天の眞はしら

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鶴峯戊申
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アメノマハシラ
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東北大学
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大能莫披之節 天のみはし経序 もろ〳〵の論言。こす〳〵のかむがへ言。まことなるは うちきくにも疑ひやすく。いつはりかざれるかた は。誰耳にもこそみちめめえきて。うけひやすきが如く なるは。これなべての世のてぶにて。たとへばうら書 ほとけぶみをば尊めずみも。皇国のふることには うとかるが如し。此書はしも。天飛也鶴峰の大人。かの て世ともむといへることを。さひづる也漢国給はかせども があげつらひたるよりして。あれはほとせぶみに ○天のみはしら序 説る。あるは汝類かににしなる国人の。あまたの年月 を経て。考へいでたる云までに。三れなゐのすゑつむ はれのつみいでつゝ。その説どもを。皇国の小はゞしき つたへにてらしあはせ。あしのねのねもげろ〳〵 にかむかへ。あさぢはらつぼら〳〵にさとし。まそかみの かごみあまらけてあげつらひ定め給へるにて。いみじく めでたれこみあげにぞあめめめける。これぞいつはり かざれることなき。貴愛のこそあげとはいふべけれ。 いまはや一々つちの栄ゆる時まなひの道の明らせき 一時王の大御代にして。誰也し人かこのことあげを疑ふべき。 きりかにおもふに。はるかににし有る国人の考へ いでたることの。皇国のつたへの証ともなりぬることは。 うつな三少名毘古那の神の御盃によれるなり けり。されば此書はし。大穴牟遅の神の御こころ に有もよれるなるべし。かくいふは 海部宿祢氏義 天の真はしら 狩野博士集書 鶴峯戊申著 一神代傳来の真義みな今日の事実に徴すべしひとり天地 一国土の説のみ諸説紛々として・学者惑ふところすみなからず・ 一故に今海内談天の説を通考し。以てこれを神世伝来の真 義に徴し・同学の士にしめすになむ・ 一天朝にて天を言ものは人智の建立せる処にあらずたゞ天地判剖の 時より神人相伝る処の趣にして・此説天武帝の勅語に出て・元 明帝の和銅元年に太朝臣安麿の選述せる古事記に伝ふ・其趣 一日は高く上に萌上りて位をさだめ・万女にわたりて動き転ることなく・ ○天のみはしら 一地は空中にありて漂ひ・日に属て転り旋り・月はまた地に属て旋れる ものゆゑ都。此といふ。各これを主る神人あり。星の中にも神人ありて住 在し星中のありかたこの国土の如く山川草木万物ともにそなはる事 おもふべし・かつて三神造化の首をなし。二霊万物の祖たりしより・ 天地かくの如くさだまることを得たり。大陽の主宰を日神とし。大陰 の主宰を月神とし・星辰の主宰を星神とす天子はすなはち 日神の神孫たり故に天朝は万国の祖宗として・海外のいまだ 嘗て及ばざるとゝろなり。西洋人曽て天朝の風土を記して曰く 諸国土の肥沢楽地は・北緯三十度より四十度の間に及ぶことなし・ 日本は其間に位して・且萬国の極東方の境たり・天神いかなる 心にか。この国に殊に徳恵を下し周廻には嶮く烈き荒海を廻 らして。外国の侵し仇なむを防ぎ。またその地形をこゝかしこに断 一放して。諸の嶋を合せたるがごとくならしめたるは。其国々の産物を 異に生て・その総国に通用なさしめ。日本一国外国の産物を知王 まず。その国に産出する物にて満足ならしめむとてなり。さて大 きならず・ちひさからず造りたるは・国を実しめ強からしめむとて也・ 故に人民おびたゝしく家居立つゞき産物豊饒にして殊に稲穀 万国に卓越して美く・人気の勇烈強盛なることこれまた万 国にならぶ国なきは、すべて天地を造る神の。日本に殊なる徳恵を 一給はる徴なりといへり。万の事物かくのごとくすぐれたる中に言語 ○天のみはしら ことにうるはしく・古言にも言霊の幸ふ国・といへるがごとく・あの 言霊の妙によりて・太古の伝説その真義を存することを得たり。 外國にもまた本教にちかき傳説なきにあらず・神代紀を考る に・天地位をさだめて後・大国主少彦名の二神・天下諸国を経 営して・遂に常世の国に至る・文徳帝の斉衡三年に及びて・其 霊石によりて天朝に歸来す・事は文徳實録に詳なり古言 一底を謂て常といふ・常世とは脚底世界の義なり・亞墨利加 諸州のごとき。天朝と脚底相對す。故にこれを常世といふ。この 亜墨利加の諸蛮にて。石をもて神として祭祀をいたすことあり といへるは・これ他なし少彦名を祭るの義なり。其ゆゑは神功皇 后の御製に•常世に廃す•石立す•少名御神の•と詠ませな ごとく・この神の霊は。石によりませることしるし。如是説ばわが 天朝のみひとり神人ありて外国にはたえて大造の積をなす ものなきがごとく聞ゆれども・さにはあらず・少彦名の神の如き は。はじめ天神の教養に順はず。海外に天下りて国土を開 く、是外國の神人にあらずして何ぞや、故に大國主の神起るに 至り。海外より来到して。力を戮せ心を一にして天下を造れ るなり・また須佐之雄の神は・天の壁立極めぐりまし・印度 にてはこの神を牛頭天王などゝも呼奉れり又西洋の国の伝 に.太初男女の神あり。男を安太牟といひ。女を延波と云。この二 ○天のみはしら 神国土を産なせり・といへる説などは。伊邪那岐伊那那美二霊の 御事にちかきのみにあらず・安は伊邪の約・太年は那美にて・書 一紀に冉の字を用ひ給へるにてもいよく似つかし。然れは安太年とは、 一伊邪那美といふことを・しか訛ることなるもしるべからず・また其安太 牟といふにつきておもふに。印度にて釈迦に法を伝へし道士を阿羅 羅仙人といひ・すべて印度にて・神仙の類を阿羅々といふことあるも。 この阿太牟の類をかくいひならはせるにてもあるべし。漢土にていふ上 帝。印度にていふ梵天は。うつなく造化の三神を申し奉る御事なる をや又かの少彦名の神天下を経営するがごとき・豈一神の所為 ならむや・齊衡三年十二月に.その霊の常陸の国に来。座る時にも この神の霊石の左右に二十餘の小石ありて。侍座するがごとしと あれば二十余神の眷属を将ていでませることしるへし・これによりて これを見るに亞夫利加州の尼日多國に傳はりたる天説の・天 朝の古伝に似たるなどは少彦名の部類の神人より伝へたる 説なることしるべし・もししからば・万国一統にも如是伝説あるべき を・いかなる故を以てしからざるやといふに甚謂あり・二霊天柱 を巡て昏礼を制したまふとき。伊那那美の神言先てふさ はざるが故に、生ませる御児ありといへども御児の数に充給はず・ 還て復天に上り・具に其状を奏し給ふ時。天神太占を以て 一婦人の辭其已に先揚たるにやあらむよろしく更に還り ○天のみはしら 一去り改て天柱を旋るへしとさとし給へり・言語の慎べきこ 見つべし太古に百再亜亜にて・人類聚居して天際を上り 一窮むとてさわぎけるに・上帝其長傲を憎み・諸人の語音を 乱して・其謀を得ざらしむといへり・天下に傳る処の傳説・みな 真義の片端はありといへども・同一の説なきことこの故なるべし・ しかるに印度にて梵音といへるは梵天の天降りて伝へたる 音なりといへり・梵天とは造化の三神の御事を・かの国にてかく 呼奉るなれば・天神の中より伝へたる音なるべし・さるゆゑにや 天朝の正音に親しき音のまじれることあり・されば印度には 天朝と似つかしき説なきにあらず釈迦出て婆羅門の徒の 立たる旨を破り仏法をおし弘むるに及びては古伝を失ふこと 少からずといへども・かの須弥の説のごとき・甚よしあり・けにおぼ ゆるなり理は天下に通じて一なり・次々にしるせる諸説のおも むきを会通して其真義の存するところを考へてよ。 