興御書繪鈔

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圓鏡 述
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場所: 大坂
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圓鏡 述
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日本語
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北尾善七等
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オコリノゴショエショウ
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東北大学
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
興御書絵鈔上 四十一日 お 序 それほまれを白雲の遠近に飛ばし。 名を行水のなかれての世に伝ふるは。 言葉の苑にあそび。筆の海をくめる 徳ならすや。五百餘年のむかし。吉水の 大師ひろ倶一代の仏経を冤し。 其中より希有最勝の法づをさがし 得て。普く四海に弘めたまふ。御年 一七十あまり三とせの秋。本願の意を 大和言葉につゝりて。吾聖人に賜ふ。 いさや不二の峯の高きを仰き見んと すれは。智恵の眼かすみ。わたづ 海のふかきをさぐりてんも。心の竿の みじかけれは。いつか其底を尽さん。 まことに呉竹のうつ路の中より。 大空を窺ひたらんほとを。書つら ねしも。世に超り御ちかひのたふとそ。 心にしみぬるあまり。拙き筆をとりて。 よ所のあざけりをわすれ侍りぬ。 安永庚子のとし秋九月釈円鏡謹誌 北摂羅兵衛 興御裳絵鈔太上北摂釈円鏡述 まづ題号のころをのぶべし。御消息なれば みづから題号つけ給ふべきやうなし。後の 人の名づけたるなり。此書五郎聖人に下されたる 書なれは。浄土真宗。興の御書といふことなり。むべ なるかな。たが題するともなく。自然といひ ならはせり。此浄土真宗興の本は。大無量奇経 なり、その無量屋経の大体は、何ぞといふに、すな はち南無阿弥陀仏なり。此本願かろ〴〵しう。おこるに あらす•弥陀因位永劫の御苦労から起る。是ひとへ に、われらがためとしらざるゆへに。元祖聖人此書・ 十八願の正意をしめし、定散二善をはなれたる、 一弘願他力の安心。平生業成のをもむきを述給ふ。 一今師聖人、元祖の本意をあらはして、本願の正 意を以て、浄土真宗を興行したまふ、此義暗 に此題号にあらはれたり。窮艱家を興もの 書をおしむこと。金のごとくすと。一軒の家をとり たてんとおもへは・大抵のことにはあらず、寝るにも おきるにも”そのことのみわすれず苦労して。終に その功をたつるごとく。あみだ如来。因位には。地載 永劫の間。片内も御心をやすめ給はず、一台一行みな 衆生の道と。無量の功徳をつみ給ひ。南無阿弥陀仏の 六字の中に封じこめ。令諸衆生と。凡夫にあたへ て。はやく参れよ、きたれよと、まちたまへども。今日 までまよふてゐる。われらを。不便におぼしめし。 極好浄土にあるにあられずと所主人と名のりて 一御出世なされ。本願真実の立宗を興行し給ふ。 ゆへ五百餘年のすゑに。後て生れた同行も。他力の 御法を施聞して。往生安堵の領解となるは、ひとへ に。聖人御出世の御恩と。いやまし称名相続せよ。 昨日殿にて座主の御坊へ参会 昨日とは、此書を下されたは、元久二年閏七月二十 一九日なれは。その前日廿八日なり。殿とは月輪殿のこと・ 一庄主と御座の司すなはち真性僧正なり。月輪どの 一より使を以て。今日叡山庄主御坊。其外衆徒達 一相見へ法然聖人に。御対面申たきよしに候。いかゞ はからひ申べきやと.仰こされしゆへ、法然上人の 一思召有て、今師聖人をつかはし給ふ、今師御出 なされて.庄主等の体を御覧なさるゝに.うへに は袈裟衣を着したまへども。下には邪見 のものゝ具に身をかため。もし法つにまけなば。 すぐに吉水におしよせ。一戦に打やぶらんといふ” 勢見へけるゆへ・仰向ては衆徒達の顔をなが めて”御なみだをながし。さし低頭ては御落涙のみ にて終日の難向一句の御返答もなく夕陽に 繪抄巻上 会少巻上 一月晦殿に御いとゆ乞有て、御廟室に帰り給ふ、 しかるに翌日大師聖人”きのふ善心坊は、いかゞ せられしぞやと仰あれば。御弟子達の中にも、 かねてねたみおもふ人くもありけん。口〴〵に。 き給ふはいの外の不其尾。終日の難問一句の返 一一音もなく、くれかたに、こそ〳〵と逃て帰られたは、 御師匠の御眼力がちがひ、大事の席に恥辱を とり.自身ばかりか御師匠の名まで汚すこと、 言語道断急度過怠仰付られよとさま〴〵 一悪口せらるゝ所へ。今師聖人御入なされきのふの 始終具に御ものがたりなされたれたれば。外の弟子衆 は。定て御しかりあらんとおもひの外。大に御悦なさ れ。たれあらふ、善心坊なればこそ。わがいましめを 守り隠してあらそひなく、よくこそ逃て帰ら れしと・はなはだ御きげんよく、又かねて御免を 一蒙り給ふ御影も今日御覧に入れ給ふ。大師御 資を御染筆なされ。殊に此書をそへて下された 一即元久二年、閏七月、大師七十三歳なり、此書現 に。洛陽紫雲山金戒光明寺にあり。真影は三州 桑子の妙源寺にありと云々。世間の掛もの器物 一なども。目利の添状あれは諸人いよ〳〵信するが ごとく、かの大師の真影画は高祖。御銘は大師。 其上に。此書を乞へて。龍に翼虎に角を戴 かせたることく。御叮嚀の御付属は高祖一人 に賜ふにはあらですへ〳〵の同行まで 一たびたまふなり。釈迦如来舎利弗をたび〳〵 一呼かけて・あみだ経を説せられたは。舎利弗 会少巻二 一人に告給ふにはあらであまねく末の世の世の 衆生に告たまふと、善導大師は御釈なされ た。今も高祖聖人へ下されたは。末〳〵の御つ下 へ。下されたるなり。此書即弟十八願の意なれは とりもなをさず南無阿弥攻仏にて。凡夫往生の 一手形なり。