五十年忌歌念佛
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- 近松門左衞門
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- 近松門左衞門
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- 日本語
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- 東北大学
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五十年忌歌念仏
お馬
春小助
一十年忌朝念仏
おなつ
山武
清重郎
十九日
通ひ車は小町があだのなさけにのせられ。ねん
のあふぎははん女がおやぼねにせかれかたみのゑ
ぼしは行平のいひかぶり。柏木のまりさんろがふ見
古今其品かはれ共みなこれ恋路のよせがまち
ねだもねづよきかど柱。其たじまやのはついろに
たつやうき名のぬれわゝぢ笠がよくにたすげ
がさのヲロシ〽お下つもりて恋のふちわきてながるゝ和
泉の国水間のことの左治右衛門はたけつくりのたがらすや。とびが
うんざる意給左の手代は主のかはりをも清重郎といふ子を持て
老の入まへくらしよき正月着物はりまがたゑんゐんながら年頃
に。むすめはおしゆんよめの名も三人づれのきちんやど。あすは
出舟のなごりとて道とんぼりのしばゐ過めい所〳〵は大坂のむ
すめ子たちにまじりてもうてずをされず手いらずの力な
か生れのおぼこにも父の乗りたる便船のしるしはいかにい
よりづな。たぐりついたぞ目はかたふく。いざいそがんとちよこ〳〵はしり
とはかは口にそつきにける親左治右衛門とまうちあげてやあ
こりや〳〵こゝじや〳〵。はれやれ〳〵だいたんなくれる迄。大坂の町を
やくと女の身にて何ごとぞゆふべもひがしのよこぼりて男と女
子とけんぐはしてはまなやの下でくんごろんづしてゐたをいくは
なかみてきたあつかいになりしやら銭をついたも慥に見た大坂の
覚はゝ大かたさうばがきはまつて十文ではことがすむけんくはゝ
ふりものわごりよたち若ものことがあつたり共いかな九文さな
かでも。かんにんばしめさるなとまがぼにいひしもしゆせうなり
〽一人のむすめうちわらひさればいの。給ふも一日しばゐ見てそれ
からこゝのかはぐちの八匁いとやらみ物してつい今になりしとて舟
にのれば左治右衛門ざうりすげがさかたづけて。まづ〳〵やすめや
といふところへむかふのふねのせんどう来り。いづみの国の国の左治右衛門殿
は此ふねにか。こちのふねののり手衆がちとおめにかゝりたいばん
しうひめぢたじまやの勘十郎といへば合点じやけなとぞ申
ける。左治右衛門きゝもあへずヲゝしつた〳〵但高屋の勘十郎殿
わしがむすなのはうばい衆まいつておめにかゝりませふとあがん
とすろところに是べ見へしと勘十郎なんと〳〵おやじ殿扨もね
もよらぬはふしぎなところであひました。先御無事にて一だん
清十郎もそくさいであきないの用事にて此ところへのぼり
しがはやくだつたもぞんぜす旦那もおり〳〵うはさなりなぜに
見へぬといひければゑい勘十郎殿殿おひさしうござります。
よめ子どもが申にもおやじちと旦那殿へいかつしやれ何
かのおれいも申さつしやれと申まする。ヲ〳〵とは申なが
らしやうじんのびんぼひまなし。ものつくりのことなれは
いやだいこどきのわたどきのうりをまくはなすびをつくるは
こんほばたけまめばたけ。あはよきびよあゐどきよむぎを
まゝぞあからむぞ田をうへてはくさをとる。ほが出ればかり
まするもみになればすりまする。こめになればたきま
するめしになればたべまするなんじやしたゞゐるまとてな
く御ふさたとこそかたりけれ勘十郎うちうなづき尤々
いづかたもひまはなしして此ふねに乗ていづかたへのくだりぞといへ
ば先旦なへはるのおれいも申清十郎にもあはんと存し是は妹お
しゆんあれはゆく〳〵清重ゝが。るすをもさせんと存じおさんと申娘
ぶんづれて姫路へ罷下る迚のことに御同道いたさんと云なればもわ
あひたいといふは其ことよ先くだることはいらぬもの。清十百がさたを
きかれぬか扨こきのどくせうしなこと。旦なのむすめおなつさまと
密通しておなつさまのおなかは茶つぼをだいたれになるそれに
立野の一門中へ祝言が極つてよめり道具も出来そろひ身
はが道具を請取て下り次第のよめ入あのはらのみやげ物むこ
からせんざがあるは定いゆでもおふでも清十郎はかたかたなの木のそら
いやだいこどきのわたどきのうりをまくはなすびをつくるは
こん下ばたけまめばたけ。あはよきびよあゐどきよむぎを
まくぞあからむぞ田をうへてはくさをとり。ほが出ればかり
まするもみになればすりまする。こめになればたきま
するめしになればたべまするなんじやしたゞゐるまとてな
く御ふさたとこそかたりけれ勘十郎うちうなづき尤々
いづかたもひまはなしして此ふねに乗ていづかたへのくだりぞといへ
は先旦那へはるのおれいも申清十郎にもあはんと存し是は妹お
しゆんあれはゆく〳〵清重ゝが。るすをもさせんと存じおさんとかゝぬ
ぶんづれて姫路へ罷下る迚のことに御同道いたさんと云なればねと
あひたいといふは其ことよめくだることはいらぬもの。清十ながさたを
