役者名聲牒
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- 阿那聒散人
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- 2026-08-17T19:23:18.243Z
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- 場所: 江戸
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- 阿那聒散人
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- 日本語
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- 菊岡吉右衞門
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- ヤクシャメイセイチョウ
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- 東北大学
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石声蝶全
狩
第4
13376
『教信信『
以て購入セル首都博士
浦野亭吉氏藤蔵画一
序
二十一
調査
夫達は板橋の壁路逃候芸都の神社
仏閣に古今彼者の名誉をあらはせし狂
言の絵馬あり誠にかゝる遊戯の聴なれ共
名は末代に残るものかは殿てもはけむべき日
菰道也今爰に書栽るものは中古当世
役者の勝狂言をあげて芝居淫人の饌
とも且は故を温て新を右らは幼役者
出世の院様ともならんかとおもひ出し語
だし間とせの藻塩草かき集め水元
ふかき枝菰の道の高名を着到の一筆
に記さんと直に役者名声蝶と号て
もて桃太郎か赤木の中間入にせん。
いふ
阿部駿河
散人放言
附言
一此巻に引書なしときは古老に尋又は見聞せし事の
心にうつり行まゝに書しるせば名題のの君君日時の
前後あらん尤に林なれは心の限を不記みだり成み
いへ共たゞにいつとなし役者の当り狂言を顕すを肝
一要とす故に一座に当り狂言続時は二座をおゐて
一座の美をあぐる付ては彼者系図素姓等つゝむ
べき陰事をあばかず次に三座楽屋内の方云
を不レ用ある日一客来て予に問稲荷町に役者
と聞しが堺町近隣になし何町を宮やと我思ふに
必定稲荷増の事なるらめさはいへ稲荷詞息拍子は
あれど役者にしかゝる素人に不通事ははぶくすべて
近来役者の身のうへを穿〳〵て穴を聞るを嗜む
是野暮の提抜也高瓦が艶色といへ共爺様をしむ
馴染の若いかならん桜木わりて飛さし只表頬を
見て楽しむこそ誠の通人共いふべし然と甞もの
は毒なれど胆斗食丸薬ちつと飲めば否共云れず
先爰にしるすは舞台芸道のら也
観察
芝居見物左衛門
先生へ評判師ゟ
ほうかぶりを
当りしるしの
さしものに
して
ほまれ
帳へ
ける
「貝中
ゟ
進上
中村様
市村様
森田様
発端
雲のみねのたゝすまひ雪をかさねたる夕立の名
残すゞしき風の行ゑもいつれをいつれ春秋のあら
そひに手振袖ふる伽羅の香も町と屋敷の娘風
宿下ふしの楽しみは月雪よりも人の花さじき
中の間切落屋んや〳〵の声大入楽屋口にはおさだまり
いつてもこさる評判師たれはゞからぬ大声のひゐ
き〳〵の役者ざた程なく芝居も打出せば役者の
帰りを見てゆかふ路考が素顔を只一ト目とおし
あひへしあふ其中に五十ばかりの御局がもはや團に
宿はかへりしか錦考は出ぬかやとこちらのきやんに
きかるればしり自慢のきやんいふやうは錦考は
いつでも木戸からかへります団十は今竈川岸
で舟に乗ていますそへアレ〳〵隣から梅幸がかへるはと
指ざせばよリア梅幸を見て行うかと老若男女我
さきと楽屋新道あつちこちおち方人に道急ぐ入相の鐘
の音名におふ中村座の名代男引まくの長の伊平
つかまを持てぐる〳〵とまき衣裳部屋へなげこみて
楽屋のくりを出る折からこなたより来る小男
はみじかき小長と名もしれし市村座の引まゝ方
たがひに顔を見あわせてかわらぬ挨拶時にかたへ
にたゝずみし弐十ばかりの子息風髪は本田に棒鞘
の長の伊平がなしみの見物垂福屋の家曽次郎
を伊平見付て声をかけもしこれはとうでご
ざりますいかに芝居がおすきじやとて打出しから
只今迄爰に立て御出なさるゝはきつひ里人もし
家書な仇名が付ますぞへ奉参」家暮な仇名が
付ずとも根本ほへぬきの家暮次郎とはわがこと
なり吉ゑへ行ばしんござと同格すかやのこえは
いつでも聞またさかい町ではさと人と附丁がつく
たとへなんといわれても一日でも芝居を見ぬと積
がおこつてどふもならぬ所長サモおまへはきつい芝
居がすきじや所詮仕廻は役者がのぞみか五十三いや
〳〵〳〵第十めん顔していふ橋を執する沙門は
橋中の虫となると申ますればおまへも心のおも
むく方をおたのしみなされたがよふござりまする
とぬからぬあいさつぽうごびつくりしたるていこれは
貴様の人体に似合ぬ今の引こと胸のうちが
おくゆかしい伊平笑て何のおくゆかしいことがござり
ませう此引かとはね柏筵さんのいわしつたせ給ふ
でこさります舞台に居てよくおぼへてをり
ます故そこで一寸と申たものさむすに聞てなる
程数年来舞台にいらるれば諸役者のせりふ
当りきやうげん又は年〳〵の役者入かわりその
外の事なんでもおぼへていらるゝであらふ神平すん
んで私も親仁から二代のしばゐ者大むかしは
そんせねど中古ゟの事は少々親仁がはなしにきく
はさんでおりまする「幸かな今宵は北国北国北は
志ざせしが何もなぐさく貴様のうちで終夜
見ぬむかしの芝居ばなしあるひは紋者のあたり
狂言を聞たひ小長には吹屋町の事くわしけれ
ば是から直に三人一座でたのしみたい今夜
の入めはわれらがもめると懐中ゟ壱匁はゝなげ出
せば「伊平に長」も小おどりし三ツぶとんの上より
も琉球畳の三畳敷物わびておもしろし
先御出と二人のものとも家暮次郎をさきに
立ぐつとまかつて長者町大坂町へと急ぎ行
ちよん〳〵ギイヽーツト伊平は内の戸引明れは腰張一
面役者付襖は番付契りふの反古巨燵蒲団
も手拭もふきんざうきんのこりなく三升ゆひ
わた中車かさね扇にいの字の紋丸に仏の字轡
のもん釘貫矢車五三の相顔見世祝義ふる木綿
実に伊平が光ならめかくて家暮次郎を上
座人なをせば小長こゝろえ持て出るは遠からぬ力
とら屋のもちぐわし四方のあか扨後段にはふく
山利久おまんずし亀蔵せんべい千鳥焼かのこ
もちのたゞひをもつて馳走奔走なしければ
家暮次喜悦のまゆをなしさらば是からきやうげん