むかし東坡居士は。常に自画の弥攻 の像を懐てあるきけるをある人何の用ぞと 尋ねたれば、是は我浄土へまいる手形證拠 なりと答へられたとある。今此賜すなはち 往生浄土の證拠なりと、信すべし 法門仰かけて、誹謗し給ふ由承候、くるしからず候、 一つつとは。法といふは。世出世のおしへの執則。門とは家に 出入するはかならず門戸によるがごとく。経法を いてさとりに入がゆへに。清則門といふこゝろ也 その法つに。聖道浄土のかはり有て。聖道自 力の行人は。本願の正行より出入せず。自身に勤 て。入らんとおもふゆへ。真実報士に至りこと。はなはだ かたし、他力の行人は本願一実の大道より浮盤の 正門に向て入。弘題に乗してまいるゆへ。真実報土 にいたり。弥陀同体のさとりをひらくにうたがひなし。 然るに今の庄主寺。月力修行の人なるがゆへに。 他力易行の法門を却てそしりたまふ、ときに その法をそしる罪は一切諸罪にまさりて 一おもし。雲楼の言もし人有て。毎日万言を出 して。万俵をそしる年を積こと千年に至る。 この人の罪業無量無辺なり、しかるにまた人有 て、一に言を出して、念仏する人をそしる、此人の 一罪業、前の人にすぎたること、百千万倍にして かぞへかたし。何ゆへに。日に万言を出して。万作を そしるより、たゞ一言念仏をそしること・それほど おもきぞといへば。念仏の法門は十方微塵の諸仏 弥陀を賛嘆し。衆生をすゝめて。成仏せしめんと 恐しめす、然るに此念仏をそしる人は十方徴 塵の如来をそしり、無量の衆生を或はす罪人 なるがゆへに至ておもいと示され。高祖聖人は 念仏誹謗の有情は、阿鼻地獄に堕在して。八万刧 一中大苦悩、ひまなくうくとぞときたまふと、仰そ られたり、かくのことくおもき罪なるゆへに 今師これをいたはしくおぼしめし衆徒達の 顔をながめては。未来はいかゞなりたまはん ことぞとなみだをながしたまひ。また御身を かへり見て”われも六とせ以前のごとく。叡山に あらば、今日このそしる仲間であるべきに、 今は念仏門に入りそしらぬ身となることひとへ に如来の御めぐみ・大師聖人の御かげと歓喜の 一酒をながしたまふ、師は針のごとく弟子は 糸のごとしとあれば、御ながれをくむ身のうへは、 聖人の御志をしたひ奉るべきなり”むかしの 山伏弁円、初は弓矢を以て聖人をねらひ たれとも、終には回心して、但信無二の行者と なれり、これ凡夫同士ならば、敵対ものは此方 からもにくめども聖人の御慈悲却て不便に 思しめし、何とぞかれをすくはんとの御念力 が、弁円が胸にこたへ、終に喜ふやうになる。 われも人も今までは、仏敵法敵となり来りたる ものなれども、如来の深重の御慈悲、つよく 御したひ下されたゆへ。今信じ喜ぶ身となる こと、功をもとへゆずりて、いよ〳〵仏祖広大 の御恩を報じ奉るべきものなり、 餓鬼は水を火と見さふらふ、 これたとへを挙てしめしたまふ、一ツの 水なれども、天人は瑠璃と見、人は清冷水 と見。魚は舎宅とおもひ、餓鬼は火と見る、 一会少巻上 一余鬼は、有威徳、無威徳、或は有財、少財、多財等、 一種類おほきものなり、みな悪業の盛ずる所 なり、水を火と見るも、業力に依て見損ふ なり、自力迷執の人の本願を見損ふもその ごとく自性唯心に沈んで、浄土の真證を貶 定散自力にまよふて、弘願の不思議を見損ふ、 縁覚は花のちり。葉のおつるを見てさとり 一賎の女はけふのたき〴〵にあらしをぞ まつと、同し落葉を、世わたるたすけとし、 一日花を見て・無常を観ずる人もあれば。輪回の 業をむすぶもあり秋のよの月に心のひまぞ なき”出るをまつと入るをおしむと。これは たゞふかく月を愛してよめるなり みづればやがてかく月のいざ宵のそじや 人の世の中と詠せしは月に世の盛衰無道 を観し盛りぞとみればこそちれ花に など、みつればかくる世をわするらんとは。 上の月の哥とおなじ意。重どり行ふもとの 道のくるしきもみねのさくらに心とまりてとは 花をふかく執心したる歌なり•その外ふる雪。 ながるゝ水・みなみやうに損徳あり、心に 一愁ある人は・さへたる月をくもつと見るごとく・ 自力執心のくもりゆへ本願真実の月を見 ぬは、残りおほきことにあらずや、 。自力根性の他力をしらせ給はぬが哀に候 自力とは、自は己力は力用己が心を以て・とや かくと、仏願をはからふことなり、他力とは、 すこしもわがはからひなく。身も心も仏智に まかせて”如来の御力をたのみ奉ることなり、然る に今の座主等•自力執心の人々ゆへ•他力の不思 儀を信したまはぬことをあはれみたまふ也 問ふていはく。自力の行といへども。もと釈迦の 一おしへなりなんぞ一概に是を憐み給ふや。答ふ 八家九宗みな仏の教なれども・時別・所別・所別・ 利益別といふて、聖道自力の法をとかせられ たと•他力の御法をとかせられたとは、時もちがひ、 所もちがひ、対桟もちがひ・利益もちがふ、聖道の法 門は。上代の権機を相手になされ。念仏の法門は。 一幸提節夫人及び末代実様の凡夫を対機に してとかせらるゝ。利益別といふは。聖道の法つは 一此土入聖果といふて。此土でさとりをひしく。念仏 の法つは。信を得て喜ぶ人は。息引とるとそのまゝ。 浄土でさとりをあたへて下さるゝ、これ聖道は。 ほとけの随他の方便にして。月待ほどの手ずさみ 弘願他力の念仏は。随自意の本懐なり、尤自力の 一修行も如説につとむれば。さとりを得ることなれども。 一末世の衆生の根機に及ばぬゆへ。修行がこゝのはぬ 三恒河沙の諸仏の。出世のみもとにありしとき。 大弁心おこせども自力かなはで流転せりと なか〳〵末世に生た凡夫の。及ぶべきことに あらねば、こゝをいたはしく思召なり、しかるに われらいかなる仕合なれは。今家聖人の 御化導に依て、他力易行の法門を信し、 往生活足の身となるは、喜の中の喜なり、 一総村巻上 。たゞ源空がいたむところは。門徒と称する人々の 中に。不思議を源空がおしへといへるがあさましく候 たゞとは、但の字。こればかりといふこと門徒と いふは又は門人。門弟。門生といふ。その門に有て。 学ぶ徒なり。同じやうに法然上人の会下に つらなる御弟子。又は御門下のことなり。上は他門 の人の。