役者萬年暦 3巻 (存1巻)
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- 不明
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- 場所: 京都
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- 日本語
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- 八文字屋八左衛門
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- ヤクシャマンネンゴヨミ
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- 東北大学
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- ゲンロクジュウサンネンカノエタツノヤクシャマンネンゴヨミ
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
書名
京之
冊
月
年館
4貫
所和三十一
究令図
研々属
学月附
刊
蔵者
所蔵者
管理番号
資料番号
撮影
撮影年)
東宇
台和北
仙令東
図51
役者万年暦
置写
特別
役者万年暦全
『荒井恭姫氏の歌金ヲ
以テ購入セル商学博士
蒲野亭吉氏藤謙画一
禄十三年かのえだつの
仮者万年暦凡三百五十四人
としとくあきの方
京巻
さりとては評判万よし
此方にむかひて
さいけうたつの方に
狂言のたねまかず
かきあつめに
さいはひさるの方
ればの銭かね
此ほうより
わうばんうしのした
きれをとらす
彼者万年暦をひらいて芝居一代男がの
生の善悪を見るに生匪は京の水性
すいをはめる・みづの元酉の年の飛子より。
親仁方迄諸芸に心をおほいたま〳〵いれつ
ばんじい事あり
十二才にて親の家をはなれ他人の手
ぬす
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
たは
十九廿よ丁
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一月十一日
たゝりあり
なつてりんき
ごとをつゝしむべしおんか
ごとをつゝしむべしおんり
廿五六知行にありてさ武道よく諸人に
廿八九にてけいせいかいになつて。
命あやうし四十二三にて身上おちぶれやつし事
又うれい事うつるべし五十にてちゑをうしない
道外にうちつくべし。六十になる迄。かゝへの
子なし七十二にてかくれすむ清水のおく
をとわの滝のしらがかづらきる物にとぼしからす
老のいりまい仕合よし
四條川原評判丁付之覚
名代都万太夫坂田藤十郎座十五丁ゟ廿五丁迄
名代亀屋久米之丞山下半左衛門座廿六丁ゟ四十七丁迄
名代早雲長太夫大和屋甚兵衛三姓四十八丁ゟ五十七丁迄
癰本は惣役者の頂極て上痘位は評別の中で知る
四條
川原
同様南都万大夫坂田藤十郎高
二の
ぜいのふね
箱崎左門はかた勘介
一けいせい弘誓秘に
其身のもしほ草
替り
上吉田が旅硯うゐ子やまし。色に一合の。しらげの来
中松嶋が文然付きけばかうしにみゝを揃へて別金廿枚
下舞姫が妻琴さいせんぐはら〳〵なりものゝ十二てうし
座本坂田藤十郎はこざき左エ門
立役中村四郎五郎はかた勘介
一月若林四郎右衛門女郎や長左衛門
同宮崎団九郎ぜんとうじ長老
同三尾弥三右衛門
若芽きりなみ千寿けいせいせいせいせい
若芳岩井左源太けいせいよし田
同いわゐくらみ介けいせいきんざん
月尾上うこんけいせいにもんど
月霧波花づま□いせいにこく
同藤田大沢郡かねめ藤妹おゆる
万高尾林之介かん除ため
月山下亀之丞
けいせいていか
こしもと手ならひ
月きりなみつねよ
同尾上郎三郎こもとのしぬ
同長嶋庄之助太郎左衛門娘おかつ
若房村上竹之丞をさきそねめ
霧鈴木辰三郎もがせきかずへ
月山下小才三まつら宮内
同村上しげの丞御池八十郎
蕃方藤川武左衛門はこざき太郎左衛門
敵役三笠城右衛門はかた外記之丞
月富山十郎兵衛侍うきす六太夫
道外方金沢五平沢松嶋おや新右衛門
道外方金子吉左衛門左衛門殿下人太郎介
半道たじま半兵衛あげや善四郎
親方三沢治部左衛門女之や嘉右衛門
六貫坂田市弥長左衛門女屋おくま
一同妻木虎之助つぼね
四條
川原
御亀屋久米之丞山下半左衛門座
この
天わうじ
おくさますがた
三番様
替り
けいせい
めしたきすがた
やくしかいぢやう
上ぜんせい殿さまのにもちこぶお姫様の手かけぐるひ
中あいべつ御からうのげん銀がい。お内儀机のくるわがよひ
下見のりおてゝの守参りお娘子様の御きしん
庭本山下半左衛門万代左衛門之祐
立役山下又四郎家老川かつゝめ右衛門
立役多門庄左衛門花岡だての丞
同山下佐五右衛門あげや音郎右衛門
同岡野伝九郎女郎や三郎左衛門
同宮崎義平太百姓九郎三郎
若芳岡田さまの介左衛門のわけ舞おかる
女方山本のもんけいせいせいながしま
姿方てき嶋小太夫なりのまへ
為芳瀬川竹之丞
月かつ村半太夫兵次兵衛の
一同筒井吉十郎
同山本難波第一日より小折友三郎左衛門
同竹嶋休恋さま一月おぐらを三郎同おせん
月八ニ付大豆月吉岡滝之一月吉岡路之丞同おたつ
百金権引
めし岡もとめあさか山とのも
月勝村もんの□ちご清水丸
一月藤田皆之丞ぎん四郎一同山下松井田森や左吉
敵役宮崎団之丞かけや次郎兵衛
同桑原三左衛門あり平次左衛門
月大山万左衛門いゝ田けんもつ
道外山田ぢん八あさ山孫三郎
巻あまの藤八百姓七兵衛
同くが六郎右衛門侍小嶋伝蔵
同伊藤小十郎北むきさよ風
親方藤村宇左衛門がうの池久左衛門
亦方玉川干之丞かこ川殿みだひ
月かめ四郎三郎つぼね
同若井久四郎三郎左衛門
三日今用ゆりわか大坂竹嶋幸十良座
三河ゆりわか唐船京山下半左衛門鹿
役人同替名ゆへ一所に書上は大坂下京に而ひて
大坂
一ゆりわか大臣大名石竹嶋幸左衛門京で山下半左衛門
一みだひ所竹嶋瀧三郎
一そのゝ少将同富沢政之助藤田皆之丞
一道ばのまへトよし岡源太郎
一つぼね杉本藤四郎左衛門
一かつら川帯力竹中藤三郎多門庄左衛門
一是故けんもつ福田団右衛門宮崎団之丞
一同弥五郎竹嶋幸十郎桑原三左衛門
京方は
一べつふの源内同山与左衛門へ京都大山万左衛門
京ノ方は
勝村門之丞
べつふ小次郎
一きくちへ此節竹嶋に大夫京の方は勝村門之丞
京斎
吉岡もとめし
一はらだ松王川上村平八郎
きくち松王
一大友ぬいの介山下才三郎出来嶋小大夫
京中
一女郎もみぢ一小倉もんど
一女郎もみぢ
同
一うさのみこにはん太郎次郎かめ四郎三郎
一同むすめ同竹嶋さきの介同おくら七三良
同
一利徳又蔵両
四
一同女ばう同岩井花之丞山本なにわ
一仕合孫介同佐渡清八同宮崎義平太
一同女ばう高嶋おのへ山本市之丞
一秋月忠太夫ゟ岩入者万右衛門京ニ此役人替成なし
西人方の
京に此役人なし
親に成役
一べつふのせうじ大平川あら左衛門
京方
一きくちはやと山下又四郎此役人大坂ノ方ニなし
一同女房おさわ岡田さまの助此役人も大坂方になし
同升はらざ将がん山下佐五右衛門同断
一まつゝ左衛門岡野伝九郎同断同断
右之通にて候大坂先にかわり申候ゆへ此狂言の評判
大坂竹嶋座の方に御座候御らんなさるべく候
四条名代
川原
早雲長大夫大和屋甚兵衛座
より和列ゑんしやうじ
惣の上の家ふた子
この
替り
けいせいせい谷のつな
六百年のゑかう
一花染のかくし紋
上一念のむろ君大門口のけんはのさこ助大刀尾の道奥右衛門
中二世のうかれめひやうはんの黒屋けつからに成らうにんの身
下三尊のかい帳月の御寺の東山花の都のねりくやう
庭中大和屋甚兵衛
一日用勘八本名前へ山丑之丞
立役杉山勘左衛門
立役藤本平十郎家老おの道貞右衛門
同永嶋磯右衛門米屋弥三兵衛
同浅田善左衛門米どいや喜兵衛
同藤田九八郎ざとう花の井
蔵方水木辰之助けいせいせいたかま
両方とはし沢あやめけいせいさんごし
同はや川はつせはるひのまへ
同竹中喜世之助あげや始るい
同水木菊之丞屋弥采女屋おきは
同水木あさの丞こしもといこま
同よし沢小むらさきけいせい朝ぎり
同水木姫之助かぶろ第三
同大和川桐之助かぶろかるも
同あさだ改之助こしもといははち
同唐松きん弥こしもといはで
同山本竹十郎かぶろきち弥
同子役庄之助勘八郎五郎
飛方おの川宇源次川田三十郎
同大和川甚之助ふく山宇田之丞
同水おぎ難波ちごたつた丸
敵役おの山宇治右衛門番むすこ弥一郎
同松永六郎右衛門くらはし半太左衛門
同大森辰右衛門らうにん六田藤蔵
道外天井又右衛門あげや惣兵衛
親方松山文右衛門ゑんじうし住僧
くはしや方大臣六十六右衛門惣の上こうしつ
やりてかめ
同よし川多もん
芝居一代男序
世は金次第で年中遊びに事かゝぬ
都なれや東山花もかゝる勝地に
さかりをなし。教なる女中方。至り大臣の
賞翫にあふは仕合なるべし。おなじ都の
中ながら。北山の小ぶかき谷かげに
咲花。誰気をとめて見る人もなく。散
しだいになつて。さりとは花も口おしかるべし
といへば・感神院の鳥井ちかき花。くち
びるをうごかし。うたての花のさき所
京中のとつておきの奥殿姪子嫡子
ひとりもいやなるはなく。毎日詠つくすに
草木心なしとは申せとも。色をかんじては
花も虚性になつてむかしよりはさかりも
久しからず。つゐちつてはたす事。おもへは
人間まだかんにんづよき所あればこそ
にじゆんおやぢ
間に耳順の親仁杖にたすけられて
ぞめきたがる若むす子に。耳かしましく
異見といふもの。たとひ後薬にもせよ。
まづは悪酒におなじく。のみこみにくいと
商売にうとく。あそぶ事に夜をねぬ男
ども二人三人打つれだちて四条の板橋を
ふみならし誠や此橋の東詰を異見の
捨所といひ。西の橋づめを。異見の請取所と
いへり。たとへは浮気子息宿を出る迄異見
