昔語釜箇淵

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歌川國貞畫
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2026-08-17T19:23:18.240Z
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場所: 江戸
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歌川國貞畫
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日本語
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鶴屋金助
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ムカシガタリカマガフチ
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
式亭三馬作 哥川国貞画 石川碁方 袖園は折柄 昔語釜箇渕 金七冊 石川碁橋門 三馬作 昔語釜箇淵 祇園の阿梶 国貞画 全七冊 五右衛門が辞世の詠哥は七條河原の油揚食ふて口のすべつた落首 ながらも。油をのせて語り活せし人口絵灸の釜が淵煮たり焼たり取 なほして。今も俳優の種とはなりぬ。さるほどに扨も其のち。義太夫本を染 返て双紋巴の定紋をも五山棚に書あらため。古風を捨たる当世摸様 はつと栄たるかぶきの形勢。去年とはなれど今年とは隣合せの両 芝居しるも大あたりを見しらせたり。こゝに著す小説は。ちつくり釜が 御休所と讀れても恥しからぬ 麦人ども。とんだ茶釜とし よばれたる 復美の風体其大和茶の 祇園の おほが か用行 普陀 落寺 やまと哥よみし茶店 の家の集銘は巧 ち梶の葉をちよ 文化七 山口 の国 ひとつまみ 所災じたる。釜 と茶筌の先 手後手当 と悪とは黒 白の石川碁 右衛門が勝負 の盤面ひとつ ふたつとひろひ たるはま たるはまつひと 秩父重忠 竭るとも。 とるゑざは □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 文化八年辛辛春春蒔 ○梶原平三景時 ○伊勢三郎 義盛後家 浜荻 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 専用佳紙 精工副印 不破不落 □□□□□□ 大和茶 御休所 京都祇園社地 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 水茶屋の娘 十五匁弐斗一升 ○詠歌のお祝 重忠嫡男 秩父六郎重保 秩父 あらどか 榛沢 六郎 成清 碁右 衛門 木妻 お貞 二男 五作 Q 一雙玉 手千人 枕半点 朱唇 萬客 覚 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ○白波谷の 狼婆 碁右衛門 が賊徒 堅田の 小雀 ○伏見撞木町の遊君白波碁右衞門が後妻と なりてお波 一日本誌には、一九年の大学の方である。 おはしつ トリーセートングレーリングラント ○鎌倉七里浜の船頭五右衛門 後に強盗張本石川碁右衞門 寔は九郎判官源義経の 寵臣伊勢三郎義盛 一子 鈴鹿 丸 石川や 浜の まさこは つきる とも 世にぬす人の たねは つきせじ こゝに石川ご右ろといふ ものありそのもとは よしつねの家来いせの 三郎よしもりが子なりしが 子細ありてかんどうの身と なり世をわたるたつきなければ とうぞくのちやうぼん石川五右衛門 と名をよびてなにはの浦の せんどうとなりとしつきを おくりしが此ほどとうぞくの せんぎきびしくなにはの うらにもすみかねて 妻おてい一子五郎市二男 五さくといふてふたりとも まだいとけなきを古郷に まだいとけなきを古郷に ふりすてあてなきたびに おもむきてけふしも ふしみのさとに来かりしが 此ほどちゝぶの重忠の ちやくし六郎しげやす いへの子はん沢六郎をはじめ としてあまたの郎等をめしぐして 上らくのかへるさ所用ありて ふしみにとうりうしければ此 ほとりの荒野にてしくがりい もよほすさいちう いづくよりとも それ矢ひとすぢ とび来り小松の えだにはつしと たつ五ぱつはつと うちおどろき □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ○ちゝぶの しげやす ○はんざは六郎 なりきよ 此やぶがきの あなたに しくがり さてはそれ矢か あやふしと行過しが 立とまり何か しばらくしあんして かの矢をぬきとり あしばやにもとの 道へと引かへす かゝる所へちゝぶの しげやすはんす 〽ほやうのための 金百両 うけとり めされ 六郎をはじめとして あまたの侍引つれて しやうぎにやすらひ 〽いかにかた〴〵さいつころ よしつね公八嶋にて弓を なみまにとりおとし小言を てきにしらせじとうみへとびいり とりかへしてちじよくをかくし給ふとや われもその矢はをしからねど里のものども ひろひなばうでかたまらずとわらはれんは めんほくなしとありければいつれもかんじ ゐる所へ石川ご右衛門老母と見えし ておひをいたはりものあはれに うちしほれちとおねがひと 間ちかくよりかうべをさげて 手をつかへ〽せつしやめは当国の らうにん身ひんにせまり一人の母を ともなひりん国へしよりきを たのみにまゐる此道何者のわざにや遠異をいかけ母が かたさきをいぬくさつそくぬきとりほやうつぎへつゞく 〽こはかたゞけなき 御かうりよくイヤナ 母人およろこび 下され 〽あゝ はやれどもいかなるものゝわざとも しれずあはれ御ゐくわうをもつて 共せんさくなはち 御せんさくこひねがひ奉るすなはち しやうこは此一ト矢とさしいだす矢は さいぜんのいそんじ給ひし 白羽ぞときんじゆとざまも うちおどろきしげやす つゞきしいたし候へどもしたいによわるおいのきうしよせめて いきあるうちにかたきをうつて見せ申たく心はやだけに はつとおぼせどもさすがは 〽ほねをりしろのこゝろに ふそくとあらばせひ うぬもいのちが ねくさつたち 父のゐふうそなはり その矢これへと手にとり上 〽かたきをうちとり母の あたをむくはんとはあつぱれの こゝろざしさいぜんにげゆく鹿を いそんじてあやまちせしはそれがしよ いざ立よつてゐこんをはらせあひてに なつてとらせんとさもいさぎよくいひ はなせば人〴〵手にあせにぎるのみことこそ あらめと身がまへすご右ろつく〴〵うちまもり 〽ハヽアさすがしさうをさとる重忠公の御ちやく男 御ゐせいといひ御きやとやうそなはる御一言見るかげもなき すらうにんが詞をたてあひてになつて下されんとはぶんも たち心もはれ御うらみ申さんやりもな」コレ〳〵母人今のを おきくなされたるかたきといふは一国の城主われ〳〵しきか あひてとはもつたいなくおそれありいひがいなき忰を もちひんくにせまりその上にあへないさいことさぞや むねんにおぼされんせめてこなたの心ばらしにめいどくわらせん の御ともいたし死出三づをおひ奉らんそれではらをいてたべと 座をしめかくどと見えければしげやすおどろきあれとめ よと仰の下そん沢六郎なり清つか〳〵と立より〽ヤレはやまり給ふな 〽かすりきがもすさまじい ごまんそくなからだへ できあひの きづをつけて きつをつけて そのおれいが たつた二百か あんまり いはれねへよ コレがつしやうとは あきれてものが 御浪人御しんていもつともなれども見ればわづかき活きづほやりをくはへのはく命につつござはある事 〽ならとはちかごろそころそころといふしばらくさしひかへ〽めんぼくなやおろやおいやしんそのおものすがしさましまい 巻 二之者 二之巻 いひすてゆくをひきとゞめ〽コリヤなんで 三のまきのつゞきあひはてふとは申さぬ今日を立かね母を ございやすへ百両のわけまへをどてまたとは 他人へあづけに参るはづの事何とてかいはうなるべきや コレゑゝかげんにたはけをつくせおいはひなさん さあればとてげんざい親のちまはの手きづよそに見なし やしてもこれほどはあたゝまる心よくねて てゐられうかしんていのほど御すいりやうとなみだに ゐた所を矢の根でかたさきつきやぶり ふるふこはねになづみ御用金ひとつゝみはさみ箱より 目まひのするのを金〳〵と金でしやうねを とりいだし〽ちかごろあなどりがましけれとひんくにせたる つけさせておれがするやうにしてゐろと おものがたりお笑止にそんじ母御の手きづやうじやう代 おものがたりおいさはい たまつてゐたから百両だ山わりにした所か させうながらとさし出す〽ヤレなさけなき御さはい身 いたいめしただけおまけだによこんなけち ふせうなれどもいぜんはかけくらにもこしをかけさび なもくさり南に目だまをぶらさげるやうな なめくさり銭に目だまをぶらさげるやうな やりもつかしたそれがし金銀をむさぼれはかやうに身 ばゝアじやアねへたれだと思ふしらなみ合の ひんはねらぬこりやお目がねがちがひましたはテ御じん おほかみおばあといつちやァやつとゝそつとゝ たいにもにあはぬ義とりつばな詞になほおしかへし 人さまも御そんじなぶりいたおばあたサワ ふ〽そりや一がいの御りやうけん一国のおきてにもくわりやう 五十両もらはうかいところりとけかへす をもつてあやまりをゆるす是すなはち若殿のあや まりをふせぐくわりやう金申さばわづか百金なれど こしきはゝこもをぬがして下着をきせず 御はいりやうもどうぜんとりをつくしたるあいさつに くらはして血ばしらせはちをこやしたが大き ごゑもんも身のめんぼくありがたしとおしいたゞき なちんせんまだそのうへに五十両のあつかひ今 立わかるればしげやすも〽コリヤ〳〵らうにんわがあや まりをつくのひしは事おんびんのためなるぞ 半分とらうとかゝみはヲわうちやくなおいほれめ 人にはらさんざきづをつけたつたおあしが なんぢがちからと思ふなと仰かしこき道草や ふたすぢとは二テモおそろしいおすむらひ〽われる つゆふみわけて出給へばはん沢もろともつき〴〵 〽こなたが〽おのれが〽うぬがと詞あらしてわりうち も心えぬらうにんものとめかどをつけてたち をやらじとらんといどみあふばゝはかねてのすく かへるあと見おくりてごゑもんは金なところに にて一味をこしらへおきければ小屋のものどもはなへ とりおさめあたり見廻し手おひのそばへ すくへといひすててにげいだすをいかさしとおひ 立よつて〽コリヤばゝモウよし〳〵まんまと ゆくところへとせいもどりの非人どもばら〳〵と しゆびよくまゐつたといふよりむつくとのみ おつとりまきどこい〳〵いけどつたたんばのくにか とりまなこしらなみだにのおほかみばく なけれどもおたづねの石川五右衛門あふたはうきこ 〽お侍さまへゝだいぶおつりきにやらしやり かめ山のばけものをはじめとしてゑんまかみならん ましたなトレわけまへを下ありませと手を 土間太夫みなくち〴〵にのゝしりてぼうずくめに 出せば〽ヲゝたいき代とらせんと鳥目弐百 せんとする〽ヤアしやらくさいやつはらとつまいて なけいだしかならず外へさたするなと 〆一 つゞき八方みぢんに切なぐる一方ふせげば一方から 