きかれぬか扨こきのどくせうしなこと。旦那のむすめおなつさまと
密通しておなつ殿のおなかは茶つぼをだいたいたれになるそれに
立野の一門中へ祝言が極つてよめり道具も出来そろひ身
はが道具を請取て下り次第のよめ入あのはらのみやげ物むこ
からせんぎがあるは定いゆでもおふでも清十郎はかたかなの木のそら
で此様に手をひろげねつはりだこはしれたことおや兄弟も内飛也
とふぞよめ入のないさきに身を引しあん。かさせたさにしらせますると
おどしける親は在所のりちざ者何のたくみの有共しずアヽおまへは
如来殿ない〳〵とふやら承り。きづかひいたせし折から也はいのよしみ
とて御しらせほがたし。年六十にあまつて火屋へかた足ふみこんでひと
里のせがれば木のそらで。ひつはりだこになるのがぞもや見てゐられふか
せがれが命たすかる様に御しあんたのみ奉るき有ては誰ににて下心
のわるいせがれめとどこて聞てかいふことゝなひてくどくぞあはれなり。
時にふなばにあんないて。姫路の本町但高屋の勘十郎様のおふねは
是かなには橋の府絵屋あつらへのお道具こよひ舟につまんとなじ
銀子請外申さん為参りたりとぞいひ入ける。あれおやじ聞でか。誰を
わたせば道具が下つ道具が下ればよめ入が有よめ入があれば清十
郎はひつぱりだこ。なんとこらが談合。身は国へかへつて旦那へは道具屋が出
来さぬぶんですましをくあの道具屋の手前はおやじから。百五十両か
貧目わたりさんをいたれば。波風たゞすよめ入がのびさへすれへすれば
清十郎隙をとらふとはしらふと。此勘十郎請取たこゝは祝仁大儀
ながら。今はんめなんばいの田地うつても子ののじめ。出したがよいといひもはて
ぬに琵琶かさよつとて。五郎ありれは一口に八はんめ。たと陰十ひやはりだこに
ならふか。からさけにならへがどろのみに成とても一もんもかねはないごなたは
かはかみかがてんがいかぬとかほしかめ立ていんを引とゞめそれはおやじまはり
ぎな。然ば銀もいらぬしあけ有。あの方壁屋に向ふて此始にはまひ有
て嫁入させぬ。道具おちへ預けた銀わたしたしたら損で玉ふと。ごれいへはすむ
じやが成まいといひければかねさへいゝぬことなば我子ののじや申さい
ではとおもてのまにぞ出にける。はりまの姫路但馬屋の宮へ道具を請せたた
まきは屋となるり。身共いづるのせん百姓土ほぜりておじがれば。但馬屋の
おなつしころちにせんかひが有外の身をもたせぬからはよめ入道具をきへ
た勘十郎殿さつきにからせつてはゞきするふ。かねわたしよんにあらふ。
ことはつてをいたぞとにがりきやぞ申ける蒔絵師の手代せよひ合事
わかいほんなされは是娘にかまひろならばそれはさきとのつめひき。此方
にかまぬことどふても是はまはし物。近頃わるいしかたといへば。ウなんじやまはし
物ヲゝ男じや物去はしをせいでよい物か。わかい時は小ずまふの一はひねつ
たおれしつ男につかふ詞かをまはしかいたかかゝぬか。こい見せふとずばからげ
むねをたいて申きみける蒔絵師も聞ぬ者がたはだぬけばだぬけが二人のむす
ぬせんどうふなかたおり合せ先かんと取付ける勘十郎もわけ入て殿々なさ
めをししづめぬし屋左もわるい合点道具はそつちのかねはこつちのかねやら
ずに此方へ請とふといふにこそ。そなたとわれとにめの仁から一筆とつて置
なば我も旦那の介前が立其方も下ざいくへ手間やひでも大じなし身
に任せて。たまつてゐめ是おやじなんじ一筆めされふかにお前の娘了簡などふ
なり左それおさんおふりしだいまきやといへば。勘十立よつて。但馬屋のお
兵衛祝言に付かまひ是直により。よめ入道望をさへとゞめ申所くだんのごとし
但馬屋勘十郎殿蒔絵師権之丞殿清十郎親左治右衛門と好
む通りにか髪枕親悦び巾着あけすみくろ〳〵とをゝろしいればの
程ぞふびん成一札まいて勘十郎くはい中にしつとをさめざるずる埒はあいた
ぬし屋道ばしば国より一左右せん先お帰りといひければぬし屋は船中
一礼し志ぎをのべてぞ帰りけつなふおやじ殿此勘十郎がよい時に居
合せてごなたをや子の仕合道具さへ下らねば祝言は血引其中には清
喜隆をとゝふかはしらふがきがひなことはなし勘十郎に任されに此舟こ
よひ出ると聞然らば是にと乗うつりかた〴〵此たび下つて清十郎が為
あししよいしぶんに便せん其時に待入ぞや数年なじみの清十郎わかいには
いたすまじいづれもさらぞといひければをやこの者は舟よりあがり手を合せな
みだをなかしてはかばいのよしみとて通がたしうみの親の家々より清
十なめが命の親よめも娘もやれおがめわき夫もなき清十郎弟
共下人共思召て御いけんなされうつくしおいとま取二たび在所へ来る御
に。ひとへに頼み奉るとかたきとしらぬおろかさの親の情は子の為に
くすりといへど是は又どくをあはする左治右衛門心はりちざ一はいに。せんじ
つめたる水間のさとふねは。わかれて三重くだりけれ
中之巻
所さへ恋しりがほに姫路とはいつ名付しぞ但馬屋のおなつ
が父は九左衛門国一ばんの米問屋。通銀箱も十づゝに六十ちかき
月雪や花も紅葉もそろぞんにかゝるおやには似ぬ娘おなつは
ふかきぬれ故にほだいごゝろといじばりてよめりもせいものび〳〵のそれも
恋するきの前かふたりの乳のかほまでもしがまのかちゞはりまがた
国にかき名や立ぬら給ふは蚊帳の祝儀とてもゑぎのすゝし六
一町七町屋の内いはひにぎはへ共おなつはざらにきにそまぬ心の月