耳にとゞまり。おやぢがむつかしい顔。玉しゐに
こたへ天窓つきも。かみゆい次第にたばね
させ。木綿踏皮是着物のすそをたつは。竹
と。こいかうしの革足袋にしかへ万始末
心になつて行に。此橋をこへて。東づめに
かゝれば自然と心わつさりとなつて。玉しゐも
入かわりおやぢか金言をわすれがみゆい
しだいの鬢つきくやしくなであげ羽織の
むなひもしめなをし。半畳敷て芝居見る心
かくべつに至り。九尺間のあいてない事をなげ
き内桟敷に所をさだめ。水薬屋酒に乱
つのつて。すぐに宿へはかへらず。心〳〵の色を
むかへ我をわすれて高なしにさわげば。
建仁寺の多羅道。宿のぶしゆびをつぐるに
おどろき。いとまごいそこ〳〵にして末社まじ
りにかへり決大かたは此橋を大名気て打過
西づめになつて。にはかにおやぢがこわいかほを
おもひ出すより。昼からの酔さらりと。埋て。
つく〴〵しあんする程。内のしゆびおそろしく
むなもとに勧気のぼつて小者あいてに。道
すがらおやぢへうそつく談合いかに二の
かはりの三番読なればとて昼から夜半
迄見てゐたとはいわれまじ。はやうかへろと是
からはゝつてもどつてからぶしゆびのたしまは
ならず。こゝを以て。西詰を。異見の請取所とは
申也と。春の日のなが〳〵しきはなし是も
興になつてゆくに。誠に都の中の都とは爰の
春けしき。おそらく見ぬ唐士の吉野も下に
して。上を見れば山〳〵の桜咲みだれて白白
紅紅相間開と。あちの人の詠しも爰程
には有まじ。乳房かくす女より。むねあけ
かけて見せたる和朝の風俗俗増べし。よろづ
かくす事によいことはまれ也紅粉にていろ
むまれつきすか
どりしより。天性の素顔よしと。ぬしある
色に心をうばゝれ花見女を眼力のつゞく程
見つくし。後には春がずみ目のうへにたなびき
是から目金あてゝ見る事じやと。さりとは
色ふかい男。その目のかすみ。さし薬にては
きかず。おほくの女中をみて。眼腎虚した
れば。地黄丸をまがしらにさせと。どよみつくつ
てうか〳〵と瀧の下より清閑寺の方へおもむく
右に六体地蔵をおがみ・左の山ぎわの少し
小ぶかき所に。笹のあみ戸に犬のぐり道の
あらけなくぞれよりおくに自然の岩の洞しづ
かにかたびさしをおろし。軒もまばらに。夜は
月などさし入べきけしきそれも雨の夜はちと
斟酌なる住居東のあかり窓は。かな文反古
張名書はこと〴〵くけしてがたい所にわけらき
文体。扨はよい事しりすぎての遁世者かと
さしのぞきみれば。七十有餘の老人頭に雷を
いたゞき眉は八字眼は入方の月。見るかげのない
翁所から行叡居士の今こゝに閑居して
かとうたがはる。南の桜がもとに筧おとなして
きれいにいさぎよく。酔ざめにのどかわきて。
あんないなしに内に入ッて。おやぢさま水もらひ
ますと。手してのむを。翁ついたつて。小棚より
まきゑの水呑を取出し。若い衆是でまいれと
さし出すを。中にも年がまへなる男。とつて
見るに。内外金なし地にだんせんの内ニ。二本竹
のもん所。高蒔絵にしほうしく。さりとは
あるじの道具には。不相応なる物と。ひね
くりまはしだしか此紋は。むかし中村勘太郎
座に名高き芸子の定紋見ちがへはせしど
いふに。翁こたへて。成程よき覚へ。三悦久兵衛
抱の山本万之助が紋じやと申す扨はあるじも
わかい時はしばゐずきかととはれて。翁涙を
ながしわれ幼少よりおほくの人にほれられし
若衆のひねたる姿その万み助とは無二の
ほうばいといへり。是はかわつた身のうへばなし。
聞ずてにしてはかへられじむかし今の物語を
のこらずかたり給へとのみのこしの吸筒を
取出し。さいぜんの水のみを盃となし是非の
ことはりなしにすゝめけるに。老人いつとなく
みだれて。つねもてあそびのしたんの三味線
ひきかけ立達がゝりの小歌をうたへる事
しばらく也。其あまりに一代の身の上さま〳〵
になりかわりし事ども。夢のごとくに語る。
我そも〳〵はいやしからず父は平氏のながれ
能登守教宗といふ。小刀鍛冶母なん藤原氏
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
四条のはし
□□□□□□□□
二のかはり見物に行
清水山のおく
にて白粉屋の若後家と。上京にかくれなき女
じまん北野にておくにかぶきせし時見物所
にてかりそめにいひかわしたかいにうなづき
あい。女夫となつて我をまうけられしが。十二の
年二親世をさり給ひ孤となつて・たよる
べき方なく・すこしのゆかりあるにまかせ。大坂
名左衛門出見せの手代長兵衛所を頼みこゝに
くらし。常は水車の染ゆかた身はばりざかやき
なしの大たふさ。なりしだいにそだてられ十四の年。天狗の
太郎助といふ。若いものゝ手にわたり。日に三度
つゝ湯風呂にてみがゝれぞば切色のかほも。大
かたにしろみ・それより薄化粧たやさず・立
ふるまいしとやかに物いひあどなくいひおしへ
あくれば海道下りをまひならひ暮ばよしの山
に気をつくし。やう〳〵ひとりばみする年も十七の
春磯打浪之助とあてじまいな名をつき
はじめて村山座へ出しが。まだ其比は紫ぼうしの
風のよい事をしらず。岡崎頭巾といふ物を。ひたいに
あて。是でも花をやつて。若衆方をつとめけるに。
生れついて物おぼへうすく。長口上になつては。さだ
まつてのどうわすれあいやくの役者あせかく事
たび〳〵にて。とかく女方がまし成べしざのみ長
口上もいらず。少しの云ぞこないも。くわしやがたの
かんばりなこゑにていひまぎらかし。くろめよき
物とおやかた若い物と俄に談合きはめて女がた
のいしやう若衆方とはかくべつの物入。初てから
お姫やくも。打かけ太義なと。先しなれる迄は。さのみ
いしやうのいらぬ役目を頼と。次取にさゝやけば
さすが一座の頭取ほどあつて。我無芸なるを心得
其陰のあたり狂言。玄宗皇帝花軍に又九郎
抱の玉村吉弥やうきひと成てゆるぎ出る其団
持の役目をあてがい是でも身一ぶんの藝したかほ
つきおかし。さねや勘兵衛しばとんとなつてのはたらき
今思ひ出せばいかふ前方なる事ぞかし何事も
むかしは物見だけく。盲目太左衛門が腰の一挺鞭
そつさへ人山をなしてかんじぬ。ましてや色ある
げい子の何をしたとて。一あてあてぬ事はない時代
に。うめ〳〵とくらし。櫃ならびの子は衆をそゝのは
かして出しあいの酒事に。役前もかまはず。大ごろ
になつて。ぶたいへ出ると其まゝ。いひ合せの外なる
頓瓢いひだし。相役にけつまづかせ。万事を酔て
くらし我より年かさな子に執心なと云かけ其恋
かなわぬ恨とてせりふくる内にてんがうして笑せ
我のみか人のげい迄さまたげ一座のもてあまし
物となつて京ずまゐかなはず。十九の年敦賀の
津勘兵衛しばゐへにげ下り女がたのぞめどほう
らつな身持にさながらの生男ごゑ。手は黄鬼が
かいなをあざむき。足ばくろあかき毛さかさまに
生しげり。西体にきびの山をあげ。次めに品やつて
よそほふ程けうとく。物くいのよき高野邪智へ
さへむかぬ女がたさらりとやめて立役者になるも
おしい事と自身はおしめど。外からは五年おそいと
打こまれて実方になるもおかし。ばげあたまに
恋代黒をぬり。友の鬢のうすいを。まこものくろ
やきでくろめ。唐崎志賀右衛門と名をあらため。
大名重兵衛が仕出し六法見ならひ。ふつてみれど
何とやら。すそすぼつてきみあいあしく。初日からはや
駒よせの見物にしかられ。名のりいはずにがくやへ
にげこみ此度は悪人方にと役替のしあん中ば
に。若い物共と小勝負おもしろがり。旅しばゐの
はれにこしらへし。着流二番打こみ。爰にもいられぬ
しゆびにて夜の間に便船して尻に帆をかけ又
上がたへにげのぼり。一両年も都のしばゐに尤祖
つとめて。あればありたけの栄耀しなけりやない
ぶんにくらして。きさんじな身持是もましかと
我での了簡同じくは人にほめらるゝ役者に成
た方がはるかまし共〳〵今つく〴〵とおもへば
仕よい時であづたもの。ゑびすや産に。染み助とて
初ぶたいふんでから。其身すがる迄つゐに物いはずに
身ぶり計して一生つとめし女がたさへ今大坂に
はたご茶屋の軒高く和然とよばれて万有
しげく。ばんじやうの時を見て心よく世をさりぬ。
いかなれば我もきりやうもあしからずして。今に仕合の
つなに取つかぬ事よと。身の疵をしらず。世をうら
む折から備中の宮内に上日十五日のしばゐ有を
さいわひにはせ下り。とんてき又八と名のつて。
道外役をしばらくつとめ。しばがきおどり。みつ
竹などのでんがうして人をなびけ合といふ今ころし
おれと。諸見物よりほうびをもらひ。座本もほり出し
役者ときげんのよい時。旅宿の内儀と人しれず。まい
事してある暁ていしゆに見とがめられ。命ばかりを
惣座中ゟもらい又爰をも追出されて。ふしぎの日数
へて。泉の場につきぬいか成方に舎るべきたより
もなくて。あてどなしにあゆみゆけば。塩風につれて
矢倉だいこの音きこゆ。家業とて是は耳に入りて
立より標付を見れば。二番つゞきの役付に深川
哥之助。尤田角右衛門などいふ。古傍輩の役者
ありけり。是くつきやう一と。かくやに行て始終を
かたりたのめば。さすがに見すてがたくて。立役共
敵役共かたつかぬ役目あてがい平二に出し後は
役人たらぬとてぐわしやがた親方口上云道具の
出し入迄をさせて合力につかふてやるとの一言下手
には成まじきものと。いくたびかむねんかさなり仮め
をそこ〳〵につとめける程に。狂言しまらず。せりふ
にあなあき俄に評判あしくなつて。ばた〳〵と入り
おち。木戸に出入たへて。心のまゝに蜘が巣をかけ
初てから五日めに役者の給金半拂のやく
そく。さゝりとちがい。いづれも。すまぬかほして。かく
やにあつまれば。座本は猿丸太夫のかはして払〳〵と
こゑきく時のかなしさ。しるも素人の金本に
つかみ取もあるやうにいひまはし。出にくい金を
出させ。やう〳〵四五日さきから取つきだちのしばい
けふしまふたといはれては嶋へ聞へて口がましき若い
