封文不解庚申
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- 歌川國貞畫
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- 場所: 江戸
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- 歌川國貞畫
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- 日本語
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- 川源
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- フウジブミトケヌコウシン
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- 東北大学
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
団十郎
八百や半兵衛
八百やおて
不解庚申
狩り
川源板
御手本吉三郎
謹而言柳義経
三升
未期賤於清和
之産従継多田
備仲家以来被
隔継父清盛寺
栖辺土遠国被
服仕土民百姓等
国貞画
降る雪も解にはやし
春の雨
杜若
秩父小六郎重安
傾城宮城野
「「「」」」「
諸悪莫作
衆善奉行
弥陀彫ん木も
わつて見よ
鬼うつ
秋夜亭
木
錦升
宇治
親
衡
親術
親衡
同二月一日
八百屋
□□□□□□□□
鞠ヶ瀬
秋夜
樋爪
五郎
高衡
本田の
次郎
近経
鶯の
経よみ習つ
寺尾従三朝
年三百姓'
もその
佐藤
市
右エ
汐田左近兵衞妹
お杉
}
団七坊主
弁長
五尺
染五郎
忠純
することを認て世界のことである。
郷に手を
女房
あてゝ餌飼也
お千代
梅の鳥
咲山
亀井
半兵衛
流れや
耳にも
目にも
和らかし
しうか
自序
戯場事は人の心を種としてよろつの
業おぎとぞなれりける向に啼ぐひす
に住蛙までいづれか越言をいはざらんや
予たま〳〵座を安して烟管を友とする
の折いつもの木懸に門の戸をおとづるゝ客
あり戯作をすゝむることしきりなり一年
三百六十日の内漸く一日を半陰の暇として
気を延し独楽ことを得るに其著述は
力なしと東度群するにいつもくさそうしの
板えはいひ出して其ことはゆるさず
心爰におゐてくら闇の
書捨にして出来合料理無盥梅勝手次第に用
筆を染る文の一たなきは職にあらざれば笑ふてする
只紙屑買の類母子となすのみ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
秋の名は
七代目
文化十一年
甲戌春発行
三升述
こゝに迷文七年かまくら将ぐんよりと也只平家のたいできをうちほろぼし又ごろしやさいよろでおほんのよし
きこめしかばさつそくおうしう鳥だちらこじやうにおよびすでに世はいつみなりしといへどもよしやうなんだち
くんじや太郎よしけのゆくへも今にしれがたく何となくせじやうのくわいせつまち〳〵なれはいけしんししんとおや
ひめれへかぢはら平蔵かげときちゝぶの小さらしけやすゑひおのぐんぞうその外名替人〳〵日々まとうなし
かやうざまち〳〵なる所におうしう一のみやふはや打をもつてようなしたるきは此たび神前につくのあるぬこと
此から鳥をうちつけ大げんじやうじゆとかきしがしおさめにつき御うつたへすあげまするといふまもあらせば
つるがおか八まんの神しよくしのからひつをぢさんなし申けるはしんぜんのいて山の木風なくして三せんとくろ
よこたはりそのあとうつろとなりたる所にごちうにあやしきいしのからひついかゝあらんといときしろしらはた
ひとながれそのはたにみなかみにごり月はやうどらず〽大心けんじやうじやとしるしありまするにいたへ
申あけまするといふにひろもとまゆをひそめこれすなはち高たちたんとうのしわざならんこれと申すた
よしつね公ごさいこのみぎるごむほんなきことふみじやうにかきしかし此かまくらへわたしたるところになにもの
ともしれずばいとりしゆゑよしつね出のむほんのおめいはれやらずさすればやはりかまくらにねいじ
あつてといはせもたてず平ぞうかけ時やれきよくしひろもとどの此多くらにねいじんとはたれぬさして
ねいじんなるぞごそんじありやひろもとどのといふにひろもとヤアくはごんなるぞかげときどの
それがしにきくにおこらばずおん身のむねにとはれよといふにこなたもつかもとに
かける手さきをしげやすがしつかとおさへごぜんなるぞ
ひかへめされといふにふたりははつとばかりにていふくすれば
よりとも公此うへは両人心をひとつになしざんとうの
せんぎがかんようと君のあふせにひろもとはありがたく
御うけつりまつり君のみころやすめんは此かげときも
そのとほりゑびなのぐんぞうに申しつけざんとう
せんきはまたゝく内とたがひにのこることばのはし
のこしてこそはわかれける○こゝに又すぎし
高だちらくじやうのみぎりいづみの三郎
ちかひらはかまくらぜいをしうわうむじんにおひまくり
はな〴〵しくけつせんしてすでにうち死すべかりしを
きつとしりよしてきんだちくはんじやよしもとの
ゆくへをたづねぼうくんのうらみをはらさんものと
一ほうをふみやぶりおちのびて今うじのじやういつと
あらためむしやしゆぎやうのていにいでたちきんだちの
ゆくへをこゝかしことたづぬるところにおうしう皃しに
与も作といふ百しやうありかれがむすめにみやぎのといふて
当年七才なりけるが此としのひとみごくうにあたり
おや子のなげき大かたならずさてせうこといふは
しらはの矢家のむねにたちたるをせうことして
れいねんのとをりさかいの明神のかんぬし氏子のものを
引つれてむかひに来りければ父与も作やらじと
とむるを百しやうどもむりにひつきへ打こんで
明神さしていそぎ行ふも作あとにきも
そゞろかけ出すむかふへせういつがにはかの雨に
与も作がかどに立よりやどのむしんとおとなへば
与も作は心もそらのう心なきおんかたや
おや子一世のわかれなるにといふをぜういつ
うちわらひしゞうのやうすはとくきいたり
人の命をたすくる神が何しに命を
とるべきやさつするところきつね
たぬきのわさならんさいはひわれは
日本くはいこくのむしやしゆぎやうのもの同へ
つゞく
ほとこすべきは
仁の道こよひ
さかいの明神へ
これより
すぐにと
いつが
ことばに
作
与も
みや
きのが
ことも
とく〳〵
せうちなし
むな木に
しつかり
とゞ
まる
矢
のね
引ぬきみれば
じやういつが
むねに覚への
なのりあり
いよ〳〵さかいの
明じんへ
むすめが
ことを
がつてんと
とふが
ごとくに
ひつきの
さして
いそぎゆく
いそき廿人
○さてさかいの
明じんにはこよひ
れいの人みごくらと
神前にひつきを
なほしかゞりを
たきのつとの
こへはこたま
にひゞき
やくとき
うつれば
うし
みつの
かねもろ
ともに
ふりくるあめ
やれこくげんと
かんぬし
百しやう
ふもとを
さして
にげ
かくる
あとは
ふけやく
よあらしに
かゞりゆへさへも
きへ〳〵に
しんどうらいでん
すさましく
仁平
□□□□□□□□□
しつき
ひつきの
さしむ
手さき
しつかと
にぎりし
こんがう
りき
ひつきは
やぶれ
内よりは
女に
あら
ね
きの
おの
しや
くせ
もの
ぐさん
「つゝきおりからくもまをもる月に
おもはず見あはすかほとかほ
〽ヤアおとゝたかひらならずや
といふにこなたもすかしみて
さいふはあにのちかひらどの
これはしたりと
きやうだいか
思ひかけなき
たいめんに
おちゝる
なみだは
なみだは
御主人の
ごさいごのこと
おもひだし
心ばしことばも
なかりしが高ひら
やう〳〵かほを上
われ此ところに
ころに
くれすみしも
じせつを
まつて
かまくら
おくる
こよひは
ほう
よしつね
公の
御めいにち
せめては
たむけの
一わじと
かま
かたへむかん
はなつ
矢さきを
百しやう
ども
ひとみ
ごくう
こ
み
ろへて
ぢさん
かたも
さいはひ
〽ヲヽ此ちかひらも
おん身の矢の根を
見しつたゆへ
ひと身御くうに
いりかはりまみへ
たりしもつきせぬ
ゑにしわれはうじの
じやういつとあらため
かまくらへしのびいり
折を見あはせよりとも
〽此たかひらも
かまくらにて
まりがせしうやと
かいめいなしおしつけ
にぎる六十よしう
たかひらあに人
こゝろよや
よろと
あれ
ぎへ
つゝき
いつの
まにかは
かたはらに
ふしたるくはいこく
しゆぎやうじや
うしろにすつくに
たちながら〽夕だちの
やふれがさとぞなりにける
二人〽なんと〽みづかみにごり
月もやどらずといふこへしるべに両人が
アイトうつたるしゆりけんをうけとめたるは
ゑすがたのあばらをかけてかたてかたさきへ
ぬつたる矢の根ぞ高ひらが身の
なりゆきを今こゝにのこして二人は
たちさりぬ○さてもすぎしころ
与も作は娘の命をじやういつに
たすけられこゞうのなんをのがれし
まもなく又こゝにあいべつりくの
うき事ぞいできにけりいつたい此
与も作はそのいぜんよしあるものゝお
にて佐藤市右衛門たゞしげとて
高だちらくじやうのみぎりまで
やすひらにつかへ子供三人有
そうりやうは男子にて五尺
染五郎たゞつぐそのいもとを
みやぎのと申けるすへも
女子にて市ゑもんなさけをかけし
こしをすぎとよびしものはらゟ
出生なししのぶとなづけしがなにとなく
世のじんこううしろめだくすぎには金子など
とらせひそかにいとまをづかはし三人のきやうだいを
月ゆきはなのながめにかへてうあいあさから
ざりしがほどなく高たちめつぼうにおよびしかば
主人の馬前に三代のそうおんをしやせんと
思ひしかどもしゆくんのひめ君のおはしましければ
今もてきのひづめにかけられんことのいたはしく
らんぐんの中にいつたんの死をのがれせんしんばんく
してひめ君をそめ五郎にいさなはせそのみは
二人の女子をつれ此児におちのびてわづかの
二人の女子をづれ此白石におちのびてわづかの
