古刀名鏡

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不明
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2026-08-17T19:23:07.469Z
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場所: [書写地不明]
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不明
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日本語
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竹屋忠安
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コトウメイキョウ
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東北大学
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ヒダンショウ
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書名 写 所蔵者 (備考) 管理番号 古東 資料番号 撮影 撮影年 東令 里 特別 同廿 図阿阿村 別置 秘詩抄 玉春則宗 美景貞次 番 特別 ☆ 料 一日本殿 同断同右同断同 直事 たき 大和国住人 天国 備州住人 貞見 相州住人 正宗 カ名鏡 番鍛冶之次第 玉春則宗備前福巴ノ佳形部尉とかうう 銘目貫穴の上鎬に打釣せち かい又いはくしんさき夜んかしらにきる 葉ときは伊横也菊のひろさ四分 半十六よう也 美景貞次 一備中国青江の住人右衛門督とかうす 銘大きうらめぬき穴ノ下に打跡大 直違銘に肉歯あつ少多き也当春の 時は上見じを打也 一備前福岡の住権守と号ス也先 清明延房 し銘目貫穴ノ上鎬に打てひらへ少 うち出す也鉄横下鉦まりししんさき まるし。大かたよりすちかひて一見えに きるもあり当春の時はおりて目貫穴の 下ニ月と云字ヲ打也 梅月国安栗田口の住人山城守と号ス銘目貫 穴ノ上嶋に打也鉢横跡まりんし上文 字ヲ打上りんしなけれは大直違也 青江備中守と号す銘はき表目貫 穴ノ下ひらに打銘也野直違鑑に 肉又は少表取たるもありはかたあつし かく也なりこ細ク先平山形或は一文 字に切てまるめたるもあり 晩夏国友粟田口とうりん左衛門尉これ也銘大き おりて目貫あなの上くにとも思も打神 横或は横下しんさきへほそく鎬すち そこ也斑まるし歯にくあり山形也或 は相かた也 涼月宗吉 一備前福岡左衛門かきおりて目貫穴ノ 上鶴に琉打少ひらへかくる也野横下 直違たるもあり鉦少まるし大かた にくあり先山形也又は一色しにて切 てすろしとる 青江の住権助銘はきまて目貫穴ノ 下ひ候へかけて打也跡直違鑓にく有 歯かく也しんさき山形又は松かた一文 字に切たりもこれ也 一備前大一見し修理とかうす銘大き おもて目貫穴ノ上鎬ニ打番うちに なりてよりすけむね作と三字に打一文 字はかりも打鑓少まるししんさき 相形又はすかた直違て一見しにもきる 釣すちかひ也 一備前ノ住河内守とかうす銘大き表 玄英行皿 目貫穴ノ上絵ニ打ひらへ少かけて打 なりなかこふとくいやしき也夜まり也 歯かたあつし先平山形しんさきま るゝ少声すちかふ也 陽月助成備前ノ佳長門守とからす銘はき表目 貫穴の上絵に打釣すちかひ或は横下 一鐘肉又は少まるきもあり先平山形 又は霧んかしらえあり 臘月助信福巴ノ住備後守とかうす銘よき表 一目貫穴ノ上鎬平へかけて打釣す ちかひ鎗かくにしてにくありなかこ さき平山形遣んかしら 栗田口大隅権守銘よきまて目 閏月文回 貫穴の上錦に打鉾よこ藤次郎 ひさくにと打ときはすちかひ 声なかこほそく駈まりしすこ し歯かたまるししんさきまる きなりたか山かた又は山形あり 寛かしこもあり 番鍛冶之事後鳥羽院御宇 鬮次第被定云々 文国ニ相定らるゝ也 大和国当摩之系図 中上 回行友清友縄 大きまて日貫あなの上に銘を打刀はなかこの極まるしわき御は かくなかこさきかた哥ん也是シウヂノ上ならひ也未〳〵おなし 神同 後行友行未利利 有光 下上 給ひかき又 女子有俊女子信長様も有 大和国手掻物之系図 中上 平二郎下上 一巳永宝永巳清勝左衛門尉 一平三郎刀はしだ野はき 表目貫穴の上に銘打 文珠四郎ノ元祖也 一釣ひかき鉦まししし 平三郎孫十郎 さき刀わきさしともに 一包貞文珠 松かた也はかたうすし 包利己真巴持 ひかきね也 応永ノ比 大和国保昌之系図 国光 中国光子 国光子下上さたよし子下上さたむねねね さたきよ子 貞吉 貞宗 貞清 刀大きおりて目貫宛の下 鎬トひらのなかに銘を 女子貞興 打わき御ともに声も ひかきみねをかくなかこ さき一見し也すゑ〳〵 まてもおなしきなり 山城国三条物之京図 吉家宗近に共或はかくし銘共云子に究也 宗近 一ニ無銘 二ニ三条 三に宗近 四ニ三条宗近 五ニ三日月又穴有 宗近弟子 一在国宗近弟子兼永あり糸子 九州豊後銘 国永ありくに子 宗近 姿に口伝 粟田口物之糸図 文国 景国左近ト号ス久国子也故ニ備州ニ住 藤次郎大隅権守 くにいへか子くに久吉久国弟子 ともおとく 一久国第子五郎三リ八条猪ノくまに住ス しゆんとく天皇ノ比の者其頃は年寄たり 粟田口物之糸図 吉光 一吉光信光藤四郎弟子藤一郎とからす くによし弟子す 元ほん越州矢也吉正藤左衛門尉吉み門弟子 正光藤聞弟子藤ちとからすすくれたる 名人は 頼家藤野弟子 摂津国物之系図 のこきりかち也 えほん和州の者也 吉氏 よしうけ子 友氏 吉紀 ともうち弟子 丹波国物之京図 長米 佐伯長米 と打 なかすゑ第子 米国俊京経太郎子 幸貞 くにとし子いかにも 女国俊一 国光 女国俊二字銘也 致こめい也 紀伊国入賀之系図 一杉比師和州吉野山神 おうちえほん と云後だいごの天皇に 包貞 本宗 包貞本宗実縄実紀ソフ 奉逢ル 和州かち也 後に紀州に住 仲真 本宗か師匠と云きしうかち也 相模国鎌倉物之系図 くにむね弟子 くにみつ子しんとう五太郎 回宗 四宗国光国重くにみつにしんとう五太郎 一備前三郎先とう五と かうす くにみつ子しんとう五次郎 国広 くにみつ子大しん大うと 一回泰かうす切物の上手也 国泰 五郎入道をち 行光藤三郎くにみつと父子ノ 契約ヲする 五郎入道行光子 正宗 すくれたり名人 正宗養子組生国 江州高木ノ佳人 貞宗 彦介郎と号す 九郎三郎ひろみつ子 