物共にわらはれんも口をしかるべし。こゝは外聞づく
じや。おの〳〵たゝきわけのしばゐと。むねをきわめ
給へと太夫本口をすぼめ。おもたる仮者一両人を
たのめば。はや主なしの気になつて。とてもねのない
しばゐじやだおれついでにぢもりへ行てさはぐまい
かと。あたまに血のおほいもの共がいひ出せば。我も
上手役者と同じやうに鼻をいからかし。アヽりよ
ぐはいながらづいどはらいとらずに。はたらいたため
しがない我者ちと病気でござると身をふかす。
近比しやらくさいやつかな。千疋の馬がくるふも
一疋の馬のあとあしづれのなんひんから事おこ
れり。庭中くづしの男めに隙やれと一座ににく
まれたゝき出されて。又京へまいもどり。久敷らうにん
してゐる内六字南無衛門が弟子となつて
浄るりにもとづき。一ふしうなつてみれと。此流では
中〳〵渡世の禮にはなるまじと思ひきわめて
出羽風をまなびぞれより文弥にうつりまんまと
上より大夫となつて先大坂に下り。市兵衛六三
などに。旅しばゐのだんかうしかけぬれど。此道の
粋ども。太夫にならぬきりやう見付て。いかな〳〵だん
かうに取のらねば。是一生の大事のばせめて夜食
のたねに成程の太夫に療治して給はれ南無薬師
浄瑠璃世界とはやらかしてと。心中にねがい
かけまくも神風や伊勢中の地蔵に盆しばゐ
はじまれど孫平次がうけこみ金にあかしてよい
太夫まねけば是にもはづれて。きのどくのあたまを
わつてしあんめぐらしなまものじりの物にかゝり共
をどかくかたらひすまし田舎行の相談する所へあき
しろいくらんじんもと
の宮嶋より素麺進本来るをさいかひと節なしに
かたりつけ。四ぶ六ぶのきわめ手形取かはし少しの
先金かつて出羽がしだしの水がらくりしかけ山本
安太夫と似合しき名をつき宮嶋の至り勧進
本の宿に着し皆〳〵海路のつかれをはらす所へ
先年此地にてしあみ勘左衛門が弟子仏五郎助と
いふものと合仕にかぶきしばゐせし時ぶはんじやう
の残り銀。今にふらちなるよし。おなじ町内ゟつけ
とゞげさひしく人形からくり水舟等迄おさへ此残銀
すまぬ内は。しばゐかまふとむつかしくかゝれど元来
人形一通りの道具我ものにもあらず。大坂にて
損料出してのかり物。目見とて道具主の手代
八郎兵衛つき下り。やうすを聞てけうをさまし。とかく
此方の道具に手をさられぬ内かへるが肝要と俄に
かたつけ荷ごしらへ取いぞくを。さま〴〵になだめ。やう〳〵
古借を手形づくでたゝきつけ。しぐみもあらましにて
十三日からの初目ゐんぐわと大夕立しきりにふつて
あまつさへ神鳴おびたゞしくなりにたれば一るりやめて
うんらいくせいでんとうれいごゑにてとなゆれば見物は
あらきもとられ目をふさぎ。耳に手をあて何をする
やらしらずにぬれ。鼠になつてかへりぬ。二日はきのふの
夕立にのやねそこねて木戸の物共。大はだぬぎにて
つくろふ。役者共は水ぶねに水こして。かく屋へさしなみが
うつてゐどころがないと本手すり引はなて。しよらい
棚より半櫃の上へがけはしをわたしづいでながら
水がらくりのけいこするもおかし。太夫とたのんだる
我は。きのふのかみなりに持病のつかへさしおこつて。
かんが上らず。心得た役者に針を立てもらふ。さりとは
聞程の事に一つもろくな事がないと。勧を本年を
よらしぬ並廿日のしばゐ。やう〳〵五日つとめて。こゝも
夜ぬけにしてぞれより所さだめず四国の内に四五
年もだいこ持して。其日ぐらしに世をわたれど。しだいに
ねふるび。皆見にくゝなつて。若い時用捨せずに見が
きし上南も。冬がれの木の葉のごとく残らずぬ汁へおち
しゆもく杖ついて。たいこも云たれず。むかしめしゆる
りあるを力に。お江戸に行て。花井才三に身の上を
かたれば。情ある役者にて。ふびんに思ひかくまいなし。
是さへむなしくなつて今ははや取りつく嶋もなくて
生国なれは都にのぼり。此草庵をむすび・世を見かへ
ざる迄もなく。世にすてられて軒の風鈴のぶらりと
してこゝにくらす事思へば無用の長生して別の
事もなきうき世にじばゐのはやらぬ太夫本のかほ
つき見てしんきをわづらふよりばやり狂言に身の
さかりをみせて。人の芸をおしむ時死たがまし也
是も今いふてから四十年おそしづら〳〵わかい時より
此道にそまりむかしと今を見くらぶるにかふきの
さかりおもしろい頂上とは今のしばゐにきはま
れり。見物も目がこへ心が至りて。大ていの事など見て
よいとはいはず。諸芸も仕にくき時節に。さりとは
今の役者いづれも名人なり。是によしあしの
評判せんことも吾ながき事ながら年〳〵たへず
をのがさま〳〵心〳〵の評判をなす事。ひつきやう
古きをたてにつき少つゝの新評を加へわが
心侭に上中の位をさだむる事。惣じて役者は。
見る人の心によりて。すくとすかぬとの差別
あれば。すく人の心からは。中上も上々としずかぬ
人の目からは。上々も中ノ下と見る事。親子の
間にてもかくべつのちがいあつて親父。たまらしやれ
山下ほとな名人はごさらぬといへば。いや〳〵いふな
甚兵衛がよいといはるれは。内儀は。坂田に上こす
やつしはござんせぬとのいさかい。上中下は見る人の
心にある事なるべし。我閑居のつれ〴〵に
古評の草紙をひろげ見るに。文はかわれども
心ひとつにして皆板がへしのごとし。とはりかな
年〳〵芸の高下ありといへ共評する所の人
かわらねばなり。ことさら役者子共の芸を専に
つとむるは。京大坂は二のかわり。お江戸は初狂言
此時に一あてあつれは年中評判よろしきゆへ
なるべししかればあまねく子共役者の評判を
ぜんは。二のかわりを眼にして。善悪を評すべき
事なりざるによつて愚老旧臘江戸にくだり
春をむかへて堺町木挽町の初狂言のこらず
見まはり。それより上がたにかへり。京大坂の二の替り
心をとめて見物し。古評をすてゝ。二のかわりの
狂言を以て。その所〳〵にて。よしあしの評をさだむ。
されは近来の評判京大坂の事はくわしくして
堺町木挽町の評判は多く江戸の狂言なし
たよりてすいりやうをくわへ評せらるくゆへ。京
見ぬ田舎人都の絵図を見て大仏と清水は
道の間わづか二寸あるといふにひとしく大きなり
了簡ちがい共あり。去によつて老筆をうごかし。
眼前見たる通りを細にしるしぶかく和するといへ
共げふのおもてなしに参らすと。三巻の草紙を
あたへ翁も庵室も雪霜の朝日にあへるごとく
じみ〳〵ときへうせぬ。三人の物共は。山ぎはのくづれたる
くぼみに。只忙然として。口をあいてゐる事しばらく也
いづれも眉につはをぬり。豚はあるかと互に顔を見
合せ。やう〳〵心つき。彼三巻の草紙をひらきこるに
ありふれたる評判とはかくべつちがいめづらしき新評
翁のしるせじごとく其まゝにてひろめぬもあやまり
あらば。翁のとがにて老ぼれのわざと見ゆるし給へ
されば世の人の心をなぐさむるは。しばゐに過たる事
あらじ狂言の程つきず。いつ迄も見ることつきぬ
役者万年暦目出度是をまきおさめぬ
都万太夫
坂田藤十郎筑伊左衛門
庵本
三ヶの津傾城買の開山色道八図
見学女色一遍上人天性至り大臣諸分
の道かしこく心つたなからず初念から招言
紙をもかくべき男ぶり。門迄おくり出て。
にもひけらかす程に女郎のゆく風俗朝に
首尾をつくろひ。夕べにかよふおろせかご俗
よんで勘当箱あけぬさきにといふゆみに
大てうちんかゝやかし。色里かへりのしのびかご
宵のみだれ酒に前後もしらず。屋敷の大手
口迄夢見て来る時おろせがが〳〵耳にこ
たへて打おどろきたるていそれしやのぶんは身
に引合せて。其うつる事をかんじぬざれ。色道
に身をゆだね親のゆづり金みなになしての
へらず口男と生れて一生の思ひ出是成べし
ですむ事也人間万事は夢のたはふれとて米がらへ
ともちんからりに羽釜一つをたのしみ明日の
薪たへて家主の見ぬ間にもの
子竹引ぬいて湯はわかせど
米けのないにこまり一文に
とても死では持てゆかず。銭六文とかたびら一つ
一合の米もらひ。四十五文
うそ八百
拍子
にまかせ。
せめての命をつなげどし
などいかな〳〵こりる事でなく心はむかしにかはらず松に
つれても藤ははまゝゆがみなり。もとの木あね
と成て不埒な身をはぢずがせ里の人めしげからぬ
間をしのびて松嶋が我ゆへせつかんにあふを見て。
袖をしぼり。よろづまゝにならぬ浮世ととがなき
世をうらめど身の悪性をなをさふとはせず是世
界のあいせい黄の天性風俗かた気心の底の底
迄もざつてもしたりうつしたり。好色伝更の箱崎
左門が一代の悪性老程にする名人おそらく唐にも
ないと朝鮮人も我をおつてかへりぬと長崎衆のお咄し
若女方霧浪千寿けいせいせいせいせい松しま
上々御太夫職松しまやおしまの海士の二布
かはくまもなき
ぬれの風
俗さのみびた
つきたり荷ひにもあら
ぢかほ
ず大いにとした地顔のうつくしさなりかつかうしとやかに
ともいつてはだへ雪をあらそひ御目つきすじやかに物
こしの少かすりたりながなを命也須婦の姿自然
とそなはり至り道中足どりこせらず八文字ので
出し又けうとかゝず。愛有てこなしがたく張有て
にくからず。其まゝの太夫ざらに狂言体とはみへ
ず今けいせい買末に成て正月節句の大紋日を
前方から心得ぞく才なおやぢを十死生なやまひ
ものにしてのけ。又はないもせぬ江戸の極へ勘定きゝ
に行など是取ではなかむやうな陣入をこしらへべくら
つかふぎたなき大臣おほき時節に。客の万から。あき
日をたのむぜんせいの身をうとみ。障日を悦び親
方のねちくさいかほ。がつてんでこたへびざるい腹を帯
しめて。不食すると。せゝりばしして。気をやむしかけ。
是きはまつて。つとめのさまたげと成。ふかい男の有ゆへと
女郎や長左衛門夫ぬさま〴〵のゐけんになをやめずせつ
ほうつきて。太夫がてゝおや新右衛門をよびよせ。目
のまへでぶちたゝきすれどさもん故事思ひきらふとは
いはずとかく手よはきゐけんではゆくまじき女と。柱
にくゝり付て心玉もきゆる計にたゝかれよしや此
身はおはる共子中なした男をすてゝ外の勤いや