他力をしらせたまはぬことをあはれみ 思しめし、今は別して自門のあやまりを いたみたまふ、不思議といふは、世間の妖術 俗にこれを不思議といふ。枯木に花をさかせ、 木仏絵像より光をあらはしなどして。愚人を まどはし。仏法の正義をみだす類当時にも まゝあること。定てむかしも。さやうのやから ありぬべし。また僻法門曲法つを企あるいは。 口に不思議をかりて、本願にほこり。放逸に なりゆくあやまり”これらをふかくいたみ給ふ” 仏法のうへの神変不思議は、勿論のことなり これらの義嚥湯録に出せり。今は略す。御流を くむ僧俗よく正義をきゝわけて。聖人の 御心をやすめ奉るべきものなり 常に申やうに、浄土宗の立る所のこゝろは。 機は十方衆生、 これ法然聖人随自意をあらはし給ふ 空師御一代の御勧化、随他要門を帯て、 機を摂し給ふことありといへども。随自意は。 弘願にあり、かるがゆへに、平生これを述是を しめし給ふとなり、世間のうへでも、百性町人 商人等・みなその家々の家業職分のことを。つねに おしへつねにいひきかすごとく。空師極楽浄土 よりこの娑婆へ御出世なされたはあみだ如来の 済底を助け。此倉仏の法門を。おしへたまはん ためなれば、つねにこれを述給ふ•ことに此御書• 今家聖人江下され。及びすま〳〵の同行への・ 御勧化なれば、風袋なしに。十八願の正味。他力 の安心をしめしたまふ、浄土宗とは。具には 往生浄土宗なり。此娑婆で。さとりをひらくと 一会少し 一緒小巻上 いふ聖道の法門とはちがひ、弘願の信をうれば。 浄土でさとりをひらかせ下さるゝわけを。 宗名に名乗給ふ。その浄土宗の立る所は。 どふぞと。直に十八願を出し給ひて。桟は十方 衆生等とのたまふ•成絹の文には•諸有衆生 と。言葉をかへ給ひて。十方の方角ばかりでは ない、あらゆる衆生、善人も、悪人も、男子も、女人も、 一桟ももらさず、支那も、天竺も.日本も、其外 十方微塵の国土の衆生・みなこと〳〵く押こんで、 出出口 四 08 十五日 一会少し 一紙小巻上 十方衆生とよびかけ給ふ。これに依ていか なる山のおく谷の底にかくれても。弥陀の 御慈悲にさがし出され•過去のむかしから• 直未来際いつまでまよふとも。助けつく さんと思召・深重の御慈悲、 心にはたすけたまへと”おもふ”はかり” ししげうよくしやう これすなはち本願の三信なり。至心信楽欲生 我国の名は三ツなれども、一すじにあみだ如来 に。帰命し奉る”一心にをのづからこもる。 凡夫の自力なれば別くに得ることなれども 三信みな仏智のまことなるがゆへに・一心にみな こもるなり。極楽にゆかんとおもふこゝろにて、 南無阿弥陀仏といふぞ三心此哥は或人三心を いかゞこゝろうべきと男山の八幡に詣て祈られ けるとき、夢の内に神の告給ふ御哥なりと。 一夫木集に見へたり。観経に説給ふ三心。むつ かしいことのやうなれども。極楽へ往生をとげ させたまへ。南無阿弥陀仏と。一すじにたの・み たてまつる・その心がとりもなをさず・三心の理なり。 外にむつかしう心得ることなし、これ今家聖人の・ 一三心三信同し一心なりと釈し給ふに符合 せり。桟の方にとやかくとこざかしき料簡なく、 一諸仏に餘所目ふらず、但信無二に弥攻を たのみ奉るより外に、入用のことなしとの 一御しめしなり。かの盃宗が雪の中に筝を得たる も、たゞ切なる孝心を以て、笋夏を願ふて、 一餘の独活よ蕨よと、おほくの絲物を求めず、 たゞ一色に心をこらしねがふたればこそ、 寒中に笋生へ出たれ、外のものを取交て、 ねがひなば”いかでふりつもりたる雪の中に 笋を得んや今はたすけたまへとおもふばかり と仰られ。蓮如上人は、一心に帰命せる。更に余の かたへ心をふらずとおしへたまへるこれ同 じきりとしるべし、凡夫の孝心のまことすら、 一堅固なれば、天地の盛応あり、いはんや今の たすけたまへとおもふ心は阿弥阿弥陀如来の一筋 に、衆生をしたはせられた、仏智のまことなり がゆへに、煩悩の寒気つよく、三毒五顔 の雪霜の中に清浄真実の信心あらはれ て。順次さとりに至ること。此悦び。たとへを とるにものなし、 行は一念も十念も、決定往生なり、 これ信のうへの報謝の大行なり、此たびの 往生の一大事弥攻のかたに請取て下された からは、その後命あらんかぎりは。御恩報謝の 称名心一杯に喜ぶべきなり、善知識は 一念無上の仏智を以ては凡夫往生の時尅 とさだめ、一願臆念の名願を以ては、仏恩 一報尽の経営とすと仰られて。上のたすけ たまへとおもふ信の一念に。往生をさだめて 下さるゝうへは、一生相続の称名は、仏恩報 謝と心へよとなり。一念十念は。願文の乃至 十念の玉は満数のことば長命短命命 一盃の喜びなり。たとへば酒を飲に盃に 大小あり。小化盃でも十分に請たれば。足と いひみつるといふ・一升入の盃でも、八ら九分に うけてはたらぬといふごとく至極短命の 人は一念が命一盃。長命の人は。念数の限 なく、息引とるまで悦ぶべきなり。わるふ 心得たる人は。一念に定る往生なれば。 多倉の称名はいらぬことしおもふは はなはだあやまり。若いときから存分に 喰ひ沢山に着たゆへ”もはや今からは” くふにも着るも、及はぬとはいはれまい、命 あれば命かぎりくはねばならず。着ねばならぬ ごとく、いのち一杯によろこべよとあることを” 行は一念も十念もと仰られ、決定往生とは、 一本願の若不生者不生者不取正覚。糸の端とを むすびあはせたる”ごとく”凡夫の往生と”みだの 正覚とをむすびあはせてちかはせられた この願すでに御成就なされて、たしかに 一往生の定りたる所を。成就の文に即得往生 住不退転ととかせられ、善導大師は必得往生と 御釈なされ、今は決定往生と仰らり。かりそめに いひし契をたがへじと塚の松にぞ太刀を かけけるとは。かの季札といふ人徐君にま見へ たるとき、季札が帯したる剣至て結構なり ゆへ徐君心に望あり。其色面にあらはれたれば 季札かへるときを上いたさふと心の内に 一約束してわかれ。かへるとき徐君をたづね たれば、はや命終て塚のしるしのみ残れり、 一会少松上 李札残念におもひ、一旦心に約したること、たがへ ては道にあらずと。塚の松に剣をかけて かへりしことをよみたる歌なり。人間さへ 実ある人は。