黴瘡茶談 . 黴療治驗

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船越敬祐
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2026-08-17T19:23:20.652Z
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2026-08-17T19:23:20.652Z
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場所: 大坂
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CC0
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船越敬祐
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日本語
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[出版者不明]
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バイソウサダン . バイリョウジケン
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
御修左衛門 黴瘡茶談 狩野亭吉氏寄贈 黴瘡茶談序 物ノ之尅スニ物ヲ如キ二石鹸ノ之除キキ脂垢ヲ白礬ノ之澄二ヲ濁 水一概概概ノ之類ニ魚肉ヲ一熱湯ノ之消セルレ氷雪一ヲ是 也昇平二百年游惰ノ之民苦ニ二黴毒ニ 鮮矣然也未一。闘有ク薬方ノ能ノ方ヲ能テシテ已之者也果 無二此物二乎顧未レ得レ焉ヲ也友人船一越君明 為レニ之ヲ焦レ心ヲ有レ年ノ馬方劑ノ之剛柔薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬薬毒毒毒病薬病病病薬ノ薬ノ方ノヲ有レ心ヲ有レ年馬方 之多少無レ所レ所レ不試ニ労遂ニ得二数方一以テ以 療二ス黴毒一ヲ一テニ不レルモレ治者一邪二ヲ石鹸ノ之除二指 垢一ヲ白礬ノ之澄ス濁水一ヲ云々セル者者者答得ルコヲ得スル者ヲ 色乃葬二シ一書一ヲ告二ニ世人ニハ以此ノ薬方ノ所以能 治一焉花上ヲ然世間尚不レ怪多レ怪多レ怪シテ施シ二無レ効之 方ヲ一服スル無レテ益之薬ヲ一其一因テ今又苦二此書 欲レニ觧レトモ世間療スルレ臣二ヲ者与二苦ルレ焉クレ焉ク 惑ヒ未レ解シテ一ヲ一故ニ又以二国字ヲ一詳二示ス之一ヲ一鳴 呼君明之用レモ心可可レ不レ詣二至テ深切一夫 天保癸卯孟春望前一日書レ於二 浪華ノ預知子園一ニ林会 附言 此書は山野僻郷の愚俗たりとも辞し易きを要とすれば文辞の卑陋 たとへばいゐろらはほはわへ 仮名づかひのちがひ 一本おへひとたちてれりおこか ○等擇ぶに暇あらずつとめて空論を 省き浮辞を交へず実用をたすけ病苦を救ふ事是此書の本とし因る 町なり凡黴毒の方書は黴瘡秘録をはじめとして黴瘡證治秘黴黴黴 瘡約言。黴瘡新書黴癘新書。黴毒要方。絶黴要方等其他黴毒の 治方を論ずるもの少からずといへども皆全備の書にあらず大概空論を主張 し文面を崇飾するを以て却て惑を生じ実用に疎し近時黴毒盛んに 流行し多年其苦悩に罪て産を傾け家を敗り身を亡ふもの多しと いへども是を救ふの術にくらく是を免るの道に濶く滔々たる天下黴毒の 良医なしといふて毎益の薬を服するにいたるは抑又何のゆへぞやこれ 他なし世に治癒の法則とすべき正典なきのいたす処なり有志の者 豈長大息せざるべけんや余が不敏なる固より其任にあたらずといへ ども是をうれふる事三十年間死を起し廃を済ふものあげて かぞへがたし今其実測する所を述て此篇を著ず同志の人是によつ て治療を施さば庶幾は風を追ひ影を捕るの過少からん平巻尾 録する処の十数条のごときも尋常の治験を挙るにあらず医俗 熟読して其意を会得せば誤治を免れ盲医の毒手に陥ず病 苦も速に愈べく尚平生の臓とすべし看客それ是を恕せよ 船越晋君明識 咒 黴瘡茶談 大日本神医錦小路殿御門人 伯陽米府錦海船越敬祐著 黴瘡の一證は古昔其名をきかず元の頃より此病をいふ者あれども其治 術詳ならず明の陳司成初て黴瘡秘録を著し治方効験を挙る事 稍く精し且病源を論じて云く嶺南の地は昇湿にして暖に霜雪加へず 蛔蟲蟄せず諸凡の汚穢地に蓄積し一陽の来後に過て湿毒と療気 と相蒸す物之に感ずれば則微爛して毀れ易く人之に感ずれば則瘡 瘍発し易し故に黴毒は嶺南より発ると西洋説を唱ふる者は陳氏が 説を破して云く嶺南の地より起るものならば。古よりあるべきに上代はなく して明未陳氏が時世を待て発るは何の故ぞ其説甚不当なり元来微 毒の濫觴は紅毛開闢より一千四百九十四年日本明応三年に当りて ふらんす国の人あめりか国を見出し此因のあんちりす島を攻侵し財 宝を採め取り又婦女を奪ふて舶中に収めこれと交る者悉く黴瘡を 発しこれより。紅毛国に伝染す。故にふらんす。ぽつく。といふ。ぽつくといふは 瘡といふ義なり病名を。やうす病といひ又へいにゆす。ともいふ其後十年を 歴て唐土広東の湊に西洋賈舶きたりて広東人に伝染せしむるゆへに 唐土にては広東瘡といふ其後日本永禄十二年に夷国船の入津長崎 に定り英国人より長崎人に伝染せしむるゆへに日本にて其始は唐瘡といふと云 余おもふに。これら皆空論にして取るにたらずあめりか国といふは 日本西北にあたり数万里を隔てゝ広大無辺の大国なり此国の人がはじめ 此病を得るゆへんはおらんだ人も知らず唐人もしらず日本人は尚しらず 余がこどをもつていふ時は此病は天地間一種の邪気と思へば事すむべし病原を 論ずるは無益のことなり凡陰邪の気凝集する時は皆毒となる大坂 などは数百万の人住む故に罪を犯す者も多く牢舎に入る者数百人 断ず此牢中に自然と毒気を生じて人を害すること甚し纔に三五日 入牢し赦されて家に帰り不日に牢毒にて疥癬のごとき小瘡を発 す俗に牢瘡といふ尤熱気甚だし若瘡を発せざる者は周身疼痛して 其熱気傷寒の刻症のごとく死する者十に六七あり又黴毒の熱気は 入微の時節のごとくゆるやかなる者にて入微の時は温熱と雨湿と相蒸し 諸物黴爛して腐ること此病に似たる故に黴毒と名づく嶺南の地は 雪霜ふらず冬も暖なるゆへ蛇家穴かくれせず湿気つよく温熱なる 土地にて日本入梅の時節のごとし故に嶺南の地より起るといふ又 日本上方人は黴毒をひゑしつといふゆへに寒冷より発ると思ふて入湯 などするはまちがひなり中国辺にては。かさといふ九州辺にては。さうどく 或は。とほん或は。なんばといふ此病外發すれば大小の瘡を見し腐爛甚 しき者は筋骨をくさらし或は結核を生じ終に腐爛をなすまた内に 伏する時は筋骨疼痛をなし腫痛をなし或は黴積となり或は肺癬となり 或は咽喉腐爛し或は骨焦熱となり労咳を発し白沫を吐き黴労 となりて死する者甚だ多し ◯或人問て曰く黴毒をやめる者と一度交りて傳染する者あり一期 夫婦の交りをなせども傳染せざる者あり或は傳染して毒の深浅厚 薄軽金あるはいかん余答て曰く父母の胎中にて受得たる毒を先天の 毒と云ひ或は天稟の毒といひ或は遺毒といひ或は胎毒といふ又出 生の後にうくる毒を後天の毒といひ或は邪毒といひ或は邪気といふ余 が愚案には先天の毒に各別あり黴毒を病る父母より出生する者は 後天の毒を伝染せずとも自から黴毒を発すべし黴毒なき父母 より出生する者は黴毒ある者に近よらずんば一生無事なるべし 又黴毒なき父母の胎内より出生したる者いまだ交合せざるに 黴毒を発する者もあり是は幼稚の時黴毒ある人に近より其毒 気をうけ当分に発せずして年数を歴て発する者ありこれを気 化伝染といふ其毒軽薄なり又色欲にて傳染するを欲化傳染と いふ其毒深重にして多くは初起に下疳便毒などを発すこれも 一度交合して忽伝染する者あり又数度交合して傳染する者あり 又数月交合して伝渡するといへども不日に自から治する者あり其 不同あるはたとへば薪木のごとし樫木もあり松木もあり柴木も有 樫の生木もあり其胎毒を薪木にたとへ邪毒を火にたとへて。いへば 一度交合して忽伝満し大病となり死する者は柴木を納家の 内にみたし置て火をつけたるがごとし或は一度交合して忽伝満し 大病とならず不日に治するは柴木の少きがごとし数度にして伝 満するは松木のごとし数月にして伝染するは樫木のごとし数年にし て借渡するは樫の生木の如し治しがたきと治しやすきは薪木の多 少によるがごとし此理は黴毒のみにあらず疱瘡麻疹疥癬なども 日本の地に本よりある病にあらず中古以来外国より渡る所にして 人より人に傳染す流瘡牢毒の如きは其毒気に感じて病むもの なれば牢毒は疫癘のごとくには人より人に傳染せず漆瘡は人より 人に傳染することなし然るにこれらの病は一世一患の者なり疱瘡麻 疹牢毒のごときは其毒気酷烈にして胎毒に化する時は邪気と正 気とたゝかふ故に必大に発熱す一度伝染して病む時は軽きものは 治し重き者は命を落す是胎毒の深浅厚薄軽重による所にし て治する者はかの邪気の火が胎毒の薪木を焼つくすがごとし再び 火のつくべき物なきゆへに一生再発もせず傳染もせざるなり又 黴毒小瘡の如きは胎毒をかた炭けし炭にたとへていへば火燵に埋 たる炭に火をわたして漸々に焼つくすがごとし火はつきやすくして 燃火のごとく烈火とならず。ゆるやかにして長く火のあるがごとし邪 気と正気と化しやすきゆへに其初起に発熱もせず気分もかは らず不合もせず小瘡は皮膚にうけて治しやすく黴毒は骨 體にうけて治しがたき者なれども其人によく応ずる薬をほど よく用ひて胎毒の炭をとりつくす時は灰ばかりにて火のつか ざるがごとしこれを病根をぬくといふべし然る時は一生再発もせず 伝染もせざるなり余が父母も此病に罹りて天年を終ず父は 廿九歳にて世を去り母は四十四歳にて世を去る余も又若年のとき 此病に数年くるしみ種々の方剤を用ひるに寸効なし此に於て一層 生に委しく病苦を演舌し此の如く世に長く苦しまんより速に 死するも又幸ひなり故ゆへにいかなる劇薬もおそるゝ意なし願くは 十死一生の割治を施したまへと乞に彼医生さらば軽粉剤の中七 宝丸を飽まで用ゆべしと一廻り七日ぶんを服せしむ第四日に至 りて口中腫痛ゆへのこる三日ぶんは尚更口中いたんで服しがたかるべし とおもひ第五日の朝一度に服し尽す其夜より口中大ひに爛傷し 涎沫を吐く事毎日二升ばかり此の如き事三十余日口中は次第に治 して病毒はさらに滅ぜず彼医生の曰くこれ薬力の足ざるなり猶 七宝丸を連服すべしと又是を以て攻る事十一月より翌年六月に いたれども少しも功なし此時は身体羸痩して骨と皮とのみになり たるゆへにこれより腹薬をやめ肉食すること六十日ばかり精力後し肌 肉生ず然れども黴瘡は益々甚だし其後又嗅薬を用ひるに六七日 より涎沫をはき五十余日に及んで瘡毒半は治して全治せず故 ゆへにこれもやめて暫らく治療を怠り居たるに病毒次第に増長 し其翌年三月頃には苦痛前々に加倍す此時始めて延寿丸を発 明し自身に製造して服するに口中さほどいたまず涎沫もはかざ れども漸々に快復し凡三十餘日にして治したり猶連服すること 百余日全く治して再び発せず其後十八年を歴て雲州松江に四 ヶ年居住し黴瘡軍談を著すにつけ後人をいつはることを恐れ売 女のあらたに下疳便毒をやむ者五六人と交ること一月ばかりにして頭 瘡と下疳瘡とを発す故ゆへに延寿丸を口中いたむほどに服用し魚 鳥の毒と思ふ者を飽まで食ふといへども不日に金治す又前日の如く 売女に交ること十餘人さらに伝染せず夫より今八ヶ年に至れども 黴気の患ひあることなし故に黴家は其初発に能々病根を断ならば 一生伝染の気づかひなし若根治せざる時は己も生涯苦み人へも伝染 するゆへに治療をなす者は心を入て讒誤なき様にすべき事なり余 が前年の事を今にして思へば尽く誤治なり始め三ヶ年の間无音の 緩剤を用ひたるも又軽粉丸を以て八ヶ月の間割攻せしも皆誤りにて以 上五ヶ年の中は無益の苦みをなしたり是を今余が治療せば先初山服 来剤を一剤用ひ着功なくば七宝丸を一剤用ひいまだ口中痛ざれば加増して 用ひ口中腫痛に至りて病治せざれば口中治するを待て嗅薬を用ひ是に ても治せざれば延寿丸を用ひるなり然れば五ヶ年の苦みなく只五六ヶ月 には全治すべきなり今世上に余が如く治療を誤りて数年苦み病薬 のために身代を失ひ或は癈人と成り或は非命に死する者。其数を知ず 傷むべきの甚しきなり凡胎毒は親子兄弟といへども其毒の深浅 厚薄有無軽重は邪毒を得ざれば知れざる者なり世人疱瘡の望き 者は胎毒ぬけて一生無病になるといふ然れども疱瘡重く九死一生を のがれて治したる者或は麻疹を傳染し或は漆気に感じて漆瘡を 発し或は黴毒を伝染し或は小瘡を伝渡し或は牢毒等を伝渡す 然れば人身には諸の郡気に化する諸の胎毒あり又父母の胎内より 黴毒を受得たる者小児の時に発すれば多くは頭瘡となる或は成長 して発し或は晩年に至りて発す是等は初起に下疳便毒淋疾等は なく多くは筋骨疼痛或は腫痛み終に腐爛し筋骨を腐して治しが たき者なり又気化伝染の其当分に発せず後年に頭瘡或は筋骨疼 等を発するとも其毒軽き者なり又欲化伝染の者は不日に淋疾下 疳便毒などを発す此症人より人に伝渡しやすし胎毒痼疾などに 至りては人より人に伝渡しがたき者なりたとへば漆堅の物其当分漆の 枯れざるうちは漆の気人に感じて漆瘡を発す古くなれば漆かれて人に感 ぜざるが如し人よく漆瘡を発する者あり初は甚しく次第にかるくなりて終に 流を身体にぬりても何ともなき様になる者なりこれ余が新病の黴 毒前陰一面に腐爛したる女数人に交りて傳染せざるがごとし是則ち 漆気に化すべき胎毒つきるが故なり今世上に黴毒甚流行すれ ども其身に黴毒傳染のおぼへなき者下疳便毒淋疾等を発 せず結毒によりて手足麻痺者あり或は身体疼痛漸々に偏枯 をなして中風に似たる者あり此症は其脉微湿沈滑其腹突して動 気少く言語も錯らず涎沫少し又真の中風は其初発卒倒て人事 をしらず知覚て后半身遂はず其脉浮洪大弦腹虚軟にして動 悖散漫語言渋るなり右二證は脉と腹とを以てわかつべし或は寒熱 往来形体羸痩或は潮熱を発し咳を生じ殆労療に似るものあり 或は外邪の頭痛に似るものあり或は脚気疼痛する者に似或は痛風 歴節風に似或は疝毒筋攣るものに似或は気鬱留滞する者に似或は 鉄蹊損傷のいたみに似或は帯下赤白交りくだる者に似たるあり 此等の證あげてかぞへがたし能々是を見わくる者稀にして或は癇 とし或は疾或は疝積或は血風或は風湿風毒霍脈風或は肺痛 或は労療或は薬毒などゝ名づけて誤治する者甚多し黴毒を 療ずる者諸病の治術を委しく知らずんばあるべからず ◯或人問て曰く凡黴毒を療するに上下内外新古の症によりて末 方は異なるものか或は軽粉薫方などを用ひて一旦速に治するといへ ども保日に薬毒を発し結毒となり治せざるは何ぞや余が曰く凡 昔より軽粉あり余今あらたに 黴治必用の薬は軽粉重粉に どろしゆす。かろ 重粉を製造して世に公布す める生々乳そつぴる薫方山帰来水銀剤等なり此諸物は因身の徴 毒を駆除する物にして何れか上下内外新古の剤と定むる者なし抑 黴毒の一證は変化きはまりなく百状を見すといへども百方を用ひ るに及ばず其本一毒にして変化する者なれば治方は一毒を攻除 くの外なし黴毒は火急の證にあらず故ゆへに他病を発したるものは 先他病を治して後黴毒を治すべし又黴毒治療中他病を発する事 あり暫く黴毒の服薬をさしをき先他病を治すべし或は湿熱数十 目さらず寒熱往来或は日輔にいたり発熱し飲食すゝまず百薬効 なき者は九味清脾湯を用ゆれば妙効あり或は軽粉剤を用ひて頭 瘡を治し或は黴頭痛を治し或は耳聾を治し或は黴眼を治し或は 鼻梁腫痛或は腐爛するを治し或は口舌咽喉腫痛腐爛を治し或は 肺癰或は脊胸腰腹手足腫痛腐爛を治し或は下疳便毒淋疾等を 治し或は筋骨百筋腫痛を治す薫方も左のごとく重粉生々乳そつ びる。どろしゆす。