蒙古襲來繪詞 2軸
- creator
- 不明
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- 2026-08-17T19:23:22.983Z
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- 2026-08-17T19:23:22.983Z
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- 場所: [書写地不明]
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- CC0
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- 不明
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- 日本語
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- [書写者不明]
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- 10010000037259
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- モウコシュウライエコトバ
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- 東北大学
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- モウコシュウライエコトバ
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- 2026-01-09T15:22:24Z
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- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
書名
写
所蔵者
管理番号
資料番号
撮影
撮影年)
冊
2冊
所和
究令
研究
学月一
蒙古襲來繪記
台和一
蒙東伊
仙令
またりますといふ
のことになりけるものとなるとも
とものはなかくれていたり
おいていたしました。それをもつて
してものか
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
からざか
一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
の教育のことをあしているこ
別の
置僧
蒙
同繪未藏古來
詞繪未蔵方』
蒙
蒙古襲来絵詞乾
{
なしを申候事
三十五日
特別
置伊5
特別
蒙古襲来絵詞乾
一一
人ゝおほくといつともきりちの二郎たけふに
一文永の合戦になをあけしをもてたけめす
のかためし後所の石川内地のまへにうちむかて
将軍の兵船は本つしゝを白くきにぬり玉
しるく候とうけ給こをへしむが馬ひとやけ候て
君のけさむにまかり入ありむためにあひむ
かひ候御存命候はゝ御披露候へといひてうゆ
とをる
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
猶聞書き記書雑誌』
人ゝおほしといつともきわちの二郎たけふ
一文永の合戦になをあらしをもてたけめせ
のかためし後所の石川宮地のまへにうちむかみ
将軍の兵船は本つしゝを白くきにぬり玉
しるく候とうけ給こをへしむが馬ひとやい候て
君のけさむにまかり入あはむためにあひむ
かひ候御宿命候はゝ御披露候へといひてうめ
とをる
いたり
…………………………………………………………………………………………………………………
〃
君のけさむにまかり入あはむためにあひむ
かひ候御存命候はゝ御披露候へといひてうめ
とせる
AUNE
□□□
一同五日関東の御つゝかひかうたの五郎とをこしあむと
うの左衛門二郎二郎二郎二郎三郎三郎しに季長
ゆきむかて海上を鳥たて候あひたふね候はて