又むら〳〵と云へかゝるをたちわりなしわりから竹 のはすにそがれてにぐるもありあきのこのはと ちりうせてのこるは石川五右門一人〽此ごちろが うまれてからつひに おぼえぬちいさな はたらきこれも 当座のはな かみしろに かたり取たる 百両は小ばんの みくより人の くち万〳〵あ ともいひはやす なが万とり 百がなとり 五十歩 にげて 百歩 をば とぶも ひと とき ひと いきに ふなばを さしてぞ いそきける これよりつきのゑのわけ こゝにふし見しゆもく町 おもだかやのいうくんに しらなみといふものあり しらなみといふものこ かれにうつゝをぬかし たる花下長平と いふ国侍けふ しらなみを ねびきとて おもだかやの 家内にては上下 ざゝめきわたりけり 此しらなみが まゝおやはしらなみ 谷のおほかみばゝ なるがさいつころより おほかみばゝは こつじきのあしを あらふて今は しゆもくまちの かたほとりにひとり 小いへをしつらひて すまひけりこゝに三二 九郎兵へといふひどがね かしのわるものありけるが おほかみばゝにかし たる金高元利 合して三十両を 此ほど日ごとにせめ はたりてさしものお ばゝもめいわくし ければ一まいおいて 大福帳 酒之通 〽火口へ せいざで しぶ たらに きた なこ ありだ 〽こま いはず くんで のみ をれ さすは 十の しま め 一九十一 なんだかふさいで〳〵 きざでならねへ御代吉さん さつたはない さつたはなしい ねへかチツト一 きゝてへの 秋おも 見 おきやくたに おつれ申な つれて すさの むさしやへ いみべいか たゝし 〽これにもだる よろしく申て くんな 〽なほしざかなが出るに 〽みうけの金 うけとりめされ 〽これはありがたう ござります けふも たますのでは ないか ごめんよ 〽きつい しやれさ 〽おつるさんは かひこみ だとに 〽しみ〴〵 いやだつ ちやアレ 子はまた ねへあの ちやアねへあ やアねへあの ハテ 五十両は おさくた 出な ばつたで ごぜへ やす はな はな なに おめへ 〽夫のでき」けふはむすめのしらなみをねひきするとのしらせをさいはい三二九郎すへをどくなり のおもだかやへ入来り小ざしきをかりてまさせはき娘がねびきのきやくしんに五十両のむしんをへ いふてねたりとるはあんのうちその上ては三十あきさまへかへすとむなさんやうたはこくゆらしける 所へさいつころより此ふしみにあしをとめたる石川ご右ろぬす人とはつゆしらであふなき つれをともなひ来る花下長平おもだか屋かざしきへ懸ればていしゆなりゐもおひけのちり とり〳〵さわぐまつしやどもしらなみともなひ立出れば〽コレ〳〵といしゆ此おつれはすみ そめの身がりよしゆくてまいとお出合申す御浪人御こんいなさるゝ返礼ながらひと にとお供してまかりこした御酒ひとつ上ておくりやれとあいさつすれば二右つも見分 とことばをやはらげて〽これは〳〵御ていしゆにはしよたいめんせつしやことは此さんへんに そといたしたらうにんもの見らるゝとほり長髪は病中ゆゑ[テうけ給はる雲すが これなる太夫どのをねびきとの事何とやくうらやましくれき〳〵の御しんしやうに あやかりたくめづらしいくるわ酒も病中のうさはらし一ツたべてもどらうかい〽コレハ〳〵 ありがたいおことでまづ大じんさまと御いつしよに あらそふところへいさみにいさんで おくざしきへとそゝり あるじの善六門口よりかさだかに 上れば〽アサ〳〵めづらしく ない色さかもり今日は 身うけの一まきまづ けいやくの金わたすと 猫にかつをのご右ろか はなのさきにて五百両 〽ふぬけか ふありか いま一ごん ぬかして をれ 〽サア〳〵らちがあいてきたア〳〵 長さますなはちこれがねんき しやうもん右のほかに一銭の かゝり合もうとうないと申す 一札出口へのことわりもすん 〽さきたつて手つけ金 百両今金二百両つがう たれは手をひきあふて何とき ても大門をお出なされと手形 三百両これで身のしろ をわたせはうけとつて〽こりや見 たる外に一銭もくり合は かひがゝりのしやつきんぐるめ 皆済とよみならべのこり の今に又ふうしつかり ていしゆは金をうけとつて 〽まが〳〵 しばらく ないとげつぱくなしやうもん これでも五十両よくせ二里う 一一せんびたひらなかもまかり ならぬいひぶんあらばあやから又 おき屋をさして出ゆけば いざこなたへとすゝめられ ご右ろはおくへ行あと には長平たゞ一人座を 〽かせうけの 客も ぬかせ国へうせたらえどぼね切て 切をるぞときつぱまはせばてい しゆはあきれ〽まづおまちな されませまゝこりやおばゝどのが 立んとするところへ おほかみばゝはもみ手 して小ごしをかゞめ〽へゝみ わたくしはおほかみばゝ とあだ名を申てしら なみがおやでござります 此たび浪が身うけして 此たび娘が身うけして くにへつれてござるとの 事すゑたのみにする ひとりのかゝり子いつしよ に引こし同道せんと すさ まじい ふぬけの きやくが きい あ か れる はい しよだんから御むしんをいはれた と見えたはやいぞや〳〵コレおばゝ つうろもたよりもならぬでは なしあとからもいはるゝこと だんなのおんばらたちおんしごく おんどうりなおんすぢおん馬は われらがつないだ〳〵マア〳〵おくへ おんいりとそゝなかしてぞ入にける おほかみばゝがむなざん用からり とちがふた三二の九郎兵衛のさ〳〵 としやはりいで〽サアやくそくの 金いたさうとせがみよる又 思へども急な事ゆゑあとからほつそくそれに付ほう〴〵の まちがひのわびことをいひ出せば さし引さん用まづ当分入用が五十両御かうりよく下さり 〽コリヤいふなあてとは今の侍る ませとつまんだやうにいひ出せば長平ぎよつとし〽なんじや あのすぢてはらちありぬ 小ばん五十両アノたゞくれいかしらなみこそうけ出せ べん〳〵だらりとモウまたれぬ しらがばゝをうけ出しには参らぬそれになんじや てんがう仲間への見せしめ 親だおやならばたるさかなでれつきと礼もいふべきはづさ 一金がすまねばまつぱだ むしんいふ親いやだぞうしやら馬やらおれはしらぬアテもつ もとのやうにこじきにこじきに たいなや五十両いやだぞ〳〵〳〵と七里けんぱいはねられて せめてのはらいせサアといふ こなたもいがみのしやうねをあらはし〽コレお侍いやがられても をれと引よすればかりても しらなみがおやはテ娘を身うけして女房にもてばおやの わるものもつたるかひなもぎ かうけ国へ行て大きなかほしてかゝらにやならぬアイ はなし〽ヲヽとられるなら やしなふてもらはにやならぬはい〽イヤぞんざいなる とつて見ろとつぎへつゞく しぶかみばゝおのれくにへ来て見をれ〽ヲゝいて見せうと つゞきいがみかゝればこらへぬ ひとこしすらりとぬいて むねうちとふり上かゝるを 引はづしうでさきつかんで たがひのりき身つか一本にうで 四本ねぢ合もみあふはり合に ばゝはわきざしもぎとるはづみ 三二がみけんへきつさきのちよいと さはればぱつとちけぶり〽サア どろぼうめモウきかぬぞ金も すまさず切たぞよもく代所へ ことはつておのれをどうする おぼえてゐよとわめき ながらにかけ出すをそれ いはしてよいものかととび かゝつてうしろげさ声たて させじとたゝみかけ 切られてながるゝ 血は九郎兵へのたくり まはつて死してげり やうすをかくとは しらなみが何こゝろ なく来かゝりて見るより 〽つかめば ゆびがばら〳〵 だぞ びつくりはゝりより〽ヤア かくさんこりや何事うちはたして しぬる気かいなのうかなしやと とりつきなげくを〽ヤイ〳〵むすめ こゑたてるなうちはたすのでなんのあろ 〽あれは たし かに おほ ばゝあ ハテ ふてき やつ の な 高はさいぜんはなした金ゆゑ わきざしぬいたを もぎとるはづみおれは きらねどおのがでに きられたにまがひは ない後のいひわけ われしてくれちいさい ときからやしなふて売て おいたもまさかの役こんな 所がおや孝行けがだ〳〵と がんしよくへんじいのちを をしむうろ〳〵まなこ娘は さとつて〽ヱヽフレかくさん 十一日 そのいひわけもしやうこも いらぬはテ見たものはわし ばかりこのまゝすててゆる しやんせ人がしつてはせんがない はやう〳〵とせり立られ〽いか さまなァわれさへいはねばしりては ないことすむまではかげをかくし おつつけ国へいてあはうその時 かならず孝行にやしなはれねば ならぬぞよあの侍めにとつくり とのみこましておけがつてんかと } まだ身のよくをいひすてに あとをも見ずしでにげてゆく □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かげ見おくりてしらなみは硯引よせひとりごと かけやんおくりてしらなみはほみよせひとりごと 〽見す〳〵人をあやめながらいきのびんとは ぐちみれんむりと思へどさながらに娘の くちからはぢしめてころしもならず おとせしがせんぎかゞらばたちまちに うきめにやあひ給はんとても 〽ちつともはやう おちさんせ わが身はうけ出されあんな男に 一生をつながれゐよゟおやのため わが手にかけしとかきおきして じがいするより外なしとおもひ きはめてなみだながらすゞりの うみに筆しめすこゝろぼそさと □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かなしさとせんかたなさをとりまぜて 身をくやみたるしのびなきことはり せめてあはれなりをかめに見かぬる 石川ご右ろよこあひより〽しらなみ どのかきおきしてしなうとはチト りやうけんがちいさいと 声かけて立いづればはつと 思へどせかぬかほ〽サア わたしもけふから武士の 妻ふ義いひかけし あひてをころしわが身の じがいはをつとへいひわけ 見のがししなせて給はれと すてたるぬき身とる手を おさへ〽ヲゝそのとほるの 〽そんなら むすめたのんだぞよ ○三二 九郎 兵へが しがい かきおきと思ふたゆゑに とめるのじやさいぜんからあの二かいで こまたの母が手にかけてかけおちしたのもとくとけんぶつ〽ヱヽ〽イヤサおどろくことはない〽三の巻へつゞく 〽ヱヽうれしう ござんず かたじけない □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 之巻 〽しぬる いのちを ながらへる さいくはりう〳〵 しあげを見やれさ 二の巻のかゞきおやに孝行な こなだをころすがをしさに たすけに出た身うけのきやく にしんじかを立る三半もなさ さうなスリヤしないでもすと さうなもの此しやうは長平に あふてしがいを見せころりと だますしあんがあるおれにまかし てつひこゝへよば出してきやれさ てつひこゝへよび出してきやれさ てつるこゝへよひ出してきゆれさ 〽ナ二あの長平をおすへにあはす その ときは さら 事が すむかへ 〽ソアそと にはぶかい しかたがあり 〽フム世には たのもう おかたもあし ものそんなら ふしかを 五太 しあ 出る森丁長屋 つゝしがいに じやといつけるも ぬきうち かけて切つ らうぜき ぬく右のか つゞきかたぐちより うちおとされてうん とばかりにたふれふす をづた〳〵にぞさいなみける をりからしらなみかけ 出てヤアこれはといふ声も 出ずふるひわなくくばかり なりごおろしがめて 〽コレくかうしてしまへば たが見てもけんくわ あひてむかひのうちはたし