俗説正誤夜光璧 3巻
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- 原省庵若一子輯録
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- 場所: 大坂
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- 原省庵若一子輯録
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- 日本語
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- 大塚屋惣兵衛
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- ゾクセツセイゴヤコウヘキ
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- 東北大学
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- ゾクセツセイゴヤコウノタマ
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
俗説
一
夜光殊元
六十一
一
1071
俗説正誤夜光壁叙
渡管官定
竊ヲ惟人ノ之有有レ性也自レ自レ自レ天而命レハ之ヲ
聖人全レシテ立レ極テ二極ヲ繼ヲ繼テ天ニ坐レル教ヲ而ノ民
從フ之ニ固有焉矣軒岐作而内経
成タ焉三才ノ之事理無レレ不レトル尽コト矣君
子ノ者則レテ之ニ而豁然リ不レ惑ハ小人ハ者
聞レ之ヲ而ヒ迷フ小人共レ理ノ理ラニ自欺キ誣二人ヲ
是レ乃誤謬ノ之端也積ナリ也積レ年ヲ累テ累レ世ヲ轉
伝テ烏焉為レ焉。是レ乃チテチ誤謬ノ之成也
於テ是俚言稽誉至至レレ不レ能レ別二テ虚実ヲ
矣於二ル醫ノ事一ニ誤リキレ之ヲ則テ則チ隕二ス衆命一ヲ是以テ
雖一。田夫蒭蕘ノ之談ト一而モモ亦ク不レ可レ可レ忽ク
十一日
也因レ之レ不レ不レ醜二テ予ハ固陋ノ蒐輯ノ世俗ノ
之所二ニ膾炙一カ有レ關二吾ク道二吾ノ道ニ者一者二ハ其ノ
所二ヲ由テ來一シ而正レ其ノ所一ヲ訛謬スル記ニシテ記
語国字一ヲ而號クヲ謂シク攝生俚言解童
蒙婦女以レ此ヲ為為二ルハ階梯一則ヲ有二小袖二小シク補二
保生修養ノ之道ノ之萬一ニ而巳矣
後カリ君子補益改正スハ則チ予カ之固ニ所
願フ也豈
享保十二季歳在ル丁未一ニ立春ノ日一
原省庵尹方書スス于楽只堂一
大津
□□□□□□□□
下
俗説正誤夜光盈上巻目録
一長生の術并に丹薬を煉るといふ説初丁
一寿命の薬病の程といふ説二丁ウ
四百四病といふ説四丁ウ
七日を療治の一まはりといふ説五丁ヲ
補薬瀉薬の説六丁ウ
酒後に茶を飲む説七丁ヲ
一真桑瓜のあとに塩茶を飲む説八丁ヲ
瘧に茄子を忌むといふ説八丁ヲ
一蓮根は三年に成疵を発ずといふ説九丁ヲ
蓑荷を鈍根草と名づくるといふ説九丁ウ
一章魚は血をくるはすといふ説十丁ウ
一雨の性を稟たる人といふ説十一丁ウ
安芸の広島の沖蓬莱山といふものゝ説十二丁ヲ
一渓水より燈油の出る説十四丁ウ
一肴を漬る寒の水の塩加減を卵にて知る法十五丁ウ
辛味大根のなき時絞汁を穀くする法十六丁ヲ
蕎麦は疝気によきといひあしきといふ説十六丁ウ
蕎麦は温むるものといふ説十六丁ウ
枕は病気の薬といふ説十八丁ヲ
一梅干は常に用ひて薬といふ説十八丁ヲ
桃は蟲までも薬といふ説十八丁ウ
榧は小便しげきを止むるといふ説十九丁ヲ
鼈は温むる物にて陽を補ふといふ説廿丁ヲ
一鶏卵の性は温にて陽を起すといふ説廿丁ウ
山芋の綾驪魚に成る説廿一丁ヲ
木の伊を取る者誤つてみいゝに成なといふ説廿三丁ヲ
一慈石は磁石山の方を指すといふ説廿三丁ヲ
胡椒の木といふものゝ説
胡椒の木といふものゝ説廿四丁ウ
甘草は乳をあげるものといふ説廿五丁ヲ
女は砥石を越へぬものといふ説廿五丁ウ
一偸滅目を彫るといふ説廿六丁ヲ
一鍼を刺せば精のおつるといふ説廿六丁ウ
夜光璧巻之上目録終
俗説正誤夜光璧巻之上
『荒井恭姫氏!冊
以テ編入セル今朝博士
浪華原省庵若一子輯録
一長生の術并に丹薬を煉といふ説
夫人は万物の霊にして天地の化育を資くこの
故に天地と参べ称へらるされば物に格り
知ることを改むるよりをしひろめて人を醫し
国を医するに至るも壱つに是はな身を眺め
生を摂つを以て本とす日用養生の條々は
貝原氏の養生訓に詳かなれば今更こゝに
贅せず養生の本といふは心に貪ることなく物
事に疑ひなければ七情に過不及なし身
にそれ〳〵の家業職分を節よく勤め何事
も天命に任するときは心安閑に形衰へずし
て寿ながし万葉集の歌に
こゝろをも無何有の郷にをきたれば
一藐姑射の山も見まく近けん
此うたは荘子の逍遥遊篇によりて読りこれ
養生の至極なり黴姑射之山とは神仙の位
所をいふ無何有の郷とは心の恬慎虚無なるところ
をいへり心をこゝに置くとは人の天より命ずる所
の性に率ひて心に一点も人欲の私なきことなり
素問の上古天真論に曰く恬胆虚無なれば真
気これに従ひ精神内に守らば病ひ安くに従
てか来らんと此旨をくはしく註すればことなが
き故にこれを略すさて又仙術に丹薬を煉ると
いふも此心を修煉することなり薬のことにはあらず
心の臓は色赤きゆへに丹といふ又仙経に上中下
の三つの丹田あり是を精気神の三宝といへり
これを修し養ふを丹を煉るといふなり此道を
得るときは儒釈道の興旨に通じ神慮にも
かなひ侍りて長生不老の真術なりこゝに安ん
ずる人は天命を不みて外に求ることなし
一寿命の薬病の種といふ説
俚言に意に適はぬ事を病の種といひ又冨貴
を極めて物事欲ひの侭ならば寿命の薬なるべし
といふことこれ誤りなり足ることを知り敬み忍
へて七情の過不及なければ病にはならざるを
世に交はる人はみなつねに思ふ事ひとつ叶へば
また一いろ意のごとくならぬ事を思ひ設けて願ひ
を立これを心の依ごころとし力として世を渡る
ものなりこの故に他の嗜好みて楽みとする事を
好ざる者より見ればみな苦を敷むるわざなりた
とへば鳥の風にむかふて飛び魚の流れに漉る
これ肝の臓の
がごとし
四月十一月の御后八坂入媛命の
魂の所為なり
曰はく苦みを以て楽みとするときは不まざるとこ
三図
ろなし楽みを以て楽とするときは苦みこれに
随ふとまた定家卿の歌に
花見んといそぐ小船に帆をあげて
ふけかし風の吹かであれかし
また呂氏春秋に曰はく出則以車入則以輦務以
おいづるにも入にものり物にのりてわざと身を
自佚命レ之曰二招レ圧之機一
あんらくにするはいざりをまねくといふものとなり
こえたるさかなにき
肥肉厚酒勢以相強命レ之曰二爛レ腸之食一
一さけをこのみしゐ
こゑつとめてもつて
あふてのみくひするははゝわた
大靡受皓歯鄭律之音務以自楽
をたゞらかすくひものといふものとなり
命レ之曰二伐レ性之斧斤一
びまんかうしとは色ある女のことなりていゑい
のこゑとは小うた浄なりしやみせんのたぐひ
をいふこれらをたのしことするは人の本に
三患者富貴之所改也と
性をきるまさかりといふものとなり
されば意にかなふことも過れば寿命の毒なること
上古天真論にも見へたり又誉れをこのむも身の
害をもとむるなり関令子に云はく魚群魚に異な
らんと欲して岸に躍れば必ず斃る虎群虎に
異ならんと欲して市に出れば必ず捕はると
たゞ聖人の教へのごとく富では礼をこのみ貧う
しては楽み天性にそなはりたる五常五倫のとを
りに身を持ちて私なき時は心の富貴これに
まさるかみはなきものぞかし是を醫道にて
修養生楽の道を知れる人といふなりこゝを以
て范文成公の曰はく儒者宰相となることを行
ずんは願はくは良医とならん蓋し民を済ふの功
斉しき尓と
四百四百四病といふ説
右にいふ養生の道を忘れたる人は已に克ち礼に復
るの慎みなきゆへに人欲の私にひかれて宴に七情
を動かし飲食色欲を恣にし風寒暑湿に干さ
れ積りて内より傷るゝことを知らず終に病となり
て其変窮りなし然るに四百四病といふ名目は
孫子親が千金方の診候第四に云はく凡四気徳
を合せ四神安和す一気調ふらざれば一百一病生ず
四神勧作すれば四百四病同時に俱に発ると又
云はく一百一病は治せずして自愈ゆ一百一病は
須く治して愈べし一百一病は治すといへども愈
へがたし一百一病は真に死す治せずとあればなり
七日を療治の一廻りといふ説
鍼灸薬あるひは湯治に七日を一まはりといふこと
或人の説に風土記に舒明天皇三年秋九月に
有馬に行幸し給ひて温泉に月のさし入たるを
叡覧ありて
三日月の汐湯にうつる影見れば
片輪もなをる七日〳〵に
との御製より湯治にいひつたへたるを鍼薬等
にもいひおよぼせるなりと此説よろしからず愚
按ずるにいにしへより七日を一廻りといふことある
によりての御製と聞へ侍り是七日は陰陽のめぐり
かへる一周りなればなり易経の復の卦の辞に曰
はく反復其道七日来復とありこれは天風始の卦
より地雷復の卦に至りて陰陽の周還七夕めに来
り復るをいへるなりこゝを以て霊枢の平人紋穀篇
に人の腸胃の中に常に留まる水穀の分量あ
りて食飲せざること七日にして死する者は水穀
の精気津液皆尽る故近とあるも此理なり難
経四十二の難にも此事ありしかれば腹中の食
気も七日にてこと〴〵くあらたまるの理なれば
療治に七日を一周りといへるも甚なきには
あらず
補薬瀉薬の説
世俗の心習ひに補薬といふはやはらかにてよき
薬瀉薬といふはあらくあしき薬と覚へたるは
誤り也惣じて病に虚実寒熱あり薬に亦補
瀉温涼ありてそれ〳〵に相応の薬にて病を治
するものなれば補薬と瀉薬に優劣はなきも
のなり然るを素人了簡に瀉薬は恐ろしきものに思
ひ成し補薬は用ひ損ひのなきものと心得たるは
僻事ぞかし瀉すべき病に補薬を用ゆれば実を
実にすとて邪気を補住して却て正気を損ひ病
補ふべき病に瀉薬を用
ひ変異をなして害ある事おほし
ひて虚を虚にするも同じ
そのうゑ無病なる人の補剤を飲み薬喰などする
は新しき家に培をかふやうなるものにて結句傾き損
ずるなり此趣は諸賢の方書。医案等に詳なり