秋広 貞享弐月子 正宗弟子相州住人 元重兵弟子 広光元重斎弟子 越中松倉ノ住人かう右馬允 義部重真同弟子 義私 これなりすくれたる名人 金重 淡州住人 金重州佳人国光同弟子 正宗弟子 国重大和ノ住長兵衛尉正宗弟子 兼光郷少すちかひ也 備前長舟ノ住人正宗弟子かけみつ子 長義備前住正宗弟子炉すちかひ 則重 越中佐伯住人五郎二郎と号五郎入道正宗 第一ノ弟子也ごふくかう是也伊横 左 執前国沖ノ浜ノ佳人左衛門三郎正宗弟子 □すちかひ也 兼氏 洗州多芸右衛門の住人志津三郎と号ス 正宗弟子鈴よこ也 盛高 筑前佳人えかう兵衛尉同銘三代 あり初め正宗弟子針横也なかこ 花秉んかしら也 相伝之系図 相州行光子 貞宗 正宗 相州正宗子 相州貞宗弟子 秋広 越前国物之系図 左兵衛尉 宗光 釣横 重四 宗光子釣同 加賀国勝嶋系図 重国子船横 威広一見しを打 女子国重 重回孫後に 国重 せいせんしに住 二代目 横紅し 友重三代目 友重 友重 行光女子家政 越中国宇多物之系図 四光国房四文画文 円貞 国貞国次国房 奥州物之系図 同 横野 宝寿 寶壽院寶壽同寶壽門 行光 女子秀安 一備前直宗之系図 国真 えのかみ 一円真えのかみ子後に是も権守とかうす 国真 国貞くにさねる備前二郎 一備前三郎 国宗国宗初は正宗と打 備中青江之糸図 貞次 貞次行次貞次 家次 延次真次 家次延次真次 家久俊次 一備後国三原之系図 正家正広正広 正家正信 正宗正近 出雲国道永之京図 吉見 吉則清則正則 秀則清則真貞 則貞 長門国物之京図 筑前の左衛門 顕国子 一国顕吉顕長野吉 顕吉子 給は鈴すち かひ 周防国物之系図 清真清平清縄清縄清縄 阿波国物之系図 かいふの元祖也 うちよし子 三つきよしな 氏吉 房吉 泰吉 氏吉房吉泰吉 豊後国物之系図 定秀行平正恒為恒 安則安光 光友光恒国縄女子 女子友行友定正恒 筑前国物之系図 西蓮実阿 入面 衛門三郎 安吉子 左安吉吉貞吉次 吉貞子 左か第 吉松貞吉子 女子盛国女子威高威高 盛高吉盛 一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇 威康 肥後延寿之系図 四村国吉国時国未 国光回友国縄 薩摩国波平之系図 正国行安行安安行安行 助近女子吉宗 筑後国物之系図 光世利延利成 一諸国一代鍛冶 大和国 天国 天国忠香上一 忠則安清吉行 勝一天座興福寺 巳国 巴国行吉長光 定利 国宗延吉 国永 国永時末未行 行光 行光国次才光 四分寺 義広 義広中光四分寺 一巳氏行吉重吉 重則宗忠 一備前国 助久助友助行 信宜信真長直 真正真忠家忠 家俊光守光近 助秀回縄恒真 秀真真行盛重 基巳信直守景 宗光 宗光正光家巳 家貞真利近則 高安吉宗為宗 守吉秀貞友則 康高久光則成へ 真短守末 真則真経守末 守恒国巳守助 守垣 永冨光宗重文 光家房則真則 重永依宗光守 守安 守安家信貞直 長元 長元真房則貞 守長 守長守宗信包 恒次 恒次信光近房 則次兼重為利 雲重雲次雲生 俊光雲同真依 助則盛利正則 重則成則守家 行次 長宗行次行正 貞家 貞家忠光守利 え 短家家助守近 諸国同銘 一宗近京に一人伊賀に一人九州に一人 一国行京に二人父子大和に一人備前に一人 一国俊京に二人父子丹波に二人父子豊後に一人 一了戒京に二人九州二人六州 一国宗備前に二人伯州小鴨に一人宇多に二人 備前長舟に一人 肥後菊池ニ一人 一巳永和州三人并 平三郎 忠二郎 助三郎備前に一人 一重吉和州に一人備前に一人 一恒次備中に二人備前に一人のね又備前に一人 一包次和州に一人傭前に一人備中に一人 一正回薩州に一人丹後に一人備後に一人 一国船相州山内ニ一人備前に一人筑州に一人 一光世筑後に二人父子安芸に一人近代之者 一助久備前に二人前後薩州に一人 一吉家備前に一人京一人 一国泰相州ニ一人肥後菊池ニ一人 一友安備前に一人遠州に一人 一元重備前に一人伯州に一人伯州に一人 一是重大和に一人倫中ニ一人 一助近薩州に一人遠州に一人 一有正備前に一人伯州に一人遠州に一人 一有行伯州に一人遠州に一人 たるまはしめ重光 一重光備前ニ二人平安城ニ一人 と打 一長則備前に二人一人は長舟住和州に一人 一人ハ福岡ノ住 一則宗備前に二人 一則宗備前ニ二人一人ハ長舟住時代少後也 一国房備前に一人宇多に二人 一安次備中に二人薩州に一人 一宗忠備前に一人和州に一人木津の住失の根上手也 一国分寺和州検授備前に一人助国備後に一人 国正三原ノ ふるひ 一為継越中に一人郷か子濃州に一人 一国信延寿二一人和州二人肥前に一人 一作惣名之次第 切先に横手すちなきは 冠落又鵜作鎮作 立やうふつなり かた〳〵はひらむねかた〳〵には 高衡 刎歯 しのきあるをいふ よこてすぢ 平作切先小縞三頭より 一反花棟丸花棟丸 鉄剣本関 地又唐地苻上作に有村庸中作ニ有を云 帽子帰湯走 移又水きは刻沸 沙流直刃 右之目録不洩依御執心此一巻 進入申候努々不可有他見者也 慶長拾九年 竹屋久七郎 七月吉日 猪飼太郎左衛門尉殿 中心得 15900 用二品 OROHERISIISIISIISEELELEEL 万沢井泰信氏ノ寄贈金ヲ 以テ購入セル□博士 猶野亭吉氏藩職畵 二月 24538 特別 古刀名館 米国 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 秘読抄 文武天皇大宝上ケ天国大和宇多郡住人 太刀の姿はゝきりとふんはりつよにして鎬広ク 房染シ切先つゝまやかに刃焼つめたり惣刃 細ク或は小乱刃に足を焼入たりのたれ乱刃も ありいかにもにへ多シ鍛板目也こまやか也地色あ をくさえてそこのはたへの心洲崎に波]打こせ たるヲ帰ル波ノあらひ残したる真砂ノことくなる 一鍛也少も濁なき地はた也刃色いかにも口ク雪の ことし尋常也猶口伝有之 同御宇下上友光同国 〽太刀の姿かれたり鎬ひろく高也鍛柾目いかにも こまやか也地色黒シ小乱刃ヲ焼也こし本ニ細ク 焼出シ物打のあたりよりひろに也細直にて焼 なり刃ノ色少青シ鍛古またしかにみらす天国に は遥にをとりたれ共子細有により書之口伝 有之 一条院永延比中上安則同国清新大夫 太刀の姿重厚ク庵きう也そりたかし細真に 沸多シ鍛杯目いか少もこまやか也地色底黒ヲ見 えて上うきやかに青シ刃色青めにて上はせやかに 白シたとへはもえ〳〵と青物ノ上にすいしやうノ玉ヲ 置たりか如シ底青ク上白クすきとをりたり又 色也いかにも尋常也猶口伝有之 同御宇寛弘比下行平同国 一太刀の姿細ク枯たり鎬広ク鎗薄之鍛柾目 地色白メ也ねはきやうに見えたり細直にて小乱 もあり但のゝり乱刃も焼也沸あり刃色黒シ 一珎まるし豊後行平より以前也二字銘さうに打 