かろめる続七宝等も左のごとく山帰来も又左の ごとし然れば上下内外新古を治するは一薬なり其治すると治さるは 其人に応ずると応ぜざるのしやべつあるのみ又薬毒残りて後日に 害するとは妄言なり余が治験を看て知るべし陳司成が黴瘡祐録 に曰く傳染して一たび其毒に感ずれば酷烈常にあらず髄に入り 肌に淪み経に流れ絡に走り或は陰に中り陽に中り或は内に伏し 或は外に見れ或は臓腑を攻め或は孔竅を巡り形證多端にして 治方各異なりと其他種々精細の論説を立て生々乳を以て化毒 丸十二方を造り黴毒の諸證は化毒丸を以て必ず日を限りて治すると いふは妄言なり化毒丸一方の応ぜざる者は皆効なし形託多端なれば とて何ぞ治方を異にせんや只これ黴毒一證の変化なりといふことを 知らぬゆへ陳氏がかく妄言を以て后人を迷惑せしむ陳氏が曰く軽粉 薫方のごときは一時の効あれども必結毒となりて薬効あらずと いふ是蓋実験せずして空論をなすものなり其證拠は病の軽 重人の強弱にかゝはらず生々乳を服するに其性質によりて大便下 利する者あり或は発熱して斑を発する者あり或は四五厘服して 数日口中腐爛する者あり或は三五分服しても口中腐爛せざる者 あり或は悪心嘔吐してうけざる者ありされば病の愈る日限をしる すは無益の空談にて一ツも中ることなし病の愈るは第一は瞑眩 の次第薬の用ひ加減なりたとひ陳司成与石の真なる者を得 たりとも生々乳剤のみを以て黴毒の諸證こと〴〵く治すべけんや 生々乳が其人に能応ずるときは速効あるべし応ぜざる者は久服す ともしるしなくして反て害あるべし何ぞ生々乳のみを聖薬とせんや 故ゆへに軽粉かろめるどろしゆす又は薫剤或は山帰来或は鶏鹿 散等の諸薬をそなへずんば黴證こと〴〵く治することあたはず 其与石の真なる者得がたしといふは後人を欺く者ならんか既に 東洞翁は水銀録礬硝石食塩の四味を以て続七室を製し軽粉 を服して効あらざる者を治す又紅毛人水銀丹礬硝石食塩の四味 を以てそつひるどろしゆすかろめる等を製す皆良効ある者なり しかれば与石一味を以て主薬といふべからず其必ずとすべき者は 水銀ならん軽粉は水銀白礬食塩の三味を以て製す生々乳は水 銀銀礬硝石白礬与石雲母石食塩青塩の八味を以て製す然るに 陳氏が生々乳よく軽粉の毒を解すといふは病毒と薬毒をしらざる 者か是全く軽精の応ぜざる者に生々乳を與へて功を得たるなるべし 若実に粉毒を患ふる者に生々乳を与へば霜の上に雪を降すがご一 とく薬毒を増すべし粉毒のあたる者多くは口中腫いたみ爛傷て 涎沫を出し或は腹痛して大便下利し或は發熱発斑する者あり 是等は数日を待ばかならず自ら治するなりたとへば酒に酔たる者自ら さむるが如し薬毒残りて後日に害するといふこと余がいまだ知ざる 所なりたとへば酒を悪む人数盃を飲で大に酔苦むとも醒て後酒 毒の残ることあらんや平日大酒を呑む者は酒毒に中りて死する 者まゝあれども薬は病毒のつきるまで用ひる者にして常に服する 者にあらず世俗の薬毒といふ者は皆病毒にして薬毒にあら ざることは余が治験を看るべし陳司成化毒丸の速効を讃して十五 日に愈ゆ十三日に愈ゆと日限をしるすは誤なりたとへば下疳便 毒の軽症たりとも必ず四五十日は服薬せざれば根治せざる者なり 生々乳そつぴる軽粉どろしゆすかろめる薫剤山帰来剤等 をあたへて能的中して十日ならざるうちに治したりとも口中治 するを待てなほ〳〵連服して能々病根をぬきさらずんば必再 発して結毒となるなり是を世俗や盲医が薬毒といふは甚愚 論といふべし黴毒を療ずる者心得べきことなり ◯或人問て曰く世人薬をのめば毒忌し薬をやむれば毒いみせず 或は山帰来を服するには塩断をなし或は軽粉剤薫剤等を用るにも 塩断毒しなさしむるに足下は大病にて不食し羸痩したる者 には毒怱なく好むものをあたへ山帰来軽粉等を用ひるに塩断な きはいかん余答へて曰く薬を服して忌べき物は地黄を用ひて大根 をいむがごときなり黴毒をやむ者は平日油つよき魚内鳥肉 獣肉等の毒忌せざれば病毒増長するゆへなり薬を用ゆるゆへに 毒忌するにあらずたとへば毒食は艸木に糞をするがごとし薬を 服するは艸木に〓湯をそゝぐが如き道理なれども毒忌禁食 も其人によるべし薬は病毒を攻むるの品殻肉巣菜は精気を 養ふの品なり病者精気おとろへ不食する者は其好む食物を あたへて体を養ひ精気を補助し薬はゆるやかに用ひて病毒を 攻めさるべし身体壮健なる者は毒忌せしめ薬はきびしく用 ひて病毒を駆除すべきことは余が治験を見てしるべし又山 飯米は精のゆるき薬ゆへ是を服するときは塩断せざれば塩気を 以て身体しまり薬気の巡りがわろきといふことなれども余数年 用ひて試みるに塩断する時は身体つかれてのぼせふらつき嘔吐等 を発して薬服しがたき者あり余は塩断なくして用ひるに其症 に応ずる者は速に治すいかに塩断して久服せしむるとも症に応ぜ ざる者は少しも効なし故ゆへに塩断するはよろしからず又軽粉 剤薫剤等を用ひる時塩断を何のためにするや其故をしらず 余一年芸州広辺辺にて数百人の黴毒を治療するに墓抄辺 の医者は大半塩断せしむ此ゆへに病者忽ち精氣を脱し薬服しがた く或は嘔吐し半途にして薬をやむる者まゝあり余は又塩断なく 油うすき魚肉鶏卵等を食しめ茶をゆるして治療すれども治せ ざる者なし若口中腐爛食しがたき者は治験にあるごとく食物 の加減をすること専要なり畿内にては軽粉どろしゆすがろめる 薫剤そつびる生々乳の類は虎狼蛇蝎のごとくおそれ黴毒をひ ゑしつと云ひならはし温むれば治すると心得或は塩断して麦飯 にひねかうの物を塩だしいたし或はどろゝこんぶ等を食して悪冬 蔵薬を飲み或は入湯し膏薬洗薬灸治などを専一とするは 馬鹿々々しき事にて治するの期はあるべからず用ゆべき薬は用 ひざれば死をまつの手段とやいふべし麦飯塩断等を以て病者を よはらせ終に庶人となり黴労となり精気を脱して死する者幾 千人といふ数をしらずかなしむべきの甚しきなり ○或人問て曰く凡黴家に軽粉生々乳そつぴる。どろしゆす。かろめる 薫剤或は山皈来剤五宝丹紫金丹雑剤水銀丸等を用ひて 一旦速に治するといへども不日に再発す此時は黴毒とも薬毒と も見わけがたく多くは薬毒として薬をあたへて其功なく終に死 する者あるはいかん余答へて曰く夫黴毒は隠顕不測の病なり 豈一旦治するとも根治はせざる者なり病者わがまゝに服薬を やむる時は再発して症を変ずるゆへに愚蒙の医生みざりに薬毒 などゝ称じて無益の薬をあたへ終に死せしむるなり薬毒にあたりて 口中腐爛し或は不食し或は発熱発斑する等は皆それ〳〵薬を あたへて薬毒を解するなれども後日に又発するといふ其ときの 薬毒には何を用ひて治するや余後日の薬毒を治するといふ薬方 をいまだしらずあやしむべき事なり余が愚案には山帰来例 にても軽粉生々乳そつぴる。どろしゆす。かろめる薫剤等にても 其功を得たる薬を連服して黴毒を尽く駆除し病根を断べき なり然るに苦痛をわするゝ時は根治したると思ひ腹薬をやめ肉酒 を食ひ色欲をほしいまゝにするゆへに気毒再発す此とき奸医 盲医ども信実病者を助くる心なく利欲のために薬毒と名 づけて初め効ありし医薬をそしり无益の薬をあたへ効なき 時はいよ〳〵有効の医薬をそしり薬毒ゆへに全治しがたしと云ひ 己が拙を蔵すの計をなす病者は又是を信じ有効の医薬をにく み無益の治療に月日を送り坐にして死亡を待つ憫笑すべきのい たりなり未だ黴労必死の症にいたらぬ内に早く効ありし薬を 再び用ひば治すること必定なり余が治験をみるべし皆病毒つ きず再発する者なり近世黴毒にて死する者幾千万ぞや是 皆医の治術を知らざると病者の我ましと愚昧の者薬能を知ず してさまたげするとの故なり其故は黴毒は中古以来の病にして 聖賢の正しき書なく又此病貴人高家に稀にして天下の名医 たる者黴毒治療に力を用ひず其著す所の書空論妄談のみ にして応変の治術薬方の加減を委しく出したるは一ツもなし凡 天下に水火ほど国家の助けとなるものなし又能国家の害をな す者水火より大ひなるはなし。薬も又左のごとし然れども加減の法を 知らずして是を用ひる時は不足なれば病毒を除くことあたはず 過多なれば却て害をなす薬の要は加減にあり日本の名医た る東洞先生軽粉丸の効五宝丹よりはるかにまさるを以て七宝 丸と名づけられたり其子南涯先生は生々乳を専ら用ひられたり 其他天下の名医たる者軽粉生々乳そつびるどろしゆす。かろめる 薫剤等を以て疣痾痼毒を駆除することは論じたれども薬毒胎 中にとゞまりて後日に害をする事は論じたる者一人もなし何ぞ名 聞をかざる小人医一家の言を推し立て薬毒再発などゝいふて人 をまよはせ病者の害をなさしむるや悪むべきことなりまた吉 むきは軽粉を忌みきらひ内分にては潜に用ひ病家を欺く者あり 尤憎むべし黴瘡證治秘鑑黴瘡約言等には軽粉をそしり用ゆ べからずといふて又軽粉を用ゆるは何事ぞ謗りて害あるといふも 己が口又軽粉を用ひて妙効あるといふも己が口其妄言なる事 を知るべし余は名図を好まず数年研究して自得する所の治術 薬方を集め仮名書にして世に公布するなり ◯或人問て曰く軽粉生々乳そつぴるどろしゆす。かろめる剤薫 剤等を用ひて速に治して。後薬毒をぬくと号して山帰来剤を久服 せしむる者あり然れども数月の内に来発するはなんぞや余答て曰く 是が即ち愚医のなす所なり薬毒は其当分に発して口中はれ いたみ腐爛れ或は不食し或は発斑発熱する等なりたとへば大黄 を服する者其毒にあたれば腹痛下利するなり薬毒つきる時は腹 痛下利もやむなり後日に又薬毒を発して腹痛下利するの理あら んや薬毒がのこるといふ事は甚だ愚論なれども世上一同にこれを 信用して造当の薬を休めて山帰来を服用しこれにて薬毒をぬく といふてむだごとするゆへにのこりし病毒再発するなりたゞ幾日ま でも適當の薬を用ひて病毒を駆除すべし黴毒は不測の病にて 表発の疵愈へ腫痛治するといへども余毒内に伏し隠れ時節を待 て再発し又周身にはびこるゆへ油断はならぬものなりさて軽粉 薫剤生々乳そつぴる。どろしゆす。かろめる等を用ひて能治する 症は山帰来剤五宝丹紫金丹鶏州等は功なき者なり軽粉 剰生々乳そつぴる。どろしゆす。かろめる等の効なき症は山帰来 剰五宝丹等にて能治する者なり其わり合をいふときは延寿丸 を用ひて治する者十に六七なり治瘡丸を用ひて治する者十に四 五なり山帰来剤を用ひて治する者十に二三なり薫剤を用ひて 治する者十に五六なり扨また黴毒は奇病にて是を療ずる薬 も又奇薬なり此ゆへに黴症を論じて此症は五宝丹此症は軽粉 剰此症は薫則此症は生々乳これは。そつぴる。これは。どろしゆす と傷寒雑病のごとく語を知て方を処する事能はざる病なり故 ゆへに余は軽粉剤は治瘡丸一方に定め生々乳そつびる等ははげ しき薬ゆへ其かはりに重粉といふ物を製し延寿丸を製造して 是を用ゆ此重粉は生々乳そつぴるよりゆるやかにして其効は大に まさる蓋方は微効散を用ゆ又五宝丹紫金丹鶏鹿散鶏汁煎 山帰来剤等は皆山帰来一味を主とする方ゆへに奇良湯一方を用 ゆ此四方を以て黴治必用とし其よろしからんと思ふ物をあたへて 効なき時は他の薬を用ゆ其効の有光を知るは薬を用ひて口中 腫いたみ口気少しく臭きに至り筋骨の痛にもせよ疵にもせ よ其患ふる所五七日の内に一度いたみつよくなり十日ばかりの 内に痛みかるくなる時は効あると知りいたみかはらぬ者は効なしと 知るべし効ある者はおこたりなく其薬を用ひ口中つよく痛ときは しばらく薬を休み口中の痛みゆるむ時は又用ひて患ふる所全く 治したりとも猶二三十日は口中つよく痛まざる様に用ひて内に 伏し隠れたる余毒を駆除すべし又効なき者は口中治するを 待て薬をかへ用ゆべしたとへ年月を経て再発したりとも初め効 ありし薬を用ひば速に治すべし若其症に応ぜずして九部九 りん迄治り今少しの処にてあともどりする者あり他の薬を ゑらみ用ゆるが実の治療なり然るに効ある薬をやめ山帰来を 久服させ永く塩断せしめて病者の精気をよはらすは盲医のと がといふべし山帰来薬毒をぬく者ならば是を服して再発する 理はあるべからず再発は皆病毒にして薬毒にあらざる事を知る べしそれを半途にして効ありし薬をやめ山帰来を用ひて薬毒 をぬくといふは甚だ无益の事なり跡にて用ひる山帰来を先に 用ひば症に応ずる者は十日ならざる内に効あるべし効ある者は連 服すれば全治して割剤を用ゆるに及ばぬなりされば山帰来は 薬毒をぬく者にあらず黴毒を治するの一奇薬と知るべし山政 来を服用するとも口中いたまず大便下利せず小便快利して黴 毒を治するゆへに口中いたむ事を恐るゝ者はまづ山汲来剤を用ゆべし 是を用ひて速に治したりとも一応にて根治せざる者なれば是も 三四十日は一日もおこたりなく服用せざれば再発すべし貧者價に くるしむ者は先延寿丸軽粉剤薫剤等を用ひて治する時は金 銭のつひへなし福者たりとも山帰来剤十日ばかり用て効なき 者は久服するとも益なしぜひ延寿丸治瘡丸薫剤等を用ゆべし 他の薬に千金をつひやすとも治せざる者なり余曽ていふ上方の 福有の病者は高料の薬と病毒と奸医のためになぶり殺し にせらるゝ者多し是非もなきしだいなり ◯或人悶て曰く凡病者を療治するに東国人西国人南国人 北国人或は国の寒暖山中海辺農家商家荒ばたらきする人 深窓にくらす人或は麁食する人美食する人各治療は一同なら ざるやいなや余答へて曰凡医薬は本朝神代唐土神農栄夏 殷周三代の薬方等より民間の奇方紅毛人の薬方迄もとり 用ゆる者にして数千歳末世の今に至りても古賢の法則によ りて治療し症にしたがふて薬を与ふる時は治すべきものなり 證にしたがふて薬を与ふるは則寒暖強弱の加減なり大坂辺 にて黴家を療ずるに混熱ありて日晡より夜に入りて発熱して 朝にさめ小便茶湯のごとく不食する者まゝあり諸薬効なき 時は九味清脾湯を与へて奇効をとるなり余一年藝州に下り 半年ばかり逗留して黴家数百人を治療するに九味清脾酒を 用ゆる症一人もなし雲州伯州辺にもいたつて稀なり雲伯辺 には瘧疾をやむ者甚だ多し大坂辺には瘧疾をやむ者至て 稀なり大坂にて川水を飲みて井水を飲ざる土地には瘀病をや む者なし京都は井水清けれども癩疾をやむ者まゝあり是 風土のちがひなり然れども其症にしたがふて薬を与ふれば 日本の内はおろか唐天竺の人物たりとも薬の効あらざること なし神代の薬方今人に能効あるを見るべし ◯或人問て曰く黴家の治療をみるに精気壮健なる者黴毒を 患ひ軽粉纔に壱分与へて忽歯齦腫痛口中烟傷れて食す ること能はざる者あり或は発熱して斑を発する者あり或は 腹痛下刺する者あり而して能治する者あり又此のごとく瞑 眩はすれども少しも効なき者あり又元気虚弱なる者下 疳等の軽症に軽粉二匁 但シ七日 一廻りとして 与ふるに口中少しも痛まず発 熱発斑もなく腹痛下利もなくして少しも効なき者あり又 同様にして能効ある者あり或は世医の論ずる所は口中経痛み 涎沫の出るは黴毒骨髄に隠れ伏したる毒軽粉兼方等に進 たてられ骨より抜去るの道なし歯は骨よりはへたる者なれば 歯の根より涎沫につひて抜去るなりといふ然るに涎沫出れども 効なき者あり又阨味出ざれども効ある者あるはいかん余答へて 曰く凡人の強弱病の軽重にかゝはらず薬瞑眩の不同あるはその 人々の生質による事なり薬の瞑眩は酒に准じて知るべし人の 強弱病の軽重によらず軽粉壱分を服して大ひに瞑眩する 者は酒壱合を飲で大ひに酔て苦しむがごとし軽粉二匁を服 して瞑眩せざる者は酒弐升を飲で酔ざるがごとし又軽粉の 類を用ひるに大ひに瞑眩する時と又瞑眩の少き時あり是も 酒をのむ人のよく酔ふ時と又酔ざる時あるが如し或は軽粉等を 用ひるに初めは大ひに瞑眩し続ひて数十日用ゆる内に次第に 瞑眩せざる様になる者あるは下戸の酒を飲にしたがひ上戸にな るがごとし又必口中腐爛して涎沫を吐けば黴毒抜去るいふも偽 なり臭よだれを吐は薬瞑眩の所為にて黴毒の抜さるにあらず故に よだれ出れども治せざる者ありよだれ出ざれども能治する者あり凡 黴毒は何れより抜去といふ定りなし発表発汗して治する者あり吐 下して治するものあり或は汗吐下なく消化して治する者あり故 ゆへに薬を用ひて発熱発斑する者あり自下利する者あり或は 何となく気分あしく頭痛などし或は周身だなく口中いたまざれ ども精気おとろへ不食する者もありこれも薬のめんけんなり此 者は気分よくなり食すゝむ迄は劇剤をやめて補剤を与へ気分 よくなり食すゝむに至りて又前方を用ゆべし然れども薬瞑眩するに いたりて病苦かるくなるかならざるかをよく〳〵見わけて効ある 者は連服せしめ効なき者は薬方をかへ其宜しきをゑらみ用べし さて延寿丸にて治すべき症に治瘡丸黴効散を用ひても少しは効 ある者ゆへ連服せしむるに十に八九まで治し次第にあともどりする 者ありこれには必ず延寿丸を用ひざれば全治せざるなり其他 薫方にて治すべき症に延寿丸治瘡丸を与ふれば少しは効あり ても全治せずぜひ微効散にあらざれば全治せざるなり山帰来 剤にて治すべき症は延黴治の三方にて八九歩治したりとも根治 せずやはり山帰来にあらざれば全治せざる者なり又延黴治等 の治すべき症には山帰来剤五宝丹紫金丹鶏汁忽鶏鹿散等 を数月用ひるともさらに効なき者なり其治術のかけひきは 余が治験を見てしるべし ◯凡治療をなすには先是までに服用したる薬の次第を問べし 丸薬散薬或は水薬薫剤等を服用したるやいなや若是等を用 ひたる者は瞑眩の軽重を聞とり其かげんをすべし是等を用て 効なき者は山帰来剤を与ふべし又軽粉を初めて服するには先 軽粉二三分を一廻り七日にあたへめんけんの軽重を試み雨後に 分量適宜に増減すべし又生々乳そつぴ而続七宝等壱分は軽 粉三四分にあたる薫剤の朱辰砂一匁は軽粉一匁と同様なり かろめる一匁は軽粉どろしゆす九分にあたる重粉一匁は軽粉 壱匁と同様なり凡是等の薬を服して薬毒にあたるといふは 口中腫痛爛傷れ甚しき者は口舌腐爛するゆへに食すること あたはず臭き涎沫をはき出す是薬毒の害なれども其症に応 ずる者は病毒を駆除するゆへに口中治するに随ふて飲食すゝみ不日 に精気復し肥満してさらに後年の害ある事をしらず初学の 者黴毒の薬は必ず瞑眩せざれば治せざる者と心得其人に応 ぜずして効もなきにしきりにこれを加倍して用ひ或は方中に 軽粉弐匁とあればこれを一廻り七日に必ず用ゆるものと心得軽 粉一二分服しても大ひにめんけんする生質の人に法の如く用ひて 大ひに口中腐爛歯を脱し唇腐り脱ち口中治して后口を開く 事ならざる者あり又はめんけんにたへずして死する者もあり是 を以て世人軽粉におそるゝなり是全く軽粉の罪にあらず皆の 罪なり故ゆへに前文にいふごとく其人々のめんけんの軽重を量りて 治療する事専要なりたとへば箱を作るに厚さ一寸の板に一寸釘は うちても功なし又四歩板を以て造るに三寸釘をうたば板われて損ず べし薬を用ゆる法も左のごとし薬力たらざれば病毒を抜去ること あたはず大過すれば人を損ふ故ゆへに匙加減といふ事心得べきこと なり易経に神にしてこれを明らかにするは其人に存ずといふこと ありこゝらあたりの事をいふたるならんか ○凡病毒つき病根きれるの候ひ周身に少しの痛苦もなく諸 瘡愈て其色白く或は平色になるを以て病毒尽病根断ると しるべし其色紫黒色或は微く痛苦ある者は未病毒尽ざるなり ◯黴毒を病る者霊天蓋或は鹿の頭の霜猿の頭の霜狼の頃 の霜鼬の霜葛の霜或は蛇牛肉等を食する者あり是等は症に 応ずる者は治する事もあれども全治する者少し又は新病いまだ結 毒にならざる中に食してかへつて害になる者多し最結毒にい たりて諸薬効あらざる者にはまゝ効ある事もあり是等の者を用 ひんと思はゞ鶏鹿散よろしかるべし ◯黴毒に灸治は不相応のものにて一旦効を得る者は当分のおさ へにて又必ず證を変じて再発し害をなすものなり ○畿内近国にては黴毒をひゑ病といふゆへに温むれば治すると 心得温泉に浴して毒氣をおいこみ或は下部の毒を頭へ上攻さ せ甚だしき害をうくる者少なからず必ず入湯は宜しからず 此病は冷て生ずる者にはあらざるなり ◯近代世上に仕切薬と号し先薬料を定めわづかの日限りを なしたとへ結毒たりとも全治するといふを愚俗は実と思ふて無益 の費をなす者多したとひいかなる妙薬たりともわづかの中に根 治する事あらんや速功を得たる者もかならず来発して害をなす なり或ははじめ軽粉を服したる者は粉毒をとらねば薬がきかぬ うんもはからかみ紙にかたをおく白くきら〳〵 といふて雲母 を丸薬となし是を したる物にてよくけいふんに似たるものなり おかはとも にとりこれをみればかの雲母 兼用ひて大便にをる時出まる時 いふなり の丸薬腹中にてとけても石の粉にしたる物ゆへ色もかはらず白く きら〳〵と大便にまざり下るゆへにこれをみせて是則粉毒のくだる なりといふて愚俗をたぶらかす者あり軽粉ばかり腹中何れ の所にとゞまるべきや或は灸をすへて其灸瘡に膏薬をはり 膿汁出る時はこれにて黴毒がぬけるといふ或は豆斑猫を粉にして 膏薬にまぜてこれを発胞膏と名づけいたむ所へこれをはり水を とりて黴毒をぬくといふ或は五宝丹を用ゆるに伊勢鎮珠の上品 を入るといふて其価を先どりし下品の鎮珠にかゆる者まゝあり鎮 珠上品はかけめ壱匁に付価五百目より下品に至りてはかけめ一 匁価壱匁にいたる是等を以て愚俗をあざむくは医道にそむけて 