きんすにてんはたをもとめ百しやうとなり
与も作とかいめいなしほそきけむりの
そこはかとなくたつ月日のそのうちも
まだ三才のいもとのしのぶこゝやかしこの
もらひぢにかてみはへて此ほどより
女しやしんの
そく女
にしきゞびつ
ほうそうの
いたつきに
おや子の
しんろう
おゝかた
からず
上て作
□こりら
一所に
かねたる
ひめの
ねんぐ
おもてのかも
一入くるえやの助べい
こはだかに
与も竹どの
ねんぐの
かねは
できまし
なら〳〵
ですま
つぎん
つゞきしよせんそなたのはたらきでは
かねのくめんはむづかしいと思ふたゆへ
さきをくゞつたしかたじやがおれが
どう〳〵してきたかまくらにて
人にしられたさぎのくびの
大だへもんといふ
人かひに
娘の
みや
いつち
りやう
けん
十一
でき
ます
いふれて
与も作
とうわくの
いろ目みてとる
両人がおうじやう
すゝめに
与もさくも
道ならぬ
ことゝは
おもへども
さしあたる
ねんぐのかね
まづだいちは
主人のためと
ことし七才の
むすめみやぎのを
三十両にうりわたし
せめてはのちのかたみぞとやすひらどのより
たまはりしせんばつるのわりかうがいのかたしろを
たかだちにしきにおしづゝみみやぎのへわたし
かたしはしのぶへのこしおきおや子のなどりも
しられけりそれより与も作は
平両のかねをありあふ
まもりふくろにおしいれて
るすはそめ五郎にひめ君を
かいほうさせ娘しのぶを
いだきつゝ庄屋もろとも
代くわん所へといそぎゆく
おもひ切てもあいじやくしんに
またうらわかきみやぎのは
いかになりやくことぞやと
こゝろほそ道とつかいと
たどる向ふへおさまりし
世をうらみたる浪人の母
そこ〳〵に身おくり見おくるうしろかげ
これぞいつ世のわかれとはのちにぞ少もひ
三丁
いかものづくりつかみざしさしてきかゝるむかふづらひとくせありと
両人はよけてとほるをゆきあたりとかふするまに与其作は
かたはらのたまり水にすべり此どろすこし浪人のかたさ
かゝるやいなわびるもきかず与も作がくびすぢかんでぐりと
ひきよせやいど百しやうめわれをたれとかおもふしがのだん七と
いふさむらひのつらへどろをうちかけすまふと思ふるにつくき
けすめとさん〴〵にちやうちやくなすしやうやはあはておしもどめ
あらそふ内に与て作がくびにかけたるまもりのうちばちりと
おちる三十両見るゟだん七ぬくて毛見せず与も作をけさに
すつばとうちはなす庄やはきもたましゐも身にそはず
やれ人ごろし〳〵とあとをも見すしてにげざりぬだん七は
かねとまもりをひろひとりなきいるしかぶをたにそこへ
はつしとけごみありおしぬぐひかたなをさやにゆう〳〵〳〵
としてたちさりける
○こゝにせんねん与も作市右衛門なりし時なさけを
かけてつかはしたるすぎはしさいありて五六才の男子をつれ
女のじゆんれいにいてたち諸国へんろなし此日此ところへ
きたり日もかたむきければ此たにのかたはらにのじゆく
せんとやすらふおりからはるかのうへゟ三才ばかりのこ
此じゆんれいのひさのうへにまろびおちぬまことに
おや子のつきぬゑにしにやこれすなはち
しのぶなりいまだめいすう
つぎずしてせんぢんの
たにそこへ
おちけれ
ならぬみの
おすぞは
それには
ゆめにもしらず
ふしぎに思ひ
かいほう
なる物
はだに
そへある
かうがいの
〽アイ」としのころおそしばかりのろうそう山道づたひにきかたておすぎを見やり申され給やう我はたるだち
一んへしよ用あり此かへの道をとあるをりからはるかめにたそこにてやどものなきごへけたゝましくきたへしゆゑ
がてんゆかずとたづねくだりしにさてはおん身のつれられし手語にてありけるよなそれにてわれもめんどせりさて〳〵
じやんれいには女の身として二人まで子供をつれられさぞかしかんなんさろしいるみねんごろなることばのはしを
すぎもちつく札をのべて申しけるはそも御出家敷にはいかなるごようにてたがたちへんへはおもむきたまふ
といふにほく〳〵うちうまづき我はすぎし文治の一らんに鳥くちにて打じにしたる人〳〵のせめてゑかりをみへ
いたしきくはか〳〵くだり候としゆしやうのことはに出すぎはすが少シテ昨しゆつけさまにはいかなるよしみありて
其人〳〵のみ我こそ真にしへわたなべさべさへもんわたるといひしものみなりしがしさい。あつてかたいはついん一
のすがたとなりぢうげん法師とかいめいなしうきよきよせしけながらもよしつね公のつみなくしてうちじにありし
しやらのうらみをこむらはんとくだりしものといふにおすぎはごれさいはひとりたはらの五六その男子のみぬより
いさをたゞしこゑをひそめていひけるはそのねんごろなる御出家さまのおとばにあまへてかりいておねがひ
まりしたきことありこれなるおさなきはすなはちよしつねおのきんたちくわんじやよしすとさまかく申いたくしは
はいしん佐藤市へもんどのゝなさけをかけられ女子一人うみおとせしがものがたい市へもんとの世のそしせを
思はれてわよくしにはながのいとまをつかはされざい云よに月日をおくるうち尊たちのいたややれしどさくと
そのまわかけつけてわ人の御せんど見とくけんとこゝやかしことたづぬる内かまくらぜいのかちどきともろ共に
よしつね公の御居城はやぐらも天しゆもほのほとなればすは一大事と見まはす目これなるわかざみ
もり奉りすかやよのふか手によろほい〳〵おち行人を立よりみればいちゑもんどのゝないしやう夫しま□
かいほういたすその内もかちほこつたるてきの大ぐん見つけられてはいちだいじとわかぎみののことわたしに
おたのみなされついにそのばであへない御さいごそれより女じゆんれいとすがたをやつしこゝやうしこと
さまよふうちももしやみとかめられんかとひるはさらなりゆふべ〳〵のとまりさへじんせき
たへしのべのすへ又はかやうな火薬ひにひとよをあしよをしのぶも
御しゆじんがたいせつさそのかひありて御そうのお目にかゝ
しゆじんがたいせつさそのかひありて御そうのお目にかゝるはこれさいはひ
なにとぞおたすけくださるやうひとへにねがひたてまつるとおなごは
まれなるちうしんをきいてぢうげんかんるいきもにめいじかきくつゞく
つぎへつゞく
そのうへよしつねのきんだちとあればほうかのたか
そのうへよしつねのきんだちとあればほうおのためにわがでしとみなさん
さいはひかまくらゑがくあはわがほうゑんのそうなれば。ひろ。ひ子なりとひろうして
かしとにしのば此部さんと心よくうけがひければおすきはうれしくわたくしはこれより
此女子をひろひとり御しゆつけさまのおともいたし其みてらのかたはらに
すまゐなしもしまのおともいたし其みてらのかたはらに
すまゐなしもしもわか君のだいじとあらば女ごの子なれどかやう〳〵と
さくやきてわりかうがいのかたしをもちろう僧もろ共かまくらへとひざしぬ
さて又五尺そめ五郎は父と女も作しがたん七に切ころされしと
庄屋がしらせにひとこしぼつこみ
主人のひめをうきいだきかけつけ
みればあはれむべしたゞ一刀に
父がさいごそのうへ金子もばいとられし
やうすなればむねんころずいにてつし
ともにてんをいたゞかさるちゝのあだ
高だちにしきめまもりふくろを
しよぢするこそしがたんせと
庄やがしらせ
おのれあんおんに
おくべきかと
しきりにふくしうの
思ひをおこしこゝゟ
すぐに主人の姫君を
ともなひいづくともなく
たちさりぬ○こういん
たちさりぬ○こういん
矢のごとくひまゆくこまの
いちはやきたとへ先年
おうしう岩の百しやう
与も佐か娘みやぎのは大いその
くるはまいつるやがもとへかりわたされ
はや十四年のはる秋を通て
ことし北のいろさがり世にまれなる
しやうたち一つきへつゞく
ことに心ばへも
ゆうにやさし
かりければ
ぜんぜい
たゞひ
なかり
ける
こゝに
八百余
久兵衛
といふ
うとく
なる
町人の
一人むすこに
半べいとて
まだからわかき
やさおのこ
おこと此
みやぎのに
なれそめ
すへはかうよと
いひかはしたがひに
しづむ恋のふち
ちいに半べいは
二名をとめられ
しゆびのなるよは
たまさかにみやきの
心つくしいふばかりなし
はかくしいは
てゝに又ゑびなの
ぐん蔵はざんとう
せんきのやうをかうふり
こゝやかしこをはい
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
せしが
これも
おなじくみやきのが
ようしよくになづみ
ひたすらかよへども
ひたすらかよへども
みやぎのは半べいに
心中をたてつれなく
のみもてなしければ
ぐんぞうはいよ〳〵
のぼりつめたつて
せういん
なくは
こよひ
ぢらに
みうけ
せんとの
さたを
きゝ
むねの
すへし
わらしちかくよひしぬ〽おまへたちはおらしうちえやうなども安茂作といふ人しつてやさんすり〽けよとやく竹をたづぬやからは
もしやそなたがい身の悪きのにてはなりしか〽そふいはしめすおまでおまへはあにさん〽いかにも五尺そんなら〽そんならいには
いものしのしのござんすか〽ヽやいもうとならず御主人のひひめ黒にしさゞさまときいて無ぎの手をつかへいたはして
これにはなんぞやうすかあらふとゝさんやいもとのしのぶもいへしよにつれてござんしたかととはれてもつ
なみたくみ与茂様が人手にかゝりし事しのぶが生死しれざるしゞうくはしかたりければ音ぎのは
みもよもあらぬこゝちしてぜんごふかくになけきしがやらあつてかほをあげ〽そんならとゝさんの
かたきせたづねさしやんすそのために〽かくひにんとすかたをかへまたふたつやはいもらがなりゆき
もしや此世にながらへてわりかうがいのかたしをもろがいもとのしのぶ高たちにしきけ
しよじするものこそし加賀たん七と兄弟たかひにかたり合そめ五郎はひめ君いさなひ
わかれてこそは立さりぬ見おくる向ふに半へいが見しらぬかほのしがだん七
今はむかしのおもかけもかくすすがたも弁長とかはるしゆめにたのまんと
打つれ来る半べいを見るとみやぎの〽おそかつた半べいさんぐん蔵ぐらが身うけの
そうだんかやう〳〵とかたるをきゝわれもその事をきゝしゆゑ此人をたのんで
きやくになるつもりとはおりにそでのしとやかもむかしをしのぶ半べいは
