父子相迎要解

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湛澄
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2026-08-17T19:23:15.277Z
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湛澄
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日本語
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村上平樂寺勘左衛門
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フシソウゴウヨウゲ
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東北大学
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ジョウドサンブヒショウヨウゲ
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
狩り 考 父子相迎要解 一四例一浄二楽三常同年 医学薬器中関附金ヲ 古今県人九郎博士 内閣議会 父子相迎要解上 此書は右の二抄成就門後向阿上人別して御心を尽して作法法結へり。是なん。一宗此首目三 部の喉衿なるが故に。詞も殊に巧にして。迄いよ〳〵深し。尊重して之を読み。劣欲して之を 心はゝ。浄土の法の儀に似て深きことを悟り。西方の道の遠きに似て近きことを弁ふべし それ仏性同体の理よりみれば弥陀は父也衆生は子也たま〳〵信者ありて三界の逆旅を 厭ひ極楽の古郷を願へば生仏同体の理に酬へて威応の自然なること雄石の針を吸 が如し。弥陀の誓願も釈迦の発遺も諸仏の證議も列祖の勧化と皆この一理に授すと いふことなし。然れども弥陀は修徳極りて已に正覚を取給ふが故に己。成の如なり。我は性具の まゝにしてなを騫累を帯るが故に未成の仏なり。譬へば金と諺もの如し。其体は同じけれ ども。苦薬は大に別也仏道臨行の瑕錬なければいつまでも生死の苦海に沈む也。此書を読ん人は たゞ同体の教を頼て念仏を励むべし。ゆな〳〵上慢の気を起して修行を懈ることなかれ ○父子相迎此四字は善九寺大師の釈にあり般舟議云ノ父子相迎入大会ニハ開記スト開記ノ者参 子ノ者衆生也字書六、共也相ニ視ル也ノ云理也又ノ達也○相は平秀ノ迎は去声に呼べし○一条の趣向 収舟説に依て製作したまへり。その文二の下巻に引れたりあね随仏と衆生と仏性同上 きが歴に父子にたとへ一子の慈悲ましますが故にかの仏を慈父といへり法花云今此三界岳光 我ノ有ニ其中ノ衆生ノ悉ク是レ吾子。同蹴ニ云一切衆生等ク有二佛性佛性同ニ故ニ等ク是レ子也此終来 定の刻生仏対面するが正しき父子相迎なり此巻の終に形かれん時父に相達せば命せは命をはらんと 本家に帰らざらんやといへる是なり回四生胎生。卯生。化生これを四生といふ ㊇群所四生の類その品おほきをいふ筆剤記云群衆也品類也をのつから本有の仏 性なり此詞爰にては自然の義なりたま〳〵の心にあらず汝仏乗の性たゞ仏性なり 乗は運載の義にて所證の法に名づく。性とは理体に増減愛改のなきをいへり但繋経師 子吼品品曰一切衆生悉ク有一如来、常住ノ常住ク無シ有二変易顯性錢云佛字ハ爲顯性ノ字ハ爲ス因ニ一切衆一 生雖レ無二果佛三千五融之事而心。具ス三千五融ノ之性ヲ囚人。即チ囚人ニ有リ果人ノ之性故ニ名佛性スニモニモ私民 叩この徳文の心をよめり草店集にことはりはもにすむ虫もへだてぬを我からまよふなりけり うけたりをのづからうけたりとは性奥の義なり稟の字なり 仏の位をいふ仏に十程の徳号あり妙覚の極果なるが故に尊位といふ十号とは柴慈信正 倫智。鳴行足。善逝。世間解無上士。詞御丈夫。天人師仏世尊これなり三教指歸云捨二十一 重ノ術ノ證ス尊位。於真如一四教集解ニ云位者列也所也所レ列シ之位ニ有二賢聖因果之等階也 法王の御子法王とは仏の御事也一切衆生にみな仏性あるが故に何れも仏子なり仏は 法王の御子 法に目在なるが故に法王と申也惣じて王子をはみこと申す舊事親なとに里子とあり。又 をみこのみやとよめり三教指歸云ツ況。吾法主ノ之子圓覚維大疏云元上法王郎是備 也於テ法自在ヲ更ニ無レ有レ有レ上佛地論云從二世尊ノ口正法所レ生ル紹維ノ佛身ノ佛身ヲ不 の自家極楽を自家といふ将の国なればなり此字と善導の釈にあり法事 賛云慶得希聞自家國ヲ聞シテ自家國ヲ記ニ云フ ○評メ曰此ノ書ヤ也語婉而義精ク情切而而 自ト流轉ヲ名他如レ他ト如シ楞伽ニ云二カ他來依我ト一ト 父子相迎上 一涙非二スハ超然ソ之才。絶倫ノ之誠ニ不レ能レ能レ能レ処也 他郷三界を他郷といふ是も釈 一夫四生の群品いまだいやし にあり法事讃ニ云去来他卿ス不レ可レ可レ停ル 從佛ノ歸家一ニ還二シ本國ニ惣して悟は自なり とせずみなをのづから仏乗 迷は他なり楞伽ニ云我念二過去一ヲ於二ヲ於二出 時ノ中ニ我來テ依リ他ニ於ニ於二ス入時ノ中ニ他來テ依レ我モ の性をうけたり。十号の尊 魔王欲界第六の天に住す魔 の王なり。なを諺註のごとし 譜代代々その家に属する者也 位なんぞ。のぞまざらんたれ 玉篇ニ云譜ハ属ナリ也又続日本紀職原鈔に は譜第と書たり かもとより法王の御子に やつこ奴の字なり下人の事なり あらざるや。しかあれどもわれ 説文ニ云男ノ人ヲ罪ニ曰レ奴ト女人ノ入レ奴ニ曰レ婢トこの欲界ハ 魔王の領ずる処なり我等今まて多く は此界に生るゝが故に下人なり譜代也 ら。ひとたび自家を。まどひ 智論ニ云魔王ハ爲二欲界ノ主一云云惣して此一 節は慈恩の釈に依たまへり西方要 いでゝ。ながく他郷に。とらはれ 交ニ云恒ニ爲二魔王ノ而作二ヲ而作二テ僕使駈二馳二馳二モ二 てしより。このかた。魔王。譜 苦二切ス身心ヲ一ヲ一ヲ以カ縦横此字も釈にあ り。六道を次第にめぐりて生を受るを 代のやつことして六道縦横 縦といふ。一道に幾生もありしを横と 父子相迎参上 いふ序分義ニ云蠢々周憚ノ縱横ニ走ル於六道一ヲ にかりつかひにしかは。身つた 同記ニ云從此ノ趣二スル彼ノ趣ニ故ニ故ニ名レ縱於二テ一道ノ中ヲ一道ノ中ヲ一道ノ中ニ 受二種々ノ身一故ニ名テ名テ為レ横ト也㊂かりつかひ なくして姓をも名をもいは にしかはには助字也魔王に駈使 せられし也是も慈恩の語に依て書 ず。心をろかにして父をも母 姓名は身 給へり身つたなくして姓名は身 にある事也下巻に法王子の佳名。仏程 をもおもはずなりぬ。あやま 性の貴姓といふ是なり 心をろかにして て名利のひとやを迷境のな 父とし。蓮をもて母とすといへる是なり 惣じて此書の文の首尾符合する処を よく〳〵みるへし○名利のひとや かにかまへ恩愛のきづなを 名聞利養にかゝりて身の自由ならぬこ 妄縁のうへにむすびぬるのち と籠に入たる者のごとし◯ひとやは獄 の字なりつ迷境心を迷す六塵 は。安養を本国ときけどもゆ なり千恩愛のきつな主従妻子 などの互に恩あり愛ありて思ひ切がた め〳〵かへらん心もなく。弥陀を きをきづなといへり掌の字なり倭名 犬岐豆祭の迷境は六塵の境なり是は 鋭云肇。音孫一字両訓往鷹。阿之平在夫岐旦奈安縁前の連境は六広の境なり是は 能後の安山なり愚速發心集。云純恩愛繋藉。於迷亂[ノ]之心上③安春を本園稔には忙の後 なれば一切衆生の本国なり禮談ニ云普ク橘一有縁テ有縁一ニ帰二本国一ニ一ニ一ニ 違二ハ弘願一ヲ字書ニ云上変レヲヲレ下曰レ慈ト ウ穢土の五欲 此界を穢土といふ 五欲とは眼耳鼻舌身の欲なり群 慈父といへどもつや〳〵なつ 疑論ニ云穢土ノ五欲ハ増二長ス貧心ヲ 又なきもの夕顔巻に又なき事 にかしこまるとあり河海に又なき事 也とあり此外には又もあらじと思ふ也 かしきおもひもなし。たゞ 穢土の五欲をまたなき物 浄制の四徳極楽の浄楽我常の 徳なり弘決ニ云ク具ニ存ハ應レ云二刹摩一ト此云レフ田ト にして。浄制の四徳を。ないが 即チ一佛所主國土也 倒見顛倒せる心なり般舟讃 しろにせり。これひとへに例 云ク但爲二我等倒見凡夫ノ のめをくるしめかし 眼根をまよはす 見めをくるめかし。著想こゝ なり眩の字也釈名ニ云ク眩ハ懸リ也目ノ所 ろを。ゑはすによりてなり。 レ視キ動乱ノ如二懸スルハ物ノ揺々然リハ不不レ定ラ也漢書ノ班 固。傳ニ云ク目眩轉ノ心迷フ國語ニ云観レテ美ヲ而敗ス賈 達曰眩惑也ヤ著想心をゑはす しづかにこれをおもへは心驚 着想は執着の思ひなり物に迷ふは 悲歎にたへず。はやくこれを 酒にゑひたるがごとし詩経黍離篇 云ク行邁靡々中心如レ醉 こしらへて父子相迎せしめ 憂毎ニ酔レ心ヲ按ずるに爰は弘法の語を 取に似たり宝鍮ニ云空華眩レ眼ク龜毛 迷レ情ヲ膠二着メ實我一ニ醉ル心ヲ封レ執ヲ んとおもふ。これがために魔卿に 三十目甲太上 序 むべし 浄下 クニ木運第一 心驚悲歎おどろきてたへがたく とゞこほるまよひをいさめて。 かなしきとなり是も善導の語をとり たまふ散善義ニ云忽思二付スル斯ノ事一ヲ不レ勝二 佛國をこふる心をすゝめん 心驚悲歎者哉分こしらへて諺の字也 なぐさめをしゆる義なり葵巻にこし そのまよひ百端なりといへ らへきこへたまふとあり なり般舟賛ニ云ク厭二捨ノ娑婆一ヲ求ム佛國一ヲ 百端事の多き義也広鞠に云端 緒也唐孟郊カ詩ニ云ク凶憂有二百端一 四例四種の類例なり顔例とは ども。ことにをろかなるは四例に あり。一にはきはめて不浄な うんべい さかさま分別なり以下にその所迷 る身をきよしとおもふこれ の相を挙て能観の智を示し給ふ これを四念処といふ大小の聖賢入 はなはだをろかなり。しら 道の初門なり此書には穢土の執着 を切て浄土の飲求を勧ん為にこれを んとおもはゞをのが身のうち 記し給ふ四類例の段。諺註に委く 記すが故に爰には略す。惣じて諺註に をさぐり見よ。ながくみじかき もれたる事を此要拝におほくしるし ○四例ともに標釈結あり くさりあやつりて 侍る両書を引合せて見給ふへし 実積経ニ云身ハ ほね。ふし〴〵をつぎあつめた るに。ふとくほそきすぢ。その 如二機関ノ筋骨相一。持ス故ニ なつきをいれ 倭名鈔ニ云腦ノ 和名。奈豆。岐説文ニ云脳作レ膝頭中ノ髓 つぎめ〳〵を。くさり。あやつ 悩リ也出曜経ニ云頭中ニ有レ脳々ノ者如レ泥ノ 脚臭逆鼻下レ之ヲ著地莫能踊者一 りて。それにあかきしゝむら ひとつとして普曜経ノ四云從り 頭観ニ至レ足ニ察レ之ヲ無二一淨一淨一。淨一成實論ニ云ク 九十孔ノ不浄ノ門及ヒ諸ノ毛孔無二一浄者ノ 九ニ孔ニ不浄ノ門及ヒ諸ノ毛孔無二一淨キ者一ヲ浮キ者一ノ 九孔不浄門及諸毛孔無二一浄者一浄者ノ 十ひ海水 智論ノ偈ニ云地 をまつひ。うへにしろきかは をはれり。かうべにはなづきを 本火。風ス質能ク変二除不浄一。不浄一便ヲ浄二此 身一ヲ不レ能レ令二トト二香潔一心地観経ニ云有レ漏キ不レ いれていたゞき。はらにははらわ 淨仮使モ海水ヲ尽二未来際一ヲ一ヲ一洗レ之ヲ無レ益 風雅集二 前参議教長 わたつ海をみなかたふげてあらふとも わか身のうちをいかてきよめん たをつゝみてかゝへたり。いづ くかひとつとしてきよき所あ 源氏にとりたてゝはか とりたてゝ源氏にとりたてゝはか 〴〵しき御うしろみなけれはとあり る。たとひ海水をかたふけて のさもわれなから といふてにはなり しか。われながらも あらふとも。いかでか清潔なる 事をえん。とりたてゝいはねばこそあれ。おもひと けばさもわれながらきたなき身を。せめても 分二相巡表上 せめてもまよひの極りせまる也 おもひしめて心にしみ付てなり 染の字をしむとよめり枕草子に めでたきものに思ひしみけるとあり むまれつきの をのれなりむまれつきの まゝなり化粧もせぬ時なり まよへるあまりに。ことさら。き よき物とのみおもひしめて なのれなりなるけがらはし ○心うつくしう 一少もいとふ心のな きをいへりうちとけて心のよき義也 さをだにも。心うつくしう。 伊勢物語にも人がらは心うつくしくと わすれはてたるに。いとゞ あり㊆青袋 眉をかく墨なり 宗夷ヲ曰ク青黛ハ乃チ藍ヲ爲レル之ヲ者ナリ釈名ニ云 滅二去シ眉毛一ヲ以レテ此ヲテ代レフ之ニ故ニ謂二之ヲ黛ト 青袋まゆをかき。紅粉おもて まゆをかき前漢書張敵ノ儀云敵鳥[リ]哥にもかくまゆずみとよめずみとよめずみとよめずみとよめずみとよめずみとよめずみとよめずみとよめ 面に傳る白き物なり桃色に染たるを紅絵といふ倭名抄六粉ノ和名。之路岐毛能に柏草 なにしろきものゝゆきつかぬところはといへる是なり職人惣哥合にしろいものうりとなり 今の俗はおしろいといふ下界の語なり貴人の所用にて御の字を付しなり韻会云粉周礼 註ニ云豆屑也古伝一而亦用二米粉一米粉ヲ又染レヲ為二紅粉後ヲ焼テ焼テ鳥粉ト古々古今註ニ云燕脂重ニ云燕脂草出シ 西方ニ業ハ似レ蘭花ハ似レルコニ土人以テ染レテ粉ヲ為二婦人ノ面色故ニ多ク熱脂後人勢ヲ以二無花ヲ以二驚ク為レ説ヲ為レ許ヲ為レ之ヲ のもとのおもかけもなく白氏文集 時世粧詩ニ云ク妍豈黒白失本態ヲ をかざりて。つや〳〵もとの こはわれか こはわれかこれは我顔かと思ふ也 おもかけもなくいろどり 源氏にわれかのけしきにてふしたればとかり 心あがり自慢なり源氏に 倶舎 なしぬれば。こはわれかの心あ われはと思ひあかれるとあり倶舎 頌ニ云慢ハ對レ他ニ心奉ル うちおくかゝみ西要抄云鏡の心 がりに。うちをくかゞみも はづかしきまてしみふかきわざはこよ なごりおしくおもふ。まして。よ なくおのこゞよりもまさり侍るべし まして是まては内身不浄なり その人めはひたまよひなり。 以下は外身不浄をあかす。惣じて段々 の釣鎖。自然なる処をよくみるへし このあやまり害をなす事 ○害をなすことふかし白氏文集 第四新樂府ニ云女ノ爲スハ狐媚一ヲ一害却テ深シ ふかし。いかゞしておぼらかさ 日ニ増レ夜ニ長ク溺二人心一ヲこの語を取て書 給へけ人みなきつねのこれも れぬ事あらん。つかのうち 楽天の語を用ひ給ふ。かの文集に古 塚の狐に寄て艶色を戒たる中に下 にすまぬばかりぞ。人みなき 此句あり古塚ノ狐妖ヲ且ツ老ノ他ノ為二テ婦人一 顔色好シ狐ノ假二ル女ノ妖一ヲ害猶淺シ一朝一夕 つねの媚をなせり。野外に 迷一ル人一ノ眼一ヲ女爲一、狐ノ媚ヲ害却テ深シ日ニ増シ夜ニ 長ノ例二人心ヲ一 前後句 略之 用人の心をとらかす 母或作二為メ酒巧一ヲ以ヲ以テ蕩上ノ心ヲ ゆかりのすゆずみ 禮記ノ月令云 大論云先ニ所二所ハ飾リ をかざる程かばねよく人の 心をとらがすなん。そかりの 一父子相迎巻上 タル皆ヲ是仮借ナリ のうちむかふいろ たゞ顔色なり 皮ひとへ浄影ノ云薄皮覆故ニ不 説文云色顔気也 一浄影ノ云薄皮覆故ニ不 まゆずみをみて。まことのしゝ むらをわすれたる。わづかに 見不浄一ヲ謬執ス為レ浄トレ浄トル長水ノ云隔二紙膜一ヲ不 うちむかふいろにめをとゞ 見外物ヲ隔二レハ皮膚ヲ不レ見五臓ヲ めて。皮ひとへのしたをおも 源氏野分にいたり 心のいたり ふかき御心にてとあり智恵の短き也 心にくき猶も浄からんと思ふ ひもやらぬ心のいたりのみじ ならば也。以上は自性不浄。已下は究竟 不浄を明す慈鎮和尚云はだへじゝ いかさこそをろかなれ。心にく むらをつゝみ。すぢほねをまつひて。心にく きやうにみゆるうへに楚山のまゆずみ。 きところあらば。たゞ野ばら 色あざやかにかき。蜀江の衣。にほひなつ かしく。たきなしたればこそ。むつまし にゆきてしにかばねのふせる くもおほえ侍らめ かしにかはね 人ノ身最モ不レ浄力。長魁詩ニ云敗壊モ不レ不レ如二猪 徇ノ相一ニ只今便ニ作二セ死屍ノ看一ヲ〇是より下に 九想の内。脹想より骨想までを書給へり かしにかはね智論ニ云一切ノ死屍中ニ みしるを。はみてむぐめ 心をとりてみるへし焼点は無常の篇へ譲たまふなるへし㊂四支三穀法数云 定セシ己易ノ神ノ神ノ外ニ云暢ノ於四支ニ云如四咫之念支服脈衆ニ支テ をみよ四支腫脹して虫う 三蔵法数ニ云四支ト者二手二 九想の第一帳想なり 篇海類編ニ云膽ハ坡江ノ切ニ音ヘ傍脹ル也 き。五体爛壊して烏はら うみしる倭名抄ニ云膿ハ音農和 名。宇美之留。説文ニ云腫ノ血也 わたをつかみてあらそふ。これ ○はみて暇の字也くらふ也哥にも きつにはめなでとよめり なんざながらありのまゝなる 助語のなん也悉 ◎むくめき むくめき森の字なり昨霊集 すがたなり。愛着の心なを 靑痰想ノ詩ニ云白セリ。孔ノ裏ニ蠢青キ蠅靴上ニ飛フ ○五躰資持記ニ云四支及ル管ヲ名テ爲二五 躰ト一頭と手足と也 いかゞおもふ。てをもふれ身にも 智論ニ云棄レハ之ヲ曠野ニ一 烏はらわたを智論ニ云棄レハ之ヲ曠野一ニ 爲ルルニ鳥獣一ニ所レ食ハ烏桃二其眼一ヲ徇分二ク其ノ手脚一ヲ さなからしかながら也そのまゝ也 ○ありのまゝ 平生の姿はみなか ちかづけなんや。むしをもそ ねみ。からすをもねたみなん ざりもの也智論ニ云今ハ但臭壌膿爛塗 や。さしもはなやかに。にほひ 染ス此是是実ノ刀也其者の 随一なりあいかゞ思ふ性靈集青春想詩云欲年日ノ愛ヲ一悲シテ。悲シヤ悲。可レ帆。の身にもらかつけ なんヤ止観第九ト云為シ證二此ノ如ク雖テ修ク高キノ高キ所ニ就テ南二竹ノ如一巻ノ如二一聚ノ第如ク。覆一。其上ノ亦如ク。 候ニ着二僧頼尚ノ商ヲ不眠視一況ニ資。身近シ急鎮和尚云風ふき日さらし皮みだれ。筋とけてきよき原素 をけかし大空をさへくさくなす時はたれか肩をつみこと葉をかはさんやへをさしも愚按するに さいしかなり。しはやすめ宗也くもといふ義なりはなやかに楚山の岩色あさやかよかき男江 の衣句なつかしくたきなしたるゆへにこそこも香もありけれ。いまはたとひ定の経は楠正 父子相迎巻上 図の詩序にある事を用ひ給へり ふかゝりしも。さらに。左のが 本朝文粹第十巻に載たり浅香輝 一娟ナリ仲方ノ之雪煙レヲ濃香芬郁ナリ妓爐之烟 譲レ薫リヲ○仙方のゆき仙人の上薬 いろかにはあらざりけり。いま 譲ル薫リヲ○仙方のゆき に縫雪とて白く赤き物ありそれを はたとひ仙方のゆき粉を 紅粉として屍の面に伝たりともといふ 義なり漢武内傳云西王母進二ル帝ニ ほどこすとも。このあをみ。つ 上薬ヲ有二玄霜絳雲とトと云 ちぬひもせぬ袖なべてくれなゐふかき雪を しみたるいろをはうづみ。かた みるらんとよめるも是なり 粉をほとこす粉の字をしろきも 出し。又妓炉のけふり薫を のとよむべし倭名抄云粉は和名之路は 岐毛能くはしくは前にしるせりほとこ ゆづるとも。このくさくけが 一すとは施の字也むらもなくつくる心也 此字も私にあらす都良香詩に云疑 如シ漢女ノ顔ニ施二施レ粉ヲ○ゆあをみつしみ 九想中第五靑痰想なり。あをみ つしむとよめり。法花経には繁の 字をつしむと訓せり班にして黒き 色なり の詞なり甲妓短妓女の香炉也 らはしきかはまがふべからず。 たゞみるものはめをふさぎ。 はなをおほひてのみさる。 うたていつしかなるこゝろ 婢奢云妓ハ美女也 性震集ノ 卅くさく気からはしき性霊集。 がはりかな。恋んなみたの 靑痰想ノ詩ニ云九孔所レノ流カ汁ニ一界甚 臭ク穢シ二十十めをふさき漸誘釋ニ云 膿血流二二九穴一リ臭香散二ス八方一ニ親愛ノ妻 いろは。おもひをく心のみ。 子モ掩鼻ヲ鼻ヲ悪厭ヒ同心ノ朋黨ヲ吐唾兼テ去ル しほれて。野ばらの露ほど うたて薄情と書なりな さけのうすきなり。是よりは。その屍と 夫を恨みていふべき詞なり も。こけのしたまではかゝ 〇応んなみたの色 応てなくらん涙の気色なり 死後に我を らぬなさけなりけりと。か 後拾遺 一條院皇后官 よもすがら契りしことをわすれすは ばねもし。たもとにすがりて こひんなみたのいろぞゆかしき 此皇后は中関白道隆公御女定子なり なきをらば。なつかしかりし 御なやみおもくならせ給ひにける比帝に なごりともなく。いかゞ身の 御覧ぜさせんためとおぼしくて御几帳の 惟の紐に結ひ付たりける歌也今その けもよだちてをそろし 哥の詞を取たまへり 一露とは少の義也死し ○おもひをく心妻の心に思ひをきし也 て後は少も我を思はぬと也。かく野はら。かゝらぬ皆前の縁の詞なり又野はらの者といへ 死せる人の事にもなる也按玉集。かくばかりはかなき世とはくりなから野原の露をよそにわくらん こけのした墓所なり歌におほくよめり露に縁のある詞也田をそろしかん十夜 三十目甲斐三 千疋米上元 卑下心。云生スル時ハ相モ談ヲ雖雖香二ト於花一死後疎ニ からん。先賢の紅粉翠黛 愁猶ヲ甚二シ於鬼一ヨリ 一九想詩の作者をさす相侍 ㊆先賢 はたゞうすきかはをいろ。とり。 へて東坡の作といふ是はかの序の語也 かれたる生たるをなましき 男女の婬楽はたがひにくさ といひ。死したるをかれたるといふ般舟 賛ニ云形枯命終ル命記ニ云枯ト云枯ト者也 さて爰は下の枯骨の事へうつる故に 骨のかれたる義を含むなり文章 きかばねをいだくといひけん も。いまこそ思あはすべけれい の妙なり 李周翰ク曰樵夫ハ採ル樵ヲ之 樵夫 きても。しにてもおなじ不浄 賤者也薪をとるもの也 されたるかうへ日にさらされたる なるになどか。なましきを 頭の骨なり。これを暴骨といふ。死 人の頭骨を。医家には天雪蓋といふ 愛し。かれたるをにくむ樵 好古ク曰男骨ハ色不レ赤ナラ女骨ハ色赤シ以テ 此別レ之 夫のみちをゆくとてされ ひとりごとにいひし也 ○ひとりこち 慈鎮和尚の哥にも思ひあまればひ たるかうへをみて。いゑにゆき とりごたれてとあり○ふつにすきと 思ひ切といふ義也日本紀に都の字を てをのがめのかしらをさぐり ふつとよめり はうらやましき心もち て。すこしもたかはずとひ もちやうなりおもゝち。ひぢもちなど いふ詞の類なりさてこの故事はなを とりごちけるがふつにおも 出処あるべし閑居友に見えたり其の 略云中比山城國に男ありけり。思ひ ひすて。にけるはうらやまし たりけるめなん侍ける。何とか侍けん。う と〳〵しき様にのみなりける女打 き心もちなり。あはれなど くどきければ。男おどろきて。えさら ず思ふ事昔に露たがはずたゞし われも人もかゝる心のおこら 一の事ありて。うと〳〵しき様に 覚る事ぞある。過にしころ。ものへ行 ざるらん。さしもほとけの。汝等 とて野原に死たる人の頭の骨の ありしをつく〳〵こみしほどに世中あぢきなく悲しくて誰もしなん後はかやうに侍るべき ぞかし。今よりわがめのかほのやうを。さぐりて。此根に同じきかと思ひておて 探り合するにさらなり。それより何となく心も。とらに覚てかくおぼしとゞむるまでに 探り合するにさらなり。それより何となく心もそらに なりけるにこそといひけり。かくて月比すぎてめにいふやう出哀の功誠に依て任の国に 生ればかならずやりきて友をいざなはん時心ざしのほどは見え申さんずるぞとてかきけつやう あつはれとねかふ詞也などは何とて也樵夫がやうなる心をうら にうせぬとなんあはれなとあいはれとねかふ詞也などは何とて也樵夫がやうなる心をうゝ やむ也 勿抱昆屍屍臥種々不浄 ホ汝等勿抱 智論巻第十七云如 一菩薩以偏。訶堀肥弟子宮子弟子子宮の後人人とはぢしめ給へる 仮名人とはぢしめ給へる 抱二フ臭身ヲ臥上種々ノ不浄ヲ仮スル名レ人ト如レ得二重病一 三十目辺迄上 箭ク入レテ禮ニ諸苦痛レ集ス安ヲ可レ眠レ眠ハ劇説 ○あたりさひし 明石にぴとりねは にせめては我身ばかりを 君もしりぬやづれ〳〵と。思ひあかしの。 浦さひしさを。新続古今 こそかゝへもふさめ。あたり 醍醐入道大政大臣 さむしろやあたりさひしきねさめして 夢のわかれも露にけかりけり 下善道寸大師法事讃にあり さびしとなげくまでは あまりうたてきまよひ 下善寺大師 たかはぬ長明無名抄に云たがはぬう ざまなり。されば善導大 きもんに侍る。たがはぬ無心所着にな りぬゆえさらぬのがれえぬ事 師は。狂二此人皮裹一験骨一。三 ひてとあり ●ほたし なり夢浮橋にえさらぬ事も数そ 八雲御抄に物のはなれかた 一途自入不須争と。の給へり。 き事をいふとあり古今に 世のうきめみえぬ山路へいらんには げにたがはぬ馬のほねに。 思ふ人こそほだしなりけれ ほたしは馬の足にかくる物なり倭名 抄ニ云絆ハ音半和名。保太之広韻ニ云ク 絡レヲ首ヲ曰レ羈繫レ足ヲ_レ辞詞欲経ニ云女 色者卅間ノ枷鎖ナリ凡夫恋着メ不レ能二自ラ抜一ヲ 梵網古迹ニ云生死ノ牢獄ニ婬ヲ為二枷鎖一深ク 人のかはを。させたらんぞか し。これを。えさらぬほだし として。いかにぞ。のちの世の 同同二十一日 楽に 縛二有情一ヲ難二十二日出離故 よく思ひつゝけ惣結なり○能の黒 惣結なり○能ノ写ヲ二 うきめをみんとするや。すく 事情一ヲ一而結處ニ有レ力 三界無安法華ノ譬喩品ニ云三界 思ひつゞけて心すみやかに 無レ安猶如火宅衆苦充満タ甚可怖畏ス おどろくへし。二には苦を 常有生老病死憂患如是等火熾 然不レ息に此文の心を慈珍和尚の哥に まどひゆくうきよの中にもゆる火を 楽とおもふ。これ又きはめて 一古里とのみ思ひけるかな されは三界をおもひの家といへり つたなし。三界無安。猶女火 いつく也万葉也万葉に何処 か心とりのへて気をのばしゆるめて也 宅といへば。