當家弓法躾引歌(題簽當流弓法引歌之書)
- creator
- 不明
- created_at
- 2026-08-17T19:23:21.343Z
- updated_at
- 2026-08-17T19:23:21.343Z
- field_rights
- CC0
- field_creator
- 不明
- field_language
- 日本語
- field_has_image
- true
- field_identifier
- 10010000001380
- field_ocr_status
- completed
- field_title_yomi
- トウケキュウホウシツケヒキウタ
- field_attribution
- 東北大学
- field_oai_datestamp
- 2025-11-13T06:51:36Z
- field_oai_identifier
- 10010000001380
- field_ocr_updated_at
- 2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
堀川
当流方法司歌之昼
狩仙台
当流弓法引歌之昼
当家号紙引歌全
○
1248
4248
一当蒙了法躾引歌
東北南国大会
給ふよりは我をもちゐゐます鏡
嬉しき影をうつしてに見る
是は先日の鏡餅の哥也昔神代に
一天照太神御影をから見に移させ
給ひて人皇へほつらせ給となん重
此例より末代の人種朝な夕な
鏡に影を移て悪心を抜よける
年のはしめの歯園の餅も
其形丸き故に鏡餅と名付て
貴賤智点に陶なし過し齢の
ふるよを点て鏡あ影を移す事
是神代の例に随や女詞に正月の
ももゐを御けんけらのかせんと
いえる事も鏡に影をうつれ
詞なり又唐にては元日に膠牙錫
を食し家内膠固の義を取と
いへに
遣ふよりは我をもちゐの鏡寄
さかえつかふる影そ久しれ
からみ草とは大根の事也大内にて
元日に高林六木に吉名の種々
を盛て奉る中に一の台に鏡餅は
上に大根を置也是に依て大根せ
鏡草と云
大内屋百銭山のはつ代草
成と世人にふきてたつむ
十代の花咲まてとちれる哉
わか代の春に相生のまつ
十代の松とは一千年して松に花
咲也因茲文布事を祝用門査也
初代草と云也家倒に門の左男松
男竹を立右に女松女竹を立て
其影木皮付木を立是を岡玉大と
云其根に砂を盛て真木を普
事廿四本也是廿四郎にかたとる
是を幸木と号畢竟大木の素
と云て上下に木を横に結て
しれ見鴨居にかたとり三の組畢
を上に懸て吉名の種々成鷹
是陰を逐陽をよふの法也
年毎にいはらふ齢の穂長草
も路ともむかふ今日の春哉
福長草は裏白の事也枝葉同
三所よりはへ出て松向故にも師
むれ草とも名付又歯朶と書て
よ和ひの条とよむ故也
年ことに絶ずや生ふる親子草
人にひとしれ花や咲らん
此木去年の古葉の所へもの
若葉生出て成長するに随い
古葉跡をゆつる故に親子茶と
もゆつり葉とも中也常磐栄
たる中に此木にかれり如斯
一然故人と等ものをいへり
芥斎御形たひらこ仏の座
すゝなすに代これそ七種
正月七日に七種の巻を喰は
五臓の気力を増し人をして
病なしと云事も此種々に
五味備る故にや大内にてはけふの
御粥十二種地下七種と云り巻に
なは大麦すゝ代は小麦と云り
俗に京栄をすゝなと云由年中
行事には華はこへ芥青菜
御形仏座給代と云に又一説に
芹算五形たひらこ仏座あし
菜耳なし共云に草に切あり
人に尋知へし
大内也名もむつましき三間原
