無難禪師法語

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至道無難禅師
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至道無難禅師
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日本語
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[出版者不明]
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ムナンゼンジホウゴ
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東北大学
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シドウ ブナン ゼンジ カナ ホウゴ
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2026-08-28T18:53:25.651810+00:00
玉道無難禅師法語 三国の人かたちは同して詞は別也心を一三 するは仏の御教によれは也死をいとふは 死をしらぬ故也人は直に仏なれとも しらす若しれは仏意に背しららさ れはまよひ也作偈いはく 識得お根元辞別於万法誰知 言句外仏祖不伝処 生死をしる人あらは心のたねとや 那羅羊いやしき詞をまきを くもかつは身のとかをかへりみぬなる へこ〳〵つくはねの木葉の雫もみ 神の川の渕となれはわらいへのたす けにもやとおもふ故也 延宝乙卯孟春書こへ 立道菴庵 しれは迷ひしらねは迷ふ法の道 なにかほとけの実なるらん 此哥の心明ならは大道あらはるへし 一仏眼ひらきみるに日本の衆生は仏 にちかし悪気少キ故也悪気といふは身 を思ふなり迷ひの根本なりしかも我 身にあらずそれをわがものと思ふは至 りてあさましくかなしき事なり誰も 知る事なれとも死るなり病也貧苦を うくるなりこれ我物にあらさるしるしなし なりかゝるうき世に生をうけて苦み おほきをわきまへず命なからん事を 願大方人を見るに齢七十におよふは 稀なり 一ある老人の物かたりをきくにあはれのお ほきを書とゝむるもをこがましけれと むかしの友は先立今の人にまし。はらんと すれはきたなまれ若はさつて座に なし秋の夜なかきに眠事なくかへらぬむかし を思ひしらぬ行末をねかふぢごくがきちく しやうしゆらをすみかとしてめくる事 のるしさよ今はひたすら仏道を学 はんと思ふとて予にむかひなみたをな かしてたつぬるをいとあわれに思ひ宗旨 をとへは禅と答若年より此道志ほしと云 予大道をとへは中〳〵念仏唱数珠つまつり いとあやしくていかやうの人に法をたつね給ふと 月ニ向ヘハ月花ニ向へハ花我身ハ 兵衛 云は古は法門なとならひしが十五六年此方は いや〳〵法門いひても只今身まかり行末しら ぬは大きなるあやまりと思ひある僧にあひ たてまつり死て行末をたつねしに悟て 知事なり悟らんと思はゝ身の業つくすへし 業つくさんと思はゝ経よみ念仏となへ よと仰にまかせてつとむるといふ予言 只今死て何方へ行いかやうにならんと 思ひ給ふととへは極楽へ行ほとけに ならんと答ごくらくはいづくそととへは 業つきてあらわれんとをしへにまかせ かやう〳〵と答予またとふ業つきぬさ きに死てはなにとなるへきとゝへはこたへ なくしてなみたながし手をあわせ教へ 給へと云あわれてをもひてうちむかひ 万事はみな心のなす事なりかれさな むと云心のもとはなにかあるととへはなに もなしと答予云それこそ直に極楽 せかいそれこそ直に仏それうそ我宗 の悟なり常に守り給へといへはさすが つね〳〵心かけししるしにや生もなし 死もなし万物一もなしなしと思ふ事も なしと悦手を合ておかむ禅は第一悟 をさきにして悟にまかせ修行すれは 日〳〵夜〳〵安楽也うたがふ事なかれ身の 業つきはてさとるは尤にしていたりが たしさとりをさきにして身の業つく すは安して安しかるがゆへに日本は身 を思ふ事かるしさて仏にちかし身なけれは 直にほとけなる故也 一あか法師の弟子夜るひる坐禅して人 我のへさてなし生死もなしといふさとりを とへは中〳〵をそれてわれこときの及所 にあらずといふかりにも師は大事也ことに 