芝居の濫觴を尋べし聖先狂言のはじめはどう
だ伊平そも俳優と申争日本記神代の巻に
ありと申せとえより文盲無替なれば我ことば
にはのべがたし然れど今日家業として其濫觴
をしらさるも馬牛の襟裾とも思しめさん
いでめつほうかゐに申べしまつ所作事のらん
ふうは神代の其むかし天の細女の命より
岩戸のまへの神楽歌又あらことのはしまりは
多力雄の尊也時代狂言世話ごとは火酢芥の尊
也愁嘆は啼沢女の命に起るさて人の世にいたり
ては嶋の千載わかのまえ磯の禅尼に静御前
是皆役者の中間也惣而芝居と申事猿楽田
楽の名によりて芝居の縁とはなりたるなり
ついては南都薪の能芝の上にて催せばこれら
の縁にもよる成べし出雲の国は歌舞伎の発端
まつた江戸芝居の根元は寛永元甲子年元祖
さるわか勘三郎御免を蒙りはしめて
御当地中橋にて櫓太皷を上るなり同九年伊
豆国よりあたけ丸の御舟御入のみぎり元祖さる
わかかん三郎木遣りの音頭仕金の麾を頂戴す
ありみすらんで又市村座の始りは〳〵伊王寛永十一年中
のとし村山又三郎芝居興行仕是市村座の元
祖なり慶安元年に至り中村座芝居を今の
さかい町に引うつる承応元年村山亦三郎死去す
跡目村山九郎左衛門といふ名代にて先祖宇左衛門
座本をつとむ明暦三乙年芝居類焼により
さるわか勘三上京なし明石と申高名を拝戴す
同年九月江戸表へ立帰る此年羽左衛門市むら
竹之丞とあらたむ万治元年戊年元祖さるわか
勘三郎死去す二代目明石勘三郎相続すむす三
ふたゝびいふやうは次に森田座のはじまりはどうだ伊平
万治三年子とし木挽町にて初る森田座相はじむ
寛文四年におよんでは四代目市村竹之丞座を着
川主膳と相座元延宝六年午のとし古さるわ
か伝九郎中村座四代めの座元をつとむ夫より
元禄十六年六代目勘三郎八代目竹之丞五代目勘
弥打つゝき繁昌す同年二月十九日おしゐかな市村
座にて親団十郎不慮に横死す宝永元年七月
これは海老蔵が
事なり
山村座にて九蔵今団十郎と改名す
正徳四年二月八日山村座落去冬霜月団十郎
森田座ゟ中村座へ立かへる先かやう申が私が親父
に承りたるとび〳〵の咄し寛永元年ゟ是か九十二
手の間でござりまする「すみし横手を打扨も物おぼへ
のつよひ男さそ此うちにも名人の役者もあろふ
又得手〳〵の当り狂言もありそふなもの関答て
遠い時代でござりますればこと〳〵くはしれませねど
昔役者の開山と申は古中村伝九郎叔丹前朝比奈
は家の芸あたり狂言は片桐弥七奴行平伝九郎伝兵衛
七三七兵衛の世話狂言又和事の開山は古中村七三郎
丹前有る家のげい当り狂言名護屋山三浅間旅
は得手の物十郎は毎年大出来扨あら事開山は名に
ほふ市川団十郎角かつら隈ゑどり五郎しぼらくは
家の芸当り狂言鳴神不破の伴左衛門鉄折
仙人もぐさ売その外数多ござれとも爰には申
つくされずさて又はんにやのおそろしき姫路の
城の名にしほふ山中平九郎股野々五郎大谷広右衛門
得手のけい是からは中古の開山柏筵訥子大十町を
的として享保元年中のとしゟ明和七寅年迄
五十五年の間当世役者のあたり狂言のこら
寸お聞せ申ませうおわさらば聞べし
下ル中村座
狂言名題
市村庄
おなじく
森田座
下ル
おなじく
代銀五をうざいた是は三座の御目じるしでござります
扨◯正徳六年申ノ閏二月享保と年号かはる此年
中村座春狂言「式側和曽我に市川団十郎そがの五郎
此ときからかさを
持しはじめなり
時宗後に総角の介六
此はち巻は過し
ころといふ上皇の文句も此時より相かわらず二番
目に朝比奈先大谷広治との草ずり引大あたり
霜月市村屋より中村千弥中村庄へかえる大広治
市村座人行。同二年西正郎狂言海道一棟上曽我
雁金文七団十郎あたり狂言市川介十郎白酒うり
のせりふ有同霜月団十郎森田庄へ行奉納大年記
に天地人筒守のせりふあり山中平九郎中村庄へ帰る
。同三戌正月二日ゟ森田庄にて団十郎初てうゐらう売
替りふをいふ大あたり同春狂言市村竹之丞小性吉三
の役にて大あたり霜月京四條若女形佐登川万六丈
下ル沢村宗十郎初て下ル市川介十郎を三升へと
あらたむ。同四年亥春狂言中村座にて山中平
九郎早川伝五郎と二人工藤あり霜月沢村宗
十郎市村座へ来る団下間森田座へ立かへる。同五子
正月標根元曽我に坂田半五郎かけるつたんごのせり
ふあたり也同年市村座にて沢村宗十郎初て十郎
の紋にて諸見物の目に留る森田座にて団十郎与
次兵衛かんどうのそせうの狂言五郎の役にて大
あたり。同六丑霜月京四條若女形山村市太郎并
あらしわか野下ルかるわざあり大あたり団十郎介
十郎半五郎中村座人かへる。同七寅正月大竈商勇我
に団十郎五郎にて淀屋辰五郎となり江戸河
東上るりにて神楽獅子大あたり二番目に成十
最団十郎弓矢破魔のせりふまいろ〳〵の早言江戸
中にはやる此時坂田半五郎前かえ朝比奈淀川にて草
摺引大当り秋狂言花毛氈二服帯半兵衛七三郎おち
よにわか野嘉十郎に団十郎大あたり霜月大谷広治市
村庄ゟ中村座へ立かへる○同八卯年正月曽我暦開
といふ狂言にて市川川門之介三州屋介千宮市川団十郎こよ
み売かけ合せりふ有二ばんめせう〳〵門太郎五郎に団十郎次
にて水上蝶の羽つかひと云上るり江戸河東つとむ切に
団十郎広治賀引屋根くづし河東上るりにて古今
の大あたりなり此年二月十五日元祖さるいかかん三郎百
年忌にて今中村七三太平のつな引といふことを
舞台にてつとめ団十郎広治左右にならび口上
ある三日のうち見物ほうらく霜月大谷広治大坂嵐
三右衛門座へ上る名残きやうげん大仏三ふ小仏小兵衛団千
郎広治あたりなり此顔見世中村座鉢木女御教書に
松平幸四郎市川団十郎廿年ふりの出合有京四條
若女形山下金作「下ル」同九年辰正月「入船角田川
官左り甚五郎大あたり春山中平九郎死す霜月市村
座より沢村宗春中村庄へ来る○同十年巳ノ年春
舟玉伊豆日紀に団十郎さなだの与市にて鳴見五郎四郎
股野にて石柄打死して早替り土肥の弥太郎に成
ての出端大あたり此時宗十郎初而祐経となる秋狂
言鎗屋と鎧屋の亭主団十郎幸四郎出合狂言
よし同十一年午春狂言門松四天王元祖団十郎
廿三年忌追善鳴神あり二はんめに二人渡辺二人
公時渡部に宗十郎公時は松本幸四郎二級団十郎朔
何れも上手〳〵の大当り也此時に又うゐらう売の
せりふ有三月ゟ大桜勢曽我宗十郎金作厳の
たゝみ積といふ河東笑すへの上るりにて大あたり
同七月狂言「未広名護屋に団十郎秩父
順礼のせりふ此時なり名古屋山三宗十郎ざとり
ぶちの所中古の大あたり也霜月中村座に居なり
頬見世十二段に団十郎権五郎景政幸四郎和田左衛門
為宗にて両人ついの珊瑚珠といふは此時なり○同十二年
未正月初狂言」根根元皇教」に団十郎長
上下にてとしずの雉子の契りぬ大出来也此時鬼王得手もの