蓋天の説 一漢土に天をいふもの庖蟻氏周天の暦度を立るをはじめとし 周公にいたりて蓋天の説いづ其説に曰く・天は蓋笠に似・地は覆 樂に法る・天地は中高くして外下し、北極の下を天地の中とす 其地最高く海泡として四に潰り・三光隠映して以て昼 夜をなす・天の中外衡冬至の日の在る所より高き事六万里 ○天のみはしら 北極下の地外衡下の地より高き事亦六万里外衡北極下の 地より高き事二万里なり・天地隆高相從ふ・日の地を距る る事常に八萬里・天に麗て平転す・冬夏の間日前行する 道を分て以て七衡六間とす・毎衡周径里数各算術によりて・ 一句股里差を用て碁影極游を推て以て遠近の数とすみな表股 に得るものなり、これいはゆる周髀に説ふ処にして・吾宋の暦 志にもかくの如く記せり、漢土はことに智力を巧にして物理を 推窮むる国風にて・古伝これがためにすたれ・異説紛〻たる 事猶国初より今の清代となれるまでの世々の沿草のご とし、天の四に垂れて見ゆるをもて、蓋笠のことしといへるも いとをかし 宣友の説 漢の秘書即却萌先師の相伝を記して曰く天は了に質な し仰でこれを贍れは高遠にして極りなし眼脊精絶す 故に蒼々然たりこれを旁遠通の黄山を望にみな青く・ 俯して千仞の深谷を察るに窈黒なるに譬ふそれ青は 真色に非す。黒は体あるにあらず。日月衆星自然に浮て 虚空の中に生ず其行其止みな氣を須つ。是を以て七曜或 は逝き、或は任り或は順或は逆、伏見常なく進退同じからず 根繋する所なきによるが故に各異なり故に辰極常に其所 ○天のにはしら 一 に居て北斗衆星と西に没せず・摂堤填星みな東行し日 は西に行く事一度月は行く事十三度、遅疾情に任す・その一 繋著する所なき事知べし・もし天體に綴附せば再るべからざる なり。これを宣夜といふ。晋書天文志に宣夜の書とて。載たり。 天ニ困体なしと見たるは其説少く精くなれるなり天に體ある の謂なしといへとも、天地未判の時は、大陽すなはち天にて 體あり・故に體ありとするものは太古の遺傳なり・天地既に 定てより後は虚空すなはち天にて体なし故に體なしとする ものは、説の精くなれるなり 渾天の説 吾書の天文志に載たる渾天儀の註はげだし鄭玄か説なり其 説は天は鶏子の如く、地は中黄の如く孤り天の内に居す・天は一 大にして地は小なり、天の表裏に水あり・天地各気に乗して 立ち、水に載られて行く周天三百六十五度四分度の一また これを中分してすなはち半は地上を覆ひ半は地下を繞る 故に二十八宿半は見え半は隠る・天の轉する事車轂の 運るか如しといへり。この説出てより、呉の時中常侍王蕃は 劉洪か乾象暦を伝へ。其法に依て渾儀を制し、論を立度 を考へ宋の御史中亟何承天は渾象の体を尋ね因て渾 儀を観其意を研求し以て天の形正円にして水其下を周るこ ○天のみはしら とを悟る事有とて・四方みな水なるの證を引き・日一夜水に入て 経る所焦竭す百川歸注して以て相補ふに足れりなといへり其 蓋天の説は達失する所多をしれるは可なれども・日の水中を 出入すると見たるはいまた取にたらざるなり・ 安天の説 一晋の成帝成庚中に。会稽の虞喜宣夜の説に因て安天論 を作るおもへらく・天は高くして無窮を窮め地は深して不測を 測る、天は確乎として上に在て常安の形あり、地は魄焉として 下に在て居静の体あり、当に相覆冒すへし、方なれは俱に方 図なれは俱に図にして・方図不同の義なし•其光曜布列して各 自に運行する事猶江海の朝汐ありて萬品の行蔵あるが ごとしといへり。これを安天の説といふ・ 穹天の説 一河間の太守聳が立たる所の論を穹天といふ・説に曰く・天の形 は寫隆として鶏子の其際を幕するがごとし周り四海の表 に接し元気上に浮び譬へば区を覆て以て水を抑て没ぜざる が如なるものは、気其中に充るが故なり、日は辰極を繞り西に 没して東に還り。地中より出入せざるなり。天の極あるは猶蓋の斗 あるがごとし天は北の方地より下き事三十度極の傾て地の 卯酉の北に在る事亦三十度、人卯酉の南に在る事十餘万里、 ○天のみはしら 故に斗極の下は地の中とせず当対の天地は卯酉の位のみ日は 黄道を行て極を繞り極は北に黄道を去る事百一十五度南 黄道を去る事六十七度二至の舎に所以て長短を為すなり といへり。これを寛天の説といふ。 所天の説 一呉の太常娥信が造る所の説を听天といふ。其言に曰く人は 一霊蟲たり、形最天に似たり、今人の頤前多く胸に臨て頂は 背を覆ふ事能はず、近く諸を身に取る故に知る天の体南は 低て地に入り、北は偏に高き事を、又冬至には極低て運に南 に近き故に日人を去事遠くして、斗人を去事近し北天の 気至るが故に氷寒なり、夏至には極起て天運北に近くして 計人を去事遠く日人を去事近し南天の気至るが故に蒸 熱なり極の立つ時日地中を行事浅し故に夜短し、天地 を去事高し故に昼長く極の故に昼長く時日地中を行事 深し故に夜長し、天地を去事下くして浅し故に昼短き なりといへり・これを听天の説といふ・ 平天の説 王充論衡を著しておもへらく、天は平正にして地と異なる事 かなし、然るに日上に出日下に入るものは、」天に随て転運す るにて、天を視るに覆盆の状のごとし故に日の上下する事 ○天のみはしら しかて地中を出入するがごときに似たるを視るなりしかれば すなはち日の出るは近ければなり・其入は遠くして復見えざる なり、故にこれを入るといふ。運て東方に見れて近し故に これを出といふといへり。これを平天の説といふ此等の諸 説みな人智の推窮むる所にして一も実測を得たるもの なし 漢未地動の説 考霊耀に曰く地に四槌あり冬至に北に上て西する事三 萬里、夏至に地南に一トて東する事三萬里春秋二今は其 中なり地常に動て止ず譬は人舟に在て座し舟行て人 覚せざるがごとし又宋の邪禺が再雅の疏に曰く地に升 降あり.冬至より夏至に至て降ること三万里・夏至より 冬至に至て升ること三万里といへり・しかれば一日の升降・大約 百六十餘里なり・然るを地上の人是を覚せざるは何ぞや・列子 曰く、天地密に移る疇か覚せむ。漢土の百六十餘里は.天朝 の二十六里餘里なり・考るに、地動の説は、太古の伝説也・神 世の傳説に・こゝに大虚空の中に一物生て・其状言がたく・瀉 雲の根係ところなきがごとくして。海月なす漂蕩時とあ るは・もとよりにて・印度にて釈迦出世の時も・既に地動の 説ある事、立世阿毘曇に見えたり、但須弥の説を主張す ○天のみはしら るがゆゑに・この説をば還て外道の作説といひ置り・尼日 多国の伝説世にひろまるに至り。天下に通して古義あら はるゝ事を得たり・さて考霊耀の説は・古伝によりて人智 の工夫を加へたる説なるべし 回々地球の説 囘々の人札馬魯丁地球の説を造る。元史の天文志に曰く. 昔来亦阿子。漢に地理志といふ也・其制木を以て圓毬とし。 