ほかへなんぎはすとしも かくらぬノがつてんかと のみこませば白波も 心おちつき〽八ツァ ありがたや忝や 命のおやと 手を合せ のち〳〵まで も此事を かなら 〽ちつと 下直なはたらき だがたばこの にづかひ これでも たりる 火の用い 十一丁 たのむ詞になんの〳〵こなたもおれも見ずしらずいはゞ他人の ふりがゝりよそのことでも切りてはそれがしたがひに大事はいはぬ 事とばかりでは気もやすまるまいこゝがさうだんナントきづかい ないやうにいつそふたりが女夫にならうじやあるまいかスリヤ 女房のおやのとがをつとがいはふはずがない気がやすまつて よからうがとりづめはみゝよりそばにより〽どうやら▼ □□□□□□□ 一 一 火の用心 だんかうのなりさうな 事三タガおまへに おないぎさんはないかへとねんを おされて〽イワ〳〵女房子も あつたれどちとしたわけで いきわかれ今はやもめの ひとりずみ〽そんなら もつて下さんすか〽ハテ もたいではとたはふれて せわしき中にも えんむすび えんむすび次へつゞく つゞきふかきいもせとなりにけりご右ろ やがて長平がしがいのはだへ手をさしいれ 〽コレ是がそなたのねんきしやうものねんきしやうもかねんきしやうもかねは おれがと小ばんを引出しおしいたゞきたる かんしよくにふしんはれねば〽コレ申此手がたは 〽白きこえたがその金おまへはとる気かへ〽ヲゝサ 握とるとも〳〵此金ゆゑにつきまとひ五百両を とるしゆびなく三百両ではあはぬしごと〽ヤア すりやおまつは〽コリヤ男のあくじを女房 の口からいふなだまれとはだにつけやレけん くわよといふ声又家内一めんさわぎたち ぼうひねくりてわかいものご右衛門へ立かゝるを 右とひだりへどつさりばつたりどさぐさ やぎれゆふまぐれぐれのこぬうちサア こいとはゝり女夫が手をひきて出口へ こそはかけりゆくこれよりのちご右ろは やふしみをのがれてかまくら 七里がはまにすまゐぬ ○こゝにかまくら つるが岡しやさんの ついですなどり けんぶつある べしとて 七りがはま 一右大将よりとも公 よりふな よそほひ うみも かゝやく ばかりなり はやくも 御舟はおきの かたへとこぎ 出すとき 船中にはかに さわぎ立ものあいろは さだかにもわかりがたなき 琴坂 しほけふり大事と見る よりあまたの番船 御座船にこぎよせ〳〵 御大しやうをはしふねに なんなくたすけ奉り 御船をしゆびするちゝぶの しげたゞへさきにつつたち 大おん上〽てんうんめでたく 大おん上「てんうんめでたく よりとも公御みのうへに べつでうなしおめしの ふなぞこきりぬい たるは君にあたする ぎやくぞくならん さがせやものども うけ給はるとあまたの 小舟こゝのしまかげ かしこの岩間たづね さがせどしらすなの くがぢの方にも人馬の ものおとかいりくいちど にかねたいこうち立〳〵 うちよするいそに そはだつ岩かげより しらはをくちに ひつくはへあらはれ 出たるあやしのくせもの 〽ヱヽはかりことむなしく してねんらいぬらひし よりともをうちもらし たるきつくわいやと たるきつくわいやと はるかのおきをはつたと にらみいかりの形相 むねん〳〵とこぶしを にぎりすつくと 六へたるうしろのかた 〽くせものやらぬと双方 よりとつだとかゝるを くうつ 身をかは 切こみう こむな ぎは のがすめ あまへ さむらひ 一どにいから せい言の 矢より はやくく ものはふかみへ ざんぶとこと しらなみ かげを くらまし 見えず なりぬ ありときゝければ石川五右衛門とちうにて まちぶせし手下あまたに いひふくめてぜんごより おつとりまきちよくし ふくしのいふくをはぎ とりつきしたがふものども かうろ今ばたくらどのに所持ありしが此たびきんていにて ゑいらんあるべきとの事にて門院の侍女梶子ならびに ふく使として岩かげ三位山道卿かまくらへ下向 それはさておき九郎はうぐわんよしつねのひさうありし千鳥の までのこらずあかはだか にしてうばいとりしうへ いち〳〵にきりころし しがいはひそかに谷そこ にぞ かく ける 四 〽しやうぞく あらたり これより いはかげ三件 山みちと いつはりて かまくら やかたへ 立入らん コリヤ やイ 手下の ものども ともまはりの しやうぞく すまば のりもの これへ いそげ なさけ をしらぬ ますらをよ いのちは たすけて たへよろう 〽なべとりくげに めしもりくわん女 わいらふたりは さうおうの ふうふと 見える しなば もろとも たぐひとうち ちこくの つかひに うせやァ がれ 〽かなしうはべるか かあいや〳 いのちでかり たすけて 給はと あらこゝろ なの つはものよ 百七十五匁 ●ちゝぶの しげやす かちはら かげ かけ 〽せるしや あらぬ両ちよくしまうけのせきに あらくる 軍藤といぎをたゞし此たひちどりの 軍藤と 早藤とかうろゑいらんありたきの やす もの しりちよくしのことはひとん おかれへんとうあらみし此子の字 下さり気をいらちいるゆもちよくちやうと 事は あれはいはいはならひとせんこゝより 御らんのごとくあま御所よりちきく 御らんのごとく } あま様所の家老あら あま御所妙林院とのちとり のかうろ御しよもりあるを さいはひかぢはら平三かけ さいはひかちはら平にかり ときかねてのごとの なればにせ侍をこしう 高軍藤と名やいひ はりよりとも公のゆるゝ をめかけて使者といり づり御せんへともなひ おのがたくみしあひつち うつてかうろをせひに 御わたししかるへしと 申ければ政子の中へも さしあたかてどうわくし 給ふそのをりからちどり のかうろあつかりの役人 ちゝぶの六郎しげやすまかり つてきゞ今きんていよりのちよくし いてたゞ今きんていよりのちよくし ○宅の寺女かぢ子ならびに 門院の侍女かぢ子ならびに ふくしとして岩かげ三位山道卿 御入なりと詞のじほどなく 入来る両ちよくしまうけのせきに いぎをたゞし此たひちどりの かうろゑいらんありたきの ちよくぢやうなればいそきかうろを さしあげられよとのつびきならぬ よくしのことばひとつのかうろに両方の 〽わがつまの るすのうち わたくしの はからひには なりがたし しばらく きうそゝ 上られてしかるべうとおのがかつてのあひつち いた され まづとつくりとしあんのうへマア かぢはらがあんないにて軍藤ば 一ル間へ入ればうぢ子も三絃楽 やくそくあるよしにて今日わたせとある御使者 まづせんやくをさきとする世上のおきては やぶられまじ右のかうろはあま御所へさし もうちごたへなきちよくしの山道〽いか にもさいぜんよりのことばのはししゆつ とうとあひ見えてそれなるししやの かたもちだておきてよばはりかたはら いたい前後もかまはぬちよくぢやう なればいやとあらばよりともは ゐちよくのつみかろからず此へん とうは政子どのりひけるはくに わけられてよからう〽ハアたゞ何事も よりともるすをあづかるみづから わたくしのはからひにはなりがたし とつくりとしあんのうへマア しばらくはおくの間で御きう そくをと御台所の詞につれた いちゆふしわらはゝこれで 山道郷しばし一ト間に 御休息しからばごもんと 座をたてばソレこしもと 座をたてば どもあてないせよみなく おしへと御意すともに 入汐なみの間のふことは おしたて入あひの使くつ もてなしの大座あからひ の花はちゝぶのしげやす かねてより見ぬ恋に あくがれまちしつぎへつゞく トス ⑥ 四十一日 一つゞきむねのうちかちかはとびたつばうりつばうりつひしのびなの 中とはなりぬつぎのゑのもん〳〵コレそなたはちゝぶのしげ 女すどのかそれなれば此ちよくしがをちどにならず たのみがあるぬれぬさきこそつゆをもいとへ今はめにお そめたもとよりたんざくをとりいだし〽コレわらはが そめたもとよりたんさくをといいたんてはし そなたにたのみだいといふ。しさいは此たんざくはじめ てちぎる恋といふだいにつけてそなたの丁ゆしより もうしたさにさいせんから〽フすりやわたくしにその かたをイヤモウそのぎはおゆるし下さりませ〽すゝも それは又なさけないいろをもるをもしる人ぞよし しらずともどうなりとその心ざへつらねてもらへび わらはがのぞみはかなふといふもの花のよしのと名にこがれ 見ればきゝしにいやまさる思ひたへなるさくに花ながめ ぬむかししのばしく思ふ心を 〽せろしや すいまやうしてそのたんざくに すいりやうしてそのたんざくに よい恋哥たのむぞやいのと 岩かげ うちつけにいはぬは 三弦山道 いふにます すなはち ほのすゝき ふくしのやくめ でござる いろか みだれて 〽ちよくちやうに したがひちどりの かうろさつそく ゑいらんに そなへられよ 見えに けり 〽みづからは 門院さまのそばちかう めしつかはるゝ かぢ子といふ ものじやはいのう 〽ちよくぢやうの おもむきいさい しやうち仕りて ござりまする □□□ 全 つる金板 アリ 文化八年 辛未春 新梓 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 八十一 □□□□□□□□ つゞきしむねのうちかち子が思ひはとびたつばうりついしのびその 中とはなりぬ「つぎのゑのもん〳〵」〽コレそなくこはちゝぶのしけ やすどのかそれなれば此ちよくしがをちどにならぬ たのみがあるぬれぬさきこそつゆをもいとへ今はめに そめたもとよりたんざくをとりいだし〽コレわらはが そなたにたのみだいといふしさいは此たんざくばじめ てちぎる恋といふだいにつけてそなたの丁ゆしよ もうしたさにさいせんから〽フムすりやわたくしにその うたをイヤモツそのぎはおゆるし下さりませ〽末々ト かたをいたけないは それは又なさけないいろをもるをもしる人ぞよし しらずともどうなりとその心さへつらねてもらへば わらはがのぞみはかなふといふもの花のよしのと名にこがれば 見ればきゝしにいやまさる思ひたへなるさくら花ながめ ぬむかししのばしく思ふ心を 〽せつしや すいりやうしてそのたんざくに よい恋哥たのむぞやいのと 岩かげ かちつけにいはぬは 三弦山道 いふにます すなはち ほのすゝき ふくしのやくめ いろか でござる 〽ちよくちやうに 〽ちよくちやうに したがひちどりの かうろさつそく ゑいらんに そなへられよ みだれて 見えに けり 〽みづからは 門院さまのそばちかう めしつかはるゝ かぢ子といふ ものじやはいのう 〽ちよくぢやうの おもむきいさい しやうち仕るて ござりまする □□□□ 全 冊 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ つる金板 ○ 文化八年 辛未春 新梓 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 国貞画 国貞画 くすり見世 御ひろう 諸病によし虚性の 御方は持薬に御用ひ被成 甚だ切ある蜂蜜のねりやく 伏仙 禀方 延寿丹 委しくは 能書に 本家京都田中宗悦製 江戸本町二丁目南側 賣弘所三馬店 しるゝ有之候 曲物入百銅〇二匁 一桐箱入四匁〇銀二朱〇金百疋〇壱割代廿匁 〇右は数年来本町壱丁目において商致来候所私民 京都本家に内縁御座候て此度本町弐丁目に開店仕 御薬売弘仕候元来御存の御薬且は御取立厚キ 私義候間以前々かはらず御服薬被下置様奉願上候 