松本幸四郎五郎に異見の狂言大あたり三月狂言
羽の滝うつみ新太郎にて清玄宗十郎ころす処大出来四月
甲陽宝郡の花重に団十郎信真師信玄鎌信にて川中嶋のたく
かひあたりなり此とし団十郎あら岡源太の役にて菖蒲力
売のせりふ又かしま五兵衛にて飴売のせりふ有霜月京都
より大谷広治若女形きりなみ尾江下ル此類見世八棟太平や
に楠正成の紋団十郎忰舛五郎初ぶたひの目見得則正
つらなり大谷広治大森彦七団十郎大塔宮金冠白衣
広治に負れて雪中の狂言後に両人卒塔婆引の意
こと両人名人大あたりなり同十三年申春狂言中村庄
朝比奈にて河東上るり
にて大谷広治に
酒中花大あたり
霜月団十郎と団蔵
不和となりて赤蔵は㊃此紋を付る○同十四年酉霜月
若女かた富沢門太郎萩野伊三分下ル〇同十五年戊霜
月京四條若女形瀬川菊之丞下ル」松本幸四郎市川門
之介死す白十六年亥亥春狂一言けいせい福別名護屋にて
瀬川菊之丞けいせいかつらきにて初て無間鐘の狂言古今の
大あたりなごや山三丹沢村宗十郎女衛八兵衛大谷広治
親なき時は兄はおやなり妹は
菊之丞と兄弟の名乗合の狂言に
子也時に取ての正つら〳〵と
いゝしは
〽閏十二年玉扇売のせりふあり皆々役者そろひ
此時なり
なり同年霜月瀬川栄治郎下ル団十郎臣団蔵和合
して三升の一字を取此顔見世の名題和合一字太平記
とて両人出合大あたり〇同十七子年市川宗三坂東彦三郎
下ル市村座にて宗三大津八町米舂の喜六にて彦三
との大量てあり此時の推古今両人にて大あたるなり
○同十八年丑顔見世大坂立役巻頭あらし三右衛門下ル
顔みせ病気にてに出姉川新四郎下ル」同十九年寅春
狂言十八公今様曽我に沢村宗十郎九郎介様の女郎買
古今算なき大入大あたりなり此時宗三鳥目の工
藤姉川新四郎菊之丞生膽のきやうげん大あたり
今に名うてとなる顔見せ三右衛門出ざるを団十くに
が所為と町々にて評判ありし故春狂言に聞て
良三右衛門目見得の時言訳の口上有実は病気也
此時畳さし三右衛門得手のきやうげんなれ共不少ゆ也
冬三右衛門大坂へ登る○同二十年卯四月森田勘弥
地願に付相休跡河原崎権之介名代にて相はじむ
四月廿八日より団十郎病気にて芝居を引同霜月
牽良本服して市村庄へ出市川海老蔵とあら
たむ一子舛五郎を今団十郎と改松平七蔵を松
本幸四郎と改今の事古也元文元年辰霜月立
役亀谷十次郎下ル国富殺生辺五十三次のせりふ有
市村座にて元祖団十郎三十三日忠海老蔵吉田兼好
にてついぜん有帆柱太平記鼎の篠塚此時也沢村宗十
良市村座へ行海老蔵団十郎森田庄へゆく三條
かん太郎市村座人行○同二年巳春今昔僧曽我に
嶋の勘左衛門木沢村宗十郎大出来せいがいかん七勘太郎
金屋金五郎竹之丞あけぼののおはるに千代三
丹波介太郎に宗三何れも大あたりなり。此とし
市村竹之丞を宇左衛門とあらたむ中村座にて
一代奴一代男一代女郎といふ狂言に広治菊之丞十次郎勤む
九月より菊之丞菊次郎広治十次郎名残狂言
信田妻大あたりなり同年顔見世河原崎座にて
閏月二人景清といふ名題にて海老蔵団蔵二人景清
大あたり宗三かん太郎中村座へ立かへる坂東彦三郎
又十四日同三年并春中村座役者殊外小勢にて
皆人不為りと極し所に正月七日ゟ宝曽我護嶋陽
といふ名歌にて然かも其時の座組は市川惣三度
がしらして荻野伊三郎三條勘太郎中嶋三甫右衛門
鳴見五郎四郎嵐音八女かたは姉川千代三坂田市太
郎山本京蔵ばかり也時に宗三鬼が嶌の舟
人にて鬼王と成後にまことの工藤五郎は伊三郎
此時古中嶋三甫右衛門初て糸びん男となり朝比
奈の役碇引大あたりなり是より今にいたりて
中嶋氏一流の朝比奈を伝へたり女護嶋へ八百
屋お七を入しきやうげん三げんめに荻野伊三郎
元服ありて長上下の出せりふ大あたり同年霜月
沢村宗十郎中村座へかへる海老蔵団十郎市村庄へ
来る辰岡久栄「下ル同四年未春狂言通曽我に
今団十郎助六あり大あたり同七月通曽我の
後日ゑび蔵羽生村の与右衛門本名かげ清にて籠
やぶり大あたり同春中村座にて宗十郎めくら
の太皷もち大あたり同八月町人鑑につりがね
の弥左衛門といふ男だて大あたり同霜月山本京
四郎下団蔵中村座へ来る都漆董鉢木に則団蔵
青砥左衛門にてしはらくの出大あたり京若女形
瀬川菊次郎下ル
こうにて壱番目の大づめに関羽大あたり今晩十
郎大福帳のせりふ有○同五年申春市川団蔵
死す霜月海老蔵団十郎中むら座人来る
沢村宗十郎瀬川栄治宮市村庄へかへる同六年而
春菜花曙曽我に海老蔵平家盤ある大出来なり
此年二月若后がた佐野川市松下寛保と年号替
霜月海老蔵団十郎大坂へ上る名残きやうげんに不動
愛染あり大谷広治大坂ゟ下ル」同中村新五郎佐賀河
万菊中山新九郎下ル瀬川菜之丞市山伝五郎松嶋
茂平治下ル両人万歳の拍子ごとあり○同二年戊春瀬川一
菊之丞新むけんのきやうげんあり大出来中村座にて
大谷広治吹の又平大出来なり五月より栄之丞
石橋の所作宇左衛門寛見西行同年市村座にて
六尺大げんくわにて木戸打こわし芝居しばらくへすむ
同年二月寧宮病気にて大坂より下る二月廿七日
死す霜月中村富十郎大谷広治股野五郎にて
川つが位牌をもつてひとり角力のしうたん大当り
二はんめ広治宗十郎伝九郎伝兵衛七三七兵衛のきやう
げん有大あたり瀧中歌川を哥川四郎五郎とあらたひ
京若女形尾上菊五郎下ル市川ゑひ蔵河原崎庄へ
下ル○同三年亥春「娘曽我凱陣八島に富十郎松
音八江戸河東にて夜のあみ笠といふ所作こと有市村
座にて瀬川栄之丞女なる神相手は尾上菜五郎さい
とう五にて大あたりなり同秋菜治良女非人かたき討
市山伝五郎水仕合大あたり中村座にて広治馬士の
彦野富十郎まごの小六介五郎比丘の判官にて広
庭の大だてあり同秋広治今川了俊大出来松本幸
四郎ぐわんてつ坊にて大あたり霜月沢村宗十郎大
坂十蔵座へ上る海老蔵中村座へ来る此時大谷広
治高氏にてゑひ蔵篠塚しばらくの出合五関
やぶり大あたり坂東又太郎大谷鬼治とあらため
大もり彦七にて裸身にて琴を引大出来なり
延享元年子春二月十五日元祖勘三郎三郎百二十年
忌にてゑひ蔵広治ぶたいにてさるわかの衣裳
金の麾を三日のうち見物に披露する此年春
にせ五郎朝実奈にて広治海老蔵女川菜飯の
行燈より出て草すり別あり同霜月森田勘
弥ふたらひはじまる菊之丞中村座人立かへる萩野伊
三郎下口伊三郎三味線にて菊之丞鬼治おどり
くどきの狂言大出来○同二年丑春菊之丞女
まごにて駒鳥恋関札といふ上るりにて宮古路文字
太夫宮古路加賀太夫一日がわりに勤む跡また道我
寺にてゑび蔵広治門覚弁慶にていがぐりあた
まきゐたか〳〵の出端菊之丞と三人問答の
おかしみ古今なき大あたりなり秋きやうげん
は東山にて七三郎菊之丞おちよ半兵衛大あた
り後に菊之丞おちよにて半兵衛をしたひて鉄