酒後に茶を飲む説
酒に酔ひて茶をおほく飲むこと宜しからず心得へ
し時珍が本草綱目に曰はく酒後に茶を飲めば腎
の臓を傷り腰脚重く膀胱の腑冷痛み痰飲。水腫
消渇撃り痛むの疾を兼患ふとあり或人酒を禁
ずる所にて人にかくさんために煖めたる酒に薄茶を立
てこれを飲みて死したる事を聞侍りぬ其人素より
内の損ねたるにてもあるべけれど時珍が説によれば
つゝしむべき事なり
甜瓜のあとに塩茶を飲む説
胡瓜を食して後煎じ茶に塩を入れこれを飲みて
瓜の毒を得すといふは本草に孟説か云はく瓜を
食して脹ることをなすものは堕花を食へば即ち化
すとあるによりてなり
瘧に茄子を忌むといふ説
瘧に茄子を食すれば愈ずおちて後にもこれを
食ふときははみかへるといふ俚語はなはだ誤りなり
是は俗に瘧のいゆるを落るといふによりて茄瓜の
類は熟しても落ぬものなれば言葉の縁をとりて
児女のいひならはせる僻言なり王隠君が養生主論
に瘧を治する薬方に乾茄を用ひて諱を草鼈甲
と名づくその故は鼈甲能く寒熱の往来を治し
て瘧の薬に用ゆる薬種なり茄子の性も亦能く
寒熱の往来を治するによりて草の中の鼈甲な
りとて異名を草鼈甲といふ予嘗て瘧を患ふる
者を治するに男女老少によらず茄子を食はし
むるに一人も愈ざるはなし亦初に除けたる人の瘧
いへて後茄子を食するにこれも再たび発るの患
へなし又蔓のものを忌むといふも同談なり其
中に黄瓜は本草に寒熱を動かし多くは瘧
右にいふべつかうとは団魚
を病むとあれば忌むべし
の甲なり櫛笄等に作るは玳瑁
なりこれをべつかう
といふはあやまりなり
一蓮根は三年になる疵を発すといふ説
俗談に藕は三年になる疵を発すとて腫物ある
ひは金瘡の卒愈したる後までも是を忌むこと何
としたる事にやあとかたもなき妄説なり本草綱
目に曰く藕は留血を散し肌を生ずと又曰はく
宵に擣て金瘡傷折を詈ふとありてきり症打
疵に搗てつけぬれば疵をいやすものなり且能おほし
一蓑荷を鉋根草と名づくるといふ説
俗説にめうがは仏弟子の般特が墓より初めて生ひ
出たり般特は愚癩にして我が名をも忘れしかば名
を書て首に掛ける其塚に生ひたる草なればとて
名を荷ふと書て名芹と名づくこれを食すれば心
気を瀉し記臆なからしむさるによりて其異名を
鈍根草といふといへり此説何者の妄りに作りて散
蒙の輩を誣たぶらかせる寓言にやしらず先般特
が故事なれば天竺の事なり竺土に名荷の字なし
又名をになふといふ。意の梵語を翻訳せば荷名と
いふべし名荷とはつゞかず且めうがといふは佞名にて
音にはあらずめがともいへり此草の状薑に似て柔か
なるゆへにせうがめうがと云ふこゝろなり背は夫の
倭証女は婦の倭語にて剛柔を別ち名づけたるなり
又本名は蓑荷にて覆韮。嘉草等の異名はあれど
能根草といふ名はなし其性も亦心気を損ずる
ものにあらず本草綱目に不詳の邪気を去り尽し
毒を解し瘧を治し沙蟲の毒蛇の毒を解し稲は
麦の芒の目に入たるには根の汁を絞り入てよしと
あり然れども薬を服する人是を多く食すれば薬
力を損ずといへりこれ毒を得すゆへなり
章魚は血をくるはすものといふ説
章魚は
俗に蛸の字をたこと訓むはあやまりなり蛸は蝶蛸と
て小蜘蛛の名なりたこは章魚とも章挙ともいふ也
俚言に血をくるはすものといふこと如何なる事をいふ
にや血を破るといふの俗語なるべしさて章魚は血
を破るものにあらず本草綱目に時珍が云はく章挙
は血を養ひ気を益すと見へたり又石距は毒あり
此もの蛇の化るところといふこと諸本草に見へず雑
家の書にもいまだ見あたらずといへども或人西国の
海辺にて。小蛇の己れと身を磯辺の岩に触れて
搏ちつけたるを見しに漸々に裂けわかれ足のごとく
成て水中に入りぬといへり又予が隣家の人先年
筑前に下れる船中。中国浦にて碇の綱にかゝり
てあがりたるものを見侍るに双は地にて身はいく
つにもわかれ。所々にいぼありて章魚の足に化
りかゝりたるを見しとて両人ともに其後石距を
食せず
一雨の性を稟たる人といふ説
世間に常に外へ出ぬ人のたま〳〵余所に行ば必
ず雨にあふ人ありこれを俗に雨の性を稟たる者
といへり婦人におほくあることなり是すなはち木
鬱の症にて持病なり或はすこし温痰を兼
たるもあり天気の雨を催ふす時は此症常より
一倍鬱滞して気ふさがるゆへに空はいまだ曇らねど
先肝膽の木気舒暢んことを欲するにより
我しらずしきりに気舒しに出たき意おこりて忍
びがたさに何事にてもかこつけ遠き所へ行くに
よりてかならず雨にあふなり
安芸の厳島の厳島の蓬莱山といふものゝ説
格物致知は聖人の教へにて物事多く聞広く図
て理を窮め心に疑惑なからしむるは修養家の二
事也藝州の人のいはく厳島の海上にむかしより
蓬莱山の出現といひつたふることあり享保十一
年丙午の四月十六日午の刻にも此事あり江波と
いふ所の沖よりつくねが嶋といふ辺の海の面俄に
金色の浜と見へわたり所々に金屏をたてたるごと
く五色の岩ぐみ瓊林玉樹金殿楼閣の状すべて金色
の光りきらめきてさながら蓬莱山といふべきものなり
わづかに三刻ばかりのほどありて日のかたふくにした
がひをのづから消へてもとの海づらに成りぬと又或
人の云へるは越中の岩瀬といふ所の沖に折節狐の春に
越中と能登のあいだの海中なり
立といふ事あり
能とのみさきよりも見ゆるといへり
海のおもてに城
の形あり〳〵と櫓の数々あざやかに見ゆれどもその景し
ばしも同じ形にてはあらで模様さま〴〵にかはりて沖
浪のたゆたふごとく或ひは梅臺または橋の上を人の行
く姿さだかに見へ或ひは樹木の状など櫓々の間にあ
らはれ奇しく目をよろこばしむるさまにて見渡す
目路の遠さよりは人物の形分明に見へたりまた近き
かと見れば形ちいさし時うつるほどにいつとなく消失ぬ
と亦南海にてもかゝることを見し人有とかや是す
なはち海中にすむ蜃といふものゝ気を吐てなせるわざ
にてその名を海市とも蜃気楼ともいふなり俗に
蛤の気といふは陳蔵器が説を取り誤りたる也今
考ふるに此唇と云ふものは二種あり一種は車熬とて
時乾の
ほたて貝の名なり此時は蜃とは
濁りて上声によ
反音腎
む七十二候に雑大水に入て蜃と化るといひ爾雅翼に
雀淮に入て蛤となり雉海に入て蜃となるといふもの
之に
此車整のことなり今一種は蚊戯の類にて蜃との姿
之刃
の反
震者
醋清みて去声によむ右の蓬莱山きつねの森等
は此ものゝ所為なり本草ノ綱目に時珍が云はく蚊の属に蜃
有其状亦蛇に似て大なり角有りて龍の状のごとし紅
の鬣あり腰より以下の鱗尽く逆だてり燕子を食ふ
能く気を吐いて楼台城郭の状を成す将に雨ふらんと
して即見ゆ歴楼と名づけ亦海市と曰ふと又唐
詩訓解の註に歴は蛟の類なり海の旁秋の時常
に蜃有つて気を吐く楼置人物の形のごとしこ
れを海市と謂ふとあり又或説に蜃能く気を吐
いて楼台をなす春夏島徴に依り約ふて常に此気
ありといへりこれらの説を以て見るに春夏秋のあい
だにあらはるゝと見へたり燕を好むとあればさもあらん
かしさて又唐の陣蔵器が車整の気を吐いて楼台を
なすといへるは誤れるなるべし此理に車鑿は大蛤なり
もあるにて恰のわざといひならはせるなり其外感説
おほしこと〴〵く書を信ぜば書なきにはしかじとこそ
熱ス
を食して船にのゝぬ
ものといふも此ゆへなり
渓水より燈油の出る説
美濃の谷汲はむかし渓より油の流れ出てそれを
汲みて燈油に用ひたるによりて谷汲と名付して
かやその後も燈明の油ほどは出たりといへりこれ不思
議なることにあらず今も越後のうちにて渓水に沫
の流るゝを葭の穂にてとりて窓におさめ煮かへして燈
油に用ゆ光りはつよけれど硫黄臭く下品のもの
なりといへりこれ即ち本草綱目に云ふ石脳油なり此
十一
一一
雄黄油また硫黄
油ともいふなり
石岩より流れ出て泉水と相雑はり江
江として出づ肥へて肉の汁のごとし土人。草を以て
挹りて缶の中に入るゝ黒色にて雄黄の気をなす
燈に然すに甚だ明しとあり
一肴を漬る寒の水の塩加減の法
魚鳥菜菓何にても寒の水に漬け置く時その塩
加減を知る法に水へ鶏卵を一つ入るゝに底に沈むも
のなり其側より塩を漸々に入るれば塩加減よく成
りたる時分に卵おのれと浮きあがるものなりその時塩
をとゞめ其水に肴を漬置に精進物は一両年も持つ
ものなり魚鳥は久しくは置きがたしすべて食物を損
はぬも養生の一つ也
4078
}
狩り
俗説
正誤
夜光珠亨
}
一
辛味大根のなき時絞汁を辣くする法
辛味菜蔔なき時に常の蘿蔔の絞汁を辣く
なす法あり先つねのごとく絞り汁を拵へ何にても
味のよき吸ひ
茶筅にても
深き器に入れ塩を合せ
かげんほど入る也
箸にても手をやすめず随分つよく振りてやゝ
しばらくふりたつれば其気鼻を射きて味ひ
甚だ辣くなるなり久しく振るほどよし何ほど
甘き蘿蔔にても辛くなるなりこれを以て薬
一種製法の理を見るべし
蕎麦は疝気によきと云ひあしきと云説
世上に蕎麦切は疝気によろしき物といひ又中る
物といふ何方にても人のよく諍ふ事ありいづれも自
身に試ていふことなれば理りなり其故は病気に
寒熱あり蕎麦の性は寒なるによりて熱症には
宜しく寒疝には毒なりさて又温飩は温なる故に
蕎麦のあはざる人には温飩よし
蕎麦は温むるものといふ説
世俗に蕎麦の性は温むるものといふは田舎にて冬
の比蕎麦湯とて熱き湯に蕎麦の粉をかきたて
これを飲みて身煖まり寒気を凌ぐによりて温
なる物と心得たるなり蕎麦の性は本草に平寒と
ありて温のものにあらす然るに蕎麦湯にて煖まる
の理は寒気甚しき時は人の身の喪気を閉づ表寒
に閉ちらるれば裏に鬱熱を生ず裏熱する時は
悪寒して寒気に耐がたし此故に蕎麦の寒にて
裏熱をさまし湯の温にて衝気をめぐらし表をあ
たゝむるにより陽気外に発してよく寒に耐る
同同同同同同同同同同同同
なり北国の雪中に山路を往来するに酒を飲みた
る人は陣へ蕎麦湯を飲みたる人は添へざるにて知るべし
是丹渓のいへる悪寒は寒にあらずの理なり又味噌
汁にて葱を煮て食し風寒の感冒を治するは
王安道が論ぜる麻黄桂枝の意なり右の蕎麦湯と
は各別の事なり寒熱證治の理。園活の士にあら
ずんば興にいふべからず必ず柱に膠して瑟を鼓する