仏道師なくしてなりかたし坐禅常一 とちかふ事をくるしむ只今目前に何の へだてかありといへとも愚也みそのみそくさ きは食にいむなり 一予弟子にむかひてかならず修行とけ がたくは還俗せよ其罪は少し法師の身 としていやしき心あらはちくしやうと成事 うたかひなし此世はわづかのうちなりとて もかくても光陰をくるにはやし俗は むくひありとても出家のむくひにくらへんや 一無といふに二つあり悪をしてとがなしと 見るはあし善悪邪正よりつかぬは釈 世之法也 一念仏はりけんなり身の業去によし かならす仏になると思ふへからす佛には ならぬが佛也 身の業のつきはてぬれは何もなし かりにほとけといふはかりなり 一八万四千の悪業あるは身也水火のせめに あふなりこれを思ふはおそろしき也 つみのをもきかるきあり 虫より魚はをもし魚より鳥はをもし 鳥よりけたものはおもしけたものより人は をもし 一教は大きにあやまるそれを習はなをあ やまる只直に見直にきけ直に見るは みるものなし直にきくは聞ものなし 見すきかすおもわすしらぬをもひてを なにとてをのかほかになすらむ 一伊勢の国に一代坐禅して死せり其身 のためにはたうとしかつは其身座して死 せは可也病苦をうけはおほつかなしわが 師は一座の坐禪は一世のざぜんとの給ふ ありがたし 一ある人釈氏のをとろへし事をとふ予言 中〳〵詞にのべかたしかしらをおろせは われも出家の二字をけがすをそろしき 事なり常の家を出三衣一鉢にして 樹下石上の住居するさへ真の出家と いひかたし真の出家にのそみふかくは 我身は八万四千の悪あるものなり其中 に大将とかしつく色欲利欲生死嫉 始名利此五つ也よのつねにして退治し かたし昼夜悟を以て一々に身の悪をほ ろほし清浄になるへし悟といふは本心 なりものゝ是非邪正を能知り邪を去 正をたもつてふかく護り常に坐禅し て如来をたすけくふうしてあくをさり 年月功つもつてかならず心安なるへし いよ〳〵おこたらすつとむるに及て五欲 をほろほし悟成就してぢごくがきちく しやうしゆらの苦をはなれ平常を守り 其功つもり後にはなにもなくなり万 法にまかせてとかなしつとめてこゝに いたり世間の人をすゝめ上根桟の人には 直に目前を以てをしへ中根桟の人には 方便を以て坐禅させ下根機の人には 念仏を以て後世をねがはせかくのこと く人をたすくるを真の出家といふなり 愚にしてなりかたし 一予がわかきときある侍のつかひし童子 われにむかひわが主にことはり弟子にし てたべとたのむやさしくいへるとおもひ なにとてかくはおもふととへは出家は世わた 類にたのしからんといへる一言にをとろき 此童子此心にて法師にならはかならす ちくしやうとなるへし初発心より佛法 一筋に心ざしあるははや菩薩の行 なりかりにも世わたりに心かけしはちく しやうに成事うたかひなし 一ある人にしめしていはく仏法今世とり みだし外に仏をもとむたとへは妙は元 来世一物法は妙のうごく所也法にあら されは妙あらはれず故に妙法とつゝく 法の是非につけて其人をしる見付し て行住坐臥性にまかせて身をつかふ とき仏法と云へり 一見性する事かたしといふかたきにあらす 安にあらず万物のよりつく所にあらす 是非に応して是非をはなれ煩悩に 住て煩悩をはなれ死て一死せず生て 生ず見て見す聞て聞ずうごきてう こかすものをもとめてもとめすとがをう けてうけす因果にをちておちず凡夫 は不及菩薩も行かたし故に佛と云也 一迷ひては此身につかわれさとりてはこの 身をつかふ 一ほとけのをしへは何の事もなきを人の心 の愚さよ世人名にまよはぬはなし色に 迷ひ実に迷ふはことはりなれともそれ さへあたなる物としらはさのみはいかゝあらん ほとけをねかふ心にひかれて後はなにとか ならんをほつかなし 名にまよふうき世中の大たゝけ わか名もしらぬものとなれかし 一をのれを以て人を見るものなり愚人の 見るはをそろしをのれに利欲あれは 人をも其心を以て見る也色ふかきは色 を以て見る也聖賢の人にあらされは見 る事あやうし大道人ありてもみしる人 すれなりいたつらにすたれりかしこき 人はをのれにあわぬをも其人のしな をわけて其人の心得をつかふその人また らすかりにもものゝ大将たらん人心得ある へし 一ものをよせつけぬ事はやすしものゝより つかぬ事はなりかたし 一たとへは火はものをこがす水はものをうるほ す火は物をこがすと其火はしらす水は物を