家造りする願そ久しき
三間草とは桧の美名也元朝に
酒中へ桧の遣ふを入る事有後世
酒中へ入れは香悪敷とて銚子の
餅に松の葉檜の葉うら白
杜葉山橋なと取り添結付類
事とせに此殿は宜茂富けり
咲草と詠し本歌も有公様
の祝により枕を嘉礼とする事
多し檜にて柿を作り引目の
時用るも位階昇進あれとの祝
儀も有とも檜にて作る事はむ
へも富けりのことふれより用也
され草は桧の事なり
梅あらは賤きしつかふるやへも
我立よらむし魔かりそを
是天神の御歌となん中侍る
年始小梅干を食する事梅は
葛花に先として其味すく春
を司るもの也其上毒消なれは
ならはし
年始先是を喰ならし又類納
道にても宮〻の称宜社僧ゟ
も祈祷の守を巻数とて梅の
杖に付て参らする事も神縁
にもよれるにやも路こしの
帝の御時番をよませ給ふに
時ならすして一花ひら遣しゟ
梅を好文木と称し給と云は
此古事をも用と見へたり
争ことに今日甞そむる輩は
わかへつ々見ん千代のたかや
薬子と申伝るは大内にて元朝三ヶ日
の内屠蘇白散広障敬の三種
の御薬を十歳より内の小女
御薬を小児して奉ると云り
舟具すりを幼より先飲事
は少もの年を得る故先にのむ
老者は年を夫故に後にす。
今貴実の参り物を毒めする
人也おに役と申も依之とな
葬云に
秋の稲の納れる世の嬉しれは
春のあそひの鞠に弓まて
小弓とは年始に童の用る
破魔了失也破魔とは的の名
是黄帝蚩尤を亡し給ひて
頭を鞠と名付眼子的とにて
邪気を追の政となんし給ふ
古側とて振々毬折も玉を多
れとむる者也玉も振々毬折にも
一金銀の荷にて彩色て鶴亀松
竹やうの物をかく女子の遊に
手鞠を熊とするも皆邪気を
押ゆる心也亦俗にはこ板と云
を胡鬼板羽子を胡鬼の子と云
これを春つけは夏散の喰ぬ
ましなひとなん去り
飲人屋千代を経ぬ舞御酒
古種叶ふよはひの心成せは
一御酒古種とは三月三日酒中に
入る桃の花の事也銚子に桃花と
物を付るを劇例とす此月寒
気漸潜りて温気起る節成は
桃花を酒中元入蓬の毛ちいを
喰は邪気を去顔文も益と南
から人の船をうらへて遊ふ山
けふそ我せこ花かつら世よ
花かつうとは三月三匁に楊の枝
を髻にかける事也柳は春
陽を司りて物の怪をも拂也
楊柳のたをやかによりてかつ
らにも付るにや四月酉の日賀
もの祭礼にはあふひかつうとて
かけ五月五日はあやめかりすし
あや免を懸ると申侍る事も
殿上にての事にや地下の沙汰
にはあらすとそ
何事も時はと思へなつくれは
にし起にまさる麻のさころも
是は夏の更衣の歌也錦に増る
あさのさころもと云は地下人も
心よて上臈の上にてなしの夏とても
軍を本として麻は青ぬ也然る也
故に也夏の音信麻に単を
する事故実を置くなり麻
の夜衣は幅狭き布也
今日と云へは蓬の若遣ふかりそへて
みやす家屋も菖蒲薯也
五月四日によもき菖蒲にて
軒をふけは毒虫を家内へ入れ
ふましゐひ也大内にては主殿密厳
舎に菖蒲を葺て平五手ゟ
初家又酒中へ入て是を飲は人
をして疾病なしと云り繁に
蓬海やめを付るを家倒とす
菖蒲の異名をふれて草とも云也
時を得て威をあらわすやけふ毎に
一新端に立る家々は旗
五月五日に旗甲冑を餝るにては
孝仁帝の御宇に夷族日城を
犯す然故に是をふ世ふせふ給らん
とて皇子を将軍として深め
の社ふり陳立し玉ふ時程な
〳〵夷族のふぬ神風に吹り元
されて利運と成依之後世この
例を取て此日家々のはしを立
悪気を払ふ由也
水此月の名越のはみへする人は
千と世の命延と云なり
六月の祓とは六月廿九日に
する事也是邪神をなたむる