拶仙人のしゆこうにて我気を吹出す狂言松
嶋吉三郎
後に八百蔵と改り
御菊之丞が姿にて破風
柏懸門にて市川に改見
よりむかふ桟敷よで中のり有大出来なり霜月
中村庄若太夫勝十郎を中村伝九郎と改則奴
丹前さんやれおばしの所作子役中村仲蔵とつと
め大出来なり藤川平九郎下ル股野ゝ五郎にてゑほし
折の五郎作と成市川宗三郎近江の小藤太となり
ためし物土段の仕内俵の大だて大あたり栄治郎
風折にて蝦蟇石より川つがけ出るを見てのひ
とり芸大出来なり鬼治鬼わかにて振袖のおかし
みあら事二ばんめ乳もらひの鬼王大あたり同年
市村若太夫満蔵を亀蔵とあらたむ芳沢あやめ
下ル蕪漬の狂言あり○同三年寅春きやうげんに
富士雪貫大平記に土屋治初で五郎伝九郎初て朝比奈
挽すもふの所作大出来海老蔵かげ清にて近江八王た
み介と成工藤宗三郎にて八幡で八わたしらずの仕内
大出来一ばんめ大詰に海衣蔵達摩大師大出来なり二
げんめ菊之丞けいせいかた貝にて菊治郎とかげのわづゝ
ひ対の出立大出来栄治郎団七が女ほうにて益間
のやつし大あたり也平九郎団七九郎兵衛にて本名は
樋口の次郎にて一寸徳兵衛に大谷鬼治両人の仕内大あた也
りなり森田座にて松本幸四郎清玄大出来二月廿九
日筑地火事にて中村市村類焼す社たく普請出
来して六月より中村座薄雪の狂言にて伝九郎つま
平薗辺兵衛に平九郎大出来同九月夕ツ残に舞台にて
平九郎ゑび蔵に顔のくまどりを受る霜月京四條若
女形あらし小六丁によし沢あやめ中村庄へ来る沢むら重
の井を小伝次と改菊之丞菊次郎市村庄へかえる
岩井半四郎山平京四郎下ル」沢村春五郎を宗十郎
と改小六花子の所作市川宗三郎底作り宗兵衛印
名長崎勘解由左衛門となりみだしの大立花〳〵敷て
大出木なり。同四年卯春市村座にて菊之丞小性
吉三郎実は朝日のまへにて廻り堂にての仕内大当り
二ばんめ荻野伊三郎佐野ゝ治郎左衛門にて実の治郎左衛門
介五郎を殺し後には橋にて大立古今の人当り菊治郎傾城
やつけし大あたりなり此時「錺朝徳曽我」にあやめ伝九郎
よしはら万歳の所作大出来なり同夏狂言両座
ともに菅居伝授手習鑑中村座にては菅相互中村七三
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
大出来白太夫宗三松王鬼治梅王伝九郎桜丸小六
時平勘左衛門源蔵とかんしやう〳〵のあれ海老蔵大
あたり市村座にては女かんしやう〴〵菊之丞松王女
ほう菊治郎大出来松王介五郎梅王亀蔵さくら丸
市松源蔵伊三郎白太夫と時平は得手物三甫右衛門
大出来しかし当りは中村座なり同五月廿五日大谷広
治死す同秋海老蔵さうつ川のばゝあら井の
ゑんまかげ清にて大出来森田座にて天人お七山
本京蔵小性吉三郎佐野川千蔵土左衛門伝吉
松平幸四郎になゐをかつぎて出こん礼のもりもち
到来なり霜月沢村宗十郎長十郎とあらため
中村庄へ
此時ゑひ蔵股野五郎
京都ゟ下ル菊之丞
かへる
長十間川津菊之丞万江御前此町を三千両の出
合といふ大あたりなり大谷鬼治松本幸里道津
打門三郎
市村庄へ
十二月大谷龍左衛門死す○寛延と
来る
年号かわる辰春狂言ゑひ蔵長十郎かけ清重
忠にて駕かきの出合大あたり同市村座にて
坂東彦三松本幸四郎岸柳島のきやうけん両人
大あたり同年五月荻野伊三郎死す大谷鬼治
を広治と改京都若女形中村久米太郎下ル」
市村庄へ
あやめ菊治郎仲村屋あらし小六八
中村庄
かへる
顔見世「女文字平家物語に市川海老蔵あかん平
奴のたんぜん本名はせ部長兵衛にて宗三清成卿
となり出合大あたり也あやめ仏御ぜんにてめつた
系図大出来なり二ばんめ菊治良俊寛が妻にて
赦免状を見て勘左衛門を殺す処大あたり久米太郎
京人形の所作大あたり○同二年己春〽男文字曽我物語
にゑひ蔵扇うり本名京の次郎にて鯉のむけんの鐘
大あたりあやめ菊治郎女かけ清女重忠の出合
大出来なり二ばん目長十郎番太郎にてけな
くた大臣本名十内にてやぐらの太皷をうつ
所大あたり同三月節句より介六市川海老蔵
けいせいあげ巻瀬川薬治郎例の大あたりなり
此年よしはらにて初て御くらをうゆるに付なし
同春市村座にて
ふたい桟敷迄御くらを植中の町の道具立也
幸里卿せいげん小六市松二人さくらひめ大出来
同藤三座共に仮名手本忠臣蔵を取組なり
此役は享保
中村座にて沢村長十郎大星由良之介
年中中村
座にてせしを一とせ長十郎上京のせつ大岸工内とて此七だんめ
を作り大あたりを取たり夫より忠臣蔵にとりて入しなりえ
来銅子の家のものなり上手の芸道は上るりに迄取組て後
世に残る海老蔵が鳴神は吉野梅に出る矢の根五郎は潤有江戸
むらさきに入しなりこれ
一塩屋判官八百蔵勘平七三郎
栢蓮調子の矩模ならずや
おかるに久米太兵衛平右衛門。伝九郎得定九郎喜十郎九太夫
師直。三甫右衛門天川屋儀平に海老蔵となせ。あやめ
本蔵。市川惣三市村座にてば彦三郎由らみ介
かん平に菊五郎卿塩屋はんくわん亀蔵平右衛門門三郎
刀祢おかる市松師直九太夫。介五郎定九郎本蔵幸
四郎儀平に広治森田座にては由らみ介山本京四郎
何れも大出来なり秋に至りて市船かしにて心五
郎乞食にて三味線を引由官殿とわが声有をつ
かふおかして後に市松と泥仕合大出来也幸四郎
猶介権兵衛にて大田に竹宮崎十四首を殺す狂言
今やう一流の
大出来なり九月二日瀬川菊之春死す
名へおしいかな
霜月歌川四郎五郎を沢村宗真臣と改松島八百
蔵を市川に改仙石左十郎を坂田半五郎と
あらたむ京四條若女かた中村喜代三下ル此顔
見世赤沢山相撲日記に大谷広治中村介五郎川
津また野にて角力あり古今の大あたりなり
御能太平記に長十郎残香にてかげ絵上るり
軍談聞事なり松本幸里臣たかうぢ大出
来なり○同三年午春門
一にけいせい
すがはらに喜代三たいこもち源蔵に広治同時
平に五良後に響仕合大あたりなり此時坂東又
海老蔵中村座
八を三八と改同年五月
を引てやすむ
同秋汐満玉風折小町
久番良半五郎と汐みつ玉にて両人泥仕合
大出来なり沢村長十郎黒主にて菊二郎にあふ
むの血をのませものいふ所両人大あたりなり幸四郎
山まわりの佐四郎伝九郎白藤源太両人あたり也
同九月菊之丞一周忌にて一子瀬川吉次石橋の
是今の菊之丞が
所作大出来
初ぶたいなり
同長十郎次郎座村
追善口上あり同霜月顔見せより中村明石
七代目座元勘三郎になる此時狂言
に長十郎清もり菊治郎市松仏御ぜんときわ
ごぜん両人妖妬の仕うち大あたりなり幸足
郎にせちよくしのやす公家門三おきらき
権蔵にて両人雷ふりの大たて大でき久米太郎
胡長にてちんばを引下駄をけき喜十尋と
此時海老蔵市むら座人出きん
たて大出来なり此時海老蔵市むら府人出きん
同四未正月元日坂東彦三郎死す○宝暦と年号