よといよ〳〵心中かたまる時かみしたしたる紙に気
を付。へいの上を見あぐれば。恋しき左門たがいの沢滝
なして思ひをかたるあはれさ。此道しりはさらなり。しらぬ
ばゞかゝ迄もみな袖をぬらして。誠なる心中
のうつる事をかんじあへり
二ノかはり
立役中村四郎五郎
かつかうげいぶり口跡迄岩井古半四郎に似た所有
てじるも病者にあらねば身ぶりりゝしく長がたな
をさしこなし詞つきしつい所なくじやん〳〵としてよし。作
の門御殿の見たてにて此度の替名を付られしが
はかた勘介といふ名此人に相応して序によしだを
ともなひ出らるゝてい。番付なしに勘めとはくらがり
でもみへまする。月名げさの盛生首引さけへいを
とひおりる時すかて見らるゝ眼つき身ぶつよし。され
ばたけきものゝふ色にはつかはるゝ。好色のよのなり
ひ養父の家を出て実母の方へおもむく道にて
よしだといつる美君にたのまれ。松崎迄同道し
思はぬなんぎに
あひぬれ共
□□□□□□□
非道あいなし
らねは正真の
云ほどきに紅倚采女には
底をあかし。城内にとゞまつてらうせきものをせんざし
出しやうすを尋るに。ちやくし太郎左衛門が悪逆に極り
時いたらずしてむねんながら。采女おゆるをつれてこゝを
立のき・吉田とたのしづくの夫ふと成て左門の敵
をうたんためいやしき人夫と成て石塔をになひ来り
吉田とさもんがあいさつを聞て密夫と心へざもんをてう
ちやくしぞつんより立腹せらるゝてい大きによしおよそ武士
の本為は約をへんぜさるを義とす一たん吉田に頼れし言
をかへず新右衛門がそにんによつて籠舎するといへ共いと
はず太郎左衛門にむかふて此方に先がござる左門殿に頼
れなたの首をとらねばならぬ左門殿の行ゑはお尋な
されなとわろびれもせず大ゆう成返答あつはれ古今の
勇士心。根の慥な所をうつさる事。寒の紅やはいそな
事京都つきだしの上文字とは。此人の藝を申侍りき
水方岩井左源太郎三郎兵衛
三代の奥州上々三代の四郎太夫職なを〳〵よしだと名
をあらため
傾もじの事
思ひ今ねつかふ男を
そりやくにして我物つかふてかくし男ふびんけるは。うつ
けの重畳といへど。間夫する程の女郎にかしこと
からぬはひとりもなし。走いたづらにあらず。心底に有
有て情しりのなすわざ物仕の恋とは是なんめり
いづれの比か左門にふかく相なれつとめ身にそます大
よせの夜ぜんざいの岩ぐみをつたひ。高塀をのりこし
くるはをかけ落して箱崎へほざしじのびてゆく道も
つねの道中とかはり人に見られぬふせいつくつて随分
初心にはあるけど。上かへのけだし。腰のひねり。かさす
手もと。迄。いづれかしほらしからずと云所なし。その
うつくしさ西施もはだしでにげるよそほひ。物がたき
勘介を。道にてころりとやき手をくはせ。おのづから頼
まるゝやうにしかけて城外迄つれだち我にかはつて
せわをやかし。せつかくきてからげんぐはと其夜左門は
うたれ。此世にいられぬかなしみ。よりつく嶋もなくて。
勘介にしたがひ仲人なしに夫婦と成もつましき
世帯をへ給ふ是貞女の道にそむかるゝやうなれど
さりとはりはつなしあん。いにしのときはごせんは三人の君
達をたすけ成人の後平家をほろぼさせ夫の敵
をとらんはかりごとに後家をやめて清盛にしたがひ
給ふ心底今の身の上に思ひ取て妻の歎をうつて
もらはんしかけに。勘介とのたらひむつまじくいもせのも
ろかせぎ男は日雇とり女房はひるげもてきてふし
ぎに二度左門にあふてわりくどきのせりふ一つもぬけ
めのない御の字の太夫しよく粋のすく芸
ぶり。見る人ごとに此君のうわさが夜に三度
こちもおなじく日に三度
若世万藤田大次郎年めもとおゆる
めんていぼつとりとして。くげのない御きりやう。采女の
いもとゝ成兄たもん殿を勘介打たると思ひのがさぬと
長刀打かけ給ふ所間がぬけずしでけました
若女方高尾林之介かん介へかと大臣
勘介いもとたつ姫と成云名付の夫さもん殿誠に
うたれ給ふと思ひほだい所へ行。一文に一合の米手づから
ほどこし給ふ場でさもんおちぶれ来買に来りけい
せいよしだがはなしするを聞がくし男にたのまるゝ
所手いらずの扉おぼこにみへてよし。いとしらしいふう
ぞくなお子じや
二ノかわり
若女方岩井倉之助けいせい金山
十一月尾上うこん同こんど
月霧治花妻月わこく
十月山下亀之丞月ていか
右四人の者たちけいせいふうあしからず。金山はさ
もんを手引し。わこくは松嶋を手引し。両方行
ちがひぜわかけ共かひなくにもんとのきがへのつゞら
持来るを。其中へ入ざしきへとをせばにもんとはたき物
が見へぬと。つゞらあけ。此男はぬす人の引手であらふと
のせんぎていか殿も打そろふてくはげんではなけ
れども。其やく〳〵がでけました
憂方霧浪つねよ
二かわり
こしもと手ならひ
十四月尾上門三郎同のしめ
此御両人共にいまだ若ばへのしづねよ故は小哥がよかつ
たが今もなりか存ませぬ御みら殿は物こしさつはり
と聞へてよしどなたも御きりやう見事〳〵
水方長嶋庄之助太左衛門
先おかほうつくしく。太郎左衛門娘と成。さもんのこくゑん
の時おぢ殿と一所に行ませふとの詞しほらしう
聞へる。中の切に。蔵のまどより是と殿こなた
はいかい悪人じや。おんをきた。さもん殿をろうへ入給ふ
とかくおれがあるゆへしやと。守り見へつらぬけれ
まどゟ落てしゝ給ふ。あいらしうみへてようご。たる
若衆方村上竹之丞はこときうねめ
当時此役目の御方すくなくしかも上手といるるゝ
君まれにして都にては一二をあらそふの衆方弁舌あ
きゝかにして富楼耶も爪をくわへすべし弟武屋かく
こなされ身の取まはゝるはしく。御めんていすくどげなて。天性
いとしらしく。師公の閨をとぢて
威雷にたはふれ給ひし弥子聊が
桃をねふつて帝王に奉りし
男色我朝在五中将の。
殿上にてうゐかうちせし昔のすがたも。
かゝる粧ひにや。三味線よくひかれ小哥又きゝごとなり
此度序びらきに。左門㐧かねめと成て出られたるもつたい
国取の若達にしていやしからず。兄太郎左衛門にたいめん
あつて一通りの口上いさぎよし次に勘介を取まきせきいに
なつてにからるゝ思入どうもいへず。第一すい也。引かけてのはなし
興あり愛あり情あり誠にいて上上に気息の君うき
世の伽羅さま命のどくめごろしくされ
二かほり
〇奥方鈴木辰三郎丁御やうがせきかすべ
第一御めんていうつくしく。藝言よほどあがりて見へます。
此度小植かずへと成だつ姫にぬれかけられ御互に不
義はなりませぬとゐけんのせりふはやとなれども
わけきこへてようござる実めいたる事よしぬれの
思ひ入合少しかたいかの武道一通りでは上へちかい君
各方山下に第三次第三次第三にの
七同村山しげの丞同御池八十郎
此両人共に小性の役かぎぬをみかんぬをろうゟ出し
蔵へしのはせ置心底たのもしうみへます。しけの野殿
はおぼこにみへてよしに才三反のお顔のうつくしゆゑの
立役若林四郎右衛門小林四郎右衛門
あさま以来くつわと成てあてられます。男つききつ
として。くるはのふうぞくよくうつさるゝ。此度松嶋
がおやかた長左衛門と成てくはしやが太夫をせつかん
するを。せうしがり引のけ。おくへつきいれはむごい
気なものでないが。入むとゆへまゝにならぬとだん〳〵
の云わけ。金百両さいかくがならば大夫がひまを
おれがやらふとの言ぶん実めいてでけよしたぞ〳〵
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
きくち平蔵
三尾弥三尾弥三右衛門
箱崎采女の侍と成上下大小ぎりに出立あ
さましきらうにん並ぞ。せうに出るがさおち顔を
見れば采女の惣領大道かんだうの太郎左衛門なれば
きもつぶしゆだんをせぬていよし。其後はさもんが
智男ねまにてかたれ給ふと云計かげのしぐみ
藝に出てござつもなるまい庭中の頭取な
さるゝとやら申いかいおせわじや
〽アかいり
立波宮崎団九郎ぜんだうじ和尚
ぜんだうしのおしやうと成堂しゆふくのてせうに出
兄さもん殿へへいさんの重りを上し一通りの口上わけ
聞へてよし平二番目ていつとても実方でけます
はこざき太郎左衛門
実悪方藤川武左衛門
実方より敵役の内に入給ひ。一流を工夫し。章ていの
悪方とは一ふう四かわつたしだし第一眼つれよく
せい少しひくけれ共
大はゞにて
十一
でつくりとしゑ
大おんにてしさいらしい口上の
中に時々おかしき事をいわれ〳〵諸見物へよくあてらなく
初狂言にもりとをが車をとめし。時いやすでつちめがすい
さんなぞこをのかぬと身が若衆にしてきうくつなめをさす
るがのくまいかと。にがりきつていはれしおかしさ。やぶ入の
見物よろこぶ事大かたならず。扨このかはりにはこざきの
ちやくし太郎左つと成で娘をつめてのらうにん姿が
むかし実方をつとめられし程あつてあはれをふくんて此上
しつとりとしてよしといへり。次に勘介せんぎの時げき盛
にゆびにて年のかすをして見せらるゝ思入同じくうろ
たへらるゝ所大出来元来此人公家悪よし都はいふに
およばず。ある事仕のおほきお江戸にてさへ犬友の森の勇
には我をおれり。新評に真平そがの五郎やなどゑり出し
度々せらるゝといへり曽我の五郎になられし事を見ず
あさいなになられし事は有り先以上文字の歎仮と町中の評判
手代
二ノかわつ
はかた外記之丞
敵役三笠城右衛門ニ
悪人に愛敬のあるとは此人の御事第一口跡よくしるも
よい風な所あり。身ぶりりゝしく。諸げいしゆぎやうに
合せては大ぶんのこなり町人の恵よしべつして正月の
やつこ風よし。此度はかたげきの丞となつて生首さげて
へいをのりこし勘介に対してのせりふよし其後いまめられ
おやの歌とちんじられざびしくとはれてとうはくしうろたへて
親の年ちがへおもし其外の事云ひおよばず町中御ぞんじの
上文字近年の出来物とは此人の事なんめり
歌役冨山十郎兵衛衛
げきの丞諸はくび取へいをこへにけ行。後に勘介口書
せられうつたへらるしかほつき悪人方のお手代衆なり
道外金子吉左衛門ニ