奈季夏は火神秋は金神也
火と金とは戦故に夏の名を祓
をりとて名越と云川中に五十半
とて御幣を捨て麻の葉ちかや
抔にて祓となん夜に入てするとそ
祓たる人此歌をよむものと
云り此月大に水干る又依
水斎月と云と謂り
七夕の逢夜の雲の影見へて
かきなうべたる文ひろけ月
竹の上の露とるけさの玉章は
軒端の焼のもとすてもなし
露故草とて芋の葉に有ふろを
とりて焼水として七夕の嶺に
詩歌を備へ亦梶の葉に歌書て
手向奉り及第を願也然る故に
此月を文月とも文披目共云也
竹の葉に麻ひりいと也七夕の
一夜のふしのみたれ成升
願の糸と申て竿の端に五色の
糸をかけ星に奉り衣架に
衣服を懸ケかし奉り上着を暁
て星又手向る事も往古夕七姫の
天降人未機をしらさりし故此日
其上物教給ふはなん此恩報
發せんとて衣服を悦は両のつ
から下着の姿白衣成事是にて
知るへし又此日婦人紅の帷
子を見る事も有とそ是は
徒膚の色をあらわす也
誰もたたゝけふ也折節年毎に
水かけ草のころのまにゝ
水かけ艸とは七月十五日霊へ水を
年向る鼠尾草の事也みそはれ
は暖の乾を止る物故施餓鬼に用と
なむ
何方を取郷とてか二季とり
年に二たひ往かえるらむ
二季鳥は一色八月に来て市に
帰る時供せ不忘往に行を同列
何義之乱ぬ鳥也然故に紙レ始
の結納にも雁を用と云へり
装束にかりかねま具とちを
用ひ又文法にても雁行なとゝ
云事も行義正しきより
用来る事也
山人の折袖にほふ菊の花
打払ひても千代を経ぬへし
九月九日茱萸の枝を壁に掛
菊の酒を飲は初寒を閉れ
悪気を除長命なりと云事
一中に見へたり銚子に
菊花を包餅も魏文帝の菊
酒を飲せ給ひて宝祚延長菊水延
命の古事をうけて也一名翁草とも
百夜草なとしも云也
暮の秋ことになや未き月影は
十夜にあまりて三夜と成けり
暮の秋は九月也季秋とも云此月の
有を翫は菅丞相大宰府にて見物
給ふと云り唐土にても大明の比
より初ると云り又八月の月漢
唐の時代より起て詩人文人其
縁多し又玄宗ゟ初るとなん
売肥は大液池にのさみ見給例を
我はなん
追儺
いぐしさす遊儲の夜半の秋さし
一夜あくれは春にこそなれ
なやらふ夜は貴賤とな〳〵大豆を
打疲鬼を追本草にも大豆主治
鬼毒を殺すとあれは煎大豆を
打事尤ならんいわしを焼て門戸に
指事鰯は春を司る魚成は陽気
を呼の表楽也柊は陰木也今宵
一釜と春との境なれは俗に鰯を
一指添陰をは追次を逐也又家例ニ
よりて樒を指事も有葉のなめ
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
らか成物は欧木也葉のれれ〳〵成
物は陳木也豆折時悪魔降候
怨敵消減を得方に向唱へたへ
鬼は外へ各へ福は内へと打となん
本朝にては慶雲の比より初ると府
是年の改にしたかひおとろへを追
に新を返るとめなり
漸々にたつ波とて花よ根白草
摘我紬に香はふりつゝ
根白草は芹也芹は鶴の好筆は芹は鶴の好筆
末広の絵に鶴と根芹を昼も
此故也又移徒置鶴の台に絵
越昼とも芥を書を本とす
春見れは花紫のまつ那草
秋みて露の国かゝりけ利
松無草蔦の事也さまて香の
心に祝も見へす移徒の宝膳の
松なるに萌黄糸にて蔦上名付て枝
に平をまとふ事は久鋪春三自
然は蔦かつらもまはふ故にふるひ
たる松といわん祝那利
山祢草おりて山路の加へるさに
一家法はたきかさし成舞
山根草は蕨の異名也蕨は神代
二神陰路の国へ降臨し給時の
御食助の物となん云り山にては
蕨里にては梅海辺にては海岸を喰
物給ふ故に三数草共申伸る俗に
山海の珍物と申事も此事とそ