布大臣にひたるなきほえ候と申にかうたの
〽同五日関東の御つゝかひかうたの五郎とをとらあむと
うの左衛門二郎三郎三郎
ゆきむかて海上を鳥たて候あひたふね候はて
御大事にもれ候ぬとおほえ候と申にかうたの
五郎登船候はてはちからなき御事にこそ候へ
と申ところに肥前国の御家人是あそるたかし
まのにしの浦よりわれのこり候たねに感徒あ
またこみのり候をはらひのけてしかるへき物
ともとおほえ候のせてはやにけかへり候と申
一に季長おほせのことくはらひの気候は弁は北て
おほえ候ふねにのせ候はよきものにて曽御覧
これを一人も字地とめたくこそ候へと申
におうたの五郎異賊はやにけかへり候と申候
せいをさしむけたく候と山戴殿へ申つしとて
使者をつかはすに肥後国たくまの別当次第
一時ひて大野小次郎くにそのほか兵船まはし
たりし人々をひかゝると伊へとも李長か兵
船いまたまはらさりし程にせんは筆をうし給ひ
しところに連戦の旗たてたる大船をしきたり
しをかうたの五郎城次郎殿の旗をおほ折るゆき
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………
}
〆二〆五百文
時ひて大野小次郎くにそつそのほか兵船まはし
大野小次郎
たりし人々をひかゝると伊へとも李長か兵
船いまたまはらさりし程にせんは筆をうし給ひ
しところに連戯の巽たてたる大船をしきたり
しをかうたの五郎城次郎殿の旗とおほゆるゆき
むかて見よとて使者をつかはすこのふねに
のりておきのふねにのらむとまへをたてつかひ
のふねにのゝむせせしにのせさりしをもて守護
の御しての物に候御兵船まはり候はゝのりて合
戦すへしとおほせをかふりて候と申にのせに
られておきのふねにのりうつるにこたへ
の兵衛房めしの御ふねに候御ての人よりほか
はの春ましく候おろしまひらせよと申てしもへ
をもてせきおろさむとするを
君の御大事にたち候はむためにさりのり
候をむなしくそめにせきいれはれ候はむ事その
せむなく候はし船をさゝており候はむと申に
おるへきよしおほせらるゝう立は狼藉なせそ
と申に物とものきしひまにかのふねにのね
あつききよしおはせらゑに立書権勺程又いせる
と申に物とものきしひまにかのふねにのね
季長よ
ひやらせんに
いきのけつ
はしよりの
りそか人々
すたの二郎
ひてふきはしんるい
をのゝ大しん
ひてたゝかたに五人てをいて
直せんとのわうつ
りてふんとりして
とこゑんしやうつもろ
らいせうらんしやうにもる
やいこめの
もうら
くゑんしやにあつかる
みみはら三う
くはえんしやうにあめかる
一同七月五日
御くえやの
かいしやうかつ
せんとさり
のとこゝにを
一〇一
季長よ
ひやらせんに
いきのけつ
いきのけつ
はしよりの
りせか人々
すたの二郎
すたの二郎ひてたきははじんない
ひてたゝわりさふ五人てをいて
直せんとのわうつ
をのゝ大しん
りてふんとりして
しやゑへしやうにもろ
らいせうしんしやうにもろ
やいこめの
くゑんしやにあつかる
もうに
みにはう三うくえんし中にあめかる
「閏七月五日
御くわやの
〽かいしやうかつ
せんとさり
のとこゝにを
しむそかつ
せんをいたす
らいせらは
とい〳〵のかつてん
にちうをいた
すといつとも
ゑちせんものゝ
ひくろんのからに
よそくゑん
しやにもる
手初兵船
大字小貮経災
□□□□□□□□□
大字小貮経貨
手初兵船
ATEE
………
薩摩国守護下野守元親
同舎弟久長元手物上ケ船
ルト
まで
くさの次郎
行ねなりのせん
くさのゝ次郎
つねなりのせん
あまこさの大や
の十郎たねやす
同三郎堂様むし
ひやらせん
我
筑前国御家人
あさつきの九郎
たねむねのひやうせんに
関東御使
からたの五郎
義としの
□□□□□□□
筑前国御家人
あさつきの九郎
たねむねのひやうせんに
あくる六日楊暁にかうたの五郎のよりやかたにゆ
きむかて合戦の事条ゝ事におほせいせむ
にうけ給て候せむ〳〵の御僉戦も相違候はし
とおほ畳候自船候はて一度なし春つあり事の
見おほせ候てふね〳〵にめされ候て
一御大事にあはせ給候御事は大まりあくの人に
候と上のけさむに入よいらせ候へく候式部屋於
貴人の事はうけ給候由御尋候はゝ申粗く候と