うるほすと其水はしらすほとけはじひし てじひをしらず 一念のふかきはちくしやう念のうすきは人 一念のなきはほとけ 一人はおろかなるものかな法師のをしへて 念仏となへよほとけになるといへは尤 と請て念仏となへし人のみありて そのほとけはいかやうなるものそととふ人 なし 一をのれがさほうみたるゝとき天よりかな らすばちをうくる也天下のぬしは天 下即家也国主は国即家也大小に よらず家の中の悪事はあるしのとが也 治むる事ならねは天災をうくるなり 一清浄心はことはれるものなり清浄もな くなりし処はわれならではしらぬなり我 しるうちは悪ししらぬ所のしらぬに有 一さとりは念を滅却するを云念を以て 身をなすさとれはいきなから身なし 一大道に入人たしかなる師にあはずいろを くるしみ宝をこのむをくなしむ大きなるあ やまりなり大道を心かけん人は万法の あくはみな身のなすわさとして天外地 外古は未来へだてなきものありこれを トくしりてその一をまもれはをのづから身 の業つぎて清浄になる事うたかひなし 一人生れては仏道つとむへし外にあらす その人に応してよきはみなその身の仏 のするわさなり 一ある人大乗をとふ予いわく身をたゝしく して守る事なきを大乗といふ 一最上乗をとふ予いはく身をほしきまゝ にして守る事なきをいふ故に大事 なりかるかゆへに世にまれなるもの也 一予が弟子。いろ〳〵に工夫とてむつかしき事 をこのむそや平常はみな仏直に見直 聞臨済禅師は聴法無依の道人有 無依をさとれはほとけも又無得との給へり 六祖大師は応無所住而生其心を聞召て さとりをひらき給へり 一世の末になるといふ事知人まれ也 釈迦如来の法二千六百年余になり日 本にわたりて千年に及てこと〳〵くすた るにつけて慥にしれり万物のすたる本 は我智なり智あるもの大かた信すくなし 万事のもとは信なり信のすたるもとは智 なり此智より何のみちもすたれり是 を世の末といふなり大道はつとめてつと めぬ所にいたるはつよし大かた師の道を わがものにしてつとむるものまれなり 一大道行人はなにをもよく心得んといへり予 六万法のもとなりそのもとをしりてわが 家の法をたつる事なり法師はほとけの ほかは心得ぬもの也といへともくちなる人は 聞得事なしたとへは侍の道我家〳〵の事 なれともあまたはしる事かたかるへしといへ とも聞えぬあさまし 一つねに逢事ならぬ女に法語を書て やる 一人は家を作りて居す仏は人の身をや どゝす家のうちに亭主つねに居所あり ほとけは人の心にすむなり 一じひにものことやはゝかなれは心明なり心 明なれはほとけあらわるゝなり 一心を明にせんとおもはゝ坐禅して如来 にちからつくべし 一くふうしてわが身のあくを如来にさら せよかくのことくつとむる事たしかなれは 仏になる事うたかひなし 年月日と書てをつる 一物にじゆくする時あるへしたとへはちいさ きときいろはをならひ世わたるとき文 一書にもろこしの事も書のこす事なし いろはのじゆくするなり仏道も修行 する人身のあくを去うちはくるしけれとも 去つくしてほとけになりて後は何事も くるしみなし又慈悲も同事也じひする うちはじひに心ありじひじゆくするとき じひをしらずじひしてじひしらぬとき 仏といふなり じひはみなぼさつのなせるわさなれは 身のわさわひのいかであるへき 一此道にあたる事によきありよわき有 予わかきときつよくあたれりある時孔子 のことはを見るに天下国家をもじた ひすへししやくろくをもじたいすべしや いはをもふみをとすへし大てきをもかた ぶくべし中庸は用かたしと云へり我思ふに まことなるかな大道あたりよはくしては 我身のあくをあとして去つくすへきや 一大きにほつしんして山にいらんとおもへ る人にいわくありかたき御心さしなりお こたり給ふるたとへ山のをくなれはとて うき世のほかならすもとの心をはなれす は住所かへたるはかりにて侍らんといひて よめる 心よりほかに入べき山もなし しらぬ所をかくれかにして 一ある友にいさなわれて黒谷を過清水 のかたへおもむきしにひだりにほそき道 あり行てみれはかきまはらなるに柴の 戸ほそをおしひらきてみれはをくにあれ たるゆかのあたりはちりにうもれすたれに むくらしけりあさけのけふりたち〳〵に あかたなかたぶきかうはなをたむつかにも あらす仏とおほしくて御手あしもかけそん しそれとも見わかず仏となふる声うち しはがれよはひ五十にもやあまり侍しん