ことなかれ
一挫は疝気の薬といふ説
権の疝気を治するといふこと諸本草に見へず気味
酸く寒とあれど皮をつらねては苦く辛き味ひ
橘核茘枝核。呉茱萸等にすこしく似たる所ある
によりての俗語なるべし多く食すれば肝気を
傷り虚熱を発すとあり心得べし
梅干を常に用ひて薬なりといふ説
白梅は常に食して薬なりとて煮て用ひ或は
白湯に入れて毎朝食する人あり甚だ誤れり金
匱要略及び本草綱日に多く食すれば歯を損
じ筋を傷り脾胃を蝕むとあり又黄精を服する
人に忌む
桃は虫までも薬といふ説
俚俗のことばに桃実は蟲までも薬なりといふこと
大きなる僻言なり本草綱目に盃説が云はく生
なるは尤も人を損ずと又時珍が云はく生桃を多く
食すれば膨脹及び癰痛を生ず損ありて益なし
とありその上白朮蒼朮に忌む。薬をのむ人は心得
べし又鼈と食ひ合すれば心痛を患ふとあり然るを
薬なりと誤りたるは桃の樹は邪鬼を避るものにて
めでたきものなればなり旧事記に凡厥桃を用ゆ
るは鬼を避ぐこと尤し是其縁也とあり又陽春桃
符を門に懸け和漢祝ふ例に用ゆ且桃仁桃花色
能あるを以てなり実も五菓の一つなることは脯にし
て用ゆれば顔色をますといふ能あり生にて食ふ
は毒のみにて能なし
一榧実は小便しげきを止むるといふ説
俚言に翻実を食へば小便を縮むるといふこと其帽なし
思ふに銀吉の功能を取修りたるものなり銀吉は
小便しげきを止むること本草ならびに陣氏が花鏡
に見へたりさて又俗に栢の字を櫃と訓むは誤りな
り栢は柏の字の俗字にて栢と訓みてひの木のこ
かやの和語は蚊遣木の略なりかへの
しかるを誤れるは栢梨
となり
和語は不変木の墨にて色かへぬ心也
の庄といふ所あるをよみくせにて栢楽ととなふるより
起れり柏原の柏の字の俗字にて同じことなり榧の
字にあらず
図魚は温の物にて陽を補ふといふ説
世俗に鼈の性は温むるものにて下焦の陽気を補ふ
といふは甚しき誤りなり本草に性冷にして水病を
発すあるひは人を損ずとありて腎の元陽のおとろへ
たる人并に脾胃よはき人には宜しからず冷ゆる
ものなる故に陰を補ひ虚熱を去ることありさて
又必ず葱を合せ其毒を消すゆへに害なし温まる
といふも葱と酒との能なり且薄荷馬歯茗鶏子
芥子鴨筧兎猪にさし合ひ迄
卵の性は温にて陽を起すといふ説
俚言に鶏卵は温のものにて陰を助け陽道を壮んに
するといふは雀の性と取ちがへたるなり卵の性は平に
て心を鎮め五臓を安んず其外功能おほしもつとも日
華子が諸家本草に水蔵を暖め小便を縮め耳鳴るを
止むるとあるは腎を補ふの謂なれど雀のごとくなるも
のにはあらずさるによりて卵は薬なり雀は却て毒な
り愚按ずるに外科に卵を金瘡に用ひて肉をあげ
愈すを以て見れば食して腸胃を厚くするなるべし
さて卵は生葱蒜薤芥李糯米鯉にさし合ふとあり
雀は白木李にさしあひなり心得べし
一薯蕷の飢に成る説
諺に薯蕷の鰻驪に成るといふ事いまた古書に見あ
たらずといへども或人まさに見たりとて語り侍るは元禄
年中に阿波の鵠浦といふ所の溪川の岸根草生ひ
たる中に山芋の蔓はひかゝれるが下は自然と土穿
て根あらはれ水中に有て組の尾と成りたるを草
苅る童のとらへてひきいだしたれば折れたり珍しき
ものに思ひ手にとりて見しに化りかゝれる際は
水にほとびたるごとく一段太りてそれより粗の色肌
なり猶も委しくせんと割て見るに尾さきは鯉の
肉にて上は次第に堅く皮より先づ魚に成りて中は
白く山芋にてありしとぞまたある家に自然薯蕷
を竹簀にまきて芥のしたに生け置きほどへて水汲
りぬれば堀り出せしに薯蕷はなくて痩たる鶏のあ
りけるといへり其後予が友の山芋のなかば雛に成りた
るを見たる両人の説いづれも同じ事なりされば抱朴子
に蓼の根輝と化るといひ又本草に陶弘景が輝は
是荐苓の根の化する所といへるたぐひなりさて鰻
鱗は銀杏にさし合ふとあり又俚言に梅醋とさしあふ
といふこと古人のいはざる所なれど間中る者ありしかれ
ども人によりて毒ならざれども中るものあり毒とあれ
どもまたあたらざる物あり一概に論すべからず又毒
のあたらぬ人を手本にすへからず
一木乃伊を取る者誤つてみいらに成と云説
俚談に木乃伊の出る国は赤道の下にあたりて極熱
の所なり其中に広き砂地ありそこを過る人は土
車に乗りて往来するに若誤つて地に落れば焦
れて木の伊と成る又その木の伊を取らんとて
土車に乗り行く者車破るゝときは亦木乃伊に
なるといふこと其拠なき妄説なりみいらのことは
陶九成が輟耕録に出たり其説に云はく木の伊は
天方国の人年七八十歳になれば身を捨てゝ衆を
済はんと願ふ者あり絶つて飲食せず惟身を染め蛮
を喫ふ月を経て便溺
二便
の事
みな蜜にて既に死するを
国人鈴むるに石の棺を以てし仍て満るに蜜を
用ひてこれを浸し年月を抜に鐫つけてこれを療
み百年の後を俟て起封ときは則ち蛮剤と成れ
り
これすなはち
みいらなり
人の肢体を折傷に遇へば少許を服して
立どころに愈ゆ彼中と
天方国の
中の事
いへども多く得ず
亦これを蛮人と謂ふとあり何れにもせよ戒の
所為にて神聖の風化行はるゝ国にはなき事なり
一磁石は慈石山の方を指すといふ説
俗談に慈石の針は北に磁石の山ある故にその
方を指すといふこと本拠なき虚説なりまた汁
鋒に磁石を磨りつくればよく南を指す然れど
巳午の間
も少し東に偏りて丙の方に
をいふなり
当る其故は金
石の気は庚辛に属するによりて丙の制を受る
火克金の理なりといふは即ち宗爽が説にて是も亦
誤れり予嘗て慈石をこゝろむるに一つの石に自然
上下東西に
と六合の
位を備へて其気を変ぜざるもの
南北の事
なりこれを試むるに針の縫に慈石の北を磨りつ
け針の耳に磁石の南を磨付けその針に横に燈
心を貫きて水の上に浮むれば針緯北を指すなり又
針鋒に磁石の東を磨付け耳に西を磨りつくれば其
針東西へ横たはりて東を指すあるひは巽と乾または坤
磁石の方角を知
るには時計を以て
と艮を応つけたる針は角どりに浮むなり。
石の周りに触れめぐらせば同気あひもとめて北の所にて
羅経の針さきむかひ南の所にて針の皮むかふにてしるゝ也
宗爽が丙の位に偏
巳午の
るといへるは針さきを丙の方には
あいだ
すりつけ針の耳
を壬の方に
亥子の
あいだ也
一応つけたる汁にて考へみだりに理
を附言せるものと見へたり時珍も亦此事を弁ぜす
本草綱目に宗奕が説のみを挙たり
胡椒の木といふ説
世間に胡椒の木といふものあり葉は楊梅に似て実
は丸く赤きものなり此木の名はいまだ考へざれども都
椒にはあらず胡椒は蔓草の子なり艸木子に云はく
みなみの海辺
出づ其苗蔓生す茎極め
胡椒は南海に
の国の事也
て巣に弱し葉の長さす半細き條有て葉と斎
しく條々に子を結び両々相対ふ其葉は晨に開き
暮に合ふ合ふ時は其子を葉の中に喪むと又時珍
が云はく葉は扁豆山薬のごとく正月に黄白き花
さき子は四月に熟し五月にとるとあり
甘草は乳をあげるものといふ説
俚言に甘草を飲めば乳のあがるといふこと甚しき
餘言なりまた一向に愚なる婦は薬を服すれば乳に
かまふと心得たるあり是こそまことに耳を取つて
洟をかむといふたぐひなるべしすべて乳汁の少
きを治する古方に何れも甘草を用ゆ甘草の
性は平にして脾を補ひ中を和するものにて乳
にあしかるべきやうなし今按ずるに麦芽は乳を
あぐるものなれば飴地黄煎を忌むといふを甘き
故に取り證りたるにや又わざと乳をあぐるに麦
芽のみにては胃の気を損ずるによりて甘草を加ふ
この味はひを飲み覚へたる女の甘草にて乳をあ
ぐると誤りいひつたへしにや何れにもせよ妄談
なり
女は砥石を越えぬものといふ説
世にいふ燧石を女の越ゆれば其底破るゝと未だ
其虚実を試みざれども唐の蔵器が云はく人言ふ
礪石を蹴めば帯下を患ふと未だ由る所を知らずと
あり和漢ともに此説あれば何れにも越へまじき事
なり
一愉針目を彫るといふ説
俚言に目がさは肩にあるものにて俗人に彫り覚へ
たる人あり医の知らざる事なりといふは誤れり俗に
めがさといふは偸滅眼とて太陽経の鬱熱により発
るものなり鍼灸聚英に曰はく依汁眼は其省上を
視るに細紅点有て瘡のことし鍼を以て刺し破れば
即ち若ゆ実に太陽の鬱熱を解すればなりとあり
予これを候ふに手の太陽経の肩貞の穴より肩中
の穴の分野にいたりて糸すぢのごとく紅点いくつも
あるものなりこれを維減にて利し破るに手法あ
り
又退赤厳等の
り
煎湯にても治す
滅を剃せば精のおつるといふ説
俗説に針を刺せば元気の弱るといふは唐の王
蘇が外台秘要に鍼は瀉ありて補なしと云へるより
取り誤りていひ伝へたるなり此説は霊枢の王版
篇に能く生ける人を殺して死せる者を起すこと能
はざる也とあるを玉蘇深意ありて鍼は殺しはすれど
も治すことのならぬものと取成て瀉有つて補なしの
論を立たるなりさにはあらず玉版篇の意は鍼は小
けれども其徳の兵器にまさる事をのべてこれを用ゆ
る者に油断なく慎むべしとの教誡なりすべて療
治の法は鍼灸薬ともに病を治して夭横の死を
救ふものなり天より舁ふる所の寿命尽て死たる
人を起すことは何れの道にてもならぬことなり
さて補瀉温涼汗下宣辱は鍼治の法にありて内
経難経等に其意深切なり素問遺篇刺法論には
汁を刺す
一窮むべし以て欝を折き運りを
須く利法を
法の事也
扶け弱きを補ひ真を全くし盛なるを瀉し余る
を鄙き斯苦を除かしむべしとあり霊枢九織十二原
篇には凡そ鍼を用ゆる者虚する則はこれを実に
し満る則はこれを泄し宛陳する則はこれを除
き邪勝つ則はこれを虚にすとあり其外補瀉の
手法明かなりこゝに略す又或は鍼に刺禁の論ある
〽は瀉あつて補なき故と云ふ人あり然らば薬にも悉
く禁ずる事あり人参甘草といへども毒なきこと
あたはず灸も亦禁ずることあり若減に禁ずること
なきときは能のみ有て毒なきものなり能毒なくは
何を以てか病を愈さん事物みな陰陽あり彼に利
はれば此に害あるは天地の常理なりこゝを以て扁鵲
言へることあり鍼灸薬三つの者兼ることを得て而後
に与に医を言ふべしと
巻之上畢
俗説正誤夜光珠
見
}
十一月十一日
狩り
丑二二廿一日
俗説
正誤
夜光珠利
龍
俗説正誤夜光珠中巻目録