二ノかわり
太郎介
だうけの上もり知恵なの衆祖當世人のすく風
あほうになられては
鼻の下に
二つ割の帯をい
さするくらいおろかで
どんですねうてのこる
かたなき名物ぞろへだわけうつけぶぬけはなげをび
とつに合せた万能道外丸ざゝがようてあたつて
世界のあほうのから名をがねこといふも尤そかし
拍子子よく文才あつて狂言をよくしぐまれ
大夫本殿の重宝第一時の気をよくのみこみ
給ひ。言いひ出さるゝ事迄。はらわたがくねるほど
おかしし此度番太郎と成て吉田を夜発と心
得さま〴〵のたはふれあどない所がなをおかし今当
流の道外役。上々吉左と町中の賞翫
三ノかはけ
道外金沢五平次ニ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
紅葉見て桜なをすてがたく鼻の生たるは
山田新右衛門
又なきものと思へば。ませ
松茸の
木の葉
かづいてそこら
香をなす。いや
といはれず。金子反の尻見て。目せばふいはふいはふいはれ
ものにあらず又此人の藝何をせられてもおかし。
第一やりおどりの開山悪女の名今れいよくあて
られ万事実のあるおくふかい芸なりびたび
松嶋おやと成て百姓の身ぶり其まゝ娘が
てうちやくせらるゝを見て涙をながしむねんがら
るゝ思ひ入後にそぐたく取て請出し給ふ云わけ
のためぱらきらるゝ所いなかものゝこなれぬ
むい気なしだし近年の大出来ざるによつて大
あたり諸芸功者な所あつて意味ふかし
是又今の世の上々吉となべていふなり
半道田嶋半兵衛あげや十六月十六日
中の序に出かぶろ共太夫松嶋の事をおやかたへつけ
口したるぞのせつかんのため水あぶせるとて帯ほ
どき引ずり。思わず松嶋おや新右衛門が首へかけ。
引こかさるゝ所おかし惣たい藝かるふて人の
きらはぬが御ぶんの御仕合
二ノわつ
000
女扇や嘉右衛門
親方三沢治部左衛門も
下のせきのくわと成がかへの太夫よしだばしりし
ゆへつけて来り勘介を見付あの男が太夫を
つれて。舟よりあがつたと。せいて云詞つきよし。
口上たつしやでよ程親方がこなれました
〇〇五分坂田市弥兵衛
くつわの女房と成てかゝの太夫松嶋さもんの事の
み思ひつとめせぬゆへぱら立おや新右門をよび
よせめのまへにてのてうちやくむごやつらや。扨もに
くい所がよううつりますよいまく女の下地ではあるぞ
かぶろ
一はや川さのゝめ
一坂田はぎの介はぎの介
市三郎
一山下かるも都盛岩井万三郎門はつの通
子供
一きり波竹之介同大吉一三沢市之丞子
かぶろ
八弥
どなたもよいお子じや言より外は存じませぬ
〇御旗本山下半左衛門芝居ニ万代左衛門の話
山下一流の元祖花も実もある名人国取の惣領と
なられてはその位自然そなはり勿体あつてを立
よく物いひ行跡大やうにして誠に良将共いひつぎ
質をうつし家老となつては庵直仁慈の徳をおさめ
勝君をいさめ。ねいじんをしりぞけ義をたて道をおもん
する体を似せらるゝにさらに似せものと見へず其まゝ
忠孝の臣也又賤身となつて貧窮の家に鈎じり
をやかるゝ。夫婦すぎの世わたり朝にかごかき夕にめう
といさかいして。すりこばちわつなどさなから下賎の体
に其まゝ。諸芸の鏡。一切の姿うつらずと云事なし
当二の替り薬師かい帳に万代左衛門の佐といふ
一国の主となつて色欲にふけり国をかしない家をほろへ
ぼし。妻女をつれて他の国にうつり。あてどなしのあげせん
にせつかれ。いやしき荷もちとしなくだり。云名づけの
娘かこ川正げんのやしきへげはひでんの米をかたげ姫の
御蔵へおさむる人夫の中に打まじり。きせるくはへて
つけぶたいへ出られたる所其まゝの日雇取道にて
同じ人夫のかたげたる俵を肩からかたへうけとるふりて
ひらりとすかし。やところて間をあはさるゝてい下々の
身をかばいかだをするいやしき心をうつさるゝ思入少しの
事ながら是一興と諸見物へ同にどよみをつくる次に妹姫
夕ぎりにあふて。むかしのくるわばなし孫三郎にはせいと云
物じやとぴけらかさるゝおかしさ後に夕ぎりだての丞が手
前へ。心中に切しゆびをひろふて孫三郎とだんかうし。こしもと
共に。見あいごにほれたとてゆび切まねして。さいぜんの夕ざりが
ゆびをもつて。こしもとをたらし薬代といはるゝおかしと。先以あたら
しきしかけ也。扨なり姫が心ていをきいて。けいせいに誠なきと
悟道しておそろしきせいごんたてゝるゝぢかいの下ゟ頭巾に
魚ながれかゝつて。おどろき給ふ身ぶり。庭前になじみの女郎
長しまあらはれ出くつわが女房にせめさいなまるゝを見て
あぜらるゝ思ひ入ぞれより詞をちがへて。おり姫をすてゝやしき
を出られ中の序びらきに穿人でたち是又もつたい有て
よしある人のはてと見へて日雇取の俤もなく言語風俗
かくべつに侍めきてよし。女房おかるにあふて家出をふしんし
不義と由てきしよくをし敵と聞て心ていをかんじあるひは
いかりあるひはうらみ。又はなげき。一切の内に千万の思入をせら
るゝ事。さゝに狂言と見へず。其身その人にはまつて。しんじつ
それになつてのふるまひ。諸見物の玉しゐにこたへて。かんする時は
ともにかんじうれふる時はともにうれい。心なきてんぶもの辺も
儀をながしぬ此所は去年大坂岩井庭にて永観堂見出り
本尊といふ狂言に。村山平十郎殿と。のしほ殿とせられて。
ずいぶんなかされし所なりしが。それよりはまだあはれなりしと
見くらべし人目の上をはらして語り侍り扨我汝がおやを
打しものなれば。一腰をいとまのしるしにとらする縁を切うへは
他人よすみやかに我をうつて父にたむけよと手むかいにおしはす
座をくみ給ふ所。此一ざりの眼ぱつきりと見へて。どうも誰あく
されぬ上手げいあつとかんじた口をふさがぬくらい也扨後手紙子
ためにて。女房をつれてあげやに来り。奉加の所。皆めのあさまし
うつふんをいはんとして。又心にて
くむごい程うつれり。家老川かつくめ右衛門にはぢしめられ。
をししづめ
かた身を
すぼめ眼と身ぶりに
うつふんあるていをうつし。すご〳〵と立給ふ所是詞に出さず
皆其しこなしにていわんとし。しづめんとする心の中のさま〴〵を
しらし給ふ事此道の釈迦とやいはんあつはれ古今の名人と
とをつ国迄かくれなく。其ほまき事山といへば下に見る人も
なく。まねかざるに人あつまつて。しばゐにぎはひ、打つゞいて
都の太夫本万々歳といわ升おさめた
若女方亀田さまの助たつの禁道おかる
さかり過ぬれど女なりの色残つて今とてもいやならぬ
美顔第一ぼつとりとして。すゞどけなく物ごしのいとし
らした。きくにぞつくし見るに心玉をと。ばして。うつゝをぬそ
上手げい。身ぶり思入功者な所あつて。万事それ〳〵にうつぬ
といふ事なし第一人の内義とし
なつては万身持かたぎに
風俗ばしになく世わたりに
かしこく琴のかはりにそろばん
おきならひ年季のにものにして
きせる。しさせの袖下切て切をのこし。
色の道にうとく。始末によしこく。床に入てもみそ塩の
せんさく迄。世間のおもさまかた気をぬけてゆくほど
うつさるゝ。後家になつては。世をあぢきなく思ひなし。
髪中切にして。紋所のあるに袖をうとみ。仏の道に
心ざしながら鳶のやりくりねこのつまごひぶゑんにみに
軒ちかくほゆる時。人もだ〳〵となるをしづめ又は気てた
びれておそろしき夢など見る時。これ〳〵そなた。ゆめ
見やつたかと。夜着の袖より袖に手をいれられ。ゆすり
おこされし事もありしものを今思へはひとり身のかなしさ
おきてもねても。過しおつとの事のみ思ひつゞけて。うれいに
しづむまつたゞ中を似せられ武士の妻となつて行義
たゞしくていしゆと念比なる友のたづね来る。しりかけては
おくへにげこみかりにも次めを見せず夫のるすにはめし合せ
の戸にくろゝをおとし。長刀かけに心をうつし。ゆだんせぬ身
ぶりをこなし。一切の女のわざを心がけ万事にわたつて。それ〳〵
によくうつさるゝ。当二のかはりに万代左衛門の佐が妻と
なつて鴻池屋へ切こみだての丞としあいりゝしくみしかれて
なわをかゝりながらの長口上にさま〳〵の不入いかる時の物ごしあはの
なる時のこはいろどうもいはれぬいきごみ。中につれあい敵と
しつて家出し夫にあふての義理づめうれい末にくるわへ
奉加に行くめ右衛門が悪召にはらをたて一こしをかへして一しもの
からみ大切のしあい。手おいのしよさ長しまにむかふてけい
せいといやしめて。思はくちがいのしゆつくはい。今都にて女房の
三ふくつい其ひとり上々諸げい箱入の名人と諸人
大事にかけて秘蔵いたしぬ
立役山下又四郎
二かわり
川かつくめ右衛門
山下流をまなんで又此人ほどにこなす人なし実やつし
ひやうし事こまかに口跡よく身の取まはし小りこんなり
諸げいの品は先評にくはしくしるしおきぬれは金こゝにいひ
出んもいとふるめかし。当二のかはり。川かつくめ右つとなつて。つけ
ぶたいへ出られ。かやうに候ものは。万代左衛門の助が家老にて候
主君こくゑんいたされ候ゆへ今一度めぐり合てたび給へと
はりまのしよしや山へ百日まふでの大願鳥あだにみの笠
きて出られたる所より。塩をあづかり敵を引うけ長刀
水車にふりまはし。高あしだにてのひやうし事。老大坂中御
座にて。せみ丸の狂言におびたゞしくあてゝれたる所数有て
京にても目をおどろかし侍る扨中にくるわに行て。女郎を
ながめあるかるゝ所。いなか大じんめきてよしぐるはの物共
人たが人にて。ふたんとするを棒をひつ取。一通りねちゝるゝ
口上小なまりになまつて
丸づきんにさう
おうの
物いひ
いなかのやぼてんに其まゝ風俗よくうつります扨前ゟおんど
を取り切に大夫本殿とのつめあい迄嵐座の仏の原の後司
狂言にがたのごとくあてられし所。猶いむかしより。よくのみこみて
おいずる大夫は本殿のおあいね互のせりふしつくりとして。是おも
しろさ。三番続のかなめと諸人かた。つをのみなりをしづめて見物
す。惣つで。此人のげば。打見ばかりのやうなれ共。気をとめ
心を付てみれば中に突有但当流のげいしや皆花を尊
