天狗羽討

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不明
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場所: [京]
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不明
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山本九兵衛
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テングノハウチ
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
巻 畢 館所和4 書究令図 図研々同 属学月 書名 刊 所蔵者 管理番号 資料番号 撮影 撮影年) 東宇仙令 天狗羽討 780 特別 780 特別特別 置写 □□□□□□□□□ 三ぎり ふし付てん 二条通 正本屋 天狗拝討 九兵衛 「四月号ノ割割県会ヲ 以テ購入セン 漁野亭吉阮菖蒲団 初段 扨も其後それかんしんくわがんのはぢをしのんでつゐにしんわうのゐ んをにぎりかうそははぢをしのばすしてわうかうのしをいたす此二つは 誠にぶせうの尋ぬへき道ならんかこゝにみなもとのう大将いよのかみよ りよし代々天下のぶしやうとして御くわほういみしくおはしますことにちやく なんに八まん太郎二なんかもの次郎三なんしんしんら三かに何れもきりやうのきん だちなりしたがふ所のらうどうにめづらしうらぬたけつなきんよしすへしげ 其ほるみうらのわださへもんたけちのやすかたちゝぶの十郎しけあきら かまくらのごん五郎かげまさむしや所のすへゆきちうやのしゆつしひまも なく君をしゆごし奉るころしもやよひなかばなるに山のさくらのいたづ らにゑんふうにもまれてぬしなき花のしからめとやならんちらぬさきに ときやうがうあられ扨人々を御ともしさくらのにはへぞ出られけるけに ものどけき春の日にとこのはしげきやえざくらにほひをこせやま がきのむめ扨こそ花のなさけならめくるゝぞをしき夕日かげゑんしの はんせうこゑすごくしづ心なきけふのくわいなを〳〵めぐるさかづきのだび かさなれは今ははやよものはなしになつて大しやう仰らるゝはいかにめん〳〵此程 は打たへてせけんのさたをもきかざるが何とよの中にめづらしきるやあると仰 おされたりければ其時六郎申や也さればこゝになしぎなる事を承りをよひ 候すぎつるききらぎの廿八日にいまくまの大じん殿こそくらまへさんけいあら れおくのあしんのきざはしにてながさ二ぢやう計のあつきにあひかへりて三日 めにあひはていれて候よし申上る君をはじめ人々何れもふしきしあへ り中にきんよしきかぬかほにてゐたりしがつゝと出て申給いかにすへしげたゞ今 御ぶんの物がたりはひつぢやうな中〳〵いかにもひつぢやうによきんよしきいて先 よくあんしてもみ給へほとんどくらまのびしやもんは天の四天わうとかうしなん ぢごくそう心かうもくとてどうざいなんぼくをまもりなふ中にもたもんは 我らていのぼんげをまもりあくまげだうをはらはらはるゝとこそ承れもくせんに いかでまゑんが住へきぞそれはせけんのいひなしさあ六郎きいてきんよしのかたいち めづらしくもは。す其上せわにもよみちかはたちあらそひはなしのさきをりせ ぬ事也つね〳〵の我まく御前にてはやめ候へとよきんよし大きにはらをたて何それかゝ しか御前にて我まゝ申となむそうこそありもせめさりながらおやのゆつりのよ みづきんどうもこうも成申さぬぞいかにおだんなも御しやめんあるは御ぶんこそ御前も なく跡さきしらずのうそはなしひらにからりと打をかれよすへしげ大きにはあめ んし何それがし御前にてへうりを申となようせうよりのちなみを思ふてどくのか うぎゆるしをけばほうれうもなきあぶれものさしちがへんととびかゝるたけつな みから取付是は御前をもはゞからぬすいきやうかなそれさけはいさみとなつ けらう人はわかくなりわかきはなをもおいもせずかゝるちやうたるゑんめいすいもすく ればどくとなるときはいらい此なるまのさけきんはいせんとざきやうに取なしづく めし竹つなをおの〳〵かんし申さるゝきんよし聞てすへしげに大口たゝかせさしちがへん也 せんなしいかにすへつげ御へんにたいしあらそふいしゆはなけれ共御ぶんそれ程色かなを むすんで思ひきる上はぜひもなし代々年ごろちぎりしほうゆうのなしみをもどすと 思へはりはすむといふものよさりながら其まゑんがすむがひつぢやうならはかつうは 君のためなれは一まづそれがしゆきむかいうむのせうれつをみて参らんふ天の下 そつとの内いづくかおにのすみる成べしきじんはまゑんのものなればしやうたい むみやうにしてまなこにもかゝらず力をよばずめにだにみゆる程ならはけし のせいにへんかいする共又は十ぢやうのあつきといふ共きんよしがてなみにいかへ でもらし候はききりながらしるしをなれそれがしこんばんみて参らんとぞ申ける大 将聞召れ御へんが申ことくかつうはわがため天下のぶしやうにそなへられ四かいに 竹ぢの源太 〽こんあらかけまた 竹つなとめる所 ちやくし八まん太郎 きん吉きせい 一すへしけとんでかゝる 御大将よりよし みかまだ左衛門 弐枚 かものけらし 村井ともの介 □□□ □□□□□□□ あまね〳〵あくぎゆく共に何にてもよのあんへのをこそあふがめ是をたてをき かへれとてもたせ給へるあふぎに天下たいへい国どあんをんかしこき君のはしめを かきて下さるゝ又色加へりのふやうは人の心をみちのくのあだちがはらにはあらねは はびこるおにをしたがへすはくたびきんよし帰らしとかうげんはいてそれよりわがやを さして”そかへりける宿所になればものゝぐとつてかたにかけぢうだいの天力をはきへ たけなる馬にしらあははませきた山さしてぞいそいそぎける程な〳〵くらまに成し かばほんばうをわきにみてをくのゐんへうつてとをるころはやよひもなかば月 はくまな〳〵さえゆけ共ごすゑしぼりてさはりとなれば花ありといへ共ながめは くらまの山の内道もしどろにおぼつるなくをちくるしやうふうはなにあたつて ゆきとふり雨となるあはれざるくもにさけんでははらわたをたつとかや心す きけきとなつて馬も心のあればにやいなゝくこゑはさんりんりんくわいどにゝこへつへし うて共〳〵あをれどもゆる。