくもきれいにもる
さけはもちろんさうなきへあんばいをよく手きれいにもの又なやむを
くうりけるに此ころまでは五やとにもひなにもゐざかやまれ
下なるみぞほりなればみやこを
せんかくせんとだんかにしつゝりよしゆくにかへりて
つぎの日のまだきよりやぶの下におもむきにてあち
こちと見たつるによきあきいへのありしかばえてをもとめてそれを
かりうけさきにひらひ三両とわづかにのこるふたりが路用を
あはしてゐさけ見せといだし扨ろ五郎はかん田氏又せい作はたん
の左の上ゟやしやしやう
又かねあまゝ
すとも
ぎさまねて
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
つりのあるしあれはめし
つかめにものきどもあち
こぢへきをかねて給ふ
なしまゝにはづかはれず
まして五五郎せい
代は次第にかねの
□□ふゆるにおよひて
つまをめとらんと思へ
どもわれ一人に見せ
ならねばそれすら
たがひにこゝろに
まかせず且日
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ごとのかひだし
にもたがひに
がたがふひおこ
りてふそくをいひついはるゝこと口に
日にいやますのみなればはじめの
ねははらかうにもましてたがひに
たのもしく水とうをとにことなら
ざりしにかゝるくわくしつの
おこりしより
ひしんいのほむ
らむねにおちて
せい作兵やう理をする日はろ五郎がたちまはりてたがひに手
まはしよかりしかはひやうばん日ましにたかく聞えて大津と三でふの
れてめいじつのうちに入りしかば日ごとの利ぶんは大かたへ
らずのちには小ものをおぼくかゝえて見せをもひろくつくりい
かえもとでのほかなる金ぎんをばあちこちへかしいだせしに
利をとることのすくなからねばまだ
とし月はおろ〳〵もたゝぬにありがねは
すでにはや四五百両にぞなりに
けるかくしいだしたることなればろ五
郎もせい作も白女郎をつねに
あざわらふてことのはじめにわれ
われが心へぐわんの吉凶をうら
なはせぬこそさいはひなれとかくに
あたらぬことのなければこそからずの
水をあびるを見てゐさりやと思ひつき
すこまうけためてかね千両にならんときふる也
さとなるおやはらからをよびむかへて田右の下へ
うんのむくときは思ひつくことごとに
そのみぞほりはやぶの下にありしより又
思ひつきて女にの下に見せをいだせわれ〳〵が
ちゑ才かくにいかでか白女がおよぶべき今
ちゑづかくにいかでの中女がおよぶべき今
する日にはせい作はさけをあたゝめきう仕をしつたちまはり又
なりければ思ひしよりはんぜうして日ごとにきやくは引もきら□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ずところせきまでこうちかけてのみくらにものおほかり
けりゆゑあるかなろ五郎もせい作もうまれ得てもやう理をよく
するに人あいさうも大かたならずときなひじやうずなりけるにはじめは
小ものひどりもつかはずろ五郎がほうちやうとりてにやきをもつはら
あはひなるやぼの下のかんたん屋とて東海道とうかいのしゆく〴〵
にてもうはさをせざるものもなく道中記がらにものせら〳〵
〽どつきり
やうねば
あのうれしがる
たすけてやるべいか
〽とつても
ねうちの
ないものは
わたくしが
命ばかり
これはおまけに
下さりませ
ハイおがみます
ぬす人
くがきれぬが
じんじやうに
つらはへ〳〵
まへがきれぬが
わたしたからいつそ
もとこの見
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
それがしが□
やうをもつて
いだしたり
ちゑちすかくにてはじめたる見せ
なればそなたひとりに身やうは
させぬシア又そなたが自ゆうに
する気かいかさううまくはゆく
まいとたがひにあらそひ見て
なければむらをさまていひいでかく
水かけろんよくぜつたえず此とき
いたみの酒問屋にゑいくわや
やゆめ介といふもいいんきよして
やみやこ五でにのほとりにあり
又日のおかの町人にねて
松やくわ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
四ほうすとて
いだいふめれあり
にやいくわ
やはろ五郎
せい作が酒の
といふにてねて
あやはせいきに
いさゝかまらずを
もてはじめろ五郎せい他がみ
栗の下に見せをいだせしときよりたな
うけしだるものなりきよりてくだ
代之寺
竹石
いふのみなればゆめ
介くわほうきに
だんかはこれ
にもよしをつげ
ゆろながない
むれどもたがひにふそくをも
かのくわくしつのさいにんにてさま〴〵になだし
おろ五郎せい
作に利がいを
ときてゐけんをくはえ
そも〳〵この酒見せははじめお
たち両人がもろともに思ひつきもとでを
あはせてともかせぎにかせぎいだせしもいな
ればかまの下のはひまでもいづれのものと定
めかたしさればとて今さらにこのみせをふた
つにわけなば両みせともに今のごとくはん
ぜうせんことおぼつかなくいはゆるせうばい
いみかたきにて又あらそひのもとなるべしやまと
もろこしむかしも今も天にふたつの日のなけ
れば国にふたりの王はなしいはんやいへにふた
りのあるじのありといにこといまだきかずしよ
せんひとりはかねをとりてすみやかに他所へによへ
しりぞき又ひとりは此みせをとりて今のごとく
あきなひし給へもしこの義をもいなといはゞ
当所左前にはさにおきかたしたちとろに地たて
せんとおばきもいはるゝ也よく〳〵勘べんし給へとこと
ばをつしてあつかひければろ五郎もせい風もこと
わりませめられてしかいはるればぜひにおよばず
さるをなほあらそはゞかうばりつよくていへを
たふすといふことわざにことならで当所のすまち
かなはずならば後江くわいそのかひなかるべし
上ゟゆめ介くわほう次さい
ばんしてくじとはに
させけるにろ五
郎は見せとしる
たるくじを引あてせい
作はかねとしるせし
くじにあたりぬかゝればなほ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽くわほう次
せい他に女
ばうをなかた
するところこ
一ツ左の中ゟこればかり
これをのこ
見えたり
主
御用捨上
とりいだ
天とうは
人ころさず
ひともの
かせぐにも
ないどう理
一分目に一かけ
ぬふたりの山
たちあはをつら
ぬくいかりの
たかじ
かせぎためて
そのとき
いげつにて
やらうめが
おせわにへりませう
かにでもできて御らう
じろくはせかねたら
ひよんなもの今
からそれがあんじ
すゑて
しかも小
ばんで四五
又まんざらで
百両
あるまい
へその
ぞへあたりへ
まきつけて
あたゝめてけつ
かり□がら
五十二
四五
おいらをめく
らにしあ
がつていち
ぶや二介で
しからばわれ〳〵一人はありかねをみなたづさへて
此ところを立のぐべく又一人には此みせと
家具ざら息そのみうけとりていへの
あるじときるべき也と和ぼくのだん
かふとゝのひて諸
かんじやうをし
あげて見るに
ありかね五百両
ありけりしかれ
どもかねも
ほししめ
せも
まし
と思ふ
のみにて
われたち
のかんといふ
ものなけ
ものなけ
れば本中へ
五両壱人
此うへにふそくをいはん
おくらんとてくわほう次るはなくわほう次るはなくこれたる
さうしとうからこゝにまつてゐた身くるみ
小つかひが
二百でま
よしもなければたがひに
〽いひぶんなきよしのせうもんを
とりかいしせは作はくだんの五一日〳〵〳〵〳〵〳〵
両をうけとりてさいにんくわほう次がとりあけてあとでゆつくり勘定
しゆくしゆくしよにしりぞきしやうかくごをしると五十郎と
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
みやかひとりて世をあんらくにあぐればあらきたるたちも
しや礼としてちとばかり□かねをます〳〵もおもかくじと思ふ
おくりみちつれありてはなか〳〵にしたるかねがかたきとうき世の
心つかひなればとて供をもつれずことわざいつでうはだかで
只ひとりたびよそほひをとゝ
のへてふるさと甲斐介はめ山ものたねにて又
身のへてふるきと申事也
さして中山道路道んをくだるほどにかほどに
ある日きその山ぢなるおきと
はぎとのあひだよりおひはき
かゝふたりあらはれいであとさきに
うはさみずつしめとあるもと
ころを見こんでさきへゆきぬけて
此うへにふそくをいはん
よしもなければたがひに
とりあけてあとでゆつくり勘定
しやうかくごをしろと五千石之
いるときもであらんとわ
びつゝさいぬをとかいた
せばかぎるがごとく
いくりそのここのの
そのまゝにきせと
すはをものねい
へとしわたにしわが
母とうからこにまつてゐた身くるみ
殿いておいてゆけといふよりはやくだり
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かびらをひらりと成いたりこふりのきてさむ
いつきつけられてせい他はわつとばかん
こしうちめかして歯とのねもあはぬ
女はかた〳〵と一ゑもろともにふるいして
アこれそれはどうよくなきちで
とまりでみちのみいそぐひとり
たびのことなればたけのしれたる
きかいつう
めに
ばんまでの
しまふやつなれは
けこゝろで命は
ぢひと思ふて
さがるまでわすかゝ
いかつがまいねめづけては
いで高わかかいは
はしたかね路用といふは君の上
あつかふころか。
よ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
おほゑもいらぬ
代夜行
にしきと思やたるかねのこりなくうばひとがれて身
かになりしかは進退職すでにきつまりてつぐと
思ふやう大かたならぬさいなんにて此ていたらく
なりしかばふるさとへはかへられすもやこのかたへ
とつてかへして又ともよくもせんかたあらんと思ふ
ばかりにといじきをしつゝかして日のおる
まで古かへりさそねて松やくわほう次に
かのさいなんをつげしらせてなみだなが
らにたのみしかはくわほうす傳是且
おどろきかつあはれみてしゆくしよに
とめおきその夜にろ五郎がみせに
おもむきせい作がさいなんのことしか
じかと物かたりしていときのどくなる
じかとおかたりしていときのどくなん
ことなるにおん身ちとの合力解して
路用のたすけにさせ給へとことををつく
してたのめどもろ五郎ちつとも聞
いれすそはきのどく
なることながら五百
両をわたせしうへに
かうりよくす
べきいはれなし
せい作がどう
中にてさる大
金をうしな
ひしはその身の
ふつくごんご同だんもしくは
あとなきそらごとにて五百両でもあきたら
ねばさいなんなどゝいひこしらへてきほその
やり〳〵ゆかふとまたりのぞくはちがやすゝきをふみわけ
かげさへ見うずなかにけり○たるほどにせいれはす
〽ゆへゆゑらふたりのぞくはちがやすきをくなわけて日迄そばばしも見もなくどくましも見ざくはやさくはやさいが
かげさきかを立やうなり○たるほどひせつれはうけみへし小あいひでもしもへもしりたるの人のたものとぜにそゞく
あたへしかばせい作はくわほらすがなさけてやかくとなびてごごくく
ぜにをもとでにしゝきせるのらうのすげかえうりにやうやくその
おくるのみ京大津のまち〳〵を一ト日かはりにはりにはりにぐりて一ちの
すゞすほどにちとのもとでのいで来しかばくわほうすもよろない
九しやくたなでももたせんとてあち
こちとたづぬるに日のおかにはこれぞ
女と思ふかしやはなくてやぶの下なる
二つ五郎が見せよりわ
づかしかけんへだ
てしその西となへ
りなふさはしき
よしいへのあかし
かば入下へ
りなふさはしき
つねろ五
ちかくすまび
此えんだんず
しぬるはのぞ
おとりくみあそばし
ますれば御しんせうの
ましからずおもふ
おゐになりますそのうへ
をとこぶりはきゝ五郎に
せうらつしでござります
さきにせいせい銀とくりらしつりて五百七十匁のありかねをのこらすかれけ
つかはしてその身は見せとしろものを徳ぶんにしにしらしにおきなひ
ますくはんじやうして一両ねんたりやたゝぬさす扨こまりのぶけんとな
りぬこれによりあちこちへかねあまたかしいだして利をはたることいらひど
ものからくわほう次が身に引
うけてせわするたなをいなとは
〽いはれずしぶ〳〵ながらくだんの
扨いへにうつりすめどもろ五郎とはなほも千里をはだてごとくたびに
五日信州にてものいにてものいふこともなかりける○されば又ろ五郎は
たるかこれも又ばかりかたしそれはとも
あれかくもあれざしかまひなしとも
いふせうめんをとりかはせしは
きもときの為ならずやわれ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
をありとてもせい作のかでか合力
まこま物此だのかきり也此よしつたへ給はれ
とてとつてもつかれぬあいさつにくわほうへ
次は八五郎をなさけなしとは
ゑんどもしひていふべきよしの
なければむなしゆく
しよにたちかへりろ五郎がい
といごしおもむきをせい作に
つげしらせる五郎すら
づかくのごとしさればとても右の下へ
うへにあまたのかねをかすめとゝんともくろし
からすべき今さらかねのむしんをいふは
いやるとほり
勘定づくこゝは
ところ
うふにまたのもをすいともくかみこと
こといふやうといふといふれはいやうといふといふならんといふ
〽そのろ五郎とか
いふ町人は橋幸に
に町人は橋幸に
にてゐるかやそ
ならゆきたう
ばいよ〳〵がねがかねをしやしてめしつかに小ものなんどもひやうし木にて
めしときをしるやうになりたりかゝればいへなのかんたん屋ははじめ
ろ五郎とせい作が氏のいち宇をあはせなるをそのまゝおかんは
よからずとてわが氏のみをそのまゝにかん田やとでよびよびかえける
〆されば此ころみやこには三のたね三位さめはなくうとよはれ給ふ
やんことなき公卿卿にゐまそかりしがおかにあまたあるにより
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□五郎を金□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
次第〳〵に利はかざみて四五百両になるをもてかわが
きびしくこれずはたりていとむづかしくいはるゝにぞさめ一
七十五日はこまりはてかくいりにともしあんにあたはすゑい
やくわやのいんきよゆめ介は先祖地よりゆいしよ
ありて哥たねとのへいとしたしく出入る町人なり
けるころ五郎がとひ屋にてかれにもうとからずと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しのびやかにゆめ介金まねきよせてかれが思あんを
