今宮の心中
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- 近松門左衞門
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- 2026-08-17T19:23:18.241Z
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- 場所: 大坂
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- 近松門左衞門
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- 日本語
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- 山本九兵衛
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- イマミヤノシンジュウ
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- 東北大学
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- ジロベエオキサイマミヤノシンジュウ
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
今宮の
聖
月
2
年館
4昔
所和4
書究令図
図研々属
属学月付
附化8割
衛附
学6和年学
兵学
大引昭3大
郎中
北台和北
二心東
東宇仙令東
書名
蔵者
所蔵者
管理番号
資料番号
二郎兵衛
おきさ
今宮の心中
十一日{
13031
一同一一一一一一一一
100123.
11720112112
同一一一一一一一一一
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
将軍
竹本筑後掾直伝
山本九兵衞新板
今宮の心中
く毛心中
豊井泰姫氏ノ周附会ヲ一
以テ購入セル
狩野亭吉氏善蔵画
二郎兵衛
タント
コントおほさき今宮の心中近松門左衛門作
ゑい〳〵〳〵〳〵。ゑいく月見えはいづくも同じ。
諸国名所のその中々にたぐひ〽なには
のふなあそびおひもわかいも
男女がござ〳〵ぶねにたもとすゞしき。かは
かぜは秋といひてもうそでないよのしやれ
でないよの本町ばしをこぎ出て見れは天
満川市のかわなるはつまくわかふてひや
して。ひいやりと。爪をふたつに打わればにたりや
にたりかきつばた。むらさきぼうし。河水に。うつ
らふかげを水くみが。くんでになふてもつやたごの
ぼうばうずあたまをふり立て道正ぼんのかな
びしやくあれ〳〵なでゝ通れば一なでにはや本
ぶくのいたみ酒茶ぶねでくだる樽さかなざい所
よめごのさと帰りうは荷でをくるぞうれいや
世の直殿のうま〴〵を。一ときに見る舟あそび是
今宮心一
つねになきおさかなと。びとつすゝむるさかづき
や。しかれば船のせんの字を君にすゝむとかき
たりふねのやかたに三味ひけば納屋にあぶら
のうすを引。はしのいよ此ばしのうへにてうる声は
きせるうちわたばこ入。仮者評判あふぎうり
なにはげい者のふうぞくを橋々名所になぞく
へてかきあつめたるもしほ草いせおのあまにあら
ねども其はまおぎ野八重ぎりを亀井ばし
じやとおしやる。心はのさきはおさびの神かけて。跡
さきに又つゞく者がないはさて。神嶋源治はしん
うつぼじやとおしやる。それなぜに。しほ物町のし
たゝるたる。しかもげいにはほねがあるといのかづらき
つね世は忽のこじまとよなぜ〳〵ゑのころころころころころころころころころ〳〵
だきよせて手がひにあいらし也扨又嵐三十郎がつ
ほ産橋とおしやる。心はの何のりやう里につかふて
も仕出しがうまいは扨桜山庄左衛門福嶋じやと
今宮心二
おしやる。心はの。小がゝなれ共はりつめてふたい一はい
かさもなげいに身も有口中のしより〳〵したる
すゞめずし。それでたでぼのどこやらがひりゝとす
るとぞこたへける音羽二郎二郎三をざこばとは。ひれが有
とのたとへかや[リ]上村吉弥はふしみ堀じやとおしや
る。幾理はのふな板町のふな板の末にはおきに乗
出しほを十ぶんのしるしとて今かゝ人やこがるゝと
いふこと扨市村玉がしは梅田橋と見立たり。
なぜに。はてわたれば近町こゆれば火屋ぬれにも
うれひにもよふうつるは扨杉山平八を四つばしとは
是どふしやゑどからも京からも四方へ引つりひつ
はつたふんばたかつて山村がくはつとひろげた両足は
百間堀を思ひ出す善恵ふたつをかみわけて里くぎ
をたゞすしば崎に。しあん橋を思ひ出すしのづか二郎
左を見る時は。大仏嶋を思ひ出す三代つゞくやつこ風
あらしがふりをたとふれば其江戸堀を思ひ出す泰十
今宮心三
郎が皃つきに炭屋町を思ひ出すかたきは三原重
大夫序にて假りし悪心の切でむこひのくるときは
〽しゝくひ屋橋思ひ出す。思ひ出し〳〵。つゝね行先是迄
が片おもてうらの御堂もたか〴〵と立売堀をこぎ
廻し弁当すまばわんかぐも釜もちやく〳〵あゝや橋
跡へはんなり入ばなの茶びんご橋はこち〳〵とよせよ〳〵
はまぎはのかはら町橋にぞつきにけるひしや合五郎
は如法なる気も丸びたひにこやかに申ばゝ殿母御
此永き日の馳走ぶりてい主由兵衛さぞ草臥くれ
もちかし是からがあがりなされと有ければゐんきよの
てい法七十三めがねいらず杖つかず。はは一枚もぬけめ