かくのごとし、いはんやあみだ 如来御自身の正覚をかけてちかはせられた 凡夫の往生何の疑かあらん貴むべし信すべし 仏願に順するがゆへにと相承する外に全く 別の法行もしめしもなし。 上は願文を述させられて。心にはたわけ たまへとおもふばかりと・その信の一念に往生 が定る、これ何ゆへぞ仏願に順ずるがゆへに。 順は逆はざるなり。あみだ如来の御心に随ひ 奉りて・すこしもわがはからひなく”身も 心も、大悲に打まかせて喜ぶ身は、決定 往生、これすなはち、善導大師の相承の趣なり、 此外に。別の法つもなければ修行もいらぬ程に。 たゞ一向に仁願にすがりて。称名相続すべ しとなり・元祖上人浄土門を興行なされ 不 糸打巻一 たは、此順彼仏願故の文によらせらるゝ、念々 称名称へたちからで往生の業になるには あらず。かの仏願に順するがゆへよと。故の字 より他力を見ひらきたまふ。此ゆへといふ 文字を桟辺へつけて、われは信ずるゆへに 一助る”参るゆへにねるゆへにと”おもへばやがて 自力なり、また仏辺に約して、信しさせて 下さるゝゆへ”となへさせて下さるゝゆへにと、 我をはなれて、見れば、みな他力なり、 。船のはしるは風のちから。人形の働はいとの ちからわれらが参り下向のはたしきね名相続 のいとなみは・みな本願他力のゆへなれば すこしも棧辺のはからひなく、仏歌に すがりて喜ぶへし 1C40 いふ事 興御書絵抄上終 会少 興御書絵鈔 ・ 〆 □□□ 北へ 興御書絵抄巻下 されば父母が愛執の中より生れたる生れつきの三毒五欲の梯 三十五石とも 一上は十八願のこゝろを述させられて今直に観経下と品の 悪人往生の旨をあらはし給ふは。大経観経に。桟法の 一真実をとゝせられた趣を。御しらせなされた御文の次第・ 大経に十方衆生と手びろふよびかけ給ふは・いかなる 桟の衆生のことぞ。すなはち観経にとき給ふ”五逆十 悪のものが十八願の御目あて。この悪人が本願の正機 なりとのこゝろ。御文にたとひ罪業は深重なり 一糸十三七一 とも。かならすみだ如来はすくひましますべし。これ すなはち第十八の念仏往生の誓願のこゝろなりと 仰られたも。今と同しこゝろなり。十八願に罪業深重の ものといふことは見へぬ。観経の悪人往生のことはりをあげて。 十八頭のこゝろと仰らるゝは。観経の悪人往生は。とりもなを さず。大経仏領の念仏の御利益なりとしめし給ふされば 父母が愛執の中より生れたるとは。父母交会の因縁のうへ 自の業識をやどして此身を成ず。父母も愛執を以 て。まじはり。やどる業識も男子は父に怒を 生じ。母に愛着をおこし。女子は母に彫りを 起し。父に愛着を生して。胎にやどると ある”しかればそも〳〵胎にやどる時から、愛着 と臆意をそなへて。持て生れたものゆへ。生れ つきの三毒五欲と仰しり、三毒とは、貪欲、 一眼患。愚痴。貪欲はものをほしがる心。眩惑は 腹立ること。愚痴はものゝ道理をわきまへぬ こと・これを。毒といふは。鶴毒を以て義と す。鴆といふ鳥は毒甚だしうして、すべて 一然打巻一 鎗少し 一約等巻丁 生類を害するものなり、三毒はながく、 法身の恵命をそこなふ、おそろしき煩悩ゆへ 三毒といふ。五歌は文声香味触の五。眼に 見て欲をおこし。耳に聞て欲をおこし鼻に 嗅ぎ舌に味ひ身にふれて欲を起す。これ みな迷のたね。しかるに鶴鳥水に入れば。鱗悉 死す、犀角これにふるれば、死するものみな活 といふ、御たとへのごとく、煩悩の毒を消して、 無量寿の果報をあたへ給ふ。南無あみだき の法薬・服せずんばあるべからず、 の玉臨終に、火車の現ずるとき。初て一念称へて、 無量刧の間の重罪も、今生の十悪をも、五逆 をも、一念の間によく滅し火車の装をかへし・ 花臺の来迎ある桟、 上に生れつきの三毒五歌とある•の玉の言葉 に.生てより死ぬるまでの.一生の造悪が こもる。これは人にとふまでもなく。みな一人 くおぼへのあること・生てから死ぬるまで”日々 夜々につゝる悪業•善悪を帳につけて見やう ならば、悪の方は広大なるべし・一日といへば 永いこと、一時といふもまだ永いこと・わずか最 前から今迄の間・なんともものおもはずに居る 人はあるまい、そのおもふことに一ッとしてよい ことはない法席に歩みをはこび、如来所主人に 向ひ奉り、身には礼拝、口には称名しながら、 心の内にはさま〳〵の妄念のをこる凡夫もし 悪業に類あらば。置所はあるまじ、善と 悪とを”かけくらべて見やうならば”悪業のかたは 一大盤石よりも重く、善根は麻売ほどもなひ、 一日の中にさへ、八億四千とある。それを一年一生 とつみ・過去世無量劫以来の罪科、その悪業が 臨終にあらはれ•火の車の迎をうけ•片息に 成て・さ阿今地獄へおちるといふ急なとき・その 同断或は妻子其方ごときの悪人。外に助る 方便はなひ。はやくあみだ如来をたのめ。念仏 申せと。すゝむるとき。初て南無阿弥陀仏と 称れば、過去世無量劫の間の重罪も。今生 一生の悪業も、一念の間によく減し、見金 一蓮花猶如日輪。始の火の車はきへて、金蓮 台の迎を得て•極米へ参る•これすなはち 大経弘願の念仏の御利益・これ仏願他力の 不思議、願行具足の念仏なるがゆへ也、十悪 とは、身になす所。殺生偸盗邪婬。口に妄語 一綺語悪口両舌。心に貪欲患愚痴。これを。 身三口四意三の十悪といふ・数生はものゝ 命をとること、偸盗はぬとみ、邪婬はわが妻 ならぬ、他妻等ををかすこと、妄語はうそ をいふこと•綺語は壱条に花をかざり•追従 いひまはること、悪口はわるくち、両舌はなるごと、 貪欲眩恚愚痴は、上にいふがごとし、五逆は 父を殺し。母を殺し。あら漢を殺し、和合 僧を破り、仏の御身より血を出す・これみな さかさまごとの罪ゆへ五逆といふ、すなはち 一無間地獄の業因なり・かゝる悪業残る 所もなく。身にそろへ持たる。煩悩具足の風夫。 頭上から勝下まで。何所をさがしても善 根らしい所なく、右の袖左の袂いゝたび尋ね ても。よいことのみへぬわれらが身の上。必賢無 間と、地獄の罪人に極たものを、こゝに あみだ如来の超世の大願。われらが身代 に立て、永劫に修行をとゝのへ給ひ、一切の 功徳を六字に封じこめて、衆生にあたへ、 下さるゝゆへ、凡夫の方には、思量一念の功を 鳴 〆 □□□□□□□ こんしま 会少五十 からず。