のもじのかやいろかを外にもらさじとアへおれや風ひいたそふなとてはな
うちかみてまぎらかす忍ひ涙ぞ道理なる心をしらぬこしもと共お
なつ殿とむこ殿と此蚊屋てしげらしやんしたらばいかなやぶがもけなり
かろこちはかや及びもないせめてよめりの紙帳なりとあやかりたいと
口々に申おなつ殿あたゝしがやの御祝義少うさ〳〵となされませにぎやり
に酒もりしてうたひませふといひけれはアヽ何をざは〳〵しやるぞいかやがで
きよふが紙帳ができよふが此きあいで今やなどよめりするきはみぢん
もないあづたら手間であのかやをすゝしの衣にしてきたいたゞ無道気でお
かしうないとうじろを見ればてゝかやへ内手代の源十郎に帳をませて
そろばんのつぶくいやんなやかましい。先きていはやと赤飯のこはい目付は
我よめをしつてそふなと一日子にくだきわりたるむなざんいかなさん君も
及ばしなかゝる所へ清十郎勘十郎同道してぞもとりける九左衛門悦びけ
よい所へもどつたは給ふはおなつがよめりがやのいはひ此ひやうしならば大坂の社
合もよかろといへば。清十郎庭に立ながら。旦那の病になされた。中国
北に残らずうつてかはせ手がたすみました利合は高で弐拾四五くんめ
とめを合する、ふたりが中無事なかほ見てうれしいと心に心に心をいはせし
たり九左衛門上梓嫌は手がら〳〵おなろが嫁入はたゞ出来た扨なんと勘十郎
符絵道具もできつらん諸からくるかとふぞといへばお道具も出来いたし
代銀残らずわたし職人の手前はすみながらる落居なことにて道具を
とめられ下りませぬと。いひもはてぬに九左衛門立ふくし。それはどふじやあ
夫る程銀はやり但馬屋九左衛門が娘のあり道具とめられふ覚へはな
いゆで此祝言おなつが気有に。日限のびやう〳〵此たびわききまでつめ
給ふあすとなつて道具が出来ぬなんとて此よめりがのはされよかせ
けんからは道具屋へかねわたさぬど評判せずれようか〳〵かねたし素
手でもどるといふな子共やつたも同前と。そろばんいわれる程たゝを
たゝいてしかりける勘十郎めいわくそふに御立ふく御尤拙者もぬかりはい
たしませぬ證文をおめにかけ。ひそかな所でお物語いたしたいことござのと
いへば。ヲいひわけあらば。サアきこふ源丁もきてさけ勘ち。こつちへこいと
打つれうの小座敷へにがい〽かほして入にけり清十郎おくを見てこそには
よめりがほそふなこちやせんそくでもいたしませふなあゑいとくつぬぎにこしを
かければおなつか〳〵はゝり出又ねすりとばつかりかなし口でかはいやといふと
とがならぬかいぢのわるいといだきやき恋に涙もろい。そや清十郎はふところ手
及思へばあほうな者身の御直なかつ手して人の詞をまん誠に。世間の奉公
する者はき〳〵隙をもゝふては。春は親にあひに行此清十郎はおやざとの進
所に十日廿日逗留ても親の所にいひなつけの女房ぶんが有故にこれに
あふと思はれては心中が立ぬと思ひ親へ便りもせずに帰る是にこり是にこうさい
坊ほんに孫子に伝へても手の娘と念比などするがのじと一里つか及ばぬ
ことをもあほうなとしたうちしてぞかぶりふるおなつ涙をおしのごひぞなさとわ
が身貧とにてくぜつなどするあいさつか此たびの祝言をすきこのんたるこ
とでもなしつての通りかく屋敷の女郎今の内のかく殿にあの弟が
できる迄は我も室でそだちし故母かたがわるいの給いせいせいのうが有の
とてどこのよめにもさらはるゝこれぞよいこと幸となを女郎のやうをにせ人
はかくせど家はたゞかく殿はないせいと。一季半季の者にまでふれかはりたる
村しぐれ元にはづか〴〵と願ひしにあの立野のあほうづゝ敷銀にめがそれ
てよめにとゝふといふとい此かなつば。をなりはいふたことをちがへるかうらみ
も後を見ていふたがよい惣つてはなたもえな時どふなされこふなされの主
あらひが聞へぬわしかゝ詞を詞をなをしませふなふこちのごちむかんせと袖口
から手を入てほと〳〵たくいてだきしむる清十郎あさりを見まはしお前に聞へ
ぬことがある。此神下は何どで。わかえの前がみ女のわきつめ男がしらいでたつ
物かできぬしかたといひ給れどそこゝを忘れるおなつでなしまいちどふり
袖見せたさにみな〳〵おはりがぬふたれどいはふて家もぬはんとてかた袖斗ふか
ほして是がうそかとおびしといてうはぎをぬげば右左衛つめとのかたちぐにかた
えはつぼみかた枝はひらきそめたる花衣ぶたり前見が誰もみなかくぞ
仕立てきせまほし後丁らは身をなげうち手を合せ渡がこばしれて急しそれ
程に此男をふびんにふ召るゝかや兵やうがにつさんもつたいなやと取付おがめ
ば手にすがり女房をおがむことかいの愛程思ひあふた中なぜにめをとに
なられぬとしんぎ泣にぞ泣ゐたる申申かなつ殿けつぞやかへかにかる
た七十両の小判のことわたしかふ金にてなしはいの勘十仏商ひに
損をもひらに頼むと申た故老人やかんとなぜしが思ひもよらぬ仕合し
てそんをうめしと道すがらの咄もふいらぬ金子なればもどしませふといひければ
アヽよいはいのばゞ殿のゆづりの金どふても大じない人のこぬまにあのかや此色
げんをせまいとこは〳〵ふるふ春かぜも人を忍ぶもじのかや蚊屋はおなつに
元ふかく神のむすぶのつり手かとたはふれはす手枕も心せはゝき契り
なり内手代の源十おなつ殿旦那のよばつしやりと出けるが。はつとひろげし
手もうたれ。あきたてば清丁おなつかつまを引かづくおなつさめず袖に
てかくし是源十毛なたより男じやひかせはせぬしのんであふは清十郎見のが