口傳有之 祖父当方 後醍醐元応比中上国行友清友綱 太刀の姿鶴ひろくすんなかし切先つゝまやか也鍛杣 目也地色黒ク青シ大たへこまやか也庵ふかし刃の こし本にいかにも細ク焼出して一尺計ノ刃ノ色ね よきやう也給ふとくなるこりして青めに白み堅に かな色也沸多シ刀ハ先ノ刃ヲ焼結ル也太刀ニ は少帰有大略くり無き者也此作数多あり 銘を打事稀也当麻と計打たりは多シなかご 先剣頭也横炉自然直透珍も有同作なれ 昔銘により上中下にわかれり目きゝ無分別ならは 相違有へし秘書に云フ刀は少短ク大くらひろく 作ル也先ノ刃ラつよく焼詰ル也猶口伝有之 亀山院正元比中と行信同重弘此二人雨祖師 一太刀の姿そりたかく鎮ひろし丸珍也地色黒クう つくしき者也直刃ニ小足ヲ焼入ル也刃色青めに 白ク堅キ金色あり切先中地かねの鍛何とも見 定め難シ然といへとも柾目ノ心あり此作物よく切ル と云ちうしん物に入也行信か事也なかこの尺根 の事太刀は鎬ノ汐直違にてひうの神横也 但はゝき本二三寸横炉にてなかこさきへ大 直違欽もあり何もくるしからす千寿院と銘ラ 打たるにおうち親孫の見横院の字に野あり 〽同珍多シといへとも行信ヲしやうるいと賞翫す へシ銘ノ打やうノ事よき裏目貫穴ノ下に行信 と打但目貫穴上下いつ夫もくりしかゝすはき表 目貫穴の下に千寿院と打なりこの錐かく少して にくあり中こ〳〵のめんヲふかく致により丸班の ことくみえたり中こさき釼頭のきこなる少まる めたるやうにする也但凡きもあり同銘多により かはる所多シしやうるいの火やうの秘言也口伝ト云々 後伏見院正安次下上国吉金王丸重部力一流也 太刀の姿はゝひろくふんはりつよにして鎬ひろし 庵きつく切先つゝまやか也鍛柾目中かね出て大 もくにすみたるはたありひろのたり刃にかけり多し よく沸たり来国光に似ソ切先のうち直刃に焼 詰る也地色底黒ク上白候成にすみたりはたま しりたれはなまつ大たのことし刃色青シ同銘 三代有玖姿いへまもかはる近代きんわうと計銘 打かち二代有何も上手也口伝有之 後醍醐元号下上延吉和州爪実 太刀の姿なかくはゝひろしふんはりつよにして先へ 少枯たり切先つゝまやか也珍庵ふかし或は丸駈 なり鍛柾目いかにもこまやか也大のたれに沸 こまやうに多シ切先ノうち刃ひろくまる帽子に 一少帰ル地色そこしらけて黒シ丹色青く堅シ すくれたる上手也銘よき裏ノはゝきの下とき ために鎬ヲ懸てひらに銘テ打字姿真也中こ さきまて厚ク鎬筋なし中この歯方あつし駈 まなし先平山形也切先まるし口伝有之 光明院暦応比下上巳次大和文珠四郎 一太刀ノ姿かねなかに似リ細直刃シこのみて焼也 鍛柾目いかにもこまやか也地かね堅クして古関 如シ地色白メ也刃色堅ク黒シ切先つゝまやかに 刃焼詰たり沸少嶋ひろく落きつし又云ク 鍛保昌五郎ノことく也柾目も有之初の銘巳 吉と打同人也其頃ノ瑕保昌によく作り今一人 一包吉別人に有其名ケりうわこと云てきやうけん 一高四郎ノことし銘に口伝 後醍醐元応比下上則長同国 一太刀の姿細ク長シ鎬ひろく切先つゝまやかにして 底きう也直刃ヲ専ニ焼也但小乱も多シ 一沸の心口伝に有乱も足あひの細を所は沸こま やか也及ふとく乱ルヽ所ハ沸荒シしつかけ三代 あり同銘也おうちは上手也釈はをとれり孫は下 手也先二代は大和則長と打て国ノ字ヲうたす孫 は大和国ノ住則長と打秘事也中こさき釼頭ノ やうにて歯ノ方ヲきうニすりて鎬ノとをりより 一鉄ノ方へのめにする也直違□にして誰まりし 同銘多ヲ物ラハ能々心ヲ付てなへし重々口伝 有之 同御宇元亨中定永同国 一太刀の姿なかくこしりとそりたかし鎬ひろく広きこ なりはゝき本ふんはりつよにして切先つゝまやか也 鍛定りて梅目いかにてこまやか也地色黒ク刃焼 やうこし本ヲいかにも細ク焼出シ少のたる心にて 一尺計上よりひろのたりなみ刃ヲ焼也沸多ク 薫シこまやかなる仏もありいろ〳〵としたる沸の 心はしんのぬり物の上にすかねテふるひかけたりか如シ いかなえさえたる沸也ろはしくかすりたる刃も有 帰ヲも少焼さけたり切先のうちよく沸たり又 の色青めに白シかね堅シかさねもふんはりつよ成 心に少あつし同銘二代あり初は大銘也上手也 後作には刀も作ル也沸こまやか也地色田〆也 をとれり帽子帰ノ心九州安吉ニ少似リ大略 しだ声あらし俊作は野こまやか也刀にするひかき 声も上野下野さのみすちかはぬ也後作小銘の なみ刃は備中物あも似り初ノ巳永ちうしん物に 入は物さるゝ也猶口伝有之 保昌五郎 たますゑのゑんしゆ 間郷宇元応比下上貞吉貞宗貞清 一太刀の姿なかく鐘ひろし庵きう鍛柾目也陰色 底黒ク上しゝめ也刃色黒ク青シ大小共に先の 刃ヲ焼詰ル也但太刀は少帰あり柾目のたゝみめ 焼つめのあたり鉄の方へ直違たる湯走沸入 たり鉦に湯走をみ焼也此作銘かはりて多シ 鍛同シけれとも上下有之によつて高下あり 尋常なるといやしきとの違所見たる事専 一也口伝と云々 一条院永延上々宗近京物 太刀の姿枯たり切先つゝまやか也庵中鍛柾目 いかにもこまやか也地色黒ク紫色にみえてひ かる也口伝に云初は地色白〆也中比より鍛上手に なりて春夕きゝめきたり其後は地はた青クすみ たり老後ノ比は地色青けれともとろめきねはき 色あり太刀の鎬少ひろし大略樋をかく也細有一 刃に足を焼入ル也小乱ものゝり乱刃もありこし 一本ヲ細ク焼て惣はひろすく又もあり沸多シ 一中こ先へ細クする也横野にして中こさき 一剣頭のことくに切てあり丸きもあり誰かくなして にくあり銘打やう三条宗近と四字にも打 宗近と二字にも打三条と計も打也ちうしん 物に入口伝有之 一吉家三条宗近か弟子と云或はかへし銘共云 一太刀の姿宗近に同シ鍛柾目にてこまやかち地色 青し小乱刃ヲ焼但のたり乱もあり細直刃に 小足を入ても焼也庵中尋常也宗近かくし 銘とはいへとも彼作よりてきやう少し中こ 姿宗近によく似り横炉にして少直違なり 欽少まりし中この鶏すちいかにもひきし目貫 穴鎬に吉家作と打はき裏也たかね細シ備 前吉家も三字銘打同シかるへし各別也 猶薄有之 一條院長保次下上在国宗近か弟子 一太刀の姿細く鎬たかし鍛柾目こまやか也唐少 ふかし地色少黒クこわきかねの鍛也てきやうこり たしかに京物とみえたり猶口伝有之 一後朱雀院長久比下上兼永在国か子三条に住 一太刀ノ姿父によく似り鍛地色刃のもんからま てもありくに同前但くゝゐ父より遥にをとれり 太刀にもひをこのみてかく也 同御宇下下上国永右回ク二男兼永か第也 太刀の姿綾の小路定利に似り但地色はかはり たり鍛柾目少白メニ欠ゆる地色也然共うつ くしき色あり上手也庵ふかく鎬たかし切先 つゝまやか也なみ刃ヲ焼刃ノ色底黒〆にてうへ 青し此外大和に国永とうちたる作あり鍛め 一チ也平安城ノ国永は国ノ字口伝有秘書也 亀山院正元比下上国吉来大郎国行か父来元祖也 