小兒必用養育草

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香月啓益編
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香月啓益編
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日本語
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[出版者不明]
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ショウニヒツヨウソダテグサ
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東北大学
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ゾウホエイリショウニヒツヨウキ
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
廿三年 第一八八 五口十門 四十五日丁 ●小児に見きり 小児必用養育草巻三 一牛山翁香月啓益纂 一小児諸病の説下 狩野博士集書 ◯小児の病大小となく多くは吐乳より起ると保嬰論に 見えたり小児乳をあます事あらば病のきざすと 心得て早く驚き療治すべきなり二陳湯に加減 して用べきなり連翹砂仁を加へて用たるがよき也 惣じて吐乳の症に寒熱虚実をとはず連〓を用 ときは其験多し秘すべき事なり ○孫封徴の説に小児の鷲口瘡といふ病は口中皆白く 小児以下記者三 して鵞の口中のごとしこれ胃中の〓毒なりと云 へり和俗雪口といひ又は舌しとぎといふなり昆布を 黒焼にして細かにして鳥の羽につけて舌の上口中 をはけばその黒焼につきて白き物皆とれて愈るな り少し舌にしむ気味あれば小児啼てつけさせぬ 類ありしゐてつくべき也かならず治する事なり我島 口瘡を治するに黄連を細末して蜜にてときて付 れは験多し鵞口瘡にて小児乳を喰事あたはざる に加減清胃散を用べし黄芩黄連升麻 石膏連老辰砂黄栢生耳草飴等右細末 してさゆにてもよし煎薬にしてもよし ○生々子の説に上聘腫て舌の下に肉出来ものあり 重舌と名付と見えたり和俗に小舌といふ早く驚き 療治すべき事なり頷の下の真中に廉泉の穴といふ 所あり此所に灸する事四五壮ほどなれば小舌しゞまり て愈るなり秘蔵の事なり重舌の症に當婦連 越湯を用べし当帰尾連翻白芝 各木 分 大黄甘草飴半右その小児の大小によりて眼を かげんして水ばかりにて煎じ用ゆべし其験多し ○嬰童百問に木舌の病は心脾の積〓のなす所なり 其症舌腫て漸々に腹大にして口中に満塞なり重 舌木舌共に煎薬は当帰連朝湯を用べし蒲黄の 末を香色にいりて蜜にてときて舌にぬるへし又黄 柏の粉を蜜にときてぬるもよきなり ◯走馬疳とは口に瘡生して血を出し口中臭く歯 齦烟れ歯黒く歯悉く脱落頷に穴を生して死する に至るなりと王徳君の説に見えたり和俗歯くやとひ 又その花すみやかなるによりて早くさといふ此症は 火急の事なれは小児口中臭き事あらば早く驚 き上手の医師に頼みて療治すべし走馬牙疳を治 するに清胃升麻湯によろし升麻川芎 各木 半夏白芍薬 葛根黄連生甘草防風 半夏 分 なんせき ちやくじゆつなんせきか 