なかり給ふにゆめ介小くひをかたむけて大五郎はそれ
辺がしが本家帆の為にはとくゐにてこれがいふること
もゝせい作といふものとくわくしつかみおふこしおそれかし
かへこれをあつかにたるおん義もこれあるものなれば大ていのこと
ならばそれがしうけあひ奉りてなだめんぞのうめんごとの
あらねどあまたのかねどあまたのかねをそんせよといふといふといふといふともいか
いだがにべきふせうちなるをしりつゝもなかたちいたればね
だんのもとゐその義は御めん下さるべしつき
かねてよりろ五五郎がつまむ久のえんだんをたる
度見あひをいたさせたれ共のぞみこのみのまし
もつてとゝのはずいとはゞかりに候へども
うへのをはしますよしなればその一じかたそのゆらくくに
〽つかはされなば五百両はきえんになりてなほそのうこ
とし〳〵のあんまかなひを仕らんこの義はいめめゞとこゝやけばつたへし
かたきことなればそのはうがむすめにしてよろしきやうにた
のむ也はちろんむすめをつかはすうへはかりたるかねはしたく
金さし引勘定あひすませてせうもんをかずやうに
とりはかゝいふて給はれと命義母なくたのみ給ひけり
○かくてゑいくわやゆめ奴は哥たねとのゝえんだんをて
太五郎につげしらせしなよくとりもちたりければ
ろ五郎聞てしあんをするにかしたるかねはをしけれ
ど。とれねばそんはゑれてありそのしにかねをす
てるかはりにれき〳〵のひめうへを女ばうにする
ものならば町人めう利にかなひししあはせまち
かきしやく屋にかゝんでをるせい作にうらやませんも
まいゝちよきわざれば氏ときりやうをとも朝にして
をかくこのい義にまかするこそ上ふんべつてあるべけれと思
へばいち義におゝよばずしてはやしゆくたんにぞおよびける
○これはさておきねて松やくわほうにはせい作に女ばうを
もたせばやと思ひつごれかれと心に
めらむに世をさりしわが女ばうの
あひなるしら川といふをなごとし
ころ京の富たるいへに下女
奉公してをりしかばこれをこそと
思ふによりまづせい記によしをつけて
人のいへにつまなぎはよろづにつきて
つひえおほかり月に五百のたなちん
でもおもてだなにありながらまいにち
ほどの戸引たててあきなびにいつることせけんていもも
よろしからずまげてこの為にまかせ給へと
右の下へ
さめ高やよろアびてそれこそまことに妙計焼なれなれ丁ゟがむすめ
おほかるなかにおくらと名つけしはてかけはらにてすゑの子なれば
ろ五郎にめあはずべししかれどもおもてむきて町人とえんくとはいたし
おせわをとこえらみを
するではなしそんなら
〽おやくも思ふおまへの
五右の上ゟ世にたのもしくすめし
かばせい他はその
したびとも
ことはある
〽︎まだ見た
せいけん
びんぼう
がもしかくもしかへ
はからふて給へれこそく
も野にしがさんして
ければかはほとにあ
よろでひてつきの日十匁
おもむきつしら川にえん
だんのこの上を
らせやかではしんへただ
んのどなこの身のい
まをひしかば京じ
もこばいるけしき
一なくしと川いとは
人々では
あるけれど
団十郎に
にたをとこ
何はともあれ
おいとまを
ねがひに
まゐりま
十二がねんよく
つどめたるもの
なれば此ほう
よりしたくして
むこのかたへ
つかはすべしと
申あげた
よいはいの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
馬琴作
10468
蓮池堂文学先生案書
手紙之文言
後集
此書前年より家本の巻所に其標目を掲出発見の由を告るに及で訪はるゝ事数
金一冊
なり陰感剤制に在て戒果さず是其先生師書の絶妙庸の善す所に非ざる
を以なり故に三たび厠人を更て漸くに刀を下しぬ日法き月抜て焉に三春を経たり
今に到て刻乏成れり則急速に製本し今既に発敗す因て此由を
普く海内の諸君人告奉るにこそ書林永寿堂次白
御最寄の書肆にて御求可被下候
かたきこと云君はそのはうがむすめにしてよろきやうにたし
のむ也もちろんむすめをつかはすうへはかりたるかねはしたくし
金さし引勘定あひすませてせうもんをかへすやうに
たりはからにせ給はれと命成成臥なくたのみ給ひけり
○かくてゑいくわやゆめぬは哥たねとのゝえんだんをア
大五郎につけしらせしなよくとりもちたりければ
ろ五郎聞てしあんをするにかしたるかねはをしけれ
ごととれねばそんはしれてありそのしにかねをす
てるかはりにれき〳〵のひめうへを女ばかにする
ものならば町人めう利にかなひししあはせまち
かきしやく屋にかゝんでをるせい作にうらやませんも
こゝちよきわざなれば氏ときりやうをとも侍にして
とかくこの義にまするこそ上ふんべつであるべけれと思へ
へばいち義におよばずしてはやじゆくたんにぞおよびける
○これはさておきねて松やくわほらすはせい作に女ばうと
もたせばやと思ひつこれかれと心に
めらむに世をさりしわが女ばうの
あひなるしら川といふをなごとし
ころ京の富たるいへに下女
奉公してをりしかばこれをこそふ
思ふによりまづせい処によしをつげて
人のいへにつまなきはよろづにつきて
つひえおほかり月に五百のたなちん
でもおもてだなにいのしなからまいにち
ほどの戸引たてあきなひにいつることせけんとせけんといも
よろしからずまげてこのゐにまかせ給へと
右の下へ
さめ高世よろこびてそれこそまことに妙計潰なれる丁よりがむすめの
おほかるなかにおくらと名つけしはてかけはらにてすゑの子なれば
おほかるなに土くらと名でつかしりてかけはらにてすゑの子なれば
ろ五郎にめあはずべししかれどもおもてむきて町人とえんしくとはいたし
おせわをとこえらみを
するではなしそんなら
〽おやくも思ふおまへの
「左の上ゟ世に□ののやすめし
にはせいきはその
しにしたびとが
かもしかへい
はからふてゐへねこと
一野にして
おもむきづしよいにえん
だんのこの上をける
〽まだ見た
おれが子ぶん
びんぼう
□□□□□□□□
らせやがをばしんへただ
つんのふまこの身のいて
一まきひしかばしやうじ
もこばいるけしき
やくしと川上は
けれど
あるけれど
団士に
にたをとこ
何はともあれ
おいとまを
千二がねんよく
つどめたるもの
くなれば此ほう
よはしたして
〽ほこのかたへ
あかはすべしと
まゐりま
やあげた
よいはいの
馬琴作
10468
手紙之文言
後集
蓮池堂文聖先生案書
金一冊
此書前年より家本の巻末に其標目を掲中発兌の由を告かに及で訪はるゝ事数
なり陰然剰劇に在て或果さず是其先生師書の絶妙庸の善する所に非ざる
を以なり故に三たび厠人を更て漸くに刀を下しぬ日往き月抜て焉に三春を経たり
今に到て刻金は成れり則兼直に製本し今宛に発散す因て此由を
普く海内の諸君へ告奉るにこそ書林永寿堂次白
以得御心得心得心得心得御心得御心得御心得御心得御心得御心得御心得
御最寄の書肆にて御求可被下候
ふれ帰る
狩
代夜待
江戸
馬喰
丁酉
十一日
曲亭馬琴著
都軍五十年
白女辻魂膽三拾頁
占中冊
之憂寐判事
こんさんじつちやう
魂膽三拾頁
のしん音のこう
之新奇趣向
文政十三年庚寅孟春
歌川国貞画
永寿堂西村屋與八版
玉くらひめ
下女しが川ら
よめ入りの夜
ゆねふりて且
みちに兵火
〽年のおごりし
かばおくりの
一人
○あはてまどひて
ひたすらにはるところ
なほつぶさには
つぎのほんもんに
見えたり
〽どつこい
すべる
な
さめ高郷のそくぢよ玉くらひめはゑいぐわやの
いんきよゆめ介がなかだちにてやぶの下なる
〽よみはじめしころはしも月すめつかたびたね三位へ
日の出のあき人かん田やろ五郎へ
へえんだんとゝのひおもてむきはゆめぬが
むすめぶんにひろうしてかの
しやく金の五百両をしたく
きんのつもりにとりくみ
こんいんの日もさだまりければ
ろ五郎はゆひやうのもくろこと
もろともにくだんのしやく用
せうもんをさめ高郷へかへし
おくりこんで
はやくとつて
かへすがよい
よめ入り
どころが
たいへん
ありてさむきはつねにいやましつゆきのふることはや
かりけるにしるもごの日は大ゆきにてその夕くれより
〽風すさまじくつむにふゞきとなりしかどこれかれの一つぎへ
まゐらせまちうけのしたく
しくその日をおそしとまつ
ほどにとじごろ火を
するたん田やのせい作も
おやぶんくわほう次がなか
たちにてそのめひのしら
川をよめにとだんかふ
とゝのひてこんれはろ五郎と
やうやくにその日をかくるものなれは
その夜こたもよめのくるを
人にはつげず只ひとり心ばかりのよう
ゐをしつゝその日のくるゝをまちたりける
しかるにこのとしはふゆのはじめに四気
おなじ吉日なりけれどもせい作は
〽わづか
いへをうしつては
つまらねへ
二百の
しうぎを
とりそ
なつも
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
こむ
おいとまに
しやう
〽みんなが
その
〽いんきよ
ごきらいへ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
しれるだちう
仁右衛門
よめ入りばかり日をのばすべきよしの
十三ければゆめ或はむるころより
ゆき様すりしてたどる〳〵も哥たね
とのゝしゆくしよへまゐりてひめ
うへにつきしたがひやぶの下まであん
内の為にとていそぐ程にさらぬ
だに老人臣のゆぎあたりにや
せん気おこりて一歩砂もはこび
がたくなりぬかくては女ぶの下まで
いたらんことかなにべくもおぼえ
ねばわれらはこゝにしばしやすみて
よくはあとよりおひづかんむこ
とのは人にもしられしやぶの下
なるかん田屋なれはまき
れあるべくもあらずかし
じめきこれはりものを
とくよん田やまでおくりとゞ
けてしか〳〵といひてよと
いふもくるしきせんきのこしを
かゞめつなでつやうやくに三でに
大はしのほとりなるしる人の
いへに立よりてしばらく酒やう
したりけるさる程に玉くら
ひめのとも人らは汝がきす
をりしからくしてのり物をはや
むれども折ふしむかひ風にして
ちやうちんをふきけされなん
義におよぶのみならず浪に
注に云
〽りき弥さんの
おやきはモウ
こゝかへといひた
さうなとわつ
なれどだまつて
ゐるはおむくのともき心の中ではあきれはてて只きよろ〳〵と
見るばかりうつろぶねでえびすぐゆへながされたこゝちかなるべし
義におよぶのみならず洛魔臣のかたほとりにこうぢいくぎのおとりしとて
〇左の上ゟようゐすがもの
とゝのはぬ手せんじに火をふき
おこしてをる程にかどへわ人の
よぶこゑして
かん田や〳〵と
おとなびしを
ゆき風に
ふきかと
はれて
わがいへ
名なる
たん田やと
よばれに
けりと聞
たがへてましと
いらへてかたの
「ひはあけよめ
ごとあればこな
た也むこかすな
はちわれらにて
火ともしごろより
まちわびたりいざまづ
をもへ是へとむかふるをおそしと
のり物かき入るゝとも人らは心せく
まゝいへのひろきもせまきにも心
侍つかでことばをそろへなかうどさまは
ゆきあたりにてぢびやうのせん気がおこりしや
みちにいこひてゐ給へばほどもなくおんいで
ざりあるせ玉くらひめのこん礼の供にたちたる〳〵
ものどもは日ヲようのかみ何がしかれがしとよばれたる
とかくしてやぶの下まではしりつきはつき
たれどもろ五郎が見せさきを定か
しれるものもなし折からとよひのゆき風に
かでてくはえし洛外郭の無火はあろひも
とほくして風もよけれどゆだんせぬ人みな
かどの声をさしこめて夜見せをはかたるいへの
なければ供人らはたづねわびつゝせい作がかどべにて
人みなのゝしりさわぐ程にたちまちに兵火残りもえいでてけむりは一人〳〵〳〵
そらに立のぼりいとおびたゝしくはえしかばこすそもいかにすなどろきたる人
みな東西にはしりちがふてゆきををかし風をしのぐ騒動そうみちをし
やとひ人のみなりければおのれ〳〵がしゆくしよをのみ心にかけてなかくに
の日ものをかくしらしたり
のりものをかくべくもあらねどそのところより女の下へほどちるくなりしがは
よめき介ののり物をすててかへらんはさぶにていよ〳〵みちをいそきつゝ
かん田やさまはこなたて
ござるかよめきみの
わたらせ給ひぬ
やよかん田やと
よばゝりけりされば
又せい作もとよび
引とるよめまち
わびてうた
てのゆきぞと
むかひのこん礼も
つぶやきつゝ
さかつき
ちやうしの
事右の下へ
七足寺
われ〳〵は女とひ人にてしゆくしみのかたは
月もよからずむこきみさまとある
生
〽まちなが
〽まち女郎や
とりもち人も
此大ゆきで
いつとうふつてへ
さかりがついたる
あらん折もわろくてこよひのさうどう
からはよめきみを
わたしまうして
われ〳〵ははや
まかる也おい
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
▼のまま
すとひとりの
のこらずとにが
ごとくはせ去
さけりせい
作はなかう
どの病
気ごやう
とあるは
さると
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
かちたる大鼓たいににたりと思ふもい
からさりとてとふべき人もなきにいつ
までかはなよめをのり物のうちにつぎへ
十五日
〽おえりあらはよいが
おいろがくろいの
まだ仙女かうは
おつけなさらぬ
さうだ
物の戸を引あけていざ
こなたへと手をとりつゝ
たすけいだして野にすゆ
れば玉くらひめはわたぼう
しのひまよりあたりを見
給ふに聞しにはにぬむこの
しゆくしよはわづかに九
尺たなにしておし入れ
ひとつあることなく
まち女郎
つゞきおくべき水入らずにさりつきして
ねるにはしるしとしあんをしつゝのり
印
伊左の上ゟ
あらずあんほつ
かごをかき入る
ればかん四やの
とりもちへら
大せいひとしく
うけとりて
なか
〽およめご
さまでかき
入れたり
そのとき
□□□□□□□
印ゟなんどは
さら也下女も
小ものもあらば
〽御らんの
こそまことにふう
ふかけむかひのこん
乱はころ得がたしと思ひ
ながらもうちつけにとひたゞすべきよしのなければなかうどなしの下さ
さかつきをつひすまされてみのふとんふたつまへらにひとつねのよぎませ
なきちぎりをむまびけり○これはさておきたん田やせい作がよめしら川が
なかうどおやなるねで船やくわほう夜はこの日はひるころよりしら川がしゆうのごへく
さわぎに
みちより
しゆくしよへ
へしきてめひのむかひにおもむきにしゆじんもなさけある人にてしら川はとしもまた
よくつとめたるものなればおくりいものをばこの方より
つけてつかはすべけれとてあんほづかごよのせ給ひちやうちん