不仁の甚だしきなり凡五宝丹鶏鹿散鶏汁煎紫金丹山帰来 剖等皆山帰来を以て主とす五宝丹は鎮珠を以て主薬と思ふて 貧者其價に苦しむ五宝丹の黴毒を治するは鎮珠の功にあらず 山帰来の効なり其故は以前山帰来のある方にて山帰来一日に二 三十日ばかりも数日用ひて功なき者は五宝丹を用ひるとも効な き者なり山帰来軽粉どろしゆすかろめる生々乳そつびる 等はいづれも一味を用ひて良効ある者なり鎮珠は一味を毎日一 忽つゝ服するともさらに効なき者なれば五宝丹も山帰来のよ ろしきをゑらみ用ひて鎮珠は下直なるにてよろし又山帰来は 毎日二三十目づゝも用ひるならば其症に応ずる者は十日なら ざる内に妙効あり若十日用ひて功なき者は症にあはぬなりす べて山帰来は久服するとも益なし又山敏束を服して何となく気 ぶんあしく上攻少しく頭痛し或は耳鳴出し或は舌上白胎黄胎 になる者はをして用ひる事なかれ害あるべし聾になる事もあり 近年はかんとうわたらず今 山帰来広東よろし 夏門もよろし かもんは かせん かんとうといふものは相山なり せんじ しるねばる ものなり 琉球も少しは効あれどもよろしからず和山帰来といふ ものは抜契にて少しも効なし ○凡病人にのぞむに天庭両額焔色黒色を帯る者は痼疾結毒 あるひは送毒の兆なり ○声音重濁なるものは結毒の兆なり ○金瘡灸瘡愈がたく愈て後紫黒色なるものは必ず黴気あり ◯凡黴毒家の脈沈湿遅滞を常とす沈結は痼疾なり若瀉消数 洪大を見す者は必ず純病をさしはさめり此病陽分に少しの疵を発 するとも其毒隠分に根ざすものゆへ陰脈を常とし陽脈を変とす 然ども脉は人々の生質によりて不同あり其人々の平脈を知らざれば少 しの事は見分がたし脈候腹症より其相顕音声飲食等の事を参 考して治方を投ずべし ○凡腹部を候ふに外筋骨疼痛ありて胸肋等腫いたみ腹皮攣急 或は心下或は脇下等堅満し久日いたむ者は黴毒なり是等の症は大 柴胡湯小健中湯附子湯等を兼用すべし又肌肉枯痩腹濡弱に して大便溏者は割治すべからず先山帰来到に十全大補湯補中益 気湯等を合方して与へ其体を強し而して後に用ゆべき薬を用べし ◯平素積癖ある者は必ず先積疳を治めて後黴毒治方を与ふべし ○黴毒治を誤り一身羸痩して寒熱往来し或は盗汗出虚咳 白沫を吐き或は自下利脈数を見者俗に湿労といふ多くは難治 の症なり劇剤を投ずる事なかれ ◯下疳便毒は交合して傳染し其初め前陰に瘡を生ずこれを 下疳といふ其瘡形灸瘡の如く疵浅く其色うすべにいろにして 疼痛なき者は毒あさし疵ふかくふちたかく紫黒色にして腐肉 ふかく膿稠く臭気甚だしく疼痛劇しき者は毒ふりし其色雁 白にして稀膿を出し脈微満なる者は虚弱としるべし又陰頭水 腫して和らりに其色かはらざる者は毒かりし陰頭紫黒色にはれ 疼痛甚だしく臭構近付べからざる者は毒おもし或は皮かむりの内 より膿汁ながれいで皮むけざるを袋下疳といふ或は陰所肛門の ほとり等に灸瘡の如く凸なる瘡を一面に生じ甚だしきものは 脇下或は頭面にも発すしかれども此症は毒あさく治しやすき者 なり又陰頭腐爛して疼痛はげしく漸々にさきよりくさり落 るを蝋燭下疳といふ或は肛門腐爛れ或は腫痛或は破れ疼痛して 便通の時はいよ〳〵破れ下血する者は痔疾にあらす是も下疳と 同様にて治方も同様なり凡下疳の治療は本剤には延寿丸 治瘡丸微効散奇良湯等をゑらみ用ひ兼用は症に随ふて与ふべし下 疳血熱はげしく紫黒色にはれ焮痛する時は疵のいたむばかりにあ らず小腹以下筋ばり陰嚢一面に疼痛するに熱痛する者あり冷痛 するものあり熱痛には大黄牡丹皮湯冷痛には真武湯を兼用すべし 又虚弱なる者は補剤壮実なる者は大黄牡丹皮湯荊防敗毒散 等を兼用し膏薬は其よろしきを用ゆべし ○陰門のふちはれるを俗にこしけばれといふ此症疼痛して不日に膿 潰する者なり先荊敗毒散をあたへ盲薬を用べし膿潰して其侭 治する者多し若数月治せざるものは治方下疳のごとし ◯淋疾は其證小便頻数或は満瀝して湿りいたむより淋疾と名 づけたるなるべし其小便しぶりて餘湿あるを気淋といひ尿血結れて 陰茎いたむを血淋といひ茎中いたみ努力ば出る事かたまりて沙石の ごときを沙淋と云ひ。小便出てねばきこと膏のごときを盲淋と いひ又労儘すれば即ちおこるを労淋といふ五淋赤白は膀胱の蓄 熱によるなり小便自利して覚ざるを遺溺といふ治方は壱未の薬 方をゑらみ用ゆべし ◯一種淋に似て淋にあらざる者あり小便常の如くにして頻殺せず 小便する毎にいたみ或は痒く常に膿汁漏下甚しき時は尿道に腫 塊をなし疼痛み或は陰頭腐爛じ或は小竅を生じ小便漏れ出で 膿水出る者は内下疳なり治方は下疳のごとし極悪症に至りては 陰嚢会陰肛門の辺に腫塊をなし疼痛して終に膿潰し漸々に 竅深くなりて小便膿汁漏出てやまず陰嚢より肛門の辺此が 黒色にはれていくらも小竅を穿ち皆悉く小便漏出其瘡口閉ぐ時は 疼痛み四五日或は七八日にして膿潰るときは暫時疼痛忍びやすし此 の如くにして年中やむ時なし此症火急に死する者にあらざれども不 治の病とす是を名づけて淋漏或は嚢癰絡疱といふ尤小便もれざる 者は治すべし治療は延寿丸治瘡丸黴効散をゑらみ本剤として大黄 牡丹皮湯荊防敗毒散十全大補湯等を兼用し或は奇良剤を用べし ○痔は眼鼻肛門等に発す俗に疣痔といふは肛門のほとりに蔵のご ときものを生ず男女ともにある事なり北症腫痛み或は治し又ははれ 痛み終に膿潰れて膿水出瘡口をふさぎ不日にして又疼痛し口を開 き膿水出るときは痛みやみ口をふさぎ漏管をなす者を穴痔といふ 疣痔を実とし穴痔を虚とす此症気鬱瘀血酒毒食毒より生ずと いふしかれども近代世上に黴毒流行すれば多くは黴毒送毒より発ず る者十に八九あり穴痔にならざる内に延寿丸治瘡丸黴効散奇良 湯等をゑらみ本剤として大黄牡丹皮湯の類を兼用し症に随つて 治すべし痔疾肛門はれいたむに蝸牛のくろやき粉にして胡麻油にて ときつくれば忽とまる又ほるとがるてれめんていな右二味ねりまぜつける もよし又穴痔となりては薬ばかりにては治せず糸をかけて肛門へ切 ひらき前方を与へて治すべし又俗にきれぢたゞれぢといふものあり これは下疳と治療同様なり痔疾悪症にいたりてはいかなる治術を 抱すとも肌肉枯痩して遂に咳などいで白沫を吐き或は盗汗を発 し労熱等を発して死にいたる者まゝあり ◯脱肛は肛門脱出るなり此症大病の后或は老人或は産後或は 痢病の后或は平日大便秘結する者等にあることなり治方は只気血 を補ひ陽気を拝提せしむるを要とす加味参耆湯を用ゆべし是を ほその 長強 入るの手術は治験にいだす尤灸治もよろし神闕と 中なり 会医等に灸すべし然れども数年を経たる者は治しがたし ◯便毒は腿のつけねに腫塊を生ず名づけて便毒といひ或は魚口 とも云ひ或は横痃ともいふ血分により発する者は腫起り疼痛して 不日に膿潰て腫消じいたみやむ是を陽症とす又気分によりて発 する者は満腫にいたらず疼痛もはげしからず膿潰すといへども黄水 など少しがゝ出で月日をかされて瘡口いへず膿水漏出で速々に瘡 口を生じ皆膿水を出しておさまらず其悪症に至りては漸々に 瘡口広く深くなりて愈ざる者を陰症とす或は便毒を発すといへども 腫張膿潰にいたらず不日に消散して変症を発する者あり凡便毒其 色紫黒色にしてかたく発熱焮痛する者は毒重し先大黄牡丹皮湯 をあたへ荊防敗毒散を用ひ膿潰して后延寿丸治瘡丸黴効散歩 良湯等をゑらみ用ゆべし其色紅色にして腫漏をなし疼痛はげし からず発熱せざる者は毒軽しこれも荊防敗毒散をあたへ膿潰して 后は延治黴奇をゑらみ用ゆべし又気分より発する便毒瘡口いく つもありて久年いへざる者はさぐりをいれて穴より穴にぬけ通りたるは 糸をかけてきりひらき或は腐肉皮等を切すてかうやくをつけ延黴治 奇良等をゑらみ用ゆべし膏薬はたいていばぢりこんよろし ○陽黴瘡は表発するを以て名づく或は楊梅瘡或は綿花瘡或は 砂仁瘡或は花米瘡などゝ名づくといへども瘡形に大小あるにて治方は 異なる事なし此症頭面胸腹脊腰四肢或は眼中鼻中咽喉等に も発することあり其瘡形斑のごとく瘡痂なく寒熱なく骨痛せ ざる者はかるし瘡形大ひにして凹にふちたかく臭気甚しく疼痛し 膿汁出で寒熱往来し身体疼痛或は頭痛し或は下疳便毒を 兼る者はおもし治方は延黴治奇の四方をゑらみ用ひ兼用は荊防 敗毒散数日湿熱さらず小便薬汁のごとくにして不食し飲食の あぢはひなき者は九味清脾湯を兼用すべし ◯筋骨疼痛は多く下疳便毒の変症にして其初発手足を痛 或は腰をいたむより漸々にいたみつよくなり周身におよび手足屈 伸ならず或は起居ならず甚しき者は筋骨腫痛昼夜止時なく 或は足水腫の如くはれ或は数月を歴て身体羸痩骨立し或は頭 痛破がごとく或は耳鳴耳聾をなし或は湿熱を発し或は不含す 治方はやはり延黴治奇の四方をゑらみ用ひ兼用附子湯滋熱には 九味清脾湯自下利には附子理中湯気血ともに虚する者は十全 大補湯補中益気湯を三考して兼用すべし ◯痛風は四肢腰背肩胸等走りいたみ或は百節腫痛み或は発熱 悪寒し其痛み昼は易く夜は刻ものなり又鶴膝風は足疼痛みて つるのあしのごとく膝節大に腫痛むものなり此二證は黴毒にあ らざれども年月を経て治せざる者は延微治奇の四方がよく治す るなり此四方を黴毒の薬とのみ思ふべからず軽粉重粉薫方山帰 来の主治する所は悪腫悪瘡筋骨疼痛或は金瘡烟等を治するもの なれば何病にても此症にいたる時は用ゆべきなり其内重粉は尤沈痾 痼滞の毒を治する故に治験を見るべし反胃留飲痛に妙功あり又牡一 乱にあたへて妙功あり或は膈噎等を治す治療をなす者心得べき事 なり痛風は先疎経活血湯をあたへ若効なくば滅毒丸玄牛散を ゑらみ用ゆべし ○結毒は下疳便毒等の初起に頓治をこのみ膏薬つけ薬洗ひ薬 等を以て愈し或は薬を服するといへども疵愈るときは忽ち止るゆへに 毒氣内攻して耳発し結毒となるなり ◯瘰歴は咽喉より頭筋に結核を果々と生ず其色変ぜず漸々 に長大になる累年治せざる者は悪症にて諸治効ありがたく終に 労症となり盗汗労咳等を発し肌肉枯痩して死に至るものあり これを真の瘰歴といふ又一種結核を生じ不日に禁黒色になり一 口潰て稀膿黄水を出し稍く口を収むれば又一口を穿ち連々とし ていくらも生じ肩井天突缺盆の辺にいたる俗に気腫瘰歴といふ 皆黴毒なり治方は延黴治奇をゑらみ用ひ葛根加朮附湯或は荊 防敗毒散を兼用すべし皮をへだてゝ口を生じたるは皮を切りひ らき膏薬をつけてよろし ○黴眼其初発眼目赤腫疼痛み眼胞腐爛し或は星を生 じ或は白翳をあらはし或は瞠々として物を見ること羅をへだて たるがごとく或は内障外障をなし目盲する者多し治方はや はり延黴治奇を本剤として葛根加大黄湯苓桂朮甘湯防風 通聖散反鼻丸等を兼用すべししりし兼用は当分々々のふせ ぎにて根治する者は延黴治奇の四薬なり ◯毒鼻に結する者は鼻紫黒色になりて漸々に蝕爛す其毒 重き者は鼻梁腫痛み鼻竅ふさがり終に膿潰て鼻梁陥下 者あり或は頭脳に結する者は脳漏鼻図となる其証常に濁消 下て止ず甚しきに至りては黄水濁膿漏出臭気近付べからざる なり或は頭痛をかねる者もあり一種鼻中に疵ありて外に色を あらはさず毎日大さ指のごとき瘡痂出て積年治せず諸物の にほひをしらず漸々に鼻梁陥下者あり是等もやはり延寿 丸治瘡丸黴効散奇良湯を本剤として反鼻丸防風通聖散荊 防敗毒散川芎茶調散等を兼用すべし ◯毒耳に結する者は耳聾をなす其初発耳鳴て鐘の音のご とく或は松風の音のごとく或は風雨の音のごとく或は川の瀬の音の ごとく種々に聞ゆるものなり此症骨痛頭痛或は疵ある者は治し 易し因身に少しの痛苦もなく常の如くにして一向に聞へずふら つき足本よろめき声のかはりたる者は治しがたし是等もやはり 延黴治奇を本剤として反鼻丸硫黄丸防風通聖散等を兼用 すべし ◯毒咽に結する者は咽腫痛み声音鼻に漏て俗にいふ鼻声に なり終に腐爛或は腮に穴を穿ち漸々に長大になり食するもの を鼻孔より出し或は毒気肺道に下りて肺癰の如く咳を生じ て膿疾を吐き或は声を唖或は毒舌に発して舌瘡木舌となり 或は歯齦腐爛歯を脱し或は唇腫いたみ腐爛て愈ず治方はや はり延黴治奇を本剤として排膿湯桂枝桔梗湯涼膈散清涼 散通開散等を兼用すべし ◯毒胸に結する者は胸腫いたみ久しうして腐爛膿汁出ていへず或は 心痛をなし狂乱となり膈腫となる腸肋に結する者は脇痛をなし腫 をなし終に腐爛す腹に結する者は前文腹喉のごとし或は反胃留飲 痛をなす其證平日大便秘結し宿飲を吐き嘈雑呑酸変気を発し 終日食する所の物を昏暮にいたりて吐きいだし或は留飲心下に遊走 袋に鼠を入たるごとし或は留飲心下にのぼりいたみをなし食するときは 痛つよく空心なれば。痛ず或は好んで食して胸たとへんかたなく悪 く指を咽に入て吐する者もあり此症は百薬応じがたし故ゆへに腹痛 する時は牡蠣を用ひて一時のおさへとす右反胃留飲痛膈噎には延寿 丸を与へて妙功あり兼用は茯苓飲調胃并気湯大柴胡湯の類 を三考すべし其他はやはり延黴治奇を本剤として滅毒丸荊防 敗毒散等を兼用すべし ◯毒脊腰四肢に結する者は痛をなし腫をなし久しうして腐爛れ 或は手足に結核を生じ疼痛して腹潰稀腹黄水を出して愈ず 或は筋骨百筋腫痛屈伸ならず或は筋ひきつり肝歩ことならず 或は紫黒色に腫筋骨をくさらし或は腫瘡を発して久年愈ず或は 鵜掌風癖を発して手足夏冬となく痒痛してあかぎれのごとく 破れて治せず是等も皆延黴治奇を本剤として附子湯荊敗毒 散滅毒丸等を兼用すべし凡黴毒を療するに其人虚弱にして精気 おとろへ身体羸痩したる者は大補湯益気湯小腹不仁小便頻数な る者は八味地黄湯胃中虚冷清穀下利する者は附子理中湯陽気 おとろへ脈沈細にして四肢黴冷諸瘡肌肉生じがたき者は真武湯敷 熱頭痛する者は川芎茶調散盪汗あるものは黄耆健中湯その症に したがつて兼用すべし又傷寒風邪等の熱ある時は黴毒治方を忌 べきなり或は軽粉重粉どろしゆす。かろめる。そつぴる生々乳蒸剤 等を用ひて水瀉する者は腹力虚弱なり此等はしひて用ひがたし山 一帰来剤雑鹿散等を用ゆべしかならず下剤を用ひる事なかれ 延寿丸類方一 本方延寿丸は家方の売薬にて天下にひろむ諸国町々津々 浦々に取次所あり一廻り十五日ぶん丸薬十五ふく入価六匁 黴毒の諸症新痼軽重遠年近日をとはず百薬効なき者を 皆速に治す其他小児の胎毒久年の淋疾淋漏嚢癰痔疾 鶴膝風痛風肺痿肺癰聾唖舌瘡木舌悪腫悪瘡身体疼痛脳 一漏鼻凋転掌風癩疾中風の筋骨疼痛反胃膈噎留飲痛 すべて疣痾痼毒を治するの妙剤なり黴効治瘡奇良は反胃 一膈腫留飲痛には効なし 一匁八分おふかみのあたまのくろ 一六分くちなはのきぬなり 狼頭霜 一蕎麦二匁蛇蛇一 やきなり国によりて得がたし 酒にひたしあぶり粉にする 余が家には たくさんにあり 一匁此品万国になし余がくふうにて一家の 大黄五分重粉 にて一家の 秘薬なり尤諸国の薬店にいだしをく 右五味合末にして飯にて丸じ凡十五日に用ゆしかれども其人々の 瞑眩によりて増減すべし毎日四五分より二匁ばかり迄にいたる 家方のばいかうさんは 黴効散これを薫方と云ひ或は嗅薬といふ 禁方秘録にいだす 主治延寿丸と同様にして延寿丸治瘡丸奇良湯生々乳そつ ぴる。どろしゆす。かろめる等および諸薬効あらざる者を治する こと神のごとし 光明朱一匁沈香五分麻木霜一匁艾五分弁柄七分 右五味末にしよくまぜはゞ二三歩長さ七八寸ばかりの紙袋をこし らへ其中へ薬末を入竹串の先を丸くしてこれにてつき込みかたく つめかくのごとく十五日ぶりの切りをつけ 一日に一切分を二度にかゞしめ七八日にいたりて口中いたまざる者は 一二切分もかゞしむべし口中いたむ時はやめ是もめんけんによりて 一増減すべし用ひ様先薬に火をつけ綿香のごとく火入にたて 鼻と薬と三四寸間を置つむりにひとへものをかぶりけむりの 一ちらぬ様にして口に水をふくみ煙りの鼻へ入様にしてかぐなり 口の水は勝手にかへてよろし人によりてはしやくり出ることあり 一其時は嗅事をやむべし又こゑをとむる事もあり此人はかぎ薬 あはぬなり他の方を用ゆべし 治瘡丸これも主治延寿丸同様にしていまだ軽粉剤用ひ ざる者に用ひて妙効あるべし さけをつけてあぶり 亀板 粉にして八匁 大黄 粉にして 辰砂四匁軽粉壱匁 八匁 八匁 けいふん。どろしゆす。かろめる其能同様なる故何れにてもよし 一右四味飯にて丸じ十五日に用ゆ増減前のごとし 奇良湯主治延寿丸黴効散治瘡丸生々乳そつぴるどろ しゆす。かろめる等を用ひて効あらざる者によろし 山帰来 百四十目 或は一斤 かんざう 川芎六匁金銀花六匁甘草弐匁八分 一茯苓八匁四分木通八匁四分当飯七匁 一右七味七貼となし壱貼に水壱升入五合にせんじ弐ばんに 一水五合入弐合半に煎じ一日にのみつくすべし以上七日 捜風解毒湯主治奇良湯のごとし 山帰来壱斤防風茲蓋仁木瓜木通白鮮皮各 名口 各 三匁五分 一皀角仁二匁八分當飯五匁白莚甘草金銀花梍角刺 一各三匁五分 右十二味七貼となし恵法服法前方のごとし いづれもといふ事 救淋解毒湯主治諸淋疾内下疳等によろし 山帰来半斤黄連木通茯苓甘草黄芩大黄 桑白皮大腹皮各四匁二分夏枯草十匁五分滑石十四匁 一右十一味七貼となし煎法服法前方のことし 五宝丹主治奇良湯と同様なり 五寳丹 一鐘乳石三匁六分辰砂二匁四分琥珀六分龍脳六分真珠三分 飛白麺 二十目近来飛白霜と名づけて鉛水銀の二品を大にかけまぜ合せ酢をもつて 製しこれを用ゆる者あり此品無益のものにして効なし用ゆることなかれ 一右六味粉にして三十六貼に分ち毎日山帰来三四十目に水一 升入五合に煎じ弐ばんに水五合入二合半に煎じ此汁弐合半 一にて粉薬一貼づゝ服す一日に三度以上十二日に服しつくす 鶏鹿散主治奇良湯の如くにして精気おとろへ羸痩し たるものによろし 鶏鶏 かしわといふものを用ゆけくちばしつめはらはたをさり 骨をくろやきとなし肉はあぶり七くしにわけおくなり 鹿角 しやうちうに 三日ひたし くろやきとなし 薩摩小人参四匁山帰来廿目右五味末にして四 四匁 三十目 十二貼となし毎日山帰来に 甘草四匁右二味水八合入 よろしき所 四合にせんじ二番に水四合入弐合にせんじ此汁一合にて粉薬一 貼ヅゝ服し雑肉一串を六つにわけこれを一切ヅヽ六度に食ふなり 日に四度夜に両度以上七日にのみつくすべし 反鼻丸一切上部の結毒黴頭痛黴眼頭面瘡鼻腫痛み 咽喉腫痛み瘰歴氣腫其他筋骨疼痛む等によろし或は 大人小児耳なりきこへざるに妙功あり又黴毒治后に久服して よろし常に上逆して足ひへる者によし 一反鼻十五匁川芎十五匁大黄三十目当飯三十目肉桂九匁 右五味粉にして飯と酒にて丸じ一度に一二匁づゝさゆか酒にて 服用す一日に二三度或は常服する者は毎夜用ひてよろし 再造散諸湿瘡毒癩疾陰嚢癬小瘡膿瘡便毒等によ ろし或は黴毒治后久服してよろし 一反鼻六匁白玄牛子六匁欝金五匁梍角刺三匁大黄十匁 一右五味粉にして丸法服法反鼻丸のごとし 白砂丹小児の胎毒頭瘡及び周身の諸瘡を治するの一奇方 一蕎荷仁二十目白砂糖二十目軽粉三分右三味粉にして当才の 子は一日に一匁五分二才の子は二匁三才の子は二匁五分五才の子は 一三匁五分以上は右わり合を以て用ゆべし尤口中いたむ時はやむべし 海金砂丸淋疾を治するの一奇方 一海金砂五匁黄連五匁甘草二匁滑石十匁大黄八匁 一右五味粉にして一度に壱弐匁ヅゝさゆにて用ゆ 水銀丸黴毒百薬効あらざる者に効ある事まゝあり 一水銀三匁緑礬六匁硝石三匁大棗肉二匁食塩五分 右五味薬研にて粉にして飯三十粒ばかり入よくすりまぜ○是 ほどに丸じ黄蝋を火にかけとらかし丸薬を針にさし蝋の中へ ちよいとつけてあぐると蝋が衣となるこれを一度に五七丸より十 丸ばかりまで日に三度さゆにて用ゆべし七日にして効あり若 七日用ひて効なくばやむべし ひぜん打薬此薬をうちつける時は内に伏したる毒こと〴〵く 一表発して治するゆへに内攻することなしつけ薬湯薬もよく治 するものなれども内攻する者まゝあり 巴豆 皮をさり肉 ばかり三匁 黒胡麻四匁障脳壱匁 一右三味薬研にて粉にして絹につゝみ上酒をつけてひぜんの出 たる所へ日に三度ヅゝ七日の間すりうつべし薬のついたる所はは れるゆへに陰茎陰嚢陰門は薬のつかざる様にきぬにてつゝむべ し内薬は荊防敗毒散を毎日五六貼づゝ服すべし十日め頃に しろ水 ぬかの もみ出し に塩を入湯をわかし入湯すべし内薬はやはり服 一するがよろし其後滅毒丸を服して可なり 玄牛散痛風を治するの一奇方なり 一白黒玄牛子生一合狐色に焙一合黒焼二合 右粉にして一度に二三匁づゝさゆにて服す 家方滅毒丸胸腹に水停滞血気心を攻め心痛腹脹り 一大便通ぜざる者を治し或は痢疾熱病或は食滞或は留飲物 痛或は痛風卒中中暑驚風癲癇胎毒疳疾発狂の類 心胸にせまる者に妙効あり或は小児の疥癬を治する事神のごとし 一大黄五匁杏仁二匁巴豆一匁赤石脂一匁代赭石一匁 右五味粉にして飯にて丸じ一二分より一匁ばかりまで用ゆ尤小 児は数日用ゆべし 硫黄丸耳聾頭痛甚しきに効あり 一大黄八匁硝石硫黄各二十目 一右三味粉にして丸じ一度に一二匁ヅヽさゆにて用ゆ 鵝掌風を治するの一奇方 一牡蠣一味をせんじ此汁にて洗ふに速効あり 荊防敗毒散諸般の瘡毒腫痛み或は癰疽疔発背乳 癰腫瘡便毒一切の腫物等にて悪寒発熱頭痛其地外邪の 発熱等に効あり凡腫物瘡毒疥癬の類表発せしむるの 妙剤なり 羌活独活柴胡前胡枳宍川芎桔梗茯苓 一人参忍冬荊芥防風連翹各三分甘草壱分 生姜二へぎ右水一合半入壱合にせんじ服す 大黄牡丹皮湯臍下に腫瘡ありこれを按せば痛み或は 便に膿血を下し小腹痛む者を治す或は腸癰癰疔便毒 或は風毒腫或は乳歯の類或は下疳便毒疼痛甚だしく血 熱ある者に効あり 一大黄八分牡丹皮六分桃仁四分冬瓜子一匁芒硝一匁二分 一右五味水二合入一合にせんじ芒硝を入服す 大柴胡湯胸脇苦満し寒熱往来或は嘔し腹中いたみ心下 一急微煩し腹満拘攣を治し或は小児熱出で腹満するによし 或は数十日熱出て譫語をいゝ大便通ぜざるを治す 一柴胡八分黄芩芍薬大棗各三分大黄二分枳実四分 半夏六分生姜五分右八味水二合入一合に煎じ服す 一大便通ぜざる者は大黄芒硝を加ふ下利する者は大黄をさる 九味清脾湯痺瘧脈弦数但熱して寒せず或は熱多く 一寒少く口苦く咽乾を治す此方瘧疾を治するを第一とす余 一頻年黴毒を療するに湿熱数月さらず日晡に発熱して朝に さめ或は時となく悪寒発熱し小便赤く口苦咽かはき食の味 はひなく不合し身体羸痩する者に小柴胡湯大柴胡湯竹 一如温陰湯或は補中益気湯種々用ゆるに全効なしふと此 方を用ひ忽ち効あり其後しば〳〵用ひて皆効を得ざる事なし 柴胡黄苓茯苓蒼朮厚朴青皮半夏草菓 甘草各四分生姜二へぎ右水二合入一合に煎じ服す 川芎茶調散諸風上り攻て頭目昏沈偏正の頭痛鼻塞 一り声重く傷風壮熱肢体腹疼肌肉増動し膈熱疾盛んに 一婦人の血風攻注ぎ大陽の穴痛むを治す但し此外風気に感 じてなり或は忽気迷上して頭痛するに奇効あり或は実天 に歩行して頭痛するに効あり 一川芎荊芥各四分薄荷香附子各八分羌活白並 甘草并弐分防風細茶各七分右生姜二片ねぶかの根一 一寸ばかり入水壱合半入一合にせんじ用ゆべし 防風通聖散一切の風熱にて大便けつし小便赤うしてし ぶり頭面に瘡を生じ目あかくしていたみ或は熱きはまりて 風を生じ吉こはり口くひつめ或は鼻に紫赤いろの風刺かざぼ ろせを生じて肺風といふになり或は風厲となる俗呼で大風 とす或は腸風にして痔漏となり或は腸欝して諸熱となり 一譫妄して驚きくるふ者皆こと〴〵く奇効あり 防風川芎当飯ノ芍薬大黄芒硝連朝薄荷 麻黄荊芥白朮山梔子各二分石黒桔梗黄芩舌四分 一滑石一匁二分右十六味生姜一片入水一合半入壱合にせ んじ服す 苓桂朮甘湯上衡心下逆満して起時は頭眩小便利せざる 症を治す或は上気つよく目まひする持病に芎黄数を着用 すべし眼病に此症多し或は内障外障或は白翳或は星を 一生じ又は血出る等にも芎黄散を兼用し滅毒丸にて下して 一よろし目瞠々として明らかならざるによし 一茯苓一匁桂枝七分半蒼朮甘草各五分車前子五分 一右五味水一合半入一合に煎じ服す 芎黄散諸般の上衝頭痛耳鳴或は頭痒或は白屑多く 或は隕瘡或は頭眩目瞑或は肩背こはり或は口熱歯いたみ 或は血積大便秘結或は眼疾等を治す 川芎六匁大黄十匁或は蕎麦粉四匁を加ふ 右末にして一度に一二匁さゆかさけにて服す 桂枝桔梗湯血毒上に迫り牙歯疼痛して頬腫痛或は 舌強り痛む者を治す 桂枝桔梗茯苓黄芩地黄各六分 右五味水二合入一合に煎服す不大便大黄を加へ伏熱は 石器を加ふ 小健中湯裏急にして腹中物急し或は急痛する者を治 す拘急といふは腹中に竹などを突立るがごとく或は弓の 弦を張たるやうにひつぱるきみをいふ或は心中煩轉し或は 衂血又は腹中手足等いたみ煩熱して夜寝られずおそろし き夢などを見或は遺精などの患ひあるを治し或は積気 一腹痛の持病其腹拘急するを治す 一芍薬一匁二分桂枝甘草大棗生姜各六分膠飴四匁 一右水二合入壱合にせんじあめを入服す 黄耆健中湯小健中湯の症にして盗汗或は自汗出 る者を治す小健中湯に黄耆七分を加へ煎法同様 葛根湯頂背強り或は発熱悪風或は鳴し或は風邪傷 寒の初発下利する者或は手足なへしびれたる者或は肩背 高くはりすくみ首まはらず桜のごとくなるに芎黄散滅 毒丸を兼用す或は此方に大黄を加へて頭瘡小瘡黴毒便毒 諸瘡腫毒に効あり滅毒丸を急用すべし或は肩背いたみ 骨疼の類に附子蒼朮を加へ用ゆべし 葛根八分麻黄生姜大棗各六分桂枝四分芍薬甘草 各四分右七味水二合入壱合に煎服す嘔ある者は半夏を 加ふ葛根加半夏葛根加木附葛根加大黄これなり 附子湯身体いたみ手足寒じ小便不利心下悸或は腹痛 する者を治す或は痛風背痛腰痛疝気脚痛痿躄或は水 腫に効あり 苓苓芍薬附子各六分蒼朮八分竹節四分 右五味水二合入一合にせんじ服す 一悸といふは動気より小くして 真武湯心下悸 びく〳〵と手にあたるをいふ づげんみじゆんどうあるひふく 頭眩身咽動或は腹 痛し四肢沈重疼痛小便不利或は嘔し或は下利し拘痛する 者を治す或は少陰病腹痛小便利せず四肢沈重疼痛自ら 大便下利する者によし或は下疳便毒一切の腫物冷痛するを 治す熱痛には用ゆべからず 一茯苓芍薬生姜九分蒼朮六分附子四分半 一右五味水二合入壱合に煎じ服す 附子理中湯心下痞鞭して吐下し小便不利或は心下ゑ 一痛或は大便下利腹痛或は脈沈微細四肢厥冷清穀下利するを まるつぶ 治す にんじ 心下痞歎する者は竹節を用ひ 人参 甘草蒼朮干万各七分附子六分 身体羸痩したる者は人参を用ゆ 茯苓八分右六味水二合入壱合に煎服すべし烏頭附子天雄 とわかつなれども其効同様なり此毒に中るにかろき者は口 ひりつき山椒をかみたるがごとく或は微く身しびるゝ様なり 又強く中たる者は水を吐き身麻木して動く事あたはず或は 一口ゆがみ卒例て手足厥冷することあり驚くべからず甘草干 万吉一匁黒豆十匁右煎じ用ゆれば一時か半時の間には醒る也 初年に生ずるもの烏の頭に似たるゆへ烏頭といふこれに附く子 を附子といふ附子につく子は長みありて子はつかざるゆへに天雄 といふ三物本一物にて其能も一同なり其附子は塩を以て製 する故に其毒ゆるくなるなり然れども舶来の物甚だ高直 二三壱斤 天保十四年のころ なり 一六壱斤価百目余 烏頭 価二匁前後 これを匙がうに切文火にて狐 一色に焙り用ゆる時は附子と同様なり世人鳥頭におそるゝは淡く ざつと煎ずる時は前文のごとく瞑眩して其効すくなし濃煎ずる 一時は緩くして反て能黴す余常に附子を用ひず皆烏頭を用ゆる ゆへ甚だ心易し 八味地黄湯臍下不仁小便不利或は額数或は小便自利或は 消渇して小便反て多く飲事一升なれば小便も又一升なるが如き 一者を治す諸の虚損を治するの妙剤なり 地黄一匁二分山茱萸山薬各六分沢瀉茯苓牡丹皮右四分半 一桂枝附子各二分右八味水二合入一合にせんじ服す 補中益氣湯精氣をまし虚熱を退け自汗盗汗を治し脾 一胃を補ひ気血を生ずるの妙剤なり 一黄者一匁人参三分白朮当飯各七分陣皮五分柴胡四分 一升麻三分甘草三分大棗三分生姜二片右十味水二合入一合 に煎じ服す脾胃虚の泄瀉には芍薬茯苓沢瀉を加へ用ゆ 十全大補湯気血ともに虚し発熱悪寒自汗盗汗肢体 一倦怠或は頭痛眩暈口乾て渇し久病虚損遺精白濁或は大便 自利小便短少虚労不足肌肉枯痩を治す 人参白朮茯苓当服川芎地黄芍薬黄耆肉桂 一甘草附子各三分右十一味水二合入壱合に煎じ服す 茯苓飲心胸の中に停疾ありて宿水を吐し或は喘し呑腹 或は心下悸し胸満或は小便不利或は水を吐し或は嘈雑呑酸 一胸背刺痛するを治す 一茯苓竹節蒼朮廿六分枳実四分橘皮五分生姜八分 一右六味水二合入一合にせんじ服す 調胃承気湯大便通ぜず急迫して実なる者を治す 大黄一匁甘草五分芒硝二匁 一右大黄甘草二味を水一合半入一合に煎じ芒硝を入服す 加味参蓬湯癰疽瘰癧久しく愈ず諸瘡結毒脱肛を治す 人参白朮黄芥当皈生地黄芍薬茯苓升麻 一陣皮桔梗附子肉桂甘草大棗各等分 右生姜入煎じ服す 清涼散一切実火咽喉腫痛を治す 桔梗山梔子連朝黄芩芒硝枳穀黄連當皈合六分 一地黄甘草各三分薄荷二分 右燈心細茶を入せんじ服す 通開散喉痺咽腫痛んで語ことあたはざるを奇妙に治す 一人参白朮茯苓吾四分甘草六分桔梗八分芒硝三分荊芥 一薄荷干姜附子各二分右水煎徐に服す 排膿湯咽喉腐爛膿血ある腫物癰の類膿を催る者を治す 甘草八分桔梗一匁二分生姜四分大棗一匁右水二合入一合に点服す 味膈散傷寒表症いまだ解せず半裏に入て下す事ならず 一懊膿して眠らざるを治す或は実火いきれ渇いて口舌に瘡を生 じて譫語し大小便秘結し斑を発して黒くして陥み熱つよきを 治し蒔熱実火口舌腐爛等を治す 一連麹一匁二分山梔子大黄薄荷黄苓右三分芒硝三分 一甘草一分半桔梗六分石膏六分生姜二片 一右水壱合半入一合にせんじ服す 疎経活血湯痛風遍身走り痛んで刺がごとく左の足い 一たみ尤甚だしきを治す左は血にぞくす内損傷して筋脈空 一虚し風寒湿熱を被り内に感じ熱が寒を包むときは痛んで 筋絡をやぶる是を以て昼はかるく夜はおもきに宜しく経をする し血を活し湿を行らすべし痛風血虚にぞくする者を治す 芍薬四分半当版四分地黄蒼朮牛膿陣皮桃仁 一蔵霊仙右三分竜膽二郎半茯苓川芎防巳差治 一防風白莚右二分生姜二片右水煎服す バヂリコン癰疽一切の腫物諸瘡腐爛の臓を吸腐肉を さり肌肉を生じ愈すなり 一晒松脂三百目黄蝋八十目鹿油廿目チヤン百目胡麻油七合 一先油を煮て松脂を少しづゝ入るなり松脂多く水気ありて わきあがるゆへ沸出ぬ様に少しヅゝ度々に入其後千ヤンを入れ 次に黄蝋を入半日ばかり文火にて煮て煮て吉野紙を 一かくのごとく竹にくゝりつけ是にてこし貯るなり オーリウン諸のいたみを和らげ膿を吸ひ愈すなりばヂリ 一コンにてかぶれる者まゝあり其かぶれるはチヤン松脂のわざ也 此膏薬脂なきゆへかぶれることなしバヂリコンにてかぶれる 者はオーリウンにかへてよし 一胡麻油一合黄蝋二十目欝金粉二匁黄柏粉一匁二分 一先油を煮て淡の消たる時蝋を入能とろけたる時火より おろし少しさめたる時欝金黄柏を入撹てさますなり能 さむるまではかきまぜて手を止る事なかれ カンプラトン諸瘡膿つきて愈がたき者によろし 一胡麻油一合白蝋二十目唐土十六匁椰子油一匁軽糖脳右四分 先油を煮て蝋を入次に唐土軽粉糠網を入るなり煉りやう オーリウンのごとし 萬能膏ばヂリコンの能にしてうちみかたのこり等に妙効 ありバヂリコン七十目を武火にかけて淡のきへたる時長吉丹 一八匁丹を少しつゝ入かきまぜ漬のきへたる時又入前のごとくに して冷水をかたはらに置是へ少しばかりおとしてかげんを見て 程よき時に火をおろしさまし用ゆ尤かたすぎたる時は又煮て バヂリコンを入るなり又和らか過たる時は煮て丹を入るなり 黴眼赤腫疼痛する者或は腫子黒珠腐爛する者或は腫子開ひて 明を失する者等の点薬洗薬は別に奇方あり禁方秘録に出す 黴瘡茶談終 黴瘡治験 大日本神医錦小路殿御門人 伯州米子錦海船越敬祐著 ◯大坂天神橋北詰北入尾張屋嘉兵衛の下人新助とし二十 三四前年八月ごろより下疳べんどくを。はつし。かうやく。つけ薬 あらひくすりなどにて。これを。なおしてのち。いまだ。ひさし からぬに周身にやうばいさうを。はつし七ふく薬さんきらい ざい五宝丹或は下剤かうやく。つけ薬などを。もちゆといへども寸効 なくぜん〴〵に。くさりたゞれ笑穢ちかづくべからず翌年四月ごろまで 百治効なし。こゝにいたりて余に治をたのむ余ゆきてこれを見るに。その 家内両人あんなひして二階にあがる。にかひの。ふすまを。あくれば 其にほひ鼻をうがつ両人のものは手ぬぐひにて。はなをくゝり 陳皮をたいて。そのくさきをふせじ其病人頭面一めんに大 瘡をはつし腰以下両脚一めんに。かさぶたとなり膿汁ながれ いづ。しかれども飲食は可なりに食ふゆへにげんきさほどに脱ず 脈浮数すこしくねつあり余先けいぼうはいどく教をあたへ延寿 丸毎日一ぶく半をのましむ十日ばかりにして口中すこし。はれたゞれ たり病人の曰く此間はうみしる出盈と前日に一ばいなりといふ余 が曰くこれはくさりをさり肌肉を生ずるゆへなり今日よりせん薬 は五ふくものみ延寿丸二ふくづゝのむべしと。これをのむこと 十日ばかり。うみしる。いでず同身のかさふた半おちたれども 両脚むかふすねは一めんの。かさぶたにて脚拌をはきたるがごとし 此時口中大ひに。くさりたゞれて。すりゆを金通しにて。こしたるを のむゆへに延寿丸をやめ。わうれんげどゝとうに石膏をくはへ 又は。なうかくさんに石膏桔梗をくわへなどして。もちゆ天より六七日して そうみのかさふたのこりなし。おちて。むかふすねの。かさぶた一度に。おち たるに□是程の虫片足より三びきかた足より四ひきいで。その あゆむこと。はなはだ。はやし病者これを見て色をへんじ乗かゝる 虫の。をることを。しらず此ゆへにや。あるひは。かゆく。あるひは。さすがごと く。いたみたり。みるもなさけなやとて此虫を。かみに包て。しめころす 延寿丸をやめて凡廿日ばかりにして口中なをり粥を食するに いたりて又延寿丸毎日一。ふしけいぼうはいどくさんを。かねのまし。 むること三十日ばかり此度は口中いたまず全く。なをりて。ふた たびおこらず○大坂天満御弓道心薬なるものゝ。せがれ年 二十ばじめ下疳を。せうじ。かうやくにて。これをなをす日あらずして 筋骨ふし〴〵〴〵。うづき。いたみ手足のびかゞみ。ならず。諸治効なし 余にれうぢをたのむゆへ延寿丸一剤をあたへ毎日一ふくじツゝ を三度にのむべしと。これをのむこと七日にして。口中はれたゞれ たるゆへに延寿丸をやめ。わうれんげどく加石湯を与ふること十四五 日にして口中なをる病者の曰楽一身に。しつうのところなし先休薬いたし たしといふ余がいわく不可なり此病一応にて根治するものにあらず 薬よく応ずる時はしげりし草に熱湯をそゝじが如し。其あらはるゝと ころは忽枯るといへども其根をからさゞる時は日あらずして茅を いだして又はびこべし黴毒もさのごとし当時くつうを。なをすといへ ども全治するまで服薬せざれば日あらずして。さいほつしくつう 前日より。はなはだし其時薬どくと名づけて医をそしり薬をうらむるは 上方のならはしなり真実病毒を。おそならば余が休薬を。ゆるす までは。ふくやく。いたさるべしといふ其よくじつ使を。もつて。くすり断いた すゆへ止事を得ず其意にまかす夫より五十日ばかりして其母来 つて曰かなしいかな倅こと此廿日ばかり。いぜんよりやくどくの。わざにて 大ひにづゝうして耳なり。きこへず毎日五六度ツヽ左りの小腹より握 り挙しのごときもの心下へつきのぼる其時は胸膈にて動気つよく 乾嘔して足ひへ頭つう甚しく四肢ひきつり。ふるうて人事をし らず。ほとんど死にいたらんとす。しばらくして水をはき。どうき 〽おさまり。つきのぼりし物もおさまる時は頭つうも。ゆるみ又発る時は 前状のごとし家人も病者も必死をさはむ病者あまり。くるしさに 髪を切りて坊頭となり。たゞ死をまつのみ願くは今一応御見ま ひぐださるべしといふ余ゆきて。これを見るに。ごしゆ湯の症なり当時 れうぢをする。いしやされは。やくどくなりといふて薬をあとらふるに食物 すゝまず。病日々に危篤にいたるゆへ。みまふごとに医者と薬を。そしる といふ余がいはく盲医なんぞ己が拙を蔵し奸言を。あつて病家 を誑惑せしむるや。ばいどくも。さいほつ。なれども小腹より。おこるもの は他病なり先ごしゆとうを。もちゆべしと。ごしゆ一匁八分竹苔た いさう五分ヅヽ。しやうが九分水二合入壱合にせんじこれを四 五度に。のましむ。からゑづきやみ頭つう。ゆるみ日々に動ありて 食すゝむにいたり十日ばかりにして前症悉く。なをり今は頭つう と。みゝなり。きこへざるのみなり故に延寿丸毎日一ぷくを。かねのましむ 凡三十日ばかりにして。まつたくなおるこれを。やくどくの。わざとは なんぞや。やくどくどくは。ごしゆとう。ゑんじゆ丸にて。なおるものにあらず これみなびやうどくの。つきるまで。くすりをのまず。はんとにして。やめ たるゆへに。ひやうどく。さいほつして。かひをなすなり病人よく〳〵是をさつせよ也 ○大坂木挽南之町伏見や清右衛門年廿八四五月の頃より便毒をは わし膿潰てのち疵口いへず・こしあし。うづきいたみ歩行ならざること百よ 日百治功なし十二月にいたりて余に治をたのむ。もと福家のことゆへ これまでに種々高料剤ものみつくしたれども大坂りうにて丸薬さん やくを寒薬なりとて。いみきらふゆへまづ伯州散に。