す身ぶるいして、そたつたりけるそれより馬をのりたち しるしのあふぎをしんぜんにかけをきはいでんのいたどう〳〵とふみかくしそも〳〵此 山は大ひたもんのちをしめてあくまをしりぞけわうじやうをまもり給ふほとも也 ことに我こその四首わうのすをけみやうし君をもやまひこくどをまもるける也 るのぞやつちも。木も我大君の国なるにきけば此ごろきじんがすんでばんみんをへ ひやますとや着もよりよしこうちよくをかうなり打ほろほせとのちやういにまる せきかたのきんよし是までむかふたりそれがしがんぜんに其正たいをあらはせとへ方 をにらまへにわうたちにそ立たりける其時山はらいてんしきりにしめいどうしてそ山 は天へもゆりあげつべしきのゑたをひきさきなげかけけれ共きんしきらにどうてん せずそらうそふいてそいたりける所にきんよしかまなこのまへにたけ二ちやうあまり なる上まのことくの物はらばいしてぞゐたりけるきんにみてやあこけばやたるば け物かなとてふまへてむかふへこへにけり時にいつくともな〳〵どうしきたまてそく〳〵 此山はめこときのぼんけきたる山にあくずはやそこたつて山下せよきんよし聞て扨 はをのれあは此山に住まのものなをのれなどが正たいにて此きんよしをおつたそんなんなんと はわしとすゞめがすねなしにはおとりとりたりをのれたちされ〳〵〳〵とから〳〵と そわらいけるには時どうしはらをたていてものみせんと一ぢやうあまりの大夫ぐ と成いかれるりやうがんは日月のことくたゝ一つるみととひかゝるきんよしま つたりとひつはづいてはたときるぐひんかたはをうちをとされひるんでこ くうにとひさりぬきんよしや打もうしぬるときつたるかたはを取もち わがやをさしてそかへりけるきんよしがふるまひ日本一のつはものやと みなかんぜぬものこそなかりけれ 二たんめ かくてこち後きんよしきつたるはを取もち君の御めにかけければ人々立ゟこれ をみるに天ぐのはにうたがひなし竹つな申様きんよしのふるまひひとへにとらの おをふみさいちうのくちをの。かるゝことく也君きこしめされ竹つな申さるゝ ごとくほんふの身として天ぐをきることまつたいにためしなし其うちし旁 をみせよきんよしかしこまつたりとて奉るそれ〳〵とあれは竹つなかのたち をひきぬきみれはふしきやせるはにあるきものみへたるを取上みれば あたこの山のひのふたなり君御らんしいるにきんよしおもひ合る事はなきか そんよしさん候つねにあたごをしんし候よりよし扨はあたごのしんりきにて有 けるよなさりながらかやうのものをうてはかならす三日が内にふしきのある もの也先年らいくわうの御代に竹つなる父王たるべらせうもんにておにのかいな をきり三日めについにかいなを取かへざるためし有すいちんたしなくひるの内はごと をつゝしみものいみすへし是はとうさのいんふつとてよろひかふとにたちをそへ きんよしに下さるゝ忝しとて御前を罷立わりやをさしそかへらるら我 やになれはもんやうちの口みをとちふだをおししめをかさりさま〳〵の きて事をしくだんのはをせきひつに入しんつうのひみつのもんにいはくし 地結四方結虚空毛とかきてからうとの内にふうしこめ其上に有んよし こぐをかため置つそとしてぞひかへたるさる程にくるはやすぎ三日めのこれ 方にいづくともなくかたはのとびとんで来りもんゟ内に入立まふと思へは たちまちどうしとなりきんよしがひかへたるせうしをへだて申様いかにめあ たごのなふじゆあるかたはをめに打をとされつうりきもうすくなりむね んといふかぎりなしありうりきにまらせじんづうをあぶる事たちまちは ちをみすへきいそき其はをかへすべしとあたりをにらまへ立たりしは物すさ まじくぞみへにけるきんよし由てなにじんつうをやあるといふはなにのへんしやう かきためていふなんちしくずやくらまさんの大てんぐかたはかたはかへせといかるこゑは 家もくづるゝ計也きんよしことゝもせずから〳〵とうちわらいそれ神と いふはしやうしきにしてぬもわだるまらずかゞみにかげのうつるがことしかるがゆへ に神のまへにかゞみをかくることなんぢらがやうなる大まをなしよこしまなる ものをいましめんがため也それ神はうやまふによつてうんのさう神のりせ うはある共なきともいひがたしたゞ人の心に有其上じんつうの哥にじひ ほとけすぐなるはかみまがり人ひとひとあをは三つにわけけりと有なん ぞ正しきにしてしんずるをつかみなやまするは神とはいわれしおゝいふにお 鞍馬寺 天どはうたれた所 □□□□□□□□ こん 太平 国土 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 天ぐはを取[リ] ぱらかの石 よばす天ぐとはもんしにも天のいぬとかけはたゞちくしやうにてこそあれ汝かへ ぶんにてそれがしが手に入たるものをとらんなどゝはひきんがいをふたんでうみをうへ あんとするにことならすあしくうづまひふかくをとるなたゞしは父残るかたはもなら んや其方のふんべつしだいとあららかにぞ申けるどうし大きにはらをたてが ひはをかへさんものならはいて物みせんとあひのしやうしをけやぶりきんよしにこんで かゝるたちひんぬいてきりはらへは叶ずたちまち天ぐのすかたをあらはしあふ の方へとひさりぬ今におひてきの国なちの山にかたはの天ぐと申事此時 ゟわんはしまりけりなんししすましたりとよろよび三日三やも過ゆけ出心のかへ らうとをいぬいのすみにいわいこめ是をひとへにあたごときはめごんげんのしんしんか きいよ〳〵しん〳〵をこたらず是は籾をきあふしうの住みたちのごんとゝきよ 〽平がらうどうにこいでのとう太はや馬にてだのりをきしてあがりける。たいり なれはけんひいしげんばのかみをもつて申上る是はあふ黒うの住人みたちのごん 太郎きよひらが下人こいでのとう大こと申ものにての何もあべのさだとうむね が一きやくしんのそんしたちきん由を切廻り都へうつて上るよしこときうに候へはい そきうつてをつかはされてしかるべう候とをそれ入てぞ申けるくげ大しんおどろき 給ひてくち〴〵にそうもんあるみかどおどろかせられよりよりよりよりとんじん也 やかてさんだいせうれける内ゟのせんじにはあべのさだとうむねとうがむほんをしづめ よとのちよくでうくとかふにをよばす御うけを申罷立我やにかへり西天王是ほかへ むねとの契めされて。かやう〳〵のせんじいそぎ馬を出すへしよういせよとぞ仰ける竹 つな承り尤かうこそ候べけれさりながらいづれもれき〳〵の兵共罷有事なれど 仰付られ八まんぎみを御大将ぐんにてまづむかはれて然べし君の御馬むかはれんは あまりにかろ〳〵しく候とさいさんといぶん申けりよりよしともかくもはからへごぞ被 けるしからば八まん君を御大将ぐんにてすやしげきんんよしたけちみうらかげまさに北 国のせいをあいそへられて然べしとぞ申ける君げにもと思召いかにうた〳〵八まんよ うちに有間ばんしよろしくもちなすへし又竹つな壱人は京とのおさへに残れ くいさい頼むと御ぢやうにて何れも御いとまなりのそくしたくをしたりけり扨 せんぢんはかまくらのこん五うかげまさときこへけりせいしつのくらにおわだかのかながいう つてくまのかはのあをりにいなづまのあぶみをかけその花おどしのよろひをきもへぎの ほろをきつとかけ火のてぼこに十もんじのてだう〴〵もたせたづなかいくりまつき にのり出る二ばんにたけちの源太やす方かけなるこまにきんぶ〳〵りんのくらに ひようのかわのあをりまきゑのあぶみにもへぎのはらまきあかきほろをかけ 大みのやりのてたう〴〵もたせうちつゞいて出にけり三ばんにみうらのわたぎへもん つきげのこまにすなごのくらをきらつこのあをりにあをがいすつたるあぶみをか けむらさきおどしのよろいにきなるほろをたつふりとおいなしてつのぼうをかづかせ つれておなしく出にけりやばんまうらべのすへしげしろき馬にしゆだめのくらをき とらのあをりにむめばちまつたるあぶみふみ有つきやうのものゝぐきてしろき ほろをうる〳〵ときし大なぎなたをもたせ是もつゞいておにけり天将のその日の 御将ぞくからにしきのひたゝれに重代のひげきりの御はかせしろきほろをめき れくろのこまにきんぶくりんのくらをかせ大のをのこにさゆうのくちをとらせけんじ のしらはたさきにおしたて御馬まはりまはしくそん〳〵のわかき侍ゆみやをたば さみだん〳〵むらくり君を中に取まきせんごをしゆごしかしら〳〵のおさへのもの しつはらいはきかたのあく車太せんよしれいのぐそくにしろきほろ九尺にあまる両は のほこむまより跡に立たせたりたけへき七分うんぎよくといふうすくろの馬に しゆのくらあぶみかけさせとねり二人きゆうに付ちたりかけにあゆませいかすさま りあらかんがつよくててがくゆるり此馬あまりにひさうしてやく久しく春のり をもせずかんはりに成ければ此野の間せめいれてくせなをさんそこはなせとたづ なくりしめわりくちにて所々てかくをくれそれかんぎよくをつれ此程柄もほ てたり〳〵はい〳〵ぶんばく〳〵〳〵〳〵ぶんどんばく〳〵〳〵せめにせめて馬にしらあは はませつら馬のしきしやう引まはひてしべんのりさあ口こそなをれとねりも此君に にてあせをなががしすそひやせとて馬るをりうがいてうづし雪にいきをつがせつゝあふだ をつかいてめでたふゑにあふさうのいわし水のながれに心をはらしあふしうさしてぞ下 りけるかのきんよしがしやうそく日本ぶさうの馬の上ずせいすいゆうみやうき たいのさふらいやとみなかんぜぬものこそなかりけれ 三段目 たる程に爰に助国の大将あはの太夫道ふさがなすせり〳〵道ともとて有けるが定道 〽寺は先年四国をかたらいむほんをくはたて聞天王にうたれぬしそんはめんきよかうむり 爰かしこにへつらいさつまの夜にかくれいていたづらにせい人すこのよろはきいの国ねごろ を頼こいたりしがともなふ人にはねごろの大ぜんとうぜんさいぜんなんぜんほくせんとてね ごろこかわにてかれらにうへみすもの也なくをとにふれたるあくそう也中にそ 大ぜん申さるゝはきけばくわんたうにあべのさだとうむねとうむほんをおこし其おさへに四 春がむかい竹ついつへ人残るときくひごろのゐぞみ爰ぞかしいぎ此ひまに出しよせ口々 ゟしのび入をつにひをかけ四方ゟおつ取まいて打ならばたとへばいとくのはんくはい長よい がわたつてともるといふ共たけつな一人にてはかなふまこと口立給へとぞ申ける道とも聞へ て何れもの心付のだんうれし〳〵は落れどもそれがしが父道ふさがむほんの時も何つな がちりやくにてうたれしましましてやわづるねごろこかわのせい計にてよりよしをうたぬる名 ひもよらずと申さるゝ其時とうぜんすゝみ出君の御心の中さつし申たりさはなが ぐはんらい我々しのびをゑし事なれば大将よりよし。