なき男まさりのかみにて。それ〳〵それ〳〵是由兵衛倉の
いつた馳走でいかひなぐさみ。こちの内から出た人が。たな
一軒のなしに成あきなひもしにせておやかた一家をふる
まふとはこちともくはいけい其身の手がゝ。ざりながゝ女
房がなければ。人のせたいは落付ぬ。身代くすりの女
今宮着四
房を早ふもつて落つきや。そふでないかと有ければ
内義もともに打笑ひなぜに女房もちやらぬ但ど
こぞに思ひ入かな有かいの由兵衛思ふ図にのりて。
誠にけふはお心よふおあそびなされしゑさその上
女房のこと迄おたづね。御意の通りは思ひ入ござれ
ども此女房がいきやすふていきにくいどふでかみ
、おゑまのお口をからねば参らぬこと。はてこち
とがいふてすむことならばきもいゝひでなんとせふ。その
思ひ入の名は何といふたれぞいの由兵衛ほとんどゑつ
ほに入。申有がたいゑい三度礼拝仕る。名を申せば
つい御ぞんじされ共先只今はお名をばゑ申夫よの
しやん〳〵サア是からが本酒てい王から又はじめ憚り
ながゝ介殿へおさかなにごぜ殿一ふし頼むこと云け
れば介五郎さかづきうけ申かく藤二郎兵衛が法隆
寺よりもどつたゝつれてきて。あれがすきの心中を
かたゝそもの。ヲヽざればいのせめてきさがゐたらばさい
今宮心五
文をきこふものと。いへば由兵衛きやうさめがほ今こら
兵衛は母おやの手忌にあたり。在所へ参ると申たか
きさも一所に二郎兵衛とつれだつて参つたか。アヽつ
がもないきさは此比の風引て。頭痛がするとて宿へ
いたと聞もあへず由兵衛。太内かたもこちらがゐた時
分とちがひ。しだゝくになつたなあり青二才の二才の二才の二才の二才の二郎兵衛
めでづちあがりのふんとして。母の年忌で候とて此
一いそがしいざい中に十里ぢかひ法隆寺へうせざつるが
きにいらぬ〽ことにきさが煩ふて宿へ帰つた時分に
同じ様に内を出すつくなことは仕出すまいとめつた
むせうにひとりばゝ人もしらぬ心をいゝちふなべん
けいにあらね共とも盛がしづみし其有まに又由
兵衛がしんきをもやし。ふなばたけたて。さかづきふみ
わりぜんごをぼうずる計也び〳〵や一家の人々は何の
心もつかざれば。はや日もくれた。もはや是からふふ
とあがりじたくを由兵衛あぶないことはちつ共なし。桃
今宮心六
灯用意いたせしと取出せしがなむ三宝らうそ
くをわすれた是久三太儀ながら一はしり此通りの
百貫町四五町いけばおきさのやど定而しつてゞ
あらふぞ由兵へが申すらうそく一てうかしてたも
ちつと気近がよいならばぢよつとこゝ迄出てたもと
いふて同道しておじやづいでに内に気を付て誰
もないか見廻しや。まふ〳〵がつてんか心へましたと帯
もせずじばんひとつのはだか身や百貫町へぞ走り
けるきいふけふ前がみ取て下手代まだ新物の二郎
兵衛おきさと深き中入の。なんさんさんすのうはべにば手
のない様にしたて口ノ在所はいかなよこ堀のしるべの
もとにかくれゐて。くるればそこへとかよひぢのぼ
のかに見ゆるあの舟の屋かたには。ていつ殿おゑま
べさきにはあんどう寺町の由兵衛弟是ならぬはづ
しませふありやどふじや。ひしのちやうちん久三が持ツ
て跡からくるはおきさじや様子がなふてかなはぬ筈と
今宮心七
一気ももやくつてむしあつき。材木なやに立かくれ
ことの風をぞうかゞひけるきさは程なく走りより是
は〳〵皆殿やふはおなぐさみと只今久三の物語わた
しが気近もしり〳〵とはなけれども。かみやかみまおゑんへ
頼みあげます御そせうごと。すくに是へ参りしも。アヽ
おとましいこと出来まして一ばいきあひにあたり
ますとためいき。ついてゐたりけりていつもつく〴〵
見て。こちへそせうのことほとは。どふしたことぞ咄して
見やなるべきことならきかいではと。さもねんごろの
詞の末部へおなじみとて着や昨日のくれかた三田
からすたしがてゝおやのぼられ。ちいさい時からざい所
で約束しをいた男のしうとめの煩故ゑによめり
をいそいできた此たびおいとま申受三田へつれて帰
りてよめりさすとの申分御そんじの通わたくしは
をさない時より大坂にそだち手いたいことはしつけず
ことに病者なきをもつて在所の手わざがなんとして
今宮心八
それ故当廬の間に合に。内かたのかみぬが御念比
に遊ばしぎうこうなしたわかい者共あまたの中。ひ
とつにして此大坂で物のみごとにしつけてやふ。舟外へ
約束すなとつね〴〵のお詞是がほうぐに成物か在所へ
とては帰るまいと私は申ますそれではおやの一ぶんが立
ぬと。いふての親子いさかひたぶん是へ見へませふわたし
が口のあふ処に在所のよめりをおとめなされ下されと
つど〳〵かたる下ごゝろ二郎兵へは。かてんにてあの云ぶんは
〽都左男におつを見かへる心中ものめと材木にだき
付ぞく〳〵悦びゐたりける親はとぼ〳〵尋付びし屋殿
のおふねは是か。きさが親三田の太郎三郎でござりま
す。申おやじ有か。それ酒しんぜ薬しんぜと取々あい
さつ置ければいやお茶もたべました定てきさめが
咄しでお聞なされませふ。在所でなづけのかたより。急々
にほしいと申につき。中とながら一生の身のかため。ことは
り立ておいとまとれと申せば。在所へはいくまい大坂で
今宮老九
男をもつと申す”ぞれは我まゝ親のいひじよをそ
むくかと。しかつても聞入ず。おれが男は内かたのかみ御
次第にまかせてあるぜひとも親のこうげんにざい
所の男もてならば。おりやしぬるが合点か。むすめこ
ろそといふことかと大ごゑあげてほえまする。おもの
おじひに御ゐけんを頼みます。在所のむこと申も
くひかねぬ身代いきをればあいつがくはほうぜたい仏