ねつみぬのこにわげささへいとけがれたるを身にまとふてたがひにづきんに
かほをかくしへん長をさきにたてしのんでこそは入にけれ
□□
かくてあげ屋のにぎはひはよるひるわかぬ
はなのゝこしんぞうかむろてん〴〵に
きやをむかひのかうしさき目にかど立て
むかふの人とのかなぎりごへおかしくも
又きやうありきまことに昇平の
らくこくことはいふもさらなり
みやぎのはおのがかむろにさゝやいて
ほういんさんをよび申しや〽とかふいふ内
かむろがともなふほういんのはんべい
つゞき何とぞ此事つゆばかり半べいにしらするにすが迄あらんかとさしきをばそつとはづしてかりしさきゆかしきぞらを
うちながめあむへはしあんにころおいづにむしけびくるかりしさきものもらひと見えそうねんのをとこ十七八なるむすめをつれいなか
なまりのひとふしにてせりせりひやらしとり一せん二せんをこいありくかさのもんじに立ぎのはふつと目をつけこのものを
ひめ君さまいかに世のせいすいなればとてたれなちふひでひらさまとやらんのまぐのあなたひありさまはなにことぞ
しんぞう
小はぎが
そつと
ながもち
の中へ
かゝせし
はん
べいは
あやの
ふとん
しあん
がほ
かはり
はて
べん長は
ほいなき
おもひ
ながもち
のなかへ
こつほり此うへはねる
ぞとはしらずして二かいさしきへ入にけり
となりさしきの大一座はれいのぐん蔵
のがかちと高いびき
いかなるゆめをや
たいこまつしやの大毛酒折を見合せ
しおくりの武兵人をこかげへこてまねき
みやぎのゝみうけのそうだんに
心はせけどくにもとよりの
ひきやくゑんいん其内
貴公へわれらがあづけ
おきしきんす百両
かりうけたしと
いふに武兵衛も
めいわくうほを見てとり
くわいちうゟとり出すかきもの
これこそはよしつねさいごの
ふくみじやうとてかまくらへもち
ゆかれてはかぢはらとのゝなんぎと
なるゆへそれがしひそかにぬすみ取
たればこれを貴思へおあづけ申
何とぞてつけの百両をといふに
武兵へもふくみじやうをとりかへて
百両を用立けりそれゟもつはら
みやぎのをねびきせんとの
そうだんにうつゝをぬかしてかたらひけり
はんべいはみやぎのがはつのおきやくと
さゝめけばゆうりににやはぬはおり
大小さすがそたちもうぢよりして
ひときはしるきそのすがたさしきに
こそはなほりけれかくてみやぎの
はんべいにうち向ひすかたのおとろへ
たるになみたぐみしが心ありけるにや
おのがさしきにかくしおきぬそのなりに
べん長ひとりがおきわぎ毛酒はや
たけなはにおよびしかばちとあちらへのとこ入も
むすびけん
みやきのは半べいか
ふしたりひやうぶの
その内へ
まちわび
たりし
半六
一もる
たひ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ぐきくん蔵よひよりたゆふがそぶり
がてんゆかずときをくばり心をつけて
見るこなたに目じるしの打かけひらりと
おちありしをさてはとぐん蔵立よりて
おぼへある此うちかけこひの
おぼへある此うちかけこひの
かたきもものゝ火に身をこがされてすつと
びやうぶのなかに入はんべいをとつてひろしきぬす人よ
とろぼうとぐん蔵によびたてら
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
われ
きやう
けんじやつ
けいこの
其みぎり
おんみめのと
にいだかれて
ちぶさに
ねむる
かたちはかはれどかはらぬ
は日のうへにのこれるきづ
ころと今は
男だちして
一おさながほ見おぼへあり
そのきづはにれら
たはむれのこだち
そのもとのまぶたに
あたりあとはなりぬ
ほうぜんたるばかりなりぐん蔵いふやうおなれ人のあけ
ぬすむ意ぬす人やはらそのまゝおくべきぞととりさへるみやきのくるみめ
てうちやくしてなんぎかさなる折も折はんべいさんのおむかひと土ざへもん
さしきへ来るに見るにしのびすでん士口がものをもいはずぐん蔵武兵人を
とつてなけしばしいきをもいたさずわしか両人のいふやうはヤーでん吉なんでわれ〳〵を
りふじんになけしぞおのれもたゞはよそかへさじわれ〳〵もぶしなるが
りふじんになけしそおの
一とうのさびとなすべしといふにてん吉うちわらひぶしたるものが
ゆうりにきたりてりふじんせんばんそれでもざんとうせんきのやくに
たつかとでん吉のいちごんにまけはらたつて此うへはみやぎの
そちはわが女ぼうみうけいたすといぜんの百両ばらり〳〵と
なげいだしゆびでもさすなとねめまはし武へいもとも〴〵
はんべいはしかもおのれはかうしんの生れなればどろぼうなすは
しれた事ようじんせよこといひつくとつとゝこそはわらひけり
おもひもらけぬからかみをあけてこなたにさむらひの
いぎをたゞして入来るぶさほうはごめんあれそれがし
ことはまりがせしうやと申すもの此みやぎのはせつしや
身うけいたしてはんべいどのへしん上となげだす金に
みな〳〵もぎやうてんしそぞゐたりけるぐんと持立より
みな〳〵もぎやうてんしてぞゐたりけるぐん蔵立より
みうけはかくいふそれがしなりといゝつのるしうやはしばし
うでくみてゐたりしがあまりみうけ〳〵と
うでくみしてゐたりしがあまりみうけ〳〵と
いふにぞしからばぐんぞうどのとやらん
そのもと三百両たゞ今ていしゆへおわたしあらば
ごせんやくと申すいぶんきでんへみやきのは
おわたし申さんとりにつまつたるかねづくに
さすがのぐんそうたゞほうぜんたるばかりなり
まりがせははんべいにうち向ひ申しだんずるしさい
あればみやぎのはじめいづれもがたはしばらく此さを
たいざしてといふにみな〳〵ぐんぞうもとからのこと
いでばこそたちさつてこそ入にけるあどにのこりし
しうやはんべいまりがせは小ごくになりいかに半べいどの
此一さつをわたし申すこれはみやきのがねんきしやうもん
にてざしきのさわぎのそのまへかたていしゆよりうけとり
おけばにせものとばし思ひ給ふなあらためてうけとられよと
おけばにせものとばし思ひ給ふなあらた
いふかほつく〳〵打まもりはんべいはふしんがほまりがせいふやう
そのもとのふしんがほは何ことぞ見わすれ給ふか武五郎われ
こそはかめゐの六郎とのに師ていのゑんあるひつめのみ馬なら也
そのうへかうしんの生れは
まかふべもあらぬ
亀井の御子そく川の
おんをほらずるといふには
あらねど九牛が一ツを
しやせんがためなり
外にたのみ入さき
いちだいじ御主へ
のこらみをはら
させたくより〳〵
大まうのくはだて
あり一ほうの
ちからと
たのむと
いふにはんへい
とりあへずごおんの
うへにちらぎのおんみ
なにとて御くはだてに
もれ申すべき
高ひらとの我も
おらしうらゝ城の
のちは下べの
ひまづ
かりの
おとたのみ
八百屋久べいが
八百九十八日
せがれとなふ
させおくと
いへども御主なる
うらみはかた時わすれがたし
此うへはおんこと心を一つにして
よしもとさまの御ありか
しれなばすくに
はたあげ
つゞき
ぐんようの
手あて
あり合せと
五十金を
ことりいだして
半べいへわたし
しうやは
かたりのこせし
こともあれど
人の入こむ
くるわ
なれば
心を
のこして
たち
わかれぬ
はんべいは
みやぎのを
四つで
かごに
おのせ
ほうばい
女郎
じんぞ
かむろ
にいたる
いとね
かたり合
みおたる
人も
おくらなく
みやきのし
またぞろかねに
またぞろかねに
なるならばとよろこび
かほをみてとるぐん蔵
一ほうひは五両となげ
たすかね八丁なはてへ
一べんてういいちあし
いだしていそぎゆく
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はやひけ四ツの
ひやうし木に
しぜんともの
さみしくいとゞ
ひるさへのきも
あそこゝまて
ありつるに
ましてやいんの
四つのかねは
ゑんじの
むしやうを
つぐると
いひたゞ
かまび
ずしきは
などりは
つきぬ
さらばがき
ひとまづ
しるべに
立よら
とてを
とてを
引あふて
引あふて
立いづる
おはり
はしめを
べん長は
かの長
もちの
中にゐて
しごとに
してくれと
そつと
いでたる
その所に
人かけうづる
をぐんぞうか
べんてうか
〽かやう〳〵と
さゝやきあい
アノ半べいが
かへりみち
八丁なはてに
八丁なはてに
まちぶせして
といふに
べんてう
はんべいに
たのまれて
たまになつたが
かねづくにて
▼かはづの
うたのみ
ふうがと
いへども
ものしつまれば
たがたまつさみ
きじんに見ゆるとかやらん
たとへのごとくあとさき
みられてものすごきこと
いふばかりなりかゝて
べんてうはさきへまはつて
やとなしともをかたらひ
かういふかごかういふ
なりの男つきそひて
きたりなばかう〳〵して
とかたらひける
もとよりでんぶ
やじんのこつがい人
やじんのこつがい
かごの来るを
まちもらけ今やくと
きよろくまなこ
きよろくまなこ
折もあらせず向ふゟ
里でのかごに
一里でのかごに
つきそふてはんべいは
何心なく来かゝる道ばた
そのかごまてとさゝゆるこなた
へんてうさきにばら〳〵と
とりまくひにんべん長ほうはな
しつかととらへかごのうちのが
たいじなるぞそのほかは
おつちらせほうびはのぞみに
まかするとてんでにおいつ
おつかさなり
□□□□□□
ぼうぢやくふじんの其所へ
一まりがせしうやはたゞ一人
かへりかうし八丁なわて
ぬす人ならんとすかしみれば
はんべいふうふがなんき
ぞとものをもいはず
とんで入かごよりみやぎのを
ひきいだしヤレ半べい
はやまるなこゝは
われらにまかすべし
あしよはつれておち
られよまりがせ
こゝにあるうちは
いつかなぬす人
いけてはかへさじ
ふたり三人
ばら〳〵とかへに
かたなにうしろの
あくとおつちらしてぞ
たちはだかり
かこかきは
いづくにある
いづくにある
此かごもつて
もとのみちへ
はやまいれと
いふこへきろけ
かごかきども
ふるへ〳〵も
出て来り
わがかご
もつて
むかふへ
来かゝるかご
さきほとゟ
みちをさへ
ぎられて
しばしやすみ
ゐたりけるかと
ゐたりけるかと
ゐたりはやうと
しうやさきほどゟ
とちうのろうせきに