いづこも。心とりの 前漢書ニ云齊ノ俗舒緩ナリ のとめかたき心の長閑ならぬ也 伶虫に心ぼそさの。のどめかたう覚侍れば とあり西行の哥に べて。ゆるらかなるべき所には あらねども。ことに人間はめ 今さらに春をわするゝ花もあらじ おもひのどめてけふもくらさん のまへなれは。みるに。おもひのど その憂苦心にあるを憂といひ。 めがたき事おほし。その処 身にあるを苦といふ成実論云苦 樂ハ隨レテ身ニ至二於四律一憂喜ハ隨心ニ至ル於 苦。枝葉しけかるべけれ 有頂ニ一 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 父子相述若上 枝葉心地観経ニ云是ノ身ヲ爲苦 ども。たゞ。いひもてゆけば。 本餘苦ヲ爲二枝葉一若能ク断二スルハ苦本一ヲ衆苦 悉皆除 ◯身心根元 一法花には諸苦所因 身心を根元としておこれり。 貪欲爲本とあり心地観には是身と 身に生老病死あり。いづ 爲苦本といへり 正法念経ニ云以 しゝむらをけづる れかくるしみにあらざる。心 初生ノ時其ノ身ノ柔軟如二ク生酢ヲ生酢ヲ持一亦如二ク 芭蕉ツ又如レ熟菓ノ母人膽レテ母人膽レヲ以レヲ以レ手ヲ捉レ之ヲ 猶シ如二火ノ焼一ヲ。亦如シ刀ノ割ヲカ に貪嗔癡慢あり。こと〴〵 死苦これを断末摩の苦と いふ○つきめは未摩なり○たつは断なり くわづらひをなせり。その。 ○にたりといふは頌疏の意を取なり 須疏云断未摩水等者正明死義未 のくるしみのなかに。生苦は 摩此云支節然於其中有百處異ノ しゝむらをけづるがごとし 支節其量甚小触便致死是謂末 摩水等ノ者等取風火於此三大隨一 いたみなけどもいはけ 増盛ヲ如二ヲ刃觸彼末摩ニシテ未摩ニ因レヲ以テ未摩ニ因レヲ此ニ命 終テ故ニ名ヲ為レ断ト非スレ如ス如シテ今レ薪ヲ令レ成二兩段ト 廣弘明集巻第四十沈約ヵ臨終ノ遺 なくして物いはざれは。父母 表ニ云ツ臣約言臣抱疾弥留シテ弥留シテ今ニ即 はたゞよろこびていだきも 化ス形神欲レ離シリ月已ニ十数窮楚極毒 挙刀坐剣ニ比此為軽キ ㊉老苦 少時欣二ヒテ益至苦二テ老至苦二年ノ侵紅顔既ニテ 無言ノ以喩一平日健時不言若此 ○老苦周釈ノ亡名カ老苦ノ詩ニ云 てあそぶ。死苦はつぎめ をたつににたり。かなしみ 艶ヲ白髪寧。久ク吟ヒ階庭唯ヲ仰レ杖朝府 さけめども。たましゐさり 広弘明集 巻第四十 永與妖麗徒ニ有リ壮時ノ心一 すこしもなくさまるゝ方淨心 てかたらざれは。妻子はな 誠観一ニ云凡夫ル暫ク樂ニ忘レ大苦二大苦一ヲ受ル大苦一ヲ時 げゝどもさらにかくまでと 復忘レ樂ヲ もしらず。病苦はいたましけれども。しなぬ 事もあればとおもふになげきとせず。老苦 はすさまじけれとも。いのちのながきにかへて よろこびとす。たゞすこしもなぐさまるゝ方あ れは。おほくのくるしみをわすれたり。たま〳〵病死 の身ををかさん事をおもひしるかとすれは又 いのちをさゝへん礼賛の平且 の偈にも衣食支一身命ヲ一とあり 涼燠夏冬の事也李善五 文選ノ註フ表ニ云フ載チ移ス二涼燠一ヲ爾雅ノ註ニ云 衣食のいのちをさゝへん たよりをもとむる程に。涼燠 燠煖也 身の上の衣是も楽天の語による をむかへては。身のうへのこ 白氏文集巻ノ四ニ云売テ炭ヲ得レ錢ヲ何ノ所ヲ レ營ハ身ノ上ノ衣裳口ノ中ノ食。三教指歸ニ云 営二朝夕ノ食労スス夏冬冬衣冬 紡績綿をくり苧をうむ也 倭名抄ニ云。紡和名一豆無久唐韻ニ云績。 也。績ハ和名。宇無。切韻ニ云績二麻苧ヲ一也 ろものおりにしたがはぬ をなげき。朝夕ををふて は。口のうちの食の。時にかな 列女傳ノ註ニ云。紡ハ以レ車ヲ績ハ以レ指ヲ 跟辛李白カ詩ニ云自リ古ハ多クハ艱辛フ はぬをかなしむまゝに。かり 説文云艱ハ難治也字ニ云艱苦ヲ曰 なき紡績の艱辛をくは 五十トヤ稼穡黄吟龍カ万物皆備 類纂云稼穡ハ音、價色。初テ生曰秧秧ノ 成テ曰苗而苗成曰未タ未タ未タ未ノ秀ヲ曰レノ稼既ニ へ。稼穡の劬労をそへて。 実ヲ曰レ穡ト ㊂劬労 父母生レテ我ヲ幼勞ス○貞観政要。諺註 に引がごとし ㊂劬労詩経ノ蓼莪篇ニ云哀哀ル いとゞおほきなるくるしみと なりぬ。たゞ雲をき。風 の雲をき 仙人は雲を身に 着なり楚辭ニ云靑雲ノ衣兮。白 をすきてもあられねば。 霓裳文選註云仙人以雲霓爲裳ト 也。これを。たちぬはぬ衣といふ。歌に たちぬはぬ衣の袖しふれけれは みちとせふべきうらとなりけり 一生つゐに世わたるみち に。たふれふしなんこそあ 猶諺註にあり ぢきなけれ。せめて。うへを 風をすきてもこれも他人の風 をのむ事也すきてとは食の字也源氏 やすめ。さむさをやむるまで に。松の葉をすきてとあり。ふうす かせといふも。符をのまする事也。符飲 ならば。原憲がもゝつゝり と書なり荘子ニ曰藐姑射之山有之山ニ有 神人不食二二五穀一ヲ一ヲ一ヲ吸レ風飲露ヲ飲レ露ヲ あられねは劉子ニ曰臣非ス貌瓜一ニ不 もゝつゞりとよむなりおほくつき綴りたる若物をいふ哥には。針め衣とも。うづら衣 ともよめり俗につゝれといふ逸士伝。云豊董京在ノ洛陽隠居ス白社一以一以テ為 衣。号二百結衣ト三韻氏孔子の弟子なり亜聖といはれし賢人なれどはなはだ貧し 劉子ニ曰臣非ス二貌瓜一不 顔氏がひとひとひさご。もと 能不食。身非不右不能不能不レ世わたる事。梵辞云遠ヲ渡レ世以忘諱来集に至ル になひもつさうきのいれこまちあじた世わたる道をあはれとそ見る○たふれふしなん 渡世にかゝりて身も心もつかれはてゝ死する也。あちきなけれ古語拾遺などに 無為の二字をよめりせんかたなき義也仲原憲字は子思といへり孔子の門人也 清貧にしてつゞりを着たること楽天の句に見ゆもゝつゞり百結と書て 父子相迎巻上 かりけり給ひとひさこ一瓢なり。なりひさごなり顔回まづしくして食物は 箪にひとつ飲物は瓢にひとつのみ有けり孔子此人を賀て一筆の食一瓢飲。不レ氏其薬 と宣ひし事論註にあり○按するにこれは楽天の句を取給へり文集第五云。原生衣 百結ノ顔子ハ食一簟。彼然ス樂二其ノ志ヲ以テ以テ有レテモシトモ云フ也。 四聖杭観の中に衣服喜足飲食花足あり是とを知べし互要なき心みつからその 心を制するを要といふ梵綱の不生自要戒の要の子の義なり発隠云要誓者凡平大 事ヲ必ス先立要要者期也願也憚興シ大経ノ義。大経ノ義。要制ノ義。妙経玄義云又別ノ義ノ歌ノ歌ノ歌ノ歌 剤。已心輔行記。云要。謂要勒。亦約也○祭の字。平声によみては今の義にあらず去るに 呼へし 迄あやにく あやにくうしろちがひなる心 めんもやすく。さでも 也俗にはあひにくといふ。西行の歌に おじまれぬ身だにも世にはあるものを たりぬべきを。このうへに あなあやにくの花のこゝろや なを過分をこのむは。みな。要 そのおこり右の身苦の興起する 本はたゞ此心ぞと也以上に身苦をいひ なき心のあやにくなり。その をはりて是より心の憂をいふすなは 眼ヲ焉 ち思惑の四なり○釣鎖展転。可レ著ク おこりを思へは。貪嗔したがふ せわつらはしく 作サレ悩ヲ故ニ名二煩悩ト 智論ニ云能ク令二心ヲ煩テ を愛し。そむくをいかり。癡 ○ねんしかねて 堪忍しかねてなり 伊勢物語にねんじわひてとあり 慢の。なろかなる心。たかく の心のゆくにまかすれは 夫木抄 衣笠内大臣 おろかなる心の師とはなりぬとも 思ふ思ひに身をはまかせじ あがりたちぬるより。やう 〳〵むねのうちわづらは 新後撰 平宗宣 一梓弓心の引にまかせずは しくして。そのおもひやす 今もすぐなる世にやかへらん 名利のその園とは遊び戯るゝ めがたし。ねんじかねて心の 処なり名利は人のこのむ事なれは ゆくにまかすれは。つゐに名 たとへていへり。生死園。文雅圓など いふがごとしりいてゝ ゆくにまかすればなり 利のものにはしりいでゝ。 なけきのはし名利が歎の端 なり。はしとは始といふ義也左伝に はやおほきなるなげき 云叔向曰民知ル爭ノ端一ヲ一ヲヲ止観ニ云挙テ一 種一ヲ爲二語ノ端一ト弘決ニ云端ハ謂ク端首ナリ 拾玉集二 うちちかふおやこながらのすがたこそ のはしにつきぬ。いまはわ づらひのほのぼ。けすべから むかしをしたふはしとなりけれ 端を橋によせてよめり愚按す ざれは。朝につかへて名をのぞ 類に此章のはしといふ詞まがふ 事あり名利の園。大歎の階と み。市にはしりて利をもと 父子相迎念之上 対句の様にみゆ。されども名利は め。心のせむるにまかせて身 二事なり。大欲は一事なれは対とは いひがたし。若これ階ならはわたる。 のつかるゝ事をわすれたり。 かゝるなどの縁の詞あるべし。つき ぬといへは端に就なり。たゞし詩膽 このうへのくるしみは。ふでの 仰ノ篇ニ云婦ノ有二長舌維厲之階史紀、 超世家ニ云母レ為二禍ノ禍孟都。詩ニ云此此此]階フ。これらの文ありといへどといへどのの 穏当なり丈木に琳賢法師若こふる涙の川のたえせねはなげきぞわたるうたゝねの橋 相模家集にをとにきくやすのかけはしかけてのみなけきぞわたる心ひとつにか雲 にもあれは一生なげきくらす心にてなけきの橋ともいはれたる死のわつらひのほのほと 普門品ニ云滅一諸ノ煩燭ノ焔一ノ朝につかへて朝は朝廷なり周檀ノ旗ノ註ト公朝ハ朝ハ朝ハ朝ニ其ノ事ヲ 之早ク也。詩経。古諦拾遺などに朝の字をみかどゝよめり市にはしりて張儀云事 君ヲ者於レ朝爭ノ利ヲ利者者テ於レルヿ①心カ大経云勤レ身営務一身営務ヲ以テ自ラ給濟シ爲心走使ハ是便ニ無レ有レ有レ有レ有テ一 突時一テ身のつかるゝことを管子ニ云利ノ之所在ニ雖在千仭ノ之山无レ所レ所レ所レ所レ所レ無 所ニ。不レ入商人通一賈倍ニ通リ道テ兼レ行ヲ夜以積二且千里不レ遠。利在ノ前ニ也漁人ノ入。海水百匁。海水百匁。 逆レテ流宿夜不レ出テ利在レ水也。水ニ也。のした董仲舒カ各策ニ云筆下麩有神助ニシテ。 かなはぬ源氏杉柱にさも心にかなはぬ世のなとうちずしてとあり亭にせりつゝしむ かしの人もわかことや心に物のかなはざりそん心あるはあるにつけてこれは永観律師の疑を 取たまへり往生講式云適シ有レル一ヲ復少レ一付有ニニ付レ無憂リ大経ト云有一ト云有二由愛宕 この文の心を天森にゐ家田をうれへ家をうれふる山がつの心しられてねよそなかれ 藤原為顕田あるものは田をぞうれふるなはしろのみつから身をいくるしむるかな哥なきはなき につけて方丈記ニ云宝あればおそれおほく貪ければなげき切なり小利大損 説花ニ云小利大利ノ之残リ也 れへの流布の本に。ばの字なし。古本 したにもいかゞしるしあへ にあり。下の句に対して。はの字の入たる がよしあるかまことの定善義 云雖言是楽然是大苦畢竟無 有テ一念モ眞實ノ樂 ん。すべては。さもかす〳〵に うたてう。心に物のかなはぬ ○無利の勤苦无性ノ頃ニ云ク汝巳ニ悪 道経二テ多刧フ無利ノ勤苦尚能起ク能ク能ク起リ ○狂酔菩薩処胎経ニ云五百仙人 心生ス在酔ヲ一ヲ 世ぞかし。あるはあるにつけて うれへ。なきはなきにつけて ◯かたをかゆる 苦ヲ爲レ苦キ新苦ヲ爲レ楽如シシ二檐レヲ重ク易レ肩ヲ 重檐居居士物故継ニ云有二一沙門已ニ 葉二重檐ヲ名利をになふなり 坐禪三昧経ニ云以前 それふ。もとむるより。うるに いたるまで。わづらひならず ゆへもなく楞厳ニ云是ノ人心狂ス更ニ 無他故この文意を以て書給へり前 に狂酔といへるに応せり といふ事なし。このおほくの わづらひにかへて。いさゝかの楽 をおもふ。まことに小利大損なり。癡案これわら ひつべし。いはんや。なきはうれへの。かろむにてこそ あれ。あるがまことの楽にてはなきものをづや 〳〵無利の勤苦なり。狂酔それにくまざらんや。 たとへは。をもきを。になひて。かたをかゆる。くるしみなを のこらざるにあらず。さらに名利の重檐をなげす ひたおもむき須磨巻にひたお いてずよりは。いかでかうれへなき もむきに物くるしき世にてとあり方 水にかたむきにといふ心也といへり 端仰遊仙窟 事をえんさても。なにほどの 小国辺土止観天振且辺地小国ト 名利なればか。又さのみかくま 弘政ニ云言二邊地一ル者望ムルニ此居邊ニ 也私云若ヒ於二テ官家一ニ講二演之一ス之ヲ則當竊ニ でくるしさにたへてはもとむ 越此科而論之与国曰乞丐可恐慮 之事也雖レ拠テリ二経釈ノ之現文一ニ宜レ避二ノ人情ノ之 譏嫌一 べからん。たゞゆへもなく。ひた たとひ按するに是より下はへ おもむきにまよへるなるへし。 奥教大師の句を用給へり其ノ語ニ云設セン 自ラ帝何益死仕レナテ彼ニ慢挙天仙弾ニ指ヲ耻メ この小国辺土にうまれて 賢聖割テ心ヲ悉クなを全文。台家類蔵集。 第九にみゆ㊄転輪王にこれ無量 寿経にある事也其ノ丈ニ云計ニ如一、帝王ノ雖二 は。たとひ帝たらんすゝ。よろ 人中ノ尊貴形色端正比二ト比二ス次次ノ 甚爲鄙隔一ト稱一ト稱シ彼ヲ乞レ人ノ在レリ帝王ノ為一也 輪王は世の初に出現あり四徳を具し て十善を勧め給ふ云々諺註にもしるす こふべきにたらず。転輪王に ならぶればなをし乞正人の かしこにつかふる 指ていへり。 禁中を ごとしといへり。まして彼に。つ 本文に仕レ彼ニ慢挙とある詞也つかふるとは 奉公なり卅つら列の字也前に 給ふるつらにだにも。かずまへ しるせり。二字ともに上声に中べし 朝廷につらなる人の内にても也 かすまへ官位も低ければ数ならぬ 身なり源氏に。女御。かくかずまへ給ひてとあり。まは時 らるべき身の程ならぬに。心 れはと。きぞくばめるも。むげ 一無下 われこそと思ふ事なりわれは松風にわれば 思ひつし給へとあり◎きそくはめるわれこそと思ふ難にわれは櫛にわれは なりばみはよみつくか子也心はみよしばきいふがごとし乙女にきそくばめる御ふみなば気有する もわなつらはしきさはなき官位をいうじとかゝへる心底を大砲の人はあなづるへし邦康俊六 大丈夫惟ス亀仕仕。仕。必至二宰相ニ乃可リ○大仙のつまはしき古に引たる興敵の語に天仏橋 恥とあり空蝉巻につまはじきをし 松風にわれを にあなづらはしき心なり。天 てうらみ給ふとあり土佐日記に日ひと ひ風やまずつまはじきしてねぬとあり 仙のつまばしきしてはづかし 物をうとましく思ふ時に弾指する也 弾指 父子相廻米上 名本道老上 天仙は天人仙人なり五等の中の天仙 めかなしむらん。げにことはり にはあらず賢聖に対するか故に ことはりにすぎたり道理至極なり はちなく天仙の恥しめをも恥ぬ にもすぎたり。されどもはぢ 人なり孟子ニ云無レ能ク死レ飛之恥ハ无レ恥 心のかさなき度量の狭く大志の なく者のかさなきものはほど なき人なりまほど〳〵葵にほど 一〳〵につけてそれがしの家 〳〵につけてさうぞく人のありさまと ありそれかしのその名をさゝぬ 人などいふを。かへりていみじき 詞也礼記ニ云孝王某ト 名ナ也臣訳レム君ヲ故ニ曰レフ其凡ニレレ知レル知レラ名ヲ者ハ皆言フ 名関にして。たま〳〵うへなき 某といは るゝを悦ぶ也許由渕明などの高傑な みちにいる仏の御子をは非 る人は官を辞して天子にも事へざり けり卅うへなきみち仏道なり 人なりとおとしめ。身をいた 大経ニ云志二求ス無レ上道一ノ福田雑ニ云九十六種ノ 道中ニ佛ノ道最モ尊シ和歌にもうへなき道 とよめり○仏のみ子法蔵戒疏云 づらになしぬと。もどく。これ 從二佛法一生ス謂ク發シ二菩提心一ヲ受二テ菩薩戒ヲ得一ヲヽ 〽おかしきゑひざまなり。いさ 佛法ノ分一名テ爲二佛子二佛子一②非人宝戒章ニハ 云近来遁世ノ人号二非人努可二恐忌名也 しらずたれをか非人とい 小乘人不仁名非人大乗三悪道号非人等 おとしめいやしむる義なり前 はん。はぢがましき世に に註せり○いたつらあたら身を 無益の事に捨ぬると思ふ也○もとく 。熟の字なり万葉に。あやにくに。さか ければふをぞ。あないたづら しらずとて。酒のまて。人をもどくは とはみる。あはれわづかなる 猿にかもにる㊄おかしきあざけり 笑ふ詞也世人の僧をもどくは。さかさま 名利のために。はかりなく 分別なれはおかしきといへりとゑひさま 煩悩の酒にゑひたるありさま也世人の僧をもどとは酒に群たる人の婦ぬ者を笑ふがごとくぞ といふ心也弘法もその事を仰られたり秘鏡云哀哀哉々々長眠子苦哉痛哉狂罪人痛狂 咲レ不レリテ醉醒二覚者ノ資持記ニ云テ資持記ニ云フ迷ヲ迷惑しらぬ同心せぬ詞也曰たれをか非人一 といはんもどく人こそ非人なれといふ義也瑜伽戒本記ニ云非是レ法器ニ名ノ非人ト一ト一ト一ト一ト一ト一ト一ト一ト かましき世に五斗の為に腰を折て人を恐れ人に媚は人のあたふる恥にあらず貪る 心に引れてみづから身を恥しむるならん法然草を見るへしゆふれはふ源氏にある 詞なり河海に振舞なり。れる五音通する也三光院御説云筋也はひはひは何の物なりばみなと いふがごとし㊃あないたつら名利につながれて一生をはるこそいたづらなれと也絵千載に 平政長うけがたき身をいたづらになす物は後の世しらぬ心なりけり 猶よかしといふてには也ひたぶるながくといふ義也頓の字一向の字一向の字をもひたぶると訓 ずいづれもこゝにかなふ神代巻ニ云而ノ後永退失 ねなどいふもよ文字と同し心也。薩塩草璃壷玉泥ノ隅往ノ篇ニ云能ク遣ル于情ヲ謂二之ヲ謂二之ヲ有所ノ大人ト一 心ぐるしからんよりは。ひたぶるにたゞ世をすてねかし。 文子村近江一 なしかなにとての心とみゆ いたみとせん雀子玉の銘に云 隠レ心ニ而後ニ動ニ動カク謗議庸ニ何ノ傷シ 後世の 勧心往生論ニ云 さてぞ思ふ事もあるまじか める。つたなからん人のもどき 夫現世ノ名聞不足爲奇讒スルニヲ爲レニテ爲レニテ をは。なじか。すこしもいたみと 亦錺二ル惟童ノ眼一彼ノ獄率振リ杖ヲ炎王責レ罪ヲ 鉄札ニ遺レ名ヲ銅柱ニ留レ骸賢聖具衆ノ所 せん。そしるも。そしらるゝも。とも レ見豈非大恥辱ニ耶云トト云云 ◎すてぬはすつる これも本哥あり 詞花集 よみ人しらす につ井にはすてゝゆく身の。か 身をすつる人はまことにすつるかは すてぬ人こそすつるなりけり 玉葉集 西行 おしむとておしまれぬへき此世かは 身をすてゝこそ身をもたすけめ 一遍上人の哥とて すてゝこそみるへかりけれ世中を すつるもすてぬならひありとは 敬仏房の云よく捨れはかへりてすてぬもの になるへきなり草庵集に 後の世に此世をかへてすてしより 中〳〵市の中もいとはず ばねのうへには。おとしむるきず も。のこらばのこれ。それをはゞ かる心こそ。かへりて後世のは ぢとはなるめれは。すてぬは。す つるにてありけるもあた ら身ぞかし。のちの世も 榊巻に此かたの のちのよも はたたのもしからんに。やは いとなみはつれ〳〵ならず後の世はたた のもしげなりとあり いかにもすてゝこそ空也上人の しかん。いかにもすてゝこそ 一言なり千観内供の後世の事。とは のひとことばゝ。よく。き国 れける返答に。いかにも身を捨てこそ と示したまへり。長明の發心集に すぐしがたくこそおぼゆれ 見えたり。空也上人の哥とて 大水のすゑにながるゝかきがらも 身をすてゝこそうかぶせはあれ やすかるべきよに 新古今 荒木田長延 たゞこのすつといふ文字 が。まことのみちののりにては つく〳〵と思へばやすき世の中を 心となげく我身なりけり あるを。人ごとにまなびか 経云心ヲ為二悩ノ端一 ◎心ひとつより ねて。やすかるべき世に 心をすつる古徳の云遁世は第三 重に立入て実に捨たる人也。世を捨身 を捨。心を捨る也。心をすつるとは五塵六欲 名聞利養かつて心にかゝらず。執心 貪着なくして。浮世を夢のごとく悟 くるしみあひたり。せん ずるところ。よろづのわづ り。身命を幻の如く思ひて。心の底より 清き心を。捨といふなり無盡居士ノ らひは心ひとつよりおこれ 父子相返上 曰汝身ヲ能ク捨則能ク捨レヲ心テ 続千載 教定 いとひても心を捨ぬものならは うきよへだつる山やなからん るゆへに。世をすつといふは たゞこゝろをすつるなり。心 寳雲経ニ云心想ハ 心にたにも寳雲経云心想り 是レ大患ノ之本ナリ不レ本二是ノ心得自在ヲ にたにもめを見せずして めをみせすかへり見ぬ義也日本実 異記に勝の字を。めを見せてと訓す 也日本 敬義也日本異 南楚譚 眄目レ驗 あやにくなるおもひを。とり さすらふ行めぐる義なり日本 たてねは。世にもさしたる事 紀には流離の字をよめり。なを同訓 の字おほし。歌にもよめる詞也。註に なく。名利もいたづら物に しるすなにのわつらひか禅家 亀鑑ニ云一瓢一衲旅泊モ無由衆ヒ劉文云 なりぬ。かくて。のぞみたえ 下ヲ一則神ニ無レ累ニ 神恬心清ハ則形ニ無レレ稟。淮南子ニ云輕ト云輕二天 びとへに此二句は。聖人分上の事 なんのちの身は。いづくにい なり。屈原が辭に聖人。不レ凝滞セ於 物一ニ而能ク與レ世推シ移ルといへる心也 その心を雲にし執着のなき なり。前に。世にも着せずといふに応ず その心を水にせん無情なる義也 執着のなき かにとさすらふとも。なにの わづらひかあらん。ひとへに 世をもはなれず。又世にも。 。前に。世をもはなれずといふに応ず 白氏文集第十七ニ云身ハ覺浮雲ヲ無 所着心同同止水一ヲ心同レ止水一ニ有シ何ノ情ヲ○按するに是 着せず。そのこゝろを雲に は楽天の語を取給へり然れはその身 し。その心を水にせんは。中々 を雲にすと有へけれども対句の為 に心と書たまへり前の句に世の字 二あるが故に白氏文集巻ノ六十九ニ故ノ 大隠のあとををふにてこそ 饒州ノ刺史呉府君神道碑銘序ニ云 あらめ。たゞしこれは。かし 洞市朝湧妻子。非達也因山林。檀血 属亦非達ニ也若シ有人與群動處一代ノ こからん人のふるまひえつ 間彼爲彼ヲ我爲彼ハ爲レ我不自深不自ヲ汚一セ不自ヲ汚レ 不巣許一。不伊昌。水二其心震。其身ノ浮沈消息無。往面不一自得ル者非レ達人ニ手丈木和歌抄六ニ云一 白氏文集を引れて後光明峯寺摂政身をは雲心は水になしつれは人をも世をもうら みさりけり大阪王鹿飛詩云小隠。隠陵藪大陰。出朝市伯夷竄。曽陽老職伏社 史。新後撰天台座道玄山里に世をいとはんと思ひしは心をふかゝらぬ心なりけり佐古今 大僧正定固山ふかくなにかいほりをむすぶべき心のうちに身はかくれけり周続也云心馳馳 闕一者以テ江湖ヲ為柱情ニ致二致二両志ヲ者ハ市朝。市朝。亦タ巖穴耳ふるまひ日本紀に進止の二字 をよめり爰に食ふ屠辺のきさや屠辺とは獣を切さくあたり也きさやとは 象をつなぐ合なり。きざとは衆の事也寺の近くにあれは夢の心もやわらか也殺生する処一 にあれば蒙の心もあらくなりしと也。談註にしるすがごとし字彙云屠殺也倭名 鈔ニ云象ハ和名岐佐付法蔵傳六云如昔ノ華氏國ニ因テ一ヲ一ヲ白氣力勇健君有一刀勇一ノ罪ニ入令象闕一 殺二後時象厩島火所レ火所レ焼ニ移ニ二精舎二テ有二一比丘一誦二法句ノ偈一ヲ為ム善ヲ生テ生レ天為レ天為レ天為レト 之。心便柔利後付罪人ヲ不レ害ス歟。試而巳乃已而以乃至王令撃二象ヲ察ヲ象見二殺戮レ悪心猛盛。感心猛盛。残害迚 文二丁目上 甚シ開麻中のよもき麻にましる べきわざなり。にぶきも 蓬はすぐになる也荀子に云蓬生二麻中ニ 不レル。扶自ラ直シ歌にもおほくよめり 好悪なにゝかよるや恵心僧都の のはさだめてあしかり 語を引給へり。往生要集ニ云若不レ能レ制二 其心一ヲ猶ヲ猶ヲ須レ避リ其ノ地一ヲ麻中ノ蓬。屠邊ノ厩好 なん。縁にあはゞいかにも心 世ばなれたるすまゐにもやとやう〳〵 思ひたちぬるをとあり 悪由[]何[[]何[[][[[]][[]何[[]何[[]] あはれすゝむ源氏にぽめたて おさめがたき事おほかるべ し。屠辺のきざや。麻中 られてあはれすゝみぬればとあり それなを下根の人は山居も のよもぎ。好悪なにゝか 遂ずたちかへり古郷へかへる也 日夕江文通カ雑體ノ詩ニ云日夕ニ よるやといへば。さすが世ばな 望二ルテ青閣一ヲ註ニ云日夕朝夕也 ○営々呂延済カ文選ノ註ニ云常々ハ れたらんすま井は。をのづ きをいふ 驢逐貌土衣食の獄獄とは出がた からあはれすゝむたより 名利の坑是も同じたとへなり もあるへきぞかし。それ これは弘法の語を取給へり秘蔵宝 鑰ニ云営々シテ日夕繋二衣食ノ之獄一ニ なをとけ。かたくしてはた 際二ツ名利ノ之坑ニ ⑦かへりみる所もなからん身の 無レ義無レ儀無レル所二顧難一。顧難ニ云無慚 不顧自法ヲ無愧不顧世間一 おちつかん行すゑ後生の安 下の処なり浄土文云譬ハ如二人入 城中ニ必先ヲ覓テ覓二テ安下ノ處一ヲ却テ却テ出ス いはゆる無顧の悪人なり大経云 ちかへり。日夕に営々と して衣食の獄につながれ。 遠近にはしり給ふて名 利のあなに堕す。まして 暮ニ昏黒ナトハ則有一リ投宿ノ之地一。先ヲ覓二ハ安下ノ處下ノ處ヲ 者修淨土之謂也。抵暮昏黒者大限 到來之謂也有投宿之地者生蓮花中ニ かへりみる所もなからん身の。 不落悪趣之謂也無盡居士曰出家 おちつかん行すゑはおもひ 人本爲二ス生死ノ事ノ大若生死對來テ不レ知二下 落[ノ即加三家村裏省事ノ漢ノ渓ノ海ノ付属一一分明シ一万葉集云世間之繁俗甚爾住 住布。将至国也。多附不知聞○おもひまうけかねての用みなり遠公云感ず 陰之類景惟来備之末ニ積ルかの古徳の弘法大師の性霊集にあり入山興雑言意 南ノ歌。兩篇の句を取合て引給へり。くはしくは。議註にあり 行事抄ニ云逸蕩メ自恃ニ少解ヲ記テ記ニ云逸覆是モ鞭放セサテ 惣テ死ニ去ルとあり九州。八時。古今。賢愚。君臣。好醜みな無常の身なる事をいへり まうけたりや。かの古徳のことばに。蕩逸昏迷 営二口腹一。