白芝白朮軟石膏 各半 分 右の薬調合して 水煎し用ゆべし外には黄栢蒲黄梧桔子 枯礬 各等 枯礬絲細末して先米漆汁を湯に沸して 口中をあらい口漱させて此粉薬を患ふる所にすり ぬるべし其験すみやかなり ○銭仲陽の説に驚風の病は小児の元気弱く神魂 いまだ定まらざる故あやしき形の物をみそ或は厲 き響のある器などの鳴声を聞て心神を驚し 薔搗と 躁ぎあびえて眼を見つめ手足を動し播搦 をひくつかす 一は手足 をいふし痘沫を吐て死にいたる病の勢の火急 をいふ なる事を急驚風と名付病のゆるやかなるを慢驚風 といふなりと云へり小児の病は外よりの風にても内よ りの食滞にてもたくは驚風に変ずるなり此病のき ざしあらは早く驚き上手の醫師にたのみて療 治すべし油断して治せざれば癖になりて五日七 日にひまとおこりて年長じて後は癲癇の病と成 て廃人になる者なれば小児の病のうちにては此病を 第一の重病としるべきなり ◯驚風始ておこり眼を見つめ又は上竈天事とて眼 を上の方につりあげ火急なる時は牛黄清心図万病 解毒丹紫金錠玉枢丹など云薬又は奇応丸奇効 丸命蘇丸至寛丹なとゝ云薬の類の龍脳麝香な どの多く入茶をきざみて水元成共さゆえ成共 又はしやうがの汁をさしたる湯にて成共用ゆべし かくのごとくして元気甦り痰退て後煎薬を用 べきなり上にいふ所の名方は医師の家に伝へ来り 或は薬肆又は今時は売薬所に調合してあればそれ を求め畜へをき用意すべししげき故にこゝにしるさ 此方前にしるす ず扨甦りて後には二陳湯 かんがふべし に釣藤釣黄 連を加へて用べし ○急驚風を治するに金棗化痰丸といふ名方あり 天麻七匁南星半夏 各二 匁 各一 白附子 全帽 朱砂硼砂雄黄枳實 各一匁 五分 た 珍珠 さんざし 麝香 七匁 各三 連翹 槐角 釣藤釣 □□ 五 山査子仕 右細末して大なる棗の熱して金の色のごとく なるを三十三枚をとりて核を去て其中に巴豆 を一粒つゝいれて三十三枚皆かくのごとくして爰 麺を水にてこねて棗をつゝみ紙に五重ほどつゝみ 水にひたしてあつ灰にいけて爆して扨その棗 の中の巴豆を去て棗の肉を竹篦にてこそげとり て右の細末の薬をねりかたき時は米糊少を加へて 丸ず丸茶の重二分にして金箔を衣にかけて 一歳には一丸二歳には二丸と年の数に応じてさゆにて 用又生姜湯にて用てよし甚き時は薄荷の悪湯 にて用もよし此方は諸の医書にのせたりされ共此 方は除言甫の方を本として加減して予が家古 来より伝へ来る名方にして大秘蔵の事なれ共其 験多き方なれは世のため人のためにもやとこゝにし るし侍りぬ ◯急驚風は多くは大便を下して利を得る事多し 備急丹などゝ云下し薬を用る事もあり急驚風 各四 巴豆 一売を去て酒にて煮て ぬ 半分は衣と すべし 卓して五匁 父蚕 各八 分 大黄 にて危に至らは霊妙丸にて下すへし南星半夏 三匁 三反半分は 辰砂 全蝎 二匁 思え 五分 軽粉一 薬中に入 軽粉 右細末して氷糊にて丸ず黍の大にして三丸を用ゆべし 或は蜜にてねりて用るも有此霊妙丸の方諸書にのせ たり万病回春には此丸薬を金銀湯にて用るとあり 其外の書にも此等の薬を金銀湯にて用るとある事 はあやまりなり金銀薄荷湯の事なり河澄の説 に金銀薄荷とは即金銭薄荷是也今家園の 薄荷の葉円して小もの其形堂銀銭に似たるの 義なりと侍れはみな薄荷の煎湯にて用る事な り此事をしらぬ人は重銀をせんじ奉る汁にて用らあ 