江京名所圖會 初篇至一二篇
- creator
- 立齋廣重畫
- created_at
- 2026-08-17T19:23:18.400Z
- updated_at
- 2026-08-17T19:23:18.400Z
- field_rights
- CC0
- field_creator
- 立齋廣重畫
- field_language
- 日本語
- field_has_image
- true
- field_identifier
- 10010000015160
- field_ocr_status
- completed
- field_title_yomi
- エドメイショズエ
- field_attribution
- 東北大学
- field_oai_datestamp
- 2025-12-02T15:07:08Z
- field_oai_identifier
- 10010000015160
- field_ocr_updated_at
- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
狂歌江都名所図会一
天明老人江戸ツ子の江戸自慢に大江戸の
名々処図会互月暮の題となし小道の水と
魚との友かきをつどへ江戸前の狂影を撰ぶ
老人もとより江戸川の流れ御育ちし鰻の
ことく堂くましき体を好みてめるうなきの
雨ふかに骨なき蚯蚓の如く目鼻も和類の
上は残物猪荷の魚のぬめりし紙を嫌へるは
まことに意味の深川やよく其筋のうすみを
しれる仕わざと言ふべしおのれ手整る
醤油した地えすきの道にしあれば蒲焼の
真のかうばしく江戸前狂類の集丹の
なれるをよろこびこは御城にてゝと持くる
皿のさら〳〵と引さく杉のはしつかたに
しるす
安政シ五月
秋の舎あるし
千興
狂歌江都名所図会初篇
天明老人内匠撰
兼題
立斎広重画
日本橋
魚市室町高砂新道釘店西河岸万町通町白木屋呉服店
近江店枝屋塁表二丁目山本茶屋須原屋書林才蔵市
江戸橋
伊勢町米相場四日市江戸紅料理土平蔵床見母木更津河岸
蜜柑小屋小舟町鰹節店大伝馬町両所天王族所盛物乾物問屋
錢瓶橋龍ノ口
駿河町三井呉服店木町菜種店伝馬町呉服店義問屋
道三橋
石町時ノ鐘長寄屋紅毛人旅宿十軒店雛市
常磐橋京屋嶋屋飛脚屋イ鰹節
呉服橋呉服後藤金後藤
鍛冶橋
一石橋此橋ニ而橋八ツ見渡し八ツ見橋ト云
江戸名所国会社名
當座松上鶴
松月亭繁成撰
能舞台植にし松の
蝶那言
橋かゝりわたり初する
澄兼
鶴の三夫婦
十帰りの花毛せんの
二重橋松の梢に和風亭
ならふひふ鶴
おなし心え
案立して今日雑鶴も
老松のちをはなれたる
繁成
枝にとまれり
当座水辺亀
神風屋青則撰
舞遊ふいつみ流れて
行すゑは万年樋に
かゝるなるらん
油とるうれひも
なみのうね〳〵に
和風亭
水煙りたつ中の
みの亀
桂岡
おなし心を
魚と水つらなる類の
瓜印かくるに亀の
したんたやふむ
青羽
十一月
江戸名所図会初篇
八つみ橋
道三橋
掛かへて
仕立はえ
よき
呉服はし
袂に
おしも
おける石垣
望止庵
貞丸
南鐐の
八ツ見のはしの
此わたり
に利をふける
金の座はあり
雲の上にちかき
御方と見あけ
けり
龍の口より出る
橘の如
玉の輿
笹ぬ
北蝶窓
哥権
械瓶橋
一かまへあなる千代田に
香の日は行かふ人も鶴のや
鶴の毛ころも
松雄
高磐橋
初日の出
龍の口
下馬先の供
影さす松の
雲なして烟草の
常磐橋鶴舞ふ
城や千代田宝田
松代舎
波喜
すり火光る
稲妻
尚丸
高砂の松のすしやに
筆たで酒の熊手を
見する天井
呉越軒
松成
常磐はし御門
守りておたやかな
十日の雨に代る
御番士
桜園
かち橋
一石橋
抜橋
同十一日
一二十一丁目
江戸名所図会初篇
日本橋一
つこもりの市に
あふみ店のみ蚊を
よくる故やと葎
くる故やと葎
喰せ物をは売らぬ
商人
かゝへる広小路
顔の間とりの
延た才蔵
商人筑波崩
花屋
村咲
蚊をふせく蚊やをひさきて
水々高
蚊のすねの疵身代はなき
楳星
近江店
行燈にかゝり其見せて
網杓子しら魚すくふ
綾の門
急丸
天麩羅吉兵衛
時しらぬ不二の山見る
利根川
日本橋夏も雪つむ
此底
綿の荷車
画の会にけるかしは木のかし野敷
いろとり出す膳の献立
一遊月岩住
御城かからはるかへたてゝ不二の嶺に
舞ふ鶴芝を見る日本橋
井月舎相成
近江店しかの浜かや
商内のことはにのみそ
しほはありける
松の門鶴子
一一〇、〇、〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
一駿州より早いは江戸の
新右衛門
初茄子めつらしとてや
覗くふしのね
柏野社
日本はし甲子に売る
蛇心とならひていつる
大黒小判
伶月舎
十一月十一日
江戸名所図会初篇
江戸橋
四日市花河岸前の床見世に
文字を桜にほれる板木師
口に別れ風味はわきて
水之亭
楳星
四日市壺のまゝなる
神楽堂
いかの塩から
四日市床みせに居て
請合ひは石に利ほる
一四日市百八軒の
臓乃細工
出久の坊
画安
度みせに蚊を
やみせに蚊を
一合せた珠数見世もあり
桧園
翁橋落祭る
かたへのみかん小屋
頼みせにてらす
みつの燈火
松寿楼
長記
見世並ふ翁橋落の両の手も
実入りの枕に花のさくらゆ
梅巴山人
金毘蔵へ参りかけとて
精進の青物町の
さぬきやてのむ
御本橋
初桐
江戸橋を下る車も
はれ物にさはるやうなる
みつ星のまへ
宝市亭
枕売の枕
けちらして江戸橋に
のほる車を焼か
手伝ふ
松梅亭
槙住
翁いなり
江戸名所囲会勿論
花川岸
江戸枡
魚市
商ひに水はうてども中〳〵に板は
道にぬかりはあらぬ魚かし
六源園
売買もけんくわする如
石なきをほふりつけたる
文語楼
梅実
河岸の商人
やか上に人の浪たつ日本はし
まくろの土手もきれる朝市
蝶那言澄兼
大矢立腰にさしにし
魚売のさけたるいかに
墨そ流るゝ
前路楼
貴垂
挑灯の小田原町に
あらための文字の色
語安台
有野
添ふ物やのいけ鯛
魚市のふてうも
一闇の売買に目を
宝麗舎
花柳
一縫はれたる御岸の青鷺
山鐘をきいて芝浦
はしいる船町かしに乗
無窓園
見る橦木鞭
敏住
船町の魚やに
和朝亭
滝の縄すたれしけは
国盛
うる直ものほる活鯉
江戸様御役御論
木屋て売る鯨は名のみ
のまんとて河岸のいわしを伶月舎
酒すきや買ふ
日本はし渡り初せし
一ぜゝ婆々の住居しあとか
高砂新道
望月楼
樽詰をその儘ひさく
鰹ふしつくりはせさる
イの店
喜楽
京やへと弥生の花の
八重封し七日限りに
たのむ早状
に申候
雪之館
道草
イ
両角の三井〳〵の
見世向六つの花見る
番多楼
山は富士の嶺
姫州
室町も近き
三井に西陣の
錦ひさくも
筆頂亭
凹成
上方言葉
越後やはまして
ことはの七のれん
花太楼
団子
引延したる見世の
よひとみ
天王の仮やの前の
茶谷やに丸杯手を
うちそ富ける
五葉園
松蔭
江戸名所図会初篇
花
三井ごふく店
□□□□□□□□
三度てもうくや
おほさん西かしの
大地
地蔵の顔に百度燕習亭
参りて
西河岸へ出る植木やの
きほてんもねからわからぬ
語同堂
春道
御召
あや麩やの門
人皆の目にもつく波の山本は
北蝶窓
歌権
売れる薬茶の葉山茂山
一縁日商人
西河岸
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
桑茶をもひさきて軒の妻に見る
陽月舎
瘤ある不二の山もとの見せ
山木
山本はせん茶の外に子かひから
いせのこものもつかふ大庄
杉屋
何国へも
土産に
せん茶の
茶を買ひにつく浦〳〵の
船頭の多くてあかる
船頭の多くてあかる
芝口屋
山本の見せ
名に高し
きせん
群集の
人の山もと
ひよく薩敷てねたしと
ひさくらん男世帯の
藤園
あふみ店もの
高見
文語楼
梅実
これかれと茶は幾品も
数おほしなんても
六条国
とのめ人の山もと
江戸名所図会初篇
小舟町日こと背を干す鰹節
}
亀の子さるてはこふ河岸蔵
勇々館道草
小舟町問や同士も語ふし
あかり相場に板そ合する
銭のや
手合せのきまりし外に
鰹ふしきんてうしてそ
売る小船町
五葉園松蔭
小ふな町売買ひに
直をあらそふて脊腹
おしあふ土佐さつまふし
板はナ
六源園
大注連を出す祇園会の
小船町わらの細工に
あめる鰹ふし
豊のや
軒つゝきみな
なまへさき中なしめ
花垣
真咲
鰹ふしうる小舟町
真咲
こそ
猫のすく鰹ふしひさく小舟町
売り上け書くも鼠半切
ふむといふをいみぬる
新兵事
夜宴
米の相場御も堂嶋下駄て
かよふ伊勢町
東風のや
いせ町は百万石の米も
}
手の升かけ筋てはかる
売買
伊勢町の道に
在明亭
明亭
後守
伊勢町
迷ふな都人
上る下るは米相場にて
大堀
万習亭
江戸名町国会助番
小舟町
横文字は呑こみ
へし能書にうま味を
にくし能書にうま味を
富士か嶺を
見せてウルユスの見世
誰こうつ
遠になかめて
いく薬ねりて
誰千いふらつ
喜樽
煙りをたつる
本町
内損の人のため
雪屋
また我家の
補ひにもと柳園
光糸
ウルユスの見世
九薬も
売る本町の
薬種店金箔
つきの江戸の商人
市々館道草
仝二丁目
諺の薬は
九増はい〳〵の
大きくみゆる
袋かんはん
松代
藤少々波樹
大黄の相場くるひて薬種店
雪の下
皆元廼
皆元廼
寄友
てんからくたす幸ひそまつ
朝鮮の髭人参も
愛はやな
手に入て名にし
小筋かとなす本町
瀧のや清麿
玉やに
よるの
光る紅粉
ふところに
ウルユスの外かんはんは
似せでない語枕に
たてし本町の角
もつしろに
かへても
柏野社
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
本町
草のや富芳
しなぬ薬ある
土手の上に茂れる
松の常磐はし本町筋に和風亭
うる錦絶丸
富士を見る本町に
こゝす橦木丁
しらぬ雪
文葉に
若水をくむ安したより麻箱あまの
雪麿
井筒に組成て売る御影堂
都南
卯十二丁目方西番
名東頭河原和宿
鐘つき堂新殿
門銀のきるゝ
こく町鐘の音の
こおんわすれす
帰る仮宅
松月亭
禁成
石町のかねの
ねにふす人をも
おとせる風やとらの
秋の夜は明るも
一天
上サ丈堀
花月梅
れてくらやみを
引出す丑の
燕雲園
こく町の鐘
持丸の声きあたりは
銭こんたる黄金も
うなる石町のかね
都月庵
新道の唄女呼ひて
鐘の音もよき
こく町にひたくつれひき
天明老人
江戸名所国会勿篇
一名前也右衛門
十軒店
陣をはりし十軒店の
内裏跡鑓長刀に
甲人形
御柳庵
虎丸
おひさもとおそれは
あれと長崎や
曲縁に腰かくる
〽おひた
青州
筒袖にほたん掛して
長崎や旅寝廿日に
教和楼
かきるかひたん
長さきや旅宿に
おきて守り居て
文字のみ横につかふ鈴勇軒
かひたん珍重
かひたん
珍重
つれ〳〵に茶を
煮ても日の長崎や
窓に顔ほす餅の
かひたん
柏金社
曲縁にもたれて
足の長さきや
紅毛人の腰かけの
語同堂
右
春道
是にのみ通事は
いらすわからん
かひたんのきく
笑寿堂
石町のかね春交
江戸名所図会初篇
日本橋南北へ渡ス長サ凡廿八間余あり此南の橋詰に御高札を建る
欄檻葱宝珠の銘に万治元年も九月造立と有此橋を日本橋と
いふは朝日東海を出るを親しく見る故にしか名つくといへり此地は江戸の
中央にして諸方への行程此処より定めしむ尤橋上の往来絶まなく
六橋下を漕つたふ魚船はもとより諸舟筏の多くひ昼夜の限りは
なし北の橋詰を室町壱丁目と名つく巽の角を尼店と名つく此
小路を品川町并に釘店は鉄物店ある故なり
雨舎者たえす午日本橋穴の安くほとみやる不二の嶺松月序繁成
橋台に出す天麩か給も夕かしを今あけたての吉兵衛かまかぬ梅長記
鬼とむる地蔵もちかき日本橋なむる高札まらすいましめ瀧のや清麿
都路へのほるはしめの日本橋品川町を昭のあたり見て喜風亭順順順順次
ふる鼓しらへゆるみてしまりなき顔か直のする才蔵の市
高見
日本橋南海道のまたにしていたゝきは不二大江戸は臍板谷仏館
日本橋しけとて用ふ魚の肌黒に目をもつ春のいしかれひ月守
日本橋きほしを痘師も此けしきあされて有てるすかとと付加代波樹
日本橋江戸の夜とみゆるかな不二の扇を手にとるはかり千盛朝景
日本橋江戸の花なり冬の日も盛りの場所とみゆる宝町松代清樹
日本橋外にたくひはあらねの土より生る青物の市喜花月楼
鼓もつ才蔵市の外にまたはら太鼓うつ馬もつなきつ文語楼梅楽
日本橋きかり短かにも大しまふ朝色の留りの好茄子里住
日本橋朝か同籠のなり茄子手水をかけてひて日盛り琴樽
大名の立る即くのにほん橋鑓をもいるゝ魚市のせり遠島改心
ふしのねの煙りもこゝにつとひさて時こらぬまて江戸を賑ふ柏堂社
時しらぬ山を見なして青物のもやしの市もたつ日本橋喜樽
江戸名所図会切篇
御座敷所預り
日本橋袂もみえぬ賑はひはみな筒袖の魚の商人雲波楼船住
魚市船町小田原町安針町等の間悉く群魚の肆なり遠近の浦々
より海陸のけちめもなく鮮魚をこゝに運送して日夜に市をなす
魚河岸にとなふふてそのかなす万町へとはこふ軽子等号幸亭
魚問屋けさは鰹のくるま井戸きり〳〵と雖も引あて売る我のや
いきてゐるといふて自慢をいかしに直もしりはねのしたる音ひ松平都添楼伊将
商人と元直をきつて太刀の点さや町河岸へはめる朝市一笑幸此条
朝皃の志の江戸なる日本橋四ツをかきりとひさく魚市全科座同方
魚とりの腹こそしれね隠す程しけをはらみし子持ひらめに文栄子雪店
しける和はれて来し荷も小かれひの背にみる星も光る夕かし
買とりてかる子にもたす日本橋通り蒔てうの万町まて
花屋
山中舎繁木
甲子に燈心ひさくはし詰に大福とよふ魚市の茶や
宝麗春花柳
まけぬとてあふなけはなし太刀の魚きり売はせぬ鞘町のかし
出来台厚丸
しけに魚さらはれましと鷲長や見はる遠目のきいた市人
東風の屋
天国の太刀の魚をもぬけめなく納る御代にひさく鞘町
ほゝかふりしつゝ色かしひやかしのそゝつた直をもつける粒の子板はチ六源園
太刀の魚矢からの魚も魁に耳鎗いるゝ河岸の朝市静洲周
朝えひす西の宮なる生鯛を手をうつて買かふ廿日正月和田亭
八汐路に漁とる得もの朝市にひさけは人の浪立にけり
雲井園
やりとりの言のぬけてる川岸の残売るむきみさへはかに椿棒岡田牧のや好庭
ね〳〵にしけるなりけり勢津洲のすはらにひさく文の林はいせ東海戸朝景
買ふ人の口にみないるこの魚をうりて飯喰に川岸の商人
諸勇軒珍重
網の目に手の出るやうな地引かし魚せる人も夢さ朝市
元のや元枝
糸目をもつけす銭をやくれの市ひつはり蛸に軽子等そする
海のや広志
江戸名所漫会社篇
初相場白魚の雪いかの墨あたへをきけは相違ありけりけり亭下皆元廼寿殿
日本橋のりこむ船のうはそりをその儘見せて売る初かつほ
一従わゝつつたやうに江戸子の人や道ひれのつきし魚川岸安左衛門
朝市は夜明ころより火ともして星かれひうる梅の宝町
桜田友鶴
山をなす人のかたへも乗る魚は船頭聞き船の川岸あけ松の門笹好
餅の見附てにらむ魚河岸の納屋も残らすこけらふきなり
魚鳥の問やありとはおのつからとはてもしかき鯉やふな町中か四角周
半天着出る魚市の日本橋土役も見る川岸の塗とめ歌権
糠に打釘落ちかき市人にもいたふうさきかぬふうあり柳園光景
日本はし渡りてまかる釘店は日毎通れる鈴打の駕籠
釘落に入売りするはとの頃のしけにそりたる箱の川海老
釘店は動かぬ御代をしつかりと守り刀の鞘町のしり
英峰社
打つけにきたし直しの釘店いつひ曲り角爰とをしへつ
朔月今波影
さし年も三百目ほとおもりけり四五寸つもか雪の釘店和田亭
宝町に売り弘めたる難病の根をきり山のたんのねり薬
霜かれの時もふところあたゝかく家ことに花をさかす宝町
尼庵は名のみはかりよ猶市に袖庇まてなまくさくして大堀花月楼
西河岸の地蔵ほさつの縁日に売れるはさいの河原猶子
石をつむ車や舟にわらはへの遊ひ所の西かし地蔵
西かしの出茶やは夏を棟わりの扇垂木に風通ふなり
西かしに入かたはやき家根舟のかたちにみゆる子のの
西河岸の瀬戸物店の前からも摺鉢なりの不二をこそみれ
仏ます西かしちかき日本橋目先にそ見る蓮葉の峰
西かしの地蔵詣の家土産に錫杖豆も買ふ日本はし
暁月折浦船
一今夕方酒倉初篇
冬は又日あしみちかき西かしに鴨を料れる茶やも有けり桐成
西かしに子安地蔵のもぬけから跡商人のくふてん建立松代桃樹園仙齢
弓張の月落かゝる西かしに矢さきのはるか見ゆる御城大堀神画門鈴成
からさきの雨夜いとはぬ近江戸ひるのみ出るふり売は後や王栗朝景
白木やに黒漆喰の姿ものは音鑑刻なる町の石すゑスンフ重月楼
太平の御代にあふみの出商人未長浜の蚊やをひさきつ糸路
近江落ひさける蚊やの紅へりは蔦家葉せし唐さきの松小松庵春彦
若葉なす夏きにけりとあふみやの店に萌黄の蚊やひきくみゆ浅新庵
須はしやの小僧は鼻へ二本持立今もあり袖ちん武鑑松代仙嶺
観音の詣てにすつと通り町白木に人の入山そ見るあまの門神堂
壱丁にきの文字四り山ふきに歯ぬき河に雪菊やのとふき仝
日本はし誰たつる地もあらかねの土壱升は黄金壱升浅舒彦
古梅園其色も四方に通り町薫りも高くひさく墨の香
近江店商ふ蚊やの水のいろに瀬田の夕日も見する箱へり
鶴吉亭渡右衛門
堀ぬきのある白木やは反物を井筒に組んて商ひそする
あふみ店のれんも風にはしみ恨や畳おもてにたてるさら浪花屋
近江戸備前備後のその中に取あつかひはやすい琉球舛丸
数寄屋町手前勝手に見なしつゝ潰茶薄茶をひさく山本
奥蔵に何仏かはしらせの親音ひたさ目たつ白木や
あふみ店近くにありて四日市畳いにしも売る干物見世
蛤のむきみと朝の遣ひ見ゆかひ割りしそも売る日本橋五株国松陰
しやうきせんも書かる山本の見ゆの棚筒を持へて皆並へけり村咲
岩口かたく結ひて口なしのいろに出る茶をひさく山本笹好
歯にきぬをさせて売れとも盗物に一ける蛇をはいはぬ岡江や柏吟社
江戸名所区会和霞
打物も鑓もひとつにすはしやは袋にいれし武鑑をそ見る
唐本をひさく須原にねふがりし丁稚か股をさせる蚊の針
茄子なりの留りの壺へもつめる也鷹の爪うる富士の山本
来る宮に汲んて出しぬる茶柱も見世の丁稚も立てはたく
水ほせあかる程商ひをすはらやはすは見るもなく売る順気敷
唐崎の松葉いろにもあふ節瀬田の夕日の花通りの蚊や
唐倭一目に見するとち文も草もおなしひさくすはらや不出區内守
浅雪と向ふつしにて露ほとと残さすしら髪染薬店柏野社
日本はし其名も高き山本の隣に片目ふたく玉子や水亭楳星
宝町一丁目に高砂新道といへる新道角の魚屋の家根上に祠ありて高崎の
一寂之婆らの像は元禄の頃よりといへとつまひらかならす同町二丁目の横町
京屋嶋屋とて神柳やありイとて郡古問やあり同二丁目三丁目の西の方に
駿河町三井といへる呉服店采店両替店あり本町二丁目三丁目四丁目三分
京軽問やなり石町の間に十軒店といへるは弥生の比雑市五月前は甲人形
菖蒲太刀の二申立石町三丁目北側に長崎屋といひて紅壱人の旅宿所あり
毎年三月頃来りて登城す同御新道に時の鐘上り此源七といへるもの
是を得す此鐘始は御城内にありしとなり土伝馬町木綿四や并に茶品や
あり右大伝馬町に船町とも天王の旅行ありて毎年六月祭礼有て参詣
多し
海繁売のこほせしきも市ひ有て松葉をはける高崎新道尚丸
朝日影さしみのつまの松葉色おこ迄も売る高砂新道宝寺伊玄住
竹箒持て市あと称満する尉とそみれ高砂しん道姫則
番組の浪屋の杉の宝町に厨うはの名は高砂新道貴垂
松舟にならふ尾かみの松の魚人の浪よる高砂新道静妙図
片戸名所へ同村名
渡り物ほとから〳〵とかるこゆふ鰹のあたへ高砂新道安田好庭
一尉と姥家根に祭りし隣にて飯うる見世の名も高砂や中折浦紅
水かへる佐渡の嶋やの穴蔵はかはせ包しの堂手出けり野屋
おこたりし嶋や飛脚の届け先しりをほるのも三年限り相代藤少々波樹
こくちには錦も千鳥にかよはせて淡路嶋やのならの道に落スンフ松経舎
のほせ荷の改め利とおし小路草やか出す情とり手形松の門鶴子
松坂の嶋やこふ名の飛脚やにいせより来たる状も配りつ玉部屋敷善龍軒愛成
宝町に御所の名ありて送り文ゆきとゝきたる京やふさはし
呉服店仕立飛脚のあつらへも布の嶋やそのひちゝみなき
股引の目くら嶋やの空飛脚またにかけてそありてうまや如
すけ笠の月に三度の京やかしいそき飛脚も出る十日限り
海のや広志
京やより出る飛脚もいそくほとあしも多かるあしにまかせん
三輪園甘喜
文字〳〵とせすて飛脚のはしり書京やより出る赤紙の状
伶月舎
急便りのほる京やの飛脚にも走り書してたのむ討状春のや
紀州の荷札をつけて京やから七日かきりの花の都海海路吉窓家持
碁盤自の京やは四九の先手後手打て違ひにたつ定蔵卿宝蔵町内尾町住
かひしんのもてるきせるの長崎やつまりしやふの通辞也けり玉フ松経舎
かひたんに女はいめと長さきやそをそむかせる鴨の手料理
仝
汝か髭ももてるきせるも長崎や橋寝にあしも仲すかひたん前の梅野垂
ふりつゝく五月の雨の長さきやぬれしかひたんは衣干す厚丸
本町へ紅毛人やおとしけん其文字ひろひかける看板哥多丸
駿河なる富士をみつ井の店の前井戸側さへも石のむろ町蛙郡玄沈通
するう町不二をみつ井の見世の者客を呼ひこむ声もなる沢桐成
衣なる年のくれはの織物の数をみつ井の店そ賑ふ浅野庄
内デ先所隣金ト祈護主
富士の嶺をみつ井の庄の売あけにぬけ穴のある鼠半切
宝町のむかしに今はかはり嶋足利木綿ひさく越後や
夜宴
鶴のや松雄
家の名の越後ちゝみは仕入ても店さらしをは売らぬ呉服や
駿河町富士をみつ井のしし糸の滝嶋もあり山まゆもあり
一桃多梅団子
草のや富方
重年をするか町なる飯焚八日々にみつ井を汲てはたらく
芝口高甘丈
一鍍金のわきゆる土地の本町に江戸の売る式亭の見世○江郡のや藤芳
かひたんのやとりにとなる本町に通事薬を売る見世もあり
四里四方声のひたきて江戸人を寝せむしする石町のかね大地鈴成
町〳〵のかねをあつめて町〳〵へかねの音ちらす石町のかね
新並ひ十軒店も家毎にひさく五月のあやめ人形残のや
なまくさき隣のなりの尾州檀代者年の湯にひさくいにしや望止嵐貞丸
隣同士毛ぬき合せのいわしやにとけ抜薬うる薬種店
四日まて売残りては商人のそつくりかへるひし餅の台
薬権店並ふ薬枡の唐船や髭人草もひさく本町
渡りもの売る本町の薬種見世ほくにんしんの人はけはす
花の頃都をしのふ宝町に御所の内裏も並ふ雛市
落たるを拾はぬ御代の石町にゆひ折拾ふ辻の捨かね
土一升金一升の其中に後世小路の大金の見世
小田原や住宝町に北条の隣に縫ひし笠当そう
なせくさき薬もいたす大道に網をもはりておせるいわしや
宝町に青物市の竹の子は十二一気をきやの見せん哥居
石町につく時の鐘ひゝけるは皆ゆひ折の数のあき人常高琴樽
かひらんの橋宿ちかくの本町に髭人堂をこらす妻柱店道草
雛市の仮の内著も九重と十軒店に立並ひけり大堀燕習高
江戸岩所両命社篇
海川へ流すきうりの切口をてん幕に見るかつは天王
文俗楼梅実
祇園春の徳のさかなにそうめんの皿に水もつかつは天王松蔭
木綿庄広き軒端をかよふにも雪の次路をしのふ白布英野社
都へとのほる京やの立籠仰しおれをきらす雪の朝立道草
雛店のおつな暮れてきさむ葉烟草一ふくひやかされけり扨は十六源固
遠くなりちかくなりても石町は風にまかせし其時のかね繁木
薬種やは安まいからいをかみわけてひさくや見せの砂糖熊の猟月芳
都落ほとに階子のたんの浦十軒庄の雛の見物夜宴
むさし芦のむかしをしのふ石町のかねもはてなく響き渡れり
橋姫と宇治の処女の手はきれす男世帯の江戸の茶問や
珍手の瀬戸物町にいろとりの水際のたつひやしゑら玉
風寒く冬は麹のむろ町にもやし生姜をひさく朝市
本町の藪やにちかき菓種落蚊のさか学も出す土用丁長記
花かねの三月しはりの囲ひ女かたんなつき出す石町新道芝口屋
地黄斎病の根をもきり山の薬ていたみしら髪の親父養持
金沢の暮のちん湯つく高も夜か昼かけて十二石町哥居
一葉つゝちる桐山の引行や今日たつ煤の風葉見世和風亭
商人も実になる金をとらんとや早咲の梅ひさく宝町哥権
薬師にてかけて商ふ本町は小売見世へもおかす繁楽
紅毛のつゝきし文字の長崎や駕籠まて横につける武台沈置
丸前に宿のついたる商人は金かんはんにしるき本町三輪寺杉人
鉄炮の音に聞えて日々に売る玉やの紅粉も一貫目つゝ柏吟社
伝馬町いつれ呉服の長のれん口も揃ひしおろし商ひ松平停停
くされ市名にいたてとも売物に麹の花をかさる浅つけ楳星
江戸谷町板会切富
七月名所四合計店
商人の上の上にも伝馬町家根にふたつの家根を作れり土を鈴成
江戸橋北より西へ渡る長さ廿八間南詰の庄見世の間に上総木更津へ通行の
和宿あり旅人日並に絶す是より西の河岸に地を堀石垣にてつ々あけし
土手蔵あり御聴同権の類漬物を籠置て出し入繁し猶西の方に堀河岸
とて近在川付の在所より種〳〵の家を損来り揚る也東の方橋詰に四ヶ所
といへり料理やあり此外煑無酒やそはや軒を並ふ四郎両側落見せ
百八軒ありきせる畑学入給物類板木師商人多し南側に蜜柑小屋あり
紀州より船に触来れるを窺へあけ相場を立る也此後ろに翁稲荷と高
文化の比勧精のよし近年参詣多し
わき国へはなし土産や江戸はしの袂にそある安房上総船不出延内守
いつとても安き料理の江戸升は元直をはかりとみやすから也日本橋理祠
肴板の八八茶漬は人みなの八百八町しれる江戸外
水々亭楳星
米市とよへるそはやの軒並ひ家をもはかる江戸拝の見世
更科座月号
たゝ今と云柴の国の江戸峠や坐敷の客をはかる賑ひ紅川諸東蔵庵
江戸外の八八料理に六六の鯉の鱗もうまきこくしやう池を
露こんて出す広ふたの鉢あはせ八八葉漬もうれる江戸外豊のや
出船より入ふね多き江戸橋の客はまる〳〵升料理有や
印形を彫れる向ふの江戸外て
あかりたる河岸のまくろの外に又川をへたてゝ並ふ六手籠鶴のや松雄
冬の日の風にもまれて雪折の竹やにひさく紙にはこ入
鶯の玉やの駕籠の軒並ひひさく月日のみつ星膏薬
富栗利五手成
一武入の仕立も花の江戸はしやみつをりにして仕舞ふ序略
四日市佐のゝわたりへ送り鶴し本物店の雪の夕雪和風亭
大漁もいふて三日な四日市しつむやまくろのつゝく土手籠松岡
十一月十一月十一月十一日
蜜柑小屋むかひ合せに煙りをもたてゝきせるをう他の国や。
暁月新浦船
みかん小屋けふをかきりのなけ売は吹子祭りのゆふへ商ひ
雲波楼紅住
現銅
四日市賑はふ江戸の花河岸にさくら炭をもはし有てそ来る
増塩をして鮭籠る土手蔵はこさふくえその住居なりけり
徳月舎界住
泥鮨を囲ひ女の上野来ていつはいつまる土手蔵の寄せ
戦ひは講釈のみそ四日市太平の代にのこる鍔店
四日市瓜もたゝさる人込みをわけてもとむるゆひ薬見世
雪屋
宝満高小失生
和風亭
横入れの船あし軽く紀の海を走り又かんも御屋の海岸物
揚弓場脊中合豆のみかん小屋あたりはつれの多き商ひ
西郡鈴舎真抱
鶏田舎秋吉
江戸橋の袂にみゆるみつ星やしれた看板ねつた宵薬
紀の国のみかん小屋にて商ひにうちこむ銭や納ちの滝つせ
五月雨のつゝきて水もますの雨しほのもとれる土手蔵の納や
夢のや来方
松代金波喜
陽月舎
丈なしの上総木綿のみしか夜を船にて江戸へきさらつの河岸
道草
岡つけのきはたまくろは馬の背をおろす新場の洞きり新道
宝市亭
金比侯へ参れる人も羽円扇のゆひの薬を買ふ四日市
節句前せはしき三日四日市ひらきかきこようれるさみたれ松住
四日市祭る稲荷の翁草売にか杖をつかす枯木や
│[│羽守
たのまれて跡へはひかぬ前平に肩をいれてそたのむ心心橋実生
木更津の記には酔はて江戸橋の人浪に目やまふ田舎者
森のや
風吹て砂にまふれし床見せのほり出し物もあらん古道具赤蘇習方
大いそき茶や買ひ出しの新場蛸足のはらく軽子をそほふ
宝麗舎蔵柳
魚河岸のほとりに並ふ序見せにかますとふ鳥の烟草入あり又龍新堂成
四日市並ふ茶見せのたをやめもかをる梅やによい玉やあり堀同堂春道
真黒に人の浪たつ橋の上此賑はひは外にあらめや
矢吟社