死去々々為二灰塵一生之々々 生之生之生也此世より後世へ生 東打レ西惣是由といへる。げ ゆく也○咲又哭罪を作る時は 笑ひ悪道に落ては哭なり正法念 経ニ云作ル業ヲ時ハ喜笑ヒ受ル苦ヲ時號哭ス にみゝいたき。いさめのつゑ 打東打西此一句は別して畜 なれども。なをうちおど 生道の事なり東西に逐れて打 るゝなり此等の受苦はみな愚癡 放逸の報なるを惣て是由といふ いさめの杖弘法の御誡は父の子 を打杖のごとし○いさめの杖の事 宗尊親王の歌にも たらちねのいさめし杖の手をへて よはるはさこそかなしかるらめとあり とさまかうさま東西の二字也 ろかぬ心のつれなさは。いま こそおもふことなくわらふ とも。とさま。かうざまにう 〇たれん時。いかばかりか。かな 菅家後草[ニ云東行西行雲助々。 一しからん一。羅刹挙更刺二心 野分にとさまかうさまに思ひつゝと ありせ羅刹敬舟賛の 眼一皆由二心眼一随二泥楽一とて 文なり羅刹とは獄卒をいふ泥梨 とは地獄なり記ニ云刺心眼ト者世人多 分ハ眼ニ見心ニ思テ造二ル其ノ大罪一ヲ心ノヲ くろかねのひしはまづむね 心臓故ニ云刺ノ眼迎蓮上人挑眼ヲ以テ献レ佛ニ とまなことをさす。これ なを諺註にしるせり くろかねのひしひしは罪人を おほくはめに見。心に思ひ せむる具なり倭名抄に云又和名 比之両峻鉄柄ノ長サ六尺観仏経ニ云獄 てのみ。つみをつくりし 卒ノ羅刹手ニ捉二鉄ノ又逆刺一ヲ迎テ逆ニ刺二其ノ眼一ヲ假狗 噛心悶絶而死ス五勺章経云獄卒 ゆへなり。さも了身と心 万ヲ内二於鉱中ニ一 ゆめに見 持金剛又又有三股一叉罪人數百千 めに見宝物集哥に とはうとましう。この世の 人の身に目ばかりつらき物はなし 見ずは恋しと思はましやは みならぬくるしみのうつは 新撰六帖に 見れはこそ色にもふけれめなし川 ものなりける。これを後 ふのちの そことをしへよわれわたりなん 雪玉集に 悔なきさきに。いかゞさはいと 何とてさのみいとはずには 色といへはうつろひはてゝうつせみの 人めばかりのあだ物はなし ひすてずはあらん。三には 常丁 くるしみのうつはもの経ニ云身ハ為に 苦器ヲ心爲惱ノ端ハ後悔後分涅槃 巻上ニ云三世ノ因果循環ス不失此ノ生空過ハ 無常を常と思ふ。これ又 いたりてあやまれり。おほ 後悔無レ追[リ]後悔の事。此三部に処々に あり心を留むへし○文章戊ラ気ヲ為為主ノ気ヲ以テ以レ越ル為レ主ト向公ノ胸襟度量可二畏テ而仰一哉 無常をよそ無常を示しといへども諸書に多しといへども慈訓親切にして詞花 三月上 の優美なること此鈔に加はなし かた。三界はみな生者必 。文章緩く舒て迫らず。有文の言 勺に心を着べし。かの弘法の無常賊 滅のことはりをなげく。 陸子が歎逝賊よりも軟美にして感 じやすし言ごとに身にしむやう也○ 此段にも。標。釈。結あり。釈の内に。細 なかにも。閻浮はことに老少 科また重々あり。よく〳〵見分べし 不定のならひを。そへたり。 生者必滅始あれは終あるの謂 なり佛入涅槃密述金剛力士哀恋 経ニ云会必離有生必死スルハ生必ス死ス云 すでにこのなげきを。か 観心略 観心略 者 要集 要集 忘レ生者必滅ノ之理一ヲ偏ニ爲二ニ為二ニ五欲所使ハ 閻浮は殊に須弥山 さねたる処にうまれて。 の四洲の中にも此方は老少不定 いとゞあやうかるべき身を なげきをかさねたるがゆへに なり余の三方は命に定あり 倶舎頌云北洲、定テ于年。西東。半々。滅此洲ノ壽ハ不定後。十初区量云々諺註に詳なり 老少不定此四字。湯土本縁経にもあり。又観心略要集云於テ老少不定ノ之 境一成千秋万歳ノ之執フゆなげきをかさね葵巻におぼつかなさのなけきをかき ね給ふとありのかれはつる無常の流不定の処に生を受たれはなり 浮生此身の浮たること陌上の うけながら。いかでかつ井 藝の根蔕なきがごとし荘子ノ刻意。 云其ノ生ハ若浮其死ハ若休寒山詩ニ云 浮生ノ幻化如二燈燼一ノ にのがれはつることは 駒のあし月日の早く過る りあらんされは浮生に こと。足はやき馬のはしるを。物 のすきまより。見る程のごとし。 荘子ニ云。天輿地無窮。人死者有時。 のぞみて無常をかへりみる 操有時之具託無窮之間忽然無異 に。おひも程なく死もす 県験ノ之助過レ隠レ隠レ隠レ隠レ隠レよリ出る詞也 なを註にしるす ひつしのあゆみ 一念に死の方へ近 みやかなり。駒のあしいそが づくといへる譬なり帰命抄に註せり はしく。ひつじのあゆみあは ◎しはしとも 古哥の詞を取給へり 新古今 前大僧正慈円 極楽へまだわが心ゆきつかす たゝしければ。しばしともい ひつしのあゆみしはしとゝまれ しらぬおきなみづから鏡に向 ひあえず。すぎやすき ひて老たる顔をみれはよその老人に あふ心地しておどろくと也躬恒が旋 かけにさそはれて。わらは 頭哥にます鏡そこなる影にむかひ がたちのとをざかりゆく ひて。見る時にこそ。しらぬおきなにあふ こゝちすれ六句の哥なり 古人の弘法大師なり是は もなごりおしけれとも。ちか 中寿感興の詩序の語にて性香 らなくあけくるゝ月日に 集にあり 何忍たへがたく悲しき也 日天日輪なり はからはれて。わがまゝにせ 事也釈名ニ云矢ハ指カリ也有レ所レ指ス而迅疾也 ぬよはひなれば。心ならずし 不分ねたましき也杜詩。云不分 桃花ノ紅ヲ勝レ錦ニ生憎柳絮ノ白二於帛ヨリ 集解ニ云ク生憎不分ハ素性ノ所レモ悪ス也 たしみきける。しらぬおきな 月殿月輪也 こそいとはしけれ。古人の 変異顔色のみならす気力。思 量などの衰へかはるをいふ○広弘明集 巻第四十。簡文帝ノ老ノ詩ニ云。昔ハ類二シ紅 何忍日天運奪二人運 蓮草ニ自玩ノ緑他ノ邊。今ハ如シ白花樹一ノ還テ 媚少年夕暮成二配老一 悲明鏡前阮嗣宗誅懷詩云朝爲 夫木抄 清輔朝臣 わかざかりやよいづかたへゆきにけん しらぬおきなに身をばゆつりて 顔二不分月殿疾来令二 人変異一となげきしもこ とはり也。これを。をろかなる 風雅集藤原資隆 後光明峯 かけうつす鏡を何とうらむらんおひはわか身にかはるすがたを鉄後拾遺骸道潮光国 摂政左大臣 見るもうしむかふ鏡の秋のかげおとろへまさる霜のよもぎは来踏しのぶともにそ めやいかに朝手あらふたらいの水のかげもはつかし枕草子云たゞすぎにすぐるものに ほかけぶね。人のよいび。春夏秋冬◎うはのそら空をのみ詠て心に入らぬなり あけぬくれぬ拾玉集に何事も思ひわかで世中をあけぬくれぬとすぐしつるかな 平廣時 寺前 新撰六帖に いたづらにけふはくれぬといひ〳〵て あはれわが世もさてすぎぬべし をくりむかふる今年ををくり来 ものはたゞういのそらに のみ。あけぬくれぬと見て。 春をむかふる也 拾遺集 兼盛 かぞふればわか身につもるとし月を をくりむかふと何いそくらん 此哥を取給へり東坡ノ詩ニ云ク○仙家ノ日 月本長閑。送リ臘ヲ迎レ春ヲ亦偶然 事しけき世に日没偈に云人 間ニ忿々ノ営衆務ク不覚年命ノ日夜 去るこの偈の心を慈覚大師養弟曰 おほかたにすぐる月日をなかむれは 我身にとしのつもる也けり 大和物語に つや〳〵身のうへに。をくり むかふるものとはしらず。事 しげき世にまぎれくらし ては。めぐりくる月日をだに もなをわすれにけり。只看 事逐二眼前一過。不レ覚尤 物思ふとすくる月日もしらぬまに ことしもけふにくれぬとかきく 自二枕上一来といひけんは。 こし五代のこれはもろこし五代の詩人羅隠が佳句なり瀛巻律体巻第三にも 載たり此二句は水辺偽題の律詩の領疎にて殊に秀逸の誉あり然るに知の 字を看に改め預の字を枕の字に改給へり諺註にも記すごとくかやうの故 実も有こと也但し所覧の異本にかく有けるにや計かたし案するに枕の字 夕へ木割 には意味深かるへしをよそ七言の詩 かゝるつれなきものゝ。きゝ には第五字を以て句眼とす此第五 無常におどろかぬ人也 の枕の字一句の眼なり。よく味はふ しれにこそ。げにかくよ へし◯上の句は何となく目の前の 事のうつりかはるをのみ見るといふ義也 ○下の句は頭の上よりさの来ることを ろづの事のおちぶれゆ 覚ざる由をいへり。許彦周が詩話に此 くにつけても。などかわ 二句を評して此レ殊ニ有レ味といへり。源隠 叢話後集巻第十八に見えたり なを。羅隠集。湖南応用集。等をみる が身もしかと思ひなずら へしきゝしれ主の側にて従者の ふる心なかるらん。いかにも つぶやくをも聞知言といふ悦目抄に云きゝしれとは こゝをいはんとてかしこをいふ也たとへは 何としても さかさまにゆかぬ月日なれ 身のこがるゝ事をはぢて紅葉船な とにおほせていふ事也もみぢばの こがれて物の悲しさはなどいふに付て は。老はつゐにのがれはつま 表に立る紅葉は上かくしたるこがれは じきものなり。いはんや又 下なり云云又古歌に身のうさをあ 示天死ヲ まつ社にわれねげばきゝしれ顔に鶯のなく 是も古歌を取給ふ新古今に今日己過命即残少の心を喪せけふ過ぬ命もし かとおとろかす入あひのかねのこゑそかなしき又万葉にろの字をしかとよめり 承領せる義にて爰にかなへりさかさまに案するに爰は源氏の詞を用ひ 給ふ若菜巻云さかさまにゆかぬとしつきよおひはみのがれぬわざなり引言は古 今なり第十七難部上にさかさまに年もゆかなん取もあへずすぐるよはひやともにかへかし 盧県隣ク詩ニ云誰。家ト絶ク駐シ西山ノ日。講家。家ク能地東流ノ水一ヲ。智論。 一切時中ニ皆有レ死不レ待レ老ヲ○殺鬼人を殺す最構鬼なり十羅刹女の中の糞十 切衆生精気の如し。薬師経等に見ゆ。又無常を教鬼にたとへてといへり爰は 両様に見てよき也法句継ク云無常ノ殺鬼豈如シ我處一◎わかきを良状僧正正 頓死全く君によらず。重病かならずしも老を待ことなし云ウいのちのかきり 抱朴子云人但シ不レ知其當レ死ス之日。故ニ不レ憂耳絶古今左ノ如何院くるゝまも頼むものとは一 なけれどもしらぬぞ人の命なりける露命魏武帝ノ短歌行ニ云人生衆 何ノ譬ハ如シ朝露ノ註一記二朝露言ヒ短促也十因ト云違一心ニ云遺心ノ於小水ノ之ヲ 日減一。手ヲなを諺註にあり 無常おひをまたず。殺 鬼わかきをゆるさねば。いのちのかぎりのさだ めなさこそ。いとゞたのみなくおぼゆれ。つく〳〵 と光陰のめぐるをはかりにして。やうやく露命 月日のかげ也 ゆけふもはや心地震落しまる事をしるに。けふ 云ク是ノ日既ニ過テ命シテ減少スこの文を 取給へり玉葉山田法師みるまゝに心ぼそ 取契いまにはやくれぬ。けふのいのちは くも暮る哉入あひの鐘もつきはてぬなり 一日 父子相巡上 あすまては是も経文を含め したがひて減じぬ。の てかき給へり涅槃経ニ云人命ノ不 停テ過二ニ於山水一ニ今日ハ雖レ存明亦難レ保 黒草 定家 こるいのちいまいくはく あすはこんまててふ道も人の世の ながきわかれにならぬものかは 詞花集 一詞花集和泉式部 夕ぐれは物ぞかなしき鐘のをとを あすもきくへき身とししらねは 千載集 小大進 あすしらぬみむろの岸の根なし草 なにあだし世におひはじめけん なにとまれなにともあれ也 土佐日記にとまれかくまれとくやり てんとあり古今に 君といへはみまれみずまれ富士のねの めつらしげなくもゆる我恋 とあるも同し義也 いまはの日陰終の時なり 惠心云雖存常住不變之思自ハ 規心 歸必滅之理ニ 玉葉集 一畧要 花山院 ぞ。あすまではありもや すらん。しらず。なにとま れ。あけぬ。くれぬとつゞ まりもてゆかんほどに。つ ゐにいまはの日なからめや。 あはれいづれの日。いつれの ときいかなるやまひにかふし。 久自死なり いかさまにしてしぬべき 他縁死なり 身にかあるらん。無常とき つく〳〵とあかしくらして手月を つゐにはいかゞかぞへなすべき 新拾遺 一新拾遺源高秀 あはれ 行すゑを思ふに袖のぬるゝかな つゐにのかれぬ道芝の露 あはれ哀傷の心あつはれとおそるゝ 心なり新古今小町 あるはなくなきは数そふ世の中に あはれいつれの日まてなげかん ○いづれの日玉葉選子内親王 いつれの日いかなる山のふもとにて もゆるけふりとならんとすらん をいは。されはけふ。かその日 にあたらんもかたかるべきに あらずかし。すぎぬれはこそ 合テ示二老興レ死。 心やすけれ。日。ことにさもあ やうき身を。人。ことにわかき にほこりてはおひたるをわら のいかなるやまひ十因ニ云倩思受 ひて。そのあざけりのわれに 何病招何死哉重病悪死一何痛 哉やいかさま死縁無量なれは かへらんことをしらず老たる 何事に逢て死せんもしらす大論に 云死有二種一者自死。謂報盡而死ス を見てはいとゞわかきをたのみ 二ニ者他縁死。謂ク過二テ思縁一ニ而死ス けふがその目に新談只今吾原式部きゝときく人はなくなる世の中にかふと我身はすぎんとやする あやうき身李令伯。陳情ノ表云人命ハ危淺朝ス不慮レタ済。曰危。曰危ハ易レ落。浅ク洲明 詩ニ云人生魚シ二ル根蔕一類ノ如二陌土ノ塵二分散シテ轉ス此レ已ニ非常身ニ 拾玉集におもへたゞあだなるものはひとの命野分の風に翁のうはつゆ 父子木道上 草根集に のわかくて 身ぞあらぬ休の日かげの日にそへて よはればつよる模のはな ○わかくて寒山ノ頌ニ云待テ老来ヲ一ヲ 始テ莫レ學レ道ヲ古墳多ハ是レ少年ノ人 浄土或問ニ云世人多ク云待二テ老来方ニ 念佛ルニ好レ教二命ニ知レ教二命一老妊レ教上ニ血一ニ血二老少一 能有幾人待ヲ得老到少年天死者 多シ矣○あまたのかすに 風雅 三条入道大政大臣 て。無常のいまもをのれ をあやぶめん事をわすれ たり。さればかならずおひ をまつべきいのちとや思ふ。 人をみるにもおほくはわか あはれいつかそれはむかしに成にきと はかなき数に人にいはれん かたかるへし兼好云若きに くてしぬる世にこそあめれ。 そのあまたのかずにもれん もよらすつよきにもよらす思ひかけ ぬは死期なりけふ迄のがれきにけるは ありがたきふしぎなり 事。はたよくかたかるべし。か 寒山もろこしの寒山に住ける の寒山もこれをいひてこ 道人なり是は三隱詩集の上にあり 五言八句の詩なるを三四七八の句を そ。昨来訪親友。右二半入 撮て書給へり。その全篇は諺註に しるせり太平廣記。巻第五十五ニ 黄泉一。今朝対二孤影一。不覚 引テ仙傳拾遺ヲ云寒山子ハ者不レ知其サ ゆめになりぬ拾玉集に 一むかしなれし友はさながら夢の世を 名氏大暦中ニ隱居ス天台ノ翠屏山ニ其山液邃ヲ當テ暑ニ有テ寒岩因ヲ自ラ寒寒山子ト 好テ恩二詩毎レ得ル二一篇一句ヲ題二於樹間石上ニ於樹間石上ニ有二隨テ而録スレ之ヲ凡三百餘音多ク並ニ中林 南応之典。或議二ノ時態。能警顧流信相愉相相徐・君徐輩府序。而集レ之分為二三巻行於 人間一⑦大半三分二なり又は鉄半といふ漢書服王ノ傳ニ云削テ其國一ヲ其國ヲ去ル大半ツ註ニ張晏云 分三ニ之二鳥大半一島小半トキンンンキト云不レノ及黄魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚魚 註ノ云天玄ノ地ノ黄泉在地中ニ故ニ言二黄泉◯神代巻に此二字をよもつくにとよめり 涙讐懸ともかなしみけれ。 ひとり残りてみるぞかひなき わか友とみしはすくなき年のくれ 夢かとだにも誰にかたらん定家 みし友はあるがすくなき同し世に 一げにしづかにおもひつゞく 是より右の詩の和解也 ればなみだがちなり。きのふ 上の句のこゝろ 老の命のなに残るらん までをとづれこしともし。 風雅 藤原範秀 哀働あはれのきはまり也万葉 に此二字を。あはれみてとよめり 涅槃ノ後分ニ云哀二懺ス三千大千世界一 なを註にあり はや。なかばをすぎてゆめになりぬ。けさはたゞり がかけひとり。たちならべり。これもいつまでか 身にそはんとする。けふはわれ。 人をさきだてゝ哀働す │││ 一人一寸才計 加賀少納言 いつかまた新古今 なき人をしのぶることもいつまてぞ 一けふのあはれはあすのわか身を けふまではよそにのみきくはかなさの いつ身の上にならんとすらん藤原親盛 傷嗟いたみてなげく也拾得。 詩云傷嗟ス愚癡ノ人貪愛那シテ生レ厭ヲ 韻瑞ニ云魂ハ痛ミ惜ム也なを註にしる也 うきたちて老少男女みな不定 の浮物にて死ぬる人はなはだ多し 後拾遺 馬内侍 しかすがにかなしき物は世中を いつかまた。人われにをくれ て傷嗟せん。人をもあはれ とみる。身をもあはれとおもふ。 としてもかくしてもながる れはふかくのなみたふたゝび かゝるともいひけるなり。す うきたつほどの心なりけり 泉下黄泉の下也白氏文集 べて老たるは生者無滅 巻第卅一ニ云。秋風満衫ノ渡。泉下故 なればとてのがれす。わかきは 人多シゆなかれはやし死の速なる をいへり梁ノ宗法師ノ云佛來テ此河ノ邊ニ 老少不定なれはとてとゞ 入滅有レリ意河流ノ奔注スキ若二生死ノ端速一ヲ 云河辺とは跋 一云光河の辺なり 本願経ニ云道ニ見二一人得病困病ヲ困篤ニ見己ヲ 哀傷弥勒所問 まらす。世上うきたちて シ不定の義 いたむとよめり 有二哀傷ノ之心一日本紀に二字引合せて 泉下ながれはやし。いづ ゆひもおりあへす白氏文集 かたにつけても。あり。 巻第六。聞哭者詩云。昨日南隣哭の 哭聲何一苦キ云是妻哭夫。是妻哭 五。今朝北里ニ哭女ケリ聲又何ヲ切ケト云フ是レ母 哭レ児タノ年十七八。四隣尚ヲ始レ此。天下ノ天下名天 折一。乃チ知ス浮世ノ人。少レ得レ垂二白髪一云ハ此心を 宗尊親王の歌に 夫木和哥抄 いかにせん四の隣の宿にだに かなしむ声のたえぬ浮世を なを誘註を見給ふへし はつべき世とこそみ也 ね。わづかにこのめのまへの 哀傷たになをゆびも おりあへず。ましてみゝの おもひをいたましむる楚辭に云つ 出二国門而軫レ懐註ニ診痛也 けふり常にも朝の露夕の燈と いふ也これ無常の煙なり 楚辭ニ云フ よそなる無常さぞかず もしりがたかるらん。よな 金葉集 源行宗 はてはけふる いかにせんうき世の中にすみがまの はてはけふりとなりぬべき身を 新古今 清輔 世の中はみしもきゝしもはかなくて むなしきそらのけふりなりけり なを註にしるす すゑ葉若き人の死するをいふ 〳〵。おもひをいたましむる けふり。ならびてはたてども たゆる時なし。あさな〳〵 たもとをうるほす露。すゑ葉 二月一日 文二丁相述に 新千載 源有家 一たのむへき未葉の露をさきたてゝ のこるわが身そをきどころなき もとのしつく去て死ぬる人を いふ僧正遍照家集に世のはかなさ。思 ひしられしかは 一末の露本の雫や世中の をくれさきだつためしなるらん にてはきゆれどももとの しづくとならぬやはある。その の東岱前後のたましゐ かばねをすてゝいづちへか 木津川の橋の辺にてよまれしと也 さる。雲となり。雨とやなり 橋の露と木の本の雫とすこし 遅速はあれともいつれも消ることを 命にたとへてよめり続琴有家 にけん。ゆくゑもしらず。北 浅茅原風をまつまのすゑの露 つゐにはそれももとの雫を 芝新旧のほね。たましゐ 東岱もろこしの山の名にて死人を蒙る処也大明一統巻第廿二云春山在泰安州北 五里即チ東嶽。岱宗也舜東巡将至ニ此其山用曲盤道至絶頂高四十里両雅疏ニ云東 方ヲ為レ然レ岱者云万物更相更相代。於東方ニ也風俗通ニ云泰山ノ之尊一曰岱二代宗代始也宗長也宗長世万物 之始ノ陰陽交代。故ニ為二五歳長◯前後のたまし井前に葬り後に送られし人の 魂なり爰は楽久の語を両処に置たすへり文集巻第十対酒ノ詩ニ云賢愚共ニ参落 貴賤同埋没ㇲ東岱前後ノ魂北印新舊ノ事なり是は欲事なり楚の裏王湯 貴賤同ク埋没ス東代山前後ノ魂北印新旧ノ骨 是は故事なり楚の衰王陽 基に於て夢に神女に逢給ふ緋に比て妾は巫山の陽にあり朝には雲となり名に 雨とならんとなん契り申けり。その事を用ひ給ふ奏巻。云雨となり雲とやなり 消而有 たる にけん今はしらずとうちひとりごちて又公殿となりしぐるゝその浮雲をいつれのかたと わきてなめんおくゑなしやとひとりごとのやうなるを。後京極摂政策集にそれはなを京の なこりもおほえけり玉のゆふへも雲のあしたも栄玉シ高鹿賦序云王ノ序ニ云云曰昔先王堂遊 高唐一怠而畫スト寢ス夢見二ル一婦人一曰ク妾ハ巫山ノ之女也高唐ノ高唐ノ客一聞ク遊一尚唐願ク歟ニ頗ル蘆ヲ。 因テ幸ス之去ル而辭ニ曰妾ハ在巫山ノ陽ノ陽ノ高北ノ為二朝雲暮ノ為二朝雲ノ為一行雨ト行朝々暮々陽堂之品ヲ 朝視之如言故ニ立テ廟號朝雲も同しく死人を埋む山なり遠征む山なり遠征記ニ云此中 治陽ノ北芒嶺ノ廓迄長阜自ラス榮陽山連[ム道ニ亘ケ竪二丁東垣一○たよしゐをはなれ柴垣一に 経にあり山曜経ノ云是ノ身不レ文ク遷リテ歸ニ於地ニ神識已ニ確リ骨幹獨リ存ス梁ノ高儒傳ノ維代ノ皇ノ皇ノ皇ノ皇ノ皇ノ皇ノ 云遊観ヲ見ユ二塚間ノ作骨ノ異虚ニ縦横ヲ於レ是深ク推二苦本ヲ定テ求ス離俗一ヲ云となり灰となりて 智論ニ云人死ノ歸レ滅ニ々有リ三種二、者火焼テ為レ灰二二者虫食ヲ歸ル者歟ニ歸ス於土ニ韓子曰死 者ノ始テ而灰リ巳而ナル陸士樹挽歌曰昔烏七尺躯今成ニ二尺躯今成ニ二塵玉葉相模うづミ火をよ そに見るこそあはれなれきゆれはおなしはいとなる身を周禅と六名が五州陰宮の詩に云先に 去ル井長別後来ル非久親新墳村一新墳将二舊家相次テ以テ以テ以テ以 広弘明集 与昨日一種ニ併テ成ル。塵チ定テ知ス今世ノ土ハ還是昔時人ニ焉ク能ク取一セ。復持ヲ埋シテ そとは そとは夫木抄為家 巻第四十 しるしらす此世つきぬるはてをみよ をはなれていくばくか 野辺のそとばの数にまかせて たかため夕顔巻に云。七日〳〵の仏 のこる。つちとなり。はい かゝせてもたがためとか心の内にも思はん となりて。あとかたもなし。 きえなる文字も。はや。きゆる也 なるといふ詞おほし。おぼしなる。いひ せめて。そのぬしこそあらめ なり。おひなる。恋なる。過なるの類なり こそ目辺上 分子林道一 それもかたなく新撰六帖に 新撰六帖に たておきしつかのそとはもくちはてゝ なきあとのしるしに 残るかたみのあともはかなし 古墓何世人是は白楽天の名 のこるそとはだにも。たが 句なり文集巻第二ニ云掩テ渡別二卿 ためとかく。もじさへ。かすか 里二飄飄將二遠ク行シテ行シテ徒 孤客ノ情駆レテ馬ヲ上ル丘陵一ニ一高低路不レ平ナル風吹二 にきえなるこそかなしけ 棠利木ノ華ヲ一ヲ啼鳥時ニ一声。古墓何ノ代ノ人ノ 不レ知二姓與一ヲ名化ヲ成二テ路傍ノ土一ト年々春草 生ス感レス彼ヲ忽自ラ悟ル今ニ我何ソ営々 れ。それも。かたなくくちぬ 源顕基郷常に此二句を詠せられ し事。江帥の続本朝往生伝にみゆ 続後拾遺 道覚 うき名だになを身にそはぬ苔の下 つゐのすみかときくぞかなしき よそにきく続後撰介龍院 きく度にあはれとばかりいひすてゝ 幾世の人の夢を見つらん れは。古墓何代人不知二姓 与名と。ゆきゝの人のくちず さみになりゆく。身のはて こそ。はかなくあぢきなき。 慈救僧正 風雅 きくたびによそのあはれと思ふこそ なき人よりもはかなかりけれ 雅成親王 新千載 きはまりなれ。これをよそ にきくおり。さすがあはれ 夢の世をよそになしてはおどろけど 心のさむるあかつきもなし 恵心ノ云口ニ談二ル他ノ無常ヲ更ニ不レ顧二我カ身一 しりがほ是も古哥を取給へり新古今後国 みな人のしりがほにしてしらぬかな かならずしぬるならひありとは といはぬはなけれとも。世のが 身のうへになしては。さら におもひもよらぬげなり。かく なまさかしさ未熟の義也智の 生酸なりゆいにしへ右に。し なん。しりがほにしてしらぬ あつかひたりといへる詞よりうつりて 心のなまざかしさこそ。をし 此事を引たまへり。むかし。一人の比丘 ありき。不浄観にしあつかひて。あけ へ。ところもなく。しあつかひ くれ塚の間にかよひて。みだれたか屍 を観じけるに。鳥獣のあらそひくらふ たれ。いにしへ仏弟子の死 を見て。是ぞわが観念の證人よとい ひし事也求證人経云仏在スレハ舎衞ニ有衞 比丘至塚間路遊他田田主罵言此何比 人をくりすてたる野のな 血ヲ不レ修二道業一テ常ニ遊我。田一ニ便子往問之比 仁答テ曰我有リ有リ諍フ事来テ求二来テ未二ノ田主問曰 かにまぎれありきけるを。 證人是誰ク比丘即チ喚田主隨去テ 狼藉レテモノ言此諸ノ虫鳥是我證人田主 何事し給ふにかとく問へば。こゝ 問故ノ比丘答テ曰心ノ之漏患ヲ観シテ還レ房ニ観シ ろのひがみにあらそひかね レ身ヲ亦爾ナリ我今欲レ識二心之本源一ヲ一是故観レ之 周辺 田主聞己テ垂レテ一渡ヲ要明ス云ニ したる義也たやすからぬ詞也読古今公宗世とにかくに心に物のかなはぬをありはつまし き世にそなくさむ風雅集攀安門氏世の中のうきたびことになぐさむるよしいく ほどのなからましかば風雅集 なりけれの人わろさ 長秋諸藻に石をうつひたりのうちによそふなる此身の程を何なげくらん信後守平井辺 たがための心づくしにあすしらぬ身をくふとて世をなげくらん新絶今古今語とうちかへし 弘決七 又法苑珠林巻第百に法句経を引て此縁あり又達摩多羅禅 之一 経巻ノニ云愛欲増モ歴二往テ至二塚間ニ取リ彼ノ不浄視ノ諸ノ死屍ニ至ル所見ク諸ノ死屍モ我身モ亦復然ト一心内観 レ察ス如二彼塚間一相上彼。為二我作レ論ト由ヲ由一是得真実ヲ 守誉 いつまてと思ふばかりぞあだし世のうきになくさむたのみ 僧正 なりければ人わろき事なり命のわろき事なり命の。みじかき事をしらは名聞をもわ するへしと也慈宴巻にゆるしたまはぬあたりにかゝづらはんも人わろくとありゆゆゝしき いま〳〵思き義はきはまりたる愁嘆をいふ。前には名聞をいひ。爰は別して。