以上本町二丁目式亭三馬欽曰 大礒舞鶴屋 遊君箒木 四之巻 秩父重保奴隷 染平 ○○○わ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○ をりから大いそのいうくんはゝき木はかねてよりしげやすとふかき中にてありけるがひ うちたえてあはざりしかばなりかしさのあまり六郎がしもへ染平が手びきにて此やかたへし給ひ 来りさし足して内をのぞけばこなたに二人がなりふりをちらりと見るよりたまらばこえ つか〳〵とはしり出〽コリヤなんじやこんなことができたゆゑ御用に色つけうそ八百よりぬつくりといふ かすさまほんにくもう〳〵〳〵目をふるまもゆだんがならぬアとく女中さんおまへもマアおひなさつのおまへとい なりをして大それたほんにまああつかはな御きりやうをドンはいけんと立よる所を声つと思つと思ふ しよくだいのともし火ばつとしんのやみくらむ思ひのはゝき木よりちよくしは男をはなさじと さげをにさぐりよる手さきじつと引しめたきしむるしあんの外はし間の内しばしばし天一つく ○此所にて 御ひろう 申上候 御伽羅 の油 本町 二丁目 江戸桜 与七 大ごく上々 の御油 外〳〵のと 平二くらきを見こみに上段のじよくにかざりし ちどりのかうろ手ばやにすりかへさぐりゆく はゝき木はものおときこえねどちよくしとそひねの つらにくさむねはしゆらくらやみのつぶて一かんばりの たばこぼん火いれおつとりむつごとのみゝおどろかす こひのゐしゆ向ふはやみのめつたまとはつしと打たる めくらうちあたるいんぐわは上段のしよくはくだけて かうろみぢんにとびちるにぞおとにおどろき 北の方ある御所のししやあらくま軍藤たけ〳〵しくも 平二かげたかおつとり刀にかぢはら平三此てい 見るよりさてこそ〳〵大切なる御やかたへけいせい まで引いれ人目をおほふくらがりの たはぶれくぜつげんくわにかうろまで そこなひしこな大ざいにんさし あたつてはちよくしおししや人の いひわけぎんみのあるその めらうめおくにはの松がえへ めらうめおくにはの松がえへ なはめきびしくくゝしあげよ 〽かしこまつて侍どもはゝき木 一かしこまつて侍ともはゝき木 引たて入にけりひとまの内より 梶子もろとも岩かげ三位われたる かうろとつくと改め〽此ちどりの かうろはきぬたにかぎるその中に つゞき水屋へさぐり入る中にはづたひにかぢはら 日本にしゆうの二つのかうろいまりも いまり此やうなにせものは何万くだけうが むやくのせんぎこりやコレさきだつてすりかへた とうぞくのぎんみをするがまづかんようときゝに きづもつあしらひもわきへとがをば気くばる かぢはら〽けまぬす人のひまよりもかほどのことをとがあればうかつにはらは かぢはら〽けるぬす人のひまよりもかほどのことを 仕出す重保をりあはずしてことすむかいづくに あるかしげやすと せわる声今はしのびず 重傑もする〳〵とはより 出いひわけのためせつぷくと さしぞへに手をかくれば 岩かげ三位声をかけ〽まづ〳〵 またれよきんばんの役目を かうふるその方たからをうしなふ とがあればうかつにはらは なるまい〳〵つぎへつゞく 御つかひ くらへの上 御用問沢山 被仰付被下候 其外 御け かやう へるに しな しろ もの ぎんみ いたし 直段 下直に 幸 差上 五右衛門 〽つゞき〽ヲヽサおんでもないことししやに立たる此軍藤かうろ ふんじついたしたとてなまづらさげてはかへられぬ その方がくびうつていひわけのため持参 すると詞のかどをまさ子 御前〽モなんぶんにも かうろのゆくへ しれさへすれば 事わからん そも此 かうろの 徳といふは しよぢ する 香 だいに 火いれを うちあて かうろも ともに 〽善悪を 音をはつ くだくる するが此うつはの つきごとくうばひ 〽かすむるひどうの ともがらしよぢ せばしぜんと ちどりのかうろ音をいださぬと いふことなしふかいぎんみをすぐるに およばずしぜんと事はあらばれんと しどうを聞て覚えあるかげ高は座に たまられずにはかにかはるかほのいろ もしやかうろがふところでなきやせまいかと はやくかへつてナソレほよういたせ 〽ヤおやびとそれは忝いモ一こくも はやくおいとま申ようじやうをと 立ゆく所を岩かげ三位 すかさずこじりしつかと とり〽おほへどもそのいろ あらはるとかうろのふし しり〳〵まひ見てとる三位あひずりの平三があひ詞 〽かげ高にはせんこくよりおこりのやまひさいぜんより ヂトかげさすようだいもはやこれに用はない ぎをきくよりもにはかに おこつたやまひの正たい ぎやくとはあさはかじん ぜうにかうろわたせと 引もどす〽ヤァかうろとは 何たはこと〽イヤあらがふとも 三寸まないた出さずはかう じやともんどりうたせぐつと さしこむふところのうちに かくせしちとりのかうろ 引出す手さきをやる まじとすがりつく手を 引かつぎにはへどつさり みんとつさり 打あをむけぎやつとも 平二は切戸の内つらを しかめてにげこんだり かうろかたへに岩かげ三位 まさ子御前うちえみ給ひ 又とられたるかぢはらはあんに相違のくち あんごり忰のつみはおやのつみそこきみわるゝ ひかへいるあらくま軍藤ひるまぬかほ▼ 〽とらへて見れば家来のとうぞく仕置は わがつまかへりし上モおどろきいりし御がんりきと 三位をしやうびの御詞せつかく玉を龍宮へ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 〽サア かうろの かうろの 出しうへ からはいか やうともに やうともと さいぜんのおほ イザうけとつて ういとつて かへらうと立よる ところを三位は おしのけ〽はテ さてさりとは しうねんぶかい おししやどの まづたづねたい 子細があるマア そのもとはあま 御所へいつ奉公に ありつき御ちれやうは 誰主右同様にて いかほどおとりなさ るゝ又ふだん何役 つとめらるゝさまづ それからがうけたま はりたい〽サアその歌は 〽イヤサその歌とは たゞしじぶんのぜんたい をじぶんがしらいで をじぶんがしらいで ことすむか〽サそれは 〽コナ大がたりめが〽十二かたり とは〽ヤアあらがふまい コ十大がたりめその荒くま 軍藤こそもとは佐々 木のらうにん にて 図 北よん所なく あま御所へ二どの意取 かれが身ぶん一から 十まで此三位次へつて ぶつちやうづらひるまぬ大たん しらきのにはへのさ〳〵出ゆくを 〽ひけうしごくなコリヤいづかたへ まゐるのじや〽ヤモ四も五も いりませぬかたりそこなひ つゞきぞんじをるなき名はよばれぬかたりのこつちやら さいぜんよりばけのかはひつぱがんとは思ひしかど さいぜんよりばけのかはひつぱかんとは思ひしかど すゑの狂言今一段見物せんためサア何者にたの すゑの狂言今一段見物せんためサア何者にたの まれたたゞし自作かありやうに白状せいとくび すぢもとかは切ぎはにかんじんのかはをはがれて ました物の見ごとに しくじりまし しくじりまし さへいるに たはい馬に よくのるものは おつる又よく うたるものは かたりそこ なふかたら ねばかたら れた覚も あるまい 出入は 五歩〳〵 しかし たつ あとを にご さず とた とへも あれば 御ち さうの 〽サそれは 〽見さげはてたる せがれめをおやが 手にかけ うちすてうと ぞんじてさ はら こなしウタヒ 山寺のはるの 山寺のはるの 夕ぐれ来て見ればはみ どりや物の見事にたち かへらうはい〽コリヤせんぎが のこつたやア〳〵まて〽まだ さばき役がいたしたいか ドリヤ立かへるとふりむく にはさきかぢはらこらへず かたりがくび水もたま らずうちおとせり 〽ヤアせんぎあるかたりの くせもの何ゆゑに 手にかけしと つめよる三位ひる まぬかぢ原たがひに 詞もあらすなを ふみ立けたてはぜつく 早打御ちうしんと よばはり〳〵ひろにはに 両手をつき〽さても御大将 御めしふねのかこの内くせ者 一人まぎれ入りすでに御ふね くつがへさんたくみと見えて ふなそこくりぬきそのまゝに みなそこをくゞりぬけあと しらなみと行がたしれず おひ〳〵ぎんみ仕れどありかは 〽ぬす人をとらへて見れば わが子なり□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ちどりのかうろは ちどりのかうろは すなはちかれが すなはちかれが くわいちうにござつた かぢはらどのあまり したばたおしやるな はデ見ぐるしい ほこりがたつは いまだしれ候はずしかし御舟べつでう なくめでたく御ちやくざなされし段御しらせの ため参上と大いきついでごん上すはづみに見あはす 三位がかほ〽ヤアそちやかのせんどうのくせ者と はやわざヤア〳〵これはと御だいをはじめく〴〵おどろくその内につぎへつゞ いはせもたてず小づかのしゆりけんはつしと打たる三位が をしい 引かゝへひちやうのかけり前なる 井戸へとび入たり〽ヤア〳〵〳〵さては ふねをくつがへさんたくみの くせものかうろのとうぞく 取にがしてはいひわけなし 取にがしてはいひわけなし 此から井戸はうら門へ ぬけ道なれば 人数を廻しみづから 直に下知せんと いひすておくへ つゞきしかうろばいとり梶子を小わきに 入給ふしげやすは あとをおひかけんと ともにつゞいて井戸の うちとびいらんとせし ところへどつこいやらぬと かぢはらが何がなゐこんの あたりまなこ〽さてこそ〳〵 〽さて こそな おのれかたりとうなづいて 此ばをのがれんはねづくろひ のがさまやらぬとつめかけたり のがさぬやらぬとつめかけたり 〽ヤアどうるいとはきゝすてならず 〽コレくおだんなひまどつてゐる 所でない一こくもはやく どうぞくめをあとは せつしやに〽ヲゝ染平 できたあとから つゞけといひすてて 井戸へひらりと とびごんだり 〽二合半めが ぞんぐわいと切て かゝるをまつかせと 一無とうのあしらひ 染平がやつこに まれなるさそく のはたらき 小手のきゝめ にかぢ原が かたなから りとからき めにのども ひい〳〵家来 どもきやつうち とれことにげぼえして おくにはふかくかけ入たり 此さうどうにやう〳〵となはめを のがれかけ出るはゝき木〽ヤア 染平どのかよい所に重保さまは とすた〳〵いき〽コヽはゝき木さまか されをの 〽それが ばれ ちやァ 百年めだ いつ 軍藤となつて いりこみし まつこ よひから おまへのやうす もきけどこちらの とりこみ見合す これからやつこが ともじていさいへ みち〳〵サふ ともなひ出んと するところへ かぢはらが 家来ども ばら〳〵と とりまい たり 六テ どうやら 見た やうな やうな それよ ござふね のそこ きり ぬいたる くせもの 干モ ふし ぎな 作者曰 此辺子 といへるは 五右衛門か じつの いもと にて にて 京都 ぎをん のおうぢ といふ 名代 娘なり くはしく は六の 巻を 見て わかる べし ●此のち 五右衛門 はかま くらを たち のき 京都 すまひ けり 五郎 〽さてはふなぞこを きりぬきしくせ ものであつた 〽三文やつこの ぶんざいでりよ ぐわいな うでだて めに せん ちゝぶの しげ やすが しもべ 染平 かぢ はら かげ ときを あひでに はたらく 〽まんまと 手にいる ちどりのかうろヱかたじけない 〽なりはちつくり 小つぶでも ひりゝとからいめ 見せべいかづんでんころりさんしよみそ いたいめ見ぬうちなくなれ〳〵 かぢはらが家来ども染平と見るよりものがさぬやらぬとよそはつててにでに手ごろの竹はらごを うちふり〳〵おつとりまくはゝき木うしろに染平は両そくぐつとふんばたり主人のあたに入とも に天てんぜうぬけのちうぜきついでせちのちさうのあるいわし手をそろへてのおしいぶんそのへんねい には染平がひやうばんの豆やつこあたるもまめならおいどまでまめでたつしやな惣身のちから三郎ば しやうくわんさすべいとむらがる多ぜいをことともせずなぎたておひたて切ちらしまくり立たるいき ほひにフリヤかなはぬと大ぜいがみなちり〴〵ににげうせたりまゝきみよし〳〵こゝちよしこれよりわへ 一の御あとしたひいづくまでも御ともとはゝき木をいざなふてうら門口へといそきけりか此ゑつぎにしるすへ 一四一竹はしごの大だてはかるわざめきてはなだじきゑそらごとながらしやらくかぶき狂言の手ぶりにならへり「同 巻 五之巻 こゝに京都柳の馬場にひとかまへはちゝぶの家来はんざは六郎なりきよからうにんしての みやこずまひおもてひくしくないしやうは女房と見えて下女ぶんのつれ子をすぐにごちぶん おとゝしらんだる子とともにつれなくあらぬふうふ中よにむつまじくくらしけるあるじは 近所へ取ばなしにいでゆく月もはや四つすぎ妻のおていはちのみ子のよひねのひざをやす めんと表まちかく立出て〽アリヤ五郎市よぼんがまくらをもつてこいかひながぬける〳〵 しんどねんねこさせうと下におく兄は九ツとしだけにをとなしく〽申かゝさまがたまで おるす表はしめてござるかや〽ヲゝよひからぢやうをおろしておいたゆふべもおきやくで夜一 とほしこよひこけたらたはひはあるまい何時おかへりあらうもしれぬわしはそれまで こゝにうたゝねそなたはおくにおねまもしてたばこぼんに火もいけてすそうしき はやうやすみやろくにねるときおこさうぞといひつけやりてちのみ子のねんねのとませし〳〵 もふたよさどしのくたひれにおもつをみなくひつけやりてちのみ子のねんねのところ〳〵 もふたよさごしのくたびれにおもはずふかくねいりける時は亥もすぎ子によつり牛より くろき夜とうの一ぞく石川ご右弓三上の白助足がら金蔵かた田の小すゞめによ違ひ渡 五郎引ぐして此家をめがけかどの戸をおせどしやくれどびくともせすごゐつして 〽ヤアさなせそもつしづかにコレつよきをやぶるはへんのもと戸じりのかへを切やぶり乗りごやうさはかん ともろはのやいばぐつとつつこみ引まはせばれんすをえたる手の内のざしかくほものものれば こそ三尺四方に切やぶり内をうかがふ竹びやうたんがらつかすれどねいりばなとろくと見すめし 小声になり〽しゆびは上〻さりながら心にくきは見かけとちがひ見こみのなき内の弓がたいへ ことに女がまくらもとにまくらがたなをおいたるはらうげんものとおぼゆるぞつゝやげん して。せんとられな小ぶなの源五郎さきにたて手にあふものをもちいざせあながち おもきを徳とすなかるさといへどもじやうまへのをりたるものにはかうみあり決つて 五〆 つゞき寅のこくよりいちやうきざす やうはあらはれいんはかくる今は うしみつじぶんは よしじこく うつすな いそげ〳〵 それ〳〵たくみの 通りをふみ あげじきゐに つまづくなさぎの あしどりがつてんかと すかしながめて下知を なしわれは女が まくらもと まくらもと 目をさまさば ひとうちと つばもとくつ ろげまち かけしは あやふ くも また おそ ろしし をしへにしたがひ ▼目に ともうのめん〳〵 たとへいね きがへのはんびつ はさみばこかねひき だしよとひそめいて どつさりともちいづれば 〽ヲゝ〳〵できた〳〵あとはそれがし 見まはめてひつくるめて立立らん おぬしたちはさきへくとおつかへし ひとりのこりておくのまへふてきにも 又しのびゆく正直は子どもにたとへ 足ればいつと時しらず 目をさましたるをさな子は そへぢのはだをはひいでて きげんあそびのおりからに ご右ろつゞらをせなにおひ ころつぐらをせなにおひ 出るすがたが気に入りしか 手まねきあしずり にこくとわらふえがほの あいらしさ人をはぎとる うち あいらしさ人をはぎとる一つぎへつゞく 女 西北村 つゞき じやけん にも〽ハテ しほらしや いたいけやと 思はずも 立とまり 〽われ三とせ いぜんちくてん せしとき 先妻にあづけ おいたるをさな 子のおもざしに さもにたりと 子をもちし身は よその子のあいに よその子のあいに ひかれてあいしかゝり 〽ホゝ何がおくまにいつて てうち〳〵しやる 一ツヽ〳〵よくするぞ アくつ〳〵わらひを ひとつとわれを わすれてよねんなく せおひしつゞらふり まはし〽つゞらを しよつたがおかしいか こわいおぢいがうれいか ゐないゐないいりやばあとをどる たゝみのあしおとにてそくぢの母はむくわら たゝみのあしおとにてそへぢの母はむくわん とびおき〽ヤアそなたは何ものじやア じまりしたにどこからはひつたサテはおのれは ぬす人よとわが子を一ト間へおしやつてまもり刀 かいこめばふてきのごころじろりと見やり〽イヤ おれはどこからもこぬガそとからわざ〳〵〽つぎへゞく □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ぬす人がずう〳〵しく子をあいしてゐるどしやうぼね こなたの手にはヤあひにくいとはものもぎとり かほ見あはせ〽ヤアわりや女房のものもぎとゝ かほ見あはせ〽ヤアわりや女房おていじや ないかとづきんをとればいぜんの をつと〽ど右ろどのか〽ホイはつと ばかりにむねせまり心もそらに 詞なしご右ろもめんぼくなさ うぢ〳〵そろ〳〵かたわきへせおひし つゞらおろす内あるじのらうにん よばなしよりかへる表のあひの かべ切たはいかにとさしのぞき やうすありげな内のていそつと はひ入りにはかげにしのびて やうすをうかゞひゐるご右ろ 詞もさしあしに〽ひさゝう あはぬがマアアまめでそしてこゝ にはどうしたことでかはつたところで 出あふたふしぎととはれて女房 せんかたなくあぢな所であぢな 出合かほ見てわたしもむねが ふくれたはいなソレ覚てもゐさん せうしゆつ。ほんのをりわたしには いとまの状五郎市はあづけるとくれ〴〵の かきおきつれないとはおもへども ぜひなく一トとせしんくの内何する すべも女の手わざせんかたつきを 第の五作をつれながらわたしは当分 下女ぶんのがてら奉公それはさうじめ 此家のほうこう五郎市はでつちぶん つゞききりやぶつてはひつたしかも大どろぼうだ声たて たらばねぢころすぞ〽ヲゝころさるゝとてあるじのるす しらば米ちころをぞ〽ヲゝころさるゝとてあるじのるす しら紙一まいとられてもいひわけたゝぬせおふたつゞら おいてゆけ〽いやだ〽おかぬか〽おかぬ。〽おかねばかうじやと つきかくるきゝうでくもなく引つかみ〽コレおかみさん 下女ぶんのがてら奉公それはさうじやがいぜんのおまへの いづれをおさへいづれをば せいしとゞめんやうも なくうろつくばかり ヱつかみ合 座し せくばかりのちは たがひにたぶさがみ いき ければ あるじは 声かけ 〽コリヤで 女房 女房水 ひとつと いふ 〽モシ およみさん おりよぐわい ながらわしにも とこはれてむねは こほり水とけぬ 思ひぞせつなけれ あるじはいかりの 声あらゝげ〽ヤア おのれこよひばかり と思ふかやいつ ぞやふしみの さとにおいて かたり取たる 一金百両おほく の人を切ころし 立のいたるぢう さいにんなはかけ ずにおかうかと 思ひもよらぬ 気もなほらずやつぱり今にひよんな世わたり そうして今はどこにじやへ〽どこにといふてところ さだめず日本中は五右ろがすみかうき廿壱分 さだめず日本中は五右ろがすみかうき世壱じ 五リンのきがなさゆきなりしだいきまゝいつぱい しらぬごふく商売よりおぼえたこぬかあきなひと しらぬこふく商売よりおぼえたこぬかあきなひと マアてなれた事をしてゐれどこれといふも子のない ゆゑさおぬしにあつたら五郎市めをとりもどし 王のあるじにするつもりだモウ〳〵もつてへこつたがとろ ほうもひまになつてろくそつぼうなしごともなし 小ぬすみばかりじやアたばこのぜににもたりはせず 此しやうばいもほつとあきたよそりやアさうとコレかくア 五郎市をかへしてくりやれナ〽アイそりやモウ心やすい ことながら今は此家のだんなどのおややら主やう義理 ある中そのゐすの間へやじりきりぬす人さんがござんし てそれがすなはちてゝおやで五郎市をつれてゆかれました とわたしがくちからどうマヽアいはれうぞいなおもてむき からひるなかにむかひにござんせもどしませう〽ハテ此女は めつぼうけへなひるなひにござんせもどしませう〽ハテ此女は めつぼうけへなひるなかに京へくるとそりやこそ見つけた 石川五右衛門たちまちいのちはおだぶつじやくめつて 女どろくにはかけおちしたと与太郎あがけこよひ幸ひ つれてゆく〽イヤさうはなりやんせぬ〽ならずはいつそ ぬすんでいかうか〽ぬすますことは〽サならずとどうぞ 〽イヱ〳〵〳〵こればつかりはなりませぬ〽ヱヽめんどうな おちやつぴい五右門がつれかへるにどはつがてんのうちてが あるぜひ引つれて立かへるとおくをめがけてかけいるを あるじにはよりとんでいでそつくびとつて引もどし 立ふさがればおていはびつくりひよんな出合と 気をあせる五右衛門いらつて〽ヤアわれは此家の あるじだなおれが子をおれがでにつれかへるを なんでうぬはじやまひろぐとつかみかゝるを しつかととめうむをいはず引かつぎなけんと すれどこなたもくせもの身をかはしてふり ほどきとりでやはらのはやわざもたがひに はうしとりでやはらのはやわざもたがひに はづしくゞりあふそばでおていはあぶ〳〵と 一ごんに ぎよつと 次へつゞく けり めいはくよのつねの金でことすめばそのとき 六郎なりきよそのせつしげ十〵の家来はんざは 六郎なりさよそのせつしげやす公の様ともしてとり あつかひし侍はすなはちそれがし見わすれたるとやなら かなやつのそのみぎりかたりとられしおちどによ ちぎやうにはなれてこくにひつそくたゞ今なんぢか くびうつてふたゝびきさんのねがひをするかくごひろげと つめよすれば〽ヤレはやまるまいもつともしごくイヤ十二六郎 どのその百両をおもどし申すが御申かうけんはあるまいは 〽ヤアうろたへものめその金は若とのゝつかひ金すなはち 本田の次郎ちかつねが名印をすゑてかけ屋の極印 とゝのへへんなうする今さらこしらへくび きくからはひととほりもの 「つゞき」持たるたぶさもぎはなし〽ムウそのわけしつた きでんは何人〽何人とはとぬきはなす〽マヽヽヽまづまつた そのかねはあつかひ金かたりのわけをしつたはいかに〽ヤア ぬかすまいわけくちやらぬはら急に一味のひにんがそいん せりそれがしこそちゝぶのしげたゞの家来ばんざは 代とはひけうものめと いはせもたてず〽イヽヤいま さらでないその時の金 へんなういたすとくわいちう より取いだしなげいだす 一金百両つゝみのふういん そのまゝにたしなみもち しはふしぎなり〽フム がてんのゆかぬさては とうぞくなひんくにせまり ぬすみせば今まで此金 たくはゆるはずはなし わけられて目をしばたゝき 〽ハツアえようにするとは なさけなしはん沢どのと なんぢはえようにひろぐ 重〳〵のとがにんときめ がたらんもとそれがしははらから のとうぞくにもあらず