ありしによてかさねてせて人にこれをたつ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一御大事にあはせ給候御事は大まりあくの人に
候と上のけさむに入よいらせ候へく候式部屋部
は人の事はうけ給候ぬ御尋候はゝ申極く候と
ありしによてかさねてせう人にこれをたつ
して一府に合戦候つしとおほせに候御ふねをよせ
られ候へと申にたかまさかふとをぬきかしこま
てをしす春といへとものるへきやけなかりし
をもて甚保におほせつけらるへき事の言は
具ゆねをそへられ候へと申にたかまはちかく
をしよせて見て守護はめされけにも候はずふね
をのけよと中にちからなくておほせのこと絵
守護はめさゝ捨候はすこのふねを曽任御によ
て申うけてのり候はむために申て候と申
につもり殿同船真候高ところなく候とていよ〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵ところなく候とていよ〳〵〳〵ところなり
のけしあひたせむかたなくて手をすりてこの
類庭具御聞候一身つかりのせられ候へと中に
戦場の見ゆなしては何事にかたかものさにあひ
てこんはう誰過きめ御礼候へとてふねを
をしすせしにのりそけるをわかたけこれをみて
すてらなしとなけきあへりといへとも季長こんはうは
してのるうへはわかたうをの春るにをよはす両
類庭具候生ゝ一身つかりのせられ候へと申に
戦場の見ゆなしては何事にかたかものさにあひへ
てこんはうの過きめされ候へとてふねを
をしすせしにのりそけるをわかたけこれをみて
すてらなしとなけきあへりといへとも季長こんはうい
してのるうへはわかたうをの春るにをよはすあ
簾のみちすらむをもてしやうとひよて手の物
一人もあひてせすたゝ一人はかりあひむかふ
かふとはわかたけにしられしかためにも路御ね
にもたせてほんふねにをきし本とにすねあて
をはつしてむ春ひあはせてかふとにせしとき
たかまさにいの地をおしみ候てしことおほしめ
さるましく候故船にのりうへり候まてと存候てし
候ふねちかつき候へはこくまてをかけていけとりに
し候とうけ様候いつとられ候て異国へわたり候はむ
事しにて候はむにはおとるへく候くまてに
かけられ候はゝくさすりのはつれをきりて御
候へと申にたかまさふかりつかまつりて候野中
殿つかりはのせたてまつるへく候つる物をと
申て身ちか僧ありしわかたうのきたりし
こさくるをきにかへしたるかふとをぬかせてか
公御礼候へとてみしを様る御事よろこひ入候へと
もかほとをきられ候はてうた礼るゝなは季長
一ゆへに候と妻子のなゝ気かれ候はむ事身のいた
殿はかりはのせたてまつるへく候つる物をも
申て身ちか僧ありしわかたうのきたりし
こさくるをきにかへしたるかふとをぬかせてか
かされ候へとてみしを様る御事よろこひ入候へと
ゑかほとをきられ候はてうた礼るゝなは季長
ゆへに候と妻子のなゝけかれ候はむ事身のいた
見に候絵ましく候と申をかさねてめされ候へ
とありしにちかことをたてゝ半時御せいし
やうのうへはなしにきよとてとら数います
としも身をかるくして賊船にのりうつらむ
ためにおひたりしそやをときすてゝひたゝ
松平庄左衛門
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
赤
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ことこととこと
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
品
□□□□□□□
品
問題
品
かむ
品
記
問題
②
出
とい
20
志貞次大明神
の
とい
志貞次大明神
一陣にをしよて合戦をいたしき春をかふめな
事ひさなかのての物信濃国御家人ありさの
いや二郎よしなかひさなりのをいしきふの三郎
のての物いはや四言しひさあかはたけやまのかくあみたふ
本んたの四こしさゑもんかねふさこれをせう人になつし
一頼励ておひてのちゆ見をすてなきなたを
とりてをしよせよのりうつらむとはやりしか
ともこれも水平つをすてをさゝりし本とに
CICROフやエネス
一〇一人折いてやはて
本んたの四としさゑもんかねふさこれをせう人になつ