利此説除春甫の古今医統につまびらかなり能々心 得へき事なり ○急驚風愈て後調理には六君子湯人参白木 白茯苓陳皮半夏各等 子湯といふなり此人参には朝鮮人参ならは三厘加べし 朝鮮鬚人参ならば五厘ほどかふべし生姜棗をいれて 煎じ用べし近来京都の医者いつの比よりやらん薬に 棗を入る事をせずそれゆへ今時の医師の薬の書付 に棗をいるゝといふ事をせず病家にも棗をいるゝ事を一 しらず習つてさつせざる故に甚しきものは棗をいる る事は当世には嫌ふなどいひていれさせぬ醫もあり これ薬に棗をいるゝの理をしらぬ故なり生姜は味辛く して発散し諸の薬毒を解し水毒を解らるいた くは生姜のいらぬ薬とてもなきなり東々は味甘して 脾胃を補ひ百薬を調和するの功能ありこゝを以生姜 と棗とを眼薬のうちにかならずくはゆる事なり古書 に入来りたるをいまわたくしにむつかしなどおもひてかく する事はさて〳〵あらき事共なり予つねに用るに棗 をきざみて薬箱に入畜て調合の時かならず加へてあ たゆるなり今時の病家に棗を入よなといへばあやしき 事のやうにおもふ者多し予が門にあそぶ者かならず此 等の麁工にならぬ事なかれ此六君子湯に木音砂仁 釣蘇釣山責子を加へて驚風の調理の景に用べき也 ◯慢驚風の症は或は忽驚風の症危に逢てみだり に涼薬を用ひ過し或は下す事甚しくして伝変し 或は吐逆吐乳やまず泄瀉痢病久しくいへずして臓 虚し或は風邪腸胃にいつて大便おぼえず下りなと する類かならず慢驚風に変ずるなり其症日夜盗汗 手足の 出て眺る事を好み咽渇四肢 四つをいふ 字金 同断一時腫大小便秘結 紀納 し或は口臭く走馬牙疳となり目を経ては癲癇に 変じて終に死するにいたるなり其中脾胃虚寒し て泄痢するものは治しが多しとしるべし理中湯を司 五分 二分 ゆべし白木 乾姜 右剤となしなにもいれず水にて煎じ服すべし汗あら 不禁とは大便ひたと通じ は黄莨をかへてよし大便不禁 て其数をおほえぬをいふ ならは山薬蓮肉扁豆陳皮白茯苓を加ふべし虚 宣して泄痾をなさば附子をかへて用べし附子理中 湯と名付か也益智肉桂梁米を加へて用るもよし悪 じて慢驚は多くは他病より変じ来るものなれは補 薬によろし四君子湯人参白朮白茯苓 分 各等 甘草少竹生姜棗を加へて用ゆべし陳皮を加えたる を異音教と名付く六者子湯に加減して用ゆべし 五分 又は銭氏の七味白朮散を用べし葛根五分菅香が 人参 二分或は 一分 びやくぶくもやう びやくじゆつ 二分 二分 白朮 分木香七リン甘草五リ 白朮 白木二分白茯苓二分木香七リレ甘草五イン 右剤として何もいれずに煎じて用ゆべし霍香を 去て陳皮砂仁を加えて用るときは甚験あり ◯慢驚風を治するに神蘭といへる方あり人参蒸雲 白芍薬苔等甘草少件右剤として何もいれずに 煎じて用其験神のごとしと万病回益に見たり 此方多く験ある方なり ◯王隠君の説に五疳の病とは五蔵に生ずる積群 也其色青く黄ばみ其形甚痩て腹多くは脹大なり 幼生より二十歳までを疳といひ二十歳已後を癆 瘡といふと云へり啓童按ずるに疳疾の分 ありといへども多くは脾胃の病に属する也乳母の身 甘肥とい甘き物味 を過食し或は酒に 然あしく甘肥の物は 厚き物をいふなり 砕食に飽てにめに其乳をあたゆるによりて児の 脾胃に欝し〓を生して吐乳をなす又は小児は甘 き物を好むその上しばしく小児の啼をやめんとては ひたすら甘き物をすゝむるによりて是又脾胃に欝 