一江江江戸江戸江戸
しりに帆をかけて出入の客さへも継るまもなくきさらつのかし幸成
上総槙鋸山をひき出して船につみ来る木原津の河岸鶴子
出る舟を乗りおくれしと尻に帆をかけてそ爰にきさらつのし波影
一矢場ちかき四日市なるみかん小屋あたりよろこふ紀の国のやま
きく人のあれはたつねて四日市をしへるゆひのくすり商ふ
源此名を呼ふ江戸橋のあつまやに柱四り見る鰹まな板
四日市商ひに直もかけ守り女夫口をもすこす庄見せ
講釈に紀文をよめる四日市へふねみかんかとにてそ来る
四日市みかんひさけるかたはらに酢いもあまいもしる茶や女楳星
売物をひやうして行々度見せの後ろの袖やへしまふ数の子道草
三日ほと水につけては四日市しほ穏にも汐をふかせつ英澄社
烟草入竹屋尋ねて藪医者の忘たる羽織も黒のようかん
とほりよくあらめて売るさせるにも紀の関守と並ふ見せて大堀燕習亭
鈴なりの枇杷をもひさく四日市翁稲荷にちかきみかんや伊奈住
江戸橋のたもとに出てむらさきの色をしまんに売る萩の花
万代もうこかぬ御代の土手蔵は衆中形につよし石うき春交
四日市渡れる橋の秋いれ煙草入やのならふ庭懸笹松住
度見せに並ふやきせる烟草入煙り賑いふ君か御代かなスレフ東遊亭
伊勢町日雨米市立米商人群集す
小船町三丁の間鰹節問や軒を通ふ六一月天王祭り参詣多し
おたやかさ打場に狂ひ内宮のお仏采も出す伊勢町柴平居次丸
ふところて手と手を握るいせ町の売買にみな心こめ市衣武屋敷丸
相場たて横こむ船の社ほやいせ町かしのおはらひの米枕巻楼団子
千子様かみの御蔵の御はらひと遣のやす国を願ふいせ町玄月守蔵遊
十月廿一日
いせ町の南に相場もはね土の落し直段に手はたきの米花屋
いせ町の米の相場もおたやかに五日十日の雨風の宮小松庵吉吉
神風のいせ町にたつ米相場上りさかりは升の内外豊玄
神棚を見せに祭れるいせ町に柏手打て米の売買ひ画安
直の出来て松手うつや神津のいせ町組岸の米の相場にスシフ東遊高
ふところの勘定つくて袖へ手をいれてしふいせ町の米花輪豊原路
金に子を産する米を買込て秋のあれるをはらむいせ町三輪寺杉人
手本来わせに散らして家作りと粒の揃ひしいせ町のかし英吟社
入船に寄せ来る浪の高間河岸いせ町よりやかよふ神風和月高
淡蔵のいせ町河岸によしあしの米の相場をたてる八部
四日市あれは桑石もありさうて蛤も売るいせ町の口
森風高波都賀
八朔のあれさへなくて神津のいせ町かしに相場くるはす
鰹ふし筏に組て見せ先へきまへならふ小舟町かし
瀬とりしてこゝにはしけの小舟町鰹節樽のならふ河岸蔵朱芽
岩本なす門の氷りに亀節も甲らをほせる小舟町河岸
土佐熊野荷を引たんて楠節はいむ番頭のしろ鼠かな繁成
おしあふて人の波たつ小舟町けたのたゆたにかつく天王長記
わるさする見世の岸か小舟町はしけてこかす樽の猫ふし雪戸呂
走りいる帆にはらさせて鰹ふしせとりつけこむ小舟町かし
鰹ふし小売の店へ問やから送るにたしといふ小舟町スケア望月楼
描ふしに袋をかふせ直の出来ぬ客もあらへとさる小舟町元枝
小舟町大根しめはる程寒金におろし直に売る鰹節見世陽月食
かきかけて風味はきつと請合と出す鰹節の直段つけかな季下寄友
八つ見橋何れも其橋のほとりの景物をよめる
江戸江戸江戸江戸
けん酒のあひ槌うてる屋形には小板丸もあらん鍛冶橋
飛こんて買ひし蛙の句程風翁稲荷にちかき床見せ
一学も木も青侍の見附番水もみとりに染常磐はし柏吟社
学も木も青侍の見附番水もみとりに染常盤はし
升類も米のほさつも西河岸も一石橋の社にそ見る稲の門笹好
升形も米のほさつも西河岸も一石橋の袂にそ見る
なかむれは一石橋の其わたり五斗はり臼の並ふ西かし
魚のよるいと脈まても水てしる道三橋のきしの岡釣り
夕立の一ふりみたす鍛冶橋に棹さす舟やこみのすりあけ
酒樽も船よりあくる池の口隣の形を筵にそ見る松代幣月守松成
さし汐も蜘手にわかる三河米積て八ッ見の橋間くゝりつ
乙鳥の産家をいそく常磐橋土つひ舟も片肌をぬく天門堂甘記
夕立の雨のいと脈早きとて道三橋をいそく医師高蔵
ナヤのや浦芳
龍の口腮の玉のおもひして握り飯くふ武家の供侍
雲の嶺たちし暑さもほりの水まいて涼しくなる龍の口芝口高甘丈
雁の間の御供衆かも登城には行義崩さすゆく常穂橋秋吉
龍の口くむ水舟は深川と本所の人の咽をうるほす松下千羽楼静成
吹発にもなれるむしなやひさくらん鍛治橋外の山鯨見世岸貞丸
其わさに精よりも黒く棹さして水の中ゆく水船もあり英澄社
水道の浅瓶橋の水ふねは日毎される口もぬらせり玄蕃東守政心
道三湯飯たく鷹にのませんと橋間の船に洗ふ汁椀静月度
八つ見橋見渡す雪の蛇の目今るしきの替るやつゝ八通り数和楼
御櫓の太鼓の数も八ツ見橋登城下りにわたるものゝふ朱音
玉川の桝からはかる水舟は一石はしに何はいやつむ静洲国
汁こほしゆさんに出るすゝみ舟道三橋の下はくゝらて最鶴成
はかりなき世に一石と呼ふ橋は土一升の土地にこそあれ
江戸名所一戸高初篇
見わたせは舟や平につむ米も両に一石はしそゆたけき花遊
寒いろや濃きむらさきも立初る霞のいとに縫ふ呉服橋浦芳
わらはへもよく吉こんて語りつく道三橋に湯のふることを大ぜ燕間亭
照る日にも枯る草をや生かへす道三橋のゆふ立の南都月庵
四ツの海しつけき御代の常磐橋家も栄ふる松の尾の尾の見世外道
狩野なさへ近きほとりの八つ見橋八方にしみ見る龍の口銭のや
芸あくた然の口からはきひして浅かめ橋にかゝるこみ舟静沙周
稀の皮かけたる馬の幾疋もはひるは程の口にこそあれ丘燕習亭
六日の汐待ていつゝや四ツ手網九ツをきく八ツ見橋下
雨を呼ふたつこへにてもて行は一石橋の水道の下矢寿堂奏夫
あらそひのなき君か代の龍の口馬せんに皮の野はあれとも楳星
呉服はしふりつむ雪の白りんつ下鈴のあとにも見するさや形岩住
5154
任顕江都名所図会二
狂歌江都名所図会二篇
魚題
天明老人内匠撰
立斎廣重画
神田橋豊嶌屋祢木屋新道
今川橋
弁慶橋千代田稲荷白籏稲荷玉水於玉ケ池
主水河岸紺屋町藍深川馬ノ鞍横町西村龍閑橋
柳原稲荷河岸同祠盤居茶屋
筋違八辻ケ原駿河台昌平橋
須田町下駄新道
護持院ケ原
神田川水道橋於茶ノ水森山蔵見世
飯田町
九段坂真菰ケ渕牛ケ渕世継稲荷
中坂組板橋天文台
江都名所厩会二宿
ねこや
挽割りし
松も一枚〳〵に
目のかはる
ねこや新道
鶴のや
松雄
西行の
鎌倉かしに
かく雪の
白かね
捨る
ねこや
しん道
梅屋
酒ひさく鎌倉かしの
大天窓右にはあらぬ
左大将
呉竹園
正雄
年を経し
鎌くらかしの
としまやは
酒にそた
てし
子衣
孫店
雪の下
千羽楼
鶴成
印さへこと
十分と十の字に
かねをつけたる
豊嶋やの樽
酒このむ人の鏡に並へおく
帰月舎
鎌倉かしの菰かふり樽柏の舎
竹光の一本さしの田楽に
安まのつ
居酒中間並ふとしまや都竜
酒見世の江戸に名たゝる豊嶋やは
実に百薬の長者なりけり
胡鶏舎
支抱
江戸江谷所国会二番
豊嶋や
曲持の
腕とき
むれて
豊嶋やに
いて端くらと
河岸何けの
樽
暁月軒
浦船
御勘名計御金寺前迄
弁慶橋
われ鐘を
向旗橋稲
ひきするやうな
水々亭
声すなり弁慶橋の楳星
湯やの浄瑠り
問ふことに七ツの
道もつふさなり弁慶橋の松代
藤少々
もとの辻番波樹
何事も
かゆき所へ
手のとゝく
江戸は江戸
なり
売にる
玉水
柏の舎
玉水
国水を
尋ねて人も
こんや町
かくも賑あふ
しつの妙薬
語吉窓
喜樽
稲荷講
あつめ
あるきし
このしろは
かき大将に
まかす
こら糕
橋のつ
笹好
手つくねの楽を
うつせし相馬場
今も神田の市に梅包山人
売るらん
よし元の今川橋に横あけた
兜鉢さへうら崩れして
教州の今川橋は
都月庵
瀬戸物の見世に
あらきをいとふ堪忍
雪の日は
穴へこもりて
出ぬなり
証安台
一教はりし今川橋に
有恒
今川橋の
数生もむやくに
あらぬ岩見銀山
の
かうやく
宝市亭
梅巴山人
講釈場はねころまける桶狭間和風亭
今川橋
今川橋の夜見世商人今川橋
但明壱丁目同同
打払ふしなひの
竹もたわむらん
千葉屋に
つみし雪の
夜稽古
花屋
柚木やも
千代田稲荷の
縁日にもらひ
水して
かくる朝貌
松月亭
繁成
千代の稲荷
片刻本所図会二宿
柳原土手
籾蔵を前に吹充の
籾蔵を前に
鉄炮疵の
みとりの柳はら鉄砲疵の
かはを向きうる猿胴着
度見世はなし
けた物
店をき
松の舎
見世
雪館
柳はらひさく
かますの
柳はら
かますの
道草
たはこ入
国の羽織の
しんをも
はけたのも
いれし
墨をぬり
もみ蔵の
てそ
前
ひさく
いかもの
湯月舎
沙のや
産糸をも
神垣の朱に
交りて
つくる花の
柳はら
赤合羽
土細工うる
化かし物をも
ほし見世
あり
売る稲荷
かし
謀那言
澄兼
松井楼
長記
長記
芋ほりと
見て売り
つける柳原
たこといふ
名もあなる
柳原つるす
古きのけさ
衣
のりを
のりを
衣
たすけに
したる
いかもの
もら引
証言言
五拾歩目
松蔭
喜樽
一松蔭
江刻名所殿会二篇
其二
たゝむにも
手をかへ品を
ふるき店
書は
見せさる
柳はら土手
土手
雲波楼
和住
同
柳原かつは
野郎と客を
見てしりの
ぬけたる
古着をそ
うる
出久の坊
画安
黒羽織
ようかん色の
すあま役くはせ
物をも売る
柳はら
柳はら
古前見違ふ
峯頂高
四成
田舎者なまる
ことはのらぬ
行丈
現爛
青柳の糸は
もちひす此土手の
見世の古手は
のりつけにして
床見世て
売る直も
六朶園
春の柳原
めの出るやうに
高ゝいふらん
スンフ
重月楼
一重月楼繁若面ある
帯の名の
一楽若面ある
小柳町は
うしろなる
一筋の通りを
へたつ土手の
みゆる松かえ
古着や
所風亭
勇々館
道草
道草
卯十一月十一日
図書
□□名所図会二篇
駿河台
たんほにて
物つき坂や
屋敷こと
鑓の稽古を
するか台うへ
勇々館
道草
建こみし
竃の煙り
たえ聞なく
窓より不二を
見る
駿河台
スンフ
スンフ
望月楼
筆子等の
もとれる
時の
八つ小路
双紙
つゝみも
背負ふ
筋違
井月七
相成
昌平橋
唐のや
清右
江戸の町
昌平橋に道四尺は
四角にゆけと
さとす辻番
鳩むるゝ八辻か原による人の
蒔やる銭を拾ふ豆蔵
遊蝶窓
哥権
昼過の暑さそつよき夏御陣
時も八ツちか原の講釈
江戸のや藤芳
神田川うしろにあてゝ陣とるは
八辻かはらの軍書講釈
更科庵月芳
八辻か原に夜る出る
鷹はしも客をぬくめて鶴田舎
つかむ鳥の目
秋吉
儒仏とはをしへる道も筋違に
わかれて見ゆる上野聖堂
燕栗園
一道壱斤目分二番
雷のひらき
遠音にするか台
はや筋違に
はや筋違に
ふれる夕立
伶月舎
野馬台の
詩をよむ人も
聖堂へ
蜘あゆむ如
筋違を
ゆく
森風亭
初賀
嬉し
孫
筋違
下駄新道
銀杏歯の
下駄新道の
請合の
囲ひものむしは
一囲ひものむしは下駄しん道に
下駄しん道に
つかさるかたきの娘
住ゐして
神風や
ころはて
青刻
はやる
青部稽六所の妹
稽古所の妹
二してある
勇々館
一拾壱軒五歩
下駄新道の
道草
品のみか
いてそ歯も
心かたきの
ちるはかりなる
軒のこからし
けんや
下駄新道の
文昌堂
ぬかるみへ
尚丸
提歯桜歯
花垣
ふみこむ足の花垣
真咲
とろまふれ
下駄新道具
陽月舎
買ふな鴨形
秋とみし落も
積こみし落も須田町は
須田町は
消る如さはきけり
するか台なる
泡雪の名も
表不こや
ありの実の籠
甲州柿も
神風や
目や青則
売る若葉や
豊のや
梅あんす見てさへ
口もすた町に咽を
うるほに水菓子四や
物の舎
人つとふ
鶴のすた町
日々〳〵に
長きあしをも
長きあしをも
とる水菓子や
駿河台
向ふにそ見る
また町は甲州馬の
菊菊つかこむ
松梅亭
槙住
春のや
須田町
申上候以
江都名所閣会二篇
護持院か原
弥陀ませし
謹持院か原淋しさよ俵舎
珠数かけ鳩に鴫のかんきん
鳶凧をあくるわらへは
僕持院かはらをへらして
文語楼
又語楼
梅実
油物のすし
床夏の花の
うてなもしのふかな
利根川
一証真堂
酒倉
法師憚なく謹持院か原
草生ひて何ひとつなき
伽藍堂件の座つむ花輪堂
謹持院か原
糸路
護持院のあとも
ゆかりの仏の野松のつ
つりかね草や幟の鶴子
くむ塔
護持院か原も
一番二番とて
夜明にわたる
鶏告亭
夜宴
猿鶏の出し
雁鴨もすくむ
なるらん謹持院の
原にひゝける雉子橋の
下座
比減庄
哥多丸
郷道壱町目
謹持院は
地しんの
ことく
つふれけり
万歳楽と
いふまたに
なく
天明老人
江都石頭同町名前町
神田川お茶の
風御座
同竹丸
水まても堀割し
竹に雀の目やさめにけん
おはおそもわるさや
しけん御茶の水化て宝遊に
升友
にとかし雨はれの川
何処まても
江戸の気性に
行わたる若道橋の
雲井園
水のかけ遊
此水は
そたちし江戸子
気かきいて
秋漬梅
よく行わたる
水道の橋
忰訪
御茶の水
茶もうまき
水道橋の館見世
甘めしも
やすい
もり山
□□□□□□□□
宝湯亭
実生
水道橋
水道を
下りなからも
いたゝいて
出茶の水へと
むける
屋根ふね
藤園
高見
四角なる
銭て堀割
神田川
舟さへ
やすく
通用そ
する
伶月舎
郷道名所図会二篇
一神田川横し薪の雁木かし
かはる燕のはこふ土ふね
文栄に
文栄子
雪麿
神田川
江戸江戸町
ふち抜いて出すもつそうの
飯田町
飯田町あてかひ扶持の草のや
冨芳
二合半坂
鳶も抱へて
万の字をしるす
のれんや
一番の店
東風のや
町の名の
御台所の
其ほとり
俎板はしは
御主人を
もちの木坂の
部やつとめ
似はしき
根の門
笹好
くたさる
扶持や
二合半坂
庖丁に
きり捨しのも
あつめ行
富安新
幸成
まな板はしの
下のこみふね
語同堂春道
俎板橋
車ひき
のほるにあせの
玉川や足も
千鳥にする
九たん坂
みつのや
胡成
鶏をさく
俎板はしを
たり
来て
道の
かへさに
見る
牛かふち
望止庵
貞丸
天文の星の度数の
九段坂平六夜の遊月今
同そまたるゝ
岩住
九段坂
おく露に真菰か渕も
うつろひて名も
幸亭
かれ〳〵なきり〳〵に橋
九段坂天文彦天
植木やの梅は動かぬ松月亭
星とこそ見れ
繁成
牛か渕
何料間俎板橋の
影うつる下やすからす
すめる鯉鮒
上サ大地
燕習亭
江道名所
当野錦絵語同堂春道撰
左馬之助湖わたる
ありさまを坂本町に
ひさくにしき絵
鶏告亭
夜市
夜宴
天照らす神明前に
その御末生人形の
錦絵そうる
おなし心を
橋の門
笹好
一篇数のいろこのみする
くゑんしのそのあつまやの
吾妻にしき絵
御同堂
春道
当坐紫
藤少〻波樹撰
吾妹にかつめりし
跡のむらさきは
跡のむらさきは
いかほとふかき
色になるらん
五いろの
内にもなくて
染安かり思ひ
外の江戸のむらさき
大堀
蒸習亭
暁月新浦船
同十壱丁目
おなし心を
江戸つ子の
ぬけたるあくや
さす竹の都に
まさるむらさきの
いろ
藤少々
波樹
江戸部多頭問会二篇
神田橋大手より神田への出口に渡す是より西の方を鎌倉河岸と呼爰に
御入国以前より公大分けして豊嶋郡に住て豊嶋やといふ代々
酒店にして満生の比は白酒売出しより人の山をなす此辺出店
あまた軒を並ふ此裏手に棚木類材木屋あまたあり俗に
祢木屋新道と呼ふ
豊嶋やの門はぬかれと商ひに売人は足駄はぬに酒筑酒嶺村咲
よしあしをつくるほくろの星月夜徳倉河岸へ出る人相見春のや
売初は白酒のみか人をさへはかりこほせる豊嶋やの門板は十六源国
此家に重てあつかふみつ鱗泥倉かしの豊島やの酒竹林舎琴道
三日月の注念かしはかるもかくゐなかにあらぬ笠崎の村幸亭
江の嶋の地の貝に植つけて鎌倉かしに売る雪の下陽月舎
鶴はなつ鎌倉かしのとしまやに出す切手も短冊の類り雪屋
牧狩のせこほと人の豊嶋やへつめかけて売り不二の白酒友鶴
豊嶋やの若人揃ひの河岸端に人もよつたる酒樽の曲鮮丸
逢かかねうむを宝と程こゝろ多く孫子を持し長嶋や土蔵経つる池水
下戸上戸右と左りに妹か名のおそつ牡丹餅としまやの酒光糸
天窓へいのほしさりけり豊嶋やに里代をかけてうれる白酒国盛
酒店の右と左りに豊嶋やはみつ刻にして分けしなるらん小松尾壱吉
賑はへるむかし忍ひて植木やか鎌倉かしにうる雪の下藤芳
予も光る鎌倉河岸の豊嶋やへ一合買ふはまうしかね十日本橋現銅
寒き夜の松あたゝめてひとり物の淋しからせぬ豊嶋所の酒貞丸
是も又品に高下の段かつら鎌倉かしのとしまやの徳正雄
名に高き鎌倉かしの大天窓花花花見せてひさく白酒夜交
門に立出す手の内をまつか岡酒倉かしを歩行比丘尼等楳星
一月廿一日二号
豊嶋やにちかき酒やのかんと橋前にはおほほゝ滝もあり月芳
よりとものむかしはしらす豊嶋やは鎌倉かしの大云窓なり柏の舎
西行のころ銀町に捨られて梅なきあかす冬の夜の月都月産
くわんぬきは軒にかけても直いまけぬ小柳町の角力せんへい花屋
掛物の筆は持野家か不二越の龍閑橋にひさく庵見世草のや留芳
ふりうつむ鎌倉かしに西行の社こやも白き雪の白銀宝市亭
今川橋此辺瀬戸物屋多し此北詰の西の河岸を主水河岸とあさなす御菓子の
司森保立水の宅ある故也宅前に主水の井といふ白旗稲荷白銀町
壱丁目にあり千代田稲荷鉄炮町にあり玉水といへるしつの薬屋あり
松田町よもありお玉か池旧名を桜か池といふ今神田松枝町人家後国に
出国稲荷と称する小祠ありお玉を祭るといへり其かたいらに少し
くほじる井の如くなるは昔の池の跡なりといへりむかし此地は奥州
街道なり桜にあまた侍りける所にありし池なれは桜か池とまへりその
桜木のもとに玉といへる女行来の人に茶をすゝむ是に心をとゝめ懸直
せぬはなかりきとなん中比人からも早かたちも出なしさまなる男二人迄
候の女に心を通はせけるされはせつなる方にと思へともいつれおとりまさりも
あらさりけれは我身の上をおもひあつかひて女は終に此池に身を投て
尤なしくなりぬ御なから津の国の求堀の故に似て哀れなれとて里人
うちよりなきからを池のほとりへ埋め印に竹を植てかたみの柳とは名つけける
此辺りに紺屋町臺深川といへりあり西村といへるは種々の鋳物師也馬の鞍
横町は馬の鞍の職人ある故也弁慶松東のかた道深川流れにわたす
其始御大工棟梁弁処小左衛門といへる人工夫して掛そめしといへり
用水の桶狭間にもいとむらん今川橋にせる鬼鉢六栗園
おもはすとたかのきにたる桶はさま今川橋に見たす用水発田亭初契
丹州市町町町村三浦
紺屋町塁深川もほと近き今川橋に瓶も並ひつ水々高林星
軒並ふ今川橋の瀬戸物や品に照しの上々もあり堂岸岸貞丸
了役の今川橋は曲らさるをしへの道へよく通り町雲井周
川上に龍閑橋の名のあれはいくろをまかす見世のうつ娘笹好
文道を夜も学へとや照すらん今川橋の仲秋の月羊が稲丸
乳はなれの子にあたくんとうみの母浪ある銭にかへるうつ師喜樽
子等かよむ本石町のわたりには今川といふ柳もありけり松代藤少々波樹
教訓の今川橋の干見世に手習状もみゆる古本春のや
源は龍閑橋の大柊のほとりに祭る白はた橋節和鷹国盛
源平の梅を愛ぬる綿るにのほりは赤きしらる稲荷花花
地口絵の武者も火下をちらすらん夜風になひく不解捨布花屋
年を経し今川橋の其あたり樅の毛さへしらるいなり玄ツト干羽楼鶴浅
鳥居こそ赤く色とれ平家かた宮は源氏の不旗稲荷スンフ雪月梅
尊とさに心はた稲荷ぬかつきて人も利常に思ひきけりこ抱
あし元のあかるい内といそきつゝ下駄新道をすくる夕暮仝
西行の白沢町に橘肴をもめかつきおかむしらる稲荷阿月具
千種の稲荷祭りに宋をとる滅老大将のほこる初午
玉垣の朱は平家に見ゆれとも源しるきこら旗狩布末のや
宮崎の治もしつかに納りて動かぬ御代の白旗稲荷柳園光糸
民学も十日の雨にうるほひく風になひける白猶いなり鶴のや松雄
人みなの深き思ひの丞か渕出玉か池は名のみ残りて琴樽
しつみたるお玉か池の面影に横からさしたくしかたの月久治楼梅楼梅実
由来をは尋る人の袖に出て露のお国か池のふること勇芸斎
今も猶髪を乱して青柳のお玉か池に影をふして松代右月高松成
六割名ヲ四全二歳
茶を立し出玉か池の故事は泡と消えても名は残るより秋吉
大江戸はたかやす国の御膝もと稲荷を祭り千代田宝田幸蔵悪智亭
ひ元蒔につるのおり立風情あり千代田稲荷の堀日商人外友
午祭り千代田稲荷の備へ物のひかの国にさわらひの後都竜
参る人足のしけきもむへなれやおひさえなる千代田狩布へ扨は十六源周
星影もあられ小路とみつの面塵瓦川にうつるめいろ尚光
紺屋町近くにありて藍染の川の沢れも水紙煎なり松寿楼長記
紺屋町あせしみとりをぬき染の舟地にかへす雪の梨子雪屋
結ひては甘露と夏はためらん草らに名高き主水井の水の水
四かふ人の多く入来る西村はねのよき方へ手をたゝき征都老
手附をもとらす大仏請負ふはおほきな腹を見する西村道草
馬の鞍かへして横にあれ行をとゝむおふみの出て新道僧のや幅前
御上にもきをもみ蔵の出手物は民の口まてほさぬ御救ひ珍重
疾かきのいちかり股て来る客をまつ田町にてひさく玉ふふ将芳
馬の梅横町通り駒下駄のふみとゝめたる出音しん道和田高
喧嘩する相手もなくてりきむのは影弁慶の橋の生研成成
うなりたるつりかねの中も落にけり弁慶橋の屋根の谷間春のや
山伏も弁慶橋の道筋を扇丈なる子等に問ひけりに盛
野栄市一口茄子に鍛冶町の頬焼薬師思ひ出せり梅巴山人
世を捨し人買ひに来し御仏の浄土を願ふ百村の鉦白都のや殿旁
りん病の幸摩薬の門口に九年籾を売る夜見世商人楳星
製し方よき大久保にくらへては皆饅頭の月とすつほん柏の金
鬼か嶋御供申せし雉子町に宝舟ほふ枕太郎月銭のや
色気より喰ひ気にはまる三河町次ま口にのか出鉄牡丹餅外召
け都名野尾十二ヶ所
馬喰町馬場さへ近きかり里やのりかけ笠腐つける朝めし蝶野右院番
かふりたる面いはつれて太鼓羽目たきちらかすに葉かつき花屋
尻はやき三崎と名のる稲荷さへ土手に御こしをすゑて久しき初賀
柳原土手筋達橋より浅草橋へ続く其間長さ十町餘り享保年間此所の記に
悉く柳を植させける堤の外は神田川又此堤の下に柳森稲荷と称する
祠あり故に此地を稲荷河岸と呼へり
買ふ人も二度こん染の柳はら新らし標と見し古手物実下鶴成
国の名のすはう目引に橋の名の錦の帯もかくる古着や亀河尾町住
両国へ土手つゝきなる柳原前八物も売る古荷店燈堂引也
柳原まけられさふな直をつけて小便らしてつせぬはや足板は十末庵老泉
股引のたこもつるしてさま〳〵のいか物もうる土手の豆や豊のや
柳原夕くれ比にくはせ物さんしよ小紋の輪場羽出り村咲
古ふとし染替て売る柳原神田の川をまたにかけつゝ綾の門尉丸
夕立のふる手の見世もはれかゝりかよ〳〵青く見る柳はら幾葉春交
初午の橋市かしにも油揚のやうな布団をうれる古着や楳星
柳原いかもの多き其中にいかのほりをもひさく床見世松雄
柳いらこらせ土手たとあなとつて見出した室へ落るやけ穴枕方橋団子
立板へ水張りもして仕し物売人は弁をよくふる着店松代波樹
商人のことはも風に柳はし場場拝おり売る古着見世一笑高喜楽
公家の名の柳原とて売物に色紙をあてた夏士染の衣竹松原数有
酒に備ひ廻り道して柳はら足をは縄になへるわら店仝新月庵梅香
夕立の跡からはける空いろののりつけ公羽売る柳はら幸亭
柳原枝はたれても小便を買人にさせぬ古手やの見世都竜
化物の古者もしまふ柳はら出る夜鷹の顔も山霊赤び花月楼
柳原風にをとれる古衣装てんつるてんも軒にさかりて
雲波楼紅住
ふみ込て買ふ素人の目くらしま直さへはめたるこ手の股引花や
角のあるさゝえも焼や柳原盤水の面をかくる水茶や呉龍新堂成
筋違に夕立物のふるき店役かし星の出る半えり松月馬祭成
和泉橋時雨から比は青かりし土手の柳もちる稲荷し楳星
腹のへる七つ時分の染かへしくはせ物うる土手の古者や柏の舎
稲荷かしひさく古名のきし物狐色なるもみの歌うら松岡
源氏香こめし雨夜のふることもの品定めして買ふ柳原長記
古綿のあんつめをしてくはせ物まんちう布団うれ善手や工栄子吉麿
売ことは多いかけ直の聞くとはやふれのみゆる柳原もの宮下鶴成
古者店袖にも山のいり相の七つさかりの布子をそうる花崎楼堂垂
柳原ふちころされし流れとて小便さねし犬の白むく英峰社
頭巾足袋あしえを見て天窓からかしふせ物をもうる柳原哥権
春の季をうけて木の芽のいつみ橋あたらし橋となる柳はら森島改心
柳原古赤狸のかふせうりきるとはたかる桐生八丈松午福満橋伝訪
柳原みつの蛇のいなり河岸油しみたる土手の古着や数有
柳原しよほ〳〵雨のふる手見世つるす小袖も仕もの仕立松代桃樹園仙敷
恋のおはくろ染の古羽おり軒にふら〳〵見る柳はら笹好
樅いろ昌平橋の黒小袖人を化して売る柳原教和楼
蛸と呼ふ股引もうる柳はらいか物はか田はめる古者や和風亭
柳原合羽も藍のくはせもの雨には姥のはけた色あけ花屋
橋の名の昌平役のかふせもの岬の見えすく土手の侶は織俊藤弟
床見世もしまふ比には柳はし所違ひに花まはる蟷場并蔵画習高
嵯峨顔してもはなさぬ柳原そろはんほつてまくる商ひ板ハナ老泉
江都名所区会二篇
人の身のなりふりまても然合て己か暮しもつける古着や珍重
直きらるゝ客のあらしも商人かさからはて売る柳原土手村咲
聖堂の側にいく年ふる羽おり組の只年もある柳はら
床見世につるしてひさく柳はら場堀羽織も七つ生すき重成
喧嘩かとおもふ直段のおし引にはりかへし物出す古者やスンフ望月楼
あまねく土手の柳も風おりのへら〳〵物もひて古者や元のや元枝
柳原す草をなる直のふりてものこさることはや筋違にして弘職屋敷殿
いか物としりて土手からりこし松柳の下のかてほり羽出り団子
盤若面軒にそかけて柳はら心に角をもし殿菊汲女一笑高喜生
柳原見世の古者もいろ〳〵な品はよりとりみとりなりけり
恋のさへつるやうに柳原のれんくゝりて見世をひやかす幸亭
古着店引つゆるめつ十かへりの宮に直段もこきわけた絹
柳原染かへしたる薬いろも鼠と化た場場羽おり富芳
柳はらおこそ頭中の染かへし買かふりたる土手の着や松園
また水に這入りませぬと柳原たそかれにうる場場羽織町住
筋違橋須田町より下谷への出口にして神田川に渡す御門ありて此処にも
御高札を建らる此所の大路に八ツ小路あり八辻か原と呼ふ昌平橋は
是より西の方に並ふ湯嶋の地に聖堂御造営ありしより魯の
昌平卿に秘して名つけらねしとなり
駿河台むかしは神田の度といへり富士か衆を望む処なれは此名わりといへり
一説に昔駿府御城御在番衆に玉はりし故に号すともいへり
大江戸の学木もねふる丑みつの八辻か原に左えぬ行かひ和田亭
肴板をよしすにかけて占者みな見通しの八辻か原よつめや相成
鳩むれてあそふ八辻かはら〳〵となくれは銭を拾ふ豆蔵藤楼長垂
江部長所臣会二篇
するめ焼八辻にさけて行足もはしにたまれる人の賑ひ井蔵幽習亭
蜘手なる道も八辻にさらかにのいと相かけてひさくきんかん絹のや福芳
時うつか八辻か原にかけほしの筋違にさす妹の刀のあし宝市亭
一き地わろき三郎兵夫の栗又も横筋違のよせの八ツ辻実生
昼過の八辻か原に辻かこの四つ手もふたつ敷ふ筋違帰月舎
風の夜は荷も筋違にかつくらん八辻をひさくふうわんのそば春道
四つ辻に二度辻江の目出たしと八辻か原にきくも吉左衛門
百銭の文字の天保の八ツあたり八辻か原の辻の宝引教知梅
筋道の見附にもめ居並ひて八方にしむ辻のはか番海岸悪住
来る更に備へを立て筋違に野陣をはりし辻の講釈出久の坊西あ
聖堂にいます孔子ののたまはく昌平橋は学ぶちか道
暁月新浦船
諸人も直なけしへの聖堂を横に見て行筋達の橋
五息扇生成
明神を祭る夜宮のあかるさは蝋燭町の軒のてうちん
語同堂春道
参照の筋違橋に夏の夜は涼む人さへ誠にそなる
他取中引也
君か代の昌平夜の御恵み深きをもこれ下くらる舟竹竹竹安野月麿
筋違にうる音板の喰はせ物まつなうその盆の強めし桂園
南西工うる筋違の床見ゆと軒を並へて出る野若草西西安
空花にさえぬか月の一つす昌平はしの衣のかりかね花垣真咲
さしいそく将景の駒のくみふりのかくいれはしる家庭の門芝戸や
内外とわかる神田の筋辺にいにしは伊勢にさゝく新米秋吉
神の後さへ二度の聟入を留平将てさせる古者や凹成
王将のかたへを守る見附なりうへ角座の筋違御門口代波樹
聖平にする尊文は忠孝のふたつ供にてかよふものゝふ幅芳
内職に竹靭にをもするか老ふしよくくらす手立なれ柏の舎
与五兵
江教名預金二郎
折かさす綿も半紙のするか台高さけかしん遣の石寄衆
六条国
水道のはしかゝつゝある駿河蔵さる舟町を江戸もとに見て橋の門笹ぬ
明神のおとはむかふにするか台傘谷へおゝる夕たち證安蔵有恒
引札の半切氏のするか台しなぬ薬のある山も見ゆ
風ほしと先一休みするか台扇の不二に暑さしのきつ久昌平商丸
雛類の扇かさして不二か嵐をとろのくるよりゆるに
調練を日雨やしきてすから茂すき狩つとに揃ふ陣笠楳星
不二の衆も見つ時しらぬ火事をもしめする鼓の音もする台哥権
須田町八ツ小路より南の方諸国より送り来る水菓子問屋軒を遣ふ日毎に
市立なり下駄新道は西の方の裏手也下駄問屋あまたあり
朝市のたつ青梅のす田町はせり戸にさへ口もおよす雲井周
泡雲かゝや土用古河か子つらかさね時しらぬ山をつくる浜田町大坂花月桜
砕さめの水京にひさくすた町心色まてよつておろす樽梓楽高琴狩
梅干の名にたつ親父春かいかひの口をすくしてす柳音ふ王子園里住
見世先にとろついてぬるくた物のうりさへ口をしめす水裳に給ふ行珍重
こ形にかさねし甲斐のふたうのも一番鑓をいるゝ須田町右衛門路下平瀧戸
しなひたる財は申の口もす田町や芦をはかりにひきく青梅
とんて行やうにやかれけりす田町に直を立てよふ鶴の子の様舛友
聞かふて行ふたうのつるのすした町はねを思ふ親のあまきふ菓子笹好
つみ板の不二と筑波の水菓子に見渡しもかき夏の十田町雪屋
売買もさへつるか如朝な〳〵速雀町の青物の市柏の市柏の空
朝市に素人と見て日ましをも連座町に背負す青物青物道草
おいはぬ枕はつこめと商ひの口数多き若菓子問や貴意
やけぬ直をいふもきほひの内神田々は水道の水京子のは母大切蒸習亭
郷都名御贔屓
一門越前頭府内金三十軒目
人あしをよするは辻の古六郎八ツ口のある小袖つるして飛脚
市川の心やの口はあか稚の赤いを鼻にかけ売りはせす赤子
囲ひ祭る棚へ置へて冬まてもありのこひさく須田町の見世雲井周
母頭の夫婦の鶴のすま町は共子の名ある柳もひきけり道草
ぬれ手にて泡雲の梨子つかきりよく雨ひをす田町の市里住
助右の下法新道のすゝはさに走国へのせてはこふ諸道具宝市亭
月末は愛ぬなからも春うへに雪をゝのゝむ下法や新道風のや法戸口
小判形り下法新道に都下駄を客に見すにも逆さ相也五貫目紅落
笑ぬりに吉野うるしを南はせて桜浪うつ下駄や新道愛のや成方
伽羅と誰かはき違ふへき誰の此新道の下駄にやき味噌魚雀社
いと杣の下駄新道は筋違に通りの木戸のみつ目横町豊のや
大雪と見きりしめにふみ込て下駄新道に仕こむ商人
御用そと木履求めに小買物下駄新道て足駄をそはく静田舎秋去
日毎はく下駄しん道はとん〳〵とふりな客にもつかりなくうる村咲
よい客とまけぬ直段の高足駄あしもとをはる下法や新道行道相成
五月ゆに下駄行道へ仕入物高以足駄をふみ込て買ふ升九
てりふりにかまはすはける下駄落はあしも沢山取あくるなり村咲
琴になる桐をも引てねも高き下駄新道にひさく原杣末のや
五月雨のふりつゝきてはいふきれに松も五分高の常や新道
《焼ヶ原此原一番二番三番四両とありて春は少女馬柄草にやきいふ冬は
御鷹野にて折々御成あり樹木生ひ茂りて帯をしのふ也
御仏のをしへは儒より明まても近道をゆく護持院かゑ井月舎相成
水の印結ひて鳴くかす郷坪木陰涼しき淡持院か原柏の金
一土将く行はらみつ人も御祭りのくるを見による淡持院か原松代梅
一御直御引用人第三ケ事
片越名沙浦金二篇
聖天を祈りしあとや油てり法師蝉な〳〵優持陰かはら末のや
薬の雲ことみんは蓮花草鳥も経よむ謹持院か原祭川月戸口
落葉して木々は坊主となりしよりむかしを忍ふ謹持院景春交
蝶持院の常しのひて原中に鳴く冷せやねたゝき虫雪麻呂
謹持院の名のみ残りてさし今ふ木〳〵の雫の音八十
よしすはる茶や鐘持院の其草は客をうつより外無りけり村鉄
うこきなき御代の鏡と云はむして御堀の水は流れさりけり稲の舎
並ひたる大津山屋根の水茶やも子早ふるこふ神田橋外哥種
神田川江戸川の流れにして湯嶋加産の下を東へ流れ大川に入る明暦より
万治の比に至り仁台侯台命を奉し湯嶋の台を堀割りに石川の
水をはしめて爰に落さるゝと言伝ふは少して誤るに似たり古老の
既に慶長年間駿河台の地ひらけし時に至り水府公の藩邸の
前の堀を浅草川へ堀つけられ其土を以て土堤を築き内外の隔と
なし給ふといふ帯そ船の通ひ路もなかりしを仏愛侯の命をうけ
たまはられし頃酒ひろけ入夕の如く船の通路を開かれともしなるへし
水道橋小川町より小石川への出口神田川の流れに渡す此橋の少し下の
方に神田上水の掛極あり故に名とす此地をすべて御茶の
水といへり
有道の水をのませて郷戸前のくはせ物をい吟はす咎也都月庄
船人も御茶の水たと神田川郡飯前に乗りこんてくる引也
淀舟のそれにはあらて神田川我木あくる汐見やの代藤大堀花月楼
神田川水に影かく変むしを追へは飛ふのも筋違御門松代鶴原守保重
神田川御祓の比乃往来にいくしの願かの夜見ぬ證也祖住
神田川節松て遣ふ反古団扇仙台崎のかたちをか
書付壱汁用会二番
一白米百疋同郡渋人
神問川引ぬる汐に百舟の歩行とおそくのほる牛込生成
神問川其みたらしの水引ていく代いねよきむきしの民大坂黒野方
水道の下をくゝりて家根舟の出茶の水をよくむ神田川和田高
橋の上に狩ある御代は水の上を水のわたれる水道の橋板はか六源園
御茶の水と人や愛らん水道橋樋の四清く見る神田川凹成
一浦〳〵と瓜先のほり出茶のめ天の真名井に潰れ行らん柿の舎
蒲野に添へて出せし刻箸もふたつにさきし表山の魚花や
おはやきの匂ひも鼻を通しけり牛天神に近き森山更科房月第
聖堂の森下へ出る講釈師己か業さへ青表紙なり松代仙歌
御神の今日御祭りのくんかけてとん〳〵様をわたるさる鶴花恒真俣
聖堂のほとりかしこくひさくらんきりんの筆所風風亭の凧仝松成
九段坂田安御門あたりをいへり東南の方を科に見おろし住景の地也此所に
今天文台出来る真菰か渕元飯田町の東へ入る堀也きり〳〵す橋同所
北の方石橋の石なり九段坂より小川町へ渡す橋を俎板橋といふ
中坂に世継継僧吉の社あり
堂となる田安御門に照る月の影さやかなる秋の中坂楳星
商人もなとよく家にいひ田町屋敷と町の間の中坂楽高琴狩
向に列へはこふ刻との飯田町ひと休みせん昼の中坂上斎園正雄
朝ことの煙りの外に不二の嶺のおはち明方へ見る飯田町海のや広し
飯田町屋根孫信も明ちかくしらみてはなら霧の中坂国盛
貧しきと留るは里の中坂やのほる人あり下る人あり秋吉
人の命喰ふにありとや飯田町家並も多き武家の中坂一笑高喜楽
石桁の苔の髭まて延るなりこほろき橋の雨の夕のくれ浅のや
早起の来つく音に目覚れは東しらけて見る飯田町
暁月新浦
同五匁四匁右同右同
江刻名所階階以二篇
もりたつる一粒ものゝ飯田町やつ稲荷へいのる御めかけ
天文のれなの坂の植木やに空のほしをもしのふしら菊
ゆるし碁の九段坂からみおろせはうちつゝきたる野刻の町矢蔵堂春史
行列てのほるはしこの九段坂二かいの笠も目たつ先箱
金銀を並へたてたる町並も見ゆる将棋の九段坂上
琴唄の組やしきある番町にちかき五段は奥ゆにしかも
牛込のほとりに近き牛か側此所依て少段のことし
神楽堂外道
漸〳〵と紅段の坂をおしあけし平野に居て皆いこひけり水油橋梅梅実
九段坂たやすくのほる茂車の高くも積て引く牛か渕幸成
いひふるす牛いともあれ魂祭る一日は真菰か測に沈めり
九段坂草はすきても六夜待渕の真菰を敷物にしつ桐成
九たん坂やう〳〵登りあつと息つきの心を見る六夜まち哉
御堀はた行意羽乗の九段坂浪のうつ手も汐のささる手も柏の金
天かへをはかるかけ碁の九たん坂空とふ星や石の白黒花や
証文の依て五段の坂の上だしおくれたる明神祭り湯月舎
かこむ意の名たしる人か九段坂手ていきしるを見る天文者清摩呂
そろはんの九段坂契る初日出のほるをめつる玉の春かな船住
庖丁の跡とそみゆる朝掃除桃板橋にのこる年目
天窓をはなますのやうにきられけり熊橋の床の下刻柳園光景
ふる雨に熱板橋の流しもとおはしをかけて洗ふ土ふね
御祭りのまな板橋をわたる時出しの太鼓もきささみてそうつ竹木馬数有
魚たゝくまな松橋の水下に蒲ほこ小屋を筏にそ見る
誰かきさむ肥板橋の三枚目口品報なる大黒の像英吟社
七種のまな板橋をはつ登城渡るにほんの鳥毛鑓哉
阿部谷町司会二篇
秋もまた目に正月の植木売祖板橋に花の七くさ船
初登城まな板橋にまなはしの二百左具の行列もあり実生
米樋もしよつて引越す波田町松板橋もわすれすにして西労軒抔重
蔵ほこの粗板橋のふとの日は夜肌立てたゝく下駄のは町住
御登城ににほんの鳥毛伊達道具まな板橋をわたるてくさ喜松
切くつの其はき酒を積て行まな板橋の下のこみふね喜楽
}
狂歌江都名所図会三
狂歌江都名所図會三篇
兼題
天明老人内匠撰
立斎広重画
両国橋
東西広小路見世物芝居軽業手品吹矢
水茶屋川開夜見世涼舟花火見
柳橋寄合茶屋舟宿薬研堀
新大橋
三ツ股中洲別ノ渕箱寄
永代橋新川酒問屋霊岸島
茅場町
薬師堂麹町山王御旅所天満宮
植木店夜商人
鎧ノ渡シ兜山
阿部長州国会三番
同十二日
乗会の人も
別れの渕
ならん
ならん
行徳河岸に
永代橋
秋にやゝ別れの
渕やみつ股に
枝をはなるゝ
ほとをき舟
松代
鵲草堂
血しほ打葉は
鵜の如く黒く
保重
和風亭
なりつゝふんとしの
みつ股あたり
橘の門
笹好
水およきけり
無礼講
舟にも礼を
入れさする
風は正しき
埋めたる鼎の
あしの言股に
土瓶をつみし
け舟かゝれり
小笠原河岸
江都のや
藤芳
宝市亭
別れの側
うはさせし月雪をの三つ股に
夏をわするゝ夕すゝみ舟
笑花堂
春夜
釣をする舟もみえけりゑさ堀か
もてる道具のみつまたあたり
藤ふく
波樹
みつ股に別れの
渕を流るゝは
うかれ女の
あかし中洲は
同影の水
衣〳〵のぼれの
真水汐水
渕と名は残り
草加
けり
四次郎
ふふ
松月亭
しつみては深き情とおもふらん
繁成
永代はしにはなちやる亀
一東極亭走人
卯十一月十一月十一日
中洲三股
一江都名所流人寺三篇
水滸伝ほり物見せて水およき
百八間の大橋の川
和朝亭
国盛
大橋
大橋の百八間は煩悩の
御柳庵
升丸
一犬の藝する団子茶やあり
川ひらきあくる花火の川能
円輪堂
先をきらせぬ御坐船の歌糸路
甚火見をかことゝなして
唄ひ女の玉を仕こんて
出るすみ舟
桶ハナ
六源固
川びらき鮎いふ
二十八日は何音に
尻の用心は柏の舎
似せ物は皆なけられし角力音
雷扇のあかるひかし両国
和風亭
降つゝく雨の糸をは軽業つ
わたりかねてやわひる両国
梅巴山人
一賑はひは替らて
いく代餅ひさく
家の土蔵は下戸や雪麻呂
建けん
銭百の九六の
問あり両国の
問あり両国の
銭亀の中より
ぬきてさし程の
橘をわたすも
鰹もはなつ
寛永通用
両国のはし
更科庵
東風のや
月芳
一郷都名所国会三番
寺に指
右同所以外にて
万八の向かしから
乗舟は亀戸さして
うそ鳥の会
極楽も
地獄もしやはと
両国に釣する
宝松子
升友
人や魚はなつ
人
一唐わたりいけとりたりと
花屋
見せ物師茗を馬とも
上サ前かホ
いへる両国
徒月亭
一池水
池水
なけこみの
薬ものめる
両国の
回向院には
辻君のみな
橦木より
まち合す
回向院前
楳星政
有信亭
友成
かねのなる木の
角力開帳
松代
武数亭
利義
一金主より元手も
よほとかる業師
井一月重
其利足まてをとる桐成
両
両国に花かさし
売る弁慶も
こり場にそきて神風や
梵文の如
青刻
向院
不二講のせんこりを
する何け汐に
宝麗舎
すはしりをとる
花柳
両国の川
両国の条殿は
女天下なり野良君は
尻に敷つゝ
千貫梅
梅実
同組土佐江町目
こり場
此刻名流御会社
涼しさを捨て
帰れは丑と坂と
ふたつくになる早咲
梅主
両国の橋
両国のこり場
こき行生み船
一吟来る風事語真窓
喜樽
奇妙順来
両国の橋のたもとの
両国の橋のたもとの
広小路手つまや遣ふ
すりもみゆらん
暁月新
浦船
五つ目の
五百羅漢と
四ツ目やの薬は
何としらぬか仏
柏の舎
銭酒の数を
橋間にかそへつゝ
さしはこり場に
みゆる両こく
都月庵
不二か嶺を
こなたに見つゝ
奈良茶やの
泡雪たえぬ
富楽軒
幸成
両国むかふ
両国橋下
両国に吹風袖に
いれほくろ肘を
枕の舟の夜涼み
四成
一笑亭
一入口に掛たる
喜楽
ふとき緑すゝれ
一ねちりてちきり
出す幾世餅
てんほうの
かたむ意の
四つ月をつけし
薬見世黒地に
名の正宗の
菰はりて
足芸をして
白くみゆる行地
見する両国
春のや
勇々館
石草
花火見も
四度越後
川中嶋
川中嶋の
岡と川との
両国の橋に
一合戦をよむ
うろ〳〵
甘ねも
うろ〳〵の舟
両国の席
前路梅
貴意
楳星頭
有信高
友成
郷道石町因分三富
は胡麻酔時分
川風の順て
猶子にゆかりの
こき行に波やの
色の梅川に
唐と倭の
舟にそみゆる
詩と頼の言
ほゝつき桃町
銭のや
松寿楼
長記
梅川に暮の
廿日の惣仕舞
二歩ほゝ残る
水の重入
梅わ山人
せかきする
日蓮宗も
あけ花火
星くたりみる
梅川のかし
参会の酒
蒸籠の遣ひ物
はり出し紙に
出る大のし
壱波梅
船住
鶴のや
松嶋
柳橋
鶯の
唄女舟を
とひ上り
枝うつりする
梅川の奥
文昌堂
尚丸
薬竹堀
不動の跡の
骨継はくりから
ほりし俄も東風のや
ほかし腕も東風のや
もみけり
千住から出つる
名倉の弥二郎か
向ふ給ふ
学かやの見世
神楽堂
外道
楽書の
女夫今ある
袖蔵は久松町の
災見此の角
質見此の角
江郡のや
藤芳
やけん堀
米沢丁
広小路
江都名所閣会三篇
女わたりも
爰をよしとや
難波橋あしの
かたはもみゆる
乞食
藤少々
波樹
軽業の木戸て
あしをはとられけり
達摩大師の寝渡り
見ふ
スンフ
望月楼
御代琉球両人三才
両国の吹矢の
前の居海見世
ふらりとさかる
一端の入道堂秋
道草
川開き
あくる花火の
みけん尺両輪に
めくる車やの
朝ことに
青物市の
洗ひふわらて
たはねて
横園
並ひ床前
右浄瑠理
てんつてんふら
すゝ見世の
のりちを聞て
すゝむ両国
語安台
有恒
秋の舎
夕たちに
水けいこする
馬の背をわけて
こそふれ
むさし下ふさ
利根川
一証真堂瀧店
首尾の松
一会戦場甲斐と
越後の催釈を
車坐てきく
両国の命
かん酒とおてんの見世と
並ひ床湯をきつて
語真窓
喜樽
刺るこんにやく天窓
出久の坊
画安
回向院ふとしかつきの
羅漢寺の
乗会舟の
一銘につきふりてはいれぬ
角力場の木戸
松代
花樹園
仏翫
両国を廻りてそ
喰ふ栄螺の
童やき
両国に始めてそ
豊のや
見る江戸芝居ほむる大坂
恋習方
出雲の御国侍
文学子
軽業を見る
嶋わたり足長嶋の
雪店
両国の川端に
見世ものもふた国
魚釣る人もわたる
またく橋つめの小家
乱杭
乱杭語同堂
一証同堂
春道
同十一月十一日
御代官代
江都名所巨会三条
植木店
又好む梅をひさける
植木店むかし荻生の
住し跡とて
雲館
勇々館道草
乍恐怖
一蝋燭の火事を立て
夕薬師茗鳴草をも
売る植木店
鶏去高
夜妻
一植木庄火のみの
下に半鐘の像
見せて売る
時計艸
天の門
都元
御あかしをあくる
薬師の堂守は
一ふりの光りを
出す附木の穂
神風や
茅場町
薬師僧に額皿の
めの字の串も
並ふ岡本
青刻
梅巴山人
法師武者出る
山王の御旅所に
望止庵
長刀ほしつきひさく
長刀ほしつきひさく貞丸
祭り日
ねに土産
かやは町とて
祭礼の日は山王の
御旅所に称写
姑女はやれこれ
みこしをすゑて
鶏田舎
鶏田舎
秋吉
のむ神酒
秋去
世話を
薬師堂前
呉龍行
愛成
薬師堂
郷郷谷村周介
江都名所浅草三郎
薬御堂
茅場町薬師如来の地内にて
子等を目あきにねかふ天神
鶏田舎
秋画
和子の銭
下駄はく守りか
勇々館
薬師堂役の
道草
行者の前て遊ひつ
茅場町
のへる縁の
一四わたる荻生か
見合茶や
侍しかやは町出とに
たかひの
目の字
きゝてもむかしゆかしな
松平居
次丸
並ふ堂前
始月令
すうてつゝあくる
初穂の十二日鳥の目
筑波嶺
多く見る夕薬師村浜
者を見し目も
願ひけん薬師堂
木蝶園
八重にかけたる木蝶用
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
奉納の顔
春影
一しよほ〳〵の雨の薬師の
縁日もかゝさす参る
日のかすむ人
蒲焼のよさら
賑いふかやは町
薬師参りも
辻入る岡本
銭のや
如才なき
家あしらへは
四も手分
楽之事
琴樽
八丁堀の
舟宿の妻
一柚木店まゆを作りし
草のや
富井
唄女のいとの音しめも
よき香庵
幸亭
茅場町
同九月十一月
一辺九百ヶ所仮会三巻
新川
目の上を願ふ
薬師に目の下を
初賀
くゝれる酒もある
一国兵衛の長たる
茅場町
酒のにか口も
ふくみほき出す
新川の店
新川は下戸の建たる
蔵はなしいつれ上戸か
米蝶園
春影
目安てなりけり
出久の坊
画安
新川て客に出せし
きゝ汝をほめそやされて
いたみ諸白
伶月舎
しころ蔵並ふ鎧のわたし舟
一をくるすのしころ蔵並ふ鎧のわたし舟
をくるすの
うしろはみせぬ岸の朝霧
よせ浄瑠りの
湯月舎
ゆりをは竹て
通せる鎧のわたし
遊蝶窓
類種
一例をとしの潰の渡しいるには
網代篭にやつめしいせ海老
教和楼
鎧の渡シ
おこめしとめ木の
兜山ちかき
伽羅のかやは町
一埋る虎の名さへ
にほひて
赤垣真咲
しころを
いかし
川岸蔵も
あり
一治まりし御代やむさしの
松の門
名にしおふ兜山見る
鶴子
鎧のわたし
ねはナ都浜楼
信初
郷有名釘同金上帯
十一
江都庄頭降金弐名
当座河東節東海国大人撰
□□□□□□□□
薄さくら花の紐とく
一重帯なみた露おく
宝市主
宝市亭
きぬ〳〵の空
すたれ越かたる
河東のみたれ髪
のそけとみえぬ
宝遊子
升友
夜るのあみ笠
かそへたる柱唇の
外にまたねふて
語る禿万歳
五葉園
松蔭
おなし心を
かきあくる鬢の
ほつれの刻直し
坂すき曽我も
髪すき曽我も
をりに合けり
東海国
二
馬と今違ふ
能間の下男
やせ人形も
つかふ骨皮
草のや
昌芳
│江戸江戸江戸三番
当座能間狂言
俗にのろま狂言と
いふ
東風の屋大人撰
夜る昼の迷さに
替る廊とて
つかふ能間そ梅巴山人
あまの邪鬼なる
夜祈祷の印もみえて
大入は能間人形の
豊のや
太郎法印
おなし心を
賃置にかつき
質置にかつき
こまれてぬきさしも
ならぬ能間の
長持男
東風のや
同郡庄助
両国橋浅草川の末吉川町と本所元町の間に渡す長さ九拾六間橋の前後
并橋上に番屋を居て是を専らして万治二年己亥官府より始て
是を作り給ふ御普請奉行芝山坪内両氏に命せられしといふ春むかし
此橋を閲題とせしにより両国橋の号ありといへとも今の如く利根川を以て
定め給ふより後は本所の地も同じ武蔵の国に属すといへとも橋の号は唱へ
来るに任せて其通改められすとなり此橋東西の廃も路に芝居難業
見せ物吹矢楊弓場髪結並ひ床喰物見此水菊屋あまたありて
五月廿八日は川開といふて安見せ始る川には飛火差芝居うろ〳〵舟
ありて物涼専らにしていと賑はしき処なり
水無月のにえる暑きに五布門の釜入りをする出こと芝居
文品豊尚丸
川開き薄花火の中をまだ杉の方の舟のわくる両国
始同堂直道
川ひらきふしつく口をとめんとて出茶やも軒へつるすてうちん
金
両国の橋の長さを当百の九六にかへてはなす銭亀
おうのかけにとんなるまけをして当りし人はかちとなりけり
寄る人もしはし御目をふさくらん玉子をねらふ飲矢見世にて
士農工商に坊主も受はりて客も五色の茶つかやの見世
両国の芝居の様忠信は稲荷のきて出る鳥居場
化された見せ物を見て広小路四文家台に喰ふ稲荷郡
草のや富芽
第四は同丸
五兵高生成
妻多橋姫則
鶴兵高松亭
宝市亭
うつくしくみゆる夜見世の並ひ茶や花火なくとも十二てうちん
宗遊事の友
空色に水も流るゝ両国の川にほしほとてゝすてうちん
桜田友鶴
客の月のくらむ異さのはなれ紫風の手品を見する両国
花屋
涼みとる人もやまとの名にし給ふよし野新田を見する花火に
花垣真咲
一ツ目の橋を真向に広小路片同ふたきて見るむし自かね
五葉園松蔭
西雲館道草
足申も出る両国に犬まてもふみつふさるし夜日の賑はひ
郷組名竹周守三冨
同郡名頭冨永七三石
かせきてはおめれか腹をぬくめ鳥こはな長き夜鷹そは売松は十六源園
茶碗をは茶台にのせす丸常に目鼻をつけたやうな茶の女
松陰窓頭雅
涼み舟吹けよ川風唄はせてさくら銀をもちらす両国松寿楼長記
丁間にたらぬ九六の両国は橋のたもとにあまる四文や
平のや富守
逆綿をもといてこへりのすれ合もとり梶原の川開き舟
修勇軒珍重
客人の腰をも的に両国の矢場の女は目あてはつさす
ねの舎
同柳尾升丸
呉服店冠つた者か両国の橋の袂へ出すねぬひや
歎徳の両国はしに女房の天の岩戸を見せ物の小家
松の門鶴子
一服の茶代も江戸は銭百の九十六間あなる両こく
仝
両国の涼みの人をつてこみつ舟にうかへて売るところてん
錦花の両国橋にをちこちの人も日毎に通用そすき
峯次亭凹成
仝
筑波嶺村咲
引開き目に立武家のしるこほし味噌用人もつるゝ次の間
夜涼みの探敷湯も着きる天麩道見せも並ふ両とく有仰亭玄成
両国の芝居もはねる備物かる見物も泥仕給ひする花屋
見せしそのも出る両国のわたりには一ツ目もあり四つ目やうかからき樹園仙歌
唐鳥を出す両国の見世物師木戸の口にてことさへくなり幸童
日の心朔ひさくかたへに小家かけて天の窓戸を見する両国長記
川開き家根も橋の方も心はらひて与兵衛か難の舟も権され
国々へ広く広やの樽得意枝葉の茂る元柳はし宝麗舎花柳
左馬之助汝わたる講釈を水馬見なからきくや両こく松の門笹好
犬と猿角力とらする両国に中売りする輩もみえけり和羽守国皆
首尾の松かけに異さをとり候へす好者煎餅喰ふすゝみ舟まかん四学園茂九
肴板の障子もやれしはせ代音西両国の風の五十嵐宝市亭
夏の日は暑さ凌きとかつしかのこほりの刃わたる軽業早渕楼豊景
一郷道十一丁
名名所同会三篇
たくひなき玉や往やの物品火おとろかす目の両国のはし
友鶴
上は手へと両に橋のまたくゝる涼みの舟の唐人はやし
飛ひ床ある両こくの広小路元然わたり見する軽業勇俊道草
両国の軽わさて世をわたり鳥雲まくに入る妹か雁かね
髪を結ふ天窓つかへて待客もそぬき合せの両国の床東風の屋
一客ひさく咄しの席の前かりてこより添ても売れる両国年のや
軽業の小屋のほとりの髪結床さかそりするもみづき下利藤成
夕風の吹矢の小屋の両国にあたりてきもをひやす入道
両国の峯の音に涼みふねきと玉つふすをきな事もあり
味油うる五十嵐の門かりて隣板橋の本のよみ夫神戸や青州
凍み舟磁石もたねと北向て鹿へねるこそ行もありけれを発朝京
あたるのもあたみぬも見る両国の矢満の向ふへ出る占者山久の地画安
はりに来る宮もありけりば孝育ある両こくの女浄瑠璃り友紙
おこゝこの芝居こたつの櫓下寝る時もありあたる時あり扨は十都湊梅信防
天神化のそく童子の八ツもとり小屋に身のいる三人御花屋
よくつけてつかぬはあらし例彼の真名聞えしはせ越骨薬大なり歯間亭
かんてんの冷しを喰ひし小屋つゝきふるへてうまい娘軒内升友
鳴神の音にひゝきし両国の袖やかな火橋つまの如蛙於三院面
軽業の小屋を出れは川風にまたとひやりとしたる両国五集宿生成
五兵衛生成
ふ弓の遣ふ矢はつに梶原の花崎のにもみゆる両国曼のや来多
夢のや朱方
両国に帽矢を出す見せ物町宅は本所一ツ目あたりスシフ堂月楼
むしつ岸の川岸のとなたの芝居小屋男女のいりこみ役者藤芳
前国の橋の長さも当国につりはとらさる水茶やの宮本芳
大江戸の水によくあふ国の条とくみてこそしれ其筒井筒林の長
郷道名外因之守三篇
右同右同右同
両国にあくる花火の水施道をきられてとまる家根舟舛丸
並ひ床前てひさける商人の髪剃てむく梨子の安うり銭のや
一残子の九十六間あるはしの社をさくる両国のすり池魚
見せ物のおきもあなる両国の川を見越しの一つ目の茶や蛙丸
銭金を作りけりなる両国に手品の種をまく広小路松心守閑雅
両国の角力の小屋も汝菰の棟若町てつゝむ大入松蔭
重とんひ夜鷹の巣とて日〳〵に鳥の目多く出つる両に春のや
河内やの席へあつまか書面会にやまと死しむ人もありけり友成
川ひらきあくる花火との玉くし筒ふた国はしの夜かの賑ひ松代梅吉
雷の如轟く橋に摺あふは花火の舟と水売の舟仝嵜社
家根舟のかよひめきりて両国にあくる亦火も川瓶なり雲井園
両国に人目さましたく持前大損るもの出のからす万度利松川鈴木堂瀧言
軽業も出つとあふない松雲に釼のにさきわたる両こく
夜職度前多丸
名にしおふむさし鐙の下総へひとまたきなる両にのはし
都鳥隅田のなかれの両国に赤きはつちの始かる業
四つ目やのぐきわたりの両国に狂後すいき迄ひさく朝市
見世物も新並ひなる水茶やの妹に手品の銭をつかます
両国の風の涼しき茶汲女にまたあつくなる客もありけり
道行のまゝにお半か帯とけてほろを出したるひとこ芝居
回向院天満宮の里帳に卒行する三人兄弟全
おひさもとむさし下諸両国の橋に左えせぬ人のあし音浦和
両国へぬる見て物の熊童子月の輪のなき雪のなりはひ松代仙歌
かつしかのこほり徳言名のありて涼しさふなりむかふ両に
行燈のしるしの屏影うきてやうも不尽見る両国の川はさ数桐京
てりふりの両国川かけに並ひつゝすむ水茶やににこるをとめ子花や
里の夜もあくる花火の藤棚にふき国まてもみゆる両こく繁成
手くたある矢をもはなして矢場女狗三寸て露をそらさす弥重
古郷へ咄しを土産や両国の花火は夜日の錦なからも都月庵
見せ物師社は丹波の旅人と鉄炮いふて人をよひみむ舛丸
両国に雪も玉やの臨西工へたつく妹か茶見世前なり閑雅
両国にふらつく綱のかる業をふらつて人の見に這入けり吾妻
世の中の通用のよき両国の橋の長さも丁度銭所阿州幸武堂月店
青物の市場にちかき四つ目やは権年か聞かふ水牛松茸画安
両国の芝居の小屋のかたはらにかつら生まつもひさく朝市友成
駒形の背をわけてふる夕王のはれ間の松や両国のはし松代義祐
回向境尻のあたりにへつたりとなもくつろく角力かりやく画秀
出てゝこてすか勘平の鉄炮場財布に目をはつける木戸番喜樽
折つめのけんは両国まくの内椎たけたほもみゆる屋根舟松代松代松
遮てうの両にはしにはれ物ははやく破るゝはせを青薬堂のや
川ひらき春夏との両国にあくる花火も紫のふち棚池兼
芝居見は暑くるしいと軽業へ入替りてそ肝をひいやり浦船
思あへは橋よりもまた手の長き中着きりもあかく両国朱芳
大角力興行の御両国のはしより品は武さしな〳〵松寿楼長紀
はきまとよふ大江戸の両国に木の葉速中ちかかしの音上さえ鈴紙
両国は夕へ賑はふ川ひらききとつてつけて売る筏にし凹成
深舟数も出村の蔭芝居国やとほむる花火見物夜宴
西東とちらもまけぬ賑はひは角力太鼓もひたく両国甚交
両国にあくる尤火の稲つまは川をそひらく鍵やなり筆スレフ芝人
同三三丁目同
江都名所同全三篇
川きしに屋根舟つけててうちんの一ツ目も見る向ふ両に都和梅
柳橋半合茶屋舟宿あまたあり
川竹のほれのはての舟宿の妻かお客をうかすことのは午の冬問丸
柳橋並ふ軒端の目しるしは何れにたりの門のあんとう夢のや森亭
文の風路次第にて柳はし何れへも又なひて舟宿松代藤少々波樹
海のみの玉ふてはくせも両国のねふる柳に向ふ杉川鶴のや松雄
柳橋浅妻をきし舟宿に数をりてる唄女も乗る并国袖秀
柳はしかんはんも目につきの水おろしてはこわせさる女医画安
行人もあとを見返り柳はし爰も繁花のひと廊なり早咲梅主
妹かりの舟をやとひてたれなから柳橋よりのる刺海客酒の上綾丸
梅川と並ひしす笠千宿に宮の程まてさぐる女房下の下千羽梅堀代
梓了ひききりもなき人通り柳橋にももと末はあり松の舎
酒の庄へ酢貝さし身を魁にすいな肴も出す梅川