君か代は白玉椿八千代とも
いかてかそへんためしなけれは
椿を〽千代草と春まます事は大椿とゆふ
仙人の庭に生る椿は八千代色皆
すと也久敷有を祝して嘉例に
用るとなん書て考へし
信濃なるそのやつ〳〵に立弓は
主定らて抽皮をま〳〵
弓の握を取柄とも柄革共云写
往古信濃の国の例に来嫁娘を
持し人は聟取へれ時節に我は
握革なき弓を門に立撃に
成へき人来りて握を巻てはれ
を媒となすとなん此例ゟ見れ
は我か射なれたる古れ、弓を人
に出す時握を解て遣事もや
るよりはそなたの弓なれはそ
れにて心の侭に書給へと云る
事にや
うのり香のなつかしけれは夜もすかほ
総の絹のわかれかたさよ
加とり絹に品々有臥篭の上に打
覆て匂をとむる緒をも云又如に
取絹をも中又女の耳絹を繰を
云となん賤き女の耳れぬの短を
かとりの絹のそらたれと云とめ
芦の屋のなたの塩焼れいとまなみ
つけのおくしのこゝす畳り
婦人は剃櫛とて蒔絵の櫛をひ
んつうにそすを法とす昔は尻
一桜れて爪形を用るとなん後世
一横元長作る歯数三拾三枚有之
をさせは仏神へ申奉る事叶と申
伝へたり又稀は鬼の難を払古
事もありれとしたる人は刺を
すれとも賤れ諸士乙女抔は櫛を
もさゝす過と云也
山城の井出の下帯引結ひ
たのみしかゐもなれ世我けり
是は山城の井出の皇より奉行末代
契らんとて待の験に帯を遣は
してけり其後男の方より音
倶のなれを恨て詩みの帯を
身にまはひて玉水へ身を沈め
ける女の自誓となん斎古ことを
覚たる人ことに結入に帯はいかんと
云人もあらん然共それは其一通と
此せつになつむへからす小袖と
帯は生涯ノ内身を離れす物登
威儀をそなへて目出度物也
あしの屋の賤形帯の御結ひ
心やつくもうちをくるかな
片結は御締也謙の絹の紐也心
やすくうち解ると云事夫婦
愛敬の祝也然故に婚礼に色
直の小袖に帯をも法は片借に
むすべとの事也又賤はた織の
機結と云る哥も有其時は機結
にも結ふ者也
世中に陰陽おしへ鳥なかりせは
みとのまくいひ誰か知へし
いなをしへ鳥静鴒也二神天の浮
橋の上にて男女のまくはいをし給時
にせれ札為おしへてゟ地神の
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
齢子を産せ給ふとなん是により
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
床のかさりにも鶺鴒を用ひて
なん云り
一住吉の松より巣立露の子は
千歳はけふ人初めなるらむ
是は城取地割地祭李とに水縄
の事に雛形を挟立る時此歌を書
込なり置な形は雛鶴にかたとり
此由を住吉の神に形り奉り長
久にする者也
七五三は神の象をあらわせば
て降りたまへ四方の神〳〵
是は宮崎宮ゟ盤余彦命東征に
出給首途に大山祇の神本蟹に
天神七代をかたりて土器を歴
二の膳に地神五代をかたとりて
土の菜を盛三の膳に三の菜を盛
て人皇に表してする是饗応の
はしめなり
春はすく夏にかけれは秋からし
水しほはゆ〳〵土のあまとよ
是は五味を知らする歌也春は木
を司る夏は火秋は金冬は水を
司る五味も是に備也
弓法やしつけの道をたしなれは
気をあつかひてそれしかせよ
弓は弘也法は度也と字住して広く
法を弘と云事也故に物々の古実を
尋知広く学と時と其人の官位
分限とを分別して事を成を古
実の第一とす
上中下三ツの祝儀を九つは
副て人に事を用ゆる
上は合掌礼とて顕昔至敬の
礼也中は双手礼たて合掌には
およはす手を並て空首す頓首