滞し湿熱を生じてその湿〓によりて眼中に あやしき虫を生ずるなりこれを疳虫といふなり又 小児吐乳久しくやまず或は泄瀉かへしくやまず或は 汗久しくやまず或は瘧はつしくおちず或は咳嗽久しく やまず頭瘡久しく愈ずかくのごときの病久しき ときは津液かはき脾胃愈損じて疳疾をなす事 なり此病始てきざす時は雀目の症となり漸々に 眼あしく色黄ばみ青く青筋をあらはし形痩てそ の腹ひとり能大にして蜘のごとく臍突出る者は死症 なり此病小児毎に多きか少きかなき者はなし其療治 多くは虫を化し下して利を得る事あり本村の 密家にも俗家にも五疳の如薬多し虫気の病な れは同気相求むるの理にや其薬多くは蟲の類を用る なり照頓谿鰻赤蝦塩柳虫桑虫恒山虫山麓東蝶帽 の類を用て黒焼にして用て利を得る事多し又疳の 虫気に饅鱧魚をやきて鍋墨を細末してつけて食 はすれは疳虫を殺し黄ばみ痩たるを治するなり万菜薬 の歌に □□□□□□□□ 石麻呂にわれものもうす夏やせに よきといふなるうなきとりめせ とよみてわか日本にても古来より伝へ来りて 金 験を取たるにや法夏病も疳氣の其ひとつの病なれ はなり ◯五疳の症に用る丸薬さま〴〵あり左にしるす 四味肥兒丸黄連蕪夷仁神曲麦芽分 右細末して水糊にて丸じて用ゆべし毎服一二十九 その小児の大小によりて用ゆへし陳皮川棟子を加へて 六味肥児丸と名づけて共に疳虫の症を治するの妙 薬也 ○加味肥兒丸胡黄連木香梹榔黄連 三稜莪朮青皮陳皮神曲香附子 麦芽蘆薈史君子右細末して丸ずる法常の ごとく丸数小児の大小をはかりてあたふべきなり諸の 疳疾身黄痩肚腹脹大にして痞満泄瀉する類に 用て験多し ◯本邦の医家に伝ふる所の保童図といふ妙方あり此 方中花より来る所の諸の医書を考るにのする事なし たま〳〵保童園の名義あれ共此方とは各別なりこれ 一本邦にて往古の名医のくみたる方ならんや築紫 の方の人の説には南蛮人より伝ふるといふなり多くは 和俗いふ所の 其薬方の中に乾海参 いりこの事也 狼毒 和俗いふ所の などの まへりの事也 入たる方にして小児の疳氣に用て奇妙に験ある高な り其家〳〵に秘する所の妙方なればたやすくこゝにしる しかわし其人にあらずんば伝へがたき事なり ○小児に癖積の症とて腹のかたはらに塊ありて横た はり寒〓を生ずる病あり瘧などにもまぎるゝなり 或はこれを虫瘡又はかたかひなど和俗に名代るなり浄 腑鍋を用てよし 柴胡白茯苓猪苓三稜莪朮山査子 潤瀉 各一 分 黄芩白朮半夏人参 各八 厘 胡黄連 甘姜大棗を加へて生姜大棗を加へて煎じ 用べし疳疾癖疾の類此方を用とぎは其緩神の ごとし ◯癆疳の病とて潮〓を生し五心 一五心とは胸と雨の手の 一裏両の足のうら共に 五心と いふこ 煩熱して盗汗 盗汗とは寝汗の事なり人の寝いりたり 内におほえず出る汗をいふなり 咳嗽し形憔悴するものあり多くは治せず此症あらは はやく驚き上手の医師に頼みて療治すべきなり ◯疳の虫によりて華目の症となる者あり保童圓を 用てよし或は饅膿魚の腸を醤油にていりて喰ひ 鯛の子のなし物をくひ赤毛の犬の肝をくひてよき ○疳の虫氣によりて或は土を喰ひ或は土器を食ひ或 は炭なと喰ふ類の症あり此類もみな腹中の虫のわ ざなり保童円を用て其験多し又清胃養脾湯 を用てよし黄芩陳皮白朮白茯苓甘草 一軟石青色等右剤として水にて発じ用へし其際 神のごとし ◯保嬰論に。