憂の事をいへり 思へば。さらになげかれずふるのわさ田のかりの此世を をやまぬ念仏のしばしもたえぬ て証人もとめ侍るとなん 事也雨風なとのしばしやむを小止と いふ いひけるは。せめても。思ひかね ふりてとあり 明石に例の雨のをやみなく 〇麦の たるしわざなるべし。かく 文体は問居友の終に似たり又撰集 しても。けに。つれなきこゝろ 抄五に云あはれ深き御法を知まての 又示有益 一心は侍らずとも無常を常に心に をばいさむべきにや。さてす 一忘ぬ程の志を仏の付給りてわが身 をさし放て思ひを留で後の世の つとゝし侍らはや こしも無常思ひしりな すみたる閉居友にも。かやうに んは。はかりなき世のなぐ 常に思ひけん心の底はいかはかり澄 わたりて侍けんとあり。うき世の濁 なき心也 かきいい侍けんとありうき世の圖さみかな。よしやいつまでの身 ぞとおもはましかば。なじかはさのみの人わろさも あらん。又ゆゝしきなげきうれへのやるかたぞ かし。あはれ佛の御はからひにても。一期こゝろに あつはれとねかふ詞也 無常わすれず。くちに念仏をやまぬ身にして なり源氏もやう図あつるやう図あらば。いかばかり世のありさ なり源氏にも。そゞのかし奉れとあ り擦の字をよめり王介甫さ詩に云物 ま。もどかしう。すみたる心 花捺一テ我有リ二詩句一。山谷カリ水仙花ノ詩ニ云 暗香靜色撥二詩句ヲ一篇海類編ニ云 榛桃弄也 のうちならん。これなん又な 智解 摩訶止観七之二ニ云或ハ くあらまほしき心なり。 出家ノ人智解渋リレ胸ニ或ハ精進滅レ火ヲ は 而モ不レ悟二テ無常ヲ一諺ニ曰可恰無二五媚媚一精 ねがはくはかまへて仏も 進無道心此之謂也弘決云顔氏 家訓ニ往々ニ引レ之可恰ハ如何二ク精進一ノ五媚ハ如二 道心媚者好姿也心敬僧都哥に われをそゞのかし給へ。 のどやかにとなへまなべる人ぞうき たゝ今ならん身をはすれて たとひいかに智解むね ●いつゝのこび眉と眼と耳と鼻 と口との五の桐のよきをいふとなり にみちたれども無常を 次下に心うきかたわとあれはさもある へしゆかたわ へしかたわ車にたとへたる詞 しらざるをはなを道心なき なるへし源氏にうちつきてあな 人とこそいふめれば。いつゝの媚 かたわとみゆるものはとあり伊勢 物語にかたわなり身もほろひなん なしといづかしめられんも。 とあるを愚見抄に片輪と書たり 曲くやしからす魚量寿経に云大命 心うきかたわにあらずや。 将レ為ニ終ル悔懼交至ル不二豫メ修一ル修ナレ善ヲ臨レ窮ルニ方ニ 悔ニ悔レモ之ニ於シテ後ニ将何ニヲ及テ乎新古今英円 いたつらに過にし事やなげかさん よくおもひわきてくや うけがたき身のゆふくれのそら のかそぶれは抱朴子巻第三ニ云 百年ノ之壽モ三万餘日〻耳況サル しからずはからふへし。か ぞふれはむげに程なき 年ヲ者シ」万ニ未レ有レ一乎ニ云人ノ上書ハ 百歳。中寿ハ八十。下寿六十。除二テ病痩 一一期をあぢきなくかな 喪死憂患一ヲ其ノ中開口ヲ而笑者一月ノ之 中不過四五日而巳五王経ニ云人生テ在ル 一はぬ世にかゝづらひ井て レ世ヲ長命ノ者ハ乃至百歳二百歳ニ短命ノ者ハ胞胎ヲ 傷隋ス長命ノ之者與ニ斯レ百歳モモ夜消二ス其ノ そこらのとしをいたづ 半ヲ餘ハ有二リ二五十年ノ在一ル醉酒疾病不レシテ知レ作ヲ 人巳ニ減二ス五年ヲ少時ハ愚痴十五年過未 らになしぬるこそあたらし レ知二礼儀一ヲ年中二八十一老耄老毫タ無レク知耳聾ニ目冥セ 無レレ有二法則復減二十年ヲ一巳ニ九十年過ヲ一 けれ。いまは。のこりの月 余ノ十歳ノ之中ハ多有二諸ノ憂苦一云云なを抱朴 梁伯鷹は五味の歌を作て懐を述橘正通は三代を過て 子列子レ等にみゆのかなはぬよに梁伯専は五号の哥を作て懐を案二祐正義は三代を過て なを沈めり夫木枯実さりとてはさせる事なきつぶれ笠ほねを折てぞ去につかへし 撃壊集。云人生一世ノ吟。前有億方年。後。後ノ有。中間。中間。一百年。幾何事ノ事ノ又況 人之尋ル幾人トテ能ク百年ノ如何テ不二喜歓シ二強ク自生スル懊怖悴一仁王経云事ト與レ願レ願レ願達ス憂患フ かゝつらひかゝはる事也幻巻にほだしおほうかゝづらひて今まですぐしてげるかと あり⑫そこらおほき義也相違にそこら人のそしりをもはゝからせ給はずとあり 河海抄に多の字を書たり日本紀には幾多をそこらと訓せりいたつら此世姫 寛胤 にて暮すは益のなき事也新千載 いたづらになす事なくて過にけりしへはお 親王 しき身のむかしかな行侯口今姫芳いたつらに此世もさでやはけせ山かねのをとにも おどろかぬ身はあたらあたら月日を乗しなり左伝に。惜井を。あたらしき かなと点せり○のこりの月日十月云去々不レ来感[不レ来感[イナリ観心界変 云ク朝ノ露未レ消之前キ暁ノ燈纔ニ残テ之間ニ能励レリ觸レリ觸レリ觸レフ事ニ可シ増レ増レ観ヲ 同断 無常苦死苦なり精神此二字に積この義あれとも爰はたゞ臨終人の意 の内をいふ也第六識と見るへし 忽尓無常篇尾にこれを引て結勧とす。文章に刀あり是は善導の法事質 下巻の文なり然あ上人私記ノ云。始驚忙者一期造惡ノ人臨終ニ生ス追悔ノ万事等ト看勧納 田造レ悪必生二後悔一ニ後悔一故。終日作一衆善ヲ専心顧ルモ所一テ所レテ者治生ノ産業也云云 此二字に種々の義あれとも爰はたゞ臨終人の意 日をばいかにもして。後世 万事家生人事。学向。伎能 等を万事といふ。家生は家業なり のいとまになすべきもの 韻会ニ云生ハ産セリ也。詩ニ既ニ既ニ生シ既ニ育ス。笑ヒ 云生ハ謂ク財業ナリ也 を。忽尓二無常苦来遍 行末の事を思ひはかる也大綱の下に云 我下 心ニ無一ス遠キ慮一ヲ慮一リ各欲レス状レ意ヲ論語云人ニ無二 精神錯乱始驚忙二万事 遠慮必有近憂續後撰殷冨門院つね ならぬ世はうきものといひ〳〵もげにかなし 家生皆捻離。専心発願 きを今やしるらん大和物語に。きんひら がむすめ。しぬとてながけくも思るける 向西方といふ。とをきおも 哉世中を。袖になみだのかゝる身をもて ○巧ニ説テ無常ヲ一而モ哀焼ナリ雅亮ニ自然シ令 んばかりいかゞなからん。四には 發スル熱ヲ能ク至二於此ニ に因て成れり本より我なし若 人増二悲感一ヲ焉。非二ホ道心固ニ孰レ才華自ラ 無我此身は地水火風の四大和合 無我を我と執ずるこれ又 まよひのきはまれるな 一大これ我ならば三大は我にあらずや 四大ともに我ならは我なんぞ多 り。しばしたゞ身にこゝろ きや畢竟誰をか我とせん此故 に我といふ物なし凡夫不了にして のより井たるを。かりに 因成仮 身身の中に強て主宰を生じみ たりに計して我とするを我類例 われといひならはしたるにて といふ○此篇にも標釈結あり 執する執着也花厳ニ云凡夫無ノ 智執二着ス於我ニ一ニり井たるを こそあれ。さらにさであり 成實論ニ云四大圍空在ノ識其中ニ故ニ 名テ爲レ人ト○かりに須疏ニ云唯有テ五蘊 はつべき物にはあらず。た 更ニ魚二實我於一於二此ノ薀ノ上ニ假ニ立テ爲我ト とへは。心はとまりをつたふ ありはつへき仁王経にも形神 尚離とあり○たとへは此譬も仁 みちゆき人ににたり。つね 王経に依て出たるべし彼経ノ無我ノ 偈ニ云識神ニ無レ形。假ニ乘シテ四蛇ニテ四蛇ニ。無眼保 に六道をめぐりてあとも 養ヲ以テ爲二樂車一。形ニ無二ク常ノ主一。神ニ無二常ノ 家一形神尚ヲ離ル。豈有國耶 ○あともさためす礼讃に忙々六 さだめず。身はひと夜をあ 道無定趣とあり源氏にもその物とあ たひね ともさたまらぬはとあり かすたびねのとこのごと のとこ本朝文粹ニ云夫レ形、者百年ノ し。わづかに一期が程たま 之旅舘ナリ也名ハ者万代之嘉賓也高積 同地二 生涯一生のかきり也荘子ニ云 しゐをやどすばかりなり。生 吾生有レ涯口義ニ云涯際也人之生也 各有涯際ヱ報命前の世の神に て得たる命なり資持記に云命之延 涯つき。報命をはりぬれ 促ハ宿因ノ所ナリ招ク故ニ云二報命一◯心ハゆき は。こゝろはゆきて冥途のかぜ て心とは第八識をいへり命終の 時。諸識は分散すといへども心王のみ にさすらひ。身はとゞまりて 滅せずして冥途に行なり故に 無没識といふとぞ㊆冥途中陰 一郊原の露にくちぬ。つゐ より悪道に至る間の関路なり又冥 は冥幽の義にして此世の顕明に対し になにゝむかひてか。われ ていふ世風にさすらひ風とは業 風をいふ大乘同性経ニ云佛ノ言ク衆生 といふす。がたをみん。これ諸 捨此身ヲ己業風力吹テ移シ識将去ハ自 所ヲ受業而受其東ノ問地獄経云人命終時生ス中陰々々者已ニ捨テ此陰未及生険其ノ罪人乘ル中 陰ノ身二泥犂城是ノ諸罪人未レ受レ受レ難ク之間共聚一是ニ其處一ニ巧風ノ所ヲ攻テ雖二其輕重ニ受テ大小身ヲ其 風ニ所二所二就テ成二就ク之形ノ之形ク香風所レ吠二就テ福人微細ノ之體ニ〇さすらふとはまよひめぐき 義也日本紀に流祚をさすらふと訓ず十内云神無ク常ノ常ノ家獨囲二中有ノ之旅一 郊原みやこの外の野原なり爾雅云邑外謂之郊一広平ノレ原トなを邑郊野原等 の差別。註疏に詳なり③露にくちぬ義孝劣將ノ詩ノ詩ニ有テ有テ紅春。 爲メ白骨ト朽ス朽二郊原一⑦諸法是想行歳の五蘊をいふ仁王経云ノ以諸法ノ如シ。即ク真實 故。良賁疏ニ云言諸法一者即前五薀法性空寂ス即真實實故ニ みなこと〳〵〳〵五蘊皆空綱。五蔵観。等をみくしゆわれとわがものとも我と 我所となり。身心の忽相に迷て我と思ひ。五廬の自相に迷て我物といふ也。云のすへて 是より上来四種類倒の惣結なり身受心法身は不浄なり。更は苦なり。心は 無常なり。法は無我なりと観する也是を四念処といふ諺註を見るへし往生 要集云問若作二ハ魚常苦空等ノ観ヲ豈異ニ小乗ノ自調自度ニ答此ノ観不レ局レリ。亦適ス 乘ニ吉空魚常等、催シ菩薩ノ悲願一大般若等ノ経以二不浄等ノ観一亦為二菩薩ク法ノ法ノ法ノ法ノ法ノ 愛着愛は貪取の義。著は慈 著なり。これ六著の随一なり 法はみなこと〴〵ぐむなし 浄楽常我右にしるせる四類 きゆへに。もとよりかく無 例なり。浄影ノ云問ヲ云ツ生死ハ實ニ是レ無 常苦空無我等ナリ也衆生何カ故ノ計メ 我なるものぞといふ事を 為スルキ淨楽我常ノ法一ト乎。如二論ノ中ニ説一説有 為ハ相似相続覆故ニ不レ知無常ヲ一ヲ横計メ あらはしはてぬるなり。この 為レ常トハ威儀履カ故ニ不レ知二実苦一ヲ妄ニ計メ 我倒の結語□ 爲レ樂トハ作業レ履カ故ニ不レ知二非我一ヲ取テ爲レ我ト 薄皮覆スル故ニ不レ見二不浄一ヲ謬執ス爲浄ト ありさまをみるに。つや 〳〵われともわがものとも執すべき世にこそ 我所なり 我なり あらざりけれすべて身受心法ひとつとし て愛着あるまじきことはり。あら〳〵いひ ひさしく往生要集ニ云妄心ノ つゞく類にかくのごとし。 是永刧ニ所習ヲ雖モ厭猶ヲ起ル善業ハ 是レ今世ニ所レ学ヲ雖雖モレ欣動スレ退ク○類例 弘決ニ云言二顛倒一ト者顛即負也頂ナリ也頂階於 かやうに心をえなば。さすが 下ニ故ニ名顛倒一。 松門山林の庵なり実澄公ノ云松 人木石にあらず。いかゞげに 門は松の木のあるあたりの門なるへし もと思ひおどろくすごし 幾白氏文集四云松門ニ暁到テ月徘徊ス これを哥に。松の戸とよめり。又夫木 すみわひてなを山深く跡たえば の甘心なからん。しかはありと 一領受の義也前にしるす 以下ト反覆ヲ勧励ス たれをかこゝに松たてる門寂蓮 とはれじとさしてはすまず松の門 も浄楽常我は。ひさしく 一みはてんための秋の夕くれ家隆 勧心往生論ニ云松門ノ閑居無レシレ程。華城ノ 重職有レ幾カ文世のうきめ古今の 哥の詞を取たまふ前に出せり 額例しなれぬるまよひ にて。きとひるがへさん事 山のかせぎ善心をいふ此譬は 涅槃経に出たり。西要抄にて註 かたかるべし。もし松門に せり。かせぎは鹿をいふ前にしるす あとをかくして。ひたすら ○此句おもては山居の事にてまことの 鹿也夫木抄 西行 山ふかみなるゝかせぎのけぢかさに 世のうきめみぬ身となり 世をとをざかるほどぞしらるゝ ○ほたし 妻子等をいふ。是も前 にあり三教指歸ニ云羈二摩愛鬼ニ 燃灼ス精神ヲ一拾玉集 おもふ人ほだしとならぬ身のためは くるしくもなき山路なりけり たらは。をのづから山のかへ せぎもなれやしなまじ とおぼゆれども。それ又か ○思きる夫木清輔 たちがたき思ひの綱につながれて 引かへさるゝ事そかなしき 新撰六帖に 気とゞめらるゝほだしおほ ければ。思ひきるほどのこゝ かぢやなる太刀のやきばのはやくより 思ひ切てし此世ならずや ろざしもえなし。なにかとや なにかと妻子の愛。君臣の義。 すらはんまに。思ひまうけぬ 名利の営などをいふ㊃思ひまうけ ぬかつて覚悟のなきなり くらきより愚痴の関より生 心ちして。とりあへずあはて 死の闇に入なり。此生より後の。生 ゆかん。のちの世のくらきより 々世々をいふ。なを議註を見給ふへし 大経云ク惡人ハ行レテ悪ヲ悪テ從レ苦入レ苦入レ冥ヲ くらきにいらん。たゞよはしさ 入レ冥法華ニ云從冥入夫又於冥一ルニ永ク不レ聞二 仏名一ヲ拾遺集ニ云性空上人のもとによ みてつかはしける雅致女式部 こそいかにすべしともおぼえ 十一十四日 くらきよりくらき道にそ入ぬべき はるかにてらせ山のはの月 すかなしけれ。生盲に 万葉第五ニ云 都祢斯良農。道乃長手袁。久礼久礼等。 伊可爾可由迦牟。可利足波奈斯爾。 榻鴫暁筆に云白河院の御時中納言保実 して業にまかせてはし る。業にしたがひて深帆 卿死せしを有験の貴僧増誉隆命 に堕せんと傷嘆せし。古 加持すべき由院宣ありけれは一乗 寺御室戸申さく仏法霊験ありとは 申ながら死門に入て数刻を経たり いかゞあらんとて只裳提の為に法花経 賢の案におちて重苦 はかりを誦し給ふに保実忽に活たり にむすづゝれなんのちは。 遂に菩提心を起し天台門に入て 知識のよくなしへけるも 止観を習ひたまふ時。所有の産貨徒ニ 爲他有冥々獨逝誰二是非一ヲヲ のをと。くゆとも。さらに 文を見て我冥途に趣きしに此事 たがはす。猶は聖教は空ごとせぬ物なりとて汝を流し給ふとそ回たゝよはしさまふ 義也源氏抄云物のたゞよふは定らぬ心也○定善義にも漂流六道とあり●生冒盗 に仏法を閲す因果をしらぬ。人を生なからの盲人にたとへたまふ定善義云従母前中 出ツ取即不レ見物ノ名ヲ以上生育○はしるつくりし悪業に任て三途に落るこし るとは速なる事をいふ業は足のことし一生は過やすしの業にしたかつて同果 必然の道理をいふ○源地無間地獄をいふ。九十古賢善導般舟讃云傷歎。曰生 育ク仕レテ業ニ走レ業道深坑ニおちて推量の如くになるといふ義也前是に人 のをしはかるあんにおいることもあらましかはとあり阿海抄に案落と書たり ㊂重吉地蔵十輪経巻第七云處ノ無間大地獄中受諸ノ重告フ 吉をいがれはぬ事也六波羅密綱云此身獨リ県此ノ告。韻ニ云薬也の如く繋也の如くと 地獄へ落し人の心にくやむ事也これも経釈に本文あり縦舟賃ニ云一入レ泥梨受長苦 始テ憶。人中ノ善知識ヲ細ニ云地獄ノ衆生作ス如レ是念ノ諸ノ諸ノ諸ノ如ク是ニ如レ是訛リテ是レ将来ノ過 患ス可レ畏之處是故ニ當レ断ス貪欲ラ我等以不レ不レ能レ不一能ニ漸一貪欲ノ因縁ノ故今受ク故今受ク故今受ク 白業自得みづからなしをきたる君を自業といひ。そのむくひをうく類を自得 といふ正法念経ニ云非二ス具人作テレ悪ク異人 受二テ苦報一ヲ自業ハ自ラ得レ果ヲ衆生皆是メ かひあるべからす。自業 ○主君往生講式ニ云無常忽ニ至テ何リ 得逃焉主君不資親昵不替 自得のちからなけれは。主 しぬる時もひとり也 独生独免此身のうまれし時も 君たのもしとてもたすく 此魂の来も去もひと 独去独来 り也古歌に生 酉師曼抄 ひとりきて揚さりぬる道なれは つれてもゆかずつれられもせず まじ。妻子いとおしとて もかはるまじ。たゞ人は人。 拾玉集に やみぢにはたれかはそはんしでの山 われはわれなる。独生独死。独 たゞひとりこそこえんとすらん 新古今に云後一条院中宮かくれ給て後人の夢に 去独来のみちこそ。おもひ 一古里に行人もがなつげやらん しらぬ山路にひとりまよふと 大経ニ云人在二テ世間愛欲ノ之中ニ獨リ生獨死 獨去獨來當レ行ニ至レ行ニ至レ行ニ至ル趣ク之地一ニ身 やるも心ぼそかるべけれ。後 世とても他人なるまじけ 自ラ當レ之ニ無二無二誰モ代者一ヲ同同鈔ニ云生ニ死ハ限テ名二 生有死有一ニ去來ハ通シ二ル中有等也義敬 れは。なにともならばなれとは 云獨生獨死者就テ一趣一界説獨去獨 来ル者就二テ異趣異界一ニ説ク◎後世とて与 えおもひはなつまじかめり。 一勧心往生論ニ云為二ニ已身一ノ怖二苦患一ヲ何ノ不ル されども世人薄俗争不 怖悪道後世非他身何不惜彼耶爲 更諫倒見 霖ノ道需禪師ノ淨土旨訣ニ云。鳴呼人無二 急事とゝきて今生のいと 遠慮必有近憂世人莫不知有死而セ 不為二死後一不以テ安レ置モ好去處二テ者亦大錯ナリ なみの。いのちあらばとゆる 矣寂室云世人但ス不知テル時将レテ養此 身ヲ一営求資給スルト二而不レ思ハ捨テ此ノ身一ヲ後ニ神 かるべきをは。あしをそらにし 識不滅若無二善因則論二善因一ハ善因一ニ何 爲メ生時憂二惜メ此ノ身一ヲシテシテ後ニ神識ノ不ル滅 て急にし。後生のいでたち 而不レ思二ハ度脱一ヲ耶云云世人薄俗これ も大経の文にあり愚按するに薄 の。いまもしなばと急なる 俗は稚厚の友なり。心の厚からぬ を薄といひ。雅しからぬを俗といふ べきをは。てをたんだきてゆ 文ニ云然ニ世人薄俗ス共ニ諍二テ共ニ諍二テ不忍ノ之事ヲ云 同欽ニ云人間ノ風俗富貴ヲ爲レ樂サ此ノ樂ニ少薄ニ故云二薄俗一ト可シク佛法不レ不レ不レ不レハ可ク怒テ、 不景にあすしらぬ給ふの命のくるゝまに此世をのみもまついそぐかな の足をそらにいそきてあゆむをいふ足を地につけず空を地につけす炎巻に もあしをそらにてたれ〳〵もまかで給つれはとありと手をたんたきて手をおさめ て作ところなきをいふ篇海類編云丙手合。持。曰撰玄義外勘抄巻第九。元漢書 四十陰機ノ而観ル誰師古。曰拱言レ不二。動揺一。坐シ復レ成敗レ也ニモ長恨歌伝ニ云方士共二即是 収テ手魚レ所レ作也廣韻二手ツ也。手ツ也。云々禮記ニ有拱手ツ文曰かしこしこやせん引て祭せず 至て愚なることをいふ何ともいへは意味浅し浄佳法。云生不レ不レ保。唯滅営生元必 定ニ至ル不レ顧レ死スル况ヲ况ス此ノ危命凶変血レ常ニ俄頃ス之間不レ覚ス奄死スモ奄ヲ死シテ 賢愚経ニ云但二人身難レト得遇二悪因縁一則便ナリ易失弘決ニ云一、失二人身一。人身二萬刧ニ不レ復ノ列于 凡生ハ之難シ難レ遇ヒ而死ハ之易レ及ニ 玉葉集院御製 るくする。これかしこしとや 伊勢の海のあまのうけなわうけ難き 此身を又はしづめずもがな せんをろかなりとやせん。 玉葉集ニ云惜二テ一寸ノ之陰。半寸ノ之助一ヲ さしも。うけがたくして。う 記ㇲ一生空ク過一といへる心を政変上人 かくはかりうけがたき身につもるねの 一しなひやすき人身をいた くれやすき日のかげぞかなしき ゆめのうちはかなき此世の づらはしくなにともなき 事也拾得ノ詩ニ云想ト云ヒ二計計ニ浮生ノ裡ヲ還テ 同二一夢中ニ白氏文集廿六云歡愛今 何レニ在レ悲啼ニ亦是空同爲ニ同ク爲二テ一夜夢共ニ ゆめのうちの事にのみ 父子相迎上 過一ノ十年ノ中一李白カ詩ニ云處レル世ニ 大夢ノ朝篇労二其ノ生一ヲ新拾壱源義寺 たきもみなまださめぬまの夢情に 心をとむるほどのはかなさ くるしめて。つゐにけに 〳〵しきながき世のおもひ ながき世の後の世まて悦ぶ べき程の善業をいふ いで。ひとつもなくてやみ ひとつもなくて賢愚経云一日の 之中ニ罪念百千善念無一モ なん。あさましさよ。この世 二世不得長明発心集にも二世 不得の身となりぬらんとあり こそかく思ふやうならざらめ。 刀山火湯北獄に盗て釼の山へ登り のちの世をさへむなしう 火の湯に煮らるゝなり委は諺註をみる ぞし往生要集ニ云刀山火湯漸ク将レ至レ至レト 二世不得の身となして。な 誰ヲ有智ノ人ハ実二玩セル此ノ身一ヲ○刀山は観佛三 昧経ニ云刀林地獄ハ者四面ニ刀山リ於衆山ノ がく刀山火湯にたゞよひ 間積万如キ如レ博虚空ノ中ニ有二八百万億極大 刀輪随ヲ次ニ而下猶如シ二兩締一 あさましやつるぎの枝のたはむまで ゐたらんは。いふにすぎたり。 何のこのみのなれるなるらん和泉式部 なのめに。毛をき。角を ○火湯は正法念経ニ説二於テ叫喚地獄ヲ云閻 魔羅人。即チ復ク執レハ之ヲ令二頭テ在二テ下ニ置二鐵錐ノ いたゞきたるたぐひとなり 中ニ彼ノ人如シク是在一テ一鐵鎧ノ中ニ一頭面在リ下ニ経テ 百千年ヲ湯火ノ煮レフルヲ○たゝよふ 漂の字也まよひめくるをいふ前にもあり ても。たやすくそのすが ○いふにも過たり法苑珠林巻第三 たをあらためん事かた 十ニ云衆生ノ愚癡甚爲レ可レ恐レスレ愍ム不レ知テ無常ノ ○示」浄教難 將至至レ至レ妄ニ起二ス高心一ヲ來報テ湯炭煎煮相待ツ 獄卒執レヲ伺ヒヲ伺ヒ候フ日久シ不レノ憂二ニ斯ノ事一ヲ かるべし。たとへは又をのづ 毛織なり 喜樂ス何ソ異ヲナルヿ不一テ不レルルニ知二死去ヲ何ソ異ニテ異ニ から。ふたゝび人身をうる 蛇ノ貧二楽死屍一ヲ㊁なのめに斜の字 なり。ゆがみよこさまなる事也法花に 時はあるべくとも。浄土の法 亦不喘斜とあるを。ゆがみよこさまなら ずとよめり畜生は身をよこさまにして行が故に検行ともいへり正理論云彼怒 多分身横ニ住ス故ニ名テ曰傍生ト云ヒ毛ト被般舟諸ノ云欲レモク載レ角ヲ何レ肖ヲ了レ肖ヲ四教集解云身 被二其毛ノ如シ猫狗等ノ頭ニ載ハ其角一ヲ如二牛等ノ曰あらためんこと愚痴にして生死ながし 六直講式、云祇園寺ノ蟻ス戴レ規ク送二過去遠々ノ瞻婆城ノ瞻婆城ノ林。木来永名ノ賢愚経ニ云長者 須遠共ニ舎利弗ニ往テ往閩精舎ク須遠自子捉レ縄一頭ヲ舎利弗自ノ挺一頭ノ共経二精金ノ時舎利弗伏 然。舎レ笑ク須達問言。尊ノノ尊信ヲ言ク汝始テ於レ此レハ六欲天ノ中ニ宮殿已ニ宮殿已ニ成。即借テ見 六天ノ厳浄ノ官殿ヲ更ニ徒レル。時ニ舎利弗惨然ノ憂色。即問ノ尊者何カ故憂色。答フ汝今ヲ見汝今ニ見テシテ言ク汝今ニ見此 地中ノ蟻子ヲ耶對テ曰巳、見合利弗言ク汝於二過去ル此ノ地起立橋舎而此地震二立ル蟻 子在テ此中生ス乃至七佛已來汝皆爲スニ佛起二立テ而ニ此面ニ此ク蟻子亦在レ中ニ生ス至ル十一刧 受レ一種ノ身一不得二解脱生死ス長遠唯福ヲ為テ要不可不レ不レ穏ニ智論云佛令二舎利祟一 前後各ノ、八万劫猶ヲ不レ捨テ一ニ鴿ノ身一故ニ知ス畜 生ノ受報長久ナリ㊆たとへは上来すてに 門。弥陀の本願をきゝえん 生の祭報長久りゆたとへは上来すてに同所院の本願をきゝえん 言を尽して迷徒を諫め。以下は方に 事は。さらに難中之難。 浄土を勧む○慈訓重複シ至リ此ニ能ク念二 人感激一ヲ固ニ道人ノ之文也 難中之難惣じて仏法には逢がた 無過此難ととけり。しかる 慶正過此法一 し別して浄土の教は聞がたし難が にいま。たま〳〵頓教菩提 中の難き也これ大経の説なり。文云[ク] 如來興世ハ難佛ノ經法難ナ見シ佛ノ經法法佛ノ經法難レク得 の門ひらけて。超絶易往 難レ聞キ菩薩ノ勝法諸ノ波羅密得セレレセレ聞ヲ亦二 難シ遇二テ善知識聞レテ法ヲ能テ能ク行此レ亦爲レ難フ のみち通ずる時にあへり。 若聞二斯ノ教一ヲ信樂ニ受持スル難中ノ之難無レ過二テ 此難二又頓教菩提浄土門の事也 父子あひむかへて本家に 浄土の法は頓教にしてすなはち菩提 一御二父子相迎ヲ に入るの門也此四字も善導の御語 かへらん日。けふにあらずは にあり般舟賛ニ云観経弥陀経等ノ説 此之七勺爲二部之張本 即是レ頓教菩提ノ藏ナリ いつとか期せん。はやすでに これ大経の字を用ひ給ふ。超絶とは三 示二本家慈父ヲ一 界を一度に起るをいふ。超は次第にあら 安養の本家を。われらがた ざる義也。絶とは三界の道の諸たゆる事 なり。易性とは往生のやすき義也 めに。荘厳して。弥陀慈父 文云必得二超絶シ去テ徃生安養國ニ横ニ 截二五悪趣ヲ悪趣自然ニ開ツ昇ルレ道ニ無二窮極一 の本願。こゝろもとなく。 易ク往而往而モ無レ人の通する時浄土教の流 布する時なりノ曰けふにあらずは十月云然ニ日月如レ[ク走。冥途在レ近在レ近在不レ動者 遵ク事土ノ教ニ又何時早ク早テ抱テ一万事ノ速ニ求二一心一古德云今世ニ不レ得レ得二今ヲ一跪走レヲ一跪是百暁。今生一 庚。更ニ向二何リ生二度此ノ身ヲ捨玉此世にてこん世の事をなけかすはいつを待へきはかなさそこは昼後 又新拾遺 秋子内親王 いたつらにまた此たびもこゆるぎのいそかで法の舟にをくるな○はや すでに今より十劫以前の事也舊の字をはやくともよめり延五記云はやくは昔 といふ事也今に対してみれは昔ははやき也○すてにといふも過さりし事也正覚を 取たまひし昔なり安春の本家と慈父をいふこれ一部の骨目也 前後に相映じて首尾の貫通する処に眼を肴へし雨まちたまふ同躰の大 愍忝も十劫成覚の暁より衆生の往生を待たまふ也善光寺本尊御所現に云我待て 衆生心無間御哥に待かねてなけくとつげよみな人にいつとていつとていそがさるらん 行古今夜愁をとにきく君がりいつかいきの松まつらんものを心づくしに此哥や吉 欲往生の心をよめり君がりとは君の許なり去とは弥陀なりいきの松とはいつ かゆかんといふ義也筑紫の生松原を枕詞とぜり下の句はかの仏の御心をよめり 新撰六帖にそなたにもちかひたがへず西の海のこち吹をくる風を待らん いそかてはこれ善光寺の御示現 まち給ふなり。これをきゝ の詞を取て書給へり此御哥にそへ等 て聖徳太子も て聖徳太子も二首共に風雅集 いそけ人弥陀の御舟のかよふ世に ながらいかゞさはなをいそ のりをくれなはいつかわたらん これを釈教の哥の初なりといふ がてはありける。