にてたもふかさたをするならするといや。幸又物もこゝに在すぐにやたり
がしぬるまでサたすけてたもりかころしやるかきつとしたせいんで承らふと
よはを見せずせめ付かれて源十郎ざさして私とくもなし商ひ京かんをん
みつ也何なぞ否より私が先さきに清十がわきざしにてとゞめをさゝるゝ
すもあれといひすてかへる其したも引いれずよりおやの勘十郎に打あけ
てかくとかたりしふじつさよ一人は五六に冷汗の露。の命もきゆるばかり。ゐ
なをつてためいきをつきもあへぬに親手代ばら〳〵とはしり出おなつか小がい
な引出し清十郎もはひ出れば其青おれ身いごきせば男共ふちのめらせと
凡まはせば蚊帳の内にすこ〳〵とむるの谷のかげ消てがごにやつるゝ其ふ
せいぞとにおなつはなつのせみこゑのかざれをなきつくし玉ひをくらぶる夫親は
はゝたち涙にてやれめらうめ。をのれが母はながれのほぞらごとに身はまぶれて我
のたまかさこうさな人にもまれなりしそいづならふて其いたづら遊女のはら
とていづかたへも嫁にきふは聞づらん其袖下は何ごとそれなことをせんよりもをの
れがひたひに反いせいの娘と。なぜかんばんは打をゝぬとはきりをしてぞ泣けるが
女いでつちふぎ一通りはゆるしもあり。十一の手から千内前にそだてしやつ。
ことによらばおなめとひとつにせまい物でもなし。在所の親めといひ合せよめ
入道具にしやまを入親かたにはぢからせ但馬屋のいへをくつかへそふとたんだ
な口のあかれぬこと見せんと證文出し是ものれが請状にある親めり印
判いもとゝやしめとやうがみは合せてぎんみしたげしほどもちがびしなしなしなし
があらふあらがふな立のねくびをかゝんもしらずとにくやとかやごしにひさひを
みつ四つぐらはせてなみ過をこぼしていかりける清十郎はつとおどろきおやのそ判
妹の手跡とはいひながら親にさへあはぬ身が夢程も覚へなし在所の親をろし
よせて吟味もなされずかた手打のなされ御勘十郎めどこにおる
いはせねばかんにんせぬとかやより出るをとつてをさへアレ勘十源十郎は
此九左衛門が両の眼のかはりをする。其手代かせんさくして一札とつたにう
ろんがあるか隙をくれと出てうせふ。こりやをなご共男共きやつかはい
でにきてうせたぬの子かあらふ尋出しひつはいできせかへをひ出せとぞ
わめぎけりおなつはかわるほさぬをめもあてられず涙にくれいはゞ我身
ものかれぬとが。あまりといへばおやながゝむどくしんなりお心や人のそしり
も思召し少いゆうめんあれかしとゑをあげてぞ泣ゐたるヲゝむごいも
つらいもしつたれ共をのれが母がゆへごんにけいせいの娘とてあなづられがあ
さましやみらいのさはりは是のみと見す〳〵もなげきしに気遣するなよい
むことつて名をあげさせふと請合しをうれしそふに打笑ひそれて成仏
〳〵とてしんだかほばせ忘れかね千両つけるよめりをとめ大じの娘を
そゝのかし。まどひ者になしたるうらみ但馬屋の九左衛門はどうく者む
ごい者といはれねばなき人のいはいに向ふていひわけないとうよく者にはた
がなせしとわつと計にこたへがねむせかへりてぞなげかる。其間に下申共い
しやうをはいでふり袖のよこれし綿衣にきせかゆればさしも色形の清
十郎。山田のかじとうぞがひこめと見られぬなりかたちおなつは家も一所に
と飛付を御女こしもと引わけなだめ。教訓し常の部屋にぞ上もなひ
ける父はねはゝを立勘十郎はいづくに有何に恐れ引こむぞ清十めが入。
物ぎんじ衣類諸道具をさへ置追出せ〳〵といひ付おくに合礼心へましたと
勘十半びつたんすかき出させぐはらり〳〵と打将て衣類引出し凡ちらずは三澤土
がはの名手衣深めのかしやくもかくやとあはれ也錠前をたゝきはりさげ物さし
がへ取出せば包の小判七拾両是は扨此金子はかなつかぬへはゞこよりの譲り
の金身がつゝませて覚へ懸極つく散す金の事は旦なのじびたき出し
てをつはらべと手足を取て引出す清十郎大ごゑあげアイ勘十ぬす人する
男でかしをのれが私兵閣にあこ塩かふて損をもくびくらねばならぬ貴尾
どふぞと談合したり故おなつ殿へ申てをのれにかす為あづかつた恋する者
のも及ばではわいのきげん凡ついしやうしたが身のあたとなつたるか口おしやを
のれがそんぴいれ合せ今かねもいらぬといふ。さつするに此たびの嫁入道具
の代銀をやずにをのれが引こんで衣親かたつて一札させ人をそなふぶん
とはかゞみにかけてしつたれ共あひよみなればぜひもなし是を見よ清十郎は
やぶれ仏子一枚で非人のていになつたれば心の内はきやちりめん錦よりい
さきかいヱゝつゝいぞやれうらしいとはかみをなしてなきけるかりが上朝にさか〳〵
うとはなし十一さいの弥生の老いろほどもちりぬろともしらぬ者の是程
迄さんけんあきなひよみかきの硯のうみより山よりも。歩さつたる御かう
をんごぶしひとつあたらぬ身が。いか成月日かけふのけふ主従のえんさるゝいかぬ
神のとがめぞや。今一度旦那のかほおがまんとかけいつをなさけなくも男
共手礼足取大道へをひし出しかど口はたとさしけるはせんたもなき三平次
第也またきさらぎのおはじろねはんの雪の名ごりのど立とゞまりつ
立さりつこえへうつたへたゝずめりむさんやおなつはたまも。布子の袖に入計
身ぬけがらの力もきれもしやと部屋を忍び出との声あげてそつと出
あたりを見れば人かげのおなつかまかこゝにかといふよりさきにいたきあひこゑを
たてしともろ共にかたのぬひめにくび付て忍びねになく計也今の間の