小児涎を流す事しきりにして眼の間 を漬し赤く烟るゝ者ありこれを解頤の病となづ く脾胃の気弱き故なりと見えたり又鼻の下赤く 爛るゝ者ありこれも脾胃よはく肺気の不足したる 小児なりとしるへし黄連黄栢葛粉を細末して寒 汚水又は雪水を蓄へ置てときて付へし右の粉薬 をみまゝ付てもよし ◯銭仲陽の説に胎毒の症は〓毒欝して瘡を生ず るなりと云へり〓は多くは頭にあつまるを以其瘡あたま にすし又は面に生する也其瘡大抵愈て頭や手足 にあつまりて一所にありていへかぬるを和俗よ りといふ也其より久しくいへざれは膿汁出て後 其跡ほつれくゞりて見ゆるを痛といふ和俗これを はすねといふ其跡蓮根の切たる口に似たるを以いふな り本邦小児医師其家々にくさ下しといふ妙方 あるなり才覚して用べきなりたくは下して利を得 る事なりさりながら虚弱なる小児は下す事なかれ 此胎毒を治するにも浄腑湯を用べきなり千主論 にも小児は〓つよくして殊に胎毒の気多し病の きざす事あらば必下す薬を用べしと見えたり ◯王隠美の説に小児丹毒の症は頭面胸背或は手足 あなたこなた赤く腫て所をさだめず其〓焼がごとく 其痛甚しこれ〓毒なりと云へり和俗これをあかく さといひはしりぐせといふ葱をすり烟して付れは にはとりのたまごの わゆるなり又前小豆の粉を鶏子清一 しろみをいふ也 にて ときて付てよし浄腑湯を用てよし此病のきざし あらば早く驚き上手の醫師に頼て療治すへし此病も し腹にせめ入て腹脳陰嚢にせめ入て傷るがことくな る者は必死するなり犀角消毒欲を用へし荊芥穂 各等 一犀角甘草 分 分 各半 犀角なきときは升麻 を代用てよし 右剤として水煎し眼してよきなり ◯小児は〓毒さかんなるを以疥癬の類の瘡を生ずる事 多し和俗ひぜんかせといふ升麻葛根湯に加減して びやくしやく 用べし升麻葛根 白芍薬 各等 分 甘草 少許 右剤として氷煎し服してよし連朝黄芩山梔 子荊芥を加て用たるがよきなり惣じて小児の胎毒 の類疥癬の類外よりつけ薬又はすり薬などゝいふ ものを以愈す事なかれ必その瘡毒内に入て臓腑を せめて息だはしく成て呼吸せまりて死するなり或は適身 浮腫して大事の病となるなり ○嬰幼論に亀胸亀背の症はその病根おなじ亀背は 亀の背のごとく腰より上かゞまり顕すはりて短く亀 のごとくあるをいふ亀胸も又胸しきりに高くさし出て 亀の形に似たり此病多くは疳虫のなす所なり又初生 の時に背を冷し或はいまだ尻骨のかたまらぬさきに しゐてすはりならはしむれば必此病を生ずるなりと 見えたり此病のきざしあらば早く驚き上手の医師 和俗いふ所 を頼て療治すべし治する事運ければ嘔痺は のせむしの まんとなりて生れつかぬ片輪者となるなり啓童なふ に此病を和俗せむしといふにて心を付て見るべし疳 虫のなす所なれば肥児丸磨積圓保童圓浄腑湯に加 減して用て其効多し本邦の小児醫師多く 此病は腎気の不足と云て六味八味の地黄丸を用る 人もあり是もまた一術なれ共小児は〓つよく脾胃 もあくすぼし地夢などの類のおもき薬を好ぬ者なれは 其益少し能々心得べき事なり ◯銭仲陽の説に小児の鶴膝の病は足脚弱く痩て細 く鶴の膝に似たるを以名付るなり是生れつきて腎気 よはき小児或は風温にあたりて此症に変ずるなりと 言へり小児大人共に此病は大病の後多くは痢病の後 傷寒熱病の後脚よはく行前にこけやすくあらは此 症のきざすと心得て早く驚き上手の医師に逢て 