婦去来 弥陀の御舟といふ詞も此哥より出たり 魔卿不レ可レ停。曠却来 帰去来是は善導大師の定善義 八千目円 の文なり惣して浄家の経釈は音に 流転六道敷皆経釘所 読たるがよき也されとも註を略せ んか為に訓をつけ侍る不得正[リ]也○帰 無二余楽一唯閉二愁歎一声畢二 去来とはかへらんやいざといふ義也去来 の二字を万葉にいざとよめり 魔筋三界をいふ前にしるすか 此生平一後入二彼二涅槃城一と。 如しき余楽しばしの楽み也 いざなはるゝ。知識のことばを 愁歎声法花の法師功徳品に諸々 声を列る内に愁歎声とあり 畢此生平生平を日本紀にいけ しるべとして。さらばたゞちに りしときと訓す此句は此度の生を生 死の限にせんといふ心也 西路に帰しなばやと思ひ 涅槃城涅槃経ニ云城喩一 たつにつきて。つら〳〵身の 門ヲ喩二ノ八正一ニ天台ノ云断徳涅槃ハ防キレ非テ禦ク禦禦クヲ ヨし熟 悪ヲ為城ト一道のしるへとは俗 ありさまを案じつゞくれは。 にいふ案内者なり導者をしるべと よめり椎本に シルベ つらゝとち駒ふみしたく山川を 又かた〳〵とゞこほりぬべき しるべしがてらまづやわたらん 西路にこれも善導の御語に うたがひあり。一には凡夫 あり法事讃ニ云専令指授一ヲ歸ス西 一蛤つら〳〵此抄には四例と四徳を のための本願とはいへども。 明して。心行の沙汰。すくなし。爰に 此事をしるし給ふにて文章の布 さだめてわれらやうのつ 置残る所なし○練て精く。琢て巧なり とゝこほりぬべき傍の字をとゝこ みうどをは。さりとてはの。 ほるとよめり前の不可停にかけて なをざりがてらにおもふ 見るへし又選擇集ニ生死家ス家レ以レ疑鳥二 所止とあるに依たまふなるへし うたかひ案するに疑に惣別 給ふへし。さではいかにも往 をの〳〵三種あり惣しては師法自の 三なり別しては疑自の中に桟心行 生のほいと気がたくや の三疑あり今爰に列たまふ。一には あらん。二にはたとへは悪人 桟の疑を挙。二には竹の疑を挙る也 ○凡夫のための本願の文に十方衆生 とありつみうど罪人なり方 往生すべくとも。こゝろざ 人若人といふ詞の類なりさりとて しをはこび。こゑをかさね は凡夫の為の願なれとも悪人は助 がたしとや思召さんと也。なをざりぞ て。返々懇望せんにぞ。仏 らねんころならぬ事也等閑とかく なり歌にも。なをざりにさしゝ柳の一枝にとよみ。しるべしがてら劣や成らんとよめり おもふ給ふ箒木巻にかはるへき事ともおもふ給へずながらとありゆ心ざしをそひ はなはだ信心のふかきをいふ声をかさねてはげみて念仏の数のおほきをいふ 案するに是も慈鎮の哥を取たまへりあらだぶとたなふる声をかさねをちあまね〳〵と いふかしさ白氏文集に不審と 書ていぶかしとよめり廿七はるけ はれぬ也哥にも 君なくはいかにしてかははるけまし もみゝにきゝいれたまは ん。これらのいぶかしさの いにしへいまのおぼつかなさを使成 のまことしく案するに爰の詞は井 はるけざらん程は。まこと 三心のうらのやうに見ゆる也まことし しく極楽のねがはし からぬは至誠心のなき也不審のはれ ぬい深心のなき也ねがはしからぬは発 願心のなき也の疑綱うたがひの き心もおこわがたかり 理をかくすこと網をへだてゝ物を見る かめし涅槃経ニ云若聞レ法ヲ己疑綱 ぬべけれは。いかゞ。して疑綱を 即断ヲ釋要抄ニ云疑覆ノ覆一ヲ眞理ヲ一如網ヲ 願海にたち。法船を被 之単蔽也断即断除 仏の本願は深広にして海の如し 華嚴ニ云菩薩修行諸願海 岸に。よそはんと。くはしく。 法船付法蔵経ニ云欲レ出三界生死ノ 大海必假法舩ヲ法船ニ得度脱ヲ 教門をうかゞひみるに 六彼岸天台禅門ニ云生死テ為此岸 まづ。一者。決定。深信自 涅槃ヲ為彼岸ト一トのよそはん念仏 を申はじむる事也よそふとは躾の字 身現是罪悪生死。凡夫。 なり舟をかざりて岸へよするをいふ 漢書ニ云鳥江亭ノ長艤レ船ヲ待ツ船ヲ待ツ如浮カ云 一瞻劫已来常没。常流 南方ノ人謂二テ修レ船ヲ向船ヲ向二レ岸百レ船ト月清集に きしにいたる風のしるへを思ふかな くるしき海にふなよそひして 又案するに車を整をも。よそふといふ 寒山詩ニ云輩車競滞梟ヲ 博無レ有二出離之縁一と釈 するは。弥陀の本願。もはら 続掻吟 堯空 夜をこめて花にといそく山路哉 かゝる悪人を本としておこ 馬にくらをき車よそひて 又惣して装束するを。よそふといふ源氏 されたりとさたむるなり。 にも御よそひ引つくろひて。女の御よ これ罪業をつくるがにく そひなどいへり万葉には装束と書たる をよそひてとよめり ㊄敷門浄土の章疏なり からざるにはあらねども。たち 一者善導散善義の文なり まちに悪趣におちなん事 本願抄にて註せり○爰に此釈を引て 初の機分の疑を通す 常没三悪道に堕しなり 常流怖六道をめぐりしなり にくからさるには帰命抄に委く 見えたり 諸仏もしかね 拾玉集に のいとおしければ。諸仏も。 最借 しかねたまへる十悪五 逆の機を。たやすく往生 父子相卿正 う二才真一 なげくなよ人の心は仏だに 思ひかねてぞすて給ひにし 大悲の至極般舟賛ニ云六方ノ如来 慈悲極テ同心ニ同フテ往二シテ往シ西方ニ一 せさせぬるに。大悲の至極 をあらはして。仏も世にこえ 世にこえたる前に註せり経に 我レ建二超レ世ニ願一ヲ願一ヲ 百縁経ニ云捨二テ此ノ高名一ヲ奉二事ス瞿曇ニ 雪玉集 実隆公 ふかゝりしちかひのまゝの名取川 ひかれてうかふよゝのむもれぎ 超世願の心なりむねとこと に重き悪人をいふ古今著関集に 宗徒と書たり書言故事ノ註ニ云 宗本也古哥に たる高名とおぼすなる べし。されはむねとわろき ものがたのみて。本願の名 をもあけたてまつるべき にてこそあるを。かへりて。 つみふかき身とうまれぬる嬉さよ さてこそたのめみだのちかひを つみふかき身はいかゞとあや あやふむ あやうく思ふなり あやふむあやうく思ふなり おもはすに思ひの外に隔心する ぶむをば。さぞ仏もおもは ○おもはすに 事也慎程に おもはすにゐでの中道へだつとも ずに見給ふらん。願ひとを いはでそこふる山吹のはな なを前に註す㊄人々有分善人も もらさねは。人々有レ分不 不漏 悪人も面々の分上にて往生する也 に須レ疑といへり。むらなき 般舟賛云忽尓トシテ思二量彼ノ快樂ヲ人人有リ 分不可疑同記云定散善悪皆可レ ちかひ。たれがをのかぶん 生一ス故云有分三心私記云總テ而言ハ之ヲ 聖道ノハ勝レ浄土ノ機ハ劣別ステ別ス而言レハ之定機ナ 一にあらずとせん。二者決 是強散機是レ是シ弱シ於散機ノ中ニ散機ノ中ニ猶有二九 品一々ノ差異亦是一往其実無量ス無量其ノ 一一機ノ所具ノ誠心何無二差別若浅若 定深信彼阿弥陀仏四 深若ハ勤若ハ怠皆遠慮何有近憂 也云云圓光大師云無二ノ口伝一見浄土法 十八願。摂二受衆生一無レ疑 門一ヲ見失性生ノ得分一ヲ也勧レ善人ヲ也勧レ善人ヲ文見 レ爲二善人一ノ勸二スル悪人一ヲ文思當二我分一爲二得 無レ慮乗二彼願力一定得二往 分ナ也㊉二者此釈を引て右の行少の 疑を通す㊆無疑無通うらおも ひとは心の内に物を思ふをいふ也うらとは 心をいふ通の字の義は俗に気遣と 生と釈するは。をのがちから 釈の意を述す はともかうもあれ。たゞ化 いふに同し法花に願不有慮とあ 力のつよきにひかれてた るも気けし給ふなといへる義なり ○案するに此四字は阿含の文に依 給へる歟。慮の字をうらおもひとよむ のまば。かならず往生すべし はいとよき訓なり増一阿含ニ云眼 といふなりこれまた。弥陀の 浄メ魚二シ二瑕穢一無レ疑ヒモ無二猶豫一。○前漢書 已下は広く示す 父子相迎上 制通カ傳ニ云猛虎ノ之猶與ハ不レ如二蜂薑ノ 本願かぎりなく。衆生 之致尽ス益ヲ孟賁ケ之狐疑ハ不レ如二童子ノ之必 至二もかきりなく本願のひろき を一子にかなしみ給ふ 義也釈ニ云弥陀智願ク海ハ深広ヲ無二シ涯 底一子親の一子を愛する如 ゆへになをざりならず くに衆生をあまねく愍み給ふ也 涅槃経ニ云視スルヿ諸ノ衆生一ヲ同二於一子一 いかゞして。わがくにゝ生ぜ せち源氏にもある詞也源氏 抄に懇切なりねんごろなりとあり ろしめんとおぼしめす。御 の仏の御かたみかたとよむへし 古事紀に太子御方と点せり こゝろざしのせちなるち すゝみてこれ大事の安心なり 念仏往生の道は仏の御方より進み からにすくはれて常没無 て望給ふことを知ぬ故に我身の みを卑下して万にうたかふ也これ をだにもよく心得れは信心は定り 進む也禅勝房の云。人の無心に思ふ へき要事を此方より申すこそ大 事なれ。人の方より。あはれ此事。我 に人のいへかし。叶へんと思ふ要事を 縁の機なれども。すみや かに往生ののぞみをとぐ るならん。すでにかくまで 人に申すは易き事なり。其条に ほとけの御かたより。すゝ 念仏往生は仏の御方より進み かゝりてあはれ念仏申せかし彫けんと思 古事なれはたゝ念仏だに申せは仏は悦 みて懇望し給ふ事 ひ給ひ来迎は決定して有ことなり なれは。たとひ一念なりと ゆめ〳〵往生をあやぶむことなかれ 袋刃紙第四云田口重如しなんとし 一金葉集にも載たり も。いかでか御みゝにたゝぬ ける時よめる たゆみなく声をかくる弥陀ほとけ 人やりならぬちかひたがふな やうはありける。にはかなる 。人やりとは人のやるといふ詞なり。人やり 十こゑ一こゑに。とりあへ ならぬとは我心より思ひたつ事なり 不取正覚の御誓はさらに人の勧め ず来迎し給ふをもて。 奉りし事にあらす。あなたの大悲 よりおこし給へる御誓なり。これを人 よく心もとなくまちうけ やりならぬ弥陀のちかひといふ。念仏 者は知べき事也は懇望 給ひけるほどをは。乾かりた 編ニ云懇ハ口狼ノ功シ音ハ墾ハ墾ハ至誠也信也又 懇惻情実也惘也 てまつりなんかし。かやう 疑の詞に。仏も耳に閉入たまはんと有 しを答ふる首尾なり○仏に関声 にこま〴〵と。ほとけの 自在の徳ましますか故に最細の声 をもよく閉たまふ也十住論ニ云假令一 御こゝろさしを思しり 恒河沙等三千大千世界ノ衆生。一時ニ發セ 言又一時ニ作ニ作ルニ百千種ノ伎樂ヲ若ハ遠若ハ遠若ハ遠若ハ近隋ヲ 意ニ能聞若欲於中聞一音聲一音聲一音聲一ヲ隨レテ隨レテ ぬれは。往生もうたがひな レ聞ヲ餘者不聞又過世界一カ不レ無邊世界一ヲ最細ノ聲ニ く。本願も。まめやかにかた 皆亦得聞若欲令衆生ニ聞能令得 聞ホとりあへず般舟賛ニ云救レ苦ヲ雖二 じけなくて魚母子を 遥ニ別一リ世界ヲ一衆生急ニ念テ応時ニ念ル時ニ來テ 如来の成就有緑化不失時といふ 魚母曇鸞法師の往生論の註 念持するいはれさへ。おもひ に依て書給へり論註ニ云魚母念二持ス 子ヲ経レ學ヲ不レ壊モ智論ニ云菩薩不爲諸 あはするかたにはあはれも 佛ノ所念ル者善根朽壊ス如二魚子不レ魚子不レ爲二母ニ そひ。たうとくこそおほ 念則爛壊不レ生セン生セ 云伊遠倭名抄に見ゆ又伊勢物語に ゆれ。げにさしもをろか も水のうへにあそびつゝいをゝくふと あり○うをと書たるをもいをと なるいをだにも。子をうみ よむが習の由なり○此一本にいお と書たるはあやまり也。いをなり まほりおやの念力が守護と なる也古今にをのゝちふるがはゝ たらちねのおやのまほりとあひそふる なきてのち。母わすれ ずそれを念ずなれば。そ 心ばかりはせきなとゞめそ りよし梁塵愚案抄云よしは假 のこゝろざし。まほりと の字也ゆるす心也旧事紀九云天皇 なりて。子ひとつもくち 曰可矣母をおもはさるこれは片思 なり念仏者は相思恋なり ず。みな魚となるとこそ いをのこ鳥卯を。とりのこといふ が如し本艸綱目巻四十四に魚子錬蟻 いふめればまして阿弥陀 の字を出せり。みな魚の子なり愚按 するに魚は冬月孕で春の末夏の ほとけの一子の慈悲ふ 初に子を生し数日の中に化もの也 因て論註の意を案するに夏日に子 よく衆生をあはれみたま を岸頭に生で後たとひ旱に水減 じて多日を経ても母の念する子は ひて。よしいかに桟つたな 腐壊せずといふ義なるへし本草 綱目巻四十四ニ云孟説カ曰凡魚生レ子ヲ く。行すくなくとも。た 皆粘ノ在草上及ヒ土中ニ冬日寒水過後セ 亦不二腐壊セモ到二テ五月三伏ノ日一ニ雨中ニ便化メ だわれをたのまんものに 爲レ魚時珍カ云凡ソ魚皆冬月ニ孕スレ子ヲ至二テ 春ノ未夏ノ初ニ則於二湍水草際ニ一生ス生ス子ヲ有テ だもあらば。かまへてわ。がくに 牡魚随レテ之ニ洒レク白ヲ葢シ其ノ其ノ子數日ニ即チ化ヲ出ツ 謂二ノ魚苗一ト最苗ト最七シ二長大一シ孟氏之説蓋 出二謬伝ニ一この時珎か語は現童の説 なれども論註には齟齬するに似たり 孟氏か説も所見あるへし一概 にそまれよと。あさからず ねんじたまふ。その御こゝろ 夕二木近上 には定がたし集異門論ニ云海中ノ大衆 ざしにひかれて。などかは 生登レテ岸ニ生レシ卵ヲ埋二ニ置キキ沙中一ニ還二リ入リハ海中一ニ母 思レノ子ヲ時卵即不レ壊ル母若シ失念明便チ われら往生する事をえ 壊[リ]水なきさは論註にありし 粟の字をいふ也爾雅ノ七ニ云。夏ハ有レ水冬 ざらん。ほとけのおほきなる 無レ水渠。註ニ云有リ停潦。疏ニ云潦ハ雨水ナリ 也言山上。汚下テ夏有二停泉一。至レ冬竭涸 願力。いをのわづかなる念力 者名の一子前に母をおもはさる 者名負ひては一分をいしつ いをの子とある対句なれは一子をひとつ にをとらめや。母をおもはざ ごと。よみてもよし。伊勢物語にも。 ひとつ子にさへありけれはいとかなしう し給ひけりとあり。業平は伊登内親 の一子なりとぞ母愛河愛念の やまざるをたとへていへり法事賛云 急々ニ専ラ須レ念二ス彼佛一ヲ共レニ汝相ニ將テ出二愛 何一ヲ○さて此魚母のたとへの心を 実隆公 雪玉集 たのめなを心の水はにこるとも るいをの子。なを水なきさ はにくちず。父を念ずる 一子。いかでか愛河のながれ にしづまん。われすでに 子を思ふいをの道はたえせじ 哥書には。いをと書たり。 ○還念法事讃ニ云人能ク念レ仏 仏を称念す。ほとけ又わ れを還念したまふべし。 佛還念ス専心ニ想レハ佛々モ知レハ佛々モ知レ人ヲ 夕かたちかれん時 修終の時なり かたちかれんとき父子 かたちはれんに かるゝとは死する事也般舟賛ニ云形枯ル 命断佛前期記云枯者死也 相迎せば。いのちをはらん たゝ身のつたなきにこれ結語也 ○此一言は惣じて他力の信心結帰の処 のち本家にかへらさらん を示し給ふよく心腑に納むへし 自身の罪悪に泥み。心行の涙少に や。たゞ身のつたなきに 滞類はなを他力の出離を悟らぬ故 なり既に帰命抄にも風情過の事を つけても。いとゞこゝろを 警め至れたるに当世殊に風情過る かたふけて願をあふぐ。 人おほし他宗の僧はさも有へし我宗 の内にも偏見の人の念仏の勧は風 南無阿弥陀佛かならず 情過る也正法をは勧れども人をして 疑悔せしめ下桟の往生を妨ぐ。これ 他力の宗趣を知ざる人なるべし称 たすけ給へ 念上人などの勧化の様こそ深く他力に染りたる上々の信心にて上正の金台にも登 るべき事なれ今の世の風情過は他力の信心はなはだ弱し一諦の水を灌て何そ三界 の猛火を消んや。たゝ一向に心を他力の強縁に染て。とてもかくても無間無餘に念仏すへし 然るに此比は隆堯法印なとの淳なる勅化をは古風なり愚痴なりとて信用せず。これおまへ らくは坊上慢の致す所と。無道心の友とに由べし願くは智た兼備の知識つとめて他力の 大道を弘め給へ兼任師家集云極楽に往生すへき事なと説を聞て舟しあれば 父子相迎上 ちびきの者もうかふてふちかひの海に皮たつなゆめ案するに此下句に改たつなといへるは彼 をたつるなといましめたる詞子の仏の誓の海は安く穏なるに行先の方より様々に非 見偏見をおこしてうたがふはこなたより波風をたつるにてこそあれといふ義なるへしされ また風情過の人をもいさめたる哥なり心をかたふけて心の底を残さぬ事なり おそれずうたがはずして頼むと也これも善導の御釈にある字也法事讃云衆等傾 心ヲ能ク聞法ヲ○南むこの六字かならずしも有まじき処なれは聊あやしみ侍りしに よく〳〵みれは下巻の初に此南世阿弥陀仏の声を閉召つけぬる悦又をき処なく思召べし とあるに釣鎖する六字也上下照応してこれは諸詠よく貫通せり是等にて此書の 文の容易からぬ事を知へしされは此名号をは照の六字といひ下壱なるをは懸の土 字ともいひてんかし○晋未中間数用ス二父子ノ之字ヲ一亦如二常山ノ蛇ヲ救ヒ晋ヲ誉テ教ルヲレ尾也。読者 着眼ヲ焉 ◯抑篇海頬編ニ云抑ハ按リ也按ス 父子相迎下 考也験也そも〳〵といふ和語は然も 〳〵といふ義なるへしさもといふべき を竪音通にていひよきまゝにそ 抑法蔵五劫思惟して。 もといへる歟臆断㊃弥陀十刧に 十刧已前に成仏し給へる事也大経 父子あひあはん願をおこ 等の説なり○覚をとなへて 選択集ニ云十刧正覚ノ之唱有レ憑二ニ于 し。弥陀十劫に覚をとな 念佛一ニ決疑抄ニ云諸佛レ継レ踵ヲ唱覚ヲ ちからを法蔵の肉位には願ばか へて父子あひむかへんちから りにしていまだ度生の力ましまさ をまうけ給ひにしより ず成仏の後はたしかにその力をまう け給ふ也これは日登鷹の御釈を以て書 たまへり論註ニ云依二テ本ト法蔵菩薩ノ このかた。四十八願ねん。こ 四十八願一ニ今日阿弥陀佛ニ自在ノ神加願 以テ成レカカカカ以テ以テ就レ願ヲ々不二徒然一力不二虚ク ろに。わがまよひ子やある 設力願相シテ畢竟メ不レ差メ不レ差ハ わがまよひ子これ法花の譬に とよばひ給へとも。二十五有 依たまへり信解品ニ云其ノ父先ヲ来テ のうち。いづくにこそ。こゝに 求ル子ヲ不得又云其ノ父憂念ノ四方ニ推求ス 四十八願これも善道寸の語を取り ありとこたふるをともな 給へり法事讃ニ云四十八願慇懃ニ喚 夕二ツツ丁 是を隔逐衆生忍と申す 乗二二佛ノ願力一往二ケ二 二十五有三界の内なり四洲の内 かりつるほど。こひかなしみ 四悪趣四六欲天六梵天一無想天五 たまふ御心。さぞ。やるかた 那含天一四禅天四四空慶天四これを 二十五有といふ。有とは因果不亡の もなくおぼしけんしかるに 義也諺註にしるす 術なき悲み也心を休むべき 様のなき也 江侍従 われらいま本家を思ひい みるまゝにおつる涙の玉づさは やるかたもなくかなしかりけり でゝ。はしめて父の名をよ のをき所なく 悦の御身にあまる ばひたちぬ。この南無阿弥 事也草葉にあまる露のをきとこ 申しはじむる義也 ろなきが如くなるへし哥にこよひ 陀仏のこゑをきこしめ は身にもあまりぬるかなとよみ。をき どころなきわが心かなともよめり 十万諸土此世界と極楽浄 しつけぬるよろこび又 土の間に十万億の仏土あり ル毎日千反経ニ云極樂ノ教主弥は 陀尊隨順念シノ諸衆生一ニ毎日千返 來リ住處一ニ踊躍シ歓喜無二比喩一真如堂体二 をき所なくおほしめすへ かたもなくおぼしけんとあるに応じて又といふ べし。さればぞ十万億土 ちたびだにわれはかよふにいかなれば 彼寺縁 彼寺殿 日にひとたびのものうかるらん のみちをなかにして毎日 配に有 起に有 十因ニ云行者常ニ除住處ノ塵垢ヲ近 邊ニ不レ安二不浄ノ臭物一ヲ常ニ焼名常ニ焼テ名香ヲ不 に千反まで行者のとこ レ犯威儀一如二ノ人請二貴客一ヲ即荘二厳處モ處ル處ヲ やうこそかほれ 凡夫は癡愛 ろにはきたり給らん。やう 一片なり仏は悲智平等なり ○かしこきいともかしこき妙覚の こそかはれかしこきさとり うやまひおそるゝ義也 さとり也畏貴恐みなかしこしとよむ ある心までもなを子をお 一ツ子を思ふ道兼輔 人のおやの心はやみにあらねとも 子を思ふ道にまとひぬる哉 御慈悲苦みを救はんとし給ふ もふみちにはまよふなり けり。この御慈悲のあはれ は大悲なり楽をあたへんと思召は大 にかたじけなきを思ひし 慈なり法界次第ニ云能ク與フテ他ニ樂一ヲ 大慈の御事 之心名レフ之ヲ為レ慈能ク技二ノ他ノ苦一ヲ之心名レテ之ヲ らんには。いかほどかほとけも 為レ悲ト○深重ノ慈悲摸得テ甚タル 儀則誰カ不レ不レ垂レ涙ヲ哉 つきしみぬるくせのつきたる也 なつかしう。往生も心も しむとは迷ひの深きをいふ愚迷 發心集ニ云妄心ノ之迷ハ往昔ノ申習テ僅ニ 起モ弥盛也菩提之道今新行業雖 勵速ニ忘ル となかるべきに。つきしみ ぬる心のくせは。まよひなを 巳十月日 ふ心のくせ類書纂要ニ云癖言 人性ノ偏好如二人之病レ癖不痊也 はるけかたくてはらしがたき也 此道をしるべと頼む諸しあらは はるけがたくて。たま〳〵 思つく類おり。うちおど 迷ひし闇もけふははるけよ いはれはかり道理におるゝ心はかり也 ろかるゝもたゞいはればかり つ縁にあふ時は煩悩内に催し惣 一にて。縁にあふ時はことはり 縁外に牽が故にたま〳〵善心はおこ れども水中の月の波に随て動き をだにもなをわすれはて やすきがごとしはてには道理をもわ するゝと也 いゑぢ 古郷へ帰る道なり ぬ。いゑぢにはつかれをかへり き世わが家路わすれて芥の物の ともよめり みぬならひなれども極楽 ○さて是は故事を含て書たまへり瑞應剛傳ニ云善導入定。見佛ノ百餘尺。問曰道緯現ヲ得スシ。 佛三昧ノ不レ知捨テ此ノ報身ヲ得ス往生ヲ否答ク曰伐樹連ニ下レ劣レ不レ存スレハレ縁莫レ苦ヲ蒙レ苦ヲ蒙レ苦ヲ蒙レ苦ヲ実レ 集云善導和尚の定に入てましませばかならす如来現じて物語をし給ひけり此由を聞 て道綽禅師の往生すべき事を問しめ給へは仏壁を取て教へ給ふ木を伐ときはよく 斧を下せ家に帰らんおりは労を忘れに。木を伐に斧の言ゆるかせなれは伐る事なし。家に帰 るに。つかれを思ひてたにやすみぬればおそく帰る也されはをこたる事なく行がごとく弥丸 を念して極楽を願ふべし。○此書肆二動用。故事ノ事ノ機ト古語ヲ使フ人不レ覚ニ如レ覚ニ如二胸膿ヲ語フ是ヘ大手ノ 之所ナレ能也 かへさま也枕草子に のかへさはむけに念仏の まつりのかへさいみじうおかしとあり ○念仏のあし智論云発心即 是レ目修行ハ即是足レ是レ足レ足ヲ やすらひやすみがち也申す程 はすくなき也徘徊路路此休 やすみがち也申す程 あしもやすらひ。かちなり。 この心ざしのをろそかさに 南無阿弥陀仏をわか心さしはよは けれとも念仏は本願の行也これたゞ は。往生もたちかへりあやぶ の声にあらず 日相続の棧の十声一声も本願に ましかりぬべけれども。さす 順ずる也中こゑをたつねん本願 が南無阿弥陀仏ををこた 念仏の声を尋て来迎し給ふ也 礼讃ニ云化佛ト菩薩ト尋テレ聲ヲ到リ一念傾ヲ 心ヲ入二寶蓮一ニ⑦かこつけ也十 声一声も本願の念仏なり声を 尋て迎へ給へと頼む義也かこつはかこと 公蔭 と同じ風雅集 つらさをも思ふはかりはえぞいはぬ りはつるほどの身にし あらねは。こゑをたづねん かこつかたのなかるべきに かこともとむる人のけしきに 此哥もかこつけの心也やさらにおも はぬをも阿闍世太子父母を悩 害せる逆罪の報にて偏身に悪瘡 もあらず。さらにおもはぬ をだにもしたふはおやの慈 父子相近下 を生して苦痛しける時母の章提 悲なれば。ましていさゝかも 希かなしみて種々の薬を伝給ふは又の 頻婆婆羅王は空中に来て教訓 して仏の所に往しめ給へり涅槃 たすけ給へとねんじき 火麿が故事。日本霊王天記に見ゆ 場心なき義也 ○うちとけて場心なき義也 こえん子を。すつるみちあ 哥にもよめる詞也○うらなく 単に頼もしき也疑の裏なき也 りなんや。これおもひつゞ 紅葉賀にわれもうらなくうちかた くるおりぞ。今に往生も りなくさめきこえてんものをといへり 花鳥余情にうらなくおもふは人の心の 表裏なきをいふとあり うちとけて心やすく。本 いゑのいぬ煩悩の離れがたき 願もうらなくたのもしく 事。家を守る犬のごとし涅槃経に 出たり西要抄に註せり恵心云野ノ おぼゆる。たとひいかにいゑの 鹿難クレ繋キ家ノ狗常ニ馴タリ ㊄願力をかたうと孝養集云若人 いぬつねになれたりとも。 仏を念せずして終る時は魔界魔縁 の争ふことあり譬へは方人なくして 囚より出る時諸の敵の打奪が如し と云々いはゆる果人を縁する也 一願力をかたうどにて名号 テ内因 〇のつゑをとりなんに。す 名号の杖煩悩の犬に対する事也 ○智論ニ云見二ノ俄狗ノ飢ヘ、臥一ヲシテ以レ杖ヲ打レ之ヲ 序分義ニ云譬ハ如シ以レ杖ヲ打二二悪狗ノ鼻ヲ轉 こしもなにのをそれかあ 増テ狗ノ悪ヲサなにのをそれ惑障。 魔障等の怖れ。生死悪道の畏也 ○これ信心決定の得益を明す さりながら右には念仏にまじ らん。さりながら妄執はにく きものぞ。よもとは思へ。ども はる妄念を許し。爰には深き妄執を たゞこれにむきては。いかほ 誡め給ふ平生随分用心して執心 万にいつもひたものといふ義也 を断習ふべし臨終の悲障と成なり どもよういふかかからんにしか その上の余執は仏力を頼み奉るへき也 なを此事要略抄の来迎引接の篇 じ。ことに臨終もちかく を見るへし○清異録云永息庵預メ 以下臨終の事也 制衣ノ棺ヲ題、曰二永息庵室人 なりぬれは。八苦あひやく 勧レ移二テ之ヲ僻地一ニ曰ク吾欲一ト見レ之常ニ運二テ常ニ運二ヲ 滅除貪愛耳壽七十八無疾而逝ス ところなれども。なにとなう これらの用意あるへき事也毒器 衆病の親わするべからず○已下。平生 世もなごりおしく。六賊 焉。臨終焉。浄土焉。晨轉メ而説釣鎖 相連。妃環ノ墓苦スㇳ一端也八苦あひやく八苦たがひに雑りて苦むる也生を病死の四答の上に 憂引部吉。怨憎会吉。求不得苦。五盛陰苦を以て八苦なり是も吉屋方の御語を取給ふ 定善義モ云八苦相。焼ス。成二違送シ詐。親テ食レ笑フ六賊常隨テなを見給ふべし○六賊 色声香味触法を六賊といふ涅槃経廿三云観二此六度ノ如二ハ大戦何ノ如ク如ク如ク如ク諸ノ善 父子相迎下 法一ヲ故ニ云云云六塵の境は善法をかすむる が故に賊といふと也○いつはりした いつはりしたしむ友 しむ右に引たる定善義の文に なれども。すゞろに人 ある詞也○涅槃経巻第二十三ニ云菩 薩摩訶薩観二此愛結一ヲ如二怨詐一一 すゞろに何となく思ひの外也 そゞろと同し前に註せり 人もなつかしう惣じては春属 朋友の事なれとも別しては愛妻 の事をいふ六賊の内の色賊なり もなつかしくて。なろづ とりそへたる心ぼそさに。 のかれぬみちもすまはし よろつとりそへ恩愛のわかれ名利 ければ業繁はいとゞちから の餘執此世の名残後生の恐等なり のかれぬ道死の道也 をえてひく。火坑はすでに 斟酌する也伊勢物語に哥の詞しら さりけれはすまひけれどゝあり愚見 抄にいやがる心也と云云也業繁 あしのしたに。のそみに 悪業の繋縛なり起信論疏云業 因巳成招果必然循環ヲ必然タ諸道ニ生死長ク たり。引接すこしも。の 縛ス又ちからをえて悪業の力は陰 終にいよ〳〵強く成てそれ〳〵の悪道 ぴばたゞちに泥梨にいり へ牽ゆかんとする也西要抄の解に 諸文を引が如し経云業道ハ如レ秤ノ なんとす。あやうしなど 重キ者ノ先ニ牽ク○火坑獄餓鬼 はいふにもすぎたり。こは 畜生をいふ是も右に記したる谷導 の語の次下にある事也たとへて火坑と いかゞせんとかなしきに。弥 いふ火は苦痛の義。坑は出がたき義也 定善義ニ云三悪火坑臨々欲入序 分義ニ云三悪ノ火坑闇ニ在二人ノ之足下ニ 随慈父の大悲がぎりな 引接仏の御手におさめて導き くおどろきさはぎたまひ 給ふ也小本疏鈔ニ云接引ト者衆生 念レスル佛ノ佛垂二ル按引一ヲ踰テ踰ハ如行レク路ヲ弱キ者ハ携フ而 濟レ之ヲ迷ヲ者ハ引テ而道寸一而道ノ之ヲ て菩薩聖衆もしづ心 たゝち直の字也是よりすぐに 一なく。未迎の儀ときをい 地獄に落んとする也○弥陀慈父 懺法ニ云世間ノ雅兒迫二テ於水火ニ高聲ニ大ニ大ニ そがしませば。まづそのせち 叫ハ則父母聞レテ急ニ之テ急ニ走テテ救援ス如二人臨二命終ノ 時一高聲ニ念テ命レ佛ヲ則佛具二テ神通ヲ神通ヲ一 なる御心ざしのちから。さき 迎フ爾是故大聖慈悲ノ慈悲ハ勝二ナリ 来迎より御き 生ノ生児甚於水火也○大悲四無量の中の蝦は心念のみにして実にその苦を脱すること を得ず故に大と名けず仏楽に至て実によく二種生死の苦を抜を大悲善招 法界 刀といふ大慈も同也此禅両菩薩聖衣真蔵声聞諸天等也○しつ心しづか なる心のなき也古今に久かたのひかりのどけさその日にしつ心なく花のちるらんと 海抄に無閑心と書たり静照ノ云然命終ノ時心多ク顛倒ス弘誓大悲不得安然ヲ得安然ヲ故安シテ 釈ㇲ 大衆ト一現ス其前ニ一 ○時をいそかし 迎願ヲ 弐ヶ目辺下 分子村近丁 レ苦ヲ雖二遥ニ別二世界ヲ一衆生急ニ念スルハ應レ時ニ来テ だちて。行者の身をたす せちなる急切なる御志なり○案 ずかに修終の来迎に三位あり。先は慈 熱加祐。次には光明照触。後には仏身 くるゆへに。病苦うすらぎ正 悲加祐。次には光明照触。後には仏身 来迎なりたすくるこれも仏 念あきらかになりて。例わ 説なり稱讃淨土經ニ云臨テ命終時一ニ 無量壽佛與其無量聲聞ノ聲聞ノ弟子 すれ。心みだるゝ事なけれ 菩薩衆一ト俱ニ前後ノ圍遶スル來テ住二シ其前一ニ慈 悲力祐ニテ令二心不レヲ不レヲ見 怪受也○いはゆる身心無諸苦痛なり ば。鳧磬かつ〴〵うちおど ▽正念あきらか心不失念なり 例わすれ心不顛倒なり ろかして。口称やゝをとつ るゝことなけれは心不錯乱なり 鳧熱臨終人の枕上にて磬を撃 れたちぬ称名こゑすみ は正念を増しめんが為なり義楚六帖 て。しづかに十念をとなふ 巻第二十ニ云為ニ臨終ニ臨終ニ令生スル善心中死二 打レ鐘ヲ磨ヲ引二生善心一ヲ善心一ヲ善心一ヲ故ニ鳬熱といへ るほど。終時合掌奉香煙 るは金繁なり周礼の考工記に鳬氏為ル 鐘ヲとありなを競註に詳なりゆかけ〳〵漸の心少の義也西要抄して註せり おとろかす正念をます心也図となふるほど十念の間なり程とは時をいふ○併時 合掌此句と次の句とは法事賛にあり雖終の時仏をおかみ香を焼てすゝむるなり のこれ聖衆来迎楽を記す已下に十楽をましへて記し給ふ心を留て見るへし の異香聖衆来迎の時に薫 にほひは異香にまがひつゝ ずる奇異の香気なり◎まかひ つゝ香のにほひにまがひて幾夏 も異香の薫ずるをつくといふ 一香煙直注弥陀仏。たふり 香煙香の煙直に来迎の仏に や紫雲となりぬらん。紫雲 かゝりて留る也法事讃ノ記ニ云臨終ニ焼テ 名香ヲ奉レ薫二ル薫二ルニ一一故ニ云二直注ト云々者留注テ まどにかゝる毫光うつろひ や香の煙にまじり てはや紫雲のたなびくへ○三巻往生 て紅艶をそへ音楽のき 傳シ云沙門道昂。生乎。香ノ供養ス佛ニ臨 終之時香烟變爲紫雲昌空指西 而去ル人皆謂二テ往生ノ験一矣西行云香の をめぐる。旋嵐ともなひて 鰹ほそくそびき空に裳雲の種を まく亭光来迎の仏の白毫 音韻をます。弥陀照臨し の光なり公紅艶紫雲の色を ます也唐ノ沈佳ヲ詩ニ云園桃綻モ紅艶一郊 てひかり室にみち。聖庇 桑柔緑滋シ韻会ニ云ク霊ハ美也或ハ作ル艶ニ 旋嵐吹めぐる微風なり 羅別してかけにはに 十一法書ノ牧誓言云日月照臨ス観経ニ云阿弥陀佛放一。大光明ヲ一照二行者ノ身ノ身ノ○已下木迄ノ 粧は。天満宮の十一面講式。恵心の来定。語など思ひ合すべし給ひ給ひかり室にみち 観経云化仏光明画満ノ其ノ聖衆遠衆遠薩声閣諸天等なり聖草 散善義の下中品の釈にも出たり日本紀につらなりかさなると点せり◎影底に 父子相迎下 しく聖衆の光の影すきまも しく。観音うてなをよせ。 なく庭にまる也十一面式ニ云。普賢虚空 藏菩薩。五々ノ大士。彼レト俱ニ娑婆ノ草庵ニ 來迎二管絃樂無レ限レ限レ限リ諸聖随テ佛ニ度二 勢ひかうべをなでたまふ。彼 向ヒ柴ノ之扉ニ並テレ光ヲ光ヲ長跪ナリ○うてな 蓮臺なり。はなの中の房台をいふ 摩頂に対するが故に基台にはあらず からべをなで楞厳ニ云摩ニ云。阿難ノ頂一ヲ そをひもめづらしく。にほ 蓮台の香気 ひもなつかしけれは。雪儀 愛万葉 而告レ之言ク疏ニ云摩頂ヲ安慰也此非小縁 故ニ佛安慰ノ驚動スルハ其意一ヲ曰めつらしく にめうつりして猟土の 禅林ノ云始メ拝シ弥陀如来テ妙音ノ躰建塔 ぬれてなくねぞなつかしきにほひも雨も橘の比榊草をとめこがあたりとおもへば榊原のかを なつかしみとめてこそおれの霊儀如来のよそほひ也霊とはほむる詞也法事讃云 観言大士、尤侍、霊儀ノ記ニ云霊儀ノ者弥陀也ヲめうつり大論廿一云見一仏身ヲ見二仏身ノ忘二世ノ五分 万事不レ憶、若シ見二テ佛身ノ一處一處一ヲ愛樂メ无ク なごりもおぼえす。花台 厭ヲ不レ能ハ移観スヿ 中の房台なり医書等に是を蓮 一に心すゝみて往生のほり 房といふ義寂ノ戒疏ニ云蓮花台ノ者 即蓮花ノ中ノ蓮実所附ノ處ナリ也○前の は。なろつをわすれたり。す 霊儀に対する故に基台にあらず 一物に見たるがよき也七万をわすれ でに草庵にいきとゞま たり此事要略抄の来迎引接 の章に詳なり相照して見るへ りぬとみれば。すなはち し念仏楽府の文競程に引か如し 草庵に息を引とると思へははや 蓮台に膝をくむ也恵心の云草庵に 瞑レ目ツ之間便是蓮是蓮台ニ結跏之裡ヲ 玉葉集 藤原資隆 蓮臺にあなうしをむ すびぬ。歓喜いはんかたな 草の庵の露きえぬとや人は見る 蓮のはなにやどりぬる身を し。不覚にして仏を礼す。 あなうら和名鈔ニ云蹠和名阿 奈宇良説文ニ云足下リ也 そのかうべをかたふくるほど 來迎樂ノ文ニ云分ノ時ノ歓喜ノ心ハ不レ可二以テ言ヲ宣ヲ宣ヲ宣ヲ 不覚観経ニ云自ラ見レルヤハ己身ヲ一坐二蓮華 はなをこの界にあり。め 台一ニ長跪合掌ノ爲ニ佛ノ作レ禮ヲ㊆めをあげ をあげて見ればはやかの て又云未レテ挙ケレ頭ヲ頃ニ即得往生二般 舟讃ニ云低レ頭ヲ礼レ佛ヲ在リ此國一ニ くにゝいれり。他郷と自 入弥陀界ニ㊆一念しばしの程なり 心念也刹那は一念よりも又みじかき 程也諺註にしるすか如し㊄脱苦 家とたゞ一念をさかひ。脱 是も大智律師の語を取給へり 小経ノ疏ニ云浄業内ニ薫シ慈光外ニ攝シテ脱し 苦と得楽とわづかに制 苦得楽一刹那ノ間ナリセいつしか ○以下ニ説二ク浄土ノ之荘嚴一ヲ也體制布置 那をへだてたるに。いつし 父子相近丁 共二凡慮ノ之所一レ及下ヲ語云意ト云ヒ意ト云ヒ實ニ希代ノ か紫磨黄金のはだへ 之文也○書磨黄金観経云行者ノ 身作二紫磨金色一黄金の勝たる 忍辱のころもにかゝやき。 を紫磨といふ紫摩とも殃磨とも 書たり韻会云爾雅ニ黄金謂二フ之ヲ 湯玉一其ノ美者ノ者ノ謂二フ之ヲ謬一錢即チ紫磨金其ノ 隈州宝冠のかざり舞悦 上ニ應然ルニ有テ紫色若二雲氣ノ色若二雲氣ク一山谷ヲ瑞芝亭ノ 記ニ云黄者如二紫金一ノ涅槃論の文に の瓔珞にはへたり。四八よそ 依れは紫磨金には衣色ありその黄 ほひいつくしく。六通さ なるを紫磨黄金といふべし諸社に 引か如しの忍辱のころも尋 とりあきらかなれは。いかな の徳ある人の着する衣なり律云於 辱ニ生レ忍故ニ云フ故ニ云二テ忍辱ト云一法花ニ云如來衣ハ る大会にさしいづとも。かた 者柔和忍辱ノ心是ナリ文句云能ク遮二嗔恚ヲ遮二 外悪一ノ外衣也○下の句の瓔珞に対して へはづかしかるまじきさま 宝衣とか衣服とか有へき処なれとも 大やうに書給へり是また句法と なり。すなはち蓮臺より 見えたり此外にもかやうの処あり 中ニ皆見ユル諸佛一ノ了恵ノ證悟ノ時ハ東ノ時ハ外ニ無レ法故ニ事態ハ真理ヲ云ユト云○解脱ノ ㊃張州宝冠は摺の飛り。刻は臂の並り也みな金銀七宝を以て作る也宝積楽無景景音 會云復有魚量上妙衣服寳冠録劍耳瑞瓔珞花鬘帯僅諸宝荘嚴ノ往嚴ノ涅槃経云衣。 上者ノ名ヲ之。為レ創在ニ指上者ノ名レ之。為レ像論註ニ云亦恕諸大菩薩一以照法性等ノ宝冠ノ宝冠ノ宝冠一 解脱の徳ある人のかくる海路なり追記云解ト謂ク離レ縛ヲ蹴ク自在リ㊁河路花厳疏ニ云 在レルレ類。日レ纓有レ身ノ曰路塔以テ持レ衣ヲ現ハ以テ繋レ冠ニ○往生請求ム云台モ布二苦ノ聞忍尋ノ間衣ヲ賛戒シテ被告一 求解脱ノ之瓔珞ノ法花には恩辱の心を衣にたとへ大集経には三学等の功任を瑠璃にたと へたりかの国に生すれば法に即して事の衣冠等を得なり国いへたり河海抄に 気の字光の字を書たり枕草子に紫の指貫も雪にいへてこさまたりたるをきて とあり○蓮老より要集ニ云從二蓮堂下ノ五躰[キ]其レ地ニ敬摧シ即從二テ菩薩一湖至一湖至一湖至二浦 所、靈芝観経疏ヲ云蓮花臺ノ者初。則二台躰。即蓮心也戒度ノ記ニ云即蓮心者如ク梵細ニ云方先進 花壹花嚴ニ云ユ」華在下撃ホ天台ノ疏ニ云壹「者中也「崎是ル蓮心ノ兆二別ノ臺座ニ一也也 色々の宝を以てまじへわざれる北なり観想云瑠璃地上以黄金ノ縄雑厠間錯以ヒ実ノ界分 齊分明り前木集にひかりさするりの苦何にいとしく金の真砂をしきかさぬらん○大海 かの王の聖衆達を清浄大海衆といふ同一味。矢本名。広大。無量等の義なり増一縦云 衆一僧ハ如シ彼ノ大海二流レ河ヲ決レヲ以テ以テ入二乎海ニ便ト失ク本名ヲ二大海ノ之名一海ノ名一ニ于塵沙数の多きを 墓にたとへ沙にたとへていふ資持記ニ云塵沙者喩ヲ其ノ多ク多ク也般舟讃ニ云如レ此大海塵沙 会衆生々者人其ノ其ノ中一回仏会かの国に五念あり仏会はその悪名なり法事縦六室 鳥臨二日請書ヲ おりてやうやく仏所に 行路孝経序ニ云无レ不二斎ニ持テ以 為行路ノ之資一ト一ル瑞珍細懊法花ニ云 即脫二瓔珞細軟上服嚴飾ノ之具 すゝまんとすれば。雑厠間 きせて定善義ニ云菩薩徐 々授二テ實衣ヲ一同記ニ云自然衣ノ上ニ令レ著ス二 錯の実地あしのふみど 上服一ヲ此レ賞スルヿ新生ノ菩薩一ヲ故也菩薩一 ころもおぼえす。大海塵 者。法事讃トモ云二法侶將レ衣ヲ競ヒ來テ着スト一 京前迎下 ダキ村 禮讀ト云二観音勢至與フレ衣ヲ被一明ニ知苦 薩法化是二菩薩也○大会法事 沙の仏舎。行路もうゐ 讀云從佛ニ須更ニ至二至二宝国ニ直一ニ直ニ入二弥陀大 〳〵しき心ちするに。観音 会中一によのつねならず 思ふ也源氏にも心ことに引つくろひ けさうじ給ふとあり 勢至まし〳〵て。たのもし くみちしるべし給はんと。まづ瓔珞細魚の ころもをきせて。威儀うるはしくかいつく ろふ。これざしもはれ〴〵しき大会の初泰 異 なれば。心ことにいだしたて給なるへし。この いたしたてでたつ事也 法侶にたづさへられて。ほと につき娘いだしたてたらんとあるも 舞姫の装束などする事なり 法侶観音勢至なり前にしる すが如し○たづさへ般舟讃云菩薩 知識為二同学二同学一携テ手ノ相 ̄テ入レ けの御まへにまうでた れは。烏懸こまやかにし ◎鳥瑟仏の頂なり慧琳大般若 て蒼天よりもみどりに 経テ音義ニ云鳥瑟膩沙梵語リ此ト此ト云云云二頂 相佛頂一也。観佛三昧海經ニ云如來頂 上ノ内髻団円ヲ当レ中ニ涌起高ク顕端 毫光あきらかにして皓 妃天蓋正観ノ記云肉髻是相。是レ相。無見屓。 月よりもしろし。丹草 是レ好ナリ無量義経ノ註ニ云頂ト者頭上リ内髻ト 者頂上ノ肉唾ノ妙経句解ニ云佛頂ク之上、有二 青蓮のいろ。万字千輪 一肉団如シ響ク之状ノ之状ノ即三十二相中ノ之一云云 こまやか御髪の色のこきをいふ也 細の字の義にあらず松詩に云含レ煩ク也 の文。すへて清浄慈門の 漸濃枕草子にも硯とりよせ墨 こまやかにをしすりてとあり村濃 感ずるところなれは。見者 末法などいふ濃の字也字彙云濃り 無状の御すがた也。則目し 音農厚大也淡ノ之対也○爰は両心の釈 を写し給ふ要集ニ云鳥瑟高ク顯チ晴天ノ 翠リ濃白毫右旋テ秋ノ月光ヨリ満リ満リ于蒼天 どりともよみ。みどりのかみともよめり○毫光白臺の光なり無量義経二 竜相月カ旋ニ註云月ハ喩ノ毛光一旋ス即毛。形也十住毘婆沙論讃レ弥陀ノ偈ニ云眉間白台ノ光。云眉間白色ノ光。 ばらくもすてず頭頂に ゑじて天の事なれども爰は春の天々みるがよき也爾雅云春の為に蒼天能万物蒼々怨生ス みどり大般若住ニ云世尊首髪ヘ脩長ヲ糾育リ。不レ白ク不レ白クラウクされは歌にも人の髪の事を 如シ清浄ノ月ノ月秋の月に見るへし字彙字彙云皓古老ノ切音、稿潔白精学貌 丹菓御唇の色をいふ観仏三昧経三ニ云ノ云何ト観ル観シ如来。歴色亦好。如来。相一 庁号ニ 於上下ノ唇及興、翻訳。和合。出ス光ラ飜譯集ノ云頻婆此云相思ヒ果色丹。且潤本艸網目筮 三十六時珍。曰奈梵言謂二之ヲ頻婆ノ樹。實ニ皆似テ林檎ニ而大有白赤青ノ三色白ク者ノ鳥烏奈赤キ者ノ 厭足一 爲一丹奈一亦曰朱奈青者ヲ爲二縁奈一皆ク夏熟スル観佛経ニ云佛眼ニ云佛眼ハ青白ト白身也 於白宝ニ百億万倍ノ青者勝一青蓮花及斜瑠璃ニ百億万億万倍リ天竺の青億万倍リ天竺の葉下云ふ 上尖にてよく伸彫に似たりとぞ旅難に引か如しの方字御胸手足にもある由 字なり華嚴経十身相海品ニ云如来ノ胸庁ニ有二大人ノ相形如二卍字ノ名ク二古祥海雲ノ摩 尼寶花以テ爲二荘嚴[ス云の千輪御足の下の輪宮の紋なり觀佛經云足下千 輪ノ輪相載網具足ス▽法浄慈門相好の業陶を明す。清浄とは無綿の大慈過を建て建て 義なり。慈門とは大慈の功徳その科の多きをいふ○これは花厳経の文を以左其終日 世主妙嚴品偈ニ云清浄ノ慈門利塵ノ数ナリハ生ニ生ス如来ノ一妙相ヲ一ツ諸相莫レ不レ然是ノ故ニ見テ故ニ見者悉 なを諺註に しるせり 相ノ行為復随好ヲ得シテ於衆生観者ノ興シ厭足一也後分江撃上。六膽伸ノ大甞 世尊真金色身目不暫捨一 の頭頂に頭を地につけて礼す 礼敬し。弥陀の心水を 類也案するに是は下の灌頂の事を うけて如来の性海に帰 いはんとて頭頂と書たまへり嘉祥 百論疏云頂禮ト者此標能禮之儀容ヲ す。さても父子相迎入大 一身之中ニ頭尊足卑シ今以已之尊ヲ禮二 彼ノ之卑ヲ蓋シテ是レ敬情ノ之至故ニ是レ上禮ナリ 一金。即問六道苦辛事。 弥陀の心水 水を心水といふ弥随の示導に依て 或有所得人天都。飢餓困 たやすく等覚の位に進み受 職灌頂の菩薩と成る事をいへり爰 苦体生瘡余時弥陀反大 も善導の釈を用ひ給ふ礼讃云無 邊ノ菩薩爲二同學ト一性海ク如來ハ盡ク盡ク是レ 師弥陀心水沐身頂観音勢至興 衆。聞子説二苦皆傷歎。弥 衣被被○転輪聖王の位を太子に譲り 随告二言諸仏子一。自作自 給ふ時四海の水を酌でみづから王子 の頂に灌ぎ給ふこれ四海の内を 厳ニ云當ヲ令之時此菩薩待テ先所レ先所レ未レ得百万三昧名ヲ為二已ニ得テ更職ノ之爲入佛境界一ニ具足ナカ。 一是説第十 今みな譲り給ふといふ表示なり 受莫怨他。弥陀告二言諸仏 仏はまた法王なれは菩薩の成仏し給ふへき時仏真から推智の御手を以て真蔵甚 智の頂に灌き法王の位を授け給ふ也これたゞ義を以て怖王に翻ていふ事也卒衆 経云輔輪聖王所ノ生太子母ハ是ニ正后ニ身相具足。生二白象宝妙金ノ之座ノ張二大網慢夷ノ諸音 樂ニ取四大海水買金瓶内一王執此ノ北ノ道ヲ灌二太子名ノ受位ノ受位ノ為ヲ受王ノ夢ヲ如レテ レ是ノ諸佛ノ智水ヲ灌シ其頂故名ヲ名テ為受ム大智識ヲ菩薩一ノ如来の果佛の陰界に入なり華 隨二在ス佛數ニ 地之文也 性海禮讃ノ記ニ云弥陀ノ法性身ノ名性海如来一ト云云如来の性海とは 楞嚴ニ云慈陰妙雲覆二二テ海一ノ海雲疏ニ法雲地一疏ニ云慈ヘ即悲ナ也妙雲智 也涅槃理也今此ノ位ノ中。猶處ニ修習ノ之極ニ修有二佛地。佛地。障ノ在ニ未レ能如ク 涅槃薩○父子相逸これ般舟讃の文にして此書の正く依る所なり十二句あり 次下に和解を施し給へり諺註にもしるす⑦或有所得此二句は法花の偈に依給へり 信解品ニ云或ハ有レ所レ得ル或ス或ハ無二所レ得飢餓魔ニ潰ス體モ生テ科註ク云修ニ云餘ニ有偏ノ善ヲ如レ有ル所得レ有ル所得偽 無漏ノ善二乘ハ如レ無二所得不レ得二大乘 法食ヲ爲二飢餓一ト二ヲ大力用魚ヲ大力用一ヲ 子。極楽何如彼三界。新 瘡癬耳 功徳焉レ痩テ有無善ノ上ニ起二ハ見思ノ惑ヲ一ヲ如二 往化生俱欲レ報。合掌悲 三十目以下 分子木立一 あらたに極楽に 新往化生 生れて蓮花に化生せる真蔵達を 咽不レ能害と釈する。その いふ ●恐咽記ニ云顯ス悲喜交流至極ヲ全 時の儀式こそいひつゞくる 非憂受也咽は涙にむせぶなり升に むせかへる涙とあり もあはれにかなしけれ。わか あはれに仏の御心を思ひやりて也 かなしけれ流持の事を思へはかなし きなり ㊂終学は臨終の時は事急なれば れしとしふりて。あふ日 あらたなればさぞうらみも なり 取あへず往生しける也行者の事 いまだわすれがたく。よろ むせびて仏の御事なり こびもことさらにいますら めども。終焉はとしりあへざ } りしかば。さながらむせびて すぎたまひにけるならん。 すでに父子あひむかへて 初の句の心 御心おち井て 桐葉に女臣 大会にいりぬれは。いまは 心安堵せし也といへり むかしおほゆる も御心おちゐ給ぬとあるを。細流に 宿命通の事也 仏も御心おち井てさま〳〵 定中に智を発して知が故にさとり かたじけなき事かたら ばなとあり といふ源氏にもむかし覚ゆる花たち ひつくし給なかに。さしも 生々世々の前の事也 もこしかた 心ぐるしう思ひやりし流 狩のほどの苦楽いかゞ ありしと。とひ給へはむかし おぼゆるさとりありて。こし かたな。こりなくおもひつゞ くるに。地獄は馴苦ひま なくしてひさし。鬼畜は 父子伺申下 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ せ八苦のけふり ○法事讃云物勧厭此ノ人天樂無常 思ひのけふり也 一苦報をもくしていやし。 八苦ノ火焼クレ人ヲ ㊈五裏の露 摩耶經下ニ云爾ノ 人間には八苦のけふりた 時摩耶即於テ天上ニ見五衰ノ相一者頭 えず。天上には五衰の露 上ノ華萎ム二者腋下リ汁出ツ三者頂中ノ者 滅ス四者兩目數胸五スハ不レ樂二本座ヲ 月清集 後京極摂政 かはかず。三界みな苦にして。 玉かけしあとには露ををきかへて 色おとろふるあまのはころも いづくもやすき事なかりき 露とはなみた也 ○三界みな苦 世尊云三界皆ナ と。思ひいづるも心うげに一 苦リ我レ當安ス之ヲ問やすきこと法花ニ 云三界無安猶如火宅 法花 申ゐたれば。ことば。ことにむ むねにたつ是を仏の大悲深重 ねにたつこゝちし給ふべし。 恩と名く演義鈔ニ云如来見二 生造悪如割支體心生痛切不能自ラ ほとけをはじめたてまつ 安政安須衆生ノ広ノ三悪道受種々苦心 大ニ憂惱即起大悲シ二 生二大歡喜ヲ是爲大悲深重恩ト りて。ならび井給へる。真 蔵たちまで。すぎにし □□□ やゝよくやゝとはやゝしばし也 河海抄二ニ云よくとはなく声なり 君によりよく〳〵〳〵とよく〳〵と ねをのみぞなくよく〳〵〳〵と六帖 かばともいはず。いまある 事のやうにかなしみあひ 夕顔巻にをのれもよゝとなきぬと 給へり。やゝよく。なきたまひ あり細流に云よくはつよくなくなり 愚案するにまたこれ泪の落る様 にや横笛にたかうなをつとにぎり て。又それなんなのが心から もちてしづくもよくとくひぬらし うけしくるしみなり。人を 給へはとあり小児の涎なとながす事 をいへり○大和物語にもよくとぞ なきけるとあり うらむる事なかれとなぐさ めうけたまはるにも。いまさ ら。くやしき流転なるに いまは。かくなん。よく。しえ 給ひたりとや。この極楽と かの三界と。いづれにてあ 父子相迎下 かなしうてあまりうれしきは かなしきやうにて涙にむせふ也源氏 りなんととひ給ふは。せめて 云かくありがたき人に対面したる 悦かへりては悲しかるべき心ばへを面 もうれしさのかぎりに 白く作りたるに云云 むせかへる幾度も涙にむせぶ也 こそと。いとゞ仏恩のみかな 十一十二の心 雲泥天地よりも遠しと也 樂天詩ニ云對面隔二雲泥ヲ生無生論ニ しうて。たゞむせかへる涙に 云迷悟之相譬彼雲泥ニ註ニ註ニ云悟ノ者如二 ことはもなし。これあまりな 雲ノ之去来無二カル礙迷ハ者如泥ノ之墜累難ク レ通生佛相懸ク真ニ有レ若雲泥之間矣 る御なずらへ也。中〳〵なに 願智四十八願と五智とを以て荘り 給ふ也是も古語を取給へり礼讃に云 とかは申もわかん。浄穢こ 金縄界道非工匠弥陀願智巧荘嚴ス 依正花池宝閣化鳥等を依都と とのほかにして雲沼なを いひ仏尊蔵天人等を正報といふは誠説 せり ならひなけれは餘の浄土に勝る ちかし。ましていづれかなど 義也これ経文を取給へり大経云令我 はいかゞ思ひもよるべき。願智 作佛国土第一テ其ノ衆奇妙道場起絶セ 國如二シ泥泥沮一而モ魚シ等雙 たくみにかざりて依正な くに泥陋右の経文の句なり らびなけれは。くに泥垣の 国とは極楽なり泥垣とは円寂の梵 語なりかの国の快楽は涅槃に近し ごとくして。たのしみ四徳を となりつたのしみ極楽の字 なり日仏とひとしく 小経ニ云彼佛ノ きはめたり一には常にして 壽命及ヒ其人民無量無邊阿僧祇刧 散木集に その程と弥陀の御世をはかぎらねば 一幾僧祇ともいかゝかぞへん おひもやまひも経に無有衆 ながく無常をはなれたるゆ へに。めずかぎりなくながき 苦とあり老苦も病苦もなき也 いのち。仏とひとしくして よはひ人の顔色は病と老とにて 衰る也全かの陶隠居故事なり おひもやまひもせぬ身な 曇鸞法師陶隠居に仙経を受てその 事を流支三蔵に尋られしに三蔵地に れは。よはひいつもさかりなり。 垂はきて。それは己に生あれは又死あり。 いときたなし。たゞ極楽の長生を願ふ かの陶隠居が仏方をとふらべ べしと宣ひし事也続高僧伝に 云釋ノ曇鸞未詳其ノ氏ヲ属門ノ人ノ也顧リ而言テ曰命惟モ危職ヲ不レ定メ常ノ常ノ常ノ常ノ諸経ニ具明ニ正 治フ長年ノ神仙往々。間心願所指修理指修習シ斯。已ニ已テ已ニ已テ方崇レ佛教ノ亦善ニ南陶 隠居者ノ方街ノ所ナレ歸ルニ從レ之及届二仙所ニ接對欣黙欣黙伏黙便烈ク便然レ何ヲ以テ行テ可二洛 下一逢二中國ノ三藏菩提流支鸞往テ爲曰佛法佛中ノ中頗有。長生不死ノ法勝此土仙修一。者二可知レ也一者也。 地ニ曰ク是レノ言ス歟歟歟非朝ニ此此ノ何ノ處有シ長生不死ノ法縦ニ待不レ長年ク少時不レ死経ニ更ニ輪向ス更ニ輪向スニ耳即 以観経二授テ曰此大仙ノ方依レ之レ之修行カ當得レ得二解二脱生死一也鸞尋ヲ頂受ル所賣仙方並火焼テ之ヲ之ニ之ニ之ニ之ニ之ニ之ヲ ○天平広記巻第二百二云丹陽陶弘景幼ク而恵敏一ヲ通ス経史ニ一覩テ経史ニ一視タ神仙伝ヲ便ヲ便ヲ便テ葛伝フ便ヲ便ヲ便ナ有 養ス生ヲ毎ニ言ク仰テ視二青天白目ヲ不二以テ為二遠初ノ爲二宣都王ノ侍讀後ニ遷テ奉ス朝請一ニ永平中謝ヲ聽テ職ヲ聽テ職ヲ聽ク 山山ハ是金陵洞穴周廻リ一百五十里名デ曰華陽洞天有三弟司命ノ之府故ノ時故ニ弟山ト也。由是ニ自テ稱一 談藝 華陽隠居一トト人間ノ書疏皆ナ以テ以テ此ヲ代レテ代レ名ニ談載 先は仏号を以て陶隠居に対しはかりなきいいへ 論云蛇縄ニ得薬ノ木且延齢ヲ○無量歩先は仏号を以て陶隠居に対しなりなる ちといふ訓義を用ゆ○浄城 らといふ訓義を用ゆ○浄城慈恩云柄ニ補ク浄城一ニ韻会ニ云城於六切邦也 又有象列仙全伝巻第五云云云延齢法珠辨正 ○長生老子ニ云長生久視ノ之道 の長生不死は道家にはなし極楽にあり 延齢なをいくばくなら 無量寿経ニ云可獲極長生壽樂無有 ざる事をそしる。