よんところなく
わうらいを
さまたげしだん
ひとへにようしやに
あづかりたし
はやとほられよ
いまだん
おちつかずは
それがし
それともにも
松
見おくり一
えさすべしと
いふに
いへつぐ
ねんごろの御あいさつかたじけなしとかごよりいでしはしけやすにて
ざんとうせんぎに大いそのくるはへ来かゝる道すがらとほりかつて
此ていをうかゞひゐたりしとなんしうやは此あいさつをきゝかたなを
おさめゆう〳〵とゆくをしげやすおしとゞめあまり見ことの
おてのうちおんみはいつかたへまかり給ふぞしうやいふやう
ふちあんないのそれがしはんくわのくるわをけんぶついたし
たちかへる道すがらとうぞくにいであふてやむことをえぬ
しらはのふるまひおとがめありしそのもとさまは
しけやす〽ふしんなもつともこは名にあふ大いその
くるわへかよふ小くぶねをつなぐ八丁なはてのさんやほり
おちあんないとあるからはをしへ申候はんもとこの
ざいけはでんはだのゆむしをひらいてふたつとなし
ふるき村を本ごうとよびあたらしきむらを
しんばうとよぶ又此さんやぼりはきりがやつを
はじめそのほかやつ〳〵の水したゝりて一つの
川となるゆへにほりをうがつて水をおとし
しゞう川へ此水はきさんやぼりと
なづけるゆへ此ほりのふかきはきでんの
そこゐとおなじ今そこもとの
なげし石おとなくしていづくへか
しづむ取れんたんれんと
見へしがとうぞくをかゝへて
水そこをぐるとも
おんみ呼吸つかるべし
そのことなくして命を
まつたうされしこそ
よろこびのあまりあり
かくいふわれはしげやすなり
人目にかゝらぬそのうちにへんしも
はやくきたくあれとまりがせはほしを
さゝれししげやすがことばたゞしんめいのかゞみのごとし
しうやいふやうわれこそは人をあやめとうぞくとはいへ死人に
くちなこせんぎなさるゝそこもとさま見のがしたまふはかたゞ
しけやすふしんなもつとも見のがしやるはかまくらどのゝなんじんじんたいどだとへ
ざんとうはいくわいしてかまくら山をうぐかきともよもやはありのせゝながごと
へんしもはやくきたくあれといふにまりがせ〆ん〳〵の御厚者
市川團十郎作
一雄齋國貞画
謝するにあまりありいつのよにかはほうじ申さんと
しろを見ずして行かゝるに思ひまうけぬかけごへに
しゆりけんしつかとまりがせはコリヤ何ゆへにしげやすさまと
よく〳〵みればおぼへありつるおうしうのさかいのみやにて
うちししやりけん
しげやすは
しげやすは
見とかめられな
おさむらひ
あふむがへしの
そのしゆり
けん
たしかに
へんしや
いたせしぞと
まことの
ことば
あらはれて
かへすことばも
かつすことはも
まりがせはにはとりなき
つぐる七つのかね
わかれてこそは
立かへり
筆耕徳瓶
り
特式宗信氏の寄附会ヲ
以テ購入セル竹蘭博士
発駕車舎竹龍蔵
10555
市川団十郎作物語
後編
歌川国貞今様絵入
しかるにくはんじや
よしもとはぢうげん
のはちうけん
ほうしのなさけにて
かまくらの土口じやう
いんに人しれずしのび
おはしけるがくはういん
をしむべしはや十六年
のはる秋をへてその
名もこしやう吉三郎と
あらため世にもまれ
なるやざわかしゆことに
心ばへもゆうにやさし
ければ見る人ごとに
む事をごか
むねをごかしけるとかや
こゝに又かまくらほんごうの
やをやの娘におそとてこれも
こしとし二八ばかりのこしやくものにて
たぐひまれなるびじんなり
しかるにいつしか此むすめ
しかるにいつしか此むすめ
きこへける其ころ吉じやういんに
かたせなるそしのかいてう有けるが
父久べいをすゝめいゝおや子ふたりに
こがいの弥作をともにつれ日ことの
さんけいも吉三にあはんしたひ月に
かま屋武兵衛取もちやくたちばんする
右左衛門伝吉久兵衛親子をないじんへ
通すを見付てかま屋武兵へ〽これ〳〵
久兵衛どのこなたの御してく半兵へどのに
かした金すまぬときにはいひなづけの
おてはおれが女房にするたいだん五十両
かしたしやうもんの日ぎりもきれてある
からはうむをいはさず女房にすると
ほうぢやくぶじんにねぢかゝるゆめにも
しらぬ久兵衛は何かやうすの
あることそうなが此久兵衛は
そのうへにて
しらぬがぜうせがれにあひし
吉三郎といひかはしわりなき中とは
むら雲花に風かうぢうなかまの其内に
とにも
かくにも
先と
伝吉
あんないさせ
お七をつれて
ゆきすぐるあとに
うつとりかまやの
武兵衛
一上畠二斗壱升
一子二十三才
すがたを見おくりて
一口あんごりと立たりける
くびのながいは
さぎのくび太さへもん
十六
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たちよるこなたにぶへいを見つけ〽ヤかまのだんだんなじいはれて
〽ヲゝさぎのくびかびつくりした〽なにゝおまへはきをとられて
そんな身ぶりをしなさるのだ〽はざへもんきいてくれ
おれがぞつこんほれぬいてゐる八百屋のおむすが
今こゝへ〽そんならそれゆへおまへのおかみ
月夜にかまやの武兵へさんとどうき
もとむるへらず口折から来かゝるべん長は
つゞれぬのこにいがぐりあたま
やつはりこれもいろとさけ
なんぞよいじことがあるなら
おたのみ申すとついいふことも
二人はびつくり〽やべん長かそのざまは
ごうよくものかしとの
まへのつゞきこそくぎのが此本郷にゐるときゝおやはんおしたを
えんにしておつをやつたら又かねときかゝるついでかいてうへ
かたへゆきすぎる
武兵へはこへを
ひそめせんころ
かねのかたに
あづかつた
ふくみじやう
かうしておいては
ほぐどうぜん
ねがぬすみものゝ
此かきものどうぞ
しやうはあるまいかと
さゝやくうしろにでつちの弥作〽ヲヽ武兵衛さん
くいものなら此弥作がしやうがあるといふに二人は
びつくりし〽ヤイばかめくいものではないかきものぢや
いぢのきたないすでつちめといはれて弥佐へらずくち
かきものならはこゝにもあると武兵へはきいて〽そりや
なんのかきものを〽アレやしさんから身のか
なんのかきものを〽アノ士ツしさんから内のおそさまへ
とゞけてくれろとたのまれたきせうとやらいふものと
いふをきくゟ武兵へはせき立其させうをおれにくれろと
手をかくればとんざことをいふ人だかならず人にみせるなと
かた〴〵たのまれた此かき付どうしておまへに〽ハテ
いはずと〽イヤならぬ〳〵どにげまはるを武兵へ太左衛門
おいまはすはつみに弥作はきせうをおとす
ともしらず二人はなをもおいまはすうしろに
うかぶ伝吉はすてあるきせうをそつととり
あげあたりにはりある火の用心の札を
はがして中へ入かへもとの所へすておけば
両人は弥作一人をおつかけおつめ
にけるあしもとおちあるきせう弥作はとり上
あぶないことをとにけ行をおとなげなくも
あふないことをとにけ行をおとなげなくも
武兵へ太左衛門あとをしたふでおふて行
◯おもひそめ見そめあひそめなれそめて
むすびそめにしその人にあふせのしゆびのもしもやと
まだしどけなきはつ恋にお七はひとまたちいづる
おりからかけくるでつちのね作〽もし〳〵お七さま今こゝへ
おりからかけくるでつちの弥作〽もし〳〵お七さま今こゝへ
アノ武兵へがおまへをつれてゆくとてくるほどにかくれる
しやうはないかいのうはやく〳〵とせきたてるをお七も
おどろきどうぞしやうはあるまいかと見やるこなたに
すつほりとかいてうぶつにしたてあげわがみと
かたはらのくもつをなけ付手をあげてまねけば吉三はひつくりしおちはおかしく
〽あゝあのひつくりしたかほはいの〽そふいふそなたはおせどのとういふわけで其すがた〽サア
まよふてゐたものよく〳〵おもへばおまへばおまべいどのといひなづけのある身のうへ
又此苦くはすつ〴〵出家もとげるものぬしある女とふぎするをしやいんかいとて
みほとけのきついいましめもふおもひさつてくだきれといはれておてはなみだにくれ
アイニヱどのやうにいはんしてもわかれることはわしやいや〳〵とすがりつくをふりはなしあらまい
はつみにいかゞしてやおてはかんともんせつす吉三はおどろきやれ弥作水をもてとあたりに
ありあふありてをけの水を一口くちうつしおてはすかさずしたよりたさつき
〽吉三さんおまへはどうでもいやなかいな〽イヤサなら
いやではぬけれどもといふを弥作はもとかしかり
そんなことをいふひまにあのうちしきのしたへはやく
はやくとふたりをおしやり〽あゝこれでさつぱり
らちがあいてさぞお七さんもうれしかろおれも
これかららんまにあるてんにんのかほなとみて
がいてうのそしのめしたるあのこめ其これさいはひと弥作は立より
ほうしころもをそつくりとぬかせてお七にきせかへさせそしのまへだち
すろほりとかいてうぶつにしたてあけわがみもかくるゝ折からにこしやうい
もかくるゝ折からにこしやうの
吉兵はにつちうの口とめせんとてしづやかに仏にくうずる花おけのはなく
そぐはぬねんしゆふつまに向ひとほとけをねんずるすがたを見るよい
そぐはぬねんしやふつまに向ひとほとナを心にくらずる花おけのはなのすがたに
そゞはぬねんしゆふつまに向ひみほとけをねんずるすがたを見るよりもそしのまへ召
これも忠石りおまへにあひたさきごとよりそへば吉言はすりのき〽今まではうか〳〵
高祖文善士麿
たんのう
しやうと
つぶやく
とくゟ
うりぶ
武兵衛
太左衛門
もの
あるぞ
ま男
ぞと
吉上
出てを
ひき
出せば
ものおと
きゝつけ
吉じやう
久兵へ
春
せわ人
吉之助
市兵衛
金三好
坂町泉屋勘十郎内
頭主
すみ
〽サア五十両かへすからは
いひぶんはよみて有まい
わたしたしや丁もん
かへしやれといはれて
へしやれといはれて
武兵へはしぶ〳〵と
けたのちがつた
むなさんやう
つぶやき〴〵
かへしやる
せうもんならぬ
ふくみじやう
ことりちがへしとは
ゆめにもしらず
小十兵衛
とり上
なが
あらためん
ゐるてまへその
かきいれの
おせやおやの
まゝにくはいちう
なしこのばの
しだらとりつくろい
きげんなをしと
久べいおやか子いんしやも
とも〴〵みな〳〵を
つれ立ひとまに
いりにける吉上は人々
たちさればとりだす
ゐはいはよしつね公
ひでひらどのゝ
とかいみやうを