一太刀の姿鎬たかく誰少薄シ庵中切先つゝまや か也鍛柾目地色ねはきやうにてそこにあかき 色あり也上しらめ也刃の色少黒めにしろし 沸むら〳〵也あらしこまやかに沸たる所はうつくしく 尋常也中こさきへ細クする也先まるし神 横下より少直違たり国行には遥にをとれり 事の外ふるひたり中かね出てはたへすみたり 伏見院上応比中上国行来太郎 太刀の姿そりたかし大略樋ヲかく也唐中切先 つゝまやか也鍛柾目にこまやか也地色底黒メ に青ク尺えて上に赤申色あり刃いろへはゝ き本ヲひろく焼出シてこしりと一尺計乱刃シ 焼て上へは直刃に一二寸計又は五分計置て 足ヲ焼入たり刃のふちいかにもにほやかに尋 常也刃のふちより奥へよう入て其うち能 沸たりいか〳〵としたる沸也切先人ちを直 刃に焼也鑓に湯走多シ但刃のはたらかさる には湯走なきも有へしひろ文には必湯走 あり私に云の黨を沸出来物にあり中この ひらにみヲあらせて鎬筋ヲ先へなきやうする なり鉦少まるし歯まなし名物の太刀不動 一回行也一尺九寸九分皮小太刀はき裏はゝき 本にひつありて不動一体ありひつの上ひろき 樋に細き樋そへたりはき裏ノこしにひつ くりからそれより上大小樋あり表のことし 皮太刀刃のはたらき筆にもをよはす已上 花園院延慶比中国俊来孫太郎 一太刀の姿国行に似りこし本の乱刃にわらひての ことくなる丁子にシ焼て先へはひろ直刃にして 所々足ヲ入て焼也但上まて丁子乱ヲ焼 たるもあり上へは丁子又大ふさなる物也すく 刃のたり乱刃には沸多シ丁子刃の太刀は備 一文字シなとに似り沸なし但刃ノふち にほやかち鍛杯目にて地色底黒ク上ノ色 あかくきらありてむくやきたる地かねも二字国 一俊上手也位に湯走ヲ焼も切先の内直に して少乱ルヽ心あり秘書に云ク乱刃ノ太刀は 鶏少遣はし直刃の太刀は鎬いかにもひろくた かしはゝき本ふんはりてこしのそりたかしすくに を焼比正和文保元応の比也す〳〵刃の太刀は唐 ふかし乱刃の太刀は庵中也直刃のふちに少 のけてふとき糸程ノ二重に有所あり大略 一物うちのあたり也直刃の太刀なれはこし本タ 四五寸斗ひろく焼也帰シさのみなかく焼こ となし二字国俊ノ刀稀也自然あり地色 よしみつに似り帰は帝の国俊同前也太刀の 一中こ国行に能似り同銘三代あり初上手也 刃をとれりもつきは弟子也丹波の畑に住す 異名はたけ国俊と云又云ク直ノ成ノ太刀二 代目に多ク作と火えたり初装図抜も親に そふ間二字銘也出来やうにて上中下あり 口伝有之 後醍醐嘉暦比中国光来兵衛 一太刀の姿国儀に似りほそし庭中切先も中 なりかさねあつに作る鍛柾目也地かねやはら かに見えなり地色黒クあかし乱刃にして丁 子ヲ焼事稀也乱刃ノ足さきヲこまやかに いろへてこし本戸専になり先へノ刃の心は国 行回俊同前なり切先のうち帽子のなりて 少ひらめに焼也に色青ク見えて其内に鍛〳〵 もくはたうすまきたり鍛ノすくれすおうちお やにはうすまきの鍛の心なし口伝に云クすく 刃の太刀かたなは刃のふちはつしたるやうにみゆる 直刃なれともいろへて焼也沸多クあり 薫み地にかなむらあり刃の色すこしやはら かに加減過たるやうに見えたりすく又の 太刀は帰戸焼さけすして備前先に似り 刀ノすく刃はくにとしより帽子ひらめに帰 ふとく焼さけたり地かねの色あはけてさうに 見えたり刀の乱刃にはせいを入ると火えたり 地も刃もたつくしく刃にけいきありて火事 なり此作も乱刃はわかき比也すくには老後 の比なるへし去によつて鍛あはけたり其故 はかねのわかしもとしころのことくよはる也国 俊よりもすく刃のにゑいろ〳〵としたりかちの くらゐをとれり直刃にていろへの有二はくに としにまさりたり猶口伝有之 後醍醐元徳比中国次鎌倉来ト云 一太刀ノ姿はゝひろく切先のひたり庵ふかし大略 ふとき樋ありおもてふり国行に似り但鍛板 目也此作もこし本ヲ乱刃に焼て先へはひろ 直刃に所々足ヲ焼入たり木イ色底青メ にして上白シ沸ノ心ニやう也ひろにノ所は 沸多シ乱刃ノ所は沸こまやか也刃而而 に心得て火とりをよき加減にする也然る 沸こまやかにうつくしき也ひろにの所は物 庵をきうにたつる也刀のすかたはゝをひろく かさねをうすくすこしすくめにいやしきなり 口伝有之 後醍醐正中比上義弘 太刀のすかたなかし鎬せはし広きこ也鍛板めい かにもこまやかにしてむくやきたるはたへ也地色 青めにくろく火えて紫ものたれ乱にを焼 切先のひたり沸こまやかに多シ杉原をさき たることくなる刃のふち也刃色もそこ青めに 一巻て上うきやかにしろし太刀には切先のあた りとこゝりとにきつかけになる刃の見付あり 刀もすく刃なりとも先に乱る心を必焼なり 乱刃の心をかへりにも焼也正宗と義弘の めきく同意のやうに上世よりつたへたり乱 刃の見から地へ焼入よやう正宗に少もたか はす正宗は上々義私は上少のかはり有へし 但正宗は鍛さらりとあらめ也義ひろはいかにこ こまやかにふつくりと鍛火えたりなかこの次第 一中鍛柾目也地色しらめにてあかり烟立 やうなるかな色ねはきやうに見えたり切先 中こしりと一尺計のうちに刃先とかりたる〳〵 焼也沸多シ先へのやきハ国行に能似ツ 跡に湯走ヲ焼也国行よりあさし地にね はきかねの鍛ましりてかな村あり但地符には あらす鍛あらき心也国行か父と云一説ありは 用へからすおなし時代也平に太刀ヲ借用して 我々か銘ヲうちてつかはす事もありと秘談 書に火えたり秘言に云ク定利は中に細ク 先へ枯て予直違也極重ノ分別ならひ 是也猶口伝有之 花園院文保比下上国長摂津国中嶋来 一太刀の姿鎮少ひろくばゝせはく作る也定利に 似り庵中切先つゝまやか也地色黒シ日〆にて 一鍛杯目也かな色あわけて大略直刃ラ焼也 小乱刃或はのたり乱ノ心ヲ焼也直刃の大刀 刀は国光ノふてきなるに似ツ地砦多シ刃 切先つまやか也紐直刃に小足え焼入たり 鍛柾目こまやか也唐中焼なをしに似ル 地色あり此作にかきりたるならひ也にいろへ こしりとヲ小乱に焼出して備前景光 なとに作り上へは直刃に所〳〵足ヲ入て焼 なり地色くろく杉板のこはをみることし 刃の色青しとろめきたる色ありふとき樋 ヲかく太刀多しにへありこまやか也国俊かな也 ちうしん物に入そ久信かにせ物に了戒と 銘を打たる太刀多し父子の間にて鍛を知 やよく似り然共銘のたかねつかひなかこの 一しゝをき地帰る所多し其上みのやう父は ふかし子久信のにせ作は刃ふちきつしかねの 鍛なともこはき色也けんほつしテきる大刀 多シ父も子も樋ほり物上手て刀ノ帽子 くおとしに似テかへりそ我はふとし猶口侍有之 後光厳院応安比下信国 太刀の姿そりたるくみしかし鍛杯目也板目 のことくニもくはたえあり地色白才煙たつ やうにうろめく色あり大乱刃シも焼のたり 乱にて焼也沸多シすく刃は地色も黒ク