なし下は折手とて手間をひろく
して弥空昔す是を三段之法
と定て其人々によりて合掌す
といえとも顕昔ならす折手と
いへ供頓首すれは九ツに分るは
古師の伝也
帆を掛て走る舟にはあらね共
水引鷹に心つくへし
恩
是は座席を立振舞時帆惣
船の如く形のおこつくは悪し水
鳥の水上を往を見よ形悠こと
見ゆれ共底心は油断なく此ことく
上へは悠々としなやかに見ゆへ
礼共敬慎に立振廻世よとの事也
丈夫か弓持かたの眉根にれ
はなひしもとくいもにあわんかも
是は小児と共にあい鼻ひたる時は
此児歌を唱へましませねは命に
一勝負有也然る故に青糸して鼻
結と云物をして守袋に付置是
にて百会之於たる所を撫て休息万命
急に出律令と斎呪を唱へ前の歌を
よみて咒ふへし亦小児具そめ
をすれば必恨よりもくさめと声
を合する事古実也
白かねの目貫の太刀を下帯て
奈良の都をねるはたか子は
昔は百金作之太刀金作の大刀を帯
する人は誰ならぬ人に也白金にて製
束したるを白作と云赤銅抔にて軍
用に成れるを黒作と云といゑり
乗捨しむりしの竹の駒もかな
老行末の枝とたのまん
是は竹馬の戯たて五歳迄する事
なり着袴しては竹馬もいら
怒也当流着袴の付の祝言に
一竹馬春風更昨朝故何時暮頂上
と此詩と歌を唱来る也雪は龍に
随ひ風は虎にしたかふとやらん我
の家に生れしかともいとけなき故
昨日まては春風にさそはれて竹馬
六戯を成しか今日より長者の礼を
茂守忠考の道を励し度と願事
幾年
幾手限りもなく廻毛の心也基盤を
用事も民の家に生るゝ者差袴して
よりは黒白の論をも打しつむる
心をもあらんかし又三百六十目の
物成れは一年の日数故に成生の縁も
永かこん
一有仙家の翫ひなれは寿のなからん
祝す可有
一君か代は七度粥の上かゑり
祝なよはいのあらさをめやは
一
産所々ふやしなゐの時粥を四方祭
る事古例也七彦と凶うは甲梨
有此里の米にて中宮御産の射粥を
煮て御伽の人にに給となんいか成古
実あるに也
塩のやをさしての磯に住千鳥
君か御代をは八千代とてなく
此歌は千登りを祝よみし馬也然る
千鳥詰ととり掛用と云にあらね共
心得に是をしるし集也
一不頼もらぬ鷲の衾のおよび羽も
千代をかさぬる庭の池水
鴛鴦は夫婦交の深れ鳥也羽を重
て霜をも痩さぬとの事也是に
よりて昏烟の夜婦の枕の下に
敷数実あり
一北は黄に南は青くひかし白
西紅に蘇迷伊呂の山
是は須弥の四州の四水の色を
詠たる哥也東象鼻山是より
一南馬頭山是より落る水音し
落る水青し西は牛頭山是
より落る木の色紅也北は獅
子頭山是より落る水の色黄
中央に三つ峯有妙光山好光山好光山好光山好光山
一蘇迷伸召と云也三峯膳の美に
を三色三峯に盛也是を表す
箸鷹の身寄手先を争ふな
もろこし人は右に居けり
鷹は波斯国より出る故に惣名
共し鷹と云となん又箸鷹と
云時は四月八日に鳥屋にて
七月十四日にとやより出す時生霊
の箸を松明にして鳥屋より出す
故に箸鷹と云とも云へり唐人
も公家法には右手に据たると
なむ武士の鷹逍になりて太刀
ヲ抜宜為の用心にて左に居となん
人しらぬ肌名にむすふ纈帯
心つくしの月をこそ待
一纈帯とは懐妊して五月目に結
帯也詞には御着帯共御帯に
つかせうまことも云えとも帯を
やる時包の上に書付する時か目
縁抔に書時は腹帯ともかゝれまし
けれは纈帯なと可然
紫のひと本結のかほよ花
此
色さへ香さへ名さへなつかし
無さへと云は色も香も名も
と云事也かほよひは杜若の妻に
なり此者をとりてや昔人妻の
方へたのめの小袖の上に置ゐ
古例も有之そ