ぶつまに
なをし
〽けふめいにちの
たむけぞと
まのつゞき
つかみ〽ヤイしてつちめはんべいといふ
ひぬしあるおそとふぎすりやア
うぬはまおとこ火どろぼうめと
ふんづたゝいつはら立ごへ応のかなはぬ
いしゆばらしとぞしられける久兵へあはて
おしとゞめ〽これ武兵へどのたとへ
やぎしやうがまおとこをしようが
きしやうがまおとこをしようが
ゆかりもかゝりもない
きさまがせんぎだては
ちとですぎますと
いはれて武兵へは
くはつとせき立
〽ヤイカヘアノ
半兵へに大まいの
五十両といふかねをかし
すまぬときにはお七は
此武兵衛が女房と
きまつてあるゆへこの
吉三をと又立かゝるを
伝吉がま男ではない
此ふたり子ども
どうしのかくれんぼ
それをとらへて
まおとことは
なんぞたしがな
せうこでもごんす
かといはれてやことへ
てつちの弥介を引よせて
ふところの吉三がきせうを
とりいだし〽これ此やうに
きせうまでとりかはすほどの
くされあふた中今よむほとに
よくきけよといはれてふたりは
火の用心とかいたる礼武とへもきようさめ
目と目を見あはせきへもいりたきおもひなり
久兵へいんしゆももくねんとためいきついてゐる内に
しろべらしくかまやの武とへきせうをとつておしひらけば
三牛
ゑかうする内
ゑんさきに
お心ざしをと
にしきゞが
そたゝごひ
しらざりし
なんのことだと取すてる
伝吉すかさず武と人が
伝吉すかさす去と人が
くびすじわしづかみもんどり
うたせておこしもたてずどそくに
かけてふみのめす武兵へはやう〳〵
おきあがりうぬは伝吉なんで
武兵へを此やうに〽ふんだが
どうしたしうのむすめに
あくめうつけそのうへつみなき
吉みどのをてごめにひろいだ
へんほうにおのれがこしぼね
ふみにじるをほへてうせろと
たちかゝる武と人はなをも
がむしやもの此うへはいづその
ことかねのかはりに此お七
さあうせおれと引たてる
ぞうはさせぬととゝむる伝吉
あらそふ折から来りたる半兵衛
此ていみるゟまりがせがわたせし
よういの五十両武兵衛がまへに
なげいだせばかまやはびつくり
こりやどうじや▼
□□□□□□
吉三は
手のうち
しんぜ
申さんと
かたてに
くもつ
かたてには
いはいを
もつて
くもつしんぜ
申さんと
いふにこなたて
何とやらむねの
おどるに心へずと
あたり見まはし
ゐはいをみつけ
よしつねいこと
ひでひらさまの
御かいめう扨は
おまへは
よしもとさま
にしき木で
ござり
まする
次へつゞく
十八
まへのつゞきしおなつかしやといふによしもとびつくりしてしべしことばもなかりしがやゝあつて一
かほをあけかほみるごともひさしかりしぞにしきがどのといとねんごろにあのすべき口のか
しか〳〵かたりけるをしうからかみのそとにお七が立ざくとは神ならぬ身のしらざりしが
お七はづつと出いでゝ申し吉三さんあの女中さんとのはなしちとたしなましめせと
りんきの折からべん長はにしきゞを見るが此ひにんはおいらがなかまに見なれぬ女
こつちへこいと引たてるを中へ久兵へとんでいでおなじなかまであらうとも
だん七は
〽こりややいおのれ
そのさまになりはて
ながら今にこゝろが
なから今にこゝろば
なをらぬな
ふみはたき
いづくへなりと
ゆきおれと
なみだ
ながらに
しかりしは
ふびんさ
どうちくせうめと
まさる
親心
とりさへようかほをみればかんどうなしたるだん七にて
ぢないをでるなら
かくごしやれとそう〳〵に
いづくへか出行ぬあとに
のこりし久兵へはゆへある出人と
見るうへはもしやそともにたん七が
まちぶせなすそはかられず
娘の七が此小そでづきんも
ともにまいらせんわしが手の内
うけてよとなげやるこなたの
にしきゞはありがたなみだに
ことはなく吉三郎もともなみだ
日かほでたかひにいとまごひ
かれ
いで
ゆき
お七
ちり
かゝ
半べいがかへる道にて
あの吉三よしもとなりと
そにんしてしまふてのける
そんならたのむ太左衛門
かならずぬかるな
がつてんと武兵へは
わかれ太左衛門は
ゆめにもしらぬ
はん兵へは
ほうかむりしてうかふとは
びつたくり其うへこせうの
はなの
夕ぐれ
なごり
おしくも
わかやを
さして
かくりける
こゝにわるもの
弁長太左衛門
武兵衛も
こともに
ちゑは出ばこそ
わるたくみ
まことに
三人よれば
もんじゆの
しにも
おとる
ちくせうめら
おそがかへる
おそがかへる
其みちにて
ひつはらつて
くれるなら
武兵衛
命と
たのむ
一金十両
ほらびに
くれてやる
まづとうざの
てつけに
しもゐやるとべ
わたせばうけとりいちあしいたしておて親子
其あとをしたふてこそはわかれゆく武とかへは
いぜんのせうもんのはなかみぶくろにあるに気が付
やづけるゑなをまちがへてやつてはたいへんと
いふにおちつく太左衛門其かみ入は
ふたりつれだちかへり道はやたがれに人がほも
みへるやいなと夕まぐれ太左すつとより
はんべいがくわい中を引さらつてかけ出すを
伝吉はうぬどろぼうとおひろしがついに
すがたを見うしなひけり〇こゝに五尺
淳五郎忠つゞのいもとは本郷八百屋
半兵衛方に下女奉はくして其名は
千代とこま〴〵と書ておくりし
弁たよりにひとまづかのちへ
おもむきしに此せつおこりをわつらひ
長びやうのとこにふじてありく
つゞきかゝへの伝吉かねのいりわけゆへなくして
もどりのおそさまちかねで
もどりのおそさまちかね
たき火にあたり
まつところに風に
おちくるにはああ
そめ五郎はあんじ
わづらひたばらにて
あめをしのぎ
ゐたりけり
べん長はおその
かへるは
此みち
ことさへかなはざればにしきゞは
ひとりしゆぎやうにけふもまだ
久兵衛
おや
おやや
□□□
なればけがの
ないやうにお七を
かうしてとむなたくみして
かうしてとむなたくみして
たき火のあるをさいはひにこやのまへに
たゝすみしがきをかへて此ごろおいらが
なかまにみなれぬひにんとのゆへおつはらふは
やすけれを今たのみがあるがきいてくれるか
きいてさへ一れるならおいらがなかまに
入てやらうそのたのみといふは
八百屋の娘のお七といふを
引さらつてくれしるしは
ふうし文のもんを付て
いるほどにかならず
見ちがへてばし
しそんじな
其かへ吉でういんのこしやうとも
ちみりやづてゐるこわつぱこれも太左衛門が
よしもといふことをそにんするやくそく
どちらへどうまはつてもかねにあつたまるはなしなりと
はしめおはりをものがたりそめ五郎なんなくうけあひ目じるしは
ふうじぶみこゝろへましたかならずたのむとべん長はしばし
こかけにみをしのぶそめくらはつく〴〵とおもひけるはよしもとさまの
おんありかしるれどおんみのだいじといひにしきゞさまとのおんなりを
かならずじやまなすそのお七いけおゝならばよしもととおもしやはわかげの
おんあやまりこりやお七を手にかけておふたりのおともなし立のくならば
よしもと公もわれをうらむるのみにしてそのおそに心はのこるましと
心きはめて竹つゑにしこみしかたなにこぶしをかためまちにまつたる其前へ
にしきかすめは人すへがなさけのはとがきがかたやまちにまつたる其かへ
にしきゝひめは久兵へがなさけのお七がきがへのふりそでふうじぶみのもん付を
かぶりあめのはれまにあしばやにかへる道目じるしはふうしぶみお七と心へそめ五郎
はづしと切つくれば大ごろしとにけるをやらじとそめからふりそでとらへて引返し
そではちざれてとびさるうちたゝみかけてきりつくるにうはぎはぬげてそてだいの
すがたとなるを見向もせずたゞ一刀にとゞめをさしける折からはるゝおぼろ月
みれば御主人にしきゞさままなむさんぼうとよび。いけてもそのかひきらになかりしかば
そめくらかほをあげそらつく〴〵とみていかなればてんとう我を見はなし給ふぞ
げんざい親はだん七にうたれ人たかへにて御主人にて御主人を手にかけたるはいかなる
てんまに見入られしかくちおしさよと男なきにこへをあげしはあはれにもまた
どうりなれうしろに弁長すてたる力に手をがけてなげきふしたるそめ五郎を
たご一つきにつらぬけばそめ五郎何やつなればたまし打につくきひきやうのふるまひやう
いへどきうしよのつききづにこきうみだれてこへたゝれたん七はおうしう白いしにて
よも。介を一にかけしとかたるにしつぐむねんのはがみだん七はとゞめをきらんとしたりし所に。そへ
つゝきなにやらあたりに
人おとすればみつけられては
いちだいじと立のくそはに
おちちつたるにそでのもんを
みるゟも此もんゆへに
みるゟも此もんゆへに
人たがへ此小そでにて又
かねとかたに打かけだん七は
ゆう〳〵と立のくあとに
土ざへもんでん吉はかほは
しらねばぬす人とおい
まはされて太左衛門はな
ぶくろをなげ
かへせばしらぬ
てん吉あとおふて
いづくともなく
おひゆきけり
でつちの弥作は今の
あめにげたからかさの
あまぐをかつぎ久兵衛
半兵へのむかひに出たる
はんべいはかへり道なにやら人のうめくこへおぼろ
道ばたにおちゝるかみ入ひろひとる向ふゟ
あめのはれまを半々云へはかへる道にて行あへば
弥作は久兵へしとお七がともをなしてかへりける
かげにうりだへはふたりまでちしほにそみしは
こゝろへすとおどろくこなたにてうちん
つけてよまはりのばん人とみへてこれを
そめ五郎をかいほうなしやうすをとくは
だんといふていきたへたり又よびいけて
といかへせは十とこたへてついにむなしく
なりにけりばん人はすてたるかたそで
ひろひとりもんところはふうじぶみておひが七と
こたへしはさてはおそが此人をといふに半べいびつくりし
どうしてあの子が人ごろしといふに又ばん人もおどろさしや
ひたとひやうし木うちならし此やうすをよひたつれば
はんべいはとりかこまれてはせんなしとわがやをさして
いそぎあしひとりたちにてかへりける○こゝに本ごう八百やにて
すぎといひしは手一ツにもりあげたれどあるじなき内の見立と
伝吉が親子二人はぢさん金もつて入しは久兵衛と倅半兵衛
こゆやりに
おこせしがくの下ばり
なしてほぐのふそくなるを
つぶやきつゝふと子供
心にいつぞやひろふたる
はなかみ代表の中に
ありたるふくみ状を
それとはしらず