物思ひまへどあはせ下され。いくらの願をかげたやらず。清其の清の子な
れは先こゝの清水殿京の清水室の明神高安山いせの御しん殿住吉
殿とんひらま子どうあいぜんたいし道。おがみ頼ごししかしにてかほを見て有
がたやサアア]二人づれにて立のぎていか成遠国小借度てもふたりつかふをひとり
つかいひとりつかふを手なへどもくらされまい物てもないさ立のかんと有ければ
いやそれでは情のおやかたのにくしみもまさるべし。在所へ帰り親共すふ
十郎めが善悪たゞし身のあかぬいてわびことせば御きげんもなをるべし
それまてしんぼうあそばせとなく〳〵なだめなぐさむれば恋しゆかし
〽は身のきずい男のためにはうきくらういとはずながらたゝひとりつきはなし
てやられふかこれ此小袖とぬぎかへて其布子をあふまでのかたみに
きんと涙ながらたびにおびとき身を合せかた袖づくをぬぎかはすはだ
むつましき心ざしこひぢ〽ならずは何故にむまれてしらぬ。もめん物ふく
さのきぬと引しめてかほとかほを見合せてわつとなきいるしんていに
よろづのなみだこもつ。心物にてかほをおしつゝみさらばやといふ所べこしもと
下女共おなつ殿がござらぬうらよゐどよとひそめきしがかど口あけ
てこりやこゝにじやアヽ申かなつ殿。おまへはわる六合点などちらのため
にもならぬことまつ御いりといしやうをしつしに清十郎を取まきりて内
に入けるにおなつつくいていらんとす是治十郎殿おなつ殿がいとしくは
そいんだがよいはいの男の外にもない人じやとはぢしめづきだしをし出し。
大戸をはたとさしければ清十郎はせんかたなく部屋へ入ていにして大
がまあけて身をちゝめそろり〳〵としのひいり中よりふたをぞしめに
けば。おなつはどにあこがれているべきたよりをまつところにみづしの玉
はそろ〳〵とかどくちあけてなふ清十郎のうまきよせぬと。か袖を
しかと記アヽこなたはこひしらず。わしがこなたにほだされてお主殿はそ
でになし。あさばんに心をつけしんぞ思ひをつくせどもおなつ殿に心
中たて一どもなびいてくだされぬうらみのほむらひふき竹なくや十
四五すつとんとんとふちたいかアヽいとしいがゐんくはのたね人はおちめの心
ざし。アレ此あともは正月の。在所へやらふと思へ共君に何がおしからん
はづかしながら此玉を上ふと思ふて。しやうくはんてくださんせとやところし
にをしいるゝおなつは色をしらせじと。じつとだきつきじめければ
するほどおうれしいうゝみのくもゝはれにたり是でなばい〳〵とてもの
ことにさかづきせふ酒とてきましよと入あとにひつつゞいてつゝと
いり部屋にかけこみよぎ引かづき身をふるはしてぞふしゐたる清
十郎はかくともしらずおなつはそどにいかゞぞとがまのふたあけ見ま
はせばおくには人もねいりばな。勘十郎はおやかたとね酒のしやうばん
ひよろ越て夜着ふとん引出しつねの所にふしにけり。あとより
又源十郎これもほろゑひ来りしが勘十郎もふねたり少談合ある
目をさませとほうづえてぞねころびける。いつねいりはせぬ。サアは
なせとよぎのうちよりたばこほんねながらあんど引よせてかほを
ならべてかたりける源十郎にごゑになり。そなたがたのふだ塩あきなひ
のその銀かの金子ですまして請取手形もあまり金も一所にのほ
したとゞいたりといへばヲヽくはぶん〳〵慥にとゞき請とつたが其状も請
私も大じにかけ笠のいたゞきにいれ置其かさを道とんぼりのくんじゆ
にしばゐの木戸に預けてよそのかさとかはつてせんきてもしれなん
だそれはうせても大じない。おかけでばんじみ所いといへば源十郎一だん〳〵
それにつき清十郎めが諸道具七拾両の小判迄旦なが身共にあ
づけられたかなつ女なと清十郎がぬすみ出したぶんにしてしてやか様
なぐめんがなと分別すれどあたはぬちゑそちがこんどのおぞい仕候ま
ほうでもかなふまいどふぞしあんは有まいかといへば勘十郎うなづいてよ
り道具の代銀をこちらへつかふてそんをうめまんまと間には合せしが一
どはおざかへのぼすかねあれをとむねにあてあるぐめんをきけと
さゝやき合てすひつけり。きせるのさきにてあんどうは消てやみとぞ成
にける清十郎は幸とかまの内よりはひ出る酒に立ひたる源十郎
とろ〳〵ねいつていなれば勘十郎ゆりおこしはなに手をあてしす
ましたり七十両をぬすみ取預り手のこいつにおほせん物と分別し
そつとおき出源十郎を我ねどころにをしやつてよぎうちがぶせさし
あらし出くの納戸に入にけり清十郎はそれともしらず扨はきやつらは
ねいりしなどにくさもにくしとてもかくなろうき身なり。しんだいの歌この
そ尾にたすけておめ〳〵もどられず勘十郎めをさしころし有がひもな
き我命しそこなふたらうき世はやみあとさき見へぬ出来心内の
かつ手は覚えの庖丁心のさびもあら砥のとぎたてたづねよれば高
いびき前後もしらずふしぎの本望よぎ引のけてのどふえをぐつ
とくれ源十郎うんといふを引おこしきもさきを一刀。またさしとほし
ていきをとめそに口をさしよせてこりや勘十郎まだたましひはよも
さるまじいよつくきけばかばいにとがをきせ身のためにせしむくむのつるぎ
なのりあふてころさぬは近比残念至極ながらざんそうしたる此えらぼ
ねとおとがいかけてきりさげ此むねからたえたかときうびさきをせな
かまでおもふさまにとゞめをさししがいをよぎにをしつゝみ立。あがれば
血おちてすべつてのつけにどうどふす。はつとおきてにとんにて足すりの