唄女もならさぬ口の柳はし宮をあつかふ萬八の酒富士新喜成
俎板になるといふなる折はし寄合茶やの料理場の口和代葉黒高義秋
舟宿の妻か姿の柳はしひたひに三日の月と見る柳幸成
江戸華光後ろ崎の柳はしあかのぬ有たる洗ひ髪かな有恒
爰に掟おろすと見える我人のうまくかちとる舟宿の妻
客人も並ふ羅かんの地主そは片はたぬいて立し板前春のや
新大橋橋の長さ百八間あり焼乗な名物御囲ひの籾蔵あまたあり
大橋の円にて済すすゝみ舟五ツをさしてもとる主持花輪堂京門
涼み舟酒の間のしやれになたみな大橋へつけやき団子信周堂春道
奇妙そと藤八けんのすみ舟五文の団子いるゝ大はし矢花堂堂春夫
後の母を願へる珠数の桁なれや涼しき国とおもふ橋の上学が四畳園橋丸
江郡名所民全三番
かくはかり軒を並へて焼生前かしき世わたる人もおほ橋柏の舎
川せうき新大橋天する老のつまくる珠数の数も百八繁成
仙臺の米つむ舟も行かよふ松嶋町にちかき大はし友成
髪法の床ののれんも水滸伝一日八間の大はしの際
しほかけん網杓子にてすくうなり大橋際の雑魚の切煮魚舎社
川せかきある三俣にくり珠数も一百八間の大橋わたり松雄
長ささへ百八間の大橋を珠数つ千きにて人も通れり顕柱
堪かしき暑さにつむ大こしの茶やにあまけはなき焼ゑなな友成
茶やて売る焼団子さへ狐いろまさきの稲荷みゆる大稲
大はしの袂の茶やの夕立にきをもみ龍の方そはれ行吾妻
栄ふる節句に極の薬人堀西末にして落す五月句捨固
家の名の塩瀬ふくさに茶きん餅口とりによくさはく商ひ
箱崎へ縁日に出る商人か重魚の尾にも見する三股友成
積上しそのしろ物も出入はいく千万の箱崎のふね松代松成
鍔店へ出る商人のおし売にせつはつまりて買ふ田舎者次丸
薬師堀に売る縁日の商人の出しあふ人に落さへこなしつ全
羽衣の見世の名代のせんへんに続いて三保の和風もあり花柳
骨紙の弘次兵か家の数薬も薬許堀にて出すなるらん松雄
無事もよく客を下へはおかぬ也海賊橋の二階なる床道草
井筒やの軒下かりて薬けん堀若水桶も売る年の市春のや
一鍋せんもつりに並へし渡し場や釜やもくさもあるに網町東風のや
いろくぬ若松町にほとをて売る天人の羽衣せんへに銭のや
身養生命を廻す薬とて薬研堀より出す家根な喜楽
あかゝりの口へはめては風の矢も通さゝりけり兎かうやく檜岡
一同所所同人数十三ヶ所
二文字とて詫へるしほ町のかつははかしてぬれぬ清合大を幽習亭
骨鑓や打身くしきの妙剤を薬師堀にてこなす政衛平のや富芳
新川に近き塩瀬は甘き物愛ける下戸や建しぬりころ琴樽
三つ股
三ツ股新火橋の下分流の所をいふ浅草川と箱崎の間の流れとのもの流るゝ
処なれはなり此処を別れの淵といふは汐と真水と別れ添るゝ所故にいふ
此所は月の名所なり因にいふ明和八年中流堰埋埋して人居とし
中海と称せりされと洪水の時便りあしく其寛政年中に至り元の
如く川に堀たてらる昔は遊女顕宿岐の類ひ爰に舟をうへ高
宴を催し殊更月の夕部は清光の隠なきをりてあそひ酒に対して
唄そたひなんと甚賑はしかりしとなり
高尾をも身清の気をみつ股にしのふ物師の天秤の画幸亭
みつ股に別れ流るゝ水よりや川といふ字は書はしめけん柏の舎
文栄子雪麿
みつ股にかゝる屋形のとり堂つるしきりにもしたる能糠
三味線の流れも三筋みつ股にふたまた櫛もみゆるやね船
みつ股にかゝる屋形のてうちんもつるしきりする蝋燭のしん
川せかき題月講の打たゝゝ太鼓の龍の段のみつまた
四
月影も治にゆられて乱れはの夕の中洲にこくにたり舟
唄ひ女に酌をとらせて汲酒もうまい中洲の雪の家根舟
親かかふ月の中洲に舟せかき板子の下の地獄おもへは
春は又常世へ帰るわかれ川いまやなかすに落る雁かね
内川をはまれ涼しき家根舟にあつさ別れの渕のみつまた松蔭
みつ股を唯一すちの流れの身高尾丸てふ名を残して
家人をはかす藝者の拵けんうつ手抔るやみつまたの舟江江都のや藤井
大川を別きの渕のみつまたは田安清水の中を流れり打くり給成
一江都名所開会三篇
月は一り影はふたつと三股に汐くみ唄ふ夕まゝみ舟鶴田や秋吉
角力見の妻はふとしのみつまたの川のあしにも目をつけて行愛成
三味せんの箱崎橋に棹さして三筋のやとをかけるみつまた相代保重
永代橋箱寄より深川佐賀町に掛る元禄十一年始天是を掛らる永代衛に
渡る故に名らす橘の長さ百十問あり此処は諸国への廻船輻湊に
して要津たる故に橋上至て高し此橋の掛らさる以前は深川の
大渡りとて舟わたしなりといふ此処海上より房綱を見出たし絶景也
戸さゝる大江の水門を乗り込て永き代の橋近く居る船稲の門笹好
餘の見世は歳もたゝぬなり一ツ〳〵と夏のかたまりし永代国子
唄女は客のふところまつなし祖伏もわたる永代のはし酒の上綾丸
まし水に十万石の何かしの名さへ朽せぬ永き代の標友鶴
油堀ちかきわたりの永代に客をもとらす水菊やの妹友成
高尾茶や新並ひなる料理やにつるし切せるすなる新糠部老
槙のはをひくはかりなると参詣は高尾拝して髪の形かけ春道
茅場町永田馬場山王御旅所寛永年中当所に定めしる隔年六月十五日
御本社より神輿三基此処へ神幸あり仮殿を設け供御を献し
別当法楽を捧け神主は奉幣の式を行ひ夜に入て帰輿なり其
行懐榊大部菅笠綿の如く社司社伝は騎馬にまたかり或は輿に
乗し前後につきそひ諸侯よりは神馬長柄鎗等を途中の供奉
厳重也亦氏子の町々よりは思ひ〳〵に練物或は花家屋車楽等
錦襟純子なとの絵舞をうちょへおの〳〵其出立はなやかと此日官府の
御沙汰として神輿通行の道筋様小路〳〵は矢来を結はしめて往来を
禁せらる実に大江戸第一の祭礼なり
薬師堂おなしく御旅所の地にあり本尊薬師如来恵正僧都の作なり六王
郷明石町国会三筋
御勘定所御金襴
権現の本地仏たる故に慈眼大師勧請し給ふといへり縁日は毎月八日
十二日正五九月は廿日に問帳あり門前一二町の間市立り則当は医王山
智泉院と号す同所天満宇あり二月八月朔に廿五日を祭り日とせり
神像画場にして寛永年間柳芸奉仕の春日局大樹より拝交
せられしを山王の神主日吉右京進へ附與あり其後諸井氏諸将て
爰に勧請し奉るなり
此辺りに其角祖来の住し跡あり
植木店薬師縁日には近在より種々の植物持来り二三町の間に市をなす
十二日八日にひさく二十日卒薬師のつとに皆かやは町都月庵
朝かほの瑠理光仏の縁日に浅黄藍を出す岡本大ホリ花月梅
梅か香のとちらもかをる茅場町荻生惣右衛門空井其通利羽川桑鹿堂月店
其角をは潰しはせ紙か両の手の桃と桜も売る枯木店に木数朝景
井月重相成
茅場町薬師の縁日はせを重たてしはいかいする人もあり井司奉相成
医王山縁もにひさく百薬の花は貫八ても目の薬なりいせ朝京
拍手をうつてまけゝり夕薬師目の字にまけし朔いへのなり鴇田舎社吉
手の長きつる草やかふて夕薬師海賊橋をきけてこそゆけ道草
薬師堂額の目のよる所へは玉そろひにて参る処女等松院無西院院権
梅さくら松をもひさく流るにはしから連て参る天神
静吉高夜宴
かやは町月の八日の薬師前遊ふ童子も十二人ほと
花かたみめ置ふ顔の薬御堂あき目へらにもみゆる御製
念入てうる客庭の小細工も茶やの屋根へとふく牛場町春道
山王の旅所しあたりと立もより猿まなこしてさかすかんさし
茅場町広き薬師の法の場蛍蔵火に見する珍り光梅巴山人
殊にの薬師の場の妻湯見せ出す茶わんもなりの朝かほ並池水
同右同右同右同右同右同断
縁日い月○八日と十二日二十日艸をも売
神酒樽いたしか猿いの山王の仕丁の顔も赤い御旅所如代則義
正月はわきて賑はふかやは町妙堂薬師のさし引勘包魚怪社
薬師尊詣に袖をすり雲打売るも他生の温日商人桜実
十二日八日京師の縁日に二十御学をも売る植木店玄店
御旅所の坂本町の春名さへ土のふや日吉山王祭り友城
薬師堂かさす袖より降る雨にあふも他生の塚り商人主勢月高松成
枯かゝるかふせ物をは枯木落垂りつけるなり露の笠松桐成
一枯木店くらき前て鬼百公の掛直そ人をおとろしぬる全仙歌
植木落海太く橋の姥にて夏のしら波引さけてゆく雲波梅舟住
鉢植の松はもえきのかやは町つかつ釣られつよるの商人雫千羽橋鶴越
さつま隣さくる桜の下かけにともす京師の夜の植木店夜宴
茅場町よき客の来てたつぬれは枯木や同士のねありの松りの松スンソ笠人
院日の格子の内にかこはれて手いその国に見る植木店柏の虫
植木店薬師の縁日朝かほのなりを目め聞て土座にそやかふ凹成
柚木店見つゝ薬師の縁口に唐松を出す亦火商人有恒
植木落かさる薬師の定見せもなしその客たなかり出しきな外道
一鎧の渡茅場町牧野家の後口にあり此處より小網町への舟渡しなり
古は大江なりしといへり里旅にいふ永泰年間源義家朝臣奥州
延代の時此処より下総の国へ渡らんとす時に油あらくしてわたり
かぬる義家朝臣鎧一領をとつて海中へ投し龍神に手向亭
風出たやかになりしといふ故に鎧の別といへり
兜山牧野家の官中にあり若家朝臣奥州西代凱陣の時光の報賽の
ため且は東天鎮の為として日本武尊の古き例にならひ自ら兜を
郷道中町周分三万
一堆の塚に築籠堂まひしなり
新川永代橋の西乙女橋の川通り南河岸にあり何れも酒問屋也
ぬき捨し兜端ある渡し場に大わらはにておよくわらへ等上巻は神門廼伶台
梓弓はるは鎧のわたし舟行かふ人のひきもきらすて花垣真咲
一縁りに買ふてそ帰るおもよも筆さによつる鎧のわたし和胡馬国或
舟持かふたりもやひの鬼塚首引をする渡し場の銭花輪堂京路
奥の煮の海老の料理も取入て鎧の渡し出する様に和月亭
鬼山ふもとは市の花いくきすこしのあしもひかぬ商人松川梅尾城
兜山星いたときて夕くれにしまふ鎧のわたし場の舟に英虚計
名にし玉ふ鎧のわたし酒の友草摺引に物わかれしつ調団
伊勢海老の鎧の渡し細切を見るはまくろの出し送りな泰平居波丸
行へひきれぬ鎧のわたし場に小手をきかしてこける船長
一笑高喜楽
舟ちんも出さす鎧のわたし侍へ我か物顔にのれる武士銭のや
わたし場に陸の実の釣かしら遣ひし様に見する浪かけ幸高
商人と申けぬ陸のわたし湯に萌黄をとしと見するほろかや利根川瀧店
武士の鎧のわたし秋の夜の月にうしろを見する竹岸蔵松蔭
家根舟をつけて鬼の鉢さかな入る鎧のわたし跡のかし道草
新川に酒を持こむ若人も鉢巻目たつ花へはこひつ松は十六源園
堀問や菰かふりをや取引も右や左りのみな且野様吾妻
八丁騎矢をつくた嶋乗越ておし送り舟這入る新川松代静楽堂保重
酒落の軒を並へし新川に埋る座といへるそは見世文栄尚丸
新川のつは者なれや鬼ころし三星うちし樽の曲持村咲
新川につみとむ樽の隣をもかつく背に見る彫物の龍分保重
新川の大神宮はおはらひを出さすて神酒にさしつかひなし画安
同三壱丁目八丁
一弐軒え致国舎三篇
今年酒いか新川の水揚に頭のうへゝのほる曲もち国盛
しひし手を知らすより御馳走もしんかはしらね古酒のやう也哥多丸
新川に横きし酒は西の宮立ひす調てふ印ありけり生成
きゝ酒もする新川の大問や小判の耳も揃ふ身代道草
橋の名の湊にちかく瀧とよふ酒を商ふ新川新堀友成
新川に名におふ酒の大関や呑口も猶つよき紐菱松は十伝訪
大川の口より入りし酒樽を蔵のしりかし出す新川森風高和賀
一おなし心を茅場町にて
見合ひする薬師の前に夜目遠目
天明入道
今もうちにてはるかやは町
狂歌江都名所図会四
狂歌江都名所図会四篇
兼題
天明老人内匠撰
立斎広重画
牛の草橋本材木町八丁目詰に有
輝正橋是ヲ三ツ橋ト云
真福寺橋
伊雑太神宮八丁堀に有并新川太神宮
銕炮洲
湊橋稲荷社佃島住吉大明神
藤の名所白魚網張ル
西本願寺寒橋
采女ヶ原馬場小芝居講釈場浄瑠理茶見世楊弓場
江都名所へ怪我名所へ怪我
御城よりたつみの
かたのみつ橋や隣の
なりに掛わたすらん
伶月令
真福寺橋
高輪の十八丁の
代地から小便つゝし
うしの学はし
教和梅
ありし跡何にそと
目の仏をもすゑて
見わたすしん移寺橋
建前の
信善光寺
無名堂
八平
一材木町やへい牛の
扇のやうにならふ
みつ橋
和風亭
弾正橋
まかぬ程
はえしと
弟子も
実を入て
ふたつ割
をも
習ふ
柳の井
花屋
番匠かかんなけひの
よき品をての字の
見せてひさく我木
諸真意
喜樽
材木を揚る
ての字の丸太かし
木口にうつも
みする阿波官
和朝亭
国盛
四も手も
八丁堀のそか中に
わけてての字は
稲荷社
ゆひ折の店
友成
つかみ取まうかる板の
水物にゐれしての字も
あはの本店
東風のや
牛の草橋
夕立に
蛤からも
ほん出す
めは海
なに
あさり
宝市亭
といろやけ所へ返し今中筋
薬売る鷲やに
となる伊雑宮
宮へ掴んてなくる
鳥の目
勇々館
花草
桑名をもとれる館の
そのわたり伊勢をうつせし
喜風亭
いそへの社
初賀
伊勢うつす太神宮前の
髪結床坊主あたまを五葉園
きらふ下刻
松蔭
ぬかつきて拝す磯辺の
神詣あふむ返しに
語吉憲
うてる柏手
喜樽
伊雑宮
きゝ酒に酔ふ買出しの
千とり足通ふ磯への
神風や
神風や
亥刻
一太神宮前
夜神楽のきこゆ
綾の門
桑名の上やしきいせの
}
いそへの宮居うつして
一巻丸
慈丸
祭り二日伊雑の社家は
さいせんもせしめうるしの
塗師町代地
都月庵
神風のいせおんときく
風呂やより見わたす
幸亭
爰もいそへ横町
蓬莱の亀嶋ちかき
有佳亭
三角は灰蘇の窟の有信高
かたちなりけり
友成
江都名所図会四篇
上村庄助右衛門
荷作かし藍玉
こめてひかき船食の
ふたとる鉄炮洲かし
綾の門
冠九
打こみしおもりの
玉の鉄炮洲あたり
はつれもあなる岡釣
鉄炮洲箱の火縄て
松代
松代
勢月亭
勢月亭
松成
宮送りもやひを
きつてはなつ舟宿
楽之亭
琴樽
国につし団子も
売れる鉄炮洲
のろし見る子の
のつ
口薬とて怪好
鉄炮洲稲荷
鉄炮洲岸の
おき場のかし物に
一たはこの火玉とはす玉兎娘
玉亀楼
小休秋芳
寒さをもふせかせんとて
鉄炮洲玉をまろめる
銀灯町玉をまろめる
河岸のたとんや雪麿
河岸のたとんや雪麿
文栄に
大船に碇おろせし
ことくなり正一位なる
スレフ
望月楼
みなと橋落は
一稲荷にてあたり
賑はし鉄炮洲
一将景かしらの遊月舎
ならふ玉垣
岩住
一同廿五日に御来候以上
江都名所領会四篇
かきからを焼たる
灰やさし汐に藤の
むらさき色つくた嶋
帰月舎
むかししのふ
石川つくた
嶋続き
吉風亭
初賀
ちから病ある
岸の松かえ
力あかし石川嶋に
並ひつゝ佃の海士も
かつく高なみ
笑花堂
春夜
住よしにさく
しら藤は春夏の
行今の間の
霜とこそ見れ
紫の霞よと
目につくた嶋
宮居の藤に
神風や
青州
つゝく房国
暁月刻
浦船
一しら魚の雪かきわけて寒き夜は
あまも肴をおもひつくた煮
松の舎
新川か目にもつくたに招く如加代
敷少々
なひくは酒をこのむ藤に彼樹
遠目かねみるに片膝つくた嶋
利根川
一証真堂
藤の浪間につゝく房国瀧衣
毘庇
⇩
同
佃嶋
行あふてよくる心もつくた嶋
東極高
千木かたそきに参る住よし
濱御殿屋根の
御役をいたゝきて
かしらにあふひ神風や
青行
つくとしら魚
住吉
江都名所図会助番
同断
大浪にうこかてこゝに
住よしの検鍛冶まて
あるつくた嶋
語同堂春道
対ゆかた目にも
つくたの音踊り
片のしほうく
石垣しほり
長閑なる
小麦のゆに
南より赤とんほ
さへよる佃嶋
野安彦
有恒
しら魚も
御紋つきそと
御紋つきそ
挑灯にまさる
天のつ
佃の沖のかゝり火
都竜
銭のや
一住なしの畑の藤の
かすむ日はふさ国まても
つゝくむらさき
遊司舎岩住
佃嶋
川柳の住る畑に
穴さかしして江戸前
穴さかしして江戸前の
一鑑とならん
草の舎
世のうさもしら魚
世のうさもしら魚
あまたとる夜には
いきをつくたの海士か
悦ひ
富芳
鶏田舎秋吉
佃しま赤とんほさへ
はなし飼恵み尊き
御代の秋津洲
教和楼
甘塩の干物
言所や時として
一佃も真水落る川口
更料屋
月芳
佃しま岸の
しみはさく
藤のむらさき
ふかくいろの
そふらむ
ふらむ
神田や
青刻
江都名所図会四篇
七
卯十月廿四日ゟ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
なまくさき浜風吹て
一人の目につきち御坊の
松代
藤少々
奥の内躬
波樹
一講中は寄進につき地
門跡の弥陀の光りも
みなたりきなり
秋のきし西本願寺
峰頂亭凹成
とふ雁のお文つらなる
薪謀中
松のつ
鶴子
蝋そくのしんらん様の
御法事はみな御流れの
僧そつとむる
僧そつとむる
春のや
□□
西門跡
空舞ふつ〳〵姫の
うはさしてうそもつき地の
門仏帰り
松代仙題
御捻りは蝶にも
にしの本願寺参れる
法談に西を教へる
一人はみな富貴尊
本堂て南も望む
井月堂
夏の夕月
桐成
御頭制願ふ築地の
鶏鳴舎
吾妻
女人誠心もまろく
なりし法語
宝遊子
升友
泥水も清き
秋の夜の
御堂の棟に
てる年は
豆のたかき
位のたかき
位のたかき
星かとそみる
蓮の御花講
西門様のよし原
出久の方
西安
画安
枕下
赤蝶園
壱類
郷郷谷竹周守四筋
江麦石砂油合御雇
よみ方も走り馬なり
一借馬する采女か原の
小上親親
道草
物うにきりは
ねらはてとんなか
馬手に馬場
宋めか原の
弓手には物弓
いつれかけを争ふ
上サ中野
月のや
桂枝
太鼓結ひの帯を昌楽軒
見てひて幸成
いもせ山語る采女か原
ちかくころせし鹿の一笑高
喜楽
待やきの見せ
河童なき采女か原の
語同堂
芝居あと夜るは夜鷹の
春道
人を引こむ
ふる雪をいとはすに夜もあかし町呉然い
呉然軒
おてんかん堀売る寒さ橋
愛住
又平のわさをさをするに芝居の
ほとりに持野と呼ふ絵師もあり
ほとりに持野と呼ふ絵師もあり
前路楼
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
書と垂
諸大夫の部やの者かも百官名
峯次亭
采女かはらの夜鷹そゝるは
凹成
昼は主夜るは家来と乗り替る
前輪堂
采女か原乃馬と辻君糸路
糸海
一摺鉢の備前橋なる
辻番にやきの廻つゝ
勇々館
道草
親父並ひつ
采女かゑ
右都合町用金助方
裁
九十
柳
浄瑠りにかたる
忠臣講釈のよせり
采女か原の夜たか場
帰月令
⑪
橋落にもまた
およはすて小芝居の
采女か原の槌忠信
築地道
采女か原の席にきく
門徒の多き石山半記
望止庵貞丸
新助もりきむ采女か原へ出て
のろしみの
ひかけ采女かゑへ
きて幽王伝記
鶴のや
松雄
太閤記よむ講釈場前
唐館道草
きく疳稚場
伶月舎
切り結ふ軍場を
よむ謹釈師火花を
松寿梅
長記
長記
ちらす蝉そくのしん
くらへ馬めきし采女か原にまた
かも堤をかたる浄瑠理
鶴告高夜宴
木挽町ちかき
桂川ちかき采女かゑに
見る子供芝居のお半
長右衛門
冷兼
采女か原にみる
おかくつ役者出る
小芝居
哥種
質見せをかたる采女かはらの皮
よる三味せんの糸のあけさけ
引也
一郷名所因会四番
うねめかゝに
遊さん道具
立て我寺
当座勇々館道草撰
医助六松言
一本水の天水桶に杉屋
大入の人もこほれて
あまる助六
はちきにも
篠をつけし
地の目今
脊はかり見する
助六の出場
豊の屋
おか心を
香と見る意休か髭の
香塩峰庵かゝ谷言
かたる江戸真
勇々館
道草
印籠の蒔絵も
助六のこの鉢巻の
花の魚牡丹
きせるも足て東風のや
はさむ助六
むらさきは意休か
天明入道
顔のあけをうはへり
当座廓の桜
鶏田舎秋吉撰
いやよひはさくらを植て
売物にかされる花や
夜日のよし原
東風のや
夢見草うつす
廓の下学に
ねふりなからに
笑ふ海棠
仲の町尤のさかりに
しら雲の出来し
蝶那言
泡益
禿をつるゝ遊女
帰月舎
此廓のならひか花の
歌に書てむしん躰なる
天明入道
枝のたにさく
おなし心字
目のさめぬ内か
花そと仲の町桜を
鶏田舎
秋吉
みるも恋のやみの夜
牛の草橋本材木町八丁目より白魚屋敷へ渡すをいふ
弾正橋
本材木町八丁目より北八丁堀へ渡すをいふ寛永の比今の相屋町の
角に島田弾正少弼屋敷ありし故といふ
真福寺橋同時右寺ありしといふなり是を三ツ橋といふ
牛の竹橋から見れは鼻の先藤棚といふ水茶やもあり御柳亭外丸
桃井へ通ひ稽古にもつしなへえり茸鍔の牛の学橋
東風のや
日の入りてはや月の出を三ツ橋の岸の尾花に近き川水
花園袖香
御道具は多しか保科家今も松銭弾正の橋わたるつ見ゆ相代藤少々波樹
白妙に五徳のあしの三ツ橋へふりつむ雪は埋火の灰凝和梅
真福寺橋のあたりになまくさきこら魚やしきはたあさりし
有信高友成
家産にてひさく夜見無の馬狭翁も元をきする真福寺橋望士院貞丸
吾妻
道件はいつもの牛の草橋と宿てしもとをあつる角髪
箱火鉢売る京橋へ行ら道に五徳にかゝるみつ橋もあり
月日星その三り橋はうくひすの竹かしちかきわたりなりけり
三枚目板にてきさむ大黒をもてはさつかる真福寺橋
みつ橋のその名は僧に武士に牛の草ける綿もわたれり
夏の夜の月の一りん牡丹をも愛て涼むや牛の学橋
より禁もて子等も笛ふく若芝の岸に角くむ牛の草橋
よたれほとあせや流れん引とす高荷車の牛の草はし
松代
新月楼梅香
舟人か上手に遣ふ竹棹も鑓に名を得し弾正の橋
仙台の節米をもこあつして弾正橋を車もてひく
せり出しの源正橋の袂にて鼠花火を売る事太郎
鼻先に藤を通ほせし材木の代をもやふ牛の学はし
雪の夜に寝たる雨戸を門口てたゝいて起す興の目くすり
江戸名所図会四篇
仁木てふ弾正梅の下にこそさし引をするは汐ありけれ
御殿場の仁木源正橋際に常尤火をあくる子とも等
巻物のやうな家産の海苔鮨を仁木弾正はし際に売る
薪河岸へ行柴舟も京橋へ出る小原女の牛の高はし
蒲髪の子等か商ふあさりかし天秤なりの牛の学橋事成
引出す東の午の草はしの間ちかくもある高輪代地友成
竹多く立しわたりよ七夕の星のひくてふ牛の草橋蜃きは
伊龍太神宮北八丁堀松屋橋より一町けり艮の方塗師町代地町家の間に
あり当社ある故に此所を磯辺横町と呼へり土俗に磯辺太神宮といふ
伊礼の御神は天幽太神宮の別宮にして繁神は伊佐波登美命と玉板屋
姫命二座なり寛永元年甲子伊勢の長官出口市正伊雑言より帰し
申ゐらせ通三丁目に合社を営めり今神明長夜と唱ふは是也同十酉年
今の地へ移し奉るといへり祭礼は六月廿六日に修行す
新川太神宮酒問屋の中に有
松屋橋東の橋詰に寛政年中堀さらひの前川より堀出せし石の庚申の後
有橋台に祭り月々申の日盛塩をあけ参詣多し本八丁堀二丁目に
ての字といふて河州よりの出店我木并星玉の問屋あり
相引橋辰所本多家伊達家の間の杉をいふ此辺に明和の比より桃井春蔵と
いへる釼術の師あり代々繁昌す此所をあさりかしといふ此川のうしろそ
三十間堀木挽町といふ
伊勢よりもうつすいそへのほとりには道具仲間の古市もあり花園袖春
いせ移すいそへ祭りの夜商人団子のしろこふたん桜田国盛
神田や伊勢の出店の伊雑宮桑名の館を少しへたてゝ松代森数守則義
酒谷や多き新川太神蛍かくる願ひもたるとしれ中力星園橋丸
江戸名町司会四篇
あふむ石売る絵草代や程過丁住雑の宮もうつす新川青刻
宮はしらふとしく立し神垣に古ひたる名に似さる新川森秀大砂
川岸物の板に杢目の浪さへもうてるての字や見世の汐時花や
一材木のての字の店は帳面もかくもの多くありて無話しき文科常月芳
唐瓶にうつ巻見する紺かきのつとふての字も阿波店にして
願事のかなひ安全松や橋人みな参る石のもり塩
相引の橋のたもとの袖乞も手の内貰ふせ候本多前和風高
海苔まきにうつをも見する鳴戸詰八丁堀の阿波の門前
地獄さへありとこそきけ立山の越中橋のちかきあたりに幾岐樹
伊豆石もおく石河岸の其ほとり天城の炭の春所ありけり
桃井の弟子も三とせて実り入て其たち筋もしゆくす釼術
火花ちらす阿波と本多の両河岸の相引橋のほたる会戦
夕時におろす四かねの園取も相引はしの下をあらそふ
御同堂喜道
夕立のかゝりし跡のあさりかしたゝき出してそ見ゆる貝から
木挽町今と芝居のあるやうにかつはさいたる旅籠右引東風のや
大鋸鴈てかためし裸人類を持遊ひ見せにみる木挽町愛住
草鞋のあゝに小判をちらしなりき又か住し町の雪には道草
鉄炮洲湊稲荷の社菜畑ともいへり高橋の南の橋詰か有此地は廻船の入津の
濃にして諸国の商船普くこゝに碇をおろして此社の前にて横所の品を
こと〳〵問屋へ運送す此故にや近比吉田家より染稲荷の号をおく
らるゝ当社は南北八丁堀の産土神なり又川口の北に船役所有て船の
出入を改くる南北へ凡八丁ハかりとあるへし伝に言寒水の比井上稲昌等大
筒の町見を試し所也或は此出洲の形状其器に似たる故の号也ともいふ
湊町蘭畑いかり奉願も風ふひら〳〵おし箔の染酒上後底
江戸名所司会田筋
十露替の玉をはしらす鉄炮洲客をまとにそ売か熊野侯春道
蝶と見る船のしら帆に付漆町菜はたけ稲荷目南にそいる土より花月梅
米相場あたりはつれの国落に儲つみこむ鉄炮洲かし
例をとしの鎧はきても中〳〵に鉄炮洲へいよらぬいせ海老桜田友鶴
詣する人にかはれて鉄炮洲不二をうち越すまわらの滝湯月舎
あん燈に玉をならへて鉄炮洲客ひゝかして売る稲荷郡
此月舎岩住
爰も又土一升の鉄炮洲こかねちりはむ菜はたけ稲荷
鶴のや松雅
居風呂にわゝ湯のはやき鉄炮洲豊く岸問や多くなり
東風のや
沃地洲稲荷のおこやあらすを打くたき乗る船玉の札笠除駿河守池水
佃といむかふつしにてしら画の雪と岸うる鉄砲洲かしなり幽習専
初午に詣つる人のおひねりも蝶と飛かふ菜はたけ膾荷
草のや富芳
抑烟見にもて来し海の吸筒の筒はらひする洗熱浅かし
和風高
柄原とてかはをむきたる家作りはみかんの出る紀州店なり
治れる世にはおそれす千石の船もむかふて来る鉄炮洲
うつくしき玉をとめこそ鉄砲洲うち出る舟は根堀見物
流越ていたみ荷もなく海船か碇をおろす湊町かし
銭のや
見るうちにきしへつくたの渡し舟矢よりも早き泥砲洲かし岩平居頃丸
夜見通はる家台のそはの檜荷橋鉄炮すしの海苔岩巻もあり松代保重
佃島
鉄炮洲にそひたる孤島をいふ舟松町より千渡しありて爰にいたる玄亀年
間江戸の図に向嶋とあり天正年間東路大神君遠州須松の御城に
まし〳〵京都へ上り玉ふ時神崎川等船なかりしに畑村の漁夫旅舟を
こき出して渡し奉りしかは伏見の御城にまします時も御膳の魚を
奉るへき旨台命あり又西国へ御使なとの折からはかならす漁舟をもつて
仕へ奉るへき旨命ありしかは大坂両度の御陣にも軍事の密便或は
同断同今四合
御膳の魚猟の事怠りなく仕へ奉りしかは其後漁人三十四人江戸へ
召連慶長年間浅卒川御遊旅のとき網を引かせたすひ同十八年
八月十日海川漁猟すへき云免許なし給へり然るふ寛永年間鉄炮洲の
東の干潟百問四方の地を給はり正保元年二月漁家を建置へて本国
細村の名をとりて即佃島と号し又白魚を取て奉るへき旨右命によりて
毎年十一月より三月迄怠らす奉る其間は他の漁を堅く禁め玉へり
松其後も深川八幡前にて空地三千坪を給はりて佃町と名つけ
られ御菜魚も奉る也
住吉大明神根州住吉の神に同し神主は平恩氏奉仕す正保年間摂州
一佃の漁民に始て此地を給はりしより爰に移り住本国の産と神ゆゑ
分社して爰にも住吉の意居を建立せしとなり毎年六月晦に夏越の
秩修行す此地は都下を書る事咫尺なれともはなれ得にして漁人の
住家のみ酒生の汐干には貴賤袖を交へて浦月に酔をさまし貝稲ひ
あるひは磯菜つみなんと四季折〳〵の詠め殊ならす
佃嶌浜にし花の藤ならは声の引汐藤のさし汐五石両半成
わくらはに涼しき風よほつといふいきもつくたの夏の御泉か
佃しましら魚網をてるの水は江戸の花さく舟のかゝり哉雲井国
白魚も江戸の気性につくたつくもりはさらにあらぬてらわた雪衣
御祓するちの輪くゝれへ細人こころも清く住なし法
住よしの御田植めきし京色かな佃の磯に貝ひろふわろ花垣真咲
網の目をもるやうたりのしらゑに見する角も灸の一蛇松代松樹園仙嶺
御社も目につくた持住よしのきし行舟とて本とかたなきスシフ望月梅
春咲て御かりを爰へわたし場の舟いつくたによする藤なは敦川堀木堂師店
一佃嶋はなれなからもむしききの江戸の内そとさく藤の原青行
江戸名御国会四篇
此方元所同今御座候
佃沖こら魚網もはり田役明石町より見ゆるかゝり火
花蝶園春秋