けいぼうはいどく さんをのませてはつぴやうせしめ其のち奇良湯をもちゆれば黴 功あれども。はか〴〵しく。なみらざるゆへに。ゑんじゆ丸まい日一ぶく半 に大わうぼたんぴとうを。かねのます四五日にして。うづきいたみやみ 歩行なる連服すること三十よ日にして口中いたまずまつたくなおり 一夫より酒肉を用捨なく食すといへどもついにおこらず ○同町にふしみや清八といへるものありとし三十五六前年ふゆのころ 下疳をはつし。つけ薬かうやくなどを。もつてこれをなおす春にいたりて やうばいさうを。はつし。ぜん〴〵に。ほねふしうづきいたみ四月のすへにいたり て清右衛門ゑんじゆ丸をすゝむるゆへに余に私うぢをたのむ其時病 にんさうみに花米瘡とて小米のごとき小瘡一めんにはろし脇中赤く はれいたみ。ほねふし。うづきいたみたちゐ歩行ならず先ゑんじゆ 丸一日に一ぷく半にけいぼうはいどくさんを。かねのましむ三日にして からだのいたみ。はなはだしく一寸もうごくこと。ならざれども。かん ちうあきらかに赤肉さりいたみやむ五日めには。ほねふしの。うづき いたみやみ。たちゐほこう。じゆうになる此日同人の女房問ていはく 葉当春より頭つうはなはだしく日夜やむときなし。あれこれ 御いしやの薬をのめども。すこしも効なし。さて〳〵血風といふものは。な んぎな。ものでござるといふ余笑ふていはく汝の夫ばいどくに。くるし むこと久し夫婦の中に此どくうつらざること。あるべからず是す なはち。ばいどくなり。どふしてか。ちのみちの薬にて効をゑんや夫同 様の薬をのむべしといふ其女不興のていにて。なにさま。さうだんの うへにて薬を願ふといふて其日薬断をいふ翌日清八に汝の女房な にゆへくすりをのまぬやと問ふ答ていはしこれまで。をいしや数人みな ちのみちなりといふ。たゞ先生ひとり。ばいどくと。おふせらるゝゆへに。しん るいより。さしとめ。よんどころなく断りいたせりといふ余がいはく。このゝちか ならず。ばいどくのしやうを。あらはすべし笑止千万といふてかへる其日 又清八も休薬いたしたしといふ。そののち清右衛門に問ふていはく清 八ゑんじゆ丸にて速切ありながら。きうやくとは。なにゆへぞ清右衛門 こたへていはく。しんない。よりあつまりていふ清八は大びやうなりなんぞ ゑんじゆ丸のごとき安薬にて治すべきいはれなし。そしてゑんじゆ 丸は。かんやくにて当ぶんなおるとも後日に大いなるがいあり早々やめ よ。すでに良医をたのみたりとて四まひがたの。いしやをむかへ。女房も ともに薬をのみ先生のくすりはさんざに。あくこう。いたすといふ余が いはく。しからば先なぶりものに。いたさすべし数月ののち。じつにたい びやうとなり其ときは。こうくはひ・すべしといふ・そのとし九月にいたり 又余に水うぢをたのんでいふ其のちしんるいの・すゝめにて種々れ うぢ。いたせども。君だいに。たいびやうとなり女房は七月ごろより頭 つうはやみたれども。さうみにようばいさうを。はつしいまは。らいびやう のごとくになりことにあし痛みて。なんぎなり。此ごろ先生の薬を のみたるものを聞に皆ぜんくはひしたりと是によりて先生の信言 を始てさどり。めんぼくはなけれども今は夫婦ともに。なうぢを希ふ なりといふ。清八此時はしんたいやせ。衰へ骨節いたみ・ねかへりもなら ず小べんは土ほうらくにてとり大べんはむつきにてとる余がいはく 清八薬は別になしはじめ。ゑんじゆ丸にて。めうかうあれば先ゑんじゆ 丸ばかり毎日一ぷく半づゝのむべし。せんやくは何なりとも。のませて。やく れいとるが当世なれども。ゑんじゆ丸ばかりにて治すればせん薬はむゑき なりゑんじゆ丸は余が議弟ふしみや清右衛門に相伝したれば清右衛門 が製造のゑんじゆ丸を。もとめてのむべしといふ則これをもとめて毎にち 一。ふく半づゝのむこと十日ばかりにて。いたみなおり。ほこうなり。しだいに 肥満し三十よ日にして全くなおるなお薬をのむこと又廿日ばかり 此のちふたゝび。おこらず清八女房には。けいぼうはいどくさん毎日三 ぶくゑんじゆぐはん一ふくをのましむるに。たちまち胸むか〳〵して 吐ておさまらざるゆへに治瘡丸にかへ毎日二がゝ五分を三度にのます 十日ばかりにしてようばいさう大半いへ両あしのうづきいたみやむ此とき 口中すこしはれたゞれて粥の上湯ばかりのむ病者のいかく瘡は大かたにな おり。足のいたみもなおりたれば丸薬をやめ口中のいたみを。はやくなおし 下されといふ余がいはく上可なり汝の病どく半ばなおりて半はなおらず口 中のいたみも・さほどになければ今廿日ばかり。のまざれば日あらずして またさいほつすべしといへども丸薬をのまず止事をゑず涼摘散に石蕎 を加へてのましむること十日ばかりにて口中なおるこれよりいかに利害をとけ ども薬をのまず其のち五十日ばかりにして両眼うづきいたみ題はれ いたむ此とき千日の妙見宮へさんけいし道にて相知る婦人めくらと なり手をひかれてまいるにいであい其ゆへを問ふめくらのいはくこの秋 よりしつがんにて両がんつぶる。うまれもつかぬ・かたはとなれりときいて 大いにおどろき又薬をもらいに。まいりしといふ。ゆへにぢさう丸をはぜん のごとく。のましむること十よ日にして八ぶんはなおれども口中いたむをいみ さらひ又休薬せんといふゆへに種々利害をときぢさう丸まいにち 一がゝ五分と反鼻丸三分ゝをのましむるにこれも十日ばよりにしてやめ たりそののち六十日ばかりにして又おくる此時もぢさう丸はんび丸を のましむるに又廿日ばかりにしてやむかくのごとくすること凡六七度其 のち咽喉くさりはれいたむ此ときはぢさう丸の口中いたむをきらひ口中 医者にれうぢをたのみ。しだいに。くさりいたみ飲食薬汁をのむときは 鼻よりいで。のどをくだらすぜん〳〵に精気おとろへたれば今はぢさう 丸はもちひかたしと自身もおもひしんるいもこれをとゞめ・しだいによ はりて死したりこれらは上方人のくせにして病根をたつまでくすりを のまずついにかゝる非命の死をなせり其はじめ病こんをたつまで 薬をのみたる清八は甚壮健にていかなる酒肉を食ふともすこしもかい なし上方のならはしにて薬のめんけんを。おそれむゑきの薬をながくのみ 命をうしなふもの。あげてかぞへかたし世人こゝろへのため誤治にて 死せるもの一二をこゝにいだす ○摂州木津村大工治良吉の娘とし十六三がねんいぜんより陰 門に錬締のごとき瘡をはつし。つねに。うすうみ。きしるを。いだすし だいに。かずをまし終にゐんもんの上いちめんになり・かずのこ一合ばかり を。つみたるごとくにして。きしるをいだして臭穢はなはだしく諸薬 動なし平日たんぱん水にてあらふときは。しばらし。かはきくさみも。 さるといへども半日ばかりにして又きしるいでくさくなり一日もやむ ときなし余にねうぢを・たのむゆへにまづ。けいぼうはいどくさんを あたへ治瘡丸毎日二かくばかりをかねもちゆ五六日よりうづきいた み四五日のあいだに。かずのこのごときもの。みなくさり。おちたりとい ども。うづきいたみやまず。ぜん〴〵にくさり大ねつをはつし食すゝ まず。かはひて水をこのむゆへに前方をやめ大黄牡丹皮湯をのまし む二三ぶくにして。うづきいたみ・やむゆへに。つゞひてのましむるに。また いたみいで。いよ〳〵くさり譫語いふて薬汁は吹いだして。のまずたゞ水を このみ三十よ月にして死す実に稀代の劇症なり ○大坂北久宝寺町吉野屋某の嫁としはたち十七のときよめ いりす其夫三ケねんいぜんより下疳をはつし。かうやく・あらひげり などにて。なおるゆへに。よめをとり不日又おこり女もうづりて頭にくさ をはつして大ひにくさり又首筋よりけつぼんの間にかたまりをせう じ.むらさき。くろいろになり・ついにうみついへ。くさりたゞれ。みづうみ・な がれいでゝ。やまず又足の麦中に其女のにぎり。こゝぶしほどの。かたまり を生じすこしいたみあり諸医なおすこと。あたはざるゆへに親里へかへり 種々なうぢをすれども寸効なし其天も五ヶ年のあいだくるしみ大坂 りうにて四まひがたのいしや緩和剤ばかりのませて敵当の薬をもち ひず。しだいにやせおとろへ九月の末に死すかるがゆへに其葬礼の供 いたさんとて。おやざとよりかへる余が近辺なるがゆへ余になうぢをた のむ余がいはくすでに夫はてきとうの薬をおそれ。むゑきの薬をひ さしくの反病薬のために非命の死をなす前人を見て後人これ をおそるべし汝しんじつ此病駆除せんとおもはゞ余がもちゆる薬 をのむや否や女のいはく。なおることならば。いかよふの薬ものむなれ どもあまりに。やみつかれたる身なれば先やはらかな薬をのませ給へ といふ余がいはく薬の緩急はいしやの。さしかげん。かならず。おそるゝこ となかれと先十全大補加附子湯を毎日二ふくと。たばこぐすり 二ふくを。もちひること三十よ日にしてげんき復し。頭瘡大半いへ くびすじの。かたまり半なおり此とき口中すこしはれたゞれたるゆへ。 たばこ薬をやめせん薬ばかりをのませ石榴皮黄柏石膏の三 味をせんじたび〳〵ふくましむ十日ばかりにして口中なおり諸瘡 半はなおらざるゆへに延じゆぐはん毎日一ぷくと前方をのませ口 中いたむときは。ゑんじゆぐはんをやめ。あるひはのませ・およそ三 十日ばかりにして九分なおりたるゆへに女のいはく口中いたむより 疵のいたむが。しんぼうがしよければ。もはやくすりは。かんにんして 口中をなおして。くださるべしといふ余がいはく口中はなんどきにて もなおるものなり汝は死をいとはざるが。すでに汝の夫はかよふ のくすりを。きらふて。のまざるゆへに死したり口中いたむは。わづかにし て。びやうどくに。くるしむは。かぎりなく。ついにかたはものとなり。あるひ は非命の死をなすなり汝今すこしにて頭瘡びんさきへくさりいで みぐるしくなり終にあしもくさりて。ちんばとなるときは。ふたゝび。よ めることならず。いつしやう。おやきやうだいの。せはとなり。あまつさへ病く のひさしきは。いとはずやといふ女のいはく。もはや九分までなおりたれ ば。これよりどくいみいたじ。むぎめしに。とろゝこんぶ。ひねかうものを。たべ にんどう。じうやくを茶のかはりにたべて。いましたらば。しだいに。なお るならんといふ余わらふていはく。薬をのまずして。ばいどくは。なおる ものにあらず殻肉果菜は精気を。やしなふものなり。くすりはどく にして。びやうどくを。せむるゆへに。めんけんあり海はじめ。びやうく。さ かんなるときは。くすりを。きらはず今びやうく。なければ。くすりを きらふは。やすきにいて。あやうきを・わするゝなり今しばらく。しん ぼう。いたされよといふ。しからばくすりを。のませたまへ。そのおしへを。 そむかじとて。又廿日ばかり。のまするに九分五厘まで。なおりたるゆへ かみをゆひ化粧をなし・しばいにゆき神仏へまいりなどして・つねの ごとく。ゑんじゆ丸は口中いたむとて。おこたりがちなる。おりふし。おや ざとに。いはひごとありて。むかひにきたり。かへるゆへに。せんやくを。やめ 反鼻丸にゑんじゆ丸を十日ぶんもちかへらしむ三十日すれども くすりとりに。きたらざるゆへ出面をおくりて。そのおこたりを。せむれ ども。ゑんじゆ丸をのまず。はんび丸ばかりを用ゆ三里をへだて 正月となりとかく。くすりを。おこたるゆへその三月ごろより足のかた まり。むらさき。くろいろになり。くさりたゞれ。うづきいたみて。あるくこと ならざるゆへ余をむかひにきたる余ゆきてこれをみて。ゑんじゆ丸の ほかに。のますべき。くすりなしといふ其母ゑんじゆ丸は口中いたむゆへ いかなる高薬もくるしからず口中いたまぬ。くすりを。のませたまへと いふ余がいはくほかの薬に千金を。ついやすとも。なおるべき。くすりなし 先にさんきらいざいを。もちひたれども効なきゆへに六日にしてやめ たり。かねにいとひなき身ぶんゆへかゝる安薬をば・いみきらはるゝなり それをすゝめてなんの徳益ありや。これもしんじつ。やまひを。なおし たきゆへなり今は精気おとろへたれば・はんび丸をやめ大補湯益 気湯等をのませて。ゑんじゆ丸は口中いたまぬやうに。のますべし かならず利欲にはしる奸医盲医のことばを信じたまふな願はくは今日 近辺の医者をまねいて余と治論をこゝろみたまへと。いへども父親 るす母は愚にして。まづかなひ・さうだんいたし・めうにち・くすりを。いたゞき ますと。いふゆへに。かへりしが。よく日使をもつてだん〳〵衆医にさうだん いたせども・ゑんじゆ丸はかんやく・ごにちに。がいありと・いはるゝゆへ先休 薬いたすといふ余長歎していはく。おしいかな此娘奸医盲医のど く手におちいりたり。さいわひならば。かたはとなり不幸ならば 非命の死をなさんといふ。これをきいて悪口なりとて立腹いたす 夫より。かうやく。むしぐすり。つけ薬あらひ薬あるひは。補剤をも ちゆと。いへども。ぜんぜんに。びやうくおもり身体やせおとろへ。ついに そのとし八月八日に死す・あゝあはれむべし上方にては。ばいどくの。れ うぢをしらず奸医盲医のために死するものあげて。おぞへがたし ○大坂北久太郎町出林塩屋妻の女房年四十ばかり陰門肛門 くさりたゞれ臭気はなはだしく。うみしるいでゝやまず。そのいへに 廿七八なる下人ありこれも又袋下疳にて花岡の門人にみせたれば。 しびれぐすりを。のませて。そのふくろになりたる皮をきりとる といふ。ゆへにこれを。おそれて余がれうぢを。たのむゆへに主従おなじ やうに。ゑんじゆ丸を。のましむ十日ばかりにして下人は陰頭の腫 消じ皮むけるやうになる連服すること廿日ばかりにして。まつたく なおる此とき口中たゞれいたむこれを。しんぼうして又十日ばか りのむゆへに。まつたくなおりて。ふたゝびおこらず婦人は十日ばかり にして口中いたむを。つらくおもふゆへに紫金舟をさんきらいせ んじしるにて十二日のますれども。すこしも動なきゆへに。たばこ ぐすりに。かへてこれを。もちゆること廿日ばかりにして。まつたくなおる。 そののち六か年をへて其いへのせがれ年二十前年のふゆより・ げかんを.せうじたるゆへ。いぜんの下人船越をたのむべしといふ。その 母いはく船越のくすりは。あられうぢなり。かけがへなき。ひとりむす こ。もしあやまち。あらば。あしかるべし。やはりほかの大医をたのむべし とて四まひがたの駕に。のるいしやを。たのみれうぢ。いたせども。かみ がたりうにて敵当のくすりをもちひず。とかく平淡緩和の薬 をのませて日をおくるゆへに病薬のために。しだいに。やせおとろ へ翌年四月晦日に死せり ○大坂梶木町大津屋五兵衛年三十四五はじめ・げかんべんどく を。はつしなおりて。のちあしの。ひざぶし。はれいたむこと。三がねん 諸薬効なし余則ゑんじゆ丸まい日一ぶくはん・ぶしとう三ぶくこれ をのむこと十四五日にしていたみを。わする。こゝにいたりて口中はれい たみ。たゞれて食することあたはず舌もはれていふこと。わからず口 中より黒血のかたまりを。はきいだし此ごろ十八日はくすりも口にしむ ゆへ。いたんでのめず・おり〳〵水をすこしづくのむ・ばかりなりといふ余その みやくを見るに微細なるゆへに。わざとしかりていふ口中よりちいづ るは咽よりいづるにあらず。はじゝよりいづるにて。ちいづるときは。どく きぬけて口中のいたみ。はやくなおるなり。くすりは。わうれんげどく とうのにがきを。しんぼうして。のむべしなにとて。これしきのことを。 さほどに。いたさるゝや。すこしは口にしむとも。いたみをこらへて。のみこむべし 絶食すれば命はたもちがたしとて。そくざに。さうめんを。やはらかに ゆで。これを二三部にきり。かけ汁のしほを・あまくし葛粉まはしに して其しるをかけ。よくまぜこれを。くはしむるに。つる〳〵と小がさに て二はいのみたるゆへ日々これをあたへ。くすりを。もちひるに四五日にし て出血とまり。口中もすこしよくなるゆへ飯をすりつぶし。ゆにてとき・しほ すこし。いれこれをのましめ日々に飯をこゆくし。又七八日めより。やはらか なるめしに。とろゝ汁をかけて。くはせしが。しだいに口中なおりたり是 より。又ゑんじゆぐはんを。まいにち半ぶくづく。のましむること三十日 ばかり口中いたまず。まつたくなおりて。ふたゝびおこらず凡延寿丸 治瘡丸黴効散等をもちひて口中つよくいたむときは前文 のごとくいしやも看病人も食物のあたへようを。こゝろへいろ〳〵。 ふういたし食をあとふること専要なり ○同町山崎屋弥助とし三十八九こしあし。うつきいたみて。なおらざるこ と二か年五兵衛いはく足下の病には。ゑんじゆぐはんを。のまば。なおるべし といふ弥介口中いたむを。おそれて。ほかのいしやを。たのみくすりを。のめども 寸動なし。かるがゆへに。ふうふ日やうに四国をまはり。やまさるは。うまかごに のり数月かゝりて帰りたれども。なおらず。ます〳〵いたみて。あるく ことならず又三がねんめの。はるかごに。のりてきたり余に水うぢを たのむゆへに。ゑんじゆぐはん。まいにち一。ふし半ぶしとう二三ぶしづく のましむ五日にして。いたみやみ・たちいなり十日にして歩行なる凡三 十よじつまして。まつたくなおる。びやうにんいふ禁三ヶ年いぜんに。ゑん じゆ丸を。のむならば。おほくの。いしやにもかゝらず四国ゆきもせず。む ゑきのかねも。すてまじきものを乗は口中もいたまずなんのくも なく。ぜんくはひしたり何とて大坂いしやは。けいふんを。かんやくにて 後日にがいするとて人を。おどすや五兵衛殿もはや三がねんなにの こともなしごにちとは。いつのことなるぞ。けいふんをそしりて用ひず・かへつ て人をくるしめ。かたはものとなし非命の死をなさしむるは。はなはだ。ふじ つの。いたりなりとて。おふひにこうくはひいたせり ○大坂心斎ばし北づめ日のや長七のせがれとし廿五六ひだりの。あしひざ ぶしより下三陰交のへんまで大ひに。くさり。ふかきところは一寸あ まり。たかひくありて岩窟のごとし臭穢これをみるもの。はなにそで を覆て長く。みることなし夜中には。むつき二つ三つもうみしるに。ひた し。かうやくはあまり大きずにて。はることあたはず。くつうすること凡 三がねん。ゑんじゆくはん毎日二ふく。けいぼうはいどくさんを。かねのま しむること十二三日にして。口中はれいたむ先前方をやめ。私うかくさん に。きけう。せきかうを。くはへのましむ。このとき。ふかきところは。はんぶん。い へじしとなり。あさき所はいへじしとなり。くさみさり。いたみやむ四五日に して口中もなおりたりこれより。びやうにん。くすりを。のまざるゆへ。あるひは 呵りあるひは利害をとき又ゑんじゆぐはんをのましむること廿日あま り口中いたまず。きずも。かはらずそのおやにとふ。