がくびをば此五人の者に仰付候れ候へ しこよひの内に御めにかけ申べし道とも聞てはきならばばんし頼むそかた〳〵其時 とうぜん今にいとまをこひねごろをたつて都なるよりよしの城ゆへおのぶ事こそ おそろしけれねごろに残るもの共はとうぜんいかゞしつらんと心もとなく思ふ所にとと 〽さん大いきついて来りけり人々いかにととへばとうせんきいてされはよりよし三日いせんより 大うちにあがりいまだかへらずせんほうつきて是をしるしにとつてかへりいとめぬき本た〳〵取 おす人々立ゟ是をみれば代こげんしにつたはるいんすのぞうのめぬき道ともよこてを ちやうなとうち梅もちゆうちざいの事共かな此上は人々何とぞほんまふをこげさせて なれとよむとてねごろこかわのしのびものつがう其せい一万よき都をさいてぞよせ にける此事都にくれなくよりよしこう竹つなをめされきけば道ともねごろこ川のせ いを喜んでこときうにせめ上げときく竹つな承りさればにやかたきすでにはやせつつ のにまでうつておほと承るなによせたればとているめい事をはよもせききと有れ共 さりながら古てきあさむ〳〵へからずと有時はゆだんすべさにあらず其上ねごろのもの 共はしのびの上ずで有間今もやゑのんで城中にいぬをいれてぞをきつらんそれがし給 渡しさいあればとて物がしちをを付さだめてかたき助りたろの一米におよすへしみかたはとらへ のこくにちやくたうつけそのかしら〳〵のちやくちやういたをかゞみにしてむしやを一めんとてそ かへをしやうぎのこまのことくだん〳〵角〳〵にたてならべいざいたてざいかけひきのこの て。くみをあはされもしきいにもつかざるぶれのものあらばおさへてなはをかけをかけ。へことし のび〳〵に申付御せいすぐつて三子よき。其よの明るを待かけたりよせては程な〳〵 山だきにちんを取高のあしをぞやすめける中に大ぜんすみ出こんやは人馬共にいきをつの で明るのたつの一天によせかくべしいきこんや城中へいぬをいれてかたきのもくせんをうけら はせ思ひもよらぬ所よひをかくる物ならば大てさはいではいぼくせん所をやみこみこみ〳〵 せめとるへしまづたらば其てだていそがんとしのひのもの五人を付爰をしそんずる物ならは ねごろこ川のなをり也。すいぶん其むねほつすへし承るとてかたきの方へはきりのいんをひ すびかけ我々小たかのいんをむすんでゆくかとみへがかいくれ姿はむ人のごとくもも明方 に成しかは竹つなぐそくはだにはからあやしろきねりひおどしのよろいをききの ざいを持くろき馬にのつてみかたのめんしよくをみんためちやくちやうのいたをかゞみにあ らはしくだんのいざいしつとり〳〵と打おため給へはもとゟあいづの事なれはみな一どうに しきだいめん〳〵大将のけぢをそむかしとかほを持あげてざいのいろをぞうかゞいける 竹つなもとゟくろがねのまな桜をもみとをす程のものなれは三千よきが中よりも なんせんほう ねごろの大せん さいせんほう 酉十一 むらい君の身かわりにたつ 大将みちとも より吉を竹つなおいうら門ゟおち たのもの五人み出しそれ〳〵からめこれしやこつてなわをうける竹つなおのれは何ものなれは一 かけこなしにまつすぐに申せころしもせましいけてもをくましひたやうもない一せうに ちにくをはいてくるしみをうけてしなんよは有のまゝにはくでうしくつうをたすかり しなばしねとぞ申ける五人の者共ひごろはさいのめにきざまるら共はくでうなど はかたき事といひながら竹つなのせいこんにほろりとしごくし何をかつゝみ申へきねご ろのほうさいとかわのてわざよくしゝがたにのへびきりばうどろわのりうぜん とつ川のうんばとて代々しのびのなをなしものなれ共日本一のめくちがはきの竹つ なにめにかゝるこそふうんなれとしんてい残さずはくでうす竹つな聞てさすがねごし ろのもの程有かくけなげ成もの共をたすけてみたきものなれ共まつ代のみせしめ にたゞきほとてくび切てとうしごちにぞかけさせけるかくてよせてのものもの共山ざきを立て とよし口にさしかゝりくだんのくびをみるよも仰つながあらん内はしのびなふべからず たゞすみやかに大てよりむ二む三にせめ入と大手からめてもみ合せし聞のころをぞ上にける城 中にもかけてごしたる事なれば同ときをぞ合せけるよせての方ゟ五人のあくそうし づ〳〵とたるをのりかけぐはんらいねつたいからみふるき方なればみちともいきとをりのや む事なしちやうりやうふりやうの中にうつら〳〵とすみはてんはふしたるものゝほうまたに あらずぜひ一せんをあいとげんとよせてみかたが全たれひ花をちらしてたゝかいけりよせては 大ぜいみ方はふせいの事なればみ方まばらに成ぬ仰つかみて君の御前に参りすてにいい くさはまげ色に罷成軍のならいかちまけは町のうん爰にそぐんほうの第一也一まづらく しやうあられかたきに一たん事をゑをさせ重てちわやくをもつて本ぐはいをたつすへしんみだいし きんだちをおとし申へしともか〳〵もよろしきやうにはからふへし畏て扨きんだちをば侍二三人 付てゑいざんにおとし奉る扨又御ぜんはよくはんばくでんへをちくれ給へ一たび御げんざんざんざんなさせ 奉らんと泪をながし申けりみだい聞召あら心うやみずからたゞならぬ身といひ着は十 五わらは十三のころをいあひなれ参らせ今はのきはにをよんでおやのもとにかへらんはよの人よし とははんば事あまたのきんだちのためにもうほよごしたとへみづから女也共との諸共にひ給共にひ給ふ 