住めしの御社にさくこら殿いよする浪とも目につくと嶋静田舎秋吉
佃しますくひあけたるこら直に又すくはれる日〳〵のいとなみ哉仙
に魚舟かゝりきえゆく佃島春の夜風もまた寒さ橋紅紅のや藤方
咲藤の影うくも目につくた嶋風におゝせぬ波そとちめるスレク森野亭壱人
佃しま貝むく子等も赤貝の血にや交りて赤きちれ毛
朝霧のあかしかにも何なる嶋かくれめて舟をこそおもへ友成
また藤のさかぬ先にも佃しま霞いろそふ花のふさ国
しら魚のためにおのれもすくはれて何のにて世をわたるなり
春寒み角たゝ生にとけやゝぬつらゝのことき佃こら魚
嶋てさへ亀もつくこの住なしは江戸むらさきの藤そさきける
白魚は陽をちり来て住なしのきしに影うく花の藤なみ
佃沖温とる舟のちひさくてしら魚ほとに霞む朝凪宝市亭
佃しま角はきめてしら魚の舟からしらむ春の夜ほの妻吏
目にあする船の鼻をは揃へつゝ這入る佃は江戸の川口并見鈴木
夜船も出海を目あてにつくた嶋みよしのさきにみゆるふき国道草
ほの〳〵とあかし町より見わたせい霧に細の嶋かくれゆく沈要
西本願寺京都西六條より輪番所なり空流のもの是を表二りといふ塔頭五十七宇
あり始め横山町二丁目の南側裏通りにありしを明暦大火の後此地に
移さる准加上人を当寺の開祖とす本尊阿弥陀如来は聖徳太子の
彫像にして泉州堺の信託院よりうつす毎年七月七日立花会十一月
廿八日関山恩にて七昼夜の法会経行あり是を報恩舞といふ又俗に御講
といふ文政の比より境内へ桜を土また枯て春は賑はふなり
紅葉はに色はつき地の安かし町夕日てりそふ西の門跡森川瀧の
江戸御行目会一筋
江戸名所巨人口筋
弥陀います西の方なる本願寺弘誓の舟のつき地門跡
西風のふく霜月の御浜には服寒さ橋越てこそゆけ
お引取下されなとくぢゝばゝもうそをつき地のつね参り
豊のや
幸高
仝
朝参り御堂をてらす日の影やあみたも銭に光る菊相
肩衣に袖をつき地の講かしら御堂のからす高くとまりて
身に徳もつき地御坊の御法侭おありかたいときいことこる人
お講者を仕立る針の穴かし也御文をもよむ文字入の衣
雲波楼船住
柏の舎
松の門鶴子
石の如みなかたまりし同行のつふてのやうになくるさいせん古代松来
御講ともしらぬる仏ねふる子の乳母か背中や九品蓮台
物ことにつまつきのなき楽隠居ころはぬ先に枕つき地様
次丸
俳道堂引也
御冥加の抱主につき地の世話部やに七日はさかる御薬講中
草の屋富芳
囲ひものしたるは寺へ穴かしこそもつき地の御手次の僧
春
春道
御仏のまします西の本願寺蓮にのりの道ねかふなり
前路楼愛垂
御堂には蝋燭講の百目掛阿弥陀も銭に光る菊桐国堅
石山へつめし門徒の西方はせめてもおちぬ御焼精進
極楽の道案内する門跡に西といふ名はふさはしきかな望嵐貞丸
法徒をときぬる僧の形より壁にも筋を見すか門跡并念鐙朱
妻りてか築地の寺の御取越格にもいもの親子ありけり友成
本影寺御獅々の間には異国の高麗へりの畳講中宝市方
仏形する門跡に内心の如夜母ともすきし給の角隠し佐古香八平
安めりの弘地をかさりて方便のしりからはける姥もつ立地か
雪風の身にしみわたるふとさ橋御講詣にきく法の道喜樽
堀内の花の寄色につき地さま額銀あくる七か殊中雪店
門跡へ角かくしくててゝ火の車しかけや西の経堂陽月舎
同十三斤目煎
江戸名附御本
本願寺法の道芝ふみしめて老も同にくれ竹の秋雲井国
件ます西門跡に鳩まてもまめて命もなからへてゐる大き花月楼
内喰もすなる築地の門跡にあふらものりの道をとく僧道草
銭丈に光るきものは人みなの目にもつき地の御護参りそ友成
かけめなき清き築地の御堂前天水桶に十五日殊波樹
苔のむす鋳物の亀をみ平前いく方代もつき地門跡磐巻八平
本願寺新ほち出て正風に坊主糸月の凧あくるなり夜寄
黄の衣きた天麩薄の岡持も繁岩かけにもつ〽総の前松代仙嶺
御流れをくめる築地の同行は心のあかもあらふ法種々松成
内喰の御本堂とてさいせんの飛鳥の目に網をはりけり友成
境中の御堂参りの人とてもたのす〳〵の他力本願和風亭
本願寺御は聴聞の敷物も中のきいたる畳講中花柳
船後光弥陀につき地の本願寺波うつことく参るちゝはゝ凹成
酒御堂夕日いろ添ふむしさきのまくの牡丹の廿日講中相成
方便のうそもつき地の同行に穴かしこくそとける法銭和代刑義
御門跡内くふてんの建立にあみたを出しにつかふ法談仙額
極楽の道は西なる本願寺夕日かゝやく弥陀の輪後光一円亭喜東
采女ヶ原木挽町四丁目より東の方此所に馬場あり常に賑はしく講釈浄瑠
理物う場に芝居豆蔵小屋軒を並へ人あしをとゝむ享保九年まて
此地に松平采女正公の屋鋪ありし故なり同年正月火災の後屋敷は
麹町三丁目裏へ移され同十二年の比其跡へ新たに馬場を開りまく
といへり此所の井を采女の井といふ
万年糯采少か原の際にあり
備前橋門跡の脇にあり
一同壱斤用会四郎
同右同断同断同
周防橋此辺にあり
客橋鉄炮洲の末南の方にあり松烟見物の場所也
突之刻からほとに突入の芝居小家栗毛の跡を穿一筋隠花蔵花陰園其願
みさをめる瀬川にかへて辻君の采女かゑにつまも定めす凹成
客のせて無わたる馬と此君は采女かゑにかはる夜る昼
秋の有て富めか原に竹花の七池の所作見する小芝居暁月新浦船
売馬の済たる跡はかたゐ等か大坪流の勝まけそする
菰はりの宋めか原の柿酒へ下りたる鶴賀娘折内松蔭
小芝居の宋めか原の声約にいさみは土地の地まはりの水
表表忠臣蔵の芝居に屋はや荘鷹場とかはる入相松井楼長紀
下足札いろはて分る講釈場塩から声によめる赤穂記
人の治うねめか原の講釈師塩からすてよめる赤植記
井月半相成
ふらの時ははつれのきりをとて采めかなのに立居へいる阿月舎
藪の波のうねめか原へ出て小町の所作を見するに芝居道中
公代には瀬川てふ名もありめしん采女か原の芝居住者は花垣真味
馬満のある采女か原に焼て売さゝめのしりてはねるかゝき鶴子
鴨かしはのみる一鮎ふたくらと采女か原に馬のきり売り松代則幾
あつくなり日毎来て残つかいまる客ににえまをのます茶汲女富妹行幸成
に芝居の夏も身女かはゝわたをたつ松毛をまねるさる若
橋その地うれる采女かはらに又根か馬にのり人ありけり未極国歌明
ほふことも采女か原に出る夜うりぬくめ鳥ほとにきるやき芋
定めなく人もよせては返しけり浪のうねめかはらの辻君ぬを松成
かけを見る宿めか原に武士も馬のりに腰かくる水東門友鶴
浮草の根なし事をも種として綿のうねめか原の豆蔵友成
十一日
ふみはつす采女か原の馬乗をこしぬけ武士と笑ふ見物琴樽
辻君の出る宋めか原つゝき二十四こうてはいるに芝居村咲
物いはぬ山吹いろを汲たせと愛相はしき茶やの処女子スンフ望月梅
しら紙をもめは玉子となりはひにすなる采女か原の里蔵昌等
客をひく采女か原の揚弓場左りきゝなる娘なりけり舛丸
琴せめをかたる女の浄なりを思承もときてひるてんほう友鶴
度芝居男ははたか百官名采女か原て見る正かへり琴樽
小芝居の木戸も采女かはら四文出る夜鶯も百に四ツきり都月庵
講釈にちやりをいかれはきく人も采女かはしをかたえてそゑむ凹成
鐘山する打出しに失ひしさうりに事のおこるに芝居秋芳
望の夜に成し初りや馬場へきて采女か原に月の輪乗りハヌシア芝人
釣人も通る采女かに芝居て鮒た〳〵といへる松言道草
乗り廻す馬に采女か原ちかく小栗判官かたる説経友成
口先て客に調子を合せるを采女か原の女浄瑠理引也
数の子の数にもいらぬ折汝かたゝひやかしてありく書居長記
夜鷹小屋並ふ采女か原際に身を切売の鴨かしは見せ相代仙欲
小芝居も郷地て三日太平紀薮から棒やはひるてんほう升丸
太棹をにきる采女か浄なりの小家にはりたるに便無用道用道草
町の名の明石のうらの住居にも何の子は遠くきくなり笹好
うつろしくかゝる霞の渡そめ錦の帯と見る周防橋外友
水に影そきゝの亀か脊を干て万年橋に釣たるゝ人
蓬莱の万年橋のかたりにてよりいる魚をつるか楽しさ仝保重
手足をは亀の子めうこかして万年橋に水およく子等村咲
和人もいく夜寝さめのあかし町かよふ千鳥の鳴寒さ橋和風亭
狂類江都名所図会七
狂歌江都名所図会七篇
兼題
天明老人内匠撰
眞具立齋廣重臣
立齋廣重画
将監殿橋七曲金杉橋毘沙門堂雑魚場
鹿嶋神社芝浦網坂水天宮
三田春日大明神三角月岬聖坂
札辻於竹故事徂来先生墓田町八幡
竹芝寺故事亀塚
汐見坂魚藍観音
江戸写御司会七番
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
御船手の
将監橋の
料柚は水を
自由に乗り
わたすなり
筆蔵堂
春交
山鐘の
七つ法師の
七曲りやしきも
時をあはす
梅子木
山路画
面喜
七曲
明野藤橋
御船手の赤き
てんまも押きつゝ
一将監橋の袂にそ
つく
山帰り男は
飯月亭
凹成
裸国官名
つれ待合す
都監殿はし
絵に名ある
雲亭
琴樽
一将監橋を越え行は
七曲の玉にも
似たる七曲り
夜日も往来は
又へいもみる
土佐の御やしき
花垣
真咲
あり通しにて
藤国
高見
行かひもはたおる
如くかすりあり
さつまやしきの
七曲り道
俵舎
七曲りまかりて
出る四国町日さしも
さるの刻にやあるらん
御影堂
折主
異国にちかき
さつまの七曲り
香の図の
七曲りなる
家をきりつゝ
くゑんしのみのりも
喰はす居酒や
みゆる西応寺町
白都のや
藤芳
八通りに
同柳庵
升丸
替る屏風の
品川へ床いそきする
七曲り片かは町に
客やゆく屏風に
似たる七曲り道
ひさく役者絵
橋のつ
笹好
弥彦庵
富幹
金杉橋
関谷町国会七番
一義石部浅介一名
口
芝の塔手にとる
ことくみゆるなり
勇々館
道草
毘沙門のます金杉の
はし
都路のかな杉橋に
ほかよふ浜松町に
つま琴のかたちを
見する金杉の橋
スンフ
望月楼
はる寄せのひらにおなしく
書たる二度目の情書
神風のふく毘沙門の
油とるむかて
に歩の御初穂て
常燈明もあくる
一潰呉龍軒
愛成
毘沙門
一許さきに異国の
常村田
縁洞園
船もよらぬ芝浦
縁日の宮の城を
首ふりてかはねは
きかぬうなゐ子にこまる柳園
柳園
光糸
純子のとらの縁日
かる脇つきいかて
おとすや
毘沙門の所他
松代
柳樹園仙類
魚突のかねの
わらしを百足とも
みるや毘沙門います
芝うら
蝶那言
冷雨
縁日の宮の武をかり
松代
特遊や様の面も
松成
ひさく昆沙門
一直売りして雑雨場に
筆の走り魚たまきを
宝陽亭
実士
実生
かけていさむ商人
一船よりもあけし難雨場に
しやと翰もとゝ交りにて和朝二
和朝亭
国盛
売れる夕かし
江戸名竹周守一番
毘沙門て
うける
小判も
名にしおふ
百足に似たる
金杉喜左衛門
金杉の
はし
富楽軒
幸成
ト
雑魚場
浄瑠璃浄
事ふれの鹿嶋の
沖のいさり火にさへつる
海士や万万院
松代金
波喜
一地震をもしらぬ鹿嶋の
宮司かいかて氏子を
きてやゆたふる
俵舎
鹿嶋社
一神主の其内職もよし田官
下手のや
横好
金をかしまに宮つかへして
金をかしまに宮つかへして
茶や女口もかしまの
社まへあられふり出す常太田
縁暈因
筒の香せん
芝浦の日の出は
床の掛物やふた房国を松経舎
風致にして
袈裟元まとふは
さこのとゝ交り
有信亭
なまくら坊主友成
直きりてもまけぬ
めの哥の半天き
気性を見せて
買ふ芝肴
松代
枕樹園
仏題
仁歌
住る新綱
海の面光る源氏の
かゝり火に皮舟て
とる芝うらの海老
夜宴
納林を
もては七郎を
わけとりて
大かねとなる
芝うらの海土
七夕の竹芝浦の
すなとりに得たる
ふたつの星かれひ
に
利根川
語真堂
瀧麻呂
在明亭
月守
月守
芝浦
右衛門
江戸名所田屋其名
庭ふかき
辻番の晦日掃除に
土蜘のありかを
見たす三田の
綱坂
坂月高山
凹成
産湯の井戸の
井戸替ふしのふ
むかしの遠き
つな坂
弥生庵
一総坂の下屋敷にて空館
鉄炮のまとに三ッ星
道草
見するけいこ場
一筒井角ふかわけ
誕生の産湯の井戸は
一綱坂のふもとに近き
腹帯地蔵
髪のむかしをも
しのふ音湯の
綱の名所
善事楼
古事楼
喜久成
総坂
錦園綾丸
きゝ腕はをれる
いかりに汲上るそときみ
赤羽根へ出る軽わさ沖かへさには橋のや
亥刻
足駄をはきてのほる綱坂
わろき岡の古井戸
都月庵
水天宮
一金毘羅も水天宮も
一賑はひて十日五日の
雨風もなし
賑はへる五日の
柏の舎
風にちりうせし
団の王位の児楼
かも
古川を前へ流して
鶴のや
千天宮波たつ
一紙の御ひねりの妙
松雄
朝月舎
波影
にものからのほる
有馬の火の見番
此うへもなき
神楽堂
外道
出世なりけり
江戸名町国会七篇
江戸名残西尾三谷
春日ます其ならはせる
地土
三田八みな早起をする池土
茂樹
湯やと豆腐や
春日明神
名を継て三田の春日の
定席はむかし咄の
和風亭
鹿の武左衛門
薪能あなる春日のうつしとて
更科庵
湯花の釜にはこふなら槙
月労
一神主は恵方参りを
当事に朝起をする
春日ます三田
文昌堂
尚丸
飯もりの有にし
事を聞はいま
むすひの形りの
三田の三角
歌道や
暗記
御仏の魚さけ給ふ
〽其わたり鱗の形の
其わたり隣の形の
三田の三角
鈴成
白水を流れ
薩摩の勝手口
結ひほとにも
三田の三角
十五夜の月の岬の
福海寺団子を棟に
見するきほうし
奈岡
袖香
松のつ
鶴子
かんたと
日当りのよき
西応寺常念仏の
たえぬ鉦の音
桜さく聖坂なる
一切運寺普賢像あり
語同堂
春道
門前のわらへと
藪のうくひすは
墨染もあり
根の門
笹好
ならはぬ経を教和梅
よむ聖坂
月十一月
江戸名城国舟宿
江戸名所政会七篇
冥利をはしるのみならす
名とともに流れての世に
のこる水盤
松の舎
一竹か身をしのふ
勝手か原近き心光院に
残る水盤
緑樹園
緑樹園
竹女の故事
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
流れての
此にも絶さる
開帳の札の辻には
宝物に似たる時代
宝物に似たる時代の
鶏田舎
古道具見世
秋吉
おくつきの手向に
しのふ水くきの跡
柏の舎
空を舞ふ鶴のこかねの
私の辻見つゝ総たつ
草のや
鎌くら跡
富貴
風のおとに
きこえし萩の
いつこそと祖来か
墓をたつねれは望正庵
貞丸
おくつきもいはほと四郎
文陵
なりて苦のむすらん
物しり顔に案内する
子等
一儒に名たる但来か塚に
往来か名
一今に光りて
残るなり
金箔いれし
一みに名を流す
往来の墓なれは
かをれるは異国ふりの文栄子
雪麻呂
文このむ梅
手向の水もたゆる
ふしつけて読し
事なし
石文の文字
唇気楼
子澄
スンフ
唐顕しのはれつ
望月楼
一花生か塚になく神風や
むしの声
青刻
世にも名は
徂来の墓
高き但来の
唐人の寝言を
おくつきの山は
書ておくつきは
雲をもはくかくの
松代
同
松代
新月楼
人
人
梅香
夢の此世に
長く残りつ
緑樹園
同江同江戸江戸江戸
手戸六日断渋谷一歩
竹芝寺の故事
一四の音にきゝし
瓢ゆ宮姫の意に
幸亭
なひきけん竹芝の衛士
南風北風ふいてなり瓢
伶月舎
おとにひゝきし竹芝の寺
いにしへの瓢をしのふ竹芝の森風亭
初賀
一浦行ふねも風次第なり
竹芝は世のふる事の種狐
ひとりこちたる衛士か身の幸
花輪堂
糸道
同
江方の亀塚あたり
見はらしに波の
脊をやく海士か同年庵
いさり火
雪の月の
みさきにふさはしく
万代つきぬ酒の
瀧のや
かめる
清磨呂
あれ〳〵と老かはなてる
鳩の杖放生会をも神ほや
青刻
三田八幡に
「
ぬかつきて打枕手の
一筋にみつなる事を
常堀川
鹿野園
線河園
歌和
願ふ八まん
八まん
苗代の案山子の
弓矢八幡に鳥おとろかぬ
利根川
やうあや
三田の広前
立嶋
江戸谷町司会七篇
〆七百五十五両
十三
魚鑑観音
魚辺夜音
信心のまこと
あらはし御仏へ
すかりて御手の
かとやねらん
松代
山路ケ岡
南涯
みちくれは又
引かへす汐見坂
登りて下る
たくひなるらん
一東遊亭
汐見坂
足をはやめて
十一月十九日
うけたすきやしき
出入の取揚の姿々
出入の取揚の婆々
姥吉窓
喜樽
人あしをとめる
有住亭
友成
魚屋はさいせんの
治間にほゆる鰐口の音
観音の右りの御手は
森風亭
初賀
生くさく左り八名のみ
酒のけもなし
一てないしやうしんものゝ
御仏の
霊宝に尾ひれをつけて
場月舎
安またの中へわたり
きかす魚藍寺
来てとゝましりする
慈芸観音
魚藍観音
むらさきの
女人をもすくふ利益と
常太田
縁廟園
雲の花なす
乳の出る鯉をも持てる
鯉なれはむへ観音の
魚庵観音
さけしなるらん
そのや
とて
文陵
海まてもすくひたまふか
魚鷹寺へ
御仏の御手にもみゆる
源氏名のつく奥女中
生くささうな御法りなるらん
魚屋観音
花蝶園春影
柘植園作翫花蝶園春影
同様榊田伊勢
四郎三八
江戸名所同会七篇
当座高輪の遠目鏡
笑花堂大人撰、
女房に見世を
すかせて遠目鏡
折〳〵覗く高輪の末々之
楽之亭
琴樽
菊や
一櫛のはをひく賑はひの
高輪に鋸山も見る
遠目かね
入船の帆にもつ風の
南町目かねにも
教和楼
かちとりし茶汲女残園
綾丸
おなし心を
駕籠かきのくもか
をしくる遠目鏡見る
笑花堂
野馬台の志な川の口
當座鰹舟江戸へ入ル桃樹園大人撰
ゑほし魚月もろともに
春のかたみ
江戸へ入る娘も鼓を
霞を腹に鰹舟
うてる舟そこ
はひるは藤と江戸の
涼之高困扇
入口
御影堂
折主
一捌けさへはやき鰹は
江戸ツ子の目に
江戸ツ子の月に
とまり舟筆にも
入ふね
亦蝶困春影
江戸へ入る
目当なるらん
走りこむみを棒杭の
松の魚ふね
天明老人
おなし心を
白戸へ入る三番皮なり
とつはひやろさへいつての
ゑほし魚舟
桃樹園
江戸名所同会七篇
将監殿橋橋に並ひて水道の掛樋を渡す橋より南二町程留て七曲りといひ
本定への近道なり片側は薩州殿の御屋鋪片側は町家なり七曲り
ほとある故新はいふなり
夕立に七曲り見る稲妻は紅のかたちや将野との橋前崎梅亭垂
水道の水はかりかは玉川の砂利舟もつく将監との橋宇麗寺岸柳
百良の名ある将監殿はしに徳門杵をもひさく商人友成
馬場矢場は松野橋の弓手馬手ひきもきらすにわたる武士いはほ
酉の夜はなんと相監殿橋に時四ツね駕籠客もかゝらす松代新月梅梅吉
土はこふ親又か木瓜ふんとしの花もうこんの将監との橋春影
星にほふ破軍の数の七曲り赤洞門を釼さきにして文昌堂満丸
植木やの作りし枝の七曲りかこ嶋松もうる薩摩前文栄子雪石
品川のうまや路ちかき七曲り轡の紋はおとにきこえり
橋の門笹好
近道をゆく遠意の七曲りくつわの数を横に見なして
此邊り四角四面のやしきのみ角〳〵多い七曲りみち
一矢馬喜楽
一矢馬喜楽
}
錦太楼政持
七曲りまかつてぬける有馬前いとおもしろき道はつけけり
笑蔵堂春度
行道も横へ〳〵と七曲りかついて通る芝の声うり
万年金生成
七曲りまかりし頼りに漲張て道曹清する玉川の砂利
ふせ征の金杉橋の其わたり椿木に道もつく七まかり
三ゆへ出る通りも爰にありの道田町の裏を七曲りより同芳
玉の声つもるあしたの七曲り一筋ほそき道はありけり弥生庵
異国にちかき屋敷の用水も七曲りなる玉川の極池兼
七曲の城にさしたる箱極をくゝりて通ふ玉川の水左衛門の
品川のくゝつにわかれ七まかりみつよつ鶴鳴わたる見ゆ大地花月楼
学臥ておそき大師の戻り道曲る角さへ七り過なり春道
同断御今宵夜
一緑塀の屏風について七曲り雀形ある瓦みえけり百鳴
金杉橋本通り将堅殿橋の栗の方川下にあり
奥沙門堂通りより東の方横小路にあり松林山正伝寺といふ月母宮のも参詣多し
田中山西応寺舎杉通より西の妻手にあり門前を西応寺町といふ
雑魚場此海より産するを芝魚と称して往来に日毎朝市立
落をつみし車の牛の角文字や是もいろほのかな杉の橋政持
天保の新銭座よりかはせふも通角のよき金杉のはし暁月新浦新浦船
稲荷すしに似し金杉の大すしは玉子と化す油物仕立稲の屋売別
縁山にちかき金杉橋のした五かいをともつゑさ堀もあり友成
海ちかき金杉に打よする浪の杢目を見する櫟干燕狩亭
万葉のかな折橋をわたる人やまと哥にはあらぬ鼻かた道草
品川の森の湊へ遣ふらんしば〳〵わたる金杉の橋横好
万葉のかな杉はしにこし折れのゐさりおとろくうたゝ孫の夢暗記
童にものここみやすき文字やきや出るいろはのかな杉のはし光糸
野衛門の百足小判の宿穂を三上山ほとつみし三庚召艸
海書か子はみをもわひつゝからあさりむかてそひさく毘沙門の浜北土茂樹
退沙門にしむ法亦経とよくきけは望杉沖の海士かさへつり花国袖香
州沙門を願ひてそ得ん福寿尊運をもひえて利益あらんと山路西面喜
毘沙門へ品足の絵馬を捧くとてそえしあしさへ数の図銅スンフ松経舎
美しいあまの神蔵をは身門天なとふみつけにしその金杉松代政古角浦
往前軽の声もあふるゝ毘沙門にたふ〳〵水もくむ手の鉢を枕樹園仙類
毘沙門の小刻もとむる我婦から召てふあしもとり出すらん在明高月守
新網の願人坊のさけ銭も品足とみゆる昆沙門のまへ圧岡都楽権
毘沙門のます金杉の浜つゝく花足のことく入る五手ふね
清那言澄兼
毘沙門の縁日に橋の三枚目大黒銀をひさて金杉葉楼姿成
初決に出す所足のも利にてあしも多くそあかる毘沙門天利
持遊ひや直をつけられて首をふる張子の窓の毘師門縁日古代松成
火打石むる鞍馬に引かへて附木をそ売る金杉毘沙門尚丸
大名も罷衛門前を行列に閉足のあしを見する金杉長鶴亭白萩
同参り寅の日ことに毘沙門へ竹の葉たちてなに願ふらん昌幹
不足小判うる丑沙門の縁もに散しこさめもみゆる商人去道
毘沙門へ下したまへと福徳をねかふる乞喰松屋横丁外道
兵衛門の縁日に人の詣つるは花足のあしの如くなりけり柏の舎
寅の日のお百度参り道法もかそへと見ない千四十四もあらなん
初密に毘沙門天のそなへものきよむ火打のいしと堂杉丘仙嶺
つりてぬり宝なりとて毘沙門の縁日に売る所足に刺か柏の舎
大鯰しめおく雑魚場商人は芝の鹿島の氏子なるらんスンフ東遊亭
人の浪たてる雑雨場の杉舟に御納屋も網をはりししけの日綿国凌丸
夕かしのけれしと浜のかゝともか雑色帰のそゝに交りてそ売る
土地抔も天恵うちにて朝市にきほふ雑雨場に江戸前のうち柏の舎
ちりめんの雑雨向の油のせ話しさふ娘かねたるいし垣しほり琴樽
御台場もみゆる乾事場の見世先に鉄砲館をひさく筒袖俵舎
内の日は雪嶋鰈もはけぬとて買人に下請をはかすさと市おもおも
境の雑雨場も市のとゝ来り日本橋にも生くさき土地松雄
浪枕はつして横やたてになり数な場め魚のさこ丸すからんスレフ堂月楼
盤臺の水流しても其道にぬからぬ芝の乾色橘商人浦船
生た魚とれる雑雨場の業はひはきによりくされのあらぬ商人松代松成
鹿島神社同所の海境にあり別当は御穂神社に相同し祭礼も又おなしく
三月十五日なり土人伝へいふ寛永年間此浦に一ツの祠流れ来りて汀に
止まるあり漁人是を揚て其本所を尋ぬるに常州鹿島大神宮の社地に
有し祠なりけるよし又其頃十一面観世音の木像同し海汀に流れより
しかは鹿嶋明神も十一面観音をもつて本地仏とせしなれは是にもと
つきて当社の御神を勧請せしとなり
之浦此処を竹芝の浦と呼ふ漁士あまたあり海上より房国を見わたしよき
此なり
鉄棒に事ふれありて自身番荒嶌祭りに人のとよみて有信守殿成
身動きもならぬ荒嶌のは烈答に陰坊主となりし願かけ京扇
こま敷へ頭痛の願ひかけまくも荒等の神く都つきやけり西御座升丸
舟よする芝の荒嶌の祭りにも三社まはりを見する西こまり陽月今
神のますこの竹芝の花青浦むかふ日の出もからす万燈
花垣真咲
田を汲てあられふり出す水草やの妹も菰等の宮のことふれ柏の舎
此灯に琵琶田のかとす丸芝の落しまの夜間の縁さら松住
万石なくも藤嶋の神います浜は扇の地代なりなり糸路
帯の如芝の荒嶋の御祭りに立し幟も裏かへるなり三輪円甘喜
芝浦の藤嶋の神の玉垣の土台ゆるかぬ悪いしすゑ凹成
夕しの芝の夜の石かれひねはうこかさぬ鹿嶋明明神天則
根を堀てきくもをかしき魚め石汐のひたちを爰にうつせは文後
魚石なくとも芝の荒嶌よし干潟の舟のうこかさりけり花柳
かしましと神やおほさん御社へつとふて初日をかむ笠浦村咲
長崎に似し芝浦のしける処海士か筒袖かひたん歌久後
夕風に風をうたせて桐しゆはんほせるえもんの竹芝の湯月今
出入りの嶺の遠さにしはしくは浪にゆよ〳〵笠うらの月伶月舎
同断
矢花堂春交
蛤に雀の他したうはさして海士か囀る竹芝のうら
笠をめす月のあかりと岡下に輪をかけてとる芝浦の魚蔵越早いはほ
霞みたるはてをみんとや芝浦の海老の髭にもとまる胡蝶の緑樹園
出来秋の田町ふちかき足の浦海にもとれる米の飯消散所楼
あられふり藤嶋をうつす竹定の浦をたとしる沖の船玉池菊
上代と鳴く雀のきして堀を撰みをにとる竹芝のうら月守
塩とならん花の笹みををひと目に見たる竹芝の浦都月庵
笠浦の月を目さして漕く船はいわしてふ魚とりしなるらん
釣平も弓とたわみつ竹芝の浦にて得たる雲のしらきす教和梅
鞁打浪のしらへのひたけるをきく横西の竹芝のうら突生
照る月のうさきに船の帖程もとくさのやくみゆる芝浦凹成
夕かしを買はんと人のむら千鳥魚にもはねのはえる芝浦
遠目鏡安府と上総も芝浦の下総侯の隣りにそみゆる弥生庵
芝浦の釣りの重りの友まり玉源もあたつた飯の鉄炮都具雅
海老をとる四かねの国の芝浦にあくる腰さへのひつからみつ他額
やす売は喰ふ客のうか何るし迄はらをふくらす芝の栗海春道
やしき皆手のうちにして御用達す芝に名たしる乞喰松屋は二ツ分神門通冷成
千とせふる松尾の蔵に棟西の鶴にこかねの札の賀州外道
女さへひとへ形ぬく汐干狩漬ちりめんの袖のうら浪契り同摩呂
網坂松平隠岐侯と会津家との屋敷の間を寺町へ下る坂を号く又有馬家
の屋敷の南の坂を網か手引坂と号く謡か産湯の水といふは同所肥後侯
の国中総か約繁松と称するは隠岐侯の屋敷綱坂は同所功運寺の境
内にあり
水天宮赤洞根有馬侯の屋敷内にあり毎月五日参詣多しこは安徳天皇を
祭りしとあり
鬼蔦のからみし松の様木をも月にくまそと切りし総坂文栄子雪店
車尾の鶴羽はたきをしのゝめに若水をくむ総坂の井戸御鑿折主
汲人もあらぬ釣瓶の総坂に産湯の井戸にからむ亀嶌吉幸楼芸成
井戸替もすなる車の潟坂にのほれはくたる人のかよひ路道村の縁洞園
泉岳寺四十七銭の開帳へひかれてもゆく縁の綱坂富芳
金札の札の辻から一はしりてて乗りきる三田の綱坂春道
鬼絞り浴衣をきつるあつき日に腕まくりしてのほる綱坂面喜
産湯水かけてそ綱の手引坂生ひ育ちては駒つなき松幸成
軽楽師総坂のほるなるはには今ひらくゆふ立の雨貴垂
尼といふ名にやよりけん黒髪を切て願ひをかくる御神道卅
縁日をいつか〳〵と待かひもありまへしきの前の商人
抜かけもつく大門の口手湛たくつて唱へる馬方そはや波影
赤羽根の流れにちかき水天宮うねるやうなるさいせんの波風柳沢升丸
人みなのたつねくるめの上やしき水天宮にさいせんの波久見鈴木
幽応にはやき手業もありまがぬく大太つの長井寅蔵波影
商ひもありまの館の水天宮ひさく五日の風車うり本影
堂の花の空赤羽根と見る内に月かたふきて入る所の久保草か四角国
赤羽根の水大宮の賑はひに出せる五日の風車売秋吉
三田春日明神三田一丁目にあり則当三笠山神宮寺と号す和州三笠山春日
四所の御神を鎮座なし奉るとそ三田の産土神にして祭礼は毎年九月
九日につ行す当社は村上天皇年間武蔵の国司藤原正房仁国の比
藤原氏の宗廟たる故に此御神を勧請せしとなり
聖板此名をいふはむかし此地に高野聖聖多く住て開きたる坂なれは斯はいふとそ
又周光山済海寺聖坂の上にあり此所は房総を脇下に見毘雪は
絶景の地なり月岬といへるも此辺をいふ
去日前菜の節会の御祭りにあまたの星とてえす桃灯花津園壱瀬
萩軸や荒毛の筆に当良墨を三田の春日の縁日にうる和風亭
妹脊山語る春日の御垣内麓ころしをはいめ寄せの者筑波滝村咲
三笠山爰にうつして無日なる神の鏡の月をこそ見れ
新野家そと三田の壱日の前町て掛物を買ふ岩の角軸喜樽
氏子等か新端につるす桃灯は飛火と三田の春日祭礼坂月高凹成
地蔵も三田の春日の広前にねかふみかけの石段の上春道
三田にます春日宮の御祭りにつとふて遊ふ荒の角髪秋吉