此身此侭往生の大事を満足するなり。 一切歓喜の中に、これにおよべるはなしと、 何の喜か此花にまさるものあらん•身を粉に し骨をくだきても。あきたらぬ広大の 一仏恩なり。問ふ今家には不来迎とおしへ給ふ。 こゝには来迎をしめし給ふ、この相違は いかゞ心得べきや、答ふ来不来の儀は、 一御聖教等にくはしく御釈あれども、一〳〵 あぐるにいとまあらず、略していはゞ、来迎は 十九の願益、十八願に来迎をときたまはず、残るに 法然上人来迎を勧たまふは一分方便をおび 給ふ、その実義門は今家に同じ弘願の梯は・ 一常来至此行人之所と、常に来り守り給ふゆへ 臨終に初て来迎したまふ義はなし、依て 今師聖人は、不来迎との給ふ、無来迎にはあらず、 平生の仏を•臨終に拝むこと妨なし•元祖聖人• 来迎と仰たりは、始来の来迎にはあらず、 平生の仏を•臨終に拝むことを•来迎と仰らるゝ• 諸行の人は、来迎なければ、化土までもいたり がたし、依て臨終に始て来り給ふ。念仏の行者 は、常に来て守り給ふゆへ、その仏と共に浄土へ 参り、拝むも有べし、拝まぬもあるべし、その 有無にはよらず、しかればわれらは、平生より 来迎に預る身なりといよ〳〵喜ふべし 三竟滅盡の時の核も。たゞ一念南無阿弥陀仏と 申せば。極楽世界七変の台に生れて。正定聚に入。 不退の位になりて。二たび輪廻の卿にかへらず。 仏と御経と僧と僧との三を三変といふ。法滅百歳の 末に至りて•三変の滅するときも•特留斯経の 御慈悲によりて、念仏の法門ばかりは残りて・利益 を放したまふ、極楽世界とは、苦みの名をも きかぬ。楽みばかりの世界。此婆女は極苦の世界 にて、上下貴賤共に、四苦八苦等の苦み、一人も のがるゝものなし、七変の台とは、小経に 一金銀瑠璃瑠璃瑠璃玻璃瑠瑠瑠瑠瑠瑠瑠璃A 一実は浄土の荘厳は、七変百変の限に、 会少被下 非ず•無量の珍宝を以てかざり給ふ•願力 所成の不思議の浄土•正定聚に入•不退の位に なりてとは、正定即滅度の意にて仰らるゝ。 一今家は、正定は穢土の益、滅度は浄土の益と したまふ、是不共の妙談。浄土では正定の 一名はあれども。因果融節にて、正定即滅座 にして・次第なきなり。よつてその正定を。 穢土へ取て来て、信心領解のとき、往生 治定の身となり•息引とると•直に弥随 一同酒のさとりに至る•念仏行者なるがゆへに•その 位を正定とさため給ふ、法然聖人も、この追書に 一念業成のこと、平生でも、臨終でも、信心定るとき 往生定ると仰られたり.往生定れば、正定聚の 位なり、鷹師もその御心、御経に即得往生、住不 退転と•説たまへり•これ現生正定麗なり•この あさましい造悪不善の凡夫。他力不思議の本願 なればこそ、今生より正定聚に入、追付浄土の さとり・二たび輪物の郷にかへらずとは・不更 悪趣の御願、たとひいかなる果報をうるとも、 二たび迷の卿へかへらば・何の所詮はなひ。依レ之 不更悪趣の願を立給ひて。いつまでも かはらぬ仏果をあたへたまふ、 剰生々世この、六親等の、悪道に堕して、 くるしみふかきをも。済度するまでに候 六親とは、父と母と兄と弟と妻と子となり、 聖人の御言葉にたゞ自力をすてゝいそぎ 浄土のさとりをひしきなば、六道四生のあいだ。 いづれの業苦にしづめりとも、神通方便を以て、 まづ有縁を度すべきなり。夫生々世々の 六親とは。白原天が野禽山獣誰知二旧親一といひ 一行基の哥に山鳥のほろ〳〵となくこゑきけば・ 父かとぞおもふ、母かとぞおもふと、凡夫のしら ねばこそあれ牛馬犬猫の中にも。迷の間の 親兄弟も有べし美濃の国遠山といふ所 の百性の妻、夢に見けるは。先達たる舅来て。 云々。明る将に此家へ逃入ば。我をかくしたまへ。 悪趣の御願、たとひいかなる果報をうるとも、 一二たび医の卿へかへらば。何の所詮はなひ。依レ之 不更悪趣の願を立給ひて、いつまでも かはらぬ仏果をあたへたまふ、 剰生々世々の、六親等の、悪道に堕して、 くるしみふかきをも。済度するまでに候 六親とは、父と母と兄と弟と妻と子となり、 聖人の御言葉に・たゞ自力をすてゝいそぎ 浄土のさとりをひらきなば、六道四生のあいだ。 いづれの業苦にしづめりとも、神通方便を以て、 まづ有縁を度すべきなり。文生々世々の 六親とは。白楽天が野禽山獣誰知二旧親一といひ 行基の哥に山鳥のほろ〳〵となくこゑきけば。 父かとぞおもふ、母かとぞおもふと、凡夫のしら ねばこそあれ牛馬犬猫の中にも。迷の間の 親兄弟も有べし。美濃の国遠山といふ所 の百性の妻、夢に見けるは。先達たる舅来て 云々。明る特に此家へ逃入ば。我をかくしたまへ。 一約六巻下 Mollollellollollollollollollollollollollollololollololololololololollolollololollollololololololo 絵少松下 一前生の時片目葺たり。今もしかりと。泣し 一告ると見て。さめてあやしむ。次の日。地頭の 鷹狩に誰の雄家の内へ飛入。夫は他行 せり。妻夢の告は此ことなりとおもひ。釜の中 にかくしをく。狩人尋ね入ども。釜の中までは 見ずしてかへる。其夜夫帰る。妻くはしく、 物がたりして、雉を出してみれば、夢にたが はず、片目盲たり、夫のいはく、父存生の間、 深く我をあはれむ。今またわが食物とならんと・ おもふて来りつらんと・しめ数して食すと・かき 一をかれた。あさましきことにあらずや。今日の我人も 殺すまでにはあるまじけれども。たれか済度 の心あらん。しかるに浄土のさもりをひらけば。弥陀 の大悲心をゆずり給ふゆへ。大悲心となりて。 一済度する・これ何ゆへぞと申せば・他力のゆへ にて候なり。凡夫によし済度の心有ても。 自力にては中〳〵すくはれぬ。目連尊者 すら。自力にては。母の苦をすくひ給ふ ことなりがたし。いはんや今日の凡夫をや。 忝も書につけても。筆の立所もしらざる程。 なみだにむせび候。予が門人にも聖光坊。勢観 坊。禅勝坊。善心坊。熊谷入道は、いつもあやまり せぬ人々にて候。向後も座主などの、いらせ給ふ 所にげてかへらせ給ふべく候。穴賢 一総じて。