にするゆへ。実をかくして。花計をおもてに立給ふにや。いづ
れにしてもおもしろき所おほし実有といふ共。おもしろ
からぬは此道しやのほんゐにあらず。見物の心をなぐさ
むるを以て上としぎほとす。此人よく人の心をなぐさむる
事を得給ふ尤此道の上名人にあらずやがんずべし〳〵
二かわり
けいせい長しま
若女方山本かもん
妙にすくれたる容色の上にしゆにんあいきやうのそはな
はつたる御生れ
つきをたれかいひし
少評に功も
ゆかぬなりしてじまん
めさるしかほつきな
どゝわる江をいへり出つて美女はゑ女の敵とやらんにて。旨
いやしきぞねみよりづたなき筆のさきにてあしさまにかく事
ひとへに欲つらのひつはつた毛延寿が。照君の美成かたち
を書よごしたるにおなじじかれとも玉貌は風砂にも
昼図に勝たりときけばぞしられ給ふ御身はぼめられ
給ふ子共衆よりすぐれて艶成御万花ならばねこぎ
にし。月ならば袖にもやどゝせん目もとの思は。口もとのじん
じやうさ。物身。皆色でかためた太夫しよく長しまと名
にたかくぜんせいくるはにかゝれなしいつの比にか。万代左衛門の
すけに心をうつし。身のために成きやくを外なして。世間の
気さたかまはず。ばつとしたるうき名なれば。おのづからつとめ
さびしく。おやかたの女房せつかんに手をつくして。せんざいへかひ
出し白むく一つにづらやのめ。よろづが事を思ひきれと
小刀にてさいなまれ。雪より白きはだへにくれなゐの瀧
をながし。こかげをやどの枝もりしづくに涙をあらそひ。
春の夜の夢にはあらでうつゝに左衛門の佐にまみへし
くるしみの有様をしらせ。我国のおのたへなん事はいはず左衛門
殿の心のかはらん事をかこつあるはやぼ成きやくにけう
をしかけて。酒をしい酔の内にくるはをかけおちのかん
したく大じんに見とがめられて。衣きながら心にそまぬお
どりも。皆是万さまゆへと思ふ心からば。ちうふけしきも
なく外のつとめはすてゝの手くだくつわがすどのゐけん
にもやめず。いよ八にくみつのつて下女のごとくにしてつ
かへ共思ひまうけてかなしまずつねより物なきげん
にして。いもうと女郎にさぬ付てしたがひ。其後はた
すきまへだれの次めをもはぢす。かどに出万がこぬ日を
なげき。身のくづおるゝもかまはずたゞ一すじに男の
事のみ思ひ入たる女郎事。さりとはよ程しあげられし
上にてしかりて、はあるまいと。見る人よこ手を打
てきもをつぶしぬ
二ノかわり
立役多門庄左衛門前
花岡だての直
お道具やいおつだてろ。まかせておけろとぶり出す。やつ
こが中にすぐれてだて介がぎりやうこつから夕でまろり
たやさ男。中村氏のうつり目づき物ごしのばづんだ
所はまゝ也。諸げい中の上々文字。さりやうは上々京
女のすくふう。此度女かづらをかけて。おつぼねと成て
の身ぶりれき〳〵のお口きかしゆるかの女房衆に是
程のきりやうなし女のしよさをわすれがたあしまくつ
てきしよくをし又女にうつゝるゝ所よし次にあかし
平次左衛門とつめあいの時女かづらを取て男になら
るゝ所。きつとして水ぎわたつてよし。其外いふにおよ
ばず。諸がいよくこなさるゝといへば。ある人の申されけるは。
序にはじごにて。らうぜきものにわたしあひ。二人共に
はしごにておし付らるゝ身ぶり今少ぬるしといへり。是
大き成ひがめ也。きりやううつくして。あらい事ちと
ゐぬゆへにぬるとみゆれ共成程気まはしりゝしゝさ
あ顔にべにてもぬられ。いしやうもこみじかき物をき
てはたらかれなはぬき所ゆめ〳〵ある
べからず。たゞし都はあら事より。其
美男にてぬれ事を専にし
給はゞ男はよだれ
をながし女は
しりをもつ
たてうつしをぬかし
てよろよび申さん
お江戸におゐて
水戸のたてがみたんぜん三ぶくついの其ひとり
吉川た門さまとは此きやう男の御事なり
三つわわ
留方出来嶋小太夫
るりのまへ
ちかき比迄若衆方の出来島よいに三ゝと難波津
の春にさかりをなし給ひ。見る人所から梅になぞらへて
花の兄ぶんにならん事をねがへり”一げいにすぐるゝ者也
弥太平
いないと
万事にきよう成ためし。女方と成給ひぬれど。万功
者にてくろめ給ひ。大坂に二年此役をつとめ。今上へ
ちかい者。京女郎のたゞ中ぬれの思ひ入武道のかきご
にくからぬしだし髪きり次め若後家のしよてい
夫にしにわかれ。色をすてゝぼだいの道に入家家
あらず。万代左衛門の佐と云大名の子息と父将げんの
いひ名付し給ふ。見ず。しらずのおつとまして枕もならべ
ぬ妻の行ゑなく成給ふと聞てみぬ男に心中だての
髪切。名をしつて色よりたてる後家次め。打見には浮
世をすてゝすてぬ所が命ずいた男におもはくの目
づかひ。いもとにせかれて。何事もあねがたゝみこんだとの
一言ずい成いひまはし。ゑんとしていとしらし。心にぬれ
けはあれど。次めにびたつく所なく武士の始めくさ
ばきらうぜきものゝあるといふを聞ずてにてわき道に
よりゆかんは”女の身はくるしからず・召つれたる侍共の
ちじよくと。門外にたゝずみ下知し給ふ有のあま将
ぐんの水ざかりに。小いたづらなる所迄が。よくにたと
いへり。されはごけといふごけに。霞のかゝらぬごけもなし
とむかしよりいひつたへしにうそはなしおさな別浦に
わかれし当座はじがい出家にも成べき程に思ひつめしが
去ものは日ごにうとくごゝちよき下女がはなしよはふと
心風だしてわけこなく成事。ことに秋の夜のながきに
花ならでしるものもなき”むかしの床のたはふれを思ひ
出し臍下のあたはび〳〵とする時夢見し荷持こぶ
の日雇が。いひなづけの左衛門殿なりと夢中にまざ〳〵
しくね物がたりせしと打おどろきてあたつを見家来
の孫三郎がゐるを。とらへて尋給ひ。あげせんの残り
金をとゝのへ。あはば。殿ごのためにかけやをよびよせけ
わいでんをしちに入て大名の娘子自身かねかつなふ
こがね心中をむまいほどうつさるゝ所.そこしん
あつたものではござらぬ
若女方瀬川竹之丞廿六夕ぎり
此意の母ごぜん炎天のあつきをしのがんとすゞ風
の入り窓の下にぴかねしてゐられに世界のいとし
らしさがびとつにかたまつて口より入て胎内にやど
り出生し給ふ君なれは誰かひとりおろそかに思ふ
ものなしぼうしがほのうつくしさもとより天のなせる
質なんぞ必しも白粉光紅のかり成色を事と
し給はん。からしき目づかひあいきやうあるおもざし
却て嫌服粉顔色を汚と華国夫人をほめ
たる詩も此意に思ひ合され財にたへ成御かたちうつ
すに菱川にてもつたなき筆をはぢてにげぬべしことに
けいせい事のやざしさ。まだ水あげより間。もなきよそ
ほひ。物ごしのあどなさいか成水もゑぼの測に一お
よぎはおよぐべし。されば人は氏よりそだちといへる事。
誠なるかな大名の息女なれ共おさなき時よりくるわに
すみなれはもんしのけだしあゆみを見ならひ。あねごに請
出されて。入国のふうぞく傾婦の姿をわすれず。
あねごとはかくべつのしよてい一風有ておもしろしかはゆ
がられたがる男おほしといへ共縁なき衆生は心にそまず
幾なきそいねの中に上の字を入花岡だての恋と
いふ美男に打こみ。一国のぬしと成給ひても。此男見
すてがたく。やしきにともなひ夫婦のかたらひ夜どい
のむつことは。枕びやうぶもおかしかるべし。されど物うたがひ
する男の心をやすめんと。切てやらるゝ小ゆびもくる
わにある時。よい大じんを。のがすまじきしかけに。ゆび
とは大き成にもはくちがひ今は大名のむすめげ。大
せつなゆびを切。にくいばでようもきられたと。見物
まことにみなして。いとしい君に。さずのつく事
をかなしみ。これをなげきぬ
茶方竹嶋林之丞あげや女ばう
同山本市之丞こしもときち
あげやの女房に成。左衛門の助の奉加帳の。せわかき給ふ所よし
こしもと吉と成左衛門の助女花をてうちやくの時なげかるゝていよし
奥方勝村半太夫けいせいよしの
同筒井吉十郎同参
同山本なには同みかさ
右お三人共にけいせい次めいまだ新枕のふうおぼてに
みへていとしらし。藝公のあがりしだいで水の春夫御と成給へ
若女方今村弥太郎かぶろ大吉
此度かぶろ役なれば町に御舟のお子。あさまの十三
の娘の時から見覚てゐまするがよい子にならしやつた
茶方小倉七三郎こしとおせん
同小桜友三郎月
同よしおか染み介同おたつ
此お三人やしきのこしもと役ずいぶんせい出ておつとめ
なされ後には家老の御内義仮共なり給へ
二ノかわり
此方吉岡もとめに
あさか山とのも
きりやうあしからず。身ぶりゝしく。武道のい
きごみざりとはめつぎりと諸ぐいに油がのりました。
物ごしどこやらじなれた宮崎弥弥津三殿に似て
しかも立こゑ。あさか山とのもと成て。序のはたゝき。
中にくるはへきてしのびすめよし。中の文字で残念
なと云人も有追付しあげ給へかさねて。慥に上物〳〵
針菊勝村門丞ちごしみづ丸
此度は天王寺のちごと成左衛門の子をつれて
出合せ給ふばかりの役。かほみせからみましたが。
せつふもよ程よくこなれた所が見へまするぞ
南方山下まつ井大坂や左吉
同藤田清之丞住吉やぎ四郎
おふたり共にくるはの子むすこにきつめきめにりこん
に女郎のがたへの匂いさつよし。となたもよい御きりやう
○立役山下佐五右衛門ニ相手や市右衛門
近年しあげられたり第古跡よく物のいりわりを
よくいひほどきて。人にのみこます事を求つけて
よく云まはたるゝ人也此度あげや市郎左衛門と成て。左衛門
の作紙子竹にて来らるゝをぶあしらいにし。たゝき
たてん斗にいはるゝ。左衛門の佐に残銀をすまさんため
来るといへるを聞てかほをなをし。たばこぼん持てこい
とぞくざに詞をかへらるゝ所おかし。それより一通りを
聞て奉加に付女郎衆をもすゝめ給ふ所よし
ゑで此人何をせられても先実らしき顔にてよし
うはきめいたる事少うつらず。実めいたる事よく
うつれり。諸げい太夫本殿の目にかなびぬるにや。山下
をゆるし給ふ此道君のほまれにあらずや
御立役岡野伝九郎女郎や三郎左衛門
此度女郎やと成て人たがへにてくめしつに棒をあ