療治を頼むべき事なり油断して多くは生れつかぬ片 輪者になるあり大防風湯を用てよし 人参黄莨当婦川芎〓地黄白芍薬紅 各半 少件 甘草 防風羌活牛膝附子各半木草少 古剤として生姜棗を加へて煎じ服すべし鶴膝 既に此方を用る事は世医のつねにしる所なり此方 にても愈ざれは張介賓の右帰丸左帰丸などいふ丸薬 などを用ひそれにても効なければ廃人となれ共すべき わざなしとて治をやむる類ありあはれむへき事なり 野黄さきに豊前に仕し比豊後国日田といふ所に手 嶋何某とて富家あり此児十歳の時に痢病を患ひ 愈て後脚染弱くこけやすき事有けるを一年ほど もち捨置ければひたすら行歩成がたくして漸々に 足細くなりて鶴膝にいたる豊前豊後築前肥前の 諸医に治療を頼み薬方を乞せり多くはみな大防風瀉 を主方とすそれにても愈る事なきにとりて京都へ 上り難波に至りて世に鳴わたる名医たちに治をもと めて半年ほども治しけれどそのしるしなし薬方を 請もとむれは多くは大防風湯六味八味の地黄丸張分 賓の右帰丸左帰丸の外更に主方をあたふる醫な し豊後に帰りて其薬方を修合して用といへども 漸々に足弱く行歩成がたくあまつさへ小便不禁の 症をそへたりその比予が邦君東武に近仕し給ふ 比にして四年あまり東武に居給ひて豊前に帰り朝 はず予もまま東武に在りけり元禄癸酉の年たま〳〵 小児川良君三 豊前に帰るを聞て此児を中津につれ来りて予 に飴をもとむその頃此児はや十四歳になりけれど八 九歳ばかりの子ほどに見えて頭短く背骨さし出て 両足共に鶴の足のごとくやせて背の十七八の推の所 にて座するほどに見えて後に坐録やうの物を置ても たれかゝりてのみありけり両の足を伸す事かなはず左 の足を下になし右の足を上になして打ちがへての み座しけりこゝろみにその足をとりて左右へ引わけ てその間に枕やうの物をはさみて並にしばらくは左 右へ足わかれてあれ共少の間に左右の足ふるひ出て はさみたる枕やうの物誰いらふ共なきに中にをどる やうに成て飛出又始のごとく左を下に右を上にな して打ちがへてねぢれたるやうになるみづから 廃人ならん事をうれひて予にむかひて涙をながす 印脈を診し形を見て此病治すへししかれ共一両年 を経ずんは治すべからずいま一両年を経て此児十五六 歳に成て精気つのりて多の替る時に至らば全く 癒へしその間薬を用ば少づゝ快くなるべしといひて一 方をあたふ人参白朮当帰川芎白芍薬 黄茂熟地黄山菜萸山薬白茯苓苓鹿 各二 角膠亀板 熱附子肉種蒼茸子海 十ま 桐皮木瓜薫或仁牛膝虎脛骨穿山甲 防風 各十 た 小児心用気春三 一川烏頭釣藤釣 右細まして米糊にて丸し梧桐子 胡椒の柱ほと をいふなり の大 にして一度に五十丸づゝさゆにて一日一夜に五六度用る 事半年にして小便不禁やみて足の左右にかさな る事やみ足のかゞみ伸て物にとりつき人にたすけ られて歩行をなす一年の後そのかたちひきのぶるや うに盛長し頭短背にて座するやうの事ことゞゞゞ也 いへて常の人となりぬ二年の後長門の国俵山と いふ温泉につかる事三七日にしていよ〳〵快なりて 全人となりたるなり此薬かくのこときの病を治 する事は虎脛骨穿山甲の力なるべし虎の千里 をかける脛の骨にて病者の足をたすけ穿山甲の 山をうがち岩を起すの力を以絶絡のめぐらざるをめ ぐらして補薬を足にいたらしむ海桐皮蒼耳子防風 を用て風湿をさり牛膝蓋芥仁を用て薬の下行 