けたかくいにしへよしある人のなれるはて とおほしきがひとり居ていつくよりと とひしにこのあたり過かてにゆかしく 思ひ此草庵にたつねきたるも縁ふか き成へしいろ〳〵ものかたりなとしいにしへ 今の人のうへよしあしにつけてとさまかう さまにほむるもそしるもともに世にとゞ ましずついのわかれをなけきてみたの なをとなへゆふへのかねを聞て遣ふも いのちつれなくいけるよとおもひけると かたりけれはふとあわれもよほされて 世中をおもひはなれてきくときは いりあひのかねははまのまつかせ 一人はかりかしこからぬものはあらし行住座 臥くるしみかなしみむかしを忍ひしらぬ行 末をなけきねたみそねみをのれを立 てもの思ふかなしみなから世にからめらるゝ 此世一生はとやかくと過ぬへし来は世にま をかへ〳〵てくるしめとも捨る事ならず まことにまよひのふかきなり ちごくかきちくしやうしゆらは世中の ほんぶのつねのすみかなりけり 一仏の教のそのまゝするをなるをうけて ぢきに万物を救下して如々の体になり て大安楽をうくる事更に列にあらず 身をおもふとをもわぬとの二世此をしへ を実にとおもふ人はあれともつとめて我 物にする人かたし 本来の物となりたるしるしには をかす事なきみのとかとしれ 一出家は内外打成一戸とてかたちのすく やかなるをいふなりひつきやう死人のい きかへることくなるを云死人は物をほし からず人にこひせず人をきらはず大道成 就して人の是非を能知りその人を すゝめ仏道にいたらするをいふなり 一世中の人のならひとしてめなれぬ物を ねかふ大道つとめて平常無事なり人 その道〳〵によろしくすなをなるをきらふ 一ある人平常大道つとめやうをとふに いわく凡夫即仏ほといとほんふともと 一たいなりしるを以て凡夫しらさるを 以てほとけと云也 ゆめをとふ人に ねてもゆめをきても夢の世中を ゆめとしらねはゆめはさめけり あまた人をつかふに 心得しみちにつかへはつかふ人の あやまる事はつねになきなり ものふの道たしなむ人に いきしにをのかれはてすはものゝふの みちもかならすあやまるとしれ とせいをくるしむ人に 世中はふくべのしりになまずのを をすかことくにわたるへらなり 仏道ありかたしといふ人に ものことに心とむなととくのりの 法にこゝろをとむる人かな しゐて仏をねかふ人に さかさまにあびちこくへはをつるとも 仏になるとさらにをもふな 大道のもとをとふ人に をもわねはおもわぬ物もなかりけり おもへはおもふものとなりけり 大道聞得て行ぬ人に とく法に心のはなはひらけとも そのみとなれる人はまれなり しゆしやに 主に忠をやには孝をなすものと しらてするこそまことなりけれ 直に見直にきく事を 主なくて見聞覚知する人を いきほとけとはこれをいふなり 無ノ一字空却ノ処也 修行におもむく人に 身のとがををのか心にしられては つみのむくひをいかてのかれん さとりはならぬといふ人に さとらねは仏の縁はきるゝなり 一さいきやうはよみつくすとも 念仏行者に となへねはほとけもされもなかりけり それうそそれよなむあみた仏 ある人佛をねかひねて夢に見る も起ても佛のあたりにゐる心地する といふ人に おもふまゝになせはなりぬる心にて 後世ねかふ人そはかなき こくらくをねがふ人に こくらくの玉のうてなはほかになし いきなから身のなきをしるへし 法をとく法師に 十二 ころせ〳〵わか身をころせころしはて なにもなきとき人のしとなれ 道ををしへて てくるほうをまわすは人のまわす也 一人をまわすは一物もなし 一坐禅の大事 せぬときの堅禅を人のしるならは なにかほとけのみちへだつらん 心 仏神また天道となをかへて たゝなにもなき心をそいふ なにもなき心をつねにまもる人は みのわさわひはきえはつかなり 念仏行者に 仏とは何はかやつかいひそめて なもなきものにまよひこそすれ あまりによくふかき 人に ほんぶめらあまりにものなほしかりそ わか身さへわるものとならぬそよ 法師に 衣をはこくうになりてきれはきる 坊主のきるははちうくるなり 佛道にちゑをきらふ事を 人のうへわか身につけていろ〳〵の あしきに出るちゑと知るへし りんざいのうへに をのれめかはかいのひくとなる事は 仏祖をころすむくひなりけり 後世ねかふ人に 死て後を仏とへやおもふらん いきなからなき身をしらすして りんざいのの給ひし聞物を 耳も聞す心もきかず身も聞ず 聞ものゝ聞をそれと知るへし