きのふまてよろに思いしあやめ草
いふ我屋との津まと見哉
落ける
一是は五月五日にあやめを軒に暮たる
をよみし歌なれとも古人云ふ我やと
の妻と見ると云句に付てやたのめの
小袖にあやのを包て添たる側もあら
昨日迄
時日迄余処の様に思へけるか縁辺建
りてたのみをやるよりは今日よ利
我やの妻と見んとの心也又此哥は
源三位頼政の詠となんあ屋のの
前を給し時の歌とそ
我こひ見てうこれぬの竿共つし
いくたひ着てもむねそ合さる
て籠館とは幅せまれ絹にて仕立着る
に常の如くむねあわぬ也むね合
一難に寄てよみたる哥となん然故に
古人愁をとりてや速小袖を胸合て
積と教置しも連合するとの祝也
かほとまて二心寄きあわひ貝
片思とは誰かいふさん
一世の諺に蚫は片思ひなる故祝元に
は用さる由云阿元利さら〳〵不苦ら
貞女両夫にまみへぬと云古語有は
思ひこそとそよい迚もろ思の気味不
宜然故に結入にも肴数たけ時は親を
用ゆ七五三五七七七七十十七七七十十十七七七五
例也貝の質を見るに栄螺辛螺なとは
蓋有を以貝の質とし物は蓋なれが
天性の質也欠嫌へれ事にあらず
鶏鮭に雑と皆に鮫のうを
嫁
聟嫁とりに用さりけり
川魚は其事に生して其年に終
故争魚とて共かなれ物也塩引に
したるは用たる例もあり比目は妻
合のまれなる魚とて不用鮫は詞の
縁の嫌と見へしに
あ
我恋はあゐ染てこそ色にされ
しかまのかちの色ならねたも
しかまのかちとは幡州之名物也下を
藍にて染て呂濃成ことく人の中も
あさきより濃なるを本とす然故に
一古法には締納の使者浅黄の服を
着る例も有主人の舅へ今日あゐ共
めるの詞の縁にや
山吹の咲見たれたる改敷は
堅田の鮒の際にのゐ路
此哥は鮒の子の黄成るは山吹の花も
似たり堅田は近江の名処にて鮒も
名物也山吹鱠と云も此哥より
出たる古実也女詞に鮒を嶺は
云も山吹の花に鮒の子の色
似たるをとりて也
陣中の役鋪ならはほう柏
檜葉と葵は家側にそ寄
朴柏は八幡の縁木にて義家公の
一家例に被用也檜は新羅明神の縁
木にて義光公の家例也葵は鴨の社
の縁草にて義綱公の我側に被用也
根笹野にすむる鶏はとこねして
雲雀やまにもつゝく海上
鶏の政鋪には根笹を用名雀の改
引かや
敷には蔦芝草を用る此哥を引か
や根笹の雲雀山近江の名所にて
雲雀も鶉もたゑもれも名物に寄也
たるなり
改教に用る草と木の葉をは
其教やうに習あるへし
一切の物に改発する時は業付を上方へ
して葉先を下野へと左右へするは
吉例也葉先を人へ向教は山側に用
往古は木草の声に盛を法とす後
世紙を教て草木の葉を不用又紙
を教上に改教する事も有是谷法
近代を兼たる礼也又高立の成処は
平高立を根元とす土器に敷紙
し器物に紙を敷て物を取懸は四つの
角自然とあかる高立の根元也後
世格損高立する也高立出来す、根
元を云時は是に腹を付へし早速
春柳夏笹の葉に秋は稲
冬南天の露と消けり
是は陣中火首改発に用ゆるとの
古例也口伝有へし
にとやかに二人つゝして寒餅を
ちれりて見れは子其ち成けり
婚礼の夜妻戸の左右にて女臼男臼を
すへて男女両人宛にて餅をつく事
有此事をつゞり続引歌也此餅
を打合の餅といふ昔はこもちにちれ
りて三ツめ将色直しに出せしとや
今は其夜の色なをし成れは其夜
にも参らすへきか
見れは
沢辺なるいさこに住める鴫見は
すゝけきは
羽すり登る心すゝにけれ
夕されは宇多のあた野に立鳴の
羽をかく音也万代のはる
此哥は鴫の羽盛の引歌に用ゆへきと
の事也羽をすりのほると云ると云る白か
ら位階昇進の心道也
一海の前川の後とある時は