七分を水とす•其色緑なり・三分を土地とす・其色白し、 河湖海を画き・其中に脈絡貫串し・小方井を画作し・以て 幅円の広袤道里の遠近を計る•今の地球是なり•考るに• 其國隋の開皇已来の年に當りて・馬哈麻といふ人国を建暦を 作る・其法他邦より密なりといへり・一統志に曰く・黙德那国はすな はち回々の祖国なり・国王護宇驀徳生れて神霊にして大徳 あり・西域の諸国を臣伏せしむ・諸国尊号して別譜我再とす・ 猶華に天使と云ふがごとし云々・其教専天に事るを以て本とす しかれども像の設るなし・其経三十蔵あり・およそ三千六百巻・其書 体旁行にして篆草楷あり・今西洋の諸国みなこれを用ゆ・又陰 陽星暦医薬音楽の類あり・また軽叫録にも・元の耶律文正 王星暦卜筮雑算内算音律儒釈異国の書において通ぜざる なし、嘗言西城暦の五星中国より密なりと、乃ち麻答把暦を作 ○天のみはしら る・蓋し回鶻暦の名なりといへり・麻答犯すなはち馬哈麻なり・ なほ回疆のこと西城聞見録に詳なり・しげきが故にこゝに略す 印度須弥の説 倶舎等に説としろを按ずるに。諸の有情業増上力を以て。先最 下において・虚空に依止して・風輪生ずることあり、広きこと無数・厚 きこと十六億由旬、かくの如き風輪、其体堅密にして・たとへ一大 一諸健那神有て・金剛輪を以て威を奮て懸に繋むに・金剛は砕る ことありとも・風輪は損することなからむ・又諸の有情業増上力 を以て、大雲雨を起し、風輪の上に対き滴ること車輪のごとし。積 て水輪となる・かくのごとき水輪・いまだ凝結せざる位において・深き こと十一億二万由旬なり、問ふ如何ぞ水輪傍に流散せざる・答に有餘 師の説の一切有情業力の持する所流散せざらしむ・飲食する所いまだ 熟變ぜざる時は・終に流移して熟蔵に堕ざるが如し・有餘師の説 く風力の持するに由て流散せざらしむること・箒の穀を持するが ごとし有情の業力別風起ることを感ず。この水を搏撃して上 結て金となる。熟乳停て上凝て膜となるがごとし故に水輪減じ て唯厚きこと八洛又、余は転して金輪となる。厚きこと三億二萬・ 二輪の広量其数是同じ謂く径り十二億三千四百半其辺を 周囲して数三倍を成す、謂く周囲の量三十六億一万三百五十喩 繕那となる・是を風水金の三輪里名くるなり・三輪の上に又地輪あり・ ○天のみはしら 地輪に九山八海あり。以て六趣の依止処とするなり。俱舎に曰く。 金輪の上において九大山あり・妙高山王中に処して住す・餘の八周 画して妙高山を遶り・八山の中において・前の七を内と名く・第七の 山の外に大洲等あり此外復鐵輪囲あり・周匝して輪のごとし・一世 界を囲む・持双等の七は・唯金の所成なり・妙高山王は四宝を体と す、謂次の如く四面北東南西は金銀吹瑠璃頗胝迦宝宝の威徳 に随て色空に顕る。故に膽浮洲の空は。吹瑠璃の色に似たりがくの 如くの宝等何れよりして生ず・亦諸の有情業増上力なり・後大雲 起て金輪の上に雨ふる・滴り車輪の如し・積水奔濤して・其水すな はち衆寶種蔵とす・威徳を具するに由て猛風鑚撃し・変じて 衆寶類等を生ず・かくのごとく金宝等を変生し己て後業力によつ て別風を引起し宝等を簡別して構して聚集せしめ・山をなし洲 をなし、水の甘鹹を分ち・別して内海外海を成立せしむ・九山のごとき・ 一金輪の上に住す・水に入の量みな等く八万踰繕那。蘇迷盧山水 を出ることも亦しかなり・餘の八・水を出る事半々漸に卑し・謂く 初の持雙山水を出る事四万乃至最後の鉄輪囲山水を出ること 三百一十半・かくのごときの九山一々広き量・各々自水を出る量と同一 じ。天龍神鬼等の八部の種族人非人等・地屈の有情みなこれに 依て住するなり。次に八海とは。俱舎に曰く・妙高を初とす・輪図を後 とす・中間に八海あり・前の七を名て内とす・七が中皆八功徳水を具す・ ○天のみはしら かくのごときの七海初の広さ八万持雙山の内邉の周圍の量に約 して・其四面において数各三倍す・謂く各二億四萬踰繕那となる・其 餘六海の量半々に狹し・謂く第二の海量廣きこと四萬乃至第 七の量広きこと一千二百五十此等の周囲の量を説ざるは煩多し を以ての故なり・第八を外と名く・鹹水盈満す・量の広さ三十二万二 千踰繕那なり・次に四大洲是乃ち人趣の所居なり・俱舎に曰く・外 海の中において大洲四あり・謂く四面において妙高山に対す南瞻浮 洲は北廣く南狹く・三邉は量等し・其相車のことし・南邉は唯廣 三踰繕那半なり・三邉は各二千踰繕那あり・東勝身洲は東狭く 西広し、三邉は量等し・形半月の如し・東三百五十・其三邉は各二千西 牛貨洲は・圓なる事満月のごとし徑り二千五百・周圍七千半・北 俱盧洲は・形方座の如く・四邉の量等し・面各二千なり・後八中洲 あり・是大洲の眷属なり・謂く四大洲の側に各二中洲あり・膽部州 の辺の二中洲とは一には遮末羅洲・此に猫牛といふ・二には筏羅遮未羅 此に勝猫牛といふ、婆娑一百七十二に曰く・此八中洲一々に復五百の 小洲あり・以眷屬とす・中において或は人有て住し・或は非人住し・或 は空なるものあり・立世阿毘曇に曰く・再時に佛比丘に告迦樓 羅鳥の所住の四洲あり、其東弗毘提南閻浮提二洲の中に迦 楼羅洲あり・西瞿耶尼、北鬱単越二洲の中間に・迦楼羅洲あ り。この鳥洲は囲一千由旬。形囲円にして一切みな是渓浮留林 ○天のみはしら なり迦楼羅鳥住して林中にあり・洲の外の水の下は・並に龍の 住處なり・龍此地に居す・これこの佛説は・大仙相継て並に深禅 を得て五通を発し天眼昧からざるが考覈する処といへり今説 者のことはによりてこれをしるす・学者これらの佛説を聞て これはこれたゞ世の女童を欺くがごとき妄説のみ何ぞ論ずる に堪むとおもへり。故にあげて弁ずるものなし。余はこの須弥の 説により。大に真義に通ずることを得たり。其説下に見えたり。 南閻浮洲の説 説者の言に曰く所謂贍部洲は亞細亞歐邏巴亞弗利加の 三州是なり又二中洲の遮末羅は即ち墨瓦臘泥加なり其筏 羅疫末羅は・亞墨利加是なり・須弥山項は方八万由旬にして・ 方ごとに八天。中央帝釈天と都て三十三天とす。第一須弥山須 弥海第二椅雙山持雙海。第三持軸。山持軸海。第四搭木山檐 本海。第五善見山善見海。第六馬耳山馬耳湾。第七栗鼻山象 鼻海.第八持辺。山持邉海.日月須弥の半腰を繞る.日行に高 卑あり・須弥及七山に広狭高卑あり・瞻浮洲の地に高低差降 あり、是故に日光を受ること伴からず・處〻の晝夜をして長短有 しむ・春分より秋分に至り・日北天の下規に在て・須弥の半腰広 さ二萬由旬の処を過る纔に一刻三十八分にして甚日光を凝 ざるを以ての故に。其照能南方の極下に至る。北天日行最高き ○天のみはしら の時・須弥上半の寛広の処日光を礙る故に・其照南方の極下に 及ばず・日行高きときは其照夜国におよぶ。日行卑きときば地の高 処に礙らるゝ故に夜国に及ばず閻浮提の北際は、北極下の北に過 る事尚千二百三十九由旬二十八分零八三あり、一由旬の量は四十里 零百八十六歩奇なり・閻浮提の北辺に七林七河あり・西洋の万国 図に言所の氷海は・即ち是れ却畢多河なり、曜宿須弥を心と して繞り・其行同じからざるもの多し・二曜既に其行を異にし・五 星の運転伏退参差として定らず何ぞ南北二極の動かざる をあやしまむ・日月宮は倶に是れ天宝にして・各其光あり・日に五 蝕あるは是日月経緯錯行の所為にして・是猶理に因て推すべき ものなり・其変異の蝕の如きは理に因て推すべからざるものれて 仏教に是変異の蝕を以て修羅の障とす是支那西洋の冑 て知らざるところのものなり・四州に各北極及南極あり・是故に 四洲の衆星に対較するときは。当に今この見界に在る所の衆 星のごときは・百分の一に足ざるべし・閻浮提に準するに餘の三天 下また紫微宮内外の衆星無ばあるべからず・南闇浮提の如く餘 の三天下も、また各南極内外の衆星無ばあるべからず・印度極めて此事 を詳にすといへり。