まよひふかき人に をのか身にはかさるゝをはしらすして きつねたぬきをおそれぬるかな 草木国土悉皆成佛 草木も国土もさらになかりけり ほとけといふもなをなかりけり つみをくるしむ人に 思ふまゝにこのみにつみをつくらせて ちこくの中へつきをとすへし 出山のしやかのうへに ひたすゝに身は死にはてゝいき残る ものをほとけと名はつけにけり しらて法をとく法師に をのか身のとるをもしらてとくすを 聞得る人もをなしてしやう 後は人の師とならん人に 無一物になりぬるときに何事も とかにならぬと見るそかなしき 心のおにをとふ人に 十九 世中の人はしらぬにとりあれは わかみをせむかわかこゝろかな われなれはこそじひすると思ひ し人に つね〳〵に心にかけてするじひは じひのむくひをうけてくるしむ ある法師に さとりても身より心をしはりなわ とけさるうちはほんふなりけり 大法のかたきを 世中の人のかたきはほかになし をもふわか身はわかかたきなり 物をくるしむ人に 何事も修行とおもひする人は 身のくるしみはきえはつるなり 道をしへけるに 道といふことはにまよふ事なかれ あさゆふをのかなすわさとしれ 大道をとふ人に 天地のほかまてみつる身なれとも あめにもぬれず日にもてゝれす あまたに道を尋ぬる人に いろ〳〵のをしへにまよふ法道 しらずはもとの物となるへし むなんかつねをとふ人に 月も月花もむかしのはななから みるものゝものになりにけるかな 生死をとふ人に いきて居る物をたしかにしりにけり なけとはらへと只なにもなし 死て後をたしかにおもひしりにけり 只なにもなしなきものゝなし 応無所住而生其心 住所なきを心のしるへにて そのしな〳〵にまかせぬるかな 生花即涅槃 廿七 生死もしらぬ所になをつけて ねはんといふもいふはかりなり 仏をとふ人に 世中の人の心のかなしきは なきをたつぬる仏なりけり いかにせんわれさへしらぬものなれは 人にをしへんことのはもなし たるまのうへに いかにしてこれほとうそをつきぬらん さりとてはなきさとりなりしを 一念仏行者に みた仏のちかひのあみはひろけれと われからもるゝ人そはかなき 己身弥陀唯心浄土 一すちになむあみた仏ととなふ礼は ほとけも見らず身もなかりけり 趙州和尚同僧問云物子還佛性 有也無州云無 廿八 無といふもあたゝ詞の障哉 むともおもわぬときそむとなる 趙州のむといわれしはおほつかな いかにとしてもしられさりしを 庭前栢樹子 草木も国土もをなし法の道 実ありかたきをしへなりけり 麻三斤 仏はととへは答る麻三斤 なにかほとけの名にもれぬへき あるとき真実なる人に 本来はをしへもならすならはれす しらねはしらずしれはしられす あか人道をとふ 松かせをあさの衣にとちつけて 月をまくらに波のさむしろ ほとけはととへはまよはぬ人そなき をのかこゝろと知る人もかな 廿九 のりの道ふかくたつぬる人あらは あたき所にのこる物なり 法語 一身の外は仏なりたとへはこくうのことし かるかゆへにいはいのうへに帰空と書なり 一常に何もをもわぬは仏のけいこなり 一なにもおもさぬ物からなにもかもするかよし いきなから死人と成てなりはて おもひのまゝにするわさそよき 諸行無常是生滅法生滅今已寂滅 為楽此哥のこゝろなり 神道をとふ人に 一たかまがはらは人の身なり神とまるは むねのうちあきらかなるをいふ 儒道をとふ人に 其命性と云身の外は天也むねのうち なにもなきはてはより命シたると也即性 と云性次第にするを道といふなり 崎 仏道をとふ人に 一身をなくするなり身に八万四千の思 あり身なけれは大安楽なりじきに 神なり直にてなり我家に仏といふ也 出家精進をとふ人に 一出家精進をするは五辛酒肉を以て気 血甚キ故にむねのうち清からず是一有 情皆我友也是二君臣父子夫婦兄弟 朋友なにものか魚鳥にへんせんをしらず これらを以ていむなり 一あか人民をなつけん事をとふ人に云 かわきに水をあたへ寒きに衣をあたへ 一飢に食をあたへは民なつくへし 一少将にてをわせし人厳子に世をゆつ られしとき 第一慈悲 第二無欲 第三万俵帖なく 同 此三言をもつて国を治よと也ものをよ まても心をあきらめられししるしなり 一釈迦にしやかなし法なし教なしならひ なし 爰を妙と名付て妙法をとき 阿字と名付て真言をとき 仏と名つけてあみたきやうをとき 四十九年一字不説との給ふ根本なき 一故也元来こゝはいふ事ならずかるが