魚になれしる人そ知へし
板に魚を据台に据て人の前へ
出さてニも海魚は陽魚右に尾
腹を上座へ向る川魚は陰魚故に
背を上座へ向也
山と田の鳥をかけるは品そある
其道知る人にとふへし
山の鳥は地形高き処に住を以陽鳥
として胸にて懸る雄を克藤雌を
割発にて懸る事も同気私尤とむ
心なら人田鳥は地形早き所に住居
鳥なれは陰鳥也後は子掛る縄にて
掛る事も同気を理也凡島を掛るこ
とは鷹の根し馬と射鳥に限田也
変一夏に限物也限る也多き時は
臺にも積む也其時は餘哥と
矢目を上へして据へし
くわせ目は約寄胸生ん二うけかい
三つに大め四つひたり数
五つ目は左の羽ふし六ツ類
七つめひほね是を餌へし
是は鴫の七処属を散たる敵也
雲霍には春と冬との料理有
かすみ雲いり春夏の比
是は雲雀の焼鳥盛翌日也春より
夏迄はねり上りて地へ下る時足上
え成故雲中に足残り善心なり
足を上へして盛也秋冬は地に
居坂床覆の亡はりと云て頭
を上へして盛也
浮けいりは夏の詞に云共吉
冬の詞はあられ成けり
是はうけ煎の吸物の引歌也今は
霰の吸物と云へしと也
鷹の鳥さくとはかたる一筋に
如何筆と云
きる一との葉はいかたと云
鷹の鳥のよりを切といふは取ら
ぬ事を云鷹の鳥とは雉子の事也誰
子は胸より引さく物なれは鷹の
とりゐ故かう。こへかよしとの事也
さへ
一橘は実葉也花さへ其葉さへ
一原に霜おけまして常盤木
此さへは肉も花も葉もと云事也橘は
常世の国に有て万病を除功能有と
なん是によりて橋に形とり正り
餅
のかゝみ餅の上にもからし蜜柑を
置又帝の祝にも藪からしをこ橋
と名付用るとか横の祝に寄て也
聖武帝暮城親王と橘の性を賜
時に御米と有し橘をとらせ給て
汝の難に世よとの御製とて事
伝へ侍る也
咲てこそ散ともちらめ一時も
あそうらやまし槿の花
一桜花一日の栄とて花なき物に
一槿花はあさかほをもむへけの花を
も云桜の木にて揚枝を作り上
一病首に歯黒を付る例も一日の
一栄花の道理を取也
たかな〳〵に野原の鹿の秋二毛
かた行騰の津まをこふむ
昔は人々常に袴着ることくに行騰
を着て雨露霜雲の除軍陣にも
用しとや後世狩場騎射なと用
行騰の最初は夏毛式也秋ふた
毛とは夏毛と秋毛交りて
黒みかゝりてくすみたる
色也秋を二ッ道〳〵たるを云
五月雨に熊のむかはき同は
ぬれて明往射手や屋とり成舞
熊の行騰又引発発皮なとは米人の
非違使
官人弾正之官に
非違使
ならす検也
ならす検非奏使官人弾正之官に
一昇間人ならてはならぬ也
我ことひは解いなかす川の瀬に
たちぬる鳥の跡はるもなし
海は水鳥を射る者也抜様よけれ
一艘をよくれりて中る也
座敷ならば唯足もとをしといふ
敷居畳の縁も路まし
腰を居るとて我名を我と心にて呼て
物より答るもの哉矢ぬを心気
を居る教とす扨息を詰れは帯腰
しめる前へ居かゝり候也とり高からす
きひずにて畳を踏爪先上りに
畳を摺ことく往へし、敷居畳の
縁なと踏へからすとや
屏風にそ古筆黒繪を上にして
頼る絵をは下座に立へし
色紙短尺なとの屏風は帝王新王
の御哥も有は墨絵屏風よりは
たるとむへし彩色は粗彩色程下
人を吹と次黒土しの絵は質にしての
○彩色は文也世に簡也
座也惣る礼之根元は質を本とも
立花は先七色に目をとめて
火際のそみ花瓶うす板
立花に七処の目遣と云事有一に真
二に真格三にうけ四に副五に見
越六に前置物是を峯とも云七に
流下草是返法也其後水際花瓶
薄板等の置横に目を付て本種
江着座して若同むるとも一色の物
を褒美すへしと也
射るよりも外れさりけり梓弓