法はらねぶつ。口にくうが一大じあいつがくうはちがふて。
大坂の男にこひついたり。やいそこなうつけ者。在所の
男じや大坂の男じやとてくうに二つのあぢわひなし
ひとりのむすめに親の身でもむない男をくはそうか
土親の思ふ程にもないと涙をながしうらみけるおき
さもさすがおや心思ひやれ共二世かけてかはせしこと
もすてゝれず。只かみうまのお情を頼みますると計
にておなじく。なひてゐるすがたていつもふびんさに親
仁の云ぶん理が聞へた去ながらあのきさが病者でざい
今度尤十一
しよがたのあらばたらき一年とつゞくまい身にげいもない
ことか誰のわく手をもつてゐる。二百目ぢかひきうぶんを
たゞのをなごにかこふかひろい大坂に男やくなふ商買
とはあれらが獄五人三人は針一本でらく〳〵とすごすね
を持ながゝ。山家在所へわづゝひにいかふとは無分別か
と思はるゝ此談合は左をいて。きさば此てい法にとんと
預けてをいてたも。こぢの内にもこがひの者しつける
者がたんと有。よいむこえて後々は。親達も大坂へよぶ
御にしてやらぶと。念の入たるわりくどき。由兵衛扨はあのき
さを我うへゐん居の心あて日比の念願成就と是おやじ。
ゐん居へまかせて在所はへんがいしたがよい此由兵衛も
だんなのかげて。あんだうじ町に手もひろふあきなひし手
代のひとりもつかふてけふのきなふるまひに。二両三両に
かふも皆親かたのひかり。まだ女房をもたぬはかみさまへ
とんと任せてあなたのなかふどまつてゐるがみ様のお心で
こなたとわしがむこしうとになるまい物でもござらぬ
今宮心十一
なふおきさそふじやないかと。いへ共きさはむねふさが
り。アヽどふやうしりませぬと打かたふきてゐたりけり太郎
三郎一々に聞とゞけきさめが申たぶんではさら〳〵ゐの
ふにおちませぬかみ殿のお御意でほつきいたした御
尤〳〵おやかたのしつけらるゝと申に先は幸一門中何
の子さいも申まい此上はきさめがえんづきはどふ也共
もふおいとまと。たゝんとすれば由兵衛分別がほにて是
ていつる。是は大じの請取物おきさもわかい人のこと。
後日のもや〳〵やかましくちよつと親子に手がたさせき
さがえん付ていつ川のおさしづそむくまい。ほから一ごんじや
まさせまいとの手がたが。凡たい物とざしこめば。ていつ打
うなづき是は由兵へがいふ通手形を取て置たいそれでも
とつ藤無筆也あすでもすたしがかみ殿へ手形して
あげませふとじたいする程里兵衛。いや〳〵だとへ無筆でも
判がなくは筆のぢく。手形はわれら筆取とだばこぼんの硯
引出し。はやかきつける挑灯のかげ二郎兵衛見すまし聞
一文蔵十二
すましゃァきやつがすゝめて手がたさせかみぬたらし
てきさをからふ分別。此はんさせてば一大じなんとせふ
ぞ石をうつて。ちやうちんを打けしてのけんと。石をたづぬ
る其間に手がたの文言おもふ通りにかきすまし是
あて名はひし屋四郎右衛門様てい法のも親三田村太郎
三郎サア印判といひければ御念が入て着い私の荷
がかりましたと申着の印判くろ〴〵とサアおきさわがみ
もはんをすや。いやわしは印判持ませぬ。そんならとゝが程
判をと同ぐすへてていつていつ。いよ〳〵頼み上ますとさし
出せばヲく〳〵。是ではこちも北在がならぬと。珠数ぶくろに
おさむる内二郎兵衛みぞの石をあげ由兵へ目がけて打
石が。へいたにあたつて一はづみ川へだんやと水ちつて由
兵へ一しぼりそりやあばれ者が石うつはと立あがり所を
つゞけてうてば由兵へがひさひにあたつてあいたしここれは
あぶなく皆々屋かたへきさものつて戸をたちやとむり
むたいに舟にのせおやじもまふいなつしやれ。けがさつ
今宮屋十三
しやれなといひけれどもいや〳〵是はめでたいきさが
よめりの談合に石うつとは吉左右めでたふござると
いふこびんにはたとあたればなむ三ばう。こりやどふじや
めでた過てめが出たとかゝへてこそは帰りけれなをもつゞ
けてうつ石にちやうちんもうちやぶれ由兵へもはいもう
しおささに心をやつがてんがうかはくにまぎれないせん
どう舟をやつてたも。久三かじやこいつめをふんでくれう
まかさつしやれとあがるを見て二郎兵衛よこへきれ
てぞ三年帰りける。由兵衛兵へ大あせにてどづちへうせた
〳〵と。橋へまはればねばいなる牢人侍。ひげやつこの草
履取何心なくくる所をうぬ覚えたりと久三郎やつこを
橋へよこなげにまつかうを四つ五ツたゝみかけてくらはする
主人是はと立帰り久三をつかんでうちつけり雲つけ〳〵む
所へ由兵へかけ付付り申こゝにけつかるかよふ舟へ石うつたとづ
かみ付手をしかと取。何さしうつたとはたがこと。懸外者め
といふを見ればれき〳〵のお侍。アヽ〳〵御めんなりませ人
分多屋十四丁
たがへでそさういたしました御ゆるされて下されませ。
おじひでござりとなきさけぶなんのおじひとねぢ
あげむかふずねをうつふけにはたとけかやし。是やつこ腹
きの出る程こいつふめ。任せてをけろと土足にかけ。う
なよく身をぶたせたナア。覚えてゐろとどうぼねしりぼ
ねうんとふめばきやつといひ。うんとふめばきやつといひ目
玉も出る計也。もふよいは〳〵。しなぬ程にしてをけさ。こつちへ
こいとれ従はゆう〳〵として帰りけり。命がら〳〵由兵へあい
たくとおきあがり。久三そこそこにか。エゝ聞へぬぞや。今の処にふみをる
を見てゐやるはづはをまい。こなたが聞へぬ。こなた故にさい
ぜんくらはされたりふまれたり。エゝ振廻くふた計にいはれぬ
人のかたもつてあほうくさいふるまひがもどつた。
ござれもどろとたちあがる。ヲヽそちはせめて振廻
をくふたが。こちは物入ふるまふて。あげくにしたゝかふまれ