ゆへに此一字はとかれすこれを得道する を禅といふなり 一道を修する人千万人に一人も道を知る人 ありともわかものにする人なしわか物に する人あれともそれをすつる人なし 一大名高家に生るゝ事さへ世にまれ也 過去にて能〳〵慈悲をし功徳をして 今世に大名高家そのしな〳〵目果をあら はすなりたま〳〵大名に生れては我恵 にまかせいろ〳〵のあくをしむかしよりあさ ましくなるへしあわれなりある人我に 問生替事慥成や予云生国はいつくぞ かれいわく西国又とふその生れし所に 行て見給へといへはいかにも行て我もとの やしき居所今目前にありといふ予言只 今身ありやととへはなにもなしと云こゝに て心得給へその身死すれは思ふ所にとく まるなりさいこくへつまはしきせさるう ちに念行也只今これへはなにのために をわするそかれいわく法のため予云法の ためには寺へ来る色をこのめは遊女を尋て 行常にきたなき心あれはちくしやうに かたちをうつすきれいにじひ心あれは人 に生るうたかふ事なかれ念は方〳〵へ行身 は念のやとなり仏といふはかしこへも行 すこゝにも居す一念もなし身もなしこ くうと一たいなりかれたしかに心得て去 一火のあたりはあつし水のあたりはひやゝ かなり大道人のあたりへよれは身の悪 きゆるなりこれを道人といふそつじに 道人といふおそろしき事なり 我菴門徒中に法度之事 一坊主は天地の大極悪也無所作而渡世 す大盗人也 一修行果満而人の師とならんとき天地之 重宝也万渡世之師のみ有大道の師ま れなり 二紙半銭をろかにする事なかれ 一平常身をつゝまやかにして身のために する事なか礼法てき仏てきは身なり 一人よりものをうくる事毒薬とおもへ大道 成就み時人のをしむものをうくへし其人 をたすくるゆへなり 一修行之内人にうたれふまるゝとき過去 にてわかなす業つくると悦へし 一夜をあかすとも亭主のきる物かる事 なかれすみによりかゝりてふすへし大かた はふくすに入て持て行へしやくそくの 日あめ雪にも行へし 一大道成就せさるうち女をちかつくへからず 一心さしなき家にとまるべからず 右九ヶ條常にまもるへし外は古徳 の語にあり 一人にをしへかたき事あり行住曲臥直に 是大道愚なる人はやすしと思ひたま〳〵 本心見る事あれともつねになれ〳〵し 道にかよふ心つよし 一人にをしへかたきあり世智の過たる人 一人にをしへかたきあり富貴をこのむ人 一大道心かゝるにはあしき友を去へし 一ある人まよひのもとをとふよしあしを しるかもとなり 一ある人さとりのもとをとふよしあしを しるかもとなり 一我心をいからして見んといふ人に 色このむこゝろにかへて思へたゝ 見る物は誰そ聞物は誰そ 一ありかたき事をおもふこれほと下部まて 何院かゐんといへとも玉といふ字をのそく 一その道〳〵のかしこき人にたつねはよろし かるへし法師を俗よりよしあしをえらふ 法師より俗のよしあしを云あらましは しるへしいたりてはおほつかなしむかしわ かき時人のの給ひしをきくに鈴に名の おほきをおもふに武士の我家の事さへ いたりてははかりかたしましてわか家に あらぬ事はおほつかなし 一予が弟子死霊を弔事を問第一身を 消心をけししゆぎやう成就して弔 へはたかふ也年老色の念なくても心にうつか うちはとふらひてもうかふ事なし必む念に して弔へは悪霊もうかふなり此道成 就する人にはたしかなるしるしありむかふ時 男女共に悪念消るなりこれを道人と いふ 一しやか如来の御心をさして道心といふ御 かたちを出家といふ御さはうを乞食 といふ仏法すたりはてしもことはり なり寺につかふ下坊主を道心と呼非 人を乞食といふ二つの御名は筆にし 及はぬいやしきものにゆつりぬ今一残る一 出家は身のなきをいふ天下に誰か 身のなくなる人あらんや 一衣をきるほとの人必女のあたりへよるへ からずいかに身にあやまらすとも心に うつかなり故に女にちかづくはかならず 畜生のけいこなり老僧の女をいむ はちくしやうの心残る故なり 一人は名と装束にて位にのほるひて よしは尾州あつたの宮より五十町へだ て中村と云かや屋わづかに三十ほとある 所のあさましき下人の子也天ぢくに も大唐にも日本にもこれのみの御人な り実にありかたき事なり兵法も軍 法もしろしめさて大てきをかたふけ 給ふ事風に草のなびくがことし武 士の氏神たるへしとある高家のの給 ひしをけにもと思へり 一もろこしにとなりの家くつれて其内 の女さむしとてふところに入てふすも