この説よく理を尽したるに似たりといへども。また 鮑を以て鰻を捕へしむかにの説なきにあらす。弁次に見えたり。 難二須弥一の説 ○天のみはしら 須弥の説を言もの其説窮するところあれば。これを天眼に属し て・あらかじめ人の難することを防ぐ・猟人を嚇すに地獄の説を以て するが如し今わづらはしく是を弁ぜず・わづかに人の暁しやすからんもの 一二を謂む・それ天漢は黴とたる微星の一帯に攅聚して・其数無 量恒河砂なるもの也、かれ今日月の交食に修羅手障をいふ ものは特に変異の蝕をいふのみと説く。もししからば佛説に天河 微星を以て帝釈の馬の口気とするが如きはこれをいかむが読む仏 説に空居の大曜日月五星羅喉計都を首とし・別に六十一の大曜を 列ね・総じて無数の大曜を擧・復別して四十一星王を列ね・総じて百 千の眷属を挙。復三十六億の衆生十二宮三十六宮及無数の大宮を 州ねたりといへども、いまだかつて四洲に各北極及南極あることを説 ず・かれ今四洲に各両極ありとす・豈空論にあらざらむや。しかれ共 これ等の説は、考覈の一助ともいふべければしひてとがめず。唯おだ やかならざるものは。須弥半腰日光を礙ざるの説なり。如何となれ ばかの両極下の夜国においては。半年を昼とし半年を夜とす・北 極下の夜国は。春分より秋分までは夜なり。そのとき黄昏過の 雀色より今少し暗し。秋分より春分までは昼なり。日輪の大さ 鬼燈篭ほとに見えて出没なく海の面を周り居るとなり南極下 の夜国はこれに反して秋分より春分までは夜なり春分より秋 分までは昼なり。此事はものまなびせざるともがらもよくしれる事也・ ○天のみはしら しかるに其半年を昼として・日に出没なき時にいたり・もし須弥 あらばかくの如く日体に出没なきを見る事を得ざるべし須弥の半 腰二萬由旬の日光を障るもの一刻三十八分五十七秒四微とみて 夜国より日体を見ざる事・一刻三十八分五十七秒四微なりたとへ 旭暉日出の前に發し。餘暉日没の後を照すとも・日体の見へ さるを如何とせむもし日体の見えざること一刻余ならは是一 刻余の夜にして。半年の間を昼とする謂なし・もしまた其説の ごとく。日須弥の半腰を周るによるの説あらば・何ぞひとり夜国 のみ一刻余の夜ありて。膽部洲の諸洲には。一刻余の夜あらざる。 是現量に違ふこと最大なるものなり。蓋須弥七金山四大 洲等の説は別に正義ありて甚意味深長の説なり・下に是を 辨ずるを見よ。 印度地動の説 天地位を定めて後。天下に通して地動の説あり。是神人相伝る ところにして。凡人の考へ出せる説にあらず・印度はことにかの梵 王の教を伝へたる国にて・古伝の片端かつ〴〵残れるを・所謂婆 羅門の徒などは。この地動の説をとなへ居けることて問ゆ・釈迦 はこの婆羅門の徒よりははるかに後れて・漢土の周の。成王が十 八年に生れ出て前の婆羅門どもが立たる旨は何事も誣破り けるゆゑ。太古の天地未判の時の状貌にもとづきて須弥の説 ○天のみはしら を建立し・かの婆羅門どもが唱へ居し地動の説をば外道の作説 といひなしたる事いちじらし。故に立世阿毘曇に曰く・諸の外道有 て是の如くの説を作へし・是大地恒に去て息ずと・是言應に答 ふべし。此事然らずもし実に再らば上に向て擲がごとき。応に地に至 らざるべし・又諸の外道是の如くの説を作べし・日月星辰恒に住 して移らず。大地自ら転ず・是を天の廻るかと疑ふ・是言應に 答ふべし。此事然らず。もしかくの如くならば射明に至らじと・又諸の 外道是のごとくの説を作べし大地恒に浮て風に随て来去す と・応にかくのごとく荅ふべし・此事然らず・若実に再らば地恒に 併動せんもし再らずば・地何の相を作して地住して動ぜざると 説者おもへらく・大聖神通を以て後世かくの如くの説起らむことを 前知して。予めこれをいましむるものなり。大にしからざるなり。これは これかの婆羅門どもが唱へし説を・よそげに破したる説なるのみ・ もし神通にてしるといはゞ。射坤に至らじなどいふ”いと〳〵をさ なき説はあるべからず・いかにといふにこれ視動の理をしらざる 者なり。視動とは奇児全書を按するに。舶の行に當りて其 馳る事甚速なりといへども・舶の全体に在ては常一にして 変を見ることなし・檣は常に中央にあり・帆は常に檣前にあり・ 舶首は常に先つて。艫は常に後れたり。其餘の諸財諸具に 至るまでも。各本所を守て擾乱することなく・みな其行を一に ○天のみはしら して疾速進退を共にするが故に。互に其行を見ること能らず。 面を転じて浜岸に向ふに至り浜岸皆退行するを見るのみ なり。舶の行に當て。試に一丸を取て檣上より落すに其丸の動を 見るに・舶人の目には正直に下落するが如く見えて檣の本に止る。 恰も其舶の不動の時に是を落すを見るに異ならず。然れども 是丸の実動は正真に下落するに非ず屈回せる線路を画して 落るにてぞ有ける此時或は浜岸に人有て・別に不動ものを 準として・是丸の動を見ば・実に其画する所の線路の屈曲せる を見ることを得べし此理如何とならば。丸初め檣上にあるとき 舶と共に進行して其速勢を同くせり故に檣を辞して其重 りにて下落する時に至るといへども・其得たる所の速勢はいまた 曽て消失せず・既に檣を離れて・中間の空中に在といへども・又猶 舶と進行速を同くすること。其初檣上にありし時に異ならず。今人 手をもつて石を投るに・其石既に手を離るといへども猶能遠くゆく・ 其理亦かくのごとし・しかれども檣と丸と其行を同するを以て。舶 人は此丸の屈曲の動を見ること能はざるのみ、試に又一丸をとつて 舶首より艫に向て弾するに・其視動は常に退行すれども・その 實行は進退の二様あり。若丸の速勢と舶の速と相等き時は。 丸の実行舶首へも向はず。艫へも向はず。自己の重りによりて正直 に下落するのみなり。重力なかりせば”空中一所にかけて不動ならん ○天のみはしら のみ・然れども舶人の眼には其丸初弾の速にて艫の方にゆき 又且其重りにて屈線を画して下るを見ること恰も舶の不動なる 時に其力にて弾したらむを見るが如くなるべし。唯浜岸の人・不動 の物を準として見ば。其実動を見ることを得べし。九の速舶の 速に如さる時は。其實行は舶と同方に向て。舶に比すれば遅し、 れども舶人の眼には・是丸の行鱸の方に向て初弾の力に因て 行を視ること恰も不動の舶中に在て弾ずるが如くなるべし・或 人弾丸既に速力を受たれば其勢必艫の方に実行せざる こと能はずといへり。對ふ。舶人は其丸舶首より艫の方に行を 見れども・これは是れ視動なるのみ。浜岸の人は却て艫動て 丸の方へ行を見べし・是れ即ち其実動なり・其実動の勢。又猶此 舶の迫れる時に。此丸を此力にて弾じたらむの速勢にことなる事 なしといへり・地動けども矢期に至るの理も・またかくのごとし・既に 現量かくのごとくなるときは・なむぞまた地の動くことを凝はむ・ 尼日多国地動の説 吾天朝は殊に伊那那岐伊邪那美二霊の大神の生成賜へる 御国天照大御神の生座る御国皇御孫命の天地と共に遠長に 所知看御国にして・萬の国に秀て勝れて・四海の宗国たるが故に・人 の心も直く正しくして外国の如くさくじり偽ることなかりし故に・ 代の真義今日に伝ることを得たり外国の如きは、たとへ太古の ○天のみはしら 伝説といへども。おのれが心にかなはざれば・みだりにこれをやぶり。既に其 真義をうしなひ果てよりは・いよ〳〵人智を振ふて推當に天地 万物の理を論ずるに及べり。