この無量 極子つみになかはならざる命に限 なければ央といふべき時もなし人間に ○寿の浄域にのぞめば こそ千万年に限あれはいまた半にも 及ぬとて悦ふ事なれとなり是も所拠 長生のつゐになるばなら ありて書給へり謝偃カ雑言ノ詩ニ云嘉晨 令月歡ニ無レ極リ萬歳千秋樂ニ未レ央ヲこれ ざることをよろこふ。まこ に依て終にとは書給へり末といへは限 に依て終にとは書給へり末といへは限 ある詞なるか故に漢書ノ註ニ云夫ハ半リ也詩ノ 小雅ニ夜未タ未レ火ナラナシテ十五 とに慙塊して地につは 蔵の鷹師を塊しめ給ひし事也なを きはき。慙老なみだなが 両師に通ずべし 孟嘗君ヲ伝ニ云今客有二ハ復見ル一ルニ必唾スル其ノ面ニ一 悲喜是は鷹師の御事也はまだ此 るゝもことはりなり。二に 法を聞ざりし昔を悲み今日方に聞 ことを喜ぶ也○楽のみにして小経に云 は薬のみにして。くるしみは 其國ノ衆生無レ有レ有ルヿ衆苦但ク但ク受ク諸ノ樂一ヲ 廿名をだに大経ニ云魚有三途苦難之 その名をだにもきかず三 名但有自然快樂之音要集云尚無一 悪のみちあとたえたれは。 不苦不樂ノ之名何ニ况諸苦耶往生論ニ云 永ク離二テ身心悩一ヲ一受レ楽ヲ常ニ無レ間この論文 の心を千載集に俊頼朝臣 くるしともうしとも物をしひしは 見し夢の世の心なりけり 後の世のおそろしかるべき もなく。五妙の境こゝろに 敷木集六云極楽には諸の苦なしといふ心を くるしみをなしともさらにいはし水 まかせたれは。この身のたの 名にながれにき弥陀のみくには 極楽にはいかにもあしき事を名にだにいはず しみも又つくべからす。こ といへる事を あしさまの事のみしけき身をすてゝ れを教門になぞらへて思 一名をだにいはぬ国へゆかばや三恵の道地獄餓鬼畜生を三悪道といふこれ大経小野 にある事也旅跡にしるす雪玉某に無三悪然願文の心をかしこしななにはのみつのほしと きく波のもろぎもこらである世はのあとたれは更に三悪道にかへらさる事也不更悪欲の本 願ましますがゆへにやおそろし玄義ト云既ニ生スル所更畏レ所レ所レ所レ畏レ所レ畏ニ所ニ所レ畏レ 父子相迎下 怖畏一五恐怖といふ事ありその第五は忽道怖なり○彼国に生じて無生の悟を究る が友に永く生死なし何の恐かさんや五妙の境久久音味触の五境みな不思議な るを五妙堀界楽といふ十楽の第四なりその心をめつ風かほのとぼそを花鳥の色ねに ア風かほる玉のとぼそを花鳥の色ねに つけて思ひこそやれ此身の極米へ生れし人の身なり経にも快楽無窮と 流れたり○教門になすらへて恵心云行者昔於二娑婆娑婆観ㇲ読ス読二教文今此ノ事ヲ顛テ此ノ事ヲ歎 喜ノ心幾平未曽有はしめて極薬にむまれていとめつらしき事を見る也恵心云始入仏 会得。未曽有。この語を取給へり正思いへはことばも心の思ふ所にあらす口の儀すも所も あらず是を不思議といふ鼓音聲陀羅尼經云彼。安樂世界所有佛法不可思議。神 通現化不レ可レ思議ハ若能ヲ信一如レ是事一ヲ當レ知是人モ不レ可思議一所レ得業報亦不レ可思議、般舟讃 云佛遣生ノ人将サ観看セ到ル処唯カ是レ不思議リ実楼云依正因果四ヲ倶ニ不可思議ナルハ 梅受十方一切有情不可思議浄土と稱して四種不思議の義を釈せり云回物ことに 万物厳浄願ニ云一切ノ万物歳浄光麗形色殊窮ノ徴。シク徴。妙魚ハ能ク稱量ニキ此文の心を示す に物ことに又かへもなき国の内に数にもあらぬ身の生れぬる甲国界極楽の内なり○味地 偈ニ云國界平夷ナテ易シ豊樂ヲ多シ上人一 仏会以下法事讃に依て五会 を引ね記し給ふ仏会は惣名なり ひやりけんは。さらにかず ○自下ニ形容ス五會ノ之相ヲ熟読ク此段則如シ にもあらざりけり。げにぞ レ贍ヨカ曼陀羅一テ古ニ謂ル無形之畫也非筆端 有ルニ口安能説此荘嚴ノ之妙哉 よそ〳〵 やうやくの心にて徐の はじめて仏会にいりて。未 字なり太子伝ニ云徐歩立テ立テ立テ大臣前ニ 解脱上人ノ舎利講式ニ云徐禮二ス白毫ノ之 曽有なる事をえたる。いへ 秋月ヲ○又他処をよそ〳〵といふ事も ばことばもたへすおもへば あり処に依て心別なり乙女巻に よそ〳〵になりてこれをぞしづ心な 心もをよばす。たゞ物。こと く思ふべきとあるは雲井雁と夕霧 と兄弟各々に居給ふをいふ今の用にあ らずそれには万葉に遥の字を書たり にたぐひなくめづらしけ たつさへ井て手を引なとして従へ れは。国界あまねくゆか ゆく也般舟讃ニ云法侶携将入林ニ看レ 下ニ輝レテ光テ光ヲ超二日月一ニ人を引つるゝを井てゆく といふ将軍の将の字もその心也神代 しくて。はるかに仏会をう 巻に将二火拵尊一とあり伊勢物語に かゝひゆくに。聖衆よそ〳〵 もあくた川といふ川を井ていきけれはと あり将の字也 かつ〳〵まづ〳〵やうやくの心也 たづさへ井てかつ〴〵主林 寳林宝樹妙経句解ニ云叢樹ノ曰林ト 宝樹会にいらしむ。みれは 獨木ヲ曰樹ト○已下五會の名。法事讃の下 巻に出たり七宝金銀瑠璃玻璃玻璃 七宝をみがきて。七重 珊瑚碼硝礫なりこれ物情に順する 説なり実には細妙の浄相比喩すへき たがひにいろへたるうへき。 物なし合論巻二云云ヱたかひに定善 義ニ云今言七宝。者或有一樹黄金ノ為根崇金ヲ為二藍ニ白銀ノ為彼テ碍硝ヲ為レ條。珊瑚ヲ為二集白玉ヲ為二能一 真珠ヲ為レ菓ト知是七重互ニ為二根莖乃至花菓等。七七四十九重リ也也也◎ひかりを定善義云斯 乃チ宝樹連ヨヨ」暉網簾二宮殿ニ一観経ニ云瑠 璃色中出金色光等敷木集に さま〳〵のうへ木は花もときはにて 枝もとをゝにひかりをぞさす ひかりをつらねてたち ならぶかけ。左のがなみ〳〵 をのかなみ〳〵人のなすことなき ごみだりがはしからず枝には にをのれとよきほとに立ならぶ也 定善義ニ云彼国ニ林樹雖多行々整 一春休をならべて花もあり 直而魚雑乱せはなもあり弥陀経 要記ニ云春秋無レ隔有レ花ニモ有レ菓モ観経ニ このみもあり。葉には衆色 云有二衆ノ妙華一作ス二闇浮檀金ノ色ヲ如二ヲ如二ヲ如二テ如レ 輪一ヲ婉轉ス葉ノ間一ニ隔二生シテ諸菓一ヲ如二帝釋ノ瓶一 をまじへてあを葉にもに 葉には観経ニ云二樹葉縱廣正等二十 五由旬ナリ其ノ葉千ノ色有二百種ノ畫一如二如二天ノ瓔珞一 宝花色葉礼讃ニ云宝国ニ宝林諸ノ たりもみぢにもにたり。こ 宝樹。寳花宝葉宝根莖○荘教浄土 の宝花交葉のたへなる 讃云七重宝樹にさける花。ちれども更 に尽もせで常磐堅磐の色なれは。春 とも秋ともいひがたし。夫木抄に行仙上人 又妙なる昔を聞也 だにも ○あるに。長風やく。林 見るたびにめづらしきかな極楽の こがねの花のちらぬこすゑは をつたひてすぐれは。音楽 ○長風呉都賦ニ云習二御ㇲ長風一ヲ曰長 ほのかにこずゑをわたりて 風遠風也○音楽小経ニ云微風吹動二 諸ノ寳行樹及ニ寳羅網一ヲ微網二 ゆく。こゑ妙法をとく。きけ 百十種樂同時倶ニ倶ニ作リ大経云第六天 上ノ万種ノ樂音モ不如無量壽國諸ノ七宝 ば無生を證す。又八功徳池 樹ノ一種ノ音声一ハこゑ妙法をとく大経ニ 云自然ソ徳風徐ニ起テ微細火ニ 衆ノ宝樹一ヲ演發ス無量微妙法音ヲ のほとりにのぞみて百寶 無生を證す観経ニ云光明宝林演 池渠兵をみれは。七宝のき 説ノ妙法一ヲ開キ已トハ即悟一無生法忍一ヲ五會調ニ 云香風動ス時寳林鳴ハ能令二転者証セセンヲ讀セ一ヲ し八徳のなみにあらばれ 良貴ノ仁王疏云言無生者謂即真理ノ 智證一ヲ眞理一ヲ名二テ無生忍一ト○案するにこ て。いとゞあざやかにうつ れ地上證理の魚生なり若は三賢にも 通ずべし 十七宝のきし 般舟讃ニ云四岸ノ ろふかげを。をのがいろがほ 厳七宝間底ニ布ル金沙百千ノ色アリ 十八徳八功徳の水なり般舟賛ニ云 にすみなせる。水のそこも〳〵 一念ノ之間ニ入寶勇貞ニ入八徳寳池ノ中ニ稱讀淨土經云極樂世界淨佛土ノ中ノ中ノ中ノ妙寶徳ハ一 功徳水弥満、其中。何等名爲八功徳水ニル者澄浄二者清涼二。者清涼三。四者輕軟五者潤澤 六者安和七ニ者飲。時除飢渇等无量ノ過患八者飲已テ定能。長養ノ諸根四大一。増益種々殊勝 善根ノ多福ク衆生常ニ聚ク受用ス○をのかいろかほ観経ニ云二池水七宝ノ所ニ成ル所ニ成ル 弱。故ニ非七宝荘厳一但。由。由二之災色相ニ駛使之然也。之然也。 をくまといふくまなき月といふも同し義也大経云清明澄深ヶ漢「巻」無沙実沙聖徹ノ亀 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ 深不レ照 十青黄赤白 青黄赤白弥陀経云池中蓮 まなくいさぎよきに。 花大如車輪靑光黄色黄色黄色黄色黄色黄色黄色黄色黄色黄光 赤色六赤光微妙香潔すり文木抄四条 青黄赤白のはちす いつかみん八のくどくの池にさく 四色のはちす清きひかりを 波間より咲る蓮の色ごとに ひかりをさへもかへてさすかな散木集 卅花の大衆蓮花に座したま へる真蔵声聞等なり般舟讃云 さへひかりをうかべて。さ きみだれたれば。いとゞ蓮 花の大衆も庄厳をそへ 須更ニ即入寶池會蓮花大衆皆歓 て。花にあそぶ人天は九品 喜ス○荘厳をそへて蓮花の色光 宝冠琵珞に映じて荘厳をそふる也 のすがたあらたに。なみに なを競住を見給ふへし 池中の蓮花にあそびたはふるゝ葉蔵 たはふるゝ菩薩は十地の 達なり此世に順して人天といふ人 間の形もあり天上の形もあるへし 九品のすかたあらたに新生の人 十地のかけ是は舊住の大士なり法事讃。云非直初生ノ無限極十地已下劫難二 礼讃ニ云到リ彼ニ花開テ開、妙法二十地ノ顧行自然ル十地といふ。其院の階級なり流経のごとし かけたけたり。みぎはに なるへし品位ほどの姿それ〳〵にみゆる也。波にたはふるゝ敷木集六云天人外に入てたいふる也 といへる事をよめるうゝやまし御法の海にたはふれてたへにもあまのかげくなきかな みきは池の水ぎハ也汀水際亀原かも也也古今誌云鳧雁常ニ在テ海辺ノ沙上 養沙石此井随鳴スレ井隋ニ属ス也○たへなかのり觀経云鳧雁鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯鶯集に なにとなくさへづるだにもあるものをいかなる鳥の法をとくらんのなきつれ 云宝島連書ヲ同声讃嘆。念仏法僧一ヲ一ヲ 哀焼といひ。たゞしくしてあきらか なるを雅亮といへり是も善導の は鳬雁鴛鴦むらがりゐ 詔を取給ふ法事賛ニ云晝夜連レテ帝フ フなを競住 無看息哀婉雅亮發人心ヲ發ス人心ヲ にしるす て。たへなるのりを。なき 為引他方これ法事賛の文 他方世界の凡夫聖人を極楽にいざ つれたるこゑ哀婉雅亮 給ひし事也 なひ給んがために周位の昔より願ひ にして。ことに人の心をおこ 宝楼宮殿宝の字三字にかゝる也 すたよりなり。これらはみ ○荘厳浄土讃ニ云金の扉の明ぼのに。 玉の簾の隙みえて寶樹を風や渡る らん。御階の下に花ぞちる な二為引他方丸聖類の たくみ。故仏現此不思議の 御しわざなるべし。又宝楼 宮殿会にいりて凡聖まし 三十一月廿七日 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□ かたちに善悪無有好硯等の 本願あるが故にみな金色にして卅二相 はり生するに。かたちに あり雪玉集に無有好硯の願を いつれとかわきてもよそに白雲の 善悪なく。しなに貴賤 花のほかなきみよしのゝ山 しなに貴賤しなとは位階をいふ あることなし。これみな弥陀 箒木巻にも今はたゝしなにもよら 法王。住持のともがら。正覚 しかたちをはさらにもいはしとあり 論註ニ云同一ニ念テ佛ヲ無二別道故遠通夫四 浄花。化生の衆なれば。お 海之内一ニ皆為二兄弟十一宗要三云四海者 指二淨土ヲ一テ兄弟ト者久生ヲ爲レ兄新生ヲ爲一 弟是顯淨土ニ無貴賤義也。同一念佛ト なじく仏をもて父とし。 者釈一ス無二貴賤一故ヲ云云云云云弥陀法王住持 弥陀を法王といふ住持とは念持せら はちすをもて母とし。さき 類々義也往生論ニ云正覚ノ阿弥陀法主 にうまれたるを兄とし。 善ク住持ホテウ正覚浄花化生正覚とは 如来権実の二智なり正覚よりあらは のちにうまれたるを第 るゝ蓮を浄花といふ此花より化生す る者を浄花衣といふ。往生論ニ云如来 浄花ノ衆ハ正覚ノ華ヨリ化生ス卅一神ノノ仏をもて として。ともに法乳一味 鎌倉宗要三云淨花ヲ爲母弥陀ヲ為父 のしたしみあれは。はゞかり 新生又生皆為二兄弟一心地観経ニ云或ハ生シテ 十方淨土ノ中ニ七宝ノ蓮花ヲ為父母 さきにうまれ般舟讃云兄弟因 なくもろ〳〵の上善の 縁羅漢果同ク記云先生為レ兄後ニ生為レ兄後ニ生為 人と。ともに一処に会す 弟トノ法乳破相論ニ云佛ノ所レ食者不二 是世間不淨ノ之乳ナナリ乃チ是レ眞如淸淨ノ法 ることをえたり。さしも 乳也一味みな大乗の一味なり論註 云本ハ則三三之品今無シ一二ノ之殊亦如溜縄ノ 一味焉可思議一 曰二諸上善人則不獨爲人中ノ之善亦復 善中ノ之善ナリ也案するに上善の字は 老子に出たり第八章ニ云上善ハ若シ水ノ 註云上善者至善也一処に小経云 いまゝて人のやつこに。な を身をまかせたりしほど のいやしさに。いつしか観 諸ノ上善人ト倶ニ会ス一處ニ敷木集に聖故 倶会楽をよめる 音勢至にかたをならべ。 かけまくもかしこき法のひじりとや かたじけなくもひぎをまじへん 普賢文殊に。ひざをくみ ○ひとのやつこ衛青カ傳ニ云人ノ奴ノ之生 得ハレ無二筥罵一足シ矣曰なを身をまかせたり たてまつる。これ過分の面目 し人の下部を又主人と頼む也人に十等あり人のやつこは僕なり僕の臣を台といふ問観音 表白 勢ひ解脱上人云詣ス養者観音観音勢至ニ並ス兄ヲ生シテ者世親交 ̄テ看魚若世親交レ勝ヲ をならべ漢書云比ニ肩ヲ而立テ文心彫龍。云光来比ノ肩ヲ乞ひさを楊氏方言云居願、按摩ノ 生行願携シテ手ノ義ノ趨ノ過分に過たる面おこし也慈心云止 父子朴を一 正修 ○史記項羽本紀ニ羽ノ 観記○ 將來永劫ノ面目ヲ などはいふにやをよぶ。ひか 云江東ノ父兄憐テ而王レ我々何面目見之 源氏にやり水のめいぼくとかしこまり よろこぶといへり りにふれて三忍をうるも 菩薩達の光にてらさるれは智恵ま はたありがたき巨益ぞ さりて悟を開くとなりこれも 善導の釈を用ひ給へり定善義 かし。又大衆無生法食会 云菩薩徐々ノ授徐ク法衣ヲ一ヲ一ヲ一ヲ一ヲ得レ成三 忍同記云此明菩薩光照行者ヲ令一 にまじはりて飯食経行 得二三忍三忍者大経ニ云見二云見二ル此ノ樹一者ク得二 法忍一ヲ一者音響忍二者柔順忍三者 すれは。七宝のはち。をのづか 無生法忍ナリ案モ今家ノ意一意一ヲ伏忍ノ一二位ヲ名チ爲二 三忍憬興ノ大経ノ疏ニ云伏忍ノ三位名テ爲三 らまへにありて。百味の飲 法忍一ト尋二ルニ樹ノ音聲ヲ從レ風ニ而有リ々而有リニ而非レ實ニ 故ニ得二ル音響忍一ヲ柔ト者無二リ角義順者 。食そのなかに現ず。いまだも 不違空義悟境無性不違於有而順ヲ不レヲ不レヲ不レ逢二 空ニ故ニ云二柔順忍一観二スル於諸法ノ生一ヲ絶二四句一一ヲ故ニ ちゐざれどもみるにすな 云二無生忍ト一ト一ト無生法事賛ノ記ニ 云無生ノ法食ノ者三昧食是也かの云に二程の食あり無生法食い内食なり百味飲食はほん なり○飯食経行食して行道せんと合ふ時なり小経云即以食時運二刻本国飯食経 行キ㊂亡変のはち大経云君。欲食。時ノ七宝ノ鉢器自然。在リ前百味ノ飲食自然。雖 有チ此食実ヲ無レ食スレ食者一但ヲ見レ色聞レ香意ニ以テ以テ為二食ト四百味。食なり一面にはあら かちん染は幡州餅摩の名物なり す智論。云飲食種々満足。故稱ノ爲二百味ノ一両一疋なり左傳ニ云傳ニ云重錦三十兩。云二夫。島端 二端烏雨曰褐衣狼色の僧の衣なり歌にもかちのころもとよめり是をかちん涼 といふ褐の字をかちとよみ。がちんとよむは音の転ずる也草根集に心をは染ずよいから 饒摩なるかちの衣は身にかゝれども僧衣のみにあらす褐の直垂楊の狩衣もあり はちあきぬ。いにしへは一両 はりまなるしかまにそむるあながちに 人を恋しと思ふころかな詞花集 の褐衣一餐のかれいひ ○字彙ニ云陸佃ク云褐ハ黄黒色今ノ俗謂二 之ヲ茶褐色。又僧褐の事。事物紀原にも だにも。なをもとめかだ 出たり毛一餐戦国策ニ云君以二一餐ヲ一餐ヲ 鋪レハ之韻瑞ニ云食繕ヲ曰餐俗ニ作レ食非ナリ 説文ニ云呑ム也法花ニ云而無希ニ取一餐ヲ一餐ヲ一餐ヲ一餐ヲ一餐ヲ一餐ヲ一餐ヲ くえがたかりしに。いま 之意ゆかれいひたゞ物くふをいふ乾 衣食自然にして身を 飯の字にはあらず内裏に朝餉といふ 所ありその所にて聞召す御膳をあさが やすくしたましゐをやし れいといふとぞ古今の九に但馬の国へま かりける時にふたみの浦といふ処にと なへば。さらにうれへわづらふ まりて夕さりのかれいひたうべけるに とあり云云の身をやすく中川実範 ことなし。たゝなすわざ の作に安身養神集ありすなはち 彼国の名なるが故にのたゞなすわざ とては。あしたにちりしく 法事賛ニ云彼ノ國ノ衆生更ニ無レル事ト。衣- 父子相返下 誠ニ盛レ花ヲ詣ス十方一ニ一一ニ一◎あしたにちりしく 小経云畫夜六時ニ而雨雨二ス曼陀羅花一ヲ其ノ土ノ 花をひろひもて。はる 衆生常ニ以二清且一ヲ各以二テ衣械ヲ盛二テ盛二テ衆ノ妙花一 かに他方十万億の仏に 供養ス他方十万億ノ佛ヲ即以テ即以テ食時ヲ還二到ル 本國一極楽六時讃ニ云黄金瑠璃の庭に 出て。人々ともに花をとり此心を執雑集 たむけ。かへさに無量百 あさまだき露けき花を折ほどは 玉しく庭に玉ぞちりける 千三昧をうるいとなみばか 新勅撰集 俊成 りなり。又神通にのり たおりつか花の露たにまだひぬに 雲のいくへをすぎてきつらん て虚空会にのぼれは ハ百千三昧観経ニ云応ス時ニ即チ能ク飛 行ヲ遍ク至二リ十方一ニ歴二事ヲ諸佛ニ於ニ於二テ諸佛ノ所一 宝殿身にしたがひて。そ 彦宗賛云宝殿逐レ身飛 修二諸三昧ヲ経一小劫ヲ得二ヲ得二ル先生忍ヲ般舟讃セ 云百千ノ三昧自然ニ成ス㊂神通にのりて らのなかにとふ。雲路の ○法事讃ニ云行来進止駕神通、広韻、 馬ハ乘[ヤ]也あやしき通力を神通といふ 俳佃風情きはまりがた ○虚空会に般舟賛云乘ノ花ニ直ニ入二 虚空會○広殿身に五會法事讀ノ上、云西方浄土。雨レ天衣。宝殿空ノ裏ニ逢フテ身ヲ照ク大抵ニ 云彼ノ國ク人民乘ノ百千田旬七宝ノ宮殿ニ無レ有二障号遍ク至テ至テ至二十方一供養ス諸佛ヲ一ヲ一 とふがゆへに雲の路といふ歌には雲居沙とよめり要集云盡虚空界之荘嚴眼迷 雲路杜甫。詩云矯然。汗海恩復興雲路永シ佛個万葉にたちとまるとよめり又 句詩 たちやすらふとも刻す韻会云徘徊ハ不ル進執集韻本作二俳個ニ渓ク高声紀ニ徘徊往来ルヲ 処に依て字義かはれり韻会に補巻四。猶字の註を見るへし◎風情興のみかき 事也風情といふは風月の愛情といふ義にや乗天詞云誠知老去風情如見此争ヲ無ク争ク争ク無シ一 文集 句詩の雲となれる也仏に手向んとて散せる花変とて散せる花変じて雲と なり又そびきて柿となる也般舟讃 云各取二テ香花一ヲ佛前ニ立チ徐々遥ニ散ステ遥ニ散変メ し。花雲そびきて。か 烏雲とひきて立のぼる義也雲 一けはしとなれば。聖衆そ 霧霞などを。そびきものといふとぞ かけはし要集ニ云或ハ渡二テ飛梯一ヲ作二シ伎 でをつらねてわたり。香 樂或騰虚空現神通ヲ○神通一ヲ○郭遊仙詩ヲ 云安事登雲梯良曰仙者因レ雲ニ而升ル 風ふきて楽をなせば飛天 故ニ云雲ノ梯ト選註○香風莊嚴経ニ云 香風自ヲ起テ吹運動ス宝樹ヲ散木集に 極楽はおほそらさへぞなつかしき たもとをひる。かへしてまふ。 にほひくゆらぬ物しなければ 続千載俊頼笛の音に琴のしらべの 面々に通をとばして。左のが 聖衆も天人も夕 かよへるはたなびく雲に風やふくらん ㊈楽をなせは観経ニ云無 じゝ遊戯快楽するありさ 量ノ楽器以テ為二荘嚴一ノ清風從二光明出テ鎮二光明出テ鎭二説ク云ノ無我ノ意ヲ ④死天遊行の化天童子なり般舟賛ニ云鳥作二音聲ヲ菩薩舞ノ童子歓喜作 神通一ヲの通をとバしてをの〳〵通力をあらはす也禮讀ニ只宣猶在ノ定。心靜ノ更ニ通ラ 般舟讃ニ云化二踊ノ空中一作二ヲ又云復現一ヲ又云復現ノ神通滿)をのかじゝをのかじゝをのかじゝをのかじゝをのかじら 父子相迎へり いふ義也各競と書なりあげま まとり〳〵にあやしくたへ きに。このおひ人のをのがじ。かたらひて 輔桐 とあり拾遺集 胡風のよもの山よりをのがじゞ なり。すべていづこゝそ。 ふくにちりぬる紅葉かなしな なを読註に詳なり○遊戯結歌 なをざりがてらに見す の戯にはあらす維摩註に什ノ日神通 ぎぬべき心ちもなく。わづ 變化是爲遊引物遊ヲ物ヲ、於レ我ニ非レ我ニ故名戯 也復次ニ神通雖レ大能スル者ハ易レ之功ハス之ヲ於レ我ニ無シ かに半日を七世になずら 難猶如戯也つとり〳〵に遊仙窟ニ一一と 書たりあやしくたへなりいつれ へしはさらなり。なを多 も奇妙なり○古今序ニ云山邊赤人 といふ人ありけり歌にあやしくたへ なりけりすへて惣して極楽中 刧も一念とおぼえぬへき 王質が故事 の事也◯半日を七世 まで。こゝもなごりおし 註にし 常のごとし 常のごとし死せり後ノ江相公ノ詩序ニ云謬テ 入二テ仙家ニ一雖レ為二半日之客一恐ハ歸二舊里繞逢二シ く。かしこも又ゆかしくて。 七世之孫一。心多刧も一念張茂先才情 詩ニ云居歓慢夜促在感、怨育長ヲ 身をもあまたにわが身をいくつにも わけて何かたをも一度にみたしとおもふ也 夕霧にいかて身をわけてしかなとあり やすらへは。心もとなく。すぐ れはあしも。いそ。かれぬゝみ。 四種威儀此四句は般舟質の偈 なり次下に和解あり行住生臥 しりぞきに。思ひわづら ともに禅定なり といへとも別願の他力に依て三賢 不出三味これ地上の真蔵の徳也 ひては。いかで身をもあまた にわけてしがなとおぼゆ にも此事あるへし住定供仏の願も その例なり維摩経ニ云不レノ起二滅定ク現二 れは。四種威儀常在レ定不レ出二 諸ノ威儀一ヲ一ル肇ノ註ニ云小乘入レ減盡定シ則 如二枯木大士入。實相定一ニ心智永ク滅順ヲ滅。順ヲ 三昧一作二神通一一々神通列仏 機ニ而作レ應用無レレ方擧動進止不捨二 威儀宗鏡録五十云云 ○おほくの身般舟讃ニ云二ノ佛國ニ恒沙ノ 会。会々聴法證無生とて 会トハ分身ヲ聴シテ法ヲ修二二供養ヲ一ヲ一ヲ四変化ある しづかに禅定にありなが 形のかはるを変といひ。なき物のあら いるゝを化といふ瑜伽論ニ云一ニ能変通 ら。おほくの身を変化し。 謂ク改轉ノ故ニ二ニハ能化通謂ク化現ノ故ニ 処々の仏会にわかちや りて。会々に法をきかし む。その面々にきくところ 大井相観寺 多子相辺丁 ことなる奇異なる事也源氏 は。かへりて身ひとつのさ にもことなる御せうようもなくて こあり道はたのしみ也あそふへ とりとなる。これことなる 詩ノ白駒ニ所謂ル伊ノ人於レテ焉ニ逍遥禮記消二 播干門註猶期翔也莊子註云優遊 省道のきはまりなり。三 自在也王務夜ハ云理無幽隠遁然而 當形無巨細二巨細二適ス故ニ曰逍遥一 には真我あらはれて法身 逍遥字林消遥漢書消揺相如傳 ○真我法蔵ノ戒本ノ疏ニ云然ルニ通リ辨二我ノ まとかなれは。われといふ 下因満にあらず仏果円満也 義畧有六種一執我謂分別倶生在リ 於凡位二慢我謂但俱生在有学位ニ おもひのまことある。速證 三習氣我謂ク二我ノ餘習在リ無學位ニ四ニ 隨世流布我謂ク諸佛等隨テ世假ニ稱セ 無生の身をえて。かり 五ニ自在我謂ノ八自在等如來ノ後得智ラ 爲性六ニスキ眞如常樂我淨等 の身をわれはと思ひしま 以真如為性㊁法身筆削記ニ云法 身ノ菩薩者初地已上乃至十地皆名 よひもながくはれぬ。四 法身一以テ得二テ平等智一ヲ證二シ眞如ノ理一ヲ以二眞 如法ヲ為ス二身故ニ○又法身ハ九聖各具の真如なり額ニ云法身輪転。五道名ナ曰。衆生シテ宗鐘ノ 云法身即是真如ナリ起信ニ云即是如来平等法身依身説身説テ まとか分證にあらす圓満空易なり退証無御座玄義公定散等同向向向聞 證ノ無生ノ身タ同記ニ云連證無生ス者此レ明ス往生ノ益ヲ若ニ約ノ始者是レ處不退セ法事實ニ云九品倶事實ニ云ユム 得不退一ヲ阿弁即チ魚生此以不退ヲ には浄くして内外たまの 名チ爲二無生一ト若約スレ終ニ者可二是證悟一故ニ 證ノ之字可レ通二ヲ證契證悟ノ二義ニ云云今ハ ごとくなるはだへ。紫金の 終に約して證悟なり ○玉のごとく○薬師経に云身ハ如二珊 いろをおびて。ひかり月 璃ノ内外明徹アア紫金のいろ 云新往化生紫金色與諸ノ大衆無殊 日よりなをあきらけし 異一廿日月よりも般舟賛云法 侶椎乃將入林ニ看スル林ハ足下シ観光超レ光超二日月二日月一 父母精血坐禪三昧經ニ云父母精血 これすなはちけがらはしき 不浄合成ス既ニ得レ成レ成レ身ヲ十住断結経巻 父母の精血をもちゐず。た 第五神足云西方去レ此ヲ無數佛土ヲ無數佛土ヲ有佛 名無量壽其土清淨テ無シ耕怒癡悉 一たいさぎよき蓮花より 同一心皆由蓮花中生不因父母情欲一ニ 生也 をのつから次下に引たる大経の文 をのづから化生せるゆへ の自然の字の義なり○化生大綱 に。虚薄の身かろくし 云於二七宝ノ花中ニ自然ニ化生ス輿咸ノ註法花ニ 云蓮花化生ト者良ニ以レハ淨業圓ニ成レ仍ヲ依二テ願 て。たちゐも心にさはら 刀一ニ託ス識ヲ蓮包一ニ既一ニ非二魚明妄業ヲ為スルヲ因ト又非フ二 父母貪憂。為レ縁ニ寄テ遂ニ寄ヲ蓮原一而義如化生也)虚薄水穀の身にあらざれは乳のことく 光のごとし○秦圭符堅典ニ朗法朗法師ニ書。云朕以虚薄ノ生ス。真璽。○さはらされは魚陣等の は 父子加巡下 義なり下にあり ㊄自然虚無大経ニ云皆受ク自然 ざれは。むなしうしてなきに 虚空之身無極之躰ヲ義寂ノ云非宗藏 にたり。この浄徳きはま 所二ニ生育ハ故ニ自然ニ自然。