一頼殿ておひてのちゆ見をすてなきなたを
とりてをしよせよのりうつらむとはやりしか
一ともこれも水平つをすてをさゝりし本とに
ちからなくのりうつらさりし物なり内るむまの時
一季長ならひにての物きすをかふるものともいき
のまつはむにて守波のけさむにいりて当国
一番にひきつけにつく鹿島にさしつかはす
ての物同る巳刻に合戦を伊たし秘頼母帝
一太郎太郎は動従鹿浪大すけみついたてをかふりへ
のりむま二疋ゐころされし証人に豊後国御
一家人はしつめの兵衛次郎をたつ土佐屋道戒に
ちしにの證人には感宗の御ての人たまむるの
三郎成清をたてけさむに入て同御ひきつけにて
つゝく
反
一同断同一同断同断同一
ちしにの旗人には感宗の御ての人たまむるの
三郎威清をたてけさむに入て同御ひきつけにも
つゝく
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
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東おなしもんしなりよて海末を給
はるへき田はらに。ひかしのさくらに
御ゐあせのとくをひしくゆみにさ
海東に入部してきうせんのとく
を本とこさせんためにさくらには
御ゐありけりとこれ母しるそのゆへ
は同十一月一日御くたしふみを給めて
あくる正月三日たけさきにつく同
海東に入部にかくとをかねて御
しめしに御ゐありけるをほ。
てこにちにお母日あわするによて
神のめてたき御事を申さんため
古礼をしるしまゐらす
歳次
永仁元年職火二月九日
蒙古襲来絵詞坤
四十四
蒙古襲来絵詞坤
季長
100
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
の
季長
□□□□□□□
→
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
一一
□□□□□□□
コロート
みちありかいゑには
一合戦落居をさる間
はゑほしをしきか
よしこれを申
いよのかはのゝこちらみちあり
生年三十二このひたゝれはへいけの
かつせんの時みちのふのかはのゝ四郎
源氏の御市にまいりしはきなりし
ひたれなり
妻戸ハ可有之候処絵師書違也
つあるもの
妻戸ハ可有之候処絵師書違也
ありの
おけのはまにくんひやうそのかけをしらすう
ちゝつすゑなから一もんの人々あまたあるなかに
一ゑたの又太郎ひていゑことに申うける
によりてかふとをきかへてこれをしるしにてあ
ひたかひにみつくへきよしを申すところに
いそくあかまかにちんをとるにつきて一もんの人と
あひむかふにたいしやうくんたさいのせうに三郎さへ
もんかりすけのたの三郎二郎すりしけをもて
ゑたの又太郎ひていゑのもとに遣んさんにいり候
し時一しよにてかせん候へきよし申心きあかさか
はむまのあしたちわろく候こ礼にひかへ候はゝまひ
いそくあかさかにちんをとるにつきて一もんの人々
あひむかふにたいしやうくんたさいのせうに三郎さへ
もんかけすけのたの三郎二郎すけしきをもて
ゑたの又太郎ひていゑのもとに遣んさんにいり候
し時一しよにてかせん候へきよし申心きあかさか
はむまのあしたちわろく候こ礼にひかへ候はゝ御
ためてよせきたり候はんすらん一とうにかけて
をものいにいるへきよし申さるゝにつきてけん
しちのやくそくをたかへしとてをつくひかへしあひた
たいしやうをあひまたはいくさをそかるへきおとに
一一もんのなかにてすゑなかひこのくにのさきをかりいへ
せんと申てうちいつ
豊後国守護大友
一七年頭泰元年
軍兵
豊後国守護大友
同同年頭泰元年
軍兵
此間正欠
此間区欠
はこさきのみやのとりゐ
十一十二日
肥後国竹崎
五郎兵衛尉
季長
□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
はかたのちんをうちいてひこのくにし
しから一はんとかんしすみよしのとりゐの
はかたのちんをうちいてひこのくにふ
しつし一はんとかんしすみよしのとりゐの
友のこまつはらをうちとをりてあかさかに女
かふところにあしけなるむまにむらさきさか。おも
たかのよろひにくれなののほろかけたるむしや
んそのせい百よき心かりとみへてけうとのちんを