てんとしとがめられ云わけして。せうこの状をわたし
やうすをいはるゝせりふよしぎりやうやうなかく。どこやうきつと
した所あつて。かやうの役め。打ついてようござる。
六十五人ぶ九郎太人ぶ九郎三郎
けはひでんをおさむるにんぶと成て身ぶり杉山殿
にうつる所有て。しりもげ。いのしだしみじゆくながら
勘左殿の思ひ入を似せらるゝさるによつてかるい所有て
おかしく面白し。此度平二番めのかごかろのあじひやうし西な〳〵
一敵役宮崎団之丞ヲかけや次郎兵衛
献役宮崎団之丞
此度かけや次郎兵へと成て。けはひでんの米を手形
に書合せ金六百両御用に立とて。あね君の判を
衆すぐさまけいぼへみせ。なんざさせらるゝ年有
なゆへがやうの町人の悪よううつりました
かけや次郎兵衛
韻役桑原三左衛門あり平次左衛門
かつかうたいはい過人方に相応口跡よく立ふるまひ
りゝしかくねどぶしやうにみへず。上下ちやくせられし
より。つねの。路よし。あかし平次左衛成て。るはひめを
おさへてにうまるゝまなこつきよしを法あやかり
たいは。なりのまへのおいどのあたりを。ようしやもなく
ふみ付給ふ弘法大師が御らんなされたら涙をながし
てかなしみ給はん先以町中の評判かくべつあがりまし
たといの諸ぐい中の上にちかしといへり
外山田甚八
当流道外のうはもりあほうのかいさんうれいをあてら
るゝ事。こともおびたゝしき義也。此度。下人孫三郎と
あさか山孫三郎
成て。米かたげきて。こしもとおほねにむかふて。のた
わこと。はらがいたしわらはるゝかほなかるゝかほ。はぢう
るゝかほはらさてらるゝかほ万事其時〳〵に望んで
さま〴〵のかほのうつり身ぶりのおかしさどふも詞におよ
ばぬ上手げい。又此人ににたものもなくざりとは奇妙也
の道外役もちめん此役めの人にうれいをあてる人
も有ことはいへど。此人のとく其体おかしうして。しぜん
とあはれに成所有是此人の妙也中に左衛門の様おかる
をてうちやくするときごしもととむるを。とめずと其
まゝたゝかせと
いはるゝ一ごん
みゝにとゞまつて
かんずる計也。おかる
について来る下人にて。ことに身にのぞみ有て・主従心
をつくすかひもなく。不義ゆへに家出をせしときいて
しゆつくはいをふくんざる一ごん。むときもにこたへ侍る。次に
敵と聞てきしよくし左衛門の佐をにらみつめらるゝ
思ひ人何から何迄筆にも詞にもつくされぬ中にすぐ
れてむいきに刀をぬかるゝゆへ。庭の佐に切付らるゝ
かとみれば。身なをして我もとゆひをはらひ。一とをり
いはるゝ口上にて。ころりと成て。おぼへずこゑを上て。諸見
物すゝりあげてなくは尤也是をなかぬは是也。しんべん如し
ぎの道外役。上々と世もつて是を賞翫す
十六日くはや方玉川千之丞かこ川殿みだい
けいぼと成て。まゝ子るりのまへ。なんだいを云。むりに
あまにせんとのたくみ。だての丞に見あらはされ。立て
のせりふよしげい巧者にして。上物ではあるぞ
歓役大山万左衛門
半道久我六郎右衛門
同伊藤小十郎
親方藤村宇左衛門
弁や方かめ四郎三郎
凡子の侍けんもつと也だて
の丞とのせりふよし
侍伝蔵と成門の内へ
いりかねこはがりていおかしし
きたむきさよがせとなり
悪女にてわらはさるゝ
かうの池久左衛門と成おしこみ
入しやうすを亡所よし
つぼねと成納る米を請取
くりの女房と成長嶋に
同若井久四郎
に力ばりさす音中の所よし
八月
早雲
日用宿七
庄座
大和屋甚兵衛二替り
本名虎之丞
当世流のきゝ役者。名といひ。功といひ。三ケの津
にあまねくほまれを発し。打つゞいての太夫本。第一
惣身皆拍子にて所作事の名人ぬれやつし武
道かるくしてしつこからずぶり出しこんくはいうき世
おどり。一から十迄ぬけめのないお上手。へつしてけい
せい善の縄ひて人おほく。見ぬさきからの評判いよ〳〵
よいにきはまつて。都の女郎事に買勝給ひ。室の
遊女三色の月に金をぬかれ朝夕の煙たへ〳〵に。
学の身持。其日過の日雇とつに成ても。応を
やめず年のあいたをさいはひに。三五とともに袖を
かたしきむぐらの手せんじ是こそ色このむ本意
みじかい浮世に。すかぬ女房持て。玉の台にし
さいらしい顔して何にかせんどても持がらなす
た女房と。まゝごとしてこそ生たかひはあれと
肩に棒をおく辛苦是も君ゆへ木。備の里
に。馬はあれとかちよりぞゆくと。むかしも同腹中
な色人有てよみ置し哥の心ばへをかんじ夙に起て
もつこに花を入養子おやの屋敷もしらず長居
して。おく右つに出あひ。そうのかみの始と。夫婦に
ならねばならぬ義理づめ。
ぜひなく三色にいとま
をとらし心の外の
うらみをいはれおもはくの
ふかい井筒に。三五がうつゝのひめきへ
うせ。其身もからきめを見て火燵
をくゞり行ゑなく。所さだめず浮世をかるいくらしで。
ひやうたんたゝいて。くうやくはすの色道しゆ行。二たび
色里に来て三五におもはくちがいのくぜつに花を
さかし。身のなるはてはあさましき下着。あやめしほ
れて甚兵衛なくなりと京わらんべのおどけ哥
を諸見物にあて給ふ古今無類の出来狂言
二の替りの一番がち。大入の春ぞめでたし
二ノかはり
義方芳沢あやめ只其さんご
当時女方二人のまれものげいせい事のしこなし宝の
太夫職美顕世にたくいなく三五夜中の新月の
玉をみがける粧ひ。精有て大気な風をうつし
衣香衣よく着こなし
道中たいてい
にかはり少しけんに
見へて幅なき男は
おそれてのゝ程位を取で物ごし所ならす不可
ならず諸分の功者啼ての開山くるは中の色に
たてつくものなし年をかされて年のあくをうれし
くぶかまの男に文してしらせ。むかひうれしく大門
口を出る時日比我をしたふくらはし半とのづいに
実なき床のからみを。今此時とらうにんけたくふて
ひけうのはたらき武士とは云ながら。さもしき心根
見ずかし。女郎に刃物ざんまい常女とはかはるべしと
一げんの侍に詞かけながら。鑓おつ取て肌たらき。何れ
けいせい程さはがぬものはあらし首尾よくそこをし
おふせ。今といふ今ねがひの男となへじげやいて気
の心中をたのしみ。夜ひるなしにかんたんの手枕ね耳
に水くさいいとまの状とは。はらたちやねたましやと
恨の一念井筒にあらはれ夢にもうつゝにもおつとの
事をわすれず。ある時は色里に身をしのび妹女郎
の水あげに諸分の貞義を伝受し。一日くらじのかい
ぎやう。きさんじな身持に。心の駒もとび出。ひやう
らんさゝく男をみれば。此日比恋したふぬしさま。これはと
いだきつけば。はちたゝきのはちはらひてぞらさぬかほ
つき。いとしい程にふ成て恨の枝にくせつをさかせ
なく時有りにいふ時有とすべて女郎のいきぢ。丸はだ
かにして”したりやしたりしたつゞみ打て。どうもいへ
ぬと桟敷も下も。うごくばかりにあつとかんじて
諸見物同音にいや〳〵〳〵ニテ
│[杉山勘左衛門
二ノかわけ
目よう弐八
屍かはつたやつしのしだし諸芸もたれけなく給ふ
してはづみ有。されば物がたきおやぢ。又は房咳やみ迄
うひ〳〵とうきにうかるゝ気のくすりな男此道の元祖
本名世の介
上々文字と京難波もおなじ評判是も女郎買
といふ病にせめられ算用なしにづかひつのれば。役所の
あかいくろそぶたへのきる物きて。もはんたびでとを道ゆく
ごとく。へろ〳〵とやぶれにちかき身代いしこさふに福山とは。
名のれど内證はびんぼの山たく・借銭の海にしづみ
斧は荷かち物心はしやれかうべの家の紋でふた子のかたへ
はれ。虎之丞かおちぶれしていをみて。来の身をはぢ。名へ
のらで久る武士の心いきしぜんと残つて。思ひもよらぬ
たまがおやかたより合力得しと心得。しち物うけて。本侍
に成て一礼のため米やに来つだかまにあふてうれしき
中にぬす人のなんざ身にせまり妻子を金のかはり
にこめられむねんながら。しなねばならぬに心底極め
娘を取もどし。
牛直し
たゝめ。
さいで
最後の
かくご
たしかに二念はなかりしが是程さびしく思ひ切ル中にも
きられぬは夫婦の中女房によそながらざいごのいとま
ごひせんと世間の人とはかくべつな心持でくるはへたどり
行思ひの外に取みだしだかまにかくごをすいせられ今は
かくすべき所にあらずの心底残らずかたり出すより浅
〽玉をなして。此うへはふたり一所に娘つれ死出さん。つをも心
やすくこゆべしとあやうき場を天のぐみにてぶしぎに第
共にたいめんし。あまの命をひろい二度留貴の家とさ
かへ。今こそ誠の福山ノ二人の長者とあふがれし一代のうき
しづみざながらもくぜんに見る心地と老若男女袖を
つらねて。けいせいの善のつなに。元つかん事をねがへり
後けいせいたかま
前方水木辰之助
二ノかわり下女たま
三ヶの津に我をおらせ大日本女方の名へ
諸芸の品は前評にゆづりて
爰にしるさず。皆御存の
とをりがこれのない
お上手ぼまれを四方に
に高間の美形太夫次めにそな
はつて顔にあいきやう。目の中に松伝おしままがき
が島迄うつし。道中ばつとして。こゝつきどふもいはれぬ
にい所有て物ごしでよろして情ふかうて興あつて
心中ようて欲なふてよい事ぞろへのまれの福山
世之丞にぞも〳〵より誠の枕をかはし。たがいにおも
はくつうして娘をまうけ夫にわたして其後ふみの
便りもなくあけくれ男の中のみ思ひくらして大さ
わぎの酔まぎれにくるはをぬけ出。米や弥市が方に
身をおろしての。みづし奉公半季三十五匁でひとり
かなごのあらばたらき菜つみ水くみ割木わは難行
苦行不迄ふんで。おつとの行ゑを聞つくろい。万に気をくばり
しにふしきに泉にあふてならぬ身代ばなし聞程かなしく
女心にあとさきのふまへもなくふつと玉のわるぢゑ置人のかね
をぬすみ思ひの外成せんぎに成て。かねのかねのかはりに二度上るはの
つとめ。二代の太夫と金盛さつとはかなく涙をゑりに
つゝみいやな男にも。いた風な目つきして。そひとむない時
もすひ。なかれぬ所で酒をごほしぶさうぢな四中でぶ
ゑんりよな事するも。いやとはいはれず。なにはに付て勤の
身。しだいにうとましく。夫をしのび姫を思ひとに付かくに