をみちびき木瓜を用て筋をやはらげ熱附子川烏頭 肉桂を用ひて補薬をみちびき経絡をあたゝむその 余の薬みな気血を補ふの剤なりその後或は痛風 の後足痛で行歩叶はす或は座後脱血して足たゝ ず或は癩病楊梅瘡の類しきりに寒薬を服して氣 血枯て足たゝぬ類の症に此方をのましむるに験あら ずといふ事なし秘蔵の事なれ共世のため人のため 小川口言言二 にこゝにしるす見る者ゆるかせにする事なかれ ○保嬰論に小児の額門 一願門とは頭の真中の ぬい合の所和俗おどりと云 のぬいあはせ 長方へひらきわかれて一筋皮の下に溝の立て見ゆる を解顧と名付是皆気不足の小児にして虚弱 なる生れ付と心得へし願門うごく事しきりなるも 神気の不足としるべしと見えたり共に六味丸を用て よし ◯小児の遺尿は腎の気膀胱の気共に虚弱なる故 也と除去甫の説に見えたり腎の蔵虚寒し膀胱に 風冷の気乗する時は必造尿すこれを尿床といふ と王隠恵の説に見えたり小児一二歳の頃何の心も 香本形 并ニ なくて遺承するあり乳母心を付てそのおりふしを見 合てひたとつげて小便をなさしむべし児物の心を しるにしたかひその時〳〵をつぐるものなりかくのごとく せざる児は一二歳の時の事くせと成て六七歳まで も床をけがすものあり又病によりて遺尿する ものあり難腸散を用たるがよきなり 鶏腸 残するに鶏の脳なり くろやきにして 肉桂 ヌ米螺蛸 和俗おゝぢの ふぐりといふ 龍骨 各等 分 分 右細末してさゆにん 和俗のいふ 少許用たるよし又十一の推又十四の椎腰眼 いのめなり の穴を貫して其験多し六味丸八味丸の類を用 て愈もあるなり ○王隠君の説に初生の小児陰嚢偏腫て大なる者 あり痛なき時は治すへからずをのつから愈るものなり と見たり今時もまゝたき事なり療治すべからず ◯王隠君の説に小児歩行する事おそく髪はゆる 事をそきは共に気血の不足してみたざる故也と 云へり六味丸に牛膝木瓜蓑荷仁五加皮をかへて 用てよし ◯王隠君の説に小児語事をそきは心気弱き石也 と云へり菖蒲丸によろし石菖蒲人参 川芎当飯乳香珠砂遠志 右細末して黍粒の大に丸じて十丸つゝさゆよりて ◯王隠良の説に歯のはゆる事遅は腎の不足なり といへり丹溪の芎黄散によろし熱地黄川芎 一当殿白芍木草各二銭右細末して歯 身にすりぬるべしまた食のとり湯にて少許づゝ眼 したつがよきなり ◯小児停耳の症とて耳より膿を出して痛甚し きものあり和俗耳だれといふ此症は多くは脾胃の 気滞るによりてなり養香正気散を用てよし 外より付薬などたく医書にものせたれ共験すくなき ものなり五倍子を黒焼にして胡麻の油にてときて 耳の内に入たるがよき也 ◯主隠美の説に小児に八蒸十変といふ事ありけれ て三十二日に一変とて〓少出て乳をあまし大便 青く煩はしきなりかくのごとく一蒸一変にあふごと に小児手足を動し物を見るにも智慮つく事なり 前のごとく三十二日六十四日とかそへて五百十二日に 変蒸の事をはりて物をいひよく食するなりと云 へり和俗これを智恵〓といふあながちに三十二日め にはかきらず少の事は薬を用るに及はず生れつき盛 んなる小児は変蕪のきざしあれ共外に見えす又 小児によりてその折からは必〓さし出て煩しきも ありされ共一両る過れは〓さむるものなり治せすし てくるしからず日を経ても後まて〓つよくして 煩しき時は病と心得て療治すべき事なり ◯小児の諸病大人に替る事なし上にいふ所の病は