てやふめそくとをひおとしてくひ二たちとな
きなたのさきにつらぬきてさうにもたせてまく
とゆゝしくみへしにたれにてわたらせ給心そをみた
いしくこそみへ心へと申にひこのくにきくちのく
一郎たけふさと申すものに心かくおほせられ心は
へけれそととふをなしきうちたけさきの五郎
ひやこへすゑなかかけ心御らんゆへと申てはせむかふ
資長
季長
季長
てのものふんとり
あまた寿
たけふさにをう心もあかまかのちんをかけおとされ
てふたてになりておほせいはすそはらにむきてひく
こせいはへふのつかはらへひくつかはらよりとりかひのしほ
いいかたをおほせいになりあはむとひくをおからるにむま
◦ひかたにみせたはしてそのかたきをのはすけうとはすそ
はらにちんをとめていろ〳〵のはたをたてならへて見
しやうひまなくしてひしめきあふすゑなか共せむ
かふをとうけんたす望みつ申す御かたはつゝ幾ほらん
御まち仕てせう人をたてゝ御かせんほへと申を
きうせんのみちさきをもてしやうとすけゝかけよと
てをめいてかくけうとすそはらよりとりかいかたの
しほやのまつのもとにむけあはせてかまん春一はんに
共たさしむまをいられてはねをとさるすゑなかいけ
三きいたてをひむまいられてはねしところにひせん
のくにの御け人しろいしの六郎みちやすこちん
より大せいにてかけしにもうこのいくさひきしりうき
のくにの御け人しろいしの六郎みちやすこちん
より大せいにてかけしにもうこのいくさひきしりなき
て春そはらにあかるむまもいられ消してゐてきのなかに
かけいりみちやめつゝかさりせはしぬへかりしみなり
おもひのほかに成んあいしてたかひにせう人にたつ
ちくこのくにの御れにんみつともの又二郎くひの
ほねをゐとをさるおなしくせう人にたつ
季長姉聟
三井三郎翼長
白石六郎通泰
其勢百余騎
後陣よりかく
まし
季長棋損
三郎二郎次奥安
乗馬被
射み
四日
此間白紙一枚入殿之
此間白紙一枚入殿之
一肥後国竹崎五郎兵衛季長
生年二十九
□□□
一明東へ参せむとするにしゆゑの御房御とゝめ
ありしをのほるによて御不審をかふるを御とゝめ
あらむために一旦の仰にてそからむすらんさため
て用逢は給らむすらんとふかく身をたのみて同
六月三日その時竹崎をたてのほるにいよ〳〵不審
ふかくなるにつきとうちのものとも一人もうちを
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
一明東へ参せむとするにしゆゑの御房御とゝめ
ありしをのほるによて御不番をかふるを御とゝめ
あらむために一旦の仰にてそからむすらんさため
て用逢は給らむすらんとふかく身をたのみて同
六月三日その時竹崎をたてのほるにいよ〳〵不審
ふかくなるにつきてうちのものとも一人もうちを
くりするものたにもなかりしれふかく恨をなし
奉りて中間弥二郎又二郎二人はかりあひくして
のほか用途には馬くらをうりたりしはかり也
今度上聞に不達は出寄してなかく立帰事
あるまし魚ひしほとに熊野先達をかの法眼
けうしむのもとに打寄て御祈精候へしと申さむと
おもひしを見衆せははなむけるともあらむすらんと
これより御布継をまいらせてこそいのりにはなる
へきあひためつかなる用年一結漁者をもてまいら
せてよく〳〵御きせいけへしと申てうちとをりて開
につく時の守護三井新左衛門奉成ゑほうし
をやたりしにつきて見参せしに遊君ともを
めしてなたりをおらみ海道にめされ給へとてかは
らけなるこまにようとうあひそへてはなむけに
十一月十一日十一日戸大同由
へきあひたわつかなる用途一統医者なとつれは
せてよく〳〵御きせいけへしと申てうちとをりて開
につく時の守護三井新左衛門奉成ゑほうし
をやたりしにつきて見参せしに遊君ともを
めしてなたりをおらみ海道にめされ給へとてかは
らけなるこまにようとうあひそへてはなむけに
せらき八月十日伊豆国三嶋大明神にまいりて加
たのことく御布給をまいらせ一心にゆみやの
いのりを申同十一日はこねの権現にまいりて
御布縫をまいらせて信心をいたしきせい申
此間正欠
〽同十二日かまくらにつく三嶋のしやうしむを
とおしてゆいのつるにてしほゆるきやとても
つかてすくに八幡にまいりて御布施をまいらせ
て一心了前のきせいを申す