すなはちその金の上包に本田 の次郎ちかつねと印形すゑた はそれがしがじつのおや 〽ヤヽなんと〽いかなること にや三つのとき此ひと こしをおそへてちかき 野原にはてられしを よしつね公の忠臣いせの 三郎よしもりにそだて られ養父よしもり うちじにしてのち 子細あつてなに八の うらのせんどうと なりあたるがとう ぞくのことあらはれて よんどころなく 妻子をうちすて ひやうはくの内ふし見 にてかたりとりたる にてかたりとつたる 百両をあとにて 見れば上つゝみに本田 の次かと実演の 名印いかにとうぞく すればと〽いんさい おやの名かしをやらら 切さくことのもつもつ なく今までなしへ 持たりしがなくちやつて 父本田どの助もおける 父本田どの如も孝福の にてうせ給ひしとや かさねぐたいせつなにまかへ がかたみの此軒印つきやつゞく 大久 エス つゞきしかるにそこもと此かねゆゑにらうにんして ほんちにかへるたねならばくびざしのべてうたれ たけれど此五右つも 大もうある身 子細 あつて あけては いはれず しよせんうんを 天にまかせそこ もとと此ばに たゝかひしやう ぶはたがひの うんしだい きでんがかたば きさんのほん もうせつしやが かてばたいもう じやうじゆいざしたくあれと のべければはん沢六郎はたと手を うち〽スリヤそこもとのをさな名は 友市とはいはざりしか〽いかにも友市 ハテよく御ぞんじ〽ヲヽぞんじたはず 子細あつてそれがしはん沢家へようし にまゐれどまことは本田の次郎が 忰兄はすなはち当時のあとつぎ▼ 代之者 はん沢六郎何思ひけんかたなすらりとぬきはなしてうづ ばちにうちつけて打をりて〽まことや鳩に三枝の程あれば からすに反哺の孝ありぬすみはすれどおやの事わすれ ぬしやうねあつばれ〳〵その心にめんじはん沢六ら武士を すて今日より町人〽ムウそりや又なぜ〽なぜとは武道を 忘れば御じぶんのくびとらいで先知へかへられうか。親本田に の次郎どのにも御存生のをりからにはをりふしに仰 出され此友市はなんせしたぬすびとのきざしありて 太刀さびになる相なりしが。ぶつじんのかごありて人なみに おひたちしかと老たいのびやうしんはくになされず 御目のうちになみだはいくたび何とぞ本心に立かへり 事御のまよひをはらされよ。そのしやうねのなほらぬ 内は兄とは申さぬそれがしとてもいんしんふつう。おかへ りあれこれかぎりと立上れば五右ろは。又いまさらに なき親のおんあいあつきじひのほど。侍すてたるはん沢が ふかきまことにかんじいり弟ながらもしさつて三ばい めていもうれしくあんどの思ひ・ながゐはむやくとひき 立れば小ごしをり〳〵折あらば此一れいをといふしほに さしつめたりし門の戸をあくるおていは事なき内と 心せきたつあるじは見ぬふり〽コリヤ〳〵女房・ふすみに やをきたつあるしは見ゆふり一リヤ〳〵女房。始すみに はびつてをめ〳〵と手ぶりではほいなからう何によらず のぞみのものやつてかへしやれ〽アヽヤ〳〵それはあんまりおな さけすぎます見れば諸しきもよほどの不足〽ハテ きて高のしれたらうにんのたくはへ何をしまうぞが まだそのほかに心のなほるほだやく・ふたりが中のナソレ まだそのほかに心のなほるほだ町馬・ふたりが中のナソレ 子ぬすみさしていなしやいのと気をつけられてはツト ばかり。やがて五郎市よび出しか手わたしすれば。いとゞ なほ。うれしさかぎりなみだぐみ。重〳〵のなさけ 何としてほうぜんと手を合すればそのおんは此 事ぬすみを元手としてとせいをかへて見せられよと ふかきなさけのきやうくんも。えんにからまる友 づなや引つれてこそ出にけれ○こゝに京都ぎをん の社内に水茶やのむすめお梶といふものあり みめうるはしきのみならず〽つぎへつゞく ▼啼の兄は をさな友市 その三男に うまれたる せつしては き前によかし なりしはけす 六郎〽くすりや オかど 五太つが実の 〽あのそこもとは 実の兄さま これは〳〵ともを これは うちてあきれば 入たるばかり なり 一つゞき うたよみおかぢが茶やとよば れて人〴〵いつもむれつどひおび たゝしくはんじやうしければ一人の 母おやをらく〳〵とすごしけり 此みせさきなる文台の詠草に はじめてちぎる恋といふ題 にて〽かはるなよけふとけそめし したひもの下いへる上の句ばかり をしるしおき此下の句のしゆかう につかへたれば人〴〵にあとをつけ につかへたれは人〴〵にあとをつけ くれよとたのみけりさて又こゝに ちゝぶのしげやすはけいせいはゝ き木をともなひてしもべ染 平をたよりに千鳥のかうろ をたづね出し岩かげ三位 をたづね出し岩かげ三位 ならびに梶子がゆくへをし さがさんとしよこくをさま よひけるがけふしもぎをん のおかぢがいへに宿をとり こよひ一夜をあかさんとて ひとまの内にきうぞくす □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 染平はまめのくすりをもとめ に出ゆきはゝき木はおくの間に やすみゐるひま重保一人はし ぢかく出るを見ておうぢは たんざくをさし出し此下の句を つけてたべとありければしげ やすは手にとり上〽ナニ〳〵 はじめてちぎる恋〽わする なよけふとけそめし下ひも のムウけふとけそめしした ひもの長きちぎりやいゝ代 かうとわたしがよみかけたればおまへ が下の句つけさんして何いふひまも やかたのさちどうぜいなく やかたのさうどうぜいなく古郷へもどつゝ てもあけくれ恋しいわが思ひふびん とおぼし給はれとうらみかこちて なくなみだたき木もしめるばかり なり重保さすがにふびんさの思ひ にくれてゐたりしがいつたんうたがひ はるゝとも二世のかためのやくそくは 一味を白状いたすがあひづとくと かんがへあいさつせよとおくの一ト間へ 入ければおうぢはなんとなげくび してとうわくあまるおもひなり さても石川五右衛門は古郷の母を したひよりあまたの手下を左右に したがへ家居間ぢかくあゆみより 持参の荷物を内へなはし手下は 小かげにしのばせてあとさきうかゞひ 荷物より金子のつゝみ取出し白木 の台におしならべしづ〳〵通る出合 がしらひと間を出る母おや見るよりはゝ むど両手をつき〽おひさしや母人さま 鈴鹿丸めでござりますまがもつて 御きげんよく御あんたいのおかほを はいし恐悦しごくと相のぶる顔を しろりと見たばかり〽ヲゝ母人とは どなたさまもつともせがれは有たれど 十三年いぜん家出したればすぐに かんだうさすれは子とては娘一人 〽ハァ御りつぷく御尤いへを出たる不孝 のつみ年をふるにしたがつてせんぴを くやみとやかくとする内に肌病気 と聞あんしんならず故見まひの ふるとも〽ヱヽその下の句を しつたおまへは〽かゝ此上の句を 出したこなたはハヲいぶかしと 見合す顔〽ヤアおまへは いつぞやかまくらのやかたで あふた重保さま〽ヤヤ なんとスリヤまくらかはして 此うだをしやうこに又の ちぎりをやくせしそちは かたりの梶子じやよな〽アイ おなつかしやといだきつくを 取てつきのけはつたとにゝみ 〽やアなつかしいとはうろんもの すがたかはれば見ちがへたりしが さてはそれより此所へかげを かくしてゐたりしなその時そちが どうるいに大切なるちどりの ためわづかなれども金子千両御ふく やくのにんじん代と思しめされ御じゆ なうあらば何より大悦只今にては 仕合よく田地あまたを所持いたせば ふ孝のおわび御いんきよさせ御かいほう 申さんまゝいくへにも不孝のだん御しやめん あらば生く世く有がたからんとへいふくく しさつてうやまひねがひける母はとかうの しさつてちやまいれよく へんとうもなき歯にもるゝ高わらひ 〽ハヽミアヽ世にばかもあればあるもの ちくしやうどうぜんのおのれに改め いふにおよばねどわがをつといせの 三郎よしもりどのはよしつね公へ めし出され御ちやうあいふかかりしが 御大将ぼつらくのをりからなさけなや わがつまも御しやうがいそのゐこん あるよりともどのを一ト太刀うら むるしやうねはなく喜々なさけなや かうろをうばひとられし おちどによつてゆくへを おちとによつてひくいを たづぬる此とし月こゝであふ たはよきいとぐちサアまつ すぐにゆくへをぬかせとつめ かけられておかぢはとうわく 〽なるほどあの日のやうすは しらねどかまくらにとうりう 中今なりひらとおまへのうはさ 見ぬ恋にあくがれて兄さんに あふたをさいはひそのことを たのんだれば門院さまの侍女 となればうそついてあはれると をしへをうれしくおまへにちか よりむつごともまだつきなく に心せわしきわかれぢに とうぞくのあくみやうとり今日ツ本で 一人のがうどうなりとあみにあみを はりつめてめしとらへんとうのめ たかのもめコリヤヤイとうぞくをかして ためた金でてがらかましう人じん 代のイヤ田地田畠持たればやしなふ などゝたとひいかなる病ひにふし ぐるひ死ともかえしぬともその 金うけうかたはけものそちが ないとてこゞえもせずこれんに おうぢが五ツのとしからこゝへ来て 十三年あめつゆにも見事うたれ ずけふまでくらして来たはいおい 寺ちとう武者しゆぎやうでも 侍らしう武者しゆぎやうでも せしことかあく名ことつてもくわん らくにくらしたいとはつぎつけて □□□□□□□ よろぼひ立げに白底をはつし とけとばしへだてのしやうじ はたと引立入にけりあとに 五右衛門たゞ一人落ちる小ばん を取納め〽アヽ思つた通り 七生までの動当とは ありがたいヤモ是でさつ ばり夜があけたやうな 〽ハレ心よやなドリてかへらう るとのつさのさつ口さして 立出る跡よりうかがふ 重保が〽くせもの まてと声かくる ふりかへつて一まて あるか〽ヤアとぼけ あるか一ヤアとぼり まい石川五右衛門いつ ぞやかまくらのやかた 門院の侍女といつはり よくもかうろをうばい とは身どもに用が において此家の始を 一ゞきあさましやゆくさき〴〵はほのほの中 こほりの上ともあやふきその身つひには 天のあみのりものふびんやおのれはしらぬよいりやうけん此五太門が手にあれば よなゆるす所か此世はおろか七生までの龍のあぎとの玉どうせんコリやうろ〳〵 いよ〳〵勘当サア立てゆけ出てうせひだるいめをせりより両人ともに おらう見るも中〳〵けがらいしやと よろぼひ立げに白台をはつしふみくだくととひつめられて とけとばしへだてのしやうじしうぐはこぶしをにぎり はたと引立入にけりあとにくちをし泪おかぢは兄のそばに 五右衛門たゞ一人落ちる小ばんより〽さん去年かまかまくらで を取納め〽アヽ思つた通り久しぶりなのり合た妹にわけも 七生までの勘当とははなさずやかたへつれゆきそれが ありがたいヤモ是でさつさいはひえんにしてまくらかはした ばり夜があけたやうなとのさんをあんまりむごい なさけないコレどうぞ かうろをとのさんにかへして 上て下さんせとうらみ泪に けいせいはゝき木何かわからぬ 心のふしんいろ目見てとる 重保は〽ホヽヲかゝるものとは いゆしらずふとしのび あふかりねのちぎり 今五右衛門を兄といへば スリヤことうぞくのいもと じやな〽ヱヽ〽イヤサ とふにはおちずかたるに いちぞくの おちたるとうぞくの 手下になれいやならかうろを ふみくだくととひつめられて しう〴〵はこぶしをにざり くちをし泪おかぢは兄のそばに 龍のあぎとの玉どうぜんコリヤうろ〳〵 ひだるいめをせうより両人ともに しなサア出合ふからは