みな小児にかぎりたるばかりをあげてしるすなり大人 と発し類の病はそれ〳〵の医書の商門を見合て 療治すべきなりされ共その内に児に用て利ある薬 を左にしるして急にそなふるなり ○小児の風をひきたるには惺埋散によろし人参 白木白茯苓桔梗括薑根細辛薄荷糸 分 各等 甘草少許右水煎して服すべし咽痛咽乾とき は葛根をくは人熱甚き時は黄芩を加へ痘瘡の序病 とも見わけがたき時は連越升麻葛根を加へよ嘔吐 泄瀉吐乳などあらば半夏陳皮連翹をかへよ此時は 枯婁根を去べし小児の風気のやうならばかならず 此薬を用べし ◯小児〓ありて風共食滞共見分がたき時は加減 正気散によろし蘆香白朮厚朴陳皮白 茯苓大腹皮桔梗白並 各等 分 分 分 かんさう 少竹黄芩 甘草 右一剤として生姜を加へて水煮し服すべし吐乳す る者嘔吐するものには自茫を去て砂仁を加へてよし ◯小児脾胃の気よはく泄瀉をなしやすく或はやゝも すれは吐乳をなし顔色黄み額に青箔をあらはす類 には銭氏の七味白朮散を用てよし萱香を去て 陳皮砂仁白扁豆を加へて用たるがよきなり ◯小児泄瀉して腹痛痢病とならんとするには東塩 の茯苓湯を用べし生黄芩麦飯肉柿猪苓 びやくじやつ 沢瀉白茯苓芍薬白朮 各等 分 升麻柴胡 各半 甘草 甘姜棗を加へて生姜棗を加へて生姜棗を加へてせんし 用べし其効神のごとし ◯小児脾胃虚弱にして股下りやすく腹の痛もな く不食して痩ものには参苓白朮散を用てよし 人参白朮白茯苓山薬白扁豆蓮肉桔梗 各寸 砂仁黄芥仁鉄き木中半分右剤として生姜車 分 を加へて用べし腹の下りつよくは蓑煮仁を去て べし腹のいたみあらは木肴少かへて用へし粉薬にし て食のとり湯にて用たるもよし ◯小児夏の時乳母油断してねびへをさせて風邪の ごとくにて〓少さし出て咳嗽などするには六君子湯 此方まへにしるす かんがふへし に羌活乾姜を加へて用たるがよ ○生々子の説に小児の病はすべて脾胃にありかな らず脾の前 十一の椎 をいふ也 を灸してよしと言へり和俗 和俗ちり は春秋にかならず灸する事なり易くい身柱 げといふ 又は九の椎と十一の椎とをすぢかへて灸するなり 和俗すぢかひといふ男は左を十一にし女は右を十一にす 猪田四 と 小児以保護者二 和俗中折といふ十一 又十一の椎の両方を灸するもあり の椎は廿一椎の志中 され共故なきに小児に二歳ほでは灸す事 なかれと王徳君の説にもあれはこ歳のうちは見合 すべきなり三歳の春より灸したるがよきなり 五疳の病ある小児癖積ある北児には天枢 臍の両脇 ひらくこと をの〳〵一寸五分 の所をいふ 一むねの下の鳩尾の骨と 又は中脘 一臍の上との真中をいふ也 一の穴を灸 してよし京都近年の風俗に腹に灸すれは息短 くなるなど云て灸せぬ類の者多し道理にくゝき 人の申事なり腹に灸して悪き事ならはいにふの 医聖なんぞ腹に灸穴を定むべしその上京都にて も五十己上の人は多ぐ腹に灸の跡あるなりたゞ イ ん 33 101円 第23346隅 近来の俗説なり病ある小児にはかならず腹に灸す べきなり小児の艾雄は雀の糞ほどにして十壮 より二十壮までにてやむべきなりと孫真人の説に 見えたり小児の病薬を服してもその験すくなき ときはかならず右にいふ所の灸穴その外にも上手 の医師に相談してよき穴をたづねて灸すべ き事なり大抵無病なる小児にも二月八月にかな らず身柱十一の命は灸すべき也病を生ずる事 一 なし能々可心得事也