もちのしもべをきへつけられけりさる程にしじ川が
おこのものはくわほらすにあん内せられてくだんの
かごをりたけいだしやしくことすでにはるかにして夕
くれになりしかばしき風しきかにふきあれて
みちさりあへまたそがれすぎ洛外野に
兵火騒おこりて途中近なさうどう
大かたならずこれによりくわほう次はしばし
しゆくしよに立かへりてことしづまらばあと
よりゆかんやぶの下にてたん田屋とたがねなば
まぎれあらしおくりとゞけて給はれとおくりの人に
たのみつゝおのがいへぢへいそぎけりかもしほどなかん
田屋にてはよひのさわぎにうちなぎれて夜は
はや五つとおほしきころひやう火山のきたもしづ
まりてあたりもひつそとなりしかばろもらはいそがは
しくぶものをまねきちかつけてさきにはらく外どの
さわきにてよめ御下やうの来給ふ時ごとくもおそくなる
べきことながらやうやくさわぎはしづまりてゆき風もうすがきく
たるかゝればよめごの来給ふにほどあるまじおぼゆるぞ
なんぢら□次までおむかふてしるべをせよといひつくれば
小ののらはこゝなきてちやうちん引さげ一両人に町はづれ
ませたちいでたりかるところにむかへよりしけべがもてるちやう
ちんにみちてよさ世ていつちやうのあんほくかごの末にければ小
もいらばやくゑをかけてそはかん田屋へ入らせ給ふよめきみに
やきちがひなるをたがひにひつくものなければひとりの小ものはしりかへりてよめ
さまの来ませしとしらぜなどよめく家内のえざがみないでむかふる万右の下へしよ
盧
□□□□□□□
あらずやととへばだなりとこたへけりこれも亦たん田やとかん田やの
〽みそすりこげとわる口に
いふこともあるなればおひめさまの
いつてござりますてや
まゝたきらしいもありさうな
べきこと有がらやうやくさわぎはしづまか一ゆき風もすがき
これは大きな
かひかふり
めくらに
はせてもこの
見せてよこの
古よりてあとより
ゆかんといはれたり
よめ御さきかたる
うへはまり□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あろ五郎時にて
ゑをあるじの
けてしるらば
しら花ば
まあらせと
といふにお
おぢめさるとは
うけとるまいちと
ぐわいぶんにかゝる
五がこゝろひ
ほん□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
やまちが此哥をたがひにひつくものなればひとめの小のめはしりかりてあさみ
さゆの来せ引しらせなどよめく家内のみざるみないせむかなる男女が
しもばちやうちん引も
まごかきおたりはからかなて
かたけてかへかやくほどに
まつ五郎を先にたてく
代金寺
千石平
きうそくじよとりよめき足をはざとやらん〳〵しめすればやしきへきゆるよめの
ありさゆきなものなどもそまつにてとほはぜもかねてより事にはにすいぶらしきよ
とくみな思へどくちには詩いはずろ五郎もこよひのよめ入り君うとの思はせうし
ふかこと破なりともあんほつかごはあまりのこと也それすらあるにきる
ものもまがひ八ぢやうすでにはや八ツじじんなる
上着めにてくろ八丈のなびまでも
いづかうねうちのないしろもの
〇左の上ゟそのときくわほうにははかの
うちにしあんをするにわがめびのこと
川はすぜにろ五郎がつまとなりて今は
三日におよべるにとりもどしてせい作にては
するとてもそのかひなしこはおの〳〵やうせ
国より定まる元にしなるべしと思ふ
作にも玉くらひめにもときさとして
くらゐばか
ものゝ▼中へ
りはたかけれ
おれよりうねがいけつ
どぜになければこそわれ
われが女ばうにせられ
たれそれはかんにんすべけれ
どもわれらがいへのまゝ
たきをんなにさのみ
ちがはぬふとつちやう
りこみちがひもくされ
えんせんかたなしとつぶやきつ
公下ゟつまとなるも
日ごろ火をするせい作がよめと〳〵の
かどちがひとはゆめにもしらぬ凡夫婦の
かなしさちてあゑぎにあらざれば加氏にお
さかへき三三九文千秋万歳万々歳と
みなことぶきつゝはては只大さかもりに小夜を
ふけて二かいをねやのいもせ山水ももらさまふな
そこのにひまくらこそうたてけれしら川もはじめ
よりむこのいへのていたよくかねて中にことかはりて
とみたる人のごとくなればいといぶかしく思ふものから
たぢやくわほう次がなるもどりしてこよばらねば
とへよしもあらねどまづしき人のはづなりとて
とるもみなこれごういんな
べければくされえんぞと
あきうめてほうふ
なるよくそひとげ給へ
とことばばつくしたり
ければ玉くらひめも今
ければ玉くらひめも今
さらにもとのしら地になる
○されば又かん田屋大五郎がなかうど
おやなるゑいぐり屋ゆめ人は女みふし
よきをなごをはからすめ
よしなければつひにその義にまかせけり
〽ぜい作はおれが
子じんいひぶん
あらば
うちによろアぶのみうひ〳〵しきにまつ五郎に
松屋くわほう次はそいつぎの日も
さりがたき西部用ありて女の下へ
おもむかず第三日のひるごろに
ちてのいとまを討たりしとて
たん田や入来にければせい作やがて
いでむかへてこんいんすでにとゝいふ
たるよろこびをのべてその夜の
ことをしり〳〵とつげしらせけし又
よめのていたらくこゝろ跡がたき
ことのおもむきかやう〳〵とさゝやくにげ
くわほう次ふがくいぶかりてまづ
しら川にあはんとてよびいだて
たいめんするにわかめひしら
川にはあらずとへ世にまれば
なるべき美人なればこれは〳〵
とばかりにおどろくこと大かたなら
ずその人ならぬことのよをせい
作にときしめし玉くらひめに
うちむかひてごのもふ麻曲いと
たづねとふにばくらひめもおどろきく
とめるをとこをきらにをなごのなきはうき世の
人情勢なればしら川はうたがひながら心の
うちによろアぶのみうし〳〵〳〵きまつ取らに本席しろけざりしをいふ
うちによろアぶのみうひ〳〵とさまろ声に出席も残せざりしおこたりをいひ
まだまにともなりけり○されば又ねてときて且ことなきを懸けるにろ五
郎はその夜のありさまなら
びによめのていたゞや思ふには
にぬことゞもをかやう〳〵と
つげしらせて且つにやき
且うらめばゆめ介
つやくこゝろを得ず
それはがてんのゆかぬ
ことなりまづひめうべに
たいめんして日印
その身の土木生性はかやう〳〵とかん田や
まつ五郎にこんいといことのおもむきをあかし給へは
せい但もくわほう夜もこれかれよめのかどちがへせし
ことのよらすやうやくきとけて共にあきざる也。白夜上へ
せしかばかん田やへおもむきてこん礼の夜に
松屋くわほう次はそのつぎの夜のありさまなら
人情勢なれば参川八郎氏ひしからんのせしかがん田やへおのむきてこゝもの夜に
よしをとはんと
ろ五郎ともろともにその来歴船をつぎんし〳〵
とめるをこすきらにをゑのしきはうき世のたるとめ三日この日やうやうやくな
〽いけつ
ふてへ
やつめらだ
モウや女う
けんが
ならぬぞ
うぬ
くにおもむきしら川を見て大きにおどろぎつ
しづかに
いやれけんの
ゆかぬぞよ
さわいじや
せんまい
代文寺
たづねつゝこゝにはじめてこのよめは
ながたがへせしたん田屋のせい作て松
やくわほう次がなかだちせしその
めひのしら川といふもの久間よしを
きゝにあきれつはらはたてどもその
よさりそこつにてつぶさにとひもたゞ
さずしてだいてねたるはこなたにも
あやまりなしとはいひがたししかれども
せい作もくわほう次もけが日まで
しらぬりほししてうちすぐじはしやつ
らがふかきたくみにてかねての為こんをかへさん為に
われに手もりそくはせしならてこれにて思ひあはす
るにせい仇めもおとゝひの友女ばうをよびむかへしと
人のらはさにふらんにきゝぬしからんにはかやつらが玉
くらひめをよこどりしてつまにしたるにうたがひなし
アウはらたちやくちをしやいざたん田屋へおしかけて
□くらい□をとりかへさん御たい□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
介とのなからどのことなればせうにんの為同
道どういたさんいざとく〳〵とせきたちたる五五
竹がいきどほりをさそとうなづくの
○ゑいぐわや
もめぬわがきか
だちせしひめうへを
せい作めによこ
ばんきられておめ〳〵
としてゐてはわしもをとこが
たゝめ也きつと出入りを
〽ろ五らひそかに
たまくらひめを
いどむとわつ
わけは
つぶさに
すゑの半丁に
見えたり
あひ
〽アレあの
一ゑはたしかに
ひめうへ
はやく
へんじを
もの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
すぎるいふてよけ
れば此はうからおんし
ゆたちにはいひぶ工ある
ぜい作にはめはせんと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
めひを引つりこんで三日といかた
なばさみものにせられてはだい
いちむこのせい作べこのくわほう
次郎ばとこがたゝまなれどもこちも
ぶねんにておしつけられたよその
よめをそれとしらねばせい風が
すでにふたよさだきぬをしたれば
りやうけんちがひはたがひに五ぶく
きればかんにんづよひわれ〳〵たつた
ひとりのめひなれどせい他にもいん
ぐわいひ
ふめ
思ひきら
せてそちの
よめにやる
をとこ気を
ありがたい
ありがたい
とりはからひ
とは思はずして
さかねぢに来たるわうちやくもの
たらね三佐のひめうへじやの玉
くらひめのまたくらのと印安兵のはぢをあるるみへ
つけませうサア〳〵ござれともろ〳〵
ともにたん田やにおもむきてせい
作をいたくのゝしりこなたの妹女
題はくものうへ人うたゝね三佐といゝひめ
うへなるに下女はしたのしら川をかへ王に
うへなるに下しいはしたのしら川をかへに
していつていくばせよことりしたるわう
ちやくものまくらひめをとくかへせゐ義におよし
ばむらをきとのへもちいだして目にもの見せん
とくかへさずやとのゝしらたけるろ五郎にあひつちを
うつゆめ女もたゝみたゝきてこれせい作とのつねの
よめにはあらぬ
やんごとなき
さゆの
ひめ
うへを
なかうご
しながら
おのれらふぜいに
うばゝれてはさきさまへ
いひわけもなきこのゆめ介は
はらきりせうぶ四も五も
今まひめうへをかへせ〳〵
ともろ共につめかけ〳〵
いきまきたげつてつかみふ
づかんとするほどにこの
玉
〽ほとこがよくてかねもちでくわ
あんなをとこにそはれぬいんと
あんなをとこにてもまかせぬ世とく
てよりうれしき玉つさもまかせぬ七と
たよりうれしき
かきひとへあひたい見たい
ときまでもかへらでゐたるくわほう次は
せい作をおしへだでて両人にうちむかひろ五郎ゆめ身へ申右の方へ
同同同同同同同
さにやならぬと理つめにひるむしろ五郎ゆめはあばと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ばかりくちごもればしてやつたりとせい作もいきほひたけく
すゝみいでそちのよめとこちの上ばうとりかへたくはしら
川をもとのしらちにしてもどせゆひなくさの女
ばうをさずものにせられてはそちのう
とはとりかへぬそれをふそくに思ふなら
し町人のぶんざいでくらゐたかき人の
しそゝぢよのむこになりしとおのれ
しらが法にそむきしみのよしを
うつたへてうきいぞ見せんサア〳〵
しどうじやとあげあしとら
しれしゆめ介はきつくり
つまりて一ケ印へ
いだすがそつちのかつもならば二つちからもちだして
村をきとのへうつたへる町人のぶんざいでくものうへ人のひめ
しきみをふばうにしやうはつはないまづこの事かみたゞ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
郎をかたんい
まねきしたゝれ
とのひめうの
えんだんはのとゑやく
金を葉捐輯
へせられん為に其柄
内々のことなをましま
事をおほやせうつたくれ
事をおほやけへうつたち
なばおん身はさら也此もして
什材料
しらをわけゆゑ此しあはせに玉
なれともしばしも
わすもふせぬ
わらにぢよ
〽そのおうらみはさることながら
〽思ふにそはで
思はぬ人にそふて
月日がおくられや
さいが
あろかい
しあん
しいへて
くださんせ
どうよくじや
あんまりむこい
はいなァ
三位とのもあんおんならんやしからばわれらもとがはのがれずこれはいちばん
出なほしておぼくをするにますまことなしといふにいへともいひかねしろ五郎はしち
すしけれど命あつての物たねと思ひかへして和だんをとゝのへまちがひなれども
今さらにせんかたもなきことなればたがひによめすとりかそくあのまゝにてお
ありなんそうやたのよめは里かたと相だいにし給へとて双方いひぶんなしといふ
せうもんをとりかめしりつぱにまけて事をすましぬ○これよりのゝちしら川は
ろ五郎を気まづきせつとゝ思へはとににかくむつましからずろ五郎は又さきの日に
はじいて見たる玉くらひめの時中よりなほうるはしきに心のこりてわすられど
せめてはよそにこゑなりとも聞くなぐさめばやと思ひてうらのかたに去いづ
るにせい作がすまひとはおも屋はいつけんだくれどもうらのかたは地つゝき小て
かきわいひとへをざかひとしたりせい候もはじめの程は玉がくらひめをろ五郎に
〽わきいひとはさることしたりおいれもはじめの程はよくらこめぱろ五郎に
ぬすみとらるゝこともやとて渡世にもいでざりしがわづかにらうのすけるえ
してその日をおくるかなしさはうちともりてのみゐてはほそきけむりをたて
がたきに一両日いぜんじよりあさとくいでく夕くれごとにいそがはしけにかへり来る
るすとしなればこくらひめはづれ〴〵にたへかねてせどのかたに立いでてそら
うちながめてものおもはしき心きこそとろ五郎はころたにたちくかいと見へ
つゝ物いひかけんもさすがにてかねてよりしたゝめなぎたるふうしふみを
小ばん三両にあなをくりぬいひもそとほしむすひつけてかきねごしにぞ
なけ入れけるしばかくしてかなたよりかへりこととおぼしくそなげかへ
すときて見るにいきにいたをへとりまゝと
せしをひらきて見るにかねをはそのまゝす事につけてさいはむるすの
やどなれはしんめもじにていはまほし大なたへ来ませとかゝれたりろ五
夜は小はどりしつゝよろこばしさはいふべくもあらずまづしきいへにゐ給へ
どからすをばとらでかへし給ひしこゝろばさへいとめでだしさはとてやがくいぬ
くゞりのあなすやうやくおしひろげてよつぱひしてぞしのび入るをよや
おそしと玉くらひめは
すがりつきつゝろ五郎が
たもとをかほにおしあてく
ほうににおい
わいさめ〴〵となきたまふ
馬琴作
四
一つゞきしろ五郎は身のこうちもとけるばかりのこゝちして
玉くらひめのせななでさすりそのおうらみはこと