天狗の爪といふものゝ説初丁
一雷は十二時の会の形に化りて落るといふ説四丁ヲ
時疫とは傷寒の事といふ説七丁ヲ
一範筋乙の符の説八丁ヲ
門の上に蟹の甲を懸る説九丁ウ
南天と蒜を戸の上に懸る説十丁ヲ
蒸菓子に柏葉を敷く説同ウ
一梅骨木は魚の毒を消すといふ説十二丁ヲ
一蓼笠の黒焼を秋の薬といふ説十三丁ヲ
蒟蒻は砂を下すといふ説同ウ
一蒟蒻の芥子庸は疝気を治するといふ説同ウ
汝帯を痔の薬といふ説十四丁ヲ
蜀黍を淋病の薬といふ説同ヲ
一痔と淋病は冷より発るといふ説同ウ
淋病に茶を忌むといふ従十五丁ヲ
藺は山椒の毒を消すといふ説同ウ
一祇園の氏子は黄瓜を禁ずるといふ説十六丁ウ
一棗の核を喰へる鼠は人を嚼むといふ説十七丁ヲ
猫に鳥貝を喰はすれば耳落る説十八丁ヲ
黒猫を積の薬といふ説同ウ
男女の積に左右のよしあし有といふ説同ウ
一秩の蟲疝気の蟲疳疾の蟲といふ説十九丁ヲ
気淋を消渇といふ説廿丁ヲ
髪の全く无るを軸凝に舐らるゝといふ説同ウ
酒客の腹の腐るを内損といふ説同ウ
湿を冷といふ説
一
上言フラコノ者オート
牛蒡を腫物の毒といふ説廿二丁ヲ
牛蒡は陽道を起し慈姑は腎を瀉すると云説同ウ
一水経に商陸を用ゆる説廿三丁ヲ
一咽に骨のたちたるに鳳仙花の子を用ゆる説同ウ
五辛のたぐひを食ひて口臭きを止る法廿四丁ヲ
一塩物の塩気を急に出す法同ウ
夜光珠中巻目録終
俗説正誤求光璧巻之中
浪華原省庵若一子輯録
天狗の爪といふ物の説
世間に天狗の爪といふ物あり所々の深山幽谷にて
稀に拾ひ得るといふ其状小きは一二寸大きなるは三
四寸本厚く末尖り両腹刃のごとく極めて硬く重
し色白く末は青黒くして光沢あり又鴉の觜に
似て斑なるもあり表は甲高く裏は平なり本のと
まりはこぐち陶器の薬をかけ残したる様にて松茸
の根の色あひに似たり是を天ぐの爪とのみいひ
つたへて何の成れる物といふことを知らず或人
のいへるは此物雷の落たる辺または其処の地を堀
て得る物なる故に西国にては雷の爪といふと然らば
すないち唐の陣蔵器が本草拾遺に霹靂碪の中
に剉刀に似たる者あり色青黒く斑文にて至て硬
く玉のごとしといへるもの雷震の後に因て得ると
あれば是なるべし又阿波の人のいへるは元禄の比阿州
津田山に雷の震たる跡にて種々の異物を得たり
一種は長さ三四寸かたち三絃の機に似て色は尹部の
陶器などのごとく紫黒にして石よりも破しと是
すなはち張華が博物志に載るところの辞虚斧一
名は霹靂楔といふもの又蔵器が霹靂碪の斧刀に
似たるものありといひ又沈存中が筆談に雷のおち
たる木の下にて雷楔を得たり斧に似て孔なしと
いひ又時珍が雷書を引いて雷斧は斧のごとしと
いへる物なり又一種は径二寸許にて形は禅僧の掛
羅にかくる環のごとく色白く少しはみありと
是すなはち雷書に出たる雷環なり又一種は長さ
四五寸かたち牛の角のごとく色紫黒にして末の
説うす青く本は右にいふ天狗の爪のごとく至つて
硬きものとこれ又雷書に雷鎖は長さ尺餘洞識
のごとしといふものにや亦世間に天より降たる釼な
どゝ云伝ふる物ありこれも雷鎖の類なるべき歟又
大坂の人先年安治川にて雷のおちたる跡の泥中
より得たるとて一塊掌の大きさにて乾漆のごとく石
に似て石にあらずこれ列胸が嶺表録異の雷公墨
といふもの歟其外雷堪雷瑕雷珠等色形かはれども
悉く此種類なりいづれにても人これを珮れば神を安
じ志を定め驚邪の疾を治すとありさて本草綱目
に李時珍粗その事を弁ずといへどもいまだ其理を
尽さず愚按ずるにそれ地気升つて雲となるとき
は質変じて気と成り天気降つて雨と成るときは
象化して形と成るこゝを以て地の気外るの時湿
土金石の気誘はれ騰りて雲と成りたるが天の
気の降る時にその気雷火に鋳成されて造化の
右にいふ雷撰
一磁器鋳物と成りたるものなり
の類みなこれ也
天は陽なる
故に天に在るものは気象とて目には見ゆれども
実体なきものなり地は陰なる故に地にあるものは形
災とて手にとらるゝ実の物なり此ゆへに陰陽の気
の外り降りする時天地の気に親みて万物変化す
ることなりさるによりて邵子全書に曰く天の四象
は日月星辰地の四象は水火土石とこれ玉にて日
の火をうつし月の水を取るにて知るべし春秋に星
人の身にも神と気は陽にてかた
隕て石となるとあるも此理なり
ちなし精と血とは陰にてかたちあるなり
雷は十二時の禽の形に化りて落るといふ説
狸言に雷は其時々の十二禽の形に化りて落ると云
は決してなきことなり古書に雷は陰陽の薄りて震
ふとのみありて委く論じたる説なし此故に雑家の
群書に散在して寓言雪宴の猥談おほく紛然と
まぎらはしく却て実理を謬るに至るたま〳〵采僧
の説独り古人の黴意を発くといへども其理のみを述
て其事に詳ならず又近来天文家の諸書に雷の
弁あれど其理いまだ胸中せず愚按ずるに雷は地
気升る時に地中の焔消硫黄の気雲に誘はれて
まじはり騰りたるが天気降つて驟雨と成る時其気変
右にいふごとく地気の
化して焔硝硫黄の性をあらはしたるに
ぼれば形あるもの気に一
変じ天気くだれば気た
天地にて忽ち造化の天火うつりて忽ち造化の火
化して実物に成ゆへ也
沈と
此故に雷のおちたる
鉄炮の
事也
古人すでに
成りたるものなり
あとはゑんしやうくさき也
此理を知るゆへに諸葛孔明が地雷の法あるひは鳥鋭
の類みな雷震の理に則りて工夫仕出せるなるべし
焔消硫黄の二物はよく火を殺すれどももと地中のものにて陰火なりその
上に雨を帯びて天の陽火にせまるがゆへに相激してほどばしかなり
玉くすりに麻穰の灰を入るも陽火を合するなりか
且又素問の陰陽雁
此陽火は震の卦の一陽ゑんしやうゆわうは二陰なり
象大論に雨は地気より出雲は天気より出とあり
されば雲は地気が上りてなるといへどももとは天の
陽気に催ふされて地気の上るなり然るに無は
日南の黄道をめぐりて遠きにより天の陽気う
すく地もまた寒気に閉ぢふさぎて水気のみ蒸し
上すなり此殿に雷なし漸く春の彼岸の中日に日
赤道を行りそれより次第に北の黄道を行りて日
近くなるにより天の陽気盛にして地気を蒸し
たて吸動すことつよきが故に湿土の気は勿論焔消
硫黄金石の気までもいざなはれ上るなり此ゆへに
夏のあいだは大雨雷電おほしと知るべし電も陸
物又
佃が曰はく陰陽の激耀にて雷と気を同じうすと
秋の比北に見ゆる稲
さて右のごとく日の行道夏至の後五
妻は少し品かはれり
此所赤道より廿三度半北
日めに黄道の北の端に至り
にて日本の五畿内より十二
度半み
なみなり
にそれより又次第に南へより秋のひがんの中日に
亦赤道をめぐり遠くなるにより天の陽気うすく
焔消の気もまれになる故に只光りを発するのみにて
声なしそれより漸々に日遠ざかりて冬玉の後五
日めに黄道の南の端に
赤道より廿八
三度半南也
至りてまた周懸るなり
さて雷は鳥説にひとしく焼け飛て後に鳴る故に電し
て後に響くなり又光りてほどへて鳴るは遠き雷なり
すべて目に見るものば遠近の遅速なく耳に聞く音
電は目に見るものなり
此ゆへに光りて間の
は遠きほど遅く聞ゆるものなれば也
ある雷はその
こゑやわらかなり
此故に落る雷は耀ると落ると鳴ると同時な
り又声のみにて落ざるは其気うすく或ひは上へ走り
横に迸り斜に飛ひてその気其中にて消散るな
り震てまた上ると心得たるも誤りなり飛散て消
失るものなり又雷震ひて何によらず撃砕き爪
にて掻きたるやうの寝あるはみな火勢のきびしきゆへ
なり
おほく調合たる焔消に火のうつれば玉なくても
爪がたはさてをき
木石をもつんざき打くだくにて得心すべし
雷書とて文字の出来たる説おほし是も不思議にあら
ず天地の造化に極りなければ自然と焼印のごとくに
成りたらば何が出来まじきものにあらずさて又すぐれて
雷を畏るゝ人は心肺の血液の少きなり素問に雷気は
心に通ずとあり又肺は金にて火気に充せらる故なり
古今医統本草綱目等にその治法あり
右の一件くはしく注するは雷を畏るゝ人の惑ひを解
ん為なり畏るゝとも光る時を恐るへし光るは即震ふ
時なればなり鳴るは何ほどきびしくても飛び散じ
たるあとにて響くものなれば気づかふべき事なし
一時疫とは傷寒のことゝいふ説
時疫と傷寒は別の病なるを一病の異名と心得たる
人おほしこれは大成論に傷寒の證固に天疫流行し
て一時に感ずる所の病老少となく率相似れる者有と
あるによりての謬りなしみすなはち時疫にて傷寒
にはあらず此別ちは傷寒論の二巻め傷寒例第三
に分明なり時疫とは俗に疫病といふ時行病のこと
にていつにても時の不正の気に感じて病むなり其
邪熱の表裏経絡にあづかる所は大概傷寒に類
するものなりさて又傷寒は冬の中寒気に傷ら
れて其時に病むを即病の正傷寒といふ此うちに
陰症陽症のわうちあり又その寒毒肌膚に蔵れ
て春夏へもちこして病むを不良病の傷寒といふ
此うちに春病むを温病といひ夏病むを熱病と
いふこれいづれも陽症なりさて此陽症の傷寒に六
経の伝変表症。裏症。半表半裏。等の證ありて其変
仲景先生の傷寒
又李東垣の論に別
すべて三百九十七法
一論につまびらかなり
に労役の傷寒を出せり惣して傷寒ほどの大病は
なき故に傷寒雑病とて傷寒に対する時は一切
の病をこと〴〵く雑病と云へり
一範解乙の符の説
世上に疫病の厭勝とて範鉱乙の三字を紙に
書て門口に貼ることあり此事群談抹余に出たりも
ろこし予草の南に西米後といふ所あり宋の乾道八年
の春一人の僧来りて渡し守に告て云はく追付此所へ
云々の異相なる者五人来るべし彼等を渡さば禍ひ
あるべしとて此韃餅乙の符をあたへて去りぬ津吏
怪しくおもひ居る処に果して黄衫を着あやしき
籠を負たる者五人来りて舟に乗るをすはやと思ひ
拒みて渡さずいそぎ渡らんとあらそへるに彼符を
見せしかば恐れまどひて各管を捨逃去れりその後
をひらき見るに小き棺を数百入れたり津吏其痕
を焚すて其符を書て人々に伝ふ其後この渡し
の南にわたる江浙の地は疫癘はやりて人おほく損じ
けれども北にあたる予章の方は一人も病る者なし
それより所々に伝はりひろまりて今に此符を家
々の門戸に貼り疫鬼を避るとなり愚梅ずるに
此範斎の二字此符に出たるのみにて外に訓訳なし