成共おやのもとへは帰るましなさけなき竹つなのはからのやとりうていとがれなき給ふ 竹つな泪の下ゟも仰しごくに存るさりながら是はたんのけいりやくにかく仕る上はやが てかたきをほろばし又ごふうふの御たいめんよろみびのきちくはちりかるへじこくうつらばあし かりなんそれ〳〵と御てを取御こしにのせ奉り詩三十人計付からめてゟぞおとしけるかゝる所に ねごろのなんぜんかくめてをかためていたりしがそれ〳〵をちうとあますなとどつといふてともの 物共切ちらしみだい所をいけ取やがてろうじやとなしにけり是をはしらで城にはよりよし片つな をめされ今は是まで也腹をきらん竹つなこはかいなきでういかなそれがし奉る事の候爰に 村井ともの介君の御ひぎもとさらぬしゆつとう人命はおしみ申まし君の御にんそうによく にたる物也とてちかつけいかにともの奴此たび君の御身がはりに立給へむらいなり 仰までもなしたとへ仰なく共かね〳〵心えの上なれは御意をいかでそむくへし はや〳〵じつふをいつとさし給へ竹つな承りあふしんびよう〳〵〳〵とやがて君 のよろいをぎせ御大将にはふるきよろいを参らせふだいの侍七十五ききみを 中に取まきからめてよりうつて出るよせてのものもの共あまさしと我も〳〵と うつてかゝる両方たがひに入みだれ爰をせんとぞたゝうひけるむざんやに堀中 の兵三十きまくらをならべかたれける其ひまによりよし程なくをちのび有 ゟ惣せん兄弟となのりいづくまでも御供申さんと一めんにきつてかゝる竹つな しばらくあい付おし合みへける大将も今ははやいたでをい給ふぜんこもしらず 見へ給ふ竹つな惣せんし兄弟ての下に引ふせ残しやつぱらを助方へばつとおつ ちらし君をかたに引かけゆきかたしらす成にけり城に残しとものぬ今ははや 君もはるかにをちなふともの介よろよひ大手をさしてきつて出大をん上ていかに かたきのもの共源のよりよしうんめいきはまりやみ〳〵としなん也口おし我と思はんものあらば うち取まつ代の手からつせよと大ぜいの中へわつて入爰をさいごとたゝかいけるくつ きやうの兵廿そき切ふせ太刀を口にくはへつらぬかれしにしけりみなく城へのり入 かのともぬさいごあつはれぶしの手ほんやとかんぜぬものはなかりそれ 四段目 かくて其後竹つなもとよりくつきやうのはや道にてよりましをかたにかけ其也 にわかさの国をばまのうらへつきしかばよはほの〳〵とぞあけにける竹つなや あこゝはほつこく道なれはもしかたきあとをしたふ事も有へしとしんざんふる也 ぞ入わけるいたはしやよりよしは御てはいたむつかれにはをよばれぬ御心もきへくと いきもはやさへ〳〵にこそみえにけれ竹つなかい〳〵しくもかなたこなたと尋ねみんを 〽木こりのむすびたりしいぶせきいほりの有をたよりにてしばのあみどを引あけて君を かつし奉りよきにかんびやうアそりよりよりよりよりは竹つなが心ざしいまにはしめ ぬ事ながら此たびのちうせつこうせんまでもわすれがたしかやうきてをおひ合いさん 事かたかるへしとかく天命につきたる我也かゝるくつうをせんよははらきかんとて刀に てをかけ給ふ竹つなおさへ参らせあるいひかいなき君の御所へかな御命だに有な らは御ほんくはいをとげさせ申さで有へきか其上みちともがおごり水の上のあへ有 かなきかのしんだいにて今いく程か候へき何事もそれなしにまかせられ御心ながく時のい たるを待給へその内あふしうぜいもかいぢんすへしと申所へしゆんにをよぶらう人はなしはなしば をこりてかへりし〽か人みをみてやあかた〴〵はみだる人なり竹つなこたへていわく我〳〵は ゑちごの国のものなるが都へとをる道にて山だちにあひ是成人さん〴〵にてをおは じかぎりに罷なる此へんの人ならばあはれ立給へと申けるらう人きいてかた〴〵のけし きさらに山だちにはあはすかたきをしのぎ是までのがれ給ふとみなしたりかくしん りんはなれし山中なれはうへにつかれぬふげんさよとさゝにつゝめるあはいひを人みに あたへあはれみけり竹つなよろこび心あるらうかないか成人ぞと申けりらう人 こたへていはく我は此山里にすむをきななるがにちや来をこりろろめの。を送るなり にやさき御ようをば此らう人が承らん又明る参らんと山下にくだかすがたは其まゝに くれになかりけり竹つな扨は人げんにてなしひとへに八まんのげんしなにそ有がたきがひとし く思召れよとうき日がすをこそかきけれものゝあはれをとゞめしはろうにましま すよりよのみだい所にてしにしのあはれをとゞめたりことにて身たゞならず御身の上はの 給はて男のよりにし竹つなうたれ給ふとや吉こはそも何のむくひそとりうていとがれ なき給ふみづから城を出し時おなし道へと申せしを竹つなさま〳〵申なしはやき物〳〵にひき わかれ所々のしにをしてあからさまなるさいどのていたれかかばねをかくすへしよしそれとても 力をよばす時のひつしのあゆみひまゆく月日かさなりていとあはれ成御くは只よその みるめもいとゞじくすぎにし方のよなりせはおさしめのとの女ばうたちはさゆうそでをつく らねてかいしやく有へきにいつしか引かへかゝる物うきろうの内御さんたいらめ也けれども たれあつてかつごう申ものもろ〳〵うきもつらきもとゞめたりされもみづから取上み なへはわり君にておはまするはゞ又をぬがぬざおしつゝみみれば其まゝつまのよりしにきも にたりくはほうつたなきおきあひかなみなあにたちは八まん太郎かものくらしんら三郎 くてげんぶくのいわゐなどもつゝがなくあめが下の諸侍きゆうせられしに御習を きかへ此事にてはかく。