ごひしづ〳〵と身じまひして。立たる所におくかり。おなつは手しよくのかけ
おもてへ出るをこれ〳〵〳〵。かゝそこにもとはしりよりのりにすべつて
聞こはとこゑを立るをおししづめの子をさゝやき此うへは。一所にのかんと
いふ所へあんどうさげて勘十郎なんどのかたより来るていなむ三宝
人たがべよしこれもうぬが身の火をふきけしてくるまどをおしあけとん
で出にけりをくれておなつはせんかたなくかちやううちあげ身をひそめ
いきたるこゝちはなかりけり。此をとに勘十郎はしりよつて手しよく
をあげよぎ引まくつて。書源十郎がきられたはと。よばゝるこゑに主
下人なん女のこゝずおき合せうたがひもなき清十郎ばどの戸あ
いたはおちつらんひきいれあるかぎんみせよと文をしたへとかへせしが給ふ
おなつ殿がござらぬは。まこれぞくせものさがして見よと。二かい内ぐら
ゑんのしたゆどのまでさがせとも蚊帳の内はきもつかずおもて
のくちにちやうおろしうゝをさがさんほとぢやうちんとぼしてかけま
どふおなつは我身のおそろしさ清十郎が気づかひさ年もさり
立てさんぢんしなむ天せう大じん殿くはんをん殿うぢ神殿しぬ
ともふたり一所にとむねをさはがすおりからに勘十ながこゑとし
てかやのうちをみなんださがして見よといふこゑすなむ三ぼう
とこんで出おもてにはぢやうおりたり。からには大ぜいみち〳〵たり跡へ
もさきへもいんぐばのあみのかゝるうき身は仏神のすぐなる法も
よこ町の。あひのほそろぢけやぶればさつとひらくも恋ぢのねん
力かけしねがひの神力のじんべんきどくどくじやのくちのがれ出たる
ごとくにておちんとちぎりにしのつぢひがしのつぢになふ我つま〳〵と
こゑをかぎりにゆきかへり扨はとりことなりけつかと。はや狂らんと
なるかねのひゞきのすゑにあれおなづ〳〵とよぶはいのおふ〳〵そこ
にかどこにぞ。いや〳〵いやまてしばし。あれはわが屋に
ちゝのこゑわれをたづねてわれをよぶ。おやもゆかしやつま
もこひしや。ちゝは子をよぶよりのつるわれはつまよぶ野への
きじをつかけゆかん夜はなんどきぞかねはいくつ。八つか七つかある
つきかぜのつぢあんどうをふきけしてみちもこゝろもまつくら
〳〵くる〴〵〳〵くるひみたれなきみだれみだれてう
たふにはとりのたまごほわたるあやうさのきやう
ぢよとなるこそ三重ぬはれなれ
おなつ笠物狂
一おなつ笠物狂下之巻
よさこひといふ字を金しやでぬはせすそに清十郎とねたところす
そに清十郎とねたところに少くはんくはんずれば夢のよつねてあたゝめし
ほところにいつのまにかはうかれそめ三がいをたゞいへとて袖がさまのやどり
にも心とゞめぬかり枕ながれにあらぬかは竹のさゝのをざものびんさら花の
手おほひお手をひかれた。是もくまのゝ修行かや。あねかまのこれのこれの
じひしやくの妻子よりとて。柳がまねく柳のかみを何故にうさようらみて
尼崎あまがさきとは汝近くな世にそなたはしほかないふしはあれに身はたてに
哥はねぶつの歌びくにむかひ通り清十郎じやないか。笠がよくにたすげがさ
がよくまた笠が笠がよくまたすけ笠が鬼立をしるべの物くるひ物にく給ふ
も我計かは。かねに待専にはまれ恋する人のよな〳〵をきちがひとてなわ
らひ給ひそや季孔には鯉魚にわかれ玉ひの火をばむねにむねにたねにたき男
又我子をさき立て枕に残る薬うゝむは断やそれは子のまれの後親
より子より我身よりいとしとのごのいとしほやそれよりひんぎ音つれの急も
きかねばかほも見ず我は秋鹿つまとゑりいろとなと思せたやなふ〳〵あ
れ残御僧我とのごかへしてたづいづくへつれて行ことぞ男かへしてさへないつ御僧とは
そうめかぬ家もこがるゝ丸常身うきにわたるふしをうえやう又へうたかたの
小舟つくりておなをのせて老の清十郎をおきしよしにけ思はれをんざつた
此ほ内にかれたる木にも花がさ笠にさいたはなぎのはこししもなきは
一金丁本天
一枝三枝三日に三枚七日に七枚ごきしやうせいしのこわうのからなくはいにや
きつたがひにのんだる水ももらさぬなりに引もあはせぬ神屋まの神の
おろすかやあしがはこね玉つしまきぶねやみわの明神も神共おぼふ道神な
らば尋る人にあはせて見やそれ〳〵あはせずあはずあはりの御神とそ
しつりもいのつとも神の力もかなかと笠もかもじもかなぐりすて言ひなし
此とてあれなりともにぬらせがあま衣二人のびにも浦をおき家も有る
人衆にかりにやつせし修行の道思ひあさることあらばしらせ申さん玉所有なる
給へとようれしのへひごとやにはばんやうひあぢの者尋るおとのなりかたちすがた
は詞にかたる友なども及びなき下んじやりとてきつとて老寺がな袖のかに
むかし男のなり平ぶくりてろいはをりがすき油玉ひつきかみ付まつくろ〳〵〳〵だろ
めがち成めの中にはなすぢとほつさくさくらる近年頃はもあまりせい事からずひく
からず茶のゆばん上うちはやし男の故いにてもきなき玉の玉の所もよい酒
かなみかき捨萩の孝思ひねしのむへどはおれとすなたが中ならできしのはま
松ねほれももりすまいぞやあらはながはつまぎと末かけしすゑの松山
この波うへとす人もなかりしに友はらいのぞねみにてをかさぬつみのあだ名を
かこちよをうき物に出給ふ今は家名をづかそも何か其もひなつる扇の女
の物狂ひ其人の名は清十郎通しすがたはる共まだ雨かけは残るべをかふてたへ