畢究文字にあらず符にあらず如何ともせざる処是
すなはちよく鬼を避るの理なり符録家の秘伝
に云はく符を書くことを会せざれば神鬼に笑
はると筆を執つて符を書くとき万縁を把つて
放下し一塵も起さず此念頭の動かざる処より
一点を下すこれを混沌開基と謂ふ此に由つて一
筆揮ひ成して更に思慮なければ此符便ち霊な
一りといへり
門の上に蟹の甲を懸る説
今門戸の上に蟹の甲を懸けて厭勝とするは
沈括が筆談に曰はくもろこしの関中には蟹な
し土人乾たる蟹をひとつ散め得だり其辺のさと
人蟹の形状を見て怪しく異なるものと思ひ家ご
とに瘧疾をわづらふ者あれば彼蟹を借り来りて
門の上に懸けるに愈ざる者なし是但し人の識
ざるのみならず鬼も亦識ざる迄とあり此故事より
起れり
南天蒜を戸の上に懸る説
又南天と蒜を戸上に懸るは本草総目に大蒜は
鬼を殺し邪気を去るとあればなり南天燭は筋
を強くし気力を益し身を軽くし年を長くし
老を却くるとありて其外功能おほく徳すぐれたる
ものなれは蒜にならべかくると見へたり又仙方に
南燭の汁にて飯を製する法ありて其名を青精
飯といふ其色瑠璃のごとくにてめでたき薬なり
今時人の許に飯を贈るに南天の葉を敷も此縁な
るべし
一蒸菓子に檜葉を敷く説
蒸菓子などに柏葉を敷きならはして童子の傍
頭の葉と覚へたるもおかしこれも只なにとなく近代
の人の才覚にて敷たるやうに思へどさにはあらず松柏
の泪めるに後るゝと其操を褒めまたは元旦のことぶき
に柏葉をきざみて酒に浸し用ひたるためしもあり
本草綱目に柏葉はすべて失血の病を治し身を
軽くし気を益し人をして寒暑に耐しめ湿痺
を去り肌を生し蟲を殺し人に益ありと有てめで
たきものなればなりさて又側柏葉を
りやうめん
ひばの事
このてがしは
児手柄
といひ膳部と書てかしはでと訓み又本邦の古風
一今も伊勢の御
に酒を飲む時互に拍掌をうつ事あり
神事に此遺風あし
りと
かや
或は古歌に祝ふ詞を朝柏と読めりこれらを以
て考ふるに古より拍葉をめでたき物にして食物の
下に敷たると聞ゆ然るに清少納言がひの木は人近か
らぬものと書るはいつの比よりか檜の字をひの木と訓
一桧は柏の葉に
み習はせる故に別のものと思へるなるべし
して松の身とあり
又かしは木といへるは大概義にて是も食物を盛りた
今東国にて端午に
ると聞ゆ
すべてかしはの字に何れにも
柏餅をつゝむものなり
柏の字を借り用ゆること児手拍より始まれる故な
り
哥にかしはとよめるものおほし草木石目器財にあり物をもるべきほ
どのひろ葉又は形を以てたとへあるひは堅固にして変らぬ心にて奢なるべし
接骨木は魚の毒を消すといふ説
俗に接骨木は魚毒を解すとて看のかいしきにつかふ
所ありこれは其所に有あひて敷き習はせしを取謬りて
いふなり昔はすべて常を木の葉に盛りたると聞へ侍り
商麻を御菜葉とも菜盛葉ともよぶは古菜を盛し
ゆへの名なりとぞ鎌倉時代に是を挾きとて桐の葉に
代られしを奢侈の端なりと比企の盛長とかや哭きた
りと語り伝ふさる事ありしにやまた古き歌に
家にあれば笥に盛る飯を草まくら
旅にしあれば椎の葉にもる
とも読り奥州の方などにて接骨木を敷くもこ
のたぐひの遺風なるを魚毒を解する故と心得たがへ
たるなり諸本草に魚毒を解する説なし此木は打撲
筋骨の痛みを治するによりて骨を接ぐと書て接
骨木と名づく佞名をにわとこともたづの木とも
いふ鞘蘿と功能を同じうして枝葉の形も同じ
ものなれど接骨木は木にて萌蘿は草なり此故
に梅音木の異名を木蔀雀といひ萌雀の羊
名を接骨草といへり
一琴笠の黒焼を積の薬といふ説
俚言に蓼笠の黒焼はよく袂を治するといふ事
其枝なきにはあらず蓼は三腹の種類なるによりて
積聚を破る功能あり然れども其性するどき故に
多く服すれば真気を瀉す生れつき弱き人に用
ゆれば脾胃の元気を損じて運行あしく成り
一俗に菅の字をすげ
却て積を増すものなり心得べし
一と訓むはあやまれり
菱はすがなり夏とは茅のことなり蓼の事にはあらず茅の輪を散
賞といふにてかんがへ知るべし菱蔬菱筵等みな茅也詩経に菅茅
「「「「「「「「「「「」」」」」」」」」」」」」」」」」」
のちがや
とあり
一蒟蒻は砂を下すといふ説
蒟蒻は食物にまじりたる砂を下すといふことかつて拠
なき任言なり蒟蒻は本草の毒草の部に入て其性
寒冷なり甚だ人に益あらずとあり冷気の人は多
く食せぬがよきなり又は胡椒番椒等の辛熱の物を
合せ用ゆるもよし其中生姜を用ゆるが一入よろしきなり
蒟蒻の芥子斎は疝気を治するといふ説
蒟蒻を芥子齋にして其名を云はずに食すれは疝気
を愈すといふこと俚俗の妄説なり蒟蒻に疝気
を治する能なし芥子の性は気を利し中を温め
滞りを去るものなればこれにて姑く息まること
もあるべき歟疝気を治するにはあらず
海帯を痔の薬といふ説
世俗に酒帯は痔の薬といふこと本草に見へず
又乾苔の痔を治する功能あることは本草綱目に
出たりこれを取謬りて云ひつたへたるなるべし
蜀黍を淋病の薬といふ説
同一
蜀黍糕を淋病の薬なりといふこと故なきにはあらず
蜀黍の根に其功能あること本草に見へたりこれに
よりての俚談なり然れども実にはその功なし
一痔と淋病は寒より発るといふ説
俚俗に痔も淋病も皆冷より発るものと心得たる人
おほし大きなる誤りなり五痔五淋ともに熱毒にて作
ること諸家の病論に明かなり然るを寒と思へるは痔
にても淋病にても寒る時は一倍甚しく又温むれば
使きによりてなり此理は外を寒すれば内熱し外
を温むれば内すゞしくなる故なり惣じて夏は人の
井の水の夏は
腹冷やかに冬は煖かなるにて知るべし
冷やかにして冬
は暖かなるも
其上痔にも淋病にも酒を飲み或は糕
同じ理なり
油け番椒などの熱の物を食すればつよく発る
にて熱毒の病なることを得心すべし
淋病に茶を忌むといふ説
世間に茶は淋病の毒なりとてこれを禁ずるは
其味ひ渋きといふことにや笑ふべきの甚しきな
り淋病は小腸と膀胱の腑の熱毒なるに茶の性
は微しく寒にして熱を去り大小腸を利すとあり
てよく小便を通するものなればわざと好みても用
ゆべき事なり
一藺は山椒の毒を消すといふ説
世にいひ伝へて莞は山椒の妻を解するとて干山椒
をつむに先畳の上に置き又は蜀椒に噎たる時燈
心を食ふ事ありこれ俗説にて本拠なきことなり
或人のいへるはむかし何某とかやいひし利口者の
畳に干山椒を置きけるを傍なる人に食物を直
に畳の上にはといはれて藺は山椒の毒を澄す故
と当座の間に合せたるよりひろまりし事とぞ
一犬虚を吠へ万犬突を伝ふといふたぐひなりと語り
ぬこれをおもふに細事といへとも食は人命のかゝる
所苟且に己が非をかざらんとて誤りを千載の下
に貼ず君子の慎むべき所なりさて蜀椒の毒に中り
たるには金匱要略に肉桂を煎じ服す又蒜を食
土をほりて水を溜めかきにごして
ふもよし又は地漿水
しばしやすめそのうはずみの事也
また
は豆鼓の汁並に宜しく用ゆべしとあり
正規及吟味四巻二十七丁
一祇園の氏子は黄瓜を禁ずるといふ説
俗談に祇園の御紋は瓜の紋とて胡瓜の切口な
るによりて氏子これを食へば口ふくれ又は瘧をふ
るふといふこと甚だ誤れり社に窮の紋あればとて
神の御紋にはあらず且この紋は爪の字ならず有職
家装束の諸抄に何れも窮の字を書り冀は宇
書に鳥の巣と注せり。軍の紋は鳳凰の巣に象り
たるものにて一名を風窮といふと見へたりさればめ
でたき紋なる故に官位ましまず方の器財の飾り
装束の地政等におほくありさて又胡瓜は本草綱
目に多く食すれば瘧を病み虚熟さかのぼり瘡疥
を発すとあれば祇園の氏子ならずとも人によりて
中ること有へし若紋にて祟りありとせば巴は
水を象れる紋なれば水をも飲むまじや
鼠棗の核を喰へば人を嚼むといふ説
世上に棗の核を喰ふたる鼠は人を嚼て毒をなすと
いふこといまだ其由縁を知らず人に附く鼠は聴鼠
一名あま
くちねづみ
とて各別のものなり本草綱目に陣蔵器が云
はく癰鼠は極めて細く卒に見るべからず人及び牛馬
等の皮膚を食ふて瘡と成り死に至るまで覚へず
と又時珎が云はく総鼠は乃ち鼠の最も小き者也人
を嚼むに痛まず故に甘口鼠といふとあり。
庁鼠をはつ
かねづみと
するは
ひと
ある人のいへるは鼠のつきたる人は其身自然と鼠臭
非なり
く耳鼻手足の指頭より喰ふものなり一人手の拇指を
嚼むを覚へて其まゝ握り殺したるを見しに極めて小
き鼠なりとぞ療治の法は猪の盲を以て身に摩ぬ
一り及び貍肉を食して効あり
猫に鳥貝を食はすれば耳落る説
鳥貝といふものは諸本草に見へず或人の説に此もの
千鳥の海に入りて化れるなりとて衝貝と名づくるを
雀の蛤となり雉の蜃となる
今略して鳥貝といふと云へりば
たぐひなればさる事もあるべき歟
猫児これを食へば耳落るといふこと虚談にあらす
鳥貝の腸を喰ふたる猫は耳の尖より火にて焦し
たるやうに成りて漸々に闕け損じ耳の根ばかり
残りて画ける虎の耳のごとくになれるなり物の
性自ら然らしむること馳馬の菜瓜を食へば即ち
眼爛るゝといへるたぐひなり
黒猫を積の薬といふ説
純黒き猫を積の薬といふは本草綱目に膿仙が壽域
かめのごとくなるぢ
治する方に
神方を引て心下の鼈痘を
かたまりをいふ
黒猫の頭を灰に焼て方寸匕をも
一寸四方の
匕に一はい也
酒にて一日
に三度づゝ用ゆる法ありこれを聞つたへていふなるべし
男女の積に左右のよしあし有といふ説
俚言に男とふの鏡聚に右左の在所にてよしあし
のかはりめ有といふこと俗説なり取るべからずこれは男は一
陽にて気を主どり婦人は陰にて血を主どるもの
なるにすべて人の身の左は血に属し右は気に属
するといふことを聞覚へて好悪ありと心得たるものな
り積は男女ともに右にあるを食積とし左にあるを
血積とし中にあるを痰積とするとは丹渓の説
にて先大概かくのごとししかれどもこれに泥むこと
なかれ
一積の蟲疝気の蟲癖疾の蟲といふ説
任俗の言に積の蟲といひ又疝気の蟲といふこと
はいふにたゝぬ誤りなり疝気に七症あり積に五積
六聚七黴八癩などゝて品々あれども本はみな気血
の結滞とてむすぼをれとゞこをりたるにて蟲にはあらず
鳴るものは気なり又小児の癖疾の蟲といふも誤