八重妻かゝるけしきを三田の産春日に月のさせる種夜松代細々高松成
河波土佐と向ふ壱日の寄せふきく鳴門に同こほす浄瑠理村咲
角髪の子等も去日の炎なりに紅葉ほとなる手も合すらん外道
三笠山月の名所むさし野にうつして三田の春日明神中仙堂雪道
願事のかなふてさゝく燈籠は神のみかけと見る春日形綾九
背に星を三田の春日の御祭りに神子か茗の君の子の汗こみの衣松代梅香
奈良晒荷の子便りもひさきけり壱日にちかき三四の五服や友成
寒けさにあられ豆腐と言添て納豆売もまはる三角国堅
白かねといふもうへなり七所九階のほしの光か蔵町村咲
草風呂の五木に交はる柳のま一度の人も西熊寺前大野安間高
細引にうつをまかせて見晴しはみ田のやしきの阿波の辻番舟何
法正のやしろの前八日よし坂上のやかたは肥後の熊本初賀
無のその台町のちかくとてとその窓と三田の三角道草
穂に欲さく稲の実のりし出来のは三田の豊田に並ふ岩蔵堂のや
松と名所内入る一筋
同
江戸名所区分十名
瘡守の稲荷に近きしつかきの薬風只ある小山神明
松代金波倉津丹波喜助
木食の聖坂とて椎の実や栗て此わたる水菓子やあり
望山庵貞丸
荷ひ来し酒草やきりん草野坂にてひさく艸市
聖坂あたりの見世の袈裟衣のりのたすけもうける古者や
むかしをもしのふ高野の聖坂珠数かけ綿を見る茶やの軒
珠数かけの鳩ふく風に淋しきは高野聖の坂の夕くれ幸亭
問ふ道にをしへあかるき聖坂林とたのみし連のてうちん強く池団扇
竹定のふる事このふ聖坂酒やの見世に並ふ酒つほ道草
敷仏を藤棚と見ん聖坂結ひさかりて見る珠数の房利井利芹川松矢
五月酉のふりし衣や聖坂軒につみなる珠数の玉水介立狩
道四へは無らすやけとをしへけり野坂にもちかき辻番友成
高野寺ちかきあたりの聖坂珠数かけ鳩も並ふ軒の端仝瀧店
彼岸とふ桜はさけと野坂仲の国にあらぬ宗なり都月庵
花のさく長閑うな声のひしり坂経らむ鳥や珠数かけの鳩天則
酒つほのいはほとなりて苦むせし塚は八千代のされいし丞卯道
みの毛ほと生ひたる草に万年も立しやうにとみゆる亀塚千池
乞食等も手をかきすりて銭よふはしつの草の小山神明常縁覃国
もかさやむ子等か頭中の赤羽根をあかるに山の神明の宮王子園里住
さ八かりの巻に交はる神ならん其名もなにし小山神明実生
雨雲の袖の浦にのほとゝきす月のみ御さに声くもるなり松川吾妻や立右
安房上総一目に三田のおしり坂のほる碑は月の名処画交
お竹大日新箸開集に江戸大伝馬町佐久間勘解由か召仕ひの下女天性仁慈の志深く
朝夕の飯米己か分は乞喰へに施し其身は小流しの角に網を置て洗ひ流しの後を
受其ふりし物を自らの食料とす常に称名おこゝりなく給ひに大性生をとけし
廿一月廿一日五合
江戸名所図会七篇
となり彼の竹女か常に網をあておきし水盤は今増上寺音仏堂心光院の
門の矢井にかけ一とありしと見ゆ仏の水替より光明を放ちたりし事は当寺の
縁起の中につまひらか也
亀塚滝海寺の北に蟠りて隠岐侯の別荘の地になり
打伝ふ往古竹芝の衛士の宅地に酒赤あり其もとに一ツの飛掛り人あかめて
神に記れりいつの頃にや有けん或時夜もすから風雨あり其翌日かの酒面一堆
の石と化せりといふ其故にや満海寺の山号を亀塚山とほふ
水盤の洗ひ流し千羽かけてほさつをすくふお竹大日柏の舎
水盤に残るお竹か清き名はひかりてこゝろ赤羽根の守糸路
弁天も多く巳年の開帳にかさね〳〵にたつ札の辻楽尊琴樽
いく子とせ貴けき御代の田町してそ遊へる鶴のせんは太芸衛和雄
出たしめの無事を藪から椎組の口にのせたる松の辻賀院松代鷲川高松成
きみ団子ほとにぬれ手て握り売る日本一の芝のあわ餅利刈桑蔵寺月衣
諸中の目印たて開帳の札の辻にも人のまち合袖杏
孝行に堀やす釜や横町に番屋の札に見る寄博もの草のや
名物の覚済の事も四千銭うらに浪をも見する本芝春交
屋敷方仕送り多く扶持来も豊田の門につめる出来秋和風高
開帳の案内に立し札の辻引手茶やある高輪の口愛成
四国町さりおやしきを廻りては茶やにそ休むたはと商人月弟
羽衣の松持杭もあなたにて浦のけしさをの穂の明神糸路
汐ひちし衣やほせる浦の海士あまつをゝめと三穂の広前森津高初賀
一願事もゆたかにせんと実をいれてかうへをられる橋の御穏神実生
徂徠先生墓三田寺町長松寺といへる浄家の城内にあり俗村は荻生惣右衛門といふ
父は方庵と号して官医たり父に経て南綱に住す百才にして文字を知る
同壱斗五升五合与三郎
江戸名所流会七篇
十五才よく文を屈す家貧しく東都に出て力学す業成て杵沢秀挙
るにあひて命録五百石を賜る享保十三申正月十三日に卒す
一儒の道の学ひかしとく世の事はしらぬか仏おくつきの香学のや昌楽
草のや富芳
此の人の鏡に三田の長松寺よむに曇りのあらぬ碑の跡利芹瀧瀧
萩の名い枯すに苦の青春紙世々に伝へて朽ぬ石ふみ貞光
一梅か音に烹りし荻生惣右衛門かうはしき名の残る思ふみ
唐文にあかるき萩生何かしか其所ふみをてらす蛍火道艸
空蝉のから人の耳おとろかす萩の葉おとの世にもぬけしを
無事也故
花嶽堂いはほ
御軽かときけいさもなくかしましく碑をよむ戸や萩の上野魁画若枝
読てさへわかぬちんふんかん文て徂徠の畳の碑の跡文季古店
咲梅の隣にすみし惣太門今も其名のかをる石ふみ
五つれどの柳も畳に枝たれん徂徠か学ひ直き道には松代銀高松唐
穿ちても見よや徂徠かおくつきは奥のしれさる深き真心柿の舎
音高き花生の墓の秋風は人の耳をもおとろかしなり江風亭表侯
世にも名を流す但徠かおくつきにたえぬ手向の水くきの跡荒川歌紅
名の朽ぬ但休の松は梅の石になりにしたくひなるらん王寺の縁脇国
竹芝坂事済海寺と同隣土岐侯の屋敷の地甚旧跡なり
更級記に今は武蔵国になりぬ殊にをかしき処も見えす浜も砂子白く波もなく
こひちの様にて紫生ふと聞野も急乾のみ高く生ひて馬に乗て打
もたる末みえぬ迄高く生ひ茂りて中を分行に竹芝といふ寺あり
れかにいさたろうといふ処の楼の跡礎なとありいかなる処ぞと問へはこれは
いにしへ竹芝といふさかなり国の人のありけるを火焚家の火焚。浅草さし
奉りたりけるに御前の庭を梓とてなとや苦しきめを見るらん我国に七ツ
三り造り居たる酒壺にさし渡したるひたえの瓢の南風ふけは北に
一壱匁五分五百七月七日
江戸名所
靡き北風ふけは南になひき西ふけは東に靡き東ふけは西に靡く
を見てかくてあるよと搦とちつふやきけるを其時の帝の御むすめいみ
しそかしつかれ給ふ只独り御簾の際に立出給ひて柱によりかゝりて
御覧するにこのをのこかくひとりこつをいと忘れにいかなる瓢のいかになひて
ならんというしう床しくおほされけれは御簾をおし明てあのをのこ大ち
よれとめしけれはかしこつかりて高欄のつらに参りたるけれはいひつる事いま
ひとかへり我にいひてきかせよと仰せられけれは酒壺の事今ひとかへり
申けれは我ゐていきて見せよさいふやうありと仰られけれはかしこく恐ろし
とおもひけれとさるへきにやありけんおひたてまつりて下るに便なく人追ひ
来らんとおもひて瀬田の橋をひとまはりこほちて夫を当越て此宮を
かきおひ奉りて七日七夜といふに武蔵国にいきつさにけり帝后御子
うせ給ひぬとおほしまとひもとめ給ふにむさしの国の衛士の心のこなん
いとかうはしきものを首に引かけて飛やうに逃たると申出て此をのみを
尋ぬるになかりけり論なくもとの国にこそ行てらめと公より使下りて
追ふに瀬田の橋こほれて得行きやらす三月キといふにむさしの国にいき
つきて此をのこを尋ぬるに此御子公使をめして我さるへきにやありけん
此男の家ゆかしくて行なといひしかはゐて来りいましくこゝあるよく覚ゆ
この男厳しきうせられは我はいかてあれと是も前の世に此国に跡を
たるへきすくせことありけめはや帰りて公に此よしを奏せよと仰られ
けれはいはんかたなくてのほりて御門にかくさんなりつると責しけれは
言ひかひなし其男を罪しても今は此宮をとりかへし都にかへし
奉るへきにもあらす竹芝のをのこにいけらん世のかぎりむさしの国を
預けとらせて公事もなさせしたゝ宮に其国預け奉らせたまふ
よしの宣旨下りけれは此家を内裡の如く造りて住せ奉りける
つみ名竹周守七篇
江戸名所町舎一部
家を宮かとうせ給ひにけれは寺になしたるを竹芝寺といふなり云々
其むかしますも住けん竹芝の浦に夜な〳〵たける興火柳園光景
ふる事のつるをきねんなり瓢風のたよりまほしき竹芝路告馬夜宴
八幡の田町にこさるねきたちを法印と見て江方や問ふ事成
宮居なる松のふくりも似合しな男山をもうつす八幡豊垂
汐見坂聖坂より南伊皿子台町より田町九丁目へ下る坂をいふ汐見坂の旧名を
汐見寄と呼たりしをいふいにしへはすへて此辺に七寄ありしといふ汐見寄
目の岬袖か崎大崎荒井か崎千代か崎長南か崎是等を合せて七崎と
いひしか
魚畳観音三田浄閑寺といへる浄刹に安置す本尊は木像にして六寸はかりあり
面相唐女の如くにして右の御手に血塵をたつさへ左りの御手に天衣を
持たまへり
汐見坂のほれる月と日の影はま干の玉とめつる海はら豊の
豊のや
汐見坂のほる朝日に朝宿する門よりおこすむきみやの声風柳庵味丸
汐見坂みちひかしこく浪銭のさし引をしてうれるむきゝや瀧のや清店
大江戸の人の賑はひ浪打てゆたのみゆたに見る汐見坂スンフ堂月楼
親ありと遠く遊はす品川へゆかて帰るふよき汐見坂松の門鶴子
花もよし月にもよしと汐見坂夜も日もつとひ人の浪たつ柏の金
雲はれて静けき浪の汐見坂月のうさきにうかふ亀塚猿丸
徳のよせ来るやうにゆら〳〵と人つとひ来て見る汐見坂神田軒釣重
家根舟のはこれをまくる風の手に吹つまも見る汐見帰
見わたせは家根の瓦の浪間にも風えの舟を見る汐見坂道草
鯉捨し件の徳の。尊しと咄しにまても尾知れつけゝり桃の門笹好
本尊は魚をもつとも観音に生くさ坊主なほさすもかな桜園
方便の心とつと御手の魚籠に漬の衆生もすくふ観音歌道や暗記
一金砂極よりうつり来て守まても尾知れのつきし血警観音事高
まほもふくや魚塵の親世音生くさき名の坊さまとみゆ山路廼面頭
こけ理くついふ世話やさは御列馬に尾ひれもつける魚畳観音
悪座寺の者は鯉かふな後老人のより来るさいせんの浪馳公茂樹
祠もうち釣らたれつゝ浦かせきすくひたまへと願ふ魚盛寺伶月舎
御仏の衆生済度は橋〳〵さつた女姿の魚堂観音笑喉
朝夕に参れる人もなまくさき雑音場から来る魚蒔紅音
観音の縁日にけふをとめ等か金魚を買ふて捨て尽てこそゆけ舟住
鳥籠を捨て見ゆれと猶重の生くさけなき観音の顔常縁偏図
縁日にかすてら橋の鱗かた門前に売る魚良観音図盛
狂歌江都名所図会十一
狂歌江都名所図会十篇
天明老人内匠撰
天明老人内匠撰
兼題
立斎広重画
池上本門寺
新田大明神
十騎社
千束池
女塚梶原村
中延八幡
光明寺
矢口渡シ
古川薬師
○テ名動成合一篇
なゐの時入減しか
本の寺母を動かしし
松の門
祖師の妙法
宗旨にはみなあつしなる
御会式に団扇太皷を
たゝく池上
門前菊や
本門寺
教和楼
硯井の水を
樽の木よりへたゝる
道をいとひなく丸香幸亭
汲とて墨染の袖に
にして廻る池上
訳をかける十の字
後風亭
未度
西の空棚引雲の
妙法の運花も
むしさきを石とえに上
むしさきを石と衣に
栄ふ池上の庭に
見する池上
松代
われは
新月楼
梅香
尽せぬ硯井の水
江都のや
藤芳
内つきの峯のある寺に経文を松代
一智月高
かみくたいたる法花経の注
松成
池上の精進料理
是は妙ほうれん草を
品川
花垣
酒のさかなに
末長く栄ふる藤の
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ほふさとゆかりは
花見堂
おほし紫の石
万久住
一升の戯をかりる狐も
おとすらん清正番し
池上の所化
有信尊
経文を書うつしたる
硯の井はた墨染の
一袈裟かけの松
百果軒
幸成
池上の会式
帰りは品川か
妙すてこすと
はやす
太皷か
松の舎
右同断同
江戸名所隣会下痛
其二
本堂と釈迦堂
粥すゝる兵式
そぬき合せにて
東遊亭
籠りににえかへる
琵題目を拝むまんたら
宗旨仲間の
むるゝ釜内
なまよみの甲斐の
弥生庵
本門寺
門寺
身延の青法師学ひ
題目講も
うとしと来たる池上
口〳〵に声の
つまさき
勇々館
道草
あかる石坂
御仏に吹こそ
なければつ寺
本門寺小枕餅の
鏡の御影うつる
御影うつるかしらす花野よむ
かたす花経よむ
色ゝゝ
声も五色なりける
声も五色なりけり
頭月高
凹成
神楽堂
橋のや
外道
突行
曇りなき心
おのれとうつるなり
鐘の御影安る本門寺
根の門
社師も此を題目といふ
池上といふ番匠を
いふこれを
たのみにて祖師は
一宇を爰に建けり
松代
枕樹園
一種まきて妙法蓮花松亭
生ふる池上
門方
一株曲のおくつきも
称曲のおくつきも夜籠りの
ある池上は三幡封の
大黒堂に
身延中山
大根の
松のつ
ふたまたの花
みえぬ池上
内つきの骨堂
あれは御上にうへ
あれは油上にうへ
望山庵
貞丸
よの寺は歯はたゝぬなり
おなしく
同断同町角
塔中
江戸名別同金十名
光明寺
毒蛇すむおもかけ
みゆる腰かけの松の
一斉も池にうつりて
松の舎
千束の所化大たはに
ひかけけり他宗は十把
一からけそと
有位高
けき榊松
梶原村
来の袖へはり出す
水茶やに松て作りし
松代
腰かけも見ゆ
柳樹園
内職に道案内もしつの男か
つくる草履のせんそくの池
つくる草履のせんそくの池
桑園春秋
角
千束の池
ケ所
一妙法に余宗は。はたし
此わたり沓鴨多き
千束の池
松代
藤のや
光明寺池を
覆ふへる紫の
雲は六字の
名号の鯉
江都のや
〆
藤井
梶原のやしきの跡の
ねちけ松針を真綿に
伶月舎
つゝむしら雪
中延八幡
賜るかとおもふはかりやをみなる
鮭四
とりまきてこそさく男へし
若枝
遠乗りの駒の手綱や咲わけの
春と夏との中延の藤和風亭
江戸名御国会十篇
一十一日
大師から廻る
矢口のわたし船
足袋の庵まて
ぬきし遠道
望山庵
貞丸
わたし場の
船の根も雷に
そこぬけるほと
ためしある
女ゆゑにそ
かたふきし船て
はてるは国城の外
銭のや
梓弓
矢口の渡し
ふる雪に
見わたす川や
ふれる夕立
中黒の籏
矢口渡丁
京科庄
月蒡
柏の金
矢口村
新田祭りの
地走りにみらふは
船の底ぬけ家台
鷹の羽の矢口の
船によし出きは
はかられしとて
こふし握りつ
語吉窓
望月楼
武士も女におほれ
うか〳〵と乗りし
矢口のわたし船かも
楽之方
琴樽
雷にから竹刻と
わられけりふたまた
竹の名ある竹沢
松の舎
はかなさよ都の
種の御所さくら
矢口村むかしを
図はむかしにちる
しのふ賑はひに人を
はかれる渡し場の船
筑波嶺
女塚
宝玲子
升友
村咲
弓矢神祭る
ら矢神祭る
新田に遠乗りの
矢口村木蔭に
駒も十騎の数は
ひさく心太つけたる
みえけり
船の底のからくり
歌月亭
四成
諸国堂
江戸名竹図百十番
同断
新田明神
両朝のために
はてにし我興は
勇々館
道草
よしのゝ花にたいふ武士
をみなもて
雷となりし新田を
はかりし新田社前
産神に臍の緒
今もしらはの
埋し村のはえぬき
伶月舎
征矢をこそうれ
松のつ
根を堀て新田の
義興の
藪の古事を鍬を
祟りに
あひし
特にし賊にとひけり
竹沢は
鶏兵方
新田へと参れる
藪をつゝいて
夜宴
蛇のたくひか
人の足跡も大中黒の
雪のかよひめ
鶴のや
松椎
勇々館
道草
土肥世良田
我れ市川と先かけし
垣一重這ひ出ぬ
十騎の神となるそ尊とき
竹はいにしへの新田の
信長岡
家の風を守りぬ
権寿園
明論
同断
御利益の
行ぬ
ありとて十指ゆひさすは
やはり十銭とよへる御社
鞍竹のしける
鞍竹のしける
常太田
新田の御社に十銭も
緑峯園
つゝり乗りの約
蔵すゝき
重止庵
望止座しけれる縁に
しけれる塚に
貞丸
松のしらの武者の
両の手を合す
両の手を合す名よはぬ十騎の
名よはぬ十騎の
十絃の御社はみなやしろ
十騎の御社はみな
やしろ
更科庵
一指せりの勇士也けり
月号
花園袖香
十騎社
江戸名所図会十篇
同右同右同右同
医師の祖と
あかむ古川薬師堂
かまへのゆに
藪もありけり
矢花堂
春交
たらぬ乳を
いかまへ
古川の薬師の
額の目の字こそ
鳥の目をもて
うちつけにけれ
スン城
酒月産
亀成
双六を
ふる川薬師
おとめにふたこし
人毎にこひつゝ
目をや願ひ
来る古川薬師
弥生庵
こそすれ
鶏田舎
もらひ乳も
秋吉
なさてそたちし御礼とて
母か連来る子も江杏髷
神楽堂
外道
古川の銀杏の
乳のひゝきにて
女ともよむ絵馬の
女の字は
露月楼
春語真
所につれて
遊ふ古川薬師堂
顔にもとゝの
目の字見せつゝ
子切や
千切
本尊の作者の
御夏もしられけり
行童にならふ
十二神まて
柏の舎
御利益の
山高きかゆゑ
銀杏木の乳あるを
もつて尊とみや
し
松住舎
古川楽御
まけぬきの
太郎ちんも
古川のめくみて
あくる芝の
講中
松代
桃樹園
古川に
たえる間そ
なき薬師堂
利首をしめす
杉の下水
雪亭
琴樽
同断同所
江戸名所図会十篇
其二
目薬になる
文の字も古川に
たえぬ薬師の
銭のや
寒銭の箱
銀杏尚の下駄て
参るや明し目の
嬉しなみたの
雨のふる川
松梅亭
水始ぬ
古川薬師
法行等の
野よむにさへ
口もかわかす
錦太楼
正持
□□
江杏木は
つきせす御代を
ふる川に乳のたる
事をしる利益
あり
古風亭
初賀
銀杏木の相生
並ふ古川や
薬師に乳の
たる事そ
しる
富閑軒
幸成
本堂
古川に水たえぬとて御着の
一銭をは杉のもとへさぐる
鵠尖方
夜宴
惟明をあくる
附木の送王山
附木の送玉山
留りの光りの
古川栄師
雪之館
道草
本尊の
薬師につゝく
十二神並ふ
行亭の作は
古川
雪の下
千羽楼
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
いと女〳〵を
ふる川しらね
汲とても尽ぬ
薬師の杉の
下水
睦月断
浦船
浦船
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
二十
乳ほしと願ふ
蒋介
うれしくも
経よむ声の
ひゝく本堂
語同堂
四十七町同八十五分
一ヶケヶ所西会十篇
当座新田諸武士走馬
一松代軒月梅梅香撰
雷となりし新田へ遠乗の
豊のや
裏金笠もひかる稲妻豊
義興を祭る社へ遠乗に
さく梅の折枝を
歎し新田まて
たゝき折たる獣の竹沢
弥生庵
梶原村をはしる
遠乗り
和風亭
おなし心を
覆輪の黄金花さく
新田道みちのく駒て
はしる老乗り
新月梅杏
当座題目講中籠池上
当座題目講中籠池上
項月亭凹成撰
きる〳〵す鳴や夜寒の池上に
一髷題目の講もこもれり和風亭
みこもりのある池上へ蓬葉の
いともより来る題目講中幸亭
安たゝかく一夜篭りに池上へ
来るむろ咲の出花講中
来るむろ咲の木花講中
笑置
其交
泥水の中よりも来る地上に
こもる妙の蓮花講中
おなし心を
神楽堂
外道
太鼓にて拍子をとりのわたる迄
題月講のこもる池上
四月高
凹成
一被召竹周被下品
江戸名前同同
池上長栄山本門寺大岡院と号る池う村にあり日蓮大士弘法の一本寺にして三頭と称するの
一員たり当寺日蓮大士修学の古跡にて弘安年間の開創より則宗祖大士を以て
一開山祖とす文保元年丁巳六孝二位日朝上人当寺を修造して大和らす
こゝに於て諸門徒推て開基と称す祖師堂日蓮大士像烈大虚庵老の筆
釈迦堂頼泉王殿伏見親王真跡転輪蔵鐘楼題目堂鬼子母神妙見堂
楼門額長栄山光悦舞五層塔七面堂宝蔵檀所日蓮大士荼毘所
狩野梶島法郎墓碑日蓮大士終焉旧跡日蓮大士鏡御影同臨滅度時竜柱
硯井旅立御影宗祖日蓮大士石塔池上右ヱ門太夫志宗仲墳墓坊舎三十六宇
額木門寺光悦筆寺実註法華経四巻宗祖日蓮大土遺物簿一冊
宗祖大士親筆消息敷通同大士所持念珠一連肉付歯骨一枚貞宗太刀一振
勧化簿一冊宗祖日蓮大士姓ハ藤原父ハ貴名次郎重忠母は清原氏なり
貞応元年壬午二月十六日房州長枝郡小路に生る十二歳清澄寺に入て享寺の
業を道善に学ひ名を薬王店と云嘉禎三年丁酉落飾染衣受戒し蓮長と
号し是生と唱ふ後自ら日蓮と改む或時虚空蔵の求聞持の法を修し
霊応を黙すこゝに於て一聞千帖し普く諸宗に済り大に経書に通す
竟に諸経中王最為第一の金言に至り大道利生の志を発し建長五年
一癸丑四月清澄の室にして七日三昧に入り同廿八日地に向ひ牢を合せ給て
汝卒通目の七字を唱ふ故に道善念て清澄を逐ふ同五月相州松桑谷
に移り住と同七年乙卯社法卒経を著はし又文応元年庚申立正安爾論
を編給ふ七月十六日宿屋左エ門光則に就て是を前相州半時に捧く然く
いへとも其書諸宗を語り摘漫の文あるをりて是をとらす却て大士を
して豆州伊東に謫せしむ時に弘長元年辛酉五月十二日なり同年壬戌
時頼帳致して感する処あるを以て翌年癸亥五月廿二日牒を下して
大士を赦す依て又鎌倉に帰る文永八年辛未官議して云く日蓮事を
江戸名竹親会申候事
御座候所聞下名
仏法におして国家を乱さんとす罪まさに死にあたれりと依て同年九月十二日
執権時宗頼総に数百の兵士を添て松桑谷に発向せしめ大士をからめ
捕り日朝等すへて六人の輩を土の牢に入其夜龍口に於て大士の頭を
別人とすれとも雪威あるを以て執権時宗大ひる驚き死を宥め佐州に
論す同土年甲戌再ひ霊威の事あるにより遂に執権時宗大士を赦す
依て三月廿六日鎌倉に入同五月十一日甲州身延山に隠栖せんと鎌倉を
発し同十七日かしこに移り耳鹿に入給ふ其幽邃なりといへとも四方歓ひ
慕ひて来り集る者雲の如し故に其室狭くして衆を入る事能はす
依て別に一堂を建て身延山久遠寺と云誦経観念十年一日の如し
弘安五年壬午宗祖数六十一其秋微疾を患ふ思ふ旨ありとて同
一九月八日身廷澤を出て同十八日此池上の地に移り右衛門大夫宗仲か
に入同廿五日より安国論を講し給ふ称し畢る後衆に告て云々
一吾三七日の中に化せんとす悉連太子は抜提河の辺りにて八十歳の時
涅槃に入給ふ我も又当国田波河の辺りにして滅すへし善地震ては
一見其期なりと知るへし又日朝に語て曰く吾入減の後墓所は必
身延山に築へしと云々嘗て十月三日親ら本迹大要を書し
立像仏安国論官牒二本を併せもちて日朗に投与あり同く
八日上行附属の法門を弘めん為に六万祖沙の券属に依り正しく
上足六人を定め給ふ且衆に命して云く吾没後六子を見る事柄
一吾を見る如くせよとなり同十二日諸いて問記す遺訓堕は然たり瓶に
して侍者をして自ら筆する処の大曼荼羅を懸しめ焚香散花
持痛いよ〳〵つとむ十三日黎明に地震ふ諸弟子皆来り集ふ大土
衆とともに方便品を誦す入仏知見道故の句に至り能るか如く寂を
示し給ふ世寿六十一法臘四十六葬儀礼に遵ひ山中に闍維す林樹
江戸久川町
一変衰して人をして鶴林の想あしむ同十六日遺育を収め身延
山に送ると云々
公八の祖師の音珠の真珠からほんのふおこす前町の道師枕樹園
鶯の法飛往たえぬ本門寺玉も尊とき大士の垂珠松代藤の屋
竹沢か真似してこまを廻す子も出ちるは村の畜師匠春影
寺の名の光に来もて書れけん池にうかへる名号の観五桂園松頼
題目をとなへて爰へくる珠数の国のいらかの並ふ池上松善馬門并
縁口の十三夜なる堂然り月の鏡の御影拝しに雲波楼和住
釈迦堂に猶しのふなり提婆品はりあふてよむ池上の所化枕樹園
池上に人の波さへたちはなや井様につんておく米俵前の梅長垂
法の水流れての世も静なり一天四海波風もなく柏の舎
池上の御籠りの夜は寿量品第十六のそは見世もあり
一有信高
晩よりも出たるすことの本門寺御祖師のむねや広き城内中野月のや桂枝
本門寺そのまんたらは池上の鯰の聲とみゆる題目心々高文橋
こは江戸の内庭に見る本門守されはつやよきむらさきの石半番緑翠岡
ふつとした風て出来たるたき咄し千部籠りの隣物講中江都めや藤芳
草履取したる御礼に池上へ且朴になりてゆく鬼子母神松代松成
千その池上さして講中も足にひまなくいそく御春式前海楼氏垂
講中も庭にうね〳〵池上に出玉杓子に似し太鼓うつ久見神門通絵成
真いにし祖師も折〳〵より懸り柱の光りのこす池上御影堂折主
孫彦もくねを引つれて本門寺等もりの多き子部なりけり三輪園甘良
南無妙によくかたまりし本門寺折たる松も石となるらんべく
宗門の利益を問へは髭目の髭を柱〳〵さとす法師等有信高
一水州の珠数しやり〳〵と会利堂て百万たらの長談義うも正精
江戸名所同今十篇
仰によく心うつさは魔も残る鏡の御影ある本門寺松代藤のや
池迄へまはる蒲田の梅見つれ松と竹とに高き石とある南向梅涼風と
祖師は師のすねかちらねは本門寺内付の歯の残る骨堂其風馬初賀
経文にみかく心のかゝみにも秘師の御影をうつす池上南風高の成
子をさつけたまへと夫婦池迄へ参る夜賊のかたまり法花道道竹
泥水のよし原人も池上のつき蓮花の御花講中梨川次十半湖底
一つりの蔵さく池上に蓮葉のにこりにしまぬ僧もつとひつ折主
法花泡にこりかたまりて池上に舎利となる骨石となる和神盛外道
本門寺髪なき人の多けれは舞艶目の目たつまんたら千池
尊の谷渡りする池上は日蓮宗の水かみにしてスレフ武羽梅光院こ
本門寺祖師のかふりし雪の綿これも富士派と思はれにけり
江戸人もこりかたまりて参るなりむらさき石のある本つう松代藤のや
硯の井ある池上に水入の布袋のやうな和尚をそ見る団法司奉頼
はんものかたちも下駄ににしめつきに足て喰ふ池上のとき幸亭
池上へもとりし杖の御前はつかれたまひし老の旅路は中沢山道
天竺の釈迦の風儀もしられけり幽目にても髭をはやせり松代松樹国
とこしへにちらさる物は題目の七字のうちの花にこそあれ松露戸朝景
地震をも成度に祖師のより柱人もゆすりて詣て来つらん和蔭
墨かねを当たやうなる番匠の地を極めたる祖師そ尊き如代此月高松氏
髪剃のにかたる地にあふ祖師の葬起目をのこす池上仝
其むかしうつ墨縄の真直に法の道ゆく池上の寺紙のや
鮮目をとなふ太鼓は本門寺件の道の違ひ子たつねて藍女松寿園御移
海苔とれる海辺もちかき池上のむらさき石や寺の什物銭のや
綿帽子かふれる祖師へ扨親のねかふ娘の娘入の口丹波衆村咲
に戸名所同今丁
涅槃会になきてまふたやはらすらん物もらひまても出る池上柏の舎
定役の井杉の中の橋もむかしゆかしき祖師の御廟所有信高
身にしみて聞は高き世にほまにほねあらはなる老僧の経同堂
宗門の鏡に残る御すかたはいつはりのなき本門寺かな廊下千羽楼
今も猶光りまさりて一字のきほは鏡の御影なりけり前花垣
片法蔵石のやうにもかたまりて砂のことくなくるさいせんなか橋丸
池上の山は坊主に落案して墨絵のやうな祢幽の墓外九
其忽さへ高き御寺そ石段のかたき法花の参る池上村咲
内ふとに墨をふくめて本門寺骨を書たる光悦の気いはほ
賽の目の一本寺なる境内に六老僧もみゆる池上歌明
佐渡の海のおもかけそかふ池上の花の浪間の題目の文字緑樹園
木々かみな坊主法師も池上に戸しわかれし御真式の経正持
生くさき坊主もあらん池上は鯉の鱗の三十六宇松代藤のや
ねはん堂柱の外に普請場て工みか寄てけつる小休幸高
小春月春式の藤の作り飛むらさき石の名ある池上和風高
へたちても祖師は古郷捨かたや安房山遠くみゆる池上甘喜
立板に水を流してとく経も深くたゝへし池上の寺柏の舎
説法に人の波よる池上は立板に水流す弁云折主
池上の御寺の山にむらさきの雲の根とするむらさきの石葉有杉
首たけもほめる利益の妙法に猶しん〳〵とふかき池上矢花堂無更
たふ〳〵水かけ論の題目に念仏宗の失る祖師堂千池
左つの口御体もさけて池上に髭趣目をのはす上人村咲
池上の木々をしくれの染る頃小梅餅も赤き御命構柏の舎
御硯の井戸のほとりのすみれ草つくしの筆も春はみえけり
江戸御国会井筋
うら若き女塚とて其ほとり月のさはりとなる松もあり松代藤のや
一受草鶴の地類に向ひて御入職僧も雲なす墨染の袖松蔭
池上の硯の井戸の筒井筒井けたに水の浪のたち花松住
池上の人の波間にあらはるゝ会式の旗の題目の久字国盛
汝上の山の尾花は秋津に他宗の人をまねかんかため三輪園甘喜
母のよむ経はほんたい十六と娘の縁もねかふ池上春更
本門寺祖師の紋なる橘の薫りになつむおひねりの蝶凹成