ありて鍛こまやか也刃の色黒クかたきかな 色乱刃の沸は足あひの細事ところあらく 沸たり乱刃のひろきとよつは五をとるおもかけ のこりて沸は又よりそとめきて火えたり其 ほとりは沸もこまやかしあさし刃もきは とし同銘三代あり右の火やうおうちなり 上手なり親は少をとれり孫は下手也中 信国に大乱刃は稀也孫はひろ刃にも焼 けれとも地はたあらし先二代ほり物上手也取 分おうちすくれたり樋ヲかく太刀多シ樋ふかし 鎬せはくかさねあつに庵ふかし三代の銘口伝は 一其後も代之同銘を打也遠斗近計ニ入シ付 へき事一也 後鳥羽院元暦比上々国友藤林粟田口 太刀の次女細く切先つゝまやかにしてかきねあつ なり鐙せはく唐ふかし鍛柾目いかなもこまや か也地色青クひかり有てさえたり太刀なり 惣よりもこし本たかし刃ノいろ四ク底青み ありて堅欠えたり沸多し致湯走を焼也 太刀の物打あたりより上へ刃のふちを打のけて 二重ノ刃あり刀はふくらに焼也帽子ヲうつくしく 帰短シ尋常也いかにもふかし猶口伝有之 四條院天福比中上則国藤右馬凡 一太刀の姿細くそりたかし鍛杯目共見分難計 程にこまやか也庵ふかく切先つゝまやかち停せは し地色黒クきゝめきたり細直刃ヲ焼也 のたり刃をも焼大略直刃に少いろへく有様に 焼也沸多シ刃色青めに白し刃の上にもくめ〳〵 瑕ありいかにもさえたるかな色也寛ほつして このみてきり也さきにとかたぬやうにほる刀は帽子 一ヲ焼詰ルツ也帰ラ焼とも短シ中すく刃ノ刀ニ て出来物あり上々たるへし乱刃のたり刃なとに は鍛すくれたりは稀成へし猶口伝有之 四條院天福比上今国吉 太刀ノ姿細シ鴉ずこしたかくひろし庵ふかし鍛 一柾目也いかにもこまやかにうつくしき有様 にきたう也そりも少たかし地色いかにも青シ細 すく刃シ焼也但出来物には中すく刃あり此作 も二重刃の心あり国友の二重刃より猶荷常也 地ノ色にきゝめきありはいかつき天目ノきんことしを 焼直シ物なとニはならひ各州也刃色いかにも白〳〵 沸多シ刀ノ細すく刃ニは粉もあり帽子ヲ円ク 帰短シ但長ク焼さけたるはあり姿賤をやうに 見えたり此作の名物ぬけ国よし也地はたあしく ふてきなり嘉吉元年にきとく有て名物と也 後鳥羽院元暦比上々久国藤次郎 一太刀の姿なかし鎬遣はく唐ふかし鍛柾目いかにも こまやか也地色青ク紫也中すくにテ焼大 乱刃をも焼也物よちあたりに足にふかく刃の内 へ焼入ル此口伝は物きるゝ加減シ専に心得よ となり然るおきれあり銘ヲ打かへてちうしん 物に入也口伝と云々刃の色由シ刃ふちうす 少のことしさえたる沸あり刀には直刃 を焼也しんとう五国光ニよく俳リ但新 藤五よりけるかにたけたかし及ふちにすこゝ のけてうへりあり刀の帽子帰うつくしく 尋常なり自然焼詰たるもあるへし地かは ころの上手也けんはむつくりとしてさきまこし いかる心にけんさきとかるものなりなを口 伝有之 同御宇元暦比中上国安藤三郎 太刀のすかた細クなかし鎬たかく切先つゝ まやかなり庵ふかし鍛杣目ねれたるは たへなり地色黒ク青シ細直刃ヲ焼 刃色青めにかたくみえて上しろし刀の 地いろ刃の心も太刀におなしく刀はみつみね さうにて三かくなり沸もあり銘をさうに 打也猶口伝有之 四条院天福び中上国清原藤次郎 太刀のするだ国安に似リ庵きうなり 鍛まさめこまやかにして地いろ黒し地 大たにきんありくによしに俳り太刀も 刀もさきの刃を焼つむるなり刀はみつ みねしんのみねひろし 同郷宇中上在国藤五郎 一太刀のすかたなかし絵せはしたかし国安に 俳り鍛さのみたしかにみらすたゝしまさめ こまやかなり備中物のことく地にすみ □□□□□□□□ たるはたあり地いろ黒シ細すく刃三焼 なり刃色きつし青みあり太刀の反た かし庵きこに切めつゝまやかにして刃 焼詰てすこじくる也猶口伝有之 四條院仁治比中上国光 太刀のすかた栗田口物いつれもおなし庵 きうなり鍛まさめいかにもこまやかにね れたる大たなり地色そこ黒〆にてうへ 青み白てすく刃を焼也仏こまやかに おほし太刀さきへほそくきつさきつゝま やかなり刀も不今をちにつくる銘を ちいさくさうに打なり相州へ下問なきい 前と見えたり太刀の鎬せはしたかし猶 口伝有之 十一 右秘談抄依郷執八 相伝之仕畢於此上 重畳御執心とも 猶以巻物可進入之申候 努々不可有他見者也 慶長拾九年 弁屋久七郎 七月下旬 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 猪飼太郎左衛門殿 □□□□□□□□ □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 特別 同同断同同 ほ 但蓮物 伏見院正応比上今吉光 御物 一太刀のすかた細シ鎬遣はくたかし切先も太刀の 相応につれて尋常也庵ふかし鍛まさめ也 地色青くみえてそこに紫色あり細すく 刃ヲ焼也細キのたり刃をも焼也太刀は沸 あらく多シ刃色いかにもしろく雪のことし此 作の太刀まれ也栗田口の鍛いつれもまさめ なり此作もまさめの鍛なれとも刃のふちより 地かねわかりて斑の方へはまさめに刃の上より地 かね半分迄は板めの鍛あり上々のてき物には 板めのもくはたはなし板めの鍛のうちにともへ のことくなるもくありこれをまる瑕と云なしはた なる鍛のいろもあり鍛のこくい板めと柾めの 木のかとをけつりたることし刀はほうしうつくしく帰 みしかく焼もなかく焼さけたるにはほうしのなり をさのみとからぬやうにかつりにそとのゝり心に焼 なり帰をみしかく焼にはほうしのなりをとかる やうに焼也刃の事はゝきもとを少乱る心に焼 あり大略ひをかく也たけ今人の二すちひをこの みかく也大切先のすかた正宗に相違也鍛板め にして地色にくろみありて青くそこに赤き 色あり紫にはあらすのたり刃を焼也玉刃も あり沸多シ太刀はあのみ沸も多からす江州 高木に住の比に太刀を多ク作ると見えたり しやうふ板つくりきりは太刀なとも多し其比は 鍛まさめ也はたあらくあさし鍛鎌倉の伝に なきゆへに地いろもしらめにくろくみゆる也相別 へくたりて上手になりたり高木にてもなかこ 先はけんかしら也せんこのなかこさき口伝あり 鎌倉にて正宗をよくにせたり是も太刀は なかこの跡まるし刀はかく太刀は歌よこ下也刀 は少すちかひ上野もなくこまやかにする也誰 の跡もひらのことし正宗にかはる所是也なかこ のしゝをきすはやかにさきへもさのみうすく なき心也正宗と貞のかはり所なかこさきに多 しめきゝことにしるへきことなれとも秘事な れはしる人まれ也猶口伝有之 同御宇元応比中広光 太刀のすかたはゝひろくなかし鎬せはくはのかた うすくみねあつにして唐きこ也鍛板めいかにも こまやか也地色くろし太刀おもかけ貞宗に似り のたり刃をせんに焼也玉刃もあり沸こまやか也 