こくしやうをうくるせんどさゆうにこずめずあはうらせつのばん のものたま〳〵いねんとする時はめしうとしゆごのせつがののをと人のかしやくも我身の 上ときもをけしまのあたり成ぢごくの有給いつかさいとで有之で有あんいまだうぶやも過 ”たるにきうせんにかゝりめつせん事なかくあひにだ。さいせん此よこそはかくはつる共らい せはりまのよりよしもろ共おなしはちすにむかへさせ給へやとたな心を合せてなむあみだ ふい〳〵とひとへにみだのちいかうをねんし給ふそあはれなるかゝる所にろうもりに木村 のかん牛此よしをみるゟもいそきみちともがまへにゆきよりとがさいちよろうにそみ をうみ候と申せばみちとも聞て何その女さんしたると申かむはゝはめろうの事なれは 下べきげて召つか。わう共をいはらう共くるしからずむまれし其はねがなんじなんしなんしに 上らうのこはふたばゟもかうばしそれをたすけをかん事はんろうのこをたりたついぬに そだてさせのちほんけんをくはるゝ馬がんぜんのことはり也まさにわが父みちふきをよりと にうたせ我ふたばにてはなれしたやのかたきをうつ事は今もくぜんのせうこ也いそひで 仏つなとむる所 らうじんもとある所 より吉はらをきらんとし給ふに わかきみをうばいとる所 みちともかけんしはやくきれといかる所 みたひ御なけきの □□□□□□□□ けしねる所 たちとりまちけや 引いたひてちうすべしはやそこたてとぞ申ける承るとていとをしくもはやしきかわす そなをしける時きはまれはいかに上らうさのご也御我人ふつとよゝむればみだい少もさばし なやずよし〳〵かねてよ思ひまふけし事なれはかいしやく頼み申也さりながらへしの事 をゑさせてたへおやとは一世のちぎりとさけばこんじやうごせのなごりにはせめて此有 にちをのませてといひ取あへずなき入給へば”じやけんのものゝふ二ぶつのちうけんまでわんまでもん〳〵 みな泪を。そながしけるされどもみだい御心をしつめてあゝさて此子がせめてかたことに ものをもいふ程ならは父のせんそ家のけいづをかたりてもきかせたやうぢにふそく もなきぞとよせんぜのかいぎやうつたなきゆへ思はずもきうせんにかくる事のあやう さよそれふようはあさきりの内にしやうをうけたゞ一時をあやまたすきりのは風ます あつすとかやむきんやわか君はゆふべにむまれてあしたにしすふようの方にはまさりうちへ 今。そさいとの時がきて。くるもたらてめつずる事のふひんさよ今まいらするちは是を いこのまつこの水とよきにのみをきじやうふつせよとひし〳〵といだきつきこゑを上一 て。そなげかるゝよそのおもともぬれつべしごくうつれはみちとも大きにいかつて何 とてきらぬぞあはれをふくむは一心あるとみへたりどうざいしをこなはんとのあらき也 使をたてにけりたかはるおどろき太刀ぬきもつしてわか君をうばいとるあこか れて曳いたき付やれふとうのものゝふるまひかなへとあふもりかたるこか是は悪魚 のわられなれは今一めみせて給はれときへ入やうになき給ふやがてわるゞきみを きげぎりにぞしたりける扨又みだにむかつていかに女たすかりたくはたすけ見へ といひければみだい聞召つまにわかれにをたきだてゝ何のめんぼくによによにながらへんいかに 、道ともさすが天下のつかきたるつまや子かくなさけもしらぬぜつがいすぜひつねへ のあくしやとなつて生こせゝにをいてはおのれを取ころさんはやくびうてとさしの べてうたせらるゝさすが天下のふしやうの女也さいごのしにいさぎよしふしぎやむく ろたちまちをきあかり太刀取がかたるをうばい取くびうちおとしたうきにかた きをとる事げんしのいきほひ女までもよにかはりたるたれしゐかなとてみなかんぜ ぬものこそなかりけり 五段め さる程になをも此事かくれなくひえい山ゑけいざすきこしめしかもの次郎 しんら三郎其ほかちごほうしをかんしよにれつし兄弟の人〳〵に父母の御事女 たらせ給へはさながらゆめの心ちにてわつとさけばせ給ひけりなみだの下ゟ もくどき事こそあはれなれかく有べしとしるならはようせうの我々にてうでに 身はあらね共弓馬のいゑにむまれきてしぬへき所をのがれ申はいきがひるへ になかりけり弟のよしさだ仰けるやうはいかにめん〳〵きこしめせ城を出る其時に ちゝ母の仰にはそれぶしはぶんふ両だうとて物をしくではむしやといふとに しやうの子なればか〳〵もんよくさよと仰られしぞかしかやうの事としるならは あしに城を出へきぞやみこくといけどられあきあきあきしにをせんゟいざさしちかへ しなんとておしはためき給へはみなく取付尤しごくにて候さりながら父母こそは ましまさす共八まん殿あふしうを切ほろぼしやがてめでたく御かいぢんぢんちるかるへし御宮 よりよしのたのませ給ふ上は一めいをかけ申へたんきかへりてあたとなるよはみな ふぢやうのきやうがいなれはうんにませて。身をの。かれ時のいたるを待給へとさい一 たんけうくん有けれはなみだにばうしおはします扨八まん殿ほうとやよを持おふしうる てぞ。