悲しいこと歟無念なこと歟。何にも せよ。胸一盃にみちた思るには。泪がこぼり 今法然上人。みだの本願。悪人往生の理りを。 かゝせられて、修行をし、煩悩を断じてこそ、 仏にはなるべきものを。一切の修行は•弥次にふり むけ。われらにおゐては。信心一ッでさとりをひらく。 といふ阿弥改如来の徹底無窮の御慈悲を思召て。 なみだにむせびたまふとある•然るに凡夫の心は・ 一恩愛別離のことをおもふにつけては。涙連々と してやまざれども.弥染大悲の苦行をきゝ。極楽 無量の快楽をおもふにつけては。心頑々として うごかずと・子や孫のことには”常に涙をながせ ども。あみだ如来の御苦労のことはり。浄土の楽みの ことは。いくたび能聞しても。終に一浄の涙をこぼし たこともなし。さて〳〵あさましくつたなき凡夫 なり。聖光坊等・此四五人大勢の御弟子の中に。 法然聖人の御心にかなひたるとなり。向後も座主 などの等は。外〳〵の弟子。及びすへぐの同行への 御いましめ、穴賢とは・あなうれしあなたふとなどゝ・ 上代常につかひたることばなり。あなかしことは ものをつゝにむことに用ゆ。自身の領解を極め 外の謗難等に。さへられぬやうに。慎むべしとなり。 善心坊、源空と、御料を押て進せらるゝ・この 御名について他宗からは、興の御書の善心と いふは、親鸞にはあらずといひ。又親鷹は。空師 の弟子にあらずといふ。今返答するには及ばぬ ことなれども、西鎮両家の伝記に今師は空師の 御弟子といふことを記せり。念仏名義集の追加 に善心坊は親鸞のことなりとかく、三河の 吉水の禅室にまいり。 十二 法然伝に建仁元年 九才 綽空と改名す•親鸞これなりと•百誉の著 一述に。善信親鷹は。空師宮瓶の弟子。宗の奥 義を伝ふと•これらの説彼家に證拠あり•吾 祖。前後五名あり。一範宴は。慈鎮のつけ給ひ。二に 一伊空は・吉水より賜ふ三に善信は救世界 の告命四に親鸞は。自ら名乗り給ふ。また 御家罪のとき、非僧非俗の御姿ゆへ愚禿と 一号し給ふ、仏経には、名詮自性といひ、儒には、 名は実の賓といふて。人の名を立るにそれ ぐの義を取て、或は徳によりて名罰もあり・ 或はその罪によりて名類もあり。また自然と 一善悪の徴の名にあらはるゝもある。義平は伯父の 一義広を討により悪源太とまばれ。景清は 伯父大日坊をころすゆへに悪七兵衛と呼るゝ これらはその行跡によりてなづけらるゝ明雲 僧正を泰親難じて明の字は。日と月とならべ たる文字、その下に雲あれば曇るなりと いひしが.果して矢に当りて死し.玄勝僧正は. 一入唐せられしとき、玄勝は同音の字にかへりて、 亡るといふ訓があると唐人が難ぜしが。其後 一筑紫の観音寺開眼供養の時。招待に依て まいりたまふに。天井より熊のごとき。恐しき 手を出して、玄勝の首を引ぬきたり・これ 藤原の広嗣が霊也と、これらは自然と。横難也 の相が名にあらはれたるなり。今師聖人、浄空 善信、親鸞、の三名に、天親井より、源空聖人 まで.六祖の名字.一字づゝとる.これたくみ 一会少し下 給ふにはあらざるべし•しかれども•三国に番 く出世して、衆生を済度し給ふこと、自 然と御名にあらはれたり、あみだ如来は、名を 以て物を摂すと。南無阿弥陀仏の御名を以て。 衆生を助け給ふ、その名中より。世々に姿を 現じて、衆生を御仁益なされ。今は六字の名の 中にかへりて・たゞわれらを待わびたまふ、 恋しくば南無阿弥陀仏をとなふべし。 われも六字の中にこそすめ 今源空が申法門は、仏の説給ふ経文に、設我得仏、 十方衆生等といふ、ほとけの類、善導和尚の、若 我成仏の玉彼仏今現等の釈義のこゝろなれば・ よも誰人なりとも誹謗はしたまはじ。此儀さな しといはんは・外道六畜の一類なるべし。さらに 所難の趣、とりあぐべからず。 本文全く、十八願文なれとも、和語を以てつらね 一給ふゆへ、今又追書に。直に経文と、善導大師の 釈文を引給ひて・これを見よ。源空がいふ 所.経釈の文のまゝ.すこしも.此方の私ではなひ ぞと。たしかにしめし給ふ、仏の説たまふ、仏とは、 一釈迦如来•説たまふとは•十九出家•三十にて•正覚 をとらせられ、それより四十餘年御経をとかせらるゝ その中に。津土の大無量寿経を。ときたまふが 一出世の本懐ゆへ。光顔巍もと、六根に喜の相を あらはしてとかせしり、経といふは種々の義の ある中に、契経といふは、法にかなひ。桟にかなふ といふこと、罪悪生死の凡夫に、相応なされた・ 弥陀の本願。函蓋五相称と画と蓋との相応する ごとく造悪不善の機を蓋して。それを見立 て、本願の函を作り給ふゆへ、凡夫の桟に かなはせらるゝ。有合の函にあらず。悪人女人の為に わざ〳〵おこし給ふ十八の本願。伎我得仏とは。 もしわれ仏にならふならばといふこと•十方衆生 は本文にいふがごとし、玉心は実の心。信楽は 疑はれて喜ぶ心。顔生は浄土へ参りたいと 願ふ心。此三信みな弥陀の真実なるがゆへに。 行者の方には。帰命の信心ばかりなり。乃至十念。 これも、本文に述、若ふ生者・不取正覚は、弥陀の 正覚と•凡夫の往生と結び合せて•御ちかひ なされたこと、次に善導大師の若我成仏、 一十方衆生。称我名号、下至十声、若不生者、 一不取正覚とは。即頼文なり。彼仏今現在成仏 一当知本誓重願不虚。衆生称念心得往生 とは、あみだ如来の本願。御成就なされた歟、 なされぬ歟と疑ふな、すでに御成就なされ。 一報身常住の仏体をあらはして。われら衆生を 御待なさるゝほどに•周位の御約束にちがひなく• たのみ奉るもの。一人も往生にちがひはなひぞと あり•御釈のこゝろ•かくのごとく弥陀の本願•釈迦 の金言•善導の御釈の意なれば•よも誰人なり とも俳謗はしたまはじ、もし此義不然といふ 人ならば、それは外道六畜の一類なるべしと、 外道といふは本源の三師支流の六師といふ有。 その六師に各十五人つゝの弟子有て。九十六人 其中に小乗法に似たるを除て、九十五程といふ・ 此外道の立るところ各々ちがひあれども、つゞめて いへば、断常の二見にこもる・仏の教とはうら ちがひにして•三世因果を信せず•道をはなるゝ ことのならぬものなり•六畜といふは•牛馬羊犬 豕鶏なり・止観に一時を三として・昼夜十二 時に、三十六獣ありと、示されて、宮の時ならは、 一狸と、豹と。