せがれの・いれものをみ よくすりをかくしをき。のまざるならんといふ。そのいれものを見るにはた して薬をかくしおけり其父大ひにいかりおのれ人中へいづることもなら ずかみゆひも。となりにありながら。いみきらはるゝゆへに。おやがかみを。ゆ ひなにとぞ神仏のをんひきあはせにて良医をたのみ此なんびやうを なおさんとて。にちやいのるの。かいありて今かゝるきたいの妙薬をさづか り。日々きずの。いゆるをみるにつけ此ようすなれば人なみの。よわたり も志て嫁孫もみることよと。おやのよろこびに。ひきかへ。くするを。かくし をきて。のまざる身しらずの。うつけものよとて。なみだをながして。あるひは いかり。あるひはかなしむゆへ余これをなだめて。はらだちは。もつともしごく なれども・おやのじひなればいま三十日ばかり汝あさばんに此ゑんじゆ ぐはんを半ぶくづゝ。めのまへにて。のますべし。しかるときは全くなおりて 一しやうぶじなるべしといふ。そのおやそれより・かたのごとくすること凡 三十日あまりにして金くなおりてふたゝびおこらず ○摂州木津村住吉屋半兵衛とし三十二三両脚向臑に瘡を はつしぜんぜんに松皮のごとく。くさりたゞれ。うみしるながれいで。うづき いたみ。やむときなく。なおらざること五かねん諸薬効なかりしが ゑんじゆ丸にて。同やうの病症なおりたるものに。すゝめられ。則ゑんじゆ ぐはんを。かいもとめて・まいにち二ふくづゝのむこと七八日にして大半なおり たり。あまりすみやかに。なおるゆへに半兵衛半は信じ半はうたがひ 余が家にきたつて。そのゆへをとふ余がいはくこれべつに。しさいなし よくなんぢに。くすりがさうおうするなり猶連腹して。やまいのねを たつべしといふ。それよりのむこと凡四十日あまり。口中さほどいたまず まつたくなおりて。ふたゝびおこらず。そののち三がねんをへて。かれが せがれ五さいなるが脱肛して。いらざること廿日長さ三寸ばかり衆医ぢ すること。あたはずみな。かうやくつけ薬あらひ薬丸散湯のくすり を。あとふるのみゆへ余にれうぢをたのむ余がいはくこれは。くすりを もちひて・しぜんにいることなし・まづこれをいれるの手段専要なりとて これをいれんとするに小児いたみにくるしみ・じゆうに。なさせずその 母いふ夜るねいりたるときは半ぶんばかりに腫消ずるといふ・しから ば夜るいれて。ゑさすべしと。いふてかへりたれども小児のことゆへ。かゞして いるべきと工夫なしいる内に半兵衛きたつていはく先生きめうのこと にて忰がだつかういりたり。ある人これは・われらがしる素人いしやにいれ ること。めうをゑたる者ありとて。その人をつれきたる其人先手さき を。ゆにあたゝめ手のひらに唾をぬり。だつこうを。にぎりしめ手かげん にて。なんのくもなくいれたり尤小児は大ひに泣たれどもしばらくし て。やめよく。ねいり。よく目大べんに。おるとき。またいでたり。こんどは乗そ のかげんを見おぼへたるゆへ。そのでんにて。いれそののちは大べんに。をる ときは。ねさせて。むつきにてとり。いでぬようにして今はつねのごとしと いふ。これも一奇術ゆへこゝに。しるして世人にしらしむるものなり ○摂州難波村大和屋某とし三十五六六ヶ年いぜんより鼻中にゆび はどの瘡痂をせうし。毎日一二度これをいだし諸物のにほひを。かぐこと あたはず俗にはなつんぼといふ。ものになり・ぜんぜんに。はなあなの。こぐ ちまで。くさりついに。はなのした一めんに。くさり。かさふたとなり数月 湿ねつさらず飲食すゝまず身たいやせおとろへ諸薬効あること なし他医がいはく汝のやまひはなはだおもし。はなのうちそとの・くさはこれ もと肺の臓のねつどくの所為にして面部のくさはまづ。なおすにおよば ず。はいのざうの。ねつどくを。さらざればついに命数ひさしからず大せつ なる病せう。なりといふゆへに大ひにおそれ安居することあたはず諸 方のいしやにれうぢを。たのむに。みなたいびやうとして不日に全治さ せんといふものなし。おりふしとちうにて余に出逢ふたり余がいはく足 下面部に瘡毒をはつしたるはなん日になるやととふ・びやうにんの・いはく これは三ヶ月ばかりいぜんより。はつしたれども。はなのなかより・かさふた。いづ るは年来なり此五ヶ月はねつありて飲食すゝまづ御らんのごとく 衰弱たるゆへ諸所の名医にれうぢを。ねがへどもみな。たいびやうといは るゝゆへ大ひに心配いたすなりといふ余がいはく足下の瘡どくなんぞ大 びやうとせんや。それしきのこと。たばこぐすを吸ふならば。たちまちなお るべし又数月のねつは。しつねつなれば。くみせいひとうにて。なおれば。な んぞおそるゝに。たらんやといふ。びやうにん。うたごふていはく乗もじつ にたいびやうと。おもふていますに先生なにとて。さほどに。こゝろやすく。お ふせらるゝや。なにとぞ信をもつて。しらせたまへといふ余笑ふていはく 足下大福者なるゆへ衆医利欲のために。たいびやうといふて・おどろかしむ るか。あるひは拙くして。たいびやうと思ふか余なんぞ足下をあざむかん やといふ。びやうにん大ひによろこび則薬をもとむゆへ。たばこぐすりと。く みせいひとうを。あとふこれを。もちひるに日々に効をあらはし一月なら ざるに。はなのしたのかさふた。こと〴〵くおちて。しつねつさり飲食すゝ むといへども。はなのうちより。かさふたいづること。やまずかるがゆへに。ゑん じゆ丸にかへ毎日一ぷくはん反鼻丸一二匁づゝかねのましむること廿よ日 にして鼻中よりかさふたいでず全くなおりて。ぜんぜんに諸物のにほひ をしる猶連服せしむれども福家のならひ。そのめんけんを。きらひ はんび丸ばかりをのむいまは苦悩なく肥満壮健になりたるゆへ・いつし か薬をおこたり休薬する時は二月のころなりその翌年の春又はなの なかより。かさふたいづるゆへ。又ゑんじゆ丸毎日一ぷくはん。はんびぐはん 二三匁をあとふること三十よじつにして全くなおりて。ふたゝびおこらず ○雲州島根郡明分村市やの紋三良の女房とし三十ばかり六 かねんいぜんに陰門瘡をはろし。なおりてのち頭つうとなり鼻梁は れいたむ此時一医生かぎぐすり二廻り十四日もちひて。なおりたりまた 半年ばかりにして頭つうおこり日夜やむときなし遠近のいしやを たのみ。おうぢをたのむに。あるひはやくどく。あるひはちのみちとして 種々くすりを。のめども。なおることなし当はるより。はながしら。はなのした 一めんのくさとなり。つけ薬あらひ薬かうやく。のみぐすりなどを。もちゆ れども寸効なしことに近ごろ懐妊にてすでに当月うみづきなり当時 れうぢを。あづかりたまふ佐田村田代氏のいはく汝の瘡毒人面第一 のばしよに。はつしたれば一日もはやく。なおしてその瘡痕のみぐるしから ざるよふに。いたすべきなれども。うみづきなれば。いま黴瘡のくすりをあ たへて可不可をしらず船越敬祐といへる者黴毒れうぢに.くはし ければ。これをたのめよ。今数十日すておかば。かならず・はなかげとなり 性の患ひなりとおしへらるゝゆへ。今来つて折うぢを願ふなり婦人 の身にてはなかげとならば生ていきがいなし願くはすみやかに。なお したまへといふ余がいはく田代子は篤実の人なり汝六かねん箭 に。かぎぐすりを。もちひたるとき。すみやかになおりその時すこしも。くつ うのところは。なかりしやととふ答ていはく十四日のあいだに。はなのはれ いたむは。なおりて。はないきもよくとふり平日のごとく頭つうも。なおり たれども。そこ頭つう。あるかなきかの。よふにて。すこしかしら・おもく つねのよふには。なけれども半年ばかりは。さほどくつうなし。のちしだ いに頭つう。つよくなり当春まで。やむとき。なかりしなれども此瘡いで て。このかた頭つうは。なおりたりといふ余又とふそののち。かざぐすりは もちひざるか。こたへていはく長々のくるしみは。やくどくと。いはるゝゆへ。これに おそれて。ふたたび。もちひずといふ余がいはく枕ひかな。かぎべすり 不足にして。びやうどくつきず。ふたゞびおこりたるを却てやくどくの。し よひにて。くるしむとし。あるひは。ちのみちとす余がなうぢを。なすときは 先かぎぐすりに。しくはなし。これぜんねんに。もちひて功をゑたるゆへ に。其症におうずること。あきらかなり。たとへ臨月なりとも。びやう どくさらすんば・あるべからず今日より・かぎぐすりのかはりに余がた ばこぐすりを。もちひて口中いたまざるよふに。なうぢせば出さんの 害なし今はげしき。私うぢをなすは。不可なりといふて。たばこぐすり 毎旦ふく半あるひは二ふくを。もちひること十日ばかりにして。かさふた おちて全くなおりたり十四日めの夜より腹つうす。これ産けなり たばこぐすりを。やむべしと。そのよし日あんざんす夫より三十日ばかり の後又たばこぐすりを。いぜんのごとく。もちひること三十よ日母子 とも壮健にして。まつたくなおりて。ふたゝびおこらず ◯同村の藤左衛門年三十七八七ヶ年いぜんに下疳をはろし。なおり てのち両あしわるだるく足さきあたゝまるときは足のうら苦煩 し。わなぐるしくほめいて何とも・たとおるに物なし。あるひは水に つけ冬はゆきをふみ足さきをひやすときは。これをわする。つねにね るときは足さきをふとんの外にいだして・あたゝまらざるようにす夏 の夜は三五度も水にて足をひやす平日足をなでたり打たりせざ ればわるだるきなり此病何といふことをしる医者なく数ねんなお らず余にたのみていはく先生これが。なおることなきや。まづ当時 なんぎなるは。のんどくさりいたみ食物とおらず且せきいでゝ。うみ たんを。はき。ごらんのごとく。やせおとろへ諸人しつらふといふ。なに とぞ。はやくなおしたまへといふ余これを診察するに脈沈微細 なり。故に鶏鹿散とて。にはとりの肉を食しめ骨をくろやきにし 他薬を入こにして山飯来せんじしるにて・のませしむるに三日にして 咳はなはだしくなりて下血す此ゆへに病者大ひにつかれたり先 これをやめ十全太補湯に小青竜湯をかねもちゆといへども・す こしも功なきゆへに延寿丸毎日一ふくヅゝかねのましむるに。まい日水 瀉二三度七八日にして。のどのくさりも。せきもなおり。たれども口中 はれいたみたゞれて食することあたはざるゆへに。ゑんじゆ丸をやめ大 補湯に黄連黄ごん桔梗を加へてれをもちひること十日ばかり にして口中なおり粥を食するにいたる此内年来のあしの苦悩を わすれたり。きめうなることゝいふ余も彼が足ばいごくの所為な ることを始てしれり。これより猶大補湯益気湯のるいをあたへ ゑんじゆ丸毎日半ぶくあるひは一ぷくとかねのましめ口中いたむ ときは。ゑんじゆ丸をやめあるひは用ひ出入凡百日あまりにして 全くなおりたり。そののち大坂戸屋町くらはしや源蔵がばいどく を。れうぢせし時。鶏肉を食しむるに陰嚢のきづより毎日本血 すること二三勺あるひは半合なり。これはふしぎなりといふに源蔵い はく乗はいつにても雛を合へばきずより血いづるといふこれも藤左 丞門が難肉を食して下血したるも同ようのことなれば世人こゝ ろへのためにこゝにいだす ○雲州松江石橋町石工秀三良年廿八九十一ヶ年いぜんに下疳 をはつしこれをなおしてのち百節はれいたむゆへに軽粉剤をもち ひること・しば〳〵なり。もちひるたびごとに大ひに口中はれいたみ たゞれよだれをはくこと毎日一二升あるひは廿日三十日にして口中 のいたみは。なおれども。ふし〴〵のいたみは。すこしもなおらず。あるひは 五宝丹あるひは難薬あるひは・さんきらいざい。あるひは紫金たん 又は生々乳そつぴる。どろしゆす。かろめる。などを。もちゆれども。すこ しも功なくぜんぜんに身たい・やせおとろへなおらざること十一ヶ ねん今はこれを薬毒といひあるひは風湿痛風といひ種々のくすり を。もちゆれども。功あることなきゆへ余におうぢを。たのむ余がいはく これは。やくどく。つうふうなどには。あらず。やはり。ばいどくなり。汝いま だ嗅薬をもちひざるゆへ余が工夫のたばこぐすりを。もちゆべし といふ病者のいはく葉は石工の養子にゆきて数ねんのあいだの。く るしみ養父母死してのち身代をうしなひ今は実親の家にかへり て。やしかいものと。なりいるみぶんゆへ。一応相談してまいるゆへ。ねが はくは。なおしくださるべしとて。かへり両三日して。きたつていふ・あるいし やのいはく汝のくつうびやうどくにあらず。やくどくなり今又た ばこぐすりを。もあひばいよ〳〵。やくどくを。かぞうして一生なおるこ となかるべし。かならず薬をもちひることなかれ。たゞ山椒の実のたね をぬき。そのまゝのむべし。さんしやうの皮はけいふんのどゝを。ふくみ 大べんに。くだるものなり。その実否をしらんと。おもはゞ大べん中 のさんしやうをとり。あらひわりてみるべし。かならずなかに白いろの。き ら〳〵したるものあるべし。それすなはち。ふんどくなりと余がいはく 汝のびやうどく。からだぢうにみちて四肢のゆびのふし〴〵まて。みな はれいたむ。しかるに。さんしやうのかはを。のみてさんしやうは。はらのなか にありて周身のどくを。よびよせてふくむや。あるひは。さんしやうが。て あしのゆびさきまでも。ゆきて。やくどくをふくみて腹中へかへり 大べんにくだるや。そのいしやに今一応たづねてみるべし。まことに。かた はらいたきことなりといふ病者のいはく乗数ねんくるしみ今は おやきやう”たいにも。うとまれ世にありて。くるしまんより・すみやかに死 するも又幸ひなり先生御存分のれうぢを。ほどこしたまへといふ。ゆへ にたばこぐすりを毎日二ふくで。つねのたばこのごとく。すはしむ三日 にして大ねつをはつし。ふし〴〵の。うづきいたみ。はなはだしくして大ひに くるしむ其おやきやうだい余をうらみていはく此もの十一かねんの あいだくすりの功ありしことなし先生なにゆへ此よはりはてたるものに かゝる。あられうぢを。したまふぞ年来のつかれかならず死すべし 嗚呼ふびんせんばんなりといふ余笑ふていはく汝等余をうらむ ることなかれ是則薬のめんけん相応のしるしなり不日汝等がよろこ びをみるべしといふ其母大ひに。よろこびていはく。せんせいの今の御こ とばが千人力なり此うへはよろしく。ねがひたてまつるといふ。よつてたば こしすりをやめ。かつこんとうを。もちゆ四五日にしてねつさり。うづき いたみやむ又ぜん日のごとく。たばこぐすりを。もちひるに。ぜんぜん に。ふし〴〵のいたみ。なおり食すゝ反凡六十よ日にして。まつたくなおる それより酒肉をよふしやなく食ふといへども・すこしもがいなく肥満 壮健になり。いぜんの石工をすれども。ふたゝびおこらず。あゝ近世のいし や。ばいどくのさいほつ。あるひはなおり。かたきものを見ては。やくどくと いひ。ふうどくといひ。つうふうといひ。ちのみちといひ疵どく等とな づけて陰治して人をそこのふもの。あげてかぞへがたし。あはれむべき のいたりなり ◯大坂鈴木町大工万助の女房とし廿五六眼病をうれい諸方 のめいきう。まじ給ひ。めうやく等をもちゆるといへども。なおらざるこ と百よ日余其眼中を見るき左りの瞳子の上に星をせうじかんちう あかくはれいたみすでに。ひとみつぶれて物をみることあたはず。よつて ゑんじゆ丸毎日一ふくづゝ七日のみたれば同すこしみゆるよふなれども 口中はれいたむゆへまづゑんじゆ丸をやめ苓桂朮耳に車前千大黄 黄ごん川芎をくはへ用ゆること十日あまりにして口中なおるまた ゑんじゆ丸毎日半ぶくづゝのましむ。ぜんご三十よ日にして。まつた くなおりて眼中平日のごとし。その夫万夕両あしうづきいたみ・やと むときなしこれも又ゑんじゆ丸毎日二ふくづゝ七八日のみたれども 何ごともなきゆへ日に三ぶくづゝ又十日あまりも。のみたれども口中 いたまず・すこしも。功なきゆへに奇良湯をのませんといへども。これを のまず俗言を信じて種々の薬をもとめ。のみけれども寸効なく 三ヶ年の後いよ〳〵うづきいたみ身体やせおとろへ今はすべきこと 一〇 なく又余になうぢをたのむ余まづ奇良湯をのましむること六 日すこしも功なきゆへに。たばこぐすりをまい日三ぶくづゝもちゆる こと七日にして。大ひに功ありもちゆること。およそ廿よ日にして。まつた くなおりて。ふたゝびおこらず ○大坂常盤町大工鉄蔵とし三十二三はじめげかんと。ひぜんをは つし。つけ薬と。かうやくにて。なおしてのち。からだ麻木てあしじゆうな らず頭つう。わるがごとし余になうぢを。たのむ余ゑんじゆぐはん まい日二ふくと。けいぼうはいどくさん。三ぶくをのましむ七日ばか りまして頭つうやみ。てあしもじゆうに。なるにしたがひ周身大ひ にびぜんをはつす余がいはく身体の麻木はひぜん内攻のしよい なり今ひぜん表発せしゆへてあしのじゆうが。でけるなれば。ば いさうぐんだんに。いだすところの。ひぜんうちぐすかを。すれば十日ばかり は。さうみはれて。はなはだ。なんぎなれども。うち薬も七日にて。やむるゆへに 十二三日には。はれ消じひぜんは根治べし。なをそのうへ。ゑんじゆ丸を 廿日ばかりも。のむならば。ばいどくも全治すべしといふ鉄蔵わがまゝ ものにて。そのなんぎなることは。あとへまはして。まづ一日もはやく。なおし 下されよといふ余いかりて。いはくそのなんぎ。なることを。たのしみと。おも へるか余は一日もはやく。なおるべきことを。いふなり汝がごとき。わがまゝ ものは余がならぢは。うけまじければ勝手に。いたせよといふて。かへるそれぎ りに薬は。のまざれども。ぜんぜんに。なおりたり鉄蔵万介につげていはく 禁此やまひの。なおりたるは。ゑんじゆ丸の功にあらず雑肉を食せし ゆへに。なおりたかといふ。このときは七月ごろなり其十月ころは。やせお とろへて杖にすがり万助かたに。きたいて。われら。こゝろへちがひ。いたし にはとりにて。なおりたりと。おもひいよ〳〵。にはとりを食するに。からだふし ぶし。はれいたみ。しだひに。やせおとろへて今はかくのごとし。なにとぞ ゑんじゆ丸を一まはりもらひ。くれよとだのむ万助いはく。ゑんじゆ丸に てわが弟のこしりも女房のがん。ひやうもなおりたるゆへに。きさまにも。 ゑんじゆ丸をすゝめたるなり。それのみならず大工治郎吉がほねいたみ大 工臓蔵があしのいたみ大工虎吉がなん。ひやう。みなすみやかに。なおりたる。 めうこうを見聞してしりながら。ゑんじゆぐはんの功にあらず。にはとりみ。 なおりたりといふ。しかるに。なにゆへこのうへ。なをにはとりの。うまきを食ざる やといふ鉄蔵いはくはらだちは尤なりわれを助けるとおもひ一廻りもらひ くれよといふ万助いはくいやとよなんの。めんぼくありて。きさまがくすりを もらひに。ゆかるべきや。