くしまきのまげをゆほひてはしりゆく
引さきて張こみける
ちよはすこしのいとま
あればかみ取上んと
して奉公人のつねとむひながら
あるじのすぎによひ立られ
弥作が引さきのこしたるふくみ状か
かたしをそのまゝひきしごき
まげをゆおひてはしりゆく
こはたかに半兵衛はゐぬか〳〵といふこゑに久兵衛おそお千代はともに
立出る武兵衛いふやうかしたる金を今返すか金のかばりにおそを
わたすか二つ一つのへんどうしろといはれて半参吉しやう院に
せうもんを親のてまへのはづかしさにあらだめずうけとり
おきしがもしやかすめとられしかとうたがひてありけるが
武兵人又いふやうおもれが金ならともかくも金の主
此かごの内にござる此お人にあいたいしやれとかごの
たれをあぐればぬつとべん長がやふれぬのこに
ひけぼう〳〵としたるすがたにてざのまん中に
どんとすわる久兵衛はこれをみておのれは
せがれのだん七め親の所へよく其ざまでと
いふに弁長あざわらひかんどううけたる上からは
たげんのおれがなんのゑんりよかねかくする
お七をわたすかきり〳〵とへんとうしろといふに
無念の久兵衛親子おりからおもてに伝者が
かなぼうひいてそのあとにゑびなのぐん蔵
ちゝぶのしげやすもろともに八百屋に来れば
太左衛門あんないしてとつた〳〵と大せいこみいり
上いなるぞとよばゝれば久兵衛は何ゆへかゝるごせんぎと
いふにぐんと蔵其志さいは吉じやういんのこせうたる
吉上と申は御せんぎの有よしもとなりと
太左衛門がうつた人なるゆへめしたりに
向ふたりゑみがちくてんといひ此やの
むすめおそといひかはせしえんにつれ
かくまひあらんはひつぢやうなりそれゆへ
われ〳〵むかふたりといふに久兵へふうふ
かほ見あはせてことばなし武兵衛べん長
したりがほぐん蔵は武兵へべん長両人に向ひ
此せんぎはなんぢらいたせとき成のみこむ両人は
かしこまつたとべん長は娘のお七武兵へは半兵衛を
ゆうよするなとべん長武兵へ思はず両はだおしぬけば
べん長がくびにかけたるまもりふくろにちよば目をつは
ひらめきけりかないはうへを下へとそうどうしせうじを
こだてにうづくまるやく人二人は内にとほり鎌倉どのゝ
引すへてふんづたいつせめとへどもとよりしらぬ吉三がゆくへ
ふうなにならんとのりうくわんなるべししかるに其事はかなはすして後のなげき
たねとはなりぬかゝる折からいつねかどおもてにかきすへ武兵へすつと内に入
〽かくて弥作はふゝみ状をきまぜてほうのうのかくをはりあけおてが筆に松竹梅の三字を書
ねんがう月日何才書とかきしるし江の嶋のけへたいの天神人奉納しけるはのち〳〵告立と
一武兵衛が
したぎて目じかし
のか七がもんの
ふうやぶみ見るに
しげやす立よつて
武兵衛がきとで
しつかとおさへ
おのれがつみ
一おのれを
せむる
さきごろ
かの所にて
一人なら
二人まで
●おちちつたりし
かたぞての其かたしろを
どうしてなんぢ下ぎとは
なせしぞととはれて
武兵へはひつくりがほ
だん七ほうづべんそが
ちやくしたる此きもの
おそがきものと
お思ひしゆへ
一両二人力でう
やすいもの
かたそてない
きつばかり
べん長にうり
られといふは
そこくにける
する
みぐるしけれ
廿一
しげやすいはく扨はころせしそのはしよにてかのておいの
七が〳〵と申せしはお七ならんとうたがいがやはりだん七にて
あつたるこ申出といへばおちよはべん長がまもりふくろをつく〴〵〴〵〴〵〴〵〴〵〴〵〴〵〴〵
あつたかよ出といへばおちよはべん長がまもりふくろをつくみて
ほかにるいなきたかだちにしき君よぢするからは春といつぞや
与も作さまの御さいごとともになくなるそのにしき今が
ろけんのてんのせめかくせうこのあるからはまかふかたなき
おやのかたきと両方ゟつめよせられてべん長はこりや
おやのかたきと両方ゟつめ
たまらぬとかけ出すをてばやき伝吉ひつとらへ
それとなけだすしげやすがとりなはとつてたかてこて
いましめられてべん長はなげくびしてぞゐたりける
いましめられてべん長はなげくびしてが
ぐんそうは大みんあげ此うへはこせうの
吉三をさがしくれんと
のゝしればそのせんぎこそ
此すきとおくゟ
出る母ひ杉
出る母お杉
みるにぐん蔵
此やの娘の
めんに
まひ
▼ゝに心を
ろうするして
太左衛門が見にて
追人のくると
きくより
じやういんの
なさけや
がついんの内を
こらしこと
しのぶ内に
女と目を
わづらひ
しよせん
つたなき
わがみめめ
せめておてに
ひとめあい
いとま
こいを
かくご
おほにちがひなき吉三なはかけ
出するくひうつり〽二ツ一ツは此はゝが
出するくひうつり〽二ツ一ツは此はゝが
ほうびのかねをおたのみ申とすきがことばに
ん蔵うなづき此せんぎは其ほうへしかしよしよしもとへ
なはかけるか打とりなばきはす平家ならびによしつねの
ざんとうせんぎのため町〳〵に木戸をしつらへくれ六つよりしめ切て
もしやあやしきアのとみるならは。此やのまへのあのやくらのたいこ也
うつてしらせよにんずをもつてとりかこまんもとより木戸〳〵
うつてしらせよにんずをもつてとりかこまんもとより木戸〳〵
ひらかすべしとげぢをつたふをきくべん長どうでのがれぬ
身のおちどてんかにかゝはる一大事申しあげなばわが命
まつたうせんこともあらんかとつぶやくをやく人きゝつけ
いかにもてんかの一だいじごん上せば命はたすけゑさすべし
といふにべん長丸がねがたくみをいはんとせしが生兵へがすぐにゐて
そのことはおんめしつれあつてくはしく御たづねしかるべしと
いふにお子代手だしもならすはがみをなしてひかへける
かくて伝吉へお七が声のむこのがくをてん神さまへ
伝吉がおさめるかくみきちかへるついでにわたすでん吉がきせうをおそに
なけやりてかなぼうひいてさきに立ぐん蔵しげやすべん長を引たて
武兵衛太左衛門引つゞいて行けるが太左衛門にもどりして何思ひけん
こなたなるたいこやじぐらのこがげへしのぶとも家内のものはしらざりけり
お杉がいふやう半へいにお七をめあはすそうだんはぢさんのかねの
におかいふ女う半へいにおちきめあはすそうだんはぢさんのかねの
あるを見てみにしたしこどあのお七がきらふといひ大いその
みやぎのとふかくいひかはして。四日といふこときゝしうへはちつとも
此やにおくことならず早く出てうせおもれおてももとはすて子なりしを
ひろはれたことあわずれ吉上へのふぎいた
思ひ切半兵兵へとふうふになるかいやと
いふなら大いそへ身をしつめて金にする
又半壱へもつゝやうけんをしかへて
おそを女房にするならば此はゝが
むねの内あかしてきかす半年
あじにからみし母親のことば半兵へは
とかうのいらへもよしもと公の
おんくびをあすらんとうけがひしが
のがれがたなきこのばのしぎおそこと
しらげんいたしませうといふに
お七もさしあたり此ばのなんぎを
のがれんとこれもふうふのやくそこ
半兵へさまに二世かけてといふを
きゝねるおちよがしつと
さはぐ心を半しこへが目かほで
しづめしづまるおちよ
おすぎはなをみねをおして
さつそくのへんじがのみこめぬ
ちがへぬといふしかしは半兵へも
きよねんすゝはきにちらとわ
かいなにあるを今こゝでけしてしまや娘のおそは伝吉が
さいぞんやつたかきものはたしか善三ととりかはすきせうさいはひあ
かい玉のいれぼくろもけしてしまやきうはこゝにどかたはらより出しておちよびいひ付て
心ほそくも三人はやいつやかれつ名をけすは此よからなかしやうねつのとんで火に入鳥のむしを
さいぞんしたかきものはさしか吉くととりかはずきせうさいはひあんどうかともしびにてやきすて
〽しよぎやう
むぜうのかねのこへ
ぜしやうめつほうのやみ
じやくめついらくときけば
ゑしやしやうりの
よのならひと
うたへば内に
おせはたしかに
そのかへと
その人と
のびあがり
のひあかり
身をちゞめ
きはあせれ共
はゝのてまへ
今いせせうを
吉みへのいひ
したかひて
そなたはわしが女房
にするほどに
同
きりぬけていづくともなくおちのびけり
あとにしうやは此うへの心どりさらになし
あどにしうやは此うへの心どりさらになし
目にもめみせてくれんずことくもで
かくなは十もんじうわうさわうに
なぎたて〳〵はたらくこなたに
ためろうなりきよたまご目いぶし
なげつくればねとひはつさずしうやが
まなこにはたと打つくればさすがの
しうやたまりゑず思はずすこし
しうやたまり返す思はずすこし
うきあしを見てとるなりきよさしづし
大せいいちどにおりかさなりついに
なばをかけたりしは目ざましかりける
しだいなりしうやいさきに
しだいなりしうやはさきに
けいごのさむらひれんばん帳を
もたせてかまくらさしてひき立行
しばらくかのちにいましめおきけりへ
○こゝにさきたつて人をあやめし
〇こゝにさきたつて人をあやめし
べん長はかまくらのやかたにて
しやうゑつしうやがむほんの
しだいいち〳〵にそにんなし
ければしけやすが
はからひとしてしうやは
なりきよにめしとられ
又吉三郎がくびうけゝたに
むかひしぐんぞうは吉三郎
一行方しれずなりければ
せんぎのたねとて
みてきめしとり
かまくらへ
引すへたり
つゞきたねんのいんぼうろけんのうへはよしもて公のおんみのうへきでん
よろしくたのみいるやがくりはこれ一ツへんし迄はやくとせりたつる
半兵へふうふなく〳〵もいづる向ふへ又もやらじととりまくくみ
たせいあいでにはたら〳〵ふうふ取おとしたるれんはんをひろひとか
なりきよかてにわたるともしらぬふうふはやう〳〵に一ほうを
へん長は
ゑつぼにいり
かゝる一だいじを
そにんなしたるこうにより
おて
おやこへ
めろうめ
吉三郎が
ゆくへ
ありやうに
ほざかぬと
うぬも
あの
なにとぞせつしやがつみは御しやめん
くだされかしとことはをたくみに
ねいべんをふるひければどうき
もゝむるならひとてかちはらが
はからひにて弁長はもとのぶしに
立かへりやはりしかだん七となのり
しりのみならずしげやすのあいやくとなり
しりのみならずしけやすのあいやくとなり
時がはりにしうやとおそをがうもんなしけるが
もとよりぼうじやくぶじんの
だん七なれば
おそは
あるにも