方便の晩もせことに本門寺吉は二枚の仏さんまい棚の門
池上にたゝく太鼓の絵の龍も髭のはえたる髭目講中村咲
ぬかつかは逆さにみえん池上へさけゆく珠数の長ふさの藤望山尾貞丸
趣目の其尊さを人みなにしめす硯の井の中の水欲明
池上の右衛門の宅によりかゝり柱とたのむ祖師の入滅若枝
千束池本門寺の西一甲を隔てゝ長さ東西へ三丁はかりけ南北へ五丁歩はかりあり
土人いふ其むかし此池に毒蛇住り後七面に祭るといふ又池の側二日蓮
上人の腰をかけ玉ひし和一本あり
干束の池の大地は土地の害七角堂とまつりたりなん柏の舎
法の所は諸宗を十把一からけ腰かけとする千束の松産高初賀
鶴も来てまふて米の池の辺に背をやほすらん万代の衣三輪国甘花
此世こそ腰かけ松といふ僧のきは長いきをせん来の池錦方楼正持
掛茶やの葉をくむ婆めらも灰吹をたの出し状しせん束の池松蔭
祖師も又あらぬ詠めに休らひて猛かけ松の名や残しけん甘吉
国とをめくり出行し日蓮の足や洗ひし千束の池登宿文絵
わら仕事する賤か家のほとりにはきうりの名ある千束の池秋吉
池上も見ゆ干束の池の鯉うろこの数の三十六坊草が四巻国稲丸
一同宮町商人持
池上めつれを腰かけまつか枝に珠数をあさふく藤の長房荻川証真堂瀧麿
千束に住し毒蛇のうろみをはぐさ掛松の皮に見せけり弥生庵
中延八幡宮中延村にありゆゑに是とす別当は日蓮宗にして八幡山法蓮寺
といふ開山を越中河闍梨調処上人と号く相伝ふ当社の神像は
源頼信朝臣寛仁年間霊学によりて感徳ありしといふ
春もはや中延すきてさく殿の夏へも少しかけ恋新秋吉
一梶原のやしき跡ある中延にけちの足かとたるら藤浪松雄
萬福寺馬込村にあり曹洞派の神林にして相州徳翁寺に属す本堂は弥陀
観音勢至一光上尊なり相伝ふ当寺は極原平三最時梵宇也といふ
馬込八幡宮同所より三丁はかり坤の方地上の道にあり桂原氏黒代の護守也
梶原氏宅地同所通りを隔てゝ向ふにある今農民の国中に入る土俗景時
一館とす是も三河守およひ助五郎等の宅地なるへし
合戦の時や馬込の万福寺布袋の鞍にしのふ母石武者柏の舎
非時料理板もふくれて万福寺常袋の鞍も見せし什物
宝暦宝暦宝暦
念仏は耳にもふれぬ池上の其ほとりなる一日込八幡千切や千切
什物の鞍と鐙をたつね見ん遠のりかけてよる馬込村
宝遊子升友
宝物の布袋の腹もふくれけり馬巡村なるまん移さて初賀
杉山のむかししのひて万福寺城の巣かくる梶原の像清風高東広
先かけの梅見もとりの酒きけん梶原村に枝をかたけて雲婆紅住
梶原の住し屋敷の跡みれはふたまたにつく道もこそあれ語同堂
梶原のやしきの跡は口に毒もてるすむしや今も住らん梅香
武者くしやと尊髷しける梶草の屋敷の跡に立へるけち〳〵緑樹園
女塚女塚村農民太左衛門地うあり相伝ふ昔竹沢右京新田義興を害せんか
ため都より弟女を呼下し義興に奉る又其後九月十三夜義興を己か
右戸名町用会
此の御門御城下
宅へ迎へんと謀りしに彼女凶兆ありとて是をとゝむ因て竹沢其ことの
ならさるを怒り良等に命し件の女を此処まてすかしかし殺害せり
故に公民あはれにて亡骸をかくし一堆の縁を築ひたりとそされとも
其余れさるをもて女縁とのみ唱へ来るといへり
おはくろはまたつかぬなり女塚あたりに若き畑のそら豆語同堂
一暮しきむかし忍ひつおしろいの花もほとりに咲く女塚道草
戸越八幡戸越村の鎮守なり天又年間鎮座なり御神体は智徳太子の作本地
仏あれは春日の像は春日の作なり
疱瘡を守る戸越の八まんに神子は笹酒をあふる御祭神霊外道
疱瘡の守りにせんと諸人か戸越の宮にひろふ軽いし万車方程
清正の宮居にちかき占ひ者大きな手形見する看板喜楽
夕立にあら井か崎の松かえのぬれて詠めのよい八京坂品川花垣
新田大明神社光明寺より五丁南の方矢口村にあり祭る処の神は新田左兵衛佐
義興朝臣の霊なり十日を編日とす拝殿のみを経営す本社の地は
古廟なり則其廻りに臨籬を作り中は一水の堀にして蒼樹生茂る
品川とねらふ矢口の新田道弓と由るを引あてゆく中仙堂山道
玉川にかはねさらせと清き名はつゝぬきとめし新田明神道草
新田村八ツ下りには中藤の首紙からへて帰る守子等苧のや
其流れ清き源氏の新田殿紋さへ丸に一しなき奥松葉馬門芳
弓取の甚いかしへの徳寿丸矢口に崇む新田明神楽の下干羽梅
雷となりてかたきを射おとしく矢竹も生ふる新田の社弥生虎
舟底に人を祈らは穴ふたつ矢口に汚名流す竹津道草
新田なる社の竹のたち刻は根ふかくもやう残るいましめ常高春樽
宿の音のかもの二はにまさりけりみつはの白羽出す新田は宝蔵堂英矢
十一日
宿となれる新田に桑魚もありて童をつくる賎か家
御神も竹の国生やしのふらん十二一重の藪のたかんな
草のや富方
武士の直き心もあらはれてしける新田の神垣の竹
納くたる矢のはたゝかみなる時は新田の竹そこと刻れける土歳酒月屋店成
古川のふるきしろねてあたらしき新田の神もいよ〳〵賑はふ
竹沢のこま廻しまて今は出て新田祭りの宮居賑はふ和都馬に成
鳴神のいかりはなくて出来秋の新田の村へかよふ橋つま
一今ひ名の新田参りも舟庭の物は高く寝入の着か代和風亭
病とあれし新田の神の前柳をおさへてぬかつきにけり松坂三海戸朝景
月の前一の字引て来る雁は名にし新田の御役処か万久住
年毎に生ひては枯るゝ新田なる竹八今世に一ふしきなり大堀花月梅
義興を祭る社の前町にひさく小籏もかみにこそあれ
阿波郡村侯
遠乗て参る新田の広前に枝もまたける鞍かけ板久栄養木麿
新田へと参る処女はしらはなるやの字むすひの芋そ目につスンフ望月梅
老人は夜にあつさの弓をはり矢をはいたゝく新田明神語吉窓
御社に生ひ出る竹の一むらのすくきは神の心なるらん秋吉
新田道めくれる駕籠の古ふらんむかしをしのふすひ声の穴和住
御社へ是も納めの出来秋に新田の橋をかりまたの袋
鍋ふたの紋なる新田明神て手つるもとめて拝む宝物道仲
門並ひ見るは新田の前備へ新にひさける弓矢口村浦船
水の沸ときえし新田のむかしをは忍ひて今も袖ぬらしけり
外へ根のはらぬ新田の竹はみな一トふし別な宮居なりけり
御崇りのあれ地を村て打寄りて開発したる新田明神魁廼岩枝
丸一を付る新田の役所あくる神楽の三日正月
露しらぬ昔かたりにこの神の鎧をしのふ水いろの袖柏の舎
武士のなきたま川は流れての世に名からやく新田御神末広
広前の数かけ板跡もなし神の木馬はむかしかはらて吉原綱葺図有杉
光明寺池并矢口渡光明寺の南に添ふ往古矢口の川筋なりしといへり今は
水流替りて南の方より流るゝ池の長さ東西二所餘間幅は南北へ五十
間はかりもありとおほゆ里老伝へていふ記主禅師当寺に住職たり
し時此池の親魚を取揚頭に朱をもて名号を書てもとの所へ放ち給ふ
其餘類ありて今も折〳〵浮みむる事ありといへり正月廿五日御忌念仏
執行の時かの魚あまた水上に浮み出るとなり
戦ひのむかしをきけはよし興のゐには妾の玉川のめ柏の舎
矢口村しらはの妹に道とへはまう哥からはしつきの社心々高文後
義興も底に心はつかさりしあなおそうしき紅のたくみに人見社の通絵成
雪翁する比は矢口に水まして弓とつるみへ廻り道せり
花見堂一り久住
鳴神となりて恨をはるつ矢に身のふし〳〵もさけん竹沢スンフ松経舎
浄瑠りにありし矢口のわたし舟口三味せんにのせた竹沢
宝陽亭実生
いにしへの矢口を問へはかふら曳く弓手の畑とさして契るあ
たくみある宿の女にはかられつ新田もとりの舟底まくら
雨はれて矢口に虹のかり橋を渡すはしはし舟留の間か南風高野
南風高歌成
心せよ矢口をわたるたをや女よゆをくりぬく舟底の下駄学のや弔労
大師からそれた矢口の新田道弓と弦とに出る品川
渡し場の舟のしつみにかゝりしも筋月も重き新田明神
竹沢の謀事とはしら栗色乗りたる跡とともにしつみて富柴軒幸成
鷹の羽の矢口の川に水まして鳥の月ねこふ渡し守かも大禁様同国
竹沢の弓か矢口のわたし守命を明のふわたりそする壁山福
江戸名所図合十篇
義興の竹沢に対し矢口とて当りまするといふわたし舟銭のや
兜鉢水をいれてもしのふかな矢口に泊り神のむかしを松の舎
養ゆか矢くちのわたしつてけにあたると人にまうす舟乗衆骨縁河国
浪人とともに矢口のわたし舟底きみわるくおもふ乗合柏の舎
兵の夢の跡なる矢口川わたし守さへ寝て客をまつ道草
はかるとはしらぬ矢口のわたし舟われ神ならぬ身にあらねは松のい
諺の人をのろはゝ穴ふたつゝにのこしみやかへす矢口に琴樽
無難にてかよふ矢口のわたしに穴の明たる銭をこそみれ柏の金
義興のむかしをしのふ矢口川わたし守さへ座ぬけ上戸道仲
竹沢かねらふ矢口の舟底は欲にしつみし惣磨なりけり
舟人も穂臍かくしつ香にむかしをこのふ矢口の渡し市摩呂
光陰の矢口の渡しゆく水の流れもはやき夕立の跡有信亭
竹沢はこまを廻さす矢口にて水からくりを当し渡し場初賀
十騎社同所衆を隔てゝ向ふにあり新田の家臣十人の恩を祀る此処も拝殿
のみにて本社は一堆の荒塚のみなり土民登与瀬明神と称す
生ひ茂る藪の中にも切の者祭りし残の社多し森川緑河国
十度替の玉のすにせの神経は位をあけて一となす宮松代誓高相盛
取捨ておく人は実にあら公の祭り十崎の兵の塚干切や干切
いさをしのありし十銭の御社をいさをしはかり拝むそるかな五フ東哲方
弓取の揃ふ十騎の御社は新田を守るかゝしなからん橋のや実判
十人かゆひさしをして十目のみるもあはれや十騎の社為書有杉
義興の十騎の文字を和らけてとよせの神とはふるおくつき柏の
梓弓矢口へ今も群る如く十騎はかりの遠乗りの約残のや
武士もおくれはせにや新田村十騎の宮へいそく遠乗り国弊
同十一
江戸名所区会十篇
大雲はふりつもれともて残てふ神の社の御名は埋れす当所縁河国
花をともの忠義はたくひあら縁のひときい目たつ十とその社縁樹園
武士は名こそをしけれ十騎堀兵衛銘〳〵に一騎商干山道
梓弓矢口のわたり此娘に引しほりてやとよせ明神浦江
古川薬師菜堂古川村にあり新田明神より東南の方二十丁はかりを
隔てつ医王山世尊院安養守と号す銀杏の木本堂の前左右に
二木置ひとた立り法人乳のなきもの祈るにしるしありて此霊樹の下に
来りて祈願す垂乳凡四五尺又は三尺にあまれり杉本の霊泉本堂
の露右の方の杉の下にあり眼底を患るもの此臭水を以て洗ふに
しるしあり
日に枯て赤くなりたる草のめもそゝけはいける杉本の水
乳を祈る銀杏方春はめくらけん親の秋なる雨のふる川大堀花月楼
目の病ひねかふ薬師の恵みにはひたせる水も馳ぬ古川澄吉窓
釘をうつをりにひゝくは乳のひる銀杏に額をあくる古川国盛
願みてゝ慶師へさらしのほりさへちもすらにつけるこそゆけ小坂本洲戸朝景
目にいいむ酒のしるしの粉の本わき出る水は菜なりけり初賀
一堀日に鳥の月得るも利益なり薬師の前に逢ふ商人
霊泉のわきてうるほすなり光のいろもゆしき古川薬師花岡袖香
乳のたるゝ銀杏もみこえてをみなとのふくめる冷漿のなり光莱貞丸
古川に水いたえさる折の本いかてくわゐを喰す料理や取当縁傘園
精進をして古川へ形ふ目の目さし鰯やたち物にせんスンフ壬月楼
古川の宗師の絵馬に目のよりて玉もよるひる来る手弱め仝松経舎
初茄子のるりの光りの古川やへたないにます水の目前花州梅豊垂
春雨のふる川薬師加陸ありて学にさへ替めくむなりけり有信高
江戸名外国会十篇
一日本郷頭長屋
乳の影を古川銀杏かけまたもかしと哥より奉納の額花粟いはは
銀杏の実そのなりとしも乳育にてなめてい甘き味のある也袖香
碁盤作る銀杏もあなる薬師堂しぬる黒目といかしたまふそ
古川の薬師如来や諸神仏さくも行音によく逢ひけり
村雨のふる川薬師願ふてやみる目の雲もはるゝ尊さ
水たえぬ古川薬師参詣にうるほひとなか門前の茶や貞丸
三味せんの古かは薬師堂の前四郎乳八ヶ乳もある銀杏の木村咲
目の病ひさけよと人の影ふらん印の杉のあなるいつみに
美しきものは病心風に妻なりと御堂もよほと古川薬師
古川の路吉の乳のたる露を恵みてそたつ春の下艸浅宴
しほりなはしろき臥たる古川の銀杏のもとのたんほらの花
門前の茶やにいこひて菊代をも目の字置たる古川薬師
一狂吹江都名所図会
狂歌江都名所図会十一篇
兼題
天明老人内匠撰
立斎広重画
大森和中散
麦わら細工
浅草海苔
蒲田梅
八幡宮
責船明神
羽田辨天
六卿船渡
扇浜
江戸名所国全十一名
禾口衛
調合の薬味も
唐と和中敷見舞
│[知中敷奉
見なから買による
野良も惣髪もあり
一従の家中の下り
草のや
富芳
のほりには
銭屋
車をはかけても
己か田へ水はひかひ
和中さん
買ひ来し家も
二軒てうる和中敷
するかや天海の
てうる和中敷するか
山本の茶漬に
花見堂
万久住
肴に出す
車海走
語同堂
並ふ和中さん
杉見つれ持つ
いつれも
けし
腹の妙薬
順月亭
凹成
弁当も信玄の
東かゝりそよき
知中さん
柏の舎
九双はい
まうけの銭に
廻りよき
車仕かけ
て
うる
和中敷
文栄子
雪〆合
何病によきや廻りてきゝゆかん
車仕かけのこの和中さん
和中敷ひさく家見て
三輪園
甘喜
大森の茶漬めしやも口
大森の茶漬めしやも
松代
客の車座
松樹園
肴板に車をかさるその家を
神楽堂
廻すくさひの通ひ番頭外道
遠里の人も東のかんはんに
四方山
先一廻り買ふ和中敷
詠め
和中敷車仕かけを
見るうちに腹の
紫の海苔を
すきぬる大森に
御ゆるしといふ
時計もくるふ
茶漬や松成
和中敷あり
有信亭
江戸谷竹図会十一筋
十一乙酉十一日
大森細工
いこひづゝかれは暑さも
わすれけりのともと私の
しける大森
柏の舎
おほけなや此大森に
漉く海苔はのりの
頭の宮様御用
おなしく
紙の名の
浅草海苔の
当りにはそんの
上と乗りの
その家つと
尻をもぬくふ
四人
稲のや
実則
大森天腹巻
したる
海苔も買ひけり
勇々館
道草
一化さうなとしま女は
郡告亭
おんふにてあか茶漬を尋呉る
夜宴
喰はす大森
竹の如ふしある
麦のわら西工鶯もあり
松代
とらもありけり
藤のや
麦わらのそてつを
麦わらのそてつを
土産にもとめけり
有信亭
大竹参りに釘を打れて
大竹参りに釘を打れて
子にあまき母のしやけも
ある平に似た麦わらの尋告て
鶴告亭
菓子箱や買ふ
夜宴
屋根にふく
麦かりて門へつかこむ
麦わらをまたりや
麦わら細工買ひゆかん
なく子の雨をふせし
手みやけ望月楼
馬につくる大森松野舎
商ひは飯の種なり
名物とはなに
かけ直の軒先へ
一大もりにたける
大もりにたける
ゑましの麦わら細工
上サ人ア
神門画
鈴成
ふらつかせたる
麦わら西工
雪の下
千羽梅
同名所目分十一筋
江戸に行所に
蒲田道火燈す
梅をけちらして
やみといふ直に
万浅万浅草
つける旅かこ
永頼
蒲田杉林
夕月のかまたの里の梅の花
幸亭
つほては宵の明星とみん幸六
実にきとく見する
蒲田の梅林茶やの
松代
枕樹園
軒にも高き霧よけ
蒲田なる梅園あたり東空に
星影光る旅の朝戸出
橘のつ
壱来れは
薪こるかまたの梅を鎌くらの
草が
四学園
帰りにみれは星月夜なり
千代丸
蒲田の梅に
気もいさむ
松春亭
鶯のうた
門方
雲助のうた
山本茶店
ます水はおとせと
かたき岩田帯はらんた
土手もみる女夫橋
語同堂
朝またき霞に
ともる梅やしき
生かをる見世の
敷物におれる蒲田の
焼海苔
梅か茶やこし打かけて
題をこそよめ
教和梅
市堀川
縁河園
駕籠かきの雲も
ゆきかふ山本共
ゆきかふに本て
山本の初夢廣を
○本の初夢溪を時雨しそをや
時雨しそをや
時雨しそをや
つとにして乗る
とにして乗るつとにこそ買へ
つとにこそ買へ
さら駕籠に眠る勇々館
清風亭
石草
大森
末広
一小休をする同行も大森に
スン城
四月庵
梅の種さへ不二の山本亀成
亀成
一同石竹見分十一番
一江戸名所一ヶ
羽根田弁天
鎌倉の鶴の羽根田の宮居とて
寄進札にも黄金つけけり筏
桃樹園
土地に名の羽根田に多くすなとるは
馬筑てふ貝にまたいたら貝
円亦堂
春交
江戸よりは南にあたる海原を
見る大鵬の羽根田弁天
見る大鵬の羽根田弁天
柏の舎
中船
川水に魚もはね田の舟人は
細はつてまつ乗合の客
花垣
高輪の雁木から
乗るつはさ駕籠
大師鍋のとふ羽根田道
鶴のや松椎
八幡
漁船の目当はね田の
高燈籠弁才天の
光り尊し
凪柳庵
升丸
恋行る貴船の宮は
生木より釘をそ
うてる給ひ普請
常村田
緑洞園
いく代々をふりて
久しき御神木
帆はしらとみる
貴船の社
文語楼
梅実
相申候所目会計一筋
人の波うちて
貴船の明神にゆたの
一たゆたの御湯立の笹
イセ松坂
菊のや
秋直
籏立し杉の
根笹は頼朝の
むかしをしのふ
御役所可
松代
地獄園
桃樹園
大鵬の羽根田の
海を南へと江戸出の
船そ一のしにする
大堀
花月楼
麻浜
江戸宿所同年
渡し場にやつとかけつけ三はいの
舟もゆきかふ酒の六郷
一商
得利
一土一升金一升の江戸入の
口にそわたる六郷のふね
順月高
凹成
一渡し場に来て舟賃をなけ筆や
大師まうてのいそく六口
絵馬屋
六郷伝こはんと
舟をよふ武士も
たゝ一りやうの
六郷にまし船頭の
多くして山へ
両かけの供
万年堂
生成
のほれる同者
わたしつ
緑樹園
六郷渡場
川水の夏もやせさる
六郷はうなきも多く鴉の舎
住やしつらん
実則
升酒の六郷に此
さす水の玉川なりと
きくはをかしや
夕たちの後六郷に
水ませは人まして
総国
綾丸
こく渡し場の舟
両替のこはんと
花垣
呼る六郷にきり候
ほとも出さぬ
万年や酒のみすきて亀の如
舟へはひこむ六郷わたし
武士
甚兵衛
琴樽
六くてこはん〳〵と呼声は
スンフ
スンフ
霞月楼
春語夫
一御為替方の御用達かも
花輪堂
糸路
秋風のたちし
扇の要しま
一捨小ふねみる勇々飯
浪のうち際
道草
江戸谷町周守十一番
□大名□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
当座万年屋中喰勢月亭松成撰
第松成撰
背をはしゝひらきの魚も中喰に
出すは亀の万年やかも
勇々館道草
万年や大御参りは中喰に
筆生姜をもかみて枝けり豊のこ
豊のや
万年や大御参りの中喰に
弥重の舎
いろはつけ見る膳のそえ札
菊枝
おなし心を
まし水もする六郷の万年や
勢月亭
松成
まくろの土手もきつて出しけり
当座大御河原百度参江都の屋藤芳撰
宵やみの廿日に
参る大師堂十九の
病人を祈る
でもよくるお百度
雁もよくる出百度大師の出百度に
大師のお百度に
鈴古窓
一鈴古窓首をあけたる
首をあけたる
さしの結ひ目
大竹へも近き辺りの
弥重の舎
菊枝
鶴見村子ゆゑに
参る夜馬の出百度
参る夜るのお百度
銭の屋
出るし心を
よき事を祈る大師のお百度に
よりのもとらぬさしのひす候司
よりのもとらぬさしのむすひ目
江都のや
藤芳
藤芳
□□□□□□
四十六丁目
大森鈴の森の南不入計村に請れり小田原北條家の所領役帳に渋谷又三郎
およひ六つ殿所領とある中に大森とあるは則此地の事なり爰に和中
散ひさく見世あり此処浅草海苔といふは大森品川の海に産せり
是を浅竹海苔と称するはいにしへい浅草のほとり迄海にして是に産せ
し故其旧称を失はすして斯は呼来れる又麦わら細工も大森村の
名座にして是をひさく家多し五粉に染て種々の名物を斃す他郷の
人求め得て家土産とす
大森の薬をかひの和中敷在よりにちかき山本龍豊守喜衛衛
麦わして馬かこ作り旅人をこと葉にのせてひさく大森スフ松経舎
浅草の紙のきぬたやしのふらん海苔をたとける大森のいゝ柏の代
薬をは車仕かけてひさくにや腹にも廻りよき和中さん
枯枝のひらさす頃に来る雁の羽袖に似たる生海苔やすく今望月楼
和中敷東仕懸もそんしたる腹の時計を直す妙条千切や千切やな切
病難の御礼参りに月代ののひたかつらを賞し大森雑の本総難
羽長く燈りやきん麦わしの西工のきせるひさく大森にもおろむ
馬の幕も交る大森かつし見世はねた姿をみする酔これ松蔭
楼貝ちらす屏風や大森の軒につなけるすろの春約浅や
一富士帰り鷹の羽田を廻り来て駿河やに吹かふ初藤の茄子千池
大森てやみといふ直のかこに乗り火ともす梅のひしほをそかふ
大森てうつ海苔きぬた国々へおとに聞えし江戸の名物
土産にとて大師の廿一日はむかしから売る麦わら西工
暁のかねもきこえてみゝつくの孝わら買ふも子等の目さまし
四方山詠め
とる海苔のひゝに二しては又ひゝに得て鳥の目も大森の里花恒
かつき行又かつき来て駕かきののりおろしする大森のみせ
沢利
むらさきの海苔ひしほをも商ひに客もつくはの山本の見ぬ稲の門
紫の産にのほれはみすに似し実に包みたる大森の海苔
由禅豆津庵そしる大森に日蓮宗の茶漬喰ふ客
三輪周甘喜
かさりおく見世の車の和中敷ひさく直にさへおしひきはなし平が千代丸
繁薬もみを粉にくたく和中敷東仕かけにまはり来る宮語同堂
蜜紙を漉しか如くに浅草の名ある海苔をは繁す大森秋吉
麦わしの唐人笛を買ぬるも髭のはえたる不二の先達瀧摩呂
汐のにしみてそろ〳〵海苔海の手に紫のひゝはつん立けり松代枕樹園
雲井なるゆかりの色も今江戸てみすへすきこむ紫の河共中山平山道
こま釼和中敷とて息きれし人も我れにそかへるたましひ各藤のや
和中敷東かりの備へをもみるもかた目の山本の見世語同堂
其一兵衛候つら買んと大体に嶋の財布也出す老人総雑
九重の都へ去座の干海苔に菊の役をも出す紙つゝみ有信亭
妻にしを逞さに出かふ手の業に角兵衛獅子も作る大森手報菊のや秋直
年々によくて栄ゆる梅やしき枝葉も多き山本の見世千池
山帰り家つとつゝむ風呂敷のさらさ梅買ふ大もりの見女学のや留守
弘法の持わたりたる麦わらを大師はやけに細工して売る
大森て白髪かつらの与一京嶋の財布を出して買ひけり道竹
桐園の腹をいためし旅人か和中敷をは買ふた大森
人みなのくむや一服一泉は一樹一河の流れなりとて柘の舎
大森は春の夜なみの海苔きめたすしの者にきせんとやうつ巻交
えかけて梅酢の徳や求むらん太刀を納めし大山帰り松代松成
紙のことすく生海苔に手馴ぬは半切も心て反六になりけり目抜
一謀つく大もり村てぬけ参りとらへられては油とられつ
白米九軒四合一一石
直きしれてねはることははゝ無りけりそくいにならぬ麦わら細工土サ分神門連類成
麦わらの龍を見て居て隙とれはまたせた駕の雲起りけり尊加四学園に代丸
其仏ののりとこへかは墨そめの蛍の衣も袖なりにすく末広
梅干の権も不思なす山本は初藤淡の茄子とめつらし利州鈴本堂瀧名
上杉の東備への和中敷向ふはかひのさかつきの見世
大森の夕発に生ひ出てむらさきの色なす海苔は江戸の花ご
花見堂万久住
資制を海苔へあてつゝ家へ無事土餅の雪もはらふ大森スレ哉亀
麦わしの橋のしゝ武者の直はきけと鼻いきあしくまけぬ犬森スレフ薩月桜原様等
江の為のこ。伝かへりに七つ目の猪のしゝを買ふ大森助工文菓子や上名
久栄子雪麿
しろねを出してこそかへ西行か猫によく似し変わらの神柏の金
我うちに一番のりを心かけひゝすき間なくかせく大森
同柳尾升丸
麦わしの西工貧乏大森は人の夜の子をよろこはず
楽之高琴樽
橋の名の女夫はちかき大喜にやはらく中の栄見世あり千切
山本の庭からかゝなのりひしほこつけにしたりやたら漬まて道草
大森に其名も高き和中にん人のくるまも始ぬ見世さき
茶にゆかりある山本の待合に囲ひの海兵もひさくなからん一笑馬大い舟
用ひては廻りもはやき和中敷奉仕掛の引風によし哥也
素仏を唱ふる老も手助り冬をきかりにほしいりの庭最下千好楼
霜枯の時しらぬなり賑はひはこのするかやに不二の山本一商徳利
卜苦の家伝薬の加中敷梅に狂歌も見する短冊吾楽
江戸川の流れの末の袖か浦海苔をとる手も此葉のいろ
そく飯付の麦わらの箱うる妹にへたつく夜もあらん大火
日盛りに薬湯乞へる和中敷わたちの鮒に似たる旅人松蔭
杜かのむらさき麦のわら細工八ツ橋流の琴のいと箱
杜かのむらさき爰のわら細工八ツ橋流の琴のいと箱緑樹園
江戸名所同会十一篇
○十八歩七十十万石
人の身の為にもちゆる和中敷やはらくなかをちらすとはなそ
春は又雲助うたや麦わらの馬をみやけにきもいまむなり方野縁河園
大森のて産貰ふて遊ふ子の腹もへるらん麦わら細工門
大森を品川さしてきはら山うち寄る浪やあら磯の松
人の口へあひ性のよき干海苔は大森村の土生金なり
西輪堂糸路
そはの名の大森宿の細工もの長くのひたる手遊ひの地
和中敷よきは参勤交代の下るにもよしのほせにもよし
さへつりのごとはかしまし麦わらの小座ひさく女商人
汲て出す山沢の茶や遠乗の程に水かひしはしいこひつ
茶代さへわつか一服一泉も無つもりては山本の見世
仙丹にあらねと梅のなめ物を日々にねりけり不二の山本
証文のあつらへは又先はらひ梅花の語の一本道具
對馬楼姫州
雲波楼船住
一拾壱軒
道草
柏の舎
渡り出く見世の東の東の和中敷一めくりにて功能そよしさスンフ東遊方
いろは組軒にかけたる席札に大師参りの休む山もと吉楽
細巻の臓もくたした大山の帰りのつとに買ふ和中敷絵馬や
和中敷見世の車はきゝ道に廻りもはやき茶なるらん万年重生成
和中敷車はあれと定直段ひかぬかはりにおし売もせす
せんまいの東仕かけの和中前きり〳〵いたむ腹直しせり
浅草て漉しはむかし大森の海に並木のみゆる海苔夕朶
此里は歌も茶漬と山本にやたらつけたる梅のたにさく
大森の細工もうまく出来秋のほもふくれたる麦わらの船
変わらの臥猪をつとの旅帰り重荷に首も廻らさりけり
そつとする木蔭涼しき夕風にそむしも落る大森の里
麦わらの角糸獅子を買はんとてひつくりかへり直も直す也
一江戸名附同人三一筋
和中友のみしきゝめに道達の刻勘定の板もいためす語同堂
品川を苦にせし母も連に汁うていそてつの麦つらのつと鶏出高衆妻
月のきかぬ客もありけり麦わらのふくろを昼のなふり買しつ
一
不二講も喰ふや菊浜の大森はたら一筋によし今なりけり大戦四月瓦罷成
首たけも海にはまりてたてぬれとみをつくしにはあらぬのりため柏の舎
蒲田梅蒲田村にあり此地の民家は庭前に悉く松を載て五月頃その雲を
とりて都下にひさくされは二月の前盛には幽香を探り遊ふ人すくな
からす三右衛門といへる農民の国中殊に老樹にして花寿尤勝れより
梅見んとつとふ藩田に死人の作意も是は妙あんし也有信高
魁て梅の蒲田へ梶原の屋敷の跡も一銭かけせり松代桃樹園
花も実もあらさる秋は稲かりにもてるかままの梅丁親父近藤のや
かなの祖の大師詣も文好む蒲田の梅にしはしいこへり表
折る事もならぬ蒲田の粉の円ちきりて腰にはさむせんし茶市の下千羽楼
亦も実もあなる蒲田の春の日は茶うけに出す梅の青漬未度
宮人もつとにめすとてむらさきのちりめん売てまくかまし梅スンフ
いろ〳〵と心つくしのはてよりも蒲田はとんた梅の名所物成
春雨の夜ゆゑ是も堀出した静巨かかかけ曲の梅のはつ花加代藤のや
きそひ咲く蒲田の杉の花さかり一二もあらて見る三葉門魁間美枝
なつとは梅の蒲田の淡物にすいとあまいも花も突もありスンフ無理真
すき物を好むをみなもみゆる故蒲田の梅の実のり比には柏の舎
草臥にゆる〳〵してそ梅ひしゆ戻りのかこへやゝしつけけり中野山道
ほくちにもなりし蒲田の梅に手をかくれはしかる火のつきしぬ其が四豊国稲丸
漬物の雷ほしをかとにつけて雲のあしさへはやき山本椙の門
梅見には蒲田をきして飛脚と始はすいを通しかこにて松代桃樹園
一口三百目馬十一番
一江方名所法十一一
一のしに幸もあれやと願ふなり田鶴の同根田にいます弁天秋吉
梅の花はやも実になる五月晴落せ一斗や二斗三斗三衛門万文住
羽田弁天此地は眺望むよし東は浜海まん〳〵として房総の山に掛るあり南は
玉川混々として清流の富峰の雪に映するあり西は海老より川を
隔て東海の難路ありて往来給繹たり北は筑波山峨々として
見わたせり
貫和明神大宮地の海道より右にあり此地の産土神にして則当は真言宗
↓
大森寺と号す
遣羽子の羽根田の汁を羽子板の形ちをみせてのる帆かけ船有信亭
鶯の羽根田の秋法花池のいさをそ思ふ一字一石松代殿のや
雲助のからも追ひぬく遠葉の羽根田へいそくや衣毛の狗和風亭
名物やこゝにひさける塔と化した名のはねた弁天鶴のや松雄