此間画久
かたゝふきやうにつきて申次といへともちう
けん一人はかりあひくしてわうしやくのあり
あるゝゝかゆへにせひけんとんにいるゝふきやうなか
とおしてゆいのけるにてしをあるき也とても
つかてすくに八幡にまいりて御布施をまいらせ
て一心に弓前のきせいを申す
蘭画久
かたゝふきやうにつきて申次といへともちう
けん一人はかりあひくしてわうしやくのあり
さまたるゆへにせひけんとんにいるゝふきやうなか
りしあひたしんめいのかこならすより本かは申
たつへしともおほえまりし程に又八はんにまいり
て一しんにきせいをいたしおなしき十月三日ときの
御をんふきやうあきたのしやうのすりとのやけり
の御まへにてていちう申事
ひこのくにの御けにんたけさきの五郎ひやうへむる
申あけ候きよねん十月廿日もうこかせんの時はこさき
のつにあひむかひ給しところにそくとはかたにせめ
いり心とうり給はり候しをもてはかたにはせむかひ心
しに日のたいしやうたさいのせうに三らうさゑもん
かたすけたかたのおきのはまをあひかためて一とうに
かせん心へしとしきりにあひふれられ仰らによて
すゑなかゝ一もんそのほかたはりやくらんをかためつなか
をいて候てかけすけのまへにうちむかひてほん所にたつ
し候はぬあひたわかたうあひうひ心はすわつかに
五き心これをもとへ御まへのかせんかたきをおとして
けんさんにいるへきふんに心はもすらんてけさんにいるより
ほかはこするところなきものにはあきをかけ心よし
すゑなかゝ一もんそのほかたはりやくらんをかため候なか
をいて候てかけすけの方へにうちむかひてほん所にたつ
し候はぬあひたわかたうあひうひ心はすわつかに
五き心これをもとへ御まへのかせんかたきをおとして
けんさんにいるへきふんに心はもすらんてけさんにいるより
ほかはこするところなきものにつきをかけ心よし
〽君のけんさんに御いれんへきむね申候しにかりすけにも
そんめいけつしとはあひあんし心はねともすしあんめい
此段本書衍文
かた〳〵ふきやうにつきて申といへとも中間
一人はかりあひくしてわうしやくのありさまた
るゆへに是非けさんにいるゝふきやうなかりしし
あひた神明の御加護ならすより本かは申
たつすへしともおほえさりしほとに又
八幡にまいりて一心にきせいをいたし同十月三日
時の御恩ふきやら秋田のしやうのすけ殿し
の御まへにくていちら申事
〽肥後国御家人気けさきの五郎ひやらゑ季長申
あける去年十月廿日しゝ合戦の時はこさきのし
つにあひむひはしところに賊徒はかたに也
いとうけ治はりうし比もてはかたにはせむかひかし〳〵
に日の大将太宰の小戴三郎さゑもんいけすせはかたの
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
の御まへにていちら申事
肥後国御家人気けさきの五郎ひやらゑ季長申
あける去年十月廿日しこ合戦の時はこさきのし
つにあひむひはしところに賊徒はかたには
とうけ治はりうしひもてはかたにはせむかひかひかひかし〳〵
に日の大将大宰の小戴三郎さゑもんかけすすすすせはかたの
きねはなをは
つかまつり心はゝれんさんにいれ申次へく心と御しをうけ
縁てはかたのちんをうちいてとりかひのしほひかたに
はせむかひ作てさきをし候てかせんをいたしはたさし
のむまおなしきのりむまをいころされすゑなか三井
の三郎わかたう一人三きいたてをかうふりひせんのくにの
御遣人しろいしの六郎無官せう人にたて作てかけけ
のひきつけに一はんにつき候し事御ちうしんにも
まかりいりかきくたしの状にものせられ給へきむねつねます
へ申候ところにあきの一たんはしさいを申あけて
おほせにしたかて申へて供と心てあしをか礼心て
君のけんさんにいらす心事きうせんのめんほくをう
しなひ候と申にしやうのすくとのつね哥くちうしん
申てやつつらんいらすとは御ちうしんのふん御所んち心
かとおほせありしにいかてかそんちつかまつり心へき中
に御あんちほとこそきこへ心へあんち心はてはふろ山の
よしをはいかて御申心そとうけ給はるにつね言望申
姫しことくは御きの一たんはしさいを申あけておほせ
にしたりてをて申へて候と心しうゑかきくたしは御ち
うはんの見をいたは五十塔はせして御給ひけるといふ
〇、〇〇、〇、、、、、、、、〇〇