た。向後ふるまひいたすまい御馳走が身のひし屋酒
もつてしりふまれたとひとり。ごとして三重帰りけり
第三五匁十五
仲之巻
一本町也新物見世のわかい衆は女とも見へず男也
けりをなごまじりの計じごと。つい一計がながき世の
えんのはらぬひしどけなくしりもむすばぬいとざ
一くらほこのびかゝるうたてさよ二郎兵衛は在所より
もどつたかほして三三三日。しごとは常よりせい出せ、はきさに
すねこと跡すりこと。ひぞりしなをし上下をばんにかけて
うちけるが。エゝ是はのりかげんのわるいはかまじや。よそ
〳〵の人の心の様に。あちらへは。ひつたりこちらへはひつたり。うつ
りやすいどうごんじやうなふおきさ有。こなたがやがてかみの
のきもいりで。あんだうし町へよめりの時。此はかまをむこゑ
にきせたゝよかろ。其ばんにいくうたれてこびんさきわら
れぬ様にだきしめてゐさつしやれやいの。おさき殿やい
のおきさごのう。ヲヽかしましい。おりやつんぼじやござ
らぬ是。此わしが仕立るぬの子も。謹やらがきによう似
てなんぼすぐにぬふてもよこへ〳〵といきをる聞わけのない
今文尤十六
ものはこなたに似合ふきさつしやれ。わしらが気には入
ぬといへば。ハア気に入ずは打やぶつてのけたがよい。うちや
ぶつてもだんないかそれはどふして打やぶる。まつ此様に打やぶる
とつちふり上て打[サ]ばんをとん〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵
の女とわたらぬさきにとん〳〵〳〵とんとんとぞ打にける
〽おも手代口々にやい〳〵ほたへなそれむかひの出見せから
旦那のわせる見へぬかと云所へとゝ右ま門は眼病にどく
とはしれど渡世のせわなんとせんだいの注文はしまふたか秋
田の荷をつんざらば今橋へいてかね請とり也。ヤアツツ下庵老は
まだ見へぬか。下庵が見へたゝ灸をせふをなごの手が薬じや
きさにすへてもらはふし二郎兵衛に手つだひさしより色のふる
はぬ御にしごとしまへ残りの者は出見せへいけと云所へ物もふ淫
川下庵御見廻申とづゝといればヤアお出か尋かねました
先走へと上屋へ返せば下庵給ふは廿三夜なれど一向宗は
おかまひない。明るから八せん土用前一ざんとよふござろ。とれ
脈を見ませふか。私の申た通薬ぐひをなさるゝか。アいかふ
今宮屋十七
脉がよふなつた玉子を参るしるしに。左の脈がふは〳〵と打ま
するは魚の中にもぼらなどは大うんの物の物かねて無用と申
たよりやくひはなされまい右の脈があたまがちなはもしすり
こ木などは参らぬか。風気もなし点をいたそふ硯々といひ
ければおくで点を頼みませふ走きさ二郎兵衛油火とぼして
もぐさをもみ先二三百ひねつてをきやと打つれおくに入
にける。あつといふて二郎兵衛あんどうとぼしつかはらけあぶり。
もぐさ出してもまんとするをささは立よりむなぐらんこれ
あんまりじやそやむごいぞやぜんどからしみ〴〵と物いふまもな
い故に。心ていが語りたさそばへよればひかしやかしやとすねこと
のほンじやう。あんどうじ町とは何ごとじやアへいやらしいく是なふ
謹しもこなたのねばいでは十六七の中袖をすきこのむさい
中に四つも五つも年かさのわらにほれて下されたわしや
其心に打こんで親兄弟もすてたぞや在所は生れ古門也
二おろのそばにゐる物が。いきともないはづはない何のゆかりに大
坂に。しうしんはなけれはこなたと云人にはなれるが直しさに
今文心十八
〽お主をだまし親にそむき身をくるはす心をかはいや共云
ずに面白そふにすねこと。コンしんで見せふかしにかねはしませぬ
二郎兵衛殿といだき付こゑをも立ずかくしなき宇兵衛兵へもしほ
〳〵とこゝや〳〵とせなかをなでともに涙をながせしが。しテせん
どの手がたの文言はどふぞ〳〵と云所べし庵かくより立出る哉是は
もふお帰なされますか。されば帰らふか。まそつとあそんでやひ
とぎやうの相伴せふ。かやあゑいとたばこぼん引よする。二人は
もぐざこしら人ながら此首尾にかたりたし。争ふいねがな〳〵と
もがけどいぬなけど。なくなんとやひとのいひ付はなかつたか。
ひやむぎかさうめんか。なまなる茶づけぐらゐならいつそも
どつてねてくれふ内證しらしやといひければきさは悦
びさし心へ過なるはどくだちで夜食はあがらす下庵様へは
ついなすびの衛づけで茶づけしんぜとおゑ殿のいひづけ
早ふ帰つて御寝なつたがまでござろとたゝせ共なんじやな
すびのあづけじや。一段よからふそれに出花をつけたるぞと草
うすなりになるを見ておきさもあきれいづそとまつてご
一本文本十九
ざんせとふつてうがほに二郎兵衛もぐさ、に火を付庭のす
み卜房がせきだのうら物はためしとあをぎ立あをぎたてぞ
くゆらするまじなひは野外にて下薄きにやてつしけん是は
ふしぎ千万俵に不見へ帰りたいもふいにましよめつたにいにとう
なつてきた。ハアまちつとお遊びなされませ。いや〳〵俄に
いにとふなつて足のうらがこそばいとたゝみに足をすり
付〳〵おりければ。二郎兵へぜきだをちやくとなをし申下庵御
旦那の目もなをりませふ灸がまふきゝましたといへ共我
身の上とはしらずヲヽト庵が名人御らしあれ一堀で声が見へ
ましよと足の踵のきびわるげにせきだすらせて帰らるゝ。
サアウヤなの出られぬまに手がたの文言早ふ聞たい〳〵さればい
の文言はどふやうよんでも聞せず。あて名はひし屋四郎右衛門御
てい法のおやこが印判しましたとかたればこ郎兵衛はつとおど
ろき。エゝ由兵衛めが文言を聞さぬはくせ物。娘きさを由
兵衛殿へつかはさふと事たやゝしれぬ日比そなたに心を敷