ぜひにほしくば銭をもちきたれ鉄蔵さつそく銭 をもちきたる。これによつて万助そのぜに六百文をもち余が宅にきたり て。ぜんぶんのしだいを。ものがたりす余がいはく君子はそのつみを。にく みてその人をにくまず。とても一まはりにては。ぜんくはいせざるゆへ二廻り もちかへりて・あたへよとて二まはりをあとふ鉄蔵これをのみてまつた く。なおりたるか。ふたゞひおこらず ◯大坂新堀大和屋内梅吉といへる女とし十六はじめげかんがもしきにたを ものきづをいふ也 しやうじ。なおりてのち。やうばいさうを。はつしこれを。なおしてのち肛もんくさり なゞれ。ぜん〳〵に。ひろくなり大さ七寸四方ばかり。うみしるながれいで。に ほひ。はなはだしく。ことに。こしあしひきつり。いたんで歩行ならず。げく はいしやとほんどういしやを。たのんで。なうぢすれども。はるよりふゆに いたりて。なおらずます〳〵。しつうはなはだし余がいはく。此女いましばら くせば。つひに死すべし今より余が家にあつけをかば正月中になおす べしといふ。そのおやかた大ひによろこび彼がふたゝび客をとるやうに。な るならば焙りまめに花咲くなりとて駕にのせて。おくりきたるゆへに まづ中黄膏をつけて。いたみをやはらげ。ゑんじゆ丸一日に一ふく半をの ましむ時に腹中びへいたみて自下利脉沈微細なるゆへ附手理中湯 をかねもちゆ。はらのいたみも。くだりも。しだいにやみ。きづこしあし 等のいたみも。なおりたり口中いたむ時は四五日あるひは七八日ゑん じゆ丸をやめ。またのませ出入およそ八十日あまりにて。まつたくな おりて平日のごどくそののちは大和や内にて花方の全盛となれり ○雲州松江石橋町永井某とし三十二三げかんをはつしぜん〳〵 に両あし。ひざぶし。あしくび。あしのかう。はれいたみ。あるくことでけず 余になうぢをたのむ余ゑんじゆ丸を一日に一ぶく半のましむるに・すこし 功あれども全治せざるゆへ奇良湯を一廻り七日のませしに少くこう ありまた一廻りのましむるに。かはることなし此病人内福にて金銭のいと ひなければ五宝丹をのませといふ余がいはし。むゑきなり今すで に奇良湯を十四日もちゆるに功なきは。さんきらいの。あはぬなり。ごほう だんといへども其主となるものは。さんきらいなれば数百匁の金をついや すとも。さんきらいの。あはぬものは功あることなし。ごほうたんの価の百 ぶん。一三匁か五匁にてでける嗅薬をもちひる。ならばきはめて。しる しあらんと。すゝむれば。その母足高妻といふ。いしやに.そのよしあし をとふ足高がいはくそれは私裁がかんがへすぎなり。かぎぐすり。ま でもちひずとも我がくふうも。あればまづ我が私うぢを。うしべしと て。それより。どろしゆす。かろめる。そろ。ひる。ごほうたんなど。いろ〳〵く ふうして。もちゆれども。すこし功あるのみにて金治せず又他の医者を もたのみて種々薬をもちゆること五月よりよくねん九月までなり そのとき石工秀三取つげていはく賞公なにゆへに。かぎぐすりを。きらは るゝや。われらが十一か年くるしみたるも船越のかぎぐすりにて。すみやかに なおりて・いまかくのごとく肥満してげんき先年にまさり・いかなるどくぶ つを食するとも。すこしもがいなし。はやく。かぎぐすりを。もちゆべしと 永井がいはて船を去年これをすゝむと。いへども。もちひずして。な んぎせしゆへ。いまはめんぼくなし。なにとぞほよにて。かぎぐすりを。もと めたしとて。こんいのいしやを。たのみ。かぎぐすりを。もとめもちひるに七 日にして病くおふかた。なおり十四日もちひて大ひに口中はれいたみ。たゞ れ。よだれを。はくこと三十日ばかり。口中なおるに。したがひ食すゝみ げんきつき。こへふとり全くなおりて酒肉をくらふて。すこしもがいなし これも大工万助が余がいふことを。もちひず三がねん。くつうしたる と同ようの。はなしなり ○摂州富田村大黒や清兵衛とし四十ばかり。ろうそくげしん にて。ふねとかごにのりて余が家にきたり。れうぢを。たのむそのせう はなはだはげしく。かのらうそくの。ともるごとく。さきよりくさり。うみ しる。ながれいで日夜すこしの。あいだも。よこにねること。ならず。いたみ はなはだしく拳をにぎり大ごへあげて・くるしむゆへに夜にいりては 此くすり・しよびやうの。いたみをて 余が家方の苦楽湯 をのまするときは左 とめこゝろよく。ねむらす薬なり。 ちまち。いたみをわすれ。たかいびきにて。その一夜はくつうを。たすかるゆ へに。まいやこれを一ぷくづゝのませ中黄かうを。はりていたみを。やはらげ ゑんじゆ丸まい日二ふく大わうぼたんぴとうを。かねもちゆ十日 ばかりにして。つうくすこしく。なおりたれども。きずはかはること。なけ れば。ゑんじゆ丸をやめ。たばこぐすり。まい日三四ふく吸はしめ。だい わうぼたんぴとうを。かねもちひるに。ぜん〳〵に。きずいへおよそ四 十よ日にして。まつたくなおりて。ふたゝびおこらず ○大坂富嶋二丁目いたみや内小つゆといへる女とし廿四五陰門 大ひにくさりたゞれ諸薬しるしなく。なおらぬこと三がねん余われ うぢを。たのむゆへゑんじゆぐはん一日に二ふく大わうぼたんぴとう を。かねもちゆ七八日にして口中いたまざるゆへ。ゑんじゆ丸日に三ぶく づゝ。のますること又十日ばかり。なを口中いたまず。しかるに此女乱心せ しゆへ。前方をやめ黄れんげどくかせきとうを。のますること五六日 にして本心になる。なおこれを四五日のましめ更にたばこぐすり毎日 四ふしと大わうぼたんぴとうを。かねもちゆるに日々に功あり十四 五日にして。きずいへぜんご七十日ばかりにして口中いたまずまつたくな おりてふたゝびおこらず ○大坂しんぼり生嶋屋内市野といへる女とし廿ばかり三がねん いぜんより右の・あしひざぶし。はれうづきいたみ。さんきらいざいを。のむとき はすこし動あるのみにて。ぜんくはひせず・いろ〳〵ねうぢ・すれども。きき め。なきゆへに余におうぢをたのむ余則ゑんじゆ丸毎日一ふく半と ぶしとうを。かねもちゆること十日ばかりにして大半なおりたれども・ 全治にいたらず。さらに奇良湯をあとふるに。しるしなし又たばこ薬 をもちひるに寸効なければ。その親方他の医をたのみ余がれうぢ をやむ。そののち五か月ばかりして又余が札うぢを。たのむ此ときは世 人のいふ霍膝風といへるが。ごとく。ひざぶし大ひにはれいたみ。からだ やせおとろへ。しつねつ。はなはだしくして飲食すゝまずいまは死するば かりなり余先九味清脾湯をのますること四五日にしてねつ七ぶん をさり。いんしよく・すこしすゝむゆへに又治瘡丸一日に三匁ばかり・かね もちゆるに。しだいに。うづきいたみやみ。はれ消じ日々にねつさり。いん しよく・すゝみからだ肥満すおよそ五十日ばかりにして・まつたくな おりてふたゝびおこらず ○大坂北安治川かはとこの市治良とし三十ばかり周身俗にいふ。こ せひぜんを。はつし又ばいどく左のあしひざぶしより。あしくびの間に 凝結てかたくはれ。うづきいたみ日夜なきさけび百治功なきゆへに神 仏をいのり。あるひは四国をめぐりなど。するといへども。なおらざること六か ねん余になうぢをたのむ余まづこれまで用ひたる・くすりを・とふに 六物げどく さうふうげ これも木通 大坂流七ふく薬は 山田屋薬は とうなり 提灯屋薬□ どくとうなり ざいなり にんどう。じうやく。よもぎ或は医者のせんやく・むぎめしに。とろさん ぶ。ひねかうのもの等を食すと。いふほどの。ことにて。これぞといふ。水う ぢは。せざるゆへ余まづゑんじゆ風一日に一ふく半ヅヽのましむること十 日ばかりにして大ひに口中はれいたみ・よだれをはいて食すること あたはず足のいたみすこしも・なおらず・このゆへに・ゑんじゆぐはんを さんきらい やめ奇良湯 をあたへ七日めにゆき。そのようだいを。そのようだいを。とふに ざいなり わ 口中は大ぶんよくなりましたといふ余がいはく口中はすておくとも なおるものなり。あしのいたみは・いかぐぞと病者のいはく。ゑんじゆ丸 のおかげにて毎日くさき。よだれを一升あまりづゝ。はきいだせしゆへ 足のいたみは。さつぱりなおり・はんも・やはらぎましたといふ余がいはく それは・ゑんじゆ丸の効にあらず・ゑんじゆ丸にて。口中いたみ・よだれを はいて・なんぎしたるは。なんぎの・しぞんにて・ゑんじゆ丸は・あはぬなり歌 良湯のめうこうなれば今よりきれうとうを三十日のむならば金治 すべしと病者おしへのごとく。せしゆへばいどくは根治したれども。ひぜんは かはることなきゆへ・ひぜんには・つけぐすり・せしところ何となくきぶん あしくなりて毎日大べんにおるときは下血すといふ余がいはくそれは さひはひの。ことなり。きぶんのあしきは・ひぜんなひこうの・わざなれば下 血するは。ひぜんのどく。おのづから。ぬけさるなれば。すておくべしと下血する こと三十日ばかりにして。おのづからやみ・きぶんもよくなり。ばいどくも。ひ ぜんもふたゝびおこらず ○大坂しんぼり蔦や内小松といへる女とし廿三。三がねんいぜんにげか んをはつしつし。なおりてのち。べんどしをいねをはりし。うみついへてのち。きづ ぐちいへず。つねにみづうみ。ながれいで両あしはれいたみ歩行ならず 余になうぢをたのむ余則ゑんじゆ丸一日に一ぷく半大わうぼたんぴ とうを。かねのますこと十日ばかりにして大半なおりて。ありくこと でける連腹するに。しだいに。きづとあしの。いたみと。ふたゝびおこりて もとのごとくなりしゆへ。ゑんじゆじはんをやめ・きれうどうを七日のま さんきらいざい せしに。すこしもきゝめなし又たばこぐすりを十日ばかりも。もちひる に。これもこうなきゆへに。やめにして六七日大わうぼたんぴとうを。のま せてたばこぐすりの。きをさり又治瘡丸を一日に四匁づゝ七日のます るに。又効なし・やむことをゑず水銀丸をこしらへ大さ大豆のご とく。いちどに十粒ご日に三度のますること五日ばかりにして。きず 口いへ足のいたみ。やむこれを。のますること廿日あまりにして。まつたく なおりてふたゝびおこらず ◯大坂長浜町かみや武兵衛の女房とし四十ばかり五月ごろ より耳なりいだし。ぜん〳〵に。はなはだしくなり十二月にいたりては頭上に て大八車をひくがごとく。あるひは大鉦をたゝくごとく。さつぱりと 外事をきくこと。ならず。すこしのことも。かきつけならでは。しれづ終 つんぼとなる余則ゑんじゆ丸一日に一ぷく反算丸二三匁をかねの ますること五六日にして耳のなり。すこしくしづかになりおよそ三十日あ まりにして。まつたくなおりたり ○余が小児九さいのときふと耳なりいだし。つんぼのよふになりて諸薬効 なきゆへ。はんび丸をのませしに。そくこうあり十日ばかりのませて。まつたく なおる又八さいなる女子同症にて諸薬効なかりしにのませて。きめうになお りたり。そののちしば〳〵もちゆるに小児にはめうこうあるゆへ。せじんにしらせ んためこゝにいだす ◯大坂坂町おふつやうち寿といへる女とし十七十五のときに痔痒をうれは これをなおしてのち。こしいたみぜん〳〵に。てあしにおよび。くつう月々に増長し 百治効なくなおらざること三がねん数月禁食して白粥と赤味噌 のみを食し十月にいたりて身体ほねと皮とになり尻に両所とこずれで きてひろさ四寸四方さうみのふし〴〵はれいたみ。てあしの甲うきはれ しつねつはなはだしく。せきいでゝちともみうごきならず衆医必死とし てれうぢを。ほどこすものなし。そのおやかたも。ふびんにはおもへども。たすく べき手段もなく身売の證文相そへおやもとへ帰らしむるにきはめ たるところ倉田元達といへる医生のいはくこゝに船越敬祐といふ医者 あり当夏余が隣家に十六才になる売女ばいどくにて必死になりたる を見て此女おやかたの手にありてはたすかることなし実親の家にかへし 其親余が教の如くするかあるひは今これをうけいだして余がぞんぶんに いたさばたすかるべしといふ其親方強欲不仁にして大金をのぞむゆへそう だんならず・ふびんなるかなそれより七日してついに死したり今船越に みせなば。たすかることもあらんといふゆへに余をよびてれうぢをたのむ 余がいはく此女必死なれども大べんかたくはらくだらざるが一ツのとかへ なれども当家においてはなおりかだし。そのゆへは薬ばかりにあらず後藤 艮山翁は一運二看病三療治といはれたり。かくのごとく衰弱たる ゆへ先食物をもつてせいきを補養すべきなれども腹力なければ日々 大べんをみて食物のかげんをせねばならぬことなりし薬もさのごとし 此ゆへにかいほうがだいじなり・かるがゆへに余が家にあづかりて・れうぢ せずんば余が意のまゝになりがたしきけば今のおやといふは十一のときよ ふしにもらひ実親の死したるをさいはひに十二のはる売女にうりわたして 金をとり又それをひきあげてほかへうりなどすること数度当家に ても一度売渡しまもなく。ねんきりましとかして金をとりしとかや甚 一非道のいたしかた当夏廿日ばかり親元へあづかりいるうちにも入よう 金を壱両もとり薬ははか〴〵しくのませず・ふびんとおもふの心 なく利欲のみのおやなり今は金のいづるところなし。なにをもつて医 薬かいほうのゆきとゞくべきや又当家とてもほうこう人実は利 欲のため余が思ふよふにはいたすましといふ、そのおやかた此女何十日 にして全治いたさんといふ余がいはくおよそ半年なりと。かないわく これまでにたぶんのものいり。いたしたればそのことなりがたし先せは ねがわくは此女御たすけ下さるまじくやといふ余がいわく人命甚だ おもし。うけいだしたすけて。ゑさせんといふ。そのおやかた大ひによろこび 実に。此金はひろひもの。ことにかれがいのちもたすかること神仏のひきあは せなりとて早々駕にておくりきたる・かごのうちにても・からだいたむゆへじ ゆうならず・しりのとこずれより血ながれいず・すでに余がいへにきたれば かごよりいだし部屋へふとんにのせて。かゝへゆくにも。こへをあげて。なくほど 小いたむゆへまづ。わたのやはらがなるふとん三重にしき。そのうへにうち わたをしき絹の咽着と。じゆばんばかりをきせ。うしろにふとんを。つ みかさね。これにすがらせ。まへよりきぬのわた入二つ三つかけおき二べ んにおらしむるときは。うしろより身をそへていだきかゝへて。まるにをら しめ先鶏肉牛にく魚にて酒などをあたへ一さい禁食なくその 好む物をくはしめ奇良湯を七日用ひたれども。させる功もなししか るに養子親大つやにゆき我おたへ讒文そへてかへずはづにして今又 船越へ売わたしたるは。ふしやうちなりとて。ねだるゆへ。そのおやかたい ろいろ利害をとけどもきゝいれず・やむことをゑずして又おふつ やへかへすになりければ病者大ひにかなしみていはく今のおやはわれ らがための鬼なり今かゝるあり。がたきおじひにていのちばかりか苦 裹までもたすかるものをふしやうちといふ人非人なり。さきにもよき 人に。うけいださるべきを。そのさきをゆすりて金をとりわれらが出世の さまたげをなす・われら此病をうけゑたるも今のおやがあさまし きく。かいにじづめたるゆへなり何卒一たびおやどもにあはせ下さらば 邪見の親にしめころしてもらはんといふゆへに余そのおやもとへ ゆきて利害をとけどもごうよくひどうにして。きゝいれざるゆへ余 いかりていはく汝等は今日の利欲を思ふて明日をしらず余はまた 身をくるじめて人をたすけんとおもふ今必死をたすゝるは汝等お やこの・よろこびをみんとおもふのみ汝儀理ある娘にあらずやふび んにおもはゞ一たびきたつてみるべし何ゆへに娘のたすかるをこばむや 実に愚悪の小人なりといふてかへる。そのよはゝおやきたりしゆへ病者 をあかはだかにして。とこずれのきず。また。てあしやせて。ふし〴〵のはれ は串にだんごをさしたるごとく。のびかゞみならず必死のありさまをみせ ければいかなるじやけんの親もきもをつぶし。さても〳〵そのやうになる まで。なぜにしらせざるや此なつかた。おやかたと。けんくはせしゆへその のちは見ることもならざりしなり。たとへわれらが家にひきとりたり とも此ようなるかいほうは。おもひもよらず此うへはおつとにつげて汝 がおもふように。いたさすゆへはらたてゝ泣ことなかれといふてかへり 十日ばかりはきたらずさて病人にはたばこぐすり九味せひひとう をかねもちひて。しだいにくつう。やはらぎたるところへ母又来り すこしく。よろしきをみて病者にむかひ汝今は此やうにけつとうなる 身となれば。おやこのゑんも。きりたくおもふならん金づくにて ゑんきりてゑさせんといふて。かへりたりと。あとにて病人そのよしをかた るゆへとても・たすくるならば一性たすくべしかゝる不善の親ゑんをきり て実親のたへたる家をたつべしとて。のぞみにまかせ金をあたへゑんをき らせ夫よりたばこぐすり。たいふとう。ゑきゝとう等をもちひるに全 治にいたらず。てあしのべかゞみならざるゆへに。ゑんじゆ丸をもちひること 七日ばかりにして。口中はれいたむ。しかるにおふひに。くつうをはつし 又はじめのごとくなりたるゆへ止事をゑず奇良湯をもちひるに七 日ばかりにして。つうくたいはん。なおるといへども。てあしいたみて。じゆう ならず此ときは。しつねつさり食すゝ反いちにちいちやに五六度食 すいちどに粥六七ぜん魚鳥の肉るいを食して。あくことなしぜん〳〵 に。しんたいひまんして二月ごろより平食となるそれまでには始終 奇良湯をもちひて四月にいたり歩行なりて全治はせしがひざぶし わづかにいたむところあり。しかるに五月に又瘧疾をわづらひ九月のす へまで日々寒熱往来飲食すゝまず身体やせおとろへ百治効 なくほとんど死にいたらんとす。ふと小柴胡加鼈甲湯をもちひて。そ くかうをゑたり連腹ずること十日ばかりにして。ねつさり飲食すゝみ あぢはひをしる。しかるに又別にばいどくさいほつして。てあしはれいたみ 歩行ならざるゆへ寄良湯をあとふるにぜん〴〵に動ありて正月に いたりなおりたり又そのとし五月にさいほつしたるゆへ又奇良湯をの ますれば奇効ありかくのごときこと数度なるが終に全治してつねのごとし ◯大坂玉造平野口町辰巳屋藤太良とし廿三四前年十月ごろより 下疳そうをはつしたり大坂人のくせなれば敵当のくすりをおそれ内 外医両人をたのみかうやくあらひぐすり丸散湯の補剤をあとふ るといへども病毒しだいにぞうちやうして頭面首筋などにかたまりをせう じついにくさりたゞれうみしるながれいで臂のうへくさり穴ふかくなりて みづうみながれいで両股のつけねに穴あきうみいでゝやまずげかんは しじういへずしだいに陰茎隕堅腫てふかくのごとくになり四月頃 より。