申てや心つらんいらすとは御ちうしんのふん御所んちつか
かとおほせありしにいかてかなんちつかまつり心へきせし
に御あんち御とこそきこへ心へあんち心はてはふそくの
よしをはいかて御申心そとうけ給はるにつね哥望申
銘しことくは御きの一たんはしさいを申あけておほせ
にしたりてをて申へて候と心しうゑかきくたしは御ち
うしんのふんをかきいまされんとうけ給はり心をもて
御きの事御ちうとんにあひもれ心とおほくつと申時
かきしたしをとりて一けんありてふんとりうちしよの
候かと御たつねかうふるにうちしにふんとりは心はすと
申すに候はてはかせんのちうをいたしくねてんきけ
をかふらせ給ほとみへはさへはなんのふうくの供へきとおほせ
ありしにあきをし候て一はんにつきめしを御ちう
しんにいり心はてけんさんにまかりいゝす心ふんをうそ
申候へせんしるところ御ふしんあひのこり候はゝかた
すけ人御をうそをもて御たへねをうふり心はんに申
あけゝさきの事きよそんのよし幾しやうもんにて
申され候はゝくんこうをせてられ心てくひをのさ
まへて候と申次に御遣うその事はひかけるぬほとい
に御申候ともなるましき事に心とおほせありしに
ひかけは候へしともおほく歌こと申すに所んちせぬ事
こそ心へさやうに御そんちんうゑは御申あるへきに心
は音とうけ給はるにしよむさうろんの事にてもはほん
てうのかなんにても候ちゝひかけうけるはて申あくへくり
かいこくかせんにつき候てひかけ候へしともおほくす心ひかけ
中本をいうはらくりて芦のをん
に御申候ともなるましき事に心とおほせありしに
ひかけは供へしともおほくること申すにしんちせぬ事
こそ心へさやうに御そんちんうゑは御申あるへきに心
は音とうけ給はるにしよむさうろんの事にてもはほん
てうのかけんにても候はゝひかけうけるはて申あくへくめ
かいこくかけんにつきりてひかけ候へしともおほく春心ひかけ
供共ねによて御たつねをかうふらせ候て君のけんさん
にまかりいらす心はん事きうせんのいさみ給にをもてか
つかまつり心へきと申すにおほせはさる事にて心へ
とも御さたのはうひかけ心はては御申心ともなるま
しき事に心とうけるはるにかさねて申あけは
一事をそれいり候へともちきにくゑんしやうをかふり
心はんと申そせうに心は春さきをしつし事御たつね
をかうふてきよたんを申あり候はゝくんこうをすて
られ候てくひをめさるへくほしつしやうに候はゝけんし
さんにまかりいり候てかけんのいさ見をなし心はむし
申あり候てうさしをかれ候はむ事しやうせん
なげきなに事かこれにすき心はんとさいさん申時
御かせんの事たけ給はりはぬけんさんにいれ申へく供
御くゑんしやうにをきとは御ういまはしとおほく候へ候ゐてき
くるへけかう心てかさねてちうをいたされ給つしとおほ
せをかふるに君のけさんにまかりいり候はむにをき候
はおほせにしたかてまかりくたるへく候ところにほんそに
一たつし心はてむそくの見に心ほとにさいしよいつくに候
へしともおほえ春心て小つき心はゝかへり見候はんと申
のぜんいまたけれはしたしにし
御く立んしやうにをきとは御ういろはしとおほく候拝公き
くるへけかう心てかさねてちうをいたされ候つしとおほ
せをかふるに君のけさんにまかりいり候はむにをきめて
はおほせにしたりてまかりくたるへく候ところにほんそに
たつし心はてむそくのみに心ほとにさいしよいつくに候
へしともおほえ春候て小つき心はゝかへり見候はんと申
侘したしきものともは心へともなましいにころはたをさゝ
むせつかまつり候によてふちするものものはぬほとにいつ
くにつてこ日の御大事をあひまつけつけつたつえて
候と申すに御やうに心いんにはなんちの御事をして心
なれとあてやまのうちとのよりいそきまいるへきおほせ
に候御かせんの事はなをたけ給はるへくろとてさんせらる
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人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人
人人人人人人人人人人人人人人人人人人
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一十一日