ろこしにもかゝるめいよのおとこなれは こそ書とゝむれ我師ゆあひ給へる に女うしろより前にいたりてのこらず あらふこれもわが国にめつらしからんと 思ふ 一たとへは粟をうへれは粟の木生人の たねは白露なり故に年老ても 法に心ざしなけれは心に絶す利欲 は色をかさらんためなりりよくはな はたしきは主君をころしをやをこ ろす事たしかなり 一雑摩居士は一度に二三百人をさとらせ 給ふ大唐の六祖大師は柴をうりて渡 世し給ひしが如来のときおかせ給ふ何 もなき所より出る心は万事によしと 人のよみけるを聞召て直に御心ひら けりと今にいひつたへ侍るさては物 をしらてもなる事とおもひ何もなき 心をたうとみよく〳〵おもへはいたつらに 色をこのみ宝をのそむは身なりけり と如来仰られしなりさて身のなきや うのおしへをひろめ給ふ我人身死て 後なしては身はなくなるましとおもひ しに常は身のなき事をたれも〳〵 しる事なりほとけのをしへはやすく してすなをなりと心得て人にもかた れはものしりはなにとてふ草にてな らんやとて聞入ぬなり心ある人はありかた しといふて悦 一をかしき事なからむかしなに人にてか あらんかまくらとのゝ前にてめつらし きものをうけて道もて行に子ともあつ まりそれ給へといへはとらせて行となん 中〳〵なりかたき事とかしらふりめに しはよせてうちうなつくわれも人も思ひ 入てかんしける所にいとわかき人なにを かんしけるとてふところより餅とりいた しあたへたり折ふしはらふくれくわ すしてわれもまたふところへ入てゐる 所へ人きたりてなにゝても食せはやと云 けるにとり出しかれにあたへてくわせ けりかれも悦われもよしとおもふにつけ てたしかにおもひあたれりなにもなき 心からなすわさはむかひもわれしよしと おもふこれやほとけならんしらず 一ある人のかたりしは心経を人のよみて きかせられし中にかたちをなくせよと つられしなりさてもありかたきをしへ かな人はしらず我たしかにおもひあたり てしる事なりむかし朝夕ふうきを契 身もやすらかに子ともにもあたへんとわか きときよりおもひつめてくるしみ奉公 して主君の御心にかなひまた家の 年老ぬる心にもちかわぬやうにと仏神 にもいのりしがたゝ今すきとなくなり たり今まて身をよくせんと思ひし故也 釈迦如来の仰のことし身をおもわね は大あんらく也こくらくなり仏のをん いよ〳〵ふかしさてまた常にたのむ人の あたりへ行ぬれはいつより心安まへち かくよひ今まてはその方なにとやらん ものむつかしかりつるが今はなに心も なしとほめられしなりわかむねあんらく なれは人も見しれりと思へり 一物しり坊主あるとき予にむかひていふ その方も禅と聞禅も十色なとをお ほへて禅といひかたし予無言にして居 すつら〳〵思ふにあさましき事なり 大道元来知はあやまるといふ事を しらず常に学に苦み覚にくるしみ己 をたかふりてとかあり 物しりは仏に遠くなるみかた しらぬはちきにみのおはり也 一ある人つねのつとめやうをとふ予いわく 一人々心にをそるへし主君はゆるす事 あり心にみつけられしとかはゆるしなし 一本来をしへの外なれはせんかたなししやか 一如来妙法との給ひしも大きなるあやまり なり ある老尼心経の註のこまやかなる を持来是をみれともむかし人 のこたまひしは聞分かたしとな けくいとあいれにおもひおろかさ をかへりみすことはをそへ侍る也 麻乎詞ハ大也身ナキヲ云般若ハ何セナキ所ヨ リ出ルチヱヲ云波羅蜜多ハマカヨリ出ルチヱハ イツクニモとゝこほらすとゝまらぬ也心経身ノ 悪消つくすヲ云其ヨリ出ルハ皆経也 從是末ハ注也 観自在菩薩見レは我に有ホサツ也行深 般若波羅蜜多時方をなくするを云 照見五薀皆空身ナキコトタシカ也度一切 苦厄身ナケレハクルシミナキ也舎利子聞人ヲサス 色不異重〻不異色身トコクウトヒトソ也 色即是二重〻即是色イヨヽ落ツキあ モナキ形也慥ニ知ヘシ形ノアク消ル時形ナシ色ヲ思ヒ 宝ヲ望トキ必形有是ニテワキマヘ知ヘシ受想 四十三 行識亦復如是色サヘ至スレハ受想行誠も なき也舎利子前に同是諸法空相云々 不及不生不滅コクウニ何モ生セス滅セヌ也不垢 不浄コクウニキタナキコトモキレイナルコトモナシ不増 不減コクウニます事モヘルコトモナシ是故空中 云ニ不及無色無受想行識コクウト ヒトツニナレハ何モナキ也無眼耳鼻舌身 意コクウニハトキ也無色声香味触法モト ヨリナキ也無眼界乃至無意色界前に同 