虎と。卯の時は狐と、兎と、格と、 いふやうに・一時に各々三つゝ有て・十二時に、 すべて三十六、これは座禅観法の時に.少男 少女女或は老男老女、又は禽獣の像で現はれ、 行者を悩ます実邪のものなり。然るに念仏の 行者は、実邪は恐れてよりつかず権応は 守とある・しかるに弥攻の本願を妨る人 ならば、外道や六畜の一類なるべし、所難の 趣とりあぐへからず。さやうのことには万旗に ならぬがよい。猪金山を摺と。猪が金の山に 己が顔のうつるをいやがり。脊を以てすれば □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 其中に小乗法に似たるを除て、九十五程といふ・ 此外道の立るところ各々ちがひあれども、つゞめて いへば•断常の二見にこもる•仏の教どはうち ちがひにして•三世因果を信せず•道をはなるゝ ことのならぬものなり•六畜といふは•牛馬羊犬 一豕鶏なり・止観に一時を三として・昼夜十二 時に、三十六獣ありと、示されて、宮の時ならは、 狸と、豹と、虎と、卯の時は狐と、兎と、格と、 いふやうに、一時に各々三つゝ有て・十二時に、 すべて三十六、これは座禅観法の時に.少男 少女、或は老男老女、又は禽獣の像で現はれ、 行者を悩ます実邪のものなり。然るに念仏の 行者は、実邪は恐れてよりつかず権応は 守とある・しかるに弥攻の本願を妨る人 ならば、外道や六畜の一類なるべし、所難の 趣とりあぐへからず、さやうのことには万旗に ならぬがよい。猪金山を摺と、猪が金の山に 己が顔のうつるをいやがり。脊をいてすれば 糸打巻丁 いよ〳〵かげのうつるがごとく。念仏法つ”やゝもすれば。 一妨る人あれども、時機相応の御法ゆへ、ます〳〵御 一繁昌なされ、五百余年の今日に至るまで、いや ましに。ひろまりたまふ。 一念業成のこと、車生、臨終、三宝減尽のときの 桟にありと、決定せらるべく候、 一念業成といふも。一念のところに。往生の定ると いふことなり。それは。平生が。臨終かといへば。 平生でも、臨終でも信心領解の時が.往生の 定り時。これ元祖聖人重て、随自意を述させ られて、今家の御勧化とさらにかはりなく・ いつであらふとも。たのみ奉る信の一念に。往生は 定ると、決定せよと、おしへ給ふ、御ことば也 。ときにこゝを。わるふきゝなす人は。然らば 臨終にたのむもかなじことならば、平生に 一たのむには及ばぬとおもふは・大なるあやまり也。 臨終は、前業の所盛にて、火にやけ水に 一おぼれ、いかなる急死のあるべきもはかられず 兵衛丁 出る息入るをまたぬ。不定の命なれば。 随らいそぐべきことなり。 故栄堂の座主・智行そろはせたまふさへ 情を折専修になり給ふに。今の座主御坊の 宣ふは、雀のさへづるにことなるべからず、 一故栄たの座主とは。顕真僧正のことなるべし これは道心堅固にして.往生の一大事に付て・ 大原におゐて。歴々の学者連集りて。聖道 浄土の法つを、問つ善つして、念仏の法つ、時に かなひ、機に相応なされたゆへ、専修念仏の、 領解となりたまふは有がたきことなり。 しかるに今の座主の宣ふは雀のさへづるに ことなるべからず。これは庄主を雀に たとへたまふにはあらず・雀の常にさへ づれども、何ともおもはぬごとく、とやかく 傍難したまふも。耳にとめず。諍ひ給 はぬ御心なり。 。市は一切経を。廿六ヶ年を経て、五遍まで、 織羽巻下 見尽し、六宗の達者にあふて、申きはめ、 今浄土宗を建立し候•更に私に初て•申 立るにあらず、異人には遠ざかるべきにて候、 貴坊顕見と候間。為二念仏証拠一郎が影をレ之候 予とは法然聖人。御自身のこと。御年十八歳 より。黒谷に下りたまひ。四十三まで。二十 六年の間、一切経をくりかへして、御覧なされ 六宗の達者とは、天台では、先最初に持宝塔 一源光。次に功徳院の阿闍梨皇円。次に叡空、 真言では。中河の阿闍梨実範。花厳宗では 仁和寺の慶賀、三倫宗の寛雅律師、 法相宗の蔵俊僧都。律宗の師は。中汀の 阿闍梨実範、鑑真和尚の伝戒を以て、 上人に授く、かくのごとく諸宗の学者達に。 あひたまひ、その家くの興義を極め、 一酸も甘いも喰たものがしると。推量 一分斎にあらず。諸宗の法つとくと学び給ひ て。末代の凡夫の機に。かなはぬことを見極め。 善導大師の、順彼仏願故の御指南より・ 他力をひらかせられ、浄土一宗を興行 なされ、自行化他念仏の一行を信じ おしへたまふ、さらに私に弘め給ふに非ず、 貴坊とは、今師、予が影とは、法然聖人の 一真影。兼て御深切に思召ゆへ。選択集。 内題の字符御染筆。其上御影に此書を そへて、貴坊へのかたみ、念仏証拠のため とて、あたへたまふ、まことに三百八十餘人は、 みな今師よりは御なじみも深ひ。然るに御入室 よりわずか五年の今師聖人各別御深切に なさるゝは”どうしたわけぞといふに” 内鑑冷然といふて、今初ての、御出合には あらず・極楽浄土では、今師はあみだ如来、 法然上人は勢至ぼさつ、浄土でとくと、 御相談のうへ。勢玉芥は先き達て、法然 聖人と現はれ、あみだ如来は後から、 吾聖人とあらはれたまふそれゆへ たがひに見ぬふり、しらぬ顔で、御出合ひ なされたれども、弥陀と勢至なれば御深切に なさるゝは勿論なり・しかるにわれら、いか なる仕合なれば。あみだ如来勢玉ぼさつの。 直の御引辱にあづかり、往生安堵の身と なること宿因深厚のあらはれ。喜の中の 喜び。仰ぐべし信ずべし 興御書絵抄下終 糸斗一 釋圓鏡著 此御書をくはしく注解 興御書嚥沛録全部五冊して故事因縁を多く集メ て法談の便りとす 同上 即席 百座 勤誡得失辨全部十二冊追而板行 祖師聖人御一生の御伝を 親鸞聖人正明傳全部四冊 くはしく集めしるす 又七巻伝トモ云 五帖目の来由旧記を考て 御文章来意鈔全部六冊 勧化のたすけに備ふ 釈円信著 俊徳丸行状記全部五冊追而板行 昨日殿にて座主の御坊へ参会法門仰かけて誹謗 し給ふよし取候、くるしからず候。餓鬼は水を火と 見候・自力根性の他刀をしらせ給はぬが哀に候 たゞ源空がいたむところは、門徒と称する人々 の中に.