す由兵衛めどふこけてもうぬが為のよい様にかいたは定
今文心二十
〽三田のおやじもそさうなさうな手がたの文言ざんなしに
判するといふ様な。是後のじやまは其手がたどふぞ手
がたをぬすんでやぶつてすてたい物じやといへばアヽかりそ
めにもぬすむといふはこはい〳〵はテ銭銀の手がたかよく
とくに成にこそほうばい由兵衛との色づくとなにそん
とくかゝらぬこと。いづもあのたんすに手がたはをかるゝかぎ
はそこらに見へぬかなんのこゝらにをかれふぞおゑかみ御
旦那殿。三人の外介殿へさへさへもたされぬ。いつぞついでにかみ
へ頼みのみて去がよいはいのといふ所へわら右衛門なんときさ
二郎兵衛もぐさがまだ出来ずはむかひの本見世へいて女
唐共にもひねつてもゝへ。ふけぬさきにしまひたいどふ。しや〳〵
気がせく。あい〳〵やひとも皆出来ました御かつ手にあそばし
ませ。そんならこゝでこふむいて。それ二郎兵衛くはしぼんあられ
いりまめさんせうにこぶとんしけとあはせくるりとやひとの
ばゝ前をうしろに目は見へず何をせうともうなづいて。く
すり〳〵のやひとばしちわの〽たよりのうすぶり十四の灸
今宮心二十一
に水がわくさうりの女さかりの男。手をしめ身をなで口をよ
夜中
せ證を忍ばんさしも草是ぞゐんぐはのかはきりなるやう〳〵
一灸もすへおろす主人の帯の前巾着うしろへまはるひぼ
とけてつなぎしかぎは中黒より。半ぶんこぼれかゝりたりくら
兵へ見付て。たんすにゆびさしきさにめぐはせ天のほたへとと
らんとすきさはいやじやと手をふれば。大じないとてかぶり
ふる手をふるかぶりふりふるひ〳〵手を出し手を引からねこのおきを
いふあやうさや申れなしとな殿あつくは少をさへましより。
いやあつうはないがせいがつきた。よいかげんにをきたい。まちつと
〽ござんをそれまちつとじや〳〵そりやよいはと鏡引出
せばうろたへてはしのやひとを取おとすあつや〳〵〳〵。あう
く是でしまはふおくへいてちとねようぶたりながゝやすんで
くれよふてくれた過分なと悪事としらぬ手のじひ
あたと成たる身のはてのみやうがに〽つきゝも道理なりふ
たりはかほを見合せて”かぎをとりはとつたれと主の目をくら
ませばどうがふるふておそろしい鐘ぞくるか番しやと合
今宮心二十二
せて見たるだんすのかぎに。あたるもぢごくの跡前を明て
さがせど衣類の外は三原の相口じざいの印籠はこに入しは
れん北の名号。予がてんのいかぬ。手がた箱はいつもくゝへはいゝ
ぬが。とだなに入たかしらぬとつね見覚し戸だなの鐘なんの
くもなく戸を引明さがせば一通上書に手がたと有サアリ。か
じけない是がほくさの狂乱といたゞき〳〵二ツ三ツにひき
さきふところにねぢこんで跡しまはんとする所へ。門を明たは
たそ。だんない者と由兵衛あがり口迄つか〳〵とかげを見るより
こゝ兵衛戸棚の内へばひ入れば。きさば前にひづそふてハアウ
兵衛殿かあがらしやんせとうしろ手にそろ〳〵戸棚をさし
にける。由兵衛とつくと見すまし。旦那は灸をなされたげなと
つゝとあがつてこりやなんじや。大じのかぎは水ちらしたんすの口も
明て直。元かきさのきや此せけんぷつそうに戸棚の跡はな
ぜおろさぬさらば鎰もこしに付錠をおろしてをきませふアア
しやんとなとおろす錠の音内にひゞけばきへ入こゝちきさは
わなく〳〵〳〵と。すくにしにたい斗にて前後にくれてぞ
今夏尤二十三
見へにける由兵衛きさがねをむずと取是おきさせんど舟へ
石うたれた其疵が是まだなをらぬ。此打手がしれました。こ
よひ且那の戸棚へ入たぬす人と同人。定るこなたもたすけた
からふ戸棚を明てさたなしにしてやろか。旦那のみへいれうか
こなたの心ひとつじやかなんと〳〵といひければねを合せて頼み
まする日比はうらみも有はづを打すてゝ其詞生々世々迄
わすれませぬ一生の内此御をんとふして成共をくりませふどれ謙
かさんせ明ましよと。取付ばをしのけヤヤ申うまいこといやんな。
いつぞ〳〵と今迄つゝれたは何十度。此いぜんそ殿か津山玄
三殿に奉公した時からほれてゐた此由兵へぜひ思ひをはら
さふならそなたの口へ手のごひねぢこんでねるすべもしつたれ
どもそれは恋とはいはれぬ此戸棚が明たくは此首尾につい
ちよつと。身をよごして下されちよつと〳〵と。取付ばつきはなし
にげてまはればをひまはしだき付所をあためんどふなとつき
たをし由兵衛のいきぢく生。文言しれぬ手がたによふはん
をさしやつたのふ。今そなたとねたらばなんじや戸棚を得て
一今宮心二十四
やらふゑい嬉しい。それがいやさに此くらういひたくはいや
大じない。二郎兵衛ほこと此きさと念銀をしてゐる戸棚の
中なば二郎兵衛わしもとがはのがれぬなびかぬあたに訴人
しやいきぢく生の志にぢく生と所存きはめし涙の体由云
衛こゑをたて。ホアわかい衆は出見せにかぬす人が入たぞ久三
やたけはよひの口どこに出るとよばけるこゑていつはじめ長兵
一衛権兵衛皆はだしにてかけ付る由兵衛為だけ高に成是
御らんあれ。旦那衆のこしをはなれぬひ鐘をぬすみ出し
あのごとく。たんすを明とだなを明し所へ身がくるを見て戸棚の
内へにげこんだ。所をしやんと錠をおろした中にゐるは二ケ年
つだひは此おきさせうご人は此由兵衛とでかしがほのうでま
くりきさは涙にしやうねもなくうちとの者ははつと斗かほ
をながめてゐたりけりていつ鎰をこしにつけ四郎右衛門は
もふねてか。旦那にきかせてともかくもしあんが有ふとあり
ければ。由兵衛先町代をよびにやり。宿老殿入しらせて町
中挑灯。なはよぼうよとひしめけばかくより由兵衛〳〵と。
今色心二十五