無〻明亦無々明書過さ明もなし又無明のつきて ナキト云コトモナシ元来ナキト云事ナキト思フ事モ ナカレ乃至無老死亦無老死尽前ニ同無苦 集滅道空ニ苦ナシ集ナシ滅ナシ道ナシ無智 亦無得重ニ智ナシウルコトナシ以無所得云ニ不及 故菩提薩埵此道行人共とも此者也依般若羅 蜜多故身ヲナクスル事第一也心無星礙ヽヽ 故無有恐怖ヲナキ故モトヨリ物ニヲソルヽ事ナシ 遠薩一切顛倒夢想ヲナキ故一切ウロタヘタルコト ナシ何モカモハナレハツル也究竟涅槃ヒツキヤウネ ハンニハ生死ナキコト也三世諸仏云ニ不及依般 若波羅蜜故をなきを云得阿耨多 羅三藐三菩提死人ノイキカヘルカ如シ故知 般若波羅多是大神呪云ニ不及是 大明咒云ニ不及是無上咒フヨリウヘナキ 也身ナクスルスヘ如此是無等ヽ咒ワモクラフル 来ナキシユ也能除一切苦真実不虚一切 ノ苦スキトナシ故説般若波羅蜜多咒 身ナキ所ヨリナスコトノ有カタキト云即説咒曰 イフニ不及羯諦〻波羅羯諦波羅 僧羯諦菩提薩婆訶 心那く身も消はて何もの母 いひたもしたりなりや なるら事 至尊庵主 四十五 此世にて親のかたきかたぬは一世のはぢ なり此身爰にてころさねば万刧の苦 なり此身をころすは直に如来になれば ころすなり大乗最上乗の人には 如来を教て万法を不言如来は慈悲 功徳有勿論無虚無実無去来 或人地獄を問予云なんぢ身にせめら るを云極楽を問身のせめなきを云 仏を問身心ともになしかれいはく 死人にをなし予云生ながら死人に なるをいふ我宗は悟なりなんぢ古 今の告楽目前に有やむやかれい はく何もなしといふ 人の身の作法をさらにかへすして さとりて見れは只何もなし 人の身の作法をさらにかへせして まよへはつねにくるしかりけり 一仏法天地の内の霊とて大善なり 人は天地をかたちとする故行なり う 一仏と云神と云天道と云菩薩と云如来 と云色々難有名は人の心をかへて云也 心本一物もなし 心の動第一慈悲なり和なり直也 一主君に向へは忠を思親に向へは孝おもひ 夫婦兄弟朋友にむかへは其品々に 同 道をたゝしくせんと思是心の本意 なりかく有かたきものなり 心を妙と云阿字と云阿弥陀と云悟 と云無疑わかとが我心に見られて はゆるす事なし必悪人とかをうくる は其身の心ゆるさぬ故なり無疑善 一人したひによく成は其身の心より よき事をあたふうたかひなしかく あきらかに人々そなはるなり かゝる有かたき物なり上一人をこな ひ給へは天下平なり国主行時其 一国安し我主をこなふ時其家安し それをしらすして万我意にまかせ 身の恵にたまされ人のうへを冬によ しあしにつけてねたみそねみ我身 我心かた時やすからす常に苦しみ かなしむ事たえす其悪念にひかれ 死ていく世もうかふ事なしあさま しくかなしき事なり 仏世に御出有て身のとかを去へし ととかなけれは身なし身なければ 直に仏と御出しへ有がたし 修行と云は人々身のとかを去へし 立居につけて我とかをわが心に見せ て去事をこたらねすついに去つくし て我身直にこくうこくう直に我身 なりうたかひなし其時生も死も 万物すきとのかれて大あんらくなる 故極楽と云ねかひもとむる事なき 故仏と云うたかひなし 身も消て心も消てわたる世す つるきのうへもさはらさりけり うたかひなし 一人つねにあやまる事 人にたまされてくるしみ我にたま されと悦事 人の死をしりて我死をしらず 人の是非をえらひ我不作法事 本来むといへは無としる事 仏道に法をたつる事 一仏道に不入は身守事ならず きねんする人有身の佛を不敬 灸をくるしみのかるゝ事しらず 悟を以て仏法と云怪人まれなり 一念悪気ひるかへす事ならす 右此一冊寛文庚戌末秋是をあつめ ぬるにつけて此上か筆あやまりににたり といへと母ふしきに家なからへよはひせ 十四才に及て釈迦如来御説法少も 説法せすとほられし事生も死も 万物直になきゝなとのへをかせられ しにつけ予ふとおもひ出て予か一世のな す事一もなし是たれも〳〵しることな れはもしよくおもむく人もかなとねかふ につけ酔かたく筆をくいへぬるもわか ことくおろかなる人のたすけにもやな らんかし七十四才にて此一枚のおく書 をとしゐて門弟このむにまかせ筆ヲ そめ侍る也 三ト冬 二十兵 延宝四丙辰仲夏無難有 前本奥書有今此六枚書 添侍るによつて板行商奉 是をいとふ狐とゝめ事 20529 即心記自性記二冊之 法語焼失依之印力 師ヨリ蒙仰令再板 主道庵え納者也 正徳二年壬辰中秋日 至道庵下 心達祖伝