あられぬ
おもひ
〽たとへ
いかやうに
おとひ
なされ
ても
吉三さんの
しらぬが
どう
とうぞ
かんにんして
下さんせと
あどけなき
ふびんさを
みにも入ず
〽ヤアのぶしとい
いはぬとて
いはさすに
おにか此うへは
それものとも
がうもんのようい
せよいと白さけ
ありくるおふし
なきゐるおや子をひつたて〳〵そこに
こうよと見べたる折し毛ていたる様つみるし
たいことともにちゝふの小六郎しけやす
しゆろしとよぶにせんかたなくあたりねめつけ
だん七は一まの内へ入にけり〳〵しつ〳〵入ける六郎しのやすゐきをたくして
だん七は一まの内へ入にけり〳〵しづ〳〵入けるからしの女すゐきををして
ざになほり〽アをしむべしまりがせしうやそのみばんにふどうのゑいゆアなれ共
やうんつたなくして。あんぐわいをたつせすかくとらはれとなりさぞやざんねんに
しかんつたなくしてかんぐわいをたくせすかくとらはれとなりさぞやさんねんに
ふな〽おふせにやおよぶべきそれがしてせんにかなひなはきてんとはてきとがたせんじやうにてだいをはつて
げんざんにもの参のちじよく此うへやあるべきとことばすゞしくいひければ次つくし
はんざは六郎すみより〽かくれたるよりあらはれ
たるはなしと今の一ごんすりやいよ〳〵むほんに
いち〳〵にごんじやうあれと
つめよすれば
そういなしじやうゑつはじめいちみのやから
まりかせは
いたけ高になり
〽だまれはんに
此かまくらに
ねいじん有て
一君を
までは
まどはし
かいりく
三とせの
くんてうも
むなしく
よしつねはくには
むねんの
御さいこ
その
らひ
いくさを
義をきんてつに
むすんだ
むすんだ
〽いちみのやから
たとひこのみは
しゝひしほになる
はくじやうなさん
いらざるせんぎなさんゟ
いつこくもはやく
けいさいにおこなは
とてもなんてうそれと
れよと
まなこを
とぢて
もくねん
たり
やゝあつてはんざは六郎〽きでんのちやう
かんずるにあまりありさりながら此ほう
とて其かりそめならぬてんかのせいとう
ちんずるにぎあれど又とうに忠あり
此うへはぜひにおよばずこれこそさだめて
ぞんじつらんととりゑしれんばんさし出候
}
しげやすこれもととりよせてありあふ
ひばちへ打こめばほのうとともにしけやし
かねてよういのやくとうをあためてづかし
とつてふたりにあたへいゝにまりがせ其ほう
とてはほかならぬたかだちのさむらひ
ことにちらきのものゝふなればいかにもいたし
ぢよめいなさんところをくだくふくみ快
せんぎしいだしかまくらどのへさしよなは
ほうえよしつかいこのおめいもはれ
さすればそのほうたちのちうぎも
あらはれよしもときにはみちのくのぬしと
あらはれよしもとは心にはみちのくのぬしと
此ほどゟのごうもんにさぞからいかれんと
まてとくはんじんたいどのしげやすがことばに
まりがせおや子の身にしみわたる
かたじけなみだせい士の情ぞたゞひなき
○こゝに半兵べはまりがせがたくをやう〳〵と
おちよもろこともおちのびてそこはるとなく
たとりけるがあづかりしれんばん状も
ことりてのためにばいとられ又その
うへにげんざい妹のおそがうぢし
たいこゆへまりがせどのゝなんきと
なりかねてのたいもういちじに
あらはれ忘りのみならずよしもと
公のゆくへもしれずかさね〳〵の
いりなるうきかもはかられずとかくごきはめて
やう〳〵ときゝめがやつのかもんどうのまへに
いたり半兵へお千代に向ひそもわれとても
よしあるものゝたねなれとときいたらずして
たいまうあらはれこよひのしぎしする
なるそのせんぎはかいべい三日の内にたづねだし
たねんのおもひをはらされよ此やくとうは
うきなんぎとにもかくにもよにありては
おもふゆへあたゆるぞ命まつたう着せろを
つゞきときにしなざればしするにまさるはぢおほし此ところにて
せううつなさんさるにてもわれかうしんのむまれにてこよひもすなはち
こうしんの夜こゝも名におふこうじんどうかくせうじところも
わりふのあふはいかなるすくせのいんぐわそやいざさらばわがなきあとを
たのむぞと一こしをぬきはなせばその手にすがる女房おちよかいろ
れんりとちかひしをおまへはわすれてひとりしぬことはどうよくな
わたしもころして〳〵とくどきなげゝば
□□□□□□□
わざと人めはしらぬふりむすめのおそやう
ゑはにかいきんすせとかたも
みつぎのためしかるに
お千代がじがいせんと
つきたつたる
りかうがい
むすめの
すて有時
そへて有しに
すとしま
たがはず
その
もち
・
そのことばゝさることなれどおことく
ともにむなしくならばなきあとまでも
世の人にしんちうとかたはれんもはぢのはぢ
こゝのごとうりをきうわけて〽イヽヱなんぼでも
一人はころさぬわたしをころしてそのうへにてと
一人はころさぬわたしをころしてそのうへにてと
てにとりすがるをふりはらひはらにぐつとつき
だつるを見るゟおちよはもちあはせたるわりかうがいにて
のんどのくさりを一トゑぐりたがへにくつうの折こそあれ
よしもと公のおゆくへをたづねさまよひ来かゝるお杉
もへ壱人とてもしげやすどのゝ慎たるふくみ状を半みへに
たづねいださせちうぎをたてさせんものをとおいの一てつ来かゝりて
此てい見るめきもてんどうお主人さまかはやまりめされしと
たかだちよしもと公を去三郎と名づけ人しれず吉ぶういんにあづけしことも
いふにお杉もかけつけてさきだつものはなみだなり久兵へもなみだにむせびながら
半兵人が身のはじめおはりをお松にこま〴〵とかたるにぞさてはとおどろきお枝も又
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はじめ
おはりを
くつうながらも
くはしく
ければ
おろは
びつ
けり
そん
あな
たは
御主人
にて
あのおそ
御主人の
たね
はらを
はらを
かしたは
此わたくし
しらぬ
ごしゆ人の
むすめごを
げんざいそが人
けんさいとかへ
とせしもちうぎ
とはいひながら
いかなるいんぐはそ
みやぎのさま
次へつゞく
十七
一
うぞんとおもひたつたるゆへにこそ
うばんとおもひたつたるや
かくひごうのやいばに身の
かくひごうのう
なりゆきいばしんゑんの
なりゆは
ことわざ人の心はあしき
ことには人やすし心のこま
道には入やすし心のこま
にたつなゆるせしゆへにこそ
かくいぬじにをなすもの也
とことばの内うしろの
かうしんどうの内にこゑ
あつて〽ヤかくいぬしにを
なすかるよりと
なすもいなりと
ことばの内うしろの
ゑんかうのかのへさるの生れにて天下を
これまでつくせしむりしむりじやけんおゆるしあれとくどきごと
く〴〵もまことにふしぎのいんぐわどしよりあふものかと
なきづむ半兵半兵へなみだをはらひわれおよばぬむほんも
こへあつて〽ヤア〳〵
いぬじにならぬ
一金井半兵へ
白有の三郎
ちかひらさいめん
ちかひらさいふ
なさんと立いづる
いふうりん〳〵として
あたりをはらひ
一宇治のせうゑつ
よしもといいのがんびやうを
いたはりかしづき伝吉も
しのびすがたに立いづる
人〴〵これはとおどろく内
ぜうゑつはしづ〳〵と
半みへがそばへさしまつて
御しゆ人のありかをたづねんと
御しゆ人のありかきたつねん
此とし月のかんなんしんく
そのちうしんをてんとうも
かんのうあつてか吉じやう
いんのこしやう吉三郎こそ
よしもと
よしもとはくと
きくとひとしくこれなる伝吉
まことはくまゐ三平と申もの
かれとそれがし御ともなし
たちのきしあとにて大まう
ろけんなを〳〵天地に
せてまるとの御心づくしにや
御主人には治しかたき御がんびやう
われ〳〵両人やすき心もなき折しも
今きでんのことばにこうしんのたんしやうときくこそ
さいはひかのべざるのねん月日時しゆつしやうなし
さいはひかのへさるのねん月日のしゆつしやうなし
おとこのせいけつにぢさんなしたるヘイサラハサラを
こんじあはせてふくさせなばごがんびやうはへいゆなすに
うたがひなしそれゆへにこそきでんのしやうがいをしりつゝ
とゞめぬぜうゑつが心の内すいりやうあれとかたるにぞ
かなしき中にもよろこぶ人〳〵お杉はぜうゑ心にむかひ
此うへは御じゆじんのおんみのうへはぜうゑつさましらぬ
ことゝて此ほどのしだらおしやしんがたへ申しわけのため
われはこゝみてせうがいといふをぜうゑつおしとゞめしする
われはこゝみてせうがいといふをぜうゑつおしとゞめしする
命をながらへてふくみ状のせんぎしいだし日うげの君を
御代にたつる心はなきかといはれてお杉は今までしれざる
ふくみ状ことに三日にかぎるせんぎの日かづ手がゝりさへも
あらざればといふ内ぜうゑつ手おいなるおちよが
みだせしくろかみに目をつけ事おいの女がくろかみを
ゆはへしほぐをとく〳〵これへといふにお杉が
たちころてまけやはひをといてさしいたせば
ぜうゑつとくとあらためみてこれこそぼうくん
よしつねは公のごさいごのみぎりしたゝめなされし
ふくみじやうにうたがひなし名あてはちぎれて
あらざれどこれを出千代がしきうにふくませ
かやう〳〵とさやけばふうふはこゝろへせめては
此状のかたしをもつてお七をはらめん〴〵のいのちごい
〽ヲゝそれがかんよう此ぜうゑつはよしもと公のおんとも
なししばらくとうしうにおんみをしのばせじせつを
またんといひつゝこしのばびしやくとつてよういのひやくへ
ちしほをこんじあはせてよしもゝにすゝむればぐつと
一いきまもあらせずうしろにうかがふしのびのくせもの
よしもとやらぬとくみつくを身をかはしたるぬきうちにふたつに
なめてぞうせにけるみな〳〵おどろきさてはきみにはごがんびやうな
〽ヲヽ亀井がちうぎのせいけろにほんぶくなして四方
あきしかくはぶんなるぞよ武くらとおゝせをきいて
人〳〵はありがたなみだぞやるせなき半みへふうふうみぢしごゐ
お手代は口にふるみ状でくらうながらごかいしやくといふも
くるしきだんまつまくつうを
させじとよしもと云
口にしやうみやう
みかたなに
手をふれ
たまふと
見へけるが
にぞおち
半兵衛が
くびはまへ
にける
いでや
ふうふか
しで三づ
わたれよ
せうゑつが
お子代が
おがみ打