わりながら大ん礼の夜のかどちがひにてなかたがへせ
わかながらこん礼の夜のかどちがひにてながたがへせし
せいれめにあげあしとられて此しあはせたとへて
いはゞ下手はしやうきの飛車に角などをとられし
ごとくわづいのなるを人のちよう宝外めんぼくもなき
ことそかししかはあれどもとりもどすせんかたは手みじ
かにおん身を此またともなにてくらの二かいにしの
ばせおき扨そのことへでせい作めにかねづらはつて
あつかはゞよくにころんでそれなりになつとく
することなからずやはとく〳〵来ませと手を
とれどもたちもあがらぬひめうへはかう
へをふりつゝなみだをぬぐひよしやおん身に
ともなはれてくらの二かいにしいぶともこゝ
ともこはあまりにちかしとりあつかひせぬその
さきに今のをつとにしられなば大ぜい人をかた
ち出来てきりのときは
らひ来てとりもどさんとひしめなばわざはひ
そこにおこるべしわらはがおや三位
といゝ別荘はみやとはなれし
水下にかげくらまのほとりにはべる
かしそこにしいばゞ今のをつとに
しらるゝことはよもあらしかくてまづ
尚ぶんはあつかひもせずしらぬかほ
してかの人にたづねさせんおん身はことにかこ
つけて折〳〵くらまへかよひ給はゞひとよふた夜のそひ
ふしもさそなたのしくはぐりてんねがにはくらまの別
荘へおくりとゞけて給ひぬとなみだとともにかき
くどけばろ五郎ほとんど甘心かんしして四右の
くどけはろ五らほとめで廿四日におはしあはずれはばかりおたりまたいたき年かは
代友寺
おれが女ばうをさそびいだして
にげるとはじやうるりほんにも
よみ本にも見た
よみ本にも見た
ことのない事
ねへおくりとゞけをのつねとなみだともにかき〳〵〳〵こころぢうからのあり〳〵〳〵〳〵〳〵にはらにはん
あはずないてばかりあたはいなうれやましたいで来しかば弥
つ〽もとはといへば正札つきのきつとした
◑新シしゆこうこいつは
いちばんあたりまぜうたれを
うしろばかたつてくれゝはよいが
正左の上ゟ
そはくつ
きやうの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
そこに
おん身をしのばせ
おいて月日をすぐ
してそのゝちに
手をまはし
人をもてかね
びうきつと
あつかはゞこんぎうしそ
をるせい作めがかねにせつ
ばぬこと女はあるりういふ
しゆびはしやびたゞ
又もや御意雄のかり
〽東てともなはんあひづばたでぬとなり
としめしあはしてろ五郎は又左へゞ
をはなれ
まちを
よりくゞりいでさてませの小
ものちにはにはるに用さへ
いで来しかば近きまで次
らぬうちにて
かまふおくりと
なんおんじや
両工たゝま
しまへわれらはしまへわれらはしまへわれらはしまへわれらは
〽しよへはしりかへつてふたゝび
什石行
ひとり〳〵にこゝろ跡させてるすをは伴頭焼何がしにゆだね
おきあすまで途中世の小つかひにと
一ぜに七八百こしにつけお太刀いへほん
心立いつかいすべて身がろに
支度たく
してしゆく
しよを
いでて
しいび
やかに
此
男女
おもむく也あすはかならずかへるべきにみなあきこひにゆだんをするなと〽本左のよゟ思へば
まはりみちして湖水
べかたにもいでてから
さきのこなたより
又
しら川山の山こえ
してかも川をうち
わたりくらまにゆかんといそぎ
けるすでにしてろ五郎は玉くら
ひめをたすけ引てたどる〳〵も
しら川山のとほげまでのぼる
程にみちいとくらき木
下したかげよりいと大き
ふるおほかみの一とゑたけりて
してかも川をうち
せどの
かたへ
まつしくらにはじり
いでつゝろ五
立より
虎に
戸を
たゝ
けば玉
くらひめも
すでにはや
もすそをつぼ
をりつま
からげして
おこそ
つきんに
おもてを
くらひ
大じや
〽日たか川といふ
あなやと
つかんと
したりしかば
アルで
まきころさうか
なめころさうか
ばかり
おこのみ
しだい蛇やはい
のふ
おどろき
さわぎて
にげはしらんと
おもむくんあれはならずがへべきさみなあき給ひにゐだんをするなと
りてかや〳〵とうちわがひ
此ちくしやうどもたはむ
すなその人はわがそこと
とく〳〵ゆきも
しかぞか
ずやと
しづかに
しかりとらむ
ればかい人めん蛇
〽ほもおほかみも
でかうべきれてうや
まふごとくろ五郎を
うちすでて木の
まにはしり
御入る点へば
かたちは見えず
なりにけり
しばうくして
ろ五郎は
人こゝちは
つきたれ
どもとゞ
やろくむねはしづ
まらずあたりを
見るにあやしき
いものなく玉
くらひめはし
つゝみ戸を
五郎
さんか
ひやうへ
する折から一トくまたかき
松のしげ元のにはかにそよぶ
と見るほどにいとおそろしき人面地には
そのたけおよそ二三丈只大なみのうつごとくみちをふさ
いであらはれいでにげんとしたるろ五郎があしを尾をもて
まきとゞめ百れんのかゞみよりなほもひかれるまなごを
いからし血ちをもるぼんよりなほしあかきくれなゐの上したを
はきてろ五郎がほうのあたりをいくたびとなくなめし
かばこゝにいたつてろ五郎はさらにいきたるこゝちもし
せずさけばんとするにこゑいてず
にげんとするに身も亦うご
かず顔色じよく
さながら
□□□□□□□□
〽さきには
かたへにたてりわい
おほかみ
あとには
大じ
のまれるか
ひとつは
にこやかにうちゑみて
さきにはよしなき
ちくせうどもが
おん身にたはむれ
おどろかして時を
うつせしそおぞ
なむあみだふか
ましけれいざ
給へとこく
ためてつ五
いい衣をたすおころ
ふたびひちをいてだ
けるこのありさゆに
おろしがいと
しゆ
此ひまに
いざとく〳〵
とねを
ひきてみや
このかたに
はしるもの
からかいどうは
人めもいふせく
しかたる人にあひ
もやすると
〽ぎん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽ヲやばからうい
そのやうにこわがると
おもしろがつて
をどすぞへ
けアかまはずに
おいでいなア
つちのごとく
おほかみ
手あらは大かたひえわたりて生
〽やつもしらずなりにけりはくらひめはこれにも
〽おほかみ八のく
ちよこんはせぬが
ちよこんはで
らちがあらぬと
かまはすろ五郎に先たちて半町ばかりゆき
すぎしがあとべに人のうめくアゑを皆つゝ〽田土の下
おもい
同定寺
けしきなかりしこのをなどはわがおもふまことの玉くらひめにはあらで嬉しくわい
へんげのまだ〳〵しくひめにばけたるにぞあらんすらんとはしらずしてうか〳〵
とともなはれしこそくやしけれと思へともくちには行いはず
いろもこひもさめはててうとましきことかぎかなけれど
今さらすてくにげんとせばたちまちいかりを引
おはして命をとらるゝるもあるべし只此うへはうんにまり
しやもくところまでゆくにはしるをしあんをしつゝ心では
あらやる神とほとけごねんじてしやうみやうのほる他事
けりなく右ににとられしこだちしてゆめのうきはしわたるがごとくとかく
してしら川の山をやうやくこえはててよし田のもりをうちすぎつ
うきねながらに水とりのかも川つゝみに来て見ればこはいかに川
はゞのひろき事日ごろにはことかはりてかの天ちくにありといふ
りうさ川の八百里もかくやとおぼえてびやう〳〵たるむかひに
とほし山たかくそびえてかたちくものたなびくににたりこよ
いたつくろ五郎はゆめうつゝのさかひをわきまへず折ふしあたし
りにふねのなければわたるべくもあらざりしを玉くら
ひめはみぎわなるかれあし一トもと
ひめはあざわなるかれあふ
をりとりて水中になげ入れつゝ
いろをとこには
うまれぬ
はらのうちに思ふやうあのおほかみをも大蛇をもいさゝかおそるゝ
〽あしもぐらく日も
ぐら〳〵どういふいんぐわて
此やうなこわいめに
たびくあふやら
ことだす
ひらりとのるに身はしづ
まずろ五
虎にも
とくのれ
とて
手を
たすけて
これに
のするに
〽ざるまさんを
見やさんせ
あしのはにのつと
あしのはさいつて
おちででないる
むかしからして
ないことじやある
の哉
まいしに
□□□
さいはひに
してしづ
まねども水
せいさながら
矢やのぎく大
なみひまなくうち
よせて丁中へ
よいはいな
〽アヽくるしい
上ゟ目くるいき
あしふるへてこはざ
あやうさいふべくも
あらねばひめのたも
とにしがみつきでねん
仏をとなふるのみしか
れどもつゝがなくさしもに
ひろき川はゞなるを
またゝくひまにながれ
よりてむかひのきしにつきに
ければはじめてほつといきを
つき也又おいひめにたすけ
ひかれしまずとゆく
ひかれ川原にてゆく
ひかれ川原にてやく
ほどにゆくては曲るが
たる山路にてそのたかく
けはしきことしら川とほ
げいたぐひにあらず
ろ五郎は又こゝにいたつて
身さへ心もつかれはてく
よれるがごとくなりしかば
山石がねまくらにたにれふしていとかなしけなる
急をふるはしかくつかれてはいかにしくこの山をこえて
ゆくべきしばしいこはし給へかしとわぶれば土くらうちわらひて
きたなきことをいふ人かなこの山をだにうちこゆればかの別杜人とろ
からずわらは少かたへかゝりのへとなぐさんはけましつわりなくもくもくを引
たててくだんの山によぢのぼるに荊棘曲哉いやがうへにおひやさん
代衣行
まつはりて木こりのかよふみちだもあらずこゝに
かさなるいはほありかしこもびやう風をたてたる
ごとくのぼらんとするに
あしよろめき
くだらんと
するに目
くるめくらまの
つゞらをりは
ものかは
しなの
ばふの
ぢなる
くめぢの
はし飛騨山
ただのかごわたしも
これにはいかでおよぶ
べきと思ふばかりの事はしき
やまぢを〽土くらひめは物ともせず
あるひはろ五郎がこしをおして
ちひろのいはほによぢのぼらせ
又はその手をひきたすけて万じんの
バ早くだる身のかろきと鳥のごとくその
はやきことかげらふにいたりろ五郎は身のうちに
ゆくてにもゝの林あり時ならぬはなさきみだれてくれ
なゐなる実さへなりたりせはこれのみにあらずして名も
しらぬ香木ない霊艸新あちこちにおひしけ
アそいさごは真手出しけるがごとしこれ仙境
財にあらざりせば極らく浄土器うにはと
ひやあせをながしこゝからくしてごの山をこえはつれば
思ふにはやしのほとかに
かやぶきの亭徳
しきありから木つく
りのもろをり戸に三
くらひめまづこやりて
いざこなたへとしるへを
しつそがまゝうちに
入るほどにろ五郎は
おそる〳〵えんかはより
にじりあがるにその
いへのつくりざま
日本のごとくならず
□□□□□□□□
又画で見つるから国の
すまゐにもことなり家をきは
めてひろからで二間ま三間まにすぎね
どのたりやさんのとこはしらすはら木
竹のをよかうおきれい杜親がは
いへばゝりいらずしかれども此いへを
まもる人のばらぬにや橘にには金の
玉くらひれはかべにそぶたるはらによりてほと〳〵
とうちたねばたちまちかべのうちよりしてひとりの
めのわらはあらばれいでゝいとをとなしくぬかをつきへ
ひやうへかへらせ給ひしかいと〳〵おそくはべりといふをし
〽ヱくらひめ見かへりてなんだちさこそまちわびたらめ
このかたざまはわらはかづま也まだこんれのさかつきへ
せねばそをものせんとてともなにたりようゐをせよ
といそがじたつればめのわらははこゝろきはてて一右の一人
たぎりながらいでむかふるものもなしそのとき
七足寺、
左の上ゟしたつよと見ればたちまちにかへのうちに
めりこみつ程もあらせず又一人の人のわかはともろ
ともにちやうしきかづたくさぐのさかなさへりて
いづるにすべてかへのうちより
かべのうちに入りぬれどさけしややれたる
あともゑしよし□といふもおろる
なればろ五郎はあきれはてときよろ
〽なかゟに着や
一がひのしつ
きよろといはながいて
玉のさか
をりかくてふたりの
つい女もの
めのわらはが
かねの
□□□□□□
おきならべたる
さかなは百味の
おんじきにてみな
人ぜんにまれなる
珍ぜん日をおどろ
かなばかな
きるねにまくら
ひめはさかつきをとり
□けはさい
あけて一トくちのみて
おもはゆげに一ウ五郎
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
せんいもせの
かいもせの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽まう
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
らせはべること
ろ五郎さん
そんならはじめて
あげるそへわたし
ばかりにものちはせて
いひつたなかばのみ
かけてさす
つきをつゑがは
いそがはして
かほつきしら川さん
うけいた
とついにおこびを
まだ
お心が
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
天将来せら玉波の
われをわするゝろ五郎
へつのむほとにその日より
〽これは又ひよんな
ことがおこつて来たかやや
かほにあはぬ
ちうつぱら
どつちも
こつちもへ
た女兵
〽なむさん
とぐれた
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
「つゞきとすでにくれはそくきことうだいもともし火のはるをしらぶるはなよめはなむころのわらばいた
竹のしらべに立やうをすゆるにぞ夜はやうやくにふけそめたりそのときしくらひ給はめいわらは給ひ
けてちやうしきかつきをとり入れさせろ五郎が手をた
さへてやがてふしどに入りたりけるきればよるのもいべども
にしきの夜着にあやのふとんたきこめたる所らの
かにりもいとゞえならまこゝちでする
ふたつなみべし玉の
を〽まくらたてめらし
の下小
よしや大国の
きみといふとも
これにましたる
〽たる
すだれひやう風
女兵
の上入し
〽とてもかなはぬ
おくらひめいのち
をしくはこうざん
し
ねやはあらしと
思へばふとんのうへにだも
すゝみもしたる五郎を
玉くらひめは引よせで
いもせのかたらひしは
べるからに何はゞかりの
はべるべきさるをなほ
うたがふてなどこうち
がらのあやき事又此ごどのあるへ
さまをいべかしく思ひ給ふにや
たのむ
すゞめの
ちよつちよと
ござつて
うたへとは
おやどの
とけ給はざるさきにみちす
しれた
ほでてんどう
ならば手がらに
みめて見や
一兵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
をつとゝかしづくおん身にはつゝむべきことくりともいつまでいはではべるべき
わらはが吉原本雄をうちあけてそのうたがひをときはべらんのとより
わらは言人にげんつたびとてもしらすまとは月宮殿のあまつものあまつと