ひとり亞弗利加州の尼日多国に 伝ふる処の天説のみ・其真義の趣を得たるが如し・これ他なし 少彦名の神より伝はりたる真説のありけるになほ後世の 測量を加へて・其説精くなれりけるものなるべし後堀河帝の元 仁元年のころ・欧邏巴の学士比太古刺私といへるものこの尼日 多国に渡り・在留すること七年にして・遂にこの国の天学を学 び得て帰国せり其説に曰く太虚に充満せる無数の恒星常に 其文を守りて失はず変らず・其余六箇の珠ありて太陽を繞 る・其行西よりして東す・是を右旋といふ・遅速各同じからず・是により て天文種々に変ず。是六球を名づけて六緯星といふ・我住所たる 地球も即ち其一なり・今地球を不動なりとして・太陽一歳に黄 道を行て・一回右旋すとおもへるは、実は地球黄道をゆき・太陽を 繞て・歳〻右旋一周する、にてぞ有ける。所謂六緯星は、一に土填 星、二に木歳星、三に火楚惑星、四に地地球、互に金太白星、六 に水辰星、右六星の行みな西より東し太陽を中心にしてこれを 繞る是を太陽の心より見れば其行道みな黄道の邉り数度 の間にありて・各別の線路をなし・斜絡する事・黄赤二道の相交 るが如くにして・又よく各々全国をなすを見るべし・然れども太陽の ○天のみはしら 心より見るときは・何れの星を大陽に近く、何れの星を大陽に遠 しといふことを。分別すること能はじ。唯何れの星一周すること疾く。 何れの星一周ずること遅しといふ事を見るのみなるべしもし太陽の 心より一直線を画じて・六星行道の平面に正立せしめ・視者是線 に從ひ遠く太陽を去り離れて見ば始て六星の太陽を離るゝ の遠近を見ることを得べし出よそ緯星太陽に近きは其天の図 周短少にして、且其行疾く太陽に遠きは、其天の圏周長大にして 且其行遲し•緯星の行は太陽の御する所にして。太陽は即ち六 一緯の主君たり、六星運行一周大約さのごとし辰星三月太白 八月、地球一歳・榮惑二歳歳星十二歳・填星三十歳・みな右旋一 なり。これ天体説の最ふるきものにして・彼比太古刺私.及其徒 の東方の国より学び得て・欧邏巴に移せし所なりといへり・ 西洋天体の旧説 西洋はその国産物少く普く万国に交易するを以て要とする ゆゑ、天学に熟せざれば、海路を渡る事自由ならず・故に天学は 万方にすぐれて精しといへり。湯若望・羅雑谷利瑪竇・艾儒 略等が説ところを旧説とす其説は、天体は渾円にして、恒に運 旋して以て地を裏み。地は弾丸の如く、永静不動にして天中に適 し、四面に人居せり。地球の量は、周囲九萬里、直徑二萬八千六百 四十七里一百五十九丈七尺一寸なり。何に由てか然ることを知るや ○天のみはしら 曰く・地に随て極星の高低あるが故なり・天を以て或は十重とし・ 最上の一層これを常静天と名く・諸天の主宰たり・其次を宗 動天とす下諸重の天を帯転す・この天の運。南北二極に依て 東よりして西す・左旋して十二時に歴ること一閤す・其各天皆是 一動に製せられて運る。其次を恒星天とす。これ天の本動なり。南 北一近一距の動。七年にして行くこと一周す・東西の正行・約するに に二萬五千餘年にして行くこと一周す・其次の土星天。二十九年 一百五十五日零二十五刻にして行くこと一周す・其次の木星天は約 するに十一年三百十三日七十刻にして行くこと一周す其次の火星 天は約するに、一年三百二十一日九十三刻にして行くこと一周す・其 次の大陽天は。世界を照映し・万象光を取る故に七曜の中に在り。 約するに、三百六十五日二十三刻五分にして行々こと一周す其次の金 水二星の天は・みな大陽の天に従て行き。其次の大陰天は最地に 近しこれその旧説の大概にして明の熊壇石游子六等の諸 家並にみなこれによれり。 西洋天体の新説 古来天学家はみな天を動とし。地を静よして、地を以て天の中心 とす。然るを新説は。天を静とし、地を動とし。且又地球の外に。許 多の世界あるの理をいふ・これ新説なりといへども尼日多国に 伝はるとゝろの古義にして。そのよつてきたること久し。欧邏巴の比 ○天のみはしら 太古刺私といふもの・この天学を学び得て・はじめて欧邏巴に伝 へけるに、當時舊説を固守するの学士等・おのれか師説に合ざる を疾み・此学盛に行はるゝこと能はざりしに・其後熱尓馬泥亞 国の人古伯爾喜須といふもの深く天学を窮め・もつはらこの学に 通ず。其後。尼通氏奇児氏の大家継て興り・遠鏡を用の術 を得て。古来隠疇なりし天象を観察するに。皆其説を證する に足れるが故に終に此学を万世不易の正説とせりといへり其 説に曰く日輪太虚の中心となりて五星及衆星層〻として以て これを裹むしるして地の天は金火二天の間に在り共に右旋 して一息も停ることなし日外を一周すること三百六十五日四分の一 自転一回百刻にして昼夜をなし。其運り迅疾なり・然るに人其 間に居して自らこれを覚えず・譬は身舟中に在て・舟行とも 人これを知ざるがことし。月は至て小にして地を以て心として旋る こと。猶土木の外園数小。星ありて転ずるがごときのみ・若人 ありて星天よりこれを視ば・地も又光曜ありて星のごとくなら む・奇兒氏までは・恒星を大陽の種類とし・緯星を地珠の種 類とし土木の外国数小星を大陰の種類とせり其説におもへ らく・遠鏡によりて緯星を望むに・其体地球に異ならざる ことあり。今是地上に在て・昼は則ち世界明白なり・夜は則ち世 黒暗なるには。これ地体の牛邉常に日光を受て・著明なること ○天のみはしら を得たるが故なり・緯星も自照すること能はずして・みな日光 を借れり・是故に半邉は明にして。半邉は暗し・日光を得て反 照するが故に・其面の大陽にも向ひ・また地球にも向へる所のみ・地 球の人見ることを得たり・是故に緯星の面・常に円満なる こと能はず・其明暗の界をなせる線路を望むに或時は直く・ 或時は曲れり・故に其星の象。或は十三四夜の月の如く・又は四五夜 の月の如く・盈虚大陰と其理を同じくせり・是其光の半邉の 地に向ふの多少に因て・かくの如くの象をなすものなり・是等の象 によりて察るに。緯星の体円なる事。弾丸の如くなること知れ たり・地球ももとより混円なり・既にみな混円にして・光を大陽 に受たり・されば緯星より地球を見るにも・また猶地球より緯 星を見るが如くなるべし・地球も亦緯星なればなり。六緯星の中 にして・土星と木星と地球との三星は.各傍に小星あり•常に相 伴て・遠く去り離るゝことなし・これを衛星と名け・又は月といひ・ 又は第二の緯星といふ、何れも其主星に伴て太陽を繞りつく・ 又旦各其主星を緯るなり。地球に一箇の衛星あり・所謂太 陰是なり。地球に伴て一歳一周して太陽を繞り・又独一月一周 して地珠を繞る。太陰を見るに。其光輝諸星に勝て・恃り能 太陽と其大を比ふ・これ太陰実に大なるには非ず・地を離る ること極て近き故なり。もし太陰離地と太陽離地と相等 ○天のみはしら くは.地球の人其体を望むとも・一微点の如くなるをも見ること 難かるべし・六星の相離るゝは・太陰離地の比数すべきに非ず・太 陰の實体は最小なれども・其離地最近きが故に・視体かくの ごとく大なるにてそ有ける。木星に四箇の衛星あり・其行遅速 同からず・又其主星を離るゝの遠近一ならず・猶六星の太陽に おけるが如し。最内星一周、一日と四分日の三・右旋なり。第二里三 日と十三時、第三星七日と三時最外星十六日と十八時最内 星主星を離るゝこと。主星全径二箇六分の五第二星四箇 年.第三星七箇六分の一。最外星十二箇なり・土星に五箇の衛 星あり。遅速遠近亦一ならす・此星甚微にして・又土星を去る こと甚遠きが故に。