千とせふる鶴の同根田の弁天にこしふる聲の巣ともりの曲神楽世外道
青河原わたれる雁の羽根田め常冷明や月雨なるらん土枕樹園
月の出舟のり来る雁の羽根田沖棹をも見せてかゝろおほ声
大鵬の羽根田へいそく翅かとさ老の葉まてならふ料き也和津亭
矢になせり鷲の羽根向へ土竹より弓なす道を申はる武士外道
水鳥の羽様田ときけ八行程のあしもひまなき弁天の沖初賀
鶯の羽根田の海の風の日い筆色をそえる月日ほし同睦月新浦船
鶯の羽根田に声の玉垣や光り添ふらん広前の鈴
松半にたく角の影にうかれ出てゑもはね田の弁天の沖
不二筑波羽根田にはねのほしききとんてゆるまくほしき景色緑樹園
地に似しいなのあた句もひときにむれてはね田の弁天の沖姫行
後しつみある此世をもたいらかに守らせたまふ貴船明神和風鳥
同十一日
一江戸名所閣会十一篇
さいまやまへ物にて浮世をもわたる貴社の神の宮奴万年半生成
頼すこき月のをとめの時参り夜こと貴船へ遣ふとそ見る年高
繁昌の氏子を持て大船に乗りし貴船の宮の神主銭や
此子馬も祭りに敵の大碇もやひてあくる貴船明神陰一ツや
土舟にあらぬ貴船の御社へほた咄しにわらへ見たり公山道
祭りには無話人風を吹せつゝ人のかちとる貴船明神万浅亭千頼
年ふりし大木てかける女夫橋二人の老のわたり初けり綾丸
表者あらぬ一木をめへりても後ろはみせぬ鎧かけ松和羽亭に成る
妙見と北斗をなる長照寺目当にかへる蜑か釣ふね残や
白籏のしらむ東を前に見て烏石ある八幡の宮糸路
頼朝か興梓にせし竹の国藪坂も叶の声をいかけり外道
手も足も一里は出来けり八幡へと鳩の杖つき参る老人柏の長
放生去する八幡の御祭り鳩の杖つく人もみえけり九郎縁河周
鞭竹の生ひしけるてふ八幡塚江戸よりや来し遣乗の約久栄子園店
鰐立の折を目当によせ来るは八幡様の蛙合戦有俗亭
旗棹の竹はしけりて頼朝の紋の根笹も枯す残れり
殿中しの女扇の美しま露たくさんな蛤やとる道草
村雲は扇の浜にはらひつゝ月をみるこそかなめ嶋なれ万久住
年玉の扇の浜は一対の袋入ともみゆる舟の帆
とし玉の扇か浜は水引の紅白みせてさくうめのむ有信高
山水の扇か浜のけしきをは手にとるはかり見る要しま橋のや突行
日の丸の扉の夜嶋に来て富貴をまねき祈る弁天浦船
常蛇の星を見当の開き帆もたゝむ扇か浜の入ふね宝切亭実生
六郷渡八幡城の南にあり此川多摩川の下流にして八幡塚より川崎の
江戸谷町西会十一篇
同廿一日
静の渡しなり昔は橋をわたせしか享保年間田中久酒といへる人の
工夫により洪水の災を除かんため橋を止めて船渡しとせしなり
六郷の渡し出水に置もの人の波たつ川崎の宿四柳庵神丸
御影にて渡しも日々に登昌と大師参りに必す六郷愛高琴樽
本月鮎すむ玉川の末なしん空蔵にて船をのれる六郷幸高
南無六師通路五合のませつゝ六郷きりてかへす賀かと齋絵馬や
わたし寺いさ事四はん六郷にむかしは橋のなしやあり原若枝
六郷の橋いたゆれと中〳〵に母わたる業をするわたし守緑樹園
一客人をかつきもしつゝのせもしつ酒代をゆする川はたの野秋吉
六郷の水もあふるゝ五月雨の比はこしあかる雲助の口万久住
いにしへは橋のありける六郷にはしにかゝらぬ雲助もみゆ松代椎樹園
高野にもある玉川の末なれは大師参りのわたる六郷
5154
玉川の流れの末は光らさるかはしも広き六郷の岸
渡し場へ来る大名を見てあれは土地にゆかりの田甫六郷若枝
五合帆に船の行かは六郷も人をはかれる渡し高かな花垣
六郷に六郷様の御入部はしめて十二の助郷人足柏の舎
船行てわたる向ふを詠むれはよくも名つけし川崎の駅南風亭哥也
口なしの色なしねとも小判よと物いはすにてわたる六郷永頼
不二同者山は下りて六郷の川留に又越えなやみけり松維
六郷のわたりみゆれはなけ草の大師河原におつる雁かね道縁問園
宝船に似し乗合の六郷は爰そ宝珠の玉川のすゑスンフ望月楼
二郷の岸からきしへ渡し寺百屋参りをする大師道綱雄
六蔵夫六郷川に斉野ふ万年やにもちかき渡し場船住
たちはなの部へわたる六郷の紅にとこ世の雁もきくけり松代松成
□□□□
狂類江都名所図会十二
狂歌江都名所図会十二篇
兼題
天明入道内匠撰
立斎広重画
日吉山王永田馬場清水坂
溜池霊南坂汐見坂桜田
平川天神麹町
桜か井柳の井
霞ケ関江戸見坂
麻布善福寺状銀杏其角墓一蝶画
一本松
廣尾の原水車
江戸名所図会十二篇
山王
七夕の星か崩なる
山王の年に一度の
七姓の星か嶺へも
参れるは其剣先を
御祭りそ安る
雪秋
のかれんかため
道草
一同壱銭軒
丹歳
辛崎の
いや茂る梢を
一ッ木町は
伝ふ夕風に
烹にして
に断えを祭る
山王の森
山王の宮
藤のや
松代
調々亭
松盛
産着の背
水の縁むすふの神も
山王の社家へ嫁らす
三疋つかしくゝり櫛
御帰立の神子
楽高
琴樽
和子か身祈る日よし
山王
錦園
綾丸
一鶴の舞ふ御城を見つゝ
山王に千とせ給をも
買ふ宮参り
橋の門
山王の御山に
からむさるおかせ
よはひめてたき
御代の松かえ
麹町けた物店も
氏子にて山王祭り
鶴告亭
夜宴
象の出るなり
松井亭
門蒡
山王の
御祭りに出る
法師武者
楽々亭
帰る榊も
琴樽
坊主にそなる
比元の山爰に移して
楼門も社も赤き
山王のふもとに湖を
山王は紅葉山より
みする酒池
うつすとそきくみする酒池
うつすとそきく
像樹園
清風亭
末広
同所同金町囲金壱軒
行不行所長々一二荷
溜池
汐見坂
淀川の理を
淀川の理をつれ〳〵の僧都の
つれ〳〵の僧都の
なちし溜池に
放ちし溜池に名ある榎坂
名ある榎坂
引舟をして蓮の
こほり池や
根をほる
蓮のきり株
四角国
花垣
御太鼓を
額江の其桜田の
春頃の真橋西の
辻番に定めの文字も
しらす扇は
俣花に遊へる
みる権書
勇々館道草
一蝶とみゆる桜田
有信高
角銭の仙台坂に
絵における
立札も通用留と
さまよ扇の不二見坂
なす道香清
鶴舞ふ城やのほる
朝日に
教和楼
九村田
同国
文覚の霊南坂に
俣利回羅の不動を朝月舎
みする同役の鳶
波部
くちなはの沓馬場には
此番の日向にとくろ堂し
絵馬や
敷綱
赤坂は光る小判の
一相はたけ産目の町や
麦飯の
金の酒池
見世も
潰れた
豊のや
こほとか
淀川の鯉を放ちし
合場町
酒籠のきしの普請に
みる水車
一稲のや実則
出来し
溜池
四柳庵
泥水の中て育ちし猫池の
升丸
松代
岸にはすはな茶汲女は枕樹園
一郷戸岩町同人申一筋
霊南坂
ト江戸の名所同七十二歳
妹と背にあらぬ蛇の
貝坂にはなれ〳〵の
有信高
おとつ助惣
鴨川の水より清し
桜の井廻る車に
神風や
安らそひもなし
はし鷹のはやふさ町に
つはさ駕それて宿へと
とはす夕これ
樽のや
松雄
柳の井
あたゝかく寝かすや
室の麹町一夜を
鶏田舎
秋吉
泊る宿や有けり
象の出る麹町には
饅頭のはなまき更科尾
月井
そはもうる瓢たんや
子供にもむひつの
琴糸の十三町の
なんはよけんとて
麹町柱にゆかり一笑高
母かつれ行
喜楽
ある初雁の宮
平川天神
中笠
手袋
山道
女夫牛見る平川の
天神に角文字習ふ暁月新
浦船
筆子参れり
天神の縁日参りに
かひ坂やさけてそ呉龍軒
那歳
ゆる藪かうし町
平川
同右同右同
江戸名所深鳥十二歳
夜をこめて霞か算に
勇々館
道問へは鶏のそら音か道草
起ぬ辻はん
柳の井桜か井戸の
水交て春の銭の
幸高
色をこそみれ
動きなき
内職も楊枝天咽を
潤ほせる柳の井戸の
松代
枕樹園
辻番親父
御代とそ茂る
柳の井彦根の
はりし辻番の
もと
其むかし君にしたかひ
直なりし井桁の紋の
スレフ
柳井の水
望月楼
南風亭
哥也
一物枝にも切られ柳の
松枝にも切られ柳の
井のもとに口をもそゝく一
水利
夏の日御かり
祭り前外さくら田の
道普請霞か関ふ
慶安
万文住
中とめけり
三筋引く霞か塀の
鳥迄は心も空の
桜園
上調子なり
霞ヶ関
一山王の祭りのむしも
しはらくは霞か開ては風高
とむる御物見
未庄
初登城からす
五ほしの賑はふは
霞か屏のみつの
稲のや
亥刻
五さの家
同壱貫目
江戸名洲国会十二筋
開山の猪子とて
御門徒に乳房を
見する状銀杏な
雪の下
千羽楼
秋銀杏
立る御寺は
法師等も
法の道にも
つまつきはなし
橋の門
貞次郎殿
善福寺
什物に残る御寺の
一刷毛書は何の序に
書し名号
天福寺小性の
堀の大浪吉
寝そふわるく
逆さなりけり
狩野亭
里人
松の舎
詣てぬる人も
尊む逆路吉
柴は経文の
むし蝶となる
杉樹園
一九日
角兵衛獅子
ひる越後の
馬田派の
善福寺にも
みる年銀杏
志県園
本部
さいせんのあしの
万崎葛
たすけをたのむかな
永頼
一杖の銀杏のいはれといては
なゐよりも松
とゝろきぬ
更科の名物の
そは永坂に
芋あらひ坂
法の道表嶋の
つなかりて
清水こゝに
みゆ
湧出て
花園
柏の舎
柚香
是も又
おくつきも
二本榎の
ほまれなり
向ひあひにて
おのつから類は
右に左りに
友よふ其角一蝶
其角一蝶
柏の舎
柏の舎
江戸吉川町十二番
一本松
初午の桁縫へ
つれられし末社の
前にならふ顔皿
子にならふ南が
山伏もすめる広尾の
水車金剛杖に
似たる棒杵
雪々館
万年堂
道草
生成
子供等をつれて
広尾のはらこなし
楽々亭
一両てんひんにかけし
琴樽
弁当
猶そは
爰そと人も尋ね
来つはらの鼓の
鶴のや
しらへゆるみて和雀
一業はひに胸も広尾の
}
水車手もぬらさすに
米やつかする
業はひの品はかはれと
広尾野の狐狸は
ひとつ穴なり
順月亭
四成
きなるかなあんとうの
火もそれと見る
広尾の糸の
スレフ
一法法
狐うなきや
稲のや
実刻
江戸前の魚は
さけても旅の荷の
化しはやかぬ
山の手のお山の
主とほこるらん
一本松の我れ
根うなきや
上サ人見
神門画
ひとり前
花垣
鈴成
麻布てふ
親王の一本松は
唐士の太夫の
上をこした大木
空報
道草
麻の中にて
蓬生の軒端
ちかくにくねる
松かえ
橘の門
麻布ては
きかしれぬ
たかいひし
二本とあらぬ
とあらぬ
一もとの松
経重は衣を
枝にかけまくも
かしとき君か
かしとき君か
冠和とそ
富岡新
幸成
花月梅
名判同与
水車
広尾
当座
一稲画舎実則撰
鷹狩
はなちぬる鷹にそ
雁の文字もちる
薄墨てかく筆の
勇々館
つくし野道草
雲井まて其名
広尾の原つゝき
鷹に追はれて鶏告亭
夜宴
逃る五位鷺
出なし心を
わらひを摘し
得物をはねらふ
狐の名ある野に
まゆ毛をぬらす雪の鷹狩
廣尾の鷹狩ふ
にきり挙も
清風亭
末夜
みる小春空
橋の舎
実則
当座
喰違
雪
錦園綾丸撰
一諺のいするのはしの
一供立も互ひによけて
喰違ひ酒の用意も勇々館
道中
なき夜の雪
喰違ひ横れる雪に
おもき集箱
楽之方
琴樽
柏の舎
清水坂夏と冬との
喰違ひ寒さ身に
しむ雪の夕くれ
おなし心を
ふりつみて大根おろしと喰違ひ
海鼠瓦にみゆるしら雪
錦園綾丸
江戸名所図会十二筋
日吉山王神社永田馬場にあり江戸第一の土社にして別当は天台宗僧正ふして
観狂院と号す神主は樹下氏なり其餘社僧およひ社家巫女等あまた
あり本社祭神大宮比叡の二の字小比叡大明神を勧請す垂派は国常
主尊にして天地開闢第一の神なり薬師如来を本地仏とす二宝気の
宝を勧請す玄跡は仲衰天皇にして鹿神天皇の御又なり三の宝は安人
の宮を勧徒す垂跡は伊弉丹尊にして白山妙理権現なり
山王は加茂の葵の渕なるに乗り東に安らそひはなしまか四角周
七曜の星か嶺とて赤坂の如斗御門につゝく山王絵馬屋
山王の猿の科をも引くるはあけ七ツ目の宮薬師前陣師三穴両
酒造る糀町なる山王は氏子をまもる古薬の長壬四角図
一番に出せる鉾の山王は御城よりも申酉の方雲波梅紅住
かるき身ておもき御柳子をかつきぬる鼻息あらき山王祭楽之亭誉樽
絵馬や
御城のさるにあたりて氏神とあふき尊む日よし山王絵馬や
神垣の朱に夕日のてり添ふて紅葉山をもしのふ山王桐の門
山王のみこし渡しに木のは横木伝ふさまにおろふさい残花嶽平いはほ
暮やすき秋の日よしの山王の神垣てらす彦のもみち原豊前浦紀
湖の雛かたとみる酒池や比元よりそつす日よし山王有信亭
山王はひかりかゝやくほしか家されは北斗の御門間近き松奥寺門弟
桔梗桔木をかけつゝ桃売の祭りにひさく山王の前焼去高取岩
梢をは伝ふて手をもかさしみるあすの日よしの山王の猿。此図松井図明治
宮参りすなる日玄の山王へ出さるをきせて連る類のみ子鶴田舎杉吉
秋の夜の永田の馬場の瓢酒かしましからぬ虫きゝの友戎実
心まて長閑にけふは永田馬場霞む日よしをかけし惣寸出松代藤のや
永田馬場屋敷はかりて馬場はなしむし逢るか今は内藤山中旅人さき
江戸名所図会十二筋
初藤の不二見坂から初春の酒井小路を責る宝ふね松の門
ほの〳〵と出る日吉の御やしろにからすゑほしのね宜もみえんろ
山王の神のこゝろに相性や二本松にて柏子木の館スンフ東世高
大鳥居立るも神の御かけいしおもさ位の御代の孝神吉神春夫
桐畑向ふにみえて御風のほり物のある山王の宮宝雀学の友
山王へ詣てかてらに涼まなん日影かたふくさるの刻ころ神風や
七曜のほしか嶺には釼めとみゆる鉾をも出す御祭り有信高
唐みる天社わよしにあやかれとお宮参りにつれかみとり子
村言の星か嶺なるふもとにはまはらに出る榊名やそある那歳
ゆつたりと心の駒もおちつきてありくや春のもの永田馬場花房寺哥九
山王の祭りに社家の太郎冠失ねんなりけふは水無月の冬スン城酒月左衛門殿
治りし君か御代ふも武士のかけを安らそふ此永田馬場大堀花月梅
馬乗りも多く通れる永田馬場木馬に似たる菊やの腰懸目抜
山王の其広前の大鳥居猿しはよせて人も見あける村咲
外よりもわきて目にたつ象鼻は糀町なる山王の宮実則
蜂の貝塚よりそ音はれてしんき橋ともみゆる大城柵の門
紅葉山より写されて玉垣も出さるの顔も赤き山王松代殿のや
さる者か三文あはしさいせんをみ空なるけもみえぬ山王村咲
山王は江戸の彼座と思ふめなんことに一社はこの人の宮スンフ松経舎
夏の日のたゝり〳〵と永田馬酒牛にひかるゝ山王の出し聞千羽楼
一酒池霊南坂汐見坂桜田
赤坂御門の外より山王の宮の神を在南へめくり骨神田玉川の両水
いまた江城へひかせ玉いさりし其以前は此池水を上水に用ひられしと
なり往古釣命によりて江州琵琶湖の雛并に山城の淀の鯉等を
一月廿九日十一月二日
治なから此地に投さしめられたりとて顕ち少し他に異なり又是を多
く植られし故に夏月花のさかりには寄観たり又池の堤に榎の古木を
二三株あり是をしるしに榎坂と忽つく苦浅野左京大夫幸長釣命を
奉して此所の水を築止めらる其臣矢嶋長雲是を司とり地成就
の後其功を後世に伝へやため印にとて植けるとなり此地麻布谷町の
下る坂を抜坂といへるも前に述る処の榎ある故とそ同所堤の北のかた
土俗葵か国と呼ひならいせり此処東へむかひて下る坂を登坂と名
つく霊南坂は溜池の上より麻布へ登る坂をいふ慶長の頃高輪
東禅寺此地にあり彼寺の開山を霊南和尚と称す道光をしたひて
坂の名によへりとなり汐見堀は同処松平大和侯の表門前にそひ
西池の上より下る坂をいふ汐見後は霊南坂の上より土岐牧野両家
の北の脇を曲りて西の窪の方へ下る坂なり
赤坂の見附外まて溜池にかためもみゆる源五郎謝スンフ松経舎
糸の出る蓬の問ことに折〳〵は中内の数をみする溜池文語楼梅梅矣
蓬葉に露の銀玉堀れるはかね溜池の名にやよりけん栂の門
初夢の声たから和汐見坂上からもよふ下からもよふ琴樽
うなしの木ある酒池の茶や女せしめんとしてついてゐる客道草
瀬をはやみ岩に砕けし水と見んふりしあられの玉川の瀧幸高
神茶やの妹か窺ひの不二見坂いつれはたちとみゆる粧ひ国盛
酒池に榎のうろを浮ちくつてむし歯の形に橘枝納めつ道草
溜池の蓬もひらくや茶や女こへりおしろいにつけしはつちり琴樽
後の世のため哉とてや血鳥の数生させぬ岸の制札絵馬屋
金比羅へ立参りとてゝ雪の夜もたえすふり行れば南の坂末広
酒池の露の蓬のほしか岡黒田の星も一かみえけり中仙重山道
江戸名竹司会十二篇
江戸久頭同今十二夜
西行の火入かしめて時ししぬまて盃見坂茶やに休らふ玉半方庵
清けにも蓬は咲けり泥水は茶やの女にゆつか酒を枯の舎
大江戸八人の溜池なるりとて清きもあれは濁れもあり長岡明福
西行の不二見垣なる辻番の親父も橋の火鉢をそ抱く得利
不二見坂のほりてみれはそこ爰の家根漆恰も時しらぬ雪次月高凹成
山王の御山おろしのも有さにせしもふすまを左とりま池哥也
坂の名の江戸見はらして唯一月やまと廻りもすか屋敷町猿丸
小判はもうつ極印の桐はたけいひつのなりの金の溜池道草
一畑つてまつ溜池の茶や女黒喰つれし客も来にけり一泉
今後のあふひ坂とて下に居る人も見あけて往来なす覧桜園
水鳥の鴨の沓みる酒池のあふひか岡に車をそひて柴井伝次殿
酒池の出器やの妹は高主持ちん〳〵鴨の灸坂うへ道草
万年堂歳
満て来る汐見坂にも声立て千鳥にのほる牛の荷車
星か嶺枯いろつく影とめて紅葉附さへうかふため地
鑓と見るつほみの色は赤坂のぬふるなりため池の蓬
うるしの木ある溜池の茶や女出来し安せもゝかふれしか如
春はきのふすきゆく花のさくらまに若はの井戸の水そ涼しき
夕暮の鐘にはあらて昼四りのお太鼓にちる桜田の下馬道草
みよし野のさくら田町の其わたり爰にもあなる蔵王権地有信亭
諸侯方花をかまれる御登城を雲と見まふ春のさくら田秋吉
大風に九太の杖をつかせけり見馬長家の近きあたりな上サ分神門画鈴来
縁切にあらぬ縁をもむすひ髪板坂にて出る茶や女百并
汐の干る弥生日和に異さまも駕をは下りてひろふかひ坂道草
平川天神御城の西麹町三丁目の南平川町にあり別南は天台宗にして長
江戸江戸江戸十二番
松山龍眼寺と号く東叡山に属す伝へいふ当社は文明十年戌六月廿五日
太田持資当国入間郡川越三芳野の天神を江戸城に勧請し数株の
梅を植る直後天正十八年御入国の比彼の宮を平川口の外へ移さる故に
平川天神と唱へ申又其後慶長年間に至り御本丸御造営の比終に今の
麹町の地を改させ玉ふ寛政七年経営ありて神殿清く新なり毎年
二月廿五日菅神自画の神影をかけて諸人に拝せしむ
平川の宮へふる筆納めよと師匠も子等にかんてふくめる永頼
清水坂たら〳〵下りの下にこそ平川と呼ふ町はありけれ突則
天神へ無理な願ひしも片おもひかよふ蛇の貝坂わたり松代松成
縁日にあふ梅の鉢植をまけて打手の平川天神燈馬や
ちかきにて色子の有し平川の裏門前は馬のりの馬場人類似
氏子等か密路いふ平川に田花神楽を安くる天神有信方
前に名の高き三寺野天神へ納る筆も一月千本亥刻
平川を越て三守野天神をうつん梅林坂もにほひつ幸成
縁日に出る鉄釘の文字焼も天神様の出かけにて喰ふ琴樽
芳野よりうつす平川天神に見する芝居も千本せ一ら其影
本膳の平川と呼ふ天神の宮居賑はふ料理やの見世松の門
正川の天神様へをさめ額文字もつらなるはつ尋の宮スンフ妻燈真
大小の見わけもかたき災店は夏の月冬の越又の見世語同堂
おてつへと這入れる客も上中下三いろにわけて出す牡丹餅
筑紫なる土神ちかく琴糸の十三町もあるかうし町豊のや
何のその岩城外やへ買初の帯のやの字も奥へ通しつ
部兵高庄右衛門
麹町ほうろく割の調練は乗りたる馬もかはら毛にして
麹町法うろく刻の調練は乗りたる馬もかはら毛にして鶴のや相模
訴へし小袖のいろの日の出にも二見か浦を縫へる伊せ八
酢菜
山村次郎尾命十六歳
おしろいを蝶々まけの少女子か飛こんて買ふ菊一の見世那家
顔にまて光りをはなつ白粉を売る速陣の玉井秀太郎波頼
子にあまき親か買ひ来しき手公産もあんに替らぬ助惣の餅活同堂
山王にわなる屋敷の弊の紋家のかまれの世に永田馬場琴樽
橘や名さへかをれる介惣は今もむかしの人の袖なり
のふれんのかなは違へと商ひの手にをはのよきいわきのやは神田や
代呂物もかたき岩津は一朱二朱はかる升やの見世の賑はひ
けた物の名ある狐よ狸よと広尾の原にちかき店あり花園袖香
襟元に歯を見せしをとめ子の入かはり来るはつ雁の宮
折〳〵は二把三把つゝまきやから薪をはこふ初雁の文桜園
玉つさのちらし書さへ納りし額を見あくる共つ雁の宮松雅
玉つさをかけるちかひや少女等か揃ふて参る初雁の宮
神代より今も祭りの出太鼓にはこりはやさるゝ秀人の宮緑樹園
明神の祭りの刀にはころ〳〵と人も参れる雷亀の宮柏の舎
相談も喰ひちかひたる紀尾伊坂のほる寺もあともとりしつ江利
桜か井柳の井井伊藤の屋敷表門の前石垣のもとにあり渡り九尺斗り石にて
畳みし大井なり釣瓶の車三ツ掛屋へたり同処前堀端番屋の裏に
柳の木を植し故柳の水といへりいつれも清冷たる甘泉なり
咲匂ふさくらか井戸はたにさくのなりなす石にやみあけたり有信高
廿円に随ふ水はあらそはぬ柳の井戸の流れなるらんスケ東遊高
糸たるゝ柳のもとの井の水をむすはまほしと人のより来る春交
御代の春深き恵みを汲こと知る柳の井戸のけさの若水和風亭
ひやつこい清水をひさく法水坂汝かふところをあたらめんとて宮古川縁河園
立よりてきいたはかりに涼しさよ法水坂から吹おろす大堀花月梅
江戸名堀南今十二歳
柳の井水汲あくる姫つるへ原くり出す風情なりけりスレフ無語真
辻番て其内職にすく網のいとも柳の井戸の水これ目板
西行の不二見坂をはあゆみ来て主とやりてそみる柳の井秋吉
清水谷桜井の水涼しくもならへてそみる釣瓶あり給り
西行の不二見坂さへをけれは清水流るし道の柳井大斎緑河園
義経の千本さくら井戸ちかきあたりの堀の名さへ弁慶太代松月高松成
春の日の永田馬場より見わたせは柳の井戸や花のさくらま門弟
すれあふてたるゝ柳の井のもとにはをむきひすは犬かさるこれに墓玉海長浦人
あつき日の風に柳の井のはたは惣陰とともに落る人あし玄の下千羽楼
うつはにも随ふといふことはさや素直なりける竹井ののエンフ雪月梅
きせるもて名高き水はそれそことをしへるかたに煙る柳井三輪園廿六日
霞か関江戸見坂桜田御門の南黒田家と徳野家との間の坂をいふむかしは奥州
街道にして開門ありし地なり是に並ひて江戸見坂あり
いや高き嶺か関の石かきは治る御代のみかけなるらん島や千羽梅
春たつや霞か関に鳥進の声に障子もあきの窓下大薩迦美雄
安宅にはあらて霞か関ちかく弁慶と呼ふ堀も有けり道草
見附なる外形まてもみくへにけり土一升の江戸見坂から生成
涼しさはさなからあきの長家下ほとる暑きもなつの打の松代藤のや
人の目めかすみか関の御館とて四十万余に五十万石花輪堂原路
おこりたつ霞か関は辻番の下聞に手形を残す敷老有位高
あしそひの土地の習ひや車さへ跡へはひかぬ此江戸見坂草のや宿芳
廣嶋の栄鑵天窓て見はる目も霞実の辻番おやち村咲
人心安けはなしなる大江戸は霞か関も戸ささる御代安華無文
打上のむらさき紐や目たつらん霞か関をへるのりもの
同口名州周八十二筋
春ちかき霞か関をしかくそゝあきの方より来る暦うり大名神門画法成
江戸見坂春のなくさの花むしろかかたほと並ふ町刻花見当方程
一花曇り霞か開にこく餅の御紋も雪の朧月かもスレフ雪月楼
麻布吉福寺麻布粧色にあり昔は亀子山と号しけるとそ親専上人
弘法の地にして帝宗関東七箇の大寺の一員に海上人開山たり
亀山帝の勅願本尊阿弥陀栄の像は恵心僧神の作なり往古は
南紀の野山にかたとりて平剣ありし地牢にして始は真言密乗の
一徳區たりしか貞永元年壬辰了海師親鸞上人の弘法に帰化し
宗風を転し支院十四宇あり蔵王権現堂杖銀杏樹鹿嶋の清
水惣門と中門との間にあり
一本松同所北の方の裏通り一本松町の傍にあり一株の松に注速を掛その
下に垣を廻らせり里諺にいはく六孫王経蛮此地を過か比此松に
衣冠をかけ玉ひしとて冠松の名ありとも其餘さま〳〵の説あれとも分明な
らす今此あたりを一本松と号して地名となれり或はいふ小野の里か植る
処なりとも
英一蝶翁蟇其角翁墨二本榎の通りにあり
始より嫁かす生を願へるはきかさ銀杏のある吉福寺道草
一なんの位なからん九重に等のにしきを着る冠松
法の秋たてし銀杏は逆さまなうき世の僧の力とそなる
釼術のはやる麻布は稽古日の外にたわら切通し板花の舎
寺の名の心は吉に福は世にさつけ未来に引導の僧彦安
吉福寺前の町なる下駄やにも新へ篭さにつるす浅香宿吉当亥刻
世に長き一本松に声の日の大黒の日の大黒の宮永女
千代まても猶も堂への秋銀杏下れる村やいまも地につく花垣
│江戸本町目馬町二筋
江戸名判開命十一歳
気のしれぬ麻布十帰り尋ね畢て一本松を見つけ出せり
吉福寺銀杏の犬をいかほとく杣人さへも逆さにそなる十カ四角同
吉福寺の里のをしへを削毛書の御名号をも拝むむして有信高
荘子にはあらて異一蝶かうき世の夢のさめしあかつき道竹
一所はねともそれと麻布のきはしれた秋の沼吉は寺の目音しおき松亭
吉福寺出客向拝む銀杏繁筆さになりし始めか髪和風亭
生きゝて夜るは麻布てきのしれぬ一本松を行過にけり
秋の夜の永坂町の更科に月の霜とそみするそはの粉
御仏を枕と頼みて善福寺銀杏髪なる後家も参れけ
林次画梢をみれは高田共のしけりて枝のはる鹿布山
雲の上ちかく仲しと名を聞て冠の松のしやくやとるらん
あか桶の多賀一蝶のおくつきを見てさへしのふ夢の世盛り
蒸籠の田毎に並ふ受料のそはのあたへも四十八銅和風亭
吉福寺法師の秋に似もつかてつふりの医の大浪吉なり市井田縁洞図
斧之婆々か後の世願ふ舌福寺ころはぬ先の杖銀杏にも道草
出宗旨はあらしろかね法聖寺松木の魚は黄金いろなり人前似
暁の影子にあま酒の心より一本松をいのる母親松太郎其三人
いく千代もかはして家根の町続一本松のよはひ永坂同板
焼豆腐二本榎も程ちかし田楽中の一もとの松末広
老か身はころはぬ先と枕銀杏たてる御寺へ日毎参れる
目くらにもあらぬ目あきも杖銀杏今は程とたのむ所化達柏の舎
法談の功を積みなす古福寺余けいに人の参る御宗宮下子羽楼
法の道老もすかりてたのむらん杖の銀舌を見るにつけても彼新
麻布なる一本松の坂の上きかしれぬとは何をいひけん
江戸江戸江戸江戸
鰹にいゑほし麻布に一本の松に冠の名を出はせけり宝葉の友
あたらしき春の妻の磐束もかくる冠の松は一もと夕麓緑洞園
広尾原水車狐氈狸そは
もちゆれは狐も耳の威をかりて医者に住もん薬師横町柏の舎
節山山伏の住そのあたりときん頭のほうろく調練和雄
毘沙門のとらの或をかる限りは狐誰やいやも能はふ実則
いかしへの広尾の原も今もはたねき山うとの生ひ言つなり幸成
水車廻すに骨は折らねとも油あせほとたらすしん棒万残葛五軒
水車廻りは深くせきいれて広尾の川も淀を見せけり松代松盛
そは証狐狸の仕業りも芝ゝ心得ぬ今日のふるまひ江州
身代もくる〳〵まはす水車米もついたり針金もひく御柳座升丸
遠こちとゝろねもとめん梅草を広尾の原や無の星野
女郎円なまつく広尾野の中にましめ顔なる殿袴かな五代亀成
法印のすめる広尾の甚あたり錫杖を作りてそうる昌芳
毘衛門のいにしひけたる原の跡鑓一本のはた本そすむ郡岸
山伏の住家もちかき広尾野に夏は雲渡る虫も飛かふ曲成
山伏の祭る広尾の満殿山御手水鉢にみゆる手拭升丸
とらよりと土用のうしの威をかりて狐氈や売さはくらん教和楼
水中水には米をつかせつゝぬからぬ顔てくりまはしするスンフ東世亭
油断なく米もつき夜の働きにかねの廻りもよき水車書の下千羽梅
田舎人江戸案内の口まかせほらをそふける法印にしき波影
一むらの広尾の原の萩桔梗江戸紫の竹わけにして色戒亀成
見えぬゆゑ又こんとて化されつ名さへ広尾の様うなきや松経長
米もつき粉るも挽ぬる水車元手の廻る仕かけかしときいはほ
可被召付司会下二番
今国の八畳敷て酔ひしれのひねくりなかし喰ふ狂子は教和梅
一化しものうらぬ狐の氈やへ穴うましとて客も迄入れり
むさし野のむかしをしのふ広尾原月より外にしるものもの水の
一師験者の住る房尾は幡法に似たる車て栄のぬかつく地兼
毘沙門の参詣多き縁日にとらの城をかる根うなきや近波梅千住
諸人へとゝて広尾のはらつゝみ打て出したる松そはかな去夜
夜瓦野を尽さに廻る水車またくる〳〵とつれの約そく山道
銭もちて毘沙門います天光寺皆人なとは出ぬ広尾野糸路
狐狸喰ひ物にあり有さふ伝
狐狸喰ひ物にあり有さふ伝
江参牡丹はあらぬ広尾野天明老人
子で
十一丁