かはる春狂言〽菜花隅田川しにゑび蔵ういらう
売あり後になる神大あたり也広治粟津六良
にて腹切介五郎麻生の松若大出来なり壱の切
七福神の見へ大出来二ばんめ黒舟忠右衛門広治
獄門庄兵衛介五郎大つめゆしまのおかん喜代三介五
官とはす池の仕合大あたりなり同秋〽恋女尼染分御
綱あやめ定み進か女ほうと成道成寺の段大出来なり
江戸平幸四郎ひぬかの八蔵鳴見五郎四郎大あたり十段
目重の弁菊治郎忠ねんぢよの三吉瀬川吉次両人
しうたんの所見物袖をぬらし古今の大あたり同
九月二日より菊之丞三回忌にて昔狂言むけんの鐘
菊次郎津とむ大当りなり同冬霜月沢村小伝頭
子細あつて森田座元かんねとなる顔見世芝居取
立のため中村伝九郎中村七三市川宗三木挽町へ
すむ京都より萩野八重桐下ル藤川平九郎佐登
中村庄へ
秋田
本領鉢木染
かえる
川花妻下ル中村介五郎
城之介幸四郎ほつけ長兵衛介五郎たわし売の
出大あたり後に城之介女ぼう菊次郎にかたりの狂言
たわしを火鉢へくべてのそらなきの敵やく大出来也
一の切三甫右衛門宗高親王にて金冠帛衣馬上の
出立左右に幸四郎五郎白丁の出立にてくつわ
づら取三ツのかなへのせり出し見事なり平九郎
はんごん丹売の奴居合の仕内大出来なり切に長十郎
源左衛門にて古法眼馬の絵書の出平九郎と和事大
出来如五郎平九郎出合いつれも大あたりなり○同
二年申春」西輪曲輪商賈我に介五郎なるかみ坊のぼ
うこん幸四郎鬼王二ばんめ菊治郎女なる神有
同秋諸蝶奥州駅に安倍貞任に幸関臣宗任介五郎
大出来二ばんめ菊治郎けいせい黒塚と成介五郎とふ心
中大出来八百蔵市松出花半七富本豊前上るり
にて道行大あたり次に奉口上卿儀すき菊次郎女かみ
ゆひの出合大あたり狂言なり同年霜月あらし七五五
被下候」○同二年中春市村座にて海老蔵はとや
の鷹の工藤大出来なり二はんめ七五郎団七もとど
りのくわんおんをのめく仕内大出来広治一寸徳兵衛
にて七五郎殺す処大出来大あたりなり此時よりあらし
七五郎を上手なりといふ同霜月京都四條若女形
あらしわか野下ル長十郎幸四郎殿
来る
市村座人
大は合広治
中村庄へ顔見世梅楼二人蝉丸幸足得せいらい清兵衛に
て大あたり赤沢山善術相撲に広治介五郎角力あり一の
切広治介五郎二王うが神に三甫右衛門弁才天気次郎
塔の沢のせり出し古今の大あたりなり中村高
十郎娘形山下金作下ル同三年酉男達初買曽我
に辰十郎ゑびらの前にて大磯のとら富十郎けわゐ
坂せう〳〵に市松十二段の人ぎやうつかひ曽我たい
めんのやつし大出来なり鬼王に広次十郎に七三
両人貧家のせり出しやつし紋つくしのせ給ふ
大出来なり二ばんめ梅堀の由兵衛うばの源兵衛
両国髪詰床のきやうげん大出来なり後に菊次郎
おむめにて長吉ころし丁稚長吉に瀬川吉次菊次
郎広次しうたん得手物にて大当りなり三ばん目
富十郎京鹿子娘道成寺の所作あり大出来なり
市村座にて嵐わか野かるわざにて鐘のうちより
此年より曽我祭
出る道成る大出来なり
を舞台にてする
霜月おの
元栄五郎市村座にて元服ある沢村長十郎森田
座にて助高屋高介と変名す嵐九八坂東又太郎
中村座人
顔見せ中村座にて
とあらたむ市川海老蔵
出勤する
菊次郎富十郎川津が妻まんけり風折にてすゝ
きせんたく張柄の仕内富十郎一万箱王が髪を
取あげる仕内両人の出合大てきなり〇同四年戊
春「百千鳥曲輪曽我」壱番目介五郎京の次郎にて
市松いぬほう丸にて衆道のきやうげん後にかつは
箱をかつき入幕ぎは大あたり二ばん目海老蔵
此二月子息団十郎十三
廻着のついせんあり
矢の根五郎仕おさめ大あたり
松本幸四郎忰幸蔵こもそうの出初ぶたいなり介
五郎たばこ切にておとこ道成る大あたり同春
森田座にて高介将門にて三打の鐘をつく所大
出来後に奴座頭七化の仕わけ仕おさめあたり也
同年九月広治名残きやうけん根元権国哥舞伎
に海老蔵山本かん介広治理忠徳兵衛鰐目貫づ
くしにて三番叟の拍子立大あたり同霜月中村庄
にて松本幸四郎を市川団十郎と改しばらくの
出端役は岡崎貫四郎同忰幸蔵幸四郎とあらたむ
○同五年亥春団十郎鳴神菊次郎相手にてよかり
しなり市村座大谷広治濡髪長五郎にて中村
喜代三とかみすき大あたり秋狂言信田長者柱に
海老蔵うき嶋弾正にてそらつんぼ後に将門ほう
こん金冠の出立大出来団十郎小山判官にて辰十
らかしま五郎出合討死の所大でき後き手蔵にて
似せ小山のどうけ大あたり富七郎小野ゝおづうにて
七小町のやつし二ばんめ松葉屋染み介菊次郎目くぼ
伝兵衛介五郎坊主のゆうれい三甫蔵井つゝ巴之丞
喜十郎にて女五郎と仕合大でき同年霜月大坂立
中村庄人
渡辺競瀧口
役山下又太郎下辺中村喜代三介
来る
大出来なり宗十郎綱がおばのやつし大でき一の功
海老蔵目名の不動こんから童子伝九郎せいたる
どうし団十郎喜代三げくのなはにすがりせり出し有
市村庄へ
○同六年子正月
此時菊治良吉次五五
立かへる
三日助方屋高介死す希代の名人おしむべし
同春狂言両座共に十五日より初日なるべきを十四
日の夜白子屋火事にて芝居類焼ほどなく普
請出来して「寿三昇曽我」伴左衛門団十郎かげきよ
ゑひ蔵ざうりうち有又太郎山上にてばかの出
端有一梅若菜二葉曽我に五人男かり金文七市松極
印千右衛門亀蔵安の平右衛門栄五郎神なり庄九郎
一介五郎布袋市右衛門広治あんこう無間大あたり
同五月栄五郎かけものゝ鯉ぬけ出水仕合中役者
大せい紅襦袢にて大立あり同四月長生殿常桜に
団十郎田畑之介にて海老蔵若紫のけちまきを
ぶたいにて雷火道にゆづり二ばんめに介六有いきう
に宗十郎白酒売七三郎あげ巻。喜代三いつれも
あたりなり海老蔵似せ般若有同年霜月菊五郎三八彦
三本村左門将来様団十郎将門其外にて七役の
しわけ古今無類の大あたり二ばんめ炭売五郎八
本名将門団十郎秀郷に菊五郎と出合両大あたり
のちに富十郎やばせ実は龍女にて菊五郎両人文
字太夫上るり大あたりあらし富之介下ル海老蔵
本郷庄屋金王桜にゑび蔵しぶやの金王にて
しばらくあり瀬川吉次を菊之丞と改道成寺
の所作事大できなり同壬十一月十三日瀬川菊
治郎死地奏の名人○同七年丑春中村庄狂言
治郎死
なりしか惜哉
日本堤総首曽我団十郎かけ清にて物少さ太郎三
八朝比奈にてかけ合の柏子舞あり栄五郎佐野に
治郎案門八橋富十郎三ばんめ団十郎佐美の
三郎にてにせ工藤かんどうゆるしの場大出来なり
喜十郎のぞきからくり大出来文字太夫上るりにて
八ツ橋がぼうこん。富十郎せいけんがぼうこんに団十郎両人
対の姿にて七三十郎にて三人所作事大出来なり
後に同上るりにて清玄がいこつにておどり大出来
大あたりなり漆手綱狛重我に羽左衛門祐経広治
介五郎十郎五郎対面のやつし大でき次に広治重