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一小手まねき次第とつくと聞届た。小がひと思ひはだをゆ
るゝ扨も〳〵にくいやつ灸の間に鎰取はおそろゝいしかた。去
ながらおれが聞ては六かしい夜中にわや〳〵町内の外聞も
よからず。外へ物さへちらずはおれが聞ぬぶんにして。すまし様も
遣ふこと。何いふても夜がふけるく郎兵衛めはかごの鳥。其分で
戸棚にをききさめはこよひ請人のあねめにきつと預けに
やりつぜいてはそさうも有物とつぐと分おして見よふ。女
房子共がこはがらふすぐに出見せにとまゝしや手代ともゝ
むかひへ。母者人はこゝへきて。おやすみなされと申てそちも
あつてあすかじや。に何にもをそびんによひの中に皆ねさしや
と蚊屋に入ば由兵衛もとの所に立出。夜中にだんなのおみゝ
に入眼病にさはればいかゞ何ごともあすのこと老長覚柱共へ
太儀ながら此きさを請人の姉めをとに。急度預けてすぐ
に出見せへいつてねやサイサさき立といひけれは申かみ御参り
ますわたしが身はかまはね共。兵へにとがのない段は申わけ
今度尤二十六
のほことおゑのねへもお取なし万事頼み上まするぬす人の
名を取是が悲しうござんすと。わつとなき出しをくられ行めも
あて〽られずふびん也。サアウアツていつくへござつておやすみねく
も明る早々久三もおもてをよふしめて。夜ざとにねやとて
出ければあくびをすぐにあゝといふ。見事ねふたき夜なかごゑ
廿三夜の代侍や門の通りはまだ四つ。内はしづまるともび
も心もほそく三重ふけにけり物のあはれみ深きこそ没生ね
がひの心なれ人もねいりてていつはねざめの床をおき出て。
とだなのぞばにさしやすしり
聞しつたかあほうめとこと〳〵とたらけるはぢごくでぢざうに
あふこゝちアヽかみの介おはづかしや庖丁でもうすばでも
ゑをぬいて戸のほひからそつと入て下されませおなじみだけ
のおしひぞとなくこゑもるゝ計也申しぬる程のしやう
ねでさもゝいことをする物かと袖をおほふて泣鐘の音せ
ぬ様に戸を明て。ばこへ出をれ町人といひ年寄のばゝなれど
英力でなり共をのれがくびはきつてやふとわざと詞をあらゝ
今度心二千七
かにしかゝれてしよぼくと。はび出るかたびゝもあせにひた
りて時のまにかほもやせたるむごらしささすがこがひの主
中央
心しかる心はわきべなり思はず涙をながさるゝこゝみゑかほ
ふり上ていつろま面目もござりませぬお手のばちとばかり
にてはたとうつふしなきけるが御存しの返今迄に一せんか
すめる我らでなし。気もちがはね共はづかしや。きとねん比
いたせしを由兵へめがねたにこみ何がな見出そふ〳〵ともんごん
しれぬ手がたを書きさおや子に判をさせ上なのお手に
入しこと。いかにしてもおぼつかなく此手形とらんため計。戸棚
の内でかすかにきけば旦那のおみゝへいらぬとやうどふぞおみゝへ
いれずにすむ故に頼み上のまする。あのまつすぐな上な殿お心の
さげしみがたきらるゝよりかなしいと。ゐん居のひざをいたゞ
き〳〵たゝみにいくひ付なきゐたりやれ其云わけれをのれが心のう
曽より玉のとくの巾着あけ。やうちのかぎをぬすみ取この
だいそれたいひわけが。でんどでそもや立べきか由兵へが我まゝ
な手形とは見たれ其場は其日のてひてい主がた無興と思ひ其
今宮心二十八
手がたは。とふにやぶつてすてた。ぞや。きさめとをのれをふう
ふにして末ではしよたいにしつけんと此年寄がくにもつた
もかうやぶれては水のあは何程じひがしたふても理を
非にはまげられず目の明ぬ主と由兵衛などがいひ立
てはほうばいどもゝ気がふれて跡で人もつかはれずのれにほ
便もかけられず思ひ切てきさを由兵へにやれ時には四方まる
く成そぢも是につとめよく。主の恩も送らるゝをのれが心持次第
池田の姪の中にても女房にはことかゝぬき是をやるかどふ
するぞと。我子にゐけんをするごとくしかりつないつわりくどき。
二郎兵衛もたゞ泣入てしばし返事もなかりしが一々のおとば
聞入ぬはちく生にをとか二郎兵へなれども。あつと申て御恩は
よもをくるまひげんぶくもいたしたものをでつちよりなをおし
さげてさしてもないこといひたてにぶまぬ年にぶぢたゝき。
虫でもかんにん成がたきむねんをしのぎ参りしもお家のお影
で一日もきさと一所にすまゐをせば由兵衛がつゝをふみか
やした同前と。思へばけふの奉公も心まめしういさみしに
今度心二十九
やみ〳〵ときさめをわたしごりや見たかといふつらが見てゐ
られふか口かしや。とふもわたしはこゝゑまいとむねんなぎは
目にあまり。袖をくひ切わが身をつかみ身をふるはしてなげ
きしはしんてい道理にむざんなり。いや申に程お互ゑの慮ほ
とにかくもこの戸棚に入あいつがいたした通。錠をおろして下
されませすぐにちうへ参らば乞今生のおいとまごひ御恩
を超ぜぬ臣は御めん有て下されませと。はひ入所を引出し
やれをんしらずの物しらずと腹立なみだのひまよりも
おの
十二のとしよりかひそだてし。二郎そのむかしわすれたか。
三日にあげずわづゝひてとても用には立まじき。いなせ
くと人ごとにいはぬものもなかりしを此ばゝひとりじやうを
はり在所へもどさばしぬるはぢやう。本のじひとは此ことゝ
十八の春迄まじなひよ薬よと孫子にもせぬせわをして
四郎右衛門にも物入させやう〳〵と人になし。ほうばいはもそね
むほど人にすぐれ目をかけしに籠ひつに入時ぴし屋の
ばゝがあほうつくし。ぬす人をかひたておやかたは目やみ也
今宮心三十
身代あけるもしらぬとッ門迄そしらせてもをのれが