これ住吉の神のからす
此歌は正月之射神の時矢構して唱
観念之哥也
神代より伝へ来れる桑の越
暮て知まへれいまの武士
桑の弓筆の矢と云事是了矢之
最初也昔神代にての香久この桃の
木にて弓矢を作せ給ふと云也斎桑の
事ならし是には深き秘伝有とそ
越川にかちかなくなるころ〳〵と
小石流るゝ水の落あい
越川は近江の名所かぢかと云川魚
なり啼声はつ〳〵と云に石ころ
に流ることかぢかの声こ魚の散成
両訓とりて合よみし馬哥也是を
越川鯰越川汁に引し哥也
勅なれはいとも賢き堅田ふな
津ゝみ焼なる中の玉章
一鮒の包焼と云は六七寸斗の鮒の腹也
中へ栗柿結昆布けしくるゝ抔を
入て上紙縄にて巻土にて廻り篭焼事
なり結昆布は古への舟にかたとるとそ
此色焼の初りは論見原天皇と大伴
の皇子と位をあらそわれ給ふ湯見
原天王を大伴より云し趣わんとの謀事
論見原の姫宮ゟ毎に認給鮒の
復へかくし色焼にして父天皇奉
らせ給に供拝に聞召とて此文を腹
一統一同
の中より見出し叡覧有ける大伴
逆心の由しろしめすと云り大伴終に
は亡て天武天皇と弥祚有と云り此例ニ
より本意を進る時の首途抔の
肴にのみ用て常に調進する事
なしとなん
鷹の鳥指にて喰はこゝろ有
鵜の魚射鳥は習あるあるへし
鷹はねわれのきく者なれは是を
賞翫して指にて喰を法とす糠の
魚は常翫する事は鷹の鳥同前と
いゑとも指にて喰事はせす箸て食を
本とは射鳥は毛目を賞翫して矢
目より庖丁する焼鳥にしておすに
射鳥よし眉は褒美而可喰指不有
桜さくとを山鳥のしたり尾の
長ゝしくもあらぬもかれ
古人納詰のに袖に山鳥の尾を添て
遣ひける古事も有なり〳〵しくもあら
ぬ色と云所を受の道に取たるにや
いにしへの上の堅き人もみな
竹をかさして争を経にけり
秦の孝王の時王子を竹林の中に於せ
給ひてそたて給ふより親王を竹菌と
申奉る竹ハ内空虚にして直く廉
真也又仙郷の竹の久敷有の久のの祝にや
須弥の山我身にうつす習有
て地四方と左右順きて
とふにはあれふさかりはなき物を
我にかたらへ日興の門
此二首は万法に渡るとの伝へなれ共古
師よりも口の伝にあらす門弟苦す
心として己れと知へしとの事成は
一未た予を知らす孝ふへし
青襖着て事を替る飯草は
多々押込て品よゝさは賀へ
一青袍着て声とり配。膳なり勤
庭丁する時の紐草は結たる侭にて
されを内衣の間へ押入たるかよし
敵の首取て其侭打あわひ
我勝粟と味方よろこふ
徴
此哥首途にも具足着にも微音に
はなふるなり
鬼神も隠をのゝく鍬形の
甲を着たる武士とならばや
昔は大将軍ならて鍬形を打事
不成と見へたり中古以来五位以上
の守護は打とると見へたり土地を
領し支配する故にや
一餌袋に兎の類鳥の首
一肴にやくは帯成けり
一苔は鷹鳥を取事を知らさるも
や餌袋に兎の頭鳥肴結を付て
肴にせうと也
聞神の結にまかせて往時は
玉女の姫に逢そ嬉しき
三学神に凡玉女と中て其日の日読
より〳〵りて三ツ目の方を聞神と云
九ツ目を玉女と云此夫婦の神河も
一向合在す也此方へ向へは善事と成とそ
一総角に永き寿をむはひこめ
さられ石三つこけのむすまて
あけまれとは稚キ子の髪の結目付
鞠の結目を云也此歌をあせしまきい結
に祝をとる也
右古実引歌之口伝依懇望令
相伝畢妄門家不可有免写者也
ゆ
延宝五仲夏上浣
伊藤甚右衛門
同隼太
一、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、〇〇
同将曹
同隼太
松岡平次郎
同和明段
千
五
}
○
して
司
戸