延壽養生訓
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- 杉山壽庵著
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- 2026-08-17T19:23:20.819Z
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- 2026-08-17T19:23:20.819Z
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- 場所: 江戸
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- 杉山壽庵著
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- 日本語
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- 英大助
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- エンジュヨウジョウクン
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- 東北大学
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
狩り
延寿養生訓
延寿養生訓全
同断同断
寿菴松山先生著
延寿養生訓
江戸書林万管堂蔵板
延寿養生訓
『讃我悲』『
予唐や大和の養生の書を多く見たりしに
}東京都市
いにしへの智者達が申されしは。人間が生るゝと。
寿命も富貴も定まりある天命ジヤと申され
しが。予が考にては左にはあらず。皆人間の変と
いふものなるべし、雷にうち殺さるゝも盗賊に切
殺さるゝも。僥倖にして富貴になるも皆変也。その変と
いふが実は天命なり。定むべきにあらず。さて予
が養生の行ひを示す法は罪を犯して首をきら
るゝも。不養生して命を促るも。奢侈に長じて
貧乏になるも。みな己より求めてなす所業ジヤ。
其根元は色と酒食が元じめジヤ。そんな心得違
のない為の養生ジヤ。能得道めされよ。天命定数
とばかりいうたら。不養生しても命が縮まるわ
けもなし、又罪をおかしても首をきらるゝ道理
もあるべからず。縮まる道理あらば延る道理もあ
るべし。養生する心持になれば。自然と悪人も善人
になり。貧乏人も富饒になり。多病の者も無病。
になりて。百歳の寿を保つべし、養生は世の人
むづかしきことにおもはれやうが。むづかしき
事ではないジヤ。論し申すから能得道めされ。
第一
気を竭し心を苦しむべからず。たとへ何ほどの
事出来ても、唯心の持やうなり、高貴の人に
生るゝもあり。乞食非人に生るゝもありて。高
貴の人には及ばすとも。乞食にてましかとあき
らめなば。命にさはる程の心配はなきものジヤ
神にも仏にもなるべき天地万物の霊たる尊
き人間が。心配ぐらゐで命を縮るは。あまりと
いへばふがいない事ジヤ。自分の膽の持やうで。どう
でもなる事ジヤ。是が養生の第一でござる。能
得道めされ、
第二
世の人常に美味を好むもの。三四日も魚鳥
を食ねば、骨ばなれがするといふ、又世間おしなべ
て魚鳥は五臓の肥しになるやうに思ひめさるが。
左様ではない。譬ば稲麦も肥しを遣らねば実
ざれども。夫をよき事とて。毎日〳〵肥しを
遣れば。忽に根腐れ蠹生じて。十日を過ず
して枯るなり。人間とてもおなじことなり。殊に
日本は東方の国にして、男女の性質するど也
故に剱とても外国の剱よりは至てするどなり、
水土による事なるべし。又米とても、
皇国の米は水田に生じ能実りて滋潤あること
支那や西洋の及ぶ事ではない。世界第一の結
構な米ジヤ、其結構な米を常に食ふは、平生人
参湯をのむやうなものジヤ。邉鄙では大病人に
米粥を食すれば治するとさへ申事じや。それら
の事考て見れば。平生米を食て居るのは。人間
の肥しには十分ジヤ。其米を日々食のみなら
ず。日々魚鳥を食すれば。五穀へ日々肥しを遣
り根腐や蠧を生ずるもおなじ理なり。其證
拠は山国のものは長寿にて。海近き国の者は
短命なり。是らを以て了見めされよ。然れども
魚鳥も酒も食ても飲でもあしきにあらず。魚
鳥は一月に二度ヅゝぐらゐ食がよし。酒も大酒
せぬやうに慎で飲がよし。又三度のめしとても。
やはらかにして二椀とか三椀とか定食にすべし。
腹一はい食は大毒なり。油こきもの。塩からきもの。
こはきものを食はず。淡薄ものばかり食時は。
胃中へ入て消化はやく。胃火上逆の患なし。故
に管衛調和するの理なり。左すれば無病なるべ
し。無病なれば長寿すべし。又常に麁食を旨
とすれば奢侈の心なし。奢侈の心なければ家の
費なし。家の費なければ其家次第に富榮ゆ
べし。是子孫長久の基とおもひめされ。
第三
婬事は子孫相続の為。且家内を治ふは婦人
の所能なれば。相対せねばならぬものなれども。美
人を求て楽とするは痴愚の頂上と知るべし、
別して五十歳に近づけば。精へり神おとろへ
血少くなりて、火下降せず。腎氣つかれ。水おの
づと盡るなり。心腎隔絶すれば管衛調和せざる
の道理なり。火の用心に水をたくはふべし。水不
足なければ火の升ることなし。腎虚する事を
患へて。賣藥店の三臓圓や五臓圓。六味八味の
峻補剤を持薬に用ひ。鶏卵鰻驪の類をし
きりに食ふ。大笑に堪たり。却て持薬や薬食
の為に陽物を起す時は。薪を負て火に入におな
じ。そのやうな馬鹿な事いたさうよりも。婬
事をたのしまぬが遥にましなり。無病なる
時は薬は飲ぬものなり。能考へて慎めされよ
右三條をまづ養生の要領とするジヤ。一躰人間
は色と酒食の為には。罪を犯して首をき
られ。不養生して命を縮るも。累代の俸禄并
田地田畑まで失ふも。おのれより皆求ていた
す所業ジヤ。不養生して死ぬ人は此江都には
別して多し。其詮は三都の者は常に氣を竭
し心を苦しめ身体を労せず、義食大酒を
好み女を愛する故。五臓終には損じ。脚氣衝心
或は俗にいふヨイ〳〵となりて。半身不遂の悪
症を発して死するもの。あげて算へがたし。この病
邉鄙の鋤鍬をとる百姓には絶てなし。これを
考へて見れば。三都のものは。死ぬ事は少しも
心づかぬとみえたり。譬ば毎年元日から大晦日
は知れてをることなれど。大晦日になると。今天
からふつて来たやうに。俄に騒ぎあるくやうる
ものなり。何人の句にか。
元日やうしろに近き大晦日。と申たり。
命の用心早くおもひつくがまし。又予がいふご
とくの養生する了見になれば。自然と忠孝仁
義の道無念にして備るなり。たとへ今まで
悪人にても。儒道でいふ賢人仏道でいふ菩薩
ぐらゐの人にならるゝも同じやうなものジヤ。又
死ぬ時も。二便まで孫子の世話になるやうな
きたなき死やう致さぬジヤ。其上苦痛もなく。
昔の祖師方の様に立派に奇麗に死ねる
ジヤ。それが養生の徳といふものジヤ。死んでから
さきは各達が望次第に。神にも仏にもならしや
るがよし。さて右のごとき養生の行ひ方。寿庵
は口ばかりだと。人々おもひめざるべし。仍て此
書を夫々に伝へたるその人より、予が養生の行
ひ方を聞めされよ。又くはしく問たくおもふ人
あらば庵に来給ふべし。得道するやうに
語りまゐらすべし、
弘化四のとし丁未の春
江都神田お玉が池
横瀬殿の西に庵をむすぶ
寿庵杉山秋誌
一此本は女子童までも。よみやすからしめん為
に、俗語を以て出つゞるゆゑ。識者見給ふ
とも。嘲り給ふことなかれ。
杉山寿庵著
弘化四年丁未夏五月
江戸書林
本石町十軒店
萬笈堂英大助版