の井新左衛門にてしねんぢよのお三菊之丞切に
千蔵が浄るりにて菊治良追善あり大出来
なり同三月中村哥右衛門下ル六月二日大谷岸治
富十郎七
死す同霜月菜之丞和歌野仲村殿富十郎七
三郎姉村座此時文字太夫上るり松太夫須摩分里
富十郎松風亀蔵行平の所作事大出来也中村座
女武者凱陣八島に団てあかん平のお台にてしばらく
大出来なり二ばんめ団十郎重忠栄五郎盛久八百蔵
本田の次郎升蔵はん沢六郎内侍所の鏡せん
ざの所いつれも大あたり三八竹田のくわいらいし
大できなり○同八年寅春「時津風入船曽我に
団十郎祐経八百蔵十郎弁蔵五郎の役松ば
やしのたいめん六尺姿にて三八鬼王身うりの
ぢだん菊五郎原の次郎にて八王たとなり二つ胴
をためす所大出来なり三甫蔵朝比奈ばけ物
六歌仙のせりふ大でき二ばんめ団十郎油屋
九平治と成やすがたきとかけ清としわけ菊五
宮徳兵衛にて九平治にたゝかれ後に団十郎を
数す国土道早かわりかげ清にて出合大あたり也
此時菊み丞お染にて初てむけんのかね大あたり
喜代三中ノ町まつやのおまつ本名あこやにて九
平治か顔に焼がねをあてにせかげ清にする仕内
大できなり幸四郎ういらう売せりふ有五月和
歌野道成事有九十三騎大胄曽我に羽左衛門亀蔵
七三郎三人十尋あり同秋中村座〽小野道風青柳配
則道風に団十郎良実に八百蔵三の切大あたり富
之介菊のうへ女郎花五良市おぬひ菊みゆへより風
武十郎駄六三八大あたり同九月廿四日市川海老蔵
死す
おしひかな江戸の
○霜月菊五郎彦三郎
かへる
市村庄へ
名物ふたゝびなし
大谷春次を鬼治と改京都若女形水木辰之如
来る
若衆形榊山三五郎下ル哥右衛門中村庄人伝九郎右衛門伝九郎右衛門
森田座
よりかへる
木安花相生鉢木」団十郎殿中賀三郎後に三浦の大介
柏莚の土霊大あたり哥右衛門赤星にてせつふく
がつほう太郎やつし敵大出来伝九郎青砥左衛門
重言のせ給ふ大出来なり哥右衛門と銭の処大あ
たり此時子細有て八百蔵狂言にふみして座付
に出る坂田藤十郎下ル同目見得座付ばかりある
顔見世桟敷嶽に二ばんめ正銘雪鉢木羽左衛門亀蔵
冨十郎文字太夫上るりにて所作こと大ていの当り
一ばんめに市松しつとの仕内大あたり介五郎三甫右衛門
三八三甫蔵徳田庄沢源氏山
箱王に弓矢はまにて矢をいられたる仕内大あたり
同九年卯春初買和田酒盛四立目富貴なる
曽我のきやうけん珍らしく七三郎十郎ほう
らつの仕うちいつとても面白し後に社絵藤
十郎兄弟の書憂を見て愁ひ大出来なり此時
団十郎かけ清にて剣沢弾正左衛門歌右衛門に頼
まれて使者のかたり大出来なり後に岡良病気
工藤にて飩子帳より出たる所すごくて外に仕手
なし二ばんめ瀬川菊之丞せう〳〵八百蔵弁長にて
ちよんがれの祭文にせ朝比奈にて生太夫が上
るりにて帯引大てき也菊之丞自害大あたり
大詰甚五郎茂兵衛団十郎てつへき武兵衛に寄
右衛門を氷へ打込所きつゐ物すべて大あたり三はんめ
菊之丞おて三五郎吉上にて芝居見物の所大出来
残雪梅曽我鬼治初ての朝比奈有菜花角田川
助五郎鳴神のやつし舛蔵藤蔵おきく幸介の
きやうけん三甫蔵そろけんの処皆々大出来なり
五郎ゟ団十郎芝居を引十月市川八百蔵死す
市むら左にて富十郎名残狂言芦屋道満大
内鑑四段目をつとめ大入なり此時鬼治又太郎
与かん平両人大あたりにて段々出世をなす同
霜月大坂若女形姉川大吉花川市之丞同団十郎
幸四郎姉村彦人哥右衛門姉村座人出世舞台於相守様
鑓屋鐙屋の狂言団十郎菊五郎出合あたり
薑市頬見禁助五郎菊之丞両人今様丹前文字
太夫上るりにて大出来なり顔みせ中比尾上役
太郎市川武十郎鎌倉平九郎下ル同霜月市川
弁蔵大坂へ登る同十辰春
与吉介五郎本名かげ法にて平家蟹の処大てき
なり振髪末広源氏し歌右衛門清もりあふみ八わた
菊五郎団十郎金石丸彦三郎大出来なり同
二月六日夜中村座市村庄皆類焼市村庄五
月より芝居普請出来して曽我万年柱市
川屋三香に団十郎大出来市松三八せいもん払
のかけ合有天出来其後中村座相はじめ紋有
良菊之丞おふさ徳兵衛心中文字太夫上る
市村座人
三八
来る
りにて所作事有同霜月菊之丞
市松中村座人沢村音右衛門辰十郎中山候
顔見せ中村座休と梅紅花植達大岡二ばんめ惟茂
に亀蔵三番叟の立大出来なり切に実方すゞ
めの亡霊団十郎菊五郎と仕内大出来此年介
同十一年巳春
五郎弁右衛門姉川大吉武十郎森田庄へ同十一年己春
江戸柴根元曽我鬼王に菊五郎五郎身がわりに
わが子を立祐経宗十郎首実検の処両人出来也
彦三は五郎と鬼王が子にて馬士の仕内二紋大でき
くたてめ亀蔵片瀬村渡し守にて京の次郎風
折菊之丞と舟の内にて斑女のやつし文字太夫
上るりにて大出来なり藤蔵大磯のとらにて
又太郎両人青葉の笛にての仕うち大てき一
の切亀蔵関羽あり二ばんめの詰亀蔵介六と
なり菊之丞あけ巻にて河東上るり白酒売
団十郎かのこもちうり嵐音八両人ひやうしまひ
大出来なり此年中村座役者小勢にてはき
〳〵とせさりしが敵討亀山通に相の山おすきお
玉市松富之介勘ヶ由音右衛門にてあふむ石の敵
社大出来なり同六月亀蔵上京に付なごり
きやうげん七化文字太夫出がたり中にも何壺
座頭大出来なり同秋おはつ徳兵衛生玉心中
坂東彦三茶之丞津とひ同九月中の芝居より
出火して市村座二町まち類焼同冬中村庄
辰年類焼已後仮ぶしんにて此せつ
本普請出来して
取くつしてふしん未出来さるうちにて
此火事には
やけず
中村庄人
市川弁蔵
かへる
一同霜月団十郎幸四郎中尉藤
中村庄へ
日本花判官贔屓に団
雷蔵と改大坂より
下る
十間七枚源八兵衛殊に大当り一の切百合の八郎
にて知盛の出舞台一面の大舟雷蔵よし経
半五郎并慶土佐坊伝九郎いつれも大出来也
二ばんめ半五郎長田の右衛門大あたり雷蔵くま
井太郎にてしばらくの出端一座中大あたり也
市村亀蔵下る介五郎姉村侯市川団蔵中むら
松江下日市松織田庄へ仙田介治初て森田庄出
団蔵青砥左衛門市松と出合大あたり〇同十二
年未春中村座顔見世狂言を用ひ二ばんめを
出し音八万能芸指南の所大出来なり。同二月
より曽我贔屓二本桜に雷蔵しのぶうり女形大
あたり団十郎くわいらいし五郎市とら十郎に
武十郎文字太夫上るりにて所作こと大あたり
中村七三初工藤大出来雷蔵太かぐらの立見て
なり二ばんめあらし三かつ下河辺の
庄司三勝金むらやおさんにてけいせい請状の
拍子事両人大出来なり切に団十郎京の次郎
けいせいありから五郎市せんべいやき関東小
六中むら七三半太夫上るりにて三人大出来なり
同五月市村羽左衛門死す秋より亀蔵九代目羽
左衛門庄元となる秋狂云玉藻前桂黛団十郎
あしや道満伝九郎則清雷蔵三からの介にて生
臓のきやうけん女ほうに八重桐後に伝九郎西行の
出近年のあたりなり
郎二人金時富本豊前上るりにて大出来霜月