ふうふが
なき入を
きを
はげ
よし
もとの
おん供
なして
一
熊井
いづと二
さして
わかれ
ゆく
○しる
まり
おては
日のへ
つゞき重やすはかまくらどのにことゞ
つくしまりがせが忠しんのぶしたる
ことをまうしあげければらいてう
公も御きゝすみあつてしからば
とてせつふくとぞきはまりける
又団七はお七をけいざいの
やくにてたぐひ
やくにてたぐひ
まれなる
ほうろく
しけいと
きはめ
お七
がせ
両
人
共
ゆゐ
がはま
へぞ引
すへけり
四方は竹の
矢来をしつらひ
まりがせはむもんの
上下にでざにつけば
上下にてざにつけば
しげやすはら切がたなを
まりがせがまへになをすさて又ほうろく
しけいのよふいとてみやうくわくはつ〳〵として
あかゞねのはしちをたてさもすさましき
ぞのありさま見る人きもをひやしける
一用無少去菓幸兵衛
一人馬場人にて
すでにようい
とかひあはやと
見やるむかふより
かへ兵へふうふは
くもをかすみ
にかけ来り
此ていを見るゟ
こわやすの
まへゝ
重
ひざ
まづ
卅
日のび
のうちに
なみし
手に入たれど
ちぎれ〳〵て
名あてもなし
のがれぬ所と
のがれぬ所と
よしもといふ
亡父のあとを
おつぎなされ
お口にふくんで
あへなく御せうがい
みしるしをうつてわれ〳〵
ぢさんとさしだすくひを
ふた目とも見ずいまはのきはの
かなしみとお七はかつぱとふししづむ
重やすはもくねんとしてことばなし
団七きゝよりしなしたりたとへかたしで
およばざるをしなしたりざんねんやみちのくのあるじとも
あすにもなるべきおん身にてかへすぐもおしむべし
あらふともこれさへあればよしもと公ごせうがいには
▼とむねんに一もつ
あることばとも
しらすおすぎは
てをつかへよしもと
ごぞんめいなら
〽ヲいかにもわれし
とりなして亡義
よしつねの
おめいをもそゞき
たてまつり世に
いださんはわが
ほうすんに
あるものを
はりくゆみや
今はくやみて
せんなきこと
せめては
いのち
いのち
たすかり
しゆつけ
なして
おんぼ
だいを
とふ
やうに
ゑさ
此うへは
しさい
あかし
て
よく
もと
公を
みよ
いだきん
よしもといづの
くにゝしのびおはすこと
むすめおそまことは
さとうがむすめにて
しのぶともふし
此すぎ
じづの
むす
かゞき」かたりつくして此うへはよしもとへのお身のうへよしなにおとりなし被下からと乍兵へもろとみねかふぞざんで
御出して両人へなわかけよいくびこそはみや。きのがくびとはしれどよしもらがゆくへをきかんそのため成なさけらしぎ
こときを打くはしきゝしましもとがありさなりはいつへかつてをさしむけむし一れわれら少てがらそれともしらぬ
おろかの両人とあさわらへば二人はむ事のはかみを出したばかられじかくちおしとかけよる両人しげやすやしやす
引すへ久あてたへなきふたみ状もちくるいとかん〳〵のゆくへをあるをかへうらんじやしやじんのそやんどうせんうつけやのめと
まとはなん。ことはないことだはんとだいしをもしきをもしをはしきちにいつたいしをかしき
きめつくる久兵へこらへずだん七はわが。せがれあく人なれどもしもやとだいしをあかし死ちにいつたがさんねんと
くやと心け〳〵ぞとうりなれお杉も今はせんかたなくよし此かへはせめてそとしげやすに向ひくれなるおそはしやしやしんし
じんいたねさはしらずしてやぐらのたいこをかせしも此すぎすうめしゆへことにお女はいまだ十四才子ともの
ことゆへおやがしなされ何とぞ此はゝを御やう〳〵くださらばせう〳〵せう〳〵せくのおんなさけひたていたてにしめよ
身をひれふしてねがふにぞしけにをもふびんにおもひなるほど十四才とあればいまだ子と毛母がぬがひに
まかせお七がつるはおゆるしあるやうだんじどのといは是もはてず十四といふはみないつはりこれを見よといに
いゝへけびとつの文をとりよせてこれこそことしお七江の島へあけたるがくなるがとしはすなはち十六才
しるしありなんでう神にさゝぐる頃いつはりをしるにいれやあらんよし又十四才にも世よこひする女を
子と毛とは申されまじつゝゐづゝ両づゝのむかしは寒のならことなんとこれでもあらぶかといはれて
やうしはきもきやうらんかくを引よせうちやぶり人のなんぎをすくふこそ神の利生といふなるに
たてげしかくがせうこになりむすめの金をおとすとはおもへばよには神もほとけもなきことかとせうきは
なみだにむせびけるしげやすはがくのやぶれしをしろ〳〵〳〵と見やりそのがくこなへととりみせてうらな
ほくをひきはなし久兵へへふうふがぢさんせし正くみ状につぎあはすればまがふかたなきどうひつ
にてまさしくよしつねいつみなたよしをさらどにのこされしくみ状にうたがひなしこれさへいづれば
人〳〵のたねんのしんくもほぐにはならじ此しな君へさしあけなぞさそかしごまんぞくにおぼこ
らんしやばとめいどゝへだゝれどこれんしのおんわほくあらばわれ〳〵とても此うへのよろこびやあらん
かねて君にもかぢはらがざんげんとはごすいりやうありしかどし山のきうせんにふくほくぼくの御なんを
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ふきしめ御しやていよしつね公のきやうやうによしもと思へはみちめくのあるじたるやうとむ〳〵よりなし
いたすべしとよぎなきことぶん〳〵はゆめのさめたるゝちにてよろこびあふでどうや知る處七ははたと
てをうちかぢいらおやか子さほとのあく人とはしらざりしとおのがあくじをおしかゝすしげやすはきんせんと
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ゆうぜんとせうきにかゝればつきそふ
いへのこかまくらぶしきもげんぢうに
いへのこかれくらぶしさもげんぢうに
ひかへたりまり進はこうけんとして
ばんじさしひかへにきをくばり
こときこそよけれとこゑかくれば
そうほうさゆうにたちほうにたちほうにたちほがれ
イザ〳〵と立むかふだんそはしたゝか
ものゆへことゝもせずゆんでにお杉
めてにしのぶをたゝみかけてきり
まくりすでにあやうく見へければ
まりがせすかさすだん七がきゝうで
しつかととるよと見えしが
二人がやいばはだん七がさやうの
あばらを一ゑぐりかつぱと
ふすをおわしもたてず
おさへてくびをかいてげり
やらいのそとにはあまたの
げんぶつできた〳〵と
ほむるこへしばしはなりも
やまざりけり久兵へはふつと
かききつて此だん七はわが悴
かれゆへにこそ人〳〵のひごうの
さいごみらいのつみのさぞかしと
あく人ながらも子ゆへのやみせめてあの世を
とむらひゑさせん此世はおにのだんそみせめてみらいは
君にすめんおややば今ゟひ入夫は角吉とあらたゆだい一にはよしなこのぶしんをぬりなき人〳〵やせざはおおよく〳〵
ていはつやし一音軒こんすかなさんとせやすにあつく礼をあづとそゑいでぬ気やそたさひらいりたちにうへはいつこくすく
物さし上きみのあげたわがはらをぼじづにほろぼしせういせいめのなといをいらんいざらばしばよて出て出てれずつれてますにてますよくじの
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こゝきはころをおもふをもれ共大病くらにへいとあつてごなしん此ところへおほしさみたれ出しさいにてもよらんこのおほしさいと
熊井び近処発見せにと云々々ころせよし左京につらたせ出るをまいらせそのみそものゝくなけてりうぐけのむしやりはけらはけら
なここそ見へにけれ熊井三郎はせからわせくるを左はぢはらかけときそめせはおよて一文よきごとらはやれと云事なる
ぜうゑつにつことゑみをふくみさてはてんうん
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ときいたりぼうくんよしつね公のしやらの
ときいたりぼうくんよしつね公のしゆらの
御むねんさんぜんは今此ときよしもと心にゝそ
さぞ正まんぞくコゝいふにやおよぶぼうふの
あだいではなぐしくいつせんといふま
ほどなくよせくるかげときこなたも
どしたる一味のやうしときを食せて
はせ向ふじんへんふしぎの生後がぐんばい
まへにふくれもしろにあらはれそんでしほうに
およびなきしんせんたいとうしゆさん
りとうさしもの大ぜいたまりかねしどろに
なみて引しりそくかぢはらかけときはだみをなし
おにかみにもせよわづかのこきになんでうおそるゝ
ことあらんなかにとりこめうちとれとこまのかしらを
たてなほをうしろのかたゟうまくらのうつてとして
ちゝぶのしげやすひついの五郎いけとつたる
くん蔵をさきにたてときをつくつてせめたよふ
何かはもつてたまるべきかぢはらぜいはこと〴〵く
うち死なしかげときをばたかひらがいけとり
になし主人のまへにに引すへたりよしもと
かんせうなゝめならずくひをはつしと
うちおとしみな〳〵につこどうちわらひ
たねんのうらみをはらしけるしけやす
よろひの引あひゟかましらとのゝ。すみ付を
どりいだしよしつね公の御むほんなきことは
ふくみ竹にてめいはくたり此うへはよしもと思は
うちのくの御あるじおとはすなはちみたいところ
おんせうあつてのこるかたなき御長みこみ給へ立んふうしはあべつ
いち声をこんりうなしみろくしと名つけなを人〴〵のぼし
あらひけるとかやまことやまことやあくじはいつたんのりじやりたんのりじやか
いへしよみついにはほろびぜんなるはたとへひとたひおして
へはさある松竹梅かけてかまへてつとむべき
忠孝の三つをたねとし
なの三つをたねとし
いたなきふでのしどろもどろもどろもどろもどろもどろもどろも
人〴〵のすめにまかせお子さま
がたのおわらひぐさとはおしめ
アつかもなくめでたし〳〵〳〵〳〵
ちうしんむにの小次郎きやうだいくまゐの三平にも
市川くり蔵
市川圃十郎作
十郎
坂東鶴十郎
歌川国貞画図
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同村
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