乙女にて御城代もうとよばるゝもいにはんりしるにすぎつるとしあやまでるし人
ことありて用大王治のちよく効をうけ奉り人げんせかいへなぎれてうたゝね三
仰ぎめ高門といむすめとはうまれし也かくて又ちかきはつ月のみかどの赦免徳を
かうむりふたゝび天上へたちかへることをも得たるによもつひにおん身をともなにて
この所まで来つる也この地は西の仙地にてとしにしに一トたひ織女星嬉々ぢよの
はたちおりてきぬたよりくる河源加といへわころいにいへ漢心の張騫将がいかだにに
のりてはなくと来つるはすゑつきこの地也しかるにおん身はと下からず地作も
老となるべきすくせあり又わらはとはいもと
せのちだりそむすぶ元に
しのあるこれはこへとも
しのあであるいへとも
なひはがりし也さるに
よ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なしきゐかせし
酒もさか二
八仙丹
焼天将□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一したびこれぞなむる
ものは百万年のよはひを
たもつふ死のきごとくのはべるを
もてわらはとおん身とたいしみ
つきずかくて月日をかくらんこと女にの下にてあきる屋の
世わたりにましはべらずやといふにろ五郎おどろきつきつ日
よろこんでひたひをゑでさういにとゝはしらずしておん身をうた
がひあやしみしわが心アそおろかなれすでに不死去のくすりを
あり
〽こゝごろ日ごろの
うくみをんす
おやさいは□
かだきはぶせい
おつとりせめて
上ゟしふく
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ちにかぎりな
〽くはゐさかやなんとは
つくはくさりたんとは
人をしむにたらずみな
〽これおんじ身のたやうにて
とてひとつ夜義にそ
へんとたるかう
とのかたたはかしくめの
わらはかはせりし
ひちせり山なれ
ひめいこまま
ればかくかひめにこんにて
ければゆへらひめ
やすいかいゆりのをおも
んの仙女は此としろたんに
うらみあるものなかたしられば
一わざはひありんしつら
し給ひそとて夜着を
ろ五郎にうちかけていでむかへんとする程に
あはびひめはすでにはやびやう風おしやり
すゝみにて玉くらひめにうちむかひ
おん身はたれがゆるしをうけてをとこを
引入れ給ひたるといはれて玉くら
うちほゝゑみこは思ひかけも
なき何を見とめていはるゝ
やらんといはせるはてずあざわらひ月のあかどの
御ゆるしそりしなめしよりなく人やけんけんかいの
凡夫婦をともなびけがれしおこなひしな
がらもわうはをあざむく大たんふてきろん
よりせうこはこれこゝにといふよりはやく夜
着かいとりてろ五郎を引いだせは玉くら
ひめはいかりにたへずせらはがをとことわら
はがぬるにいらざるせんざくおかやきもちちつとも
かまにてたもるなといはれてせきたちあはゝひひめさうは
させぬとたがひのあらそひかなたへひかれこなたへ引るゝろ五郎
弓かれるがごとくせんかたもなく見えしかばヱくらひめはちからをきは
めて五五郎を引はなちまくらかたなを引ぬきてうたんと
すればあはひひいはかなりしとや思ひけんものどもいでよとな
さけぶへてものゝかげにうかがびゐたるあはひくひくひてい
四五十人手に〳〵たんたう引ぬきくみだれかりつゝ五くらひめを
ぎたゝかひしが玉くらひいには加勢女はなく身ひとつなればあまたのてきを
きもちらすべきよしもなしなましいにいけとられなば後悔籠そこにたちがたし一
すさんで方をきりひらきおもてをさしてはしらつづるとしいがすなとめはひひめの下知に
はたがふこしもとずむら〳〵はつとおつかけしが詩おびつかへもにけりろ五郎はといかけなき〽おと
ひつとりこめてうたんとするをもの〳〵しやとさゝえつうけつしばらくなせん
まどことをしりそきてわざみかたをかりあつめまさはさんさんとみをかへさんとてしきりにしんしん
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はひのおこりしより
汝たびいきたるま
ちもせずというめて
としてをあはひ
おはなでさいてたるに
おどろきおそれ給はひ
わがはとおんきは女也
ありさるを二郎へでが
□□ん□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
とほくにわせされ
へふたびこへ
かなはしいざやいふせの
ちぎりをむすばんやよ
のみしたりける
みなたへと手をとりて
ねやのうちへぞひき
ね入金梅をちらして
さくらがりいづれを
わろしと思はねども
ろ五がは此うへにも
此いかじるうきめに
あはんかと思へは心
やすからずふくろを
ごかぶりしねこならで
あとしざりを
のみ者たりける
〽おほいしはありかたけれとまだいつそうに
のみこめ寄せめ御ねんなされて下らくらせ
曲亭馬琴作
編初篇二篇五十五
出板一
漢梵賽擬選軍談第
歌川國安画
擬太平記演義三國志
曲亭馬琴作
同毎編合本四対
むかし〳〵歌舞伎物語
柳亭種彦作
歌川国丸画
國字水滸傳八編
正本製十二編
柳亭種彦
十二丁目
同断之上
歌川国芳画
柳亭種彦作
五渡亭国貞両
東都馬喰町弐丁目永寿堂西村屋与八切
欠
曲亭馬琴作
編初篇二篇五春
漢林疋賓擬選軍歌第三條
出板
歌川国安画
擬太畢記演義三国志
曲亭馬琴作
毎編合本四冊
むかし〳〵歌舞妓物語
柳亭種彦作
歌川国丸画
國字水滸傳八編
柳亭種彦訳
歌川国芳画
柳亭種彦作
正本製十二編
五渡亭国貞丙
東都馬喰町弐丁目永寿堂西村屋與八板
此本何方え参
城田屋御屋い方小
には御留置被成には
もよくしのいでは
第
文政庚寅
孟春叢知
しろ
市永夜まち白
め
女のつぢ占下冊
馬豊作
一貞画
江戸馬喰町二町目角
書林兼地本錦絵問丸
永寿堂西村屋與八梓
五五
ろ五郎は思ひかけきくあはひやめにもちかけられたる水ちそうぞかねはだく玉雲ひめと
人ンげんのたねならぬこのともがらは天士のあまつて女であることやが又ばけ
物であることやらいまざすうもしりがたきあやしきあやしきなとはだふれて
いのちをとらうらともあらばどのこゝろみあぶなき仕事いなむに
しかしとしりこみしつゝ御めん〳〵とわびてもはなきぬあはひ
ひめのしめやりにくどきじやうずのさはりもんくにたち
もちまらに凡夫婦のかなしさふたらびしあんをしかえて
見ればあせ水ながしてかせぎいだせしやぶの下なる見せを
すててともなはれたる玉くらひめごまだそひぶしも
せぬうちにあはひひめみたゝかひおこりて玉くらひめの
ゆくへをしらずしかるに今この国人のすえぜんぜんと
しやうくわんせずはいへをすててはる〴〵とこゝ
まで来たるわが大ぞんのうめくさはたみてなし
いつそのくざれもろともにねるにはしかしと
むなさん用もげにいろこのみのくせなれば
ひかるゝまゝにおめ〳〵とふとんのうへにはひ
のぼりてことにおよばんとする折から
おもてのかたによせ来る大ぜいときを
ろ五郎は思ひかけなくあらひひめにもちかけられたる御ちそうぶりにむねばだく〳〵玉くらひめと
くらべて見ても月とはなとのきをやうよしかえ〴〵にしてそんのないとこりとは思へとは思へどは
いのちそとらうらともふちはむくのこゝろみあぶべき仕事いなむに
五十九度は
どつとあぐるになんあなやと
ばかりあはひひめはうちおどろ
きて身をおこす程引もあらずこし
むとぞの三へンはしり米であげ
もとず両三人ンはしり来てにけ
うせたりし玉くらひめがさきのち
ぢよくをきよめんとてあまたの女は
ばんいふをかりもよふしまちかくおし
よせはべりきとつぐるやうなつくあはひひめ
それおひちらせとはけしき下知に四太郎よし
つよいあねざんたちだのに
サア又ことが
サア又ことが
おこつて来たし
見るやうにきの
どうはなりうちを
□□
くなことを
そこ
はなしや
立ふた
かりてしば
らくふせき
たよひしが
てきは大
たきぜい
かる事
太郎
されは
七之寺
石石名
にげらせ
みかたの大せいこみ入るを玉くらひめし
おしとゞめてあはひ姫はすでにはやせどの
小かひなとつてねぢたにすをこゝろ得たりと
ふりはらにこなたもさそくのはやわざに
しばしやいどみたゝかひしがくまんとすゝ
ごくらひめをよせはたてじとあはひ
姫のこぶしのあて身にたぢ〳〵とたち
ろくひまにあはひ娘はあとをうづめて
にげらせたりいる所に玉くらひめの
かたよりにげらせたり今ねをたつて
とをにをからざずはかならずのちのうれひぞ
思ふなれろ五郎ぬしはさみしくともわらはが
かやつをほとつほしてかへり来ぬるをまち給へもの
人どもつゞけといふまゝに門ぜんにつながせたる馬に
ひらりとうちいりてたがなかいくりはしらすればその聞これぬこれぬこれさおらさ
ひらりとうちのりてたがなかいくりはしらすればその
手の女仁の少聞かずをつくしてみなおくれじと月のふる
西をさしてぞゑてゆく○ざるほどにかん田屋ろ五
郎はひとりちん仲しきにとりのこされて
ひめのかへり来るを今か〳〵とまつほどにはや
あけがたになりしかはまちくたびれて思はずも
くらぬるとはなしにまどろめばいつのまにか夜は
あけはてて木つゑにあさるとりのこゑに
おどろかされてめをさませばこはいかにわが
ゑい気をさけんとてはやおちしたくをするほどにこみ入る
よりもよひのうらみをおぼとえしかといふよりはやくとびかつて
なきんいづくまでもおひつめてうちとらんとこそ
身は元しらぬ山かげの松がねまくらに
女社のぢ聞に先たちてはしり来る玉くらひめはあはひ始と見る
かびのはえたぬりをけ
えびす
〽こりやァ
及びす
どうだふきや
〽しやうらかばア〳〵
ちよろまつすん
びいはア〳〵
ふきだしたしゆて
見まやうなわからぬてあひが
とりまいて何といふごとやら
聞とれぬこれさおらア
げに此国の人〳〵のかみはちぐれて。しや
●左のすゑゟはてにして黒暗州といふ国
なるよしをはじめてしりて大きにおごろき
ぐまのごとくかほもからだも
ころかるは黒暗国□□の
しるしなるべし
此とこつより
一日本へ十万八
千里ありこへば
いぎて□けうがへ
いきてこけうが
らんことはとても
てもかなふべから
ふきだしたしゆてんどうじろ
ひいはえたぬりばけのばけのは
□□□□□□
ず思ふにかの玉
「五日からへンだよ
五日からへンだよ
しかもみやこのかたほとり
がん田やろ五郎といふものです
といつてもいつかうつうじん
さうだまくじれつて
やぶの下にて日の出のあきへ
くらひめは天
物てツ
きどの
ばけたる
にてかくは
わづ身を
たぶらかし
せかいの
にはて
なる此
ところへ
さらひ来
つるものに
そこは
何とせん
ま
おじや
ドロン
ドい〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵
これは
しんどうの
おとなり
ふしたる也あたりを見るに家もなしまいて
よんべわがるすせしちん油しきなどいふ
ものはそのかたばかりもあるとなければさらに
し又きもつぶれてぼう然んとしてたゞすみしが
ありへる事をつら〳〵思ふにゆめににてゆいにもあらずうへく
かと思へばそのあともなしこよいよく
たがひまよふて百印
とばかりに
心のうれひ
やるかたも
なく只さめ
〴〵とうち
なきしを
えびす
どもが引たてく里と
おぼしき所へともなひそこの
役所へつれ
ゆきて彼
人によしを
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ゆ印印
つぶきにたづね
たゞつきらば
国王地へ申上ん
とてこの国へ
ちかくに人さと
とめおくこと
あらんにはゆぎてうたがひをとかばやとて
およそ半年
そこともしらぬ山かけ近在いでてゆくほどな
見も見なれざる異国人如にく両三人いで来りて
ろ五郎を見て大きにおどろきこゝに来たるごとの
もとすゑ又国ところをたづぬれどもたがひに上ばい
つうせねばくつたをへだてかまきをかくこゝちのみして
ことを弁ぜずしかれどもてのうちにやまと仮名を
ちとばかりそんじたるものありしかはたがひに云にごとみたふる
よしをふせにしめしてさとすめぞいこく入らもろ五郎
ばかりにして
べらぼん〳〵
ろ五郎をのり
もいにうちのせつゝ
道中ぞの百日ばかりに
りとす原又国ところをたづぬれどもたがひにことばの道中村百日ばかりに
して王城頭に為て
ことを弁せずしかれどもてのうちにやまと仮名女をまつかいにかいに
一日本国の人としりろ五郎も亦この所は北天竺或〴その国の国のたへし日本の
七夜寺
□□□□□□□□
さだめられすなはちろ五郎を王城
せうへめしのぼしてことのよしをとはせ給ふに
ろ五郎も此国に一じとせちかくをりしかばえびか
ことばを聞おぼえてちゝいちごたへまうし
たる弁ぜつきはやかなりければ国王
よろこひ大かならず日本は小国なれ
ども万国にすゞれしことかねてつたへ
聞にたがはず此大五郎がじんひん
こつがらものゝいひざまたちふるまひ
までから天ぢくいへばさら也大千世
かいにありとある国人数のおよぶとこ
ろにあらずよく〳〵ちそういたすべしと
つかさ人らに命めせがれやがて旅の
館家を給はりてあまたの人をつけ
おかれけうおう火かたならざればろ五
郎はこれになゞさめてせめて
ものことにおもひけり
○しかまにこの国王のおん
むすめに黒暗女臣残んと
鳴元はことし十八才になり
給ふがいとかだむこきみなかり
けりさるほどにこゝあん女郎は
ろ五郎が国王にげんざんの折から
ゐこく人をよそながら見んとてみすのうぢよりして
ひそかに
かいまみ給ひしにいろ
まつくろにてけだらけ
なる
ぎや
〽二テモかわゆ
をとこらしいとのごじや
ぶりに
〽かて小りこうな
うづゝをぬかし
をとこじやな
よだれをなが
して一トだび見そめのこし
よりこひやみことなりてたへ
しかしくちほど
ゆけばよいが
られずかの
ろ五郎を
とりあげて
むことな
給はらずは
わらはは
こがれて
死なんのみ此
こひかなはで給へ
かしとしきりに
ねがひのふに
なん文右の下
足之寺
〽きよゐのごとくわたしめは
かせぐことにぢよ才なく
あたゞけないことも亦
おきをこえたるしまつもの
はゞかりながらおつかひ
なされ七御らうしませ
とく用むきでござります
えびす
左の□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽思ひとはらなり
女政のかくまで
こひしたひ給ふことなり
いなといはゞ思ひつめて
命におよぶこともあらん
と申たとひゐこゝのもの也
ともいのろ五郎を
〽をとこ
ぶりを
むこにせんとく
いはれては
そのことのおも
むきをつ五
兎にしめさせ
給へばろ五郎
ならぬ
のき
聞て思ふやうぎた