りなり俗にかたかいといふは癖疾とて是も積塊のた
ぐひにて蟲にはあらざるなりさて又蟲の症は別の病
ことながきゆへに
又陰嚢の腫れ大きにな
にて九種の蟲あり
くはしくしるさず
るを寸白といふも謬りなりこれ疝気の種類にて癩
疝とも陰癩ともいふなり寸白蟲とは九蟲のうちの一つ
又蟲の症に積あるもあれば一椀には
にて蟲の名なり
心得べからず積といふものは常にあらず
気淋を消渇といふ説
淋病のかろきを俗に消渇気といふは謬りなり小便しげ
く行けども渋り滞りて少く常に余湿ありて尽さぬ
は気淋とて五淋のうちの一つなりさて又消渇といふ
は津液の不足より発る病にて上中下の三消あ
り上消は咽渇きて多く飲み舌そこねて食少く二
便つねのごとし中消は口乾きて多く飲みよく食し
て痩せ小便赤くして数し下法は煩れ渇きて多
く飲み耳焦れ小便白く溜りて盲のごとしこれ
大概をしるす諸家の病論に詳なり見るべし
一髪のまるく禿るを蚰蜒に舐られたると云説
故なくして頭のまなく充るを俗に蚰蜒の紙りたる
疵といふは誤れりこれ蟲毒にあらず皮膚に風熱の
聚りたる病にて其名を鬼祇顕禿といふ千金方に
鬼私頭を治する方猫児屎を灰に焼て猟豬脂に和
て伝くとあり
一酒客の腹の腐るを内損といふ説
世間に常々酒肴を嗜好みて多く飲食ひその毒
気つかりて腹中より腐るを俗語に内損といひ又内瘡
といふ倶に誤りなり此症は外科全書に内症といふ
病なり酒内の熱毒にて腹内に癰疽を発するなり
本草綱目の酒の條下にも内疽と有リ
湿を冷といふ説
俚言に湿を冷といふは其別ちを知らざる故の謬り
なりひえとは寒冷の気とてさむし。つめたし。ひゆる。
こゞゆるなどいふ気味をいふなり湿とはしめりの事な
り雨にあひ又は山中などの霧靄にあたり又久しく
濡れ浴衣を着あるひは生壁地形卑き所などに居て
湿りの入たるを湿に中るといふ是外邪とて外より
湿熱とはしめりの気久しきときは蒸せてほ
入たる湿気なり
めくものなりくさり物のいきりたつたぐひこれ混
熱な
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
又瘡毒の湿熱は右にいふ外邪にあらず婬欲に情を初
り
り
かせば動くは風の気なる故に心肝腎の陽気を吹き起
して邪火と成し此火膽土の湿りをさそひ出して
あぶれば湿り
の出る理なり
湿熱の毒気と成りつもりて下疳。便毒楊梅
瘡をわづらふこれすなはち内傷の湿熱とて内より
傷るゝなり又酒肉油膩を好嗜て其湿熱内に積り
経絡に流れて癰疽腫物のたぐひと成るこれ陣無択が
いへる所の不内外因の湿熱なり三因とも並びにみな寒
にあらず
一右の一件当世湿熱の疾世上におほくして而も寒と心
得て医の言を疑ふ者ありこれによつて其大綱を記す
一牛蒡を腫物の毒といふ説
世俗に牛蒡は惣じて腫物に忌むといふこと甚だ
誤りなり本草綱目に牛蒡は経脈を通じ五臓
の悪気を洗ひ風毒。癰疽を治すとあり又普済方
に諸の瘡腫物に牛蒡の根三茎をよく洗ひ煮爛
し搗て其汁を粥に入れ煮て食するに甚だよしと
あり
牛蒡は陽を起し慈姑は腎を瀉すると云説
俚談に牛蒡は腎を補ひ陽道を起すといひ落始
けづるとは。女子なることにや
は腎をけづるといふ
瀉するといふのかたことなるべし
此説すこし
似たる事はあれど俗にいふとは各別のことなり牛蒡
は本草に久しく食すれば身を軽くし四肢の健な
らざるを治するとあるによりての誤りなり其性寒
にして陽を起すものにはあらず又慈姑は難産に接
汁を用ゆ又石淋を治すと又歯を損じ顔色を失なふ
懐孕に忌むとあるにて然れば腎気を瀉する心も
ちありといふ事なるべし痔漏。帯下。脚気。瘡癖な
どに宜しからず
一水腫に商陸を用ゆる説
すべて腫脳に商陸を用ゆることはおしなべて
人のよく知れるものなりこれ其能を覚へて毒を
知らざるなりもつとも商陸に大小腸を利し五
臓の水気を疏し腹の脈を治する能あれども。も
と毒草にて本草に。毒あり胃の気虚弱の者に
用ゆべからずとあり又金匱要要略には水を以て服す
れば人を殺すとあればよく醫にたづね指図をうけ
て用ゆべし
一咽に魚骨のたちたるに鳳仙子を用ゆる説
世間に鳳仙花の子は魚の骨を軟ぐるとて骨髄に
ねのたち
たる事なり
これを呑み又鮒の煮浸などするに魚の口へ是
を入れて煮ること甚だ宜しからず其故は鳳仙の
子はすべて骨を軟ぐるものにてこれを飲めは魚の骨
より先その人の骨を軟ぐるなか心得へし骨鞭の
療治は鍼術にて即効あることなれど其人を得ざる
時は能はず宿砂。甘草。等分末して帛につゝみ含みて
汁を嚥むべし其外筆方おほし
五辛のたぐひを食して口臭きを止むる法
五辛のたぐひを食して口気くさきを止むるには
本草綱目に摘要方を引て韮を食して口臭きは砂
三
精これを解するとあり輩辛のたぐひ何れにても同
じ事なり俗に艾葉を焼て呑むは宜しからず只砂
糖を食ふがよきなり又俚言に五辛は汚穢にたつと
いふ事誤りなり佛家にこれを忌むは時珍が云はく
て煮
辛恵の物生にて食へば患を増し熟食すれば養
食ふ事
をいふ也
つ婬を発し性霧を損ずること有と此故をもつ
て禁しむるなるべし
塩物の塩気を急に出す法
凡そ食物の五味を調ふるも養生の一つなり魚鳥其外
何にても早速に塩を出したき時は柿の葉を下
に敷き又上に覆ひて水に漬け置く時はすみやか
に塩出るなりさて又柿と蟹とはさし合ひなり心得
べし
俗説正誤夜光珠巻之中羊
見
一一
一一一、、、、、、、、、、、、〇〇
}
狩り
一同二人
十九月廿一日
}
俗説正誤夜光璧下巻目録
寒薬を毒といふ説
祝ひ日に薬を用ひぬといふ説二丁ウ
瘡毒には薬を飲まぬものといふ説三丁ヲ
寝酒を薬といふ説
寝酒を薬といふ説四丁ヲ
冷水にて頭を洗ふを薬といふ説同ウ
番枡を毒といひ又薬といふ説五丁ヲ
鶏冠の葉を腹薬といふ説六丁ヲ
一白木槿の花の疱病によき説七丁ヲ
同同一、、、一同二十二丁目
一鮒鱠にて痢病を治する説七丁ウ
黄疸に蜆を煎じ浴させるといふ説八丁ヲ
魚鳥肉食をすれば健になるといふ説同ウ
腎を補ふといふ薬の説九丁ウ
一水の濁りを明礬にて澄すといふ説十丁ウ
一蕎麦切と西瓜のさしあふ説十一丁ヲ
一女の鼻衂は夢に見てもよきといふ説同ウ
紙にて血を止むる構みやうの説十二丁ヲ
一嘴并に嚏る時のまじなひの説十三丁ヲ
小児に鼠を食せば痘疹かるきといふ説十四丁ヲ
馬に咬れたるを治する法十五丁ヲ
悪しき犬を退る術十六丁ヲ
窖の毒に中る説十七丁ヲ
金山の毒気にあたる説同ウ
一鯉に胡椒鮒に甘草といふ説十八丁ヲ
一串柿に躑躅花をさしあふといふ説十九丁ヲ
産後に串柿を忌むといふ説同ヲ
産後三日めに鯛を用ゆる説同ウ
一三四四反二
一臨産に索麺を用ゆれば安きといふ説廿丁ヲ
一産後七十五日灸を忌むといふ説同ウ
一四花の灸は日に〳〵一倍にすゆるといふ説廿一丁ヲ
午の日は灸せぬものといふ説廿二丁ヲ
卯腹辰股寅背といふ説同ヲ
宵育の穴を痃癖といふ説廿四丁を
三里は皿の口といふ説
三里は皿の口といふ説同ウ
夜光珠下巻目録
俗説正誤夜光璧巻之下
浪華原省庵若一子輯録
寒薬を毒といふ説
世上に温薬は薬にて寒薬は毒なりと心得たる
人おほしこれ甚だ僻事なり此誤りを知らしめんが
為に朱丹渓.格改余論に陽有餘陰不足の論を契
はし局方発揮に温熱の薬に害おほ〳〵して寒冷
の薬に功ある事を明かせり然るにまた張景岳類
経の大宝論に陰有余陽不足の論を立て格殿を
駁す此両賢各古聖の黴意を得て世の弊を諭し
済はんことを欲して心を用ひ筆を揮ふといへども
読む者その言ばに泥みて其意を会せず猥りに
彼を非し此を是として終に真元を養ふを以て
本とすることを識らず易の繋辞に曰はく書は
言を尽さず兵は意を尽さず然れば則ち聖人の
意其見るべからざる乎とこれ道を学ぶ者の心
を小にして熟読玩味すべき所なりさて惣じて
の薬種寒熱ともに能毒の二つのなきといふこと
はなし毒気ある故によく病を愈すこれを能と
いふなり病なき時に用ひば何れも皆毒なり其得
たる方の病に用ゆれば悉く薬なり譬ば薬物は
軍兵弓矢鉄炮鎗長刀のごとし無事なる時にこれ
を用ゆれば人を害ふの器なり配剤は軍法のごとし
匙の軍配団を乗つて病敵を退ぐ此故に景兵
全書には方剤を八陣に分ちて治法を立たりさ
れば平生の養生はこれ文を以て国を治むるなり
又病を療治するはこれ武を以て乱を鎮むるなり
養生
ハ一矢
十八
道也療治
は医術也
国語に醫和が上医は国を醫し次は人を醫す
道を教ゆるは国を医するなり
といへるもこれ此謂れなり。
病を治するは人を医するなり
祝ひ日に薬を用ひぬといふ説
世間に佳節に薬を用ひざる人あり薬は病人の
服するものなれば宜しからぬものと心得たるにや
これ理を知らざるの誤りぞかし薬は人の病邪を去
り寿を延るめでたきものなれば祝ひ日には猶以て
目出たきものなるゆへに薬を人の許へ浮
用ゆべき事なり
おくるに熨斗鮫をつけぬが礼なり
且上巻に
いふごとく醫道は身を修め生を保つを本として国
家太平の教へなり
一素問上古天真論の夫上古聖人の下を教ゆ
るやといふより以下百廿五字すなはち此とを
のべたる
さてそれを表するものは薬なり此故に上は雲
要語也
の上より士農工商にいたるまで元旦に屠蘓を
用ゆる事これ倭漢の通例にして春の始め薬の
飲み初めにて修養生果の道を本とするの政なれ
一屠蘇は小品方
ば諸の儀式の始めにこれを行はるゝなり
また千金方よ
り出て本邦名医の家々
又一人これを飲めば一家無病なり
の相伝殿実あることなり
一家これを飲めば一郷無病なり一郷これを飲めば一
国無病なりといふは養生の道を得て人に教へ及
すときは己を修め人を修むるの道なるをいへり其
外上巳の艾端五の菖蒲重陽の菊花等みなこれ
端午はことに薬日とい
薬を用ゆるを寿とすることなり
ひ薬玉などの事ありこゝ
に略
す
瘡毒に薬を飲まぬものといふ説
俗に湿気と
世上に瘡毒には
いひ又ひえといふ
薬を飲まぬものといふ
は楊梅瘡の
俗にたう
がさといふ
瘡治に軽粉などの大寒の毒
薬を用ひて即効を見せ半年一年あるひば二三年
の後に骨節痛み出てそれより一生廃人と成る
ことありこれを聞謬りたるなり医を学びたる者