一ぶん立たいな御だうのあさじ参りにもをなご共おこして
くらうかけては後生にならぬとをのればかりつれしにあ
すよりあさじに参れずねがふ後生もねがはせぬ浅
ましい気がつきそめた。此家になじめば犬でもねこで
もていつはむごいめが見ともなくかはひさにこそ口たゝ
け。此上にも我をたてゝをのれがじやうをじやうにたて死
たくは戸棚へいれとなひつおどしつや〴〵にじひ心あまる
なみだのゐけん後世に入たりしるしなり二郎兵へ聞入てや
御尤〳〵今がつてん参つた。思ひ切て由兵へにきさをやりま
せふ。かそれがぢやうならせい文たて。来月は母の七年忌
此ごろとりこしいたした此母をなくにおとしませふと跡
さきしらぬぜいもんのびとつはばちもあたるべし。ヲゝでかい
だく此家久しいおも手代由兵へとはり合てかつて夜
といふもの何ごともていつがうつぐしうすましてや
らふ二かいへあがつてもふやすめと戸棚の験前しとゝ出
今宮心卅一
〽ろしあほうめがかぎさ斗が女房かありあつの
より。おむくむく〳〵の手いらずをだかせふぞなむあみだ仏
なむあみだぶとておくに入心殊勝にあはれなり二郎兵へ
夢とも誠とも気もうつとりと成けるがさもあれ
かの手がたゐん居のやぶつてすて。しとや今やぶつたはなんじや
しらぬと取出し合せて見ればなむ三宝七貫五百目上
一本町の家質の手がた。此晦日に元利のこゝず相済筈
はアリはア。はつとあいたが口も何にふさがん身のつみとが
一さいおごれば二さいおこる。あま雲のぞらおそろしく
よろめくあし本判のやぶれを引よせて。合て見ついで見
てつぐにつがれぬ命のなんざどふもいきてはゐられぬしぬる
ともいきるともきさははなさじはなれじ物先此家を
ぬけがらのひよろつくあしを貫とめ〳〵おもてへ出る中の間
のあひの戸そつと明ければ竹が蚊帳に丸はだか蚊をや
くしそくめい〳〵たりエゝじやまなこゝをとおらばとがむべし
いかゞせん何と扇子の一あをぎはつときゆればアヽかなしにく
今宮心卅二
の風めや火をけした。こよひ一夜はのみと故に此はだ
ゑを手むけるじやあつたゝ物を久三でもおじやらいで二郎
兵衛殿とおきさ殿あいさつ見ればうら山しうてたまら
ぬこちもぼんには在所へいて。あはばたけでしげろところり
とねたるをと計いびきのやみはあやなしややう〳〵と門口の
くはんの木かたき家の風かぎは久三があづかりにて朝ひな
ならねは門やぶりせんかたつきて立ゐたりあづけられたるき
さが身の出てはあねのめいわくとしれどおつとのゆかし
さとわけてわりなきわり菊の紋のふろしき引つゝみひし
屋の門口枢のあなのぞいでもをとづれば。蚊のこゑならで
たよりなくむなじやくりして泣こゑの内へかすかに聞ゆれは二郎
兵衛もくるゝのあなかほをよすればびんのかの梅花のかほり
はおきさかおいの二郎殿か語りたいこと計こゝがどふもあけら
れぬ此戸一重がせき守とだがびに身をすりぎをもがき
なくよりほのことぞなきなには橋の辻に称し犬一疋ほゑ
かゝるこゑにつれて方々より七八疋迄さをおどしてほゑ
今宮心卅三
たつるおそろしなんどもせんかたなくばなれがたなく門口
になを取付て立たりしが中の間の竹めをさましあれ久
三門にいかふ。犬がなく何もないかおきて見やおふとこたゆる
ねごゑの御事にぞりやこそ久三ときさは東心ときさは中
戸のかげにぞかくれける久三は側のじばん一ツよりぼうひつ
さげ貫の木あけぐがりひゝいてつゝと出バテなんにもないもの
非人かなとおつたかこいく〳〵とよへば犬共尾をふりかゝる。
一むしあついがぞとへ出ればごくらくのにし風エゝかた
じけないと。すゞむ間に二郎兵衛つみかさねたがそめ地の
ひのぎぬ一反ほどいてくる〳〵〳〵身もあたまもまつしろ
にひつつゝみくゞりをぬつととび出ればなふかなしや歯
霊じやゆうれいよ〳〵とにげこみ門口はたとさすあぶ
なやぢごく極楽のさかひ筋から是こゝとまねかれよりて
何ごとも先此近所をのいてのこと。あてはなけれど南
の方人やとがめんくる〳〵ときぬをもつゝむ世をつむぞの
ふろしきのもめんはゞ身のなる。はてこそ三重
今宮心卅四
二郎兵衛おきさ道行下之巻
ひとつとや。ひとつなみだのたきのいとおちて
三つのかはとなる。ふたつとやふでもあれかし我心
かいてのちせにとゞめたや。三つとや。見たや聞さや
ふるさとのおやのいきがほ夢にだにゆめさへ見せぬ
しでのゆめさめてはいつか此しやばへ帰りこんどのや
ぶいりは。めをとづれでとやくそくのほん正月の十
六月をまちたのしみし我々があはれぢごくのかま
のふた。あくをまづべきざい。人とかしやくのせめは。よちや
そのいとしいこなた。ヤキかはいゝそなたシテのがすまいぞや
天のがさじとすがりだきよせなくすがたとがめてほゆる
犬のせめ。此世にぢごく見せけらし是も思へばおやのばち
わしはおやよりお舟のむくびそだて。られたるおなさけ
や渡生ねがひのおやかたのよひにやわざんよなかにや
念仏はやまよなかの月しろのそゝを力にひがしぼりす
み行水にかげうつる。我身のにごりはづかし。はぢはしばしの
今大良心林五
うき世なり大応をする身の手本町とはふざりが心ひと
つに米屋町大思ひはかりて後生七生たすかるおれが殿
御は日本おろかようから物町にもまれな男のちよさりこぎり
小女房花の御成わこをもふげて久太郎町とてやがて寺入
久宝寺町霊かねこともいつしかにあだねの夢のはくろ町
誠にわたしもこなさんも。あとにはおやのかれ残るおひ木
のその世はさかろにしゆんかい町もそゝごとやあれざうじ町
も子左のやみにまよはせませんふかうのつみ何とのがれん
あさましとまた引よせてなく成そでにさしくるしほ町や