ぜつたいぜつめいもし わたさずはなはかけうか サア〳〵とつめ よればそらうそふいたる せゝらわらひ〽アヽヽハミ やませるは〳〵うま〳〵と 妹にまくらかはせし くやしさよけがらはしやと つきのくればおかぢはわつと なきいだし兄をよらみの詞のかず〳〵 わが身をはづるくやみなきかくごきはめて 重保がかたなをとるよりわがのどへつきこむ 所を五右ろがとゞむる所へ〽ヲゝわけはおくからみな こほりの上ともあやふきその身つひにはいはばアミマアまて〽ハツ〽ヱウ重保なかく 一ゞきあさましやゆくさき〳〵はほのほの中さよじがあつてはならぬがやサヤサヤサヤサてと 五太つにはかうれた 大だはけのぶんざめで たやすくかうろを とらうとはかなはぬ ことだやでおよばぬ ことだコトはそんな ばるをつくたうより 此五太門が手下に つき家じりの一つも 切おぼえろ青やらう 女ほうんろすろゝややらう めとふてきのざらごん 〽ヤァあんぐわいなりと いふ間もなくかたな ひらりと切付れば 心ひたりと身を ひらくすかさず 聞たきうとは道理〳〵と母は一ト間を立出て〽ヲゝそのいぢらしい こゝろねを思ひやつてコンかうと刀たくつてわかのんどへぐると つきこむ老物のしがいみなくおどろくはかりなり白は くるしきめをひらき何思ひけて始か手をとり上座に なほし〽これまでつゝみし御身のうへ物かたらねばさぞ 御ふしんまことはわれ〳〵が娘でなくだれあらうたら はうぐわんかのよしつね公のわすれがたみ玉琴ひめ さまこゝおどろきは御尤御たんしやうあつて三七夜も 立ぬうちとのさまは奥州にて御せいきよそのとき わらはも一時にをなごの子をあんざんせしかみやこに とゞまる御子孫にたゝりあらんことをおそれわが とゞまる御子孫にたゝりあらんこときおそれわる 娘を人しれず大津の里へ三ぞんの御ほとけの づしをそへすてさせたうへおまへをば わが子となづけそたてあげ けふまでくらせし うき月日▼ 付入る切先を 丁ど足下に ふみおとされ すぐにさしぞへ ぬかんとするひはら を丁としんのあて うんとのつけにそりかへる 音におどろきかけいつる 二人の女〽ヤア〳〵〳〵とり保さまを 何とするといひつゝかいほう 立さわぐちからもとるしもへの 染午まつかうかざしに切かくるを 〽ヤアちよこざいなとかいくゞりさそくに けあけるたゝみをたて〽ヤアりよぐわい ひろがばなんぢらか大切に思ふ此かうろ 今こゝでふみくだくぞ〽ヤレまつた染平 はやまるまいぞ〽みヤと申てわかとのさま〳〵 〽イヤウこりやあら立ては大事のかうろ 十三ねんいぜん わがをつとしやうがい ありしその日より家出をしたるあの五右衛門 またそのこときはすゞか丸かれもすて子をひらふて よういゝまことの父は本田の次郎と子細あつて しりつくもわざとこれまておとづれせす義義 あるおや子としかながらふとゞきとは〽つぎべく 人二郎 〆九貫文 つゝき〽思へどももしもやかたきよりともどのゝ 首ひつさけて立かへるかとうかかうかと そよとふく風のおとづれ まどをうつあめにも 心さわがれてまつ かひもなくとう ぞくの張本と なるこゝろより みれんにも金を もつてふ孝のわひ シヱヽみさげはてたる 大ごしぬけと一間の内 よりうかひきけばかま くらどのゝ手へわたりし 千鳥のかうろをうばひし やうすさては君父のあたを むくはん心と思ふにつけ さいぜんわざと此母に勘当を かけたるは後日になんざかけまい との心こと見た目はちがふまい 母にこゝろをひかされてもしや 武勇もたるまんかさらばよし なきわる命と思ひはかりて 此じがい五右衛門ずいふん 此しかい五たつすいふ ほんもうとけやおひめ さるかならずなげいて 給はるなとくるしみ ながらさとかりし 母のさつちを五右衛門 かんじてとからあら泪 〽うみのおやよりあさ からぬおんは舟にも 車にもつまれうものか 海山にもくらべがたなき よういくのおんもおくらず此ありさま よういくのおんもおくらず此ありさま 〽さればいのうたとひゆいしよはとにも あれわらはもこれまでよういくの おんほうじおもひがけなう わかれるとはよく〳〵おやには きくにつけ思ひ合する心の わりふ〽いまいはしやんした大津の 〽いまいはしやんした大津の 里へ御ほとけをそへすてたとある シテ年号やうまれ月日「コヽ文治 五年四月廿日「アヽコレこれいなア 中そんならその子はわたしじや はいなアコレこれを見てとふところ はいなアコレこれを見てとふところ よりづし入のふくろを わたせば〽コヽコリヤ覚の えぞにしき此かき つけはよしもりどの スリヤそなたが すてた子であつたか 〽おまへが実のかく さまかいなァ思ひ がけないよろこびの えんかすきわが身のうへかと ばかりにて身をうちふして なき給ふはゞき木はしじう そのかひもない御しやう がいたすけるしやうはない ことかとなみだわからはなかりけり 五右ろは両がんにうかむ泪を打はらひ 〽ハヽアさすかは母人あつぱれ明さつ今 はからずもすそたる子にたいめんにつけ しんからすもすてたる子にたいめんにつけ おひめさま御きけんのよきわがよろこび 仰のごとく君父のあた何とぞ村んと思へども 仰のごとく君父のあた何とぞ付んといへども ほんきやくのいろをさとられては大もう ならじとくちをしくもどうぞくの かはりにめぐりあふきみき木 をすぐに勘房にサおどろく あくみやうをとりとし月 あつむる軍用金また 手下と名つけたる 味方は凡五千余人てうじ 合せてあけくれにかま くらどのをねらへども たやすくよりつく事 あたはずさいつころつるが 岡社参のをりから御座 船のそこをくりぬきすでに みなごろしとおもひのほか 武うんつよき御大将なんなく たすかり給ひしくやしさ 五右衛門がうんおよばねばざんねん しごくとくり出す泪さてはと おどろく重保しう〳〵おは少々 えみはひよりて〽コヽ五をつでか しやつた是ぞみらいへよいみやけ コレかんどうはゆるしたその ことはないかんとうるねばなつ とは他人なんどりふ給ひけ でも重保さまのあいへし つきようらはれ いぢらしさ二つにはり ちすぢでもないゝん さまといものうたら とはよしつねのしい 何とぞうもめしか とりたておひめ 此はゝき木月花となどの たべ是今生のおね たべ是今生のおねがひと くるしき中にも つゞき」主と子を思ふしんじつよろこびなみだ いかにも此重保がゐこんのもとはそのかうろ うばいかへすはなんぢらがよしつね公への 忠臣にてそれがしは又いかにもして ふたゝび君べさし上るが是忠臣 さりながら此いつきよは玉琴ひめ いよ〳〵われにそひとげたくば かうろを持参しそれがしへ 貞心をあらはしなば そのときめでたくふうふの さかづき〽いかにもさやうで ござりますはゝき木 さまは花・玉琴さまは 月.染平めがはゞかり ながらきつと受令 おなかうど〽ホヽウ おもしろし〳〵われも 実父にしたがへば 重保どのは 主すぢなれど 養父はおもき そのうちにも そのうちにも すて子のよういく おんあるふたおや 忠孝まつたき とむらひいくさ かまくらどのを 討ての後亡君 亡父のれいぜんへ 此かうろにて しやうかうなし そのゝちはともかくも もはや五かうの鳥 なく声かねてわが すむかくれ家は ふだらく院の 山門なれば かしこに しばらく 御しのびいざ 御たちとすゝむる 詞いなといはれぬ 父の仇うつを とむればふ孝と なる。とめねばいとしい 恋人のお身の 不忠と貞節の 心ぐどく立 かぬる此家の などり世の なごり。きれてはか なくきえゆく手おひ あはれと見やる にはさきへ手下が かきこむしのびの のりものぜひもな 玉ことひめの 風につれぢりしく花は まんだらけ。によらいの 浄土へ往生と。女のめのきから〳〵 又右衛門は。いだきてすぐにのべ送り 思へばむねんと染平がよるをせいして ちゝぶの重保・たがひにおくるしやうりやうの やみぢをてらすともし火は。一味がよういの あり〳〵 見えすゝ 玉ぼこの 道を 左右に わかれ ゆ さても五太門は ほんきやくを さとられじ と東山の ほとりに すまひし けるさいつ ころしゆ もくまち よりつれ 来りし白波はすぐに 加波と名をあらため 一子五郎市をよういくし 妻子そろふてくらせ どもないしやかは ふだらく院の山門 をかくれ家と するゆゑ玉琴 ひめをしのばせ 〽こちの人のしんていは そんな水くさい おきいくさ ものではない 評義に手下を はいなわたしを あかめ夜ごとに会合 いつぱい ありければ宿にとては あり合さずこゝにかた田の 小すゞめといふ手下のわるもの 日ごろお波にれんぼしてたび〳〵 日ころおきにふん くどけどもきゝいれねばこよひは たむけう とは にすゞめ 小すゞめ さんても あるまいぞへ じ ぜひにとむりをいひかけいよく われにしたがはずは五右衛門がことをうつたへんと さま〳〵なんだいをいひかけければお波もをつとの身を きづかひさらばこよひ夜にいりて小ざしきのくらやみへから よりしのび給へとて一寸のがれにまにあひいふて小すゞめをばかへしけり しらなみ谷の狼ばゝお波といたぶり 五太門になんだいをいひかけ金銭を しまい たびくにむしんしけるがこよひ 又〳〵金五両さいかくせよと わがまゝをふるまへ どもおやのこと なれば せんかた なく 七之巻 とて 夫ト にはいひ 出しがたく 金子二両 〽しゆもく まちのおんは わが手にて さいろ〳〵すべき申 さいかくすべきまゝ こよひひそかに夫トの おんさ今 またこゝ またこゝ 〽おやがひに金を せるすをかんがへてうらぐち よりわがへやへしのび給へその かためてかへしぬ とき手わたしいたさんとやくそく とるのだ なんでも 五両くめる くれ 〽しゆもく まちで三二 九郎兵衛を手に かけたおまへのあくじ みなこちの人のはたらきで おまへのなんぎをすくはしやんし たにそのおんも思はいで又しても むしん合力あんまりでござんすぞへ 〇まゝ母まゝ子の中あしきことは世の中あ ならひといへどもおなみはすぐれて まゝしき心にて先妻の子ときく よりも五郎市をにくがりて 何かにつけてはあたりちらし むりむたいをいひかけて やゝともすれば てうちやくし ければ五郎市が からき 何に たと たと たも なし 〽九ツヤナヲの がきにはにあはぬ くちまつめおれが ことをせけん一ぱい ざんげしてまゝ子 にゝみとぬかした さうなどしやうぼねに 覚よときせるふり上二ツ 三つ五郎市はにげまはり あやまりましたこんどから たしなみませうもむしつのつみ たゞなきわぶるぱらなり 〽此ころ〳〵 おやかたは ふだしく 院の山門へ うつゝつらい たぼを かこして まいはん のふたの 一 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ ある □□□□□□□□ ナント その るす めで ほどおやにえんなきものあらじほんのかくさまあるときは とゝさまに気がねする今又とゝさまがほんのならかくさまが だたりてよきことしても気にいらずよそ外からくるもの 生で見あなどつて足にかけけたりふんだり何事ぞ此家に ゐたらば此上にどのやうなおそろしいめにあはうもしれず いづくへなりともにげ行んと門口さしてかけ出しがほんのかゝさま の所はしらずどこをせうどと立もどり又かけ出しては 行さきのあてのないのにひかされてちまたにまよふ をさな子のとほうにくれてゐたりける五右門は会合の 