の此事を知らざるはなしさるによつて早速に愈
ることを好まず漸々に湿毒を駆り去つて真元を
術るこれ醫家の通治の法なり然るを誤つて薬を
のまぬものとて医の薬を受けず病に苦み却
て妙薬を服して或は一期病と成り又は命を隕
すものあり憐むべし悲むべし
寝酒を薬といふ説
世俗に夜臥すに臨んて酒を飲むを寝酒と名
づけ甚だ薬なりといふこと誤りなり本草綱目に
夜酒に酔ひ睡りて枕に就けば熱柿して心を傷
熱排するとは熱がむらがり
り目を傷ふとあり心得べし
あつまりてとりかこむ心也
一冷水にて頭を洗ふを薬といふ説
俚俗に頭を冷水にて洗ふを薬なりとて月額を
常に水にて冷す人ありこれは道生八臓に百余
歳の叟に何を以てか此寿を得たるぞと問へば暮に
臥て首を覆はずと答へたる事ありて夜臥す時
に物を被きて寝るは毒といふよりたゞ冷すを薬
と一概に心得たる故の誤りなり本草綱目に
冷水にて頭を洗ひ熱沸にて
にえたる
米淋也
頭を休ふは並
びに頭風と成る女人は尤もこれを忌むとあれば
冷水にて月額を洗ふも又糠のふかしといふもの
にて髪を浅ふも宜しからず頭痛を病むなり髪
浅ふには海羅がよきなり
番椒を毒といひ又薬といふ説
世間に番椒は毒なりとて食はざる人あり又
薬なりとて汗をかき顔を輩めて食ふ人あ
りこれ両方倶に誤りなり中の寒へて壅れる
人には宜し火ありて表気の虚したる人には毒
なり番椒は本草綱目その外古書に見へず時
珍が食物本艸に出せり研りて食品に入るゝ
に極めて辛辣なり味はひ辛く温にして無
毒能宿食を消し結気を解き胃口を開き
邪悪を避け腥気諸毒を殺すことを主どると
又益軒の大和本草に寒湿疝気を除き虫頭
これより上は功能をしる
を殺し胃を開き食を進む
す下は其毒を記す
多く食すれば則ち火を助け目を昏まし血を破
り瘡腫を生じ胎を隠すとあり且又素問蔵気
法時論に云はく五味の禁ずる所辛きは気に走
る気の病には多く辛きを食ふことなかれと又
霊枢五味篇には辛きは気に走る多くこれを
洞心とは心を
食へば人をして洞心せしむとあり。
用ゆ
うつほにする也
べき症なくはおほく食すること宜しからず
鶏冠の葉を腹薬といふ説
卑賤のならはしに雑冠の葉は泄瀉を止るとて
糖にし或は味噌汁に煮て食することは本草に鶏
冠の花は赤白痢を治すとあるを聞謬りたるも
のなり葉は瘡痔及び血病を治するとありて泄
瀉の薬にはあらず花も痢病には宜しけれども泄
瀉には宜しからず惣じて痢病と泄瀉の療治は
各別に違ふことにて大概痢病によきものは泄瀉
に宜しからず瀉を止るものは痢には忌むことなり
一附り白雪糕たぐひの蒸菓子あるひは丸薬など
の方書に鶏頭実とあるは黄実とてみづぶき
の実の霊名にて雑冠の子にはあらず知らざる
人の取り違へある事なれば因にこゝに記す
一白木槿の花の痢病によき説
木槿の白き花を痢病によきといふは俗説にあら
ず技ある事なり本草綱目に木槿の花は腸風瀉
血。赤白痢を治すとあれば実症の人の軽き痢病
花の色をわく
は治すべし
又腸風瀉血とは下血の事にし
る説は見へず
其中に大便より前へ血の下るを腸風下血とも近
血ともいふなり木槿の花はこれに宜しきなり又大
便より後に血の下るは臓毒下血とも遠血ともいふ
なりこれには効なし
一鮒鱠にて痢病を治ずる説
鯽絵を食して痢病の愈ゆるといふこと其故な
きにあらず本草綱目に孟説が云はく鯽の鯰は久
久しくなをりかね
〖療法一の病痔の病を主どるとあり又韓保
痢腸清
たるりびやうの事
昇が云はく下痢腸痔を止むと注に夏月の熱痢に
益あり冬月は宜しからずとあり且又芥子醋にて
調へたるはよろしからず生姜醋を用ゆべし生れ
つき実證の人暑気甚しき時節の熱ある痢病
に用ひて治すべし其中に初発にはよろじからず
黄疸に蜆を煎じて浴させるといふ説
俚言に黄疽には蜆を食はせ又煎じて浴させる
といふは本草綱目に日華子が云は〳〵熱気脚気
湿毒を下し酒毒にて目黄ばむを解すると
あるによりてなり治すること古法に見あたらず
且又蔵器が云はく多く食すれば嗽きし及び冷
気を発し腎を消すとありちかくは盞静花
の五十七箇條にも単行奇方は大病痼疾を治
すること能はずとあるをや
一魚鳥肉食をすれば健に成るといふ説
俚俗常に魚鳥肉食をすれば健に成るといふ
こと甚だ誤りなりすべて肉食は火を助けて湿
熱を生じ病のもとゝなる物なり国證に厚味は実
に毒を勝にすといへるも此故なり田家の常に麁
食をして身を働く人の無病にて長命なるを以
て知るべし此事を格数餘論の飲食歳に云はく
山野の貧賤淡薄是詣し動作衰へす氏身も亦
安しと殊に若きうちは尤も邪火動きやすしかな
らず魚鳥厚味を遠ざくべし此ゆへに養老論
に肉食幼壮に及ぼさず五十纔に方に肉を食ふ
とあり居を安うして身を働かず心をつかふ人は
猶以て宜しからず厚味は気を閉ぎて脾胃の
気の運行あしく成りこれより種々の病を認す
つゝしむべきことなり命を繋ぐ食物にて却て
身を害ふは人欲の私よりおこれりたとひ酒肉
一同三百五五升七丁
のたくひを薬なりと教ゆるとも風味あしきもの
ならば飲み食ひはせまじ味ひの器なるにふけり
て毒をも薬のやうに思ひ成し品よくいひなす
はさもしき事なり孟子に曰はく飲食の人は則
ち人これを賤んず其小を益していて大を失ふ
が為なりとはこれ此謂れなり
腎を補ふといふ薬の説
当逝補腎の薬といへば人貪りてこれを服す
殊に壮年の人の用ゆることいの外の誤りなり
其故は世俗の言に腎を益して早速きゝめの見ゆ
るといふ丹剤は
煉り薬
丸薬等
何れも腎の火を盛にして陽
道を起す薬方なれば元陽の火の衰へたる老人虚
人に用ゆべし常の若き人これを服するときは
真陰の水漸々に涸きて寿命をしゞめ夭横の死
をなすことすみやかなり譬へば油燈の燈心を増
してかきたつるがごとし勢ひ強く成りたると覚
ゆれども却て油はやく竭て火の滅ゆるに同じ
真陰元陽の事は医家の眼目にて容易くは述
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
がたし右にいふ腎薬の人を誤ること有ことは扁方
発揮其外古書におほく出たり
一并に蜜にて煉り調へたる薬に万さし合ひなし
といふ事は誤りなり生葱萵苣鮎これらは皆蜜
にさし合ひなれば外の薬種にさしあひなくと
も此分は忌むべし製法の仕やう薬の組あは
せにてかまはぬなどゝいふは小人の私也
水の濁りを明礬にて澄すといふ説
水の渾りたるに明礬を入れて澄す事よく人の
知れる事にて其水用にたゝず或人明礬に
て澄せたる水にて釜を仕かけ茶を立たるに茶
の色煤を解たるごとくに成れり心得べき事なり
水を澄すは本草綱目に云はく雨の後水渾るとき
は桃仁吉仁を擂り入れてこれを澄しむべしとあり
蕎麦切と西瓜のさし合ふ説
あぶらけのある
本草綱目に西瓜は油餅と
同じく
だんごの事なり
食すれば脾を損ずるとありて蕎麦の説なし
といへども西瓜と蕎麦切を同食すれば腹脹
りて石のごとく痘痛むこと忍ふべからず吐瀉
することを得ざれは死須臾にありこれ古人の
いまだ云はざる所なれども此二物相反ずること明
かなり又こゝろみに蕎麦切を西瓜の汁に浸すに
しばらくありて堅き事木のごとくに成るも
此一件あまねく人のいふ事ながしく其実
のなり
を見ざる人はうたがふゆへにこゝに記す
女の鼻衂は夢に見てもよきといふ説
俚言に女の衂血は夢に見てもよきといふこと
曽て其拠なき事なりすべて女子は心よはきもの
なれば血を見て驚せまじきためにいふにや又男
は気に餘り有り女は血に餘りありといふことにて
騎しき者のいひ出せるにや衂に男女のよしめし
はなし但し婦人の衂血には経水の妄行して
口鼻より出る病ひあり是は猶以てよき事に
はあらず此外に男とかはる衂はなきものぞかし
紙にて血を止むる折やうの説
衂血または切疵にても血とめ薬の用意なき
これ秘伝の事な
時に紙をたゝみて血を止むる法あり
れども人のために
七
ほらは
し侍る
則其法まづ紙を四方に載てそれを図のごと
く竪に三つに摺りてまた横に三つに摺り撮
みながら血の出る所を響ひてしばらく押へ居る
にめぬやうの失血にても止まるなり愚案ずる
おもめ
同
に夏の禹王の洪水を治
め給ふ時洛水といふ所より
一出たる霊亀の甲にあかし
治書といふものに則りて
一洪範九疇の法を始め給へ
るその画州井地の図これなりされば人の血は天地
の水なり失血は血の妄に行り浸るゝなれば是を以
て治むるに其効すみやかなる理なり聖人の徳
沢今に及ぶこと細事といへども亦かくのごと
し仰ぐべし秘すべし
咒●咒逆并に嚏る時まじなふ説
俚俗に咒逆のまじなひとて撮み食ひしたると
賤しむることあり又口鼻の息を留め又は鼻へ
紙撚を入れて嚏るときは嘔逆の止むといふ事
これみな妄談にあらず王宇泰が云はく吃逆は
即ち内経に所謂る感也
吃逆も喊も
しやくりの事也
紙撚を用て鼻を
刺せば便ち嚏る覚るときは則ち立どころに己む或
は口鼻の気を閉ぢこれをして息なからしむるも
亦立に己む或は寛盗賊と作て大いに驚駭し
むるも亦己むとありこれ和漢理を同じうするの
自然に出るもの歟又世俗嚏る時は咒とてくさめ
とも。くさんめともいふそれを誤りて下ざまのも
のはくそくらへといふなり扨又他の己が噂をすれば
はなひるといひ又まじなはねばあしきといふこと万
葉にまゆねかきはなひひもとくと読み徒然草
にくさめ〳〵とまじなひたることなどを書たれば
其由て来ること久しきと見へたり小説家の書に
暁る時の咒に休息万命急々如律令と唱ふ
倭語の
るといふことあり此息万の反
産なれば休産
格にて
命と唱へ休息万命といふべきを横訛りに休息
良恵といひならはせるなるべし
小児に鼠を食はせば痘疹かるしといふ説
世俗小児に鼠を用ひて痘瘡のまじなひといふは
誤りなり諸本草に鼠の痘疹を治する説なし小
児に鼠を用ゆるは疳疾。瘟疫は
我その
たぐひ也
哺露
虚熱の往来
あり頭の音ひ
らき煩れ渇きて嘔き
一時にて入等の症。腹大いにして食を貪るに
食をかへし虫を吐く病也
用ひて治することあり又蟲を殺すさもなきには用
ひて益なし又痘瘡のまじなひには痘疹を移る
といふ事あり其術はいまだ痘疹せざる小児に痘