刃色そこ青めに上しろし地にきゝあり正宗の ことしすくれたる上手也刀は大略ふとき樋に細 ひをそへてかく也ひたつらに玉を地に焼也 沸あり但玉刃はきはとき心ありさきの刃ひろ く焼とも少ほうしのもりて焼とまる也刀にはせい を入さるかやすくれたるはまれ也刀のほうしまるく かへりなかく焼さけたり太刀は正宗にをとらぬ 程見事也刀は少すくにこゝひくくよすし口伝 に云く太刀も刀もはゝをせはくみすみに作るは にせ物成へししせんすく刃の刀なとには有へし 猶口侍有之 後光厳院文和比中秋広 太刀のすかた細めに鎬書はくたかし房きう也 三班もあり切先中のひたるもあり鍛板めにし てうすまきたる地色そこくろく上にしらけたる 色あり霧のひほか物をせんにする也大略ひたつ ら刃を焼也地に星ヲ焼入たりも多シ候内ニ 半月の心を焼もあり但正宗の半月の心には あらすのたり乱のうちにましりたる半月也地色 にきんあり先の刃をひろく焼もほうしかへりの姿 広光のことし但広光のほよしくりは沸少きつし 刀のすかた広光に能似り地色にかはる心あり 是もひろ光のことく刀にはふときひに細まひそ へたり又色そこ青く上しろく舟等も地の心の ことくうすまきたる鍛あり細事景を引みよし たるやうに刃うすまきなり広光は刀すくめ也 秋広は刀のそりたかし父子のかはり所是也親は 太刀上手也秋広は太刀はをとれり刀上手也 秘言に云く広光は刀のなかこみしかくふとき 心あり秋ひろはなかこなかくうすく細也銘のうち 字をもほる也無文まれ也刀のほうしうつくしく とかる心に焼也画重新藤五太郎国広をは新春五 次郎といふ兄弟なから後に父の銘のことく国光 と打也新藤五太郎国光に銘なほりたるは鍛板 めいかにもこまやか也ひろ直文にしてうつり打のけて かすかも寛めしふかく少ほり物かとしきやこに見 えたり次郎国光と致打かへたるは鍛にうすまき たるはたへありて地かねあはけたる心あり中直刃を せんに焼也刃のふちほゝ焼たる紙をさきたりか ことしこれもうつり打のけてあり地色はそとしらめ なるやうに火えたり霧んえし樋なともふかく ふとしほつしのすかた中ふくら也釈国光は細すく 刃を焼也藤助郎吉光に似りふくりあたりの地いか にも細きかた糸なとほとに鍛のすちひよ〳〵と してほうしきはまてのほる事あり親国みつに有て ならひ也国重の刀は来国次ニ少飢ル心もあり 一国広の刀は正宗か父行光に能似り兄弟なから 直刃につきてのならひ也又画みつも国広もは うすくはゝあり一銘打事太刀に之刀にて直 刃は銘を打也但無銘もあり乱刃にも銘 をよちたるも大にともにあれともまれ也大刀の なかこの鑓まりし刀はかく也欽も太刀は横下 ほとにすちかひ也上野あふ〳〵とする也太刀 のなかこ先次第にうすく鎬すちを歌にて すりたつる心也刀のなかこも中しゝをあらせて 先へうすくはみねよりおろしあはせたることく也 太刀も刀もなかこ先歌んかしらとうふん也しん さきかくにする也大かた目貫穴のもみ所も有 但上右の沙汰なる間当時うちゆる他にあら す太刀も刀も乗ん樋ほり物あり無くは稀 なり私に六夕うんりんゐん太刀は無文也はゝき の下鎬に不動のゑしいかにもほそくあり大き なら行ときためのこち也又云ク正宗のなかこを はそとはかしらといふ口侍有之 後醍醐元応比中上貞宗 太刀のすかた正宗に似り鎬庵きう也三錐も 出して惣は直刃に焼也ふくらをそと細を 心に焼て先のつよくみゆるやうに焼也刃をや かぬ先にすやきをすると云ならひ也さるによつ て地色そこ紫に上青シ秘事也刀の作に目 然かさねの薄きも有へし大略かさねあつに 先へ何ともなくとかる心に作也少さしろふく心有 一名物やけんとをし北野無銘歎子ほうちやうかい きりなまつ尾あらみ此介也なかこのすんにも大事 定めありみやう也但なかこのそりたるにはすんな あるへからす太刀いちこ一ふりけかれよしみつと也 ほねはみはしやうふなりにしてのほる龍くたる龍 あり猶口伝多之和すへし 後深草宝治比上々国縄 太刀のすかた少細クなかし切先つゝまやかにして 一鎬せはし唐きう也鍛まさめいかにもこまやか也 地色つへ〳〵としてそこ紫に上青し刃の いろへの事たとへは三尺計の太刀ならはこし候とを 一尺あまり程乱刃を焼也刃に景気を焼て かけり多シこし刃の事大ゝきのきは一寸計 上也はゝきのきはの刃を細ク焼おろし細す 刃のとまりよりこし刃出たり地へはつとやき いりて上へあかる也焼出しも大なくと薄しなか 程は刃の色こく火えて又上のうすくなる所は そらににゝの立て一方はきえ今一方はきえ残り たるかことしいなつまのひかめくやうにひかりありひ ろにの所は一二寸程をきて足を焼入たり刃の 色いかにもしろく沸多シ銘は大き聞てめぬき 一あなの上錦に国つなと計打也刀には山のうち の任国縄と打也刀は直刃のくりふかくほうし まるし沸をせんに焼也力にこし刃を焼事なし 口伝秘する儀也 亀山院文永比中上国宗備前三郎三 鎌倉 太刀のすかたなかく先へ細シ切先つゝまやかにして 鎬せはく唐ふかし鍛まさめ也地色くろくさえ て鍛あらめにさゝりとしたりはゝきりとをよくみ たらかし上へはのたり乱刃の心を焼也上へひろ直 刃に足をふかく焼入る太刀多シさきへの沸こ まやか也刃の色そこ青く上しろし同銘二代あり 初は大鎖也上手也新藤五国光五郎入道正宗か ししやうと云ひ後の国宗は刃のはたらきすくなし 丁子刃も大ふさには焼す沸いかにもこまやかなし て刃のさかひにほやか也大めいのくにむね丁子乱 を先まて焼たる太刀はてき物にあり但刃のうへ になまみある者也鍛の心すくれさるゆへ也上代に もちゆる作也猶口伝有之 後宇多院建治比中上国光新藤五 太刀のすかた細シ鎬少ひろくたかし唐ふ〳〵切先 つゝまやか也鍛まさめいかにもこまやか也細直刃 を焼沸こまやかに多シ切先ほうしかへりなと有 尋常也地色そこくろく火えて上青シ又色 そこ青めにして上うきやかにしろし刃にも地にも ひかりあり太刀にも大きおもての大ゝきこと鎬に ほう樋をふかくかく也刀には大略さしなてに霧ん さしうらにほう樋を少中へよとてかく也ひふかしほん 太刀も刀も父子共にならひあり重也口侍有之 同御宇康安比下上国重長谷部 太刀のすかたなかし絵ひろくたかしはゝきもとふん かつよ也鍛板め地色そこくろめにして上しら けたり地かねあまき心あり太刀鉦うすに庵中 なりめたり乱刃に地へ玉の心にゆはしりを焼 入たり刀は大鳴ひたつらにを焼也先のほうしを まるく焼もふくらのあたりはかたのほそく雖かた の刃ひろし是はせへの火ところ也同銘二代あり 初は上手也正宗か弟子国の字の中を玉の 字に打たるを初としるへしそのころよりして 太刀の鎬せはくはゝひろし庵もふかし又色青 く沸多し地にすみたるはたもあり鍛ねはき 心也国信は初の国重か子也国のふもひたつ をせんに焼もふくらの刃をひろく焼也ほうし はまるくひらし太刀かたなのすかたにの心両人 〽同前也然にその国のふか鍛は地にともにか たし沸は国重すくれり刀はみつ誰三かくの事也 打のあたりの火とりをすくる程にして沸シ 第一と心得たるにより沸煮ク多シ上手ノ 千別也物打のあたりより上へは鉦に湯走 多シ京物ハ何も鍛柾目なれとも此作にか きつて板目也地色も黒ク青シ地符ありか すか也大略太刀の見様秘書也かくのこと也 刀ノ作りはゝをひろくみつ誰ヲきうにふくらづよ にして乱刃ヲ焼て沸多シはゝきもと云ひろ くこしにノ心に焼也先ノにひろくなとれ すこし地かねのはる者也すく母ノ刀は地かこ まやかに鍛て沸うつくしく多シ帽子帰国俊 よりひらめ也但国光にもかはる樋ヲこのみて かく也樋ひろくふかもおんしきるもたの佐より 少大かた也又云ク太刀ニかく樋は細シ過半 はき本五分計にてまるとめ也大刀へそり たかきもの也猶口伝有之 後深草文永比下上定利後小路に住す 太刀の姿国行に似りそりたかし鑓のひろく庵 色黒シ刃ノ上になまみある作也太刀は稀 なりくにとしか弟子也猶口伝有之 後醍醐元徳比下上光巳外津来 刀の姿さしうつふくやうに作る也大略庵徳也ふかし みつ珍もありきう也鍛柾目いかにもこまやか也 地色底は黒〆にて少青まやうにて上に赤 十色ありすく刃ヲ焼なり少のゝりたるも有 帽子の姿くにとしに似り但帰にきつかけあり ひろきくりのこまり木ノ枝ヲひきさきたるか如し 又云ク小乱刃のタリ刃ヲ焼刀は備前さきの 帽子くりのことくに焼也来くにとしか第 子にならさりいせん左近の将監長光か第 となり備前さきに焼比其伝也くに としに相伝する比文保ノ年号也此作に 太刀を見す中堂来は刀斗といふ秘書也 猶口伝有之 花園院正和比中守戒 太刀の次はゝき本ふんはりつよに先へ細し 切先のひたり鍛板めにしてさらんともたるは たへ也地色そこは紫に上青くきゝあり乱刃 を焼のたり刃のほそみより星ヲ燒出しるも有 いかにて沸あらし乱刃にはたんさく又とて地の うちへひろ〳〵とやけ入より刃あり誠に木すゑに たんさくを付たるにあらき風しはらく明すさみ 木すゑに斗そと風吹残りたるにひらめくか ことし沸の心さゝの大にうす雪のふり懸りたるに 一似り地青くにしろく沸たり大乱にありひは花 たつらにの心かくのことくのたり乱は山形也なる 刃のあはひの細みより半月のことくなる刃を はなれ地に焼ものたり刃の細より四かく成 丁子刃をも焼出したり扇をひらきたること くなる刃も玉のことくに地に焼也あふき なりの刃は太刀にはこゝもと一尺計の上下也 刀にもあふきなりの刃は大ゝきりと二三寸の 間にありまるき玉刃は大略ほうしのうち に焼也惣地に焼たるもあり刀は少かさね 地を刃のうちへ焼入たり少はのかたへうつ ふくいに細き地ヲ焼いるゝ也細地のやき 入取分刀にありうつりもあり又云ク刀をそ らぬやうに作るかさねあつにすんなかし左は 刀のかさねを少うすくこゝを少ひろくそり たかに作る也ふしの見わけ所也左は瑕さえて 地はたさゝりと見えたり安吉はねれたり鍛也 安よしも後には左と打秘書に云ク左の字 大にてたかねふかし 白河院承保比上之三池傳多筑州 太刀のすかたかれたりかさねうすし庵きう也 大略樋をかく也ひあさく切先つゝまやかなり 鍛板め也いかにもこまやか也細直刃を焼也 すに乱り刃をも焼也すかた尋常なり 銘を打事まれ也元真光世是は法名と云 一平城天皇大同比上々安縄伯州 太刀のすかた先かれ也すんなかし房ふかし 鍛板めはたあらし鎬せはしのたり刃を焼 いかにもふかしかとひしもなきやうなるほり物也 はゝきりとの刃を二寸あまり上にてやき落し してみゆるをこしみといふ也焼落しの地色に はたへすちかへて火ゆるひかりいなつまのかけのことし 太刀も刀も火やう同前也なかこの口伝重えす やきをするはたに秘事有之 一元明天皇和同比上に神息豊前国宇佐宮社僧と云へ 太刀のすかたかれたり但かさねあつし庵中くわ いんまりみねあり樋をかく太刀多シ鍛板めいかにも こまやか也地色青く紫色もありきゝめきて ひかりありいかにも尋常也ふるしにいろしろし 一紺よよ〳〵とあり刃は細直に少つゝ足の入たるも 焼也私に云く先年見侍りし時刀八寸余鍛 月山のことくにて刃に乱かさねあつに廬中正 銘也年号大同と打也其後又八寸計の刀 あり鍛刃も小乱少もかはらす年号天平と 打也すちかひ跡也地色青くひかりあり又色 もそこ青めにて上しろし然る処に大同の 一年号平城天皇の御宇天平は以前なり但 衣息は百歳まてそんしやこといふ天平と大 一同の比はうたかふ事有ましき也元明天皇 和同より大同元まては百年計か平城の御 宇大同にらくちやくのかちきはまるへき者也 其上平城第七の宮の御守り刀の作者と いふ火やうの口伝重々 後醍醐元応比下上国村肥後延寿大郎 太刀のすかた細シ鶏少ひろしそりたかしふんはり つよも切先つまやか也庵中鍛まさめ也来国行に 似り地色くろく火えて上にしろき色あり直刃 にすこし足ヲ入て焼也沸大よ〳〵とありこまやかに うつくしき沸也刃の色青之国吉てきやう国村同前 なり国時は少あさしいつ夫もほうしまかく焼なり 国時はかねかたし延寿はいつれも又地かねかたく見え たり古関の鍛のやう也国村は来太郎か孫と云 同柳宇正中比下上国縄菊池肥州 方のすかたなかしふんはりつよ也唐あさく鍛和目 もあり地色青しむくやきたり色也 れ刃はこしりとにありさきへはひろすく刃 を焼也所々足ヲ焼入なりにいろいかにもし ろしこしをたかく焼落したり焼落すへき 上にのたり乱のひろきを焼也是則こし 刃なるへし樋を細クあさくかく也霧ほん 字をもきる古き物也沸こまやかにおほし 重々口伝有之 一嵯峨天皇弘仁比上今真守 太刀のすかた安縄に似り鍛板めこしりと のそりたかし庵きう也地色青し刃も 大略ひろ直刃に小足を焼入たり又色 はせやかにしろし沸ありこまやか也私に云〳〵 木枯二尺六寸斗の太刀也おりてうゝともに なかき樋ヲかくふとき樋一すちつゝ也 ひ少細シ刃ほそ乱也先は刃取分細シ るそりたかくうらかれなりむかしより名人 と云おほえの通ヲ書しるす也 後光厳延文比下上正家備後 太刀のすかたはゝすこしひろし鎬せはし 庵すこしきう也鍛板めなり地色そ こはくろめにて上しらけたりこまやかなる うすまきはたあり乱刃をも焼あさし 沸もすくなしこしもとを小乱匁に焼て さきをひろすく刃に足を焼入たるもあり 沸多シかくのことくなるは然るへく火えたり 備中の太刀のすかたに似り刃色青めに かな色かたし切先のひたり刃の心ほうしを まるくすこしはのかたへうつふくやうに焼也 すく刃の太刀古関なとのことし薄有之 小松院至徳比下上正広三原同銘正家以前にもと 太刀のすかたはゝひつし給ひきなり切先 のいたり庵ふかし鍛板めなりもくはた