長からぬ世に長ほりのちくなせかいを心から九の丸のや是や此
「がわら屋橋とやあぶら屋のほふらしめ木のをとに聞おそめ
にそめし久松はいつのしぐれの一しづくあらへどおちめ慈衣
世にひろがりしあだしけぬをよそにうたひしことのはや。其あぶら
屋のひとふしも。しはすあぶらる。身のうへにかゝる涙とこぼ
れそひあすより同じ三味せんに法のともしあぶら屋の急
かうをなすこそあはれなれひとつ王さへおしき世にこよび
今吉貫心卅六
かぎりと、ほりづめや。命ふたつを二ツ井戸ふかいゑんとて
しにたいもみなざいしやうの大和橋。あの子日に立けふり
むじやうのくものざつきあめふらぬさきにとしにば尋ね
て露にしみづくかたびゝかたとすそとはおぼろ花色。こし
にぐぜいの舟にほかけて。つまにそなれの松原是をさいごに
きよふはしやゝ。西に川口舟のほばくらこゝにゑびすの
まつばら松のくろみか雨雲かふらぬさきとて道いそぐはやあ
かつきのたび人也。しにしゆくものよほしらいで人のうき世あた口
きよくもなつ。しらいで人の彳らずや人のうき世ねぶつも
たのもしくかたふく月をしるべにてぞらをおがめばおちかたに
とゞろ〳〵ととをくなるをのうみかときけばあれ〳〵よそに
とゞろくかみなりのおちかゝる共我つまをよけて涙のぞで
おほふいや。我は男よそなたをとたがひにおほひおほはれ
て今しぬる身もいき身には。目におそろしきいなびかり野
なかの水にとぶほたる。御とうのかげはまがはじとあゆみ
よろ〴〵あしたゝぬゑびすの。ありにぞ三年つきにける
今宮屋卅七
フシト
アン
二人は松の下陰にどうどざをくみ泣けるが男はきよはきよはきわかい者
〽アヽわけもないことしたはいの内にゐる時はしりのさきのながたなで成共
ひとりしねばよい物をしぬかにつれをこしいへて旦那にはことかゝせ
家の名を出すと云女房の親兄弟に。なんぎをかけるのぶといやつ
と死づゝをまぶられ日比立た正直も無になり。よしない者にゑん
ふれごとそなたも世間の評議にあふゆるしてためやと計にて
汝正だいなかりけりなふしにぎは迄其侭にわしがこと思ふてか嬉
しうござる者いとともに打ふしなきけりがざれはそれはぐちじやぞ
やかつかうごそは大ぐれなれ。ぎのふけふの前がみをあねといふても大じな
いささめがむごやころしたとにくみは家身一つにてぞこはこは露ちりい
、とはねはせけんはれて宿小屋持。わかい衆のつきあひに。老女房持ツ
たとて人がわらをかそしろふか此両の手の有たけは命かぎりにかせぎ
出しまあ十五年しんぼうすればこなれは卅六わしはぢやうど四十一老女房
のゐとくに男にいへをかはせたとそしりし人にうゝやませ男にひれ
を付ふぞと思ふたこといふたことちがへばちがふげんぜさへみらいは猶し覚
束なやちうのびの雲きりに見うしなふこと有左。。犬死と思ふて下
今宮屋卅八
さるな六の辻にて必めぐりあはふぞや。ヲをんでもないことことことたとへちく
生かいに落閑今に生るゝ共同じ虫と生れふと思ひつめたかつめ
ましたさは去ながら何にならふもしらぬ身の人がいのみをさめまへどり
ほがよふ見たいわしも見たいと引候せ〳〵家えにころする女房左にし
なしやんすがいとしいぞやいとしいとつきせぬなげさひぬふひおもひ乱
るゝ夏草のしほれふてそ泣ゐたるあれ〳〵愁明も近付かちふ〳〵
人の給ひも有ふたりがおびをむすびつざいふた通りととかんとすればいや
おびをといてはてぐりしからん。此きぬは親かたの匂ひ物をぬすみはせね共断り
去ねばぬすみも内前蔵を此木にゆはへ付是なのさぬにてたくゝれば
玉朝の手にけるも同前所のつみやかしのためしむかしのためしもとめづか是
も男と女郎花それはくねり是は又うねりし松に子をとりてわたるも
夢の浮橋や無明の橋のいとほそき心のつみにふみすべか足をふみしめ
〽みじめてもあかり煩ふ男の体をなごの身でさへあがり物こりやとふ
ぞいのと手を引ば。くらべい涙をばら〳〵とながしアゝなのばちのおそろく也。
此たびのかた足は旦那のおふり。常はともあれ此時はかしらにもいたゞく
はづ土足にかけし其とがめおゆるしなされ下されとぬぎすてのぼる
今色心心
〽松がえにそりやいな、老ならふぞや、ひづくりして落まいぞと夕立し
きりはたゝがみめさすもしらぬ松陰に何やらくゝふて見へてこそよく
深いことながら身をよせて下さんせいな光の影に成はかほが見たい見せたい
とくはつとひかれわつとなきさけぶこゑ〴〵かみなりも思ふ中をばよも
さけぬ涙の雨に三重三重しめ付〳〵二夫の絹も存々が一ツ蓮は一丈ぞ
一往生浄土は一寸もちゞめも。「サフよいか是のむすびめ生々世々とけ
ぬ契りのかたむすびサトもふ物は云れぬ云たいことはごさらぬか。そなたはないか
わくはとくなかくつがなつかしい是計家はかみん上なのこといふてつきせぬ
此外はたゞなむあみだ仏ばつかりぞサンサウへ今がなむあみだ仏くなむあ
一意仏と雲はづし落る袂を引よせていだきついてもくるしみのより
て、はなれはなれては足をちゞめ手をのばくこくうをつかむりん
じうのたがひの目には。見へながら物はいはれずいはしろの松に
かゝれるさがりふぢ。あらしになやむごとくにてしだいくに〽よは
りはてきえ行ほしともろ共に一度にいきたへ目をふさくゆ
きたけそろひししにすがたやひばにふすはふる手にてこれ
心中の新物ときく人ゑかうをなくにける
一今宮屋四十五度
5634
右之本令吟覧頌句音節墨譜
等不残毫厘令加筆候可有開
版者也
竹本筑後椽
重而予以著述之本令校合候
畢全可為正本者歟
大坂高物鹿橋壱丁目
近松門左衛門
三木屋山本九兵衛版
山本九右衛門版