疹をかろくさせる術にて甚だ効あることなり我
邦にも昔より人の仕来りて他の子のかろく
仕廻たる痘瘡をあやからせるとていまだせざる児
に其着物を借りて着せ或は落たる痂をもら
ひて児の鼻に入れ又は酒湯ひく時に倶に浴
させなどすることこれ乃ち其術なり中華にて
は明朝に初まりしとぞ其事行厨集に見へ
たり一の道士世に嬰孩の痘瘡を以て多く死す
ることを痛傷て嫁眉山に籠ること七々日痘瘡
の難を遁るゝ良方或は妙術を授りてこれを
済はんと祈りしに四十九日に満るの夜夢に
神童来りて種痘の術を授く痘瘡せる児
の落痂を取ていまだ痘瘡せざる児の鼻孔に
入なればこれによりて発熱り痘疹出るを神
痘と名づけ又種痘といふ必ずかろくしてあや
まちなしとあり
一馬に咬れたるを治する法
馬に咬れたる者は其熱きこと火にて燭がごと
く煩れ苦しむものなりこれを止むる術に牛の
隅より水を飲ましむるに忽ち煩熱去りて痛
み減ずること其理あり馬は乾に象りて離火
に位する畜なり升の形は方にして坤に象る
隅はまた陰中の陰なり且坎水を以て離火を
克するによりて其熱毒すみやかに去るなりさ
て又景岳全書に馬歯茗を搗爛かして煎じ
服し咬れたる疵には栗子を嚼み砕きて敷
てよしとあり
一悪き犬を退くる術の説
俚言に犬を退くるまじなひに戌亥子丑寅と
指を屈て拳を握るといふは謬りたるなり此
術のことは瑣砕録に見へたり凡そ道を行きて
悪犬に遇はゞ即ち左の手の大拇指を以て寅の
上を拍し気を吹くこと一口輪りて。戌の上に至
つてこれを摘す犬即ち退伏すとあり
是は図のごとく大指のさき
にて子より瓜摺をして
寅の所にて寅といひて
息を吹きかけそれより
卯辰巳午と次第にかぞへめぐり戌もあたる所を
押して手を握るときは犬すなはち退伏するなり
十六十六年に中る説
世上に害の毒氣に中りて人の損ずること度
々ある事なり心得べし是地中の陰毒なり久
しく開かざる窖また湿気こもる所など夏秋の
比は殊更に用心すべし本草綱目に夏月は漁
気下にあり入るべからず毒ありて人を殺すと
あり草木子等にも此事見へたり近くは広蓋
俗説辨に轤噺録を引て古井に毒あることを
記せり其法に同じければこゝに略す又其毒に
中りたる者は急に引あげて蘇香灸を用ゆべ
し猶治法あり
一金山の毒気に中る説
すべて金銀銅山の坑の掘りやうにて風の透
ざるには風ぬきの穴を開けざれば陰気こもり
て燈滅へ人斃るゝ事ありこれを俗に気絶る
といふこれも亦右にいふ窖の毒に同じ又金
銀洞山の烟瘴の気に触れ冒されて病む者の
状は身の色黄ばみ咳嗽いでゝ痰粘く漸々に憊れて
三つ輪ぐむやうに成るなり此症に米の粉にてまろ
めたる団粉の塩けなきを好む者は治せずいまだ病せ
まらざるうちにこれを治する一方あり解烟散と
方は別にさし
いふ
しるす
白湯に撹たて日々に用て治すべし
鯉に胡椒鮒に甘草といふ説
俚言に鯉に胡椒をさしあひといぶこと曽て
其説なき事なり本草綱目に鯉魚は天門
冬辰砂冬葵子にさしあふとあり又犬の肉
葵菜に合食すべからずとあれど我国の食
物にあらず此外にさしあひはなし又鯽に甘草
といふは砂糖の取ちがへなり本草に鯽魚は砂糖
と同じく食すれば疳の虫を生ず蒜に合すれ
は熱いで芥菜と同食すれば腫疾をわづらふ雑
雉。鹿。猪肝。猴と同じく食へば癰疽を生ずと
あり
此中にも倭の
又麦門冬の入る薬を服する人
食ならぬものあり
は別して忌べし若同食すれば人を害すつゝ
しむべき事なり
串柿と躑躅花を食ひ合せといふ説
俗に串柿と躑躅花を同じく食へば人を害す
るといふは串柿に相反するにはあらず躑躅に毒
ある故なり殊に花葉ともにもちつゞしに似て花
の色の黄なるをれんげつゝじといふこれ即ち本
草に羊躑躅といへるものなり別して毒わり万葉の
歌に
とりつなげ玉田横野のはなれ駒
躑躅がけたみ高酔木花さく
とよめるも其毒なる事をいへり馬酔木は俗に
いふあせぼの木なり或人のいへるは高野の具の玉
川の水と読る毒水も水上に馬酔木おほくあ
りて此滴りなりとぞまことに然るや否やしらず
産後に串柿を忌むといふ説
婦女のいひ伝へて産後に串柿を忌むといふ
こと誤りなり産宝方に産後の款逆に
せきの
出る事
気乱
に出る事
つるしがき又は
れ心煩るゝを治する方に乾柿を引
用
くしがきなり
ひて切砕き水に煮て汁を呷しむることあり
産後三日めに鯛を用ゆる説
鯛は本草綱目に出ず棘鬣魚といふ名は閩書に
其外異名あり益軒の大
出たり
又鯛の字は俊字なれど
一和本草につまびらかなり
粟田真人といへる人入唐の時華人に伝へられし
事冊府元亀に載せたりと聞侍れどいまだ見ず
服の和名抄には雀禹錫が食経に出たりとあれど
も其書伝はらずさて世俗産後の三日めに鯛
を用ゆるといふこと今考ふるに鯛は瘀血を逐ひ
乳汁を通ずるものなるゆへに一夜塩をしてわづか
に方寸ばかりを炙り用ゆればよく悪露を下し
乳もよくはるといふことなり多く用ゆれば中らるゝ
ものなり心得へし
一産に臨んで索麺を用ゆれば産安きといふ説
俚俗の言に産婦のけづきたる時素麺を食はしむれ
は産しやすきといふこと宜しからず是は麪の温
なるに油を以て製へたるものなれば血を温め滑かに
するといふ意にて。点き者の脳見より至たる事なり
先医の食物宜禁にも情妊臨産産後ともに疑類を禁し
ずるとあり且薬を服するに忌むものなれば用ゆべからず
一産後七十五日のうち灸を忌むといふ説
世上に産後七十五日のうちに灸をせぬものといふは
火を忌むといふ言より取り語りたるものなり火
を忌むとは本邦の国風にて穢れたる同火を忌む
事をいふ神道に其由縁ありて伊勢へは産後百
日参宮ならず諸社へは七十五日社参をゆるさず
又灸治にも穢ある事にて一穴に三壮までは幾
所にても穢れなし四壮以上は七日参宮せずこれ
らを聞誤りて君のうちは灸せぬ事と心得たるもの
さて産後気血倶に虚するには血海に灸し或
は産後両脇急痛には石関に灸し又は毎露止
まず臍を繞りて痛むにも又産後の淋病にも
気海を灸す其外産後の症に随ひて灸治す
ること諸家の説明かなり訝ることなかれ
一四花の灸を目に〳〵一倍に居るといふ説
俚言に四花の灸は六穴ともに初日に七壮づそれ
より日々に一倍増に七日すゆるを本法といふこと
甚た誤れり此説は十薬神書に附する所の孫子
中が四花の法に日別各七壮より二七壮に至り稟
に灸して一百壮或は一百五十壮に至ると書ける
を取謬りたるものなりさて四花患門の灸法は
一雀氏が別録
唐の中書侍郎雀知悌より始まりて
の第七巻に
出たりと外台
其正説は王憲が外台秘要。厳用和が海
秘要に見へたり
生方等に見へたりまた資生経医学入門鍼灸装黄
類経図翼等に載する所其説相岐れて同じからず
同同断断断断丁三丁
といへども而も日々に倍するといふ説は何れにもな
灸点の法は
四處
忠門
恵門と
し外臺秘要十三巻に曰はく
こゝに略す
四花の
横の二穴と覚へ
一日別に各七壮以上。二七以下を灸す其四虚並
四処の事也
びに須く二十壮に満べし未だ効を覚へずんは百壮
に至て乃ち停むべし
右四処を日ことに七壮づゝかり十二三壮まで
の間を先二三日すゆるなり其上にてしるし
なくは七日にても十日にてもつゞけて同じほど
づゝすえ始終の壮数一穴に都合百壮にてやむる也
瘡の差んと欲する
を候ひ
此間に又竪の二点を下す法ありこゝに
此両頭を点ずる
略ず右の灸のなをりかゝる時分に下す也
も亦各百壮を灸す
これ脊骨の二点なりこれもまた前のご
とくにすゆるといふ事也しかれども入門類経
等に此二穴は多く灸すべからず凡一次に
三五壮すべしとあり此説またよろし用ゆべし
とありて日取の事艾
の事百日保養の事などありさて灸の後一月許
ありて若いまだ好く差へざるは又前のごとく報灸し
て永く差べしと見へたり
午の日は灸せぬものといふ説
俚語に馬は火で果るとて午の日に灸せぬといふこ
と拠なき誤りなり灸に午の日を忌まざる證拠は
外台秘要。類経等に四花をすゆるには離日を取る
とあり離日とは丙の日午の日等の事なり
卯腹辰股寅脊中といふ説
同同同同同同同同同同同
世俗に卯腹辰股黄肖未の頭申の尾どて其日
は其処に灸を忌むといひつたへたるは十二支の人神
といふ事をいひあやまりたるものなりすべて人神尻神
などゝいふ事そのかみ何人のいひ出せるにやしらず千
金方。鍼灸雑説。東医実鑑等其外諸書に載する
といへとも素問霊枢難経等に其名なし経意に合
はざる趣は高武が鍼灸聚美に詳かなり今按ずるに
霊枢の陰陽葉日月篇の手足の経脈支干に合
する説また十二月の人気の在り所を刺すことなかれ
の説又九宮八風篇の太一又九鍼編の天忌日等に
よりて巧みに人神尻神の説を設けて方士のたぐ
ひの云ひ出せることゝ見へたり医家の正説にあらす
又或人の説に鵜腹龍股等は画工の習ひといふは猶
以て取るにたらぬ附会の俗説なり
一育盲の命を痃癖といふ説
俚俗に宵盲を痃癖と覚へ其かた言にけんびき
といふ者あり又すこし心のつきて前穴の名は常日盲
にて痃癖とは肩の疾と思へる人あり倶に誤り
なり痃癖といふは積塊のたくひにて瘡は軽く癖
は重し痃は脈を繞りて弓の弦のごとくふとくし
てひつはりたるものなり癖は脇腹にあり沈みてし
たゝなき塊りなり委しきことは病深候論其外諸
家の病論に見へたり灸穴の名は宵盲にて俗に
ひろがうくはうといふこれなり
三里は皿の口といふ説
俚言に三里は皿の口とて余穴ひろく灸所すこ
し違ひてもくるしからずといふこと拠なき誤り
なり又盲盲は皿の口といふ人もあり何れの灸
穴にても広きといふはなきことなりすべて経絡
余穴はよく考がへ正して鍼にても灸にてもす
べし若前穴の差ひあれば徒に良肉を破る
のみにあらず禁鍼禁灸の穴にあたれば却て害
又阿是の穴といふ
あり
されば始めて下す灸点を委く
は秘伝ある事也
知れる人に頼むべきなり礼記の経解篇に易
に日はく君子は始を慎む差ふこと若豪麗なれ
は終るに千里を以てすとは此之謂也といへり
巻之下
大尾
俗説正誤夜光璧
右夜光株去る未五月十二日に御願申上同月
御免被為成下板行仕候
享保十三戊申年正月吉旦
心斎橋筋伝馬町
秋田屋徳右衛門
摂陽書肆
同筋順慶町角
河内屋茂兵衛
同筋中船場町
大塚屋惣兵衛
開版
ウシフ