下らるゝ是は籾をきいほりにましますよりよしは程なくへいゆうなされ竹つな を召れいかゞせんと仰けるたん候かいだうはかたきみち〳〵て候へはおほつかなし山のねを つたひ何とぞゑい山の方へしのびゆきゑけいを御頼あつて御ほんいをとげられ 候へしと申上るより申上げにもと思召竹つなに手をひかれ此程のうきかんなんのいほ にもすめはなごりのおち有と袖をしほり給ひけりゆくも山中とまるもしげり こかけにやどり給はんとすればせう〳〵のよるのまさそふあらしにこのはのをときつねのと もしびかするにて心ほそき折からいはもる水の思ひにむせんてまくらにすだくきり〳〵 すをのがわざとてはたおりのし思のあやをときりはたりてうかたるうきみをと かほにむさへむねをこがすらんたゞねむしのねにたてゝさけば扨我々共にこしかたあづけ をくつまやも共のわけれしを思ひ出れはなつしやかれらがゆく思の思はれてまづさし くるは泪也そこ共しらぬ山中にけふ三日がはる句しよくとてさらにきこしめざるいい そくま〳〵とはこぶそなたりとを山やかすみがちにぞみへにけれかゝりける所にさんぞく 共五六匁うらいの者をはき取つゞらかはどに小袖其ほりじきろうたるほどおどおそばめ さりもりしてこそいたりけれ行つな是をみて是こそにほん一の仕合かなひたへに天の如く みと思ひいかにかた〴〵爰は何といふ所ぞ我々は思い山の北谷へゆくもの成が道にまよひ給へ おしへてたべといふ山ぞく共是をきらあつはれよき者共かな先一人ははだにみなからあき みかねづくりのたち刀ことめへらつかれをよぶとみる二人共にさけをのれゑいふせたらん所を おさへてとらんに何のしさの有へきといかにたび人爰はくつきの松原とて惣山へば程ちかし たびは心よはなさけかた〳〵はうへにのぞませ給ふとみへたりばくはん一へを持合せたり是を 少御用有心なづかにいそがれよ竹つなきゝ心ある人々かなこなたりのそむへきになき けあつてかくは仰候ぞやと君もろ共にしやうくはんしさけにゑいどろり〳〵とねふる所をは た〳〵と取付竹つな心得たりといふまゝに取てはなげ〳〵する隙によりよしをくみふせたち を取所をかいつかみ二人共にこびねぢ切てはうばいにみせんとてふしにつほひで木のえた にかけをきこゑをかたに引かけ山ぢはるにしのぎけりかゝりし所にどうし又うしににを付 わださへも 同年五月 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 同 つゑい山三い寺ほうしうんかのとくあつまる かものこら 御大将よりよし しんらみら ゑけいそう心 たけちの源太 事 「きんよしはりくらしゆ 一竹つなちやくとうつくる所 我も持とある。かんぜきに打もたれをのがなぐさみにこまぶえを草のあをはのふし〳〵。また 新おふこそふきいたり竹つな立ゟあらおもしろのふえのねやいかにどうしよをわたるあ れにしくはなにけれ共としもゆかざるどうし身にもあふぜぬよくとこそみれおことのめてる にをもうしに付えせてないとてじしん物けるそどうしこたへていふやうは御ふしんひひてよし もおもにをあふ心時々物うくや思ふらん仏も本にすてしよのなるばはくもにうへみぬわし のお山とかやそれよに有人は人にぜんをなしなさけの道ををとす我らていの草かりどうしは一 みにさうおうの思ひをなさんがためにしんらうくぎやうをしてうしが三つうをたまけき竹つな 聞て扨は草かりにてはあらずひとへに大しのあらはれなふとある也仰をきけばわけばすか 我は君につかへて身をも命をもおしまぬゆうしよくのものなるが思い山にしるべ有てある 人めをしいぶ女をちこちのたつきわしらぬ山野にまよひいはねねがねこけちをしの ぎをきゝにをけるしうつゆをなめて命をながらへぬよの中にふしの身程ざいごうふか きものあらしとしう〳〵かたりさめ〳〵となきなへばどうしもともにらくるい有誠に人 の心程よにあはれなる事はなしさいはひ我はゑい山へゆくものみ道しるべしてこにらせん竹 つな聞てあなれがたや扨御身はいか成寺におはしますさん以上のばうのしやみしやみにつ かへてひるはひねもすにしばをこりよるはよもすがらしくはんのまどの前にはまなこを さらせは十あくのくもれいしやうにきへ三みつの月しるとうにあきらる也ちかころたつとも 仲つなこたへていはくゑい山を都のなしと申はいかんどうし申けるやうはさればにやふはよき のみねゑい山山はやめいとて北南東西中日ほんの中にもと響有ふもと響有なかんつく 名すい山をさよめしんによの月ほがらかにして心にもことはある及ばれずとて知の ふじにはたとへたりとてもの事に山のゆらいをかたり給へと申けるさあらはかたり申さん あらしんじんのかた〴〵やさあらはきうばが一毛ほど申へしそれゑい山は金五千代くわんむ 天わうの御時ゑいりやく元年にはしめてでんげう大したうどの天だいをうつしひたれ たりたには十六にて三千ばうの寺有一たび参るともからは十あく五ざやくのつみ をほろぼしまさにでんげう大しの御うたにあの〳〵たら三みゆく三ほたひの仙たち我 たつそまにみゆうがあらせ給へとゑいしをるれし山也とかたりなふと思へは程なくゑい山 のばうに付給ふどうしは其まゝけすやうにぞうせ給ふ有がたし共いふ計なしゑけい ざすの寺に入給へは思けへはしめ奉り是弟の人々是は〳〵と計にてさきだつ物はなみだ也 扨兄弟の人〳〵ははゝ上の御さいこのてい有のまゝにかたり給ふよりよりよりよらぬ御 なけきよその袖もぬれぬべし取わき竹つなりんゑにかへりたげき心もしほらかし 扨も我らいさめ申しかわか君たちを此寺へおとし御みだいは大しん殿へと申し時者の跡 にては有ましき竹つながはからい成べしとをくへかけいかんとしなふをそれがし大きに いかつていさめしが樋御さいこにてましますなあらいたはしの御心ねやと左をれふしてそ なきいたるしう〴〵たがいのうき事を思ひ出してはわつとはなきかたり出してはさめ〳〵 とぞなき給ふざすしごくのなみだの隙にもたゞ何事もせんぜの事とおぼしめせ 然共御身ふしつゝがなくおはします事何ゟもつてめでたきらば東山三井寺のほうし むしやをいんぞつし参らせん御ほんぐわいをこげられよくわいぶん状をかゝるゝ所へすへけ 金吉三うら竹ち大いきついではせ来り君も竹つなもうちじまのよし承り候所に かく御長久にまします事扨こめでたく候とよろぶ事はかぎりなし竹つな申けるやうは