彦三宗十郎仲助府へ大谷国蔵を広右衛門と改む
柳葉伊豆鈴団十郎釣八郎にてしばしくの出大で
きなり二げんめ遠藤武者門覚と成功に不動にて
てあらたむ
こんがらせい高幸四郎染五郎
武十郎事ゆへ有
げくの縄にすがりて五郎市せり出し先年柏
筵いたさなしかくなり彦三工藤金石にて鳩を
射る仕内大あたりなり同顔見世松江戸
きたる
市むら庄へ
市村庄
団蔵
へ来る
競歌栄小町団蔵しばらくあり難合
の処大てき良峰宗貞菊五郎鬼次を大谷広
治と改三甫蔵を三甫右衛門と改同十二月十一日佐野
森田座人
同十三年申
川市松死す中村助五郎
行
春百千島大磯通二ばんめ宗十郎梅の由兵衛大出
来封文栄小町に羽左衛門五郎十郎二役菊之丞
とらせう〳〵の髪すき帯引の所作事文字太夫
上るりにて大出来なり工藤菊五郎団蔵五郎羽
左衛門十郎対面之場大出来五月より中村座に
て三ばんめに高野山蛇やなぎ団十郎丹波太郎に
にてどうけの仕内後に三かつのりうつりて主膳大夫
上るり嫉妬のあれ大あたりなり同六月萩野は
重相不慮の横死す七月十三日中村介五郎死す同霜
森田座へ
宗十郎半五郎
月菊五郎彦三郎広治村
行
辰十郎
来る
市村庄へ
松江松江松江守江守江
中村庄人と
来る
染五郎を高荒
森田座より
則市川八百蔵と改
蔵と改中村伝蔵が
中村庄へ来る
、
大丈夫高譜記団十郎真田の文蔵にて肝くひの所
女ほうに五郎市両人大あたりなく貢物入船太平記に
内蔵栗生篠塚畑亘四役大あたりなり宗真江
尊氏大出来福哉水仙伊豆入船のぶ栗五郎我祐のぶ真田
与市に彦三郎館治と所作事両人大出来なり。明和
と年号ける人来馬春吉曽我に雷蔵初の工藤
琴の段紋つくしの長歌大出来なり際に売七重
本名かけ清国平正道重忠。七尺と出合大あたり
二ばんめ雷蔵如六白酒売。寺麗蔵あけ巻。まつに
いきうに広右衛門半太夫上るりにて大あたり三月より
団蔵
中村庄へ
一団十郎座附引合口上あり後に団真
出勤
かけ清にて六部と成団蔵熊井太郎にて順礼と成
両人初ての出合大あたりなり五月ゟ管原伝授手の後に
松王。団十郎源蔵に団蔵両人又となきあたりなり
九月より海老蔵七回忌追善団蔵しゆんくわん国
十郎けぬきの弾山大できなり続狂言にて幽蔵
小原万兵衛にてつんぼの仕内大出来なり霜月
中村庄へ
菊之丞
東花相馬内裡積雪筏品姿といふ
立かへる
上るりに菊之丞雷蔵こま蔵三人つとむ処十
良よし門渡辺甚蔵両人出合大出来なり菊
市村庄人
五郎彦三郎
立かへる
市村座人
市村庄へ
仏国助次
雛治
来りて
来る
中むらぬ五郎と改笠ぬぎやさぶいのせ給ふかたみ
の名言大あたり芳沢五郎市崎之介と改沢村音右
まつ
出る
市村庄へ
に菊五郎熊谷大あたり羽
左衛門忠のりにて崇徳院の霊のりうつり楓江大ざ
つまかけ合所作て大でき三八大板へ上る伝水くいふ
十郎卿徳田藤。同二年酉春
の小はぎ菊五郎鬼王に半五郎くさのなぞ大あたり
壱番目切に羽左衛門奴軍介にて江戸名所都鳥追文
字太夫上るりいつれも大あたり二ばんめ松井源水栄五
良広治介五郎すもふ大できなり四月彦三元服あり
天津風念力曽我一ばんめ団十郎かけ清にて重忠七三
紅梅の枝をかけ清団十郎に見せ都人の目には何
と見ゆると宗任のうへしよろし此時高麗蔵しんご
ざの女郎買大出来幸里卿よは工藤にて余所ながら
兄弟に対面の処大できなり雷蔵病気にて佐
野次郎左衛門八百蔵津とむはし松江を善次坊か身
がわりにする処大出来頃に菊之丞おはなにて鐘へ
入団十郎両人対のふり袖にて出松江高麗蔵四人
所作こと先年ありしかくながら大出来なり五月
より仮名手本忠巨蔵」に七三郎由郎之介大あたり平
右衛門団十郎道おかる菊之丞あたりなり此時団蔵
中村座を引十月上方へのぼる同霜月雷蔵衛助
森田庄
あかん平奴のしばらく大出来なり二ばんめ河津
にてひな治藤蔵上るりにて立合大でき沢村宗
に羽左
十郎熊坂大てきなり市村座
衛門土ぐもの七ばけ文字太夫上るりにて大でき
松本友十郎下ル松平七蔵岩井半四郎とあらたむ
神楽哥西乞小町一団十郎孔雀三郎にて紀の名虎となり
悪事を見顕す実悪大でき二ばんめ幸四郎死人の
小左衛門といふ鳶の者の仕内おもしろし○同三年戊
春海道一伊達春駒たての与作団十郎けいまさこ
ろし大出来市村座羽左衛門初ての介経柏筵にて
の仕内大でき菊五郎奴鬼王大ていなり同二月
廿九日音羽屋油はせゟ出火して芝居類焼ほど
なく中むら座普請出来して大平記菊水の巻し
をせし所不あたり秋〽バ百屋お七応の江戸染にち左衛門
傳ニ団十郎お七に松江吉上に弁蔵おすぎに菊之丞
天人お七なり切にかまくら三代記北條に七三郎重
忠に団十郎半五郎六部の親父時政法師のさい
らい大出来なり同九月市村座にて菊五郎名残
假名手本忠巨蔵に由良み介となせ二役にて大あたり
仲蔵定九郎工夫をもつて大あたり人々感ずる
霜月菊之丞半五郎八百蔵姉村庄屋へ団蔵三八
下る東山殿劇朔霜月二日ゟ初む京大坂江戸の
出合菊之丞団蔵三八大でき菊之丞かつらきしつ
と後に羽左衛門こも僧文字太夫上るり大出来也
うき世又平昨三八大てき半五郎山名大出来なり大
坂実丞相島儀左衛門下ル」雷蔵彦三神附左
陣荒武者に彦三郎よし家宗任幸四郎大でき平太
夫奴だて介彦三大あたり崎之介貞任妹稲笠三領
重の鎧を射る処大でき中蔵蝦夷人大出来なり
雷蔵病中にて得とむ○同四年亥春初商大見世図
我に団上すかけ清こま蔵松若屋手代本色三保野
谷四郎遠宮と屋根仕合大できなり并蔵初の
五郎大でき崎み介あとや琴ぜめ大出来此時団十郎に
かげきよ籠やぶり古今の大でき二ばんめこま蔵よど
や辰五郎むすその女郎御買生酔の和事大出来也
後に本町綱五郎さやわり角田川広右衛門とたて
両人大あたり松江たるまどこま蔵となそらえ
船の内大出来なり音は弁天ぼうす秀ころし
あたり五月節句より梅若ころし団十郎粟
津愁たん昔の男女川の思入にて大てき幸
四郎清玄一ばんめより打つゞきあたりなり
同四月番蔵死す曽我和そかし不あたりなり
秋狂言其名月色人不あたりなり後に団十郎
鳴神有大出来なり同霜月瀬川菊之丞神
中村
座人
くる太平記賊振袖」田舎娘にて瀬川栄之丞大当り
三立目なりひら東下りのみへ菊之丞彦三郎
幸四郎こま蔵介五郎大出来八百蔵初而しばらく
有宗十郎柿村座人団蔵松江半五郎三甫右衛門
真田寺市盤石礎に団蔵真田与市大出来此時
市村庄
坂東三津五郎市村座○同五年子春筆始曽我玉五阜
へ行
お七菊之丞吉三彦三郎お杉崎之介大てい幸四
郎かちはら大出来なり市村座にて広治初て
工藤又太郎そかの五郎三津五郎十郎いづれも
大あたり同五月四日坂東彦三死す同霜月歌右衛門
雛治「下ル菊之丞こま蔵八百蔵花すもふの見得
市村庄へ
男山弓勢競団蔵しはらく
大出来団蔵竹村庄内蔵しはらく