なきえびすの国也
とて日本へはかへ
〽るによしなせつて
もの思ひでに国王の
むことならばさばかりの
ゑいぐわはしつべしいなむはえうなきと
ならんとしあんをしつゝゐ義におよばずみやう加にかろひて
ありがたしとおんうけを申せしかばこくあん女のよろ玉いへは
さら也玉王も喜ゑつありて吉日をえらはせ給ひやがてこく
あん女とろ五郎がこん礼の規式とありしゝめがけの大
ろうそくを五六十ちやうともしたる坐しきはさながらまひるの
ごとくかいぞえかしづきなんどゝてそのことをいかさとる男女の
官人娘いく十人といふことをしらず酒食し地はうみ山の
官人皆いく十人といふことをしらず酒食し地はうみ山の
し珍味御んをあつめてきやうぜんもつとも美と去つく
せりかくていろなほしのだんにいたりて大五郎はとくの
女をはじめてよく〳〵見てけるにいろくろきことねへの
ごとくまなこのひかることきゑやごのごとく身のこうち
すべてけだうけにてさながらくまのばけりのににたり
あざまるまいろくや
〽いろのくろい
あらねばいろときやうゆ
国だから
さめはてくいとがこ
んめよかうを
まで来てひろめれはいゝ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さぞうれるだらう
まして
四十一
右ゟ
思へども
今さらへんざい
入ることなかれは
あん女はかほに
大いんらんにてよるもひるも一十
おほとよきこち
してふしとに
その夜をあたゝに
しかねにだの
あん女はかほにあすが
什衣行
ちつともはなれずしかも
しつとの心ふかくこしもとの
女ばうたちにろ五郎が
ひとことでもものいふことのある
ときは下地よりくろき
うへにいよ〳〵まつころに
なつてはらをたちをつて
とのむなぐら引ませて
こづきまはず大いさがひも
小女が三合のかなしさは
十五郎は無理をとうして
一トこともあらそはす桟けん
ことにはあらねどもこれもさきの
ことにはあらねどもこれもさきの
□たのて□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
牛のきし身にとらのきものてんふらす
なんどこの国の人はうまがれども
くちもくへるものにはあらずなれども
十二月廿一日
それはかんにんもなるべきがこくあん女は
声をすゝめて蛤勢がら山獺さい柴梢
つゞきころ五郎に引ついて
気つまをとるくるくるしさたゆべき
世のやくそくごとかと思ひなほして
月日をすぐせとあけてもくれても風
ぶたのてんふらひつしのいりころばしあん
思ひのまゝにろ五郎をたつしやにしてよるべ
ひるのたのとこをなさんと思へば餌莱の
花籠しえどの腎薬汁をつねにのませいけみ
ころしみせめらるればさすがの道五郎よはりはてあごそ
はへばおぶばかりになりぬそのときろ五郎思ふやう
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
十三
かぎらがあるさう
せめされてつゞともいか
思ひゆかけぬことまでも
きたてられては
ぐわいぶんにかゝはるわい
ぐわいぶんにかゝはるわいの
わしがわるくはあやまへ
ませうまづはなさんが
ナントのろからう
左の方まち
がひにてもちし
女ばう
しら川は
百ばい
また
こゝにて
死ぬるを
またんより
いづゝの山にも
おふすかにて
世をのがねんと
しあんをしつゝ
かしづき人の
ひまをうか
がひある日
十二王城わうを
はしりいでゝ
ひたちまち
ちてん
したりけり
○さるほどに
ころ五郎はおつ
てのかゝること
もやとて
あじなまの
してはしる
ふほどに
われ国王のむこになりてあまたの人にうやまはれ
さいはひあるににたれどもこくあん女にせめられて
いのちは旦夕たりにせまりたりまことに悪女終の
ふかなさけといふことわざはわがらへなりさきには玉くら
ひめといひ又あはひ姫といひたぐひまれなる美女女女女み
なりしにそのふところへ入りながらいち度もほゐを
ことけずしてかゝるあくぢよのしつぶかをつまと
せしはいかなるいん
ぐわぞこれを
思へば女がの
〽玉くらひめ
三たびろ五郎を
下にい
こらすところ
くはしく
ありし
とは
右の下へ
画にあらはさんとするに
丁すうなし見る人
よろしくさつすべし
いくばく
〽レをとこ下にゐや
しかのつのゝつかのまもゆだんのならぬ
あくしやうものよんべいきあひがすぐ
れぬとてわしにひとりねさせながら
をんなを見ればじやら〳〵と
あの目つかひが気にくはぬヱヽ
はらがたつ〳〵どうしてくれふ
おまへはのふ
里といふ
こらにいこ
ことを
しらずやう
やくにつかれに
ければしはし
こゝらにいこ
両丁ゟ
はんとてとある
五ぐらひめにともなはれたる
ちんせしきによくにたり
おしあけてすゝみ入れば玉くらべしさきにわが
ひめははしちかきはしらにもた
しばの戸に立
よりてうちのかたを
これはいかにとばかりに口を見入るゝにあやしむ
べしさきにわが
市中へ
れてゐたりけりろ五郎はこれを見ていぶ
ろしくも又うれしたに思はずも丁ゑをかけて
わかれしころの事をとやに玉くらひ前はものいは
ずはじめて見たるおもゝちにてさげかくれんとしたりしを
ろ五郎うぢみてたもとを引とめりてかれしよりすでに
はや二三ねんをへたれども見わすれもにはあまりに
はや二三ねんをへたれども見わすいますまいに
じやうなしまづ下にゐていふよしを暫給はずやと引
すゆればひめはおどろくけしきなくそなたはいまだ
さとらすやその身に三ッのふ花のつみありはじ
めにたん田やせい作ともともともあはせであき思ひせし
どきその見せはんじやうするにおよひてせい他に取
百両をわけあたへたりといへどもかれはその五百束を由
だちにはきとられてちとの合力なかくをこひしけるなひに
一もんだもつかはさずこれそのゝや義のひとつふそのゝち〳〵つまい
めとるにおよびてうたゝね三位にかたるかねのかたにおぼし
代夜行
礼の夜のまちがひにてせい他が
ゆひなづけの女ばうしら川と
そひぶしして女むことを得ず
しら川をそのまゝつまに
したれども玉くらひめに
心のこして女ばうしら川を
おきざりにひめをともなひ
これらの罪階威をあるにより玉くら
姫をともなびながらつひにそのほゐを
とけずあはひ姫にいどまれてのり
かえんとせしもふ義也そのつみとがを
こらさん為にこゝあん女のむことなして
仙じゆつにてあはひ姫もこくあん女もまことに
ありしことにはあらずされば河源助といひつるも
こくあん国と見せたるもたえて世になきもの
へるを口いまぼろしにあらはしたりかくてもいまだ
さとらずやとときさまされてろ五郎ははじ
めてゆめのさめたるごとくうちおどろきつ日
はぢてかうべをかきてつひゐたり玉くら木木と
ろ五郎は只あい〳〵とごたへてやがて身をおこしつゝゆくこといまだ
いくばくならずあとへはるかに見かへればかのちん野しきは
きえうせてみちゆく人にあひしかばこゝはいづことたが
これそのふ義のふたつ也かくてこん
貴人契のむこにならんとはかれり
はしりたるこれそのふ義の三ツいでかし
としごろ日ころからきめ見せしもみなこれわらはが
はぢてかうべをかきてつひゐたり玉くら木木と
うちわらひてしれものなどてかへらざるもとのすみりへ立
かへらばおもひあはすることあらんとゝゆかずやとしかられて
前江峠
非ニ非
ここしざんなのかはるが
奉公人の大きなしあはせ
不参下
米米
伴一
左の上ゟたづぬるものから
下上ばうをさそびいだしてちく
てんせしかざらずはとろく
かこひおきてそこに日ごろを
〽ふんさんよりは
すぐすもあんにくさも
ゆくへしれずと人のうは
さにおはわが女はわか女
にくし引ずりもどして
うらあをかへさでおく
べきかとてねたみの
ほむらきやるとき
なくまつくわほう
次とだんかふして
むらをさにうつ
たへいでろ五郎を
たづねいだして
つみをたゞさせ
給ひねとて書
訴ぜうしきり
なりけれはむらをさ
聞てうちおどろき
ろ五郎がなかうど
おやなるゑいくわ屋
ゆめ介をよびよせて
すみやかにろ五郎を
だづねいだすべし
けりこれによりゆ
一奉公人の大きなきやせかん田屋のをとなにもの
ぬるにくらまのゝふもとゝこたへけりろ五郎なほもいぶ
かりてみやこのかたにいでんとする事あやしや着きたる
きるものはにはかにいと
うせくちちぎれて
ほろ〳〵として
おちしかば身は
あかはだかに
入りにけり
せい作はかつ日の夕くれに
あきなひしはてて
くらひめのをらざればおど
ぬれどもかげもなくさては
とかくするほどに日
かずふれどもろ五
夢のかへらずとて
をとな小もいら
手わけをしつゝ
はなしふたつにわかな
さてもそのちたん田屋
しゆくしよへかへりしに玉
はなしふためにわか
〽これから
べつして
気をつけて
わばろと
レサだ
ぞへ
ろきさはきてあちこちとたづ
かん田屋のろ五郎めがうばひ
とりたるなうたがひなしいづこへかくし
おくやらんと思へばさらぬおもゝちして
ろしこのやうすをうかがふにかん田屋の
にてはあるじろ五郎が近つきん
おもむくとて古いでしと聞えしが
レウだんながおつしやる
ひたすかに右の下へし
みんなもしつてであらうい
みなよろこんでをりますてや
近在地のこすくまなく心あてあるところ〳〵を大
かにならずたづねしかどもふたりがゆくへのしれざ
ればせい作をおしろざめて何事もろ五郎が
ゆくへしれねばせんかたなしいよ〳〵かんと殿もの
ならばあとしきは初といゝまに〳〵どもかくもはか
らはれよといふに亦せい作もあひ手のをらぬ
けんくわはならずしからば西ぶしまつべしとて
追たえぬ無念をしのびけりかくてそのとしはくれて
ぎのとしにいたりてもろ五郎五郎五郎ひめのゆくら
しれねば人みなふかくこれをあやしみかゝればろ立
郎はいろにまよひて玉くらひめともろ共に
山ふち川へ身をやなげけんしからずは大まへなるいへ
くらをうちすて今までかへらぬことやはあるま
ことにむざんのこと也といはぬものなんなかりける
これによりむらをさとくわほらすゆめやら
だんかにする女うもとかの見世はろえらとせい
作がもとでをあはせてかせきいだせしものなれ
作がもとでをあはせてかできいたせよいへれ
どもくわくしづによりてぜい作は五百両を
わかちとりそのかねをうしなにて又女
も□□
しむ
ばうをぬすまれたればはらを
しんだいは
わしがとる大き
たつこと無理ならずこゝを
もてかん田屋一世帯丸
せたりをせい但に引
もとへ
もとへ
かへるとの
しつてであらうい
わたしかつ五郎がおきさかに
女女ばうしら川に
せい作を入夫婦から
せばもとゆひながけし
上
公有
しやらふのことん双上刀仕歩いひぶんあるべからずとてすなはちことのおもむきをせい作とい
しら川にときることしやがてせい作を入夫婦りとして用ひたる見世をひらかせ伴頭もん
手代にぞつちまでつけわたりにしてければせい作がとしとろのいきどほり
たちまちとけてゆだかなる身になるのみならずもとのごとくしら川と
ふうふとなりしことなればくわほうすもこれをもろたびしら川も安心ほんし
してもつけのさいはひ也と思ひぬさればかん田屋はあるじがをらずなりし
よりひざし見せの戸をたててありかね余程へいたれどもにあばり
りはなほありしをせい作がうけとりてだん田やといへなそあがため高
利のかねさへかしつけて利をはたることいらひどければ十ねんばかり
たつまゝに三万両のぶげんになりたりこれによりせい作はやう
やくにおごりのひいで来つゝ瀬田のはしのかたほとりに別荘いるを
あがなひもとめ折〳〵そこにおもむきてつりなどをしてたのしみへ
けりしかるにある日のよひすぎてせい作はべつさうよりおも庭へ
かへらんとするほどにぜたの橋にて身をなげんとせしをなごをく
見つゝいだき
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
とゞめてことの
ことそもやどへはかへられずといふていつまで
よしを
かぎりもなくおせわになるべき所ともふ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
〽八テなんにも気つかふことは
ないこゝよりはほどちかきわしが
やしき子しのんでござれば
しることはない
死んでははなも
さきませぬ
十上ゟたづぬるにをなば
ゑみたをおしゆぐひく
わらはは京家の
さむらひ何がしが娘
にて名をはよたねと
よばるゝもの也まてまの
はしさに心たちまち
さかしらにて身の古かた
きことあればかくときはめて
なかけをかくしこゝまでは車
つれどもながらへはつべき
〽こんにしあとねば身をしべ
入めんと思ふのみとつぐる
也ことばのあはれさに
せい作はつく〴〵と月
あかりに見るかほばせの
玉くらひめににたるやうにて
それにもまさるうる
はしさに心たちまちにやう
まよひそめて
さま〳〵にいさめ
こしらへそがまゝ別荘
かにともなびゆきて
その夜わりなくくどき
よりてつひにまくらず
さま〳〵にいさめ
ひならべしより人にも
〽つげずかくまひて
をり〳〵がよひてとうりうしつ
ふかきなかとぞなりにける
1
さる程にたん田屋せい作ははからずも美女いよふねがいろに
まよひなさけにひかれて世わたるわざももにつかず間まなく
ときなくことにかこつけかの別荘書におもむきてとうりうに
日をかざはしかば見世の事はばんとうなる何がしにうちまりせ
又金銀の出し入れは女ばうしら川にゆだねおきてやゝもす一
れば月のうちにサ日あまりは別荘前にありおも屋にをる一
ことまれなりければその家やうやくおさまらす手だいに引おひ
するものおほくいまだいくばくならずして四五千両のあろたを
あけられよろづにつひえおほかるをせい作はなほさとらねば
どもわかべつさうにのみするよふよふよにきすあいするゆゑゑなりとへ
どもわがべつさうにのみをるよしはよふねをあいするゆゑなりと
内外たちにしらぬものはなきにしら川がいさゝかもりん気嫉
所しのけしきなくかへつておも屋にすつとのすらぬをさいはひ
なりと思ふににたりこれ第一のふ審心なりわけなからずやと
舟
〽何うそ
ばつかり
おく
おくさまが
さまが
さぞ
おこは
ねへ
生
〽あ
〽人がわろく申ますぞへ
のちのことに
なされ
ませ
ぬか
〽これから
こしば
さすつて
も
〽せい作はやうやくにうたがひおこりてある日おも殿へ立かべ
一りてうちのやうをうかがましら川はなん戸にをりとし
十六七なる美少年頃晦らにけんべきをうたせたるその
事のていたらくとはでもしるきつまのふ義うたがひなしと
思へどもまさしく見とめしことのなければたへぬいかりをおしかくし
ずくなほきらぬおもちしてこの一つちはいづこのものぞと
とへばしら川うち原みておん身はいまだしらでやをはげる