時刻ならんと立出て〽五郎市よ何してゐるととがめ られ〽イヤどつこへもゆきやしませぬおまへはどこへ ゆかしやるかもウこんやは内にゐて下さりませ さなくばわしもつれていてとおろ〳〵なみだのていを 見て思はずもうちしほれなぜさういふぞ ちつとの間じやるすをしやとすかせど 猶もじく〳〵と泪に声のおどぶるひ 〽とゝさまわしはほんのかくさまにあひたい どうぞつれていて下されとなき しほるれば五右門もむねははかさく 思ひにてしばし泪にくれけるが 〽コヽ道理じやさうあらう つねぐ女房おなみが しかたいかにおのれが子で ないとてあさからばんまで せめつかひ又してもぶち 思へどむねをさすつてゐるコレこゝを ようきけよとゝはナわるいとせいを てうちやくむごいやつにくいやつと してゐるゆゑそこを見くびり わがまゝいつぱい今おひ 五郎市は母の心をうらみわび泪に袖をしぼりしが思ひまはせばわが身 出したらやらはら たちどんなことを ぬかさうやらことに ぢやう かんにて 〽かゝさまが むごう あたらし かなしうて ほどに なり ませぬ 霞は にすゞ めをし といつ 入りてさし ころし われは 夫じの じがい せんと きはめ きはめ 五右衛門 おや子が 身のあん どをはる りしに りゝに 小名は □□□□□□□□ 一 てわれを てわれを ひそかに ころす よと心 都ければ のうらを くらがり まい に五右衛門 と思ひが ほか猿 ばくを ころす くら がりの 小ざしきを 三人にてさぐりよる かんめが母おやはわる ものその上に此とゝは 大もうといふ事がある ゆゑそのじやうじやする までは何事もかんにん する子心にも聞わけて りやうけんをしてくれいほんの母にも弟アイヤ弟ではない 他人がそひ今さらもどすももどされず今少しのしんぼうそと なだむれば五郎市は泪を袖でおしぬぐひ〽とゝさまのためにな らずはぶたれてもつめゝがれてもかんにんしてゐませうその かはりにはどこへいても早うもどつで下されといひつゝ猶もしや くりなき〽ヲゝ〳〵きゝわけがよいそ〳〵ざらばぢきにいて くるぞと立上つてひとりごと〽さいぜんかた田の小すぐじ さゝやきがとかねての弓はさ人のくちじつぶをたゞすはこよひ のうち〽とゝさんおまへもきかしやつたる〽アイヤこれはより食 のはなしはゝミドリやいてかうと出てゆく五郎市も一トな に入ればじぶんよしとや思ひけんかた田の小すゞめうらぐら より小ざしきにしのびいりあひづのしはぶき二ツ三ツ おなみはそれときくよりもかねてかくごのわきざしかい こみ夫トのためにわが身をうしなひ小すゞめをすかしよせ たゞひとうちとぬきあしさしあしかくとはしらず中戸口 そろ〳〵はひよる狼ばくこれもおなみにやくそくの金せし もんとしんのやみくらき北さしきさぐりよるたがひの 足おとしゆびは〳〵と小声のさゝやきさては夫トころと いひ合せてわれをうたんくはだてよとかた田の小すゞめ はやがてんうらをかいてくれんずものあのれ五右衛門 くわんねんとつつこむやいばにたまぎる者は五ほろ ならで狼ばくヤレ人ころしといふ声にのがれかたゆの にすゞめがおもてをさしてにげ出ればかねてませ 見あらはさんと人のうはさのいつはりをもしらであり にさぐりし五右ろ出合がしらにひき如くわきざし きやつとばかりに小すゞめは二つになつて死て有り あはてて出る女房お治かへす刀にたゞひとうろ くびはまつにぞおちにける五郎市おどろき焼つゞく 五右衛門 にかた さいこ 〽スリヤ小 すゞめと すゞめと まをとこ したとは 人のいつ はりで あつたよな さりながら 扨おやと 女房の 葛のかた きをうち うがたは まだしも まだしさ 五右衛門が もの さいは ふみとりあげ五右門が手にわたせば〽か 〽ヤヾなんとハテいふかしやとひらき見て いち〳〵によみをはりハヽアあやまつたりしなし たりかた田の小すゞめがむだいのれんぼ たび〳〵くどゝをいひのがれ今まではしのぎしが こよひ心にしたがはずは此五右ろがことをうつたへ おや子三人うきめを見せんとのつぴきならぬ なんだいゆゑぜいなくこよひしのばす手そず まことの心は小すゞめをさしころししがいして取敗 かくごであつたよな又五郎市にわざとむごう あたりしはおなみがなさけでおひ出すだねをや 五郎市よ今とゝがよむかきおきをようきけよ 〽十二〳〵兎でもならぬおそろしき世わたり 五郎市にをしへる心に候やかあいさうに うつらしう生れついたるあの かほをしゆもくの上に さらそふかとそれが かなしくいとしさに おひだすたねの むどくしん ばやう此 家を にげよ かけ出しが此丁いを見ていを見てびつくりげうてんあたりにおりたる ふみとりあげ五右門が手にわたせば〽かきおきの事 かし 母御の いねかしと 〽わしは 金を かりる ため くらがり } ⑬ にしのび 入たは やくそく なれど 此ばの しまつは 小すゞめ が心得 ちがひ 水お □□□□□□□□ こつたこと これと いふも 此ばゝが としころ のあくの むくひ さても □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 十一 かなしや く今回回回回なしやうならぬく てうちやく するも五郎市 のためにて候 せめて五郎市 一人はまことの 人にいたしたゝ 人にいたしたく ▼手下の めん〳〵 小ぐそく かためて 入来り それゆゑわざ としやけんに いたしもゝ 〽かねてこうじ 合せしごと 小すゞめをころし じがいいたし候あとは やしなひおやのかゝさまの こと心だてあくにんに候へ くくわん おん山に ぢんどり ちんしまな せし味方 はおよそ どもぎりある人に御さい ましよろしく〳〵御たのみ〽かあいや〳〵 五千よき かきおきにまでたのみおく母は 一まいおいて にすゞめにころされてあまつさへまをとこの つぎへつゞく とがもない身がわが手にかゝつてしぬるとは ハテぜひもなき身のはてやとしごくの泪に五郎市も 〽かゝさまこらへて下さりませなんにもしらいでうらとました かんにんしてとなきさけぶ狼ばゝがあくしんもももし いんぐわの理をあきらめくるしきいきの下よりも〽はづか やへしろどの此ばくが此とし月つくりしつみはらずしらずしらす や五右衛門どの此ばゝが此とし月つくりしつみはかずしめず じゆもゝ町にて九郎兵へをあやまちしもこなたと仰に たすけられしおんをも思はぬごくあく人此ばら身のはでは 三尺たかい木のそらと思ひのほかに此さいごじたいこなたをころざり としたアウ小すゞめがねにかゝつたは思ひもよらぬこなたの身がは り死んだ娘もさぞまんぞく此ばゝもまつごのさいはひ又も雀 は二人がために当のかたきその座でうつたはたがひのほんもう と思へばうれしうはかなやといふいきさへも四くふくはや だんまつまのくるしみにあえなくいきはたへにけり。かゝる所へ▼ 〽忠義まつたき石川五右衛門 てきながらもあつぱれ 〽晋の豫譲がためしに なうつてかたじけ なくもよりともこの 御かりぎぬを申しうけし なんぢが忠義をうんずる あまりに此重忠が すんしばかり 〽ハヽア 御こゝろざしかたじけ なし此うへはちどり のかうろならびに ふしめにおいて かたりし百両へんしる いたさて此かり ぎぬこそ なほさず よりとも 公見次 のあた をほう する ていば おぼし しらせ 給へや 〽ちをわけしは 一足五右衛門 ごうつてきむかふも □つ□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 一おやうけん第けん第けん第はん第はん第はん第はん第はんに □らなりき□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 大作ちでちをあらふ はんかくさせましきもつ はれいくさせましきもの みやづかへはうぜひもなき 此上の義げじやまなり 五右衛門 をきさいことによつてしよこくの軍ぜいおひくにはせくはゝる但大将御親子ともはやく御太刀のごとくつのこと物の いつとりにいふくすくに〽にゝらいまし〳〵年来しくみしわが大もういまこそしせるとちくいいこと秋の身がい 五ちろおやかに山門さしてぞはせゆきける○さても石川五つ実名はすぐら丸と丸ご藤にしくね亡父いせのくろが長 いくことして山しろの心にくわんなん山にたてこもるよしきこえしめは惣大将ちゝふの夜司重友はせむくひ六と はん沢のうしもへ染平文もかんどうの身といへどもひそかに軍兵にくつくつゝりて山門にぬけがけしてたないと いたくはたらきけるかゝる所へちゝぶの重右よりとも公の御かりぎぬをたづさへ来り五太ろにこれをあたへく 不公無くは張本人多くるどのにたいしては大さい人なれどもよらせつね公の町ためには大黒臣されども叱らんめん 五大およかきくはむかふことかへはじ此かりぎぬを給はる間あんのよしやうがたもしにならひこれをつれをつんをきうらも せとちりければ実父のためには主すぢなれば五大ろがやいはもたゝずじあいのなさけに武勇もももみてかへ さぬをさしとほし久す刀にはらかき切玉ことひめの御身の上五郎市がなりゆきを重忠次子にたのみなん くるし過いきをたつとつき〽石川ヤはゐのまきごはつこそとも世にぬすくのたねはつせじけみはしこちよぐと切るが くらしめされて不引くへてはるかになき山門よりいろさがさまにおちこちの人の耳目をおわづかせらぬ井かの神宿のありまんせんせへんせへの 金がふち一條からのふることははなはだわつなればとてわざとはぶきしものがたりあら〳〵かくこそめでたける 一十五日 今 ⑦ 一 〇ちどりのかうろ ふたゝび政子 御前の御手に 入しかばより とも公へけんぜらる とびゆく 石川五右衛門 主人の 〽何君のことを 左のみおき ○かぢはら あくじ ろけん 七里が はま おいて かうべ ○ちどりの かうろ せるふくして 美名をのこす ちゝぶの 庄司 聖忠 12 ○ほん きやく人 ほろびて四弥 ほろびて四海 太平をうたふも みなは忠の けいりやら候 なりとて かんねを 給はる ○梅はゝ 〇おなみ 先妻おていびくにの 〇石川五右衛門 おや子のものを はうふりしるしのつる こんりふなり いふしみにて わたりほうれ かたりとられし 百金もとの まゝにてかへる か五作は はん歌が よう子 なれば 兵忠へ めみえ する ○五右衛門が 先妻 おてい 二人の 子の 出世を よろ こげ のちのまじ はん次に いとまを もらふて しゆかけ とんせい ○五郎市は 又五右衛門が 忠義の功に みりて よりとも公へ めしかゝへられ立身す 〇はん沢六郎 なりきよ 主家へきさん □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かゝりしかば玉ことひらは 大十妻にそなはり多き木は 妾となりて重保かちやう あいあさからす しもべ 染平 が忠 義の かんじて あらたに 武士にとり たてければ 一家めでたく納りし むかしがたりの忠臣孝子 まとや郭巨が食 一釜の文字にかよふ 釜がふちとり たるものかたり めてたく筆 をそ納めける 吉例春興 三馬 赤本の をはりと 春の はしまりは いつも かはらす めてたし めてたし 江戸式亭三馬編輯 筆耕亀井坊 ○若宮八幡也 社 四神の 鎗をや 武田 おぼ 祈る 圖 一同 雕工 自巻一 菊地茂兵衛刀 至巻五 葛飾歌川国貞画 } 来る人 所蔵