三甫右衛門うけ得手物大出来宗十郎貞任団蔵と出
合よし陸奥街名歌弓殿半五郎樽ひろいかま
くら河岸の権五郎松介半四郎一石橋よりの
引道具上るりの処大出来なり〇同六年丑春
曽我模様若護若松不少ゆりなり名手四郎五くに大でき
役に菊之丞石橋出大入なり三月三日ゟ哥右衛門
病気本服して清玄大出来なり雛治さくら姫
道外のまれへ
大でき三月廿六日あらし音は死す
江戸花陽
物外になし惜人し
問曽我宗十郎祐経近比の大出来なり団蔵五郎
田舎者よし広治はなれ駒の四郎兵衛三甫右衛門根
津四郎兵衛両人大あたり又太郎宵の口千太郎町抱人
草羽をりの出始終大出来なり同秋沢村宗十郎
上方へ上る尾上菊五郎中村喜代三大谷友右衛門下ル
六州梅顔見世し菊五郎和泉三郎に上下の出よし梅
のせい札にての仕内二ばんめ忠信女ほう喜代三半五郎
菊王丸三人共あたり也弁慶羽左衛門楓江にて大出来
常花栄鉢木にけいせい玉気菊之丞時頼八百蔵山
岡に仲蔵赤星女五良文字太夫上るりにて大でき
幸四郎秋田城之介ちよん内二級大あたり二ばんめ台
七郎三庄大夫源左衛門にこま蔵やゝさがねの場鉢木の
しゆこう大あたりなり名高雲井弓張半四郎ぬ元娘
うふめの所作事喜十郎両人大出来なり○同七
年寅正月坂東三八死す春狂言は鏡他伊曽我にて
仲蔵初の工藤釣きつねの対面大あたり也高麗蔵
八百蔵兄弟大でき幸四郎京の次郎にてういらう
売栢筵家産くちず削而大あたり伝九郎朝比奈
おもしろし菊み丞やりておせん大出来崎之介はごね
売の出あこや近年の大当り市村庄屋富芸
曽我に五良市松鬼王広治祐経へ異見の処大に
よし繰返曽我嗣に全作月さよにて女工藤物語の仕
同けいせい奥列女達大出来半四郎五郎お染の二役
大出来鬼門喜兵へ喜十郎水仕合鬼王に広右衛門大てき
別て狂言宜皆々大手がう也国蔵今年休四月ゟ菊之
慮中村庄を引秋狂言中村座敵討忠孝鑑当九月市川
海老蔵十三回に相当れは団其節追善狂言有へし市村庄
《《定相馬の《。《座仮名:仮名:仮名:仮名仮名:仮名:仮名:仮名仮名:惣役者
よくます〳〵繁昌扨当霜月江戸女形まれ物瀬川菊之丞
市村庄へ出勤山下金作岩井半四郎中村庄へ来る哥右衛門
上京森田座人京四條若女形中村富十良下る団蔵中村
座へ出勤するとあてじまいに当り狂言の長き月日を短き
筆にいわせ人生一楽の市村座あたりつきせぬまん中村座
の大入を一ツはいに森田座と久しい文句をモテモウ此内へ
あんないでんでれつく〳〵〳〵〳〵〳〵どん〳〵でん〳〵ありや〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵
いりこましやい〳〵〳〵筆おどろき。アもふ序ひらきだ家老
次郎様けふも居続でごろうじませむすみもちろん〳〵
芝居年中行事
三座太夫役者芸仕始
○正月元日
式三番町内年礼
二日狂言初日
○二月初午跡狂言初日
十五日
中村庄初て興行の日なれば
一座中祝す
○三月三日新狂言初日
○四月朔日新きやうげん初日
○五月五日新狂言替目
廿八日曽我祭礼有
○六月中旬より芝居休
○七月十五日盆狂言初日
○八月朔日跡きやうげん初日
○九月九日入替役者なごりきやうげん
○九月九日
出る
○十月中旬より千秋楽にて芝居舞収む
十三日比より入替役者附出る
廿日紋かんばん出る
廿五日比より狂言大名題を出す
晦日
惣かんばん出茶屋かざり物有之へ七ツ時ゟ
後者へつみ物花をかざるなり
○十一月朔日明七つ時より顔見世初る
三日の内太夫式三番をつとむ
女かた大おどり有
○十二月中旬千秋楽にて芝居舞おさむ
廿五日比より春狂言大名歌を出す
○三芝居茶屋名目部類
町
い
か
さ
部
まつ屋
玉木屋
中屋
いせ屋
三川屋
ふち屋
五木屋
ふ
ともへや
するが屋
きつるや
甲州屋
楽
公
ゑちせん屋
やひらの屋
新
竹いせ屋
まるや
柳屋
かめ屋
袋屋
せんだい屋
町
今津屋
道
小田原屋
なんぶや
部いつみや
よろつや
部新万屋
部
部
いつゝ屋
中むらや
出羽屋
柏屋
ひらたや
こいせ屋
大野屋
ひ
松本屋
福本屋
きのじ屋
さるや
四つ目屋
橘屋
町いつみ屋
道橋屋
いせ市
山かたや
いつみ屋
部たけ屋
あふきや
くらたや
伊豆屋
こうらいや
大坂屋
住吉屋
新すみよしや
補闕
享保十六年秋中村座にて大銀杏曽我に団千良嘉
病かげ清銀杏のうろゟ顔を出せし処恐し宗十郎
重忠にて見出しの口合両人出合大来大あたりなり
〇同廿年秋中村座にて頼朝御台政子菊之丞大友の
法師の恩薬をきらひ館を忍ひ出る狂言時に鳴川
十郎左衛門といふ役者ぶたひ破風の前に出是を見付て声
をかくるに菊み丞半弓にて鳴川を射る鳴川つなに足
をつけてしばし逆にさがりとゞ舞台下の水ふねへ逆
に落し也中役者なれともかゝるめざましき仕内ゆへ
爰にあらはす○元文元年市村座にて名題忌天
角田川の狂言海老蔵がどぜ赤右衛門といふ西打にて
面箱より塩吹船若色々の西のにらみわけ大出来○同
四年中村座にて鎌倉風新玉曽我に宗十郎十郎
にて保童丸を殺さんとする狂言此時辰岡久菊と云ふ
女がたぶたい破風まへ迄二かい作りの道具屋根より傘を
持てぶたいへ飛下たり見物肝をけしたり。同五
巳年中村座礎末広源氏渡る玉手心相分身五郎ゑひ
蔵白髪五郎団十節実の五郎当り也冬秋見世間三
郎を団蔵と改む○寛保元年市村彦にて宗十
即油売庄九郎実はかけ清大あたり此仕内わ布引
の瀧二の切に残る冬顔見せ岡田亀治郎を沢村喜十郎に
と改む○延享元年中村座にて古龍左衛門矢矧の
龍左衛門といへかあいらしい女がたのあるかといゝしは
宿の浮室大出来
此時なり先年五関やぶりのしばらくに海老蔵
にむかひ我しばうくならばおれはし
同春市村座にて坂東京
工ヘンだはといゝし也中古半道開山なり
三郎さつる源五兵衛屋根仕合大あたり同船市村庄若
衆方菊上菊五郎伏見の見くわ水仕合大当り同二年中
村座にて羽衣森太刀我にとんぼう売七兵衛海老蔵兼
之丞けいせいにてせり出し大でき五月羽衣の所作大でき也
御寛延三年中村座にて古宗十郎日梅の由みへ二度めに
て大当り宝暦三年歌見世嵐玉拍を市川升蔵迄
改む○同七年秋中村座にて団十郎三庄太夫大でき
○同八年市村座にてゑひ蔵病気全快にて矢の根
五郎の見へ計にて押出し亀蔵へ矢の根をやりし也
是は海老蔵ぶたいの仕納メにてせ給ふ迄有しは前潜る
処が仕おさめなり同十年秋市村座にて団十郎
三庄太夫あり
此外大十町三官奴があめ売のせりふを初としてもれ
たる事数多なれとも小冊なればこと〳〵くしるし
かたく追而後編にあらはすなり
門田候兵衛編
いす
役者名声諜大全逸日出来
十六
第一
明和七年庚寅九月中旬
神田鍛冶町一丁目
菊岡吉右衛門板
六幡籍」
琉球書浦
森亭堂
6993