かれはみやこのものなるがいゑるころとくゐしゆじかねんきま
してつかやてくれとばんとうがたのまれはべりそは十六の
としなれば子がひにせんはふけたれどきもとくゐのむしひ
つけなればことわりをいひがたしとて十ねんきにてかたに
なり見給ふごとくやさがたなるに見せでつかはゞ間にあは
に物どんかご手のおひまはしにつかはせ給へといふによりしめ
□□□□□□□
ばたらきにしたる也此ごろ来つるものにはあらぬになん
身は何がたのしくてや下やきにのみゐ給へばつきんと
おも屋のにはへしのび入りなん戸の
かたにうちめぐりてうちの
やうをぞうかゞひけるすでに
ぞの夜のふけそめてねよ
とのかねのひゞくほどに
いへの内なる奴婢女どもは
みな〳〵ふしどに入りしとおぼ
しくなん口のうちにはしら
しくなん戸のうちにはしら
川とかの戸み介がさゞめ
ごとのしめやかに聞えし
かばせい作はいかりにたへず
あま戸けばなちはしり
入りてふ義もの見つけだうごく
なとよびかけながらたてめぐらに
夜春時にふしたりけるしら川も戸みは
おどろきあはてておきんとするをおこしも
たてすせい作はこしなるわきざしぬき
かけてふたつになさんとほとり
かゝればあやむべしはゝ介が
すがたはたちまち夜ふねと
なりてせい作にすがもつきこは
きよくもなしせい作さま
たるひやう風をはたとおしたふせばひとつ
よごとくのかたらひに女ばう
かしといふにせい作うなづくのみよくその不義を見さだめてせんすべありと
しあんをつゝ又へつさらにおもむきしが夜ふねにはつげもしらせず
そのつぎの日は夕くれよりべつさらを立いでて
〽なうこれまうし
こちよらし
なんじやい
なァ
□□□□□□□
ばんなの
はやかはりは
梅幸に
させて
いんだき
しん手な
それかあらぬかこりや
よて〳〵トげなるをぞましきよこれが夕はたゝみぬとよばるゝものにゑる「土のよふよりなりしをおうやくにおしつめて
かしといにせんらまつゝいみよのふ義を見ざいこんでせんすんすべぢうちに思ふやうわれにやうわれても
きりころさんとしづるによりあのばけ物
めにあそばれてかゝるはつかしめにあやうと
さつするところ今此よふねがいへり
まこのよふねならんやよふけはこれ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
えうくわいま
えうくわいま
えうくわい
らんしやつ
よふねにばけたる
おとにいへの内の男女婦ひとしくおどろきさめて
なん戸にはし由来にければせい作さわぐけしき
はげがしんつう自在
どうじや
〽まうしく
ときうたばかなでず
しとめつべしアゝしる
なりとしあんをしつゝ
よふねがしきりにいつ
れかゝりてたはむれんとするゆだんを
見すましは心をもかけずぬきうちにかたさき
丁ときりつくれバアツにさけんべきなれたり
丁ときりつくればアウ〳〵さけんでたふれたりこのも
なくみなのものあれそ見よわれはう
くわいをしやめたりといふに人みな
立よりて見ればむざんやえうこわい
ならでしら川はかたさきよりちの
したまでそきられたるきうしよの
ふり手にこときれて
しら川さまかならす
むく又はちゝつさ
かはつく下さり
ますなへ
まみれたりこは
そもいか
いへはりか。わが身にかくして
立かへりこのおゑさんと
あとにのこりしよふねがすがたは又たち
まちに磨み介となりてしら川
とまくらをかはすを見るせい
作はいかりにたへずはしりかゝつて
きらんとするに磨みめは又
よふねとなりてせい作に
いびきすや〳〵うまゐを
したりこゝにいたつく
せい作はぼうせんと
しかくいづれを人いづ
ればこんうくわい也
と見まざるを
とりきだめず
〽あきれ早まよにて
さつくそなきをば本ソさいに
せんこのたまひしそのことのはは
ふたりねてじやまになる
へきわらはをはころさんとまで
すがりつき夜若の内にう
入れてだはふるゝことはじめの
ごとしそいたびことにしら川は
し給ふはいとなさけなしとうらみつゝそがまく
ふしどに引入れてといしみをとる由力女孫のかた
らひかはすまくぎをしらずがほするしら川は
うまゐやしけんせゑがあはしておともせずせい
作はうたがひまよふてことはててしりぞく程に
心もあだるゝ
代芝寺
ともに
もろへき
川
〽なんぼをそこのめう
もんでもあんまり事
しかたじやな
たのしまう
おたがひ〳〵
十一
同一一一一一一二十一日
つださし見ればまことにわが手にかけしは
えうくわいにあらずして女どうのしら
川也あやしきことはかざりなけれど今さら
つゝみはつべきにあらねばこらひありしことの
おもむきを奴婢女どもにときしめし
なんぢらも知れるかのよふねは今も別荘
おかにけるならんとくゆきて見て来よとて
心きゝたる手代
きたると代
一人に
□□□□□□□
〽せいさんあばよ
御くろう
男
つかは
せしに
その人
あけがたに
かへり来て
なとの本ゟつげしらせみづからむらをさにうつたへ出て
おほやけの妙法だをねがひ奉りしにあやまちとはいひ
ながらとがなき女ばうしら川をころせしうへはゑだむるう
よしなしとて人こづしのつみに定められしにれて松屋した
くわほう次はこのときいたくとしおいたるにもとより
ぢひふかきものなればさもわがいひをがいしたる
せい作をさのみはにくますかへつてかれをあはれ
みてたん田やのばんとう手代らと相はりて
あまたのたからをそのがたざまなるつかさ人に
おくりつゝいのちごひをしてければせい作はそが
まゝにひと屋に入ながれしこといふそ
五ヶ年の月日をへて六ねんと
いにあきのころ死しざいい
とうをなだめられ
その身はとみつを
おひはらはれをね
いへくらを
もつしゆせかれ
けりこれより
なとの年〆つげしかせみづからむらをさにうつたへ出て
いたるまで
のよしなしとて人ころしのつみに定められしにれて松屋たやしてを
よふねとのは
べつざうにゐ給は
国そこらいづへん
たづねしにそのかげ
だにも見るよし
なくていつしゆの
うたそのこざれ
たりそのどのはこれ也
とてよふねが日ごろ
□□□
〽うまくまゐめて
きみやう〳〵
おいとままうさう
おさらば〳〵
さきにかん田へも
屋の下へ
かに
くわ
ほう
次がゑさけにて
又らうの
すげかえを
なりはひとして
月日をおくる
ほどに
あはつうみにあとなきよふねたれつなぐべきせい作しば〳〵
うち吟餓じてさてはよゝふねはちくてんしたりかれもえうくわい
なりけるようにても〳〵アみ介といふでつちは妻に生ん
いかなるもいにしとそがうけ人は何ものぞとおと
なにこへばかうべをうちふりアみ介といふ
七つちをかゝえたることさえてなしたとひねん
季にもの子ども也ともあるじのおん身に
一
手にふれしうちはをいだしてさしよすればぜい作いよ〳〵いぶ
かりながらうねにとりてこれを見るに〽亡ひしとてむゆなこりしそ
くわほう次は身まかりぬ
かくてそのゝちせい作はふう
しつばやみわづらふこと
およそ半ねてあまりに
しそやまひはわづかに
〽いえたれどもかたあしすでに
なえたれば渡世女はにいづる
ことかなはず今日。四軒弘元公王
様中のうへへるさくわやう
〽五ねんの月日は
ながかつたが□
命につ
なく
わし
ぞく
国庄
さま
いかいおせわて
こざりました
従
〽くわほうす
との
大おんを
わすれぬ
わすれぬ
やうに
がてんかの
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
といてやらしやれ
サア〳〵なはを
ありがたに
げ申さで
千日もこゝに
おかんやすは
次が世をざりしより今は
たすくるものもなけれは
やむことを待ず常へ
かなさけ
なき
ものに
〽候といふに
生
おもむきとはうの
大はをねころに
してそやこむしかしが
せいひぎやう
し命かしをつな
てれしてしからばよめ心も〳〵
ぐにこが
はらおもみなこれえうくわい
〽さん〳〵の
ぞんじます
へんげにていめる日にしら川が
けんへきを摩み介にうたせてをりし
と見えたるもあくまでわれをたぶらかせしも
へんげのわざでありつらんかゝればもとよりしら
川に土蔵のとがなくみそかをなしさるをわれあや
まつときりころせしこそをち度どなれ今は十まん
くやんてりならずおほしやけんよつたへ申ておきてのまに〳〵
ならんのみといふにみなくおとろきなげきて
又いやうもなかりけり○さるほどにせい作は
くだんのことのおもむき世巻うとくわほう磯に百石のなかん
〽えうくわい
なりとも
なりと
たますにもつゝ
たしかわねごたへ
しとめた〳〵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一つまいかねうちなら
ける○これはさてかきか
しやしはさきにくらひめ
にてふたひしたび
れし心のまよひはまだ
代豆守
はれねどくらまのめもとにたちしとききるものにはかにくちちざれて
さんにいはく
〽すてものゝ命ながるゝこものうへもならねばいぶかりながら人にとにに
なむあみ
だぶつ
てうざぬかげは
らさぬかげはその人こたへてゑいくわ屋のも
なつのよの月ばりたなの此ところにありし其は
はありはだかになりしかば旦あやしみれはぢて
ひとりつら〳〵思ふやう今此ざまにておめ〳〵と
やぶの下へはかへりがたし京にはゑいぐわや
ゆめ衣の出ばりたなありまづはやかすへ
おもむきてことのよしをつげ
しらせ身のかわをこしらへてわか
やどへ立かへらんとて日のくれかたに
ゑいぐわ屋の出ばり
だなにゆきて見るに
そのいへはじめのごとく
その人こたへてゑいくわ屋の出
三十よねんむかしのことにていん
きよゆめ衣とのはさら也その子も
ちかごつ身まかりて今は孫の世
なりといふろ五郎いたくおどろきて
しからばしか〴〵のころよりして
今はいくばくとしをへたるやと
とふにその人ゆびをかゞる也
へて五十ねんにちかしと
こたにこゝにいたつてろ五
郎はつぐとかん
いでしより両三ねんなりと
がふるにわづ身玉
さ介しくらひめにともな
○はれてやぶの下を
くわほく城は身まかりぬ
手にふれしうちはをいだしてさしとすればせい作いよ〳〵いぶ
かりながらみねにとりてこれを見るに〽ひしとてむねなこかしそ
あはつうみにあとなきよふねたれつなぐべきせい作しば〳〵
うち吟代じてさてはよふねはちくてんしたりかれもえうくわい
なりけるよそも〳〵大々ぬといふでつちは素生せう
いかなるものにしてそがうけ人は何ものぞとおと
なにとへばかうべをうちふりアミ介といふ
でつちをかゝえたることくなしたとひねん
永千江の子どもんともあるじのおん身に
本
つげ申きて
一子日もこゝに
〽五ねんの月日は
ながかつたが□
命につゝが
おかんやそは
ゆ
なく
わしも
まん
ぞく
出庄
さま
いかいおせわで
ござりました
村
〽三わほうす
とのゝ
大おんを
わすれば
やうに
がてんかの
サア〳〵なはを
といてやらしやれ
ありがたに
〽ものに
〽候といふに
〽さん〳〵の
おなさけ
せい作ぎやう
てんしてしからはよふねも〳〵
雁之介もみなこれえうくわい
へんげにていぬる日にしら川が
けんへきをナみ介にうたせてをりしや
と見えたるもあくまでわれをたがらかせしも
へんげのわざでありつらんかゝればもとよりしら
川に東義のとがなくみそかをなしさるをわれあや
まつてきりころせし丁そをち度どなれ今は千まん
くなんてかへらずおほしやけんうつたへ申ておきてのまに〳〵
ならんのみといふにゐなくおとろきなげきなげきて
又いふよしもなかりけり○さるほどにせい作は
くだんのことのおのむきをしうとくりほら涙にの右のさかへ
かくてそのゝちせい作はふう
しつをやみわづらふこと
およそ聞ねてあまりに
してやまひはわづかに
〽いえたれどもかたあしすでに
なみんたれば後世にいづる
ことかなはず合又四軒
極ごくのうへなるにくわほう
次が世をさりしより今は
たすくるものもなければ
やむことを得ず京へ
おもむね三でうの
大はしをねどころに
してそてここし
今女をつな
人へにごう
わこつけれは
〽こんうくわい〳〵
なりとも
だますにもなし
たゝかに手ごたへ
しとめた〳〵
夕方しかも
なほとゝひの
しくはぢ
さらしてしやう
となしのねと
ことなしのねん仏
三つまいかねうちならしてゐたが
ける○これはさておきかん男房衛殿
郎はさきに玉くがひめの仙じゆつに
にてふたゝひこたびしらき
れし心のまよひはまだけこへ
七足歩
四
はれねとくらまのにもとなたちしときききるものにはかにくちちざれて
さんにいはく
〽なむあみ
だぶつ
なつのよの月
おもむきてことのよしをつげ
身はありはだかになりしかば旦あやみれはぢて
ひとりつら〳〵思ふやう今此さまにておめ〳〵とへ
やふの一人はかへりがたし京にはゑいぐわや
ゆめ衣の出ばりたなありまづはやかしこへて
しらせ身のかわをこしらへてわが
やどへ立かへらんとて日のくれかたに
ゑいぐわべの出ばり
だなにゆきて見るに
十四四
そのいへはじめのごとく
も〽すてものゝ命ながるゝこものうへも
ならねばいぶかりながら人にとやに
てうさぬかげは
その人こたへてゑいくわ屋の出
なつのよの月ばりたなの此とろにありしことは
三十よねんむかしのことにていん
きよゆめ介とのはさら也その子も
ちかごろ身まりて今は孫の世
なりといふろ五郎いたくおどろきて
しからばしか〴〵のころよりして
今はいくばくとしをへたるやと
とやにその人ゆびをかゞな
へて五十ねんにちかしと
こたにこゝにいたづてろ五
郎はつぐとかん
□□□□□
がふるにわづ身玉
くらひめにといめにともな
はれてやぶの下を
いでしより両三ねんなりと
うりながらうねにとりてこれを見るに〽こひしとてむねなこがしそ
あはつうみにあとなきよふねたれつなぐべきせい作しば〳〵
うち吟ぜじてさてはよふねはちゝてんしたりかれもえうくわい
なりけるよそも〳〵声み介といふでつちは素生せう
いかなるものにしてそがうけ人は何ものぞとおと
なに二人ばかうべをうちふり十み介といふ
でつちをかゝえたるときまくなしたとひねん
季江の子どもんともあるじのおんぎに
代
手にふれしうちはぜいだしてさしよすればせい作いよ〳〵いぶ
げ申きて
くわほら次は身まかりぬ
かくてそのゝちせい作はふう
しつをやみわづらふこと
およそ聞ねてあまりに
してやまひはわづかに
〽いえたれどもかたあしすでに
なえたれば後世竹にいづる
ことかなはず合見窮
極づくのうへなるにくわほう
次が世をさりしより今は
〽五ねんの月日は
ながかつたがりた
一命につゝが
なく
わしも
ます
ぞく
おか屋
女
さま
いかいおせわで
ござりました
林
とのゝ
大おんを
〽こわほうす
わすれば
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