いかにかた〳〵ちる比めんほくなき次第有御みだいをかくなまるかたりければ人也をどろき 是はなるやうつかとみな泪をぞながしける金吉吉申けるやうはよしそれとてももな是見せん也 のさだまり事竹つなむにやたけに思へばとて三方あら酢そは有ましねも二百あしも一ほん両かん 二つあればとてまつ方へかなはぬ物也また竹やななればこそ君をけんごにせられたり何れ一 に其道友め千も万もいらぬくび引ぬいてはらをいんとまつくろに成てかけいだす 件つなおしとゞめ御へんがせきぶん尤かくこそありことたはあれ共大事のかたきであるさる 五人共に打つれて四方ゟもみだれ入おもひのまゝにうつはきめん〳〵したく有へしと おししづめてしぎをはからず竹つながしんていわれしき共なか〳〵申計はなかりけり 六段め さな程によりよしゑい山三井寺のほうしむしやをかたゝち〳〵やうのゆくよせめこせが こゑをぞ上にける城の中よりねごろ大ぜん大てのやぐらに上りたゞ今よせ来るは大将 の名をは何といふにそ其時すへしげ一げ一ぢんにすゝみ本なんぢしらずや源のよりよし なるがしらぬよなあふしうのうつてにむかふ給へ一たんかくなる事むねんきよとても をのれらかくてはをくきじ〳〵立ならびてはらを切なましいにしばりくびをかゝれんとか も侍のほんにきよくしねとぞ申ける大ぜんともあへず何よりよしとはしにそこな つて何と。きへいを上たり共たゞしんゑんまのそんではくへうをふむがこと也無用の かうげ也いはんゟ其ぢんひけとぞ申けるすへしけ聞もあへずくめんに切てかゝるねごろ五人 いきをもつがせずひ花をちらしてたゝかいけりさしもにかう成よせてなれにならんで しりぞく計也大将いかのして金吉はなきかあれふせけるしこまつしてて門のほうを引さげ むこむ三に打立〳〵をつつめけるねころそかけてはひき引てはかけ二三と計はみへけれ共 分吉につよく打立られ城ゆへはしともる金吉猶も城中へ切て入はやみの木どを打やふり つめし城におしよせいきをもつがぜずたゝかいけり道ともやどらゟ見物しあのはしかう成筈か なたれに有きやほし酒をのませいたはし藤九郎永候と申めてうら申されけるやうは汝かへき は御つんのはたらぎめをおどろかす計也。此いくさ打かたばらうどうに頼へし先程のはたらき にてさぞのどかはき候はめ酒をのんでいさまれまともてかへれかしこまり候とながえの やうしに酒を入金吉が前にゆき右のたんを申渡す金吉聞て梅をもはし給んやう天 御大将よりよし ひゑ山みい寺ほうしうんかのことくなみいる所 しんらみらし きんよし 付つなは大将大せん坊かけ取申と申上る所 大将并大ぜん坊いけとぞれたるてい 竹ちなわとり わたさへもん 10173 よまだ大いなるやつめかな扨こそ一義は取たれとしたぶりしてかぶとをぬぎたんぶとうけ さゝひとほすあらくわぶんやいさみ申て候さらばおすやくへさんあづまがゝりの中酒 くめば酒をもしころもちしほのみぎはへよりしてきのゝをならうしやうしやうとつれ共しほうし きにはぢられて詩もみやすのみけり御へんかへりて道ともに申さるへきは御なさけしう一 ちやく申て候むかしゟ情をはこのはにつゝむとこそせそれがしあまり大世のさのまゝ甲にこと めていのふにつゝみいきほひまさり致主になる也若又打かつたらんにはらうどうどうにと仰ら ろくぐわいぶんと申まんぞくに存さあるが中に聞去のぢうには道友が一び切ておてしく。せしう ば何時成共のぞみにまかせんとさう〳〵帰り申されよとはたとにかんで申ける彼かへかく と申道友大きにはらをくそきやつをとをやにいころせ我しませらや介ばりにからりとつがい ひようどいた金吉が左のあしにのぶかにたつ物〳〵しやと引かなぐりまてけれはあしさうに ふみたてられずたぢ〳〵とする所に渡中ゟ北せんかけよせ金吉をむすといたく金吉物也 のかに共かずに以ておきくびねぢ切てすてすてにけり北せんからうどうわをうたせて有へ きよと左右ゟかけよる所をゆんでめてにあいつけ一人はいつかみゑいといふてなぐれはつがい 〳〵をなげさかれ五つわんくだけうせにけり今一人をのれ命ををすくるぞ今が出しくが出しくはけれなし を受とてむたにをはれて本ぢんさしてぞ帰りける又城中ゟなんせんせんなのつて一文し にことをのり出す六郎馬をうけ合あぶみをふみのべけをとしをきほがらんとする所を くび打をとす所にさいせん大長刀ひつたけのがさしとおつくる竹ちかけへだゞり わたり合さいせん長刀取のべうつ所をやすかた引はづしてむずととるさいせんも持 になれたる者なれば長刀にてむすとくむゑいや〳〵といへ共しばしばらくせう ふはつかざりけりさいせんもやまさりけん竹ちを取ておしふせくびうつ所へ みうらはしつきたつてうしろゟかいつかみあをのきに引たをし是くびうて といへはとうぜんかけ休みうらがよはごしむずとたく三うらる共せず二人共にくび 打おとし本ぢんに引かす大ぜん今ぞさいごへかけよ〳〵とよばはる竹つなよきかたき ぞと心得おならべむずとくみねごろぐろくはんらい大刀竹つなをとつてふせる竹ち是 をみて大ぜんか右の手をしりと取大ぜん竹ちをも引よせひぎの下にひつしくすへげ 来てむよとたく是も引よせ三人と一人惣いや〳〵とこゑを上てぞねぢあへ共三人の 方あやうくみゆる所へ二人のあら者来て大ぜんをひつしばり城ゆへみだれ入道友 をいけどりなわをかけほうしがくびにかせをゆい道友をかたくますのせいやうる所を 霧よさいなみひつはり立せんなき者のかたうごしいきながらくびかせにかゝりさい にんのせめをうぐるみ給へとはやしものして来りたり君の御めにかけたちまちにほ ろびにけりげんしの御代すゑはんじやうかんせぬものこそなかりけれ 山本九兵衛板 万治三年卯月吉日