いたい
これ十二十二月二日には二十七日には日五日に
名
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ONOYOROYOYOYOYONOYOYOYONONON
〽同四日あまなはのたちにさんするにひせんの
くにの御遣人なかのゝとう二郎こきりものにて
めしつかはれしかすゑなかにたいめんしてきのふ
へつていちうし御ふるかととふにかた〳〵御ふきやうに
と申候へともとり申され次心をもてちきに申
あけて候と申に御うちのしかるへき人々あま
たつしなかにて御ていちうのしたいおほせいた
あれりてさきをゑつし事三郎さゑもんにたつ
しんにきよたんを申あけえくんこうを
すてこれくくひをめさるへしと申すきいのこ
はものなとたまむらにおほせつてこ日の御大に
にもかけつとおほゆると御ものかたりの候し御めん
ほくのおほせに心程にいまたけんさんにいら春御
へともつくしの人無なつかしく思ひまいらせかく申候
ららと申こんれにすか月の月の風のため
}
はものなとたまむらにおほせつてこ日の御大事
にもかけつとおほゆると御ものかたりの誰し御めん
ほくのおほせに心程にいまたけんさんにいらす候
へともつくしの人世蔵つかしく思ひまいらせ候上申候
さためて御くゑんしやうつぬとおほえ雁とつけ
しらせしをもてそれよりつねに申うり給はり候
き同十一月一日八はんにまいりてひつしの時はかり
あんするにたまむらのむまの太郎やすきよを
もてすゑなか一人うちのにんあんところにめされて
かみより御かせんのちうしやうに御りやうはい
りやうの御くたしふみまいらすへきおほせにてはこれ
ことめさなしにあんしていまふたまをきてつしん
てや美きよにのをきと見あはせて御くたしふみ
を結てすゑなかにとらすへきよしするにやすきよ
まいるをときにしんすへきおほせにて候これへとかき
ねてめされしにまいりて御くたしふみを給はりて
御しんて候ところにやかて御くたり候かとおほをか
うふるにくたるへきよしを申さはくんこうを給はえ
ためにさきの事は申けりとおほしめされん春ら
むとあんして申あけはさきの事君のけん
さんにまかり入つてくゑんしやうにあつかりそしよを
もて旦につきまかりくたりつて御大事をあひま
つへくつその咎なく候はゝかけ春けへさきの事御
たつねをかうふるへきむね申あくへくりと申すに
MAMI
かふ道にくためつきよしき
ためにあきの事は申けりとおほしめされん春ら
むとあんして申あけはさきの事君のけん
さんにまかり入つて三ゑんしやうにあつかりそしよを
もて旦につきまかりくたり候て御大事をあひま
つへくつその幾なくかはゝかけ春けへさきの事御
たつねをかうふるへきむね申あてへくりと申次に
ひろう申のしによて御ふんの御くたしふみはちき
にしんすへきおほせにゝいま百二十よ人のくゑんしやうはさい
一妙におほせくたされかとおほせをかうふりしにさきの事
けんさんにまかり入言ゝいけきけかうつかまつりけてかさねて
ちうをいた書へく仏と申時むまくそくしんし心はん事いかやうに
御なんとおほせをかうふるめんほくきはまりなきをもて遣ひを
申にをよは音いよ〳〵つしんて仏ところにくろくりけなる
むまにこともゑのくらおきてれんしやくのしりかいに
しんせい三つはをはけてむまやのへつけうさえた
五郎をもてこれを旅はる十一月一日ひつしの時はかりなり
城介泰武
同断
しんせい三つはをはけてむまやのへつけうさえた
五郎をもてこれを給はる十一月一日ひつしの時はかりなり
城介春武
海
やすもをのしやせい
しやうの九郎へんくわん
季長次
季長
一以下画調散失
一すもりの御事
の人こ
礼をはんし申をよそけん
しやうにあつかる人百二十余人
なりといへともちきに御下文を
給はりま馬を給る事たり
長一人はかりなり弓箭の面目
を本とこす事なにことかこれにし
以下画詞散失
一すもりの御事
すもりの御事の人こ
礼をはんし申をよそけん
しやうにあつかる人百二十余人
なりといへともちきに御下文を
給はりま馬を給る事たり
長一人はかりなり弓箭の面目
を本とこす事なにことかこれにし
かむもんゑいたをすしか次は
ゐかてかこのめ
き也向後
又し
かの御大事あらん時は最前に
たをかくへきなり古礼をそふ
すへし
二月九日