のみとてふししつみてば泣ゐたる。二人のび〳〵にすがり付扨こそはよそならぬ所なり
れのいづみの国其人の外にこそ家は妹。我はよめ。親のなげさをなだめかねともに
みだるゝ家身ぞや狂女といふも何故ぞそなたはもせの忍ぶ草身ははらから
を思ひ草出げゆかりの草ばでと手法手を挙て泣き節物のしめける
なふあさまゝや今さと人のかたりしは但馬屋の清十郎は人をあやめし
とがによつて。方々へ追手かゝり長崎とやら終にとらはらはらはしめしうこゝ成あの
松かげの灯がきにて七日さらし其後は但馬屋の門口にこくも此かけらるゝとかたりし故
せめてよそめのいとまごひに是迄は参りしが御ぞんしなきいとほしや何衣つま
はとらはれてついにくびをきらるゝとや。それは誠か今迄は邪気の中にもろもや
と頼む念力きれてゞおなじ刀にきられんとかけ出るを二人のあま。なげさはかは
らぬ我々なれどさいに心みだれは人のそしり彼世ののみな其人のあたぞとて
なく〳〵せいゝとむればはやさきどひ給いごの者山賊夜盗の其ごとくきびし
くかため引出すいきての思ひしするみ。もとい物のいましめの夜めにあひて
清十郎ひけれ出るぞむさんなり矢払の内にとだんをかまへ鳥手をゆりし其がい
じめ。北むきにひつすゆるはめもあてられぬふぜい也。おなつは涙にめもあかれば
こゑもたねどのびあがり。なふこゝにゐる是こゝにがほをむけて今だされどよ
ばかるこゑも往来のんじめのなげき念仏にまざれきこへあはれやなふび
んやな清十郎かほもかたちもやせをとろへさいご極るなにも。後生ぼだい
も思はれをおなつがなげさふるさとの親兄弟はいかゝぞつにしらせ今させ今ませ今めせり
ておもかげ牛でも姫路の時たをこと見まはしてめとりを打つと見合ておなつはわつ
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となき出す清十なんと思たてす。きもより出るうき涙刀のより見たきよ
思ひに命に成へし。涙を中の中のかけはしと心かよはす心のか世に衆さたのことわさ
や清十郎ころたばおなつもころせいきて思ひをさしよよりも思ひをいきて
いきて思ひをきしよりもになまき〳〵なむあぎなむあそねなま
だ〳〵なむあき仏と思かうして置く袖をぞしぼりける清十郎涙を
をき人何れも直がたき御ゑかう千金万金より。へんの衣かうにまさる室なし
となる。さいこの悦び何ことか是にしかんどりながら心にかゝるは此高札主人
一金七十両ぬすむとは身にとて覚へなあひて勘十郎を切ころさんと思ひ
しに。あやまつて人たかべのがるゝも業悦びならずころさるゝも葉なけ
きにあらず某生年廿五さい十一さいのはるより奉公し主人のはごくみな
さけにて商人の道一通り欠い能文字のもとすゑ迄人なみに成たるも皆
是出王の御かうをん明くれ主のをしへに任せ親に孝行主に忠直
をまもつて一どん。いつはりをいふまど毎朝天道氏神をいのしかどもろき
者のかなしさは只今非業にしなんとは思ひもよらず仏共法共へんの念仏
もせしこともなく今のやしさせんたなく高き山のいたゞきにて一はいの水をもとむる
がことしとは此身のうへにしられたり此度じゆの中にこそ清十六り一めいにかはらんと
なげく人も有べきぞ面々ひがこと也ながらへて追善しほざいをとふらふぜんごんぞ
命をたすけ不重不死の薬をあたふるよりもうれしきぞや人のゑかうをうし
け仏の御国にいたんと思へば〳〵此世のきづなはふつゝと思ひ切たぞやアヽ夜切
てもきられぬはいとしかはいのごびとりよし是も夢のこはふれ頓證ほだいなむ
あぎ仏といさきよくはいひけれ共おなげきいりうのかはのかほをしり
めにかけおぼしずわつとなき出せばおなつをはじめ二人のあまけいとの上下ええん
もなきとせんしゆにいたる迄みなし袖をぞしぼりけりけるやゝあつて清たるい
かにたいこのた〳〵口よはきてくるきにだをふく所へし此上じゆの事に
始めの人も故ならばすひつけて給はれしなさけのおなの御手より。まつの水
とくはねんといかゝあらんといひなればくるしからしそれ〳〵ときせりたばしけるお
なつ悦びなふ家とそひめぢの者一じゆのかげも他生のえんまで一ツ国なればみ
らいもひとつに生るゝためやくそくの条ふりぞとよそながらずとまごびたばこすひ
つけかきごし給いこの者取つぎて後十なにぞわたしけるふには物もいひたげに
かほふりあげしがむせかへる涙を中のせきりとにてとかふの詞も出ばとそなくより
外のことなしやう〳〵涙をおとゞめ人参ほきに御身の手よりまつごのにくをうくる
こと替がたさよ本望きよ。此たどにて十恵五逆のねふりをさまじ光満其
一願如清涼池とうそふきてぢこくが花ちくしやうしゆら此由悪種の上げん
をげごづし窺出すなりは沙羅林せんだのかすみとへんし三宝佐養のせう
かうとなつて三十三天にくんじわたらば日月両の眼に入かはり給ひぼしやく二天
に手をひかれ奉り。仏の御前に此たびは立まるゝ共もしほやく。祭りはお
なじわしの山里やうぜん浄土で待べきぞつなむあぎ仏といふよりはやくきせる
をつろがんび迄のんどの内へをしこんでまつさかさまにぞぶしたりけりける夕の
上下ふためきてそれころすなと引おこせば色もかはへてめなめき血はくれ
なゐのたきつせとくちにながるゝ安いを見て口おしやをくれたり。我こそ清
十郎か二世のつま但馬屋のおなつ人々のなさけには。おなじつちにうづみて
たへなむ大ひくはんだをんだけ給へと。たてたりぬき身のかりをつとりのどぶ