不思議を源穴がおしへといへるがあさ ましく候、常に申やうに。浄土宗の立るところの 一こゝろは、桟は十方衆生、心には助けたまへと おもふばかり、行は一念も十念も決定往生なり、 仏願に順するがゆへにと。相承する外に全〳〵 別の法行も爾もなし。されば父母が愛執の中 より生れたる生れつきの三毒五欲の機の玉 臨終に火車の現ずる時。はしめて一念となへて。 無量劫の間の重罪も。今生の十悪をも五逆 をも、一念の間によく滅し。火車の懐をかへし。 花台の来迎ある桟三夜減惣の時の桟も。なぐ 一念南無阿弥陀仏と申せば極楽世界七変の 台に生れて正定聚に入り。不退の位になりて 一二たび輪回の卿にかへらず。剰生々世々の六親等 の悪道に随ちしてくるしみふかきをも。済度する までに候・これは何ゆへぞと申せば他力のゆへにて さふらふかたじけなくも書につけても筆の立所も しらざるほど泪にむせび候。予が門人にも聖光坊 一勢観坊。禅勝坊。善心坊。熊谷入道は。いつもあやまり せぬ人くにて候。向後も。座主などの入らせ給ふ 所。逃てかへらせたまふべく候。穴賢 源空在御判 善心房 一今源空が申は法門は、仏の説給ふ経文に設越後越後仏 十方衆生等といふほとけの願善導和尚の若我成行 乃玉彼仏今現等の。釈義のこゝろなれば。よも誰人也。 一共。俳傍はしたまはじ。此儀さなしといはんは。外道六番の 一類なるべし。更に所難の趣。とりあぐべからす。また 一念業成のこと平生臨終三交減直の時の様に ありと夫走せしるべく候故栄堂の座主智行 そろはせ給ふさへ。情を折専修になり給ふに。 一今の庄主御坊の宣ふは。雀の囀に異るべから 一次郎は一切経を二十六ヶ年を経て、五遍まで、 見直し。六宗の達者に逢て申極て今浄土宗を 一建立し候。更に私に初て申立るにあらず、異人 には遠かるべきにて候。貴坊頼見と候間 一念仏証拠のため。予が影進之候 同行の弁 或人問ていはく。同行といふはいかなるこゝろ ぞや。予答ていはく四海一同に本願の念仏を 行するゆへに。人異なれども行同じかるがゆへに 同行といふ。止観にいはく心を同し志をひと しふすること一船に乗ずるがごとし。互に 相敬重すること世尊を見るがごとくす 是を同行といふ。夫一天四海の人みな聖人 のおしへを信じ一味の安心に住し。ともに 浄土の往生をとげ奉るゆへ。同く行し同じく ゆくといふこゝろにて同一念仏に約して同行と いふ。又問御文にさればとも同行なるべきもの なりと仰られたり。ともは朋友の字なり祖師 は真宗建立の師あんぞみだりに朋友同行と いふや。答ふ釈尊も則我善親友と仰られ観 音勢玉も為其勝友とのたまふこれその人を ほむるにはあらず其徳を称するなり薄地一 底下の凡夫なれども御回向の大信これ仕智 なるがゆへに釈迦も二大士も是を歎し給ふ されば高祖及び門葉同しく一味の安心に住して 喜ふゆへに朋友同断といふ。元祖の曰く他力の 信心は善悪の凡夫ともに仏の方より賜る 信心なれは源空が信心も善倍坊の信心も更に かはるべからず唯ひとつなりと仰られ。曇蛮 大師は同一に念仏して別の道なきがゆへに 四まみな兄弟と釈し給ふ。御一代聞書に いはく建如上人順誓に対し仰られさふらふ 法敬と我とは兄弟よと仰られ候。法敬申され候 是は冥加もなき御事と申され候。達如上人 仰られ候信心を得つれば前に生るゝものは 兄。後に生るゝ者は弟よ。法敬とは兄弟よと 仰られ候。仏恩を一同に得れば信心一致のうへは 四海皆兄弟といへり文しかれは信心領解の 身のうへは往生の血脈を如来よりわけ与へ 給ふゆへ。聖人もわれ〳〵も浄土参りの兄弟也 同行なりといよ〳〵喜ぶべきものなり筒に いはん当時同断と名のり会合する人、くその 心得大に相違せり。名を同行とよぶのみにて。 その志は同しからず。まづ会合の時は相互 に臍点をいさめて喜び。病に臥臨終に至り ては勿論称名相続新要なり。しかるに平生の 会合にはたゞ飲食にふけり。或は。商の相談 婚礼の取持或は死期にのぞみても跡式の 評儀のみにして御報謝の称名は餘所になし 死せる時は沐浴をし葬式の世話をする 同一丁目 のみを同断と心得たるは。なげかしき次第 なり。尤信心堅固にて互に法義相続し 其親のあまり。世間の世話も餘所ならぬは 深切なることなれども。たゞ世間のみにして 一。大事の法を相続の儀もなく。一味の安心に ならざるはまことのほりにてはあるまじ。 伊勢参宮西国巡礼の笠に同断何人と書。 その心はいろ〳〵かはりあるへけれども。同行 といふはたゞ道連のこゝろ歟。今も同行と一 名乗り同し法席につらなり。聖人の御門こと 名をかけたりとも。一味の安心に住せずんは。かの一 参宮の同断道連の風情なるべし。聖人の 御同行と仰られ。善導大師の同断と呼給ふは 同し領解になりはしく御報謝をつとむる 人のことなり。然ばあやまれる同行は改めて 同一念仏の領解にもとづくべきことなり なり。またたま〳〵同行会合して。法義 相続する歟とおもへば。いろ〳〵の曲法つを 一同丁 骨張し手次の坊主は押のけ。あれは一往の 御勧化まことは御しまり同つのすりみかきに あづからねばなどし。御聖殿の所判になき 僻つつを云出し。論釈聖教の文を得手に とりなし。理をまげて御正意をそむくも あり。又は経論の文言を覚ていひならぶるを 自慢に。肝心の称名は傍になすたゞひ すくなからず。同行会合して法義の物語 するも御勧化を龍聞するも。たゞ報謝の 称名を喜ふべきためなり。能聞や相続を 往生の足しにするとはおもふへからず。たゞ 善知識の御勧化御文の鏡にてらし。わがあや まりを改て喜ふべし。当流の法義別にむつ かしきことはなし。一念帰命の時往生治定と 安堵して。その後は命のあらんかぎり御服謝の 称名喜ぶばかり。御文の御勧き改悔御文の外 別の子細はなし。もしあやまれる人くは。 よく〳〵聞わけて正路におもむきたまへ 一町丁ノ斤 平から こゑ金五五 出来 安心 相続 平かる 改悔文繪鈔 絵いり全二冊 寛政八丙辰年霜月求板 平埜町壱丁目 曽谷林蔵 高麗橋壱丁目 大坂書肆 北尾善七 同五 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□ ) □□□□□□□□□□□□□□□□□□□ □□□□□□□□