最上品の遠鏡を用るに非れば。観察する 事能はず・又其貞数五箇以上ならむも知べからす・最内星一日と八 分日の七。第二星二日と十七時。第三星四日と十三時・第四星十六日 最外星七十九日と三分日の一右旋なり最内星主星を離るゝ こと・主星半径四箇と八分の三第二星五箇と五分一・第三星 八箇・第四星十八箇・最外星五十四箇なり・さて太陽の所在は・ 如何なる所ぞと尋るに先金星の本天これを囲繞せることを しる金星の行を望むに或時は大陽の下にあり・或時は太陽の 上にあり。其大陽と會する時に當て一回は太陽の前にあり・一回 は太陽の後にあり。其太陽の後に行て會せむとする時に當 ○天のみはしら て地より是を望めば、其体円満なること望月に似たり。これ 金星も・其餘の緯星に同く・其体は暗くして・図有の光なき故 に。其明常に太陽を望める方に生ず。是を以て其日に向へる 方の半辺は常によく照せども・日に背ける方の半邉は照すこと 能はざるものなり、然るに是星の盈満なる形を見るは、これ必 其太陽に向へる半辺はみな我地球の方にも向へること望の如 くなる事知るべし。此時金星離地。太陽離地よりも遠からざ ることを得ず、金星の地に満体を見すは・これ其通行するの 天太陽より上にある時としるべし又其体虚にして照すこと 能はず・晦月のごとくなるは是其通行するの天・太陽より下に ある時としるべし・金星太陽の下にありて・大陽に會すること毎 々これあれども其南北の度を同せざれば・其体相重号ことなし・日と 月と毎朔同度に合会すれども・二道の交れる処に近からざる時 は・蝕を見ることなきがごとし・是また金星の本道と・太陽の黄 道と・同一ならざるが故なり・然れども・この事希にこれあり・其時は 金星の体・日輪中において黒くして光りなきを見る其黒点日 輪の東方より始りて西に行て終る・右既に金星の太陽を繞 ることを証するにたれり・金星常に太陽に伴ふて天を行なが ら・一回は太陽の左にあらはれ。一回は太陽の右にあらはる・太陽の左 にある時は、夕に西方にあらはれ・太陽の右にある時は・晨に東方に ○天のみはしら あらはる・金星いまだかつて太陽と相対して・地球を其中間に容 るゝことなきのみならず其太陽を距るの最遠なるも四十八度に過 ることなし・これはこれ地球の金星本天の外にあるがゆゑなり・これらの 事を以て観れば。金星の本天。地球を繞れるに非累こと明白なり・水 星の象水星の行。又金星と相類せり。しかれども水星大陽を離る ること最遠なるの度は金星の距度に及ばず、されば水星の本天も 大陽を繞りて・金星本天の内にあること明なり・是を以て水星 を最内とし・金星を次とす・火星の如きはこれに異なり。この星よく大 陽と相對して・地球を其中間に容ることあり。しかればこの星の本 天は地球の外にありて、地を其圏内に包めるなり。唯地を包めるの事 らず・大陽をも包めるなり・其故はもしこの星の本天地球のみを包む には・其大陽と会するの時に当て・大陰の晦なるがことく、又金星の夕 伏合の時のごとく・其体虚暗にして照すことなかるべし。然れども今 火星常に圓満の形を失ふことなし唯太陽を距ること九十二度ばかり なるの時に於て。微く虧て正円なること能はざるのみ。又この星いまだ かつて金星の如く日輪中に見えし例なし・是皆其合会するの時。毎に 大陽より上なる天を通行するが故なりされば其本天は地球と大陽 雲の外にあること明白にあらずや火星大陽を心として繞るかはた地 球を心として繞るかを分弁せむにこの星の太陽に会する時の視往 の大さを以て・其太陽と相対する時の大さに較るに・相対する時の ○天のみはしら 視径は相会する時の視径に於て殆七倍せり。是其相対するの 時に近きこと相会する時の離地の七分の一に当るが故なり。然は此 星地を繞るに非ずして・太陽を以て心として繞ること知べし・土木の 二星もまた右に類せり然れば三星の天みな大陽を心として地を も包めること知べし・金水いづれも夕伏合の前后に當て・退行する ことありこの時金水より地球を望まば必其大陽と相対するの 前后に當て・退行するを見べし・亦猶地球より上三星の退行を見る が如くならむ・上三星とは。土木火をいへり・土木火は何れも毎に大陽と 相対するの前后に当て・退行することあり・この時土木火より望 まば、地球夕伏合の前后に当て退行するを見るべし。又猶地球より 下二星の退行を見るが如くならび。下二星とは金水をいへり・金星夕伏 一合の時は。地を離るゝこと遠し・さて金星の天は大なり・水星の天は 小なり。是を以て金星は退行の度多して。水星は退行の度寡し・ 然るときは、金星より見る所の地球の退行は多して・水星より 見る所の地球の退行は寡かるべし此理を推て上二星に及ぼし見 れば・其星地球の座しり外にありて・遠きは退行寡く・近きは退 行多きの理なることを知る。今上三星の退行を測るに。火星十三度 許.木星十度許、土星は六七度なり。これに依て・三星の上下内外を 分辨することを得て・土星を最外とし。木星を次とし。火星を又其 次とす。五星の行を地より見れば不斉なくのみ・進極て留とす・移 ○天のみはしら り退き・漸にして又留り・既にして再進み・進み極て又留り・しかして 後退行す。進退各遅速あり。然れども太陽より見るは・其行常に進 て齊平なるべし・されば其進退不齊は全く視動にして實動に非ず・地球 の所在・五星木天の輪正に当らざるが故なり・既に太陽の五天の輪心 に在ることを知り。また五星の太陽を遶ることを知りて後。我地球は如 何なる所に在て・如何なる体なりやと尋るに・先地球の所在は・必金火の二 天の中間なる事亦しるべし・然子に今地より内なる緯星を見るに・金 水みな動物なり・また地より外なる緯星を見るに・火木土みな動かざる はなし。しかるにかくのごとき動体の中に雑り在て。これらと同類なるもの を。地球独動かずといふの理あらむやは。地球も五星の如くに太陽を繞る なる事悟り知るべし。若地を不動なりとせば。地球の人は上三星の 圏内にあれば・三星に於て其進行の遅速をして見るべけれ・如何 ぞ退行を見ることあらむ・然るに三星毎々退行するものは・地球の 動によりて此視動をなすが故に非ずして何ぞや。されば地球は動体 の中位にして、金火二天の中間に周旋して・同じく大陽を繞るなる こと・又何ぞ疑ふべき・其本天太白と螢惑との中間なるが故に・ 其一周すること亦太白螢惑の一周の中間なり・金星八月にして 一周し・地球一歳にして一周し・火星二歳にして一周する是なり・ 故に地球を天上星体の一として・五緯の数に加へて六里とす・既に 緯星と地球と同類なることを知り。又衛星と大陰と同類なる ○天のみはしら ことをも知りぬ・然らばまた太陽は如何なる体にて・如何なる星と一種 同類なりやと尋るに・其体恒星と相類せるに事をしる・地球大なりと いへども。太陽より見ば其体唯一微点の如くならむ・太陽離地甚遠 きが故なり。太陽離地かくのごとく遠大なりといへども・恒星離日 に較ればまた甚微なり・地球歳々周行の輪を一経星より見ば・ 是また一微点の如く或は無がごとくならむ是を歳輪視差と いふ。是を測るに法ありといへども。右の如く微なるが故に。いまだ 密測を得るものなし・しかも諸家測り得る所の角度・みな一 分に及べるものなし。これはこれ恒星中にて我太陽世界に最近な るものに於てかくのごとくなり・しかればその最近なる星の離地 既に太陽離地に万倍せり・地球の所在移り動くが故に・一歳の 内に於て一回は一恒星に近づくこと極り・又六月を過て其恒星に 遠ざかること極り。