玄一ノ云言二虚無一者横ニ無二 諺註にあり 障旱故ニ言無極者縦ニ無二衰退故ニ無一故ニなを らざるを。自然。虚無之身。 のおほよそこれ前面四徳の惣治 にして上下に釣鎖す これ前西四徳の惣結 無極之体ととけり。おほ もくに春秋大経ニ云亦無ク四時春秋 冬夏不寒不熟常和調適ヲ よそ常楽我浄みなたの ○そらに昼夜荘厳経云彼国土[ト] しみなれば行住坐臥つ 無二其黒聞無其星曜无其日月無其 昼夜小経通賛ニ云西方淨土境勝地殊ニ ねに心をよろこばしむ。くに。 人ニ純無明國ニ二國ニ無シ國開金泥 化生焉天曙之情ヲ鳥宿一ヲ鳥宿二 春休冬夏なく。そらに 時昏之想ヲ 長州詠藻 俊成卿 あけがたは池のはちすもひらくれは 玉のすだれに風かほるなり 昼夜昏暁なし。たゞい つもさむからずあつか らず。よるともいはずひる のしはしも往生論ニ云永ク離二身心悩一 受レ楽常ニ魚レ間 此廿八字は般舟賛の 或語或笑 ともいはねば道登ときを またずかして遊戯しばし 偈なり次下に和釈をなし給ふなを もたゆることなし。しかある 諺註を見るへし につけては。或語或咲身心 楽即境閻浮同行人各 発権願祭加設。専注莫一 退直須レ来とて。あはれ心ざ しふかゝりしむかしのとも と。これをもろともにたのし まゝしかばと。事ひとつた らぬ心ちすれは。かまへて念 父子相近下 仏退転せでとくこゝに 縁あるを 新古今 引接結縁の心を 寂蓮法師 たちかへりくるしき海にをくあみも ふるきえにこそこゝろひくらめ きたれとのみ祈念すら んは。はかりなき往生の 無量 かたうどかなむらなきあ 半座五會法事讃ニ云各留テ半 座乘レ花臺ニ侍我國浮二ツ我ヲ我カ同行ノ人ヲ はれみも。縁あるをまづ ゆいたら人の簪をいふ枕草子にいたするならひなれば。さこ づら屋といへるも人のなき家なり かりなるかりそめにもいつはりにも一蓮 一そは心もとなくまたるら 託生と契るへしかの国に生れぬれはぼさつの 心となるがゆへにむかしの一言をわすれかねて め。寶池のはちすに坐す なり しゐてそれを結縁として引接せらるへき るにもわが身はかたはらに より井て半座をいた づらにのこすなるは。よく 一蓮托生と ひとつはちす一蓮托生と わりなき心ざしにこそ いふ詞は狭衣の四の巻にもあり源 氏楼の巻にも。阿弥陀ほとけを心に 人にはかりなるちぎりを かけて念じ奉り給。おなじはちすに とこそはとあり鈴虫に はちすばをおなじうてなと契りをきて も。ひとつはちすにとぞ 露のわかるゝけふぞかなしき 新続古今 立信上人 深草の露のかことをわすれずは 同し蓮のちぎりかはらし いふべかりける。さてこの界 に念仏するものいでき 通し 土御門入道前内大臣 きえぬべき命を露のかごとにて ぬれば。かならずかしこに この界に 同じはちすとちぎりをくかな 師壇の契約なり この界に五會讃ニ云此界ニ一人念 佛名一ヲ西方ニ便テ有二一蓮ノ生一一生常ニ不一 ひとつのはちす生ず。念 仏をこたらざれば花ひゞ 退此花還到此間ニ迎テ到ニ迎フ淨土指歸ニ云竜 舒居士曰十方世界ノ衆生念佛淨土ノ宝 にひらけ。すたるれば又む 池ニ乃生一シ蓮花一朶一朶ヲ標二ス其ノ名字ヲ一或者ノ疑ヲ なしくしぼむ。ひらくるおり 之子曉レハ之ヲ曰ク如二ハ淨明鏡一ノ物來斯ニ現ス鏡何カ鏡何ク 容レヲ。心ヲ哉以二テ其ノ明一ヲ而自ヲ然ルヿニ耳ト故ニ曰善心纔ニ は聖衆こぞりて往生ち 發上天之寳殿先成悪念始前下地之 必要相迎下 久キ村辺丁 火城已ニ具スト夫レ如レヲレハ是則修二淨業ヲ一ヲ者ノ花華ニ かづきぬとよろこび。し 題名以俟其往生何足恠哉張孝祥淨 如歸吾廬云云 土文序ニ云金蓮花壹由二チ性種ニ生レ往生其中ニ ぼむおりは流轉のびぬ 清浄大海これも般舟賛の偈の とかなしみいます。大悲 二勺なり清浄とは浄土の依正をいふ のかぎりなさは。いかばかり 大海とは同入一味の義也無生衆とは 此理をさとりし聖衆達なり げにおもひ給ふらん。され ばたま〳〵一人をもまちえ ては清浄大海無生衆遥 見生者皆歓喜といへり。 かまへて念仏申たちなん 人は。花かひ〳〵しくひら けて。つ井にむかへのはち ○それを の御なげきをも それを蓮花のしぼむをも仏 すとなるやうに心すべし。 往生せる人なり さきたちて春属同行などの先に さていたづらにかれなんは。 りまつ心千載集恋三相極 相模 しらしかしおもひも出ぬこゝろには ねんなくうれはしき事 かくわすられす我なけくとも ぞかし。たゞしそれをいた あやなく藻塩草に云扨もかひ まざらんほどの人は。なにの もなくあちきなくといふやうの詞 と云云古今に 山吹はあやなく咲そ花みんと なげきかあらん。さきだち うへけん君がこよひこなくに 延五記に云無益になさきそとなり○ てまつ心にこそ。あやなく 花の生じたる益もなく侍たる益もなし 神通以下には六通を列ぬ是は ことにほいなかるらめ。いとゞ 常ニ識ル二宿命ヲ一 神境通なり大綱云神通自在テ 一神通自在の身とさへなり て。衆生の世々に忍ふかゝり し事もいまのやうにおぼ 文化粧物作 分二十二丁 長夜資持記ニ云三塗幽暗ス歴 莫レ返故ニ云長夜一惣じて生死の間をいふ え。父母の長夜にまよふ 四まのあたりみる 天眼通の心を 雪玉集 実隆公 ありさまもまのあたり たらちねのうまれし道をまづみつゝ すくふためしをしるがうれしき 三途地獄餓鬼畜生をいふ 前に記せり 八熱八大地獄をいふ往生亜集 云一等活二ハ黒縄三衆合四ホ叫喚五十六 みる。妻子の三途のくる しみにさけぶこゑをも きゝ。春尾の八熱のほ の心をもしる 叫喚六六ハ焦熱七六六六六六六六六八六 豊前 酒井 順阿上人四十八願和四十八願和六十八願和六十八願和六十八願和六よ うれしきもうきもつらきも世の人の こゝろのうちをそらにしるかな他心通 のほにむせふ心をもしる 何事につけてこそ。思ひ の哥也 ○禄国に還来法事讃ニ云誓ヲ到リ 弥陀ノ安養界ニ還還二リ來テ穢國一ニ度ス人天ヲ のどむべきかたもなけれ 無田ふ舞脱此句漏敷通なり一切 法の無伝無脱を悟れる智力なり ばしばしも極楽に逗留 妙玄五ノ之一ニ云光色漸減ク譬フ譬フ十五断徳 無累解脱一ニ勧心往生論ニ云无始所造ノ うせんや。いそぎて穢国に 悪業重罪無レ縛モ無解モ即是弥陀無 還来し。無思解脱のち 累解脱大般涅槃ナリ。汝妄想ク故ニ薬変ヲ居テ レ毒徒ニ受ケリ病患ヲ病患一ニ解ノ所レ縛モ受ク虚妄ノ果一ヲ からをはげまして。 涅槃経玄義ニ云解脱徳者即是如 来ノ自在解脱ナリ其ノ性広博シテ無ク縛魚レハ脱 海沈没のともがらをす 是レ広博ノ義ハ體レ縛ヲ即脱スルハ是モ遠離ノ義ニ 調二伏衆生一テ衆生一ヲ是無レ是解脱 くひ。ともに一仏土の花 攝二一切法一ヲ亦テ名二解脱藏一ト亦名二解脱 徳一普賢観経ニ曰如寂解脫ト記ニ云ク生佛 一如天然寂滅業縛一相。本自ラ解脱ス のうへによぢ。おなじく安 四穀集解ニ云蕭:ト:累テ名:名:名:名:名:名:名:名:名:名仮名:名> これ分得の漏尽力なるが故に。はげまにといふ 養界の月の月のもとにあそ ○有海三有の生死海なり前に ぶ。このおりぞすこし大悲 註せり月のもとにあね陀仏を 申也按するに月に十一事有が故に 如来に喩る事涅槃経に出たり廿 も心やすかるらん。又かく 二相の第三を面輪縮正満月相といふ 和歌にも仏面を月のみかほとよめり 利化ひまなけれども。自利 もさまたげられず。閑お ナリ大悲 二は大悲より起るか故に○往生要集一 四弘の内の前の ほけれども道もすたるゝ 云念佛修善ヲ爲業因チ往生極樂ヲ爲二 事なし。四種威儀常見 花報一ト證大菩提ヲ爲二果報一利益衆生ヲ 父子相近下 二十六 流行退位の 為二本像ニ譬ハ如シ世間ニ植テ 甚蔵は他を利せんごして自然ともに損ず悲増の真蔵は裳櫃を證せずして他 形あ 原花庵 草庵集 残りなく人を渡すとせしほどにわが身はもとのまゝのつぎ橋 を利し給ふその心を 極楽へしからす雨楽おほけれとも浄火の法楽には深着の情なし陪疾珍法師頭 浄土の法楽には染着の情なし隋の疫珠法師願 極楽はしからす楽おほけれとも浄土の法楽には深着の情なし陪ノ度珍法師頭 かなを諺 佐州四種成儀法事讃の文なり次に和 生偈云楽ニ云楽ニ多ヒ無レ廃レヲ声ハ遠ス。不レ妨レ聞ヲ 詞にあり 解あり記。云六識同時ニ起テ等ク縁一六境ヲ一名レ之ヲ為二橋ト前後ノ縁レ境ヲ名レ之。為レ之。為レ縦ト唱テいます とゞこほらぬ義也和哥に馬舟などの行やらぬをなつむとよめり世に引かせ ○俗諺此二句は所證の境を明し六識等の二句は能證の智を明すこれ三詩円 融の證なり。俗は世俗。諦は諦審の義也。 仏。行来進止駕神通六 森冠森は多き貌なり羅は 虎士ヲ 列なり李白ツ詩ニ云戰艦木林は[シ]羅ス」 識縦横自然悟。未精忠量 一念功とてたちゐに仏を みたてまつれば。見仏の益 たえず。ゆくもかへるも神通 のつきて 相即の字の意なり にのれは。聞法のみちになつ 円教の三諦にして挙一即三。全 一まず。俗諦森羅の万僧 三色一なり引教の隔歴は互融せす とぞ◎真空 弘決ニ云四眼二 につきて。真空冥命の 智万像森然佛眼種智眞空冥 寂ナリ北山録ニ云會レ極ニ指情ヲ捕レヲ之謂眞起 一理をあらはすに。六識縦 微ニ渉リテ動ニ之謂フレヲ俗眞也者性空也俗ハ 也者仮有也仮有之有謂二之ヲ似有一ト性有 横にさとれども。心量 承遠 空之空謂之眞空 深妙の義なり 一理起信論ニ云一法界ト疏ニ云此ル非二 一一念の功をも。からず。さばかり 等数之二如理虚融平等不二故。桶。 壁観あなうらをとかず。 為レ一の功をも 為二分功をも八地已上の無功用 に同しかるべし◯壁親壁に向 功夫こゝろざしをゆるく て座禅する也達磨大師ノ六門集ニ云云 凝住壁観無レ自無レ自無レ他のあなからを 結跏趺坐なり第禪師ノ坐禪儀云疊ヲ せざりしかども縄床む 足ヲ跏跌シ収メ観念 なを併 する事也止観ニ云睡眠ハ失二ス功夫一ニ 註にあり なしくうけて。心地はつ 蓋もなくやぶるゝ也 ゆるくせざりし禅家龜鑑云九ツ ゐにひらけざりしに。 本参スルヿ公案上一ニ切心ニ傚二ス工夫ヲ如二ヲ如ク鶏ノ抱一ヲ卯ヲ一 如二禍捕捕レ。風如飢忽レ食レ食レ食ヲシテ忽レ水ノ如二児ノ道ヲ遁徹ル也。透微ノ之期ノ時の時の時の夜の夜の夜の夜の夜の夜の時の夜の夜の夜の夜の夜の夜の夜の時の時の夜の夜の夜の時の夜なり 床の字を律家には濁り。台家には清てよむとぞ三千威儀紀云坐禅有十事一。當 竈レ時二時ニ謂ク四時也二得スヲ謂ク謂ク縄牀ニ也韻海ニ云唐稀改テ曰縄牀一ヲ曰二縄牀一ト一 名ノ詩序ニ云綿ニ床欲レ第二月老二クス春蘿ノ之洞一ニ一高士傳云菅寧ノ堂ニ一木樹積二五十年。當レ膝ルニ虚二 久平相勤候 皆穿タリ卅心地楞巌疏ニ云心有能 生可依止義踰之地也 いま微塵故業随智減。 微塵是は般舟讃の文なり微 不覚博入真如門といふ。 葵とは微細多端の義也故業とは無 始の惣業なり智恵の生ずるに 道の自然なる事まこ 随て罪業滅す㊄不覚自然に 真如を悟る也転とはひたものといふ義也 記の文諺住 悟より悟に入なりは これ とにふしぎなるをや。すで に引がごとし 始覚より本覚に帰して理智互融 に自行化他そなはりにた する也入道の自然無為にして をのつから仏道にすゝむ也これも大経に り。いまは因円果満はるか あり文ニ云何ヲ不二ル力ヲ為レテ善ヲ念二道之自然ノ之自然ツツ 云云翻訳集ニ云然是也自ラ如レ是也自然ス なるまじけれは。一生補 與法爾一同シ㊂ふしぎ不可思議に して又不可思議といへる者なり表 処のゆふべ法王子の佳名 中郎西方合論一に極楽を不可心儀 浄土と名て五不思議を釈す㊃周円其満十地を究覚して三身を記する也心地観観経 云因圓ニ果満ク成ス二正覺一ヲ㊄一生補處これ因圓なり篤寛の位を一生補処といふ 肉位の極なれは然くいへり脇は指帰と四枚集解ニ云有二一生在二全ク損之名ヲ為二一生一生一生一過レテ此 後即補二テ果佛妙覺ツ之處一名ト為二補處一右玉集に必至補俎の願をおやく子の形をおやく子の跡をうけ つくためしをも仏のうちにこひしりぬる七法王子然師。云問法王子ノ者十住巾第八 住数答不レ余。従職灌頂ク菩薩ヲ云二ク法王子ト也。千手経云皆。是レ灌頂ノ大法王云ト也。也レ佳名 佳は嘉と同意也按に云ふるひ杜甫ノ詩云卿家ノ兄弟功名震ヲ唐斐度ヲ唐斐度。伝ニ云名震 旧夷の三身法報応の三才鳥かに證するを仏といふゆ宅竟仏果をいふ諸忠浄 尽して本性を徹見し給ふが故に究竟覚と号す天台戒蹴公妙覚地者究竟解脱 無上。仏智ナリ○仏授性本来の仏門権燈を顕すゝ也程はこれ様子。発生の義なり 性はこれ性分。不改の義也楞伽経に仏程性とあり梁概論に如来移性といへり まゝ灯艸は類なり傳燈録ハ云三十二祖弘台大師爲スルト」信問ノ子ハ何ノ咎メ曰姓ノ咎メ曰姓ス即有不一 是常姓信曰是何姓答曰是佛性佛ノノノノノノノ信ノ曰 汝ニ無ノ姓耶答曰姓宰故信器之ヲ をふるひ。三身究竟の ○序分に姓をも名をもいはすとあり しに応ずる首尾なり㊇一列弥陀 あかつき。仏種性の貴姓 般舟讃の文なり一は数量の一にあら す字彙に云初也○引とはその処へ行つ をあらはさん事。ひさし く義也是我我我とは人人の本性也 法王家法王とは仏をいふ法王家 かるべからす。一刊弥陀安養 とは仏家。如来家といふに同し往生 論ニ云正覚阿弥陀法王善ク住持とあり 国。元来是我法王家とい 惣しては初地已上を入如来家といへど へは。このとき十劫始成の も今の釈は究竟の仏果を指なり 死性ノ構論ニ云謂ク佛法界ヲ名二如来家ト 依正は。我性本来の家父 於レ此レ証会ス故ニ名テ為レ生草庵集如阿 西へ行御法の門を尋れは本のさとりの都なりけりこのとき始本丘融三郎さ 等妙の交際なり㊆十劫十劫箭始覚の弥陀。始出の極楽なり弥随は心報 一分銅組下 なり極楽は依難なり家父人々の性に具したる依正ぞと也依報の極楽は本来 の法王家なり正神の弥陀は性具の慈父なり浄名跡云眞如仏性非二非二而記し 上離身無ク無テ無身無身無生論心土相即門云々合論身土不思議釋云云也 浄土の宗極三部の喉襟なり然るに聖道遍学の人はいと此巨益を知ず。擁して小教と し。笑て権念といふ惜むへし勉むべし鄭清也云我心仏心仏心一。雖二差別此修浄土之極致也 慈雲大師ノ云是ニ曰弥陀ノ内地観スル此理ニ而大概普ク収釋迦ク収ス釈迦ノ一此理ニ而広吉深ク深ク訳ニ十方三 世莫レ不二咸然一ヲ浄慈要語ニ云浄土教源ハ昔ニ佛爲一一大事因縁ノ出二現ス于世ニ于世ニ就テレ 追テ群機一不レ不レ避ト去二其ヨリ淡之城ヲ以テ還ニハ本来ノ之事ニ而已云々○至二更二西至西至西ニ。以テ略スル第ニニ晴テ於盡能 焉あまめやか真実なり遊仙窟云 なりけりとさとらん。極 正首病發耶註ニ云正首猶真成也○ 真成○たへなるこれいはゆる妙中 楽をすゝむるほいこれに の大妙なり妙玄ニ云所レノ言妙ト者妙ヲ 名二不可思議一。○これすなはち横出三界。超 あり。往生の巨益まめ 越成仏の妙法なり故に称讃経には 速證無上正等裳提と説。浄土論に やかにたへなるかな。これす は迷得成就阿耨真範といへり一趣 直入如来地甚深なり〳〵然に他家の 一なはち法蔵行因のむな 学者多は之を知ず或は偏空の見を 起して無為の坑に墮執して死語を しからずして。弥陀證果 為て妙身を得ず。他の信行するをさへ 一妨る人あり遠乱すべし恐るべし のいたすところ。衆生ほと 法蔵行因所行の因業なり 又行は六度万行。因は四十八願モ法事賛ニ云法蔵行ニ因テ廣弘願設シ我得ハ佛ヲ現スル希奇ノ ㊃證果所證の果佳なり又證は薫捉果は涅槃なり衆生仏を衆生仏を衆生は子なり乍 父なり力父子相迎此理に依て右の 気を称すれば父子相迎 巨益ありと也爰に此四字を出して一部 の所帰とし給ふ㊃雲漢以下を流 するによりてなり雲漢 通分とす雲漢は天河なり物理 論ニ云。星ハ者元氣ノ之英ハ漢ハ漠ハ水ノ之精也。氣 益なし。うきゝにのりて 発ス而升精花上浮ヒテ浮シテ浮シテ流レ天 河二十一日雲漢[ト一ト一ヲ星出レ焉ヨリ○益なし ◯やくなしといふ詞おほし。源氏帚木 なにかせん。花台たのし に。やくなきかたおもひなりけりとあ みあり。本願に乗ぜんに り。さて是は前漢の張騫が槎に 乗て天河に至りし事を引てそれ はしかじ。ことばを心あらん は何の益もなし弥陀本願の船に乗 じて極楽に往生せよといふ也 とも。からによす。ゆめ〳〵ま 誰に引○案するに爰の詞も所授あ り源ノ順詩序ニ云淮南ノ之求二神仙一ヲ也一旦 乗ノ雲ニ而何ノ益カアル夫木抄西行 一よひをひるがへして本家 おなしくはうれしからましあまの川 にかへれ 法をたづねしうきゝなりせは◯唐韻 和名宇 云橙ノ水中ノ浮木也 一和名宇のことはを隋の産業法師の禮讃云寄ヲ言フ言フ言フ有レ心事一苦城一苦城一 岐々 ゆめ〳〵往生權讃。云寄シテ言声有縁同行ク者ニ努力翻レ迷還ル本家ニ努力の二字を引合てゆ 父子明把下 め〳〵と訓す万葉に勤の字謹の字をゆめと訓せりゆめ〳〵とは重ねたる詞也つゝしゐ つとめよといふ義也宇彙云努用スル乃也加也力ハ勤也○まよひを上巻に有し四例の末 情を改めて本覚に帰せよと也一部の惣結なれはなり 大更ニ引一請文ヲ以テ備ノ祭考一涅槃経云一切衆生ニ悉ク有二佛性如来常住スルヿ変易又云若 有テ人間一是ノ種子ノ中有スレハ果ニ無レ果邪一應二定ヲ告テ言フ亦ハ有亦無ト何ヲ何テ何テ何テ何テ以不能生ス其一某ノ某ヲ集テ是レ 故ニ名レ有シテ未レ出レハ若ク是故ニ名レ無ト以二是ノ義故ニ亦有亦ハ無シ所以者何トハ時節、有異其ノ有異其ノ躰是レ一 衆生佛性モ亦復如シ是若言一。衆生ノ中ニ別有是ノ義不レ然何ヲ以故ニ衆生而レ佛性佛性佛性一 即チ衆生シテ重以ノ時異ヲ有浄不浄一善男子差ニ有二問言是ノ子ハ能生レ果能ク生ニ果テ不思 定答ル言ノ貢亦、生シテ不生モ南岳ノ云。常平等ノ故ニ心佛及生是ノ三魚ニ常老別ニ常老別ノ故ニ流レ轉ステ五一 道ニ說テ名衆衆下反レ流ヲ尽シテ畫レ流レ佛佛ト佛ハ即如シ木衆生スル木ノ波水似テ波水似テ波水似テ異ニ同雖是今 同清濁常ニ別テ尼健経一云賞レ知レ依レ煩悩ク身一観一如来身ヲ何テ何ヲ何テ以テ身即是如来藏シ 故一切煩悩諸ノ垢蔵ノ中ニ佛性満足スハ如シ石中ノ金ノ木中ノ火。地中ノ水、麻中ノ麻中ノ床中ノ末 文中長者 薩遮也 如来蔵経ニ云 藏中金。棋中ノ像。孕中ノ胎。雲中ノ日。是故一我一我言ノ煩惱之中ニ有二如來戴 我。以テ佛眼一観二一切衆生一ヲ貪癡ノ諸ノ諸ノ諸ノ中ノ如來智。如來智。如來身結跏跌坐。如來坐。儼然不 レ動。常ニ無二深汚徳相具足ガ如我無レ異ト異上依経云法身躰適シ諸ノ諸ノ衆生ニ客魔個ノ為ニ所シ 復ニ不レ知二我身ニ有二夜二轉ノ生死一ニ無レ出期二不増不残經云即チ此身法身輪一轉ス。五道ニ名ヲ曰衆 生。妙武云一切衆生。皆有法身法身法身躰景ハ天龍之所ヲ定恵二念学。若修二学ル定憲法 法身則一切ニ見レ敵ハ也往生十因ニ云衆生同躰佛ノ穢土ヲ無レ然レ然レ然レ憐レ然仏レ 何ト隔シ涅槃経云世尊譬。如二磁石去リ錯雖遠以一其力。其力。故鐵即陥テ著レ衆生佛性。亦彼 如二是ノ生无生論ノ感應任運門云我ノ心感ス諸佛一弥陀即テ懸ル應スル天性ヲ自相。關如シ。如シ。則 霊芝小本院ニ云問観経云是心作レ佛ト是ノ心是レ佛何ヲ頃念二是レ是レ佛ヲ耶谷祇ノ也心本是佛一 改、令專ヲ念ス彼佛ノ梵相戒ニ云常ニ須二須二ニ自二我ハ是未成ノ佛ノ諸佛ハ是レ巳戌ノ之佛一汝心佛者未 成佛ナリ陀佛ハ者巳成ノ佛也。未成ノ之佛久シ沈テ沈欲殊ニ具足ヲ煩倒スルヿハ否ニ死出期ハ兄戚ノ仇ハ久 証二菩提ヲ具足モ成神ク能ク爲二物護是ノ故ニ諸経ニ諸経ニ勘ケ郎是以巳ヲ未成ノ佛求テ佛求テレ成佛一 而爲二枚護ク耳同記セ云佛ノ云佛ハ雖二是一性具同執。心ハ是乃一性具ノ佛ノ全躰在レ迷ニ怨ミ。怨ニ似テ石ニ似テ石ニ似テ 雑レ銭豈ニ可ニ下凡 ̄ニ下凡一切諸佛ハ金一切諸佛ハ全性ニ極ニ低ク極テ怪顕ニ安住ノ秘蔵ニ至テハ大涅ニ繁フ如ク魚項也 必純浄金能ノ施シ大用ヲ排二化衆生ヲ竊言云問ノ真如、一ノ而已何ヲ以テ以分爲ニ諸衆生曰。有。有。有。有。 未分ル者局一於形ニスル者也眞如超二於形ノ矣。者圓於數者圓。於數ル者圓。於數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數數多數多 為二一統躰之真趣有ル時、島モ各具ソ之具如ク之異如一哉蓋シ各具ハ者即具ノ法界之法界之全躰ノ法界全躰ノ法界全躰一 者即全此ノ衆生ノ之各具ヲ孰其ノ不実ノ之躰ニ而言ハ之末嘗テ異也就テ其ノ随縁之用ニ而言ス之未常同也 躰不レ離用テ同而異ナリ也用不離レ躰ヲ異テ而同アリ也無始リ已来本。自ラ起是而水ヲ。其何ヲ以テ以テ。然レハ何ヲ以テハ 可レ得乎円覺経云金剛蔵疑シテ云ク衆生本仏ト後ニ起スル魚明ク如来何リ時ク復生二煩悩ヲ佛告テ曰一 如釿ニ金鑛ヲ既已成ルモ不重為一。不重ノ為二銭ニ云崇速浅ノ覺。不生迷ク了ヲ智律師無重秀 仏賢。有門大師生無生論等の本末を見て按すへし 三日 三十四丁 文二ノ村川と丁 拾遺 十六右のこゑ妙法をとく理起釋シ云龍術宗具具四宇成つ貞高尚尚此宇が持於テ極楽 世界ニ水鳥樹林皆浜法音ク如二広純中ニ所ニ所二説同秘鈔八云飛、宇ム字ヲ為二宇體ト一。字ハ者風大一 之種子リ也一切音聲從風發。風發ニ由テ此字ノ之加持ニ水鳥樹林皆液ニ法竟也○十勝論ノ輔助儀ニ云阿弥 陀ノ種子孔字ヲ読ニ涅槃熟ヲ加ヘタレバトテ紅里句ト読ハ中天ノ正音ニ井ス正音云タヾ故里ト キリ合家 イヘリ對譯ノ漢註ヲ見ルニ皆タヾ統理トノミ書テ都テ記哩俱ト書ル事ハ一處モナシ云云○キ キリク密宗 父子相迎下要解 終 寶永四年龍舎丁亥佛出世日 湛澄識 洛北報恩寺隱居老老 ○隆尭東國高僧傳卷十云 夫向上人者浄花院鼻祖 釋ノ隆尭ハ江州ノ人性慧利甫九齢ニ即 上天台一學内外ノ典ヲ頗究ム三諦千如ノ之 旨ヲ忽思二テ念佛ハ乃捷徑ノ法門一ノ法門一遂精二修ス 浄土宗精哲也。会下幕 浄土一應永十一年詣二石山寺ニ祈冥應ヲ 徳宗中貴才。遂若稽二 感観音現身ヲ示教故所求成就尋就 本郡ノ深谷ニ誅シテ弟ヲ以居シ專ラ修二テ修二テ一行三昧ヲ 三経一論之奥義一ニ述作 道俗尊崇メ宝徳元年十二月十二日安 梓テ而化ス享八十一坐七十三夏所レ著 三部七冊之秘抄二顕二示易 有念佛安心大要盛ニ行於世云 ○一條黄門本朝蒙求下云ク大相 往易行動化一。引二接下根 國一條藤原ノ兼良ハ者成恩寺關白経 嗣ノ子ナリ也博識多才ス所レノ著ス之書不取亦 兼テ通二ス神道佛學倭歌ニ是ノ故ニ於レ今ニ於レ今ニ人 下機品彙一爰隆堯感二得 皆推レヲ傳厚仕于後花園後土 一霊夢奇瑞一相二丁上人正 御門ノ二朝一ニ文明五年齢七十二ス而剃髪シ 改名ヲ覚覚恵一ト号二後成恩寺一ト一ト一文明十有 忌諱目一是以信仰銘レ肝 三年歳八旬タ而薨于正寝ニ 本朝一人一首詩ノ七ニ云兼良ノ者俗ニ所謂ケ 安心徹レ髄。依レ之三部秘抄 一條太閤是也其ノ才兼テ才兼テ和漢一ヲ當時無一 雙リ公ノ所レ著ス有二四書童子訓。神代纂 鏤二開版一。安二置当院一流。 疏。源氏ノ花鳥餘情。歌林良材。樵談治 父子相廻下 要。梁塵鈔。公事根元。桃花蘂葉。関 法燈挑二明焔一展二轉永刧一矣 藤川紀行。筆口占。文明一統記。伊勢 物語ノ愚見抄。職原ノ位階追加。尺素 仰羨伽藍安穏。行学不 往來等其餘猶多シ固是衰世ノ大オリ 也云云また古筆屏風作者考にも 退焉斯志所レ之厥功亦不 伝あり云云 をよそ要解述作に就て展博 一レ虚于時応永己亥之歳。林 流布見聞讃毀順逆結縁の群生 迅作巳後七十餘年 同しく一仏の浄土に遊で共に九品 鐘告朔之日 の蓮台に登らん願以此功徳平等 施一切同発菩提心往生安楽国 円教仏子隆堯謹誌 一後成恩寺兼良公時ニ十八歳也公曽着ㇲ勧修念仏記ヲ 而勧二浄土道造院跋焉 三部右筆一条黄門 中納言唐名 刻彫檀主四明良俊 叡山之住侶 後跋 佛ニ有二四無礙解一所謂於二ニ無量ヲ所說ノ法一ノ法一ヲ陀羅尼自在ヲ 者謂ク義無礙解ク即於二所詮一ノ總持自在ニシテ於一義ノ中ニ現スト 一切ノ義故於二無量ノ名何字ノ名句字ノ陀羅尼自在ル者謂ク法無 礙解ク即於二ニ能詮一ヲ總持自在ナシテ於一一ノ名句宇ノ中ニ現シテ一切ノ 名句字一ヲ故於二後後後慧辨一ノ陀羅尼自在リトル者謂ク詞無礙シ 解ノ即於二ニ言音ノ展轉ク訓釋一ヲ總持自在セリ於一ツ音聲中ニ現中ニ現スル 一切ノ音声一ヲ故辨才自在ル者謂ク辨無礙解シテ善ク達二テ 巧ニ爲ニ說テ故原レ夫シ國語和字以嚴ノ佛字以嚴ノ佛事ヲ皆是四種自 在ノ之所」成也三部鈔、者兩尊垂慈乘レ願神變無方 降二隔シ神ク。樂岡嵯峨野ノ之道場ニ相互ニト之通衣 說法テ所二ノ其詞出シ之金文是レ也衆龍僧俗雖二同ク一ク一ク一ヲ一ヲ一 唯有テ向阿一クニ親リ得二面授餘ハ不レ得二見聞一セリ。阿彌陀佛實ニ賜フ 筆ヲ釋迦如來實ニ賀テ之心開意悟廓淸爾爾タラ信二受宗門ク之 奥義ヲ受之傳之以貯二後人ニ者ハ向阿其人也於戯斯 書ハ實ニ是レ眞佛所說ク之經ト典也顛末指二示ク淨土往生ノ 之巨〻益一ヲ其巨益スハ者佛智ノ之所レ搆佛廟ノ之所レ建不可リ 思議經一テ難信之法一ト造罪ト造罪ク衆生隨犯隨懺スル三 塗ノ之苦一ヲ具縛ノ凡夫一ト念十余ハ直ニ階二九品ノ之輩到彼 自然成正覚ナス往生即成佛也豈非二巨益二巨益二ニ乎詞ハ微ニ義二 富ム難盡二臭義ヲ爰ニ吾師證譽多年厚志ノ斯晝初製諺 注流通于世事廣文繁人倦二ハ周覧乃求略ノ解一ヲ其文 由レ是再加二考覈一刪レ繁撮要名曰二要解一予亦隨二喜弘 通[ク]二[ク]二二小跋二小跋二小跋二十五日 雜報恩前住明譽古澗謹書于 西岸精舎 同 三音金一冊 二十一日 寶永第四歳旅丁亥仲冬月 村上平楽寺 皇畿第二衢書坊 勘左衛門梓行 一同十二三日廿一日