付づゝやうき世とからむる所へ世の丞娘ともなひおこと
づれうれしく。互に見合。度になき出しいは脇にたい
してむねをさすり。短気な心もつまいぞと夫をいさめて
先おさかづきと心よくのみかはして其後世の丞儀をとゞ
めて。しぬべきかくごをかたれば。わしも其ねがひ。ふたり一所で
死ば世に又何をか思ひのこさじと互の心底かたまつすで
にさしちかへんとする時兄弟一所にかけ付。だん〳〵をきゝとゞけてけだん〳〵をきゝとゞけだん〳〵をきゝとゞけ
心中をかんじぬ是狂言のごうぼねしぐみの眼上手と上手と上手
のよりあひ。身ぶりいきごみ思ひ入言語こたへておもしろしと
京九十一万八千軒いひ合て感をもよほす
立役藤本平十郎おの道おく右衛門
元久しぶりて対顔をとげ。御身の奢に見る人の満足
云計なし此人前かた魔手のしばゐにて置七兵衛景清
となられ乞食に種はない物と角づきん凡てすて大ざわ
団七殿を取てしめられしいさきよさ其時の重忠役は山下
半左殿にて。奉に武道のつめひらき。今ににすられす。
新坪に畠山主岩と成
給ふはたらきの時分より町中に
見おぼへゐるとは定て覚へし
ちがひ成べしぬれことがたく
見おぼへゐるとは立て覚へして
と仰らるれど野秋身
請の狂言に小倉や源七と
成て。もつはらぬれをあてられました。第一男つきよく。口上少
かすりあればとをねさして字よき口諸藝こなりたる所
有ていはふやうもない実方なれ共今少にまへ財藝にして
当流にわづか計あはぬ所あるゆへにぞれ極町にて評
判なし。しかし此度おの道おくはつと成て。室の大門口での
不作せらふおちついてよく見所おほと夜中の評判
おつえて上文字とはたれも申侍りき
二丁にはり
はかひのまへ
西方早川初瀬
当春ゟ早雲庵のお勤第一顔色うるはくお姫さまや
ふうそなはり此度はるひのまへと成書付有故ごの
ゆゝゑしれざつをあんじうへ木持て来る目よう甚七がけい
せいのはなしを聞ふうふのあいさつ尋給ふ所物ごし其まゝ
女のゑとていとしらしおんりやうかるわぎもなさるく
げな。中の上にしてたれもうげ凡ます
二ノわり
両方竹中喜世之助あげや娘おるいし
あげやの始と成。手まめを持て出覚を五つついてお
としたものに酒のまし事とのあいさつ詞ずいな所の様
わきつめ。教おとなしなし。よほど花者に花者に物
者な所ありそれで中の上じやとの
いわり
水やけ水木菊豊前を蒸に成おさわ
②
さりとは藝をしつげ給ふ此度采やの女身と成下女ど
かだするをだまて。米をふまざるゝ所よし物ごしあざ
やかに去年のそがにも水木殿御出なされなんだ時かはりを
なされた其お心でなふては上けれはなられぬ中の上はきは
まつた事すへにはぬ人に成かねまい出人とこちは思ふてゐまする
こすかわり
やけいせいあさざり
兼方芳沢小紫
新枕めいたるふうぞくあげやの惣兵衛とのあいさつよし
御めんていはいふまでもないよいはさて
アかわり
後茶方水木儀之丞こしといとま
同浅田政之介同いははし
同唐松金弥内いはて
御三人ながらこしもとの同役なされますゆへ一所に
申ます此内浅の丞殿はかくべつごしもと頭飛行
こなれてあれはめだつ仮目を見ませぬ何させても
一とをりはなさるゝ。残りし二人のおもん。冬類みせゟの
初ぶたい御きりやうよし。芸のやうすはあとから〳〵
入二ノかわり
西方水木姫之介かぶろ才三
六月大和川桐之助同かるも
同山本竹十郎同吉弥
お三人共にかぶろ役にはけつかう過ます。それで外のふろ
とちがひ姫の介殿は。あやめ殿のかぶろと成序びらき
よりついて出。中にふしみで太夫の名をもらひ三五といふ
新枕次め。物ごしならおかほならいとしらしいで持た
お子。桐之介殿は水木殿に付。わげやにての鑓お
どり。御さりやうと申見ね〳〵。竹十郎殿は太夫本
殿はちたゝき姿のびやうたん升て。おくへ入さけのまし
てふしをかたらす所づれこうにみへてすゑたのもし
北条方小野川宇源次川田三十郎
三国に其名高く諸芸かたをならぶるものなく
若衆方の根本拵元極々の名人第一口跡よく
長口上につまづきなく。身の気まはしりゝしく総人を
きめつけらるゝ思ひ入あゝいふまいで皆人御存の事じや
もの。此度川田三十郎と成三五分迎のため室に来
つてくらはし半太とたゝかひ。手おひながらのはたらき
とかふ詞にのべがたし。すべて此者実事のみにあらず。
色やつしぬれ目づかひ。女方とのあいろ
にきのどくげのなき
弁舌はむかし男の
春日の里のみやび
律のしらべにゆきでを
くはせて。引とゞむべきことのみもなしと
いひしごがらしの女のつめひらきなどかくやあらんと過
にし狂言のかず〳〵迄思ひ出してかんじまいらせ候殊さら
なさけふかさふで。水辺にては大人小人げふのちしごに
ぎやつと生れたあかず迄あだには思はず。衆人あい
まうす
きやう諸芸満足と敬白
二ノかはり
若衆方大和川甚之助ふく山うだの丞
御きりやうよく。武道のせりふたつしやにして。よほど
功のある藝此度大名のばつしと成兄の悪性ゆへ
行ゑしれざるを尋んためがりにくるはへ来りげいせい買
の大じん根が侍なれはかたいしだし。武士めいてよし後国
半太左衛とあげやにてのしあひ手おひの所作見
事。又若え方で是程こなす方もすくない上物とはみにな事。
二ノかわり
ちごたつた丸
若方水沖難波テ
はんていうつくしく。目もとはつきりとして。此度は
ちごたつた丸。しんじやうしのゑんざのべる通りの口上
当年が初ぶたいなれは藝の評はかさねての事
子役庄之介二つたま花おさね
およしよ夫。かつ袖みじかくおぼこ次め。守りを
○。母にあふ所よし。其後てゝ親
とつれたち晋いきて母のたかまが道中を見てなる也
所。あげやつでいとまごひのさがつきの時。しのびなみだ
さりとはあはれで。さつまのやつごろさもないたといの
咒一立役永嶋磯右衛門二米や弥三兵衛
此人ほみせ番付にも立仮の部に入てござるがいかに
してもよい親方てござる。此度米や弥三兵衛と介むす
こ弥市がのゝものでしんだいを皆にして米どいやの銀
たゝぬゆへきのとくがつ名作のあんじ仏を寺へあづけ一貫
三百に借来り弥市にわたせば銀気丸久にせがねのせんぎ
涙をこぼしめいてがゝるゝ所。数年の功者程有て
あはに聞へでけました親方にしては上物と見へます
○月十四善左衛門米といや喜左衛門
此度ふしみの米どいやと成弥市郎が石をつゝみ銀に
してわたせしゆへびつ立来り親にあひ二人してのあい
けんでにせがねつかゆる。里も五もくふ喜兵衛でないと腹
立てのせりふよし此人くつわかあげやか。人のさい
そくにきてのせりふいつとてもでかされます
立役藤田九八郎ニ
一かわり
ざとう花の井
あげやにてしやみせんひきかけでいしゆをうかそとさは
ぎのていよいたいこざとうでは有
二ノかはつ
敵役小野山宇治右衛門米や弥市郎
いまだあづまに下り給はね共おそらく三ヶの津に此人
につゞく兵もの
□□□□□□□
あるまじへ
□□
ひつくりかへす
眼のひかりは。
百練の鏡に
血をそゝぐがごとくいかれるこゑには押曲も是がため
にけれ大山もくづれて海に入るとおびたゝし異国の門
やぶらせし無分別もの惟幕をかゝげて目をいから
かし。項王をにらみしいきほひ成共此人にはおよぶまじ
我朝にては曽我の一て所のあさひながきかぬ気び
かみのわうじの我侭迄其まゝにうづさるゝのみにあら
ず町人の悪こんじやう敵役ながら女郎買やつしごと
古今無類の名人此道の開山上々吉とあふがぬ
ものなし。此度米や弥市が悪事。ぬれやつしをこめ
ての上手げいだゞ妙なりと人はいふなり
二ノかわり
秋役松永六郎右衛門ニ
くゝはし半太左衛門
ならにして敵後にそなはつたお人び度半太左衛門へ
と成けいせい三五にふられうか〳〵かよふ内に年季
あきぐるはを出るゆへぜひに一度の情をとむり
成事を云太夫をむかひに来つ三十郎を切と
めんとする所へおの道おく右衛門来かゝり土夫三十郎
をおとし。立かへる所のせりふあたまがちにいふて
しりのよはひ所うつりよし。後にやかたへしやに
来る侍のかほ見ればむろにて我ふまれしおく
右つなればきもつぶし千持わるあいさつよし中の辺
にあけやにてのしあいよ程におひよし中上こは誰も云ます
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
いづれらうにんの悪方に打てつけたお人びたび
らうにん藤蔵と成半太左衛門がくるはかよひ
のたいこを持。おく右つに是三五をだんなの手へいれ
られよ。御ほうびいつかみ取と小ゑにていはるゝ所
よし。あさまの云介よりめき〳〵と藝があがりました
二つかわけ
あげや惣兵衛
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いつとてもたいこ持。あげやのていしゆに打て付たへ
男ぶり也藝云ぶり也いはるゝ事めつくしき付あつて
いつとてもどつと一あたり。此度もいやな物が。しはいもの
と。手のながいものと。いはるゝはふるし。親に孝行な
ものとは名言。先いあたらしきと。町中の評判中上
には大きな石是第一都のねおい所をかへられぬ心
中人といへわがかそおどりは花見物も共にかこ〳〵
二かかわけ
玉のかみこらしつ
やけやくはや方松本六右衛門
わゝしい事が得物此たびこうしつとなり大殿
けいやくのやうしむこ。虎之丞をへんかべして。おい半太
たつと娘はるひのまへをふうふにして。家をゆつらふ
とある悪心きつさうすさまじくにくい事是程に
する人もまれそれで中ノ上との取さた
幕方よし川多門
十二日の
二かわり
やりてかめ
やりて次め大夫を供してあげやへ来るぶん此度也
さして仮目なけれは評判いふ事もなし
親方松山文右衛門切に元宿ものぢうしと成給ふ候
天保十五年四丁百四十五年
東
年三月吉日
元禄十三
天保十五年迄百四十一年八文字屋
不屋町通せいしんじ下町八左衛門様
五年丁
□□□□□□□
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