歳々其行輪の長を往来す。しかるに極近なる 時といへども。其星大に見ゆるにもあらず。極遠なる時といへども小く 見ゆる事もなし。又二恒星中間の度分に於ても変を見ることなし。 恒星の不動なるも我動けば彼必視動すべきの理なるに其然る ことを見ることなきは。恒星離日至遠なるが故に、視動至微にして 察することの甚難が故なり・譬ば今地上に二の立表ありて・相去 ること遠からざらむに。一人其正面に当て。先この二表を。離るゝこと。 一万歩なる処よりこれを見・其后進み近づくこと一歩にして・九千九 ○天のみはしら 百九十九歩なる処に移りてこれを見むに・其人の所在既に変じ たるとも。表の大さ初に見しに異なるにもあらず。又二表の間の囲ま れるをも察すること能はざるべし。其実は小差なきにはあらねども・ 微にして辨し難きなり。されば地球一歳の中・一回遠近往来する は・一歩の進みの如くなり・二の恒星の中間の濶まり誰かよく辨 ぜむ・恒星太陽同類なることしるべし。太陽の実形渾珠のごとく にして。常によく廻転するをしる所以のものは。太陽の上面に於て 大小の黒子数多あつて常に動き移て留らざるを以てなり。大陽 既に黒子あり。其餘暗体の緯星は。もとより多くの黒子あるべ き理なり今遠鏡を以て木星火星金星に於ても實に見る 所なり・其黒子の動に依てこれらの星の廻轉すること。また猶太陽 の廻転を察するが如し。大陽二十七日にして右転。水星いまだ審なら ず。金星二十三時して右転。地珠二十四時弱にして右転。火星二十四時 四十分にして右転•木星いまだ審ならず。太陰二十七日七時にして右転 是を以て見るに、今昼夜左旋の運あるは・天体の地を繞るにあ らずして・地体の廻転するにてぞありける・太陽と恒星とは・同く 不動にして揺き移ることなく・地球と緯星と各太陽を右施し・ 又且自ら廻転す•然るを地の人覚知せざること・海舶の譬喩の 如し、大虚の無辺なる。太陽の無数なる、同く其中に在て、何ぞ必し も我太陽のみ緯星の是を繞ることあらむ。他の恒星にも各五 ○天のみはしら 星のごときものなくやはあるべき。豈其体小く其光固有ならず。 其所甚遠くして目力の相及ざるを以て故に相見ること能はざる にあらずや。かゝる無数の緯星の中に雑り在て・又何ぞ我地球を しも独人民万物の住所とすることあらむ。他の緯星の世界、及 他の太陽に附属しあらむ緯星の世界にも。形状容貌の同異 をよく知らず・如何でか絶て住者なくて止なむ。或は侍衛の星ありて・ 其天の太陰なることを得て晦朝弦望の象をなすも亦数多な るべし。くだむの説は。これ寛政十年志筑氏が譯せる。暗尼里亞國 の人奇児氏か著せる天学書中の説なり・奇児全書は・かの国 の千七百四十年に開抜せり・天朝の元文五年庚申に当れり・この 書申の年に開板せるを以ておもふに・甚奇なることあり・うも〳〵 天地国土の初成の真義をしるものは古事記なりこの書の本を 起し給ひし。天武帝の元年は。かの国の千七百四十年に先だつこと 既に千六十九年にして・壬申に当れり、またこの書の成し・元明帝 の和銅元年は・戊申の年なり・かく幾許の年歳を隔て・また幾 許の海路をへだてたるに・其説ところの趣ひとしく・其書の天下 に出ることも、同じ申のとしなること”ゆゑあるべきなり・さて奇児 氏に次て。得逸骨なるものおもへらく・月は地を心としてこれを旋り。 日は地と月とを心としてこれを旋り・金水二星は日を心としてこれ をめぐり。火木土の三星次のごとく、三天重畳して日及地球を内 ○天のみはしら として其外を繞るといへり・其月及地球五星を以て人居とする 説は一なり。この二説を西洋の新説といふ。これより次第に其説 精くなり。近頃将来する所の西洋新法の天学には・宿曜を以 て悉く世界とし、地を以て星とす。其説甚新奇にして・臆断に似 たりといへども・既に我本教に星中神人あることを説ときは、不 経の説といふべからず又西洋に月中の人の長を測量するの 説あり佛教また日月宮中神人あることを説く彼方の千七 百八十三年の第十二月一日に、「カルレス」といへるもの気船に乗 して升ること千五百四多意須多意須とは各六尺三寸三分也 行こと一里半にして降る同日また暗尼里亜国の一貴士を ・伴ひて升り・夜に入て降りぬといへり・所謂千七百八十三年は・天明三 年なり。されば後世に至りては、月中に入て游ぶ者あらむもしるべ からず。 難二西学一説の弁 余曽て西学を難する説を難ずるの論あり・しかれども今わづ らはしくこゝに載せず。蓋西洋の人は。身海内をめぐり・肉眼に側り 得る処を以て説をたつかの天学いまだ精しからざる時の書を 引て・座上に論ずるがごときものにあらず。学者自ら其可否 をしらむ 天説會通 ○天のみはしら 天学の諸説紛々たりといへども。各理義なしといふべからず。大 道は天下につ通して一なり。余諸説を弁せて真義の存する処 を考るに。漢説のごときは。渾天の説出るに及びて。西洋にいふ処 の旧説と・儀状頗る同し・唯印度の須弥の説のみ・大に諸説 に異なり・蓋玄妙の理あらむ・よつて按ずるに。須弥の説のごときは 天地初発・日月国土初めて形を成し時の一つの伝かの国にあり けるを原本として・かくのごとく説なせるものなるべし・如何となれば・ 釈迦出世の時すでに地動の説ありといへども。射棚に至らざら む事をおそれてこれを信ぜず・かへつて地動の説の上に出て・天 地初発の時の大土の状貌によりて、かくの如く広大なる説を立 たるものなるべし。天地初発日月国土初て形を成ときとは大虚空 之中に一物生て漂蕩時に。其中より狀葦牙の涯の中より して萌騰るものあるの時をいふ也。萌騰るものは。即ち天日を言 なり。須弥は即ちこの時の天日をさす也。故に其説に曰く須弥 山頂方八万由旬にして・方ごとに八天。中央帝釈天と都て三十三 天とすと是なり。其次の山海のごときは。後に金水二星となりし ものを指なり。四大洲はすなはち地球.火星.木星.土星の四箇の 伝なるべし。加楼羅洲のごときは。地球及木土の星に属る衛星・ 所謂月の伝へなるべし・天の正語阿米言は葦萌なり・即ち 是太古天日の称なり•今所謂弖牟なるものは・これを曽羅と ○天のみはしら いへり。萬葉集の歌に。三空往く。月読壮士と詠るがごとき・本 義を失はざるものなり。漢土にも古く天といへるは。即ち日の事也。 須跡を三十三天とし・天の梵語を「ソラ」といへるにて・印度もまた 日をさして天とせることいちじるし。されば須弥とは・即ち日宮なり・ それ天日は・所謂玻璃の宝・火精の質・といへるがごとき質にて・ これ。清軽して昇る勢あり。既に清軽して昇るものあるときは。 重濁て降るものなき事を得ず。既に重濁て降るものあるとき は。又其中より萌上ものなき事あたはず。天先成て地後に定 る。とはこれをいふなり。其最前に降るものこれを後世に土星とす・ 次に降るものこれを後世に木星とす次に降るものこれを 後世に火星とす。次に降るものこれを後世に地球とす、佛説に 所謂北鬱軍越。東弗婆提。西瞿耶左南閻浮の四大洲は。此 四世界の事なるべし。次に降るものこれを後世に金星とす。次に降 るものこれを後世に水星とす・佛説に七金山海といへるは・この二世 界いまだ天日に附属してありける時の伝へなるべし然るにこの二 世界は地より後れて成しものゆゑ。四大洲と異なるものに説な したるなるべき也。さて土星の中よりは五箇ばかりの衛星わかれ。 木星の中よりは。四箇の衛星わかれ。