こまやかに多し地色しらめ也こしもとを 小乱に焼てさきへひろすく刃也乱刃の 所はさのみにゑもなくにほやにてうつくしき なり地かねむくやきたり地色しため也乱刃に かけりを多ク焼也沸こまやうに多シ左安吉 に似り大略ひをかく也刃をのゝり乱の心に焼なり 刀は先の刃をいかにもつよく焼也刀にはひをなかへ よせてかく也上手也猶御伝有之 下正国薩摩波平 太刀のすかたなかし鎬ひきし庵中まのみねも 多シ鍛板め也うすまきたりはたへ也小乱刃細 まのたりせも焼也地色しろし刃色には少黒 みあり大略波の平此分也但上下あり鍛は一 やう也もうちにもそこに鍛有て上へあらはれ さるも有是はうつくしき也此内の上類也先は 又焼結なり少かつる心あり安鬼安満安俊 助近行安吉宗行満友安師銘何もなみの 平也できやう打つゝかはりあり大かたは同前深 今浅まとのわかち也口伝有之 後鳥羽院元暦比下上行仁 太刀のすかたそりたかしなかしまる鐙に作る也 はきりとふんいりつよにかさねこしあつやして不今 おちに刀のすかたを作也二重刃あり沸也その 下は沸はきえてふりみゆる也猶口伝有之 後宇多院私安比中上行光 太刀のすかた細クなかしふんはりつよし切先中鎬 せはく庵ふかし鍛板めにして大きにもくめあり 地色青めにくろしきら有てひかる也のたり乱 刃を焼大乱刃をも焼也地に玉を焼也細刃 にのたりたるもあり一やうならすにゑ多シあらき 沸もあり又色しろけれとも青きよくめ多有 太刀の火やうかくのことく刀はひたつら又もあり ひろ直刃も多シ国ひろに似リ国みつにも能似り 直刃の刀の事也ほうしのなり少まるしみつ駈 のしんのみねひろし地かねあまた火えたりけん ひほり物かならすあり大しん大う作となりなを 口伝有之 伏見院正応比上そ正宗 太刀のすかた鎬せかく唐きうにはゝひつく作也 太刀は正宗なとのことく也但證をかくにずるけん さき少きつし横弁てきはすくれたり刀はなか こ先へさのみかれぬやうにみねをかくに横鈷 なりみねの針もひら同前也太刀の鈴も刀同に 前也猶口伝有之 同御宇正中比中則重越中佐伯 太刀のすかたなかくそりたかし鎬ひろく庵いかにも きこ也鍛板め也あや杉のやうなるもくめあり又 のうちにもあり大略刃のうちに洲ありもくめの 鍛あるゆへなり御ふくかうこれ也初は義弘か第 子義ひろ廿四五にて死去といふ其後正宗かて しになる其比より鎬もせはし前の瑕ををき てうつくしくきたう也然といへとも瑕の心残る也 のたり舟をせんに焼也沸あらく地色くろし 刃色も青めにしろし太刀も刀も火やう 同前也右の瑕の時には先へ地刃に洲にま しりてのほか也正宗に相伝してよりこの かた先をもつよく焼也なかこ先を受んかしら にきり太刀もあり刀はなをありこれを正宗 と見よしひろとみるめきゝはんた也口何重ゝ有之 同御宇嘉暦比下上国光敏入道越中宇津 太刀のすかた鎬たかし序ふかし瑕まさめ也地色 しらめにあかしはたこまやか也乱身上手也丁子双 をも焼のたり乱刃をも焼也乱れさきほく焼 たり乱刃のほそみの所能沸たり故入道は太刀 の大ゝを細めに作る也すかた尋常也国宗に同 一銘多シ下手也太刀のすかたみねうすに鎬をた かく見をみしかく作る也直刃のたり刃を焼也 あさし国房国次国久友久上手也故入道はい つれこをとれり口侍有之 光厳院元弘比下上国安越前来 刀のすかたはゝをひろくかさねを少うすく作る也 庵ふかし三錠まりみねもおなし鍛まさめなり 地色もしゝめにくろし鍛すくれさるにより地 にねはき中かね出る作りて直刃小乱刃を焼 なり仏もあり跡にゆはしりをも焼也太刀は 一脚也守私森乱には太刀多シ後の千世鶴ト云々 順徳院建暦比上今定秀豊後 太刀のすかた細シ鍛ふかしいかにもはたみまやか也 但まさめ也庵中地色青し紫色もありきら めき多シ細直刃に少足ヲ焼入なり沸多シ に色しろくうす氷のことしすきとをりたるやう なるかな色也刃のふちしつみて地木のさかひ見 分難し樋をから也いかにも樋ひろし行平か 師匠なり銘を僧定秀と三字に打也又豊 俊の国僧定秀とも打也いかにも尋常に出来 する作り也すくれたる上手也 同郡宇承久比上今行平紀新大夫ト号ス 太刀のすかた細シ鎬ぜはし唐きう也鍛まさめ に地色青く紫也刃のたり乱に焼也地に 玉刃多シ小乱刃のゝりをも焼也ひろ直刃 をも焼也沸多シこまやか也に色うきやかに しろし及ふちしつみて定秀に似り太刀にも さしおもて大ゝき上よりひつくりからをほる也 大略樋をかく也いかにもひもろし直刃を焼なり 小乱刃を焼沸こまやかに多し地色そこくろく 上しらけたり刃色青めにくろしさえたる色も あり切先のうちすくにもされとも及ふちはつ れたるやうにて焼つむる心也少しりあり九州 物は上中下ともに鍛見事也此作上手なり 口侍有之 後宇多加安此中西蓮筑前 太刀のすかたなかしはゝひろし鎬少ひろし庵中 まる証多シ大略ひをかく也ふときに細きそへ 樋ヲからし樋ひろし立うふなりの中はん太 刀をも作る也鍛板めこまやかに地色くろし 細乱刃を焼也沸ありこまやか也刀にひたみら 刃を焼たりも一火せし事ありつゝひろくかさね をうすくみつ鎗に少そりたりかな色ねはく 見えたり此作に二字銘にくによしと打たる 太刀かたなありさいれんと計も打也銘にも打也 一後二条院徳治比下上実阿 太刀のすかた細クなかし鎬たかく鉦うすし庵 中鍛板の也地色しらめ也そこにもくめなる こまやかの大たもあり細身小乱を焼也はたら きたり刃を焼事まれ也又いろくろし少沸 ありこまやか也重々口伝有之 後醍醐建武次中左 太刀のすかたはゝひろく鎮たかし庵きこ也鍛 板め也地色くろし乱刃を焼也切先のい たり沸多みあらし乱刃のさき裾はのことく とかりたりとかりはみな沸也切先のうちを乱刃 に焼也但沸多しほうしをとかる心に焼なり 刃の色青めにかたし刀はなをも刃のゝり也刀 のなりたかし正宗か弟子也安吉の太刀そり たかし唐ふかし鍛板の父左におなしはたへ こまやか也地色くろくあかき心ありこしりと を細乱に焼也おうちあたりひろく乱るなり 刃のひろき所はかならす乱の心のほり足也 切先ものいたりほらしをまるく焼て細ま なりひろすく刃のところはにゑおほし切 先のうちほうしをすこしまるくかへりをなか く焼さけたり上手也同銘二代ありと いふ銘有りて三原数多ありすかた備中 太刀のことし刀もおほくつくるなり いほりみねなりすく刃をやくつくるも ありかたなは地いかにもこまやか也正宗 正広つくりのかたなおほし上手なりまさ の字しん也かまくらはさうにうつ也ひた也 口伝有之 已上 右之秘談抄依重々御 執心又以一冊相伝仕訖 此上にも不残お御執心を 愚宅之書物共忠伝 授之可申候其故作見有間 数者也 弁屋久七郎 慶長拾九年 八月下旬 猪飼太郎左衛門殿 くな 小弾正 何れ 梓世紀 勝前 九日 古力名鏡