ゑぐつきとほしす。二人のびくにいだきつきなふみなさまたのみますとなけ
ごさけべどめゝわのしがいふ心をの〳〵ぎやうてんしていたはる人もなかりしはぜひに
かなはぬ次第也城下ひかくとちうしんす代官所の役人馬をとばてかけ
来りやらひの内にとんで入大ごゑあげてますはやまつたり清十郎なんぢ
はかばいの源十郎を人たがへにてあやめしだんは白状まぎれなしといへども
ぬす人のとがいまだ分明ならぬゆへざらしものとなしてせいばいの日をのばし
ぬす人の本人あらはれなばなんぢが命をたすけんとの評議なりしに近頃
ざんねん千万也只今但馬屋一家をめしよすることのせんぎすむ迄の命
をいきんと思はぬかうゆへものと力を付二人が口にきつけを入殿〴〵かん病
なし給へばおなつは少しいき出る清十郎はしんばいのざるにをやぶりし長ぎ
せる頼むかたなく見へに音ほどなく但高屋九左衛門手代勘十郎家
のこらずおめしによつて参りたもとぞうつたふり。かゝる所へおひたる百姓あは
たゝ敷うろたへきて”め見るよりなむ三ぼうしなしたりまてむざ〳〵と
ひどりはころさぬかたきをとつてとらせふと。せきくる涙をおしもごびつゝじん
て我々は清十郎が親いづみの国水間の治右衛門年寄ながら西目
なや其勘十郎めにたらされ。お主を大じ子がかはいさよしない手がたなん
ぼわかくはい仕がそれにつき其しぶむすめにはが道とんぼりにて取
ちがへ帰りたる。かさを此比兵出せばいたゞきのしたに此雲を御せんぎな
され清十百がとがをかるめ下されとなみだをながしてそせりするそれ
〳〵是へとえあけてひけんある幸便にまかせ一筆啓上せしめ候此た
びおなや殿よめり道具の代金。一日軍両の内百廿一日立両こゝもとにて
塩問屋へ相わたし。貴殿のそん銀残らず相済し則請左手がた残金丁九
両のぼし申候迄村御下り待入候。但馬屋勘十郎殿参る内源十郎何
と此手跡相違なしやと仰ける九左衛門一見て相果し源十郎が筆割類
ともにうたがひしなし。サアと善あるか勘十郎にて申女々とせめつくれば。勘
十郎めとひるまず。尤我ら私商そん金の変用に。道皇の代金しばらく取
久置たれ共。足村右の金は才覚して道具屋へすましをくあきなひのなくひま
はりがねのなき時はきてんをきかせ表程をつかひ主人のかねを手前へくへ自
分の銀を主の趣にまはし間に合すつは。せけん共に手代のなへし我う計にか
ぎりでな。あの清十郎ははかばいを切ころし。金七十両ぬすみ凡是も手代の
なひか土に残りおほいまそゆるまふ〽生れたゝ熊坂の長はんか石河五右衛門が手代に世
ばよい給分をとゝふ物をとにくていにこそ申けれ今をさいごの清丁ままなこを
くはづと見ひるさ女い〳〵勘十郎ひろいせるいをおのれが口から世間手代のならひ
とはゑらが過て聞にくい。わいとをなひといはゞれころ親ころ屋。ややうだう
世間のなひとゆるそふか人をころせば我身もしぬる。此清十郎が七十両や八
十両の金にかへる命でな王な王所の御をお殿の情にすてふと思ふ身をおされ
が口一あすかん当させた其うらをのれをのれをだつたうちにしまはふといふたにしそこ
なふて口おししエ〳〵無念な口をきかするなあり〳ウ〳〵散ら故におなつまんじがい様
をんの旦那のにくももさぞやまさん情なつ此年きの此年きつめやう風をほう
することもなく御くらうをかくりこと是ぞよみぢのさはりと成是おやままはと
よびむけかほをじろ〳〵といひたきとのほそうにめははたゝけどいきゞれにはたゝ
ゆり両がんより渡斗をいとまごひをやと他人のたてなくみなくあはれをもらほせり
右衛門儀をながし申との道勘十郎がおもおものかねを引ちひし我をたらしたれな
せう出るからは。七十両もあいへがぬすみに極つた御せんぎなされ清するを御助け
下されと大こゑ上てぞ申ける代官職少なひ尤々上びんなれ共清十郎は人をころせし
白代まぎれなきかへたべのかるゝ所なし又勘十なが七十両ぬすみといふにはせう
こなし然れは勘十郎のれたん主人の金子をきかまり治十郎をやこにむしつ
をいひかけ。めいわくさせし不届もとつておなりとつておなりておなつもじがいに
及びたり。かとつともいひつべしきつと仕置にとなふべきが色を出て人もころさずぬ
すふ橋かせわなければれをもつてたすけて命のかはりにかみをおろ出家して
かれらがほだいをふらふべきかと仰聞がア〳〵へがたしと勘十郎かうべをつけ二は
いゝ。小刀ぬいてもとゞよりふつゝときつてすてなればゝ神少〳〵仏弟子と成たれば。
とへ誠のとがほてもいよ〳〵命はとりがだし。此うへはあが行なかれが後生の為ぞがしわぼ
くてうらをはゝさせまじやうさせうと有ければ勘十郎一念ほつきて其後
十郎今は家もさんげせんかの七十両の小判は此勘十郎ずがぬすん
で源十ゆめにぬらんこと思ふ折ふしきられしを幸に其方におほせたりからみ
をはれて成仏あれあととふらはんといふを扨こそぬすとあられたりそいつくれ
承りとふみつけ〳〵うでねぢあげはやきりなはにぞかけてけるすぐず国中引
きごゝもんにかかけると引たつればりうしうもはれつゝきよき治十なりん
じうがほとばしさつのかず廿五さいの命はきへてうき名は今に残りけるおなんもとも
にと取付をなだめともなひ立かへり其なつ衣すまにそめねれ〳〵のたむけ
ぐさ花のぼうしにつけのかき笠がよくにたあぎ笠ぎの佐楽生れけり
飛脚飛脚
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