地球の中よりは、一箇の衛 星わかれたるを佛説には・四大洲の間に加楼羅洲ありと説け るなるべし。かくの如く昇るもの降るもの既に位を定め・土木火 ○天のみはしら 地金水の六緯は。天日を心にして繞り。衛星はまた其主星を心 にして繞れる世にいたるといへども。なほいまだ位を定めざるときの趣 をうしなふことあたはず。須弥すなはち天日のことなるをしらず。別に 須弥あるながごとく説るは。たとへば船に乗れるもの。既に此岸を離る といへども。いまだ離れざる心あるがごとし。釈迦須弥の説を主張 したること拠あることを見つべし。これを神世傳来の貞義に微 するに。古事記あめつちのはじめのくだりに。天地のはじめのとき・ 一高天原になりませる神の御名は天之御中主神次に高御産巣 日神。次に神産巣日神此三柱の神は・みなひとりがみなりまして・ 御身をかくし給ひき・とは造化の三神の御伝説なり・倶舎に・効 初の時の人は・みな色界のごとく・諸根飲ることなし・瑞嚴にして 身に光明を帯び。空に騰ること自由なり・といへるがごとく・すべて 神人のうたちはかくの如くなるに。造化三神のごときは・つねの神人に ことにまして・人の内眼に見奉ることを得ざるがゆゑに。御身を かくし給ひきとはいへり。こゝに地いまだ稚くして。浮脂のごと大虚 一空に水月なす漂へる時に。其中より葦牙のごと胡騰る物に 因て成座る神の御名は宇麻志阿斯詞備比古遅神次に 一天之常立神・此二ばしらの神も・独神成座て・御身を隠し 給ひき。とはこれ即ち天日はじめて形をなすの伝説なり。次にな りませる神の御名は國之常立神次に豊雲野神此二柱 ○天のみはしら 一の神も。独神なりまして。御身を隠し給ひき。とはこれ即ち洲壊 はじめて形をなせしことを・其主宰の神によりて語り伝へたる也・ しかるに国之常立神とは天之常立神に対せる神にして常は 底の古語なること。はじめにもいへるがごとし。地の極底は即ち土星 なり。故にしる天地わかるゝの時・其最前に降るものは土星なる 事を。豊雲野神とは。豊は。称は。組とも。齧とも。国とも。活 きて・迷具武などの具武に同じ野は・主とも通ひて。別に添たる 称辞にて・此御名の義は・地の形を成そめたるをいふなり・これ 即ち木星の主宰の神なることを知るべし。次になりませる神の 御名は・宇比地神次に妹須比智比智迩神宇は。泥なり。迩は。 奴と通ひて沼なり・須は・土の水と分れたるをいふなり。比地はともに 土をいふ。これ即ち火星の主宰の神なること知るべし。次に角材神。 に妹活村神角代とは。葦などの生初るを角ぐむといふに同じ。材 はめぐむ。なみたぐむなどのくむに同じ。活代は・生活動き初る由の 御名なり。これ即ちこの地球の主宰の神なることしるべし。また生 活動き初る由の御名の義を以ても。地球の動くことを覚るべし。 さればこの活代神をば。神祇官八神の中にも。生産日の神とて 一斎給へるなるべし。次に意冨斗能地神・次に妹大斗之辨神・ 大は・称辞・斗は・処。能は・てにをは地は・比古遅の遅に同し・男 神の地に対て女神を尊む称なり、これ即ち金星の主宰の神 ○天のみはしら なる事しるべし。次に淤母陀琉神。次に妹阿夜訶志古涯神。 一淤母陀琉てふ御名の義は。万葉に。あめ都ちと。ひつきと共 に。た理ゆかむ。か美のみおもと。とよめるがごとし。詞志古は。 畏るゝ意。泥は名兄の約なり。これ即ち水星の主宰の神な ることしるべし。此星天日にはいと近くして。面も足て見ゆればにや。 さて次になりいでませる伊那那岐神妹伊邪那美神この 二霊の大神はや・天神諸の命もちて・漂へる国土をば造りか ため成給ふて・今のごとくはなれりけるものなり・三五暦記に・天 日に高きこと一丈。地日に厚きこと一丈。盤古日に長きこと 一丈、かくのごときこと万八千歳にして・天数極て高く。地数極て 深く・盤古極て長し後にすなはち三皇あり・数一に起り・三にたち・一 五になり・七に盛に・九に處る・故に天地を去ること九万里・とあ る説るとは・また本教に遠からざるものなり・神代紀に星神香々 昔男を誅ふとは即ちこれ星中に住在する神をいへり・然るに数 千歳の下にして・西洋の人宿曜こと〴〵く世界なることを測り得 て・千歳不易の説をたてけるは・いとおむがしきことならずや。これをも ても我本教の最も尊きことをしるべし・且此玄妙の理を聞ても・ 造化三神の大智慧を以て建立し給ふとしろの天地なること をしるべし・あないみじきかも・あな尊きかも・ ○天のみはしら 六緯星遶大陽之圖 図する所は、土木火地金水の 六緯。おの〳〵大虚空の中に懸 りて太陽を心にして右旋 するのかたちなり土木地の側 にある小星はこれを衛星とよび にある小星はこれを麁星とよひ て即ち月なり。かくのごとき天 出て・即ち月なり。かくのごとき天 一、地三神造化の首をなし、二 一霊万物の祖たりしより定まる ことを得たり世人せまき了 簡を以て造化の妙をいぶかる ことなかれ 宿曜はこの六緯の外に在て 重々相つゝみ各太陽を以て 重〻相つゝみ・各太陽を以て 心とせり。其真形容易に図す べからず。 木主宰豊雲野神東邦婆提洲 〇木星衛星主宰未詳迦楼羅洲 月◯主宰月読命迦楼羅洲 角村神 皇御孫命 地震主宰皇御孫命南閻浮洲 九十三年 活代神 五宇 宇麻志阿斯訶備北古遅神 天照大御神 天之常立神 須弥三十三天 花冬 於母陀琉神 水○主宰 阿夜詞志古泥神 七金海 金○主宰 意冨斗能地神 七金山 大斗乃輔神 金星正語ユウツヽ万葉にユウツヽノカユキカクユキカクニよめり 此星太陽の左にある時は夕に西方にあらはる俗に 腎の明星といふ太陽の右にある時は晨に東方 にあらはる。俗に暁明星といふ、 火○主宰 宇比地迩神 須比智迩神 西瞿耶尼洲 天正語アメメ・唐音テエン・梵語 デイバ或はソラ蘭語ヘーメル 地.正語ツチ。唐音デイ・梵語 ボ或はみ.蘭語アヽルド.忌部 正道神代口訣に犬地の図の 正道神代口訣に大地の図 あり、 日正語ヒ.唐音ジ.梵音アニチヤ. 考るに、アミダ亦音通ず・蘭語 考るにアミダ亦音通ず蘭語 ゾン、 □□□□□□□□ 月・正語ツキ・唐音二・梵音セン・ 主宰国之常立神北斉輩越洲 ダラ・蘭語マアン、 星・正語ポシ・古書に星の名 いと少したゞユウツヽアカボシ。 〇土星衛星主宰未詳迦楼羅洲 スバルキリヽアカボシハ ○天のみはしら ミヤウジヤツ。などよりほかいまだ見あたらず。唐音ワイン・梵語ナラキヤ蘭語ステルレン。 期せずして符合するの説三ッあり。一は太陽の歴行する道を黄道とよべり・地 動の説には。太陽黄道を行にあらず。地球黄道をゆくなり。しかるに黄は中央の色 土とす猶大地の道と謂むがことし 二には七金山海の説。余が考ふるところ金小 と謂むがごとく金海は猶水星と謂むがごなし 三には余いとけなき時龍の上天気とを論じて。これ月中に入ものなるべしと いひしことあり。今考ふるに。加楼羅洲と参すなはち月なり。しかるに佛説に云。 いひしことあり。今考ふるに。加楼羅洲とはすなはち月なり。しかるに佛説に云・ この鳥洲は。図一千曲向。洲形圖圓にして一切皆是漂浮留林なり。迦楼羅鳥 住して林中にあり。洲の外の水の下は並に龍の住處なり。龍此地に居すと いへり。おもひいづるまく。にゑるしぬ。其説なしといふべからず。 文政政元の秋かむがへ畢つ鶴峰戊申 府{ 1796 31796 文政四年辛巳夏三月 京都錦小路通室町 蛙子屋市右衛門 江戸日本橋新右衛門町 前川六左衛門 大阪心斎橋通北久太郎町 書林 河内屋儀助 同所 河内屋茂兵衛 同南久太郎町 塩屋長兵衛