やうに
がてんかの
サア〳〵なはを
といてやらしやれ
ありがたふ
〽さん〳〵の
おなさけ
ぞんじます
一千日もこゝに
おかんやそは
たすくるものもなければ
やむことを得ず京へ
ゆ
ものに
候といふに
せい作ぎやう
おもむき三でうの
大はしをねどころに
してそでここし〳〵はが
命女をつな
てんしてしからばよふねも
人ぐにごう
广之介もみなこれえうくわい
わろけれは
へんげにていぬる日にしら川がり
けんへきをナみ介にうたせてをりし
と見えたるもあくまでわれをたぶらかせしも
へんげのわざでありつらんかゝればもとよりしら
川にふ義のとがなくみそかをなしさるをわれあや
まつときりころせしこそをち度どなれ今は千まん
くやんてかへらずおほしやけんうつたへ申ておぎてのまに〳〵
ならんのみといふに五な〳〵おとろきなげきて
又いやよしもなかりけり○さるほどにせい作は
くだんのことのおもむきをしうとくわほう残に百右のさかん
〽こんうくわい〳〵
なりとも
だます事ねなし
たゝかに手びたへ
しとめた〳〵
心蔵しかき
なほとし
しくはぢそ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
さがしてしやう
ことなしのねて仏
三まいかねうちならしてゐたか
ける○これはさてなきかん田屋ろな
郎はさきに玉くがひめの仙じゆつに
にてふたゝひ三たびしらさ
れし心のまよひはまだけしい
仲夜伺
〽なむあみ
だぶつ
はれねどくらまのふもとわたちとききるものにはかにくちちぎれて
さんにいはく
を〽すてものゝ命ながるゝこものうへも
なつのよの月
身はありはだかになりしかば旦あやしみ且はぢさ
ひとりつら〳〵思ふやう今此さまにておめ〳〵とへ
やぶの下へはかへりがへし京にはゑいぐわや
ゆめ水のひばりたなありまづはやかしこへ
おもむきてことのよしをつげ
しらせ身のかわをこしらへてわが
やどへ立かへらんとて日のくれかたに
ゑいぐわ屋の出ばり
だなにゆきて見るに
そのいへはじめのごとく
ならねばいぶかりながら人にとやに
てらさぬかげは
その人こたへてゑいくわ屋の出
なつのよの月ばりたなの此ところにありしことは
三十よねんむかしのことにていん
きよゆめぬとのはさら也その子も
ちかごろ身まかりて今は孫の世
なりといふろ五郎いたゝおどろきて
しからばしか〴〵のころよりして
今はいくばくとしをへたかやと
とににその人ゆびをかゞな
へて五十ねんにちかしと
こたふこゝにいたつてろも
郎はつぐとかん
露
がふるにわが身玉
分くらひめにともな
はれてやぶの下を
いでしより雨三ねんなりと
下
□□□□□□□□
思ひしにしからば四十
よねんをへたりされば
たん田屋のせい作
と共に口上へ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
くやしく懐さねの
見世をいだせしときより五十ねんになれるなるべし
いへはあとのみにしてむかしのおもかげも久しあさましきこと
いふべくもあらねばかたゐのことしよりたるにちなみて
ろ五郎がゆくへなくなりしのちにせい作をしら川に入夫
にらせしことのはゞめより着ら川がわう死をせし
事せい作がこつじきとなりしその事のをはり
までつぶさにかたり聞せしかばろ五
郎はいよ〳〵あきれてかの
すみの江のうら嶋の
久しくすまひし里なれども今は
子が六けうへかへりて久しくすまびし里なれども今は
星市うつり人あらたまりて
あぢきなく七世世の
中はつ子にあひにけん
門ちもかくやとばかりに
よくにまよびし人のうへを
よくにまよびし人のうへをそでごひせんはいよく
はぢをしらぬに
きくにわが身のむかし
にたりみやこのかだに
きても〳〵とばかりにあきれてふたゝひとふよしもなくその
へ所をしらぞきつその夜を人の軒端ふきにあかしてさりこもを
身にまとひ町々の家のかどに立てぜにを
見しれるものはなきもの
からなほしたつにて
おもかげをうつして見
ればかきみざれたる
びんの毛サもひげも
ゆかばやとてつゑに
なみだしきりにすゝ
すがりてやうやくに此下
みてつゞれの中へし
へこひにかてをもらひつゝつきの日本にいたりて見るにわが
かん田やの事をよそ〳〵しくたづぬるにそのかたゐよくしりて
上のしそでを
ぬらせしがさてある
〽べきにあらざれば又つくと
ひみるに此ところはむかしわが
日の
おりまで来る
ほどにみちのほと
りのたまり水にわが
ましろになりはててしらぬ
おきなにあへるがごとしつぎへ
七足寺
いとあきまきてもかくてもいけるかひなき者老女の余命をむさぼりて
いつまでかなるらにきとく死なばやとつぶやきつゝすでにして三でうなる
大はしまでおもむきしにわれにひとしきこつじきの身をなげんとするにやへ
あらんばしのらんかんに手をかけていく聞かへゆめであつたり
たびかたゝんとすれどもあしなえたれば
とみにはかなはずろ五らこれをつら〳〵
見るにかれも亦われを見て和とのはろ五
郎ならすやといはれてこなたも見おぼえあり
さまに和ぬしはせい作かこれは〳〵とばかりにかた
みにはぢてなり〳〵にいひよるよしもなかりしをへ
むかしはよくより義にたがふてあたかたきの
思ひをしつれどかたみにかくまでおちぶれ
たればうらみはたえて今さらになづかしければし
ひとつにつどひてかつ五郎は玉くらひめの仙じゆつに
六郎されたるいちぶじゞうをものかたりせい作は又
とのとひとつにあきなひしたるころ見ざつて見世をへにし
ゆづりありかねをみふたつにわけて共にふるさとへかへ見ものを
よくにまゝまてくわくしつをおこせしよりしてその身〳〵にわざ
はひのおこりしならんさりとて今さらくやむもかひせめてもの
つみほろぼしにいぎもろ共に身をなげんげにもつともとさがひの
かくごにろ五郎はせい他をたすけてらんかんにうちまたがせその
身もやがてうちのぼりておの〳〵ねんぶつ高声に十人でばかり
となへつゝ身をさかしまに水けむりこれかれひとしくかも川のそこの
水々くずとなるゝよと思へばおどろきさめてあたりを見るにこれ
妖婦信よふねにまよはざれてしら川をころせし
ことのもとすゑをかやう〳〵と物がたりゆゝりせばわれとね
まことにさるべきことわりにてかつ王帰貝すがは又付かのゑのくちけんにて
かくまでとしをへしとなればくらま山のふもとにてわがきるものくちぎれしも
四左の上ゟお身たち両人ははら
からにもことならぬいともしたき友に
なれどもよくにまよふにおよんてはす
かたきの思ひをしたり一旦とうさか
るにいたりては高めまんのひおちや
はじめをわずれたるにあらずはきり
より悪府鬼野おの〳〵男女
おそろしや
まつはりてまくらとろしき
ふねとなりぬければさん
まのる神ほとけるコト
ほろぼすあくさいけん
わがこゝろよりいたすのみ
さらによそより木つるに
あらず且又おこんたち
両人がはじめはねを
ひらひ丁時わらはに吉山を
とひながらひそかにかろんし
うたがにてその身の
て此かにほこる心あり
これたまねく根本山
ほんなり見よ〳〵ひらひし
かね三両もまことのかねには
かね三両もまをのかのには
あるべからずその身
その身のあや
まちをおもひ
あはして先世
心をゑらば
とみふるさとへ一
うたゝねのゆめにして五郎もせい作もしろろ女にのいほりにふしてをり
さてはゆめにてありけるよといひつゝ両人なきなほればいつのほどにか
かへりけんあるじの白女諸門はかたへにけり五五郎せい作らにうちむかふ
ひていかにふたりのたび人だち思ひのまゝにか事まうけしておの〳〵一日
ねいとみさかえしはたのしかりしかいかにぞやととはれて両人うちおど
ろきさてはおんごかはわれ〳〵がゆめ見しことをしり給へるやといぶかり
ながらとひかへせば白女はかたちをあらためて人の一郎ふちは有なゆめ
なりわらはいかでかしらざるべきそも〳〵お身たち
両人はこけうにふたおやあるに
あらずや
おやを
ふりす
てて
その身
しかるに
〳〵の
利の
為に京にのぼ
りて思ひのまゝに
かねまうけをせんとはか
りし大よく心このまよひにて
ふ孝の人となるをしらずわらは
いさめんと思ひしかどもなつ詩をす
べくもあらざればわがいへにたからと
する盧生すがまくらをかしあた
へて窮連きめ栄枯原は得失
臣のことわりをしめせし
なりされば〽四右の下へ
立かへりて
おやにはよく
孝介をつくし
人だやんげんを
まも
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一郎かをもどめ
ずは衣食仕
いしよくにこと
たりて
源浅澄あん
おんなるべけれと
ときさとされて両人は
且かんじ且おそれて
ひらひしかねを
たいだして見れば
いかきのおちきの
〽ヤレ〳〵
一二ば二十七丁に
日がさめた
〽やうやくに
こわかへた
まだひやあせが
こながれるはへ
おいてろ五郎も
せい他も先非を
くやみ且しろかつ
凡人財ならぬにいたくおそれて
つゝしんでつみを誰出しやがて来る
国にもかへりて身のあやまちんねや
わひ是より五何行をもつはつかしに
世わたりにゆだんせざりし
世わたりにゆだんせざりしかばは
しゆたるの人となりて両人ともにいのちながく
子孫はんじやうしたりしとかたりつたへたりとなん
イ石木
作者曰かんたん五十ねんのゆめもいかたりの
やきなほしはさうしのしゆこうにことふりにた
よりをかりまでみなあき人のうへ
のみにして武士はさら也出家
などすら狂言のやくわりに
つかはすれこのさうしにて
れどこれまでいてしにはいたくことかはりて且はじめ
〽ワいたはむれたるしゆこうと見て
〽いたはむれたるしやこうと見て
よみすつる人はろんなしをはりの
一チだんをよくあぢはゝば
かばかり手みじ
かな
まことに死したるもの二人も
なさいしら川がわう死あり
といへどももとよりかのをん
なの事はゆめ也かゝれば
まことに死したるに
あらずこれらをもつて
いふときはいざゝか▼
馬琴作
國貞画
浄書金川
さとしは酒
こゝが草紙の
ほねじや
てな
ふじんちのみち
家伝神女湯
諸病の好やく
一包代百銅
▼あた
近年某種追〳〵
近年之某種追〳〵高直といへどもいよ〳〵極品を
らしきしゆこうにしてもつとも
猶追〳〵高直といへどもいよ〳〵極品を
えうみて切のうをたがはざらしむ利の為にのみせざれば也
めでたきさうしならずや
大包代弐朱
一小包代五ト
さればこのがふくわんは
米製奇応丸廿
番代一匁五分
やくしゆをえらみせいはう家伝の加げんをもつてす
このゆゑにその功百ばいあたかも神のごとし
一包代五ト
能児黒丸子年のい汁をもて九ス
多くのりをまじへず
全十二きつにあり
ざればかきとることの
かたかりしをはん元の
このみによりてつひに
婦人つぎ虫の妙薬一包代六十四銅半伝二千二銅
六さつにつゞめたりよりてかき入れ
江戸神田明神下
製薬
同本家瀧沢氏
たくさんにておとくゐかたの
同朋町東横丁
とく用ならんとうりもいに
弘所元飯田町中坂下四方みそ店向たき沢氏
はなをかざる西与にかはりて
同大阪西国横山町二丁目大坂屋半蔵
くどにも〳〵長口上をのぶるになん
〽丁すうが
一丁すうが
つまつたゆゑ
しろめの
□□□□□□□□
かきのこ
された
とよ
よみ
もいし本に
して
何はともあれめでたし〳〵
たつふかと
きかぬがのこり
をしいじやないか
曲亭馬琴作
代夜待白女辻占全六冊
歌川国貞画
千代諸良著聞集
曲亭馬琴作
全六冊
歌川国安画
角力推古傳毎編四冊
おしんあつたらかはりしまめぐり
御誂替嶋廻二冊
そでのかさゆきのしろたえ
袖笠雪白妙全六冊
天人
拾七を
織女に
準
返す丸に亥月全六冊
立川焉馬作
歌川国安画
十返舎一九作
歌川國安画
志満山人作
歌川国信画
柳亭種彦作
五渡亭国貞画
江戸へ通り町京徳
美艶仙女香
南一丁目四ツ角
坂本氏製
美玄香坂本氏製
同馬喰町貳丁目角
江戸本問屋永寿堂
西村屋真八
イ石木
れどこれまでいでにはいたくことかはりて且はじめ
よりをかりまでみなあき人のうへ
のみにして武士はさら也出家
などすら狂上のやくわりに
つかはず□このさうしにて
「作者曰しかんたん五十ねんのゆめもいかたりの
やきなほしはさうしのしゆこうにことふりにた
〽ワいたはむれたるしゆこうと見て
よみすつる人はろんなしをはりの
よみすつる人はろんなしをはりの
一チだんをよくあぢはゝば
かばかり手みじ
かな
まことに死したるもは二人も
なしら川がわう死あり
といへどももとよりかのをん
なの事はゆめ也かゝれば
なの事はゆめ也かゝれば
まことに死したるに
あらずこれをもつて
いふときはいさら▼
ふじんちのみち
家傳神女湯
包代百銅
家傳神女湯助じんちのみち一包は
諸病の妙やく
▼あた
高坂
近年某種追〳〵高直といへどもいよ〳〵極品を
えうみて切のうをたがはざらしむ利の為にのみせざれば也
うをたがはざらしむ利の為にのみせざれば也
大包代弐朱
米製奇応丸
中包代一匁五分
らしきしゆこうにしてもつとも
めでたきさうしならずや
小包代五ト
さればこのがふくわんは
全十二きつにあり
やくしゆをえらみせいはう家伝の加げんをもつてす
このゆゑにその功百ばいあたるも神のごとし
ざればかきとることの
くまのい汁をもて九五
かたかりしをはん元の
能服黒丸子山
一包代五ト
かたかり一をはんこつ
多くのりをまじへず
のりをまじへず
婦人つぎ虫の妙薬
製薬
婦人つぎ虫の妙薬包代六十四銅半包代千二銅
又士江戸神田明神下
江戸神田明神下
同本家潮沢氏
同朋町東横丁
このみによりてつひに
六さつにつゞめたりよりてかき入れ
たくさんにておとくゐかたの
とく用ならんとうりもいに
弘所元暦町中坂下四方みて店向たき沢氏
はなをかざる西与にかはりて
同同二丁目横山町二丁目
大坂屋半蔵
くどにも〳〵長口上をのぶるになん
馬琴竹
國貞画
浄書金川
さとしはなし
こゝが草紙の
ほねじや
てな
〽丁すうが
つまつたゆゑ
一しろめの
馬をろんを
かきのこ
された
とよ
よみ
行本に
して
たつふかと
何はともあれめでたし〳〵
きかぬがのこり
をしいじやないか
代夜待白女辻占全六冊
曲亭馬琴作
歌川国貞画
千代諸良著聞集全
曲亭馬琴作
六洲
歌川国安画
毎編四冊
角力推古傳
おほんあつたらかはりしまめぐり
御誂替嶋廻
そでのかさせきのしろたえ
全六冊
袖笠雪白妙全六冊
天人
織女に
拾七を
準
返す丸に亥月全六冊
立川焉馬作
歌川国安画
十返舎一九作
歌川国安画
志満山人作
歌川国信画
柳亭種彦作
五渡亭国貞画
美艶仙女禾曰江夫通り町長屋
紺喰町貳丁目角
美艶仙女香
美玄香坂木氏製
江戸人通り町京徳
南一丁目四ツ角
江戸本問屋永寿堂
坂本氏製
江戸本問屋永田村屋真八
西村屋與八
成田屋共
森長春