のんどくさりいたみ食物とふらず粥のうはゆをのめば。はなのあな よりいで。はんぶんは。のみこみても。おい〳〵はきいだして腹中におさまら ず。せんやくといへども。こゝろよくのどをとふらず。いしやのいはく犀角一味 をせんじてのむべし。さいかくは。どくを解するの功あり尤どくいみ専要 なりとて魚肉をたゝしむゆへに病者は日々にやせおとろへ六月中ごろ には絶食となりほとんど死せんとす此とき十年ばかりいぜんに のどくさりいたみ。なんぎしたるもの。たばこぐすりにて。なおりたるあり 病人につげていわくわれら先年船越の薬にてなおりて。ふたゝびおこ らず今にかくのごとく壮健なりといふ病者これをきゝて余をよぶ 其時病者はね出きもならず。力のいふことも。しんどいといふ余が いはく。これまでのいしやなおるべき薬をあたへず。むゑきのくすりを もつて日をおくりわけなしに食をきんじたるゆへに日々にせいきおとろ へ病毒はびこりて。のんどいよ〳〵くさり薬食とおらざるにいたるいま また何のために。さいかしをもちひるや笑止千万なり。此まゝにては 今五七日せば絶食のために死すべし余がれうぢをなすときは先 たばこぐすりばかりを。あたへて。せんやくは。もちひずぜんたい。くすりは せいきを補養するものにあらず病毒をせめさるの品なりおよ そどくいみ。きんしよくも差別あり人壮健なるときは。どくいみき んしよくも害なし病人不食しておとろへたるときは何なりともこ のむものを・くはしめせいきを。たもたざれば死すべし余が一家の治 法は飲食平日のごときものは毒となるものぎんじ又不食する ものには禁食なし今日より毒なりとも。なになりともこのむものを あたへて。せいきをほようすること専要なり食物のんどを。とおら ざれば先米を焙りてこれをまい日四五合に水三升も入れ六七合 にせんじそのしるを。のますべし。たばこ薬は一日に一。ふくゝ吸ふべしといふて かへる其日はいりごめのにしるを。あたへよく日よりうなぎのかばやき が。つねにこうぶつゆへ一日に三匁ばかりづゝが。くはしむるに。こゝろよく 咽をくだる其日よりせいきの復するをおぼへ三日めには掃粥のにとろけ たるをうなぎのかばやきにてすこしづゝ食したるゆへたちいもこゝろやすく でける。かくのごとくすること十日ばかりなれども疵はり〴〵しく。いへざ るゆへに。ゑんじゆ丸一日に二ふくづゝ三日もちゆるに。たば三薬をもちひた る上なれば口中はれいたみ。ねつをはろし赤斑をはつしておふひに。くるしみ 又ふしよくす。その母大ひにおどろき此あいだせつかく。あまのいのちを ひろひしとおもひしが此様子にては此盆に白木の位牌をまつること のかなしやといふ余がいはくおどろくべからず四五日にはねつさりほろせも ぢすべし。これは薬のめんけんにて。おそるゝにたらずといふて葛根湯をあ とふ四五日にしてなおり又食するにいたれどもきづはかはることなし此ゆへ に奇良湯をもちひるに日々にこゝろよく。きづいへのどもなおり飯もくへるよ うになるゆへ。つゞひてのますること凡二十日ばかりにして。くつうのところな きゆへ薬をやめんといふ余がいはく不可なり疵痕白色平色になるまで は薬をのまざれば病毒つきずして。さいほつすべし汝はよく奇良湯が おうずればこれをのむとも口中いたむの・くつうなし・たゞはらのふくれる のみなり今三十日も薬をのむならば病根をたつべし。ゑんじゆ丸たば こぐすり。ぢさう丸などはみな口中いたむのなんぎあり。これさへ其症に おうして。なおりたるものはその根をたつまでは。なおりてのちも二三十日 そのこうありし薬をのまざればさいほつするものなり。ばいどくは一おうの 病にあらず余がばいさうぐんだんをみてしるべし余なんぞりよくのため 小薬をすゝめんや今よりのちはその薬方をおしゆるゆへ自身調合して のまるべしとて則方出をわたしたれども。これをのまず十一月ごろ母親 又きたりて先生にはめんぼくなき。ねがひなり此夏は薬を御しん せりに。仰らるゝゆへのめば。よきものを。とかくどくはこのみ薬はきらひ 此ごろ又頭つうをはかし日夜なんぎいたせばなにとぞ今一度御れ うぢを施しくださるべしといふ余がいはく別に治方なし餘毒さい ほつなれば又奇良湯をもちゆべし光薬を持かへり今日よりもち ひらるべし明日みまはんとてよく日ゆきていよ〳〵奇良湯がよろし ければこれをのますること四十日ばかりにしてまつたくなおりたり ○大坂日向町阿波屋佐兵衛年四十五つねに大べん燥結して だんごのごとく。しよくもつのんどに。つまりむねいたんで百薬効なし 平日さうめんを。くへどもとかく。のどをとおらず余に薬をもとむる ゆへに一日にゑんじゆ丸一ぷく調胃承気湯を一二ふくづゝかねもちゆ 大べんやはらかに。こゝろよくつうじ。のますること十日ばかりにして食もつ こゝろよく。のんごをとおる口中いたみかけるときは。ゑんじゆ丸をやめ又 のませ出入七十日ばかりにして。まつたくなおる ○大坂瓦町辰巳屋重兵衛とし三十一反冑をうれふること十三がねん すこしのまも頭をあげざること三がねんつねに大べんひけつして宿飲 むなさきにうごき。むねたとへんかたなくわろく。このんで食すれば 身体もだへくるしみ半日ばかりに食物酢のごとくになりて。はきい だす病人のすがた乾蛙のことくに。やせおとろへ。時々面目うきはれ たゞ死をまつのみ余になうぢをたのむゆへ茯苓飲加牡蠣にゑん じゆ丸一日に半ぶくづゝもちゆ七日にして黴動あり又七日もちひる に。かはることなきゆへ。ゑんじゆ丸一日に一ぷくづくづゝかねもちゆ五日ばかり にして大べんこゝろよくつうじて食物はかず連服すること廿よ日にして 平日のごとし。こゝにいたりてすこしく口中いたむまづ。ゑんじゆ丸をやめ。わう れんげごくとうを。のますること五七日にして。口中なおるまた。ゑんじゆ丸 をあたへ始終ぶくれういんにぼれいをくはへもちゆおよそ八十日あまりに して。まつたくなおる ◯大坂清水町和泉屋市右衛門なる者の女房年廿五反男をうれ ふること三ヶ年終日食たるものを日晡所かならずはきいだし大べん ひけつして軽水くだらず身体枯痩宿飲心下になみのうねるがごとく うごき百薬功なくまくらにふすこと百よ日日々寒熱往来舌上黒胎 小便薬汁のごとし余刻大柴胡湯にゑんじゆ丸一日に半ぶくづゝかね のます三日にして大べん漉飲食はかず十日ばかりにして寒ねつやむ さらに茯苓飲にゑんじゆ丸をかねのましむることおよそ五十日ばかり にしてまつたくな出る ○摂州住吉村池田屋直助年三十三一日午時にきたりてさゆを乞 ふて麦粉をいれかきまぜでこれを食ふて他の食物をくらはず余その ゆへを問ふ彼答ていはく我十ヶ年ばかりいぜんより大べんひけつして 留飲をはき食物をはき日夜はらいたみてしのびがたしたま〳〵大べん 利ずるときは。すこしこゝろよきのみ。つねにむぎこをくへば。はらのいた みしのびやすし。他のしよくもつをくへば・たちまちはらいたみて。しのびがたし といふゆへゑんじゆ丸毎日一ふくづゝのむべしとて七日ぶんをあとふ七日めに またきたつていはく妙なるかな丸薬をのむこと二日にして大べんこゝろよ くつうじ且小虫数百箇を下すこと両度頓にはらのいたみをわすれ さらにくるしむ。ところなし飯を食ふにすこしも害なしといふ連服す ること四十よ日にしてまつたくなおりたり ○伯州会見郡河崎村岩見や甚兵衛年廿六七初め下疳類便 毒燈をはかしぜん〳〵に頭面大ひにくさりたゞれ右半身手足ひきつり 大ひにうづきいたみ日夜やむときなく。こへをあげて泣さけぶゆへ往来の 人足をとゞめてこれをあやしむ。なおらざること五か年余につげていはく ごらんのごとく半身ひきつりいたみ手足なへ思ひゆがみて。あゆむことはも とより箸持こともならず。これまでに。けいふん丸はおよそ二三升ものみ かぎ薬は十ぺんもいたせども。すとしも功なくこゝの妙薬かしこの名医と 手をつくすこと五か年かくのごとく苦むより先生すみやかに死する薬を あたへて此苦悩をたすけたまへといふ其脈を診察するに沈黴細身体 枯痩たるゆへ鶏鹿散をあとふるにふくすること三日にしていたみやみ十 四五日にして。はしをとり腹を食ふおよそ五十日あまりにして。まつたくな おりて後廿余年今猶壮健なり世人薬毒がのこるといふ此ものが五か年 のくるしみも。さためてやくどくならんか。やくどくが難雁散にてたちまち ぬけたるか余はそのゆへをしらず上方いしやにたづぬべし ○大坂綿屋町山城屋儀兵衛のせがれ年廿才下疳をはりしゑんじゆ丸 をもちひて。すみやかになおる。なをゑんじゆ丸をのむうちに手足のつね いたみいだしたるゆへ。ゑんじゆ丸をやめ奇良湯を七日のませしに。おふかたる おるまた七日ぶん力ちひるあいだに。もとのごとく。いたみいでたるゆへまた たばこ薬を用ひるにこれも半治りてあともどりす此ゆへに水銀丸を もちひるに切なし。又治瘡丸を用ひるにこれもかしらぎゝしてのちには 功なきゆへ難鹿散をもちひんといふに先休薬いたさんといふゆへその意に まかす其後三十日ばかりしてみるに槌をふりて木魚をほる何を用ひて なおりたるやといふ答ていはく先生にはとりざいを。もちゆるとおふせらるゝ ゆへくろしからずとおもひ、にはとりのあらを廿四文づゝが毎日買てこれをたゝ きにして煮て食すること十日ばかりにして大ひにからだのいたみよろしき ゆへつゞひで食するに此十日ばかりいぜんまでに。さつぱりなおり。ごらんのご とくし。ごともできるゆへ大ひによろこび黴毒はうまひことにて。なおると おもひ。あれこれにおしへて。くはするに功ある者なしといふ人によりて薬と なり毒となる治術にこゝろあるものは心得べきことなり ◯摂州木津村春吉の女房年三十ばかり楊梅瘡をはつししつ ねつつよくふ食すおりふし痢疾をうれい九月ごろより十一月十へ迄水上だり してやまず大ひに。やせおとろへ手足の甲うきはれ必死となり諸薬 しるしなくたゞ死をまつのみ薬をのまざるゆへに鶏の生肝をみそしる で煮て毎日一羽ぶんづゝ食せしむること廿日ばかりにてきめうに 治したり世に生肝を薬にするとて物を殺して肝をとること侭あり すでに雲丹にて癩疾をやめるもの人の生肝を食へば。なをるといふ うそをまことゝおもひ小児をころして其肝をとり食へどもすそしも 効なくそのことあらはれ数人刑罰せられたり生肝干肝はあり その生肝を生肝とよむは大ひなるあやまりなり若人の生肝入用 の時は死刑せらるゝものの肝をとらば何程にてもあるべし世に癩病には 鮫をくへば悪血をはいてなをるなどく。うそをいふ痩病には大楓子なく して治ることまれなり癩病の妙薬は余が妙薬奇覧に出す 大阪南久太郎町 船越敬祐製 大日本神医錦小路殿御門人 三丁目 家 六十日分 目方 清血丸 四百八十匁 方 六十夜分 目方 目方 消毒丸 三十目 両方にて価金壱両 癩風の一證は実に所謂天刑にて治しがたき悪疾なれども毒食と 色欲をつくしみ清血丸を毎日八匁消毒丸を毎夜五分ふくする 一者はすみやるに治する事神のごとしくはしき用ひ様は薬に相そへあり 夫癘風の病たる其初発皮膚不仁或は淫々として痒く蟲の行が如く 或は十指頭常に冷或は乍ち寒へ乍ち熱し或は手足破痛或は股 脛肘にはりきりをさゝるゝ如くいたみ或は身体かゆくこれをかけば 瘡を生じ或は手足一片常に氷のごとく冷或は銭の大さの如くまだらに しびれ或はいたみあちらこちらとうつりかわりて定まらず或は身に 白屑を起し或は手足の小指頑脾或は身體手あしにはれを 発し豆のごとく棗のごとく或はいで或は没す是等の症はかるくして 治しやすし或は身体良塊其色紫赤く弾丸の大さのごとく或は 鶏子の大さのごとし若火に近づく時は水泡をなし二三日か四五日すれば 頂くぼみやぶれて黄水ながれいで湯火傷瘡のごとし或は眉睫堕落 眼ひかり或は皮膚鼓散樹皮のごとく手の指かゞみ或は面目うるおひ なく其色灰白或は身面はれいたみ骨に徹し或は語声噺散 或は耳鳴り或は身体頑痺いたみかゆきをしらず針灸すれ共 痛楚を覚へず或は身中瘡一二をはつし一所疾ゆれば又他所に 発してやまずあるひは毛髪をぬけどもいたまず是等の症は をもくして二三剤もおこたりなく服用せざれば全治し かだし或は眼中黄色なる者脈微細肉脱たるもの爪根に 白暈なき者物を持ておちるをしらざるもの手足の心に 穴あき血出る者眼つぶれたる者玉茎くさる者手足かゞまり 或は身體くろまだらなる者指けんぽなしのごとき者 肉身に毫毛なき者鼻くづれたる者指だん〳〵かげ骨を 穿つ者つねに飲食色慾をほしいまゝにするもの温泉に たび〳〵浴したる者四十以上の人これ等は治しがたき悪 症と思ふべし或は薬を服して治すべきしやうといへども身を かろんじ財をおもんじ薬をおこたるものは論ずるにたらず ○禁忌色欲湯治四足二足の肉酢さけあぶらつよき魚右は かたくいむべし一度治したる者も禁忌をやぶるときは再発 して不治の症となるべし○食してよろしき物米大麦 小むぎ黒白大豆あづきぶんどうそらまめごまほゑな やまいもさつまいもだいこかぶらさとうかもうりちさごぼう うどくずうこぎくこのはよめなたんぼくみつばぜりかんぴやう すいくはにんじんこだいはぜあぢいしもちかますきすごこち かれいもうをさよりきんこあはびさゞいしゞみかつをぶし あまだひいとよりめばるのりあかめあらめこんぶ右はよろし 此病全治したりとも不養生すれば再発するゆへに余が家 方の清身丸を毎夜二三匁づゝさけかさゆにてもちゆれば大 べん一二度こゝろよくつうずべし平日に用ゆれば再発の患なし 家 房清身丸一廻り六十日ぶん丸薬三百六十目價金三歩 方 一此薬もらいびやう白らいのめうやくなり其他黴毒結毒百 米験なく久年治せざるもの或は周身かゆくこせひぜんがんがさ いんきんだむし等諸治効あらざるもの此薬を壱廻り用ひ て治せずといふことなし尤極悪症にいたりては弐廻り三廻り も用ゆべしまた白らいは胎毒にて頭面等にふと指にてをす程 白くなり其所は毛髪までも白くなるものにてしだいにはび こり治することなし余頻年らいびやうを療するゆへ白らいの 薬をもとむるもの多けれども古来より自らはの薬なし此故に 数年工夫して此清身丸を製し用ゆるに初発のものと四十 以下の人はきめうに治するなり或はらいびやう大楓子剤をうけ ざる者此薬を久服してよろし又黴どく治して後此薬久服す 二百目ニ付清良丸清血丸は両次所なし れば病根をぬきさるべし清身丸 代銀十三匁二分大坂にて余が家直うりなり に あ 計 癩痛を治する一奇方一大医一子相伝の難薬なり 皮をさり実ばかりとり 大楓子 百六十目むして粉にする 一各十匁さけをつけて 烏蛇白蛇 一あぶり粉にすべし 大黄 黄連黄芩 各四十匁 六匁広東を 六匁広東を 人参 もちゆべし もちゆべし 三匁 鹿頭 紅花霜三匁鹿頭 八十目 霜四匁荊芥 火をいむ 右十味先大楓子をのこし外九味を粉に して大楓子を薬研にてすりおろし九味の粉を少しづゝ まぜて粉にすべし大楓子は油ありて粉にならぬゆへ外の粉 をまぜて粉にして一度に二匁づゝさゆにて服す日に三度凡 六十日に服しつくすこれを一剤といふ軽症は一二剤重症は二三 剤にて治するの妙薬なり余が家方の清血丸消毒丸の二方 を用ゆるときは其価下直にして其功は此くすりよりはるかに まさる又此薬方はたよりなき人のためにこゝにいだす 伯耆國医生今浪花住錦海船越敬祐著書目録 五冊合本一冊 此書は黴毒と薬と交戦なさしめ治術 黴瘡軍談全一 ひらがなつき を軍術になぞらへ治験を軍談とし面白く戯著して時俗の悦を邀へ 此書を熟読せしめ自ら黴毒治術を知得せしむるものなり 黴瘡茶談全一冊 つき ひらがな 此書は黴毒治療の珍書なり一度看者は 黴毒の要論治術を明知すべし猶末には種々の難症疣痾の治験を あらはしたれば治術のはたらき自ら知得せざる者なからん 黴毒方撰全一冊一 ひらがな 此書は諸家の奇方を集録して前書の助とす つき 外療便覧全一冊一 ひらがな つき 此書は外科正宗を本として外療にあつ かる病症凡百壱種を撰み一病毎に要論薬方膏方治術を詳に忌 外療便覧薬方集覧 るしたるものゆへ医家必要の妙書也 右二書は辰ノ十月出来 薬方集覧全一冊 ひらかな つき 此書は仲景傷寒論金匱要略を始として 孫真人千金方王壽外台秘要張子和儒門事親巖氏河間東垣 丹渓其他近代までの諸名家の薬方をいろは分にして集め出し其 薬方の出所主治を記しおけば医家必用重宝の珍書なり 小本一冊 此書は余四方を漫遊て諸名家の秘し用ひて 妙薬奇覧全 ひらがな付 大効を得たる所の禁方或は民間の奇方名灸等を集め数年用ひて起 廃の効ある者をゑらみ凡百四十三方を出す末には黴毒の治療並びに 生々乳そつぴるどろしゆす軽粉飛白霜等の製法秘校秘傳を詳に 黴毒方撰妙薬奇覧後編 一しるし医家俗家に在りて重宝の書也 右は巳の十一月迄に出来 妙薬奇覧後編此書は文政十年以後に集る所の奇方を撰み出す 小本一冊 醫道年代記 ひらがなつき 此書は大日本少彦名命大己貴命より近代 迄の名家唐土神農黄帝より近代までの名医並に医書 紅毛医の始りより近代迄の名医等の年数を詳に記す 新製ゴムカテイテル男女両用僕壱匁五分是まで世に行 はるゝ所の銀製鼈甲製の力テイテルはかたき物ゆへ痛むもの まゝあり又初心の者むりにぬきさしする時は銀はのび鼈甲は おれることまゝありゴムカテイテルは和かにてのびる切るいたむ 等の気遣ひなく至て用ひぐあひ宜き物也男女小便閉にて諸薬 一効あらざる者男は五六寸女は二三寸小便道に入る時は忽小便出る也 一余は数十年是を用ひてしば〳〵大効をとる紅毛人初めて持渡る 一時は甚高金なり今は二十目ばかり此力テイテルは甚下直にして 初心の者これを用ひて過失あることなし船越敬祐精製 重粉一両侯銀六匁此重粉は余が工夫にて万国に類なし其効 軽粉生々乳ソツピルドロシユス。カロメル水銀蒸方山取米等を 用ひて効あらざる者を治す其他黴毒にかぎらず無名の悪 腫悪瘡中風痛風風毒或は筋骨疼痛或は反胃留飲痛 大便煉結する者すべて瘧痧痼滞の毒を駆除するの神 薬にて瞑眩は軽粉より甚ゆるく其効は大ひにまさる同志 一の諸君子此を試知すべし 一今は大坂南久太郎町 伯州米子医生 三丁目に住ス 錦海船越敬祐製造 家傳秘方に 一廻り十五日 延寿丸 一子相伝 代正銀六匁 当国当所取次処 全部一冊代銀五匁 黴瘡茶談、 8322 三 和薬 第十九條諸薬種仕入所 唐薬 ならびに 蘭薬和薬種売捌仕候 一私儀代々薬種商売に而諸国薬種屋様方 仕入仕候尤代呂物極々吟味仕直段成丈ケ相 働き格別下直に而奉差上候故年々手広に相 成其上諸国ゟ和薬種荷物御のぼせ被下候故 精々相働き向口へ指向け或者入札等に仕十分 上直段に売捌正路に仕切仕候故追々和薬の ぼせ荷物も薬種御注文も沢山に御座候而日々